その笑顔が嫌いです (じゅぴたー)
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嫌いは、好きになんてならない。
少しだけ、少しだけでいいから、自分語りをさせて欲しい。
俺は「笑顔」というものが嫌いだ。はっきり言おう、「嫌い」なのだ。
人間という生き物は一度嫌いになったものを好きになるということが難しい厄介な生き物である。
その厄介な感情のせいで「笑顔」というものが生まれたのなら、今すぐにでもタイムマシンやらなんやらに乗って人類を根本から叩き直したいものだ……なんて茶番はここらへんでやめておく。
嫌いという感情には必ず「理由」というものが存在する。理由のない嫌いなんていじめっ子がいじめの対象に持つ感情くらいだろう。要するに、理由のない嫌いなど99%存在しない。
もちろん、俺が笑顔が嫌いということにだってしっかり理由はある。そこら辺のいじめっ子となど比較さえしないでもらいたいくらいだ。
笑顔が嫌いな理由が知りたい、なんて言われても俺の口からは言えない。
思い出したくもない。なのに、思い出してしまう。
小学校の記憶なんてほとんど忘れてしまっているが、これだけは未来永劫忘れはしないだろう。過去のその記憶に、俺はいつまでも縛られている。
思い出したくないのに忘れられないなんて、自分でも笑いが込み上げてくるほど矛盾している。
けれど、あくまで笑いが込み上げてくる
なんと言えば良いのだろうか。
自分の事を心の中で嘲笑したりはできる。けれど顔には決して出さない…いや、顔に出すことが出来ない。というか、あぁ…おかしくなりそうだ。
笑顔なんて、昔の記憶と共に置いてきてしまった。それが原因か。
原因が分かっても取りに帰る気力もないし、既に帰り道は塞がれている。帰り道を造る手立てがあったとしても、戻ることはないだろう。
それほどまでに俺にとっては凄惨な出来事だったのだ。
小学校中学年くらいの普通の男子が、そんな小さい頃に自己嫌悪という感情を味わうだろうかと問われれば、味わう人もいるのだろう。しかしそれはごく僅かで微量な、地球という大海原と比べてしまえば、ミジンコ辺りの小生物に過ぎない。
俺は味わった。味わってしまった。
全部、俺のせいだ。
✤ ✤ ✤ ✤ ✤
転校先の県に祖父母の家があったため住居や金銭等の面に関しては心配することはなかった。
祖父母は笑顔が嫌いになった出来事も知っているし、多分俺の気持ちにも気付いてた。自分の悩みも吐露しやすい。「親しい家族」の関係である。平和に暮らしていれば誰もが持てるであろう関係。
俺は所謂コミュ障というやつで、あの出来事も相まってか人と話すということからさえ遠ざかっていた時期があった。そんな中でも祖父母は変わらず接してくれたのだから感謝はしているし、そこら辺の人や、少し仲のいい友達よりかは話しやすいし気が楽だ。楽だったんだ。
そんな祖父母も年齢が年齢だったために、既に亡くなっている。
祖父母が亡くなった後は姉にある程度の世話等をしてもらっていた。姉には何度も助けて貰ってはいるものの、人柄等に少々難のある人間なので、あまり好きではない。
なんて自分語りばかり重ねているからこんなねじ曲がった性格になるのかもしれないな。なんて再度自嘲する。姉には「悪い癖だよ」なんて言われるが、知ったこっちゃない。これが俺なんだ。大人しく受け入れて姉も姉で一日中ダラダラと家で過ごす癖をなんとかしてほしいものなのだが。
そこから小学校、中学校と無事義務教育を終えた俺は、再び地元に戻ってきた。
昔から仲の良い奴も数名いるだろうし、時も数年経ったのだ。俺のことを覚えている人はさらさらいないだろう。
─何故かは理解し難いのだが、姉もついてきている。まぁいないよりかはマシだろうなと思い、寛容な心で同行を許した。
つまるところ、時期的には今月から新学期、高校入学である。
入学先は『羽丘学園』
去年まで女子校だったためか、男子生徒が入学生や在校生を合わせても俺と数人しかいないということで、女子だけなら関わることもないし孤独に過ごせるであろうという算段の元決めていた。
何も下心、邪な考えなどというものは決してない。
女子なんて関わらなければラクショーである。そもそもこっちから絡まなければ余程のビッチや物好きでなければこんなド陰キャに近付かない……はず
はずだったのだ
「いてっ」
「あっ!すいません!このお詫びは……」
ぶつかっただけでお詫びだのなんだの、初日から面倒臭いやつに絡まれたものだと思い、テキトーに返答する。
思えば、テキトーに返事をしなければ、ここでも物語は分岐していたのかもしれない。今更考えてもくだらないことでもある。
「いや大丈夫ですって」
「私、羽沢つぐみって言います!お詫びは絶対しますから!…すいません、友達と待ち合わせをしているのでまた今度しますね!」
「いやあの…!」
「すいませんでしたー!」
全ては嵐のように過ぎ去ったド迷惑なこの女、羽沢つぐみによって始まったのである。
そんなこと、この時は一ミリも考えていなかった。
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笑顔は、皆を救える訳じゃない。
令和じゃーーーい!やったーー!
平成最後の投稿はどうしたって?…すいません許して下さい何でもしますから
今日から羽丘学園での新しい生活が始まるんだ…女子校から共学になったり正直色々不安だけど、蘭ちゃんやみんながいるからきっと大丈夫!!…なはず、だよね?
「きゃっ」
「いてっ」
まずい!考え事をしてたら男の人とぶつかってしまった。私よりずっと身長が高くて、先生なのかと見間違えそうになるが着ている制服は羽丘の物だし生徒だろう。…ってちゃんと謝らないと!
「あっ! すいません! 前を見てなくてぶつかってしまいまして…このお詫びは……」
「いや大丈夫ですって」
「私、羽沢つぐみって言います! お詫びは絶対しますから! …すいません、友達と待ち合わせをしているのでまた今度しますね!」
そう言うと彼は少し嫌な顔をした。…そんなに嫌だったのかな?申し訳ないけど、彼に構っている時間はあまりない。蘭ちゃん達も待ってるし早くしないと…!
