U05基地の化け物ハンター (イナダ大根)
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人物設定集
ハンターチーム『笹木一家』


参考になるかわからん好き勝手な設定集、加筆修正は適宜やる予定。
なおネタバレ注意、気にしないと思うけれど。


 

ハンターチーム『笹木一家』

人類生存可能圏外の朝霞の街を拠点とするハンターオフィス所属の小規模チーム。

笹木奏太を中核とする人間1人と魔改造戦術人形4人の計5人、全員が一級ライセンスを持つ有力チーム。

戦術人形たちは人類生存可能圏外仕様で全身の機械部品をほぼ生体部品を換装した魔改造型。

そのために躯体構造は人間に近く、単純な性能は純正の戦術人形より劣っているが柔軟性に富んでいる。

仕事用に四肢を改造しており、機敏で純正ほどではないが力持ち。

ハンターとしての活動は基本的になんでもありだが、やれないことははっきりと断る。

一式陸上攻撃機、BTR―1の魔改造型を保有しており、フットワークが軽く受ける依頼の幅が広い。

全員が状況に応じて武器を使い分ける技量を持ち、仕事に応じて愛用品に追加でいろいろと持ち込むのでタカを括ると痛い目に合う。

高濃度汚染区域に対応したタクティカルサバイバルスーツにより危険性の高い汚染地域での長期活動が可能。

遺跡発掘、調査経験も豊富であり国や街の研究者には名の知れた護衛および探索チームとして雇われることも多い。

基本的にノリがいいので気軽に話せるタイプ、変な依頼や思惑さえ持ち込まなければすぐに仲良くなれるのも人気の一つ。

 

 

 

 

 

笹木奏太

所属・ハンターオフィス

基本武装・対化け物用大型マチェット、圏外製ガリルAR、圏外製M29マグナムリボルバー

詳細

ハンターチーム「笹木一家」のチームリーダー。一人称は『俺』または『自分』

一級ハンターライセンスを所持。身長173センチの筋肉質な中肉型、黒髪黒目、適当に短くした短髪。彫がやや深い日本人顔の28歳。

シビアな面もあるが基本的に優しく人当たりのいい性格、知り合いには甘くなんだかんだで助けるタイプ。

読書と音楽鑑賞が趣味だが、仕事がなく平和な時は家の縁側でのんびりしたり気ままに散歩するのも大好き。

また笹木一家で料理が一番上手で彼女たちの胃袋を握っている。ホッとする家庭の味。

無理な仕事は絶対しない。情報の大切さを知りつつ、藪蛇はしない主義。

チームメンバー4人とは結婚しており、関係は良好で尻に敷いたり敷かれたり、ロリコン野郎に調教されたりしている。

過去のいざこざからペルシカリア博士に対していささか辛辣だが折り合いはつけており仕事は一緒にする仲。

両親ともに日本人の元考古学者、晩年は遺跡を研究しながらハンターをしており、本人もそれを継いでいる。

遺跡知識は豊富だが研究に関しては便利だからという認識でしかなく、トレジャーハンターとして役立つ知識となっている。

戦闘面ではアサルトライフルと大型マチェットを主に使用するが状況に応じて装備が変える。

ぺイラン島事件直後の生まれであり、オフィス設置前の幼少期から化け物と戦ってきたハンター歴18年のベテラン。

頭の回転は速く親の教育が丁寧だったため一般常識や計算、語学は堪能で一見すると普通の教育を受けたように振舞える。

しかし学校教育は受けておらず、戦前の生活にはとことん縁がない生活を送ってきたため素でボケる時がある。

 

 

 

 

 

伊集院美奈(コルトM1911初期型)

基本武装・圏外製コルトM1911カスタム、対化け物用バトルハンマー

詳細

ハンターチーム『笹木一家』に所属するコルトM1911の魔改造戦術人形。一人称は『私』

一級ハンターライセンスを保持。チーム内では主に火力担当、普段は高威力なハンマーとM1911を振り回す。

一撃必殺主体のオールラウンダー、機関銃や対物ライフル、ランチャー類など火力重視ですぐに引っ張り出す金食い虫。

また火力偏重の気質から爆弾の扱いもチームでは一番上手であり、設置から解体までお手の物である。

天然の入ったムードメーカー、チーム内では人一倍明るいが小悪魔っぽい所もある。

初対面の相手でも無邪気に明るく接し、距離を無意識に詰めていつの間にか仲良くなっていることが多い。

趣味は料理、日本料理が得意で粗末な材料からでもお惣菜を作りお弁当にしてまとめられるレパートリーと応用力を持つ。

彼女のたわわと実った双丘はチームメンバーを虜にする魅力を持つ癒し効果抜群なブルンバスト。

奏太と結婚して『笹木美奈』となった、旧姓はたまに使う。

 

 

 

 

 

春原市代(スプリングフィールドM14初期型)

基本武装・圏外製M14カスタム、圏外製M29マグナムリボルバー、対化け物用大型マチェット

詳細

ハンターチーム『笹木一家』に所属するスプリングフィールドM14の魔改造戦術人形。一人称は『私』

一級ハンターライセンスを保持。M14による近中距離射撃戦主体だが、近接戦になると銃剣を装着して大暴れする。

射撃の腕はほどほど、遠距離射撃はやや苦手。近距離でスペック以上に火力を発揮させるタイプ。

散弾銃や短機関銃も扱いなれており、M14が合わない仕事にはこれらを用いることが多い。

明るく優しい元気娘、奏太と一番付き合いが長いため彼の操縦が一番うまいのでなんだかんだと隣にいることが多い。

趣味は商店街巡りで目利きが得意、買い物上手だがうまくいきすぎて多く買い過ぎてしまうことがある。

酒に酔うと大胆になり仲間に物理的に絡みつく絡み酒と化す。チーム内だとさらに唇を奪い吸い尽くすキス魔となる。

その絡み方から蛇と称されることが多く、奏太が身代わりにされ巻き付かれては巣に持ち帰られている。

奏太と結婚して『笹木市代』となった、旧姓はたまに使う。

 

 

 

 

 

倉窓琥珀(ナガンリボルバーM1895初期型)

基本装備・対化け物用ツインショートブレード、対化け物用サバイバルナイフ×2、圏外製ナガンリボルバーM1895カスタム

詳細

ハンターチーム『笹木一家』に所属するナガンリボルバーM1895の魔改造戦術人形。一人称は『儂』

一級ハンターライセンスを保持。ちょっとおっちょこちょいなのじゃロリ乙女、婆扱いはまだ禁止。

稼働年数が長く、経験が濃いため自然と年上的な行動になるがチームの仲間には年相応。正直者で嘘が苦手。

趣味は散歩、暇なときはふらふらと家や拠点の周囲を散策していることが多い。

リボルバーによる射撃と双剣類による近接攻撃を使い分ける。サイレントキリングを得意としておりIOPの最新式でも彼女を捉えきれない。

アサルトライフルの扱いにも精通しており銃撃戦メインの仕事ではガリルARまたはH&R・ARW-002レールガンを背負っていることが多い。

愛用のリボルバーは改造を施したカスタムタイプ。44口径マグナム仕様、スイングアウト式6連弾倉、ダブルアクション式というナガンM1895の皮をかぶった44マグナム。

サイレンサーを含めた多彩なアタッチメントであらゆる場面で活躍できる銃器でありお気に入り。

原型よりも胸が少し大きい、美乳だが服の上からだと外見にあまり大差はない。奏太をロリコンに調教した張本人。

奏太と結婚して『笹木琥珀』となった、旧姓はたまに使う。

 

 

 

 

 

サラ・グリンヒルト『ワルサーP38初期型』

基本装備・朝霞製対化け物用九五式軍刀、圏外製ワルサーP38カスタム

詳細

ハンターチーム・笹木一家に所属するワルサーP38の魔改造戦術人形。一人称は『私』

一級ハンターライセンスを保持。穏やかでデフォルトのようにアイドルアイドルしていない、年季が入って落ち着いた性格。

チームの中でもおとなしく、静かに一歩引いてほほ笑んでいることが多いが埋没しているわけではない。

刀を用いた近接戦に拳銃を用いており本来のP38が行う二丁拳銃は影も形もない。

笹木一家の中で一番狙撃がうまく、銃撃戦ではライフルを担いで狙撃支援に回ることもある。

北辰一刀流の使い手であり師範の資格を持つ実力者。実戦では流派に囚われない動きをするため我流に見える。

趣味は剣術をより磨くことであり、常日頃から次のステップへのひらめきを探っている。

しかしその探求が行き過ぎて厄介ごとを招くこともしばしば、なお大体奏太が被害を受ける。

奏太と結婚して『サラ・G・笹木』となった、旧姓には思い入れがあり今も使っている。

 

 

 



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前日章・アウトサイドストーリー
OS1・『笹木一家』


捨てられた土地での何気ない日常。人形はいるけどドルフロのドの字もねぇから、これでいいのか悩んだ元一話。
こちらは笹木一家のお話、本編だと序盤は先導役ばっかだし、バックグラウンド説明が遠いし。



 

体が重い、そんな風に感じながら俺は目が覚めた。目を開けるといつもの部屋だ、昔からなじみ深い和室。

窓から差し込む光が朝を教えてくれるが、体が重い。

変だな、昨日はそういうことしなかったはずだけどな。嵐だったから一緒に寝ただけだし。

この時代、雨や嵐の日となると放射能やらコーラップスやらが巻き上がったり降ってきたりするから基本的に外出はできない。

翌日も汚染が引かなければよほどのことがない限りはE.L.I.D以外は引きこもりだ。

ちゃんと屋根のある場所、できれば空調の効いたシェルターにいるのが一番。この家もシェルター機能付きだ。

 

「ん…ん?」

 

腹が重いな、布団がこんもりしてる。おかしい、なんだ?危機的状況…ではない。俺は寝たまま周りを見回す。

ナガンM1895の琥珀、ワルサーP38のサラ、スプリングフィールドM14の市代はいる。俺の横で寝てる。

変な意味じゃないぞ、ちゃんとパジャマは来てる。そういう関係だけども、するけども嵐の日はしねぇよ。

でもコルトM1911の美奈が隣にいない…

 

「まさか、こいつ…」

 

布団をめくって中を覗くと見慣れた金髪が俺の腹にのしかかるようにして眠っていた。重たいわけだ、身動きできない。

 

「おん、むぅ、なんじゃ、もう朝かの?」

 

「おはよ、琥珀。昨日はすごかったですね、これは今日外出れないのでは?」

 

「あれ、美奈どこ?奏太?」

 

「俺の上だよ…」

 

この、あ、よせ、なんで上がってくる。こら、胸を押し付けるなぁ!!

 

「うぇへへへへ」

 

「むごぁ…」

 

こんのおバカ、寝ぼけて抱きしめやがった、やわらか。顔全体が谷間に包まれて、幸せだけど息ができねぇ。

 

「あちゃー、ほら美奈起きてよ、奏太死んじゃう」

 

「んぁ…あれぇ?」

 

「むー、むー」

 

どうやらバカHG、美奈も現状を把握したようだ、かわいいやつめ、今度は寝られないくらいしてやろう。

 

「ほら、降りんかバカ太もも。朝飯の時間じゃ、作りに行くぞ」

 

「ぁぃ…」

 

琥珀にずるずると壁際に引きずられていく美奈、うん、あとは任せた。

 

「重かった…」

 

「そう?じゃぁ今日は家でゆっくりする?」

 

「しない」

 

布団から静かに出て窓際にある汚染計測器メーターのふたを開ける。よくある円筒形のメーター、赤黄緑のメモリを針がさすタイプだ。

どこの家にもある必需品、放射能やコーラップス、各種汚染の度合いがわかる外部汚染計測器につながってる。

これのメーターがレッドゾーンなら外出不可、イエローなら要注意、グリーンなら問題なしだ。

今日のメーターは、グリーン。どうやら今日も外に出られそうだ、昨日はひどい嵐だったから少し心配してたんだ。

 

「どうです?汚染は」

 

「グリーン、安全圏だな」

 

「残念、イエローなら引きこもれたのに」

 

「おい、分かってるけど聞いておこう。何する気だよ?」

 

「それはもちろん、こ・づ・く・り♡」

 

頬を染めて流し目を向けてくるサラ、色っぽいんだがなぁ、何とも残念な感じ。

 

「そこまで。市代、飯食ったらおれオフィス行ってくる、昼には帰る」

 

「はいはーい、私は商店街行ってくるね」

 

「あ、ちょ」

 

「サラ、お前は奈々子と道場行くんだろ?」

 

「そうですけどぉ…もぅ、いけず」

 

はいはい、ひらひらと手を振りながら俺は自分の部屋に向かい、手っ取り早く服を着替える。

いつもの緑のカーゴパンツに黒のシャツ、ショルダーホルスターを通していつものM29マグナムリボルバーを差す。

こげ茶の革ジャンを手に取り、居間で琥珀と美奈が作ってくれたサンドイッチを軽く食ってから家を出た。

朝霞の街、人口はおよそ2000人いるかいないかだが特産品の醤油や味噌といった日本の調味料と小さいながら温泉が出るおかげで活気がある街だ。

人類生存可能圏外のとある山の麓にある街で、内地と比べたらだいぶ古い、おおよそ2000年代くらいの日本、そんな感じの街並みだ。

朝霞周辺は汚染も緩やかで山には遺跡がいくつか眠ってる、良い狩場もあるおかげでハンターの出入りも多い。

今では中規模な武器工場もあり、整備された飛行場も比較的規模がでかくなったからユーラシア大陸では結構活気がある。

近隣の夕晴、ロゼット、ニューカートン、プリムスとも盛んにやり取りがあって、陸路も整備されてて行くのも容易だ。

そんな街の飛行場に隣接した5階建てのそっけないビル、この街のハンターオフィスの入り口を、俺は一人でくぐった。

一見飾り気のないビルだが中のオフィスは依頼をあっせんする受付と掲示板がある酒場、といった雰囲気だ。

特に朝霞は汚染の無い温泉を売りにしているからか、そこに温泉宿がプラスされる、そうなるとどうなる?基本騒がしい。

 

「義仲の倅じゃないか。今日は一人か?」

 

旧日本の飲み屋風になっているバーの席に座ると、顔見知りのマスターが声をかけてきた。

親父の親友で昔から世話になってる初老のナイスミドルだ、和風の酒場なのにきっちりバーテンダーの格好してるのが特徴。

 

「一人だ、なんかあったか?」

 

「いや、最近はお前が一人なんて珍しいからな。何か飲むか?」

 

そういや、あいつらと関係を持ってから大体一緒だったか。ずっとべったりだったな。

 

「コーラくれ、それからなんかおすすめある?」

 

「料理か、それとも情報か?」

 

「両方、ほら」

 

さすがに昼間から酒は飲まない、適当にコーラを頼んでからマスターに代金を多め渡す。

マスターは昔から情報屋としても活躍してる、依頼を受けに来たとはいえほどほどには調べておきたいね。

 

「おばば様がオフィスに出入りしてたね、顔色は正直あんまりよくない。何かあったのかもな」

 

「おばば様が?またクアドリガでも出たか?」

 

だとしたらくそ厄介だぞ、日本のE.L.I.Dはとにかくタフで理不尽だ。わざわざ海をわたってくる奴らは特にやばい。

 

「さぁ、お前こそ何か聞いてないか?」

 

マスターはさりげなくコーラのお代わりをチラ見せする、この町のまとめ役でもあるおばば様は祖母みたいな間柄だがあいにく知らない。

 

「悪い、知らないな」

 

「そうか、残念だ。はい、ゲッコーのステーキだ。今日はサイコロにしてみたんだ、食べやすいと思うよ」

 

「朝からステーキか?」

 

「重たいと思うか?食ってみな、新作だ」

 

「ふぅん?新作ね」

 

見た目はただのサイコロステーキ、ミンチ肉を器用に四角にしたやつだ。まぁいい、変なものじゃないだろ。

一緒に出された箸で一つ摘まんで、口に放り込む。お、うまい、それに軽い、結構あっさりしてる。

 

「あっさりしてる、油がくどくないから喰いやすいな」

 

「だろ、脂身を取った肉のミンチを使ってるんだ」

 

こりゃいい、今度作ってみるかな。んー、ちょっとした小鉢にちょうどいい感じだ。

それにしてもなんかいい依頼はないもんかねぇ?今日は軽くやっておきたい気分なんだけどな。

 

「おや、奏太じゃーん!久しぶり!」

 

「シャル?お前久しぶりだな、死んだと思ってたぞ」

 

何気なく掲示板のほうを見てると真後ろから声を掛けられる、振り向くと青紫の髪をポニーテールにした戦術人形が居た。

鉄血製戦術人形『イェーガー』のシャル、腕利きの狙撃手だ。最近めっきり姿を見ないから死んだのかと思ってた。

 

「死ぬわけないでしょ?ちょっと厄介な奴を追っててね、少し遠くまで行ったから時間食ったのよ。昨日帰ったばかり」

 

「お前に追われるとはそいつも災難だったな。そうだ、これから一発仕事をやろうと思うんだが、一緒にどうだ?」

 

「遠慮しとくわ。しばらく家で休みたいの。布団が恋しいのよ、もう地面は飽きたわ」

 

「そうか、ならまた今度」

 

「えぇ、次の時は誘って。おやすみ~」

 

「おやすみ」

 

シャルはひらひら手を振ってオフィスの外に出て行った。腕利きの追跡者でもあるシャルが引っ張りまわされた相手か。

結構な大物だったに違いない。ありゃ、係員が掲示板に何か張ってる。

 

「手配書か?」

 

「ん?ありゃ、クーロンで強盗やらかしたって奴のだぞ。こっちに流れてきたのか?」

 

クーロンね、だいぶ遠いな。ってことは、相当腕が立つのか、ただ運がいいのか。どっちにしろ厄介な奴か。

金額は悪くない、500万。情報は…へぇ、近くの鉱山跡地に潜伏中?規模は30名前後、装備はキメラ製主体、豪勢だな。

でもクーロンか、あそこの自警団を突破で来たってことは腕も立つんだろ。腕利きだし、軍隊式で訓練してるから練度がやばい。

 

「よし、いっちょ狙ってみるか」

 

「お、久々にバウンティーハントか?控えろよ、結婚決めたんだろ?」

 

「嫁にいいとこ見せたいんだよ、それに金にもなるから一石二鳥」

 

「その嫁も連れてくんだから狂ってるよな、ま、がんばれや」

 

「おう、ごちそうさん」

 

マスターに代金を払い、受付で手配書の連中の詳細を問い合わせてから明日から狩りに向かうと伝える。

バウンティーハントは依頼主と契約があるわけじゃない、こいつらを捕まえるか殺したらオフィスが賞金を払う、それだけだ。

今回はデッドオアアライブ、生死問わずでとにかくぶっ殺せという感じだ。そうじゃないほうが珍しいけど。

こういう手配書は、街で騒ぎを起こした人間だけでなく凶悪なクリーチャーやモンスターの場合もあるからな。

さて、仕事も決まったことだし家に帰ろう。準備しなきゃならない。

 

「足りないものはあったかな…まぁまわりながら考えるか」

 

ラムネを飲みながら雑貨屋から出てきた棘付きレザーアーマーのモヒカン野郎を見ながら思い出そうとするがいまいち浮かばない。

雑貨屋を覗くと迷彩服にタクティカルベストを付けて武器弾薬を満載した野郎が軒先のベンチで焼き芋食ってる。

その奥で駄菓子を買いに来た男の子が店番のお婆ちゃんに小銭を渡している、いつもの光景だ。

芋か、芋、そういや焼き芋最近食ってないな。買っていこう。

 

「焼き芋6つ、この普通の奴」

 

「あいよ」

 

うん、良い土産ができたな。あ、神社にお参りしてお守りと塩を買っておこう。

焼き芋を頬張りながら家の近くにある神社に足を向ける。この街には日本から避難してきた由緒正しい神社がある。

なんでも避難して来たとある姉妹が、近所の神社からご神体を持っていたのが始まりらしい。

昔からその神社と神様にはお世話になっていたらしく、置いていけなくて混乱に乗じて神具とかも丸ごと持ち出しちゃったそうだ。

その姉妹が神社の管理をしていて、その娘たちも街ではすっかり評判の巫女姉妹だ。この時代、神頼みも案外バカにならないから。

 

「塩とお守りを」

 

「はい、少々お待ちを」

 

神社にお参りして小銭を賽銭箱に入れてから近くの社務所で買い物だ。

社務所で番をしていたのは妹の方の娘、左目が見えないらしく常に眼帯をしていて赤いリボンがポイントのかわいい子だ。

モノを言うとひょこひょこと奥に行って棚から品を持ってくる。

清めの塩は神社で清めた魔除けの塩。これはマジだ、目つぶしにもなるしほどほどに安いから愛用してる。

塩だから持ち込みもしやすいし、いろいろな使い方もできる。

お守りは普通のお守り、神社の守り神であるムカデが刺繍されてるんだが、姉妹の手作りのせいかデフォルメがかわいい系。

この街のハンターなら大体持ってる品なんだが、これだけはちょっといろいろ言われるそうだ。

俺は良いと思うけどな、出先の子供たちに怖がられないですむし。

さて、物は買ったし帰ろうか。神社を後にして家に向かって歩いていると、近所の公園に差し掛かったあたりで聞きなれた声が聞こえた。

 

「ナガンばーちゃん、ナガンばーちゃん!」

 

「誰が婆ちゃんかぁ!そんなこと言うのはこのくちかぁ?」

 

「あひゃひゃひゃひゃ!!いひゃいいひゃいよほひゃくばーひゃん」

 

家の近くの公園はよく近所の子供たちのたまり場になる、これは昔と変わらないが今日は琥珀が子供たちに絡まれてた。

ありゃロミオか?近所のガキだ、いつも元気なムードメーカーだが少しからかい癖がある7歳児。

ばーちゃん?そりゃ琥珀ことナガンM1895の言葉遣いはちょっと年寄り臭いけど。

 

「何やってんだ?」

 

「おぅ、奏太か。この悪ガキ、儂をおばあちゃん呼ばわりしおって!」

 

「うひひひ!だって、図鑑で読んだんだ。琥珀ばーちゃんのてっぽーは、1895年つくられてんじゃん。

今は2061年だから、176歳さいだ!おばあちゃんじゃん、笹木のにーちゃんじゅくじょずきー!」

 

なるほど、だからばあちゃんか。思わず噴き出した、確かにそう考えるとばあちゃんだ。

 

「あ、奏太、おぬし笑ったな!」

 

「いやいや、い、いやいや」

 

「あー!笑いおった、未来の嫁を婆扱いするとは許せん!儂はまだ若い、見よ!このみずみずしい肌、それにこの体!」

 

「いや、もうロミオいねーぞ」

 

あいつら、散々遊んでどっか行った。元気なのは良いことだけどな、見てるとこっちも元気になる。

 

「知っとる、お主に言っておるんじゃ。まったく、少しお話が必要じゃな」

 

「んじゃ帰りながら話すか」

 

「そうじゃの」

 

ここから家まではあまり遠くない、昼下がりで少し人気がない居住区を歩きながら不意に腕に重みを感じた。

右腕を見ると琥珀が腕を絡ませてる、恋人繋ぎで手と手を握って俺を見上げてきた。

 

「わしは別にお婆ちゃんと呼ばれるのが嫌なわけではない、だがのぅ、こう、もっと手順が必要なんじゃ。あとまだ若い」

 

「そりゃな」

 

琥珀は戦術人形の中でも初期型生まれ、若いというよりもはや子供なんだが、人形だから大したことじゃない。

 

「じゃろ、でものぅ、やっぱりばーちゃんばーちゃん言われるのはな。せめておばさんくらいならんものかの?

っていうか、それ言ったら市代たちだって十分おばあちゃん世代じゃぞ?」

 

一番若いとなると市代、スプリングフィールドM14か。それでも…俺って婆専かしらん?

 

「ならねぇだろ、せいぜいお姉ちゃんだ」

 

むしろこの若々しさでおばさん呼びのほうが罪悪感酷くなりそう、おばあちゃん呼びは突き抜けてるからまだましだ。

 

「はー、もっと大人なボディに換装するべきだったかの?」

 

「気にすんなよ、どうせいつか来る話だ」

 

「ほぅ?儂を婆にするつもりなのか?」

 

「あぁ、そうだぞ。俺はお前に惚れたんだ、その体も、全部含めてな」

 

結んでいた手をほどいてからいったん抜いて、琥珀の肩を抱いて抱き寄せる。ついでにやさしく揉む、良い感じ。

琥珀の頬が少し赤く染まって、もっと俺にすり寄ってきた。周りから胸元が見えないように。

 

「そうか、おぬしも変わったのぅ…このロリコンめ」

 

変えてくれたのはお前だろう?まぁ、今の人生も悪くない。燻ってるよりも、ずっといいはずだ。

家についた、ごく普通の白い二階建ての一軒家。庭もあって、でかいのガレージもある。

そういえばあの犬小屋、何か飼おうかと思ってたが結局使ってない…まぁいずれでいいか。

ドアは鍵がかかってる、まだあいつらは帰ってないみたいだ。鍵を開けて中に入る、やっぱりいない。

サラは道場だし、市代は商店街巡りだから多分まだかかる。あれ、美奈は…また飛行場かな。

 

「そうか、そうかぁ、うれしいのぅ、うれしいが…お主、最初笑ったよな?」

 

へ?

 

「婆にしてくれるんじゃろ、なら、まず一歩じゃぁ!」

 

「んなぁ!?」

 

玄関の戸を閉めた途端、足が払われお姫様抱っこ。丁寧に靴が脱がされたと思ったら、そのまま居間に超特急。

これはやばい、まずい、こいつ、根にもってやがった!回避!って、そんな!?

 

「奏太、ちょっと早いかもしれんが、うへへへ、おぬしが悪いのじゃぞ?」

 

ぐっ、こいつ、強くなってやがる。あっという間に、ソファーに押し倒された。左肩を押さえつけられて動けない。

琥珀は俺の腰の上に馬乗り、まずい、こいつの体、やわっこくて、あったかくて、だめだ、魅力的でたまらん。

 

「こら、やめろ!明日仕事だ、バウンティーハントの仕事を持ってきたぞ!クーロンの強盗犯が採掘場跡にいるらしい、だから準備だ」

 

「賞金首か、これはいいのぅ…なら、なおさら愉しもうぞ♡」

 

「おいこら!」

 

「これも準備じゃ、覚悟せい」

 

結局どうなったかって?散々絞られたよ。あと口が芋くさいって言われた、しょうがないじゃん。

 

 




あとがき
時系列的には本編前の日常です、主に人類生存可能圏外の拠点がメイン。
なぜかって?現状、こいつらの拠点にU05メンバーがなかなか行けないから。
ちなみにぽろっと出てきたあれは日本のモチーフ。というかまんまアレです、わかる人にはわかる仕込み。救いなんてないよ。






ミニ解説
朝霞
ユーラシア大陸の人類生存可能圏外に存在する街。ユーラシア大陸および人類生存可能圏内にも居場所がない日本人が集まってできたのが始まり。
朝霞を中心とした周辺地域は巨大な日本人コミュニティとなっており、教育や生活様式の日本式になっている。
共用語のほかに日本語が普段から使用されており、朝霞に住む人間や人形は大体日本語が喋れる。
街並みは2000年代前後の日本の田舎街、小中高の学校が設立され、神社や商店街もある。
生活様式もそれ相応だが住む人間や人形は雑多で日本語で親しげに話すロシア人とドイツ人などが普段からいる。
世紀末な世の中でもほかの街との連携を大事にしつつ安心安全に力を入れており治安は良く、警察(日本警察風)と防衛部隊(自衛隊風)が日夜防衛と犯罪対策に乗り出している。
町中に銃砲店や武具店がいくつもあり、また完全武装のハンターがうろついているなど世紀末な一面もあるが時代というものである。
モチーフは「夜廻」の街



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OS2・『とある仕事と演習と』



ネタ満載というか文字通りのごった煮、ドルフロキャラいるにはいるけどやってることが全くドルフロしてないのでそれでも良ければどうぞ。




 

 

砂利が擦れる音が静かに響く、コンクリートの塀で囲われた修練場の中心で二人の少女が互いに獲物を構えてにらみ合っていた。

ワルサーサラの戦術人形であるサラはその音に耳を澄ませながら九五式軍刀を抜いて正眼で構える。

その向かいには紅蓮ともいえる濃い赤髪をツインテールにした活発そうな少女、彼女も一本の巨大野太刀を掲げるように構えて動かない。

どちらも動かない、互いに一片たりとも動きを見逃さぬと集中したまま相手を見つめる。何方も動けない、今は先に動いたほうが負ける。

赤髪の少女、CZ75が動けばP38のサラが放つ一撃がそれより早く彼女を切る。反対にサラが動けば、斬られる前にCZ75が彼女を斬る。

だから動かない、動けない、互いに一瞬の隙、一瞬の瞬きを待っている。

 

「…」

 

その様子を固唾を見守る男女の生徒たち。朝霞高等学校一年の生徒たちだ。

スタンダードな黒い学ランの男子と、襟や袖に赤いラインの入ったセーラー服の女子が20人ほど壁際に並んでいる。

その隣には夕晴高等学校、ニューカートンカレッジ、ロゼット女学院、プリムス工業学校の生徒たちも並ぶ。

その向かい側の壁で、朝霞剣術組合の重鎮たちに交じり笹木奏太はビシッと決めたスーツ姿のサラリーマンが肩の力を抜いて見物していた。

 

「どう思いますか?」

 

「サラが勝つ」

 

金髪碧眼、彫の深い欧州系白人のやり手サラリーマンを思わせる釣り目でキレのある瞳を持つ彼、辻本正樹は専用ベルトで固定した日本刀に手をやって唇を吊り上げる。

その中で、CZ75がにやりと笑って一歩前に踏み出した。砂利を大きく、そして思いっきり踏みにじる。瞬間、二人が動いた。

 

「だぁぁぁぁぁぁりゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

CZ75の上段からの唐竹割り、それをサラはわずかに力を抜いた刀の刃で受け止め、弾いた。

そのまま素早く反撃、CZ75の首を狙い、外れる。CZ75がそれを察知して一歩引き、距離をわずかにとって避けたのだ。

再び剣漸が煌めき、二人の間に透き通った金属音が3度響く。サラの2連撃を弾いたCZ75が、すぐさま反撃に出たのだ。

 

「おぉぉぉおおおおおおおおりゃぁぁぁぁぁぁぁああああ!!」

 

なにも小細工なしの横薙ぎ、だがその威力は変異しきった重装甲E.L.I.Dの首を一撃で叩き落とす。

受け止められるものではない、そして弾けるものでもない。ゆえに、サラは一歩引いて避けるしかない。それがCZ75の強みだ。

一歩引いたその隙にCZ75は振りぬいた大野太刀の勢いを殺さないように体を思い切り振りまわし、巨刀に見合わない速さでさらに逆袈裟切りを繰り出した。

 

「強化外骨格なしでこれかよ、ずいぶん鍛えたな」

 

「奈々子さん、前に負けたのが悔しかったらしくて…壊す前に止めましたけど」

 

「人形は見た目が変わらねぇしな。だが…これ依頼の内容にあってるか?」

 

大野太刀と九五式軍刀が交差し、鋭い剣劇が何度も交差する。今回、朝霞高等学校に依頼されたのはハンターを志望する生徒たちのための公開演習だ

しかしサラとCZ75は生徒たちの目など気にもせずに本気で斬りあっている、殺しはしないだろうが参考になるとも思えない。

なぜなら二人の次元が見習いにも劣る生徒たちとはあまりにも違い過ぎる、理解できるとは思えないからだ。

 

「北辰一刀流のサラ、薬丸示現流の奈々子、二人が本気でやりあうだけでも十分ですよ」

 

「脅しか?逆効果な気もするが…」

 

「えぇ、上には上が、そして実戦はこれよりはるかに危険、身をもって感じてもらいたいわけです」

 

「そのためにここまでするか?」

 

奏太は自分の周りでニヤニヤを隠せない剣術組合の重鎮たちから視線を映し、同じように集められた見慣れた姿を見て苦笑いする。

白スーツを着こなし、キリッとした面持ちで試合を見守る二天一流の女師範。

やや厭世的で浮世離れした白衣の女性とやや古いドレス姿で若干眠そうな目つきをした10歳くらいの金髪女子。

白い軍服をきっちり着こなす武士系ポニーテール犬耳女子と妖しい笑みを浮かべてにこにこしている長髪犬耳女子。

二人とも海軍らしい白い軍服をキチッと着こなしていて軍刀を腰に携えている。いろいろと豊満な肢体が男子生徒には目に毒だ。

身の丈ほどもあるチェーンソーのような刃のついた大剣を担いだ、狼の紋章をあしらったジャケットを着込む青年。

同じく背丈ほどもあるのこぎりのような大剣を担ぎ、青いパーカーを着込んだ褐色の少年が不機嫌そうにしている。

その横では青系のサバイバルスーツに戦闘用装備をがっつり付けた髭が似合うロシア人が居心地を悪そうにしている。

彼の周りが若い連中であふれていればそうもなるだろう、彼と同年代も同程度にいるのだが彼だけが席を離れてしまった。

周囲がお洒落で見た目がいい格好なのに彼だけ青系のサバイバルスーツに防弾チョッキやヘルメットとガスマスクを持った姿なのも居心地が悪いのだろう。

 

「フェンリル極東支部、太平洋連合、朝霞剣術組合、メトロレンジャー…よくもまぁこんなに」

 

「街にいる暇な人に片っ端から声をかけたようでしてね」

 

「学長の悪い癖が出たか、先生とあの子まで引っ張り出してくるとはねぇ」

 

朝霞高等学校の学長を務める知り合いのとんでもない人脈と手加減を知らないやり方に天を仰ぐ。

本人に悪気はないし集まった面子も了承済みなので問題が全くないというので責められない。

各所のハンターオフィス、会社、組織などにまっとうな仕事として話を持ち掛けて向こうも了承しているからだ。

知り合いの人外どもが総出でやってきているのはまるで何か起きるような不吉さを覚える。

事実、ハンター志望の学生たちの意識改善を目的とした演習は強い暇人の集う突発的総当たり戦と化していた。

この規格外どもを相手にさせられる身にもなれ、悪気なしにけらけらするであろうぽっちゃり系の中年を思い浮かべて呪う。

 

「平和な証拠ですよ、こうやって集まれるだけ面白いですし」

 

「この世の終わりの総力戦直前の間違いじゃねぇか?」

 

「それはそれ、それもまた面白い」

 

「面白いってお前ね…」

 

こいつも悪い癖が出ているな、奏太は内心ため息をついた。彼はなんでもポジティブに考える悪い癖があるのだ。

それこそなんでも明るく考える、危険度の高い仕事でさえも楽しみを見出して嬉々として飛び込む命知らずなのだ。

 

「きぃぃぃいいいいいいぇぇぇぇぇえええええええッ!!!!」

 

「え、ちょぉ!?」

 

一瞬の隙をつかれたサラの腹を奈々子の大野太刀が捉える、刀身を横にした打撃攻撃をしたたかに受けたサラの体が浮く。

その光景はまさにホームラン、したたかに下腹部を救い上げられて数メートル殴り飛ばされたサラはそのまま仰向けに倒れる。

彼女がおなかを痛そうにさすりながらすぐに上半身を起こすと、奈々子は勝ち誇った表情で人差し指を立てて笑った。

 

「よし、一本!」

 

「奈々子!もう少し手加減ってものをですねぇ!!」

 

「お前相手に手加減ができるか、やるなら勝たねぇとな?」

 

「もー!真っ二つになったらどうするつもりですか!シャレにならないんですよ!!」

 

「人形なんだからそんくらいじゃ死なないしくっつくだろ?」

 

「そういう問題じゃないでしょう、手加減覚えてくださいよ」

 

「やってられっか!」

 

「やれよ!」

 

勝負がついたので互いに武器を収めつつもぎゃんぎゃん言い合う二人に周囲の目は微笑ましそうに緩む。

 

「私の勝ちですね、お先にどうぞ」

 

「仕方ねぇなぁ…」

 

奏太は頭をぼりぼりと書きながら腰に差した訓練用のマチェットの位置を調整しつつ訓練場の中心に出る。

次の対戦相手が誰かは知らないが、さすがに相手は選んでくれるだろうと思って少し気楽にしていると相手側の待機列から出てくる対戦相手を見て思わず二度見した。

 

「よう、久しぶりだな奏太。元気してたか?」

 

「リンドウかよ、ウルマンに代われ」

 

「Слишком‼」

 

「嫌だってよ?」

 

身の丈以上もある愛用の赤いチェーンソータイプ神機の代わりに、それを模した訓練用の摸造剣を軽々担いでやってきたちょっと軽薄な見た目のイケメン。

その雰囲気に似合わぬ多大な経験と実力を持ったフェンリル極東支部の切り札、雨宮リンドウの変わらぬ軽口に奏太も軽口を返した。

なんでよりにもよってコイツなんだ、フェンリル極東支部の神機使い達でもトップクラスの実力で並みのアラガミじゃ手も足も出ないくらい強い。

そんな強敵相手に自分はマチェット一本だ、本気で勝ちに行くなら突撃銃と各種装備がないと話にならないというのに。

 

「OK、だがやるとして長引くのはよくねぇよな、棄権していい?」

 

「たまにはいいじゃねぇか、付き合えよ。いつもデカブツ相手でこういう機会は少ないんだぜ?」

 

「お前のそれに俺マチェット一本だぞ、弱い者いじめだと思わないか?」

 

「平気だろ」

 

リンドウの体僅かに揺れる、それを見た奏太は正対させていた体を一歩横にずらし真上から振り下ろされた摸造剣をかわして幅広い刀身を左足で踏み倒して地面に踏みつけようとした。

リンドウがすぐさま摸造剣を引き戻したので、踏み損ねた足を無理に止めずに踏みつけて軸足にしながら小さくリンドウに向けて跳躍。

その勢いに乗せて右上段回し蹴りでリンドウの側頭部を蹴りぬこうとして、リンドウにその足を掴まれて止められた。

 

「ほら見ろ、結構本気だったのにこれだ」

 

「よく言うぜ、止めやがって。相変わらずとんでもない反射神経してやがる」

 

並みの戦術人形なら完璧に入るはずだった回し蹴りをたやすく受け止めてはたまらない、相変わらずフェンリル極東支部の神機使いはいろいろと可笑しい。

旧日本にはびこる化け物たちと対抗するために、体を改造してきた神機使いはほとんどが人間をやめているようなものであるが。

 

「そろそろ放せよ。握りつぶす気か?」

 

「あ、悪い、加減しそこなったわ。これでいいか」

 

「いや放せよ、握りながら器用に力抜くとかすんなって」

 

「こら暴れんなって。やなこった、放したらラッシュだろ」

 

「ソンナコトシナイヨー、マッタクウゴカナイノニアバレテルナンテシッケイナー」

 

「嘘つく気ねぇな?」

 

「そだね」

 

がっつりと握られている右足で力任せに体を持ち上げ、左足をリンドウに首に巻き付けようと伸ばす。

瞬間、それに気づいたリンドウがノーモーションで右足を突き飛ばすようにして奏太を投げ飛ばした。

左足が空を切り、姿勢を崩した奏太は投げられた衝撃を転がりながら殺しつつ追撃してくるリンドウの振り下ろしをよけてマチェットで彼の顔に反撃の突きを出した。

それを見たリンドウは頭をずらして避ける、普通の人間なら殺せる自信があったが神機使い相手では訓練用の手加減した突きにしかならない。

 

「あぶね、容赦ねぇなぁ本当に。普通の人間なら死んでたぞ?」

 

「お前はゴッドイーターだからこれくらいでいいだろ?それに弱者と強者の戦いは一方的にやるかやられるかって相場が決まってんだ」

 

「手加減しろって」

 

「してる余裕ないし、棄権できねぇなら不甲斐ないとこ見せたくない」

 

「おーおー、やっとその気になったか?逃げるお前を追っかけるのは骨だからな」

 

なぜなら拮抗したら地力の差であっという間に負けるから。戦車一両と対戦車歩兵一名の戦いといえばわかりやすいだろう。

普通に考えて戦車に歩兵は勝てない、火力、装甲、人数、どれをとっても戦車が有利だ。たとえ対戦車兵器を装備していても真っ向勝負で勝てるわけがない。

しかし待ち伏せなどの戦法を考えれば話は一気に変わってくる、入り組んだ市街地などでの待ち伏せと奇襲などは典型だ。

その時戦車と歩兵は撃ち合いになることなく、歩兵はほぼ一方的に火力を叩き込んで戦車に勝つ。

 

(んなこと言っても、まったく勝ち目が見えんなぁ…こいつライフル弾だって避けられるし)

 

顔を逸らすことで刃をぎりぎりで避けるリンドウに連続で突きを出しながら、その攻撃で視線を誘導しつつ真下から顎へ蹴り上げをを仕掛ける。

足払いはリンドウに気付かれたが、その勢いを使って回転しながら立ち上がり後転しながら立ち上がって姿勢を直した。

リンドウの目の色が変わり、模造剣を肩に担ぐようにして半身になり前傾姿勢をとる。それを見た瞬間、奏太は咄嗟にマチェットをリンドウの突進予想進路に投げつけていた。

だが神機使いの突進はその程度では止まらない、リンドウは模造剣を使うことすらせず首の動きだけでマチェットを避けて模造剣を振り被る。

その左ほほに奏太は思い切り右ストレートを叩きつけて迎撃した。右こぶしから腕に走る確かな手ごたえは、ただの人間なら首の骨を折れるくらいだろう。

だが神機使いとして体を改造したリンドウは殴られた反動でよろけつつも、追撃を受けないように即座に飛びのくくらい元気だった。

奏太もすぐさまリンドウの懐に飛び込む、相手が規格外の神機使いとはいえこの至近距離なら距離くらい詰められるし大剣相手ならば思い切り距離を詰めてのインファイトが一番相手にしやすいのを奏太は昔の先輩から学んでいた。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

結論から言えば笹木奏太は雨宮リンドウに負けた、想定したとおり一撃で終わった。

拳を握り超至近距離からのラッシュアタックは、奏太の思惑通りリンドウの顔を殴り続けたのだがそれで倒せるような軟な男ではなかった。

分かっていたからこそ、強化できても軟な部分である脳みそを揺らし続けたのだが訓練では使える火力に限界があった。

結局は一撃だ、避けても避けても次がくる神機使いの圧倒的な体力を前に根負けし重たい一撃を背中に食らって一撃で倒された。

その一撃の痛みがまだ残っている、昼の仕事であったあの試合が終わって夕暮れが近いというのに。

日暮れが近い商店街を歩く奏太は、隣を歩くサラとウルマンの雑談を聞き流しながら背中をさする。

 

「うんまい、やっぱり景色が違うと色々新鮮でいいね」

 

「あんまり食べると晩御飯が食べられなくなりますよ?」

 

「食わなきゃ損だぜ、せっかくこっちに来たんだから」

 

笹木一家行きつけの肉屋で売っていた出来立てコロッケを立ち食いするウルマンは心の底から美味しそうにほほを緩ませる。

実際、彼にとっては新鮮でおいしいのだろう。任務でもなければ彼らメトロレンジャーがモスクワ周辺から出てくることはほとんどない。

モスクワ周辺は第3次世界大戦で廃墟化していて地上部は荒廃しきっており、多大な汚染区域が広がっており人の住める環境もほとんどないのが現状で人間の居住可能区域はほとんど地下に限られてしまっている。

そんな場所で十年以上も暮らしてきた彼にとって、この地上でこんな風に買い食いするというのはめったにないのだ。

それを咎めるサラも本気では言っていない、そうしたほうが面白いからそうやって喋っているだけだ。そんな二人が奏太は非常の羨ましい。

二人はいい汗かいていい経験していい稼ぎになった、しかし自分はリンドウに痛めつけられた上に彼についてきた勧誘員に長ったらしくフェンリルへの入社を勧誘されて心身ともに疲れ果てた。

 

「…そんな目で見んなって、嫌ならうちに来いよ?お前らなら大佐も歓迎してくれるぜ?」

 

今一番聞きたくない言葉を吐いたので無言でアイアンクロー、ふざけた口を開いたウルマンの顔面を鷲掴みにして少し足が浮くくらいに持ち上げる。

常人なら大体この時点で悲鳴を上げるのだが、ウルマンはモガモガ笑って体をよじった。

 

「わかったわかった、悪かったから下ろせって!」

 

「よろしい」

 

「相変わらず動きの読めん奴…お、焼き芋だって?ジャガイモじゃなくてサツマイモ?これ甘いのか?ほぅほぅ」

 

「ウルマン、懲りないんですからもぅ…奏太?今日をお夕飯の献立は?」

 

「生姜焼き」

 

奏太は肉屋で買ったバラモンの肩ロースが入った買い物かごを揺らして見せる。献立は生姜焼き、みそ汁、白米、千切りキャベツを添えたシンプルな献立だ。

今日は疲れたのであまり手間は掛けたくない、生姜焼きは漬け置きに手間をかければあとは焼くだけで便利だ。

今日も喜んでくれるかな、一緒に食べるだろう他の3人の事を思い浮かべていると不意に背中に痛みが走って表情が歪む。まだリンドウに負けて殴られた位置が痛むのだ。

 

「大丈夫か?まだ痛いのか?」

 

「痛いよ…あいつ、加減ミスりやがった」

 

「派手にぶっ叩かれてたもんな、今の日本はあんなんばっかか?でかい剣振り回してよ」

 

ウルマンの言葉に奏太の脳裏には知っている今の日本、フェンリル極東支部が思い浮かんだ。

 

「剣じゃなくて銃もあるぞ、M2みたいなのから大砲までいろいろな」

 

「戦前もイカレてるとは思ってたがメトロのほうがマシだなおい」

 

「サカキ博士は北蘭島がなければ全世界アラガミカーニバルだったかもしれんと言ってたな」

 

そうなる前から化け物だらけだったがそこはそれ。北蘭島から今なおあふれ出るコーラップスが、アラガミの元であるオラクル細胞を日本列島とその周辺に押しとどめているのは確かだ。

これがまた厄介なのだがやはりそれはそれ、これはこれ、今は関係のない話である。

 

「リンドウさんもまた腕上げてきましたよね、あの人ってどこまで強くなるんでしょうか?」

 

「最近じゃソロで暴れることも多いそうだ、向こうも何かやろうとしてんだろうな」

 

ちなみに旧日本は朝霞周辺に比べたら気色が違う危険度だ、少なくとも段違いで酷い場所なのだがそれによるメリットもあるので何ともしがたい。

もし自分が単身で同じことをしようものなら確実に死ぬだろうな、奏太は彼の姿に自分を重ねてみてやれやれと首を横に振った。

 

「ちなみにお前を雁字搦めにしたレナちゃんのご両親、元東京エリア出身のPMCだ」

 

「化け物狩りの英才教育を受けた第3世代か?道理で強いわけだ。いきなり目が真っ赤になったのは何事かとは思ったがそういうことね。世界はおかしくなっちまってるな」

 

モスクワの汚染は非常にひどくそこら中に化け物がはびこっているが、逆に言えばそれだけで物流が改善された現在ではほかの地域と比べたら住みやすいだろう。

空調が生きているメトロに潜っていれば空気はきれいであるし、モスクワの地下鉄網は設計通りに巨大シェルターとなって化け物や汚染から守ってくれる。

戦争後の混乱期から物資の不足や思想の対立で人間同士の争いが絶えなかったが、外部との交流が再開された今は一部の紛争路線以外は平和なモノだ。

 

「そういうモスクワはどうなんだ?」

 

「だいぶ良くなったよ、いくつかの路線や駅は復興したしだいぶ飯もうまくなった。せまっ苦しいのは変わんねぇけど、空気も良くなったしな。

最近じゃ新入り達も良く帰ってこれるようになったから空気も明るい、でもレッドラインと帝国が相変わらずで困ってるよ」

 

「まだ帝国は頭蓋骨を測ってるんですか?懲りない連中ですね」

 

帝国はいわゆるネオナチのファシスト、レッドラインは昔ながらの共産主義、どちらも奏太にはなじみが浅くて大まかにしか理解できていないが少なくとも合わないのは確かだ。

帝国は前にモスクワに潜ったとき、戦術人形のサラたちを見てミュータント扱いしてきたくらいだ。常識が戦前で止まっているとはいえひどい扱いである。

 

「最近じゃひどい連中も出てきてな、金と商品の両方を徴発とか言って全部巻き上げてやがるんだ」

 

「全部ですか?野盗じゃあるまいし。金があるなら普通に買いにくればいいじゃないですか」

 

「探すよりある所から奪うほうが早い、そんなところか?ハンザの例もあるから下手に吹っ掛けるなんてできねぇんだろ?」

 

おう、とウルマンは頷く。外部との取引で物流が潤ったのはいいが、その恩恵にあずかれない路線のちょっかいでウルマンの所属するメトロレンジャーはかなり忙しいようだ。

そんなことをすれば商人や物流が先細りになって自滅するのが目に見えているが、それを思いつくようなトップがレッドラインや帝国にはいないのかもしれない。

モスクワメトロで外部との大きな取引がある駅は少数で、朝霞の街では定期的な取引がある環状線の『ハンザ同盟』と北方路線の『エキシビジョン駅』が有名だ。

特に現地で流通している通貨としての『弾薬』との交換レートを最初に定めたのがハンザ同盟で、レートも厳正に管理していることもあって外部からの取引もしやすいこともあり潤っているのである。

 

「その通り、おかげでキャラバンが奴らを避けて危ない路線に行っちまうとかあって大変だぜ。ファシストも最近意固地になってるしよ」

 

「現場が暴走してるんですか?奴らの頭だってやりすぎたら首を絞めるだけってわかってるでしょうに」

 

「あいつ等だってバカじゃねぇよ。お前らの話が広まって、D6の件が落ち着いたらすぐに遠征隊を出してたさ」

 

曰く、ファシストのとある遠征隊が一番成果を上げたのだがその成果がヴォルガ川まで行ってツァーリフィッシュに渡河を邪魔され、アノマリーに装備を丸焦げにされ、這う這うの体で逃げ込んだ集落はカルト教団、そこから逃げたらデーモンに上空からアンブッシュされたそうだ。

彼らの精鋭20名は壊滅、モスクワに逃げ帰りレンジャーの地上基地にたどり着いて無事に自分たちの司令部まで逃げこんだのは僅か5名であったという。

ほかの組織や駅も余裕があったところは冒険心を出したが、ほとんどはモスクワを出ることすらかなわなかったらしい。

 

「そのルート、アノマリーのおかげで暴走兵器とか寄ってこないですし、川の商人もくる場所ですから楽なほうなんですけどね」

 

「だからビビってんだよ、生き残りの話が事実な上にそれがまだマシだってのが知れ渡ってな。実際、ハンザの商人が別ルートで外に出た話してるからなおのことだ。

お前たちがカバガンとキャノンホッパーの残骸を持って帰って来た時は俺もビビったんだぜ?こんな馬鹿げたのがうようよしてんのかってな」

 

「まだ弾が効くだけマシな奴だがな。お前が買い出しに出されたってことは、なんかあったんだろ?」

 

「そうなんだよ、どっかのバカが線路に悪戯しやがってヴォルガ行きを出せなくなったもんだから俺がここに向かわされたわけだ!

ウォッチャーに追っかけられるわ、カルトどもに追っかけられるわ、サイ見たいなロボットに追っかけられるわ…しまいにゃ演習に参加させられて女の子に雁字搦めときた。まったく退屈しねぇよな」

 

長距離移動用に改造されたモンスタートラックでモスクワから一路この朝霞に向かわされたのは、それなりに知識があって実力も確かなレンジャーゆえだろう。

それに朝霞の街ならば知り合いがいて買い物もしやすいとなれば、彼が苦労するのはほとんど規定事項だっただろう。

 

「メトロに引きこもってるよりは健全さ」

 

「帰りは絶対楽してやる」

 

「そうしろそうしろ、臨時収入もあったんだしな。おっと、ここに用があるんだ」

 

「そうか、じゃ俺はあっちだから。またな」

 

奏太とサラが小さなジャンクショップも前で止まると、最初からここで別れることを聞いていたウルマンは軽く手を振りながら人ごみの中に消えていく。

この街ができてからある店で今も昔も雑多なジャンクをまっとうな価格で扱っている店で、二人はここに撃っているジャンクを見定めに来たのだ。

 

「ん~~~やっぱりないね、ごめん」

 

「そうですか、ありがとうございます」

 

店内に入ると狭苦しいジャンクでごちゃごちゃの店の奥からまるで映画から出てきたような赤を基調とした古典的な軍服を着る女性とすれ違った。

わずかに左足を引き摺りながら歩く彼女に奏太たちは一歩入り口から外に引いて道を開ける。彼女はそれに小さく礼を言いながら通り過ぎた

珍しいことがあるものだ、人形を見る目に関しては自信のある奏太はすれ違ったリーエンフィールドMk4の戦術人形の背中を見送りながら不思議に感じた。

 

「珍しいですね、この辺りで純正IOP機体を見るとは。しかもエリートタイプですね」

 

「あぁ、新顔にしちゃ随分と急ぎだな」

 

つまりそういう事なんだな、と彼女の強行軍を想像しながら肩をすくめつつ店内に入る。

店内は相変わらず様々な部品が展示されていてごちゃごちゃしていたが、品ぞろえに関しては上々な店だ。

ハンターオフィス直営店や各種製造企業、地元の職人などの直売もあるがこの店は安くて信頼できるいい店だ。

店の奥にはレジがあり、せま苦しい部品で囲まれたレジには困ったように腕を組む初老のおやじがいた。

 

「よぅ、ハーレム野郎。何が欲しいんだ?」

 

ニヤニヤ笑うひげ面のおやじ、この店の店主に奏太は肩をすくめ、サラが応対する。嫌味ではないいつものやり取りだ。

 

「部品を買いに来たんですよ、ハートビートセンサーの拡張パーツ、手に入りました?」

 

「センサー部品ね、待て待て、お、あるぞあるぞ。ソフィーか旧軍規格、だな」

 

「ソフィーを」

 

「あいよ、ヒナ!Bの3番にあるセンサーモジュールもってこい!」

 

あいあいさー!と舌足らずな少女の声が奥から響く。

 

「ところでさっきの彼女、一体何買いに来たんでしょう?見た限りまだ純正の体でしたけど」

 

「そりゃ部品を買いに来たんだ、IOP製脚部駆動パーツ、しかも純正ハイグレードモデルときた」

 

「あーそりゃないわな」

 

ここは人類生存可能圏外、純正のハイグレード部品となるとめったに流れてくるものではない。

IOPは人類生存可能圏外で部品を販売していないので、流通は限られており必然的にジャンクか密輸の横流しだ。

一般的に流通しているのは圏外企業が規格を合わせた物で、頑丈だが性能に関しては幾分劣る。

そのためここに暮らす人形はほとんどが魔改造を行っているのでメーカーサポートはとっくに適用外の人形ばかりである。

 

「鉄血製のならあるしソフィー製アダプターと一緒に進めたんだが嫌な顔されちまったよ」

 

「なんだジャンクでも出したのか?」

 

「バカいうな、ハイエンド用の上物だぞ。今出せるのはSP88の駆動系、整備も完璧だ」

 

「SP88?珍しいな、そんなものが流れてくるなんて」

 

「前に売りに来たんだがそれっきり買い手がつかん、今日は売れると思ったんだがな」

 

SP88『エクスキューショナー』の脚部パーツとなれば普通に高級品だが、この店は初見に嫌味な真似はしない。彼女ならば買えるから勧めたのだろう。

互換性もソフィー製アダプターならば安全だ。ソフィーは人形のメッカともいえる街で、鉄血製とIOP製に互換性のある部品を作っている。

 

「そんな上物を断ってるなんて…ガタが来てるだろうに。普通じゃないな」

 

「あぁ、まずはアウトーチあたりで慣らしてくるもんだ」

 

人類生存可能圏内に近い街であるアウトーチならばまだ部品が手に入りやすい、軍や密輸業者がそこで売りさばくことが多いのだ。

人形ならそこで圏外に行く準備を整えてからさらに外側に足を運ぶのが常道とされている。

アウトーチから外に向かい、人類生存可能圏外から遠ざかるたびに正規部品の流通は少なくなり、価格も高くなるからだ。

 

「あったあった!センサーモジュールB3番だー!」

 

元気で幼げな口ぶりで店の奥から紫色の髪をした少女が顔をだす、油で汚れたグレーのツナギ姿の鉄血製戦術人形リッパーだ。

 

「笹木のだんなにおくさま、いらっしゃい!」

 

「ヒナちゃん!?奥さまなんて、まだはやいですよもぅ!」

 

「あだ!?」

 

「なはははは!」

 

魔改造戦術人形であるサラに背中を思い切りはたかれては奏太も情けなく悲鳴を上げるしかない。

その漫才じみた光景にリッパーのヒナはけらけら笑う、子供っぽい愛嬌のある笑い声で不快に感じさせない温かみがあった。

 

「旦那ぁ、どうですぅ?毎日しっぽりとしてるんですかぁ?」

 

「少なくともお前んちには負けてないな」

 

「ほぅほぅ、ならもうちょっとだねぇ?」

 

ちなみに彼女は人妻であり、結婚2年目、子持ちの母である。夫はこの店の2代目、店番をしている父親にはあまり似ていない。

 

「どうなのさぁ、ここ♡昨日もかわいがってもらったんでしょ?」

 

「それならうれしいですけど…でも、まだ心の準備が」

 

「では先輩ママさんからアドバイスしてあげよう!」

 

ヒナはムフフと笑い、二人で少しカウンターから離れるとサラの肩を抱き寄せて顔を近づけると小声で何か吹き込み始める。サラはそれを聞いて顔お真っ赤にしながらも熱心に質問を返す。

何を話しているのかは聞き取れないが、聞かないほうがいいのだろう。女性の猥談は男には刺激が強すぎる。

ジャンク屋の親父もそれとなく目をそらし、それとなく所用を思い出したと言って店の奥に引っ込んだ。

逃げた親父についていこうかとも思ったがそうするとずっと話していそうな雰囲気がある、それも困るので奏太は少し様子を見て話が切れそうなタイミングでヒナに問いかけた。

 

「そういうお前の旦那はどうした?」

 

「娘とお散歩、うちの子はお散歩大好きだからな」

 

奏太は友人である彼女の夫に同情した、二人の子供は一度散歩に出るとなかなか帰りたがらない。気が済んで寝るまでひたすらぶらぶらすることになる。

母親の彼女に似ていてとても活発な女の子だ、もし歩くようになったらきっと毎日大騒ぎに違いない。

 

「お前もたまには相手してあげてくれないか?あの子も懐いてるし」

 

「暇ならな、はい代金」

 

「まいど、なら今度遊びに行くね」

 

いつでもどうぞ、と奏太は返事をして商品を受け取ると店の外に出る。外は少し日が傾てきている、もう少しで夕焼け空になるだろう。

まだ少し時間がある、帰りにオフィスによって仕事でも探そうかと考えているとちょんちょんとわき腹を突かれた。

振り返るとサラが少しそわそわして内股でもじもじしている、その姿に奏太はすぐに察しがついて胸の内に熱を感じた。

 

「その、あなた?私、少し疲れちゃいました。休憩しません?」

 

サラが頬を赤らめながら、ふと少し遠くにあるビルを指さす。路地を二つほど挟んだ先にあるのは歓楽街の一角だ。

当然ながらこの街にも夜の街というものは存在し、風俗店や恋人たちのためにホテルといったものはいくつもある。

昼は静かだが夜になれば一晩中明かりが消えることはない。今なら空いているしいい部屋も安いだろう。

奏太は彼女の手を取り、指を絡めて握りしめる。積極的な彼女の望みを叶えるのも彼氏の務めだ。

何も言わない、彼女の気持ちはよく分かってる。奏太は頬が少し上気するのを感じながら、その手を引いて歓楽街へと足を向けた。

その日、晩御飯は少し遅めになったのは言うまでもない。

 

 

 





あとがき
OSシリーズ第2弾、自己満足の特盛とワルサーP38のサラとのデート。たぶんこんな感じで大体どっかでヤッてる。魔改造戦術人形組は性に大変積極的なのです、エロが嫌いな人はいませんね?

今回は何気ない日常、朝霞では集まる連中が連中なので何かしら愉快なことが起きてる。出した連中はほとんど好きなキャラを集めただけです。
某3つの名言の人は言わずもがなですが、ロシア人も大人しいほうですが十分強い。どんなもんかは原作にてどうぞ。
この下手な描写でどこのだれかわかったら私はうれしい。過去にもいろいろ組み込んでますぜ(暗黒微笑)




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本編
いつかの記憶「浸食」


要は人形たちが数多の化け物と触れ合ったりするのを書きたいだけ。





これを聞いた誰かへ、これは私からの忠告だ。私は……いや、俺の名前なんてどうでもいい。所属も、もうどうでもいい。

私達は忘れていた、忘れるべきではなかったはずなのに、愚かな戦争ゲームに夢中になって忘れてしまっていた。

これを聞いたなら、人間でも人形でも、鉄血だろうが構わない。俺達の敵は人間でも人形でもないってことを思い出せ!

そして一人でも多く味方を作るんだ、できれば全員に知らせて説得してくれ!

全てはペイラン島から始まっていたんだ、みんなわかっていたはずなんだ、なんで今まで忘れてたんだ。

汚染ですべてが狂い始めてからこれまで何をしてきた、私たちは何を捨てて来た、何を忘れて生きて来た。

ここに汚染はない、グリーンゾーンに汚染はない、でも周りはどうだ?汚染された土地には何が残った?

富裕層も、スラムも、どこもこれに比べたらまだマシだったんだ。俺達は恵まれていたほうだったのに、当たり前になり過ぎちまってたんだ。

俺は当たり前みたいに幸せを享受して、学校に行って、PMCに入って高給取りになった。

でももうそれは過去の事だ、もう基地は壊滅した。指揮下の人形も、部下たちも全員死んだ。喰われちまった。

化け物だ、E.L.I.Dのゾンビ共とも違う、ミュータント、いや、クリーチャー?どうでもいい、化け物にみんな喰われた。

最初に巡回が行方不明になった時から、もうあっという間だった。戦った、いくらかは倒したが数が多すぎた。

それに俺達は鉄血兵とは戦った経験はあっても、化け物との戦いは初めてだった。負け始めてからはあっという間だった。

みんなに悲鳴が耳から離れない、生きたまま食べられていく悲鳴、人間も人形も関係なく食べられた。生きたまま、生きたままだぞ!

戦術人形を失ったことはある、でも、あんなの、あんな死に方はないだろ?声が離れない、眠ることもできない。

化け物どもはもう俺の部屋の前まで来てる、ドアをガリガリひっかいてるんだ。

シェルターなのに、あいつらはどこからともなく入ってきやがった。どこにでもいるんだ、いつだって隣にいたんだ!

もっと真剣に受け取るべきだった、タワーの事件、U08の報告書、ハンターの忠告も、信じておくべきだった。

喰われたくない、いやだ、喰われるくらいなら、まて、聞こえる、そんな、あぁ!窓に!!窓に!!!―――

 

 

 

 

いつかの記憶『浸食』

 

 

 

 

ひどい話だ、私は血塗れのボイスレコーダーから目を離して荒れ果てた部屋の片隅に転がる男の成れの果てに目を向けた。

見慣れたグリフィン&クルーガーの制服は元の色よりも赤黒い血で染まり、体の肉という肉を食い漁られている男性の死体。

死んでから約三日ほどか、殺したのはウォッチャーだとしてもここまできれいにするなら残飯処理係がいるだろう。

全く嫌になる、でかいネズミにゴキブリがうようよ出てくることになるだろうな。

 

「ラッドローチかぁ……」

 

嫌だ、あのでかい奴は大っ嫌いだ。思い出すだけでもおぞましい!背筋が凍る、無いはずの心臓がバクバク言っている感じがして胸が気持ち悪い。

鳥肌が納まらないし、疑似汗腺から冷や汗が溢れて止めたくても止められないしエラー頻発、トラウマだトラウマ!

なんで指揮官たちはあれが平気なんだ。助かってるよ、代わりに蹴飛ばしてくれるからすごい助かるよ。

でも普通に踏みつぶしたり殴ったりできるあの丹力どこから来るんだ?

 

「いかん、いかんいかん」

 

思考がそれた、大仰に独り言と頭を振ってゴキブリを思考から引っぺがす。これ以外と便利。

それにしても窓ね、幻覚でも見てたのか?ここは地下のパニックルームだ、窓なんてないんだけどな。

自殺をほのめかしちゃいたが、傷口を見る限りこれは大量失血によるショック死。喰われたんだな。

かなり暴れたんだろう、ほどほどにきれいに整えられた室内は血塗れで荒れ果てている。

 

「姉さん、なにかあった?」

 

「あぁ、ここの指揮官を見つけたよ。死んでるがな」

 

「まぁそうでしょうね」

 

声を掛けられてパニックルーム入口の方へ眼をやると、愛銃のM4A1を携えた愛しい妹の姿があった。

いつもは左腕に巻いたバンダナを口元に結んで、首にかけっぱなしの多目的ゴーグルをしっかり目につけている。

さては臭い場所に入ったな?人形として嗅覚を断つことはできるが、それをするといざって時に反応鈍るもんな?

 

「帰ったらシャワーを浴びとけよ?まぁ、まだ使えりゃだけどな」

 

「く、臭くなんてない!これはゴミ処理室の中に入ったから!」

 

「変わんねぇよ、中はどうだった?」

 

「生ごみと死体がいくつか、全部食べられてたわ。早く行きましょう、下手に刺激したくない」

 

「OKOK」

 

妹の後についてルームを出て、荒れ果てて電気も消えた廊下を進む。手慣れちゃったねぇ、まぁいつもの事だしな。

 

「ここの指揮官はどんな最後を?」

 

「喚いてた、ご丁寧にレコーダーに遺書を残しててな。後悔しまくってたよ」

 

「そう……」

 

妹は少し辛そうに俯く。気持ちわかる、こんな風に崩壊した基地はいくつも見て来た。

グリフィン、鉄血、正規軍、このU地区に点在していた敵味方問わず、襲撃を免れた基地は少ない。

支部のある主要都市周辺と地区境界線以外は化け物が闊歩する魔境になりかけてる、私たちの基地もどれだけ持つかは未知数だ。

せっかく鉄血の占領圏を奪還しかけてたってのに、完全に横からかっさらわれた形になった。

本部は対策を検討していると聞くけれど、正直期待はしていない。こんなことになった地区をどうするかなんて、良くある話だ。

そもそもこういう事は正規軍の領分のはずなんだ、そろそろPMCから国の手に裁量が渡るはずだ。そうなればきっと容赦はない。

社長や代行官、博士たちがそんなことをするとは思えない。するにしても避難勧告くらい出すし、時間にも猶予を持つはずだ。

でもいうなれば、ここで決断しなくちゃ他の地区も無事じゃすまない状況だ。

 

「もう手に負える段階じゃないのかもな。いや、それはとっくの昔からそうか」

 

妹の口許が固く結ばれて、彼女の手が腰のホルスターに吊るされた円筒形の棒を握る。

 

「どうしようもないのかな」

 

「まだ分からないさ」

 

ここには私たちの思い出がある、それを壊されたくない。でも守り切れる力があるか問われると自信はない。

私達なら戦えるだろうさ、でも味方が少ない。今も焼け石に水の状態だ、私たちが勝っても周りがどんどん脱落してる。孤立したら負ける。それに―――

 

「でも、勝っても元にはもう戻らない気がするよ」

 

「姉さんも思うんだ?」

 

「仮に落ち着いたとしても、もう元の暮らしには戻れないよ。ずっと付き合っていくしかないな」

 

私達は恵まれていた、少なくともこうなる前は平和だった。とどめようのないミュータントの大繁殖も無ければ、生態系汚染も少なかった。

あるとすれば外周から現れるE.L.I.D感染者と汚染された雨、訳の分からない暴走をしている鉄血人形くらい。

感染者は正規軍が相手をしていたし、雨は注意していればよかった、鉄血人形なら鉛玉で歓迎すればいい。

それがどうだ、今の私はゴキブリにさえ怯えている。あのサイズがここ最近は普通に出てくるようになったからなおさらだ。

正直な話、今の私は鉄血ハイエンドよりもゴキブリの方が怖い。

鉛玉で簡単に駆除できるといっても数が数だ、しかもつがいを一組でも残せば自然と繁殖して増え続ける。

それはほかのミュータントにも言える話だから笑えない、指揮官や正規軍はそれをわかってた。

だから正規軍は容赦しないし、指揮官は付き合い方を知っている。

 

「まだ鉄血と撃ち合ってた方が楽だったな、終わり方が少なくとも一つは見えてた」

 

「そうね」

 

全員女で戦術人形な鉄血の方が対処しやすい、生産設備を破壊すれば増えないし資材だって限りがあるんだから。

正規軍が相手をするE.L.I.D感染者も元は人間や野生動物だ、発症して増えることはあっても巣を作って繁殖はしない。

喋っていると目的のシェルター入り口までたどり着いた。妹は分厚い防護シャッターを開けるために操作盤の前に立つ。

電源は生きているようだが、操作盤は暗いままだ。妹は操作盤のスイッチカバーを外す、途端表情を歪めてぼやき始めた。

 

「壊れてる、最新式のくせにアノマリーにやられたのね」

 

「どんなだ?直るか?」

 

「真っ黒に焦げてる、修理なんて無理。そもそも修理部品を探してる暇なんて……」

 

いらいらとぶつくさ言いながら防護シャッターの操作盤を殴る妹に私は笑う。

ここまで来るのにこういうスイッチ類は全部壊れてたからな、最新式が聞いて呆れるってのもわかるよ。

 

「してるわけないだろ?ここに指揮官はいないんだ」

 

「しかたない、手動でやりましょう。私が回すから迎撃準備を」

 

「いいよ、私がやる。構えろ」

 

「解りました」

 

妹は一歩離れた操作盤の陰に隠れると銃口をシャッターの方へ向ける。

私はシャッター横に立つと手動開閉ハンドルの透明な防護カバーを外し、手をかけて回す。

はっきり言ってくそ重いが戦術人形の腕に掛かればこんなの軽い。整備はしっかりしてたらしい、くるくる軽快に回る。

妹は徐々に下から開くシャッターの隙間に銃口を向けて警戒、今のところ敵はないらしく発砲する様子はない。

さっさと開けよう、さっきよりも勢いよく回して一気にシャッターを引き上げてブレーキをかけて止める。意外にも汚いだけの廊下だ。

いや、違う。よく見ると銃の残骸と薬莢が転がっている。それにこれは……げ!?ここまでやるかぁ!?

 

「これ全部食べられてる。ここまで食い尽くされてるとなると」

 

「ローチやラットも大量に、だろうな」

 

背筋に冷たいものを感じて思わず身震いした、妹も同じようで顔は見えないけど真っ青なのはわかる。

分かるぞ、あのでかいゴキブリがウゾウゾ這いまわってこっちに向かってくるなんて想像したくもない。

嫌だな、あの死んだ指揮官がおかしくなるのもわかるぞ。あれは単体だってキツイ!今でもあれだけは駄目なんだ!

 

「ん?」

 

今、カサッて聞こえたぞ?後ろだ、さっき通ってきたシェルターの奥から聞こえた。まさか?

 

「聞いたか?」

 

「はい」

 

恐る恐る、通ってきた廊下の奥に目をやる。奥は暗くてよく見えない、けど、なんかいる!

あ、ちょっと妹よ、ライトは駄目、やめろ、やめておねがい!!照らすなぁァ!

 

「「!!??」」

 

暗闇を照らすと黒だった。いや、床一面にあの見たくもないでかいゴキブリが大きいの小さいの一緒くたに蠢いてやがった!!

一番小さいのでも20センチはある、どうしてそこまで育ったんだ!餌が豊富なのはわかるが限度があるだろ!

気持ち悪い、うねうね動く触覚とかカサカサする脚、おまけにキチキチと声っぽいものまで聞こえる。

しかもどう見ても狙いは私達じゃねぇか!!一匹だけでも気色悪いのに群れだぞ群れ!冗談じゃない、いくら弾があっても足りねぇよ!!

どうする!?手榴弾?無理だ爆発する前に喰われる、焼夷手榴弾?同じだ使えない!火炎瓶、もってきてない!!

盾?無意味だよじ登られる!まずい、一気に襲い掛かってきたら、む、むしゃむしゃにされる!

 

「閉じろ!!」

 

咄嗟に私は向かってくる黒い津波に向けて銃口を向けて引き金を引く。飛び散る血肉と弾ける体、銃声よりもそのぐちゃぐちゃという音の方がよく聞こえるみたいだ!!

1マガジン、30発なんか一気になくなる。だというのに勢いを一瞬置仕留めるだけで精一杯、これだから虫ってやつは!

 

「姉さん!」

 

私は妹が放り投げてきた銃を受け取ってさらにフルオートで薙ぎ払う。狙う必要もないから撃つだけだ、問題ない!

私の言いたいことをわかってくれたのか、妹は乱暴に手動ハンドルのブレーキを外してシャッターを一気に閉めた。

まだだ、まだ来るぞ、妹に銃を返して、自分の銃を拾い上げてからの空の弾倉を抜きつつ廊下を走る。

M16A1、やっぱり無理にでもグレネードくっ付けておけばよかったか?いや火炎放射器?武器庫にあったか?いや、あったな。

 

「来た!ダクト!!」

 

やっぱりかぁぁ!だけど一気に出てこれなきゃ雑魚でしかない。慎重に撃ち殺しながらさっさと進む。

一撃で殺すのは意外と難しい、当たり所が悪いと平気な顔ですり寄ってくるんだこいつら。ダブルタップで胴体を撃ち抜いてやるのが一番だ。

そうだ、焼夷手榴弾をダクトに放り込んでやろう。ビビッてしばらく逃げ惑うはずだ。

 

「姉さん、後ろ!」

 

妹の声で振り向くと、廊下をカサカサ這いまわりながら追って来るゴキブリの群れが見えた。さっきほどではないが見れたもんじゃない。

咄嗟にダクトに投げ込もうと思っていた焼夷手榴弾を群れの手前に投げつける。

妹も同じ考えだったらしい、手榴弾を同じように投げつけたようだ。

一拍置いて手榴弾が炸裂、眩い閃光と轟音、それに混じって火柱が立って廊下を炎で埋め尽くす。

 

「ナイス、これならゴキブリ共もビビッて引っ込むだろうよ」

 

「姉さんが先に動いてくれたから思いついたの」

 

「ははは、ダクトにぶち込むことしか考えてなかったけどな。こりゃこの基地はダメだ」

 

道理で妙に手早く攻略されたわけだ。外の奴に抵抗している隙に足元からゴキブリに齧られて、内と外からあっという間にってことだ。

 

「うん、早く上に出ましょう、指揮官と合流して報告しないと」

 

「おう」

 

最後の判断は指揮官に任せよう、あの人たちなら慣れてるから。やっぱり専門家に頼むのが一番なんだしな。

廊下を抜け、近くの階段を上がる。階段を上がると基地のどこかにある吹き抜けのようだ、激しい戦闘を行ったようでそこかしこに壊れた銃や空薬莢が散乱している。

死体らしい死体はない、全て喰われていてバラバラだ。人間の骨と戦術人形の部品がそこら中に散らばっている。

外から少しだが銃声が聞こえている、どうやら派手にやっているらしい。

 

「上!」

 

咄嗟に後ろにステップを踏む。眼前を通り過ぎていく黒灰色の毛むくじゃらの四つ足、ウォッチャーだ。

距離が近い、銃ではなくナイフに握り替えて逆手で引き抜き体のひねりを加えつつ勢いよくそいつの目に突き刺す。

よし、手ごたえありだ。ダメ押しにさらに奥深く突き刺して確実に息の根を止めてからこいつの体を押し戻すようにして引きはがしつつナイフを引き抜いた。

 

「こいつがここを外から落としたミュータントか、群れなら大群だな」

 

こいつの繁殖力は相応に強い。荒廃した寒冷地に適応したミュータントとはいえ、ここにも適応しつつある。

 

「ゴキブリ共は出会ってすぐにこいつらを避けて地下にまとまってたってところかな?」

 

「指揮官達も来たからよけいに刺激されてたのね」

 

なら表に上がればしばらく奴らは出てこない、足元這いまわれながら戦うとか勘弁してほしい。

でもこれなら簡単だ、私は銃を構え直して廊下の向こうから走り寄ってくるウォッチャーの顔面に弾を撃ち込みながら前へ進む。

妹も同じだ、背後に回り込もうとしたウォッチャーが居たのかダブルタップで銃撃。

こいつらは俊敏だがさっきの黒い奴に比べれば的がデカくて当てやすい、ライフル弾も効果覿面だ。

 

「無線連絡を入れる、警戒お願い」

 

「OK」

 

妹は腰に吊るした古い無線機のスイッチを入れなおし、頭に掛けたヘッドセットのマイクを調節してからスイッチを入れる。

 

「こちら地下潜入班、指揮官、聞こえますか?」

 

≪こちら地上陽動!おそいよ、こっちはかなりきつい!指揮官ならデカ物相手にしてて余裕ないよ!≫

 

「スペクトラ?何が出たの?」

 

≪よりにもよってE.L.I.Dよ、非人間型の異形タイプ。まん丸だけど卑猥な切れ目と触手っていう狂った造形の18禁。

こっちもやばいから早くきてくんない?ウォッチャーだけでもやばいのにガブラスまで来てんの、それも大量に!≫

 

地獄だなおい。絵面もひどいが三つ巴かよ、っていうかE.L.I.Dまで流入してるあたり正規軍ですら機能不全じゃないか!!

このミュータントカーニバル状態じゃ頭数自体いつも不足してる正規軍じゃ荷が重いんだろうが、前みたいな無双っぷりはどうした?

