【完結】魔導士兄妹がゆく! (永瀬皓哉)
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魔導師兄妹の『ファーストコンタクト』

『……兄さん、今まで黙ってたけど、あたし転生者なんだ』

 

『ふーん。この9年間のお前と今のお前って違うの?』

 

『え? いや、別に……っていうか、驚かないの?』

 

『転生者ってアレだろ、二次創作小説でよく見かける』

 

『小3でそんなの見てるの兄さんくらいだと思うけど、そうだよ』

 

『じゃあ問題ない。年上だろうがなんだろうが、お前は俺の妹だ』

 

『……あたし、兄さんを騙してきたんだよ? 9年も』

 

『9年なんて、一生じゃ誤差みたいなもんだろ』

 

『……兄さん、ホントに9歳? 転生者じゃないの?』

 

『お生憎さま。転生者じゃないよ。人間でもないけど』

 

 

『……魔導士?』

 

『Non』

 

『使い魔?』

 

『Non……っていうか誰のだよ』

 

『妖怪!』

 

『Non』

 

 

『ぶぅ……。じゃあなんなのさ!』

 

『んー、お前はこの世界のこと全部知ってるんだっけ?』

 

『うん、StS……って言ってもわかんないか。

 十年後までのこととか、世界観くらいならね』

 

『世界観っていうのは、俺にとっちゃよくわからんけど……』

 

『ああ、兄さんにとってはここが常識なんだもんね』

 

『ん? いやー、そうでもないかな。

 魔法のない世界もある世界も知ってるんだけど、そうじゃないんだろ?』

 

『そうだね、各世界の相違って点じゃ間違ってないんだけど』

 

『じゃあお前さ――』

 

 

 

 ――ロストロギアって単語に、聞き覚えは?



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プロローグ
物語の始まりは、日常から


 私立聖祥大附属小学校。

 俺の視点からすれば『在るべき場所に在るべきもの』だが、俺の妹からすれば『二次元の中のものが立体化して機能している』ように見えているのだろうか。

 数日前、妹が転生者であることを知った俺からすれば、常識をもう一度疑い直すような生活を、ここのところ毎日繰り返していた。

 

「おはよう夏海!」

「おう、おはよう」

「よう奏曲! また妹おぶって登校か、ホント仲いいよな」

「うっせ。お前も一年の妹いたろ、あいつと仲良くしろよ」

 

 二年の頃に同じクラスだったこいつらも、妹からすれば『アニメキャラクターの一人』でしかなく、しかもモブだったそうだ。主人公は、俺たちと同じクラスの生徒で、男子からもそれなりに人気のある高町とかいう女子。

 今年の4月頃、魔法の力を手に入れて何かしらの事件を解決したらしいが、そこはあまり詳細には聞かなかった。ただ、妹曰く『原作準拠』なら高町が危険な事件に身を置き続けることになるので、それを止めたかったが、止めきれなかったらしい。

 おかげで、高町には妹が転生者であることはバレなかったものの、魔導士だということはバレてしまい、何度か『管理局』の目にも留まったようだった。

 

 前世でこの世界の歴史を見てきた以上、妹が『管理局』に怯えるということは、相応の理由があるはず。ともなれば、管理局があまりよくない影を孕んでいることも、ロストロギアとして数百年生きてきた俺には容易に想像できた。

 ていうか、俺がこの魔法のない世界で生まれたのも、元はといえばその管理局から逃げてきたようなもので、10年前にこの世界のとある受精卵に逃げ込んだのが、現状に至っている。転生とは似て非なるものだ。

 まさか双子の妹までいるとは思わなかったが、もしも俺がこの受精卵に逃げ込んでいなければ、妹は数年前から始まった母親の虐待に耐えられなかっただろうし、それは不幸中の幸いと言うべきだろうか。

 

「そーうーまーくんっ!」

「……高町か。いきなり目の前に飛び出すな。うっかり蹴飛ばして踏みつけるとこだったじゃないか」

「うっかりの度合いがひどいっ!?」

 

 妹を背中からおろして靴を上履きに履き替えさせて、もう一度おぶり直して歩き出そうとすると、突然目の前に跳び出してきた茶色いゴキブリ頭が出現してきやがった。

 先述した『原作』の主人公であり魔法少女の、高町なのはだ。なんか妹が魔導士と知って以来、ちょくちょく俺にも声をかけてくるようになった。言っちゃ悪いが、頭部がゴキブリに見えて非常にビビる。

 

「今日も透霞ちゃん寝てるんだね。一回起きたらそのまま顔洗いに行けば目が覚めると思うんだけどなぁ……」

「いや、何言ってんだ高町。こいつまだ一回も起きてないぞ?」

「え? でもそれだと朝ごはんとか着替えとか歯磨きとか……」

「俺が消化しやすいもん口にぶちこんで着替えさせて歯ぁ磨いた。だからこいつ寝っぱなし」

 

 おいまて高町。なんだその「うわぁ……」って感じの目は。別に何もやましいことはしてねぇよ。つーか透霞にも同意くらいもらってるし、妹の裸体見て喜ぶ変態は二次元の中だけでいい。

 ……って、そういや透霞にとっちゃここは二次元なんだっけか。

 

「あ、えーっと……奏曲くんは知ってるんだっけ、わたしと透霞ちゃんのこと」

「ん? あー、魔法云々だっけ? 知ってるよ。がんばれ魔法少女、お前アニメ化されたらきっと変身シーン半裸か全裸だぞ」

「なにそれこわい!」

 

 世のロリコン共が喜ぶこと間違いなしの絵図になるだろうな。高町って普通に可愛い方だし、アニメなら間違いなく美化されるだろうから。

 でもそうだとしたらあのゴキブリみたいな髪型だけはどうにかしてほしい。正直言ってかなり背筋がぞっとする。

 

「まぁどっちにせよ気をつけろよ。戦いもそうだけど、ロリコンに誘拐されたりしたら魔導士以上にタチ悪いぞ」

「あ、うん……。ていうか、奏曲くんいつもそういうこと考えてるの……?」

「いや、別に。俺ぶっちゃけ20歳未満にはまったく興味ないから。成人したお姉さんが全裸で変身してくれるならまだしも高町とか想像したってぶっちゃけイメージの無駄遣いだし」

「奏曲くんって女の子に対して言葉選ばないよね!?」

 

 うぁーん、と喚く高町。ああ耳心地のいい喚き声だ。これだから高町を弄るのはやめられない。あ、別に好きな子をいじめるタイプではないよ?

 だって考えてみ、俺ン百歳だぜ? ただでさえ小学生を好きになるとかキモいのにン百歳のジジイが9歳児に恋愛感情抱いてたら吐き気するだろ。だから何をどう間違っても20以下は総じてロリ扱い。いや、もはやペドだね、ペド。

 

「悪いな高町、俺は男女平等主義なんだ」

「それ男女無差別の間違いだよ……」

「団子上等主義ときいて」

「おはよう透霞ちゃん、言ってないよ」

 

 

 

 

「俺は絶対にやらねぇからな。500円や1000円積まれても絶対にやらねぇぞ!」

「2000円札2枚でどう?」

「ちくしょう! やりゃいいんだろ鬼畜バニングス!!」

 

 昼休み。俺はクラスメイトのアリサ・バニングスに「例のアレ見せて」と言われ、黒いカラコンを外していた。

 数ヶ月前までならまだしも、バニングスに「あること」を言われてからというもの、家の外では常にこの黒いカラコンをつけている。

 

「相変わらずあんたの目ってコガネムシみたいな光りかたしててキモいわね」

「お前がそう言うからカラコンしてんだろうが! いい加減にしねーと泣くぞ俺!」

「とか言っといて4000円で外す兄さんのプライドって結構安いよね」

「4000円じゃねーよ! 2000円札2枚だ!」

 

 いまどき結構レアなんだぞアレ。

 バニングスの奴、俺の性格をきっちり理解してやがる……。俺ああいうくだらねーレアモノに目がねぇんだよな……。

 

「ほら、もういいだろ」

「いいわよ。でもあれね、キモいけど見てて飽きないわね、あんたの目」

「キモいキモい連呼すんな。そりゃちょっと角度変えるだけで色変わるんだから飽きはしないだろうけど」

 

 とか言いながら、カラコンを目に嵌め直す。うーん、何度やっても慣れないな、この目の周りの異物感。

 

「じゃあ2000円札は今度ウチに来た時あげるわ」

「おう。透霞に預けてくr「あんたが来なさいよ!」やだよ。なんで学校でもないのにお前と顔合わせなきゃいけないんだよ」

「あ、あんたねぇ……! この天才美少女、アリサ・バニングスをつかまえてその言い草はなによ!」

「ハッ、二十歳越えてボインになってから言えよツルペタロリ」

 

 鼻で笑ってやると、グーで殴ってきやがった。もちろん子供のパンチなので簡単に避けてやったが、なぜ殴られなければならないのか。俺は至極あたりまえのことを言ったはずだ。

 それともあれか、こいつは俺にツルペタロリ好きな変態になってほしいのか。だとしたら俺はこいつとの今後の付き合いを改めようかと思う。割とマジで。

 友達は選ばないとって昔からよく言うし、何より俺自身としても変態好きな友人なんてお断りだ。ジョークならまだしも、バニングスはジョークでそういうことは言わないだろうし、だとすればこいつは本気で変態好きなのだろう。ああおぞましい。

 

「あんた今ものすごく失礼なこと考えたでしょ」

「考えたぞ」

「ちったぁ隠しなさいよ!」

「なんでバニングスに隠し事しなきゃいけないんだよ」

 

 正直、こいつとの会話は疲れる。ていうかなんでバニングスはいつもいつもこれだけ叫んでおいて疲れないんだろう。

 こいつみたいな奴こそ本当の体力バカって呼ばれるべき人種なんだろうな。俺には理解しかねる。

 

「ねえ透霞ちゃん、なんで奏曲くんってアリサちゃん相手だとあんなに毒舌なのかな?」

「いや、別に兄さんはアリサちゃんじゃなくても毒舌だけど、確かに言われてみればアリサちゃんだと毒っ気つよいね。たぶん好きなんじゃない?」

 

 よし、透霞には今度シュガーたっぷりのカレーをご馳走してやろう。好意っていうのはな、当人同士がその場にいる場合だとその正否に関係なく微妙な空気になるんだぞ!

 

「えっ……? えぇっ……!?」

 

 ほらみろ! バニングスが柄にもなく顔を真っ赤にしてんじゃねぇか!

 どうすんだよこいつ! 俺は知らんぞ!!

 

「バニングス、そんなじゃねぇから安心しろ。別にお前が嫌いってこともないし」

「そ、それはそれでなんかムカつくわね……。理由もわからず嫌われるよりはいいけど」

「いや、俺からすりゃ嫌う要因けっこうあるぞ? 理不尽な言い分で殴ってきたりとか、やたら喧嘩腰だったりとか、無駄に上から目線な言動とか」

 

 あ、また凹んだ。こいつ案外メンタル弱いな。



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シグナムとの出会いは、突然

 全国のみなさん、知ってますか。夜の8時に出かけた俺と透霞も悪いっちゃ悪いんですが、顔見知りでもない小学生にいきなり声をかけて、特に恨みもないのに剣を向けるのは犯罪です。

 いや、じゃあ夜じゃなければいいのかとか、顔見知りなら問題ないのかとか、恨みさえあれば剣を向けても犯罪じゃないのかと言われればそんなことないんですが、テンパってんだよ察しろ!

 

「…………」

「嘘だろ!? あのアマ息ひとつ乱してねぇ! こっちは身体強化までしてんのに!」

「まぁ小学生の歩幅じゃ全力疾走してもこんなもんだよねー。シグナムさん足早いなー」

 

 考えてみろ! なんかいきなり「お前には膨大な魔力があるな、魔導士だろう。こんなところにいるということは管理局の者か。ならば斬る!」みたいなことを勝手に自己完結して斬りかかってくる通り魔と鬼ごっこしてんだぞ!

 現在進行形で命の危険が危ないんだよ! なんだよあのピンク頭のポニテ巨乳姉ちゃん! ギリギリ俺の守備範囲でもないし! いや胸だけなら是非とも揉んでみたいくらいだけど! ピンク髪は(ピーッ)って言うし!

 あれ、今なんか規制入ったぞ。今のさすがにアウトなのか? ああもう一人ボケ一人ツッコミという名の現実逃避にも限界がありますからいい加減諦めろよ巨乳侍ぃぃぃぃぃっ!!

 

「おい透霞! あれお前の知り合いか!?」

「知り合いではないかなー。あの人がなんでわたしを狙ってるのかは察しがつくけど」

「はぁ!? ……あれか! またあの『原作キャラ』って奴か!!」

「そういうこと。シグナムさんは二期のメインキャラというか、敵というか、まぁ根は悪い人じゃないんだけどねー、どうしよっか」

 

 知らねーよあいつの性格とか目的なんて! つーか狙われてんの俺じゃなくてお前だからな! ちったあ緊張感もてよ頼むから!

 いいよなぁ魔法で飛べる奴は! 俺なんて生命活動にほとんどの魔力使ってるから身体強化だって贅沢してる方なんだぞ!

 

「じゃあお前あいつの弱点とかわかんねーのかよ! 戦うにしても逃げるにしてもこのままじゃジリ貧だぞ!」

「いやー、苦手な分野くらいあるけど、自分の得意な距離(フィールド)に引き摺りこまれるだけじゃないかなー。あの人の得意な接近戦に真っ向から挑むのは無謀だろうし」

「剣道三倍段って奴か……ッ! 透霞、てめえ後で覚えとけよ……ッ!!」

 

 そろそろ息も絶え絶えだ、このままじゃ俺も透霞もあの巨乳侍に捕まる。

 どうにかして透霞だけでも逃がしてやりてえけど、こいつ俺を置いて逃げるとかまずありえねぇし……こういう時ばっかは透霞のブラコンが邪魔だなちくしょう!

 

「しゃーねえ! もうここまで来たら腹ァ決めるか!」

「戦うの? 今言ったけど、あの人に接近戦は自殺行為だよ?」

「お前が後衛で支援射撃しながら俺が前衛で突っ込む。撃退は無理かもしれねえけど、怯ませるくらいはできるだろ」

「きっちりわたしも数に入れてるあたり抜け目ないね」

 

 当たり前だろ。ていうかお前が切り札だっつの。いくら格闘戦が得意っつっても、俺じゃあの巨乳侍に対する決定打がない。

 透霞の砲撃に頼るしか、俺たちが逃げ切る方法はねえんだ。

 

「来いよ児童暴行未遂および恐喝現行犯の巨乳エロピンク侍! 透霞をやるってんなら、まずは俺が相手だ!!」

「……子供? あの局員の身内か」

 

 俺と透霞が立ち止まると、巨乳侍……マグナムだっけ? こいつも同じように足を止めた。さっき出会い頭に向けられた魔法のことも併せたところによると、こいつ古代ベルカの騎士か。なんで現代にいるんだ。

 

「おいマグナムとやら!」

「シグナムだ! というか貴様なぜ私の名を知っている!」

「すまん素で間違えた! あと名前を知ってる理由は今は言えない。めんどくさいからな!」

 

 転生者とかどう説明しろっちゅーねん。

 

「それよりシグナム! てめぇなんで透霞を狙う! こいつは管理局とは無関係だぞ!!」

「局員ではないだと? それだけ膨大な魔力を持っているのにか?」

「どっちかっつーと管理局と因縁があるのは俺の方だ。こいつに魔法を教えたのは俺だし、こいつ自身はただ魔力が多いだけの平凡な女の子だ!」

 

 もちろん嘘だ。魔法はこいつ3歳の頃からちょくちょく使ってたし。まぁフォークとかスプーンとか浮かして遊んでたってだけなんだけど。

 

「……だとしても、私は貴様の妹の魔力を頂戴する」

「魔力を? ……あ、ちょっとタンマ」

 

 なんだろう。一瞬、何かが俺の頭の中を過ぎった。こいつ今「魔力もらう」っつったよな? 古代ベルカの騎士が、こんな魔法の発展していない世界で、魔力を欲しがってる?

 俺はその情報を適当にごちゃごちゃ混ぜ合わせて、ひとつの結論に行きつく。……が、ないわ。いくらなんでもこれはないわ。

 

「……なぁ透霞、お前シグナムのこと知ってるっつったよな?」

「うん、知ってるよ。シグナムさんのことも、シグナムさんの正体も」

「……じゃあせーので言おうぜ」

「いいよ」

 

 せーのっ、

 

「「闇の書の守護騎士・ヴォルケンリッターの将『シグナム』」」

 

 よーし、これで確信が持てた。道理で巨大魔力タンクの透霞を狙うわけだ。つーかやっぱりヴォルケンリッターかっ!

 

「あれ? 兄さんシグナムさんのこと知ってたんだね」

「これでも同じ古代ベルカのロストロギアだからな。まぁあっちの方が圧倒的に先輩なんだけど」

「ふーん。まぁとにかく、現代のシグナムさんは本当の意味で主人想いな優しい人だから、あんまり悪く言わないであげてね」

 

 主人想いな優しい人、ねえ……。だとしても今回ばっかはマジで戦わなきゃいけない。いや、こいつから逃げられないってことがわかったというのが正しいかもしれない。

 

「悪いなシグナム。俺、あんたに負けられない理由ができちまった」

「……ほう?」

 

 おっかしいなぁ。こういうヒミツってのはさ、もうちょっともったいぶってからバラすもんじゃねえのか?

 透霞曰く、シグナムたちが活躍するのってもっと先って話じゃねーか。なんで俺こんなことのっけからバラさなきゃいけないんだろう……。

 こんな――

 

「俺は『裂夜の鎚』夏海奏曲……もとい、ソーマ・メイスマン」

「裂夜の鎚……? れ、裂夜の鎚だと!?」

 

 ――ロストロギアとしての名前をバラすだなんて、どうかしてる。

 

「名乗れよヴォルケンリッター。古代ベルカの仲間として、透霞の兄として、そして一人の拳闘士として、お前の剣と全力で戦ってやる」

「……ヴォルケンリッターの将・剣の騎士シグナムと、炎の魔剣レヴァンティン」

 

 こいつにどんな事情があるかは知らない。主がどんな奴かも、こいつがその主のためにしてることが魔力の蒐集だとすれば、その主は本当にいい奴なのかも疑問だ。

 けど、俺は透霞を信じる。こいつがシグナムのことを信じてるなら、俺もシグナムを信じよう。だが、それとこの戦いは別件だ。

 俺たちがこいつの事情を知ってても、シグナムが透霞を狙う以上、俺は透霞を守るために戦わなきゃいけない。それが俺の、妹を守る兄としての使命だからだ。

 

「俺が勝ったら、透霞は見逃してもらうぞ」

「では私が勝てば、貴様の妹の魔力をもらうぞ」

「ああ、じゃあさっそく……タイマン張らしt「すとーっぷ!」ええぇー……」

 

 テンションめっちゃ下がった。なんだよ透霞……。せっかく俺が覚悟決めてヴォルケンリッターの一人と戦おうとしてんのに……。

 

「なんでタイマンなの? わたしは?」

「は? いや、お前じゃ接近戦できないだろ。シグナム相手でなくてもお前人並み以下じゃん」

「いや、でもほら、魔力とられるのわたしだよ? なんで当事者が蚊帳の外なの? おかしくない?」

 

 いや、おかしくない? とか言われてもな……。お前の魔法って攻撃魔法が砲撃系しかないじゃん。誘導弾とかないじゃん。

 

「……どうしよう」

「何を戸惑っている。二人同時にかかってくればいいだろう」

「……いいのか? お前らの得意分野は1on1(タイマン)だろ?」

 

 今はほとんど魔法が使えないとはいえ、こいつはロストロギアとしての俺を知ってるはずだし、魔法使えると思いこんでんじゃないのか?

 それとも俺が魔法を使えないってことバレてんのか? あるいは単純に自分の力に過信したバカか……まぁ最後のはないわな。

 

「まぁ、いいってんならそうさせてもらうけどな。じゃあ透霞、バックは任せるぜ」

「はいはーい。じゃあ行こうか、ディアフレンド!」

『セタップ! おはようマイフレンド!』

 

 透霞の声に、紺色の石が埋め込まれた菱形のベルトバックルが答えて、石突に紺色の宝玉がついたメイスが現れた。そして透霞がそれを握ると同時に透霞の着ていた制服が紺色に染まっていく。

 

「んじゃ改めて……『裂夜の鎚』ソーマ・メイスマンと!」

「その妹、夏海透霞&ディアフレンド!」

 

 

「勝負だ! ヴォルケンリッター! 」

 

 

 名乗り、見得を切ると同時に、俺はシグナムの懐へと駆けだした。

 魔法を多用できない俺にとって、相手の懐に潜り込めるか否は、最大かつ最初の関門だ。単純に魔法ばかりを使ってくるミッド式の魔導士ならまだしも、今回は素体能力も高いベルカの騎士。

 

 奴らの切り札であるカートリッジシステムの厄介さは、身を以て知っている。

 俺は古代ベルカのロストロギアではあるが、ベルカの民に好かれてたかと言えば、むしろ逆。ものすっげー疎まれてた。

 おかげさまであいつらの常套手段とか得意分野とかは知っているんだが、生憎とそれに対策できたことはない。

 

 たまにアニメとか見てると思うんだけどさ、相手の手がわかるからって必ずしも対策できるとかないからな? 手がわかったからこそ絶望することもあるし、いっそ諦めちまうことだってあるんだよ。俺は後者な。

 今だってシグナムは俺の拳をことごとく防ぎながら、透霞の限定区域小規模砲撃魔法『ミニアルカンシェル』を避けてやがるし、隙あらば俺の急所を狙ってきやがる。

 相手がただのガキならまだしも、裂夜の鎚とわかったからには、ってことなんだろうか。だとしたら嬉しくない特別扱いだ。もし勝てたらこいつの胸と尻を揉みしだいてくれよう。

 

「拳は重いがフットワークは軽い……やはり慣れているな。さすがは同胞・『裂夜の鎚』というところか!」

「一流の騎士であるあんたにそう言われりゃ本望だよシグナム! つっても、素直にやられて死ぬ気はさらっさら無いけどな!」

 

 振り下ろされたレヴァンティンを側面から思い切りぶん殴ってやると、シグナムがやや顔を顰めた。思いっきり殴ったせいでレヴァンティンが弾いた時に手首も痛めたんだろうな。こりゃ好都合だ。

 この一瞬を見逃す手はない。一気に攻め込もうと体勢を低くしながらシグナムの脇を通り、すれ違うほんの一瞬に彼女の腹を思い切り殴りつける。

 無論、腹とはいってもできるだけ下腹部からは逸らして。闇の書のプログラムのひとつであるこいつにそんな機能があるのかどうか知らんが、強打しすぎて子供ができない体になったら可哀想だ。

 

 いや、そんなこと言ってる場合じゃないとはわかってるんだけど、なんか本能レベルでそういうことには抵抗がある。

 ただのプログラムだとしても、こいつは俺と同じ人間の姿をしているせいか。こいつがわけのわからん触手みたいな外見なら心おきなく殴ってやれたんだが。

 まぁ、さっき1発だけ透霞の砲撃が腹に直撃してたけど、咄嗟に防護膜で防いでたっぽいし、たぶん大丈夫だろ。俺のは物理ダメージだから大丈夫かわからなかったせいで殴れなかったけど。

 えーっと、レヴァンティンが魔法の名前言ってたけどなんだっけ。パ……パ……パンツァガイストでいいのか? 一瞬パンツ赤いッスとか聞こえたのはただの空耳だよな?

 

「魔法耐性かてェー! やっぱお前もう帰れよ透霞!」

「絶対にやだ!」

 

 一応結界は張ってあるっぽいけど、透霞の全力の砲撃魔法って半端な威力じゃねぇしなぁ。透霞は結界を張れない以上、たぶんシグナムが張ってくれてるんだろうけど、それでも割れるだろうなぁ。

 

「おい透霞! お前『あれ』だけは使うなよ! 絶対使うなよ!」

「それフリ?」

「フリじゃねーよ!」

 

 シャレにならねーんだよお前の『あれ』は!

 お前が一回うっかり撃った時には俺のロストロギアとしての魔力を解放してまで止めたんじゃねーか! ていうかこいつがあの時うっかりしてなければ今ここで俺は魔法を使えたんだよな……。

 そう考えるとこいつトラブルメーカーってレベルじゃなくね? シグナムも元はといえば透霞狙いで来てるわけだし。うわ、なんか一気に守る気が失せてきた。

 

「私との戦いの最中に談笑とは随分余裕があると見える!」

「ねーよそんなもん!」

 

 無駄口でも叩いてないと体が強張りそうだからダベってんだよ! 適度な息抜きも戦略の内って偉い人は言ってないけど俺が言ってんだから知っとけ!

 ていうかそんなこと言ってたら攻めの手が激化してるし、俺の拳もいよいよ届かなくなってきてるし、何より既に8回くらい服を掠めてて半裸状態! いやん!

 破れたのが上衣だけでよかった……! 本当によかった……ッ! とりあえず邪魔だし捨てとこ。でもこの服オキニだったんだよなー。ちくしょう、こんなことならジャージ着てくればよかった。

 まぁ別にそんなに高い服でもないし、古着屋行けば安い服で似たようなのあるだろ。今そんなこと考えてる場合じゃないけど。

 

「せいっ!」

「うおぅ!? あっぶねぇな! 今の俺じゃなかったら直撃コースだぞ!」

「当然だ! そのつもりでやっているからな!」

 

 勘弁してつかぁさい!



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高町の登場は、間が悪い

 シグナムの太刀筋は、何百年という時と何千という戦いを見てきた俺を以てして、一流と言えるほどのもんだった。

 まったく隙がないわけじゃない。俺も、その隙を突くことはできてるし、それはたぶん現代の魔導士も上位の奴なら無理なことじゃないだろう。

 だがそんな隙すらも、シグナムは問題としない。むしろ、その隙を理解してるからこそ、それを囮として俺の攻撃を誘ってきやがる。

 

 ならそんな隙を突くなよと言うかもしれないが、じゃあお前、こいつ相手に真っ向勝負して勝てると思うのかって話だ。

 漫画や小説の主人公ならまだしも、俺はロストロギアと言っても闇の書ほど危険じゃないし、確かに悪名名高い『裂夜の鎚』ではあるけど、それはマスターがいるからだ。今んとこ俺にマスターはいない。

 ていうかマスターがいたとしても強くなるのはマスターであって、俺はこの『夏海奏曲』としての肉体とこれまでの経験、あとほんのちょびっとの魔力を使って格闘戦をするしかないんだ。

 

「おっ、シグナムのパンツ丸見え」

「んなっ!?」

「隙ありぃ!」

 

 まぁ、回避されない隙っていったらこれくらいのもんで、二度と通用しない上に俺の腕力じゃ顔面に全力の拳をぶちこんでもほとんど効いちゃくれない。

 それもこれも全部パンツァガイストってやつの仕業なんだ。なんだって!? それは本当かい!? おのれゴ○ゴム! ゆるさんぞクラ○シス!

 

「くっ……! 私としたことがこんなことで傷を負わされるとは……!」

「いや明らかに負ってねぇよ。無傷じゃねーか何言ってんだ」

 

 こっちはもう満身創痍っつぅか透霞に至ってはリタイアして電柱に凭れかかって寝てやがるし! だから帰れっつったんだよバカが! そもそもお前は戦いとか云々を抜きにしたって8時すぎにはうとうとしてんじゃねぇか!!

 ていうか9時前に寝といて次の日には授業直前まで寝っぱなしとかお前の生活リズムどうなってんだ! 12時間睡眠とか怖いわ!

 

「おいシグナム! 気付いたらタイマンになってんだけど!!」

「らしいな! それでなお私とここまで張りあうとは、さすがだな古代ベルカの民!」

「へー、俺のこと民として扱ってくれるたぁ嬉しいね! みんな俺のことはロストロギアとしてしか見ないんだけどな! ちょっと惚れそうだぜ!!」

 

 俺がそう告げると同時に、シグナムのレヴァンティンが俺の肩を捉えた。拳技がメインである俺にとって、肩の負傷は戦闘行動の続行不可を意味する。

 拳技とは、全身の体重を拳に集約して相手に突き刺す技であり、肩が負傷した状態では、満足に体重を伝わらせることができないからだ。

 あれだよあれ、ホースの先から高圧水流を出そうとしても、その途中に切れ目とかがあると水が洩れて大した威力が出ないみたいな。

 

 

 

 

「……ん、やられたよ。さすがに騎士にゃ勝てねぇや」

「……潔いな。妹の身を案じていた割に」

「まぁぶっちゃけこの戦いって、逃げられないからってのもあるけど、どっちかっつーとあんたがどんな奴か知りたかったのが大きいからな」

「私のことを? ……この私との対峙し、逃げ出すことなく最後まで妹のために戦い抜いたその姿勢に報い、答えられることなら答えるぞ」

 

 さすがに目的や主のことは話せないが、と先に釘を刺されたが、ぶっちゃけそっちはどうでもよかった。ていうか、もう訊きたいことってもうないんだよ。知りたいことはもうわかったし。

 

「いいよ。最初から俺の負けは見えてた。だからせめて、魔力を蒐集するにしても透霞の身を乱暴に扱わないかどうか知りたいだけだったし、あんたなら大丈夫そうだ。さっきの太刀筋がそう言ってた」

 

 レヴァンティンの切っ先が突き立てられた右肩を押さえると、シグナムはその刃を抜いて俺の上からどいてくれた。

 たぶん、もう俺は逃げないと悟ったんだろう。これだけボロボロにされりゃ、そら逃げようにも逃げられんし。

 

「おーい透霞ー、起きろー。魔力蒐集の時間だぞー」

「ふみゃぁ……」

「蹴るぞ」

「おはようございます!」

 

 よろしい。さっきまで寝言まで言っていたにもかかわらず、たった一言「蹴る」と言っただけで跳び起きる透霞を見て、シグナムは少し驚いたようだった。

 

 

 

 

「しっかし、リンカーコアを与えてページ稼ぎってのも効率の悪い話だよなー」

「は?」

 

 とりあえず戦う前の約束通り、シグナムが透霞のリンカーコアをもらおうとしていると、俺はふとそんなことを思った。いや、実際そうじゃね?

 

「だってさ、リンカーコアを奪わずに魔力を吸収するシステムにすればもっと効率よくページ稼げるじゃん」

「どう違うのだ? どちらも同じように思えるが」

「は? 何言ってんのシグナム、もしかしてお前のリンカーコアって2つ3つあんの?」

 

 どういう意味だ、と言うシグナム。ああ、こいつマジでわかってないのか……。ていうか透霞の方はいいのか? そいつまた寝るぞ。

 

「だからさ、リンカーコアって一人につきひとつなわけじゃん?」

「それはまぁ、そうだろう。魔導士だけでなくロストロギアのプログラムである私やお前も、それは平等だ」

「だろ? じゃあさ、もしリンカーコアを奪わず、透霞みたいな膨大な魔力の持ち主がいて、リンカーコア吸収システムじゃなく魔力吸収システムだったらお前どうするよ」

「それは……気は引けるがしばらく監禁して魔力が回復するたびに吸収を繰り返し……あっ」

 

 あっ、ってお前……。こいつ今度から魔法剣士ドジっ娘シグナムってあだ名にしてやろうか。いや、やめとこう。こいつよりドジなヴォルケンリッターいるし。なんだっけ、湖の騎士だっけな。

 使ってるデバイスがヴィント(かぜ)なのになんで湖なんだよと昔から気になってたけど。あれもドジのひとつなのか?

 

「そういうこった。まぁ、いまさら闇の書のシステムを書きなおすなんて無理だからリンカーコアを奪うしかないんだけど」

「そうだな、本当にすまない、裂夜の鎚……」

「いいよ。透霞には俺から謝っておくし。あと奏曲だ、その厨二の塊みたいな名前で呼ばないでくれ。精神がガリガリやられるんだよ!」

 

 後半は割と必死になって頼みこんだところ、どうやら緊張の糸が切れたかのようにシグナムから笑みがこぼれた。うん、美人だ。

 俺がこの体で大人になった時にまだフリーだったら告白してみるか、当たって砕けるのも青春だしな。そんなことを考えてた時だった。

 

 

-Arc Saber-

 

 

「なっ……!?」

 

 とうとう寝やがった透霞を、もはや起こしもせず勝手にリンカーコアを頂戴しようとしていたシグナムを、黄色い三日月の閃光が襲った。

 

(……時空管理局か?)

 

 厄介だなぁ、とか思いながらその三日月を放った奴に目を向けると、その視線の先にいたのは俺たちとたいして変わらないくらいの少女。

 長い金髪をツインテールにした、黒衣の魔導士だった。……誰だお前。

 

「奏曲くん! 透霞ちゃん!」

 

 俺がその黒い少女からシグナムに視線を向け直そうとすると、俺たちを心配するかのような声が、上から聞こえた。俺と透霞のクラスメートにして、透霞曰く『原作の主人公』こと高町なのはだ。

 

「奏曲くん、その肩……!」

「ん? ああ、これな。悪い、ヘマった」

「ヘマったって……まさか奏曲くん、戦ったの!? 魔法も使えないのに!?」

「まぁ透霞のリンカーコアかかってたし」

 

 横でぐったりしている透霞を指さしてそう言ってやると、高町は悔しさと怒りが入り混じったような表情をしながら、「ちょっとここで待ってて」と言って、あの金髪の方へと飛んでいった。

 まさかとは思うが、あいつ俺らがシグナムに襲われて一方的にボコられたとか勘違いしてるんじゃなかろうか。俺は肩やられてるし、透霞は単に寝てるだけだが、見ようによっては気絶してるように見えなくもない。

 ……うん、これはやばい。シグナム逃げろ、今すぐ逃げろ。なんか知らんが高町の後ろに夜叉っぽいのが見える!

 

「よくも……奏曲くんと透霞ちゃんを……!」

「いや俺らなんもされてねぇって! お互い合意の上だって!!」

「許さない! 絶対に許さない!!」

「聞いちゃいねぇー!?」

 

 

 

 

 高町と黒い少女の戦いっぷりは、凄いの一言だった。シグナムが歴戦の勇士もとい騎士と言うならば、あいつら二人は空前絶後の挑戦者。

 透霞から高町の実力は聞いていたが、まさかここまで並外れた戦力を有する魔導士とは思わなかった。だが、個々の戦力以上に恐ろしいのがあの黒い少女との連携。

 念話を通しているのか否かはわからないが、阿吽の呼吸とは彼女たちのような戦い方を言うんだろう。

 

 高町が面状の弾幕を張り、黒い少女がシグナムを足止めしようと切り込む。

 しかし高町の放った射撃は決してフレンドリーファイアを引き起こすことなく少女を通り抜け、シグナムに着弾。黒い少女はそうなって当然とでもいうかのように、まるで弾幕に怯むことなく苛烈な連撃で攻め込んでいく。

 互いが互いを信頼し切っていないと絶対にできない、彼女たちだからこそできる芸当だ。並の信頼関係では、あの弾幕攻撃がくるとわかっていても、本能的に怯んで直撃したに違いない。

 

「なんで……どうしてなの……? どうして奏曲くんをあんな目にっ!」

「それはこちらのセリフだ! なぜ私と奴を隔てた! なぜ崇高なる騎士の戦いを邪魔立てした!」

 

 いや、俺は騎士より民寄りなんだけど……さっきお前だって俺のこと民って言ってくれたじゃん! まぁ、そんなこと言ってる場合じゃねぇんだけど。

 

「ちくしょう! なんで被害者が加害者を助けなきゃいけねぇんだよ!! あンのバカクラスメートと短気巨乳侍がぁっ!!」

 

 いくらシグナムが凄腕って言っても、相手は2人。俺は透霞にボロボロの上着をかけると、ディアフレンドに透霞を任せてシグナムたちが向かった方へと走った。

 ロストロギア云々を抜きにしても、俺は基本的に運動能力――というか、走力とバランス感覚はそこそこ高い。

 小学校じゃ当然ながらリレーで1位なんだが、中学・高校になる頃でも、このまま成長すれば陸上部レギュラーも狙えるんじゃないかと自負している。

 無論、高町たちがいるフィールドは空というだけに、道を選んで走っていたら絶対に追いつけない。となると、俺が通るべき道というのは道なき道になるわけであって、

 

「よっこいせ、っと。夜分に失礼するよ」

 

 石垣の上やら屋根の上やらを伝って、一直線にあいつらの方へと向かうのが一番現実的だったり非現実的だったり。

 まぁ少なくとも常識的ではないと断言できるね。あ、窓から若い奥さんが唖然とした表情でサンマ焼いてた。美味しそうですね。

 

「なんで俺こんな忍者みたいな真似してんだ……」

 

 それもこれも全て高町のでせいだ、次に学校で会ったらバニングスと一緒になってからかいまくってやる! ……ほどほどにしないとバニングスに怒られるけど。

 

「っと、やっと見えてきた……」

 

 空を見上げると、いよいよ三人に声が届く位置まで辿り着いたらしい。

 下から見上げる光景はある意味で絶景だったりするんだが、言ったら殺されそうだから言うまい。あ、ちなみに絶景はシグナムに限った話で、ロリには一切興味がない。

 

「シグナム!」

「奏曲……!?」

「奏曲くん!?」

 

 俺の声にシグナムと高町が同時に返事をした。こいつらもしかして仲いいんじゃないのか?

 

「逃げろシグナム! お前の腕は認めるが、俺と透霞みたいなビギナーならともかくそいつら二人を同時に相手取るのはリスキーすぎる!」

「なっ……何言ってるの奏曲くん! この人は透霞ちゃんと奏曲くんを……!」

「だとしても、いくらなんでも一方的すぎる! 男ならタイマンだろ!!」

「わたし女の子だよ!?」

 

 よし、若干ノリがいつもの方にブレてきてる。後ろの黒い少女は、どうしたらいいのかわからないって感じの表情で、とりあえず斧みたいなデバイスを構えながらシグナムを警戒しているらしい。

 さっきの動きをみる限り、彼女は機動力が半端なく高かったし、シグナムを逃がすためにも、あの子もこっちのノリに引っ張らないと。

 

「それとそっちのガンダムデスサイズみたいな子!」

「……? あっ、わたし!?」

「そうそう、そこのマントとスク水に申し訳程度のスカートつけて全国の大きなお友達がハァハァしながら喜びそうな格好してる黒いボディと真っ赤な目の露出狂さん!」

「初対面でそこまで酷いこと言われたの初めてだよ!?」

 

 ほう、どうやら俺は彼女の初めての相手になってしまったらしい。これは後々いろんな責任とかが……ないわ。

 

「君も高町のパートナーなんだろ! 彼女を止めてくれ!! このままシグナムを捕まえたら冤罪だぞ!」

「えっ? そ、そうなの……?」

 

 あっ、なんか生真面目そうな見た目の割にちょろいわこの子。

 

「そうだよ! シグナムはただ夜中に俺と妹が二人で出歩いてたところに声をかけて「君の大事なものもらってもいいかな?」とか言いながら俺の妹に近づき、それを止めようとした俺の健闘むなしく妹は決して他人に触れられてはいけない大事なもの奪われ、疲れ果てた妹が眠ったところにお前らが来ただけだから!」

「ニュアンスがおかしい!」

 

 なぜ最後まで言う前に止めないシグナム。そして俺は別に嘘偽りを言った覚えはまったくないぞ。リンカーコアって他人が触れていいもんじゃないし、大事なものに違いはないからな。

 

「へ、変態だ――――――――っ!?」

「警察! 警察呼ばないと!」

「お前ら警察みたいなもんだろ」

 

 あ、ちなみにこの隙にシグナムは逃げ、俺は後日この二人(黒い子が転校してきやがった)に散々問い詰められた。

 そして透霞に至ってはものすごい哀れみと慈しみの視線を向けていたところから察するに、こいつら未だに騙されてやがった。



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奏曲と高町は、やや仲良し

「夏海奏曲ですが、教室の空気が最悪です」

「言ってる場合じゃないでしょ!」

「そうだね、プロテインだね」

 

 あ、なんか高町のペンダントがヤバい光りかたしてたからふざけるのはこの辺にしとこう。いや、当事者は俺じゃなくて透霞なんだが、まぁ今回の問題をややこしくしたのは俺だし、仕方ないか。

 

「なんであの人をかばったの!」

「あと2年か3年したらモロに俺のストライクゾーンなんだよ!」

「フェイトちゃん、星を(スター)軽く(ライト)ぶっ壊(ブレイカー)していいかな?」

「さすがに学校じゃまずいし、せめて人目のないところに……」

 

 おいフォローになってないぞテスタロッサ。お前まだ露出狂呼ばわりしたの根に持ってんのか。器と懐の小さい奴だ、胸は(小学生にしては)破格のでかさなのに。

 

「まぁマジな話すると、あいつ今回に限ってはなんも悪いことしてないし、何より俺あいつと旧知の仲だからな」

「旧知って……奏曲まだ9歳なのに?」

「言葉のあやだ。考えるな感じろ」

「「何を!?」」

 

 旧知の仲という言葉のオーラみたいな? あれだよ、意味じゃなくニュアンス的なあれ。でもまぁニュアンス的にもおかしいんだけどな。

 

「リンカーコアについてはお互いに同意の上でやったことだし、あとは単なる個人の喧嘩だろ。確かに大人が子供をいじめてるように見えるかもしれないけど、シグナムは手加減してたし、実際じゃれ合いみたいなもんだったぞ」

「そうだとしても管理外世界での魔法の行使は原則禁止されてて……!」

「それこそ知るかって話だよ。お前ら郷に入らば郷に従えって言葉知らないのか? 魔法とか次元世界とかわからん奴らに「お前ら管理外だけど俺の世界の法に従えよ」とか頭おかしいんじゃないのか?」

「そ、それは……」

 

 別に俺は管理局が鬱陶しい上にめんどくさいと思ってるだけで、決して嫌いってわけじゃないぞ? ただこればっかりは反論させてもらわないと、管理局としても不都合なんじゃないかと思うわけで。実際こうして小学生に言い包められちゃってるわけだし。

 

「あと透霞に関しては単に寝てただけだし、俺も肩やられたけどお前らが邪魔しなきゃ治療してもらえるはずだったのに……」

 

 嘘だ。でもこれくらい言わないとこいつ引き下がらないだろ。

 

「あとテスタロッサ、あの後シグナムと念話で話してみたら元々あいつの相手はお前らしいじゃねぇか。やるならせめてお前がタイマンでやれ。高町はヴィータの相手なんだろ? ならお前はそっちだけ集中してろ」

「そんな勝手な理屈で管理局の仕事を……!」

 

 ああ、そういえばテスタロッサのそのセリフでもうひとつ言いたいことを思い出した。

 

「そうそう、あとそれについてもだ高町。お前は元はといえば管理局の民間協力者――ようはアルバイト以下のお手伝いだろ。なら仕事のつもりで手伝うな。手伝うつもりで手伝え」

「それは、どういう……」

「俺は今までお前の『誰かの力になりたいから魔導士になった』ってところに尊敬してた。お前は他人のために頑張れる奴なんだなって、本当にすごい奴だと認めてた。けど昨日のを見て、ちょっとだけ失望した」

 

 少し厳しいようだが、これは俺自身の身勝手な感情だ、誰にも指図される必要はないし、言いたいように言わせてもらおう。

 

「昨日のお前は『仕事だから人助けをしてる』みたいに見えた。手伝いだからって手を抜いていいわけじゃないが、手伝いだからこそもう少し我儘になってみろ。管理局に切られても人助けはできる」

「でも、それじゃ他のみんなに迷惑をかけちゃう……!」

「ったりめーだろ。俺らまだ9歳のガキだぞ? ガキは大人に迷惑かけるのが仕事なんだよ、お前そのままいい子ちゃんで大人になったらロクな人間になんねぇぞ」

「…………」

「ガキの頃に失敗して迷惑かけてダメ出しされて叱られるから、まともな大人になれるんだ。なんの問題も起こさずに育ったガキがいざ大人になってヘマってみろ、きっとそのヘマは取り返しがつかない類のヘマだ」

 

 子供っぽくない言い分だろうが、それだけに子供にとっちゃ反論しづらいだろ。

 こいつらみたいな賢い子供ならなおさらだ。反論するにしても芯が通ってないと意味がないってことをわかってる。あんまり子供としてはいい傾向じゃないが、今だけは都合がいい。

 

「高町、俺はお前を尊敬したい。信頼したい。だからさ、俺がそうできるくらいの我儘や身勝手をしてくれよ、無理に大人になろうとすんな。お前まだ9歳だろ」

「奏曲くん……。うん、わかった……でもアースラのみんなに迷惑かけたくない気持ちもあるの。だから、たぶんシグナムさんとはまた戦わなきゃいけないと思う。ごめんなさいなの……」

「謝るな。昨日は話も聞かず攻撃したから怒っただけで、その『アースラのみんな』を手伝いたいってのは誰に強いられたわけでもないお前の我儘なんだろ? だったら、俺は応援する。がんばれよ高町」

 

 俺の応援がよほどうれしかったのか、高町がやたら嬉しそうな顔をしてたので、あやうく頭を撫でようとして、やめた。こいつクラスの男子に人気あるからな、下手にスキンシップとったり好意的なセリフ吐いたりするとろくなことが起きない。

 

「べっ、別に高町を元気づけるために言ったわけじゃないんだからねっ!」

「アリサちゃんの真似?」

「どういう意味よなのはぁっ!」

 

 単純にツンデレのテンプレを言っただけなのに、高町のボケで予想外な奴が釣れた。

 これだから高町はたまらない。



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八神の妹度が、やばい

 日曜日。俺と透霞は月村に家に遊びにこないかと誘われ、透霞はそれに頷き、俺は断った。バニングスがこれにぎゃあぎゃあ言ってた気もするが、こればかりは本当にただ面倒だから断ったわけじゃなく、ある理由があったからだ。

 その理由というのがこれまた面倒で、あいつらにそれを言うわけにもいかないので、ただ適当なことを言っていた気がする。ちなみに、その理由について透霞にはもう説明をしている。最初こそあーだこーだ言って渋ってたものの、最終的には頷いてくれた。物わかりのいい妹を持って兄さん嬉しいぞ。

 

「……っと、ここか。あいつの家」

 

 俺が向かっていた先は、なんてことのない普通の一軒家。別に親戚の家とかじゃなく、透霞から場所だけは聞いたものの、本当にここが誰の家なのかはわからない。

 だがこの家に住む住人の一人……いや、たぶん4人は、俺の知り合いだ。まぁ、とにかくこのままぼーっと立ち尽くしてても仕方がないので呼び鈴を鳴らす。ぽんぴーん。あ、中から声が聞こえた。どうやら出かけてはいないらしい。

 

「はーい、どちらさまですかー?」

 

 家のドアを開けてひょこっと顔を出したのは、金髪……というよりはクリーム色に近いヘアカラーの女性。ふむ、まぁ予想通りというか、もしかしてはやてちゃんのお友達かしら? とか言われた。

 俺としては誰だよそいつと言いたかったが、透霞から聞いた情報によると、そのはやてちゃん(9歳)が今の闇の書の主らしい。

 

「いや、シグナムさんいます?」

「シグナム? ええ、じゃあちょっと待っててくれる?」

「はい」

 

 うん、たぶん今のがシャマルだな。ヴォルケンリッターって言えば剣の騎士・鉄槌の騎士・湖の騎士・盾の守護獣の4人1組で、剣の騎士であるシグナムが将――ようはリーダー格。

 鉄槌の騎士はオールラウンダーで気性は短気だが根は悪くなく、湖の騎士は温和で気遣いができるがうっかり屋、盾の守護獣は質実剛健、多くを語らないナイスガイ&ナイスわんこ。

 つまり何が言いたいって、今のがシャマルでなければ誰なんだってことだよ、消去法で。

 

 

 

 

「……おはよう、奏曲。なぜここに?」

 

 少し待つと、シグナムはものすんげぇ警戒心丸出しで出てきやがった。

 お前、こないだ戦った後はもう少し友好的だったじゃないか……。おのれ高町&テスタロッサ! あいつらのせいで俺の好感度まで下がってんじゃねーか!

 

「暇だからこないだの件について話でもしようかと思って。あと場所は妹に聞いた」

「お前……仮にも自分を襲った相手に対してそれは警戒心がなさすぎるぞ」

 

 まぁ、うん、それは自分でも同じこと思ったけども、こうでも言わんとお前は警戒しっぱなしだろ。別にお前が襲ってきたりしなければ何もしねーよ。

 

「シグナムなら別にそういう危険はないだろうし、大丈夫だろ。それともお前、いくら実年齢が数百歳とはいえ外見年齢9歳の子供まで守備範囲なのか?」

「そんなわけがあるかっ! ……やれやれ、お前に合わせていると何故か疲れるな」

「タチ悪いだろ?」

「自覚しているのなら直そうとは思わんのかっ!」

 

 思わん。あい・あむ・ふりーだむっ!

 

「まぁいい……せっかく足を運んでくれたんだ、他の皆にも紹介しよう。上がってくれ」

「元々そのつもりで来たが……まさかこうもすんなり入れてくれるとは……。実はお前もけっこう警戒心足りないんじゃね?」

「? なぜだ?」

「だってお前めちゃくちゃ美人だし、器量よし性格よし個人的ストライクゾーンど真ん中。こんな簡単に家の中に入れたら絶対襲われるぞ」

 

 まぁ性格はちょっと問題ある部分もなくはないが。

 

「そ、奏曲……お前なにを……っ」

「生娘じゃあるまいしこのくらいで赤面すんなよ……」

「…………」

「……おいまさかお前、本当に生むs「そこから先を言ったら斬る」……はい」

 

 意外な事実発覚。まさかこれだけの器量もっといて数百年も男といい縁がなかったとか……逆に哀れだ。俺? 俺は前の体の時に妻もいたし子供もいたよ?

 

 

 

 

「まさかシグナムにわたしと同じくらいの歳のお友達がおったやなんて、意外やわぁ」

 

 あの後、しばらくして俺は今代のシグナムたちの主である八神はやてという少女と出会い、お互いのノリが合ったのかいい感じに意気投合した。

 

「そうか? 友達になるのに歳は関係ないと思うけどな。な、シグナム?」

「いや、私はお前と友達になった覚えh「やだなぁシグナム! 俺たち親友じゃないか!」それはもはや脅しだぞ奏曲……」

 

 なんとでも言いやがれ巨乳ポニテ侍。ていうか文句は高町とテスタロッサに言ってくれよ。こうして茶化しちゃいるけど、俺としちゃ本当にあんたと友達になれると思ってんだぞ?

 

「ところで八神」

「はやてでええよ?」

「わかった。じゃあ八神」

「あれえ!?」

 

 はっはっは、ナメんなよ八神。自慢じゃないが俺は2年の頃から高町とは同級生だし、バニングスとは入学したばっかりの頃から付き合いがあるが、未だにあいつらを名前で呼んだことはねぇぞ。

 あ、でもバニングスは呼んだか。あいつの誕生日に王様ゲームして負けたせいで、名前を呼べって命令されたんだっけ。

 まぁ、別に嫌ってわけじゃなくて、実際のところあいつらを呼び捨てで呼ぶのはクラスのファン共に目ぇつけられそうだからってだけなんだが。

 

「騙して悪いがこれも仕事なんでな、からかわせてもらおう」

「奏曲くんの性格がよぉわかった気ぃするわ……」

「ほう、これが愛と友情のシンパs「絶対にちゃう」さいでっか」

 

 関西生まれなんだろうか。ここらではあまり見かけない流暢な関西弁を喋れるとは、方言マニアの俺としては非常に貴重かつ嬉しい存在だ。

 シグナムたちヴォルケンリッターたちのことも大切にしているようだし、他人に迷惑をかけ、ヴォルケンリッターたちを危険なメに遭わせてまで闇の書の完成を急がせるようなことを、この子がするとは思いがたい。

 彼女の後ろに何かしらの力が働いているのか、それともヴォルケンリッターが主の同意や命令を無視してまで蒐集を急いでいるのか。

 

 後者は考えにくい。八神のような子供が闇の書の力を求めるとは思えないし、ヴォルケンリッターたちも主従関係を抜きにして八神を大事にしているようだ。だとしたら、彼女を悲しませるような真似をしてまで、なぜ蒐集を行うのか。

 元々、今日ここに俺が出向いたのは今の闇の書の主がどんな人物なのかを知るためだったし、気に食わない奴ならぶん殴って帰ろうと思ってたが、気が変わった。ヴォルケンリッターが何を考えて蒐集を行っているのかを聞き出す。そしてその理由によっては――、

 

「そういえば八神、お前は魔法ってものを信じるか?」

 

 特に話題もないので、ほんの少し探りを入れる意味も込めて、俺は八神にこんなことを尋ねてみた。もしも俺の外見が大人だったら、間違いなく痛い奴だ。

 

「え……っ?」

「手の届かない場所にあるものを自在に動かしたり、指一本ふれずに物体を宙に浮かせたり、そんなファンタジーをお前は信じる?」

 

 シグナム以外のヴォルケンリッターたちの眼光が、一気に鋭くなった。まぁ、そりゃそうだろう。ただの子供だと思ってた相手が、いきなり魔法の話を主に吹っかけているんだから、こうなって当然。

 シグナムの時もそうだったように、管理局か何かと勘違いされてるのかもしれない。

 

「しん、じるよ……。わたしも、信じる……」

「じゃあもしもお前にそんな魔法の力があったら、お前は何がしたい? ちなみに俺はスケボーとかローラーブレードで空を走りたい」

「空を走る……? 飛ぶんやのーて?」

 

 八神が、不思議そうに俺の目を覗き込んできていた。

 

「ああ、飛ぶだけなら俺の両足はいらない。俺には足があって、きちんと動く。だから、もしも走りたくても走れないな人が目の前にいて、そんな人の前で走らないなんて、きっと侮辱に等しいことなんだと思う」

「もしかして……奏曲くんは、わたしの足のこと知ってるん……?」

「知ってるっていうか、気付いたんだよ。玄関からここまで、やたら手すりがたくさんあって、段差もほとんどなかった。家がバリアフリーに改築されるってことは、一時的なものじゃないんだろ、お前の足」

 

 同情はしない。してどうにかなるならするが、しても八神の足は治らない。だったら、心配こそしても同情はするだけ無駄だろう。

 

「程度の違いこそあるけど、走れない奴からしたら、走れるのに走らない奴は少なからず憎いだろ。空を飛べない奴からしたら、飛べるのに飛ばない奴は少なからず憎いだろ。だから俺は空を走りたいんだ」

「……わたしは、奏曲くんを憎いなんて思てへんよ。ごはんいっぱい食べれる人が食べ残しするんはあんまりええことやないと思うけど、それだけや」

 

 そう言って微笑んだ八神は、かわいいというより、綺麗だった。肉体年齢は俺と変わらないし、精神年齢も歳不相応とはいえ俺よりずっと幼いはずなのに、まるで母親のような温かさを感じさせる笑顔。

 思わず見惚れそうになったものの、実は今よりもっと破壊力のある笑顔を見たことのある俺は、なんとか平常心を保てていた。

 

「それに奏曲くん、言うてることがめちゃくちゃカッコええねんもん」

 

 おどける八神に、俺は疑問符を頭に浮かべた。はて、そんなカッコいいことを俺は言っただろうか。

 別にカッコよくキメられたなら構わんが、いったいどこがカッコよかったんだろう。身に覚えがない。俺のログには何もないな。

 

「だってそれ、ようは『他人のために全力を出す』っちゅうことやろ?」

「えっ!?」

 

 は!? なんだその正統派ヒーローみたいなセリフ! そんなの俺のキャラじゃねぇぞ!?

 

「カッコええなぁ、奏曲くん♪」

「やあああめええええろおおおおおおおおっ!」

 

 この後、散々八神にからかわれた俺はシグナムに慰められた。鬱だ。死にたいとは思わんけど。



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八神家のみんなは、あたたかい

 あれから一時間。八神が昼食も一緒にどうかと誘ってくれたので、俺は八神が料理をしている間に他のヴォルケンリッターにも俺の正体を明かした。

 最初こそ警戒していたヴォルケン……うん、ちょっと長いな。略そう。最初こそ警戒していたヴォルケンズだが、シグナムのフォローもあって、ひとまずは信用してくれたらしい。

 

 とはいっても、今日いきなり現れたばかりということもあって、完全に心を開いてもらったわけじゃない。それはまぁ、当然のことなんだろう。

 でもそれはこいつらが八神を大切にしていることの証明でもある。だから俺も、八神を救い出す方法を探す……気は、ごめん、正直まったくない。

 もちろん、八神を見捨てるとか、そういうわけじゃない。けど俺としては既に八神(の足≒命)を助ける方法……その答えを見出していたりするから、今から探す必要がないだけだ。

 

 もっとも、俺が出したその答えってのは当然ながら理論上のもので、確実に通用するなんて確証はないし、たとえこの理論が実際に通用するものだとしても、成功率は31%(小数点以下は切り捨て)。

 いや、たぶん普通なら一桁台なんだろうし、そう考えれば間違いなくデカい数字だろうが、生憎と俺は友達のためなら妥協しないタチなんだ。よって100%未満は例外なく0に等しい。

 まぁ正直言うと、八神って小さいんだよ。同年代の中でも格別に。つまり、その……なんだ……。

 

「奏曲くん、今日は腕によりをかけるけん、ようけ食べたってな!」

「ああ、期待させてもらうぜ八神。お前のメシ、ギガウマらしいからな」

 

 なんつーか、あれだよ……えっと……。

 

「シぃグぅナぁムぅ……っ!!」

「ど、どうした奏曲……。何をそんなにやつれている?」

「八神が……透霞みたいなこと言ってやがる……!」

 

 透霞(妹)みたいで、ぶっちゃけかなり守ってやりたくなる……。

 

「……シスコンめ」

「ちげえっ!」

 

 透霞はブラコンだけど、俺は断じてシスコンなんかじゃねぇっ!つーかそれ認めたら八神をまともな目で見れなくなる!

 

「いや、言っちゃわりーけど今までの話聞く限りお前かなりシスコンだろ」

「そうねぇ……ちょっと普通の兄妹と比べると、妹さんに過保護よねぇ……」

「……すまん、フォローできん……」

 

 三つ編みロリ、うっかり屋、わんこ……てめえらってやつは……!

 

「あ、奏曲くん唐揚げにレモンとかかける派? わたしらみんなかける派なんやけど、あかんかったらお皿わけるで?」

「んにゃ、別にそこらへん気にしないから八神の思うようにしてくれ。つーか今日いきなり来てメシまでもらってんだ、せめて皿くらい並べとこうか?」

「そんな気にせんでええよ、シグナムはわたしの家族みたいなもんやし、家族のお友達はわたしのお友達やもん。せやからゆっくりしとって」

「友達なら頼れって。それともお前、俺が皿を並べることすら危うく見えるのか?」

 

 こいつちょっと遠慮がちすぎるし、少し強引なくらいがちょうどいいだろ。まだ少し声は小さいが、それなら頼ってみよかな、と関西訛りな小言が聞こえた。

 ん、やっぱ子供は素直が一番だ。ジジくせぇけど、そればっかは痛感する。

 

「……マジで兄妹みたいだ」

「やっぱりシスコンなのかしらね?」

「お前らまだ言ってんのか!」

 

 いい加減しつけぇんだよお前ら! 見ろ! お前らの将が俺のことを「娘はやらんぞ」みたいな目で見てんじゃねぇか! おいちょっと待てレヴァンティンを出すな巨乳侍!!

 

「なんや、そう呼んでほしいんやったら奏曲くん今度から「あんちゃん(はぁと)」て呼んだろか? わたしは大歓迎やで?」

「やめろ。マジでやめろ。頼むからやめてください。お願いします皿持ってるんでできませんけど土下座する思いで頼みますからその呼び方だけは勘弁してください!」

「せやったらわたしのこと「はやて」って名前で呼んでくれる?」

 

 …………。

 

「あんちゃんでいいです……」

「奏曲くんの基準がようわからへん……」

 

 少なくとも、土下座するより嫌なあんちゃん呼びよりも、名前呼びの方がずっと嫌だ。別にあんちゃん呼びが嬉しいってこともないし。こいつにそう呼ばれるくらいならいっそレヴァンティンの錆にされたい。

 

「せや、お箸は来客用のと割り箸があるんやけど、あんちゃんどっちがええ?」

「じゃあ来客用のを借りるわ。消耗品を使わせてもらうのはなんか気が引けるし。あとお前あんちゃん呼びマジで続行するのかよ……」

「あんちゃんがわたしのこと「はやて」って呼んでくれるまでは続けるで」

 

 なんだそのクソ意味のわからん意地は。

 

「っし、並べ終わったな。俺どこ座ればいい?」

「別にうちは定位置とかあらへんし、適当でええよ」

「そうか。んじゃシグナム、隣座るぜ」

 

 本人の了承をもらって、シグナムの隣に座る。八神がテーブルの奥だから、シグナムを挟むと少し遠いが、あいつ寄りに座るのはもう少しヴォルケンズに認められてからでも遅くないだろう。

 それに、今日の俺はシグナムの友人として来てるわけだし、シグナムの近くにいるのはおかしいことじゃないはずだ。

 

「おおっ!? なんだこの唐揚げめっちゃうめぇ! これマジで八神が作ったのかよ! すっげーなお前! 嫁になtt嘘ですシグナムさん睨まんでください」

「そ、そんなことあらへんて。一人暮らし長いから慣れとるだけやし、きっとあんちゃんが料理始めたらすぐ追いつかれてまうよ」

「んなことねーって! 自信もてよ八神。俺、透霞と同じくらい美味いメシ食ったのお前が初めてだ! お前ほんとすっげーよ!」

 

 うっはー! マジでうめぇ! 衣もサクサクしてるし、肉汁が逃げることなくしっかり滲みてるし、ごはんと一緒に食うとうまさ倍増だ!

 ヴィータの『ギガウマ』ってのも、最初は半信半疑だったけど今なら納得できる。八神のメシ、マジでギガウマだ!

 

「そーま、ちょっと塩とってくれ」

「塩? レモンかかってるのにか?」

「別にアタシの勝手じゃねーか。それに、コショウかけるよりはマシだろ」

「ま、そりゃそうだけど。ほれ」

 

 まぁ、俺にこのギガウマって単語を教えてくれたヴィータはっつーと、警戒心……ってよりは攻撃的な態度? をちょっとだけ剥き出しにしてくれてやがる。

 別にただ普通に喋ってる分にはなんら問題ねぇんだけど、さっき八神と仲良くお喋りしたのがこいつの嫉妬を買ったらしい。

 たぶん大好きな姉をとられるような気持ちなんだろう。わからんでもない。俺も透霞がよその男に声をかけられたりしたら……うん、間違いなくロストロギアとしての魔力を全部解放するわ。

 

「ん? おいヴィータ、お前口元にポテトサラダのきゅうりついてんぞ」

「え? えーっと、ここか?」

「ちげーよ逆だ。いやもっと下。もうちょい左……って、ああもう見てらんねぇ! じっとしてろ!」

 

 めんっどくせぇガキだなお前! 先輩だけど!

 

「ほれ、とれたぞ。慌てて食わなくてもメシは逃げねーし、ゆっくり味わえよ。はやての愛情たっぷり入ってんだ、味わかんねーくらい口にかっこんだらもったいねぇだろ」

「うぐっ……わ、わかったよ……。ったく、なんかアタシが悪いみてーだ……」

 

 んなこと言ってねぇだろうに……。エロ巨乳侍といい、ツンデレ三つ編みロリといい、俺の先輩ってイロモノばっかだな……。あ、なんだろう。マジでバニングスとか月村みたいな奴らが恋しい……。

 

「お茶も美味いなぁ……」

「ジジくせーなお前」

(ヴィータ、お前のそのセリフは600歳分くらい威力を増して自分に跳ね返るってこと気付けよ……まぁ永遠のロリだから気にしねぇだろうけど)

(って、そういや奏曲って歳下だっけ……。っぽくねー……)

 

 あ、こいつ今きっと自分で俺よりガキっぽいこと認めたな。

 

 

 

 

 八神がシャマル&ザフィーラと病院に行くというので、シグナム+ヴィータの二人と八神家に取り残されてから数十分。

 現在、シグナム(+ゲームしながら聞き耳を立てているヴィータ)と先日のいざこざの経緯・内容を討論しているところで、これまで大まかにしか教えてなかった俺の正体についても、改めて説明した。 

 俺のロストロギアとしての正式名称は、ソーマ・メイスマン。SS級ロストロギアのひとつで、闇の書ほど絶対的な制圧力・殲滅力・再生力こそ有してはいないものの、夜を裂くような(魔力)光をもたらすとされる魔力結晶。

 わかりやすく言ったところが『魔力の貯金箱』みたいなもので、ソーマとしての俺もまた、裂夜の鎚(=高純度の魔力)の一部ってことになる。

 

 そのため俺の肉体が死を迎えると裂夜の鎚の魔力も微細な魔力粒子として霧散し、まるで花粉のように世界を漂流しながら、大きな魔力を持つ人間として生まれる受精卵に寄生する。

 だが今世、俺は初めて、ほとんど魔力を持たない子供として生まれてしまった。というのも、その寄生した受精卵というのが二卵性双生児の片方で、膨大な魔力を持つのはもう片方の受精卵だったんだ。

 最初はまぁ魔力が少なくてもいいかと思ってた俺だったが、この肉体が1歳になる頃、俺はこの肉体の『本来の持ち主』に自我を奪われそうになった。

 魔力が足りないせいでこの肉体にうまく寄生できなかったのが原因らしい。

 

 別に俺が透霞と同じく転生者ってのだったら自我をくれてやってもよかったが、生憎と俺は『裂夜の鎚』の欠片だ。

 もしも俺が意識を失えば、この肉体の『本来の持ち主』が裂夜の鎚を悪用しないとも限らない。そうなれば、間違いなく膨大な魔力を持つ透霞があぶない。

 だから俺はその日から魔法の使用を禁じて、大気中に漂うほんの微かな魔力を集めて、時間をかけながら魔力と自我をこの肉体に定着させていった。

 幸い、この世界は大気中の魔力も少ないが、それ以上に魔法による戦いが少なく、おかげで、俺はほとんど魔力を無駄遣いせずに済んだ。

 

 だがその直後だった、俺がこの肉体と完全結合した去年某日、高町とテスタロッサによる魔法戦が始まった。透霞が転生者だって知ったのも、その日だ。あいつはもう何年も前から、その日に高町たちが戦うことを知っていた。

 だが、そんな透霞から一歩踏み出す勇気を奪ったのは、今世の俺と透霞の母親だった。俺と透霞の父親は俺たちが2歳の頃に交通事故で死亡、夫を亡くした悲しみから母親は自暴自棄になり、何度も俺たちに暴力をふるった。

 そんな母親からいつもあいつを庇ってたのが、俺だった。そのせいで、あいつは俺に依存した。俺に嫌われることを極端に恐れるようになった。

 

 だから、あいつは高町たちの喧嘩を止めたいのに、何度も止めようとしたのに、それができなかった。ただの喧嘩を止めるだけなら、言葉だけでいいだろう。だがあいつらのは確固たる意志を持った『戦い』だ。

 それを止めるには、地球人が本来持ってるはずのない『デバイス』が必要になる。

 もしもデバイスなんてものを普通の人間に見られたら、初めて手にする力を、まるで最初から知っているかのように使ってしまったら、自分が転生者であることがバレる。

 そして、それがバレるとしたら、一番近くで生活しているはずの兄……俺だと思って、あいつはデバイスを使えなかった。

 

 きっと、転生者という異常さが、透霞にとって一番のコンプレックスなんだろう。それは今も変わらない。だから俺はそんなあいつのコンプレックスを正面からブッ潰してやった。転生者がなんだ、それのどこが問題なんだって言ってやった。

 確かに、あいつがあの肉体に転生したことで、あいつの肉体の『本来の持ち主』の人生は台無しになった。でもそれは俺だって同じだ。

 むしろ俺は、必死に自分の肉体を取り返そうとするこの体の『本来の持ち主』を力ずくで封じ込めて、今こうして生きてる。透霞のやったことが罪なら、俺の罪はもっと重い。

 

 透霞がどんな存在であったとしても、俺に透霞を責める資格なんてないし、そもそも兄ってのは、妹を守ってやるためのもんだ。

 そうやって少しずつ諭して、あいつはようやくデバイスを手にとった。それが透霞とディアフレンドの、真の意味での『出会い』だ。だが同時に、それがあいつの日常を壊す瞬間でもあった。

 

 

 

 

「ま、それで透霞が高町やらテスタロッサやらとガチンコしてくれたおかげで俺の魔力は一気に回復、この肉体の寿命を80年とすると、一日に10分間だけなら肉体強化魔法か飛行魔法のどっちかを使えるようになったわけだ」

「肉体強化魔法と飛行魔法のどっちかだけって……そーま、お前それでよくシグナムと対等にやり合えたな……」

「死に物狂いだったからな。ていうか対等じゃねーよ、防戦一方だったっつーの」

「防戦一方だとしても、シグナム相手に数分以上も持ち堪えりゃ十分ふつーじゃねーよ。お前デバイス持ったら化けるんじゃねーの?」

 

 いや、そりゃ無理だろ……。俺自身がデバイスみたいなもんだし……。ん? あ、いや……確か透霞曰く未来の八神が使ってるユニゾンデバイスはデバイスのくせしてデバイス使ってんだっけ?

 うわー、なんだよそのインド人が日本のカレー粉使ってカレー作ってます的な……いや、違うか?

 

「使えるもんなら使ってみてーけどな。できれば空を走れるような魔法をデフォルトで搭載してるデバイス」

「ねーよそんな都合のいいデバイス」

「最初からあると思ってねぇからこそ「使えるもんなら」って言ってんだよヴィータせ・ん・ぱ・い」

「気持ち悪っ!?」

 

 ふはははは! どうだヴィータ! 俺みたいな(ロストロギアの歴史と感覚的に)新人のガキに先輩扱いされる気分は! さぞキモいことだろう!

 今のお前視点から見た俺を表すとしたら、『たいしてハンサムでもダンディでもなく、ましてショタ顔などでは絶対にない29歳10カ月のヒゲメタボ野郎がめちゃくちゃ可愛いフリルのついたゴスロリ服着て媚びたような猫なで声しながら語尾に「にゃん」とかつけてる』状態だ!

 うっわキモっ……。

 

「さて、冗談はさておきシグナムさんや」

「うむ、主と闇の書の相互関係についてだな」

「いやまだなんも言ってねぇし。その通りだけど……」

「一度でも剣を交えた相手のことならばすぐにわかるさ」

 

 剣は交えてねーよ。お前は剣だったけど俺のは剣じゃなくて拳だ。剣なんか使ってたら交える前に即死しとるわっ!

 

「あったまいてー……。まぁいい、じゃあ俺の考えから言おうか」

「そうだな。我々の考えはほとんど固定してしまっている。どんなに見当違いでもいいから、新しい見方を考える必要がある」

 

 こ、こいつ……天然なのか知らんがすげえ失礼なことを平然と言いやがった……。

 

「見当違いと最初(ハナ)っから決めつけんのやめてくれませんかね。普通の奴ならともかく、俺はこれでもロストロギアの管制人格だぞ」

「……お前さっき裂夜の鎚の魔力の欠片とか言ってなかったか」

「欠片だぞ? 管制人格だってプログラムの一部だからな。裂夜の鎚が金庫なら、俺のことは金庫番みたいなもんだと思え」

 

 おいなんだよその「お前が金庫番でその金庫はホントに安全なのか?」とでも言いたげな目は。これでもちゃんとソーマ・メイスマンとしての仕事はこなしてんだぞ!

 

「そういえば奏曲、お前が蓄えている魔力は今どれくらいなんだ?」

「ん? ああ、こないだお前に襲われてけっこう使っちまったしなぁ……たぶん最大容量のの0.0027%くらいかな」

「少ねーな、大丈夫なのかy「まぁ0.0027%って言ってもカートリッジ900個分くらいはあるんだけど」少なくねーじゃん!?」

 

 だから全体比だっつってんだろ三つ編みアホ毛ロリ。

 

「言っとくけど、闇の書のページが全部埋まった状態で飲み込んだとしても2桁すら行かないからな。お前らのリンカーコアを丸ごと貰ったとしても、そんなのまったく数にもならない」

「お前のリンカーコアからまったく魔力を感じないのは魔力が少ないのではなく、リンカーコアの容量が大きすぎて感じ取れなかっただけか……」

「ほしけりゃやろうか? 0.0003%くらい。たぶん全体の半分くらいはページ埋まるぞ。魔力を貯蔵する金庫の金庫番ってだけあって、こと純粋な魔力の扱いに限ってはスペシャリストだし」

 

 俺の提案に、シグナムとヴィータは身を乗り出して「いいのか!?」と聞いてきた。

 まぁ別にこいつらに魔力やって困ることっていったら闇の書が覚醒することくらいだし、その先にあるものをこいつらは知らねぇだろうけど……そこは俺がなんとかするしな。

 なんにせよ、八神を助けるにゃこれが一番手っ取り早い。100%の『道』は、もう見えてるしな。

 

 

 

 

 昼の3時。街の中心街を基準とすると、俺と八神の家はかんっぺきに真逆であるため、ちょっと早いがお暇することにした。

 シグナムとヴィータ曰く、八神はもう少しすれば戻ってくるらしいので、このままではまるで俺があいつを避けているみたいで気が引けたが、夕飯の都合もあって昼食の礼と別れの挨拶はシグナムたちに頼んでおいた。

 結局のところ、あいつらは俺――ソーマ・メイスマンの管理している『裂夜の鎚』の魔力を受け取ることを辞退した。

 別に俺はあいつらを何かしらの目的のために利用したいわけでも、恩を着せたいわけでもないと説明はしたのだが、あいつら……特にシグナムが、頑なに拒んだ。

 

『私は先日の戦いでお前と出会い、戦いの中でお前という人物を知り、そして今日こうして多くを語り合ったことで、お前が利害や魔法技術などに関係なく信頼できる存在だとわかった……』

『だったら、別に遠慮なんていらねぇだろ。俺はただ俺の身勝手で八神を助けようとしてるだけだ、誰に強要されたわけでも、八神を憐れんでるわけでもない。シグナムが求めるなら、友としてそれを叶えたいだけなんだ』

『ああ、それはわかっている。奏曲がどれほど純粋な想いでその魔力を差し出すと言ってくれていることはわかっている。だが……だからこそ私は、お前の魔力を闇の書の餌になどしたくないんだ……』

 

 いやー、あの時のシグナムの表情にはドキっとしたわー。普段は凛としてる女が(友情的な意味で)縋りながら涙目になってるのはかなりクるものがあると俺は学んだね。

 

『……じゃあシグナム、次に蒐集をする時は俺も付き合わせろ』

『蒐集に……?』

 

 だからってわけじゃないが、俺はシグナムにひとつ提案をしてみた。赤の他人でただの魔導士だったら理由も聞かず却下されたかもしれないが、俺はロストロギアってこともあって、即却下ということはされなかった。

 

『相手のリンカーコアに接続して、リンカーコアそのものを摘出することなく、裂夜の鎚を経由してリンカーコアが内包する魔力だけを闇の書に供給してやる』

『そ、そんなことができるのか!?』

『前に闇の書の魔力蒐集手段を効率悪いっつったのは、そういう理由だからな。言ったろ、俺は魔力の扱いに関してはスペシャリストなんだ』

 

 あの時の唖然とした表情のシグナムは可愛かったなぁ……。まぁ本人に聞いたところによると、守護騎士プログラムの外見設定年齢は19歳……つまり永遠にギリギリ守備範囲外。くそぅ……くそぅ……っ!!

 

『だが、お前は飛行魔法を10分しか使えないのだろう? 気持ちは嬉しいが、さすがにそれでは……』

『俺にとって1分は100秒だ、10分は16分40秒! お前は騎士だからわからないかもしれないけどな、拳闘士の戦いってのは意外と体力勝負じゃない……1分を永遠と言い切るだけのスピードが拳闘士なんだ』

『1分を……永遠と言い切る速攻……』

『まぁその分、騎士じゃありえないような不意討ちも騙し討ちもするんだけどな』

 

 その後、シグナムには呆れられたような目で見られた。

 一部のソッチ趣味の人なら悦ぶのかもしれないが、どうやら俺にそのケはないようだ。

 ともあれ、今度の魔力蒐集の際には俺も同行することを認めてもらい、番号とアドレスを交換した。

 

 ……あれっ? 今思うと前回よりシグナムさん俺にデレてね?

 

 …………。

 気のせいだろう。

 気のせいであれ。

 気のせいだといいな。

 気のせい万歳!

 

 

 

 

「……はぁ」

 

 一時間半ほど歩いて、ようやく自宅のある住宅団地に戻ってきた。こういう時、全身に満ち満ちている若い活力には感謝するが、同時にこのクソ短い足には殺意が湧く。格闘家にとって手足のリーチは死活問題なんだぞ!

 あ、ややこしいだろうから説明しとくと、格闘家というのは格闘技術を学び修めた者、修めようとしている者を指し、拳闘士というのは実戦において武器を使わず戦う者を意味する。

 もちろん原義は知らないから正しくはないだろうが、俺はそういう風に使い分けている。だからあくまで俺個人の区分けだ。

 

 簡単に言うと、格闘技術を習得した者・しようとする者の総称が格闘家。習得しているか否かは別として、実戦で格闘を行う者が拳闘士。

 だから俺は格闘家であると同時に拳闘士でもある。まぁどんな格闘術を学んだかというと、ン百年という時の中で無節操に色々と学んだから、原型は忘れた。

 

 とりあえず、ごちゃごちゃ混ぜても力を失わない型っていうのは、正拳くらいだってことがよくわかった。いや、正拳ってごちゃごちゃ混ぜる以前にどれもこれもほとんど型が変わらなかったし。

 もちろん、拳の握りとか体重移動の流れとか、全身を捻るか捻らないか、捻るなら同時なのか僅かに各部位ごとなのか、右で正拳を打つ場合に左手はどこに置くか、細部まで述べれば正拳もかなり奥深い。

 だが、だからこそ『組み合わせ』や『使い分け』が可能だったし、俺もこの拳に絶対的な自信を持てた。

 

 閑話休題。

 

「透霞は……まだ月村の家か」

 

 玄関の靴箱の下を確認すると、まだ透霞は帰ってきてないようだった。

 俺ン家の靴箱は玄関のタイルの上にそのまま底をつけるタイプではなく、底に足がついているタイプで、タイルと靴箱の底の間には30cmほどの隙間がある。

 普段から使う靴は、たいがいその隙間に置いていて、靴箱の中にはビーチサンダルや礼装用の革靴、もう履けなくなった靴などが収納されている。

 

「どうすっかな、透霞いねぇとメシが……」

 

 俺に作れる料理といえば、既に炊かれている白米を使ったおにぎりと目玉焼きくらいのもので、白米が炊かれていないと炊飯器の使い方すらわからない。

 これについて、俺は人並みにはコンプレックスを抱いているものの、透霞が「兄さんができないことがあるの? じゃあそれ直さないでね! わたしがやるから!」と満面の笑みで言われてしまい、修復できなくなった。

 おかげであいつは9歳にして恐ろしいほどの料理スキルを誇っている。自分が朝に弱いことも自覚しているので、夕飯を作ると同時に、翌日の朝食と弁当も作ってくれる。改めて考えてみると俺の妹すげえ。

 

 いや、一度だけ「さすがに玉子焼きくらいは」と思ってチャレンジしたことはあるのだが、その時は透霞に過去最大規模の号泣をされた。

 本人曰く「兄さんに何かしたいの! 兄さんに必要だって言われたいのっ!」とのことで、現実に可愛い妹などいないと思っていた当時の俺に衝撃を与えた。あの時の透霞マジで可愛かった。シスコンじゃない。シスコンでは断じてない。

 あれは透霞が妹だから可愛いのではなく、透霞が透霞だから可愛いんだ。……あいつが帰ってきたら思いっきりなでなでしてやろう。

 

「でも月村の家に行っただけなら、さすがに遅いな」

 

 バニングスと月村と高町なら4時には帰れるように時間を気にかけてくれるはずなんだが……何かあったのか?

 まさか帰り道で事故とかじゃないだろうな……。それとも不審者に誘拐されてたり……。

 

「……まずい、透霞はそこらの奴らより段違いに可愛いから襲われてるかもしれない!!」

 

 シスコン補正とかではない。極めてまともな第三者視点から導き出しされた一般論だ!

 

「透霞っ!」

 

 すぐにでも助けに行かなければと思って玄関のドアノブに手をかけようとすると、

 

「ただいまー!」

「へぶらっ!」

 

 勢いよくドアが開いて、勢い余った俺はごろごろと転がり、玄関の柵に直撃した。

 

「……なにしてんの兄さん」

「……別になにも。むしろお前こそ帰ってくるの遅かったけどなにしてた?」

「なにって、おみそとお豆腐がもうなかったから帰りついでに買ってきただけだよ」

 

 ……次の休日にでも貯金をおろして透霞にも携帯を持ち歩かせようと決意した。普段はいつも一緒にいるから2人で1つだったけど、さすがにまずい。

 

「透霞、来週の日曜に携帯ショップ行こう。お前のやつ買ってやる」

「えー……わたし兄さんと一緒にひとつの使いたいよ……」

「ああもうてめぇ可愛いこと言うんじゃねぇよ買いづれぇだろうがッ!」

「えへー♪」



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バニングスのことを、大切に想ってた

 翌日。相も変わらず朝に弱い透霞を布団から引きずり出し、ご飯を口の中に押し込み、歯を磨いてやり、背中におぶって登校した俺は、これまた相変わらず飽きもしないで話しかけてくるバニングスに辟易していた。

 元々、透霞がこうまで朝が苦手でなければ、俺だって立ち上がる気が出ないくらい朝に弱いのだから、バニングスのような頭に響くような声をあまり聞きたくない。

 無論、それに関しては別にバニングスが悪いわけではないので、口に出すことはしない。

 

「ちょっと奏曲! あんたちゃんとあたしの話きいてるの!?」

 

 ……しないのだが、昨日は透霞がホラー映画のDVDを見ていて、それに付き合わされた挙句にぐしゅぐしゅと泣きじゃくる透霞を慰めてたせいで、特に夜寝るのが遅かった。

 そのせいで、イライラしていたというか……ちょっと頭おかしくなってたというか……もちろんなんの理由もなく友達(しかも女の子)に暴力を振るったわけではなく、その、えっと、あー……。

 

「聞いてるよ……聞いてるから寝かせてくれ。或いは俺と一緒に寝てくれ」

「……えっ……?」

 

 うん、言葉が足りなかったっつーかね? なんかものすんげぇ拙いこと言っちゃった気がするんだよ。

 そしてしばらく目の前で顔を真っ赤にしながらぼーっとしてるバニングスと、俺たちを見る周囲の生徒(主に女子)の視線が明らかに普通じゃないことに気づいて、俺は自分が何を言ったのか理解した。

 

「ちっ、違っ……! そうじゃないんだバニングス! 俺はただお前を抱いて一緒に寝ようと……!」

「抱っ……!?」

 

 バニングスが煙出してぶっ倒れたー!?

 

「そ、奏曲くん、それたぶん逆効果なんじゃないかな……?」

「えっ!? あっ、しまった! おいバニングス起きろ! せめて弁明を聞いてから気絶しろおおおおおおっ!!」

 

 

 

 

 休み時間を挟み、次の授業中。ひとまず教室のあちらこちらで「夏海くんとバニングスさんってそういう……」「きゃーっ、アリサちゃんおとなーっ」などなどの声が聞こえ始めてきたため、俺は月村に事態の収拾を任せてバニングスを保健室に運んだ。

 俺とバニングスが教室を出る時には男子からの殺意と女子からの黄色い声(何に対するものなのかはもはや敢えて言うまい)は、もう気付かないフリをした。ごめん透霞、お前の兄さん明日から不登校児になるかもしれない。

 

「う、うぅ……ばかそうま……!」

 

 夢の中でまで俺とのアホなかけあいをしているんだろうか。振り返ってみれば、俺の中の思い出に一番多くいるのは当然ながら透霞だが、それに次ぐのはバニングスだった。

 俺がバカをすればこいつがツッこんでくれて、月村が天然発言をすれば俺とバニングスが二人してツッこむ時もあったし、透霞を安心して預けられるのも、正直バニングスと月村くらいだろう。高町ですら不安だ。

 

「……誰も見てないよな?」

 

 きょろきょろと周りを見渡して、ベッドで眠るバニングスの頭を撫でてやると、魘される声が増した。

 おいバニングス、いくら俺が普段お前に面倒かけてるからって「あんたが私に優しくするだなんて寒気がする」とか寝言で言うな、マジで傷付く。

 しかしまぁ、そうやって夢の中でまでバカ言えるのは、俺たちが互いを本当に親友だと思っているからだろう。……だよな? まさかマジでうざがってたりしないよな?

 

「バニングス……」

「そうま……」

 

 また、寝顔ながら眉間に皺が寄った。あ、もうこれ登校拒否じゃなくて首吊ろうかな。バニングスと友達じゃなくなったら生きていける自信ないわ。……どうせ死ぬなら遺言代わりにいやがらせでもしてやろう。

 そう思って、俺はバニングスに覆いかぶさるように上半身を近付けた。綺麗な髪だ。肌触りもいいし、天然に加えてバニングス自身も気をかけているんだろうとすぐにわかった。

 肌も、まるで人形のように透き通っているのに、柔らかさは小学生特有以上のものがあった。たぶん大人になっても柔らかいんだろう。せっかくだから、と眠る彼女の頬に触れて、顔を近づけていく。そして――、

 

「アリサ」

 

 なんて、普段なら絶対に呼んでやらない言葉で彼女を呼んだ。すると、

 

「~~~~っ!?」

「あ、起き……うおっ!?」

 

 そんな俺の言葉に、眠っていながらも驚いたのか、バニングスは突然ぱっちりと顔を開け、顔を真っ赤にしながら飛び起きた。……が、タイミングと状況――に加えて場所まで、TPO全てが悪かった。

 

 時――授業中。バニングスは起きたばかり。

 場所――二人きりの保健室。お互い顔が至近距離。

 状況――バニングスに覆いかぶさるような俺。突然起き上ったバニングス。

 

 これらから導き出される未来というのは当然ながら限られていて、俺とバニングスはその未来の例外にはなりえなかったらしい。

 

「むぐっ……!?」

「んむ……っ!?」

 

 目と目が合うだけならまだよかった。唇と唇は……たぶんバニングスの親父さんによって物理的にも社会的にも殺されかねない。まぁ、つまり、その、えっと、ようは、あれだよあれ……。

 

「ぷはぁっ……!」

 

 先に離れたのは俺だった。バニングスは未だに何が起きたのか理解できないような、呆けた表情でどこでもない場所を見つめている。

 

「……死にたい」

「……っ!」

 

 俺が罪悪感に苛まれて口にした言葉に、バニングスがびくん、と大袈裟に体を跳ねさせた。

 

「……よ、……れ……」

「え……?」

 

 そして少し間をおくと、バニングスはわなわなと震え出し、そして叫んだ。

 

「何よそれ……! そんなに……そんなにあたしとキスしたくなかったの!? そんなにあたしが嫌なの!? 死にたいほどあたしが嫌いなの!?」

「え? あ、いや……そういうわけじゃ……」

「もういいわよ! どうせあんたはあたしを男子と同じように思ってるんでしょ!」

 

 そう言ってベッドを放り投げ、保健室を出ていくバニングスの目には、絶対にあいつからは見たくなかったものが溜まっていた。

 

「……俺が、泣かせたのか……?」

 

 俺が、勘違いであるにせよあいつを男子のように扱っていたから……? 俺が、バニングスを女の子として仲良くしてなかったから……?

 

「……んなわけあるかっ!」

 

 男子みたいに扱ってたわけじゃない! 俺はバニングスが一番の親友だと思ってたんだ! だから遠慮したくなかった!

 女の子として見てなかったわけじゃない! 俺はバニングスの女らしさを知ってるから女の部分だけを見て軽蔑されたくなかった! ぎこちない関係になりたくなかった!

 

「バニングス……あんにゃろ勝手な解釈して面倒ひろげたらぶん殴ってやる!」

 

 俺はすぐに、勝手な解釈で勝手な勘違いして勝手に俺の気持ちを決めつけた身勝手お嬢さまを追いかけた。……いや、半分くらいは俺が悪いけどね!

 

 

 

 

 真っ先に向かったのは、授業中の教室だった。いくらバニングスが強気な奴だからといって、根のところは真面目な優等生。

 喧嘩というかどうかもわからない現状に耐えきれず逃げたとしても、学校を抜け出すようなことはしないだろうと思って、俺は教室に入った。

 

「バニングス!」

「……夏海君、今は授業中……」

「先生、バニングス来ませんでしたか!?」

 

 先生が何が困ったようにごにょごにょ言っていたが、無視させてもらう。俺がYes/Noで答えろと言ったら、後者を指してくれた。ふむ、ここには来ていないらしい。じゃあ用はない。

 

「ちょっ!? 夏海君、授業は!?」

「すみませんがサボります! 今はバニングスが第一なんです!」

 

 またクラスメートたちが何か言ってた気もするが、もう気にもならなかった。さっきまでは恥ずかしくて仕方がなかったが、たぶんそれがバニングスに対する『距離感』故のものだったんだろう。

 俺はあいつに遠慮しないと決めてたのに、心のどこかが女の子だってことを知ってて、最低限の間をおいてたのかもしれない。

 だからその中途半端さが、あいつの心を傷付けたんだ。遠慮しないで心にずかずか踏み込んでおいて、いざってところで尻ごみしてた。

 あいつもバカだが、俺はそれ以上のバカだった。俺はあいつの親友なのに、あいつのいない生活なんて考えただけで寒気がするのに、そんなに大切なものを雑に扱ってた。

 

「バニングス……!」

 

 バニングスの隣に俺がいて、俺の隣にバニングスがいる。そんな毎日を、こんなくだらない勘違いで終わらせてたまるか。

 

「バニングス……! バニングス……ッ!」

 

 

 

 

 気付けば、俺は自分が身体強化の魔法を使っていることにも気付かず、学校を飛び出し街へと出ていた。

 バニングスの歩幅は一般的な女子児童と大差ない、街に出たとはいっても、通学路の途中で出会うだろう。そう思って飛び出した。だが、行けども行けどもバニングスの姿が見えない。

 

 気付いたら、とてもバニングスの歩幅では来られないようなところまで走っていた。どこかで見逃したのだろうか。

 いや、ここに至るまで大きな通りはほとんど一本道。十字路もあったが見通しはよく、バニングスのような特徴的な容姿をした少女が歩いていたらすぐにわかる。

 だとしたら、細い抜け道や路地裏か。そういえば、この辺りでは最近、下校時の女子小中学生が襲われそうになった事件があったことを思い出し、俺は鏡を見るまでもなく自分が青ざめた顔をしていると自覚した。

 

「バニングス……ッ!」

 

 どうか、この背に走る氷の稲妻にも似た感覚が、ただの気のせいでありますように。

 

 

 

 

「いやぁっ! はなしてっ!」

「っせぇ! 騒ぐんじゃねぇ!」

 

 同刻。小学校の通学路を逸れた路地で、奏曲の悪い予感は的中していた。両手を布のロープで後ろ手に縛りつけられ、水道管に繋がれているアリサに厭らしい笑みを浮かべて近付く20代後半の男3人と30代前半の男2人。

 そんな彼らが近付くたびに、何をするつもりか知らないが自由をきかせたまま縛ろうとしない両足を使って牽制するアリサ。

 男たちはそんなアリサの抵抗も「おお怖い怖い」とニヤニヤと笑いながらおどけて見せ、彼女の必死な抵抗を愉しんでいるかのようだった。

 

「いけないなぁ、みんなが頑張ってお勉強してる時間に学校を抜け出したりしちゃあ……」

「そうそう、それに君くらいの歳ならこういうことに興味がないわけでもないだろ? 愉しもうよ、どうせ足掻いたって無駄なんだしさぁ!」

 

 そう言って、アリサの服に手をかけようとする男。手を縛るロープが緩む様子はない。さっきまでの抵抗が無駄であったことを証明するように、男は彼女の蹴りを無視して近付いてくる。

 幼いながらも聡明なアリサの頭脳は、これから自分に降りかかる恐怖を、察するまでもなく理解してしまった。

 

「いや……いやいやいやぁっ!」

「そう暴れなさんな、痛ぇのは最初だけだ」

 

 その手が、アリサの制服を引き千切ろうとする、その瞬間――

 

 

「おい、お前ら俺のアリサに何しようとした?」

 

 

 未だかつてない怒気を隠すこともせず、七色に変色し続ける両目をギラつかせた夏海奏曲が、その手に血まみれになった30代の男2人を持って現れた。

 

 

 

 

 俺が一日に使っていい魔力を遥かに超過してバニングスの声を捉え、あいつの下に駆け付けた時、バニングスは泣いていた。

 

 理由なんて察するまでもない。恐怖、不安、悪寒……いくらでも言葉はあるが、それら全てを用いてもバニングスの零した涙は表しきれない。

 たんぽぽと表現するほど子供っぽくもなく、百合と言うほど儚くもないが、バニングスの笑顔は向日葵。

 本人が心から見せてくれる笑顔は、愛だとか恋だとかそういうのを抜きにして幸せにしてくれる。友達として誇れるような最高の笑顔。なのに……あいつらはそんなバニングスの笑顔を壊した。

 

 いや、先に壊したのは俺なんだろう。それについては許してもらうまで謝り通すつもりだし、たとえ絶交されてもあいつに尽くして謝罪し続けると決めた。

 だけど、あいつらは違う。あいつらは自分たちの身勝手な理由でバニングスを泣かせて、バニングスの心を傷付けて、バニングスが泣いてもやめようとしない。

 女を泣かせていいのはな、手遅れになる前にきちんと理由を話して謝る気がある奴か、あるいは嬉し泣きさせる奴だけだ。自分の大切な女の子が泣いてるのに何もしないだなんて、俺にはコンマ1秒だって出来るわけがなかった。

 

 

 

 

「…………」

 

 気付けば、コンクリートの壁に付着した赤いまだら模様と、七色に変化する2つの残光が空に線を描く光景だけが記憶に残っていた。

 立っているのは、身長136cmの小学生。彼の足元には5つの生きた屍が転がっていて、1人の例外もなく、どこかしらの四肢が変な方向にひしゃげている。

 

「……大丈夫か、バニングス」

 

 そうやって声をかけてくる彼の瞳は、いつもの黒いカラーコンタクトをはずしていて、いつもあたしが「キモい」と言っていた七色だった。

 あたしはまだ恐怖が抜け切っていないせいか自由に動けず、ただ彼が助けにきてくれたという事実に喜びながらも、さっきの……保健室の会話のせいで、少し気まずかった。

 そんなあたしが無言でいる間に奏曲はロープを解き、乱れたあたしの服を直すと、優しく、強く、抱きしめてくれた。

 

「ごめんな……! 俺がもっとちゃんとしてたら、お前が学校飛び出すこともなくて、こんな怖い目に遭うこともなかったのにな……! ごめん……ごめんなバニングス……!」

 

 抱きしめてくれた、というよりも、奏曲自身があたしに縋りたかったのかもしれない。あたしが少しでも表情を顰めると、何度も謝りながら、あたしを心配してくれた。

 

「大丈夫、ちょっと苦しかっただけ」

「そ、そうか……。けど、よかった……お前があいつらに取り返しのつかないことをされる前に助けられて、本当によかった……! 怖かった……バニングスに何かあったらと思うと、俺は……っ!!」

 

 少し前までとは逆転して、今度は奏曲が泣きそうになっていた。

 保健室で起きたアレで、死にたいって言ってたくせに、と冗談っぽく(けれど9割9分本気で探りを入れるつもりで)訊いてみたら、あれは別にあたしとのキスが嫌だったわけじゃなかったらしい。

 あたしの唇をあんな状況で、しかも事故なんかで奪ってしまったことに対する自己嫌悪に加え、あたしの将来を想うが故の、「死にたい」発言だったみたいで、それはそれで声を荒げてしまうほど恥ずかしかった。

 

「バニングス、お前をこうさせた俺が言う資格なんてないかもしれないけど、もしも次にこうやって喧嘩する時は殴ってくれても怒鳴ってくれてもいいから、俺の前からいなくならないでくれ……!」

 

 そう言って、あたしが生きてることを確かめるように縋る力を強くした奏曲は、しばらくしてようやく落ち着いたのか、立ちあがって手を差し出し、何かに気付いたようにそれをやめた。

 見てみれば、その手にはさっきの男たちとの戦いで大量の血がべっとりと付着していて、見るだけでかなり引くような光景だった。

 

 だけど、そんな奏曲の手が赤いのは、あたしをあの男たちから守ってくれたおかげで、泣いてるあたしを見て、奏曲が怒ってくれた証。

 昔からそうだった。いつもバカばっかりやって、いっつもあたしに対して男子たちと同じように遠慮もなく接してくるくせに、変なところで女子として見てくれて……。

 だからあたしは奏曲との関係に不満を持ってた。性別なんて関係なく親友なのに女子として見られて、女子として見てくれてるくせに男子みたいな扱いをして……。

 

 あたしの女性としての魅力が、奏曲にとってどうでもいいものなのかと思って、悲しかった。

 思い返してみれば、あのキスだって、別に嫌なわけじゃなかった。望んだわけじゃないし、事故だけど、あたしにとってあいつは男子の中じゃ一番の友達。親友の中の親友。

 すずかと同じくらい、あたしにとっては大切な親友だった。だから、嫌なわけがない。どうせ事故なら、相手が奏曲でよかったとも思ってる。

 

「……バカね、あたしがあんたの前からいなくなるわけないじゃない……」

「けどっ……!」

「あたしのピンチには、たとえどんな時だってあんたが助けてくれる……それがわかったんだから。そうでしょ?」

 

 

-あたしのヒーローさん-



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アリサとすずかは、奏曲の親友

 俺とバニングスが教室に戻ると、既に午前の授業は終わりを迎えていた。

 もちろんながら、戻るなり先生に思い切り怒られ、なぜか俺だけが頭にゲンコツをもらったが、文句を言うつもりはなかった。

 そして一通りの説教を受け終えると、今度はクラスの奴らが押し寄せてきた。何人かの勇気ある男子はグーで殴ってきたが、とりあえず避けて蹴り返しておいた。

 女子の方は、まぁ想像の通りというか、黄色い声がやばかったが、どうにか俺とバニングスの関係が『親友』であることは(本当に心からかどうかはともかくとして)信じてもらえたようだ。

 

 

 

 

 さて、そんな俺が今どこで何をしているのかというと、教室で大人しくメシを食っているわけじゃない。

 いや、メシは確かに食ってるんだが、教室ではない。あそこは今、俺とバニングスにとっては恐ろしすぎる魔窟と化している。

 わざわざ説明する必要なんてないだろうが、暇さえあればこっちの都合なんて関係なく押し寄せる質問責めのせいだ。

 

「バニングス」

「はい、塩」

 

 よって、俺とバニングスは見つかりやすい定番スポットの屋上や保健室ではなく、人に見つからない非常階段に腰掛けてそよ風を楽しみながらのランチタイムだ。

 もっとも、二人きりというわけでもないから見つかっても問題はないんだろうが、そのメンツというのが――、

 

「兄さん兄さん! 今日のお芋の煮っ転がしどうかな! 自信作なんだよ!」

「今日のお茶はニルギリのアイスティーなんだけど、アリサちゃんも飲む?」

「ありがとすずか、じゃあもらおうかしら」

「なのは、ぼーっとしてるとお茶こぼれるよ」

「ふぇっ!? あっ! あぶなかったぁ……ありがとうフェイトちゃん♪」

 

 どういうわけかクラス……いやこの学校の美人どころ全員(約一名は贔屓目も含む)であって、まるで安っぽいエロゲの主人公みたいな状態になっていた。

 は? ハーレムみたいで羨ましいだと? なら替わってやるよ、今すぐにでも。ただしバニングスと月村と透霞に手を出したら顔面の原型なくなるくらいボコるからな。

 高町とテスタロッサ? ……まぁ本人たちに了承を得てればいいんじゃね。あ、でも泣かせたら同じようにボコるからな。ていうかバニングス、お前これだけ面倒な状況なのに隣に座るのやめろよ、状況が悪化するぞ。

 

「バニングス、ちょっと離れてくれ」

「別にいまさら近付こうが離れようが変わんないわよ」

「……それもそうか」

 

 なんで離れろと言ったのかという理由は言うまでもなく察してくれてるあたり、やっぱ親友だなぁ俺たち、と痛感する。ホント、俺はいい友達を持ったよ――

 

「じゃあお前は今日から俺の嫁な」

「どういう思考回路でそうなったのよ!?」

 

 ――暇さえあれば弄り倒したくなるくらいには。

 

「えっ、今日からなの? もうなってるんじゃなくて?」

「あ、そっか。まだ夫婦じゃなくて恋人だもんね」

「「お前ら/あんたら 表に出ろ」」

 

 まぁ、下手なこと言うとこうやって透霞と高町の天然ボケコンボによるカウンターが来るからリスキーっちゃリスキーではあるんだが。

 ていうか月村、お前は苦笑いしてないで少しはストッパーの仕事をまっとうしろ。は? 実力行使じゃない限りしない? うっさい、いいからやれ。

 あとテスタロッサ、お前は止める止めない以前におろおろすんのやめろ。ボケるかツッこむか悪ノリするか第三者を決め込むか、この4つからどれかをこなすのがギャグパートの鉄則だ。

 

「ていうか奏曲、あんたいい加減その苗字呼びやめなさいよ。前から言ってるけど」

「もう三年も一緒なのにね。クラスが同じになったのは去年からだけど」

「奇跡的に高町と遭遇しなかったよな」

「遭遇!? わたしクマさんか何かなの!?」

 

 はっはっは、クマならまだ可愛い方だ。

(透霞曰く)将来的に街ひとつ破壊する砲撃をぶっ放すクマなんていないからなぁ!

 

「透霞以外の奴を名前呼びするのは高町を有能な魔導士だと認めるよりも数千倍は嫌だ」

「どういうこと!?」

「ああ、それはかなり嫌ね。あたしが悪かったわ、ごめん奏曲」

「そこで謝らないでよ!?」

 

 録画したいわ、この光景(カオス)

 

「で、アリサとすずか、放課後ヒマなら付き合え」

「いいわよ……って、えっ?」

「そ、奏曲くん……今、わたしとアリサちゃんの名前……」

「なんだ、呼んでいいんじゃなかったのか」

 

 別に名前で呼ぶだけで友達が喜ぶなら、俺にとっても嫌悪感より嬉しさの方が大きいからな。これくらいなら別にいいだろ。

 

「奏曲くん奏曲くん! わたしのことも呼んで!」

「なんだ高町」

「そんなことだろうと思ってたけどやっぱりひどい!?」

 

 わかってたならやるなよ。マゾかお前。

 

 

 

 

 食事を終えて放課後を迎える頃には、クラスの連中もそれなりに落ち着きを取り戻したようで、俺とバニ……じゃなくて、俺とアリサとすずかは昼休みの約束通り一緒に帰ることになった。

 高町やテスタロッサも一緒にどうかと二人は誘っていたらしいが、あいつらはあいつらなりに気を遣ってくれたらしく、透霞を連れてあちらも三人揃って帰路についた。

 いや、じゃあ途中まで通学路同じだろうと思うだろうが、今日は道草を食う気満々で誘ったので、アリサとすずかもそれを察して何も言おうとはしなかった。普段ならまっすぐ帰れとか言うだろうが。

 

「しかし久しぶりだな、俺たち三人だけで帰るなんて」

「ここ最近はなのはちゃんたちも一緒だったもんね」

「懐かしいって言うほど老けてないはずなのに、言いたくなるわね」

 

 周囲からはあまり評判のよくないにやにやとした俺の笑い方をいまさらになって指摘することなく、アリサとすずかは俺の言葉に頷いていた。

 道行く男性(年齢問わず)に呪詛を込めたような視線を向けられている気がしないでもないが、今のところ俺はこいつらとそういう関係ではないので、羨まれるほどのことはないはずだ。

 いや、世の男性諸君の中には女性のオトモダチすら都市伝説なのではないかと思っている者もいるそうなので、そういう意味では女性に恵まれているのだろう。

 

 実際、アリサもすずかもかなりの美人だし、アリサはすぐ手が出るけれど理不尽な怒りを向けはしないし、仮にそうなってもきちんと自分の非を認めて謝るだけの度量がある。

 すずかは言わずもがなの大和撫子で、やや天然で底の見えないところはあるものの、決して友達を罠にはめたりはしないし、ましてや喧嘩などオリンピックよりも頻度が低い。

 正直、アリサかすずかと『そういう関係』になれたとしたら、それはとても魅力的なのだろうとは思うが、今のところ俺たちの関係は親友以上恋人未満というところに落ち着いている。

 

「で、今日はどこに寄るの?」

「んー、とりあえずCDショップ寄って、そのまま書店で立ち読みがてら面白そうなラノベと雑誌買って、ゲーセンで遊んでから帰るか」

「じゃあ少し遅くなりそうだから、おうちに連絡いれておくね。アリサちゃんと奏曲くんの分も」

 

 さんきゅ、とアリサと声を揃えると、すずかは胸ポケットの中から携帯を取り出して、まずは自分の家に連絡を入れた。

 アリサとすずかのご両親と何度か顔を合わせたことはあるが、正直なところどちらもあまり何度も会いたくない相手だった。

 

 決して人相や性格が悪いというわけではなく、むしろとても人当たりのよさそうな理想的すぎるくらいのご両親で、少し親馬鹿が入っていたような気がしなくもないが、それも行き過ぎてはいない。

 いや、たぶん俺がアリサと学校でちょっとした噂を立てるような関係になってしまったことには、皮肉のひとつふたつはくれるかもしれないが、それも決して悪意に満ちたものではなく、軽口程度のものだろう。

 しかし、それだけに俺はこの二人のご両親が苦手だった。なんというか……『夏海奏曲と夏海透霞の母親』というのは、あまりいい親ではない。

 

 俺たちが今よりさらに幼い頃、俺と透霞の父親が交通事故で亡くなって以来、俺と透霞に絶え間なく暴行を振るい、さらには透霞が自炊スキルを上げざるをえないほどにまで育児放棄しくさった。

 別に俺は殴られても殴り返したし、あれに関しては躊躇なく魔法を使うくらいキレていたくらいで、透霞に至っては俺が庇っていなければ今頃は――考えたくもないので、俺の両親についてはここまでにしよう。

 ようは、アリサとすずかのご両親は、俺と透霞――少なくとも俺にとっては眩しすぎる存在で、顔を合わせるとやや感傷的になってしまうのがいけなかった。

 

 

 

 

 予定通り、俺たちが最初に訪れたのはCDショップ。

 とはいっても、次の目的地である書店はCDショップを出て右隣にあるため、距離的には最初の目的地と次の目的地に同着だ。

 ひとまず俺が先に向かったのは、J-POPジャンルの一番奥。アーティスト名がは行~や行のCDが並んだ棚だ。

 

 すずかはクラシックの方に向かい、アリサは俺とほとんど同じ場所にいるが、見ているのは俺の背後に並んだ洋楽の棚で、言葉がわからないわけじゃないが歌詞を理解しながら聴くことができないため、そちらには目を向けない。

 俺が好きなアーティストは『YA-You-YO!』という珍妙極まりない名前で、たぶん今年がピーク、来年には存在を忘れ去られるだろうという一発屋グループだ。

 もっとも、最初の一曲目ですらあまりに電波曲すぎてウケたというだけで、曲としては歌詞も支離滅裂、テンポがやたら速くて舌が回り切っていないという、なぜプロデビューできたのか不思議で仕方ない出来だった。

 

 ともあれそのグループが二日前に出した新曲CDを探しながら上半身を倒すと、同じような体勢をしていたアリサとお尻同士がぶつかった。

 少女マンガや純愛系ライトノベルの主人公とヒロインならここでプチイベントみたいなものが発生して変なフラグを建てるのだろうが、生憎とここは現実(リアル)だ、そんな可愛らしいイベントなど起きるわけもなく、

 

「あ、わりぃ」

「別に」

 

 こんな短いやりとりで流される。

 いや、別にアリサに対して何かを期待しているわけじゃないんだが。

 

「……ないな。やっぱ人気ないから取り扱われなかったか。すずかのとこ行こっかな」

「あ、じゃあもうちょっと待って。どっち買うか悩んでるのよ」

「悩むって……お前ならどっちも買えるだろ。無駄遣いしないのは悪いことじゃねぇけどさ」

 

 そう言うと、アリサは少し不機嫌そうに俺の顔を覗き込んできた。

 

「誰のせいで無駄遣いできなくなったと思ってるのよ」

「は? 俺なのか?」

「前にあたしが服を買いに言った時、あんたが『20着も買ったってどうせ全部も着ないんだから必要なだけ買え』って言ったんじゃない。もう忘れたの?」

 

 そういえばあったな、そんなこと。

 でもあれって二週間くらい前のことじゃなかったか。なんでそんなこと覚えてるんだお前。

 

「忘れたっていうか、言われて思い出した。でもなんでそんな素直に?」

「……だってあんた、浪費癖のある女は嫌いなんでしょ?」

「…………」

 なんでそれが『アリサが』無駄遣いをやめる理由になるのかは、考えたくなかった。

 だが生憎と俺はラノベの主人公ほど朴念仁でもなければ都合のいい難聴というわけでもなく、アリサが小さく呟いた言葉を確かに聞きとってしまった。

 

「あんたにきらわれるのだけは、ぜったいにいやなんだもん……」

 

 不覚にも、アリサにときめいてしまった。

 

 

 

 

 CDショップを出ると、次は隣り合う書店に足を運んだ。

 俺の好きな作家のライトノベルはまだ新刊が出ている様子はなく、新しいものに手を出す頃合か、と一期前にアニメ化されていたものを手にとった。

 アリサはあまり目ぼしいものがなかったのか、この辺りは適当に一瞥して、そのままするりと少女漫画コーナーの方へと抜けた。

 

「……面白いか、これ?」

 

 誰にというわけでもなく、手に取ったライトノベルを流し読みした感想を零す。

 

 ストーリーとしては、ある日いきなり特別な力をもってしまった主人公が怪しいやつらに目をつけられて、最初は自己防衛のみの戦いだったが、ヒロインを奪われたことで自ら戦いに身を投じていく、というものだった。

 なんというか、その……めちゃくちゃありきたりで、戦いを嫌がっていた主人公がヒロインを助けるためとはいえ自分から戦うということに対して葛藤らしいものがなく、あまりに短絡的すぎるのではないかと思う。

 そしてヒロインはというと、凶悪なラスボスに掴まっているというのに怖がっている様子がなく、主人公が迎えにきた時は「怖かったわ! でも信じてた!」って、嘘つけ平然としてたじゃねーか、っていう……。

 

 ファンには悪いが、とてもこれを金払って読みたいとは思えなかった。文句を言うなら書けと思うかもしれないが、読み手は文句を言ってなんぼだろう。金を払ってるのだから。

 それに書き手は『技術云々よりも前に、まず読み手が面白いと思うものを書く』のであって、文句を言われたらそれを真摯に受け止めるべきだし、次はそう言わせないという気概で書かなければならない、というのが俺の持論だ。

 なぜそんなピンポイントな持論があるのかといえば、3代くらい前の肉体では俺自身がその『書き手』だったからだ。ライトノベルではなく、漫画の脚本担当だったけど。

 

「なんか物凄く微妙な表情してるね、奏曲くん」

 

 気付くと、いつからか隣で見ていたらしいすずかが、くすくすと笑っていた。

 いつのまに、とは思ったが、でもまぁすずかだしなぁ、と自分に言い訳をすると、なぜか納得できてしまった。

 

「微妙なのは俺の表情じゃなくてこのラノベだよ、ファンが近くに居たらまずいから、あんまり大声で言いたくはないけど」

「ああ、これかぁ。私もおととい立ち読みしてやめちゃった。なんていうか、物語はありきたりでキャラクターの台詞が支離滅裂なところがあるんだよね」

「そうそう、ラストシーンなんてむしろちょっと白けるくらいだったし、他にいくらでも言葉の選びようはあったろうに、って感じだったな」

 

 わかるわかる、とすずかは俺の意見に首肯した。どうやらすずか曰く、俺の口にした言葉はネットのアニメ版・各話感想でもしばしば同じように言われていたらしい。

 俺だけでなく原作もアニメも見た消費者・視聴者にここまで言われてしまう原作者にはさすがに同情したが、しかしそう言われてしまうだけのものということで、涙を飲んでもらうしかなかった。

 

「……もしも俺とすずかがこの作品の主人公とヒロインだったとしたら、すずかは迎えにきた俺に向かって、なんて言ってくれる?」

「迎えにきてくれるの? 主人公、途中で下手したら死んじゃうような危険だってたくさんあったよ?」

「俺は何もせずにお前が警察や自衛隊に助けてもらうのを待つよりは、たとえ死にそうなメに遭ってもお前を助けに行く方を選ぶよ。当然だろ、親友なんだから」

 

 口にしなくても互いにわかりきっている関係を俺はあえて口にして、改めて考えてみると中々にクサい台詞を吐いてみる。

 すると、すずかは嬉しそうに頬を緩ませて、奏曲くんなら確かにそうだね、と笑った。

 

「うーん、もしも私がヒロインだったら、かぁ……。なんだか、今の奏曲くんの言葉を聞いたら他人事じゃなくなっちゃった」

「別に深い意味で言ったつもりはないし、面倒だったらスルーしていいんだぞ。お前がヒロインってのはいいとして、俺は主人公よりは三枚目の悪友ポジションだ。そういうのはアリサのが適任だろ」

「そんなことないよ。確かにアリサちゃんも似合うけど、奏曲くんも本当はすっごく優しくて友達想いだから、きっと正統派の主人公になれるんじゃないかな」

 

 考えたくもない。

 

「んー……あっ、そうだ!」

「ん?」

「思いついたよ、ラストシーンの台詞。思ったより簡単に、すーっと浮かんできたの」

 

 すずかは無邪気に微笑むと、横目で視線を合わせていた俺の体をぐい、と対面させるように引っ張って、まっすぐ視線と視線を合わせた。

 ここが書店でなく、俺とすずかが男女の仲だったなら、この流れは誰もがキスシーン3秒前だと勘違い――ではなく、たぶんそのまま本当にキスをしていたかもしれない。

 

「じゃあ、聞かせてもらおうか。「迎えにきたぞ、すずか。ずっと君に会いたかった」……ははっ、クサすぎて鳥肌が立ちそうだ」

「茶化さないの。「奏曲くん……私、信じてたよ。あなたが必ず助けにきてくれるって。だから、私はここに閉じ込められている間も、決して希望を失わずにいられたの」……どうかな?」

「……正直なところ、お前の方がよっぽど原作者より出来てると思うよ。少し少女漫画っぽくて、男子受けはしなさそうではあるけど」

 

 苦笑と嘲笑が混じったような、傍から見れば明らかに俺がすずかをいじめて楽しんでいるみたいなサディスティックスマイルを浮かべると、すずかは「そうかなぁ」と苦笑した。

 ここに訪れる道中にも言った通り、やはり人間、こんな嗜虐的な笑みでも慣れるものらしい。

 

「さて、結局おもしろそうなものはなかったし、いつものバイク雑誌だけ買っていくか」

「じゃあ私はアリサちゃん連れて先に出口で待ってるね」

「おう、ロリコンとナンパに気をつけろよ」

 

 それ、私たちが相手だとどっちも同じ意味だと思うよ、と苦笑しながら漫画コーナーに消えていくすずかを見送って、俺はバイク雑誌が並んでいる雑誌コーナーへと向かった。



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奏曲とアリサの、リリカル非日常

 おはようございます、キングクリムゾンです。ごめん嘘ついた、夏海奏曲でsあーっ!? いだだだだだだ! ちょっ、無理無理死ねる死ねるこれは死ねる! ぎゃあああああっ! なんかヘビみたいなのがうじゃうじゃついたイソギンチャクもどきキターッ!?

 まともな自己紹介もできないままだけど仕方ないよね! 久しぶりに死にそうな思いしてるしね! ひとまず順を追って説明したいが、見ての通り(見れないだろうけど)俺ちょっとヤバいことになってるから3行な!

 

 1.ひさしぶりにシグナムから連絡がきたよ!

 2.魔力蒐集を行うけど、今回は他の次元世界の原生生物だよ!

 3.イソギンチャクもどきKOEEEEEEEEEE!

 

「どうした奏曲! お前の力はそんなものではないはずだ!」

「魔力使えばな! 今日ちょっと色々あって魔力使いすぎたんだよ!」

「だがお前の体術ならばどうにかなるだろう!」

「格闘において体格差ってのは致命的な差だってことを知っとけアホ侍いいいいっ!」

 

 その後、どうにかイソギンチャクもどきから生えた40本近いヘビの首を全部引っこ抜いてグロテスクな屍の山を築き上げた俺は、「やはりやればできるじゃないか」とか平然と抜かしたピンクポニテ巨乳アホ侍を思い切り殴り飛ばした。

 

「お前なぁ! 格闘戦の基礎ってのは基本的に対人戦! 人間サイズの相手を前提に生み出された技術なんだよ! 武器がない分、自由度は高いけど一撃の威力は低いしリーチも短い! あんな怪物そう何度も相手できるかッ!」

「そ、そうか……すまん、近接戦闘は剣も拳も大差ないと……」

「はぁ!? 馬鹿かお前! じゃあひとまず剣構えろや! お前に格闘と剣術の性質の違いってもんを骨の髄まで叩き込んでやる!」

 

 

 

 

 2時間後、俺の説教染みた教育(ちょうきょう)を叩き込まれたシグナムは、憔悴しきった表情で項垂れていた。どうやら剣について自らを見直す羽目になったことが悔しいやら悲しいやらでたまらないようだ。

 もっとも、俺が教えたのは剣術ではなく剣の性質・他の武器との相違点・それぞれの構えの目的の違いなどで、それらをどう見直すかはシグナム次第だ。

 

「やれやれ……じゃあシグナム、ちょっとレヴァンティン借りるぞ」

「構わないが……どうするつもりだ?」

「俺は拳闘士だけど、別に剣術が使えないわけじゃないからな。反りのない片刃剣というのは扱い慣れてないけど、ひとまず俺の剣を見てくれ。単純な腕はお前のが上だろうけど」

 

 言うと、俺はシグナムから借りたレヴァンティンを手に、説教中も何度か仕掛けてきていた二匹目のモンスター(今度はイソギンチャクもどきではなく、貝殻の中からミミズが出てきたようなヤドカリミミズもどき)と対峙した。

 

「大丈夫なのか……?」

「まぁ、少なくとも剣さえあれば多少は原生生物とも戦えるさ。武器ってのはそういうもんだ」

 

 手にしたレヴァンティンに、「お前の主よりは手荒になるかもだけど、いいか?」と尋ねると、相変わらずのハイテンションな声で「Keine Sorge!」と言ってくれた。

 生まれたばかりのことだから母国語ながら忘れかけているが、確か古代ベルカ語で「心配するな」とか「問題ない」とかって意味だった気がする。

 

「『裂夜の鎚』ソーマ・メイスマンと、『炎の魔剣』レヴァンティン! お前が人語を解するかどうかは知らんが――いざ、正々堂々正面から容赦なく不意討たせてもらおう!」

 

 後ろではシグナムが呆れを隠せない表情をしているのが、振り返るまでもなく察せるほどのオーラを背に受けて、俺はヤドカリミミズもどきへと斬りかかった。

 ヤドカリミミズもどきの主な武器だと思われる毒液攻撃(口から出てるのだろうが、頭部がミミズなだけにかなり卑猥だ)が俺を襲うが、ひとまずはその攻撃を魔法に頼ることなく回避。

 その勢いを殺すことなく一気に距離を縮めて、根元の部分を下部から深く刻みつけた。

 

 ホォオオオオオォォォ――と、おそらく悲鳴なのだろう雄叫びをあげてのたうち回るヤドカリミミズもどき。一度でも我を失った相手を仕留めるのは容易い。

 攻撃パターンは不規則化し、弾幕シューティングで言うところの気合避けを強いられはするが、決して難しいことでもない。首の付け根、先ほど俺が切りつけた辺りから、首よりも二回りほど細い触手が10本同時に迫ってきた。

 

 俺はその触手の内の3本をまず最初にロックオンし、他の7本は軽くいなす。一撃目――上段からの縦一閃、二撃目――下段から左上段にかけた逆袈裟、三撃目――左上段から右下段にかけた大袈裟。

 一撃ずつに込められた力は大したものではないが、レヴァンティンの重量と、相手の動きに合わせた斬撃によって、三本の触手はいとも容易く切り落とされた。

 相手の動きに合わせた斬撃といっても、明確なウィークポイントを狙って斬ったとか、そういう漫画的なことをしたわけではなく、刺身を解体するように斜めからすらりと滑り込ませるような攻撃をしただけだ。

 

「やっぱり剣があると違うな。拳じゃこうはいかない」

 

 俺はこの技術の習得に2年くらいの修行を要した(なにせ相手は刺身ではなく高速で動く上に命を奪いにきている原生生物なので)が、シグナムほどの剣の使い手であれば半年もしたら使えるようになっているだろう。

 今度は左右から2本ずつ迫る触手をロックオンした俺は、正面から迫るそれを避けると同時に、ひとまず左の触手を今のと同じ要領で切り裂いた。

 右中段から左下段にかけた緩やかな斜線は、それら2本の触手を一度に葬り、俺はレヴァンティンの重量が生みだす遠心力を借りて、ぐるん、と回れ左をした。

 

 一刀の下、それも一度の瞬きもさせない速さで切り捨てたはずだが、既にもう片方の2本はすぐ近くまで迫っている。

 しかし、俺はこれに慌てることもなく、レヴァンティンを右手だけで構え、左手で平手を作って自ら触手へと接近、2本の内の片方に左手を添えながら、右手のレヴァンティンでもう一方の触手をスライス。

 片方を切り裂いたと確信すると、左手側の触手をむんずと掴み、レヴァンティンを地に突き刺して両手を魔力で強化すると、雑巾絞りの要領で触手を捩じ切り、グロテスクな緑色の返り血を浴びた。

 

 この返り血にも溶解液が含まれていたのならと思うとぞっとしたが、だとしたらレヴァンティンが無事ではいられないはずなので、俺はその心配はせずに、残る3本の触手に向かっていった。

 すると、その内の2本が俺に攻撃を仕掛け、1本は別の方向へと逃げる。おそらく、俺の視界から逸れて、残る2本を犠牲に俺を拘束するつもりなのだろう。なかなかに頭が回る。

 だが、それすらも俺にとっては予想の範疇。アリサやすずかと久しぶりに3人きりの安寧を満喫していたところを、自分で言い出したこととはいえ魔力蒐集で台無しにされて普段よりも短気になっている俺の敵ではない。

 

「でいっ! せあっ!」

 

 並行して迫る触手の左側を袈裟斬りした俺は、そのまま刃を返してV字を描くように右の触手も切り捨て、これまたレヴァンティンの遠心力を借りて体を斜めに回転。

 

「ぜぇあっ!」

 

 背後に迫っていた触手を、レヴァンティンの重量と回転速度、そして俺の腕力(右腕のみ)を掛け合わせた力で切り裂いた。

 残るはヤドカリミミズもどき本体のみ。カートリッジを使えば連結刃の姿になるんだったか、こいつは。だがあれは剣というより鞭に勝手が近いし、正確に刃の部分を当てるとなると更なる技量を求められるので、とても俺が扱えるような武器ではない。

 仕方なく、俺はレヴァンティンを左手に持ち直して逆手に持つと、右手で拳を作り本体へと迫った。

 

 甲殻類の弱点は、主にその甲殻によって守られている中身、および関節部分。

 しかしヤドカリにおいては、背中の甲殻は貝殻によって守られている分、他の甲殻類に比べ防御力が高くなく、ましてやこいつの場合、中身がミミズなので、貝殻さえ破壊すればトドメを刺すのも容易と考えていいだろう。

 もちろん、これを破壊した先に例の毒液やら溶解液がある可能性もないと断言することはできないが、さすがにそれは考えすぎだろう。いくら自分の毒だといっても、溶解性のある体液を体外に漏らして腐らせたら自滅は免れない。

 

 またもホォオオオオォォォ――と鳴くヤドカリミミズもどきの長い首(?)を、仮に人体であったら即死する程度に殴りつけて昏倒させ、とうとう首の出ている方とは真逆に位置する部分に辿りつき、俺は右の拳に力を込めた。

 実際のヤドカリはおそらく排泄の際には貝殻から抜け出すのだろうが、このテの原生生物の『貝殻』というのはヤドカリよりもカタツムリに近く、骨が発達したものであって、生まれつき存在する。

 そのため、こういった貝殻の後部は基本的に他の部分よりも破壊が難しくない。

 

拳打盤砕(けんだばんさい)!」

 

 一撃。その一撃は、貝殻の一点を貫くことなく、その半径30cmに浸透し、破裂する。そして、その浸透から破裂までのほんの僅かな間に、俺は身体強化した脚で思い切りそこから逃げた。なぜなら――、

 

「自分でやっといてなんだが、汚いなやっぱり……」

 

 ヤドカリミミズもどきの排泄部は当然ながら体の後部についていて、体内の老廃物を排泄する『穴』が存在する以上、破壊が最も容易いのがそこだった。

 しばらくヤドカリもミミズも見たくない。初めてこれと似た原生生物と対峙した時、拳打盤砕をまだ習得していなかった俺は、何も知らずにその部位を思い切り貫き、その原生生物の(ピーッ)を全身に浴びてしまったトラウマが蘇る。

 

「さぁ、あとは仕上げだ」

 

 固形とも液状とも言い難い、ややGERIにも似た茶色の物体を極力見ないようにして、砕かれた貝殻の穴を広げるように少しずつ破壊していくと、内部に見えた内臓スケスケの本体がお披露目される。

 直後、俺はこのヤドカリミミズもどきに「てめぇよくもトラウマほじくり返してくれやがったな」という理不尽な怒りを、こいつの内臓を蹂躙することで解消した。

 そして全てが終わり、2分後にぴくりとも動かなくなったヤドカリミミズもどきの貝殻の中から現れた俺を、シグナムはまるで化け物を見て小便をちびらせそうになっている少女のような目で見て、腰を抜かしていた。

 

 

 

 

 ヤドカリミミズもどきとの戦いを終えた俺(とシグナム)が地球に戻ると、ヴィータとザフィーラ……と、何故かアリサが俺とシグナムの帰りを待っていた。

 たぶんアリサは家に帰ってもいないんだろう。その背にはカバンが背負われていて、服装も制服のままだ。

 

「なんでアリサがここに」

「あんた、普段は何があってもあたしとすずかを放り出したりしないじゃない。だから追いかけてきたのよ」

「……う、あの、その、これは、えっと、なんだ、なんつーか……あれだ、別にお前らを放り出したつもりはなくて……」

 

 じとー、と睨んでくるアリサにしどろもどろになる俺。隣にいたシグナムはいつの間にかヴィータの横に移動していて、助けてくれる様子はない。

 

「別に、あんたがどこで誰と何をしてても、それが年齢不相応な行為じゃなければ別にいいわ」

「あ、当たり前だろ! お前は俺のことをなんだと思ってるんだ……」

 

 うんざりとする俺を無視して、アリサは「でも」と続けた。

 

「あんたも魔導士……だっけ? それなんじゃないの?」

「……厳密には違うけど、似たようなもんかもな。それがどうした?」

「あんたは……自分の苦しみを自分だけの苦しみとかにしてないわよね……?」

 

 一瞬、アリサの言っている言葉の意味が理解できなかった。確かに『ソーマ・メイスマン』が誕生してから幾百年、いろんな苦しみや痛みは味わってきたけど、この時代に来てからそんなものとは無縁だ。

 親に関することなら色々あるけど、それはアリサにも少し話したことがあるし、こいつに隠してる苦しみなんてないはずだ。

 なのに、どうしてこんなことを尋ねたのだろう。もしかして、また俺が何かアリサに勘違いさせるような言動をさせたんだろうか。

 

 そう思って数秒が経過して、俺はようやく少し前に透霞が言っていたアリサと高町のいざこざ事件のことを思い出した。こいつは、俺を高町と重ねてる。

 普通じゃない力を持って、けれど普通の生活を送っている友達。普通じゃない力のせいで普通じゃない苦しみを抱えてしまう奴を知っているから。

 だったら、俺は言うしかないだろう。俺は、俺の苦しみは――、

 

「ねぇよ、そんなもん。お前さえいてくれれば、俺は十分すぎるくらい幸せだよ。俺の苦しみは、アリサに嫌われることだからな」

「……そう、じゃああんたは一生苦しみとは無縁でいられるわね。この幸せ者」

「アリサみたいな美人が親友なんだ、幸せモンじゃねぇとおかしいだろ」

 

 こつん、と額同士を当てて、俺とアリサは笑い合った。

 

「……おいそーま、アタシたちがいること忘れてんじゃねーだろうな」

「「……あっ」」

「お前ら……」

 

 しまった、つい二人きりの時のノリで……。っていうかシグナム、お前なんでちょっと不機嫌そうなんだ。おいレヴァンティンに手を添えようとすんな。俺お前のルート攻略した覚えもなけりゃフラグ建てたつもりもねぇんだけど!?

 

「と、とりあえず今日の蒐集はこれだけだろ? 俺はアリサを家に届けてくから、今夜はここまでにしようぜ」

「まぁノルマはこなしたし、いいけどよ……どうしてくれんだよウチの将、お前らがイチャついたせいでフリーズしちまったじゃねーか」

 

 知るか、とだけ言って、俺たちはその場を後にした。アリサの親父さんにはなんて言い訳しよう。きっと物凄く怒られるんだろうな。

 

「……ふふっ♪」

「なに笑ってんだよ、今からお前の親父さんから大目玉くらうの俺なんだぞ」

「べっつにー?」

 

 まぁ、手を繋いで隣を歩くアリサがいつも以上に幸せそうだったから、そのためなら怒られるくらいなんでもねーんだけど。

 

(あたしがいれば幸せ、かぁ……♪)

 

 

 

 

 あれから数時間後、どういうわけかバニングス家に泊まることになりました夏海奏曲です。どうしてこうなった。

 透霞には一応連絡をしておいたし、今日も今日とて俺たちの母親は帰ってこないらしいので、戸締りだけしっかりして寝るように言っておきました。

 なんで敬語なんだとか訊くな。現状を理解できなくてパニクってんだよ察しろワトソン君。

 

「アリサ、ここはどこだ」

「あたしの部屋よ」

 

 そうだな。そうじゃない。

 

「アリサ、ここはどこだ」

「あたしの部屋のベッドよ」

 

 そうだな。いや違う。

 

「アリサ、ここはどこだ」

「あたしの部屋のベッドの中よ」

 

 そうだな、どういうことだ。

 

「アリサ、どういうことだ」

「パパがあたしたちの仲を本格的かつ盛大に勘違いしたみたいね」

「反論しろよ抵抗しろよツッコミ入れろよ素直に俺の胸で眠るなよ!」

 

 どうしたアリサ! いつものお前らしくもない! デレ成分が多すぎるぞツンさん仕事サボらないでくだしあ!

 調子が狂うとかってレベルじゃねぇぞ! アリサさんお願いしますデレないで! いやデレはデレでお前の魅力だけどそれ以上にいつもの気丈に振る舞ってるお前も見せて!

 そこらへんの均衡がちょっとツン側に傾いてこそのお前だろ! なんでデレ一色なんですかやだー! あ、でもこれはこれでアリかもしれない。

 

「うっさい。今日は色々あって疲れてるの。静かに寝かせなさいよ」

 

 ……確かに、今日はいろんなことがあった。

 登校早々ひと悶着あったり、保健室でキスしたり、誘拐されたり誘拐犯ボコったり、放課後デートしたりシグナムに呼び出されたところを尾行されて魔法のことがバレたり、今こうして一緒に寝てたり。

 

「……ちゃんと明日からはいつも通りにしてくれよ」

「わかってるわよ、ばか」

 

 じゃあ、明日の朝までくらいは、この大切な親友の寝顔と安眠を守ってやりますか。

 

 

 

 

 翌朝。それはお互い制服に着替えて朝食を終え、今まさに屋敷を出るぞ、という時だった。

 は? 鞄の中身と制服? 制服は風呂借りてる間に洗って乾燥してもらったし、俺の鞄の中身は全教科の教科書とノート入ってるから問題なし。おかげさまでめちゃくちゃ重いけどな!

 

「てめえ昨晩の約束と違うじゃねぇかオイ」

 

 なぜか眠る間際のセリフを忘れたかのように、アリサは俺の背中にしがみつき、小さく震えていた。どう見てもフラグイベントです、本当にありがとうございました。

 

「無理無理無理無理! いやああああ! 奏曲ああああああっ!」

「メソメソすんな抱きつくな無い胸を当てるな気丈に振る舞えデレっぽい仕草をするな! たかがムカデだろ!」

「きゃあああああああああああ! こっちきたああああ!」

 

 イラッ☆

 

「せやっ」

 

 べちん、という音をたてて、俺の鞄の角がムカデに直撃。胸ポケットからライターを取り出し、ムカデを炙る。なんでライター持ってんだとか訊くな。別にタバコやってるわけじゃねぇよ。

 

「これでいいだろ。さっさと離れてくれ、いくら20歳未満が守備範囲外とはいえ、さすがにちょっとムラっとする」

「い、一応助けてくれたことには感謝するけど、リアクションに困るわ……」

 

 だろうな。俺もこんなカミングアウトしたくなかった。

 

「なら何も考えるな。とりあえずさっさと登校しよう、ムカデは放置しときゃ誰か適当になんとかするだろ」

「う、うん……ありがと」

「おう。さっさといつものテンションもってこい」

 

 その後、数分もしない内に、明るくてちょっとだけ素直じゃないいつものアリサに戻っていた。

 

 

 

 

「……しまったぁああああああああああ!?」

「あー、ごめん、完全に忘れてたわ」

 

 そして昼休み、俺の家に寄るのを忘れていた俺とアリサは、透霞によって物凄く怒られたのでしたとさ。めでたしめでたs……めでたくねえ!



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奏曲に迫る、本格的な戦い

 昼を過ぎて、とうとう授業中にまで『連絡』が来たかと落胆した俺は、5時間目の算数を『すみません妹が危篤状態みたいなんです』と、二列前の席で居眠りしている透霞をガン無視した言い訳で、場を茫然とさせながら抜け出した。

 だがその日――12月13日というのは、どうやら俺にとって今までにないほどの厄日だったらしく、俺が玄関を出ると、後ろから三人の少女が俺を追ってきていた。

 

「「「兄さん!/奏曲くん!/奏曲!」」」

 

 お前ら授業はどうした、と俺がツッこんでいいものか悩んだが、事態が事態なので、ツッコミはせず声のする方へ振り向いた。

 すると、やはりというか、俺の予想した通りの三人――透霞と高町とテスタロッサが、何やら穏やかでない雰囲気を纏って、俺を睨んでいた。まぁ、なんとなく予想はついていたりするんだけれども。

 

「奏曲くん、どこいくの?」

「父さんの会社が倒産したらしくって夜逃げの準備をしなきゃいけないんだ」

「うちお父さんいないよね。わたしと兄さんが生まれてすぐ死んだよね」

 

 くそぅ、珍しく透霞が鋭い。

 

「テスタロッサが高町のお袋さんを孕ませたから高町の親父さんの愚痴を聞きにいくんだ」

「ありえないよ! 私となのはのお母さんの間に何があったらそんな関係になるの!?」

「ていうか奏曲くんとお父さん仲悪いよね。愚痴を聞いたり言ったりする仲じゃないよね」

 

 なんてこった、あの高町とテスタロッサまでがツッコミだとう。

 

「アリサのつわりが酷くなってきたから産婦人科にどうしたらいいか訊きにいくんだ」

「「「……嘘……だ、よね……?」」」

「なんでこれに限ってそんな曖昧なんだよ! ありえねーよ! 嘘に決まってんだろ!」

 

 お前らの中の俺はどれだけやばい奴なんだよ。

 いくら俺の肉体年齢もアリサと同じだからっていっても、俺もアリサもまだ小学生だぞ。1933年のペルーでは5歳7か月で妊娠した女性もいたらしいけど。

 

「まぁマジな話すると、ちょっとお前らの敵になってくる」

 

 このままカオスな流れを引きずって話題を逸らすのもいいが、いつかバレることだ。

 俺はそれまでのボケラッシュをなかったことにする勢いでシリアスな空気を(無理矢理)作り出し、三人の表情を窺った。案の定というか、あまりいい感情を抱かれてはいないらしい。

 

「……やっぱり、一週間前のあの戦いの時も……」

「勘違いしないでくれ。俺があいつらと手を組んだのは一昨日のことだ」

 

 え? ここまで10話以上も使っといてたった2日しか経ってないのかって?

 うるせえそういうこと聞くな。昨日がいろいろ濃い一日だったから仕方ねぇんだよ!

 

「お前らにとっては犯罪者かもしれないが、あいつらは俺にとって同じ故郷から生まれた仲間なんだ。仲間が犯罪者ならその罪を一緒になって背負うのが親友だ」

「違うよ……! 友達が間違ったことをしてたら正しいことを教えてあげなくちゃ、間違ってるって言ってあげなきゃいけないんだよ!」

「自分の罪を自覚してない奴はそれでいいかもしれない。でもあいつらは自分のやってることを理解した上でやってんだ、言っても止まらないさ」

 

-犯罪ギリギリに行く前に止めてあげるのが仲間でしょ!-

-犯罪ギリギリでストッパーになれるのは共犯者だけだ!-

 

「そんなの、そんなのって、ないよ……! 奏曲くんを悪魔みたいだなんて思いたくないのに……信じてあげたいのに……信じてあげられないよ……!」

「悪魔でいいさ。悪魔らしいやり方で、あいつらを守り抜いてみせる。……次に『魔導士』として出会ったら、敵同士だ」

「――ッ! 奏曲くんっ!」

 

 高町の声を無視して、俺はメールに記されていた場所――海鳴大学病院へと走った。

 

(……俺、こんなことばっかしてたら友達減るよなぁ)

 

 ちょっとげんなりなう。

 

 

 

 

 海鳴大学病院に駆け付けた俺を待っていたのは、心配そうにするヴォルケンリッターたち(ザフィーラはたぶんお留守番なんだろうな)と、彼女たちを宥める八神という図だった。

 八神が倒れたと聞いた時にはさすがに少し驚いたが、まぁその原因を把握している俺からすれば、現時点ではやてが死ぬということはないだろうということも予想していた。

 

「よう八神、体の方は大丈夫なのか?」

「あんちゃん!? あれ!? 今は学校なんとちゃうの!?」

「小学校は義務教育だからな。サボっても留年しないし、別にいいよ」

「いや、あかんやろ……」

 

 中学卒業までサボりまくっても受験に困らないくらいの学力はあると自負してるし。伊達にン百年生きてるわけじゃないしなぁ。

 

「それよりシグナム、ちょっと一緒に来い」

「ん? ああ……」

 

 自虐するつもりはないが、本当に『珍しく』真剣なツラでシグナムに声をかけると、それだけでなんとなく通じたのか、素直に頷いてくれた。

 いやぶっちゃけこいつ妙なところで警戒心が薄いから、もしかしたら雰囲気だけで頷いたのかもしれない。なぜだろう、こいつを放っておくとヴィータより危なっかしいように思える。

 

 

 

 

「まさかこうも早くなるとは思わなかったよ」

 

 俺は病室を出た先のベンチに腰掛けて、シグナムを隣に座るよう促した。

 

「やはり……お前は主がこうなることを予期していたのだな?」

「ああ。もしかしたら、かもしれない、とかじゃなく、100%こうなるって確信があった」

 

 壁に凭れるようにしながら表情を窺うようにちらりと顔へ視線を向けると、シグナムは複雑そうな表情で目を閉じていた。

 

「……怒鳴らないんだな。お前らは主想いだから、どうして何もしなかったんだとか、何も言わなかったんだとか、そう言って責められると思ってたんだが」

「言っただろう。一度でも剣を交えた者のことはだいたいわかる。お前のことだ、きっと何かしら意味があるのだろう。お前はふざけることはあっても、親しい者に危険が迫っている中、無意味にその者の危険を助長させるようなことはしないだろうからな」

「……さすが、ヴォルケンリッターの将は彗眼なことで。ご明察だよ、シグナム。もっと言えば、はやては今後も今回のような症状が何度も起こるだろう。だがそれでも、俺は『その時』までははやてに何も干渉しない」

 

 はやてはこれからもしばらく苦しみ続けることがわかっていて、何もしない。

 シグナムを始めとしたヴォルケンリッターにとって、俺のこの言葉は裏切りにも等しい意味を持つだろう。だがそれでも、シグナムは「そうか」と言うだけだった。

 

「……信用してくれるのか?」

「何かを欲するために誰かと手を組む時は、必ず心のどこかで裏切られる覚悟もした上で手を組むのが戦場の掟だからな」

「あー……そりゃ確かに言えてるわな。じゃあこっちも、少しくらいリスクを払っておくか」

 

 そう言って俺は懐から薄っぺらい携帯ゲーム機サイズの機械を出すと、その表面に触れて魔力を流しこんだ。

 

「……これは?」

「『裂夜の鎚』」

「……これが『裂夜の鎚』? まるで『鎚』とは思えんが……」

 

 シグナムの言葉は尤もだ。俺の本体とも言えるこの板状のロストロギア――裂夜の鎚は、実のところ分類的には『ダイアリーノート型』ロストロギア。

 ダイアリーノート型に相応しく、魔力と歴史を吸収して記録するための『魔力貯蔵庫』であり『歴史保管庫』だ。

 

「これが俺の心臓だ。普段はこうやって内ポケットに入れてるから、もしも俺がはやてを救えなかったら――これを斬れ」

 

 はやては俺に美味いメシをくれた。俺のことを「あんちゃん」と呼び、兄のように慕ってくれた。だから俺は、そんなはやてを何がなんでも救いたい。

 

「はやてをあんなに苦しめておいて、結局最後の最後で救えなかったら……俺は自分を許せないだけじゃない。きっと、自分の力不足でいろんなやつに八つ当たりする。だから、もしもの時は俺を破壊(ころ)せ」

「……安心しろ。お前は私に斬られるほどバカではない。お前がこれだけのリスクを払っているのだ……失敗など100%ありえん。剣と拳で交わった私が保証してやる」

 

 いやその保証どのくらい信頼できるんだよ。

 

 

 

 

 ヴォルケンリッターたちが病院を去った後、俺は少し悩んだが、とりあえず家に帰ることにした。

 家に帰っても透霞から「おかえり」を言ってもらえるかも怪しく、アリサの家にお邪魔しようかとも思ったが、さすがにいきなり押し掛けるのは失礼だし、透霞だけ一人で家に残すのは不安だった。

 何を言われるかはわからないが、ひとまず透霞を放り出すことだけは何があってもしたくないので、覚悟を決めて帰宅――した俺を待っていたものは、悪魔×2(+その付き添い)だった。

 

「なんでこんなところにいるんだお前ら……」

 

 玄関で無様に項垂れる俺に、悪魔×2は素敵な笑顔で言う。

 

「なんでって……ちょっと奏曲くんとOHANASHIがしたくて♪」

「なのはちゃんに便乗して♪」

「なんていうか……二人が暴走しそうで……」

 

 テスタロッサ、申し訳ないみたいな表情するくらいならなんでここに来るまでに止めなかった。あと高町、お前その目はやめろ。ハイライト消えてんぞ。透霞は……まぁいいや、悪ノリしてるだけだろうし。実質俺の敵は高町だけか。

 

「とりあえず士郎さんたちには連絡してきたんだな?」

「うん。今日は透霞ちゃんちに泊まるからって」

「……明日きっと朝イチで士郎さんと恭也さんが迎えにくるんだろうなぁ……」

 

 つまり目下最大の脅威は明日かぁ……。いや、目前の問題もどうにかしなきゃなんだけどね、俺さっさと寝たいし。

 

「……テスタロッサは?」

「わたしも一応連絡はしたよ。遅くなりそうなら泊まってくるからって」

「遅くなる前に帰……らなくていいや、明日の朝お前をダシに逃げるから泊まってけ」

「わかってたけど扱いがひどい!?」

 

 ひーん、と涙目になっているテスタロッサは無視して、とりあえず玄関であれこれ話す気はないので、リビングで待機してもらい、部屋にランドセルを置きに行く。

 俺は基本、服装に気を遣うタイプではないので、風呂の時間まで制服のまま過ごすのが常だ。私服を着るのはだいたい休日くらいで、寝る時はジャージ。

 アリサには「家でまで制服なんて息苦しくない?」とか言われたが、慣れればそうでもない。着替えるのめんどいし。

 

「……このままあいつら放置して寝ちまおうかな」

 

 ベッドのかけ布団をめくって実行しかけたところで、それはできないと悟る。あのアマ共(-1)、シーツの上にディアフレンド置いていやがった。

 

『マイフレンドー! にーちゃんが寝ようとしてるー!!』

「ちょっ、まだ布団めくっただけだろ! 寝ない! 寝ないって!」

「「兄さん!/奏曲くん!」」

「ちくしょうめんどくせええええええええええ!」

 

 結局、本来の目的とはまったく関係なしに、ひとまず透霞が夕飯を作り終わるまで俺は自室で高町に説教されていた。

 テスタロッサは……最初こそオロオロしていたが、後半だいぶ余裕が出てきたのか、退屈凌ぎに透霞から雑誌を借りて説教が終わるのを待っていた。お前そんな暇なら俺を助けろ。割と切実に。

 

「だいたい奏曲くんはいつもいつもわたしとかフェイトちゃんを蔑ろにしてぞんざいに扱って……」

「…………」

 

 やばいマジで眠い。夕飯まだなのに。

 

「ちょっと奏曲くん! ちゃんと聞いてる!?」

「はいはい聞いてる聞いてる。そうだねプロテインだね」

「うわぁ露骨! ぜんっぜん聞いてないよね!?」

 

 ああ聞いてないさ。ていうか聞いてられっか! お前は自分が途中から説教じゃなくただの愚痴になってるの気付いてねぇのか!