✤✤✤✤✤✤
「蘭ちゃん!みんな!待たせてごめんね!」
「…そんな待ってないし、とりあえず落ち着いて」
「蘭の嘘つき〜。結構前から校門の前で待ってたくせに〜」
「なっ!?そ、そんなことしてないし!!」
「ずっと前から待ってましたって顔に出てるぞ?蘭」
「え?嘘っ!?」
「嘘だけどな!」
「はぁっ!?」
「とにかくつぐは一回呼吸整えてね!」
「うん!みんなありがとう!」
そうだ。さっきの人にちゃんと謝るの、忘れないようにしないと…なんて、みんなとの『いつも通り』の朝を噛み締めながらそんな事を考えた。
✤ ✤ ✤ ✤
…何なんだアイツは。一回ぶつかったくらいでお詫びだのなんだの話を進めて、嵐のように去って行く。台風一過もいいところだ。アイツがここを去ってからは、俺の心はもれなく晴天である。あんな笑顔…例え太陽の様な笑顔だったとしても俺にとっては嵐の空模様に変わりはない。孤独の方がよっぽどマシだ。…いや待て、俺の心はもれなく晴天なんてポエマーか何かみたいでキザすぎただろうか。
そんなことは気にする程の物でもない。二度とあんな笑顔みたくない。あんな全てを照らすような天の光なんて、アイツは天照大御神か何かなのだろうか。そうだとしたら甚だしい迷惑だ。そんなヤツに限って同じクラス、とか…そんなの小説の中だけだよな?
一抹の不安を抱えながら、自分のクラスを確認して速やかに教室に行く。幸運な事に席は窓側の隅。一番人間関係が築けなさそうという勝手な偏見を持っているが、その偏見が正しければむしろ最高である。ここで孤独に過ごしていけば何も問題はない。
──これを人は『逃げ』と言うかもしれない。
いや待つんだ諸君。これは俺が選んだ席ではなく、予め決められていた席なのである。逃げではない。
しかしそれでも逃げという輩がいるならば完膚なきまでに否定してやろう。
そうだな…例えば、一人の囚人がいたとしよう。その囚人は釈放されるその日まで他人からまるで悪魔を見るような目で睨まれ、虐げられ、殴られ、蹴られ、嬲られる。そんな拷問の様な日々を釈放されてもなお、繰り返したいと思うだろうか?
いや、絶対にないはずだ。いるならギネスブックに載るほどのマゾヒストだと思う。そう、これは本能的なものに過ぎない。ワケも知らない第三者から見た時の逃げも、全体的に見れば人間の本能に過ぎない。
これは怖気付いて惑い、結局何も出来ない人間が自分に下す最終手段である『逃げ』ではない。
恐怖心に駆られ、前に進もうとしても進めない。心の中の恐怖が道を阻み、先に行けなくなる『本能』だ。
怖気付くのと恐怖心に駆られるのは違う。『行動しない』のと『行動できない』のでは根本的に違う。
───なんていう戯言が、俺のここまでの言い訳だ。態々ご清聴ありがとうクソ野郎共。
所詮これも自分の
自分を認めたくないだけ。
俺は、どうしようもなく貧弱で狡猾で最低な人間なんだ。
…本当に、これだから
✤ ✤ ✤ ✤
「これだから
早く来すぎたが為に人気のしない教室にその言葉は木霊する。反響して、やけに大きく自分に返って聞こえた。
「また蘭だけ別のクラスかぁ…」
「まぁあの蘭の事だからまた昼に来るでしょ〜」
「アハハッ!それもそうかもな!」
「あはは…ってあの人…!?」
なんて考えていた束の間、早速人が入ってくる。
いやいやいやいや、なんでアイツがいるんだ?俺の予想が当たったとでも言うのか?ここは小説の世界じゃあるまいし、冗談はよしてくれないか。しかもアイツはお仲間らしき人達を連れている。赤髪の不良みたいなやついるし、なんかアレデカいし、よく分かんないやついるし、絶対にこの空気には慣れない。慣れたくない。そうだ、慣れたくないなら無視が一番だな。
そう思っていた矢先だった。
閉じ込めていたはずの最悪な日々の始まりが、この少女によって蓋が開けられてしまった。
「あのっ!さっきはすいませんでした!それにしても同じクラスなんて奇遇ですね!…なんて」
やめてくれ、その笑顔を俺に向けるな。
「なになに〜!?つぐもう男の子と仲良くなっちゃったのー!!?」
やめてくれ、そんなに楽しそうに俺の話をするな。
「つぐのことだしもういるかなーとは思ったけどほんとにいるなんてなー!!」
やめてくれ、俺はその笑顔に耐えられない。
「初日から男を誑かすなんてつぐってるねぇ〜」
やめてくれ、俺の話をしないでくれ。
「そっ、そんなわけじゃっ…////」
やめてくれ……俺と関わらないでくれ。
「やめてくれ…」
「?何か言いましたか…?あっ!ぶつかったことが迷惑だったなら何か代わりに……」
「やめてくれって言ってんだよ」
「…え?」
俺はそう言い放ち、教室から飛び出した。
はぁ…初日からサボりなんて…最悪だ。
いいだろ?少しくらい我儘でも。
だってもう俺は、失いたくないんだ。
失いたくないなら、作らなきゃいい。
✤ ✤ ✤ ✤
「ちょっと待って…」
彼は『やめてくれ』と呟き、教室を出ていってしまった。
…私、悪いことしちゃったかなぁ?
「えーっと何?あれがつぐのお友達?なんか感じ悪いなぁ…」
「ううん、違うよひまりちゃん。ここに来る時にあの人とぶつかっちゃって。だから友達ではないんだけど…私とぶつかったの、そんなに嫌だったのかな」
「だから遅れると思って急いでアタシたちのとこに来たってワケか」
「……」
「モカ?どうしたの?」
「いや〜、あの人みんなが笑ってる時だけす〜ごく嫌な顔してたな〜って」
「何か、あったのかな…」
彼を追いかけて質問でもしてみようかと思ったが、彼の行き先なんて知らないし、タイミングよく先生が来て入学式などの説明が始まってしまった。
…どうしたらいいんだろう。
✤ ✤ ✤ ✤
入学式が終わり、各自解散となったので一部の生徒が教室に残っている。そこで蘭ちゃんを含めた私たち五人は今後の練習などについて話していた。
何か彼を笑わせる方法とかないかな…私のお店の珈琲を飲んでくれれば「おいしい」って笑ったりするかな…?流石に自信過剰すぎか。
こころちゃんたちに頼めば笑顔になってくれるかも!けど強引すぎるかな…
どうすれば…っていうかなんで私こんなにあの人のこと考えてるんだろ…!?