 

「その猥褻物は何体?」

 

≪3、うち2は若個体なんだけど歴戦個体に率いられてる上に戦い慣れしててめちゃ厄介。こっちも加勢したいけど、雑魚がどんどん出てきてキリがない≫

 

歴戦かよ、これは指揮官達もかかりきりか。雑魚を相手にしている余裕はない、ますますきつくなってきたな。

 

「了解。じゃぁ結果だけ、ここに生存者は居ない」

 

≪OK、最悪だけど仕方ない!正面で暴れてるよ!屋上から援護よろしく!!≫

 

「解った。姉さん」

 

「んじゃいくか、正面エントランスから一気に屋上に行く。派手に動いて陽動も兼ねよう」

 

「待って。あれ見て」

 

妹が脇の通路を指さす、よく見ると正面エントランスへの近道に床に緑色の何かが縮んで付着している。

データで見たことがあるクラゲを地上に放り出した状態に赤いコアを押し込んだような感じだ。

こいつは厄介、アメーバだ。軟体系のミュータントでコアをよく狙わないと銃弾が効かない。

そのコアも小さいし肉体が弾の威力を削る上、コア自体も強度がそれなりにあるので弾が滑る。

今はまだ戦闘モードじゃないが、やる気になると肥大化して邪魔なうえに特殊だからまともに相手したくない。

だからこういう時は爆弾で吹っ飛ばすに限る、ポーチから手製プラズマ手榴弾を取り出して導火線を確認。

見た目は粗悪なパイプ爆弾そっくりなソレにジッポライターで火をつけると無造作に転がす。

 

「対ショック!」

 

私が言うが早いか妹は壁際に押し付ける、瞬間廊下の向こうで爆音とバチバチというスパークが響いた。

さっきのは鉄血製プラズマ式狙撃銃用のプラズマ粒子タンクを三つ纏めて起爆信管装置を取り付けただけのお手軽爆弾。

タンクとバッテリーが簡単に調達できて製作も非常に簡単、威力はほどほどだがいくらでも投げれる優れモノ。

 

「よし、行こう」

 

廊下のアメーバの核が砕けて物言わぬ粘液と化しているのを確認してから廊下を素早く駆け抜ける。

残弾はまだそれなりにあるがやはり消費は激しい、ミュータント相手だと現地調達も難しいから減る一方だ。

性懲りもなく顔を出すウォッチャーの顔面をぶち抜きつつ残りのマガジンを確かめる。30連マガジンが残り5、半分切った。

 

「残弾は?」

 

「あと4と14」

 

「5だ」

 

結構長丁場になっちまったしな。対ミュータント用の強化弾とはいえ、ここまででかなり消費してる。

こんなことになるなんて思ってもみなかった、私は空の弾倉をダンプポーチに放り込みながらふとこうなる前の日常を思いだした。

 

「なぁ、こんなことになるなんてお前は考えたことあるか?」

 

「ないよ、ずっと別のこと考えてた」

 

「だよなぁ」

 

しゃべりながら器用にウォッチャーの首をナイフで切り裂く妹、それでもしぶといそいつを足で壁に押し付けて頭に0距離射撃。

いやぁ逞しくなったもんだ、私は何となく考えながら通路の奥から疾駆してくるもう一匹を撃ち殺した。

窓からさらに一匹、頭を蹴り飛ばして体制を崩して床に転がし、そいつの頭をすかさずストンプで踏み潰す。

力任せに踏みつぶして前傾姿勢になった私の背中越しに妹が発砲、廊下の先から来ていたヤツの脳天に二発。

まぁ考えてもしょうがない、これがこの地区の日常なんだからな。

 

≪指揮官より各員、こちらは仕留めた。さっさと終わらせよう≫

 

無線機越しに聞こえる指揮官のいつもと変わらない声、少し訛りのある公用語すらそのままの男だ。

指揮官達も戻ってくる、今日もまたにぎやかに化け物を殺すとしますかね。

 

 

 




あとがき
この度は拙作をご覧いただきありがとうございます。数多の作品を読んで私もやりたくなって、やりました。
今回だけで約3作品からクリーチャーを出張させていただきました。詳しいのは後々紹介したいのでここではご容赦ください。
これからも独断と偏見と作者の好き勝手でいろいろ出したいと思います。
CPにこだわりがあったり指揮官との関係にこだわりがある方もご注意ください、基本的に好き勝手やります。
基本的にイナダ大根がプレイしたことのあるものから出しますので、もし趣味趣向がわかっても見て見ぬふりをしてください、OK?


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プロローグ・化け物狩りがいる基地

 

 

青い空が広がっている、私が最初に感じたのはそれだった。硬い地面から起き上がると、見慣れた基地の裏庭だ。

U05基地、私の新しい家、どういわれようともここは私の帰る場所。

適度に整備された庭は綺麗で、暇な人形が誰かしらは好きに過ごしている憩いの場。今も庭のベンチに座っている。

私と同じ小隊のAR-15、休憩しているうちに寝入ってしまったんだと思う。彼女は頑張り屋だから。

どこかの学校の制服をモチーフにした装備、スクールバックを模したガンケースはまるでここは学校の中庭とでも錯覚しそう。

眠る彼女のそばを通り過ぎて基地の中に入る。廊下には掲示板を見て首を傾げる一〇〇式機関短銃。え、もしかして今日は学校縛り?

 

「あ、ちがう」

 

100式の後ろから飛びつくのはSOPⅡ、その後ろにM16A1姉さん。

いつもの調子でニコニコして100式に絡みつくSOPⅡを、M16姉さんはニヤニヤしながら見物してる。

あれは酒のつまみにしてるわね、そう思うとさっきまでは持ってなかった酒瓶をM16姉さんは煽った。

さすがは夢の中、何でもありか。だったらもっと面白いことが起きないかな?そんな風に考えながら、気ままに基地の中を練り歩く。

射撃場で416が練習していた、古参のスペクトラと張り合ってる。スペクトラは愉快そうに煽ってた。

屋上の見張り台でG11はいつものように銃を持ったまま寝てた、これでも仕事してるから彼女はすごい。

倉庫の前でステンがお菓子の箱を抱えたFNCを支えてた、FNCったら部屋に運ぼうとして持ち過ぎたみたい。

ふらふらしてて危なっかしいから手伝ってあげた、3人でFNCの部屋に行くと偶然FALさんが近くの部屋から出てきた。

ここじゃなかったはずだけど、ご都合主義ね。FALさんはアルバムを手にニヤニヤしてる、たぶんコレクションが増えたんだ。

そんなFALさんを見送ると今度は9A91がFALさんを追いかけて、廊下のど真ん中で何かトレードし始める。

 

「……楽しいなぁ」

 

FNCの部屋にお菓子の箱を届けると、彼女がお礼にチョコバーを分けてくれた。私はそれを齧りながら呟いた。

夢だから味を感じないけど、このチョコバーは美味しい。うん、起きたら買いに行こう。

あ、珍しい。MG34と42だ。MG42はこの基地の所属じゃないけど、姉の34の所に時々遊びに来る。

34とはよく一緒に戦う、軽機関銃の彼女がついてくれるとやりやすいのよね。

二人はお茶をする気みたい、ニコニコ何かを喋りながら中庭に向かっていった。

それを目で追うと中庭の方からM2HBとM3グリースガンが重装備のまま歩いてくる。この基地最古参の移動砲台コンビだものね、私の中の印象って。

でもこの二人がいると火力支援が凄まじいからすごく安定する、50口径の掃射がいつでもどこでも要請できるってすごく助かるのよ。

あ、イングラムとスコーピオン、後ろからゆっくりと二人を追っかけてる。悪戯でもする気かな?イングラムも悪乗りモードだね。

で、その二人をさりげなく監視するIDW。

 

「あ、こうきたか」

 

悪戯しようとした二人を背後から白い人影がゲンコツを落とした。トカレフSVT―38、気真面目な彼女だものね。

ワイシャツをラフに着こなすパンツスーツ姿にお決まりのサングラスをかけた彼女は呻く二人にお小言。

それを見つけて面白そうに見物するゲパードM1とその後ろから困ったように笑うSuperSASS。

 

「あれ?」

 

引きづられていくイングラムとスコーピオンを見送って、疑問に思う。おかしいな、指揮官たちがいない。

こういう場面だと、大体指揮官が出てきて追い打ちするかSVT-38を宥めたりし始めるのに。そういえば他の4人も見ない。

指揮官の恋人四天王、誰も出てこないなんて今までなかった。いつも誰かしらいたもの、おかしい。

 

「どこ行ったんだろう?」

 

なんだろう、嫌な感じがする。いないだけなのに、もしかしたら今日は出てこないだけなのかもしれないのに。

不安、怖い、背筋に寒い何かが走る感じがして、私は指揮官達を探し始めた。でも、基地をいくらめぐっても会えない。

 

「どこ?なんで?」

 

武器庫にはいない、食堂にも居ない、中庭も、指令室にも居ない。指揮官執務室にも当然だけどいない。

嫌だ、こんな基地嫌だ、みんながいないと、この基地じゃない、U05基地じゃない。

だって、この基地にはあの人たちの声が必要だもの。無いといけない、無ければならない。

焦りと不安が私を急かす、早く見つけないといけない、そんな気がして止められない。

 

「あ!」

 

いた、基地の正門前だ。5人とも正門から外を見ている、なぜ?まぁいいや、聞けばいい。

 

「何してるんです?どこ行ってたんですか、心配しましたよ!」

 

指揮官の後ろから声をかけると、彼は振り向いて静かに微笑む。彼は戦闘服を着てガスマスクを被り、愛用のガリルARを肩に背負っていた。

仕事みたい、なんだ、今日はそういう夢なんだ。きっと今回の出番はここからなのね、それなのに私は早とちりしちゃった。ま、夢ならいいよね。

 

「出撃ですか?お供します!!」

 

いつの間にか私も戦闘装備で、銃を手にしていた。夢だから何でもあり、こういう時は助かるわね。

でもこんな夢は初めて、指揮官と戦いに行く夢は何度も見たけれど、基地から始まるなんてなかった。

何をするんだろう、鉄血の基地に強襲をかけるのかな、それとも迎撃するのかな?

 

「え?」

 

おかしいな、なんで指揮官は首を横に振っているの?来るな?いえ、そういうわけにはいかない。

いくら何でも指揮官達だけで戦地に向かわせるわけにはいかない、強くたって限度があるでしょう?前みたいに戦力不足なわけではないんだから。

 

「みんなが、いる?」

 

気が付くと、なぜか他の4人は基地の外にいて、指揮官を呼んでいた。ガスマスクをした姿で。

指揮官は何か言って、そのまま外に行ってしまう。何を聞いたのかわからない、けれど夢の中の私は焦って指揮官の追いすがろうとする。

なぜか私の体は基地の外から一歩も外に出ていけない。まるで見えない壁があるみたいに、正門から出られない。

指揮官達が行ってしまう、どんどん遠くへ行ってしまう。駄目、その先は危ない。

 

「まって、待って!私も一緒に!!」

 

指揮官達は皆武器を持っていた、指揮官たちの行き先が荒野に変わる。これから戦いに行くのが分かった。

指揮官達だけではだめ、もっと戦力が必要。私も一緒に行きたい、連れて行ってほしい、なのに、なのにどうしてでられないの?

 

「出して!ここから出して!!」

 

みんな傷だらけだ、戦いの中でできた傷だ。早く治療しないと助からないほどに指揮官も、コハクも、イチヨも、サラも、ミナも。

なのに、みんな目が笑ってる。どうして?なんでそんな風に笑えるの?なんでそんなに優しく笑っているの?

指揮官が手に持ったガリルを掲げる、彼の人形もそれぞれの武器をそれに軽く叩きつけてから構えた。

指揮官達が見えなくなる、荒野の向こうに、荒れた空の下に消えていく。見なくなっていく、居なくなってしまう。

 

「嫌!」

 

目が覚めた、起き上がればそこはあてがわれた基地の部屋だ。私、M4A1は不思議な倦怠感を感じながら身を起こす。

ひどい寝汗をかいていて、寝間着のパジャマが湿っている。でもそんな不快感よりも、先ほどまで見ていた夢が頭から離れない。

指揮官が離れていく、私たちの前から消えていく夢。酷い夢だ、彼が居なくなるなんて考えられない。

考えただけでも胸が苦しくなる、彼のいなくなった基地を考えるだけで、とても寂しい気持ちになる。

 

「さよならなんて、嫌。夢よ、悪い夢、ただの悪い夢なの」

 

震える体を落ち着かせるように、私は無意識に独り言をつぶやいていた。悪い夢、ただの夢、だから現実には関係ない。

でも、その日は眠る気にはなれなかった。眠れば続きを見てしまいそうで、なんだか、今日は一人で眠るのが怖かった。

 

 

 

 

プロローグ・化け物狩りがいる基地

 

 

 

 

「指揮官の昔?」

 

「うん、何か知らない?」

 

PMC『グリフィン&クルーガー』が管轄するU05地区に作られた囮基地、通称U05基地。

ここは綺麗で自然豊かな森に囲まれ、小高い丘と川のせせらぎに満ちたこの地区はかつて富裕層にも人気のリゾート地であった。

しかし鉄血工造の暴走以後、この地区に鉄血の侵攻部隊が侵入。やがて最前線となり激しい戦闘が行われた激戦地だ。

この基地も放棄されたリゾート施設を買い取り改修した前線基地、敵の戦力を分散させる囮として建設されたのが始まりだ。

だがそれも少し前までの事、現在は鉄血の興味がS地区中心に切り替わったせいかだいぶ戦力が引き抜かれて攻撃は散発的になった。

グリフィンU地区支部はそれを好機とみて反撃を開始、U地区の勢力圏はほとんどグリフィンが取り戻しつつある。

そんな静かな朝を控えめな音量で壁に掛けられたテレビがグリフィンの広報番組を流す食堂で感じながら、M4A1は同僚の一〇〇式の返答に朝食のご飯を頬張りながら頷く。

セーラー服に日本の銃、それにこの基地古参の一人の彼女であれば、何かわかるかもしれないと思ったからだ。

彼女も同じく洋風朝食セットをモリモリ食べる、それはもうたっぷりと。これから任務なので当然だが、とにかく食べる。

 

「ん~私もM4さんと知ってることは大差ないかと……どうしたんですかいきなり?」

 

「その、嫌な夢を見て…」

 

「夢?M4さん、夢見るんですか?はわぁ、やっぱりエリートさんってすごいんですねぇ」

 

「え?えぇ、でも、それくらい普通じゃない?」

 

「いやいや、私たち人形は夢なんて見ないですよ」

 

あぁ、そういえばそうだった。M4は自分のうかつさに思わず呆れる、そういえばペルシカにも口止めされていたはずなのに忘れていた。

夢なんて当たり前に見るモノだといつの間にかそう考えてしまっていた、あまり話すことではないため自分で勝手に結論付けてしまっていたのだ。

 

「ごめん、これみんなには内緒にして、口が滑った」

 

「解りました、二人の秘密ですね。あ、ならあとで指揮官に聞いてみましょう?教えてくれるかも」

 

M4はこのU05基地の臨時指揮官である黒髪黒目のやや厳めしい日系男性、ソウタ・ササキ(笹木奏太)を思い浮かべる。

人類生存可能圏外の放棄された汚染地域にある街から来た変わり種、生まれも育ちもまったく違う人間だがお人好しで信頼できるできた男性だ。

人形にも分け隔てなく接してくれるので信頼もあり、この基地の構成員には受け入れられている。

いつもややパツパツなスーツ姿か私服で基地を練り歩き、戦闘となれば戦闘服に着替えて大抵は部下と一緒に最前線に飛び込む頼れる男だ。

その戦術眼と戦闘能力は鍛え抜かれたもので、並みの鉄血人形では相手にならない。

しかし突拍子もない作戦を思いついたり、鹵獲が大好きだったり、基本的に一つの型には嵌らない困った人だ。

そんな彼は私物の戦術人形を4人従え、部隊に配属している。

この4人も強い、指揮官と長く戦場を生き抜いた歴戦個体で量産品とは思えない技術力だ。その分ぶっ飛んでいるが。

この基地に最初に配属されたIDW曰く、最初の訓練は化け物との実戦だったとのこと。

ただこの4人と指揮官はただならぬ関係であり、面白半分に覗きに行ったフランシス曰く『指揮官が捕食されてた』らしい。

 

「それで?」

 

「え?あぁ、前はハンターやってたらしいですよ。みなさんたちと一緒に」

 

「それは知ってるけど、それでも強すぎる」

 

「ミュータント狩りの方ですから」

 

ハンター、狩人、それは害獣相手の職業だがもう一つの意味もある。それはE.L.I.Dによって生まれたミュータントなどの化け物を狩る職業としてのハンターだ。

基本的には軍が出動して相手をするのだが、軍が出れない時もあるしそうする必要性が薄い場合もある。

そんな時にかつて頼られたのがハンターだ。ハンターは軍が動かないとき彼らは町や村、あるいは個人の依頼を受けてミュータントを狩る。

だが軍が力を取り戻すにつれて活躍の場を失い淘汰され、斡旋組織のハンターオフィスもこのグリーンゾーンには存在しない。

またE.L.I.Dによる化け物を主に相手にするとは言え傭兵の類であり、あまりいい顔はされていなかった。

大手PMCが都市運営を任されるようになり、大々的に活動を始めてからはさらに仕事を奪われて消えていった。

このグリフィン&クルーガーが管轄する地域にもかつては存在したが、今はもういない。昔を懐かしむ人が話にする程度だ。

 

「うーん、そういわれても…あ、そういえば別の地区で昔大きな事件があって、それで大暴れしたとかなんとか」

 

「誰の情報?」

 

「お姉ちゃんですから多分間違いないかと、今も躍起になってますしね。

この地区には仕事で偶然来て居たらしくて、その指揮を見たグリフィンの営業さんがスカウトしたそうです」

 

「そうなんだ、そういえばたまにいない」

 

「それはまぁ、ここにもたまに出ますしね」

 

M4はふと対物ライフルを抱えた指揮官と、その部下4人を想像した。

指揮官の現場主義は納得だ、元々司令部でどっしり構えているようなタイプではない。

その上人柄もいいのだから、所属する戦術人形たちからも評判がいい。それこそほかの基地所属の人形からも尊敬されている。

 

「あれ?でもスカウトっていう割には、IDWさん、苦い顔してたような。それに、人形ばっかり?」

 

「言われてみれば・・・まぁ、そういうこともあるのかな」

 

一〇〇式が漏らした疑問にM4もふと食堂を見渡して頷く。この基地、実は指揮官と後方幕僚兼事務員のフランシスを除いて人間はいない。

基地メンテから人形のメンテに至るまですべて人形で賄われている。故に戦闘用ではない自立人形も多数いる。

だが一〇〇式は別の司令部に所属した経験はなく、M4も元の所属が所属なので不思議だがそういうこともあると思って気にしなかった。

 

「あ、そういえば聞いた?M3さん、またアップグレードするみたい。強化外骨格を仕入れるとかなんとか」

 

「うわぁ、またあのコンビに磨きがかかるんですか。頼りになりますねぇ」

 

「M2さんウキウキで強化外骨格のカタログもってたから、たぶん指揮官に直談判しに行ったんじゃないかな」

 

「カタログですか、そういえば最近入荷したカタログに最新の戦術人形が近々ロールアウトするって記事がありましたよ」

 

「最新?」

 

「はい、何でもショットガンを使う重装甲タイプらしいです」

 

「へぇ、なら一人来てほしいな」

 

「そうですねぇ、FAL姉経由なら開発部に話を通せそうだし一人回してもらえるかも。

あ、一人といえばM4さんは訓練しなくていいんですか?」

 

訓練というのはおそらく昨日からM16たちが行っているダミー人形の完熟訓練の事だろう。いわば慣らしである。

どの人形も行うことだが、特にSPAR小隊は16LABの試作型だ。ダミーリンクに使用するダミー人形も当然ながら16LABの特別製であるため気が抜けない。

一つ一つが手作業で組まれた高級品でIOPの量産型よりも高性能だが、その分補充が効かない。

不要な破損や、その原因を見つけるために必要な訓練だ。一度も動かしたことがないダミーをすぐに実践で使えるわけがない。

故にM4も本来ならばM16達と共に訓練施設まで出向いていて、昨日から基地にはいないはずだった。

 

「実はもう前点検で不備が見つかっちゃって……」

 

「あ……」

 

とてもめんどくさい訓練なので、必要がない4人が羨ましいとM16はよくぼやくが今は量産品の別の人形が羨ましい。

もし不備があっても量産された個体ならばすぐに部品交換できるし、無理なら丸ごと交換という手段が取れる。

ここの指揮官ならば丸ごと交換だって簡単に許可をくれるだろう、現場主義で理解のある人なのだ。

 

「でも見つかってよかったじゃないですか。」

 

「そう思う?」

 

「へ?」

 

「私だけダミーが直ったら特別訓練なの、ミナと…」

 

一〇〇式の表情がこわばる、M4のどんよりした空気から察してしまったのだ。

指揮官の側近であるミナことコルトM1911は天然だが気さくで明るい人形だ。しかしなぜか工事用スレッジハンマーをふるう変わった個体である。

あくまで普通の訓練なのだ、何もなければ訓練なのだ、システムやプログラムに頼らないアナログ訓練であるが大変為になる。

しかしもし鉄血がいらないおせっかいをしてくれば、そしてしつこいと話は一気に変わる。

苛立つM1911が鉄血部隊に突貫、暴れる彼女を必死で援護、そして血みどろの戦場で紡がれる指揮官達への延々と続く愛の言葉。

しかも近接戦となると工事用スレッジハンマーも振るわれる、何人の鉄血兵の頭がぐちゃぐちゃになるか分かった物ではない。

これに遭遇するとメンタルが図太い姉御であるM16すらも消耗するだから相当だ、頭がない死体を量産するのだから絵面も悪い。

 

「ご愁傷さまです」

 

「一緒に行く?」

 

「いや、スタイルが違うので…」

 

一〇〇式も近接戦をよくするが銃剣を用いた型だ、指揮官達のような刀剣類を振り回すタイプとは違う。

指揮官達を目標にしてはいるが、銃を槍に見立てる彼女と本物の刀剣を振り回す彼らでは型が違いすぎる。

 

「だよね」

 

M4は食堂の入口に設置された食券販売機の前に件のU05臨時指揮官と彼の人形の一人がメニューを吟味しているのを見つけた。

背中からでも解る筋肉質な背中は、いつものように頼れる背中だ。その視線に指揮官は気づいたのか、振り向くとにっこりと笑う。

それに気づいた彼の個人所有人形、スプリングフィールドM14も振り向いて微笑んで手を軽く振る。

 

「いいなぁ」

 

二人の距離は自然と近く、仲睦まじい。普段から一緒にいるのが自然、というのがしっくりとくる。

そんな関係の二人をM4は微笑ましいと思う反面、指揮官の隣にいるM14を羨ましいと思う。

指揮官が券売機から食券を購入するとM14に何か言って一人受け取り口に向かう。

M14は迷いなくM4と一〇〇式に向かって歩を進めてきた。運がいい、M4と一〇〇式は直ぐに自分の横の椅子を引く。

 

「おはよう、二人とも」

 

彼女のあいさつに二人も軽くおはようと返す。M14は流れるように一〇〇式の隣に座り、受け取り口の担当人形からプレートを受け取っている指揮官に向けて手を振る。

指揮官はそれを見つけると、左右の手で器用にプレートを持ちながらテーブルに持ってきてM14の前に彼女のメニューを置く。

二人とも和食セットだ、ハムエッグとサラダは洋食セットと同じだがパンとコンソメスープではなく白いご飯とみそ汁がついている。

 

「おはよう、どうした?少し顔色悪いぞ。夢見でも悪かったか?」

 

ドキッとしてM4は思わず飲みかけていたコンソメスープを吹きかける。

 

「人形は夢を見ませんよ?」

 

一〇〇式がいつものように軽く返す。指揮官のいつもの事だ、人形が気分良さげだったり落ち込んでいたりすると夢云々と冗談交じりに話しかける。

彼なりの人形との付き合い方で、少し様子が変わっている人形がいる場合の朝の日課といえる。

どうやらM4の機微を目ざとく見つけたのだろう、相変わらずよく見ている人だ。

 

「その、ダミーが気になってて」

 

「あぁ、その件ならペルシカリア博士に話を通した。代わりは少し待っていてほしいそうだ」

 

「そうですか」

 

指揮官はM4の隣に座ると旧日本の作法として、軽く両手を合わせていただきますと呟いてサラダに箸を突っ込む。

さも当然のように座った彼にM4は一瞬ドキッとしたが、指揮官から香る石鹸の香りに混じるかすかな女性の香りに気づく。

共同生活なのだから仕方ない、たとえ何もなかったとしても彼女たちの香りが服に付くのは仕方ない。

それでも考えてしまう、男と女が一つ屋根の下で暮らしていて、そういう関係ならそういう事を致すのは当たり前だから。

M4は胸の奥からふつふつと湧き上がってくる嫉妬心に、言い訳をして何とか落ち着けようとする。

昨日は彼の向かいに座るM14だろうか、むすっとしてM4は彼女を睨む。だがM14はニコニコするだけだ。

彼は私達のものだ、そう言葉にすることなく宣言する四天王の存在がM4を圧倒する。

 

「すまんな、代わりに俺が穴を埋めることになったんだが構わないか?」

 

「え!?」

 

棚からぼた餅、いやこれは不幸中の幸いか?思わぬ指揮官の言葉にM4の思考が一瞬固まる。それはつまり、しばらく指揮官を独占できるということか。

指揮官が強いことはM4もよく知っている、戦場では背中を預けた中なのだから当然だ。

 

「つまりそれって、私の任務に指揮官も参加するってことですか?」

 

「そうなる、ダミーが届くまでの間の穴埋めを俺とこいつらでやるって話になってる。まぁあるかは分からないけどな」

 

「あ、そういうことですか」

 

M4は少し落胆する。が、心強いことには変わりない。指揮官と彼の人形の強さはこの基地の誰もが知るところだ。

なにしろ鉄血の攻勢にさらされる初期のU地区で、たった7人から基地を守った上にここまで拡大した実績がある。

 

「ほら、俺は正規社員じゃない契約社員、元々はハンターだ。今も副業みたいなものだしな。

IOPの16LABとの短期契約なら、むしろ支部としてもプラスじゃないかな」

 

「そうでしょうか?マクラファティ支部長が嫌がるんじゃ?」

 

一〇〇式の言葉にM4は現実に帰る。ロバート・マクラファティ、この地域のグリフィン&クルーガーU地区支部のトップだ。

元パイロットで仕事は並みにできる典型的な富裕層のボンボン、しかし長年グリフィンに努めてきた叩き上げでクルーガーに心酔している。

酸いも甘いもかみしめた仕事人、ストレスのせいで禿に悩む中年男性だが彼は指揮官の事を快く思っていない。

アウトサイダーの傭兵という立場からくる軽蔑、本来の目的とは全く違う結果となった彼の躍進に対する嫉妬からか、これまで結構な嫌がらせを受けてきた。

物資の補給は万全で基地能力の維持こそされているがそれ以外の要望、戦力増強や新装備製造依頼など戦力的なモノはほとんど却下されている。

指揮官の行う変則的な自腹、本社の重役や16LABとの繋がりが無ければ、もっとひどくなっていたに違いない。

 

「奴の髪と君の背中なら君の方が大事だ。お飾りのトップだぞ?暇な分仕事するだけだ」

 

「仕事して?」

 

どこから取り出したのか、書類の束をひらひらさせるM14に指揮官の表情がこわばる。

戦闘ができる代わりに彼は書類仕事に疎い、基地のトップとしてはお話にならないレベルで正規の指揮官としては絶対に採用できないだろう。

臨時指揮官という役職の通りあくまで臨時で基地を請け負っているに過ぎない上、元々は数合わせとして雇われた一部隊というだけなのだから当然だ。

 

「市代、書類なんてできないって俺言わなかったっけ?それでもいいっていうから受けたのに」

 

「でも一応仕事だし、その分報酬上乗せだよ」

 

「流されてるぞ、これは嫌な流れだ、実に嫌な流れだ」

 

「フランも褒めてたよ?最初よりはマシだって」

 

「うぐっ…」

 

にべもなし、涼しい顔で指揮官を見つめるM14に彼の肩が落ちる。

この基地の後方幕僚であり副官のフランシスは、この基地の事務方トップであり基地の財政面などの裏方を一手に引き受けている。

今日も朝食を早めに食べ、いい早く事務仕事にとりかかっているに違いない。そんな彼と彼女の間柄は意外と良好である。

指揮官自身、変な要求をしない、無茶ぶりをしない、むしろフランシスを気にかけて事務方人形をわざわざ増員している。

他の基地では要する戦術人形や人員の数が膨大なこともあり、その手の書類も多く大体にデスマーチ状態らしい。

しかしこの基地は所属する戦術人形は25名と少なく、人間もほとんどいないので書類の種類も数も少ない。

鉄血との紛争では成り行きでできた最前線基地だが、フランシスは今日もコーヒーを片手に専属の自立人形と仕事に励んでいるのだ。

 

「前線要員に書類は天敵なんだぞ」

 

それでも書類仕事を苦手とする指揮官には大きな負担らしい、疲れているのも事実なようだ。

ここ最近はフランシスだけでは賄えない指揮官の処理が必要な書類が混ざってきていて否応なしに彼へ負担がかかっている。

最近は彼が前線に出張ることも少なくなったのでストレスもたまり、余計に負担がかかっているのだろう。

 

「そりゃ分かるけど、もう少しなんだから頑張ろ?」

 

「そのもう少しって……夜戦と言い、情報集めといい、いいように使われてるんだが?」

 

「そりゃあんたが勝手にやっただけでしょうが」

 

もう少し、M14の言葉にM4は胸が締め付けられるように感じた。彼の契約期間はほどなく終わる、という意味なのだろう。

そうなるとどうなるのだろう、彼は残ろうとしてくれるだろうか?いや、おそらくそれはない。

彼はハンター、この基地にはもともと仕事の延長で臨時指揮官に就任しただけだ。経緯も理由も、彼にこだわりは全くない。

そもそも今のハンターは、人類生存可能圏外の低汚染地域にある街や居住地を中心に活動している職業なのだ。

本来であればここにいることのほうがおかしい、グリーンゾーンに出てくるE.L.I.Dは軍が処理するからだ。

何もなければきっと、彼は契約通りにここから退去するはずだ。彼は自由だ、それについていけるのは同じ自由を持つ4人だけ。

そうなったら、残された自分たちは戦えるだろうか?今更ほかの指揮官の指揮に従えるのか?きっと従うほかないのだろうが、嫌だと思う。

 

「それも含めて指揮官なの、そもそもその程度で音を上げるほど弱くないでしょ。ほら、しゃきっとする!

私達は信用あってこその商売でしょ、契機満了じゃなくてクビになりましたなんてかっこ悪いじゃない」

 

「わかった、わかったって」

 

M14の少し責めるような口ぶりにM4は思考の渦から引っ張り出された。

指揮官とM14のやり取りもいつもの事だ。それにしっかりしてもらわないと困るのはM4と一〇〇式も同じ思いだ。

そんな横やりで彼をクビにされてはみんなが困る、ただでさえ簡単に切られてしまう立場なのだから隙は無い方がいい。

まだ彼を繋ぎ止める手立てができていないのだ。

 

「頑張ってください!」

 

「あぁ、その純粋な目が痛い…」

 

「が、がんばれがんばれ?」

 

「M4、お前もか…」

 

指揮官はすっかりしょげて、もさもさと朝食を頬張る。その様子がすねた子供のようで、一〇〇式とM14がくすくすと笑った。

ますますぶすっとした指揮官はつまらなそうに視線をテレビの方へ移す、その画面に映るグリフィンのとある部隊を見つつ呟いた。

 

「向こうもいろいろ大変なようで」

 

未だ鉄血の攻勢が続くS09地区の情勢が流れ、対策に当たる部隊の出撃する様子が流れている。

画面の中に長い黒髪に黄緑色のメッシュをした戦術人形がトラックに乗り込んでいくのを見つけた。

指揮官は瞳を横のM4に移し、小さく息をつくとサラダに箸を突っ込んでもさもさと食べ始める。

M4もテレビに映る本物を見つけ、少し虚無感を覚える。胸に空いた何かがうずく。

 

(オリジナル)

 

自分の元となった本物の精鋭、自分はそのコピー。どれだけ頑張っても、どこまで行っても、彼女が自分の前にいる。

自分の中にある記憶は所詮借り物で、偽物。自分は何もないただのダミーであるといつまでも考えさせられる。

 

「M4、喰え」

 

「え?」

 

「冷めるぞ、こいつ試すか?」

 

「あ、はい」

 

指揮官の言葉に現実に引き戻される。行儀悪く箸で彼が示す先にあるのは食べかけの自分の朝食。

先ほどまで暖かだったハムエッグは確かに少し冷めている。食べなければ、M4は彼に言われるがまま醤油を垂らして黄身を口に含む。

醤油が黄身の味を引き立てていてこれも美味しい、ただしょっぱいだけではない複雑な旨みを感じる。

 

「どうだ?俺の故郷の味だ」

 

「え、まさか!?」

 

M14がびっくりして自らも醤油を合成ハムエッグにかけて口に含む。

すると、口に入れた途端に表情を輝かせて即座に合成白米を口いっぱいに放り込んだ。

 

「うまい!本物!」

 

「え?」

 

「故郷の天然物だ、実は箱の隅に転がっててな」

 

それだけ言うと指揮官はにんまりとほほ笑む、よく見るとテーブルに置かれている醤油挿しは食堂に常備されているモノとは形が違う。

食堂に常備された合成醤油の入れ物は円筒形だが、指揮官が出してきたのは個人用の小さい四角のものだ。

話でしか聞いたことがないグリーンゾーンの外にある指揮官の故郷で作られた天然物の醤油。

作られた場所がどこであれ、この時代ではとてつもない高級品だ。

 

「どうだ?」

 

「美味しいです」

 

「だろ?」

 

微笑む指揮官に頷く、いつの間にかM4の中にあった暗い感情は消えていた。彼が消してくれたのだ。

この食事を食べているのは自分だから、この食事を楽しんでいるのは自分なのだから、オリジナルと比べる必要などないのだと。

日常の中のちょっとした違和感、気にも留めなくなったM4はこんな日々がずっと続けばいいと思う。

いつものように彼がいて、仲間がいる。この地区に攻め入る暴走した鉄血人形を倒し、この暖かい基地に帰ってくる。

大丈夫だ、M4は自分に言い聞かせる。まだ時間はある、引き留める方法を探せばいい、それだけだ。そう思いたかった。

 

 




あとがき
まだ平和な時間のU05の朝の日常、化け物出したいけどしばらく出てこない!下地作らなきゃ(涙)
なので代わりに指揮官たるハンターが化け物(意味深)してます。
恋愛に悩む指揮官様がいるのなら、あえていろいろガンギマリした指揮官が居てもいいじゃない?
とっかえひっかえする指揮官がいるのなら、とっかえひっかえされる指揮官が居てもいいじゃない?
と、好き勝手に作ってたらこんなバカ野郎になりました。くそったれハーレム野郎ですがどうかご容赦ください。

なおうちのM4ちゃんはAR小隊じゃありません、SPAR小隊です。詳しいお話は次にしますが本人じゃないです。
あの天災ペルシカ博士ですよ、原作序盤のあれに何の対策もなしに作戦に投入するわけがない。
原作でも最後のあれはCだったしね!当然プランAとBもあるでしょ!なので次回からBのお話をば。
ゆっくり更新ですが今後ともよろしくお願いします(ゴキ土下座)



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第1話・捜索1

ついに第一の犠牲者が登場、彼女が嫁の人ごめんなさい!別の彼女は頑張るから!
筆が乗るのはいいのだけれど、長すぎワロタ。駄目な典型ですね。



 

 

私達は望まれて生まれたわけではなかった、私たちが私達になったのはただの偶然だった。

望まれていたのは死ぬことだった。オリジナルを守って、ただ時間を稼ぐことだけだった。

私達はダミー、AR小隊がある任務を遂行するために特別に制作された特別なダミー人形。

IOP製の高性能電脳をダミー用コアの代わりに用い、AR小隊各員の機密性の高い記憶を処理した偽の記憶を埋め込まれた肉の盾。

鉄血に捕まっても、本物のフリをできるようダミーとしての自覚も消えるように設定された囮の人形、それが私達。

逃げて逃げて逃げ続けて、自分が何者かも忘れて、埋め込まれた記憶のままに本物だと思い込んで逃げ続けた。

それが任務だから、それが私たちの役目だから、それで死ねば、きっと指揮官達に迷惑なんてかけなかった。

私達は偽物だ、AR小隊の偽物、特別なダミー、性能のいい囮の駒、それだけしかない。

ダミーがあれだけの敵を引き連れて逃げ込んできて、指揮官達U05基地にはひどい負担をかけた。

エージェント、アルケミスト、ドリーマー、デストロイヤー、鉄血のハイエンドの中でも新機種、上位機種ばかりが立ちはだかった。

ペルシカ博士の狙いは当たっていて、プランBの私たちは見事に囮となって主力を引き付けたという訳だ。

そしてたどり着いたのは最前線の捨て駒基地、埋め合わせの臨時指揮官とその配下、各所で敗走して来た人形達の寄せ集め、勝てる要素なんてなかった。

本部に連絡するすべはない、支部も補給を送るのみで完全放置、まさにどん詰まりだった。

でも自分を偽物だと知らなかった私達は指揮官に助けを求め、本物を知らない指揮官たちはそれに応じてくれた。

自分たちを守るだけで精一杯のはずなのに、彼らは躊躇なく受け入れてくれた。

みんなけがをした、私達も、指揮官でさえも。それでも生き残り、勝利した。けれども手に入ったのは死ぬはずだったダミー。

普通の人間なら怒っている、グリフィンの英雄となるはずだったのに、あれだけ苦労したのに偽物をつかまされたんだから。

指揮官のあずかり知らない所でAR小隊は助けられていて、私たちはただのおまけ、いやそれ以下だった。

この攻勢のせいでU地区の基地の多くが被害を受け、壊滅した基地も少なくなかった。私達が逃げて来たから、余計にひどくなった。

ここが標的になったのは、鉄血が私達を標的にしていたから、それを私たちが招き寄せてしまったから。疫病神もいい所だ。

 

『そうは言うがな、お前は確かにここにいる。M4A1、M16A1、AR-15、SOPMODⅡという人形はお前しか知らないんだ』

 

なのに指揮官は気にしなかった、精鋭を気取っていたバカなダミーの手を取ってくれたんだ。

全てが終わって、本部に連絡がついて、基地に出向いたペルシカにすべて思い出させられた私達に、指揮官は何事もなかったように言った。

 

『同じ顔がもう一人なんて人間でだってよくあることだ。なに?偽物?バカ言うな。

ここで一緒に戦ってきたお前らはここにしかいない。俺たちの背中を守ってくれたのはお前たちだ、違うか?』

 

ダミーだとか、イレギュラーだとかは関係ない。彼は不敵に微笑んで、私達を認めてくれた。

 

『こんなに強いのに初期化する?もったいない、内地だって裕福なわけないだろう』

 

何もない私達に手を差し伸べてくれた、偽物の私達に本物を手に入れるチャンスを彼は与えてくれたんだ。

私達は最後の最後で思ってしまったんだ、私達を庇う彼の背中を見て怖くなった。ただのダミーに戻れば、何もなくなる。

短い間だったけれども、U05で過ごした日々も、指揮官の声も、仲間達も、何もかも消える、それが嫌だった。

嘘にしたくなかった、偽物にしたくなかった。だから私達はスペアになった。

AR小隊のセカンドプラン、AR小隊の商業用ダウングレード版の先行試作人形として、『SPAR小隊』として。

 

 

 

 

第1話・捜索1

 

 

 

 

「部隊の捜索?」

 

U05基地の作戦会議室、指揮官の集められた戦術人形たちはホログラムマップの前で首を傾げる指揮官の言葉に首を傾げていた。

スプリングフィールドM14、M4A1、IDW、イングラムM10、スコーピオンVz61、一〇〇式機関短銃、M2HB、M3グリースガン、SuperSASS。

9人の人形が並べられたパイプ椅子に座り、怪訝そうな表情を浮かべている。

また支部からの無茶ぶりかな?それとも本部からのいらないお節介かな?一〇〇式は指揮官の言葉を待ちながら頭を抱えた。

 

「あぁ、ヘリアントス代行官からの仕事だ。これを見てくれ」

 

決定、これは本部からのありがたくもないお仕事だ。これでまた支部やほかの基地から睨まれる。

指揮官がホロマップのリモコンを操作すると、空中にいくつかの空撮写真と降下する部隊の写真が映し出される。

空撮写真には、霧に覆われながら何か巨大な物体が引きづられたような痕跡が三つ一直線に刻まれているのがうっすら見える森。

そしてヘリから降下するグリフィン&クルーガーU地区支部のエリート部隊が捉えられていた。

他にも捜索隊の後姿と思しき写真がいくつか並び、次いで部隊の顔写真が部隊ごとに映し出される。

 

「U08は鉄血に占領されて以降強力なジャミングが確認されていた地域なのはみんな知ってるな?

無線が十全に機能しない上にレーダーもダメ、それ故にグリフィンは手を出せず一応平穏だった場所だ。

だが一週間前から濃い霧が発生、次いで激しい戦闘が行われた。鉄血を襲った勢力は不明、グリフィンの部隊が攻撃したわけではないそうだ。

数日間にわたり激しくぶつかり合ったようだが、不思議なことに鉄血も謎の勢力も霧の中から出てこなかった。敗残兵、鉄血側の補給、何もかもない。

支社はこれを異常事態と判断し、謎の戦闘と霧の発生原因を探るため偵察部隊を送り込んだ。

当初は鉄血の作った新兵器の可能性もあるとして慎重に捜査するつもりだったようだ。

しかし部隊は連絡が途絶え音信不通、支社は全滅と判断し部隊を再生し再編。部隊を増員してさらに第2陣、第3陣と送り込んだ。合計で50人、全員がダミーをフルリンク使用しているから250人、全員が消息不明になった。

不思議なことに、戦闘という戦闘は確認されていない。全員、まるで霧に飲まれるように消えていったそうだ。

支社長は支社戦力では手に負えないと判断したため本社に連絡、近場で動ける我々に話が回ってきた、という訳だ」

 

「大きいですね、木がこんな広範囲になぎ倒されている。でも、燃えた痕跡が見えない。

大質量の物体が、かなりの速度で突っ込んだように見えます。でも、そんな代物が写真に写っていない。

でも、そんな話今の今まで聞いたことがない。ましてやそんな作戦が行われていたことも聞いてないですが?」

 

「知らんよ、俺もヘリアントス代行官から任務を受けて初めて聞いた」

 

「指揮官、うちも支部戦力のはずですが?本部からは?」

 

「あとでFN小隊が合流する手はずになっている、俺たちは先発だ」

 

「また面倒な仕事を……」

 

呆れたようにつぶやくイングラムの視線は墜落したらしい巨大物体墜落の証拠写真に注がれる。

ひときわ大きな墜落跡を挟むように、比較的小さな跡が等間隔に並んでおり木々をなぎ倒している。

木々のなぎ倒された方向がほぼ統一されていて、三つともに同じということは同方向に一緒に落ちて地面を滑ったようだ。

 

「つまり、私たちは彼女たちを見つけろってことですね?」

 

「そのとおり、それから支部からも任務が来ている。作戦に付随し、行方不明の部隊全員のデータを集める事、だそうだ。

ジャミングを停止させて部隊の侵入を容易にするか、鉄血部隊を殲滅し安全を確保する、このどちらかをやる必要がある。」

 

「バカ?こちとら10人だよ、馬鹿みたいに投入した偵察部隊全員のデータを集めろってだけでも無茶でしょ」

 

罠だ、あからさまに臭い、胡散臭そうにするスコーピオンに一〇〇式も同意見だった。だがそんな無茶ぶりはいつもの事。

本部からは使い走り、支部からはそのせいで睨まれる。指揮官が頼りになるのが救いだ、彼についていけば死にはしない。

 

「あぁ、だから好き勝手言わせてやった。俺たちが撤退できる条件は、ジャミングを何とかして支部・本部部隊の侵入を容易にすること。

生き残りを見つけて保護すること、全滅した部隊の情報を集める事、鉄血部隊の完全殲滅、このうち一つでも達成できたらだ。

それ以上は俺達じゃどうにもならない、後続に任せよう」

 

「ならさっさとジャミング壊して楽しよう」

 

「そううまくいくものか、この地域を落とした鉄血部隊にはハイエンドがいるぞ。それも新型だ」

 

ホロマップにさらに映像が追加される。占領されたU08基地の外周をドローンが撮影した写真だ。

その中庭、量産型鉄血兵がせっせと物資を運んでいる傍らに趣が違う鉄血の戦術人形が二人佇んでいる。

一人は冷徹そうなメイド、もう一人はツインテールに黒セーラー服の傲岸不遜な少女。

 

「エージェント!?」

 

M4が驚いて目を剥く。暴走する鉄血の大ボス、いまだ姿の見えない何かの副官、それがこのメイド、エージェントだ。

彼女に追い掛け回され、殺されかけたのだからその強さも身をもって知っている。

その彼女が直接乗り込み、わざわざ様子を見に来る相手となればその地位は高く、そして強いのだろう。

 

「その通り、こいつはこの件が起きる前に偶然ドローンが撮影したものだ。この物資がそのもとかもしれんな。

そしてこいつの隣にいる奴、武装、スペック、その他諸々一切不明の新型だ。今までの相手とは格が違うだろう。」

 

「ついに新型か、こりゃますますきつくなってきたね?」

 

「そろそろハイエンドキラーの名前を返上したいところだ、ちょうどいい相手だろう」

 

つまり出会ったら殺さないで逃げろということだ、賢明な判断だろう。自分たちの強さには自信はあるが、無敵とは思っていない。

 

「指揮官、エージェントはまだいるの?」

 

「不明だ。もしかしたら、ここの指揮を執っているかもしれん」

 

だとすれば最悪だ、支部戦力が尽く壊滅判定を食らっているのも頷ける。誰一人帰ってこないあたり、徹底しているのだろう。

鉄血ハイエンドとなれば単体の戦闘能力も相当なものだ、それと高い指揮能力が合わさっているエージェントは強敵だ。

しかも戦闘区域は深い霧に覆われた森林地帯。見通しが効かない上に閉所での戦いを強いられる、戦いづらいことこの上ない。

 

「迎えのヘリが来る、それでできる限り旧U08基地まで接近、その後は陸路だ。

作戦目標は支社部隊の救出、または損耗の確認。鉄血の姿は確認できないとはいえ、間違いなく戦闘になるだろう。

市代、M4、一〇〇式、IDW、スコーピオン、イングラム、SASS、地上からU08基地に向かい、捜索及び救助にあたれ。

M2、M3は上空より援護、ヘリに得物を添え付けろ。以上、準備に掛かれ。三〇分後に出発する」

 

「ステンとFNCは?」

 

「帰還を待つわけにはいかんとさ」

 

「支部から?」

 

「YES」

 

本当にろくなことしないな、と軽く考えながら一〇〇式は今後のプランをつらつらと考える。

ステンとFNCがいればよかったが、彼女たちは任務のために護衛に出てしまっている。

彼女たちは壊滅したU08基地のメンバーだ、基地周辺の地理は基地内部の構造に詳しい。

輸送部隊は無線封鎖していないので、今のうちに無線で聞ける限り聞いておくべきだ。

 

「U08基地の内装、および周辺地図だ。それからステンたちから聞いた裏道と隠し通路、倉庫もある。確認してくれ」

 

「さすが指揮官、解ってらっしゃる」

 

スコーピオンの相槌ににやりと彼は笑って見せる。

 

「聞いての通り、いつものごとく少数突撃となる。敵の数は不明、敵も不明である以上状況は芳しくない」

 

「いつもの事だにゃ」

 

きっと他の基地ならば断わられる厄介な仕事だ、だが慣れっこの一〇〇式は狼狽えずに状況を飲み込む。

おそらく無数の鉄血人形が待ち構えているだろうし、U08を落とした鉄血のハイエンドタイプも待ち構えているに違いない。

でもいつもの事だ、だからこそ出撃メンバーに動揺はない。皆自然体で、指揮官の合図を待っている。

無茶ぶりにはもう慣れた、冷遇にももう慣れた、手を出してこないだけマシだ。住めば都とはよく言ったものだ。

人形たちの目を見つめ、満足そうに頷いた指揮官はホロマップの電源を落として笑った。

 

「さ、行こうか」

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

太陽が空高く上る空、雲の少ない青空を2機の大型ヘリが飛行している。

久しぶりのヘリだ、M4は座席から感じるヘリの振動と浮遊感を感じながらU05基地の生活に慣れた自分に驚いていた。

周囲の仲間達もみんな久しぶりのヘリコプターの登場に心なしは浮かれているようで、面白そうに窓から下を眺めている。

今自分たちが乗っているヘリコプター『CH-47E・エレクトロチヌーク』はグリフィン&クルーガー社ではメジャーな輸送機種だ。

従来のエンジンを高出力モーターに切り替えた電動式のタンデムローター式輸送ヘリコプターは、元となった機種よりも大馬力でかつ静かな飛行能力を獲得した。

しかしU05基地には配備されていない、最初から配備されていなかったことに加え支部が指揮官を嫌っているので要請も受理されていないのだ。

今使用しているのは本部から回された借り物だ。最新型なのか、支部の機体よりモーターの静粛性がよくなっていて機内は快適そのものである。

普段は中古のおんぼろや修理した放棄車両を使用しているので、乗り心地は常に最悪なのだ。

 

「またチヌークの性能上がってない?」

 

「さすが本部といったところでしょう、一級品ぞろいです」

 

スコーピオンの呟きに、イングラムはグリフィン広報紙を見ながら答える。どうやら機内にあった最新号を読んでいるらしい。

 

「うちに来るとしたらどれくらいで回ってくるかな?」

 

「他の基地が壊滅したら回ってきますよ」

 

当たり前のように否定するイングラムにスコーピオンはそうだねと肯定を返す。特に何も感じていないようだ。

当然か、M4は座席の周囲を見回し、広い機内でゆったりと座る仲間たちと新品ピカピカの銃座の調整を行うM2を見て思う。

M2HBの扱う愛銃は、新品の銃座に比べれば傷だらけで使い込まれている。おんぼろともいえるその姿はあまりに不釣り合いだ。

スコーピオンやイングラムも愛銃はかなり使い込まれており、傷がない箇所はないといえるだろう。

自身のM4A1でさえ、根気よく磨いたおかげで角が取れているくらいだ。

 

「でもそれより私は葉巻が欲しい」

 

「葉巻?んなもん支給されるわけないじゃん」

 

「あの香りとナパームは格別じゃないですか、あなたもそう思うでしょ?」

 

「そりゃそうだけどさ」

 

何とも危ない表情で危ないことを口にするイングラムは恍惚とした表情で広報誌を抱いて笑う。

 

「指揮官、ジャミングを確認。通信が切れます。」

 

「了解。聞いたな、レッドゾーンだ。」

 

操縦席の真後ろ、メインパイロットを務めるM3グリースガンの後ろから機首をのぞき込んでいた指揮官が機内に振り返る。

コンバットブーツに森林迷彩柄戦闘服、随所にポーチ類が付けられて改造されている。元はゴルカスーツだろう。

ロシア製の旧式ヘルメットとガスマスク、背中に挿した大型マチェットと各種小道具を詰めたバックパック。

その姿は第3次大戦前の軍人、といった風貌で前線に出てくるタイプの指揮官の中でもかなり特異な存在だろう。

 

「…おかしいな。霧が消えている?M3、U08に入ったはずだな?」

 

「はい、航路も正しいはずです。ほら、あそこを見てください。レーダー設備が見えます、U08のものですよ」

 

訝し気に指揮官が唸る。M4がつられて眼下を見ると、確かに周囲はクリアだ。

前情報ではU08は深い霧に覆われていたはずで、視界が効かないはずだった。

だが今は霧のひとかけらも見当たらない、人口植林のし過ぎでうっそうとした森林が広がるばかりだ。

 

「変ですね、昼間は霧が無くなるとか聞いてました?」

 

「いや、昼夜問わず濃い霧で覆われていたはずだ。予定変更、クレーターの方に向かってくれ。探ってみよう。

各員、警戒を怠るな。これじゃ下からも丸見えだろう、狙われ放題のはずだ。鉄血はどこに行った?見かけたか?」

 

「いいえ、隠れているのかもしれませんが、まったく見えませんね。応戦も無し、狙われている様子もなし、不気味です」

 

「なら撃たせよう、撃ってくれれば敵が何かわかる。飛べる限り飛ぶぞ」

 

撃たれること前提での強行軍だ、相変わらずめちゃくちゃでM4は苦笑いしながら自身の銃の弾倉を確認する。

正規軍上がりの指揮官や、本社の訓練課程を受けた指揮官ではまずそんなことはしない。

 

「M2、狙えるな」

 

「OK!M3、任せたわよ!」

 

銃座を弄っていたM2はスライドレバーを引いて初弾を装填、M3も無言でサムズアップを返す。

機体がわずかに浮き上がり、機首が横に振れる。指揮官はM3から搭載機器用の備え付けPDAを受け取って操作し始める。

搭載されたレーダーを確認しているようだが、無線と同じくジャミングされてしまっているようだ。

お手上げ状態になった指揮官はPDAをM3に返し、自分も窓から眼下を見下ろす。眼下には、きれいな森が広がるばかり。

霧のせいで濡れていたらしい木々に付いた水の雫が、時折きらきらと輝いている。

いつもならば鉄血人形でひしめく占領されたU08地区だが、場違いなほど静まり返っていた。

 

「綺麗……」

 

静まり返っていた機内に指揮官の隣から森を見下ろしていたM14の呟きが響く。

彼女の言う通り、さんさんと日光に照らされた森は言葉にできないような魅力があった。

世界大戦とコーラップスで荒廃したこの世界で、グリーンゾーン周辺以外ではこんな場所はもう数少ないだろう。

指揮官と一緒にE.L.I.Dやミュータントを相手に荒廃した汚染地帯を旅していたM14にはとてもきれいに見えたのだろう。

 

「観光ならよかったのにな」

 

「残念ながら仕事だ、次の機会にな」

 

「次っていつ?」

 

「お前、何のためにこの仕事受けたんだ?」

 

困ったように笑う指揮官、きょとんしてから何を想像したのか顔を真っ赤にして挙動不審になるM14。

分かりやすい反応にM4以外の全員が微笑ましそうに、あるいは面白そうににやにや笑う。

やがて落ち着いたM14だが、頬を赤くしながら指揮官にもじもじししながら上目遣いを送る。

 

「覚えてたの?」

 

「忘れられるわけないだろ、みんなで俺をめちゃくちゃに―――」

 

「あ、あれは、その、勢いっていうか、その……み、みんなも同じ気持ち、だったし?」

 

羨ましい、M4は胸の内に燃え盛る嫉妬に表情をむすっとさせながらM14を睨む。

いつも見せつけてくる、指揮官を彼女たちは独占している。敬愛する指揮官の、プライベートの顔を独占してしまう。

羨ましい、もっと自分も近づきたいのに、親しくなりたいのに、彼女たちの背中がいつも邪魔をするのだ。

 

「M4、諦めなって。あれに割って入んのは至難の業だよ」

 

隣に座っていたスコーピオンがニマニマしている。きっとM4の事も面白がっているのだろう。

 

「いいえ、指揮官ならありです」

 

「そりゃありだけどさ。あれの相思相愛になれるの?」

 

「なって見せる、指揮官を惚れさせて見せるわ」

 

「そういうことじゃないんだけどな」

 

珍しくため息をつくスコーピオン。惚れた腫れたの問題じゃないんだよと言いたげだ。

何が違うというのだろう、指揮官は人形に惚れられる、人形を本気で愛せる人種だ。

戦術人形と人間の恋愛はいろいろな課題こそあるが、結局は個人の問題だ。人形には人形の良さがある。

なにより指揮官は一対一に拘らない、理由はどうあれすでに4人と関係を持っている。ならそこに加わってもいいはずだ。

 

「あのさ、指揮官はハンターなわけよ。ついていけんの?」

 

「何言ってるの?もう私たちの指揮官よ?」

 

「指令室に収まってるような人じゃないのは解ってるでしょうが。私はあんな化け物相手無理」

 

「鉄血ハイエンドくらいすぐに捻れるようになって見せるわ」

 

「違うっての、あんたは外地に行けるのかって話。指揮官はアウトサイダーなんだよ?」

 

アウトサイダー、人類生存可能圏外に住む人間のことだ。コーラップスやその他の汚染のひどい、国が管理を放棄してPMCの管轄ですらない無法地帯。

この時代では珍しくない、第3次世界大戦の影響もあり人間そのものが少なくなっているのだから。

 

「関係ない、やって見せる」

 

「駄目だ通じない。助けて一〇〇式」

 

「お姉ちゃんだけでキャパオーバーです」

 

「恋は盲目にもほどがあるでしょーよ、昔のM4はどこ行った?ばりばり影響受けてんじゃん」

 

スコーピオンが頭を抱え、一〇〇式は苦笑いしつつ目を逸らす。心底相手にしたくない、といった感じだ。

 

「もっと指揮官にいいところを見せなくちゃだめよね。もっと完璧だってところを。イチヨ、絶対に負けないわ」

 

「M4、意気込むのは良いけどあれに水差しちゃだめだよ」

 

すっかり甘々空間を振りまきだしたM14は指揮官の腕に絡みついてニマニマしている。

指揮官は目を眼下に落としたまま表情こそ変えていないが、空いている手でM14のツインテールを梳いていた。

さすがに周囲の目を気にしたのか声を抑えて話している、きっとこの先の話を詰めているに違いない。

これから戦闘をしに行くようには思えない気のゆるみっぷりだが、この部隊ではいつもの事だ。

 

「指揮官、そろそろ例のクレーターです」

 

幾分か冷たさが強いM3の言葉に指揮官は頷き、M14の頭を小突いて我に返られながらコックピットの後ろから顔を出す。

 

「指揮官、機内でガス兵器の使用はお控えください」

 

「悪い、上を飛んでくれ」

 

指揮官の命令でCH-47Eは機首を少し傾け、件の川の字になったクレーターの上空をフライパスし、ゆったりと旋回を始める。

まるで大きな3本のかぎづめて地面をまっすぐ引き裂いたような大きなクレーターだ。

一体何が落ちてきたらこんなクレーターができるのだろうか?まぐれ飛行機事故があったような有様だが、破片も延焼跡も何もない。

木々がなぎ倒され、地面に抉られてクレーターができているだけで他には何もないのだ。

 

「なんか、ほんとに爪でひっかいたみたい」

 

「だな、いったい何が落ちたらこうなる?グライダーでも下したか?」

 

「車輪とかの後には見えないよ、それに幅も太すぎるし大きすぎる」

 

「だな、どっかで見た気もするんだが?」

 

「奇遇だね、私もだよ」

 

指揮官とM14はお互いに顔を見合わせ、困ったように笑って頭を振る。

どうやら見たことがあるらしい、その様子に機内の全員がおのおの窓から眼下のクレーターを覗き見る。

M4も地面を切り裂いたようなクレーターを見下ろし、何となく気持ち悪いような感覚を覚えた。

よくわからない、けれども見ていると何か嫌な気分になるのだ。胸の内にふつふつと湧き上がる不快感に、M4は窓から目を背けて首を傾げる。

人形である自分がまさか高所恐怖症なのだろうか?そんな考えを巡らせていた時、同じように眼下を見下ろしていたイングラムが血相を変えて叫んだ。

 

「指揮官!見てください!!あそこに人影が!」

 

イングラムが指で示すクレーターの端、なぎ倒された木々の合間によく見ると人影が倒れ込んでいる。

 

「M3!下せ!あの人形の近くに降りる」

 

「了解」

 

指揮官の命令でCH-47Eを操縦するM3グリースガンは、副機長を務める自立人形と頷きあってから降下を始める。

その振動と同時に機内にいた全員はすぐさま手持ちの武器に初弾を装填し、降下準備に移る。

M4も装備と左上腕に巻いたバンダナ、首に掛けた多目的ゴーグルを確認し、愛銃に初弾を装填していつでも飛び出せるように身構える。

M2HBがドアガンとして設置された愛銃のグリップを握り、スライドレバーを引いて初弾を装填し銃口を周囲に向けて警戒する。

イングラムが見つけた人形の周囲に敵影はない、センサーにも反応は見当たらないようだ。

 

「クリア!」

 

「降りるぞ。M2、M3、上は任せた」

 

「「了解。」」

 

「M4、周辺警戒。スコーピオン、SASS、100式、M4に続け。俺のチームはダミーの指示をM4の端末に送れ。M4、ダミーは任せる」

 

「「「「了解!」」」」

 

「よし、行こう。」

 

頷くM2の肩をポンポン叩いて指揮官は愛銃のガリルを構えて先陣を切る。それに続いてM14、イングラム、IDWが続く。

M4は指揮官たちが下りたのを確認すると、すぐさま彼に続く様にスコーピオン、SuperSASS、100式を連れて地上に降りる。

降りた途端、ヘリのダウンウォッシュで巻き上げられた土ぼこりが舞い、嗅ぎなれない塩辛い匂いが鼻腔を刺激した。

M3が操るヘリは再び上昇していくが、不思議なことにあまり土煙が立たない。

 

「何これ?」

 

「うぇ、しょっぱ!?肌がべたつく!!?」

 

口に土が入ったらしいスコーピオンが咽る。指揮官達も顔を竦めるが、M14と指揮官は同時にかがみこむと土を一つまみして匂いを嗅ぐ。

よく見ると地面に少し湿っている。おかしい、雨は降っていないはずだ。霧のせいだろうか?それにしては湿り過ぎているような?

 

「ありえないな、これは。市代、気のせいじゃないよな?」

 

「うん、この潮の香は間違いない。海水がしみ込んでる」

 

海水、そう聞いてM14以外の表情が一瞬怪訝そうになり、やがて一気に緊張感が走る。

この時代において、海はすっかり核とコーラップスによって汚染された死の海で超が付く危険地帯だ。

かつての母なる海の顔は鳴りを潜め、第3次世界大戦の際にばらまかれた遺物や変異した魚や哺乳類などのミュータントがうようよしている。

当然、海水に落ちた人間も例外ではない。汚染され、見るに堪えないミュータントとして陸に上がってくることになる。

 

「指揮官!ヘリに戻って!汚染される!!」

 

「問題ない」

 

指揮官は全く気にせず錠剤を口に含んでから土に手を付ける。危険だ、このままでは彼は汚染されてしまう。

戦術人形であればある程度の汚染は問題ない、センサーが警告しないならばほぼ安全なのだろう。

しかし指揮官は人間だ、多少の汚染ならば問題ないと高をくくって痛い目を見る人間は大勢いる。

M4は指揮官の腕をつかみ、無理やり立たせて足を払った。バランスを崩した指揮官の膝裏を左腕で救い上げ、いわゆるお姫様抱っこで抱き上げる。

コーラップスによる汚染を防ぐには地面に触れさせないのが一番だ、思わぬ役得だがM4は彼の体を堪能できるような心境はなかった。

 

「うわわ!?下もがぁ!」

 

「駄目です!」

 

「このままヘリに乗せましょう。暴れないでください、土を払います。」

 

「お水です!スコーピオンさん!ヘリに緊急合図!!」

 

「了解!SASS、発煙筒!」

 

もがく指揮官をガッチリと掴みガスマスクをかぶせるM4、指揮官のブーツから土を落とすため一〇〇式から水のボトルを受け取るイングラム。

スコーピオンは上空のヘリに合図を送るため、SASSから赤色の発煙筒を受け取る。

一糸乱れぬ行動はさすがといったところだろうが、M4はふと不思議に思った。一番彼を心配すべき彼女の姿が見えない。

彼女を探すとスコーピオンとSASSから発煙筒を取り上げたうえで、いつの間にかM4の横に立っており、指揮官の頭を叩いていた。

 

「ばいったぁ!?」

 

「バカ、説明不足。みんな落ち着いて、この程度なら問題ないから!ほら!M4も指揮官下す!」

 

「だ、駄目です!下しません!」

 

脳裏によぎる最悪の結末にM4は背筋に鳥肌が立つのを感じ、強く指揮官を抱きしめながら後ずさる。

うげぇぇぇ!?と指揮官の悲鳴が聞こえるが仕方がない、化け物になってしまうよりはずっとマシなはずだ。

なぜか呆れた顔をM14、その表情に気を取られてM4は背後に迫るもう一人に気づかなかった。

 

「にゃぁ、大丈夫だにゃ。薬飲んでたし、この程度なら問題ないにゃ」

 

「IDW!?」

 

「あばぁ!?」

 

「きゃぁぁぁ!」

 

IDWに両腕を抑えられ、無理やり関節を決められて指揮官が空中に放り出されて地面に落ちる。

綺麗に顔面から落ちたことでガスマスクがはじけるように取れた、近くに居たイングラムが聞いたことのない悲鳴を上げて彼を抱きあげようとする。

しかし指揮官はイングラムの手をうまくいなし、するりと避けると口から土を吐き出した。

 

「うっげ、お前らなんだ急に。ここは敵地だぞ。」

 

「あなたのせいでしょう?指揮官でしょうが、今のあなた」

 

「ぁあ?あぁ、そうだが、んん?あ、そうか言ってなかったな」

 

指揮官はやっと何かを理解したらしく納得したように頷く。その様子にM14は呆れ、もう一度頭を叩いた。

M14曰く、海水は確かに汚染されているがこのようにばら撒かれてある程度時間が経っているなら人体に害はほとんどないらしい。

 

「心配いらない、それにそこまで軟じゃねぇしな」

 

「M4、大丈夫。この程度いつもの事だから、何回だっけ?初期感染を治療したの」

 

「えーと、ガキの頃からだから…20回くらいか」

 

「ほら、こんだけかかってれば体も適応するよ。ちなみに私は2回、このバカは去年もやってるよ」

 

指揮官、M14は太鼓判を押すようにけらけら笑う。そのあまりの気軽さにM4やほかの人形たちは酷いカルチャーショックを受けていた。

指揮官達曰く、人類生存可能圏外ではこの程度の汚染はいつもの事で問題にすらならないらしい。

確かにコーラップスに感染しても初期段階であれば治療が可能で、ぺイラン島事件以前から治療法は確立されている。

しかし指揮官自身も子供のころから風邪のように罹患しては治療を繰り返して耐性を持ってきたそうだ。

人類生存可能圏外ではその程度の汚染は日常茶飯事、治れば問題ないそうだ。

指揮官が無駄に頑丈なのはいつもの事だが、コーラップス汚染をこの程度と鼻で笑うあたりやはり外は魔境なのだろう。

その影響で医療技術や生体技術が発達しているというのも本当のようだ。M4はますます外の世界に興味が湧いた。

 

「まったく、みんならしくない。でも奏太、念のため薬飲んどいて」

 

「飲んだよ、お前も飲んどけ」

 

指揮官が放り投げた錠剤をM14は口で受け止めてそのまま飲み込む。指揮官は唖然とするM4に、同じ錠剤を差し出した。

 

「抗放射能薬、コーラップスも多少は予防できる。ユーラシアじゃ珍しいかな?」

 

「聞いたことないよ、どこの?」

 

「アメリカ」

 

歯車と剣のエンブレムが描かれたラベルの付いたタブレットケースから錠剤を出し、指揮官は次々と人形たちに手渡していく。

指揮官の返答にスコーピオンはますます目を剥いた。旧アメリカ合衆国は第三次世界大戦で真っ先に崩壊した大国だ。

理由は全世界から行われた核および戦略爆撃、大国故のエゴで世界を長年振り回して積もりに積もった恨みを一気に支払わされたのだ。

それに平行して隣国カナダもミサイルの標的となり壊滅、北アメリカ大陸は核とコーラップスに沈んだ無法地帯と化しているのだ。

化け物だらけの大陸で、人々も無秩序に日々を生きるために殺しあっている。それが今の北アメリカ大陸だ。

 

「あっちって国家も残ってないって話じゃ?」

 

「国家は無くても人はいるし組織も残ってるもんだ。昔の依頼でコネがあってね、こういうもんを調達できる」

 

どうやって届いてるんだ?と疑問に思うが、おそらくハンター独自のルートがあるのだろう。

 

「データだと、海ってかなり汚染されてるし、化け物だらけだって聞きましたけど?」

 

「それは正解、汚染されてるし海洋型がうようよいるよ」

 

「イチヨは見たことあるの?」

 

「さんざん見たよ、座礁した空母の上でドンパチしたこともあるんだから」

 

空母、この内陸部で聞きなれない言葉だ。グリフィン&クルーガーが管轄するU地区は内陸に位置する。当然ながら、海も、海洋を行く船も見たことがない。

川や湖はあっても海はない、そもそもこんな森の中で海水がばら撒かれているなんて異常極まりない。

 

「誰かここで海水浴でもしようとしたのかね?市代、サンプルを」

 

「もうやった、あとは嫌なのが出なければいいけど」

 

「海水ならあとで国に一言言えばいい、さすがに除染部隊位動かすだろう。行くぞ。M4、ダミーを頼むぞ」

 

調子を取り戻したらしい指揮官は、表情を引き締めるとM14、IDW、イングラムを連れて目的の人形の元へ向かう。

M4達は指揮官たちを追わず、上昇したM3が操縦するCH-47Eに代わって降りてきたヘリを出迎えた。

ヘリの後部ハッチが開くと、中から100式やIDW達のダミー人形が次々と降りて、身をかがめて周囲に目を配る。

M4はあらかじめ仲間から受け取っていた命令を端末からダミー人形に送信し、簡単な周辺警戒を実行できるようにする。

 

「行動開始、行け」

 

M14、M4を除いた人形各2体の計10体がそれぞれお命令された通りに周囲をクリアリングしながら木陰や草むらに身を潜め始める。

それを見送り、M4はふとヘッドセットとそれにつなげたやや古い型の通信機の位置を調節する。

この基地では戦術人形に内蔵された通信モジュールを使用した通信ではなく旧来の人間用無線機を使用する。

これは指揮官の方針で当初は奇妙な目で見られていたが、鉄血ハイエンドとの戦いの中で見直されて今やこの基地の常識だ。

指揮官曰く、便利だからと言って頼り切っていると変な所で痛い目を見るとのことだが、それは嫌というほど思い知らされた。

 

「こちらM4。指揮官、聞こえますか?」

 

≪こちら指揮官、聞こえる。酷いジャミングだが、近距離なら大丈夫だな≫

 

「そのようです、全部隊の降下を確認。周辺警戒に移ります」

 

≪頼む、手早く済ませる≫

 

全員で周囲を警戒しながら指揮官たちの周囲に展開、周囲を警戒しながら隠れた鉄血人形を捜索する。

先ほどの騒動でかなり気を削がれていたが、ここは鉄血の勢力圏内なのだ。いつ襲い掛かってきても遅くない。

 

≪指揮官からM4へ、見つけたぞ。だが、こいつは酷いな≫

 

どうやら人形の元にたどり着いたらしい指揮官の、酷く陰鬱な呟きが無線から響いてきた。

 

「なになに?誰がいた?どう酷いの?」

 

≪ダネルだ。喰われてやがる≫

 

M4は耳を疑った。食われている?何かの暗示?比喩表現?後ろを守っていたSASSと思わず目を合わせる、彼女もキョトンとしていた。

 

「え?ど、どういうことです?」

 

≪そのまんまだ。こっちにこい、警戒は上に任せていい≫

 

「え?しかし。」

 

≪来い、お前らじゃ手に負えないかもしれん≫

 

指揮官の言葉が重い、普段からあまり態度の変わらない彼の言葉には緊張がある。何かあったのだ、それも厄介な何かが。

 

「了解、合流します」

 

とりあえず合流だ、M4は3人とアイコンタクトを取ってから林を抜けて指揮官たちの所へ向かう。

巨大な何かがなぎ倒して進んだような細長いクレーターの横、なぎ倒された木々に寄りかかるように倒れている人形を囲むように彼らはいた。

ピンクの髪に巨大なライフルがトレードマークのアンチマテリアルライフル使いのダネルNTW-20だ。

だがその面影はない、血塗れの彼女は指揮官の言葉通り、食べられたような有様だった。

彼女の顔に下あごはなく、両目はえぐり取られ、喉も食いちぎられている。腹部もごっそりと無くなっていて空っぽ、右足も千切れている。

それ以外にも体のそこかしこに噛み千切られたような傷跡が残っていて、M4は思わず口を覆い、目を背けてしまった。

 

「なんてこと…鉄血の仕業なの?」

 

「鉄血?こんなことをする鉄血なんて聞いたことがない。そもそも鉄血人形がIOP製を食べるの?」

 

「食べる?」

 

「この損傷に比べて周りが散らかってない。食べられてるよ、間違いなく」

 

SASSの呟きにM14は確信を持った様子で頷く。信じられないM4は彼女に問いかけた。

 

「まさか、持って帰ったんじゃ?」

 

「オリジナルの彼女みたいな趣味ならもっと散らかるし、掃除なんてしないよ」

 

周囲を警戒するイングラムやダネルの首筋とPDA型端末にコードをつなげるIDWは総じて顔色は悪い、反面指揮官とM14は平然としていた。

指揮官はダネルの脇に片膝をつき、彼女の千切れた右足の傷跡に手を這わせて唸る。

 

「荒い噛み傷、何度も噛んで、力任せに食いちぎってるな。だが、周りに彼女の内臓その他はなし」

 

「ゾンビ野郎?それともまさか……」

 

「この歯形は人間、あるいは人形のものだ。E.L.I.Dかもしれないが、それにしては力が弱すぎる。

みろ、この足に噛み傷。何度も噛み千切ろうとしてる、E.L.I.Dなら一口で噛み千切る、それをしないとなると?」

 

「荒い噛み傷、か。嫌な予感しかしない、こんな食べ方するヤツにロクな思い出がない」

 

「ヤツラならまだましだ。もし大本にエイかタコなら?」

 

「うわ、酷いよ。思い出したくなかったのに……」

 

また始まった、M4はM14と指揮官の周りを置いてけぼりにする会話に肩の力が抜ける。

指揮官とM14はこうやってハンターにしか分からない用語を連発する会話を展開して回りを置いてけぼりにすることがある。

まとまった後でわかりやすく説明してくれるのだが、それでも始まると疎外感がすごい。

これが指揮官と側近4人で始まるともう基地のベテラン勢でさえ口をはさめないのだ。

さらに悪い事といえば、そうなると大体厄介ごとが起きる。酷いときは本当にはぐれE.L.I.Dに出くわすなんてこともある。

 

「それだとアウトブレイクが起きるよ。あれの対処は初見じゃ難しい、正規軍だって一度しくじった」

 

「そうだな、鉄血との交戦区域だったのが幸いか?近くに居住地はない、ほとんどが無人だ。基地ならサラ達がいる、あいつらなら近くに来ただけで気づくだろう」

 

「鉄血を餌に増えてる可能性があるよ。ハイエンドならまだしも、普通の鉄血人形じゃ餌だよ餌。タコは見境ないしガンガン増える」

 

呆れたような、もう慣れっこだというような気軽さで話し合う二人だが、雰囲気は全く笑っていない。

こんな表情は初めてだ、いつもの鉄血を相手にするよりも数段危機感を感じているらしい。

 

「あの~もしその予測があってたら?」

 

ダネルの死体を検分しながら話し合う二人にスコーピオンが恐る恐る問いかける。

 

「街滅ぶ」

 

「化け物たくさん」

 

「「ずばり最悪。」」

 

「うぇぇぇ…」

 

SASSとスコーピオンは二人の即答っぷりに隠すこともなく表情を歪めて呻く。

M4は当時別任務に従事していたため詳しく知らないが、スコーピオンとSASSは運悪くはぐれE.L.I.D遭遇して死にかけた。

人型を失いかけた変異タイプで、半分獣のような顔をした化け物。すばしっこい上に銃弾が全く通用しなかった。

異変に気付いた指揮官が横殴りして、工事用削岩機で袋叩きにしなければ死んでいたそうだ。

同時に指揮官が身を置いていた戦場のやばさを肌で感じたらしい。なおE.L.I.Dは指揮官に五分でバラバラにされた。

 

「しかし妙だ、違和感がある」

 

「生まれたてかも、それか落ちてきたやつに乗ってたか」

 

「どうだろうな、落ちてきたのがやばいの積んでたにしても暴れたようにも思えん。荒れてこそいるがここは綺麗すぎる。

戦闘や隠蔽の痕跡が一切ない、あるのはいくつかの足跡と、彼女が暴れた痕跡だけだ。

化け物が暴れたなら大なり小なり痕跡が残るはず、痕跡を隠すなんて頭はないんだ。IDW、記憶の方は?」

 

「全部壊れてる、機密保持以前にだいぶシェイクされたみたいだにゃ。電脳自体がダメになってる」

 

ダネルの首筋にあるコネクターにコードを繋げ、PDA型端末を用いて彼女の記憶を探っていたIDWは悲しそうに首を横に振る。

 

「そうか。わかった、次だ。彼女を回収するぞ、M3のヘリを下ろしてくれ。その後はこのまま基地へ向かおう。

ジャミング壊して増援を呼ぶぞ、俺達だけじゃ手に負えないかもしれない。本部の連中と協力して情報を集め、この地域の封鎖を進言する」

 

話がまとまったようだ、指揮官はダネルの顔にハンカチをかぶせ、両手を合わせて短く祈る。

連れ帰ってやるからな、彼は小声でつぶやいたのだろうが、M4の耳にはしっかりと聞こえていた。

任務が終わった後に彼女の体を回収し、火葬したうえで供養するのだろう。

提出を要求されれば従っているが、その後に捨てるのなら引き取るのが彼の流儀だ。

 

{変わった人だ、本当に}

 

一度、まだ基地で部屋を間借りするようになって間もないころに目撃して問いかけたことがある。

基地の片隅で、死体袋に入れた別基地のAK-47を火葬していた彼は寂しげに言ったのだ。

戦友を供養するのは当然のことだ、と。おかしな話だ、彼女は破壊されたが死んではいないはずだ。

彼女は作戦前に残したメンタルモデルのバックアップから再生している、所属基地で反省会でもしているだろう。

彼は作戦中に知り合った彼女と仲良くしていた、電話でもしたらどうかと提案したが彼は首を横に振った。

あの時彼が言った言葉の意味を、M4はまだ理解しきれていない。ともにいたイングラムもまた、同じだろう。

 

(本当にそうかな?私は、彼女と同じかしら?)