 

「もっとわたしのこともちゃんと見てよ!」

「お前それ言う場面ミスったら拙い発言じゃね?」

「ふぇ?」

 

 ああ、そういやこいつ天然に加えて恋愛下手だったな……。

 

 

 

 

 結局、高町の愚痴が終わったのはあれからさらに20分後だった。

 メシを食いがてら二人は俺とヴォルケンリッターの関係に探りを入れたりもしてきたが、いかに成績優秀であろうと結局は小学生。適当にあしらいつつメシを食って、少し前にあったテスタロッサの事件を肴に食後の一杯(ぶどうソーダ)を飲んでいた。

 

「でね、その時のなのははすごくかっこよくて……」

(テスタロッサは惚気になると長いタイプか)

「あの時のなのはの瞳はすごくキラキラしてて今でも鮮明に……」

「それを言ったらフェイトちゃんだってすごく凛としてて……」

 

 お前らさっさと結婚しちまえよ。甘いもの好きの透霞が砂糖吐いて死にそうになってんぞ。

 

「透霞、コーヒー飲むか?」

「今日だけは……超苦いので……」

「わかった。作ってくるまで死ぬなよ」

 

 未だバカップルの惚気という銃弾が飛び交う戦場に手負いの透霞を残していくのは気が引けたが、今こいつを救えるのは俺しかいない。

 なぜならすずかと二人きりで雑談をするとたいがいアリサの魅力について延々(おおよそ3時間くらい)語られるからだ。慣れってすげえ。

 これがもし『すずかから』『アリサの』魅力について語られていなかったなら、オレは3分でキレる自信がある。

 

 いつも使っているマグカップに濃いめのコーヒーをたっぷりと注いで、リビングに戻る。

 未だ続けられるバカップルたちの惚気に浸食される愛しの妹君の頬をぺちぺちと叩いて意識の有無を確認。どうにかまだ気絶には至っていないようで、悪夢に魘されているような声でうんうんと唸る。

 

「ほらよ」

「あ、ありがと……」

 

 あの常に元気と無邪気だけは人一倍で将来もし死ぬとしたら『死因:元気すぎによる過労orハイテンションによる心臓麻痺』以外に思いつかない透霞がここまで弱るとは、バカップルの惚気おそるべし。

 

「あのSLBも今となってはいいトラウm……思い出だよ」

「テスタロッサ、綺麗な過去にできないことを無理にしようとすんのはやめとけ」

「あはは……あれはちょっぴり過激だったかな?」

「いやあれ絶対ちょっぴりってレベルじゃないよ。わたし見てただけなのに未だにトラウマだよ」

 

 うん、まぁ俺も透霞から聞いただけだが、想像してみるだけでけっこう鳥肌が立つ。

 非殺傷設定で放たれた魔力集束砲らしいが、いくら魔力に質量がないとはいえ身動きできない状態で真正面から『体を透過する巨大な鉄球のようなもの』が重力と推進力に押されて迫ってくるというのは中々に怖い。

 俺なら間違いなく失神しているだろうし、目が覚めた時、目の前に高町がいたら全力で顔面をぶん殴るレベルだ。

 テスタロッサはむしろ目を覚ましたら高町の腕の中で穏やかな表情を浮かべていたらしいが、たぶんあいつマゾなんじゃないだろうか。でなければ説明がつかないレベルでSLBは怖い。さすが星を軽くぶっ壊すと銘打っているだけある。

 

「……奏曲くん、今なんか失礼なこと考えてたでしょ」

「もちろんだ。俺が高町のことを考えるとしたら失礼でないわけがない」

「胸を張って言うことじゃないよね!?」

 

 何を言う高町。お前という存在のアイデンティティに関わることだぞ。お前から俺にディスられることを差し引いたら何が残るんだ。

 

「ああ、高町のぎゃあすぎゃあすと喚く声は実にたまらない……」

「うわぁーん! フェイトちゃーん!! 奏曲くんがいぢめるーっ!」

「よしよし……大丈夫だよなのは、わたしはなのはのこと大事に思ってるからね」

「うぅ……わたしもうフェイトちゃんと結婚する……」

 

 しろよ。

 

「末永くお幸せに」

「なんでこういう時だけ素直に祝福するの!?」

「やだなぁ高町、オレタチトモダチジャナイカ」

「ひどい棒読みだよ!?」

 

 いや、だってほら、お前らテスタロッサが転入してきた日からそんな感じだからクラスの奴ら全員お前らがそういう関係だと思い込んでるし、いまさらかな、と。

 そして何よりその方が高町がいい反応してくれるかな、という俺なりの気遣いもあってだな……。

 

「そんな気遣いいらないよ!」

「心を読まれた!? 高町なんかに!?」

「途中から声に出てたよ……」



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すずかの信頼は、心強い

 翌朝、予想通り早朝から近所迷惑も考えず我が家に突っ込んできた御神の修羅2人(親馬鹿+シスコン)をどうにか言い包めて逃げた俺は、透霞を家に放置したまま月村邸へと逃げたのだった。

 

「さんきゅーすずか。助かったよ。高町が昨日ウチに泊まっていったから高町の親父さんとお兄さんが朝っぱらから押しかけてきてメシ食えなくってさ……」

「だと思ったよ。久しぶりだよね、奏曲くんが家から逃げ出してうちに来る理由って言えば、それくらいだもんね」

 

 なぜ俺が月村邸にこうして朝からお邪魔して、なおかつ遠慮なくすずかと食事を共にしているかというと、それは高町の親父さんやお兄さんと俺が壮絶に不仲であることに由来する。

 実は俺が高町と出会ったばかりの頃、俺は高町の『なんとなく表面的にも性質的にも明るいはずなのに、どこかド暗い感じ』が嫌で逃げるわ避けるわしてたのだが、それが原因であいつを泣かせてしまったことがある。

 そんな高町の泣き声に駆け付けたのが、お兄さんの恭也さんだった。正直、かなり怖かった。

 

 今になって思えば子供同士の喧嘩に口を出す人じゃないと思うんだが、御神の剣士特有の先天的危機察知能力で俺の異常性を理解したのだろう。

 木刀なのに電柱を真っ二つに斬った(折ったのではなく文字通り斬った)あの時のお兄さんは、間違いなく真剣を持てば斬撃属性を保有した衝撃波を飛ばすとかいう漫画的なこともできたはずだ。

 まぁそんな感じで誤解を解くまで数時間、町中を(身体強化魔法をバンバン使って)逃げ回った俺は、息ひとつ乱していない修羅によって捕縛され、首を刎ねられる直前になって高町が弁明、一命を取り留めたのだ。

 

 正直言おう、俺たぶん親父さんよりお兄さんの方が怖い。どっちも怖いけど。なんかあれ以来やたら目の敵にされてるし。

 いや、目の敵にされてるのは親父さんも同じだし、戦力的にはお兄さんより圧倒的に強い(=怖い)んだけど、あの人はなんだかんだで『手出しすべき限度』を弁えてるからまだ救いがある。

 なんにせよ、今日みたいに高町が『一歩間違ったら俺が手出しするだろう(と勝手にあの二人が思い込んでる)状況』になるとリミッターが外れて暴走するから、安全圏のここに逃げてくるというわけだ。

 

「透霞ちゃんは起こしてあげたの? あ、奏曲くんお塩とって」

「昨晩の内にテスタロッサに透霞を起こすコツと二度寝防止法をちゃんと教えたから大丈夫だろ。はいよ」

 

 まぁ、今はあんまり気にしない方向でいこう。せっかくうまいメシがタダで食えるんだから、ネガティブな思想はすべて投げ捨てるが吉だ。

 今日は学校に行くかシグナムたちの方に行くか、どっちにするかな。現状どっちでもいいんだが、八神をできるだけ早く助けるには闇の書を『一旦』完成させる方がいい。

 八神にも冗談半分本気半分で言ったが、小学校は義務教育だから単位たりなくて留年とかはないはずだ。

 

 ひとまずヴォルケンリッターには「俺がいない時は基本的に蒐集のことは考えず八神の傍にいてくれ」と言ってあるので、勝手なことはしないはずだ。

 あいつらからしたら俺は『どこのどんなロストロギアの管制人格かもわからない奴』なのだから、こうして言うことを聞いてくれるのはすべてシグナムのおかげに他ならないが。

 なんにせよ、このままじゃいつまで経っても闇の書は完成しない。向こう一週間は全て蒐集に費やすことにしよう。

 

「あ、そうそうすずか。今日からしばらく学校休むから」

「え? どこか具合でも悪いの?」

「いや、そうじゃないけど、ちょっと野暮用」

 

 口の中のベーコンを飲みこんで、特に深みを持たせることなくすんなり事実を言う。

 すずか(とアリサ)の前で、俺が嘘をつくことはまずない。たとえ嘘をついてもすぐに見破られてしまうし、こいつらとの友情を傷つける行為になりかねないからだ。

 だから、強いてやるとしたら『言葉をぼかす』くらい。嘘はつかず、ただ全容を語ることもしない。だがそれだけで、すずかたちはその意図を理解してくれる。

 

「そう、わかった。怪我とかしない程度に、がんばってね」

「ん、了解。あ、あとさ、まぁたぶんわかりきってるんだけど……」

「うん?」

 

 手元の水を口に含んで、一気に飲み干し、

 

「俺が大怪我とかしたら泣く?」

「泣くよ。たぶん下手しなくても錯乱すると思う」

 

 即答だった。

 

「わかった。じゃあ絶対に怪我しない。無茶はするけど、無理はしない。これでいい?」

「うん。何をするのかわからないけど、応援してるからね」

「すずかが応援してくれるなら、俺にできないことなんてあんまりないよ」

 

 言い終えると同時に、俺とすずかは朝食を終えた。

 さすがに朝食だけもらって帰るというのは、さすがの俺でも厚かましすぎるという自覚があるので、無意味にもこの屋敷でメイドを務めるノエルさんに「片付けを手伝わせてもらってもいいですか?」と願い出たが、却下された。

 メイドとしては、不躾にもこうしていきなり朝から押しかけてくるような人間であろうと、仕えるべき主の友人に自分の仕事を手伝わせるなど、メイドとしてあるまじき行為であるようだ。

 

 もっとも、すずかの世話を担当するのは本来ファリンさんのはずだが、あの人はもう部外者の俺ですらメイドとしては信用してない。

 もちろんイチ人物としては多大な信頼(主にすずか関連)を抱いているのだが、あの人のドジは改善がもはや不可能というか、あのドジを見越した上ですずかがどんな指示を出すのかというベクトルの間違った訓練になり始めている。

 ゲーム脳と言われるかもしれないが、ぶっちゃけファリンさんに命令を出すのってけっこうな縛りプレイに見える。SM的な意味ではなく。

 

「あ、でもやっぱりできないことはあるんだね」

 

 仕方なく、すずかと一緒に洗面台に向かう。前述したように、俺はこれまで何度もこうやってすずかの家に訪れているため、来客用の棚には俺専用の歯ブラシもあったりする。

 

「まぁそのできないことってのが、すずかは100%応援しないようなことだから、事実上ないようなもんだよ」

 

 少し歩いたところで、洗面台に到着。相変わらず広い家だ、食堂から洗面台までこんなに(時間に直して1分ちょい)歩く必要があるのか。

 おかしいな、俺の中にある常識ではダイニングから洗面台までって10秒強あれば十分歩いていける距離なんだが、俺がおかしいんだろうか。

 

「そうなんだ。たとえばどんなことができないの?」

「すずかとアリサと透霞を本気でいじめたり、傷つけたり、裏切ったりとか。そういうのは何がなんでも絶対に無理だ。三人とも絶対に応援とかしないだろうけど」

「ああ、確かにそれはできないね。うん、確かにわたしもアリサちゃんも透霞ちゃんも応援しないと思うよ。思うっていうより、絶対しないって断言できる」

 

 だろうな。ひとまず雑談を一度区切って、すずかから受け取った歯磨き粉を歯ブラシに乗せ、それを口に含んだ。からい。



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奏曲の本領は、口八丁手八丁

 すずかの家を出て二時間。俺は地球とは異なる管理外世界で既に9回もリンカーコア接続・魔力吸収・闇の書への接続・魔力供給を繰り返している俺は、精神的に思いっきり疲弊していた。

 同行しているシグナムとヴィータには前以て説明していたため「仕方ない」と少々休憩をもらい、現在5分ほどが経過したところだ。

 ちなみに魔力蒐集に関して向こう見ずなくらい突っ走り気味のこの二人がなぜこうもあっさり「仕方ない」と休ませてくれるかというと、リンカーコアに魔力循環回路を接続するというのは血管の細い子供に注射をするようなものでかなりの集中力を必要とするし、吸収と供給はまだしも、闇の書への接続は闇の書自体が既に有している毒性の強い魔力が逆流してくる危険性もあり、ぶっちゃけ1回だけでも相当疲れる。爆弾処理の方がよっぽどマシだ。

 

 だが、これを言いだしたのは俺自身。文句など言えるわけがないし、過労でぶっ倒れようが頭痛が痛かろうがシグナムたちに叩き起こしてもらうつもりでいた。

 それでも、やはりリンカーコアの接続というのは精神年齢数百年の俺でもなかなか機会のあることじゃなく、まして闇の書ほどの大物に魔力供給するというのは、1回で2日分の疲労と倦怠感を感じる。

 それを9回連続。たった二時間と言う時間に、俺は2週間分以上の疲労を背負うことになった。もちろん、それはあくまで比喩的・感覚的なものだが、それでもこの辛さはシグナムとヴィータにもわかってもらえたようだ。

 

「そ、奏曲、大丈夫か……?」

 

 シグナム心配そうな目で俺の背をさすりながら話しかけてくる。見た目とは裏腹に、案外気遣いのできる奴だったらしい。今後はこいつに対する印象を改めようと思う。

 

「シ……ナム……」

 

 まぁ、ただ……、

 

「なんだ? 何かできることはあるか?」

「……はなし……かけんな……」

「……すまん」

 

 生憎とタイミングが悪いんだけどな?

 

「おええぇ……!」

「あーあー、きったねーなぁ……。シグナムはもうあっちで休んでろ、こういうのは喋らせんのが一番ダメなんだよ」

「うっ……。す、すまんなヴィータ……」

「謝る相手がちげーよ。あと謝るなら後にしろよ、今謝ったらこいつまた吐くぞ」

 

 そう言いながら、ヴィータは横になっていた俺の上体を起こして、俺の背もたれになるように抱きかかえた。

 なんだこの体勢? ポジションが逆ならあすなろ抱きも夢じゃないが、間違いなくヴィータにそんな意図はないだろうし、今それを指摘すれば間違いなくグラーフアイゼンで殴られるから言わないでおく。普段ならまだしも、今の俺では絶対に避けられないし防げない。

 

「そーま、ゲップできるか?」

 

 声を出すとつらいので、首を横に振って否定する。するとヴィータは「ん、じゃあちょっとベルトゆるめるぞ」と言って、俺の脇の間から手を伸ばし、ベルトを緩めてくれた。

 世の変態共なら間違いなく妙な勘違いを起こしそうだが、俺は生憎そんな都合のいいギャルゲ展開など信じないリアリストなのでスルー。

 本当にただ単純に吐き気を抑えるための処置だろうと当然の帰結に至り、あとはヴィータに凭れかかるようにして体重を任せた。

 いつもいつもシグナムと並んでいるから忘れがちだったが、こうして凭れてみると、意外にもヴィータの身長は小さすぎるということはない。

 

 そもそも軽く見積もっただけでヴィータって120cm以上125cm未満な感じだし、小3だったらおかしくもない身長で、むしろ高町が129cmと小3ではでかい方だ。

 だがそれ以上に俺と透霞がでかい。あくまで小3としてはだが、俺の身長136cmというのは少し小さい5年生レベルで小4よりでかいし、透霞の134cmというのは小4レベル。

 正直ヴィータの設定年齢は7~9だとこないだ聞いたし、この身丈はまったくおかしくない身長だ。つーかもしも7歳ならでかい。こいつをチビだなんて誰も言わないくらいご立派なでかさをしていらっしゃる。8歳なら無難なところだ。

 

「……あ、なんかちょっと楽になったかも……」

「気のせいだバカ。そんなに早く楽になるわけねーだろ。無駄に気を遣う暇があんならさっさと体調戻せ。お前がいねーと蒐集が進まねーだろ」

「おっしゃる通りです……うっぷ」

「はぁ……。無理して声出すからそうなるんだよバカ」

 

 凭れかかっていた体を一度おこして口元を押さえると、ヴィータが呆れつつも背中をさすってくれた。あらやだこの子いいお嫁さんになりますわよ奥様。

 

(これで設定年齢20歳以上だったら最高だったのになぁ……)

 

 なぜか背中に突き刺さるような視線を感じたので、この思考はここまでにしておく。

 

 

 

 

 ヴィータの献身的な介抱のおかげで予想より早く回復した俺は、ヴィータの意見により戦闘にはあまり参加せず、魔力蒐集と後方指揮に専念することになった。

 元々、俺の戦闘スタイルは対人戦に向いていて、大型の原生生物が相手だとその威力の大部分を発揮できない。

 ヴィータがそれを悟ってくれたというのは、深読みの空回りではないはずだ。あいつはあれで案外、他人の細かいところに気付ける。

 

(しかしさすがに二人とも歴戦の騎士だな。俺もそれなりに経験は積んでるけど、戦場を離れて平和に暮らしてた時代も少なくなかったからな。やっぱあいつらには負けるか)

 

 元々、体を鍛え始めたのも一般的に武器が流通していない平和な世界でもしものことがあったら自分の身くらいは守れるようにと思ってのことだ。

 あいつらのように実戦に用いることを前提に鍛えているわけではない。とはいえ、その実戦で通用するほど多くの技術と経験を取り入れてしまったのは確かだが、それも対人戦に限ったことだ。

 

「行ったぞシグナム!」

「任せろ! はあああああっ!」

 

 シグナムの剣は、柔に見せかけた剛だ。確かにあいつの剣技はどれもこれも一流、さらにはフォームチェンジで不得手な中・遠距離を補うことに成功している。しかしそれはあくまで『攻撃』にのみ限ったこと。防御に関しては、正直あまり巧いとは言えない。

 当たれば間違いなく危険な攻撃は当然ながら避けている。だが『当たっても問題ない攻撃』や『防御魔法を纏えば問題ない攻撃』に対してはあまりにも無防備だ。

 もしもヴィータのように『防御の上から粉砕する攻撃』や『防御を無効化してダイレクトに衝撃を与える攻撃』があれば間違いなく墜ちるだろう。まぁ、そんなことができる魔法や魔導士なんてそう何人もいないだろうが。

 

「紫電、一閃――」

 

 炎の魔剣が竜のように大きな蛇の首を抉る。剣の全長が蛇の首の直径よりも短いせいだろう。蛇は苦しみ悶え、ただ我武者羅に暴れ回りながらも、驚異的な再生速度で首を再生していく。

 

「やはり刃による攻撃はあまり意味をなさないか……」

 

 いかに強力な攻撃でも、武器のリーチと体積の差というものは、相手が大型の原生生物である以上おおよそ後者が上だ。

 牛や豚くらいならまだいいが、あんなビルみたいにでかい相手じゃ刃ひとつで勝てるはずもない。ともなれば、どうすればいいかなど悩む必要はない。

 つまりは、刃のように『線を打ち込む攻撃』ではなく『面を叩きつける攻撃』であれば、その衝撃は巨体にでも威力を生み出すのだ。

 

 おそらく、それはシグナムとヴィータも気付いている。そしてそれを可能にするだけの手段(カード)をあいつは――ヴィータは持っている。

 だから、あとはそのカードを切るタイミング。シグナムが縦横無尽に蛇を振り回し、その注意を引きつける。だが、それだけじゃヴィータはその『切り札』を使えない。

 あれだけではあくまで蛇をその場に留めているに過ぎない。完全に動きを停止させるにはバインドが一番いいのだが、シグナムじゃ難しいだろう。ヴィータならできなくもないだろうが、あいつはそれを使うだけの余裕がない。

 

(俺の魔力は……最近使いすぎて今日はあまり余裕がないな。数分の身体強化が限界だ。移動に使うから事実上なにもできないに等しい)

 

 今のところ、あの二人が窮地に立たされているという様子もない。もうしばらく様子を見て、ケリがつきそうにないなら手伝おう。

 拘束魔法があれば楽だろうが『裂夜の鎚』は生憎と魔力貯蔵庫であって魔法貯蔵庫ではない。闇の書のように吸収した相手の魔法をそのまま奪うことなどできない。

 

 まぁ別にほしくもないし、あったところで魔法戦がほとんどできない今代の俺ではどうにもならない。

 もっとも、こうしている間にもシグナムに対する蛇のヘイト値は高まり、攻撃の激しさは増している。いくら優勢とはいえ、余裕ぶっこいて足元を掬われるようなバカな真似はしたくない。仕方がないので、やはり様子見はやめよう。

 早いとこカタをつけて魔力蒐集した後、こいつの肉をいくらか剥ぎ取って非常用携帯食にさせてもらおう。ワニだってジャーキーにできるのだから蛇でもできるはずだ。何代か前に密林地帯で暮らしてた時は普通の蛇を毒抜きして食ってたし。

 

「ヴィータ、お前は決め技の準備しとけ。俺とシグナムであいつを止める」

「大丈夫なのか? またぶっ倒れたりしねーだろうな」

「その時はその時ってことにしてくれ、たぶん大丈夫だと思うけどな」

 

 呆れ顔のヴィータに背を向けて、俺は両の拳を固く握り蛇へと駆けだした。都合のいいことに蛇の意識はシグナムの方にその10割を割いている。万が一にもこちらが攻撃する前に気付かれるということはないだろう。

 対面している時と違って、100%バレないとわかっている不意討ちというのは迅速さと正確さなどよりも単純な威力のみを求める方が定石だ。まずは一発、基本中の基本にして俺の持ちうる最大攻撃力を叩きこんでやることにしよう。

 

 魔力強化などいらん。必要なのはこの身この命この魂この四肢すべて!

 

「ぶっ飛べ」

 

 

- 激 烈 強 打 -

 

 

 俺の拳を頭蓋に受けてクォアアアァァァァァ――と吠える蛇。意外に高くて愛嬌のある声に少しだけ心が痛んだが、命あるもの同士が戦いを始めた時点で恨み恨まれる関係になることは避けられない。

 ならばいっそ、少しでも早く、少しでも痛みを感じさせず殺してやるのが温情というものだろう。脳震盪を起こしているのか我武者羅に暴れることもできず蠢いているだけの蛇に、さらなる激烈強打を打ち込む。

 またも聞こえるクォアアアァァァ――という悲鳴が痛々しい。しかし、それでも俺は拳を休めない。そろそろか、とシグナムに視線を送ると、激烈強打を見舞った頭部にレヴァンティンの峰による紫電一閃が叩きこまれた。

 

(今ので完全に頭蓋骨は逝ったな。それでもまだ生きてるのはさすがの生命力ってことか。脳に頭蓋骨の破片つきささって死なないのか? ていうか今頃グチャグチャだろあいつの脳みそ)

 

 どういう原理でまだ生きているのかさっぱりわからんが、今なら間違いなくあいつは動けない。次の一撃で終わりだ。

 

「シグナム! 一応念には念をだ! 離脱する前に首周りに何発か陣風ぶちこんでおけ!」

「了解! あとは任せるぞヴィータ!」

 

 

-Sturm Winde-

 

 

 レヴァンティンから放たれた幾つかの衝撃波が蛇の表皮を浅く抉る。

 すぐに回復はされるものの、それで構わない。蛇がその痛みによって身をよじらせ、唯一この場に認識できる『敵』……即ち俺に対して顔を正面に向けたなら、これで終わりチェックメイト。

 

「あばよ蛇野郎」

 

 向かい来る蛇の頭を掠めるように通り過ぎ、そのまま離脱する。そして、俺を噛み殺そうとして空を切った蛇が最後に見たものは――、

 

 

-Gigant Schlag-

 

 

 満身創痍になりながらも必死に生きようとした尊い命に捧げる、情けある巨人の一撃。

 

 

 

 

「これで11匹……。もう死んでるしこいつは普通にリンカーコア摘出でいいだろ」

 

 正直もう魔力をバイパスするだけの精神力と体力は残ってない。時間は……朝から連戦続きでチェックしてなかったがもう夕方だ。透霞も帰ってきているだろうし、そろそろ帰って透霞の頭を思いっきり撫でまわしたい。

 

「お前……あれだけリンカーコア摘出より魔力抽出がいいと言っておきながら死んだ相手に対する情はないのか……」

「死ぬ直前までならあるぞ。死んだら生モノ系の粗大ゴミだよ。人間の形さえしてなけりゃな」

 

 俺は男女平等主義者ではあるが命の重みは不平等派なんだ。だから人間じゃない奴とか知ったこっちゃない。

 まぁ犬とか猫とかなら適当に穴掘って埋めてやるくらいしてもいいが、こんなデカブツ粗大ゴミ以外のなんだってんだ。

 

「お前は本当に騎士道精神の欠片もないな……。同郷としてさすがに口出ししたくなるぞ」

「騎士道精神に則って生きていけるなら考えなくもなかったんだけどな、俺はお前らと違って戦闘を前提にプログラミングされてないから卑怯も嘘も使えるものは全部使わなきゃ死ぬんだよ」

 

 実際もう何度も死んだしな。俺だって最初の頃は正々堂々って言葉も信じてたけど、今となっちゃそんなの無用の長物。

 騙し騙され欺き欺かれが一番だ。ローリスクローリターンかローリスクハイリターンの二択だからな。ハイリスクを背負って失敗することがない。失敗に怯える姿がダサかろうが知ったことか。かっこつけて死ぬ方がもっとダサいだろって話だ。

 

 

 

 

「おーいこっち終わったぞー……って、なんか話してたのか?」

 

 その後しばらくシグナムと雑談を続けていた俺だったが、収集を終えて戻ってきたヴィータが声をかけてきたことで、話を打ち切った。

 

「おうヴィータ。闇の書の方はどうなった?」

「予定よりかなり早く完成しそうだ。現時点で627ページだから……残り39ページだな」

 

 残り39……となるとあと二日か三日あれば十分だな。今日はもう引き上げるように頼んでみようか。

 

「シグナム、ヴィータ。そろそろ帰ろう。八神が心配するし、俺ももう動けそうにない」

「そうだな。じゃあ次はいつ蒐集に向かう? こちらはお前の都合に合わせる」

「こっちのことはしばらく気にしなくていい。明日の昼、また今日みたいに例の場所で集合だ」

 

 明日のスケジュールを確認し合い、いつものようにシャマルに連絡して、転移魔法で地球に引き戻してもらおうとした、その時だった。

 シグナムが訝しげに表情を曇らせた。僅かに敵襲の可能性も考えたが、それにしてはリアクションが小さすぎるのでそれは否定されている。

 

「どうしたシグナム」

「シャマルに思念通話が届かん。通信妨害の類かと思ったが……それにしては我々が妨害に気付いたにも関わらず敵の姿も気配も近くには感じられん」

「だとすると……俺らをここに留まらせて兵糧攻めでもする気か? 随分と気が長い上に不確実な手を使うな」

 

 もちろん、そんなわけがないということはシグナムもヴィータもわかっている。だがこうして軽口を叩き合うくらいの余裕は必要だ。満身創痍の兵を連れて戦闘を続行するのであればなおのこと。

 まぁその満身創痍の兵ってこの場合だと俺なんだけどね。今日使える分の魔力もうないし体力もゲーム的に言うなら赤ゲージだし精神はもうズタボロだからな。

 ちくしょう、俺にもマスターほしいなぁ。マスターがいれば魔法行使に必要になる魔力消費量が減るし、何より命令を確実に成功させるためなら魔力を消費せず身体能力の底上げすることもできるからな。

 この事件が片付いたら本格的にマスターを探してみようかな。身近で魔法の力を悪用せず、なおかつ俺が信頼できる相手だとベストなんだけど……まぁそんな都合のいい話があるわけないか。

 

「ったく……仕方ない。ひとまずさっきの蛇のとこに戻って食料を調達しよう。蛇は栄養価高いからな」

「いやそれはマムシ……というかそもそもあれは蛇の類なのか?」

「蛇じゃなきゃミミズだな。前者なら食いたいが後者なら……やべえ、究極の二択になっちまった」

 

 しかし敵の目的はなんだ。さっきも言ったが、もしも兵糧攻めが目的だとしたらやっこさんの策はあまりにも穴だらけすぎる。どう考えても俺たちをこの世界に閉じ込めたのは別の理由があるとしか思えない。

 だが、その理由ってのが見えない。今この状況で俺たち三人に何をしたい……いや、何ができるというんだ。ここはさっき俺が休んでいた木陰を除いてほぼ360゚すべて砂に覆われた砂漠地帯。

 人影が現れればすぐさまバレるし、ステルスしていても魔力に精通している俺の前では魔力を感知されてアウトだ。それをあちらさんが計算に入れているとも思い難いが、もし本当にステルスで近づいていたらとっくに見つけている。

 

「というか蛇は美味いのか?」

「まずくはない。唐揚げにしてもいいし、普通に焼いて食ってもいい。油がないから今回は焼く以外の選択肢はないけど。な、シグナム?」

「やはり火は私の魔力変換頼りか……。本来そんなことに使うのは不本意だが……状況が状況だ、仕方あるまい」

 

 まさか本当にどこにも敵はいないのか? マジで兵糧攻め? いやいやそんなわけないだろバカか俺。ダメだな、さすがに疲れてるせいか思考が乱れてる。もっと根本的なところに視点を向け直した方がいいのかもしれないな。

 シグナムが最後に思念通話を行使したのは3体目の原生生物から魔力を頂戴した後だった。少なくともその時まではちゃんと思念通話は有効だったはずだ。だから妨害系の魔法を使ったのは俺たちが4体目の原生生物を倒した直後~さっきシグナムが思念通話を使おうとした時まで。

 時計を確認してなかったのは痛いな。時間に直せば手掛かりとはいかなくても発動者が(転移魔法を使った場合を除き)今どれだけ離れた距離にいるのかくらいわかったはずなのに。と、ここまで思考したところで、俺は不意にある違和感に気付く。

 

「……ん? んー……?」

「どうした奏曲」

「なんか、さっきから妙な違和感が……」

 

 もはやフィーリングにも等しいこの感覚を、俺は信じた。いくら考えても『思考』だけじゃ答えに辿りつけそうにない。だったら、もうこの違和感に頼るしかない。

 もっとだ、もっと感じろ。理屈と思考だけで辿りつけないところがあるんなら『感覚』で加速させろ。答えは――ここだ。

 

「……シグナム」

「……どうした?」

 

「飛び退け!」

 

 俺の叫びと同時に、紅の光が俺たちを襲った。



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奏曲の苦手な、クリシス・レディー

 なるほど、やはり違和感の正体はお前か。大した奴だよ、確かにこの方法なら自分の姿を晒すことなく俺たちを攻撃できる。

 だがなぜだ? こいつなら俺たちを攻撃するチャンスはいくらでもあったはずだ。どうしてここに至るまで……俺があいつに気付くまで攻撃してこなかった?

 できたはずだろ。できないわけがない。なのにどうしてしなかった……まさか騎士道精神って奴じゃないだろうな。だったら笑いものだぜ、お前!

 

「どうした、俺がシグナムとばっかり喋ってるからジェラシーでも感じたのかヴィータ」

「そう思うか……?」

「ああ、モテる男はつらいぜ」

「寝て言え」

 

 うっすらと寝ぼけ眼さながらに開けられた虚ろな瞳はドス黒く、俺の視線を僅かにも漏らさず捉えている。

 シグナムは……ギリギリアウトだったっぽい。さっきの攻撃そのものは回避できてたらしく大した傷はなさそうだが、地面を叩きつけた際の衝撃波に中てられたのか意識がなさそうだ。

 ひとまずこの洗脳されたハンマーロリを巨乳ポニテ侍から引きはがそう。都合のいいことに『こいつ』はヴィータの体を使ってくれてるからな、グラーフアイゼンを差し引けばリーチに大した差はない。

 もっとも、その差し引くべきグラーフアイゼンのリーチがバカみたいに広いことと、ヴィータとグラーフアイゼンを引きはがす方法なんてまったく思いつかないという難点があったりするんだが。

 

「さすがにヴィータに寄生したお前相手じゃ余裕ぶってもいられないか……仕方ない、マスターがいない身でこれだけはやりたくなかったが……」

 

 胸ポケットから俺の心臓とも核とも言えるロストロギア『裂夜の鎚』を手に、それをヴィータに向けて翳す。すると俺の右足に黒いレッグホルスターが出現し『ready』の一言を告げる。

 

「変身」

 

- C H A N G E -

 

 決意と覚悟を込めた言葉と同時に『裂夜の鎚』をレッグホルスターに装填。すると蒼天から放たれた不定色の閃光が、俺の体めがけて落とされた。

 

「自爆のつもりか?」

 

 口だけだ。よく言いやがる。俺がそんなバカじゃないことくらいわかりきってるはずなのに。呆れと諦めを込めて、今の自分を見直そう。たぶん今の衝撃でカラコンは飛んでっただろうな。

 アリサにコガネムシみたいだと言われた両目が剥き出しになり、本体内で蓄積されていた膨大な魔力が逆流し、俺の髪を不定色に変えた。

 両手両足には堅牢な手甲具足が装着され、体に張り付くような黒いスーツの上からやたら分厚い青色のベルボトムと申し訳程度の上衣装甲が与えられただけだ。

 しかし、俺にとってはこの防御性能がイマイチ不安な装甲こそ『最高のコンディション』の証。戦いを決意し、死を覚悟し、生き抜くために足掻きもがく姿だ。

 

「魔導士のバリアジャケットや騎士の甲冑ほど丈夫じゃないが……お前にヴィータの体を使ってシグナムを襲ったことを後悔させるには十分だ!」

 

 拳を強く握ると、関節の節々から蒸気が溢れた。俺の全身にみなぎる魔力が体中の毛穴から噴出し、この黒いスーツがその魔力を逃がさず防御力へと変えてくれる。長期戦になればなるほど、俺の肉体は堅牢さを増していく。

 

「やっとその姿になったなソーマ・メイスマン……。今代の貴様の体は随分とかわいらしいな」

「クリシス・レディー……! かつて寿命を超越し神になろうとした末にロストロギアへと成り果てたお前がなぜいつもいつも俺を追う!」

「あと一歩というところで計画を邪魔してくれた張本人がよく言う……。それに妾も本来の姿は中々の器量を持っていたと自負しているが……こうも一途に後を追われているのじゃ、胸にくるものはないのか?」

「胸にはこないが背筋になら寒気がきてるぜ、いつもいつも俺が死んで他の世界に転生する度に自殺してまで追ってきやがって! このストーカー女!」

 

 クリシス・レディー。こいつと最初に出会ったのは今から何代前か。こうして衝突し合うのはもう軽く百回以上になるだろう。

 ある世界でマッドサイエンティストとして世を震撼させていた彼女に、俺は同じ研究者という立場で出会い、そしてソーマ・メイスマンとして戦い、当時のマスターの願いであいつに延命措置を施した。

 もちろん、情とかそういうものではない。あいつの肉体と精神を魔力に変換して既存のロストロギアに定着させることで、闇の書や裂夜の鎚と同じように転生機能を有したゾンビへと変えたに過ぎない。

 

 そしてそれ以来、こいつはずっと俺のことを追い続け、俺を殺そうと向かってくる。時に忍者や暗殺者にも通じるほど卑劣な手段を用いて、時に騎士の決闘さながらの正統性を貫いて、時になんの考えもなくただ突っ込むバカとなって。

 勝率、敗率は正確な数までは覚えていないにせよ、おおよそ共に5割。

 

「言っても聞かないだろうが一応念のためだ。ヴィータから離れろ」

「断る」

「だろうな!」

 

 大地を蹴って、ヴィータ/クリシスへと突っ込む。そしてそれに数瞬遅れ、ヴィータ/クリシスも俺を迎え討とうとグラーフアイゼンを構え迫る。ヴィータ/クリシスの体勢、加速度を照らし合わせ、導き出される答えはそう多くない。

 

「ぜぁっ!」

「遅い!」

 

 俺の突き出した拳が空を切り、懐で屈んだヴィータ/クリシスの小柄な体が旋回、その手のグラーフアイゼンが俺の脇腹を砕こうとする。

 しかし、見えている。その軌道は見えている。どんなに重く速い攻撃も、その軌道が見えていれば避けることも受け流すことも容易い。

 

「見えている、か?」

「……っ!?」

 

 だが、予想外だったのはその後だった。ヴィータ/クリシスは両手で放っていたそれを脇腹を掠める瞬間、即座に片手持ちに切り替えることでリーチを伸ばし、その攻撃を強引ながらも確実に叩きこんできた。

 先述した通り、俺のこの装甲の防御性能かなり低い。というのも、機動性と自由性を高めるために防御を捨てて回避を優先した装甲だからだ。

 だからこそ相手の攻撃の軌道を読むことに関しては歴戦の兵たちよりもさらに経験と修行と練習を費やしたし、その努力故の自信も持ち合わせていた。

 にもかかわらずその軌道捕捉と行動予測を狂わせる動きをしてくるとは、さすがに俺と同じく何度も生を繰り返したクリシスならではだ。ヴィータとグラーフアイゼンの破壊力もあり、この一撃で相当なダメージを受けた。しかし、戦闘不能というわけでもない。続行だ。

 

「おぉらっ!」

 

 突き出した拳はフェイク。しかし当たれば間違いなく大打撃。ヴィータ/クリシスはそれを避けるのではなくあえて防御魔法で防ぎ、俺の次の手を窺っている。

 回避の際に生まれる視界のブレを隙として攻めようかと思っていたが、さすがに正面から逃げることなく捉えられているのでは、奴の視界から逃れることはできない。

 

「かてぇ……っ!」

「どうしたソーマ・メイスマン……なぜ魔法を使わない。まさかこの肉体に引け目を感じているわけではあるまいな……?」

「それもあるがな、生憎と魔法はつかえねーんだよ! 少なくとも俺がこの身体でいる間はなぁ! ってかお前が来たせいで変身に余計魔力使っちまったからさらに魔力が戻りにくくなっちまったじゃねぇか!」

 

 僅かに八つ当たりも込めた牽制目的の拳が、意外にも防御に阻まれることもなくヴィータ/クリシスの胴を捉えた。

 まさかクリシスともあろう歴戦の兵がこの拳を見切れなかったとは思い難い。牽制とはいえ俺が何百年とかけて培ってきた経験・知識を詰め込んだ拳だ、威力は生半可なものではなく小柄なヴィータ/クリシスは吹き飛ばされた。

 

「……んな、……かな……あるか……!」

「……?」

 

 すぐに仰向けに倒れた状態から立ち上がり、グラーフアイゼンを構えたヴィータ/クリシスだが、どういうわけかそのまま膝をつき、うつむいてしまった。

 

「お、おい……どうしたクリシス……」

「……るな……」

「……は?」

 

 ぶつぶつとつぶやくヴィータ/クリシスに警戒を解かないまま近付き、声をかけた。するとそれが引き金となったのか、ヴィータ/クリシスはその目を潤ませて俺を睨みつけてきた。

 

「ふざけるな……! 魔法が使えないだと……全力を出せないだと……! 確かに妾は貴様を殺すためなら手段は選ばん……外道も王道も、奇策も正攻法も使ってみせる……!」

「お、おう……。いやそれまったく威張れることじゃないけども」

「だが妾とてプライドのひとつふたつあるわ! 互いに宿る肉体が異なる故に常に同じ土俵とはいかぬが、それでも貴様が床に伏している時や大怪我をしている時は絶対に貴様を襲撃せんかった!」

 

 不治の病を患った夫に対して隙あらば刃物投げつけてきた奴がよくもまぁぬけぬけと……。まぁ横にならなきゃ辛いような時は確かに襲ってこなかったけど……。

 

「それが今代に至っては魔力すらないじゃと……? 貴様それほど妾を愚弄したいのか! そんな体で変身などして妾に勝てるはずがなかろう!」

「……お前それは何に対してキレてるんだ。もしかして心配してくれてんのか?」

「誰が貴様のような腐れ外道を心配するかッ!」

 

 てめぇにだけは腐れ外道とか言われたくねーよ。

 

 

 

 

『ゆるさんぞソーマ……! 絶対に、貴様だけは……この身この心この魂すべてを賭してでも、貴様を殺すまでは……!!』

 

 不意に聞こえたのは、かつて俺がクリシスをロストロギアと定着させ強制転生をさせた時の最期の言葉。

 あれから何度も俺はクリシスと衝突を繰り返し、時には互いに敵国の主に仕える騎士として、時には異なる縄張りを持つ原住民として、時には戦いのない平和な世を治める王室守護兵として、常に切磋琢磨し合ってきた。

 だから、クリシスの言わんとしていることがわからなくもない。俺は別にクリシスを嫌ってるわけじゃないが、倒したい相手が全力を出し切れない状態だとわかって勝ったとしても、それは虚しさだけが残る勝利だ。

 

 優越感なとあるわけがない。勝利の余韻を噛みしめることなど到底叶わず、できることはただ行き場のない虚しさをぶつけられる相手を探し、転生することだけ。

 だからクリシスは今の俺を許せないんだろう。別に許してもらわにゃならん理由はないし、恨むなら好きにしてくれって感じではあるけれども。

 

「ソーマ・メイスマン……ッ! なぜじゃ……なぜこうも弱くなった! あんなにも強く逞しく、妾が何度挑んでも余裕の表情を崩さなかったかつての貴様はどこへ行ったぁっ!」

「ぐっ……! そう思うんなら挑んでくんなよ! 俺だってなぁっ……すきでっ……うぁっ……こんな風に……くっ……なったわけじゃねえっ!」

 

 重い。速い。堅い。隙もなければ無駄もない。さすがヴィータ/クリシス、強い。グラーフアイゼンという武器の性質を正しく理解し、俺の苦手な角度を確実に狙い、しかし時には真正面から仕掛けてくるせいで、常に死角だけに気をとられることもできない。

 だが武器を持たない俺だからこそできることもある。武器がないということは、言いかえれば両手が常に自由だということだ。回避最優先は変わらないにしても、避け切れない攻撃をただ受けるのではなく、受け流す。

 そうすることで俺はヴィータ/クリシスの繰り出す猛攻をどうにかこうにか凌げていた。無論、全てというわけではないが。もう俺とヴィータ/クリシスの間には圧倒的な優劣の差が生まれている。どちらがどちらなのか、というのは言うまでもないだろう。攻撃は最大の防御、というのは名言だと身に沁みる。

 

 たとえ俺がどれほどヴィータ/クリシスの攻撃を凌げたとしても、時折防ぎきれなかった攻撃が俺の体を掠めダメージとなる。

 全力で防御に徹してもこれだ、防御を解いて攻撃に移ることなどできるわけがない。俺の攻撃がヴィータ/クリシスに届かないのではなく、そもそも攻撃をさせてもらえない。

 でも、それでもあいつは幾つもの戦場を潜り抜けた戦士。だからこそ、素人なら絶対にやらかさないミスをやらかしてくれる。

 

「『激烈』……ッ!」

「させるかっ!」

 

 かかった。

 

「させてくれねえだろうなぁ!」

 

 弓を引くように振りかぶった隙だらけの構え。これを見逃すクリシスじゃない。確かにあまりにも露骨でこのモーションが囮になるということは悟られるだろう。

 しかし、その『囮だと悟り警戒しつつも踏み出す』というプロセス……時間にして0.1秒になるかならないかというほどの僅かな隙が、素人では絶対にしでかさないような『ミス』だ。

 

「おぉぉぉぉらあああああぁぁぁぁっ!!」

「しまっ――!」

 

 隙はある。が、その僅かな隙にできることはあまりにも少ない。

 だから、その隙をコンマ一秒でも伸ばすか、あるいはこちらの攻撃が一方的に届く攻撃箇所をその僅か一瞬で見つけ、突くしかない。もう俺の体力は限界を迎えようとしている。前者を選ぶのはあまりにも悠長が過ぎるというものだ。

 ギャンブル。俺の拳がヴィータ/クリシスの目を欺き、グラーフアイゼンの攻撃を潜り抜けて死角に入り込んでトドメをさせるか。それともヴィータ/クリシスが俺が生み出したこの僅かな隙の意図を正確に捉え、グラーフアイゼンをすり抜ける一瞬、その角度をずらし俺に叩きこむか。

 俺の見出した二又の道は、光と暗闇の二択。その二択を選ぶのは『俺』ではなく、『クリシス』でもなく、『ヴィータ/クリシス』の本能ただひとつ。

 

「ぜぇああああぁぁぁぁああぁっ!!」

「はあああぁぁぁああああぁぁっ!!」

 

 俺の拳が空を切り、グラーフアイゼンのハンマーヘッドが俺の頭蓋を――掠めて通り過ぎた。勢いは殺しきれず、両手で得物を持っているだけに、一度その攻撃を抜けた先にあるのは無防備な脇。この賭け、俺の勝ちだ!

 

 ――そう思った時だった。

 

「……か、は……ッ!?」

 

 気付けば既に背後に抜けたはずのグラーフアイゼンが俺の背骨を砕かんとするほど強烈に打ち付けられ、俺は何が起きたのかも理解できないまま意識を手放した。

 

「貴様が妾の手の一歩先を行くのは常のこと。ならば、貴様が『妾が露骨な隙を突く際に生まれる僅かな隙』を突くことは容易に読めた……。あれはどう足掻いてもその一瞬に限っては選択肢がひとつしかないからの。じゃが……」

 

 俺の意識が暗い泥沼のような闇に沈んでいく中、最後に聞こえたのはつまらなさそうに、しかしどこか寂しそうに呟くヴィータ/クリシスの声だった。

 

「その一瞬をお主が乗り越えることを、妾は読んだのではなく信じておった。お主なら、このくらいの困難をどうにかしてみせるじゃろうと。妾の信頼が、貴様の計算を越えた……。ふん、皮肉じゃのう」

 

 

 

 

 目を覚ました時、俺が最初に見たのはあの世の景色でも、ましてや真っ白な病室の天井でもなかった。俺がみたのは、三つ編みにされた真っ赤な髪と、ツリ目がちな青い瞳。真紅の帽子を頭にかぶった小柄な少女、ヴィータ/クリシス。

 意識はクリシス……ではなく、ヴィータに戻ってるんだろうか。横たわる俺を無言のまま覘くだけで、何もしてこないのだから。少し視線を横にやれば、俺の隣にはシグナムも横になっていた。おそらく気絶しているだけだろう。静かな呼吸音が聞こえる。

 握り拳に力を込めて、肘をつきながら起き上がろうとすると、それをヴィータが阻んだ。まだ寝ていろ、ということだろうか。しかし、奇妙だ。もうクリシスの意識は離れているはずなのに、ヴィータが無言だなんて。いつもなら「病み上がりが起き上がんなバカ!」くらい言いそうなものなのに。

 

 今もこうして、ただ無言で俺の様子を見下ろすようにしているだけ。そういえば、クリシスはもういなくなったのだから、あの管理外世界から地球に戻ったんだろうか。

 だとしたら、ここはどこだろう。見る限り、外は暗く星空が見える。野外であることは間違いないし、あの昼夜の概念があるかもわからない砂漠世界でもないようだ。

 

 建物らしい建物はない。かといって何もないわけでもない。背中に感じるくすぐったいような柔らかさは草特有のもので、風が何かに擦れるような音がしているから、周囲には木々もあるのだろう。

 もしやシャマルが自分たちを転移させる際に操作をミスり、山だか森だかに送られたのかと思えば、大気を漂う匂いには車の排気ガスもあるようだし、川のせせらぎも海のたてる波の音も聞こえない。ただ、草木が豊富にあるだけの都市圏ということだろう。星も見えるし、雨が降る様子もない。ヴィータにあとのことを任せ、もうひと眠りしてしまおうか、そう思っていた時だった。

 

「せっかく目を覚ましたというのに、野外で二度寝する戯けがおるか」

「……俺は何も聞こえなかった。なんか普段とは違う古風なしゃべり方をするヴィータなんていなかった」

「ほう? よかろ、そんなに現実を直視したくないと言うのならそこに直れ。死なん程度に甚振ってくれるわ」

 

 あ、それやられるとすずかとの約束を破ることになるんで勘弁願いたいっつーかマジサーセンっした。

 いや、でもさ? 仕方ないっちゃ仕方ないぢゃん? お前いっつも俺の顔見るなり首よこせだの八つ裂きにしてくれるわだのハチの巣になってしまえだの言ってるから、つい本能的に……。

 でもまぁこいつ寝込みは襲ってこないし……いや、目を覚ました途端に包丁が枕に刺さったこともあったな。そう考えると俺が目を覚ましてしばらく見ていただけだったのはやはりおかしい。

 

 まさか俺に惚れ……ありえんな、やめよう。むなしくなるだけだ。帰ったらすずかに連絡して慰めてもらおう。いや、今日は遅いし明日でもいいか。

 何はともあれ、俺は(変身までしたのに)クリシスに負け、クリシスに介抱され、クリシスに地球まで運ばれたらしい。そら海鳴じゃないはずだわ。

 

 でもなぜだ? どうしてクリシスはシグナムだけでなく、俺まで助けたんだろう。元々、こいつはマッドサイエンティストとして人々を苦しめてはいたが、それは最初の数代だけだ。

 なぜなら、こいつが狂気の科学者として永遠の命を得て人の枠を越えようとしたのは、こいつの肉体に宿っていた不治の病が原因だったからだ。

 

 永遠の命さえあれば、眠ることに怯えず生きられる。

 永遠の命さえあれば、健やかな生活を送っていける。

 

 クリシスはただ、死にたくないというただそれだけの願いで命を欲していた。だが転生を繰り返すロストロギアとなった今、クリシスは生と死の二つを無限に持つ存在となった。

 クリシスにはもう、他人を犠牲にして命を欲するだけの理由がない。ただ、無限の生と同時に無限の死を与えた俺への怒りと憎しみがあるだけだ。

 だから、こいつは『俺を殺すために邪魔でなければ』俺以外の人間には優しい奴なのだ。だからシグナムを助けることには納得がいった。

 

 でも、俺まで助ける必要はなかったはずだ。シグナムに恨まれたくなかったのか? 言っておいてなんだが、それはないだろう。俺以外の奴には優しいといっても、あくまで他人としてという意味だ。

 シグナムに恨まれたくないのなら、そもそも俺をシグナムの目の前で攻撃することはないだろうし、ましてシグナムをその手にかけるということはもっとないはずだ。

 ヴィータの肉体に転生したのは……まぁ、偶然だろ。こいつ俺の近くにある同種族の生命に対してランダムに転生するだけだから任意でその対象選べないし。

 

「……冗談じゃ。今の貴様をどれだけ甚振ろうと妾の気は晴れん。むしろ虚しさが募る一方じゃ」

「わりぃ……って、言うべきとこか?」

「戯け。自分を殺そうという奴に哀れみをかけられて謝る奴がおるか。それとも貴様、被虐嗜好でもあるのか?」

 

 ねぇよ。どっちかっつーといじめっ子だ。まぁその被害者ほとんど高町かテスタロッサだけど。

 

「生きろ、ソーマ・メイスマン。貴様が全力を取り戻すまでは、この宿主と共に貴様を守ってやる。だから早く力を取り戻せ。そして妾ともう一度……」

「……クリシス。お前どうしてそんなにも俺と戦いたいんだ? 俺を憎いのはわかる。けど俺もお前も永遠の生と永遠の死を繰り返すだけだ、終わらない戦いに疲れて先に力尽きるのはお前の方だぞ……」

「ふん……貴様とうとう妾の命だけでなく妾の心まで殺す気になりおったな?」

 

 心までって、どういう意味だ。ていうか命を奪ってきたのはお互い様っつーか、俺だって原因あるけどあそこまでズタボロにされるとさすがにムカつくっつーか……。

 拷問処刑とかマジ勘弁。あと俺が女だった時とかは最悪だったな、イロイロと。結局あの子を産んだのはいいけど父親が誰かわかんなかったし。

 ……ん? どっちかっつーと俺の方が心折られそうなことされてね? まぁ俺はクリシスと違って根本的な部分からロストロギアだから自分がいくら責められても精神崩壊とかはないけど。

 

「意味がわからぬ、という顔をしておるのう。ふふん、今はそれで構わぬ。ただな、これだけは言わせてもらうぞ」

「ん?」

「妾は貴様を憎んでおるし、恨んでもおる。じゃがそれと同じくらいに、貴様との殺し合いが好きなのじゃ。貴様と一緒に刃を交わすあの時間が、狂おしいほどに愛おしい」

 

 戦いたい。ただそれだけの理由で戦うのか。お前は……あんなにも命を欲していたお前が、今度は死を伴う戦いそのものに生きる意味を持つようになったのか。できれば戦いそのものじゃなくて、戦うための意味くらい持てるようになってほしかったが……俺が原因となると、何も言えない。

 恨んでくれるなら、俺だってただ逃げるだけに徹することができるのに。お前がそんなこと言うんじゃ、俺だってもう逃げられないじゃないか。ただ俺を憎み恨むだけだと思っていたお前が、俺との戦いを好きだと思ってくれてるのなら、俺はこれからお前との戦いをなあなあにはできないじゃないか。

 俺だってお前に謝りたい。お前にしでかしたことを償いたい。ロストロギアなんかに変えてすまなかったと、お前に許してもらえるまで言い続けたい。でもお前が、そんな俺の言葉よりも戦いがほしいというのなら、俺との殺し合いを愛しているのなら、次にお前と全力で戦う時、今度は自分を守るためじゃなく、ただお前を殺すためだけに力を尽くそう。

 

「……愛の告白みたいだな」

「随分と物騒な愛があったものじゃの……」

 

 そう言って、クリシスは俺の身体を抱きながら、その意識をヴィータの奥へと潜ませていった。そして直後、俺は意識を取り戻したヴィータに「な、何してんだコラァァァッ!?」と言われ顔面を思いっきり殴られた。

 クリシス……てめぇこうなるとわかって抱きつきやがったな。



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奏曲の恩義、高町の正義

 おはようございます。夏海奏曲です。二度寝(不本意)から目を覚ますと、俺は草原ではなく自分の家のベッドで寝てました。……いや、二度寝じゃないな。三度寝だ。

 そういえば深夜に一度目を覚まして、『あること』をシグナムたちに伝えようとケータイから思念通話へと繋いだような気がする。眠かったからしっかり伝えられたか不安だが、まぁ大丈夫なはずだ。

 

 改めて、自分を省みてみよう。身体的損傷はあまり酷くないように見える。おそらくクリシスとの戦いで最後に受けた腰への一撃は、クリシス自身が治癒してくれたんだろう。

 永遠の命を欲していただけあって、あいつの得意とする魔法は治癒魔法。厳密には生命力と治癒力に直接干渉し、回復させる補助魔法というのが正しいだろうか。

 ロストロギアに定着させる際にも、自己再生能力の強いロストロギアと同化させている分、こと回復魔法に関してあいつを越える者はいないだろう。

 

 まぁ、各代の肉体に宿った魔力にも依存するが、幸いにもヴィータの魔力は人並みを大幅に上回っている。そらそうだろう。今のあいつは人間に乗り移っているのではなく、ロストロギアがロストロギアに乗り移っているのだから。

 ていうか、俺の近くにいる同種族の生命体に対しランダムに転生するクリシスの転生システムは、俺が人でありロストロギアである以上、人だけでなくロストロギアにまで寄生できるのか。新発見だな。

 

「クリシスにここまで助けられるたぁ……俺もヤキが回ったな」

 

 肉体的な損傷に加え、疲労もそこまで酷くない。ただ、精神的に疲れているせいか視界と思考に曇りができて、言い表しようのない脱力感に襲われる。

 魔力が不完全な状態での変身による副作用だろう。魔力切れはしてないが、今日は大気中からだけでなく、闇の書に魔力バイパスする生物からもちょっと魔力を頂戴しよう。

 ロストロギアという名の魔力生命体である以上、俺にとって魔力が尽きるということは生命力が尽きるということだ。それだけは避けたい。透霞たちのためにも。

 

「今は……11時12分か。メール2件……アリサとシグナムから?」

 

 

『おはよう奏曲。

 ひさしぶり、と言うにしては早い気もするけど、

 毎朝あんたが透霞の隣にいないとどうしてもそう思う。

 すずかからなんとなく聞いたわ。

 あんたのことだから、きっとまた危ないことしてるんでしょ。

 物好きな親友を持つと苦労するわ。

 でも、だからこそ無理はしないで。

 どんな無茶をしてくれてもいいから、

 絶対に無事で帰ってきなさい。

 大怪我しないようにね。

 

 追伸、やっぱりなのはをからかうのは奏曲と二人での方が楽しいわ。』

 

 

 高町ェ……。とうとう親友のアリサにすらいじられキャラ認定されたか。

 あとごめんアリサ、すずか。大怪我はしてないけどクリシスが治してくれなかったら下半身不随になってた。これはきっと一生かかっても言えない秘密になりそうだ。特にすずかには。あいつ怒らせるとアリサより怖いし。

 いや、下半身不随の原因もクリシスだからたぶんキレるとしたらクリシスの方にだろうけども。

 

「シグナムの方からは……『12時30分に集合』ね。愛想のないメールだことで。ま、そこがシグナムらしいっちゃらしいんだが」

 

 じゃあそろそろ支度しよう。昨日と比べて体力も気力も精神力も万全とは言えないから、出来る限りの身支度はしておいた方がいいだろう。クリシスとの戦いで、しばらくは変身しても全力を出しきれないってわかったしな。

 

「災害時のために使おうと思ってたものだけど……ないよりは戦力になってくれるだろ」

 

 そう言ってリュックの中に入れたのは、俺がこの『夏海奏曲』に宿るひとつ前の代で作っていたベルトバックル型スーパーレスキューツール、略してSRT。

 SRTには火災現場に突入する際に素早く装着できるよう、量子化されたレスキュースーツがこの小さなバックルの中にある小型亜空間に収納されており、変身できない今はこのレスキュースーツが俺の鎧となってくれるはずだ。

 もっとも、耐熱・耐ガス・耐冷気には強い効果を発揮するが、魔法となるとさすがにどうかわからない。しかしこのスーツは『魔力を持たない者が災害に立ち向かう』という目的のために作られた分、普通のものよりは耐魔力攻撃要素もあるはずだ。

 

 人という命を救うために生まれたこの道具を、原生生物という命を傷つけるために使うのは、少し気が向かないが。だがいざ殺してしまえば、そこに残るのは人の形すらしていないかつて動いていたというだけの『物』だ。命なんてものは亡くさなければ軽いし、それが赤の他人、まして人外のものなら等しくどうでもいい。

 そう思わなければ、何も殺せない。何かを殺すと決めたら、自分が敵だと思ったものはそれが誰でも殺せなければならない。それを迷った時に、人は死ぬんだ。今の俺のように、自分の力すら出し切れないような奴は、なおさら。

 

 

 

 

 シグナム・ヴィータの二人と予定通りの場所で合流すると、ヴィータの様子からクリシスが彼女の内側で大人しくしているらしいことを確認し、今日の蒐集で闇の書を完成させる旨を伝えた。

 これ以上長引かせるのは八神の体力的に辛いだろうし、何より俺の学校生活とか、切実なところで言えば教師たちからの風当たりが強くなるというのが主な理由だ。本音度としては2:5:3と言ってもいい。

 決して八神がどうだっていいとかそういう意味ではない。もちろん八神を救うことは目下最大の目的でもある。しかしアレなんだ、正直アリサやすずかと絡み足りないんだ。心が寒いってレベルじゃない。

 

「残り何ページだっけ?」

「昨日もそれ訊いてなかったか? 627ページだよ、627」

「ああ、そうだそうだ。残り39ページだったな。やっべ、まだ9歳なのに若年性健忘症とか嫌だわー」

 

 ひとまず昨日あれから帰ってクリシスのことはどうしたのかシグナムに聞いてみたが、ひとまずクリシスが俺の知人ってことだけわかったから、ヴィータの身体を悪用することはあるまいと思って何も言わないでおいたらしい。

 ふむ、俺のことを信頼して「俺の知人なら大丈夫」と思ってくれたところ申し訳ないが、そいつは俺に嫌がらせをするためなら宿主を苦しめることもあるんだが……どうしような。ヴィータは寄生されてる自覚ないだろうし。

 でもシグナムにこの事実を教えたらそれはそれで混乱を招きそうだしな。あとでクリシスをヴィータの内側から引っ張り出して話し合ってみよう。あちらが話し合いに付き合ってくれそうであれば、だが。

 まぁそこらは闇の書を完成させて――――を――してから考えるとして、今はまず見送りと転移魔法のために来てくれたシャマルに礼を言いながら、目標管理外世界へ飛ばしてもらった。

 

 

 

 

 

 

「これで662ページ目、っと……。やれやれ、ここの世界の動物たちは大人しくて助かるな」

「内包する魔力も決して少ないわけではないしな。この様子ならあと8頭くらいで完成だろうか」

「まぁ、その前にまずひと汗流さなくちゃいけねーっぽいけどな。でかい魔力が4つ……管理局っぽいぞ」

 

 あー……。これまでずっと会わなかったから管理局とはこのままノータッチで解決できるかなぁ、とか思ってたけど、やっぱりそう甘くはないわなぁ。

 ていうかこの魔力の匂い、どう考えたって四人の内の三人は透霞と高町とテスタロッサじゃないですかやだー。ていうかもう一人は本当に誰だよ。

 

「高町とテスタロッサはお前らどうにかしといてくれ」

「げっ、やっぱあいつらかよ……。別に負ける気はしねーけどあの白い奴の防御やたらかてーんだよなぁ……」

 

 ああー、うん、まぁそうだろうな。SLBの話とか聞く限り、あいつ機動要塞だからな。

 

「ぼやいている場合ではないだろう。それにその二人を特定できているということは、奏曲は残る二人もわかっているのだろう?」

「んにゃ、片方は透霞……って、まぁ俺の双子の妹だってのはわかってんだけど、もう片方はマジでわかんねぇ」

「双子の妹? おいおい大丈夫なのか、お前シスコンだろ」

 

 そのバリアジャケット全部剥いで世のロリコン共の群れにぶちこんでやろうか。

 

「シスコンじゃない。でも勝てるかどうかってのは、兄妹の情けとか抜きにしても厳しいだろうな。あいつの魔力って高町以上だから無尽蔵に魔力弾ぶちかましてくるし」

「なんだその黒いものすら白にするスーパー弁護士のエンドオブワールドみたいな……ああ、それだと撃墜数ゼロだし大丈夫だな」

「逃げ場がなければ近くにいた奴を使い捨てガードベントにすればいいじゃない、ってやつだな」

 

 シグナムが隣で何言ってんだお前ら的な視線を向けているが、無視しよう。ていうかヴィータ案外このネタ通じるんだな。普通にびっくりだわ。

 

「距離2000……このままの速度で進んでくるならあと2分15秒くらいでコンタクトすることになるけど、お前ら準備はできてる? 俺はできてる」

「ステンバーイステンバーイ……」

「お前それ飛び出した途端にクレイモア踏むぞ」

 

 只<よんだかね?

 

 お呼びではない。おすわり、伏せ、お手、おかわり、TNTN、餌を食うことなくハウスッ!

 

「30秒経過。距離は1600を切った。スピードは分速830メートルってとこだろうな」

「いや普通に時速50キロでいいだろ」

 

 確かに時速の方がわかりやすいが、距離とコンタクトタイミングを計算してるのは俺だ。実際に聞かされる数値と、計算が楽な数値というものは感覚的に違う。

 

「計算しづらいんだよ。2km÷50km/hよりも2000m÷830m/minの方がコンタクトのタイミング計るの楽だし。それにお前0.04時間後にコンタクトするって言われてすぐわかるのか?」

「0.04時間……? えっと、時間を分に直すんだから60×0.04で、解が2.4……0.4は25秒だから……2分25秒?」

「な? 結局は分に直す必要があるだろ? そこを短縮するために2000÷830=2.4=2分25秒って計算した方が分に変換する時間を省けるから楽なんだよ」

 

 あ、そうこう言い合ってる間に距離1170に到達した。さすがにこれ以上じゃれあってる暇はない。ヴィータとの楽しい楽しいお喋りタイムはこのあたりにして、俺は段々と近付いてくる透霞の匂いに、戦意を燃やした。

 俺は透霞が大好きだし、透霞が可愛くて仕方がない。その認識は正しい。だが、透霞へのこの甘すぎる感情と同じくらい、透霞をいじめて泣かせたいという劣情があるのも事実。

 

 ここ最近はほとんど喧嘩もしなかったし、俺もさすがに透霞に対してはなんの理由もなく理不尽に傷付けるようなことはしないと決めているため、今回の戦いは僅か以上に興奮する。ふ、ふふふふっ……。どうやっていじめてやろうかなぁ……あいつ得意のホーミングショットを全部叩き落として涙目にさせてやろうかなぁ……どうせあいつ近付いてこねえし。透霞が俺にインファイトで勝てるわけないし。

 ん? いやでも不確定要素(アンノウン)が一人いたっけ。高町とテスタロッサはシグナムとヴィータがなんとかしてくれるだろうし、そいつがインファイトを担当するのかもしれないな。

 まさかとは思うがあのバック一辺倒の透霞を味方につけて自分まで後衛やるようなバカじゃないだろうな。だとしたら心底笑い飛ばしてやろう。

 

「目標を肉眼で確認した。どうする、こちらから先手を打つか?」

「いや、こっちから行けばあっちは『正当防衛』を名目に戦闘をやりやすくするだろう。ひとまずあっちの先手を待とう。何かしらゴネるか上がもみ消すかするだろうが、手は出しにくくなるはずだ」

「いまさらだけど、奏曲が管理局の味方じゃなくてホントによかったと思う。こんな準知能犯ぜってー相手したくねーわ」

 

 準知能犯って……そこまで知的犯罪っぽいことしてないだろ。言うにしても策略家にしてほしいところだ。俺はあくまでコトを有利に進める方法を模索してるだけなんだから。

 

「兄さん! 兄さん兄さん兄さんっ!!」

「よう、久しぶり……でもないか、同じ家に住んでるんだし」

 

「シグナム……!!」

「久しいな、テスタロッサ」

 

「ヴィータちゃん!」

「できれば二度と会いたくなかったよ、高町なんとか!」

「なのはだってば!」

 

 相変わらず高町は不動の弄られキャラだな。ああうん、もちろんいい意味だよ、うん。タブンネ。

 

「で、俺の可愛い可愛い妹の後ろでむっつり顔してるそこのチビ野郎はどちらさまですかね」

「チビ……ッ!? 失礼だな君は! 僕はこれでも14歳だ! 君より年上だぞ!」

 

 うわぁ……14歳でその身長はないわ。推定140cmくらい? たぶん成長期に見限られたんだな、可哀想に。ドンマイ、よしよし、頑張れ、ミリ単位で伸びるといいね! 目指せ150cm! 無理そうだな。

 

「その哀れみに満ちた視線をやめろ……ッ!」

「嘲笑すれば許してくれるか? あと透霞の後ろで鼻息を荒くするな、訴えるぞ変態野郎」

「どちらが訴えられる側か理解していないのか君はッ!」

「お前だろ?」

 

 ぎゃあぎゃあとうるさいので彼の言葉は無視して、透霞から彼を紹介してもらった。なるほど、彼が前々から聞いていた『原作側』の一人、クロノ・ハラオウンか。

 透霞から聞いた限りでは真面目で誠実な好青年ならぬ好少年だったはずだが、情報の行き違いというものは往々にしてあるものなので仕方がないことにしよう。まさかあんな変態だとは。ええ、昔はいい子だったんですが……。

 

「さて、冗談はさておき透霞とその他3名、俺たちになんの用かな?」

「その他!? 今その他って言った!? わたしたちクラスメイトだよ! お友達だよ!?」

「えっ」

「うわあああああん! フェイトちゃーん! 奏曲くんがいじめるーっ!」

「よ、よしよし……?」

 

 これって公務執行妨害になるのかな?

 

「なぁシグナム、今アタシたち何してんだっけ?」

「知らん。それこそ奏曲の言う『考えるな感じろ』というやつだろう。奏曲の言動にいちいちツッコミを入れていたらキリがないぞ」

「そりゃそうだけどよ……」

 

 ヴィータさんそこで肯定すんのやめてください泣いてしまいます。

 

「で、結局マジで何しにきたのお前ら」

「奏曲くんを止めにきたんだよ!」

「だが断る。しかし断る。断じて断る。絶対に断る。アリサに頼まれない限り!」

 

 ふははははは! ざまぁ!

 

「……ねぇフェイトちゃん、ちょっとアリサちゃんに連絡してくれる?」

「あっ、ちょっと待って調子に乗りましたマジすんません許してくださいアリサに連絡すんのだけは勘弁してください俺が悪かったです」

「弱っ!?」

 

 うるせぇヴィータ! 仕方ないだろ! アリサだぞ、アリサ! アリサに現状バラされたら三日くらい口利いてもらえなくなるんだぞ! 主に危ないこと手伝ってた罪で!

 無理です無理です無理です三日とかマジ無理です。後生ですから堪忍してつかぁさい。アリサとコミュニケーションとらずに日々を送るなんてそれなんて拷問ですか。まだ石抱きの方がいいです絶対やりたくないけど!

 

「じゃあもうこんなことやめてくれるよね?」

「い、いくらアリサに連絡されようとそれは断る! 俺は闇の書を解放する! そこだけは絶対に譲らねぇ!」

 

 闇の書を解放して『あいつ』を救う。それが俺の、目下最大の目的。そのために必要な犠牲ならある程度払ってやる。

 たとえそれが、アリサとすずかと透霞を除くすべての人を裏切るような行為であったとしても、俺はそれに一切の躊躇をしない。

 

「だったら……仕方ないね。ちょっと、お話(物理)しよっか……?」

「おいハラオウン! こいつすげぇ物騒なこと言ってんぞ! これ脅迫罪だろ!! 取り締まらなくていいのか局員として!」

「犯罪者を説得する上で必要な行いであれば単に公務を執行しているに過ぎない」

「ちくしょうこれだから公務員って奴は!」

 

 最初から言葉だけでどうにかなるとは思わなかったが、まさかこんな口の巧そうな野郎を連れてこられるのは予想外だ。

 もっとも、こいつたぶんマニュアルタイプで融通が利かなさそうだから現実的な理論で論破されると弱そうなんだが……まぁそれをどうするかは後でいいや。

 

「シグナム、ヴィータ。作戦はさっき言った通りだ。あっちの先手をもらってから存分にやれ」

「了解した。テスタロッサ、お前の相手は私だ!」

 

「任せとけ! かかってこい、高町なんとか!」

「なのはだってば!」

 

「……兄さん……」

「透霞……楽しい楽しい兄妹喧嘩の時間だぜ」

 

 さぁ――イッツ・ショウ・タイムといこうか。



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奏曲とシグナムとヴィータの、激戦

 さっそく狙い通り、俺の相手は透霞とハラオウン。シグナムやヴィータよりも実力が下な俺が、明らかにあちらの最大魔力保有者とベテランを相手取るのはおかしい気もするが、そこは男の子の意地。

 妹が兄の凶行を止めようとするのなら、兄もそんな妹に付き合ってやらねばならない。ハラオウン? 知らん。あいつはもうほんとにどうでもいいわ。

 どうしよっかなー。クリシスと違って今の俺が変身すると体への負担が半端ないし、何より俺が『裂夜の鎚』だってことがバレちまう。

 

 管理局はロストロギアに敏感だからめんどくさいんだよなぁ。毎度毎度、俺が特に何をしたわけでもないのにネチネチと執拗に追い回しやがって……崩壊しろ!

 あ、割とマジで崩壊いいかも。どうすっかなー、透霞と高町とテスタロッサをうまい具合に丸めこんで管理局ブチのめそうかなぁ。途中で透霞だけ連れて逃げれば犠牲になるの高町とテスタロッサだけだし。

 

「ディアフレンド!」

『セタップ! おはようマイフレンド! って、アイエエエ!? ニーチャン!? ニーチャンナンデ!?』

 

 お前さては俺がPCにスキャニングしたあの漫画のデータ勝手に見やがったな。別に見られて困るようなものじゃないから構わないけれども。

 

「ドーモ。ディアフレンド=サン」

 

 オジギ。

 

『ドーモ。ニーチャン=サン。……はっ! しまったオジギできない!』

「デバイスとはいえオジギもできないとはスゴイ・シツレイな奴だな。痴れ者め、恥を知れ!」

『くっ……! 待機状態で頭冷やしてくる……!』

「えっ、ちょっ、ディアフレンド!? おーい! ディアフレンドー!? わたし死んじゃうよー!?」

 

 フゥーハハハハハハァー! ヴァカめ! お前とディアフレンドがまるで姉妹のように育ってきたように、俺もディアフレンドのことをもう一人の妹のように接してきたんだ、ディアフレンドの性格は熟知している!

 ネタを振られてネタで返せない時のテンションの下がりっぷりはネガティブモードの俺すら上回るぞ! ごめんディアフレンド、この戦いが終わったら、一緒に遊んでやるからな……。へへっ、そう不安そうにすんなよ、なんたって俺は『裂夜の鎚』だぜ、なぁに、簡単にくたばりゃしねぇよ。すぐに帰るさ。

 

(アカン)

 

 死ぬ。さすがに死亡フラグ並べすぎはいくない。どうか回収することなく無事に終われますように!

 

「よし、ひとまずディアフレンドは封じたぜ。あとはハラオウン、てめぇだ!」

「くっ……! 聞いていた通り本当に頭と舌が回る奴だな……ある意味では管理局にほしい逸材だ!」

「ハッ、死んだってお断りだね! どうしても入局してほしけりゃてめぇのケツに大根ぶちこんでアヘ顔ダブルピースしながら部下全員の前で逆立ちしつつ「この醜い豚のために入局してください奏曲様」くらい言えば顔面蹴りながら断ってやる! どうだ嬉しいだろこのド変態!」

「公務執行妨害に加え名誉毀損まで……絶対にお前だけは僕の手で逮捕する!」

 

 やってみろハラオウン。あんたは間違いなく強いだろうし実力も高い。機転も悪かねぇし冷静さも持ち合わせてる。キャリアからくる直感なのか反応も申し分ねぇよ。でもそれだけだ、俺には敵わない。

 お前が俺よりも勝っているものと言えば、魔力と才能と権力くらいだ。俺を社会的に殺すことは難しくないし、ガチンコ勝負で俺の勝率が1割を下回るくらいの実力がある。たったそれっぽっちしか持ってないんだ、あんたは。

 現実の戦いに『ガチンコ』なんてありえない。隙がなければ作って衝くし、自分が生き残るためなら相手を殺すことに躊躇しない。急所を狙うのは当然だし、必要なら人質もとる。相手の弱みにつけこむのは常套手段だ。

 

-Stinger Blade Execution Shift-

 

「遠距離からの広域攻撃魔法か。悪くないチョイスだ。だが『悪くない』止まりだ、その程度じゃな」

 

 防御魔法を使えない俺は、基本的に防御行動というもの自体をとらないようにしている。たとえ防いだとしても衝撃で後方に飛ばされる危険性があるし、防御を上回る攻撃を受ければ直撃は避けられないからだ。

 だからこそ、広域攻撃魔法のような回避しきれる距離を上回る攻撃には弱い――と、たぶん透霞あたりから俺の戦闘傾向を聞いたハラオウンは睨んだのだろう。

 

 甘い。デラックスストロベリーチョコレートパフェにハニーシロップとバニラエッセンスをだばだばかけた糖尿病必至のスイーツよりも甘い。

 確かに俺は広域攻撃魔法には弱い。なぜなら俺の回避というものは、相手の攻撃が届かない位置まで駆け抜けるヒットアンドアウェイ型ではなく、あくまで攻撃がギリギリ当たらないようにかわすインファイター型だからだ。

 しかし、そもそも広域攻撃魔法というものは攻撃の質を落としつつ『線』ならぬ『面』として畳みかけるもの。ならば、相手の攻撃を無理に逃げる必要はない。

 

「案の定、広域攻撃魔法は一点に対する密度が薄……ん?」

 

 いや、何かがおかしい。俺が面攻撃に対する対策をしているように、ハラオウンほどの奴なら面攻撃の欠点も知っているはずだ。それにあいつはさっき俺のことを「頭と舌が回る奴」と言った……なのに、そんな定石通りな戦術をとるかといえば、否だ。

 

「かかった……!」

「チッ、やっぱホーミング弾を弾幕の中に紛れ込ませてたか……!」

 

 放たれたカーテン状に展開された無数の魔力刃。しかし接触の寸前、いくつかの刃が急激にその軌道を変え俺の方へと向かってきていた。が、気付いてしまえばなんということはない。ひとつひとつを迅速かつ確実に叩きつつ、ハラオウンの次の手を読む。

 今の攻撃を全て凌ぐことくらい、ハラオウンだってまったく予測していなかったわけではないはずだ。広域攻撃魔法を凌がれれば、次は火力重視で来るはず。

 

-Blaze Cannon-

 

「なるほど、そりゃ確かにくらったらデカそうだ……!」

 

 大火力に重視しすぎず、逆に「普通の火力よりは明らかに大きい」という点を信用しながら短時間放出することで、高火力攻撃共通のネックである隙の多さと消費魔力の多さを解消している。

 さすがに誘導まではできないらしいが、なかなか巧い使い方をするじゃないか。透霞や高町にも見習わせてやってくれ。ただしお前の人間性だけは見習わせたくない。

 

「避けやすい攻撃どうも」

「口の減らない奴だ……!」

 

 見習わせるわけにはいかない。こいつの性格や、こいつの在り方を、認めるわけにはいかない。ハラオウンが憎いわけでも、恨んでるわけでもないが、少なくともあいつのような生き方をさせることは、ハラオウンだって望まないだろう。

 職務に忠実で、私情を挟むことなく、我も出さず、公務のためにプライベートを削る……あいつが大人なら俺は逆にお前ほど素晴らしい人間はいないだろうと称えただろうが、たったの14歳でそれを行うことは許されない。

 

「……どうにも疲れる。面白くない」

「犯罪者にとってそう思われるのが、管理局にとってあるべき姿だ」

「バーカ、俺がそう思ってるんじゃねーよ。てめぇがそうなんじゃねぇかってことだ」

「なんだと……?」

 

 大気の魔力を帯として集束させて、その表面を砂でデコレーションしながらハラオウンに飛ばす。俺の言葉に動揺していたのか、上手い具合に足を絡めとられたハラオウンは地に落ち、砂と魔力のバインドに拘束された。

 

「なぜだ……お前は一日にあまり多くの魔力を使えないはずでは……!」

「俺の魔力は、な。大気や植物、原生生物などが持つ魔力を集束・凝縮させて形状を変えるくらいなら魔力がなくても魔法を使う感覚だけ掴んでればいい」

「そんな……! それほどの才能を持ちながら、なぜそれを正しいことに使わない!」

「少なくとも『俺の物差し』じゃ正しいことに使ってる。悪いが規格化されて型に嵌まりきったお前のと合わなくて当然なんだ。そうだろ、公務員」

 

 普通のバインドならともかく、砂という質量のある不純物を伴った魔力を用いたバインドを解除するのは、謂わば醤油を混ぜた卵から卵だけを取り除くようなもので、非常に困難を極める。

 これまで様々な犯罪者を捕えてきたベテランとはいっても、さすがに『魔法の達人』ではなく『魔力の達人』にはそう何度も会ったことはあるまい。同じようなバインドで両足と両手の親指を縛り、足元に落ちたデバイスを取り上げた。

 

「ふんふん……いいデバイスだな。長年使いこんだ相棒ってところか? とりあえず魔法が使えないように回路をショートさせてもらうぞ」

 

 表面を力づくで壊して、内部構造を確認。まさかとは思うがこれ自作じゃないだろうな。なんだこれ、すごく複雑なんですけど。

 

「これだな。……ほい、出来上がり」

「魔力をレンズにして光を集束照射することで回路を焼き切っただと……!?」

「致命的なとこは避けといた。最低限のパーツと機材と知識があれば誰でも修復できる程度の損傷だ。ほらよ、返すぜ」

 

 ハラオウンのデバイスを待機状態に戻すと、それをズボンのポケットに返して、その首筋を足で軽く踏みつける。

 こいつを侮るつもりはないが、魔法が使えなければ俺に勝つことはできないだろう。格闘戦においては、たとえ正攻法でも奇襲でも俺の方が上だからな。

 しかし、だとしてもバインドと拘束を解くわけにはいかない。いざという時には人質になってもらわなければならないからな。

 

「さて……出てこい透霞! ハラオウンを助けられるタイミングまで身を隠して狙い撃つ準備してるつもりだろうが、生憎てめぇの魔力の匂いはわかりやすいんだよ!」

 

 魔力の匂い。時として姿形や雰囲気などの視覚的情報よりも役に立つそれを嗅ぎ分けられるのは、魔力のプロフェッショナルたる俺だからこそ。

 この感覚に関してはどうにもならないと知っているのか、透霞は特に抵抗もなく姿を現した。ディアフレンドは待機状態のベルトバックルとしてあいつの腰で大人しくしているし、応援を呼んだ様子もない。

 考えられるとしたら、既にディアフレンドをどうにか説得し終え、隙あらば速度重視の射撃魔法を放つつもりだろう。

 

「ディアフレンドをこっちに渡してもらおうか。ハラオウンの首をへし折られたくなければな」

「兄さん……」

「早くしろ。人の首を折らない程度に踏みつけるってのはそれなりに疲れるんだ。うっかり力を入れ過ぎるかもしれない」

 

 わざとらしく口元を歪めながら、ぐぐ、と殺さない程度に力をこめた。

 

「――――ッ!!」

「クロノくん!」

「おっと」

「っ! げほっげほっ! おえぇ……っ!」

 

 さすがに子供相手にこれは辛いわな。大人なら今のじゃちょっと息苦しいくらいなんだが、やっぱ加減が難しいわ、うん。

 

「どうだ? 喉に指を突っこまれたような感覚だっただろ? 今のはほんの数秒だったからいいが、もっと長ければお前は今ので窒息死だぞ」

「お前は……ッ! 本当にあの子の兄なのか……!」

「ああ、俺は夏海透霞の兄だ。血を分けあい、俺たち二人にしかわからない苦しみを共有し合い、いろんな過酷を一緒に乗り越えてきた双子の兄だ。それがどうかしたか?」

「だったらどうして……彼女を裏切るような真似ができるんだ……ッ!」

 

 裏切るような真似、ね……。真似じゃなくて本当に裏切ってるようなもんじゃないかと思わなくもないが、そこはスルーしよう。

 

「そうだな……仮に、テスタロッサとお前が一緒に出かけたとして、「自分のことだけ考えてくれ」と言われ、お前はそれに了承したとしよう。もちろん、テスタロッサがそんなこと言うかといえば否だと思うが」

「なんの話だ……何を誤魔化そうとしている! そんな話をしても僕は――「そして今まさに目の前で、トラックに轢かれそうな女の子がいる。お前はテスタロッサとの約束を守って女の子を見捨てるか、約束を破って助けるか、どっちだ?」

 

「俺なら、約束を破って女の子を助ける。

    目の前の悲劇を避けるために必要な『裏切り』もあるからだ」

 

 だから俺は、透霞を裏切る。

 

 

 

 

「……早っ!?」

「……?」

 

 私のレヴァンティンとテスタロッサのバルディッシュが交差した瞬間、彼女は私との戦闘とは別の何かに驚いたような様子で、そんな感嘆の言葉を洩らした。

 おそらく、思念通話――いや、彼女たちはミッド式の使い手なのだから、念話と呼ぶのが正しいだろうか。呼び名の違いはどうでもいいが、おそらくそれによるものだろう。

 

「はぁっ!」

「むっ……。なるほど、細い腕や高い機動力の割にやたら力もあると思っていたが……こういうことか」

 

 柄の長さというのは、こういった鍔迫り合いの際には大きな力の差を生む要因だ――と、奏曲が言っていた。テスタロッサが持つデバイスは、バルディッシュという名を持つには明らかに相応しくない小さな頭部が特徴的な斧状の杖だ。

 斧と形容するからには、武器の中でも『長柄』と呼ばれる、文字通り柄の長いものなのだが、なるほど確かに『込める力』は相当なものだ。剣の形をしたレヴァンティンの柄を両手で握った状態では、彼女の『込める力』には勝てない。

 以前、武器について奏曲からしこたま叱られた時も、「薙刀のような長柄武器を持つ相手と戦う時は鍔迫り合いに持ち込まれないよう注意しろ」と言われた理由がようやくわかった。なるほど、これは無理だ、勝てん。

 

「…………」

「わぁっ!?」

 

 ぐぐ、と押し返すように力を入れて、テスタロッサがそれに抵抗するように押し返す――が、その力比べに応じるつもりはない。その勢いを殺さず、横に逸れてレヴァンティンを引く。すると、面白いほど簡単にテスタロッサは自分の力に引っ張られ、体勢を崩した。

 剣に限らず、手に武器を持って戦う武術では基礎の技法のひとつではあるが、実戦で使えるものだとは思っていなかった。無論、せっかく作った隙を逃すほど甘くなったつもりはない。無防備になった背中に、レヴァンティンの一撃を叩きこむ。

 ――つもりだったが、勝負というものは生憎とそう甘くはない。一対一の勝負とはいえ、敵味方のどちらか、あるいは両方に仲間がいる以上、横槍は必ずあるものだ。私が放った一撃がテスタロッサを攻撃する直前、桜色の光弾がレヴァンティンに迫った。

 

「……ふむ、まさか阻まれるとは」

 

 さすがにそれを受けるわけには、とすぐに攻撃の軌道をズラしたが、その選択は間違いではなかったはずだ。これも奏曲の受け売りだが、「剣を使うなら側面からの衝撃は絶対に避けろ」とのことだ。

 これは教わるというより、組み手をしていた時、実際に彼がレヴァンティンの刃に罅を入れてしまい、頑強さに自信のあったレヴァンティンがなぜ自分がこうも容易く折れたのか、と問うたことに由来する。

 物体の破損というものは、その物体に『衝撃』を与える際、その面積に比例して『威力』が大きくなっていき、その威力が高まるにつれて威力を受けた物体の『破損』のし易さも増す、という仕組みになっている。

 つまり、剣のように刃や峰のような面積の小さい部分ならば、ある程度の衝撃しか与えられず、威力も小さいが、側面はその面積が数倍に増し、威力が生まれやすくなってしまうのだ。

 

 横槍――いや、この場合は横弾か。騎士としては一対一の勝負に余計な茶々を入れられたくはないが、奏曲曰くこれは『試合』ではなく『戦い』だ。

 それに文句を言う権利が我々にはないし、仲間の危険に逸早く気付き、守り抜く実力を称えるのが騎士らしい『戦い』だと思えばいい。

 たとえ邪魔を入れられたとしても、相手に敬意を表する精神を失えば、その方がよっぽど騎士道に反する。ようは、物事の受け取り方が重要なのだ。

 

「いい友を持っているな。ヴィータの相手をしながら今の私の攻撃を阻むのは、決して容易なことではないだろうに」

「……ええ、最高の友達です」

 

 体勢を立て直したテスタロッサが、再びバルディッシュを構えて私と対峙する。さて、どうしたものだろうか。虚を衝くやりかたは好みではないが、テスタロッサほどの相手に手を抜くことなどできるはずもない。

 無論、正攻法が私の得意とするところであるのは変わりない。しかし、それが通用しない時のために奇襲というものがあるのだ。奇襲を卑怯な攻撃と決めつけて躊躇し、その果てに敗北するのでは、それこそ全霊を以てぶつかる相手に無礼というもの。

 

 まずは相手の姿勢を確かめ、攻撃の軌道を予測する。空中戦では重心というものが非常に読み取り難く、一手目を正しく予測することが困難だが、逆にそれさえ読めれば続く手は楽なものだ。

 む、利き手を若干下げたな。魔法ではなく接近するつもりのようだ。彼女の場合、あの高い機動性が強みであることは疑いようがない。そしてその機動力を最も活かせるのは直線。

 直進――私がそれを待ち受けるように構えれば、背後に回り込んで至近距離から攻撃魔法――といったところか。さて、答え合わせだ。

 

「はぁっ!!」

「直線は読まれやすいぞ、テスタロッサ」

 

 直後、テスタロッサの姿が消える。が、現れる場所はわかっている。

 

「せいっ!」

 

 背後に振り向くと同時に、レヴァンティンが閃く。直前で防御魔法を展開して防いだようだが、攻撃魔法を放とうとしていた最中だったせいか錬度は低く、防御魔法を割るようにしてテスタロッサに一撃を与えることができた。

 ここまで聞く限りでは、テスタロッサが私の相手をするにあたって不足な魔導士だと判断する者もいるだろう。が、もちろんそれは言うまでもなく愚考というもので、不足があるようなら今の私の攻撃に反応すらできないはずだ。

 まして、攻撃魔法を仕掛けようとしていたことを、私は先見していた。それはつまり、相手が彼女だとわかっていて、それでも絶対に避けられないだろうと思ったからこそ、あのタイミングで攻撃したのだ。にもかかわらず、彼女はその攻撃に反応し、軌道を読み、避けられないということがわかって防御魔法まで張った。

 

 それだけのことができる魔導士が、どれだけいるだろう。私の知る限りでも、片手で足るほどの逸材だ。

 いや、素材だけの話ではない。才能というものは輝きを持つ原石のようなもの。確かにその輝きだけでも大いに価値はあるが、磨かなければ真の美しさまではわからない。

 彼女は磨いたのだろう。ただ才能を持て余すだけではなく、その才能を持つに足る心を確固たるものにし、才と心の両方を鍛え抜いた。だからこそ、彼女は強い。

 

「ぐっ……!」

 

 再び立ち上がるテスタロッサ。今の攻撃を受けて、まだ立てるのか。機動力を武器とする者が足元をふらつかせている時点で、既に満足のいく戦いができないことは明白だ。しかし、それでも私は彼女に杖を下ろせとは言わない。言えるわけがない。

 彼女の体力は間違いなく尽きかけているが、彼女の戦意は尽きてはいない。もしもここで私が手を抜けば、それこそ彼女の強さを侮辱することに等しい。騎士として、満身創痍でありながらも立ち向かおうとする相手には、己の全力と最大限の敬意を以て介錯せねばなるまい。

 

「今のは意識を刈り取るつもりで入れた一撃だったが……なるほど、反射神経や機動力、魔法のセンスばかりに目が行きがちだが、その胆力も称賛に値する。テスタロッサ、お前とはこんな立場ではなく、真の意味でライバルとして出会いたかった」

「シグナム……あなたこそ、正々堂々とした戦いぶりや、かと思えばわたしの勢いを使って隙を作る奇策の数々……形式的ではなく、本当にわたしの強さを認めてくれているとわかるその戦い方は、とても騎士然としていて尊敬の念すら覚えました」

 

 騎士然とした戦い方、か。それは守護騎士たちの将として、何より私――騎士・シグナムという一人の剣士として、最高の褒め言葉だ。ありがとう、テスタロッサ。どうか、お前を倒す騎士の名を胸に刻み、眠るがいい。

 

「いざ、推して参る」

「行きます!」

 

 私とテスタロッサは互いにひとつの線を描き、瞬く間もなくその線は交差した。

 

 

 

 

「うそっ!? もう透霞ちゃんとクロノくんが!?」

「あん?」

 

 グラーフアイゼンの一撃を防御魔法で防いでいた時に、こいつ――高町なんとかは驚いた様子で一歩退いた。

 言葉の内容から察するに、そーまの方は既にカタがついたらしい。形式的な戦いじゃアタシやシグナムの足元にも及ばないが、ルール無用の『本物の戦い』はあいつの本領なんだろう。さすが、早えー。

 

 魔法の扱いはアタシたちに劣るが、魔力の扱いはそーまが勝る。剣術の扱いはシグナムに劣るが、剣そのものの扱いはそーまが勝る。そういうとことから鑑みるに、あいつは『術』よりも『物』の扱いに長けてるんだろう。

 料理はできないが野菜同士の相性はわかる。数式は解けないが数と文字の意味は理解できる。あまり簡略化しすぎるとその凄さが薄れて感じてしまいそうだけど、つまりはそういう類だ。

 きっと、大した強化魔法とかも使わず、自分の傍にある微粒子のような魔力と、あとは口八丁手八丁で勝負をつけたに違いない。

 

 シグナムほどじゃないが、さすがに騎士としはあまりいい感情は持てない。もっとも、正攻法だって弱いわけじゃないだろう。が、まぁ、優先度の問題だな。汚かろうとなんだろうと、あれはあれで、あいつに合った戦い方のひとつなんだろうし、そこにケチつける気はない。

 

 さてと、これだけ多大に余所事を考えてたわけだが、どういうわけか目の前の高町なんとかはまったく動かない。誘導弾を視界から外れたどこかに飛ばして機会を待ってるんだろうか。

 いや、だとするのなら今の隙は十二分以上のチャンスだったはずだ。単純に、気が抜けていた――というセンは、バカバカしいと切り捨てるのが普通だが、相手があいつならそれもアリか、とも思える。

 そーまじゃあるまいし、狙ってやってるわけじゃないんだろうけど、大きすぎるわけでもない隙が多すぎて深読みしちまう。ダメだな、こりゃちょっと楽観視する考え方も必要だ。いや、待てよ。もしかするともっと単純にわかる方法が、1つだけある気がする。……試すのも、悪くないか。

 

「おい、寝てねーだろうな」

「にゃっ!? お、起きてるよ! ちょっと呆然としてただけ!」

「いや、それはそれでダメじゃねーか」

 

 どうやら大当たりだったらしい。そーまから聞いた通り、魔法が使えることと、バカでかい魔力があることで忘れがちだが、あいつの根っこの部分は外見相応の子供らしい。

 となると、ちょっと後腐れ悪い戦いになりそうだ。状況が状況だけに仕方ねーことだけど、にしたってガキを甚振るのは趣味じゃない。

 それに、もしもはやてが普通に元気な姿でいられたら、あいつらははやての友達になってたかもしれない。いや、これからだって、はやてさえ元気になって、学校に行けるようになれば、この街のどこかで出会って、そして――。

 

 そこまで考えて、アタシはその思考を止めた。わかってるんだ、アタシたちがしでかしてることが、たとえ『はやて』という正義に従っているとしても、反面では『多数派』という正義に反してることくらい。

 でも、それでもアタシたちは諦めるわけにはいかない。正義ってのは、個人が勝手に決めるモンなんだ。他人の正義がどうだろうと、知ったことか。アタシはアタシの正しいと思うことをしていればいい。

 そのせいではやてが責められることになるとしたら、その時はアタシたちがはやてから離れればいい。その頃にはきっと、はやてには新しい友達がいて、そいつらがはやてを守ってくれるはずだから。

 

「はあああああっ!」

「わっ!?」

 

 グラーフアイゼンを勢いよく振りかぶり、下ろす。こいつの反応速度なら、シールドを張るくらいはできるはずだ。いくら敵でも、致命傷だけは与えないように、反撃を受けない程度の大ぶりで攻撃を繰り返す。

 一撃、二撃、と重く鋭い攻撃が高町のシールドを叩き、そして『明確な敵意が迫っている』という事実が高町の精神に亀裂を入れていく。

 戦いは、決して力だけが制するものじゃない。力を振るう側になるということは、力を振るわれる側にもなりえるということだから。だから、アタシはその『恐怖』に賭けた。

 相手を傷付けないように、自分が撃墜されないように、派手で、明確で、避けることも逃げることもできない『威力』を以て、精神を殴る。それができるのは、鉄の伯爵を携える紅の鉄騎――アタシだけだ。

 

 が、まぁ相手もガキとはいえさすがに管理局にコキ使われるだけの実力はあったらしい。何度かの攻撃を防御魔法で受けると、その威力を借りて一気に後方へと退避した。器用だな、そーまが前にシグナムとの稽古でやってたけど。

 あれを最初に見た時は、確かに相手の力を借りる分、奇襲性と退避距離は間違いなく稼げるだろうが、いくらなんでも攻撃が当たる瞬間を見極めるなんてハイリスクすぎるだろ、という感想を抱いていた。今もそれは変わらない。

 にもかかわらず、こいつはそれを平然と――ではないらしい。なんか向こうは向こうでちょっとビビってる。あれか、案外やったらできちゃった系か、そーま泣くぞそれ。あいつだって頑張って練習して習得したらしいからな。

 

 ともあれこうやって余裕を装うのもキツくなってきた。高町の放った桜色の誘導弾が……3発。あれはまずい。

 

「アイゼン!」

 

-Raketenform-

 

 カートリッジを1つ消費して、グラーフアイゼンは万能型のハンマーフォルムから攻撃特化のラケーテンフォルムへとシフトする。

 攻撃力と加速力は得られるが、このままじゃ射撃・範囲攻撃に不自由する。ここまでの経過から見て、中・遠距離を得意とする高町相手には悪手な気がしなくもない。

 

 けど、アタシの予測が間違ってないなら、これでいいはずだ。あいつの攻撃で注意すべきは、砲撃の威力と、誘導弾の精密性。前者は直射型が多そうだし、バインドにさえ捕まらなければ問題じゃない。

 怖いのは後者。あの誘導弾は、もはやホーミングの域を逸しているような気がする。ある程度かわせばそのまま通り抜けると思っていた魔力弾が直角に曲がった時とか「インチキもたいがいにしろ!」と叫んだ。

 だから、あれはもう避けるとか防ぐとか考えない。全方位型のシールドじゃ砲撃が来るだろうし、前方防御型じゃ横に逸れて向かってきそうだから、ラケーテンフォルムのパワーと瞬間的な加速力で全て叩き落とすのが最善だ。

 

 1つ、特に難もなく撃墜。2つ、アタシが防ぐ気がないことを1発目を叩いた時点で気付かれたのか、設置型バインドの方へと誘導された。もちろん、そこに至るまでになんとか墜とした。

 3つ……これはおそらく、攻撃を当てることやバインドへの誘導が目的じゃないだろう。となると……ああ、時間稼ぎか。小さな白い個人要塞が、夥しいほどの魔力をぎっちりと圧縮してアタシに向けているのが、横目に見えた。

 誘導弾のひとつくらい必要経費と思うことにして、設置型バインドに気をかけながら砲撃魔法の軌道を大きく逸れる。少し逸れたくらいでは、あいつのバ火力砲の余波だけでも大打撃だ。

 

「あっぶねー……ってこともねーかな、うん。あいつ防御は堅いし攻撃は重いけど、それだけだもんな。とろいし」

 

 ここでアタシが迷ったのは、ラケーテンフォルムの維持だ。誘導弾はひとまずなんとかしたが、いつ次が来るとも知れない。ならハンマーに戻すメリットがあるかというと、もちろんある。外見だ。上述の通り、この戦いで重要なのは勝敗――もだが、それ以上にどうやって相手の精神を叩くかだ。

 ハンマーならその威力を想像しやすい分、恐怖心を煽るにはちょうどいい。単にボコって終わらせるだけでいいなら、たぶんもう決着はついてる。確かにあいつの実力はそこらの魔導士を遥かに上回ってる。でもあくまで一般人が魔力を得て、ちょっとかじった程度の魔法とバ火力砲で満足してるだけ。

 

 言っちゃ悪いだろうが、本気の殺し合いは甘くない。たぶん、あいつ本気で命を狙われたことないんじゃねーかな。なんつーか、言葉の通じる相手を説得してきた動物保護団体みたいだ。

 ガチな話すると長いから、抽象的な言い方になるし、大雑把にもなるだろうけども、ぶっちゃけあいつ脳筋なんだよな。近付かれたら堅い防御で防いで、動かない的にバ火力ぶっぱとか。水鉄砲で遊んでんじゃねーんだぞ。

 いや、騎士が小手先のことをあれこれ言うのもおかしい気がするし、アタシ自身そういうのは性に合わねーけどさ、にしたってありゃねーわ。あいつそーまの魔力の使い方見たことねーのかな。あっちはやたら丁寧なのにな。

 

 さすがに大まかすぎた気がするから具体例を出すとしよう。

 たとえば、1000円を持って買い物に出たとして、高町の場合その1000円を使いきってそれなりにいい食材をひとつ買ってくる。素材がいいなら、そりゃまぁ美味いメシにありつけるわな。料理する奴にもよるけど。

 で、そーまだ。あいつはたぶん特によくも悪くもない、いやたぶんちょっと劣化気味だけど腹は絶対に壊さないようなのをたくさん買ってくる。となると、どうなるか。いいのを1つ買うよりも、料理の幅が生まれる。

 

 安い食材ってのはそれだけで得なんだ、素材が悪かろうが、そこは料理する奴が調味料とかで隠してくれるし、熱を通せばよっぽど食中りもしない。だから、あいつは微細な魔力で凶悪な大魔法をいなすことができる。

 そんな奴を友人に持って、こいつはこれだよ。いや、まあガキだし、魔法に触れて間がねーらしいし、しゃーねーとも思うぞ? だけどそれにしたって脳筋すぎるわ。こいつあれじゃね、コスパとか考えないタイプじゃね。

 

「レイジングハート! もう一回!」

 

-Accel Shoo「さすがにもう撃たせるかっつーの!」

 

 別に対処できないわけじゃねーにしろ、そんな鬼畜ホーミング何度も何度も相手してられっか。やっぱ戻さなくて正解だったらしいラケーテンの推進力を借りて、一気に高町の懐まで入り込む。

 

「この距離ならバリアは張れないな!」

「確かにその通りだしヴィータちゃん赤いけどそのネタは女の子としてどうなの!?」

 

 さすがに尖った部分を叩きつけたら命に係わりそうなので、柄の部分を腹にぶち当てて地上へ叩きこんだ。まぁ、あれくらいの衝撃はバリアジャケットがあるし死にゃしねーだろ、うん。

 

「これでトラウマのひとつくらい抱いてくれりゃ、楽なんだけどな」

 

 ま、なんにせよこれで終わりか。視線を少しずらしてみると、確かに既に交戦を終えてのんびりと観戦を決め込んでいるそーまの姿があった。ちったぁ手を貸してくれてもバチはあたんねーだろーに。

 

「うぃっす」

「おう、早かったな」

「ヴィータもな。シグナムも……うん、終わったらしいな」

 

 そーまに近寄って、その視線を辿る。どうやらシグナムの方も終わったらしい。当然だけど、殺してはいないみてーだ。

 

「っし、んじゃラストスパートかけるか」

「だな。あとそーま、今度あの白いのに魔力の使い方教えてやれ」

「……いくら教えてもあいつが学習するとは思えん」

「あー……」

 

 なるほど、教えてないっつーより教えても無駄っぽいのか。



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闇の書に、夜天の救済を

 シグナムとヴィータの交戦は、俺の予想通りの展開と時間を以て終了した。元より戦いの流れを読むことにはそれなり以上の自信を持っていたが、にしたってまさかここまで思い描いた通りというのは、妙に気持ちが悪い。

 こちらの書いた脚本通り――というのは、もちろんその通りだが、ガチの戦いにアドリブのない脚本なんてあるわけがない。得体の知れない不気味さに、俺は思わずその露骨な嫌悪感を表情に出してしまった。シグナムとヴィータが、どこか不安げに声をかけてくる。

 

「どうした奏曲。お前にしては珍しい表情をしているが」

「なんか拙いことでもあったのか? 勘弁してくれよ、もう少しで闇の書も完成だってのに」

「……んにゃ、特にこれといって問題はない。100点満点……いや、さらに20点を足してもいいくらい予定通りだよ」

 

 が、ここでこいつらに不安を持たせるのは得策じゃない。俺はこの問題において、あくまでヴォルケンリッターの指揮者であり、裂夜の鎚という道具だ。

 闇の書を解放し、そしてその先にある『アレ』を攻略するために、俺はこの力を揮う。けど、そこまでの道を切り拓くには、どうしてもこの二人――いや、ヴォルケンリッター4人の力が必要になる。だからこそ、俺はこの言い知れない不気味さを一人で解決しなければならない。

 他人の力を頼ることは悪いことじゃない、とアニメとか漫画では言うが、ケースバイケースというものがある。いくら猫の手も借りたいからといって、飲食店に猫を引っ張ってくるわけにはいかない。今回も同じ。シグナムとヴィータ、この二人の役割は『戦う』こと。

 そして彼女たちがその力を発揮するにあたって、一番いい状況を作り出す演出家こそ、俺の役割。だから、俺は一人で考える。この不気味さの原因がなんなのかを。

 

「さて、丁度いいし高町から魔力をもらおうか。シグナム、お前は透霞とテスタロッサとハラオウンが動かないように監視してろ。念のために言っておくが、何を言われても耳を貸すなよ。八神の為に、とかは特にな」

「わかっている。……が、了解した。決して改める気はないが、私が義に揺さぶられすぎることは承知済みだからな。自分に念を押しておこう。此度の行いに限っては、どんな不義も覚悟しよう」

 

 シグナムの鋭い目つきが、今の俺には恐れるだけの威力を持たない。当然だ、あいつは誰よりも義理深く、誰よりも誇り高く、誰よりも美しい魂を持った高潔な騎士。

 辛いだろう。悔しいだろう。たとえこれまでに仕えたどの主よりも愛しい八神のためであっても、あいつがこれまで培ってきたプライドが、その剣に誓った魂が、あいつの心を不義によって刻みつける。

 だが、それでもあいつにはその不義を貫いてもらわなければならない。あいつが必死に抑え込んでいる誇り高い魂のためにも、俺たちはその不義を成さなければならない。

 

 隣で無言を貫いているヴィータも、きっとそれをわかっているはず。こいつとシグナムは、真逆だから。

 冷静なようで、強者を前にすると途端に熱くなりやすいシグナム。短気で直情的なようで、実のところ最も冷静に自分と相手を見比べることのできるヴィータ。バトルスタイルと感情の揺れ方だけでも、これだけ真逆なんだ。

 だから、ヴィータは誰よりもシグナムの辛さをわかってやれる。自分がより冷静に、より効率的に、より確実に、より切実に成功を求めるほど、そのシグナムは真逆――剣がブれ、感情的になり、焦燥感に駆られる。

 

「……ヴィータ。俺はあいつに……」

「何も言うな。あいつだって覚悟してやってんだ。誇りある騎士なら、その誇りを主のために捨てることも、ひとつの誇りだ」

「……それもそうか。もっとも、その誇りってのは俺にゃよく理解できねぇけども」

 

 さて、と意識のない高町の傍まで寄った俺たちは、ひとまずその体を透過たちのいる場所まで運ぶ。意識のある透霞とハラオウンはこいつを心配するように名前を呼ぶが、高町が目を覚ます様子はない。

 もちろん、呼吸音のおかげで生きてることくらいは承知してもらえているだろう。いや、承知していてもらわないと困る。いくらなんでもヴィータを殺人犯扱いにしてもらうわけにはいかない。

 

 とりあえず、上半身のバリアジャケットをひとつ脱がす。勘違いのないように注意してもらうとすれば、上着を脱がしてもインナーがあるから肌は見えてない。というか小学生の肌になんか興味もない。

 単純にバリアジャケットがあると、それ自体が持つ防御魔法のおかげでリンカーコアに接続ができないから脱がせただけだ。インナーにも防御魔法はあるが、ハラオウンの手前脱がさなかっただけ感謝してもらいたいくらいだ。

 透霞は俺の異性に対するストライクゾーンというか、セーフゾーンがわかっているので何も言わなかったが、ハラオウンが五月蠅い。管理局さんよ、こいつだけもう転移させてくんね?

 

 

「……よし、接続準備完了。相当バカみたいな魔力を持ってるから、慎重にやるぞ。あとここから先はマジで一切騒ぐなよハラオウン、俺じゃなく高町のために」

「都合のいいことを……! 何が彼女のためだ、彼女から離れろ!」

「いいから黙ってろ。こいつのリンカーコアは今も言った通り膨大な魔力が入ってるんだ。わかりにくいなら水が大量に入った水風船が人体のどこかに入り込んでると思え」

 

 魔力とリンカーコアの説明、これで何度目なんだろうか。ヴォルケンズにリンカーコアの魔力を闇の書へバイパスするこの方法を説明する時に、3回くらい繰り返し同じことを言った気がする。

 まぁ前例ないだろうから、安全面が心配だったんだろう。リンカーコアそのものを摘出するよりずっと安全だと、これまた何度言ったことか。

 

「俺は今からそこに注射器を刺して中の水を少しずつ吸い出そうとしてるんだ。お前が横でぎゃあぎゃあ言えば、手元が狂って風船が割れる。それも体内で、だ。だから今だけはマジで黙ってろ」

「ならまずそんな危険な真似をするな!」

「するなと言われてやめるくらいなら最初からやろうとしねぇよ。それに、俺は別にいいんだぜ、こいつのリンカーコアがどうなろうと、魔力をもらえりゃそれでいい。水風船(リンカーコア)が割れようが割れまいが、結果的に(まりょく)さえもらえれば、それでいい」

 

 まごうことなき本音。もしこいつがクラスメートでなく、アリサやすずか、透霞の友達でなければ、こんな膨大な魔力を持つ地球人はリンカーコアごとごっそりもらってる。

 その方がこいつは魔法なんて物騒な文明と関係なく、ただただ安全で平凡な生活を送れるし、俺たちも目的を逸早く達成できるから。お互いにとって、そっちの方がよっぽど利益になるだろう。

 だが、利益云々よりも高町自身が『魔法』を必要としている。だからこいつの意思を優先すべく、リンカーコアの魔力だけを抽出しようとしているんだ。

 

「いいか、最後の忠告だ。今から俺はこいつのリンカーコアに接続する。お前が何を口を出そうと、やる。そしてお前が何か余計なことを言えば……まして管理局が強制的に帰還させようと転移魔法を使えば、こいつのリンカーコアに傷がついて二度と魔法が使えなくなる」

 

 ――だから、黙ってろ。

 

「…………ッ!」

「……そうだ、理解のいい奴は嫌いじゃない。さて、落ちついたところでさっそく始めよう。ヴィータ、闇の書を開いてくれ」

 

 右手を高町の胸に当てて、リンカーコアへと接続を開始した。きっと今の様子を、管理局の連中はどこかで見ているのだろう。だが、あいつらは俺たちの邪魔はできない。

 俺がハラオウンを制した時、俺はさまざまな手段を――普通の魔法とは違う、ただ『魔力を使う』という手段だけであいつに打ち勝った。だからこそ、連中は俺の『魔力の使い方』がどこまで可能なのかわからない。

 ただ魔法を使うだけなら、対処法はいくらでもあっただろう。でも、あいつらにとって俺の『魔力の使い方』はあまりにも未知的(アンノウン)すぎる。だから、手出しはしない。それに俺が言ったことだが、今回に限っては一切ハッタリ抜きのマジな理屈だ。

 

 さすがに高町を死なせる気は毛頭……いや、よっぽどないが、ハラオウンが大声を出したり、横槍を入れたりしたら間違いなく高町のリンカーコアに傷がつく。

 魔法も使えなくなるかもしれないし、最悪こいつの膨大な魔力が一気に溢れ出て魔力暴発を引き起こすかもしれない。そうなれば、俺たちが無事でいられるはずがないし、この世界の生態系を破壊しかねない。

 となれば、さすがの管理局もその展開を望んだりはしないはずだ。世界のひとつふたつ犠牲にしようと、とか、そういうのは闇の書が暴走してから考えるだろう。現段階で決断を下すべき選択肢に、それはない。

 

 ヴィータのカウントが、一定のテンポで目的の666へと近付いていく。以前、シャマルが高町からリンカーコアを奪おうとした際には、その全てでないにせよ相当なページ数が埋まったと聞いた。

 ヴィータ曰く、20は軽くいけるらしい。となると、魔力切れになって生命維持活動に支障が出ないギリギリまでごっそり貰えば、もっと埋まるはず。もちろん、そこまで蒐集する気はない。

 というか、現時点で662ページ。残り4ページだ。ほんの少しだけもらえれば、それでいい。663……664……と、規則的なテンポでヴィータがカウントしていき、666ページ目にさしかかったところで、俺は接続を断った。

 

「ん? おい、どうしたそーま、あと数行分足りねーぞ」

「いや、これでいいんだ、ヴィータ。あとは……あとのことは、シグナムに伝えてある。闇の書、借りるぜ」

 

 納得のいかないような、訝しげな表情を浮かべながら、ヴィータはシグナムに視線をやった。シグナムが頷くと、やはり納得のいかなさそうな表情で闇の書を俺に渡した。

 

「……シグナム、ヴィータ。そして透霞とハラオウン。闇の書の悲劇は、俺が止める。だからお前たちは、闇の書そのものを止めろ」

 

 どういう意味だ、という意味が込められた視線が、シグナム以外の三人から向けられた。

 

「ごめんな、ヴィータ。今まで黙ってたが……闇の書の正体とお前たちの認識は、微妙な齟齬が発生している」

「どういうことだ……。闇の書を完成させれば、はやての足は治るんじゃなかったのか!」

「治る。結果的には、治る。だがその前に、八神の肉体と精神は闇の書の『闇』とも言うべきバグプログラムに取り込まれ、八神はやてという人間の意識は二度と戻らなくなる」

 

 呆然を越えた憤怒。ヴィータから向けられる殺意にも近い怒りの視線を、俺は受け止めることなくただただ現実を突きつける。

 迫るグラーフアイゼン。が、それを避ける動作もなく、透霞たちを監視していたシグナムがシュランゲフォルムとなったレヴァンティンの刃でそれを止めてくれた。

 

「なんでだ! なんで止めるんだよシグナム! こいつははやてをっ!」

「話を最後まで聞けヴィータ。おそらく、今最も辛い立場にいるのは奏曲の方だ」

「……畜生ッ!」

 

 グラーフアイゼンを待機状態に戻して、ヴィータは、そして意識を取り戻したテスタロッサと、透霞たちは、これから始まる最終決戦の脚本と役割に耳を傾けた。

 

「今言った通り、闇の書が完成すれば、その主は闇の書の『闇』に取り込まれ、本来あるべき姿を失う。だがそれが何故なのか、お前たちは……そして管理局に所属する者の多くは知らない」

「闇の書が主を取り込む理由……?」

「そもそも、ロストロギアとはその経緯に不明瞭な点があるとはいえ、どこかしらの世界の知的生命体が築き上げた文明と技術と結晶だ。たとえば今、お前たちも知るデバイスの技術だが、その製造法や利用法が廃れ、わからなくなれば、未来にとってそれらはロストロギアなんだ」

 

 古代遺物、と言うくらいなのだから。

 

「そう、ロストロギアとは本来決して危険なものじゃない。お前たちが正規の利用法を守らないから、おかしな結果を生みだしてしまうんだ。闇の書も、その例に漏れない。いや、ある意味では現代技術と現代文明の被害を受けた代表格とすら言える」

「闇の書の方が……僕たちの技術や文明の被害者だと……? バカバカしい! それはお前たちが自分の罪を正当化するための詭弁だ!」

「言ってろ。そういう自分たちが持つ技術や文明に盲信的な態度こそ、闇の書を――いや、夜天の書を捻じ曲げた。あれは本来、ただ魔力を蓄えて魔法を記録するための魔導書。決してお前らを攻撃するような意図など微塵もなかったんだ」

 

 闇の書などと、そんな自らを侮蔑するかのような名前をつける技術者がいるか。バカバカしい、という言葉はむしろそのままハラオウン、お前に返してやるよ。

 こいつは決して悪じゃない。そもそも道具に善悪などあるはずもない。俺やヴォルケンリッターが、主に仕えるべき道具であるように。刀は勝手に人を斬らない。

 

「言っただろう。闇の書の『闇』とも言うべきそれは『バグプログラム』だと。そういうことなんだよ、夜天の書に『闇』を塗りつけたバカが、過去にいたんだ。それが誰かは知らないし、知っても意味はないが、そいつのせいで夜天は闇になった」

「でも! だとしたらどうして止めなかった! アタシたちがリンカーコアを……魔力を蒐集したりしなければ、はやては!」

「だとしても時間の問題さ。八神を蝕む『闇』はあれが他の持ち主に転移しない限り尽きることはない。いや、むしろ悪化しただろうな。足だけじゃなく、手や、体に力も入れられず、最終的には脳まで蝕んでたかもしれない」

 

 あの『闇』にとって、魔力は餌だ。腹が減って、食べるものが与えられなければ、別のものを食べようとする。そしていつしか、主の命すらも……。

 

「だから、一度あれを覚醒させる必要があった。だが、一度でも覚醒すればあいつは八神を取り込み、暴走を開始し、管理局あたりが出張ってきて対処されようとも、転生機能のおかげでどうにもならない」

「そう、完全なる詰みだ。だから奏曲は、その譜面を完成させるよりも早く、せめて詰みではなく『王手』になるよう動いた。それが『裂夜の鎚』だ」

「裂夜の、鎚……? ……! まさかそーま……!!」

 

 ようやくヴィータが、そして透霞が理解したらしい。俺のしようとしていること。俺が打てる最高にして最大の一手。

 

「肉体を魔力プログラムに変換し、闇の書の最後のページを埋める。そして解放された闇の書の内部で全てのバグを修正し、完全かつ安全なプログラムとして八神のコントロール下に戻す」

「だがいくら奏曲でもバグプログラムを完全に書き換えるにはどうしても時間が必要になる。その時間を、私たちが稼ぐ。誰も傷付けないように、主はやての命に背かないように、一切の犠牲を出さず全てを終わらせる」

「もちろんヴォルケンリッターのデータは消したりしないから安心しろ。本来の持ち主である八神じゃ、夜天の『闇』が上位権限を得るだけでどうにもならなくなるが、俺は『主』のいない完全なる異物だ。上位もクソもあるもんか」

 

 だから、頼む。

 全ての修正が完了するまで、俺が『闇』に削除されないように。

 そして、二度と俺と夜天を誰にも悪用されないように。

 

 全力で、戦ってくれ。

 

 

 

 

 全力で、戦ってくれ。

 

 その言葉を残して、奏曲は不定色の光となって闇の書に最後の文字を刻んだ。そして、それとほぼ同時に、シャマルからの思念通話が飛んできた。主が突然苦しみだし、姿を消したそうだ。

 

 昨晩、主を最も愛しているヴィータを除き、今回の計画の全容を聞かされていた私たちだが、それでも彼女はそのか細い声を震わせていた。

 無言を貫くザフィーラだが、きっとあいつも心を痛めているに違いない。縋るシャマルの手前、彼女を不安にさせまいと強く振舞う姿は、離れていても見てとれる。

 

 すまない、ザフィーラ。寡黙なお前の忠誠心を利用し、私はただ前しか見なかった。後ろで泣いている主へ、振り向こうとしなかった。

 すまない、シャマル。苦しむ主を、いつもお前だけに任せてしまった。私は戦うことで、主の苦しむ姿から逃げていた。今もそうだ、私は主から、悲劇から逃げている。

 すまない、ヴィータ。奏曲に主と闇の書の関係を伏せろと言われた時、私はそれに従った。お前が悲しむだろう、と勝手に決め付けて、本当はお前にそれを打ち明ける勇気を持ち合わせていなかった。

 すまない、奏曲。主を救うためとはいえ、夜天の書とヴォルケンリッターが解決すべき問題に、お前を巻き込んでしまった。お前の強さを道具のように利用した。お前が『裂夜の鎚』であろうと、お前はお前という一人の人間なのに。

 

「ああああああああああっ!」

 

 奏曲と主の悲鳴が、この何もない砂漠地帯の果てまでも響いている。黒い闇が、奏曲の体を包み、飲み込んでいく。私はただそれを見守りながら、ただ心の中で無意味な謝罪を繰り返すばかり。すまない、すまない、と。

 

「兄さん……兄さんっ!」

「奏曲っ……!」

「そーま……!!」

 

 奏曲の妹、テスタロッサ、ヴィータ……奏曲の守ろうとしたものたちが、苦しむ彼の名を呼んでいる。だが、まだテスタロッサたちを解放するわけにはいかない。奏曲が闇の書と一体化するまでは、絶対にそれを邪魔させはしない。

 それが、私に与えられた役割。闇の書の『完成』を、守護すること。守護騎士の名に反することのない、名誉と誇りある愚行。

 

「鎚を取れヴィータ。裂夜の鎚と、夜天の書と、主はやてと……そして『闇』さえも守護するために」

「闇さえも、守護するために……」

「そうだ。奏曲はあの闇を『修正』すると言った。削除ではなく、修正するのだと……あいつは全てが終わった時、あのバグプログラムを自らの内に取り込もうとしている」

 

 そうだ、あいつは守ろうとしている。あいつは全てを守ろうとしている。自分の手が届く限りにあるものを、自分の手が掴める限りのものを、全て。

 だから私たちはそれを守らなければならない。あいつが『それ』を手にするまで、私たちが守り通さなければならない。それは、私たちから生まれたものなのだから。

 

「それがなぜか……どれだけの意味がある行為かわからないわけではないだろう?」

「あいつは……守ろうってのか……。どんな理由で植え付けられたとしても、それがこれまでどんな悲劇を生みだしていたとしても……あれが、一度でも『夜天の書』のひとかけらだった、それだけの理由で……!」

「そうだ。だから守らなければならない。私たちが闇の書の『闇』を、夜天の書のひとかけらを、私たち自身を、そして奏曲が守ろうとしているものを、あいつの手が届くその瞬間まで」

 

 今は、私たちが奏曲より『闇』の近くにいる。私たちの方が、奏曲よりも『闇』を守れる立場にいる。だから、私たちはたとえそれがどんな存在であろうとも、どれだけの悲劇を生みだした巨悪であろうとも、それを守らなければならない。

 幾百の人の血を吸った魔剣も、心正しき騎士の手に収まれば、幾百の災いを断ち切る聖剣となる。そのことを、私は知っている。なぜなら私は烈火の将、我が剣は炎の魔剣。

 

「あああああああああああああああああああっ!!」

「兄さんとはやてちゃんが……闇に……!」

 

 雪のように美しい銀色の髪。左右に開いた六つの黒い翼。血の如く赤い虚ろな瞳に、その体に走る緋色の線。そして、黒衣に走った不定色のライン。いる。あの中に――彼女(あのやみ)の中に、夏海奏曲は確かにいる。

 

「……さぁ、行こうかレヴァンティン。最後のひと仕事だ」

 

-Ja-

 

 この戦いが終われば、この計画を知らなかったヴィータと主を除く『闇の書』の関係者は管理局に捕らわれる。

 奏曲は『闇の書の闇』を抱えた『裂夜の鎚』として厳重に管理され、危険性を失った『夜天の書』は安全なロストロギアとして保管される。私たちは、決して軽くない処罰を下されるだろう。

 だが、主を守ることはできる。ヴィータがこの計画を知らずに手を貸していたことも、私たちが今ここで話していた会話の内容を、どこかで見ている局の人間が記録していてくれるはずだ。

 申し訳ありません、主はやて。あなたの騎士として、あなたの家族として、もっとお傍にいたかった。ですが、どうか悲しまずに……私たちが守ろうとした笑顔を咲かせて生きてください。

 

「守るぞ、ヴィータ。善悪など全て捨て、ありとあらゆる悲劇を砕き、ありとあらゆる絶望を斬り、主の愛した世界を守る。それが誇りある守護騎士ヴォルケンリッターの成すべき役割だ」

「……ああ。はやてを、それにあのバカも、ぜってーにアタシたちで守ってみせる! 行くぞ、シグナム! 戦うことが罪なら、アタシが抗ってやる!!」

 

 そうだ、抗えヴィータ。戦うことが罪だというのなら、その誇りある鎚は決して何かを壊すためではなく、大切な何かを守るために、自らの後ろに立つ小さな花を守るために揮え。それが抗うということだ。

 

「久しぶりなんだろーが、わりーな、名前おぼえてねーんだ。夜天の書の防衛プログラム……テメーの名前を聞かせてもらおーか!」

「……名前などない。私は主の眠りを守る姿なき唄声……終わることのない子守唄。亡霊にもなれない電子の配列。ただの……プログラムだ……」

「それだけ未練たらしい表情でよく言う……。お前は私たちヴォルケンリッターの、そして主はやての愛すべき家族の一人。自らを貶めるその言い振舞い、改めてもらうぞ!」

 

 テスタロッサ、お前の友には本当に悪いことをした。頼む、彼女たちを連れてここから去ってくれ。あとは、私たちが全ての収束をつけよう。

 奏曲の力を借りている今なら、お前たちの世界を脅かすような事態にはなるまい。だがここにいれば、戦火の飛び火がいつお前たちを傷付けるともしれん。

 だから、ここを去れ。お前ほどの戦士を、こんなことで死なせたくはない。逃げるという『勇気』が、お前にはあるはずだ。

 

「はあああっ!」

「……断て」

 

-PanzerSchild-

 

 ヴィータの振るった強力な一撃を、彼女は表情一つ変えず軽々と防いでみせる。さすがに、幾百幾千の魔法を有する魔導書だけあるようだ。舌打ちするヴィータに迎撃しようと、至近距離から赤い刃を放つが、さすがにそれを直撃させるわけにはいかない。

 

「おわっ!?」

「……逃がしたか」

 

 シュランゲフォルムのレヴァンティンをヴィータの腰に巻きつけて、引く。余計な手出しを、と普段なら愚痴を言っていただろうが、ヴィータは何も言わずその視線を彼女に向け直した。

 なるほど、奏曲の言う通りだ。あいつはあれで、私よりもずっと大人で冷静らしい。何度か繰り返した攻撃がどれもこれも防御魔法ひとつで防がれ、即座に迎撃されている以上、必要なのは『工夫』だ。

 

「無理に奴の懐に入ろうとするな! 中距離から攻めろ!」

「でもそれじゃ後ろのやつらに流れ弾が行っちまう! 撃たせる前に、予備動作の時点で止めねーと!」

「構わん! 流れ弾の軌道は私がシュランゲフォルムのレヴァンティンをレールにして逸らす!」

 

 形ある曲線。側面からの攻撃に弱いと奏曲に指摘されたレヴァンティンが、さらなる高みを求めて昇華させた蛇の如き連結刃、シュランゲフォルム。名が同じでも質は桁が違う。

 奴が言っていた連結刃にとって最大の弱点となる『刃と刃の継ぎ目』を、鞘で補うことで強度と距離を増した。これだけの強度ならば、彼女の攻撃を逸らすくらいは容易に耐久可能だ。

 さぁ、と構えながら、迫る血染めの刃ブラッディダガーを捌く。やはり、強い……が、攻めず防がずいなすだけに集中すれば、対処できないほど常識外れな存在というわけでもない。

 

「が、さすがに数が多いか……!」

 

 早く、テスタロッサ。あれをいなすだけならば、私とヴィータに迫る凶弾を凌ぎ切るだけならば、いつまででもやってみせよう。だが私の後ろにあるお前たちを守る時間は、そう多くは稼げない。

 お願いだ、テスタロッサ。退いてくれ。私たちは決して自分の罪から逃げたりはしない。だから、今はここから退いてくれ。

 

「ぐ、ぅ……っ! まるで機関銃だ……!」

 

 いなす。いなす。次から次へと迫る数えきれないほどの『必殺』を全て。少し前までなら、既に私の剣は、半身は、魂は砕けている。

 ありがとうレヴァンティン、魔剣の肩書きを持ちながら、我が騎士の名を汚すまいとお前自身が強くあろうとしたその気高さ故に、私は今こうして彼女と対峙していられるのだから。

 私はいい剣を持った。いい仲間と、いい家族を持った。そして、いいライバルまでも。

 

「通させるものか……私の後ろには、こんなにも素晴らしい、守るべきものがあるのだから!」

 

 絶対に通させはしない。小剣のひとつが我が刃の盾を越えたのならば、我が肉体が彼女らの盾になればいい。

 絶対に通させはしない。右手に鋭いプライドを、左手に姿なき約束を握りしめ、私は彼女の猛攻すべてから後ろにあるものを守り抜く。

 

「テスタロッサ……早く! 私を捕えるのはお前だ、私の身を捕えていいのはお前だけだ! だから、今は退け!」

「でも……それでは貴女が!」

「案ずることはないさ、彼女の中には奏曲がいる……奏曲が我が主を、そして闇の書が残した多くの悲劇を救おうとしている! ならば、私がここで果てる理由などない!」

 

 これが何度目の謝罪になるかわからないが、それでも言おう。すまない、テスタロッサ。お前の優しさも、強さも、私にはわかっている。

 私と一緒に戦おうとしてくれているのだろう。彼女もまた、主を『闇』から救おうとしてくれているのだろう。ありがとう。

 だが、この戦いは我々が解決すべき事態。奏曲や、様々な世界の生命を巻き込んでおいて、今さらおかしいと思うだろうが、私はもう誰も巻き込みたくない。だから、

 

「時間はもうない……友人を巻き添えにしたいのか……!」

「……っ!」

「もう迷うな! とっとと行けええええっ!」



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奏曲の旧友は、夜天

『……さて。久しぶりだなぁ、肉体の魔力変換。繰り返してきた多くの人生の中で、片手で足る経験ってのは正直これくらいだな。何度もやりたいわけじゃないが』

 

 闇に塗れた夜天の書。その中で、奏曲は純粋な魔力の粒子として存在していた。純粋、と表現するにはあまりにも奇異な要素が多すぎるが、少なくともまだ夜天の書のセキュリティは俺という異物に気付いていないようだ。

 まずはシステムコンソールの検索だ。内部に侵入すればすぐ見つかると思っていたが、そう甘くはないらしい。だが人間の血液が心臓に酸素を運ぶように、魔力もいつしか必ず中核となる部分へと運ぶよう流れている。

 ならば、魔力の粒子へと変換された俺の肉体もそこへ流れ着くはず。事実、なんだか少し体が引っ張られるような感覚がある。しかしこの漂うような感覚は、飛行魔法を行使できない今代の俺としては懐かしい。

 

 話が逸れた。本来の話題に戻るが、俺を引っ張るこの感覚こそ、闇の書のシステムコンソール――と、防衛プログラムのコアが存在する場所へと導くベクトルなのだろう。

 しかし、ここで問題がひとつ浮上する。防衛プログラムだ。実を言うと、俺がこうして他のロストロギアの内部に侵入するのはこれで3度目である。断っておくが、夜天の書でも闇の書でもない。

 それらは俺が内部に侵入し、システムコンソールを弄ろうとすると、防衛プログラムとして一種のウィルスを俺の内部に注入してきやがった。もっとも、裂夜の書に対してあらゆる『魔力』はその性質に関係なく吸収してしまうため、俺にはなんの害もなかったりしたが、今回は『闇』だらけの夜天の書。

 

 ぶっちゃけ怖い。なぜかというと、経験則的に俺がこうやって侵入すれば、普段ならシステムコンソールが目の前にあるはずだからだ。

 それはつまり、現状こそが異常――防衛プログラムが俺の存在に気付いていないとしても、この魔導書の総合情報を管理する管制人格あたりが俺を即座に発見し、転移させた可能性が高い。

 わかりやすく言うと、もう俺ここにいるのがバレちゃってるのである。にも関わらず、あちらさんから俺を削除しようという意思は感じられない。どういうつもりだろうか。

 

『……魔力の流れは間違いなく本来のものだ。過去の痕跡ログを確かめない限り断定はできないが、本来あるべき魔力のベクトルを捻じ曲げたような感じはない……。マジで何がしたいんだ』

 

 外で決着をつけてから俺を削除するつもりか? いや、呑気すぎる。というか、システムの優先順位的にありえない。内部侵入だぞ、最優先で対処すべき問題だろう。

 もしかすると、侵入の際に何かしらの問題が発生したのか? いや、別に飛行機からダイブするわけじゃないんだ、どんなミスが起きようと、異物に対する結果は『消滅』か『成功』の二択。

 となれば、もう完全に管制人格の仕業だ。これはもう断定してもいいだろう。あとは目的……俺を一時的にシステムコンソールから遠ざけた理由だ。

 

 定義として、遠ざけるという行為に意図される目的というのは主に以下の通りだ。

 

1、到達点に遅れを発生させる。

2、ただし、到達そのものを不可能にはさせない。

3、到達を達成するか放棄するかは任意である。

4、本来の距離との間に存在しなかった遮蔽物があってはならない。

5、4を満たさない場合、それを『遮る』と表現する。

 

 そう、相手は俺を異物と知りながら、削除しようとしているわけでも、外部へ弾こうとしているわけでもない。一時的な遅れを発生させている。ただそれだけ。障壁(ファイヤーウォール)の類が俺を阻もうとしてもいない――と、そこで思いつく。

 夜天の書の『闇』にとりこまれたことで、俺は八神が既にこの魔導書と一体化したものだと思っていたが、あれはもしかして八神の意識を凍結して内部に取り入れただけなのか? だとしたら、どうやら管制人格は意外や意外、俺の想像を遥かに超えた楽天家らしい。

 

 つまるところ、あちらさんの意図はこう――『主人を完全に取り込んでしまえば、異物はどう対処することもできない。だから削除する必要はなく、無意味に対処しようとして他のデータを傷付けるよりも自ずと出ていってもらう方がよい』と、そういうわけだ。

 なんというか、もうね、アホかと。バカかと。こちとらテメーを比類なきチート級ロストロギアと認識してんだ、何が「完全に主を取り込めば諦めてくれるだろう」だ、ナメんな。そんなもん大前提でこっちは準備してんだよ!

 あちらの意図が読めたなら、行動に迷いは生まれない。あまり侵入速度を上げすぎると削除対象になるかと思ってビビったが、八神が夜天の書に取り込まれるのを妨害しないスピードで進めば、あちらも文句は言わないはずだ。

 

 それに、あちらは俺の行動をモニタリングしている分、俺の魔力には敏感になるだろうが、生憎と俺にとって魔力が自分のものであるかないかは些細な問題だ。

 お前さんの魔力が行きつく先に、お前さんの魔力を借りて干渉させてもらおう。もっとも、お前さんにとって俺は最悪級の天敵だろうがな。

 

『いい認識だ、感動的だな。だが無意味だ』

 

 そう、あまりにも無意味。夜天の書の管制人格、お前さんは甘いんだよ。異物を発見しておいて、自らのデータを優先するあまり障害となりえるかもしれない要素を放置するだなんて。

 見つけたぜ、お前の姿、お前の意識、お前の心臓。それらに接続するためのシステムコンソールを、お前自身が俺に教え、導いたんだ。文句は聞いてやれないな!

 

接続開始(リンク・スタート)

 

 力強く口にした合図と同時に、俺の脳内に膨大な量の情報が流れ込んできた。まずは、俺が修正すべきプログラムを検索し、問題のないデータに繋がる情報経路を遮断する。

 さすがに歴史と実績ある危険度第一級のロストロギア。そんじょそこらのチャチな玩具とはわけが違う。必要数だけであっても、並みではない情報量が俺の処理速度とやる気をガン下げしてくれた。

 うへぇ、なんだこのバグの量。仕方がない、ひとつひとつ対処していくのは面倒だ。必要なデータだけバックアップをとって初期化(フォーマット)しちまおうか。……いや、ダメだ。それじゃ『闇』を救えない。

 

 だがバカ正直にこれら全てを潰していたら、それよりも早く外で戦っているシグナムとヴィータが力尽きちまう。考えろ、考えるんだ夏海奏曲。俺はあいつらの『頭脳』だろ。

 このゲーム、俺たちの勝利を掴むための条件は一つ。八神と、ヴォルケンリッター、そして『闇』を救い、なおかつ夜天の書を本来の安全な魔導書へと戻し、あらゆる管理世界に存在する一般人に、一切の被害を出さないこと。

 これだけの要素を全てクリアすることが勝利の条件。どれか一つでも欠けてしまえば、その時点でゲームオーバー。取り返しのつかない完全なる敗北。コインひとつじゃコンテニューもできやしない。

 

『……まずは現在進行形で八神を取り込もうとしている原因を見つけよう。……うわ、なんだこれ。なんで管理者権限より上位に防衛機構が設定されてんだ? これ直せればすぐに終わ……りませんよねー、うん、わかってた』

 

 ガッチリ固定されていらっしゃる。正規の手段じゃどうにもならんし、他の回路を通って侵入しようとすれば、その回路を管理者権限で遮断して新しい回路を設定しやがる。なにこれひどい。

 しかもどれもこれもパスワードが最低でも三重に設定されていて、3つ全てを素早く解除しなければ、すぐに新しいパスワードに変えられる。正直に言おう、UZEEEEEEEE!

 だがもちろんこれだけやってなんの収穫もなし、というほど俺は木偶の坊じゃあない。ようやく見つけたぜ、このバグ全てを一気に修正する方法! 悪いなシグナム、ヴィータ。もうちょい粘ってくれ。

 

 ひとまず俺の『裂夜の鎚』に設定された上位プログラムから『俺』をコピー。いや、ぶっちゃけ思うんですよ、管制人格と防衛機構をたったひとつのプログラムで全部請け負わせるのはどうなんだと。でも今回はそれが幸いした。ありがとう俺をプログラミングしたバカ野郎!

 ていうか前々から思ってたけど、夜天の書と裂夜の鎚って構造のあちこちが似てるよな。管制人格と防衛機構をたったひとつのAIでやらせようとするところとか。

 あ、念のために言っておくと、管制人格と防衛機構だけなら他のロストロギアとかデバイスでも見かける。でも俺と夜天はユーザーの命令を実行する自立思考型ですぜ、さすがにこれはねーわ。

 

 閑話休題(それはそれとして)。防衛機構と管制人格の優先順位を弄ることはできない。防衛機構に対する干渉も事実上不可能な現状で、俺が見つけ出した抜け道は『バグプログラム』そのもの。

 毒を以て蟲を制す。正規の手段でバグを修正できないのなら、(バグ)を殺すための殺虫剤(ウィルス)を流し込んでやればいい。

 

 正規プログラムに偽装させたら間違いなく消されるので、管理者の権限が通用しないようにするためにウィルスとして流し込んだ。ファイヤーウォール? そんなものとっくに外してるに決まってるだろ。

 いや、外したというよりは穴を開けたというほうが正しいような気がするが、大差ないだろうし厳密な表現の差異などどうだっていい。

 

 ……よし、これでおおよそのバグは分解できた。そして同時に、ウィルスの情報と出所を探り、プログラムを守ろうと防衛機構がその処理能力を割いた。よろしい、これでようやくゲームエンドだ。

 防衛機構を弄ろうと一方から攻撃を仕掛ければ、奴はそれを強力無比のプロテクトで阻もうとする。しかし、ならばあちらのプロテクトを弱めれば――二方から対処できる情報処理速度を越えた質と速度で攻め立ててやればいい。

 そして、結果的にその読みは間違いではなかった。奴は俺の放ったコピーウィルスプログラムを自分の中から弾き出そうと、その処理能力の多くをそちらに割き、俺からの多角攻撃を処理しきれず露骨なラグが発生している。そのラグこそ、俺が欲していた最後のピース。勝利の方程式は既に揃った。勝つぞ!

 

『通れええええええええええええっ!』

 

 14の接続回路からの攻撃で緩んだ鉄壁に、小さな小さな楔を打ち付けた瞬間、俺はゲームエンドを確信した。

 

-そこにいたのか-

 

 だが、どうやらそれは間違いだったらしい。ゲームエンドではなく、ゲームオーバー。それが俺に突き付けられた『あんたがコンテニューできないのさ』的な最終通知。

 俺の前に現れたのは、かつて闇の書が夜天の書であった時の、俺の友人。ヴォルケンリッターや、当時の主に隠れながら、いつまでも友でいようと誓った人物。俺が名前を呼んでほしいと初めて願った相手。

 

『夜天……!』

『……ソーマ・メイスマン』

 

 赤い虚ろな瞳に、長い銀髪。白い肌には赤い亀裂にも似た線が走り、その声は冷淡と表すにはあまりにも寂しげだ。

 ああ、畜生。ああ、ああ、畜生。どうしてこんなことに。俺が心の奥底で封じ込めていた感情と記憶が、一度に蘇る。ああ、畜生。あまりにも、畜生。口にできない慟哭を、俺は心で叫んだ。

 夜天……お前とだけは、こんな風に再開したくなんてなかったのに。お前とだけは、全てが終わってから幾夜を越えて語らいたかったのに。

 

 畜生。闇の書、闇の書とあいつらが言うものだからどうにか堪えていられたが、もうダメだ。もう嘘はつけない。自分の心に目を背けていられない。

 俺は八神を救いたかった。その想いに嘘はない。けどそれ以上に、俺は夜天の書を……夜天を守りたかった。俺の初めての友達を、初めて守りたいと思った大切な存在を、初めて失った大事なものを、取り戻したかった。

 だから、闇の書を解放し『夜天の書』に戻せば、お前を……あの頃の優しいお前を取り戻せるんじゃないかと思って、ここまで来た。けど……やっぱりお前が俺の邪魔をするのか、夜天。

 

 想定してなかったわけじゃない。対策をしていないわけでもない。こいつをやり過ごすだけの手段なら、いつだって打てる。でも、打てない。手段はある。方法もある。でも……覚悟がない。あいつの『敵』になりきる覚悟が、俺にはない。

 

 こんなことなら、俺は俺自身の支配権を誰かに与えるべきだったんだろうか。裂夜の鎚――その主を、誰かに定めるべきだったのだろうか。間違いなく、Yesだ。だが同時に、Noだ。

 俺が後悔をしないためならばYesだが、主が平和で平凡な日常を送るためならばNo……何通りのシミュレートを繰り返そうと、最終的に必ず辿り着く終着点――『No』だ。

 なぜなら俺がこの首枷を渡すとすれば、それは他でもない俺の親友――アリサ・バニングスか、月村すずかのどちらかのみ。あいつらを危険な目に遭わせることなんで、できるわけがない。

 

『なぁ夜天……お前ならわかるだろう、俺のやろうとしていることが。お前の主や仲間を、悲劇から救うだけのことが、俺にはできるってことが。それなのに……お前は俺を遮るのか?』

『……お前は、まだ私をその名で呼んでくれるのか……。闇に汚された私を、まだ夜天と呼んでくれるのか……ソーマ。私の、かけがえのない親友……』

『呼ぶさ。呼ぶに決まってるだろ、俺はお前の親友だ、お前は俺の初めての親友だ。だから俺は、お前のためならどんなことでもする。それがたとえ……お前に嫌われるような行いであっても』

 

 嘘だ。俺にはそんなことできない。友に嫌われるくらいなら、俺は友のどんな願いも聞き入れよう。友が俺に自らを刺せと言うのなら、俺は友を殺そう。

 しかし、相手が夜天であるのなら、俺に友情と恋心を教えてくれたお前であるのなら、俺はそのどちらもできない。俺はお前に嫌われたくない。だけどお前を傷付けるようなこともしたくない。なんというジレンマ。畜生、畜生、これほどまでに俺を苦しめる夜天だが、それでも俺は彼女を嫌えない。

 

『お願いだ、夜天。俺はお前にこの拳を向けたくなんかない。俺はお前の柔肌に傷をつけたくなんかない。だから、邪魔をしないでくれ。八神も、ヴォルケンリッターも、そして夜天……お前も、俺は必ず救ってみせる』

『……私はお前を信頼している。他の守護騎士や、これまで私が出会ってきた誰よりも、私はお前を信頼している。だが、私は主に仕えるべき意思なき寡黙で忠実なるプログラムでなければならない。お前の想いに、応えてはやれない』

 

 夜天の拳に、闇色の魔力光が灯る。戦闘は、避けられないらしい。

 

『……後悔するぞ。お互いに』

『するだろうな、お互いに……』

 

 真紅と不定色が宿る目に一滴の悲しみを落としながら、夜天と俺はぶつかった。



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隣にいるのは、ライバル

 奏曲が夜天の書の『闇』に取り込まれて数刻。私とヴィータは既に満身創痍。いつ暴走するかもわからない彼女と対峙することに怯えはないが、代わりに焦りばかりを感じていた。

 決して、この計画を……奏曲が描いたこの脚本(さく)を侮るわけではない。だが、私たちの彼に対する信頼を塗り潰すかと思うほどに、彼女の力は絶大だった。

 私の剣がヴィータを守り、ヴィータの放つ鉄球が攻撃を務める……が、それが意味を為しているようには思えない。だが、それでも構わない。

 

 私たちの目的は『勝つ』ことではなく、彼女をこの世界から逃がさないこと。主が愛した世界を傷付けないように足止めし、奏曲が全ての悲劇を終わらせるまでの時間を稼ぐこと。

 そして――こと『守る』ことにおいては、守護騎士である我らヴォルケンリッターの右に出る者など誰ひとりとしていない。私はただ、この手にある誇りを振るうだけ。

 

 勝つことを捨て、ただ負けないために――彼女のプレッシャーと自分に任せられた責任に『負けない』ために剣をとる私を負け犬と嗤いたいならば嗤うがいい。

 ……そうか、奏曲はいつもこんな気持ちで戦っていたのか。正々堂々と戦えないあいつは、いつもこんな――いつ誰に卑怯者と蔑まれるかもわからない、そんな恐怖を背負って戦っていたのか。

 決して、容易くはない。自分には『それ』ができないと知り、それを認め、その上で自分にできる最善の『力』を得るために、あいつは『弱者の最終兵器』を手に入れた。そのために、二度と手に入らないプライドを投げ捨てて。

 

「私には真似できんな……!」

 

 心意気は理解しよう。あいつの強さも認めよう。だが、私はプライドを捨てる覚悟も――必要もない。

 正々堂々、正面から一切の不意討ちなく、騎士道精神に則って『自分らしい戦い』をしてみせよう。テスタロッサ、お前が私を「尊敬の念を抱いた」と言ってくれたこの姿勢、悪いが捨てさせてもらおう。

 確かに、このスタイルは勝利に最も近い。しかし、私が求めているものは決して『勝利』だけではない。時には敗北してでも得たいものが、私にはあるのだ。

 

「前に出るぞヴィータ!! 今度は私が攻撃し、お前が私を彼女から守れ!!」

「前に出ろとか後ろに下がれとか、注文の多いリーダーだな! 了解!」

 

 文句を言いながらも私の指示に従ってくれるヴィータには、どれほどの誠意を以て礼を言えばいいのだろう。

 いや、今の私たちに言葉の礼ほど無粋なものはない。ならば、私はこの防衛戦を達成することでヴィータの信頼に応えよう。

 

 連結刃を構え、再び迫る赤い魔力刃に恐れることなく、彼女へと振るう。先のような防御はできまい。連結刃の性質上、シールド型の防御で受け止めたとしても、刃はその体に巻きつき対象の肌を傷付ける。

 

 バリアタイプか、フィールドタイプ。できるのはこの二種類のみ。しかし、シールド型ほどの防御力を有していないそれでは、私の後ろで待ち構えているヴィータの鉄球を受け止めきれない。

 しかし、そんな私とヴィータの予想はすぐに裏切られることになる。彼女はこの一瞬で、この一撃のために、極めて局地的な転移魔法を以てこれをかわした。

 

「バカな……!」

 

 転移……あの膨大な魔力と少なくない時間を必要とする魔法を、たったの一瞬で、それも平然とだと? さすがに我々を統率するためのプログラム……彼女の力は、私の想像を遥かに超えている。

 

「慌てんなシグナム。あんなに素早く、あんなに平然と転移魔法を仕える割に、あいつは他の世界に転移する様子は見せない。戦闘中じゃ、さすがに世界単位での超長距離転移はできないってこった」

「なるほど……ならば私たちの役割は果たせる。奴をここに留める……それが、私たち守護騎士の――」

 

-あなたたち守護騎士と、わたしたち時空管理局の役目です-

 

 聞こえたのは、ここにあるはずのない者の声。見えたのは、私の左右を通り過ぎて彼女のシールドを叩く金色と桜色の砲撃。

 バカな、そんなバカな、そんなことがあるわけがない。振り返ることもできず、私はその声の主を気配で探る。

 やはり――けれど、そんなことがあるのか。どうして、なんで、どんな理由があって、ここにいるんだ――『彼女たち』は。

 

「テスタロッサ……!」

「シグナム……今のわたしは時空管理局の魔導士ですが、それ以前に自我を持つ一人の人間です……人形ではなく、意思を持っています。ですから、きっと許されるでしょう……あなたがあなたの主を守ろうとしたように、わたしはあなたを守りたい!」

 

「高町なのは……!」

「やっと名前を覚えてくれたね、ヴィータちゃん。もう大丈夫、わたしは時空管理局の『お手伝い』だから……だから、管理局の人の命令をそっくりそのまま出来なくても、文句を言われて怒られるだけ……自分がやりたいことに対してワガママになったっていいんだ!」

 

「…………」

「おっと、せっかくいい感じの雰囲気なんだから、あの子たちの邪魔はさせないよ、転生者(どうるい)。はじめまして夜天の書の『闇』……もっとも、『はじめまして』と言うにはわたしはあまりにもあなたをよく知ってるけどね」

 

 私の隣に、テスタロッサがいる。ヴィータの隣に、あの白い少女がいる。そして彼女の前に、奏曲の妹がいる。

 なんだ、この展開は……これすらもお前が描いたシナリオの一部なのか、奏曲。お前はまさか、このサプライズすらも予測した上で、私たちをこの場に残したのか。

 

「一緒に戦いましょう。あなたを捕まえるのはわたしだけ……そのために、あなたをここで失うわけにはいきません」

「テスタロッサ……。危険な戦いだぞ? お前のような、未来ある少女が立ち向かわずとも、私たちがお前たちの未来を守ることくらいできるのだぞ?」

「ええ、そうでしょう。あなたは強い……だから、わたしたちを守ってくれるでしょう。けれど、わたしには力があります。自分の未来を守るだけの力が……。だったら、自分の未来くらい自分で守りたい……いけませんか?」

 

 そう言って、テスタロッサはその手に『死』を狩る黄金の鎌を構えた。なんと勇ましく、なんと凛々しいことだろう。私は齢10にも満たぬ少女の後ろ姿に心を奪われた。

 彼女が狩るものは『死』――彼女が戦場に在る限り、彼女の友に迫る死は悉く殺される。故に、私は昂る。死を恐れず、恐怖に震えず、孤独感という焦りもなく、私はただその身に宿した全霊を研ぎ澄まし、我が剣とひとつになる。

 

「……頼む」

「なんでしょう」

「力を、貸してくれ」

「……はい!」

 

 私の心と体に力が漲り、私自身が抱いていた『己の限界』を越えて爆発する。なんだこの力は、なんだこの昂りは、私の知らない力……だが私はこの温かい力を、すぐに理解した。

 そうか、これこそが『信頼』の力か……。騎士として、私は常に一対一の戦いを繰り返してきた……時にヴィータと並んで戦うことはあれど、あいつには後ろか前を任せてばかり。私の『隣』には誰もいなかった。

 なるほど、満たされるはずだ……抑えきれないはずだ、こんなにも心強い力を、こんなにも温かい強さを、抑えることなんて出来るはずがない……いや、抑えたくない!

 

「背中はお前の友人に任せよう。お前はあの圧倒的な速さで、奴を翻弄しながら状況に応じた対応をしてくれ」

「彼女を拘束するまで、彼女の照準を狂わせればいいということですね……了解しました、では出来るだけ早くお願いします、シグナム。自慢ではありませんが、あの速さをどれだけ維持できるかは正直あまり自信がありません」

「善処しよう」

 

 拘束魔法……あれは本来シャマルの得意とする分野だが、致し方あるまい。それに、今のレヴァンティンは『蛇』……一度でも絡みつけば毒が回るまで離さない、それが蛇だ。

 今の彼女の体には『奏曲』という猛毒が入り、いつそれが全身に回るかもわからない状態……ならば、このレヴァンティンを『蛇』と称し、彼女を捕えることも、奏曲が描いた脚本を彩る演出の内。

 

「まずは、一撃!」

 

-Photon Lancer-

 

「…………」

「防御魔法を発動しない!?」

 

 牽制――と同時に彼女の防御を誘発し、その後ろで構える白い少女の砲撃とヴィータのシュワルベフリーゲンで盾を叩き割り、レヴァンティンで拘束するまで繋ぐための、小さく大きな一手。

 しかし彼女はそれを防ぐでも避けるでもなく、ただ甲冑そのものが保有する常識外れの防御力を以て受け止め、未だ無傷でその場に君臨し続けた。

 テスタロッサが、再び高速機動で彼女の周囲をぐるぐると飛び周り、少しずつその距離を近づけていく。すると、少しだけ彼女の表情が歪んだ。

 

「……ッ!」

 

 おそらく至近距離でソニックムーヴを連発することで、ソニックブームの衝撃波を受けると同時に平衡感覚を狂わされているのだろう。

 朦朧とした意識をその尋常でない意思の強さで保ちながら、脳の信号伝達を魔力で補っているに違いない。となれば――、

 

-SchwalbeFliegen-

-Divine Buster-

 

 一点突破の攻撃力を持つ砲撃と、それを外させまいとして放たれた誘導弾を、彼女はかわせない。

 

-PanzerSchild-

 

「ディアフレンド!」

 

-Friendry Fire!!-

 

 決して脆くはない盾。しかしグラつく意識の中で展開されたそれの錬度は決して高くなく、奏曲の妹が放った一撃は容易くその盾に亀裂を入れた。

 ピシッ、という軋む音と同時に、ヴィータの打ち出した鉄球がそれを砕き、桜色の砲撃が彼女へと直撃……いくら堅牢な防御性能を誇る甲冑であっても、朦朧とした頭であれを受けてまともでいられるはずがない。

 今こそ、とシュランゲフォルムのレヴァンティンを彼女の体へ向けると、驚くほどあっさりと彼女は『蛇』に捕らわれた。

 

「…………」

「終わった、のか……?」

「さ、さぁ……?」

 

 彼女の黒衣から、不定色のラインが消え、本来の色であるのだろう金色を取り戻していく。そして、まるで蛹から成虫が生まれるようにその背から現れたのは――、



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夜天の書と、裂夜の鎚

『変身!』

 

 

- C H A N G E -

 

 

 覚悟と同時に、俺の髪と目が本来の色を取り戻す。そうだ、この戦いに『夏海奏曲』はいらない。俺は、今の俺は『ソーマ・メイスマン』……夜天の親友、ソーマ。

 俺の手足に装着された鋼鉄の装甲(けつい)が、俺に言う。やめろ、夜天を傷付けるな、やめろ――まるで俺の心を代弁するように、俺の拳が、脚が、言う。

 

 

『お、らぁあああぁぁっ!』

 

 

 だが、俺はその嘆きにも等しい声に耳を傾けるわけにはいかない。今、この瞬間だけは、俺は『友』の敵でなければならないのだから。

 平気なのか、と問われれば、それは間違いなく『No』だ。たとえこれが夜天のためであっても、耐えられない。だけど、耐えなければならない。

 

『断て』

 

-Panzerschild-

 

『さすがに通っちゃくれねぇよなぁ!』

 

 拳が、悲鳴を上げる。決して、奴の防御が堅いからという、ただそれだけの理由ではない。痛いのは、拳だけじゃない。痛いのは、躰だけじゃない。じゃあ何か――それだけは、考えちゃいけない。

 今、俺の目の前に在るものは『 』――それだけを心にして、俺はこの拳を愚直に突き出す。かわされる。カウンターの一撃が俺の身を掠め、俺の生存本能が警鐘を鳴らす。あれは、死だ。俺を掠めたのは、死だ。

 けれど、構わない。何度も、何度も、俺はただ拳を突き出して、突き出して、その度に防御と回避とカウンターで、ただ一方的な戦い……いや、暴虐を与えられる。

 

『闇に、沈め……!』

 

-Blutiger Dolch-

 

 

 敵うわけがない。格が――地力が違いすぎるんだ、俺と夜天では。あいつは主を守るために、誕生と同時に戦闘という目的を与えられた。だが、俺は違う。俺はただ蓄えた魔力を管理するだけのプログラム。

 戦うために生まれたプログラムと、戦う力を得たプログラムでは、最初から持っているものが違うんだ。だから、俺はあいつに敵わない。凡人じゃ、天才には敵わない。――いや、違うだろう。何バカ言ってんだ、俺は。

 

 天才だぁ? 凡人だぁ? 知ったことかよ、ンなことは。才能ってのはつまりあれだろう、先天性技能をチャチく言っただけのものだろう。で、なんでそれが後天性技能より優れてるって言いきれるんだ。先か後か、それだけのこったろ。

 夜天は確かに先天的に戦闘技能を有していた。あいつが誕生した時点で、あいつは並みの防衛プログラムを越えるだけの力があった。でも、それだけなんだ。スタート地点が他よりも前に出てるだけ、それだけだ。

 俺が持った先天性技能は、決して戦闘に役立たないものではない。けれど、戦闘用のものでもない以上、おそらくそのまま使うだけじゃ夜天には100%劣るだろう。

 

 でもな、俺は諦めも悪ければ性格も悪いんだ。正々堂々もクソもあるもんか、卑怯だろうが構やしねえ、そのまま使ってダメなら、頭捻って奇策を打って、相手の予想を常に裏切っていけば――。

 遅れたスタートがなんだ、あいつよりもスタート地点が遠いってハンデがあって、それが諦める理由になんのか? ならねぇよなぁ、少なくとも俺なら諦めねぇぜ。兎と亀って名作を、俺は知ってるからな!