「…ぐ?……つぐ!?」
「ふぇっ!?ちゃっ、ちゃんと聞いてたよ!!確か明日は練習がないっていう話で…!ってなんでみんな私の事そんな目で見てるの?」
「…明日練習あるけど」
「…あ」
「つぐー?話くらいちゃんと聞こーよー!」
「ごめんね…!」
「つぐ〜?もしかして今朝のあの人?」
「!?ちっ…違うよ!あの人のことは一ミリも考えてなかったから!!ね!?」
「考えてる顔だなこれ」
「そんなことっ…///」
「あたし、あの人とか言われても知らないんだけど…」
あの人のことは確かに気になるけど、今はこのみんなの話し合いに集中しないと……!
そういって自分の頬を少し強めに叩き、気持ちを切り替えた。
✤✤✤✤✤✤
あの得体の知れない奴のせいで初日から屋上行きになってしまった。
今教室に戻ったところでもう誰もいないだろう…なんせ今は放課後だからな。時間的にそうだろうし、下校のチャイムも放送もバッチリ聞こえた。
初日に教室にもいないで屋上でずっとスマホをいじっていた俺は、とりあえず挽回する方法を考える。
まー、これから授業に毎日欠かさず出るしかないよな。
今朝ここに来てしばらくしてから、黒髪に赤いメッシュの入ったいかにも不良のようなオーラを放っていた人も来たし、初日屋上行きは俺だけじゃないことに少し安堵した。あいつが常習犯なら俺が明日から挽回すればビリにはならない訳だ。
…それよりも。
アイツとその取り巻きと同じクラスなのは些か不満だが、これも堪えるしかない。
もう笑顔なんて見たくないんだ。信じたくない。笑顔なんて向けられたら、その人が俺の前から消えてしまいそうで…
なんで最近になって思い出すようになっちまったんだよ。もう思い出したくもないのに…こんなこと思い出したのも全部アイツのせいだ。あの野郎、次会ったらどうしてくれようか。いや…会わないのが1番だ。
今度こそ関わらないようにしてやる。
もう二度と、あんな笑顔をみてたまるか…
ここにいても何も始まらないので今日はもう帰ることにしよう。初日から先生に怒られるのも勘弁だしな。
そう思い屋上の入り口まで行き、扉のドアノブに手をかけた
───瞬間だった。
バタンッ!と大きな音がしたかと思うと、屋上の扉は既に開いていた。驚いて仰け反り転んでしまう。…どうやらタイミングよく向こう側から開けようとした人がいたみたいだ。
「いてて…すいません、タイミングよく……ッ!?」
「あの!話があるんですけど…!」
会わないって誓ったばっかだろうがよ。
✤ ✤ ✤ ✤
「あの!話があるんですけど…!」
そういって私は話を切り出した。
*
「なんであんなに嫌がるんだろう…」
「つ〜ぐ〜」
「うわっ!!モカちゃん!?」
あの人が嫌がる理由、どうやったら笑顔になってくれるのかを悩んでいたら気づかないうちに目の前にモカちゃんがいたようだ。
モカちゃんが神出鬼没って言われてる理由がちょっと分かったような気がする。
「どーしたの〜?何か悩んでる見たいだけど」
「あ、あの…実はね…」
モカちゃんになら、みんなになら話していいだろう。
そう思い私は今までの経緯をモカちゃんにより詳しく伝えた。
「なるほどね〜」
「どっ、どうかな…モカちゃん。何かいい方法ない?」
「つぐ〜」
「?どうしたのモカちゃん?」
「方法を考える以前に名前も知らないんじゃ進展も何も意味ないんじゃなーい?」
「あっ……」
まずい。うっかりしすぎて名前を知るという一番大事なことを見落としていた。
「蘭が屋上にそれらしき人いたよって言ってたけど…どーする?」
「…行くしか、ないよね」
「お〜?つぐってるねぇ〜」
「つっ、つぐってる…のかな?けどありがとうモカちゃん!おかげで前に進めそうだよ!」
「ふっふっふっ〜、モカちゃんのアドバイスは世界一なのだ〜」
「ふふっ、そうかもね!」
「あ、蘭が後でまた屋上にって───」
そういってモカちゃんにお礼を告げる。
モカちゃん、最後何か言ってたけど何だったんだろう?
そういった考えも一旦頭の隅に追いやって、急いで屋上へと足を進めた。
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…のはいいんだけど、勢いよく扉を開けすぎて彼を転ばせてしまった。今日は色々タイミングよすぎだな…って違うよね!!?
「いてて…すいません、タイミングよく……ッ!?」
少し痛がっているようだが、話すタイミングは今しかない。強引にでも話を切り出さなきゃ…!
「あの!話があるんですけど…!」
「…何だよ。こっちはもうお前なんか見たくもねぇんだよ」
あ、一応聞いてくれるんだ…などと少しどうでもいい事を考えるが、すぐに頭を切り替えて、そっぽを向いている彼を正面から見つめる。
しばらくして彼も真剣な表情で目を合わせてくる。…なんか恥ずかしい…!目、閉じて…一旦落ち着いて…目を瞑っているせいで見えない彼を頭で思い浮かべながら言葉をぶつける。
「名前……!なんて言うんですか!?」
よし!話は切り出せた!そう思って緊張して閉じていた目を開けて彼を見る。
…すると彼はいかにも「なんだその質問」と言いたそうな拍子の抜けた表情をしていた。
……あれ?もしかしてこの雰囲気って名前聞く場面じゃない……?
もしかして場所とか時間とか失敗しちゃった…!?
「……
答えてくれた…!やっぱり彼は…咲実君は優しい人なのかもしれない。
心も開いてくれたし、これでやっと打ち解け「話はそれだけか?…名前は教えたけど、もう二度と関わってくるなよ。
「…え?」
彼は私の横を通り抜け、屋上から出ていこうとする。
なんで…?どうして…!?
「待ってください!まだ話が…!」
「…まだあんのかよ。いちいち長ぇんだよ。さっさとしろ」
「なんで…そんなに私を拒絶するんですか!?」
「はぁ…」
彼は溜息をついてから口を開いた。
「いいかよく聞け。笑顔は必ずしもみんなを救えるわけじゃないんだよ」
「そんなこと…ないです…!少なくとも私はそう信じてます!」
「笑顔で苦しみ、藻掻く人だっているんだよ。…俺の言いたい事は分かったか?」
「そんなことないです!笑顔は絶対にみんなを幸せにできます!」
「…まだそんなこと言ってられる根気だけは尊敬するよ。その言葉、二度と俺の前で口にするなよ?
この際もう関わることはないからはっきり言わせてもらいますけど」
急に丁寧な口調になった彼はゆっくりとその口を開け、呟いた。
「あなたの、その笑顔が嫌いです。」
そう言った彼は、まるで悪魔を見るような目で私を睨んでいた。
モチベ!モチベがほしい!モチベがないせいで文章が小学六年生くらいおかしくなっちゃったよ!!??