 

ふと考える、自分は本当にこれでいいのか、あの時に全て終わらせるべきじゃなかったか。そう自問自答しない日々はない。

イングラムやAK-47の様に望まれて作られた人形ではない、イレギュラーで生まれてしまった自分は、ここに居ていいのだろうか?

自分、いや自分達を保護してからこの基地を取り巻く環境は悪化の一途をたどっている。

支部からは冷遇され、周りの指揮官からは疎まれて、本部からは変に重宝され、IOPと16LABからは実験部隊扱い。

指揮官達は特に気にしていない、ここは最初から捨て駒だったと割り切っている。けれども自分たちと関わってからより悪化していた。

自分ではもうどうにもできない、M16たちと協力してもどうしようもない。ペルシカ博士が出てきたらなお悪い。

商業用ダウングレードモデルの試作機という扱いになったとはいえ、元は出来損ないの死にぞこないだ。

だから、せめて強くなりたい。オリジナルよりも、彼と同じ場所に立てるような強さが欲しい。

 

「M4さん?」

 

「へ?うわ!?」

 

ふと気が付くとM4は自分を心配そうにのぞき込む一〇〇式にびっくりして飛び退る。

ポカンとした一〇〇式の後ろから、スコーピオンが覗き込む。彼女もまた眉をひそめていた。

 

「どしたの?ぼーっとしちゃって」

 

「ご、ごめん。考え事してた」

 

「ふーん、まぁ指揮官たちの話がわけわかんないのはいつもの事だしね」

 

あんなのとタイマン張る人がやばいのは当然だけどさ、とスコーピオンは若干遠い目ではははと笑う。

彼女の言う通り、こういった会話はいつもの事だ。だが、それではいけないのだと思う。それでは彼に近づけない。

M14が彼の横に立てるのはただ強いからではない、彼個人の人形だからというだけでもない。

彼と世界を知っているからだ、自分の目で荒廃した世界を見つめてきたからだ。

だとすればチャンスかもしれない、彼の隣に立てるのだと証明できる。いつも見て来た彼の背中に、少しでも手が届くならば。

 

(結局自分の為、か……)

 

だから強く出られない。M4は彼の背中を見つめながら自嘲した。彼の事を尊敬し、恋慕する自分がいるのは確かだ。

彼の隣にいるM14を羨んで、いつから並び立ってやると思っているのも本当だ。

でもその根底にあるのは、オリジナルにはない自分を手に入れたいがため。

インストールされた偽の記憶とスキルだけではない、自分を手に入れたいから。それを彼に求めているから後ろめたく思ってしまう。

 

「全員周りに目を配れ。それからIFF認証によるオートロックを解除、各位射撃には気を配れ。

補正プログラムも使うな、鉄血用じゃ話にならない。足元に注意しろ、予想が外れてなければそれで見つけやすい」

 

「足元ですか?地雷でも?」

 

「エイやタコは地面を這う小型タイプなの。だから気を付けて、見つけたらすぐ撃ちまくって近づけさせないように」

 

「効くんですか?」

 

「クリーチャーやモンスターだって何でもありってわけじゃないから、何かに特化すれば弱点もある」

 

SASSの問いにM14が捕捉する。もしエイのような生物とタコのような化け物を見たらすぐに撃っていいらしい。

なんでもそのクリーチャーは特殊な半面非常に脆く、通常の弾薬でも対応できるようだ。

撃ちまくる、という面ではサブマシンガンを扱うスコーピオンやイングラム、IDW、一〇〇式の本領だ。

ガリルを扱う指揮官やM4はできなくはないが面制圧力では劣り、M14も愛銃をフルオートに切り替えるがさらに劣る。

狙撃銃でありセミオート射撃しかできないSASSは論外だ、すでに指揮官とM14に挟まれて要保護対象と化している。

 

「特殊?どういう奴なんです?」

 

「聞きたい?SANチェックする?」

 

イングラムの問いにM14は少し意地悪く笑って見せる。その笑みはとても人間臭い、自然な笑みだ。

歩きながら彼女は指揮官に目配せし、指揮官は少し悩んでから頷いた。

 

「まず全般的に、これから言うのは化け物製造に特化してる。微生物を撃ち込んだり、自ら寄生して変異、あるいは改造するの。

死体や生物をそれぞれが変異させて化け物にするのよ。人も、動物も、人形さえもね」

 

「うわ…」

 

「もちろん全て機械の軍用タイプとか、旧式なら寄生はされないし変異もしない。けど、できるとなるとかなり戸口広いよ。

タコ、名前は別にあるけど私はタコって呼ぶ。体は脆弱だけど、小さくてすばしっこい。

こいつは寄生生物で人間や動物に喰らいついて中に潜り込み、体を変異させて改造するの。

エイ、海の生物みたいだけど陸生。こいつは死体に微生物を撃ち込んで変異させる、爪と牙が生えた血みどろのおぞましい化け物にね。

こいつらに出会ったらまともに胴体や頭を狙っちゃダメ、手足を狙って動きを止めてから一気に叩くこと」

 

「え、と、つまり……」

 

イングラムは顔を蒼白にして口ごもる、彼女は戦うかもしれない相手を想像してしまったのだろう。

たぶん自分と考えたことは同じだ、M4も血の気が引くというのを身をもって感じていた。

指揮官がIFF認証によるオートロックを解除しフレンドリーファイアを許可したのもそれが理由だ。

 

「そ、これから戦うのは鉄血じゃなくて、先に突入した偵察部隊の成れの果てかもね」

 

スペクトラいなくてよかったよ、と彼女は笑う。今は別任務に就く基地主力の一人、スペクトラM4は恰好が格好だ。

なにしろ下半身はスカート、上半身はビキニタイプの水着一枚というすごい格好である。

同じ意味ではイングラムも結構危ないだろう、ホットパンツにタンクトップという非常にラフな格好だ。

 

「死にたくなかったら、仲間を殺したくなかったら、いい?躊躇はしないこと」

 

ひやりと、M14から感じたこともない殺気が放たれる。今まで肩を並べて戦っていたが、これほど冷たい声色を聞いたのは初めてだ。

彼女は愛銃を左手に持ち、バックパックのホルスターから大型マチェットを抜いて素早く持ち替える練習をしながら答えた

 

「寄生され、感染し、変異するにも個人差がある。中途半端になって意識を残してることもある。

でも駄目だよ、たとえ助けを乞われても私達には助けられない。中でも外でもどうしようもない類だから」

 

M14の瞳はどこか遠くを見つめる、彼女にはおそらく経験があるのだ。同じように、きっと指揮官にも。

この先にはその光景が待っているかもしれない、そう思うとM4は恐怖を覚えながらも、それを超える興味が湧いた。

憧れる彼らの知る世界がこの先にある、これを乗り越えられれば、自分は自分に自信が持てるかもしれないのだから。

 

 

 

 




あとがき
第一の犠牲者発見、ここからちょろちょろ化け物の影とかが見え隠れし始める。
化け物ネタが分かった人はぜひこの世界のごちゃまぜっぷりと地獄っぷりを笑ってください。
ここで登場するかは未定ですが過去に指揮官達はガチでやりあった設定です。
本作のM4は本編のオリジナルが逃げ回ってるときに猛追された囮ダミーの生き残りという設定。
他の方々みたいなダミー芸をやりたかったけど書いてたら笑えないことのなっちゃった……






ミニ解説
SPAR小隊(スペア小隊)
S09基地に逗留しているAR小隊の商業販売用試作戦術人形部隊。
M4A1、M16A1、AR-15、M4SOPMODⅡが所属している。
その実態はとある任務にてAR小隊が鉄血の追撃部隊から逃走する際にばら撒いたダミー人形部隊の生き残りが自我を獲得した個体。
マインドマップは偽の記憶を基に形成された別物であるため、よく似た別人である。
その作戦において使用されたダミー人形には、通常の代用コアではなくIOPのエリート規格電脳をそのまま使用した特別製。
演算能力、戦闘力、作戦遂行能力を向上させた特殊モデルで、性能自体はIOP正式規格エリート人形と同格である。
さらに鉄血の目を欺くために囮として使う際に、一定時間後に埋め込まれた偽の記憶データがよみがえりデッドコピーとして活動し始めるようになっていた。
これはダミーの囮としての生存時間を高めるため、そして捕縛された際に時間を稼ぐための措置。
記憶はオリジナルから抽出した本物を加工、機密処理した『本物だけどみられてもいい記憶』が使用されている。
そのためU05地区に逃げ込んだダミー達は、ペルシカが解除コードを使用するまでAR小隊本人と思い込んでいた。
ペルシカ自身は自我を持ち、生き残った彼女たちを処分する気はさらさらなく商業販売用の試作個体としてU05に所属させた。
『SecondPlan』『ServicePlan』『SPARE』のトリプルミーニング。


M4A1
16LABの先行試作戦術人形小隊『SPAR』に所属する戦術人形。
AR小隊の特殊戦術人形M4A1の商業用ダウングレードタイプの試作モデルという扱いの特殊ダミー人形。
オリジナルの記憶を機密処理した偽の記憶をインストールされており、それが彼女とオリジナルを比べる要因となりコンプレックスとなっている。
今はとある戦術人形のおかげで持ち直したが、その影響を受けて常にオリジナルにはない何かを求めている。
オリジナルとの差異は腕章の有無、多目的ゴーグルの所持。
腕章の代わりに腕にバンダナを巻き、首には航空パイロット用多目的ゴーグルをかけている。




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第1話・捜索2

かなり遅いがグロ注意、グロ注意! そして長い!


 

この世界は滅びかけている、それは戦術人形である一〇〇式機関短銃にだってわかりきったことだ。

ぺイラン島事件から始まり、第3次世界大戦が終わるころにはコーラップスによる汚染と第3次世界大戦による傷跡によってボロボロだった。

当然ながら人間の数は激変し、住める場所すらも少なくなった。

グリーンゾーン及びその外周は今自分たちが立っていること場所はコーラップス汚染と第3次世界大戦における影響が少ない、人類生存可能圏と言われる数少ない土地だ。

コーラップス汚染による災害を生き残り、第3次世界大戦を戦い生き残った国家と数少ない人類がしがみ付いて生きている。

だが人類生存可能圏外、指揮官たちが普段から活動する戦争と災害によって荒れ果てた大地のほうが多い。

政府に限らずこの人類生存可能圏で暮らす人間のほぼすべてが見捨て、そこに人は住んでいないとすらうそぶく。

大地はコーラップスだけでなくあらゆる兵器の残滓などに汚染され、それに適応する形で激変した環境はあまりに過酷なものとなっている。

恒常化した電波障害や汚染環境は常に人体や電子機器を蝕み、変異したミュータントや遺跡からあふれ出たモンスターが常に命を狙っている。

グリーンゾーンの生き方も、現代社会の文明の利器も生半可な対策では通用しない弱肉強食の世界。

その二つを遮るのが点在する高濃度汚染地帯と正規軍による防御壁による閉鎖と多重防衛ライン。

高濃度汚染地帯は世界各所に存在するコーラップスをはじめとしたあらゆる汚染物質とミュータントの血に塗れた草も生えない荒野だ。

特にグリーンゾーン周辺やかつてグリーンゾーンがあった場所に数多く存在する。

かつて行われた第3次世界大戦は、いわばコーラップスの汚染を免れたグリーンゾーンを奪い合う戦争だったからだ。

グリーンゾーン周辺の汚染されているが戦える区域では情け容赦のない戦闘が行われ、泥沼の地上戦ではあらゆる兵器が使用された。

それこそ各国が保有していた核兵器、戦術兵器、ガス兵器などのNBC兵器や奥の手の秘密兵器までだ。

その結果生まれたのが人どころか化け物すら住めない荒れ果てた荒野、電波障害や汚染された嵐などが頻発していて通り抜けることすら難しい現世の地獄。

高濃度汚染地帯にはE.L.I.D感染者しか住めないといわれ、正規軍が相手取るE.L.I.D感染者のほとんどはそこを通ってやってくる。

そんな場所だがグリーンゾーン周囲の点在する極限の汚染は陸路からのE.L.I.Dではないミュータントを寄せ付けず、侵入経路を限定して正規軍の防衛を有利にしている。

皮肉にも人類の業である高濃度汚染区域は激変したそんな環境からこのグリーンゾーンを守る一助となっているのだ。

その先に待ち受けるのが正規軍の防衛壁による通行止めと多重防衛ラインからの徹底した殲滅攻撃。対地、対空双方に行われる猛烈な攻撃だ。

その守りは並のE.L.I.Dならば寄せ付けないほどに強力と聞く。それが自分たちが目の当たりにしている地獄の一端から守ってくれているのだ。

 

『FMG!FMG!!どこ、どこに行ったの!!?』

 

『なんなの、なんなのよ!また銃が撃てない!』

 

『そこら中にいるぞ!逃げろ、化け物だ!!』

 

『イサカ、イサカ?そんな、そんな!やめて、こないで!!』

 

血塗れの室内で、ホロマップデスクにホログラムには地獄のような光景が映し出されていた。

映像の中でU地区支部の偵察部隊が化け物から逃げまどっている。かつての自分の成れの果てに追い立てられ、反撃する事すらできずに。

耳障りな奇声を上げ、虫のような肌に変異し部品を体内からさらけ出した異形の怪物と化した戦術人形達の成れの果てが次々と偵察隊をその牙にかけていく。

偵察隊は反撃しようと銃口を向けるが、引き金に掛けた指は堅く固まり動かない。

 

「どう?これが今私たちのいる場所での出来事」

 

ホログラムマップの映像を苦々し気に見つめるM14。彼女自身辛そうだが、映像を止めることはしない。

これは必要な洗礼だと考えているからだ、ここから先仲間たちが経験する悪夢を乗り越える一助になると。

誰も声を発しない、IDW、スコーピオン、一〇〇式、三人全員が映像に釘付けになり、声を失っていた。

映像の中で逃げまどうスオミKP31とMG5が、ここにいる全員が見覚えのある廊下にたどり着く。

 

『嫌だ、嫌ぁ!!いやだいやぁァぁァ!!』

 

「ぁあ!?」

 

見たことのある廊下でスオミが天井のダクトから奇襲を受け、スコーピオンは悲鳴を上げた。

グロテスクに変化したカギ爪に左肩を貫かれ、彼女が立ち止まった途端ダクトから上半身を乗り出した化け物が彼女に抱き付く。

暴れる彼女のさらにかぎづめで突き刺し、強引にダクトの中に引き摺り込んでいく。

鮮血を流しながら懸命にバタつく両足と悲鳴がダクトの奥に消えていき、廊下にMG5一人になった。

 

『スオミ、スオミ、そんな―――ぁ』

 

MG5の姿も映像から消えた、廊下の端からかぎづめが伸びてカメラの射角から彼女を連れ去った。

これが向こうの化け物、これが跋扈する世界。そんな汚染された圏外の大地にはいまだに多くの人間が住んでいる。

グリーンゾーン周辺よりも数倍強い汚染とはいえまだ低濃度な地帯やメトロ、シェルターなどに街を築き、世界を受け入れて今を生きている。

その多くが取り残された住民や軍人、大戦前から棄民されたりキャンプを自分から抜け出した難民だ。

他にも戦争に嫌気がさして離脱した者もいれば、戦争終結後にグリーンゾーン周辺から離脱した者たちなどもいる。

ペイラン島事件、第3次世界大戦という歴史的大惨事では多くの国家がその損害に耐えきれず崩壊していった。

ペイラン島を管理していた中華人民共和国は言うに及ばず、国際社会で責任を追及され第3次世界大戦では真っ先に悪者にされた。

巻き添えを食らった日本、台湾、大韓民国、朝鮮民主主義人民共和国はコーラップス汚染に沈み一瞬で国家が破綻した。

周辺諸国は完全な被害者であったもの、各国に取り残された難民の扱いは酷いモノであった。

生活基盤の脆弱な者、元々持たない旅行者だった者、様々な理由で多くは劣悪な環境の難民キャンプに放り込まれた。

その後も世界を襲った汚染により貿易摩擦が加速、どの国も自分を守ることしか考えなくなり、世界中で戦火が迸る結果となったのだ。

当然、中にはそんなことをしている政府に我慢ならなかった人間も多くいたのだ。

そんな人間たちの中には、大戦への参加を拒否して全てを捨てて混迷する国から逃げた者もいた。

そんな世界を自分達は指揮官達から聞いていた、だけど、所詮想像しかできていなかった。

 

「逃げるなら今しかないよ?」

 

「逃げる?」

 

「そう。私は慣れてるし、体もあっち仕様だからね。外で待っててくれてもいい、どうする?」

 

そんな世界に飛び出した戦術人形の一人、幾多の視線を潜り抜けた化け物殺しのハンター。

スプリングフィールドM14こと春原市代は映像をマップに切り替えた、まるで世界が塗り替わるかのように。

体が震える、それが恐怖かそれとも武者震いか、一〇〇式には理解する余裕はなかった。

 

 

 

第1話・捜索2

 

 

 

 

2階建てのU08基地が見える基地正面、おそらく鉄血の防衛ラインだったであろう陣地は尽くが血と噛み砕かれた死体で埋まっていた。

有り合わせの資材と車両で構成されたバリケードは無残に破壊され、中に籠っていただろう鉄血兵が体の生体部品をむさぼられ、凄惨な末路を迎えている。

そのあまりの光景に部下の彼女たちは全員が顔色を悪くしていた。無理もない、鉄血との戦いに終始していた彼女たちには未知の領域だ。

そしてその下手人は、グリフィン&クルーガーU08基地の部隊。正確にはその成れの果てとなれば、顔色を悪くするだけで済んでいるのはむしろいい方だ。

バリケードを囲むように、IOP製戦術人形の死体がゴロゴロと転がっているのだ。それもすべてが破損し、腐敗した状態だ。

銃撃戦をしていた、というような状況ではない。鉄血が押し寄せるIOP製戦術人形を押しとどめていた、というほうが正しいのだろう。

その様相はまさに一昔前のゾンビ映画さながらだ。さしずめ鉄血がやられ役の警察隊で、IOP製がゾンビだ。

 

「ウィルスかしら?」

 

「ウィルスね、それにしちゃ悪趣味にもほどがある」

 

U08基地所属を示すカードキーをぶら下げているm45の胸ポケットからはみ出た手帳を指揮官は引き出す。

手帳にはいくつかのメモや走り書きが散見され、2枚の古い写真が挟まっていた。

メモはどれも指揮官からの頼まれごとや今夜のメニューなど日常的なものと、指揮官に対する愚痴。

そして基地が放棄された際、時間稼ぎを命じられた彼女の今際の時の書き殴られた恨み節と後悔がつづられていた。

写真は荒野を背景にした別の指揮官らしい男性を映したものと、基地から見下ろすようにして取られた部隊全員の集合写真。

どの写真にうつる指揮官も、すこし皮肉気だが煙草を口に咥えたまま自然体で笑みを浮かべている。

 

(昔の写真か、異動願を出すくらいだ。m45は前の部隊に戻りたがっていたようだな)

 

裏を返すと2060・S05とボールペンで書かれている、古いインクでやや薄くなっているのは何度も触ったからだろう。

 

(カードキーか、使えれば儲けものだな)

 

カードキーはそれほどかさばるものではない、カードのアクセス権が消されていても思わぬところで役に立つことがある。

そうではないとしても使えるカードキーというものは外地では再利用できるジャンク数多の使い道がある。

纏めてジャンクショップに持ち込めばお小遣い程度には売れるので回収して損はない。

 

「どうしてみんな、銃を持っていないの?」

 

M4の言う通り、IOP製戦術人形たちはダミーも本体もすべからく銃を所持していないか、手に持っていない。

所々背にスリングで背負っている個体がいるが、それもおかしい。鉄血の防衛線の目の前で銃を抜いていないのだから。

指揮官は鉄血の死体に抱き付く様にして力尽きたMicroUziの首根っこを掴んで思い切り引きはがす。

Uziの姿もひどい姿だ、いつもの水着を失い上半身裸、肉付きのいい体は食い荒らされていた。

血の気を失った体は腐臭が酷く、カビすら生えている。両目も白濁し、頬も腐りかけている。

だがそんな状態で彼女は動き、鉄血人形に組み付いていた。動くわけがない、それが一目でわかる損壊と腐敗をしているのにだ。

 

「ダネルを食ったやつが分かったな。おそらくこれと同じ人形がゴロゴロいたんだろう、何度も噛みついていたのも納得だ」

 

戦術人形の身体能力は人間のそれを越えている、だがそれは戦闘面での話に過ぎない。

顎の力はあくまで人間と同等だ、そこまで強化する必要性は全くない。

 

「電脳も腐ってる。生物的でも、電子的でもないな。市代、見ろ。この子の口、鉄血の皮膚だ。まだ新鮮だよ」

 

「計算が合わないね、皮膚に比べて電脳の腐敗がひどすぎる」

 

戦術人形の電脳は生体部品であり分類的には生ものだが、人間の脳と比べれば腐敗には強い。また人間の脳にはできない防腐処理も行われていればより腐敗しにくい。

もしこの人形が活動していたとしたら当然ながら電脳が健在だったはずで、死んだときに口に含んでいた鉄血人形の皮膚が新鮮ならばまだ電脳は腐りきっていないはずなのだ。

 

「となると、外的要因だね。死体は死体、死体のままあやつって喰らいつかせてた。となると、予想はできる」

 

「あぁ、こうまでしないと止まらないならな。やらかしたか、もぐりこんだか」

 

撃ち抜かれた頭部の銃創から漂う腐臭はきつく、活動を停止してから大分時間が経っていることを思わせる。

この防衛陣地で倒されている死体は全て、行動不能にされた上で頭を撃ち抜かれている。四肢をもぎ、頭を撃たれているのだ。

ただのゾンビ、あるいはもどきならばそこまでする必要はない。頭を撃ち抜けばそれで行動不能にできるからだ。

そんなことができるクリーチャーというのはそう多くない、それもここまで潜り込む、あるいは持ち込めるとなると限られる。

 

「キメラ?」

 

「あれを?持ち込んでいたら相当なバカだ、それに変異が見られないのは変だぞ」

 

「ポルターガイスト」

 

「だと思いたい」

 

ポルターガイスト、圏外ではよく知られた浮遊タイプの要注意クリーチャーの一種だ。

このクリーチャーの一番の武器は不可視の攻撃、変異の過程で進化した頭脳が起こすいわゆる超能力だ。

自らの姿を消し、無音で浮遊移動しながら周囲のものを操るサイコキネシスでとにかく嫌がらせしてくる悪戯者だ。

クリーチャーの中では厄介だが脅威レベルは低い、悪戯好きだが繊細な性質で縄張りに籠るタイプの待ち伏せ型だ。

主に暗い洞窟や廃墟を住処にしていて外にはまず単体では出現しないし、縄張りにも敢えて別のミュータントを住まわせて自分の存在を偽装する。

物を操るといっても注意していてればさほど脅威でもなく、生きている人間や人形は操れない。死体も使うがぶつけてくるだけだ。

捕まえようとすれば捕まえることもできるので、捕まえて時折内地に流そうとするならず者も多いのだ。

軽く解説するとものすごく嫌そうな顔をしたスコーピオンが軽く手を挙げて質問してくる。

 

「何それ?」

 

「クリーチャーの一種だよ。空飛ぶサイキック腹踊りと虫野郎」

 

「は?超能力」

 

M14の表現は現物を知るハンターならばすぐに思い浮かぶ的確な表現だ。

人間の上半身が単体で浮遊し、頭はなく代わりに腹に顔があるというのがポルターガイストなのだ。

 

「待って、虫はともかく、超能力?そんなばかな」

 

スコーピオンはふざけた表現をされる容姿はともかくポルターガイストの能力を疑っているようだ。

無理もない、いきなり超能力を使うクリーチャーが現れたなどと、こちらに住んでいれば信じられないのは当然だ。

 

「奴がむむんとやれば物が浮く。種も仕掛けもなしでだ」

 

「声のトーンがマジですね……」

 

「イングラム、とりあえず信じてくれ。油断して頭を飛ばされたルーキーはそれこそごまんといる」

 

「倒せるの?SASSの時みたいに弾が効かないとかだと、その、まずい」

 

「あぁ、あいつはさほどタフじゃない。皮膚も能力媒体だから柔い、お前の32口径だって軽く貫通する」

 

「そりゃよかった。でもそれだけじゃないでしょ?」

 

「ごもっとも、もうこいつは普通じゃない」

 

スコーピオンの問いに指揮官は頷く。人形の死体を操り、食い殺すという芸当はただのポルターガイストにしては巧妙すぎるのだ。

 

「さっき言った通り、超能力使いだが精々物を浮かしたり、自分の姿を消すくらいにしか使えないはずなんだ。

だがこいつは人形を動かした、それこそ人形師の真似事をするくらいに巧妙に。おそらく人と戦って学習した個体だろうな。

それに食い殺させてるってことは飢えてるって証拠、喰いたくて喰いたくて仕方なかったんだろうよ。それもこの規模、一体じゃない」

 

「学習?」

 

「あぁ、化け物だって頭がないわけじゃない。いるんだよ、野生の勘だろうが知能だろうがこういう奴が。

特にポルターガイストは頭がいい、人間や人形のような思考をしてるわけじゃないがな。

でも妙だ、外でこれならもうここはテリトリーに入ってる。飢えてたならもう仕掛けてきてもおかしくない」

 

指揮官は再び地面の死体に目をやって首を傾げる。嫌な予感がする、これはクリーチャーの行った捕食行為ではないかもしれない。

脳裏に過る数多の経験、ハンターとしての知識、各種データベースで閲覧した記録、タブロイド紙の眉唾な噂話、様々な言葉と姿が脳裏を過ぎていく。

 

「なるほど、ちなみにキメラって?」

 

「虫野郎だ、背格好は人と虫の合いの子みたいなやつ。こいつは堅い、32口径じゃ効きが悪いぞ。生態は――――」

 

「奏太、これ見て」

 

「ん?おぅ…」

 

M14が鉄血人形の死体を一つ足で押しのけると、その下から写真の写っていた新型鉄血ハイエンド人形の躯が出てきた。

彼女もひどい有様だ、両手足がもぎ取られ、腹部から下の下半身を丸々食い荒らされていて金属部品が丸出しだ。

頭部の損傷が少ないのは、おそらくべつの死体が覆いかぶさったせいだろう。

おそらく何かに押し倒された時、別の人形が頭に上から圧し掛かるように倒れたのだ。そしてそのまま一気に群がられ、貪り食われた。

恐ろしかったのだろう、ツインテールの彼女の表情は写真のような傲岸不遜で自信満々な感情はなく、ただ自分が貪り食われていくことへの恐怖に歪んでいる。

 

(上半身は無事、となると電脳がショートしたか。怖かったろう、安らかに眠れ)

 

人類生存可能圏外ではよくある光景だ、戦術人形や自立人形はタイプがどうであれ多少足を貪り食われたところで行動不能になる事はない。

その傾向は旧式あるいは圏外用に換装をしていない第2世代人形がその傾向にあり、多少の欠損は効果がない戦闘力が売りだ。

しかし『食べられる』という特殊な状況においては、どんな人間も人形もほとんど差がない。

生きたまま皮膚を剥かれ、腕や足を引きちぎられ、内臓を抉られ、その上で生きたまま食べられるという『恐怖』はどんな人形にも未知のものだ。

未知ゆえの恐怖、自分が食われ死に瀕している恐怖、その他諸々が合わさり、最終的に人形の電脳はパニックによる機能不全を起こす。

そして何もできないまま食い散らかされ、そのままむごたらしく死ぬか、電脳がショートを起こして死を迎えるのだ。

ハイエンドの恐怖で開かれた瞳を閉じてやり、安心させるように無事な右肩に手を当てて静かに彼女に祈りを捧げる。

ミュータントを狩るハンターとして、同じ戦う者として、奮戦の末に散った彼女の死を丁重に扱うことは当然だ。

 

「指揮官?何してるんです?」

 

「別に。せめて安らかにな」

 

「安らかに?こいつら鉄血ですよ?死んで当然です」

 

「お前らそういうところドライだよな……」

 

むしろすっきりする、という表情のM4に指揮官はため息をつく。

こういう鉄血に対する敵愾心の強さはグリフィン&クルーガーの人形全般によくみられる傾向だ。

鉄血との紛争の当事者なのだから当然と言えば当然なのだが、指揮官個人としてはあまりよろしく思っていない。

敵を憎むなとは言わないが、こういう場面では静かに祈ってやるくらいしてもいいだろうに。

 

(言っても無駄だろうな、そうあれと作られてる部分もあるんだろうし)

 

指揮官としてはこの戦争に対して興味はない、原因の究明、手を出さない国の思惑、それにとやかく言うつもりはないし詮索もしたくない。

ここにいるのは仕事と個人的理由のためであり、向こう側の故郷へ帰るための金づくりでしかない。そんな人間が口に出したところでどうしようもないだろう。

そもそも彼女たちが鉄血を悪く言うのが耳に触るのは、個人的に鉄血製戦術人形たちにはお世話になっているからだ。

圏外のようなネットワークが寸断されている方面では、かつて新たな販路を求めて向こう側に派遣された鉄血工造の見捨てられた人形たちが多く生きている。

見捨てられた鉄血製人形は残された物資や機材、そして支社施設を接収し街を盛り立てた上で各方面に多く活躍しているのだ。

本社が崩壊し人形が暴走し始めたとはいえ人類生存可能圏外では関係がない、あくまでデータとネットワークがつながっている部分のみの話だからだ。

向こう側の隔絶された状況下で進化し、隔離されていた彼女たちは人類生存可能圏の鉄血の暴走とは無関係に日常を過ごしている。

指揮官自身、人類生存可能圏外で活躍する鉄血製ハイエンド人形とは付き合いがあるからいまいち気分が悪い。

ハンターオフィスのこの近辺への鉄血系派遣禁止令も納得だ、下手をすればハンターとグリフィンの戦争である。

考えてもしょうがない、指揮官は横道にズレた思考を追いやって再び目の前の問題に思考を傾ける。

 

「なんだろうな。この違和感、似てるのになんか違うというか、そんな感じだ」

 

「うわ、それスゴイいやだ。アルさん呼ぼうよ」

 

「解析専門欲しい所だよなぁ……」

 

M14の疑問に指揮官もうまく答えられない。これまでならば、これがいつもの仕事ならばすでに何度か会敵しているはずなのだ。

既にこの地域に展開して30分、上空にヘリを飛ばして派手に進んでいるのに一切反応がない。

相手が鉄血であれ、鉄血が運んで来たらしいバケモノであれ、ここまで何もないというのはおかしいのだ。

分からない、不可解だ、指揮官はいつも以上に不信感を覚えながら部隊に前進指示を出す。

崩壊した鉄血防衛線を抜け、U08基地正面の駐車場を抜ける。駐車場もまた多くの鉄血人形やIOP製人形の死体で埋め尽くされていた。

無数の薬莢や空のバッテリー、血塗れの地面、ばら撒かれた血肉や部品、損傷の激しい死体がいくつか転がっている。

基地の敷地内に空薬莢と血の跡がない場所はないと言い切れるほどに凄惨な有様だ

 

「これは……」

 

「確実に何かいるな、どっちも派手にやったみたいだ」

 

「支部の連中も襲われてるね。派手に撃っちゃってる、パニックになったみたいね」

 

指揮官は地面に倒れる支部偵察部隊のM21の切り裂かれた死体に残った傷跡を確かめる。

切れ味のよくない刃物で何度も無理やり切り裂かれたようだ、抵抗しようとした後も見られる。

 

「傷口はそう古くない、状況からして襲撃されて中に押し込まれたか」

 

「なら銃声が聞こえないってことは全員やられたってことね」

 

「もしくは静かに閉じこもっているかだな。そうしていてもらいたいもんだが」

 

ありえない、指揮官の言葉にM14は無言で否定を返す。支部偵察部隊はあくまで対鉄血用戦術人形部隊なのだ。

自分のような化け物狩りに慣れたハンターではない、彼女たちはモンスターやクリーチャーたちとの戦闘経験はない。

このケースにおいて、支部偵察隊や自分の部下の大半は武器を持ったお嬢様にすぎないのだ。

指揮官と連絡が取れない状態でミュータントのごとき振る舞いで元同僚の成れの果てが襲い掛かってきたら、到底まともな思考と判断は下せないだろう。

この部隊でもまともに相手できるのはM14かIDW、辛うじてSASSかスコーピオンくらいだ。

 

(予想が正しければ、連中は地下だな)

 

指揮官の脳裏に今まで相手にしてきた化け物たちの姿が過る。嫌な思い出も多い、ここで同じことが起きていないことを願うばかりだ。

 

「分かれよう、3つだ。IDW、100式、スコーピオン、市代について行け。基地の管制システムを立ち上げて情報収集。

できればM3に無線で連絡してくれ、基地の出力なら届くだろう。しばらく空中待機、いつでも拾えるようにしておいてくれ。

M4、SASS、イングラム、俺と地下だ。電源の安全を確認してから探りを入れるぞ。

イングラムダミー、お前だ。お前をリーダーにダミー全員でヘリポートを確保しろ、クリーチャーの襲撃の注意だ」

 

「マジで?」

 

スコーピオンの疑念の声に指揮官は頷く。不測の事態に備えて退路の確保はしておきたかったのだ。

 

「中は狭い、大所帯では不利だしランディングゾーンの確保をしてもらいたい。それにたぶん、制御している余裕はない。」

 

なにいってんだこいつ?と訝し気なスコーピオンに、指揮官は有無を言わせず無言な圧力で制しつつイングラムダミーに命令を付け加える。

 

「ダミーリーダー、もし怪しくて、見た目が化け物な奴が襲ってきたらIFFが味方だろうが撃って良し。動かなくなるまで撃ちまくれ」

 

「了解」

 

「市代、ジャミング装置を見つけたらそのままにしておけ、下手に触るんじゃないぞ」

 

「了解。3人とも、指揮官をお願いね。不用意にダクトや換気扇には近づかないように」

 

M14も指揮官の意図を察して部隊に指示を出す。ダミーは一言も発することなく続々と外に足を向ける。

指揮官の脳裏に基地周囲までの光景、会話が過る。その中でおかしいと思わなかったか?そうだ思っていたはずだ。

今まで多くの死体を見てきた、腐った死体も見てきた、でもそこに本来いるべき生物がいなかった。

ありえない、過酷な圏外の大地でさえ奴らは平気な顔をして死体に沸いている。日にちが経てば必ず集っているはずなのだ。

 

(出てこれないのか、死んだのか、それとも…逃げたのか)

 

指揮官は胃が痛くなるのを感じた。このクリーチャーは最悪の部類だ、特にこの自然豊かな環境であれば特に。

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

「イチヨ、どうして指揮官はジャミングを切るなって命じたのかな?」

 

指揮官達を別れ、廊下を指揮所に向けて進むM14のバックパックを背負った背中にスコーピオンは小声で語りかける。

彼女の背後を進む一〇〇式も同じ疑問を感じていた。ジャミング装置の破壊禁止、それにダミー達を外に出してメインフレームの自分達での任務遂行。気になることだらけだ。

M14は振り返ることなく、いつも以上に警戒しながら廊下を進む。彼女の足が廊下の端に付いたとき、ゆっくりと彼女は口を開いた。

 

「まだ確証はないけど、厄介なクリーチャーがいるかもしれない」

 

「厄介?」

 

「うん、外地でも取扱注意の部類。さっきも言ったでしょ?アウトブレイクが起きかねないクリーチャーもいるって」

 

「まさか……」

 

「おかしいと思わない?外の死体の山、あれだけあったのに虫が湧いてなかった」

 

そういえばそうだ、一〇〇式は先ほどの映像を脳内で確認しながらうなずく。映像には確かに、虫が一匹もわいていなかった。

それだけではない、思い返してみればこの森に降り立ってから一匹も虫を見ていないではないか。

 

「逃げたか、隠れたか、それとも死んだか。どちらにしろ悪い兆候だよ。

ジャミング装置の妨害電波は、モノによっては虫が嫌う電波も出せる。これは見えない蓋かもしれない」

 

M14は少し苦笑いしながら、廊下の奥をゆっくり覗き込む。

 

「やっぱり、数が少ない」

 

「どういう意味?」

 

「死体の数、ここでどれだけ人形が死んだと思う?」

 

「そりゃ沢山じゃない?」

 

「外の鉄血は埋め尽くさんばかり、グリフィンも250人も投入、その割には室内に死体が少ないと思うのよ」

 

確かに言われてみればそうかもしれない。もし鉄血の抵抗がほとんどない状態であれば、霧の中の行軍であっても偵察部隊は迷わないはずだ。

十中八九、この基地にたどり着いているはずなのだ。だがM14の言う通り、基地内部で散見されるグリフィンの人形の死体は多くない。

あらゆる場所で凄惨な最期を迎えているが、足の踏み場もないほどという訳ではないのだ。

 

「…考え過ぎじゃない?言っちゃ悪いけど、ここに来る前にやられたかもしれないし」

 

「それもまた怖いんだけどね、そこ!ダクトに寄らない!」

 

M14の叱責にスコーピオンがびっくりして壁際から離れる。彼女の頭上には通気ダクトが口を開けている。

その暗い口の奥にM14は銃口を向け、スコーピオンの手を握ると思い切り傍に寄せた。

 

「お、大げさじゃ?」

 

「頭から齧られたいの?」

 

一切遊びを見せないM14に、スコーピオンのいつものはつらつとした表情が消える。

その言葉にはヘリの中で交わしていた暖かな感情は含まれていない、どこまでも真剣で一本筋が入った声色だった。

 

「お願いだから、言う通りにして頂戴」

 

「わ、解った…」

 

「ありがとう。みんなも気を付けて、壁、天井、全てに気を配って」

 

M14は再びゆっくりと前進し始める。U08の指揮所は1階、鉄血が機材の流用をしているのなら今も変わらないはずだ。

廊下に転がる死体を踏み越えながら進んでいくと破壊されたバリケードが目に付く。

有り合わせの廃材で作られたバリケードは無残に壊されゴミの山になっており、その中に鉄血の無人走行兵器『プラウラー』が埋まっている。

搭載されたプラズマ粒子式サブマシンガンの銃身は焼け付き、見るからに何かに向けて撃ちまくった痕跡があった。

そのバリケードの向こう側にグリフィン規格そのままの防弾扉を発見した。

ドアはぼろぼろに破壊されていて、中に入ると司令部も血みどろで鉄血とグリフィン人形の死体がいくつも転がっている。

銃撃戦を行ったという雰囲気ではない、彼女たちもまた化け物に殺されたのだろう。

射殺ではなくかぎづめや牙などで切り裂かれたり噛み千切られていて、バラバラにされている人形すら見受けられた。

その凄惨すぎる光景と放たれる悪臭に一〇〇式は表情を歪め、喉の奥からせりあがってくる吐き気に顔をそむけた。

 

「ぐちゃぐちゃだにゃ」

 

「うわ、うわぁ……」

 

「むごい、惨過ぎる」

 

「ほら、ぼーっとしないでこっちに来る。大丈夫、混じってない」

 

そんな地獄の中にM14は気にも留めずに足を踏み入れて、指揮所の中の管制システムの前に立つ。

彼女は手早く腰のポーチからゴム手袋を両手に嵌め、背負っていた指揮官と同じバックパックをホロマップデスクの上に置く。

彼女はスイッチを入れて起動しようとするが、ホログラムに鉄血のロゴが表示された後ID照合を求められる。

グリフィンのIDは当然使えないだろう、鉄血がプログラムに手を加えたならばハッキングも危険だ。間違いなくウィルスが仕込まれているに違いない。

それは全員よくわかっている、M14は特に考えることもなくバックパックの口を開いて中からドライバーやペンチなどが入った工具箱を取り出し、ホロマップデスクのメンテナンス用カバーを開くと手早く配線し直し始めた。

 

「ここをこうしてあとは、こぅで、あ、奥か」

 

ハッチの奥に迷わず手を突っ込み、スイッチを弄りながら火花が飛び散るのも構わずガチャガチャと機材をいじくりまわす。

頭脳派鉄血人形泣かせの肉体派物理ハッキング、いくらウィルスを仕込もうがそもそも電子的に繋がらないので意味がない。

普段ならウィルス感染予防にもなる彼女の手際に感心するものだが、この状況ではとにかく異常としか思えなかった。

どうしてこうまでいつも通りなんだろう?一〇〇式はホロマップデスクと格闘するM14を見つめて思う。

どう考えても、彼女にとってこれは『日常茶飯事』だからどうも思わない、としか考えられない。

彼女が暮らす人類生存可能圏外というのはどれだけ過酷なのだろうか?正直考えたくもない。

 

「よし、動いた。どれどれ、マップと、IFFを……ウゲッ!?」

 

管制システムに無事アクセスし、ホロマップを作動させてマップを表示したM14が奇声を上げる。

驚いて彼女の見るマップをのぞき込むと、そこには基地の全体マップと地下にある無数の光点が目に飛び込んできた。

地下の非常電源システムあたり、おおよそ地下の最奥部だろう。そこにグリフィンと敵である鉄血のIFFが固まっている。

鉄血のIFFを取り囲むように地下階に散らばっているのだ。

反応がほとんど生死不明となっているのだが、生存反応を示すIFFが見受けられる。おそらくジャミングのせいで反応が狂っているのだ。

生き残りがいる、酷い状況だった故にうれしい話だ。一〇〇式は思わず笑みを浮かべてM14の方を見る。

 

「笑らえない、これは最悪よ」

 

M14は一変たりとも笑っていない、声も表情もまったく喜色を現していなかった。

彼女はマップを別角度からのマップと見比べながら光点の位置を探り、さらに鉄血の資料を呼び出してそれを読む。

 

「最悪……なんてこと、なんてこと」

 

「市代さん?どうしたんですか?みんな下に居ます、きっとまだ作戦中なんですよ、早く指揮官に伝えないと」

 

「一〇〇式、これは作戦行動中じゃない。みんなやられた、これは敵よ」

 

「敵?ちょっとおかしくなっちゃったの、まさかハッキング?」

 

スコーピオンの軽口にM14は答えず、ホロマップに向かうと端末を操作してホログラムに追加で枠を表示する。

映像を映し出している枠は二つ、日付は今日ではなく少し前だ。どうやら監視カメラの映像らしい。

慌ただしい鉄血の後姿を映したもの、荒れた室内に足を踏み入れている偵察部隊のFMG9とその後続たちのもの。

もう一つは鉄血の物資搬入リストだ、なぜかペット用の餌や食料品が多い。合成の肉、野菜、穀物が鉄血の基地にしてはあまりに多く納入されている。

その量は鉄血内部でも問題視され始めていたらしく、物資の送り主らしいアーキテクトとやらのお小言付きだ。

 

「監視カメラに、搬入リスト?ウロちゃんペット飼ってるの?ちょっと多くない?」

 

「ペット?鉄血が?」

 

「これで何が起きたのかわかる、今私達は最悪の場所の上に立ってる。いい?はっきり言うよ」

 

M14は真剣に表情で一〇〇式たちを見つめ、ゆっくりと言葉を紡いだ。

 

「私達はクリーチャーの巣の上に立ってる」

 

M14はそれだけ言うと映像をスタートさせた。

 




やっと出せた本作のワールド設定。先にやるべきかと思ったけど、結局SPERを優先しました。
簡単に言えばドルフロの世界とポストアポカリプスごちゃまぜ世界があって、そこを汚染地帯と正規軍が仕切ってると考えてくだされば結構です。
指揮官達はベテランなので定番を潰していくスタイル、ちなみにこのステージの元ネタ、解る人にはわかるかと。
化け物が本格登場し始めます、次もよろしくお願いします。



ミニ解説
人類生存可能圏内と圏外

グリーンゾーン及びその周辺。
人類居住可能圏と呼ばれる汚染の少ない土地。
大戦を生き残った人々はそこに肩を寄せ合い、互いにけん制しながら今を生きている。
かつての人類黄金時代の技術力をある程度維持し、今も研鑽している未来世界。
しかし様々な理由から圏外との関係および接触を断ち、現状ではほとんど見捨てていいる状態。
圏外への進出を視野に入れた企業もいたが、現場の危険さや採算の合わなさに諦めて撤退してしまった。


高濃度汚染地帯
第三次世界大戦でできた人類の業であり皮肉の塊。世界各地に存在し、グリーンゾーン周辺に多く存在している。
人間どころか外の世界の化け物たちですら生きられない死の大地、動くものは大体E.L.I.D感染者。
常に電磁波嵐、磁気嵐、放射能嵐などが日常茶飯事に吹き荒れており、人類が知る限りの有害物質が巻き上げられて舞っている。
そんな有様だが、皮肉にも外の環境からグリーンゾーンを守る壁として役に立っている。


人類生存可能圏外。
コーラップス汚染と大戦によって放棄された汚染地帯、政府やグリーンゾーンの人々が見捨てた土地。
グリーンゾーンのような場所は存在せず、幾分かマシな低汚染地帯や地下シェルター、メトロなど様々な形で街を作って人々は生活している。
かつての大戦とコーラップスによって環境は激変しており、数多のクリーチャーやモンスターがひしめく弱肉強食世界。
その中で人間や人形たちは新しい世界での生き方を模索し、意外と図太くたくましく生き抜いている。
既存の技術は大半が失われ、グリーンゾーンほど技術力は保持していないがアナログ面と医療関連に強い別技術が発達している。
また人形が生活できるように改修できるなど少し歪な進化も遂げており、U05指揮官の恋人たちのような人形が当たり前に生活している。
人類生存可能圏内の事を内地、圏外を外地と呼ぶのはこちらの習慣。U05基地では広がりつつある。


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第1話・捜索3

仕事が終わらん!くそったれぇぇぇぇ!!お待たせしましたァァ!!あと容赦はしない、いつも通りグロ注意。


 

U08基地の地下は地上とはまた別の意味で荒れ果てていた。かつてのグリフィン基地の清潔な空間、あるいは鉄血の基地内のような無機質な雰囲気のどちらでもない。

所々にへばりつく有機的な何か、そして湿った重苦しい空気にイングラムM10は胸がざわつくような感覚がしてならなかった。

周囲からまるでみられているような視線を感じ、それが気のせいだとわかっても気色悪い感覚がぬぐえない。

廊下のそこかしこにひっかき傷があり、何かが破裂したような跡、もしくは波打つ何かがにあるのだ。

これまで見たことがない有機的な、肉の繭のようなものだ。大きさはおおよそ人間と同じくらいだ。

 

「あぁ、あぁ、なるほど。やらかしたな、部屋はどこだ?うん、了解だ」

 

指揮官は無線でM14とやり取りをしながら、器用に肉の繭をよけながら進んでいく。

廊下のそこかしこにへばりつくピンク色の肉の塊を見てイングラムは背筋に怖気が走るのを感じた。

そんな光景が地下に入ってからしばらく続いている、もういくつ繭を素通りしたかわからない。

中から発せられる生死不明のグリフィンと鉄血の識別信号が、否が応でもその繭がもとは人形だったのだと分からせる。

きつい、イングラムは電脳がちりちりと痛むような感覚がして思考にノイズが走っているような感覚に悩まされていた。

指揮官はそんな光景を気にも留めず、静かにゆっくりと歩を進めながら足元に落ちている毛を手にとってはゆっくりと進んでいく。

 

「下はコクーンだらけだ、刺激しないようにしないとな―――あぁ、了解」

 

「し、指揮官、これ、なんなんです?」

 

いつもと様子の違う指揮官に気後れして問いかけられなかったイングラムに代わり、M4が小声で問いかける。

指揮官は少し考え、疎ましそうに肉の繭を見つめると小さく答えた。

 

「コクーンだ、中にキメラが入ってる。どうやらスピナーの巣窟になっちまってるらしい。グリムだろう、元戦術人形のな。あまり騒ぐな、刺激したら襲ってくるぞ」

 

「キメラ?グリム?なかに、それって!?」

 

指揮官の答えに血の気が引くような感覚を覚え、繭の中から発せられるIFFをスキャンする。

思えば信じたくなかったし、やりたくなかったのだろう。無意識のうちに拒んでいたのだろう。

今までいくつも繭を通り過ぎていたが、IFFをまじめに読み取ろうとはしなかった。

戦術人形である自分には肉の塊の中にいるナニカが発するIFFが確認できる、その中に誰がいるのかも。

 

「スオミ……」

 

先ほどの繭の中から感知されたIFF、それはU地区偵察隊のスオミKP31の物だった。

まだ生命反応はある、生きているのだ。咄嗟にイングラムはナイフを繭に突き立てようとする。だが、指揮官にそれを制された。

 

「駄目だ、もう手遅れだ」

 

「そんな、でも!」

 

「だめだ」

 

「指揮官、なぜです!?まだ、まだ生きてます!」

 

「騒ぐな、刺激したら―――」

 

「でも!!」

 

まだ助かるかもしれない、そう思うとイングラムは諦めきれない思いでいっぱいだった。

いつも助けてくれる、どんな時でも手を差し伸べる指揮官が今日は冷徹見えて仕方ない。

それがいけなかったのだ、のちになってイングラムは後悔することになった。

イングラムの叫びに呼応したのか、コクーンが大きく鼓動したのだ。

 

「スオミ!」

 

「あぁ、くそ、刺激した……」

 

コクーンが鼓動し、周囲が途端に騒がしくなる。最初は生きているスオミが気付いたのだと思った。

でもすぐに違うと感じた、コクーンは全体が鼓動している。中からスオミが暴れているという様子ではない。

それに周囲のコクーンも同じように鼓動し始め、さらに廊下の奥と入り口から騒がしい足音がどたどたと響いてきたのだ。

 

「すまん市代!ヤツラを刺激した、出てくるぞ!!」

 

「指揮官?何が?」

 

無線機に短く怒鳴り、ガリルを構える指揮官にイングラムは困惑しながら問いかける。

彼はイングラムをコクーンから引きはがし、自分の背に隠しながら叫んだ。

 

「グリムだ、くるぞ!!」

 

ぶちぶちぶち、と肉の繭が破け、中から汚い廃液を思わせる液体が噴出して全員の服にはねる。

生暖かい羊水のような液体、その中に直立するスオミのIFFを発する長身のひょろ長い化け物に3人の瞳はくぎ付けになった。

戦術人形らしいきれいな肌はガサガサで気味の悪いテカリを放ち、ひょろ長い手足には鋭い爪が伸びている。

所々ひきつった皮膚が破けていて、変異した肉体の中に埋もれた部品が鈍い光を放っていた。

それに顔がおかしかった、口は鋭い牙を持ちながら裂け、明らかに人間でも人形のモノでもない怪物の怪しく光る目が左右にそれぞれ二つ並んでいる。

スオミKP31の面影はほとんど残っていない、ただ体に身にまとうぼろきれになった服とIFF、そして羊水に交じって地面に落ちたサブマシンガンがそれを証明していた。

コノバケモノハ、スオミダッタノダ。

 

「うらぁ!!」

 

奇声を上げてとびかかってきたグリム化したスオミを指揮官は左のこぶしで顔面を殴りつけて地面にたたきつける。

思い切り殴りつけられたグリムは、地面に生々しい破砕音を立てながら倒されて動かなくなった。

 

「ひ、ぁ、あぁ!!」

 

「ぼさっとするな、来るぞ!撃て、寄られたら殴れ!!奴らは柔いが力が強い、気をつけろ!!」

 

次々とコクーンがはじけ、同じようにぼろきれをひっかけたグリムが次々と廊下に出てくる。

それだけではない、廊下の奥、上階のほうからもどたどたと足音がして、グリムが大挙して全力疾走してくるのが見えた。

すべてのグリムから鉄血とグリフィンのIFFが発せられている、すべて元は人形だったのだ。

イングラムは咄嗟に銃を構えて、指がひきつるのを感じた。撃てないのだ、元仲間と考えただけで、指が動かない。

 

「なんで、どうして!?」

 

「指揮官、指が動かない、動かないよぉ!」

 

M4も、SASSも同じだった。フレンドリーファイアは解除されているのに引けない、グリムは次々と迫ってくる。

FMG、TMP、FNFAL、80式、イサカM37、MG5、PK、スチェッキン、M590、RFB。

認識するたび、理解してしまうたび、イングラムは息が詰まり、肩が震え、思考がエラーで埋め尽くされた。

撃たなければ殺される、八つ裂きにされてしまうかもしれない。いや違う、イングラムは脳裏に最悪の結末が思い浮かんでしまった。

 

(私も、アレニ…)

 

元は戦術人形だったグリム、つまりそれは、自分もそうなってしまうという事。あれにつかまるとアレになる。

指揮官の言っていた何かに感染して、肉の繭に包まれて化け物にゆっくりと変わっていく。怖い、怖い、いやだいやだいやだ!!

 

「撃て、命令だ!!」

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁあっぁぁぁぁあッ!!」

 

叫んだ、がむしゃらに、命令に従って引き金を引く。こんなことは初めてだった、ただ何も考えずにただ撃ちまくった。

 

「互いにカバーしろ!俺に続くんだ!!」

 

指揮官がいち早く銃撃し、グリムの胴体に銃弾を叩きこんで道を開ける。撃ちながらイングラムたちはついていくしかできなかった。

撃つ、ただ撃つ、走り寄ってくる元同胞を撃って撃って撃ちまくる。情けないくらいに泣きわめき、声を枯らしながら。

 

「市代!二人を連れてヘリポートに!!IDWは市代を援護しろ!!」

 

「まだ来る!どうして、なんで!!」

 

「ついてこい!邪魔だクソが!」

 

メイド服のボロを来たグリムを指揮官はマチェットで切り裂き、飛びかかってきたのを蹴りで抑え込んで弾いて奥に足を進める。

指揮官の背中を見ながら、イングラムはひたすらに撃ち続けながら彼についていく。

がむしゃらだった、マガジンを何度交換したかわからない。残弾すら頭から抜け落ちた、

撃つ、ただ撃つ、弾が切れたらマガジンを入れ替えてひたすらに撃ち続け、気が付けば、すべて打ち切った状態で見覚えのない部屋にいた。

 

「は?」

 

バカみたいな声が自分の声だと気づくまで時間がかかった。どこかの倉庫を改造して、飼育用の檻を詰め込んだ部屋。

その檻に背を預け、弾の切れたイングラムの引き金を引きっぱなしにしてしりもちをついていた。

 

「気づいたか?ここなら安全だろう。連中もここは手を出さなかった」

 

「こ、ここ、は?」

 

「檻だ、馬鹿どもがやらかしたな」

 

指揮官が先導した入った部屋、その中には動物の檻が所狭しと置いてある鉄血の基地にしては異様過ぎる部屋だった。

人間を捉えていたような痕跡はなく、檻の中には餌の桶、ボロ布、あるいは円形の運動具やおもちゃなどが散乱している。

まるで何かを飼育していたようだ。こんな地下で鉄血が何を飼育していたのだろう、イングラムは鉄血の事を考えようとしてふと思う。

自分たちは鉄血をどこまで知っているのだろう?これまで何度も戦ってきた鉄血だが、逆にいえばそれだけだった。

何とか落ち着いてきた思考回路がエラーを排除し、ゆっくりとだが正常に回り始める。

弾の切れた銃に最後のマガジンを叩きこむ、これが最後。ふとSASSとM4に目を向けると、同じように再装填する彼女たちもうなづいた。

全員が最後のマガジン、余裕を残しているのは指揮官だけ。その指揮官もかなり撃ったに違いない。

指揮官は壊れた檻に躊躇なく足を踏み入れて、手を伸ばすと中に残った毛をつまみ取り匂いを嗅いだ。

 

「やはりウォッチャーのだったか」

 

「ウォッチャー?」

 

「クリーチャーの一種だ、モスクワ辺りに多い四つ足の毛むくじゃらだ。だがそれだけじゃない」

 

指揮官が指さす檻、これも内側からこわされているが押しにウロコのようなものが引っ掛かっている。

魚のうろこにしては大きく、ぬめりはない綺麗な青い色をしたウロコだ。

指揮官はうろこのある檻に近寄ると、中を見分し、ボロ布の中から綺麗な状態のうろこを取り出した。

傷一つない綺麗な青、そして鱗に刻まれた生き生きとした紋様にイングラムは思わず目を奪われた。

 

「綺麗、こんなの見たことがない」

 

「ランポスの鱗だ。中型の恐竜だよ、見た目は黄色い嘴に真っ赤なとさかがトレードマークの青いラプトルだ」

 

「恐竜!?」

 

「遺跡から出てきたやつらだ、向こうじゃ珍しくもない。ここはいろいろな奴らのにおいがしみ込んでて、あいつらも何の縄張りだか分らなかったんだ」

 

だから避けてるのさ。指揮官はウロコをこちらに差し出す、イングラムはそれを戸惑いながらも受け取った。

グリムが避ける動物のうろこ、そう思うとまるでお守りのように感じた。

 

「まだあるな、これは!!?」

 

「指揮官?」

 

「くそったれのリストだ、読んでみろ」

 

彼はリストをイングラムに手渡し、別のリストが挟まれたクリップボードに目をやる。

イングラムは受け取ったリストに目を落とすと、それは確かに檻の番号と収容されていた動物の名前、現在の体調云々が記されていた。

よくある飼育日誌、あるいは引き継ぎ簿のようなものだろう。鉄血がこんなアナログな形式でやっているとは驚きだが。

 

「ラーカー、クンチュウ、ゲッコー、ウィラメッテホーネット?」

 

「指揮官の話に出てきたミュータントの名前じゃないですか、なんで鉄血がそんなリストを…まさか?」

 

「壊れた檻、食べかけの餌、無いよりマシの生活空間、あまり信じたくないです」

 

その通りだ、イングラムはリストに掛かれている名前と特徴を読んで確信する。

これは指揮官がかつて対峙したことのあるミュータントの名前、思い出話としてたまに聞かせてくれていたのだ。

どうして鉄血がそんな名前をリストにつけているのか、そもそもここはどういった場所なのか、イングラムは指揮官に問いたい気持ちで一体になった。

指揮官ならば何か答えてくれる、それが真面目なことであれ、冗談交じりであれ、胸に走る焦りのような感情を抑えられるはずだ。

だが、その逸る気持ちはリストを見つめる指揮官の背中から発せられる感じたこともない威圧感にかき消された。

自分は人間ではない戦術人形なのにもかかわらず、まるで見えないオーラが発せられているかのように指揮官の周囲が歪んで見えた。

 

「し、指揮官?」

 

他の二人も感じていたのか、恐る恐るM4が彼に問いかける。彼は答えない、じっとリストを見つめ、抑えきれないとでもいうように小さく呟いている。

 

「デスクロー、ライブラリアン、イャンクック、ブリザードチェイサー……ふざけやがって!」

 

「指揮官!?」

 

ついに彼は怒りをあらわに怒鳴るとファイルと地面に叩きつけた。そして力任せに、それこそ怒りの矛先を向けて頑丈そうな檻を殴りつけた。

檻の格子がまるでワイヤーでできているかのように歪み、大きな金属音をがなり立てる。

こんな指揮官は今まで見たことがなく、全員が絶句してしまった。敵地であるにもかかわらず怒りに任せて暴れるなんて今まで考えられなかったのだ。

恐ろしい、イングラムは思わずそう思ってしまった。敬愛する指揮官であるのにもかかわらず、今の彼を恐ろしいと感じていた。

 

「し、指揮官?」

 

「あぁ、あぁ、すまない。くそ、バカなことをしてくれたもんだ」

 

「鉄血が、ですか?」

 

「あぁ、これはやばい。こんな奴ら生け捕りにするだけでも相当な金と人手がかかる。

どこのバカだ、ただの野盗なんかじゃだめ、空賊も…ええぃ、ネームドか!?よく足元見られなかったなぁ!!

向こうでもやばい奴の名前がずらりと並んでやがる、しかもここにいるはずの奴も一匹たりとも残ってないときた

下も確認しなきゃな、こいつらはもっと下の檻に閉じ込めてるらしい。行こう、生きてるなら始末する必要が―――待て、何かいる」

 

檻の奥、おそらく倉庫に続く扉だろう。指揮官はその扉にゆっくりと近寄っていき、中に入る。イングラムたちも戸惑いを覚えながらも彼に続いた。

やはり倉庫だ、どうやらこの檻で飼育されていたミュータントたちの餌やそれに使う機材を収めていたのだろう。

市街地の富裕層用ペットショップで売られている合成素材の餌や、乾燥肉、ペットフーズの袋が山積みにされている。

他にも業務用冷蔵庫、加熱用の調理器材、緊急時用らしき火炎放射器とガスボンベがいくつか。他にも様々な小道具が保管されている。

蛍光灯がいくつか壊れており、中はところどころ薄暗い。その奥まったところに、もぞもぞと動く影がある。

グリム?いや、それにしては小柄だ。イングラムはライトを取り出すと奥まったスペースを照らした。

 

「ドリーマー!?」

 

壁の角にうずくまるようにして一体の人形、それは鉄血製戦術人形の中でも高位位置するハイエンドのあられもない姿だった。

ドリーマー、かつてU05にてSPAR小隊を追撃して来たハイエンドの一人。

いたぶるのが大好きで、相手の望みや欲を壊すのが好きだと豪語した、傲慢でドSな人形だ。

イングラムは自然と腕が持ち上がり、反射的に銃を構えて撃ち殺そうとする。

その腕を指揮官の腕が力任せに押さえつけ、無理やり銃を取り上げた。

さらに同じように銃を向けたM4とSASSに、自分の体を盾にするようにしながら命じた

 

「撃つな!」

 

「しかし、指揮官!」

 

「やめろ、よく見るんだ」

 

指揮官の有無言わせぬ表情に、3人は気圧された。今日は普通じゃない、あまりにもおかしなことばかりが起きすぎる。

 

「いや、いや、やめて、もういや…」

 

小さな悲鳴はドリーマーのモノだった。今の彼女はボロのグリフィン制服を身にまとい、体中傷だらけの怯える少女にしか見えなかった。

何より痛ましいのは、酷く暴行を受けた痕跡が見受けられたのだ。殴られ、蹴られたような拷問の後ではない。女性の尊厳を踏みにじるような痕跡が。

改めて見つめることで知る異様な光景に、M4やSASSも呆気に取られて敵意が緩む。

 

「やめて、こないで、たまごはもういや、やだ、やなのぉ……」

 

「大丈夫だ、助けに来た」

 

「うそ、うそ、たすけなんてこない、たすけなんて、みすてた、あいつら、みすてた!」

 

「あいつら、鉄血か?」

 

彼女は力なく首を縦に振る。鉄血に見捨てられた?ますますありえないだろう。イングラムは目の前の謎の存在に思考が空まわっているような感覚を覚えた。

わからない、ここに来てからいつにもまして訳の分からないことが起き続けている。

 

「たすけにきたのに、あいつら、なんども、わたし、なんども、いや、もういや、いや……」

 

「大丈夫、グリ……いや、俺はハンター、笹木一家の笹木奏太だ」

 

「はん…たー?」

 

「見慣れないかもしれないが、ほら?」

 

ドリーマーは彼が見せたハンターオフィスが発行するハンターのライセンスカードを見て、それをまじまじと見つめる。

 

「はんたー、でーた、かくにん、ばけもの、ごろし?」

 

「その通り、だからもう大丈夫、俺が来た」

 

にかり、と指揮官は笑った。それが本物かどうか確かめたのか、それとも何か感じたのか、彼女は安心したように気を失った。

指揮官はその彼女の体をやさしく抱き留め、寝息を立てるドリーマーの頭をやさしくなでる。近くにあったボロ布を床に敷くと、ゆっくりと体を横に寝かせた。

 

「すまない」

 

一言彼は謝り、ドリーマーのスカートを一瞬だけめくって内側をさらけ出し、すぐに戻した。

一瞬だけだがすぐに全員が理解した、酷く傷つき、変色した彼女の股座は、何度もソレを行わされた傷があった。

信じられない、信じたくない、イングラムは次々とやってくるショッキングな光景にまた思考がパンクしかけていた。

 

「どういう、こと?ここは鉄血の基地のはずです、そんな…」

 

「母体にされたんだ、現地に適応したクロウラーを産むためにな。グリムは本能だけで動く、野生動物だ。

ましてや、まとめ役のハイブリッドの姿が見えないこの環境。増えるための手段は、まず一つだ」

 

「それは、でも、人形にそんな機能は―――」

 

「クロウラーは卵生だ。人間だの人形だの、男女すら奴らには関係ない。グリムはただ卵を植え付けるだけなんだ」

 

指揮官は気を失ったドリーマーの体を触診し、所々顔を顰める。

 

「感染はしてない。だが酷く衰弱してるし、体もボロボロだ。何度も、産まされたんだろう」

 

「産まされたって…キメラって、いったい何なんですか?」

 

イングラムの問いに、指揮官は少し考える。

 

「ざっくり言えば寄生虫のくそ野郎だ。いいだろう、ヤツラが落ち着くまで少し時間が掛かる。準備しながら授業と行こうか?」

 

指揮官はバックパックから少し分厚い手帳サイズの本を取り出し、ページを開くとイングラムに手渡した。

 

「図鑑ですか?」

 

「簡単な奴だけどな、こういう説明には役に立つもんだ。キメラ、こいつは厄介でな。虫野郎とは言うが本質はウィルスなんだ」

 

「ウィルス?」

 

「キメラウィルスと呼ばれてる。意志を持ったウィルス兵器だ、とはいえウィルス自体はもうこの地球の環境では生きられない。大気汚染がひどすぎるんだ」

 

「なら、ここなら生きられる?」

 

「いや、内地の環境でもここでは無理だ。グリーンゾーンレベル、推定1950年代くらいの大気出ないと無理なんだよ。だから、奴らは対策してきてる」

 

指揮官は先ほどの図鑑の中にある写真、ゴキブリとフナ虫を合体させたような虫を見るように言う。

彼は倉庫の片隅に放置されている火炎放射器にボンベを取り付けながら説明を続けた。

 

「こいつがクロウラー。こいつらはキメラウィルスの運び屋で、大群で押し寄せて人々に襲い掛かり口や鼻から侵入して感染させる。

感染した人間や人形はほとんどの場合昏睡状態に陥り、ウィルスによってキメラ生物に改造されていく。

遺跡を作った誰かが、あるいは何かが残していったパンドラの箱の一つだ」

 

「薬は?」

 

「ある、ワクチンがな。だが数がない」

 

指揮官は戦闘服のポーチを探り、いつもの黄色いアンプルケースではなく青いケースを取り出す。

SRPAと書かれたケースを開くと透明な薬液の入ったアンプルが5本入っている。

 

「それに初期段階にしか効果がない、変異が進んでしまったら無意味だ」

 

「もっと手に入りますか?」

 

「正規軍なら数はそろえているだろう、ブレイク大佐に問い合わせればいい。俺の名前を出せば分けてくれる、知り合いだからな

こいつが最初に発見されたのはロシアの遺跡。あの時も大きな戦いになったが、それは後で話そう。

キメラの生態にはおおむね3段階ある、繁殖、再編、そして侵攻。進むたびに凶暴かつ強力になる。

図鑑と今までの説明でわかると思うが、キメラが増えるには素体、そして母体がいる。

素体が何か、そして母体が何か、それは君たちも薄々理解しているだろう?」

 

指揮官の言葉に3人は口をつぐむ。そして先ほど指揮官が仕留めたFMG9のIFFを発していたグリム。

その感染源となったクロウラーは人形を感染させるために特化したものかもしれない。

なら、それを可能にする一番手っ取り早い方法となればなんだ?

 

(そういう事……)

 

胸糞悪い、イングラムは自分の表情が酷く歪むのを感じた。鉄血のハイエンドといえど、化け物にいいように弄ばれるなど考えたこともなかっただろう。

 

「さっきも言ったが、連中は汚染された環境に適応するために、適応している生物の腹を借りることにしたのさ。

お好みの機材がない場所でも十分増やせるように、現地調達できて、かつ再利用可能な手段をな。

クロウラーは卵の状態で母体の体内に寄生、体内から遺伝子情報を読み取り、今の大気に適応する。

それは誰でもいいわけじゃない、キメラの技術に耐えられる肉体と遺伝子を持った生物でなければならない。

母体がクロウラーを産み、それを素体になる人間あるいは人形に寄生させ、変異させることで完全なキメラになる訳だ」

 

つまりここで動き回るキメラの大半は元鉄血兵、あるいはグリフィンの人形たちの成れの果てということ。

 

「だがまだ最初なら大したことはない、グリムになるのが関の山だ。クソみたいな感染症ってだけだ」

 

「どういうことです?」

 

「続きは歩きながら教えてやる。キメラの怖い所、技術を持ったクリーチャーの恐ろしさをな」

 

指揮官は調整したバックパックに取り付けるようにしてボンベを背負い、火炎放射器のノズルを調節する。残りの3本もM4、イングラムに背負わせる。

もう弾が少ない今は、これは貴重な武器だ。扱いなれていないが、それでも。

 

「SASS、ドリーマーを頼む。一応手を縛って、電脳を直結されないように気を配れ。

イングラム、M4、燃やすぞ。ここにはヤツラ好みの機材があり過ぎる。もう手遅れかもしれないが」

 

基地は大丈夫かな?ふと指揮官がため息を漏らした。基地には彼の恋人が二人、もう少しすればもう一人も帰ってくる。3人とも同じハンターだ。

それでも心配なことは心配なのだろう、イングラムも同じように基地に残っている仲間たちが心配になった。

 




あとがき
ザ・グリムショー!という訳で第一弾『RESISTANCEシリーズ』よりキメラ、グリムさんのご登場です。
長かった。化け物が売りなのにここまで出せなくなるとは思わんかった。
でもここからはノンストップ……できればいいなぁ、なんかこう、こだわっちゃうし。
あとドリーマーファンの人、ごめんなさい。心を折るならこれくらいしないとって思ったの(ゲス顔)
とりあえず第1話はここでいったん区切り、あとは消化試合です。次は一度基地に戻って別の事件を追うか、いったん休みを入れます。
さてこのグリム、本家もそうだけど生まれる光景が非常に後味悪いです。原作に後味悪くないクリーチャーはいませんがね。
ここでも後味悪く、かつ独自に設定を加えさせていただきました。この世界におけるゴブリン枠の一匹なので、こいつらも放っておけば勝手に増えます。
本家はぜひやってみてください、マッチョな漢と化け物の戦争だけど鉄血と戦う戦術人形の気分に浸れますよ(武器的な意味で)



ミニ解説(原作じゃなくてこの世界版です、原作はぜひご自身でチェックしてみてね!)

キメラ
出典・RESISTANCEシリーズ
第3次世界大戦後、崩壊したロシアにて新たに発見された遺跡内から出現した、ビーム兵器などの超ハイテク装備を手にした謎の生命体。
異常なまでの新陳代謝で治癒能力に秀でているものの、その対価として体温が非常に高く背部に備え付けた冷却装置なければ長生きできない。
その正体は『キメラウィルス』によって変異し、遺跡内のキメラ改造センターで改造された人間の成れの果て。
出現当初はクリーチャーらしい凶暴性とクリーチャーらしからぬ超ハイテク兵器を武器に攻勢に出て、近隣の街を襲撃し勢力を拡大していた。
しかしコーラップス汚染と放射能などの環境汚染が取り巻く環境、また各種クリーチャーやモンスターの襲撃に適応しきれず、個体生産数の減少、個体の病死や兵器の故障に悩まされ徐々に衰退。
またキメラの出現に対応した街の自警団やハンターの反撃により満足な襲撃もできなくなり、改造元の素体を手に入れられず勢力は自然に縮小。
さらにキメラの生態を重く見たオフィスがハンターを集めてキメラ化の治療法確立および遺跡破壊作戦を実行、キメラに決定的打撃を与える事に成功する。
最初の拠点である遺跡さえも破壊されたことにより、各所に散ったキメラは小さな改造施設付き拠点を作り人攫いをしながら野盗の様に潜伏し活動している。
ある程度組織だったキメラはほぼすべてがらしからぬハイテク兵装を持ちで、陸路を行くキャラバンには『ハイテクレイダー』として脅威と認識されている。
しかしハイテク装備を勝手に作り出す旨みが強いクリーチャーとしても認知されており、オフィスにはハイテク装備を求める依頼が常にある人気者。
またキメラ製ハイテク兵器はその威力などから人気で、銃器技師によって改修されたタイプが出回っている。
なおなぜキメラはハイテク装備を作れるのかという疑問は未だに謎である。


グリム
出典・RESISTANCEシリーズ
第3次大戦後、崩壊したロシアで新たに発見された遺跡内から出現した謎の生命体『キメラ』の一種。
長身で細身、やせ細ったヒョロヒョロの体が特徴。耐久力も見た目相応だが、すばしっこく細いわりに力が強い。
主な攻撃は発達した両手のカギ爪による攻撃、あるいは打撃の近接主体。
野盗化したキメラの中から突然変異で誕生したキメラの中のクリーチャー。
従来のキメラのような改造センターでの手術や冷却装置を必要としない現地対応型。
知性は低く、野生の本能そのままに生きるのだが従来のキメラと違い自然繁殖が可能。
グリムの有するキメラウィルスはクロウラーの卵に変化する特性を持っており、グリムの一部は常に卵を体内に宿している。
その卵を男女区別なく選別した現地の環境に対応した人間あるいは人形の体内に産み付けることにより、宿主の遺伝子情報を読み取り現地に対応したクロウラーを生み出す卵に変化するのである。
そしてクロウラーを幾度となく出産、別の個体に寄生させることによって勢力を拡大し、一定の勢力を経た後改めて従来のキメラ製造を始める先兵的役割を持つ。
新設集落や野盗、空賊基地の登竜門といった立ち位置としても認識されている厄介者。



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第1話・裏

今回は第1話の裏、残りの嫁とSPARのお話です。あのどろぐちょの裏でこんな日常してました。
独自設定MAX、変態MAX、自分勝手MAXでお送りします。



 

部隊を乗せたエレクトロチヌークが戦地に向かう、その姿を私は普段はめったに使われないヘリポートで帽振れしながら送り出した。きっと奏太や市代しかわからないでしょうけど。

空が青い、まるで吸い込まれていくように2機のヘリが空を行く。私も行きたいところですけど、今日は我慢しなきゃ。

あと2週間、この基地をしっかり運営しないと有終の美は飾れないですから。

最近は着慣れたP38のデフォルト制服、ドイツ軍帽子をしっかりかぶって気合を入れる。

さて、やりますか。と思ってたら、後ろからパタパタ慌てて走ってくる足音が聞こえました。

 

「あー!またかー!!」

 

「美奈、遅いですよ?」

 

「うぅ、琥珀に続いて奏太と市代まで。なんか厄日だよ」

 

ヘリポートに上がってきたのはコルトM1911の美奈、私の大切な人の一人。

 

「ダーリンとハニーに行ってらっしゃいができないなんて、昨日といい今日といい。ついてない」

 

「またコケました?」

 

「食堂の時計がズレてた」

 

おおぅ、それはついてないですね。あの時計、結構古いからやっぱガタ来たんですね。どこかで調達しなきゃ。

でもなぁ、ここら辺のは取りつくしちゃってますし。素直に買いに行っても、下手すりゃ高くつきますよね。

 

「むぅ、こんなの寂しい!帰ってきたら…襲う」

 

「二人とも疲れてるのよ?」

 

「だよねぇ」

 

がっくり、と肩を落とす美奈。かわいい。

 

「なら、慰めてあげましょうか?」

 

「へ?」

 

美奈の手を取り、腰に手を添えて顔を近づける。美奈は顔を真っ赤にして、逃げない。かわいい、さすがは私の嫁。

彼女の手を引いてヘリポート横のハンガーの隅に、影の中で美奈の唇を奪う。舌を絡めて、奥まで、寂しいのは私も同じ。

今はこの基地に家族は二人だけ、琥珀はM16達と、奏太と市代は基地のみんなと仕事にいった。

私たちは笹木一家、チームで恋人、いつもならどんな時でも一緒に仕事をこなしてきた。奏太、美奈、琥珀、市代、いつも一緒に。

確かにチーム分けはあったけど、やっぱりここの仕事は勝手が違う。ハンターの生活が恋しいのです。

 

「んはっ!サラ、もう、まだ昼間よ?」

 

「いいじゃないですか、ちょっと、ちょっとだけ」

 

「あ、もぅ、サラ、エロい」

 

「カップルはエロくていいんです」

 

美奈の大きな胸を右手でやさしく堪能する、いつ見ても、おっきい。夢中になれる魔性があります、吸い付きたくなっちゃう。

むっちりとした太もも、ニーソが少しぴちっとしてて、いい色気。こういう衣装はほんとIOPって命かけてますよね。

うぅむ、私の服、琥珀の服、美奈の服、今はIOPのデフォルト服、小綺麗でデザインはいいんですよね。

 

「サラ?ちょ、あ…」

 

「かわいいですよ、美奈、もっと聞かせて?」

 

「あ、待って、マジで、これやば、ちょっとぉ!」

 

もう、ピクピク震えちゃってかわいいです。美奈もその気なんですよね?もう女の顔になってますよ?