 

『お前のかましてくれたブラッディダガー、そのまま借りるぜ!』

 

 俺を穿たんと迫る血染めの短剣の一つを、鷲掴みして構える。すると、真っ赤だった刃は俺の魔力光と同じ不定色へと変色し、ただの魔力刃ではなく明確な装飾を得た。

 

『ブラッディダガーを質量化させて武装するだと……!?』

『質量化? いいや違うね、今の俺たちは純粋なる魔力粒子が意思を持ったような状態。だとすれば、相手の魔力を自らの魔力に変換するだけで、こうして使うことは容易い!』

 

 もちろん、理論上は容易くとも実際に行使するには並々ならぬ努力を必要とするが、それは言わない。

 得物を手にした時の俺の厄介さは、あちらも承知しているはずだ。普段は武器なんて持ち歩かないし、これといった不得手がないから格闘をメインにしている俺だが、武装して弱いということはない。

 相手を『叩き伏せる』という目的においては、間違いなく格闘の方が便利だし、得物を持ち歩く必要がないという利点があるため、そっちを優先しているだけで、こと『勝つ』ことにおいては、その限りでない。

 

『はぁっ!!』

『くっ……! なんという攻撃速度だ……!!』

 

 右手の攻撃(やいば)。左手の防御(てのひら)。左右で明確に分担された役割が、状況に応じた変化を必要とせず、俺の攻撃速度と判断速度を底上げする。

 そして、その底上げされた速度によって生じた『余裕』が、俺に相手の予備動作と、攻撃と、そこに至るまでの予想速度を……全てをはっきりと教え、対応させてくれる。

 

 見える……夜天のリンカーコアから生じた闇色の魔力が、全身のどこを伝ってどこに行こうとしているのかが、どこに魔法陣を描き、どのように魔力を魔法へと昇華させようとしているのかが、見える。

 だから俺は、その邪魔をする。魔法陣の構築を阻み、魔力の流れを乱し、魔法を発動させない。魔法が使えないとしても、あいつ自身の基礎身体能力が他に劣るわけではない。けれど、あいつの全身に魔力が正しく行きわたらないのなら、それは力のベクトルを認識できない人間と同じ。

 立ち上がるために、どこに力を込めたらいいのか。足に力を込めるためには、どの筋肉をどう動かせば力が生じるのか、そういうことが、今のあいつにはできない。

 

『魔力を練ることが、できないだと……!?』

『魔力を発生させてもそれを行使すべき場所へと行き渡らせ、魔法陣を展開して目的に応じた形を構築しなければ、魔法は使えない。そして人間と違って魔導書のプログラムである以上、身体を動かすものは魔力。魔力の正しいベクトルがわからなくなった今のお前では、格闘もできない。』

 

 肩で息をしながら、俺は今のあいつの状況を坦々と教えた。教えても対処できないから、あいつにはそれをどうすることもできないから、教えた。

 

『……無理に動こうとするな。無理に魔法を使おうとするな。一撃で、終わらせてやる』

 

 構え――拳を前へと出すための、構え。

 静かに、静かに、俺は全身を使って『威力』を作る。

 

『一撃必討――』

 

 これが、策士の打てる最大無比の正々堂々。行くぜ、夜天。お前の闇を、これで――この自慢の拳で殴り潰す!

 

 

- 激 烈 拳 衝(げきれつけんしょう) -

 

 

 放ったのは、肉体を浸透して装甲だけを破砕する衝撃。魔法を行使するだけの集中力を練ることができない今だからこそ通る、俺の『切り札』とも称するべき自慢の拳。

 夜を裂き、天を照らすほどの、稲妻にも似た鋭い一撃。それを、夜天はどうすることもできずただその身で受け止める。

 

『ブチ壊れろ』

 

 呟くように小さく、俺は『破壊』を宣言する。全てを――夜天が纏うありとあらゆる悲しみ全てを、俺は破壊する。

 あいつがその身に纏っていた『闇』にも似た騎士甲冑は、きっと防衛プログラムの役割に恥じない堅牢さを誇っていたんだろう。

 だが、俺の拳は――夜を裂く光の如き拳は、あらゆるものを『貫く』ことにおいて無類の力を発揮する。

 夜天を包んでいた闇色の騎士甲冑は、激烈拳衝をほんの一瞬だけ受け止めると、まるでガラスのように砕け散った。これで、俺の声を遮っていた『壁』は消えた。

 

『っ……!!』

 

 悔しげに表情を歪める夜天。しかし、俺はそれに対して何も言ってやれない。これは戦いだから――俺たちは今、『 』同士だから、向けてやれるのは言葉じゃない。向けてやれるのは、拳だけ。

 

『おおおおおおおおぁああああぁぁぁっ!!』

 

 叫ぶ。叫ぶ。俺は叫ぶ。肺の中の空気を全部使い切るように、叫ぶ。夜天の耳を劈くほどの叫びに、たったひとつの希望を乗せて。

 叫び終えると同時に、夜天が膝をついた。頭を押さえながら、どこというわけでもない虚空を見上げて、悲鳴をあげている。

 

『あ、ああ……あああああああああぁぁぁっ!! やめろっ……やめろ、ソーマァァァッ!!』

 

 俺が叫んだ時、その音波に微細な俺の魔力を乗せた。そして、俺の叫びをあいつは聞き、あいつの脳へと俺の魔力は侵蝕した。

 俺はやめない。あいつの中にある、俺との思い出を掘り起こすことを、やめない。あいつの良心につけこんで、あいつとの友情を利用して、俺はあいつを屈服させる。

 最低だと蔑みたいならそうしたらいい。だが俺はやめない。たとえ夜天に嫌われることになっても、あいつとの友情を汚すことになっても、俺はやめない。

 

『…………』

 

 叫びが、静寂へと変わる。俺の叫びが止まると同時に、夜天の叫びも止んだ。

 

『…………』

『……ソーマ……』

『夜天……』

 

 激烈拳衝の影響で甲冑が破れ散った彼女にSRTを被せ、俺は力も戦意も失った一人の友人を抱きしめた。

 子供の身体を持つ俺では、彼女を抱くには少しばかり腕が短すぎたが、それでも俺は必死に彼女を――震える彼女の心を、抱いた。

 

『すまない、ソーマ……! わたしは、ほんとうは……っ!!』

 

 わかってる。お前が望んでたことも、お前が望まなかったことも、わかってる。けれど、お前はそれを自分の中に閉じ込めてまで、やらなければいけないことがあった。そうなんだろう、夜天。

 いいさ、俺はお前を責めたりしない。お前は自分の役割を果たしただけだ、何も悪くない。だから、もういい、全てが終わるその時まで、休んでろ。

 

『……俺が全ての悲劇を終わらせる。任せろ、俺はお前の親友だぜ? だから夜天……もしも謝るのなら、この事件が終わって、俺たちがまた平和な日常の中で出会えた時に、聞かせてくれよ』

『ソーマ……ああ、わかった。約束だ……私とお前の友情を、あんな風に利用した説教も、一緒に聞かせてやる。だから……必ず主を、闇の書と蔑まれ続けてきた夜天の書を、救ってくれ……』

『もちろんだ。なんたって俺は、夜を裂く光の鎚――ソーマ・メイスマンだぜ? 闇夜の天を光で照らすくらい、わけないさ』

 

 微笑んで、俺はその全霊を魔力操作に注いだ。

 全てのバグを修正。優先権限を正規の状態に再設定。不要なプログラムを軒並み削除。

 みつけたぜ、最後の『闇』! お前が『夜天』を『闇』へと変えた元凶か!

 

『裂夜の鎚――解放』

 

 解放と同時に、ダイアリーノート型ロストロギア『裂夜の鎚』が、その本来の形――『鎚鉾(メイス)』の姿を取り戻す。さぁ、懺悔の用意はできているか! 狩らせてもらうぞ、お前の『闇』を!

 

『魔力蒐集!』

 

-Sammlung-

 

 これで――全てが終わる(ゲームエンド)



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物語の終わりは、新たな始まり

 さて、全てを終えたところで結果から言わせてもらおう。……大失敗だ。うわぁどうすんだよこれ状態。ナンテコッタイ。

 夜天に寄生していたバグを修正し、本来あるべき機能を取り戻し、不要な機能を削除して優先権限の再設定も終わり、八神を夜天の書の『闇』から切り離す――そこまでは間違いなく大成功だった。

 しかし、問題はその後。夜天の内部から魔力を蒐集し、その闇を飲みこんだ俺は、どういうわけか夜天の書の管制人格――即ち『夜天』をうっかり飲みこんでしまった。それが何を意味するのかというと、

 

「……あんちゃん目が充血してんで」

「これは充血じゃねえ」

 

 夜天と俺は完全なる二心同体――融合機と常に融合しているような状態だった。あ、髪の色はいつも通りッス。外見的な影響は目が赤くなったくらい。また近いうちにカラコン買ってこようと思います。

 でもまぁなんつーの、あれだよ、夜天も救ったし夜天の書の暴走もなくなったし、管理局の人間――ハラオウンの母親の年齢詐欺っぽいおねーさんが意外にも話のわかる(≒腹に一物も二物もある)人だったので、どうにかなった。

 去り際に「また会うことがあれば、今度もあなたと言葉遊びしてみたいわ」とか言われた時には、今まで以上に管理局への警戒心が高まった。ぶっちゃけ二度と会いたくない。

 

 今回の事件(管理局曰く闇の書事件)の重要参考人として事情聴取されただけでも俺の気は滅入りに滅入っているところに、まさかの追い打ち『民間協力者』としての称号。

 もちろん従う気なんてさらさら無――かったが、もしも従わなければ透霞に嘱託魔導士試験を上司権限で受けさせるとか言われた。さすがにヤバい、あいつはあんなだが技術・知識は優秀だ、間違いなく合格する。

 しかし、そこで素直に「わかりました」と言う俺でもない。交渉に交渉を重ねた結果、俺は時空管理局公認『広域次元犯罪者捕獲ギルド』の一員として犯罪者を追う日々(休日限定)を送ることになりました。

 

 あ、ちなみにその会話の内容の一部を噛み砕いて説明すると、「今回は見逃してやるから二度と騒ぎ起こすんじゃねぇこのクソ遺物」的なことだった。噛み砕くどころか粉砕だよ。いやもうホント勘弁してください。

 俺がいったい何したってんだ! ロストロギアがロストロギアの一部をごっくん(はぁと)して銀髪の美人と心も体も合体(あらやだひわい)しただけだろ! あれ、なんかニュアンスがおかしいな。

 え? じゃあ管理局から見逃された俺たちは今どうしてるって? HAHAHA、なぜチミはそんなわかりきったことを聞くんDie?

 

 

-23:52/バニングス邸-

 

「…………」

「いや、もう、なんていうか、マジゆるしてください。お願いします、俺泣くよ? 泣いちゃうYO?」

「あ?」

「なんでもないッス」

 

 今回の顛末の一部始終を我が親友アリサ様に(正座で)お伝えしてありがたいお説教を拝聴している次第であります。足びりびりなう。

 反論? できるわけないだろ何言ってんだ、お前の目にはアリサの横で朗らかな笑みを浮かべながら殺気を垂れ流してるすずかが見えねーってのか、なら今すぐ眼科行け。

 あ、ついでに言っとくと怒られてる主な理由は管理局に反したとかそういうのじゃなく、大怪我はしなくとも一歩間違ったら死ぬようなことやりまくったからです。でも俺は今まさに死にそうです。

 

 正直、夜天を助けた時よりもすずかから向けられる殺気の方がガチで怖い。これ完全に吸血鬼の気迫じゃないですかやだー。

 え? 話ちゃんと聞かなくて平気なのかって? お前は俺が親友のありがたい説教を右の耳で聞いて左から受け流すクズだと思ってんのか、その通りだ。いちいち聞いてられっかこんなの。もう何時間リピートしてることだろう。

 時計チラッ。なんだ、まだたったの2時間か。あと4時間はいけるな。さすがにその前にアリサとすずかが折れるだろうけど。視界の隅でソファーに座って寛いでる高町とテスタロッサと八神には明日うさばらしに付き合ってもらおう。

 透霞? あいつはもう寝た。たぶん今頃は来客用のベッドで楽しい夢でも見てることだろう。睡魔カモン。残念、俺は基本的に不眠気味なんだ。

 

「聞いてる?」

「アッハイ」

「すずか、こいつ一度わからせてやった方がいいわよね」

 

 なにそれこわい。いやすずかさんそこで首を縦に振るのは勘弁願えませんかね。アリサさん、その構えは(アカン)。

 腰を深く落として身体を半身にし、右拳を軽く握りながら左の掌で相手の身を測るその構えはどう見ても激烈拳衝……って、えええええ!? どうしてアリサが激烈拳衝の構え知ってんの!?

 れれれ冷静になれ! KOOLになるんだ! いやいやKOOLはダメだろ発狂するわ……ってそんなこと言ってる場合じゃねえ! 嘘だろ、あいつ浅く吸って浅く吐いて深く吐いて深く吸った!? なんで呼吸法までキッチリできてんの!?

 

「なんでアリサは右足のかかとを軽く浮かせてるんだい?」

「それはね、足に落とした体重を上半身に伝えるためよ」

 

「なんでアリサは上体を軽く揺らしてるんだい?」

「それはね、拳を突き出す動作と衝撃を生みだすタイミングを合わせるためよ」

 

「なんでアリサは拳を握る力を急に抜いたんだい?」

「それはね――」

 

 あ、踵が完全に上がって爪先が前を向くように捻った。と、同時に脚全体と上体を前に向けながら、全身を絞るように拳を突き出――

 

「あんたをぶん殴るためよ」

 

 その20分後、俺が目を覚ますとすずかが俺に膝枕をしながら天使のような笑顔で介抱してくれていた。すずかマジ天使。

 アリサは……なぜか逆に俺の腕枕で寝てた。アリサなら俺の隣で寝てるよ、を地で行ってる。まぁ決していやらしい意味なんてないけど。あるわけねぇだろ、小学生だぞ俺ら。

 あーすずかいい匂いするなー。すずかが二十歳になったら告っちまおうかなぁ、とか思ったらアリサが寝言で「シメるわよ」と釘を刺してきたのでそれ以上の思考はやめた。

 

PS.テスタロッサはハラオウン家とあれこれあったらしいが、

    あいつはこれからも『テスタロッサ』として生きるらしいです。



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1st Season
奏曲が手にした、平和な日常


 おはようございます、夏海奏曲です。闇の書事件から2年――俺たちは小学5年生になりました。いやぁあれですね、慣れってすごいですね。

 広域次元犯罪者捕獲ギルドの仕事とか、最初はもう血も涙も枯れるかと思うほど(自分の)肉を裂き骨を砕き泣いたり喚いたりしながらやってたわけなんだけど、半年くらい経った頃だっけな、なんつーか、吹っ切れた。

 いくら犯罪者とはいえ恨みもない奴をボコることには抵抗があったが、正直今となっては相手がアリサとかすずかとか透霞とか夜天とか、来世になっても親友でいたいと願うような奴じゃない限り老若男女の差別なく殴れるレベル。

 

 は? 最低のクズ野郎だと? ならてめぇこの仕事やってみろや、相手がエロいカッコした美人の姉ちゃんだろうが原型を忘れるくらい顔面ぶん殴れなきゃ死ぬのはこっちだぞ。残念だったな、性欲じゃ命は買えねーんだよ。

 おっと、話が逸れた。まぁそんな感じでね、非日常にも慣れちゃったわけですよ、まぁ俺の存在自体けっこうアレですしおすし。

 でも、まぁ、なんだ、せめてひとつだけ言わせてもらえるなら……本当に誰にも聞こえないように、声に出さないよう心の中でだけ叫ぶとしたら……俺は、全力で、こう言いたい。

 

(夜天てめえいい加減にしろよ!)

 

 ……二年前のアレで裂夜の鎚の一部――ひいては俺の融合機に似た何かになった夜天ですが、どういうわけかあいつはトイレ以外は常に融合状態。裂夜の鎚の中に戻りもしない。おかげでゆっくり風呂にも入れない。

 最初の頃、あいつが一体化してることを失念して風呂に入った時には、「ほう、男性のアレの感触とはこのような感じなのか」とすげえ落ちついた声で感心された。どうやら俺と夜天は五感すべてを共有してるみたいです。

 

『……ソーマ』

 

 唯一の救いは、俺が眠っている間は夜天も同じように眠ってしまうということだ。逆に最悪なのが、俺の心が緩めば夜天の心も緩むということ――つまり、俺がむらむらしてる時は夜天もむらむらしてるということ。

 まだ11歳だからいいけど、思春期入った頃とか全人類に対し平等に訪れるアレな欲求をどう解消すればいいんだ。……よし、いざとなったら性的ストレスを暴力的欲求に変えて死なない程度に犯罪者をボコろう。

 おい誰だよ今「アリサに頼れば?」とか言ったバカは、その手があったか。いや何トチ狂ってんだ俺、あいつは親友だぞ、ディアマイフレンドだぞ、そんな劣情をぶつける対象になんかできるわけないだろ猿か俺は。

 

『ソーマ』

 

 いっそ夜天が俺の管理権限でコントロールできたらなぁ。

 今の俺と夜天は『二人で一人の管制人格』――裂夜の鎚は夜天を夜天として認識するのではなく、俺の一部として認識する。だから、あいつは俺のコントロールを受けない完全なる同体であり個人。

 俺が何をどうもがこうと、夜天は知らん顔でその凛々しく美しい顔を保ち続けるだけ。最近やけに肌のツヤがよくなってるのはなぜだ。俺あいつに何もしてないよなぁ?

 

『……返事くらいしろソーマ』

「授業中に話しかけんなつっただろ……」

 

 ぼそっ、と呟くように夜天の呼びかけに応じる。現在、5月12日――平日の11時45分。4時間目の真っ最中である。

 基本的にTPOを弁えている夜天だが、長いこと夜天の書の中で誰にも認識されることのない生活が続いていた反動なのか、時折こうして構ってほしそうに(頭ン中に直接)声をかけてくる。

 

 本来の主であるはずの八神は「別にあんちゃんならその子に悪いことしたりせぇへんし構へんよ、でもたまには話させてな」と言って特に文句もなく許してくれた。

 あ、話す時はどうするのかっていうと、いわゆる『融合事故』を意図的に行うことで夜天が表側に出て、逆に俺が意識だけの存在になる。

 月に一回以上はやってるが、何度やってもいきなり身長が伸びたり縮んだりするのは慣れない。逆に女の体になることに関しては違和感はない。だって何代か女として過ごしたことあるし。

 

 え? じゃあ性的欲求とかもどうにかなるだろって? ハッ、人間サマの三大欲求ナメんな。あれは頭でどうにかなるものじゃないんだ、本能なんだよ、梅干しを見たら唾液が出るようなもんなんだ。

 

「夏海兄ー、ここ答えてみろ」

「えーっと……3と3/7でーす」

「くっ……! 授業をまともに聞いてもいないのに……!」

 

 何度小学生を繰り返してると思ってるんだ、分数の加減乗除くらい式みりゃ即わかるわ。でも確か分数の乗除って6年じゃなかったっけ? あー、でもこの学校なんだかんだで名門だしなぁ。

 親に虐待されて今まさにネグレクト状態の俺たちがどうしてそんな学校に通えてるのかといえば、とりあえず名門に通わせておけば周りに文句言われないとあの母親が判断したからだ。

 確かにレベルは高いが所詮は『小学生にしては』という程度だ、何十回何百回と小・中・高・大を出て各世界各世代に合わせた職についてきたんだ、自分で言うのもなんだが頭は悪くないほうだぞ。

 

「で、なんの用だ。言っておくが身体は交換しないぞ、学校なんだから」

『それくらい承知している。そうではなく、その……話す相手がいないと、さびしくて……』

 

 どうしよう俺の親友かわいい。見た目は銀髪ロングで胸も大きくて俺のストライクゾーンど真ん中なお姉さんな上、性格も決して冷徹でなく穏やかな冷静さがウリのクールなレディなのに、寂しい時はまるで仔犬みたいに……。

 まずい。アリサー! アリサたすけてー! お前がツッこんでくれないと友達のことを『そういう』目で見ちまいそうなんですけどー! アーリーサー!!

 まぁ当然ながら俺の心の叫びがアリサに届くことはなく、俺は悶々としながら四時間目をクリアし、昼休みは丸ごと夜天の話に付き合ったのでした、ちゃんちゃん。

 

 

-16:30/八神家-

 

 授業を終えると、俺は八神の家に足を運んでいた。なんでも『夜天の書』の正当な主として、彼女専用の融合機がほしいらしい。

 夜天は俺が『裂夜の鎚』に吸収してしまったので、その代わりに管制プログラムの方も必要になるだろうし、というもっともらしい理由の裏に、魔法を使って空を飛んでみたいという年相応の願望があることを俺は知っている。

 まぁいいけどね、俺がどうこう言う問題でもないし。それに前にも言ったが『裂夜の鎚』と『夜天の書』は色々と類似点が多い。魔力倉庫だったり魔法倉庫だったりとか、転生プログラムは……違うか。後者のそれはバグの影響だからな。

 ともあれ俺が力になれることは決して少ないわけじゃないだろうから、こうしてちょくちょく八神の家に来て融合機の製作を手伝っているのである。

 

 あと、俺の魔力操作の技術が高いことをシグナムから聞いたらしいテスタロッサが、融合機の製作ついでにアドバイスがほしいと訪れることがあるが、融合機の製作を何かしらの片手間にできるほど俺は凄くない。

 ひとまずテスタロッサには「魔力がどこから発生して自分のどこを伝いどこに魔法として展開しようとしてるのか意識しろ」とだけ言って放置した。あれから半年、あいつはここにこなくなった。一応あれ基礎なんだけど。

 あ、ついでに言っとくと融合機に引き継がせる夜天の書の管制プログラムは、既に夜天の協力の下で完成していたりする。管制だけに。……なんだろう、肌寒い。風呂借りようかな。

 

「そういえばヴィータさぁ」

「んー?」

「身長伸びたよな」

「それがガチか冗談かによってお前の生死が決定するわけだが」

 

 いや、冗談抜きにさ。俺もけっこう背が伸びたし、いまいち目で判断する分には自信がないが、少し離れて見てみるとやっぱりちょびっとだけ伸びてる。

 

「ちょっとそこの柱に背中くっつけてみ、測ってやる。設定年齢より伸びてたらアイゼンを待機状態に戻してくれ」

 

 ん、とだけ返事をしたヴィータは、その攻撃的な態度に反して素直に従った。えーっと、メジャーどこだっけ。あ、シャマルさんきゅ。

 工具用のメジャーをシャマルから受け取って、ヴィータの頭をまっすぐに修正させる。透霞もよく俺に身長を測ってくれとせがんでくるので、こういうことには慣れっこだ。

 あいつ前の人生を合わせたらとっくに20代半ばなのに精神年齢と外見年齢がほぼ同じってのはどういう了見なんだろうな。よし、測り終わった。

 

「うん、伸びてる。134cm……設定年齢より5cmくらいでかくなってる」

「    」

「たぶん俺がお前らのデータを修正する時に転生機能を消した影響だろうな。普通の人間よりは遥かに遅いが、これからみんな成長するんだろうぜ」

 

 老化とも言うけど、とか言ったらシャマルあたりにビンタされそうだから何も言わない。いや、俺は正直ヴォルケンズ女組の中じゃ一番シャマルが好きだけどね、異性として。

 案の定シャマルは微妙そうな顔をしている。シグナムは平然としてるようで内心驚いているらしい、コーヒーに砂糖を3杯も入れて悶絶している。ザフィーラは……犬だ。何も言わないし動じている様子もない。

 そして一番こういうことで反応しそうだったヴィータは、驚きと喜びがメーターを振り切ったのかフリーズしている。再起動には時間を必要としそうだ。

 

「今さらやけどあんちゃんほんまに凄いなぁ」

「外見はともかく中身はあんちゃんどころかじーさんだからな」

「そないな高性能じーちゃんおらへんわ」

 

 まぁとりあえずお前はさっさと宿題やれ。はよ。

 俺? 俺は午前中に出された宿題を昼休みに終わらせ、午後に出された宿題を帰りの会の内容を聞き流しながら終わらせたよ。だって帰りの会とか透霞か夜天が聞いてるから俺が聞く必要ないし。大事なことだけ夜天が抜き出して教えてくれるし。

 

「八神そこ違う。さっきも言ったけどそこは先に(1/4+2/3)をやってから×1/6を解かないと」

「あっ……。あーもー! 2/3×1/6でええやん!」

「ええわけあらへんやろ」

 

 あ、感染(うつ)った。



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高町の悩み、なのはの存在意義

-日曜日/夏海家-

 

 全国のみなさん、知ってますか。昨晩いくら新作のゲームが予想以上に面白かったとはいえ、はしゃぎすぎて3時過ぎまでゲームしてた俺も悪いんですが、早朝の5時半から呼び鈴ラッシュというのは近所迷惑です。

 いや、じゃあ早朝じゃなければいいのかといえばそうでもないんだが、テンパってんだよ察しろ!

 

「……こんな朝食も作ってない朝早くからなんの用でしょう士郎さん。せっかくの休日なんですし、せめて時間くらい確かめてから来てもらえればこちらも小言は言わずに済むんですが」

「相変わらず君は子供らしくない子だな、奏曲くん。まぁいい、確かにこんな早朝から押しかけた失礼は謝罪しよう。しかしこちらも急を要する理由があったのでね、理解してもらうわけにはいかないかな」

「内容次第ですね。どうでもいい内容であれば、せめて翠屋の商品を一品ほど摘んできてもらいましょう。こちらは自業自得とはいえ寝不足のところをこんな時間から叩き起こされたわけですから」

 

 眠気覚ましも兼ねて淹れたコーヒーを、自分用の青いマグカップと来客用の白いマグカップに注いで、後者を士郎さんに渡す。

 前にも言ったが、この人は高町とか恭也さんと違って「暴力を振るう前にまず会話をする」という、あまりにも当然のことではあるものの、「とりあえずボコって話を聞く」高町家の面々の中では非常にありがたい部類だ。

 まぁ怒らせたら怖い人であることに違いはないんだけどね。ていうかそれだけ常識的な士郎さんがこんな時間に押し掛けてくる時点で、今まさになんかヤバいことが起きてるんだろうけど。こえー。

 

「ああ、先に言っておきますが高町ならうちには来てませんよ」

「それはわかっている。なのはの気を感じないし、何よりなのははまだ家で寝ているからな。今回はそういう理由で押しかけたわけじゃないんだ」

 

 毎度毎度こっちの迷惑を省みず押しかけてる自覚はあったのか。あと気を感じないってなんだ、気配のことか、気配のことなのか、あなたは魔力を感知できないくせに気を感知できるのか。とうとう人間やめやがったな!

 何十回っという転生を繰り返して何百年と生きてる俺ですら気配とか未だにわかんねーよ! 魔力を辿れば気配感知の真似事くらいはできるけど魔力もなけりゃ本当にもうどうしろとって感じだよ!

 

「そうだな、どこから説明したものか……君は先々週の祝日になのはたちとピクニックに行っただろう?」

「ええ、行きましたね。俺と透霞とアリサとすずかと八神と高町とテスタロッサ……いつものメンツで、ですね」

 

 士郎さんや恭也さんたち保護者組のいない子供だけでの遠出は初めてで、どいつもこいつも少女の上に『美』がつく奴らばかりだから、周囲の視線がかなり痛かった。

 あと明らかにテンプレなロリコンがすずかに声をかけてきた時は怒りと呆れを通り越してちょっと笑った。まぁ割って入って適当に言い包めてやったら逃げてったけど、ありゃ再犯するだろうな。警察がんばれ。

 

「その時、なのはに何かおかしなところはなかったかな? 顔色がよくなかったとか、何か悩んでるようだったとか」

「……その日に限ったことで言えば、ありませんね。その日以来、というのもありません。ただ……そのあたりであなたが気付くであろうことなら、思い当たる節がないわけでもありませんが」

「構わない。それを教えてもらえるかな」

 

 真剣な面持ちで俺の返事を待つ士郎さんを見て、俺は少し悩んだ。確かに思い当たる節はあるし、高町が抱えている問題とはいえ、相手は当人の親御さんだ、喋って拙いことじゃない。

 が、その内容には極めて大きな『大前提』と呼ぶべき壁があるし、それをこの人に説明したところで、信じてもらえるかも理解してもらえるかも微妙なところだ。士郎さんは決して頭の堅い人じゃないが、よくも悪くも常識人だからな。

 とはいっても、融通のきかない石頭ならぬ鋼鉄頭のハラオウンよりずっとマシだ。あれに敵う石頭など俺は知らない。知りたくもない。

 

「……じゃあまず訊きますけど、士郎さんは魔法って信じます? ああ、信じられないなら別にいいですよ、はっきり仰ってください。無理に信じると言われても、逆に説明しづらくなります」

「信じるよ」

 

 まさかの即答。んー? あれ? もしかして高町が魔導士だってこと知ってんのかな。いやー、いくら高町がアホでもさすがにそれをぺらっと喋っちゃうことはないだろうし、ちったぁ隠すよなぁ。

 

「その魔法をなのはが使えることも、なのはが魔法に関係する事件に関与していたことも、その事件に対応する巨大な組織――管理局、だったかな? 彼らがなのはを必要としていることも知っている」

「……いったいどうやってそれを? いくらなんでも高町から聞いたわけじゃないでしょう、いくら親族とはいっても、魔法の概念が一般化されていない世界でそれを打ち明けるなんて、高町がするとは思えませんし」

「リンディ・ハラオウン提督……だったかな? なのはがお世話になっていた女性から、簡単にではあるけれど過去になのはが関与した2つの事件のあらましを説明されたよ。いや、彼女は本当にわからない人だ」

 

 平静を装ってはいるが、最後の一言がたぶん今年一番の本音になるだろうということは容易に察せられた。ああ、あの人ね、うん、わかるわかる。わからないってのがよくわかる。

 

「ああ、じゃあそのあたりわかってるならいいかな。一番の手間が省けますし。えーっと、高町自身の魔導士としての才能についても、お聞きになりました?」

「ええと……とんでもない量の魔力がある、ということくらいは」

「そうですね、その通りです。もっとも、技術の方が得手不得手が目に見えるくらい酷いんですが、長所は他の追随を許さない……そんな『天才』とも言えるような力を、あいつは持ってます」

 

 でも、と一拍おいて、

 

「魔法の力が一般化されている管理局にとって、そして高町を取り巻く『非日常』という環境にとって、彼女という存在はその天才的な魔法の才能こそが証明していた」

「つまり、魔法を知る人たちからの『なのは』の評価は、その実『なのはの魔法』の評価でしかなかった、ということか」

「八神やテスタロッサは違うでしょう。彼女たちは魔法があるからこそ高町と出会った――けど、それだけです。彼女たちは高町の魔法ではなく、『高町なのは』に惹かれたから友達になった。けれど、管理局は微妙なとこです」

 

 いくらミッドチルダの就業年齢が低いとはいっても9歳児を戦場にブチ込むとか頭がイカれてやがるとしか思えない。

 地球で起きる事件と違って、魔法が常識化された世界での『事件』ってのは『戦闘』と大差ないんだぞ、生死を分けるのがデバイスの殺傷・非殺傷設定くらいで、そんなものあってないようなものだ。

 やろうと思う奴は躊躇なく殺傷設定にするし、そのために手間らしい手間もかからない。スイッチひとつで生かすも殺すも思うがまま。

 それを管理局という警察組織が対応するのもちょっとアレだが、その管理局に子供を採用ってどういうことだ、という半分くらい俺自身の愚痴もこもった説明を、士郎さんは黙って聞いてくれた。話がかなり逸れているというのに律儀に聞いてくれるあたり本当にいい人だ。

 

「まぁ、常識人もいないわけじゃないですよ。なんだかんだ『正義』を名乗ってる奴らですし、まともなのもいます。でも個人の評価というのはやはり、イコール魔法の評価というのが常識になってるんです」

「それが、なのはの様子がおかしい理由だと君は思うのか。これは単なる疑問なんだが、君はそれをいつから気付いてたんだ?」

「気付いたというか、彼女が魔法に触れたと知った時には「いつかこうなるだろう」って予想はしてたんです。不意に、なんの心構えもなく大きな力を持った人なら、絶対に一度は通る道ですし」

 

 大きすぎる力をどう使えばいいのか。正しい使い方とはなんなのか。自分が持っていていい力なのか。自分がこれを手にした意味はなんなのか。これを手に入れた自分は、手に入れる前の自分に戻れるのか。

 もしも『力を手に入れる前の自分』に戻った時、力を手に入れた自分を知っている人たちは、自分のことを必要としてくれるのか。

 

「大切なものが増える度に、高町の心には「もしも魔法を失ったら」という恐怖も比例して大きくなっていきます。今のあいつの状態をどうにかすることは、残念だが俺たちじゃできません。諦めてください」

「……諦めろ、と言うくせに、その顔には『策ならある』と書いているようだが?」

「……さすがに士郎さんじゃどうにもなりませんよねぇ。これでも、恭也さんくらいなら騙して煽れるくらいポーカーフェイスには自信があるんですが」

 

 なにこのひとこわい。まぁ、俺のはポーカーフェイスというより表情をころころ変えて攪乱する……そうだな、道化師(ジョーカー)フェイスと言うのが適当かもしれない。

 

「ありますよ、ちゃあんとありますとも。俺はこんなでも見知ったクラスメートを見捨てるほど鬼畜じゃありません」

「なら、せめてなのはのことを名前で呼んであげてくれないか。あの子はことあるごとに「また奏曲くんに名前で呼んでもらえなかった」と愚痴をこぼしているんだぞ?」

「それはそれは可哀想に。でもご生憎、まだですよ、まだまだ……俺が高町を名前で呼ぶには、もうちょっと頑張ってもらいましょう」

 

 くっくっく、と笑う俺に士郎さんは悉く呆れたような様子でコーヒーを啜った。

 

「……さて、では士郎さん。あなたは「これなら他の誰にも負けない」と自慢できるようなものを持ってますか? なんでも構いませんよ。料理だとか、ゲームとか、なんでもいいのでひとつ、あれば言ってみてください」

「自慢できるようなもの……そうだな、これでも剣の腕には自信がある方だが、それでもいいかな?」

「バッチリです。では想像してみてください、その剣の腕というものが、己を鍛えに鍛えて、必死に苦労して得た力ではなく、ある日なんの前触れもなく唐突に、ぽっと現れた力だとしたら、あなたは今のあなたでいられますか?」

 

 さぁ、イメージしろ。

 

「……いや、無理だな。そうか……これがなのはの感じていた恐怖……いや、俺は『そんなことありえない』と思えるが、なのははまさにそれを現実で……」

「おぞましいでしょう? いきなりかつての自分をよくわからない力に上塗りされて、周りはそんな自分を本当の自分だと思い込んでいる。そんな状態で、もしいきなり『力』を失ったら……」

「考えるだけで人間不信に陥りそうだ。いや、疑心暗鬼と言うべきか……? 最悪、自分への評価だけでなく自分自身を信じられなくなりそうだな」

 

 嫌な汗を頬から垂らして、士郎さんは俯いた。そう、それこそが高町に与えられた恐怖。

 ロストロギアである俺やクリシス、転生者であるがために生まれ持った強大な力を受け入れられる透霞、小さな頃から『夜天の書』が身近な存在だった八神、魔法世界出身のテスタロッサでは絶対にわからない恐怖。

 

「あいつを救うにはあいつと同じ境遇になるしかありません。でも、あいつの心を理解しようとしている姿勢をわかってもらうくらいなら、今みたいにイメージすればいい。もしも自分の力が『借り物の力』だったら、ってね」

「なるほど……。本当に、君という子はあのリンディさんを越えるほど『わからない』よ」

「さすがに心外です。俺は彼女ほど人知を越えた底知れなさを持ってたりはしませんよ。小学生らしくないのは承知してますけどね。それよりも……」

 

 まだ半分くらい残っているコーヒーを一気に飲み干して、ソファーから立ち上がると、俺はダイニングの椅子にかけた制服を羽織って、水で口をゆすぎ、簡単な身支度を終える。

 

「あなたのことです、ここに来ればこうして解決法を得られることも、高町自身の悩みを知ることも、そしてその説明が終わる頃、ちょうど今ぐらいの時間になることもわかっていたんでしょう?」

 

 ガラステーブルに置かれた時計に刻まれた『7:23』を指さしながら、俺は士郎さんの返事を待った。

 

「さすがだな。俺がそこまでわかっていると承知の上で、それに合わせてくれるとは……」

「ということは、やっぱり高町を説得するために俺を高町家まで拉致るつもりですか?」

「話が早くて助かるよ」

 

 ……拉致は勘弁なので、とりあえず透霞には書き置きを残して、俺は士郎さんに従った。無意味に抵抗してズタボロになるくらいなら、大人しく言うことを聞いて士郎さんの評価を上げた方がずっと有益だと判断したからだ。

 決して士郎さんが怖いとかそんな情けない理由ではない。断じてない。ドナドナドーナー……。

 

 

 

 

 俺が高町家に到着すると、既に高町の母である桃子さんと、俺の天敵その2である恭也さんが起きていた。

 高町家は三兄妹で、恭也さんと高町の間にもう一人いるのだが、まだ起きてきていないようだった。俺としては、恭也さんの凶行を止めてくれるストッパーが一人でも欠けるのは非常に好ましくない事態だ。

 が、まぁ眠っているのなら起こすのは悪い。急に押しかけた――いや、むしろ任意同行と称した強制連行だったのだが、なんの連絡もなくお邪魔させてもらっているのはこちらなので、そういうことにしておく。

 あと、さっそく恭也さんが俺の姿を見るなりぎゃあぎゃあと喚いていたものの、士郎さんが黙らせてくれた。ありがとうございます士郎さん、原因はそちらにあるのでお礼はしませんが。

 

「高町はまだ起きてきてないみたいですね。……なんか手伝いましょうか、皿を並べるくらいしかできませんが」

「あら、無理に連れだしてきたのに手伝ってくれるの? ありがとう奏曲くん。じゃあ、そこに重ねてある小皿を並べてくれる? 奏曲くんの分も作るからね」

「あ、こっちこそすいません。不本意とはいえ急に押しかけておいて朝食まで」

「いいのいいの、いつもうちの旦那さまと息子が迷惑をかけてるんだから」

 

 俺と桃子さんの会話は、一見お互いに謝罪やら労りやらを述べているようで、実際は横で新聞を読んでいる士郎さんとコーヒーで一服している恭也さんへのささやかな復讐だったりした。

 あ、ちなみに桃子さん自身はもちろんあの二人に何か恨みがあるわけじゃないんだろうが、俺の苦労を察して日頃の恨み辛みを晴らす手伝いをしてくれたのである。

 まぁきっと躾の意味もあるのだろう。今朝のことに限らずとも、あの二人がうちに押しかけてくる時はたいがい内容が非常識かつ理不尽だったりするし。

 

「よいしょ、っと……」

 

 普段の仲良し6人娘+αの中では一番身長が高い俺だが、それでもやはり俺は小学生だ。一応クラスの男子の中じゃ二番目に高い142cmではあるけども、もっぱらリビングのガラステーブルで食事をとる我が家とは違い、高町の家のテーブルは高い。

 皿を乗せられないほど高くはないが、さすがに小学生の腕力で肩より少し下あたりまで重い物を持って運ぶというのは、なかなかの重労働だ。2、3枚くらいならいいが、今持っているのは士郎さん+桃子さん+三兄妹+俺で6人分の皿。小皿でも重い物は重い。

 落とさないように慎重に、しかしのんびりしすぎないようてきぱきと、どんな洗剤を使ったのか新品のように綺麗な皿を並べていく。

 

「あ、士郎さん新聞ちょっと上げてもらえます?」

「ああ、すまない。ありがとう奏曲くん」

「いえいえ、朝食をご馳走になる身分ですから」

 

 そういえば、すずかの家ではよく一緒に朝食やら夕食やらを共にしていたりするが、高町の家でというのは初めてかもしれない。

 アリサとすずかは何度か高町家でご馳走になったこともあるようだが、生憎と俺は士郎さんという虎の威を借りなければ恭也さんという虎子が待つ虎穴にも入れない狐なのである。な、泣いてねぇし!

 

「おふぁよ~……」

「おう高町、おはよう」

「あ、奏曲くんおは……よ、う……?」

 

 ひどい寝ぐせだ。ぼさぼさというほど酷くはないが、あっちこっち跳ねまくっているし、服はパジャマのまま。とても人前に出られる格好じゃない。

 まぁ一部の男子からすれば垂涎モノかもしれんが、残念ながら異性としての対象外が相手ではたとえ全裸だろうとさっぱり興奮しない。ごめん嘘言った、さすがに夜天とかアリサが服着てなかったらちょっと興奮する。

 

「にゃっ!? な、なんで奏曲くんがいるの!?」

「士郎さんからの熱烈なアプローチに折れまして……おっと、つい高町にまで敬語になっちまった。不覚」

「いやそれこそどういうことなの!? 奏曲くんとお父さん仲悪いのに!!」

 

 うん、まぁ、そうなんだけども。

 

「士郎さんが嫌がる俺を無理矢理……」

「そんなっ! 私というものがありながらっ!」

「誤解を生む表現はやめてもらえないかな。あと桃子も悪ノリしない」

 

 そうは言いますがね士郎さん、本人に向かって「お前の悩みを解決するためにわざわざ早朝の5時半からお前の父親に叩き起こされてここまで来たんだよ」と言うわけにもいかんでしょう。

 いや別に言っていいなら言うけどね。別に高町に対して引け目とかないし。むしろ逆にこいつが俺に対して引け目とか感じそうだし。

 こいつのことだから「お父さんが迷惑かけてごめんね、わたしにできることならなんでもするから許して」「ん? 今なんでもするって言ったよね?」という流れも簡単にできそうで困る。

 まぁ高町にしてほしいことなんて特にこれといってないから「ん?」ということにはならんけども。

 

「まぁいろいろあったんだよ。あと俺は特にあれこれ言うつもりはないが、お前そのカッコでいいのか? いいなら、俺は気にしないことにするけど」

「えっ? ……うわっ! うわぁーっ!? い、今すぐ着替えてくるから見ちゃダメだよ奏曲くん!」

「ハッ、10年はえーよ」

 

 鼻で嗤う俺に「朝から絶好調にひどいね奏曲くん!?」とか喚きながら部屋へと逃げていく高町。

 あ、でも10年後か……。桃子さんもかなり美人だし、将来有望どころか女性として栄光を約束されたような容姿になること間違いなしだな。今でさえ男子にはそこそこ以上の人気があるわけだから。

 

 まぁ最近は八神とテスタロッサも加わって全体的に票がバラけつつあるけど、それでも根強い人気だしなぁ。ところでその人気トップクラスの女子たちと普段行動を共にしてる俺はいつか刺されるんじゃないだろうか。

 すずかとテスタロッサの二強に加え、固定ファンの根強さ一位のアリサ、隠れファンの多い高町と八神……あ、なんか急に胃が痛くなってきた。透霞たすけ……あ、ダメだわ。あいつも決して低くない人気の持ち主だった。

 いや、さすがに透霞くらいは許してもらえるだろう。実の兄妹だし。双子だし。二卵性双生児だからそんなに似てないけど。

 

「覚悟完了! お待たせ奏曲くん!」

「別に宣戦布告はしてねーよ。完了するなら準備だろ」

 

 どう見ても迎撃の用意があるようには見えないし。

 

「さて、高町も起きてきたわけですけど、美由希さんは起こさなくていいんですかね?」

「今日は特に用事もないみたいだし、本人がサティスファクションするまで寝かせておいても構わないんじゃないかしら」

 

 日曜とはいえだらしないな美由希さん……。いや、まぁ休日だし好きなようにすればいいと思うけどね。

 

「じゃあもう食べちゃいましょうか」

「奏曲くんはわたしの隣!」

「別にいいけど……恭也さん、お願いしますんで箸を飛針みたいに投げたりしないでくださいね。高町にトラウマ植え付けたいなら構いませんが」

 

 あ、なんか舌打ちされた。

 

 

 

 

 高町家の朝食をご馳走になり、高町の誘いで部屋に邪魔して数時間。俺は今日ここに来た本来の目的である『高町の悩みを解決する』というミッションを未だ遂行できずにいた。

 

 別に空気が気まずいとか、逆に高町がマシンガントークしてて口を挟めないとか、あるいはその話題に触れるな的なオーラが出ているわけでもなく、決して俺が躊躇しているということもない。

 ただ、なんとなく話の流れが急になりそうで、どうにか流れを作ろうとしてるんだが、高町の天然によって話がぶった切られちまうのである。あ、ついでに言うと確信犯ではない。こいつがそこまで考えてるとは思い難い。

 

 

「それでね、その時フェイトちゃんがね……」

 

 

 ああ、これで何度目だろうその話。こいつ恋バナとかついていけないくせに、なんでテスタロッサの話になると恋バナと同じような雰囲気だしながら延々と惚気みたいなこと語れるんだ。恥ずかしくないのか。

 それとも俺がちょっと前に冗談っぽく「百合かお前ら」的なことを言った時には否定してたが、もしや本当はガチの百合娘だったりするのか。小学生で百合とかレベル高いな。俺ついていけねぇわ。

 

 ていうか何度も何度も繰り返されるせいで内容を暗記しちまったじゃねーか。もうテスタロッサの趣味とか血液型とか持ってる服とかそのサイズまでわかるようになったぞ俺……。

 

 

「高町、またループしてる。それ6回目」

 

「にゃ? あ、そうだっけ。ごめんね、奏曲くんって聞き上手だからつい話しすぎちゃって♪ じゃあ今度は奏曲くんが何か話してよ」

 

「何かって……うーん、そうだなぁ。あっ、そういえば先週アリサの家に遊びに行った時に」

 

 

 

 

 

 

 一時間後。高町はなぜかぐったりとした様子で後ろのベッドに凭れかかっていた。おかしい、どうしてこうなった。

 俺はただアリサとすずかとの日常を延々と語っていただけで、同じ内容をループさせないようにしっかり全部違うことを話していたはずだが、どこにぐったりする要素があるんだろう。

 アリサが道端でこけそうになって面白かったとか、その時に「ひゃっ!」とか言ってて可愛かったとか、あやうく顔からこけるとこだったので受け止めたらいい匂いがしたとか、その程度のものなのに。

 

 ひとまず高町の持っている少女漫画を読みながら、あいつが復活するのを待った。頭の中ではさっきから夜天が「なんで私の話はしてくれないんだ」とか「私だってお前の親友だぞ」とか言ってるが無視する。

 お前の自慢ならどの時代に行っても何代先になっても語り続けてやるが、アリサの話ができるのはこの時代この世代だけなんだから勘弁してやってほしい。まぁそんなプチ嫉妬しちゃう夜天もまた可愛いわけだが。

 確かに俺にとってアリサもすずかも大切な大切な親友だが、夜天だって同じくらい大切だ。たとえこの先、どれだけ永く険しい未来を与えられようと、俺は夜天と一緒にいたい。そう思えるくらいには。

 

「はっ! ご、ごめん奏曲くん! 途中から聞こえてなかった!」

「あ、うん。別にそれくらい構わねぇけど、俺はお前と違って同じ話題をループさせたわけでもないのにダウンしやがったことについて弁明があるなら後学のために聞かせてもらおうか」

「後学のためって言うわりには物凄く高圧的だね!? いや、別になんでってこともないけど、なぜかこう、胸やけがするくらい部屋の中が甘ったるくなった気がして……」

 

 ほう、それは確かにどういうことだろうか。恋バナをしたならばともかく、俺はただ友達との明るく平和で平々凡々な日々を面白おかしく話しただけなのに。くぎゅ……おっとこれ以上は拙そうだ、やめとこう。

 

「あ、後学がどうのって言えば、確かちょっと前にフェイトちゃんが奏曲くんから魔力の使い方を教えてもらったって言ってたけど、何を教えたの?」

「んー? ああ、あれな。単純な基礎をちょろっと教えただけだ。といっても、お前じゃそれを教えたところでどうにも役に立ちそうにないけど」

「ゔっ……。ひ、ひどいよ奏曲くん……」

 

 いや、だってお前は魔力の燃費とか使い道の分別とかをちまちま考えずに砲撃をバカスカ撃って『数撃ちゃ当たる』スタイルを地で行ってるじゃねーか。何を教えろってんだ。

 教えたところで実行しそうにないし、役にも立たないだろうし、俺と高町は『教える立場』と『教えられる立場』になると途端に相性が悪いんだよな。共闘したらたぶん相性いいだろうけど、テスタロッサが怖い。

 しかしまぁ、せっかく魔法の話題になったんだ。そろそろ本題に触れよう。ていうかさっさと帰りたいからこんな問題ちゃっちゃと終わらせたい。なぜなら 寝 不 足 だ か ら 。

 

「あー、魔法っていえば、こないだテスタロッサとも話してたんだが、お前もし魔法が使えなくなったらどうするよ」

「えっ……ま、魔法が使えなくなったら……?」

「おう。それはもう見事にさっぱりリンカーコアなくしましたってくらいどうしようもなく魔法さよならライフが来たら」

 

 もちろんわかってると思うが、俺はテスタロッサとそんな話は一切してない。後で適当に口裏を合わせてもらえるよう連絡を入れておこう。

 

「それは……い、嫌……かな」

「どうして?」

「だって……わたしはなんにも持ってないから……アリサちゃんみたいに頭もよくないし、すずかちゃんみたいに運動神経もよくないし……魔法がなければ、友達もできなかったから……」

 

 案の定というか、まぁ予想してた通りの返答が来ますわな。想定内っていうか、もうここまでくると前提レベルの流れだ。

 問題はこっからどうやって魔法と自分の評価を割り切らせるかなんだよなぁ。周囲はもう魔法の評価=高町の評価になってるから変えようがないし、とりあえず本人が気にしないようにしないと。

 

「ならお前は魔法がなければテスタロッサと友達になろうとも思わなかったのか?」

「そ、そんなことないよ! でも……魔法がなかったら話を聞いてもらえなかっただろうし……」

「いやそれお前が交渉下手なだけだろ。相手ボコって黙らせてから話聞かせるスタイルじゃそうなるわ。とりあえず話を聞かせる時は武器を見せるな向けるな向けさせるな相手に口を出させないようワンサイドに言い包めろ」

 

 まぁ他の子供より精神的に大人びてるとは言っても、高町はまだ9歳児。仕方ないっちゃ仕方ないが、魔法という力を振るうのであれば会話の優先順位を考えろ。

 普通『会話→交渉→どうしようもなければ魔法』だろ。なんでお前『まずは魔法でボコる→交渉→話を聞かないからもっと魔法でボコる→(交渉成立までループ)→交渉成立→会話』なんだよ、アホか。

 こいつ魔法とか魔力の使い方はもういいから言葉の使い方を学ぶべきだわ。道徳と国語を学んでから出直してこい、話はそれからだ。いやまぁここで話のケリはつけるようにするけどさ。

 

「誰かを助けるために必要な嘘や裏切りだってあるんだ。それができないならお前は魔法を持つべきじゃない。今のお前が魔法を持ったまま人間関係を広めていけば、お前は信頼よりも畏怖の対象になる」

「そんなの……そんなの奏曲くんじゃないとできないよ! わたしは……わたしは魔法がなければただの女の子だもん! 奏曲くんみたいにすごくないもん!」

「ただの女の子だったら何がいけないんだ。アリサやすずかだって普通の女の子だ。頭がいいし、運動ができるけど、それだけだ。それともお前は、魔法がなければあいつらと対等じゃないとでも思ってるのか」

 

 レイジングハートに手を伸ばした高町。しかし、起動はしない。わかってるんだろう、きっと。たとえ高町が魔法を使っても、俺は使わない。口先だけで言い包める。

 俺がやろうとしていることは、魔法を持たなかったはずの高町。そして、魔法を持つ相手を『説得』するための会話。一方が強大な力を持ち、一方が一切の抵抗力を持たなくても、後者が『得たいものを得る』やり方。

 さぁ、魔法を使えるものなら使ってみろよ高町。そうした瞬間、お前は『自分の行い』に敗北する。自分の間違いを認めることになる。なぜなら今の俺は魔法を使わない『ただの人間』だからだ。

 

「確かに俺は魔法が使えるぞ。ちょっとだけど、アリサとすずかとは明らかに違う。でもお前は『俺が魔法を持ってるからアリサたちと友達になれた』と言うのか? 言ってみろ、その時は本当に絶交するぞ」

「でも……だったらわたしはどうしたらいいの! 魔法がなかったらアースラの……管理局の人たちは誰もわたしを認めてくれない! 魔法がないわたしに価値なんてない!」

「じゃあ試しにお前から魔法の力を奪ってやろうか? そんでガッコにでも行ってみろ。魔法がなくなったって透霞やアリサやすずか、テスタロッサとか八神に言ってみろ。それであいつらがお前を見捨てると思ってんのか」

 

 もしもそうしてほしいならお生憎さまだな。あいつらはそんな気遣いのできる奴らじゃねぇんだ。どうせお前の望みなんざガン無視して心配したり構わずいつも通り接してくるぞ。鬱陶しいくらいにな。

 断言できる。絶対、100%、何があっても、一切の間違いなく、確実に、あいつらは高町を見捨てない。

 

「ナメんな。俺の妹と親友とクラスメートをナメんな。あいつらはお前のことが好きだ。あいつらはお前を友達だと思ってる。そこに魔法の有無なんて関係ない。お前が『高町なのは』である限り、あいつらはお前の友達だ」

「……奏曲、くんは……? 奏曲くんは……魔法がなくなっても、わたしのことをお友達だと思ってくれる……?」

「さぁな。でも断言できる。魔法があろうとなかろうと、お前が『高町なのは』なら俺はお前を『すごい魔法の才能がある奴』なんて見方はしない。俺はお前を『高町なのは』として、クラスメートの一人として接していく」

 

 つーか、俺はそういう才能云々で人を測るのが大っ嫌いなんだよ。

 

「お前は頭はいいけどアリサほどじゃなくてそこそこだし、、運動神経の悪さは折り紙つきで、天然ボケだし会話が高町式だしおそろしく恋愛ごとに疎い」

「落ち込んでる時にすらひどい!?」

「でもそんなお前が『高町なのは』だ。魔導士とかそんなの心底どうだっていい。高町なのはっていう、ただのなんの力もない俺のクラスメート。自分じゃ気付いてないだろうが、魔導士じゃないお前の方がずっとお前らしくて可愛いぜ」

 

 可愛い、という単語に反応したのか、高町の顔が形容しがたい……だが悪くない表情になる。どうせこいつのことだから恋愛とかわからんだろうし単純に嬉しいだけなんだろう。

 正直俺もこいつを攻略するつもりはさらさらない。つーかこいつ将来そういうことに気がつくようになったら、このままだと間違いなくヤンデレになる。それだけは勘弁。

 あ、恥ずかしいセリフ吐いてる自覚はあるんでノーツッコミよろしく。こいつにはこれくらいストレートじゃないと通じないんだよ……。

 

「誓ってやるよ。たとえこの先どんなことがあっても、お前を『高町なのは』として見るって。カミサマは嫌いだから、大切な親友たちに誓ってやる。だからお前は自分と魔法の区別をつけろ」

「自分と……魔法の区別……?」

「そう。お前はお前で、お前の魔法はお前の魔法。お前の魔法がなくなっても、お前自身が持ってる大事なものは絶対に失われたりしない。魔法によって出会ったテスタロッサと八神も、きっと魔法なんて関係なくお前の友達だよ」

 

 忘れないでくれ、高町。お前が初めて管理局の手伝いをすると言った時のことを。あの時、お前は確かに『自分には魔法があるから、ない人に代わって魔法に立ち向かいたい』と言った。

 だがその心の奥では、きっと魔法なんて関係なく、ただ『自分にもできることがあって、そして見過ごせない何かがあるから、そのために魔法を使いたい』と思ったはずだ。

 魔法はお前の価値なんかじゃない。魔法がお前という存在を決めつけたりはしない。お前がやるべきことや、お前がやりたいことのために、魔法を使うんだ。魔法ってのは、手段でしかないんだ。

 

「大切なことを見失うな。お前という存在は世界にたったひとつのものなんだ。魔法なんていうありふれた何かが決めていいものじゃない。お前がどうしても自分の存在価値(アイデンティティ)を求めるなら、俺がやる」

 

 高町なのは。

 お前がお前である理由は――、

 

「『なのは』……誰かがそう呼ぶから、お前は『高町なのは』だ。魔法が使えなくても、誰かがお前のことを『なのは』と呼んでくれるなら、お前は決して無意味で無価値な存在なんかじゃない。自分に誇りを持て、なのは!」



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八神とテスタロッサは、奏曲の生徒

-翌日17:00/八神家-

 

 放課後。俺はいつものように八神家まで足を運び、新たな融合機――『リインフォース』の製作を手伝いに……という名目を使い、全力で高町から逃げていた。

 実は昨日の『あれ』以来、高町は俺があいつの『お友達ライン』の内側にようやく入ってきたと勘違いしたらしく、やたら奏曲くん奏曲くんと俺の名前を呼びながら後をついてきやがったのである。

 いくらなんでも急すぎやしないかと思い、細かい経緯は伏せて、それとなく透霞にあいつどうしたんだ的なことを聞いたところ、高町の中では「名前を呼び合ったら友達」ということになってるようで、俺は昨日のアレによって自分が盛大に地雷を踏み抜いていたことを悟った。

 

「あんちゃん、ここどうしたらええんや?」

「……ちょっと見せてみ」

 

 透霞曰く、八神は2年前の事件を終えると、闇の書の引き起こした悲劇への贖罪も込めて管理局の嘱託魔導士となったらしく、実際ハラオウンがそんな感じの話を持ちかけていたが、俺がそれを妨害した。

 理由は単純明快で、管理局の知り合いなんて高町とテスタロッサだけでも嫌だというのに、これ以上もう増えてほしくないからだ。だって俺ロストロギアだもの! 絶対に狙われるもの!

 やだやだやーだー! 捕まりたくなーい! ……という心境をどうにかひた隠しにしてハラオウンに誠心誠意、真心をこめて言い包めてやった。八神の意思とか知るか。こいつを局の人間にしたくないのは俺の都合なんだよ!

 

 まぁそんなこんなで、デバイスを作るための器具とかまったくない状態からのスタート。一応、やることとしては人型のハードウェアに人格というソフトウェアをブチ込むだけの簡単な作業なので、この世界でも作れなくはない。

 無論、それはあくまで『理論上不可能ではない』というレベルであって、魔法の概念が常識化されていない世界で、限られたパーツを使い、それを小学生がやろうとするなら、その難易度は跳ねあがる。

 もっとも、手元には無害化された夜天の書があるし、これまで夜天が培ってきたプログラム――の、残骸(ログ)があるので、本当に一から作るよりは格段に楽なはずだ。

 

「ああ、ここはこっちのとリンクさせて……」

「なるほどなぁ、ちゅうことは、このファイルはいっぺんバックアップとらなあかんな」

 

 しかしそんな俺の予想を嘲笑うかのように、八神は物凄いスピードで俺の教えた技術・知識を吸収していく。長らく足が不自由だったために読書を趣味としていたらしいが、そのおかげか八神の集中力はすごいの一言。

 1を教えてやればまず1を確実に覚え、次に2を教えてやると3まで導き出す。1から10までを即座に学ぶほどではないにしろ、学習したことを身に沁みて覚え、さらにそのほんのちょっと先を理解できるのは、言葉の割に簡単ではない。

 どうしてもわからないところは、もちろん俺がそれとなく教えるのだが、そうするとあいつは半分くらい説明を終えた時点で、俺が言いたかったことを全て把握する。さすがにここまで来ると俺も泣きたくなる。

 夜天との戦いで才能を羨むことはないと言った俺だが、こうも身近に何人も才能者がいると、凡人……ではないにせよ、あくまで常識的な『優秀』の範疇に納まってしまうことへのコンプレックスから目を逸らせなくなる。

 

「……今さらだけど、どうして八神はデバイスが欲しいんだ? 別に管理局の手伝いをしなけりゃならないわけでもねーんだろ?」

「それはそうなんやけど……夜天があんちゃんとひとつになってから、夜天の書の管理は一時的にシグナムがすることになってもぉてん。あんままやとシグナムが大変やし、それに夜天の書も、寂しがってる思てん」

「寂しがってる? 確かに夜天はあれからほとんど毎夜のように寂しがりんぼが絶好ty『ソーマ!』……まぁアレだ、管理人格が寂しがりなら、お前の言う通り夜天の書自体も寂しがってるかもしんねーな」

 

 せやろ、と同意を求める八神に、俺は「せやな」とボケで返そうと思ったが、別にネタのつもりで言ったわけではないだろうしやめておいた。

 わかってるとは思うが、毎夜の寂しがりというのは単に構ってほしそうに延々と話しかけてくるという意味であって、決して人様に説明することを躊躇うようなものではない。

 まぁ、俺も夜天も永い時間を生きて(=死んで)いるおかげで、時折そういう話題を出しては「この時代でもいい相手が見つかるといいな」とか、「だとしたら私は少し気まずいかもしれないな」とか言ったりもするが、その程度だ。

 

「あんちゃん、今もしかして夜天に怒られたん?」

「わかるのか?」

 

 くすくす、と笑っている八神を見て、俺の中にいる夜天が驚いたように何度も八神の名を呼んているが、きっと聞こえてはいないのだろう。……という予想を裏切って、八神が放った次の句はこうだった。

 

「今はあれやな、わたしのことなんべんも呼んでるやろ、夜天」

「……嘘、だろ……?」

 

 マジで聞こえてるのか、夜天の声が。ついには俺までもがそう思い始めた時、八神は首を横に振ってそれを否定した。

 

「わたしに夜天のことはわからんよ。見えへんし、聞こえもせぇへん。けど……きっとそうなんやないかなって、思ってやることくらいならできる。それだけや」

『主……! この身、この声を見聞きできずとも我が身を想ってくださる主の優しさ……感無量です……! あまりの嬉しさに聖なる泉が枯れ果てそうなほど……!』

「おいバカやめろ。いくらカラーリングが黒ベース金ラインでもそれはやめろ。どうせなら赤い目のままでいてくれ。ただでさえ凄まじき戦士って称号が似合いそうなくらい強いんだから」

 

 あやうく夜天が究極の闇をもたらす者になるところだったが、どうにかそれは未然に防がれた。隣では八神が作業を続けながら未だくすくすと笑っている。

 非常に余談だが、俺はこの八神の笑い方が好きだ。ていうか大声でわっはっはと笑うよりも、大人っぽい落ちついた女性の魅力を感じさせる笑い方だと思っている。すずかとか特に。たまにアリサもやるけど。

 

「そういえば今日シグナムたちは?」

「シグナムとシャマルは昼から夏服を買いに行ったし、ヴィータはたぶんザフィーラ連れてゲートボールクラブのお爺ちゃんたちに構ってもろてるんとちゃうかな」

「後者しっぶぅ……」

 

 

 

 

 八神の家を出て自宅に帰る途中、もうけっこうな時間だというのに、一人で夜道(といっても仄暗い夕暮れ、という程度だが)を歩くテスタロッサの後ろ姿が見えた。

 おそらく、自宅であるマンションに戻る途中なのだろう。 闇の書事件の後、テスタロッサはハラオウン家の養子になることを断り、本格的に一人暮らし――もとい、一人と一匹暮らしを始めた。一匹というのは、アルフとかいうテスタロッサの使い魔らしい。

 ハラオウン家の養子になることを断った理由は、以前にも言った通り母・プレシアとの絆でもあり、何より今の自分を形作っている『過去』を忘れたくないから、と本人は言っていた。

 正直言って、そういう無駄に暗くて真面目そうな話は苦手というか、めんどくさいことこの上ないので、その時は思いっきりスルーさせてもらったが。

 

「おーい、テスタロッサー!」

「……? あ、奏曲?」

 

 背を向けたままこちらに気づかないテスタロッサに声をかけると、テスタロッサは俺の後ろで赤く照っている夕日がまぶしかったのか少し目を細めながらこちらを振り向いた。

 相変わらずの金髪に夕日の赤みが混じってオレンジ色にも見えるが、正直オレンジ度合いではアリサの方が上だろう。あれは地毛の金髪が赤みがかってるせいなんだろうが。

 

「珍しいね、奏曲の方からわたしに声をかけるなんて。普段はわたしが声かけても無視したりするのに」

「自己中な性格してることは自覚してるけど、直す気はさらっさらないぜ。それともアレか、お前は俺に「君の方から話しかけてくれるだなんて! 嬉しすぎて胸が張り裂けそうだ!」とか言ってほしいか?」

「そ、そこまで言ってないよ……。でもせっかく同じクラス同士なんだから、お喋りくらいしたくないの?」

 

 お前らと喋ると男子共がこえーからしたくないです、とド直球で返してやりたいが、どうせ色恋沙汰に鈍いテスタロッサのことだ、言っても意味がわかんねぇだろうから黙っとこう。

 

「別に。透霞とアリサとすずかはともかく、お前と高町は共通の話題ってのが魔法くらいだし、プライベートならいいとして、学校で魔法の話はできないだろ」

「それはそうだけど……って、あれ? なのはのこと、また『高町』って呼んでるね。まだ慣れてないの?」

 

 不思議そうに首を傾げながら、テスタロッサがそんなことを聞いてきた。

 さて、どう答えたものだろう。経緯をそのままがっつり正直に言う、というのは無いとして、本人の前でだけ「なのは」と呼んで別のところでは未だ「高町」呼びというのをストレートに言うのは、高町の親友であるこいつを前にしてあまりにも命知らずだろう。

 できればテスタロッサの言葉に乗っかって「ああ、まだ呼び慣れてないんだ」と言ってしまいたいが、アリサとすずかの時に自分から呼んで、挙句にはそれっきり一度も苗字呼びをしかけたことがない俺がそれに頷いてしまうのは……いや、大丈夫か?

 

「本人を目の前にすればぱっと言えるんだが、そうじゃないとこだとどうしてもまだ慣れ切らなくてな、あいつには内緒にしといてくれよ、ショック受けるかもしれないからな」

「そうなんだ? わかったよ、なのはには内緒にしておくね。なのはだって、せっかく名前で呼んでもらえたって喜んでたし、水を注したくないもんね」

 

 よし! 誤魔化し切った! オーケーオーケー、いいよいいよー、そうそういい感じー、じゃあもうちょっとはだけてみようか、ぐへへ……ってそうじゃねえ!

 

「サンキューな、テスタロッサ。あ、そうだ、礼に今日は魔力操作の勉強に付き合ってやるよ、もう八神の用事も終わったし、時間的にお前の都合が悪いなら無理にとは言わねーけど」

 

 もう夕方だし。ちびっこは家に帰って手洗いうがいして「夕飯まだー?」って台バンする時間帯だし。まぁ俺は透霞にさえ連絡しておけば大丈夫だけど。

 

「えっ、でも奏曲その鞄……まだ家に帰ってないんでしょ? 家の人が心配するんじゃ……」

「は? いや別に透霞に……って、そういえばテスタロッサはまだ知らなかったか。俺ンち普段は俺と透霞以外ほとんど誰もいねえの」

「えっ? えっ? ど、どうして……」

育児放棄(ネグレクト)されてるから」

 

 ……なんか変な雰囲気が流れた。うわぁ、なんかテスタロッサが物凄く「わ、悪いこと聞いちゃった、謝らないと」みたいな顔してる! 頼むから謝ってくれるなよ! 透霞は気にしてるかもしれんが俺はマジでどうでもいいから!

 ていうかメシ以外は正直ほとんど苦労してないし、ただでさえ近所の人から同情の視線を向けられながらちょくちょく哀れみのこもった惣菜のお裾分けをもらってるんだからメシの心配すらあんまりないよ! 仕送り止められたら児童養護施設のお世話になるし。

 

「ご、ごめ「謝らんでいい。気にしてないとか通り越して本気でどうでもいいから」……す、少しくらいは気にしてたり「しないから。ありえないから」そ、そっかー……」

 

 母親のこととかぶっちゃけ「あ、次の仕送りくるかなー。とうとう止められるかなー」くらいにしか思ってない。ていうかいつ止められてもいいようにあの手この手(主に非合法)で貯蓄は貯めてある。

 魔力で銀行ごっこするのが役目ってだけあって、金銭管理はバッチリだからな。あの母親が帰ってこない限り基本的に俺が財布と通帳握ってるし。まぁあいつに見せる通帳には俺の貯蓄なんざ一切ないんですがね!

 

「で、どうする。お前の方が都合悪かったり、俺を家に招きたくないとかなら別にいいんだが」

「そ、そんなこと全然ないよ! 奏曲と二人で話せるなんてそうそう機会ないし、ここ最近はアースラの人とか管理局とも連絡とってなくて魔法の扱いを忘れそうになってたから……」

「忘れられるならそれに越したことはないと思うけどな。あと、俺が教えるのは魔法じゃなくてあくまで魔力そのものを扱うための術だ。これ自体はデバイスの補助は受けられないから気をつけろよ」

 

 

 

 

 夕方、テスタロッサ宅。

 テスタロッサに案内を頼んで連れてこられたのは、それなりに大きなマンションの一室。そこで出会ったのは、オレンジ色の髪をした犬耳の女性だった。

 きっと彼女が使い魔のアルフとやらだろう。どうやら俺の名前はテスタロッサから聞いていたようで、挨拶をすると普通に歓迎してくれた。第一印象はさばさばした主人思いのお姉さん、という感じだ。

 

「えーっと、まず魔力っていうものは基本的かつ大まかに『自分で作り出すもの』と『自然界から発せられている』の二つに分けられ、時としてここに『人工的に作られたもの』が追加されることがある。ここまでわかるか?」

「うん。1つめがわたしたち魔導士が使うもの、2つめが主に奏曲が使ってるもの、3つめがカートリッジだよね?」

「厳密に追究していくと微妙なブレもあるが、だいたいその通りだ。そして俺が教えるのは主に2つめの魔力についてだ。1つめと3つめの話もたまにするが、そっちはひとまず今言った3つのパターンだけ忘れなきゃいい」

 

 まずは魔力そのものに対する基礎知識から学んでもらおう。これを正しく深く理解できているのとそうでないのはかなりの大差がある。

 幸いにしてテスタロッサは性格だけでなく学習能力も素直そのもので、教えられたことはすんなり覚えていく。八神ほど深く多くは覚えられないし、たまにすっぽ抜けることもあるが、大事なところは忘れないし覚えが早い。

 

「自然界から発せられている魔力は、基本的に魔導士たちが生み出す魔力やカートリッジに宿る魔力よりも微々としていて、なおかつ高町のように『魔力集束』のスキルがないと上手く扱えないだろう。だが、それはあくまで『魔法』として用いる場合だ。魔力をそのまま使うならその限りじゃない」

 

 魔力は川を流れる水のようなもの。誰に干渉されるわけでもない自然な流れを永らく保ち続けるが、人々はその川に気付けないし、その水を掬い上げようとすると指の隙間からこぼれおちてしまう。

 

「たとえば……そうだな、このオレンジジュースをテーブルに少しだけこぼして、この状態からもう一度コップに戻すのはなかなか難しいだろう?」

「うん、テーブルを傾けたりすればコップに戻るかもしれないけど、そのままじゃ無理だね。……ぞうきんもってこようか?」

「いや、大丈夫だ。それよりちゃんと見ておけテスタロッサ。これが『魔法』ではなく『魔力』を使うってことだ」

 

 俺がオレンジジュースをしばらく見つめると、それはひとりでに空を舞い始め、空のコップの上で2、3周してからぽちゃん、と入った。

 

「俺が今何をしたのかわかるか? 予想でもいいぞ」

「何をしたかはわからないけど……ジュースに魔力をからめて動かしたんだよね?」

「おー、いい感じだな。もうちょっと付け加えるなら、魔力の流れをちょっとずつずらして自分の思い通りの動きに変え、ジュースを滲みこませてコップに放り込んだ、ってのが正しい」

 

 川水の流れを止めることはできない。川水を掬い上げることもできない。そんな時、どうしても水がほしい時はどうすればいいか。答えは簡単で、川の岸辺を掘りながら新しい道――水道を作ってやればいい。

 魔力を扱うというのは、ようするに川の在り処を見つけ、自分だけの水道を作り出すことだ。無論、口で言うほど容易いことじゃない。魔力の川(面倒なので今後『魔川(ません)』と呼ぶことにする)を見つけるだけでも相当な苦労を要するが、テスタロッサなら中学に上る頃には習得できているはずだ。

 

「魔力の流れを感じろ、と言ってもすぐにはできないだろ。これは頭で考えるよりも全身で感じ取るフィーリングの意味が強い技術だからな。だからイメージするなら魔力は水、魔力の流れを川、そして魔力を感じとることは川のせせらぎを聞くことと思え」

「川のせせらぎ……」

 

 テスタロッサがそっと目を閉じ、少し見上げるように顔をあげる。これ見ようによってはキスをねだってるように見えるんじゃないか? 俺そこまで背は高くないし、テーブルはさんでるから誤解とかされないと思うけど。

 

「……! この音は!」

「残念だがそれはお前の使い魔が洗い物してる音だ」

 

 直後、テスタロッサは顔を真っ赤にして俯いた。 



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奏曲と透霞の、とある休日

 日曜日。学生にとって毎週毎週待ち遠しくて仕方がない週1のご褒美。

 自堕落に一日寝て過ごしてもいいし、仲のいい友人たちと朝から夕方まで遊び呆けても誰も文句を言わない日――というのが、一般的な小学生の認識。

 だが両親不在の我が家において、月に一度の第三日曜日だけはその例外となる。なぜなら――、

 

「さて、じゃあやろっかー」

「ああ……なんでだろう。普段は規則正しく起きてるはずなのに、毎月この日だけはやたら眠いのは……」

 

 水の入ったバケツと雑巾に、古新聞と窓用スプレー。既に高所のハタキがけと掃除機による床掃除は『準備段階』扱いで終えている。

 そう、月に一度のこの日は夏海家のプチ大掃除。普段はやらない窓拭きや床の雑巾がけまでして、次の一か月を気持ちよく送るための大事な家内行事。

 そうでなくとも休日はいつも透霞が掃除しているし、風呂掃除とトイレ掃除は毎日下校してすぐやっているんだが――この日ばかりは俺もキッチリ参加しなければならない。

 

 なお、サボった場合は三日間コンビニ弁当ということになっている。

 メシ抜きとかに比べればマシに思えるかもしれないが、実際のところ俺の体は透霞の愛情がたっぷりこもったご飯を食べているからこそ保たれているのであって、愛情もクソもないコンビニ弁当ではむしろ枯れる一方だ。

 あ、もちろん月村家に助けを乞うことはできない。なぜならそういう時はたいがい透霞が先に手をまわしていて、俺が頼っても絶対にコンビニ弁当以外は食べさせないようにしているからだ。

 あの時はアリサにすら哀れまれるレベルでやつれた。最終的には二日目の夕飯で耐えきれなくなって泣き、翌日は俺の嫌いな切り干し大根の煮物を三食すべてに出すから、それらをきちんと完食することを条件に許してもらった。

 

「窓はわたしがやるから、兄さんは雑巾がけお願い。角は直角に曲がって、ちゃんと雑巾の端を扉の(サン)に当てながら拭いてね」

「……普段が普段なだけに、透霞の頼り甲斐のある姿はいつ見ても慣れないわぁ……」

「あ、ちなみにわたしスカートだから雑巾かけてる時は上見ちゃダメだよ。見たいならちゃんと言ってくれれば見せてあげ「見せんでいい」

 

 前言撤回。このブラコン妹はやっぱりただのアホ娘だ。

 

 

 

 

 掃除を始めたのが午前9時半。前準備として掃除機をかけたりハタキがけをしたりしたのは9時ちょっと前。

 そして掃除を終えた現在――午後1時40分。子供2人で過ごすには広すぎる一軒家を隅々まで掃除するのはかなりの労力と根気を要し、毎度とはいえこればかりは俺だけでなく透霞も疲弊した様子だった。

 

「おわったー! つかれたー!」

「もうあと20分で2時……腹も減るわけだ。どうする透霞、疲れてるなら外食にするか?」

「ううん、疲れてるからこそ兄さんにごはんを作って美味しいって言ってほしいよー。そしたらわたしの疲れなんてすぐふっとんじゃうし!」

 

 将来こいつが誰かの嫁になったなら100パーセントそいつは幸せ者だと言い切れるような良妻らしい台詞を聞いてちょっと感動した。

 あ、もちろん相手がどんなにいい野郎だとしても一発はグーで殴らせてもらおう。透霞みたいな可愛い妹を娶る代償だ、きっと喜んで殴られてくれるに違いない。

 というかそのくらい透霞を想ってくれる奴でなければ俺は絶対に透霞を嫁になどやらん。仮に透霞を弄ぼうとして俺の前に現れたなら、俺はたぶん透霞に嫌われることも厭わずそいつの顔面を破壊する。

 

「透霞! お前は嫁になんか行くなよ! 俺がずっと養ってやるからな!」

「えっ、どうしたのいきなり。いやまぁ望むところだけどさ」

 

 不意にウェディングドレス姿の透霞を幻視すると、なんとも言い知れない感情が心の中に渦巻いて、思わず透霞を抱きしめていた。

 念のために言うが俺はシスコンじゃない。絶対にシスコンじゃない! 透霞かわいいなぁ!

 

「兄さん、今日のお昼ごはんは何が食べたい?」

「んー、中華。チャーハンとか餃子とか唐揚げとか食いたいかも」

「わかった。じゃあチャーハンと餃子と寒天サラダでいいかな? せっかくだし中華スープも作ろっか? さすがにスープはインスタントだけど」

 

 時間かかるし、と付け足した透霞に俺は「それでいいよ」と頷いて、名残惜しむようにその小さな体を手放した。あー、疲れてるからかなぁ……なんかちょっと誰かに甘えたい……っていうか凭れかかりたい気分。精神的に。

 そんなことを考えていたら、ぴんぽーん、という呼び鈴の音が2度続けて鳴った。こんな気抜けしている時にいったい誰だ、と思ったが、透霞はメシを作りにキッチンに行ってしまったので仕方なく玄関へと向かった。

 

「はーい、ちょっとまってくださーい」

 

 うんざりする気持ちをどうにか表情に出さないよう努めつつ、玄関へと足を運ぶと、どうやら相手さんは何か荷物を持っているようで、不透明なドアガラスの向こうのお客様は、右手の影だけがやたらと長かった。

 

「どちらさまで……って、なんだお前らか」

「なんだとは何よ、なんだとは。あんたが暇してそうだから来てあげたんじゃない」

「連絡もせずに押しかけちゃってごめんね奏曲くん。もしかして忙しかった?」

 

 俺がドアを開けた先にいたのは、意外にも二人組。俺の親友――アリサとすずかが、おそらく衣類か何かが入れられているのだろう紙袋を手に立っていた。

 

「さっきまではな。ちょうど今々終わったところだし、上がってくれよ」

「なんかいい匂いがするけど……もしかして今からお昼ごはん? ホントにお邪魔じゃないかな?」

「透霞ならまだしも、俺の場合マジで邪魔ならたとえ相手がお前たちでも邪魔って言うさ」

 

 嘘は言ってない。ていうか、そもそもアリサとすずかをマジで邪魔だと思ったことなんて今まで一度もないけど。

 

 

 

 

 アリサとすずかの突然の訪問。しかし特にこれという用件もないようで、彼女らには俺と透霞の部屋で待ってもらうこと40分。

 俺と透霞がジュースとお菓子を手に持ちながら二階の部屋に上がると、アリサとすずかはそれはもう人形なのではないかと見紛うほど大人しく待っていた。

 というのも、アリサは待ち草臥れたのか俺のベッドで眠ってしまっているし、すずかは俺のベッドに凭れかかりながらヘッドホンで音楽を聞いていたため、こちらに気付かないでいるらしい。

 

 俺が少しだけわざとらしく音を立てながらジュースの乗ったお盆をガラステーブルに乗せると、すずかは俺たちに気付いて音楽を停止し、ヘッドホンを外したが、アリサは未だに夢の中だ。

 

「あ、奏曲くん、透霞ちゃん。ごはん食べ終わった?」

「うん! 今日はいっぱい動いて疲れたからちょっと豪勢だったよ! おかげで食べるのも片付けるのも遅れちゃったけど……ごめんね、すずかちゃん」

 

 隣で平和なやり取りをしている二人はひとまず放っておいて、俺は他人様のベッドでぐっすりすやすやと眠っているアリサに布団をかぶせ、すずかの横に並ぶように座ってゲームを始めた。

 あー、真横ですずかの綺麗な声聞きながらゲームしてると俺も眠くなってくるなぁ。プチ大掃除の疲れもあるだろうし、背後から聞こえるアリサの規則正しい寝息も原因かもしれない。

 ヤバい、せっかく二人が遊びにきてくれたのに、このままじゃ――

 

 

 ――寝てしまう、と自分を律しようとする気持ちとは裏腹に、俺はすずかの方へ倒れかかるように意識を失った。



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寝不足な奏曲と、ある日の夜天

 まるで気絶するかのように眠ること一時間。目を覚ました俺が最初に見たのは膝枕をしながら俺の頭を撫でるすずかの女神の如き微笑みだった。

 どうやら俺が眠っている間にアリサは起きていたらしく、ぼんやりとした視界がすずかの輪郭を正しく把握すると、そのすずかの後ろからひょい、と顔だけ出して俺の顔を心配そうに見ていた。

 なんでこんな表情をしているのか――それは俺が気絶するように眠った、という事実を透霞かすずかから聞いたからだろうと思ったが、どうやらそうではないらしい。

 

「えっ、過労?」

「うん。心当たりない?」

 

 俺が眠った直後、いくらなんでもこんな眠り方は不自然だと思った透霞がディアフレンドに簡易的な身体検査を頼んでみたところ、過度の疲労・睡眠不足・栄養不足が原因だろうとのことだった。

 いやまさか、と思ってここ最近のスケジュールを確認してみたら、ほら大丈……夫ではなかった。なんだこれ。

 

 朝6時起床。自分の身支度を済ませて透霞をベッドから引きずり出し、朝食をとる&とらせる。食後は透霞の身支度をしてから食器を洗い、軽いストレッチの後に透霞を背負いながら徒歩で登校。

 学校の授業を一通り終えると、家には戻らず八神家へ行き、リインフォース製作の手伝い。6時くらいになると今度はテスタロッサ宅へ足を運び、1時間ほど魔力操作の勉強を教える。

 自宅に到着する頃には7時20分を越えていて、透霞と一緒に食事をとると、透霞が食器を洗ったり翌日の弁当を作ってる間に素早く風呂に入り、宿題をやって翌日の準備をして就寝。これが10時半くらい。

 

 そして透霞がぐっすりと寝付いた深夜1時くらいにまた起きて、こっそりギルドの仕事を開始。夜天とシャマルの協力の下、ギルド本部にいつでも転移できる携帯ポートを使ってギルドに足を運び、早朝4時半まで仕事をすると、報酬を受け取って帰宅する頃には4時45分。

 仮眠にも等しいような二度寝をすると、6時くらいに起床。合計睡眠時間は1日に約3時間45分。慣れってこえー……。

 

「心当たりしかない」

「何したのよアンタ」

「えーっと……」

 

 ジト目で睨むアリサ。俺はすずかの膝の温もりを名残惜しむように起き上がると、勉強机の上に置かれたメモ帳とボールペンを手にとって、一日のスケジュールを丁寧かつ正直に書き記していく。

 が、全部書き終えた途端いきなりアリサにグーで殴られ、すずかには物凄く心配された。ですよねーこうなりますよねー。いやもうホントすいませんでしたお願いですからそんな顔しないでくださいすずかさん。

 あれ? そういえば透霞は? こういう時に一番騒ぎそうなんだけど……。あっ、二人して抱きつくのはマジでやめて。まだ小学生だから目に見えるほどじゃないとはいえそれなりの柔らかさが俺の背と胸にいいいいいい!

 

「わかった、わかったからお前らちょっと離れろ。いくら俺が年上趣味の友情至上主義者でもお前らぐらい可愛いヤツにこういうことされるとさすがにドキッとする」

 

 こういう時、焦ったり自分の感情を無意味に隠したりするのは逆効果だ。できるだけ騒がず、自分からは動かないように、二人が離れるよう説得する。

 が、その説得こそが逆効果――すずかはいつもの女神か聖母にも準ずる柔らかい微笑みはどこへやら、ちょっぴり小悪魔ちっくな笑みを浮かべると、よりいっそう抱きつく力を増して、頬と頬が触れ合うほどの近さまで顔を近づける。

 そしてそんなすずかに対抗したのか、それともこいつ自身のいたずら心からか、アリサまでもが同じように抱きつく力を強めて、こちらも自分の頬を俺の頬に触れさせてきた。お前ら終いには襲うぞコラ。

 

「ふふっ、じゃあこうしたらもっとドキドキするね。わたしもドキドキだけど……」

「どう? あたしとすずかにサンドイッチされた感想は」

「極楽っちゃ極楽だけど、俺あんまりハーレム願望ないからなぁ……」

 

 と言いつつもアリサとすずかの温もりをじっくりと味わっている俺は、いわばむっつりスケベというヤツなんだろうか。

 

「まぁいいや、とりあえず二人のおかげで疲れもとれたし……それにもうそろそろ4時だ、せっかく来てくれたのに寝てたりメシ食ってたりで悪いな。時間はあんまりないけど遊ぼうぜ」

「いいけど、何して遊ぶの?」

「んー……」

 

 

 

 

「耐久型おだやかルギアの『プレッシャー』で相手のPPなくなるのを見ながら『じこさいせい』と『ねむる』連発しつつ『どくどく』をブチまけるのマジ楽しいれす」

「誰よこいつにおだやかルギアとか悪い意味で相性最高のポケモン持たせたバカは……! 性格悪いとかそういうレベルじゃないわよこれ!?」

「たまに『そらをとぶ』で時間稼ぎと攻撃を兼ねてくるのもまたえげつないよね……すごいドヤ顔だし」

 

 どやぁ……!

 

「そして兄さんがじわじわアリサちゃんたちを嬲ってる横でむじゃきテッカニンに『かそく』させながら『かげぶんしん』で回避あげまくって『どくどく』ブチまけるの最高に気持ちいいれす」

「外道兄妹にも程がある……! 耐久型ルギアだけでもめんどくさいのに回避耐久型のテッカニンとか片方倒すだけでどんだけ手間かかると……!」

「しかも透霞ちゃんは3匹全員テッカニンだもんね……自分から攻撃することなんて最初から頭にないし……」

 

 耐久はいいねぇ、相手が何もできずただただ歯噛みしながら悔し涙を流す光景をニヤニヤしながら見るのは最高の気分だ。アリサの「このイライラをどこにぶつけてやれば……!」みたいな表情、たまらなくそそります。

 透霞はただ俺の真似してるだけなんだけど。あ、ちなみに俺は別に廃人プレイヤーでもなんでもないから乱数調整も厳選もまったくしてない。いや、まぁルギアの前でセーブしておだやかルギア出すまでリセットは繰り返したけど。

 それでも4回くらいで出たし、何Vとかは気にしてないよ、うん。ていうかVって何? ってレベルだし俺。

 

「あ、あたしのバシャーモやられた……。すずか、そっちあとどれくらいもちそう?」

「ねむるとリフレッシュでだましだましやってるけど、たぶんラプラスももう限界かな。ねむるのPPが尽きちゃったから……」

 

 結局、勝負は俺と透霞チームの勝ち。途中から夜天が構ってほしそうに何度か声をかけてきたので、どうせなら久しぶりにアリサとすずかに挨拶をさせようと、夜天とバトンタッチ。

 俺の意識は再び肉体から遠のくが、今度は途切れるわけじゃない。まるで自分の体を後ろから見ているような感覚だ。

 

 

 

 

 ソーマめ……いきなり意識を交代したと思ったら、代わりに三人と遊んでくれなどと……。わたしは書の主以外の者とは……特に彼女たちのような少女とはあまり親交がないというのに……。

 

「ひ、ひさしぶりだな……アリサ・バニングス、月村すずか……」

「ひさしぶりね、夜天さん。けど『交代』するなら前振りしてくれると嬉しかったわ……。いくらなんでも急だとびっくりするし……」

「すまない……。だが私とて不意討ちをくらったんだ、理解してくれると助かる……」

 

 ひきつった笑顔で私に応じてくれたのは、この中でも特にソーマが気にかけているアリサ・バニングスだった。

 実は『交代』の際の肉体の変化は、一般的な変身魔法のように魔力光のモザイクというセーフティに隠されたものではなく、骨格や皮膚の変化が目に見えるようなもので、あまり人前でやるようなものではない。

 

「夜天さん夜天さん! だっこしてー!」

「あ、ああ……。構わないが……、透霞は物怖じしないな。今の光景を見てもよく平然としていられるものだと感心する」

「まーグロいけどねー。でもわたしは夜天さんも兄さんも大好きだから怖がる理由なんてないし!」

 

 あっけらかんとした様子でわたしの胸に飛び込んでくる透霞を努めて優しく抱き留めると、我が子を愛でるように頭を撫でる。ふむ、これが子を持つ感覚――のようなものか。悪くない。

 

「ん? どうした二人とも、そんなに呆けた顔をして」

「あ、いや……意外って言ったら失礼かもしれないですけど、なんていうか夜天さんってすごくクールなイメージがあったので、透霞のことをそんなに大事そうに構ってるのが想像と違ったというか……」

「なんだが今まではただ「かっこいいお姉さんだなぁ」って思ってたので、今の「かわいいお姉さん」って感じの夜天さんはとても新鮮なんです。もちろん、いい意味で」

 

 ……なんだろうか、顔が熱い。もしや私は今、照れているのだろうか。だとしたらどうしたことだろう、この熱さは顔どころか耳すらも熱い。

 とてもではないが表情を隠すことなどできやしないだろう。何せ私は嘘が下手なのだ。ソーマほど巧くなりたいとは微塵も思わないが、せめて今の私の表情を誤魔化せるくらいの嘘はどうにかつけないものか。

 

「……こういう時、どう言えばいいかわからないが……褒めてもらえているのは、理解している。ありがとう……でいいのだろうか? アリサ・バニングス、月村すずか」

「前から思ってたけど、なんだか変な感じ。夜天さんはあたしたちより年上なんだから、名前だけ呼び捨てにしてくれていいんですよ。夜天さんが奏曲と2人で1人なら、あたしたちはもう2年も一緒なんですから」

「そうか……では、そうさせてもらおう。だがどうせなら、アリサも私のことを夜天と呼んでくれ。確かに私の方が年は上だし身丈も大きいが、私と奏曲は2人で1人。あなたたちが私に遠慮する必要などどこにもない」

 

 というか、むしろそういうことはソーマがしてくれないだろうか。彼は少し女性に対して無遠慮すぎる。いくら親友とはいえ深夜ヒマを持て余して猥談を持ちかけるのは勘弁願いたい。いや、もちろん付き合うが。

 どんな話題であろうと彼と話せることは私にとって何にも勝る楽しみであるし、それに内容によっては彼の異性に対する関心を知ることもできるため、私自身なかなか興味深い議題だからだ。

 しかしその、なんだ……。自惚れるわけではないが、彼の好む異性の条件のいくつかが私と類似しているのは、その……偶然なんだろうか? いや、偶然だろう。偶然に決まっている。私たちは恋仲ではなく親友なのだから。

 

「そう? じゃあ夜天、これから改めてよろしくね」

「よろしくね、夜天さん。……あっ」

「ああ、すずかのそれが自然体だということは承知済みだ。気を楽にしてくれれば、それでいい」

 

 気付けばいつの間にか私に抱きついたまま眠りこけている透霞に内心少しだけ苦笑しつつ、二人と握手をかわすと、私たちは三人で遊び直し始めた。

 ……はて。そういえばこの手にある小さな娯楽機器はどう扱うのだったか……。



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奏曲の経験した、転生の苦労

 アリサとすずかの帰宅はそう遅くはなかった。元々、少し遅い時間に訪れていたこともあって、彼女たちの帰路には私と透霞も同伴した。

 透霞曰く、ここで一人で帰したらソーマに怒られるそうだ。なるほど、確かに思い返してみれば、私と彼が初めて出会った時代でも、彼はいつも私の帰りについてきていた。

 彼はあの時すでに私のことを夜天の書のプログラムであることを知っていたはずなのに、彼はそれでも私のことを友として――そして「守るべきもの」として見ていてくれたのか。まったく、私より弱いくせにバカなやつだ。

 バカなやつだが――それでも、そんなバカだからこそ……私は奏曲を親友だと思えるし、この世の誰よりも愛しているのだが、それは言うまい。

 

「透霞、帰りに何か買っていくか?」

「ううん、さっきご飯たべたばっかりだし、冷蔵庫の中はまだ潤ってるから大丈夫だよん!」

 

 そうか、と短く区切ると、私と透霞の間には沈黙だけが残った。元より、わたしはあまり多くを語る方ではない。

 少し気まずいか、と思って透霞に申し訳なく思いながら視線をそろりと向けると、意外にも彼女は朗らかな表情で私の手を握っていた。

 

「……つまらなくないか?」

「んー? なんでー?」

「……私は、お前たちを楽しませてやれるようなことは、あまり言えないから……」

 

 きっと横でいつものようににこにこと笑っているのだろう透霞の顔を直視できず、私はただ前だけを見ながら答えを待った。

 お調子者ではあるが、根の優しい透霞のことだ、きっと私を傷付けまいと言葉を選んでくれるのだろう。だが、私はそんなものはいらない。むしろ、偽りのない透霞自身の素直な気持ちが知りたかった。

 

「まぁ確かに夜天さんは楽しいことはあんまり言えないよね。アニメとかゲームもあんまり詳しくないし、ギャグをギャグだってわからず真に受けちゃうし、ぱっと見なんでも出来るクールレディのくせに実際けっこうドジっ娘だし」

 

 前言撤回。透霞はたしかにいい子だが、自分の言葉を偽れない素直な娘だったことを忘れて――、

 

「けど、それだけじゃないから。悪いとこだけの人なんていないよ。どんな人だって、きっといいとこもある。夜天さんのいいとこは、兄さんが独り占めしちゃってるから……だからわたしたちにわかりにくいだけなんだよ」

 

 ――ああ、続けてもう一度『前言撤回』だ。彼女は自分の言葉を『偽れない』素直な娘なんかじゃない。

 透霞はその名の通り、霞のように透明な子だから……何かを偽るつもりなんて最初からまるっきりなくて、ただ自分の言いたいことを、言いたいように言えるという素敵な才能を持っているというだけなんだ……。

 

「それに、わたしたちにだってわかる夜天さんのいいとこだってあるんだから、きっと夜天さんのいいとこは悪いとこなんかよりずーっと多いに決まってるもん。そんな素敵な人と一緒にいて、つまんないわけないじゃん」

 

 だ、だが……だからこそ、その『彼女自身の素直な気持ち』がこんなにも私のことを好く評価してくれているとわかると、顔が熱くなってしまう……。

 うぅ……普段から言われ慣れないことを言われるというのは、こうもそばゆい気持ちになるのか……。

 ソーマほど言葉を選べとは言わないが、そうだな……夏海兄妹の性格を足して半分にしたらちょうどいいかもしれない。彼は言葉にするより行動や態度で示すタイプだからな。

 

「……ありがとう、透霞……」

「どういたしまして? なんに対するお礼なのかはわかんないけどね」

 

 さて――ソーマはそろそろ目を覚ます頃だろうか。

 さっきから『内側』では穏やかな寝息が聞こえているが、普段は主導権があちらにあるせいで、ソーマが寝ると私も寝てしまうため、彼の寝息を聞くのは今日が初めてだ。

 本当ならそろそろ交代しなければ明日の予定に影響するはずだが、せっかくなのでもう少しくらいソーマの寝息を聞いていたいと思ってしまうのは、彼の親友として仕方ないことではないだろうか。

 

「それよりも夜天さん、兄さんはいつごろ交代するの? 明日の授業サボっちゃう?」

「いや、さすがに日がかわる前には交代する……が、ソーマは今ぐっすりで交代しづらいんだ。すまない……」

「いいよいいよー。起こすの可哀想だし、それにアリサちゃんたちから聞いた限りじゃ兄さんは寝不足ってレベルじゃないしね」

 

 普段はベッド以外じゃほとんど寝ないんだよ、と笑う透霞の言葉を深読みして――私の『なか』でなら安らかに眠ることができる、と思ってもいいのだろうか。だとすれば、それはどれほど名誉で誇らしいことだろう。

 さっきすずかの膝で眠っていたことを考えれば、決して私が唯一でも最初でもないのだろうが、それでも彼の『特別』であるのなら、それは私にとって十分すぎるほどの誉れ。友として最高級の喜びを得るに等しい。

 

 ふむ、少し記憶をたどってみようか。少なくとも、私がソーマとひとつになった2年前から今に至るまでは、彼が透霞の膝を借りて眠るという事実はなかったように思える。

 アリサは……何度かある。両手で足るほどだが、ソーマが彼女の家に窺った時は、特によくやっていた。逆に夏海家ではやっていなかったはずだ、むしろ学校で……昼食後の時間を使って頼んでいたはず。

 すずかはアリサよりも少し多いだろうか。こちらは両手では足りないが、両手と片足なら足りるだろう。アリサが『ソーマに頼まれて膝を貸す』のに対し、彼女の場合は『すずかに頼まれて頭を預ける』ことが多い。

 

「……ふむ、こうして思い返すと本当に貴重だな、ソーマの寝る姿というのは。感覚がわかるだけで視覚的に見られないのが惜しいところだが」

「でもその感覚を独占できるんだからいいじゃないですかー! 妹のわたしでもほとんど見れないのにー!」

 

 ぷくー、とむくれる透霞の頬をぷにぷにと押して遊ぶと、彼女はさらにヘソを曲げながらそっぽを向いてしまった。

 ふふっ、怒っていても愛らしいと感じてしまうのは、やはりあのシスコンロストロギアに長く憑きすぎた影響だろうか……。

 

 

 

 

 ちっくしょー……夜天のヤツ、せめてギルドの仕事の時間になるまで寝かせてくれてもいいだろうに、ほんの数時間ほど交代していきなり引っ込むんだもんな……。

 交代時に骨格と魔力遺伝子の組み換えによって発生する苦痛で起きちまったじゃねーか……。ぎぶみー睡眠時間。

 

「兄さんお風呂わいたよー。はいろー」

「あいよ、わかっ――待てやコラ。ナチュラルに一緒に入ろうとすんな」

 

 一緒に風呂入るのは去年までって約束だっただろ。いや、まぁホラー映画とか見て一人じゃ風呂入れない時とかは一緒に入ったけど……そういうやむを得ない場合を除けば基本的に一人でって指きりしただろ。

 まぁその約束した時 こ い つ 寝 惚 け て た け ど な ! 目が覚めてたらそんな約束をこいつがするわけないし。たぶん泣くし。

 実際その約束をとりつけた翌日に再確認したら魔法でボコボコにされた。ミニアルカンシェルはやめろよ……。

 

「えー。だって今日の兄さんってばほとんどアリサちゃんたちにかまけてばっかりだったじゃん。わたしのことも可愛がってよー」

「第三者がいないからって誤解を招きそうなことを口走るんじゃない。じゃあ今日は一緒のベッドで寝てやるから、せめて風呂くらい一人で入ってこい」

「……じゃあわたしが寝るまでなでなでも追加してね?」

 

 俺の妹がこんなにも可愛い……。

 ――ハッ!? ち、違うぞ! 別にシスコンとかそういうのじゃないぞ!!

 俺はただ妹を持つ兄としてごく一般的な意見を述べ――いやさすがにこの言い訳は無理だわ。これでも900年以上1000年未満は(精神的に)生きてる身だ、普通の兄妹の在り方くらい知ってる。

 でもそれを理解しているからこそわかる。透霞はかわいい。透霞マジ天使。保育園の頃に透霞が「しょうらいおにーちゃんとけっこんする!」って言った時は失神した。ああ透霞、かわいい透霞、ああ透霞。五・七・五。

 

「それくらいならしてやる。だから俺が寝る前にさっさと入ってこい」

「約束だからね! 絶対だよ! お風呂から出て寝てたら既成事実作っちゃうからね!」

「おっそろしいな!? お前の発想たまにガチでおっそろしいな!? お前いったい何歳――ああ、そういえば透霞の精神年齢って今年で27歳か……」

 

 既に部屋を去った透霞の後ろ姿を追うように手を伸ばしつつ、冷静に自分と透霞の境遇を振り返ってみる。そういや最近は割と平和だから忘れてたけど、透霞って転生者だったな。

 俺も起動した直後は大変だったなー。1度目の転生はけっこうガチでびくびくしてた覚えがあるし。そう思うと、転生型ロストロギアの兄を持っているとはいえ自分の境遇に怯えなかった透霞は大したモンだ。後で褒めてやろう。

 

 この際だからぶっちゃけるけど、転生って割とマジで大変なんだぜ? 前世の記憶があるってことは、前世の意思や記憶だけじゃなく倫理観とか羞恥心も持った状態で生まれるってことだからな。

 赤ん坊の時は自分でトイレにもいけないからオムツに垂れ流すしかないし、その不快感をすぐに撤去してもらうべく人前で泣きまくって親にちびったことを教えなきゃいけないし、時には人前でオムツの中身を晒すハメになるんだぞ?

 食事だって同じだ。特に綺麗でもなく好みでもない女に抱かれながら母乳を吸いださなきゃいけないし、稀にすげー美人な母親がいても、それはそれで物凄い罪悪感と背徳感に襲われるし、やっと離乳食だと思ったら前世の『味の好み』が生きてるせいかクソまずいっていう……。

 

 舌が肥えるってのが地味にキツいんだ。自分で稼げるようになると必然的に自分の好きなものを食べるようになるし、老衰で死んだりするとかなりヤバい。長期間うまいもん食い続けてたから転生後が悲惨なことになる。

 一番楽なのは餓死した後だな。なんでも美味いし、食べることに対してなりふり構わなくなるから母親の母乳を飲むことにも躊躇がなくなる。ただしかなりみじめな死に方なのでお勧めできない。

 そうなると、折衷案としては14、5歳くらいの時にトラックに撥ねられて即死とか。いや、あれって案外即死とかしないんだけどね。病院でやたら延命措置とかとられてギリギリまで痛みが続いて、その果てに死ぬんだよ。

 

 かわいそうにトラックの運ちゃん。でもまぁ赤の他人だからまったく心が痛んだりはしないんだけどね。そのくらいで哀れんでたら今頃俺の転生回数は50越えてる。ちなみに今は28回目。

 もうほとんど数えてなくて曖昧だから、仮に俺の歳を950と仮定して、俺の一生はだいたい950÷28=33歳? まぁ長寿な方だけどこんなもんか。

 平均寿命が300越える種族とか、あるいは老化って概念がないせいで殺されないと死なない種族とかになったことも考えれば、明らかに短命なんだけど、逆もあるしな。

 

(さすがに獣に転生した時は焦ったけど)

 

 たまにあるんだよなー、やたら保有魔力値数が高い野性動物に転生しちゃうことが。つっても2回しかないけど。

 あ、ちなみにそういう場合はたいがい親動物が危険因子扱いして殺したり育児放棄しちゃうから短命なんだ。1年すらロクに生きられない。俺の平均寿命を下げてる大きな要因のひとつだな。

 あとはまぁさっきも言ったように単純に短命な種族だったりとかかなぁ。平均寿命30年ってなんだそりゃって思ったわ。ちなみに結婚適齢期が14歳。結婚自体は10歳で出来る。俺も12歳の頃同い年の子と結婚して2児の『母』になったし。

 

「転生なんて、やっぱするもんじゃないよなぁ……」

 

 今世は長生きできるといいがなぁ……。



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奏曲となのはの、じゃれあい

 翌日。いつものように登校した俺が下駄箱を開けると、そこには少し濃いめのピンクが美しい花のシールが貼られた手紙が入っていた。

 ラブレター、などという可愛らしい発想は最初からない。俺自身、自分の顔は不格好でないにせよ、決して人相がいいとは言えないし、何より行動が悪すぎると自負しているからだ。

 むしろ、人から陰口を叩かれたりする方が慣れているため、きっとこの手紙もその類だろうと思い、カッターの刃や針が入っていないか警戒しながらシールに手をかけた――が、そこであることに気付いて溜息が洩れた。

 

(グラジオラスのシールとか露骨だなぁ。まさかこのために花言葉とか調べてシールまで探したのかな。だとしたら差出人はきっと相当キザでバカなんだろうな。その労力を別のことに割けよ)

 

 グラジオラス。俺の記憶が正しければアヤメ科の多年草で、地中海沿岸および南アフリカ原産の花だった気がする。

 特徴はなんといっても名前の由来にもなった剣状の葉だが、俺としてはこの大きめの花弁と鮮やかなピンクの方が綺麗だし、よっぽど特徴的だと思う。葉とか誰も気にしないだろ。

 花言葉は「情熱的な恋」「密会」「用心」「勝利」だったかな。きっとアリサかすずかの親衛隊を気取ったバカが俺とあいつらの仲を勘違いして、「お前のアリサorすずかは俺がもらう。せいぜい用心することだな!」的なことを言いたいのだろう。

 

 ……そして中に入っていた手紙にはやはりそれらしい文章を綴っていて、滲むほど赤いインクは血を思わせる。きっとこいつは中学を卒業する頃にこの行いを思い出して後悔するに違いない。あ、ちなみにお目当てはアリサらしい。

 しかしこれだけキザにアリサのナイト様を気取っておきながら、なんともセコいことに中にはやはり針が入っていた。この手紙の主が誰かは知らんが、きっとヘタレに違いない。こんな真似する奴はヘタレ以外ありえない。

 あ、でも今襲ってくるのは勘弁な。背中で寝てる透霞が邪魔で抵抗できないから。いや、さすがにカッターを持ち出して殺しにかかってくるような真似を小学生がするとは思えないから、襲ってきても程度は知れるが。

 

「そっ、うっ、まっ、くーん!」

「げぇっ! なのは!」

「その反応はさすがにひどくない!?」

 

 久しぶりの登場だな高町。ここ最近は透霞とか夜天とかアリサとかすずかとかしか出てこなかったのに――というメタ発言は置いといて、実際ここのところあまり喋る機会がなかった。

 いや、まぁクラスが同じだし、昼休みはいつものメンバーで集まって食べるから会話ゼロってわけじゃないけど、3年・4年の頃よりもおとなしくなった。原因はまぁ、うん、わかるけどな。

 だって小学5年生だぞ? 今年で11歳だぞ? 体のあっちこっちが急速に成長して、張るところは痛いし、いきなり気分が悪くなったりすることもあれば、怪我もしていないのに血が出ることもある。

 

 何が言いたいかって、それはつまり――、

 

(……先週はまるっきりアウトだったけど、今日は調子よさそうだな、生理)

 

 そう、女の子特有のアレだ。

 いくら高町を弄ることに余念のない俺でも、さすがにこういう話題で高町を弄る気にはなれない。

 

 何度か転生を繰り返す内に、俺自身もまた女として生きたことがあるからこそわかる。最初はマジで辛いし不安なんだよアレ。初めて女に転生した時は気が動転して大泣きしたくらいだ。

 しかもその時期を皮切りに、親は気持ち悪いくらい優しくなるし、過剰なくらい心配性になったり、男子がそわそわしはじめたり、あるいは見る目がよくない意味で変わったり……。

 そういう周囲の環境の変化が顕著になりやすい時期ってこともあって、生理ネタは全力タブーなのである。少なくとも当の女子が生理ネタを『ネタ』として扱えるようになるまでは。

 

「ひどいも何も、いつも通りじゃないか。そうだろなにょは」

「今のわざとだよね! ちょっとヴィータちゃんっぽい間違え方したけどそれわざとだよね!」

「うん、わざとだけど?」

「潔い!?」

 

 あー、高町のこのリアクション芸はいつ見てもいいものだ。高町のリアクションは時としてすずかにも匹敵するほどの癒しになり得――は、しないか。さすがにすずかには負けるわ。

 でも高町とこうやって何気ないやりとりをするのは間違いなく楽しい。いっつもアリサとすずかばっかり贔屓してる自覚があるからアレだけど、これでも高町のことは友人だと思ってるからな。ただ弄り甲斐が半端ないだけで。

 それは高町だけに限ったことじゃなくて、ハラオウンやクラスの男子共も同じだ。八神は……妹要素が強すぎて友人というより第三の妹としか思えない。ちなみに第二はディアフレンド。

 

「もーっ、奏曲くんてばいっつもわたしのこといじめるんだから!」

「いや俺はいじめたりなんかしてないぞ。弄ってるだけだ。愛がこもってるからいじめ的にはノーカンなんだ。本気で嫌ならやらないし」

「むっ、それじゃあまるでわたしがいじってほしいみたいだよ! そんなことないからね!」

 

 えっ。

 

「違う……のか……?」

「なんでそんな真剣な表情で驚いてるの!? 当たり前だよ! 奏曲くんはわたしのことどんな目で見てたの!?」

「いや、それをこんな公衆の面前で言うのはなのはの名誉を守るためにも避けたほうがいいんじゃないかな……」

「そこでそんなに優しい目をしないでよ! ただでさえ目にハイライトがないから怖いのに、これじゃまるでわたしが本当にアウトみたいだよ!」

 

 ハイライトは仕方ないだろ……俺だって好きでこんな目になったわけじゃないんだから。

 カラコンで色は黒にできたけど、夜天の影響なのか俺の目はハイライトがない。あの一件が終決した翌日、学校に登校した途端クラスの友人らから壮絶に心配されたくらいだから、たぶん相当ヤバいんだろう。

 でも一部の男子からは「夏海の奴ホモにでも掘られたのかな? ざまあ!」って言ってた奴もいたし、反応は三者三様ってやつだな。あ、その男子たちは合同体育の授業でデッドボールぶち当てまくってやったからご安心くだしあ。

 

「ハイライトのない目で見つめられるとゾクゾクしない?」

「しないよ! するとしたらそれは寒気だよ!」

 

 そんな……高町がノーマルだなんてそんなの俺は信じないぞ。こんな真実あってたまるか! 俺は絶対にこんな現実認めない!

 

「奏曲くん、今なんか心のなかで凄く失礼なことを勇ましくかっこよくファンタジー漫画の主人公の台詞みたいに言ってない?」

「お前もしかして心を読む魔法とか常用してない?」

「ないよそんな魔法!」

 

 せやな。あったら悪用されすぎるもんな、そんな魔法。ご安心ください、俺は清く正しいロストロギアですのでそのような魔法はありません――が、それに似たようなことができるスキルなら持ち合わせてるんだぜヒャッハー!

 心とは即ち思考。思考とは意思の逡巡。思考が結論を見出すことを決断と呼び、結論から次の思考に至るまでの道を経路と呼ぶ。心を読むこととは思考を読むこと。思考を探るには行動という名の結論・決断から『経路』を伝って逆廻りすればいいだけのこと。

 まぁようするにな? 相手がどんな行動を起こして、そこから相手の性格やスペックや思考回路を導き出して、自分の性格とスペックと思考回路をそれに同調すればいいだけのことなんだ。もっと簡単に言えば「相手の気持ちになって考えれば、相手の心がわかる」ってこと。

 

「奏曲くんの意地悪!」

「ハッ、 微 塵 も 萌 え や し ね え」

「別にそういう意図はなかったけどそれはそれで傷付く!?」

 

 無自覚でやってたのか。あざといなさすが高町あざとい。

 

「どうでもいいけど早く教室行こうぜ。もうほとんど誰もいねーぞ」

「えっ? ああっ!? もーっ、奏曲くんのせいだよ!!」

「そっちから絡んできたくせに一方的にいちゃもんつけるとか……あらやだ何この子こわい」

「あぁーっ! もぉーっ!!」

 

 どうした高町。ストレスを溜めすぎるとハゲるぞ。そして叫ぶのはいいが頭をガリガリやりすぎてもハゲるぞ。それともスキンヘッドになってロックな格好でもしたいのか?

 オーケィ任せてくれ高町。そんなこともあろうかと俺は常日頃から専用のバリカンを持ち歩いているんだ、なんたってお前は俺にとって特別な存在だからな! 弄り対象的な意味で!」

 

「奏曲くん、声に出てる」

「あっ」

「ひどいよ奏曲くん! わたしのことそんな風に思ってたの!?」

「うん」

「否定してよ!?」

 

 

 

 

「という出来事があって遅れました。つまり全ては彼女が悪いんです。俺は彼女にいじめられ足止めをくらった被害者なんです」

「教師という立場もあるし、社会的にも拙いからあまり言いたくないが、夏海……お前ってやつはなかなかのクズだな」

「そう仰っていただけると幸いです」

「褒めとらん」

 

 まさか担任にまでクズ認定されるとは俺もこれでようやく一人前かな。

 あの先生はきっと俺が訴えたら教師生命に危機が生じるだろうけど俺って親もいなければ後ろ盾もないから訴えようにも訴えられないんだけどね! 法的弱者だからね俺!

 もっとも、大人として子供をクズ呼ばわりはよろしくないな。でも今回は俺が全面的に悪いので心の中で全裸にしてエロい妄想をするだけに留めてやろう。先生意外といい体してはるわぁ……。

 

『ソーマ、それ以上はいけません』

「おぅふ……」

 

 くっ、さすが夜天。同一の存在になってるだけあって心までひとつじゃないが『思考の声』は丸聞こえだったらしい。

 

『どうしてもというならクリシスの体を想像なさい』

「クリシスのってそれヴィータじゃねーか!! あのロリ体形のどこに興奮しろってんだアホか!!」

「夏海、廊下に立ってろ」

 

 クソァ……!!



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アリサのふとももは、やわらかい

「あぁ……法の世界に光が満ちる……」

「なに言ってんのアンタ……。ていうか食べづらいんだけど」

 

 どうもこんにちは、夏海奏曲です。お昼ごはん食べ終わってアリサの膝――というかふとももを借りてうつ伏せになりながらコアラのごとく透霞に背中を占領されている夏海奏曲です。アリサのふとももぬくい。

 膝枕ってよく言うけどあれ膝じゃないよな。ふとももだよな。なんでふともも枕って言わないんだ? ……いや、なんかわかるぞ。ふともも枕って言うとなんかエロい感じがする。ひわい!

 あっやめて。なんかすごく冷たい目を向けながら食べカスをわざと俺の後頭部に落とそうとしないで。いや表情なんて見えないけど、なんとなく察した。主に沈黙具合で。

 

「ていうかこういうのは普通すずかの役回りじゃないの?」

「甘いなアリサ……。確かにすずかのふとももは癒される……それはもう聖母の懐にやんわりと受け止められているかのような温かさと柔らかさがある……だがその癒しは、今の俺がもとめているふとももの癒しじゃない」

「二回目だけど、なに言ってんのアンタ……」

 

 なんかすごい怪訝そうな目で見られた。だが実際、俺が求めているのはすずかの包み込むような癒しじゃない。

 もちろんそっちも素晴らしいんだが、今は少し緊張してて、平静を装いながらも小さくぴくぴくと震えているアリサのふとももを感じたいんだ。

 それに、親友同士ならこれくらい普通だろ。恥ずかしがる必要なんてどこにもないはずだ。アリサも、あれこれ言いつつもどけようとはしないし。

 

「フェイトちゃん、あーん」

「な、なのはってば、自分で食べられるよ……」

「いいからいいからっ♪ ほら、あーんっ♪」

 

 しっかしあいつらは相変わらずの天然百合バカップルぶりだな。あれで本人たちはノーマルだと言い張るのだから本当にわけがわからない。

 お前らもう結婚しちまえよ、という声がクラスメートの大多数から寄せられていることを知らないのか。これだから無自覚というやつは怖い。

 

「奏曲くん、今日は珍しくあまえんぼさんだね。もしかしてお仕事たいへんだったりするの? 昨日のこともあるし、心配だよ……」

「ていうか、ああいうことがあったくらいなんだから、今日くらい学校を休めばよかったじゃない。年度別皆勤賞がほしいわけでもないんでしょ?」

「んー、まぁ確かに疲れてるし皆勤賞もいらないんだけど……それだとアリサとすずかに会えないしなぁ。そっちの方が過労よりキツい。というか過労に負けて死にかねないくらいメンタル的にヤバい」

 

 アリサのふとももの温かさにうとうとしながら本心を口にすると、ようやく弁当を食べ終えたアリサが弁当箱をナフキンに包んで横に置き、「それもそうね」と俺の意見に同意し、続いてすずかも「そうだね」と認めた。

 しかし、そんな俺たちの様子を八神と高町とテスタロッサは顔を真っ赤にしながら見ていた。どうしたお前ら。エロ本でも見つけたのか。それとも俺がエロ本の権化だとでも言うのか。なんという言いがかりだ、訴訟も辞さない。

 

「あ、あんちゃんて恥ずかしげもなく大胆なこと言うタイプなんやなぁ……」

「大胆? どこが? 友達がいなけりゃ寂しいのは誰だって同じだろ。むしろみんなそういう大事なことを口にしなさすぎるんだよ」

「えっ今の友達向け!? どう聞いても恋人同士のそれだったよ!?」

 

 ははっ、高町はアホだなぁ。それだったら俺はアリサとすずかに二股かけてることになるだろ。

 

「お前とテスタロッサならまだしも、アリサとすずか相手に二股かけるような真似できるわけないだろ」

「相変わらず奏曲くんはわたしとフェイトちゃんに冷たいね!? たとえわたしたち相手でもしないでよ!」

「え? お前まさか俺と付き合いたいの? すまんが俺は20歳未満は対象外なんだ、9年後その気があったらまた言ってくれ。断るから」

「違うよ! ていうかたとえ告白しても断るの前提なの!?」

 

 だって20になったらさすがに俺だって好きな奴の一人か二人……いや二人いたら拙いから一人くらいいるだろうし、何より間違いなく高町ではないだろうからな……。

 高町のこと自体は、もちろん好きだ。これは朝にも言った。けどそれはあくまでも『弄る対象』としてであって、恋愛対象ではない。もっと言えば、友達というのも微妙に違う。

 よく言えば、知り合い以上友達未満。悪く言えば、弄ぶことさえできればそれでいい奴。それが俺の中の高町という存在だ。

 

 友達は多くなくてもいい。まして、親友など一握りでいい。

 互いを絶対に裏切らないと誓い合い、互いのことを深く理解し合い、互いを誰よりも想い合い、病める時も、健やかなる時も、死が互いを別つまで、相手を愛し、慈しみ、共に歩んでいく存在――それが親友なのだから。

 だから俺は、親友である夜天とアリサとすずかを絶対に裏切らないし、こいつらの気持ちを理解する努力を欠かさないし、どんな時だって相手を想う気持ちを投げたりはしない。

 彼女たちの誰かが病める時は俺が持ち得るあらゆる知識を総動員して看病するし、彼女たちが健やかでいられるのならそれを脅かすものを許さない。死の直前まで――いや、死ぬまで、俺は彼女たちを愛し、慈しみ、共に歩みたい。

 

 親友ってのは、そういうものだろう。

 恋人や夫婦などという軽薄で安っぽい関係とは違う。肉体的接触や法的措置がなければお互いの絆を信じられないような、そんな矮小でくだらない存在なんかじゃない。

 他のどんな存在よりも高尚で、親友のためなら親友以外の全てを捨ててもいい。それが、親友の正しい在り方だと信じて疑わない。なぜなら、俺にこの考え方をくれた奴は、未だに俺を親友だと思っていてくれるからだ。

 

(……クリシス)

 

 そう、かつて俺がロストロギアに魂を定着させたクリシス・レディー。彼女もまた俺の親友の一人だった。俺は、主の命令とはいえ親友である彼女に手をかけた……俺は、彼女との友情よりも自分の役割を優先したんだ。

 あの時感じた後悔は今だって忘れられない。彼女は俺に、何度も何度も友情の尊さを教えてくれた。だが俺はロストロギアとしての使命を果たすために、彼女に手をかけた……親友を裏切り、理解し合おうとせず、想う心を捨てていた。

 

「もー! 奏曲くんってばもーっ!」

「くすくす……なのはちゃん、そんなに怒らないであげて。奏曲くん、いつもなのはちゃんに意地悪するけれど、なのはちゃんが本当に嫌がることはしないでしょう? 暴力をふるったり、大事なものを隠したりしないでしょう?」

「なんだかんだで、奏曲もなのはのこと気に入ってんのよ。ほら、見てみなさいよこの顔」

 

 ぐい、と俺の肩に手をかけながら俺の顔を横向きにさせると、高町とテスタロッサがなんだか意外そうな表情でこっちを見ていた。

 いったい俺の顔がどうしたというんだろう。トロ顔にもアヘ顔にもなってないはずだが。

 

「あ、眠そう」

「ホントだ」

 

 えっ。

 

「あっ、ホントだ。兄さんが家の外でこんなに眠そうなのめずらしー」

「ちなみにこうすると完璧に寝るわよ。すずか」

「うん、じゃあ奏曲くん、仰向けにするね」

 

 えっ、ちょっ、すずかさん何する気でいらっしゃいますか。俺こんなとこで寝る気は……あっやばい体動かない。なにこれ! 眠気!? スリープの呪文かけられてんの俺!?

 

「はい、じゃあ10かぞえるねー」

 

 ぴと、とすずかの両手が優しく俺の目を隠すと、俺はとうとう抵抗する気力もなくなり、すずかのカウントを静かに聞いていた。

 

「いち……に……さん……よん……ご……ろく……なな――」

 

 ああ……昨日に引き続きまた意識が遠のいていく……。

 

 

 

 

「す……すごい……。ホントに寝ちゃった……」

「しかも体が全然緊張してない……安心しきってる……」

 

 心底驚いた様子で、なのはとフェイトが奏曲の寝顔をまじまじと見ている。

 この奏曲専用の寝かしつけ術は、ちょっと前にあたしの家に遊びにきた奏曲に膝枕した時に見つけたあたしとすずかが見つけたやり方だ。

 

「あんちゃんって人前やと寝ーへん方なん?」

「人前でもあんまり寝ないけど、それ以上に家の外じゃまず寝ないね。二泊三日の修学旅行とかだと普通に二徹するし」

「ま、あたしとすずかの家じゃ普通に寝てるけどね。寝かしつけるだけなら透霞にも負ける気がしないわよ」

 

 ふふん、と胸を張ってやると、透霞は悔しがる様子もなしに「まぁわたしは寝かしつけられる側だからねー」とあっさり負けを認めた。

 いや、そもそも勝負にすらなっていないのか。透霞にとって大事なのは奏曲にできないことを自分がすることであって、そうでないことは思いっきり甘えるのが透霞だ。

 だから、きっとこの子は寝かしつけられることの方が、寝かしつけることよりも重要なんだ。奏曲の背中で、奏曲の温かさを感じながら。

 

「ところでアリサちゃん、せっかく奏曲くんを膝枕しとるんやから寝込みキスくらいせーへんの?」

「そんなことするかっ! あんたはあたしと奏曲をなんだと思ってんのよ……」

 

 溜息ながらに呆れ混じりのツッコミを入れると、なのはとフェイトとはやてと透霞の四人娘は声を揃えてこう言った。

 

『え? 恋人でしょ?』

「ちがうわよっ!」



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奏曲の日常と、新たな人物

 既に午後の授業中ですがおはようございます。昼休みにアリサとすずかに寝かしつけられ、寝起きにうっかり寝惚けてアリサに覆い被さってしまい、妹に思いっきりどつかれた夏海奏曲です。

 悪気はなかってん……あれはただなんとなく温かくて柔らかいものが手頃なとこにあったから抱きついてしまった結果であって、決して厭らしい意図があったわけじゃないんだ。目が覚めた時は壮絶にドキドキしたけど。

 

「夏海、お前昼にアリサに抱きついたんだってな」

「事故でな。最高にやわらかくてたまりませんでした」

「思いっきり堪能しといて事故はねーわ」

 

 クラスの男子共もけっこう理解のある奴らで助かっている。ただその方向性がねじ曲がっている。理解できてねーじゃねーか。

 しかしまぁ他のクラスの男子と違って、このクラスの奴らは妙な言いがかりをかけてくる奴らが少ない――というかほぼ居ないというのが実に嬉しい。

 というのも、一部の確かでないスジから聞いた情報では、このクラス内限定で「夏海はアリサとすずかの二人に同意の上で二股をかけている」という噂がまことしやかに囁かれているらしい。んなわけあるか。

 

「レフト行ったぞー!」

「よっしゃあ誰かバット貸せー」

「ちょ、おまっ!?」

「打ち返そうとすんな!」

 

 左手のグローブをポイ捨てしてバット寄越せと叫ぶバカがいる。まったくなんて非常識な。もう少しまともなプレイはできないのか夏海奏曲って奴は――ってなんだ俺か。

 

「かかったな、アホが! 実はさっき投げたグローブは残像ではなく本物だ! ――いってぇ!?」

 

 思いっきり打ち上げられたレフトフライを素手でキャッチ。とそのとき俺に電流(げきつう)走るッ! やべえマジいてえ。泣きそう。

 おい誰だ今「こいつ本物のバカだ!」とか言ったの。その通りだ、反論の余地もなければ弁明できるだけの余裕もない。痛くて。

 

「さっさとホームに投げろよ夏海ー」

「まだ2アウトだぞー」

「お前ら少しくらい俺の心配してくれてもよくね!?」

 

 ヒリヒリとした左手の痛みをどうにかこらえながらホームにボールを返すと、投げ捨てられていたグローブを拾って今度こそしっかり左手を防護。ネタでやったらガチで痛かったとかシャレにならない。

 しかしさっきからやたら球がこっちに飛んでくるのはどうして……って言うまでもないか、相手チームは隣のクラスの奴らだからなぁ……。女子は体育館だから、あいつらの見てないとこで仕返ししたいんだろう。

 そんなんだからお前らアリサたちに好かれねーんだよ。ていうかサードとショートは見てないで獲れよ! お前らちったぁ仕事しろ!

 

「しかしこうなるとやはり月村よりバニングス優勢かー」

「くっ……! せめて卒業までにはどっちかとくっついてくれ! 俺の財布のために……!」

 

 小学生がトトカルチョだと……。

 

「お前ら揃いも揃ってゲスいな! つーかどっちともねーよ! 俺とアリサとすずかは親友だっつってんだろ!!」

「いくら親友でも膝枕はしねーよ!! 女子と女子ならまだしも男子と女子じゃありえねーよ! 男子と男子は言うまでもないから省くが!」

 

 言うまでもないと思うなら言うなよ! 嫌な想像しちまったじゃねーか!

 ただでさえ蒸し暑いのにむさ苦しくて気味の悪いこと言うなよ!

 

「ていうかこのクッソ暑い中で野球とか頭おかしいだろ……。もう少し小学生の体力と天候と季節を考えて授業内容決めろよ……」

「まぁ楽しいから少しは気が楽だけど、それならいっそ体育館でドッジかバドミントンがしたかった……」

「つーか女子だけバドとか絶対に差別だろこれ……!!」

 

 どっちかってーと差別というより拷問じゃね。あ、またこっち飛んできた。はいアウトー、チェンジ。えーっと、さっき5番でチェンジだったから次は6番の――、

 

「げっ……クラゲかよ」

「誰がクラゲだ、夏海奏曲」

 

 厭味を向けたつもりなのに、苛立ちのひとつも返すことなく静かな非難をこちらに向けるこいつは、五年になってすぐの頃この聖祥大附属小学校に転校してきた海月水都(みづきみなと)

 お互いに目を合わせれば毒の一言くらいが挨拶代わりになっているほどの仲だ。決していい意味じゃない。ちなみににクラゲってのは俺がこいつにつけたあだ名。別称ではなく蔑称。

 

「うるせえ、テメーなんざクラゲで十分だこの車マンセー野郎が」

「バイクなどという野蛮で高貴さの欠片もない乗り物を好む奴にだけは言われたくないな」

 

 もうこいつぶん殴っちゃダメかな。初対面でバイク貶された時に透霞にすげえ勢いで止められたから我慢してたけど、こいつ思いっきりグーで殴っちゃダメかな。

 特にスーパーシェルパをディスられたのはマジでカチンときた。てめぇ絶対250のオフロードは全部セローでいいと思ってるだろ! 確かにセローのよさは認めるがな、高速時の伸びと安定性はシェルパのが上だってこと忘れんなよ! セローと比べると若干エンストもしにくいしな!

 

「せんせー、また夏海と海月が喧嘩してまーす」

「またお前たちか! 同じチームになる度に喧嘩するのやめろ! たかが車とバイクだろ! どっちも同じようなものじゃないか!」

 

 

 

 

 放課後。不本意ながら五時間目の授業で思いっきりクラゲとハモった俺は重い足取りで八神家に向かっていた。

 隣には当然ながら八神――と、なぜか透霞。お前メシの用意とかあるんじゃなかったのか。それとも家に帰りたくないのか。母親が帰ってくるわけじゃなさそうだが。だってそんな話まったく聞いてないし。

 

「それでねー、兄さんが17になったらバイクに乗せてくれるって言ったんだー」

「ええなー透霞ちゃん。ちゅーかホンマにあんちゃんは単車が好きなんやなー。前も雑誌の裏に乗ってた写真じっと見よーったし」

「しょっちゅう水都くんと喧嘩してるけど、車自体も嫌いなわけじゃないしねー。いくら一番好きなバイクをディスられたからって、あれはお互い様だよー。結局は兄さんも水都くんの好きな車ディスっちゃってたし」

 

 ……なんかタイムリーにクラゲの話してんなぁ。今日もまた喧嘩したから、できればしばらく透霞の口から聞きたくなかった名前ナンバーワンだったんだが……。

 ていうかこれ誰かが透霞にチクったとかじゃねーだろうな。いや、こいつ怒ったらすぐに表に出すタイプだからそれはないか。

 

『夜天、チェンジ』

『無理だ。というか居心地が悪くなると私の内側に逃げようとするのはやめろ』

『夜天の内側(なか)あったかいナリィ……』

『今月の支給魔力を2割カットしておこう』

 

 やめてくださいしんでしまいます。いくら闇の書事件の時に高町たちの魔力を吸収して大幅に魔力を回復したとは言っても、未だ俺の使える魔力は少ない。というのも、裂夜の鎚を維持するための魔力と、裂夜の鎚を守るためのプログラム(=俺と夜天)に送る魔力は別口扱いだからだ。

 裂夜の書にある魔力を自分のものとして行使することはできるが、それはあくまで緊急時のことで、普段は絶対に使えないよう厳重にロックされている。そらそうだ、裂夜の鎚は魔力を『溜めておく』ためのロストロギアなのだから。

 夜天と一体化して以来、俺が今までやっていたことの半分が夜天のものとなって楽にはなったが、同時にそれが俺の首を絞めることにもなった。なぜなら裂夜の鎚の『防衛』と『魔力行使』を俺が、『魔力管理』と『システム制御』を夜天がこなすようになったからだ。

 どれだけたくさん魔力を集めても、夜天はその魔力のほとんどを裂夜の鎚に溜めこんで、俺には必要最低限の魔力しか回してくれないし、月に一度だけ支給される余剰魔力も微々たるもの。しかも貰える魔力は身体強化1回分(何もアクションをしない状態で1分くらいが限界)というブラックぶり。

 

『……今夜は寝る間際にひたすら猥談をしてやる』

『いくらでも付き合ってやるぞ。お前のおかげで随分と耳年増になったからな、私も』

 

 どうせならもう少しくらい動揺してくれたっていいものを……!

 

 

 

 

「うぃーっす。今日も今日とて邪魔するぞー」

「おっじゃまー♪」

 

 八神家に到着した俺は、最近めっきり会うことのなかった透霞とヴォルケンズの感動の再会を邪魔することなく――本音を言えば『ヴィータの中にいるクリシスが何してくるかわからないので』ヴィータに透霞を押しつけて、作業台代わりになっている四足テーブルに荷物を置く。

 先日、たぶん融合騎を製作するにあたって一番面倒な工程を終えた俺とはやては、同時にソフトウェアの開発をおおよそ終了し、ある程度の微調整は後で行うことにしてハードの製作に取り掛かった。

 外観のおおまかなディティールは夜天に倣うということで、まず真っ先に提案・可決したのが『ハイライトのない目にだけはしないこと』だった。誰が好き好んでこんな目になるか。

 

「あんちゃん、ジュース持ってきたで」

「ん、さんきゅ。じゃあさっそく始めるか。今日の宿題は日記だけだから後回しでいいだろ」

 

 というか日記は宿題としてはノーカン扱いだ。実質上、今日は宿題なしと思っていい。

 

「まずはハードモデルのディティール。魔力経路、体内の各部器官の配置・構築。間違っても腰に第二の脳なんて配置するなよ」

「せやな、そういういらんことすると背中からえらいキレーな刺が出て口から熱線を吐くようになってまうな」

「いざって時はでかい蛾でも捕まえて押しつけてみるか。……普通にエグいな、やめよう」

 

 俺だって同じことされたらトラウマになる。いや、蛾くらいならいいが、女の子からしたら蛾はゴキブリ並みの扱いだ。となると俺の背中に全長1メートル以上のゴキブリがくっつくのをイメージし――うぉえっ。

 だ……ダメだ、ムシはけっこう好きな方だが、さすがにゴキブリはさすがの俺でもムリ。蛾ならよろこんで抱きしめるがゴキブリは絶対にアウト。何をどう頑張ってもムリだ。

 

「人格プログラムの設定年齢をヴィータより少し下に設定したから、全体のフォルムもそのくらいでいいよな」

 

 八神の取りだしたリインフォース製作ノート、と簡素に書かれた5mm方眼ノートに俺がボディカウル……もといモデルの大まかな体型・輪郭を描いて、意見交換はスタートされる。

 

「やな。夜天を幼くした感じやから、銀髪ロングは外せへんな」

「でも赤目はやめよう。なんか威圧感あるし。青目にして目の輪郭を少し丸っぽくして、アホ毛とかつけるといいかもしれない」

 

 銀髪ロングは夜天の魅力を最もわかりやすく表している要素のひとつで、俺も夜天のあの細くて綺麗な髪には何度も魅了された。

 しかし同じように彼女の魅力である『デキる女』っぽいややキレ長な目は、この『リインフォース』には不似合いだと判断し、八神もこれを認めた。

 もちろん夜天の目は常にツリ上がっているわけではなく、安心しきっている時に目を細めながら微笑んでいるあいつには、実際に何度もクラっときた。

 あの温かくふんわりとした表情と、薄く桜色に染まった頬の色気――矛盾する二つの要素の合わせ技は今思い出してもおそろしい破壊力だ。

 

「体格的にも人格プログラム的にも子供なんだから、顔もそれっぽく整えてやるか。目はぱっちり開くようにして……うん、大体決まったな。甲冑のデザインはどうする?」

「少なくともカラーリングは夜天と真逆にした方がええやろな。さすがにここまで準拠させるんは色々と『ちゃう』な」

「そうだな。じゃあ白メインで……サブカラーは青にしよう。うわ、なんか高町と被るな。もう少し色を薄くして黄色もちょくちょく足す方向でいこう」

 

 ボディライン・フェイスディティールに続いて騎士甲冑のデザインカラーが決まると、今度こそハード設定面で一番めんどくさい甲冑の全体デザインに取り組む。

 ていうか、ここまでの作業はソフトを作ってる時に雑談がてら「こんな外見がいいかもなー」程度に話していたので、すんなりまとまって当然なんだ。行き詰るはずもない。

 

「まずトップスとボトムス、どっちを先に決める? 俺はラインバランス重視だからボトムスを先に決めたい」

「わたしはカラーバランスをしっかり決めたいからトップスを先に決めたいんやけど……」

「……ならまずはトップスから先に決めよう。で、行き詰ったらボトムスってことで」

 

 こんなスタートダッシュからつまずきたくないので、ここは八神の意見を優先する。元より八神の融合騎だ、この辺は八神の意見を優先するのが当然だろ。

 

「おおきに。ほなら、まずは長袖か半袖かやな。わたし的には半袖かノースリーブがええと思うんやけど、奏曲くんは?」

「長袖かな。冬に変身する時とか寒そうだし。長袖なら冬はもちろん夏でも袖をめくれば調整できるし。重ね着スタイルならもっといいんじゃないか? 森ガール風の格好させたらよりいっそう妖精みたいになるぞ」

「ああー、それもそやなー。でも寒いなら寒いでそれもええと思わへん? どんなに文句を言おうと騎士甲冑のデフォルトデザイン設定を変更できず震えながら涙目でわたしにデザイン変更を求めるリインフォース……かわええやろなぁ……」

 

 驚愕の事実判明。八神はSだった。

 どうかライトな方で。筋金入りな感じだとちょっと相手できないし。

 

「まぁ、ほどほどにな。じゃあノースリーブにしておこう。となると自然とボトムスはミニスカになるな」

「ここでブレーキかけずにアクセル踏んでくれるあんちゃんはさすがやわー」

「踏む……? ああ、そっか、そういやアクセルって踏むもんだったわ」

 

 俺の中でアクセルは『右手で捻るもの』であって『足で踏むもの』ではない。ちくしょう、乗用車=四輪なんて風潮なくなってしまえ! 二輪(バイク)だって乗用車には違いないんだからな!

 

「まぁそれはともかくとして、ノースリーブ&ミニスカートかぁ……さすがにこれは夏でも寒そうだな。……そうだ、夜天みたいにミニスカの上からさらにロングスカート状のコートをつけてやれば全体のフォルムバランスもとれて一石二鳥かもしれない」

「あっ、それええな! やっぱ重ね着は奏曲くんに任せた方がええなー。わたしやとどうしても脱がしたくなってまうからな」

「今回に限っては夜天のをそのまま流用しただけだから、俺の手柄じゃないけどな」

 

 夜天の騎士甲冑といえば、あのハイソックス+クルーソックスの左右非対称デザインが印象に残っている。

 実を言うと、俺はどこぞの死神の息子とは一生相容れないだろうというほどの左右非対称(アシンメトリー)好きで、特に色ではなく対象そのものの大きさや長さなどが違うデザインが大好きだ。

 でもさすがにこれを言うのはちょっと変態的というか、リインフォースくらいの設定年齢の奴を相手にこの趣味全開なデザインを押しつけていいものかどうか……。

 

「あ、ソックスは左右対称にせーへんの?」

「ハッ!? しまった手が勝手に!」

 

 とかなんとか思ってる間に、俺の右手はリインフォースの輪郭モデルに左右長さの異なるソックスを付け足していた。しかも見事に夜天とは長い方と短い方が逆。ホントに無意識かこれ。



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リインフォースの誕生と、プチ兄妹喧嘩

 魔導士兄妹がゆく! 前回の3つの出来事!

 1つ! アリサのふともも最高でした!

 2つ! 透霞と一緒に八神家にお邪魔なう!

 3つ! リインフォース完成まであとすこし!

 

「あ、ヴィータちゃんそっちトラップあるから気をつけてねー」

「おせーよ! もうかかっちまったよ!」

 

 前回に引き続き八神家にお邪魔している俺は、とうとう大詰めに差し掛かったリインフォース製作のため、今日は魔力の勉強に付き合えないとテスタロッサに連絡を入れて、お泊りすることになった。

 明日は平日だが宿題はここでもできるし、教科書についても明日の時間割は家庭科実習が2時間、体育が1時間あって、国語と算数は今日の授業でも使ったので問題なし。音楽の教科書は同じパートの近い奴に見せてもらえばいい。

 

「あんちゃん、これどうやるん?」

「んー? ……ああ、これは特殊合成シリコンに魔力を織り込んだ後、血管状の魔力回路を巡らせて人工小型魔力炉(リンカーコア)を移植して各魔法を通常の人間と同じサイズで出力できるように調整してやればいいんだ」

「人格プログラムは各魔法プログラムをインストールしてからやっけ? これはきっとあれやな、脳改造を後回しにして最強のバッタ人間に裏切られた挙句に組織が壊滅しないための措置なんやろな」

 

 どこの等身サイズ特撮ヒーローだ。

 

「ところで、魔力を織り込んだ特殊合成シリコンな上に全長30センチしかないとわかっていても、やっぱ全裸の女の子をこねくり回すのはムラっとくるな」

「わかるでーその気持ち。でもその子、一応うちの末っ子になる予定やからヘタな真似したらいくらあんちゃんでもしばき倒すで」

 

 安心しろ、お前がそんなことしなくても、俺がリインフォースに手を出したらその姉が黙ってない。

 何せさっきから俺がリインフォース(全裸)の体を素手で弄り回しているのを、彼女の姉を気取っている奴――夜天がやたらジト目で睨んでいるからな。

 

「ん? ここどっちだっけ……えーっと、この回路がこう繋がるわけだから……これじゃなくて……ああ、こっちか」

 

 今さらだが、リインフォースのボディフレームが完成した今、彼女の体内組織を弄るためにはなんらかの魔力媒体が必要となる。いくら俺が魔力を扱う上でのプロフェッショナルと言っても、さすがにデバイスマイスターでもないのに融合騎を1から作るというのはそう何度も経験したことがない。

 しかも相手の肉体は夜天とは違って一般的な30センチ級。指先に魔力を集束・圧縮してレーザーの要領でやってみるかとも思ったが、あまりにも不確実なので八神が『夜天の書』の魔力の一部を削りだして作った剣十字のペンダントを魔力を照射するペンソルレーザーとして利用。微細な魔力コントロールを可能にしている。

 もちろん少しでも指先が逸れればリインフォースの完成は遠のいてしまう上、このボディは見るも無残なスプラッタになってしまうため、この作業をする間は絶対に誰も俺に触れさせないようシグナムとシャマルに頼んでおいた。同じこたつの中で俺の作業をガン見している八神には何も言わなかったが、まぁ大丈夫だろう。こいつが一番失敗を恐れてるはずだし。

 

「あんちゃん、汗えらいことになってんで。拭いたるからちょい作業やめてぇな」

「ん。サンキュ、八神」

 

 途中、時々こうして八神が横から静かな声で呼びかけて俺に作業の中断を促し、俺の額や頬に垂れる汗をハンカチで拭いてくれるが、それに胸がまったく高鳴らないのは俺が不能なせいなんだろうか。そうでないと信じたい。

 

「ところでリインフォースの魔力出力はどうする? 人工小型魔力炉(リンカーコア)は通常よりも大容量にしておいたけど」

「出力はそないハイスペックにする必要あらへんよ。あ、でもちょっとくらいイロつけてもろてええかな?」

「ちょっと、な。じゃあここをちょっとだけ太くして……あとはバランスを見ながらこっちと繋げばよし、と……。うん、魔力回路の設定はだいたいできた。やっぱりこういう作業はデジタルよりアナログの方が早いな」

 

 これ地球のPCで作業したら一ヶ月以上とか余裕でかかるし。そもそもケーブルの規格が合わないだろうし。

 

「あとはあらかじめ用意しておいた各魔法プログラムをインストール後、騎士甲冑を外部コントロールで展開させて人格プログラムをインストール、起動すればよし。一応、起動時に最適化と正規ロードの登録で3分くらいかかるな」

「正規ロードの誤認識とかあらへんの? たとえばこうやってわたしと奏曲くんが並んで起動した時、うっかり奏曲くんをロードやと思い込んでしもたりとか」

「鳥じゃねぇんだからそんなことあるわけないだろ。まず起動前に登録対象の名前・年齢・性別・パスワードを入力してから起動、それから融合騎自身が対象らしき人物を仮登録して、お前に登録時に入力した名前・年齢・性別・パスワードを音声入力したらようやく正規ロードとして正式に登録されるんだ」

 

 でないと悪用されるだろ、融合騎とかただでさえ人型が多くて体格差もある上に主従関係を結ぶわけだから、もしゲスい目的のために融合騎を横取りして等身大にリサイズされれば立派な奴隷の出来上がりだ。

 それがリインフォースみたいな可愛い女の子ならばなおのこと。別に俺はリインフォースなんかまるで興味ないが、製作の一端を担ったからには少しくらい親心みたいなものもある。

 

「八神、魔法プログラムのインストールは現在どれくらい進んでる?」

「78……80パーセントやな。騎士甲冑は既に入力済みやから展開してもええよ」

「了解。お前の魔力が必要だからちょっと片手借りるぞ」

 

 うっかり俺の魔力を流し込んで拒絶反応を起こされたり、あるいはリインフォースの正規ロード登録の際に不具合を出したりすれば大惨事なので、こういう作業は俺の体を経由して八神の魔力を操作する。

『夜天の書』に魔力抽出をしていた時と要領は似ているが、ただ吸い出すだけでなく精密に操作する方が明らかに大変だ。しかし前回よりも今回の方が体力および気分的に楽なのは、やはり供給側である八神がこの行為に対し抵抗の意思がないからだろう。

 抵抗の意思というのは存外に厄介なもので、程度に差はあれど、それだけであらゆるものは物理的・非物理的に妨げられる。特にこうして人の心理・精神・神経が影響を受けやすいものは、比例して『抵抗』も受けやすい。

 

「バリアジャケット、デフォルト設定で展開。微修正も兼ねるからデザイン修正モードON」

 

 外部コントロールで騎士甲冑を展開すると、シンプルなノースリーブ、ミニスカートの上に重なったロングスカート状のコート(以下ハーフコート)がリインフォースの全身に纏われる。

 ふむ、やはりまだ少しバランスが悪い。トップスとボトムスの裾あたりが原因だろうと判断した俺は、この裾をどう隠すか数秒だけ考え込んで即座に結論を出す。

 腰当てだ、腰当てをつけよう。シンプルではあるが、間違った判断ではない。というのも、俺がこの裾周りに違和感を感じていたのは夜天の騎士甲冑にも腰当てがあったからだ。

 彼女の後継機であるリインフォースにそれがなければ、なまじ外見が似ているだけに違和感は感じて然るべきだったんだ。

 

「えーっと、ここはこんな感じで……カラーは全体カラーに同調させて……」

 

 全体的にちょっとシンプルすぎだな。あ、じゃあこの腰当てとハーフコートは裏面でひとつに纏めちまおう。そっちの方が脱ぎやすそうだし。

 あとはトップスは首をすぽん、と通すタイプではなく前部分にファスナーを付けることにした。ただ、ファスナーを隠すラインが普通の直線ではあまりにも騎士甲冑らしくないので、「弓」の字のように横に凹凸をつける模様にしてみた。

 グローブは白の予定だったが、ここまで明るいと少しくらい暗みも欲しくなるので、ここは紺に。シューズ……って言っていいのかどうかもわからない金属製の靴はもちろん黒。通気性をよくするため、乾燥した地面の上を走る際、気温が一定以上であれば各部の小さなシャッターが開いて風通しをよくしてみる。

 

「……こんなとこか。八神、そっちは終わったか?」

「魔法プログラムの方はインストール完了。人格プログラムの入力準備がちょうど完了したとこやな」

「じゃあお前の名前・年齢・性別を入力……パスワードはお前が自分でやれ。8桁以上24桁以内で、英文字・数文字を必ず両方使え」

 

 できれば規則的な文字列にするのも非推奨すべきなんだろうが、さすがに小学生の記憶力でそれを求めるのは苦しいものがある。

 それでも、八神は悩む様子もなさげに入力し、ものの10秒足らずでコンソールパネルをこっちに渡してきた。

 

「よし……リインフォース起動開始っ!」

 

 

 

 

 世の中には往々にして予測・予想・予定・想定を越えた事態というものが少なからず存在しているもので、今まさに俺が直面している問題もそれに該当するのだろう、と冷静かつ諦めがちに状況を把握する。

 いったいどこで何を間違えたというのか。ああ、別にリインフォースの正規ロードをうっかり横から奪っちゃったとか、そういうことではない。そこは問題なく八神が正規ロードになった。……が、問題はその後、リインフォースの発言だった。

 ああ、背中に突き刺さる視線が痛い。透霞のものと思わしき視線が特に痛い。俺は何もおかしなことはしてないはずなのに、どこも変な風に弄ってないはずなのに、何がどうしてこうなった。

 

「とーさまっ! とーさまっ!」

「ははは、リインフォースはかわいいなぁ」

「あんちゃん、棒読みになってんで」

 

 夏海奏曲。肉体年齢9歳にして一児の父親(おや)になりました。

 

 ――ちゃんちゃん♪

 

 

 

 いや『ちゃんちゃん♪』じゃねえよ! なんだよこの状況!

 別に親子プレイとか趣味じゃねえから! しかも母じゃなく娘!? レベル高すぎだろ! せめて姉か妹で! できれば姉で! 姉ひゃっほう!

 あ、夜天みたいな姉が嫁だったら毎日が大変です。そして俺は変態です。知ってたね、周知の事実だったね。そして俺は羞恥だね。

 

「兄さん……」

「セ、セイセイセイセイ! ウェイト! スタップ! 落ちつけ透霞! KOOLになるんだ!!」

 

 透霞の目からハイライトさんが旅立っておられる。

 いったいどこに行ったというんだいハイライトさん。早く戻ってきてくれないと俺のSAN値がへんた……もとい大変なことになってしまうからカムバァーック!

 

「そういうプレイが好みだったんだね! だから妹には興味なかったんだ! もしや姉萌えかなと思ってたから我慢してたのに娘萌えとかひどいよ! 言ってくれたらパパとか父さんとかお父様とか好きなように呼んであげたのに!」

「ひでえ方向に勘違いすんじゃねえ! いやお前の想像通りだよ! 俺は妹にも娘にもリビドーの滾らない生粋の姉萌えだよ!! だからそういう際どい発言するのやめてくれねぇかなぁ!?」

「いや、お前の発言もかなり際どいだろーが……」

 

 割と非常事態なんで冷静なツッコミはしないでくれヴィータ。こういうのはやたらめったらなハイテンションに身を任せないとキツいんだ。

 

「とーさま? リイン、なにかわるいことしたですか……?」

 

 あっ、ダメだこれ。リインフォースの涙目ってかなり罪悪感あるわ。

 今回に限ってはマジで俺なんも悪いことしてないはずなのに。

 

「い、いや……別にリインフォースが悪いわけじゃなくて……ただ、その「とーさま」っていうのはやめてもらえねぇかな?」

「でも、とーさまはリインのとーさまです。マイスターはやてといっしょに、いえ……とーさまのちしきがあったからこそ、リインはうまれたです。だからとーさまはリインのとーさまであり、かーさまです!」

「……というのが本人の言い分らしいんだけど……」

 

 あっ、透霞の視線に込められていたものが『不満』から『疑い』に変わった。そんなに俺の信用ってないのか? いや、確かに人を騙すのは大好きだけど、透霞を騙したり……したなぁ、けっこう。

 特に二年前の夜天を巡る一件については弁明のしようもない。本当にどう説明したものか。ヴィータは既にゲームに意識を向け直したし、シグナムとザフィーラはリインフォースの言い分で納得したのか攻撃的な視線を納めてくれたが、透霞の視線がやばい。

 八神とシャマルについては最初から哀れみに満ちた感情を向けてくるだけで仲裁も何もしてくれなかったので良くも悪くも問題外。今どうにかする必要があるのは透霞だけということになる。

 

 どうしたものだろう。もしここで手を打たなければ明日の晩飯は透霞の愛情たっぷりのごはんではなく、化学調味料満載の味気ないカップラーメンになりかねない。

 それだけならまだいい。いやまったくよくないが、それよりももっと恐ろしい事態がある。ディアフレンドと二人掛かりでの『兄さん/にーちゃん だいっきらい』だ。そんなこと言われた日には自殺も辞さない。

 まぁ自殺したところで次の個体に寄生転移(てんせい)するだけだからなんの意味もないけど。

 

「とーさまはリインがこどもだといやですか? とーさまはリインきらいですか?」

「そういうわけじゃねぇけど……ほら、せめて名前で呼んでくれよ! 俺はリインフォースの父親なんかじゃねぇんだ!」

「でも……リインにとってとーさまはとーさまですっ!!」

 

 あ、やばいこれループしそう。あれだ、円形に辺や角を求めるようなもので、つまりこの問答は無駄なんだ、うん。

 

「……透霞、俺もしかしたら一児の親になるかも」

「……リインちゃんの可愛さに免じて、一言だけで許してあげるね♪」

『ゆるしたげるねー♪』

 

 あっ、透霞だけじゃなくてディアフレンドもお怒りのご様子だ。

 

 

 ――兄さん/にーちゃん のバーカッ!!