みんな!感想でも評価でもどっちでもいいからちょうだい!(感想、評価の鬼)
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過去は、簡単に拭えるものじゃない。
「そ…んな…」
彼女は見れば直ぐに解るような絶望した顔をしている。そうだ、これでいい。いい顔すんじゃねぇか。
…頭が痛い。そうだ、「いい顔すんじゃねぇか」なんて言っちゃダメだ。
憎しみを押えろ。なるべく平常心で。もうこいつと関わらないように。
俺は平然と扉の前にいるアイツの横を通り過ぎ、屋上から立ち去る。
「ふぅ…あんなんでいいだろ」
階段を降りながら考える。
今のうちにきつく言っておけばもうあちらから関わってくることは無いだろうと思い、こちらの思いも全て…ではないがぶちまけさせてもらった。ともあれ効果バツグンのようで何よりだ。
屋上から下の階へ向かう階段の途中で、朝屋上で会った赤いメッシュの女とすれ違う。
彼女も俺も互いを一瞥してから足も止めずに階段を俺は下りていき、赤メッシュは上っていく。
きっと赤メッシュが階段を上って屋上に着いてドアを開ければ、目の前にはアイツが泣き崩れているだろう。アイツは笑われ者間違いなしだろうな…まぁ、それでも俺が笑うことなんてないんだが。
決して顔に出さず、心の中でアイツを嘲笑しながら独りの廊下を歩んで行く。
…心の中だけなら、どんな笑いでもいいだろうか?
…ダメだダメだ。そんな事考えるな咲実叶汰。…こんな事考えるのも、あれもこれも全部、
✤✤✤✤✤✤
「…えっ?ちょ、つぐみ大丈夫!?」
「ひっぐ…う、うぇ!?蘭ち゛ゃん?!」
「なんで泣いてんの!?」
「い、いや別に…」
「もしかして、さっきの男が朝言ってたヤツなの?」
「え…?蘭ちゃん顔怖いよ…」
「アイツが泣かせたの?」
「あの人は…咲実君は悪くないよ…!」
「隠さないで。つぐみを泣かせてる時点でアイツが最低な奴ってことは分かったから」
「ち、ちがっ…!」
「違くない。つぐみはすぐそうやって隠そうと、相手を匿おうとするよね。さっき階段上ってくる時に見たけど、平然と通り過ぎてったからね?あんな奴が良い奴とは思えない」
「それでも…!きっと咲実君にも事情があって…!!」
「事情…?」
屋上に行こうと思って扉を開けたら、つぐみが泣いてるから何事かと思ったが無事(?)で何よりだ。
さっきのアイツのせいで脅されてるのかもしれないけど、つぐみは必死にアイツを匿っている。
何故?普通の人なら泣かされた人に情なんて抱かないと思うんだけど…少なくともつぐみは普通の人のはずだし。
…まぁ、つぐみの話くらいは聞くけど。
そう思い口を開き始めたつぐみを見て耳を傾けた。
✤✤✤✤✤✤
とぼとぼと独りで夕暮れの中を歩いて行くと、向こうの方から二つの影が見えた。非常に見覚えのある影。きっと中学の時に一緒だった『アイツら』だ。
「よっ!」
「久しぶりだな」
「中学卒業してからそんなに経ってないけどな」
「あははっ!それもそうだな!」
俺に近づいてきた二人。中学の時にいつも一緒にいた
「…天翔は?もしかしてまだ…」
「大体ご想像の通りだよ」
「まだ氷川恨んでるっぽいぞ!」
「ちょっ!?俺が折角オブラートに包んでやったのに何喋ってんだよ!」
「だー!!ごめんごめんって!だから抓るな!!!」
「…そうか」
賑やかなのは変わりがないようで何かと安心した。
…いや、賑やかすぎるか?
「俺は天翔が本心でそんなことやってないって確信してるけどな!!!」
「お前それ本人の前で言うなよ?本人が自分自身で模索して気付くのがいっちばんいいんだからな?」
「うるさいのは相変わらずなんだな、慧呉」
「うっ、うるせぇ!!」
「その声もうるせぇよ」
言葉の一つ一つに感嘆符が付いているのが慧呉。それと比べては比較的冷静なのが柊だ。
こいつら…と天翔は俺の事を知っている
「慧呉お前、金髪やめたのか?」
「あー…まぁ色々あってだな」
「どうせ白鷺さんだろ」
「んなっ!?そこで白鷺が出てくる意味はなんだ!!!しょーがねぇだろ!あいつがうるさかったんだからよ!」
「ビンゴか」
「うぐっ…」
「楽しそうで何よりだな」
こいつらは俺とは違って花咲川に通っている。俺も花咲川にしたかった所だが、家からの近さも含めたら羽丘の方が良かったから今に至っている。正直アイツに会うくらいなら花咲川の方が良かったかもしれない。
「…なぁ」
「なんだよ柊」
柊が急に神妙な面持ちで話しかけてくる。
「湊と、その…リサは元気か?」
「あぁ…お前の幼馴染か…ちょっと見たくらいだけど多分元気だと思うぞ。……けどあれだな、今井は男と一緒にいたよ。彼氏かなんかか?」
「そっか…まぁ、そんなもんじゃない?」
ありがとな、と言い柊は笑うが、明らかに様子がおかしい。しかしここで問い質すというのも柊の癪に障る可能性もある。タダでさえ地雷を踏んだ可能性があるのだからここで聞くのも野暮な真似というものだ。
「叶汰はまだ笑顔…ダメか?」
「…何度も言ってるが、それだけはお前らに首を突っ込まれる筋合いはねぇよ」
「けどお前…兄の為にも…」
「…うっせぇ。兄さんはもういねぇだろうが」
「早く立ち直らないと…」
「あーもうこの話はやめだ。久々に会ったのに辛気臭い話も面倒だろうが」
「…それもそうだな」
「けど…「よせ慧呉。きっとあいつも気付いてくれるよ、そんな人が絶対あいつの前には現れる」…柊にそう言われちゃ信じるしかねぇな」
最後の慧呉と柊の話はよく聞こえなかったが、その後は普通の話をしながら帰った。
ごく普通に、けどどこかおかしくて、一人だけ笑いのない世界にいる会話。
けどきっとこいつらも何か抱えてる。さっきの二人の口ぶりからすれば、入学早々大変なことになっているのだろうな…
花咲川の方が入学式早かったらしいし。
「笑顔…」
…変わらなきゃいけないことぐらい、分かってるさ。
✤ ✤ ✤ ✤
「って言う訳なんだけどね…」
「いやいや、話聞いても印象変わらないよ?」
「そっ、そこをなんとか!!!」
大体の事を話しても蘭ちゃんはまだ疑っている。まだしっかり謝ってさえいないのに、ここで立ち退く訳にはいかないもん!!