それにこの下着、黒の勝負仕様、帰ってきたらする気満々でしたね…私も透け透けですけど。

 

「ほら、もうこんなになって。エッチな雌ですね?期待しちゃいました?」

 

「サラだって、トロンとしてるよ?」

 

当たり前ですよ、嫁がこんなにエッチなんです。エッチな美奈が悪いんです。

 

「サラ、スイッチ入ってる?マジ?」

 

変態です、いい変態です、嫁が最高です。我慢できなくて、美奈の胸に顔をうずめて大きく息を吸う。美奈の香り、市代と奏太の香りもする。

琥珀のは薄い、昨日から会ってないから仕方ないけれど、琥珀、琥珀、寂しい。

 

「美奈、寂しい、私もさみしいです。琥珀と一緒に寝てない」

 

「サラったら……もぅ私もだよ?昨日なんて不寝番だったじゃない」

 

一緒に寝たのも数日前、みんなと寝たのはだいぶ前。奏太も市代もわかってくれましたし、慰めてくれましたけど。

 

「でもでもぉ」

 

「仕方ないよ、落ち着いてきたほうだし」

 

「うぅ、やっぱりこういう仕事は合いません」

 

みんないい子ばかりですし、離れるのはさみしいですけど。やっぱり私たちは荒野のほうが好きなんです、身に合ってます。

 

「ま、あと2週間がんばろ」

 

「はい……では、いただきます」

 

「あれぇ!?」

 

据え膳食わぬは男の恥、もとい女の恥。この後たっぷりかわいがって、乱れさせていただきました。御馳走様。

 

 

 

 

第1話・裏

 

 

 

酷い夢を見ていた気がする、M16は生まれて初めて感じるめまいと吐き気に苛まれながら小さく悪態をついた。

夢は見ていないのだろう、ただそんな気がするだけだ。そう思いたいがSPARのM4という前例がある以上、もしかしたら見ているのかもしれない。

覚えていないのだから検証のしようもないか、M16はキリキリと痛む電脳に悩みながらうめいた。

自分が先ほどまで何を考えていたかは分からない、だが電脳に走るエラーと発熱は自分がどうなったのかを如実に示していた。

M4を抜いたSPAR小隊3人は、IOPの訓練場で初めてダミー人形を使った訓練を行っていたのだ。

ダミーがダミーを動かす、字面にするとただの書き間違いだなとM16はふと思う。

介抱してくれたらしいペルシカは、呆れた様子でボトルを差し出してくる。M16はそれを受け取ると、口に含んでゆっくり飲み込んだ。

 

「博士、すみません」

 

「ダミーに同じ動きさせようとするからよ、それにあんな動きするなんて」

 

最後の記憶にあるのは、指揮官から教わったハンターの足運びをダミーと一緒になってやろうとしたところだ。

だが電脳が自分の考えるダミーの動作を演算しきれず、オーバーフロー寸前になって強制シャットダウンしたのだ。

その結果、制御を失った体は思い切り壁に激突してしまったらしい。

 

「浮かれ過ぎたみたいですね、いやはや情けない」

 

「いいわよ、おかげであなたたちがどんな訓練をしてきたのかよく分かった」

 

ペルシカは屋内のキルハウス式訓練場で模擬戦を行っているSOPⅡと相手役を買って出た指揮官のM1895との熾烈な接近戦を見つめてぼやくように言った。

 

「少なくとも現代戦とは程遠い」

 

そりゃそうだ、M16はペルシカのげんなりした表情にけらけら笑う。U05基地の訓練は指揮官達がハンターとしての経験をもとに行っている。

ハンターの戦闘は多岐にわたり、常に寡兵で劣勢な場合が多い。そのため基本的には何でもありが常識だ。

それこそ通常のグリフィン対鉄血の戦闘、あるいはそれに類する銃撃戦では起こりえない近接戦も常に訓練されている。

訓練の一環として行われる軍格闘技、あるいはCQB訓練などではない刀剣類を用いた前時代的なものを含めてだ。

現にモニターが映し出すSOPⅡとM1895が行っているのは近接格闘戦、それも両手にナイフを握った熾烈なナイフバトルだ。

キルハウスの吹き抜けを模した場所で、上階や廊下から狙うダミーをよそに開けた吹き抜けど真ん中で取っ組み合っている。

訓練用ゴムナイフで互いの刃を捌き、隙を見て振るわれる蹴りや足技が二人の立ち位置をくるくると入れ替える。

小さな体躯に白を基調とした服を身にまとったナガンM1895、それに対するは女子高生的な身長の黒いコートを着たM4SOPMODⅡ。

M1895の左回し蹴りをSOPⅡは受け流し、その隙をつく様にナイフを突き出せばそれをM1895はからめとって勢いをそのままに投げ技を仕掛ける。

背負い投げのように投げられたSOPⅡは空中で姿勢を立て直し、両足から着地して再びナイフをふるう。

それをM1895はバク転で避けたかと思えば、着地と同時に地面にそって飛んでいるようなステップで左右に体を揺らしながらSOPⅡに肉薄する。

その動きに呼応するようにSOPⅡも同じステップを踏んでM1895の足並みを乱そうとする。

おかげで訓練するはずのダミーが、SOPⅡが近すぎるせいで射撃できず右往左往していて全く役に立っていない。

 

「ほらほらどうしたのじゃ!攻めが足りぬ、守りも甘い!」

 

「こんの!撃ってよダミー!なんで撃たないのさぁ!」

 

「使えぬのでは演算の無駄ァ!」

 

最初は銃撃戦での訓練のはずだったが、それでは面白くはないと相手役のM1895がSOPⅡにハンデを与えた結果がこれである。

M1895はナイフのみで、SOPⅡはダミーを3体率いた室内戦形式。結果は御覧の有様だ。

最初こそまとまった射線を武器にM1895をうまく捌いていたが、少し入り組んだ吹き抜けに誘い込まれてしまうと形勢は逆転したのだ。

M1895の得意とする近接戦における双剣のようなナイフ捌きははっきり言って異次元だ。

手元の動きが読めない上に足運びのせいで瞬間移動のように視界から消えて死角から切り刻んでくる上、まるで見えてるかのようにこちらの攻撃は尽くかわされる。

今回も包囲したと見せかけ、SOPⅡに突貫したM1895は撃ち出されるペイント弾を見て避け、あるいはナイフで弾き落としていた。

小さな体躯のせいで対峙すると余計にすばしっこく見えるのだから性質が悪い。

 

「まだまだ!」

 

だがSOPⅡも負けてはいない、師匠譲りの近接剣術は並みの戦術人形では動きを読み取ることも難しいだろう。

荒々しく舞うように振るわれるナイフと足の乱舞がM1895を攻め、反撃の隙を与えない連撃を叩き込む。

 

「ほいほいっと!」

 

それをM1895は完全に見切って避け、距離を取ると同時にホルスターから投げナイフをSOPⅡに向けて投擲する。

SOPⅡも黙っていない、投げナイフを自分のナイフでたたき落とし、地面に落ちて跳ね返ったナイフを思いっきり蹴り飛ばす。

蹴り飛ばされたナイフはM1895の顔面に一直線に飛び、彼女が上半身を逸らして避けた隙をついてSOPⅡは再び己の近接距離まで詰め寄った。

 

「撃てるわけないじゃない、自分も撃ってしまうわよ?そもそもダミーはSOPⅡが近すぎるから撃てないの、さっき離れた時に撃てばいいのに」

 

「いや、あそこで撃てば彼女は逃げます。しかも味方の銃撃のせいでSOPⅡは追撃できない、確実に見失う。

そうなると各個撃破が待ってますね、入り組んだキルハウスは彼女の独壇場でもありますから」

 

何より恐ろしいのは彼女を見失うことだ。見失うとその後が怖い、彼女が逃走を選ぶときは次の一手をすでに考えている。

この訓練の場合、必ず反撃を仕掛けてくる。姿を見せることのないステルス攻撃が襲ってくるに違いない。

そうなるとSOPⅡだけでは対処しきれない、確実に負けてしまう。それをわかっているから彼女はM1895から目を離さないのだ。

 

「となると、ダミーが足を引っ張ってる?」

 

「そうですね。私なら今撃ちます」

 

M16なら撃てる、いやU05の人形や指揮官ならば誰でもこの状況で敵を狙って撃てる。まだM1895も撃てる距離を保って近接戦を仕掛けているからだ。

さらに何もしないで近接戦を続けているあたり手加減している。いつもならとっくにSOPⅡは地面の倒されているのだ。

M16やM4、AR-15が参戦していればSOPⅡとの取っ組み合いで開く射線に弾を滑り込ませるだろう。

 

「え?」

 

「撃てますよ、SOPⅡもダミーの射線を開けるように動いてます。銃の性能とこの距離なら、ほら、今脇の下を抜いてけん制できます」

 

M1895がかがんだところを、SOPⅡは右腕を振り上げてナイフを振りかぶる。その脇の下の射線は廊下から狙うダミーの射線だ。

SOPⅡもダミーに射撃命令を送っているのだろう、一瞬だがSOPⅡの動きが鈍り、射線をさらに大きく開けようと身を引いている。

しかしダミーは発砲せず、それどころか銃を下ろして遮蔽に隠れてしまった。フレンドリーファイアを恐れたダミーが射撃を中断したのだ。

 

「まただぁ!もうじゃま!」

 

「隙あり!」

 

「うがぁ!」

 

SOPⅡはダミーに苛立った隙を突かれ、足払いで後頭部から床にたたきつけられる。

だがSOPⅡは地面にたたきつけられた状態から手だけでM1895にナイフの切っ先を向け、すかさず柄の部分にあるスイッチを押し込む。

柄の中に仕込まれたスプリングの力で押し出されたゴムの刃はM1895の腹部に向け射出されるが、その刃は届くことはなかった。

眼前に突きつけられたゴムの刃を見つめ、SOPⅡは脱力して床に身を預けた。

 

「届かなかった、負けたぁ……」

 

「なはははは、そう簡単に負けてやる訳にはいかんぞ。まぁ前に比べたらやるようになったな」

 

「余裕な顔してちゃ説得力ないよ」

 

「余裕じゃもの。まだまだ空間把握が甘い、だから隙を突かれる」

 

「お前のようなババァがいるかー」

 

「まだまだバカ弟子にゃぁ負けんわい」

 

M1895は、ゴムの刃をビヨンビヨンと波打たせてながら余裕綽々に笑う。

先ほどM1895はナイフが当たる寸前にそれをつかみ取り、素早く持ち替えてSOPⅡに突きつけたのだ。

お前のようなババァがいるか、とは基地の人形の誰もが一度は思うM1895への文句である。理不尽に強いという意味でだ。

 

「ちぇー、うまくいくと思ったのに。もう、私のダミーなのになんで撃たないかな?」

 

「ダミーはダミーじゃよ、いつも通り仲間との連携を密にするのとはわけが違う」

 

「それ私に言うのー?」

 

「お主はお主じゃろ?日に日に強くなっとるのは間違いない。なかなか様になっておる、今後も精進することじゃ」

 

「次は負けない!勝ってやる!」

 

師弟らしいやり取りを交わす二人をM16はモニター越しに見つめながら大きくため息をついた。

SOPⅡは師匠である彼女に追い付こうとずっと努力を続けている。

 

「すごいモノね、いったい何が彼女をここまでにしたというのかしら?」

 

「彼女はハンター、本業はミュータント狩りです。基礎から何まで全部違う、体もハンター用にだいぶ弄っているって言ってましたね」

 

彼女が時折語る思い出話はこのU地区ではまず聞けないことばかりで、現実味がない冒険譚も含まれる。

黄金色のゴリラを狩った話、新しく見つかった遺跡に潜った時の話、各所に点在する街での思い出、このグリーンゾーンではホラ話のようなことばかりだ。

もしペルシカ博士が同意しなければ誰も信じなかったに違いない、生の情報でグリーンゾーンの外を知る機会は滅多にない。

 

(外地、か)

 

グリーンゾーンを含む人類生活可能圏を内地、その外を外地。指揮官達がよく口にするせいでなじんでしまった区分のようなものだ。

正確には人類生存可能圏の外周を取り囲む正規軍の多重防衛ラインの向こう側、人類生存可能圏外であり核やコーラップスその他諸々に汚染された危険地帯だ。

そこで暮らす人間の多くは第3次大戦の難民や嫌気がさした人間、取り残された軍人であり、人の住める随所に様々な形で街を作り暮らしている。

居住可能区域は陸路や空路で交易を結び、発展している都市は戦前の街並みを取り戻しつつある場所もあるという。

それならば交流ができるはずだが、政府が制限を課しており交流場所は外周にある僅かな窓口のみに限られている。

理由は難民の流入を規制するためだ、人間不足と嘆いていても仕事はないし、グリーンゾーンで作れる食い扶持は今いる人間で精一杯なのだ。

圏外からの入国はそこで厳しく制限され、グリーンゾーンにおいて有能な技術や豊富な金、あるいは許可証を持っていない限りはいることができない。

さらに言えば圏内の人間は圏外の人間をあまり快く思っていない。人間の形を保っているだけのミュータントだといって排除しようとする者さえおり、それはグリフィン内部にも多く存在する。

ペルシカリア博士やヘリアントス上級代行官、クルーガー社長、マクラファティ支部長がそういった思想とは無縁なのは僥倖だ。

そうでなければ今頃、指揮官達はさっさと高跳びしているか姿を晦ましていたに違いない。

 

「そうね、でも全体的な総合出力は戦術人形としては低めよ?」

 

「そりゃそうじゃ、流通するパーツが違うからな」

 

訓練場からSOPⅡを伴ってきたM1895がM16とペルシカの会話に割って入る。

汗をかいたのか上着を脱いでおり、スカートと腕まくりしたシャツと薄手だ。

普通の第2世代戦術人形ならばここまで汗をかく前に疑似汗腺をカットするのだが彼女はそれができない。

彼女は人間の様に汗をタオルで拭い、SOPⅡから手渡されたスポーツドリンクを一飲みした。

 

「くぁーーー!」

 

こういうところはババァというより親父臭い上に荒っぽい。

 

「ほぼガワだけだものね」

 

「技術じゃ負け取らんじゃろ、こっちとあっちじゃ何もかも違うんじゃから」

 

「それは認める、でも今は出力の話よ。大体5割、それも初期型を基準にね。ここまで水を開けられると後が厳しくなるわよ。

最新バージョンがあるから買わない?高出力パーツも組み込んであげる、プログラムも最適化してあげるわ」

 

「もうこの体には慣れたし、わしらにはこの体が必要なんじゃよ」

 

M1895は自身の体を誇るように胸を張る。

 

「悪く言うつもりはないんじゃが、ここではよくても向こうで立ち往生するのがオチなんじゃよ。

戦術人形は整備に手間かかるし金もかかる、その上第2世代ともなればとてもじゃないが運用できん。環境も違うからなおさらじゃ。

あっちはここほど流通の便もよくないし、そもそもIOP製の部品が希少品じゃ。たとえ出力が劣っても治るに越したことはない。

そもそもわしらはハンター、クリーチャーやモンスター相手に力比べは不要よ。ま、対人戦にゃ有利かもしれんがね」

 

M1895は肩を竦めて首を横に振る。交渉は無意味だろう、M1895はペルシカの提案に毛ほども興味が湧いてないと見える。

彼女が自分の体をとても大切にしているのはM16もよく知っている。

だがその返答に納得できなかったSOPⅡは不満そうに声を上げた。

 

「えー!もったいないよ!」

 

「阿呆、だからお前はバカ弟子なのじゃ。新しいものが全ていいとは限らんのじゃよ?」

 

「でも慣らす時間ならいくらでもあるよ?それに新しい体なら師匠はもっと強くなれるんでしょ、博士?」

 

「そうね、出力は以前の倍くらいできるし関節や神経伝達速度も速くできる。すこしお金は掛かるけど部品も16LABの一級品にできるわね」

 

「すごーい!」

 

「はぁ………やれやれ、バカ親とバカ弟子が」

 

盛り上がる二人にM1895は、黙って見物していたM16に向けて軽く肩を竦める。

 

「悪いな、コハク。悪気はないんだ」

 

「知っておる、悪い気はしておらんよ。ちょっと失礼」

 

「どこ行くんだ?」

 

「トイレ、あと電話を借りて、少し風にあたってくる」

 

M1895は手をひらひらさせながら管制室から出て行った。

 

「ラブラブだね~」

 

もしかしなくても電話の相手は指揮官達だろう、それを知るM16はニヤニヤが止まらない。

あの甘い空気とそれに嫉妬する面子、それで巻き起こるちょっとした騒動はあの基地では事欠かない。

そういえば、とM16は周囲を見渡して首を傾げた。騒動ネタの一人が見当たらない。

 

「そういえばAR-15は?」

 

「ずっとサバイバルプログラムに夢中、今日こそやってやるって息巻いてる」

 

ペルシカが指さす先にはモニターがあり、そこにはVR空間で模擬戦に挑むAR-15の姿が映し出されていた。

そのVR空間は荒廃した地下世界、どうやらロシアのメトロのようで普段使用される対鉄血作戦プログラムとは趣が違う。

この対人戦プログラムはかつてM1895の知り合いが経験した戦闘を基に作られたサバイバルシミュレーションなのだ。

この場面はM16も経験したことがある、ここまで自分を先導してくれた教官が盗賊に捕まってしまいそれを救いに行くというシナリオだ。

シナリオはともかくやることは一対多数の総まとめである。

武装も貧弱で粗悪な代物だ、テストではボロボロのAK74と投げナイフを初期装備として攻略することになる。

それをどう使い、たった一人で盗賊がそこら中にいる駅の中を攻略するかが求められる。

AR-15はそれにすっかり熱中してしまっているのだ、これも訓練の内なのだが本来の目的であるダミー訓練もそっちのけだ。

 

「まったく、相変わらずだな」

 

「困ったものよ、おかげで全く実験ができない…別な意味ではデータが取れていいのだけれど」

 

荒廃して汚れたメトロの暗闇に潜む小綺麗な学生服のAR-15が、盗賊の視線をかいくぐるスキをうかかっている姿はひどくミスマッチだ。

だが彼女の表情は真剣そのもので、ボロボロの投げナイフを片手に談笑する盗賊の頭を今か今かと狙っている。

この訓練プログラムは彼女の夢への第一歩なのだから、それは当然なのだろう。AR-15はハンターにあこがれている。

指揮官達のように外に飛び出し、ハンターとして世界を回ることを夢見ているのだ。

だからといって、指揮官についていこうと常に画策しているのは正直やめてほしい。指揮官も困っている。

 

「すみません、あとできつく言っておきます」

 

「お願いね…ねぇ、いつもみたいに喋っていいのよ?」

 

気まずそうなペルシカの言葉にM16は首を横に振る。これは自分が自分であるために必要な区切りなのだ。

自分はM16A1で間違いない、けれどもペルシカが自分を通してみている彼女ではない。

 

「私はSPARのM16です。博士」

 

偶然生まれただけの同型機、AR小隊のM16A1ではないのだから。M16は、まっすぐ両目で博士を見返した。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「おー、摩天楼じゃのぅ」

 

16LABの研究施設、職員用のカフェテラスから遠めに見える人口密集地のビル群を見ながらナガンM1895は手すりに身を預けて一息ついていた。

陽光に照らされてキラキラと輝く繁華街、車が走り、人々や人形が行きかい、活気があって輝いている。

夜になれまた違う、いわゆる100万ドルの夜景的な光景になるのだろう。

 

(向こうじゃこんなもんめったに見ないものな。あの上を飛んだらさぞ絶景じゃろう)

 

そういえば以前、かつては海の間際にもこんな大都市があって夜は夜景が海に反射してきれいだったとも言っていたな。

M1895は昔を懐かしむ老人の話を思い出してしみじみと思う、ここはそんな昔話をよく思い出す場所だ。

今となってはその摩天楼もただのクリーチャーやモンスターの巣窟、いい狩場であるが思い出に浸る場所としてはふさわしくない。

 

「空か、しばらく飛んでないのぅ…にひひひひ」

 

目的もなく自由に空を飛び、じっくり楽しんだ後に地上でもう一度楽しむ。誰もいない荒野の夜空の下の淫靡な一時。

思い出すだけで笑みが漏れ、下腹部が熱を持つ興奮がよみがえりM1895は迷わず妄想に飛び込んだ。

 

「うへへへへ……うん?」

 

そんなピンク色の妄想に浸っていると、背後に気配を感じて意識を切り替えて笑みを引っ込めながら振り向く。

テラスのガラス戸に、いつものような元気がないSOPⅡが居た。先ほどまであんなに元気だったのにどうしたのだろうか?

悪いものでも食ったか、それとも打ちどころが悪かったのか、そんな風に考えていると彼女はとてもいいづらそうに問いかけてきた。

 

「師匠、本当にもうすぐグリフィンを辞めちゃうの?」

 

「…まだ時期は公開してないはずじゃが?」

 

「詳しくは知らないよ。でも、もうすぐってことはみんなうすうすわかってる」

 

「あー…一応隠して準備してたつもりだったんじゃがな。やはりみな強くなっとるわ」

 

「ねぇ、答えてよ」

 

答えが詰まる、M1895はSOPⅡの悲しげな視線に胸が締め付けられた。

長く居すぎたな、こうまで彼女に肩入れしてしまうとは。

 

「2週間じゃ、何もなければ。それでお別れじゃ」

 

「2週間、たった、たった2週間!どうして、ねぇ、どうして!?」

 

「元から決まっておったのじゃよ。わしらの契約は半年ほど、元々路銀集めと修理のためなんじゃよ。

前にも話したじゃろ?わしらは別の仕事でここにきて、鉄血の攻勢に巻き込まれて帰りそびれたとな」

 

ただ帰るだけならば地上や地下を行くルートもないわけではない。しかしそれでも金がかかるし、危険度も空路を行くよりはるかに上だ。

グリーンゾーン周辺では野盗やE.L.I.Dから身を守るために正規軍の補給部隊にくっつくのが上策だが、それにはちょっとした心配りが欠かせない。

またそれがうまくいっても無事でいられるわけではない、その先には高濃度汚染地帯からあふれる汚染に満ちた荒野が待っている。

高濃度汚染地帯をよけていくのは当たり前だが、それでも汚染が酷い。さらにクリーチャーやモンスターですら近づかないその地域はE.L.I.D感染者の巣窟だ。

その襲撃をかいくぐってもその先にはクリーチャーたちの縄張りや野盗、空賊などが待っている。

笹木一家の総力を持ってしても近場の街まで行けるか不安が残るのだ。その点でいえばやはり空路が安全で、安くて、一番近道ができるルートだ。

なにより、自分たちが拠点とする朝霞の街は陸路で行くには遠いのだ。

 

「そんなの、やだよ。みんな居なくなっちゃうんでしょ?指揮官も、ミナも、サラも、イチヨも。

79式やPKPたちもいなくなっちゃったのに、指揮官達までいなくなったら、U05はどうなるの?」

 

「新しい指揮官が来るか、それかペルシカが掌握するかじゃろうよ。どのみち、わしらはもう―――」

 

「いやだよ師匠!コハク師匠!!」

 

「SOPⅡ」

 

「やだ!まだ全部教わってない、まだ勝ってない、まだ居てよ、ずっとここに居てよ!ねぇ!!」

 

子供のように、いや彼女はどうやっても子供なのだろう。駄々をこねる姿は年相応の子供だ。

寂しい、悔しい、悲しい、苦しい、いろいろな感情が彼女の中には渦巻いているに違いない。

仕方のない弟子だ、M1895は近くにあったベンチに座ると彼女に手招きした。

 

「こっちに来なさい」

 

「師匠!」

 

「いいから」

 

SOPⅡは少し逡巡ゆっくり歩み寄ってくる、M1895は彼女を隣に座らせて彼女の頭を胸の内にやさしく抱いた。

 

「わかるか、SOPⅡ?」

 

「うん、とくとく、言ってる」

 

「そう、心臓の音じゃよ。わしらがここを捨てた証、外の人形である証拠じゃ」

 

人類生存可能圏外で生きる人形は総じて二種類、部品をやりくりして従来の利便性を維持するタイプと利便性を捨てて新しい体に乗り換えて環境に適応するタイプだ。

M1895も体を乗り換えた一人、IOP製第2世代を素体として旧日本や旧アメリカで回収したロストテクノロジーをもとに圏外の生体義体技術の粋を集めて作られた生身の人形。

人形としての利便性をほとんど捨てる代わりに圏外の悪環境に適応でき、人間と同じように心臓が動いて、物を食べ、汗を流すことができる体だ。

圏外で暮らす人形の多くは、命を懸けて稼いだ末に昔の体を素にこうした生身の体を手に入れることが多い。

初期投資は高額、技術者も限られているがそれでも願う人形は数多い。M1895、P38、M1911、M14、4人もその中の一部だ。

 

「わしらはここには居られない、お客様なんじゃよ。ここで暮らすことはできないのじゃ」

 

「そんな法律はないよ、嫌ってるのは感情だけ。違法改造っていうけど、性能はむしろ落ちてる。

バックアップもない、パーツ取り換えは面倒、電脳は癒着してる、ネットに直接つなげることもできない。

それなら戦術人形って枠じゃないって言えばいいだけ、ただのカスタム品の一品ものってだけ!」

 

「ははは、賢い子じゃ。でもな、これは国も認めてはくれんのじゃよ。わしらは人間社会を脅かす、とな」

 

人間と子供を作れる人形なんて、ここの人間からすれば恐ろしい話じゃないか?M1895の言葉にSOPⅡは震えた。

普通の人形は子供を作ることはできない、そういった行為をすることはできても人類の神秘たる妊娠までは再現していない。

専用カスタムをされた人形は疑似的に可能だが、それは人工子宮に人間の卵子を移植して行う代理母的なものだ。

やろうと思えばできてしまうかもしれないのが今の世界だ。だがそうなれば、人間社会は終わりだと考えられた。

『好みの異性』を好きに製造でき、好きに性格や個性を設定できて、子供を産めて家庭を作れる。そんな世界になれば人間社会はどうあれ破滅だと。

この世界は一度滅びかけた世界だ、人間は数少なく人形の労働力を頼り、それでもなお確執、格差は留まることを知らずに広がっている。

何が起きてもおかしくない、どんな非人道的なことが起きても不思議ではないこの世界。

人間同士がもはや信頼しあえない世の中で、そんな夢のような技術ができてしまえば、世界は終わると。

だが圏外は関係がなかった、生きるだけでも命がけな世界ではそんなものはくそくらえだと必死だったのだ。

人間も人形も必至で戦い、考えて、技術をこねくり回してできたのがこの人形素体生体化技術だった。

 

「わしらはやがて子をなす、外で言えば第3世代の子供をな」

 

戦前から生きていて辛くも生き残り、薬物や肉体改造などあらゆる手段を使って戦い、生き残りながら今の時代を作り上げた第1世代。

戦火の中など様々な厳しい環境下と両親の元で生まれ育ち汚染に若干の耐性と変異を持った第2世代。

人形と人間の間に生まれる世代も含め、第2世代よりも耐性や未来を秘めて生まれる第3世代。

人間と人形の間はあいまいでただの種族の違いでしかない圏外の認識、故に出来上がったのがこの奇跡だ。

どうして孕めるのか、その理由は向こうの科学者や技術者でさえ分からない。まさに奇跡だった。だが政府はそれを認めない。

 

「わしらは諦めんよ、どうしてできるのかわからずとも、たとえ確率が低いとしても産めるのじゃ。なぁ、こんな幸せを逃す理由はないんじゃよ」

 

「でも、向こうは危ないよ。ここで暮らそうよ、ここで、みんなと一緒に。U05なんてもう田舎だよ、すたれたリゾートなんて誰も気にしない。

それに博士ならその体からこっち仕様に戻せる、産んだら戻しちゃえばいい!そうすればこっちの人も変に見ないよ。

基地のみんななら応援してくれる、喜んでくれるよ?だから、だから!!」

 

「ごめんな、駄目じゃよ。それは駄目じゃ。ここは狭すぎる」

 

「狭い?」

 

「世界は広い、わしらの子もそれを見てもらいたい。知ってもらいたい、感じて、考えてほしいんじゃ」

 

M1895は胸の中から見上げてくるSOPⅡの頭をなで、熱くなる目頭を堪えた。

 

「本当ならな、お前も一緒に連れて行きたい。みんなもじゃ」

 

世界は広い、それを見てもらいたい。かつて自分たちが感じたように。自分はどこまでも行った。

悲しさを紛らわすように、全員でどこまでも、いろいろな仕事をして、心行くままに歩んできた。

モスクワに行きメトロに潜り、旧アメリカでは派手に撃ち合い、旧日本では化け物相手に大立ち回りもした。

世界中を思うままに回った。そしてここで、すべてにケリをつけた彼を手に入れた。

 

「なら連れてってよ、師匠と一緒に行きたい。もっと一緒に、いろいろなものを見てみたいよ…」

 

「ごめんな、それはできん」

 

SOPⅡはIOPの人形、16LABに属する実験個体。ここに縛られている人形だ。

そんな彼女を開放する力はM1895にはない、ただ一介のハンターでしかない。

琥珀はただの雇われ人形、いつかは訪れる別れが来た。それがわからない彼女ではなかった。

 




はい、グログロ一切なしの日常パートでございます。残った嫁3人とM16達別メンバーのお話。
残りの嫁も登場、ワルサーP38『サラ』、コルトM1911『美奈』、ナガンM1895『琥珀』です。
サソリがM4を止めた理由がこれです、こいつらは互いにみんな愛してるタイプなので正妻とかそういうのじゃないんです。
前半のエロエロユリーンと後半の落差がひでぇ、でもつい筆が進むんですよね。
今回のクロス元は『バイナリードメイン』『FALLOUT4』より各種技術関連。この作品はパクリでできている(今更)
前者は未来の日本が舞台の珍しいTPSドンパチゲーです、敵も味方もロマンたっぷりで自分は大好き。
後者は知ってる人は知っている超大御所ポストアポカリプス、嵌る人は嵌る。自分のめちゃくちゃやりこみました。
その結果がこれだよ!!原作に喧嘩売りまくってますがご容赦ください、ドルフロの世界にも希望が欲しかったのです。
さて、裏話も終わったところで次のお話、グロさが売りなんで次もよろしくです。






ミニ解説・技術

人形素体生体化施術
人類生存可能圏内で生産された人形の体を素体として、必要不可欠な部品を除いて体を生体部品にすべて取り換えて人類生存可能圏外の環境に最適化する技術。
あくまで人形用生体義体部品への換装のため、人間には適応されていない。そもそも人間の脳みそを取り出す技術がない。
この技術には旧アメリカの大学、旧日本の研究所で発掘されたロストテクノロジーが使用されており内容はほぼ人間そのもの。
ただし人形としての利便性はほとんど失われ、人工筋肉の出力などの一部を除けばほぼ人間基準にまで性能は低下する。
反面、ハッキングやプログラムへの介入には人間並みに強く、腕のいい脳外科医などの協力がなければほぼ干渉不能である。
電脳は施術の過程で肉体と癒着してしまい以後の肉体換装はほぼ不可能となり、マインドマップも変質によりバックアップを取ることができなくなる。
肉体の成長や老化までは再現できていないものの劣化などは存在し、電脳の寿命が尽きれば死に至り二度と目が覚めることはない。
肉体の形成の際に子宮も一緒に形成されて搭載されるが、なぜか同時生成された子宮に限り低確率ながら子供を妊娠することが可能。
どうして卵子が生成され、妊娠できるのかという科学的解析と再現はできていない。
別途、同じ細胞を培養して作り出した人工子宮には妊娠機能がないため謎に包まれている。
なお生まれる子供も良くも悪くも人間同士と同じである。





ミニ解説・人物
M16A1
SPAR小隊の所属し、U05基地に身を置く戦術人形。SPARの長女的存在でありリーダー格。
オリジナルとの差異は腕章が無い、両目が健在の2点。性格はオリジナルとほぼ同じ。
いつも背負っているガンケースは弾薬箱兼非常用の盾、眼帯はフェイクで裏から透けて見えるタイプ。
最近の悩みはペルシカリア博士が仲間や自分を通してAR小隊を見ている節があること。



M4SOPMODⅡ
SPAR小隊に所属し、U05基地に身を置く戦術人形。
オリジナルとの差異は腕章が無い、腰にベルトを巻いてサバイバルナイフを二振り吊るしている事。
性格はオリジナルとほぼ同じだが、人形嗜虐性愛者ではない。純粋な心優しい少女である。
琥珀ことM1895に弟子入りし訓練を受け続けた近接戦の猛者、サバイバルナイフの二刀流が得意。



AR-15
SPAR小隊に所属し、U05基地に身を置く戦術人形。
オリジナルとの差異は服装、学生服型の装備にハンター装備を突っ込んだスクールバック型ガンケース。
性格はほぼオリジナルと一緒だが、オリジナルの屈折した感情やらしがらみが全部彼方に吹っ飛んではっちゃけておりノリがいい。
ハンターとして活動することを夢見ており、SOPⅡに倣い指揮官に頼み込んでいろいろと師事を受けている。
ペルシカリア博士の実験もそっちのけでハンター育成プログラムに夢中、哀れペルシカ。
指揮官が基地を辞める時にこっそりついて行ってやろうと画策しているが、有効手段は未だ見つからないので困っている。


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第2話・人形没落の日1

この世界は化け物が腐るほどいるごった煮ワールド、好きな奴ぶち込み、好きなように暴れさせる。整合性?ほどほどにね。


 

白い部屋だ、私は白い部屋にいる、ただ目の前に、分厚いガラスがあって、その向こう側にあのくそ女がカルテを手に笑っていた。

広い部屋、まるで鉄血の地下訓練施設の中にある演習場のように見える。でも、なぜか薬臭い。

なぜここにいる?頭が痛い、なぜ、どうしてこんな?なにか、忘れてるような。いたい、目が痛い、頭も…

 

「ウロボロス、これはどういうつもりかしら?」

 

口が勝手に動いて、ガラスの向こうのウロボロスに問いかける。あいつは、にやりと気味悪く笑うと答えた。

 

「お目覚めですか、ドリーマー?」

 

「えぇ、よく寝かせてもらったわ。で、どういうつもり?」

 

そうだ、思い出した。私は救援要請を受けて、ご主人様の命令だから仕方なくこの区域に来たんだ。

でもウロボロスが戦っていたのはグリフィンじゃなくて、化け物。下半身が骨のいびつな女神像のような化け物。

そうとしか言えない、とてつもない強さだった。私とこいつ以外はみんな破壊された、いくら撃っても死なないあの異形の化け物にだ。

霧に妨害電波、巨体で鈍足なのに無駄に頑丈ときて、まったくもってやりにくいことこの上なかった。

 

「お前、なぜ私を撃てたのかしら?」

 

私はそれで消耗したところをウロボロスに後ろから撃たれた。私は、こいつより上の権限を持つはずなのにだ。

こいつはS地区に配備されている奴と同じだけど、権限はずっと下のはずだった。

なぜ撃てた?あの時、確かに私はあいつの電脳に割り込んでやったはずだ。

 

「引き金を引くのに必要なのは指の力だけです」

 

「ふざけるな、あの化け物といい、この扱い、何をするつもり?」

 

「問題ありません、あなたはハイエンドキラーに殺された、という事になってもらいました」

 

「…どういうこと?」

 

ハイエンドキラー、この戦線に出てくる人間を含めたグリフィン部隊。覚えてるわよ、私も燃やされた。

この地区に飛び込んだ囮に引っかかってた時、散々送り込まれてはボロボロにされたからね。

そう、まるで一昔前のミュータントハンターのように銃と近接武器を使い分ける軍ともPMCとも違うやつらだ。

 

「あなたは死んだことになりました。ふふふ、外は怖いですね?」

 

「なんだ、何をしたお前!!」

 

「死んでもらったのです、ハイエンドキラーに偶然見つかって」

 

冗談だろ、こいつ、何たくらんでやがる?そんな風に思っていると、背後で何かがせり上がってくる音がした。

ガラスケースの中に虫の大群が飛び回っているのが見える。これは、そんな、そうか、この夢は!!

 

「そんな虫で何をするというの?」

 

「実験ですよ、私たち鉄血のハイエンドがどうなるのか。ふふふ、実に楽しみです」

 

馬鹿な奴だ、笑っている間にハッキングしてやる。この時は思ってた、でも無理だった。ハッキングなんてできる施設じゃなかった。

 

「あぁ、ハッキングは不可能ですよ?何しろこの部屋、全部アナログなので」

 

「な!?」

 

「電波を受け取るアンテナはありません、プログラムを流す基盤もチップもありません。すべてが機械式、そして人力なのですよ。

こちらのほうも作業員には対策は施してあります。単なるクローズドネットワーク化ですが、これがなかなかねぇ?」

 

クロウラーが放たれる、これは一番最初の時、まだ何も知らなかった私が、わたしが…

 

「ではドリーマー、さようなら」

 

私が、こいつのおもちゃにされたさいしょのひ。

 

 

 

 

第2話・人形没落の日1

 

 

 

 

「大丈夫かしら?」

 

「えぇ、夢を見ていただけ」

 

見慣れない、けれどもやっと安心する無機質な天井を見上げながらドリーマーは、室内に響くペルシカの声にこたえた。

額から滴る冷や汗をぬぐい、荒い息を整えながらベッドの上で上半身を起こす。胸の奥で何かが鼓動している、おかしい感覚だ。

 

(落ち着きなさい、ここはもうあそこじゃない)

 

ここはU05基地の隔離研究施設、現在はドリーマーの檻でありペルシカの臨時研究所といったところだがドリーマーは悪く感じていなかった。

U08での実験と絶望の日々、鉄血から捨てられ再生された自分にバカにされたあの日、それに比べたらむしろ好待遇だ。

グリフィンは丁寧に扱ってくれている、こんな安全な部屋を与えてくれて、警備までしてくれるとは好待遇と言わないでなんて言えばいいのか。

なにより不思議なのは指揮官だ、ハイエンドキラーと敵味方から言われている割には鉄血に対して敵意を持っていない男だった。

 

「夢?」

 

「えぇ、ウロボロスに騙されたときのことを。人形は夢を見ないはずなのにね」

 

「それはいつから?」

 

「あの日から、最初の日からよ…思い出したくもない」

 

この部屋に押し込められて2日、電脳内を調べられたり体の構造や感染の有無などを調べられたりする以外は特にない。

しいて言うなら食事が鉄血の無味乾燥な配給とは全く違う普通の病院食なのが誤算だったくらいだ。

驚くほどに穏便で人道的に扱われているのは、おそらく鉄血ハイエンドの稀有な捕獲例であることと実験体として扱われていたせいだろう。

体のほうも劣化と損傷が激しすぎて精査に時間がかかり、まだ修復もされていないのだ。

 

「記憶を見たのでしょう?あの疎ましい化け物も、私が捕まった時のことも。あれは、何?」

 

「わからない、少なくともグリフィンのデータベースにはないわね」

 

だろうな、ドリーマーはペルシカの正直な返答に頷いた。そもそも正当を得るために質問ではなかった。

あれは確かにいた、戦った、それを確認したかっただけだ。皮肉な話だな、ドリーマーは内心そう思ってかぶりを振る。

 

「あいつはおかしくなってた、あれは異常よ」

 

「異常、ね」

 

「皮肉に思うかしら?でもね、私は少なくともそう思った」

 

異常だ、少なくともあの基地はどこまでも狂っていたと思う。最初の敵も、化け物たちも、何もかもが。

 

「後でまた話を聞くわ、今日は指揮官がそっちに行く」

 

部屋の隔壁が開き、戦闘服ではなく白Yシャツにグレーのズボンという軽装の指揮官が中に入ってきた。

戦場では何度も殺しあった戦闘服姿でないのは逆に新鮮だ。しかもなぜかかなり軽い。

 

「よぅ、元気にしてるか?」

 

「ハイエンドキラー」

 

「それで呼ぶなよ、バカにされてんだぞそれ」

 

やはり意外だ、ドリーマーは困ったように笑う指揮官を見て感じる。彼に全く敵意を感じない。

警戒こそしているが、それは当然のことだ。警戒しているのに、彼はドリーマーを全く敵視していないのだ。

 

「なら指揮官かしら?」

 

「あー、いや、それも遠慮したいな。それ以外なら好きにしてくれ」

 

「ならササキでいいわね?それともハンター?」

 

「どちらでも」

 

「ならササキね」

 

ミュータントハンターを縮めただけでは鉄血ハイエンドのハンターと被る。

彼は頷いて肯定を返すと、差し入れとしてコーラの入ったボトルを差し出した。

それを受け取り、蓋を取って一口だけ口に含んで内容物をスキャンする。

何かナノマシンが入っているのだろうと思ったのだが。意外なことに何も入っていない。

ただ化学調味料をふんだんに組み合わせただけのコーラだ。

 

「あら、何も入ってない」

 

「んなことするかよ、具合はどうだ?」

 

「最悪よ、でもここは悪くないわね」

 

純粋に、思ったことをこたえる。閉じ込められて虜囚のみではあるが、この隔離室と周りを警備するグリフィンの人形には感謝すら感じていた。

ここは今のところ清潔で安全な避難所だ。清潔な空気、ツヤのあるリノリウムの床、マジックミラー加工された分厚い防弾ガラスの窓。

明るい照明のせいか空気も幾分か軽く、呼吸も楽に思える。

ここでのスキャンやプログラム解析といった文明的な調査も、U08でも地獄のような生体実験に比べたらマシだった。

鉄血が来るにしても、化け物が来るにしても時間がかかる。ましてや化け物退治のスペシャリストが逗留している。

今の自分はグリフィンにとっても貴重なサンプルなのだから、命令さえあれば全力で守ってくれるだろう。

 

「それで、あなたは私が戦ったアレを知っているの?」

 

「知ってるとも、少し特殊だがあれもハンターの獲物だ」

 

「あれは何?」

 

「モンスター」

 

「モンスター?」

 

「文字通り怪物だ、俺達はそう呼んでる。常識から外れた怪物、疎ましき獣、人類の業、異界より覗くモノ、いろいろある。

常識だけでは決して語れない異形の怪物なんだ、知るだけで頭がいかれる部類も多くある」

 

彼は静かに語る、だがいまいち理解が及ばない。ドリーマーは彼の言葉を精査しながら考える。

自分が戦ったあの化け物、あれはいったい何だったんだ?脳裏に走るノイズが電脳を揺らす、何か引っ張られる。

六芒星の出来損ないのような何かが地面にはあった、ウロボロスは何か赤い液体を化け物に吹き付けていた。

麻薬のような何か、それに化け物は怯えた。だが、あの化け物は見ているだけで、何かを、自分に何か刻み込んでいるかのような―――

 

「おい、ドリーマー!」

 

「はっ!?」

 

「理解しようとするな、まだ早い。飲まれちまうぞ」

 

「ぇ、あ…」

 

彼の言葉で現実に引き戻されたドリーマーは驚いた。思考にリソースを先過ぎただけ、そのはずなのに何か、触れてはいけないものに触れた感覚がした。

飲まれる、指揮官の言葉にドリーマーは先ほどまでの自分の状況を思い出して身震いした。

文字通り、思考の渦に自分は飲み込まれていた。化け物が何たるかを考えて、嵌りこんで、自力では抜け出せなくなるほどにだ。

 

「あれは常識の埒外にある、ハンターの中でも腕の立つものでなければ手を出せない。思い出さなくていい、まだ駄目だ」

 

「じゃぁ、あれは何?」

 

「イャンクックを知ってるか?あれと同じと思っとけ。今はそれでいい」

 

「えぇ、そう、ね」

 

実験場でたびたび見かけたピンク色の怪鳥、あれもあれでいろいろおかしい生き物だった。あれと同類、そう思うと少し楽だ。

 

「やれやれ、厄介なことになりそうだ。まぁしばらく我慢してくれ。悪いようにはしない…とおもう」

 

「断言しないの?」

 

「ただの雇われだからな、博士がうまくやってくれるのを祈るばかりだ。それにしてもその…大変だったな?」

 

純粋な、少し迷った末の彼の気遣うような声色にドリーマーは目を見開いた。

 

「なぜ私を気遣うの?私はあなたの敵よ」

 

「敵を気遣っちゃまずいか?」

 

「そんな人間は初めてだ」

 

「敵だとしても、今はこれだ。それに大怪我してるんなら心配にもなる」

 

「偽善ね、人間らしい傲慢で不可解な感情だ」

 

「偽善でけっこー。俺は満足、お前はおいしい思いができる、それでいいだろ?」

 

勝手な男だ、ドリーマーはおどける指揮官に鼻を鳴らして返答しながらコーラを口に含む。

やはり何も入っていないただのコーラだ。鉄血の栄養ブロックやゼリーではない人間の飲み物。

初めて感じる味だ、もしかしたら前にも飲んだことはあるかもしれないが、少なくとも今の自分は初めてだ。

 

「話は聞いてる、重要な記憶はすべて破壊されてるんだって?」

 

「えぇ、だから内部情報を探ろうとしても無駄よ」

 

自分はあの時、すべてを失いかけた。代理人が感づいて、ウロボロスがしくじって基地が壊滅したときに。

あの基地をどうにかかいくぐって管制室でご主人様に連絡をつけた、でも、その時に捨てられた。

報告をだれも信じなかった、エージェントも、今は覚えていないご主人様でさえ信じてくれなかったのだ。

さらにすでに別のドリーマーが再生産されていて、嵌められた弱い自分はもう必要ないのだとなじられて、機密処理のために電脳を破壊されかけた。

そこから先は覚えていない、ただ怖かった、それだけは覚えている。通信を強制的に遮断して、中和プログラムを無理やり作って、ジャミングで電波の届かない飼育部屋の奥に逃げた。

そのあとのことはとぎれとぎれだ、空腹か逃げようとしたかで、何度かグリムにつかまってひどいことになっては逃げた。

グリフィンの服は、檻の奥で見つけた。それを着てるとあいつらが寄ってこなくなったから着ていて、あとはずっとこもっていた。

今思えば、だいぶひどかったのだろう。少なくとも、彼の配下の人形が思いっきり同情してくれるくらいには。

 

「いらねぇよんなもん、博士か代行官に言え。俺が聞きたいのはどこら辺まであるのかってだけだ」

 

「私にあるのはあなたたちと戦った記憶と、いつものハイエンドたちの名前と顔だけ。あとはご主人様って呼んでただれか、これはよくわからない。

でもご主人様ってくらいだから、今の鉄血のボスじゃないかしら?それはあなたのほうが詳しいんじゃない?」

 

「あいにくあの時は囮役でね、好き勝手にしてたからなんも集めてないんだなこれが。

って、俺が聞きたいのはそこじゃない。お前、日常生活は大丈夫なのか?」

 

「はぁ?」

 

「だから、日常生活だ。まぁ飯食えるんだから大丈夫なんだろうけど、一応な」

 

言葉にならない、どう答えていいかわからない。頭が真っ白になったドリーマーは、気が付けば笑っていた。

愉悦も、優越感もなく、ただただおかしくて、面白くて笑った。これほど身軽で気持ちのいい笑いははじめてな気がする。

ドリーマーは抑えきれない笑い声に快感を覚えていた。

 

「なんだ?何がおかしい?」

 

「いや、だって!日常生活って何?あんた、そんなのきいてどうすんのさ!」

 

「しばらくここに置くにしても、向こうに行くにしても衣食住はあるんだから必要だろうが。

土壇場になってできませんとか、どうやるのとか聞かれても困んのはこっちなんだよ」

 

「あっははははは!なんだそれ!人形相手にそんなこと気にすんのかよおい!傑作だな!!」

 

「人形だけど女だろうが!体も洗えませんって落ちはやめてくれないか?」

 

「なんだそれ、なんだそれ!そんなの――――あれ、できない?」

 

ふと思い返す、そういえば自分はシャワーやお風呂に入ったことがない。鉄血にそんな施設はなかった、大体は修復ポッド頼りだ。

プログラムや情報といったものもない、なぜなら必要がないからだ。鉄血のハイエンド戦術人形といえど、所詮は道具であり兵器、戦場では使い捨てだからだ。

電脳内のデータを探ってみるがやはりそれらしいプログラムの類はない、どうやら元からインプットされていないようだ。

 

「待て、待て待て、データ検索、なし、え、ない、ない?あらぁ?」

 

「やっぱな!お前壊れるまで拭って服変えてただけとか、修復ポッドに入ってはい終わりってやつだな!!」

 

「えーと、うん」

 

記憶にある鉄血の施設での生活を思い出しつつうなずく。少なくとも、今の鉄血の中で風呂やシャワーに入った記憶はない。

ほとんどが修復ポッドでのメンテナンスで事が済む、できなければそのままか布で拭っていただけだ。

 

「だろうと思ったよ。捕虜とはいえ、ここでは風呂かシャワーには一日一回は入ってもらう。それはわかるだろ?」

 

「そうね、確かに生体部品からの老廃物もあるし…」

 

「お前、他人に体洗ってほしい?」

 

「え、嫌なんだけど…」

 

「なら覚えろ、教えてやる」

 

「え?なんであんたが?まさか実は女?」

 

「ははははー…昔ちょっとなー」

 

わずかに目を反らして平坦な言葉を返す指揮官。あ、これやばいやつ?ドリーマーは思わずそう思って聞くのをやめた。

 

 

 

 

◆◆◆◆

 

 

 

 

「え、なにこれ?」

 

隔離病室のマジックミラーの向こう側に位置する監視室、静寂と何とも言えない空気が漂う室内でペルシカは目の前の状況の困惑していた。

U05臨時指揮官がなぜかドリーマーにシャワーの浴び方や体の洗い方をレクチャーしている、話の雲行きが変になったと思えばこれだ。

しかもドリーマーが指揮官を気遣っている節が見えたり、レクチャーに従っているのもまた異常すぎる。いくら電脳にダメージがあるとはいえ、ここまで素直になるのだろうか?

いやならないはずだ、なるはずがないはずなのに、今のこれはなんだ?

 

「え、えぇ、しかもなんか、堂に入ってるし」

 

「くっ…これが、経験というものか!」

 

困惑するペルシカの横で、ヘリアンは唇をかむ。その表情には女としての悔しさがにじみ出ていた。

ドリーマーにセクハラにならない範囲で体の洗い方をレクチャーする指揮官、なぜかその背中は煤けている。

その経験豊かな背中がヘリアンにはとてつもなく恨めしく、とてつもなく眩しいのだろう。

 

「あれだろう、どうせ、手籠めにした4人にあんなことやこんなことを……」

 

「いや、そうなのかな?あれ、何とも言えない経験が元みたいな感じするよ?」

 

「そうだとしても!くぅ、まさか、ここでも見せつけるか…」

 

リア充め、ハーレム野郎め、爆ぜてしまえ!と表情で語るヘリアン、どうやら冷静ではないらしい。

 

「ほ、ほーそこの洗い方まで言うか、ムダ毛処理だと?お前は本当に男か?」

 

「ヘリアンヘリアン、漏れてる漏れてる」

 

「ぐぬぬ、ぐぬぅ、私は、なぜなんだ?人形たちでさえいい男を捕まえてるというのに…」

 

やばい、変な方向に入ってる?ペルシカは唸り始めたヘリアンを見て改めて異常を察知した。

彼女は合コンの負け犬、それもかなり年季の入った敗者である。理由は不明、相談を受けたこともあるが悪いところはいまいちわからなかった。

幾多の男を前にしてただ淡々と敗北を重ねてきた彼女にとって、ハーレム状態の男がいるこの基地は確かに毒だろう。

しかしそれだけで彼女がこうまで変なことを口走るか?いや、それはない。

 

(…いや、待てよ?)

 

彼女が妙に彼に突っかかるのは、ついさっきこの部屋の機材でドリーマーの記憶に残っていた化け物の映像を見てからだ。

どうもどこか浮ついていて、独り身の負け犬としての何かが刺激されているのか指揮官へのあたりが強い。

すこし試してみるか、ペルシカは自分のコーヒーカップに中身が残っているのを確認する。

自分には指揮官のように言葉で納める技量はない、よって実物行使というわけだ。

 

「ヘリアン」

 

「なんだ?」

 

「ほら」

 

「あぁ、ありがぼぇ!?」

 

やっぱり普通じゃなかったな、何の疑いもなくペルシカから渡されたコーヒーを煽ったヘリアンが咽るのを見て確信した。

自分が飲んでる代用コーヒーがとてつもなく他人にはまずいことくらい自分でもわかっている。

それを知るヘリアンは当然ながら断るのだが、今回は素直に飲んでしまった。これで正気に戻っただろう。

 

「ヘリアン、落ち着いた?」

 

「あ、あー、げふんげふん、すまない、すこし冷静さを欠いていたな」

 

「そうね、あれのアグレッシブ版かな?」

 

ペルシカはヘリアンの背後、護衛として待機しているU05基地所属のFNFALと9A91を指さす。

休憩中のFN小隊の面々に代わり、彼女たちは護衛として部屋の隅でいつでも動けるように立っている、だが目が笑っていなかった。

どろどろのぐちょぐちょに真っ黒な何かを湛えていて、ヘリアンやペルシカには目もくれずじっとりと指揮官を見つめている。

9A91は怪しい笑みを浮かべたまま延々と指揮官の名前をつぶやき続け、FALは表情を曇らせ恨めし気に指揮官を見つめたままくすくす笑い続けている。

ドリーマーの記憶映像を一緒に見てからというもの、ヘリアンの挙動不審に隠れていたがずっとこのありさまだ。

 

「な?!ハッキングか!!?」

 

「いや、そんなんじゃないねこれ。マインドマップは正常よ、ほかのプログラムもね、だから手が出せなくて」

 

「あ、失敗してる」

 

驚くヘリアンとペルシカをよそに、何か飲み物の入ったボトルとコップを乗せたトレーを持って部屋に入ってきたM14がそれを見つけた。

彼女も護衛としてここにいたのだが、飲み物を取りに行くために隣室の給湯室にいたのだ。

 

「M14?これがわかるのか」

 

「えぇ、ちょっと刺激が強すぎたんですよ。まぁこのくらいならなんでもありませんのでご安心ください。お飲み物のお代わりをお持ちしましたが、いかがです?」

 

「あ、あぁ、ありがとう。私が持とう、なんとかできるか?」

 

「では、少し失礼」

 

トレーをヘリアンに渡すとM14はぶつぶつつぶやくFALと9A91の前に立つと、両手でそれぞれの鼻を摘まむ。

あ、これはあれだ。ヘリアンは学生時代を思い出し、無邪気な自分たちのくだらないおふざけを思い出した。

 

「上上下下左右左右!!」

 

「「いたたたたたたたたっ!!?」」

 

ニコニコ微笑むM14の握撃と引っ張り攻撃にFALと9A91の悲鳴が響く。それで正気に戻ったのだろう、暴れる彼女たちの瞳は先ほどまでの汚泥は消えていた。

引っ張ることたっぷり30秒、M14から解放された二人は各々鼻をさすりながら顔を上げて首をかしげる。

 

「私、なにしてたの?」

 

「うーん、頭がなんか、くらくらしますぅ」

 

「二人ともしっかり、思いっきり持ってかれてんじゃない」

 

「あら?イチヨ、いつの間に?」

 

「私さっきまで指揮官の横に…」

 

どうやら記憶すら飛んでいるらしい二人に、M14は小さくため息をついて二人の額にデコピンする。

 

「もう、だからやめといたほうがいいって言ったのに。未経験者がモンスターの映像見るとか下手すれば直葬案件なのよ?」

 

「モンスター?あ!そういえば、あの足が骨の奴を見てから記憶が…」

 

「わ、私もです!」

 

「もうガチじゃない、直葬されかけてる」

 

だから見ないでって言ったのに、と肩を落としてため息をつくM14。

 

「彼女もアウトサイダーか」

 

ヘリアンは彼女の端子カバーが無いきれいな首筋を見つめてつぶやく。外部接続用の端子を持たない改造戦術人形となれば、この基地では指揮官の相棒たちだけだ。

 

「すみません、不甲斐ないところをお見せしまして」

 

「いいや、あれを見たらな…君は、平気なのか?」

 

ヘリアンは病棟で静養している現場チームの面々を思い出す。

イングラムM10、Vz61スコーピオン、一〇〇式機関短銃、SuperSASS、M4A1の四名はペルシカ曰く、悪夢に悩まされているらしい。

全員が夢を見たのだ、詳細は違うものの昨日の夜はグリムに襲われる夢を見てひどくマインドマップに負荷がかかっていたらしい。

対鉄血戦闘を数多く潜り抜けてきた歴戦の部隊が一度の交戦でこのありさまだ、どれほどの地獄だったのかは想像すらつかない。

だが、このM14は平然としていて普段と変わらない行動取っている。

彼女もまた現場で陣頭指揮を執り、一〇〇式とスコーピオンをかばいつつマチェットと愛銃で大暴れしていたにもかかわらずだ。

 

「そりゃ慣れてますからね、それよりここにいていいんですか?」

 

「あぁ、指揮官がまだ話している。彼の説明を受けなければならん」

 

「そうですか。でも、覚悟は必要ですよ?」

 

そんなことすでにできている、そう返すとM14はそれ以上何も言わなかった。

 

 




あとがき
後始末回スタート。遅くなって申し訳ありません、話がね、うん。
まずはドリーマー、現在はU05の隔離病室にて静養中。
本人には敵意なし、指揮官の素っ頓狂な言葉にすっかり毒気が抜かれた模様。
それに付随して指揮官やその嫁がよく言っていたクリーチャーとモンスターの違いも軽く説明。
簡単に言えばクリーチャーはまだ常識の範疇、モンスターはいろいろ理不尽と考えてくれればよろしいかと。
どっちも化け物なので大概理不尽の塊ですしそのくくりの中にもいろいろ種別はありますけどね。
そこはまた今度ということで。






ミニ解説

ドリーマー・ロストナンバー
鉄血製戦術人形のハイエンドモデル『ドリーマー』のうちの一体。
かつてはU地区にてU05基地ともぶつかり合った猛者の一人だが、鉄血内部ではすでに廃棄処分されているロストナンバー。
U08基地にて捕らわれ、ウロボロスによって様々な実験に利用されていた。
U08地区にはウロボロスの救援要請を受けて赴き、常識外の怪物と戦うウロボロスと共闘。
怪物を撃破することには成功したものの、疲弊したところをウロボロスに裏切られて捕らわれた模様。
鉄血中枢とのリンクは切られており、電脳破壊措置を受けてしまっているため重要機密類は処分された上に記憶領域に損傷がある。
またウロボロスに捕縛され、受けてきた実験での損傷や劣化もひどく人形としての性能は著しく低下している。
現在はU05基地にて収容、隔離処置を取られている。移送時期は未定。



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第2話・人形没落の日2

お待たせしました、代わりに少しボリューミーなので許してください。
今回もグロさ一択、結構エキセントリックしてるけど怒らんといて?


ヘリアンは目の前で流されている映像があまりにも信じられず、なんでこんなことになったのか現実逃避気味に思い出していた。

発端はU08基地の偵察に送り込んだU05部隊からの報告書。

支部上層部には一笑に付され、マクラファティ支部長から渋い顔で回されてきたこれがすべての発端だ。

鉄血ハイエンドのドリーマーを確保、これは良い。しかも損傷しているとはいえAIもろともというのがうれしい話だ。だがそれ以外の情報があまりにも骨董無形過ぎた。

そのドリーマーは実験材料としてひどい暴行を受けておりAIに変質が見られ、プログラム類には強制消去の痕跡もありまだ稼働しているのが不思議なくらいだった。

U08基地は鉄血の実験場にされ、内部では密輸されたミュータントの非人道的な研究が秘密裏に行われていた。

しかしおおよそ一週間前、新しい実験の過程で施設が破損し、キメラおよびその他ミュータントが流出してバイオハザードが発生。

ウロボロス及び守備隊、居合わせたエージェントはこれを抑えることができず、撤退を開始するもかなわず全滅。

それを知らないU地区支部は偵察隊を連続して派遣、基地を縄張りにしたキメラたちの良い材料となり大半がグリム化、また複数の危険なミュータントが脱走した。

当該基地のグリムは駆逐、上位種の移動痕跡は発見できないが実験の痕跡からして汚染は確実であるため、政府に連絡し当該地区および周辺の滅菌処分を推奨。

鉄血にミュータントを流したあるいは横取りされた密輸組織のさらなる調査が必要。という報告をU05基地から受けたときは耳を疑った。

 

(だがこれは、現実味がなさすぎる)

 

U05基地は臨時雇用の指揮官と少ない戦力ながら、本部からは精鋭として見られている特殊な基地だ。

ヘリアン自身も彼の戦績は評価しており、この地区に来る原因になった以前の仕事からして実力もあると確信していた。

鉄血の攻撃がS地区に集中するまでの間、囮として矢面に立たされながら負傷者こそ出しても欠員を出さずに乗り切った実力はこの戦力不足の中ではぜひ欲しいと考えていたのだ。

しかしその指揮官が自ら率いた歴戦部隊はほぼ壊滅、精神ダメージにより現在は病棟で治療を受けている。

さらに持ち帰ってきた資料がグリフィンとしては信じられないものばかりであったら話は別だ。

しかも政府に掛け合って地区を丸ごと滅菌処分、戦略爆撃による焼却処分と正規軍による殲滅作戦という最終手段を提案して来た。

いくら何でも突拍子がなさ過ぎた、そのためヘリアンはM4も深手を負ったと聞いて飛び出したペルシカに同行し、U05まで自ら乗り込み現状を知ることにしたのだ。

そこで彼から現状を直に説明され、U08基地から回収した映像フィルムの中身をこうして延々と見続けているのだ。

この映像を見ればわかる。この実験を目の前にして笑っているウロボロスの声からして理解できる。

楽しそうに、無邪気に、そしてやりがいを感じた高笑いだった。

今流されている映像の、U08基地に作られていたらしい実験室の中で一体のリッパーがもがき、床をのたうち回っている。

周囲のリッパーがその様子に首を傾げ、上位機体のウロボロスに問いかけるがウロボロスは答えない。

 

「ひっ!?」

 

護衛として同行していたFN小隊のFNFALが、小さな悲鳴を上げた。

リッパーの口から噴き出すように、ゴキブリとフナ虫を合体させたような虫の群れが噴出し地面を這いまわり、宙を舞う。

その虫たちは標的を定めるかのように少し時間を置き、周囲で唖然としていた他のリッパーたちに襲い掛かった。

彼女たちの口、鼻から続々と体内に侵入し、体に張り付く虫たちを叩き落としながら苦しむ彼女たちを次々と昏倒させていく。

室内はパニックになった、初撃を逃れたリッパーが一人ガラス窓に飛びついてバンバンと叩く。

だが誰も彼女を助けない、絶望した表情を浮かべるリッパーの口をこじ開け、虫が体内に侵入した。

苦しみ、もがきながら助けを求める彼女の表情を最後に、その映像は一度途切れた。

 

「これがU08で行われていたことの一部です、続きをご覧になりますか?」

 

映写機を動かしていた指揮官が不機嫌な声色を隠すことなくヘリアンに告げる。

 

「頼む」

 

「わかりました」

 

画面が早送りになり、昏睡して倒れた人形たち体から虫が数匹出てくる。するとその虫は、彼女たちを思い思いの場所に移動させて何か繭のようなもので覆い始める。

ガラスを叩いていたリッパーの体も、元凶となったリッパーもまた、映像の中で肉の繭に包まれていく。

映像が再び早送りになり、次々と被害者たちの体が肉の繭に包まれていき、やがてコクーンとなった。

そしてまたしばらく早送りになり、コクーンが破裂した。

そこに立っていたのはぼろきれとなったリッパーの服をひっかけた、ヒョロヒョロで長身のキメラ、グリムだ。

 

「くっ…」

 

コクーンから生まれたグリムがぎょろぎょろとあたりを見回す映像に、ヘリアンは目を背けたかったが何とか堪える。

そのグリムがうろつく室内にまたリッパーが放り込まれ、それを見つけたグリムに襲われて八つ裂きにされる。

今度はP7が中に放たれる、汚れていたが五体満足なシスター服の彼女はぽかんとしていて現状を理解していない。

その彼女を背後からグリムが襲い掛かった、咄嗟に前に屈んで前に飛び出しつつターンで振り向く。

そこで一瞬だが彼女の動きが鈍った、鉄血のIFFとはいえ見た目がおぞましい敵に電脳がエラーでも吐いたのかもしれない。

その隙をほかのグリムは見逃さなかった、別のグリムのタックルで押し倒され、悲鳴とともにP7も八つ裂きにされた。

生体部品を貪り食われ、機械部品を分別される。そのさなかに今度はドリーマーが放り込まれた。

ひどくやつれたドリーマーは、グリムを見た途端怯えて逃げようとするが逃げられずにつかまり、床に押し付けられる。

やつれているとはいえ鉄血ハイエンドの身体能力はすさまじいはずだが、グリムは意を返すことなく押さえつけている。

今までの場合、このまま八つ裂きにされるのだが、グリムはドリーマーを見聞するように見つめると聞くに堪えない奇声を上げた。

起用に両足で彼女を押さえつけ、ドリーマーの馬乗りになったグリムは彼女の目の前で自らの腹に己の腕を突き入れた。

 

「っ!?」

 

ぐちゃぐちゃと体内をかき回し、腹から噴き出る体液がドリーマーを汚す。息を荒げるグリムは、寄生を上げながら腹から肉の塊を引き出した。

まるで内蔵のような何か、それを見てドリーマーは目を見開き叫び声をあげて狂乱する。その開いた口に、グリムはその肉の塊を押し込んだ。

暴れる彼女の口をこじ開け、無理やり口の奥にその肉塊を何度も何度も押し込んでいく。

ドリーマーの口から半透明な何かボロボロとこぼれて転がる、カメラが勝手にズームしその虫の卵をアップにした。

 

「も、もう無理!」

 

「トイレは左奥だ」

 

FN小隊の中で最後まで残っていたFNFALが席を立ち、両手で口を押えて部屋から飛び出していく。

己の腹の中身をほぼ押し込んで仕事を終えたグリムが力尽き、死体をほかのグリムが引き裂いて分別を始める。

別のグリムに死体の下からひき釣り出されたドリーマーは、わずかに膨れ上がった腹部を触り絶望した様子で涙を流した。

さらに映像が先送りされ、今度はグリムに押さえつけられたドリーマーの前にリッパーとMP40が投げさらせる。

続いてイェーガー、SKS、ヴェスピッド、TAR-21、ガード、ルガーP08が室内に投げ出された。

映像にIOP製と鉄血製の変異の差異実験と題されたフリップボードがかざされ、ウロボロスの合図で伏せられる。

その異様な様子にMP40達IOP組は呆気にとられ、鉄血組は上司のウロボロスに問いかける。ウロボロスは答えない。

ただ熱心に紙に何か書いていて、その目は実験場の全員をただの動物としか見ていないようだった。

ドリーマーがうめく、全員逃げろと。だがそれを理解できる人形はいない、別の映像で顛末を知るヘリアンと指揮官、映像の中のドリーマーと研究員以外。

腹部が脈動し、苦しみもがくドリーマーの口からあふれ出たクロウラーが人形たちに襲い掛かった。

指揮官が映像を早送りし、コクーンとなった人形たちを世話するグリムと隙を見て回収される気絶したドリーマーが早回しで動く。

グリム達の動きが徐々に理性的になり、破壊された戦術人形の部品や自分の体から引きずり出した部品で何かを作り始める。

いくつかの部品はコクーンに突き刺され、何かの調整器具のようでグリムは時折操作する

さらに別途で組まれた装備は背中に取り付ける何かのようで、いくつも棒が突き出した不格好な何かだった。

それをグリムは調整を受けたコクーンから生まれたより洗練された肉体を持つキメラの背中に押し付け、搭載した。

IOP、鉄血どちらも調整されたコクーンから生まれた新型にそれをグリムは張り付けていく。

 

「大きいのがハイブリッド、キメラの歩兵です。小さいのがメニアル、メカニックであり縁の下の力持ちです。

ここまでくるとグリムどころの話じゃない。幸い、実験室の個体は鉄血のフェイルセーフにより全滅していました。

U08全域にジャミングによる蓋がされていましたからクロウラーの拡散も防げたでしょう。ですが、楽観はできません。

クロウラーは何とかなってもほかの奴らは逃げた可能性が高い、グリムにも変わり者が居た可能性もある」

 

「ほかのミュータント?」

 

「報告書にも書きましたよ、あそこは事故を起こして一週間ほどですがそれ以前から小物の脱走やらといくつかやらかしてる。

あそこにいたのはキメラだけじゃありません、ラーカーやゲッコー、ローチなどは特に増えやすい。

ほかのやつらも縄張りを作っているでしょう、寝床が整えば数を増やし始めますよ」

 

キメラたちの動きは規律を持ち始めた。実験場の中で何かを探り始め、そこでフィルムは終わった。

ヘリアンは落ち着かない脳裏によぎる嫌な感覚を落ち着かせるために水を飲もうとして、コップが空なことの気づいた。

 

(飲んでいたのか、いつの間にか)

 

相当に参っている、ヘリアンは改めで自分が極度の緊張状態に置かれていたことに気が付いた。

ライブラリアンと武装人形の戦闘、武装人形を相手にしたウォッチャーやランポスの狩りから始まった映像資料。

ウィラメッテホーネットに寄生された人形の生態、ラーカーの巣穴に放り込まれた武装人形たちの戦闘。

先ほどのようなドリーマーを相手にした様々な非道の実験、薬物実験や女性の尊厳を破壊するものまでありとあらゆるものをだ。

そんな奴らがこのU地区を中心に繁殖を始めているというのか?あまりの骨董無形さに笑いたくなった。

 

「発見が遅すぎた、もうだいぶ根付いていると考えられます。この地区、あるいはグリフィンの制圧地区ならばなんとかなるかもしれません。

ですが十中八九、鉄血支配領域にも侵入しているでしょう。

鉄血がどこまでヤツラを脅威と考えるかもわからない、手出ししてこないから捨て置くと判断したら最悪だ」

 

「なぜだ?奴らは凶暴なのだろう?鉄血が放っておく理由がない」

 

「鉄血がちゃんと判断できるならこんな馬鹿な真似はしなかったはずだ!」

 

指揮官の語尾が跳ね上がる。

 

「すみません、ですが、あり得る話です。ヤツラは凶暴ですがそれも場合によりけり、化け物すべてが敵になるわけじゃない。

腹が減って凶暴になるのもいれば、縄張りにうるさいタイプもいる、こっちが手を出さなきゃ縄張りにいようがお構いなしとかもね。

例えばこのライブラリアン、大変強力で襲ってくると手が付けられませんが非常に慎重なクリーチャーです。

決して無理をするタイプじゃないし、静かな場所を好むので縄張りにこちらから出向かないとまず目にはしません」

 

「つまり鉄血の駐屯地はむしろ避けると?」

 

「少数ならまずそうでしょう、勝ち目がないですからね。突っかかってこなければ無駄に撃つ必要はありません。

そうやっているうちに増えるんです。もしここ最近雨が降っていればまだよかったのですがね。

あいにくしばらく快晴続き、巣作りには絶好の天気だ」

 

「雨だと?」

 

「ヤツラもコーラップスが怖いのです、E.L.I.D化を懸念して安全な寝床から動きません。人間と同じですよ。

クリーチャーやモンスターとて、コーラップスに侵されれば最後にはE.L.I.D化します。

ロシアでのキメラの侵攻はそれでとん挫したようなものですからね。

そもそも正規軍が相手をするE.L.I.D感染者の何割かはそいつらの成れの果て、ぱっと見は変異体なので区別はつきませんが」

 

ヘリアンは正規軍から回されてくる最新のE.L.I.D対応マニュアルに付属していた、新種の画像を思い出した。

人型ではない異形の変異体、それ自体は依然から確認されていた個体だがその中にはあまりに逸脱した個体もいたはずだ。

U08で死体が確認されたイャンクックと呼ばれるモンスターに酷似したドラゴンタイプもいた。

 

「ほかのフィルムもご覧になりますか?」

 

「もういい、やめてくれ…」

 

「承知しました、では本部で続きを。あと私の持つデータもお渡ししましょう、私見もありますが役に立つかもしれません」

 

ヘリアンの苦しげな言葉に指揮官は軽く肩をすくめて映写機からフィルムを取り外す。

鉄血の資料室から押収したフィルムは、古典的すぎる研究用の高解像映像フィルムだ。

このことからもウロボロスは、この実験を鉄血内部にすら秘密にしていたことがうかがわれる。

情報の機密性を保つために、あえてこんな古い機材を使っているのだ。

見るためにはフィルムがなければならない、そして現物は基地にしかないならどうにかして盗み出すしかない。

甘かった、こうなった以上は正規軍との交渉もあるのだから情報は知っておくべきだと軽く考えた自分がバカだった。

 

「最後にこちらをご覧ください」

 

指揮官はさらに別のフィルムを映写機に取り付け、再生する。そこには様々な機材が新しく備え付けられた実験場が映し出されていた。

映像の題名は『キメラ拠点おけるキメラの生態系』つまり実験場にキメラの拠点をあえて作らせて、それを観察しているのだ。

 

「キメラの小型拠点、よくあるキャンプです。武器製造、整備、キメラ改造、すべてをコンパクトにまとめた傑作だ。

もし奴らと出会ったら探してみてください、きっと助けになる」

 

「…よくあるのか?」

 

「えぇ、弾薬補給にぴったりで武器も見つけられるし稼ぎになる。こういうのが大体転がってますからね」

 

指揮官はフィルムを止め、丁寧に証拠物品保管トランクに締まってから別のトランクを机の上に置いて開く。その中には2丁の見慣れない銃器が収められていた。

 

「これは?」

 

「キメラ製ハイテク銃です。左がブルズアイ、右がオーガー、U08で発見しました。ここじゃめったに見られません」

 

「あの化け物は自分で武器を作るのか?信じられない」

 

「えぇ、お渡しするフィルムにはその様子も記録されています。あとでご覧になってください、そのうえで、どうか」

 

指揮官は静かに、言葉少なに頭を下げる。黙ってヘリアンはうなずいた。

そうする気力しかない、今の自分はきっとひどい顔をしているだろうと心の隅で感じていた。

 

『すごい、すごいぞ!勝てないわけだ、強いわけだ!レベルが、経験が違うんだぁ!あっはっは!!』

 

自分のダミーがライブラリアンに八つ裂きにされ、バラバラにされていく様を見ながらウロボロスは笑う。

それはあまりにも純粋で、恐怖を覚えるほどに透き通った喜びと興味の感情にあふれていた。

最初は危機感からの研究だったはずだ。ハイエンドキラー、U05基地の強さを知るためにやり始めたはずだった。

だがその理由は、ウロボロスの暴走が始まったことで変質しただの言い訳になってしまい鉄血の上層部すらも欺いて、このざまだ。

あの何か使命を見つけた年頃の少女のような彼女の声がヘリアンの頭から離れなかった。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

M4達が化け物にやられた、U05基地にその事実はすぐに広まった。

ヘリの安全確保に尽力していたM3とM2HBから伝えられたヘリポート防衛の絶望感、なにより鉄血が新たな敵を呼び込んだという事実が基地に大きな衝撃を与えていた。

この基地に所属するG11もその一人、普段は基地外周の監視所を寝床として寝ながら仕事をする彼女だが非番の今日は自主的に屋外射撃訓練場に来ていた。

普段ならば思うままに眠っているが、仲間がやられたとあってはそうもしていられない。

落ち着かない気持ちを静めていつでも出られるようにしよう、そう考えて食堂で軽食とお菓子、飲み物を数本買って撃ちまくることにした。

 

(あー、でも考えることはみな同じ、か)

 

リゾート施設時代に作られたクレー射撃場を改修して作られた屋外射撃場にはすでに先客が2人いた。

誰もが暴徒鎮圧プログラム設定で的を出し、自走型ロボが映し出す迫りくるホログラムの的を片っ端から撃ちぬいて破壊していく。

どう考えても迫りくるグリムの群れに対応するための自主練に他ならない。考えることはみんな同じなのだろう。

これからまた厄介なことが起きるに違いない、それも指揮官たちが身を置いてきたような戦場がやってくるかもしれないからだ。

 

「隣いい?」

 

「G11?そうか、君もか」

 

「まぁね」

 

空いているブースに入り、隣でスコアを睨んで渋い顔をしているSVT-38に一声かけてから準備をする。

端末で選ぶのはみんなと同じ暴徒鎮圧プログラム、本来は迫りくる暴徒に対して銃口を向けて随時威嚇していくものだ。

迫りくるホログラムの足元か非殺傷部分を狙い、ビビらせて退散させるというのが本来の目的である。

しかし今は違う、G11は愛銃に弾倉を取り付け、装填用コッキングピースを回して装填。

ブザーが鳴り、難易度最高でホログラムが無数の人型を映し出す。それを容赦なくG11は射殺した。

警告が鳴り、スコアがマイナスになる。G11はそれに構わず次々と的を撃ち、人の群れをどんどん倒していく。

弾がなくなれば再装填し、次々と撃っていく。しかし仲間との連携がなければ長くは続かない。

あっという間にホログラムを投影する自走型ロボが規定位置に到達して訓練終了のアラームが鳴り響いた。

得点は堂々の赤点、マイナスだがそれは全く問題ではない。どれだけ倒せたかが問題だからだ。

 

「同じスナイパーとして、君の銃がうらやましいな。私はすぐに息切れしてしまう」

 

「私はアサルトライフルだから、でもやっぱ数で押されたら長く持たないね」

 

結果は赤点、一人倒すのに3発撃ち込み続けたが大体15人ほど倒したところで自分は八つ裂きにされていた。

やはり銃の特徴的な装填方式がネックなのだろう、G11はケースレス専用弾ということもありかなり特異なタイプだ。

これが実践ならば仲間のフォローもあるのだからもう少し長生きできるはずだが、現実はそう甘くないに違いない。

 

「私なんてこれでは全く不向きだ、銃剣をつけるべきかな?」

 

SVT-38は、冷却中の愛銃を静かに障る。装弾数10発のセミオートライフルでは確かに分が悪い。

 

「どうかな、付け焼刃は怪我の元だよ?」

 

「それでもさ、イングラムの話では指揮官はマチェットだけでバサバサ切り倒しまくったって話だ。

グリムは力こそ強いが軟なんだろう?銃剣でついてやれば倒れてくれないかな?」

 

「そもそも大群相手に近接戦するほうがきついよ、一体相手にしてる間に他の奴に絡まれておしまい。あれできるの指揮官達くらいだよ」

 

思い出すのは自分も見たことのある指揮官達の近接戦闘、鉄血の近接特化戦術人形のブルートが大部隊で攻めかかってきたときだ。

両手に握ったエネルギーナイフを巧みに操るブルートたちを難なくいなして指揮官達は手持ちの近接武器で難なく殲滅してのけた。

指揮官とM14はマチェット、P38は片刃の直刀、M1895はナイフ、M1911はハンマー。

戦術人形らしい戦闘技術を持ち合わせたブルートを難なく切り裂き、叩き潰し、首を刎ねまくっていた。

 

「やはりそうか、なら別の方法か…」

 

SVT―38は小さくため息をつき、ブース内にたたまれたパイプ椅子を広げて座る。

G11も同じように座り、持ち込んだコーラを口にしているとSVT-38のブースの向こうから声がかけられた。

 

「なら手榴弾投げまくるのはどう?」

 

「手榴弾ね、でもモノによらないか?」

 

ブースの仕切りからちょこりと顔を出しているMG34の提案にSVT-38は問い返す。

 

「焼夷手榴弾かな、燃やしちゃったほうがいいと思う」

 

「燃やすか、なるほど。なら火炎瓶はどうだ?ほら、前使ったあれだ」

 

「あ、あれ!あれなら着発で一気に燃えるからいいかも」

 

SVT-38の言葉に思い出したのかMG34はうなずく。G11もその手製火炎瓶のことを思い出して合点がいった。

旧来の火炎瓶ではなく、電気着発信管を使った現代版火炎瓶だ。旧来の物のように口をふさいだ布に自分で着火する必要がなく、信管を起動すれば勝手に火が付くので手榴弾と同じ要領で投げられる。

材料も空の瓶と可燃物、ジャンクの電子部品とバッテリーだけで作れるので任務の時に時折作って使っていた。

 

「でもさ、あいつらって火を怖がるの?」

 

「怖がりはするぞ、火炎放射器は効果てきめんだったそうだ」

 

「ならいざというときは―――」

 

「ならファイアウォールなんかもどうです?」

 

割り込んでくる声にG11がブースから首を突き出すと、隣のブース手前にガンケースを抱えた指揮官のワルサーP38、サラの姿があった。

デフォルトのP38とほぼ変わらない容姿だが、アイドル云々を言わない大人びた立ち振る舞いと左腰に差した日本刀のような片刃の直刀が彼女の特徴だ。

 

「専用のナパームシェルを使うショットガンみたいなもんですね。地面に横一線にシェルをばらまいて炎の壁を作るんです」

 

「直接撃ち込んだほうが早くない?」

 

「もともと緊急回避用のサブウェポンとして開発されましたからね、炎を怖がるのには効果てきめんで結構売れ筋ですよ?」

 

「それがそのファイアウォール?」

 

「いいえ、これは鹵獲品ですよ」

 

「どこの?」

 

「キメラのです」

 

聞き捨てならない言葉だ、グリムはあくまでキメラの一種であって他にも銃を使う種類がいるとはすでに耳にしている。

G11はブースから身を乗り出してP38が持ちこんだケースの中を覗き見た。

 

「サラ、これ何?新型?」

 

「ブルズアイとオーガーです、キメラのいつものですよ。一応テストしなくちゃならなくて」

 

P38が取り出した見たことのないメタリックで機械的な造形を持つライフルを見て、G11はまず新型武器だと考えた。

しかしP38はそれを笑って否定し、銃下部の挿入口にバッテリーを取り付け、銃の安全装置を解除する。

小さく銃が稼働する機械音が鳴り、銃の各所についている赤いランプが光を灯した。

 

「これはブルズアイ、キメラのエネルギー式サブマシンガンです。装弾数50発、副兵装は追尾タグです」

 

「追尾タグ?」

 

「ま、見ててください」

 

レーン内部の端末を操作して訓練メニューを選択し、P38は慣れた様子でブルズアイを構える。

ブザーが鳴り、実物型の訓練的が地面から顔を出した。人間の上半身を模した的を、P38はブルズアイでどんどん破壊していく。

ASSTによるアシストもなく、自分に最適化された武器でもない銃でも彼女の動きには全く陰りがない。

 

「なかなかの火力、でも弾速は少し遅めかしら」

 

「狙撃には向かなそうだな、だいぶばらけている。火力で押すタイプか」

 

「うん、まぁこんなもんでしょう。お次はこう!」

 

メニューが変更され、訓練的が左右に高速で横振りされながら前後に動き出す。高速起動を行う敵を模した訓練メニューだ。

弾速が遅めのブルズアイでは厳しくないだろうか、G11はサラがどうするのか興味が出てじっと見ていると彼女はブルズアイのセレクタースイッチを一度操作して再び発砲。

飛び出した一本のレーザーが的に着弾し、わずかに発光しながら付着して的と一緒に揺れ動く。

次いで発砲、再び打ち出された球体型のエネルギー弾はわずかにまっすぐ飛び出して軌道を変えて的に殺到した。

 

「追尾機能!?」

 

通常射撃よりも幾分か速い速度で殺到するエネルギー弾に、的は瞬く間に細切れにされていく。

そのさなかにも的は高速軌道を繰り返すのだが、動きに沿って軌道を修正するエネルギー弾は外れることなく突き刺さる

 

「と、このように追尾タグを打ち込むと撃った弾がタグに向かって殺到します。持続時間は一マガジン撃ち切るくらいですね。

くっつけられたら速攻で身を隠しましょう、一気に肉塊になるまで撃ち込まれちゃいますよ?