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奏曲の影響と、世界の修正力

 八神家にて透霞(とディアフレンド)の機嫌を多大に損ねてしまった残念兄貴こと夏海奏曲(ソーマ・メイスマン)――つまり俺は、現在どういうわけか透霞を足に、リインフォースを頭に乗せている。

 妙な勘繰りをされないよう言っておくと、足に乗せてるってのは膝枕のことじゃなくて、あぐらの上にお尻を乗せるアレね。ちびっこが親にやってもらうアレ。いや親じゃねーし。兄貴だし。でもリインフォースの親ではあるか。

 あ、リインフォースの親云々についてはもう透霞とディアフレンドも落ちついたので認めることにしました。でも八神にフラグを建てるつもりは毛頭ないのでご安心くだせー。

 

「いいかシグナム。俺の妹は可愛いんだ、それはもうこの世で透霞に並び立つことのできる存在なんてアリサとすずかを除いたら誰もいないってくらい可愛いんだ。掃除をさせたら埃ひとつ残らないし、洗濯をさせれば新品さながらの状態にしてくれるし、料理なんて三ツ星レストランに毎日通う頭の悪いセレブが土下座しながら「食べさせてください」と懇願して然るべき出来栄えだ。即ち透霞はこの世に存在する女性の最高峰なんだ。悪いが透霞の女子力を前にしたらお前だって大したことはない。だがそれを恥じる必要なんてないんだ。だって透霞はperfectな妹なんだから勝てるわけがないんだよ、わかるか?」

「長い上に透霞以外の女性に失礼だろう」

「あとこの場にいるのがほとんど女っつーことも忘れんなよシスコン」

 

 シスコンとは失礼な。俺は妹が好きなんじゃない、透霞が好きなんだ。その透霞が妹だったというだけだ。……おかしいな、同性愛者の言い訳にしか聞こえない。しかし事実だ。

 ところでどうしていきなりこんなトチ狂ったような話題を前触れもなくシグナムに振っているのかというと、最近ちょっと真面目にナレーションしすぎたが故の反動だったりする。

 みんな知らないだろうがなぁ! この作品は1話と1話の間にある出来事が濃密だから裏話が本編の1.7倍くらいあるんだよ! もうこれ小説として機能してないんだよ! 原因? も ち ろ ん 俺 だ よ 。

 ギルドでの仕事とか! 夜天の日常とか! 実は割と何度か会ってるクリシスとの遣り取りとか! リインフォース製作編だけで手間取り過ぎたのは明らかに俺のナレーションスキルが低かったせいだよ! だが私は謝らない。正直すまんかった。

 

「冗談だよ。いや、透霞が可愛いのはマジだけど。あ、まってまって八神。俺の分のエビフライだけひとつ減らそうとしないで」

「あんちゃんの分のエビフライは透霞ちゃんに上乗せしたるからなー?」

「やたー! ありがとっ、はやてちゃん! 兄さんごめんねー。兄さんの分まで味わって食べるからね!」

 

 ありがとう透霞。でもそこで俺にくれるという発想はないんだね。別にそれで透霞が幸せならなんの文句もないんだけど。

 あとリインフォース、つむじをグリグリしないで。地味に痛い。ハゲたらどうしてくれるんだ。

 

「よーし、みんなごはんできたからテーブル片付けてなー」

 

 八神の一声で、シグナムとシャマルが申し合わせたかのようにテーブルの片付けを始め、ヴィータが皿の配膳を。

 透霞もさすがに空気を読んだのか、俺から降りてシグナムたちから受け取った(俺と透霞の)宿題をかばんに入れ始めた。あれ、俺だけ役立たず?

 

「八神、俺もなんかすることないか?」

「あんちゃんは疲れとるやろし、リインフォースの相手しとってくれたらええよー」

 

 なんだろう。八神はまったくそんなつもりはないのだろうが、こうも手持無沙汰だと「役立たずは邪魔にならないように何もせず座ってろ」と言われてるようだ。……被害妄想であってくれ。

 な、泣いてねーし! 俺にはリインフォースがいるし! ほーらリインフォースたかいたかーい。あ、笑った。うちの娘は可愛いなぁ!

 

「はやてちゃん、兄さんが親馬鹿になってる」

「元々身内にはえらい甘いし、素質自体は前からあったんちゃう?」

「身内に甘いっつーか、身内とその他の温度差がひでーんだよな……」

 

 ロリ組がなんか言ってるけど知ったことか。テーブルに並べられていく(あくまで一般的なレベルでの)豪勢な食事に喉を鳴らしながら、俺の左腕に腰掛けているリインフォースの喉元をくすぐる。

 すると、当然ながらくすぐったいのか「やぁーん! くすぐったいですーっ!」とか言いながら俺の人差し指にしがみついてくるリインフォースが可愛すぎて生きるのが辛くない。

 

「そういえば、今日はテスタロッサの家に行かなくてもいいのか? 魔法の練習に付き合ってやっているのだろう?」

「魔力操作の練習、な。うん、明日からはもうここに来ることもあんまり無くなるだろうし、先に断っておいた。元々、ここに寄ってたのはリインフォースの製作に協力してたからってだけだしな」

 

 もっと言うなら、先日発覚した俺の睡眠不足がこれで少し解消できそう、というのも一因だ。

 ギルドでのランクが昇級したおかげで給料も前より稼げるようになったのはいいが、その報酬に比例して仕事の内容も激化している。

 この二年間で慣れたとはいっても、やはり疲労は蓄積されているし、それを根性論で耐え続けられるのもそう長くないと思っていただけに、このタイミングでリインフォースが完成したのは僥倖と言える。

 

「もっとも、さすがに夜天の書を制御するプログラムを融合騎だけで再現するのは無理があるから、リインフォースの他にいくつかストレージデバイスが必要だろうな。役割を分割しないとリインフォースだけじゃ追いつかない」

「ちゅうことは、やっぱりまだしばらく魔法はおあずけやね」

「いや、明日までに俺が作ってくる。融合騎と違ってストレージタイプは造りが現代的で楽だからな。ある程度の応答さえできれば人格型AIもいらんし」

 

 機材はギルドの仕事を早く切り上げて受付嬢たちにジャンクパーツをもらえばいいだろう。なんだかんだ言ってハードな職場だ、あそこに限らずギルドの仕事はデバイスの破損が多く、その処理をギルド側が請け負っている。

 使い道のないジャンクパーツくらい頼めばもらえるだろうし、これまでも何度か世話になっている。受付嬢の何人かには懐を搾られたが、あそこで得た収入は5、6万程度搾られたところで痛くもかゆくもない。

 

「……なんやろ、あんちゃんの協力ありっちゅーてもリインを完成させたからにはそれなりの達成感があったんに、今のでわたしの自信ズタボロや……」

「安心しろ、さすがに一晩でインテリジェントタイプは無理だ。あれは一日半くらい籠もらないと」

「透霞ちゃーん! あんちゃんがいじめるぅぅぅ!」

 

 八神が高町みたいな叫びを透霞に訴え、透霞はそれを笑顔で慰める。とても微笑ましい光景だ。

 結局、俺はシグナムとヴィータから一発ずつげんこつを貰って、おとなしく夕食タイムとなるのだった。

 

 

-19:40/帰路-

 

「……まさかリインフォースにあんなに懐かれるなんて思わなかったな。お前の記憶も、案外頼りにならねぇな」

「いくらこの世界が私の前世に存在した創作物の中のものでも、全てがわかるわけじゃないってことだね。イレギュラーもたくさんあったし、未来はどんどん変わってる」

 

 コマとコマの空白で好き放題すりゃ、そら次のコマは大惨事に決まってる。今がその大惨事――この大惨事を本来の形に戻すことは、それこそ時を戻すか転生するかだ。

 リインフォースの完成は、ある意味で俺と透霞の目標のひとつでもあった。なぜなら、透霞の知る本来の歴史において闇の書事件の最後を飾ったイベントこそが『リインフォース誕生』だったからだ。

 もっとも、その『リインフォース』の名は夜天が持つもので、あのリインフォースには『リインフォースⅡ』の名を贈られるはずだったらしいが、『Ⅰ』なしに『Ⅱ』はおかしいだろうし仕方ない。

 

「……お前は、この歴史をどう思ってる? お前がテスタロッサの事件に巻き込まれた時、高町の側につきながら大きな動きを見せなかったのは、俺に魔導士であることを知られたくなかっただけじゃないだろ」

「そりゃあね。わたしだってこんなでも中身は大人だよ? 自分の行動が周りにどんな影響を与えるかなんてこと、わかってるよ。けど、それでもいいんだ。どうせ運命なんてのは誰かに変えられるためにあるんだから」

 

 月を見上げるように夜空を仰ぎ、その手を星へと伸ばす透霞。条件は違えど、俺たちは互いに身を寄せ合うことのできる転生者。

 けど、俺と透霞が共にできる時間は少ない。生命活動の停止と共に新たな生へと転生を続ける俺と違って、透霞の転生はたった一度きり。死という終着駅が、本来よりも『一』生ぽっち多かっただけ。

 

 本来ただのモブキャラクターだったはずの俺が闇の書事件に関わり、クリシスがヴィータの体に寄生し、夜天を裂夜の鎚へと吸収して延命し、リインフォースの製作にまで関わった。

 これはもうイレギュラーでないはずがない。きっと近いうちにこの物語の『ズレ』を修正し、本来あるべきストーリーへと編集する者が――究極のメタ的存在が現れる。

 それは今回に限った話じゃない。透霞という『一次元上からの転生者』が目の前に現れたことでようやく認識できたが、これまでもそういう存在が何度も俺の前に現れ、その度に転生を繰り返していたのかもしれない。

 

 だったら、俺のこの世界に存在できる時間は透霞以上に少ないだろう。透霞は『イレギュラー』ではなく『イレギュラーに本来のストーリーを教えて状況を悪化させた張本人』であって実行犯じゃない。

 だから狙われるとしたら俺だけ。クリシスはこの世界に存在する『夏海奏曲』としての俺は守ってくれると言ったが、それも束の間の休息になりそうだ。

 

「兄さん」

「んー?」

 

 隣から聞こえる大人びた幼い声に視線を向けず返事をする。

 

「いつか兄さんを討つのは、やっぱりわたしなのかな」

「……どうだろうな。けど、俺の知る限りじゃお前が一番『らしい』だろうと思うよ」

 

 かつてメタ的な存在――即ち一次元上の存在であり、俺に最も近く、影響を与えることのできる転生者は、この世界で俺の知り得る限り透霞だけ。

 ましてデバイスなどという好都合極まる武器まで与えられているのだから、これを修正力として使わない手などあるだろうか。いやない。反語。

 

「……この会話が今まさにフラグだとしたら、死亡フラグ乱立すれば生き残れるかもね」

「思いつく限りの死亡フラグを全て口に出してやろうか」



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奏曲の衝撃と、学校でのアレコレ

 火曜日、ちゅーずでい。平日、非祝日・非休日。朝、ノット昼・ノット夜。

 ぐもーにんえぶりわん、あい、あむ、Soma Natsumi(=Soma Maceman)!! あれ、名前のとこだけちょっと滑舌よくなかった?

 仕切り直しておはようございます、夏海奏曲(=ソーマ・メイスマン)です。今さらだけどメイスマンって変な苗字だよな、鎚鉾男とか。

 

「すずか、料理のさしすせそってなんだっけ。砂糖・塩・スルメ・メダカ・河童・パセリまでわかるんだけど、リで始まる言葉ってなかなか無くて……」

「リンゴでいいんじゃないかな」

「なるほど、すずかは賢「誰かハリセン持ってきなさいハリセン!!」

 

 朝からキレのいいアリサのツッコミを堪能すべく、悪ノリ担当のすずかと一緒に『料理のさしりとり』を興じたところ、我が親友殿は俺の期待にしっかりと応えてくれた。

 なんでいきなり料理のさしすせそなのか、そのあたりを説明するには小一時間ほど問い詰められる必要があるし、それはもうシグナムの双丘よりも大きく、シャマルの谷間よりも深い理由があるのだが――ようするに調理実習なう。

 

「おかしいでしょ! なんで途中からしりとりになってんのよ! 砂糖と塩しか合ってないじゃない!!」

「佐藤利男さんって誰だよ」

「誰も人名の話なんてしてないわよ! Sugar and saltの話よ!」

 

 やたらネイティブなイントネーションで発音なされるものだから逆に聞き取りにくいという珍現象に陥りつつも、アリサは卵を溶かす手を止めなかった。

 今作っているのは確かチャーハンとわかめスープとかしわの唐揚げだったはずだが、どうして卵の中に大量の一味とラー油が投入されているのか。明らかに卵の色ではない。

 

「アリサちゃん……。それ、誰が食べるの……?」

「へ? ……ああっ!? しまった、いつもの癖で奏曲味にっ!?」

「待てアリサ、その表現には語弊がある。待て男子諸君、包丁をこっちに向けるんじゃない」

 

 違うんだ、待ってくれないかマイクラスメイツ。俺は今のところアリサといかがわしい行いをした覚えは微塵たりともありはしないし、そもそも『そういう関係』にすらなってない。

 アリサの言うところの『俺味』というのは、休日とかウチに遊びに来た時、中華好きな俺のためにアリサがちょくちょく料理を振る舞ってくれるのだが、その味付けがいつの間にか俺好みな辛口へとシフトしていたというだけなんだ。

 おうクラゲ野郎、仮にも同じ班だろう。ちったぁ助け舟を出すくらいの人情くらいお前には無いのか。

 

「野蛮人にかける情などドブに捨てるか野良犬に喰わせて下剤代わりにしている」

「よぉーし喧嘩だ。おら表に出ろよクラゲ野郎、あるいは今ここでションベンぶちまけて「ふぇぇ……おもらししちゃったよぉ……!」とか涙声で喚いて額を床につけろ。そしたら9割殺しの後に散々笑い飛ばすだけで勘弁してやる」

 

 無いらしい。視線で俺の意図を汲み取ってくれたのはありがたいが、汲み取った上での第一声がこれだというのなら俺の殺意もアウェイクニングせざるを得ない。俗に言うところの「よろしい、ならば戦争(クリーク)だ」というやつだ。

 

「奏曲くん。めっ、だよ?」

 

 ……人差し指をぴっ、と立てて上目遣いでウィンクを向けてくださったすずか嬢のご慈悲に感謝しろクラゲ野郎! エプロンすずかきゃわわ!

 おや、アリサさんちょっと待ってくれないかな。その赤さはおかしい。それ卵がしていい色じゃない。赤っていうかもはや紅じゃないか、アリサはお茶目さんだなぁ!

 

「……タバスコってどこにあったかしら」

 

 ――すみませんでした、さすがにそんな辛さを口にしたら俺のアスタリスクが大変なことになってしまうので早急に別の卵を溶いていただけないでしょうか。

 あと、できることなら俺も料理に参加――は、さすがに無理ッスよねー。だってすぐ横で作業してる別班から透霞が凄い視線を向けてきてるし。

 家だけじゃなく調理実習までアウトとか俺の授業態度に響く……こともないか。家庭科に限らず、俺はどの教科においても授業態度は悪いから、それについて憂う必要はいまさらなさそうだ。

 

 無論、それで「まぁいいか」と済ませるのはダメなホモサピエンスのやることだが、生憎と俺は自分がとてもよろしくないヒューマンだと認めることに憚りがない。

 そう言われていい気分にはならないが、逆に悪い気分にもならない。だって義務教育だものこれ。授業態度がどうあろうと出席日数がどうあろうと、中学で周囲についていける最低限の学力さえきっちに身についてればいいし。

 もっとぶっちゃけてしまえば、俺って転生抜きにしても頭いいし。仮にもロストロギアの管理・制御を任されてるわけですしおすし。……おすし面白いな、ちょっと気に入った。

 

「た、卵を溶くだけならいいよな……?」

 

 誰に向けるわけでもない風を装いながら、横目に我が愛しのシスターの反応を窺う。

 

 

- ダ メ ダ ヨ -

 

 

 どうやらアウト判定らしい。アリサとすずかに視線で助けを乞うが、その返事は「料理はこっちに任せて、諦めなさい」的な視線のみだった。アイコンタクトってすごい。思念通話いらないじゃん。

 手持無沙汰となった俺は仕方なく皿の準備だけして、火の様子とフライパンの中身を交互に見ながら暇をつぶした。

 チャーハンの素くらい使えばいいのに、卵・野菜・肉・胡椒だけで作るなんて無駄に本格的な調理実習だ。いや、調理実習だからこそ、とも言えるが。

 

「アリサ、ストップ。せっかく卵を溶きなおしたんだから、また一味をぶち込もうとするんじゃない」

「え? ……あっ、ほんとだ。ほぼ無意識だったわ。ありがと」

 

 どうやら、手持無沙汰と思ったらそうでもなく、アリサのうっかりをセーブする役割が与えられていたようだ。わぁい!

 ……ダメだな。一応これでも年齢的にショタだけど、俺にショタ属性は似合わねぇわ。そもそもこんな目つきしてる時点で「そっち」方面の属性は諦めきってるけど。

 

「ていうか今さらだけど、調理実習って3・4時間目にやるべきだよな。朝飯食って登校して2時間目の後半に差し掛かるあたりでまたメシとかバカじゃねーの。あの先生ぜってぇスケジュール管理能力がどうかしてる」

「な、夏海くーん? 聞こえてますよー?」

「すみません先生、少し素直すぎましたね俺。大丈夫、決して本心じゃありません。でも安心してください。「スケジュール管理能力だけじゃなくて生徒の健康管理能力もなってねぇなこの人、家庭科の担当のくせに」とかまったく思ってませんから」

 

 次の瞬間、その先生は泣きながら調理室を去って行った。おかしい、俺はちゃんと「思ってませんよ」と言ったはずなのに、なぜあんな反応をされなければならんのか。

 そしてクラスメート諸君、お前ら先生が泣いて去って行ったのに無反応とか訓練されすぎじゃあるまいか。いや、まぁ非難の矛先を向けられるよりずっといいんだけどさ。

 

「おいクラゲ、乾燥ワカメ入れ過ぎだろそれ」

「うるさい。黙ってろ脳筋クズ」

「よぉーし喧嘩だ!」

 

 さすがにここで喧嘩()り合って他の奴らに怪我をさせるつもりはない。それはクラゲも同じらしく、二人して調理室を出たところで――天使の顔をした戦女神(すずか)から天誅を受けたのだった。

 完全に不意討ちだったとはいえ、まさかこの俺が一撃で沈まされるとは……さすが、俺の……親……友……。

 

 

 

 

 昼休み。1・2時間目の家庭科で作った内容が未だ胃に残っている俺たちは、普段なら和気藹々としておかずを交換し合っているものの、今は弁当箱の蓋を開けることすら憚られているようだった。

 なお、俺の場合は透霞がこうなることを予期してか、それとも単純に手間だったからか、今日は弁当を作ってすらいなかったので、今は恒例のメンツで雑談タイムと洒落こんでいた。

 

「けっこう冗談抜きに死ぬかと思った。いや、そんなこと思う暇もなく落とされた。すずかさんマジこええっす」

「そ、そんなことないよ!? いくらなんでも不意討ちじゃなきゃ奏曲くんを一撃で落とすなんて真似できるわけないよ!」

「いや、不意討ちでも兄さんを一撃を落とせるの夜天さん抜いたらすずかちゃんくらいだよ」

 

 シグナム相手でも一撃もらったくらいじゃ気絶まではしないし、高町の砲撃に至ってはそもそも当たらない自信がある。強いて言えばザフィーラとの接近戦で急所にモロ、というのが怖いところだが、それでも気絶はしないだろう。

 自分で言うのもなんだが、そもそも警戒心の高い俺の不意を討てる奴ってのが限られてるし、そこから相当な戦闘力を持つ奴だけを厳選すればさらに数は限られる。だからこそ、俺は思う。すずかさんマジこええっす、と。

 

「ちゅうか、むしろすずかちゃんの不意討ちをモロに受けて気絶で済むあんちゃんの方が怖いわ……」

「水都くん大丈夫かな……。さっきフェイトちゃんと一緒にお見舞いに行ったら凄くうなされてたけど」

「わ、わたしは手加減したからね? 奏曲くんと違ってかなり手を抜いたからね?」

 

 おう、ちょっと待ってくれマイディアフレンド。まさかとは思うがお前、俺には本気で殴ったんじゃあるまいな。もしそうならよく生きてたな俺。そらすずかに全力で殴られたら気絶でもマシな方だわ。

 おかしいな、いつもはアリサに凭れかかって支えてもらい、すずかの優しさに甘えて癒されているはずなのに、今ばかりは支えも癒しもすべてアリサから受け取りたい気分だ。

 

「あ、そういえば奏曲、今日は来てくれるよね?」

「ん? あぁ、うん。八神の方のアレコレはもう片付いたし。あ、でも明日は透霞と出掛ける予定があるから無理だ。明後日は……たぶん大丈夫だろ、うん。土日はそっちに合わせる。日中は無理だから、時間はいつも通りな」

「誰かあんちゃんのスケジュールを見直させたってくれへん? こんまま生活させとったらいつか倒れてまうよ?」

 

 先日もう倒れた、とは言うまい。

 

「で、アリサ。その土曜日の日中なんだけど、前に言ってた水族館にすずかと三人で行かないか? すずかにはもう了承もらってるんだけど」

「いいわよ。具体的な時間と待ち合わせ場所はまた帰ってからメールで確認しましょ。なのはとフェイトはともかく、はやてあたりがデバガメしそうだし」

「わたしそんなに信用あらへんの!? いくらなんでもそら酷すぎやろアリサちゃん! まぁここで聞いたらデバガメする気マンマンやったけども!」

 

 今度から八神のことはタヌキ娘と呼んでやろうか。ひとまず俺の中で八神の正式な属性が決まった。

 今までは透霞もディアフレンドも八神も等しく「妹」として扱ってきたが、このままではいつか俺の彼女らに対する扱いに差が生まれ、彼女たちの仲に綻びが生じる。

 それを避けるためにも、この三人にはそれぞれに別々の属性をつけて差別化を図るつもりでいた。その結果が、これだ――!

 

 透霞――【依存型】・『被保護系』・≪天然妹≫

 DF――【主従型】・『被世話系』・≪アホ妹≫

 八神――【信頼型】・『被介護系』・≪しっかり妹≫

 

 種族とか血縁とか諸々の要素を無視すれば、割とアリなんじゃないだろうか。天然とアホは被っているように見えて、実のところけっこう区分けがしっかりされているし、そうだな……序列的に長女・八神、次女・透霞、末女・ディアフレンドといったところか。

 

「あ、奏曲が透霞のこと考えてる」

「奏曲くんの考えてることってわかりやすいよね」

 

 横で呆れたような様子のアリサとくすくす笑うすずかが何か言っているが、気にしない。

 今の俺は頭の中で三人の妹から「兄さん!」「にーちゃん!」「あんちゃん!」とコールされている様子を妄想することに全力を注いでいて忙しいのだ。

 おかしいな、アリサから向けられる視線から温度が失われた気がする。

 

「……奏曲、ちょっと耳貸しなさい」

「え? なんで? ……ハッ!? さては噛み千切る気か! 鬼! 悪魔! アリサ!」

「今すぐ訂正して耳貸さないと本当に噛み千切るわよ? 耳だけで済めばいいわね……」

 

 俺はすぐさま土下座&前言撤回してアリサの口元へと耳を近付けた。

 すると、彼女は少しばかり間を置いて何かを決意するかのように深呼吸をすると、吐息混じりの艶めかしい小声で――

 

「そ……そうまおにぃちゃん……?」

 

 俺はその日、転生開始から初と思われるほどの劣情と興奮と衝撃を一気に味わった。



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友達デートと、奏曲のマスター

 アリサの「そうまおにぃちゃん」事件から数日。約束の水族館デートのため海鳴から8駅跨いだ矢後サイドビル水族館に訪れていた。

 熱帯魚のコーナーでアリサが「かわいいけど猫の多いすずかの家じゃ絶対飼えないわね」と言ってすずかをからかったり、爬虫類コーナーでやたらでかいアオダイショウをひょいと持ち上げたすずかがアリサに仕返ししたり。

 俺はただその様子を見ながら、ふと来年にまで近づいた「卒業」について考えた。私立聖祥大附属小学校の生徒は、よほどの理由がない限りそのままエスカレーター式に私立聖祥大附属中学校へ進学することになる。

 

 少なくともアリサとすずかはそのつもりだと聞いたが、透霞や高町たち魔導士ガールズはどうなのだろうか。

 ……きっと、もう答えは出ているのだろう。少し前まで、俺がアリサやすずかと出掛ける時は「一緒に行きたい」と言っていた透霞も、最近は「離別に慣れようとしているかのように」俺と離れることへの抵抗をしなくなっている。

 

 今日のこれだって、二年前の透霞なら俺がこれを企画した時点で「じゃあわたしも行っていい?」と訊いていたはずなのだから。

 なのに、あいつは俺の予定を聞くなり「じゃあわたしはなのはちゃんたちと一緒に遊んでくるから、楽しんできてね」と袖を引かず背を押した。

 これが兄離れというものなのだろうか。シスコンだったつもりはないが、少し寂しいかもしれない。

 

「……なぁ、二人とも」

「うん? どうしたの、奏曲くん」

「ぼーっとしてたけど、やっと何か言う気になったの?」

 

 ……二人は、どうなんだろうか。

 

「いや、10時の開館からずっと立ちっぱ歩きっぱだろ? さすがに疲れてきたし、時間も少し早いけど昼時だ。席が埋まる前にメシにしないか?」

「あー……確かにそうだね。目玉みたいなところはほとんど見て回っちゃったし、わたしも少しお腹すいたかも。……アリサちゃんは?」

「うーん……そうね、ちょっと疲れたかも。朝は電車も混んでたし、家を出る時はちょっとごたごたしてたしね」

 

 海鳴駅に集合したのが9時。各駅停車のワンマン列車で8駅を跨ぐここは、電車の中で1時間近く過ごすことになる。

 曜日の関係上、この時間は通勤と遊びの両方で電車を使う人が増えているため、座れる席の数も多くないし、実際アリサとすずかは2駅越えたあたりで空いた席に座れたが、俺は吊革にも手が届かないので出入り口近くの棒を掴みながら一時間を過ごした。

 ホントは矢後駅についたところで少しベンチで休みたかったが、その頃には既に水族館が開いていたし、二人の楽しみを隠しきれないような表情を見れば「休む」という選択肢は消え失せた。

 

「じゃあ決まりだな。えーっと、飲食店エリアは……」

「今わたしたちがいるのがここだから、向こうだね」

 

 ポケットからこの水族館のパンフレットを開くと、館内のマップから飲食店エリアを探し、現在地との距離をはかる。まぁ少し大きめの水族館とはいっても、結局は室内だ、子供の足でも距離なんて知れている。

 今日は透霞たちにもお土産を買うためにお金を少し多めに下ろしてきているし、少しくらい贅沢してもいいだろう。まぁ、普段と比べてデザート一品分くらいの贅沢だが。

 

「軽食でいいわよね? さすがに重いものは入らないわ」

「あ、じゃあこの喫茶店よさそうじゃね? オススメは海鮮サラダサンドだってさ」

「水族館だからなんだろうけど、水棲生物を見るための場所で海産物を食べるのってけっこう勇気がいるんじゃないかな」

 

 うん、俺もそれは思う。動物園で動物型クッキーくらいならいいけど、カンガルー肉のステーキとかメニューに載ってたらさすがにちょっとな。

 でも海鮮サラダサンドくらいならコンビニでも探せばありそうだから抵抗も少ないし、店の方もそこまで考えてたかどうかはともかく、商法的にインパクトの取りやすいこれは十分『成功例』だろう。

 

「まぁまぁ。別に水槽の魚たちを使ってるわけじゃないだろうし、いいんじゃないか?」

「そうね。あんまり深く考えすぎても疲れるだけよ。それよりパスタに期待しましょ。イカ墨パスタとか、シーフードパスタとか」

「そうだね。じゃあ、いこっか」

 

 

 

 

 驚いた。俺この水族館ナメてたかもしんない。まさかこんな特に有名でもない水族館でひっそりとやってるような喫茶店に、シーフードパスタが「2種類」も用意されてるとは思わなかった。

 しかもそれどころか、海鮮サラダサンドにはイカ墨ドレッシングとかいうドロリとした黒い液体もついてきたのだが、これをサンドイッチをちょっとめくって中に塗り、こぼれないように食べると……美味い! テーレッテレー。

 すずかから別けてもらった海藻とエビのサラダもなかなかのものだった。いやこんなにいい出来なんだから館内でやらずにそこそこ人通りのいい場所で店を構えればいいだろうに。

 よっぽど自営が不安なのか、それともこの水族館に思い入れがあるのか。料理は言うまでもないし、店の雰囲気も今のこの感じをそのまま活かせば悪い方には転ばないと思う。

 

「……で、結局さっきはなんだったのよ」

「え? さっきって何が?」

 

 俺がひたすらこの店の未来について勝手に妄想していると、不意にアリサから声がかかる。

 問い詰める、というほど強い視線ではないし、心配する、というほど不安じみた視線でもない。純粋に俺の考えてたことが気になる、という好奇心からくるものだろう。いや心配はちょっとあるかもしれない。

 唐突なことだったので反射的に「何が?」と訊き返してしまったが、冷静にアリサの視線と雰囲気から察するに、さっき卒業後のアレやらコレやらについて考えていた時のことだろう。

 

「あー……。うん、いや……ちょっとな。別に大げさな悩みとかでもないし、ふと考えだしたら止まらなかったってだけだから、気にしなくていい。二年前みたいに事件とかそういうの抱えてるわけじゃないから」

「それはわかってるわよ。あんたがそういうのに巻き込まれてるなら、とっくにもうどこかしら痣だらけのはずだし。それに最近はフェイトとかはやてのとこで色々あって、しかも夜中はギルドとかいうとこの忙しいんでしょ? だからそういう心配はしてないわ」

「そうだね、そこはわたしたち二人とも知ってるし、そんなに大きな問題なら、とっくに何か愚痴とか言ってくれてるって信じてる。……でもね? だからって、奏曲くんが何を考えてるのか1から10までわかるわけでもないんだ。だから……よかったら、何を考えてたのか教えてほしいの。悩みとかじゃないなら、なおさらだよ」

 

 楽しいことなら、三人でわけあって笑いたい。苦しいことなら、三人でわけあって悩みたい。俺たち三人が『親友』と互いを呼び合うのに憚らなくなった5年前から、俺もずっとそのつもりだったのに、なぜか少し忘れかけていたのかもしれない。

 別に、面白いネタがあるわけでもない。かといって、相談が必要なほどの悩みというわけでもない。卒業への想いといっても、転生を繰り返す俺には期待も不安もなく、ただ一抹の寂しさがあるだけ。だから……言うほどのことでもないと思ったけど。

 

「…………」

「…………」

 

 こいつらに隠し事なんて、無理ってもんだわな。

 

「……はいはい。ちゃんと1から10まで説明するから、そんな真剣な目をしなさんな。本当に大したことじゃないから」

 

 

 

 

 少し混み始めた店を出てすぐのベンチに腰掛け、例の話題を全て話し終えると、二人も「あー……」と、気まずくもなければ呑気でもない微妙な雰囲気で虚空を見上げた。

 

「俺の予想じゃ、あいつらはたぶん中学校に進学こそするけど、管理局の仕事をこれまで以上に優先することになると思う。あっちの常識じゃ、中学生くらいの子が管理局で働くってのは珍しいことじゃないしな」

 

 もちろん、その「あいつら」の数には透霞も含めて。

 

「民間協力者のなのはと透霞とはやてはともかく、フェイトは間違いないでしょうね。あの子は元々、嘱託魔導士……だっけ? そういうキチンとした立場があるわけだし」

「あれ? でもなのはちゃんも、二年前の事件で「民間協力者だったはずなのにいつの間にか嘱託魔導士扱いになってた」って言ってたよ?」

「……ブラックってレベルじゃねーぞ管理局。本人の同意なく勝手に立場変えるなよ……」

 

 嘱託魔導士と民間協力者じゃ、準社員とボランティアくらいの差がある。しかも準社員としての立場を高町に背負わせて管理しときながら給料は与えないとか最悪じゃねーか。

 しかもたぶんこれ、高町にこの事実を教えたところで管理局側は「正式な手続きがあったわけではないので、これまでの働きに対する給与を与えることはできない」とか言いそうだから救いがない。

 

「じゃあたぶん高町とテスタロッサは確定だな。八神とヴォルケンリッターは民間協力者でもなんでもないからこっちに残るだろうけど、あっちに顔と住所が割れてんだよなぁ……」

「今の奏曲くんの話を聞く限り、透霞ちゃんも向こう優先のつもりみたいだし、本当に寂しくなるね……」

「他の誰かにそうしろって言われてんならともかく、今回のことは透霞も透霞なりに考えて、その上で俺の元を離れようとしてるわけだし、あいつの決意を知った以上はあいつのやりたいことをやりたいようにさせてやるのが兄貴の役目かなー、と」

 

 最大の問題は、透霞が昔言ってた『StS』っていう未来の話……。あれは確か、八神が管理局に所属していることが大前提となるストーリーだったはず。

 つまり、世界の修正力が最も強く働くであろう未来こそがその『StS』のはずだ。俺に残された時間は、そう長くないかもしれない。

 

「中学に上がったら……か。とりあえず俺は今の内にマスターを探しておくべきかなぁ。部活とかするようになったら、そういうの探すこともできなくなるし。ギルドの仕事も増えるだろうしな」

「そういえば奏曲のマスターって、やっぱり凄い魔力を持った魔導士限定、みたいなのがあったりするわけ? あんたってそれなりに凄いマジックアイテムを管理してるんでしょ?」

「いや……凄いというか、単に保有する魔力量が並はずれてるから、悪用のし易さって意味での危険度が他のロストロギア以上ってだけで、出来ることは魔力を溜めこむことだけだしな。お前らでもマスターになれるよ」

 

 試してみるか? と俺が二人に手を伸ばすと、アリサは少し悩んでから好奇心が勝ったのか迷いなくその手を取り、すずかは最後まで悩んでおそるおそるといった様子で同じく手を取った。

 純粋な魔力結晶体である俺が操作できる魔力は、一般的な魔導士が用いる魔力とは微妙に異なることは以前にも語ったと思う。彼女たちの魔力に桜色やら黄色やらの色があるのは、根源的な魔力――つまり「透明な魔力」に、彼女たち個人の色を付けることで、燃費や出力を「最も自分に合った状態」にしたからだ。

 それは言い換えてしまえば、基本的に魔法を行使できない人間にも「色」というものが確かに存在することを意味しており、俺はその「透明な魔力」をアリサとすずかに流し込むと、彼女たちの手がじんわりと淡く光った。

 

「わっ、光った!」

「へー、これが魔力?」

「そ。色が違うのは『魔力光』ってのがあって、個人の魔力波長によって色が変わるんだ」

 

 アリサの魔力光は黄色に近いオレンジ。すずかは青に極めて近いパープル。……うん、わかりやすくてよろしい。

 

「悪用防止ってことも含めて、できればお前らのどっちかが俺と契約して、マスターになってよ! ってのが本音かな。魔力的な維持費があるわけでもないし、少なくとも人体に悪影響はないよ」

「そういうのって、普通は一般人は巻き込まないってのがルールなんじゃないの? なのはだって、あたしたちに魔導士のこととか隠してたくらいだし」

「マスターになっても魔導士になるわけじゃないしな。積極的に魔法を行使しなきゃ局に目をつけられることもないし、お前らが局に入るとか言いださなきゃ大丈夫だよ」

 

 それにアリサとすずかは高町と違って魔法を手に入れたところで積極的に事件に首をつっこむタイプじゃないし。

 いや高町だって最初は巻き込まれただけだったっぽいけど、段々と自分から動くようになっちゃったからなぁ……。まぁ立派だと思うけどね。

 

「すずか、やってみる?」

「わたしは今のでもう満足かな。マスターってなると、友達って感じじゃなくなっちゃいそうだし」

 

 別に命令のない時は今まで通りだし、そんなことはまったくないんだけど、きっと言ったところで意味はないんだろう。感覚的な問題みたいだし。

 となるとアリサも無理そうだが、一応訊いてみようか。

 

「アリサは?」

「うーん……すずかの言うこともわかるんだけど、あたしはちょっと興味あるかも。あんたのマスターになっても、命令しなきゃ今まで通りなんじゃないの?」

「察しがいいな。その通り、俺がロストロギアとしてマスターに従うのは、あくまで「使われる」から主従関係なのであって、使われなきゃ今まで通り好き勝手するだけだ。マスターの許可がないと何もできないわけでもないし」

 

 少なくともファンタジー系のアニメや漫画によくあるような息苦しさはまったくない。

 アリサは語気が強いからなんでも命令口調に聞こえるけども、それが誤作動の原因となって俺がそれら全てをこなさなければならなくなったりとかもしない。

 具体的に言うと、冗談で「死ねッ!」とか言われても死なない。

 

「じゃああたしは保留で。さすがにノリで決める気もないしね。もう少しじっくり考えるから、それまで待っててくれるわよね?」

「もち。すずかは醤油よりきなこ派?」

「そうだね、きなこ派だね。あんこも好きだけど、あんまりくっつかないんだよね」

「そうよね! そろそろシリアスが続かなくなる頃よね! わかってたわよ!」

 

 館内ではお静かに。



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奏曲の告白と、親友たちの返事

 今代に転生して11年……マスター探しをサボってたわけじゃないが、どういうわけかロストロギア一人歩き状態だった俺は、ようやくこの世界で新たなマスター候補を見つけた。

 しかもその候補というのが、明らかに将来有望な金髪美少女で頭脳明晰、明朗快活としたさっぱり系の性格は男勝りと捉えられることもあるのに、持ち合わせる女子力はそんじょそこらの女たちを一切寄せ付けないときている。

 アリサが正規所有者になってくれたなら、俺はもう何もこわくない。俺、世界の修正力との戦いが終わったらアリサとデートするんだ。花束も、買ってあったりなんかして。なぁに、勝率99%のゲームだ、気にすんな!

 

「……アカン」

「「は?」」

「いや、なんでも」

 

 ぽつり、と零した俺の呟きはマイディアフレンドたちにばっちり聞かれていたが、こんな痛々しい脳内死亡フラグのオンパレードを説明するわけにもいかず、無理矢理にでも軌道修正を試みる。

 女の子を相手に『無理矢理』って表現はそれだけでエロいような気がするのは俺が思春期だからなんだろうか。肉体年齢的には少し早いような気がするし、精神年齢的には数百年以上前に終わったはずなのだが。

 

「で、次はどこに行く? 館内はもう二周したし……もう出て外でショッピングでもするか?」

 

 なぜ二周もしたのかというと、それはまぁけっこう単純な理由で、一周目で自分たちの好きなコーナーを探して、二周目が本命……一周目で目をつけたところをじっくり回っていたからだ。

 一周目では単純にアリサへの仕返しのつもりだったすずかは、例の爬虫類コーナーがなかなか楽しかったらしく、またあのアオダイショウを撫でていた。

 もちろんアリサはそんなすずかを視界に入れもせずアルマジロトカゲを見て「これ男子が好きそうよね」という割と的確なコメントをしていらっしゃった。確かに好きだろうな、特に中学2年生あたりの男子が。

 

「そうね、もう十分すぎるくらい堪能したし、飽きて次回が億劫になる前に出ちゃった方がいいかもね」

「アオちゃん……」

「あのアオダイショウそんなに気に入ったのか……」

 

 アオダイショウのアオちゃんをいたく気に入ったらしいすずかは少し寂しそうにしながらも、俺とアリサが手を引くとまたすぐにいつもの柔らかい笑顔に戻って俺たちの腕に抱きついた。

 わかりきっていたことだが、俺もアリサもすずかには甘い。それは俺たちがすずかに(友達として)ベタ惚れなせいでもあるが、単純にこいつが甘え上手なのも一因だろう。

 こうやって腕を組むくらい、俺たちの間柄なら別になんにも憚られるものなんてないのに、こんなにも嬉しそうな顔をされたら見ているこっちまで幸せになってしまう。そんな笑顔を持っているから、俺とアリサはこいつに甘いんだ。

 

「でも私たち、あんまりここでお買い物とかしたことないけど、奏曲くんはよく来るの?」

「まぁ、それなりに。海鳴だけじゃ買い物の幅が狭まるし、かといって隣駅の風芽丘じゃお袋と出くわす可能性がなきにしもあらずだからな……」

 

 ああー、という気まずい返事が二人から返される。

 

「それに言うほど遠くもないしな。さすがに透霞と二人で年末の買い物をする時はいつも苦労してるけど」

 

 年末は歳末大売り出しとかでいろいろ安くなってるし、そうでなくたって安売りしてるとこは多いんだから、まぁ買いまくるよね。買いすぎるよね。荷物がね、多くなるよね。帰れねーよ!

 俺も透霞も11歳なんですよ! 人前で魔法使うわけにもいかないんですよ! 指が千切れるような思いをしながら荷物を運ぶんですよ! どういうわけかたまに透霞が痴漢に遭うんですよ! 11歳なのに!

 世も末だなとか思いながら半殺しにして車掌さん呼んで警察に突き出すわけですよ! 事情聴取で時間くって帰りがさらに遅くなって冬の寒空の下をクソ重たい荷物もって歩くわけですよ、そら色んなストレス溜まりに溜まって透霞だって泣きだすわ!!

 

「……ロリコンって滅べばいいのにな」

「えっ、なんで年末の話からいきなりそれ?」

「いや、ちょっと年末の電車内で身内が被害に遭って……」

 

 ああー、という気まずい返事が二人から返される。

 二回目だよこの空気。

 

「前例もあったから連れて行くの嫌だったんだけど、年末年始はさすがにお袋も帰ってきてるから一人であの人のところに居たくなかったんだろうな」

「初めて見た時は人のよさそうなおばさまだと思ったけど、あたしらが奏曲んち出た途端に聞こえたあの声を聞いたらすぐに信じられたわ……」

「人の目がなくなると常にあんな感じだ。前から考えてたことなんだけど、中学を卒業したら透霞と一緒に家を出て矢後で暮らす。金ならちゃんと溜めてるし」

 

 ギルドのいいところ、その1――報酬のお金は各個人のホームでの通貨に直して支払ってくれる。どうやって日本円であの金を用意したのかは知らんが、ロクなルートじゃないのはわかってるから気にしない。

 家の口座とは別に個人の口座を作るのにもけっこう苦労した。なんせ俺まだ子供だし。保険証は母親が帰ってきてた時に透霞の分と一緒に抜きとって今でも自分で管理してる。印鑑は家にあったからいいけど。

 一番の問題は子供一人で相手にしてくれるかどうかだったが、相手がかなりドライで子供だろうがなんだろうが仕事ならやる、って感じの人だったから助かった。個人的にああいうビジネスに個人の価値観を挟まない人は好印象だ。

 

「中学卒業と同時に家出って……さすがにそれは無茶じゃないの? お金を溜めてるっていっても、子供の小遣いだけでどうすんのよ」

「HAHAHA、ご冗談を。一回のミッションで最低でもン百万は稼いでんだ、現時点の貯金だけでも大人が泣きだす金額だぜ!」

 

 ……あれ? なんだろう空気が重い。

 

「ミッション? ン百万? ギルドの仕事が大変とは聞いてたけど、その仕事の内容って……」

「……あっ」

 

 

 

 

 改めましてこんにちは、夏海奏曲ことソーマ・メイスマンです。両の頬に赤く滲んだ美しい紅葉があるのは美少女な親友たちから愛されている証だと思ってます。思わないと泣きそうです。

 もうとっくに言ったものだと思ってたので、まさかアリサにあんなにも恐ろしい形相で怒られるとは思いませんでした。すずかはすずかで、慈愛がまるで感じられない満面の笑顔がアリサ以上の恐怖を植え付けてくれました。

 念の為に言っておくと、この両頬の紅葉はアリサとすずかのものではありません。アリサ一人による二人分の心配が込められた愛の紅葉だそうです。すみません「愛の」の部分は俺が勝手に脚色しました。

 

「でもまぁ、奏曲は二年前の事件で管理局に目をつけられちゃったものね」

「そのお仕事をしてる間だけ見逃してくれるっていうなら、仕方ないかもね」

「そう思うならなんで俺はあんなに怒られたのか……。周囲の目がまるで『二股をしてた男がその事実を悟られ付き合っていた女二人に怒られてるところ』を見るようなそれだったぞ」

 

 俺まだ小学生なのに。

 

「あんた二股できるほどモテもしないくせによく言うわね」

「言うな、泣けてくる」

 

 俺の周りには女子が多い。でもそれが世の男性たちが羨むハーレム的なそれかと言えば、もちろん首を横に振らなければならない。

 なぜなら彼女たちは俺の妹1名と親友2名と友人3名、さらに対話可能な守護霊もどき1名の計7名から成っていて、そこに異性のあれこれが存在する人物がいないからだ。

 

 いや対話可能な守護霊もどきはちょっとくらい異性としてそういう目で見たこともあるし、それについてはお互い自白しているのだが、なにせ肉体がないので視覚的に知覚できないのでノーカンということにする。

 また友人1名と対話可能な守護霊もどき1名に共通する4人+1匹の友人の内、後者1匹以外は全て女性であるものの、2人はロリ、挙句その片方は俺のことを父と呼び、残る2名は俺にまるで興味がないときている。

 残る2名の片方は俺と何度か背を預け合った戦友でもあり、そういう意味で興味は持たれているのだが、そんな刃と拳をぶつけあう関係に異性としてのそれもクソもない。

 

「じゃあどっちか俺と付き合ってくれよ」

「お断りよ」

「あはは……ごめんね?」

 

 だよねー、知ってた。

 

「まぁ別にお前らのせいとは言わないけどさ、俺のツラが悪いのもあるけど、やっぱ周りに女子ばっか引き連れてるのも一因なのかね」

「一因ではあるでしょうね。一番の原因はその目つきと性格だけど」

「もうちょっと女の子に優しくなったらきっと人気でるんじゃないかな」

 

 すずかのそれはフォローのつもりなのかもしれないが、少なくともお前らの前では割と優しくしている気がするのは気のせいだろうか。

 確かにお前らの前で高町を弄ることはあるが、それはアリサだって一緒になって弄ってるし、クラゲとのあれはクラゲが悪い。だって先にバイクをディスったのあいつだし。

 クラスの女子にだって少しくらいは優しく……あれ? そもそもこいつら以外の女子と最後に喋ったのっていつだっけ? 何ヶ月も前じゃないと思うんだけど、うーん……。

 

「……あっ、でもほら、こないだ教室に忘れ物した女子にそれ届けたぞ?」

「校庭にいる女の子に3階の窓から荷物をぶん投げる行為を「届ける」とは言わないわよ」

「中身にペットがいたわけでもなし。相手が怪我したわけでもなし。万事ОKじゃねーの?」

「そこでOKだと思えちゃうところが女の子に好かれない理由なんじゃないかな」

 

 あ、とうとうすずかさんオブラートに包まなくなったね。めんどくさくなっちゃったのかな、ストレートにダメ出しするようになっちゃったね。

 なんだろう、聖母か女神かというようなすずかの微笑が悪魔の嘲笑に見えてきたよ……。

 

「じゃああれは? スカートめくりの常習犯をやめとけって説得したやつ」

「その時のあんたのセリフ思い出しなさいよ。何よ「もしあの中身に男子のアレがあったらどうする気だ!」って。あるわけないでしょ」

「女子としてはスカートをめくられるよりもショックだよね……」

 

 なんで? もしその子がホントは男の娘で、自分が男であることを隠しながら女子として振る舞ってたとしたら周囲の視線やら環境やらの影響がその日を境に明らかになるわけだろ?

 だとしたら女子(仮定)が女子だと断言できない以上そういう可能性も考慮して説得するのが心やさしい男子の気配りってやつじゃないか。

 それとも女子(仮定)を女子(確定)にするためスカートだけじゃなくパンツまでめくられた方がいいというのか。そうかそうか、アリサとすずかがそんな奴だったなんて俺ショックだよ……。

 

「なんだかすごく失礼なことを思われてるような……」

「疑わしきは罰しておきましょ」

 

 あれ? アリサさん今そのハリセンどこから出しました? そんなに大きく振りかぶってどうしたんです? おや、その軌道はもしやこのわたくしめの顔面ぬぃッ――。

 

 

 

「またつまらないものを引っ叩いてしまったわ」

「アリサちゃんは奏曲くんをお願いね。わたしちょっとそこでクレープ買ってくるから」

「じゃああたしはストロベリーチョコでお願い」

「はーい」



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奏曲の決意と、最期の瞬間

 今回のデートのメインである水族館を出た俺たちが行くところなんて、そう多くはない。

 アリサとすずかはいいところのお嬢様、俺もギルドの仕事で稼いでいるので、お金の問題はないのだが、いかんせん俺たちはまだ子供で歩幅もせまく体力も多くない。

 俺とすずかはともかくアリサは普通の女の子なので、その気の強そうな性格とイメージに反して、フィジカル面で一番乙女な彼女に、そうたくさん歩かせることはできないのだ。

 

 なので水族館を出てショッピングをすると言ってもあまり荷物は増やせず、距離も駅からそう離れられない。

 よって――まぁ当然ながらちょっと適当なところをめぐったらそのまま帰路につくわけですよ。別にラッシュでもないから帰りは普通に席もとれるわけですよ。

 まず一番疲れてるだろうアリサが座る。次に女の子のすずかがその横に座る。うん、ここまではいいんだ。でもな、どうしてお前らの間に一人分の空白を開けるの? 詰めればいいじゃない。なんで間にスペースおくの?

 

「早く座りなさいよ」

「さ、どうぞ♪」

「あ、うん……」

 

 さもこの構図が当然であるかのように俺がアリサとすずかの間に入る。いやお前ら並ぼうよ、その方が絶対に映えるじゃん。俺が他人のフリすれば美少女2人が微笑みをこぼしあう誰もが得する画になるよ。

 なんでそこに俺をはさんじゃったのかな。別に不本意とかじゃないんだけどさ、別にお前ら親友同士だろ? たまには女二人で語り合っていいんだよ? 別に会話がなくても俺はお前らのこと親友だと思ってるから。

 お前らだって会話してないと俺のこと友達と思えないとかそういうのじゃないでしょ? 現にさっきはすずかを真ん中にして手を繋いでたわけだから。なに? 俺が気絶してる間に喧嘩でもしたの? しちゃったの?

 再三言うけど別に嫌なわけじゃないんだよ? でもね、考えようよ。ここ電車。ここ車内。周囲の視線が両手に華状態の俺にダイレクトアタック。ライフが一気に7500くらい削られて鉄壁はいってる。アニメ版エクスカリバーだって使えるねこれ。

 

「アリサ、場所かわっ――」

 

 いくら周りのことを気にしない俺でもさすがにこの殺意に満ちた視線を8駅分(=1時間ちょっと)も耐えられる自信はないので、場所をちょっとチェンジしてもらおうと思って視線を左側のアリサに向ける。

 するとその視線がアリサを捉えることはなく、不意に左肩へ温かい重みが圧し掛かった。視界のやや下部に映っているオレンジがかった金色の何かが俺の肩に凭れ掛かってきているのだろう。視線を下げる。なんだアリサか。

 ……いやおかしいだろ。寝つき良すぎだろお前。

 

「おいすずか、悪いけどアリサを……って、おいおい……」

 

 左の金髪美少女は夢の世界に旅立ってしまわれたので、仕方なく右の黒髪美少女にチェンジをお願いしようとする。できない。理由? 察しろ。ああそうだよこっちもだよ!

 でもおかしいな、確かに歩き回って疲れただろうとは思うが、いくらなんでも寝つきが……いや、寝つきがいいなんて問題じゃない。おかしい。何かがおかしい。……そこで気付く。

 周りを見回してみれば、周囲の誰もが眠りについていた。電車の自動扉も閉じたまま発車する気配もない。こんなこと、普通じゃない。普通じゃ――ない。

 

「夜天、これは……」

『ああ、おそらく広範囲に向けての催眠魔法だ』

 

 やはり。これは魔法――どこ所属の魔導士かも知らないし、なんの理由があって俺を狙うのかもわからないが、とりあえずこの管理外世界「地球」にあっていいものではないはずの魔法が、こんな大げさに行動を起こしてきた。

 それが指すところは、管理局の再来・一種の大規模なテロ・超めんどくさい、の三つだ。特に最後のが重要。誰にどんな理由で、というところも思い当たる節がありすぎて困るが、まさかこんなデカい仕返しされるほどのことを本当にしたんだろうか。

 覚えてる限りじゃ、ここまでされて然るべきことまではしてないはずだ。……なんて、相手の動機とか考えてる場合じゃないな。何かされる前に動かないと。

 

『……戦うのか? また管理局が出張ってくるぞ』

「戦わなきゃ、いつ向こうが痺れを切らせて車内に飛び込んでくるかわからない。そうなったら、アリサとすずかが危険だ」

 

 他の乗客がどうなろうと知ったこっちゃないけど。

 

「それに、もう向こうは感づいてる。俺がここにいるってことに。だからこうして、俺たちだけが動けるんだろ」

『確かに……逃げ切れそうな状態ではないな。危なくなれば私と交代だ、いいな?』

「ホントなら今すぐにでも交代してほしいとこだが……ああ、そうだな。了解だ」

 

 とりあえずアリサとすずかを優先席の隅の方に移動させて上着で足元を隠すと、俺はポケットから取り出した裂夜の鎚を自動扉に向けて翳す。

 すると俺の右足に強化プラスチック製のレッグホルスターが現れ、『ready?』という機械音声が車内に響いた。

 

「変身」

 

-CHANGE-

 

 決意と覚悟が込められたその一言と共に、手にした裂夜の鎚をレッグホルスターに装填。

 すると車両の天井を通り抜けて降下した一筋の光が俺を包み、俺の中に宿る『防衛プログラムとしての戦闘サブルーチン』が開始。

 貯蔵していた魔力の僅か1パーセント未満が俺に供給され、ボディフレームに納まりきらない魔力が表面化され、髪と目が不定色に輝く。まぁ目はカラコンが飛んでっただけなんだけど。

 

 身体変化のプロセスを完了し、続いてバトルジャケットの生成。全身がウェットスーツのような黒いインナーで覆われ、両手足には堅牢なグローブとブーツ。

 さらにインナーの上からベルトでキツめに締められた群青色のベルボトムジーンズとショートジャケットを展開して拳を握ると、関節部から蒸気となって魔力が溢れた。

 溢れた魔力がジャケットの外部を強化し、全身の毛穴から常に噴出している魔力がインナーを通して内部を守ってくれる。バリアジャケットや騎士甲冑ほど防護性能は高くないが、ないよりマシだ。

 

「……SRT(スーパーレスキューツール)も使うべきかな」

『止めはしないが、あれは耐衝撃・耐熱・耐寒を優先しているせいで装甲が厚い。格闘型のお前には辛いだろう』

 

 確かに。バトルジャケットの上からさらに追加装甲として纏うことのできる『スーパーレスキューツール』――略してSRTは、本来なら救助活動を目的として作られたものだ。

 そのため防御性能と耐久性能は間違いなくバリアジャケットや騎士甲冑を凌ぐものなのだが、反面で機動性は「レスキューするにあたっては一切問題がない」程度であり、その点では戦闘には明らかに不向きと言える。

 軽量型拳闘士である俺にとって、相手の攻撃というものは基本的に防いだり受け止めたりするものではなく、回避したり受け流したりして出来るだけ直撃しないことが最優先であり、機動性の低下は自殺行為。

 よって、SRTの使用は本当に必要な時だけに限られている。

 

「じゃあ夜天、サポート頼むぜ」

『任せろ』

 

 可愛らしい寝顔で眠る親友たちを背に、俺はもう一度、決意と覚悟を決める。

 

「……っしゃあ!」

 

 拳を握り締め、気合いを入れて電車を飛び出す。すると――

 

 

 

「……待っていたぞ、ソーマ・メイスマン……」

「……なるほど、お前が世界の修正力か……」

 

 そこには、明確な『死』という絶望がしかめっ面で待っていた。



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新たな事件と、彼女の悲劇

 不意に襲われた眠気に誘われるまま温かい体温に身を預け、いったいどれだけ眠っていたのだろう。

 あたしが目を覚ました時、隣には同じようにまぶたをこする親友がいた。

 

「あれ? アリサちゃん?」

「すずか?」

 

 外の景色を見れば、さっきまでいた矢後駅からまだ2駅といったところで、あまり長いこと眠りすぎたようには見えない。

 少し不思議なことがあるといえば、まだ日が落ちるような時間でもないのに、あたしたちの周りの人たちも寝ている人がずいぶん多いことだけど、それよりも気になることが、あたしとすずかにはあった。

 

「奏曲くんは……?」

 

 奏曲――夏海奏曲。あたしたちの親友で、今日だって三人でデートをして、今はその帰り。あたしとすずかが、彼を挟むように座っていたはずなのに、今起きてみたら彼の姿はなく、私たちもぴったりとくっついて眠っていた。

 それだけじゃない。さっきまであたしたちが座っていたのは、自動扉の横の手すり近くで、決して優先席じゃなかった。けれど今は優先席の、列車連結部に一番近い隅っこにいた。さっきも言ったように、間に人一人分の隙間もなく、ぴったりと寄り添いながら。

 不意に、嫌な予感が脳裏をめぐる。気付けば、あたしとすずかは車内トイレに移動して、奏曲の携帯にコールしていた。

 

『おかけになった番号は現在、電波の届かないところにあるか、電源が入っていな――』

 

 トンネルはまだまだ先だし、車内にいるなら電波が届かないなんてことはありえない。充電が切れた、というのも考えにくい。

 なぜなら、電車に乗る前に時間を確かめようとした時、奏曲はあたしたちに自分の携帯の待ち受け画面を見せていたし、充電ならまだ十分残っていたから。

 それは同時に、少なくとも電車に乗る直前までは電源がついていたことを指している。もちろん、あの性格上「車内だから」と電源を切るタイプでもない。

 

 もしかして、何か理由があって発車直前に矢後で降りたのだろうか。でもそれなら、せめてメールくらい残してくれるはずだし、電源を切る必要もよっぽどない。

 じゃあ電波が、とも思うけれど、ここから矢後まではそう遠くもないし、電波だって悪くない。

 あらゆる「普通の可能性」が否定されていくたび、あたしの心は何かに急かされる。それが何かはわからないけど、決していいものではない。

 

 あたしと同じような結論に至ったらしいすずかも、不安の入り混じった表情であたしの胸に縋りついてきた。

 

「アリサちゃん……! 奏曲くんが……、奏曲くんが……!」

「……大丈夫よ、すずか。あいつは奏曲よ? 危険なことに巻き込まれたって、あいつなら絶対に戻ってくるわ」

 

 二年前の事件だって、あいつはなんだかんだで帰ってきた。その顛末を聞いた時は腰が抜けるほど驚いたし、すずかなんて思わず泣いてしまうほど心配したけれど、ちゃんとあたしたちのところに戻ってきた。

 きっと今こうしてあいつが消えたのが「非日常」のせいだとわかっても、あいつなら大丈夫だって言い聞かせることができた。……言い聞かせることは、できた。けど――それに頷くことはできなかった。

 なんだろう、この不安は。なんだろう、この焦燥は。こわい、こわい、こわい……。頭と心に巡り巡って木霊する「なにか」が、あたしの恐怖を駆り立てる。

 

「……さ、戻りましょ。女の子同士とはいえ、トイレの個室から二人であんまり長いこといたら変に思われるかもしれないし」

 

 そう言ってあたしが手を引くと、すずかは少し俯き気味になりながらも小さく頷いて、普通席の方へ戻った。

 

 

 

 

 その夜、あたしはフェイトに電話をして今回の事件について訊ねてみることにした。

 すずかの方はなのはに訊いているらしいし、二人に同じ説明をするのも面倒だろうから、一緒に行動していそうなあの二人に別々に訊くことにしたのだ。

 だけど、返ってきた返答は意外にして最悪のものだった。

 

『事件……? ううん、最近は特にアースラの人たちからも呼びだされてないよ。連絡はとりあってるけど、今日だって変わらない様子だったし』

「えっ? じゃあ、奏曲がどこにいるのかも知らないの?」

 

 それを聞いた途端、あたしの脳裏に嫌な予感――いや、確信に近いものが走った。

 奏曲はあの時、何かの事件に巻き込まれたのではなく、何かの事件に立ち向かったのではなく――、

 

 

 ――『消えた』のではないか。

 

 

『アリサ? ねえ、どうしたのアリサ。アリ――』

 

 

 

 

 気付いたら走り出していた。携帯をベッドに放り投げて、もうすっかり空が暗くなっていることにも気を留めず、駆け出していた。

 梅雨も近付く5月25日。風は強くないけれど、じっとりしていて気温も低い。きっと明日は風邪だな、とは思いつつも、その足は止まらない。

 

「……すずかっ!」

「アリサちゃんっ!」

 

 まるでそうなることがわかっていたかのように、あたしとすずかは「ある場所」で合流した。奏曲の家に遊びにいく時、いつも待ち合わせをするT字路だ。

 目的地も、なぜ互いがここにいるのかも、目と目を合わせただけで理解できた。きっとあたしと同じ結論に至ったんだろう。あたしたちは頷き合うと、並んで走り出した。

 息が切れ始めているあたしとは裏腹に、見た目不相応に体力のあるすずかは息が整い始めていた。あのT字路まで全力疾走してきたんだろう。

 あたしに合わせた方が、すずかの全力よりは楽らしい。こっちはこれが全力なのに、とちょっとしたジェラシーも感じるけど、今のあたしたちにそんなものはいらない。

 

 嫌な予感が、途端に強まる。

 まずい、まずい、まずい。仕方なく、あたしは声を張った。

 

「すずか! 先に行って!!」

「……わかった!」

 

 きっとその直感はすずかも感じてたんだろう。急に声を強くして頼んだあたしの言葉に、すずかは何も驚くことなく頷いて、一気にあたしから距離を離した。

 あたしはそこで「10秒だけ」と誰にでもなく言い訳して、乱れた息を整えてからきっかり10秒後にまた走り出した。

 そして、今度は走り出して10秒後。ようやく奏曲の家が目に届くところまで近づいたと思うと、夏海家からすずかの悲鳴が聞こえた。



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2nd Season
消えた奏曲と、透霞のハジマリ


 7月1日、月曜日。

 夏海奏曲の妹、夏海透霞が兄の失踪を知って自殺を図り、兄の親友であるアリサとすずかによって一命を取り留めて1ヶ月が経過していた。

 警察には捜索届が出されたものの奏曲の行方は未だ掴めておらず、透霞は精神的ショックで美しかったダークブラウンの髪が白く染まり、体はどんどん痩せ細っていった。

 

 夏海奏曲の失踪および夏海透霞の自殺未遂は、登校日である次の月曜日の全校集会で聖祥大附属小学校の全児童に告げられ、なのは・フェイト・はやてを伝ってアースラクルーたちも把握していた。

 アースラクルーと夏海奏曲の関係は決していいものではなかったが、彼の妹・夏海透霞はなのはと共に2つの事件に関わっており、彼女の底抜けな明るさはいつもクルーたちを和ませていた。

 それだけに今回の2つの事件はアースラクルーたちにも大きな影を落とし、魔法が奏曲失踪事件に関わっている可能性を考慮し、捜査を開始した。

 

 

-時空管理局・巡航L級8番艦『アースラ』/指令室-

 

「……あれから一ヶ月。とうとう打ち切り、かぁ……。透霞ちゃんになんて言えば……」

「お兄さんを見つけてあげられれば、透霞さんを助けられると思ったのだけれど……そう簡単にはいかないものね」

 

 露骨、というほどでないにしろ、決して明るくはない表情の女性たち。アースラの若き艦長『リンディ・ハラオウン』と、執務官補佐兼管制官『エイミィ・リミエッタ』の二人だ。

 そんな彼女たちの横で無表情を崩さず、だが心の内に溢れる様々な感情を抑えきれず拳を震わせているのは、リンディの息子であり執務官の『クロノ・ハラオウン』――かつて奏曲に敗北を喫し、自身も気づかない内に彼をライバルと認めていた少年。

 彼は確かに次元犯罪者の端くれだった。しかしそれ以上に、自らの妹を案じるよき兄でもあった。透霞が入院することになった時も、彼女の口座には莫大な金額が振り込まれていた。

 奏曲が裏社会で通じていた胡散臭い弁護士によれば、彼は自分にもしものことがあった時、自分の口座のお金を全てその日の内に透霞の口座に移動させるよう、その手続きの一切をその弁護士に頼んでいたという。

 

(おそらく夏海奏曲は自分に何かあれば彼女が自らの命を絶とうとすることを察していた。だから万が一に備えて、ギルドで稼いだ金を必要最低限しか使わなかった。全ては、妹である透霞のためだけに……)

 

 犯罪を犯した者として、人としては決していい人物だと言いきれないクロノだったが、彼の透霞に対する兄としての愛は素直に認めざるをえなかった。

 だからこそ、彼は奏曲を許せない。なぜお前ほどの手練がなんの痕跡も残すことなく消えてしまったのか、と。なぜ透霞がこんな風になることをわかっていながら、帰ってきてくれないのかと。

 未だ知ることのできない奏曲失踪事件の犯人には、何も怒鳴ることはできない。だから、理不尽だとわかっていても彼は奏曲を責めることしかできなかった。

 

(なぜ……君ほどの人間が……!!)

 

 爪が食いこんで手のひらから血が滲んでいることにも気付かず、クロノはただ悔しさと不甲斐なさを噛みしめた。

 

 

「……あれ?」

 

 

 小さな希望が洩れる、その瞬間まで。

 

 

 

 

-海鳴大学病院-

 

「……兄さん……」

 

 兄さんが失踪して一ヶ月。わたしが死に損なって一ヶ月。

 兄さんが「綺麗だ」って言ってくれたわたしの髪はすっかり白くなって、兄さんが「やわらかい」と言ってくれたわたしの肌はカサカサ、兄さんが「かわいい」と言ってくれたわたしの手は痩せ細ってしまった。

 もう随分と料理をしていない。兄さんが「美味しい」と言ってくれた青椒肉絲も、シチューも、肉じゃがも、きっともう作れない。兄さんのいない家にも、兄さんのいない学校にも行きたくない。

 SS-級ロストロギア『裂夜の鎚』の自立型管制・防衛プログラムである兄さんなら、万一のことがあっても最悪『次の生』があると思うけど、その『次の兄さん』はもうわたしの手の届く世界にはいない。

 

 警察やアースラのみんなが兄さんを捜索してくれているらしいけど、きっと意味はない。

 兄さんのことだ、何もわからないまま失踪したなんてありえない。絶対に何かあるってわかってて、覚悟を決めて挑んで、それでも敵わず消えた――誘拐されたのか殺されたのかはわからないけど。

 

 それにあの日、アリサちゃんとすずかちゃんはほんの数分だけ眠っていて、しかも座ってた場所が変わってたなんて言ってた。たぶん記憶操作か睡眠……そのどちらかが兄さん以外の全員に向けられたんだ。

 けど記憶操作はちょっと苦しい。わざわざアリサちゃんとすずかちゃんの座ってた位置を変えたのはおそらく兄さん自身だ。記憶操作ができるなら、兄さんがアリサちゃんとすずかちゃんに残した違和感も消すはず。

 兄さんを拉致または殺害し、用意周到にも他の乗客たちだけを無力化するほどの魔導士なら、それくらい容易いはずなんだから。

 

「……ん? んぅ?」

 

 と、そこでおかしなことに気付く。

 兄さんが失踪したのはアリサちゃんとすずかちゃんが眠っていたという3:32から3:41までの僅か9分の間。

 列車の運行が運転士の居眠りで9分も遅れたとなれば、少なくとも地域ニュースでくらい騒がれるはずなのに、それはなかった。

 つまり運転士さんは眠ってなかったか、ほんの僅かな時間しか眠らなかったということだ。だったら、それはおかしい。

 

 だって日本の電車の運行って1分や2分でも遅れたら結構なことだよ? しかも乗ってたのは二両編成のワンマン列車。1分――つまり60秒以内に目を覚ましたなら、兄さんと犯人が争う場面を見てるはずだ。

 いくらなんでも、あの兄さんが抵抗しておきながら1分ももたないなんてことありえない。それにあの矢後駅でこの時間の『海鳴行きワンマン列車』っていったら、改札口からも丸見えな1番ホームに停まってたはず。

 乗客が眠ってたとしても、電車の外には駅員やら利用者やらがいる。しかも兄さんの見た目は11歳の子供。子供が不思議な力を使って明らかにガチのバトルを繰り広げてたら大騒動になって然るべきだ。

 なんで誰も気づかなかったの? エリアタイプの結界魔法を使うなら、電車の中にいる乗客たちもそれで弾けばよかったはず。となると、逆にどうして電車の乗客たちには催眠魔法だったんだろう?

 

 まるで兄さんが電車からホームに出ることを想定してなかったみたいな……。

 

「……もしかして犯人の目的は兄さんじゃなくて乗客? 乗客全員を眠らせたと思ったら武装状態の魔導士(にいさん)がホームに出てきたから、慌てて結界魔法を張った……とか?」

 

 自分で言っておいて、それはないと即座に否定した。確かに辻褄は合うかもしれないが、最初から戦う気でいないような相手に兄さんが負けるとは思えないし、乗客全員を狙うんなら催眠魔法の持続力が足りなさすぎる。

 魔法に抵抗力のない普通の子供であるアリサちゃんとすずかちゃんだって9分で起きてるし、運転士さんなんか1分未満(仮定)だよ? 明らかにショボすぎでしょ。

 もしこれを「ショボい」と表現しないのであれば、きっとその犯人は最初から兄さんだけを狙ってたんだ。1分もかからず兄さんを仕留め切る自信があって、他の乗客を眠らせた。

 となると……もしかして駅員や他の利用者の目を欺いたのは別の人物で、犯人にとっても想定外のことだった? それなら、少しは納得ができる……。

 

「納得はできる……けど、説得力がない……か。はぁ……もしもわたしと兄さんの立場が逆だったら、きっと今頃とっくに再会できてるはずなのにね。兄さん、頭いいもん」

 

 わたしが兄さんに膝枕してもらいながら推理ドラマを見ていた時、兄さんが心底つまらなそうにしていたのを思い出した。確か、大体の手掛かりが出切った開始40分くらいで、だいたいの流れとかがわかったって言ってたっけ。

 なんでわかるの? ってわたしが訊ねると、兄さんは「経験者は語る、だよ」と少し悪い笑みを浮かべて言い放っていた。そりゃあ、いいことばかりしてたわけじゃないだろうけど、そこまでしたことがあったんだ、とわたしは驚いた。

 ……いなくなってしまっても、兄さんのことならなんでも思い出せる。兄さんの匂い、兄さんの体温、兄さんの柔らかさ、兄さんの声……膝枕してもらってる時、太腿と太腿の谷間にほっぺをうずめていると感じられたあの心地よさだって、忘れてない。

 

「なんで兄さんが狙われなくちゃいけなかったんだろう……。なんでわたしじゃないの? わたしなら魔力もたくさんあるよ? まだ小学生だけどそれなりに見た目もいい方だって自負してるよ? 全国のロリコンが泣いて喜ぶツルペタ具合だよ?」

 

 あっ、最後のは自分で言っててちょっと泣きたくなった。兄さん巨乳好きだもんね、夜天さん好きなんだから間違いないよ。アリサちゃんとすずかちゃんも将来的にかなり大きくなるし。

 8年後のフェイトちゃんなんてもう巨乳好き垂涎の的だよ。たぶん兄さんは見向き……はするかもしれないけど、それだけだろうね。だってアリサちゃんとすずかちゃんと夜天さんがいるもん。夜天さんがいるもん。大事なことだから2回言った。

 

 と、そんなことを考えていたら、コンコン、というノックの後、聞き慣れた声がわたしの名前を呼んだ。

 

「透霞……?」

「起きてるよ。どうぞ」

 

 わたしが返事を返すと、スライド式のドアを開けて入ってきたのはわたしの親友たち。なのはちゃん、フェイトちゃん、はやてちゃんの三人だ。

 さっきの歌姫ボイスは、その手に紙袋を持ったフェイトちゃんの声。12人の妹の内、フランスから戻ってきて主人公を「兄や」と呼ぶかのようなあの声を間違えるなんて、そうそうできることじゃない。

 あるいは黒の死神の正体を見抜いた萌え担当の女警視でも可。個人的にはあのアニメだと17歳の盲目ロリ少女が好きだったんだけど。

 

「具合はどう? ごはん、ちゃんと食べてる?」

「うん。でも、やっぱりおいしくないね。こういうの」

 

 身体的には特になんの問題もないわたしには、流動食ではなく少し柔らかいだけの普通の食事が与えられるのだけど、やっぱりどれも味気ない。

 兄さんなら一食だってロクに食べないだろうな、と思う。だって兄さんが好きだったのは、わたしがめいっぱいの愛情をこめて作った料理だから。

 いつもいつも「透霞の料理はおいしいな」と言ってくれていた兄さんの笑顔が……また、見たい。

 

「……兄、さん……」

 

 ああ、今日もか。自分でも呆れるほど、不意に涙がこぼれ始める。

 あれから、一日でも泣かずに過ごせた日はない。一日に二回以上、酷い時は5時間くらい泣きっぱなしの時もあった。

 兄さんのことを思い出すたびに、兄さんの温もりを取り戻そうとするたびに、いつもこうなってしまう。だけど、何度泣いたって兄さんのことを思い出さずに過ごすことはできなかった。

 

「……ねえ透霞、聞いてくれるかな?」

 

 泣いてしまった時は、体を起こしてる時でも顔を隠す。わたしの泣き顔を見ていいのは、兄さんだけだから。たとえ親友の三人にでも、この顔だけは見せたくない。わたしの涙にキスをして慰めてくれる兄さんにしか、見せたくない。

 きっとそれは、みんなも理解してくれてるんじゃないかな。だから、わたしが顔を隠すと、みんなは布団を無理に剥ぎ取ったりせずに、布団の袖から手を入れて、顔を覆っていたわたしの手をとってくれた。この指の細さは……フェイトちゃんかな。

 

「さっきね、エイミィから連絡があったんだ。第8無人世界の荒廃地帯で、ほんの一瞬だけど正体不明の魔力反応があったって」

「正体不明の……魔力反応……?」

「うん。それでね、その魔力反応の魔力波長を調べたら、いろんな波長が絶妙に混ざり合ったわけのわからないものだったらしいんだ。魔力光になるなら、ちょうど虹色になるような……」

 

 虹色の魔力光。そう聞いて、わたしの体が跳ねた。兄さんの魔力光は、見る角度によって色が変化するかなり珍しい色で、水面に浮かぶ油膜やコガネムシの甲羅のような、見る人によっては『虹色』とも表現できるような色だった。

 あんな色をした魔力光の持ち主なんて、そうそういるものじゃない。同じく虹色系統の魔力光といえば、8年後に現れるヴィヴィオがそうだったけど、全体的に白っぽい本当の『虹色』である彼女とは違って、兄さんのはどっちかっていうと緑っぽい『玉虫色』だった。

 

「奏曲くんの魔力光ってあんまり見たことないけど、二年前の事件で奏曲くんが夜天の書に入り込むために体を純粋な魔力体に変えた時の色は間違いなく虹色だった」

 

 その時はなのはちゃん気絶してたけどね。

 まぁたぶんアースラが記録してた映像を観たんだろうけど。

 

「だからアースラのみんなも、あれは奏曲くんの魔力だって半分くらい断定してる。わたしとフェイトちゃんも、これからその調査に行く」

「だったら、わたしも一緒に……!」

「あかんって! 透霞ちゃんはまだ病み上がりどころか治りきってへんやろ? ほないな調子で調査行くっちゅーて、首を縦に振ってくれるアホなんかおらへん。それに、今のままの痩せ細った体をあんちゃんが見たらどない思う思ぉてん?」

 

 ちっちゃい頃に関西で育ったっていっても、海鳴での生活歴もそろそろ長いはずなのに流暢な関西弁を披露してくれるはやてちゃんは、わたしが掛け布団のシーツで涙を拭って顔を出すと、鼻と鼻がくっつくくらい顔を近づけてわたしを制止した。

 わたしたち四人組の中では唯一アースラクルーでもなく魔法もリインフォース開発以外ではまったく使っていないのに、まったく逆らえる気がしない。この言葉を畳み掛けてお説教するスタイルは、ちょっと兄さんに似てるかも。

 

「あ、うぅ……」

「返事は?」

「……はい」

 

 こ、こうなったら鬱ってる場合じゃない! 兄さんがまだ手の届く場所にいるかもしれないのなら、わたしにはやることがいっぱいある。

 ひとまずなまった体をリハビリで鍛え直す! ごはんもいっぱい食べて体力つけなきゃ! あと兄さんが帰ってきた時のために最近やってなかった料理の練習も! できればレパートリーも増やしたいし!

 やること多すぎ! なにこれひどい! けど……なんだろう、最近じゃ忘れかけてた充実感みたいなものが、わたしの心と体にひろがっていく。

 

「なのはちゃん」

「うん」

「フェイトちゃん」

「うん」

 

 

「兄さんのこと、お願い」



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透霞の料理と、込められた想い

 慣れない感じでこんにちは、夏海透霞です。

 兄さんと思わしき人物が観測されてから一週間、昨日ようやく退院となったわたしは我が家にはやてちゃんと守護騎士のみんなを読んで料理のリハビリに付き合ってもらうことにした。

 昨日のうちに家の掃除とお風呂の垢とり、溜まっていたお洗濯をしたので、ひとまず人様に見せて恥ずかしくなるような状態ではない。

 いや、実はまだ玄関の靴棚に入っている靴磨きが途中だし、トイレ掃除も簡単にしか済ませてないから、はやてちゃんたちが帰ったらすぐにやり直さなきゃいけないんだけど。

 

 今回のメニューはシグナムさんのリクエストで鯖の煮つけ、きんぴらごぼう、茄子のお味噌汁。煮つけに使うのは今が旬のゴマサバ。茄子は学校で作ったやつを使用。

 未だに違和感の残るこの左手でフライパンをしっかり扱えるかは不安が残るけれども、いざって時は右手を使おう。右利きだから右手でフライパン使うなんてほとんどやったことないけど、できなくはないはず。

 ……前にやった時は盛大にこぼしたけどね、チャーハン。

 

「はやてちゃん、茄子の皮むきorゴボウとニンジンの千切り、どっちがいい?」

「サバにバッテンつけよか!」

 

 無言で皮引きと茄子を押しつけて、わたしはまな板の上のポニョ……もとい、まな板の上のゴボウとニンジンに意識を向け直した。

 まあゴボウとニンジンの千切りなんて特にこれといったコツもなければ面白みもないし、せいぜい手を傷付けないように均等に切ればいいだけだ。

 冷蔵庫に入れておけば一週間はもつし、人数も多いからゴボウは2本つかっちゃおう。ニンジンは……2/3くらいでいいかな。残った分は新聞紙で綺麗に包んで冷蔵庫へ。

 ポリ袋を使うと取り出す時に水滴が袋にくっついて気持ちが悪いし、出しにくい。ちなみに包み方はキャンディみたいに両端でねじると出しやすかったり。

 

 千切りにしたゴボウとニンジンは別々にして、ゴボウは数分ほど水に浸す。はやてちゃんの方を見てみると、既に茄子の皮むきは終わったみたいだ。

 今の内にサバの水気をとっておこう。キッチンペーパーを上から軽く押さえるようにして、片面が終わると尻尾をつまんでひっくり返し、同じように水気をとる。

 あとは頭と尻尾のカットをして、バツ印の飾り包丁を入れて Go to フライパンなんだけど、後でいいかな。先にきんぴらごぼうと味噌汁を作っちゃお。

 

「透霞ちゃん、おとふどこ?」

「おとふ……? あっ、お豆腐? お豆腐なら冷蔵庫の下の段の奥の方にあるよ」

「あ、ほんまや。えらい見ぬくいとこに……もっと上に置いた方がええんとちゃう?」

「上の方は冷風がダイレクトに当たるから無理だよ。かたくなっちゃう」

 

 さすがに氷みたいな硬さにはならないけど、表面がシャリシャリしてすごく変な食感に……兄さんはあれ気に入ってたけど、わたしは二度と同じ真似はしなかった。

 いくら兄さんの好みだからって、さすがにあれは邪道だよ。やってほしかったらアリサちゃんに頼んでやってもらえばいいんじゃないかな。あれこれ文句を言いながら作ってくれる気がする。

 ……まぁ、そんなことをぼやいてる間にお味噌汁に使うお水が沸騰しましたよっと。茄子は焼いてから入れる派とダイレクトに入れる派に分かれるんだけど、夏海家では後者。はやてちゃんも何も言わないあたり、八神家もそうらしい。

 

 まず沸騰したお湯に茄子を入れて熱が通るのを待ちまーす。ゴボウもそろそろ水から出して、ごま油をひいたフライパンにダイブ! 全体に火が通るようにお箸でちょくちょく移動させてあげましょう。

 左手の感覚を探るべく、しばらくお鍋の様子ははやてちゃんに見てもらうことにして、きんぴらごぼうを優先。ふんふん、やっぱり違和感あるなぁ。別に手首が半分くらい切れてるとかじゃないから「めきょっ」ってもげたりはしないだろうけど。

 まぁ言うまでもなく右手はなんともないね。いやぁ、たまに自殺し損ねた人が刃物を持てなくなるみたいなのをネットで見るけど、ああいうのも特にないね。よかったー。刃物つかえなかったら料理どころじゃないし。

 

「透霞ちゃん、それもうええんちゃう?」

「だね。ごめんシグナムさん、そこのお酒とってもらえます? あー、いやそれじゃなくてその右の……そうそう、それです。ありがとうございますー」

 

 全体がしなしなになってきたので、ここでお酒を投入。普段は2人分なんだけど、この量だから60cc~70ccくらいかな。ホントは計量カップを使うべきなんだけど、わたしは目測で躊躇なくお酒を放り込む。

 いやー、料理って慣れちゃうと感覚だけでどうにかなるよね。前に兄さんに「それ適量なの?」って訊かれてやってみたらほぼ適量だったよ。まぁ誤差はあったけどホントに『誤差』の範疇だったし。

 続いて砂糖、醤油、みりんを加え、煮汁がちょっと残るくらいまで炒めたら火を止めてしばらく冷まし、煎りごまをかけて完成。

 

 さてさて、はやてちゃんに頼んでたお味噌汁はどのくらい進んだかな。おお、もう具まで入ってる。あとはお味噌を溶きながら具に熱が通るのを待つだけだね。

 よーし、じゃあ次はメインディッシュ、サバの煮つけだ! はやてちゃんにきんぴらごぼうの様子も見てもらうよう頼んで、わたしはまな板の上の鯉ならぬまな板の上のサバとご対面。

 既に水気はとってあるので、頭と尻尾を切り落として三枚に下ろし、表面にバッテンを入れる。飾り包丁ってやつだね。

 

「はやてちゃん、お味噌汁もうできてたらお鍋どかしてもらっていい?」

「ええよー。ちょお待ってー」

 

 コンロの火は消さずにお鍋だけどかしてもらうと、代わりにちょっと底が深めのフライパンを乗せて、水・醤油・砂糖・砂糖・酒・みりん・生姜でタレを作り、温かくなってきたらサバを投入。

 中火で煮汁をかけながら様子をみて、5分くらい煮詰めたら火をとめて、ちょっとだけ熱を逃がしてから盛り付け。煮物って難しそうなイメージに反してけっこう簡単かつ短時間で作れるんだよねー。

 はやてちゃんは既にきんぴらごぼうの盛り付けを終えたみたいだ。お皿はヴィータちゃんが出してくれたらしい。ほんとにヴィータちゃんってツンデレっぽい割に礼儀正しい子だなぁ。

 

 

 

 

「……どう、かなぁ?」

 

 実食。なんとなく騒ぎながら食べる派だと思ってたヴィータちゃんが思いの外静かにごはんを食べていてくれるので、わたしの中にある不安は決して薄れることなくシグナムさんの感想を待つしかなかった。

 はやてちゃんの料理で舌が肥えている上でなお「日本食にうるさい」としているシグナムさんのリクエストだ、料理評論家並みとまでは言わないけれども、素人に訊くよりはずっと「らしい」評価をくれる……んじゃないかなぁ。

 さすがにプレッシャーをかけすぎてもアレだから、口には出さないけど。

 

「ふむ……。個人的には間違いなく美味と言える。透霞の歳でこれほどのものを作れるとしたら、主はやてくらいのものだろう」

「きんぴらの歯ごたえとかはどうかな。いつもの癖でフライパンを返そうとして失敗しちゃったから、もしかすると熱がいきすぎてしなしなになりすぎてないか不安なんだけど」

「そうだな……。食感は個人の好みが大きく出るところであるがゆえに一概に「こうだ」とは言えないが、普通に食べるのならこれでも十分に歯ごたえがある。奏曲に合わせたいのであれば、すまないが私では力になれん」

 

 あー、そっかぁ。わたしは作る時いつも兄さんのことしか考えてなかったから、食感の好みが個人で分かれるってことを忘れてた。これは失敗……とも言えないか。

 兄さんは普通の人よりちょっと歯ごたえのあるものが好みってことがわかったからね。これがわかっただけでも、今あるレパートリーの何種類かは兄さん好みにカスタムできる。

 

「茄子の味噌汁は評価しづらいな。この飲み慣れただしの取り方からして、これは夏海家のものではないだろう」

「あー……確かに他の二品に集中しすぎたかも。ほとんどなんもしてないや」

「となると残るはサバの煮つけだが……これは本当に文句のつけようがない。タレが全体によくしみていながらサバ自体の旨みを殺していない。さらには作り終えた後わざと熱を逃がしたことで食べやすい温度になっている。食べる側のこともよく意識している一品だ」

 

 おぉ、最後のとこよく気付いてくれたなぁ。人によっては「せっかく作りたてなのに冷ますなんてもったいない」みたいなこと言われることもあるんだけど。ユーノくんとか。そんな彼には出来たて熱々の唐揚げを冷まさないまま口につっこんであげました。

 煮つけに限らず、煮物類は基本的に冷めても美味しい。冷蔵庫に入れてたら一週間はもつし。だからちょっとくらい冷まして食べやすさを優先するのも悪手じゃないんだよね。

 

「ただ、万人受けする手段ではないな。わかる者にだけわかる気遣いだということも覚えておいたほうがいい。奏曲の好みに合わせるには少しばかり薄味に感じなくもないが、濃すぎるとサバの旨みが死んでしまうからな。これはこのままがいいだろう」

「ですねー。兄さんに合わせようとして料理の質を落としたら本末転倒ですもんね」

 

 あ、茄子うまー。学校で作ったやつってなんでこんな美味しいのかな。自分で作ったから?

 お味噌汁が美味しいのは当たり前なんだけどね。なんたってはやてちゃんの作ったお味噌汁だからね! はやてちゃんの汁って言うとなんかえっちぃよね! ……はい、調子のりました。ごめんなさい。

 

「ヴィータちゃん、ごはんのおかわりいる?」

「んー、おわん半分くらい」

 

 ヴィータちゃんはよく食べてくれるから好きだなー。



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透霞の新居と、捜査の開始

 はやてちゃんちのみんなに協力してもらったお料理勉強会から数日。

 兄さん失踪事件を追ってアースラに乗り込んだなのはちゃんとフェイトちゃんから受けた定期連絡によると、兄さんのものと思われる魔力反応はあれ以降も何度か確認されており、その間隔や出現ポイントに規則性は感じられないものの、全てほんの数秒間だけの反応であることは一致しているらしい。

 なのはちゃんはこの断続的かつ不規則な反応についてを「聴力検査みたい」と苦笑いしていたけれど、意外とその表現は的を獲ているのかもしれない。

 

 なんにせよ、進んでいるようで未だ停滞したままの兄さんの捜索はひとまず打ち切りを目前にして再開。

 兄さんがロストロギアであることを隠しながらの捜査ということもあって、増員された面々はリンディさんの選抜によって信用に足ると認められた人たちだけが集められたらしい。

 ホントならわたしも捜索に加わりたいとこなんだけど、さすがに無理だよねー。しばらくは安楽椅子探偵気分を味わうしかないかー。

 

 一方、ようやく手首の違和感も消えて以前までと同じクォリティの料理が作れるようになったわたしは、兄さんが残してくれたお金と弁護士さんを借りて家を出た。

 兄さんがいなくなった今、いつ帰ってくるかわからない母さんの暴力に耐えられる自信はなかったし、一通りの家事とお金の管理も前世の記憶のおかげでなんら苦労しなかった。まぁ、後見人を探すのにちょっと苦労したけど。

 

 なんせ親権が絡んでるから、まずお母さんから親権を剥奪しなきゃいけなかったし、後見人になってくれた『お姉ちゃん』には頭が上がらない。

 ところであの優しそうなボインボインのお姉ちゃん、兄さんとどんな関係なんだろう。一応、兄さんとは知り合いらしいけど、兄さんのことを「12位君」って呼んでたし……。

 

「……考えてもしょうがないか。少なくとも悪い人じゃなさそうだったし、当面は兄さんの失踪事件について集中しないと。なのはちゃんとフェイトちゃんが前に出て頑張ってくれてるんだ、わたしも……ここでできることを最大限やらなくちゃ!」

 

 わたしは普段から使ってるプリクラだらけの手帳と筆記用具を学生鞄から出すと、ベッドに横たわりながら改めて今回の事件を振り返ることにした。

 

 事件が起きたのはおそらく海鳴から8駅離れた矢後駅。列車に入ると同時に猛烈な眠気に襲われたアリサちゃんとすずかちゃんは一度そこで眠り、目が覚めた時には矢後から2駅離れた程度のところにいた。

 眠りについたのは発車の1分前だったってアリサちゃんが言ってたから、3:33発の一分前――3:32から目が醒めるまでの3:41が空白の時間になる。……と、おもーじゃん?

 でもこれ実際はもっと短いんだよね。なんせ、アリサちゃんとすずかちゃんが目を覚ましたのは矢後から2駅離れた『後』なわけだから、二人が目を覚ます直前の駅を出た時点で兄さんがいないことは確定してるんだ。

 で、その時刻表を確認しようと思って駅に電話をしてみたら、なんとびっくり。3:33発『各駅停車』のあの列車は、二人が目を覚ます直前の駅を『通過』していくんだって。つまり、兄さんがいなくなったのは矢後駅の次の駅を発車した時点で確定してたんだよ。

 

 まぁそうなると事件発生の時間と事件現場は3:32-3:33の矢後駅に確定するよね。だって車掌さんは『定刻通りに』発車してるんだから、次の駅まで持ちこそうと車内でバトったりしたら騒ぎにならないわけないもんね。

 つまり犯人が兄さんを拉致したのは、3:32の『アリサちゃんとすずかちゃんが眠った瞬間』から3:33以前の『車掌さんが起きるまで』のわずか数十秒間。なにそれこわい。

 でもまぁ犯人ってどうせ魔導士だろうしなぁ……現実的な思考だけじゃどうにもならないか。魔法世界で推理モノが流行らない理由わかった気がする。完全な密室とか作っても「ふーん、で?」てなるし。

 

「今わかってるのはこんなものかな。よく刑事ドラマとかだとその列車の乗客とか駅関係者に聞きこみをするんだけど、今回は相手が魔導士なのは9割確定だし、そうなると兄さんを誘拐するメリットなんて「ロストロギアだから」ってだけでも十分なんだよねー……」

 

 なんせ魔力金庫だしね。闇の書のページを全部埋めても余りあるくらいだって前に聞いたし、それを欲する魔導士なんてごまんといる。だから動機については考えるのは後回し。

 今のところ一番の問題は手段なんだよね。あの兄さんを1分未満で下して誘拐するなんて生半可な魔導士じゃ無理だし、正攻法でやったとすればそれこそ数年後のなのはちゃん並のエースだってできるかどうか……。

 まぁ体格差のせいって可能性もなくはないけど。なんだかんだで体はまだ10歳だからね、兄さん。でも体格差……体格差、かぁ……。うーん……。

 

「なぁーんか、納得いかないなぁ……」

 

 兄さんなら体格差のある相手に対する対抗手段くらいたくさんありそうなんだよね。それこそ不可視の魔力触手とかの応用で。

 前に魔法の訓練に付き合ってもらったらハイエロファントグリーンの結界を再現されてボコボコにされたし、単にトリッキータイプなだけじゃなくて純粋な格闘センスも高いから、初見負けはしない気がするんだけどなぁ。

 逆に言えば、兄さんのスタイル自体がそもそも初見殺しに重きを置いてる感あるから、犯人は過去にどこかしらで戦ってる兄さんを見たことがあるんじゃないかな。だとすれば兄さんを一方的に叩き伏せた可能性も『ありえなくはない』くらいのレベルにはなるし。

 

 となると、兄さんの戦いを見たのは1度や2度じゃなさそう。何度も言うけど、兄さんは魔法こそ使わないけど魔力原子そのものを操ることを得意としてるから、客観的に何をしてるかなんて基本わかんないんだよね。

 だから兄さんが何をしているのかは、まさに同じ戦場に立っている人か、あるいは兄さんと融合している夜天さんか……なんにしても、第三者じゃ無理だ。まして、感覚的にバトルを感じられない観測魔法の類じゃなおさら。

 ただ、初見で全てを把握することはできないから、きっと犯人は兄さんを何かの理由で求めていて、ほとんど偶然とも言える形で兄さんのバトルを見て、そのスタイルの奇抜さに警戒したんじゃないかな。

 

 2度目は偶然じゃなく、たぶん犯人が追ったんだ。そこでようやく、原理はわからなくても『兄さんが何をしてるのか』を理解した。そして幾つもの対抗策を模索して、3度目で有効な対抗策を選定し、確信したんだ……「やれる」って。

 でも……兄さんもきっと気付いてたんだ。自分が誰かに狙われてるってことを。それこそ……世界の修正力のことを話したあの日よりもずっと前から、その日が来ることを。

 だからこそ負けた……今までの自分を証明するように、兄さんは「今までの全て」を出し切ったからこそ、過去の兄さんの全てを対策し尽くした相手に負けたんだ。いつものように「今を打ち砕く」術を探しながら戦っていたら、勝てたはずなのに……。

 

「っていうか、魔力原子を操る兄さんもたいがいアレだけど、それに対抗できる犯人も犯人なんだよねぇ……」

 

 わたしたち魔導士が使う魔法は、基本的に「体内で生成した純粋な魔力原子に個人の魔力波長を与えたもの」で、それを魔法として形を組みかえる際に大気中の魔力原子と結合して分子化してしまう。

 ただし兄さんの場合、そもそも大気中の魔力原子の漂うベクトルと漂流速度に「勢い」をつけて不可視の魔力触手にしたり、あるいは相手の魔法を「体内で生成された魔力原子」「大気中の魔力原子」に分解して無効化したりとか、とにかく汎用性が高い。

 しかもその密度によって硬度と体積を変化させることもできるし、魔導士にとってはこれ以上なくやりにくい相手なんじゃないかな。格闘主体のシグナムさんたちには純粋な格闘戦で負けるけど。

 

「……あ、そっか。格闘主体か」

 

 あまりに当然すぎて見落としてた。そうだよ、不意をつかない限り基本的に攻撃魔法を無効化しちゃう兄さん相手に、兄さんを対策し尽くした人が魔法をぶつけるはずがない。

 最初から犯人はほとんど魔法を使うつもりがなかった……あるいは、そもそも魔法の才能か、あるいは保有魔力総量がほとんど無いに等しかったんだ。

 だから電車の中の乗客を数分間だけ眠らせる程度のことしかできなかったし、催眠魔法の発動後すぐにバリアジャケットを解いて普通の姿で兄さんの前に現れた。

 

 それに、電車から出た瞬間に不意をつかれて気絶させられたなら、そのまま駅の外に逃げずに電車の中に入った方が周りの人に怪しまれずに済む。

 つまり、犯行現場と時刻はわたしの読み通りだけど、実際に誘拐されたのはその次の駅だったんだ……。

 

 もしそうなら、兄さんを誘拐した理由は自分の魔力総量の少なさがコンプレックスだったから……かな?

 裂夜の鎚に内包された魔力のことも考えれば、動機と手段は一致するし、少なくとも矛盾はしないはず。まだ確証はないけど、ひとまずリンディさんに連絡をいれよう。

『魔力総量と魔法のセンスに難はあるけど、聡明かつ策略家な面があって、なおかつ兄さんと戦り合うことも視野に入れられるくらい格闘センスの高い人』なんて、そうそういるもんじゃないし。



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なのはに残った、奏曲の残滓

 とりあえずリンディさんにさっきの推測を聞いてもらって、条件に合う魔導士がいないか探してもらうことに成功したわたしは、ひとまず早めの昼食を作ることにした。

 ちなみに今日は7月の14日。ゼリーの日ということで、デザートにはコーヒーゼリーも用意してあったり。いやー、料理はやっぱり時期と旬を考えながら季節に合わせたものを作らないとね!

 

『マイフレンドー! 今日レイジングハートとバルディッシュが遊べるかもってー!』

「なのはちゃんとフェイトちゃんが? あー、まぁ最近ちょっと働きづめだったもんね。じゃあ遊びにいこっか?」

『やったー! ひさびさにレイジングハートと遊べるー! じゃあメール返しとくねー!』

 

 ディアフレンドとレイジングハートは、わたしとなのはちゃんが目を離していても勝手にお喋りをするお友達デバイス。

 バルディッシュとはあんまりお喋りしてるところを見たことがないから、たぶんレイジングハートが特別なんじゃないかな。別にバルディッシュと仲が悪いわけじゃないんだろうけど。

 むしろ、バルディッシュのことは苦手とか嫌だとかで避けてるわけじゃなくて、男の子に対する接し方がわかんないから足踏みしてる感じなんだよね。でもデバイスって恋愛するのかな……。

 

 んー、二人とも来るならはやてちゃんとヴィータちゃんも誘おうかなー。

 

 

 

 

 お昼をちょっと過ぎた頃、なのはちゃんとフェイトちゃんは仲良く手を繋いでやってきた。はやてちゃんは今日、すずかちゃんの家でお茶会らしい。もちろん、アリサちゃんも一緒に。

 じゃあヴィータちゃんだけでも、と思ったけれど、守護騎士のみんなも忙しいみたいで、こられないそうだ。シャマルさんは家に残ってるみたいだけど、お留守番担当らしいし。

 

「いやぁ、最初見た時は本気で誰かと思ったよー」

「まさか髪を下ろすだけであんなに印象が違うなんて思わなかったよ」

「あはははは! そりゃあ、自分ちでしか髪なんて下ろさないし、今までみんなを家に入れたことなんて数えるくらいしかないし、仕方ないよ」

 

 わたしの髪は長い。普段はマフラーみたく首に巻いているけれど、3メートル20センチという非常識に長い髪はこれまで幾度となくわたしの生活を不便なものにしてきた。だけど同時に、この髪はこれまで幾度となくわたしを幸福なものにしてきた。

 特に、長い髪に強い憧れとフェティシズムを持つ兄さんに髪を洗ってもらうことは完璧に幸福であり、髪を洗うことを理由にすれば「基本的にお風呂は別々」という方針の兄さんと一緒に入浴できた。これを幸福と思わない者は反逆者です。ZAPZAPZAP!

 初めて髪を下ろしたわたしを見た人は、決まってさっきの二人みたいにびっくりするんだけど、その反応を見て楽しめるくらいには心にゆとりがある方だと自負しているし、何よりわたしは疑いようもなく幸福な妹なので仮に「気持ちが悪い」などという反逆的発言があったところで完全で完璧なわたしのメンタルが破壊されることはありません。

 

「でも透霞ちゃんの髪、長いだけじゃなくてすごく綺麗だよね」

「まぁケアしてるからねー」

 

 重いけど、とぼやき半分で洩らしてみると、それに気付いたフェイトちゃんが「何グラムくらいあるの?」と訊ねてきた。

 よくぞ聞いてくれました! 実はこの髪すごいんだよ! どれくらい凄いかっていうと身体測定の時に髪のせいで体重が目に見えて重くなるくらい!

 

「1.7キロ」

「「……え゙っ?」」

「1.7キロ」

 

 部屋の中に妙な沈黙が生まれた。そりゃそうだ、髪だけで1.7キロとか意味わかんない。お砂糖1袋が1キロだから、1袋半よりさらに重いってことだもんね。

 あ、ちなみにヘアカラーも白いからホントに砂糖っぽく見えたりして! ……それはないか。

 

「……透霞ちゃん、4月の身体測定で33キロだったよね……?」

「だね。144cmの33kgだよ。それがどうかしたの?」

「33-1.7=31.3kg……!? 痩せすぎだよ! 140センチの子だって平均34kgだよ!? ちゃんとご飯食べてるの!?」

 

 O-Oh(お、おう)……。いや、確かに不健康な痩せ方してるっていう自覚はあったけど、まさかここまで心配されるとぅわ。

 いや、確かに元から栄養失調のケはあったけどさー、今回に限ってはストレスと入院生活が原因ってわかりきってるんだから、どうせそのうち戻るよー……とかいう思考はすぐに読まれて、お二人から5分ほどお叱りを受けた。

 

 

 

 

 わたしが本格的に髪を伸ばし始めたのは、わたしが兄さんのことを頼りにし始めた頃……4年前、お父さんが死んでお母さんがおかしくなったあの日から。

 お母さんの暴力にただ怯えるばかりだったわたしを、兄さんはいつも庇ってくれていた。何もできないわたしのために傷付いていた。

 兄さんが守ってくれなければわたしはいないのに、そんな兄さんを守ってくれる人は誰もいないなんて許せない。だからわたしはこの髪に誓ったんだ……。

 

 せめて、兄さんの心を守ることくらいは……ただひたすら兄さんを裏切らない光になることくらいは、わたしにだってできるはずだから……わたしは兄さんの居場所になるんだ、って。

 

(兄さんが長髪フェチだったのは嬉しい誤算だったけど)

 

 もしかして、ロングヘアが好きになったのはわたしのせいかな。……なーんて!

 

「いやー、まさか体重のことで兄さん以外から怒られるなんて思わなかったよー」

 

 実際ごはんはちゃんと食べてるんだよ? 最近になってやっと、って感じではあるんだけど。

 でもほら、自宅にいた時っていつお母さんが帰ってくるかわからなかったわけじゃん? いくら兄さんがいてくれても怖いものは怖いんだよ。

 だからつい食道が細くなって……いやなんでもないです、にらまないでなのはちゃん。 

 

「怒るに決まってるよ、友達のことだもん。友達が無茶したり体を壊したりしてたら、そんなの悲しいし止めるに決まってるよ」

「なのは……その言葉もう一回言ってもらってもいいかな? 録音するから」

 

 なのはちゃんの特大ブーメランをフェイトちゃんが捉えた。

 

「なのはちゃん……。普段から無茶して体壊しまくって、フェイトちゃんにさんざ悲しい思いをさせてるなのはちゃんがそれを言っても説得力ないよ……」

「えっ!? わたしそんなに無茶――」

「してるよ」

 

 さすがフェイトちゃん、なのはちゃんのことになると反応速度が急激に上がるね。某ラノベなら二刀流スキルGetできるレベルだよこれ。実際StSで二刀流やってたよね、真ソニックとかいうきわどい衣装で。

 いくらなんでもあれはやめた方がいいと思うな、相手も男の人だったんだしさ。もし真ソニックのデザインを考える時はわたしもお手伝いするからもう少し周囲の視線を気遣った衣装にしようね。

 

「まぁ現にガリガリになってきてるわたしが言うのもアレなんだけどさ、なのはちゃんももう少しくらい自分を顧みた方がいいんじゃないかな」

「この際「怪我をしないくらい」とは言わないから、せめて包帯とかガーゼとかギプスを使わなくて済むくらいの怪我までにしてほしいな……。いやもちろんホントは怪我自体してほしくないけど」

「えっ、あ、いやー……その、えっとね? それは、つまりその……」

 

 あっ、その言い淀み方ちょっと兄さんに似てるかも。

 兄さんよく「えっ、あ、いや、えっと、その」とか「それは、つまり、えっと、あれだ」とか言ってたし。あのカタコトな感じけっこう特徴的だよね。

 

「なのは、その言い淀み方は高確率で反論できない時しか出ないものなんだよ……?」

 

 そうだね。でもフェイトちゃん、そのツッコミってたぶん兄さんがアリサちゃんに今みたいな理由で怒られてる時に言ってたことまるっきり転用してるよね。アリサちゃんはもっと語気が強かったけど。

 

「あぅ……。ご、ごめんなさ「あっ、もうドラマ始まる時間だ」このタイミングで!?」

「さすが奏曲の妹だね……」

 

 空気など読むなっていう格言を残した男の娘好きなお偉様がいてね?



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奏曲のゲームと、透霞のショック

「こ、この遊びを考えたの絶対に奏曲くんだよね……!」

「そうだよー? 前の家より狭くて障害物多いからぴったりでしょー?」

「遊ぶだけで誘導制御と速度制御の練度が上がるなんてすごいね……ッ!」

 

 なのはちゃんとフェイトちゃんが訪れてから30分。久しぶりに遊べるね、と言う二人に対し、ここのところ魔法を使ってないから腕が鈍ってるよ、というわたし。

 遊びながら魔法の練習ができないものかと考えていたら、昔なんとなく兄さんが思いついた遊びを三人でやることになった。

 その名も、『アスレチック鬼ごっこ(魔力弾式)』。室内の障害物に触れないよう魔力弾を飛ばし、魔力弾が消滅したら鬼サイドに入る。一時間逃げ切ったら鬼の負け。それ以内に両方捉えたら鬼の勝ち。一人でも残れば引き分け。

 フェイトちゃんの言う通り、魔力弾の誘導性・速度制御の向上が見込めるほか、魔力弾の密度(≒強度)や術者の戦略性も伸びるという一石で鳥の大群を落とせる楽しい訓練なのだー。あ、ちなみにデバイスは使用禁止ね?

 

「なのはちゃんの魔力弾かったーい! いくらぶつけてもこれじゃキリないよー! フェイトちゃんは速すぎて追いつけないしー!」

「「いや、えげつない待ち受けトラップ仕掛けてくる透霞(ちゃん)には言われたくない」」

 

 なのはちゃんの魔力弾はスピードを犠牲にして誘導性と魔力密度を優先した「いくらあたってもいたくないよ!」型。

 逆にフェイトちゃんは魔力密度を薄くしてスピード最優先。障害物の多い場所では動きが鈍るけれど、多段直角機動で素早く逃げる「あたらなければどうということはない」型。

 

 密度ではなのはちゃんに、速度ではフェイトちゃんに敵わない以上、わたしに出来ることは兄さん仕込みの誘導性をフル活用してフェイトちゃんの不意を討ち、二人がかりでなのはちゃんの弾を沈めるしかない。

 幸いにもこの家はわたしのテリトリー。地の利はこっちにある。術者はソファーから動けないので、目視できる部屋はこのリビングの他、キッチンと玄関、そして寝室だけ。

 この四つの部屋は一本の柱によってくぎゅ……もとい、区切られており、魔力弾が逃げる際には必ずここを交差する。よってわたしが狙うのはこの一点のみ。

 

 ――と、二人は思っているのだろう。

 

「ふぃーっしゅ」

「えっ!? あれっ!? 今どこから出てきたの!?」

「ふっふふーん。魔力弾の密度を極限まで圧縮・縮小してライトの裏側で待機してましたっ! 交差路ばかりを気にしすぎだよん!」

 

 圧倒的ドヤ顔。

 まさに「かかったな! アホが!」というやつだ。

 

「さーてなのはちゃん! 反撃タイムだよー!」

「圧縮・縮小とかなにそれひどい!」

「いや、なのはも同じことやってるでしょ」

 

 ここからは怒濤の展開。悪く言うなら一方的な展開と言えた。

 誘導性と障害物のポイントを押さえているわたしがなのはちゃんの弾の退路を限定させるように軌道修正し、フェイトちゃんが一気に仕掛けると同時にわたしも攻めに転じ、鬼の勝ち。

 戦略の中には『狙うべき優先順位』というものがあるのも確かなのだ。……って、兄さんが言ってた。やったね兄さん! 知識がふえたよ! ……記憶の中の兄さんが「おいやめろ」とか言ってる気がするけど、気にしない。

 

 

 

 

「卑怯は褒め言葉」

「ほんと、奏曲くんに似てきたよね、透霞ちゃん……」

 

 なにそれ、至上にして至高の出血サービス的な大賛美じゃないですかー、やったー!

 なぜか「奏曲くんって卑怯の極みだよね!」って満面の笑みで言ってるなのはちゃんを幻視したけど、些細な問題だよね! よし、今度わさびクッキーを作って食べさせてあげよう。

 フェイトちゃんはフェイトちゃんで凄く真面目に誘導性と速度制御の兼ね合いを見直してるっぽいし、まぁ実戦においても百利あって一害なしの遊びだしね、いいことなんじゃないかな。

 

「鬼ごっこの極意はかくれんぼにあり、ってね! にひひ!」

「フェイトちゃんの弾を落とした一撃はどう考えても魔力弾じゃなくて魔力レーザーです、本当にありがとうございました」

「止まった弾を動かそうとするからダメなんだよ。圧縮した魔力の一部は暴発させてブーストに変えれば、あとは制御をしっかりこなすだけなんだから。脚を傷付けない程度の地雷を踏んでダッシュするような感じ」

 

 踏んだにも拘わらず全身どころか脚すら傷付けられないそれを『地雷』と称していいものなのか甚だ疑問ではあるけれど、あくまで喩えだからね!

 

「んー……。それ、どうやって止まるの?」

「え? 普通に相手の弾と相殺させれば消えるし、勝敗つくまでなら鬼側は再生し放題だし。実際フェイトちゃんの時もお互い消えてたでしょ?」

「いや、なのはのことだからきっと密度が濃すぎて相殺できないんだよ。もしさっきの透霞と同じことしたら床も貫通しちゃうんじゃないかな?」

 

 えっ、なにそれこわい。ちょっと待ってなのはちゃん、なんで照れくさそうに笑ってるの? 褒めてないよ? 断じて褒めてないからね!

 ていうか魔力弾と魔力弾がぶつかって一方的に撃ち破るとかどういうことなの? ゴム弾vs実弾でもしてるの?

 

「なのはちゃんェ……」

「だ、だってほら、わたしの魔法って堅さと誘導性がウリだし……」

「いや、この場合の「かたさ」は文字が違うんじゃないかな……」

 

 防御がかたい→堅さ。

 銃弾がかたい→硬さ。

 

「うぅ……。最近フェイトちゃんが冷たい……」

「いや、嫁レベルが上がってるんでしょ。おめでとう! バカップルから熟年夫婦にランクアップだよ!」

「それ、褒められてるのかな……?」

 

 これが褒め言葉でないとするならいったい何が褒め言葉だというのか。そうか! ホメなのはさん化すればいいのか! あっ、いや冗談です。レイハ構えないでください。

 うーん、ぷち化の方がよかったのかな。あれならマスコットっぽいし。水かけたら増殖して多角度収束ディバインバス……うん、これ以上はやめよう。想像しただけでちょっとちびりそうになった。

 

「仕方ないなぁ、ランクアップが嫌ならカオスエクシーズチェンジしか……」

「ほぼ同義だよねそれ!? CNo.39と32以外ほとんどみんなランク変動してるよね!?」

「ラ、ランクダウンもいるにはいるから……」

 

 フェイトちゃんのフォローが震え声になってるのは気にしない方向でいこう。

 

「じゃあ次はなのはちゃんとフェイトちゃんがじゃんけんで鬼を決めてね」

「あ、ねぇねぇ透霞ちゃん、どうせなら魔力弾を一人につき3つにしない? 制限時間1時間で逃げる側が2発だけじゃ鬼が有利すぎるし」

「んー、それもそっか。でもそうなるとなのはちゃんの弾が硬すぎるんだよなぁ……。じゃあなのはちゃんは2つ、フェイトちゃんは3つでスタート。いいね?」

 

 アッハイ、という返事をして、二人がじゃんけんを始めた。

 どうもこの二人は運までバカップル化してるらしく、5分くらいあいこが続いたけど、まぁミルクティーを淹れるにはちょうどいい時間だった。

 

「あ、おわった?」

「ぜぇ、ぜぇ……! な、なんでかな……? はぁ、……けふっ、本当になんてことのない一言なのに……はぁ、はぁ……バカにされた気がする……げほっ」

「き、奇遇だねなのは……。けほっ、はぁ……私も、ちょっとむかっとしたかな……はふぅ……」

 

 二人とも煽り耐性ないなぁ。このくらいならまだジョークの範疇でしょ。本当の煽りっていうのはもっと格段にエロイんだよ?

 特にエロイのは兄さんだね! 他人を罵倒したり煽ったりすることに関して兄さんの右に出る人はわたしの知る限りあんまりいないからね!

※『エ』げつない、『ロ』くでもない、『イ』やらしい

 

「はいはい、ミルクティーでも飲んで落ち着きなよ。じゃんけんだけでそんなに体力使って、鬼ごっこで集中力切れましたとか笑いものにもなれないよ?」

「ぐうの音も出ないほど正論すぎる……。まさか透霞ちゃんの偽物!?」

「なのはちゃんの中でわたしがどれだけド低能なイメージなのかよくわかる発言ありがとう。FFポーション瓶をお尻に突っ込まれたくなかったら今後は似たニュアンスの言葉を吐かないように」

 

 何年か前に兄さんがアリサちゃんとすずかちゃんから貰ったFFポーション瓶、今も兄さんの勉強机の引き出しに保管されてるんだよね。

 前にあれを床に落として傷をつけちゃった時は珍しく本気で怒られたっけ。あまりの恐さにちびった挙句に大泣きしたくらいなので、あれ以降ほとんど触れてないけど。

 ところでなのはちゃん、いくらなんでもフェイトちゃんの後ろに隠れるほど怯えなくてもよくない? マジギレなのはちゃんに比べたらまだマシな方でしょ。

 

「ご、五十歩百歩かなぁ……」

「「えっ」」

 

 ここ最近で一番ショックだった出来事、『愛用のお茶碗が割れた』から『マジギレなのはちゃんと同じくらい怖いと言われた』に更新。



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透霞の記憶と、ブラコン特有のオーラ

「じゃあ、今日はこれで。来週からは透霞ちゃんも復帰するんだっけ」

「うん。女心的にはちょっと抵抗もあるけど、今は少しくらい太って体力と筋力をつけないとね!」

「それもそうだけど、せめて肋骨が見えなくなるまではバランスを若干無視してでも太った方がいいよ……」

 

 うっわぁ、わたしの女の子としてのガラスハートを滅多打ちとか、フェイトちゃんは顔に似合わずえげつないこと言うね……。いや、小学生のうちから体重を気にするのはどうかとわたし自身も思うけどさ。

 でも実際フェイトちゃんの言う通りなんだよね。痩せすぎると食道も細くなって悪循環するし、いざって時に体力とスタミナがないと兄さんを助けに行けないし。

 兄さんを助けるためにも、今はスタイルのことなんて気にしてらんないよ。ちょっとくらい太ったって、兄さんはわたしのことを嫌いになったりしないもん。兄さんが嫌わないなら、他のことなんて何も気にならない。

 

「うーん……。なら、夜に何を食べたかメールするから。それなら二人とも安心してくれるでしょ?」

「うん! あっ、じゃあその時にレシピとかも訊いていい? 最近は家のお手伝いとかもあんまりできてないから、料理のこととか忘れがちなんだよね」

「いいよー。ただ、お姉ちゃんがちょくちょく帰ってくるから、その日はあんまり遅くまでメールできないかも」

 

 ごめーん、と言って両手を合わせると、二人とも笑いながら「いいよ」と言ってくれた。

 病み上がりなんだから、当然と言えば当然なんだけど。でも……そんな当然のことを当然のようにしてくれるこの二人が、わたしは大好き。

 

「じゃ、今度こそまたね。おやすみ、透霞ちゃん」

「おやすみ、透霞。早くよくなってね」

「うんっ! また遊びにきてね!」

 

 次に会う時までには肋骨くらい隠しておくから、という生々しすぎる挨拶はさすがに自重して、二人の背中を見送る。

 うわぁ、二人とも示し合わせたっぽい仕草もなくナチュラルに恋人繋ぎしていったよ……。たぶんあれ無意識なんだろうなぁ……。

 別に二人がどんな趣味を持っていようと構わないけど、せめてもう少し糖度を下げてほしいな。あるいは見えないところでやってくれないかな。

 

 

 

 

 ご飯も食べて献立とレシピのメールも送った後、兄さんの私物に顔をうずめてスーハースーハークンカクンカしたわたしは、一種の賢者タイムになりながらお風呂に入った。

 まぁ体が体なだけに、あんまりえっちなこと考えても興奮とかしないんだけどさ、これでも精神(なかみ)は今年で27歳なんだよね。

 前世だと男の子との交流自体があんまりなかったし、さすがにお父さんとか弟に興奮するほど変態でもなかったしね。いや、今だって兄さんに対して『そういう意味』では興奮しないけど。

 

 ああー、前世のこととか思いだすとちょっと感傷に浸っちゃうからやだなー。兄さんがいた時は兄さんのことばっかり考えてれば思いださなかったのに、今じゃ思いだすだけの時間が与えられちゃってるもんね。

 お父さんとお母さんはともかく、弟のことはちょっと心配かなぁ。あの子、わたしが言うのもなんだけどお姉ちゃんっ子だったし。

 どうかわたしの後を追ってたりしませんよーに。正直、転生してから前世のことを思うとそれだけが一番の心配だよ。まぁ兄さんの後を追ってリスカったわたしが言えた義理じゃないけど。

 

「うーん、まだちょっと痕が残っちゃってるかな。明日からはリストバンドとか腕時計とかして登校した方がいいよね。クラスのみんなを心配させたくないし」

 

 ふと気になって左の手首を見てみると、病院での手当てと治癒魔法で塞がったリスカ痕がうっすらと残されていた。

 シャマルさんにお願いすれば痕も消してくれそうだけど、家が遠いからめんどくさいんだよね、はやてちゃんの家に行くの。一緒に遊ぶ時はもっぱら中継点の高町家に集合することにしてるのも、それが原因。

 おかげでヴォルケンリッターのみんなとはあんまり会えてなかったりする。ヴィータちゃんと会いたいよぉー! ゲンコツ覚悟で頭を撫でくり回したいよぉー!

 

「あっ、そういえば去年の誕生日にヴィータちゃんからもらったリストバンドがあったっけ」

 

 普段あんまり運動しないから使いどころなくてとっておいたけど、確かあれはひとつだけじゃなくて一袋に何種類かあったはずだから、毎日お洗濯してもサイクル的には問題ないし、ちょうどいいや。

 そうと決まれば、あとはこの白髪の言い訳だよね。先生には事情を話しておいたけど、クラスのみんなは兄さんが失踪したこと自体ぼかして伝えられてるらしいし、リスカ痕より白髪だよ、白髪。ストレスが溜まりに溜まった結果こうなりましたー、って言っても理解できないよね。

 なのはちゃんとかアリサちゃんとかすずかちゃんとか、わたしの周囲って総じて外見不相応な知能もってるから忘れがちだけど、わたしたち小学生だもんね。

 

 あー、でも小学生だからどうのこうのって話をしたら、一番スペック的におかしいのはアリサちゃんとすずかちゃんだよね。

 少なくとも地球では魔法技術については無視すべきだから、フェイトちゃんは真っ先に『普通』入りだし、なのはちゃんも機械弄りとかのスキルは高いけどすずかちゃんっていうライバルがいるしなぁ。

 その上で色んな習い事とかしてて、なおかつなのはちゃんと同じくらい機械に詳しいとこが、すずかちゃんの凄さだよ。アリサちゃんについてはむしろ苦手分野を探すのに苦労するくらいだし。

 

 ていうか普段のグループの中でそういうスキルが一番低いのって何気に兄さんかも。格闘技も魔力操作技術も日常じゃ使わないだろうし、家事はほとんどわたしがやってるからね。

 勉強はできるみたいなんだけど、いつもの仲間内でだと基本的にハードルがバカみたいに高いから凄く見えないんだよねー。去年のテストだと全員の五教科の平均が92点だったし。なんでみんな最低一教科は満点とってるのかな。

 アリサちゃんの五教科総合が498点だった時はさすがに小学生として見るのをやめようかと思ったよ。いやむしろ一か所ミスったのが奇跡的だったと思うべきなのかもしれないけど。アリサちゃんは100点で当然、みたいなとこあるし。

 一度だけそういうプレッシャーが原因で爆発しちゃった時もあったけど、すずかちゃんの無言ハグの威力は見てる方からしてもとてつもない威力だった。あれが聖母のオーラなんだね。

 

「……やばっ、のぼせるとこだった!」

 

 前世のこととか明日からのこととか少し前のこととか、色々と考えすぎていたのか、気付いたら一時間も入っていた。わたし長風呂はしない方だから、ちょっとこれはキツいかも。

 柄にもなく物思いに耽ったのはよくなかったみたい。やっぱそういうのはわたしには似合わないね。お気楽お転婆の楽天家! いつも通りやりたいことやって楽しくスマイル! どんな時でもネガティブにならないのがわたしの最強魔法だもん!

 

「兄さんが帰ってきたら、一緒にご飯を食べよう。それから一緒にお風呂に入って、朝から甘やかしてもらうためにも、一緒に寝なくちゃね。早く帰ってこないかなぁ……」

 

 ――そういえば、わたしって兄さんなしでどうやって遅刻せずに登校すればいいんだろう。兄さんがいた時ですら、登校の時はおんぶしてもらってたのに。

 

「……ま、いっか。なるようになるよね」

 

 この判断がいけなかった。わたしは、自分の寝坊スキルの高さへの自覚が、あまりにも薄すぎたんだ。



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透霞の苦難と、迫る夏休み

 結論――わたしは一人で登校しようと思ってはいけない。

 

 いやあ、見事な遅刻っぷりだったね。遅刻っていうか朝の会の点呼で取る出欠に関して言えば欠席だったね。起きたの二時間目が終わったとこだったし。ごめん先生、ほんとごめん。

 びっくりしたなぁ。いや、起きたときに見た時計の針については驚きを通り越して「あーあ」っていう諦めに似た感情が心の九割近くを埋め尽くしてたし、そこはもう仕方ないんだけどさ。

 問題はケータイに表示されてた着信件数だよ。メール89件、不在着信23件。あのねフェイトちゃん、心配してくれるのは嬉しいんだけどこれストーカー行為スレスレだからね! 今回は全面的にわたしに非があるけど!

 

 あと通学路で道に迷ったのもいけなかった。そういえば前は兄さんがおんぶして登校してくれてたから通学路とか覚えてなくて当然なんだよね。しかも今の部屋に引っ越してからは初登校だし。

 朝日を浴びながら登校するって気持ちいいものなんだねー。学校についたの四時間目の真っ只中だったけど。昼だよ昼。前言を盛大に撤回するけども朝日なんて影も形もなかったよ。

 

「透霞ちゃん……。明日から起こしに行ってもいいかな……?」

 

 そんなこんなでお昼休み現在、わたしはなのはちゃんから凄く形容しがたい表情でお叱りを受けているのでした。

 どうやら遅刻したことよりフェイトちゃんに心労をかけすぎたことに対するお怒りらしいけど、だからこそ改めてフェイトちゃんが絡んだ時のなのはちゃんの怖さを思い知った。

 でもね、だからってなのはちゃんを早朝からわたしの家に上げると、今度はフェイトちゃんからお叱りを受けちゃうんだ。だからその提案は呑めないかなーって。

 

「いや、明日からはアラーム三つ使うから大丈夫だよ! それに今日は迷子になったけどもう覚えたし、帰り道ならいつも起きてたから……あっ」

 

 ふと気付く。そういえば、確かに兄さんが居た時は朝こそ寝ていたけれど、下校の時はちゃんと起きてたはずだ。なのに今朝、あれほど見事に迷子になってしまったというのは、やはり空の色と見ている景色が逆転しているせいなのだろう。

 つまり、新しいおうちから学校までの道を迷ったわたしは、同じく帰り道も見事に迷ってしまう可能性が極大なのである。うそん。

 なのはちゃんとフェイトちゃんのみならず、ここまでフォローはせずとも呆れの表情だけで許してくれていたアリサちゃんまでもが「さすがにそれはどうなのよ」的な視線を送ってきている。

 

 はやてちゃーん、すずかちゃーん、たすけてー! なんて、いくら心で喚いてみても視線だけでその意図が届くことはなく、……いや、すずかちゃんは察してくれてるんだろうけど、アリサちゃんが楽しそうなので止めてくれない。

 わたしは今日ようやく再登校ということになったので知るところではないんだけど、後で聞いたところによるとアリサちゃんとすずかちゃんは(当然といえば当然ながら)兄さんの無事を知らされていなかったらしい。

 わたしだってなのはちゃん経由で兄さんの生存を聞いてようやく立ち直ったのに、彼女たちはそれすらも――何一つとして縋るもののないまま兄さんを信じていたあたり、わたしはきっとどうあっても彼女たちには敵わないみたい。

 

「せめてバスにさえ乗ってしまえばいいんだけど、透霞じゃねぇ……」

「アリサちゃんひどい!」

「ひどいのはあんたの寝起きよ」

 

 以前、アリサちゃんのおうちにお泊りした時、モーニングコールをもらってもまったく起きなかったことをまだ根に持ってるらしい。

 さっぱりした性格のアリサちゃんには珍しいけれど、あれは自分でもさすがにどうなのかと思った。結局はお昼になっても起きないからお風呂に放り込まれて目を覚ましたけど。

 

「透霞は寝すぎだし奏曲は寝なさすぎだし、なんであんたらは双子のくせして見事なまでに正反対なのよ!」

「わたしと兄さんの共通点なんて苗字と血液型くらいじゃないかな。たぶん今までジャンケンであいこになったことないし。ほとんど一発で決まるから」

「運ですらッ!?」

 

 あとお互いがブラコンシスコンっていう共通点らしきものがあるけど、あれも実は全然違うんだよね。

 わたしは兄さんを「兄として」大好きだけど、兄さんはわたしのこと妹っていうより娘みたいに想ってるだろうから、やっぱりものの見事にすれ違ってるんだ。

 まぁだから何? って言われたら特に何ってこともない話なんだけど。別に真逆だからって仲が悪いわけじゃないし。自他共に認めるなかよし兄妹ですしおすし。あ、なんかこのフレーズ少し気に入ったかも。

 

「ところで透霞、お昼ごはんは?」

「パンを買うだけのお金すら家に放って登校してきたわたしに、お弁当を作るだけの余裕があったとでも?」

 

 あっ、なんかアリサちゃんが「そういうことはみんなが食べ終わる前に言いなさいよ」的な視線を送ってきてる。

 いやいやいや、言ったらみんなのお弁当が何割かずつわたしのお腹の中に消えちゃうでしょ。みんな優しいし。特にはやてちゃんのは遠慮しても4割くらい食べちゃいそうだよ。おいしいもん。

 

「でも、うーん……そうだね、まぁ、たぶんきっとなんとかなるよ。午後の授業さえやり過ごせばいいわけだし」

「……透霞ちゃん、凄く言いにくいんだけど……五時間目は体育だよ?」

 

 あっ、これわたし死んだな。

 

 

 

 

 あのあとメチャクチャ借金した。ありがとうフェイトちゃん、明日ちゃんと630円にして返すからね! ……いやごめん無理、やっぱ1.5倍の472円(小数点以下切捨て)でもいいれすか。

 いやー、フェイトちゃんの優しさに思わず胸キュンしちゃったよ。あっ、待って待ってなのはちゃん。別に手を出すわけじゃないんだから、その鬼も悪魔も泣いて逃げ出すような笑顔やめよ?

 まるでどこぞのコスプレ好きなアイドルプロダクションのアシスタントみたいな表情だよ? どこか遠い彼方から「ガチャガチャガチャガチャ……」って音が聞こえるかのようだよ。

 

 ま……まぁ、ともあれ五時間目はみんな大好き体育のお時間です。そろそろ一学期も終わりに差し掛かる7月15日、来週にはもう夏休み!

 長期休暇は嬉しいんだけどさ、実際になってみるとあんまり休みって感じしないのが夏休みなんだよね。休み前に立てた計画に沿ってラジオ体操に行ったりプール行ったり自由研究やら勉強やら進めたり。

 自分のテンポでやれるのはいいんだけどさ。これじゃ一ヵ月半『連休』じゃなくて一ヵ月半『連続半ドン』だよね。ちなみにわたしの自由研究は創作料理のレシピにしました。はやてちゃんと被ったけど別にいいよね、一緒にできるし。

 

「透霞ちゃん、透霞ちゃん」

「んぇ? なにー、はやてちゃん」

「いや「なにー」やあらへんわ。次、透霞ちゃんの番やで」

 

 言われて、俯いていた顔を上げてみると、そこには薬品の匂いが惜しげもなく立ち込める青色のオアシスが波打ちながらわたしの入場を待っていた。

 やだよー……プールやだよー。どうせ上手くも速くも泳げないのにタイム計られるとか拷問だよー。スク水で公然羞恥プレイとか先生ちょっとマニアックすぎだよー……。

 ……えっ、やだ先生ちょっと何その目。ガチじゃないよね? さすがに今のはわたしのジョークだと信じたいけれども事と次第によっては訴訟不可避だよ?

 

「はぁ……。夏海、行きまーす……」

 

 ぽちゃん、という気の抜ける音が響く。飛び込み禁止だからね、そりゃ足から降りたらこうなるよね。ざぱぁーん、なんてカッコいい音は中学校までお預けだね。さすがに中学になってまで飛び込み禁止はないだろうし。

 あー、この生ぬるい水の温度と絶妙な息苦しさはまさしく水泳オブ水泳。どうでもいいけど兄さんはよく潜水なんてするよね。しかも一往復半。先生が溺れたと勘違いして飛び込まなきゃもっと長かったのかな……。

 ちなみに聖祥大附属小学校のプールは一往復につき60メートル。つまり兄さんの『一往復半』という記録は90メートルを意味していて、わたしがクロールで泳げる距離の約二倍なのでした。いや、わたしはわたしで体力なさすぎかな。

 

「……あっ、これもうむり」

「夏海ー、せめてあと半分ちゃんと泳げー」

「むぇー……」

 

 一往復どころか45メートル地点で力尽きるわたしとは大違いだよ……。



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夏海透霞と、水城海花

 五時間目の水泳を終えて、次は得意の算数。

 着替えを早めに済ませて教室にBダッシュすると、先客が窓辺に一人、ポツンと物言わず佇んでいた。

 

「……夏海透霞か。女子はいつも遅いが、お前は比較的早いな。その髪も拭くには手間が掛かるだろうに」

「――わたしからすれば、いつも話しかけないと喋ってくれない水都くんが、自分から声をかけてくれたことの方がびっくりなんだけど、そこのところ詳しく聞きたいにゃーんっ!」

 

 海月水都くん。今年の春に転校してきたクラスメイトで、兄さんとは犬猿の仲だけど、同時に兄さんと真っ向から向き合ってくれる数少ない人。

 基本、積極的に他人と関わり合おうとはしないタイプで、兄さんと同じくらい友達が少ない。あ、なんか今のちょっとラノベのタイトルっぽかった?

 まぁそんなわけだから、まさか水都くんの方から話しかけてもらえるとは全然、まったく、一切、1ミクロンたりとも思ってなかったわけで、とってもびっくり。

 

「…………」

「……もしかして、心配してくれてる?」

 

 少しトーンを落としたわたしの問いかけに、水都くんはただ無言で頷いた。

 なぜ、と問うことも、わたしに気があるのか、と茶化すこともできなかった。それくらい水都くんの目は真剣で、憂いに満ちていたから。

 

「……夏海奏曲のことは、整理がついたのか?」

「ついてないよ。ただ、まだ希望を捨てるには早いってわかっただけで、ホントは今にでも死んじゃいたいってくらいグラグラなんだ」

 

 重い沈黙。

 自分の言葉とは思いたくないほどの暗さや重苦しさが、二人だけの教室を支配する。でも、それは『わたし』が『夏海透霞』である以上、仕方のないことなんだ。

 兄さんがいて、笑顔がある。兄さんがいて、幸せがある。兄さんのいない『わたし』は、今のわたし。何もかもが中途半端な夏海透霞。

 

「お前は……どうしてそうも夏海奏曲に執着するんだ? 今回のように大事になれば当然だろうが……お前たちは普通の兄妹と比べて互いに執着しすぎているような気がする」

「兄さんがどうしてわたしに、っていうのはわからない。でも、わたしが兄さんにべったりなのは……それだけ兄さんに守られてきたから。甘えさせてもらったから。それだけだよ」

 

 兄さんがいなきゃ、わたしは今でもお母さんの虐待を受けているはずなんだ。兄さんがいなきゃ、わたしは今みたいに笑えなかったはずなんだ。兄さんがいなきゃ、わたしは虐待の末に死んでいたかもしれないんだ。

 だから――わたしは生きる限り、わたしの生を肯定し続ける限り、わたしという存在を証明し続ける限り、兄さんを嫌いにはなれない。兄さんを否定できない。兄さんを憎悪できない。好きで、好きで、大好きでいるしかないんだ。

 だって、それだけわたしの生には兄さんが染み付いているんだから。

 

 どうせだから、わたしも前から訊きたかったことを水都くんに訊いてみようか。

 わたしばっかり答える側ってのもなんだしね、活かせる機会があってそれを見逃すなんて、いくらわたしでもそこまでおバカさんじゃないよ。ふっふふーん!

 

「水都くんってさ、兄さんのこと嫌いだよね」

「……野蛮なライダーを信仰するということが気に入らん。この世にはドライバーだけがいればいい。事実、車と違ってバイクなどという危険物はCMにもならない」

「いやいやいや、そうじゃなくってさ。兄さんがバイク好きだとか、水都くんが車好きだとか関係なく、兄さんのこと嫌いだよね。どうして?」

 

 みんな、兄さんと水都くんはバイクと車というきのこたけのこ戦争みたいな理由でいがみあってると思ってるだろうけど、実際そうでもないんだよね。

 兄さんもたぶん気付いてる。水都くんは何かもっと超一方的な理由で兄さんを憎んでるはずだってこと。……ううん、そもそも水都くんが『バイク』を嫌う原因が、その『一方的な理由』に関係してるんだ。

 そうだよね、と言葉にするまでもなく、水都くんの返した視線と沈黙は、それを全部まるっとひっくるめて肯定していた。

 

「何が――とか、どうして――なんて、訊くつもりはないよ。そういうのは、きっと問い質すようなものじゃないと思うから。でも……もしも誰かに聞いてほしい時は、わたしに言ってくれないかな。もちろん、兄さんにも言わないって約束するからさ」

「……ああ、そうだな。夏海透霞になら、いつか話せるかもしれない。だが、それはきっと、ずっと、もっと、お前が『本当のお前』に近づいた時だろう。そのために、今は……」

 

 

- 起きろ、トリシューラ -

 

 

 

 

 直後、時空管理局・巡航L級8番艦、次元空間航行艦船アースラにて。

 

「第97管理外世界『地球』にて、高出量の魔力反応を確認!」

「コンディションレベル・オレンジ! 要戦闘の可能性を含む警戒態勢を各前線クルーに通達!」

「位置・波形を特定……これはッ!? 捜索対象・夏海奏曲の失踪時に確認された魔力波形と一致……ッ!?」

「前科者・要警戒対象リストおよびロストロギアリストより適合パターンを照合――結果、出ますッ!!」

 

 

-TRISHULA-

 

 

「トリシューラ、だとォッ!?」

 

 絶叫するクロノ。

 謎のロストロギア『トリシューラ』とは……。

 

 

 

 

 真っ白な三叉槍(トライデント)――かつて三つの世界を凍結し、生命根絶へと追いやった凶悪なるロストロギア『凍結の槍・トリシューラ』……。

 その場に居合わせるだけで骨まで凍りつくような凄まじい冷気と寒気が透霞を襲う。しかし、彼女はそれよりも大事なことが、訊かなければならないことがあった。

 

「水都くん……!? その姿、まさか水都くんが……!?」

「違うよ……俺は水都なんかじゃない。俺は……俺は水城海都(みずきかいと)! 水城海花(みずきみか)……前世のあなたの弟だ!!」



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水城姉弟の、姉弟喧嘩

「水城海都……? あなた、海都なのッ!?」

「そうだよ、海花姉さん……。俺だ、海都だよ。姉さんのために過去の自分を殺し、姉さんに会いたくてここまで来たんだ!!」

 

 水城海都……夏海透霞じゃなく、わたしがまだ水城海花だった頃の弟の名前。それは世界を跨いだ今となっては誰もが知りえないはずの名前と関係。

 それを口にできるということは、彼の行動やわたしとの関係が虚な妄想なんかじゃないことを確かに意味していて、わたしは思わず後ろへ一歩、もつれるように後ずさる。

 

「あの日……姉さんが辻斬りライダーに殺された十字路で、俺は世界の全てを怨み憎み呪った……。なぜ姉さんが死ななければならなかったのか、なぜ他の誰かじゃないのか、何もかもを嫌悪し憎悪しながら、自らの命を絶ったッ!」

 

 ああ、やっぱり自殺しちゃったんだね。そうじゃないかとは前々から……それこそ『わたし』が『夏海透霞』になった日から前世を思い出すたびに思ってたよ。海都はお姉ちゃんっ子だったからね。

 どうかそうならないようにと祈っていたけれど、仕方ないね。海都はわたしを病的に愛しているからこその海都だもんね。知ってるよ。だってわたしも、そんな狂った海都のことが誇らしいほどに大好きだったから。

 

「そして俺はカミと名乗る怪しげな男と出会い、俺の仕出かしたこと……俺が死に際に発したあらゆる恨み辛みが、輪廻の法則を歪めて姉さんと同じ世界に転生することと、その世界で姉さんの身に起きた全てを知った!」

 

 カミサマ? ……ああー、そういえばいたね。可愛いからって転生サービスにディアフレンドくれたおじさん。あの人ってホントにカミサマだったんだ。視線がモロに太股にきてたからただのスケベオヤジだと思ってたよ。

 でもさ、転生した理由は簡単にまとめちゃえば「死に際の怨念がわたしの元へ転生させた」ってことで間違いないんだろうけどさ、それと兄さんを襲うのとは理由が違う気がするんだよね。

 なんで兄さんを恨む必要があるの? 転生システムと兄さんの存在はなんの関係もないはずでしょ。兄さんがカミサマってわけじゃないんだしさ。

 

「夏海奏曲が……あの男が弱いせいで、しっかりしてないせいで、姉さんは傷付けられた! 母親からの虐待に脅かされたのは、あいつが弱いからだ!! 俺が一緒にいられたら、姉さんをそんな目に遭わせたりしなかったのに!!」

「……母親を手に掛けて?」

「そうだッ! あの女を殺せるだけの力が俺にはある! あの女から姉さんを守れるだけの力が俺にはあるッ!!」

 

 もはや海月水都として演技(キャラ)なんて原型も残らないほど熱烈に、海都はわたしへの想いと決意を語る。

 確かに海都の言うことは間違いじゃない。いくら体が子供だとはいっても、海都は兄さんと同じ『魔導士ではないけれど魔法を使える人間』……即ちロストロギアの正規所有者だ。

 トリシューラと呼ばれるそれがどんな力を持つのかまではわからないけれど、成人女性を1人くらい穿つことなんて造作もないことなんだろう。

 

「……そうだね。海都ならそれができただろうし、兄さんはそうしなかった。けれど……それはきっと兄さんだって同じだったはずなんだ。兄さんだって、やろうと思えば今のお母さんを殺すことができた」

「だったら……だったらなおさらだッ! あの女を殺せる力を持ちながら、あの女を殺せる術がありながら、夏海奏曲は姉さんを半端にしか守ろうとしなかった!! あいつに姉さんを守る権利などないんだッ!!」

 

 そんなことない、と返すことはできなかった。わたしのことが絡んだときの海都にごく一般的な正論なんて露ほどの意味もないってことは、わたしが一番よくわかってるから。

 けれど、それでもわたしはその言葉を受け入れることもできなかった。海都の想いはわかってる。けど――兄さんがお母さんを殺さなかった意味も、わたしを守るためにしてくれたアレもコレも何もかも、知ってるから。

 

 

「それは違うよ」

 

 

 だから――言わなきゃ。

 今まで、兄さんやなのはちゃんたちに守られ続けていた、蛹のままのわたしは、今その殻を捨てなきゃ二度と蝶に変態(かわ)れない。

 たとえそれが、過去の弟と敵対する引き金になろうとも。

 

「兄さんは守ってくれていた。兄さんは、お母さんを殺さないことでわたしを守ってた。わたしを――『犯罪者の妹』というレッテルから守ってくれてたんだ」

「そんなものッ……周囲の評価など力で捻じ伏せてしまえばどうとでもなるッ! そんなくだらないものよりも、姉さんの命を最優先すべきだったッ! あいつは、己の弱さを姉さんのせいにしたんだッ!!」

 

 海都の怒りが燃え盛るほど、反比例するようにトリシューラの放つ冷気が増していく。

 そういえばもうそろそろみんなが戻ってきていいはずなのに、誰も来ないなぁ。それどころか、学校内に人の気配っていうか、騒々しさをまったく感じない。

 人払いの魔法? でも、そんなもの使った様子はなかっ……あっ、そうか、これが兄さん失踪事件のときに起きてた現象なんだね。

 

「姉さん……もうこんな世界は捨てて、俺と一緒に平和な世界に逃げよう。こんな……いつまた姉さんに危険を及ぼすかも知れない世界なんて、もう必要ないんだ」

「ダメだよ海都。この世界は確かにわたしを何度も傷付けたけれど、同じくらい何度も支えてくれた。癒してくれた。だからわたしはこの世界とこの世界の全てを――そして兄さんを、捨てられない」

 

 途端、トリシューラの放つ冷気が教室のあらゆる備品を氷漬けにした挙句、一瞬の後に砂のごとく崩れていった。

 

「ディアフレンド!」

『セタップ! おはようマイフレン……ってええーッ!? 何この惨状!』

 

 起きたばっかでごめんね。でもこの寒気なら目もぱっちり覚めただろうし、別にいいよね。

 あと海都、物理的な傷さえつけなければ暴力にならないって考え方はそろそろ改めた方がいいと思うな。この冷気は明らかに暴力だよ。お姉ちゃんこわいなー。

 

「どうして……わかってくれないんだ……。どうして頷いてくれないんだ、姉さんッ! 俺と一緒にいた方が、姉さんにとっても平和で幸せな暮らしを手に入れることができるじゃないか!」

「でも、海都の言い分を聞く限りじゃ、きっとその平和な世界にはわたしと海都だけしかいない。海都のことは大好きだけど、わたしはもっとたくさんの友達と一緒にいたい」

「なんでだ……ッ! そんなもの、いつ姉さんを傷付けるかわからない不穏分子じゃないかッ! 姉さんのことを絶対、必ず、何があっても、何がなんでも100%、間違いなく裏切らない俺だけが姉さんと共に居ればいいじゃないかッ!」

 

 怒りにとらわれた海都から、氷の弾丸が撃ち出される。

 

「…………」

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!!」

 

 けれどそれらは、わたしの表皮数ミクロンにも触れることなく通り過ぎていった。

 まぁ当たるような軌道に入ってたら、ディアフレンドが自動で『Friendly Fire』を撃ってたと思うけど。あれは誘導性ゼロだけど弾速が凄まじく速いからね。

 

「姉さんが俺の言う通りにしてくれないのなら、次は当てる……。できる限り怪我をさせないように、姉さんの体力を削って連れて行くッ!!」

「やってごらん。わたしだって、ただでやられるつもりはないから。何より……海都には兄さんの居場所を聞かなきゃいけないからねッ!!」

 

 前世と今世、世代を跨いだ姉弟喧嘩の始まりだ。



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透霞の曲芸魔法と、希望の影

「トリシューラッ!」

「ディアフレンド!」

 

 シュート、の掛け声と共に吐き出された水色と紺色の砲撃。それらはぶつかり合うと同時に消滅し、凄まじい冷気が弾けるようにわたしを襲う。

 トリシューラの攻撃特性は、強力な冷気による動作妨害。氷結魔法というよりは、速度低下の類だと思う。温度の低下は、分子の振動速度を低減させてるんじゃないかな。

 兄さんを誘拐した時も、同じ理屈だ。電車の周囲に意識妨害の魔法を放って、『人間の』意識を緩やかにすることで、全員を一時的に眠らせ、ロストロギアである兄さんだけを炙り出した。わかっちゃうと拍子抜けだよね。

 

『ダメだよマイフレンド! Blue on Blueじゃ攻め手に回れない!』

「わかってる! LasTruStar Bulletで行こう!」

 

 まぁ、事件の推理は後でいいや。今はひとまず目の前の戦いに意識をやらなきゃ、片手間に倒せるほど海都は甘くない。

 魔法で喧嘩するのは当然ながらこれが始めてなんだけど、海都はいざ喧嘩になると手にしたものの『武器としての威力』を最大限に引き出す。それこそ、新聞紙や雑誌を丸めたものでも、立派な凶器として使えてしまうくらいには。

 そんな海都が、魔法……ロストロギアという『本物の凶器』を手にした。それが意味するところは、わざわざわたしが説明するまでもなく明らかだ。

 

『LasTruStar Bullet』

「この程度ッ!」

 

 ええー……。「この程度」とか言われちゃったよわたしの攻撃魔法。一応それってわたしが使える攻撃魔法の中だと最速の弾速を持ってるんだけどなー。

 トリシューラの穂先から放たれる砲撃魔法はBlue on Blueでどうにかこうにか凌げてはいるけれど、接近戦に持ち込まれたら運動神経の悪いわたしの負けは確実。どうにか魔法戦を維持しなきゃ。

 幸い、海都の「わたしを捕縛(とら)えたい」という『目的』と、トリシューラの「どんな相手でも一撃で死に追いやる」だけの『威力』はかなり噛み合わせが悪い。凍らせて溶かせばいいなんて、漫画みたいなことは考えてないだろうし。

 

 攻めあぐねるわたしに、追撃のホーミングレーザーが四発。ディアフレンドがFriendly Fireでどうにかこうにか防いでくれたけれど、こういう曲線的な軌道を描く攻撃は苦手だ。Friendly Fireはスピードこそあれ、誘導性は皆無に等しいし。

 それはFriendly Fireだけじゃない。Blue on BlueやLasTruStar Bulletも同じだ。わたしの魔法はすべて、曲線に弱い。誘導射撃もできなくはないけれど、あれは圧縮・縮小して威力増強しないとまともな火力として使えない。

 けれど、今はそうするしかないのも事実。ディアフレンドのサポートを借りれば、少しはマシになるかもしれないし。

 

「ディアフレンド! 外に出るよ!」

『おっけーっ! Better Fly!!』

 

 教室を飛び出して、海鳴の空へと繰り出していくと、やはりというか、見渡す限りの全てが凍っていた。

 さすがにロストロギア。闇の書の時は無人世界での戦いだったし、兄さんもめったに裂夜の鎚を使わなかったから忘れがちだけど、やっぱりロストロギアって凄く恐ろしいものなんだ。

 氷結魔法だけじゃない。その応用によって際限なく伸びる如意棒さながらの本体も、トリシューラの潜在能力を最大限に引き出せる海都も、全てが揃って『わたしの敵』になっていることが、怖い。

 せめて、この『凍結』さえ解いてもらえれば、勝機も見えてくるのに……。

 

『Acrobatic Bullet!!』

「遅いッ!」

 

 ですよねー。でも、ただ遅くて曲がるだけに留まらないのが曲芸師の弾丸(Acrobatic Bullet)だ。

 

「飛び散れッ!!」

「ンなぁッ!?」

 

 見事にかわされたテニスボール大の紺色の光球は、合図に伴って無数の小さな弾丸となり飛散。不意を衝かれたこともあってか、海都はこれまでかわすことは出来ず、背中に直撃を受けて落下していく。

 これで諦めてくれたら楽なんだけど、もしそうなら自殺してまでわたしに会いたいなんて言わない。わたしのことになれば無尽蔵の執念で必ずわたしの元まで追いつくのが海都っていう男の子だ。

 

「不意討ちとはやってくれるね、姉さん……!」

「やっぱり沈んでないじゃないですかやだー!」

 

 出来る限りいつもの調子で戦ってはいるけれど、内心いっぱいいっぱいなのは言うまでもなく、奥の手を出すべきか否かを決めあぐねる。

 

「トリシューラッ!」

不rぉzeン S†ぃンGeЯ(フローズンスティンガー)

「ディアフレンド!」

『Friendly Fire!! あーんどっ、Acrobatic Bullet!!』

 

 さっきの仕返しのつもりなのか、今度は砲撃から射撃に切り替えて攻撃してくる海都。インターセプトはディアフレンドに全て任せつつ、反撃のAcrobatic Bulletを並行して行う。

 ホントならその処理はわたし自身が両方やるべきなんだけど、Friendly Fireに限ってはディアフレンドが自立発動する魔法なので、実際にわたしが請け負う負担はAcrobatic Bulletだけ。

 わたしとディアフレンドだから出来る、誰にも真似できなくはない魔法の多重発動(デュアルマジック)

 

「飛び散れッ!」

「奇襲技の基本は初見殺しッ! 一度受けた攻撃など……ッ!」

 

 わぁかってるって! わかってるからこそ――、

 

「そしてなんとホーミングだぁっ!!」

 

 もうひと工夫してたりしてっ!

 

 

 

 

 同時刻、ある無人世界にて。

 

「策士・奇術師を相手に見張りもつけずお出かけたぁ、ちょいと甘ぇんじゃねえのかい、弟クン?」

 

 一人の男の影が、地球へと向かっていた。



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潰えた希望と、透霞の友達

 騙し、偽り、爆散ホーミング。牽制にとどまらない躊躇のない魔砲。

 捌いていなす数にも限りはある。怒涛の連続攻撃にてかつての弟を攻め立てるわたしの表情に曇りなく、ただじゃれるように笑みを浮かべた。

 

「あははっ! 楽しいね海都! 昔はよくこうやって喧嘩したよね!」

「この状況で、それもロストロギア持ちの人間を相手にしながら笑っていられるなんて、さすがだ姉さん!」

 

 反して、海都の瞳に余裕など欠片どころか微塵ほどもなく、ロストロギア・『トリシューラ』の力をまだ100%扱いきれていないことが読み取れた。

 いや、そもそも海都にトリシューラを支配できるほどの器なんて、最初からなかったのかもしれない。海都はただ、わたしにもう一度会い、話し、守り、そして愛しながら二度目の生涯を全うしたかっただけなんだろう。

 

 けれど、既にわたしと出会い、話し、兄さんという『海都から見て』わたしの危険因子となる存在を切り離したことで、彼の目的はほぼ成就された。

 あとは、愛しの姉を説得し、地球を捨てて二人だけの世界に連れて行くだけ……の、はずだった。でも、海都の力……トリシューラを制御し操るための原動力は、わたしに尽くすための『努力』から生み出されていた。

 ほぼ全ての段階(シフト)を完了した今、海都のその原動力は――、

 

(なぜだ……なぜだトリシューラッ! どうして俺の制御に抗うッ!)