「そもそも何でそんなにそいつに構うわけ?」
「え……?」
そういえば…何でだろうか。さっきも言ったようにしっかり謝る為…?いいや、何か違う気がする。
私が咲実君を庇う理由…?
何か、何かあるはずだ…そういえば朝モカちゃんが…
そうだ、それだ!確証はないけどきっとそう…だと思う。
「…モカちゃんが言ってたんだ。咲実君ね、私達が話してた時、もっと詳しく言うと私達が笑ってた時…かな?にすごい不機嫌な顔してたらしいんだ」
「その原因を知りたい…ってこと?」
「そういうことだよ蘭ちゃん!分かって、くれるかな…?」
「ッ…!?そんな頼み方されたら断れないじゃん…」
やった…!とりあえずは蘭ちゃんも分かってくれたみたいだけど…
「けど、完全にあいつを信じた訳じゃないから。怪しいと確信した瞬間つぐみから容赦なく切り離すよ」
「…うん!分かった!」
私はそれに満面の笑みで答える。そうだ。ここで泣いてばかりじゃいられない。
頬に伝っていた涙を拭い、座っていた足を起こして立つ。
私だって、進まなきゃ…
「で、話聞いてる限りだとつぐみがソイツに惚れてるようにしか聞こえないんだけど」
「えっ、えぇ〜!!??」
「見た目は確かにいいかもしれないけど…性格、ちゃんと見なよ?」
「ま、待って蘭ちゃん!!色々と誤解がぁぁあ!!!」
✤✤✤✤✤✤
「今日はとことんダルかったな…」
家に帰った後の自室でベッドに横たわりながら独り言ちる。
…まぁ明日からならあいつが絡んでくることもないだろうし、多少は楽だろう。
しかしなんだろうか。心の底に何かつっかえているような、モヤモヤした感じ。
はっきり言って気持ち悪い。吐き気を催す程の何か。その何かは一体何なのか、自分には心当たりもないので検討も付かない。
「考えても仕方ねぇ…ってか」
色々あり過ぎたんだ。少しくらい脳を休ませてやろうぜ。
また独り言ちながら、徐々に重くなっていく瞼に抵抗することもなく深い、深い眠りについていく。
────
此処は、何処だ?
何も無い。『虚無』という言葉の存在をその空間全体で表しているような真っ暗闇の中。
その中に俺はただ独りぽつんと立っている。
此処は、何処だ?
俺はあの後寝たはずだ。夢遊病とやらになっている可能性も無きにしも非ず、といった所だが、仮にそうだとしてもこの空間を説明できる根拠とする事はできない。
此処は、一体何なんだ?
ふと、暗闇の中に一筋の、と言ってもとても微量の僅かな光が射す。
次の瞬間、そこには後ろ姿を向けて顔も見えない
「おいお前ら、此処はど…ッ!?」
此処は何処かを聞こうとした瞬間にその誰かに押し飛ばされる。よく見えないが体格的にも恐らく男だ。
「てめぇ…何しやが…」
倒れた躰を起こし見上げたその男の手には、小さな、恐らく料理用等ではない、果実の皮を剥ぐ為に使われるナイフが握られていた。
「…は?」
状況が分からない。何なんだこの状況は。夢なら早く醒めてくれ。この意味の分からない空間から早く抜け出したい。
─そう思った瞬間だった。
男は羽沢の頬を掌で思い切りひっぱたき、その衝撃と重力に逆らわずに倒れた羽沢の上に跨る。
すると男はナイフを両手で握り、ソレを思い切り羽沢の腹部へ振り下ろした。
刹那、羽沢は口から勢い良く血を吐く。しかし何故か羽沢は
待て、やめろ。それは
笑いながら、刺されながらこっちを見て笑わないでくれ。
狙ってんのか?何とも悪趣味な夢だなおい。今すぐに醒めやがれってんだ。
グサッ、グサッ、と羽沢の腹部に刺さるナイフの音以外何も聞こえない。それがやけにリアルさを醸し出している事で尋常ではない程の吐き気がしてくる。
もう、どうでもいい。早くこの夢を醒ます為に男を羽沢から退かせようと男の元へ走り寄る。
「おいお前止めろよ!早くそこをどけ──」
俺が男の肩を掴んでこちらに顔を向けさせるようにぐいっと男を引っ張る。
そこに映っていたのは、その顔の、その男の正体は。
────俺だった。
しかし今の俺とは根本的に違う、羽沢を滅多刺しにしながらも満面の笑みに満ちた狂気としか取れないその顔。
違う。
これは俺じゃない。
けど俺だ。
俺であって俺じゃない。
…じゃあ、何者だ?
吐き気がしてくる。いや、もう既に吐きかけている。良く考えれば同じ意味か?そんなことどうだっていいだろ。
念の為に口元を手で抑えておく。常人ならとっくに限界を迎えているであろう
しかし俺が吐き気を催している理由の90%はこの
何故この状況についてほとんど何とも思わないのか。滅多刺しにされているのが羽沢だからか?いや、それは違う。いくら俺でも人が刺されていれば真っ先に助ける。
…そうか。ある考えが頭を過ぎり、それがストンと腑に落ちた。多分、そういうことだ。
きっと…
やがて、笑い声が聞こえてくる。間違いなくこれは俺の声。けど声を発しているのはもちろん俺ではない。こんな状況でも、羽沢はまだ不気味に、けれどどこかに「無」を感じさせるような薄ら笑いを浮かべている。
羽沢のその笑顔と、そして
対照的な笑顔の筈なのに、一纏めにしてしまえば同じ『笑顔』なんだぜ?
オモシロイヨナ。オモシレェヨナ?
やめてくれ。
─これ以上ここにいたら気がどうにかなってしまう。
…いや、もしかしたらもう手遅れなのかもしれない。
ここに居続けたらきっと俺はこの俺になってしまう。ダメだ。そんなこと絶対に。俺はアイツとは違う。俺は違う。違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う
出して。出してよ。夢なら早く醒めてくれ。早く。早く早く早く早く早く早く。
だしてよ、おにいちゃん。
✤✤✤✤✤✤
「─ッッ!?」
夢、か。
何て酷い夢を見てしまったんだろう。タイミング的にも最悪だ。今日だけでこの事を何回考えなければならないんだ?