ちなみにタグは除去手段がありません、効果が切れるまで耐えましょう。じゃないと死にます」

 

「なるほど、これはタグをどう使い分けるかが重要ね」

 

「その通り、通常射撃と追尾タグをどう使い分けるかが肝、通常射撃も威力は十分ですがタグを使いこなせばもっと使い道が広がります。

カーチェイスにももってこい、近づいたら適当にタグをつけて穴あきチーズにしてやりましょう!お次はこれ!」

 

どうやら気分が乗り始めたのかサラは上機嫌になり、ブルズアイを箱に戻すとオーガーと呼ばれた銃を取り出す。

 

「これもまたキメラ製、貫通型エネルギーライフルです!狙われたら?避けろ」

 

「どういう意味?」

 

「見ててください」

 

P38がブース内の操作盤を操作すると、自走型ロボ2体がP38のブースの前までやってくる。

彼女は自走ロボのアームに、もう一つの保管ボックスから取り出した合成生肉の塊を一機につき二つ吊るすと10メートルほど離れさせる。

そしてもう一度操作盤を操作し、地面から遮蔽物としてコンクリートの壁を出して的の自走ロボを隠す。

さらに見えやすいようにブース背後の共有スペースにある電子パネルに射撃場を横から撮ったカメラ画像を映した。

 

「さてみなさん、このオーガーなんですが少し特殊です。こんな感じに」

 

P38がオーガーを構え、コンクリート越しに的の生肉を狙うようにして適当に射撃する。

その射撃にG11は疑問に感じたが、それを質問する前に命中したコンクリートの異変に気付いた。

 

「弱くない?」

 

「焦げただけだな、貫通してないぞ」

 

「弾も遅いですね、正確ではありますけど」

 

ビシュンビシュンと撃ちだされる金色のエネルギー弾は目視で躱せるほどに遅く、当たったコンクリートにも多少の焦げができるほどであまり削れていないので威力はなさそうに見える。

 

「そうですかね?さ、皆さん後ろをご覧ください!それですべてがわかります」

 

P38に従い、射撃レーン横からの視点を映し出す壁のモニターを見る。

再び画面の中でP38が射撃を始めて、金色のエネルギー弾が発射されコンクリートの壁に着弾する。

すると、反対側で異変が起きた。コンクリートの向こう側で金色も波紋が広がり、わずかにタイムラグを置いて金色のエネルギー弾が飛び出したのだ。

その弾は狙いを過たず肉を撃ちぬいた。さらにそれに呼応して自走ロボが自走してランダムに場所を変える。

だが、その位置をP38は背後のモニターを見ることなく狙って当てて見せたのだ。

 

「貫通ってこういう事か!どんな技術だ、それになんだあの射撃、まるで見えているようだったぞ?」

 

「はい、38さん鋭い!なんとこのオーガー、単純な無機物なら貫通します。複雑な機械とかは壊しちゃうんですけどね。

弾速は遅いし射程はやや短めですが貫通力は折り紙付き!さらに壁の向こう側をある程度透視できる視覚補助機能『オーガービジョン』搭載しているのです!

半信半疑ですか?でしょうね、ならば試してみてください!」

 

ほらどうぞ?とP38はオーガーを差し出してくる。一瞬の逡巡が互いの間に満ちた。

興味深い、P38が変なことをするとは思えないし、やってみる価値はありそうだ。

 

「わかった」

 

G11はオーガーを受け取り、P38がどいたブースに入る。

 

「ブルズアイもそうですが、照準は網膜投影式です。構えてみればすぐにわかりますよ、普通の銃の様に狙ってみてください」

 

P38の言うとおりに構えてみる。いつもの銃とは違う、ASSTが反応しない銃を使っているちょっとした違和感と頼りなさがある。

スコープを覗くように銃身に沿って狙うと一瞬のわずかな違和感の後、見える景色にカメラの撮影画面のようなものが被さった。

P38のいう網膜投影式の照準器なのだろう、目に少し圧迫感を感じながらコンクリートの壁の向こうに狙いを定める。

 

「見える、黄色い影になって見えるよ!」

 

壁の向こうで絶え間なくゆらゆらと位置を変える自走ロボとそのアームにつるされた肉が黄色く投影されていた。

 

「はい、オーガービジョンは壁の向こうの敵を黄色い影として投影し位置を教えてくれるのです。

見えるのなら届くという意味ですので、その状態で撃ってみましょう」

 

P38の指示で自走ロボが停止する、G11はすかさず狙いを定めて引き金を引いた。

ビシュンという発砲音と同時に感じるちょっとした軽い衝撃は、まるで銃を撃っているように感じさせない。手首だけで簡単に抑制できるほどだ。

 

「大当たり!」

 

一拍おいて貫通した弾が肉を食いちぎる。その様子はG11にも黄色い影として見えていた。

 

「これマジ?38」

 

「マジよ。避けるしかないって、そういう事?」

 

「はい!普通の遮蔽はオーガーの前では役立たず、悠長に隠れてるならただの的ってわけですね。

装甲車両にも効果てきめん、軽装甲ならないも同然、対エネルギー塗料だって一撃蒸発、二射目で貫通!

でもこれにだって限度はあります、単純に分厚すぎる壁とか装甲とかは厳しいです。

戦車の正面装甲、モンスターの外殻とかも抜けないものはあります。何でもかんでもってわけではありません。

そこはオーガービジョンで確認しましょう。貫通範囲は透けて見える範囲だけです、逆に言えば透ければ抜けるのです。

さらにさらに!オーガーの強さはそれだけじゃありません。G11さん、こっちに向かってセカンダリを使ってください!」

 

「え、どうやって?」

 

「あ、セレクターボタンを押して引き金を引くだけでいいです。ほら親指のところです、二人は少し離れてください!」

 

P38の言う通り、親指のあたりにセレクターボタンがついている。それを押して、銃口を床に向けてから引き金を引く。

すると、ハニカム模様の半透明の黄色い壁が現れブースと共有部分を隔てた。

 

「シールド発生装置、なんと内側からの攻撃は透過しますが外からの攻撃はシャットアウトするチート仕様のエネルギーシールドを少しだけ設置します。

発生させるには銃下部の発生装置にあらかじめエネルギーを充てんしときましょう、大体4回使えます」

 

P38が外側からシールドを叩く、音はしないが確かに手が受け止められた。

彼女の言葉が気になってG11もシールドに手を伸ばす。その手は何の抵抗もなくすり抜け、腕を曲げて外側からシールドを触ることもできた。

 

「うっそぉ!?」

 

「持続時間は短いですが、対戦車ミサイルを受けても穴一つ空きません。護衛の仕事にはぜひ一丁!あ、でもオーガーは天敵ですのであしからず!」

 

おおよそ10秒ほどでシールドは点滅して自然と消滅したが、G11の頭の中は自分が握るオーパーツのことで頭がいっぱいだった。

ブルズアイならばまだわかる、正規軍や鉄血の兵器に少し特殊な機能が付加されただけと考えられる。

だがこのオーガーは別だ。これ一丁で今後の作戦や戦闘が一気に変わる。

壁の向こう側を透視し、壁を破壊することなく貫通する弾を撃ちだせる銃、場所さえ選べばやりたい放題にできるのだ。

短い射程と遅い弾速も弾が見えなければよけようがなく、狭い閉所なら補う手はいくらでもある。

さらに銃についたシールド発生装置も魅力的すぎる、持続時間は短いが緊急回避や移動補助にはもってこいだ。

内側からの射撃は貫通するので撃ち返し放題であるし、P38の話であればかなりの強度も持っている。

明らかなオーバースペック、これが対鉄血戦に使用できれば戦いはぐんと楽になる。だが逆に敵が使ってくればとんでもない脅威だ。

なのに目の前のP38は当たり前のように扱い、当り前のように宣伝している。

あまりにありふれた、当り前のように使われている武器としての扱いだ。

 

(待ってよ、それってさ…)

 

「両方とも弾薬はキメラ規格複合マガジンですが、アダプターを用いて人類製ユニバーサル規格に変更の可能です。

鉄血製にも対応、砂塵対策も施してますのでバッテリーとエネルギータンクさえ奪えれば弾切れの心配もありません!

さぁどうです?使ってみません―――ってどうしたんです?」

 

「ねぇ、これ、どれくらい高いの?」

 

恐る恐るG11は問いかける。自分の想像を信じたくなかった、これが当たり前に流通しているなんて考えたくなかった。

高濃度汚染領域の向こう側、指揮官の故郷の危険だけれど和やかな街の想像が崩れ去ってしまう。

 

「価格は結構しますよ、ブルズアイの5倍くらいです。機構も特殊なんで修理とかも、武器職人に頼むと結構持ってかれますね」

 

「そうなんだ、結構珍しいんだね」

 

「そうでもないですよ?」

 

ブルズアイよりだいぶ高い、と聞いて希少品ではあるのかと安心したG11の心は凍った。

世界は厳しいもんだよ、いつか指揮官がしみじみつぶやいていた。

 

「中堅のハンターならその場で使い捨てるくらい見慣れてますよ。私も2丁持ってます、あ、家にですけど」

 

「へぁ!?」

 

「キメラ狩りの時は大体2丁か3丁は回収できますから。ぶっちゃけ買うより拾ったほうが安上がりです。これ機構と能力が売りなんで結構高値で売れるんですよ。

そもそもこういうハイテク武器は精密でもろいところありますから常に部品は買取してますし取引価格も安定してるんです。

キメラってグリムじゃなければ結構良い稼ぎになるんですよ?向こうじゃ貴重なハイテク部品の塊ですから」

 

「嘘だろおい!!」

 

叫んだ、そして頭を抱えるしかなかった。

 




あとがき
なお、オーパーツがそろっていても死ぬときは死ぬのがこの世の中である。はい、大根です。
世界が世界ならキメラは世界を終わらせますのでG11の叫びは間違いじゃない。
けど、この世界では常にE.L.I.Dによる変異が付きまとうのでどんな化け物も危ないのです。
まぁつまり、コーラップスってやべぇなという話ですね。だからキメラもだいぶえぐいことになってます。
人間も人形も似たり寄ったりですけどね、なんだかんだで大体残酷です。







ミニ解説

ブルズアイ
分類・エネルギー式SMG
使用弾薬・キメラ製複合バッテリー、人類製複合バッテリー(アダプター使用)
装弾数・50発(通常)8発(追尾タグ)
出典・RESISTANCEシリーズ
キメラが配備する主力SMGであり、人類製の粒子式ハイテク武器とは異なる系統のハイテク武装。
球体のエネルギー弾を連射するSMG。弾速はやや遅めだが威力は十分、散布界がやや広い。
標準セカンダリ装備として追尾タグ射出装置を装備、タグを打ち込み相手をマークすることで銃撃にホーミング機能を追加できる。
キメラ独自規格の複合バッテリーを使用するが、アダプターを装着することで人類製ユニバーサル規格に対応可能。





オーガー
分類・エネルギー式貫通ライフル
使用弾薬・キメラ製複合バッテリー、人類製複合バッテリー(アダプター使用)
装弾数・22発(通常)4発(シールド)
出典・RESISTANCEシリーズ
キメラが配備する強力な貫通エネルギー弾を発射するライフル。
撃ちだされたエネルギー弾は、簡素な無機物(ただの壁など)を破壊することなく貫通して目標に着弾する。
弾速は遅く、連射も遅いが散布会は小さく正確な射撃が可能。
さらに強力なエネルギー放射により遮蔽物の向こうを視認できるオーガービジョンによってその能力をさらに高めている。
貫通できる範囲はオーガービジョンに見通せる範囲のみであるため、遠距離射撃には向かない。
セカンダリ武装としてシールド発生装置を装備、最大で大人二人が隠れられる大きさの黄色いハニカム模様の特殊エネルギーシールドを10秒ほどその場に展開する。
シールドは展開場所により勝手に範囲を決定するので周囲の物体を破壊しない。
このシールドは外部からの攻撃は遮断するが、内部からの攻撃はいかなる種類も透過するので一方的な攻撃ができる。
しかしオーガーのエネルギー弾はシールドを貫通するので注意が必要。
エネルギー弾は物質を貫通するほど威力が増加する特性があるが、その理由は不明。


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第2話・人形没落の日3

グダグダしゃべるだけ、あとうちのAR-15はフリーダム枠。


 

これが食欲がなくなるという事か、FN小隊のFALは椅子に背中を預けて忌々しい太陽を見つめながら毒付いた。

U08基地の日当たりのいいカフェテラスでグリフィン内でもエリートと称されるFN小隊のメンバーはげっそりと表情を曇らせていた。

普段から緊張癖のあるFN49はすっかり血の気の失せた表情で机に沈み込み、FNCは心ここにあらずといった調子でクッキーを無心で口にし続けている。

FALも同じようなものだ、二人よりも場数を踏んだおかげで少し余裕があるというだけですっかり参ってしまっている。

ヘリアンの護衛としてこの基地にやってきたのだが、証拠品の見分で全員が見事に撃沈したのだ。

あれはない、いくらなんでもあれはない、FALは隊長としての意地も捨ててぐったりと背もたれに身を預けて空を仰いだ。

 

「私たち、あれと戦う羽目になってたかもしれないんだよね?」

 

「も、ももも、もし、この基地が先発じゃなかったら、きっと」

 

「やめて…」

 

考えたくもない、FALはFNCとFN49の言葉を遮る。一つ違えば自分たちが死んでいたと容易に想像できるからだ。

しかもただ死ぬのではない、最悪の場合グリムの仲間入りをして再生された自分と戦う羽目になっていたかもしれない。

そしてそれがエンドレスで続くのだ、本部や支部が異常と考えない限り。支部偵察隊はそのパターンだった。

 

「で、でもですよ、あ、ああ、あれがもし拡散してたりしたら、私たち、戦えます?」

 

「専門家に任せたいところね」

 

無理だ、FALはすぐに悟った。あるはずのない、動いているはずがない自分自身のIFFを持つ化け物を見て冷静でいられる自信がなかった。

撃つことはできる、戦うことも難しくない、むしろ簡単な部類のはずだ。でも勝てない、初動で確実に負けてしまう。

なぜなら相手が自分だとわかるからだ、自分の成れの果てだと確実に理解できてしまうから、思考がエラーを起こしてしまう。

テロリストなどに体を鹵獲され、再利用された例ならばいくらでもある。しかし、それはあくまでジャンクの再利用に過ぎない。

AIもそれを理解したうえで対応できる。しかし、変異した人形相手では勝手が違う。

変異した自分は生きている、例え化け物になっていたとしてもIFFは死んでいない。U08でも生死不明の信号を放ち続けていたそうだ。

その相手を撃とうとすれば、同士討ちとして安全装置が作動して発砲できない。その動作がAIと疑似感情モジュールに恐怖として刻まれる。

その一瞬の隙、その一瞬の判断で負けるのだ。戦闘用の機械である戦術人形が、並の人間よりも高性能であるはずの人形がだ。

機械的に、感情的に、瞬時の判断で迷う。その一瞬が化け物相手には致命的だ。

U05部隊の面々でさえもその恐怖に飲まれかけた、支部偵察隊や鉄血の成れの果てが自分の末路に思えたのだろう。

それを脱することができたのはこの手の専門家であり、同行していたミュータントハンターである指揮官が居たからだ。

指揮官は迷わず「撃て」と命令した、その命令が彼女たちを突き動かしたからこそ脱することができたのだ。

 

(U08はジャミングが酷い、だからこの惨事が起きた。でも、たとえ通信がつながっていたとして、普通の指揮官が対応できるかしら?)

 

できないだろうな、確実に無理だとFALは判断した。今は鉄血への対応に忙しく、どこの指揮官も鉄血人形と戦争に明け暮れている。

鉄血との戦争はできても、化け物との戦いには慣れていない部分が多いはずだ。

出会えば逃げるしかない、逃げて時間を稼ぎ、反撃するのが得策だろう。しかしU08基地ではそれが許されない状況だった。

U05部隊がそうであったように、支部偵察隊も基地内の奥に踏み込んだうえで包囲されてしまっていた。

四方八方から迫るグリムを見て、支部部隊が何を考えてエラーを起こしたのかは想像に難くはない。

それが原因でグリムの大量発生につながり、最後はU05部隊にせん滅された。

 

「でも、専門家って言ってもさ、うちにいる?」

 

「む、むむ、昔は対E.L.I.D対策部門も、あ、ありましたけども」

 

「鉄血との戦いが主流になって消えたわね」

 

FNCの問いかけにFN49は頷き、FALが否定する。

グリフィン&クルーガーは国から入札を受けて地域を管理するPMCだ。ゆえに相応の武装を持った対策部隊も保持していた。

かつてはそこがグリーンゾーンで活動していたミュータントハンターの仕事を奪い、地域の安寧をこまごまと守っていた。

しかし鉄血の暴走以後状況は一変し、彼らも初動で対鉄血戦に参加。結果として全滅しながらも、戦線を維持して時間を稼いだ。

それ以後、鉄血との戦いが主流になってからは再建されていないまま一年が過ぎていた。

財源、世論、その他もろもろが鉄血対応に集中してしまってE.L.I.Dの存在を忘れさせてしまったのだ。

 

(そもそもグリフィンの管轄にE.L.I.Dは少ない、前から無駄飯食いとか言われてたっけ)

 

思えば大変危険な状況だ。E.L.I.Dの対応は正規軍が請け負うとはいえ、どうやってもこまごまと漏れは出る。

感染初期の段階ならば通常の兵器でも対応できるが、それでも分が悪いのだ。

それに対応するのが対策部門であるし、活動も派手ではないが必要不可欠なものだったはずだ。

もっとも、そういう必要な草の根活動というものほど軽視されて忘れられ、のちに響いてきて後悔するのだ。

 

(それを踏まえて、彼を雇ってたのかしら)

 

FALはふとU地区支部を統括するマクラファティ支部長のことを思い出し、戦術ネットワークを繋いで彼の経歴を探る。

FNCとFN49も顔をつきあわせてあーでもないこーでもないとぶつくさ言い合う。そんな彼女たちに、横合いから声がかかった。

 

「あら?随分やつれてるわね」

 

「その声、AR-15?ついに幻聴かしら…」

 

S地区にいるはずのエリート様の声にFALは死んだ目つきで声のほうを見る。

そこには学生服型装備を着込んだAR-15が飲み物を乗せたトレーを持っていた。

 

「幻聴って、酷いわね。私は現実よ、SPAR小隊のAR-15、オリジナルとは違うの」

 

「そう、あなたが例のダミーってわけ。おかしいわね、最近のダミーは妙に個性的だわ」

 

「今は商業販売用のテストモデルって扱いよ」

 

「あと予備部品」

 

「知ってるじゃない。その通り、でもお役御免かも。みんな揃ったみたいだし?」

 

毒のある言い方のはずなのにAR-15は気にも留めない。どうやら彼女も席を取りに来たらしく、隣の席にトレーを置いて席に座る。

慣れた様子でコーヒーカップを手に取ると、スプーンで中を軽く混ぜて一口飲んだ。

 

「どうしてここに?」

 

「席取り以外に理由ある?M4の検査が終わるから先に来ただけよ」

 

「ここは席を取り合うほど人員はいないはずよ」

 

「滑走路に一番近いからね。日当たりもいいから最高だし、何もなければ静かだし」

 

AR-15が指をさす、使われていない施設と空き地の向こう側に固定翼機用の滑走路が見える。

富裕層の持つプライベート機用の物で、リゾート時代の名残でいまだに残っている代物だ。

この基地の存在理由である囮のためのフレーバーとして利用しているようだ。

 

「で、随分とやつれているけどどうしたの?」

 

「ノンフィクションのグロ画像を延々と見せ続けられたらこうもなるわよ」

 

「あら、戦争なんていつもグロ画像じゃないかしら。手足はもげるし首も飛ぶ、いつも血みどろじゃない」

 

「それとこれとは別、別よ、くそっ。いずれあなたもわかるわ」

 

この基地に配属されているのだ、落ち着いたころに指揮官が彼女たちに情報を開示するだろう。

その時にせいぜい苦労すると良い、と柄にもなくFALは悪意を込めてにらんだ。

 

「知ってるわよ、M4のデータを全部見せてもらった」

 

「…は?」

 

「あれはくそったれね、今までの戦場とはまるで違う。まるでホラーゲームの中に入ったみたいだったわ」

 

「な、なんか反応薄くないですか?」

 

「こう見えて鍛えてるの」

 

FN49の言葉に、AR―15は力こぶを作るように腕を力ませて冗談交じりに笑って見せる。

 

「というのは半分冗談、指揮官達からいろいろ聞いてるのよ。他のみんなよりもずっとね、実はキメラのこともだいぶ前から知ってはいたの」

 

「なるほど、自慢話を聞いてたわけね」

 

「どっちかっていうと苦労話ね、アホみたいな生態してるのもいるし。ま、指揮官といると多少耐性付くわよ?大概ハチャメチャだしね」

 

「そう、で?それだけじゃないんでしょ?」

 

「鋭いわね。指揮官はもう手遅れだって考えてる、コハクとミナの偵察結果待ちだけど、良い報告は期待できないわよ?拡散は時間の問題ね」

 

「コハク?ミナ?」

 

「指揮官の恋人、ナガンM1895のコハクとコルトM1911のミナよ」

 

どうやら専門家が二人偵察に出るらしい、それでも嫌なことしか言わない彼女は何か思うふしがあるのだろうか?

 

「その根拠は?」

 

「あるわよ、ここ最近鉄血の動きがあまりなかった。S地区で派手にやってるにしたって偵察隊もあまり見ないの。

比較的平和っていう地区とかでもそれなりにドンパチしてるはずでしょ、なのにここのところはとんと低調と来てる。

多分向こうでも何かあったのよ、そう考えるのが自然じゃないかしら?でも支部は理解しなかった。

入植案件まで出てきてて困ってるのよ、ある程度地区は奪還できたけど不安要素ばっかだってのにね」

 

たまったもんじゃない、AR-15は口をとがらせてぼやく。

人形たちからのグリフィンへの信頼は最底辺というのも事実らしい、仕事はするがそれだけという非常にドライな関係になっているようだ。

そうもなるか、FALはこの基地そのものを考えて納得する。

この基地の所属人形は、ほとんどが別の基地で見捨てられて途方に暮れていた個体ばかりだからだ。

支部からは冷遇されて補給こそ来るがそれ以外は援護も何もなしの捨て駒配置。

それだけならまだしも本部が妙に重宝するので、余計に支部や他の基地から白い目で見られる。

支部と本部に振り回されてとばっちりを食らっていると考えてもおかしくない状況だ。

 

「ちょうどいいわ、離陸準備が始まるわよ?」

 

ほら、とAR-15は滑走路の端にある大型機用ハンガーを指さす。

いつの間にかハンガーのシャッターが開いており、FALの眼にハンガーから古い牽引車で引っ張り出されるその双発の航空機が見えた。

補修跡の残る流線型の葉巻のようなフォルム、グリーンゾーンでは富裕層くらいしか持てない燃料式レシプロエンジン、随所に機銃座を設けた深緑の機体。

しかし国籍マークはなく、所有者を示す笹の葉。尾翼には登録番号、チーム名のみがシンプルに描かれているだけだ。

 

「ちょっと、何あれ!?どこの機体!!っていうかでかっ!?」

 

「ななな、なんなんですかぁ!?グリフィンの新型機!?」

 

「リッコーよ、うちの秘密兵器」

 

驚くFNCとFN49をしり目にAR-15は瞳を輝かせて滑走路に向けて牽引される航空機を見つめる。

 

「りこー?」

 

「リッコー、一式陸上攻撃機、指揮官達の仕事道具なの。あれでいろんなところを巡ったって話よ」

 

AR-15のその目はくだんの一式陸攻にくぎ付けだ。

指揮官達の個人所有機ということは、あれは人類生存可能圏外で新しく生産された機体なのだろう。

ネットワークに保存されている第2次世界大戦当時のスペックとは異なるに違いない。

 

「指揮官の私物ね、でもあんなの使ってたら目立つはずよ?こっちの報告書には記載がないけれど?」

 

「あれを飛ばしたのは一度きりなの。2か月前に鉄血の攻勢があってね、その時に試運転がてら辻爆撃したっきり。それまでずっと修理してたのよ。

機体は穴だらけで主翼もボロボロ、エンジンが無事だったのが奇跡って具合でね。ずっとちまちま直して、ようやく飛べるようになったわけ」

 

「え、もしかして自分で直したの?」

 

「当り前じゃない。ここに外地の機体を直せる技師がいると思ってるの?」

 

指揮官達もだいぶ苦労して来たらしい。

 

「だからやばいのよ、いざとなったら文字通り飛んできて助けてくれる。あの指揮官の後釜になれる人間なんてそういないわ」

 

「それは大変ね、新しい指揮官が来たら大変そう」

 

「来たら死にますよ、人形と最前線で戦える人間はそういませんよ」

 

「ひょほ!?」

 

背後から陰鬱そうな暗い声を掛けられ、FN49が文字通り飛び上がる。一斉に振り返ると、日向のベンチに寝転がるSuperSASSの姿があった

AR-15も彼女の唐突な登場に目を丸くする、彼女も全く気付いていなかったらしい。

 

「SASS、あなたまだ病棟にいるはずじゃ」

 

「私は終わったので。FNのFALですね…いまさら、よく来られたものです」

 

U05のSASSは両目にクマを作り、ひどく疲れた様子でベンチに体を横たえたまま胡乱な目を向けてきた。

信じられない、FALは彼女のひどく憔悴した姿に目を疑った。

U05のSASSの戦闘能力は本物、凄腕と言っても過言ではない高い練度を持った人形だ。

本部や支部からの無茶な作戦も、指揮官と共同して何度も潜り抜けてきた現場たたき上げとして本部エリート部隊はその実力を認めている。

その彼女がこうも傷つき精神的に消耗しきって憔悴しているなんて今まで見たことがない。

 

「SASS、あなた、その姿は?」

 

「グリムにやられました、直接やられてはいませんがね。でもまだいい、私は感染していない」

 

「か、感染?」

 

「コクーンになって、グリムにならないだけましってことですよ。ははは、言っても分からないでしょうがね」

 

彼女は肩をすくめ、そのままコクリコクリと首を揺らして目をこすり始める。眠いのだろう、どうやら相当疲れているらしい。

少し眠ったほうがいい、そう言おうとしたFALだったがSASSがポケットから取り出して飲み干したドリンクに目を剥いた。

 

「ちょっと、何してるの?」

 

「何がです?」

 

「それ、カフェイン剤じゃない」

 

SASSが飲み干したのは人間用のカフェインドリンクだ。よく深夜勤務の人間が飲む眠気覚ましである。

 

「眠らないためです、寝たら、またあそこに戻される」

 

「あそこ?」

 

「夢に出てくる、グリムが、ずっといるんですよ」

 

「グリム?夢?」

 

「FNのFAL、みるんです、人形なのに、ずっと、でてくるんですよ」

 

SASSは頭を抱え、まるで何おびえるような様子で顔をうずめる。

 

「夢を見るんです、眠ると私をグリムが追いかけてくる、撃っても、撃っても、私を!!」

 

「人形が、夢を?」

 

信じられない、FALは小さく首を振る。しかしSASSの様子はうそを言っているようには思えない。

電脳がウィルスに侵されている、と考えるのが妥当だろうがペルシカの検査では結果は白のはずだ。

そうでなければこうして自由に動き回っているはずがない。

 

「悪夢ですよ、私はU08のあの廊下にいて、指揮官を追いかけて走ってる。

周りからグリムが沸いて出てくるんです、後ろからも追いかけてくる、私は、応戦しながら逃げて、でも、つかまって、私は!」

 

「SASS、ただの夢よ。ただの夢」

 

「痛いんです、夢なのに、体が切り裂かれると痛くて…なのに、起きると五分も寝てない。

昨日からずっとなんです、何度寝ても、なんども、何度も何度も…」

 

SASSは皮肉気に笑うと、さらに一本カフェイン剤を飲む。

 

「寝たくないんです、日光を浴びてないと気が休まらない。だからこうやってるんです」

 

「でもSASS、眠ったほうがいいわ。人形の初夢は大半が悪夢だってサラたちも言ってるのよ?強烈だけど」

 

「アマダ理論ですか?AIの成長に苦痛が何たらとかいう…指揮官から聞きました、別におかしいわけじゃないって」

 

「成長痛みたいなもんよ、外地じゃ珍しくないらしいわね」

 

SASSとAR-15の会話にFALは口を挟まず注視する。どうやら夢を見る、ということについて指揮官も何かしらフォローしているらしい。

 

「でもきついんです、夢の中では何時間も戦ってるはずなんです。タイマーだって記録されてるのに、現実では5分程度。

寝るたびにその誤差は大きくなって、何度も何度も死ぬんです。M4さん、よくケロッとしてますね」

 

「M4は付き合い方を知ってるの、それだけよ。お風呂に入ってさっぱりきたら?今日は風呂の日よ」

 

「お風呂、あぁ、そういえばそうですね…」

 

SASSの表情がようやく緩む。AR-15は好機と見たのか、ふらつくSASSをゆっくりと立たせると静かに背中を押した。

 

「気分が悪いならさっぱりするに限る。行ってきな、いまなら騒がしい馬鹿姉貴もいないんだから」

 

「あははは、じゃぁ、お風呂いただいてきます」

 

SASSは小さく一礼して、ふらふらとした足取りでテラスを去っていく。慣れない症状にかなり消耗しているのだ。

AR-15の言う通り、多少なりともリフレッシュして気分を切り替えたほうがいいのだろう。

戦術人形とはいえ感情というものが搭載されている以上、こうした気分転換は意外と効果があるものだ。

 

「こ、ここ、この基地には、お風呂あるんですか?」

 

「あるわよ、元はリゾートだもの。その時の設備がほぼ丸々残ってるから修理して使ってるの。週三日ね。

なんだかんだで自給率高いわよ?電気は全部太陽光、水も地下水と雨水をろ過してるもの」

 

U05基地の立地ははっきり言えば僻地だ、ペルシカが特権をふるって高速ヘリによる直行便を手配しても丸一日かかる程遠い。

しかもただ敵を誘引するためだけに特化した基地はあらゆる人口密集地から離れている。

かつてはリゾート地だったにしても人が離れて時間が長く、地区内の別荘地などのためにひかれていたライフラインもすべて遮断されるか破壊されている。

当然ながら近場に町などはなく、何気に友軍の基地もかなり離れているので交流もほとんどない

それ故にもっぱら自前か補給だよりなのが現状、それを何とかしようという思考は指揮官にもU地区支部にもない。

支部からすれば解体予定の急増基地、指揮官としても仮住まいでしかないからだ。

 

「今日はお偉いさん方も来てるしね、久々のお客だしフィーアたちも意気込んじゃってごちそう用意してくれてるわ」

 

「そこまでするの?」

 

「42達くらいしか出入りないもの、ほとんど通信だけで支部も放置だしね。まともに書類も読んでないかもしれないわ。

監査もない、視察もない、援軍に行ったことはあっても援軍が来たことはないし、来客なんて前に博士が来たっきり」

 

それはまたひどい扱いもあったものだ、FALはU05基地のおかれていた現実に嘆息するしかなかった。

完全放置、つまり何が起きても、どれだけ危機的な状況でも無視して来たという事なのだろう。

死ぬために作られたのがこの基地なのだから、ありていに答えれば死なないほうがおかしいのだ。

 

「どどど、同期の方とかは?」

 

「ないない、指揮官は臨時の雇われよ?同じように雇われた連中はいたけど、みんな死んだわね」

 

あっけらかんとAR-15は答える。U地区の臨時雇用された部隊の生き残りは指揮官達、ハンターチームの笹木一家のみ。

それはデータベースの照合して確認できた。ついでに彼に支払われる今月の賃金も見た、一介の指揮官の月給をはるかに超える高額だ。

元々指揮官並みの高給を約束されていたに加えて各種ボーナスが加算されているようだ。

 

(妬まれもするわね、まともな学びもない肉盾の使い捨てが自分たちよりいい給料もらってれば)

 

さらに契約終了の後にはさらに報酬もつけられている。ここまで至れり尽くせりならば嫌われても仕方がない。

ただでさえ厳しい就職活動、大企業ゆえに選考の厳しい採用試験、さらに指揮官としての厳しい訓練を乗り越えた正規指揮官や社員たちからすれば許せない存在だ。

ぽっと出のグリーンゾーン周辺にすら住んでいない汚染地帯出身の得体のしれない傭兵が、自分たちの潜り抜けてきた苦難の道を特別待遇で無視して同じ立場になったのだ。

それだけならまだしも、自分たちよりもはるかに高い賃金をもらいながらやっている仕事はただ暴れて囮になっていることだけ。

その能力をなぜか本部が評価して仕事を回され、しかも成功させてさらに心象を良くしている。

しかも正規指揮官や社員たちのように社内の空気やら上下関係やらの重圧がほとんどないとなれば恨まれもするだろう。

 

「ま、いつものことだから気にしてないけど。それよりもお風呂どうする?何なら案内してあげようか?

サウナもあるし、ジェットバスもある、いまなら入浴剤を選べるかもしれないわよ?」

 

「こんな時に、のんきねあなた」

 

「こんな時だからよ、やるにしても万全の態勢を取るべき。ならお風呂に入ってさっぱりして、おいしいもの食べてぐっすり寝るのが一番」

 

変わっている、FALは素直にそう感じた。このAR-15はオリジナルとはだいぶ異なっているようだ。

口調はさほど変わらない、クールで冷静な雰囲気のあるタイプだ。けれど出てくる言葉には大らかでマイペースだ。

彼女のいうことも一理ある、FALは茹で上がりそうな電脳の演算を鎮静化させながら頷いた。

 

「そう、なら紅茶とチョコはあるかしら?」

 

「合成品でよければいくらでも。食べ物には無理のない範囲で妥協してないよ、おいしいやつがある」

 

「お菓子!お菓子ある?」

 

「なら食堂の売店ね。確かまだ残ってるはず。でも早くしないと売り切れるかもね、うちのお菓子魔人が帰ってきたもの」

 

「あ、あああ、あの、わ、私、ちょっと銃の調整がしたいなーと」

 

「武器保管庫に行きなさい、いろいろそろってるわよ?」

 

ちょっとした雑談が少しづつ広がる。ようやく落ち着いて物を考え始めたFN49は自分の銃の整備を心配し始め、FNCはお菓子の話に夢中になり始めた。

そんな二人に少しいさめながらFALはくすくすと笑う。

 

「…ちょっと、随分なごんでるじゃない」

 

「あら、FiveseveN」

 

若干和やかになった空気のテラスに、FN小隊最後の一人であるFN57がげっそりとした顔でのそのそと戻ってきた。

FN小隊の中で一番ダメージを受けていたのは彼女だ、女好きの毛がある彼女にとって戦術人形が敵味方問わず実験台にされていく様を見せるのは酷だったのだろう。

グリフィンの中でもエリート部隊に属しているという自負もあり、彼女は若干無理をしてしまい今の今までトイレの住人だったのだ。

吐き出すものはすべて吐いたと言いたげなFN57の様子に、カップの中身を混ぜていたAR-15は苦笑いする。

 

「あ…」

 

そんな彼女の手からスプーンが零れ落ち、FALの足元に転がる。FALは特に何も考えず、上半身をかがめてスプーンに手を伸ばした。

そして机の下に目が行ってその黒い何かが目に映り、FALの思考が一瞬のうちにエラーで埋め尽くされた。

黒いテカテカの平べったい憎い奴、こんな世界でも余裕な顔をして生き残るあん畜生。

冷静に見ればそれがただのおもちゃで、顔を上げればAR-15が悪戯心に満ちた微笑を浮かべていることに気が付いただろう。

だがFN小隊のFALは、いささか疲弊し過ぎていた。証拠映像という名の精神的拷問によっていろいろと限界だったのだ。

AR-15もまた、頑丈で復活の速い指揮官達や鍛えられた仲間たちという規格外に慣れ過ぎていた。

FALが叫びながら椅子から転げ落ち、叫び声をあげながら後ずさる。それに驚き、3人も原因に目をやってしまう。

FN57とFN49は何も言わず倒れた、FNCはその場に嘔吐し始め、その場でうずくまりけいれんし始める。

狂乱に飲まれるFN小隊を見て呆気にとられたAR-15が大目玉を食らったのは言うまでもない。

 




AR-15「大変申し訳ありませんでした」たんこぶ+正座
M16「妹がご迷惑をおかけしました」殴った本人


グダグダお喋り会です、特に何も進みません。ハンター勢の武装が少し出てきた程度です。
すこしの間ほのぼの回予定だぜ、化け物も出すけど。





ミニ解説

一式陸上攻撃機2型(笹木一家機)
武装・20ミリ対空機銃5丁(上部、尾部、左右機銃座、機首に各一丁)
エンジン・バイオ燃料式火星3型エンジン(2200馬力)×2
搭載量・60キロ爆弾×8、250キロ爆弾×4、800キロ爆弾×1、またはそれに類する重量物。
出典・史実
人類生存可能圏外、朝霞の兵器工場で製造された改良生産型。初期型、2型、3型(最新)が存在する。
旧日本から持ち出した設計図を基に改良し、長い航続距離を維持しつつ防弾性とエンジン性能を引き上げている。
爆撃、偵察、輸送、と比較的なんでもござれだが器用貧乏という面もあり、特化機には負ける面も多い。
笹木一家は仕事に合わせて改造しており、航続距離を若干犠牲にしながらも防弾と内装、防衛火器を充実させて愛用している。
グリーンゾーン内に入る前に、エンジンを最新の3型仕様に換装しているため速力が若干上がっている。
半年前の鉄血の攻勢に駐機していた飛行場が巻き込まれてしまい損傷。長らく飛行不能状態だった。
上部濃緑下部が白色塗装、国籍マーク部分に月をバックにした笹の葉。尾翼にチーム名、登録ナンバーが簡素に記されている。



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第2話・人形没落の日4

俺はしがないハンターだ、学なんて両親の訓練以外受けた覚えがない、10の時には小物を狩るようになったただの狩人だ。

生まれはどっかの難民キャンプ、今はもうない。今は政府や軍の管轄外で日夜化け物に狙われる危険地帯、内地からすれば魔境の中にある朝霞の街に住んでる。

街は山の麓にあって自然はそこそこ残ってるが、そこら中にクリーチャーやらモンスターやらがうようよいる。

そんな町だが誰も悲観はしてなかった、何しろ軍よりも頼りになる自警団や町専属のベテランハンターがいるからだ。

ハンターは国の手の届かない地域にある町や村の依頼でE.L.I.Dによって発生した化け物どもやならず者、正体不明のモンスターとかを狩る傭兵みたいなもんだ。

俺も数えきれないほどモンスターやクリーチャー、遺跡の怪物、ならず者、カルト教団やらマッドなクソどもを殺して稼いできた。

元は第3次世界大戦に目が向いてE.L.I.D対策がおろそかになった国に業を煮やしたベテランの害獣ハンターが、有り合わせの武器で化け物どもと対峙し始めたことから始まった。

ペイラン事件から始まった世界規模のコーラップス汚染で人類生存可能領域が狭まり、さらにそれに伴う摩擦で世界大戦が勃発。

核戦争に発展し、更なる汚染によってグリーンゾーンを失い、世界各国は数少ないその土地をめぐって泥沼の地上戦を行った。

その間も汚染によって生まれたE.L.I.Dの災禍が待ってくれるはずもない。国が戦争している間にも化け物どもは元気に襲撃してたってわけだ。

若い人間は自国民も他国の難民も関係なく軍に徴兵されて、どこも残っているのは老人と子供ばかりでも化け物どもはそんなの関係ない。

それに対抗したのがハンター、いろいろ違うが内地におけるPMCみたいなもんだろう。

軍も国も頼りにならない中で、対価があれば助けてくれるハンターはまさに救世主だった。

ハンターの活躍が無ければ、外地に人は住んでいなかったとさえまことしやかに言われるくらいだ。

だから今でもその名前にあやかり俺たちはハンターと名乗り、あるものは町の専属になったり、俺みたいに方々渡り歩いたりする。

現代ハンターの仕事は幅広い、基本は狩りだが調査、探索、護衛、運び屋と基本的には何でも屋だ。

化け物を専門に狩る、廃墟から戦前のお宝や戦後に生まれたアーティファクトを探す、遺跡に潜って研究に費やす。

あるものは乗り物や自らの足で運び屋をしたり、空に魅入られて飛行機野郎になってたり、危険だが夢と冒険心を擽る仕事だ。

その活動が広がり、人が集まり、やがて組織となり、ハンターを管轄し仕事を斡旋するハンターオフィスが生まれた。

外地の街には必ずあるオフィスが仕事の依頼を精査し、依頼を受けに来たハンターにそれを紹介している。

今じゃ外地のまとめ役だな、あれほどのネットワークを持つ組織はそうそうないから。みんな嫌がるから言わないが。

少し前までは内地にもオフィスはあったが、今ではPMCの台頭といざこざがあったから手を引いてる。

今は互いに一線を引いて必要以上には干渉しないようにしてるんだ。立地の関係もあって物のやり取りも人の行き来も滅多にない。

内地の連中は勝手に嫌ってほとんど見向きもしないが外には様々な場所に人間が住む町がある、低汚染地帯、シェルター、地下鉄、形は様々だ。

陸路あるいは空路で点と点を繋ぎ、グリーンゾーンほどではないが暮らすにはもう事欠かない。

俺もオフィスに登録した正規ハンターの一人、ホームを定めて往ったり来たりするタイプで腕前は自慢じゃないがかなりいい方だ。

俺の両親もハンターだった、だから俺もハンターになるのは当然だった。訓練で扱かれて、散々こき使われて一端のハンターとして銃を握った時はそれはもう感激したもんだ。

両親は死んだがたぶん幸福だったんだと思う、俺も親孝行したし、死に目にも立ち会った。厳しかったが愛してくれた、俺も大好きだった。

 

「帰りたいな……」

 

あぁ、早くホームに帰りたい、懐かしき我が家、あの街並みが懐かしい。あの町の喧騒が、あの空気が恋しい。

狩りをしたい、未踏破領域の探索もしたい、アーティファクトを探してアノマリー密集地帯に行きたい、モンスターを狙って一攫千金もしたい。

そしてなにより、あいつ等の望みを叶えたい。やりたいことだらけだ、なのに柄にもなく豪華なイスに縛り付けられてる。

内地は確かに安全だ、外周だって安全だ、でも駄目なんだ。

ラジオが恋しい、剣を打つ音、エンジンのトルク、ここにはない何もかもが恋しい。ホームシックってやつだ。

なんでこんなこと思い出してるのかな、こんなことあんまりなかったのにな。なんか白いな、あぁ、これは、そうか……

 

「君たちへの依頼は偵察だ。依頼主は政府。目標は半年前に制御不能となった鉄血工造だ」

 

あぁ、ここは故郷のハンターオフィス。その会議室か、これは依頼を受けた日だな。俺達を含めてチームは三つ。

会議室のホワイトボードの前にはいつもの禿、結構喰えない禿おやじなんだがちゃんとしてるし俺は気に入ってる。

5人、3人、4人、計12人。政府がオフィスに依頼を出すなんて珍しいわけじゃないが、中に招くのはなかなかないな。

 

「鉄血の支配領域は未だに拡大傾向にあり、事の真相、あるいは発端をどうにかして知りたいそうだ。

陸路と空路の両方を使用する、アウトーチルートだ。ただ武装は少し制限が掛かる、あまり目立ってほしくないらしい」

 

相変わらずの我儘っぷりだよ、とはいえ変に断ると絶対いらんことするのが政府なわけだ。

 

「オフィスもこの仕事には一枚かんでるが、無理はするな。死ななきゃ何とでもなるさ」

 

楽な仕事だったよ実際、鉄血に襲われるまでね?

 

 

 

◆◆◆◆

 

 

 

「起きたわね、寝坊助さん?」

 

耳を犯すねっとりと女らしい音程で紡がれる野太いオカマボイスにU05臨時指揮官、笹木奏太は唸り声で答える。

どうやらいつの間にか眠っていたらしい、ここは基地の事務室に近くにある休憩室のソファーだろう。

ぼやける目をこすりながら室内を見渡すと、窓際の席に座ってマグカップを傾ける逞しい漢女がそこに居た。

 

「フラン?」

 

U05基地の参謀であり事務室長、フランシス・フランチェスカ・ボルドー。フランス系移民のマッスル。

身長180センチ、髪はくすみのない金、特大のグリフィン制服に筋肉もりもりの豊満ボディを押し込んだマッチョウーマン。

四角い漢顔でひげが生えていれば完璧な男。恐ろしいことにこれでも性別は女だ、太い声だが喉ぼとけはない、股にえぐいバベルの塔は存在しない。

こんな見た目だがこの基地では一番優秀な事務員である。彼女無しでは基地が回らないのだ。

 

「頑張ってくれてたようで何よりだけど、無理はいけないわ。あなた、机に突っ伏してたのよ?」

 

「そうか、ありがとう。手間を掛けちまった」

 

「いいのよ、気にかけてくれるお礼」

 

夕食を終え、明日の朝に本部へ帰るヘリアンに渡す書類を悪戦苦闘しながら書き終えた後から記憶がごっそりと抜け落ちている。

なれない作業ですっかり頭がオーバーヒートしてしまったのだろう、これだから書類仕事は嫌いだ。

そもそもなぜ自分が書類仕事で悪戦しなければならないのだろうか?

M14の言う通り追加報酬は出ている、それでも指揮官は割に合わないと感じていた。

これならば同じ時間でワーム型ミュータントをシバイていたほうがずっと簡単だ。

 

「今何時だ?」

 

「午前2時よ」

 

「真夜中か。ん?なんでこんな時間に?」

 

フランシスは何もなければ睡眠をしっかりととるタイプだ、いつもなら午後10時には就寝している。

この時間であれば当番の人形以外はみんな睡眠中だ。ゲストのペルシカやヘリアン、FN小隊もぐっすりだろう。

 

「ペンを取りに来たのよ。部屋の予備が無くなっちゃったから」

 

「あぁ、日記が趣味だったか」

 

ふとフランシスの趣味の一つが日記をつける事だったことを思い出して指揮官は納得する。

 

「フラン?どうして俺は書類仕事してるんだ?」

 

「指揮官だからでしょう?」

 

「お飾りの、だ。こういう仕事はできない前提で雇われたはずだ。追加オーダーにしても鬼畜過ぎる」

 

「そうはいってもねぇ、代行官の決定だし」

 

「雇われハンターに基地運営なんてできるわけないだろうがよぉ……」

 

ハンターの仕事大なり小なり差異はあれど基本的に命がけの肉体労働である。面倒な書類に遭遇することはあれど、忙殺されるようなことはないのだ。

親の教育で読み書きには不自由していないし、罠や機械系修理のためにそういう技能も独力で習得した。

計算もそれなりにできる、危険と報酬の相場を知るためには情報収集能力も重要だ。なにより家計簿は必須だ。

だがあくまで個人の範疇、基本的に雇われのハンターとして生きるのに不自由しない程度だ。

フランシスのようにグリーンゾーンの大学を卒業し、国の地方行政に携わっていた元公務員ほど頭がいいわけではない。

むしろほぼ独学だからいろいろ抜け落ちているし、元がただのバカハンター。能力は歴然だ。

 

「俺は今でも本部の決定が信じられない……」

 

契約内容ではあくまでこの地域の防衛における増援戦力としての雇用、本部からの増援が来るまでのツナギだった。

裏の意図はいつもの事なので気にしない、何食わぬ顔で生き残って金をもらって後続の部隊に引き継いでハイ終りのはずだった。

それが変化したのは戦闘の最中に旧U05を含む複数の基地と司令部が壊滅し、防衛線が崩壊しかけたのが原因だ。

旧U05基地の生き残りは雇われハンター5人とあてがわれていた知り合いの戦術人形の二人だけ。

それでも生き残る確証はあった。臨時メンバーの二人が居ればなお負けない、前金だけはふんだくっても文句は言われない戦いはできると踏んでいた。

 

(いや、それを受けちまった俺もバカか、やるしかなかったとはいえなぁ……)

 

それを重く見た支部は契約を結び直そうといってきたのだ、臨時編成の一部隊からまさかの一基地の長に大抜擢である。

どう考えても頭のおかしい話に指揮官達は取り繕うのも忘れ、素の感情をそのままに当時の首脳部を心配したくらいだ。

しかし当時の指揮官達もない袖は振れない状況だった、当時は鉄血の攻勢のおかげで金欠な上に帰還手段だった一式陸攻も壊されてしまっていた。

それを直すための場所と、修理と当面の生活、そして帰還に必要な金を稼ぐ必要があった。

だから捨て駒になる事をわかった上で承知して、大幅な賃金増加を引き換えに臨時指揮官の仕事を請け負った。

幸いにも自分の仕事はお飾りの指揮官をしつつ戦術人形を先導して戦場を駆け巡る前線部隊、規模が膨らんだだけで大して変わらない

書類は難しいものはあまりなく本部から派遣された文官のフランに任せておけた、のちに人手不足にこそなったがそれも力業だが解消した。

だが地区が安定化していくにつれて書類の業務は増えてきていて、フランだけでは処理しきれない指揮官が必要な書類も多く回ってくるようになった。

もう前線で暴れる指揮官はお呼びではないということだ、潮時なのだろうと思っているのだがなかなか終わらない。

 

「仕方ないわ、ヘリアンさんにも考えがあるのよ。もしかしたら社長の意向かもね」

 

「勘弁してくれ、社長も代行官もどうかしてる。面識もろくにない流れ者だぞ?前に一度会ったきりだ」

 

「あら?個人的にペルシカさんと面識のあるあなたを放っておくわけないと思うのだけど?」

 

「黙れ」

 

それには触れてほしくない、胸に過る激しい感情を押しとどめながら指揮官はフランを睨みつける。

終りにしたことだ、だが風化するまでは時間が掛かる。こればかりはどうしようもない。

 

「ごめんなさい、口が過ぎたわね」

 

「知りたがりは早死にする。フラン、今からでも指揮官やってみないか?元指揮官候補だろ、俺もしばらく前線でつなぐ。引き継ぎなんてないようなもんだ」

 

「嫌よ、私にあの子たちを制御できるとは思えない」

 

「みんないい子たちじゃないか、だいぶ成長もした。お前ならよくわかるだろう、お前ならあの子たちを任せられる」

 

「ねぇ、たまに思うのだけれどその妙にドライになるところどうにかならない?」

 

無理だな、指揮官は懐からミントタブレットを取り出しながら笑う。こういうところはハンター特有のものだ。

仕事で深く肩入れはしない、ハンターとしても、こういう仕事をする人間としても、深入りしないのは長生きの鉄則だ。

ハンターというのは傭兵という側面もあり、化け物退治以外にも様々な仕事を請け負って遂行する。

それ故に真っ当な話でしっかりと金を払えるならどこの仕事でもするが節度は守る、越えてはいけない一線は絶対に越えない。

だからやることをしたらそこでおわり、深入りせずにさっさと退場するのだ。

 

「みんなが納得すると本当の思ってるの?やめるなんて認めないでしょうね。

みんなまだあなた達から学びたいって思っているわ、他の指揮官じゃない、あなた達からね。

彼女たちに必要なのは私じゃない、悪く言うつもりはないけどハンターよりもここの指揮官の方が安定してるし実入りもいいはずよ」

 

「グリフィンが俺を正規入社させるとは思えないし、俺もその気はない」

 

ハンターであること、それは自分の誇りだ。この仕事は最高だと思っている、自分に向いている天職だと。

ハンターをやめる時は、それこそどうしようもなくなった時だけだ。

 

「ハンターっていうのは正義の味方じゃないんでな、そう思ってくれるのはうれしいけど無理だ。

今回の仕事も必要に迫られたからだよ、あの時吹っ飛んでなきゃ今頃向こうで別の仕事をしていたんだ」

 

「断言するのね」

 

「あぁ、指揮官なんて元から無理な話だったのさ。俺はただの化け物狩り、軍に入ったわけでもない、学校だって出てない。

これ以上は無理だ、現にこうしてぶっ倒れちまってる。会社の書類も、基地の運営がどーたらこーたらなんてちんぷんかんぷんだ」

 

フランシスの悩ましい表情に指揮官は首を横に振る。もう限界だ、指揮官は頭に走る頭痛に顔を顰めた。

学びもろくにない貧相な脳みそは、すでに書類仕事のせいで疲れ果てているようだ。

これまでは個人で付けている家計簿や仕事の損益収支の計算を拡大して何とか凌いできた。

あくまで最前線戦闘専門部隊故に弾薬使用量と戦果報告といった類のものしか必要がなかった。

だがPMCの基地として正常運営され始めるとなると話は別だ、それでは誤魔化しきれない仕事も書類も格段に増えてきた。

 

「今日だって電子辞書とデータパッド片手に何とか凌いだんだ、もう処理しきれない。これから基地としてもうまく営業して利益を上げなきゃならんだろ?

今までみたいに片っ端から鉄血の侵攻部隊を始末してればいいってわけじゃない、他の基地がやってるみたいなことをする必要がある。

これから先、この地区が安定すればじきに民間人の入植がはじまる。このままだとそいつらの面倒も見なきゃならない。

俺は今の仕事と人数だって手いっぱいだ、それがほかの基地みたいになる?無茶いうな、そんなこと一介のハンターにできるわけがねぇんだ」

 

「すると思ってるの?あんなことがあったのに?」

 

「すぐ全部吹っ飛ばすだろ?そうしたらやりなおしゃいい」

 

指揮官は今頃大慌ての政府や正規軍上層部を想像しながら確信を込めて答える。正規軍も政府もバカではない、化け物案件となれば重い腰を上げる。

一週間もあれば準備を終えてこの地区にやってくるに違いない、それでも遅いくらいだが。

 

「だとしても何か方法があるはずよ、基地ごと配置転換を上申すればいいわ。また最前線で鉄血を潰すのはどう?」

 

「なおさら俺はいらないだろう、正規指揮官の所に配属させればいい。近頃はどこも物騒だ、S地区も結構やってるんだろ?

あっちはまだ平穏って聞いてたが、聞いた話じゃだいぶ派手にやったそうじゃないか。

本部のおひざ元のS地区ならヘリアントス代行官の目も行き届いてるだろうし、変なことをしたらペルシカ博士も黙ってない。

それに有力な所は人形に偏見のない連中を集めてる、良い目をしてる連中ばっかじゃないか」

 

「……いないと思ったらそんなことしてたのか」

 

足で稼いできたんだ、と指揮官は自分の足を自慢げに叩いて見せる。

 

「俺達はハンター、それもクリーチャー狩りが本業だ。戦闘はできても戦争はできん、指揮官の席に俺はもう不要だ。

元よりこの仕事の目的は帰るための金。先払い分、戦闘報酬、ハイエンド排除のボーナス、それだけでも十分。潮時だよ」

 

それに、と続けかけて指揮官は口ごもる。自分はここの人間ではない、この土地で生きているわけではない。

確かに生きていく術ではここの人間よりもタフな自信はある、正規軍とも多少は渡り合えるし知識だって負けない。

けれどもそれはあくまで国の力の及ばない圏外での話だ、ここの方な戦前の常識が生きている場所では生きづらい。

できれば早く期日が来てほしい、まだ仕事が手に負える段階で来てくれなければ本当に困ってしまう。

多少の負債ならば金で解決できる、気持ちを落ち着かせた隙に手の届かない所へ逃げてしまえばいい。

しかし人間の感情というものは複雑なものだ、どう転ぶか分からない。今はまだ制御できるが、それを失った時どうなる事か。

 

「それにな、俺たちが教えられることは外の技術ばかりだ。どう誤魔化してもここの常識とは乖離する。

彼女たちはグリフィンの人形だ、ここでの生き方を覚えないでどうする?それは、俺には教えられない」

 

「でも、だからこそ彼女たちは強くなった、あなたがみんなを強くした、成長させたのよ?」

 

「それはいい、うれしいことだ。だからそろそろ終わりにしないとまずいんだ

俺はグリフィンの社員じゃない、ただの雇われで外の人間だ。この基地は普通じゃない、特異な基地だ。

あの子たちだってここにずっといるわけじゃない。他の街、他の基地に行ってみろ。確実に周囲とのズレに気づくだろうよ。

みんな理解はしてるだろう、その上に取り繕うとするはずだ。でも当たり前とか、いつもの事ってのはなかなか抜けないもんだ。

俺だってな、ハンターだぞ?ここで机に縛り付けられてるだけでこうまでまいっちまう、それと同じだ」

 

あの子たち、この基地の人形たちの戦い方は軍隊のようなてきぱきとした他の基地の人形達と比べれば見劣りするだろう。

行進させれば足並みはバラバラ、緊張感だってはっきり言ってしまえば全くない。やるときはやる、でもそれを理解してくれる人間がいつもいるとは限らない。

 

「俺達は良いんだ、もともとここに住んでるわけじゃない。いつかはいなくなる、だけどあいつらは違う。

ここが安定すれば、また鉄血との戦いに身を投じることになる。

そのとき、もし彼女たちを気にかけてくれる奴らが居なければ、きっとそこから先に進めない。

あの子たちは強いからな、一人なら一人の生き方をするだけだ。そんなことになったら、悪循環が始まっちまう。」

 

部下の戦術人形達は強くなった、だが同時に個性的にもなってしまった。ある意味、手をかけすぎてしまったせいで自分たちの生き方がしみ込んでしまったのだ。

 

「言っとくが、この契約に更新自体がないぞ。俺たちは所詮外様の捨て駒、そろそろ捨て駒らしく消えないと厄介ごとになりかねない」

 

「解ってて仕事を受けるあたり狂ってるわよ?」

 

「騙して悪いがなんてのはな、相手が騙されてないと意味がないんだ」

 

妙にいい報酬、それも前払いもかなり良い依頼なんて出されたら覚えのある中堅のハンターは大体察するし避ける。

ただし腕に覚えのある連中や一部のキチガイハンターはむしろ喜んで受ける、何があるかわかりきっているから前準備をしてだ。

理由は様々だが、そういったことをするからこういうことはよほどの準備をしていない限り、圏外の相手は仕掛けてこない。

むしろ逆襲を受けて大損をする、命を含めて何もかも失うこともありうる。ハンターに喧嘩を売る最悪のケースがこれだ。

 

「たかだか捨て駒だ、むしろそれ以外はしっかりしてるし基本給に加え出来高報酬ありなら好条件。捨て駒ってのは言い方を変えれば獲物には困らない配置だ。

探す必要もおびき寄せる必要もない、勝手に相手から来てくれるんだから楽すぎた。まさかこう来るとはな……」

 

「そういうことするから余計に睨まれるんじゃないの?」

 

「依頼通り、鉄血を食い止めて時間を稼いだんだ。もう十分稼がせてもらった」

 

ちなみにこの基地に配属されている戦術人形たちにもそのボーナスは加算されているので、実はみんなお金持ちである。

グリフィンはなんだかんだで気前の良い企業だ、このご時世では優良企業に違いない。

かつての黄金時代を引きずっているグリーンゾーンにしてはだが、と前置きしつつふとその黄金時代について思いを巡らせた。

 

(黄金時代ねぇ……)

 

黄金時代、ペイラン島事件前の世界。指揮官はふとかつて両親たちが経験した人類の最盛期を思い浮かべた。

煌びやかな街、アイスクリームがいつでも買えて、クリーチャーやモンスターが存在しなかった世界。

母はよく言っていた『友人と最後に食べたアイスクリームは今でも忘れられない』と。

父も言っていた『ハンバーガーはもっと手軽に食べられた、もっと違う味だった』と。

今でも食べられるアイスクリームやハンバーガーとは違ったらしい、その味をもう一度味わってもらいたかった。

指揮官も圏外で作られるアイスクリームやハンバーガーを知っている、二人を元気づけるためにふるまったこともある。

家畜の真っ赤な二つ頭の牛『バラモン』のミルクから作られたこってりとしたミルク味のアイスクリーム。

同じくバラモンのロース肉、小麦と巨大トウモロコシの粉で焼いたパンと自家製野菜を使ったハンバーガー。

残った文献を調べて、昔の製法を調べて作った自信作だった。二人とも美味しいと喜んでくれた。

だが父と母の郷愁を埋めることはできなかった、二人の奥底にある隙間を埋めることはできなかったのだ。

 

(解る訳無いよな)

 

指揮官は黄金時代を生きた経験はない、当時そのままのアイスクリームやハンバーガーはグリーンゾーンを訪れて初めて知った。

今や高級品となった本物の牛の肉を使ったハンバーガーとミルクを使ったアイスクリームは、圏外で作った自信作とは味も何もかも違った。

どちらが美味しいという話ではない。ただ違った、味も触感もなにもかもが違ったのだ。

町並みも、生活も、何もかもが外とは違った。圏外はここからすれば旧世代の街並みで、それに見合った生活様式だ

時代としては第3次世界大戦前に生まれたが、グリーンゾーンから離れた野営地で育った自分は戦争とは縁遠い生活だった。

子供時代は汚染された荒野や野山を駆け巡り、計算や語学なども両親から学んだ。

街に行くのは依頼の時くらいだが、物心ついたときにはどこも殺気立っていてあまり好きではなく知りたいとも思わなかった。

そんな自分が、何も知らない自分が作れるはずがなかったのだ。

 

(何やってんだろ、俺)

 

考え始めるととまらない、指揮官は大きなため息をついた。

こちらに来たのはハンターオフィスから受けた仕事のためだ。内容は調査、複数のハンターと合同で行う大仕事だ。

仕事自体は無事に終わった、ほかのチームは仕事をうまくやった。だが、最後の最後で商売道具の一式陸攻と燃料を吹き飛ばされて立ち往生してしまった。

運よく、体のいい捨て駒を探していたグリフィンに拾われたから食い扶持には困っていない。だが今度はそこから足抜けしづらくなっている。

 

(それに、やっぱ指揮官なんて向いてねぇよ)

 

自分は根っからの現場人間というのは指揮官もわかっている、だからこそ怖いと感じていた。

指揮官として自分の出した命令で戦う彼女たちが、帰ってきたときにその数が減っているのを見ると怖気が走った。

幸いにも今まで彼女たちの本体が死ぬことはなかった、だがダミーを失うことはある。危ない場面も多くあった。

基地防衛の当番で指令室に詰める羽目になった日は、指揮官の真似事する羽目になるその夜はいつもひどい悪夢を見たものだ。

これがチャンスだろう、ここで綺麗に別れてしまうほうがいいに決まっているのだ。

 

「あぁ、しまった……」

 

「どうしたの?」

 

「美奈と約束してたんだ」

 

昨日は部屋に帰れなかった。今日は全員で一緒にいる約束だった、先の件でオーバーワーク気味になったが故に今夜は全員で休息が取れるのだ。

 

「ダーリン?」

 

指揮官は左腕に絡みつかれた感覚に背筋が凍る感覚を覚えながら恐る恐る彼女を見る。

 

「ダーリン?」

 

金髪の般若がいた。美奈、コルトM1911の戦術人形、指揮官の所有ということになっている人形であり恋人の一人だ。

IOPのデフォルト衣装で、眠そうに眼をこすりながらも穏やかに微笑んでいる。その微笑みが無性に怖い。

いったいいつの間に部屋に入り込み、どこから話を聞いていたのか、などという問いをする余裕はなかった。

 

「じゃ、そういうことで」

 

「フランさま、助けて」

 

「ごゆっくり!」

 

そそくさと退場しようとした筋肉ダルマはか細い指揮官の懇願から逃げるように休憩室から飛び出した。

女らしい女走りでどすどすと遠ざかっている足音、そして出くわしたらしい人形の恐ろしい悲鳴、おそらくFALだ。

フランの全力疾走はこの基地で有名な恐怖の一つ、もし進行方向に出くわしたらたとえこの基地の所属であっても恐怖で叫ぶ。

今日は夜警ではなかったはずだが、何か所用があったのだろう。運の無い事だ。

最後の望みを絶たれた指揮官、そんな彼を美奈はニコニコしながら見つめた。

 

「美奈、ごめん」

 

「んーん、そこは怒ってないよ。仕事だもんね、がんばってたからね」

 

「あー……」

 

「でも無理は良くないなぁ。うん、よくない」

 

M1911は頬を指揮官の首筋に摺り寄せ、まるで堪能するように鼻で息を吸い込む。

 

「むー、フランの匂い。ねぇ、なにかした?」

 

「そういうことはしてません」

 

残念ながらあの筋肉ダルマに欲情するほど困ってはいない。いい女ではあるのだろうが、やはり趣味とアレが全てを台無しにしている。

彼女とお付き合いするとグリフィンでは合法ホモ野郎と言われ、結構な有名人になれるのだ。

そもそもそれほど溜まるような禁欲的な日常をしていない、日に日に魅力的になっていく恋人たちに絞られる故に。

 

「ならいいや、シャワー浴びてないね。いい匂いする」

 

「昨日から入ってないから、入っていいか?」

 

「だめ、離さない。今日は一緒のはずでしょ?ずっと待ってたのに」

 

右腕をぎゅっとつかむM1911は寂しそうに呟く。

 

「……ごめんな、約束やぶって。部屋、行くか」

 

「うん」

 

指揮官とM1911たちの部屋は基地から離れた滑走路脇のハンガーにある一室、元はパイロットの仮眠室だった部屋だ。

室内は少し大きめの2DKだが、使わない部品倉庫の壁を貫いて一室にしているので広々している。

だが持ち家を持つ身としては仮住まいに過ぎない上に、二人どころか五人で使っているのだから物も雑然としている。

安物のソファは寝坊助がたまに寝床にするおかげかタオルケット標準装備の簡易ベッド状態。

テーブルには銃の部品が入った箱と器具が置きっぱなし、大方部品の吟味に時間をかけていたに違いない。

部屋の隅に置かれた場違いに厳重な武器ロッカーにはハンター用の武器が納まったままだ。

5人の生活スペースはほぼこの居間であり、他にも多くの私物が置きっぱなしになっている。それこそ普段使いの下着類もそのまんまだ。

 

(帰りてぇ……)

 

この散らかり具合を見るとますます故郷が恋しくなるのはやはりホームシックだろうか、そんな年ではないのだが最近はよく思い出すのだ。

自分の家なら同棲する恋人の下着くらい気ままに畳んでしまえるのに、一度部下に見られてからはどうにも気恥ずかしい。

私服にエプロンをして家事をする指揮官を見た部下のあの何とも言えない表情は何とも心に突き刺さってくれた。

そしてこの部屋の目玉、基地内で一番大きいキングサイズのパイプベッド。使わないパイプベッドを改造して組み立てた力作だ。

豪華なようですごく安っぽいベッドだが、寝るには困らない。寝室のほとんどを占めているこのベッドで、最大5人一緒に就寝するのだ。当基地一番の人口密度である。

 

「遅かったじゃないですか?」

 

「ずいぶんと長い残業じゃな?ん?」

 

「奏太、何か言いたいこと、ある?」

 

「あー…」

 

P38、M1895、M14がベッドの上で待っていた。なぜかIOPのデフォルト衣装のままで、もう準備万端といった具合に少し乱れている。

 

「この馬鹿書類に殺されてたよ?」

 

「それは酷いですね、お仕事を優先するとは」

 

「お仕置きじゃな」

 

「ちゃんとわからせてあげないとね?」

 

「シャワー浴びてからじゃダメ?」

 

「だめ」

 

言葉少なにM1911は指揮官をベットに放り投げた。怒ってるな、指揮官は自分の不注意さを呪ったが後の祭りだ。

指揮官はベッドの3人にキャッチされ、両腕をそれぞれM1895とP38に抱きかかえられ、背中からM14に抱きかかえられる。

3人に囲まれて鼻をくすぐる女性の濃い香りに指揮官は思わずクラりとした。

 

「ほんとはもっとこうしてられるはずだったんだよ?奏太のバカ、仕事と私どっちが大事なの?」

 

「バカですね、あなたは私たちのモノだって忘れてません?勝手に死ぬようなバカにはお仕置きが必要ですね。

よって、今日は抱き枕の刑とします。私たちの好きなようにします、どんな抵抗も許しません」

 

「その人生、その命、なにもかもな。じっくりと教えてやるのじゃ」

 

耳元でささやかれるM1895、P38、M14のささやきに頭がぼんやりとするような感覚を覚える。

まずい、乗せられている。そう思ってなんとか主導権を取り戻そうと体をよじるが、両腕を抑えられ、背後から抱かれている状況ではもうどうすることもできない。

生体化した魔改造人形とはいえ、力比べでは大抵は人形が勝つ。人工筋肉の出力は並ではないからだ。

 

「暴れちゃダメ、身を任せて?」

 

「んぅ!?」

 

もがく指揮官の隙をついてボタンをはずして服をはだけたM1911が指揮官に正面からしなだれかかり、強引に唇を奪う。

わずかに抵抗する指揮官の口を強引に舌で開き、口の中を蹂躙し、唾液を流し込んで彼の中を染めていく。

愛する人の唇、口内の唾液、何より抵抗として絡め捕られる舌、何もかもが甘美で極上の味だった。

M1911は夢中で彼の唇に吸い付き、舌を絡めて何もかも吸い出すかのように蹂躙する。

それに呼応して、P38とM1895も彼の耳にあまがみして舐る。舌を這わし、穴に潜り込ませてなぶるのだ。

M14は背筋にと息を吹きかけ、首筋に舌を張らせて彼を文字通り味わい、体を擦り付け始めた。

 

「お前が好き、お前に堕ちておる、愛してるのじゃ」

 

「だから堕ちて?私たちに溺れてください、ずっと私たちの中にいて?」

 

耳元で交互にP38とM1895は囁く。彼の脳に刷り込むように、すべてを絡みつかせるように。

体を四方から囲い、彼の体に4人のにおいを擦り付け、全員の混ざり合ったマーキングをしみこませる。

彼が二度といなくなろうとしないように、彼が人間になびかないように、両手両足すべてを縛るように。

 

「ふふふ、もうこんなになってる。全弾装填済みね」

 

「ぁ、そこは…」

 

情欲を帯びた、とろけた声色でM14はズボンの上からその象徴をさすり、なまめかしい吐息を漏らす。

彼はその手管に熱のこもったうなりを上げ、痙攣する象徴がさらに大きく、雄々しくそそり立っていく。

その声を聴いたM1911がキスを中断し、口を話すと指揮官は熱い荒々しい吐息を吐き出した。

彼の瞳はすでに正常な理性をともしておらず、欲情した雄の色を擁している。その目を見てM1911は喜びを覚えた。

もう彼には自分たちをはねのける思考など残っていない、疲れ切って身を任せているが、男の象徴はすでに彼の本心を表している。

 

「我慢しないでいいの」

 

彼の内股にM1911は左手を添え、かすかに擦れるように指を動かし、彼に覆いかぶさるように体を添える。

彼は抵抗しない、目の前の楽園に思いはせるかのように痙攣する。もう我慢できないというように。

 

「奏太、今夜は寝かさないぞ?」

 

「みんなの人形遺伝子と混ぜ混ぜしましょうね?」

 

「奏太、今日こそ、ね?」

 

興奮し、情欲にまみれたM1911達ももうまともに思考していなかった。ただ目の前の愛する人をむさぼり、新たな未来を作ることしか考えていない。

誰もが未来の自分たちとその間で手を継なく小さな影を思い描き、その影が成長する未来を夢想して欲望をたぎらせていた。

彼が欲しい、彼との愛の形が欲しい、もう待てない、待っていては奪われてしまうから。

ふとまだ明るい部屋に気付いたM14が、手元のリモコンで部屋の照明を暗くする。常夜灯のみの、薄明るい空間に。

荒く艶めかしい息遣い、押し殺した嬌声とともに影が交わり、ベッドが軋む。その軋む音は、朝まで途絶えることはなかった。

 




なんか最後のほうで指揮官が喰われちゃいました。まぁしっかりやることやって万全にするためですから。
さて次はどこの奴と遊ぼうかな?とりあえず正規軍が出張ってくるまでどったんばったん大騒ぎしまくる予定。
そろそろU05基地の戦いも書かないとなぁ…





ミニ解説
フランシス・フランチェスカ・ボルドー
金髪で筋肉もりもりなマッチョウーマン、女性用特大グリフィン制服に身を包んだパツパツ第2号。
性別は女、自分に磨きをかけるため常に趣味のトレーニングを怠らないキン肉マン。
顔は四角い、首は太い、とにかくゴツイ。道行く人に聞けば女装した男とだれもが答える身長180センチ。
しかし行動そのものは女性なのですごくキモイ、女走りの超スピードで迫ってくると恐ろしく怖い。
一般富裕層生まれだが、その趣味と容姿によってかつての職を干されてしまいグリフィンに流れ着いた。
元は政府の地方職員であり、事務職はお手の物。外見とスキルの乖離が激しいのも干された理由である。


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第3話・夜、風呂と夢

回復スペースに入りましたので雰囲気が緩めでお送りします。つまりお風呂です、時は少しさかのぼる…


風呂とは生命の洗濯である、誰がそんなことを残したのか、そもそも正しいのかどうかは分からない。

けれども間違いなく言えることだ。お風呂は最高だ、M4A1はどんな相手にでも胸を張って言えるだろう。

お風呂とシャワーを選べというならば絶対にお風呂を選ぶ。この魔性にはあらがえない、それものびのびと入れる風呂は格別だ。

 

「これ、いいわぁ…」

 