 

 やっぱりというか、目に見えて衰えていた。まぁこうなるとわかって長期戦にしたんだけどね。

 

「まぁだまだいくよぉーっ! そぉれDearHolik Canonだぁー!」

「この、くらいッ!!」

 

 隙の多い砲撃魔法は、さすがに氷のシールドで防がれるけれど、拡散ができて擬似的に連射能力のあるAcrobatic Bulletは何発か海都の身を掠めている。

 前世でもそうだったんだけど、海都って基本どこか抜けてるんだよね。いや、わたしと対峙するとボロが出るっていうか、たぶん兄さんとだったらかなり強いんだろうけどさ。

 でも、それでちょうどいいっていうのも皮肉だよね。なんたって今日のわたしは、最高ってくらいに絶好調なんだから。

 

 兄さん曰く、才能というものは実力の土台となる部分であって、努力という累積値次第でどうにでもなってしまうもの……らしい。

 いくら努力しても累積値が溜まらない人だってもちろんいるし、努力しなくても土台の数値が実力値のカンストに至る人も中にはいるけれど、基本的には才能値と努力値の累積された数値が実力となる、とのことだ。

 わたしの才能といえば、まず間違いなく膨大な魔力だ。もちろん使うにあたっては『低出力』という制限がジャマになるから、実際のところその才能値はかなり低いのだけど、それは確かに才能だ。

 でもわたしは運動音痴や勉強嫌いを補うように魔法の勉強や訓練を幼稚園の頃から続けていたし、兄さんというベテランの意見も取り入れながら努力値を増していった。

 

 けれど――それでも海都の才能値は高かった。肉体年齢がわたしと同じということは、転生歴も同じということになるはずなのに、海都の『不調』の実力は、わたしの『絶好調』と対等だった。

 これが才能。同等の努力をした人を嘲笑うように存在する純粋で無垢な差別。

 でも、だからこそわたしは負けない。負ける気がしない。勝てる気がする。勝てるッ!

 

「トリシューラッ!」

不rぉzeン S†ぃンGeЯ(フローズンスティンガー)

「ディアフレンド!」

『Friendly Fire!!』

 

 海都の繰り出す誘導射撃魔法『不rぉzeン S†ぃンGeя』が一度に発射できるのは10発。でもディアフレンドのFriendly Fireがその内の6発を無効化するから、実際にわたしの元へと到達する弾丸は僅か4発。

 たったの4発程度なら、いかにロストロギアを介した攻撃でもBlue on Blue1発で一層できるから、問題はそこから。

 

「今だッ! ディアフレンド!」

『Access Alertion!』

 

 全ての攻撃をいなしたら、距離を一気に詰める。

 格闘戦は苦手だ。わたしのパンチなんて、発泡スチロールの箱に穴すら開けられず、せいぜい皹を入れられる程度しかないし、相手はわたしの知る限り最高峰の格闘技術を持つ兄さんを格闘戦で倒した海都。勝てるわけがない。

 

 でも、そんなことはどうだっていいんだ。問題なのは、大事なのは、今目の前で戦っているのがわたしの弟だってこと。

 今生では血の繋がりはないけれど、それでもわたしを「姉さん」と呼んでくれる可愛い弟が、泣きたい気持ちを堪えてわたしと戦ってるってこと。

 こんな戦いはもう嫌だ。わたしのために命を絶って、わたしを想ってカミサマの法則すら歪めて、わたしを求めてこの世界に現れて、わたしを守ろうと必死になるような弟を、わたしはもう傷付けたくない。

 

 だから、わたしは――、

 

 

Die夜moン℃ Pя!ズN(ダイヤモンドプリズン)

 

 

 全ての希望が、凍りついた音がした。

 

 

 

 

「やった……やったぞッ! やっと! ようやく! ついに! 俺は姉さんを手に入れたぞッ!! アハハハハハハッ!!」

 

 狂うように……いや、とっくに狂ってしまっていたのだろう。海都の前で、彼に両の手を差し伸べながら氷漬けにされた透霞に恍惚としながら、彼は笑い続けた。

 

「もうこの世界に用もなければ興味もない! ……いや、それどころか姉さんを傷付けた世界には制裁を与えて然るべき「そうはさせないよ」

 

 閃くは桜色の砲撃。駆け抜けるは金色の雷光。二つの光に視界を遮られた一瞬に消えた透霞。

 その一瞬で起きた出来事を、海都は見逃さない。

 

「お前たち……何者だ!」

 

 彼の目の前に現れたのは、今生にて透霞が手にした『友達』という希望。その名は!

 

「高町なのは。透霞ちゃんの――」

「フェイト・テスタロッサ。透霞の――」

 

 

-友達だよ/友達だ-



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水都の役目、海都の野望

「高町なのはとフェイト・テスタロッサ……!? バカな! トリシューラの凍結魔法はまだ効力を失ってはいないはず……。いったいどうやってここに……!」

「フェイトちゃんのおかげだよ。水都くんの魔法が発動する直前、町全体に膨大な魔力が広がっていくのを察知して、ギリギリでバリアを張ってくれたんだ」

「結界魔法のような広域魔法の場合、魔力の流れや特徴は発動の2.5秒くらい前に察することができるって、奏曲から教わったことがあってね。バリアで膜を作って、氷漬けを免れたんだ」

 

 もっとも、バリアを解いた上で氷を砕くために時間が掛かってしまって、透霞がこうなってしまうまでには間に合わなかったけれど。

 それに……さっき水都があの対人凍結魔法を使った瞬間、水都の体を巡る魔力の流れが凄まじく歪んでいた。きっと彼の体はあのロストロギアの影響で……。

 だとしたら、なおさら今の彼に透霞を渡すわけにはいかない。もしも彼が透霞を手に入れてしまったら、彼はあの力を使い続けてしまう。そうなってしまえば、この世界も、そして彼自身も……!

 

「時空管理局嘱託魔導士のフェイト・テスタロッサとしてお願いします。今すぐ魔法を解除し、そのロストロギアをこちらに渡して投降してください」

「笑えない冗談だな。この俺に、姉さんを諦めろだと……? これだから頭の固いお役人は困る……! 俺は、姉さんを、俺のものにする! これ以外の目的も妥協もあるものかッ!!」

不rぉzeン S†ぃンGeя(フローズンスティンガー)

 

 不意を衝くような藍色の射撃魔法。だけど魔法の発動に先んじて魔力の巡りを見て、感じられるようになった私にとって、これをかわすことは難しいことではなかった。

 けれどなのはの方はそうじゃないみたいで、シールドを張ってあたふたしている。シグナムやクロノに聞かれたら「緊張感が足りない」って怒られそうだけど、あたふたするなのはも可愛いなぁ。

 ……なんて言ってる場合じゃないよね。私が簡単に避け続けてしまうせいで、水都はなのはの方へ攻撃を集中し始めた。この魔法は一発ずつの威力がけっこう痛いし、シールド一枚で受け続けるのは大変そうだ。

 牽制をひとつお見舞いして、そこから様子を見ようと、バルディッシュをハーケンフォームにチェンジ。切・呪りeッTぉ……もとい、ハーケンセイバーを放つ。

 

「この程度ッ……、トリシューラ!」

不reeeジNG 無0℃(フリージングブレイド)

 

 やはりこの程度ではどうにもならないか。槍の穂先に現れた氷の刃によって大剣と化したロストロギアによってハーケンセイバーは見事に阻まれてしまった。

 けれどなのはに集中していたあの射撃魔法は解かれ、ようやく私もなのはも自由に動けるようになった。

 

「どうにかこうにか凌いだけど……あの射撃魔法とんでもない威力だよ。連射されたとはいえ、わたしのシールドが壊れるかと思ったもん」

 

 なにそれすごい。なのはのシールドってあの巨大要塞の特殊防護装甲みたいな硬度を誇るアレのことだよね。アレが破られる射撃魔法って、それもうM61バルカンか何かじゃないのかな。

 でもそうなるとなおのこと直撃は避けなくちゃいけなくなった。私はなのはほどの防御力もなければ、透霞みたいな高火力の迎撃魔法もない。ただひたすら回避するしか、あれをかわす術はない。

 

「だったら長期戦はまずい。速攻を仕掛けよう!」

「そうだね。バックと透霞ちゃんはわたしに任せて!」

 

 自信満々といった様子のなのはの言葉を信じて、私は水都と向かい合う。デバイスと違って変形機能を持たないロストロギアを、氷で自由自在に形状変化させるという発想は少し驚いたけど、それならそれで対応のしようはある。

 むしろ、これでようやく通常の対魔導士戦闘としてシミュレートできると思えば、好都合とすら言えた。まして大剣は私自身も使うのだから、その特徴や立ち回りなら身を以て知っている。

 あとは、水都の実力次第。ロストロギアを制御できる気力と胆力は確かに凄いけれど、戦いはそれだけで制することのできるものじゃない。

 

 自分の性格や得物やバトルスタイルを知り、フィジカルコンディション、メンタルコンディション、フィールド、時間帯、大気の流れとその中に散らばる魔力量を把握。

 そこに相手の得物と性格と心身のコンディションを照合し、冷静に冷淡に狡猾に戦えた方が、戦闘を有利に運ぶことができる……って、私は奏曲に教わった。

 ありがとう奏曲、おかげで私は冷静に戦える。

 

「はぁっ!」

『Haken Saber』

 

 まずは牽制のハーケンセイバー。さっきと違って今度は当てるつもりで放ったけれど、きっとこれはかわされる。でも問題はそこじゃない。

 狙いは、水都の対応の癖を見つけること。左右に避けるか、上下か、それともバックか。あるいはこれを攻撃魔法で迎撃するか。防御をメインとしていないことは、さっきの一撃で既にわかっている。

 

「こんなものっ!」

「また迎撃……」

 

 でもまぁ、それならそれで対処のしようはあるかな。ね? なのは。

 

「今度はこっちから――ッ!?」

 

 不意に水都の背に襲い掛かる12の衝撃。さっきハーケンセイバーを放った数瞬後になのはが上空に向けて発射していたアクセルシューターが、ぐるりと大回りをして水都に襲い掛かったものだ。

 これがコンビネーション。片方の攻撃に集中力を割けば、どうしてももう片方への集中力は削がれる。ましてよく動く前衛が攻撃を先んじていれば、動かない後衛に集中を割くことはなかなかに難しい。

 防御の堅い後衛……なのはがいるからこそ、私となのはだからこそできる連携だよ、水都。たった一人で戦うあなたには、ちょっと真似できないと思うけど。

 

 ともあれこの隙を逃す意味はない。水都が吹き飛ばされる先へフォトンランサーを遠隔発生させると、すぐに彼を追って追撃を狙う。

 深追いは禁物。追撃にしても危機を少なからず感じ取ればすぐさま回避に移れるよう、彼の動作のひとつひとつに細心の注意を払うよう目を凝らす。

 

「くっ……! トリシューラ!!」

哀シcLe =ノぃLD(アイシクルシールド)

 

 氷のシールドでフォトンランサーを防いできた。さすがに透霞を下しただけあって、戦い慣れしてる。様子見のコンビネーションではあったけど、不意討ち、先回りの攻撃、追撃の三連続攻撃を最初の『不意討ち』だけで止められた。

 先回りのフォトンランサーが効かなかった以上、この追撃は『深追い』に変わる。迎撃を受ける前に、もう一度ハーケンセイバーで動きを遮って、後ろへとバック。

 

H&A(ヒットアンドアウェイ)か……。高機動型魔導士の基本とはいえ、厄介だな……だったらまずはその動きを鈍化させてもらうッ! トリシューラッ!!」

凍るD VVeーブ(コールドウェーブ)

 

 突如、空が藍色に凍りつき、どこからか真っ白な雪まで降り始めた。氷結系の広域魔法……? でも、魔力の巡りがこちらに向いてはいない……。攻撃魔法じゃない?

 そんな風に思っていた途端、急激に周囲の温度が低下、凄まじい寒気が私たちを襲った。

 

「ハハハッ! 機動力を保つために薄着にならざるをえないテスタロッサには辛いだろうなぁ……。この凍るD VVaーブはその名の通り大寒波を引き起こす天候変化系広域魔法。攻撃力を持たないただの寒気だが……機動力を削ぐにはこれに限る」

 

 大剣を構えた水都が、さっきまでとまるで変わらないスピードで私に襲い来る。どうにか避けようとはするけれど、寒くて体が縮こまっている今の私のスピードじゃそれも叶わず、その機動は見事に直撃コースへと入っている。

 

『Chain Bind』

 

 不意に、体が引っ張られるような感覚に襲われた。気付けば、わたしの腰に桜色のバインドが巻きついて、思いっきり後ろへと引っ張られていた。

 どうやらチェーンバインドを使って、なのはが私を後方へと逃がしてくれたらしい。……けど、これユーノの使ってた魔法だよね? いつ習っ……ああ、私が奏曲に魔力の使い方を教わってた時か。

 こんなこともあろうかと覚えておいたんだよー、とでも言いたげに胸を張るなのはだけども、チェーンバインドってこうやって使うものじゃないから。

 もちろん、そのおかげで助かったし、ドヤ顔で誇らしげにしているなのはがとてもとても可愛いので何も問題はないんだけど。

 

 ならついでに、と引っ張られながらフォトンランサーを水都に仕向けるけれど、彼はこれを右に回避。

 なるほど、ハーケンセイバーみたいに単発の魔法ならインターセプトするけど、こういう速射・連射のできる魔法は回避優先か。とりあえず右に1回と覚えておこう。

 

「ありがとう、なのは」

「どういたしましてっ! それより、この寒さどうしよう? スカートの裾が広いから足がすごくスースーするよ……」

「我慢するしかないよ。私なんてバルディッシュを持つ手すら震えてるし……」

 

 情けない限りだけど、実際それほどにこの寒気は辛い。

 水都も言う通り、高機動型魔導士はそのスピードを維持するためにバトルジャケットの防護範囲を可能な限り狭めてしまう。そのため暖かい気候には強いけれど、逆に寒いところでは持ち味を殺されてしまう。

 奏曲に見せてもらった寒さに弱い特撮ヒーローなら太陽光を浴びることのできるところまで行って熱をチャージするところだけれど、私はそこまで人間をやめてない。

 

「でも、水都くん制服のままなのに寒くないのかな」

「一応、フィールドタイプの防御魔法で制服を強化してはいるみたいだけど、この寒さの中でどうしてあんな動きが……」

 

 カイロで暖めてる、ってわけじゃなさそうだけど。

 

「この程度の寒気……姉さんが手に入らない心の寒さに比べればどうということもないッ!」

「そこまで透霞のことを想っているのなら、どうして透霞から奏曲を奪ったんだ! どうして、透霞の大好きな世界を傷付けようとするんだ!」

「そうだよ! この世界は確かに透霞ちゃんを傷付けたけど、それと同じくらい透霞ちゃんを愛してた! 今だって、これからだって!」

 

 そうだ、誰もがみんな愛されるだけじゃない。みんながみんな、どこかで世界という理不尽に傷付けられている。でもそこで全てを投げ出したり、逃げたりしなければ、世界は私たちを愛してくれる。

 二年前、母さんを失ったわたしにも、今では仲間という大切な宝物がもらえたように。だから水都、それを恨むってことがどれだけ大きく無意味なことなのか、あなたはわかって――

 

「そんなことはわかっているッ!! だから俺は、姉さんを傷付けない世界を作る! 姉さんと、何があろうと姉さんを愛するだけに全てを捧ぐ俺だけが居ればいい世界を作るんだ! それ以外の全てなど……ここで絶やしてくれるッッ!!」



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水都の決着と、奏曲の……

 限定的とはいえ、天候と気温の操作を可能にするロストロギア『トリシューラ』を持った水都との戦いは、やはり厳しく辛いものだった。

 気温を極度に下げられたことで全身の運動機能が低下した私は、得意の『高速機動』がかなり制限されてしまうし、なのはも透霞を守りながらの立ち回りは楽ではないようだ。

 けれど、ここで諦めるわけにはいかない。透霞を元に戻すため、奏曲の居場所を問い質すため、水都の無茶を食い止めるため、私もなのはも止まれない。

 

 トリシューラ――ひいては氷結魔法の脅威となりうる点は、なんといってもその根源となる『温度低下』という性質そのものだろう。

 温度……即ち熱は、分子の振動が激しくなることで高温に、振動がおとなしくなることで低温になるんだけれど、『氷結魔法』は魔法というプログラムによってその分子振動を低下させ、温度を下げることを意味する。

 魔法とはいっても、私たち魔導士が使うそれはゲームやアニメのように便利かつ万能なものではなく、あくまで『科学の到達地』なのだから、そこに――魔法という概念の基礎こそに、付け入る隙があるはずだ。

 

「どうして止まってあげられなかったんだ……! 透霞は君を……水都を助けようとしたんだ! 許そうとしたんだ! だから凍りついた透霞の手は……君に向けて伸ばされているんじゃないかッ!」

「そうだッ! 姉さんは俺を最後の最後で認めたッ! この世界などいらないッ、俺だけがいればいいと、そう認めたんだッ! だから姉さんの手は、俺に差し伸べられているんだッ!」

 

 交われそうで、交われない。いつか交差できるはずの二つの線は、未だ平行線を辿りながら、触れ合うことのない衝突という矛盾した現象を起こしていた。

 この戦い、早々に終わらせたいとは思ったけれど、それはできそうにない。私たちと彼の戦いにおいて、一番の障害となっているのは『認識』の違いだ。その差を埋めるまでは、きっと終わりはやってこない。

 

「そうじゃない……そうじゃないよッ! 透霞ちゃんはこの世界を愛してたんだよ! たくさん傷付けられたけど、たくさん愛してくれたこの世界を、透霞ちゃんは愛してたんだッ!」

「それは水都も知ってるはずだッ! だから透霞とぶつかったんだ! だから透霞はぶつかったんだ! 自分の愛したものを、水都にも愛してほしいから、だから……だから、ぶつかったんだッ!」

 

 続く戦いの中、私となのはは必死に説得を続けた。力だけじゃどうにもならない戦い……今の私たちの姿を最も正しく形容した言葉だ。

 戦うだけじゃ終わらない。想うだけじゃ伝わらない。行動して、心を決めて、そして――『言葉』にしなければ、この戦いに意味などない。

 でも、それももう終わり。だって君は、もう言ってしまうから。ここまで追い込まれたら、君はこう言うしかないもんね?

 

「さっきから知ったような口で……ッ! お前たちに俺と姉さんのことなどわかるものかッ!」

 

 ――その言葉を、待っていた。

 

「少なくとも、君よりは……いや、今の君よりは透霞のことをわかってるッ!」

「ふざけるなッ!」

「ふざけてないよ。だったら聞かせてよ。水都くんは本気の本気で、透霞ちゃんが自分を認めてくれたと思ってるの?」

 

 水都の言葉が、詰まった。これでチェックメイトだ。

 

「本当は透霞の真意にだって気付いてたんでしょ? 透霞が本気でこの世界を愛していたことも、透霞があなたを救おうとしていたことも。けど、あなたは自分の目的のために手段を間違えた。そして改めようとした時、透霞がこうなってしまった」

「そして不本意のまま透霞ちゃんを『こう』してしまった以上、水都くんは自分の意思とやり方を貫かざるをえなくなった。そしてさっき言ったみたいに、穿った視点を持たなきゃいけなくなった。……違う?」

「…………」

 

 沈黙は肯定だって、奏曲が言ってた。

 そうだ……透霞の『水都を復讐心から救いたい』と願う気持ちも、水都の『透霞を世界から救いたい』という気持ちも、決して間違いなんかじゃない。

 どっちも正しくて、純粋で、崇高な欲望(ねがい)だからこそ、私たちは彼を止めなければいけない。この優しい願いを、暴力なんかに変えさせちゃいけない。

 

「……がぅ……違うッ!」

 

 震える手からトリシューラが零れ落ち、凍りついた世界が脈動を再開(はじ)めた。

 

「違わないよッ! 水都くんはわかってるんだッ! 透霞ちゃんの本当の気持ちも、願いも……そして、自分自身の気持ちがやっと透霞ちゃんを本当に理解し始めていることもッ!!」

「だから水都は……泣いてるんじゃないかッ!」

「……ッ!!」

 

 気付かないうちに目から流れていた、水都の本当の気持ち。私となのはは目配せし合い、水都の手を引く。

 

「……今の君に、もう力なんてない。あるのはただひたすらに純粋な、透霞へ向けられた想いだけのはずだ」

「透霞ちゃん、きっと寒がってるだろうから、あっためてあげなきゃ。思いっきり抱きしめてあげないと、だよ?」

 

 伸ばした手。伸ばされた手。二つの手が、短く長い時間を経て、ようやく本当の意味で繋がる。

 そんな、一瞬の出来事だった。

 

 

「海月ィィィィッ!!」

 

 

 遥か天空(そら)高くより降り注いだ不定色の光が、水都と透霞を阻んだ。

 

「この声……まさか!?」

「嘘……! なんで、どうしてここに!?」

 

 咄嗟にその光をかわした私たちが上空を見上げる。するとそこにはやはり、私たちが思い描いていた通りの人物が居た。

 不定色の髪と切れ長の目、黒いウェットスーツの上から穿いたベルボトムジーンズはぶかぶかで、キツめに巻いたベルトで留められている。両手両足の武装は、魔法の補助を目的としたデバイスと違い、文字通り『武器』となる堅牢な具足なのだろう。

 奏曲――夏海奏曲。透霞の双子の兄にして、妹と友達を守るためならばあらゆる犠牲や被害を顧みない『自己中心的利他主義者』の究極形。

 

「ま、待って奏曲くん! 水都くんはもうこれ以上透霞ちゃんたちに何かするつもりはないんだよ!?」

「透霞がこうなってるのも、今まさになんとかしようとしてたところで……!」

 

 トリシューラを失った今の水都を激昂している奏曲と戦わせるわけにはいかない。

 慌てて私となのはが水都の前に出て二重のシールドを構築するけれど、奏曲はそれを単純なパンチだけで叩いて砕いた。

 

「そんなことどうだっていいッ! 透霞を凍らせているその魔法式も、その程度の甘い構築ならすぐに解除できるッ!」

 

 えっ。いやいやいやちょっと待ってよ。

 あれたぶん水都の構築した魔法式じゃなくてロストロギアに最初から登録されてた術式だよ? 現代魔法の粋を結しても解読不能な遥か過去の遺産だよ?

 それを「甘い構築」って言い切っちゃうのはさすがに如何なものかと私は思うよ。確かに奏曲の魔法に対する性質理解能力と構築・分解能力はクロノですらドン引きしてたレベルだけれど。

 

「透霞を襲ったことはムカつくがどうにもならない事態じゃねえ……! アリサやすずかと離れ離れになって心配かけさせちまったことも後で謝りゃ済む話だ……! だがな、テメェは俺を前にして絶対にやっちゃならねぇことをしたッ!」

 

 凄まじい威圧感と怒気を放ちながら凄む奏曲。だけど、私となのはを驚かせたのは、あの奏曲が『透霞を襲ったこと』や『アリサとすずかを心配させたこと』すらも後回しにして怒り狂っていること。

 妹の透霞以上に彼を怒らせられるものなんて、そうそうあるわけがない。私はすぐに、彼が怒っている原因に行き着いた。

 

「いいか海月……! 少し前までと違ってな、今の俺の命は俺だけのものじゃねえんだ……! 今の俺には、夜天というかけがえのない命も宿ってるんだ! だからテメェは許さねぇ……俺だけならまだしも、夜天の命までもを脅かしたお前をッ!」

 

 そう言って水都を指差すと、奏曲は即座に戦闘を再開。なのはの体を、あの強力なラウンドシールドごと吹き飛ばす。

 このまま奏曲のペースに乗るのはまずいと判断した私は、水都の手を引いて地上に急降下、さっき落としたトリシューラを魔力弾で弾くと、飛び上がったそれを水都が掴んだ。

 

「まずい……今の奏曲は相当、かなり、凄く、これでもかってくらいとんでもなくメチャクチャに頭にキてるッ! 早く透霞の凍結を解除して!」

「いや、格闘戦ならトリシューラの空間凍結と俺だけでも……!」

「奏曲相手に一度使った魔法が通用すると思わないでッ! どんな魔法だって、発動するためには術式を構築する必要がある。それが強力で広範囲ならなおのこと。ともなれば、奏曲ならその構築を逆演算して妨害できるはずだ……!」

 

 それに、水都が奏曲失踪事件の犯人なら一度は奏曲を完封したことになるけど、それだけに手札のほとんどを晒しているはず。

 水都の格闘能力がどれほどのものかわからない以上、決して軽んじるわけじゃないけれど、トリシューラの凍結魔法なしで奏曲に勝つのは至難の業だ。

 

「オラァッ、ごちゃごちゃくっちゃべってんじゃねぇぞクソ共ォッ!」

「落ち着いてよ奏曲! それ思いっきり悪役のセリフだよ!?」

「お前も落ち着けフェイト・テスタロッサ! 今の夏海奏曲に普段通りのノリが通じるとでも――」

「悪役上等! お望みとありゃあテンション爆上げでルナティックスマイルでも顔芸でもしてやろうか!」

 

 ごめん水都、心配してくれるのは嬉しいけど、奏曲ってこういうノリは付き合ってくれるんだよ。二年前の戦いの最中でもそうだったし。

 

「高ま……なのはもいつまでノビてんだ! てめぇもちったぁ根性見せて戦えやッ!」

「あっひどい!? 奏曲くん今また高町って言いかけたでしょ! せっかく名前で呼んでくれ始めたのに!」

 

 ごめんねなのは……。実は奏曲、なのはのいないところだといつも苗字呼びだよ。言ったら落ち込むだろうから絶対に言わないけど。

 

「……お前たちの戦いというものは、いつもこう緊張感がないのか?」

「あははは……。わ、割とこれがいつも通り、かな……?」



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奏曲の帰還と、水都の処遇

 夏海奏曲。私の親友、夏海透霞の双子の兄にして、私に魔力操作の技術を教えてくれた人。

 あらゆる魔法を分析・解析・把握・理解し、それらを逆演算することで理論上どんな魔法をも無効化することのできる類稀な拳闘士。

 対峙した経験は少ないけれど、それでも彼の強さは身にしみて知っている。

 

「あっ、なのはのスカートの中まる見え」

「えっ!?」

「おぉらぁぁあッ!」

 

 ああっ! やっぱりなのはがしょうもない嘘で騙し討ちされてる!

 奏曲の強さ――それは魔法式の逆演算でもなければ、小学生離れした格闘能力でもなく、嘘と事実を織り交ぜた言葉で相手を騙し、強引に隙を生み出す話術。

 実際、なのはのバリアジャケットはスカートの裾は広くて、空中戦のように高低差が生まれやすいフィールドでは中身が見えてしまいそうになることも多い。私はちょっと役得だから今まで言わなかったけど。

 

「っしゃ! やっぱなのははちょろくて助かるわー」

「ゲスい! さすがのゲスさだよ奏曲くん! 最低!」

「はっはっは、そう褒めるな」

 

 褒めてない。一切、断じて、絶対に、間違いなく褒めてない。

 けれど冗談めいて茶化す様子に反して、攻めの手は容赦なく続いている。防御魔法は逆演算と純粋な拳撃の圧によって片っ端から破壊されてしまうし、攻撃魔法は至近距離から仕掛けなければ到達前に分解される。

 怒涛の勢いで攻め込まれているのに、奏曲の心は恐ろしいまでに冷静。揺さぶられる要素もない、と言うような視線には戦慄すら感じるけれど、ここで逃げ出すわけにはいかない。

 

 今度は向こうからの攻撃。水都の胴を狙った単純な突き。けれど、魔法によるガードはできない。おそらく、体術による受け流しも既に見切られている。水都はすぐさま回避するけれど、遅い。

 見えない魔力の紐で足をとられて体制を崩し、前のめりになったところを奏曲の拳が見事に捉えた。このまま吹き飛ばされる軌道を修正しなければ、先回りされて次の攻撃が水都を襲う。

 慌てて奏曲の回収に向かう。総合的な戦闘力じゃ勝ち目はないけれど、スピード勝負なら奏曲よりも私に分があると踏んでのことだった。

 

 けれどそれはあまりにも浅はかな計算。ううん、この程度の算段は奏曲からしてみたら子供の悪知恵程度にしか感じていないんだろう。

 たぶんさっき水都を攻撃した時にやったんだと思う。水都の体に施した設置型のバインドが見事に私の体を拘束。そのまま私の体を魔力の紐で掴み、水都へ向けて投げ飛ばした。

 私の読みが悉く外れる。やっぱりダメだ。奏曲の非常識なスタイルを理解していても、私自身の発想が常識の内にあるばかりでは、彼の行動を先読みすることはできない。

 

「なのはッ!」

「うんっ!」

 

 このまま後退して水都を透霞の元へ送るのも悪い策じゃない。透霞の言葉なら奏曲に届くかもしれないし、そうでなかったとしても単純に戦力が増えるのだから、メリットは大きいはずだ。

 だけど問題なのは、短時間とはいえ20分近くも氷漬けにされていた透霞を『戦力』になどしていいかということ。友達としての意見は間違いなく『NO』の一言であるだけに、私はなのはに叫んだ。

 私の意図を理解してくれたなのはは、チェーンバインドを使って私と水都を引き戻し、三人が背中合わせになる状態を作り出した。

 

 そんな時のことだ。

 

「せぇああぁぁぁあッ!」

「なッ!? トリシューラのDie夜moン℃ Pя!ズN(ダイヤモンドプリズン)をッ!?」

 

 なのはが私たちを回収する僅か数秒の時間を使い、奏曲は水都のDie夜moン℃ Pя!ズN(ダイヤモンドプリズン)を解析・逆演算し、私が気付いた時には透霞をあの氷から助け出していた。

 水都には奏曲が「魔法式を逆演算することで魔法を解除できる」という旨を伝えていたはずだけれど、やはり実際に見てみるとその常軌を逸した頭脳と技術に驚いたようで、まるで今度は水都がDie夜moン℃ Pя!ズNを受けたようになっている。

 呆然と立ち尽くしている場合じゃない。奏曲が透霞に危害を加えるとはまったく思えないけれど、今の奏曲は夜天を危険に晒されて相当怒っている。

 それを本能的に理解していたからだろうか。それとも……いや、きっとたぶん脊髄反射的な行動だったのだろう。水都は私となのはの制止を振り切って、奏曲……ひいては透霞の元へと駆け抜けた。

 

「姉さんを返せえええぇぇぇぇッ!!」

「おう。ほらよ」

 

 トリシューラを構えて直線的に突貫する水都。だけど奏曲はそれに動じることなく、その腕に抱いた透霞を水都へと放り投げる。

 今の透霞に意識はない。水都はすぐに攻撃を中断し、透霞を受け止めた。

 

「あー疲れた。だいたいやりたいことやったしもういいや」

「……は?」

 

 あ、やっと飽きたみたい。よかった、今回はけっこう短かったんだね。

 

「「あー疲れた」はこっちのセリフだよ奏曲くん……。奏曲くんがイライラする度に付き合わされるわたしたちの気持ちにもなってよ!」

「ほんとだよ……。でもまぁ、今回は大した被害も出なかったしいいんじゃないかな」

「どういう、ことだ……」

 

 あっ、なんか水都が弟のために奔走して体がボロボロになった挙句に因縁の相手と月面で戦って勝ったにも関わらず超人インフレに生身でついていったせいで死んだ人みたいなこと言ってる。懺悔の用意はまだ出来てないので怒らないでね。

 

「そろそろネタばらししてやるかー」

「もうだいぶ混乱してるみたいだし、その方がいいんじゃない?」

「ていうか、水都くんだけじゃなくわたしたちも結構びっくりしてるんだけどね……」

 

 

 

 

 まぁ、なんというか、もう、大体のことは私となのはが察していた通りだった。

 

 6月1日から失踪してた件については、まぁ初見だったこともあって素で負けて拉致されてたみたいだけど、監禁されてすぐに目は覚めてたみたい。

 もちろん監禁するにしてもトリシューラを使っていたから、魔法の解除には(奏曲曰く)そう手間は掛からなかったし、事実その日の内にでも逃げられる状態だったみたいだけど、監視の目がどこにあるかわからないから機を窺ってたらしい。

 それで、今日になってとうとう水都が大きく行動を起こしたことで、この隙にと脱出に成功。世界を幾つも渡ってここに辿りついてみると、見事に透霞が自分と同じ状態だったので解除を試みようとした。

 だけどそのためには自分が透霞に近づくだけで過剰反応する水都が邪魔で、さらには拉致監禁されたことへの『ささやかな』怒りもあったので、ひとまず水都を透霞から遠ざけようとした、と……。

 

「結局ほとんど奏曲くんが一人で解決してるし……」

「俺の策が最初から破綻していただと……」

 

 隣を見てみると、なのはだけじゃなく、この事件の真犯人である水都までもが地面に膝をついて疲労と落胆のこもった表情をしながら俯いている。

 まぁ、実際「逃げようと思えばいつでも逃げられた」「真っ向勝負が通用したのは初見の時だけ」「透霞を直接的に助けたのは奏曲」と、見直せば見直すほど反省点はあったわけで、仕方ないといえば仕方ない。

 

「さて、じゃあ俺はそろそろアリサとすずかに怒られてこないといけないから、あとはお前に任せるぜ、テスタロッサ」

「えっ、任せるって……何を?」

「何をもクソもあるかよ、そこで這い蹲ってるクラゲ野郎の処遇に決まってんだろ。出自不明のロストロギアを管理外世界で使って、挙句には平凡な民間人である俺を拉致監禁したんだぞ? なんのお咎めナシってわけにもいかねぇだろ」

 

 奏曲が平凡な民間人って言い張るのは全力で否定したいけれど、法的扱いの下では確かに民間人ではあるんだよね。間違いなく平凡ではないけど。

 

「仮にもそいつは透霞の弟だ。いざって時は俺が取り返しに行くから覚悟しとけよ」

 

 冗談じゃない。そんなことをされたらアースラのみんなが……ううん、時空管理局そのものが奏曲の敵になる。いくら管理局の側に就いているといっても、奏曲を……友達を敢えて敵に回して傷つけるようなことはしたくない。

 自分の身すらも駆け引きの道具にして、そして私がその駆け引きに応じるしかないことをしっていて、奏曲はニヤニヤと不快な笑みを浮かべている。

 

「……ん、あれ? にい……さ、ん……?」

「目が覚めたか、透霞。悪いけどスキンシップは帰ってからな。今はそこのシスコンで我慢しててくれ」

「誰がシスコンだッ!!」

 

 ……そういえば、状況が切羽詰ってたからツッこまなかったんだけど、どうして水都は透霞のことを「姉さん」って言ってるんだろう。

 生き別れの姉弟とかだったら奏曲とも兄弟になるのに、なぜかそっちとは仲が悪いし。ううん、それ以前に奏曲と透霞と水都はクラスメートだ。生き別れの兄弟なら、水都が転校してきた時にもう行動しているはずだ。

 トリシューラなんていう危険で強力なロストロギアに頼ってまで『透霞だけを』求めたのは、いったいどういうことなんだろうか。そこも、事情聴取で詳しく聞かせてもらいたい。

 

「じゃ、またな。次に学校で会う時は海月も『無事に』連れて来い」

「えっ、あっ、ちょっ……」

 

 次ぐ句を告げる間もなく、奏曲はその姿を消した。

 

 

 

 

 ここからは後で奏曲から聞いた話だ。

 6月から一ヵ月半という長い期間『行方不明』になっていた奏曲は、まず真っ先にアリサとすずかの元へと行き、事態のあらましを告げて特大の紅葉を両頬にもらったらしい。

 発見される経緯については、適当な場所で倒れたふりをして通りがかった通行人に通報してもらい、警察に保護される形で……と、少し自慢げに語っていた。

 おかげで事情聴取や一週間ほどの検査入院には辟易したと本人は言っているけれど、学校が終わると毎日アリサとすずかがお見舞いに行っていたので、まんざらでもなさそうだった。

 

 けど今回のことで問題になったのは、奏曲の――ひいては夏海家の家族関係だった。

 既に母親は二人の元から失踪。奏曲曰く、海外に出張に行くことが多い人だったから、おそらく今回の事件を機にあちらで永住することにしたのだろうとのことだった。

 事実、夏海奏曲と夏海透霞の母は、既に海鳴市の市役所から籍を消していた。とうとう、彼らは『親子』から『他人』になったのだと、奏曲と透霞は安堵の表情を浮かべていた。

 

 そして透霞と水都が『テンセーシャ』という存在であることも聞かされた。ようは、生まれ変わり。その前世。今の透霞とは違う透霞の存在と、今の水都とは違う水都の存在。

 正直言って途中から頭がパンクしてしまいそうなほどの情報量だったけれど、奏曲と違ってこの二人は無意味な嘘をつくような人間じゃない。私となのはは、この事実をアースラに隠したまま水都を引き渡した。

 水都の罪状およびその処遇については、正直言って相当厳しいものだった。処遇そのものよりも、その処遇をどのように軽減するかが、かなり厳しかったと担当の弁護士は言っていた。

 けれど、水都がまだ少年法の適用される小学生であることと、ロストロギア『トリシューラ』のデータがまだ管理局にもないこと、そしてその性能(≒危険性)を確かめるには水都という専用ソフトが必要なことなどから、多少は減刑を望めるらしい。

 

 ――と、小難しいことをつらつらと並べてみたわけなのだけれど、結局のところ……。

 

「……なんにも変わってないんだよね……」

 

 そう、なんにも変わっていないのだ。

 変わるのは、そう――前へ前へと進み続ける時間と、少しずつ大きくなっていく私たち自身。

 世界は今日も、何も変わらず廻っている。



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3rd Season
奏曲のクラスメートと、続く縁


 こうしてナレーションを務めるのもなんだか久しぶりな気がしますね。夏海奏曲です。

 前回の事件――俺こと夏海奏曲失踪事件から、かれこれ三年の月日が流れた現在、俺たちは聖祥大附属小学校を卒業し、聖祥大附属中学校に進学しました。

 まぁ、男女別だから例のメンバーの中で男子校に進学したのは俺だけなんだけどね。海月? あいつは拉致・監禁・暴行の罪で未だに管理局の保護観察下におかれてるよ。

 

 高町とテスタロッサも最近じゃほとんど管理局の犬になってるし、この調子じゃ俺の身柄が狙われるのも時間の問題か。いざって時に縁を切れる準備だけはしておこう。

 問題は透霞だ。あいつも上記二名と同じく管理局の仕事が増えつつあるみたいで、最近はお互い朝食の時間でしか顔を合わせられなくなっている。お兄ちゃん寂しい。

 

 でも、まぁ、俺の友人関係におおよそ変化らしい変化なんてものはない。強いて言うとすれば、アリサが俺の――ソーマ・メイスマン、ひいては『裂夜の鎚』の正規所有者となったことくらいだろうか。

 三年前……事件が終えて二人の元へ帰った俺を迎えてくれたのは、心配のあまり怒り心頭で、だけど涙をぼろぼろ零しながら俺を抱き留めてくれたアリサとすずかだった。

 そこで彼女たちは、もう二度と俺が「一人で」どこかいってしまわないように、たとえ離れ離れになっても、生きていると実感できるように、自分たちのどちらかを『裂夜の鎚』のマスターにするよう求めてきた。

 俺は断れなかった。彼女たちに心配させてしまった負い目などではなく、俺自身も、ずっと前からその言葉を求めていたから。

 

 ――と、シリアスに過去を語るのはここまでにしておこう。俺は元々、こういうお真面目な空気が大嫌いなんだ。

 

「おーい夏海ー、メシ食おうぜー」

「おーう。……って、なんだその目は。やらんぞ」

「さきっちょだけ! さきっちょだけだから!」

 

 お前そんな言葉どこで知ったんだよ……。いやまぁ中学生ですし? 思春期ですし? そういう情報を得ることは現代のデジタルネットワーク社会においてそう難しいことではないけれども。

 いやまぁマジレスすると元ネタがどうのというよりもネタ語として知ったような気もするが。あ、俺はちゃんとエロい方で知りました。X00歳(900歳以上1000歳未満)ナメんな。

 そういえば思春期といえば、最近どうも透霞が恥じらいを覚えてきた気がする。こないだ着替え中に部屋入ったらびっくりしてたし。前は「なんだ兄さんかー」だったのにな。

 でもまぁびっくりしただけで叫びもしなければ追い出されもしなかったのは、やっぱり透霞だからなんだろう。残念ながら今の我が家に「兄妹の部屋を別ける」という選択肢はない。部屋たりない。

 

「誰がやるかよ。自分で作れ、自分で」

「自分で作ってない奴に言われたくねーよ!」

 

 そう言いながら机を4つ合体させて、小学校の頃から続く腐れ縁共と食事を共にする。

 透霞曰くこいつらは「原作にもアニメにも漫画版にも名前すら登場しなかったモブキャラ」らしいけど、俺にとっては高町やテスタロッサと同じか、それ以上に大事な友人だ。

 

 そりゃそうだろう、俺とアリサとすずかとの仲を羨み恨む奴もいる中、こいつらはいつも茶化したり笑ったりしながらも、俺たちの関係を認めてくれていた。時には庇ってくれたこともある。そんなこいつらが友達でなくて、いったい誰とダチになれるってんだ。

 アリサとすずかは可愛い。そりゃあもう、透霞だって「兄貴として妹が可愛くて仕方ない」という贔屓目を差し引いたら敵わないってくらい可愛い。だから、こいつらがアリサとすずかを好きだった時期もあるってことくらい、俺は知ってる。

 なのにこいつらは何を勘違いしたのか、「相手が夏海(おまえ)ならしょうがないさ』と身を引いた。そんなことをしなくたって、俺はお前らがアリサとすずかのパートナーになったって構わないのに。俺は彼女たちの親友でさえいられれば十分だってのに。

 

「そういや夏海、お前こないだのテスト何位だった?」

「9位。順調に落ちてる。つーか他のクラスの奴らが俺のこと目の敵にして猛勉強してるっぽい。三条は?」

「18位。やったね! 夏海の二倍だぜ! ……笑えよ」

 

 いや笑わねぇよ。別にそこまで悪い成績じゃないだろ。ていうかむしろ学年18位っていい方だろ。

 五十嵐なんかひどいぞ、あいつ去年は28位だったのに今じゃ41位だからな。七瀬は……25位くらいだった気がする。なんか俺らって軒並み成績いいんだよな。勉強会なんて滅多にしないのに。

 あ、俺が900年以上も生きていながら中学生レベルのテストで1位とれないのは、言うまでもなくわざとです。だってなんかずるいじゃん。

 

「お前らはいいよなぁ……どうせ俺なんか……」

「戻ってこい五十嵐! お前が平均だから! お前が本来あるべき正しい平均順位だから!」

 

 おい七瀬。笑ってないでフォローしろよ、この腹黒ショタ。

 

 

 

 

 午後の授業を終えて下校の時刻になると、俺はまっすぐ家……には向かわず、アリサとすずかが待つちょっと遠回りな通学路へと急ぐ。

 透霞と高町とテスタロッサは、放課後になるとすぐ仕事に行ってしまうから、まず俺と出会うことはない。あー透霞に会いたい。

 

「あー、またあいつら絡まれてるし……」

 

 ただね、そりゃあね、あいつらみたいな超絶可愛い美少女が二人も揃って道端に立ってたら、然るべき輩が声をかけることも多々あってね?

 それだけなら別にいいんだよ。俺としても親友が可愛いと認められるのは望むところだし。でもな、それを俺が遮るといきなり半ギレになって殴りかかってくるのはやめようぜ。

 俺、中学生だぞ。恥ずかしくないの? 中学生に高校生が殴りかかったりとかさ、中学生に社会人が殴りかかったりとかさ、あまつさえ返り討ちにされたりとかさ。

 

「あ、奏曲くん来たよ。奏曲くんおかえりー」

「おかえり奏曲。じゃ、帰りましょっか」

 

 おいこら、そんなタイミングでこっちに声をかけるんじゃない。ほらみろ、やっこさん思いっきり恨めしそうな視線を送ってくださっておられるじゃないか。

 あっ、ちょっと待って待って。なんでこっちに来るのお兄さん。よーくここまでの流れを思い出してごらん? アイ・アム・ナニモワルクナーイ。

 あちゃー、メリケンもってたかー。なんでそんなの持ち歩いてるのお兄さん。もしかして高校生にもなって中学二年生の思春期ハートを失わなかったピュアボーイなのかい。あいたたたたた。

 

「中坊の分際で盛ってんじゃねーぞガキがッ!」

「盛ってませーん。友達と一緒に帰るだけでーす。ていうか中学生にナンパとかお兄さんロリコンなの? ねぇロリコンなの? うわキツ。うわキモ。ていうかそれ隣町の共学校の制服でしょ。学生なら自分の学校でナンパしなよ。まさか全校の女子にフられたの? ドンマイ! 可哀想なお兄さんだったんだね! ごめんね! いやぁ俺ってモテるからさあ! 中学生にしか声かけられなくて暴力に訴えるしか威厳を示せなくてメリケン使わないと中坊にも喧嘩売れないような人とは違うんだよねー! あっはははははは!」

 

 最終的になんか泣きながらキレてきたので適当にあしらいながら股間を全力で蹴り上げてさしあげました。よかったねお兄さん、このまま不能になればもうロリコン街道を突き進むことはなくなるよ。青少年の更正を手伝う俺って素敵!

 

「うわぁ……」

「ないわー……」

 

 えっ、なんで二人ともドン引きなの?

 おかしいなぁ、俺は至極真っ当な意見と推論を述べながら正当防衛をしただけなのに、どうしてそんな視線を向けられなきゃいけないんだろうか。

 

「確かにその人を無視してあんたに押し付けたあたしたちもアレだけど、さすがに限度ってのがあるでしょ……」

「大丈夫、(男としての機能を)殺す気でやった」

「普通に傷害罪だよ……」

 

 大丈夫、先に仕掛けてきたのは向こうだから。証人も二人いるし。

 

「さ、この人が起きる前に帰るぞ」

「……たまにこいつが鬼か悪魔に見える時があるわ」

「アリサちゃん、それはちょっと鬼さんと悪魔さんに失礼だよ」

 

 すずかさんの熱烈な酷評に俺の純情ハートがブロークン。

 まったく、いったい俺のどこが鬼か悪魔かと。仮にもお前らのこと守ったんだぞぅ。

 

「酷い言い草だな。そんなことばっか言ってると嫌いになるぞ」

「「なれるの?」」

「無理っす」

 

 なれるわけないじゃん。親友を嫌ったり呪ったり恨んだり憎んだりなんていうのはクリシスだけで間に合ってる。

 クリシスだって、未だに俺の中では親友なんだ。その親友を先に裏切ったのも俺だが、だからこそ俺はもう親友を絶対に裏切らない。親友を裏切る辛さは、誰よりも俺が一番知っているから。

 

『……私のことも、嫌いにならないでくれよ?』

 

 誰がなるかよ。お前は俺の、最初で最大の親友だろ。



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奏曲の仕事と、夜天の変化

 学校から戻った俺の最初の仕事は、その日の課題を20分以内に片付けること。

 記憶年齢ン百歳の俺にとっては、ほとんど暗記している内容の書き写しにも等しい作業だが、やらないわけにはいかない。

 今日の課題は特別少ない方だったので、なおのことその作業は早く済み、次の仕事――最近すっかり本業になりつつあるギルドの仕事に出かける。

 

 以前はシャマルと夜天に手伝ってもらっていたが、俺がソーマ・メイスマンとして本格的に活動していたこの五年の間に溜め込んだ魔力は、ようやく俺本来の力(の一部)を取り戻すに至り、単独での転移が可能になった。

 しかも以前は透霞が寝静まるまであいつの相手をしていたが、透霞が管理局の仕事に没頭し始めた最近ではそれもなく、夜遅くあいつが帰ってくるまでにギルドのミッションを片付けてしまえば、睡眠時間を削る必要もなくなった。

 もちろんその弊害も確かにあり、特に十分な睡眠時間がとれることが裏目に出た「ある問題」が、今の俺の頭を悩ませている。それは……、

 

「最近アリサのふとももで寝てないな……」

『それが普通だバカ者』

 

 これだ。アリサとすずかのふとももを最近まったく堪能していない。これは由々しき事態だ。このままでは俺のFSS(ふとももすりすりしたい)病が悪化の一途を辿ることになる。

 いやまぁ別にアリサはともかくすずかは休日に頼めばしてくれそうな気がしなくもないが、そうじゃないんだ。確かにすずかのふとももでシエスタというのはかなり魅力的だ。あるジャンルにおいては無敵ともなりうる。

 しかし俺が求めているのは「頼んで」してもらうシエスタではない。向こうから「最近寝てないの? しょうがないにゃあ……」という感じで母性と温もりを遺憾なく発揮しながら包まれたいのだ。あれ? 背中に感じる夜天の視線が冷たい。

 

『ソーマ、お前は確か20歳未満は対象外ではなかったか……?』

「恋愛対象ではねーし。アリサとすずかは親友ですしおすし。親友なら膝枕ならぬふともも枕くらい普通じゃね?」

『お前の友情観は時折おかしい』

 

 俺とクリシス以外に友達がいない奴に友情観について指摘される日が来るとは微塵も思わなんだ。

 あ、はやてとヴォルケンリッターは『友達』じゃなくて『家族』だそうなので除外。まぁ友達は数じゃないからいいけど。

 

『……身体を共有するというのは、どだい不便なものだな。誰よりも永く共にいられるのはいいが、触れ合うことができないというのは、もどかしい……』

「なんだ、体があればふともも枕でもしてくれたのか?」

『……そう、だな……。お前なら、それも吝かではない。それに、他にもお前にしてやりたいことは山ほどあるのだ……』

 

 えっ、なにその逆プロポーズみたいなセリフ。やめろよ夜天、お前は俺のストライクゾーンど真ん中というか、恋愛対象ナンバーワンなんだから。思わせぶりな言葉は勘弁願いたい。心臓と股間に悪い。

 あっ、いえ心臓だけでした。だからそんな冷ややかな目で以下略。……いやだってしょうがないじゃん、今世における俺の恋愛対象範囲内で数百年想い続けてきた相手がそういうこと言い出したら、多少はいかがわしい妄想のひとつくらいするだろ。

 一番の親友と一番の恋愛対象が同じ人物だと、いろいろ俺の心も面倒なんだよね。特に俺の場合は『親友>恋人』なスタンスでいってますし? じゃあこのままでいいじゃんとも思うけど。

 まぁいまさら告白したところで「知ってる」としか言われないだろうし、夜天もきっと俺と同じ気持ちでいるだろうと思っているし、じゃあなおさら告白する必要なくない? っていう感じで現在に至ってる。

 

「……リインフォースと同じ要領でお前の肉体を作ることならできるが、それだと俺とユニゾンはできないぞ。俺は融合騎との融合適正がまるでないからな」

『……それは確かに嫌だな。仕方ない、ひとまずはソーマと背中合わせの今を楽しむとしよう』

 

 背中合わせの今、か。なかなか詩的でうまい表現じゃないか。実際、今の俺と夜天は一枚のコインに例えられる。

 表が光を浴びている間は裏がその背で影に浸り、裏が光を浴びていれば表が影に浸る。だから俺たちは常に同じ景色を見ながら同じ世界を感じられない。

 だけど俺も夜天もその関係を望んでる。確かに俺たちは触れ合えないし見つめ合えない。だけど代わりに同じものを同じように感じられるし、同じ苦痛を慰め合うことができる。だから俺たちは二人で一人。

 

『お前はなんでもできるようで、実のところ何もできないな。基本魔法といい、ユニゾンといい……』

「魔法はなくても魔力操作ができるし、ユニゾンなんてお前がいれば十分だし。ていうか、仮にユニゾンするとしたら身近な融合騎はリインフォースだけだぞ? あいつと俺がユニゾンしてもいいと思ってんの?」

『……もしもリインフォースに手を出せば、向こう数十回の転生先にも残るような恐怖をお前に植え付けてやる。覚えておけソーマ』

 

 えっ、なにこの背中に突き刺さる例えようのない恐怖感。さっきまでの冷たい視線とは比べ物にならない寒気だよこれ。敢えて言おうものなら冷気と寒気くらい違うよ。ていうか夜天、お前いつのまにシスコンになってたんだよ。

 元マスターの八神を敬愛してたり同僚のヴォルケンリッターを家族のように愛していたりするのはまぁわかるけどさ、リインフォース作ったの俺と八神だよ? 仮にも本人から「とーさま」って言われてる身だよ?

 あとさ、あいつ融合騎だけど融合適性あるのほぼ八神だけだから。最初はヴォルケンリッターにも対応するように作ろうとしたけど、防犯のために登録者以外とのユニゾンはほぼ一切できないように設定したからな。

 そりゃあもう、登録の際に遺伝子と魔力波形も同時観測して完全な『八神専用』にしたからな。クローンを作られたってユニゾンはしない超特別仕様だ。

 

『リインフォースに会いたい……』

「禁断症状発症してんじゃねーよシスコン。一昨日チェンジして会いに行ったばっかりだろうが』

『お前は透霞と二日会わずに平気でいられるのか?』

「……そういうことを言うとむしろ俺より透霞のほうが不安なんですがそれは」

 

 三年前の事件以来、よりいっそう管理局の仕事に熱中し、思春期を迎えたことで俺への恥じらいという面も確かに形成されつつある透霞だが、実のところ兄離れができたかといえば、それには首を横に振らざるを得ない。

 いやむしろ悪化したとはっきり言うべきだろう。透霞の俺への依存度は、俺失踪事件を経てさらに悪化した。管理局の仕事に熱中しているのは言うまでもなく俺を管理局から守るためだと聞いている。実際、その言葉に嘘はなさそうだ。

 強いて他の理由を挙げるとするなら、俺の他にも守るべき人物がいるということだろうか。夏海透霞の前世(水城海花)の弟である海月水都(水城海都)の保護および経過観察、と称した身内フォロー。最近の透霞の話題がもっぱらあいつだから、察するに苦労はしなかった。

 

「……よし、宿題終わり」

『17分25秒……ソーマにしては少し手間をとったな』

「仮にも名門校の4月の宿題数ナメんな。新しい学年とクラスになってさわやかな気分になれるのはフィクションの世界だけなんだよ。現実は宿題と部活の内容がレベルアップして地獄なんだぞ」

 

 まぁ宿題や勉強は仕方ないとして、部活に関しては幽霊部員の俺には関係のない話ですわ。あ、ちなみに水泳部所属です。得意な形は潜水。でも潜水って種目はないし、クロールで潜水していいのは15メートルまで。いやぁ、殺意が芽生えますね。

 いや、柔道部とか空手部とかもあったからそっちもよかったんだけど、よく考えたら俺って無差別格闘流ならぬ無差別格闘術の使い手ですし? ぶっちゃけ色んな格闘技が混ざりに混ざって顧問に怒られるのが目に見えてたのでやめました。

 文化部? 俺にハゲろと言ってるのか。毟るぞ。

 

「さーて、じゃあ仕事といきますかー。夜天、いつもの頼んだ」

『空間座標認識開始……完了。転移ルート検索……完了・固定。転移ポート解放』

 

 部屋の床に広がる不定色のベルカ式魔方陣。俺の所属する『広域次元犯罪者捕獲ギルド』と、この世界をリンクさせる転移ポートだ。

 魔力操作はもちろん俺の専売特許ともいうべき得意分野ではあるが、こういった『魔法』の分野になると俺がやるよりも夜天に任せた方が早くて安全だ。べ、別に俺一人じゃできないとかじゃないからな!

 

「転移開始」

『了解。転移を開始する』

 

 今日の獲物はどこのどいつかなー、っと。



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奏曲の仲間と、アリサの来訪

「いやー、今日の任務はちょろかったわー。ありがとね、6位のおにーさんっ!」

「11位もな。今回はお前のガジェットギアが大いに役立った。礼を言おう」

「アンタらが活躍しまくったおかげで俺の出番ほとんどなかったんですけど!? 俺来た意味あるのかこれ!?」

 

 その日の任務は、あまりにもひどいものだった。

 

 俺がギルドに到着するなり、最初に出迎えてくれたのは俺と同じギルドの上位ランカー『第11位』の姉御だった。11位の姉御は曲者揃いの『上位ランカー』の中では協調性の高い希有な人物で、しばしばこうして他のランカーと組むことがある。

 性格は透霞をそのまま大きくしたような、無邪気で裏はあれどもそれを見せないタイプ。実際、透霞との仲は悪くないようで、今まさに俺と透霞が住んでいるマンションの一室も、この11位の姉御が借りてくれたものだ。

 本人曰く「姉妹で上位ランカーなのは私たちだけだし、そんなにお金も使わないから」とのことらしい。それにしたって保証人にまでなってくれるとは……本当に11位の姉御には頭が上がらない。

 

 閑話休題。ギルドに到着して即座に11位の姉御に捕まった俺は、たまには一緒に任務を受けないかと誘いを受けることになった。

 11位の姉御が組む相手はおよそ報酬受取ランキング50位以下の『非ランカー』や13位以下の『(通常)ランカー』ばかりで、周りからは「新人教育の11位」と称されているくらいなので、最下位とはいえ上位ランカーである俺を誘うというのは珍しい話だった。

 無論、3年前に俺がいなかった時、透霞をかばいながら部屋を与えてくれた件をはじめとして、ギルド入りした直後に『新人教育』していただいた身としては、その誘いを断ることなどできなかった。

 

 結局、ギルドの食堂で暇そうにしていた6位の旦那も連れて、上位ランカー3人組によるAランク任務が開始。その気になればAAランク任務も容易いメンツで行われたそれは、当然のように1時間とかからず終わりを告げた。

 6位の旦那は影を辿って指名手配犯の居場所を探知したり、11位の姉御は『ギアガジェット』と呼ばれるバイク型デバイスを使って追跡したりと大活躍だったが、俺の出番はほとんど皆無。

 いやね、やっこさんが最後の最後で健気かつ無意味に抵抗くらいしてくれようものなら俺の出番も多少はあったのかもしれないけどね、潔くお縄になんかつかれちゃあどうしようもないわけですよ。

 

「いやー、12位君の出番が無かったってことは私らの腕が落ちてない証拠だよ。ありがとねー12位君!」

「11位の言う通りだ。それに、犯人の探知と追跡が仕事である俺や11位とは違い、12位は戦闘に秀でている。その12位の出番がないということは、任務の遂行が安全かつ正確であった何よりの証左だ」

 

 確かに、この二人の言う通りだ。全ての任務に共通する根本的な目的は、凶悪犯・指名手配犯の『確保』であり、抹殺や殲滅などではない。

 そういう意味において、この二人の持つスキルやデバイスはギルドの任務にあまりにも適していて、俺のように犯人を強引に追い詰めるタイプでは活躍の場が少ないのも無理からぬことだった。

 いや、まぁギアガジェットはいいとしてさ、6位の旦那の『ディープダイバー』は便利すぎでしょ……。影の中に潜り込んであらゆる影の持ち主とその位置を把握できるとかもうね……。おかげで確保した手配犯の転送すら一人でこなされたよ。

 

「……なんか聞き分けのない子供を諭されてる気分ですけど、お二方がそう言うんなら納得しときますよ。俺だって楽できるに越したこたぁありませんし」

 

 そう言って、ギアガジェットの振動と風を切る音、そして11位の姉御から漂うレモンの香りを堪能しながら、俺たちは無人世界を後にした。

 

 

 

 

 この広域次元犯罪者捕獲ギルドというものは、基本的に時空管理局では手に余る犯罪者を追跡・ぼくめt……もとい捕獲をいずれもマッハで行うのが仕事だ。

 捕獲対象の実力や数による難易度、あるいは独自の文明を持つが故に干渉しづらい世界に潜伏されている場合など、さまざまな理由によって報酬額は変化するが。

 今回受けたAランク任務の報酬相場は日本円にして約180万円。これを三人で山分けするのだから、今日の稼ぎはたったの60万というわけだ。

 育ち盛りとはいえ、ちょっと小食気味な妹と二人暮らしするには十分すぎる額だろうが、普段は最低でも120万ほど稼いでる身としては、正直ちょっとだけ物足りない。

 

 実際、最近は透霞の生理用品や下着の新調などに出費がかさんでいる。本人曰く「もうすぐCだよ!」とのこと。別に言わんでいい。

 まぁ下着はともかくとして、成長が著しくなるにつれて衣服の新調というものは避けられない。俺だって最近は身長の伸びが著しい。去年の身体測定と比べて4センチもアップしている。

 どうでもいいけど透霞が毎朝牛乳飲んでるのは何が目的なんだろうか。別に好きで飲んでるならいいんだけど、胸とか身長の発達を目論んでいるなら下痢になるか爪が伸びるくらいしか意味がないからやめさせるべきなんだろうか。

 

「はぁー、楽しかったー! やっぱり誰かと組んで受ける任務は楽しいよっ! またいつか組もうね、二人ともっ!」

「俺も、今日は随分と任務が捗った。機会があればまた呼んでくれ」

 

 6位の旦那から伸ばされた手。11位の姉御はそれを横でにこにこと笑いながら見ているが、あんたもしかして俺が他の上位ランカーと仲良くなれるように今回の話を持ちかけてきたのか?

 だとしたら、そりゃ失敗ってもんだぜ、11位の姉御。そりゃあ他の上位ランカーのことならわかんねーけどもよ、6位の旦那のことは俺だって少しは信頼してるんだぜ。

 それとも、だからこそなのか? 俺があんた以外で最も信用してる上位ランカーが6位の旦那だからこそ、俺とこの人を近づけてくれたのか?

 ……どっちにしたって、余計なお世話だ。……だけど、なんかさ、なんだろうな……すげー、嬉しいと思っちまうのは……。

 

「……そう、ですね。またやりましょう。今度組む時こそは、俺の本当の実力を見せてやります!」

「そうならないように捕獲するのが一番望ましいが……そうだな、俺たちの用心棒としてはこの上なく心強い。次も頼むぞ、12位」

 

 6位の旦那から伸ばされた手を握り返すと、俺は「地球」へと帰った。

 

 

 

 

 俺が自宅へと帰ると、既に時刻は7時を回っていた。

 透霞がもうそろそろ戻ってくるだろうと思ってダイニングに向かうと、「今日は海都とデートだから少し遅くなるね」と書置きがされていた。

 ……よし、あの野郎もし次に会ったら一発だけ思いっきりぶん殴ろう。

 

 それにしても困ったな。もうメシができてるものだとばかり思ってたから、正直すんげー腹減ってんだけど。

 しかも今日って金曜日なんだよね。金を下ろすのは毎週土曜日に5000円。内2000円は小遣い(1000円ずつ山分け)で、3000円が食費。育ち盛りとはいえ、さっきも言った通り透霞は小食なのでさほど出費は多くない。

 まぁ病気に罹ったりすれば下ろすけどさ、1ヶ月に4000円も小遣いありゃ基本あんまり苦労しないんだよね。あ、ちなみに3年前の一件以来、母親からの仕送りは一切なくなったので今は俺が透霞を養ってたりします。

 

「で、こういう時に限って小遣いの方も使い切ってんだよなぁ……」

『一昨日だったか。新作のゲームハードを購入して全財産を失ったのは。お前が空腹だと私も空腹なんだ、どうにかしてくれないか……』

「おう、炭の味しかしない玉子焼きがそんなに食いてえのか?」

『……ひどい脅し文句だ』

 

 しょうがないだろ。俺だってX00年と生きちゃいるがな、透霞のおかげでこの14年はまったく料理してないんだ。

 料理に限ったことじゃない。どんなものでも「やらなきゃ鈍る」のが常ってもんだろ。勉強も、スポーツも、戦闘だって同じだ。いや戦闘は今のところ鈍ったことがないが。どの世界も争いごとの好きな奴ばっかりだな。

 ――っと、そんなことを言ってたら、呼び鈴が3度鳴らされた。ノックのつもりで3度なのか、それとも単にイラついて連打したのか。もし後者なら来て早々から我が家にぶつけないでほしいものだ。

 

「はいはい今出ますよー……って、なんだアリサか」

「なに、あたしじゃ何か不満でもあるの? 久しぶりにこうして家まで来てあげたっていうのに、あんまりな口ぶりじゃない」

「お前つい四日前にも来ただろ」

 

 まぁ小学校の頃は毎日のように顔を合わせてたから、ちょっと会わないだけでも懐かしく感じるってのはわかるけどさ。でもお前、数時間前に俺と一緒に下校したの忘れてないよな?

 ともかく上がってもらって、こんな時間(19:30)に我が家に訪れた理由を尋ねてみると、どうやら透霞に頼まれて夕食を作りにきてくださったらしい。なるほど、アリサに夕食を頼むほど遅くなるつもりか。朝帰りだけはやめろよ透霞。

 

「材料は買ってきたから、とりあえずテレビでも見ながらのんびりしてなさい。できたら呼んであげる」

「隠し味の愛情は隠し切れないくらい込めてくれ」

「全力で隠し切ってやるわ」

 

 ……入れてはくれるんだな。



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アリサの料理と、更ける夜

 透霞の頼みで俺の夕食を作りにきてくれたアリサがキッチンに入って幾許か経ち、ニュースの内容も二巡目に入ろうとした頃、ようやくアリサから声が掛かった。

 

「ごはんできたわよ。冷めないうちに食べちゃいなさい」

 

 テーブルに並べられたのは、俺の好きな青椒肉絲と海鮮サラダ。デザートに小さなショコラムースまでついている。

 え、これホントに持参とかじゃなくて今さっき作ったばかりの手作り料理? 確かに青椒肉絲なんて素の入ったパッケージにレシピ載ってるから料理慣れしてる人には楽だろうけどさ、お前まだ小学生だよね?

 海鮮サラダはこの際いいとしよう。いや海老とか綺麗に皮むくの地味に大変なんだけど、そこはまぁ根気と手先の器用ささえあればどうにかなるし。でもショコラムースってお前……。

 

「……さすがにショコラムースは持参だよな?」

「そりゃあね。まぁパウダーとお湯と牛乳をボウルにつっこんでダマがなくなるまで混ぜて冷蔵庫に放り込むだけだから、別に難しくはないわよ」

 

 聞くだけならそりゃ簡単ですけれども……。

 

「……ま、いいや。それよりアリサは食わないのか?」

「あたしは家で食べてきたし、あんたが食べるとこ見れればそれでいいわ」

「そりゃまた変わった趣味だな。別にいいけどよ」

 

 両手を合わせて、箸を取る。

 年齢的にはまだまだ子供だが、さすがに女の子ということか、それともアリサ自身が力を入れているのか、コイツの作るメシはとにかく美味い。

 メインディッシュの青椒肉絲ひとつ取っても、ごま油の香ばしさを持たせながらベタつかせず、ピーマンの苦みを殺さないままピリ辛風味に仕立ててある。

 ただの青椒肉絲ならまだしも、こうも「俺好み」に全てを仕立てることのできる中学生は、さすがにアリサを除けば透霞くらいのものだろう。料理上手な八神だってこうはいかない。

 

「んまい! さっすがアリサ、俺の好みを熟知してねぇとこうはならねーよ! ただ、隠し味の愛情はやっぱり隠しきれてなかったみたいだな」

「ふん、そんなの舌の錯覚よ。バカ言ってないでちゃちゃっと食べちゃいなさい。洗い物だってあるんだから」

 

 キャー、アリサちゃんったらツンデレー! ……とか口に出したら絶対に殴られるから言わないでおこう。

 別に殴られても痛かないけど、アリサに嫌われるのは勘弁だからなー。心の内に秘めるくらいの気持ちでアリサを愛でることにしよう。

 

「そういえばお前、こんな時間に一人で来たのか?」

「そうよ? もちろん、護身用に『アレ』も持ってきたけど」

 

 アレ、というのは、三年前に俺が渡した『裂夜の鎚』のことだろう。

 三年前、俺が失踪事件から生還した日。アリサとすずかは「無事だと思ってた」と言いながらも、ぼろぼろと涙を流しながら俺を迎えてくれた。

 どんなに俺を信じてくれていたとしても、大丈夫だと、心配ないと言い聞かせていても、二人にとって俺の不在というのは、俺が思っていた以上に不安を与えてしまっていたらしかった。

 だから俺はあの日……アリサに主従契約(プロポーズ)した。

 

 

『もうどんなことがあってもお前から離れない。お前が泣いてる時はその涙を拭い、お前が必要とするなら俺の全てを尽くしてその望みを叶えよう。だから、俺のマスターになってくれないか』

 

 

 今になって思い出してみると少し恥ずかしいな。キザなセリフを吐くのは慣れてたはずなんだが……アリサが相手だと途端にシャイになっちまう。この俺がシャイボーイとか、ガラじゃねえのに。

 なんにせよ、こうして俺とアリサの契約は成立した。別に主従関係になったからって敬語じゃなきゃダメとかじゃねーし、いざって時にならなきゃいつも通りの俺たちだ。

 裂夜の鎚は、その「いざって時」に俺をすぐ呼び出せるようアリサに預けている。実はあれ、俺が持ってるとあんまり意味がねーんだけど、俺を別の場所から強制転移させる機能があるんだよな。

 

「そうだな、それがあるなら俺も安心だ。アリサが必要としてくれてる時がわかるし」

 

 いやぁ、昨夜はお盛んでしたね。14歳(思春期)だもんね、しょうがないね。

 え? 何がお盛んだったかって? アリサの名誉のために直接的な表現は控えさせてもらうが、まぁようするに「あやうく俺が転移させられかねないほど強く求められるようなこと」だよ、うん。それ以上は言わない。

 でもまぁね、しょうがないと思うよ? さっきも行ったけどアリサは俺と違って肉体も精神も正しく「14歳」だし、そもそも俺を「そういうこと」にしか使わなかった五代前のマスターよりずっといいよ。その頃の俺って女だったけど。

 

「アリサ、ごはんおかわり」

「はいはい」

 

 俺がメシ食ってる時のアリサは、なぜか機嫌がいい。機嫌がいいというより、気分がよさそうというか、なんとなく表情が柔らかい。

 自分の作ったもんを美味そうに食われると気分がいいとよく聞くが、そういうものなんだろうか。俺もかつては料理を夫や妻に作っていたが、生憎とそういう感覚に陥ったことはない。

 ……あ、でも夜天にメシを作った時は確かに気分がよかったな。数百年も前の話だが、それだけははっきりと覚えている。それは相手が親友だからなのか、それとも『夜天』だからなのかはわからないが。

 

「別に、一度に全部食べなくてもいいのよ? 食べきれないのなら明日のお昼にでもすればいいし」

「アリサが作ってくれたメシを冷ますようなこと、できるわけないだろ。それに、美味いもんはいくらでも腹に入るんだよ。お前らだって甘いもん食う時そう言うじゃねーか」

「でも、晩ご飯よ? 運動もせずにお風呂だけ入って後は寝るだけなのよ? どうやってカロリー消費する気?」

 

 おう、悪いなアリサ。残念ながら俺は今世に生まれてから一度もカロリーを気にしたことはないんだ。つーか今の俺は成長期真っ只中で、しかも男子だ。気にするわけねーだろ。

 

「カロリーなんて別に気にしねーけど……。まぁ、アリサがそう言うなら明日は部活に出てみるか。去年の大会が終わってから全然出てねーし」

「水泳部だっけ? 聖附中は室内プールがあるからいいわよね。他の学校じゃこうはいかないわ」

「去年とうとう潜水100メートル突破しました。どやぁ」

 

 あっ、アリサが割と素直に驚いてる。なんか凄く「あんたまさか魚類なの?」って言いたそうな表情してる。

 魚類かー、見るならサメとかエイがカッコいいよなー。食うならマグロかな。トロじゃなくて赤身の方。あるいはシャケ。

 タコも酒のツマミにはいいよな。まぁ飲むのもっぱら黒霧島だけど。安くて美味いからなー。あ、もちろん透霞には内緒で買ってます。だって止められるのわかりきってるし。

 

「いっそ貝になれたなら……」

「あんたが貝なら、さすがにあたしはあんたの親友じゃないと思うわ」

「人間でよかったー」

 

 心の底から飾り気なく素直に言葉を口にしたのは久しぶりだなー。そうだよな、さすがに俺が貝ならアリサはマスターにも友達にもなってないわな。

 異種族の間に生まれる友情は美しいと思うけれどもさすがに貝はなぁ。犬猫と違ってコミュニケーションもとれないからちょっとなぁ。あ、ちなみに貝に転生したことは今のところないでーす。

 

「……ん、ごちそうさん。あー食った食った! ピーマンが普通のよりちょっと太幅で歯ごたえがあって……」

「その分ちょっと苦味あるけどね。舌がとっくに大人になってるみたいだからそうしてみたのよ。……なんせ、未成年なのにお酒まで飲んでるみたいだったし」

「……なんでバレてるんですかねぇ……」

 

 おかしい。アレは確か玄関入ってすぐにある使ってない靴箱の奥へと厳重に保管していたはずなのに何故バレたし。

 もしかして魔力の痕跡か? 確かに体液ってのはその主の魔力を最もよく伝導させやすい。汗や唾液や血液、あとは……うん、アレとかもそうだ。

 でも酒を飲む時はきちんとコップに移してたはずだしなぁ。ラッパ飲みなんてはしたねぇ真似はしねーよ。つーか焼酎ロックをラッパとは急性アル中で死ぬる。

 

「まぁ、あれよ。(ゆうじょう)よ」

「友情はそこまで万能じゃねーよ!」

 

 珍しくアリサがボケで俺がツッコミだった。なお、酒は没収された。

 

 

 

 

 アリサに作ってもらった食事を平らげてしばらく。食器の片付けまでしてもらうと、アリサは「やっぱり今日も泊まっていい?」と訊いてきた。

 俺のうちにアリサが泊まることは、そう珍しいことじゃない。俺とアリサは自他共に「性別を越えた親友」と認め、認められているし、そんな親友同士が泊まっていくくらい、何もおかしいことではないからだ。

 別に、何か家に居づらい理由があるとかでもなさそうで、アリサの表情は表も裏もいつも通り。そもそも、裂夜の鎚によってマスターと繋がっている俺には、表面化しやすい感情を共有する機能があるので、そこは自信をもって断言できる。

 

「そういえば、あなたお風呂には入ったの?」

「まだだけど……お前が先に入っちまえよ。俺はちょっとやることがあるし」

 

 ギルドからもらった書類とか、来月分の指名手配書(と報酬ノルマ)のチェック。新人教育系のプリントも貰ったけど、これをちゃんとやるのはどうせ11位の姉御くらいだから無視。

 上位ランカー専用の来月の報酬ノルマとかももらったけど、これ毎回毎回キツすぎやしませんかね。5900万円相当とか。桁1つおかしいだろ、中学生の稼ぐ額じゃねーよ。仮に社会保険に入ってなかったら所得税だっるいわ。

 

「やることって、またギルドの仕事? さっき部屋をちょっと覘いたけど、まさかあの山みたいなプリントのことじゃないわよね?」

「その山みたいなプリントのことだけど? まぁいつも通りやれば4時までには終わるだろうし。風呂はお前が入った後すぐ入るから問題ねーだろ」

「……手伝えることがあれば、手伝ってあげなくもないけど?」

 

 手伝いっつってもな……。正直あれギルドの機密とかもちょいちょいあるし、基本的に仕事の内容ってのは身内にも洩らさないのが社会のマナーだしなぁ。

 

「へーき、へっちゃらだ。お前がぐっすり眠っていてくれれば、俺はその寝顔を守るために頑張れる。だからお前は先に休んでろ」

「……その言い方は卑怯よ。そんな風に言われたら、あたしはそれに従うしかないじゃない」

「おいおい、忘れたのかアリサ。俺は口が巧いんだ」

 

 そんな風に、二人してくすくすと笑いあいながら、その日の夜は更けていった。



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奏曲の願いと、アリサの想い

 深夜3時。ギルドの仕事もようやく終わりが見えてきた頃、部屋の中で静かに響く2つの寝息が、俺の耳に小さく届いた。

 

 1つは、我が最愛の妹君、透霞の寝息。もう中学生にもなったのだから、そろそろ部屋を別けるべきではないかと思うのだが、その提案は既に却下されている。

 以前……といっても数日前のことだが、俺が透霞に「そろそろ別々の部屋で過ごさないか」と提案したところ、泣きそうな顔で、っていうかモロ泣き顔で、顔を涙と鼻水でべしゃべしゃにしながら嫌がられた。

 正直ちょっと興奮した、などということは絶対に口にはできない。いや透霞に言うだけならまだいい。アリサとすずかも、ちょっと引きながらも笑って流してくれるだろう。……でもたぶん例のクラゲ野郎に知られたら殺される。

 

 もう1つの寝息は、俺のベッドを許しも得ず我が物顔でご利用なさっておられる親友のアリサ嬢だ。確かに泊まっていいとは言ったが、何故に俺のを使うのだろう。

 女子同士、透霞のベッドで寝ればいいのではなかろうか。それとも添い寝をご所望なのだろうか。だとすれば、その魅力的な提案は丁重に断らせていただこう。ぶっちゃけ辛抱できる自信がない。

 というか、そもそもアリサの一挙一動が俺にとって心臓に悪い。だってこいつ俺の好みド真ん中だもん。年齢さえ除けば歴代の妻たちを差し置いて堂々のストライクゾーンランキング2位だよ。ちなみに1位は夜天。

 

「アリサの寝顔か……。俺はあと何度、この愛おしい寝顔を見られるんだろうな……」

 

 ふと、言葉が漏れる。

 俺もアリサも、もう思春期の真っ只中にいる。当然、好きな異性が出てきたり、今までとは違う異性に心惹かれることもあるだろう。

 アリサが「友情」よりも「愛」をとり、俺やすずかよりも心惹かれる異性を優先する日が来ても、俺はそれを責められない。

 なぜならそれは、思春期の青少年として……ひいては人類としての、誰もに与えられた自由な感情であり、権利なのだから。

 

『あと何度……とは、随分と弱気な発言じゃないか。友情や友人のことになると、お前もただの人の子ということか……』

「うっせ、お前も寝てろ」

『誰のせいで眠れないと思っている』

 

 ああ、そういや感覚共有を切ってなかったわ。これじゃあ寝たくても寝られな……って、うわぁ。あいつ共有を切った途端に眠りやがったよ……。いや、別にいいけどね。夜天も最近はギルドの仕事とか手伝ってくれてたし。

 何より、こいつに限って言えば「眠ること」……厳密には「夢を見ること」は、こいつの趣味ですらあるのだから。早寝させてやれずにすまなんだな。でも明日も早起きなんだ、感覚共有でお前も起こすけど勘弁な。

 

「でもまぁ、実際のところ夜天の言う通りなんだよなぁ。いつもの俺なら、アリサとの友情を疑ったりなんてしないし、俺たちならずっと一緒にいられるって思ってるところだもんなぁ……」

 

 だけど、それでも、たとえ俺が何を願ったところで、さすがに生命の本能にも似た感情まで否定することはできかねる。だって愛だよ、愛。

 いっそのこと俺がアリサの「特別な男」にでもなれたなら……と思ったことも、無いわけではない。ていうかそう思ったのは一度や二度ではない。正直何度も考えました。ちょっとイヤラシイ想像もしました。ぐへへ。……ごめん。

 けれど、それは叶わぬ願いだ。決して、俺がロストロギアだからで、アリサがマスターだからではない。まして俺がアリサを嫌いだから、なんてことは絶対にない。夜天とすずかに誓ってもいい。

 でも、俺がどんなにアリサへの愛を語ったところで、彼女にとって俺は『親友』だ。そのポジションは決して揺らがない。というか、俺自身も揺らいでほしくないとさえ思っている。

 

「うぅ……んぅ……?」

「ん? あぁ、悪いな。起こしたか?」

 

 俺と夜天の会話が耳に入ったのか、アリサは未だ眠たげな瞼を擦りながら、ベッドを出て俺の傍へと寄ってきた。

 念のために言っておこう。アリサに寝起きハプニング的なものを期待しているのなら、それは無駄と言わざるをえない。こいつ寝相いいし、寝惚けることもほとんどない。

 むしろ俺の方が、寝惚けてアリサを押し倒したことがある。なのでそういった期待は俺にしてもらおう。そんな期待は絶対に裏切ってやる!

 

「まだ終わらないの? もう3時過ぎじゃない」

「もうすぐ終わるさ。今はお前の寝顔を見てエネルギー充填してたとこ。あるいは、俺にはやっぱりお前が必要だって痛感してたとこ、かな」

 

 そんな俺の冗談交じりの言葉を聞いて、アリサは何を思ったのか俺の頭を撫で、そして……あやすように抱き留めた。

 俺はただ、アリサの優しさに甘えながら、縋るようにその両手をアリサの背へと回した。

 

 

 

 

 その後まるっと30分、俺とアリサは二人きりの時間を満喫した。いや、後ろでは常に透霞の寝息が聞こえていたので、厳密にはまったく二人きりではなかったのだが、互いを感じる温もりは、確かにふたつきりだった。

 ようやく作業を再開してみれば、気分をリフレッシュできたお陰だろうか、予定では1時間かかるはずの作業は見事に40分で片付けられ、俺とアリサは示し合わせたわけでもなく一緒にベッドに入った。

 ……うん、文面だけ見ると酷いことになってるなこれ。いや、あくまで「一緒に眠る」って意味だからね? それ以上の意味はまったく含まれてないから、そこのところ勘違いしていただかないように。

 

「……ねぇ、奏曲。あなたはあとどれだけ、あたしとこうして一緒に寝てくれるの……?」

 

 不意な言葉は、まるで俺の心を見透かすように、さくりと俺の胸を貫いた。

 それは、ほんの少し前に俺が考えていたことと同じ――言葉にできない『友情』への不安。自分に圧し掛かる「思春期」という(おもり)への屈服。

 ただ屈服するだけでは屈辱的だから、その苦しみを吐き出すように、俺をその苦しみに引きずり込むための呪詛を呟く。

 

「……お前が望む限り、いつまでも。お前こそ、その寝顔をいつまで俺に見せてくれるんだ……?」

「……それこそ、あんたが望む限り、ずっと……」

 

 もうあとどれだけ、俺たちは互いの手を繋ぎ合って歩けるのだろう。もうあとどれだけ、俺たちは同じベッドで身を寄せ合いながら眠れるのだろう。もうあとどれだけ、俺たちはこうして子供でいられるのだろう。

 それは、きっとそう永くはない。もうすぐそこまで、『そうでなくなる日』は来ているのだろう。だから俺は、俺たちは、手を繋ぐ。身を寄せ合い、子供で在り続ける。

 まるで運命へ反逆するかのように、俺たちはワガママに、この道を歩いていくんだ……。

 

「……そっか。おやすみ、アリサ。夢の中まで、愛してる」

「おやすみなさい、奏曲。夢が覚めても、大好きよ」

 

 ……きっと、とっくに限界だったんだろう。俺が彼女の頬におやすみのキスを落とした時、彼女は既に夢の世界へと旅立っていて、俺だけが現実に取り残されていた。

 ああ……ちくしょう、いい女だなぁこいつ。誰にもやりたくねぇ。どこの誰ともわからねえ野郎になんて、ぜってぇに渡したくねぇ。……けど、その日はいつか必ずやってくる。

 切ないなぁ……。ほんと、切ねぇ……。

 

 友達だから、恋人にはなれない。だったら友達を越えればいいと言うかもしれないが、そもそも友達を越えた先は本当に恋人なんだろうか。もしかしたら、恋人の向こうに、友達があるんじゃないだろうか。

 だとしたら、俺は後戻りなんてしたくはない。俺の気持ちは、俺の『友情』は、恋だの愛だのに揺らぐようなものじゃないと信じたい。信じてる。それはきっと、アリサだって同じはずだ。

 俺の信じる俺も、アリサの信じる俺も、決して友情を軽んじたりはしない。誰より何よりどんなものより、友情という形のない素敵なものを大切にしているはずだ。だから俺は裏切らない。

 

 俺は友達のことを何より愛している。俺は友達のことを誰より恋してる。だけどそれは愛でもなければ恋でもない。矛盾を孕んだ真実。

 

 俺は夜天が好きだ。俺はアリサが好きだ。俺はすずかが好きだ。俺は俺の親友たちが大好きだ。

 あいつらの幸せが俺の幸せであり、それを壊そうとする奴には一切の容赦をしない。たとえカミサマが許したとしても、俺は絶対に許さない。つーかカミサマも許さない。

 

 ……でもあれだな、これたぶん今日も寝不足だな。ちっくしょう、アリサのやつ精神的にだけじゃなくて身体まで立派に成長しやがって。もう俺のMP(メンタルポイント)はカツカツだよ。

 いやー、背中に当たる二つの柔らかな感触とか、女子特有のいい匂いとか、ぶっちゃけもう肉体年齢の守備範囲なんて無視して襲っちまおうかと思いそうになる自分を全力で殴りながら毎秒を刻んでます。いっそ殺せ。



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奏曲の朝と、学校での日常

 翌日。いつものように眠り姫を決め込む透霞を背負いながら登校した俺は、隣を歩くアリサを見て溜息を洩らした。俺の親友であるこいつは、アリサ・バニングスは、俺の通う男子分校において熱烈な人気を誇る。

 それだけに、そんなアイドルもどきなんかと一緒に登校する姿がしょっちゅう目撃されている俺は、学校中から睨まれる羽目になっている。いや、同じクラスのやつらはそうでもないが。あいつら割と理解あるしな。

 まぁ、そんなこんなで、こいつと登校する日はちょっとだけ憂鬱だ。

 

 いや、なら先に女子分校に行って透霞とアリサを置いてから登校しろよと思うかもしれないが、それはそれで案外めんどくさいことになるんだ。

 具体的に言うと、あっちに居るすずかとかはやてに絡まれて、女子の匂いを全身に纏いながら男子分校に戻るだろ? そうなると、当然その残り香は男子どもにとって垂涎の餌となりうるわけだ。

 ……うん、つまり、えっと、そのな? 男子(おれ)に残ったアリサたちの残り香を嗅ぎに、わざわざ別のクラスから押し寄せてくるんだ。変態ハイエナにもほどがある。ファック。

 

「……なんだか浮かない顔ね。あたしと通学するのはそんなに嫌?」

「心にもないことを訊くなよ。そんなわけないだろ。むしろ毎日でもこうしたいくらいさ」

「そうね。小学校の時みたいに、それもいいかもしれないわね。たぶん無理だけど」

 

 そうだね、毎日は無理だね。毎週必ず土日に押しかけてくることは、この際だから目を瞑っておくね。

 でもごめんね、最近の透霞は日曜日いないんだ。ミッドチルダの隔離施設で更正プログラム真っ只中の『旧』弟君(皮肉2割増し)にご執心だからね。な、泣いてねーし!

 いや実際マジで寂しいんですよお兄ちゃん。日曜日の夜は透霞のご飯が食べられなくて枕を濡らす日々が多々としてあるよ……。

 

「そういえば今日は放課後どうするんだ? 直帰ってのも味気ねーし、八神んちでも寄るか?」

「寄るっていうか、あんたの家とはやての家は真逆じゃない……。かといって、すずかの家も近いわけじゃないし……」

 

 基本、俺たちが学校帰りに全員集まることは少ない。アリサとすずかが俺の家に遊びに来ることはあるが、八神はあまり来ない。家が遠いし、ヴォルケンリッターたちの晩メシを作らなきゃならないからだ。

 いや、ヴォルケンリッターたちが家事くらいやれよとは思うかもしれないが、あいつらも最近はあいつらなりに忙しい。魔法世界との係わりがほとんど断たれた今、あいつらは『職』を探さなきゃならなかったからだ。

 

 まずザフィーラだが、持ち前の体力とガタイを生かして消防士と警備員の資格をとったらしい。自分の得意分野を理解しているのか、ヴォルケンズの中では比較的早い段階で資格をとって、今は消防士をしているそうだ。

 次にシャマルだが、彼女も保育士の免許をとるべく勉強中のようだ。いや、別に彼女なら勉強自体はさほど難しいことじゃないと思うんだが、あのちょっと抜けてるところを見ると一抹の不安が拭えない。がんばれシャマル。

 逆に、一番そういうことに苦労したのがシグナムだった。彼女は剣ひとつにこれまでの人生を注いできたと豪語するだけあって、他のことはてんでダメだった。いや、あのダメダメっぷりは正直ちょっと可愛かったです。

 でもなんとかそれも解決した……というか、近所の剣道場の師範に拾ってもらったようで、今は剣道の型を覚えることに必死。実戦で使う剣術とスポーツの剣道じゃ勝手が違いすぎて困惑しているかもしれんが、まぁなんとかなるだろう。たぶん。

 

 ……でも、正直言って一番意外だったのはヴィータだ。

 いや、あいつの外見じゃ採用してくれるところなんて無いだろうし、あったらそれはブラック間違いなしだし、そもそもお前は働かなくてもはやてはまったく責めないと思うぞ、と俺が再三に亘って忠告したにも関わらず、あいつは就職した。

 どこに? ……どこだと思う? ごめん、ぶっちゃけていい? 俺はその就職先を初めて聞いた時、「ヴィータお前とうとう気でも狂ったのか。それともクリシスの仕業か」と本気で訊ねようと思った。いやほんとそれくらいびっくりした。

 ……あいつの、ヴィータの就職先。それは――、

 

「すずかの家でヴィータをからかうのも面白いかもな」

「やめてあげなさいよ……」

 

 ――メイドだ。……うん? いやほんとだって、嘘じゃないって。あいつほんとに月村邸でメイドやってんだって。

 むむむ……誰も信じてくれなさそうだ。仕方ない、ならばこの「ちょっとサイズが合わなくて肩のあたりがはだけちゃってるメイド服ヴィータ」の写真(焼き増し)をあげるのは見送ることに……一気に信じる奴増えたなオイ。

 

「いいだろ。あいつも俺にからかわれることくらい覚悟の上でメイドになったんだろうし」

「なんでメイドになるだけでそんな覚悟まで背負わなきゃいけないのよ。バカ言ってるとあんたもメイドにするわよ」

 

 俺のメイド姿なんて誰得だよ……。いや、でも上級生から「お前かわいい顔してるな……」って言われたことはあるしな。やけにホモホモしい先輩だったから咄嗟に金的潰しちまったけど。

 もしかしたら俺の女装というのはけっこういい商売になるかもしれない。ただし露出はプロマイドまでだ、絶対に触れさせるような下手は打たない。「やめて! 俺に乱暴する気でしょう!」っていうメには遭いたくない。

 

「ハッ、女装メイドくらい割り切れない俺と思ったか!」

「じゃあ麻酔なしで股のブツを切ってもいいのね?」

「えっ、ちょっと割り切る(物理)とかやめてくださいよ……」

 

 さて、そんなこんなで女子分校の門前だ。さすがにここから中に入ることは出来かねるので、背中でスヤァ……しておられる妹様を起こし、自力で歩いてもらわねばならない。

 

「おい透霞、学校に着いたぞ」

「う、ぅん……もうちょっとぉ……」

「しょうがないにゃあ……いいよ」

「いいわけないでしょ」

 

 なんだかんだでノッてくれるお前が好きだぜ、アリサ。

 でもまぁ実際な、もう起きなきゃダメな場所と時間だから。いい子だからおはようってしような、透霞。

 

「透霞、いい加減にしないと部屋を別々にするけど、いいのか?」

「おはよう兄さんっ! 今日も元気に行ってくるねっ!」

「変わり身早すぎでしょうあんたも……」

 

 透霞だしね、しょうがないね。

 

 

 

 

「七瀬、五十嵐、三条……お前ら裏切ったなちくしょう!」

「いやー、ワリィ夏海! さすがに一週間学食オゴリの魔力には勝てなかったわ!」

「三条てめぇ覚えてろよ!」

 

 昼休み。案の定アリサの残り香を嗅ぎつけた野郎共に襲われた俺だが、なぜだかいつもより数が多いことに辟易しながら逆リンチという名のワンマンアーミーっぷりを発揮していた。

 どうやらクラスメートの三人が上級生に頼まれて「夏海奏曲をブチ殺す軍」が人員強化されたらしく、ショッカー戦闘員並みにちぎっては投げされてはいるものの、確実に俺の体力を削っていた。

 いやごめん、ショッカー戦闘員は言い過ぎたわ。だって中には空手部の主将とかいるし。あんたもう今年で引退なんだから校内で問題なんか起こすなよ……。あと剣道部の副主将さん、得物アリってのは卑怯じゃない?

 

「あははっ! それにしても夏海とバニングスさんのツーショット写真ばらまいてあることないこと吹き込むだけで一週間お昼ご飯には困らないなんて、ぼろい商売だよねぇ!」

「七瀬ぇ! 腹黒ショタなんて前に言ったがあれは撤回してやる! お前は鬼畜クズだ!」

「それは夏海にだけは言われたくないなぁー」

 

 もう何人やった? 少なくとも20人は仕留めたはずだが、一向に減ってる様子が見られない。あいつらまさか学校中の男子にふっかけたわけじゃないだろうな。

 一応この通路は拳を振るうには広く、得物を振るうには狭いフィールドだ。もっと言えば、横360度が広い体育館とかに比べたら道幅が狭くて人数も左右に数人ずつ並んでるだけという状況。地の利はこちらにある。

 暴徒と化した生徒たちに教師はなんの対応もしないのかと叫びたいところだが、残念ながら俺はこの街の若者の間では悪名名高い「夏海奏曲」だ。

 主にアリサとすずかに近寄るチンピラキラーだったりとか、機嫌が悪い時の通り魔的な行いだったりとか、あとは単純に教師や先輩に対する態度が悪かったりとか、思い当たる節はいくらでもある。

 

「お前らそんなに俺が憎いかぁッ!」

『ったり前だろうがぁッ!』

 

 お、おう……。ちょっとした愚痴のつもりで吠えた言葉がここまで強烈に非難されようとは……。

 しかし数が多い。あとたぶん購買とかで無意識の内に鍛えられたであろう『集団暴力』のまとまりっぷりが半端ない。結束とかはまったく感じられないが、この『人の津波』とも呼べるような状況で全員がうまく動いている。

 

「怪我ぁしてまでやることかよ! お前らそんなに羨ましいんならアリサにでもすずかにでもアタックすりゃいいじゃねぇか! 俺はあいつらの彼氏でもなんでもねぇっ!」

「毎朝毎朝あんだけ仲睦まじそうに同伴出勤しといて今更つきあってねぇとか言われても誰が信じるかっ! どうせ家では毎日にゃんにゃんしてんだろ!」

「誤解するにも程があるし、何より表現が古い! お前何年代の人間だよ!」

 

 もうこれだけしっちゃかめっちゃかになっていれば、相手が先輩か後輩か、それとも同輩なのかは関係ない。暴言も罵倒もしてやろうじゃないか。

 

「お前らみたいな肝も器もイチモツもちっせぇ奴らばっかだからアリサもすずかも相手にしてくれねぇんだよ! 悔しいなら暴力じゃなくて言葉で俺を屈服させろ! 俺とあいつらはただの友達だ! 友達同士が一緒に登校しちゃいけないのかよ!」

「男女の間に友情などあるものかッ!」

「あるに決まってんだろッ! 男と女が接してれば必ずしも股と股がくっつくとでも思ってんのか! そんなにレンアイしたいならすればいいさ! でもそんなくだらねぇもので友情を汚すんじゃねぇ!」

 

 迫り来る怒涛の人の波を、俺の拳が一人、また一人と薙いでいく。さっきまでと違って、もう通路の向こう側に人影はない。つまり、今ある限りの人数以上の増援はないと思っていいはずだ。

 しかしアレだ、ほんとにあの三人はろくでもねーことしてくれやがったな。昼休みが終わるまであと15分しかないってのに、残り残ったこの人数を俺はどう捌けばいいってのよ。別に捌けねー量じゃないからいいけどよ。

 

「俺とアリサとすずかの友情は本物だッ! それは誰にも否定させない! そして……そんな俺たちの繋がりに、異性としての感情なんか……。……あんまりないっ!」

「思いっきり恋愛感情抱いてんじゃねーかッ!」

「うっせーばーかばーか! 友達でも年月重ねりゃ片思いくらいするわっ!」

 

 さっきまで思いっきりレンアイ<友情みたいに言ってたくせにっ、という反論が聞こえたが、聞こえなかったフリをする。うっさいうっさい、長いこと生きてりゃ主張や発言が覆ることなんてざらにあるわっ!

 

「じゃあその間に透霞ちゃんは僕がもらっていきますね」

「おい今俺の妹に手ぇ出そうとした奴ちょっと前に出ろ。一番残酷に潰してやる」



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ヴィータの憂いと、奏曲の任務

 放課後。アリサや八神と共に月村家へと招かれた俺は、猫に囲まれながらガールズトークを繰り広げる三人から少し離れたところで、ヴィータと戯れていた。

 確かに放課後みんなで集まらないかと言い出したのは間違いなく俺なんだが、これ俺が来る意味あったんだろうか。あの三人で集まってればよかったんじゃね?

 でもまぁ仕方がない。だって俺この家の猫に限らず、出会う猫すべてに嫌われてるからな。今すずかに近づいたら猫たちから集団リンチを受ける。

 今日はただでさえ学校でリンチを受けた(けど逆に全員ボコった)後なんだ、放課後までそうなるのは勘弁してほしい。それにあいつらすずかの飼い猫だし。

 

 しかしヴィータのメイド服はなんていうか……似合ってるんだけど、犯罪臭がハンパないな。これ征二さんは大丈夫なんだろうか。

 あ、ちなみに征二さんっていうのはすずかのお父さんのことで、士郎さんと同じ親バカなんだけど、娘の交友事情には理解のある本当の意味での大人ね。もちろん良識ある付き合いが大前提なんだけど。

 すずかに初めて紹介してもらった時はなんかすごく警戒されてたけど、すずかがなんか話したら逆に大歓迎されたんだよな……。あれ結局なんの話してたんだろうか。すずかのことだし、脅しとかじゃなさそうだけど。

 

「そーま、お前あいつらに混ざれないのわかってるくせになんで来たんだ?」

「他でもない愛しいお前に会いたかったからさ!」

「吐き気がする」

「だろうな」

 

 正直言った側の俺自身もけっこうキモいと思ってる。いや、ヴィータに会いたかったのは本音なんだけどね、最近あんま会ってなかったし。

 いやでも実際のとこね、ヴォルケンリッターの中で一番信頼してるのはヴィータなんだよ。こいつ外見も中身も子供っぽいけど、考え方というか思考回路というか、そういうものは一番まともだし。

 リーダーであるはずのシグナムはどうかっていうと、騎士としての誇りが最も素直に出てしまうシグナムは考え方が少し堅いというか、柔軟性が足りないというか、信頼こそヴィータに及ばないけど、信用なら一番だな、うん。

 

「しかしまぁいつも思うけどお前ら学校帰りにこんなとこ寄るなよ。仮にもここなのはの家から40キロ近く離れてんだぞ」

「雇い主の家を『こんなとこ』呼ばわりすんなよ……」

 

 まぁ、仮にもここ海鳴市外だからな。なんで隆宮市内で学校探さなかったのか。やっぱ車通学可とセキュリティか。いや前者はバス通学してる時点で無意味なんだけど。

 それ言ったら俺もなんだけど。ギリギリ海鳴市内ってレベルの位置にいるし。今の家になってからちょっとだけ学校が近くなったけど、八神んちから真逆なのは変わってないし。

 

「ここ来るくらいならまだはやての家の方が近くねえ?」

「それもそうなんだけど、ノエルさんが帰りは送ってくれるって言うし、それなら俺の足が楽になるかなってことで」

「タクシー使え」

「中学生の財布を破産させる気かお前」

 

 今の俺の財布事情は悲惨なことになってるんだぞ。いや貯金は凄まじい額だけど、あれは透霞の将来のためにとっておいてあるやつだから。

 結婚式の資金とか家を出るときの家具代とか。あれ……なぜか想像しただけで視界が潤んで……。あ、もちろん結婚するなら一度そいつお兄ちゃんに会わせてね透霞。渾身の力と技を以て全力でボコるから。

 ところで、最近なぜか透霞が俺のこと「兄さん」じゃなくて「そうま」って呼ぶようになってきたんだけど、あれどこのどいつの影響? それとも反抗期なのかな。俺のことを兄と認めないつもりか透霞。そんな妹に育てた覚えはないぞ。

 ……どうでもいいけど、最近の透霞の交友事情を見る限りじゃあいつの旦那様の最有力候補がクラゲ野郎なのは考えない方がいいんだろうか。そうだな、考えないことにしよう。もし現実になったらあいつ殺す。

 

「そーまの財布なんて、それこそとーかみたいなもんだろ。財布っていう蛇口がちっさいだけの、どでかいタンクだ。質素に生きりゃ、今世は何もしなくたって平穏に死ねるだけの額をもう持ってるはずだろ?」

「それはもう。質素になんて言わないさ。豪遊しようとさえ思わなきゃ、それなりに楽しく死ねる程度の金は持ってる。だが目立ちすぎる贅沢はその金の持ち主を早く殺すんだよ」

「でもタクシー1台分くらいの金はあるだろ。まぁ使わないで済むならそれに越したこたねーだろうけどさ」

 

 そういうことだ。断じてノエルさん美人だなぐへへ、とかは思ってない。思ってないったら思ってない。

 いや実際ね、この月村家から俺の家まで送ってもらうとなると、月村家を出て八神の家→バニングス邸→俺と透霞の住むマンションの順にどうしてもなるんだよ。

 高町やテスタロッサがいても、あの二人は俺とアリサの家の間だし。ていうかさっきも言ったけど俺んとこのマンションって海鳴市の端っこだから。そして月村家と程近い八神家と真逆だから、当然月村家とも真逆だから。

 

「それにしても、最近ほんとに高町なのはとは別行動なんだな」

「高町とテスタロッサは本格的に管理局の職員を目指し始めたらしいし、透霞も管理局に勤める気はないだろうけど、向こうで自分に合う職を探してるらしいからな。将来的には三人揃ってミッドに行くんじゃねーかな」

「中学生が職探しか……。アタシが言うことじゃねーけど、気が早すぎるような気がすんだよな……。中学生ってまだガキだろ? もうちょっと気楽に生きていい時期なんじゃねーかな……」

 

 まぁ、そりゃ俺だってそう思うけど、あいつらも俺らも、精神的に大人にならざるをえない環境だったからなー。

 俺と透霞は言うまでもないし、アリサは将来的に家を継ぐつもりらしいから勉強とかたくさんしただろうし、すずかも両親が忙しいからメイドさんに育てられてたらしいし、八神に関しては環境が特殊なんてもんじゃないし。

 高町に至っては士郎さんが大怪我してワガママ言うべき時期に言えなかったらしいし、テスタロッサも透霞から話を聞く限りうちと大差ないレベルでヤバい環境だったみたいだし。ほんとろくな環境で育ったガキいねえな!

 

「気楽に……ねぇ。まぁ、少なくとも俺は気楽に生きてるつもりだよ。ミッドに行く気もない。あそこは俺にとって魔窟だし、何より……この地球には俺が絶対に守り抜かなきゃならないものが、たくさんあるんだからな」

 

 アリサとすずかだけじゃない。あいつらが生きるこの街も、あいつらが愛した学校も、あいつらの笑顔を作ってくれる友人も、俺が守り抜かなきゃならない大切な存在だ。

 そして、たとえミッドチルダに透霞が行くことになっても、あいつの帰る場所や……あいつの大好きな友達は、絶対に守り通さなきゃいけない大事な存在だから。

 

『ソーマ、私を忘れてはいないだろうな……?』

「もちろん。お前のことだって守り抜くさ。それこそ今世とオサラバしたって、来世や来々世まで、お前とはずっと一緒なんだからな」

「いきなり何こっ恥ずかしい台詞を……って、ああ夜天か。お前らイチャつくなら時と場所を考えろよ……。今の傍から見たら唐突にアタシを口説くロリコン中学生だったぞ」

 

 おう、自分がロリメイドだっていう自覚はあったのか。だが残念、恋愛対象としてはお前は大ハズレだ。

 いいか、俺の趣味は夜天やアリサやすずかみたいに髪が長くて聡明なタイプなんだ。あと巨乳だとなおよし! 最近のアリサとすずかはそこらへんの成長も著しくて大変よろしい!

 あと出来れば自分の主張をはっきり口にできるような、アリサみたいなタイプは特に大好きだ。夜天とすずかはここらへんがなー……。芯は強いけど主張が少ないんだよなー……。まぁ身体的な主張はバリバリなんですがね!

 

『聞こえているぞ』

 

 そういや隠し事できなかったわ……。

 

 

 

 

「奏曲くん、今日はうちでご飯食べていかないの? アリサちゃんも一緒だよ?」

「ん? ああ、そりゃ毎回ノエルさんたちに手間かけるわけにもいかないしな。それに今日もギルドの仕事とかあるし」

「そっかぁ……。じゃあまた今度、時間がある時にね。うちのみんなは誰も手間なんて思ってないから」

 

 あー……まぁ確かにファリンさんよりは手間かけてない自信ならあるわ。いやあの人もわざとじゃないだろうし、悪い人じゃないんだけど。

 ま、ともあれ今日のところは素直に帰らせてもらうよ。すずかにも言った通り、ギルドの仕事はまだまだたくさんあるし、何より今日のはちょっと面倒な場所に行かなきゃいけないからな。

 

「あんちゃん、帰るんやったら早よ車乗らな。ノエルさん待ってんで」

「ん。ああ、はいよ。それじゃあアリサ、すずか、また明日な」

 

 二人に手を振って別れの挨拶をすると、八神とノエルさんの待つ車へと走った。

 

「……今日のミッション、なんか嫌なことが起こりそうな気がすんだよなぁ……」

「うん? あんちゃんなんか言うた?」

「別に聞こえなくてもいいけど、お前もしかして耳遠い系主人公なの?」

 

 主人公って高町じゃなかったのか?



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ソーマの力と、ミッドでの戦い

 ……こんな依頼、受けるんじゃなかった。ギルドで命を賭けた仕事をしている以上、そんな風に思ったことは一度や二度のことじゃない。

 死んだって別の肉体に転生できるとはいえ、ひとつの生で得られる友達とは、もう二度と会えなくなる。だから俺は無駄死にはしない。前世の友達も、前々世の友達も、その前の友達だって、俺の死を悼んでくれる奴ばっかりだった。

 俺は死なない。たとえ残された時間が僅かでも、まだ生きられる可能性はゼロじゃないはずだ。探さなくちゃいけないんだ、俺は……アリサやすずかと、もっともっと一緒にいられる未来を!

 

「夜天、俺たちに残されたバッテリーはあと何パーセントだ?」

『残り僅か15パーセント。時間に直すと……45分程度だ。帰るための転移魔法に必要な魔力を考慮すると、40分といったところか』

 

 俺たちに迫っている危機。それは広域指名手配を受けた次元犯罪者ではなく、本体である裂夜の鎚から離れて戦い続けたことによる、タイムリミット。

 魔導士ではなく、ロストロギア『裂夜の鎚』のプログラムである俺たちは、本体の存在する地球を離れると5時間しか自律活動することはできない。

 

 まして、今回のターゲットは超長距離狙撃型の空戦魔導士。地球上での戦いならまだしも、持続的かつ必要以上にバッテリーを消耗する飛行魔法は可能な限り避けたい俺としては、まず相手が空戦適正ありという時点でかなりの苦戦を強いられる。

 そのため序盤は夜天と交代して魔法戦に持ち込んだのだが、夜天の書のプログラムだった頃と違い、使える魔力と魔法が限られている今の状況では、夜天ですらも苦しい相手だった。

 一応、夜天が使える魔法を少しでも増やすため、相手の使う魔法の構築式を分析・解析・把握すると並行して、新しい魔法式を組み立ててはみたものの、これが悉く全て相手に撃ち落とされるという結果に終わった。

 

 相手の攻撃は全て魔法式を逆演算することで分解できる。だからこっちはダメージを受けない。だけど夜天の放つ攻撃もまた、相手の精密かつ迅速な誘導射撃によって相殺されてしまう。

 まぁ、あれだ。俺たちからしてもターゲットからしても、勝負は泥沼化したというわけだ。ただし、条件が完全にイーブンというわけではない。さっきも言ったが、こっちにはタイムリミットがあるからだ。

 魔法の無駄撃ちはできない。この撃ち合いで霧散した魔力を蒐集することで多少そのタイムリミットを遅らせることはできているが、正直言って気休めにもならない。

 

「ちくしょう、さすがに魔力総量だけでオーバーSってだけあるな……! 魔導士ランクSSってのも頷けるぜ……!!」

『どうする? 向こうが張った結界の影響か、ギルドおよび正規所持者(アリサ)への念話は届かないばかりか、転移魔法すら使えないぞ』

「あいつを倒さないと救援も呼べないし帰還もできないってことかよ……シャレんなってねーっつぅの……!」

 

 愚痴ると同時、頬を掠める魔力弾。どうやらこちらが攻撃しないことで向こうが(帰るために)大人しく結界を解除してくれるなんてことはなかったらしい。むしろ油断とすら思われたのか、あちらの攻撃は激化した。

 ひとまず向こうの攻撃はこの4時間で片っ端から分析・解析・把握している。さすがに初見の技を逆演算することはできないので、まだ向こうが切り札を持っているとすれば、それが一撃必殺級の広域攻撃魔法でないことを祈るばかりだ。

 

「こっちが静かにしてりゃ付け上がりやがって……! 上等だ、そんなに構ってほしいんなら相手になってやらぁ!」

 

 裂夜の鎚が手元にない以上、変身はできない。

 だが俺たちは『裂夜の鎚』のプログラムであると同時に、その正規所持者『アリサ・バニングス』の守護者でもある。アリサを守護するためなら、アリサの命を執行するためなら、どこまでも強くなる。

 だからアリサ……どんなに小さな願いでもいい。俺のこの想いが世界を隔てたお前の元に届くなら、頼む……俺たちに何かを望んでくれ!

 

『……ソーマ、忘れているようだから、私からお前にいいことを教えてやろう』

「いいこと? ……それはこの状況を逆転できるようなことなんだろうな?」

『それはもう、大逆転は間違いないだろうな』

 

 そんな大ヒントがあるんなら、どうしてもっと早く言ってくれなかったんですかね。それとも、ギリギリまで追い込まれないと使えないようなことなのか?

 まぁいい、今は藁にも縋りたいしニャンコの手だって借りたい状況だ。でもこれでしょうもないジョークとかだったら絶対に許さないから覚悟しとけよ。

 

「で? そのいいことってなんだよ?」

『なぜそうも上から目線なのか問い質したいが……今はそうも言っていられないな。『命令なら既に賜っている』……私が言えるのはこれだけだ』

 

 命令は既に……って、そんなバカな。それならどうして俺たちのあらゆる機能がブーストされていないんだ。俺たちは正規所持者(アリサ)の命令を叶えるためなら無尽蔵に強くなるプログラムだったはずだろ。

 バグでも起きてるっていうのか。俺たちロストロギアに? 純然たる意思を持ったプログラムに? ……バカな。でも、絶対にありえないとは言い切れない。事実、夜天の書にも『闇』という名のバグは存在した。だから、可能性は否定しない。

 でもやっぱり、だからって、それが自分の身に起きているとなると、正直言ってそれはどうにも信じがたい。

 

『バグのせいでも、ウィルスのせいでもない。いや、むしろ今の今までにお前があの命令のせいで機能をブーストさせていれば、私はお前のことを見限り絶交していたに違いない』

「……は? ちょっと待て、どういうことだよそりゃあ。命令されて機能ブーストされるなら、それは『裂夜の鎚』が正常に機能してたってことじゃねーのか? お前に怒られるようなことじゃ……」

『いいや。この命令をどう受け取るかによって、機能ブーストの可否は異なる。そしてそれ以上に、この命令をどう受け取ったかによって、私たちの友情も大きく揺れる』

 

 どう受け取るかで俺たちのブーストの可否が異なり、俺たちの友情が揺れる? つまり俺は『命令』を『友情』によって見失っている、ということか……。

 ……ああ、うん。なるほど。ははっ……そういうことかよ。なかなか面白いクイズだな夜天。だけど、ちょっとヒントが多すぎるぜ。友達に甘いのは誰に似たんだかな……。

 オーケィ、だったらまぁ、ちょっとだけ『機械的(クール)』になろうか。俺は今だけ、今この瞬間だけ、アリサとすずかと夜天の『親友』ではなく、いつもよりちょっとだけロストロギア・裂夜の鎚の『プログラム』だ。

 

『気付いたか……そうだソーマ。お前に与えられた使命、それは――』

 

 

-無茶をしてもいい、無理をしてもいい-

 

-怪我だってちょっとくらいなら目を瞑るわ-

 

-だから、お願い。お願いよ、奏曲……-

 

-どんな仕事でも、必ず生きて帰ってきて……-

 

 

「俺は生きる……! 俺の帰りを待っていてくれるアリサとすずかの元に帰るまで、俺は……『生きる』ッ!!」

『……裂夜の鎚、管理制御および本体防衛プログラム『ソーマ・メイスマン』、正規所持者『アリサ・バニングス』の命令執行補正により、機能ブースト開始――!』

 

 さぁ、バトル再開だ! 既に向こうの魔法は解析済み。逆演算により物理的な威力を伴わない魔法攻撃は全て無効にすることができる。残された脅威は、あちらに残るであろう初見殺しのカウンター魔法という『罠』だけ。

 だったらまずは様子見に、キッツイやつをくれてやろうかッ!

 

「大気中に霧散した魔力を収束。密度はやや濃く、体積は大きく。絶大かつ甚大に膨大で巨大な魔力玉となれ!」

「――ッ!?」

 

 巡れ、大気の魔力。滾れ、俺の魔力。この世界(ほし)を容易に砕く力となって眼前の敵を討ち滅ぼせ! いくぞ、反旗の逆鱗ッ! 親友以外の何もかもに従わない俺の、あらがいの攻撃ッ!

 

「もっとだ、もっと! もっと輝けええええええぇぇぇっ!!」

 

 そうはさせるか、とばかりに姿を現してこちらに接近してきたあちらさんの判断は、無謀にも思えるようで、実のところかなり的確だった。

 このリーズィヒ・ツァオバークラフトという魔法は、その威力に重きを置いた脳筋砲。故にチャージから放出までの間には、かなりのタイムラグがある。今ならば、魔法攻撃以外の方法で俺に仕掛けられると踏んだのだろう。

 なるほど、確かにお前とのバトルは素晴らしかった! 魔法のコンビネーションも、緻密な戦略も! だが、しかし、まるで全然! この俺を倒すには程遠いんだよねぇ!

 

「……『かかった』な?」

「――ッ!?」

 

 膨大な魔力球は、相手が俺の『射程』に入ると同時に霧散。そして飛び散った魔力の全てを紐状に練り上げ、弾力と強度を増し、不可視の触手となって相手の体に纏わりつく。

 

「不可視の触手……エロいことに使えば右に出る者はいないと数代前のマスターから言い賜った俺の十八番だ。残念ながら未だにそういった機会では使ったことはないが……どうだ? 魔法に頼った魔導士じゃ簡単には引き千切れないだろう?」

 

 おそらくシグナムとかザフィーラあたりなら容易に引き千切ったりするんだろうが、普通の魔導士じゃあまず無理だな。

 身体強化すりゃできるだろうが、あの触手は俺の魔力回路と繋がってる。もちろんダイレクトにじゃなくていくつかのフィルターを隔ててはいるが、魔法を使おうとすれば即座に分析・解析・理解・逆演算できちまうようにはなっている。

 

「お前に恨みはないがこれも仕事だ。ちっとの間、寝ててもらうぜ」

「……ッ!」

 

 渾身の威力を拳に込めて『激烈強打』を叩き込むと、この魔導士は僅かに俺を睨む様子を見せた後、だらりと全身の力を抜き、その場に倒れ伏せた。

 

「……本当にブーストされた……」

『言った通りだっただろう? お前は今まで、アリサの「主としての命令」を「友としてのお願い」として聞いていた。だから私はお前を友と認めていたし、お前は命令執行補正を受けられなかったということだ』

「……実は半分くらい賭けのつもりだったんだけどな」

 

 まぁ、賭けだからって言っても勝負を投げる気はなかったんだけどな。

 ともあれ、あとはこいつをギルドに転送して、そのまま地球に転移すれば終わりか。あー疲れた。明日はすずかに癒してもらおう。

 

「さぁ、交代だ夜天。転移魔法の準備はいいか?」

『おっと、そうだったな。ではまず残存魔力量を……は?』

 

 ……なんだろう。こんなにも不穏な「は?」を俺は聞いたことがない。えっ、ちょっと待ってくださいよ夜天さん。こんなところまで来て、まさかお前……。

 

『……こいつを転送するか、私たちが転移するか、二者択一になったぞソーマ』

「……ほんっと賭けって理不尽だよなー……」

 

 もう転移魔法1回分の魔力しかねーのかよ! 命令執行補正ってこんなに魔力食ったっけ!?



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水都との再会と、奏曲の危機

「…………」

 

 結果論から言わせてもらえば、俺と夜天は生き延びた。

 任務を完遂するため、ターゲットをギルドに転送した直後、俺たちを襲った強烈な倦怠感は、間違いなく魔力切れによるものだったはずだ。

 しかし、俺たちはその朦朧とする意識の中で確かに見たんだ。水色の光を纏った、いけ好かないクソ野郎の姿を。

 

「目が覚めたか」

「……なんでお前がここにいるんだ、海月」

「姉さんやアースラの面々のおかげで保護観察・更生プログラムもいよいよ外出許可を得られるまでになったからな。せっかくなのでミッドを回っていたら、見知った魔力反応が消えるか消えないかという状態だったので駆けつけたまでだ」

 

 まぁもっとも、さすがに貴様の魔力反応だとは思ってなかったが、と付け足すと、海月はどこぞへと連絡を取り始めた。

 たぶん相手は透霞だろう。視線を少し横にずらせば、デジタル式の目覚まし時計が夜8時半を示していて、いつもなら家にいる時間帯だった。ああ、こりゃたぶん明日はアリサあたりに事情聴取を受けるんだろうな。

 しかし、まだぼんやりとした頭がはっきりと状況を把握していなかったせいかスルーしていたが、ここは結局どこなんだ。海月は今、保護観察・更生プログラムを受けているためこんな立派な建物には住んでいないはずだが。

 

「姉さんと連絡がとれた。みんなと一緒に今すぐこちらに来る、とのことだ。あと5分ほど待っていろ」

 

 みんな? アリサやすずかや八神をミッドチルダに連れてくる、ということはしないだろうし、普通に考えて高町とテスタロッサか。

 ああー、こりゃアリサの事情聴取ごっこの前にリアル事情聴取だな。ギルドは管理局から仕事をもらってはいるけれど、基本的にそれは裏ルートを通った絶対秘匿事項だ。ギルドってのは非合法の民営軍事会社みたいなものだし、当然っちゃ当然だけど。

 透霞にも俺がギルドという組織の仕事をしていることは説明してあるが、それがどんな職場で、なんの仕事をしているのか、という話はまったくしていないし、今回はさすがにツッこんでくるだろう。

 あーめんどくせえ、黙秘だ黙秘。俺は黙秘権を行使する。あるいは不貞寝する。

 

「……どうでもいいが、ここは高町とテスタロッサがミッドチルダに泊まる時の寝室だ。あまり長く布団の中にいると匂いが染みつくぞ」

「うぉわっ!? すぐに起き……って、このバインドはなんのつもりだてめぇ!」

「ついさっきまで魔力切れで倒れていた奴を急に起こすわけにはいかないからな。俺なりの優しさだ、受け取れ」

「嘘つけ! 思いっきりニヤニヤしてんじゃねーか! 俺を陥れる気満々かコラぁ!」

 

 魔力切れになった影響は、俺の演算速度にも影響が出ていた。いつもなら一瞬で解除できるはずの簡易バインドすら、今の俺には解除困難なレベルになっていた。

 ここ数年、裂夜の鎚に十分な魔力が溜まったせいで、魔力不足だった頃の不自由さを忘れかけていたというのも、冷静さを欠く一因になっているかもしれない。

 なんにせよ、今の俺には海月のバインドを解く力はなく、身に覚えのある魔力がじわりじわりと近づいてくる感覚だけが、俺に明確な危機感を感じさせていた。

 

「にっいっさぁーんっ!」

「奏曲くんっ!」

「奏曲っ!」

 

 とんでもない勢いで部屋のドアをぶち破って現れる美少女3名。花のあるメンツのはずなのに、どうしてだろう。透霞以外の2人がすごくいい笑顔してる。悪い意味で。

 あー、とうとう今日が年貢の納め時というやつなのだろうか。後に知ることになるのだが、このホテルは時空管理局本局のすぐ近くで、海月曰く「変に抵抗とかしたら通報する気だった」らしい。ファック。

 俺は高町と透霞にもみくちゃにされた後、テスタロッサの遅すぎるブレーキによってどうにかこうにかこの世に生を繋ぎとめた。

 一応これでも魔力生命体なんで、魔力切れって仮死状態一歩手前とか瀕死に等しいんだよね。だからいつものテンションで飛びつくのはマジでやめてほしい。命にかかわる。

 

「えっと……そ、奏曲、大丈夫?」

「大丈夫に見えるんなら眼科いってこい……」

 

 テスタロッサ、心配するくらいならもっと早くあいつらを止めてくれ。ただでさえお前は一人前(ストッパー)になれない未熟者(ブレーキ)なんだから。

 ここにアリサか八神がいれば、あいつらがストッパーになってくれるんだがな。あ、海月はもう最初っから信用してないから安心していいよ。

 

「あー、もう無理……。本体ないし魔力ないし支え(アリサ)癒し(すずか)もありゃしない。ないない尽くしのこの状況でどうやって帰る手段を見つけろと……」

「え? アースラの転移ポートを使ってわたしたちと一緒に帰ろうよ」

「はい却下。なのは、お前まさかとは思うけど俺がロストロギアだってこと忘れてないだろうな? 5年前の闇の書事件以降、俺と管理局は互いに不干渉を貫くことで、互いの安寧を保障してきた」

 

 おい、今「あっ……」って顔したな? お前ホントに俺がロストロギアだって忘れてたのかよ……。

 まぁ本体はアリサが持ってるし、俺自身も人間というハードウェアに寄生した(インストールされた)人格プログラムだから、ぱっと見わかりにくいとは思うけどさ。

 けど管理局の魔導士として、身近なロストロギアの存在には常日頃から気を配っておくべきだと思うんだが……まぁ、そこは別に欠点じゃないわな。高町なりに、俺のことを「ロストロギア」じゃなく「友達」として見てきたってことだろうし。

 

「しかし、俺が現代技術には過ぎる古代遺物「ロストロギア」であることもまた事実だ。ロストロギアがミッドチルダに、まして管理局に一切の封印を施されることなくのさばっていれば、それは誰の目から見ても異常で、危険なことだ」

「知ってるよ……。だから奏曲はミッドチルダにはその……ギルド、だっけ? それの任務以外じゃ絶対にこなかったんだよね?」

「そういうこった。そして任務を終えた今、俺がここにいることが管理局のやつらにバレるのは拙い。最悪、俺を封印するためにマスターであるアリサまで危険なメに遭うかもしれない。だから……げほっ、ごほっ!」

 

 一気に喋りすぎたな……。体のあっちこっちが弱ってる今、口だけとはいってもあまり動かすべきじゃなかった。

 

「でも……じゃあどうやって地球に帰るの? その言い分じゃ、アリサちゃんに裂夜の鎚を持ってきてもらうわけにもいかないんでしょ?」

「方法はある……。が、そうするためには体力……魔力をもう少し回復する必要がある。が……なのはやテスタロッサに魔力の供給を頼むわけにもいかないときている」

「えっ、なんで?」

 

 魔力が足りないなら魔力を注げばいいっていう単純な考えをしていたのは、言うまでもなく高町だった。

 テスタロッサは……まぁ以前ちょっと魔力について色々と指南していたことがあったし、俺が魔力供給してもらえない理由に心当たりがあるようだ。

 じゃあ、答え合わせといこうか。

 

「そうだな、たとえば本来の魔力は「水」だ。無色透明、何にも染まっていない純粋な水。そしてお前たち魔導士はさまざまな色を持つ「絵の具」と言っていいだろう。な、テスタロッサ?」

「えっ? あ、うん。だから魔導士が魔力を使って魔法を行使しようとすると、その魔導士の色がついた「不純な水」になるんだ。奏曲がよく「魔力を使う」って言ってるのは、そういうのじゃない「透明なままの水」を使うってこと……だよね?」

「ああ。そして俺たちロストロギアの一部……まぁ裂夜の鎚がそれなんだが、他人から受け取った魔力の色を分解しきれずに動作不良を起こすものがある。具体的に言えば、未知のウィルスプログラムを組み上げてしまったりとかな」

 

 まぁ、こいつら魔導士には「他人の色」を「自分の色」に変換する機能があるからいいけど、他の生物の場合はその限りじゃない場合も多々としてあるから、注意しておいて損はないだろう。

 人間で言うのなら、血液型の違う相手に自分の血を流し込むようなものだ。死ねる。

 

「未知のウィルスプログラムって……まさか!」

「そうだな、なのはの想像した通り、夜天の書が闇の書になった原因のひとつもそれだって可能性はある。あれは本来なら魔法を記録する魔導書だが、その過程で他人の魔力が蓄積されすぎたのかもしれない。もちろんあくまで推測だが」

 

 あるいは何者かが「そうなると知っていて」夜天の書に複数人の魔力を流し込んだ、という可能性も考えられるが。

 

「でもまぁ、ようはそういうことだ。俺は今のところ一切バグのない健全なロストロギアだし、今後もそうあり続けたいと思ってるからな。健康を害するような真似はしたくないんだよ」

「うーん……。イマイチよくわからなかったけど……でも、じゃあどうやってその「透明な魔力」を回復するの? 自然回復とかは……」

「しない。良くも悪くも俺はバッテリー式だからな。本体のある地球でなら活動に制限はないが、このまま何もしなければ、起き上がることも難しくなるだろう。できることと言えば大気中に漂う魔力を吸収するくらいだが……何年かかるやら」

 

 この体じゃ中学卒業までに地球に戻れるかも怪しい。っていうか間違いなく無理だ。

 どんなに早くても5年はかかる……。中学を卒業したら聖祥大付属高校じゃなく、都内の通学制の高校に四人で通おうってアリサやすずかや八神と約束してたのに、この体たらくじゃ間に合いそうにない。

 ギルドのランクも落ちるな……。まぁ、それはいいか。復帰したらまたすぐに上位ランカー入りしてやる。11位の姉御……また面倒見てくれよな。6位の旦那も、見捨てないでくれよ。

 

「……あっ、そうだ! 魔導士の魔力はダメでもロストロギアの魔力をロストロギアの魔力で補うことならできるんじゃないかな! だったら水都くんのトリシューラの魔力で――」

「無理だ。確かにそれができれば魔力供給はできる。しかし俺のトリシューラは既に管理局によって封印・管理されてしまっている。今の俺にはデバイスすらない」

「だろうな。海月だって仮にもロストロギアを使って事件を起こしてる身だ。それくらいの措置で済めばまだいい方だろう」

 

 封印されていないロストロギアの回収……それができれば魔力は回復できる。でもそのためには、高町やテスタロッサを巻き込まなければ不可能だ。こいつらを巻き込めば、透霞だって首を突っ込もうとするだろう。

 管理局の人間が封印されていないロストロギアを個人的に回収するなんて、管理局のルールに反する。ましてその原因がロストロギア(おれ)ともなれば、なおさらのことだ。

 戦争――そう、戦争だ。巻き起こる悲劇の規模はミッドチルダだけで済むだろうか。いや、俺のマスターがいる地球だって危ない。それだけは絶対に避けなきゃダメだ。

 

「俺の魔力を取り戻すために必要なのは個人単位での転移魔法の使い手だ。もちろんミッドチルダにいる人間は論外。地球の座標を知っていて、なおかつ管理局の息がかかっていない、生粋の魔導士が望まし――い?」

 

 ん? あれ? そういえばそんなやつ、今までもいたような……。誰だっけ。

 確か俺は今までもそいつに何度か転移を頼んだような気が――あっ。

 

「……それ、シャマルじゃダメなの?」

「だよね……?」

 

 はい、仰る通りです。そうだ、気絶する直前まではあいつが張ってた結界で転移と念話が邪魔されてただけじゃん。今も転移できないのは別の理由であって、念話なら今すぐにでもできるわ。何考えてんだ俺。

 

「……あー疲れた。透霞、シャマルに連絡よろしく」

「はーいっ! でもアースラのみんなにバレないように細工しなきゃいけないから、明日まではここで大人しくしててもらってもいいかな?」

 

 あいよ。



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奏曲の決断と、八神の威圧

 俺が魔力切れで倒れてから三日後。無事に海鳴へと帰還することに成功した俺は、たまりたまった宿題に苦労していた。

 いや、別にどれも難しくはないんだが、塵は積もると山になるとかいう噂があるため、俺はその山を崩す作業に没頭しているわけだ。ええい山火事になってしまえ。

 そんな風に愚痴をこぼしそうになっていると、いつもならテレビを見ているか雑誌を読んでいるかして、俺の宿題を邪魔しないよう努めてくれているはずの透霞が、のっそりのっそりと膝立ちの状態で近づいてきた。

 

「どうした、透霞。今は勉強中だから、遊ぶのはもうちょっと後に――」

「兄さん、ちょっとだけ大事な話がしたいんだけど、今いい?」

 

 それは今でなければいけない話なのか、とは敢えて訊ねなかった。

 いつもなら俺のしたいことやすべきことを邪魔しない透霞が、珍しくそれを遮って話しかけてきた、という時点で、それは一大事に違いない。だったら、兄の俺がそれを斜めに聞き流すわけにはいかない。

 すでに半分以上が塵へと還された山はひとまず放置して、部屋のガラステーブルを挟み合い、向き合うように座る。俺の赤い瞳と、透霞の紺色の瞳が、わずかにもズレることなくぶつかった。

 

「ごめんね、宿題してるとこだったのに」

「別に。あのくらい、ギルドの仕事に比べたらなんてことないさ。それよりも、大事な話があるんだろ? 聞いてやるから、言ってみな」

 

 既にこの時、俺の中では予知にも近い予感めいたものがあった。

 決して悪い予感ではない。しかし、好み望むような予感でもない。

 だから俺はただ、透霞がその予感を打ち払ってくれることを願いながら、続く言葉を静かに待った。

 

「兄さんは、海都のことをどう思ってる?」

「海都……? ……ああ、海月のことか。どう思ってるかどうかは、お前だって知ってるだろ。あいつは車を持ち上げて、バイクをディスっ――」

「そういう表面上のことじゃなくて、兄さんの本音が知りたいの」

 

 強いまなざしで問う透霞の言葉は、茶化してごまかせるものではないと察し、俺はいよいよ観念した。

 しかし、俺が海月に対して良い印象を抱いていないことは、決して嘘ではない。その点については、透霞もわかっていることなんだろう。

 3年前、俺はあいつの手によって地球とは異なる別世界に幽閉され、そのせいでアリサとすずかに多大な心配をかけてしまった。さらに、透霞すらも危険な目に遭わせてしまったことは、未だに悔いている。

 そんな事件の元凶である海月を、なんの理由もなく許すことはできないし、まして良い感情を持てというのは、些か以上に難しいことではないだろうか。

 

「……あいつの、お前に対する想いに関しては認めてるよ。前世から今世へと執念だけで記憶を引き継いだことについては、尊敬すらしてる。正直言って俺じゃ絶対にできないことだからな」

 

 けれど、と俺は言葉を続ける。

 

「あいつは、俺とアリサとすずかの間にある友情の鎖を引き千切った。俺に、あいつらを裏切るような真似をさせた。俺にはそれが我慢ならない」

 

 俺は、アリサのことが好きだ。俺は、すずかのことが好きだ。

 あいつらが俺の友達でいてくれる限り、俺はどんなことでもできる。けど、だからこそ、俺はあいつらを、あいつらとの友情を失うことが怖い。

 俺にとって、大切な友人と友情を育むことは生きる意味そのものに等しい。

 友情が、友達がいなければ、俺は生きられない。アリサとの友情がなければ、俺は何を支えに立てばいいんだ。すずかとの友情がなければ、俺は何を癒しに生きればいいんだ。誰かとの友情がなければ、俺は何を求めて歩けばいいんだ。

 

「俺は――俺の生きる意味を引き千切った海月(あいつ)を絶対に許さない」

 

 握る拳には悔しさを込めて、ほんの少しの切なさと、抑えきれない怒りを胸に宿して、俺は透霞の潤んだ瞳を少しだけ強く睨んだ。

 透霞は、そんな俺の鋭い視線を、弱々しく……けれど明確な反抗の意思を示しながら睨み返してきた。こんな目をした透霞は、俺も初めて見る。

 今までは俺が心配させてしまったり、あるいは透霞の不機嫌ゾーンに触れてしまったりと、たいがい正当な理由があって睨まれていたが、今回は初めて「透霞の勝手な意思」で睨んできている。

 これは成長……と呼んでいいのだろうか。……いいだろうな。いつも俺にべったりだった透霞が、海月という弟のためとはいえ、『兄』という絶対的な存在に反抗しようとしているのは、間違いなく自立の第一歩だといえるだろう。

 

「……透霞。お前が言いたいこと、当ててやろうか?」

「えっ……?」

「海月が釈放されたら、あいつと一緒に暮らしたい。だから、まずは俺の海月に対する不信感を払拭したい。……違うか?」

 

 透霞は何も言い返してはこなかった。違う、とも。なぜそれを、とも。

 きっと、こいつもわかっていたんだろう。俺が、透霞の想いに気付いていることを。だから、あんなにも縋るような眼をしていたんだ。

 弟と一緒に暮らしたい。けれど兄と離れ離れになるのも嫌だ。わがままで、けれど誰よりも誰かのことを思ってやれる透霞だからこその、小さくも強い願い。

 

「……ダメだとは言わない。妹のわがままも聞いてやれない兄なんて、カッコ悪くてかなわないしな」

「それじゃあ……!」

「ああ……」

 

 やっと、透霞の笑顔が見れた。あんな不安そうな透霞の顔は、あんまり見たくない。俺、やっぱりシスコンだったのかな。

 でも……そろそろ妹離れの時期だよな。

 

「夏海透霞。お前はもう俺の妹じゃない。俺は夏海奏曲じゃなく、ソーマ・メイスマンとして生きる」

「……え?」

 

 決別だ。魔導士兄妹であった俺たちに。

 

 

 

 

 透霞と絶縁してから一週間が経過した。

 どうやら透霞があんな話を持ち掛けてきたのは、「海月がもうすぐ釈放されるから」ではなく、「海月の釈放が翌日に迫っていたから」らしく、俺が家を出た翌日には海月が夏海家に訪れ、今も姉弟睦まじく過ごしているらしい。

 そして俺はというと、アリサの家……の、裂夜の鎚を寝床として選んだ。もともと、俺は裂夜の鎚とそのマスターを守るプログラムだ。こうしてマスターの傍らにいるのは、決しておかしなことではない。

 

 また、透霞と絶縁はしたが、俺も透霞も学舎こそ違うが同じ聖祥大附属中学校の生徒だ。

 校舎は違うが敷地は同じだし、途中まではアリサと一緒に登校しているおかげで、まったく会わないということもない。透霞のその後の詳細は、同じ聖祥大附属男子中学校に通う海月から聞いた。

 海月に聞いた限りじゃ、最初の三日間はつきっきりで様子を見ていないと心配で仕方ないレベルの落ち込みようだったらしいが、今はそれなりに落ち着いてきたらしい。

 

 それを聞いて「そうか、ならよかった」と返した時は、海月に思いっきり殴り掛かられたが、三年前の事件から徹底的に研究し尽くした海月の拳は俺に届くことなく、俺の後ろにいた五条にクリーンヒット。

 昼休みの度に歴戦の拳闘士である俺と喧嘩している五条が、魔法もデバイスも持たないなんちゃって格闘魔導士に後れをとるわけがなく、海月は見事にノックアウトされたのであった。

 まぁよっぽど経験を積んでるわけでもないような魔法なしの格闘魔導士なんてそんなもんよな。三年前に俺がやられたのも、こいつの魔法で寒くて身動きできないところを初見殺しされただけだし。別に慢心してたわけじゃねーし。

 

 ――とまぁ、こんなどうでもいいモノローグはこの辺にして、だ。そろそろいい加減ちゃんと現状を見直そう。

 

「……お前らいつから同胞を売るような腐れ騎士に成り果てたんだ、ああ?」

「わ、私たちも今回ばかりは主の命令に従っただけなんだ、勘弁してくれないか……」

 

 授業を終えてアリサを待っていた俺を襲ったのは、かつての戦いで共に手を取り合った仲間、烈火の将シグナム。

 気配が近づいてたのは知ってたが、シグナムの性格からして、いきなり理由もなく襲ってきたりはしないだろうと高を括っていたところがある。

 おかげで見事にバインドをかけられ、無効化した傍から何度も何度もバインドし直すという、俺が一番めんどくさいと感じるやり方で捕縛され、ここ八神家にやってきた。

 

「いや、もうホント逃げも隠れもしねぇからバインド外してくれよ……。まるでお尋ね者じゃねーか、こんなの」

「まるで、やあらへんよ、あんちゃん」

 

 バインドを解いたら即座に逃げようとしていることは既にバレているのか、シグナムが俺の両手首を拘束しながら、そのバインドはようやく解かれた。

 それと同時に、リビングへと入ってきたのは今やすっかり走ることもできるようになった八神。

 その表情は柔らかくて、優しげで、けれどまぁ……明らかに雰囲気が物々しい感じなので、穏やかに話を進めることは難しそうだ。

 

「透霞ちゃん泣かせたらあかんやん。何があったん? あんちゃん、なんの理由もなく透霞ちゃんを泣かすようなお兄ちゃんとちゃうやろ?」

「透霞が海月と平穏に暮らすためには必要なことだ。俺と海月は何があっても相容れない。俺はあいつが嫌いだし、あいつも俺と仲良くする気はない。そんな中で一番精神を擦り減らすのは透霞だ。だから、これは必要なことなんだ」

 

 一気にまくし立ててやれば勢いに押されて「なるほど」となってくれるかと思った八神だが、なかなかそうはいかない。

 こいつは魔法も使えなければ身体能力すら人並み以下だが、その分マイペースに頭が切れる。

 俺が言った言葉のひとつひとつを自分のペースで理解しながら、俺の言葉の抜け道を探しているんだろう。長期戦は避けたいが避けられない。

 

「仮に、もしも、万が一にでも海月が俺に歩み寄ってきたところで、俺はそれを良しとはしない。俺はもうこの先どんなことがあっても海月を許さないと心に決めた。こればっかりはアリサとすずかのお願いでも聞き入れられない」

「あんちゃんが怒っとるんは、やっぱり三年前の事件でアリサちゃんとすずかちゃんを泣かせてしもたこと? そんならおかしいよ。それで怒るべきなんはアリサちゃんとすずかちゃんや。あんちゃんが怒ることとちゃうよ」

「怒るさ……ッ! あいつは俺から、俺が生きる糧を、意味を、価値を、すべてを傷付けた! だからあいつだけは絶対に許さないッ!」

 

 本当なら今すぐにでもあいつの元に行って即座にこの世界から抹消してやりたい。

 けれどそれで報われるものはあまりにも少ない。俺の心は僅かに晴れるだろうが、透霞は悲しむだろう。アリサとすずかは「人殺しの親友」になり、八神は俺に失望するだろう。

 俺は冷静だ。俺は聡明だ。俺は理知的だ。だからメリットの少ない行為は極力避ける。だがそれでもッ、未だ俺の腹の虫は収まりゃしない……ッ!

 

「……どうしても?」

「どうしても、だッ!」

 

 威嚇するように睨む俺の視線に怯みもせず、八神は「そっか」と言ってまた何かを考え始めた。

 

「これはわたしの勝手な思いやけどな、やっぱりあんちゃんには、透霞ちゃんと一緒に暮らしたってほしい。できることなら、水都くんも一緒にや」

「それはッ……!」

「けど、あんちゃん的にはそれは願い下げっちゅうことやろ? ほんならもうしゃあないよ、あんちゃん、水都くんと一緒に二人暮らししよ?」

 

 ……は?

 えっ、待って待って、ちょっとそれ意味わかんない。どゆこと?

 オレ、アイツ、キライ。イッショニ、イタクナイ。ゆーあーあんだすたん? ……いやニッコリじゃなくて。

 えっ、いやほんとどういう思考の回路を迷走し果ててそうなったの?

 

「あんちゃんは水都くんが嫌い。水都くんもたぶんあんちゃんが嫌い。ここまでええやろ?」

「せ、せやな?」

「せやろ? そんならもうあれやわ、対消滅級にド派手なショック療法しか方法ないやん? せやからほら、殴り合いで仲直りしよ?」

 

 あっ、こいつ間違いなくシグナムの主だわ。すげぇ脳筋。

 なお、俺はこの後10時間にわたって「はい」と頷くまでメシ抜きトイレ抜きシグナムありバインドありの状態で説得された。目の前で八神がすごく美味そうなハンバーグを食べ始めた時、俺の心は折れた。

 たぶん後日、これとまったく同じ方法で海月も説得という名の拷問を受けるのだろう。たのむ、がんばってくれ海月。お前が折れたら野郎二人のむさくるしさと血生臭さあふれる一つ屋根の下サバイバル生活が始まりかねない。



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奏曲の強さと、海月の怒り

 魔導士兄妹……俺と透霞を指す言葉として、これほどに相応しいものはないだろう。

 厳密には、古代ベルカの騎士であり、魔法をほとんど用いることのない俺は魔導士ではないだろうが、俺と透霞を知る者の多くは俺たちをそういう括りで捉えている。

 しかし、透霞には前世の弟である海月水都という魔導士がいた。先の事件で使っていたロストロギア『トリシューラ』は管理局に取り上げられてしまったらしいが、今は新たなデバイスを手に、透霞たちアースラ組のサポートをしているらしい。

 

 今や、アースラの知る『魔導士兄妹』は『魔導士姉弟』と(ナリ)を変え、管理局に協力的な戦力として認められ始めているらしい。

 これについては、俺は決して悪い印象は抱いていない。いや確かにあの海月が透霞の周りをウロチョロしていることには多少の苛立ちも感じているが、結果として透霞によい影響を及ぼしているのだから、そこは見逃している。

 管理局に協力する姿勢については、良い印象も悪い印象も半々だろうか。俺がただの魔導士だったらよかったが、俺はこれでもロストロギアだ。奴らの近くに身内がいるとなると、身の危険を感じるのは仕方のないことだ。

 

 問題なのは、透霞が最終的に俺の敵となるか否か。つまり、海月水都の姉となるか、夏海奏曲の妹となるか、ということだ。俺の予想では、おそらくあいつは前者を選ぶだろう。

 あいつが前者を選ぶのなら、俺は透霞を海月やアースラ組に任せようかと思う。自分で言うのもなんだが、俺は用心深い性格だ。たとえ妹であっても、立場が背後につけば兄を管理局に売ることも、可能性としてなくはない。

 また、アースラ組に任せるということは、あいつの周りには常に仲間がいるということでもある。高町なのは、フェイト・テスタロッサなど、心強い友人が、あいつを守ってくれるだろう。

 

 しかし後者を選べば、環境は一変する。俺はあいつを管理局には絶対に渡さないし、既に管理局に片足を突っ込んでいる高町なのはとフェイト・テスタロッサとの交流も控えてもらうしかない。

 今はまだどっちつかずの状態だから好きにさせているが、俺に……ロストロギア側につくということは、そういうことだ。

 両者の内、どちらを選んだ方が透霞にとってメリットが大きいのか。そんなことは考えるまでもなく、すでに答えは出ている。だから俺は透霞を海月に任せた。

 なのに、だ……。

 

「てめぇ透霞を放って何してんだコラ」

「姉さんを俺に押し付けて一方的に姉さんから離れたお前が言えたことか」

 

 なんで海月(こいつ)ギルドのマイルーム(こんなところ)にいるんだよ。

 いや改めて聞くまでもないわ。どうせこいつも八神の拷問に負けて俺との二人暮らし案に頷いてしまったんだろう。まぁ今回だけは憐れんでやるよ。ざまぁ!

 ちなみに手続きは全部あのアースラの艦長さんがやってくれたらしく、ギルドのメンバーたちは「新しいオモチャを見つけた」みたいな目で海月を見ていた。

 

「ハッ、押し付けられて嬉しいクソ野郎がほざきやがる」

「確かに、俺としては万々歳だ。お前のようなクズから姉さんを引き離し、俺のものにできたんだからな」

「だったら感謝してほしいくらいだぜ。俺が手放さなきゃてめぇは一生かかっても透霞を手に入れられなかった。そうだろ?」

 

 吐き捨てるような俺の言葉のどこがこいつの怒りを刺激したのか、海月は俺の胸倉を掴んで、強引にソファーから立たせた。

 ぶっちゃけ今の会話は突起物だらけで、刺激するものが多すぎるので特定が難しい。むむぅ。

 

「ああ、俺は貴様に感謝してやるさ。貴様のおかげで俺は姉さんを手に入れた。それはさっきも言った通りだ……」

「ならいいじゃねぇか。だったらこの手はなんだよ? あ? 感謝してるんじゃないんでちゅかー?」

「だが! 姉さんは違った! 姉さんはお前のことを想っていつも泣いている! 昨夜だってそうだった! 毎夜のように、貴様の名を呼びながら、求めるように泣いているッ! それを貴様は……ッ!」

「知るかよ。この世にはな、リスクやコストもなく得られるメリットなんてのはそうそうないんだ。透霞にとって最もメリットのある選択は、俺をコストとして支払うものだった。それだけのこったろ? 何をキレる必要がある?」

 

 カルシウム足りてねぇんじゃねーの。牛乳飲め、牛乳。んで爪が伸びてうっかり深爪しろ。

 つーかこれ、仮にも八神の目的は俺と海月を仲直りかっこ笑いさせるためのもんだろ? 八神ちゅわんちょっとイケてないんじゃない?

 あ、そういや俺まだ昼メシ食ってねーわ。フロントにピザ頼もう。クラゲピザってあるかな。あったら共食いさせてやるか。

 

「貴様は……ッ、姉さんの気持ちを真剣に考える気はないのかッ!」

「気持ちだぁ? ハッ、笑わせるぜ。感情や気持ちってのはな、合理的判断を最も狂わせる悪性物質みたいなもんなんだよ。お前もクール系のキャラ演じるならもうちょっとそこらへんハッキリと――」

 

 おっと、喋りすぎたかな。海月の機嫌がちょいとよろしくないらしい。

 管理局から支給された新しいデバイスはナックルクロー型か。起動から展開までが異様に早かった気がするけど、まぁいいや。で、そのオモチャでどうするつもりだ?

 俺を殺すつもりならやってもらおう。できるものならな。それに、もし俺が死んだとすれば、このギルドはお前を放っておかないぞ。透霞からの信用や信頼もガタ落ちだな。

 

「そうカッカすんなよ。透霞がどんな感情を抱いていようが、てめぇにとっても俺にとってもメリットだらけの買い物、まさにwin-winじゃねーか。な? だからとりあえず手をどけろクラゲ野郎」

「貴様……どうあっても姉さんの気持ちには目を背け続けるというんだな……」

「目を背ける? 違うな。そんな不純物は合理的判断から掃いて捨てる。既に俺の側ではなくなった透霞の気持ちなんてのはな、言っちまえば俺にとって『今生の邪魔』なんだよ」

 

 とうとう我慢の限界がきたのか、海月のナックルクローの爪先が俺の顔めがけて迫ってきた。しかし、悲しいかなお前の爪は俺の肌を傷つけることも叶わず、無色透明の魔力触手に雁字搦めにされるのであった。

 野郎を相手に触手プレイとかハードすぎるわ。俺ちょっとそっちの趣味とかないんでー。悪いねぇク・ラ・ゲ、くゥん?