神は俺に味方してくれもしないのか?
俺に地獄を味わえと、そう言いたいのか?
どうせまた考えても無駄、みたいなやつだろう。次はこんな夢を見ないように、強く祈りながら再び瞼を閉じようとしたその時だった。
「たのもーう!あれ?叶汰起きたの?」
「…うるせぇよ、
「もー!拗ねる叶汰も可愛いなぁー!!」
「離れろ。気持ち悪い」
「むっ、おねーちゃんそれは傷つくぞー?」
「言われ慣れてるだろうが」
「それもそうかもしれないかなぁ〜?」
もう紹介はそれだけで十分だろう。正直言ってあまり関わりたくはない。
「それでー?
「……何も見てない」
「嘘でしょ。嘘ついてる時に手が首の辺りに行くの、変わってないんだね」
「俺が何も見てないっつったら何も見てねぇんだよ」
「もしかして、お兄さんの事?」
「…そういう時だけ勘がいいんだな」
「図星!?私もついに叶汰の考えを当てることが「ウゼェんだよ!!」え…?」
「どいつもこいつも俺の気持ちを知らない癖にさっさと立ち直れだの言いやがって…俺は
「ごめん叶汰、お姉ちゃん別にそんなつもりは…」
「…出てけよ」
「叶汰…あの」
「さっさと出てけよ!!!」
「…ごめんね、叶汰」
今日で感情をむき出しにするのも二回目だ。もうそろそろ精神的に疲れてきている。
自分の部屋の扉が閉まる音を聞きながら、考える事も面倒臭くなってしまった思考回路を停止させる。
「はぁ…」
ゆっくりと、また眠りに落ちていく。
✤ ✤ ✤ ✤
「また、ダメかぁ」
叶汰に怒られたのもこれで何回目なのか分からない。
──救えるのは、私しかいないのに。
私が頑張らないでどうする?
叶汰はきっとこのまま大人になってしまう。
そしたらきっと、環境の波に耐えられずに最悪の場合自ら命を絶ったり…流石に盛りすぎかな。
けど、けどそんなことあったら私…!
お兄ちゃん…私どうすればいいのかな…?
…ダメダメ!!いつまでももういないお兄ちゃんに頼ってちゃダメだよね!
「まだめげないからね…!」
叶汰の部屋の扉の裏でそんなことを考えた後に、自分と叶汰のただ2人だけの晩御飯を作るために台所に向かう。
もうそろそろ亀投稿常習犯になっちゃうぜ
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羽沢は、諦めるはずがない。
朝だ。
小鳥たちが毎朝日課のように奏でるチュンチュンという音色が俺を叩き起こすようにはっきりと聞こえた。気がする。
にしても昨日は散々ったらありゃしねぇことの連続だったな。
朝の羽沢とか教室の羽沢とか初日から屋上過ごしだとか、放課後の羽沢とか友人に久しぶりの再会と思ったら俺の過去に口を出されかけるわ、最悪の夢オチ喰らうわ姉が煩わしいとか…
いや、これほとんど羽沢じゃねぇか。ちょっと聞いただけで名前を覚えてしまったが、こうもアイツが、アイツの名前が頭から離れないのはモヤモヤして仕方がない。
「…お前はどこまで俺に迷惑かけるつもりなんだよ」
珍しく朝っぱらから考え事というか昨日の想起というか、色々していたせいで少しばかり頭が痛い。
今日は流石に勘弁だからな。
✤ ✤ ✤ ✤
「叶汰起きてる〜?朝ごはん出来たよ〜!」
一階から姉の声が聞こえる。朝からあんなに朗らかに声を出して元気にしているんだから、もう昨日のことなど気にもかけていないのだろう。まぁそれがうちの姉だ。分かりきっていることだし、不思議とは思わない。
「朝からうるせぇよー!」
今出る限りの大声で下に怒鳴りつけてやる。あはは〜なんて呑気に笑ってやがる。そっか、これが姉だったな。
そう思いつつ下に降りてしっかりと嗽と手洗い、洗顔をしてからダイニングルームへ足を進める。姉と目が合う。憂いがあるような顔ではないが笑顔でもない…明るい顔には間違いないんだけど。
姉もあの出来事については一通り知っているのだから、俺の事を配慮しての行動なのだろう。
「おはよ、叶汰」
「ん」
「昨日はごめんね?」
「…は?」
いや、怒りを顕にして今の発言をしたわけではない。
てっきり昨日のことは水に流して今日は今日としてやっていこうといういつもの姉スタンスで来ると思っていた所でのこれだ。稀どころじゃない。むしろ病気を疑うくらいだ。
「心配するつもりはねぇけど熱とかじゃねぇよな?」
「そんなんじゃないよ!ただ…ほんとに昨日は申し訳なかったなぁって思ってね」
「…あっそ」
意外だ。あの姉が根に持つことがあるなんてな。本当にもしかしたらあの日以来かも…ってまたあの日を思い出すように関連付けちゃダメだろ。
そんな珍しいことがあるんなら、今日は何かがあるのかもしれない…何かかがあるっつっても良い意味の方だからな?羽沢がまた絡んでくるとか俺の中で可能性として1%くらいしかない最悪な意味の何かがあるって意味ではない。そうであると希う。頼んだぞ天の神様さんよ。
「あっそってもしかして許してくれてないの…?」
「別に、俺はこれ以上思い出させてくれなければそれでもういいよ」
「ん〜!!やっぱり叶汰だーいすき!!」
「飯食いたいんだけど」
そーだそーだ忘れてた!と俺に抱きついてきた姉は俺の元を離れて食器やらを持ってくる。俺と姉の分が配膳されたので2人揃って『いただきます』と告げる。2人だけの空間にその言葉と箸を動かす音だけが小鳥たちの囀りと共に響いた。
朝食は相変わらず、見た目上のバランスだけは良い料理なこった。
「…しょっぱ」
少しいつもと違う朝に少しの高揚感を覚えつつ、いつも通り無駄に塩を入れすぎてこうなったのであろう姉の料理を食べながらそう呟いた。
✤ ✤ ✤ ✤
「うーん…」
「おいつぐ?朝からずっと唸りっぱなしだぞ?」
「つぐみは惚れた男について絶賛思考中らしいよ」
「なっ!?ち、ちがうよみんな!!誤解だからね!???」
「えっ?つぐ好きな人いたのー!?全くつぐも隅に置けないなぁー!!」
「蘭〜、お相手は〜?」
「昨日のヤツ」
蘭ちゃんがそう告げると共に一瞬にして固まる場。沈黙に包まれた幼馴染たち。やっぱりそうなるよね…って別にすすす好きとかじゃないからね!?