「お気に召しました?」

 

「えぇ、最高…」

 

元リゾート施設をそのまま使っているU05基地の大浴場は、修繕の後こそあるがすべてリゾート時代のままだ。

壁際に作られたいくつもの洗い場、仕切りのもうけられたシャワーブース、それぞれ入浴剤が違ういくつもの湯舟、3つ並んだ一人用ジェットバス、サウナ。

薄青いタイル張りの大浴場は平時であれば多くの観光客でにぎわっていただろう。だがそれを使うのは人間ではなく戦術人形だ。

FN小隊のFALは湯舟の端に体を預け、ゆったりと両足を伸ばし全身で適温に温められたお湯を堪能している。

入浴剤入れたお湯は白く濁り、ややぬるめに調節された戦いで疲れた肌と体をゆっくり癒してくれる。

がっつりと熱い風呂もさっぱりしてよいのだが、柔らかく体を温めてくれるこの感覚がM4は大好きだ。

 

「シャワーとは違うこの充足感、ただお湯につかってるだけなのに不思議よねぇ…」

 

「このじっくり温まる感じがいいの」

 

この風呂を修理するのは大変だったなぁ、とM4はしみじみ考えながらお湯を救い上げて顔を濯ぐ。

グリフィンの補給はあくまで戦闘用、日常生活用の補給であって大浴場の修理資材までは出してくれない。

なので周辺のコテージや別荘地を根こそぎスカベンジングして使える部品を探したり、最初から配備されていたプレハブシャワールームの部品を流用。

互換性があれば鉄血の基地に忍び込んで部品と機材を盗み、時には派手に奪い取るなどして修理して来た。

 

「頑張って修理した甲斐があったわ~」

 

「大変だったでしょ~」

 

地下水の濾過用フィルターを鉄血から奪いに昼夜問わず襲撃をしかけ、根こそぎ強奪しついでにマンティコアも作業用に拝借した。

目的を知ってキレたアルケミストの頭を切り飛ばしたり、デストロイヤーの榴弾砲に仕掛けをして撃った瞬間爆発するようにしたりした。

フィルターのケースを抱えて逃げる自分たちの目の前に得意げな顔をして現れた彼女が、何が起きたのかも気づかず爆発四散したときは少し気の毒だった。

 

「大変だったけど、今となっては良い思い出。みんなで一緒にトンテンカントンテンカンってね」

 

入浴剤が保管されているらしい放棄された倉庫をあさるために遠征したりもした、エージェントとかち合ったが燃やして捨てた。

いざ修理となっても前途多難、残されていたマニュアル片手に右往左往なんて日常茶飯事だった。それでも楽しい日々だった。

 

「他愛もない日曜大工かぁ、そんな経験私もしたいわね。気持ちいい…寝ちゃいそうよ」

 

「あ、だめよ。のぼせちゃうから」

 

「大丈夫よ、大丈夫…ふわぁ…」

 

FALは大欠伸をしてゆっくりと目をつむり、静かに寝息を立て始めた。M4はやれやれと肩をすくめる。

以前SOPⅡが同じことをしてのぼせたことを言ったところで彼女が耳を貸すことはないだろう。

戦術人形ものぼせる、SOPⅡの献身によってそれを知ったこの基地の仲間はほどほどというものを思い知った。

 

「ありゃ?FALの奴寝ちまったか、こりゃ後が怖いな」

 

「ほどほどのところで起こすよ。それより姉さん、またお酒?」

 

湯舟に自作のオートバランサー付き専用桶を浮かべながら隣に座ったM16A1は、桶の中から透明な強化プラスチック製の徳利を取り出すと強化プラスチックの白いお猪口にそそぐ。

透明な液体はかすかにアルコールと柑橘系の香りを漂わせる、合成アルコールと化学調味料の安っぽい香りだ。

一般層に流通している市販の飲用アルコールと化学調味料を使い、変な冒険をしないでレシピ通りに作ったのだろう。

いつもの偽眼帯を外したM16は、両目をお猪口に向けながら自信ありげに笑った。

 

「ああ、いつものカクテルさ。一緒に飲もうと思ったんだがな、しょうがない」

 

「この前火炎瓶にして投げたんじゃ?」

 

「街で買いだめして来た、トッピングもたっぷりな」

 

「そう、ほどほどにしてよ?」

 

この時代、昔ながらの製法で作られた天然物のお酒はとにかく高い。そのためこういった代用品はよく出回っている。

銘柄そのものを再現した代用品が多いが、これは無添加の飲用アルコールを好きな割り材で好みの薄さにしてそこに化学調味料で味付けして好きなお酒を造るタイプだ。

どこまで行ってもまがい物だがその分自由なところが売りで、作り手次第で何にでも化けるので人気がある。

飲用アルコールも度数が高くてよく燃える上に単体ならとても安くて懐にも優しいので、この基地でもお酒と言えば飲んでよし投げてよしのこれだ。

彼女が風呂場にお酒を持ち込むのはいつものこと、M4はずり落ちそうなFALの体制を整えながら一度背を向けた。

 

「ちびちびやるさ、こういうのを風流っていうんじゃないか?」

 

「それ、昔の温泉みたいなところでやるのよ?景色を見ながらするの」

 

「私が見るのはああいうやつさ」

 

FALの姿勢を整えて視線を戻すと、M16は顎で洗い場のほうを指す。

 

「AR-15さん、もっと、うえあたりを?」

 

「これでどうかしら?」

 

「あ、そこ、そこですぅ…」

 

いくつもの蛇口が連なった洗い場ではFN49の背中を洗うAR-15。昼に迷惑をかけた彼女なりの気遣いだ。

 

「M3、頭洗うわよ?」

 

「へ、ひゃ!ひゃわわわぁ!?」

 

「かわいい反応しちゃって、ほらほら」

 

「も、もぅM2!驚かさないでよぉ」

 

それを見たM2HBがM3グリースガンを背後から奇襲、彼女の頭にシャンプーをさっとかけてガシガシ洗う。

M3は口ではとがめているが、嫌がらず身を預けた。彼女たちは基本的にいつもコンビだ、ほかの交流がないわけではないがまるで姉妹のように一緒である。

M2HBはふざけて彼女の前にも手を伸ばしてくすぐり、M3はこらえきれずに足をばたつかせてけらけら笑った。

 

「こ、これは、天国!?」

 

「はいはい、とんとんしましょーねー」

 

「ふがふが…」

 

サウナから出てきたらしいFN57が愛を鼻から噴出したが放っておこう。SOPⅡが介抱しながら水風呂に連れて行った。

いつものように騒がしい、けれどとても心地のいい空間だ。こうしているだけで気が安らぎ、M4も思わず笑みが浮かぶ。

それを肴にするのも楽しみ方の一つというわけだ。

 

「ところでM4、あいつらはどう思う?」

 

「え、あぁ」

 

M16が示す先、別の湯舟で一〇〇式、イングラム、スコーピオン、SASS、IDWが縁に体を預けて唸っていた。

熱めの湯が妙に体にしみて気持ちいいだけだから気にしないでほしいらしい。

表情だけは安らいでいるのだが、それだけなので少し気味が悪いと言えば悪いように見える。

妹分の一〇〇式を心配したU05のFALが様子を見るために同じ浴槽に浸かっているが、その様子に気圧されているようだ。

彼女の豊満な胸に後頭部を預けてぐでっとした一〇〇式と喋りながら、時折すり寄ってくる彼女に困ったように苦笑いしている。

 

「私は夢を見たことはない、でも、その、なんだ、悪夢ってのはきついのか?」

 

「ものによるかな、嫌なものもあるけど、所詮は夢だし」

 

「そうは思えないがねぇ?」

 

「あれは人形特有、かな?たぶん夢と現実がごっちゃになってるからだとおもう」

 

「指揮官が言ってたあれか」

 

「うーん、これは実体験、かな」

 

人形は初夢の時はそれを現実と誤認してしまうことが多い、なぜなら人形は夢を見ないから。

夢を見ない、ならば今見た悪夢は現実、でも今は何もない、では今はなんだ?そんな思考の矛盾が、人形のAIやマインドマップに負荷をかけるのだという。

つまり、夢を夢だと思えていないから、考えすぎている、それだけらしい。M4にもそれに似た経験が幾度もあった。

 

「夢は夢、現実じゃないってわかればすぐよくなるよ。でも人形は夢なんて見ないじゃない、だからウィルスとかじゃないなら現実だと考えちゃう。

私もたまにあるよ、変にリアルな日常とか、居眠りしたとか勘違いしちゃうの。寝ぼけってやつかな」

 

「そういえば変なこと言って飛び起きてた時があったな」

 

「416だいしゅき~」

 

「それはやめてぇ…」

 

向かい合うように反対側に身を沈めた長い銀髪の涙のようなタトゥーを顔に入れた戦術人形が会話に割り込んでにやにや笑う。

HK416だ、U05のFNCとステンと一緒に別の仕事に出ていたが呼び戻されたらしい。

忘れようと努力した黒歴史が蘇りM4は顔が真っ赤になるのを感じ、鼻下までお湯に顔をうずめて恨めし気に睨む。

 

「睨むな睨むな、でも可愛かったわよ、姉さん?」

 

「ぶくぶくぶくぶく」

 

「はいはいわかったわよ、M4。で、夢といったら正夢っていうのもあるじゃない。そこのところは?」

 

「それはまた別の話じゃないかな」

 

「そういうものかしら、人間の間だと結構バカにならないとか聞くけれど」

 

長い銀髪をまとめた頭を気にしながら問う416、M4は少し考えてから特に意味はないと考えた。

 

「夢は夢、そもそも夢っていうのは頭の中で考えたストーリーをリアルに体験してるってだけよ。

正夢は大体夢で見た予想とかが当たったってだけ、それを拡大解釈してるだけに過ぎないわ」

 

「そうかしら、あの人の話を聞いてると私たちにも魂があるんじゃないかって思っちゃうわ」

 

「魂ね、それは人間の間でも議論が分かれてるところだ。人間の意識なんて言うのも、脳みその信号の具現化に過ぎないってな」

 

「なら、人形と人間の違いって何なのかしらね?私たちのAIも、元を正せば信号よ」

 

「生まれじゃね?魂っていうのは、実はどんなものにも宿ってるともいうしな」

 

「八百万信仰ね、それはそれでありね」

 

「考えたって答えは出ないもの。でもあったらあったでロマンチックかも、心と心が通じ合う、なんて」

 

M4はふと今も書類の作成など仕事漬けになってるだろう指揮官を想う。彼に向ける胸の焦がれるこの感情は本物だ。

たとえ元が、疑似感情モジュールとAIが作り出したものだとしても、偽物だと断じることはできない。

この思いをいつか指揮官と通じ合わせて、互いに思いあう日をいつも夢見ているのだ。

 

「ならさっさと告白しちゃいなさいよ、じゃないとまたあの玉砕バカが突っ込むわよ」

 

「え、でも、は、恥ずかしい…」

 

「難しいな、恋心ってやつは。いや、何度かぶつかれば慣れるんじゃないか?」

 

「それはお勧めしないわね。彼女がタフってだけよ」

 

「砕けるたんびに強化されてる気がするもんな」

 

「タフもタフよ、今日はどんな感じ?」

 

「フルーティーに軽くあっさり、アルコール控えめ。ほら」

 

桶の中からあらかじめ用意していたらしいお猪口を416に渡して、M16はそれに酒を注ぐ。

透明な液体を一瞥し、少し匂いを嗅いでから416はそれを飲み干して小さく一息ついた。

 

「あたりね、あとでレシピ教えてよ?」

 

「いいとも」

 

「…私も頂戴」

 

夜はまだ長い、M4はM16からお猪口と受け取りながら今夜こそと気持ちを新たにするのだった。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「いやぁ、さすが元リゾートだねぇ。極楽極楽」

 

「まさかお前と一緒に入ることになるとはな」

 

大風呂の喧騒を眺めながらジェットバスを堪能していたペルシカに、ヘリアンもすっかりくつろぎながら答えた。

元々僻地であり、基地の来客用個室に宿泊予定だった二人はつかの間の休息を楽しんでいた。

 

「それにしてもお前がこっちに来るとは意外だな」

 

ドリーマーの鹵獲、見るはずのない人形の夢、ペルシカが小躍りしそうな謎の山だ。

研究熱心なペルシカなら熱中するあまりこの基地の面々を困らせるくらい閉じこもりそうだと考えていた。

彼女も多忙であり、ヘリアンと一緒に明日にはここを立たなければならない。持てるだけ資料を持ち帰るならいくら時間があっても足りないだろう。

だが意外なことに、ヘリアンが仕事に一息付けてやってくるとそこにはサウナで蒸しあがったペルシカが水風呂でふやけていた。

曰く、SOPⅡに連れ込まれてあっという間にダウンしたとのこと。

 

「体に悪いってM4に引っ張り出されちゃった」

 

「…元気だな」

 

「悪夢なんてどうってことないってさ」

 

M16と416と一緒にお酒をちびりちびりとやりながら盛り上がるM4を眺めつつ、ペルシカは答える。

記憶にある控えめなオリジナルのM4とは少し違う明るさを見せるSPARのM4。

控えめでおとなしい性格であるのだが、オリジナルと並べるとよく似た別人という評価がしっくりくる。

初めて彼女に会ったときはそれこそオリジナルのM4と大差なかったのだが、今では明るいほうへだいぶ変わった。

経験が、環境が彼女を変えたのだろう。だからこそ、ヘリアンは気になった。

 

「ペルシカ、なぜおまえは彼女たちを奴に任せた」

 

「彼なら信用できるからだよ、前にも言ったでしょ?いろいろあったのよ」

 

「そうか」

 

ヘリアンはペルシカと指揮官こと笹木奏太の間に何があったのかは深く知らない。ペルシカ曰く、黒歴史とのことだ。

彼女だって人間だ、言いたくない失敗はある。そのおかげで指揮官とは溝がある、仕事には持ち込まないが彼も彼女とはあまり話したがらない。

深く追求するのは野暮なのだろう、ペルシカら自分の失敗を思い浮かべて頭を切り替えた。

 

「まぁいい、それより聞きたいことがある。なぜ彼女たちは夢を見た?」

 

「まだ詳しいことはわからないよ、データがそろってないしね。しばらく経過観察かな」

 

「ウィルスなのか?」

 

「それは違う、間違いなく。彼女たちがウィルスに感染した形跡はなかったよ。電子的にも、物理的にもね。

もちろんAR小隊が見つけてきた例の物でもない、だからますますわけわからないんだ」

 

ペルシカは肩をすくめる。天才と言えどまだまだ分からないことだらけで興味津々のようだ、目の奥が実に輝いている。

 

「M4のデータがあってもか?」

 

「あの子のデータだけしかないからね、そもそもあの子だって不思議な存在だよ?あの子が夢を見るなんて普通はありえない。

あまり言いたくないけれど、あの子もただの戦術人形でしかない。プログラムなんかは手を加えてないもの」

 

「確かに、ほかのM16やAR-15は夢を見ていないそうだしな」

 

「そう、同じ状況で、同じように生まれたのに彼女だけがオリジナルと同じように夢を見ているんだ。

最初はプログラムのエラーだと考えてたよ、あの子がオリジナルを演じるために作った夢を見るプログラムかなんかだろうってね。

でも結論から言えば違う、そんなプログラムはなかった。なのに、彼女はオリジナルと同じように夢を見る。

夢の内容やメンタルチェックをしたけれど、プログラムの類のような規則性は全くないし、見る内容も出来事も全くでたらめよ」

 

「最近では指揮官が居なくなる夢を見たと聞いたな、あれは彼の契約が終わることに対する危機感が見せたものではないのか?

素人の考えだが、イングラムたちが見る悪夢も現状はグリムに関する恐怖心からきていると考えるのが妥当だと思うが」

 

「そうね、M4が人間ならそう考えていいかも。でも彼女は人形、イングラム、SASS、スコーピオン、IDW、一〇〇式も。

彼の恋人たちも人形、人間とは違う。でも一つ、共通点があるとすれば?」

 

「…環境、か?」

 

「そうね、それも一つ。あとはたぶんメンテだと思うわ、この基地のメンテナンス環境は基本的にそろってる。けど逆を言えばそれだけ。

ここにいる人間はあの指揮官と参謀の二人だけで、どっちも人形の精密検査とか専門的なことはできないわ。

だからメンテは人形任せ、ハード面ならそれで完璧だけどソフト面となるそうもいかないわ。

もしかしたらそれが原因なのかもしれない、まだこれは想像でしかないけれどね」

 

けれど、それならば指揮官達の言動も少し現実味が帯びるのかもしれない。

指揮官達は彼女たちの見る夢を問題視していなかった、ケアを欠かさなければ問題はないらしい。

曰くただの『成長痛』でしかない、AIの成長が起こした一時的な苦痛というだけで次第に収まるのだという。

人形をあくまで一生命体として考える圏外の遠方出身ならではの見解なのだろう。

その成長とは、この支部から放置され疑似的に圏外と同じ環境になったゆえの産物ではないか、そう仮説を立てたのだ。

 

「本来夢を見ない人形は、初夢という形で悪夢を見ると電脳やAIに負荷がかかる。それを乗り切ればどうとでもなる、か」

 

「めちゃくちゃで根性論よ、科学的じゃない」

 

「しかし目の前で起きている、わからないことだらけだな、まったく」

 

ヘリアンは湯舟の深く体を預け、大きく背伸びをして天井を仰ぎ見る。無味乾燥な白い天井は、湯気で多少曇っていた。

まるで今の現実を表しているようだな、ヘリアンはその景色に今の現実を重ね合わせて大きくため息をついた。

 

 




あとがき
恨まれる理由その一、いろいろ大変なのにこいつらときたら仕事以外は大変自由気ままだったから。
というわけでお風呂会です、妄想せよ。なお416とM16の仲がいいのは仕様です、どっちも別人だもの。
アルコールと調味料で作るカクテルの元ネタは『Va―11HALL-A』次のクロス先らしいのでやったら意外と好みでした。
あの世界じゃ天然ものの酒は貴重品に違いないですし、安い代用品としてこういうのありそうだな、と。





同時刻のあいつら
指揮官・書類に埋もれてる
M1895・周辺偵察
M14・周辺偵察
P38・ドリーマー襲撃(飯)
M1911・ドリーマー襲撃(シャワー)
ドリーマー・即堕ち一晩(健全)
FNC×2・とっくに上がって合成牛乳一気飲み

なおM4は途中でへたれた。





ミニ解説

オートバランサー付き風呂桶
SPAR小隊のM16A1が愛用する改造風呂桶。
徳利とお猪口を入れ、多少波打っても中で倒れないように溝と固定具が取り付けられており、普通の桶のようには使えない。
桶底部にバランサーを搭載し、重心の偏りや水面の波に反応して転覆しないようになっている。


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第4話・ささやかな変化

今回は一人称オンリー、おや?一〇〇式ちゃんの様子が…


走る、走る、走る、壊れたビルの谷間を抜け、路地裏を私に走る。

IOP製戦術人形、一〇〇式機関短銃はロールアウトして間もない新商品。それ故に実戦でのデータは不足している。

私はそのデータ取りのために、この最前線の捨て駒に配属された。

過酷な前線の捨て駒に配属された最新型がどんな変化をするのか、IOPはそれを見たがっていた。

最初は嫌だった、そりゃそうでしょ、人形だって痛いのは嫌いだもん。でも、今はこれでよかったって思う。

 

「FAL姉、今どこ!!?」

 

≪ダウンタウンの東、えーと、カフェの前に向かってる!≫

 

「了解!」

 

少し遠い、この先は入り組んでますから回り込むより上っちゃったほうが早いですね。

壁を蹴ってビルの壁に飛びつき、パイプやつかめるとっかかりを探しながらぐいぐいとビルの壁を上る。

非常階段は使わない、そもそも下まで降りてなかったしさびてボロボロ。こっちのほうがしっかりしてる。

でも上まではいけなかった、しょうがない。思いっきり壁を蹴って、反対側のビルの壁に飛ぶ。よし、こっちはいける。

 

「よっし、到着!」

 

屋上についたらまたダッシュ、障害物は避けるか飛び越えるかしてビルからビルに飛び移る。

これくらい戦術人形の身体能力なら問題ない。この風を切る感覚、昔の私ならきっと怖がってた。

狭い足場、ボロボロの床もなんのその、コンテナを乗り越えて、壊れかけの工事用足場を蹴って距離を稼ぎつつ大通りに沿ってビルの上を渡っていく。

なんか下がうるさいな…って、うわぁ。

 

「いやぁぁぁ!!」

 

「逃げるな!」

 

ハンマーを振り回してデストロイヤーを追いかけまわすミナ。よく見るとデストロイヤーの武器にひびが入ってる、カウンターもらっちゃったか。

しかも接近戦仕掛けられてるから逃げるしかないと、自爆しちゃいますし。逃げないと体の中身がひっくり返る、あれはひどかった。

 

「この肉人形がぁ!なんで、なんで当たらないんだよ!!」

 

「さすが最新型、おぉ、怖い怖い」

 

右手に銃剣付M14、左手にマチェットを持ってドリーマーの猛追をよけるイチヨさん。

マチェットでドリーマーの反撃の銃撃をはじいて、M14を片手で撃ちながらぶんぶん振り回してます。

銃の使い方じゃないよあれ、まるで大昔の槍を使う武者みたい。銃撃してくるから余計に危ない。

 

「未熟、その程度ですか」

 

「あ、がぁ…」

 

サラさんまでいる。エクスキューショナーの逆袈裟切りから飛ばされる飛ぶ斬撃をひらりと交わして接近、迎撃の上段切りをはじいてから高周波ブレードで下から斜めに切り抜く。

すらりと残心して刃についた血を振るい落とし、鞘に納めると血しぶきとスパークを噴き出してエクスキューショナーは倒れた。

サラさんに剣術で勝とうとしちゃだめですよ、前は大剣ごとぶった切られたのに全然懲りてない。

 

「おっとっと!?」

 

気が付くと後ろから忍び寄ってきたスカウターの銃撃をぎりぎりでよけつつ撃ち落とす。いけない、夢中になり過ぎた。

 

「FAL姉!もう少しでつくよ!!」

 

向かいのビルに着地しながら無線機でFAL姉に連絡を入れる。

 

≪こっちも順調。さ~て、狩りましょうか≫

 

FN・FAL、FAL姉は私の姉みたいな存在。FAL姉はもっと優秀なエリート、容姿端麗な本当にできる戦術人形。

本当にすごいの、事務作業も、戦いも、なにもかも何でもできるエリート。

目の前はビルの端、向こう側にいる下には鉄血の人形部隊。リッパーが5、プラウラーが5、ダイナゲートが10、アルケミストが1。

アルケミストはダミーだね、笑ってるけど顔に張り付いてる感じ。見てはいるんだろうけど、まぁいい。いい感じで先回りで来た。

周囲から銃撃されて周りのヤツラが倒れて、アルケミストの意識が銃撃したFAL姉に向く。

 

「ボーナスになれ」

 

FAL姉が挑発してさらに煽る、アルケミストが幻影を作り出してFAL姉に突貫。FAL姉は周りの雑魚を的確に撃ちぬいて、アルケミストを迎え撃った。

プラズマソードの刃を屈むように避けてから発生器をストックで小突いて軌道をずらし、流れるように足払いして姿勢を崩させる。

その隙に私は思いっきりビルから身を投げた。戦術人形とはいえこのまま落ちれば大破は確実の高度。

でも問題ない、100とかでも降りるし私たちにはこれがある。

 

「っ!」

 

ほどほどに落ちたところで腰に付けたツールベルトからフックワイヤーを投げてビルのとっかかりに引っ掛ける。

速度を落としつつ、降りられるところまで降下。途中でワイヤーが伸び切るけど予想範囲内、ワイヤーロープを思いっきり捻ってフックを外して自由落下する。

リールが小さくキリキリと音を立てるけど問題ありません、下はうるさいからまぎれちゃう。

距離は十分、場所はアルケミストの真上。姿勢を整えてFAL姉に刃を向けるその頭に勢いをつけて踏みつける。

 

「!?」

 

おぉ、避けた。でも遅い、地面に着地すると同時に首根っこを銃で引っ掛けて姿勢を一気に崩させる。

私の銃は古いタイプで横からマガジンが突き出てるからうまく使えば鎌みたいにひっかけられる。

壊れる?勝てば問題ない、マガジンがへし折れたけど銃自体は頑丈にできてる。

その隙に心臓部を銃剣で一突き、さらに発砲。人間なら致命傷だけどアルケミストは私を突き飛ばして、右手のレーザーブレードを振り下ろしてきた。

ブレードをよけて、発生器の部分を踏みにじって地面に押し付けつつ小さくジャンプ。アルケミストがすぐにブレードを振り上げようとするけど、その前にM4さんが彼女の腕を撃ちぬいた。

肘を撃ち抜かれて腕の動きが固まる、その間に頭上を飛び越して背後に回り込み、彼女の首筋に予備の銃剣を突き刺した。

 

「…ばかな、対策、してたはず」

 

「あら?」

 

本物?ダミーを演じてたのかな。まぁいい、これもお風呂のため、卑怯とは言うまいな?…あれ、なんでお風呂?

 

「ま、だ、だぁぁぁ!!」

 

私をアルケミストは大きく身をよじって振り払う。さすが鉄血製、頑丈にできてる。

銃剣を首から生やしたまますごい怖い顔で突っ込んでくるアルケミスト、ハイ股座がお留守ですよっ!

 

「――――!!?」

 

思いっきりアルケミストの股を蹴り上げる、俗にいう金的蹴り。一瞬空虚な表情になってから顔を真っ赤にする。

まさかそこを蹴られるとはだれも思うまい、しかも同じ女にこんなところで。指揮官の言う通り、意外と効く。

あれ?でも変だな、なんか違和感がある。そもそもこの市街地でアルケミスト、居た?蹴ったのエージェントだったような。

いや、居なかったはず…ってあれ、なんでいたとか思い出みたいに?さっきM4さんが居たような?あれ、あ、もしかしてこれ。

 

「あ、夢ですね」

 

目が覚める、起き上がって周囲を見回すといつもの自室。なるほど、これが夢ですか。

この前みたいに変に疲れてたり、気持ち悪かったりしません。ちゃんと寝たって感じがして…あれ?

 

「私、何見てたっけ?」

 

なんかドンパチにぎやかだった気がしますが…おぉ、これが、夢。起きたら忘れるというタイプ、不思議な感じですね。

ログをあさっても文字化けしてます、夢は、見てたようですし…不思議ですねぇ。

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

U08の事件から四日、久しぶりに私は任務に復帰しました。私がいない間に、U05基地の取り巻く環境は少しづつだけど変わり始めていたみたい。

一つは環境、指揮官の想定通り外地に生息しているミュータントの小型種が少しづつ出現するようになりました。

正規軍の先発隊が対策に乗り出しているせいで、鉄血の占領地域で繁殖していたミュータントがグリフィン区画内に流入し始めているらしいです。

その対策が今回の任務、正規軍の展開を助けるために見慣れないミュータントは見つけ次第排除、というのが大きな目標です。

 

「もぅ、一体どうなったらこんな大きさになるのよ?」

 

FAL姉は撃ち殺したラッドローチを忌々しげににらみながらぼやいた。

今日も鉄血支配地域近くの廃墟にお仕事で来てみれば40センチはありそうなゴキブリが10匹くらいもぞもぞ。

本当にどうやったらあんな大きさになるんですか?そりゃ鉄血兵をたらふく食べてきたんでしょうけども。

 

「さぁ?ゴキブリなんて世界中どこでもいますからね」

 

「動じないあんたもあんたよ…ダミーがあれば楽なのに」

 

「大所帯だと動きが鈍りますし、いろいろと不都合がありますから駄目です。いつものようにはいきませんよ」

 

FAL姉はため息をつきます、FAL姉の言う通り今回の作戦ではダミー人形はお留守番です。

ダミーは脱出地点やセーフハウスの防衛に徹底させて、私たちは身軽な状態で行動したほうがやりやすいから。

私もそれには賛成、U08ではそのおかげでヘリポートを守り切れましたから。

 

「いくらダミーでも目の前で自分と同じ姿の奴が貪り食われるなんて目に毒ですよ、今回なんてこいつですし?」

 

「あー…それもそうね」

 

ワルサーP38のサラさんは元気なラッドローチの頭にケリを入れ、ふらついたら蹴っ飛ばして壁に…うぇ…て、手慣れてますねぇ…

 

「ずいぶん扱いなれてるわね」

 

「この程度小銭稼ぎですよ、町の下水掃除で腐るほど相手にしますから」

 

「小遣いって…」

 

「さ、次です次。下水も見なくちゃなりません。さっさと終わらせましょう?」

 

グリフィン上層部は今回の事件に緘口令を発令、あくまでE.L.I.Dの大規模発生として公表して対策を練ってるそう。

前線部隊にもE.L.I.Dの変異種として発見次第速やかに報告、撃破可能ならば撃破するようにと命令が届いてます。

どうも外地、いや圏外から密輸されたミュータントってことは伏せておくみたい。

おかしいとは思いますけど、これですもんね、こんなのうじゃうじゃいますってなったら…うん、知らないほうがいいですよ。

 

「戻ったよ…ゴキブリだらけで嫌になっちゃう」

 

「下水だっけ、臭くなりそう…ってか私いる?サイドアーム縛りとかしたくないよ?」

 

横の路地を掃討していたゲパードさんとG11さんが戻ってきました。ゲパードさん、諦めてください。0距離射撃、期待してますから。

 

「もちろん、もしかしたら大物がいるかもしれませんからね」

 

「うげ…これ効くかな?」

 

「さぁ、そこらへんは個体差がありますからなんとも」

 

G11さんは持ってきたキメラ製エネルギーライフル・オーガーを指さします。サラさんは少し悩んでから首を横に振りました。

確かにいつも言ってましたもんね、生き物だから個体差が激しいって。

でもオーガービジョンは索敵に有効ですから役には立つでしょう、私の銃にもつかないかな?

 

≪こちらブラボー1、アルファ、聞こえる?≫

 

「こちらアルファ1、どうぞ」

 

廃墟の反対側から入ったブラボーチーム、MG34さんから通信が入りました。アルファ1はサラさんです。

 

≪鉄血部隊の痕跡を確認、小隊規模みたい≫

 

「メンドクサイ」

 

同感です。

 

≪同感ですね、出会わないことを祈りましょう。こちらは手はず通り、反対側から潜りますね≫

 

「了解です、アウト」

 

やれやれですね、こんなに大変になってるのに鉄血はまだ元気なんですか。

ミュータントがうろうろしてる中で撃ち合いとかやってられませんよ

 

「鉄血?まさかあれ目当てじゃないの?」

 

ゲパードさんが道路の向こうを指さします、そこには壁によりかかるようにして機能停止している右腕に巨大な機関砲を持ってる大型二足歩行兵器の残骸があります。

 

「グランランサー?まさか回収する気?確か前にボコボコにされてたわね」

 

グランランサーは正規軍が運用する軍用戦闘ロボの一つで、鉄血工造が崩壊した後にシェアを伸ばしてきた軍用ロボット産業大手のベルゲン社製です。

IOPや鉄血みたいな自立人形ではない、全金属型の人型ロボットを主にしてる企業ですね。

たしか前に鉄血の侵略部隊がベルゲン社の工場を襲いましたけど、反撃されて全滅してたはずです。

確かその時の映像で、このグランランサーに滅多打ちにされてましたね。ハイエンドなしでも結構な規模だったのに。

 

「修理すればまだ動くように見えるよね」

 

「中身抜いたの私たちだよ」

 

G11さんの言う通り、あの中身は私たちが持っていきました。

ちなみに窃盗にはなりません、あのグランランサーは軍でも損耗扱いでとっくに所有権を放棄してますので。

それにブラックボックスはそのまま正規軍に進呈しました、大佐も気前よくボーナスくれたのでウハウハでしたねぇ。

 

「それにしても、だいぶ苔むしましたね」

 

初めて見たときは大きくて頼もしくて圧倒されました、でも今はもうすっかり雨風にさらされて苔が生えてます。

なんだか、そんな姿を見てると少しもの悲しい感じがしました。私も壊れちゃったら、こうなるんでしょうか。

破壊された人形の多くは回収できれば回収されてリサイクルに回されます。でも、そうならない人形だっています。

このグランランサーもその一体、戦うために作られて、一生懸命戦って、壊れた人形です。

 

「気になりますか?」

 

「はい、少し…」

 

サラさんの言う通り、なんだか気になります。

 

「え、いつもの残骸じゃないの?」

 

FAL姉の言う通り、確かに残骸なんでしょう。でもなんだか他人事じゃない気がしました。

何考えてるんでしょうね、今までそんな風に思ったことなかったのに。

 

「大丈夫?やっぱりまだ安静にしてたほうがよかったんじゃない?」

 

FAL姉が心配してくれます。悪夢で魘されてた時は大変でしたけど、いまはだいぶ落ち着きました。

そもそも寝られないというか、寝た気がしなくてつらかったようなもので、フラッシュバックとかトラウマっぽいものじゃないから。

 

「ううん、大丈夫。なんか、寂しそうに思えて」

 

「寂しそう?」

 

FAL姉がすごく困ったような顔をする、ほかのみんなもそう。でも、サラさんだけは合点がいったように頷いた。

あれ、でも、今なんて言ったんでしょう。サラさんが何かつぶやきましたけど理解できません。

 

「何?サラ、何かわかるの?」

 

「えぇ、きっとこの子も寂しかったんでしょう。そういう時はこうするんです、ほら両手を合わせて」

 

サラさんは両手を合わせて目をつむりました、あれは合掌、いえ、お祈りですか?

 

「今の私たちにはこうすることしかできません、これでいいんです」

 

私もサラさんと同じように両手を合わせてお祈りする、確かに、なんだかすっきりしました。

でも、それだけでいいのかな?こういう時は、確か…

 

「おや?」

 

「一〇〇式?」

 

私はグランランサーの足元に近づいて、ポーチの中に忍ばせておいた合成チョコバーを取り出して手ごろなでっぱりに置きました。

お供え、ですよね。昔日本のことを勉強したとき、死んだ人たちとか、神様とかへお祈りのときにするって覚えました。

たしか指揮官達がよくやってるやつも供養だったはずです。

 

「…行きますよ」

 

「了解」

 

サラさんの後ろに続いて私たちは廃墟の街の歩道をゆっくりと進みます。周囲を警戒しつつ、向かいのは用水路。

FAL姉たちは少し気になった様子でグランランサーとサラさんを交互に見つめてましたけど、何も聞きませんでした。

きっと聞かないほうがいい事、なのかもしれません。サラさんも、指揮官も、ハンターの人は時々そういう有無言わせない空気を出します。

少し行くと見慣れた用水路が見えてきました、ここを少し下流に下るとメンテナンス通路に入るハッチがあります。

そこから中に入って、中にいるらしいミュータントたちをとりあえず間引きするのがお仕事ですね。

 

「あら?誰か先客かしら?」

 

水路上部から階段を下りて、コンクリートの堤防になっている部分に出ました。汚染で汚れた水が流れていて、ちょっと臭いです。

おかしいですね、新しい足跡がいくつも残ってます。戦闘の痕跡もいくつか、でも少ない。奇襲で一気にやられたみたいですけど、死体がありませんね。

それになに?鉄血兵の足跡のほかに、なにかブーツみたいな足跡があります、これは?

 

「鉄血の足跡だけじゃないね、なんだろうこれ?ブーツと裸足?でも、なんか変だね」

 

G11さんがゴム手袋をつけて足跡に手を触れます。うわ、なんかぬめぬめしてる。

 

「何これ。潤滑油?」

 

「オイルにしちゃ生臭いよ、サラ?わかる?」

 

「どれどれ…ミレルークですね」

 

ミレルーク?確か、二足歩行のカブトガニでしたっけ。甲殻が硬くて生半可な威力じゃ実弾系もエネルギー系も弾くミュータント。

 

「それって、カニみたいなやつよね?ポイズナーみたいに毒撒き散らさないの?」

 

ポイズナー、蟹型のE.L.I.Dで猛毒を撒き散らすやつですね。しかも毒は可燃性のガスでよく燃えるっていう。

それだけでも厄介なのに臆病だからすぐに逃げまわってあっちこっち行くから、いつも振り回されて苦労するとか。

 

「いいえ、むしろおいしいですね。問題はかなり凶暴で結構強いんです。ゲパード、スコープを外して」

 

「接近戦かー…慣れちゃったな…」

 

「これ使う?」

 

「いい、いつもので行く」

 

G11さんがゲパードさんに背中を向けて、スリングで自分の背中に回していたオーガーを差し出します。

ゲパードさんは首を横に振ってから銃の狙撃用スコープを外して、レッドドットサイトに付け直しました。

 

「みんな、戦闘用意。ここを縄張りにしに来た新参者です。きっと腹ペコでしょう」

 

水面が突然泡立ちました、水路の底に何かいます。

 

「ほら、きた」

 

サラさんは余裕綽々で銃を抜きました。その瞬間、水路の端に大きすぎるカニのはさみが二つ。

大きな水しぶきを撒き散らして上がってきたカニ人間に思わず言葉を失いました。

しかも一匹じゃない、一気に三匹、しかもまだまだ水の中に気配がある!

 

「カニ人間!?」

 

「あれま、団体さんですか」

 

図鑑で見たことがあるカブトガニにフルプレートアーマーを着た人間の手足を生やして二足歩行させたようなカニ人間、ミレルーク。

多い、ミレルークが8、どんどん来る。後ろは路地に続く階段だから囲まれないけど、遮蔽物が少ない。

様子見に来ただけ、じゃないですよね。だって殺気立ってハサミカチカチ言わせながら走ってきますもんね!

 

「増やしてきましたねぇ、まとめてカニ鍋にしてやりましょう」

 

うわっ!?ものすっごい笑顔、サラさん喜んでる!めちゃくちゃ喜んじゃってます!

 

「サラ、どうするの!」

 

「撃ちまくって!動きたくなくなるくらい!」

 

サラさんが発砲、私たちも続いてミレルークに向かって引き金を引きます。

 

「弾かれまくってる!!」

 

「撃て撃て撃て!一塊にしてやって!!」

 

G11さんの言う通り、ゲパードさんの12.7ミリ以外の弾が全く効いてません。それも甲羅の部分には弾かれてます。

でも絶え間ない銃撃に警戒したのかミレルークたちはハサミで顔を隠しながら前傾姿勢になって分厚い甲羅を前に出して耐える姿勢に。

なんとか動きは止めましたけど、こんな動き出来るって相当頭がいいってことですよ。

怖い、グリムのあの遮二無二な全力疾走も怖かったけど、こちらをうかがうカニの目と目が合うと背筋が凍りそう。

 

「結構、FALさん!グレネードで後ろから!」

 

「了解!」

 

「撃ったら接近、近距離なら正面を抜けます。背面攻撃は厳禁、背中が一番固いので。

一〇〇式は頭を、ゲパードは一歩引いて援護!G11、オーガーは無し!抜けない!」

 

一塊になったところにFAL姉がライフルグレネードを撃ち出しました。対鉄血用の空中炸裂式、重装甲型にも多少は効果がある代物です。

ライフルグレネードはミレルークの壁を飛び越えて、狙い通り隠れている背後で起爆しました。

爆風でミレルークたちも姿勢を崩し、水路から上がってきた新手も爆風で煽られてよろめきます。

好機、私はすぐに駆け出しました。隣をサラさんが追い抜きます、出力劣ってるはずなのになんで早いんですかねぇ!?

 

「こいつらは任せました!新手はこっちでやります!」

 

サラさんはもがくミレルークを飛び越えて、体勢を立て直しつつある新手のミレルークたちにとびかかりました。

すっごい瞳が輝いてます、なんかいつもより上機嫌じゃないですか?あれですか?本来の仕事だからですか!?

 

「せやぁ!!」

 

私は早速顔に高周波ブレードを突っ込むサラさんから目を外して起き上がろうとしたミレルークを蹴り上げ、仰向けにしてから甲羅と外骨格の間にある顔に銃剣を突き刺しました。

耳障りな悲鳴を上げて暴れるミレルークを何とか抑えて、3連射。ミレルークの顔が砕けて緑っぽい血が噴き出します。

よし、倒せます。このくらいなら私でもなんとかなります。

銃剣は引っかかっているみたいなのでそのまま銃だけ外し、立ち直って向かってきたミレルークの右ハサミの突き攻撃をよけて、そのハサミを蹴っ飛ばします。

一瞬姿勢が揺らいだところで、さらに頭の顎下?あたり上段前蹴りで蹴りぬいて蹴り倒し、倒れた瞬間足で抑え込んで頭に3発。

後ろから忍び寄ってきた奴には振り向きざまにけん制で連射、至近距離なのに面白いくらいがりがり弾かれます。

でもその連射でビビったのか足が止まる、その隙に予備の銃剣を左手で抜いて突っ込んできたカニ顔に突き立ててやりました。

 

「この距離ではじくな!」

 

本当にカニ?触り心地はキチン質みたいですけど無駄に硬い、8ミリだって近距離なら威力あるのに。

他のみんなも一気に接近してナイフを頭の突き刺したり、至近距離から腹部骨格を撃ち抜いて仕留めていきます。

でもサラさんの言う通り甲羅が硬い、それにしぶとい奴もいる。私がいまぶっさしてるこいつとか!

 

「こんのッ!」

 

抱き着くな挟むな近づくな!生臭い!この!この!!口をカチカチ鳴らすんじゃない!

 

「ゲパード!行ったわよ!」

 

「うわ来るな!」

 

FAL姉の声が聞こえてゲパードさんのほうを見ると、ミレルークが彼女のハサミを振り上げるところでした。

ゲパードさんは振り下ろされたハサミをよけて、後ろに回って背面を抜こうとしたゲパードさんの弾が弾かれました。

振動自体は響いたようでよろめいたところをG11さんが胴体を撃ち抜いて仕留めます。

 

「た、助かったよ!」

 

「どういたしまして」

 

何度も突き刺してやっと静かになりました。あー、死ぬかと思いました。おや、もう終わったみたいです。

至近距離からなら正面外骨格もG11さんの弾でも抜けるみたい、本当に硬すぎません?いったい何に備えてそうなったんですか?

 

「まさか、この距離ではじかれるなんて…ドキッとした」

 

ゲパードさんがミレルークをしげしげと見つめながら表情を引きつらせます、うわ、撃ったところ削れてるだけですよ。

アンチマテリアルライフルを至近距離から喰らっといてこれだけ、でたらめじゃないですか。

 

「絶妙に丸いから弾が滑ってる、爆風も破片も効き目が薄いわけだわ。角度が悪かったかな」

 

「背面攻撃厳禁だね、厄介だ」

 

極力真正面で殴り合いですか、しかもゲパードさんクラスじゃないと安全な距離で撃破できません。

FAL姉もハサミを牽制しつつ正面骨格を撃ち抜いてましたから、実質格闘戦状態でしたもんね。

 

「まだまだ来ますよ、このまま各個撃破しましょう」

 

いち早くミレルークを飛び越して新手を滅多切りにしたサラさんが、高周波ブレードのついた血を払いながら水面に目を向けます。

よく見ると上流のほうから水面下に影がいくつか…どうやらまだまだ元気いっぱいのようです。ぞっとしました、本当に増えてますよ…

 

「余裕があったらですが、なるべくヘッドショットでお願いしますね」

 

そんな余裕あるか!

 

 




あとがき
うちの子は基本強い、ただ上がいるので自覚が薄い、というわけで4話です。
痛々しくバカにされてるハイエンドキラーたる所以、一対一は無謀でも二人でならいい勝負できるのが彼女たちです。
しかもメインフレームのみでガチバトルして勝ちに行くのが基本という狂気の沙汰。
試験的にオール一人称でやってみました、今後もちょこちょこ使う予定。
あと最後に、サマシュさん使用許可ありがとうございます!




ミニ解説

ミレルーク
出典・Fallout3
旧アメリカ合衆国・ワシントン近辺で見られる二足歩行のカニ。カブトガニの変異体と言われている。
水辺を好む水棲だが陸地でもある程度活動可能、集団で生活し縄張り意識が強く狂暴なので用がない限りは避けるのが一番。
多少の銃撃ではへこたれず、レーザー射撃ですら弾き飛ばす強固な甲羅を武器に押し進んでくるパワーファイター。
攻撃は近接主体、タックルから両手のはさみで切りつけ、挟み込み、ボコボコに殴りつけて弱らせてから水の中に引きずり込む。
集団で行動するので囲まれるとかなり危険、狙う場合は周りを常に警戒しよう。
弱点は顔それ以外の部分は大変固い甲殻でおおわれている。生半可な打撃や銃撃は怒らせるだけである。
近年ではならず者が持ち込んだ個体がユーラシア大陸でも繁殖しており、類似種のマイアラークと並んで捨てるところが少ない稼ぎのいい狩りのターゲットとなっている。




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第5話・空っぽのカタコンベ

こんな題名だがそこまで殺伐してない


 

遠くから銃声が立て続けに響く、街の水路から響くその銃声にFN・FNCは作業の手を止めて顔を上げた。

周りを見回すと、突入の下準備と休憩をしていたブラボーチームの仲間たちもおもむろに顔を上げて銃声に耳を澄ませている。

突入を早めるべきだろうか、FNCは何となく考えたが下水への入り口は分厚い耐水ハッチが設けられていて、手持ちの爆薬で発破するのは容易ではない。

電力自体は生きているため、美奈ことM1911がバイパスによるハッキングを試みている最中だ。

 

「やってるね、アルファかな?」

 

「待ってください」

 

駐車したボロハンヴィーに背を預けていたMG34が無線機のプレストークを押してアルファチームに確認を入れる。

すると、離れていてもわかるくらい荒々しい返答にMG34はイヤホンを外して渋面を作った。

 

「…ミレルークだそうです、絶賛迎撃中だから邪魔するだって」

 

「うわ、カニ人間?派手にやってるってことはやっぱり繁殖しちゃってるんだね」

 

MG34は愛銃の残弾を確認し、バックパックから予備弾倉を取り出して弾薬ポーチにしまい込む。

 

「上流から団体さんが下ってきてるそうですよ?いけるところまで行って巣穴かたまり場を探ってみるそうです」

 

「上流っていうと鉄血のほうに大本がいるわけか、厄介だね。下手につついたら藪蛇なんてもんじゃない、と」

 

「乗り込んだら鉄血の迎撃が間違いなく飛んできますからね、ミュータントを相手する暇がない」

 

下水への入り口を制御する操作盤を弄っていた美奈ことM1911の怪訝そうな声を上げた。

 

「サラたちが相手取ってるのが群れの一つだったら、この奥にいるかもしれないよ?こういう場所は巣にぴったりだから」

 

「え?はやく開けて!」

 

「突っつかないでよ、スペクトラ。というか、居るなら開けたくないよ」

 

操作盤の基盤をバイパスするM1911を後ろからのぞき込んでいたスペクトラM4が有無言わせぬ口調でせかす。

M1911は苦笑いしながらその手を払いのけ、急ぐ様子もなく操作基盤にコードを取り付ける。

基盤とコードの間に小さくショートが発生し、ハッチに備え付けられた操作パネルが明滅した。

 

「閉所でミレルークとか結構きつい。しかも放浪してたなら気が立ってるだろうし、様子見なんてしてこない。

スペクトラ、その9ミリでやるなら頭を撃ち抜くしかない。接近戦になるけど?」

 

「やるわよ、指揮官にアピールするチャンスじゃない?」

 

私を買ってもらうんだ、怪しげな含み笑いを浮かべるスペクトラM4。その様子にM1911はやれやれと首を振る。

 

「やめといたほうがいいと思うけどな」

 

「なに?私にダーリン盗られちゃうのが嫌かしら?」

 

「怒られちゃうよ?」

 

「怒られる、指揮官に?…いい、指揮官に認めてもらえる、怒ってくれるなんて!殴ってくれる?頬をつねってくれる?きゃぁぁぁぁ♡」

 

こじらせてんなぁ、M1911の呆れが混じる視線を気にもせずスペクトラは小躍りしている。

このスペクトラ、指揮官に完全にお熱かつ拗らせまくっているのだ。理由はFNCもよくわかるし、共感できる。

U05基地のメンバーのほとんどが全線で捨て駒にされた人形の敗残兵、致し方のない場合はあれど大体は元所属の基地の中でも扱いに困っていた部類の人形が多い。

スペクトラM4も例にもれず前線でしんがりという名の捨て駒にされた上に、前の基地での扱いも良くなかったらしい。

性能不足、足は速いけどそれだけ、影が薄い、気づいたらはぐれてるなどさんざんな言われようだそうだ。

その影響で指揮官に拾われ、価値を認められてU05基地に居場所を定めてからはノンストップ状態だ。

 

「静かにしてよ、この玉砕バカ。ミレルークがこっち来る、開けた瞬間ご対面とかマジ勘弁」

 

「来い!ハサミ寄越せ!私は外地でも戦える、指揮官の武器になれるの!」

 

「それが駄目だってのに…」

 

すっかり指揮官に心酔し、ある意味ぶっ壊れた彼女は事あるごとに自分をアピールして購入を迫る。

そのたびに断られて玉砕するのだが、それでもあきらめずに猛アタックする。よって玉砕バカなのだ。

やれやれ、とM1911は肩を竦めてから立ち上がり、操作盤の基盤をスペクトラに差し出す。

 

「ほら、これくらいできないとね。一番槍はあげる、一応止めたからね!」

 

「任せなさい♪」

 

ゴム手袋をつけ、基盤のバイパスに取り組むスペクトラ。控えめに、死にやすい先陣を譲られたのだがスペクトラは意に返さない。

指揮官にアピールできるでかいチャンスが転がりこんできた、としか考えてないのだろう。

その行動力が彼女の強みなのだから捨てたものではないのだが、少し危なっかしいところだ。

 

「まったくもぅ、まぁタイマンなら勝てるだろうけど複数いたらどうするつもりよ」

 

「とか言いつつ止めないよね、助けに行くんでしょ?」

 

「良いの、スペクトラはいい子だし」

 

M1911達もそのアタック自体は止めない、彼への恋慕を否定するつもりは毛頭ないのだ。

もし彼がスペクトラを引き取るというのならばむしろ喜ぶだろう、彼女がいい娘なのはFNCも理解している。

ただどんどん過激になっていく自分セールスには少し呆れているのだが。

 

「奏太が好きなのは私も同じ、それを否定なんてできないから」

 

「じゃ、私も当然ありだよね」

 

「ふっ、認めさせてみろ、この伊集院美奈に対して!」

 

「ステン!」

 

「どうぞ」

 

FNCと一緒に作業していたステンMk2が、FNCにあるそれなりに大きい何かを渡す。

爬虫類の尻尾、トカゲを思わせる形だが紫色をした外皮と長さが30センチはある上に手でつかめるほど太い。

 

「へへーん、どう?このしっぽ、いい形でしょ」

 

FNCは切り取ったゲッコーの尻尾をミナに見せつける。こういったミュータントの一部はハンターオフィスで討伐の証と使われる、それをあえて実践しているのだ。

危険度と討伐数に応じてグリフィン本部からも追加報酬も期待できるのだからやらない手はない。

彼女たちの前には尻尾を切られた紫っぽい体色をしたゲッコーの死体が山積みにされ、その手と姿は血で汚れていた。

服も血しぶきで汚れていて、血の匂いが染みついていて鉄臭く生臭い。その香りにFNCは不思議と心地よさを感じていた。

 

(あ、そっか、指揮官とおんなじなんだ)

 

ふと気が付いた、自分たちがいま置かれている環境は程度こそ違うが圏外のそれと同じだ。

前の指揮官の様に邪険にせず、自分を認めてくれた指揮官と同じ場所に立ち、同じように狩りをしている。

指揮官と同じことができる、彼と同じ立場に立っている、そう理解するだけで達成感が沸いて出た。

 

「はいはい、ほら、匂い消し」

 

「どもども」

 

M1911が差し出してきたタバコケースから、FNCは紙巻きたばこのようなものを一本受け取った。

ハンターが用いる匂い消しの一種だ、匂い消しの薬草を刻んで紙巻きたばこの形にしたものである。

火をつけると消臭効果を持つ煙を醸し出す、それを口の中に吸い込んで体に吹き付けるようにして使うのだ。

FNCはポーチからオイルライターを取り出すと、火をつけて口に咥え、大きく吸い込んで体に吹き付けるようにして煙を吐き出す。

タバコよりも薄く煙る煙は不思議と煙たくなく、服についた悪臭をかき消した。

 

「第2世代の戦術人形でしかも整備は万全、内地基準とはいえ装備も潤沢でASSTフル活用。

この装備ならゲッコーくらい軽くひねれて当然、形は良いけど所詮は原種だからそこまで強くないし」

 

「うわ、結構厳しい」

 

「命がけなんだから厳しくて当然、油断はベテランだって殺す。油断だけはしないこと、素質はあるんだから。ね?ルーキー」

 

ハンターは甘くなんてないよ、と自分も匂い消しを口に咥えながらM1911は肩をすくめる。

FNCはM1911の自分に対する呼び方に首をかしげる、彼女はいま何といった?

 

「ルーキー?」

 

「そうだよ、ルーキー。ピカピカの新人にしちゃ上出来、殺し方も筋がいい」

 

M1911はFNCが仕留めたゲッコーの頭を少し動かし、一撃で撃ちぬいた頭の弾痕を指さす。

人類生存可能圏外に置いてミュータントは、生きるために必要不可欠な資源をいくつも持つ重要な存在だというのはFNC達もよく聞いている。

ゲッコーも皮は加工すれば衣類や防具、小物など様々な用途に使える。骨や牙も同じ、脳みそも薬の材料になる。

肉はしっかりと捌いて加工すれば食べられる、圏外ではよく料理にされているらしい。

 

「こいつが一番すごい。ここが内地なのが残念、これなら結構いい金になるよ。80センチクラスで頭一発ならほぼ全身を使える、小金持ちになれちゃうね」

 

「そうなの?」

 

「でかくなると頭蓋骨と皮膚が分厚くなって弾が滑るから、小口径ライフルだと少し分が悪いんだよ。

かといって大口径だと無駄に抉っちゃうし痛めちゃう、ま、場合によりけり出し仕方ないんだけどね」

 

だがミュータントは非常に凶暴な存在だ、狩りというだけでも一苦労である。

うまく倒してとしてもその過程で傷だらけになったり、倒すためだけに毒物を使ったりして使える部分をつぶしてしまうことも多くあるらしい。

そういったことは日常茶飯事なので、よほどひどい損傷でなければ誰も気にしないが、その分傷を少なく狩れるハンターは尊敬されるそうだ。

 

「これから服や防具か、向こうも大変なんだね」

 

「そうでもないよ、ただ獲物が昔みたいな鹿とかから化け物に変わって、そこにくそったれが混じってる。少し厳しくなっただけ」

 

M1911の言葉に棘が混じる、くそったれ、そういった彼女の表情はひどく辛そうだった。

 

「いやいや、絶対違うって」

 

「そう?あ、ならこいつ捌いてあげよっか?おいしいよ」

 

「えっ!?」

 

ゲッコー、体長80センチくらいにまでなる紫色の二足歩行のトカゲ。こいつを食べるのか?

M1911が喰おうというのは、今日狩った中でも一番大きな80センチクラスだ。肉付きがよくてむっちりしている。

FNCの脳裏にいつもの合成食品よりもグロテスクなゲテモノが浮かび上がった。

指揮官達は基本好き嫌いというものがない、食えるのならばゲテモノでも気にしないで食べるところがある。

 

「ゲッコーの肉はしっかり焼くと美味しいよ、ケバブとかステーキとか」

 

「ステーキ?そういえばそんなこと言ってたっけ…」

 

「ゲッコーステーキ、こう、大きい獲物から豪快に肉を切り取って、塩コショウで味付けしてがっつり焼くの!

塩コショウは少しきつめにしてなじませたやつがもう最高。ご飯にピッタリでさ、何杯も行けちゃうの」

 

想像の中の料理が豪華な肉厚ステーキに変わる、この時代ではめったに食べられない天然物の肉を使った豪華版だ。

ミュータントとはいえ肉と肉、それも工場で作られた味付け合成たんぱく質である合成肉ではない天然もの。

それをナイフで豪快に切って、口いっぱいにほおばって咀嚼する。にじみ出る肉汁と肉の繊維が口の中で踊るだろう。

それを食べる自分を想像し、思わず口の中によだれがにじみ出た。食べてみたい、一体どんな味がするのだろう。

 

「ねぇ、これで料理を作ったら指揮官は喜ぶかな?」

 

「喜ぶと思うよ、奏太も肉は大好きだし」

 

「もしかしたらこれで指揮官に…きゃぁ♡」

 

頬を両手覆ってくねくね身をよじるステンMk2、彼女もFNCやスペクトラの同志だ。

スペクトラの様に毎回アタックしては砕け散るわけではないがアピールを欠かすことはない。

きっと任務が終わったらどうティータイムに誘うか考えていたのだろう、付き合いの長いFNCにはよくわかるのだ。

ティータイムに肉は合わないだろうが、ステンはあまり気にしない。

ふと肉のことを考えていたら口がさみしくなり、腰のポーチからいつもの合成チョコバーをかぶりつく。

 

「ん~、おいしい~」

 

甘いけれども安っぽい合成品のチョコ味だがFNCはこれが大好きだ。

前の基地ではお菓子好きが災いして煙たがれ、それ故にしんがりにされておいて行かれたのだが、今となってはその指揮官には少し感謝している。

おかげで今の指揮官に巡り合えたし、煙たがってくれたから今もU05基地に所属していて、信頼できる仲間と一緒にこうしてお菓子を食べられる。

FNCにとってこのU05基地にいる時間は幸せであり、捨て駒扱いなんてどうでもよかった。

 

「また食べてる。太っちゃうよ?」

 

「太りませーん」

 

「あれ、新型は太るって聞いたけど?」

 

M1911は首をかしげる。確かに戦術人形でも太ることは太る、しかしFNCにはあまり関係がない。

 

「私はほら、燃費悪いから」

 

「うわ、なにそれうらやましい」

 

「美奈は太るの?」

 

「ふくよかにはなっちゃう、こっちについたらたまんないよ」

 

魔改造型の弊害ってやつ、とM1911は困った顔でわき腹を摘まむようなしぐさをする。圏外仕様の生体部品というのもなかなか大変らしい。

人間に近いということは、人間の欠点も現れているようだ。

 

「それは大変だね」

 

「奏太に油断した体は見られたくないもの」

 

油断できる環境なのか?思わずFNCは疑問に思った。

 

「あはははは…独り身にはつらいわー、お姉ちゃんなきそうだよ、42」

 

チームの中で指揮官に恋愛感情を持たないMG34は、仲間の会話に入り込めず一人ぼやいた。

敬愛してないわけではないので、指揮官の今後は少し心配だ。

 

「ミナ!開いたよ!早速―――んん?」

 

重苦しい音を立てて開くハッチの隙間からスペクトラは中を覗き込み、怪訝そうに眉を顰める。

FNCは銃を手に取り、素早くスペクトラの背後に回ると壁に背を付けてカバー姿勢を取った。

M1911とステン、MG34も銃を手に取り手ごろな遮蔽に身を隠す。

 

「どったの?」

 

「ねぇ、あれ何?」

 

「あれ?」

 

スペクトラの指さす先、中へと通じる通路に何か転がっている。木彫りの装飾品のようだ、一体なんでこんなところに。

周囲には何もない、通路の真ん中にポツンと落ちている。まるで拾ってみろとばかりだ。

FNCは首をかしげる、見渡す限り周囲に罠らしきモノは見当たらない。

誰かの落とし物か、と安直に考えるがすぐに否定する。人形の目とセンサーをごまかす罠ならいくらでもあるからだ。

 

「スペクトラ、援護する」

 

「了解、ミナ、手伝って」

 

「任せて」

 

接近戦になれば短機関銃のスペクトラM4、拳銃のM1911が適任だ。M1911に至っては近接格闘戦を得意としている。

FNCは何が出ても撃てるように銃を膝うちの姿勢で構える。その後ろでMG34はハッチを一度見分してから押さえる。

このハッチは耐水用の分厚いハッチだ、もし閉じ込められたりしたら開けるのには手間がかかる。

 

「ステン」

 

「持ってきた」

 

FNCの言葉に彼女は頷き、ハンヴィーから持ち出してきたオーガーを構える。オーガービジョンによる索敵だ。

 

「敵影なし」

 

MG34が頷き、FNCはスペクトラの方に触れて合図。彼女は頷くと銃を構え、静かに通路内に入る。

その後ろにM1911が続き、背後を守る。

 

「トーテム?」

 

スペクトラは落ちていたそれを拾い上げて怪訝そうな声を上げた。

 

「なんでこんなところに?」

 

「さて、ね。ただ先客がいるのは間違いなさそう」

 

M1911はトーテムから目を離し、通路の隅に手を伸ばす。入り口からは見えない死角に落ちていたものを拾い上げた。

それは錆びついたボロボロの拳銃、ホールドオープンした状態で血に汚れていた。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

放置された管理者の日誌

 

 

1日目

この町に起きたこと、そして私の身に起きたことを書き残そうと思う。

私はルイス、この下水の管理者だ。私は運がよかった、あの日も、こうしてこの管理室にいたから五体満足でいられた。

先日、ついにこの町にも鉄血の暴走戦術人形たちがやってきた、グリフィンは何とか守ろうとしてくれたが多勢に無勢。

正規軍も応戦してくれたが圧倒的な数に押し負けて、町は完全に占拠されちまった。

地下には何とか難を逃れてきた避難民が大量になだれ込んできてる、どうやらここから街の外に出られると思ってるらしい。

馬鹿な奴らだ、この年の下水は確かに外につながってるが、その先は川だぞ。汚染が酷い、防護服が無けりゃすぐ死ぬぞ。

幸い、下水のハッチは全部閉めた。分厚い耐水圧ハッチはそう簡単には破れない。ひとまずは安心だ、ひとまずな。

けどそれはつまり俺達も閉じ込められたってわけだ、先行きは暗いぜ。

 

 

 

2日目

どうやらグリフィンは完全にやられちまったらしい、どうしてわかるのかって?俺は下水の管理者だ。

この町を管理するグリフィンの指揮官様と少し知り合いでな、まだ若い兄ちゃんだがいい奴だったよ…

あいつ、最後まで頑張ってくれたんだ…おいぼれの俺が変わってやれれば…

ま、なんでわかるかっていえば、いざというときの連絡用に直通の無線をいただいてたのさ。もう、駄目になっちまったがな。

 

 

 

3日目

下水に逃げ込んできた富裕層のファッキンピザ夫婦とボンボン息子が管理室に来た。

偉そうによくわからない遠巻きな表現をしてきたが、俺をこの管理室から追い出そうとしてるらしい。

おい、息子が呆れてるぞ。ついでに言うとこの部屋はやらん、帰れ。

 

 

 

4日目

あのファッキンピザども、どうやら下水の避難民コミュニティの中で俺の悪口をばらまいたらしい。

ここら辺にいるのはファッキンピザと同類の富裕層ばかりだ、やばいかもな。

 

 

 

5日目

ボンボン息子が朝っぱら?からこっそり部屋に来た。何でも両親の様子がおかしいらしい。

部屋と防護服を奪って逃げるんだと、しきりにぶつぶつつぶやいて、ありもしない計画を口走り始めてるんだとさ。

ストレスでおかしくなってきたか?あのデブども、ガタイ通りの甘ちゃんだったか。

どうも息子はデブでなよっとした風体だがまともではあるらしいなこいつ。でもよ、拳銃は考えすぎだろ?

 

 

 

6日目

なにもない、眠いから寝ておく。

 

 

 

7日目

ふざけやがって!あのファッキンピザどもが俺の防護服と部屋を奪いに来やがった。誰がやるか、一着しかねぇしこいつは作業用だ!

これがなきゃ下水の調節もできやしねぇ、あっという間にお陀仏だってのがわからねぇか!!

くそ、銃なんか撃ちまくりやがって。ボンボンが置いて行ってくれなきゃ射的の的だったぞ、耳が痛てぇ、鉄血にばれちまったかもな。

 

 

 

9日目

やっぱりだ、案の定鉄血が下水に攻めてきやがった。食い物を取りにハッチを開けたところを待ち伏せてやがった。

でも生きてるぜ、俺だって備えてねぇわけじゃねぇんだ。ここは俺の城だ、すこしやられちまったが一網打尽にしてやった。

下水の奥に誘い込んで、排水で洗い流してやったのさ!

バルブの使い方を間違えなきゃガキにでも調節できるのさ。ボンボンに協力してもらって仕返ししてやったぜ!

今頃汚染水の中に叩き込まれておぼれてるだろう、ざまぁみろ。敵は討ったぜ、アーネスト。

でもこれでもう外には出られないな、ハッチの場所が割れてるんじゃ待ち伏せされて終わりだ。

 

 

 

13日目

わるい、書くことがあんまりない。というか気が滅入る、というのも食料の底が見えてきた。

元々避難所じゃねぇし、保存食自体が全く足りてなかった。グリフィンの救助を目当てにしてたからな。

鉄血の見張りが居なけりゃ、こっそりどっかに補充しに行くってこともできただろうがすべてのハッチを四六時中張ってやがる。

監視カメラの目の前で野営してやがるから確信犯だ、俺達を閉じ込めておく気なんだろう、くそ、意地の悪い奴らだ。

俺のもだいぶ減ってきた、このままじゃネズミを食うことになっちまう。下水のネズミだぞ?汚い。

 

 

 

16日目

みんなピリピリし始めた、食い物がなくなってみんな腹が減ってるんだ。

水だけは浄水装置が生きてるから何とかなるが、やっぱり食い物がないと。

でもどうするってんだ?外は鉄血だらけだ、ハッチを開けただけでお陀仏だぜ。

ハッチの前には今じゃ四つ足のでかいやつがずっとこっちに銃口を向けてやがる。

ありゃ軍をやめる前に聞いたことがある、確か軍の新型だったはず、ふざけやがって。

 

 

 

20日目

管理室前で喧嘩だ、どうやらあのファッキンピザが飯を金で買おうとしたらしい。

この状況で、そんな金なんざケツ拭く紙にもなりゃしねぇ。案の定断られたら、なんと盗もうとしたそうだ。

でもすぐにばれてぼっこぼこにやられたらしい。気の毒に。

 

 

 

30日目

ついに食料がなくなった、少し前までは殺気立ってたのに今じゃぁそんな気力もないみたいでみんなどんよりしてる。

だが俺はマシだ。水だけは大量に備蓄してたし、浄水装置が生きている限り補充はできる。塩もまだある、なんとか耐えられそうだ。

大戦のときに習ったことがこうやって役に立つとはな。この際だ、ネズミ狩りにでも行こう。

 

 

 

34日目

すばしっこいネズミどもめ、だが人間様にはかなわんぞ。下水を調節すればあっという間に袋小路だ。

今日は大量だ、これなら少しはもつだろう。塩も少し分けてやった、一袋だけだがな。

 

 

 

37日目

最悪だ、鉄血のアホがどこからか迷い込んできて俺の足を撃ちやがった。幸い折れてねぇが、酷いやけどだ。

あのボンボンが薬をくれたが、こんなんじゃ足りねぇ。消毒液があるだけでもありがたいってもんだがよ。

どこから入り込んできたのかと思ったが、何のことはねぇ、注水パイプの中を通ってきやがったんだ。

パイプの入り口は水路の中、水中だ、脱出には使えない。

どっかの穴の格子が壊れてんだな、たぶん水に落ちてたやつを吸い込んじまったんだろう、ついてねぇ。

なによりついてねぇのは、もう下水を動かせないってことだ。平常運航は問題なさそうだが、ゴミを吸い込んで壊れたら浸水して全員お陀仏だ。

 

 

 

40日目

腹減った、ネズミ狩りもできねぇし、下水が動かせなきゃ誘い込むこともままならねぇ。

狩りの成果もダメみたいで、ボンボンが謝りに来た。お前のせいじゃねぇよ、くそ。

というか、なら下でわめいてるデブ親何とかしてくれねぇ?トーテムがどうとかうるさいぞ。

 

 

 

45日目

だいぶ、間が空いた。今日は気分がいい、久しぶりに腹が膨れてるからな。

ボンボンのやつ、どうやらネズミ捕りがうまくなったらしい。少し騒ぎがあったらしいが…まぁ元気ならいいよな。

今日は俺の塩と交換に肉を分けてくれた、最高だ、少し脂っこいが、悪くない。

 

 

 

48日目

今日も肉だ、ほどほどの量だが柔らかくて、しっとりしたいい肉だ。

 

 

 

50日目

おかしい、人の気配が少なくなってる気がする。くそ、足がやられてなけりゃな…

今日もあいつらが肉を持ってきてくれた、筋張った肉だ、やせたネズミしかいないらしい。

 

 

 

55日目

あしがへんだ、なんか、傷口が、カチカチだ。みょうだな、でも、ちがでないからいいか。

今日の肉は柔らかで、ぷるぷる、塩のノリがいい。うまい。

 

 

 

ろくじゅうだとおもう

腹が減った、でもからだがすごいかいちょうになった。すごい元気だ、それに、なんかすごくすばやくうごける。

でもめがあんまりみえない、ずっと地下にいるからだろな。日記を書くのもちょっとしんどいぜ。

 

 

 

なんにちかな?

はら、へった。さいきん、あたま、はたらかない。ずっとベッドで横になってる、うまく体が動かない。

ボンボンのやつ、最近、こうかんにこない、しょうがないからじぶんからいく。おしお、どこだっけ?

あたまがぼーっとする、おかしい、おかしいか?あれ、おれなにかいてる?

 

 

 

なんにち?