 

「おいおい、いきなり襲い掛かるなんて魔導士姉弟の弟くんは怖いねぇ。これだからガキは嫌いなんだよ。合理的な判断ってのがまったく出来ちゃいねぇ。お前がデバイスを起動してから襲ってくるまで何秒あったと思う? 28秒だぞ、28秒。そら対抗策も張られるわ」

「貴様……それでも姉さんの兄だった男かッ!」

「もちろんさ。俺は今でも透霞のことを『元クラスメート』として大切に思ってる。で? それが今この状況と何か関係があるのか?」

 

 デバイスまで使って俺に傷ひとつ付けられないまま魔力の触手で縛りつけられているお前と、ロストロギアどころか魔法ひとつ使ってないにも関わらず無傷で立ち続ける俺。

 これが合理的な判断ができる者とそうでない者の差だ。お前はクールキャラを気取ってるだけの、ただの愚か者だ。俺がこの部屋全体を魔力の触手で巡らせていることにも気づかないなんて、それでもお前は魔導士か。

 このくらいの罠は、高町は無理でもテスタロッサなら気付いたはずだぞ。

 

「さて……じゃあお前が落ち着くまで俺はコーヒーでも飲んでゆっくりするか……。ああ、デバイスはしまっておけ。点呼の時間にそれを出しっぱなしにしておくと、他のギルドメンバーたちに取り押さえられるぞ」

「……今、俺の心の底から浮き上がってきた純粋な気持ちをお前にくれてやる……」

「聞かせてもらおうか」

 

 

「くたばれ」

 

 

 ほう、確かにいつものお利口さんな口調ではない、純粋な言葉だ。素直に受け取って、そのままお前に投げ返してやるよ。



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奏曲の弱さと、アリサの信頼

 目を覚ましてみれば、大した惨状ぶりだった。

 海月が暴れた跡だろう。無色透明の魔力触手に絡めとられたこいつは、一晩かけて何本か引き千切られていた。

 魔法を使った様子はない。というか、ギルドのマイルームで魔法なんて使えば、既にこいつは御用となっていたはずだ。

 となると、こいつは単純な身体的パワーだけで、俺の魔力触手を引き千切ったことになる。バケモノかこいつ。これでも俺の魔力触手は電車の吊り革並みの頑丈さを誇ってんだぞ。

 

「うわ、壁にも何か所か罅入ってるし……」

 

 魔力触手は頑丈であると同時に粘性も高く、海月を絡めとったそれらは壁に貼り付いて固定されているのだが、海月の常人離れしたパワーで引っ張られた触手、そして壁は、見事に大ダメージを受けている。

 俺がテクニック型の拳闘士であるとするのなら、海月はパワー型の拳闘士であることは疑いようもない。俺よりも恵まれた体躯を持ち、俺よりも遥かに強靭な意志を持つ海月は、まさに『魔導士姉弟』の片割れだ。

 

「……やっぱ、思った通りだ。透霞を守る白騎士は、俺よりも海月の方が相応しい……」

 

 未だ夢の中にいる海月に背を向けて部屋を出ると、同時に隣の部屋のギルドメンバーも部屋から出てきていた。

 海月が壁の一部に罅をいれたということは、その影響は隣の部屋にも出ていることになる。その文句でも言いにきたのだろう。仕方がない、覚悟を決めるか。

 

「おはよう12位君! 昨夜はお楽しみだったみたいだね! 壁がギシギシ言ってたよ!」

「……おはよう。昨夜は災難だったみたいね……」

「11位と8位の姉御……? ああ、そういえば俺の隣は11位の姉御のマイルームでしたね。珍しいっすね、いつも8位の姉御の方にいるのに」

 

 だが、聞こえてきたのは荒っぽい罵声ではなく、気さくな挨拶。俺が何度も世話になっている11位の姉御と、その実姉である8位の姉御。

 さっぱりした物言いと人当たりのいい性格で男女問わずギルドメンバーたちから人気のある11位の姉御に対して、8位の姉御はどちらかというと物静かで自分に無頓着な性格だ。

 姉妹なのにまったく性格が似ていないところは、俺と透霞によく似て……あー、いや、なんでもない。

 

「んー、まぁね。ほら、12位君が連れてきたあの子って、一応まだ管理局の仲間なわけでしょ? 12位君にもしものことがあったら大変だし、お姉ちゃんにも張り込みを手伝ってもらったの」

「もっとも……わたしたちが出るまでもなく、キミはあの少年に対処できたみたいだけど……」

「あー、なんか気ぃ使わせちまいました? すんません。でも平気っすよ、俺はあいつと違って、用心深くて、臆病で、卑怯で、合理的な思考のできる人間ですから」

 

 俺がそう言うと、11位の姉御は少しだけ表情を曇らせて、「そうだね、12位君は、賢いもんね」と返してくれた。

 正直、ありがたかった。俺の本心を悟った上で、ただ俺の言葉を肯定してくれる11位の姉御には、本当に頭が上がらない。

 

「じゃあ、俺はこれで失礼します。お二人とも、お世話かけちまってすんませんっした」

 

 そう言って、二人を横切ってロビーに向かおうとすると、何かが俺の左腕を掴んで二人へと向き直らせ、そして――。

 

「……こういう時は、素直に頬を差し出すべきだと思うのだけど?」

「すんません、こういうのは条件反射ってやつで」

 

 8位の姉御の小さく冷たい手のひらが、俺の頬へと迫ってきていた。

 これ自体は反射的に伸ばした手が彼女の手首を掴んで止めたから別によかったんだが、問題はどうして彼女のこの手は振り上げられたのか、というところだ。

 

「お、お姉ちゃん!? 12位君に何して――」

「……わたしたちが何も知らないとでも思っているの? これでも、今は君と妹ちゃんの保護責任者なんだよ……?」

「……知っていて、そっとしておいてくれるかと思ってました」

 

 もう一発、今度こそぶたれたいかと問われて、俺は続く言葉を熟考した。

 やはり、この二人も知っていたんだ。俺と透霞、そして海月をめぐる一連の事件を。それを知った上で、俺の身を案じて、俺を守ろうとして、人付き合いが苦手な8位の姉御までここにいるんだ。

 だとしたら、あまり言葉を飾るべきではないのだろう。俺はどうにも、そういう癖がついている。さっきの言葉にしても、そうだ。

 用心深いのも、臆病なのも、卑怯なのも、合理的なのも、確かに嘘ではない。だが、それは飾りの言葉だ。本当に必要な言葉を隠すための飾り。

 

「……俺の本当の気持ちを知って、お二人はどうするつもりなんですか? 少なくとも、俺にはもう、透霞を受け入れるだけの余裕なんて、ありませんよ」

「それでも……私は12位君たちに元通りになってほしいよ。だって、兄妹なんだから……。喧嘩することも、意地悪しちゃうこともあるけど、それでも……兄妹なら元通りになれるはずだよ」

 

 11位の姉御が、泣き出しそうな表情(かお)でそんなことを言う。その純粋な願いと、あどけなさの残る泣き顔に、俺は思わず透霞の涙を想起した。

 俺はもうあいつの兄じゃない。あいつはもう、クラスメートの一人でしかない。合理的に、俺がすべき思考を、とるべき行動を判断するんだ。感情に流されてはいけない。合理的に、合理的に……。

 そう思う俺の手を、11位の姉御が縋るように握って、そして俺の体を抱き寄せる。

 

「お願いだよ、12位君……。妹ちゃんともう一度ちゃんと話し合って、仲直りしてよ……。私は、仲のいい12位君と妹ちゃんを守りたくて、二人の笑顔が好きで、君たちの保護責任者になったんだよ……?」

「……できませんよ。あいつにはもう、海月っていう弟がいる。兄なんてもう、必要ないんです。俺なんて、もう……」

 

 11位の姉御の体をそっと引きはがして、8位の姉御に任せる。

 これ以上、この人と話すことはない。これ以上この人と話していたら、俺は合理的な判断ができなくなる。感情的になる。感情的になって、不要と切り捨てたものを、拾いたくなってしまう。

 それだけは、しちゃダメだ。俺が捨てたはずのものは、もう他の奴が拾っている。あとはそいつに全てを任せて、俺は違う道を歩かなければいけないんだ。

 

「アリサ……すずか……。お前たちなら、今の俺にどんな言葉をかける……? お前たちまで、俺にあいつを取り戻せと言うのか……? だとしたら、俺は……」

 

 お前たちさえも、切り捨てなければならないんだろうか……。

 

 

 

 

「さぁ? そんなのあんたが決めることでしょ。あたしがどうこう言うことじゃないわ。自分で考えて、自分で悩んで、自分でどうにかしなさい」

 

 管理局の監視をすり抜けて、ギルドの転移ポートから地球に帰還した俺は、今の宿であるバニングス家に鞄を取りに行くついでに、アリサに今回のことを相談してみることにした。

 するとアリサは、いつもの調子で、だけれど俺の求めている言葉を見透かしたように、意外な返事を返してきた。

 

「あんたがどうして透霞の兄をやめるなんて言い出したのかは知らないし聞かない。それはあんたがこの家に来た時に約束したことだもの」

 

 約束……そう、約束だ。俺がこのバニングス家に来た時、俺はこいつに「何も聞かないでくれ」と頼んだ。そして、アリサはそんな俺の頼みを聞き入れて、何も聞かず俺を家に招き入れてくれた。

 俺がこの家にいる限り、アリサはそんな俺との約束を守り続けるだろう。俺がなぜ、透霞の元を離れることになったのか。どんな気持ちで透霞を裏切ったのか。そんな一切合切を、見て見ぬふりしてくれるだろう。

 今の俺はソーマ・メイスマンだ。夏海奏曲じゃない。アリサ・バニングスの絶対的な従者(しもべ)であり、彼女の命令ひとつあれば絶対無敵の兵になることも厭わない傀儡だ。

 けれど、同時に俺はアリサ・バニングスの親友でもある。彼女が望めば、俺はいつでも今回の事件のあらましを全て語るだろう。そうさせないのは、彼女から俺への信頼があるからこそだ。

 

「あたしは信じてる。あんたが本当に自分の口から話したいと思って話してくれる日を。あるいは、今回の一件が笑い話のひとつに変わる日を。だから……今は何も言わなくていいわ」

「アリサ……。すまな――」

「謝らなくていいわ。あたしが聞きたいのはそんな言葉じゃないもの。だから、ほら。まずは一緒に学校に行きましょ」

 

 察してくれたのか、それとも察するほどでもなく露骨に顔に出ていたのか、アリサは俺の言葉を遮り、手を引いてくれた。

 学校にいこう。あそこは、俺たちにとって日常の象徴。あそこにいる限り、俺は夏海奏曲でいられる。夏海透霞の兄でもなく、アリサ・バニングスの従者(しもべ)でもなく、ただの不良問題児・夏海奏曲として生きられる。

 

「……ありがとう、アリサ」

「珍しいわね、あんたが素直にお礼を言うなんて」

「ああ……。今日は、そんな気分なんだ……」

 

 俺とアリサはどちらからというわけでもなく、静かに手を繋ぐと、このバニングス家を出た。

 いっそ、このまま今回の一件からも逃げてしまいたい。そんな気持ちがあったことも、アリサに打ち明けないまま……。



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すずかの願いと、事件の発生

 授業も終わりを迎えて現在5月2日の15時10分。

 11位の姉御から『12位君の部屋ちょっとうるさいから音量下げさせてもらってもいいかな?』というメールが届いたので、俺は深く考えることもなく『どうぞお好きなように』と返す。

 はて、俺は今朝きちんとテレビを切ってきたはずだが、と思い返してみると、そういえば海月を部屋に置きっぱなしだったことに気付き、姉御の『音量を下げる』の意味を正しく理解する。

 だがまぁ、今から制止のメールを送ったところで手遅れなのは間違いないし、何より海月の安否など俺にとっちゃ限りなくどうでもいいことなので、俺はおとなしく携帯をポケットに戻した。

 

「奏曲くーん!」

「やっと来たか……って、すずかだけ?」

 

 不意に後ろから爽やかで柔らかな声がかけられて、俺はいつものように振り向いた。

 するとやはり声の人物は俺の親友のひとり、すずかのものだったのだが、そこにはいつも一緒のアリサがいない。

 もちろん、四六時中ずっと一緒にいるというわけでもないので、たまにはこういうこともあるんだが、それでもやはり一人きりのすずかというのは違和感がある。

 

「アリサちゃんは委員会の用事があるからって、今日はちょっと遅くなるみたい」

「そっか。……まぁ、何かあれば裂夜の鎚もあるしな。先に帰るか」

「うんっ! でも、アリサちゃん抜きで一緒に帰るのなんて、なんだか久しぶりだね」

 

 久しぶり、か。そうだな、確かに久しぶりな気がする。そういえば、今世の俺にとって最初の友達といえば、すずかだった。

 すずかと出会い、アリサと知り合い、三条や五十嵐や七瀬と友達になって、高町やテスタロッサとも同じクラスになり、八神やヴォルケンリッターとも顔を合わせた。

 俺の『始まり』は、思い出せば思い出すほどに、すずかだった。

 

「まだ俺がアリサと知り合ってない頃は、何度かこうやって一緒に帰ってたな。でもあの頃より、なんだか背中が軽……あー、いや、なんでもない」

「……久しぶりだけど、二人っきりで帰るのは、初めてかもね?」

 

 静かに微笑むすずかの表情(かお)に、僅かな陰りと寂しさが見えたのは、きっと気のせいでは済まされないのだろう。

 そうだ、すずかの言う通りだ。あの頃は……透霞が俺の妹だった頃は、この背中にあいつも居た。

 すやすやと寝息を立てて、だけど俺とすずかがどんなに静かにしていても、楽しげな話題になるとすぐに目を覚まして声をかけてきた。

 

「……すずかは、俺と透霞が仲直りすべきだと思うか?」

「それは、した方がいいってことは、間違いないんじゃないかな。でも……それは、奏曲くんの心の整理がついてからでも遅くないと思う。奏曲くんが心から元通りになりたいって思った時にすればいいよ」

 

 した方がいいってことは、間違いない。けれど、俺の心の整理がついてからでもいい、か。

 確かに、今のまま、心の整理もつかないまま、透霞と向き合うことはできない。もしも今のまま、透霞と再び話をすれば、今度こそ険悪な状態になってしまうだろう。

 アリサの「自分で考えて、自分で悩んで、自分でどうにかしろ」という言葉も、すずかが今言ってくれた言葉も、今の俺にとっては一番求めていた言葉だ。

 だけど、それはきっと、俺が求めたからこそ与えられた言葉。本当にしなければならない選択に近づくための言葉じゃない。

 

 ホントなら、俺が折れなきゃいけないんだ。

 透霞の願いを聞き入れて、海月を弟と認めて、三人で暮らせば、それが本当に一番『いいこと』なんだってのはわかってる。……けど!

 でもやっぱりダメだ。俺にとってアリサとすずかとの友情は、どんなものにも代えがたい大切な宝物……。それを傷つけた海月を弟として認めるなんて、あいつを受け入れるなんて、俺にはできないッ!

 

「……ありがとう、すずか」

「珍しいね、奏曲くんがお礼なんて」

「昨日、アリサにも同じことを言われたよ」

 

 だよね、と笑うすずかの笑顔を見て、俺の心が潤されていくのがわかる。

 やっぱ、俺はこいつらがいないとダメだ。すずかがいて、アリサもいて、夜天だって一緒にいなきゃ、俺はダメになる。

 だから、そんなにも大切なものを傷つけた海月だけは、絶対に許さない。

 

 そう、心に決めた時だった――。

 

『奏曲!』

 

 不意の思念通話が、俺とすずかを非日常に巻き込んだ。

 

「シグナム? どうして思念通話なんか……」

『緊急事態だ! お前の親友と妹が何者かに連れ去られていくのが見えた! 犯人の制服から見て間違いない、相手は管理局の魔導士だ!』

「アリサと透霞がッ……!?」

 

 管理局の人間が、どうして地球の一般人と、同じ管理局の人間を誘拐する必要があるんだッ!

 ……なんて、考えるまでもないか。相手の狙いは俺だ、そうでなけりゃ、アリサと透霞を狙う理由がない。

 まずい。アリサも一緒に連れ去られたということは、裂夜の鎚もあちらにあるということだ。おかげで二人がどこにいるのかは追跡可能だが、いざとなった時に十分な力を発揮できない。

 

「アリサちゃんと透霞ちゃんに何があったの……?」

「……ああ。だからすずか、お前は先に帰ってくれ。ここからは俺のステージだ」

 

 具体的に何があったのかは言えないが、何もないと嘘をつけばすずかは無理にでも俺についてくるだろう。だから、最低限の事実だけを伝えて、納得してもらうしかない。

 すずかの『運動神経』なら、よほどのことがなければ危険はないかもしれないが、相手は魔導士。となれば、『よほどのこと』がないとも限らない。

 管理局が絡んできている以上、少なくともこの事件が解決するまでは高町とテスタロッサは信用できない。すずかのことは、すずかの家に任せるのが一番安全だろう。

 

「大丈夫、アリサと透霞は必ず無事に連れてくる。だから……な? すずか、お前だけは……」

「……わかった。けど、約束して。絶対に無事に帰ってきて。アリサちゃんも、透霞ちゃんも……それに、奏曲くんだって」

「……ああ。約束だッ!」

 

 約束か……。そうだ、親友との約束は絶対に守らなきゃいけない。

 俺はかつて、親友……クリシスとの約束を破り、主に言われるがまま、あいつを転生システム稼働実験の被検体にしてしまった。

 あの時の後悔は今でも覚えてる。あんな思いだけは、もう二度としたくない。今度こそ、親友との約束を守りきってやるッ!

 

「いくぞ夜天! 実戦じゃ初めてだが……使うぞッ! 精神同調(コネクティング)!」

『了解。管制プログラム『夜天』、防衛プログラム『ソーマ・メイスマン』と同調する』

 

 俺の合図と同時に、夜天が魔力管理システムの一部を防衛プログラムに譲渡。これにより俺が使用できる魔力が格段に上昇。

 今まで抑えられ続けていた反動によってこの瞳が、この髪が、本来あるべき不定色に染まり、夜天の纏う騎士甲冑が俺に譲渡される。

 どうでもいいが、この『精神同調(コネクティング)システム』を構築した当初はスカートアーマーがそのまま展開されて新しい扉を開きかけたが、今は改善され革ズボンになっている。

 

「飛ぶぞ、夜天ッ!」

『了解。飛行魔法を行使する』

 

 裂夜の鎚の反応がある方へと最速で、最短で、真っ直ぐに、一直線に飛び立つ。

 頼む、二人とも……無事でいてくれッ!

 

「……いってらっしゃい。待ってるからね」



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奏曲の覚悟と、決闘の時

 アリサと透霞が連れ去られたという連絡を受けてから、12分ほど南に飛び続けた先にあったのが、海鳴市郊外の廃工場。

 俺の本体である『裂夜の鎚』のロストロギア反応を逆探知した限りでは、ここにアリサたちがいることは間違いない。

 相手は管理局。即ち俺の天敵。だが、逃げるなんて選択肢はハナから無い。

 すずかと交わした約束のため、何より俺が俺であるため……アリサの親友であるため、俺は逃げない覚悟を決めて、扉を開く。

 

「埃と錆ついた鉄の匂い……。裂夜の鎚は……あっちか?」

 

 廃工場の中に入ってみると、がらんと殺風景に開いた空間がそこに広がっていた。

 喘息とか鼻炎じゃなくてよかった。だいぶ使われてないのか、ただ歩くだけで結構な量の埃が周囲に舞う。

 目を凝らし、耳を澄まし、両手を大きく開いて、人の気配を探りながら一歩ずつ静かに歩いていく。

 

 目で見える範囲に、動く物体はない。せいぜい、割れた窓に貼り付いた蜘蛛の巣が揺れている程度だ。

 耳で聞こえる範囲に、荒れた呼吸音や声のようなものは感じられない。ひゅうひゅうという、不気味な風音だけが鼓膜を刺激する。

 手で感じる範囲に、妙な熱を持った空気はない。ただ、この時期にしては冷たすぎる風が僅かに触れる。

 

『気付いているか、ソーマ』

「ああ。だがもう手遅れだ、逃げ道は塞がれてる」

 

 がしゃん、と背後に聞こえる大きな音は、確認するまでもなく、先ほどの扉が閉ざされる音。

 窓の外の光景は、先ほどまでと変わらない。しかし、おそらくあの窓から外に出たところで、俺の認識している空間には戻らないだろう。

 

『裂夜の鎚の反応が途絶えた……。なるほど、相手は私たちを誘き出すために、あの二人を連れ去ったというわけか』

「それだけで済むならまだいいがな……。さて、せっかくのデートだ、そろそろ顔を見せてくれてもいいんじゃないのか? ――クリシス」

 

 背後に近づく気配に挨拶代わりの回し蹴りを放つと、その気配はこれを涼しい顔で避けながら、同時に俺の足を払いにきたので、俺もこれを後退にて回避する。

 足に力を入れて踏ん張ることもできたが、そうしたところで脚部に痛みは走るし、互いの距離は離れないし、ともなれば屈んだ状態のヴィータ/クリシスから拳が飛んでくることは目に見えていたので、回避を優先。

 さて、互いに顔を確認したところで、久しい顔に直線的な怒りの視線をぶつけ合う。

 

「ほう、さすがにソーマ・メイスマンじゃ。この空間の特性を即座に理解し、背後から迫った妾に物理的な手段を用いて攻撃を仕掛けてくるとは……。愉悦が故か、屈辱が故か、どちらにせよ臍の下の疼きが止まらぬわ」

「考えてみれば、犯人が誰かなんてのは簡単だった」

 

 確かに俺の存在は、管理局の人間に既にバレつつある。だが、奴らが自分たちの敷いた法を破ってまで俺というたったひとつのロストロギアを回収に来るとも思えない。

 となると、少なくとも「完全に管理局に染まった人間」が犯人ではないことは確かになる。つまり、嘱託魔導士か民間協力者あたりが怪しくなるが、ここで高町とテスタロッサを疑うのはあまりにも安直で愚かだ。

 あいつら自分と同じくらいの体重の人間を2人も抱えて飛べるほどの腕力ないし。2人で片方ずつ攫ったならできるかもしれないけど、それならシグナムが俺に連絡寄越すほど慌てないし。最悪じゃれてるんだと思って放置するだろうし。

 じゃあ俺と透霞の仲を修復させるための強硬手段として八神がシグナムとグルになって俺をだますってのが濃厚になってくるけど……これも可能性は低い。ていうかシグナムがボロを出さないはずがない。

 

「管理局の人間じゃないのに管理局の制服を奪うんなら、誘拐対象である透霞から奪うのが一番手っ取り早い。しかし透霞は割と小柄な方だし、袖を通せる奴は限られる。それこそ、ヴィータ並のチビにな」

『烈火の将は気付かなかったのか……?』

「まぁ管理局の服なんか着てるし、髪も下ろしてるし、何よりクリシスの影響が出すぎてるせいで髪の色が若干だけど暗い赤色になってるからな……。いやそれでも気付いてやれよとは思うけど」

 

 そこらへんがシグナムのシグナムたる所以だな。大事なとこでなんか抜けてんだよ、あいつ。

 これだからシグナムよりヴィータの方が信頼できるんだよなー。まぁそのヴィータが今は敵になってるんだけど。

 

「目的は魔力を取り戻した俺との決着……だろ? そのために、わざわざ魔力を使えば使うほど相手を治癒する結界魔法なんて張ってんだからな」

「さすがに目敏いのぅ……。然様、この結界の中で発された魔力は、その魔法式に関係なく分解され、持ち主以外のあらゆる生命の自然治癒力を刺激・回復させる。いわば魔法変換結界とでも言うべきかの」

「俺が夜天と融合してるのを知ってるからこその周到さ……。やっぱり敵は身内だったよ……。これだからヴォルケンリッターは。ヴィータだけはまともだって信じてたのにッ!」

 

 さて、散々ヴィータ/クリシスに対する愚痴を言い切ったところでようやく気分が落ち着いた。

 あいつのことだ、アリサと透霞を傷つけるような真似はしないだろうし、あいつの気分が晴れるならここで素直にやられてやるのも悪い選択肢ではないんだが……。

 

 

-絶対に無事に帰ってきて-

 

-アリサちゃんも、透霞ちゃんも-

 

-それに、奏曲くんだって-

 

 

「……さて、始めようぜクリシス。今日はとことん付き合ってやるッ! お前がベッドでヒィヒィ言うまで止まんねぇぜッ!!」

「久方ぶりのソーマ・メイスマンとの死合い……たまらん! そうそう簡単にくたばってくれるでないぞッ!!」

 

 駈け出したのはどちらが先か。おそらくほとんど変わらない。

 俺とクリシスはもうこうやって何百年と戦い続けてきた。身体的データはほとんどの場合アテにならないが、お互いが持つ魔法という名の手札、そして駆け引きに応ずるか否かのメンタルデータ。

 相手がどういう思想を持ち、どういう手段を用い、どういう戦略を立て、どういう結果を求め、どういう戦術をとるのか。戦うたびに更新され続ける不規則なデータと、いくら戦い続けても絶対に変わらないデータ。

 それを知る相手同士だからこそ、俺とクリシスはいくらでもぶつかれる。何度だって立ち上がり、遠慮なくぶちのめせる。

 

 手始めにヴィータ/クリシスが放ったのは、牽制代わりの、しかし当たれば確実に致命打となる鉄球シューティング。もちろんパターンなんてないので気合避けな、気合避け。

 しかしどうしたもんかなぁ。攻撃に重きを置くシグナムや、防御・サポートに特化したザフィーラとシャマルみたく、何かひとつのことに集中した強さを持つ相手ならまだしも、今回のクリシスの寄生対象はオールラウンダーのヴィータ。

 俺が最も苦手とするタイプであり、攻撃すれば確実に防がれ、守ればガード以上のパワーを以て破壊に臨み、いざダメージを与えたとしてもクリシスの十八番である治癒魔法で回復も早いときた。

 いやん、俺ってば大ピンチじゃん。

 

「チッ……。魔法変換結界に分解されてないところを見ると、あれは魔力球じゃなくて本物の鉄球か! ってことは対魔法用の防御じゃどうにもならないなッ!」

『それだけではない。紅の鉄騎は豊富な魔法によるオールラウンドな戦術をとることに目が行きがちだが、純粋なパワーにおいても我々を上回っている。持久戦になればこちらの旗色は悪くなる一方だぞ。どうするつもりだ?』

「ヴィータの破壊力(パワー)とクリシスの回復力(タフネス)……。スピードで勝負すりゃ勝てなくはないが、だからなんだってことになりかねないな……!」

 

 ヴィータ/クリシスの振るう鉄槌、グラーフアイゼンは沈黙を保ちながら、『主人』の行動に付き従う。なるほど、寄生されていようが、意識が誰のものだろうが、主人に背く気はないか。いい相棒じゃないか。

 だがアイゼン、悪いがお前の主人をちょっとだけボコらせてもらうぜ。文句は後で聞いてやる。今回ばっかりはこっちも本気でやらないと死にかねないんでな!

 

「軽口を叩くだけの余裕があるか……。さすがに妾が生死を繰り返してでも殺し続けたいと願う宿敵よ、この程度では汗ひとつ垂らさんか!」

「そりゃあな。お前だってまだ本気じゃないだろ? ヴィータのリーチがいくら短くても、素体能力は今まで寄生したどの素体よりも優秀だ。この程度のスピードしか出ねぇんなら、お前の戦意(こころ)(ナマ)っちまったのかもなぁッ!」

 

 俺の挑発に乗ったのか、それとも何か狙いがあるのか、どちらにしても俺の言葉を聞いたヴィータ/クリシスは、同時にカートリッジを2つ消費し、グラーフアイゼンのハンマーヘッドを巨大化させる。

 

 

-GigantForm-

 

 

『カートリッジを消費してデバイスのフォームシフト……? どうやら、『魔法』をぶつけることはできずとも、『魔法』を行使できないわけではなさそうだな』

「ああ。瞬間的に消費しきれる魔力なら有効ってことか。となると、射撃・補助系の魔法はまず使えないってことになるな。……いや、攻撃が接触する瞬間に魔力を爆発させてぶつけられれば、あるいは……」

 

 デバイスを持たない俺にはあまり意味のない要素にも思えるが、観察して得られるデータはどんなに些細なことでも忘れてはならない。

 特にヴィータ/クリシスのような、互角か僅かに格上の相手には、こういったデータの蓄積が結果に大きな影響を与えてくる。クリシスは用心深い性格だから、あまり新しい手札を切ってはこないしな。

 つーか早々に新手を切られたら俺じゃ即死する。なんせ俺は魔法の才能がほぼほぼ絶望的だし。身体能力でどうにもできない初見殺しは普通に致命的なダメージを負う。

 まぁ一度で仕留めきれないようなら二度目以降は冷静に分析&対処可能だからいいけど……まぁ最悪、俺が倒れても夜天が表に出てくれるし。

 

「しっかしでけーなギガントアイゼン。あのちっさい身体でどうやってぶん回してんだ?」

『彼女は別に馬鹿力ではないはずなのだがな……。いや、もちろん同世代の子供よりはあるが』

 

 って言ってる傍から巨大化したグラーフアイゼンが俺の脳天に急接近。さすがにあれを受けたら死ぬだろうから、俺はすぐさまその場を跳び退く。

 

 

-RaketenForm-

 

 

 が、まぁ俺がそうすることはヴィータ/クリシスもわかっていたのだろう。ギガントアイゼンが地面を叩く瞬間、ラケーテンフォルムへとシフトし、攻撃後の隙を最小限に抑えつつ、その推進力を使って一気に追撃してきた。

 いやいやいや、便利すぎないかグラーフアイゼン。単体に対する大火力による破壊能力はギガントで、追撃や回避に関しては推進力に優れるラケーテンで、そして序盤の牽制はハンマーでと、それぞれが明確な役目を持ってる。

 目的がはっきりしてるのはヴィータの影響か。あいつホントに万能タイプだからなぁ……。シグナムとレヴァンティンはもうちょっとこの二人を見習え。連鎖刃(シュランゲフォルム)ってなんだ連鎖刃(シュランゲフォルム)って。

 

「さすがに当たらんのぅ……」

「当たったら死ぬからな。特にアイゼンは防御の上からダメージを入れてくるし、回避最優先になるのは当然だろ」

『多少、ダメージというものに対して臆病な傾向があるのも事実ではあるがな』

 

 しかし困ったな。これじゃ迂闊に近寄れない。かといって離れすぎれば攻撃手段がない。反して、向こうには接近時のハンマー、中距離のラケーテン、広域のギガントがある。

 ……ん? そう考えるとどこにいても安全圏なんてないし、突っ込んだ方がよくね? ……よし、このまま夜天にビビりのヘタレとか思われるのはちょっと癪だし、突っ込んでみるか。

 ってちょっと待て。そうこう考えてる間にラケーテンで向こうから来やがった!

 

「はぁッ!」

「っぶねえッ!? クリシスてめえ殺す気か!」

「無論、殺す気じゃ!」

 

 せやな。



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奏曲の願いと、クリシスの理想

「夜天! この魔法変換結界の解析はどこまで進んだ!?」

『現在28パーセント。このまま進行すれば、18分後には解析が完了する。続けるか?』

「死ねってか。冗談じゃねぇ、解析は中断……いや、バックグラウンドで継続しつつ、俺のサポートを優先しろ!」

 

 接近するギガントアイゼンから目を背けないまま、夜天の気長な解析作業に喝を入れる。

 このギガントアイゼンは既に俺の回避不可領域の内側まで入り込んでいるため、既にこれに対してとれる行動は限られている。防御か、迎撃かだ。

 迎撃は難しい。ギガントアイゼンの質量は考えるまでもなく俺の拳を上回っているし、その重量は純粋な威力となって俺を襲う。とてもではないが賢明な策とは言い難い。

 しかし、かといって防御が無難かつ有効な策かといえば、それこそノーだ。ヴィータの得意とするスタイルは防御の上からの物理的な破壊。あいつ相手に防御行動をとるのは、自ら命を差し出すようなもの。

 

「腹を括るしかないか……ッ!」

『お前にしては珍しく分の悪い賭けだな。嫌いではないがな』

 

 うるせぇ、お前ちょっと黙ってろ。

 

『しかしどうする気だ。激烈強打では迎撃は不可能。激烈拳衝ではデバイスそのものを破壊しかねんぞ』

「かもな。だが……やるしかねぇだろッ!」

 

 拳は既に握られた。あとはこの拳を突き出すだけだ。

 迫るギガントアイゼン。俺が選んだのは防御ではなく迎撃。今とれる行動の中で、俺にできる最も効率的な生存率を上げる手段は、迎撃のほかにない。

 タイミングは一瞬。それを読み違えれば、間違いなく俺の拳はカチ割られ、この身は原型を留めないほどに粉砕されるだろう。

 

 だから――その一瞬に賭けるッ!

 

「これでッ、終いじゃぁぁぁーッ!」

「終わらせねぇよ、この程度じゃなぁぁぁッ!!」

 

 ヴィータ/クリシスのグラーフアイゼンか、それとも俺の拳か。

 砕かれるのは――ふたつにひとつ。

 

「そんな、バカなことが……ッ!?」

「『ソーマはいつだって『全力』は見せない。いつだって余裕綽々で自分の全力を乗り越えようとする』……って、今までずっと思ってたんだろ? クリシス」

 

 砕けたのは――グラーフアイゼンのハンマーヘッド。

 俺が今まで絶対に見せなかった切り札であり、俺の『全力』の一握り。

 

「だがな、俺だっていつまでもお前に対して圧倒的優位に立ち続けることはできない。既に28回に及ぶ転生で、俺にはもう『全力』という名の『限界』が見え始めている。今回のこれが、その証拠だ」

「今のが、ソーマ・メイスマンの『全力』……。妾の追い求め続けた宿敵の、今のままでは超えることの叶わない絶望的なまでの『限界』……」

『……彼女はきっと、お前をひとつの『理想』と定めていたのだろう。どこまでも高く立ちはだかる存在がいるからこそ、その高みを目指せる……。自分が大きくなった分だけ、お前という理想も大きくなるのだと信じていたのだ』

 

 理想……。あいつにとって、最も身近で遠い存在……。

 もしも本当に夜天の言う通り、あいつが……クリシスが、俺をそう思ってくれていたのなら、俺は……。

 

「……嘘じゃ……。嘘じゃ嘘じゃっ! そんなことは、そんな戯言は信じぬぞソーマ・メイスマンッ! 貴様は妾の宿敵! 妾が何百回何千回何万回と生死を繰り返してでも討ち殺すべき仇敵ッ! その貴様が、この程度のはずが……ッ!」

 

 信じたくないものを目の前にした子供のように、クリシスは明らかに取り乱しながら俺を睨み付ける。

 しかしその視線に、さっきまでの殺意や憎悪は感じられない。むしろ、俺に否定の言葉を求めるように、懇願の瞳が俺の眼を捉えている。

 けれど、もうわかってるんだろう、クリシス。お前はもう俺の『全力』に十分すぎるほど近づいている。お前が見上げ続けていた存在は、もうそんなに高いところにはいない。

 

「嘘、じゃ……!」

「嘘じゃない。確かに、裂夜の鎚がこの場にあれば、少しは状況が変わるかもしれない。だがそれは、もう俺の力ではなく裂夜の鎚、あるいはそのマスターの力だ」

「嘘、じゃあ……っ!」

 

 崩れ落ちるクリシス。彼女に戦意がなくなったからか、この魔法変換結界もその効力を失い、裂夜の鎚の反応がすぐ近くで感じられるようになった。

 だが、それよりも今はクリシスだ。裂夜の鎚に異常がないのなら、アリサと透霞は無事だろう。透霞の魔力反応も既に感知済み。こちらに高速で近づく魔力反応が3つ。高町とテスタロッサと……海月か。

 おそらく透霞が連れ去られたと聞いた海月が突っ走り、そのブレーキをあの二人が務めているんだろうな。ドンマイ。がんばれ。あとでジュースおごってやるから。液体窒素でいい?

 

「俺はもう切り札を使った。前にお前と戦って負けた時、お前はあれが身体の小ささと不完全な魔力が原因だと言ってたが……それは違う。たとえ俺があの時点で万全な状態だったとしても、結果は変わらなかった」

「…………ッ!」

「今の俺がお前と渡り合うためには、俺だけではもうどうにもならない。限界を突破するためには、夜天という存在が……『精神同調(コネクティング)システム』が不可欠なんだ」

 

 だから、お願いだクリシス。お互い、もう意地を張り続けるのはやめないか。

 もうわかっただろう。俺とお前は、もう追い、追われる関係じゃなくなった。共に並び立ち、手を取り合えるようになったんだ。

 かつてお前の友情を裏切った俺が言うのもおかしなことだとは思ってる。けど、だからこそ俺はあの時のことを後悔し、心から願うようになったんだ……。

 

「……妾は……もう、お前を追うことはできぬのか……?」

「……追わなくていいんだ。お前が許してくれるなら、俺はいつでもお前の隣を歩きたい」

 

 もし、お前が許してくれるのなら……俺は、もう一度言う。

 

「だって俺たちは、親友だったんだから。もう一度……『親友』に戻ろう」

「……っ! うっ……! あっ、ああぁぁぁっ……! ああああぁぁぁぁぁっ!!」

 

 きっと、クリシスは許してくれないだろう。俺が親友を何よりも愛しているように、クリシスもまた俺と同じくらい親友というものを愛している。そしてその友情を傷つけたのは、他でもない俺自身だ。

 でも、それでも俺とクリシスはもう仇敵でも宿敵でもなくなった。俺たちは、ずっと追い、追われる関係だったけど、もうそれは終わった。

 だから、これからの俺たちの関係は、きっと――。

 

 

 

 

「……サ……。……リサっ、アリサッ!」

「……そう、ま……?」

 

 眠たげな瞼をゆっくりと上げて、アリサは目を覚ました。

 既に透霞も目を覚まし、海月に背負われている。高町とテスタロッサも、ヴィータをこの廃工場から連れ出して、今は外で介抱している頃だろう。

 

 あの後、クリシスはひとしきり泣いた後、「まだ完全に許したわけではない。貴様を許すのは、妾が完全に貴様を越えた後じゃ」と言い残して、ヴィータの中へと消えていった。

 でも、それでいいのだろう。クリシスはもう何百年と俺を苦しめ続けてきたわけだけど、同じくらい俺に苦しめられ続けた人物でもある。あいつが本当の意味で解放される時は、きっとそう遠くはない。

 

「目が覚めたか、アリサ……。よかった……本当に、よかった……っ!」

「奏曲……? どうして、あたしはこんなところに……。確か、委員会の仕事をしてて、校舎を出て、それで確か……」

「ちゃんと後で全部教えてやる。意識が戻ったなら、もう心配はいらないだろう。もうしばらく寝てろ。俺がお前ンちまで運んでやる」

 

 俺がそう言うと、アリサは安心しきった表情でまた目を閉じた。

 眠るアリサを背にしょって海月と共に外に出ると、俺たちはアリサと透霞と高町とテスタロッサに預け、視線をぶつけ合った。

 

「……俺が言いたいことはわかっているな、夏海奏曲」

「俺のせいで透霞が危険なメに遭った。金輪際あいつに近づくな、ってところか」

「そうだ。全て貴様のせいだ。貴様が姉さんを狂わせたから、姉さんは貴様に固執するようになった。おかしくなった。お前さえいなければ、俺と姉さんは幸せなままでいられたんだ!」

 

 狂わせた……か。そうだな、確かに透霞が俺に固執するのは、幼少時代に母親の虐待から俺が守り続けたことによる、自己防衛的な依存症だ。

 あれ以来、透霞は俺に依存するように……いや、『嫌えなくなった』と考えるべきか。俺のことを嫌えば、俺に守ってもらえなくなってしまう。そういう自己防衛的本能が、あいつと俺を結び続けた。

 そしてそんな中で、海月水都/水城海都という「かつての弟」という存在が現れた。あいつは俺という枷から透霞を開放するために尽力したにも関わらず、結果としてそれはまったくの逆効果となった。

 俺がいないという状況が透霞の不安を煽り、より俺への依存を強くさせてしまった。

 

「そうだな。だが、だから俺は透霞の元を離れ、今はお前が透霞を独占している。それじゃダメなのか?」

「俺が姉さんを独占しているだと……? ふざけるなッ! 確かに姉さん個人は俺の元にいる。だが、姉さんの心はどうだッ! いつまで経ってもうわ言のように「兄さん」とばかり……その意味がわからないとでも言うつもりかッ!」

「知らん。そんなことは俺の管轄外だ。……と言いたいところだがな。確かにそれには俺にも責任がある。すべては俺が透霞を甘やかし続けたせいだからな。……それで? 俺にどうしろと言うつもりだ?」

 

 訊くとほぼ同時に、海月の新デバイス、クローナックル型の『ブリューナク』が俺の首元へと突き付けられた。

 なるほど、不穏分子には早々に消えてもらう、という安い漫画に登場する中ボスが吐きそうなセリフを言うつもりか。なかなか見どころのあるボケだ。評価しよう。

 

「ま、待ってよ水都くん! どうしてそうなるの!? 奏曲くんは透霞ちゃんの元を離れてまで、水都くんの望みを叶えようとしたんだよ!? なのにどうして!」

「それに、今だって奏曲は透霞を助けた! 奏曲が中にいて、二人を助けてくれなきゃ、透霞だってどうなってたかわからないんだ!」

 

 高町とテスタロッサが海月の凶行を止めるべく制止の言葉を投げかけるも、こいつはその程度で止まる奴じゃない。透霞が絡んでいるのならなおさらな。

 しかしこいつはまったく……クールキャラを演じてる割に、本当に学習能力ってのがないな。

 

 

-魔力の枷-

 

 

「……言ったろ、お前は合理的な判断ってものが出来てねぇ。俺を仕留めるつもりなら寸止めなんてのはやめろ。その程度じゃ脅しにもならないし、1秒ごとに逆転のチャンスが増していくだけだ」

 

 つーかお前、11位の姉御にノされてよく半日で復帰してきたな。むしろそっちの意味で戦慄するわ。

 俺だってあの人とまともに戦り合ったら無事じゃすまないぞ。

 

「すべて、貴様のせいで……ッ!」

「あーはいはい、俺のせい俺のせい。それでいいからお前はしばらく寝てろ。意識が戻ったらまたギルド行きだ、ついでにギルドの仕事でも手伝ってろ」

 

 アリサが持つ裂夜の鎚から伸びた無色透明のロープ『魔力の枷』が、突如としてその色を水色に染めていく。

 海月から吸い上げた魔力を、裂夜の鎚へと吸収・貯蔵しているからだ。俺のような魔力生命体のみにかかわらず、魔導士にとって魔力が生命力に与える影響は顕著だ。

 一般人並みまで魔力を吸い続けてやれば、こいつもしばらくは無茶なことができないだろうし、ギルドでしごかれるにはちょうどいい。

 しかしすげえ魔力量だな。さすが転生者は格が違うわ。

 

「許さん……! 貴様……だけは、絶対に……ッ!」

「構わねーよ。俺だってお前を許すつもりは欠片もねぇしな」



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奏曲の怪我と、すずかの秘密

 翌日。日付で言えば5月の3日。ヴィータ/クリシスとの戦闘を終え、隠し続けていた手札的な意味で満身創痍となった俺は、今日という休日を月村邸でのんびりと過ごしていた。

 あーあ、とうとう全力出しちゃったよ。精神同調(コネクティング)もだいぶ奥の手だけど、まさか『激烈破砕』まで使わされる破目になるなんて……クリシスも強くなったよなぁ。

 あ、ちなみにグラーフアイゼンのハンマーヘッドを破壊したことについてはヴィータに半殺しにされかねない怒気を向けられながら、なんとか無傷で許していただくことができた。現在は自己修復待ちだそうな。

 

『とうとう切り札を三つとも使ってしまったな、ソーマ』

 

 俺の持つ三つの切り札。

 単純で強力な威力を誇る『激烈強打』、肉体を傷付けず装甲を破壊する『激烈拳衝』、高硬度の物体を破壊することに特化した『激烈破砕』……うん、ネーミングセンスねぇな俺。

 今まで激烈強打と激烈拳衝だけで誤魔化してきたけれども、今回ついに激烈破砕を使うハメになってしまった。

 

「まぁいつまでも隠しておけるような手札でもないしな。必要に迫られたら躊躇はしない。そしてそれが今回の一件で起きた、それだけのことだ」

『しかし、そうなると新しい切り札も用意しておく必要がある。もしも彼女が管理局の手に渡れば、我々の手札をすべて晒されてしまうからな』

「そうならないように、俺たちがクリシスを管理局から遠ざければいいだけの話ではあるんだが……。でも確かにお前の言う通り、最悪のケースは想定しておかなきゃならないだろうな」

 

 新しい切り札。確かにそんなものが用意できるのなら、それに越したことはないんだろうが、俺って基本的に努力とか嫌いなんだよね、めんどくさいし。

 かといって努力しなきゃ新しい何かを手に入れられないってのもわかってるし、今まで俺が握っていた手札だって、そういった努力の結果として培われたものだ。努力なしに手に入れられたものなんて無い。

 努力をするのは構わない。けどそれを誰かに悟られるのだけは勘弁だ。どうせ冷やかすだけ冷やかしてろくにアドバイスも手伝いもしちゃくれないし。

 

『どうだ、この機会に魔法を少し勉強してみるのも悪くないんじゃないか? 相手がお前を知っている者なら、それもひとつの手ではあると思うのだが』

「それは俺も考えた……が、すぐに自分の中で却下した。理由はいくつかあるが、一番大きいのは『相手が魔導士であれば、相手の土俵である魔法戦で対応するのは賢いとは思えないから』だ」

『ふむ……。しかし、加速系の補助魔法や、飛行魔法の類ならば、覚える価値は小さくないと思うが?』

 

 ごめん、実はそれもうとっくに覚えてる。お前がやってくれる方が楽だから押し付けてるだけで、別に俺ができないとかじゃないっす。

 ていうかそうか、普段やらないせいでお前に補助魔法も飛行魔法も使えないと思われてたのか。それはちょっと由々しき事態だな。ちょっと夜天に甘えすぎてたかもしれん。

 けど問題は俺がやるより夜天がやった方が安全なんだよなぁ。戦ってる時って目の前の戦闘に全集中力を割いてるし、俺の場合その集中力は格闘術に注がれてるから、格闘中に魔法を使うのって危ないんだよな。

 

「じゃあひとまず補助魔法だな。一応『加速』『筋力増強』『強靭化』『感覚強化』はマスターしてるぞ」

『見事に格闘術のサポートばかりだな……。まぁ基本だけに応用が利くのはいいことだが』

 

 加速+筋力増強+強靭化とかはわかりやすい威力強化だな。加速によって勢いがつき、筋力増強でパワーが生まれ、強靭化で攻撃接触時のダメージが増加する。

 動作のない物体、即ち単純にデカくて硬い的のようなものに対して物理的な破壊のみを目的とした場合、この『加速+筋力増強+強靭化』は『激烈破砕』並みの意義を生み出す。

 まぁそんな状況ならたいていヴィータが出張ってくれるだろうから俺には関係のない話なんだけどな。あいつ『動かないデカくて硬いモノ絶対壊すウーマン』だからな……。

 

「さて、じゃあそろそろ今後の方向性も定まったし、……現実逃避やめるか」

『……ああ、そうだな』

 

 

「あら、大親友(夜天さん)との語り合いはもう終わり? じゃあそろそろ、親友(あたしたち)ともお喋りしましょっか?」

 

 

 さて、今までこうやってシリアスっぽい語りを仄めかして時間を稼いできたが、もう無理。もうこのプレッシャーには逆らえない。ひぎぃ。

 いやさ、別にアリサにただ凄まれるくらいなら俺だってあと1時間くらいは我慢できる自信あるよ? でもね、すずかさんの女神のような微笑みがね? というかその微笑みの向こうに見える底の見えない闇がね?

 俺のメンタルポイントをそれはもうガリガリと削ってくださっているわけですよハイ。というかなんで二人で優雅にお茶してる横で俺は正座してるんですかねぇ……。

 

「奏曲くん、まずはアリサちゃんを助けてくれたこと、約束をちゃんと守って二人とも帰ってきてくれたことに、ありがとうって言わせてもらうね」

「そうね、すずかとの約束をちゃんと守ったことと、必死になってあたしを助けてくれたこと、ひとまずお礼を言うわ。ありがとう、奏曲」

「ど、どういたしまして……。っていうかそれならなんで正座させられ「けどね?」アッハイ……」

 

 あっ、これもうダメなパターンですわ。

 

「あんたはどうして毎回毎回ちっとも自分を顧みないのよ! 見なさいよ自分の右手! 粉骨砕身を文字通りの意味でやってんじゃないわよバカ!」

 

 アリサおこたん。いや、まぁ確かに今回のは自分でもちょっと後悔してるけど、しょうがないじゃん? 俺だってお前らかかってなかったらこんな無茶しなかったよ。そこをちょっとは評価してよ。

 でもまぁそれでも驚くよね。見事に骨が粉々だもんね! あっはー! あっすみません笑ってません今回のことも軽視はしてません許してくださいごめんなさい許してちょんまげ。古っ。

 

「奏曲くん、わたしちゃんと言ったよね? 『絶対に無事に帰ってきて』って。約束通り「帰って」きてくれたこと、ホントにうれしかったよ? でも、どうして「無事に」じゃないのかな?」

「いやだってグラーフアイゼンのギガントフォルムと真っ向勝負しといて拳のひとつくらいで済んだら奇跡に近――あっ……」

 

 咄嗟に口元を隠した時には、時すでに遅かった。ヴィータにも散々言われたのに。

 

 実は今回の真っ向勝負、俺に勝ち目はほぼほぼ無かった。そりゃそうだよね、向こうは幾つもの死線を潜り抜けてきた歴戦の古兵で、俺は永い時の中で知恵と技術だけを学び続けた拳闘士のなりそこない。

 そんな俺たちが真っ向からぶつかりあったら、そりゃあ前者が勝つに決まってるよ。今回俺が打ち負けなかった最大の理由は、グラーフアイゼンが『自ら破壊されることを選んだ』おかげ。

 あいつは、ヴィータ/クリシスが俺を殺す、あるいは瀕死に追い込むことで、ヴィータの心が傷つかないように、自分が破壊されることを選び、俺に『最低限のダメージ』を負わせた。

 

 言い換えるなら、俺は『本来なら騎士とデバイスが身剣一体となることで生み出される真の威力』を、『デバイスの独断で生み出された最低限の威力』だけで、自慢の拳を砕かれるに至ったわけだ。

 あ、シャマル先生いわく「普通に治療すれば全治には早くても半年が必要になる」だそうな。冗談じゃねえ。が、夜天に頼んでシャマルと共に治癒魔法を施せば1か月程度でどうにかなるらしい。治癒魔法すげえ。

 

「奇跡って何よ! これだけの大怪我しておいて、これが奇跡レベルで済んでるって本当だったらどうなってたって意味よ! いい加減ビンタするわよあんた!」

「そうだ、もう一か月なんて言わないで半年きちんと療養しちゃおう? 大丈夫、奏曲くんが休んでる間ちゃんとわたしたちがお見舞いに来てあげるし、いざとなったら貧血になってもらって安全に入院してもらうから」

 

 うん? いやいやいや、すずかの今の発言まずくね?

 

「待って。アリサのビンタはこの際いいけどすずかさんちょっと待って。今の発言はヤバい。それ言ったらアリサにお前のこと……」

「すずかの体のことなんてとっくに知ってるわよ! そんなことより今はあんたの体の話してんのよ!」

「待てや。いやほんと待って。ツッコミが追いつかないから。ちょっと全員クールダウンしよう、後でまたちゃんと怒られるから今はちょっとこっち追求させて」

 

 さすがに見過ごせないわ今の発言は。俺だって今までその件については知ってこそいれども触れないようにしてたのに自分から前に出してくるとかもうね。

 つーかすずかさん、それ隠してたんでしょ? 俺以外には教えたことないって小学校低学年の時に言ってたじゃん。まぁ俺だって聞いたわけじゃないけども。

 

「え? お前いつ吸血体質のことアリサに言ったの? 最近?」

「ううん。アリサちゃんが裂夜の鎚の正規所持者(マスター)になった時だから……3年くらい前かな」

「前っから不思議ではあったからね。透霞ならまだしも、いくら親友だからって奏曲がすずかにはちょっと過保護気味だったのが。だからある日ちょっと聞いてみたのよ、心当たりはないの、ってね」

 

 えぇー……。それでゲロっちゃうとかすずかさんちょっと危機感足りなさすぎじゃないっすかね。

 いや、アリサだからっていうのはわかるよ? 俺だって、今でこそ俺が転生システムでこの肉体に寄生した転生者だってことを知る奴は増えてきたけど、当時は透霞とお前たちにしか話さなかったし。

 でも、いくらなんでも聞かれてすぐ答えちゃうのは……あー……うん、やっぱ俺も人のこと言えねーわ。すずかにお願いされたらたいていなんでもかんでも喋りそう。

 

「そしたら、そもそもすずかとあんたが友達になった理由が、その秘密がバレたからだって言うじゃない。そりゃ嫌でも納得するわよ。ていうかそうでなきゃ奏曲があんなに甘くなるはずないもの」

 

 まぁお友達会の休憩時間に隣同士で寝てたのが運の尽きだったしなぁ。こいつ寝ぼけて首筋に噛みついてきたと思ったら、そのまま吸血し始めたし。

 もちろん逃がすわけないよね。リアル吸血鬼を目の前に見つけて科学者としての興味や好奇心を存分に刺激された挙句、こいつまだ子供だったせいですぐ泣くから俺がいじめたみたいな空気になるし。

 

「出会ったその日にたまたま横で寝てた子に秘密がバレたと思ったら、怖がられもせずにいきなり事情聴取だもん。私じゃなくてもびっくりするよ」

「まぁ当時の俺からすれば面白い研究対象だったし、そういう意味では下心ありありで近付いたんだが……あんだけ懐かれりゃ情も移るよなぁ、そりゃあ」

「怖がられると思った相手がやたら自分を構うんだから、子供としてはそりゃ懐くでしょ。ていうかそれを想定しないあたりバカよねあんたも」

 

 うるせぇ、その横から飛び出た二本の触覚引っこ抜くぞ。

 

「まぁ秘密を知った以上、それを本人が隠そうとしてるなら無理にそれを晒す必要もないしな。吸血体質についてちょっと教えてもらう代わり、バレそうになったら全力でサポートするって約束で近くに居た……結果がこれだよ!」

「今ではすっかり親友同士だもんね」

「……あんたの目に先見の才がないことだけはよくわかったわ」

 

 別に後悔なんてまったくしてないからいいけどね。

 お互いwin-winのギブアンドテイクな関係だったとはいえ、正体を知った上ですずかをサポートし続けた俺は、気付いたらすずかの父親である征二さんにまで気に入られる始末。

 言っておくがな! 俺はロリコンじゃないんだ! 征二さんが何をどれだけ言おうと、すずかとそういう仲になるつもりは無い! ……ごめん2割くらい下心あります。

 

「さて、じゃあすずかのことについてはもう話し終えたわけだし、もう本題に戻ってもいいわよね?」

「あっ、やっぱ忘れちゃくれないんすねー。知ってましたー」

『やはりそのための時間稼ぎだったのか……』



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奏曲の休養と、クリシスの怒り

「さて、あの事件を終えてかれこれ一週間、海月の魔力をまるまる貰ったおかげで自然治癒力も上がって、シャマルと夜天にも世話になったおかげで快復の兆しが見えてきたこの右手についてですけども」

 

 どうも、あれから八神家にいるシャマルの元へ「通院」を繰り返し、今ではこうして休学しながらバニングス家で療養している身の夏海奏曲です。

 今日は平日ということで、アリサは今頃その明晰な頭脳を遺憾なく発揮して、教師たちを泣かせるような無双ぶりを見せていることだろう。

 そしてその姿をすずかがにこにこ顔で見守りつつ、たぶん同じくらいの実力を隠し果せているのだろう。能ある鷹はなんとやらだ。

 

『……やや治りが遅いな。原因は……やはりマスターであるアリサの仕業だろうな』

「『裂夜の鎚』の魔力蒐集機能の応用か……。治癒魔法が俺に干渉する瞬間に、その魔力の一部を蒐集することで、俺の快復を遅らせてやがる……」

 

 なんでこんな回りくどい方法で俺の快復を遅らせてくれやがっているのかは、今更になって問う必要もあるまい。

 ようは、俺が無茶をしないための処置だ。手は治ってほしい。ただしゆっくりと、俺が無茶をしない期間が少しでも延びるように。

 治ってほしいという想いと、無茶をしてほしくないという願いのジレンマに挟まれた我が親友たちが、必死になって導き出した結論がこれなのだろう。俺ってば愛されてるぅ!

 

「ちょっとアリサに直訴してくる」

『敗訴の未来しか見えないのだが』

「安心しろ、たぶんその未来は現実になる」

『せめて気持ちくらいは勝つつもりでいろ』

 

 確かに俺の十八番は豪快な力技でも多彩な魔法でもなく、誰でも到達できる虚言と屁理屈の極地にあるわけだが、それでもアリサに口先で勝とうだなんて、村人Aがドラゴンに挑むようなものだ。

 ドラゴン……ドラゴンか。そういえば何代か前の生では巨大なドラゴン相手に生身で挑んだことがあったなぁ。あの時の戦いで俺は痛感したね、仲間の支援ってものの大切さを。

 まぁ現代の俺は闇の書事件にしても俺失踪事件にしても、そして今回の魔導士兄妹事件にしても、思いっきり仲間や友達の思いを無駄にして足蹴にしてドブに放り投げてるわけだけども。

 

「ええい離せ! 止めるな夜天! 今日という今日こそはまともな治療をしてもらうんだあああああああ!」

『離すも何も私はお前に触れることもできんし、止めてもいない! というかお前が言う「まともな治療」を施しているのは私とシャマルだ!』

「は? じゃあ誰が俺の服の裾を……」

 

 嫌な予感――というほどでもないが、決していい予感とは言い切れない類の寒気を背筋に感じて、俺はゆっくりと視線を背に向ける。

 

 

「 わ ら わ じ ゃ 」

 

 

 一瞬マジで背筋が凍った。冗談抜きでちびるかと思った。

 いや考えてみ。余所事を考えてる時に後ろからシャツの裾を掴まれたような感覚があったから振り返ってみたら、過去に何度も自分を殺したことのある天敵みたいな奴が邪悪な笑みを浮かべてキスできそうな距離にいるんだぜ?

 ホラーだわこんなん。満14歳にしてまさか本気でちびりそうになるとか思いもしなかった。ていうか仮にもその身体はヴィータのものだからな! そういう人を疑わせるような表情するのはマジでやめろ!

 

「……悲鳴すら出ないレベルで怖いんですがそれは」

「ふふん、そのつもりでしてみせたのじゃ、当然じゃろ」

 

 隠す気など微塵も感じさせないほど見事などや顔を披露しつつ、俺のベッドに腰かけるクリシス。

 そういえば今日は月村家のメイドのバイトは休みの日だったか。先日すずかからそんなような話を聞いていたが、すっかり聞き流してしまっていた。ごめんすずか。

 しかしこいつ、部屋に入る瞬間を俺が察知できなかったところを考えると、転移魔法を使ってまで俺にドッキリを仕掛けやがったのか。相変わらず俺を貶めるためなら事柄の大小に拘らず全力を出す奴だな。

 

「で、今日はなんの用だ? ただ驚かすためだけに、ヴィータの貴重な休日を奪ってきたわけじゃないんだろう?」

「無論じゃ。実は巷で奇妙な話を聞いての。いざという時、この肉体の主も出張るかもしれんでな、貴様の耳にも入れておくべきかと判断したまでじゃ」

「奇妙な話? ヴィータが出張るってことは、魔法関連の事件か。でもそういうことなら、管理局に所属してる高町やテスタロッサに言った方がいいんじゃないか?」

 

 魔法戦は本来、高町やテスタロッサ、あるいは透霞の領分だ。俺はせいぜい、日常で万引き犯や痴漢をとっ捕まえるくらいが関の山。魔法関連の事件なんて、そう何度も体験したくはない。

 ましてや今の俺は利き手である右手を粉砕されており、とてもじゃないが満足に戦うことなんて出来やしない。足を引っ張るなんてレベルじゃない。足をひっ捕まえてジャイアントスイングするようなものだ。

 いや、もしかしてそれを望んでるのか? 俺が利き手に怪我を負っているからこそ、その妙な事件とやらに関わらせて思いっきり散ってもらおうとか、そういう卑劣極まりない考えを……そうだ、それだ。

 

「莫迦を言うでないわ。如何に優秀な魔導士とはいえ、あのような幼い童子を戦場(いくさば)に放り出す阿呆など管理局の者どもだけで十分じゃ」

「俺も肉体年齢は一緒なんだけど」

「貴様は早う死ぬがよい。戦場であろうが日常の中であろうが関係なく早死にするがよい」

 

 まぁわかってはいたけども、俺と俺以外とで扱いの差が激しい奴だなオイ。

 

「脱線したか。しかし今の言葉は冗談にしてもじゃな、貴様なら任せてもよいと判断したのじゃ。この肉体の主も、その主も、貴様を心から信用しておる。妾も、貴様のことは気に食わんが、その力だけは認めておる」

「……そうかよ。その信用は素直に喜んでおくけどな、でも俺の右手の状態はしばらく続きそうなんだ。その事件がどれだけの期間をかけて解決するのか、あるいは解決しないまま収束するのかはわからないが、それまでに治るって確証がないと、俺も状況に当たれない」

「何……? 貴様、我が肉体の主の同胞から治療を受けていると聞いたが、その程度の肉体的損傷など、あの者たちに任せればどれだけ遅くとも一か月で全快できるのではないのか?」

 

 そうなんだよなー。普通なら、夜天とシャマルの治療を受ければたいていの肉体的損傷はすぐ快復するし、重度の複雑骨折でさえ、俺がリハビリに意欲的なら一か月もかからないはずなんだよなー。

 でも仕方ないよね。親友であるアリサとすずかがそれを望んでいる以上、俺はそれを叶えてやりたいと思うし、絶対に治らない怪我ってわけでもないなら、多少の遅れは大した問題でもない。

 

 ――と、そういう経緯をクリシスに話したところ、こいつはキレた。

 

「阿呆か貴様の親友は! いや、貴様よくそれほどの仕打ちを受けて尚、よくもその者らを親友と呼べたものだな! 吐き気を催す程の邪悪じゃぞそれは!」

「俺のことをどうこう言うのは勝手だがな、アリサとすずかのことを悪く言うのはやめろ!」

「誰がやめるか戯けがッ! ちっ、ここで話していても埒が明かんッ! 貴様、今すぐ出かける支度をしろッ! 妾が貴様の親友とやらに話をつけるッ!」

 

 

 

 

「……というわけだ。すまん二人とも、こいつこうなると止まらないんだ」

 

 学校が昼休みを迎える頃、俺は半ば強引に引きずられるようにして、この聖祥大附属中学校の女子棟に訪れた。

 裂夜の鎚を通してアリサに思念通話を送り、すずかを連れてこの屋上まで来てもらったところまでは、まずまず順調ではあったのだが、それよりクリシスの機嫌が出合い頭に攻撃魔法を撃ちそうなレベルで悪い。

 で、でもまぁこいつ基本的には良識あるタイプだし、俺以外の、それも女の子をいきなり脅すような真似はしないだろう。……たぶん。

 

「えっと、ヴィータちゃんじゃないんだよね?」

「確か、前に言ってたクリシスさん……だったっけ。あんた、天敵だとか言ってなかった?」

「言ってたよ。今もなお天敵なうだよ。正直いつ首を刈られるかわからないような気持ちで今ここに居るんだよ」

 

 そういえばこいつらクリシスと会うのは初めてだっけ。

 確かにこいつ、基本的にヴィータの中に隠れてるし、出てきても俺かシグナムの前くらいだしなぁ。あ、はやては見たって言ってたなそういえば。

 しかしそうなると自己紹介からか……。めんどくさい、しばらく黙っとこ。

 

「面倒な挨拶はよい。それよりも本題じゃ。貴様ら、聞くところによれば此奴の快復をわざと遅らせておるらしいのう。それは何故(なにゆえ)じゃ?」

「……っ! どこで、誰からそれを「ソーマ自身からじゃ」……ああ、バレてたってわけね」

「そらバレるだろ。治癒魔法の魔力を横から奪うなんて芸当、裂夜の鎚じゃなきゃできないし、それを使えるのはお前しかいないんだから」

 

 むしろバレないとでも思ってたのか?

 ……思ってないだろうな。たぶん「どうせすぐバレると思ってはいたけど、まさかこんなに早くとは思わなかった」ってところか。

 いや正直言って違和感だけなら治療初日から感じてたんですがね。ドヤァ……。

 

「理由は簡単よ。こいつに無茶をさせない枷を作るため。もちろん、早く良くなってほしいとも思ってはいるわ。だけど、そうなったらこいつはまたすぐに新しい事件に首を突っ込んで無茶をする。そうでしょ、奏曲?」

「まぁしないとは言い切れないけども……」

「それに、最近は街のあちこちで変な噂も聞くし……。奏曲くんのことだもん、それがもしこの街に不穏な種を撒くようなものなら、この街に住むわたしたちのために、確実に事件に関わろうとする!」

 

 えっなに、クリシスも言ってたけど海鳴のあっちこっちでそんなに妙なこと起きてんの? 俺ってば情報に疎すぎじゃないですかやだー。

 

「……で、貴様らの言い分はそれだけでよいのじゃな?」

「え? あ、はい……」

「然様か。ならば順を追って切り崩していくとするかの」

 

 切り崩す、か……。まぁ言っちゃ悪いけど俺から見ても今回のアリサとすずかの行動やその理念はガバガバだからなぁ。

 クリシスに全部任せるのはちょっと気が引けるし、アリサとすずかの援護をしてやりたい気持ちもあるけれども、今回は黙って聞いていよう。

 さすがに俺も利き手が懸かってるしね。あと二人は最近ちょっと「俺を無茶させない」ってことに対して盲目というか強引になりつつあるから、そこもクリシスに正してもらればなー、と思ってたり。

 

「まず無茶をさせん云々からじゃな。まず聞くが、貴様らの中のソーマのイメージとはどのようなものだ? 特に無茶をする原因について、心当たりがあれば言ってみよ」

「えっと……自意識過剰でなければ、あたしたちのためなら無茶を惜しまず……」

「まぁ、そうじゃろうな。その時点で、貴様らの目論見は最初から崩れておる。そうじゃろう? ソーマ」

 

 ああ、うん。まぁそうだよねー。

 

「まぁぶっちゃけお前らのためなら利き手がどうなってようが無茶する自信があるんだよなぁ……」

「ほれみたことか。此奴は貴様らが思っておるほど素直な人間ではない。加えて、事件に関わろうとする件についても同様じゃ。ソーマは貴様らのためならば利き手のひとつふたつ関係なく無茶をしおる」

 

 利き手はひとつしかないと思うんですがそれは。両利き? あれは「どっちも利き腕じゃない」判定だ、よってノーカン。

 さて、それはそうとして、いよいよアリサとすずかの表情にも焦りや惑いが見えるようになってきた。

 どんな理由があれ、こいつらは俺の……親友の手の治療を妨害した。その事実が、俺と同じように「常軌を逸した友情観」を持つこの二人の心に、重い槍となって突き刺さっているのだろう。

 

「加えて、先ほど洩らしておった変な噂についてじゃがの、それは貴様らが耳に入れずとも、妾が此奴の耳に入れておったわ。少々、厄介そうな事件じゃからの」

「そ、そんなっ! なんで奏曲くんなんですかっ!?」

「ソーマ以外の誰なら相応しいというのじゃ? なのは嬢か? フェイト嬢か? いずれも否じゃ。彼女らはまだまだ幼い。このような事件には、我々「転生者」こそが相応しい」

 

 なるほど、俺の他にも透霞や海月あたりにも声をかけるつもりだったのか。

 いや、透霞が転生者であることをクリシスは知らないはずだし、俺と海月とクリシスの三人でやるつもりか。見事に俺と相性の悪い奴ばっかりだな。海月とクリシスはどうか知らんけど。

 ぶっちゃけ透霞っていても足手まといにしかならんしな。あいつ魔力がでかいだけで出力は低いしバリエーション少ないしで後衛としても微妙な奴だし。

 

「で、でも仮に今から治療をきちんと再開したとしても、奏曲くんの手はあと一か月は……!」

「ソーマ、正直に言うてみよ。貴様、本当に一か月もかけんと治らんのか?」

「……首元に死神の鎌をつきつけられてる状況だから正直に言うけど、実はアリサの命令次第では1日もあれば完治します」

 

 そのための「命令執行補正」だし。

 魔導書(アイテム)である俺は、マスターに「使われて」始めて本領を発揮する。

 マスターに命令されることで、俺自身の限界を超えることが可能だし、その命令を執行する上で必要なことなら、あらゆるブーストが掛けられる。

 つまり、アリサが俺に「ブラジルまで連れていけ」と言えば、それだけの距離を飛行可能なレベルまで魔力ブーストしてもらえるし、「今すぐ万全の状態になれ」と言われれば裂夜の鎚の全スペックを回復に回すことが可能だ。

 

「で……でも、それならなんで……!」

「言うわけなかろ。たとえどれほど自分が不自由を強いられようと、貴様らがそれを望むのなら、此奴は一か月でも半年でも、たとえ何年かかろうと、貴様らが望むだけ不自由に従ったはずじゃ」

「そんな……!」

 

 確かにまったくもってその通りなんだが、それをクリシスが言うと、だいぶ違和感があるなぁ。

 まぁ、今となってはもう過去の話ではあるが、こいつも元々は俺の親友の一人だった奴だしな。俺のこと、本当に理解してくれてんだな。

 

『どうする、ソーマ。彼女に借りが出来てしまったぞ』

「うっせ、今いい話の流れなんだからちょっと静かにしてろ」

 

 茶化すように話しかけてくる夜天を「内側」に引っ込めて、俺はアリサとすずかの決断を待った。



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アリサの決意と、奏曲の変化

 アリサとすずかがクリシスからお説教を受けてから3日が経過し、現在は5月の8日、水曜日。

 あれから俺はアリサの命令執行補正つきで右手の修復に努め、昨日とうとう完治。ただしシャマルからは骨がまだ以前より柔らかい状態なので、荒事はもうしばらく様子を見ろとは言われてる。

 しかしそこでシャマルの言うことを聞かないからこそのこの俺だ。クリシスに呼び出され、アリサも連れて月村家に訪れた。

 

 理由はまぁ、3日前にクリシスがちらっと言っていた「妙な事件」に関することだろう。ぶっちゃけそんなもん管理局に任せとけと思うが、放っておけばヴィータが出張りかねないので仕方ないのだそうだ。

 ちなみにヴィータが出張るということは、即ちヴォルケンリッター全員が関わるということでもあり、もっと言えば八神に危が及ぶ、あるいはこの海鳴全体に影響を及ぼすような事件だということだ。

 その割にはそんな事件も噂もクリシスから聞くまで俺はまったく聞いていなかったのだが、それはまぁ、最近は透霞とのごたごたで忙しかったから仕方ないってことで勘弁願いたい。

 なおそのごたごた自体はまったく何も解決していない模様。やったぜ。

 

 俺とアリサが月村家につくと、月村家メイドで、ヴィータの(メイドとしての)教育係を務めていたノエルさんが、俺たちを迎えてくれた。

 同じくメイドで、ヴィータにとっては先輩にあたるファリンさんはどうしたのかと尋ねると、ついさっきすずかの姉の忍さんが気に入っていたマグカップを割って、今まさにお叱りを受けているところだという。

 まぁお叱りとはいっても、忍さんは人を責めることはあれど必要以上の言葉をぶつけない人だ。怒りはするし叱りもするけど言いすぎない、みたいな。だから加減はしてくれてるんだろう。

 

「ご用件は伺っています。すずかお嬢様のお部屋までご案内します」

 

 お荷物をお持ちします、とアリサの持つ鞄を受け取ろうとするノエルさんだが、アリサはそれをやんわりと断る。

 鞄の中には携帯と財布とリップくらいしか入ってないらしいが、なぜそこに裂夜の鎚も入れないのかといえば、まぁいざって時に手放さないためだという。実際、それはアリサのズボンのポケット内だ。

 小学生時代と変わって、最近のアリサはスカートよりもパンツルックであることが多くなった。理由を聞けば、スカートだと裂夜の鎚がすぐに取り出せないからだそうだ。

 じゃあ上着のポケットに入れればいいだろうに、とも思ったが、アリサも女の子だ。本人なりにファッションとかこだわって今のスタイルに落ち着いているみたいだし、強くは言うまい。

 

「あ、ノエルさん、ちょっと聞いていい?」

「はい、なんでしょうか」

「今日は俺とアリサのほかに、誰が来るって聞いてる?」

「お二人以外ですと、ヴィータとシグナム様がいらっしゃると伺っております」

 

 あ、やっぱシグナムも来るのか。となると、シャマルとザフィーラは相も変わらず八神の護衛ってことか。

 すげーどうでもいい弁明みたいなことを言わせてもらうと、シグナムとヴィータが派手で攻め手が多いことで忘れがちだが、シャマルとザフィーラも並の魔導士よりはるかに強い。

 特にザフィーラはヤバい。防御魔法の堅牢さもさることながら、純粋な身体機能だけを駆使した格闘能力においては、俺より遥かに上だ。

 

 俺がザフィーラ相手に勝ち星を挙げられるとすれば、それは夜天のサポート魔法によるところが大きい。そんなザフィーラがシャマルと組んだなんて日には、俺は対戦開始1秒で降参する。

 そらそうだろ、俺の得意分野であるはずの格闘戦で互角な上に、あっちは豊富で強力な防御手段を持っていて、ようやく大きなダメージを与えてもシャマルの治癒魔法で即回復とか泣くしかない。

 じゃあ回復役を真っ先に潰せよ、とゲーム脳な奴はよく言うが、ザフィーラは「盾の守護獣」を名乗るだけあって、防衛戦にやたら強い。シャマルを庇うことを前提に戦っているせいか、まず攻撃は届かない。

 

 そんなシャマルとザフィーラが八神の元にいるのだから、シグナムとヴィータも安心して主を家に残してこられるのだろう。

 まぁ今回のミーティングはクリシスが中心になっているみたいだから、シグナムしか付き添えなかったってところだろうが。八神家でクリシスの存在を知ってるの八神とシグナムだけだし。

 

「……奏曲」

「ん? どうした、アリサ」

 

 すずかの部屋までもう少しという距離で、アリサが何か思い悩むような表情を隠さず俺に声をかけてきた。

 こないだの右手のことを未だに気にしているんだろうか。だとしたら、そんなことはもう悩むことも悔いることもないと、返してやらなきゃな。

 そう思っていた俺にかけられたアリサの言葉は、俺の予想とはまったく異なるものだった。

 

「あんた、変わったわね」

「……は? 変わった、って……俺が?」

「うん。数年前までのあんたは、いつだってあたしたち『親友』を……ううん、親友「だけ」を中心に動いてた。あたしやすずかがいれば、時として透霞さえ裏切ってもいい。そういう奴だったわ」

 

 親友だけが中心だった……。確かに、俺の中心にはいつだって親友がいた。いや、それは今だってそうだ。夜天がいて、アリサがいて、すずかがいて、そしてこいつらの望む人々が周りにいる。

 俺は、そんな『輪』を見ているのが本当に好きで、大好きで……だからこそずっと守ろうと、絶対に守ろうと、必死なんだ。それは今だって変わらない。これからも変わらない。

 なのに、アリサの目はそんな俺の反論を許さないほどまっすぐで、凛としていて、だけど同じくらいに脆くて、儚かった。

 

「目の前でどんな不幸に遭う奴がいても、それが親友でないなら構わない。どこかの誰かが何を誹謗していても、それが親友のことじゃなきゃ構わない。そういう奴だった。……そういう奴だと思ってた」

 

 アリサの目は、澄んでいた。強く、弱々しく、澄んでいた。

 俺はそんなアリサに何も言い返すことができないまま、アリサの言葉をただ聞いていた。

 

「でも……最近のあんたは変わってきた。今まで親友のことしか考えてなかったあんたが、親友だけじゃなく『親友の大切なもの』まで守ろうとし始めた」

「…………」

「三日前……クリシスさんに突き付けられた言葉は、きっとそういうことだったのよ。あんたは、間違いなくあたしたちの親友よ。だけど、それだけじゃない。あんたは……あんたを必要とする人たちにとってのあんたでもある」

「俺を必要とする、誰かにとっての俺……」

 

 気付けば、俺とアリサは既にすずかの部屋の前に立っていて、ノエルさんは静かに俺たちの前からいなくなっていた。

 取り残された俺とアリサだけが、この廊下で静かに佇んでいる。

 

「今回の事件、昔のあんたなら引き受けなかった。だけど今のあんたは昔よりちょっとだけ広い視野で、冷静に物事を見られるようになったわ。その証拠が……『海鳴市を守ることがあたしたちを守ることになる』という、その発想よ」

「……確かに、昔の俺は目の前の狭い視野でしか物事を見ることができなかった。アリサとすずかさえ守れればいいと、お前たちをどこか遠いところに連れ去ろうとしていたかもしれない。けど、それじゃ……」

「そう、それじゃ『あたしたちの大切なもの』を……友達や家族、学校やこの街で得た思い出を犠牲にしなきゃいけない。守れない。そう思えるようになったということが、あんたが『変わった』ということ……」

 

 アリサは、俺に何を伝えようとしているのだろう。前の俺に戻ってほしいのだろうか。それとも、今の俺を良しとしてくれているのだろうか。

 きっと――いや、これは俺の勝手な憶測だ。アリサの思いは、アリサにしかわからない。俺が勝手にどうこう思っていいようなことじゃあない。

 それでも、これだけは言っておこう。

 

「……だけど、どれだけ変わっても、変わらない部分だってあるさ。俺がいつまでも親友のことを想い続けてるのだけは、間違いなく、変わらないことのはずだ」

 

 だから、と一拍おいて――

 

「変わらない俺たちのまま、戦おうぜ。俺にとって一番の武器は、お前らとの友情なんだからよ」

「……そう。そうね、戦いましょう。今度の事件は、あたしだって無関係じゃないんだからね」

 

 二人は、目の前のドアを開いた――。



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転生者の集合と、透霞の襲撃

 すずかの部屋に入ると、そこにはこの部屋の主であるすずかの他、既に海月が到着していた。

 ちなみにこいつ、前回俺が思いっきり魔力を吸い上げてギルドに放り込んだため、今ここにいるのは間違いなく透霞経由で連絡がいったのだろう。

 俺がギルドで働いていることは透霞は前から知っていたし、たぶんそこから来るように言われてここにいるのだろう。

 

 ていうかこいつ、いくら透霞から連絡が行ったからとはいえ、あの11位の姉御の制止を振り切ってきたのか。それはそれですげーなこいつ。シスコンこわっ。

 どれぐらいすごいかといえば、11位の姉御は『追跡』のプロであって、ガジェットギアと呼ばれるバイク型のデバイスを用いた機動力はもちろんのこと、相手が魔法を使って逃げた場合は魔力残滓を追って相手を追い詰める。

 つまり、11位の姉御から逃げ切る術はたったひとつ。魔法を用いることなくバイク並の機動力を振り切るしかない。それをこいつはやってのけたのだ。アホか。

 

「いらっしゃい、二人とも。シグナムさんとヴィータちゃんはもう少しかかるみたいだから、お茶でも飲んで待ってよっか」

「ああ。おっ、このクッキー美味そうだな。一個もーらいっ」

 

 さて、今日ここに集められる人員は、俺の予想では6名。俺・アリサ・すずか・海月・シグナム・ヴィータ/クリシスの6名だ。

 クリシスはおそらく俺・海月・シグナムと自分だけの4人で話を進めるつもりだろうが、俺の親友たちは揃いも揃って過保護だ。今までの経験からして、俺が事件に首を突っ込めば怪我をして帰ってくると知っているのだろう。

 だからきっとたぶん間違いなく、今回の事件には無関係でいるつもりはないんだろう。だから、俺も覚悟を決めている。二人を守りながら戦う覚悟をだ。

 できれば家でおとなしく待っていてほしいが、元より俺はロストロギア『裂夜の鎚』のプログラム。マスターであるアリサを守るために『使われる』方が、スペックも底上げされる。ひいては安全に戦えるということだ。

 

『そういえば、この面子を集める際にクリシスは『転生者』がどうのと言っていたな。透霞は選ばれなかったのか?』

「選ばれなかったというより、転生者であることを知らない、という方が正しいだろうな。あいつなんだかんだで透霞のことは普通の子供として接している節があるし」

 

 実はクリシスは透霞が転生者であることを知らない。というよりも、そもそも透霞に至ってはクリシスという存在すら知っているかすら怪しい。

 いやつい最近クリシスに誘拐されたばかりではあるんだが、見た目は完璧にヴィータだし、たぶん何も言葉を発することなく拉致られただろうから、たぶんあれはヴィータの仕業だと思われてる。ドンマイヴィータ。

 だから透霞の方から正体を明かさない限りまずここに現れることはないだろうし、何より透霞は自分が転生者であることを基本的に誰にも明かそうとしない。高町やテスタロッサは知っているが、八神やヴォルケンリッターは知らない。

 

『しかし……この面子を集めるということは、まず間違いなく今回の件は魔法関連なのだろう? だとすれば、管理局も出張ってくるのではないか?』

「俺もそこが気になってるんだ。海月はともかくとして、管理局は俺にとってもクリシスにとっても天敵のような存在だ。できれば干渉どころか接触すら避けたいはず」

『それをソーマと手を組んでまで、独自に今回の事件に当たろうとしている……よほどの理由があるのか、それとも単なる思いつきか』

「後者であることを願いたいな。闇の書事件の時とは違い、今回は今のところ身内に被害は出てないんだから、ぶっちゃけ放置したいとすら考えてる」

 

 というか、正直こういう事件が起こる度に思うんだが、これ俺や管理局が出張るよりも、高町家の御神の剣士を頼った方が確実なんじゃなかろうか。

 士郎さんは元より、恭也さん単体でも軽く人間の領域を逸脱している。俺と透霞を一方的に叩きのめしたシグナムですら、恭也さんには軽くあしらわれそうだ。

 まぁクリシスはあれで博愛主義者というか、俺以外の誰に対しても平等に扱うから、できることなら海月やシグナムにも頼りたくはなかったんだろう。俺を殺すためなら誰でも利用する奴でもあるが。

 

「奏曲くん……たぶん夜天さんと喋ってるんだろうけど、いつもながら傍目から見ると独り言みたいだよ?」

「すずか、遠回しに言うくらいなら、素直に「何ブツブツ言ってんだこいつキモっ」って言ってくれていいんだぞ?」

「そ、そんなこと言わないよ!」

 

 思ってないよ、とは言わないあたり、最後の「キモっ」以外の部分は当たってるんだろう。いや最悪そこも当たってるかもしれない。あれ、なんだろう目から水が……。

 

「む、全員既に揃っているようじゃな」

「待てクリシス。仮にもヴィータの働く家の主の部屋なのだから、せめてノックくらいしてから入らないか」

 

 っとと、そんな風にいつも通りのやり取りをしていると、いつの間にかシグナムとヴィータ/クリシスも到着していた。

 ノックもなく入ってきたことを諫めるシグナムだが、クリシスにその類のマナーは求めるだけ無駄だ。そいつはそういうのをマスターした上でやってる可能性が大だからな。

 

「細かいことをぐちぐちと……まぁよいわ。ひとまずこれで全員がそろって――」

「ちょおおぉっとまったあああああっ!」

 

 ばぁん、と思い切りよく開けられた部屋のドア。そしてあまりにも聞き覚えがありすぎる声。何より人の家に連絡も入れずにいきなり押しかける図々しさ。

 ここに居る誰もが、そのバカでかい声の主に気がついた。というか、できれば気が付きたくなかった。あるいはただ声が似ているだけの別人だと思いたかった。

 だが、それが現実逃避であることもわかっていた。なので、俺は少しだけ迷いながらも、みんなと一緒にその視線をドアの方へと向けた。

 

「兄さんと海都を巻き込んでおいて、わたしだけ放置なんてことさせないよ、ヴィータちゃん!」

「……透霞か。悪いが此度の件に貴様を巻き込むことは出来ぬ。ソーマと水都坊の目が厳しいでの。そうでないとしても、妾自身も反対じゃしの」

 

 ヴィータ/クリシスのはっきりとした拒絶。

 しかし、それで引き下がる透霞ではない。というか、その程度で引き下がるようなら最初からここに押しかけてきているはずがない。

 透霞の目はいつも通りまっすぐで、けれどいつも以上に真剣だった。

 

「どんなにダメって言われてもついていくよ! だって兄さんと海都はわたしの大事な兄弟だもん! 兄弟が危険なところにいくなら、わたしだって黙って見てらんないもん! あとなんかヴィータちゃんキャラ違くない?」

「最後の一言がだいぶウェイトを占めてる気がするのは気のせいか?」

「まぁお互いに初対面みたいなもんだからなぁ……」

 

 透霞の発言の重みが3:7くらいでヴィータ/クリシスへのツッコミへ傾いていたことを海月が指摘するので、まぁ仕方のないことだろうとフォローしておく。

 まぁ透霞のことだから「ダメって言われてもついていく」ってところは割とマジなんだろう。あいつ兄弟が関わると周りの意見を聞かなくなるからな。

 

「……ところで海月。俺はあいつに関わらないつもりだったが、明らかに透霞の方が俺に関わろうとしている現状についてはどうするつもりだ?」

「姉さんの前で汚らしい血を見せるわけにはいかないからな。今日のところは見逃してやる」

「魔力切れのひょろひょろ状態でよく言えるなお前。逆に尊敬するわ」

 

 どう見ても今のお前は俺どころか透霞と喧嘩しても間違いなく負けるくらい疲弊しきってるだろ。いや体力はなんともないんだろうが魔力はすっからかんじゃねーか。

 クリシスもたぶんお前が転生者じゃなければ今回の件には誘わなかったんじゃないかってくらいひどい状態だぞ。こんな風にしたのはいったい誰だ。信じられない鬼畜野郎だな。ざまぁ。

 

「何を言おうがダメなものはダメじゃと言っておろうにッ!」

「ダメだってなんだってついてくったらついてくのーッ!」

 

 そんでもってあいつらは子供の喧嘩みたいになってるけどそれはどうなんだ。



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奏曲の親友と、守りたい家族

 結局、透霞はクリシスと海月の反対を押し切り、本件への参加が決定した。クリシスから聞いた、本件の概要は、簡単に説明すると以下の通りとなる。

 大まかにいえば、最近この海鳴市のあちらこちらで奇怪な盗難事件が頻発しているらしい。警察の取り調べによれば、食べ物・雑貨・家具・家電・自動車など、様々なものが一瞬にして目の前から消えるとのこと。

 透霞とすずかの補足によると、盗難される直前、強烈な光がそれらを覆うように発生したとのことだ。まぁ、おそらく遠隔式の転移魔法だろう。強烈な光というのは、犯人……あるいは協力者の魔力光だろうか。

 転移魔法が使える海鳴市の人物といえば、シャマルが真っ先に頭に浮かんだが、さすがにヴォルケンリッターが八神に迷惑をかけるような真似をするとは思えないし、たぶん違うはずだ。

 

「被害状況は?」

「最初の被害は約一か月前の4月10日。市内の家電センターで、最新型家庭用冷蔵庫を例の「強烈な光」が包み、まるで地面に吸い込まれるように消えていったみたい」

 

 俺からの質問に答えるのは、ノートパソコンでこの事件を調べてくれているすずかだ。

 数代前の『生』で管理局と電脳戦をすることになった際、俺が組み上げたハッキング用マルチサポートプログラムを用いて、警察の捜査資料を盗み見て、それらのコピー資料を作成してくれている。

 どうでもいいけど、すずかって普段こういうこと絶対しない子なんだけど、どうして大した抵抗もなくやってのけてるんだろうね。まぁ頼んだ俺が言うセリフじゃないけどさ。

 

「二件目の被害は一件目から3日後の4月13日。大型デパート内のあちこちで「強烈な光」が発生。いくつかの商品がほぼ同時に盗まれたみたいだね」

「被害内容のほとんどは調理器具ね。フライパン、なべ、包丁、電子レンジ……あと野菜や飲み物とかの食品類もいくつかやられてるわ」

 

 すずかの作業をサポートするように、アリサが横に並んで資料に目を通している。すずかがハッキングと資料のコピーをしつつ、アリサはその資料の内容を暗記だ。

 一応、俺のマルチサポートプログラムがある以上、管理局以上の電子防御壁(ファイヤーウォール)を持たない限り、侵入がバレることはないが、一応データを「覗く」以上の真似はさせていない。

 資料のコピーに関しても、相手のデータに直接触れる必要のあるコピー&ペーストではなく、データを目視して手打ちで複製資料を作成しているくらいだ。まぁ、別にコピペしても気付かれないだろうけど、一応な。

 

「んー……なんか冷蔵庫とか電子レンジとか包丁とか、生活必需品を優先的に盗んでるっぽいねー」

 

 透霞のさりげない言葉は、しかし一転してこの事件の被害について一種の「核心」をついていた。確かに、冷蔵庫と電子レンジというのは、現代の電気生活社会において、特になくてはならない必需品たちだ。

 そうなると、犯人の目的というものが少しずつ見えてくる。どうやら犯人は、何をどう頑張っても金を稼げない理由があるようだ。学歴によるものか、前科があるのか、あるいは保護者問題というセンもあるだろう。

 とにかく、そうした何かしらの理由から、本人の努力や労働意欲の問題と関係なく、そもそも労働が不可能な状態であり、生活するために必要な最終手段として転移魔法を使っている可能性がある。

 

「クリシス。犯人は単独による遠隔式転移魔法なんて高度な魔法技術を持ちながら、それをほとんど生活維持のためにしか使っていない。正直言って、俺はこの犯人に海鳴市全体を脅かすような脅威性は感じられない」

「……何が言いたいのじゃ?」

「この事件は、本当に俺たち「転生者」でなければ関わってはいけないほど危険な事件なのか? 確かに高町やテスタロッサみたいな子供に魔法関連の事件を解決させるのは俺だって反対だ。でも、だからって俺たちがしなきゃならないほどなのか?」

 

 俺の中には、ある「仮説」が生まれていた。

 もしも、この事件が本当に俺たちでなければ関わっちゃいけないほどの事件なら、クリシスはおそらく透霞の参加を絶対に認めなかっただろう。

 いや、そればかりか、そもそも透霞の耳に届かせるようなミスはしなかっただろうし、まして海都だけでなく俺まで関わっているなどという、いかにも透霞が食いつきそうな内容は隠していたはずだ。

 にも関わらず、こいつは透霞の参加を容認した。そして、この事件の内容がこれだ。転生者という「知識と記憶の異端者」を必要とするには不釣り合いなほど「安全」なこの事件は、あまりにも不振な点が多い。

 

 だからこそ、俺はこの状況を説明できるだけの「仮説」を立てた。

 もしもこの状況が「転生者」を必要とする事件ではなく、転生者である「俺と透霞と海月」を必要とする事件だったとしたら……クリシスの目的はひとつ。

 

「お前の目的は……本当にこの事件の解決なのか? 違うだろ。あくまでこの事件の解決は「手段」でしかない。本当の目的は……」

「いかにも、お主の思い描く「それ」が真実じゃ。しかし、だからなんだというのじゃ。お主は既に壇上に上がった。もはや降りることは叶わぬのじゃ。潔く、妾の描く物語のひとかけらとなるがよい」

 

 不遜な態度を隠そうともせず、クリシスは俺の視線を真っ向から受け止める。

 俺自身としては、こいつの目論見にノってやるつもりはない。俺にとって透霞はもう妹ではないし、海月のことは今でも許せないと思っている。

 だからこそ今の俺は夏海奏曲じゃない。『裂夜の書』の防衛プログラムにして、アリサ・バニングスの忠実なる従僕――ソーマ・メイスマンだ。

 

 でも……それでも俺の親友たちは、アリサも、すずかも、夜天も……俺の意思を尊重してくれてはいるが、内心ではずっと「そう思っている」はずだ。そしてクリシスまでもが、こうして「お膳立て」してくれている。

 だったら、俺がこの事件に……クリシスの立てた策に乗るのは、そんなにも間違った行いなのだろうか。むしろ、彼女たちとの「友情」を示すためには、こちらから頼むほどのことではないだろうか。

 俺は悩んだ。今世で得た親友(アリサ)親友(すずか)が、俺を支えて癒してくれる。前世から続く親友(クリシス)が、歪んでしまった俺の道を整えてくれる。

 そしてこれからずっと続く親友(夜天)が、その道が間違いではないことを教えてくれている。だったら、俺は……。

 

「まぁ、なんにせよこの事件には関わる。それは、アリサとすずかを守るためだ。それ以上の理由はない」

「……然様か。お主がそれでよいのであれば、妾からはもう何も言うまい」

 

 俺の返した言葉に、失望の意を示したかのように視線を逸らすクリシス。

 いや、失望というのとは、またちょっと意味合いが違うのだろう。だが、問題の中心となる部分からそれほど離れてもいまい。

 クリシスの想いがどんなものなのか、理解はしているつもりだ。でも、これは俺と透霞、そして海月との問題だ。誰にお膳立てしてもらおうと、俺の意見までは変わらない。

 

「……けど」

「…………?」

 

 だから、これから口走るコトバは虚像でないにしても真実ではない。

 ただ、「そうあればいい」という願望だけが、俺の口から洩れ出ただけのこと。

 

「俺だって転生者だ。転生者にしかわからない苦痛を知り、転生者として今まで多くの「家族」を持ってきた人間だ。だから、これだけは言える」

 

 唇が、声が、心が震える。

 この言葉を伝えてもいいのか、これは本当に「あいつ」が望んでる言葉なのかわからなくて。でも――それでも伝えたい。

 

「家族を脅かす存在は、たとえどんな些細な存在でも許さない。クリシス、お前がこの事件を「海鳴市を揺るがす大問題」と言うのなら、その真偽はともかく俺はノるぜ。守りたい親友が……家族がいるからな」

 

 覚悟はできた。

 これから先……迷うことも惑うことも、きっとあるかもしれない。

 だけど、それでもいい。迷い惑いながら見つけ出す答えが、「本物」だと信じてるから。



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ソーマ・メイスマンと、クリシス・レディー

 一通りの話を終えて月村邸を出た俺は、今の仮住まいであるバニングス家へ帰る前に、一度アリサと別れてヴィータ/クリシスと行動を共にしていた。もちろんシグナムも一緒に。

 八神家に帰るまでには意識をヴィータに返すつもりらしいが、こいつ最近ちょっと表に出過ぎじゃないだろうか。まぁ今はその方が都合がいいけど。

 

「……さて、もう誰もいないんだし、そろそろネタばらししてもいいんじゃないか?」

「ふむ、そのようじゃの。とはいえ、お主ばかりが妾の真意に気付くというのも、皮肉なものじゃの。とはいえ、今回の事件はおそらく何かの『前触れ』ともいうべきものじゃ。互いの認識を擦り合わせる必要もあろうの」

「あー、やっぱあれ『準備』だよなぁ……」

 

 そう、俺とクリシスの共通認識として大前提となるのは、今回の事件は決して遠隔式転移魔法による盗難事件ではない。

 おそらく、何かしらの前科を持つ魔法世界の犯罪者が、魔法文明が発達していない世界を狙って生活必需品を揃えていたのだろう。ここまでは、おそらく俺やクリシスだけではなく、あの場にいた大多数の共通認識だ。

 だが、問題は前科を持つ犯罪者が、それも「魔法文明が発達していない世界に手を出すほどの」犯罪者が遠隔式転移魔法を使ってまで生活用品を集めていたとなると、話はあまり簡単ではなくなってくる。

 

「俺の予想では、犯人は何かしらの大規模犯罪を企てている可能性がある。おそらく舞台はここではなく、その犯人が居るであろう魔法世界でのことだが。根拠は『遠隔式転移魔法』だ」

「もしもこちらで事を起こすつもりならば、世界を隔てるほどの転移魔法を使用する理由がない、ということか。確かに、通常の転移魔法……魔法文明がある程度発達している世界では、転移魔法を逆探知される可能性があるからの」

「それと、これはもはや憶測なんだが、犯人は地球という世界をある程度知っていて、なんならこの世界に何度か魔導士が訪れていることを知っている可能性がある」

 

 正直、これはほとんど根拠というものがない。だが、なぜか確信のようなものがある。

 というのも、犯人の使った遠隔式転移魔法を解析してみたら、まるで狙いすますかのように海鳴市周辺でのみ事態を起こしている。となると、犯人が狙ったのが地球ではなく『海鳴市』だという、一種の仮説を生む。

 では、魔法世界の犯罪者が『海鳴市』を狙う理由はなんだ? そう考えた時、真っ先に脳裏を過ぎった存在が、あの『高町なのは』だった。しかし、現時点で高町の知名度は管理局内で収まる程度のはず。となると、別の可能性が出てくる。

 この海鳴市にしか存在せず、魔法関係の犯罪者が求めるほどの『ナニカ』……そんなもの、そう多くはない。

 

「……それは妙な話じゃな。魔法という文明が発達していないから、魔導士がいないからこの世界を狙ったのじゃろ? だとすれば、なぜ魔導士がいる可能性のある地球を選んだのじゃ? 魔法文明が未発達な世界は他にも……いや、まさか……」

「ああ、おそらくお前が考えてる通り、犯人の狙いは物資の調達ともうひとつ……。現状この世界の、この海鳴市に存在する『転移型ロストロギア』の入手だろう。もっとも、既に転生機能を失った夜天の書は除かれるだろうが」

 

 転移型ロストロギア。既にその機能を失った『夜天の書(八神)』を除いても『裂夜の鎚()』と『ライフ・ア・ライブ(クリシス)』が存在する。

 転生能力者という意味では透霞と海月もそうだろうが、あいつらは繰り返し転生できるわけではなく、あくまでこの生が終着点。ならば、相手の狙いは俺とクリシスのどちらかに絞られるだろう。しかし――、

 

「となると、妾よりも危険なのはお主ということうになろうの。肉体に定着してしまうアストラル系ロストロギアの妾よりも、魔導書という形で所有者を変えられるお主の方が、奪うには容易い」

「ああ、だからこそ今回の話には乗らざるをえなかった部分もある。俺だけならともかく、本体である裂夜の書が狙われるとなれば、アリサにも危険が及ぶ可能性があるからな」

 

 現時点では物資の調達しかしていないから脅威性は低いように思えるが、相手の目的に『裂夜の鎚』の強奪が含まれてるとなると警戒レベルは上げておくに越したことはない。

 それに、現状では相手の正体すらわかっていないから、どうしても対策ができず行動が後手に回る。あちらが強奪しようと動き始めなければ、こちらは強奪作戦が本格化してきたと把握できない。

 本当なら俺とクリシスだけで、それで足りなければヴォルケンリッターにだけ力を借りて対処したい案件ではある。しかし、俺がこの件に首を突っ込んでいるとわかれば透霞は必ず手を出そうとするだろう。となれば、海月もだ。

 それがわかっていたから、クリシスは最初から海月を誘っていたのだろう。アリサとすずかまで巻き込んだのは、実際に前線に出ないとしても、危機感を持ってもらうためだ。魔法技術を持つ人物が、この世界に干渉しているということに。

 

「……クリシス。いまさらだから言うけどな、嬉しかったぜ。高町とテスタロッサをこの件に巻き込まないでくれたこと」

「本当にいまさらじゃな。それに、決してお主のためではない。未だ十代半ばの童子を戦場に引きずり込むなど鬼も唾棄する畜生の――」

「でも、以前までのお前なら、俺を殺すためならやってたはずだ。……違うか?」

 

 クリシス・レディー。俺の永遠のライバルにして、不倶戴天の天敵。そして――かつての親友で、俺の罪そのもの。

 確かに俺以外にはまっとうな感性を持ち、どんな相手にも穏やかな態度で微笑むが、俺を殺すためならば一転し、正道邪道の区別なくあらゆる手段を用いる『ソーマキラー』のはずだ。

 今回の事件は確かにクリシスが起こしたものではない。それに、現時点ではまた危険性だって低い。だが、俺とクリシスだけで対処すれば事故に見せかけて俺を殺すひと手間にはなったはず。なのに、こいつはそうしなかった。

 きっと、俺の行いが許されたわけじゃない。俺をまた友と呼んでくれるわけじゃない。だけど、こいつはかつての――俺を殺すことに執着する前の、本来の穏やかで優しいだけのクリシス・レディーに戻りつつある。

 

「……変わったのか、変えられたのか。今となってはそれもわからぬ。貴様に対する殺意が失せたわけではない。だが――それよりも心地の良いものをこの生で、この一瞬にも等しい数年で味わった。お主もそうじゃろう」

 

 今まで繰り返してきた人生にも、心地いい瞬間は確かにあった。今はもう会うことの叶わない親友や家族がいて、だけど俺は何度繰り返しても『裂夜の書』のプログラム――『ソーマ・メイスマン』でしかなかった。

 だが、今回の生で俺はソーマ・メイスマンであると同時に『夏海奏曲』だった。魔力の少ない肉体で、ただの人間のように生活をして――そしてかけがえのない親友ができて、夜天も救えた。

 あまりにも多くのことに満ちた生だった。これまで何度も生と死を繰り返してきた俺が、こんなにも死にたくないと、ずっとこの友たちと共にいたいと思ったのはどれだけぶりだろうか。

 だから……クリシスの言わんとしていることは、イヤってほどにわかってしまう。

 

「この宿主の名はヴィータと言ったか。ヴィータには家族がおる。……いや、ヴィータだけではない。今まで妾が見向きもしなかったこれまでの宿主にも、家族はおったはずじゃ。じゃが、妾はそれに目を向けず貴様だけを追っておった」

 

 俺がこの生で魔力を失い、ただの人間の器に納まっている間、クリシスはずっと耐え続けた。もちろん殺意に満ちた視線や言葉は浴びせられたが、でも行動に移そうとすることは、魔力が満たされつつあるここ最近までまったくなかった。

 そしてその長い休息を、こいつはヴィータを観察することで飽きを潰していた。そしてそんな生活の中で、ヴィータが味わっている家族の愛を知った。家族が味わうべき幸福を知った。

 俺がただの人間として親友と接することで友の尊さを改めて知ったように、クリシスはヴィータを通して家族の大切さを知った。

 

「妾にも……かつては家族がおった。もはや顔も思い出せぬが、おったはずじゃ。そう思うと……宿主には自分の家族を覚えておってもらいたいと、そう思うのじゃ。だからこそ、妾は守らねばならぬ。今は貴様などと争っている暇などない」

「……俺は俺の親友を守るためにお前を利用する。お前はお前(ヴィータ)の家族を守るために俺を利用する。……そうだな、これは和解なんかじゃない。ただの利害の一致だ」

「その通りじゃ。宿主のため、家族のため。そして――いや、そうじゃな。宿主と家族のために、せいぜい間抜けな策に溺れるでないぞ、ソーマ」

 

 言われるまでもない。俺だって守らなきゃいけないものがまだまだたくさんあるんだ。

 夜天、アリサ、すずか。高町、テスタロッサ。今はもう別々の道を歩んでしまったかつての妹も、俺が守らなきゃいけないものは、絶対に何がなんでも守り抜く。

 

「クリシス」

「なんじゃ?」

 

 隣を歩くヴィータ/クリシスに視線を向けないまま、

 

「がんばろう」

「……当然じゃ」



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奏曲とジェイルの、静かな取引

 さて、魔法窃盗事件の経緯が説明されて一週間が経過した5月20日。俺はヴィータ/クリシスを連れ、ある場所へと訪れていた。

 それは俺の勤める広域犯罪者捕獲ギルドの簡易会議室。そこに俺と同じく『ランカー』として名を連ねる8位と11位の姉御が向かい合って座っており、クリシスが今回の件について詳細を聞いている。

 正直言って、今回の事件は管理局の力を借りることのできない転移型ロストロギア(おれたち)の手には余る。とはいえギルドに依頼したところで、さすがに相手が広域犯罪者だという確証のない現時点では全面的な協力は得られないだろう。

 だから今回は俺と透霞の保護者である8位と11位の姉御に個人的に依頼することにした。言い方はアレだが、利害の一致を必要としない都合のいい協力者というやつだ。

 

 以前、8位の姉御にはお叱りを受けているせいで少々ばかりでなく気まずい空気であったものの、11位の姉御がいつものように二つ返事でOKをくれたので、8位の姉御もそれに付き合う形で協力してくれるようだ。

 同様の頼みを6位の旦那にもしてみたが、そちらは今ちょうど取り組んでいる別の依頼があるため、時間に余裕ができたら手伝うが期待しないでほしい、との返事だった。

 

 さて……今回の事件、もしも俺やクリシスの予想が正しければ、舞台は地球ではなく魔法世界での出来事だろう。今回の一連の事件は全てその準備段階といえる。

 日用品をこうも買い込んでいるところからして、指名手配犯なのか、あるいは一カ所から動くことのできない事情があるのか。いずれにしても、犯人にはあまり行動に自由がないということがわかる。

 そこでふと思ったのだが、仮に相手が前者であるとすれば、表立って動けない世界とはどこか。それはおそらく、次元犯罪を取り締まる時空管理局のホームグラウンドともいうべき、「ミッドチルダ」に他ならない。

 あるいは、そこに潜んでいるとはいかないまでも、主な活動区域として挙げられる。

 

 となると、問題は俺やクリシスでは『歩くロストロギア』という立場上、ミッドチルダへ調査に赴けないことになるだろう。

 透霞と海月ならいけるか……? いや、透霞がミッドチルダに赴くとなれば、さすがに高町やテスタロッサを巻き込まないわけにはいかなくなる。あいつらの方が向こうの地理に詳しいしな。

 最善なのはアースラ……だっけか? 以前に世話になった管理局のクルーに事情を説明して協力を取り付けることになるが、そうなると俺やクリシスに飛び火することがないとも言い切れない。

 

 何度も言うが、時空管理局はロストロギアである俺やクリシスにとって天敵ともいえる組織だ。彼らに捕えられれば、死んで転生することもままならず永遠に封印されることになるだろう。

 そして、それが現実となれば、その危険は俺たちだけでなく、所有者や宿主であるアリサとヴィータにも及ぶことは想像に難くない。故に、今回の件で管理局に協力をとりつけることは、実質的には不可能と言っていいだろう。

 となれば、広域犯罪者捕獲ギルドの知人に協力を要請した今、これ以上の増援は望めないものと思っていいはずだ。クリシスも、それをわかっているのだろう。だから――こんな作戦を思いついたのだ。

 

「囮?」

「そうじゃ。妾かお主、どちらでもよい。あるいは共にでもよい。無人世界に赴き、向こうからのアクションを待つ。周囲に誰もいない以上、妾たちが狙いならば、あちらからすれば罠とわかっていてもかぶりつきたい恰好の餌というわけじゃ」

「まぁ、やってみる価値はあるだろうが……珍しいな、お前がそういうリスクの高い策を提案するのは」

「無論、リスクのない策があればそうするとも。じゃが、現状においてそれはない。ならば、多少のリスクには目を瞑り、成功率の高いリターンを求めようというものじゃ」

 

 成功率の高いリターンとは言うが、実際のところ単なる「待ち」の姿勢なので、つまりは相手頼りということになる。

 そして、その相手の判断がどう傾くかについては、正直なとところ7割ほど失敗に傾いているような気がする。というか、仮に俺が相手なら「見えている罠」にかかることはしない。

 相手がどれだけ切羽詰まった状況なのかはわからないが、見えている罠にかかるくらいなら時間をかけてでも安全で確実な方法をとるだろう。犯罪者というものは、臆病であればあるほどに優秀なのだ。

 だからこそ、俺はこの策にはあまり乗り気ではない。というか、クリシスもたぶん成功するとは思っていないだろう。単にパッと思いついた策の中ではこれが手っ取り早くて成功率がゼロじゃないからってだけで提案したような気がする。

 

「……いいぜ、ダメ元でやってみるか」

「お主のそういうノリのいいところは嫌いではない」

 

 

 

 

 ……簡潔に言うと、成功した。

 

「いやぁ、有り難いねぇ、君たちの方から私の都合に合わせてくれるとは」

「お前は確か……指名手配中の『ジェイル・スカリエッティ』だったな。罪状は……まぁどうでもいいや、今回はそっちの案件じゃないし。……で? 俺とクリシスに用があったんだろ? 手短に言ってみろよ」

「せっかちだね。挨拶くらいさせてくれるかと思ったんだが」

「野郎の挨拶なんざ興味ねーよ。そっちで控えてるお姉さんがたなら興味も湧くがな」

 

 残念だ、という雰囲気もまったく見せずに文句を垂れるジェイルを軽くあしらい、その奥にある「何もない」ような空間を指さすと、まるでカーテンを開くように二人の女性が現れた。あら美人。

 片方はおそらく姿を消す力を持っている方だろう。やや大きめの丸眼鏡をかけた茶髪の女性と、もう一人は小柄な銀髪の少女だ。たぶん少女の方が護衛の意味を持つんだろう。でなきゃ明らかに戦闘向きじゃないやつを二人も連れてきたことになる。

 まぁぶっちゃけ匂いで丸わかりだったんだけどね。明らかに大気に含まれる魔力の匂いがその場所を避けて漂ってたから。あと普通に女性特有の匂いが含まれてたんで、ジェイル一人じゃないのはわかりきってたし。

 

「私のシルバーカーテンを見破るなんて……生意気なコね」

「美人の匂いを逃さない男なんで」

「あら嬉しい。じゃあ私たちと一緒に来てくれたらいっぱいイイコトしてあげるわ」

「それとこれとは別件。デートのお誘いなら喜んで。で、そろそろ俺とクリシスを求める理由を聞こうか、ジェイル」

 

 無言でこちらを睨む銀髪の少女はもうこの際スルーするとして、ひとまずこいつらがこの場にいる内に聞きたいことを聞くことにした。

 まぁ俺とクリシスに共通する部分と言えば、まず最たるものが転生機能だ。あるいはロストロギアという部分かもしれないし、もっと根本的に古代ベルカ時代のことが聞きたいのかもしれない。

 話をするだけでいいのならちょっとくらい話してやるが、こいつの経歴からしてそれはないだろう。俺らの身体を弄り回す気マンマンに違いない。まぁこの体をどう弄っても『裂夜の書』が無事なら全然モーマンタイなんだけど。

 

「ふむ、では簡潔に言おう。私はある理由から管理局の最高評議会に飼われる身でね。正直言って彼らが鬱陶しい。奴らを抹殺して自由気ままな研究生活を送りたい」

「それが真っ当な研究なら裁判で多少は弁護してやるが?」

「まぁ違法研究だ」

「あっそう」

 

 まぁですよねって感じだが。むしろこいつが真っ当な……柔軟剤とか漂白剤の研究とかしたいとか言い出したらそれこそ爆笑する。

 というか、評議会に復讐したいだけなら別に俺らいらなくね?

 

「正直、評議会をどうこうするだけならここにいるクアットロとチンクを含む私の娘たちだけでいい」

 

 クアットロとチンクというのは後ろの二人の名前か。確か数字の4と5だっけな。パッと見た感じ小柄な方が妹だろうから彼女が(チンク)だろう。となると茶髪眼鏡が(クアットロ)

 

「ああ、娘さんだったんだ。似てないね。美人揃いで腹立つな。可愛がってやれよ」

「君は話の腰を折らないと死ぬ病気にでもかかっているのかい? 無論とても可愛がっているとも」

 

 いや、だってこいつら絶対にお前の実の子供じゃないだろ。クローン技術とか人造人間とかそっち系統の研究の成果だろ。生体研究や精密機械に関してはお前の十八番だし。

 あとお前そんだけガッツリ違法研究してマッドサイエンティスト道まっしぐらのくせに娘のことは真っ当に可愛がってんのかよ。こいつさては実の子供ができたら親バカになるタイプだな?

 

「で、問題は評議会をどうこうした後のことだ。今の研究のほとんどは私の趣味というよりも評議会への復讐によるものが多くてね、正直まったくロマンがない。娘たちのために中途半端なものは作っていないが、趣味でないものを研究するのはなかなかに苦痛でね。全てが終わったら興味のある研究に没頭したいと考えている」

「その研究に俺たちが必要ってことか?」

「その通りだ。無限の欲望(アンリミテッド・デザイア)の名に相応しい『無限の生』の研究。それが現時点で最も興味のあるネタなんだ。どうだい、付き合ってもらえるかな?」

 

 無限の欲望(アンリミテッド・デザイア)ねぇ……。天才と呼ばれるだけあって、その興味が向くことに関しては他の追随を許さないらしいが、ぶっちゃけ俺から言わせると……うーん。

 

「しょぼい」

「……何?」

無限の欲望(アンリミテッド・デザイア)だの天才だの聞いてたから、どんなトンデモ研究とかヤベー目的もってるかと思って正直ちょっと期待したけど、なんてこともない。誰でも思いつく「ぼくのかんがえたさいきょーのけんきゅう」だわ。中学生が思いつくネタのひとつに過ぎない」

 

 仮に裂夜の鎚の転生機能を覗いたところで、あれはあくまで意識データのバックアップを本体にとって他の生命体にインストールするだけのものだ。無限の生じゃない。あれは「有限を繰り返す生」だ。こいつの思うようなものとはかけ離れている。

 そしてクリシスに至ってはもっと面倒だ。あれはクリシスという存在そのものがロストロギアであり転生機能。俺とは違う本当の意味での「生きた転生システム」と言える。まぁあれ作ったの俺だけど。

 

「それは何も研究だけに限らない。「最高評議会の抑圧がムカつくからぶっ殺すわ」ってのは中学生が個人サイトで書いてる二次小説の悪役のセリフと同じだ。むしろ「ムカついて殺す」まで短縮すれば中学生未満と言っていいくらい短絡的で「天才」とはかけ離れてる。簡単に言えば発想が『凡人』のそれだ」

「……なるほど。確かに私としたことが手段の方に意識が向きすぎていた気がする。君の言う通り原因から目的までの過程が私としてはあまりにも凡人的だ」

「仮に復讐するにしても、殺すなんてぶっちゃけ誰にでもできる復讐方法でいいのか? もっと突拍子もない、まさしく「天才」らしい発想はないのか? 凡人の俺でさえこれだけ粗が見つかるんだ、お前の頭脳ならもっといい案が出るだろ」

 

 今でこそ拳闘士の真似事みたいなことをしているが、俺は元々ジェイルと同じ科学者だ。というか、古代ベルカ時代においては科学者だった、という方が正しいか。その過程でクリシスをこんな風にしたわけだが。

 だからこそ、俺はジェイルの研究というものに興味があった。凡人の俺では至れない天才の発想というものが見てみたかった。が、結局はこんなものか、という落胆と、それ以上にこいつの研究を真の意味で「天才的」なものにしたいという願望が生まれた。

 

「ジェイル、今ではこんなだが俺も元は科学者だ。お前の研究にまったく興味がないわけじゃない。だが復讐の手段が「ザ・悪役」みたいなのはダメだ。俺が面白くないし、何よりお前も面白くないだろう」

「ふむ、ではどうする? 自分で言うのもなんだが私は最高評議会がアルハザードの技術の粋を集めて生み出した最高の頭脳だ。その私でさえも思いつかない奇策が、君にはあるのかい?」

「今のところはないな。だが、俺も自分で言うのはなんだが古代ベルカ時代から今に至るまで生き永らえ記憶し続けたロストロギアだ。そんな俺とお前が組めば、絶対に「面白い」研究を思いつけるはずだ。違うか?」

 

 後ろにいるクリシスがいかにも不機嫌そうな視線を向けてきているが、もうこの際そんなものは無視だ。

 だってジェイルの研究って面白そうなんだもん。

 

「……わかった、君の提案に乗ろう」

「ドクター!」

「落ち着きたまえ、クアットロ。彼の口車かもしれないということはわかっている。しかし、彼の言う通り私の思考があまりにも短絡的であったことは間違いない。それは天才たる私自身にとっても許しがたい」

 

 口車とは遺憾だな。俺としては珍しく純粋に他人の目的というものに興味が湧いているのに。

 

「ではどうだろう、少年。君の提案通り協力して新たな目的を見出すことには異論はない。しかし現状ではメリットこそイーブンだがリスクは明らかにこちらが多い。これまでの準備を完全に放棄して一からやり直すわけだからね」

「そうだな。お前の言う通りだ。こっちにはあまりにもリスクがない。協力するにしても、互いに手綱は握り合っていた方がいいだろう。信頼は互いを縛るが、生まれるのに時間がかかるからな」

「そこで、だ。君の最も信頼する人物に今回の話をして、君とその人物が共に私たちの元へ訪れる。簡単に言えば人質というやつだ。無論、君が私たちを裏切らない限り、私たちもその人物やその周囲に一切危害を加えない」

 

 最も信頼する人物、と言われて、真っ先に浮かんだのはやはり「あいつら」だった。

 

「相手が子供の場合は?」

「それは私の知るところではない。君がどうにかしたまえ」

「……わかった。お前の提案に乗ろう」

「……っ! ソーマ、お主それは本気で言っておるのか!?」

 

 わかってる。あいつらはまだ子供だ。平和な世界で平和な日常を送り、平和に生きていくはずの人生だ。それを、俺の勝手で「人質」にさせるなんてのは許されることじゃない。

 

「ただ、お前の言う条件に当てはまる人物は「3人」いる。そのうち2人は無理かもしれない。そうなったら残りの1人だけでもいいか?」

「構わないよ。1人でも3人でも、君を縛れるのなら十分だ」

「わかった。じゃあ二週間後、今と同じ時間にもう一度ここに来よう。もし誰も連れてこなかったら今回の話はなし、あるいは俺の身体を好きに使って研究してもいい。1人でも連れてきたなら、俺にも一枚かませてくれ」

 

 互いに手を交わし、ジェイルの姿が消えた。

 クリシスの視線が痛いが、今回の事件が俺たちの想像通り「何かの準備」なら、それはあいつの言っていた「評議会への復讐」だろう。

 管理局が邪魔なのは俺もクリシスも同じだが、さすがに崩壊となればその影響は多くの次元世界に及ぶ。だからこそ、ここであいつの手綱を握ることは必須事項だ。

 もちろん、俺の興味本位というのも否定はできないが。

 

「さて、アリサとすずかにどう説明したものかな……」



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アリサの説得と、奏曲の失敗

「……は? えっ何言ってんのお前。話聞いてた? まだ五月なのに暑さで頭やられたの?」

「やられてないわよ。ついていくって言っただけ。すずかと二人で」

「本人のいないところで巻き込んでやるなよ……」

 

 ジェイルとの話し合いを終えてバニングス邸についた俺は、本来なら黙っておくつもりだったものの、クリシス曰く「最低限の責任」ということで、アリサにジェイルとのやり取りを包み隠さず話した。もちろん、例の「人質」についても含めて。

 すると何を思ったのか、アリサは「人質」という立場を知った上で、俺についてくると言ってきた。アホかな?

 というのも、俺はアリサとすずかを連れて行く気は端からなかった。俺にとって大切な者を連れてこい、っていうのがジェイルの条件なのだから、夜天が俺の中にいる以上、俺が行けば同時に夜天もついていくことになる。

 まぁジェイルが納得するかといえば、さすがにそれはないだろうが、少なくとも嘘偽りは一切ないのだから、それであちらが手を出せば器が知れる。それはジェイルの中の天才としてのプライドが許さないだろう。

 

 というか、ああいうタイプの人間って人を騙すのが好きな上に手玉に取られる経験がほとんどないから、策に乗せればキレるか楽しむかの二択なんだよな。たぶんジェイルは後者だと思うけど。

 人を騙して楽しまれるのは、騙した側からすればあんまり気分のいいもんじゃないが……まぁ、だから楽しむんだろうな、あいついい性格してそうだし。

 透霞に聞けばジェイルが「原作」に登場した人物なのか聞けるんだが、今の俺じゃあいつの協力を得られる立場じゃないから考えないようにしよう。メタ読みできたら楽なんだけどな。

 ところでジェイルとこうして交渉するのは「原作」とやらに準拠した動きなのか? また変な歴史改竄とかしてないだろうか。ま、そうそう歴史なんて変わらないか。HAHAHA!

 

「そのジェイルとかいう犯罪者を今の状態のままキープできるのは今のところあんただけなんでしょ? だったら出来る限り穏便に信頼を確保するに越したことはないわ。それに、今回はあたしもちゃんと裂夜の鎚を持っていく。今まであんたに任せっきりだったけど、もうあんたに全部背負わせるのはナシ! どうせ怪我して帰ってくるだけだし」

「裂夜の鎚があればいいってもんでもないだろ……あっちは本物の犯罪者だぞ。しかもマッドなほうの科学者ときてる。妙な実験のモルモットにでもされたら……」

「そうならないように、あんたが守ってくれるんでしょう? そうさせないように協力するのがあんたの役目で、あんたの機嫌を損ねないように首輪をかけておくのが向こうの狙い。それに、万が一のためにすずかも一緒にいけば、家でおとなしくしてるところを襲われるより安心だわ」

 

 それにすずかが「ノー」なんて言うはずがないわ、と自信満々に言われると、まぁ確かに、としか返せなくなる。

 実際、アリサの言う通りジェイルに首輪を嵌めるという点で、今回の交渉は極めていい方向に進んでいると言っていい。ジェイルは乗り気だし、すずかと一緒ならアリサ一人連れて行くよりも遥かに安心だ。それに、連れて行かなかったことで、この家そのものを狙われたらと思うと、行動を共にした方がいいというのも納得がいく。

 いや、でもさすがに……なぁ? 俺は別に学校なんてどうでもいいし、教師ウケも悪けりゃ先輩からも後輩からも疎まれている節があるから構わないが、アリサとすずかは違う。二人とも学校では成績も態度も優秀な優等生だ。教師からも親からも信頼の篤い二人を、俺の都合で連れて行くわけにはいかない。

 それに、ジェイルに首輪をつけられなかったとしても、今回の窃盗事件の犯人はもうわかったわけだし、狙いも知っている。放っておいて困ることもないだろうから、交渉決裂でも構わないわけだ。

 

「拘束期間は俺にもわからない、いつこっちに戻ってこられるか……そもそも帰ってこられる保証すらない。親も友達もいない場所に行って、やることは犯罪者の人質だ。デメリットしかないってわかるだろ」

「親も友達もいなくても、親友(アンタとすずか)がいる。犯罪者の人質ってのはアレだけど……アンタと気が合うってんなら興味がなくもないわ。将来パパの仕事を継ぐためにも、普通とは違う価値観の人間を学ぶってのも悪くないわ。人を使う術を知るいい機会になるかもしれないしね」

「お前……ジェイルをアゴで使う気か……?」

 

 いや、まぁ確かに想像できないこともないか。アリサみたいなタイプは案外ジェイルみたいな頭のネジ外れた奴のコントロールが上手そうだし、社会不適合者の天才ってのは現代社会においてそう少なくない。

 そうした人材を発掘して使いこなす術っていうのは、やっぱり天性のカリスマだけでなく、経験や知識がどうしても必要になる。ジェイルとの交流は、アリサがデビットさんの仕事を継ぐとすれば、まったく意味がない、なんてことはありえないだろう。

 だが、それでもやはり相手が犯罪者となると、簡単に首を縦に振るわけにもいかない。ジェイルの性格はどうあれ、あいつ自身の才能と立場が危険を生まないという保証はない。その技術と知識を奪おうとする輩はゼロではないし、管理局がジェイルの存在を嗅ぎつけて襲撃してくれば、戦闘は必至だ。

 

「……ならデビットさんに直接言ってこい。それで良いってんなら俺ももう文句は言わない。もしすずかを連れて行くのなら、征二さんにもな」

「わかったわ。説得できたら本当にちゃんと連れて行ってくれるのよね?」

「ああ。ただしジェイルのことも包み隠さず説明しろよ。騙して説得なんて論外だからな」

「ん。じゃあちょっと待ってなさい」

 

 

 

 

『じゃあ、くれぐれもすずかをよろしく頼んだよ、奏曲くん』

「いや……「頼んだ」じゃなくて、もっと他に言うことがあるでしょ。ちょっと征二さん? 征二さーん!?」

 

 詰んだ。いや、もうなんていうか……は? マジで言ってんのこの親たち。娘の命を中学二年生の肩に乗っけるとか頭湧いてない?

 えー……ここまで来るともうこいつらどういう説得をしてきたのか本気で気になってきたんだけど……。

 

「お前ら自分の親に何言ったの?」

「誠実に丁寧にお話しただけよ。アンタの正体を夜天さんや裂夜の書のことも含めて」

「何言ってんの!?」

「包み隠さず説明したわよ。文句ないでしょ?」

「そこは包み隠せよ!」

「包み隠したら許可もらえるわけないでしょバカじゃないの?」

 

 こ、こいつ……自分のこと棚に上げてよくもぬけぬけと……! でもまぁ、さすがに正体バラされたらこうなるわな。ってことはつまりアレか、アリサとすずかを守る以上は出し惜しみなしで裂夜の鎚ガンガン使ってでも守れってことか。

 いや、二人を守るためなら別にそのくらい構わないっちゃ構わないんだが、俺は基本的に出し惜しみして逆転ってのが基本スタイルだしな……。まぁジェイルの「娘」たちが俺に対してどう接してくるかにもよるけど。

 

「で? 親に許可とれば文句ないのよね?」

「はぁ……わかったわかった。じゃあ明日の夕方までに身支度だけしとけ。高町とテスタロッサには何も言うなよ。あいつら時空管理局所属だから俺たちとは敵対するわけだからな」

「はいはい。すずかにも連絡しておくわ。……そういえばクリシスさんはどうするの?」

「さぁな。でもまぁあいつのことだし、透霞と海月には上手くはぐらかしつつ、しばらくはヴィータの中に引っ込んでるだろ。俺が下手こかなきゃ解決だしな」

 

 しばらく地球のことはクリシスに任せることになりそうだな。透霞と高町とテスタロッサは管理局の仕事で忙しいだろうし、海月は地球がどうなっても透霞さえ無事ならどうでもよさそうな奴だし。

 なんだろう、この「今まで地球を守ってきた光の巨人が旧知の仲間に地球を託して光の国に帰っていく」的な感覚は……。いや、俺の故郷は古代ベルカ文明と共に滅びたからもうないんだけど。

 ああもう、考えるのはやめよう。アリサも部屋に戻ったし、俺もちゃっちゃと準備だけしてもう寝よう。晩メシはいいや、七瀬と五十嵐と三条にしばらく会えないってメールだけして……姉御たちにはどう説明しようかな。適当にはぐらかそう。6位の旦那にだけは説明しとくか。口止め料どうなるんだろ……。考えたくない。

 

「……夜天」

『まぁ、自業自得というやつだろうな。調子に乗ってジェイルを煽るからこうなる』

「いや、危ないとはわかってたけどさ、さすがにアリサがここまで暴走するなんて思ってなかったんだよ。俺ならジェイルが何を仕掛けてきてもやり過ごせるってわかってるだろうし」

『……お前はもう少し女心というか、友心(ともごころ)というものを考えたほうがいい。普段は友人最優先主義のくせに、自分のこととなると鈍感になりがちだ』

 

 俺が友心に鈍感とは心外な。とはいえ他でもない夜天が言う以上、なあなあに流していい意見ではないだろう。ここはぐっと堪えて次ぐ言葉を待つ。

 

「鈍感?」

『親友が自ずから危険に飛び入ろうとしている以上、黙って待っていろと言われてできるわけがない。その者が大切であればあるほどになおのこと。たとえお前がどれほどの力を持っていようと関係ない。強力なロストロギアである以上に、お前は彼女たちにとってかけがえのない大切な存在なのだからな』

 

 こうも真っ直ぐな言葉でそう言われてしまうと、もはやぐうの音も出なかった。

 確かに、そう言われてしまえば俺の鈍感さは疑うべくもない。クリシスにはああ言われたが、それなら黙っていけばよかっ……いや、たぶんそうしたら高町とテスタロッサを頼ってでもジェイルのところまで嗅ぎつけそうだな。んで再会の暁には盛大な涙と拳が待っていたに違いない。

 そう思うと、殴られず泣かせず済むなら、この選択は間違っていなかったのだろう。デビットさんと征二さんには向こうしばらく恨まれそうだが……帰ってきたら誠心誠意謝ろう。ああ……今から胃が痛い。

 なんかもう腹立ってきた。時間を巻き戻せたらジェイルだけじゃなく自分も殴りたい。



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奏曲の新天地と、ジェイルの相棒

「本当に、これまでの計画を見直されるつもりですか、ドクター」

「無論さウーノ。とはいえスケールの大小は多少なれども変わるかもしれないが、目的は変わらない。最高評議会への復讐……その手段を変えるだけだよ」

「それがあの少年の目論見なのでは?」

「だろうね。しかし彼の言い分が的外れかといえば、そういうわけでもない。この私を口車に乗せるとは、さすがに幾百年の時を彷徨うロストロギア……頭と口がよく回る。実に不愉快で……面白い」

 

 三日月のごとく口角を歪ませて、スカリエッティは笑っていた。そんな彼の傍で思案を巡らせるのは、彼を公私に亘って支えるナンバーズの長姉、ウーノである。

 スカリエッティが私的研究の材料にしようとしていたロストロギア――裂夜の書に宿る人格プログラム、ソーマ・メイスマン。彼とコンタクトをとったその日、帰ってきて早々にスカリエッティが放った言葉はナンバーズたちを驚愕させた。

 曰く、これまでの計画を白紙に戻す。これまで緻密かつ脈々と続けてきた準備を全てかなぐり捨てて、もう一度まっさらな状態から手段を見つめなおす。そう言ったのである。

 

「もっとも、全てを彼の思い通りにさせる気はない。明日、彼が真正直に大切な存在を連れてくるとは思えない。おそらく、その身に宿した「もうひとつの魂」を交渉の材料にして一人で来るに違いない。そうなったらその場で実力行使だ。いかにロストロギアとはいえ、君たち5人がかりなら不可能ではあるまいよ」

「では、その場合の計画見直しについては?」

「いや、それ自体は変わらない。手段の変更は決定事項だ。それは私自身の沽券にかかわる問題だからね。以前のままというわけにはいかない」

 

 となると、いよいよこれまでの準備が無駄になることは確定ということになる。ウーノは思わずため息を零しながらも、その意見そのものに反論することはなかった。

 他のナンバーズたちがどうかはわからないが、ウーノにとって問題なのは計画の成功ではない。その成功の先に、敬愛するスカリエッティ自身が納得できるかどうかなのだ。彼が納得のいく結末に向かうのであれば、かの少年を利用することは悪手ではない。

 もちろん、その逆であるのなら、その時は自分の持てる全てをもって彼の息の根を止めることになるが、スカリエッティが満足気にしているところを見ると、そうなることは今のところないのだろう。

 

「彼……夏海奏曲のラボでの処遇は?」

「我々に協力的なら好きにさせたまえ。そうでなければ拘束も已む無しだが……彼のことだ、そうはなるまい」

「……?」

「彼は長い時を生きる中で、無数の苦難も味わってきた。そんな彼が今に至るまで「人間らしい感情」を保ち続けられたのはなぜか。……簡単なことさ、苦難を愉しんできたからだ。ラボでの不自由など愉しむには事欠かないだろうね」

 

 聞けば、奏曲はクアットロとチンクを目前にした時、切れ者らしい口の巧さとは裏腹に、随分と軽薄な態度を見せていたという。

 その軽薄さが本物かどうかはさておき、彼は口八丁ひとつでスカリエッティの計画を変更にまで導いた。そんな人物が、自分の軽薄さを考慮に入れず過ごしているとは思い難い。

 おそらく、数百年という時の中で苦難を過ごすうちに、真正直な性格では耐えられないものもあったのだろう。そんな時を繰り返して摩耗した精神(こころ)が、今の軽薄さを形作っていったのだろうと、スカリエッティは語る。

 

「長生きをしすぎると、真っ当ではいられない。そんなことは少し考えれば凡人でもわかる。しかし、じゃあどうすれば長い時間の中で耐え続けられるかという「結論」を出せる者は少ない。そういう意味で、彼は紛れもなく偉才と言える」

「随分と彼を評価しているようですが」

「当然さ。魔導士としては凡人以下だが、そもそも彼は魔導士ではなく『魔力を貯蓄し続けるロストロギア』だ。彼の肉体にこそ魔力はほとんどないが、『裂夜の鎚』本体には次元世界ひとつ消し去るくらい造作もないほどの魔力が備わっている。それに、問題なのは彼のステータスじゃない。私自身も見逃していた発想の穴を一瞬で見抜く頭脳。それが彼最大の魅力と言っていい」

 

 今から楽しみで仕方がない、という態度を隠しもせず、スカリエッティは笑っていた。

 この時点で既に、彼の予想していた「人質を連れてこない」という予想すら外されながら。

 

 

 

 

「……ということで、今日から世話になるわよ」

「よろしくお願いします」

 

 今日も俺の親友どもは可愛いなー。この笑顔が見られるなら俺なんでもしちゃうなー。

 ジェイルとチンク……だったか? が信じられないものを見るような目で俺のことを見てるんだけど、まぁ是非もないよね。

 

「まさか本当に連れてくるとは……」

「俺だって想定外だよ」

 

 ほらみろやっぱりジェイルだって俺がバカ正直に人質連れてくるなんて思ってねーじゃん。ああもう今すぐこの二人の首根っこ引っ掴んで家に帰したい。けどそれをやったら今度こそビンタじゃ済まないだろうからやめとく。立場の弱い男と笑わば笑え。お前、いま俺を笑ったな……?

 しかも見ろ、あのチンクの表情。唖然を超えて頭抱えちまってんじゃねーか。それでいいのか護衛役。いや、まぁジェイルの護衛はチンクだけじゃないっぽいからいいけど。

 

「んで? またクアットロはかくれんぼか。好きだねぇそれ。ジェイル、お前今日はチンク含めて5人も美女侍らせてきてんの? はーキレそう。何それ自慢? 残念だったな、こっちだって絶世の美少女2人連れだからな!」

「いや別にそんなつもりは全くないし、そもそも彼女たちは私の娘のような存在であって異性として捉えているわけではない」

「ドクター、しれっと流そうとしないでくれます? 改良した私のシルバーカーテン見破られちゃってるんですけど?」

 

 ああ、改良してたの? どこが変わってたか知らんけど。大気中の魔力を反響定位(エコーロケーション)させたら一発だったし。

 はっはー、魔法じゃなくて魔力操作の一環みたいなものだから妨害もできないだろー! ざまぁ! いやーこれ使えるね。前にアリサとすずかと一緒に水族館デートした時に思いついたけど案外やればできるもんだな。

 

「魔法なら遮断できたかもしれねーけど、魔力そのものはさながら酸素のように大気中に漂っている。魔力を遮断するということは、大気の性質そのものを変化させるってことだ。ジェイルなら不可能じゃないかもしれないが、それをシルバーカーテンのような薄い繊維内に組み込むのは至難の業だろうよ」

「ほう、魔法ではなく魔力そのものに干渉するとは……それが君の、ロストロギアとしての力かい?」

「いいや? 俺のヒトとしての力さ。魔力を溜め込むロストロギアとして、魔力そのものへの理解は深かったが、それを利用する術については自力でどうにかするしかなかったんでね」

 

 ところでさっきからアリサとすずかがチンクに興味津々なのは見て見ぬフリでいいのかジェイル。お前ほどじゃないがすずかも割と機械好きだから下手に放っておくとチンクがどうなるかわからんぞ。

 っておい待てすずか、チンクの服に手をかけようとするな。そのドライバーはどこから取り出したんだ。アリサもボーっとしてないですずかを止めろォ!

 

「ちょっと待てすずか! ウェイト! ステイ! MATTE!」

「わっとと……ああっ、ごめんねチンクちゃん! ウチにもチンクちゃんみたいな子がいるからつい分解したくなっちゃって……てへっ」

「てへっ、じゃねーよ! お前こんな早々に印象悪くしてどうすんだ! 見ろ、ジェイル以外のやつら全員が警戒心丸出しじゃねーか! 謝り方が可愛ければ許されると思うなよ! 可愛いけど!」

 

 ほらみろチンク怯えてんだろ! 肉食獣に睨まれた小動物みたいにジェイルの後ろに隠れちまったじゃねーか! あんなに威圧感を放ってたチンクが今やただのあざといロリだぞ!

 とりあえずジェイルにも了承をもらったし、ひとまずジェイルの本拠地にでも連れて行ってもらおう。すずかはそれまでバインドで両手を縛っておくか。

 

「さて、じゃあ行くかジェイル。お前の本拠地とやらに」

 

 痛む頭を押さえながら視線をやると、ジェイルは苦笑しながら頷き、そしてその手を差し出してきた。

 

「ああ。これからよろしく頼むよ、相棒」

「……そうだな。よろしく、相棒」



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4th Season
奏曲の受難と、新しい始まり


 お久しぶりです、ジェイルと共に行動するようになって2年が経った夏海奏曲です。アリサとすずかもいます。いやー、あれから随分と環境が様変わりして、最初は戸惑った俺たちだが、今ではもうだいぶ慣れたな。

 ジェイルと話し合った結果、最高評議会に対する復讐方法は決定した。ただ、そのために人を殺すことだけはナシにして、管理局に真っ向から圧力をかけつつ、最高評議会の首を絞めるために、俺たちは合同研究所――『J&S魔導技術研究所』を立ち上げ、俺がその所長となった。

 まぁ所長といっても、実際のところ実権を持っているのはジェイルだ。しかし一応ジェイルは犯罪者であるため、顔を表に出すことができない。そのための『表の顔』として、俺が選ばれただけだ。だから実質的に俺はただの研究員なんだよな。

 研究所の立ち上げに際して、コネと資金を獲得するためにいくつか汚い手段も取ったが、まぁ殺しはしてないからセーフ。殺し以外は本当にいろいろやったけど。……あ、別にナンバーズやアリサたちを売るような真似はしてないよ? むしろそんなことさせたら俺がジェイル殺すわ。

 

「奏曲君、このデータをクアットロに渡しておいてくれ。あと新開発の小型エネルギー循環炉だが、クライアントから「もう少し小さくしてくれ」とのことだ。二週間後までに改良案を提出してほしい」

「データを渡すのはいいが……循環炉あれ以上小さくするのか? 別に改良案を出すのはいいが、一応あれが一番エネルギー効率と小型化のバランスがいいんだぞ?」

「私に言われてもね。クライアントとしてはエネルギー効率を今のまま維持しつつ、サイズだけ小さくしてほしいようだ」

「無理だろ」

 

 最初の一年はもうギリギリを通り越して赤字まみれの研究所だったが、エネルギー研究を中心に生活・医療などの日用品や管理局の軍事品など、手広くやっていたら実績も自然と上がり、今では事業も軌道に乗り、先々月とうとう借金を完済した。

 現在J&S魔導技術研究所――略してJ&Sラボに所属する開発部・研究部の人員は総勢100人を超え、ナンバーズを含む警備部の質は並の管理局員なら軽くあしらうほどになっている。あれに関しては悪ノリして格闘技術を俺が、魔法技術を夜天がスパルタで叩き込んだのが原因だと警備員たちから悲鳴を聞いているが。

 管理局の地上部隊からAMF下で有効な新型装備を依頼されたこともあったな。かといって質量兵器は法律で禁止されていたので、とある管理世界に生えてた魔力を糧に成長する樹木を削って作った棒に可変機構付きのハンマーヘッドをつけてデバイスとして送り付けてやったら「量産しろ」と言われた。それデバイスの形をした質量兵器だぞ。

 ちなみにそのなんちゃってデバイスは当然ながら魔力を吸うので魔導士自身の魔力を使って魔法を行使することはできず、カートリッジに含まれる魔力のみを使用して魔法を使うことになる。魔力総量に自信のない局員からはたいそう喜ばれたそうだが、逆に並以上の魔力を持つ局員からは「既存の支給デバイスの方がはるかにマシ」とのことだ。だろうね。

 

「そうまさん、お茶が入りましたよ。ジェイルさんもどうぞ」

 

 小さくノックの音を立てて所長室に入ってきたのは、小学校低学年くらいの小柄な少女と、その頭に乗った小さな白竜。名をキャロ・ル・ルシエとフリードリヒ。

 去年、新型ウィルスが発見されたという管理世界に赴いた際に見つけた竜使いの少女で、なんか竜の制御がうまくできないからって部族から追い出されたらしい。巫女って聞いたけどそれそんなに簡単に追い出していい存在なのか?

 まぁ別に放っておいてもよかったんだけど、そしたらさすがにアリサとすずかに軽蔑の目で見られるのは明らかだったので、渋々拾ってみたところ、知識こそ年相応だったが頭の回転は悪くない子だったのでいろいろ勉強やマナーを教えたらJ&Sラボの立派なマスコットとなった。

 ちなみにお茶に関してはアリサ監修なのでマジでお世辞抜きに「うまく」なっている。二重の意味で。

 

「ああ、ありがとうキャロ君。……うん、相変わらず君の淹れてくれるお茶は美味しいね」

「さんきゅー、ル・ルシエ。相変わらずちっこいようで何より。昨日より縮んでね?」

「縮んでませんっ! もうっ! いつも言いますけどそうまさんは女性に対する言葉をもっとちゃんと考えて選んでくださいっ!」

 

(ル・ルシエを弄るために)考えて選んだ結果がこれなんだよなー。まぁあんまり言いすぎるとアリサかすずかに言いつけられるから加減はするけど。そして言いつけられるってことを知ってるってことは加減を間違えて怒らせて言いつけられたことがあるってことだけど。もう正座1時間とかしたくない。

 ところでジェイルはのんびりお茶を啜ってるけどお前こないだ新開発の掃除機を思いついたから具体案を提出するって言ってから丸っと三日間まったく音沙汰ないけどあれはどうなったの。え? 忘れてた? ですよねー。お前そういう家電とか日用品の開発あんまり興味ないもんな。エネルギーとか医療とかの研究がメインだもんな。

 ちなみにジェイルが造ったものの中で一番世間を騒がせたのは本物の腕とまったく遜色ない精密動作ができて、なおかつ手術後も比較的早期に馴染み、リハビリ期間の大幅な短縮化を可能にした高性能義肢だった。まぁあれ思いっきりナンバーズの技術を流用してるからな。

 

「ん、ごちそうさま。じゃあクアットロのとこ行ってくるわ。このお菓子もらってくぞ。あとジェイル、できればちゃんと掃除機の具体案も作っといてくれよ」

「奏曲君に言われては仕方がないね。まぁ頭の中のデータを抽出するだけの作業だからキミがクアットロのところへ御遣いに行っている間に終わらせておくよ」

 

 随分と簡単に言うが、いくら頭の中に完成図があってもそれを抽出するには相応の知識を要する。まぁ、それを簡単に言ってのけるからこそジェイルは紛れもなく天才と言えるわけだが。こいつ本当にどうして一時期あんな荒れてたんだろう。今こんなにちゃらんぽらんなのに。

 ともあれ言われたデータの入ったUSBと幾つかの資料ファイルを手に、研究室で作業中のクアットロの許へと足を運ぶ。道中、何人かの研究員が挨拶を交わしてくるので、軽く手を振って答えるが、どうにもこいつら俺に対する態度が軽いんだよな。我、所長ぞ?

 いやまぁ開発部と研究部たちの評価に反比例するかのごとく、警備部からは鬼か悪魔かと言わんばかりに恐れられてるわけだが、あれ半分は夜天のせいだから俺一人が悪いわけじゃないよね。……よね?