「つぐそれ本当か?」
「好きっていうのは誤解だけど…確かに咲実くんのことについては考えてたよ」
「お、名前も聞けたんだね〜」
「けどけど!!昨日あんなに酷い態度だったじゃん?」
「つぐみ曰く、簡潔に言えばきっとその言動一つ一つに何か意味があるから知りたいんだってさ。あたしにはよく分かんないけど」
「そこまで知りたがるか?」
「自分でも言葉にしにくいんだけど…このまま放っておいちゃ駄目な気がするの」
「つぐの母性本能だ〜」
「違うだろ」
「あたしも完全にアイツのこと疑ってない訳じゃないけど、しばらくはつぐみに付き合ってあげて本当にそれなりの理由があったら許してやろうって感じ」
「なーんか私たちの知らないとこで色々と話大きくなってない?」
「けどたのしそー」
「もしつぐに何かあったらアタシと蘭がぶっ叩きにいくだけだしな!!」
「なんであたしも入ってんの?」
最初はどうなることかと思ったけどなんだかんだでみんな協力してくれるみたい?
けど人数が多い方が力強いもんね!!ここまで来たら絶対に突き止めなくちゃ…!
ってあれ…?向こうからこっちに向かってくる男の人がいる。制服を見た感じ花咲川の生徒だし同い年くらいだと思う。ちょっと待って、これって私たちの方に来てないかな?
「叶汰の話してると思ったら、もしかして叶汰と同じクラスとかか?」
少し低い男らしい声でその人は言った。
ちょっと怖いかも…けど咲実くんの名前を知ってるってことは友人か何かかな?いや絶対そうだ!多分。
それなら咲実くんについて何か重要な手がかりとか聞けるはず…!
「はい!咲実くんと同じクラスになった羽沢つぐみって言います!」
なんか巴ちゃんと蘭ちゃんが臨戦態勢に入ってる。いや流石にそこまで身構えなくていいんじゃないかな2人とも。
「お〜!昨日話したばっかなのに早速どうにかしてくれそうな人がいたぞ!な、柊!…ってそっか、あいつ今日先行ったんだったな」
「あの、どうにかしてくれそうな人ってどういうことですか」
蘭ちゃんが少し威嚇的な表情でそう相手に語りかける。だからちょっと攻撃的過ぎないかな。
「叶汰をどうにかして救ってくれそうな人!!それっぽいやつがお前!」
「私…ですか?」
いきなり指をさされてビクリとしてしまう。私が咲実くんをどうにかして救う…そうだ。そのためにもこの人に聞かなきゃ。羽沢つぐみの本能がそう告げてる。『こいつ何か知ってるぞ』と。
「あの、今ちょうどその方法を模索していた所なんです。何か咲実くんについて知っているなら話してくれませんか?」
「おう!いいぜ…ってダメだ。これは柊に話しちゃいけないって言われてた。ごめんな嬢ちゃん!」
そうですか、すいませんでした。と告げると彼もこっちこそごめんなと呟いた。悪い人ではなさそうだなと思ったのか、巴ちゃんも蘭ちゃんも既に臨戦態勢を解いている。
「そーいうのよく分かんねぇけど、自分で探して聞き出して叩き直してやるってのが最適だと思うんだよな。
俺たちじゃどうにも出来なかった事だからアンタしかいねぇんだ。隅から隅まで他人任せでほんっとに悪いんだけど頑張ってくれな!」
「…はい!」
自然と身体が強ばる。友人さんでも出来なかった事を、私はやろうとしてるんだ。
「俺は東 慧呉!あとはそうだな…俺から言えることは『あいつは悪いヤツじゃねぇ』って事だけ!んじゃそゆことでいでででででで!!!??」
東さんが話している途中で彼の頬が後ろから何者かに抓られる。…って千聖さん!?
「あら、Afterglowのみんなじゃない。朝からこの図体デカ男が迷惑かけちゃって申し訳ないわ」
ほらいくわよ慧呉。と千聖さんがそのまま東さんを連れていく。
なんか、嵐みたいな人だったなぁ。と春の少し強い風に吹かれながら思った。
ふと、その強い風に吹かれて靡いて飛んできた桜の花びらに目がいく。たった一瞬気になっただけ。その花びらは、また風に吹かれて何処かへ飛んでいってしまった。
✤ ✤ ✤ ✤
「あんな悪そうなやつにあんな良い人っぽさそうな友達がいたなんてな」
「あの人…カッコよかったなぁ…」
「それよりもつぐみ、任命されちゃったね」
「じゅ、重大だよね…」
所変わって学校に着いた私たちは登校中に会った東さんの話で持ち切りだった。ひまりちゃんは別の意味で東さんについて考えてるみたいだけど千聖さんと仲良さそうだったし、今回は素直に諦めた方がいいと思うよ私。
閑話休題。
話を聞いている限りでは、かなり親しそうな友人でもあの咲実くんを元に戻すことが出来なかったようだ。
咲実くんの秘密は知ってるような素振りではあったけど、東さんの言う通りだ。
自分で、自分の力で咲実くんの口から聞き出さなきゃ多分駄目だ。
「ともかく、つぐはまた一人で抱えこんだりしちゃダメだからな?」
「わ、分かってるよ!!流石にあれは反省してるし…」
何より、私の事なんてみんなにはお見通しでしょ?
少しくらい我儘でもいいよね。
そんなこんなでこの私羽沢つぐみ、咲実叶汰くんとの激闘が始まりそうです。
何としてでも勝たなきゃ……!!
…ちょっとモカちゃん、「熱血青春高校生つぐがツグってる〜」ってどういうこと!?