うまい、にく、うまい、しお、ふって、やく、うまい、にく、ぼんぼん、うまい。

 

 

 

わからない

はずれだ、にくがまずい、てつがはいってる、さいきんにくがいない

げすい、ちょうせつしても、こない。どこ、にく、おなか、すいた

 

 

 

いらない

にくない、へんなの、いらない。にく、にく、にくにくにくにくにくにく、にくくいたい

 

 

 

にく

そと(ここから先は筆跡が乱れていて読めない)

 

 




あとがき
はい、カニだけじゃ終わりません。
何とか上下で済むか、それともまた長くなるか…わからんなぁ。

うちのスペクトラちゃんは大体こんな感じ、指揮官にゾッコンラブなタイプ。
正直、あんな格好の子にアピールされたら股間に悪いなんてもんじゃない。


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第5話・空っぽのカタコンベ2

さてさて世界はどんどんおかしくなーる!(ぐるぐるお目目)
しかも満足できなくて10000越えかよ…



 

日誌を閉じる、MG34はふらつく頭を何とか抑えて、荒れ果てた管理室のベッドに腰かけて大きく息を吐いた。

時折点滅する蛍光灯が明るく照らす下水管理室は、仕事場というよりもアパートといったほうがいいだろう。

 

「やれやれ、まさか内地でカタコンベに出くわすとは」

 

薄暗い水路の中にM1911の何とも言えない苦笑いを含んだ独り言が響く。

MG34は目の前の下水の様相に言葉を失っていた。ハッチをくぐり、下水を少し下ると中はまるで難民キャンプのようなありさまだった。

狭い水路や通路には随所にテントや廃材で作られた住居があり、そこかしこに人がいた痕跡が残っている。

焚火の後の上につるされた鍋、風の通りがいい場所に干された洗濯物、テントの前に放置された子供のおもちゃ。

そしてそこかしこに散らばった保存食や缶詰の残骸と、それに埋もれるように人間の骨が散らばっていた。

一人や二人ではない、何十、下手をすれば百人を超えるかもしれない人間の骨だ。

 

(何てこと、この人たち…)

 

それもただの白骨死体ではなかった、その骨は食べられていた。虫や化け物ではなく、人間にだ。

キャンプ内を少し歩いただけで、その痕跡がいたるところにみられた。

この管理室のキッチンにも、人間の骨が山積みにされている。

食べやすいように調理した痕跡もあり、人間の肉を料理していた様子がありありと思い浮かんだ。

 

「大丈夫?」

 

「大丈夫じゃないわ、みんなは?」

 

「通路にいる、でもあんま良くないかな」

 

うまくゲッコーを処理したことで浮かれていたところを落とされたスペクトラたちはひどくショックを受けているようだった。

MG34自身も少し浮かれている自覚はあった。正規軍が相手取るミュータントの、ほんの一種とはいえ軽くひねれたのだから。

考えれば考えるほど思考が空回り、息が徐々に上がっていくように感じる。

 

「この日誌、まるで…」

 

「多分その通りだと思うよ」

 

M1911の肯定にMG34は背筋が凍るように思えた。

 

「たぶんここは逃げ込んだ難民たちのキャンプ、元は上の街の住人ね。この水路のいたるところに同じようなのがあったんだよ」

 

M1911はポケットから小さく折りたたまれた下水の地図を取り出し、MG34の前で広げて見せる。

街の下を走る下水のどこに人がいるのか、どこに住んでいるのかを記してあった。

きっとこれを書いた当初は、ただの地図に過ぎなかったに違いない。

 

「でも、人気が全くしない」

 

「もうとっくに人じゃなくなってるよ」

 

M1911は管理室のコンピューターを立ち上げる。数分の暗転の後、パスワードを求める画面が出た。

彼女は少し考えた後、管理室のハンガーに引っかかったままの青いつなぎについたネームプレートに目をやってパスワードを入力した。

映し出されたのは監視カメラの映像、M1911は記録されている映像を巻き戻しながらつぶやいた、

 

「厄介なのに変異してる。ウェンディゴ同士でもやりあって、互いを喰らいあってる」

 

「E.L.I.D?」

 

「そう、食人癖の人間が治療も受けずに食人を繰り返してるとこうなる。聞いたことない?」

 

聞いたことはある、けれどもこうして痕跡を発見したのは初めてだ。

変異E.L.I.D『ウェンディゴ』は、数いるE.L.I.Dの中でもよくある悲劇の中で生まれた存在だ。

食糧不足の中、飢餓に蝕まれてついに一線を越えて食人に走った人間の末路。この時代、汚染されてない人間や生物はまずいない。

放射能、コーラップス、戦災やこれまでの公害による各種汚染、変異しないくらいにごく微量だが体内に存在する。

通常であれば問題にはならない、食事で蓄積しても体内で粛々と処理されて終わる無害なものだ。

酷くても医者に掛かれば問題はない、汚染治療はともかくコーラップス汚染も初期感染にも及ばない類だ。

だが食人からくる汚染は厄介だ、普通の食事以上に体内に蓄積させてしまう上に禁忌を犯した自覚故に医者にかかることを当人は拒む。

しかも閉鎖空間における飢餓ともなると最悪だ。その汚染をさらに別の人間が食べ、さらに蓄積したうえでさらに別の人間が食べる。

それが食人に走った犠牲者たちの体内に蓄積して蝕み、人肉食による伝染病とも合併し、やがて異形の怪物へと変異させてしまうのだ。

聞いたことはある、しかしMG34はそれを本気にはしていなかった。

いくら何でも食人に手を染める人間がいるとは思わず、居たとしても変異するまで放置されるとは思えない、そう考えていたのだ。

 

「やっぱり、ひどい」

 

水路を映す監視カメラ、テントが所狭しと並んだその場所は最初こそ難民たちが肩を寄せ合って暮らしていた。

互いに協力し合い、時には鉄血を撃退し、水路のネズミや虫さえも食料として捕獲して分け合っていた。

だが食料がなくなり、ネズミすらも捕る力を失った人々はどんどん衰弱していく、

そしてある時、ついに一線を越えた。金髪の女性が、隣で寄り添っていた男性の胸をナイフで突き刺し、殺したうえで食らいついたのだ。

それは禁忌のはずだった、なのに男性に食らいつく女性の表情は、この世のものとは思えない幸福感に満ちていた。

美味しそうに、幸せそうに、恋人のように寄り添っていた男性の太ももにかじりつく女性は、見たこともない幸せそうな顔で笑っていた。

 

「ぁぁ、そんな、こんなことって…」

 

一人が禁忌を犯した、極限の状態でのそれはこの場にいた全員のタガを一気に壊してしまった。

一人、また一人と人々は女性の食らいつく男性の体にナイフを突き立て、腸を切り裂いて口に押しこんでいく。

そこに女性が止めに入る、よく見ると人形のようだ。どうやら凶行に走った女性の関係者らしい。

だが誰も聞かない、主人である女性でさえも静止を振り払い、ついにはその人形を強制シャットダウンして水路に投げ捨てた。

止める者がいなくなれば次の獲物だ、最初はグループ内でもはぐれ者や先の短い者が選ばれた。

死にかけの老人が、身寄りのない子供が、そして中でも問題ばかりを越した人間が次々と殺され、解体されていく。

狂ってる、MG34は流される凶行に頭がぐちゃぐちゃになったように感じた。

 

「狂ってる、狂ってる!どうして、なんで!?」

 

そこから下水は地獄に変わっていった、人々は互いに武器を手に、別の難民キャンプに向かっていった。

その姿はまるでさながら狩りだ、一線を越えたこのコミュニティにとって人間はただの食料に変わったのだ。

やめろと叫びたかった、その場に飛び込んで止めたかった。だが、これは過去の出来事だ。

水路の奥に消えた人々は、かつては仲良くしていた隣のキャンプの人間を連れて戻ってきた。

一緒に暮らすのではない、彼らはその人たちを次々と殺して解体し、冷蔵庫に保管したり干して保存食に変え始めた。

そしてそれらを食べれば食べるほど、人々の体は徐々に変異していった。

体は細く、腕と足が異様に長くなり、行動はやがて四つん這いになりまるで虫のように機敏に動く。

言葉を交わさなくなり、まるで獣のように唸り声をあげながら人を襲い始めた。

別のキャンプの生存者が銃を手に戦いを挑んだが、ウェンディゴの皮膚は拳銃どころかライフルの銃弾をも弾く。

下水の人々は次々と襲われ、抵抗もむなしく喰われるか、己も食人に手を染めてウェンディゴとなっていく。

 

「遅すぎた、やばすぎる、こいつはやばすぎる」

 

「どういう意味?」

 

「くそったれってことだよ、人形と人間を見極めてるし、狩りの仕方を理解してる。一筋縄じゃ行かないね、現にこうして縄張りに入っても姿一つ見せない」

 

「まだ私たちを見つけてないからかも」

 

「ないね、ウェンディゴの耳はセンサー並みに鋭いし、目で文字通り音を見る。気づかないわけがない。

こっちに来るまで派手に靴音を鳴らしてたし、外では派手にドンパチしてたからむしろ警戒してるはず。

そもそもこの辺りには前から来てたのに、私たちは気づきもしなかった。この下にいることすら知らなかった。

相当手馴れちゃってるよ、それにここら辺はだいぶ前から放棄されてる。とっくに外に出ちゃってるかも」

 

ほら、くそったれじゃん。M1911のふざけたような言葉にMG34は背筋が凍るような思いだった。

彼女の言う通り、この廃墟での戦闘は幾度も行われた。その作戦に自分たちも参加していた。

しかしこの下水道に民間人が避難しているなんている情報はなかった、この街の住人は全員避難したことになっていたのだ。

 

(グリフィンは隠していた?いや、でも理由がない。でも、それなら…)

 

殺す理由があったのか、それとも本当に気づいていなかったのか、わからない、ただ怖いと感じた。

グリフィンがますます信じられなくなっていく、何が理由でこんなことになってしまったのかは分からない。

本当に何も気づいていないのなら、グリフィンの管理能力に疑問が生まれる。そんなPMCに街を運営できるわけがない。

もし意図的に放置したというのなら、理由があったにせよひどくむごい、そんな上層部を信じることはできない。

 

「MG34、それ以上考えても無駄よ」

 

M1911の言葉に34は思考の渦から引っ張り出された。冷汗が流れる額をぬぐい、肩をすくめるM1911に目を向ける。

 

「戦争における情報の錯そうなんて国が管理したって起きる、それにどう考えようがもう遅い、意味がない」

 

「でも」

 

「追求したって意味がない、帰ろう、私たちじゃ手に負えない」

 

「え、でも、ここには!」

 

「ウェンディゴはやり手だよ、めったに発生しない分厄介なの。頭も回るし動きも素早い。

それが大量発生?ルーキーを4人も抱えてたら命がいくつあっても足りない。それに今から追跡は無理だよ、痕跡が古すぎる。

いるかもしれないけど、まさかアレに勝てると思ってるの?ここで?」

 

M1911の表情が消える、いつもの明るい色が消えたハンターの顔だ。わかっている、MG34は即座に首を横に振った。

相手の力を理解できないほど経験が浅いわけではない、監視カメラ越しでもウェンディゴの能力はよくわかった。

思考能力が低下しているとはいえ並の野生動物に比べたら頭がよく、四足歩行で壁にすら張り付いて俊敏に動く。

視力は低下しているがその代わりに耳がよく変異した目は音を見る、暗所や夜間では圧倒的にウェンディゴが有利。

一般に流通しているハンティングライフル程度の火力では傷一つつかない皮膚、対鉄血用の銃弾でも通じるかわからない。

もしこの下水で戦えば、よほど相手のことを知らなければ圧倒されて確実に殺される。

 

「だね、たとえ潜伏していたとしても先が読めない、装備も人も何もかも足りない。

奏太に連絡を入れて仕切り直し、装備を変えなきゃあとはkdannireadotobak…naniyateruno?tessyutessyu」

 

「ちょっと、日本語になってる」

 

「え、あー、ごめん」

 

M1911ははっと口を押えて謝る。その様子にMG34は別の確証を得た、これは相当危険な状況なのだ。

人類生存可能圏内で使われている共用語が抜けて普段使っている言葉に戻るのは相当イライラしている証拠だ。

指揮官達は圏外でも日本語圏の街に属しており、仲間内だけの会話やこうした拍子に出てくる。

 

「相当やばいんだね?」

 

「E.L.I.Dよ?クリーチャーとは比較にならない。あ、これを使えば外と通信できそうね…」

 

M1911はテーブルの下でほこりをかぶっていた通信機を見つけ、それを引っ張り出すと自分の無線機と安全装置付きケーブルでつなぐ。

無線のスイッチを入り切りし、通信機のほこりを払い整備用のふたを開けてから満足げに頷いた。

 

「うん、修理すれば使えそう。すぐ済む、奏太に連絡を入れたらもどろっか」

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

一度仕切り直そう、M1911の提案とそれを採用したMG34にFNCは無言で拍手喝さいを送っていた。

この下水は気味が悪い、何より敵がただのミュータントではなくE.L.I.Dがいるとなれば戦って勝てるとは思えない。

やる気満々だったスペクトラM4でさえ表情を真っ青にして真っ先に頷き、ステンも肯定した。

 

(気味が悪い)

 

FNCは頭上に開いているダクトの真下を避けつつその中を覗き込む。中は真っ暗だ、だが視線を感じる気がする。

気持ち悪くて視線を前に戻すが、下水の水路もまた地獄絵図だ。

難民キャンプと化した水路のそこかしこにゴミや人骨が散乱し、テントの中にもしゃぶりつくされた骨があった。

骨という骨にかじった跡があり、白骨化しているのは単純に食べられなかったからだとわかる。

これまで戦場を歩いてきた、人間の死体もいやというほど見てきたがこんなありさまは初めてだった。

 

「待って、止まって」

 

管理室をあとにして、外に向かい道すがら。あと一本通路を曲がれば外に通じるハッチがある。

その目前で、先頭を歩いていたM1911が緊張した声色で全員を止めた。

FNCは怪訝に思って前を見る、通路には何もない、だがM1911は通路をまっすぐ注視して目を反らさない。

理由は分からない、だが足を止めた理由はFNCにも感じ取れた。通路から嫌な感じがするのだ。

 

「なにかいる」

 

「わかる?」

 

「その、人形がいうのはおかしいかもだけど、なにこれ、すごく気持ち悪い」

 

「やっぱ筋がいいよ、光を当てればわかる」

 

FNCはM1911の言葉に従って、自分のポーチからL型ライトを取り出して通路の向こうを照らした。

何もないはずだ、そう思いたかったが、それは通路に光を当てた瞬間黒い影に否定された。

 

「影!?」

 

影だ、人間の影をそのまま地面から抜け出てきたような黒い人影が道をふさいでいる。

それの一人や二人ではない、何人もの様々な人影が立っている。中には銃の類を持つ影もある。

これはなんだ、何かの罠か、咄嗟にFNCは通路を見渡して映写機か何かがないかを探した。

突然現れたその異様な光景に、ステンやMG34、スペクトラたちも息を飲んだ。

 

「な、ナニコレ、これ、何かのウィルス?それともトラップ?」

 

「オーガーは…何も反応なし」

 

「この世ならざるもの、その一種。前に話さなかったっけ?」

 

聞いてはいた、だが不思議な体験という事で話半分にしか聞いていなかった。

 

「そりゃ、やばい奴らがいるってのは、聞いてたけど。まさかモンスターってやつ!?」

 

「それとはまた違うけど、まずかかわらないほうがいいのは確かかな。道を変えよう、触れないほうがいい」

 

道はほかにもある、M1911は踵を返して通路を戻る。正直に言えばもう水路の方には戻りたくなかった。

各所に残された生活の痕跡と食人による骨の山、随所で見られる狂気の跡が嫌でもここの地獄を教えてくれるのだ。

しかしあの影の中に分け入ろう、という気分には絶対にならない。指揮官達が時折言っていたように『飲み込まれ』そうだ。

 

「ねぇ、なんか追いかけてきてるっぽいんだけど…」

 

「無視」

 

「了解」

 

背後からかすかに聞こえる気がする足音にFNCは身震いした。聞こえるはずがないのに、カサリカサリと聞こえる気がする。

なるべく考えないようにM1911についていく。しかし、外に出ようとしても通路には影が居て封鎖している。

何度かアプローチを変えたが、外に無会おうとするとどの通路も影が先回りして封鎖していた。

 

「参ったね、ここも。誘導されてるっぽい」

 

「ど、どうするの?」

 

「行くしかないよ、追ってきてる」

 

M1911が通ってきた通路に光を照らすと、通路をふさぐように人影が何人も立っていた。

心なしか、人影からじっくり見られている気がする。FNCは背筋に感じる悪寒と、電脳に走る嫌な感覚に顔をしかめた。

 

「あまり見つめないほうがいいよ。こっちに行こ、こうなったら付き合う」

 

「ま、まじ!?」

 

「幸い向こうに害意はないみたい、何かしてほしいって感じに見えるし…あんまりかかわりたくないけど」

 

「う、撃ちまくったらダメかな?」

 

「怒らすだけ、行ってみましょ?」

 

彼女は通路の奥へ奥へと向かっていく、幸いにも敵の襲撃はない。ただ不気味な生活痕のあるキャンプ跡地をずんずん進んでいくだけだ。

影がいれば道を変え、影に監視されながら影が居ない水路や道をどんどん進む。しばらく奥に進むと、壁に大きな穴の開いた通路にたどり着いた。

その奥に行く通路には影がゆらゆらと揺らめいている、どうやらここが目的らしい。

成人一人くらい入れる穴を覗き込むと、どうやら別の地下通路に続いているようだ。

 

「なるほど、ウェンディゴたちが掘ったんだ。何かの拍子に崩れて、ここがもろくなってるのに気づいたってわけね」

 

「なんで?」

 

「食い物がないから、通風孔とかから出たんだと思ってたけど、強引な手を使ってたわけ」

 

M1911は穴の縁に手を触れ、奥を照らしながらつぶやく。あり得ない話じゃない、FNCはすぐに納得できた。

この上では鉄血とグリフィンが激しい戦闘を繰り返してきた、銃だけでなく多くの爆発物も使われただろう。

その振動でもろくなっていてもおかしい話ではない、この下水にメンテをする人間もロボットもいないのなら当然だ。

 

「でも、どこに続いてるんでしょう?」

 

「さーて、なんでしょうね。なんかワクワクして来た、レッツゴー!」

 

「ちょっと、スペクトラ!」

 

異常な状況過ぎてついにカラ元気を発揮し始めたスペクトラをステンが諫める。MG34は苦笑いだ。

穴を抜けるとそこは下水とは趣が違う地下通路に出た、コンクリート撃ちっぱなしの廊下で通路には手形や足跡がいっぱいだ。

古い痕跡で生活した痕跡はなく、そのどれもが一直線に上へあがれる梯子に向かっている。

どうやら梯子と反対側にある厳重なハッチ以外は何もない地下空間らしい。その重厚なハッチに、FNCは見覚えがあった。

 

「あれ、これグリフィンの避難用シェルター?」

 

「グリフィンの?」

 

「うん、U08にも同じシェルターがあったから覚えてる。指揮官がいざってときに隠れるための部屋だよ」

 

「あー、ならうちとは縁ないか」

 

なんでそんなものがこんなところに?FNCが首をかしげると、M1911はハッチのコンソールを開いて開こうとする。

パスワードは要求されておらず、自分の所属と名前、IDナンバーを打ち込んでハッチの内部のリストと照合するシンプルなものだ。

どうやら意図的に関係者なら入れるようにしたかったらしい。

 

「あれ、開かない…」

 

「それオフラインタイプなんだよ、リスト更新は手動なの。最後のバージョン更新は?」

 

「バージョンって、画面端のコレ?日付は半年前、鉄血大攻勢の真っただ中ね」

 

「ならその時のIDだよ、ちょっと貸して」

 

FNCはM1911の脇から手を伸ばして、自分のU08地区時代のIDを入力する。

すると、重苦しい音と空気が漏れ出る音がしてハッチが開き始めた。

 

「開いた」

 

「よし。先導する、続いて」

 

M1911に続いてFNC達も内部に足を踏み入れる。内部は特に変わった様子の無い生活空間だ。

ただそこかしこに保存食や空のペットボトルが散乱しており、空気も淀んでいる。換気はされていないようだ。

 

「空気が悪い、空調が死んでる。それに人気もない」

 

「ここも駄目、ですか」

 

「でしょうね、でも、何か探してほしいみたいですよ?」

 

MG34がひきつった表情で先ほどあけたばかりのハッチの外を指さす。

通路を照らす淡い照明の下に、何人もの人影がじっとこちらを見つめて立っていた。

何をするでもない、ただ何かを訴えかけるように、じっと見つめている、そんな気がFNCにはした。

 

「なんなの、こんなの初めてだよぉ…」

 

「わ、私だってそうだよ。な、なに探せっていうのさ?」

 

「さて、なんでしょうかねぇ?そこまでは分からないな、34、ステン、監視をお願い」

 

「了解、は、早くしてね?」

 

「何とかするよ」

 

MG34が手ごろな箱を遮蔽にして、2脚を立てて銃を構えて影を狙う。

それを援護するようにステンが膝うちの姿勢で銃を構えたのを見て、M1911とFNC、スペクトラはシェルター内に足を踏み入れた。

内部は1LDKの小さいがこの時代では生活水準高めの整った避難シェルターだったようだ。

ひどく空気が淀み、汚れていた。保存食の包装紙と水のボトルが散乱し、食べられそうなものを家具からはがしていたような痕跡もある。

だが争ったような痕跡はない、FNCはリビングに残った足跡を確認しながら確信した。

 

「ミナ、たぶん人形だね。寝室の方に続いてる足跡がある」

 

「OK、そっちをお願い。私はもう少しここを」

 

生活痕からして中には一人、おそらく女性の戦術人形が居たはずだ。なぜこんなところに人形がたった一人でいるのだろうか?

FNCは疑問に思いながらリビングから寝室に向かう、中に入ると想像していたご対面より少し斜め上のご対面をした。

 

「いた、でも、これは…」

 

部屋の奥、ベッドルームに彼女が居た。ベッドに横になり、水気の抜けた肌をさらした戦術人形のミイラ。

左手の薬指には誓約の指輪をして、胸に大事そうにデータパッドとモスバーグM590を抱えたまま物言わぬ躯となっていた。

 

「ミナ、スペクトラ!見つけた!」

 

キッチンとリビングに散っていた二人を呼ぶ。スペクトラはミイラを見つけるとびっくりし、M1911は顔をそむけた。

 

「服と銃からして、ショットガンのモスバーグM590ね…」

 

「なんで戦術人形がミイラになってんのよ、しかもこれ、まるで抵抗した後がない」

 

「自分の死を受け入れた顔ね、何もかも覚悟して、こうなってる」

 

M590のうっすらとわかる柔らかい表情、電脳すらも干からびて壊れかけていただろうに。

いったい何がそんなに大事だったのだろうか、FNCは彼女が抱えていたデータパッドを取り上げるとスイッチを入れて保存されていたデータを見て目を見開いた。

 

「これ、鉄血の機密データだ。鉄血の戦力配置、作戦、物資、全部入ってる…鉄血第2支社の攻勢が始まったころの機密書類!」

 

「うそでしょ、こんなの手に入れてたの?元鉄血の人でも匙投げてたのに!」

 

鉄血工造・第2支社はU地区が交戦する鉄血部隊のすべてを担う大本だ。

今は暴走して壊滅した鉄血工造も元は企業、人類生存可能圏には随所に支部や支社、工場を点在させていた。

当然ながら本社が暴走した際は連動して支社、支部のほとんどが暴走を開始した。U地区に近い第2支社も例外ではない。

U地区が抑え込む鉄血勢力圏はその第2支社を中心に戦力を展開しており、戦闘力、生産力ともに本社に次いで大きい。

元々第2支社は支社の中でも大部隊を持ち、生産力も多く、一番古く、一番大きい支社だったのだ。

さらに支社のおひざ元となれば子会社や提携企業には鉄血製人形が多く使用されており、本社暴走と同時にそれらも牙をむいている。

これが本社勢力と合流したらえらいことになるというのがグリフィンの認識だ。

 

「U02基地はこんな情報を手に入れてたのね、これがあれば戦いも楽だったでしょうに」

 

「じゃぁここ一体の管轄していた基地のモスバーグ?」

 

ベッドの上でミイラになった戦術人形、モスバーグM590は何も言わない。

 

「見て、パッドにビデオログが残されてる」

 

「見てみましょう」

 

M590はU02基地が手に入れた情報を、ここで本部部隊と受け渡すはずだったようだ。

鉄血の攻勢で混乱する前線を抜け、M590はこの避難用シェルターに潜伏する。

その居場所はグリフィン本部に通知し、指揮官が直接指揮する部隊が囮として戦力を引き付けているうちに救出する。

機密故に、秘密裏に行われる作戦だ。助けが来るまで何があってもここで待機し、本部部隊の救援を待つように言われていた。

U02基地は鉄血の攻勢が始まる前、どうにかして事態を収拾するために基地一丸となって対策に乗り出していたようだ。

この情報も支社のサーバーまで隠密部隊を潜り込ませ、全滅する覚悟で持ち出してきたものだ。

鉄血支社のサーバーにアクセスして抜き出した重要機密だ、これで多くの命が救えるはずだった。

ビデオログは彼女が異変を感じ始めたころからの記録だった、いくら待っても救援は来なかったのだ。

だが指揮官からの命令は絶対で、彼女も指揮官を信じていた。きっと本部部隊は来るはずだ、だから大丈夫だと。

指揮官や仲間たちが決死の覚悟で送り出してくれた、それを無駄にするわけにはいかない。だから待った。

食料がなくなり、水がなくなり、戦闘の影響で空調システムも異常が発生して壊れ始めたシェルターの中でM590は次第にやつれていった。

栄養と水分不足で生体組織が徐々にミイラの様になり、電脳も徐々に機能を失っていった。

それでも彼女は愛する指揮官を信じて、ベッドの上から動けなくなっても最後の最後までここで本部の救援を待っていた。

 

「でも来なかった、知ってて見捨てたか、それとも―――」

 

「みんな!影が消えた、何を見つけた―――ってミイラぁ!?」

 

寝室に駆け込んできたステンがびっくり仰天してひっくり返る。

 

「こら!仏さんが驚くわ…行きましょう、彼女はあとで迎えに来る」

 

「データは?」

 

「持っていきましょう、彼女たちの最後の記録よ」

 

M1911はM590の腕の中から銃を抜き、弾薬を抜いてから彼女のそばに添える。

データパッドと銃を抱えていた腕の隙間を無理のない程度に修正し、彼女は小さくつぶやいてから両手を合わせた。

目を閉じ、静かに何かを祈る彼女の姿はまるで人間のように見えて、FNCは自分の両手を見つめた。

シェルターを施錠しなおし、反対側の梯子を登りハッチを開けて外に出る、そこは街の中を流れる水路の脇だった。

ブラボーチームが突入するはずのハッチの近くらしい。空が赤い、夕焼け空だ。

 

「夕日が眩しい」

 

地上に戻ってきた全員は思わず夕日の光に目を細めた。なぜか、この日の光がとても安心して思えた。

赤い夕陽が照らす人のいない廃墟の街は、真っ赤に照らされて少し寂しげだ。

その街と夕日を見たM1911が、何かを思い出して微笑みながらつぶやいた。

 

「oumagatoki」

 

「オウマガトキ?」

 

「昔からの言い伝え、昼と夜の境目の夕方は人ならざるものと会いやすい、朝霞じゃ有名な話かな」

 

M1911は、ハッチに目をやる。

 

「たぶん、あの子を見つけてほしかったのかな。たった一人生き延びて、何も知らないまま孤独だったから」

 

「まさか、あの影は…」

 

「たぶん、全滅したU02のみんな、かな」

 

「ありえない、こんなの…」

 

「どうかな、あれを見てそう思える?」

 

M1911がハッチの方を振り返って、小さく微笑む。その視線につられてFNC達はハッチのほうを見て、自分の目を疑った。

一瞬、ハッチの前に整列した人影たちが居た。その人影は一人を除いて女性の人形で、中心にグリフィンの制服を着た若い男性。

若い男性のU02指揮官の隣にはモスバーグM590の姿があり、全員がこちらを向いて小さく一礼してから消えた。

開いた口が塞がらない、その姿は一瞬しか見えなかったが確かに見えた。決してウィルスや幻覚などではない。

お礼だったのかもしれない、けれどふとFNCは感じた。消える寸前、M590が見せた優しい微笑みがなぜか癪に障った。

 

「…なんで、こんなことになったんだろうね」

 

どれほど苦しかっただろう、どれほど寂しかっただろう、いっそ自殺でもできれば長く苦しむこともなかっただろう。

でも彼女は最後まで耐えた、グリフィンの迎えを待った。いつか来る味方の連絡と合言葉を夢見ながらだ。

だが来なかった、でなければ何も知らない自分たちが見つけているはずがない。この地域では何度も戦闘が行われていた。

モスバーグM590が狭い避難用シェルターに閉じ込められた後も、生きている間でさえ何度も何度も鉄血との衝突があった。

彼女は忘れられ、孤独なままベッドの上でやせ細り、最後は動くことすらできないで息を引き取った。

 

「任務のために、か。何の意味があったんだろうね?」

 

「FNC?」

 

「ステン、M590はなんで任務にこだわったのかな?私分かんない、だっておかしいとはうすうす考えてたんでしょ?

閉じ込められて、食べ物がなくなって、水も、空気も、それでもデータを後生大事に抱えてさ。

私は一度捨てられたからかもしれないけど、そんなのバカみたいだよ。逃げちゃえばよかったのに…」

 

戦術人形の死は、死ではない。作戦前に残ったバックアップで再生できる、替えの利くモノだ。

バックアップからの再生は時に失敗してしまうことはあっても、予備自体は残っているのだから最終的には復活できる。

だが彼女は違う、彼女の所属していた基地はすでになく、バックアップも破壊されている。

IOPや本社のサーバーに残されているかもしれないが、あくまで戦術人形の性能向上のためのフィードバック用で本来の用途とは違う。

ここで眠ったモスバーグM590は、文字通り死んだのだ。それに気づかないほど彼女もバカではなかっただろう。

どうして笑えた、どうしてあんな満足そうだった?おかしい、苦しかったろうに、寂しかったろうに!悔しかっただろうに!

恨まなかったのか?嘆かなかったのか?どうしてこんな風にと思わないはずがないだろう。

 

「それは命令違反よ、人間の命令は絶対でしょ」

 

「だったらデータを抱えて出てくればよかった。戦ってる味方のところに駆け込んでくりゃ良かったじゃん。

おかしいよ、救援を待て?救援を待って待って、何も食べられなくなって、それで、あれだよ!」

 

いらいらする、FNCはM590の最後の思い出すたびに胸の奥にあったもやもやが噴き出すのを感じた。

自分は感じた、前の基地ではお菓子好きと燃費の悪さが指揮官の癪に障った。指揮官はあくまで人形は人形、物として扱うタイプだった。

仕方ないと思った、でも、それでも、ステンと一緒に死にかけたときに思った。

指揮官を恨んだ、ほかの人形を羨んだ、自分の無力差を嘆いた、空腹に喘いだ、辛かった、苦しかった。

 

「私はごめんだよ、飢え死に?だったら、一か八かにかけるほうがいい。そんな命令、くそくらえだ」

 

「FNC!あなた、何を言ってるか分かってるの?」

 

電脳に痛みが走る、だから何だ。FNCはその電流を睨む、くそくらえだ、人間の命令は絶対?くそくらえだ。

自分にだって意思がある、チョコも食べたい、おいしいものを一杯食べたい。

指揮官達と一緒に美味しいご飯を食べて、一緒に仕事をして、ずっと一緒に過ごしていきたい。

 

「はいはい、落ち着きなって。FNC、ステン、ここでけんかしてもなにも変わらないよ」

 

「むぎゅぅ」「もふぅ」

 

「今日は特別大サービス」

 

二人の肩を抱くようにして仲裁するM1911は、二人の頬を自分の胸に押し付ける。

純正のそれを変わらない弾力と心地よい体温、そして人間のような心音がかすかに聞こえる彼女の胸は極楽であった。

苛立っていた、燻っていた気持ちが鎮まっていく。暖かい、優しい香りがした。

 

(そういえば、指揮官もこうだったな)

 

初めて指揮官に出会ったとき、死にかけていたFNCとステンを彼は何も言わずに助けてくれた。

鉄血兵がそこら中にいる最前線で、彼はよくやったとほめてくれた。それが無性にうれしかった。

あの時は指揮官の逞しい胸板とごつごつした手だった、けれど同じだ。

 

「大丈夫、さっき見たでしょ?みんな納得済みでああなったの、だからもう何も言わない、もう終わり」

 

「それでいいのかな?」

 

「いいの、私たちにできることはもうないから。さ、帰るよ。明日出直し、街を調べ直さなきゃ」

 

M1911は二人を話して背を向ける、FNCにはその背中が、どこか遠く思えた。

赤い夕陽が沈んでいく、暗くなると帰りづらい。FNCはもう一度ハッチに目をやり、帰還のために車を置いた場所に足を向けた。

 




あとがき

はい!ついに出てきましたE.L.I.Dさん、と言っても原作の奴ではありませんし交戦もなしです。
今回は『UntilDawn・惨劇の山荘』よりウェンディゴさん、E.L.I.D枠での出演です。
鉄血の攻勢で取り残された人々が共食いした結果変異しています…まぁぶっちゃけ、あの世界居ると思うんですよこんな奴ら。
それからこちらの鉄血も説明…というかぶち込みました。うちの鉄血、本社勢力じゃねーから。会社だから支社だってあるよ。






ミニ解説

鉄血工造・第2支社
鉄血がまだ企業として機能していたころに作られたもっとも古い支社。規模は本社に次ぐ大規模。
構成人員も本社に準じており、エージェントをトップにしてハイエンドたちが所属している。
しかしプロトコル、立場、階級は本社の下部組織として設定されており、暴走した後もその設定は有効。
グリフィン管轄のU地区に隣接しており、U地区侵攻を行っているのはこの支社戦力。
勢力圏は本社勢力圏と接続しておらず、距離も離れておりその間にグリフィン管轄地区が点在する。
支社の生産力と戦闘能力で単独で戦闘行動を行っており、勢力圏と規模では劣るものの本社とほぼ変わらない戦力を持つ。
一時期は本社よりも苛烈にU地区を攻撃しており、グリフィンからは本社への勢力圏接続のための初期攻勢ととらえられていた。
現在、第2支社勢力圏に化け物が繁殖を始めていて、正規軍が本気モードとなって右往左往中。


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第6話・今宵はBBQ(狩人流)

資料集買いました、いやはやドルフロってやっぱいろいろ世紀末wしかも結構未来まで触れてるし。
ぶち込めそうなヤツラがどんどんわいてきてたまりません、地獄にするぞー!


 

≪本当にいいんだね?≫

 

白い照明が私を照らす、体が動かない、まるでベッドに縛り付けられているようだ。

声が聞こえる、ペルシカリア博士の声。私は、なんでここにいるんだっけ?

 

「えぇ、もう私は鉄血に帰らない。それに選択肢なんてない、なら毒食わば皿までよ」

 

≪そう、わかった。今から君のデータをIOPのモノに書き換える、完全に鉄血からは離反することになるわ≫

 

「そうね、でも、それが人形じゃない?」

 

≪あなたは16LABの所属になって、グリフィンに派遣される…本当にそれでいいの?≫

 

「人形だもの」

 

そう、どのみち私は壊れかけた人形、放り出されたら長くない。どこに行っても同じこと。

誰も助けてくれない、お金もない、あるのはこの貴重な体だけ…わかってるくせに。

 

≪…そう、ようこそ、IOP・16LABへ≫

 

「んー…また夢だわ…」

 

気が付けばいつもの病室、さっきのはたぶん私が鉄血の人形じゃなくなったときの夢だと思う。

私はIOP・16LOBの研究個体でグリフィンに派遣されてる人形、ってことになった。珍しい鉄血からの離反人形ってこと。

武装や戦闘に関するプログラムにはプロテクトがかけられてて、非常時じゃないと外せないことになってる以外はあまり変わらない。

正式に決まったから、いつもと違うのは監視のダミー人形はついてくるけど外に出るのを制しない。

今はまだ首に爆弾を付けることになってるけど、それ以外ならもう自由…なんか、実感わかないな。

 

「夢子って、変な名前かしら?」

 

外に出て、自販機でコーラを買ってから近くのベンチに座ってから後ろで立ってるイングラムのダミーに問いかける。ダミーは小さく肩をすくめた。

 

「夢子・ロスマン、なんか実感がないな」

 

口に出してみる。夢子・ロスマン、これが私の新しい名前。こっちでの新しい身分、こっちの人形としての私、か。

ドリーマーを日本語にしてそこから作った名前に、鉄血のロストナンバーを少し変えてロスマン。

安直よね、でもあのササキが私のために作ってくれた。なんでだろ、私たちって少し前まで殺し会ってたわよね。

それなのに、こんなお守りまで持たせて、名前を与えて…何がしたかったのかしら。

 

「はぁ、なんか落ち着かないわね」

 

鉄血人形の私が、今やグリフィンに所属してるってのもそうだけど。こうして基地の片隅でボケっとしてるのも変な感じ。

コーラを一口飲んでから小さくため息をついた、なんだろ、この感じ。

なんとなく、施術前にペルシカ博士から渡されたササキからのお守りを出して指でひもを持って吊るしてみる。

日本の神社とかで売られていたよくある魔除けのお守り、デフォルメされたムカデが刺繍されてる。

紫色でムカデがちょっとファンシーなかわいい系、少しくたびれてるけど。

 

「…あら?」

 

お守りの向こう側、U05基地の滑走路脇に人影が集まってる、そういえば今日はごちそうだから来いって言われたっけ。

行ってみよう。この香りは、肉を焼いているの?BBQって奴かしら?

 

「あ、夢子?今ちょうど始まったところだよ」

 

滑走路のほうに向かって歩いてると向こうからM1911、ミナが重箱を両手にぶら下げて歩いてきた。

 

「あら、あなたは?」

 

「仕事のみんなに差し入れだよ、やっぱり出来立てが一番だからね」

 

「ふーん、そっか」

 

「楽しんでね!今日は豪華だから!!」

 

ルンルン気分でミナは司令部のほうに歩いていく、当直に配るのね。出来立てってことは、やっぱBBQ?

 

「ねーちょっと、これ、なに?」

 

私にはわからない、今こいつらが何を料理してるのかわからない。肉はすごい美味しそう、すごいジューシーで、天然ものそのもの。

滑走路わきにやってきたけど、確かに立食形式のBBQ。ジューシーな肉とか、カニのハサミが焼かれててすごい豪華。

でも、その肉はマジで何の肉なのか教えてくれないかしら?スコーピオンもM16もすっごい微妙な顔して教えてくれないのよ?

 

「おや夢子か、すこーしまっとれ。今、うまいカニ飯が炊けたところじゃ。ほれ」

 

ハンガーの奥から鍋を持ってきたコハクが蓋を開けて中身を見せてくれる。いいにおい、すごくおいしそうな炊き込みご飯だ。

コハクの言う通り、この時代じゃまずみられないカニの身がふんだんに入った白いごはん。で、そのカニはどこから来たのよ?

 

「ステーキが焼けたよ!琥珀、手伝って!」

 

「任せい。今日は良い部位が大量じゃ、食え食え」

 

イチヨが持ってきた皿の上にはおいしそうなステーキ、さっきから網で焼いてたやつ。うん、見た目はすごくおいしそうよ。

でもみんなすっごい顔してるのよ、唖然というか、覚悟決めてるというか、そりゃそうよね、そうよね

どの料理もとってもおいしそうなんだけど…その後ろに山積みのトカゲの頭はなんだぁ!

 

「何の肉だそれは!」

 

「ゲッコーの肉じゃよ?あ、頭は気にする出ない。まだ使うのでな」

 

「それまで食うのか!?」

 

「いやいや、あれは薬の材料に使うんじゃよ。治療ジェルを切らしてたからちょうどいいのじゃ」

 

「な、ぬ…そこのサムライもどき!お前も何焼いてるの!そのでかいカニのハサミはいったい何なんだ!

人間の足が丸ごと入ってそうな鎧みたいな足はなんだぁ!!」

 

「ミレルーク焼きですよ。ん~♪いい焼け具合、こればかりは密輸業者に感謝かな~?」

 

真っ赤になったデカいカニ足のどこに感謝する気だ!?どこがだ!どこがうまそうなんだ気色悪いわ!!?

なんでこんなゲテモノクッキングが始まってるんだ!おい、一体何がどうなってやがる!?

 

「お!来たかロスマン!今日は無礼講だ、存分に食べてくれ!」

 

「サーサーキー!お前も何持ってきやがったァァ!!」

 

「ケバブだ、ステーキとは別の部位のコマ切れを使った串焼きだ。スパイスに手古摺っちまってな」

 

ゲッコーのケバブだと!?この、ジューシーで香辛料たっぷりなスパイシーな香りが…うまそうに見える。

い、いやいやいや!駄目でしょ私、これはミュータントだ!ミュータントの肉を食べるなんて、非常識だ!

 

「ほら、食ってみろ。内地の奴もうまい」

 

「うむうむ、汚染が少ないから可食部位が多いのぅ。いい脂がのっておる」

 

「琥珀のカニ飯も久しぶりねぇ、カニの出汁が染みて美味しい」

 

「甲羅を割ればぷりっぷりの身がギッシリ、塩焼きの醍醐味ってやつですよ」

 

食ってる!?なんか始まってる!!ササキはステーキぱくついてるし、コハクはケバブ食ってる。

イチヨはカニ飯食べてるし、サムライもどきお前は両手で抱えるくらいでかいカニのハサミをワイルドにやってんなぁおい!

 

「お、おっほぉぉぉ!!なに、これがお肉!!?」

 

「く、口の中でお汁が弾けてる!?」

 

「はむはむはむはむはむむ!!」

 

おぉぉぉぉい!!スペクトラ!?ステン!?FNC!!?なんでもう食べちゃってるの?MG34、止めなさいよ!え?何、寧ろ元凶?

 

「ちょっと、どういう状況よこれは!!?」

 

「え、あ、ドリーマー?なんでここに?しかも爆弾付きで?」

 

「今日はごちそうだからって誘われたのよ!」

 

最前列で呆然としていたFALに小声で問いかける。爆弾に関しては別にいい、別に何かする気はない。

それにこれくらい警戒してくれたほうがこっちも気が楽よ、これってある意味安全証明書だし。

でもよ、なんなのこのゲテモノクッキング!?

 

「その、ね?FNC達が興味本位で指揮官に頼んだら…」

 

「こーなっちゃったと?暇な奴らでゲテモノBBQ?」

 

馬鹿か、バカなのか!?ここの指揮官はまともじゃない上にアホなのか!?

 

「バカやってんじゃないわよ!汚染されるわよ!!」

 

「されねぇよ、ちゃんと食える所を使ってる。ミュータントってのは生活環境の変化に適応するために起こした進化みたいなもんだ。

そりゃコーラップスかなんかでひでぇ変化したら食えたもんじゃねぇけど、こいつらはそうじゃない」

 

ほ、ほー?なんかうんちく垂れ流してるけど、だったら説明してもらおうじゃないのよ!

 

「ならどうして食べられるの?」

 

「こいつらの体は汚染に強い、人間じゃやばい所でも生きていける。肉体が汚染物を摂取しても、すぐに排出したり蓄積しにくくできてんの。

内臓類は食事や呼吸で汚染に直撃するからほとんど駄目だけど、体の筋肉とかは意外ときれいなもんなんだ。

汚染に直接触れる表皮は、生活可能区域の汚染はほぼしみこまないよう変異してる。

種類によっては汚染を毒にして蓄積させるタイプもいるが、昔でいうフグと同じ原理で処理さえ間違えなければうまい肉が取れるのもいるぞ」

 

「そこのカニは汚染水まみれじゃない」

 

「水棲だぞ?それも元は外地のもっとやばい川でも平気で棲んでる奴だ。あの程度の水じゃどうってことねぇさ。

あの外骨格は水の汚染に適応するために分厚くなった面もあるからな、コーラップスだってある程度は弾くし。

もちろん他と比べれば危険性がないとは言わないが、そこは調べて、ちゃんと加熱して食べれば問題ない。

心配なら市販の汚染検査キット使ってみな、ほら、まだ調理前の肉は山ほどある。料理も検査してみろ」

 

「やってやろうじゃないの。だれでもいいから持ってるやつ、もってきなさい!」

 

私は決意した、私がみんなを守るんだ、このバカのゲテモノクッキングからみんなを守るんだ!!

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「こんな、こんなこと…うまい」

 

勝った、いや何に勝ったのかわからんけども。ロスマンの奴、ステーキを食いながらなんとも悔しそうだ。

そのステーキはゲッコーの赤身だ、油は少なめだが肉のうまみと歯ごたえ抜群の部位、うまいんだなこれが。

 

「くっ、なんで汚染反応が出ないのよ…うまい」

 

ちゃんと食える部分を切り取ってるから当然だ、誰が汚染されたのなんか食わせるか。

 

「ここをこうして、割ってみますと?」

 

「うわ、本当にギッシリ詰まってるわね…」

 

「ミレルークは力自慢なので大体筋肉がギッシリなの、当たりはずれがないのが魅力ですね」

 

「へぇ…あ、おいし」

 

416がサラからミレルークの殻の割り方…というか砕き方を教わりながら身を頬張ってニコニコしてる。

最初のころはつっけんどんだったが丸くなったな、良きかな良きかな。

ミレルークの殻は焼けばもろくなるが、割り方を間違えると身に殻が混じって喰いづらい。

サラはそこらへんうまいんだよ、パリパリわってもりもり食ってる。

 

「焼くときは塩加減が大事だよ、少ないと味気ないからね。

焼き加減はミディアムとかレアは基本駄目ね、しっかり焼かないとおなか壊しちゃうから」

 

「うまい…なんで、本当にミュータントなの?」

 

「うむむ、鳥っぽいけどそうじゃない。これがゲッコー、肉汁があふれ出てくる」

 

「これに比べたら合成肉はあれだね、ハムだ。それっぽいハム」

 

「あっはっは!そりゃ合成品と比べちゃだめだよ」

 

SVT-38とG11は市代が焼いたステーキを頬張りながらうんうん唸る、うん、やはり飯は最高だな!

久しぶりに食った、ここじゃだいたい合成品ばかりだからな。うまいけどやっぱ…味気ないんだよな。

こうやって近場で狩ってきたり持ってきた奴をこうして食うのがうまいんだ。

みんな楽しめているようで何よりだ、当直連中にも美奈が配膳に行ってるしもういきわたったころだろう。

 

「ま、悪くなかったか…」

 

小さく日本語で独り言ちる。これでおしまいだ、正規軍も対策に出てきたからもう役目はない。

小物は残っちまうだろうけどそれくらいならこいつ等でも対処できる、これで大手を振って帰れるってもんだ。

ウェンディゴが出てきてるのは気がかりだが、こいつ等ならまともに当たろうとは考えないだろ。

あいつらは火に弱いから、火炎放射器で燃やしてやれば始末できるし。ま、あとはなるようにしかならないな。

 

「指揮官!私を買って!!」

 

「いらんわぁ!」

 

「あぁん♡」

 

抱き着いてきたスペクトラの奴をうまく引っぺがして地面に転がす。酒臭い、相当飲んでたな?ほんと懲りない。

買えないと言ってるだろうが、俺は正規指揮官じゃないっての。グリフィンの社員割り無いんだぞ、フルプライス+経験などオプション込々でどんだけすると思ってんだ。

しかも今回の件であれだ、ここの連中対ミュータント戦にも対応可能っていうデカいオプションついたんだぞ?

事が落ち着きゃ軍なり安全保障局なりにスカウトされてもおかしくない、栄転間違いなしだぞ。

 

「指揮官、苦労してるわね?あの子も頑丈よね」

 

「M2、お前もなんか言ってくれ。身が持たない」

 

「えー?じゃあ私もチームに加えてよ?M3と一緒にさ。役に立つよ?あたしが機銃であっちが操縦、アリでしょ?」

 

「チームに加わりたきゃグリフィンをやめるんだな、ハンターになってこい」

 

とはいえ、グリフィンを辞めたらIOPに送り返される可能性が大。そういう契約だろ、確か。

俺が引き取るとか言わないぞ、帰る前に面倒片付けてきたら乗せてやるがな。転職なら大歓迎だ。

 

「よし、言質取ったわよ?隊長」

 

好きもんめ、79式みたいな目をしやがって。

 

「面倒事引っ張ってくんなよ、きっちりきれいにしてから来い」

 

「し、指揮官、反応違くないですかぁ!連れてってください!買って買って買ってぇぇぇ!!」

 

当り前じゃァ!自分で面倒事片付けて転職しようとしてる奴と人の金で面倒事清算しようとしてる奴が同じなわけねぇだろが!

お前俺が金持ちだと勘違いしてねぇか?俺はあいつらのオーナーじゃねぇの!恋人なの!ついでに言うとあいつら立派に自立してるから。

それに今は無駄遣いなんぞしてる暇なんぞないわ、いろいろ入用になるんだから。主に養育費な!

 

「はいはい、スペクトラ、こっちいらっしゃいな」

 

「むごむごむぐぐぐぅぅぅぅぅ!!!」

 

はいはいいってらっしゃい、あとは任せたぞM2。そこの色ボケにガツンと言ってやってくれ…あー疲れた。

あの子、悪い子じゃないんだけどなんかな…というかいっつもあの格好だけど寒くないのか?

 

「指揮官指揮官!これ外地でいつも食べてるの!?」

 

FNCがカニ飯を頬張りながら興奮気味に聞いてきた、こらこらちゃんと食べてから喋りなさい。

 

「本当のカニってこんなのかな!ごはんにも出汁がしみ込んでて、カニがほろほろで!」

 

「そうだな、毎日ってわけじゃねぇけどこういうもんだな。むしろ合成品のほうが少ないか」

 

向こうはここと違ってそこまで合成食品技術は進んでないしな。こういうのか遺伝子組み換え、あとは促成栽培とかか。

米もハウスの促成栽培式でどんどん作ってるし、外でも作れる陸稲タイプも出来は上々だ。

だが生産量じゃかなわない、味はほどほどだがとにかく合成品は量を作れる。

これで困ってるって何なんだ?うちらの一昔前はゴキブリの足を揚げて食ってる時代もあったってのに。

あ、駄菓子とかは合成品か?…いや、あれはオリジナルがそもそも合成品っぽいから違うか。

ミュータントの飼育に家畜化もしてるし、ミュータント植物の交配もやってる、たまに失敗するけど。

朝霞の商店街が懐かしいなぁ、いろいろ売ったり買ったり、この肉も肉屋に持ち込んだらいい値段するだろうな。…思い出したら帰りたくなってきた。

 

「おぉ!まさか、天然物復活!?」

 

「天然物っちゃ天然か、ね?言っとくが戦前の食い物はほとんどねぇぞ」

 

どっちかっていうとその食事をミュータントとかで再現してるって感じか。

鳥の照り焼きをガーグァで作ったり、カニ飯をミレルークで作ったり、ハンバーガーはバラモンとかだし。

イャンクックの照り焼き丼は格別だったな、あとザザミの姿蒸しもやばかった、あれ反則。

 

「お、お寿司、お寿司あったりしますか!」

 

一〇〇式?寿司ね、大将のところかな。朝霞の由緒正しい寿司屋だ、日本で回らないやつしてた職人の本物。

 

「あるっちゃあるが、加熱処理したやつか漬けが基本だぞ。昔みたいに生で行けるのはほとんどない」

 

生食は危険だからな、どうやっても。だから火を通した奴か、生でも醤油漬けや酢漬けが基本だ。

生で行けるのもあるっちゃあるが、基本店には並ばないな。自分で取ってくれば握ってくれるけど。

 

「漬け!お醤油とかにつけるあれですか!!?おぉ!!」

 

トビウオンとかB2マンタレイの寿司はうまかったな、ミュータントだけど魚だし。

あとはツァーリフィッシュの素焼き、茹でシュリンプ、湯がいたスナザメ…あ、食いたくなってきた。

 

「高いですか」

 

「ほどほど」

 

こっちにもあるっちゃあるけどバカみたいに高い高級料理だものな、本物なんだからしかたないけどくそ高い。

朝霞のは高級ではあるけど庶民でも手が届く、見た目は寿司だがネタは別もんだしそこら辺にいるし。

ネタの持ち込み大歓迎だから案外安くつくことも…あ、そうだ。

 

「一〇〇式、ちょっと待ってろ。あと他に寿司っぽいの喰いたい奴、手をあげろ」

 

うむ、うむ、ほぼ全員かよ。よし、いっちょ見様見真似のカニ寿司やったろうか!

まずは合成米に合成酢をかけて酢飯もどきを作る、そんで海苔、海苔っぽいのは実は内地にあったりする。

培養した海藻もどきから作った食用ペーパー。合成の海苔もどき、日系企業が作ったやつだ。

こいつで、酢飯と、ミレルークの身を巻く。で、しょうゆをつけて食うわけだ。まぁつまり、手巻き寿司ってな。

 

「手巻き寿司ですね!」

 

「知ってたか、その通り。さ、食ってみ?」

 

どうかな?いや、顔見りゃわかるな。すごいうまそうだ、良い顔で食ってやがる。

 

「し、指揮官!私も!」

 

FALか、よーし、じゃぁちょいと趣向を凝らそうか?えっと、手ぬぐい…ないか。

 

「M4!そのバンダナ貸してくれ」

 

首をかしげたが、頭に巻くような手ぶりをすると納得していつも二の腕に巻いてるバンダナを投げてきた。

ちょいとパンクな柄だけどまあいいだろ。こいつをハチマキ風にして、と。

 

「あいよ!カニの手巻き!」

 

本場とはいかないが、お寿司屋さん風にな。

 

 

 

◆◆◆◆

 

 

 

カニの手巻き美味しい、私は指揮官の手巻き寿司を頬張りながら芝生に座って師匠のほっぺをムニムニしてる。

んひひひ?師匠のほっぺって人間みたい、なんでここまで魔改造できるんだろー?

 

「ししょー、おねがいだからいなくならないでよー」

 

「いたたたた、こらこら飲み過ぎじゃぞ。ひっぱるなひっぱるな」

 

飲み過ぎてない、飲み過ぎてないもん、SOPⅡはまだまだいけるのです!そんなこと言う師匠のほっぺをムニムニしてやるー!

 

「師匠が残るっていうまでムニムニをやめないもんね!」

 

「こにゃこにゃ、みゃめいみゃめい、むきゃきゃきゃきゃ!!?」

 

「お、やっぱけっこー大き目ね」

 

あ、背中から師匠の胸の手が!?AR-15が師匠のおっぱい揉んでる。うわぁ、悪い顔、師匠は恥ずかしそうに胸を押さえて後ずさる。

うん、確かに師匠のおっぱい、ほかの同型機よりちょっと大きめだよね。美奈とかサラほどじゃないけど。

 

「にゃ、にゃにするかぁ!」

 

「いや、やっぱり気になってて…また大きくなったんじゃない?」

 

「そんなことないわい」

 

いやいや、おっきいよ?

 

「愛されてるわねぇ…昨日なんか、お外でだっけ?」

 

え?そういえば昨日歩き方がひょこひょこしてたね、お昼時。あれ、でもその時って確か、あ。

 

「んな!?バカな、裏には誰もいなかったはず!!」

 

師匠それカマだよ!ひっかけ!!師匠と指揮官がいなくなったとき一緒にいたもん!ごはん食べてたもん。

ほら凄い悪い顔してる、AR-15の顔が悪い顔になってるよ!

 

「へー、やっぱりしてたんだ?」

 

「…え、AR―15ぉぉぉぉぉぉぉ!!おまえってやつは、おまえってやつはぁぁぁ!!」

 

あーあ、すっかり乗せられちゃって顔真っ赤。師匠、乙女モードだとこれだもんなぁ。

 

「ふふふっ、随分激しかったみたいじゃない?聞いたわよ、妙にひょこひょこしてて、お腹気にしてたって」

 

「あ、あれは、奏太の奴が気を使うから仕方なく…」

 

「へぇ?仕方なく、全部受け止めてひょこひょこしてたのねぇ?アッツいわねぇ怖いものなしじゃない」

 

「…怖いものなしってわけでもないわい」

 

あーあ、師匠むっつりしてそっぽ向いちゃった。

 

「なら一番怖かったのって?」

 

「奏太がとられそうになったときじゃ」

 

盗られそうになった?あの指揮官が?思いもよらない言葉に目を見開く。AR-15もきょとんとしてる、あれ、なんか地雷ふんじゃったかな?

 

「どうせ馴れ初め聞きたかったんじゃろ?少し話してやる。奏太はな、いろいろあってしばらく女とは疎遠じゃった時があるのよ。

仕事で組むこと、交友はあっても手出しはせんかった。わしらとも一緒じゃな、長く旅をしておったが体の付き合いは全くなかった。

こういうのはここ最近、互いに付き合い始めてからじゃよ」

 

「へぇ、今の指揮官からは考えられないな」

 

指揮官と言えば、師匠達4人を尻に敷いたり敷かれたりしている愉快な男って感じだもん。M4も指揮官大好きで、結構想ってる子多いし。

でも師匠たちとは当然ながらそういう関係でもあるわけで、やることはやりまくってる。それはこの基地のだれもが知ってる。

事故がないわけじゃないけど節度自体は守ってるからそれほど文句は出てない。

今回だって結局誰も見てないもんね、してたなって、あとからわかるだけ。

 

「そういう時代もあったんじゃよ、だからなおさら目立ったのじゃ。奴の体から女の香りがした、それだけでとんでもない事よ。そんなこと今まで一度もなかった」

 

「つまり少し治ったか受け入れたかってところか、よかったわね」

 

「良いものか、あの時の匂いは人間の匂いじゃ。それも昔なじみの女の匂いじゃった、頭を殴られた気分じゃったよ」

 

師匠は一口、水を飲んでから吐き捨てるように言った。珍し、相当気に食わなかったみたい。

 

「わしらはその時、まーあれじゃ、互いに悩んどった。市代も、サラも、美奈もみんな好きなのに、奏太を取り合いになりそうでな。

だがその日、あいつが仕事の誘いに来た。その時に香ったんじゃよ、そういう女と男の匂いじゃ。

しかもあいつ、いつもよりも明るくて、吹っ切れたみたいに笑ったんじゃ。あれが怖かった、知らないあいつがいた」

 

その香りが、指揮官の昔馴染みの人のだった、と。そりゃきつい、もう手遅れかもって思うよね。

 

「その日の夜、わしは夢を見た。奏太の家にな、なぜか美空が居った。仕事仲間の、あやつの昔馴染みよ。

わしはそれを庭から見とるんじゃ、美空のおなかが大きくて、奏太が、それを幸せそうに撫でて…!」

 

語尾が上がり、表情に悔しさと悲しさが滲む。こんな顔の師匠見たことがない。

 

「そこで飛び起きたわ、わっぱの様に泣きじゃくりながらな。今思い出しただけでもおぞけが走る、美空は良いやつじゃが、それだけは、許せんかった。

わしらはようやく自分の気持ちに気付いたんじゃ。みんなが好き、奏太も含めてな。別に取り合う必要なかったんじゃよ」

 

つまり、そこでみんなで告白したのか。思い切りのいい。そう考えていると、師匠は頬を染めてにやけながら答えた。

 

「だから、みんなで手籠めにしてやったのじゃ♡」

 

空気が凍った、柄にもなく自分の顔が能面みたいになっていると思った。

AR―15はなぜかワクワクしているのか唇が上向きに反りあがる。

この脳みそピンクはいま何と言った?彼氏に告白したのではなく、彼氏を手籠めにしたと?順序逆じゃないか?

 

「…は?」

 

「あいつは一途でな、こうでもしないと絶対にしり込みするし、変に悩み始めるからな。だから悩む必要なんぞないと、な。

奴の家に4人で押しかけて酒に誘ったんじゃ、それのつまみに一服盛ってな。そんで三日三晩、4人で愛を囁いたのじゃ」

 

え?なに?指揮官って師匠たちにそういうことされたの?え、マジ?

 

「今でも思い出すと…ふふふっ」

 

師匠の表情は完全な女の表情で内股もじもじさせている、指揮官達のことだと大体そう。

師匠、それは俗にいう逆レイプですよね、のどまで出かかった言葉を飲み込んで喉を鳴らす。

 

「押し倒して、興奮させて、腰を落とせばもうわしらのモノよ。最後はあやつも…すごかったのじゃ♡」

 

指揮官、大変だったんだね。突撃してくるスペクトラをいなす指揮官を見ながら両手を合わせた。

 

「奏太、注文いい?」

 

「おん?市代が最後か、へいらっしゃい」

 

「奏太が食べたいな」

 

「は?」

 

次の瞬間、指揮官にツインテールの蛇が巻き付いて唇を奪った。いやマジでそう見えたよ、イチヨが指揮官に絡みついて、うわぁ…なむなむ。

 

「あらあら、ラブラブね」

 

「なぬ、市代め。羨ましいことを、さては酒が入ったな?」

 

たぶん師匠とおんなじこと思ってるよね、M4とかFALとか。9A91は今ものすごい勢いでお酒カパカパ開けてるし。

M4とFALは羨ましそう、偶然一緒にいた一〇〇式が困っておろおろしてる、どんまい!

それにしてもイチヨ、お酒入ると大胆になるね。おぉ、思いっきり舌突っ込んでる。指揮官ワタワタしてるよ。

 

「行かないの?」

 

「こにゃちゅがはにゃしてくれにゃいわぁい」

 

師匠はここ、私が抱いてる。ちっちゃい師匠はこうするとぴったりはまって心地いいんだよね。離すもんか、ほっぺムニムニしてやる。

ムニムニムニムニ、あ、何か聞こえる。ジェットエンジンの音?正規軍の爆撃機?

上を見上げる、うわ、正規軍の爆撃機部隊。一直線に鉄血領域に向けて飛んでいく。

 

「おにゃまぁ、ちゅいにやりゅきじゃぁ。こりぇでひとぉだんりゃくじゃなぁ」

 

「正規軍も本気ね、私たちまで爆撃されないかしら?」

 

「そりゃないじゃりょう…いいかげんにせい」

 

むぅ、師匠に手が払われた。師匠のほっぺは柔らかでいつまでもムニムニしてられるのに。

今頃鉄血の方は地獄だろうな、ここもいつまで持つかわかんないけどさ。弾が無限にあるわけじゃないし。

さて、私も飲むぞ、どんどん飲むぞー!どうなるかなんて考えても無駄、明日は明日の風が吹く、ってねー!

 





あとがき
うちのナガンおばあちゃんは乙女、はいバカ大根です。今回はお食事会、前回の少し後。
ドリーマー改め、夢子・ロスマンが再登場、16LAB所属のU05メンバーとしてちょこちょこ出てくる予定。





ミニ解説

夢子・ロスマン(ドリーマー・ロストナンバー)
U05基地での療養のち、IOP・16LABにて鉄血技術の解析や研究に協力する個体となる。
ペルシカ博士直轄の人形として登録されており、現在はSPAR小隊とともにU05基地に派遣されている。
武装は取り外され、戦闘プログラムにプロテクトをかけられている。
名前は臨時指揮官、笹木奏太が考えたもの。



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第7話・そして舞台は整った

そろそろひと段落、今回も一人称です。書いたり消したりで長かった。


暗い闇の廊下を私は走る、走る、いつから走っているのかわからない、けれど、走らなければ追いつかれる。

後ろから聞こえる、グリムの声、荒々しい足音、何人も、何体も、いくら撃っても撃ってもきりがない。

体が重い、人工筋肉がひきつって、足の部品が悲鳴を上げている。でも、でも走らなきゃ、追いつかれる、殺される、

 

「こっちだ!」

 

指揮官の声、声のするほうを見る。指揮官だ、ドアの前で叫んでる、SASS、M4もいる。早く、早く早く早く!!

 

「あっ!?」

 

足が捕まれる、肩が、腕が、全身を、ひょろ長いかぎづめを持った手が、グリムの手が。

振り払えない、体に食い込むかぎづめが私を切り裂く、牙が私をかみちぎる。

 

「あっ…」

 

指揮官が踵を返す、光が遠ざかる。正しい判断、これは、正しい。私たちは道具だから、兵器だから。

前もそうだった、前の基地でも私は捨て駒にされた。ただ古い型だから、偶然回された初期型だからというだけで。

生き残っても、前の基地に私は必要なかった。もっと性能のいい人形が補充されていたから。

 

「いやだ」

 

前のところでもそう、ほかのところでもそう、捨てられた。古いから捨てられた。

指揮官だけ、受け入れてくれたのはここだけ。嫌だ、指揮官、置いてかないで、見捨てないで!

足元を這いまわる音がする、上ってくる、クロウラー、振り払えない、上ってくる、私を、私を化け物にしないで!!

 

「いや、いやだ!助けて!助けて、指揮官!!」

 

手を伸ばす、その先には何もなかった。白い天井しかなかった、見慣れた天井、これは?

 

「夢…」

 

U05基地の自室、宿舎としてあてがわれたホテルの一部屋。パジャマは寝汗で湿っていて、ベッドもひどくうなされたのか乱れている。

 

「また、この夢…」

 

ここ最近は見なかった、慣れてきたのか別の夢だった。人形は夢を見ない、夢を見るのは人間の特権だと教えられてきた。

でも今まで私が置かれていたのは、人間の夢、それも恐ろしい悪夢に他ならない。

U08基地での戦闘、もし指揮官の後を追い切れず遅れていたら、私はああなっていたはず。

そう考えると怖気が走る、恐ろしい、今もそう思う。

 

「指揮官、どこに…あ」

 

ふと口をついて出たつぶやきに、私は気づく。この部屋に指揮官がいるわけがない、ここは自分の部屋だもの。

 

「怖い」

 

それなのに指揮官の存在を求めてしまった理由は、恐怖を覚えているから。

現実ではない夢の中でも、追いかけてくるグリムと足元を這いまわるクロウラーの音が耳から離れない。

 

「そう、か。怖いのね、私は…」

 

外は薄暗い、まだ夜明け前なのだろう。でも眠る気になれなかった。またあの悪夢を見そうだったから。

暗いのも怖い、部屋の電気をつけて、ベッドの上にへたり込む。今度は一人が怖い、怖い、次々と恐怖が付きまとう。

いまも、家具の隙間から奴らが出てきそう。そうしたらどうしよう、武器がない、銃がない、どうしようどうしようどうしよう!

 

「落ち着け、落ち着け…なにか、飲もう、散歩しよう」

 

胸に走る動悸のような気持ち悪さ、ひりつく喉の痛み、意を決して部屋を出て自販機コーナーに行くことにした。

部屋の冷蔵庫に常備の飲み物もあり、水道の水でもいいはずだけれど、足は自然と外に向いていた。

廊下は普段通り消灯していて暗い、いつもなら大したことはないはずなのに今日は足が竦みそうだった。

それでも何とか自販機コーナーまでたどり着き、合成オレンジジュースを一つ買って飲みながら宿舎を出る。

 

「霧?」

 

外に出ると薄く周囲を霧が覆っている、この基地では時々ある朝霧だ。

そういえば指揮官の故郷もこんな風によく朝霧が出るって言ってたな。

 

「…さすがに匂わないか」

 

ここ最近、基地にまでに漂ってくるような咽る炎の香りはもうしない。肉の焼ける匂いも、血の香りも。

もうあいつらはいない、正規軍が片付けてくれたから。私も見たもの、あの燃やし尽くされる鉄血領域を。

指揮官の願い通り、この件は政府に報告され正規軍が出張ってきた。ヘリアントス上級代行官はしっかりと仕事をしてくれたらしい。

少し前、基地には指揮官の知り合いの正規軍の人たちがやってきた。正規軍の中でも高濃度汚染区域近くで戦う精鋭。

SRPAのセンチネルって言ってたかしら、確かにここあたりじゃあまり聞かない部隊だ。よく聞くカーター将軍とは指揮系統が違うらしい。

武器もよく見るパワードスーツとハイテク武装じゃなくて、実弾とハイテクの混合で昔の戦闘服にガスマスクっていうどこかレトロチックな感じだった。

でもさすが正規軍、イカレてる。リボルバーの弾がスイッチ式で爆発するってどういう事よ。

詳しくは聞けなかったけど、みんな常人離れしてたわね。AR-15が手合わせを願って思いっきり伸されてた。

そして次の日から、連日連夜の爆撃と容赦のない殲滅攻撃が汚染区域とされた鉄血占領区域で行われた。

私たちも爆撃の手伝いで、陸攻に乗って爆撃した。指揮官に正規軍から依頼が来たのよ、それに私たちも便乗した。

やばかった、さすが正規軍、容赦が全くない。鉄血が哀れになるくらい一方的に駆逐されてたし、隠れていたクリーチャーも根こそぎだ。

それでも指揮官達は少し不満そうだった、ここも含めて全部焼き払ってもらいたかったらしい。いや、それはやめてよ。

 

「あれ、ここは?」

 

気が付くとなぜか慰霊碑の前にいた、慰霊碑と言っても指揮官が自分で作った粗雑な無縁仏みたいなもの。

拾ってきた石板を置いて、そこに日本語で何か文字を掘って慰霊碑にしただけ。時々指揮官達が手入れしてる。

戦いの後はよく指揮官達はここでお祈りしてお供え物してるのよね、よくわからない。ただ冥福を祈ってるんだって言っていた。

今日も来てたみたいね。合成アロマが煙を少し立ててるし。お祈りか、私たち戦術人形がやっても効果があるのかな?

 

「やってみようか」

 

そうだ、やってみよう。減るもんじゃないし。コハクやミナもやってるし。

 

「えっと、こう、よね?」

 

確か、両手で手を合わせて目をつむる。あ、十字も切ったほうがいいんだっけ…なんかごっちゃになってるような?でも要はやることが大事って言ってたし。

よし、十字を切ってから両手を合わせる。なむあみだぶつ。

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

U05地区を走る林に囲まれた古い道路、いつもU05基地への補給は大体この道路を通して行われる。

昔は旅行に来る人たちが使っていた道だけれど、今は私たちくらいしか使うものはいない。

私たちはその補給部隊の救難信号を受けて車を飛ばしていた。電気駆動式のハンヴィーはモーターを唸らせながら道路を疾駆する。

いつもなら車列を狙い相手は鉄血か、それとも食い詰めた野盗なんだけれど、今日はどうもミュータントに襲われたらしい。

ここ最近はU05にも増えてきた、やっぱり生態系汚染は着々と進んでたのね。

今日の車列はぺーぺーの新米指揮官が率いてたからかなりやばいと思う、ついでにそいついけ好かない奴だし。

 

「変だな、この道は獣除けをしたはずじゃないのか?」

 

「完全にってわけにはいかないから、運がなかったんだよ。あれは応急処置だから」

 

後部座席に座るSVT―38が銃の弾倉に弾を込めながらM1911、ミナに問いかける。

獣除け、指揮官曰く人里の縄張り作り。そこら中に人の匂いや戦いの後を作ってミュータントに警戒を促すの。

本格的にやるならお香を焚きまくったり、陣地を作って何日も人を置いて匂いをしみこませるらしい。

私も境界線あたりを練り歩かされたわね、弾薬を詰めたバックを背負わされて時々撃ちまくりながら練り歩くの。

 

「弾が弾かれるミュータントって言ってたわね、何か知ってる?」

 

「いくらでもいるから何とも言えない。近くについたら私が突っ込んで探るから、援護して」

 

ミナはいつものようにバックパックを背負うと、いつも使っていた工事用スレッジハンマーじゃない見慣れない武器を手に取った。

全金属製の戦闘用ハンマー、彼女曰くバトルハンマーを手に取る。頭が左右違ってて、片方は平面だけれどもう片方がまっすぐなくぎ抜きって感じ。

持ち手の長い両手持ちのネイルハンマー、かしら。けど全体的にごてごてしてて重たそう、殴られたらただじゃすまないわね。

あれがハンターであるミナの本来の武器、対E.L.I.D用にも使う対化け物用近接用兵器。ここだと部品とかが足りなくて整備が追い付かないから半ば封印してるやつ。

指揮官達はみんなそう、陸攻と同じでちゃんとした整備が難しいから慣らしでこうやって持ってくる以外はめったに見ない。

 

「ミナ!もう少し!!」

 

「OK!」

 

遠くから銃声とわずかに悲鳴が聞こえる。どうやら護衛部隊の人形のだ、一刻も猶予はない。

車列が見えた、私は横転したトラックのすぐ近くにハンヴィーを止めて飛び降りた。むせかえるような血の匂いと、うめき声に思わず身がすくむ。

道路は血みどろで、手足を切られた人形たちが呻いていた。

U地区の補給を担う補給基地の護衛部隊の人形たちの死体をハサミでつつくその青いのを、私は思いっきり蹴飛ばした。

 

「ラッドスコルピオン、こいつが輸送部隊を。大丈夫?助けに来たわ」

 

横転したトラックに背を預けようにしていたKS-23の肩を叩く。ひどい傷、両足を切り落とされて、左腕も折れてる。

足元にはスラッグ弾の薬きょうが山ほどと中型までのサソリの死体。最後は取っ組み合いになったのね。

 

「化け物が、みんなを、先頭車列にも、いっぱい。指揮官が…」

 

「向こうの戦力は?」

 

「第1小隊と第2小隊が、いる。なんとか、にがした…頼む、あとは」

 

指揮官の車列は逃がした、上出来。変な指揮を出されずにすむ。

 

「任せて、これを」

 

背中のバックパックを下して、中から応急処置用の治療ジェルと包帯を取り出す。

指揮官がゲッコーの脳みそと薬剤を使って調合したやつ、生体部品に効果てきめんで止血効果もある。

 

「助かる、早く!」

 

KS-23に頷いて、ミナたちと一緒に車列の前に足を進める。こいつらはラッドスコルピオン、私が知ってるのは青っぽいでかいサソリ。

でもこいつ、なんだこいつ、でかいのがいる。車並みに横幅があるし、尻尾も長い、針もでかい!こんなになるの?

 

「ジャイアント?」

 

「嘘だろ、こんなでかくなるのか」

 

話だけは聞いていたけど、いざ見るとやばすぎる。甲殻も分厚そう、撃たれた跡が無数にあるのに全部弾かれてる。

 

「い、いや!いや!!やめて!!」

 

声、車の向こうか!

 

「おっとだめだよっと!」

 

ジャイアントラッドスコルピオンの大はさみがPP2000の首に突き刺さる直前、車を飛び越えたミナがその大はさみを蹴り飛ばす。

振るわれるバトルハンマーがうなりを上げて振るわれ、地面を這う巨大なサソリのはさみを真上からの振り下ろしで砕いた。

耳障りな悲鳴を上げて後ずさりしようとするスコルピオンだが、ハンマーで抑え込まれた腕のせいで動けない。

焦りが見えるその複眼を左手で構えたM1911でミナは器用に撃ちぬいて一撃で脳みそを破壊した。

 

「大丈夫?PP2000」

 

「え、えぇ…」

 

「なら銃を持って!こいつの弱点は目、狙って撃ちまくれ!!」

 

トラックの荷台からとびかかってきた中型のラッドスコルピオンを蹴り飛ばし、ひるんだところをハンマーで殴り殺す。さすが、でも私だって!

 

「寄るな!」

 

PP2000を狙う小型のラッドスコルピオンを撃ち抜いて、飛びかかってきた中型を蹴っ飛ばす。重たいけど、怯ませた。

その隙に周りの小型の奴を撃ち抜きつつ、ナイフシースから一本ナイフを引き抜いて中型の複眼に投げつける。

いいとこに入ったのか中型は一瞬痙攣してぐったりと足を折った、研いでてよかった。なんとかなった。

 

「イングラム!下!」

 

わかってる、ミナの声に飛び退ると地面に穴が開いてさっきミナが仕留めたサイズよりも少し小ぶりなラッドスコルピオンが顔を出した。

それでもでかい、外殻に弾をはじいた跡がいくつもある。でも、運が尽きたわね!

 

「ハロー?」

 

複眼の眼前に銃口を突き付けて全弾叩き込む、痙攣する体をつま先でひっかけて少し開けてから穴の奥に手榴弾を投げ込む。

穴には後詰がいる可能性があるし、変なのに使われるかもしれないから埋めておくに越したことはない。

穴を死体でふさいだら少し下がる、手榴弾が爆発するくぐもった音がしてスコルピオンの死体が少し浮かんだ。

 

「やるじゃん」

 

「それはどうも」

 

「皮肉じゃないよ?虫退治はいつでも歓迎だしね」

 

虫退治…字面は軽いけどきっともっとやばいのよね。大物を仕留めた割にぜんぜん応えてないし。

 

「それにしても多いなぁ、ラッドスコルピオン」

 

「変異?」

 

「いやどうだろ、ちょっとわかんないな!」

 

ミナは再びフルスイングでトラックに貼り浮いていたラッドスコルピオンを殴り飛ばす、ホームランね。

 

「でも肉質結構詰まってるし、甲殻も確かに硬い。本場もの?なんか変だな」

 

シャレにならないわよ、専門家のあなたがそんな風に言うと。

 

「今日は大量だな、素晴らしい!」

 

「皮肉ですよね、ほんっと!!」

 

38と34も手当たり次第にスコルピオンを撃ちまくる。MG34はいくらか弾かれるけど、火力で押し通す。

SVT-38は中型なら正確に目を撃ち抜く、小型は蹴っ飛ばしてる。人形の脚力なら蹴りでも十分死ぬ。

 

「もしかして巣がある?」

 

「ここじゃないだろうけどね、だから中途半端は駄目なのに」

 

まいったな、この辺りは隣の地区の境界線よ。隣の地区だと手が出せない、あっちの指揮官はうるさいし。

 

「はぁ…帰りたい」

 

「そんな、私たちを見捨てるの!?」

 

「したくないけど、うちもやばいんだって。おばば様に叱られる!」

 

「なんで、というかだれ?」

 

「街の偉い人、一年くらいほったらかしなの、私たちのおうち…」

 

そうか、指揮官達って向こうに家があるんだっけ。こういう話を聞くと、やっぱりここの人じゃないのよね。

 

「ミナ!デカいのが来た、こっちじゃ手に負えないよ!!」

 

「白い奴だ!2体、高速接近中!」

 

MG34の悲鳴みたいな叫び、振り向くとトラックみたいな幅のでかくて白い奴が2体並んで道路を一直線にこっちに来るのが見えた。あっちって指揮官車が逃げたほうじゃなかったっけ?

MG34とSVT-38は応戦するけど弾が面白いように弾かれる。大きなハサミで目のあたりをガードしながら突っ込んでくる。

あれはスコーチ!?ジャイアントラッドスコルピオンの変異種、汚染濃度の高いところにいるっていうやばい奴じゃないの!!

ハサミの隙間を縫って38の銃弾が目のあたりにあたるけど、1発くらいじゃ大して効いてない。

 

「スコーチ?あんなのまで持ち込んでたの?この群れのボスってところか」

 

ミナは余裕、これはあれね。やったことある人だ。

 

「くそ、ならこいつだ!すまんが離脱する!」

 

SVT―38はマガジンを交換、赤いテープを巻いた奴に取り換えて初弾を装填、スライドに鉄片をかませて稼働しないように固定する。

銃を近くの車のボンネットに添えて、銃を抑え込むみたいにしながら撃った。

重くてひときわ大きい銃声、撃った反動で銃口が上に跳ね上がり38も体を大きくのけぞらせた。

対ミュータント用強装徹甲弾、対E.L.I.D用徹甲弾をモデルに指揮官が今あるもので再現してくれた特製のやばい奴。

薬莢の強度ぎりぎりまで装薬を増やしたライフル用徹甲弾で、威力と貫通力がすごいけど反動がやばい。

 

「ぐぅぁ、くぅ…指が痺れる、肩痛い!」

 

半自動小銃に向かない上に普通に打てば装填機構が一発で使い物にならなくなるから、撃つときはブローバックを殺して使う。

元の奴も装薬の推力はすべて弾の威力に使うこと前提なのでそういう使い方になるんですけど。

反動がすごすぎて人形でも取扱注意、今も38が反動で一時的に戦闘不能状態。銃もオーバーホール確定。

でもその代償の分、威力は半端じゃない。今もスコーチの頭をぶち抜いて一撃で仕留めた。

 

「チェストォォォォ!!」

 

死んだスコーチを避けて前に出ようとした奴にミナが突貫、ハサミを思いっきりハンマーでたたきつける。

スコーチはそれをいなして、尻尾の毒針をミナに向けて突き出す。それを彼女はくるりと一回転しながら避けて、勢いをつけて毒針のある尻尾を殴りつけました。

 

「おっと?」

 

尻尾で器用に受け止めた!?そんなこともできるのかこいつ。ミナはすぐに一歩引いて仕切り直そうとするけど、スコーチはすぐに追撃。

ハサミの左右連撃、ミナは体をひらひらさせながら避けつつハサミの連撃に交じる尻尾の刺突をハンマーで防いで軌道を反らす。

援護したほうがいい?いや、下手な横やりはミナの呼吸を乱す。周りの小物を掃除しましょう。

 

「せーのっせっ!!」

 

何度目かの尻尾の刺突を弾き、掛け声と同時にミナが尻尾の刺突を思いっきりハンマーで真横から殴りぬく。

するとスコーチを基軸に時計の針のようにしっぽが回転し、曲がり過ぎた尻尾の根元がねじれて緑色の血がにじみ尻尾がけいれんを起こした。

その反撃にスコーチの動きが鈍る。なるほど、さっきから刺突を弾いてたのは打つ場所を見定めるためなのね。

その隙をミナが逃すはずもなく、左脇に潜り込んでスコーチの左足を2本まとめてへし折った。

耳障りな悲鳴を上げて擱座するスコーチ、そのしっぽの付け根にミナは移動してすかさずハンマーを振り下ろす。

生々しい音を立てて罅が入った外殻もろとも付け根がつぶれ、重たい音を立てて尻尾がだらんと地面に垂れた。

スコーチは耳障りな悲鳴を上げて、無事な足と腕をばたつかせて暴れまわる。

その背面にミナはするりと上ると、弱点の目の部分へ向けて鋭い釘抜きみたいなほうを振り下ろした。

一撃、複眼が砕けて一層暴れまわる。二撃、一際強く痙攣して暴れ方が弱まる、三撃、よたよたの死に体って感じ。

4、5、6とボコボコに殴り終えたころには、複眼はもう見る影もなくて、スコーチは力なく横たわった。

 

「ふぅ、これで終わりかな?」

 

とどめに3発、ぐちゃぐちゃの脳天にM1911を撃ち込む。うん、無理、参考になりませんよこれ。

いっつも思いますけどどうやって避けてるんですか、あんなひらひらと動けないんですけど…ま、考えてもしょうがない。

それにしても、このスコーチ。なんであっちから道路に沿って真っすぐ来たんですかね?

 

「ま、大方予想はつきますが」

 

周囲の安全を確保し、生存者を集めてからスコーチの足跡をたどります。やっぱり、少し行くと黒煙を上げるハンヴィーが2台。

逃がした指揮官の車両は少し行ったところで壊滅していた、生存者なし。人間も人形も区別なく。

逃げた後にスコーチの待ち伏せを食らってそのままやられたみたい、でもどうしてこんなところにスコルピオンがいたのか。それは周囲を捜索してすぐわかりました。

 

「あー、まぁ考える奴いるか」

 

SVT-38は壊滅した指揮官車列近くの茂みをあさってぼやいた、私も頭が痛いですよ。

茂みの中にはでっかい餌の山の残骸がありました、人形用生体部品です。しかも期限切れのかぐわしいの。

 

「グリフィンに対する嫌がらせのつもり、だったんですかね?それともただの不法投棄?」

 

「どっちにしろ迷惑千万だ、こんなことになってなけりゃただの肥やしなんだが」

 

問題はこの匂いにつられてミュータントがわちゃわちゃしてて、そこに不幸な犠牲者が通りがかったってことですね。

大方餌を親玉が独占して腹をすかせた下っ端たちが先に強襲、そこから逃げてきた新鮮な肉を親玉がロックオン、ってところ?