 

「おーっすクアットロー。暇かー?」

「ふふふ、ソーマちゃんったら冗談が上手ね。この肌の荒れと目の下の隈が見えないのなら今すぐ眼科に行くことをお勧めするわぁ。見えてて言ってるなら眼球くり抜くけどぉ」

「HAHAHA、それ隈だったのか。いやーおかしいとは思ったんだよ、お前の眼鏡ってアンダーリムじゃないもんな……ってあっぶねえ!? マジで目潰ししてきやがったなこのクソメガネ……」

 

 熱烈かつバイオレンスな挨拶をしてくるこのクアットロとは、ナンバーズの中でも特に一緒にいる時間が多い。

 まぁそもそも俺が研究者だってのもあるが、こいつとのファーストコンタクトとセカンドコンタクトの際、ご自慢のシルバーケープを見破ったのがよっぽど悔しかったようで、何度もシルバーケープを改良してはかくれんぼを迫ってくるからだ。なお、今に至るまで全勝中。

 おかげで経営の相棒がアリサ、開発の相棒がすずか、研究の相棒がクアットロ、そして打倒最高評議会の相棒がジェイル、みたいな状況になってしまっており、アリサとすずかからは何度か詰め寄られた。確かに見てくれはいいからなぁクアットロ。性格は……嗜好の方向性がズレた自分を見てる気分だが。

 

「……で? なんの用なのかしら。これで本当にただからかいに来ただけなら次こそ冗談抜きで眼球くり抜くことになりますよぉ」

「こわ。これジェイルから預かってきた新型ワクチンのデータ。あと差し入れのレモンケーキ。ル・ルシエに後で礼言っとけよ」

「仕事としては助かるけど、職員としては助からないわぁ。なんで仕事が片付く目途も立たない内に新しい仕事が追加されるのよぉ……! どう考えたって二徹じゃ足りないじゃない……!」

「これ終わったら美味いモン食いに連れてってやるから頑張れ。なんならこっちの業務が片付いて時間が余ったら手伝ってやるから」

 

 まぁこっちの業務も量だけならクアットロのチームより多いからなんとも言えんが。最近やっとセインとディエチが業務を覚えてきたから警備部の仕事の合間にこっちの応援を頼んでみるか。

 あと調整中のノーヴェとウェンディももうすぐポットから出てくるので、あいつらも教育後、警備部に行ってもらうことになるだろう。んで隙あらば他の業務も覚えてもらって手伝いもしてもらう。

 まぁ有事じゃなきゃ警備部は暇なのかっていうとそうでもないんだが、少なくとも研究部よりは時間があるからな。

 俺に至ってはジェイルの意見を聞きつつ研究部の統括しながら経営部のアリサや開発部のすずかと会議を重ねて広報も担当して、挙句に時間を見つけて警備部の鍛錬(という名の八つ当たり)にも付き合ってるんだが。あれ? もしかしてJ&Sラボで一番過労死しそうなの俺じゃね? そういや最後に寝たの何日前だっけ……。

 

『かれこれ四日前だから三徹目だな』

「オイオイオイ死んだわ俺」

「は? ……ああ、夜天ちゃんね。いきなり独り言とかやめてほしいわぁ、不景気が伝染(うつ)りそうですものぉ」

伝染(うつ)ったら看病でも添い寝でもしてやるからさっさと仕事しろ二徹女」

 

 三徹野郎が言っても説得力がないが、ぎゃーすか喚くクアットロには背を向けて部屋を出た。すると、偶然にも通りすがろうとしていたアリサと出会う。なんかちょっと様子がおかしいというか、頭痛いんかな。テンションが低い。

 まぁこの二年ですっかり成長したアリサのプロポーションならそりゃ肩も凝るし頭も痛くなるだろうが、たぶんそういうことじゃないだろう。仮にそうだったとしても口に出したら殴られるということくらい俺でもわかる。

 

「どうしたアリサ、調子悪そうだな」

「さっきパパから連絡が来て……アンタとの関係がどのくらい進んだのか、みたいなことを1時間くらい……」

「ああ……デビットさん俺らの関係を勘違いしてる節あるもんな。俺ら別に付き合ってるわけじゃないのに」

「まぁ別に奏曲と付き合うのは吝かじゃないんだけど、さすがに事実でもない関係を延々と探られるのはちょっとねぇ……」

 

 しれっと告白された気がするけど、そこらへんはこの二年でだいぶ慣れた。犯罪者の許で三人だけ身を寄せ合って生活を共にするという環境のせいか、人質生活が始まって数か月もすると、アリサとすずかは俺に対する好意を隠さなくなった。

 いや、好意そのものは今までも感じてたし、口にしていたんだが、それはあくまで友達としての好意だったはずが、最近はもう異性としてのそれに変わっている。別に二人のことが嫌いなわけじゃないし、むしろ俺自身も異性として好意的に見ているわけだが、さすがにこんなつり橋効果みたいな環境で生まれた感情で付き合うのは詐欺だろ。

 ということで、俺はその旨を二人に伝えて、全てが終わってジェイルの許から離れた時、改めて返事をするということになっている。ちなみに二人を人質として連れて行くにあたり、デビットさんと征二さんからはお叱りの言葉と共に将来的に娘をもらえ、的なことを言われているが、現段階では丁重にお断りしている。

 

「すずかはそういう話はなさそうだよな。あんまり話題にも出ないし」

「いや、バリバリされてるわよ。すずかに関しては本人もノリノリだから否定する気もなくてストレスになってないだけでしょ」

「ええ……俺もう逃げたら100パー刺されるじゃん……」

「当たり前でしょ。バニングス家と月村家の娘を連れ出した時点で奏曲に選択肢なんてあるわけないじゃない」

 

 なにその人権もクソもない言い分。やだなぁ、俺こいつらの恋人になりたいんじゃなくて親友でいたいんだけど。



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ジェイルの仕事と、チンクの静かな怒り

「……最高評議会からまた妙な研究テーマを戴いたらしいな」

 

 先日の小型エネルギー循環炉の再考案を提出し終えた頃、俺はジェイルの私室と化している資料準備室のデスクへと呼び出された。

 ジェイルが元々行っていた「戦闘機人計画の研究」は今のところ継続的に行われており、当初の予定であったナンバーズ12名が製造完了するまでは続行することになっていた。

 しかし、その進行に対して研究結果のデータが最高評議会の方に流れてこないということで、ジェイルに何かしらのトラブル、あるいはスランプのようなものがあったと勘違いしたのか、新しい研究テーマが提案されたらしい。

 

 ジェイルとしては今さら研究テーマを寄越されても作業が増えるだけなので邪魔でしかないだろうが、これを隠れ蓑にしてナンバーズを最高評議会の目から逃す意図もあり、ジェイルはこれを引き受けたらしい。

 とはいえ、そのテーマというものがまた頭痛の種というか――。

 

「既存生命を100%人工生命体化することで無限の生を得られるかどうか、とのことだよ。結論から言うと不可能ではないがリターンよりもリスクの方が大きいというのが私個人の意見だがね」

 

 既存生命体の人工生命体化。つまり人間をサイボーグにすることで寿命を無くすことは可能か、ってことだ。これ自体はジェイルの言う通り技術的に不可能ではない。医療義肢およびそれに関す施工技術については業界トップのJ&Sラボだ、拒絶反応を考慮しても全身サイボーグ化というのは理論上可能だろう。

 だがそれはあくまで理論上の話だ。確かに技術的に可能ではあるが、そのためには拒絶反応――特にリンカーコアとの拒絶反応が著しい影響を受けることが容易に予想されるし、最悪の場合だと魔法が二度と使用できなくなる可能性だって否定できない。

 それにリハビリの期間だって通常とは比較にならない。年単位になるかもしれないし、仮に施術後のリハビリが完了しても天候や環境の影響で不調が出ることも十分に考えられる。

 それならいっそのこと融合騎のようなボディに人間本体の記憶データを抽出・転送した方が早い気がするし、コストもずっと抑えられるはずだ。言うとあの脳みそ共は管理局に所属している融合騎たちを平然と悪用しそうだから言わんが。

 

「ほんと余計な仕事だけはバッチリやってくれるよな最高評議会。脳みそしかないから体動かせなくて暇なのか?」

「まぁおかげで娘たちの隠れ蓑ができたんだから良しとしよう。彼らの狙いはおそらくサイボーグ化された局員の記憶領域に自身をインストールすることで無限の生を持つ肉体を得ることだ。だったら、技術的に可能だということだけ突き付けてデメリットを一部秘匿してしまおう」

「それもそうか。仮にあいつらが実行しようとしても、うちの義肢と技術が必須の超高難易度な手術になるだろうから、被検体が流されてきたら単なる人工生命体でも作って被検体は適当な次元世界にでも逃がせばいい」

「私が言うのもおかしいが君もなかなかに腹黒いねぇ」

 

 俺が腹黒いなら桃子さんとかもう一寸の光も届かないブラックホール並の腹黒になるんだが、まぁジェイルの知らない人物の話だし黙っていよう。

 さて、ともあれ話はまとまったわけだし、そろそろすずかのところに行こう。あいつここ二日ずっと開発部に篭もって録に食事もとってないみたいだし。アリサに拳骨をくらう前に力尽くでも引き摺り出してメシ食わせないと、こっちに流れ弾的な非難が飛んでくる。

 俺が言うのもなんだが、すずかといいクアットロといい、なんで俺の身の回りには自分を省みずに趣味や役割に没頭するヤツばっかなんだ。俺を見習え俺を。生まれてこの方まったく無茶なんてしたことが――ありすぎるよなぁ。心当たりだけで思考領域埋まりそうなくらいには。

 

「じゃあ俺すずかのとこ行ってくるから。また後でな」

「うむ。イチャつくのは構わないが開発部の床を汚さないように頼むよ」

「なんだ、床とキスしたいなら素直にそう言えよ、望み通りにしてやるから」

 

 こいつもこいつで俺とアリサとすずかの関係をなんか勘違いしてんだよなぁ。いや、たぶん勘違いというより、そうなれば面白い、的な感じなんだろうけど。

 とりあえず脛を軽く蹴って悶絶させると、俺は資料準備室を出てすずかの居るであろう開発部へと向かった。あそこはウチのラボの中でも割と激務が続く場所ではあるんだが、アリサのいる経理部ほどではない。

 そのアリサでさえちゃんと休息をとっているのだから、すずかの二徹はどうあってもアリサのお叱り案件だ。すずか自身は要領がいいから仕事をきちんとこなせるはずなので、たぶん部下の分の仕事を手伝ったり肩代わりしてるせいだろう。基本お人よしだからな。

 

「む、ソーマか。随分と唸っているようだが、何かあったのか?」

「ん? ああ、チンクか。すずかのことでちょっとな」

「すずか殿の? ……ああ、そういえばここ数日ずっと篭もっておられるようだが、あれは大丈夫なのか?」

「まぁ体の丈夫さって意味では心配してないんだが、精神衛生的にはさすがに拙いからな。力尽くでも寝させるよ」

 

 資料室を経由して廊下へ出ると、バッタリとチンクに出くわした。どうやらこいつもこれから開発室の応援にいくらしい。チンクはナンバーズの中でも特にオールマイティな人材だ。

 戦闘はもちろんデスクワークも得意で、それらの中でも複数に枝分かれするジャンルにおいてもだいたい一定以上の成果を出してくれるから補佐能力に関してはこの上ないし、リーダーシップもあるので先陣を切らせてもいいという完璧超人みたいになっている。

 本人的には小柄な体形をコンプレックスに思わないわけではないらしいが、一般的に女性は小柄なほうが可愛がられるらしいし普通に利点なんじゃないかと思う。諜報活動の時とかは子供の格好をすれば油断を誘いやすいし。いやまぁ本人的にはその子供扱いが一番アウトらしいから言わんけど。

 

「資料室から出てきたということは、またドクターから無茶でも振られたのか?」

「いや、今回ばっかりはジェイルも振られた側だ。例の脳みそ共からな」

「ああ……。で、うまくいきそうなのか?」

「まぁ無理ではないかな」

 

 正直ナンバーズを評議会から守るために新しいナンバーズもどきを作るのは本末転倒すぎて意味わからんが、それしか方法がないのならやらないわけにはいかない。まぁ作るのは人格のないただの入れ物(ボディフレーム)だけど。

 でもまぁ医療義肢はともかくとして人工生命体については違法だ。どうしても秘密裏に行う必要があるし、できればナンバーズにも知られたくない。俺とアリサの教育の賜物というか、初期メンバー以外――つまりセイン・ノーヴェ・ディエチ・ウェンディの四名は真っ当な倫理観を持った子たちだからな。

 ポットを出てからはJ&Sラボの仕事しか振ってないし、ジェイルが過去に行っていた所業についてもかなりマイルドに説明しているにも関わらず思うところがあるようで、なぜかジェイルよりは俺の方についてくるようになってしまった。まぁそれ以上にチンクの人望がすごいんだが。

 チンクに限らず初期メンバーも同様の教育を行っており、以前より態度は軟化したように思える。特にチンクは元々穏やかな性格をしていることもあって、前後の姉妹どちらからも強く信頼されている。まぁ若干バトルマニアの気があるトーレからはたまにキツく当たられることもあるが。

 

「お前は割と無茶に思えることでも確率がゼロでなければやってのけてしまうからな……正直その「無理ではない」に関してはまったく信用がないぞ」

「チンクに信用されないんなら他の姉妹たちからはボロッカスに言われそうだな……じゃあ嘘でも大丈夫って言うようにするか」

「その場合は私がバラすが」

「お前もしかして内心けっこう怒ってない?」

 

 チンクは基本的に内側で激情を燃やして外側は涼やかな表情を崩さないタイプだ。付き合いの長い初期組メンバーなら違いもわかるかもしれないが、俺は二年経った今でも未だによくわからない。

 まぁ今まで周りにいたのが感情と表情が直結してるような奴らばっかりだったからというのもあるんだが。高町とかヴィータはその最たる例だったし、アリサとすずかもどちらかといえばわかりやすい枠に入る。まぁ俺もこいつらに対しては感情をあまり隠さないけど。

 

「当然だ。お前のことはナンバーズではないにせよ弟のように思っている。弟が無茶をしていたら姉として心配するのが当然だろう」

「そりゃ嬉しいが……俺、肉体年齢的にも精神年齢的にもお前より上なのになんで弟なんだ?」

「兄と慕うにはお前は精神的に幼いからな……」

 

 言ってくれるなこの眼帯ロリ。



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ウェンディの、初めてのお出かけ

 腐れ脳みそ共から言いつけられた無理難題をジェイルと一緒に死んだ目でこなして数週間。ここのところ研究室と私室のベッドだけを行き来していたせいか、ついにアリサからお叱りを受けた。

 ちょっと前にクアットロを二徹女とからかった時も最終的に五徹したわけだが、最近は三徹→三時間睡眠→二徹→二時間睡眠→三徹みたいなことを繰り返してたせいで、ついにぶっ倒れて治療室にぶち込まれたらしい。

 らしい、というのは、目が覚めた時には自分の部屋だったからだ。治療室で診てもらった後もしばらく起きなかったから、とりあえず私室に運んでゆっくり寝させてくれたらしいが、この三日間の俺の尿事情は聞かないことにした。

 起きた時、オムツじゃなかったということは、少なくとも便の方はセーフだったらしいが、さすがに点滴はされてたから尿はアウトだっただろう。アリサとすずかにされても嫌だが、少なくともナンバーズたちよりはマシだ。想定として最悪なのはジェイルだが。

 

 ともあれ三日も寝たんだ、これ以上寝ても疲労が溜まるだけだろう。適度な睡眠はいいが、過眠はただ疲れるだけだからな。とりあえず気晴らしに警備部の訓練室に赴いてみると、所属警備員全員に追い返された。曰くアリサとチンクの指示らしい。

 警備部がダメとなると、たぶんどこの部署に行っても同じだろう。チンクは単に警備部としてのものだろうが、アリサまで動いているとなると、全部署に俺を追い返すよう通達しているはずだ。ためしに経理部のアリサのデスクに行くと、「しばらくあなたの仕事はないから、そのつもりでいなさい」と言われた。ですよねー。

 さて、そうなると俺に出来ることはなくなった。仕事ができなくなった分、できたのは時間という名の退屈だ。料理が出来ればナンバーズたちの食事くらい作ってやったが、今世では透霞にそれを任せっきりだったのでからっきしだ。ちなみになんでナンバーズだけかというと、アリサとすずかとジェイルは基本忙しくて食事時がバラバラだからだ。

 

 何か予定を作らないと、裂夜の書として永い時を生きた弊害――トラウマとも言うべき「退屈」の恐怖が俺を蝕んでくる。いやまぁ別にそんなシリアスな話じゃなくて単に「暇なのはヤだな」ってくらいだけど。

 ともあれ何かしよう。いやアリサ的には「何もするな」が正解なんだろうけど性分だから許してほしい。たぶん後でしこたま怒られるだろうけど。あっ、そういえば今日ってウェンディが非番じゃん。ちょうどいいからあいつ誘って外でも出るか。

 かつての計画とは異なり、ナンバーズは今のところ初期メンバーたち以外は犯罪行為を一切行っていない。なので当然ながら戸籍どうのこうのを調べられない限り基本的にはJ&Sラボで働く一般市民だ。だからこうやって表に出てショッピングとかしていても何も問題はない。

 いやジェイルからはちょくちょく過保護な親バカみたいなことを言われるが、たまには社会の風を浴びて吸って知識や経験を蓄えないと、俺たちの計画が完遂した後、困るのはナンバーズたちだからな。そういう意味も込めて、俺はたまにナンバーズたちを街に連れて行っている。まぁ俺の休暇自体がそもそも稀なんだが。

 

「いやー、前々から話には聞いてたッスけど、こうして実際にソーマにぃと街に出たのは初めてッスね!」

「ノーヴェとウェンディは割と最近だからな。ノーヴェはたまたま非番と俺の休暇が被ったからいいが、ウェンディとは今日も本来なら来れなかっただろうな。可愛い妹分とデートができるなら、倒れた甲斐もあったってもんだ」

「それ、アリサねぇに後でチクってもいいッスか?」

「殺す気か」

 

 アリサは基本的にサバサバしてるように見えるけど、実際はジェイル以上に過保護なタイプだからな。包容力のあるすずかと違って甘やかさないけど、とことん心配した果てにダメ人間一歩手前まで受け入れつつ、絶対にダメ人間にならないよう喝を入れるんだ。

 すずかはそこらへん甘やかしながらも道を踏み外さないように加減してくれるけど、アリサはこっちが注意してないと普通に道を踏み外すからヤバい。ダメ人間製造機とダメ人間更生機が両方採用されてるけどスイッチはこっちが入れないとダメっていう……ほんとヤバいなあいつ。

 ちなみに喝を入れる時はそれが精神的なものか物理的なものかは状況による。物理ならまぁビンタ一発とかげんこつ一発とかで済むからいいんだが、口で延々説教されると数時間それが続くので精神的に死ねる。俺とすずかが最も恐れているのはもちろん精神的な方(こっち)だ。

 

「あはは、さすがに冗談ッスよ。いくらなんでも病人を追い込むような真似はしないッス」

お前の相方(セイン)は俺が風邪ひいた時でも普通に自分がしでかしたイタズラの罪を俺になすりつけてきたけどな。おかげで無実の証明をするのに30分かかった挙句に風邪が悪化した」

「それは……ちょっと人間不信になるッスね。あたしからも一応言っとくッス」

「いや、あの一件でアリサとチンクにこってり絞られたみたいで、最近は大人しい通り越して聞き分けがよくなってるからな。別にいまさら蒸し返さなくてもいいだろ」

 

 っとと、喋ってる間に目的地に到着だ。まぁ庶民でも手が伸びる程度にちょっと高いレベルの服屋だが、実はウェンディだけじゃなくノーヴェにも上着をいくつか見繕ってきてくれと言われているので、俺はそっちを担当だ。ウェンディは自分で好きなのを選ぶだろう。

 何かあれば声をかけろよ、と言ってウェンディと別れると、ジャケットやジャンパーが並んでいるエリアへと向かった。ノーヴェはあれでけっこう中身が乙女だから可愛い系の服にしようかとも思ったが、たぶん俺がそういう嗜好を知ってるとわかると恥ずかしがるタイプだろうから、黙っておくとしよう。

 ノーヴェ自体はからかい甲斐のあるヤツなんだが、高町とかと違ってこういうことでからかうと反抗する以上に傷付くタイプだからな、からかいには愛が必要なんだ。笑って済ませられる範囲を超えたら、それはただのイジメだからな。

 とにかく、可愛い系よりはカッコいい系だ。おっ、このオレンジのマウンテンパーカーとかノーヴェに合うんじゃないか? ついでだ、こっちのカーディガンと併せて買っていってやるか。もう二、三点くらい見繕って……。

 

 

 

 

「……ソーマにぃ、大丈夫ッスか?」

「これくらいならまぁ、ちょっと重い程度だ。ダテに鍛えてないしな」

 

 服屋とその隣の靴屋を出て、両手の荷物もそれなりの量になる頃には、太陽もだいぶ西に傾いていた。ミッドチルダでも太陽は東から昇って西に沈むのかと不思議な感覚を味わっていると、隣のウェンディが不思議そうな顔でこっちを覗き込んできていた。なんだよ、俺だって世界の常識に疑問を持つことくらいあるわ。

 ところでお前その露骨な視線移動はなんなの。視線が物凄い勢いで逸れながら精肉店のコロッケに注がれてるけど買わないからな? そもそも今日の夕飯は揚げ物だって今朝クアットロが言ってただろ。買い食いして夕飯が食えないとかになったら妙な実験のモルモットにされても助けないからな。

 

「ソーマにぃ、あれ……」

「買わない」

「まだ何をって言ってないじゃないッスか!」

「コロッケだろ。買わないぞ、今日の夕飯担当クアットロだからな」

 

 うげっ、と悲鳴を上げて抵抗がやんだ。さすがにこいつもクアットロを敵に回すのは御免被るらしい。そらそうか。

 まぁコロッケ一個くらいでこいつの腹が満たされるとも思えないが、実際のところウェンディだけに買い食いさせるとクアットロよりもセインとかノーヴェからの文句がすごいからな。贔屓だとか言って。

 ディエチは割と何も言わないけど、目で訴えてくるからな。あれは別に食べ物がほしいというより構ってもらいたがりなだけだから可愛いもんだが。

 

「……半分だけだぞ。誰にも言うなよ」

「えっ、いいんスか!?」

「まぁノーヴェの服選びも手伝ってもらったしな」

「さっすがソーマにぃ! 話がわかるっ!」

 

 セインと気が合うだけあって、ウェンディはだいぶノリが人間寄りだ。さすがに少し思慮に欠くところがあると思わなくもないが、まぁ別に学も常識もあるし、生活では困らないから、これは個性と捉えていいだろう。

 ナンバーズ――戦闘機人として生まれただけに、最初こそ本人のノリとその出生のギャップに悩むところもあるかと思ったが、割と楽観視しているようで何よりだ。ディエチやノーヴェからは何度か相談を受けていただけに、ちょっと心配だったからな。

 特に心配だったのはノーヴェだったが、あいつも最近は相談相手をアリサに変えたおかげかだいぶ前向きになっている。俺のことを信用して相談してくれたのは嬉しかったが、女特有の悩みやその性格によるものは、俺よりもアリサの方が相談相手として相応しかったからな。

 ディエチはそこらへん相談内容をあらかじめ取捨選択してから声をかけてきたから、俺で十分間に合ってたが。

 

「おじさん、コロッケ1つ」

「あいよっ! でもお兄ちゃん、女の子連れなら2つ買うくらいの甲斐性みせてやんなくていいのかい?」

「妹にそこまでしてやるほど優しい兄じゃないんでね」

 

 コロッケ半分でご機嫌とれるなら安いってだけだ。



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ディエチの悩みと、「兄」の奏曲

 不眠が祟ってぶっ倒れ、療養を言い渡されて一週間。ようやくアリサのお許しの下、業務に戻ることができた俺を待っていたのは、当然ながら仕事の山、山、山。

 これはさすがに三日くらい徹夜しないと終わらないだろうなぁ、とか思っていると、これまた当然のごとくアリサに「徹夜はダメ」と釘を刺されてしまった。いやでもこれ徹夜なしでこなそうと思うと最低でも一か月はデスクに座りっぱなしだぞ。

 ジェイルに頼み込んでウーノを貸してもらおうかとも思ったが、あっちもあっちで今まさにやっている作業が大詰めの段階らしく、ウーノはおろかクアットロとチンクまで駆り出している有り様だった。

 こうなるともう俺に手はない。覚悟を決めて仕事に向かおうとデスクに向かうと、不意に研究室のドアがノックされた。

 

「ソーマさん、今ちょっといいかな」

「ディエチか。どうした?」

 

 視界の端に映る膨大な書類から目を背けると、ナンバーズの中でもチンクに次ぐ良識人、ディエチが物静かに佇んでいた。

 どうやら仕事を手伝いにきてくれた、というわけではないようで、俺の後ろの書類の山を見て若干引いているようにも見える。いや見えるっていうより物理的に半歩くらい後ずさった。

 

「えっと、いつものなんだけど……今は邪魔しないほうがよさそうだね」

「いや、そうでもない。というか、これだけ仕事があるとお前の相談に乗るくらいの時間を割いても割かなくても誤差みたいなもんだ」

「で、でも……」

「ほら、いいから座れ」

 

 キャスター付きの丸椅子を蹴ってディエチの方へ渡すと、観念したような様子でその椅子に腰かけた。

 ディエチが主に悩んでいるのは、やはり自分が戦闘機人という、人間からかけ離れた存在であるが故の不安。それは時として自身の出生そのものに対するものであったり、はたまた同じ警備部の同僚に対する人間関係へのものであったりもする。

 総じてまとめてしまうと、人間というものを美化・神聖化しているかのような思想と、それを超えるように生まれながらどう足掻いてもそこに至れないジレンマ。それがこいつの悩みの根本的な部分だ。

 

「んで、今回は何があった?」

 

 デスクの引き出しに忍ばせていた缶コーヒーを二つ取り出して片方を渡すと、ディエチはそれを受け取り、俯いたまま語り始めた。

 

「昨夜、警備部の同僚とパトロールしてた時のことなんだけど――」

 

 ディエチの今回の相談内容は、親――ひいては「母親」についてのものだった。

 同僚二人が、パトロール中の沈黙(ヒマ)に耐えかねて雑談に興じるというのは普通のことだが、昨夜はたまたまその話題として故郷の家族の話になった。

 故郷はどんなところか、田舎自慢にも似た会話は家族構成や実家の変なルールの話へと変わっていき、両親はどんな人物だったか、母親の料理はどんな味だったか、などの話題で盛り上がっていたそうだ。

 

「あたしたちナンバーズにとって、父親はもちろんドクターだ。ドクターが生み出してくれたからあたしたちは今こうして生きているし、愛情を注いで育ててくれたからみんな笑顔で過ごせてる。本当に、ドクターには感謝してる」

「…………」

「けど、あたしたちに母親はいない。ドクターはあたしたちを生んで育ててくれたけど、お母さんじゃない。でも、じゃあ母親ってなんなんだろう。父親と何が違うんだろうって」

 

 きっと、ディエチは母親がいないことに不満を持っているわけではないんだろう。

 ジェイルのことを本当の父親のように思っているからこそ、ジェイルから与えられる愛情に不満なんてないはずだ。だが、一方で母親がいないことを「片親が足りない」ということではなく、「どういうものなのかわからない」ということが、ひとつの違和感(コンプレックス)になりつつある。

 人間として生まれて、ある程度の幸せを享受している子供であれば、母親というものに対して感情の良し悪しはともかく、どういう存在なのかは理解できるだろう。俺と透霞を見捨てたあの腐れババアでさえ、自暴自棄になりながらも俺たちが家事を一通り学習するまでは食事だけは作ってくれた。だからといって感謝はしてないけど。

 母親に抱く感情が良かれ悪しかれ、それがどんなものなのかは、理解はできる。だがディエチにはそもそも母親がいない。もっと言えば、誕生に際して必要ですらなかった。ジェイルという父親がいて、機材さえ揃っていれば生み出せた。ウーノやチンクのようにクローン培養ですらない以上、血の繋がりのある存在は皆無だ。

 

「別に、あたしが生きていく上で母親っていう存在が必ずしも必要じゃないことはわかってる。生まれた時からこの姿だし、知識や常識はドクターとソーマさんが教えてくれた。体だって並の人間よりずっと丈夫だし、もしも私が誰かと結ばれたなら、子供だって作れる。けど……それでもあたしは、母親を知らない。知らないから、きっとなれない」

 

 たぶん、俺が母親という存在がどんなものかを語ったところで、それはディエチにとって「知識」のひとつにしかならないだろう。

 こいつがもっと社会を知って、いろんな人間と出会い、恋をして、結ばれた相手と愛を育み、子を生した時、俺が与えた「母親」という知識はなんの役にも立たないに違いない。

 ディエチは賢い奴だ。知識と感覚が必ずしも合致しないということをわかっている。だから俺に求めている回答は、きっと母親という存在が子にとってどういう役割を持っているのか、ということではない。

 こいつが聞きたいのは、きっと――。

 

「……ディエチ。顔を上げろ」

「…………」

「まず最初に言っておくが、お前も知っての通り、ジェイルはお前の父親であって母親じゃない。俺なんてもっと関係ない。だから、定義上の母親というものは、お前には存在しない」

「…………」

 

 厳しいようだが、これだけは告げなければならない。俺がどんなに甘い言葉をかけたところで、こいつは納得しないだろう。だったら、いっそのこと真実をありのままに突き付けた方がこいつのためだ。

 

「で、その上で言わせてもらうが、そもそも「父親」と「母親」という存在に、性別以上の差異なんてほぼ存在しない」

「えっ……?」

「もちろん、性差は時として決定的な差になるだろう。男の子供には男特有の、女の子供には女特有の悩みが存在するし、そういった時に同性の親に共感を求めたり、時に相談したりして解決を図ることもある。そういう意味で、お前に母親がいないのは確かにデメリットが大きい。ただ、そんなのは単なるデメリットの話だ。決定的な関係性の決裂にはならない」

 

 そういう意味で考えると、なんでジェイルは男のナンバーズを造らなかったんだろうと思わなくもないが、ひとまずおいておこう。

 別にあいつの趣味で女ばっか作ってたわけでもないだろうし。まぁ初期メンバーは元々ジェイルのバックアップを胎内に宿す役割があったらしいが。今はもう取り除いたけど。

 

「将来、お前が母親になった時、確かに母親のいないお前には戸惑うことばかりだろう。現時点でさえ女性特有の苦痛にストレスを感じてる奴も多いからな」

「うん……」

「でも、お前に親としての愛情を注いでくれた奴なら、もういるだろ。そいつは母親じゃないが、それでもお前を自分の子供としてありったけの愛情を注いでる。そこに性差の影響なんてどれだけある?」

「うん……うんっ……!」

 

 ああもう、こんなとこで泣くなよ。俺がいじめたみたいになるだろ。

 

「母親だって、最初から母親だったわけじゃない。子供が生まれて、その子に全力の愛情を注ぐことで初めて母親になるんだ。最初はどんな母親でもわからないことだらけだ。だからその時は旦那や友人、自分の親に相談して、教えてもらうんだ。お前に母親がいなくても、お前は母親になれる。それはもう、最高に優しい、いい母親になるよ」

「母親がいなくても、母親になれる……。ほんとに……? ほんとにあたし、ちゃんとお母さんになれるかなぁ……?」

「おう。それに母親になる心配なんざ、まだまだ気が早いぞ。まずは相手を見つけないとな。幸いここは外部の企業とも積極的に交流してる個人研究所。出会いには困らないだろうし、焦らずじっくり自分のパートナーを探していけ」

 

 まぁ見つけたとしても俺とジェイルで全力で審査するけどな。経歴は出生から全部精査してディエチに相応しくないとわかったら秘密裏に葬り去るから。

 ディエチみたいな優しくて美人な子を下心ありありで手に入れようなんざ天が許しても俺とジェイルが断じて許さんよ。

 

「ありがとう、ソーマさん」

「ん、もう大丈夫か?」

「うん、ソーマさんのおかげだね」

「どういたしまして。また何かあったらいつでも来な」

 

 うん、と頷いて、ディエチは研究室を後にした。

 ――と思うと、またドアが開き、

 

「あたし、ソーマさんのことも本当の兄さんみたいに思ってるから」

 

 そう言って、今度こそ帰っていった。

 兄さん、か。いまさらだが、ふと透霞のことを思い出す。あいつは今頃どうしているだろうか。海月とうまくやっているだろうか。

 そんな風に想いを巡らせて、それを振り切った。

 

 俺はもう、あいつの兄じゃない。



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アリサのオモイと、奏曲のキモチ

 それはある日の夕食での出来事だった。夕食、と呼ぶにはだいぶ夜も更けていたが、俺とアリサとジェイルの三人が揃って仕事をひと段落させ、ダイニングのテーブルについた時には食事は冷めていたが、一日の終わりの食事という意味では夕食だった。

 ふと、ジェイルが口にした一言が、まぁ起爆スイッチというか、むしろいつか誰かが押すかもしれない位置に設置されていたスイッチが、ようやくというか、とうとうというか、とにかく「ついに」押されてしまった。

 

「奏曲君、結局のところ君はアリサ君とすずか君のどちらをとるつもりなんだい?」

「いきなり中学生の修学旅行みたいなテンションになるのやめろよジェイル……。俺たちは別にそういう関係じゃないって前にも言ったろ」

「いや、確かに深夜テンションだということは認めるがね、実際のところ何人かの職員から訊かれるのだよ、君の本命はどちらなのか、とね。まぁあわよくば余った方にちょっかいをかけようということなのだろうがね」

「それは確かにあたしも気になるわね。別に選ばれなくても他の男のモノになる気はさらさらないけど、結局ホントはどっちが本命なのよ奏曲」

 

 コイバナ。俺が俺自身を縛る枷として地球から連れてきたたった二人の異性。それは即ちこの二人こそが俺にとって何にも代えがたい特別な存在である証であり、だからこそ必ずいつかは押されていたはずの起爆スイッチ。

 とはいえ、俺がこの二人と「そういった関係」でないことはジェイルには前以て何度か話してあるし、俺自身の気持ちを偽っているわけでもない。俺にとってアリサとすずかは「親友」であって、それ以上の関係などない。

 それ以上の関係がないというのは、アリサとすずかを異性として見ていないという意味ではなく、俺にとって「親友」よりも高い位置にある関係性そのものがないということだ。恋人や、あるいは夫婦といった関係は決して「親友」の上ではない。友情と恋愛では比較すべきジャンルがそもそも違うからだ。

 

「そりゃ、恋人にしたいと思ったことがないとは言わねぇよ。アリサの凛としながらも気配りのできる姉御肌なところにときめいたこともあるし、すずかの優しくて包容力のあるところに惹かれたことだってある。けど、それは決して異性として見なければ得られない気持ちじゃない。俺は二人が俺の親友でいてくれればそれで満足だ」

「まぁ、身も蓋もないことを言えば相手を異性として見るかどうかは、突き詰めたところ性行為が絡むか否か、みたいなところはあるからね。それを必要としなければ、親友同士として一生を共に過ごすというのも、夫婦という関係と何も変わらない気はするが、そうしている間に他の男に取られたらどうするつもりだい?」

「そいつが本当に二人のことを幸せにしてくれるなら文句はねーよ。そりゃ嫉妬はするだろうし、結婚して子供が生まれたら旦那や子供を優先しなきゃならないだろうから俺とは今までよりも距離ができちまうだろうけど、それで二人が幸せなら構うもんかよ」

 

 前世までに結婚してきた相手も、必ずしも「一番好きな相手」とばかり出来たわけではない。時には親の決めた相手と、時には金で強請られて、悪い時には結婚すらせず子供だけ産まされたことだってある。

 それでもそうした時代の中で俺の心が壊れなかったのは、俺にとって何よりも大切な「親友」たちが幸せになってくれたのだと信じていたからだ。俺がどれだけ不幸になっても、俺の親友たちが幸せならば、その喜びにさえ勝るほどの苦痛などありはしなかった。

 そうした経験を経てきたからこそ、今の俺はあえて親友を生涯のパートナーとして得ようとは思わないようになった。今こうしてジェイルに囚われていることがその最たる理由だろう。俺が魔導書である以上、裂夜の鎚を求めて俺やその周りの人間に危機が迫ることなど容易に想像ができる。

 だからこそ、俺は「一番好きな相手」だけは「親友」として接し、異性としてのパートナーにしないことを決めたんだ。

 

「ちなみにアンタ、あたしとすずかがもし二人とも他の男とくっついたら、自分はどうするのよ。アテでもあるの?」

「いや、特にないな。まぁ普通の人間と違って、俺の場合は死んでも次の肉体に転生するだけだから別にいいかなって」

 

 普通の人間が異性を得ようとする理由は、数十年に亘る孤独感を埋め、子孫を残すことで孤独死を免れるため。それは簡潔に言ってしまえば、「寂しさ」から免れるためだと言い換えられる。

 だけど俺の場合、死んでもすぐに「次」がくる。それも記憶を引き継いだ状態で。ましてやこれまでの生は計1000年弱。今さら数十年程度の孤独など大したことではないし、俺の子孫がいようがいなかろうが、次の生ではもはや他人だ。

 来世として目を覚ませば親がいて、運がよければ新しい「友達」もできるだろう。過去の「友達」とは今生の別れとなっても、孤独感はない。だからこそ「耐え」られる。

 

『ソーマ、その言い方はさすがに酷だ』

「そうは言うけどな夜天、それが事実だってことは他でもなくアリサとすずかが一番わかってるはずだ。俺たちの関係は、どんなに頑張ったって今世限りのものだって」

『だが……いや、ソーマがそれでいいなら何も言うまい。だが、言葉はきちんと選んだ方がいい……というのは、釈迦に説法かもしれんがな』

「いや、ありがとう夜天」

 

 食事を終えて食器をキッチンに運び、軽くゆすいでJ&Sラボ製の最新式食洗器に投入する。

 そういえば、ここのところデスクワークとエネルギー研究にばかり力を注いでいたが、家具などの機械開発の進捗はどうなってるんだろうか。そっちの専門はすずかだから明日にでも聞きにいこう。

 このまま思考だけじゃなく会話からも逃避できればよかったんだが、ジェイルが「どうぞ」と言いたげに椅子を引いたので、渋々その席について会話に戻る。

 

「……アンタが何を思って頑なにあたしたちを受け入れないのか知らないけど、じゃあこの際ハッキリさせておくわ」

「ハッキリって、何を――」

「あたしはアンタのことが好きよ。親友としても、一人の男としても。アンタ以外のヤツなんてこれっぽっちも目に入らないってくらいにアンタが好き。それはきっと、アンタに選ばれなくても変わらないわ」

「――――!」

 

 それは、もはや誤魔化しの利かない想い(キモチ)。今までは遠回りに仄めかすか、あるいは有耶無耶にしようと思えばできる程度のものだった。けれど、こうも面と向かってストレートな感情をぶつけられてしまった以上、もはやその想いに逃げ場などない。

 今までは親友だから誤魔化せてきた。だけど今は親友だから誤魔化せない。俺がどんなに言葉を取り繕ったところで、アリサは俺の「嘘」を見破るだろう。

 だってこいつは、俺の主様(マスター)なのだから。

 

「今まではガマンできてた。アンタが望むのならいつまでも親友でいようと思ってた。けど、この二年間でわかっちゃったのよ。あたしにはアンタが必要で、アンタにはあたしたちが必要で、それはきっと……「親友」のままじゃ満たされないんだってことが」

「……気の迷いじゃないって断言できるのか。俺がお前たちを「人質」として連れてきて、三人だけで一緒の時間を過ごしたことで吊り橋効果が働いただけかもしれないだろ。何より、俺は魔導書なんだぞ。俺は『裂夜の書』のセキュリティプログラム……ヒトですらないモノなんだぞ。そんなヤツを――」

 

 気が付けば、俺の言葉はその先を紡げなくなっていた。

 意識が遠のくように真っ白な思考の中、感じられたのは唇に触れる柔らかな感触と、視界を占める頬を桜色に染めたアリサの顔。

 

「……ん。あたしは、気の迷いや勘違いで唇を捧げるほど、安い女じゃないわ。そのくらい、アンタなら知ってるでしょ?」

「知ってるよ。知ってるけど、知ってるから……後悔させたくないんだろ!」

 

 俺はもう、嘘はつけなかった。

 いつも嘘と偽りと誤魔化しで生きているような俺が、今この時ばかりはなんの虚勢も張れなかった。

 

「けど、悪い……今はまだ答えられない。自惚れかもしれないけど、たぶん答えを出す前にすずかの気持ちも聞かないと不公平だろうし、何より今は感情がごちゃごちゃで、まともに思考がまとまってないんだ」

「……そう。うん……そうね。けど、ならちゃんと覚悟しておきなさい。すずかだって本気であんたのこと好きなんだから、ちゃんと受け止めてあげなさい。受け止めた上で……ちゃんと答えを聞かせて」

「ああ。だけど、答えとは別に……どっちを選ぶにしても、お前には言っておかなきゃいけないことがあるんだ」

 

 そうだ。すずかからどんな言葉を聞くことになっても、これだけは変わらない。決して揺らぐことのない、けれど今まで一度も言ったことのない、俺の想い。

 

「俺は今まで、何度も生を繰り返してきた。その生の中で、お前よりも好きだった相手もいるし、お前じゃない男や女と結ばれて、子供も設けてきた」

「そんなの、いまさら――」

「だけどッ!」

 

 この気持ちは、何にも誤魔化されることなく伝わってくれ。

 

「今世で――今の生で最初に恋をした相手は、アリサ……お前だ」

 

 今の俺の精一杯。

 もしもこれから先、どんなことがあっても変わることのない真実(オモイ)。嘘や誤魔化しでは偽れない感情(キモチ)

 それを今のうちに――今だからこそ、お前に伝えておきたかった。

 

 アリサ。俺はお前が、好きだ。



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すずかのオモイと、奏曲のキモチ

 アリサに想いを告げられた翌日、俺はすずかを所長室に呼んだ。

 

「奏曲くん、わたしに用事って……なんて、白々しいよね。たぶん、昨日アリサちゃんと話してたことだよね」

「アリサから聞いてたか。ああ、今までずっと出してこなかった答えを出そうかと思ってな。もう、誤魔化しは効かないみたいだし」

「ふふっ、それはそうだよ。わたしたちはずっと他の誰でもなく奏曲くんを見てきたんだから」

 

 そう言って笑うと、すずかはそれまでの柔らかい視線から一転して、真剣な目つきで俺の両目を射抜いた。

 そうだ、誤魔化しは効かない。俺が今までずっと後回しにしてきた答えは、アリサとすずかにとっては常に目の前にあったはずの問いかけだ。だが二人は、敢えてそれを口に出そうとはしてこなかった。

 それは偏に、俺がロストロギアとしての使命を全うしようとしてきたからこそ。俺の意思を尊重するために、こいつらはずっと自分の想いを殺してきた。

 だけど、それはもうここで終わりだ。もう、これ以上は長引かせない。

 

「そうだなぁ、今でこそわたしとアリサちゃんは二人揃って奏曲くんの親友だけど、元々はわたしが最初だったんだよね。奏曲くんと出会ったの」

「だな。幼稚園から付き合いがあるのは、お前と透霞だけだからな。お前が寝ぼけて俺に噛み付いて、ギャン泣きされて、んで夜の一族(おまえ)の生活を研究観察するのと引き換えに、俺がお前とお前の秘密を守ることになったんだっけな」

「小学校にあがって、アリサちゃんとなのはちゃんに出会って、その時も守ってくれたよね。わたしのことも、アリサちゃんのことも」

「今思えば可愛い喧嘩だったのを、ついつい手ぇ出してアリサからも高町からもキレられたっけな。いや、自分から貧乏くじを引きにいったとはいえ、あれは理不尽だった」

 

 そして三年生に上がって、高町が魔導士となり、テスタロッサと出会い、その衝突を「前世の知識」で知っていた透霞が首を突っ込み……あの3人の動向は基本的に無視してたな。普通に生活してて被害もなかったし。いや、あのデカい樹にはビビったが。

 その後の闇の書やその守護騎士たちとの闘いは語らずともいいだろう。そして海月と出会い、ぶつかり合う中で互いが不倶戴天の存在であることを理解し、俺は透霞に別れを告げた。そういう意味で、ジェイルとの出会いは僥倖ですらあったかもしれない。

 

「アリサちゃんがどう思っているかわからないけれど、わたしは奏曲くんと親友でいられてよかったと思う。……ああっ、別にアリサちゃんが奏曲くんに対してそう思ってないって意味じゃなくて、なんていうのかな……わたしは、奏曲くんとの「親友」っていう関係性に、すごく充実感を感じてるんだ」

「…………」

「恋人に、夫婦になりたくないわけじゃない。なれたらきっと、これ以上ないくらい幸せだとも思ってる。だけど、たとえそういう関係じゃなくても、わたしは奏曲くんと親友でさえいられるのなら、それ以上を無理には望まない。……ううん、望めないよ。だってもう、こんなにも幸せにさせてもらったんだもん」

「すずか……」

 

 だから、とすずかは静かに続けた。

 

「奏曲くん……一生のお願い。もしも奏曲くんが最初からわたしのことが好きだったわけじゃないのなら、他の誰でもなくアリサちゃんを幸せにしてあげてほしいの。わたしと違って、アリサちゃんはきっと、今のままが一番いいなんて思ってない。わたしよりずっと欲張りで……わたしよりもっと、奏曲くんのことを大好きだと思うから」

「……これ、アリサにも言ったんだけどさ」

「……え?」

「俺、今の生に……『夏海奏曲』になってから、初めて恋した相手はアリサなんだ。すずかの方が先に出会ってたのに、すずかのことを大切に思ってたのに、初恋の相手はすずかじゃなかった」

 

 俯くすずかに、俺は言葉を止めない。

 今ここで全部言わなきゃ、変な誤解を与えてしまうし、何より……すずかの思いを裏切ることになる。

 

「昨日、アリサにそう言ってからずっと考えてた。なんでアリサだったんだろう。なんですずかじゃなかったんだろう。正直さ、すずかの方がアリサより優しいし、気立てもいいし、本人に言ったらビンタされるだろうけど、見た目ならすずかの方が可愛いと思う。けど……お前は俺の初恋の相手じゃない」

「あはは……そんなに前からフラれてたなんて、さすがにちょっと、悲しいなぁ」

「バカ言え。俺がすずかを傷付けるだけの告白なんてするかよ。話は最後まで聞け」

 

 いや、結果だけなら、傷つけることにもなるだろう。

 俺は恋愛小説の主人公じゃない。あっちにもこっちにもいい顔はできない。だからといって、自分の気持ちを正直に言うのも、あんまり得意じゃない。

 だからちょっと回りくどく、けど……嘘だけは絶対に言わない。

 

「今こうやって昔を振り返ってみて、ちょっとだけ理由がわかった。俺がお前に恋をしなかった理由。お前が俺に恋をしなかった理由。きっとその理由は、俺たちがある意味で両想いだったからなんだろう」

「両想い、って……?」

「恋人とか、夫婦とかってさ。どうしても段階を踏むだろ? お互いに気持ちを晒し合って、たまに誤魔化して、そして結ばれる。けど……俺たちは違った。出会った時からわかってたんだ。「この子はこれからずっと、自分にとってかけがえのない存在になるんだ」って」

 

 だからやたらドキドキしたりしなかったし、それでもたまにときめいた。お互いに何かを言い合うまでもなく、俺たちは家族にも等しい距離だった。

 言うならば、兄妹のように。

 

「透霞が血で繋がった兄妹なら、すずかは友情(きずな)で繋がった兄妹だったんだ。ずっと一緒にいられるって確信があった。お互いにずっと大好きでいられるって確信があった。でも……きっとそれは恋心じゃない」

「……そっか。……そうだね。わたしたちはずっと前から、お互いが家族みたいな存在だったんだ。大好きな兄妹だから支えたいと思ったし、わたしとアリサちゃん以外の子に優しくしてると嫉妬した。ふふっ、そう思うと、わたしってけっこうブラコンなのかな?」

 

 俺の気持ちは、正しくすずかに伝わってくれただろうか。俺の思いがどうあれ、もしもすずかの気持ちが俺と一緒でないのなら、俺は彼女を小綺麗な理屈で言い包めただけなのだろう。

 でもきっと、俺の勝手な思い違いでなければ、すずかは俺と同じ気持ちを抱えてたんだと思う。俺のことは本当に好いてくれていた。それは親友として長い時間を一緒に過ごしてきた俺だからわかる。あれは、友情とは違う好意だった。

 けれど、同時にそれが恋心とは少しズレたものだったのだろうということも、なんとなくわかっていた。友達としてではなく、だけど恋というにはあまりにも独占欲がわかない。俺と同じだ。だから――きっと。

 

「そうだな。だったら俺はシスコンだな。兄妹のように感じているはずのお前が、本当に心から愛おしい」

「じゃあ、奏曲おにいちゃん、って呼んであげようか?」

「それはさすがに特殊なプレイしてるみたいだからやめてくれ」

 

 お互いに小さく笑い合うと、すずかは静かに一滴の涙を零した。それはどんな思いで流れた涙だったのか、今の俺にはもう知る由もない。

 だけど、それでもわかっていることがある。俺とすずかは一番最初に出会い、そして今、長きに亘る思いに決別を告げた。これからの俺たちは、今までとはまったく違う思いで接し合うことになるだろう。

 

「……さて、結論も出た! あとは俺の正直な気持ちをアリサにぶつけるだけだ!」

「ところで、夜天さんは納得してるの? 奏曲くんにとって、本当に一番の相手って夜天さんでしょ?」

「あー……まぁ夜天はもう色々と仕方ないというか……本人に聞いてみるか?」

 

 そう言って、何か月かぶりに夜天と「交代」する。

 

「いきなり交代するな! 驚くだろう!」

『まぁまぁ、こういうのは本人が喋った方が説明が楽でね。頼むわ』

「まったく……それで、私とソーマについて、だったな。結論から言ってしまえば、問題ない。というか、ソーマが誰と結ばれようが、これからずっと、真の意味で「永遠に」一緒にいられるのは私だからな」

「ああ……確かにそこまでいくと束縛する気も起きない、みたいな?」

 

 ああ、と頷く夜天に、すずかはただ「なるほど……」と相槌を打つ。

 そう、これから先、俺は幾度となく転生を繰り返すだろう。だがその転生でこれまでと違うことは、これからはずっと夜天と一緒だということ。

 その都度、一度の生限りの相手と結ばれようと、真に永遠のパートナーとなるのは他でもない夜天だけだ。だからこそ、夜天は俺を縛る必要がなくなった。

 

「いいなぁ……。私も夜天さんみたいにずーっと奏曲くんと一緒にいられたらなぁ……」

「フフッ、そこはさすがに譲れないな。この関係は私とソーマだけのものだ」

 

 ……俺、さては世の野郎どもに刺されるのでは?



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奏曲のオモイと、離ればなれの双子

 その夜、J&Sの居住エリアから少し離れた最も夜空が広く見渡せる丘の上で、俺はアリサと二人きりで居た。

 次元が異なれば星座も異なる。地球で言えばあのあたりにオリオン座があって、その左に冬の大三角形があるはずだが、ミッドチルダの夜空にそれらは見当たらない。

 首が痛くなりそうな角度で夜空を見上げるアリサに、屋敷から水筒に入れて持ち出してきたホットコーヒーを渡す。

 

「まさか、アンタの口から「星を見に行こう」なんて言葉が出るなんて思わなかったわ」

「そうか? これでも星はけっこう好きだぞ。今みたいに娯楽が多くなかった時代や世界では、星を見ることが楽しみで毎日を過ごしてた時もあったくらいだからな」

「アンタの過去の話はいちいち重いから却下よ」

 

 ハッキリ言われてしまうと、もはやこれ以上の言葉は紡げそうにない。まぁ、生きてきた年数と密度が高いなら、重みもそれに比例する。過去の話をすればその重みも露呈すると思えば、ここで話題を打ち切るのが正解だろう。まだ熱いままのコーヒーを啜ると、俺もアリサに倣って天を仰いだ。

 ミッドチルダの星座で言えば、あのサイコロの「6」みたいなのがくさり座だったか。その斜め上にあるのがすりばち座。星座の名前と形がわかっていても、あんなの擂り鉢じゃなくても器ならなんでもよかっただろ、と思わずにはいられない。

 

「俺たちのちょうど真上にあるリボン型のがあるだろ。あれの斜め下にめちゃくちゃ光ってるのがあるだろ。あれがカトゥルス。カトゥルスはミッドチルダの古い言葉で子犬を意味するから、地球でいえばこいぬ座になるのかもな。見られる時期はともかく、星座の座標はまるで違うが」

「犬……かぁ。実家の子たちは元気かしら。パパとはちょくちょく連絡をとってるけど、ほとんど近況報告だけで終わっちゃうから、あの子たちのことはあんまり聞けてないのよね……」

「……カトゥルスはその少し上にあるノイロの忠犬でな、英雄ノイロがスコルピスと呼ばれる狂神との闘いに敗れて星座となり天に昇った後、そのスコルピスを噛み殺し、主人の後を追って星座となったと言われている。アリサんちの犬たちが忠犬なら、そのうちカトゥルスみたいにミッドチルダまで追って来るかもしれないな」

 

 まるでいい話みたいに語ったはいいが、俺はこの話を初めて知った時「犬つっよ。最初から犬に戦わせろや」とかツッコんでた記憶がある。

 あるいは犬が強いのではなく、主に捧げた忠義が強かったのかもしれないが、なんにせよノイロの無駄死に感よ。いや、もしかしたらノイロがギリギリまで追い詰めたからカトゥルスがトドメを刺せたのかもしれないし……そこらへん星座の逸話って曖昧だよな。

 

「そして、そのノイロに寄りそうのがゲミニーだ。ノイロの親友の双子だが、妹と喧嘩別れをした姉が星座となり、妹は地上に残ったとされている。片割れだけなのに「双子」を意味する「ゲミニー」と名付けられたのは、皮肉だろうな」

「喧嘩別れをした双子……まるでアンタと透霞みたいね」

「グッサリ言ってくれるな。まぁ、思い当たる節がないとは言わないけど。妹をおいて星座になったゲミニーは、親友であるノイロを拠り所とするように同じ時期・同じ方角に現れる。まぁ星の座標は変わらないから当然っちゃ当然なんだが、この「時期」っていうのがまた皮肉が効いていて、妹を置き去りにしたとされる夏には見ることができない」

 

 もしこれが俺と透霞だったのなら、夏に会えないというのもなかなかに笑える冗談だ。夏海の名が泣くに違いない。

 

「ゲミニーが奏曲なら、ノイロがあたしね。妹からは見上げることしかできない存在だけど、親友のあたしなら隣に寄り添っていてあげられる。……なんて言ったら、透霞に怒られそうだけど」

「一緒に生まれた双子が離ればなれで、偶然出会った親友が寄り添い合うなんてのは、また随分と意地の悪い話だけどな」

「それもまた運命なんじゃない?」

「あるいは、運命が捻じ曲がった結果かもしれないけどな」

 

 だとすれば、いったいどこで運命は捻じ曲がったのだろう。海月が現れた時? それとも俺が闇の書事件に介入した時? あるいは――俺が高町に関わった時?

 もしそうなら、俺とアリサが出会ったこそすらも、運命にとっては――世界にとっては、イレギュラーだったのだろうか。だったら、運命ざまぁみろ、と言ってやろう。

 運命が定めた道を捻じ曲げてでも、俺はアリサ・バニングスという少女と出会い、そして友情を深めて――今まさに、こうしている。だったら、俺は運命に勝った、と言い切ってもいいはずだ。

 

「……運命がもしもあるのなら、あたしはアンタに会えたことを運命に感謝するべきなのかしら」

「いいや、本来なら出逢わないはずの運命だったのかもしれない。それなら、その運命を打ち砕いた俺たち自身を誇るべきだ」

「……ホント、男の子って運命が嫌いね」

「それを言うなら、女って運命が好きだよな」

 

 まぁ、俺もアリサも、好き嫌い以前にそもそも運命というもの自体に興味がない方だが。

 でも――そうだ。俺たちは親友同士だが、それ以前に一組の男女だ。俺たちの間にある友情は間違いなく尊いものだと信じているし、揺らぐこともない。だが、それでも互いの性を偽ることもできない。

 ずっと考えていた。親友から恋人という形になったら、そこにあるのはもはや友情ではなくなってしまうのではないかと。俺たちは親友だからこそ心地よい関係だったかもしれないし、互いを最優先できていたかもしれない。

 そうだったとすれば、恋人になることで俺の中のアリサに対する優先順位が下がってしまうのではないかと、そればかりがいつまでも怖かった。

 

 でも、地球を去って二年。親友二人(アリサとすずか)だけが傍にいる環境で過ごして、俺は理解した。

 愛情と友情は上書き保存じゃなくて別名保存だ。親友のまま相手を異性として見ることもあるし、恋人や夫婦になっても親友という関係が崩れるわけじゃない。

 俺たちは親友のまま結ばれることができるんじゃないか。それが俺が導き出した答えだった。

 

「アリサ」

「うん?」

「……俺たちはいつまでも親友でいられるよな?」

「……ええ、そうね。あなたがそれを望むなら」

 

 だよな。じゃあ、もう心置きなく言い切れる。

 これが、今世における最初で最後の告白だ。

 

「なら、俺と一緒に生きてくれないか。今までのように、これから先ずっと……親友として、俺だけの女性として」

「……それ、フってるのか告白してるのかわかりにくいわよ。……あたしじゃなかったら、フラれたと思っちゃうじゃない。女の子には、もっとわかりやすくて優しい言葉で告白しなさい!」

 

 不満とも叱責ともいえるような言葉を告げながら、だけれど満面の笑みで抱き着いてくるアリサを抱き留めながら、俺はこの笑顔を心に刻みつけた。

 きっとこの笑顔が、俺が今世で必ず守り抜くべきものなのだろう。こいつがずっと笑顔でいられるように、俺はこれからも口八丁手八丁していくしかない。なんせ俺は魔導士兄妹の片割れ。一人ではほとんど何もできない欠陥人間。一人では何もできないから、隣にいる人間を絶対に裏切らない。

 アリサが俺の隣に居続けてくれるのなら、俺は絶対にこいつを裏切らない。それが妹を捨てて星空へと逃げたゲミニーの、「片割れの双子」の役目だと思うから。

 

「ずっと……この時をずっと待ってた。すずかにとられちゃうんじゃとか、それならいっそすずかと二人で奏曲のものになっちゃおうとか、いろいろ考えて……それでもやっぱり諦めきれなかった! アンタをあたしだけのものにしたかった!」

「あー……それなんだけどな、実はすずかは別に俺のことを異性として好きだった時期は一度もないぞ」

「……は?」

「厳密に言うとちょっと違うが、あいつは俺とそういう関係になっても嫌じゃないし、それはそれで良かったみたいだけど、どっちかっていうと親友ってポジションに満足してるからそれ以上の関係はあんまり求めてなかったらしい」

 

 まぁアリサとすずかみたいな美少女二人と親友同士ってだけでだいぶ出来すぎてるのに、両方から異性としての好意が向けられるなんて安っぽいギャルゲーじゃあるまいし現実であるわけ――。

 

「……それ、すずかから聞いたの?」

「ん? ああ、実際俺もそりゃそうかって――痛っだぁ!?」

 

 えっ、なんでビンタされたんだ今!?

 

「バッッッカじゃないの! そんなのあたしたちに気を遣ったに決まってるじゃない! あの子がアンタを好きじゃないわけないじゃない! だってあの子は「わたしの秘密を受け入れて守ってくれたヒーローなんだ」って! あたしに会う前のアンタのことをこれでもかってくらい自慢してて! そんなあの子が……あんたのこと好きじゃないわけないじゃない……!!」

「…………」

「あの子がどんな気持ちで「親友」って関係を保ってたかあたしは知ってる! あの子が「二人で一緒に奏曲くんのお嫁さんになれたらよかったのにね」って言ってたのをこの耳で聞いた! あたしが奏曲にどっちかを選ぶように言った日、あの子にそれを話したら「恨みっこなしだよ」って……不安に圧し潰されそうな表情(かお)で言ってたのを、あたしは知ってる……!!」

「…………」

 

 俺が知らなかったすずかの気持ち。恋人じゃなくてもよかった。親友のまま、兄妹みたいな関係でいられたらよかった。そう言ったすずかの表情に、嘘はなかったと思う。けど――それが必ずしもすずかの望んでいた言葉ではなかったことを、俺は今この時、ようやく知った。

 

「……すずかに、だいぶ酷なことを言っちまった」

「今すぐにでもすずかともう一度話し合って――」

「けど、それとこれとは別だ。どんなにすずかと話し合っても、俺が好きなのはアリサだけだ。それは変わらない」

 

 むしろ、すずかの気持ちを知ったからといって、すずかも自分のものにしようなんて方が、よっぽど不誠実だろう。

 すずかだって、そんなお情けみたいな気持ちで選ばれたところで嬉しくはないだろうし、むしろアリサとの関係に軋轢ができてしまうだけだ。

 だから――すずかには後で謝罪だけしよう。本当の気持ちに気付けなかったこと、そのせいですずかを苦しめてしまったこと、そして無自覚のままその気持ちを無下にしてしまったこと。俺の罪を数えながら。



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透霞の独白と、二年越しの思い

 夏海奏曲(にいさん)の失踪から2年。地球に残された夏海透霞(わたし)は、兄さんを攫った犯人を追って時空管理局に入局した。

 元々、アースラのみんなにはお世話になってたし、なのはちゃんとフェイトちゃんも協力してくれるって言ったから、その手を惜しまず借りることにした。

 はやてちゃんは、わたしたちがミッドチルダに移住する旨を聞いて少し悩んだみたいだけど、アースラの人たちがヴォルケンリッターの監視を続ける必要があるからって、嘱託魔導士になることを薦めたことで、はやてちゃんもミッドチルダに移住することになった。

 ただ、あくまで一般人として、だけどね。管理局に正式に入局しているのはわたしとなのはちゃんとフェイトちゃんの三人だけ。ヴォルケンリッターのみんなはアルバイトとか非常勤局員みたいな感じだし。

 

 それと、前世の記憶にある「機動六課」は設立されそうにない。理由はまぁ、はやてちゃんの不在なんだけど、スカリエッティ事件が起きそうな雰囲気がないのは、ヴィータちゃん曰く兄さんを攫ったのがスカリエッティだからなのかな?

 でも、今の状況だとみんなそれぞれの仕事が忙しくて、兄さんを捜す時間が足りてない。だから、「前世の記憶のはやてちゃん」の真似じゃないけど、兄さんを捜索するためだけの部隊を作ってしまいたい。ロストロギア・裂夜の鎚の捕獲を目的とした仮設部隊ということで出来ないだろうか。

 拡大解釈すれば、ロストロギアの確保・収容・保護を目的とした部隊ということにもできそうだし、設立にあたって必要な資金なら、失踪前に兄さんが残してくれた「ギルド」のお金があるし、ちょっとズルいかもしれないけど、保護責任者の「お姉ちゃん」にお願いしたら協力してくれるかもしれない。

 

 でもまぁ、だとしてもまだ時期尚早かな。兄さんも急いては事を仕損じるって言ってたし、物事は長期的な目で先をしっかり見据えながら動かないとね。

 コネもなければ、まだ管理局内部での地位もさほど高くはないから発言権がない。元ネタの機動六課を実際に設立まで持っていったはやてちゃんに、そのあたりどういう準備が必要なのか聞いてみるのもいいかもしれない。身に覚えなさすぎるだろうけど。

 ところで、最近はやてちゃん調理師免許とってクラナガンの有名レストランで修行はじめたんだよね。わたしがここのところ仕事にばかりかまけてることもあって、前は横並びだった料理の腕がどんどん引き離されていってるのを痛感するのがつらい。

 

「ディアフレンド、起きてる?」

『おはよう、マイフレンド! どうしたの、また兄ちゃんのこと考えてた?』

「……ん、まぁね。ディアフレンドは、まだ兄さんのこと、ちゃんと覚えてる?」

『もちろん! 忘れるわけないじゃん! どんなに時間が経ったって、兄ちゃんはずっと、わたしたちの兄ちゃんなんだから!』

 

 忘れるわけない、か。デバイスの記録として、という意味を含めても、羨ましい。

 2年前、海都のことで喧嘩別れしたまま兄さんが失踪して、それからずっと、幼い頃に撮った一枚の写真だけを頼りに兄さんの思い出を辿っているわたしは、もはや最後に見た兄さんの顔をぼんやりとしか覚えてない。そりゃ二年見てないもん、仕方ないことだってわかってるけどね。

 だけど、やっぱり忘れたくなんてない。兄さんの顔も、兄さんの匂いも、兄さんの温もりも、兄さんの鼓動も……本当は何一つ忘れたくなんてない。だけど、そんなわたしの思いとは裏腹に、記憶は零れ落ちていく。

 

「わたしは……ディアフレンドがちょっとうらやましいよ」

『うらやましい?』

「一度覚えたら忘れない記憶力がほしかった。兄さんの顔……もう写真みてもハッキリ思い出せないんだ。こんな顔だったっけ、って不安になる。匂いも、温もりも、鼓動も……もう覚えてないよ……」

『……忘れちゃったら、思い出せばいいだけだよ。もう一度兄ちゃんに会って、再確認したらいいだけだよ。わたしは、兄ちゃんの顔は覚えてるけど、匂いも、温もりも、鼓動も、わからないから』

 

 そこまで言われて、はっと気づいた。ディアフレンドの言う通りだ、わたしは兄さんにもう一度会えれば、その顔を思い出せるし、匂いも温もりも鼓動もわかる。だけど、デバイスであるディアフレンドは、記録を更新することしかできない。

 ずいぶんと、酷いことを言わせてしまったのかもしれない。わたしは「ごめん、ごめんね……」と謝りながら、「いいよ、家族じゃん」と紺色に点滅するディアフレンドは、わたしにとって本当に親友のような存在で、妹みたいな存在で、この子がいてくれるから、海都のいないミッドチルダでも頑張れる。

 あ、そうそう。忘れてた。海都は地球だよ。ヴィータちゃん曰く、「海鳴市の守護者が一人くらいおらぬとな」ってことらしい。ヴィータちゃんたまに言葉遣いおかしくなるんだよね。前世の記憶じゃあんな設定なかったはずだけど、なんでだろ。

 海都と「お姉ちゃん」には毎日連絡をしてるから、顔を忘れたりってことはなくて一安心。ホントはみんなミッドチルダに来られたらよかったんだけど、さっきも言った通り海都には海鳴を守ってもらわなきゃいけないし、お姉ちゃんはあんまり管理局が好きじゃないみたいだから無理強いはできなかったんだ。

 

『あ、マイフレンド、はやてちゃんからメールが来てるよ』

「かいつまんで読み上げてー」

『なのはちゃんとフェイトちゃんが泥酔して自宅に押しかけてきたから引き取って、だってさ』

「あらー。わたしまだお仕事終わってないんだけど……まぁ二等空尉殿(なのはちゃん)執務官殿(フェイトちゃん)一等空士風情(わたし)が放置できるわけもなし、いきますかぁ……」

 

 上司のおじさまには二人の名前を出しておけばオッケーもらえるでしょ。こういう時お偉いお友達を持つと便利だよねー。

 

 

 

 

「どうも、お世話かけましたー」

「いえいえ、おおきにな、透霞ちゃん。今わたししかウチにおらんし、やらなあかんことが山積みで二人に構ってやれへんねん」

「いいよいいよー。シグナムさんたちによろしくねー」

 

 ばいばーい、と言って、はやてちゃんと別れる。わたしじゃ背負えないから、二人とも魔法で浮かしながら運んでるんだけど、やっぱデバイスのサポートなしで魔法使うと疲れるなー。

 ところで、この二人俯いた状態で浮かすと本当に立派なモノをお持ちだってわかるね。はー、もう見てこのぱいんぱいん! 何これ水風船みたいにたっぷたぷなんだけど! そりゃこんなの揺らしながら教導だの戦闘だのしてたら隊員たちはたまったもんじゃないよ。

 それに比べてわたしのこの貧相なことよ。身長だけ立派になって、お胸もお尻もむっちんぷりんとはならなかった。二人がぼんっ、きゅっ、ぼんっだとすれば、わたしはきゅっ、きゅっ、きゅっだよ。もっと出るとこ出ろぉ!

 

「いいもん……身長ならなのはちゃんはおろかフェイトちゃんより8センチも高いもん……」

 

 ふふっ、もしも今兄さんがわたしを見たらびっくりするだろうな。中学まで中の下だった私の身長は今や173センチ! 男子平均にも匹敵する長身オブ長身! しかも身長だけは未だに成長中! なお胸の成長のことについて言及した人には明日の朝日が見えなくなる特典付き!

 ……ちょっと冷静になった。今の完全にセクハラだわ。やめよ。いくら女の子同士だからって言っていいことと悪いことがあるよ。それはそれとして今度揉みしだくけど。はやてちゃんおっぱい大魔神でよくフェイトちゃんとかに「これか! これが男どもをたぶらかしとるんか!」って言ってるけど自分のお胸も大したものだって自覚しなよ。

 あれ言っていいのはバストA以下のド貧乳だけなんだよ。わたしみたいなエリート貧乳だけに許された言葉なんだってことを今度教え込んでやる。揉んでいいのは揉まれる覚悟のあるやつだけだ。

 

(二人を部屋に置いたらまた職場に戻らないとなぁ……)

 

 今日、もう定時は過ぎてるとはいえまだ7時なのにこんなにベロンベロンってことは、珍しく二人とも定時後の予定が空いててテンションが上がっちゃったのかな。ここ最近みんな忙しかったもんね。飲んだ勢いではやてちゃんにも会いたかったのかもしれない。その結果が玄関でゲロったわけだけど。

 いや、でも二人とも一応ルームシェアしてるんだよね。フェイトちゃんからたまに「なのはが帰ってこない……」ってメール来るけど。じゃあ予定が合わなかった原因の半分くらいはなのはちゃん側の多忙か。いやこの子ちょっとワーカーホリック入ってるから自業自得感あるけど。

 でも、だとしたら大変だ。さっさと送り届けて二人っきりにしてあげないと。最悪この二人の濃密な百合空間に巻き込まれかねない。一応わたしはノーマルなんだ、はやてちゃんのことは親友とはまた違う感覚で好きだけどそれは料理面でのライバル心的なアレであって恋愛じゃないの。だからそれだけはやめてほしい。

 

「11階、っと……」

 

 二人の住むマンションのエレベーターに乗り、11階のボタンを押す。途中、二人の醜態を誰かに晒すこともなく、どうにか二人の部屋の前に到着。なのはちゃんのスーツのポケットから鍵を取り出して、部屋に入る。

 やっぱり綺麗にしてるね。ほとんどフェイトちゃんがやってるらしいけど。ところであの黒と金のプチ仏壇的な何かに飾られてる写真なんだけど、まぁプレシアさんのはわかるとして、どうして横に兄さんの写真も飾られてるの。まさか二人の中で兄さんはもう思い出の中の人なの?

 

「……書置きしとこ」

 

 随分と飲んでいたようなので、はやてちゃん宅から運ばせてもらいました。はやてちゃんにはご迷惑をかけたので、後でごめんねって言っといた方がいいよ。あんまり飲み過ぎないようにしてね。

 あと、兄さんはまだ死んでないから仏壇の写真はもっと別のところに飾ってね。二日酔いが酷ければこのお薬を飲んでおいてください、おだいじに。

 

 これでいいかな。とりあえず酔い止めを置いておいて、帰ろうっと。

 

「じゃ、またねー」



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J&Sラボの役割と、計画の進行状況

「ここ最近、割と順調に計画が進んでいるみたいだね」

「脳みそジジイ共の横槍がなきゃこんなもんだろ。向こうの注文の品も既に仕込みを終えて発注済み。今頃はそっちに夢中だろうさ」

「ああ、評議会の「入れ物」が出来たんだね。だとすると、君のことだ……面白い仕掛けを仕組んでいるんだろう?」

「そのための同盟だろ、俺たちは」

 

 現時点で、計画の40パーセントが完了。次の段階にシフトするためには、もう少しJ&Sラボの知名度が必要だな。

 まぁ、J&Sラボはあくまで個人研究所であって、企業じゃない。研究者たちに研究のための設備を貸し与えているものの、個人の発明は個人の財産だ。ただ、その技術を一般に流通させるための仲介役として、研究所の名前を利用している分、その稼ぎの何割かが研究所に入る。

 ただし、研究所で得られる稼ぎというものの多くは、特許に関わるものが多い。そのため1つの発明で継続的な金が得られる。もちろん金の大半は発明した本人に行くが、たとえ数パーセントでも恒久的なものになれば、長い目でみて大きな稼ぎになる、

 現在、J&Sラボの所属研究員は100名を超え、いくつかの特許を持つ者も増えてきている。先日、俺自身も「魔力に頼らず分子の運動量を減速させるグローブ」……って言ってもわかりにくいか。ようは触れたものを高速で凍らせるグローブを開発し、特許をとった。主に漁業や医療の現場で活かされる予定だ。

 他にも4つくらいあるが、おかげさまでJ&Sラボとしての金も、俺個人の財産もそこそこの稼ぎとなっており、J&Sラボの金の一部は「将来のために」管理局に資金提供している。いわゆるスポンサーってやつだな。

 

「そろそろ、次の段階にシフトしてもいい頃合いだと思うが?」

「君がそう思うのならそうしたまえ」

「少し大きく動くことになるぞ。個人研究所だから企業買収は別に怖かないが、妙なやっかみを受けてナンバーズや研究員に危険が及ぶかもしれない」

「ならば君の恋人と親友にはドゥーエとトーレを護衛としてつけよう。ナンバーズたちは自衛できるだろうし、研究員たちには注意喚起のほか、警備部にも警戒を命じよう。それでいいかな?」

 

 それならまぁ、特に言うこともないか。ドゥーエなら自然に警護ができるし、トーレの戦闘能力は精神同調(コネクティング)システムを使った俺でさえ苦戦を強いられる。

 本当なら俺がアリサとすずかを守ってやりたいが、四六時中ずっと一緒にいるわけにもいかないし、そもそも俺の仕事が増えるからこそ危険が伴うかもしれないという話なので、俺は最前線にいる前提だ。

 とはいえ、大っぴらに事件を起こすわけでもない。簡単に言ってしまえば、今まで研究員たちに発表のタイミングを見合わせてもらっていた一部の特許(アイデア)を、一斉に公表してしまおうという話だ。

 狙いはもちろん、「注目度」の一言に尽きる。もちろん申請から登録までのタイムラグはこちらでは計りかねるが、それでもJ&Sラボの技術力と、その特許の有用性を一気に知らしめることで、各企業に対する知名度を上げようという魂胆だ。

 

 まぁ、知名度が上がれば敵も増える。これらの特許(アイデア)は、その有用性に比例して多くの研究者たちが頭を悩ませてきたものを解決へと導く、まさしく稀代の発明となるものたちばかり。

 当然、同じ研究をしていた者もいるだろうし、我先にと努力した者もいただろう。しかし、そのタイミングをわざわざ遅らせた今に至るまで、他の研究所、あるいは個人の研究からそれらの発表には至っていない。

 技術・知識・設備。これに加えて潤沢な資金と十分な時間。これらの全てを持つ者でも至ることのできない回答へ、J&S研究員が至れたのは、間違いなく「900余年の知識」を持つソーマ・メイスマンの助言があってこそだろう。

 

 元々、俺は古代ベルカの天才科学者の知識・経験をモデルとして造られたプログラムだ。そのため、研究者としての考え方や知恵を持った状態で、900年以上もの時間を体験してきた。だからこそ、俺には「学ぶ時間」があった。生と死を幾度となく繰り返し、そして今に至るまで、ずっと溜め込んできた900余年分のアイデアと知識があった。

 その時間とアイデアと知識を、現代の優秀な研究者たちに授ければ、幾つかの行き詰った結論を解き明かすことなど容易い。俺は計画を前に進められる。J&Sは知名度が上がる。そしてその研究者には特許と名誉が与えられる。まさしく一石三鳥というわけだ。

 といっても、だからこそ同業者からのやっかみ・嫉妬も生まれる。ましてロストロギアの知恵を借りて得た発明など、いいイメージは湧くまい。管理局が俺の正体を知ればJ&Sラボの存続も危うい。が、この研究所からはした金とは言い切れない額の金を受け取っているのが他でもない時空管理局だ。

 当然、上層部は俺たちを切り捨てることはできまい。末端の、まさしく正義を信じ市民のために頑張っている真っ当な局員であれば俺の存在は許せないだろう。しかしそれを是とするのが上層部(うえ)なんだ。残念なことにな。

 

「ル・ルシエはどうする?」

「彼女は管理局の内政を知るためのスパイとして、十分な教育の後に入局してもらおう。本当ならあんな幼い子を管理局などに任せるのは不本意だが、計画のためなら仕方あるまい」

「一応、俺の知り合いが数人ほど管理局で働いてるから、その近くで働けるよう手配してもらおう。あの脳みそ共にも、そのくらいは働いてもらわないとな」

 

 まぁその知り合い、ここのところ随分と有名人になってるっぽい噂をちょくちょく聞くんですけどね。不屈のエースオブエース、だったっけ?

 聞く限りじゃ大したワーカーホリックらしいが、さすがにル・ルシエにまで感染(うつ)さないでもらえると助かるな。まったく、仕事に熱中し過ぎて睡眠不足やプライベートの時間がとれないなんて社畜みたいなヤツ、俺だったら関わりたくもないな。

 

「っくしゅん!」

「風邪かい? 体には気をつけてくれたまえよ?」

「どっかの美女が俺の噂話でもしてんだろ」

 

 ジェイルが「君ようやくアリサ君と結ばれたのにそういう軽口をやめる気はないのかい?」って感じの表情してるけど、やめるわけねーだろ。軽口を叩かない俺とかもうアイデンティティ崩壊みたいなもんだろ。

 今後も変わらずル・ルシエをいじり倒してクアットロをからかい、すずかに癒されながら「この女の敵!」みたいな顔されつつアリサの恋人をやっていく所存だよ。世の男どもからはそれはもう恨まれるだろうが知ったことか。悪いね、俺お前らと違ってモテるんだよね!

 自分で言うのもなんだけど、俺これでも目つきの悪さと態度の悪ささえ目を瞑ればそこそこ顔は整ってると思うんだよね。実際、何回かナンパにも成功してるしね。いやアリサと恋人になってからはさすがにしてないけど。

 

「噂話で思い出したけど、君たしか妹がいただろう」

「元・妹な」

「いや血縁関係に元とかないからね。当人たちがどう言おうと兄妹には変わりないよ。それで、その妹君だけどね、少し前に昇進試験を蹴ったと聞いたよ。噂話で、だけどね」

「どこからそういう内部情報を手に入れてるかは追求しないとして、そうか……透霞(あいつ)まだ管理局にいるのか。まぁ昇進試験どうのは別に不思議でもなんでもないが」

 

 透霞のことだ、あいつはきっと俺を捜すために管理局にいるんだろう。局員なら人探しには最適な権限や情報がたくさんあるし、昇進しないのもそれが関わってるんだろう。立場が高くなりすぎると、かえって動きづらくなるしな。

 高町とテスタロッサとは、今でもうまくやっているはずだ。あいつは俺よりもコミュニケーションが上手だったし、俺ほどでないにせよ友達想いだからな。友達の大切さは、幼い頃から口酸っぱく教え説いてきたつもりだ。

 地球に残っているであろう八神とヴォルケンリッターたちは元気だろうか。八神はまぁ普通に高校生活をエンジョイしてるだろうが、ヴォルケンリッターはどうなんだろうか。

 確かザフィーラは警備員になっていたはずだし、シグナムは剣道場に拾われてインストラクター的なアルバイトをしてたんだっけか。ヴィータは月村家のメイドだし……そういえばシャマルは無事に保育士の免許をとれたのだろうか。あいつショタコンとかロリコンとか厄介な性癖に目覚めてないだろうな?

 

「君といい、君の妹といい、地位や名声というものに興味がないのは血筋かね?」

「んなこたぁない。透霞はともかく、俺はそれなりに地位や名誉ってものに興味はあるさ。ただ、あいつと違ってそれに相応しい実力が伴ってないだけだよ」

 

 J&Sラボの所長ってのも、実際の権利はジェイルが握ってて、俺はお飾りだからな。その割に所長としての仕事の8割近くを片付けてるのは、まぁお飾りなりの責任というか、なんというか。ジェイルがやらないから仕方なく、だ。

 研究部のクアットロ・開発部のすずか・経理部のアリサ・警備部のチンクと、みんなが各々の部署でその実力を遺憾なく発揮している中、俺はどうにも中途半端なまま所長の座に着き、与えられた仮初の役割を全うしながら自分にできる研究を進めているだけ。

 いや、そもそもソーマ・メイスマンとしての俺自身、セキュリティプログラム以前に研究者だからな。自分のアイデアを活かせる研究があるなら、それに従事するのは当然のことなんだが。

 

「君が実力不足なら、このラボの研究員の大半は未熟者だよ」

「買いかぶりすぎだ。俺はあくまで一介の科学者であり研究者。お前と違って求心力もない。ホントなら所長なんて絶対に向かないタイプだよ」

「……確かに、求心力という意味では、相応しいとは言えないねぇ」

 

 おっ、喧嘩か?



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ゲイズの憂いと、高町との再会

「ふむ……デバイスと比較すると爆発的な出力こそ持たないが、だとしてもやはりこの『可変機構付ハンマー型ギアウェポン』の完成度の高さは素晴らしい」

「しかし、これには魔法を行使する力などありません。魔力をあらかじめ含んだカートリッジのようなものを装着することで魔法を再現することは可能ですが、これそのものは物理的なダメージしか生まない、謂わば質量兵器となんら変わりません」

「構うものか。地上――ひいては管理局が抱える慢性的な人材不足の一因がそもそも魔法に頼りすぎた結果だ。魔法の才能がなければ局員になれても前線に出られない。それをこのギアウェポン(デバイスもどき)は魔力を持たない者に戦う力と、魔法の行使を可能にさせる。管理局にとっても、管理局に守られる市民にとっても救いの一手だ」

 

 時空管理局ミッドチルダ地上本部。そのとある執務室のひとつでは、大柄な中年男とその部下と思わしき青年が議論を重ねていた。

 両者の間のテーブルに置かれているのは、J&Sラボが開発し管理局の装備として正式採用されたデバイスもどき、「可変機構付ハンマー型ギアウェポン」だ。

 青年側の主張としては、これら質量兵器は既存の管理局の法では違法兵器とすべきだという。しかしそれに対して、中年男――レジアス・ゲイズ中将の意見は、この装備の有用性を元手に、現行の法をもっと融通の利くものへと変えていきたいというものだ。

 

「お前の意見を否定するつもりはない。今の時点ではお前の方が正しいことはわかっている。しかし管理局や、管理局が守るべき世界と市民の未来を見据えて、魔法だけに頼り続ける今の法では守れないものが多すぎると言っているのだ」

「仮に管理局に限り質量兵器の所有を認める法ができたとして、問題なのは所有する組織の厳選ではありません! 質量兵器の製造と流通を認めてしまえば、それがいつどこで違法組織に渡るかわからないからこそ、非殺傷能力を持つ魔法に委ねるべきだと言っているんです!」

「だがその非殺傷設定は使用者の意思ひとつでいつでも殺傷設定にできてしまう! そういう意味では質量兵器も魔導士も大差などないのだ。問題なのは力ではなく、それを使う者の指導・育成が正しく行われているかどうかだ! そのための教導隊だろう!」

「――――ッ!」

 

 青年が狼狽えたのは、彼自身が教導官を目指しているがためか。だが質量兵器が蔓延れば局員は必ずしも魔導士である必要がなくなる。魔導士としてのアイデンティティを奪いかねないそれを許せないのは自らの狭量か、それとも局員としての矜持か。青年の迷いと惑いが逡巡する。

 しかしその迷いと惑いに答えたのは己の中にある声でもなければ、目の前で議論を繰り広げる上司の言葉でもなく、不意を衝いて鳴り響く外部からのコール音。レジアスが一言断ってその連絡を受け取ると、聞こえたのは聞きなれない声。

 

「こちらレジアス。よく連絡をくれた、礼を言う」

『いえ、構いませんよ。ゲイズ様のようなクライアントからのご指名であれば、一時間でも二時間でも』

「今ちょうどそちらの開発した装備について議論を重ねていたところだ。先日話した通り、これから対談を行うので、約束の場所まで来てほしい」

『わかりました。では正午、例の場所で。――失礼します』

 

 そう短く会話を終えると、レジアスは青年と視線を交わし、互いに頷き合う。

 これから行われる会議は、まさに今話していた「質量兵器の是非」を問うためのものだ。レジアスが開発者であるJ&Sラボの代表を味方につけ、青年は陸と空の違いはあるものの、同じく教導隊で働く知人を一人連れて行くことになっている。

 

「では、我々も向かうとしよう。クラウン一佐」

「……わかりました」

(この会議がどちらに傾くかで、管理局における質量兵器の評価が決定づけられると言ってもいい。実際に採用できるかどうかはまだわからんが、うまくいけば少なくともこれまでのような魔導士一辺倒な状況を是とする現状からは大きく変わるはずだ)

 

 ゲイズはクラウンにも気付かれないよう、より一層身を引き締め、執務室を後にした。

 

 

 

 

「……あ゙っ」

「……えっ?」

 

 今回のクライアント――レジアス・ゲイズとかいうオッサンと、その部下っぽい男が行おうとしていた対談の場――首都クラナガンにある日本風の料亭で、俺たちは予想外の再会を果たしてしまった。

 

「た、高町……?」

「そっ……そそっ、そそそそそそ奏曲くん!? なんでっ!? どうして奏曲くんがここにいるの!?」

 

 惑う俺と、それ以上に狼狽える高町。二年半ぶりの再会か。相変わらずアホ面を晒してはいるが、それ以上に()()()()()顔のいいヤツだ。得なことで羨ましいね。

 そんな俺たちを見て困惑するのは、こんなわけのわからない会話にもならないような悲鳴を聞いていたクライアントと、議論の相手――クラウン・マーセッドだ。どうやら高町を連れてきたのはこの爽やか風の男の方らしい。つまりこいつこそが、この数年に亘る俺の努力を無駄にしてくれたクソ野郎というわけだ。

 よし、なら今回の議論は何がなんでも勝ちをもらう。レジアスのオッサンにはまったくこれっぽっちも興味ないが、今回の話し合いがうまくいけばギアウェポンを現時点よりもさらに多く採用してくれるらしいし、ともなれば金づるだ。二重の意味で味方するぜ。

 

「知り合いかね?」

「ええ、まぁ旧い知人です……。お時間を取らせてすみませんね、まずは腰を落ち着けましょう」

 

 お先にどうぞ、とビジネス感バリバリの態度でメインの二人を店の中に入れると、最後に入っていく高町が通り過ぎざまに「あとで説明してもらうからね」と言い残していく。こっわ。美人の流し目ってこんな怖いのか。背筋凍るわ。

 店員に案内されるまま通されたのは、この店で一番奥にある防音性バッチリの座敷。俺がレジアスの横に座り、レジアスの対面にいるマーセッドの横に高町が座る。あの、ちょくちょく足で蹴ってくるのやめてくれませんかね。仕事中なんですけど。

 

「まずは何か頼もう。料理は刺身の盛り合わせと……いくつかつまめるものを。それと儂は冷酒を」

「私はビールを。それと、お通しは少なくしてもらいたい」

「わたしはウーロン茶を」

「俺もビール……いや、やっぱウーロンで。そんな射殺さんばかりの眼光で睨まなくてもいいだろ高町……」

「わたしと同い年なんだから未成年でしょ!! むしろ局員3人の前でよく飲もうとしたね!?」

 

 いやお前がバラさなきゃ未成年ってバレなかったんだよ。ミッドチルダの若い奴らってどいつもこいつも童顔だからな。まぁ普段から飲んでるってことも今バレたっぽいけど。

 

「メイスマン代表、戯れもそのあたりに」

「高町さんも少し落ち着いて。これから大事な話し合いなんだから」

 

 俺も高町も揃って叱られたところで、いよいよ対談が始まった。最初はやはり現行の法に従う形で意見を通す相手側の主張が有利だったが、レジアスもまったく引くことなく反論を繰り返した。

 そうしてこちら側に勢いが訪れたのは、今回の対談の中核となる「将来的な運用」に話題が移った時だった。

 

「将来的にこの装備が実用化されたとして、流通の制限はどうするんですか。管理局でだけ実用化するにしても製造して流通するとなればその過程で流れる質量兵器だって出てきます!」

「それこそ管理局の出番だろう。今まででも質量兵器の対応には当たっていた。だがそれが追い付かない理由のひとつが人員不足だ。ギアウェポンが管理局で正式採用されれば魔法を使えない者でも現場に出られるのだ!」

「加えて、ギアウェポンは特許こそJ&Sラボが所有していますが、製造そのものは我がラボだけの特別な技術を使用しているわけではありませんので、需要があれば他の企業や工場でも複製や同様の機能・特性を持つギアウェポンを製造可能です」

 

 問題なのは材料となる木の入手手段と合金の製法だけだからな。それも管理世界の木を使用してるから輸入はできるだろうし、あとはまぁ……単純にあの木材と相性のいい合金を開発できるかどうかだけど、その合金の製造方法こそ今回の特許に関係してるので、複製はできるはずなんだよな。

 まぁ専用の機材とかは必要になるけど、必要なら合金だけ発注してくれればこっちで生産してあとは加工するだけの状態にもできるし、加工方法まで専用技術でもないから、問題はない。……はず。

 

「魔導士だからこそできることだってあるはずです!」

「そうだ。そして、質量兵器だからこそできることもある。何も片方のみを採用しろと言っているのではない。状況や需要に合わせてどちらでも、あるいは両方で対応できるように、必要な装備は揃えるべきだと言っておるのだ」

「それは……魔導士だけでは対応できないと仰りたいのですか」

「何事においても一つきりでどうにかなる完璧な存在などない。何物もが長所と短所を兼ね備えておる。魔導士だけでやってこられたのは栄誉あることだ。しかし、今の人材不足を顧みるに、これから先もそうだとは儂にはとうてい思えん。そんな今だからこそ、質量兵器の在り方や使い方を見直すべきだと言いたいのだ」

 

 マーセッドだけでなく、高町もがレジアスの言葉に動きを止ませた。

 確かに今の管理局は慢性的な人材不足だ。その証拠に、まだ幼い子供でさえ優秀な魔法の使い手であるならば局員にスカウトしている。局員は「最終的には本人の自由意思」と言うが、幼い子供が本当に自分だけの意思でそんな重要な決断を下せるものか。

 あれは自由ではない。何も道筋が決まっていない子供に対して、大きくて見やすい道を指し示してそこに誘導する、一種の洗脳のようなものだ。大人の言葉を無邪気に信じる子供の心を利用した、あくどくて胸糞悪いやり方に変わりない。

 高町も身に覚えがないわけではないんだろう。だからこそ反論できない。今でこそ自分の意思で仕事をしているが、もしあの時、管理局員という道をアースラの奴らが示していなければ、高町にはもっとたくさんの可能性があったんだ。その可能性を狭めて今の道に導いたものが、管理局――いや、魔導士だ。

 

「魔導士と質量兵器、どちらかの優劣をつけるわけではなく、互いの求めるものと譲れないものに落としどころをつけて両者を採用したいと、中将はそう仰るんですね?」

「そうだ。そして魔力がなくとも魔法を使いこなせるように、魔法が使えずとも戦えるように、お前たち教導隊には協力してもらいたい。そのために、陸空の教導官を目指すお前たちの意見を求めておるのだ」

「……わたしは、レジアス中将の意見に間違ったところはないように感じました。もちろん、問題はまだまだたくさんありますけど……それでも、少なくとも今の状況を脱却する一手だってことは、認めるべきだと思います」

「我がラボとしても、そちらの危惧は承知しているつもりです。ゲイズ様の言われる通り、ギアウェポンにも長所と短所があります。しかしだからこそ、管理局の魔導士の方々のご協力を借りながら活用していただきたいと思っております」

 

 先に折れたのは高町だった。その勢いを殺さないように、向こうの意見をうまく理解しているポーズを見せながら、こちらの意見を推していく。

 意見を一方的に通すのは二流のやることだ。交渉は融通とゴリ押しの配分を誤った方が負ける。相手に理解を示す態度で向こうに融通を利かせているフリをして、何も与えていないにも関わらず向こうが勝手に「借りを作った」かのような感覚に陥らせることができれば、あとはこっちのものだ。

 一度、二度とこれを繰り返すうちに、たまりに溜まった「空想の借り」を返すため、相手が折れる。相手が常識的な思考を持ってれば持ってるほどに、この方法はうまくいく。

 

「……わかりました。質量兵器の有用性を認めましょう。約束通り、私の方からも顔の利く方に声をかけてみます」

「おお! わかってくれるか!」

「いえ……まだ全てをうまく飲み込めたわけではありません。しかし、中将が管理局の未来を案じて発してくれたこの警鐘を無下にはできません。既に試験採用はされているので、今後の結果も省みながら法改正あるいは例外措置の設置を目指しましょう」

「構わん! やはりお前を選んでよかった! 佐官にもなって一から教導官を目指し直すと聞いた時はどうしたものかと思ったが、それだけの情熱を持つクラウン一佐だからこそ、今回の対談に選んだのは間違いではなかった!」

 

 レジアスが手を差し出すと、マーセッドも真剣な表情でその手を握り返した。

 

「では食事にしよう。クラウン一佐も今日は遠慮はいらん、ここは儂が全て支払う」

「では、お言葉に甘えます」

「メイスマン代表と高町二尉もどんどん食べてくれ。今日は素晴らしい日だ!」

 

 あっマジで? んじゃがっつり食わせてもらおうか。今朝カ○リーメイト1個かじっただけだったんだよね。



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高町の詰問と、奏曲の脅迫

 クライアントとの会談が終わり、さて帰ろうとしたところで、まぁ当然というか……「こいつ」が素直には帰してくれるはずがなかった。

 高町なのは。小学校からの知り合いで、アリサとすずかの親友。俺個人としては、からかうと面白い相手。俺が小学生の頃は、こいつの兄貴や父親に怯えながらからかう日々を送っていた。

 そんなこいつは、同時に透霞の親友でもある。俺がアリサとすずかを連れて海鳴を去り、その後のアイツをきっと支えてきてくれたんだろう。かつての兄として有り難いと思う反面、半ば強制的に押し付けてしまったことへの罪悪感がないわけでもない。

 

「悪かったな、お前とテスタロッサに、透霞の面倒をみてもらっちまって」

「面倒だなんて思ってないよ。ただ……透霞ちゃんは本当に奏曲くんのことを心配してるの。だから、こんなに近くにいるのなら、声をかけてあげてほしいんだ」

「それはできない。俺はもうあいつの兄でもなんでもない。赤の他人だ。互いに別々の道を歩んで2年が経った。もうあいつも俺の影を追ってばかりの子供じゃいられない。あいつは俺からも海月からも自立しなきゃならないんだ」

「自立することと離れ離れになることは一緒じゃないよ。自立できてる人がみんな孤独なわけじゃない。心の中にはいつも支えになる人がいて、その人のために自立するの。奏曲くんは……透霞ちゃんを孤独にさせてるだけだよ」

 

 おっ、高町も言うようになったな。確かに俺のやってることは、透霞を自立させると言いつつ、実際は俺が透霞の――海月の傍にいたくないだけだ。海月も俺の近くには居たくないだろうしな。

 だけど透霞自身は三人で一緒に居たいと思ってる。だけどそれは無理だ。ただの不仲ならいいかもしれない。けど、あいつはかつて俺と、そして夜天の命を脅かした。その事実がある限り、俺の中の怒りと殺意は海月を睨みつけて離さない。

 そんな環境で共に過ごせば、他でもなく透霞自身の精神が摩耗してしまう。それだけは避けなければならない。透霞の心身を守り、あいつの望みを少しでも叶えるとすれば、それは透霞と海月が姉弟として過ごし、俺が透霞の元を去ることでしかありえなかった。

 逆に言えば、今の透霞にはもう海月がいる。癪だが、あいつさえいれば透霞は孤独にはならない。姉への執着をこじらせて神すら脅してこの世界に転生したあいつなら、きっと透霞のことを支えてくれるはずだ。

 

「孤独なんかじゃないだろ。今の透霞には海月がいる。あいつがいれば、透霞は孤独になんてならない」

「独りじゃないから孤独じゃない、なんてのは詭弁だよ。そんなの奏曲くんが一番わかってるでしょ。大切な人が自分を見てくれない寂しさ……大好きな人が一緒にいてくれない切なさ。それが本当の孤独なんだよ。わたしにそれを教えてくれたのも、わたしをそこから助けてくれたのも、他でもない奏曲くんでしょ!」

 

 本当の孤独。懐かしい話だ。確かに、高町は一度それを体験してたっけな。その寂しさと切なさを溜めに溜め込んで……俺がそれを爆発させた。まぁ、半ば士郎さんに脅されてやったことなんだけどな。

 でも、そう言われてしまえば確かにと言わざるを得ない。俺のしていることは、まさしく透霞を孤独にさせているんだろう。あいつは正直者で、欲張りだからな。どちらかを選べと言われれば、両方と答えるようなやつだ。片方だけで満足できるわけもないか。

 しかし、だとしても現状は変わらない。そもそも、俺は透霞に対して恨みや怒りがあるわけじゃない。問題なのは、透霞が一緒に居たいという海月と俺の関係が最悪だってことだ。

 

 あいつからすれば、俺は姉弟という関係に後から入ってきたよそ者なんだろう。俺からすれば、あいつの方こそ兄妹という関係に後から入ってきたよそ者なんだが、透霞にも海月にも前世の記憶がある以上、「先」は向こうだ。

 そして俺にとって最もネックになっているのは、あいつが俺を殺しかけたこと。具体的に言うと、俺と一体化している夜天を殺しかけたこと。……いや、まぁそれについては夜天に「さすがに根に持ち過ぎだろう」と怒られもしたが。

 まぁ最悪、夜天があいつを一発ぶん殴る機会さえくれれば多少は腹の虫も収まるんだが、向こうはそういうわけにもいかないだろう。あいつにとって、姉弟という関係は究極的に神聖なものだ。だからこそ俺という異物を嫌った。

 いくら透霞の願いだとしても、姉弟という神聖な関係に邪魔者を入れるつもりは毛頭ないに違いない。無理に共同生活を送ったとしても、俺はともかく向こうは日常的にこちらの命を狙ってくるに違いない。クリシスかな?

 

「別に、俺としては海月を一発ぶん殴らせてもらえればこれまでの悔恨はチャラにしてもいい。でも海月はそうじゃないだろ。あいつは俺を受け入れない。向こうにその気がないのに、なんでこっちだけ譲歩しなきゃならないんだ。そんなのは交渉にもならない」

「確かに、水都くんは透霞ちゃんのことを本当のお姉ちゃんみたいに慕ってるし、透霞ちゃんもそんな関係を受け入れてる。こんなこと、本当の兄の奏曲くんに言うのはおかしいと思うけど、二人が本当の姉弟みたいに見える時だってある」

「だろ。ならそれでいいだろ。透霞に孤独感を与えたことは悪いと思ってる。けど、あいつにはもう可愛い弟分がいて、俺も新しい環境で楽しくやってる。なら、このままでもいいだろ。わざわざ三人兄妹になってギスギスした関係にさせることに、メリットなんざ欠片だってないはずだ」

 

 俺たちの関係に、純粋な絆なんてものはない。あるのは打算と利害関係。メリットがなければ成り立たない。

 高町もそれはわかっているんだろう。俺と透霞は今世に生まれ、幼い頃に父親を亡くし、そして母親からはネグレクトされていた。家族だけの特別な絆なんてものは存在しなかった。だから俺と透霞の間にも、兄妹だからという特別な絆なんてものはなかった。

 俺は透霞を守ることで生活を支えてもらった。透霞は食事と掃除を担うことで俺に守られ愛された。互いにメリットがあるwin-winの関係だったからこそ、俺たちの兄妹関係は保たれていた。だが、その関係は透霞が海月を受け入れようとしたことで崩れた。

 透霞が得るメリットと俺が背負うデメリットが大きすぎて、互いの利害が一方的なものになりかけていた。だから、俺はそれを避けるために透霞の前から去った。

 

 別に、それが透霞の裏切りだとは思ってない。あいつはただ、自分の気持ちに素直だっただけだ。ただ、だからこそ俺たちの利害関係はそこで崩れた。どちらが悪いわけでもない。お互いに理想的な関係を追及しようとした結果の崩壊だった。

 俺は家を失い、バニングス家に一時的に避難した。そしてジェイルの事件に遭遇し、あいつの行動を制御する体で地球を去り、透霞との一切の関係を切り捨てたつもりだった。意外だったのは、広域次元犯罪者のはずのジェイルが、灯台下ともいうべきミッドチルダに拠点を置いたことだ。

 だがそれでも、世界まで隔ててしまえば再会は簡単ではない。透霞が俺を捜すために管理局に入ることまでは想定していたが、それでも見つかるつもりはなかった。J&Sラボを設立するにあたって、顔が広く知られる可能性はあったが、スポンサーにまでなれば逆に捜索の選択肢から外れるだろうとも思い、所長を引き受けた。

 透霞も俺を失ったことには変わりないが、同時にあいつは海月を得た。海月は俺と違い、打算や利害など関係なく透霞を愛している。俺以上に身を挺して透霞を守り、俺よりも惜しみなく愛情を注いでくれる。だから、俺の代わりになるものはあるんだ。

 

「……どうしても、透霞ちゃんのところには戻らないつもりなの?」

「ああ。過去よりも今を大事にする性分でね。今の俺には今の生活がある。やるべき仕事も、守るべき家族もある。だからもう俺には関わるな。そして俺がミッドチルダ(ここ)にいることを、誰にも言うな」

「――――ッ!」

「忘れてたか? 俺の十八番、無色透明の魔力触手だ。お前がここで頷かないのなら、このまま絞殺することもできる。お前に選択肢なんてない。だから――」

 

 こちらを睨みつける高町だが、さすがにその程度でビビってたら1000年も生きられねぇよ。

 悪いな。お前相手に交渉するなら、多少は荒っぽいこともしなきゃ生き残れない。お前は口よりも手が出るからな。先んじてそれを封じるのは常套手段なんだ。

 

「黙って頷け」

「……ッ!」

 

 触手を猿轡がわりにしているせいで喋れないだろ。だから高町にできることは頷くか首を横に振るかだけ。もしも縦に振らないのなら、その時は残念だがそういうことだ。

 別に高町を恨むわけじゃないし、殺したら恭也さんとか士郎さんがめちゃくちゃ怖いので記憶を弄るくらいにするけど、もしもやるとしたら、ついでに俺という人間そのものを記憶から消させてもらう。下手にこの会話だけ消すより、周囲に気付かれてでも根底的なところから消した方が思い出す確率が低いからだ。

 本当なら無理矢理にでも記憶を奪いたいくらいなんだが、いくらゲスい俺でもアリサとすずかの親友に躊躇なく手を出せるほどクズじゃないんだ。素直に頷いてくれ。

 

「…………」

「ん。賢いやつは嫌いじゃない」

 

 僅かに抵抗する素振りを見せ、デバイスなしで魔法を構築し始めたのを逆演算で無効化すると、高町は力なく頷いた。

 いくら教導隊に入って体力がついたとはいえ、こいつは典型的な魔導士らしい魔導士だ。魔法を無効化されたらどうにもならない。ましてや俺は拳闘士。格闘では高町に勝ち目はないってことくらい、そう頭を捻らなくても誰だってわかる。

 念のために、高町には「もしも誰かに言えば、今度会った時にお前から俺に関わる記憶を全て消す」と言って、その日は別れた。ぃよしっ! なんとか乗り切ったぜヒャッハー!

 

 ――と、思ったのも束の間。三日後、高町とテスタロッサと透霞がフル装備で襲い掛かってくることを、この時の俺は想像もしていなかった。



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透霞の願いと、奏曲の譲歩

 まさか、たった三日で襲撃とは。後先を考えているのかいないのか。俺の意表をついた、という意味では大成功かもしれないが、それでもこの強行軍は、あちらにとっても無茶が過ぎるだろうに。

 先日のやり取りから三日が経った朝。J&Sラボの管理敷地内にある本宅に、警備部から緊急連絡が入ったため、俺とチンクの二人で対応に当たっていた。他のナンバーズにはジェイルやアリサとすずかを守ってもらうように言いつけてある。

 警備部は各施設の防衛にあたっており、今ここで目の前の「3人」に対峙しているのは俺たちだけだ。

 

「ごめんね奏曲くん。だけど、いつまでも黙ってなんていられないよ。わたし嘘とか下手だから、きっと透霞ちゃんならすぐに気づいたはずだよ。だから、それならいっそ最初っから喋っちゃっても大差ないでしょ?」

「なのは……。協力してる私が言うのもなんだけど、それはさすがに開き直りすぎだよ……」

「わたしとしては兄さんを見つけられたから、なのはちゃんには感謝しかしてないよ。もし兄さんがなのはちゃんに手を上げるつもりなら、お礼ついでに守ってあげる!」

 

 テスタロッサはさすがに常識人だけあって、この状況はあきらかに高町の暴走の結果だとわかっているようだが、まぁ昔っからテスタロッサは高町に甘いからな、強く止められなかったんだろう。

 透霞はというと、高町が暴走気味なのを理解した上で、俺に会うために利用したんだろう。親友としての情ももちろんあるだろうが、誰に似たのか随分と強かに成長したもんだ。使えるものは親友でさえ使うってのは、俺としても嫌いではない。好きでもないが。

 とはいえ……高町とテスタロッサは二年前の時点でSランク。透霞もAランクだったはずだ。射撃・砲撃に秀でる高町や、砲撃を機関銃のように連射する透霞をバックに据え、高機動かつ多彩な攻撃手段を持つテスタロッサが前に出てくるとなると、さすがに楽に勝てる相手ではない。

 

「戦って従わせるつもりか? 少なくとも、お前たちは既にJ&Sラボの警備員2名を負傷させ、入り口の柵とそれに隣接する壁の一部の他いくつかの施設・設備を破壊。器物損壊と障害ですぐにでも訴えてやることもできるが?」

「そ……それは、その……友達だからってことで」

「ソーマの友達は職場の仲間をいきなり攻撃しないし、私たちの家の柵を壊したりしない」 

 

 皮肉交じりのチンクの言葉に、高町はばつが悪そうに尻ごみする。まぁ負傷つっても非殺傷モードでの戦闘で負った傷だし、せいぜい派手に転んで擦りむいた程度のものだが。器物破損については弁護のしようもないだろうけど。

 それとテスタロッサ、ガキの頃にも言ったけど、お前はボケが暴走してオロオロするくらいならちゃんとブレーキを踏め。止められないにせよ勢いを削げ。なんのための常識人だよ。常識人がボケに引きずられてたら誰も止められないだろ。

 

「柵と壁は後で弁償するし、怪我させちゃった人たちには後で謝りにいくよ。だけど今は、兄さんとちゃんと話がしたい! もう一度、わたしと一緒に暮らしてほしい!」

「無理だ。お前だけとならやり直すこともできるだろうが、お前の後ろには海月がいる。あいつと一緒に暮らすなんて真っ平だ。いや、一発ぶん殴らせてもらえるなら俺は譲歩してもいい。だけどあいつは譲歩しないだろ。お前を独占するために俺を追いやるに違いない。なら、今のままの状況が両者にとって理想的だ」

「わたしが説得してみせる! 海都にも兄さんのいいところをいっぱい教えて、それで三人一緒に――」

「逆効果だ。お前の口から俺を肯定するような言葉が出るだけで、お前に依存しているアイツにとっては苛立ちにしかならない。受け入れるどころか、よりいっそう俺への憎悪を募らせるだけだ」

 

 それが海月水都という人間だ。前世から姉に依存しているあいつは、自ら命を絶ち神を脅してまで姉の転生先に現れた。そして、その姉には新しい「兄」がいた。それが俺だ。その「兄」から「姉」を取り戻すために俺の命を狙うまでに至ったアイツは、もはや俺という存在そのものを嫌悪している。

 いや、別にあいつと俺が共存する方法がゼロというわけではない。かつての俺と透霞のように、俺とアイツの間に何かしらの利害関係を作れば、可能性がなくもない。しかし、俺もアイツもそれなりに腕の立つ魔導士だ。互いの力を借りなければならない状況など限られるし、そもそも相手を必要とするほど重要なものがない。

 一番アイツを釣りやすい餌としては、やはり透霞を使うことだ。透霞を守るという共通の目的があれば、アイツもそれに乗るかもしれない。だが、二人で守らなければならないほど危険な状況というものがない。アイツ一人で十分に守れてしまうからだ。

 

「本当に俺とアイツを和解させたいのなら、俺とアイツの間に利害関係を作ればいい。だが、今のところ俺たちの間に得にも損にもなるような要素がない」

「二人の共通の目的があればいいのなら、わたしを守ってほしい! 二人が守ってくれるなら、わたしは管理局をやめる! 二人がいつ帰ってきてもいいように、お家を守るから、そのわたしを守ってよ!」

「別に俺はそれでもいい。だが海月はそうじゃない。管理局をやめて家にいるお前を守るだけなら、海月一人で十分だからな。俺を受け入れなければならない理由がない」

 

 どう足掻いても、透霞の目的を阻んでいるのは海月だ。俺は譲歩できるところは譲歩するつもりだが、それでもあいつの中身が成長していないのなら、俺という人間を受け入れることもできないだろう。少なくとも、俺が最後に見た時の海月のままなら、俺を受け入れることはありえない。

 あるいは、この二年間の間にアイツが精神的に成長していることに賭けるか。いや、それもないだろう。だとしたら、透霞がこんなにも言葉に詰まるはずがない。今のアイツなら俺を受け入れられると断言するはずだ。それができないということは、アイツの中身は昔のままだということだ。

 

「現時点で、俺とお前の間を阻んでいるのは俺じゃなく海月だ。お前も高町も、説得する相手を間違えてるんだ。海月より俺の方が会話が成立するから俺を説得しようなんてのは本末転倒も甚だしい。俺の方が解決しても一番の問題になるアイツを放置してる時点で、この問題は絶対に解決しない」

「なのは、透霞。奏曲の言う通りだよ。私たちが説得するべき相手は水都の方だ。先の事件でも、被害者は奏曲の方。奏曲はできる限りの譲歩をしてくれてるんだ。これ以上は、水都にきちんと払うところを払わせないと。それに、水都から奏曲への謝罪だって未だに一度もない。それもちゃんとさせなきゃ、この問題は解決しないよ」

「……わかった。確かにわたしも兄さんにだけ負担をかけすぎてた。海都とももう一度ちゃんと話し合ってみるよ。時間はかかるだろうけど……兄さんがどこにいるかもわかったんだから、それだけでも収穫は十分! ねっ、ディアフレンド!」

『うんうん! ひさびさに兄ちゃんの声きけてハッピーだから全然おっけー!』

 

 よしよし、なんとか綺麗に話がまとまったな。高町はまだ少し不服そうな顔をしているが、まぁあれは放っておいても大丈夫だろう。これでもまだ何か言うようなら、その時はさすがに透霞もテスタロッサも止めるだろうし。

 

「さて、うまくまとまったところで!」

「うん、今日はこれで帰――」

「今回の被害を届け出させてもらうか!」

「――え゙?」

 

 いや「え?」ってなんだよ。当たり前だろ。こっちには怪我人もいるし破壊された設備だってあるんだぞ。特に高町がぶっ放した砲撃で研究棟の横にあった俺の個人的な研究室が消し炭だ。いくつかのデータはバックアップごと消えたし、そうでなくとも膨大な量の資料が綺麗さっぱりなくなってモチベーションだだ下がりだ。

 透霞とテスタロッサもその場にいて止めなかっただけで同罪、透霞に至っては入り口の柵と壁を破壊した張本人だから高町とは別途で訴えられるぞ。テスタロッサは……まぁ運が悪かったと思って諦めてくれ。ちゃんとブレーキ役をこなさなかったお前にも非はあるんだ。もう表情からして「ですよねー」って顔してるから追い打ちはしないが。

 ところでなんで高町が一番びっくりしてんだ。お前が今回で一番被害出してるんだろうが。お前を責めないで他の誰を責めるんだよ。

 

「ままま待って奏曲くん! そんなことされたらわたしたち減俸じゃ済まな――」

「当たり前だろ。傷害と器物破損だぞ。情状酌量の余地なしで実刑判決も視野に入るぞ」

「そんなぁー! お願い奏曲くん! それだけは勘弁して!」

「まぁテスタロッサは半分被害者みたいなところあるからいいけど、お前と透霞は弁護のしようがないしな……」

 

 その後もぎゃんぎゃん騒いだ挙句、結局この届け出は取り消すことになった。――代わりに、後日レジアスのオッサン伝いにハラオウンの連絡先を聞いて、あいつらの所業を伝えたところ、見事に謹慎処分となったらしい。ざまぁ。

 ついでにハラオウンから透霞の様子も聞いてみると、あれから毎日のように地球の自宅に連絡を入れているとのことだった。おそらくは、海月を説得しているのだろう。でも……うーん、あいつ俺と違って口下手だからな。海月をちゃんと説得できるとすればテスタロッサなんだよなぁ。

 まぁ説得が成功しようが失敗しようが俺にとっては特に損のない話だ。俺はただ消えたデータと資料に頭を痛めながら職務につくだけ。

 

「いったいなんだったんだあの三人組は……。お前の知り合いだということはわかるが、友人はちゃんと選べと普段から口酸っぱく言っているお前の友人がアレか?」

「あれはアリサとすずかの友人であって、俺の友人じゃない。向こうがどう思ってるかは別だが。……チンク、後で愚痴に付き合ってくれ」

「ちょうど新しい上着が一着ほど欲しかったところだ」

「足元見やがって」

 

 ただまぁ、服一着で済むなら安いくらいだ。



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奏曲の愚痴と、ロリ扱いのドゥーエ

 いや、割と本気で今回の件に関しては被害者でしかないよね俺。……と、チンクに事情を一から説明しつつ愚痴を洩らすと、こいつは心底可哀想なものを見る目で俺を憐れむ。

 まぁ愚痴ってる時点で憐みが欲しいのは確かなんだが、とはいえこうも一抹の淀みもなく純粋な目で「こいつはなんて可哀想な奴なんだ」みたいな目で見られると、それはそれでクるものがあるというか、こいつの中で透霞と高町の評価が物凄い勢いで暴落しているのがわかる。テスタロッサは弁護したし大丈夫だろ。

 そういえば聞きそびれたが、あいつらが揃ってミッドチルダに移住しているということは、地球の八神はどうなったんだろうか。ヴォルケンリッターたちも地球に馴染んで上手くやっているだろうか。リインフォースも、この二年間で俺のことを忘れてしまったかもしれない。

 あるいは、透霞は八神と特に仲がよかった分、あいつと連絡を取り合っていれば、俺と再会したことも八神の耳に入るかもしれない。そうなると、クリシスの反応が少し気になるな。襲ってこなければいいが……いや、以前までのアイツと違って、今のクリシスはそんな気力もないかもしれないが。

 

「ソーマはあの三人と知己だと言っていたが、それは親しいという意味の知己か? それとも単に知り合いという意味の知己か?」

「やたら長い白髪をマフラーみたいに巻いてた奴がいただろ。あいつは俺の双子の妹だ。あとの二人は後者だな。……いや、金髪の方は俺が魔力の使い方を教えたから、半ば師弟関係みたいな感じだ。そういう意味で一番関わりが薄いのが茶髪の奴だ」

「……うん? その割には、あの茶髪が一番ソーマに食って掛かっていなかったか?」

「お節介な性格だからな。透霞と俺が仲違いしている現状に、一番納得がいってないのがあいつなんだろうよ。よくも悪くも、理想に向かって突っ走るタイプだからな」

 

 別に現実が見えてないわけではないだろう。もう16歳だし、何より犯罪と密接に関わる時空管理局なんかで働いていれば、そりゃあ世の汚さなんてものも嫌ってほど見せられる。

 だがそうした現実をしっかり見据えてもなお、あいつは理想に向けて努力することを諦めない奴だ。それは時として他者を導いたり、あるいは自身を動かす原動力となる。だが反面で、遠すぎる理想に追いつかない現実に苦しむこともあるだろう。

 今回の場合は後者だった。ただ、高町にとって災難だったのは、その「厳しい現実」というものが自分にとってあまりにも近いところで起きていたことだ。対岸の火事であれば諦めもついただろうが、今回の一件は高町にとって三軒隣の家事くらいには近い出来事だった。

 そうした「事態の距離感」が、高町に判断を焦らせた。自分の身の回りの人には幸せでいてほしい、というあいつなりの優しさだということも理解はできる。ただ、それを俺に詰め寄られても、俺だけの判断ではどうしようもないのが今回の一件だった。

 

「双子の妹ということは、あの少女も魔導書ということか?」

「いや、あくまで「この身体(ハード)」と双子だってだけで、精神(ソフト)とは関係ない。元々はただの人間の受精卵に魔導書の記憶データを寄生させる(インストールする)のが裂夜の書の転生プロセスだからな」

「なるほど。まぁなんにせよ、厄介な知人を持つと苦労するということは理解した。ソーマの言う通り、友人はきちんと選ぶことにしよう」

「それが賢いと思う」

 

 電気ケトルの給湯スイッチが「カチッ」という音を立ててオフになる。二人分のマグカップにインスタントコーヒーの粉末を入れて湯を注ぎ、チンクのマグカップには砂糖とミルクを、俺の方には砂糖だけ入れて、さほど大きくないガラステーブルに置く。

 この幼い見た目に反して、チンクはコーヒーを好んで飲む。今日はミルクも入れたが、基本的に角砂糖ひとつ入っていれば問題ないらしい。俺はというと、そもそもコーヒーが好きじゃない。どちらかといえば紅茶派、もっと言えばココアが好きだ。

 以前、セインを連れて出掛けた時にカフェに入ってココアを頼んだ時、それはもう盛大にからかわれた。いや別に男が甘いもん好きでもいいだろ。そんなこと言ったら透霞なんて緑茶を何よりも好んで飲んでんだぞ。ババアかよ。

 

「俺と透霞の問題は、さっきのやり取りの通り、あいつの弟にある程度の問題がある。俺が譲歩できる分はするとしても、向こうにそのつもりがない以上、俺に何をどう言われてもどうしようもないのが現状だ」

「お前の妹の弟ということは、お前の弟ということではないのか?」

「肉体的には他人だからな。俺と透霞は肉体的に双子だが、透霞と海月は「前世で姉弟だった他人」ってのが正しい。だからあいつらの感覚的には姉弟だが、俺とはまったく関係がない」

「それはつまり現世だけに限れば「双子の兄妹のところに勝手に割り込んできて妹と姉弟だと主張して奪って行った不審人物」がその海月という男か?」

 

 事実なんだけどめちゃくちゃ悪意ある言い方するな。いや否定できる要素ひとつもないんだけどさ。いやまぁナンバーズも本当の意味で「家族」とか「姉妹」という感覚で接している以上、そこに他人が割り込んできて姉妹を奪っていくとなれば、妹想いのチンクからすれば我慢ならないのだろう。

 俺も海月に対して何も思わないわけではないが、透霞自身がそれを受け入れているのであれば、俺からあの二人の関係について何か言うことはない。俺の怒りがどこから来ているかといえば、それは夜天の命を脅かしたことだけだ。

 もしも海月が戦闘を介さず俺の家に押しかけてきて、事情を説明して透霞を連れて行くようなら、今みたいな確執はなかったかもしれない。透霞はどうかわからないが、少なくとも俺から透霞を引き留めることはしなかっただろう。前世の記憶があるのなら、俺よりも海月の方が付き合いも長いはずだし。

 

「そうだな。だいたいそんな感じだ。……随分と不服そうな表情(かお)だな?」

「妹にとって既知の相手とはいえ、夫でもない余所者に妹を連れ去られたら、私ならば連れ戻す。なのに、お前がそうでないというのは……なんというか、少し……」

失望(ガッカリ)した、か? まぁ確かに透霞を奪われたことについて、俺だって何も思うところがないわけじゃない。けど、仮に俺が透霞を引き留めていたとして、そうなれば海月は俺につっかかってくるだろう。場合によっては戦闘になることも十分に考えられる」

 

 だが、と一息おいて。

 

「俺と海月が戦えば、十中八九勝つのは俺だろう。自惚れを差し引いても、あの魔法の才能と魔力、そしてオーバースペック気味な身体能力に任せきった強引な戦い方じゃ、俺にとってカモでしかない。しかし勝ったところでどうなる? 俺がどんなに配慮してもあいつは躊躇なく街ごと俺を攻撃するし、人的被害も省みない」

「戦った時点で甚大な被害が出ることが確定的なタイプの魔導士か……。加えて、あの透霞という少女にとって争いの原因は自分、それも争っているのが現世の兄と前世の弟となれば……精神的負担は火を見るよりも明らかだな」

「だから戦わない方法をとった。戦わず、俺と透霞と海月にとって最善の選択が、俺が透霞から身を引くことだった。少なくとも、海月が俺を受け入れない限りは、それ以外の選択肢なんてないに等しい」

 

 どうにも納得のいっていない表情だが、少なくとも状況は理解してくれたらしい。とはいえ、この問題は先にも述べた通り、海月が変わらないと状況も変わらない。だから透霞たちが海月の説得に成功するまでは、俺からできることは何一つない。

 そう締めくくると、チンクも「そうか」とマグカップのコーヒーを飲み干して、椅子から腰を上げた。

 

「さて、そろそろ皆も警戒状態から通常勤務に戻っている頃だろう。私も事態の報告をして警備部に戻る。ソーマもそろそろ所長室に戻れ」

「はいはい。愚痴はここまでか。じゃあなチンク、また後で時間を見つけて訓練の様子を見に行くから、みんなにその旨を伝えといてくれ」

「……また訓練場に悲鳴が上がるな」

 

 飲み干したマグカップを預かると、チンクはそのまま警備部へと戻って行った。それを見送ると、俺もマグカップを片付け、休憩室を後にする。

 とはいえ、高町のおかげでまだ発案段階だったデータの大半はバックアップごと消し炭になってしまったし、既に開発段階まで進んでいる研究については担当の職員たちに一任しているので、俺個人でやるべき作業は「無理矢理思い出す」というクソみたいにアナログな復旧作業と、膨大なデスクワークのみだ。

 面倒だと小言を零していても誰が代わってくれるわけでもなし、むしろ俺の代わりどころかそもそも俺がジェイルの代わりなのだから、いっそジェイルがやってくれないだろうか。……ダメだな。あいつに任せたらまたわけのわからん謎の機械を造って売ってクレームきてリコールする、までの流れが容易に想像できちまう。

 

「ああ……マジでなんで俺このラボの所長なんかやってんだろ……」

「あら、ソーマにしては珍しく弱気な発言ね。悩み事ならお姉さんが聞いてあげるわよ?」

 

 不意に聞こえる大人びた女の声。なんでこいつここにいるんだ。お前まだ「あいつら」のところにいるべきだろ。

 

「……ドゥーエ、お前なんでこんなところに来てんだ。アリサとすずかの護衛はどうした」

「トーレがついててくれるから大丈夫でしょ。それにチンクちゃんからも事態の鎮静化を完了したって報告が来たし、我が愛しの弟くんを迎えにきたのよ」

「誰が弟だ。お前そんな調子でル・ルシエを妹って言いながら風呂に連れ込んでセクハラしただろ。知らないと思うなよ」

「むしろなんで知ってるのかしら? もしかして私たちの入浴タイムを覗――」

「本人談だよ」

 

 なーんだ、と言って早々に言い訳を諦めると、所長室へ向かう俺の横をついてくる。

 ドゥーエは悪戯好きな性格と妖艶な見た目のせいで勘違いされやすいが、ぶっちゃけ俺の知る限りではナンバーズの中で最も子供っぽい奴だ。いやワガママ言い放題とかダダをこねまくるとか、そういう意味ではなく、かまってちゃんなんだ、こいつは。

 かまってほしいから悪戯をするし、嫌われたくないから怒られたらそれ以上やらない。ただ少し間を置けばそんなに酷く叱られないから時間を置いて何度も繰り返す。ただ相手が本気で嫌がることはしない。そういう「かまってほしがり」の「甘え上手」な子供だ。

 

「俺の仕事を手伝ってくれるなら、トーレに連絡してしばらく一緒にいてもいいぞ。ていうか是非そうしてくれ。アリサが経理部じゃなきゃ秘書にしてたんだが……時既に遅しなんだよなぁ」

「秘書ねぇ……。チンクちゃんとかお願いしたらやってくれそうじゃない?」

「あいつただでさえ警備部で実質的なリーダーみたいなことしてるのに経理部の手伝いまでしてて、たまに時間が空いたら雑用みたいなことまでしてるんだぞ。これ以上の負担をかけるのはさすがの俺も心苦しい」

「ふーん? 本音は?」

「ロリに負荷をかけまくって訴えられるのが怖い」

 

 そりゃそうだろ。あいつ見た目だけの話をしたら完璧なロリだし、稼働年齢に至ってはまだ二桁にもなってないんだぞ。

 あれでもしドゥーエみたいな見た目なら少しくらい負担をかけても「ブラック社畜」くらいに思われて済んだかもしれないが、あいつの見た目でそれをすると周囲の印象が最悪なんだよ。場合によってはJ&Sラボにクレームが来る。

 そうなったら困るのは俺だけじゃない。このラボの職員はもちろんのこと、管理局を資金的に支配するためにこのラボを経営している俺とジェイルは目標まで失うことになる。それだけは避けたい。

 

「そ。なら仕方ないわね! 付き合ってあげますか!」

「はいはい、えらいえらい。後でル・ルシエが茶ぁ淹れてくれるから、それまで頑張りな」

「あらホント? ならおねーさんいっぱい頑張っちゃうわ!」

 

 おねーさんどころか俺の中ではチンクとかル・ルシエよりロリ扱いしてるけどな。



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ゲイズの呼び出しと、ギアウェポンの改良

 高町たちの襲来から二か月。ようやくあいつらのおかげで不必要に増えた仕事が片付き、本来のペースに戻り始めた頃。

 評議会づてに得た人脈を用いて管理局にスカウト「させた」ル・ルシエを新しい職場に送り届け、俺はそのままゲイズの待つ地上部隊に向かっていた。要件はやはりというか、前回のギアウェポン(デバイスもどき)のメンテナンスと、新型ギアウェポン開発の催促だろう。

 やや強引な手段をとるとはいえ、レジアスは地上の治安維持に大きく貢献している英傑と言って差し支えのない人物であり、評議会からの信任も得ているため発言力も強く、ギアウェポンの正式配備は少なくとも地上においてはおおよそ受け入れられたようだ。

 ギアウェポンのスペックはJ&Sラボとしてもお墨を付けているとはいえ、それをこうも早い段階で正式配備まで持っていったレジアスの手腕は俺から見ても称賛に値するし、何よりその性能を証明するための実地試験などを自ずから率先して行ったのも、説得力を持たせるために大きく働いたと周囲は言っていた。

 

 とはいえ、実際に使ってみて表面化した課題点もいくつかあった。魔法を駆使することに特化させたデバイスと異なり、ギアウェポンはあくまで魔法「も」使える質量兵器だ。

 たとえば耐久性についてはアームドデバイスを参考に強度設定をしてみたが、やはり消耗が激しくフレームの素材から見直す必要が出てきた。また、ハンマー型以外にも形状にバリエーションが欲しいという要望も多く寄せられた。

 形状に関する問題は開発当初からいくつか案があり、その中で最初に作ったのがハンマー型だったというだけなので大した問題ではないが、やはりフレームの素材は俺だけでなく研究部と開発部のメンバー全員が頭を抱えた。

 というのも、そもそもこのギアウェポンのフレームには通常のデバイスとはまったく異なる素材を用いて強度設定を同等にしているわけだが、強度をこれ以上上げようとすると重量が目に見えて増加し、取り回しに支障が出てしまう。

 

 じゃあデバイスと同じ素材で作ればいいのだが、そうするとデバイスマイスターとしての免許が必要になる。何人かの研究員は所持しているが、そうでない者がこの武器の開発に携わっているのは、偏にこの武器が「デバイス」ではなく「ギアウェポン」という質量兵器だからだ。

 質量兵器の研究と開発には武器製造ライセンスと危険物取扱免許の他、武器所持のための武器類登録証があれば可能だが、デバイスは「武器」といよりも「戦うコンピュータ」みたいな扱いで、デバイス専用のライセンスや登録証がなければならない。

 おかげさまでデバイスとはまったく違う素材をほとんど一から作る羽目になったが、その素材で特許はとれたからそこは損得もイーブンか。まぁ壊れたフレームのほぼ全てがJ&S謹製の合金部分で、ハンマーの柄となる木材は傷一つなかったっていうのはもはや笑い話だ。どんだけ固いんだアレ。

 間違ってもうちの合金が脆いわけではない。前にも言ったと思うが、あの木材はとある管理世界に自生している「魔力を吸って成長する樹木」を削り出して使用したもので、樹齢が高いほど大量の魔力を吸って固くなっているし、使用者が意図的に注ぎ込んだ魔力や、敵から放たれた攻撃魔法を受け止めることでも成長して硬度を上げていく。

 ……もしもあの気を棍棒にでもして高町のディバインバスターを受け止めたりすれば、もはや金剛不壊と言ってなんら差し支えないほどの強度になることは疑うべくもない。

 

「失礼します」

「む、メイスマン代表か。よく来てくれた。……すまんが少し待っていてもらえるか。すぐに済ませる」

「構いませんよ。特に急いではいませんので」

 

 この執務室、少し殺風景が過ぎないか? 奥行きがあるのはいいが無駄に天井が遠いし、何より本棚が縦にでかい。これ地震とかで倒れてきたらどうするんだ。そもそも上の方の本とかとれるのかこれ?

 レジアスの奥で控える秘書は確かこいつの娘だったか。やや物言いがキツいが評判はそんなに悪くないと道すがらに出会った局員が言っていたな。仕事もできそうだし、こういう秘書がJ&Sにも一人いれば大助かりなんだが、いないんだよなぁ。

 そんなことを思いながら持ってきた情報端末を開いてギアウェポンのスペックと箇条書きされた課題点を再確認していると、背後のドアからもう一人誰かが入ってきた。振り返って顔を確認してみれば、先日のクラウン・マーセッド一等陸佐だった。

 

「おお、クラウン一佐も着いたか。腰を落ち着けられる場所に移動した方がいいかね?」

「いえ、お構いなく」

 

 マーセッドがそう言うので、俺も立ったまま話すことになった。俺は座りたかったし、なんなら茶くらい出してほしかったが、まぁ口には出さないでおこう。

 

「そうか。では早速だが、メイスマン代表は先日送った資料には目を通したかね?」

「はい。主に耐久性に想定を大きく上回る課題が見つかりました。アームドデバイスを参考にしたとはいえ、デバイスと質量兵器の性質の差への認識が甘かった我々のミスです。形状のバリエーションに関する要望は、こちらでも既に用意がありますので、耐久性の強化を行った後、サンプルを送らせていただきます」

「うむ、既に正式配備からある程度の実践を経て、教導隊にもギアウェポン専用の戦術や技術を養成するよう指示を出してはいるが、如何せん今までがデバイス頼りだったためノウハウが足りていない。無理な運用によってギアウェポンに必要以上の負担をかける者もおる。すまんが急ぎ対処してくれ」

「……差し出がましいようですが、もし必要でしたら、J&Sラボ所属の警備部隊の人員を何名かそちらに派遣することも可能ですが。警備部ではハンマー型の他、各々の得意とする試作型ギアウェポンを用いて日々訓練を行っておりますので、ある程度ならそちらのお力になれるかもしれません」

 

 さすがにナンバーズは派遣できないが、うちの警備員のほとんどは魔力がなくデバイスを使えないせいで管理局への就職を諦めた奴もいるので、そいつらに「未だに魔法至上主義の局員がいたら鼻を明かしてこい」と言えば嬉々としてやってくれるだろう。

 レジアスは少し考える素振りを見せると、その視線をマーセッドへと向けなおした。

 

「儂は悪くない提案だと思うが、お主の意見はどうだ? ギアウェポンが採用されてから、お主のところの教え子が特に成果を出していると聞くが」

「教え子? では、マーセッド様は……」

「はい、先月から正式に教導官として訓練を任されることになりました。警備員の派遣も、悪くはない申し出だとは思います。しかし、許可を得るとして本局がなんと言うかは微妙なところですね」

「確かに……ギアウェポンの配備にも散々渋られたからな。あそこは元より魔法至上主義の温床だ。わかっていたこととはいえ、無能に権力を持たせるとこうも面倒になるのか……」

 

 まぁ管理局でなくとも外部からの派遣というのは総じて面倒なものだ。まして魔法至上主義の蔓延していた管理局に、正式な手順を踏んだとはいえ突然かつ強引に質量兵器を捻じ込んだレジアスには、付き従う者もいれば反感を持つ者も決して少なくはないだろう。

 J&Sラボは、組織としては管理局の足元にも及ばないが、警備員の戦力はそこらの魔導士よりも遥かに練度が高い。それはやはり格闘に特化した俺や、魔法に特化した夜天、各種武器の扱いを担当するナンバーズたちの教導と各々の努力によるものでもあるし、彼らに支給した試作段階の発明品のおかげでもある。

 もちろん試作段階とはいっても十分に性能テストは行っているし、機能などは随時アップデートも行っているので、試作段階からさほど変更点のないまま製品段階まで持って行ったものもあるくらいには、高クォリティを維持している。

 

「まぁ今のところ思いついただけなので、それについてはそちらで話が纏まったらお返事をいただくことにして、ギアウェポンの改良に関しては幾つかデータ収集のため回収させていただいて、他のものは改良型の完成までそのままお使いください。改良期間中に破損したギアウェポンについては保証しましょう」

「いや、破損したギアウェポンはこちらでやりくりしよう。現時点ではまだ使用していない訓練用のものもあるし、現場で使用して破損したものはそこから流用することができるはずだ。現時点でもアームドデバイス並みの強度はあるのだろう?」

「はい。しかしやはりアームドデバイス以上にギアウェポンそのものでの打ち合いが多いので、消耗のスピードがデバイスとは段違いです。……そうですね、こちらでもまだ未改良のギアウェポンには予備がありますので、そちらを期間中はお預けします。もちろん、改良型が完成次第、既存のものは全て回収させていただきますが」

 

 今回の修正は、俺たちJ&Sラボとしても大きな収穫となった。というのも、さっきも言った通りうちの警備部はスペックや技術だけを見れば本職にも勝るわけだが、さすがに実戦経験というものは皆無だ。

 それは研究施設としては当然のことで、平和という意味では最も然るべき在り方なのかもしれないが、だからこそわからないことも多い。今回のような、実戦での使用感を知ってこそ明るみになった課題点というものも、うちの警備部ではまだ起きていない。

 ある視点から見れば、それは管理局でのギアウェポンの扱いの熟練度が不十分だから、という見方もできるだろう。しかし、武器は道具だ。丁寧に扱うべきものではあるが、丁寧に扱いすぎて使用者に不便をかけてしまえば本末転倒だろう。

 そういう意味では「少し乱暴に扱った時の使用感」というものも不要なデータではない。むしろそのデータこそ必要だという場面も決してゼロではないし、むしろそうした機会は多い方だ。だからこそ、このリコールはJ&Sラボに大きな良い影響を与えてくれた。

 

「うむ。ではその通りに頼む。ではクラウン一佐、今後のギアウェポンの運用についてだが――」

「はい、そちらについては――」

 

 俺の用事はここまでのようなので、二人に断りこの場を後にした。

 ラボには既にデータを転送済みなので、これからサンプル用のギアウェポンを回収してラボに戻り、さっそく新素材の研究に取り掛からなければならない。

 ぶっちゃけ向こう一か月は寝れないかもしれない。またアリサとすずかに怒られるだろうが、この案件が終わればしばらくまとまった休みがとれそうなので、ここが踏ん張りどころだ。アリサをデートに誘ってもいいかもしれない。

 ――いや、そういうことをこういう場で言うのはやめよう。死亡フラグみたいだ。



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奏曲の家事と、ロリ化が加速するドゥーエ

「ドゥーエ、お前さぁ……」

「うわぁぁぁん! ごめんなさいソーマぁぁぁ! でもホントにわざとじゃないのよ! お願い信じてぇぇぇ!!」

 

 目の前に散らばるガラス片とぐちゃぐちゃに濡れたプリント類、そして泣き喚くドゥーエ。パッと見ただけではわけのわからん状況だろうが、当事者の俺もまさかこんなに顔面ぐしゃぐしゃになるほど泣くと思ってなかった。……いや、俺が泣かしたわけじゃないぞ?

 

「なんスか、アレ」

「ソーマに届けるはずの書類を運んでいる途中に落としてしまい、慌てて拾おうとしたはずみでテーブルにぶつかり、ソーマが苦労して購入した地球産の高級ガラス細工のコップを中身ごと落としてパリン、だそうだ」

「ああ……地球って管理外世界だから密輸でしか手に入らない品とか多いッスからね……。さぞ高い買い物だったんスね……」

「私の一か月分の給料がまるっと飛ぶらしい」

「高っ!?」

 

 少し離れたところでチンクとウェンディが我関せずという態度で休憩しているが、仮にもお前らの姉が恥も外聞もなく大泣きして俺に土下座してるんだぞ。フォローくらいしてやれよ。

 というか、これだけ謝られてなんだが、いくら高いとはいってもガラス製の食器類なんてすぐ壊れるものが一つ逝ったくらいでキレ散らかすほど俺は狭量(ガキ)じゃないし、書類もデータが残ってるならまたプリントし直せばいいだけだろ。なんでこいつこんなに泣いてんだ。クソ雑魚メンタルかよお前。

 とりあえずドゥーエの手を引いて立ち上がらせようとするが、どうにも土下座をやめる気がなさそうなので、もうめんどくさくなってきたし適当に扱うことにした。

 

「よっ、と」

「ひゃっ!? ちょっ、ちょっとソーマ!?」

「さっさと泣き止んで書類をプリントし直してこねーとこのまま屋敷の中を一周するぞ」

「このまま!? この……こんな……猫みたいな抱えられ方で!?」

 

 こういう展開によくある「お姫様抱っこ」を期待した奴には申し訳ないが、俺がアリサとすずか以外の奴にそんなことする男に見えるか?

 俺はただ、正面からドゥーエの脇に手を突っ込んで、そのままみょーん、と上に持ち上げただけだ。ちなみに猫にこの持ち上げ方をすると脱臼したりするから気を付けろよ。すずかが言ってたから間違いないぞ。

 この体勢、仮に猫だとしても長時間やってると腕がめちゃくちゃ疲れるし、それがドゥーエくらいの身長の大人となるとめちゃくちゃ重……疲れるんだが、まぁそこらの奴よりよっぽど鍛えてるんでこのくらいなんともない。

 

「ごめんなさいごめんなさい! もう泣かないし今すぐ書類作り直してくるから離して!!」

「おう、さっさと行ってこい」

 

 ほい、と地面に下ろすと、ドゥーエは顔を真っ赤にしてその場を後にした。

 おっと、顔を赤くしたからといって安易にフラグだと思ってる奴は女とまともに絡んだことのない童貞野郎だぞ。あれはただ子供扱いされて恥ずかしがってるだけだからな。

 あいつ子供みてーな精神して構ってもらいたがるくせに、いざ子供扱いして構ってやると恥ずかしがるってどんなメンタルしてんだ。むしろその羞恥を楽しんでんじゃないだろうな。

 

「あいつ最近よりいっそうロリ化してきてないか?」

「ソーマにぃが子供扱いして構いまくるからッスよ」

「ドゥーエは構ってほしがりだからな。構えば構うほど子供っぽくなるぞ」

「お前ら自分の姉のことなんだと思ってんだ」

 

 仮にも12人姉妹の次女だぞあいつ。……いや、むしろ年長組だからこそ上の兄や姉からの愛情に飢えてんのか?

 今度ジェイルやウーノとも真面目に話し合ってみるか。ナンバーズが全員揃って以来、下の奴らばっかり構っていたのが不満なのかもしれない。チンクもドゥーエほどではないが最近やたら会う頻度が高いし、上の奴らとも腹を割って話す機会が必要なんだろう。

 というかチンク、あいつ俺のこと弟とか言ってたくせに甘え方が兄に対するそれなのは何かのジョークか? あれか、姉として振る舞い続けた反動か? なんにしても普段通り接するより、年下を甘やかす感じで対処した方が本人も気づいていない疲弊を吐き出すにはいいかもしれない。

 

「チンク」

「ん、なんだ?」

「後でジェイルたちと話すから、お前も一緒に来てくれ」

「ドクターと? 構わないが……何かあったか?」

「そう身構えんな。ちょっとした家族会議みたいなもんだよ」

 

 ひとまずドゥーエが戻ってくるまでに床の掃除をして……って、あいつこのガラスまみれの床で土下座してたけど破片とか大丈夫だったのか? 血とかは出てなかったが……後で確認しとくか。

 ナンバーズが最初着てたあのピッチリスーツなら防護性能も高いしオデコ以外は大丈夫かもしれないが、あれは人前に出ると悪い意味で目立ちすぎるし、何より俺とジェイルの性癖がアレだと勘違いされそうなので、あのスーツは破棄した。

 基本的にはみんな普通の恰好をしている。クアットロは白衣を着ているが、その中は普通にパーカーとデニムパンツだからな。

 

「ウェンディ、箒と塵取り持ってきてくれ」

「了解ッス」

「チンクは掃除機。ちょうど新商品のサンプルを作ったばかりだし、テストも兼ねて開発部から一つもらってこい」

「任された」

 

 二人を行かせてる間に、床に落ちた大きい破片を手で広い、割れ物用のゴミ箱に入れていく。途中、セインが来たのでスリッパを履かせて破片拾いを手伝わせると、冷蔵庫に入っていた俺のパック牛乳をくすねて戻っていった。

 あいつ俺の見てる前で平然とパクっていったな。今度あの無駄にたわわに育った胸を揉みしだくだけの機械作ってあいつでテストしてやろうか。……ウチそういういかがわしい商品とか取り扱ってないからダメか。

 いや個人の趣味の範囲でならクアットロが作ってたけど、あれは本人が自分で使って満足してるらしいから俺に貸してくれっつっても無理だろうし、なんならあいつは俺にその機械を使いそうだからまず近寄りたくない。

 誰が俺のアヘ顔ダブルピース見て喜ぶんだ。……いや、すずかあたりは喜びそうだな。

 

「ソーマにぃ、持ってきたッスよ」

「ん、どうもどうも。軽く掃いたら新聞紙で床を拭こう。雑巾だと細かい破片が挟まって次使う時に危ないからな」

「ソーマにぃ、そういう知識は誰に教わったんスか?」

「それは俺の本体が今何歳で、今この体が何代目かって話に繋がるが、いいのか?」

「長くなりそうなんでやめとくッス」

 

 賢明だな。今でこそ料理はできないが、一応前世では家事が一通り出来てたし、現世においても練習さえすれば一、二か月くらいで感覚も戻りそうなんだが……どうするかな。

 数年前までは「俺にできなくて透霞にできること」が料理だったから、わざと料理……というか家事から離れてたが、もうあいつとは兄妹でもなければ家族でもない。今の家族……J&Sラボの奴らのために家事を覚え直すというのも悪い選択ではない。

 現時点ではアリサとウーノが二人で家事をやってくれているが、あいつらだって経理部のリーダーだとか、ジェイルの秘書だとかで忙しいし、前は家事を手伝っていたル・ルシエも今は管理局に潜入し、諜報任務に就いているせいで不在だ。

 というか、この屋敷に住む俺・アリサ・すずか・ジェイル・ナンバーズの全員が何かしらの役割を持ってJ&Sラボで働いているのが問題だ。誰か一人くらい、家事に専念してくれる人員がほしい。

 

 誰かいないか……J&Sラボでもなく、管理局でもなく、家事が上手くてナンバーズたちに警戒されない戦闘力皆無の知り合い……。

 

「……おるやんけ!」

「は? どうしたんスか、ソーマにぃ」

「い、いや……なんでもない」

 

 いや、さすがにそれはないだろ。確かにあいつは俺のことをそれなりに慕ってくれていたし、かつて魔法絡みの事件の中核だったとはいえ今は魔法も使えない一般人だ。しかしあいつは俺よりも透霞と親友だし、何より俺のことをあんなに慕ってくれていたにも関わらず俺は突然にあいつの前から去った。

 今更どんな顔で会えばいいんだって話だし、もしそうなったとしたらヴォルケンリッターたちが黙ってない。特にシグナムだ。あいつクールぶってる割に実際のところ脳筋で直情型だからなぁ……。ヴィータとシャマルを味方につければ……ダメだ、あいつらも主が絡むとシグナム側だ。

 味方になってくれそうなのはリインフォースくらいか。俺のことを父と呼んでくれたのはいいが、その父が失踪してはや2年半と少し。グレてないか……それだけが心配だ。

 ……八神は諦めよう。あいつも今は地球で平和に暮らしているだろうし、犯罪者の家の家事をやらせるなんて人の心がないのか俺は。……あんまりないな? あれ? 別にそのくらいよくね? いやいや待て待てステイ俺。本当に関係のない他人ならともかく、透霞の親友を巻き込むのはやめよう、うん。

 

「ソーマ、掃除機を持ってきたぞ」

「ん、じゃあウェンディ、そっちのコンセントに差してくれ」

「ッス」

「お前もう「ッス」だけで意思疎通できるようになってきたな」

 

 掃除機で床の細かい破片を片付け、箒と塵取りを掃除機と一緒に元の場所に戻し、コーヒーを淹れ直して終わり。これでもう大丈夫だろ。次またやったらさすがにデコピンぐらいするとして。

 

「ソーマっ! 資料作り直してきたわ!」

「はいはい、えらいえらい。じゃあ開発部に戻ってすずかの護衛の続き。がんばってこい」

「りょうかーい! お姉さん、がんばっちゃうわねっ!」

「お姉さん(笑)(かっこわらい)

 

 なんで笑うのよ! と文句を言いながら去っていくドゥーエだが、お前それ本気で言ってんのか? マジでなんで笑われてるかわかってないのか? ……どうしよう、あいつの幼児化が本格的に止まらないんだけど。どうしてこんなになるまで放っておいたんだ!



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奏曲の不調と、親友のお叱り

 つ、疲れた……! 久しぶりに五徹なんてしたな……。こういう時ばっかりは人間じゃなくてよかったと本気で思うわ。いや肉体は人間だけど。

 レジアスに頼まれている改良型ギアウェポンの開発が思っていた以上に滞りを見せていて、ここのところ碌に睡眠もとらず作業に没頭していた俺だが、いよいよ身体に不調が出始めたので、ここらで少し仮眠をとることにした。

 まぁ徹夜に関しては今に始まったことでもないし、身体への負担は身体強化系とか回復系の魔法である程度は誤魔化せるからいいんだが、さすがに食事を栄養調整食品に頼り切っていたのはまずかったらしい。めっちゃ腹減った。

 でもまぁ空腹なんて寝れば気にならないし、メシ食ってる暇があったら改良型ギアウェポンの開発を急がなきゃならない時期だし、まぁ仕方ないわな。これが終わったらまとまった休みもとれるし、そしたらアリサとすずかを連れて遊びにでも――。

 ――と考えたところで、俺の意識は途絶えた。……やっべ、ここまだ布団じゃないし、なんならラボの廊下なんだけど。

 

 

 

 

 目が覚めたら、そこは見覚えのないベッドの上だった。少なくとも俺の部屋のものではないし、仮眠室のベッドはこんなにも上等ではない。というか、そもそも明らかに女性用に作られていた。天蓋付きのベッドなんて、それこそすずかの部屋でしか――ん? あれ? ていうかここってすずかの部屋じゃね?

 ちら、と視線を周囲に向ければ、見覚えのあるタンスやテーブル、俺とアリサと一緒に写ったすずかの写真が何枚も張られたボード。間違いない、ここすずかの部屋だ。部屋の主であるはずの当の本人はいないのか、部屋の中は極めて静かで、ベッドからは嗅ぎ慣れたすずかの匂いがするせいで、二度寝しそうになってしまう。

 ……が、さすがに二度寝までしていたら例のブツの開発がさらに遅れてしまうことは明らかなので、名残惜しみながらも起き上が――れない? あれっ? ていうか起き上がる以前に手足がまったく動かないんですけど?

 

「……夜天。俺の体どうなってる?」

『綺麗に四肢の関節を外されているぞ。これは文字通り手も足も出ないだろうな』

「『交替』してくれ」

『いや、経緯から考えて犯人はおそらくすずかだろう。なら危険もないだろうし、何より最近やたら死に急ぐように働いていたお前にはいい薬だ。そのまま二度寝でもしていろ』

 

 えぇー。お前まで敵に回ったら俺もう何にも縋れねぇじゃん。とはいえ本当に手足どころか指一本動かないし、なんならすずかの匂いのおかげで安心感がすごくてめっちゃ寝そう……。

 誰か……この際すずかでもいいから戻ってきてくれねぇかな。本人が来れば説得もできるだろうし……いや、できるか? ラボの廊下で倒れた覚えがあるから、つまりラボの廊下で寝てた俺を自分の部屋まで運んで関節外したってことだろ?

 それはつまり俺がここ最近ほとんど碌なメシを食わずに五徹したことへの強硬手段と取って間違いないだろうし、そんな奴に「仕事に戻るから関節戻してくれ」なんて言ったところで聞いてもらえるか?

 

「あ、目が覚めたんだね、奏曲くん」

「おはよう、奏曲。よく眠れた?」

 

 焦燥に駆られる気持ちをどうにか抑えつけていると、いつの間にか部屋に入ってきていたアリサとすずかが、俺の眠るベッドの底に椅子を出して座っていた。ああ……なるほどね? すずかの独断じゃなくてアリサも噛んでたのか。

 ってことはアレだな? この強硬策、たぶんこの二人だけじゃなくてナンバーズやJ&Sラボの職員も全員この状況を承知してるんだな?

 何せアリサはこの屋敷とラボにおいて、ある意味ではジェイル以上の実権を握っている。ラボの経理部リーダーとして、ラボの資金はほとんどアリサが管理しているといっても過言ではないし、屋敷ではジェイルはおろかナンバーズの長姉であるはずのウーノですらアリサには頭が上がらない。

 たぶん屋敷でのヒエラルキーではトップと言っていいだろう。アリサの下にウーノが居て、その下に俺とすずかが同列、その下にウーノ以外のナンバーズがいて、最下位がジェイルだ。さすがに業務が絡むとジェイルがトップだが。

 

「おはようアリサ、すずか。さっそくで悪いんだが、な・ぜ・か、両手足の関節が外されていて体がまったく動かせないんだ。悪いんだけど嵌め直してもらえないか?」

「うーん……じゃあ手錠と足枷を付けさせてもらってもいいなら、嵌めてあげるよ?」

「なんで手錠と足枷をされないといけないんだ?」

「頭のいいアンタなら、その理由が本気でわからないはずないと思うんだけど?」

 

 ああー……二人ともいい笑顔だなー。これはもう逃げられそうにないわ。唯一アリサの息が掛かっていないはずの夜天が味方についてくれない以上、素直に二人の言うことを聞くしかない。

 でも改良型ギアウェポンの開発はどうするか。俺でなければどうにもならない仕事というわけでもないが、さすがに俺よりも作業が早い奴となると、そうそう多くはない。開発にはチームを組んで当たっているが、指示を出しているのは俺だ。

 研究部からもらった資料の管理も俺がしているし、経理部と連携して予算を見通しをしているのも、その予算をどこにどう充てるかを決めているのも俺だ。己惚れを抜きにしても、この穴がそう簡単に埋まるとは思い難い。

 

「無茶したのは謝る。でも今回のギアウェポンの改良は、俺とジェイルの最終目的にとって極めて重要なものなんだよ。デバイス一辺倒だった管理局にギアウェポンを配備すれば、管理局の戦力の何割かを俺たちが管理することに等しい。ここが無茶のしどころなんだ、わかってくれ」

「ダメよ。昔から言い聞かせていたはずでしょう? 「無茶はいいけど無理はダメ」って。今のアンタはどう考えても後者よ。いくら中身がプログラムでも、その体は人間のものなんだから、過剰な無理は寿命を縮めるわ。まさか、あたしを置いて先立つつもり?」

「そんなつもりは毛頭ねぇ! ……けど、納期は待っちゃくれないんだ。これが間に合わなきゃ、ギアウェポンの配備は見直されるかもしれない。そうなれば、俺とジェイルの最終目標から遠ざかる。アリサとすずかを疎かにするつもりはない。けど今が頑張り時なんだよ!」

「それは違うよ、奏曲くん。わたしたちは別に、わたしたちのことを疎かにされたくないんじゃないの。わたしたちはね、奏曲くん自身のことを疎かにしてほしくないんだよ。本当ならこんな方法は取りたくなかったけど……倒れるくらいフラフラな奏曲くんを、これ以上頑張らせるわけにはいかないの」

 

 すずかの言葉は、予想外な角度から俺の心を突き刺した。俺の行いがアリサとすずかを疎かにしていたことは事実だ。その事実から目を逸らさないように、俺は注意していた。だからこそ、この仕事が終わったら必ず三人での時間をとろうと思っていたんだ。

 だけど、すずかは――こいつらは、別に「それ」に対して怒っているわけではないのか。俺が俺を大切にしないこと……俺が無茶を通り越した無理をすることに、怒りよりも不安を感じていたのかもしれない。だとしたら、俺の間抜けっぷりは自分で自分を殴り飛ばしたいレベルに至っているらしい。

 確かにここ最近の俺の仕事ぶりは、誰の目から見てもオーバーワークだったのだろう。俺自身、振り返ってみればそれがわかる。けど何度も言うように、それは「今やらなければならないオーバーワーク」でもある。ここで無理をしなきゃ、ジェイルとの約束が……。

 ジェイルとの、約束……? それは、本当に――。

 

 ――アリサとすずかとの約束を破ってまで守らなければならないものなのか?

 

 無茶はよくても無理はダメ。それはガキの頃から何度も言い聞かせるように言われ続けた言葉だ。何度もそれを破ってきたが、それは常にアリサやすずかと同じくらい大切な奴を守るための「無理」をしていた時だ。

 ジェイルは面白い奴だ。決して嫌いなタイプではないし、なんなら同じ研究者としては好感すら持てる。人としては思うところもないわけではないが、おおよそ嫌いにはなれないくらいに人間臭い奴だ。だが――友人として、仲間として、アリサとすずかよりも大切な奴では、断じてない。

 俺にとって、アリサとすずかに勝るとすれば、それは夜天だけだろう。そして、その夜天は常に俺の内側にいて、何度死んで生まれ変わっても、これから先……『裂夜の槌』が封印されない限り、俺たちはずっと一緒だ。だからこそ、俺は夜天よりもその生ごとに変わりゆく友人を大切にすべきなんだ。

 なのに俺は……アリサとすずかとの約束を破ってまで、ジェイルとの約束――目標に向かって邁進した。それは数百年ぶりに研究者としての本分に戻れたからこそ、浮かれたような気分になっていたからかもしれない。このまま行けば、またクリシスの悲劇を繰り返していた可能性もゼロではない。

 

 だからこそ俺は、今ここで、立ち止まるべきなんだろう。

 

「……わかった、きちんと休息をとるよ。けど開発は止められない。クアットロとジェイルを呼んでくれ、ひとまず業務の引継ぎをしなくちゃならないし、俺の頭ン中にある構想とデータを裂夜の槌にコピーしてラボのPCに転送する。そうすればしばらくはジェイルの指揮で開発チームが動けるはずだ」

「ん、そのへんが落としどころかしらね。わかったわ、じゃああたしが二人を呼んでくるから、すずかは奏曲の関節もどしてあげて」

「はーい。じゃあ奏曲くん、ちょっと痛いけど我慢してね?」

「そういえば外された以上は戻す必要があるんだよな……」

 

 直後、屋敷に今まで聞いたことのないような悲鳴が響き渡った。



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キャロの連絡と、奏曲の評価

「そっちの調子はどうだ? ル・ルシエ」

『思ってたよりもいいところですよ。そうまさんの作ってくれたデバイスのおかげもあって、わたしもフリードも伸び伸び仕事ができてて、職場の方々からも信用してもらってます』

 

 ル・ルシエの「召喚魔法」は、本人が竜の使役にばかり意識が向いていたから見落としていたものの、本来「召喚」とは「空間の接続」だ。ある空間と空間を、その間にある距離に関係なく接続し、そこからモノを取り出す。それが召喚という概念の正体だ。

 だからこそ、ル・ルシエは前線では特に重宝されるだろう。前もって座標さえ登録していれば、その座標にあるものをいつでも取り出せる。武器や食料などの物資から、それこそ竜などの生命まで。だから俺はル・ルシエが管理局に入る前に、まずは「召喚魔法」の認識を改めさせた。

 結果、まぁ当然というか配属先でのル・ルシエの評価は即座に上がった。戦闘が長引けば長引くほど「物資を即座に呼び出せる力」はその価値が上がるし、速攻戦であっても大量の武器を一気に展開できるのは高威力・広範囲への殲滅能力に繋がる。

 そして――その「召喚される武器」の一部はJ&Sラボにある「ル・ルシエ専用武器倉庫」に格納されているもので、実際に前線で戦う仲間たちから特に評価の高かったものをル・ルシエがこちらにリークすることで、俺たちはそれを優先的に開発・改造し、管理局に売っている。

 当然ながら売りつけた武器は実際に前線で働く局員が頼った武器を反映させているので、向こうからすれば「欲しいものが欲しい時に欲しいだけ買える」となって、こちらにたっぷり金を流してくれるというわけだ。

 

「お前専用の倉庫ももうすぐ置き場がなくなるからな、もう一つ倉庫を建てることになってる。今度こっちに来た時にそっちの倉庫も登録しておけ」

『助かります! 陸上でのJ&Sラボの評価はおおよそ悪くありません。一部には「ぽっと出で現れて魔導士の立場を下げた怪しい新企業」と言ってるところもありますが……』

「そもそも企業じゃなくて個人研究所だし、ぽっと出に立場を奪われる程度の実力しかない魔導士が多すぎたってだけだ。みんながみんな高町とかテスタロッサみたいな魔導士ばっかりなら立場を奪われることなんてなかったはずだからな」

『その方たちがどんな人なのかは知りませんけど……実際問題そういうことですよね。魔法はあくまで相手を傷付けず一定以上の力を発揮するのが「容易に」できるというだけで、そうした力や技術は「手間をかければ」誰でも出来るはずですし』

 

 ル・ルシエの言う通り、魔法と魔法以外の技術の差は、諸々の細かい理屈を全部とっぱらって簡潔に行ってしまえば「手間」の違いだ。

 魔法「だから」できることと、魔法「でしか」できないことというのは同じではない。確かに後者もゼロではないが、大半の魔法はそれに代わる技術が存在する。もちろん、それを「安全に」行うとなれば魔法が手っ取り早いのは確かだが。

 とはいえ「魔法=魔導士とデバイス」というのは、さすがに看過できない。確かに魔法には魔力と知識とセンスが必要だが、それらはデバイス以外の技術でも再現は可能だし、そもそも魔法を使うだけならデバイスがなくても可能だ。デバイスはそれを簡略化させるためのシステムなんだから。

 そしてデバイスはあくまで魔法の「手間」を省いているだけで魔力は魔導士のものを使用する。なら最初から「魔力を込めた何か」があればあとは知識とセンスだけで魔法が行使可能になるのだから、そりゃ並の魔導士の立場くらい容易に崩れ落ちる。

 

 だがそうでない魔導士ももちろんいる。並外れた魔力を持ち、それを発揮できる魔導士は、さすがに魔導士とデバイスありきのものだろう。高町やテスタロッサはまさにこのパターンだ。他にも複雑な処理を含む魔法を使うのもデバイスありきだ。大規模封印魔法とかがそれだな。

 だからこそ、今回の件で立場が悪くなった魔導士というのは「凡庸な才能しか持たなかった魔導士」だ。技術や努力以外の、天性の才能で勝ち上がった者なら、今回のギアウェポン採用でもまったく立場は揺るがなかったはずだ。

 そして、そうした「才能のない凡庸な魔導士」や「魔力のない平凡な人間」にこそ、今回のギアウェポンは輝くはずだ。だってあれ魔力いらないし。魔法を使う感覚があるならむしろ「凡庸な魔導士」の方が優秀な使い手になるはずだ。なのにそれを僻むというのは、もはや皮肉というか笑い話だ。

 

「ギアウェポンは「手間」こそ増えるが魔法は行使可能だし、何より魔力を持たない人間にも「感覚」を掴むための修練を積めば魔法を行使できるようになる「質量兵器」と「魔法兵器」の中間だ。本当なら立場が悪くなるどころか、こっちの方が並の専用デバイスよりも汎用性が上がるはずなんだがな」

『そうですよねぇ……自分で選択肢を狭めているだけのような……。あっ、そろそろ休憩時間終わりなので、また時間が空いた時に連絡します。ラボのみんなにもこっちは元気でやってるよって伝えておいてください』

「おう。じゃあまたな」

 

 そう言って、ル・ルシエとの通信が切れた。

 アリサとすずかの雷が落ちたことで、しばらくは業務に戻れないが、管理局への潜入任務に赴いているル・ルシエはそんなこと知るはずもないし、こうして定期報告が来るのだから、この業務だけは目を瞑ってもらっている。しかしその通信も終え、いよいよもってやることがなくなってしまった。

 休めと言われたのだから部屋で寝ていればいいのかもしれないが、俺はそもそも普段の睡眠時間が短いので今からベッドに入ったところで暇を持て余してももぞもぞするか、あるいは携帯端末でSNSをすることになるだろう。

 そんな無駄な時間の使い方をするくらいなら、仕事はしないにしても時間を持て余している奴を適当に捕まえて雑談でも興じていたほうがよっぽど健全で有意義だ。

 

 ――というわけで、やってきたのは警備部。さすがにいつもみたいに訓練に飛び入り参加なんてしたら今度こそ手枷足枷つけられてすずかの部屋で監禁されるかもしれないので、大人しく警備部の休憩所へと直行する。

 どうやら今休んでいるのは数人の警備員だけのようで、ナンバーズたちは全員まだ訓練らしい。いつものように引き戸タイプのドアを開いて中に入ると、その中にいた全員の悲鳴が上がった。

 

「げぇっ、ソーマ所長!? 体調不良でしばらく休みって聞いてたけど嘘だったんスか!?」

「ちくしょう、ぬか喜びさせやがって! 救いはないのか!」

「救いなんてない! 鬼の居ぬ間なんて無かった! ちきしょうこの世は地獄だぜ!」

「お前ら俺のことなんだと思ってんだ」

「鬼!」

「悪魔!」

「バカ野郎! そんなこと言ったら鬼と悪魔に失礼だろ!」

 

 ひでぇ言われようで草も生えない。こいつらには復帰したら必ず地獄の特訓(3セット)をつけてやろうと心に決め、まぁまぁ落ち着け、とひとまず宥めてみせた。

 というか俺の特訓は別に無暗にキツい練習なんてさせてないだろ。必要な力と技術を身に着けるために最速・最短かつ最も効率的な手段をとってるだけで。実際それのおかげで身に着いた技術がいくつあると思ってんだ、ちったぁ敬え。

 いやまぁそう言ってすぐに敬うような奴ならこんな恨み言なんて最初から言わないだろうし、そういう反骨精神あふれる若手をガンガン叩いて伸ばすのがめちゃくちゃ楽しいから全然いいんだけど。雨と鞭って大事だよな。誤字にあらず。

 

「お前こないだ教えてやった棒術はどうなったよ。ちゃんと基本の型は身に着いたか? 相手や仲間の得物に合わせた技の連携とかもきちんと意識して型を覚えたか?」

「うっ……。いや、それが基本はちゃんと覚えたんですけど、うまく技と技を繋げないんですよね。棒術って基本は相手が徒手の場合と同じ棒を持ってる場合の二つしか想定してないじゃないですか。だから刃物とか射撃武器を持つ相手にどう立ち回ればいいか……」

「確かに刃物は必ず棒で受けなきゃならないし、射撃武器は間合いの詰め方や防ぎ方をしっかり学んでないと一方的にやられるからな。じゃあ今度それ叩き込んでやるから俺の体調が快復したら付きっ切りで訓練してやるよ」

「ありがとうござ――は? えっ、付きっ切りって、まさかタイマンですか!? 嘘でしょ!? 嘘ですよね! 嘘って言ってください!! い、嫌だああああ! まだ死にたくない! 死にたくない! お前ら俺を助けろ!! おかーさぁぁぁん!!」

「可哀想に」

「惜しい奴を亡くした」

「あいつは良い奴だったよ……」

「薄情者どもおおおおぉぉぉぉぉっ!」

 

 だからお前らは俺のことをなんだと思ってるんだ。何度も言うが俺の訓練はめちゃくちゃ効率的で身に着ければ絶対に役に立つことしか教えてないからな。チンクから「お前の訓練は効率的すぎて人の心がない」とか言われたけど。むしろ人の心がある訓練とは?