✤ ✤ ✤ ✤
朝食を食べて、学校に登校してきた。
朝の姉以外に今のところ変わったことはない。そうだこれでいいんだ。このまま1日が過ぎてくれれば俺はなーんにも文句を言わないからどうかよろしく頼むぞ仏様。
校門を通り過ぎて生徒昇降口に向かう。
生徒昇降口前のそれは大層ご立派に育てられ、季節も季節のためにその花を開いている大きな桜が目に入る。いつもは通り過ぎてしまうのに、何故か気になった。
桜の花びらが一つ一つと散っていく。
こうやって花びらが散っていくのに、桜の木を全体で見た時って花びらが減った感じはしないよな。そのくせして下には大量のピンクの散っていった花びらがある訳だ。
…そんな風に、集団の何かが一つ消えてっても、きっと全体で見ればさほど気にならない。直ぐに忘れられていく。
この地元に戻ってきた時もそんな感じだったな、と今になって思う。
転校してきたとはいえ地元だし、知っている面子もいた。けど向こうは俺の事なんて全然覚えてなくて、事情を説明したって「転校したやつも確かにいたな」って笑われるくらい。
友達だと思ってたヤツが俺が笑顔にならないことを疑問に思ったから突然地元を離れて転校した理由、ここにまた戻ってきた経緯を話したって「そんなんで向こうに行っちまったのかよ」なんて嘲笑された。
そんなんって何だよ。何も知らない癖に。
…そうだったな、確かそんな時にアイツら3人が俺を庇ってくれたんだよな。俺の事を笑ってきたヤツらと同じで、俺の事なんて何も知らないのに「可哀想だから」なんてヒーローみたいな駆けつけ方をして。
同情なんていらねぇなんて突っぱねたけど正直嬉しかった。
でももうこれ以上友と呼べるものなんて増やしたくない。もう十分なんだよ。
アイツらは悪くない。全部全部、不器用で性格も悪くて、今でも過去に囚われて嘆いてるような俺が悪い。
けど、どうしても頭から離れないんだ。
どうしても、何をしても
その度に『あぁ、俺のせいだ』なんて自己嫌悪に駆られて、兄さんとあのクソ野郎の2人の笑顔を思い出しちまう。
兄さんがああなったのも
あぁそうだよ。
あの笑顔が忘れられないから。
自分があの笑顔を顔に表すのが怖いから。
もしまた笑顔を出したら大切な人が消えてしまうから。
だから自分ごと笑顔を閉じ込めた。人への当たりを強くして愛想がないように見せた。そうすれば、他人と関わらなければそもそも笑顔なんて出てこない。そう思った。
なぁ、バカな俺にしてはよく出来た計算だと思わねぇか?
もっといい方法があったかもしれないなんてそんなこと考えても無駄だ。それを見つけてこれ以上無駄な後悔背負って生きていきたくねぇしな。そもそもバカなんだし、俺にはこれくらいしか思いつかない。
………桜を見るだけで、散っていく花びらを見るだけで、こんなに語れるようになっちまった。妄想癖でもついちまったかな。
「そっか、お前も同じか」
桜の木の下に毛布のように嵩張った桜の花びらを一葉摘んでそう呟く。
すると横からよく朝の早い時間から校門辺りの清掃をしている爺さんが「どうかしたのかい?」なんて言ってきた。
別にどうってことないし、考えていたのは完全な私情だ。「何でもないっす」と爺さんに告げて昇降口へと歩き始めた。
桜の花びらは、まだ散っている。
✤ ✤ ✤ ✤
昇降口から校内に入り、靴箱に靴を入れて上履きを履いて自分のクラスへと向かう。
割と早く家を出たし、教室には誰もいないだろうと思ったのだが自分のクラスから既に何人かの声がする。随分早く来るやつもいるんだなと思っていると俺の開けようとした自分のクラスの扉が開かれ、昨日の赤メッシュが出てくる。
割とこいつに会う確率高いな、なんて考えていただけなのに向こうは何故かこっちを睨みつけている。
「…なんか用かよ」
「つぐみに何かしたら、容赦しないからね」
そういって彼女は他のクラスへと入っていった。
いや待て、あのなぁ。
今つぐみって言ったか?おい嘘だろ?
神様仏様はどうしたんだよ。珍しくこんなヤンキー口調っぽい俺が神頼みしてやったってのにこの仕打ちか?
天で俺の事を見て嘲笑ってんなら言ってやるけど、俺はMでも何でもねぇからなクソが。
愚痴を垂らしたってどうにもできない相手に文句を心の中で言いながら自分のクラスに入る。
案の定、というべきか昨日の面々が勢揃いしてる。
挨拶もせずに自分の席に座る。すると奴らもぞろぞろと自分の席に座り始める。
何だよ、向こうから絡んでくる気はないみたいだな。そうだそれが正しい判断だ。しかも羽沢には昨日あんなに言ったんだから向こうの奴らが俺の事を好きなわけが無い。嫌いになったに決まってる。そうだよな、いや流石に。
「…は?」
本日2度目のは?である。正直これ以上呆れたくないのだが。
理由は羽沢にある。羽沢が俺の隣の席に座ったのだ。なんだコイツそんな見た目しといて巷で噂の清楚系ビッチってやつなのか?あぁ?
「おはよう。咲実くん」
「自分の席が用意されてねぇんだったら帰ってもいいんだぜ」
「私の席、ここだよ?」
嫌味をこれでもかとばかりに端的にぶつけてやったのに平然とする羽沢。
彼女の顔は明らかにこっちを向いている。普通といえば普通なのかもしれないが、よくケアされているのだろうと分かる肌。大きくこちらに向けられた焦茶色の双眼。…よく見れば可愛いんだな。
いやそうじゃないだろ咲実叶汰。
「嘘ついたら針千本飲ますとここで誓え」
「嘘じゃないよ。座席表持ってこようか?」
「だー!もういいよめんどくせぇ」
こいつ本当に昨日俺が罵りまくった羽沢つぐみなのか?
煽りへの耐性がアップしてるどころかこちらを煽るような言動をする始末だ。
「昨日言ってたこと忘れたのか?」
「忘れてないよ。しっかり覚えてる」
「じゃあテメェ…!」
立ち上がって真っ直ぐと羽沢を見たが、俺が立ち上がった瞬間に昨日の赤髪長身も今にも殴りかかってきそうなオーラで立ち上がったのでこれ以上面倒臭いことにはしたくないし大人しく座っておく。
「私、やっぱり咲実くんの隠してることを知りたいの」
「別にお前には関係ねぇだろ。首突っ込むんじゃねぇクソビッチが」
「どんなこと言われてもめげないから」
彼女の口から発せられたその言葉に心底驚いて、今までちらっと彼女の顔を見てからずっと彼女と反対方向を向いていた顔を思わず声の聞こえた方へ向けてしまう。
力強く決心が固まっているような心の底からの言葉。
嘘偽り無き、
しかし驚くと同時に疑問に思った。
何故彼女は見ず知らずの、しかも先日散々罵倒されたような男にこんなに執着するのか。ならば聞くしかない。質問攻めされるってのは俺の性には合わなかったみたいだ。
「……何でそんなに俺に構うんだよ」
「君の、笑顔が見たいから。
もう『その笑顔が嫌いです』なんて言わせないために頑張って…つ、ツグってる。少なくとも今はそのつもりだよ」
羽沢つぐみという女が、ますます分からなくなってきた。
お久しぶりですどうもサボっててすいません土下座します
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