 いやわかるよ、手加減しろって言いたいんだろうなってことは。キツすぎて死ぬような訓練じゃ「生きて役に立つ」ための訓練として本末転倒だし、だからこそ俺も毎回ちゃんと死なないように「ギリ生かさず殺さず」程度までしか追い込まないじゃん。そこらへんちゃんと評価してくれねぇかな。

 それに訓練をこなした後はしっかりマッサージもしてやってるだろ。時間ない時のためにチンクたちにも同じマッサージができるように教えてあるから訓練後はあいつらにもマッサージしてもらってるはずだし。

 あと得意な得物はみんな違うからちゃんと一人一人に合わせたメニューを組みつつ全員で出来るメニューは必ずみんな同じ水準になるまで徹底的に追い込んでるおかげでお前ら全員ほとんど実力に差とか無いだろ。得物の性質の違いで優劣は出来るだろうけど。

 とにかく無駄なメニューは一切組んでないし、お前らが全員揃って出来るようになるまで連帯責任でみんな一緒に死にかけてるだろ! だから贔屓もなく効率的に高水準をキープさせてる俺に一言くらい感謝の言葉をくれてもいいんだぞ?

 

「なぁに、別に死にゃしねぇだろ。ただまぁ生きた心地もしないだろうけど」

「もうダメだぁ……おしまいだぁ……!」

「さすがに可哀想だし少しくらいご慈悲をくれてやっても――」

「人数が増えたら俺もそこまでやる体力がなくなるかもしれんなぁ。お前も参加するか?」

「――頑張れよ! 俺も遠巻きに応援してるからな! 斧使っててよかったヒャッホーイ!」

「手のひら黄金回転してんじゃねーか! ソーマ所長! こいつ斧の至近距離戦闘が苦手です! 一緒に訓練つけてやってください!」

 

 返事は笑顔で一言。

 

「任せろ」

「うわあああああああ! 俺の人生はここまでなのかよォーッ!」

「ざまあああああああ! よぉーく見せるんだッ! 希望が尽きて地獄の訓練を味わう顔をッ! 「絶望」を俺の方に向けながら……落ちていけえええええッ!」

 

 オメーさては地球の超有名漫画みただろ。



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クアットロの不調と、奏曲の報復

「クアットロの様子がおかしい?」

「ああ、君が体調を崩してしばらくかな。普段ならしないようなミスが続いてね。冗談交じりに君を心配しているのかと問いてみても、いつものように「それはないです」とだけ返してくるしで、判断に困っているところなんだ」

 

 あいつ別にツンデレとかでもなんでもなくストレートな意味で俺に対抗心燃やしてるからな。いい加減シルバーケープ見破られたくらいで突っかかってくるのやめてほしいんだが、まぁあれがあいつの個性に繋がってるなら無理に止めることもないか。

 いくらシルバーケープで姿を消しても魔力の流れを阻害しているポイントとか、あるいは魔力の匂いとかでバレバレなんだが……いや、言えばもしかするとそれすらもステルスする装備を開発するかもしれんし、今度話してみるか。

 まぁそれはともかくとして、クアットロの不調の原因となると、心当たりは全くと言っていいほど無い。俺と違って、あいつは研究のクォリティを一定に保つために必要なことならなんでも取り入れる貪欲な性格をしているからな。

 食事や睡眠はもちろん、体を洗浄する意味とは別にストレス解消のために入浴までするし、趣味で少女漫画や恋愛小説を読んでいるくらいだ。俺なんかよりよっぽど健全な人間っぽい生活をしている。

 

「クアットロも女なんだから色恋沙汰じゃないのか? 幸い、同業の異性もいる職場だし、そういう話があっても不思議じゃないと思うが。あいつ現実はどうか知らないけどフィクションなら恋愛モノ好きだし」

「恋愛か……。造物主としては、プログラム上ありえない心の誕生に喜ぶべきなのだろうが、彼女たちの父としては、複雑なところだな」

「まぁ実際のところがどうかは知らんが、これから先こういうことはたくさんあるぞ。なんたって12人も娘がいるんだからな。今のうちに12通りの絶望を乗り越える術でも模索しとけ」

「ふむ……だがひとまず声だけでもかけてみてくれないか。色恋にしても、そうでないにしても、まずはクアットロ自身の口から話を聞かなければどう心配すべきかもわからないからね。もし杞憂だとすればそれに越したことはない」

 

 確かに、それはジェイルの言う通りか。いくらナンバーズにも心があるとはいっても、その心の育み方というものは、さすがに人間ほど慣れてはいない。

 人間は誕生と同時に心を宿し、長い歳月をかけて体と心を育むが、ナンバーズは生まれた時から既に成熟した肉体と精神を持ちながら、心はまだ真っ新な状態だ。怒りと憎しみ、親愛と恋愛、勘違いしやすい感情というものはいくらでもある。

 そうした感情の判断というものは、知識だけでなく心の成熟がどうしても必要だ。だからこそ、今回のクアットロの不調が心の問題でないことを祈る。なぜなら心が絡んだ問題というものは総じてめんどくさいからだ。

 

「……わかったよ。ひとまず話を聞くだけ聞いてくる。けど期待するなよ、あいつ基本的に俺のこと嫌いだからな。弱みを見せるとは思えん」

「それでも、誰かが声をかけなければ彼女は弱みを見せようとしないだろう。仮に君がダメだったとしても、気にかけられているという自覚が芽生えれば他の誰かに頼るかもしれない。そのためにも、ダメ元でいいから声をかけてほしい」

 

 ナンバーズのフィジカルやメンタルがどうなろうと知ったことではないが、ジェイルの頼みというのなら、さほど頭ごなしに断る理由もない。部屋を出て研究棟へと向かっていると、後ろから三人分の足音が近づいてくる。

 誰かと思って立ち止まり、振り返ってみると、アリサとすずかの二人が、ドゥーエに護衛されながらこちらに向かってきていた。まぁ今は特に用事もないだろうと思い、前へ向き直り歩き出そうとすると、すずかから声が掛かった。

 

「奏曲くん」

「ん? 何か用事か?」

「用というほどじゃないけど、体の調子はどうかなって」

「万全ではないけど寝たきりになるほどでもないな。むしろ軽く動いた方がいいくらいだから、今から研究棟の奴と話でもしてこようかと思って」

 

 ジェイルに頼まれてクアットロの相談に乗る、というのは隠しながら、俺はすずかの問いかけに答えた。

 というのも、この二人はナンバーズとは仲がいいものの、ジェイルのことはあまり好きではないらしい。別に極度に嫌っているわけでもないし、屋敷で食事をとる時は会話もするが、積極的に話しに行きたいわけではない程度に遠ざけているようだ。

 まぁ俺を誘拐し、アリサとすずかを人質に取ったのは、間接的にジェイルのせいというのもあって、仕方のないところではあるんだが、ジェイル自身は「嫌われても仕方がない」と言いつつ、できれば仲良くしていきたいらしい。

 実際、もうあいつアリサとすずかを人質に取らなくても俺の事をどうこうしようとか考えてないだろ。元々はドゥーエの護衛も脱走を封じるための「監視」という意味を含んでいたが、今じゃただの雑談仲間だぞあいつら。

 

「研究棟……っていうと、クアットロさんの調子が最近あんまりよくないことと関係あるのかな?」

「……正直言うと、そんなところだ。というか、そんなにあからさまなのか?」

「うーん……少なくとも同じ部署の人たちの大半は気づいてると思うよ。たまたま研究棟に行って業務連絡しただけのわたしでも違和感に気づいたくらいだし」

 

 普段は部署の異なるすずかでも気付くほど、というのは、普通なら異常性の度合いの指標になるのかもしれないが、そもそもすずかが割とそうしたメンタルの機微に敏感であるせいで、明確な基準とはなりにくい。

 まぁそれはすずかに限らず、俺とアリサでも同じことが言えるのかもしれないが、とはいえ「あの」隠す・誤魔化す・騙すことにおいてはナンバーズでも屈指のめんどくささを誇るクアットロが、すずかだけでなく同チームの面々やジェイルにまで悟られるとなると、さすがに放っておくのは拙い気がする。

 別に個人としてならどんだけポンコツになってもらっても構わないが、これから先、管理局を一泡吹かせるための計画を進行する上で、ナンバーズ全員にそれぞれの役目がある以上、一人でもポンコツ化されるとその計画に支障が出るので、少なくともその役割を果たせる程度には回復してもらいたい。

 まぁ言い方を悪くするなら、計画の駒としてやることやってからポンコツ化しろってことだ。

 

「ねぇすずか、その話なんだけど、クアットロさんの不調っていつ頃からなの?」

「わたしが実際に見たのは先週だよ。他の子から聞いた話でも、だいたいそのくらいからだって」

「先週……。ねぇ奏曲、あたし経理と同時に人事もやってるんだけど、心当たりが無くもないのよね」

 

 そう言って、アリサは先々週からクアットロと同じチームに入った研究員のことを、そいつの履歴書のデータと一緒に教えてくれた。見た感じデータが改竄されている様子は特にないし、企業スパイというわけでもなさそうだ。いやそもそもここ個人研究所なんだけど。

 となると、いよいよクアットロと該当研究員の個人的な関係が怪しくなってくるんだが、これが恋愛とかなら勝手にやってろって感じだが、もしもセクハラ・モラハラなどが絡んだ問題なら、さすがに所長としての立場上放っておくわけにもいかない。

 最悪クアットロがどうなろうと知ったことではないが、それが悪化した結果、相手が助長して他の研究員たちのモチベーションの低下などに繋がる可能性もあるし、それが部署を超えてアリサやすずかにまで影響を及ぼすのなら、俺の殺意がクライマックスとなる。

 

「さんくーアリサ。じゃあ早速クアットロのとこ行ってくるわ。ドゥーエ、二人をよろしく頼むぞ」

「ライアーズマスクで顔変えてるのによく私だってわかったわね」

「この二人が護衛(おまえ)なしで屋敷出るわけないだろ」

 

 こいつもしかして自分がアリサとすずかの護衛だってこと忘れてないか?

 ひょっとするとマジでただの友達感覚でいるんじゃないだろうか。……ありえるな。

 

 ともかく三人と別れて研究棟に向かうと、ちょうど担当の研究室から出てくるクアットロが視界に入ってきた。俯く視線は、確かに普段の自信に満ちたあいつのものとはかけ離れていて、すずかの言う通り一発で違和感を感じるような状態だった。

 

「クアットロ」

「ソーマちゃん……。何か用かしら? 今はあんまり構ってあげられる暇はないんだけどぉ?」

「寝ろ」

「え?」

「目の下のクマ、化粧で消してるだろうけど視点が定まってない。明らかに寝不足のサインだ。その様子だと寝てる時のストレスが原因だな。そのせいで寝ること自体に嫌気が差してる。眠いのに寝たくない、の負の連鎖が出来上がって慢性的な寝不足になってるパターンだ」

 

 原因は悪夢か、それとも外的な要因による負荷によるものか。どちらにせよ、寝ている間になんらかのストレスが掛かって寝ることを恐れているんだろう。

 これならジェイルの言う通り「普段ならしないようなミス」っていうのが続いても不思議じゃない。むしろ納得の状況だ。

 

「悪夢が原因なら俺がなんとかしてやろう。あるいは他に原因があるのなら俺がそれを探ってやろう。だからとりあえず今すぐにでも寝ろ。今の時間なら仮眠室も空いてるだろ」

「あ……あらぁ? 寝ている私に何をするつもりなのかしらぁ?」

「俺がアリサよりお前に興奮すると本気で思ってるんなら割とマジで精神科の病院に連れて行くが?」

「……ソーマちゃんに頼るのは癪だけど、働かない頭じゃ軽口も碌に出てこないわね。なら、今日のところは私の弱みを見せてあげるわぁ」

 

 なんでこいつこんなヘロヘロの状態で上から目線なんだ。そういう口の利き方は俺より健康になってから言え。いや俺も病欠中だから完全に棚上げ発言だが。

 とりあえず足元の覚束ないクアットロに肩を貸しながら仮眠室のベッドに寝かせると、五分と待たずして夢の世界へと入っていった。さて、仮眠しろとはいったが、寝る直前に飲ませた水には適量の睡眠薬が入っているので、たぶん夜までぐっすりだろう。

 もしも悪夢で魘されているだけなら、魔力を通じてクアットロの夢に干渉(アクセス)し、そのまま解決を図ることもできるが、はてさて……。

 

「……おや、所長がこんなところにいらっしゃるとは珍しい」

「こいつが最近あまり眠れてないみたいでな。お前は?」

「僕もこれから仮眠ですよ。作業が難航していましてね、みんな一時間ほど休憩を入れているところです」

 

 クアットロが眠ってしばらくすると、仮眠室に一人の研究員が入ってきた。さっきアリサからもらった履歴書のデータに書かれていた「エイト・ダーシー」という男だ。

 俺よりも背丈は高いのだろうが、猫背にしているせいでさほど視線の高さに差は感じない。やや生気のない目というのは、こいつに限ったことじゃなく、作業に行き詰った研究員にはよくあることなので、特に気にするほどのことではないが。

 

「ダーシー、だったか? クアットロとは同じ研究チームだったな。最近のこいつの不調には気づいてたか?」

「はい。僕がチームに入ってすぐ、研究だけでなくラボでのあれこれをサポートしてくださっていたのはクアットロさんですから。彼女のことは、チームの誰もが慕っています。もちろん僕自身も。何度かクアットロさんからお話を窺おうと声をかけはしましたが――」

「なるほど。それが狙いか」

「――はい?」

 

 椅子に腰かけたまま、無色透明の魔力の触手をダーシーの白衣の内側に伸ばし、「それ」を引き抜く。

 

「いまどき珍しいポラロイドカメラと……なんだこれ? ヒモかと思ったら水着か。こんなもん全裸と何が違うんだ」

「なっ……! ど、どうして……!」

「クアットロの不眠の原因。それは悪夢ではなく睡眠中に体に触れられ体を動かされたことによって眠りの質が下がっていたせいだ。そもそもクアットロがこの時間に眠くなっていたのも、お前の催眠魔法のせいだろう」

 

 というか、催眠魔法は管理局でも一部を除いて使用を禁じている魔法のひとつだ。理由は敢えて言うまでもないだろう。おおまかに言えば、倫理的な問題と、冤罪を生み出す一因にもなるからだ。

 

「理由は敢えて聞かない。クアットロの外見がよかったからか、それとも入ってすぐクアットロに世話を焼かれてクラっときたか。どちらにせよ違法魔法の使用とクアットロへの性的なハラスメントでお前はお縄だ」

「それは……お前の口がまだ開けばの話だろう! こうなったらここでお前を――ッ!?」

「俺をどうするって? 手も足も動かないのに?」

「な、なんで……!? バインドなんてどこにも……!」

「バインドじゃない。無色透明の魔力の触手だ。縛られている今もなお見えないだろ。俺は魔法こそあまり使えないが、魔力を使うのは得意でね。このままお前の手足をへし折るのも、不可能じゃない」

 

 ダーシーの手足を縛る触手にグッと力が入り、こいつの口から苦悶の声が漏れる。さすがに殺しはしない。俺にとってクアットロは「ジェイルの娘」程度の間柄だし、それ以上の思い入れは特にない。単なる計画の駒だからな。

 とはいえ、さすがにただの駒とはいっても「仲間の駒」を仲間でもない奴にいいようにされるのは、さすがに心持ちのいいものではない。高町を呼び出してこいつを引き取ってもらう前に、やっておきたいこともある。

 

「好きでもない異性に体をまさぐられ、自分の与り知らぬところで肌を見られたクアットロの屈辱……お前にも教えてやりたいところだが、お前に同じことしても喜ぶだけだろう。だから、お前には異性でなく同性に同じことをしてもらおう」

「え……?」

「世の中には性に奔放な次元世界というものもある。もちろん異性愛を禁じて同性愛で子を為す世界もな」

 

 基本的にそういう世界って管理外世界だったりするんだけど、一部のそういった世界では他の次元世界を認識してて、自分たちがマイノリティな性感覚だってことを自覚してるから、俺たちが資源収集のために次元渡航した時はなんともなかったんだよな。

 まぁマイノリティだってことを自覚してても、そもそも同性生殖を基本としてるからアレな目で見られたりはしたけど、常識があっただけよかった。ただ、そういった半面で「そっちの店」はかなり繁盛してたみたいだが。

 

「お前にはその世界の性風俗に沈んでもらう。よかったな、ここをクビになってすぐ新しい働き口が決まったぞ。背筋は悪いが背が高くて細身だからその世界だと大いに好まれるだろうな。モテモテだな、おめでとう」

「う、嘘だ……嘘ですよね……? 待っ、待ってくれ! ほんの出来心だったんだ! 僕はただクアットロさんの綺麗な姿をカメラに収めたくて――」

「そのクアットロから一番綺麗な笑顔を奪ったのは誰だ」

 

 ひっ、という悲鳴と同時に、足元に空いた大きな穴がダーシーを呑み込み、異なる次元世界へと飛ばしていった。

 一応、一週間後には再びこっちの世界に召喚し、催眠魔法で記憶を弄ってから管理局に引き渡すが、その頃には記憶なんて弄らなくても声すら出まいよ。

 催眠魔法は違法なんじゃないのかって? 違法に決まってんだろ。だからといってやらないとは言ってない。バレなきゃいいんだよバレなきゃ。ダーシーがダメなのは俺にバレたからだ。

 

「お前には笑顔どころか寝顔すらもったいねーよ」

 

 安らかな表情で眠るクアットロをベッドに残し、俺は仮眠室を出ていった。



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魔力の匂いと、ジェイルの悪戯

「魔力の匂いぃ?」

「そう。お前のシルバーケープが俺を騙しきれない最大の理由がそれだ。お前の肉体および魔力回路から滲み出る魔力がシルバーケープで覆い隠せてない。そうだな……最大で8メートル先くらいなら匂いで居場所がわかるぞ。試してみるか?」

 

 俺がそう言うと、クアットロはまるで訝しむようにシルバーケープを纏い、その姿を消した。そして少しずつ遠ざかる匂いを追って2、3メートルほど歩いてみると、驚きを隠しきれないままのクアットロが再び姿を見せた。

 

「本当に、魔力に匂いがあるってこと? 何か、魔法的要因によるアクセス手段があったわけではなく?」

「魔法によるアクセスなら、他でもないお前自身が誰よりも早く気付けるだろ。俺がお前に何かしてるわけじゃなく、お前が俺にサインを出してると考えた方が現実的じゃないのか?」

「……じゃあ仮にその「匂い」が本当だと仮定して、それは全てのものに共通するということ? 匂いの種類もぉ?」

「いいや? 魔力を宿すものなら全てに匂いはするが、匂いの強さは魔力総量(ポテンシャル)によるし、種類に至っては魔力光と同じく千差万別。魔力光が似てる奴は匂いの種類もだいたい似てるな」」

 

 クアットロの魔力の匂いは割と独特だな。例えられそうなものといえば……めちゃくちゃ薄いコーヒーみたいな匂いだ。挽きたてのような香ばしさはまったくない。水8:コーヒー2で割ったような感じだ。

 ただまぁ、匂いの種類はともかくとして、淀みのようなものがまったくないのはいいことだ。メンタルが沈んでいたり、あるいは精神的に辛い状態が続いていたりすると、魔力の循環が著しく遅延して淀みのようなものができる。そうなると、この匂いは一気に「臭く」なる。

 精神的負担があると魔力の循環が遅くなるというのは、匂い云々を抜きにしても経験した者は多いだろう。普段ならできた魔法が、精神的な動揺や不安によって発動不可能になったり、あるいはデバイスがその「無理」を肩代わりしたりするアレだ。ああいう時の匂いはマジでキツい。できれば一生嗅ぎたくない。

 

「匂い、ね……。それはあなただから観測できるものなのかしらぁ? それともロストロギアのプログラムってみんなそうなのぉ?」

「どっちもノー、かな。俺以外にも観測できるロストロギアは存在するはずだと思う。実際、古代ベルカ時代にはそういう奴と戦ったこともある。むしろ先に匂いを戦術に組み込んでたのはそいつだ。マジで死ぬかと思った」

「……なるほど。なら確かに対策をする必要がまったくないわけではないわねぇ。今の平和ボケしたミッドチルダで、そんな奴がいるとはそうそう思えないけれど……」

 

 それは確かにそうかもしれないが、準備や警戒にしすぎるということはない。それに……管理局には俺の知る限り一人だけ、魔力の匂いを感知できる奴がいるしな……。

 

 

 

 

「っくちん!」

「あれ? フェイトちゃん風邪?」

「かなぁ……。あとはやて、気配を殺して近付いてこないで。「匂い」でバレバレだよ」

「また見つかったぁ! わたしそんな臭うやろか……?」

 

 

 

 

 あいつ、魔力操作の方はあんまり上手くなかったけど、魔力感知の方は磨けば磨いただけ鋭くなっていったからな。匂いに限らず、大気中の魔力の流れや、相手の魔法がどんな循環の元で構築されているのかまで、俺の教えられる全てを注ぎ込んだ。

 いや……注ぎ込んだことよりも、注ぎ込まれるだけの器が、魔力を「感じる」ための土台が、あいつには出来ていた。元々あいつ自身が高機動型かつ接近戦を得意とすることもあって、この「感知する」技術はかなり相性がよかった。

 昔は高町とどっこいどっこい、あるいは少しテスタロッサが上だったが、あのまま魔力感知の往復練習をサボっていないなら、今頃は高町じゃ手も足も出ないだろう。なにせ、高機動型にとって天敵ともいえる設置型バインドがどこにどれだけ在るのか、あいつにはバレバレだしな。

 

「匂い……通常なら空気中の化学物質を感知することで嗅覚を刺激するものだけれど、それに則るとするなら魔力に含まれる「何か」が嗅覚を刺激するってこと? だとしたらそれは何?」

「ヒントをやろうか?」

「ヒント……?」

 

 まるで胡散臭いものを見るような目でこちらを睨むクアットロ。たぶんマジで苛立ちを含んで睨んでるんだろうが、こいつ小柄な上に喋り方がクソガキのそれだから全然怖くないんだよな。

 

「デバイスの殺傷モードと非殺傷モードってあるだろ? あれは魔力に含まれる質量を調整して、相手に触れた魔力が相手の体を通過するか、あるいはそのまま傷付けるかを調整するものなんだ。つまり、魔力にも当然だが質量が存在するってことだ。質量が存在するなら、それは「物質」と言って差し支えない。ここまで言えばわかるよな?」

「魔力が「物質」なら、それを形成している元素が存在するはずよねぇ。なら魔力の匂いっていうのはその元素によるもの?」

「そういうことになるな。この魔力の元素を、地球のフィクション用語では「魔素」なんて言ったりもする。まぁミッドチルダにはない概念かもしれないが、それにあたる正式な用語がこの世界に存在しない以上、便宜上そう呼ぶしかない。今回はあんまり深く考えず、「匂い」の原因だってことだけ覚えとけばいい」

 

 テスタロッサがこの匂いを感じとれたように、ある程度の適正は必要だろうが、おそらく訓練次第では匂いの感知そのものはそう難しいことではないように思える。

 確かにテスタロッサが優秀な魔導士であったことは、俺自身も認めるところだが、だからといって修行前の時点では魔力の感知に関するセンスそのものは他の魔導士とそうそう変わらなかったはず。

 高機動型や前線指揮を行う魔導士にとって、この魔力の匂いを感知する術が身に着くのなら、魔力を有する相手に対して常にアドバンテージを得た状態で戦闘を維持できるはずだ。

 

「クアットロ。お前がこの「匂い」を防げるシルバーケープを開発し次第、警備部にはそれを嗅ぎとれる訓練をつけようと思う。全ての警備員が身に着くわけではないだろうが、半分はいくだろう。そのつもりでシルバーケープの改良をしておけ」

「あらぁ、いいのかしらぁ? これは現代においてほとんどあなただけが保有する感知技術よぉ? それを――」

「俺は過去にこの技術を他の奴に教え、そいつは管理局員だった。今もそれなりに優秀な局員として活躍している。だったら、こっちがそれに対抗する手段を得るのは当然だろ?」

「……なるほど。あのじゃじゃ馬のエースオブエースか、押しの弱そうな執務官か、あるいはそれこそあなたの愛しの妹君か……そのあたりなら確かに、警戒は必要よねぇ」

 

 ひとまずクアットロにシルバーケープの改良を指示すると、俺は研究室を後にし、所長室へと向かった。

 道中、警備部の奴らから恨み言まじりに声をかけられたり、ノーヴェとセインが絡んできたりしたが、そのまま長居はせず軽く話して真っ直ぐ所長室へ――向かっていた、はずなのだが。

 

「……ここさっき通ったな。どこかで空間が繋がってる。こんなことをラボ内で仕掛けてくる奴――というか、犯人はもう目星がついてるが、あいつ今度は何を作ったんだ?」

 

 目星というか、そもそも科学力という一点において、このJ&Sラボに勝る研究施設はそうそうあるまい。時空管理局の開発チームが作るデバイスでさえ、ウチのデバイスには一歩劣っている。しかもうちはデバイスは試験用にしか作らんから専門ではないにも関わらず、だ。

 ましてや質量兵器やエネルギー開発など、こちらの専門分野においてはもはや足元にすら及ぶまい。文句が言いたきゃ俺の作った小型エネルギー循環炉よりも小さくて循環効率のいい循環炉を作ってみてほしい。机上の理論だけで言ってもあれ以上小さくはならないぞ。循環効率はまぁよくなるかもしれないが、そうするとサイズが大きくなるからな。

 んで、そんな俺や研究・開発チームですらどうしようもない「空間接続」なんてものを、よりにもよってJ&Sラボ内で使用するバカがそう何人もいるわけがない。間違いなくあいつ――ジェイルの仕業だ。

 

「転移魔法ならまだしも、装置による空間接続……。ル・ルシエの召喚魔法を元に再現したなあのバカ。どこから使用しているかわからないが、ラボ内で作って使ってるってことはかなり小さい装置だな。こんな大掛かりな技術をそこまで小型化する頭があるならもっと常識を詰め込められないのか」

 

 周囲から漂う所員の魔力の匂いを辿り、それが途切れている場所を探す。そしてそこがどこに繋がっているかを探し、頭の中の施設内のマップと照合していく。

 軽く1時間半ほど時間をかけて、ようやく頭の中でマップが完成した。すると、1か所だけどことも接続されていない区画があるのがわかる。

 頭の中のマップに従いながら、繋がっている空間と空間を渡りながら、その「空白の区画」に最も近い廊下へと来てみると――。

 

「……区画内に生体反応および魔力反応あり。やはりジェイルか。さて、今度はどんな装置を作ったのか……なァッ!」

 

 高硬度の物質の破壊に適した『激烈破砕』によって壁を殴り壊し、部屋の中へと入ると、そこは無数の機材と廃材が散らばったガラクタの山。そんな中に、俺の身丈よりもわずかに大きい程度の装置が堂々と置かれていて、それに凭れ掛かる形で、ジェイルが眠っていた。

 何度か頬を叩いてみるが、反応がない。心拍と脈拍を確認してみれば、そちらに異常はなかった。眠っている……いや、気絶している? この傍迷惑な装置を作って力尽きたか。まぁジェイルを医務室に運ぶためにも、まずはこの装置の機能をストップしなければ。

 周囲を注意深く見渡すと、ジェイルの手元にコントロールパネルが落ちていた。これでプログラムを設計・制御してたのか。

 

「まぁ非常時のセキュリティには使えるが、まずはみんなにこの迷路みたいなマップを配布してからだな。……って、なんだこのプログラム。鬼かてぇセキュリティに守られてやがる。しかもこの空間接続装置……周囲の魔力を吸い続けて機能を維持してやがる。なるほど、だから一番近くにいたジェイルが魔力枯渇で倒れたのか。アホらし。こんなもんスクラップだ、スクラップ」

 

 はいはい激烈破砕 激烈破砕。ったく、いくら凄い技術でも使い道もなければ安全性まで危うい機械を作るなんて、ジェイルらしくもない。

 何か焦っていたのか? それとも評議会からまた何か急かされてストレスの捌け口がこれに至ったのか? ともあれ、ジェイルの精神状態が心配だ。さっさと医務室に連れて行かないと。

 

「一応、設計データのバックアップはとっておいたが……果たしてこれが役に立つ日は来るのか?」



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ジェイルの後悔と、奏曲の疲労

「あぁ、例のアイツか」

「その通りだよ奏曲君! これでも人を見る目にはそれなりの自信があったつもりだがね、どうやら自分でも気づかない内に耄碌していたらしい。あんな男を自分のラボに招き入れていたなんてね……!」

 

 医務室で目を覚ますと、ジェイルは早々に起き上がると頭を掻きむしりながら騒ぎ始めたので、俺がこいつを宥めながら事情を確かめてみたところ、どうやら先日のクアットロの体をまさぐってカメラにその痴態を収めていた男の所業をついさっきようやく気付いたらしかった。

 厳密に言うと、気付いたというよりは俺が後々のことを考えて証拠の為にと残していたあの時の録音データを興味本位で開いてしまったようで、娘の危機に気づけなかった自分の不甲斐なさと、自らの欲望のために意識のない娘の体を好き勝手したダーシーへの怒りと憎しみを募らせた結果だという。

 その怒りと憎しみをぶつけようにも、あいつの行いは全て俺によって暴かれ、音声データだけでなく例のポラロイドカメラも証拠として確保しており、何より既にあいつはこのミッドチルダにはいないせいで、ジェイルは感情の矛先を向ける場所がなく、今回こんなわけのわからん発明品を作ってしまったのだという。

 あわよくば世界を隔てた空間を繋ぐことができれば、ダーシーのところに殴り込みにいく目論見もあったのかもしれないが、そこまで詳しく聞く必要もないので何も言わなかった。

 

「嗤ってくれたまえよ奏曲君。無限の欲望(アンリミテッド・デザイア)などと呼ばれ、限りのない知識と知恵を手にしておきながら、愛する娘の危機を察することもできなければ、ようやく気付いた時には後の祭りだった。こんな情けない父を、存分に笑ってくれたまえよ」

「あっはっはっはっはっは! ひぃーっ、あひゃひゃひゃひゃひゃ! げほっ、ごほっ、ぷひゃーっ!」

「本当に笑う奴があるかっ!」

 

 めんどくせぇな。笑えっつったのそっちだろうが。

 つーかお前の不甲斐なさは今に始まったことじゃないだろ。お前があんまり研究に没頭するもんだから最近はウーノですら個人的な悩みをこっちに相談するようになってきたんだぞ。

 

「まぁ冗談とお前の不甲斐なさについてはさておき、後の祭りではないだろ。お前が俺にクアットロの寝不足をどうにかしろって言ったから俺はダーシーの所業に気付くことができたし、マジの手遅れにはならなかった。いや、女の肌は好きでもない相手に勝手に触られた時点で手遅れな気もするが」

「君はフォローする気があるのかトドメを刺したいのかどっちなんだい?」

「どっちでもないな。ただ俺の思ったことをそのまま言ってるだけだ。お前に非があったわけじゃないのも事実。だが手遅れ一歩手前までいったのも事実。反省はしろ、でも後悔はするな。後悔する暇があったらクアットロをフォローしてやれ。それが父親ってもんだろ」

 

 自分の行いを省みて次に活かすことのできる「反省」と違って、「後悔」なんてのは結局のところ、自分の不甲斐なさをただ呪うだけで、なんのリターンもない無駄な時間だ。

 そんな風に時間をただただ消費していくだけなら、もっと他に有効的に活かせる方法がある。こいつはそれをあの空間接続装置にぶつけていたみたいだが、あんなポンコツを作ってる時点でジェイルの精神状態がボロクソなのは明らかだ。

 だから今は、ただこうして茶でもシバいてリラックスしながら健全な精神状態に戻すのが、こいつにとってもクアットロにとってもいいはずだ。

 

「とりあえずクアットロに関するフォローはもうお前がどうにかしろ。ここから先、俺は関わらないからな」

「なっ、何故だい奏曲君! 君の方がこういうことは得意じゃないか!」

「いや俺が得意なのは相手を丸め込むことであって、誠意を込めて相手を思い遣るとか何百年かけても無理だからな。あと忘れてるなら言うが、俺はお前の計画の協力者であってナンバーズの保護者じゃない。あいつらの親はお前だけだ。俺はただ計画の駒としてあいつらを利用してるだけに過ぎない」

「ただ計画の駒としか思っていない者に愛しい我が子を預けるほど、私の目が狂っているとでも?」

「さっき自分で耄碌したっつってただろ。俺はそんなに殊勝な精神であいつらに接してねぇよ」

 

 俺がナンバーズのフォローをするのは、計画を進行する上であいつらの信用を買っておいた方が作業がスムーズに進むからだ。

 管理局に媚を売り、最高評議会の懐に入り込み、俺たちの金と装備を管理局に行き渡らせた先に得られる「最高に笑える復讐計画」を実行するためには、ナンバーズだけでなくル・ルシエやジェイルにも働いてもらう必要があり、俺自身もその計画のために動いている。

 もっとも、その「最高に笑える復讐計画」の全容を知っているのは俺とジェイルだけ。もしくは、気付いていそうなのはアリサとウーノあたりだろうか。あの二人は俺とジェイルに最も近い位置にいるから、もしかするとバレているかもしれない。あるいは、アリサ伝手にすずかの耳にも届いているかもしれない。

 だが――だとしても、その計画に異を唱える者はいなかった。無論、肯定されたわけでもないが、俺とジェイルの計画を否定することはなく、むしろそれに対して協力的ですらあった。アリサとすずか辺りは、高町やテスタロッサが管理局で働くことに思うところがあったのかもしれない。

 なんにせよ、俺たちの目論見は今のところ半分以上が上手くいっている。あとは、最高評議会がどのタイミングで俺たちの狙いに気づくか。それだけは目を凝らしておかなければならないだろうな。

 

「とにかく、クアットロはお前がどうにかしろ。俺は本来の作業に戻る。じゃあな」

「そ、奏曲君!」

 

 まだ何か言いかけてたみたいだが、それを聞くことなく医務室を後にした。

 所長室に戻ればまた山のようなデスクワークが……ん? あれ? なんか大事なことを忘れてるような……。

 

「……あっ、俺よく考えたら休職中だったわ」

 

 あっぶね。危うく仕事するとこだった。何が一番危ういかって、うっかり仕事しようものならアリサとすずかが俺のことを軟禁してくることだ。枷されて部屋に鍵かけられるのは監禁じゃないのかって? いや、関節外されたらどうしようもないが、そうでもなければ枷や扉くらい壊せるしな……。

 こないだ関節を外されて焦ってた時も、あれはあれで命の危機とかならさすがに夜天が交替して逃がしてくれるだろうし、そもそもあの時の処置は単に俺がまったく休まないから強制的に寝かせてただけだからな。

 とはいえ、軟禁・監禁はされないに越したことはない。さすがに暇すぎるのも考え物だが……そうだな、アリサとすずかのところにでも行くか。あいつら今日はオフだったろ。さっきドゥーエ連れて廊下歩いてたし。

 

「たぶんいつものとこだろ。夜天、交替するか?」

『……そうだな。お前も「中」に居た方が休まるだろう』

 

 じゃあ任せた、と言って夜天と交替し、俺の意識が夜天の「中」へと入る。

 

 

 

 

「やはりここだったか」

「あら? 夜天じゃない。珍しいわね、あなたが表に出てるの」

 

 夜天が赴いた先は、ラボの食堂の屋外に設置されたテラスだった。そこに居たのはアリサとすずかだけで、同伴しているはずのドゥーエの姿はないが、おそらくは二人を監視できる範囲で見守っているのだろう。

 二人とドゥーエの関係はそれなりに親しいが、やはり親友同士だけで話したい時というのもあり、ドゥーエは時折こうやって二人の視界から外れた場所で見守っていることがある。

 夜天がちら、と視線を向ければ、食堂のキッチンで作業をしながらこっちの様子を見守る女性の姿があり、本来の見た目とはまったく違うが、おそらくあれがドゥーエだろう。

 

「奏曲くんの体調、やっぱり良くないんですか?」

「まぁ、良いとは言えないな。本人に自覚はないが、だいぶガタが来ている。単に睡眠時間が短いだけではない。肉体と精神、どちらの疲労も限界寸前だ。本当なら丸っと一年は私の「中」に居てほしいくらいだが……そういうわけにもいくまい」

 

 えっ、俺の体そんなに調子悪いのか? せいぜいちょっと体が重いってだけだと思ってたが……。

 

「今、私の中のソーマが「せいぜいちょっと体が重いだけだと思ってた」などと言っていたが、何か言いたいことはあるか?」

「ねぇすずか、やっぱあのバカ一回ちゃんと縛り付けて休ませない?」

「ホントは乱暴なことしたくないんだけど、そうでもしないと奏曲君すぐ逃げちゃうもんね……」

「縛り付けるだけだと逃げられるぞ。前回のように関節を外すのが正解だ」

 

 あらー、三人とも俺の弱点をよくわかってらっしゃる……。いやまぁだいたいの奴は両肩両足の関節を外されたら何もできんが。

 しかし、そこまでとなると俺もさすがに我が身を省みずにはいられないな。いくら自分の体だとはいえ、さすがにアリサとすずかに心配をかけっぱなしというのは俺的にも好ましくはない。

 だが仕事は次から次へと迫ってくるし、なんなら今こうしている間にも積まれていってるだろうし……どうしたものか。やっぱりちゃんとした秘書とか用意するべきなんだろうなぁ……。

 

「ソーマ曰く「秘書さえいれば少しはマシになる」らしい」

 

 すぐバラすやんこいつ。



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奏曲の商談と、訝しげなチンク

 夜天によって俺の体力の消耗をアリサとすずかに暴露されて数か月が経過し、J&Sラボもめでたく設立から三周年を迎えたのが昨日のこと。ジェイルやナンバーズだけでなく、ラボの研究員や事務員、警備員もみんな、昨日だけは最低限の業務をしてから三周年祝いの宴会となった。

 俺たち三人は18歳となって、最初にやったことといえば、やはり免許の取得だ。これに関してはアリサが自動車免許を、俺は自動車免許と自動二輪免許を取ったんだが、俺以上にこれに精力的だったのは意外にもすずかだった。

 現時点では自動車免許と自動二輪免許の二つだが、最近では特殊小型船舶免許まで取ろうとしている。俺の予想が間違っていなければ、たぶん乗ること以上に定期的なメンテナンスをしたいんだろう。そして自分の手で弄ったマシンに乗りたいだけだ。

 また、業務上での変化といえば、二か月ほど前から俺の秘書として、ある少年が採用されたことだろうか。名前は確か……エリオ・モンディアル。とある研究施設で発見され、管理局で保護されていたが、本人が戦いを好まない性格であることから、ル・ルシエの提案を聞いたレジアスの口利きでうちのラボに来た、という経緯だ。

 さすがに管理局からの贈り物ということで、俺とジェイルの警戒心はMAXだったが、ル・ルシエの証言もあったし、盗聴器や小型カメラのスキャンには無反応だったし、何よりモンディアル自身がスパイとしてはあまりにも杜撰なレベルで嘘がつけないところを見て、まぁマジで害はないだろうと今のところは高を括っている。

 

「さて……モンディアル、今日の分の仕事は?」

「はい、こちらに一通りまとめてあります。スケジュールは奏曲さんの端末に送っておいたので、適宜確認しておいてください」

「ん、了解。……モンディアル、ここの資料に修正箇所があるが、目は通さなかったのか?」

「ええっ!? ちゃんと確認したはずなのに……! ほ、ほんとだ……。ご、ごめんなさいっ! すぐに修正します!」

「いや、今から準備したんじゃ商談に間に合わない。向こうで俺が口頭で謝罪しておくから、お前は次から気を付けておけ」

 

 放っておけばしばらく謝り続けていそうなモンディアルに付き合っている時間はない。早めに話を切り上げて、まずは一件目の商談へと向かうため、デスクワークをいくつかモンディアルに任せると、護衛にチンクを付けながら、俺は取引先の清掃会社へと向かった。

 今回の商談は、J&Sラボが新開発した清掃作業用の簡易AIを搭載した掃除機の売り込みだ。清掃場所によって段差や砂・埃の量を探知し、適切な強さでゴミを吸い取ることができるという、J&Sラボの「表の顔」を大々的に見せつける商品と言える。

 J&Sラボでは、様々な兵器や新エネルギーの開発・制御を目的とした研究を行っているが、その隠れ蓑として「新型AIの開発および新しくクリーンなエネルギー研究」を掲げており、今回の掃除機は前者を前面に出したコンセプトとなっている。

 もちろん、ただ場所や状況に合わせて強弱をつけるだけの掃除機なら、このミッドチルダにはいくらでもあるが――。

 

 

 

 

「――と、従来の掃除機よりも遥かに強力な吸引力と膨大なバッテリーを誇り、吸引モードから送風モードに切り替えることで狭いところの埃やゴミを噴き出し、送水モードにすることでホースや蛇口なしでも水作業が可能となります。ここまで、何かご質問ありますでしょうか?」

「その、送風モードはまだ強力な送風機として理解はできるんですが、タンクもホースもないのに水が出るというのはどういうことでしょうか? 安全性などの面から、説明いただいてもよろしいですか?」

「はい。まずこの送水モードの水を何が生み出しているか、というところですが、簡単に言ってしまえば「雲」です」

「クモ……? クモって、空に浮かんでいる方の、あの雲ですか?」

 

 いやそら虫の方で水は作れないだろ。……いや、地球の妖怪には酒を造る虫の妖怪とか居たし、あるいはそういう虫が存在する世界もあるのか?

 

「はい。大気中の水分を一気に取り込み、それを急激に圧縮冷却することで水を作り出します。つまり、送水モードというのは簡易的な雨を発生させる機能とも言い換えられます。さすがに規模は極めて小さいものですが、掃除に使う分には困らないかと」

「なお、雨雲を発生させる装置の中では、現在のところ我がJ&Sラボが所有するものがミッド最も小型となっております。こちらは、その装置をさらに小型化させ、「雨」ではなく「送水」レベルへ引き下げたものです」

 

 チンクの補足のおかげもあって、取引先の反応は上々だ。現在、J&Sラボでは新エネルギー開発の一環として、既存エネルギーの効率化と、それらを行う装置のリサイズに注目して研究を行っている。

 特に水というエネルギーはほとんど悪性物質を発生させることなく循環させられる上、取り扱いに関して一定以上の危険性がないことが「安全でクリーンなエネルギー」として非常に有用だということから、俺もその研究には熱を入れて参加している。

 今回の雨雲発生装置についても、エネルギーの循環率を落とさずリサイズする作業ではノリノリで意見を出させてもらった。もちろん他の研究員たちの意見もあって完成した装置ではあるが、俺としても思い入れの深い作業だった。

 

「その装置に関する危険性などは?」

「ほとんどのパーツが耐水性ですので、ショートなどの心配はほとんどありません。多少であれば乱暴に扱っても問題がないよう、外のパーツは軽量かつ頑丈な強化プラスチックと金属を使用しています。重さは業務用の掃除機よりも多少重くなってしまいます。そちらに関しては申し訳ありません」

「いや、ホースもエアーコンプレッサーも内臓した掃除機でそこまでできてこの軽さです、十分すぎるくらいですよ」

「そう言っていただければ幸いです。こちらが商品の取扱説明書です。簡易的なメンテナンスについても記載してありますが、何か問題があれば気軽に我がラボにご連絡ください。また、注意事項を守った上でのご利用で不意の故障などがありましたら、修理費用はいただきません」

 

 そうなったらJ&Sラボですら想定してない問題点があったってことだから間違いなくリコール案件だからな。問題の箇所を把握・修理しつつ注意事項に加筆・修正を加えなきゃならない。そうなったら金とるどころかこっちから謝罪するのが当然だ。

 ……いや、実はこのミッドチルダではあんまり「リコール」っていう概念ないっぽいけど。あれって地球独自の文化なのかな。この世界だと普通に金とられるんだよな。造った側の不手際のくせに。

 だからか知らんが、J&Sラボでは基本的に取引の際にリコールの際にお金が掛からないと説明しておくとめちゃくちゃ有利だ。まぁこの案を出したの俺じゃなくて経理部の実質的なリーダーを務めるアリサだったりするんだけど。

 ミッドの金の流れを調べている時に偶然知ったことらしいが、おかげで取引がだいぶ楽に進むので、あいつには感謝しておかないとな。

 

 その後もうまい具合に話が進み、無事に契約を取り付けると、帰りの車内でチンクが不意に声をかけてきた。

 

「いつもああいう対応をしていれば、他の職員からも一定の好意を向けられるだろうに」

「ヤだね。金が絡まなきゃやってられるかあんなもん。張り付けたような上っ面の笑顔を晒して、媚びるような声も作って、欠片も敬う気がない敬語を使って、心にもない社交辞令を吐き出して、それで金も貰えねーんならやるわけないだろ」

「自分に正直であることは美点だというが、お前の場合はさすがに素直すぎる」

 

 そうは言うが、俺は自分に素直でいるべき時と、自分を偽るべき時っていうのはちゃんと心得てるつもりだ。いや俺が自分を偽るような時分には周りの全員を一人残らず騙してる時だろうが。……別にそんなに珍しいことじゃなさそうなのが笑える。

 他人を騙すのは簡単だ。でも自分を騙すのは簡単じゃない。難しいわけでもないが、自分を騙していることを周囲に悟られないようにするには、それなりに労力を使う。だからこそ、そんな無駄な労力を割かないために、俺は基本的にどうでもいいことには素直でいるつもりだ。

 自分の素直さで他人が迷惑を被るなら、それはもう腹を抱えて笑える程度の性格をしている自覚はあるし、とりあえずアリサとすずかにさえ迷惑が掛からなければ、ジェイルやナンバーズが痛い目を見ても、俺は見て見ぬフリをするだろう。

 そんな「素直さ」を、チンクはなんとなく見通しているのかもしれない。

 

「素直なのはいいことだろ」

「お前でなければな」

「違いねーわ」

 

 俺が俺を騙すとしたら、その時チンクは気づけるのだろうか。



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奏曲の不安と、案の定

 先日の取引から一週間。特にこれといったトラブルというものもなく、平穏な日々を送っていた俺――もとい、俺たちの元に一件のメールが届いた。

 内容についてかいつまんで言えば、ようは「海月がとりあえず話をする気になったから会ってくれ」ということだ。マジか。前回、うちのラボを襲撃してきたのが半年以上前なので、その間ずっと説得してたということだろうか。

 もしそうだとしたら、あいつもしかしてノイローゼになってるんじゃないだろうか。だとすればいい気味だが、仮にその元凶である俺を暗殺するために話し合いに応じたフリをしているという可能性もゼロじゃないしな。はてさてどうしたものか。

 俺のところには透霞からメールが来ていたが、ほぼ同様のメールをアリサとすずかはテスタロッサから送られてきたようだ。おそらくは、透霞の目を盗んでのものだろう。両者のメールの内容を比較すると、テスタロッサはやや警戒を促すような文章だった。

 

 性根の部分で押しに弱く押しが弱いテスタロッサとしては、自分を引っ張っていってくれる透霞や高町と相性はいいのかもしれないが、二人がやや暴走しがちな時は手綱を握れない分、周囲に注意を促して被害を最小限に抑えようとする傾向にある。

 いや、実際は昔「お前はストッパーじゃなくてブレーキだろ」って俺が言ったのを気に病んでのことらしいので、俺としては悪いことしたなと思わなくも――いや思わねーな。むしろ少しは対処しやすくなったんだから感謝すらしてほしいわ。

 まぁともあれ、会えと言われたからには会ってみるのも吝かではない。俺と海月の不仲ぶりは透霞と高町も知らないわけではないだろうし、どの程度の対策をとっているかも気になる。まさかとは思うが何も対策なしで押し掛けてこないだろうな。最悪テスタロッサがなんとかするだろ、たぶん。

 こちらとしては、とりあえずアリサとすずかをラボの警備部全員(ナンバーズ含む)で保護してもらおう。俺の護衛は……クアットロとトーレにでも頼むか。

 

「三人揃って随分と頭を痛めているようだが、どうかしたのか?」

「チンクか。いやなんだ、半年くらい前にうちを襲撃してきた俺の知り合いがいただろ。あいつらがその元凶を連れて俺に会いにくるらしい」

「なるほど。警備部でそいつらを迎撃すればいいのか?」

「ラボとしてはそうしたいところだが、今回は個人的な問題でもあるからな。出向いて和解できるようなら和解、できなかったら迎撃する。そこで、できればクアットロとトーレを借りたい」

「うむ、話を通しておこう」

 

 以前なら小言のひとつふたつはもらったかもしれないが、最近のチンクはあんまり俺に噛みついてこないな。いや特段チンクと仲がよくないというわけじゃないんだが。むしろあいつ俺に対して過保護ですらあったが、そういう気配が最近はないな。楽でいいけど。

 アリサが「心配しなくなったんじゃなくて諦めたんでしょ」とか言ってるが無視だ無視。諦めてもらわなきゃならないような言動はした覚えが――ありすぎてどれが原因なのかさっぱりわからん。マジでどれだ?

 すずかの「それだけ奏曲くんっていう人間を理解してくれたんだよ」というフォローすら、アリサの弁を前提とすると「俺という人間と付き合っていくにはある程度の諦めが必要だということを理解された」みたいなことになるんだが、そのあたりどう考えてるんだろうか。

 

 とにもかくにも、俺に逃げ場はない。あちらには俺がJ&Sラボにいることはバレてしまっているし、下手にスルーしようものなら押し掛けてくる可能性だってゼロじゃない。むしろ多大にあると言って過言じゃないだろう。

 なので少なくとも「行かない」という選択肢は俺にはない。俺の望む望まないにかかわらず、あちらの行動が容易に想像できてしまう以上、消去法で「行く」しかないんだ。だってあいつら押し掛けてきたら今度はさすがに警備部も本気で対応するだろうし、そうなったら今度はラボへの被害が前回のアレを超えちまう。

 いや、前回のは物的損害はそこそこで人的被害は皆無だったんだが、その中にまだ開発中でバックアップもとってないデータを入れていたPCも含まれてたからな……普通にそれらの研究がストップした。あとはアイデアだけ書き溜めてて誰にも話してないデータとかも死んだ。

 

「とりあえず、すずかは警備部と一緒に待機。アリサは裂夜の鎚の本体を持っておいてくれ。召喚機能を使えば俺を即座に呼び出せる」

「えっ」

「えっ?」

「そんな機能あったの?」

「あるけど……言ってなかったっけ?」

 

 言ってなかったわよ! と声を荒げるアリサの様子は、どこか懐かしい感じがする。子供の頃と違い、最近はほとんど精神的にも大人びたせいか声を荒げるなんてことはほとんどないしな。

 こないだ怒られた時も、淡々と俺の非を突き付けて正論で有無を言わさず言いくるめるという、いったい誰に似たんだという感じの言葉選びで俺を諫めてたからな。成長って素晴らしい。でもアリサに怒られるのは俺のメンタルがゴリゴリ削られるから普通に嫌だ。

 どうやら、この機能をもっと前々から知っていれば、俺の危機を救えた場面もあったんじゃないか、ということでのお叱りらしいが……いや、無理では?

 そもそもアリサが『裂夜の鎚』の正式な所有者となったのは、俺が海月によって拉致された事件の解決後で、その後に起きた事件と言えば……あー、クリシスとの一件があったな。いやあの時お前クリシスに連れ去られて透霞と一緒にノびてただろ。

 あとはまぁ……ジェイルと一緒に地球を去ったりJ&Sラボを立ち上げて研究三昧の日々を送ってはいるが、そのあたりは普通に平和だったからな。透霞と高町が押し掛けてきた一件も、俺は無傷だったし。少なくともフィジカル的には。

 

「とにかく! 他にも魔法以外にデフォルトで使えそうな機能はひとつ残らず教えなさい!」

「え、いや別にそんなに大したことはできな――」

「大したことかどうかは持ち主(あたし)が判断するわよ!」

「ウィッス……」

 

 その後、俺と夜天のデータを含む裂夜の鎚のあんな機能やこんな機能を全てまるっと詳らかにされ、そのために20分弱の時間を要していると、ちょうど説明を終えた頃になってクアットロとトーレが車の準備ができたと俺を呼びに来た。

 まぁ本体には現時点での最新のバックアップをとっておいたので、仮に俺が海月に殺されたとしても夜天がアリサのところに戻ってくれば肉体を修復できる。まぁ夜天まで死んだらさすがに転生まったなしなんだが、それについては諦めてもらうしかない。

 前にセインあたりが勘違いしてたんだが、もしも今死んだとして、転生先は今あるどこかの受精卵ってわけじゃなく、何年後、あるいは何百年後の受精卵に転移することもないわけではない。さすがに何百年単位はたまにしかないが、数年のズレくらいならよくあることだ。

 だからそもそもどの世界のどの国のどの家庭に生まれるかわからないし、今回の生がそうだったように親が俺のことを気味悪がってネグレクト、あるいは最悪の場合は殺してしまうこともゼロというわけではないので、アリサたちとの再会はほとんど絶望的と言っていいだろう。

 J&Sラボが今後も長く続いていけばここを目指すこともできるだろうが、それは運よく魔法が一般的な世界で、かつミッドチルダに渡る術がある世界での話だから、確率的にはそう高くはないしな。

 

「じゃあ、行ってくる。すずか、アリサを頼んだぞ」

「うん。アリサちゃんのことは任せて、いってらっしゃい」

「ちゃんと無事に帰ってきなさい。……待ってるわよ」

 

 まるで赤紙が届いた新兵を見送るかのような言い方だが、あっちの言い分がマジなら単に昔の知り合いに会いにいくだけだからな? いや俺も正直あっちが文面通りの対応してくれるなんて微塵も思ってないけど……。

 いや、透霞と高町はまだワンチャン大丈夫かもしれないけど、海月は十中八九は暗殺が目的だろうし。そうでもなきゃこんな廃墟だらけの郊外を指定してこないだろうし。あ、ちなみに護衛の二人はクアットロのシルバーカーテンで姿を隠しつつ向こうの背後をとっておく算段だ。

 テスタロッサの反応だけが気がかりなんだよな……。あいつに指導を乞われて魔力の扱いについて教えてる時、魔力の「匂い」についても教えたことがあるんだが、あいつ魔力の扱いはともかく感知能力は高かったからな。

 まぁ感知ってようするに生体パルスによる情報の伝達が優秀かどうかって話だから、そこをテスタロッサの魔力変換資質である「電気」で補ってるとしたら当然の結果かもしれないけど。

 

「クアットロ。魔力の匂いを誤魔化すシルバーケープは出来たのか?」

「一応。まだ試作段階だけどねぇ?」

「今日会う奴の中に、魔力の匂いを辿れるヤツが一人いる。丁度いいからデータをとっておけ」

「ソーマちゃんのそういう使えるものはなんでも使うとこ、嫌いじゃないわよぉ」

 

 まぁ匂いを辿れるヤツっていないわけじゃないけど貴重だからな。特にデータ採取用じゃなく実戦でその有用性を計れる機会はそう多くないし。

 さすがに俺に危険が及ぶような状況なら俺の護衛を優先してもらうが、実力行使という状況ならクアットロよりもトーレ向きだろうしな。

 

「悪いなトーレ、面倒な任務を任せちまって」

「なに、ソーマには日頃から世話になっているからな。特にドクターのことに関しては」

「お前ら自分の父親に対して不満抱きすぎじゃない? お前に限らずほぼ毎日ナンバーズの誰かしらがジェイルに関する相談持ちかけてくるんだけど」

「妹たちが本当にすまない……」

「一番多いのお前のひとつ上の姉だけど」

「ドゥーエェェェ……!」

 

 まぁそこらへんの話はまた今度な。

 とりあえず現場はもうすぐ……あっ、透霞と高町がなぜかバリアジャケット展開済だ。やっぱり交渉(物理)じゃねーかやだー!



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奏曲の懸念と、透霞の願い

「高町、お前さぁ……前に言わなかったか? ボコってから話を聞かせるのは恐喝と一緒なんだよ。『話し合いをするなら武器を見せるな向けるな向けさせるな、そうなる前に言いくるめろ』って。俺、それなりに真面目にお前に言い聞かせたつもりだったんだけど。なのになんで武装してんの?」

「いや、わかってるし忘れたわけじゃないよ! 今回はほら、水都くんが奏曲くんに危害を加えようとした時にすぐ止められるようにしようってフェイトちゃんが言うから、そのために武装してるだけで!」

「……そのテスタロッサは武装してないみたいだが?」

「いや、まぁ別にバリアジャケットは装着しなくても制止はできるし……」

 

 だよなぁ。実際見た感じ両手は透霞がバインドで拘束してるみたいだし、海月の右腕を透霞とテスタロッサが掴んでるせいで振り払うにしても初動が遅れそうな感じだし、バリアジャケットを展開してデバイスも携えていつでも撃てます、みたいな状況にするのはちょっと……。

 いくら向けるつもりがあるのは水都だとしても、そんな状態で呼び出しくらったら誰でもこっちに向けられると思うじゃん。そうなったらこっちとしても警戒心を持つのも道理じゃん。トーレとクアットロがこっそり四人の背後に回ったけど、これもうこのままこいつら気絶させて帰っちゃダメかな。

 ……いや、テスタロッサがトーレとクアットロのいるであろう場所をチラっと一瞥したし、たぶんあいつには気付かれてるっぽいな。やっぱ完全には魔力の匂いを消せてなかったかー。まぁそのあたりの改造計画については俺も後で目を通すとして……まずはこの状況をどうにかしないとな。

 

「まぁ、今はそれはいいや。んで、海月……メールの内容を見た感じ、俺とお前と透霞の三人で一緒に暮らすのを了承した、みたいな感じだったんだけど、本気か? 俺の顔を見ただけで殺気を丸出しにしてるような奴が? なんかのジョークか? それとも地球じゃエイプリルフールだったのか?」

「本気だと思うか?」

「……ま、そんなことだろうと思ったよ。んで? お前の背後にはS+級の魔導士が杖という名の銃口を突き付けてるわけだが、どうやって俺を仕留めるつもりだ?」

「決まっている。邪魔をする奴ごと、姉さん以外の全員をぶちのめ――」

「――ん、やってよし」

 

 直後、四人の背後に待機していたトーレが海月を組み敷き、海月の両脇に居た冬霞とテスタロッサを俺の魔力の触手が、高町をクアットロのバインドが捕えた。

 ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる透霞と、バインドを解こうと抵抗する高町に対し、テスタロッサはほとんど無抵抗のまま立ち尽くしているのは、やはりトーレとクアットロの存在に気づいていたからこその余裕だろうか。

 あるいは、俺が仕向けたことだからこそ、よほど悪い状況にはならないだろうという予測によるものかもしれない。

 

「この二人……ナンバーズ!?」

「ん? ああ……そうか、そういえば透霞は「こいつら」のことを知ってたな。確か……そうだそうだ、『StrikerS』の記憶、だったか? 安心しろ、こいつらはお前の記憶の中の存在と違って、市民に危害を加えるようなことはしない。こっちに危害を加えようとしない限りな」

「じゃあ……兄さんの居るラボの黒幕は……!」

「ま、そういうことだ。まぁそりゃそうだよな、『J&Sラボ』なんて名前を付けてるくらいだからな」

 

 J&Sラボ。表向き『Judicious&Secret』だとか、『Joke&Synergy』だとか、複数の意味を込めて『J&S』を掲げてはいるが、そもそもの由来は「ジェイル&ソーマ」の略だ。

 だからStrikerSの流れを全て把握している透霞には、ナンバーズの存在から芋づる式に俺のバックにいる人物についても察することができた。

 

「……兄さんは、その人と一緒に何をするつもりなの?」

「さぁね。ただ、少なくともミッドチルダの善良な市民を虐げるような真似はしないよ。……管理局なんかと違ってな」

「管理局に何かするつもりなの?」

「何かするというか、今のところしていることと言えば、スポンサーとして資金提供をしつつラボの発明品を試験運用がてら一部のみ提供しているだけだ。で? 俺は何か悪いことしてるか? むしろ管理局の役に立ってると思うんだが」

 

 外部研究所からの技術提供と聞いて、即座に状況を把握したのは高町だった。まぁお前は俺がレジアスに商品を売り込んでたところを実際に見てたし、あれは教導隊で真っ先に導入されたからわかってなきゃおかしいんだが。

 資金提供については、さすがに誰も把握していないようだ。証拠がないと納得しないかもしれないし、ラボから年間で出資している額と、議長および評議会のサインも見せてやると、全員がその口を噤んだ。

 

「もちろんラボの技術を用いて悪事を企てる局員もいるだろう。しかしそれはデバイスでも同じこと。技術とは力だ。でも力に意思はない。どんな力を持っていようと、それをどう振るうかは力を持つ者の心に委ねられている。それに、どう見ても悪用しやすすぎる技術はラボ内で厳重に管理してるしな」

「じゃあ、なんであんな人と一緒に……!」

「気が合うからだが? 友人と一緒にいるのにそれ以外の理由があるか? さすがにアリサとすずかほどでないにしろ、あいつは割と話の通じる面白い奴だぞ。最近は脱出ゲームにハマったらしくて自分で作っては俺に押し付けてくるしな」

「えっ、マジでただの友人じゃん……。嘘でしょ? えっ、もしかしてわたしたち別の人の話してない? ほんとにあのStrikerSの悪役の話してる?」

「してるぞ。テスタロッサにホームランされた奴の話だぞ」

 

 えっ!? って顔してこっち見るなテスタロッサ。いやまぁ身に覚えのない話をされてびっくりするのはわかるが、ジェイルの名前を出せばお前はともかく高町が絶対に変な誤解をするから俺も透霞も名前を出せないんだ。

 具体的に言うと「ジェイルが後ろにいる」「アリサちゃんとすずかちゃんも一緒」「俺はジェイルと協力関係」→「奏曲くんがアリサちゃんとすずかちゃんを人質にとられて無理やり悪事に加担させられてる!」みたいな感じだ。

 いやまぁ最初はそうなる予定だったんだよな。まぁ悪事云々については俺が真っ先に潰したし、アリサとすずかは自分からついてきたし、ジェイルは今やほとんど俺らを人質と思ってないけど。

 

「まぁそれについては追い追いな。話を本筋に戻すが……海月、やっぱりこうなったな。悪いがお前の思考回路はシンプルでわかりやすいんだ。「透霞の敵は敵」「透霞に近付く異性は敵」「イラっとする奴は敵」こんな感じだろ。だから三つ全部をコンプリートしてる俺を、お前が受け入れるはずがないんだ」

「クソッ! クソックソックソッ! いつもいつも不意打ち・搦め手・口八丁に手八丁! 卑怯な真似でしか俺を見下せないような奴が! 姉さんに相応しいはずがないんだ!」

「勝てば官軍、ってな。卑怯だろうが勝ちゃいいんだよ。ただ、別に俺はお前を見下してるんじゃない。お前が勝手に俺の足元より下にいるだけだ。見下すのも首が疲れるしな。透霞に相応しくないかどうかは、お前じゃなくて透霞が決めることだ。それとも、お前は愛する透霞の意見すら否定するのか? 自分に都合が悪いからってだけで?」

 

 前々から言いたかったことだし、もしかするとこれが最後かもしれないから全部言うか。

 

「お前は透霞の自由を奪ってるだけだ。愛という錆まみれの鎖で縛り付け、透霞の接する相手をお前の勝手な判断基準で選別し、透霞が求めるものを遠ざけている」

「そんなわけが――」

「じゃあなんで、お前は俺を受け入れない? 確かに透霞の傍から離れたのは俺の方だ。だがそれは、俺とお前が一緒にいれば間違いなく毎日のように諍いが起き、透霞に負担をかけると判断したからだ。そして半年前、透霞から「戻ってこい」と言われ、俺はお前がそれを受け入れるなら戻ろうと言った。それが透霞の願いで、透霞の意志で決めた選択だからだ」

 

 

 ――で、お前は?

 ――俺が受け入れられないのは勝手だ。

 ――だが愛する姉の願いと選択までも否定し、自分だけの理想を姉に押し付ける行為が、

 

 ――本当に「愛」なのか?

 

 

「……透霞。お前の願いはなんだ。俺と海月をどうしたい?」

「一緒に暮らしたい。一緒に居られないとしても、せめて家族として認めてほしい。今みたいに、避けたり避けられたりはしたくない……」

「俺が海月に対して溜飲を残しているとすれば、それは夜天の命を脅かしたことだ。だから夜天が許すか、あるいは一発ぶん殴らせてくれるならそれで手打ちにする。一緒に暮らすってのは、今はまだ難しいが、家族として認めるくらいならしてもいい。助けが欲しいなら手も貸そう。だが、それを邪魔しているとすれば……それは海月、お前だけだ」

 

 ゼロからのスタートなんてわけにはいかない。俺たちの互いに対する印象は未だにマイナスだ。正直、ここからプラスにしていく気があるかと問われれば、今のところは「無い」と断言できる。

 だがそれでも、透霞はこの三年間、必死に俺を捜し、俺を求めてくれた。その想いに応えないというのは、かつての兄としても男としても人としてもクズとしか言いようがない。いやまぁ別にクズって言われたらそれはそれで全然かまわないし、むしろ言われ慣れてるまであるんだけど。

 

「……俺が悪者のように言うな」

「いや間違いなくお前が悪者なんだよ。まだ自分の立場わかってないのか。さすがに怒りとか呆れとか通り越して憐憫すら感じるようになってきたんだが」

「……俺はお前を兄とは認めない。お前は姉さんを悪の道に唆し、堕落させる。お前は姉さんにとって邪魔になる」

「悪の道に唆して堕落させるところまでは認めるけど、今まさに透霞の邪魔をしてるのはお前だよ」

 

 もうここまで綺麗にブーメランが突き刺さってるとこ見ると笑えてきた。

 

「……だが、姉さんの願いを否定するというのは俺の望むところではない。癪な上に今すぐにでも這い蹲らせて泥を啜らせてやりたいが、それが姉さんの求めるものなら、お前を家族として認めてやるのも吝かではない」

「めっちゃ吝かそうな顔してるの草」

「奏曲、こういう時くらい茶化さないであげて」

 

 ちら、とトーレとクアットロにアイコンタクトを送ると、透霞とテスタロッサに絡みついていた触手をほどき、高町と海月もその拘束を解かれる。

 ――と同時に、バリアジャケットを解除しながら海月が俺に殴り掛かってきたので、その拳を左手で受け止め、渾身の右をその綺麗な顔面にぶち込んでやった。

 

「……チッ」

「真っ向勝負なら勝てると思ったか?」

「ふん。この程度の一撃を食らうようなら、家族として認める旨を撤回するところだっただけだ。クソ兄貴」

「負け惜しみだけは俺以上だな、水都」



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Final season
二人の計画と、J&Sラボの真の姿


 こんばんは、夏海奏曲です。透霞との仲直りから3年の月日が流れ、俺たちは21歳となりました。年齢を重ねるにつれ、当然だが俺たちの環境もまた随分と様変わりしました。

 まず、俺とアリサの入籍。といっても、お互いにJ&Sラボでの仕事で忙しく、とてもじゃないけど式なんて挙げられないから、お祝いはラボ内で粛々と行われたパーティのみに留まった。そしてそれに伴い、ラボの敷地内には俺とアリサのための住居が建てられた――のだが、すずかの部屋もそこに含まれているのは、もはや敢えて指摘はするまい。

 また、今までは俺が表の所長を務めつつ、その実権を握っていたジェイルだったが、あいつもいよいよ計画が最終段階に移行したことによって、そちらの作業に集中するようになり、俺が名実ともにJ&Sラボの所長を務めることになった。とはいえ、今までも平の所員たちはジェイルが実権を握っていることを知らなかったので、あまり変化はない。

 変化がないといえば、水都との仲もそうだろう。あいつはあの後、地球からミッドチルダに住処を移し、透霞と同居を始めたらしいが、ひとまず俺と顔を合わせたのはあれっきりだ。現状については透霞伝いに聞いている。別に聞きたくもないけど。

 

 透霞はというと、あの後すぐに管理局を辞めた。そもそも俺が透霞を避ける一因となったのが、あいつが管理局の職員だったから、というのも理由のひとつだろう。魔導士としての戦闘能力を見れば特に優秀な局員というわけではなかったが、その朗らかな態度や人柄ゆえに、職場の者たちから随分と惜しまれたということだった。

 驚いたことに、どうやら八神もずいぶんと前からミッドチルダに来ていたようで、今は二人で居酒屋をしているとか。どうやら八神はミッドチルダの有名なレストランで修行していて、去年ついに自分の店を持つことになったらしい。じゃあなんで居酒屋なんだ。いや修行の内容は別に無駄にはなってはいないだろうが。

 おかげで最近はラボの連中と飲みにいく時はもっぱら「吞み処・はやて」に決まってしまった。そういえば再会した時は随分と泣かれたし怒られたなぁ……リィンフォースに。八神? あいつはケロっとしてたよ。ビンタ一発もらったけど、まぁそれは仕方ないだろう。俺、地球じゃ行方不明だし。

 

「モンディアル、この領収書を経理部に持っていけ。届けたらそのまま開発部に行って予算要望書もらってこい。それが終わったら俺のを手伝いながら隙を見て休んでいい」

「はいっ!」

「ル・ルシエはこっちの資料を入力しておけ。お前なら昼までには終わらせられるはずだ。昼からはこっちの山をファイリングして、あとは終わってからまた声をかけろ。時間と作業量を比較して仕事を与えてやる」

「わかりました」

 

 ル・ルシエもまた、管理局でのスパイ活動をおおよそ完了し、職場をJ&Sラボへと変えた。モンディアルと共に、二人で俺の秘書を務めている。

 また、J&Sラボで開発された魔力を用いない新型武装については、最初期の「ギアウェポン」が魔力値の低い「陸」の局員に人気を博したため、主に地上部隊を中心に多く配備されたが、現在はその発展形である「外部魔力充填式デバイス」が正式配備され、ギアウェポンはその役目を終えた。

 外部魔力充填式というのは、簡単に言ってしまえば魔力バッテリー式のデバイスだ。カートリッジシステムを「既に動くデバイスに搭載して使用者の魔力を増強するため」ではなく「使用者の魔力を用いずデバイスを動かすため」に利用したものと言えば想像に容易いだろうか。

 ギアウェポンに採用されていた可変機構も標準装備しており、例の「魔力を吸って硬度を増す樹木」を加工して外装を作っているので、対魔法戦では今まで以上にその役目を果たしてくれるだろう。バッテリーの魔力は吸わないのかって? 吸うぞ。だから遮断用のフィルターを間に挿んでるんだからな。

 

「さて……これで管理局の武装のおよそ2割から3割をJ&Sラボが供給していることになる。管理局のスポンサーたちとも繋がりができたし、現在の管理局に対する出資金額はJ&Sラボがトップだ」

『そのようだね。君が管理局のエースと顔見知りというのも都合がよかった。おかげで向こうはこちらを完全に信用している。僕という裏の人間を抱え込んでいるからこそ、最高評議会もずいぶんと慢心しているらしい』

「計画も最終段階に入った。あとは実行に踏み切るタイミングだ。最高評議会からぶんどった貴重なモルモットも得られたしな』

『聖王の器――ヴィヴィオ君のことか。中途半端な実験で生み出されたせいで随分と幼い個体だったが、フォローが間に合ったおかげで無事に聖王としての体を得られたのは幸いだったね。彼女の協力もあって、並の研究では得難いデータも取れた』

 

 ヴィヴィオ。評議会の息のかかった研究施設によって古代ベルカの聖王の遺伝子から造られた「聖王の器」が彼女の生い立ちだ。

 俺とジェイルはその研究データをもらいに行くだけのつもりだったんだが、たまたま同行していたチンクがその研究内容に激昂してしまい、その研究所を破壊……いやもうあれは「崩壊」が相応しいか。とにかく、その研究所をぶっ潰してヴィヴィオを連れ帰ってきてしまった。

 こればっかりはさすがに俺もジェイルも困り果てた。俺たちの目的としては、別にヴィヴィオの存在は必須ではない。むしろ知識も知恵も未熟な子供は邪魔ですらある。が、チンクに限らずナンバーズたちには俺とジェイルが「まっとうな倫理観」を植え付けた影響で、とにかく「子供が大人の都合で理不尽を被る」というのが嫌いだった。

 特にチンクは6番以降の妹たちに対して「妹に慕われて然るべき姉とは斯くあるべし」という態度をとり、その際限なき愛情を存分に注いでいただけあって、特に幼い子供に対する庇護欲というものが強かった。おかげで評議会には下げたくもない頭を下げることになったが、こちらで研究の引継ぎを行えばよし、ということで落ち着いた。

 そのため、ヴィヴィオの合意の下、聖王の研究は続行された。そしてそれと同時に、一般教養や情操教育についてもナンバーズの時より注意深く行った。最初から大人の姿のナンバーズと違い、当時のヴィヴィオはまだ子供の姿だったので、見た目相応の知識と倫理観を与えることに苦労した。まぁ一年くらい「調整」を重ねてたら十代後半くらいの見た目になったけど。

 

「とはいえ、さすがにヴィヴィオを俺たちの研究に巻き込むのは気分ワリィし、世話をナンバーズたちに任せたのは正解だったな」

『まぁ、彼女たちにも仕事はあるけれど、一人か二人くらいは常についていられるからね。特にオットーとディードが積極的だったのは意外だったよ』

「最初は表情が硬いせいでギャン泣きされてたけどな」

『あれもまたヴィヴィオ君がもたらしてくれた得難い体験というものだろうね』

 

 透霞から聞いた話によると、ヴィヴィオは本来なら高町が引き取って世話をしていたらしいが、それを知った時には時すでに遅しというか、もうヴィヴィオ大人の姿なんだよな……。そもそも子供の姿だったのは肉体の調整が不完全だったせいだから、万全な状態に持っていけばそりゃ大人になるんだけど。

 さすがに今から高町に押し付けるのは、高町はともかくとしてヴィヴィオが困惑してしまうだろう。あいつラボの奴らを家族だと思ってるし、家族が自分を他人に押し付けるだなんて想像もしてないはずだ。俺はいいとしても、他のラボのほぼ全員はヴィヴィオのことを末っ子として可愛がってるから、そんなことしたら俺の立場と命が危うい。

 

『ともあれ、時は満ちた。これより72時間後、J&Sラボはその名を改め――『巨大時空間航行船Jaywalker of Space号』として地上を離れる。本日の業務を終え次第、全所員に通達したまえ。各々の意志で乗船・下船を判断せよ、とね』

「さぁて……こんなバカげた計画にノってくる本物のバカは何人いるだろうかね……」

 

 まぁ、うちのラボの奴らはどいつもこいつもバカばっかだが。



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JSクルーズと、魔導士兄妹がゆく

『ミッドチルダ全土の人類に告ぐ。これより48時間後、我々J&Sラボは自らの名を『JSクルーズ』へと改め、巨大時空間航行船『Jaywalker of Space号』と共にこのミッドチルダを離れる。それに伴い、時空管理局への出資および装備供給・装備メンテナンスを停止するものとする』

 

 公共の電波をジャックして発表されたJ&Sラボの時空間逃避行は、ミッドチルダ全土を――そして時空管理局に激震を与えた。ミッド上空に浮かび上がるひとつの巨大な「島」のようにも見えるこの巨大航行船は、未だなんのアクションも起こすことなく浮遊している。

 現在、J&Sラボが保有する時空管理局への出資割合は全体の20%~30%を占めており、魔力を持たない局員を中心にデバイスに代わって多用される「ギアウェポン」は、現在の時空管理局の装備割合の3割を超える。管理局はすぐさま対策本部を立ち上げたが、芳しい報告が上がることはない。

 俺たちがJSクルーズ所有する『Jaywalker of Space号』がロストロギアを用いた技術あるいは攻撃的な装備を持つ質量兵器であったなら向こうも取り締まることもできただろうが、これに用いられているのはJ&Sラボの持つ科学技術ばかりであり、おそらくは時空管理局の技術の粋を集めて行われたスキャニングでも攻撃装備は確認できないだろう。

 それを知って、何人かの血気盛んな局員が攻撃魔法を放ってきたりもしたが、JS号の表面に用いられている装備は「あの」魔力を吸う木材がびっしりと張られており、船の表面から700メートルの地点では、魔力を一切使用しない電磁シールドが奴らの魔法と侵入を阻む。

 

「あの電磁シールドをなんとかしない限り、こちらからの攻撃はおろか、近付くことすら適いません!」

「あれほどのエネルギーをどうやって維持しているんだ……!」

「いえ、そもそもJ&Sラボはエネルギー研究に力を注いでいた研究所です。いくつかの管理世界では彼らの開発した小型エネルギー炉を用いて滅びかけた文明を持ち直したところもあり、彼らに対して多額の援助をしていました」

「しかも、我々が彼らに圧力をかけた場合はあの時空間航行船で駆け付ける約定を結んでおり、あの船にまともに攻撃を通すことさえできない我々ではそれを覆させることもできず……!」

「なら金だ! 金で買収すればいい!」

「無理です! そもそもうちの金の大部分を担っていたのがJ&Sラボなんですよ! それをカットされればどっちに金銭的余裕ができてどっちが逼迫するかなど明白です! 冷静になってください!」

「それどころか、J&Sラボが出資をカットしたことで他の企業や財団からも出資を断つ者が増えています!」

 

 時空管理局の存在がいかに絶対的なものであっても、先立つモノの無い組織など長くは持たない。まして、J&Sラボはミッドチルダの生活と暮らしに密着した家電・エネルギーの開発に尽力し続け、ミッド以外の世界にも多大な技術的援助を行ってきた。

 エネルギー問題に直面していたある惑星に手ずから赴き、小規模な企業への営業から始めて根源的なエネルギー研究まで漕ぎつけ、それを解決する手段を与えた。それも、彼らの支払える限りの報酬だけを受け取り、そのせいで赤字を背負うことも何度かあった。

 しかしそうした信頼の積み重ねが今、時空管理局のそれを上回り、彼らに「金」という無慈悲で絶対的な力を与えた。

 

「あちらから何か要求はないのか!」

「『何もするな。俺たちの船出をただ見送れ』と……!」

「なら航空法違反で引っ張ってこい!」

「無理です! 現在すべての空港が何者かの電子ジャックを受けていて飛行機を着陸状態です!」

「そんなものあいつらがジャックしているに決まっている! そっちでしょっぴけないのか!」

「現在対応していますが特定に至っておらず、証拠がありません! それにあの時空間航行船が浮かび上がって空いた敷地を含め、J&S保有のいくつかの敷地が離着陸場になっており、空港からあふれるはずの飛行機がそこに着陸、空はからっぽの状態です!」

「どれだけ金を持て余していたんだあいつら……!」

 

 さすがに最大サイズの離着陸場となったのはJS号が存在した旧J&Sラボ所有の敷地――およそ小型の島ひとつ分だが、それだけに空の便を全て停止させるには十分なスペースとなった。

 積極的な攻撃もなく、明らかな妨害には一切の証拠を残さない。そうしたシンプルながらも徹底した対応は、着実に管理局の「焦り」を刺激しただろう。その「焦り」が最高潮に達するのを、俺とジェイルがほくそ笑みながら待ち続けているとも知らずに。

 そして、その時はそう長く待つまでもなく訪れた。

 

 

『全管理局員に告ぐ。かの時空間航行船『JS号』および『JSクルーズ』への攻撃を許可する。彼らの持つ時空間航行船は攻撃兵器を持たないが、その巨体だけで十分に質量兵器としての意義を見出せる。故に――アレを墜とせ』

 

 

 冷静に考えれば、この巨体が最も脅威となる瞬間は、間違いなく「墜ちた」その時だというのが誰の目にも明らかだったはずだ。しかし、最高評議会の圧倒的な存在感と、この非現実的な状況が管理局員たちの冷静さを奪っていた。

 号令と同じくして、無数の管理局員がJS号へと殺到。電磁シールドへと到達し、その身を焼く――その直前。

 

「な……ッ、バインド!?」

「なんて強固な……ッ! これもJS号に搭載された罠か!」

「いや! あの「木」を使って船全体を覆ってるんだ! 魔法が使えるわけが……!」

 

 そう、JS号の最大の特徴――それは、魔法を完全に遮断する防壁を船に貼り付け、船の外部に影響が及ぶ魔法を一切用いていないこと。即ち、船内にいるJSクルーズ以外の誰もが例外なくJS号に対して魔法的干渉ができないことにある。

 そしてその特徴ゆえに、JS号自体もまた、魔法の行使が一切不可能であり、あらゆる機能が魔力をまったく用いない科学技術のみで組まれている。だからこそ、この『バインド』は明らかに人の力……JS号の外部にいる、魔導士による魔法の行使であった。

 

「ぢゃっぢゃーん! かつての戦友のみなさんこーんにーちはー! みんな大好きにっこり笑顔がトレードマークの、夏海透霞でーっす!」

「な……夏海透霞!? 時空管理局1321航空隊のアイドルがどうして……!」

「透霞ちゃん!? いきなり管理局を抜けたと思ったら、どうしてJ&Sラボに……いや、まさか!」

 

 透霞の事情を知る勘のいい局員の一人が、思い出したかのようにアイツを見つめると、俺はJS号の頭上に構える透霞の隣へと立った。

 

「よーぉ管理局の皆様方! 俺の名は……J&Sラボの所長としてじゃない方も、何人かは聞いたことあるかもな。闇の書事件では世話んなったしな。じゃあ改めて名乗らせてもらうぜ! 『魔導士兄妹』の兄の方、夏海奏曲だ!」

「そしてわたしは『魔導士兄妹』の妹の方、夏海透霞! 今このJS号の六方――360゚前後上下左右には、兄さんが構築し、わたしの持つ膨大な魔力をありったけ注いだバインドが地雷原みたいに張り巡らされてる! それを抜けたとしても電磁シールドが近づけないし、船の表面には魔法を通さない「木」がびっしりだよ! 賢いみんなならこの状況の意味、わかるよね?」

『何を臆することがある! いかに強固な魔法であろうと、術者を葬れば如何なる守りも瓦解する! 奴らを仕留めよ!』

 

 やっぱりそう来るよなぁ。それが一番シンプルで、一番効率的な方法だってのは誰にだってわかる。けど……だからこそ対策されてるとは思わなかったのか?

 

 

「いくぞ、夜天! 精神同調(コネクティング)!」

『任せろ! 管制プログラム『夜天』、防衛プログラム『ソーマ・メイスマン』と同調する!』

 

「ナンバーズと警備部のみんなー! オンステージの時間だよーっ!」

「「「任せろッ!」」」

 

 

 さて――こっちもそっちも臨戦態勢、やることと言えば卑怯も悪辣もアリの喧嘩と同じ。ましてやこっちは魔法殺しの装備を標準装備の魔導士キラーズ。これで負けるはずもないが、それでも油断は一切ない。

 なんせ……俺たちの目標は別にこいつらを倒すことじゃないんだしな。

 

「さぁ! 『魔導士兄妹』がゆくぜ」

「さぁ! 『魔導士兄妹』がゆくよ!」



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魔導士兄妹と、魔法少女

「こうやって同じ戦場で背中を預け合うのはいつぶりだろうな、透霞」

「もう何年もこうして一緒にいられなかったからね……でも、だからって鈍ってたりはしないよね、兄さん!」

 

 誰に言ってる、と吐き捨てると、背に感じていた温度が離れる。

 迫ってくるのは100も200もゆうに超えている無数の管理局員たちと、それを迎え討つ数十人のJSクルーズ警備部とナンバーズ。

 魔力の触手で数人の管理局員を縛り上げ、そのまま他の局員たちにぶつけるように放り投げると、ある程度の数は削れるが一網打尽とはいかない。

 

「ディアフレンド!」

『Fiendly Fire!!』

「あーんどっ!」

『Acrobatick Bullet!!』

 

 透霞の放つ迎撃弾(Friendly Fire)は誘導性を犠牲にするものの、相手の攻撃に対するロックオン性能と弾速はピカイチだ。あれに迎撃されて無力化されない魔力弾など、それこそ高町のシューターくらいだ。

 そして同時に放たれた曲芸師の弾丸(Acrobatick Bullet)に関しては、弾速も誘導性も低いが、相手に対し一定距離まで接近すると拡散し、点ではなく面で攻撃を行う。さらには、拡散後の魔力弾に関しては敵に対し徹底的な自動ホーミングを行う。

 

「クッ……ソがぁぁぁッ!」

 

 何人かの管理局員がAcrobatick Bulletの面攻撃をすりぬけて接近するが、透霞がそれに振り向くことはない。

 

「させねーよ」

「うごぁっ!? ア……迎撃機動砲台(アインヘリアル)……ッ!?」

管理局(おまえら)が造ったモンだろ、愛情込めて抱き締めてやれや」

 

 地上から砲撃を行おうとしていたアインヘリアルを『触手』で縛り上げて管理局員たちにぶつけると、そのまま諸共に接近してきた全員を拘束して地上に放り投げる。まぁバリアジャケット着てるし、死にはしないだろ。救護班も近くにいるし。

 

「さっすが兄さん! わたしが振り向く暇もなかったよ!」

「嘘つけ。俺がどうにかするってわかってて振り向かなかったくせに、よく言うぜ」

「それは察してても言わないでほしかったなー?」

 

 さて……これだけ暴れてやれば、そろそろ向こうもエースかジョーカーを切ってくる頃合いだとは思うが……さて、どうかな。

 

「奏曲!」

「おお、テスタロッサか。……なるほど、確かにお前なら俺の手札をいくらかは潰せるもんな」

「透霞ちゃん!」

「おっ、なのはちゃーん! おひさー、最近あんまり連絡できなかったけど元気してたー?」

 

 俺たちの目の前に現れたのは、俺の最も得意とする魔力触手による罠を「匂い」で感じ取れるテスタロッサと、魔力量以外ではほとんど透霞の上位互換的な立ち位置の高町。

 既に臨戦態勢のテスタロッサに対して、高町は武器を携えながらも透霞に対して「何故」という感情を向けたまま動けずにいる。

 

「どうして……! なんで透霞ちゃんはそっちにいるの!? どうしてこっちじゃなくて……どうしてこんなことしてるの!?」

「どうしてって……そりゃこっちに兄さんいるし。それにほら、別に民間人のみんなには特に迷惑かけてないし、いいかなって。いやまぁ日照権的にあと一時間ちょいくらい迷惑かけるけどさ」

「民間人は無事かもしれないけど、管理局員には怪我人が出てる!」

「そっちから攻撃してこなかったらわたしたちも何もしないから安心していいよー?」

 

 そういうことじゃ、と言う高町に対して、透霞の態度は明るいままで、なおかつ飄々としていた。

 実際問題、現時点で俺たちがとっているのは専守防衛。こちらから管理局に対して明確な攻撃的意思は出していないし、死者も見た感じ出ていなさそうだ。さっき放り投げたやつらも自力で救護班のとこ行ってるし。

 

「高町。俺たちが今してることで、違法な行いってなんだ? 日照権と航空法的にはマズいが、それもあと一時間と少しで解決する問題だぞ」

「解決じゃないよ! それってつまり逃げるってことでしょ!」

「まぁそうだな。ただまぁ、日照権については既にJS号発進の24時間前には民間人に対して説明してあったし、空の便は今「なぜかちょうど都合よく」止まってるらしいから、実質的な被害はほぼゼロだ。むしろお前たちがJS号を落とせば、それこそJS号直下にいる民間人を圧殺することになるぞ」

(ふね)の下にいる人たちを人質にしてるってこと……!?」

「まぁ、そう受け取ることもできるな。ただ、俺たちは透霞以外一切の魔力弾を発射していないし、透霞は誘導弾しか撃ってないから、流れ弾で街に被害が出てたらほぼ間違いなくお前ら管理局側の責任だからな」

 

 既に数発の流れ弾が街に降り注いでおり、数人のJSクルーズ警備部がそれらを弾いて処理しているが、果たしてあの人数でどこまで被害を防げるか。今よりも戦闘が激化してしまえば、いずれは防ぎ切れなくなる。

 それがわかっているのか、理性の残っている管理局員たちは街の防衛に割かれたJSクルーズを後回しにして、上空で戦闘を繰り広げる面々に集中している。中には防衛側に攻撃しようとした同僚の首根っこを掴んで上に向かった管理局員も見受けられた。

 

「テスタロッサ、お前も同じ意見か?」

「どうかな。私はむしろ、これが奏曲と真正面から戦える最後の機会(チャンス)だと思うから……あれからずっと訓練を続けてきた成果を、師匠の奏曲に見て欲しいだけかもしれないね」

 

 なるほど。確かにこのままJS号が無事に船出を迎えれば、もう高町やテスタロッサと再会することは叶わないだろう。

 俺たちは無限にも等しい次元の海へと旅立ち、ミッドチルダの多くの企業と連携し、リモートに営業を続けていくことになる。既に協力してくれる企業や財閥、あるいは他の管理世界ともそうした話は通してあるし、技術・研究成果の提供についても転移ポートの応用で物資として転送可能だ。

 だからこそ――これが最後だ。透霞へと視線を向ければ、あいつは朗らかな笑顔をこちらに向けると、ディアフレンドを高町へと向けた。これが回答だと言うように。

 

「戦うしか、ないの……?」

「うん、戦うしかない。今のわたしとなのはちゃんの意見はどう足掻いても噛み合うことがない。だから……やるしかないんだよ」

「奏曲、胸を借りるよ」

「来い。弟子の成長を見るついでに、軽く揉んでやる」

 

 誰の合図もなく、同時に切り込んだのは俺とテスタロッサだった。とはいえ、スピードはさすがにあちらが上。息つく間もないほどの猛攻だが、俺はそれを全て見切りながら、少しずつ的確に打撃を叩き込んでいく。

 俺の攻撃をかわすようにテスタロッサが間を開けると、そこに雪崩れ込むようにブチ込まれる大量のシューターは高町のものか。だがそれに対して俺が動揺することはなかった。後方から高速で発射された迎撃弾が、それらを撃ち落としてくれるとわかっているからな。

 高町のシューターが途切れるとまったく同時に、再びテスタロッサが高速接近、その速度を利用した刺突攻撃を、バリアを張って受け流し、すれ違いざまに脇腹へと蹴りを放つも、テスタロッサはそれを逆の手で受け止めながら蹴りの威力を利用して距離を取った。

 相手の威力を利用するという手段は、俺が得意とする戦術のひとつだ。あいつにこれを教えたことはなかったが、あいつなりに俺の戦闘スタイルを研究した成果なのだろう。なるほど、俺の想定以上に強かに成長したらしい。

 

「夜天!」

『ああ、好きなだけ使え!』

「ブラッディダガー!」

 

 本来なら誘導射撃に用いるブラッディダガーを両手に構えてテスタロッサへと肉薄する。もちろん誘導性能と速射性能は夜天の折り紙付き。俺じゃテスタロッサのスピードに追い付けないが、ブラッディダガーならある程度なら追い縋れるし、誘導制御は夜天が担っている。

 ブラッディダガーがスピードを、夜天が制御を、そして接近してからの格闘能力は俺が行うことで、武器とAIとAIによる三位一体の攻撃が可能だ。さて、これにはどう対応する?

 

「どうした? さっきより動きが遅いな?」

「よく言う。そっちが速くなっただけのくせに……!」

「まぁもちろんわかってて言ってるんだが」

 

 俺とテスタロッサのスピードに、いよいよ高町と透霞の援護射撃が追い付かなくなってきた。とはいえ、俺もこいつを追撃するので精一杯で、透霞のサポートに回れない。

 

「射撃魔法を手に持って機動力にするなんて……!」

「いやー、あれはわたしも思いつかなかったなー。さっすが兄さん、わけわかんねー!」

 

 透霞のそれが誉め言葉かそうでない何かの意図を含んでいるのかはさておいて、ようやくブラッディダガーのトップスピードに目が慣れてきたことで、テスタロッサの動きの機微にも視線を向けられるようになってきた。

 あちらもこの追いかけっこには限界があると察したのだろう。自分の力で加速しているテスタロッサと違い、こちらは魔法のコントロールによる加速だ。しかもそのコントロールは夜天がやっていて、俺がしているのは接近してからの格闘のみ。スタミナに差があるのは明らかだ。

 一気にスピードをトップまで持っていき、ある程度の間をとると、テスタロッサは反転、こちらに急接近を仕掛けてきた。

 

「夜天!」

『任せろ!』

「シュヴァルツェ・ヴィルクング!」

 

 魔法効果を破壊するエンチャントを両手に施し、ブラッディダガーを投擲・加速させるが、テスタロッサはこともなげにこれをバルディッシュで弾く。弾かれたブラッディダガーはそのまま高町へと攻撃対象を変えるが、さすがにあいつのシールドは割れなかった。

 目の前に迫るハーケンフォームのバルディッシュを、俺の拳が迎え討つ。魔力刃は魔法で造り出したものだが、シュヴァルツェ・ヴィルクングで破壊できるのは魔法効果――つまりは魔法によって施された追加効果であり、魔法によって生み出されたものを破壊することはできない。

 だからこそ、狙うのは――。

 

「おらァッ!」

「なっ……!」

 

 魔力刃の切っ先を受け止める拳とは逆の拳で繰り出したアッパーがバルディッシュを、そしてそれを持つテスタロッサの両腕を振り上げさせ、無防備なボディーが露わになる。

 アッパーと同時に脇に貯めていた右拳が、吸い込まれるようにしてテスタロッサの鳩尾へ打ち込まれた。

 

「かふッ……! マズい……ッ、隙をみせたら……!」

 

 そうだ、わかってるじゃねーかテスタロッサ。痛みに悶えて本能的に蹲ったその一瞬があれば、十分すぎる隙だ。

 

「無色透明の魔力触手……!」

「ああ、そしてこれに両手両足を捉えられたらどうなるか……わからないお前じゃないよな?」

「くっ……! 逃げてなのは!」

 

 テスタロッサの警告がどれだけ意味を成しただろうか。俺はテスタロッサの体を、まるで糸に繋がれた操り人形(マリオネット)のように自在に動かし、そのまま高町へと攻撃させた。

 味方にとって最も恐れるべきは、捕虜となり敵に操られた味方だ。この魔力触手を捉えて切断しない限り、テスタロッサは俺の駒であり剣であり盾となる。

 

「ど……どうして!?」

「魔力触手で手足を奏曲に操られてるんだ! 体の動きが支配されてる! だけど魔法のコントロールは私側に――」

「おいおい……ただのバインドと一緒にするなよ。仮にもそれは魔力触手。体の動きだけじゃない……そいつが接している魔力の動きも支配されるって、想像しなかったのか?」

『Assault Form』

 

 体が――そしてデバイスと魔力の流れが、テスタロッサの意思とは関係なく砲撃魔法を構築し、その反動に備えた構えをとっている。

 しかもそのポジションはテスタロッサが下で高町が上。そしてその高町の遥か上空に俺がバリアの準備をしている。テスタロッサの砲撃を高町が防ぎきれなければ俺がそれを弾いて上空へといなすが、高町はあれをどうしても迎撃ではなく防御しなければならない。なぜなら――、

 

(フェイトちゃんの背後に地上本部が……!)

 

 高町が射線を逸れればその直射上には俺がいる。そして俺の構築しているバリアは高町の知らない古代ベルカ式の魔法だ。そのバリアの性質がただ硬いタイプ、弾くタイプならいいが、反射するタイプならテスタロッサもろとも地上本部に跳ね返る。

 まぁこれは単に弾くタイプだが、余裕を持ってニタリと笑ってやれば、あいつは警戒心を増した目でこちらを睨んだ。あーあ、これはもう間違いなく勘違いしちゃったヤツでしょうな。

 そしてそんな俺とテスタロッサに挟まれた高町に狙いをつけるように、透霞とディアフレンドがAcrobatick Bulletを放つ準備をしている。

 

「なのはぁぁぁぁぁっ!!」

『Plasma Smasher』



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ハラオウンからの、リベンジマッチ

「なのはぁぁぁぁぁっ!!」

『Plasma Smasher』

 

 テスタロッサの意思に関係なく発射された容赦のないプラズマスマッシャーが、高町へと殺到する。あいつ自慢の堅牢なバリアがそれを防ぐが、それでもテスタロッサの攻撃も生半可な威力ではない。前方のバリアに全力で集中させてようやく防ぎきっている今、他の角度からの攻撃を防ぐ手立てなどない。

 この瞬間を待っていたと言わんばかりに、あいつの真横でチャージを完了させていた透霞のAcrobatick Bulletがいよいよ発射された。さて、じゃあこれが最後の一押しだ。俺はテスタロッサに繋いだ魔力触手を片手で担い、空いた片手から伸ばした魔力触手を高町へと接続させる。

 

「この、感覚は……ッ!?」

『Round……Shield……!』

「レイジングハート!?」

『Sorry……!!』

 

 必死に抵抗しようとするレイジングハートは、間違いなく最高に主想いのデバイスなのだろう。だが、外部からのハッキングではなく高町の魔力回路を経由した強制的な魔法の発動は、ファイアウォールの内側から蝕まれることに等しい。

 だからこそ、レイジングハートの抵抗むなしく、ラウンドシールドは発動されてしまった。下方から迫るプラズマスマッシャーに割いている魔力を、Acrobatick Bulletを防ぐためにいくらかの割合を割く。二つの魔法を同時に防ぐとなれば、その結果は見えていた。

 

「もう……防ぎきれない……ッ!」

『Master!!』

 

 まるでガラス窓が割れるように、ひび割れた二つのシールドが同時にその力を失い、プラズマスマッシャーとAcrobatick Bulletが直撃、高町が墜落していく。二人に繋いでいた魔力触手を解くと、テスタロッサが落下していく高町をキャッチし、あいつを医療班へと運んでいく様子が見えた。

 エースはこれで潰した。あとは……切り札(ジョーカー)だ。

 

「……やっと出てきたか」

「おーっ、ひっさびさだね!」

 

 俺の隣へと寄ってきた透霞が、その姿を懐かしむように見る。俺としても、随分と懐かしい顔だ。あの時は手札をほとんど隠していた俺に分があったが……さて、今回はどうだろうか。少なくとも、圧勝とはいくまい。なぜならこいつは――。

 

「夏海透霞および夏海奏曲。日照権の侵害、航空法違反、および公務執行妨害の罪により、お前たちを逮捕する」

「相変わらずお堅いヤツだな。建前がなきゃ喧嘩もできないのか? 素直に言えよ、9年前の仕返しがしたいってよ!」

「あの時は味方だったはずなのに、今はこうしてデバイスを向け合うようになるなんて……すっごく運命的だよね!」

 

 クロノ・ハラオウン。かつて次元空間航行艦船『アースラ』の切り札として透霞と共にPT事件や闇の書事件を追っていた執務官であり、今はどこぞの(ふね)を任される提督も兼ねてるんだそうだ。偉くなったもんだな。

 とはいえ、そうなるだけの実力を持っていることは疑うべくもない。9年前、まだこいつは当時14歳でありながら、ほとんど手札の見えない俺に対して速攻の絨毯爆撃+ホーミング弾による猛攻で「手札を切らせず完封する」という手段を即断していたり、魔力レンズによるデバイスの回路破壊を一瞬にして見抜いていた。

 仮に同じ魔法が使えたとしても、高町やテスタロッサでは即座にそれを実行するだけの決断力はなかっただろう。俺の実力を素早く見抜き、俺の手札をひとつでも切らせれば自分が劣勢になると理解し、それをさせないために一方的な広範囲+高火力で攻め立てるという、大胆でありながら最も効率的な手段をとれたハラオウンが、弱いわけがない。

 

「クロノ。透霞は私に任せて」

「フェイトか。ああ、そちらは頼んだ。夏海奏曲、君の相手はこの僕だ」

 

 高町を医療班に任せたテスタロッサが、ハラオウンに並んでこちらを向く。

 しかし……この采配は辛いな。透霞のスタイルはバカみたいな魔力にものを言わせた射撃・砲撃の速射・連射――ガトリング砲みたいなものだ。それに対して、テスタロッサはそういった中・遠距離からの攻撃を全て回避しながら急接近して重い一撃を叩き込み、再び離脱するヒット&アウェイ戦法。正直、透霞みたいな奴にとっては天敵といえる。

 そして俺はといえば、ハラオウンみたいなオールラウンダータイプが一番苦手だ。実際、以前同じオールラウンダーのヴィータ/クリシスに撃墜されているように、土俵が同じ相手と戦う時は、何かしらの対策を弄さない限り、シンプルな地力がものを言う。そして、今のところ俺はこいつに対する策というものを見出せていない。

 もちろん、何も考えていなかったわけじゃない。時空管理局と敵対し、そして最高評議会を貶めると決めた時から、ハラオウンの存在は最大の障壁として見ていた。でも、だからこそわかる。こいつはたぶん、俺の魔力触手を――魔力の「匂い」を感知できるタイプの魔導士だ。

 

「……相変わらず、お前の魔力はサイダーみたいだよな。無駄に爽やかで、透明感があって……甘い」

「君の匂いも独特だ。いろんな匂いが混ざり合って統一感がないのに、それが不気味なくらい綺麗に混ざり合っている。君の瞳のように」

 

 やっぱり、匂いがバレてる。9年前の戦いで『無色透明の魔力触手』にやられた経験から、それへの対策として魔力の匂いへと辿り着き、そしてそれを利用する術を得たんだろう。これで、魔力触手を切り札にはできなくなった。

 格闘能力については負けるつもりはないが、さすがに魔法のセンスはあっちが上だ。夜天と交替すればあるいは勝てるかもしれないが、そうなると真っ向勝負になってしまう。ハラオウンは地力だけじゃなく、頭も回るやつだ。だとすれば夜天に任せるわけにはいかない。

 

「ハラオウン。お前も薄々気付いてるんだろう。最高評議会の歪みに。時空管理局の在り方のおかしさに。警察組織と司法組織がひとつにまとまった組織なんて、公平性を重んじるのなら成立するはずがないんだ」

「だとしても、君たちが罪人だということは明らかだ。それとも、時空管理局と最高評議会の在り方を正すためにこんなことをしでかしたとでも? こんな、テロみたいな行いで。もしそうなら、テロリストじゃなく政治家になれば、あるいは時空管理局に入って内側から変えればよかったんだ。そうすればきっと……」

「ああ……お前ともいい友になれただろう。出会い方が違えば、俺たちは最高のパートナーにもなれたかもしれない。でもそうはならなかった。なぜかわかるか? そう思わせてくれるような組織じゃなかったからだ。時空管理局が……最高評議会が!」

 

 ブラッディダガーを投擲すると、それが合図となって全員が動いた。

 

「S2U!」

「夜天!」

『Stinger Blade Execution Shift』

『ブラッディダガー・フルメタルジャケット』

 

 魔力保有量はこちらが上とはいえ、夜天が表に出ていない以上、俺が行使できる魔力には限界がある。いくらタンクがデカくても蛇口が小さければ出る水が少ないのと同じだ。

 だからこそ、弾幕はあちらの方が数が多い。だったら、こっちは誘導性能と一発の硬さで複数の魔力刃を落とすしかない。そのためのフルメタルジャケットだ。思いついた今この一瞬で既存のブラッディダガーを改変・再構築してくれた夜天は、さすが魔法のプロフェッショナルだ。後で褒め倒してやろう。

 しかし、いくら一発で複数の弾をブチ抜けるとはいえ、さすがにこう数が多いとそれだけじゃどうしようもない。シールドで防げばいいと思うだろうし、夜天なら複数の魔法を同時に処理することも可能だろう。

 だが、防げば当然ながらこっちの動きは止まる。その隙をただで見逃してくれるほど、ハラオウンは甘い男じゃないはずだ。

 

「やれ!」

「迎え撃て!」

 

 まったくの同時に、互いの弾幕が発射された。俺は撃ち洩らした魔力弾をどうにかこうにか回避しながらハラオウンに接近するが、ハラオウンはいくつかの誘導弾で俺を攻め立てながら、こちらの攻撃をひとつとして通さないまま逃げ延びる。

 正直、魔法に関してはほぼ全てを夜天に任せているとはいえ、それでもハラオウンに致命的な一撃を与えられていない現状を見るに、勝ち目があるとすればあちらが明らかなポンコツをやらかさない限り『近付いてボコる』以外には無いと言っていいだろう。

 

「以前も言ったが……これだけの才能があるのなら、君はどうしてそれを正しいことに使おうとしない?」

「以前も言ったろ。俺は俺の思う正しいことのために使ってる、ってな」

 

 気を抜けばその瞬間に撃墜されるような攻防の中、俺もハラオウンも驚くほど冷静かつ静かに言葉を交わしていた。そうして頭がクールダウンしていけばいくほど、まるで反比例するかのように激化していく魔法が、程よく互いを焚きつけた。

 だが気付けば、徐々に追いやられていったのは俺の方だった。当然だ、そもそも地力が違い過ぎる。俺は長い時を生きる『裂夜の書』のプログラムではあるが、この体自体は平均的な地球人のそれだ。

 いくら格闘技術で補ったとはいっても、体格や魔力は普通の地球人と大差ない。こうしてハラオウンに迫っているのは、あくまで夜天が魔法を担当しているからだ。いくら格闘ができても近づけないなら、今の俺の役目は状況の把握・判断・決定みたいな頭脳労働だけでしかない。

 

「クソッ、さすがに才能のある努力型……! 潤沢な魔力と魔法のセンスは当然にしろ、それを運用する上での判断力と戦況構築力が半端じゃねぇ……ッ!」

『ソーマがそう言うのなら余程のものだな……。勝ち目はあるのか?』

「正直に言えば、そいつは一割にも満たないだろうな。「アレ」まで逃げ続ければいいだけならともかく、そうなったらあいつはターゲットを透霞に集中させて俺を挑発してくるに違いねぇ……ッ!」

『なるほど、厄介だな……』

 

 どう始末をつけたもんかな……。



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最初に仕掛けた、最後の手段

 ハラオウンの猛攻を前に、俺と夜天は次第に防戦一方となっていった。無数の弾幕を凌いで誘導弾での撃ち合いに縺れこんだ時には、既にあいつにペースを持っていかれていた。

 さすがに躱しきれないレベルにまで攻撃が激しくなっていくにつれ、俺もさすがにシールドを使用せざるをえなくなっていく。だが通常のシールドだと踏ん張りすぎてしまう。そこで俺は手のひらよりも少し大きい程度のシールドで躱しきれない誘導弾を払うように弾き、それをいなした。

 だがそれがさらに状況を悪化させた。それまでは回避しきれない攻撃をシールドで凌ぐハラオウンを、その一瞬を利用してこちらの攻撃をいくらか通していたが、俺のその防御法を見たハラオウンもまた、同じ方法でこちらの攻撃をいなすようになり、さらに攻撃が届きづらくなってしまう。

 攻撃魔法は、術者の性格や考え方によっていくらか差異が生まれるものだが、防御魔法というものは大まかに言ってしまうと「纏う鎧(フィールド)タイプ」「防ぐ盾(シールド)タイプ」「弾く盾(バリア)タイプ」の三つのタイプに分かれるだけで、それぞれ名前や術式は異なれども役割はほとんど変わらない。

 だからこそ、術式が異なっていても使い方という意味では、誰にでも真似できてしまう。今こうして、俺が使ったシールドの扱いをハラオウンが真似したように。

 

「さっすが、エリート執務官殿は余裕で人の技をパクってくれる」

「優れた使い手は優れた技術を逸早く盗むものだ」

「ハッ、違いないな」

 

 悔しいが、こいつの言う通りだ。それにそれは、俺が今までやってきたことでもある。900年以上1000年未満のこの年月で、俺が盗み続けた知恵や技術は数えきれない。今こうしてそのしっぺ返しを食らうというのは、なかなかに皮肉が利いている。

 互いに大技をかける素振りはない。俺がそうしない……できないように、あいつもまた俺に対して決定打を持てずにいる。シールドを使うハメにこそなったが、ここまであいつの攻撃を凌ぎ躱してきた事実が、アイツに隙のデカい大技を使わせることを躊躇させてるんだろう。

 だからこそ、俺もあいつも動きを止められずにいる。少しでも飛行速度が落ちてしまえば、そこが王手だ。バインドを仕掛けようにも、あいつも俺も魔力を匂いで知覚できてしまう。だからバインドには互いに引っかからないし、俺の十八番である魔力触手も意味を為さない。

 

「夜天、バインドの地雷原に誘導できるか?」

『わかっていて訊くのはやめろ。無理だ、彼はこちらの意図をすぐさま見抜いてくる。さっきもJ&S号から最も遠いバインドに誘導したが、躱されてしまった』

「万策尽きた、か……ッ!」

 

 互いに策を弄するタイプだからこそ、それが互いに意味を為さないとなれば地力の差が優劣に直結する。そして、魔導士としての俺は間違いなくこの場にいる誰よりも弱いだろう。今こうしてハラオウンと渡り合えているのは、ほぼ全て夜天のおかげだ。

 何か……何かないだろうか。ハラオウンを仕留める銀の弾丸となる奇策は。バインドの地雷原は利用できない。俺たちの動きが速過ぎて周囲の環境をほとんど活かしきれない。ハラオウンの猛攻はひとつひとつが必殺級。こちらはそれを防いで躱して逃げるのが関の山。

 ……ダメだ。考えれば考えるほどに状況が不利になっていく。とはいえ無策で勝てる相手じゃないのも間違いない。俺と夜天だけじゃ、これが限界だ。

 

 そう考えると同時に、ハラオウンの放った「砲撃」がシールドを砕いて俺へと直撃する。

 

『Blaze Cannon Deflection』

「誘導砲撃……!? くっ、身体が動か――バインド!?」

「複数の魔法を同時にこなす君がヒントをくれた。二つの魔法を同時に使うことはできないが、二つの性質を一つにまとめることならできるかもしれないと。誘導射撃魔法と砲撃魔法、二つの性質を持った魔法の効果は……どうやら覿面だったようだ」

 

 吹き飛ばされた先に設置されたハラオウンのバインドが、俺の銅と両腕をまとめて縛り上げた。

 

「そのバインドは極めて短期間しか生成できない代わりに縛った相手の魔法を封じる」

「嘘言え。魔法を封じるだけじゃないだろ。魔力の流れそのものを塞き止められてる。俺の魔力触手対策もバッチリってわけか」

「……ふぅ、やはりここで君を捕えることができたのは僥倖だ。一瞬でバインドの性質を把握し、状況を正しく見抜く君は間違いなく今後の管理局にとって脅威になるだろうからね」

 

 ハラオウンは俺に杖を向けたまま、思念通話で何者かに連絡をとっているようだった。

 いよいよここで年貢を納めることになるのだろうか――とか、そんな殊勝で潔い性格の男だと思われているのだろうか、俺は。

 

『奏曲。そのバインドを抜け出して、彼を捕えなさい』

 

 瞬間、思念通話で送られた指示に従うようにバインドを腕力によって強引に引き千切った俺は、目前にいたハラオウンを自分の身体ごと魔力触手で縛り付け、飛行魔法を用いて休息に落下、着地の直前に触手を解き、ハラオウンを地面に叩き付けた。

 とはいえあちらもエリート執務官。バインドを力尽くで千切り、魔力触手と共に縛られたところまではさすがに驚いていたが、地面に叩き付けられる直前に冷静さを取り戻し、触手を解いた瞬間に自分も飛行魔法で叩き付けられる勢いを僅かに削ぎ、俺の手を離れた瞬間にバリアを貼ってダメージを軽減していた。

 だがさすがにそれでも完全な不意打ち。すぐさま起き上がろうとしても、ダメージは間違いなくここまでの攻防で一番効いている。体の痛みに顔を顰めた一瞬に、周囲の局員を巻き込んで一斉に縛り上げると、彼らの思念通話の回線(チャンネル)を全て繋ぎ、強制的にそれらの思考を垂れ流すようオンエアー状態にした。

 この大規模な事件の最中で、常に冷静でいられる奴なんてそう多くはない。ハラオウンみたいな例外を除けば、常に精神鍛錬をしている奴や普段からクールを装っている奴だって、程度の差こそあれ必ずパニックになるものだ。そして数十人のパニックが、同時に接続されればどうなるか――数十人分のパニックがさらなるパニックを呼ぶ負のスパイラルに、お前はどこまで耐えられる?

 

 とはいえ、さすがにハラオウンは強敵だった。同じタイプの人間がぶつかれば地力の強さがそのまま結果に直結する、とはさっきも言った通りだが、それを痛感させられる戦いだった。

 さっき、俺の中に送られた思念通話――『裂夜の書』の正規所持者であるアリサの「命令」がなければ、俺はあのまま捕えられていただろう。だからこそ――俺は事前にアリサへ頼んでおいたんだ。

 

 

『俺たちだけじゃ、高町とテスタロッサまではなんとかできても、ハラオウンには勝てない』

『前に一度だけ戦ったことがある。あの時は俺のデータが一切なかったから、俺が一方的に勝てたが、あいつの洞察力と学習能力は間違いなく脅威だ』

『俺が勝てるとしたら、命令執行補正によるブーストだが、あいつはそれすら学習して上回ってくるだろう』

『だから不意を衝くしかないんだ。あいつが一番油断するタイミングで、命令執行補正をフル活用するしかない』

『その不意の一瞬を見極めて、俺たちに命令をくれ。頼んだぞ――アリサ』

 

 

 結果は本当にギリギリだった。既にもう何度も言ったが、あいつは俺への対策を万全にして挑み、事実として俺は全ての策を潰された。バインドを解くまで一方的にやられていたのも演技でもなんでもなく本当に防戦一方だった。

 そりゃそうだろう。俺が少しでも手を抜けば、あいつは俺に奥の手があることを警戒し、せっかく作った隙すらも自ら防ぎきってしまうはずだ。だから俺も全力を尽くした。俺と夜天だけでハラオウンを仕留められるものならそうしたいと思って戦った。

 アリサも、それはわかっていたんだろう。そしてあの誘導砲撃で体勢を崩し、バインドに捕まり、ハラオウンが意識を俺から逸らしたその一瞬を、アリサは見逃さなかった。

 

「できれば次がないことを祈るぜ――クロノ」

 

 戦う前、俺がこいつに言った言葉は間違いなく本心だ。

 俺とこいつは、出会い方さえこうじゃなければ、きっといい友になっていただろう。互いに認め合い、似たようなスタイルの俺たちは互いを切磋琢磨し合うライバルにも、互いの長所も欠点も指摘し合えるパートナーにもなれたかもしれない。

 けれど、そうはならなかった。それでも俺はこれから先、お前のことを心の片隅に置き続けるだろう。おそらくこの900と幾年で最も、俺と夜天を苦しめた最大の強敵として。

 

 それはそれとして、透霞はそろそろテスタロッサを片付けられただろうか。ナンバーズは……見た感じ負傷してる奴もいるけど今のところ問題はなさそうだ。警備部もJ&S号と地上を上手く防衛しながら相手戦力を抑え込んでいる。

 となると、やや不安なのは少し「アレ」が遅れ気味なル・ルシエと、その護衛についたモンディアルだろうが……まぁ大丈夫だろう。ル・ルシエには今回で一番の大仕事を任せはしたが、あいつにはそれが出来るだけの技術を叩き込んだし、そのために俺たちはこうして大暴れしているわけだ。

 ジェイルには最後の大詰めを任せているから今はまだ動く時じゃないし、ヴィヴィオはお昼寝の真っ最中だ。既に調整を終えて大人の姿になっているとはいえ、肉体の急成長に精神的スタミナが追い付いていないヴィヴィオは、夜だけでなく日中にもよく眠る。あいつが起きる前にコトを終わらせたい気持ちなのは、俺だけじゃないだろう。

 

「兄さん!」

「透霞。そっちは終わったのか?」

「うん、兄さんはクロノくんに勝てたの?」

「ギリギリでな。今はあそこで悶えてる。既に接続は解いてるが……ありゃしばらく頭痛で動けないだろうな」

 

 さっすがぁ! と諸手を上げて喜ぶ透霞に、警備部を連れてJ&S号に戻るよう指示すると、それに従ってこの場には俺とナンバーズだけが残された。

 ここからは仕上げだ。さぁ、そろそろこのゲームの幕引きといこうか、最高評議会。



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蒼麻の仕掛けと、最高評議会の最期

 俺とナンバーズを残し、全てのJSクルーズがJS号内部に帰艦し、管理局員たちもエースや切り札を含めほとんどが捕縛され無力化されているこの状況。

 さすがの最高評議会も無視することはできないだろうし、何よりもアイツらには無視させないための理由までくれてやっている。だから――。

 

「……来たぞ。全ナンバーズ、臨戦態勢で待機。合図を待て」

 

 了解、というその場にいる全員の声が重なると同時に目の前に降り立ったのは、三体の戦闘機人。といっても、その形状は2メートル弱の人型ロボットというほど。

 ナンバーズと比較すると、人に紛れるという意味の隠密性をオミットして、戦闘向きの硬質外殻としての意義を強く表した外観といえる。

 

「やっと現れたな、最高評議会」

「最高評議会!? あれが……!」

 

 いやたぶん俺とジェイル以外で最高評議会を見たことあるヤツはマジで「アレが!?」ってなる見た目だからな、これ。実際のところはあの脳みそジジイどもが動かしてるだけの戦闘機人とは名ばかりの人型ドローンだし。

 本体である脳みそは今もなお生命維持装置という名のケミカルポットの中でプカプカしながらこれを動かしてるわけだ。ただ、これを動かしている間はその目となり耳となる機能の全てをこっちに回してしまうので、向こうの脳みそは本当にただプカプカするだけのホルマリン漬け標本だが。

 

『随分と好き勝手してくれたな、夏海奏曲。いや……A級ロストロギア『裂夜の鎚』、ソーマ・メイスマン』

「ああ、好き勝手させてもらったよ。ただまぁ褒めてくれてもよくないか? お前たちの言う「正義」に従い、俺は人命を一人も損なわず、市街地の被害はほぼ皆無だ。おかげで管理局地上本部はえらいことになっちまったが……ま、そこは仕方ないよな。だってここ、俺にとっちゃ敵地だもんなぁ?」

『ふん、相も変わらず口の滑らかなことよ。言葉も過ぎれば己の愚かさを露呈するぞ』

「ったりめーだろ、愚かさに関しちゃ誰にも負ける気がしねぇよ。で? 今日はそのカッコいい鎧のお披露目会か? カッコいいでちゅねー。立っちできてえらいねーお爺ちゃんねー?」

『貴様、我らを愚弄するか! 人に使われる道具の分際で!』

 

 おうおう、カッカしてんねぇ。道具の分際? それ人間に言わないと罵倒にならなくないか? だって俺ロストロギアだからマジの道具だぞ。人間に向かって「人間の分際で!」って言うのと同じだが? ジジイはレベルの高いギャグを好むんだなぁ。

 

「まぁまぁ、そう言わずにまずは落ち着いて話し合おうや。ほら、そこに跪け」

『何をふざけたことをォッ!?』

『な、なんだこれは!? 我々に何をした!』

 

 俺がポケットに手を突っ込んだままそう言うと、三人の最高評議会たちは空中に膝をつき、その(こうべ)を垂れた。

 いや、だってその体を作ったの俺とジェイルだしな……。まさかこんなにすんなり事を進められるとはまったく思ってなかったが、こいつら俺たちの作ったものを信用しすぎなんじゃないか?

 

「何をしたも何も、その体を作ったのは俺たちJ&Sラボだぞ。それだけ武装を積むように注文されれば、お前たちがそれを何に使うかなんてわかりきってるし、その矛先がどこに向けられるかなんてガキでもわかる。だったら、自衛手段は持っててもおかしくないだろ? ――こんな風に、なっ?」

 

 そう言ってポケットから出したのは、この三体をコントロールする制御装置。見た目はなんの捻りも変哲もないただのスマホみたいなものだが、まぁ別に外観とかこだわる必要なかったからいいかなって。

 

『貴様! 我らを騙していたのか!』

「むしろお前らなんで俺らを信用してたの? 俺はロストロギアだし「あいつ」はお前らの指定した広次元指名手配犯だぞ?」

『ならば、この体は元から……!』

「そ、お前らを閉じ込めるための檻であり、お前らを本体から遠ざけるための棺さ。その体を動かしている限り、お前たちは本体の周囲の機材を使用できない。それはつまり、今この瞬間においては最高評議会としての声も権力もないということさ。そのために、その体には本来の声とかけ離れたボイスチェンジャーを使用してるんだからな」

『なんと卑劣な……!』

「卑劣で結構。丈夫な体、若々しい声、なんの文句がある? 脳みそだけのジジイには十分なオモチャだろう? それに……俺とお前たち、どちらがマジの卑劣野郎なのかは、民意が決めてくれるみたいだぜ?」

 

 なぁ、そうだろ――。

 

「ル・ルシエ!」

『はい! たった今、最高評議会の本体の居場所を押さえました! そうまさんの言う通り、過去に夜天の書を始めとしたいくつかの魔導書にウィルスプログラムを流し、意図的に暴走を引き起こした旨の資料が隠されていました! それらを全て――ミッドチルダ全土に公開・生放送中です!』

 

 そう言って俺たちの前に表示されたパネルには、ミッドチルダのメディアにリークされた現在の最高評議会たちの居場所と、こいつらの仕出かした過去の行いをまとめた資料、そして本体である脳みその浅漬けが映っていた。

 これだよ、これこれ。ジェイルの果たしたかった「復讐」は、何もこいつらを殺すだけじゃない。いやもちろん殺すのに反対する気はないが、「ただ殺すだけ」っていうのはいただけない。

 こいつらの所業……12年前、闇の書と成り果てた夜天と再会した際に、うっすらと感じていた違和感の正体はやはりこいつらだったらしい。

 

 いやだって普通に考えておかしいんだよな。夜天の書って本来なら魔法を記録するだけの魔導書のはずだ。そこに記録される魔法がどんなものであれ、魔法の術式をただ延々と記録するだけなら暴走なんてしようがない。するとしたら吸収した魔力の方に問題がある場合だ。

 だが魔力を蒐集する手段を確立したのは「闇の書」となった後。なぜなら、夜天の書の頃の目的は「魔法を記録する」だけだから魔力を蒐集する理由なんて夜天にはないからな。じゃあ「闇」はどこから来たのか。そこで一番疑わしいのは、夜天たちの「主」であった人物か、あるいは「闇の書」の処理をし続けた人物か、の二択だ。

 主が事故的、あるいは意図的に暴走させたのなら、夜天の書が闇の書になった時代背景やその主は明確かつ容易に追うことができるはずだ。歴史の教科書みたいなのにも載るはずだからな。でも実際はそのあたりの時代背景ははっきりしない。本人たちもおぼろげに覚えてる始末だ。

 だったら、意図的かつそのあたりを細工できる技術を持つ者がいて、それを夜天の書に施したことになる。そんなのは、魔法や魔導書の専門家でもなんでもない「ただの持ち主」である主には不可能だ。そう……「管理局」みたいな組織じゃなければ。

 

「ご苦労。モンディアル、用意はいいな?」

『いつでも!』

 

 こいつらは夜天の書を意図的に暴走させ、それを解決するマッチポンプ的な手法によって民間の信用を得て、管理局という「法的組織」と「警察組織」をひとつにまとめた組織を加速度的に肥大化させていった。

 しかし法的組織というものは、警察と犯罪者にとって究極的に中立でなければならない。警察側に傾けば冤罪を生み出す原因になるからだ。だが最高評議会が管理局をこれだけ大きくさせようとした最大の理由はそこだった。

 司法と警察権を握るということは、冤罪かそうでないかを意図的に決められるということ。言い換えれば、全ての罪と罰を支配することに等しい。こいつらは自分にとって都合のいい罪をコントロールし、罰と称して邪魔なものを排除し続けた。

 時としてそれがヤツらが表立って掲げる「管理局の理念」にとって理想的な人員であっても、ヤツら自身にとって不都合ならお構いなしに。

 

「ジェイル!」

『ああ、聞こえているよ。そしてミッドチルダの諸君、挨拶が遅れたね。私はJ&Sラボ改めJ&Sクルーズ所長、ジェイル・スカリエッティ。以後、お見知りおきを』

 

 そうしてジェイルは自らの誕生の経緯や、それを手綱に評議会の飼い犬とされていたこと、そして彼らの注文する非人道的な数々のアイテムを作り続けていたことを告白した。

 だがそれは同時に、時空管理局という「正義の組織」が、広域次元犯罪者であるジェイルと繋がっていたことを証明することを意味し、なおかつジェイルは今後J&Sクルーズの事業から手を引き、正式に所長の座を俺に譲る旨を話した。

 まぁ個人研究所とはいえ、数々の生活用品を世に出してはいるし、最近ではパトロンも増えてきている。さすがにそれらの信用を失いたくはないだろうし、妥当といったところだ。

 

『――と、様々言ってはみたけれど、私としての要求は大きく二つ。ひとつは彼ら最高評議会が人としての尊厳を捨ててその命を永らえ続けていることの是非を問いたい。そしてもうひとつは我らの旅立ちを静かに見送っていただきたい。我々に、民間人に対する敵意はない。真っ当な心意気を持つ管理局員にもまた然りだ』

「……どうやら民意は俺たちが問いかけるよりも早く、その結論を出しているみたいだな。SNSをはじめとして、ネット上のあらゆる掲示板や各メディアでのアンケート、企業間での結論はさっきの資料を提示した時点からずっとJ&S号のネットワークオペレートルームに寄せられ続けて人員がパンク状態だ」

『結論、だと……!』

「『違法的措置による延命行為は人としての尊厳を捨てた愚かな行いであり許されるものではない』……とまぁ、いろいろあるけど一つにまとめちまえばそんなもんさ。もはやお前たちに人権はない。せっかくだ、ボイスチェンジャーも解いてやるよ。そのヨボヨボジジイボイスを披露してやりな」

 

 そう告げると、先ほどまでの瑞々しい声はどこへやら、しわがれて枯れたようなジジイの声が目の前の戦闘機人から呪詛のような言葉を伴ってその場に響いた。

 見ろ、お前のせいでノーヴェなんか鳥肌立っちまってるじゃねーか。

 

『だ、だが貴様は一介の民間人! それも個人研究所の仮所長風情、我らを法的に捕えることなど――』

「そう、俺にはできない。だが……俺じゃなければ?」

 

 そう言って、頭を下げたままの三つの顎を蹴り上げてやると、こいつらはようやく自分の状況を把握したようだ。

 

「高町」

「このため……だったんだね。ありがとう、後は任せて」

「テスタロッサ」

「今までずっと、頑張らせちゃったね。ごめんね」

「クロノ」

「やれやれ……君のいいなりになるのはこれっきりだぞ」

 

 

 ――あとは頼むぞ。

 

 そう言い残し、俺たちは最高評議会を三人に任せてJ&S号へと乗り込んだ。

 既にル・ルシエとモンディアルは帰艦していて、ジェイルは俺と入れ替わりになる形でこの(ふね)を降り、管理局に拘束されることになった。

 そしてそれから数分と経つことなくJ&S号は発進、ミッドチルダの上空からその姿を消すことになる。



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魔導士兄妹の、旅の終わり

 J&Sクルーズがミッドチルダを離れて一年が経過した。艦内の人員も、当初からいくらか数を増やしながらその顔ぶれを変えている。

 というのも、J&Sクルーズは今やミッドチルダの根幹的な闇を抉り出した「英雄の(ふね)」として一定の人気を集めていると同時に、ミッドチルダに混乱をもたらした巨悪としても扱われている。

 おかげで何名かの研究員は管理外世界にその住処を移して艦を去り、またそれらの騒動、あるいはJ&Sラボ時代の援助からJ&Sクルーズを応援してくれている世界からの志願者による増員などもあって、ラボ時代の顔はもう当時の半数というところまで減っていた。

 

 J&Sクルーズとしての姿勢は、今までと同じようで少しだけ変わった。

 研究施設としてのJ&Sクルーズは、今まで裏で行っていた兵器開発から完全に手を引き、新型エネルギーの研究・開発を基軸としつつも、一般市民に寄り添った家電・生活用品の開発を行い、その主な販売拠点としてミッドチルダを利用している。

 もちろんそれらの商品は要望を受ければ他の世界にも輸出しており、時として停滞したエネルギー問題の解決にも手を貸すこともあったりなかったりラジバンダリ。

 

 最高評議会はあの後、即座に生命維持装置を停止させられ、その長すぎる生涯に終止符を打ったらしい。らしい、というのは、テスタロッサからの連絡によるものだからだ。

 テスタロッサによれば、そもそも時空管理局の発足から現在に至るまで、最高評議会の挿げ替えや退職・辞職の記録はなく、これに関しては彼らが肉体を残していた頃から何名かの幹部に催眠魔法を用いてコントロールし、その体制に疑問を持たせないよう管理局の全施設に思考誘導系の魔法を施していたのだろう、とのこと。

 事実として何名かの善良かつ優秀な査察官および技術部の厳密な調査によって、管理局の施設のいたるところに仕掛けられた思考誘導魔法の痕跡や、それを維持するための微細な装置が設置されていて、それは時に監視カメラとしての意味も含ませられていたのではないか、とテスタロッサは疑っていた。

 ちなみにそれが女子更衣室や女性用トイレの中にまで設置されていたことについては、あのテスタロッサのものとは思えないようなドスの利いた声と感情のこもっていない視線がテスタロッサの明確な怒りと殺意を物語っていた。

 

 そしてジェイルはといえば、仮にも7桁単位の懲役刑を受けたらしいのだが、その宣告から三か月したあたりで「刑期満了で帰るから迎えに来てくれたまえ」と連絡を寄越して帰艦。最近はすずかと一緒に怪しいマシンを作っていたと思ったらVRゲームを製作していたらしい。嘘だろ、それサングラスじゃん。小型化ってレベルじゃねーぞ。

 というのも、いかにジェイルが犯罪者といえども彼による最高評議会逮捕の功績は小さくなく、また彼の頭脳は牢獄に縛り付けるにはあまりにも魅力的過ぎた、というのが管理局員としてのテスタロッサによる見立てらしい。

 ようは、管理局にとって利になる体制(システム)の提案や技術提供、そしてJ&Sラボからの資金提供・装備メンテナンスの再契約など、彼らにエサをチラつかせて刑期を短くしていった結果、気付けば三か月で刑期満了、ただいまー、とのことだった。管理局、そういうとこだぞ。何も反省してねーじゃん。

 

 アリサとの夫婦生活は、実は今のところあまりうまく行ってはいない。いや、誤解のないように言うが、気まずい雰囲気だとか、仲が悪くなったという意味ではない。というか、むしろ何も変わっていないというのが正しい。

 そもそも俺とアリサは幼い頃から苦楽を共にした親友であり、今となっては生涯のパートナーにもなったわけだが、ぶっちゃけ性別の垣根を超えた親友というのは夫婦と何が違うんだ? 性行為の合法性の有無くらいしかなくない?

 おかげで互いに性欲が薄い俺とアリサは「まぁ子供はもう少し仕事が落ち着いてからで」という意見がどちらからというわけでもなく合致し、寝室は同じだがたまにすずかが寝惚けて俺たちのベッドに入り込んでくるくらいには昔のままだ。

 

 そのすずかはすずかで、最近になってようやく恋人ができたらしい。口が悪く態度も軽薄そうに見えるが、すずかのことを第一に考えてくれている男だそうで、先日その男を俺とアリサの前に連れてきた。

 なんかめちゃくちゃ人相が悪いし髪にはメッシュが入っててチャラそうな見た目だったが、すずかの言う通り、すずかの歩幅に合わせていたりことあるごとにすずかの様子を目で追っていたり、何よりあいつのあのダイナマイトボディを前にしながら常にすずかの目を見て話していた。なんだあいつ、真面目ギャルならぬ真面目チャラ男か?

 そのいかにも「悪ぶってます」みたいな感じと実際の態度のギャップがあざとくてムカつくな、って話をアリサにしてみたら、「同族嫌悪?」って言われた。どこがだよ、俺あんなに露骨に悪ぶってないし真面目ぶってもいないから。俺のこの澄んだ瞳を見てもまだ同じことが――ッスゥー……同じこと二回も言いやがった……。

 

 さて、続いて透霞と水都だが、あいつらは既にこの艦を降りた。

 やはり水都は俺と共に生活することが耐えきれないようで、俺もまたあいつと顔を合わせるたびに舌打ちされるのはそれなりにイラっときていたので、それ自体は全然構わない。

 透霞はといえば、「たまに遊びにくるね!」ということで、とある管理外世界に構えられたあいつらの屋敷にはこのJ&S号に転移できるポートを用意しており、それこそ少し遠めのコンビニに行くくらいの感覚で遊びに来る。

 ただ、その転移ポートは原則として透霞だけが使えるようになっており、透霞の許可なく水都が乗り込んでくることがないようにしたのは、我ながら当然とはいえ賢い仕掛けにしたと思う。水都がその仕様に気付いたのはJ&S号が飛び立った後だったし。

 

 ル・ルシエとモンディアルは、今も二人揃って俺の秘書をしてくれている。

 ル・ルシエは気遣いのよくできる女子に育ち、しばしば秘書として連れ歩いていると取引先の子息に色のある声をかけられているものの、年齢の割に大人びた対応でそれをかわしている。

 モンディアルはというと、昔に比べてほとんどミスもなくなり、文武両道の少年として同年代だけでなく顧客や取引相手のママさん層に大人気だ。おかげでそういう相手をターゲットにした商品を売り込む時には便利便利。

 どちらも同年代の異性からとにかくモテるが、どうやら互いに互いを意識しているようで、周囲の子供たちがその想いを叶えることはないだろう。というか、それだけ想い合ってなんでお前ら両片思いなんだ。

 

 ヴィヴィオは外見年齢と精神年齢のギャップに苦悩している様子がしばしば見受けられていて、俺とジェイルだけでなく、女性研究員たちもその様子をつかず離れずの距離から見守り、時に支えている。

 いや、出会った当初の幼児みたいな見た目ならまだしも、今のあいつアリサよりばいんばいんだぞ。すずかと同じくらいばいんばいんだぞ。そんなあいつが「お兄さん一緒にお風呂いこう!」とか「一緒に寝ていーい?」とか言い出したらまずは正座させてから話し合いに発展する。

 本人に他意がないのはわかる。いくら知識として自分がもう大人の見た目をしていて、女性らしいマナーや立ち振る舞いというものを教えてやっても、それは経験から来るものではなく情報として詰め込まれたもの。経験のない知識は身に沁みない。

 だから俺たちも基本的には長い目でヴィヴィオの成熟を見守っているが、さすがに上記のような状況ではそういうわけにもいかない。いやさすがに怖い夢を見たとかなら一緒に寝てやるくらいはするが、それでもできるだけナンバーズとか女性メンバーを頼ってほしい。

 

 そして最後にナンバーズだが、こいつらは色々と変化が多いヤツもいた。

 最高評議会への復讐計画を終えた今、俺がこいつらに対して「計画遂行のための駒」という認識と対応を崩し、以前よりも積極的に関わりに行っていることも一因なのかもしれない。

 特にウェンディとディエチがしつこく絡んでくるようになった。ウェンディは元々の性格によるものだろうが、ディエチは甘え上手になった、と考えるべきだろうか。彼女に関してはナンバーズの中でも特に悩める少女であったため、相談に乗ることも多く、あるいは俺に対して兄か父への親しみみたいなものを持っているのかもしれない。

 あるいは、肉体年齢に精神が引っ張られていると考えるのなら、思春期特有の「良く話す相手への親しみ」を恋愛的な感情と勘違いしたものかもしれない。多感な時期ということもあって、そのあたりのケアも必要だろう。仮にも俺にはアリサという妻がいるしな。

 また、クアットロに関しては少しだけ態度が軟化した。が、本当にほとんどわからないくらいの変化だ。相変わらずプライベートでの接点や会話は皆無だが、ビジネスの会話が以前よりも円滑に進むようになったのは、間違いなく変化といえるだろう。前は小言がナゲットみたいにセットになっていたからな。

 

 ――と、ここまでがJ&Sクルーズとその関係者のお話。

 

 高町との交流は、あの事件の後、ほとんど途絶えてしまった。それは決して悪い意味を含むからではなく、むしろ高町がいよいよ俺のことを理解し始めてくれた兆候ではないかと、俺自身はポジティブに受け取っている。

 連絡がないのは元気な証拠、というのは独り立ちした子を思う親の言葉として有名だが、それに近いものなのかもしれない。今まで高町が過剰なほど俺たちに関わろうとしていたのは、それだけ俺と高町の間にある関係性があやふやなものだったからだ。

 元クラスメートというだけにしては交流が多かったが、友人と呼ぶにはあまりにも関係が浅かった。そんな地に足がつかないような関係性にむず痒さがあったのだろう。

 しかし、あの事件で高町はおそらく俺たちの関係にひとつの答えを見つけた。それは本人に聞かなければわからないが、俺の予想ではおそらく……「知り合い」ではないだろうか。

 プライベートでも交流のあるビジネス相手、というのがフィーリング的には最も近いようにも思える。互いに利用し利用され、たまに出会えば食事くらいなら共にするが互いの家の事情は住所を含め知らない、みたいな。これからもきっと、そんな交流を続けていく。

 

 そんな高町とは逆に、以前よりも積極的に連絡をとっているのはテスタロッサだ。原因はもちろん、最後の戦いだろう。こいつバトルマニアだからな。

 まぁそれは冗談としても、俺が教えた技術を長年サボらず練習を続けた結果を俺自身で試し、それが無駄でなかったことを実感したテスタロッサは、よりその技術を高めるためにしばしば俺に講義と訓練を求めてくる。

 いやお前……仮にも俺はミッドチルダじゃお尋ね者だぞ。民間人の中には俺の味方をしてくれるヤツもいるし、時空管理局もあれから局内の「大掃除」が行われ、真っ当な局員がずいぶんと増えたそうだが、当時の暗部はまだ消えたわけではないし、普通にJ&S号そのものが「不明な技術の結晶」という意味で管理局に追われている。

 そんな中で俺がテスタロッサに会うためだけにミッドチルダの、それも管理局の本局前まで行こうものなら、間違いなくお縄だ。ほら、俺がロストロギアだってことも大多数のミッド人にはバレちゃったわけだし。納得してくれねぇかなぁ。してくれねぇよなぁぁぁ……。

 

 八神とヴォルケンリッターについては、あまり変化はない。

 八神は相変わらずミッドチルダで小料理屋をしているらしいし、ヴォルケンリッターたちも管理局への協力をやめてそちらの手伝いをしているようだ。

 最近は透霞がいなくなって寂しい、みたいなことを言っていたそうだが、残念ながら二人の再会はおそらくもう二度とないだろう。透霞にせよ八神にせよ、今となってはもうなんの権力も力もない一般人として各々の世界に溶け込んでいるのだから。

 

 

「……さて、そろそろ現実逃避やめようかなって思うんですけど、マジでうちに就職希望なんですか、お二人とも……」

「まぁ、ギルドでの活動は収入はいいけど命がいくつあっても足りないし、何より可愛い弟と妹の様子も見ていたいしね!」

「わたしも……二人の様子を見守りながら、お仕事がしたい……」

 

 今、J&S号を離れてとある管理外世界の街に存在するとあるテラスで小休憩を入れながら一緒に茶をしばいているのは、ギルド時代の先輩で、なおかつ俺と透霞の保護責任者でもある11位の姉御――リリックさんと、8位のアルテシアさんだ。

 正直、保護責任者としての定期連絡はJ&Sラボ発足以前、それこそジェイルと共に地球を離れた翌日から頻繁にとっていたのだが、こうして面と向かって話すのはずいぶんと久しぶりだ。

 そして、こうやって顔を見合わせて話す内容が世間話なら俺も歓迎したのだが、それが自分の経営する研究施設での就業希望となると、些か複雑な気持ちだ。

 いや、このお二人なら事務仕事を任せても警備を任せても問題はないだろうし、見目も美しく職場に華が加わって職員のモチベーションアップにも繋がるだろうし、リリックさんは人当たりもいいから現場の空気もよくなるだろう。

 クソっ、マジでメリットしかねぇなこの二人を雇うの……。別にこの人たちのことが嫌いなわけじゃないんだ。むしろ保護観察者として感謝もしてるし元職場の先輩として尊敬もしてる。けど考えてみてほしい。

 

 自分の経営する職場で姉か母みたいな人が働くのは気まずくないか?

 

 正直、俺が二人の契約書類にハンコを押すのを躊躇っている理由はその一点に尽きる。

 でもまぁ……このお二人には恩もあるし……追い返す理由も考えれば考えるほどメリットしか見つからないし……。

 

「……わかりました。でも先に業務内容と福利厚生、お給料のお話をさせてもらいます。リリックさんは警備部、アルテシアさんは経理部を希望ってことみたいなので、給料については特許料からも収入を得られる研究員ほど稼げませんよ」

「いいよいいよ! お金より福利厚生の方が気になるから、そっちは深堀りして聞くかもしれないけど!」

「わたしも、お給料のことより業務内容を詳しく聞きたい……」

 

 そういやこの人たちギルドの上位ランカーだから、めちゃくちゃな豪遊とかしない限り今さら金とか一生かけても使い切れないくらいあるもんな……。

 

「じゃ、さっそく――」

「に、いっ、さーんっ!」

「うぼぁッ!?」

 

 背後から俺を襲った衝撃と、この聞き覚えのある声。これは……。

 

「透霞ァ! お前来る時は事前に連絡しろって何回言わせるつもりだ! 相手が相手とはいえ今これ面接中だぞ!」

「あー、ごめんごめん。お姉ちゃんたちが兄さんと一緒にお茶してるって聞いたから、つい!」

「……姉御?」

「いや、まさかこんなに早く来ると思わなかったからさ……ごめんって、この面接が終わってもしばらく待つかなー、くらいの気持ちで送ったんだよ。ホント、信じて」

 

 11位の姉御はあまり裏表がない人――いやまぁたまにすげー裏の顔もってたりするけど、基本的には朗らかで正直な人だから嘘ではないだろう。J&S号とこいつの屋敷が繋がってることは話してないし、致し方のないことだったのかもしれない。

 そう思っていると、先ほど注文した三人のケーキが運ばれてきた。透霞がこちらをガン見してきたので、何か言われる前に「食えよ」と俺のチーズケーキを差し出す。

 こいつが黙ってチーズケーキを頬張っている間に手早く業務と給料について口頭で、追加のケーキを注文してニコニコしながら鼻歌を歌ってる間に福利厚生の内容をまとめた資料を渡して質問に答える形でその説明を終えた。

 職場の空気とかは、一度見学に来てもらって、そこで判断してもらうしかないので、後日J&S号の中を案内するということになった。

 

「いやめっちゃホワイトじゃん」

「まぁ、たぶんブラックな仕事してるのは所長の俺と各部署のリーダーたちくらいですからね。その分ちゃんと見返りの残業代とれるんでさほどブラック感ないですけど」

「そのリーダーさんたちの名前とかって聞いてもいいの?」

「経理部がアリサ、開発部がすずか、研究部がクワットロ、警備部がチンクですね。こいつらと俺を含めた五人は定例報告とリーダー会議がとにかく長くて、作らなきゃいけない非公開資料が膨大なので時間がいくらあっても足りない感じです」

 

 救いといえば、J&Sクルーズの職場はJ&S号内部なので究極的に言えば現場仕事以外は自室でも対応できることだろうか。それはそれでプライベートの時間を割いていることになるからホワイトともブラックとも言いづらい感じになるが。

 おかげで最近のアリサは休暇代わりに緊急かつ現場に赴く仕事がない時は部屋で映画を見ながら作業していることもある。あれホントに休めてんのか……?

 

「上司からの圧じゃなくて上司自身の仕事がブラックなタイプか……」

「それ、助けてあげられないの?」

「8位の姉御みたいなことを言う部下たちのおかげで、アリサとチンクは最近けっこう休めてるっぽいですよ。すずかとクワットロも休みはとれてないけど休憩時間は伸びてるっぽいですし。俺は仕事をこなせばこなすだけ増えていきますけど」

「兄さんって性格は割とクズだけど職務(ビジネス)に対してだけは真面目だもんねー」

 

 ビジネスは人間関係と違って真面目にやればやっただけ見返りが来るからなー……。なんで人間ってあんなに誠意を尽くしてもクソみたいなヤツはクソみたいな態度とってくるんかな。ああいうの見てるとこっちも真面目にやるのバカバカしくなるよな。その結果が今の俺の性格やぞ。

 

「ごちそうさまー」

「こっちも話がまとまっ……いや待て、なんだお前その皿の数は。何をそんなに食ったんだ」

「え? チーズケーキ2つといちごショート1つとショコラムース1つとハニーワッフル2つと紅茶を2杯だけだけど……?」

「けっこう食ったなぁ!? えっ嘘だろ、俺ら15分くらいしか話してないぞ!? 15分でこの惨状!?」

「女の子なら普通だよー」

「11位の姉御まで弁護したらこの悲惨な皿の山をツッコミづらくなるんでやめてください!」

「ごちそうさまー」

「そして8位の姉御は説明聞きながらずっと食ってた割におっそいな!」

 

 透霞とアルテシアさんを足して2で割れねーかな、甘いものに対する食欲。

 

「じゃ、あとはのんびりお茶会にしますかー!」

「ですね。チンク、護衛ご苦労。ル・ルシエと一緒にJ&S号に戻っていていいぞ」

 

 俺がそう言うと、少し離れたところで食事をしていた二人組がこちらを見て頷き、頭を下げて去っていった。

 

「あの二人、護衛の人だったんだ?」

「いや、護衛と秘書ですね。ビジネス中のトラブルはよくあることなので、身体的に守ってくれるのが護衛のチンク。業務を守ってくれるのが秘書のル・ルシエです」

「どっちもまだ小さな女の子だったけど?」

「あれでチンクは俺と同じくらい強いですし、ル・ルシエは気づいたら俺の業務の1/3くらいしれっと持っていくくらいに有能なので」

 

 断じて俺の趣味で少女を侍らせているわけではないことは念を押して注意したが、果たしてきちんと理解してもらえているだろうか。

 見ろ、俺は今の透霞みたいにちょっと見ないうちにこんなに立派になった二つの果実を揉みしだくのが好きなんであって、あんな丘にもならない地平線みたいなガキには微塵も興味が沸かないんだ、と熱弁したところ、たぶん初めてリリックさんの感情のない笑顔を向けられた。

 いやまぁ当たり前の反応なんだけど、こんなことしといてなんだが透霞はもう少しハッキリ嫌がった方がいいぞ。お前こういうの兄妹のスキンシップの域を逸してるって自覚あるか? 俺はある上でセクハラしてるんだけど?

 

「えーっと、ごほん……。とにかく腕がよくて本人がよくて面接をクリアできるなら来るもの拒まず去る者追わずがJ&Sクルーズの理念です。なので俺としてはもう二人とも合格ですよ。あとは見学に来てご自分で決めてください」

「セクハラの心配は?」

注意事項(そこ)になければないですね。という冗談は置いといて、まぁ残念ながら一定数そういう被害報告は受けてます。セクハラは性的不快感を受けた側がそれを訴えた時点で成立してしまうので真偽の見極めには注意を払いつつ、事実が発覚すれば即座に艦から降ろす旨をきちんと資料に書いて渡してるんですけどね……」

「実際に艦を降りた人は?」

「J&Sラボ発足以降10人ほどですね。J&Sクルーズとして研究所と住居エリアがミッドチルダから独立、同じ艦の中となって以降は、新規参入のクルーにはそのあたり徹底して説明しつつ、各部署に相談窓口を設けたり対策はしているんですけど、それでも1名ほど出てしまいましたね」

 

 まぁその一名というのは「研究職に就ける上に女性職員とエリアを分けただけの同じ艦に乗れる~! やったぜ女踊り食い~!」みたいなヤツだったので面接時点でマークしてて出勤一日目でやらかしたので即退艦となったが。

 おかげでどれだけ腕がよかろうが面接で怪しいと思ったら即落とす、が以降の鉄則となった。

 なお、そのセクハラ被害に遭ったのがヴィヴィオだったので、あいつの情操教育を担当している内にまるで母か姉かとばかりに可愛がるようになったチンクはもちろんのこと、たまに職場に顔を出しては癒しを提供する彼女への被害には全職員がブチ切れていた。無論こればかりは俺も例外ではなかった。

 だって! ヴィヴィオだぞ! 見た目があれとはいえ中身は当時精神年齢2歳の子供! まだ自分の性と異性の違いもよくわかってない子供! そんな子供にセクハラとか頭沸いてんのか!?

 透霞の話によるとヴィヴィオはStS(高町が19歳)時点で10歳ってことらしいけど、俺が初めて見た時は生体ポットの中で眠ってて外に出された様子はなかったから覚醒後の歳月で言えばStS時点で0歳だったぞ。先月やっと3歳になったとこだ。

 そこらへんはおそらく俺がジェイルに関わるようになった時期とその後のジェイルの性格の変遷による影響でヴィヴィオの研究をしていたチームが衰退していった結果だろう。あれも元を辿っていけば最高評議会の息が掛かったものだったから、あちらに回す資金をこちらに回してしまったのだろう。

 

「他に質問は?」

「今のところはないかなー。それより、二人の話を聞かせてよ。二人が仲直りしてからの話、あんまり聞いてなかったしさ!」

「そうだね……。わたしも、12位く……じゃなかった。奏曲くんと透霞ちゃんのお話を聞きたいな……。可愛い、弟と妹の話を、おねえちゃんたちに聞かせてほしい……」

 

 そう言われてしまえば、そろそろ世間話に本腰を入れてもいいだろう。

 俺と透霞の、魔導士兄妹のお話を。

 

 まずどこから話そうか。

 

 そうだな、まずは俺たち魔導士兄妹の『ファーストコンタクト』からだ。



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