 

「放っておいても他の奴ら来る、燃やしてしまおう」

 

「ですね」

 

38と示し合わせて、基地に事のあらましと結果を知らせてから餌の山の残骸に火炎瓶を投げつけました。

鉄血の脅威が少なくなったとたんにこれ、なんだか夢が覚めた、そんな感じですね。まったく。

ここ最近は日常茶飯事、過激派やら人権団体やらの嫌がらせが変なところでミュータントを呼び寄せたりして大変。

とある過激派がミュータントをトレインして来たっていう基地も聞きますね。ほんと、どうなることやら。

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

≪ベレ、言いたいことは分かっているな?≫

 

「はい、将軍」

 

グリフィン&クルーガー本社の社長室、夕日に照らされた豪奢な室内で社長のクルーガーが壁のモニター映し出された通信相手を前に姿勢を正している。

相手はグリフィンが懇意にしている正規軍のカーター将軍、いつもは何か企んでるみたいだけれども今回はそんな様子は見られない。

私はそれを向こうのモニターには映らない部屋の隅、そこに椅子をもってきて座ってる。別に隠れてるわけじゃない、向こうもそれは知ってるしね。

 

≪お前を責めているわけではない、今回ばかりは誰の手にも余る予想外の事態だったのだ。まさか鉄血があんなことをしでかすとはな。

だがこの一件は響く、正規軍による掃討作戦はしたが、完璧ではない。事態は、少々根深い≫

 

「えぇ、我が情報部にも情報を探らせました。過激な団体が、何か奇妙なものを仕入れたとの情報がいくつかあります」

 

≪やはりか、こちらにもすでに悪い情報がいくつも上がっている。これが出回れば、今も核攻撃さえ考えている老害どもの尻に火をつけかねない。

ブレイク大佐経由でハンターオフィスに連絡を入れた。明後日、そちらに連絡員が行くはずだ。彼らと共同して、対策に当たれ≫

 

「ハンターを雇え、と?しかし将軍、彼らは…」

 

≪向こうは乗り気じゃないだろうな、どれもこれも老害どものせいで…何が裏切り者だ、まったく!≫

 

珍しい、カーター将軍が本音で愚痴ってる。人類生存可能圏内に住む人間は第3次大戦を本気で戦った奴らばかりだからね。

E.L.I.Dに背を向けて人間同士の戦いに没頭したやつらからしたら、当時の敵国人とも手を組んで化け物と戦ってたハンターや圏外の人間は裏切り者。

戦争から逃げた臆病者、国家反逆、売国奴といろいろ言われて戦前から良い地位にいた人間ほど彼らを嫌ってる。

だから戦争が終わって、落ち着いたら汚染された荒野に排斥した。危険因子と考えられたし、その状態でも戦い続けた力も恐れた。

ハンターもオフィスも黙って出て行ったけれど、あの沈黙がまた怖かったのかもね。

実際凄い元気に生きてる、技術力もつけてきてるし、化け物と言われても否定できないわよ。

 

≪こちらもこちらで手を回す、頼むぞ≫

 

「承知しました」

 

通信が終わる。

 

「すまないな、ペルシカ。待たせてしまって」

 

「構わないよ、私が突然押し掛けたんだ。カーター将軍も結構気にしてる感じ?」

 

「当り前だろう、まさかこれほどのミュータントを持ち込むバカがいるとはな」

 

むしろ今までいなかったことのほうがおかしいと思う、のは考え過ぎかな?小口ではあったし。

 

「幸いアウトブレイクは防ぐことができた、正規軍の作戦も順調に終了している。傷跡を残すことにはなるが、おおむね国も安堵しているようだ。

U地区は今後、軽度生態汚染地区として認定される。再入植計画はほとんど白紙に戻るな」

 

「管理するグリフィンとしては痛し痒し、ってところかな?」

 

国からの特別措置を取られた地区の管理は特殊な業務、だからある程度強力な武装や装備の使用を許可されることが多い。

それくらい厄介ごとってわけだから、大体のPMCは絶対やりたがらないけどね。

IOPもSPAR小隊を引き上げろって遠回しにせっついてきてるくらいだもの。

 

「その程度で済むものか、U地区の被害は相当なものだぞ。向こうの部隊は慣れない相手に四苦八苦している」

 

当然ね、多くの基地がミュータントやE.L.I.Dとぶち当たって、人形を使いつぶしてIOPに補充を要請してるからね。

人形で対処できる相手に調子に乗って、その格上に潰されて被害甚大ってパターンが多いみたい。

SPAR小隊がいるあの基地が異常なだけなのよ、だからこそ、これはチャンスでもある。

 

「でもこれはチャンス、国の認証を得たうえで圏外からハンターを呼び寄せられる。

その技術を人形に学ばせて、より多くの場面で活躍できる人形の育成、部隊の設立が目的でしょ?」

 

「それは16LABも同じだろう、人間の手を離れながら共存する圏外の人形たちはお前たちからすればいい研究材料だ。

人類生存可能圏外、そこで暮らす彼女たちは独自の技術を発達させている。

あのほぼ全身を生体部品にした体がいい例だ、医療関連では引けを取るまい。彼女たちの経験をフィードバックするだけでも大変な価値があるだろう?」

 

私は乗り気じゃないけれどね、あの子たちに手を出す気はないわよ。

 

「そうね、でもお互いやり過ぎないようにしないと。一線を越えたら何が起きるかわからない」

 

「経験者としての忠告、感謝する」

 

えぇ、若いころの私たちみたいに馬鹿な真似はしないで頂戴ね。

 

 

 

 




あとがき

正規軍やばいと恐れつつこいつも大概なイングラムのお話。
M1911ことミナちゃん、ついに戦う。こんな感じで鉄血ハイエンドもボコボコにしてました。





ミニ解説

ラッドスコルピオン
出典・FALLOUTシリーズ
旧アメリカ合衆国原産のサソリ型クリーチャー、青くて大きい大王サソリ。
最初はおよそ子犬ほどの大きさ、さほど脅威ではなく農具で追い払えるくらいで拳銃があれば十分安全に対処可能。
しかし最終的には軍用トラック並みの横幅にまで巨大化、ジャイアントと呼称が付くと脅威は驚くほどに跳ね上がる。
大型になればなるほど全体の甲殻がも分厚く頑丈になり、並々ならぬ防御力を持つようになる。
大型化するにあたり生息域が遮蔽の少ない荒野などの広い場所に変わるが、見通しの良い場所で堂々と姿をさらす個体は強いので注意。
尻尾の端には毒針があり、体が痺れる神経毒を撃ち込んでくる。毒性は弱いのでそれだけでは死には至らない。
体全体が白いアルビノタイプ『スコーチ』が最も危険。軽機関銃の掃射にも耐える頑丈さと回復力を持ち、通常種よりも強化されている。
漂白されたような真っ白な体を持つ巨大サソリは圏外でも大変危険なクリーチャーとして問題視されている。


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第8話・発足、G&K対ミュータント対策部隊『U05』

無理やりだけどチーム引き留め、行動範囲拡大話。
時系列的には低体温症まで終わってる設定。あれだけドンパチすれば脇も甘くなるでしょう。


青い空が広がっている、U05基地滑走路に駐機された一式陸攻のそばで空っぽの木箱に腰かけたナガンM1895はぼんやりと空を眺めていた。

青い空、汚染されていたとしても空は青く、地球のどことでもつながっている。自分たちの街とも、この場所とも。

 

(今日で最後か、存外、悪くなかった)

 

最近は着慣れてきたIOP製のデフォルト装備ではなく、人類生存可能圏外で作られたタクティカルサバイバルスーツに身を包んだ彼女は感慨深く思った。

旧ロシアのゴルカスーツをモチーフに作られたものに、自分の好みに合わせてポーチやタクティカルベストを合わせた戦闘服だ。

IOP製のデザインに凝った制服に比べれば色気も何もないだろうが、M1895にとってはこれがしっくりくる。

生まれ故郷ともいえるここには苦い思いでしかない、それでもここでの日々は楽しいモノだった。

 

(じゃが、やはりこれが一番じゃな)

 

ホルスターから愛銃を取り出し、弾倉を横に振り出して44口径マグナム弾をスピードローダーで装填する。

6連発スイングアウト式シリンダー、ダブルアクション、44口径マグナム仕様のナガンM1895リボルバー、魔改造された自分の愛銃。

大口径高威力、各種特殊弾対応、ASST制御からも外れた魔改造品だが本来のナガンM1895よりも手に馴染む。

この銃でこれまで化け物を、人間を、人形を、何十人、何十体と屠ってきた。

 

(今はどんな依頼があるのかのう、手軽な討伐依頼があればよいのじゃが)

 

朝霞の街は遠い、いつものようにいくつかの街を経由して帰る。機体の本格修理も最初の街で済ませるのでその間に現地でも軽い依頼で稼ぐつもりだ。

人類生存可能圏近辺ならばE.L.I.D討伐が主だろう、面と向かってあの化け物を狩りに行くのは久方ぶりだ。

修理を終えれば、オフィスの輸送飛行隊などに便乗して街から街へと飛ぶ長い道のりだ。

人類生存可能圏外では飛行型E.L.I.Dなどの化け物のほかに、空賊も出没する。戦闘機の護衛なしでの長距離移動は危険なのだ。

 

「どうしました、ニヤニヤして」

 

「何、久しぶりで少し昂っておるのよ」

 

どうやら笑っていたらしい、一式陸攻の中から出てきたP38にとがめられてM1895は気づいた。

P38も同じくタクティカルサバイバルスーツに身を包み、腰には愛用の日本刀を吊るしている。

 

「お主も久方ぶりに九五式を握ったのじゃ、どうじゃ?」

 

「忘れてなんかいませんよ」

 

「どれ、みせてみぃ!」

 

不意打ち気味にM1985は空のスピードローダーをP38に投げつける。瞬間、宙に浮いたスピードローダーが真っ二つになった。

対化け物用に鍛え上げた日本刀『九五式』を用いた居合切り、M1895の目にも見切れないその一太刀で腕が訛っていないことを見せつけた。

だがそれでは物足りない、M1895は自分の唇が吊り上がるのを感じた。昂っている、久しぶりに本気で打ち合える。

 

「やるぞ!」

 

「唐突ぅ!?」

 

愛用のツインショートブレードを抜き、片刃の刀身を逆さにしてP38に向かって構える。殺しはしない、峰撃ちの本気の訓練だ。

バックステップで距離を取ろうとするP38に斬りかかり、体をコマのように振り回しながら3連撃を仕掛ける。

 

「弾くか!?」

 

「何の!」

 

バックステップと同時に抜かれた九五式の刃に下段から上に右のブレードを弾かれ、反動でM1895がのけ反る。

反動でたたらを踏むその喉元にP38は九五式の切っ先を突き付けた、銃口を腹部に突き付けられながら。

 

「なんじゃい、存外腕を上げておるじゃないか」

 

「慣れないモノで戦ってきたんです、そりゃ腕も上がるってもんですよ。琥珀だってそのクイックドロー、早すぎですって」

 

違いない、M1895自身も非力なM1895リボルバーに苦労した。おかげでリロード技術やクイックドロー、速射技術がめきめき上達したものだ。

今も弾かれたと同時に、ツインショートブレードでの反撃が間に合わないとわかったらすぐに左手の剣を手放してリボルバーを抜いていた。

 

「琥珀、ちょっと悪い癖出てきてません?」

 

「なはは、まぁ許してくれい」

 

「いつも縛りプレイ状態だったもんね」

 

「奏太の緊縛姿は見たいかも」

 

「ひどい絵面だ」

 

ハンガーの奥から荷物を詰めた段ボール箱を抱えて出てきたスプリングフィールドM14が話に割り込む。

その後ろには笹木奏太、コルトM1911も続いていており、全員がタクティカルサバイバルスーツを着込んでいた。

笹木一家の全員同じモノをそれぞれのスタイルに合わせて細かく変えている。

奏太は得物を収める二人とその間に転がるスピードローダーに目をやり、小さくため息をついた。

 

「ローダーを真っ二つにするなよ、もったいない」

 

「細かいこと言うな、あとで買っておくれ」

 

「そりゃ買うけどな。で、こいつで荷物は全部か?俺は全部だが」

 

「うん、みんなそうだと思うよ」

 

M1911の返答に他の全員もうなづく。その数と内容を鑑みて、奏太は思案顔になった。

持ち込んだ対E.L.I.D用弾薬などと一緒に圏内製弾薬を詰め込んだ木箱が二つ、個人の私物が入った段ボール箱が五つ。

これはこちらにやってくる際に持ち込んだものの残りだ。

 

「そうか、やっぱもうぎりぎりだな。持ち込んだ装備、ほとんど使っちまった」

 

わずかに残った弾薬を除けばハンガーから持ち出したのは持ち込んだ私物と、こちらで調達した衣類などだ。

だが持ち込んだ装備類のほとんどは戦いの中で使ってしまい、ほとんどこちらで調達したものばかりだ。

以前の仕事では一式陸攻に積めるだけの武器弾薬、各種補給物資を積み込んでいたのだが全部失うか使い切ってしまった。

 

「仕方なかろう、鉄血も侮れん相手ばかりじゃったのじゃ。むしろよく生き残れたものよ」

 

実はいろいろきつかった、表向きはめちゃくちゃしていたけれども。

 

「いつものことじゃん。今回は報酬ウハウハ出し言うことなしでしょ」

 

「そうなんだが、揃え直すのは手間だぞ?サラなんか整備道具新調せにゃならないだろ」

 

「仕方ありませんよ、ね?市代」

 

「そうそう、生きてるんだからノープロブレム」

 

M14の言う通りだ、M1895は頷く。奏太の懸念ももっともなのだが、やはりちゃんと生きて帰れることが重要だ。

これから自分たちは帰るのだ、慣れ親しんだ朝霞の街に。あとのことはそこで考えればいい。

 

「そうだな。あー…なぁ、みんなちょっといいか?」

 

「なに?」

 

「渡したいものがあるんだよ。その、左手を出して、目をつむってくれないか?」

 

それだけで4人は察した、目を互いに合わせ、M1895達は飛ぶような勢いで奏太に詰め寄った。

もう何が渡されるのか知っている、4人とも左手のグローブを取り、手のひらではなく手の甲を見せるようにして差し出した。

M1895は期待を胸に目を閉じて静かに待った。本当は前の仕事から朝霞に帰ってから、4人に渡すはずだったのだろう。

だがそれは足止めされて機会を逃した、だからもうその轍は踏まない。風情がない、と言われそうだがそれがどうした。

 

(あぁ、いいな)

 

彼が左手を持ち、薬指に何かを嵌める。ささやかれ、目を開ければM1895の左手の薬指には銀色の鈍い光を放つリングが嵌められていた。

壊れそうだ、M1895は人工心臓が壊れんばかりに波打つのを感じた。ただの人形であれば感じない、嬉しいちょっとした苦痛。

奏太は4人の左手の薬指にそれぞれのサイズに合った結婚指輪を嵌め、少し照れたような笑みを浮かべる。

思わず疑ってしまう、人形の自分がこれほど幸せでいいのだろうかと。でも同時に思うのだ、これが欲しかったのだと。

自分の指にはめられた指輪を見た4人は、柔らかに、慈愛の籠った微笑みを返した。

 

「結婚、してくれないか?」

 

4人は、静かにうなずいた。言葉はいらない、言葉にならない、そんな気持ちでいっぱいだった。

 

「さ、準備は終わり。最後に一仕事しなくちゃな。」

 

グリフィン最後の仕事、新指揮官である彼女への業務の引継ぎと退去手続きがまだ残っている。

 

「新基地設立とはいえ、ヘリアントス上級代行官直々にお目見えとはのぅ。嫌な予感がするのじゃ」

 

「新規っていっても、書類上解体して正規基地にするだけでしょ?これで予期するなってほうが無理でしょ」

 

M14も同意し、少し考えてから少々悪い顔になって自分の左手薬指を見た。すでに思考は切り替えている、きっと悪だくみだ。

 

「みんなで見せつけてうやむやにしちゃおうか」

 

「鬼だね」

 

「それは駄目です。効きすぎます」

 

ヘリアンの固まった怒り顔、にじみ出る焦燥と虚しさが手に取るように分かったのかM1911とP38が止める。

 

「うむ、ここは産休ということで納得してもらうのが一番じゃろう」

 

奏太の表情がさっと青ざめる、ヘリアンにも効くがこの場合は彼にも流れ弾が入る言い分だ。

ナガンM1895の体躯は子どもに近い、人形なので合法ロリである。

 

「…鬼嫁」

 

その様子を監視ポストから眺めていたG11はポツリとつぶやき、無線で基地内部に連絡を入れた。

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

「お断りします」

 

丁寧に、はっきりとした否定の言葉がU05基地の長らく使われていなかった指揮官執務室全体に響き渡った。

あぁやっぱりか、執務室の一角にある応接セットの様子をうかがっていたU05基地指揮官『フランシス・フランチェスカ・ボルドー』は頭を抱えた。

もうどうしようもなく終わるはずだった、笹木一家はU05基地から姿を消し、新しいU05基地が発足するはずだった。

本部はこの基地を解体する気はさらさらなかったようで、書類上は解体したことにしてそのまま新基地設立という形にしてしまったのだ。

昨今の鉄血への対策に戦力を取られ、かついろいろと苦慮している状況では少しでも戦力が欲しかったのだろう。

フランシスも昨今の指揮官不足により徴発されていっぱしの正規指揮官として任命され、胃の痛い日々を送るだろうと腹を括った。

嫌がらせに鉄血製ハイエンド戦術人形『ドリーマー』こと夢子・ロスマンを副官にしてやって、通信越しにクルーガー社長の目を見開かせて少し留飲を下げていたところにこれだ。

 

「で、どうすんのよこれ?」

 

「知らないわよ」

 

グリフィン制服を着てタブレットを持ったスタイルでいっぱしの副官に見えるドリーマーの耳打ちにため息を返す。

 

(なんでこうなるのよ…)

 

だが現実はそれをはるかに超える、胃が痛いどころかねじ切れてそこら中に胃液を撒き散らしそうな勢いだった。

応接セットでは二組の陣営が顔を合わせ、片ややる気なく、片や鉄面皮を引くつかせていた。

はっきりと断りを告げたのはハンターチーム『笹木一家』リーダー、笹木奏太。先ほどまでU05基地元臨時指揮官だった男だ。

圏外の職人が作ったハンター用タクティカルサバイバルスーツを着込み、つい先日までの友好的な表情などすっかり引っ込めて厳しい視線を送っている。

背後の壁によりかかる彼の恋人たちも耳を貸す気などなさそうだ、日本語で静かに何か相談しあっている。

彼女たちも指揮官と同系統のサバイバルスーツに身を包み、圏外製の武装と装備で身を固めていた。

これまでは補充の関係で小出しにしていた小道具や、代替品を使っていたのだ。心なし彼女たちの心持もいつもより自信ありげだ。

日本刀を腰に差したワルサーP38、黒くてゴツイハンマーを壁にかけているコルトM1911、短めの肉厚な刃を持つ双剣が目立つナガンM1895。

スプリングフィールドM14と奏太は変わらないように見受けられるが、どちらも圏外製の銃器とマチェットに変わっている。

対するのは奏太の退任と同時に、彼に仕事を依頼しにやってきたヘリアントス上級代行官と護衛の戦術人形。

ウェルロッドMkⅡはその目を細め、ヘリアンは一瞬呆気にとられながらも彼に問いかけた。

 

「なぜ何も聞かずに断る」

 

「興味がありません」

 

「そういわずに聞くだけ聞いてくれ、機密だなんだとは言わん」

 

「確約してくれるなら。聞いたからには生かしておけない、なんて言われるのはごめんです」

 

「いわない、確約しよう」

 

どこの悪役だ、と思わなくもないがこのご時世である。きっといるんだろう、フランシス自身もそれなりに生きてきたが知らないことは山ほどある。

自分自身、このガタイと趣味でいろいろと言われてきた身であるからして否定できなかった。

 

「我々グリフィン&クルーガーは君を必要としている。現状、我々は鉄血への対応に手いっぱいで戦力が足りないのは知っているだろう。

S地区での数々の争乱で戦力は未だに不足しているのが現状だ」

 

「ほどほどには。ジュピターとかいう固定砲台、鉄血の新型、変なウィルス、なかなか大変そうだ」

 

某地区での鉄血攻勢により地区放棄、S-12地区における雪中戦と砲台攻略など詳しく詳細は知らされていないが大きなことは知っている。

どの地区で騒ぎが起きているかがわかれば、鉄血第2支部からの陽動部隊を横殴りしやすくなるからだ。

 

「そのうえこの事件、認めたくはないが我々は少し脇が甘くなっていたようだ。

今から対E.L.I.D、対ミュータント戦に向けた指揮官を育成もスカウトもしている時間もない。

そこで経験豊富なあなたに正規指揮官として再編する対策部隊の指揮を執ってもらいたい。

鉄血との戦いはこれからが正念場になるだろう、足元を揺らがされるのは何としてでも避けたい。

もちろん相応の報酬は約束しよう、滞在に関する問題もこちらでなんとかする」

 

「ハンターをやめてグリフィンの社員になれ、と?」

 

「ハンターは続けてくれて構わない、ただ君ともう一度契約を結びたいと考えている」

 

「お断りです」

 

そりゃそうだろうな、フランシスははっきりと断りを入れた奏太に同情した。彼自身は指揮官には何の未練もない。

自分には不相応な地位だと考えていたし、正規指揮官のようなスキルも持ち合わせていないのだ。

それに専属契約によるハンターとの二足草履だとしても、正規指揮官扱いとなれば降りかかってくる仕事は倍増するだろう。

 

「脇を固めたいのは理解できますが自分に指揮官は務まりません」

 

寧ろさせてはいけない、彼にそんな書類整理能力はない。事務処理スキルもほどほどで、いれば助かるがそれだけだ。

フランシスも奏太の事務処理能力はよく理解している、以前よりも向上しているのは認めるが間違いなく指揮官を務めるほどの能力はない。

 

「彼女たちは君を信頼している、彼女たちの経験が十全に発揮できるようにしたい。それはほかの指揮官にはできないことだ」

 

「すぐには無理でしょう、でも彼女たちもわかるはずだ。フランシス指揮官ならば彼女たちも信用している、心配ないですよ。

自分はただのハンターです、ただ化け物を狩り、時には探偵まがいのこともする何でも屋ですが、これは専門外ですよ。

そもそも彼女たちの作戦を指揮した経験なんてほとんどありません、知っての通りお飾りの男ですから」

 

「だがそれで今までうまくいっていたのだろう?」

 

「以前とは違います、それはここが囮基地だったからできたことですよ。敵が向こうから来てくれたから、こちらは片端から狩って狩って狩り尽くすだけでよかった。

他の基地が行っているような作戦を行ったことはほとんどありませんよ、せいぜい嫌がらせのゲリラもどきをしていたくらいです」

 

これも事実だ、この基地は作戦という作戦を行ったことはあまりない。戦いに参加することはあっても主導したことがない。

目的が決まっていて、倒す敵が分かっていればそれを排除する。物資を奪って遅滞工作、煽りまくって嫌がらせ、それを繰り返してきただけだ。

S地区が騒がしい時も、こちらから増援に出ようとする部隊を片っ端から叩いていただけに過ぎない。

他の基地のような高度な戦術や戦略を駆使したことは一度もない、泥臭い現場主義の何でもありをやってきただけなのだ。

 

「ほかをあたってください、なんならもっとでかいチームを紹介しましょうか?」

 

(参ったわね、下手したら爆発しそう)

 

主にヘリアンの背後で腕を組んでいるウェルロッドの視線は厳しいの一言、グリフィンに強い忠誠を誓っているタイプなのだろう。

対する奏太たちはグリフィンにも鉄血にも大して興味がなく、提示された依頼にも一切興味なさそうだ。

どう折り合いをつけるようにそれとなく声をかけようか、フランシスが頭を悩ませているとヘリアンがさらにもう一枚書類を取り出した。

 

「ハンターオフィスからの依頼書…オフィスもこの件に一枚噛んでいるわけですか」

 

「あぁ、オフィスの辻本という男から渡すように頼まれた。君なら受けてくれると、な」

 

「辻本か。なら最初からこれを見せればよかったでしょうに」

 

「知り合いか?」

 

「友人です、たまに仕事をする中でして」

 

どうやら彼らの本業であるハンターの元締め、ハンターオフィスからの指名がかかっているらしい。どうやらこの一件にはオフィスも絡んできているようだ。

彼は書類を一通り読んでから、後ろに立っていた4人に書類を渡す。それを見た4人は目を丸くし、次いで表情を険しくする。

 

「つまりバカどもがこちらに持ち込んだのはあれだけじゃないと?それもやばいものと一緒に裏に流れてるだって?」

 

「そうだ、そしてもしまた事が起きれば、我々では対処しきれないかもしれない」

 

「正規軍だって手を焼く化け物どもいますし…なるほど、だから俺達か」

 

「そうだ、我々グリフィンはオフィスにこの地域における臨時オフィスの開設を依頼する。つまり、一種の提携だな。

君にはこちらで活動しオフィスから回される依頼を消化しつつ、できればグリフィンに協力して事態の収拾にあたってほしい。

なお、依頼にはグリフィンも一枚噛むこともなる。余裕があれば圏外にも彼女たちを連れて行って、鍛え上げてくれ」

 

「彼女たち、というのはこの基地の?おすすめはしませんね」

 

「彼女たちには鉄血以外にも多くの敵と戦ってもらうことになる。経験と力が必要だ。この件は国も承知している、問題はない」

 

「そういう意味ではないですが…上が許可したなら構わないでしょう、ですがハンターの仕事ははっきり言ってPMCのそれとは違いますよ?

一応裏を取った仕事を回してはもらえますが、何事も完璧じゃない。汚いこともあれば、裏で真っ黒なこともある」

 

「そんなもの、こちらと比べればまだマシではないか?」

 

ヘリアンの瞳がすらりと細くなり、奏太を鋭く射抜いた。その恐ろしいまでに経験の籠った威圧感に、フランシスは背筋が凍るような感じを覚えた。

 

「舐めるなよハンター、こちらは海千山千の魑魅魍魎が渦巻き、私利私欲のために喰らいあうくそみたいな世界だ。

上が白と言えば黒も白、正義も悪もない、生き残るためならなんだってやる金に汚い亡者どもだ」

 

「過去の栄光を未だにひきずる時代遅れどもが吠えるな、核まで使ったのにまだ現実逃避したりないのか?」

 

奏太も負けていない、彼から感じ取れるのは咽るような炎の匂いを感じる怒気。

一触即発、二人のにらみ合いにウェルロッドが腰を抜かし小さな悲鳴を上げてフランシスの後ろに隠れた。

フランシスも逃げ出したかった、恐ろしいほどの威圧感のぶつかり合いだ。

 

「ちょ、ちょっと何やっているのかしら!?」

 

同じように怯えて隠れたドリーマーにウェルロッドがしがみつく。

 

「怖い、怖い怖い怖い!な、なんとかして」

 

「出来たら苦労しないわよ!あなたの上司でしょ!」

 

「無理です、むりむりむり!あんなヘリアンさん見たことありません!」

 

そりゃ見たことないでしょうね、フランシスは二人からにじみ出る覇気が渦巻いてぶつかり合うのを見た気がした。

 

「権力者いつだって神になりたがる、金と権力さえあればなれるから。そしてそいつらの欲は底知れない。

第3次大戦は地獄だった、その結果がこのざまだ。それなのに、まだやるか?散々殺しておいてまだやるかぁ?」

 

「威勢がいいな、銃や剣で解決できないことは山ほどあるぞ。ここではそれが普通だ。奴らはまだしがみついている」

 

「確かに解決できないことはあんまりない、それはどこでもいっしょだ。人がいればそうもなる」

 

「ならばどうする?」

 

「金も使って黙らせればいい、それはどっちも同じだろ」

 

我が意を得たり、と言わんばかりに二人はにやりと笑って握手を交わす。何かの暗号なのか、それとも暗喩か、よくわからないが意気投合したようだ。

背後からか細い悲鳴が響く、さりげなく確認すると怯えた表情で二人は互いに抱き合っていた。気持ち話フランシスにもよくわかる。

怖い、怖いよこいつら。無条件に怖い、とにかく怖い。ヘリアンは奏太の答えに満足したのかにやりと笑い、奏太もひどく悪人面でケタケタ笑った。

AR-15が時々見せる悪だくみの顔はここから来てるのか、と特に意味のない答えを得たフランシスだった。

 

「ですが今の我々は物資が欠乏しています。何分長い時間足止めを食らっておりまして、持ち込んだ物資はすべて使いこんでしまいました。できれば一度帰郷したいのですが?」

 

「構わない、政府も空域の通行を認めた。依頼の期間中は、好きに出入りをしてもらってよいそうだ。

オフィスが第一陣を用意している、それが到着するまでは長い遠出は控えてほしいそうだがな」

 

「オフィスが?いつ頃で?」

 

「わからない、とりあえず早急にチームを二つ送るとのことだが向こうにも事情があるそうだ」

 

「そうですか、まぁ長距離移動になりますし仕方ない。飛行船を手配するのも手間ですしね」

 

「こちらからの提案は二つだ。これか、こちらか」

 

「どちらも受けない、もありますよ」

 

「ハンターは信用が第一だろう?オフィスまで蹴るのか?」

 

信用第一、それはM14達が口酸っぱく言っていることだ。だからこそ彼らは仕事が成り立っている。

信用される腕があり、信用できる目があるからだ。無理だと言って引くのも勇気だが、そればかりでは成り立たない。

ハンターオフィスという自分の所属する組織からの指名とくれば、それを反故にするには相応の理由が必要だ。

 

「それを言われると辛い…どうする?」

 

奏太は後ろで各々思案を巡らせていた四人に話しかけた。彼女たちは仕方ないとばかりに肩をすくめるなどしつつ頷いた。

 

「いいでしょう。この依頼、笹木一家が引き受けました」

 

「助かる。ところでなんでオフィスからの依頼だとこうもあっさりなんだ?」

 

「そりゃ法外な値段で肉盾募集した企業を信頼してるわけないでしょう」

 

そりゃ信用なんてしてるわけねーなー。あっけらかんと何もかもぶち壊すようなことをのたまった奏太にフランシスは不思議と共感を覚えた。

ヘリアンも身に覚えがあったのか少しムッとしつつも何も言わない。

 

(ん?待てよ、ということは私、お払い箱かしら…やったわ)

 

笹木一家がまだとどまるというならば、当然ながら基地も元鞘に納まるに違いない。

指揮官という職務には自分も大変重圧を感じていたところだ、後方参謀兼事務員のほうが気楽でいい。

なんだかんだでうまくやっていたのも事実だ、奏太にはお飾り指揮官兼前線部隊を担ってもらい自分が事務を一任すればうまくいく。

事務仕事の激化は避けられないだろうが、彼に頼めば事務員の補充は最優先で行ってくれるはずだ。

 

(今までもそうだったのよね、手段は正直褒められたもんじゃないけど)

 

この基地にいる事務方自立人形の大半は放棄されたホテルやロッジなどから指揮官達がかき集めた人形たちだ。

回収した彼女たちを支部におくり、精査と調整、再雇用契約を交わしてもらっているのである。だからメイド型が多い。

この辺りはほとんどさらったが、まだU05地区には探し切れていない場所はいくつもある。

それにほかの地区への遠征などがあれば、そこでも放棄された人形に出会えるかもしれない。

そんな彼女たちをスカウトすれば、事務職は大いに潤うだろう。彼も事務職の重要性は理解している、乗ってくれるはずだ。

 

(ふふふっ、事務職メイド隊の拡充計画はまだ潰えていない。それにみんなも喜んでくれるはず、あぁ、胃薬買いだめしなくてよくなりそう)

 

なんだかんだでいろいろせっつかれてはいたのだ、なんとか彼らをここにとどめるにはどうするべきかと。

彼女たちとは仲がいいから余計に気持ちがよくわかるし心も胃も痛かった課題だった。

 

「気になったのですがここは僻地です。お話ではU地区だけに展開する、というわけにはいかないのでしょう?基地の移転を?」

 

「いや、君たちには対E.L.I.D、対ミュータント戦を習熟してもらいたい。この地区は軽度汚染区域に認定される、その対策部隊も必要なのだ。

こちら側の汚染は軽度に収まっているとはいえ、今ある居住地にまで被害が拡大するのは好ましくない。

鉄血も第2支部は正規軍がすべて破壊したとはいえ残党はいるし、新たな鉄血の侵入はこれからも続くだろう」

 

「ではここを管理しつつ、部隊を事案ごとに派遣、というわけですか」

 

「そうなる、グリフィンはU地区軽度汚染区域から通常戦力部隊を随時撤退、対鉄血戦に向け配置転換する。監視部隊を残してな。

君たちはその監視部隊の一つとなり、普段は汚染区域の安定化と被害軽減に努めてもらいたい。

本部から長距離高速移動用にティルトローター機をこちらに送る。今貸与しているチヌークもそちらで運用してくれ。

それから圏外製の機体、武器類をいくつか調達してもらいたい。資金は経費で払う、できるか?」

 

「問題ありません、アウトーチにいいバイヤーがいます。うちの機体の修理を頼む予定ですから、その時にでも調達しましょう。

希望はありますか?なければこちらで手に入るものを調達しますが」

 

「そちらに任せるが、最低でも輸送機を一機は確保してくれ。この予算に納めるいいものを頼む」

 

「承知しました」

 

話が進みだすととんとん拍子だ。

 

「では我々はしばらくU05の一部隊として協力する、ということでよろしいですね?」

 

「その通り、君たちはチームだ。バラしては意味がないだろう?」

 

あれ?なんか違う方向に話し進んでない?このままだと彼らはただの雇われ部隊に事実上格下げってことにならないか?

 

「あ、あのヘリアントス上級代行官。少しよろしいでしょうか?」

 

「ヘリアンでいい、なんだ?」

 

「はい、その、彼は指揮官に戻らないので?」

 

「戻るわけがないだろう」

 

唖然、呆然、何が起きているのかわからない、フランシスはヘリアンの返答に思考が真っ白になった。

 

「いや、しかし、この部隊を育てたのは彼です。彼がトップに立ってこそ十二分の働きが期待できるのでは?」

 

「確かに彼は欲しいところだが状況が変わった。笹木一家には前線に出てもらわなければならない。

それに彼らはこちらでもハンターとして活動する。基地を留守にする場面も増える、到底仕事など任せられん」

 

「それでは実質、降格ではないですか。そんな理不尽な…」

 

「契機満了になっただけ、理不尽でも何でもありませんよ」

 

フランシスの言葉を奏太が遮る。目上と判断したのか敬語だ、フランシスは思わず背筋がむずむずした。

 

「そもそもただの雇われです、フランシス指揮官。分相応の立場というやつです」

 

「やめて、敬語はやめて!」

 

「おや、そうですか。では遠慮なく、これから頼むぞ!フランシス指揮官!」

 

奏太は実に晴れ晴れとしたいい笑顔でサムズアップ、後ろの四人も頷いたり同じようにがんばれとポーズをとった。

分かってしまった、これからもっとひどいことになる。それも、それも自分の胃が酷いことになる。

主にいろいろな感染源としてみんなを染め上げていくに違いない、きっとそうだ、そうなれば、そうなればァァ!!

 

「いぃぃぃやぁぁぁぁぁぁァァァァァァッ!!!!!」

 

「愉快な奴だな」

 

「えぇ、だから信頼できる」

 




あとがき
爆誕、筋肉乙女指揮官の巻。またの名をスケープゴート、基地運営要員とも言います。
これで時間制限抜きに好き勝手出来るぜ。




ミニ解説

ハンター
人類生存可能圏外で活動する化け物殺したちの総称、元締めのハンターオフィスに所属する正規ハンターのことを指す。
2062年現在では、狩りだけでなく遺跡や未踏破汚染地帯の探索、バウンティーハントなど多角的に活動している。
ぺイラン島事件以後、増え続けるE.L.I.D感染者と後手後手になり始めた国の対策に業を煮やした害獣ハンターが、ありあわせの武器で普段の仕事のようにE.L.I.Dを狩り始めたのが始まり。
その活動は世界各所に起きており、世界大戦勃発後国家のほぼすべてが戦争に明け暮れる中で活動を活発化させた。
戦争にかかわらず居住地を守るハンターたちはやがて横のつながりが広がり、まとまりを持ち始めて元締めであるハンターオフィスが結成する。
国家もその活動を認めており、戦後は統制の意味も込めてハンターライセンスを国家資格化した。
しかし現在のPMCと被るところがあり、オフィス傘下の零細PMCの集まりと言えるハンターは大手企業のPMCに市場を奪われる。
また戦中の敵味方問わない活動にスパイ容疑がかけられるといったことが多くあり、それが元で富裕層などから不信感を持たれ活動に支障をきたす。
正規軍の再編により狩るべき獲物も減ったため、より生きやすい場所や新たな獲物を求めて人類生存可能圏外での活動を本格化。
やがて復興活動が安定化した人類生存可能圏からはほぼ排除され、現在ではその姿を見ることはほとんどない。
しかし必要性とオフィスそのものは国家に敵対していないことからライセンスは未だ有効であり、汚染地帯でも活躍できるハンターは場所を変えて今も活動している。
モチーフはメタルマックスよりモンスターハンター。




ハンターオフィス
国家に認められたハンターの元締め組織、依頼斡旋の他にも多くのサービスを提供している。
オフィスのある街周辺で起きる犯罪や小さな依頼など、大小さまざまな依頼を精査してハンターたちに提供している。
特に犯罪者や強力な化け物に行う賞金首設定は人気、一攫千金かつ分かりやすいのが長所だがその分危険である。
組織の技術力は高く、対化け物用武器の開発を手掛けたり、人形素体生体化施術も行える高い医療技術を保持している。
また圏外企業の多くに出資する組織でもあり、圏外での影響力は大きい。
圏外の交易路開通にいち早く着手した組織でもあり、多くの専属輸送部隊を保持している。
しかしそれを振り回す気はオフィスにはさらさらなく、事なかれ主義ではないが平穏第一。
第3次世界大戦が一種のトラウマと化しており、決して組織力をひけらかそうとはせず静かに業務を行う。
国家とのつながりは今もあり、現在は政権の顔ぶれも変わって関係は可もなく不可もなくといったところ。
人類生存可能圏外での情報収集や境界線でのE.L.I.D討伐などが主立っている。
モチーフはメタルマックスのハンターオフィス。



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コラボ番外編1・人類人権団体過激派基地制圧戦『悪魔を狩れ』

今回はコラボ番外編、白黒モンブラン様作『Devils front line』とのコラボ会です。
同時にoldsnake様作『破壊の嵐を巻き起こせ!』よりH&R社、リホーマーさんも出演させていただきました。
今回は前準備会、情報提供の場でのひと悶着って感じで…アサルターさんは待機です、すみません。
ふと思うのですよ。この世界と魔界、どっちのほうが地獄だろうね。


「――――以上が本作戦の目標です、皆様には基地制圧部隊として活動していただきます」

 

U地区より遠く離れたS地区、S-10基地の作戦会議室。その一角に座っていた笹木奏太はタブレットの資料を読みながら嘆息した。

副官の人形を連れた可愛らしいS-10地区指揮官のシーナ・ナギサの表情は緊張しすぎている、相手が悪魔という非常識な存在と戦おうというのだから当然か。

いや、そもそもこの会議室の内実でさえも異常である。片や化け物狩りのハンター5人、片や別のPMCを運営する戦術人形1人だけだ。

他に作戦へ参加するこの基地の部隊やDevil May Cryの面子は準備中、404小隊も別室で待機中だ。

この場はあくまで、この後に行われる作戦会議の前準備的なものだ。応援部隊用の情報公開の場である。

そんな場だがまともなグリフィン基地からの援軍が誰もいない、緊張するなというほうがおかしいのだろう。

 

「ねぇ、あの人、人形だよね?」

 

M14の小さな囁きに奏太はうなずく。鉄血の暴走以後、鉄血製の人形のほとんどは暴走し人類の敵に回った。

何かしらの偶然、あるいはそもそも暴走しえないタイプの人形たちも迫害されて破壊されるか消えていった。

そんなことがあってから人形そのものの立場も揺らいだ、端的に言えば印象が悪くなった節がある。

今でこそIOPやグリフィンなどの尽力で回復傾向にあるとはいえ厳しい目がないわけではないのだ。

 

「今の時代に内地で人形がPMCの社長ですか、苦労したでしょうね」

 

「ああやって堂々としてるのだから相当修羅場をくぐっておるのじゃろう、やり手じゃな」

 

「うへぇ、すっごいね」

 

P38、M1895、M1911は広い会議室の向こう側で映像を食い入るように見る白い髪に白い肌、金色の瞳の女性をちらりと見る。

リホ・ワイルダー、詳しいことは聞いていないがヘルメス&リホーム社、通称H&R社というPMCを経営している社長だ。

少し自己紹介した限りでは、少し特徴的な喋り方をするとっつきやすい人物のように感じた。身長3メートルのカラフルでゴツイ仲間を引き連れていたが。

人形が会社を経営しているのはまだしも、グリフィンという大手PMCの作戦に呼ばれるのならば手腕はなかなかのものなのだろう。

 

(うん、俺よりすごい…自信無くしそう)

 

壇上でカチコチなまま作戦説明をするグリフィン&クルーガーのS-10正規指揮官のシーナ、その話を聞きながら何か思案し始めるやり手の女社長のリホ。

そこに交じるのは腕にこそ自信はあるがそれだけの小規模ハンターチーム、明らかに違い過ぎる。

特殊な事案だからと味方もつけずに放り込んでくれたフランシスにはあとで仕返しが必要だ。

 

「それにしても、悪魔ね」

 

映像から目を離し、配られたタブレットの画面をスクロールさせて資料を読み込みつつ映像を見る。

 

「まるで脱皮だね、E.L.I.Dだとしたら相当変異したタイプだよ」

 

かろうじて人の形をしているがそれだけの怪物が人間の肢体を食い破るようにして現れるのを見てM1911がつぶやく。

悪魔のような歪んだ角を生やした頭、あまりに異様で鋭利なかぎ爪を持つ腕、そして真っ赤に光る双眸。

見るからに悪魔、誰が見ても一言目で悪魔と言いそうな造形だ。

 

「絵にかいたような悪魔だな」

 

「でも行動自体はクリーチャーと変わりませんね、十分対処できるかと」

 

確かに動きは速いがそれだけだ、銃弾でも十分倒せる相手である。問題はそれを統括している相手だ。

 

(親玉がグリフィンのクソだとしても、そいつ一人ですべてを使役できるのか?)

 

映像の中で死体から次から次に生まれ出てくる化け物の数は明らかに多い、しかしこの映像を持ち帰ってきたということは撤退に成功したということだ。

ならば何かしらの方法で手下の悪魔たちを統制し、多少なりともいうことを聞かせているということに他ならない。

それをすべてその悪魔がやっているのだろうか?

 

(やっててもおかしくはないが、どこかで分業しているほうが自然か)

 

奏太は配られた資料をめくり、件の悪魔が根城にしている過激派のリストに目をやる。

 

(基地幹部クラスが怪しいな、甘い餌で釣ってそうな感じがする…ん?待て、そういやこいつグリフィンだよな?)

 

悪魔が所属していたグリフィン基地の現状報告を開く。根城にしていた以上何かしらの仕掛けをしていてもおかしくない、警戒は必要だ。

ひとたび疑問が出てくるとどうしてもいやな想像ばかりが頭をよぎる、それで生き抜いてきたのだがやはり始末が悪い。

 

「失礼、その件の基地は分かりました…ところでグリフィンの基地の方はどうなっていますか?」

 

「は、はい?」

 

静かに手を挙げてシーナに質問する。

 

「この悪魔が所属していた基地です、人員、戦力、その他もろもろの掌握と調査はどうなっているのですか?」

 

「少々お待ちを…追加のデータをお送りします」

 

タブレットに新しく資料が送られてくる、やはり引っかかった。悪魔の所属していた基地の面々、こいつらは怪しい。

調査の結果は何も知らず、わからないまま協力していた可能性が高いようだ。だがそれは別に重要なことではない。

知っていようがいまいが、白か黒かは関係がない、この手の寄生型を使うのだ。確実にナニカしている、それとももう手遅れか。

検査結果では白、しかし基地自体は封鎖しており人員は軟禁状態にしているようだ。

 

(下手に追い詰めれば、絶対に動かす)

 

そうなる前に対処したいところだが、できることと言えば清めの塩を振りまくか、お神酒を使うといった物理的なお祓いしかない。

手持ちのお守りも悪魔にどこまで通じるかわからない、ムカデ様を信じていないわけではないが何事も専門外はあるのだ。

 

「奏太、やっぱり?」

 

「当り前だ、俺ならそうする」

 

「うわ、変態だ」

 

M14の問いに肯定を返すとM1911が茶化す。

 

「あの、なにか?」

 

「その基地にも寄生されてる奴がいるかもしれん」

 

口を開きかけた奏太のセリフを奪ったM1895の言葉にシーナの表情が凍る。言うことを取られた奏太は口を閉じて頷いた。

 

「この悪魔どもは親から寄生するのじゃろ?なら接触があったこいつらはまだ黒じゃ、それにほかの寄生経路があるやもしれん」

 

「肉体接触の記憶がある人間、人形はすぐに隔離したほうがいいでしょう。自覚はなくてもあり得ます」

 

M1895の断言にP38も資料を読みながら続ける。

 

「寄生型の厄介な点は病気と同じ、いつの間にか宿主となり、そこかららさらに増えている場合があることです。

悪魔がどんな生態を持っているかわからない以上、寄生体のアウトブレイクは十分あり得る話かと」

 

「しかし、ギルヴァさんはそういった可能性はないと―――」

 

「それは信用できるのか?親玉無しで増えないとしても、少なくともこいつ等は全員寄生されている可能性がある。

死んでからじゃないと出てこない、親の命令でも出てこない、なんて都合のいい奴らとは思えないな」

 

あえて強い口調でシーナに言い放つ。自分たちは悪魔というものを知らない、故にできる限り疑ってかかっていきたいところだ。

未知の敵と戦う以上妥協はできない、いつものようにいくとは考えていなかった。

 

「俺達も悪魔みたいな連中とは縁が深くてね、正直嫌な予感しかしないんだ」

 

「何が言いたいんや?」

 

リホの瞳が奏太たちを射抜く。シーナは少しびくつきながら奏太に言葉を促した。

 

「除去方法はあるのか?」

 

「それは…」

 

「無いのなら皆殺しにするしかない、作戦と同時にだ。一人残らず、一体残らず、基地も人も人形も、何もかもすべて燃やし尽くすんだ」

 

「な!?そんなこと、できるわけがないでしょう!」

 

「ならば祈るか?あの基地は大丈夫だと祈ってあいつらに手を出すか?ヤバくなれば、奴は必ず動かすぞ」

 

最悪の場合、親玉の鶴の一声でその基地の人員すべてが異形と化して襲い掛かってくるだろう。

基地を囲む戦力でそれを抑えきれるか、つい先ほどまで嘆いていた人形や人間が化け物となって襲い掛かってきて、それに冷静に対処できるか。

 

「下手をすれば基地がもう一つ、丸ごと悪魔の巣だ。そいつらが何しでかすかなんて考えたくもないね」

 

「しかもこういうのの怖い所ってさ。いくらやっても、まだいるかも、ってなるとこなんだよね」

 

M1911は肩をすくめながら割り込む。

 

「親玉を殺せば寄生体も消える、そんな展開ならいいよ。それがわかりやすいってならなおさらいい。

けどさ、こういう寄生体っていうのは親玉殺したところで生きてるってことが多いんだよね。

それで忘れたころになって出てきたりしたらもう大変。簡単に疑心暗鬼が広がるよ、彼と会ったから、彼の部隊と仕事をしたからってな具合で。

ことが露見すればそれこそ、一気にさ。そうなったらきついよ?解決策を見つける前に内部から食いつぶされておしまい」

 

「なら、もう手遅れかもしれへんやん。奴はグリフィンの社員としていろいろ出入りしとったはずや。

それこそそこらじゅうの人間と接触があってもおかしくあらへん。そもそも、こいつら過激派だけでも―――」

 

そう言いかけてリホは表情を一変させる。その表情にM14は頷きながら言葉を継いだ。

 

「うん、あの過激派だけじゃなくそこら中に植え付けてる可能性は十分あるし、過激派だって今はこの基地にいない連中にもくっついてるかもね。

親玉を殺せばはいおわり、なんて簡単にはいかないかな。そこから先は防疫戦、それも訳の分からない悪魔なんて寄生体におびえて過ごすことになる」

 

考えれば考えるほど鬱になる、この悪魔はここまで考えて寄生体という手を使ったのだろう。

この時代、この世界においてこの手の寄生体はうってつけだ。それが身を亡ぼす、とまでは考えていないだろうが。

 

「俺達は正直言ってその親玉よりも奴がばらまく寄生体のほうがずっと怖い。本当に奴を殺せば済む話か?そもそも悪魔はコーラップスや汚染に耐性があるのか?」

 

シーナは答えない、答えられないのかもしれない。何しろ悪魔に関する情報そのものが少ないのだ。

寄生体に銃弾がそのまま通用するのなら、空爆だって通用するだろう。作戦と同時に後顧の憂いは断つべきだ。

 

「あの基地のみんなも被害者です。それに証拠はどこにもない」

 

「ないな、増えない保証も、いない保証も、何もないんだよ、どっちも」

 

「それは!?」

 

意地悪な答えだろう、だが現状これが答えだ。何もない、寄生体が増えない保証も、寄生体がいない保証も。

悪魔に関する情報が少なすぎてまったく判別がつかない。奏太たちも、あくまで経験則で語っているだけに過ぎない。

 

「でも―――」

 

「まーまー、落ち着いて。ここでいがみ合ってもしょうがないやろ?」

 

ヒートアップしてきたシーナをリホが諫める。

 

「ササキさん、ちょいと言い過ぎや。逆に聞くんやが、証拠がないならどうしてそうこだわるんや?」

 

「状況、勘、自分なら保険を掛ける、そう考えたまでですよ」

 

「ふぅん?」

 

「助けた相手がいきなりグサリ!なんてことになるかもしれんという事じゃ、これじゃこれ」

 

M1895は立ち上がると奏太を手招きし、窓際の少し広いスペースに連れていく。

 

「わしは人質、助けてー、たすけてー」

 

「俺は特殊部隊、だいじょぶかー」

 

「たすけてー、ひとがしんだー、ばけものだー」

 

「わかりましたー、自分の後ろに続いてくださいー安全な場所までつれていきますー」

 

「ありがとー」

 

棒読み、棒立ちの3文芝居だ。やってる奏太自身も恥ずかしい、しかしこれが一番わかりやすいだろう。

M1895がやりたがっていることがわかる奏太は、くるりと彼女に背を向けると誘導するそぶりをする。

M1895はそれについていき、やがて苦し気な表情を見せて胸を押さえる。

 

「う、うう…がおーーー!」

 

「ぐあーーー!?そ、そんな…がくりっ」

 

「がおーむしゃむしゃ」

 

そして何の脈絡もなく最後から一撃、哀れ特殊部隊ソウタさんは奇襲を受け即死、そのままむしゃむしゃされましたとさ。

 

「とまぁ、こうなるわけじゃ」

 

「あんたら…基地の人質まで考えとるな?」

 

「汚染源がいる施設に一緒にいるわけだしな、下手すればこれだ。そうでなくてもいろいろあり得る。どうする?」

 

シーナは答えない、迷っている。どうやら今の説明が少し応えたらしい。奏太は立ち上がりながら問いかけた。

 

「いっそ、全部燃やしちまうか?軍の爆撃隊がうちの近くにまだいる、呼べば片手間で爆弾降らせてくれる」

 

「…いいえ、その提案は却下します」

 

「なぜ?」

 

「私は…ギルヴァさんを信じます、こいつを倒せば寄生体は消える。それに悪魔は宿主が死なないと動きません。

あの基地は、今回の作戦区域からは距離があります。大丈夫です、悪魔が変なことを考える前に片を付けてもらいましょう」

 

毅然とした、指揮官として凛々しい顔で彼女は言い切る。

 

「信じるのか?そのギルヴァとやらを」

 

「信じます」

 

シーナはまっすぐに、純粋な瞳で奏太を睨みつけた。きれいな瞳だ、仲間を信じる強い目だ。良い、実に良い上司だ。

経験はまだまだ足りない、青い所も多分にある、けれど彼女はまだ若い、若いゆえの勢いがある。

奏太は軽く肩をすくめると一息ついて柔和に微笑んだ。信じてみてもよさそうだ、彼女とそのギルヴァとやらを。

 

「わかりました、先ほどまでの失言を謝罪させてください。申し訳ありません」

 

「信じてくれるんですか?」

 

「どのみち放っておくわけにもいかない、信じましょう。でも保険はかけるべきかと」

 

「…考えておきます」

 

実を言えば、この異常な案件に携わるシーナの覚悟と心の強さを確かめたかった、という事もある。

彼女ならば問題ない、信じられる人間だろう。自分の目に狂いがなければの話だが。

 

 




あとがき
何とか書き終えたーーー!寄生型ときて真っ先に考えそうなことをつらつらやりました。厳しいこと言ってるけど、ごめんなさい。
うちのとしてはガチで親玉よりこっちのほうが厄介と考えてます。ほら、うちグリムパニック起きてるので…
悪魔とはいえ、こいつらの中じゃ化け物です。情報が少ないので疑ってかかります。
しかも増えること前提で考えてますからね、こっちのバカども。決して貶めたいとか思ってるわけじゃないので許してください。



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コラボ番外編1・人類人権団体過激派基地制圧戦『悪魔を狩れ』2

前回に引き続き、白黒モンブラン様作『Devils front line』とのコラボ会です。
同時にoldsnake様作『破壊の嵐を巻き起こせ!』よりH&R社の方々も同時出演。
リホーマーさんたちによる派手な砲撃とともに、S-10部隊と作戦を開始します。
DMCみたいなスタイリッシュ長回し描写を再現しようとして失敗した感があります…後なんか生えた。



 

 

駐車場が一撃で吹き飛ぶ、その轟音と惨状を奏太たちは思わず腹を抱えて笑いそうになるのを抑えて見守っていた。

そんな一撃をいきなり食らわせてくるとは、彼女たちもかなり本気らしい。

奏太はリホに無線をつなげ、ニヤニヤしながら話しかけた。

 

「派手にやったな、ワイルダー」

 

≪ふふふ、どうや?ヒュージキャノンの威力は?≫

 

「最高だ、連中完全に泡食ってるぞ。あとでカタログもらえるか?」

 

最初のギルヴァたちが乗り込むバンによる突入で正面警備を突破された動揺、そして先ほどのヒュージキャノンによる砲撃で基地内は混乱気味だ。

さらに突入したギルヴァ、エージェント、フードゥル、404小隊が暴れまわっているのがさらに拍車をかけている。

今ならばそれにさらに拍車をかける形で最高の奇襲が可能だろう。

 

≪作戦開始!≫

 

シーナも同じ考えだったのだろう、作戦開始を告げる号令が下りS-10の制圧部隊が突入する。

奏太たちもそれを援護するように攻撃を開始した。戦いはやはりというべきか、グリフィンの人形部隊が優位に進んでいる。

悪魔が寄生しているとはいえ、出てくる前は人間だ。戦術人形相手では分が悪い戦闘を強いられているようだ。

人権団体過激派の迎撃第一陣は次々に銃弾に倒れていく、同時に人体が倒れると同時に何かがその体を突き破って出現し始めた。

 

≪撃て!≫

 

S-10部隊は迷わない、指揮官の命令と作戦に下から生まれる前に悪魔を撃ち殺す。

倒れる過激派の肢体から脱皮するように生まれる悪魔は、生まれる瞬間は無防備だ。

そこが狙い目、それに気づいたシーナ・ナギサは敵を殺した後も油断せず、出てくる瞬間を見極めるよう部隊に厳命していた。

 

≪全員ツーマンセルで行動、弾幕を絶やさないで!≫

 

「了解!撃って撃って撃ちまくれ!!」

 

次々と倒れていく悪魔たち、圧倒的な弾幕を前に悪魔たちは何もできないままハチの巣になっていく。

このままの戦闘が続けば自分たちの仕事はなさそうだ、そう考えるくらいには順調だ。

処理が間に合わなかった悪魔も出てくるが、S-10部隊は容赦のない弾幕射撃で対処する。

素早い動きと普段の鉄血人形にはない不可解な挙動にS-10部隊の照準が少しぶれているが、それは404小隊にはなかった火力と数で押しつぶすのだ。

火力による徹底した面制圧、ダミー人形と連携してリロードの隙をカバーしつつ部隊は常に敵を捉えながら前進していく。

その頭上を、人型の巨大なナニカが一気に駆け抜けた。

 

「ほないくで、アサルター!」

 

「!!」

 

リホ・ワイルダーを背中に乗せたカラフルな3メートルの巨人、アサルターが削岩槍を構えて支援ビットをばらまきながら戦線に突貫。

迎撃に出てきた過激派の部隊を防衛線や土嚢ごと破壊し、撃ち込まれる銃弾をものともせずに前進する。

死体から生まれる悪魔が次々アサルターに突貫するが、支援ビットと電磁シールドに触れた途端次々と感電しては灰に変わる。

さらに巨大な削岩槍に持ち帰るとそれをぶんぶんと振り回し、悪魔もろとも粉みじんに過激派をつぶしていく。

 

「こりゃすげぇ。FALさん、この先の手助けはいるか?」

 

「結構よ、あなたたちはあなたたちの仕事をして頂戴!っていうか、なんて火力よあいつら…」

 

増援の過激派に手榴弾を投げ込みながら同じように笑うしかないといった様子のFAL。それもそうだな、奏太は基地周辺から響く落雷みたいな轟音や砲撃音を聞きながら頷く。

火力という意味では笹木一家は小さいものだ、周りで大怪獣バトルが始まっているならS-10部隊と共同しても大して手助けにはならないだろう。

 

「了解、いくぞ!」

 

「気を付けるのじゃ、巻き込まれたらシャレにならんぞ」

 

奏太とナガンM1895軽く会釈するFALとアストラに手を振り、奏太たち笹木一家は、部隊から離れてあてがわれた倉庫施設の制圧に向かう。

 

「ワイルダー、頼むぞ!」

 

「おう、カタログ毎度!」

 

「無理すんなよ、また会おう」

 

カラフルな巨人を連れ立って別の建物の中に消えていくリホに軽く手を振り、あてがわれた倉庫に向けて走る。

倉庫にたどり着くと電子ロックをかけられた重厚な扉の脇にあるカードリーダーの前に片膝をつき、リーダー下のメンテナンスハッチを開ける。

厳重な電子ロックだが配線は簡素だ、コードを引きちぎり、持ち込んだ基盤につなげてバイパスすると電子ロックが開く。

唐突に開いた扉にびっくりしたのか、ドアの前にいた過激派の二人はびっくりつぃて目を丸くしたまま固まっていた。

奏太が指示を出すと同時に、銃声が4発響く。放たれた9ミリパラベラム弾2発はまっすぐ過激派の頭を撃ち抜いた。

間髪入れずに打ちだされた45口径が、産まれかけた悪魔の頭を撃ち抜いて即死させた。

銃声に気付いた過激派の一人が顔を出すと同時にナガンM1895が額に穴をあけ、産まれかけた悪魔をM14が撃ち抜いた。

 

「結構いるな」

 

倉庫内部からわずかに聞こえる足音を聞きながら奏太はつぶやく。倉庫内部はコンテナや木箱が乱雑に収められていて手狭だ。

どうやら通常の倉庫スペースに収まりきらないようで、廊下にも木箱やコンテナが置かれている。

何を思って、何を集めたのからわからないが、奏太たちにはとてもやりやすい。

笹木一家は互いに目を合わせ、頷きあう。一気に突き抜ける、瞬間、全員の目つきが変わった。

 

「死ね、グリ―――」

 

コンテナの脇から銃を構えた男の額に9ミリパラベラム弾が突き刺さり、次いでワルサーP38は左腰に差した対化け物用九五式軍刀で切り裂いた。

相変わらず手早いな、奏太は木箱の隙間から奇襲をかけてきた悪魔の脳天をマチェットで刺し貫きながら廊下を進む。

死んだことを確認してから勢いよく引き抜き、その勢いを利用して背後に迫る悪魔の首を斬り飛ばした。

どうやらすでに悪魔が生まれてきている、厄介だなと考えつつガリルで過激派を射殺しつつ頭上のダクトから飛び出した悪魔にマチェットをふるう。

その背中をM14が埋める、廊下の奥でサブマシンガンを腰だめで撃とうとした過激派を撃ち抜いて次いで悪魔も撃ちぬいた。

コンテナを乗り越えてくる悪魔を銃剣で貫き、そのまま射殺しつつ腰のホルスターからM29を抜いて過激派をけん制。

飛び出しかけた過激派を木箱の陰に縫い留めつつ、奏太の肩を叩いてコンテナの陰に奥に連れ込んだ。

 

「くそ、なんだこいつ―――」

 

M14の銃撃を遮蔽に伏せて避けた過激派の男が飛ぶ、その相方の男は遮蔽の木箱ごと男の首が抜かれるのをはっきりと見た。

金髪の人形、コルトM1911のふるった対化け物用バトルハンマーの一撃が木箱ごと男を殴り飛ばしたのだ。

流れるように振るわれるハンマーは遮蔽ごと過激派を殴り飛ばし、ハンマーの距離でなければM1911を抜いて撃ち殺す。

殴られた過激派は血を撒き散らしながら吹き飛び、壁に叩きつけられてひどい血のアートを作っていく。

防弾盾で防ごうとした過激派を盾ごと叩き潰し、そのままハンマーを背負うと彼女はM1911を両手で抜いて発砲。

小倉庫に入る扉越しに、機関銃を抱えた過激派をハチの巣にする。

男が奮起して遮蔽から飛び出し、コルトM1911の背中を狙おうとしてその背中を守る小柄な人形と目が合った。

その人形の両手に握られた双剣が煌めく。ナガンM1895は両手に握ったツインショートブレードでその男を斬った。

右手の剣で首を切断することで一撃のもと即死させ、宿主の死をトリガーに飛び出す悪魔を生まれきる前に左の剣で突き殺した。

突き殺した過激派の死体を盾にしナガンM1895は右手の剣を納刀し魔改造ナガンリボルバーを抜いて新手に発砲、暴れるM1911を援護しつつ一気に廊下を駆け抜けた。

二人で同時に廊下の奥のドアをけ破る。奥は倉庫の収納スペースだ、乱雑に置かれた木箱やコンテナ、収納棚にフォークリフトが乱雑に置かれている。

その合間に、倉庫を担当していたらしい過激派の迎撃部隊が武器を構えて待ち構えていた。

ドアの脇を固めようとしていた過激派に二人はすぐさま殴り掛かり、一人はM1911に一撃でホームランされた。

ナガンM1895も男の首を斬り飛ばし、胸元から飛び出す悪魔の首を刺し貫いてから、M1911の首根っこをつかむ。

彼女がコルトM1911を床に引きずり落とし、次いで自分も伏せるとその頭上を大口径の機関銃により掃射が突き抜けた。

 

「ハハッ!デュシーカじゃ!!」

 

倉庫の奥に土嚢を積んで陣地化して設置された機銃座に据え付けられたDShK38重機関銃2丁の銃撃を避け、手近なコンテナの裏に転がり込む。

二人をコンテナごと撃ち抜こうとした機銃手だったが、開かれた廊下から銃撃を受けて一瞬怯む。M14の発砲だ。

その二人の頭に5.56ミリの銃弾がめり込んだ。M14の後ろでガリルを構えた奏太が撃ち抜いたからだ。

機銃座は一瞬虚を突かれるが、すぐさま装填手を務めていた過激派がDShK38のグリップをつかむ。

その一瞬の乱れに紛れるように機銃座の中にピンの抜かれたM61手榴弾が転がり、一拍おいて炸裂し機銃座ごと過激派を爆風と破片で切り裂いた。

その爆風を機銃座の土嚢に張り付くようにして躱したP38は、土嚢に張り付いた死体を蹴り飛ばしながら中に突入。

死体から飛び出す悪魔を下段からの逆袈裟切りで切り殺し、右足を軸に体を半回転させて別の悪魔を頭から切り伏せる。

そのまま刀を胸元にまで引き寄せ、頭を勝ち割った悪魔の後ろから襲い掛かる傷だらけの過激派の女性を胸元から串刺しにした。

 

「あ、悪魔…」

 

呆然とつぶやいた過激派女性の頭に、P38を押し付けて発砲。頭から湧こうとした悪魔ごと、脳髄をぐちゃぐちゃにかき乱した。その銃声を最後に、倉庫内での戦闘音が途絶えた。

 

「悪魔には言われたくないですね」

 

九五式軍刀を引き抜き、血を払ってから鞘に納める。人間というやつは、P38は久しぶりに何とも言えない気持ちになった。

 

「何言われた?」

 

死にぞこないの悪魔をマチェットで切り殺しながら機銃座に乗り込んだ奏太はP38に問いかける。彼女は小さく肩をすくめた。

 

「悪魔って」

 

「化け物を体に植え付けといてか…あと危ない事すんなよ」

 

大暴れする4人を囮にしながら片っ端からなます切りにしていくP38を過激派たちは止められなかった。

しかし12.7×108ミリをまともに受ければ正規品の人形だってただでは済まない、魔改造品の彼女であればまず即死だ。

機銃座に取り付いて手榴弾を転がすだけでもかなり危険だ、たとえいつものことだとしても奏太は肝を冷やしていた。

 

「奏太たちが暴れてくれてたので楽でした、それに信じてますから」

 

「できないことあるんだけどね」

 

「死ぬときは一緒ですよ?」

 

「そっちかよ…」

 

まぁいいや、奏太はすぐに頭を切り替えるとふと添えつけられたDShK38重機関銃に目が行く。

手榴弾で死んだ機銃手が盾になったらしく、血で汚れてはいるが無事のようだ。

 

「デュシーカ、なぜこんな倉庫に機銃座を?それに弾もたっぷりだ」

 

「何か守るべきものがあったんじゃ?」

 

「コンテナごと撃とうとしてたぞ」

 

「奏太!サラ!こっちこっち!!」

 

「どうした?」

 

「これこれ!すごいよ金ぴか!」

 

金ぴか?M1911の言葉に首を傾げた二人は、声がするコンテナの方に足を運ぶ。

コルトM1911と一緒にナガンM1895とM14も居て、何かの拍子に開いたらしいコンテナの中を覗いて目を見張っていた。

 

「悪趣味だな」

 

「悪魔の絵、ですかね?」

 

コンテナの中に収納されていたのは金色の額縁に飾られたおどろおどろしいよくわからない絵や何かの儀式用具のようなものだった。

ただ雰囲気がかなり禍々しい、そういう造形をしているにしても放たれる気配が尋常ではないのだ。

 

「やっぱり悪魔召喚セットだったりするんかのぅ?」

 

「確か戦前とかこういうのも流行ってたって言ってたっけ」

 

M14はこれまで聞いたことがある悪魔に関するオカルトを思い出しながら頷く。

下手に触らないほうがよさそうだ、この倉庫にはそういったものが他にもあるかもしれない。

 

「援護に行く前に管理事務所を探るか、やばいのが収まってるなら管理されてるだろうし」

 

「そうだね、触った瞬間わっはっはー!とかやだし」

 

「…なんでこっち見るのかな?美奈」

 

「べっつにー?」

 

明後日の方向を向いて吹けない口笛を吹くM1911に半目を向けるM14は肩を落とす。

その背中をP38が優しくたたいた、諦めろという意味で。

管理事務所はちょうど二階にあった、外をみえる窓もあり未だに外では戦闘が続いているのが見える。

どうやら外での戦闘は佳境に向かっているようだ。派手に落雷が落ち、ビットが舞い、メイドが巨大な武器を振り回している。

肝心のギルヴァと悪魔の親玉の方は見えないが、無線のやり取りからしてド派手に斬りあっているらしい。

 

「こちら笹木一家、倉庫内を制圧。中は悪趣味な美術品がありますが、ちょっとおかしい。援護に行く前に少し調査します」

 

≪美術品…わかりました、お願いします≫

 

「リストを見つけたらそちらに画像を送ります、以上」

 

手短に無線を入れ、奏太は事務所の書類棚を開く。

その中にあったひときわ目に映る赤表紙のリストに奏太は少しげんなりした気分だった。

 

 




あとがき
これにて我が部隊のこちらでの戦闘は終了、この後どうしたかはお任せで(丸投げ)
でもDMC基準で動くギルヴァさんたちと肩を並べられる気がしない。アサルターさん基本火力凄いし、リホーマーさんもやばいし
さて、あとは戦闘後だ…


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コラボ番外編1・人類人権団体過激派基地制圧戦『悪魔を狩れ』3

白黒モンブラン様作『Devils front line』とのコラボ最終回となります。
同時にoldsnake様作『破壊の嵐を巻き起こせ!』よりH&R社の方々、本当にありがとうございました!
…やってることが後始末だしいろいろツッコミどころあるけど、許して?



 

戦闘が終わり、凄惨な戦いの痕跡を残した廃墟の中、黄色いゴムのような質感のずんぐりしたスーツを着込んだ二人は歩いていく。

軍の知り合いに頼んで買い取った軍用の旧型ハザードスーツを着込んだ笹木奏太は、過激派基地の中で火炎放射器を片手に高精度汚染測定器をかざして進んでいた。

放射能やコーラップスなどの汚染を測定しながら過激派基地内を練り歩き、死体や血痕などを見つければ片っ端から火炎放射器で燃やしていく。

旧型とはいえ軍用のハザードスーツは耐熱処理も万全で、廊下が火の海でも稼働可能な限りは安全だ。

火炎放射器を担いだ黄色いずんぐりむっくりがのそのそ歩いているのは軽くホラーだとシーナにはぼやかれたが妥協はしない。

 

(ここで最後か)

 

基地の司令部前、最後の防衛線となった廊下に立って周囲の惨状を見回してため息をつく。

司令部となっていた食堂の中は過激派たちの息絶えた死体で埋まっていて、血と硝煙の匂いがハザードスーツ越しにも感じらせそうだ。

やるか、奏太は火炎放射器のノズルを点火し、一番奥に足を踏み入れてから手ごろな死体に向けて引き金を引く。

一人、また一人と入念に炎で燃やし尽くし、血糊や体液類も燃やせる限り燃やす。

ここまでもそうしてきたが派手に燃やしてもあまり燃え広がらないのは、第3次世界大戦当時に建てられたこの建物のせいだ。

過激派が基地にしていただけあり、この建物もいざというときに軍基地として使えるように燃えにくい設計と構造になっている。

念入りに燃やすのもそのためだ、のちに発破処分するが危険性は少しでも減らしたい。

 

(こうまで燃えないとは…忌々しいな…)

 

死体が燃え尽きると火が消える、コンクリートの床には焦げ跡が大きく残るがそれだけだ。

いくら派手に炎を当てても可燃物の死体や血が燃えるばかりで一向に燃え広がる気配がない。

廊下に積まれた土嚢の間で息絶える男性の死体を念入りに焼いていると、不意に背後から肩を叩かれた。

 

「ここまでする必要があるのか?」

 

「ありますとも」

 

同じようにハザードスーツを着込んだギルヴァの問いに奏太は頷く。彼もまた、最後の仕上げという事で同行してもらった。

まさかいきなり服を脱がされた挙句ハザードスーツを着こまされるとは思っていなかったようだが妥協してもらうしかない。

 

「敬語はいらん、なんでだ?」

 

「単純な話だよ、変異されてたら困る」

 

基地ではシーラの支持の元、救出した人質も含めて防疫処理を行ったはずだ。

前線の人形部隊は服と装備を丸ごと徹底消毒&殺菌、体は軍用規格の消毒液で徹底消毒した後に念入りに体を洗うよう提案した。

今頃はハザードスーツを着た仲間たちに出迎えられ、人質たちと一緒に念入りに消毒されているだろう。

手に入れた軍用規格の消毒液は、高濃度汚染地帯近くで戦う正規軍の必需品だ。欠点は匂いが酷い、腐った薬をより濃縮したような悪臭がする。

たとえ水不足でも消毒を終えたらすぐにシャワーやお風呂で念入りに体を洗うことが男女ともに推奨されているくらいだ。

 

「こいつ等だって大なり小なり汚染は受けてる、雨を被ったことがないわけじゃねぇだろ」

 

「その程度でか?」

 

「それで十分な場合もあるんだよ、昔のきれいな雨だって浴びまくれば風邪ひくんだ」

 

それに変異するのが人体や悪魔だけとは限らない。ほんの少し歯車が狂っただけでこの世界はいろいろと悲惨なことになる。

 

「ギルヴァさん、あんただってコーラップスのヤバさは知ってるだろ?油断しないに越したことない」

 

「そりゃわかっているがな…いまさらこんな服着るとは思わなかった」

 

「暴れないでくれよ?戦闘用じゃないし、破れでもしたらあんたも燃やさなきゃならんかもだ」

 

戦友を燃やすのは勘弁だ、と奏太は肩をすくめる。肩を並べこそしなかったが同じ戦場を生き抜いた戦友だ。

こうして話しているだけでもギルヴァは悪い男ではない、少し老成しているようにも見える若者だ。

 

「さすがにそこまでバカじゃない」

 

「そいつ片手じゃ説得力ねぇんだが」

 

ギルヴァの右手には愛用の日本刀『無銘』、左手には高精度汚染検査機を持っている。

もし悪魔が現れてひと暴れしようものなら、ハザードスーツは持たないだろう。

 

「まだやるのか?」

 

「いいや、これで最後だ。2階と地下が終わってれば、あとは燃料とテルミットをばらまいて燃やし尽くす」

 

「徹底してるな」

 

そうしないと何が起きるかわからない、とは奏太は言わなかった。あまり怖いことは言うべきではない。

奏太は無線のプレストークを押しながらにやりと頷いた。

 

「そりゃするさ。奏太から琥珀へ、そっちはどうだ?」

 

≪うんざりじゃ!ろくに掃除しとらんし、生体部品が腐りまくっとる。解体してたな≫

 

≪サラから奏太、コンヤハオボエトケ≫

 

地下担当になった琥珀のイライラした返答とサラのロボットみたいな棒読み返答に笑いを漏らす。

一応公正なくじ引きで決めたはずである、そもそもはずれを引いたのは奏太だ。

見ず知らずの男と組むというだけでも、いつ化け物が合わられるかわからないここではかなり危険な状況だ。

 

「生体坑道突き進むよりかはマシだろ?爆破準備は?」

 

≪あれと比べるでない。とりあえずテルミットを仕掛けて、燃料をぶちまけた。先に戻るぞ≫

 

≪こちら美奈、こっちも終わり。ありったけ仕掛けたから、面白いことになると思うよ≫

 

≪市代から同じく奏太へ、上はきれいなものね。テルミットバラまいてすぐ降りる≫

 

「了解、通信終了。さ、帰るか」

 

盛大な花火になりそうだ、奏太はポーチからテルミット爆薬を取り出し手ごろな柱に仕掛けながら答える。

部屋という部屋に仕掛けてきたテルミットは、起爆すれば盛大な火柱を上げて周囲を燃やし尽くす広範囲殺傷タイプだ。

燃やしにくいならば、いっそ燃やすのではなく溶かしてしまおうと考えたのだ。

 

「俺達も帰ったら、消毒液をかぶって熱いシャワーだ。それから薬も、変な病気にゃかかりたくないだろ?」

 

「体は丈夫だが…」

 

「悪魔だろうが化け物だろうが風邪は引くのさ、悪魔がE.L.I.Dにならない保証はない」

 

ギルヴァの目が泳ぐ。ならないとは限らない、コーラップスとはそれだけ危険な代物だ。

 

「いや、まさか…あり得るのか?」

 

「どうだかね、前例ないからわからない。ただ生物兵器はなる、たまったもんじゃねぇ」

 

もしかしたら特殊能力を備えたE.L.I.Dが悪魔の成れの果てなのかもしれない、と奏太はふと考えた。

ふれるだけで対象を白い何かに変えるE.L.I.Dやアリのような女王をトップとしたコロニーを作るE.L.I.Dもいる。

その特殊な能力の源泉はどこから来ているのか、変異に変異を重ねた結果だと言われているが実はもとからあったのでは?とも考えていた。

 

(世の中、知らないほうがいい事って、やっぱあるよなぁ…)

 

知らなければこんな風に考えないでいいのに、めんどくさい。奏太はいつものようにため息をついた。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

基地に帰り、待ち受けていた戦闘部隊の仕返しという名の迎撃(消毒)を終えた奏太たちはエントランスに戻ってきた。

S10基地での仕事はほとんど終わっているが、まだ仕事が残っているのだ、

 

「奏太、わかっておるな、買え」

 

「いいのか?高かったら保留にするぞ」

 

「いや、掘り出し物に違いない。レールガンじゃぞ?レールガン」

 

鼻息を少し荒くしているナガンM1895に奏太はやれやれと肩をすくめる。

 

「琥珀、大佐のアレ欲しがってたもんね、良いんじゃない?」

 

「市代、わかっておるじゃないか」

 

雑談しながら待ち合わせの相手を探していると、ベンチに座っていた彼女が立ち上がった。

 

「あ、やっときたの…」

 

「すいません、ワイルダーさん。遅れてしまって」

 

ガンケースを手にしたリホに奏太は小さく頭を下げる。

 

「いいんや。いい休憩できたし…」

 

「ところでどこでやるんですか?」

 

やることと言えば商談だ。リホの会社はPMCであり、かつ武器製造もおこなっているらしい。

本人曰く、そこらの大手にも負けない武器を作って見せるという話だ。

実際、彼女の相棒であるアサルターの戦闘力は凄まじかった。その技術力ならば、こちらでも相応の武器が手に入るかもしれない。

これから先も人類生存可能圏内で戦うのであれば、こういった伝手を少しでも作っておけば今後も楽だ。

 

「シーナ指揮官に会議室借りられる様にお願いしたから大丈夫や」

 

「そうですか、分かりました」

 

どうやら二人が気を使ってくれたらしい、リホはエントランスからそう遠くない小会議室の方を指さす。

 

「あっ、ホンマすまんが二人だけで話せんか?色々と話しをするし」

 

「二人だけで?」

 

なぜだ?奏太が首をかしげると、リホは少しばつが悪そうに視線を逸らす。

 

「その…信用して貰う為には色々と真実を知る必要があるからの。その為に必要やからや」

 

どうやら彼女も込み入った事情があるらしい、魔改造されているとはいえIOP製の戦術人形であるほかのメンバーにはあまり聞かせたくはないのだろう。

IOP製の戦術人形は完全な嘘を付けないと聞いたことがある。

 

(こいつらはそんなことないけど…まぁ仕方ないか)

 

その大ウソでひどい目に何度も会った奏太としてはただの経験不足なんじゃないかと考えているが、先方の要望では仕方ない。

奏太がM14達に目配せすると、彼女たちは各々うなづいてエントランスに散っていく。

 

「わかりました。二人で話しましょう」

 

「こっちや」

 

リホに連れられて会議室に入る。きれいに整頓され、誰でも使えるようにされた部屋だ。

テーブルとイス、そしてある程度の防音が施された簡素な会議室に入ると、彼女はコンセントやテーブルの中や下を確認しだした。

 

「盗聴器は流石に無いと思いますよ?」

 

「念には念を入れないといけんのや、それぐらいの真実やから…」

 

彼女は盗聴器の有無を確認すると手近な椅子に座る、奏太もそれに追従して向かいの席に腰を下ろした。

 

「さて…色々言わアカン事が沢山やけど…まずはカタログに載ってる奴で今持って来てた奴や」

 

リホはガンケースと説明書を奏太の前に置く。説明書を開くと、想像していたものとは違うがレールガンのようだ。

 

 

________________________________________

 

仮名称…H&R-ARW-002

武器種…AR〜RF

 

全長…800mm

使用弾薬…H&R-7.56mmRG専用弾

装填数…30発〜箱型マガジン…50発

発射速度…1200〜2500発/分

銃口速度…1100m/s

重量…4000g

 

コンセプト

・激しい戦闘に余裕で耐えるうる耐久力

・反動を受けた射手の姿勢が変化するより短い時間内にフルオート射撃を行えば人体大の集弾が得られ、高い制圧火力を発揮できる

・取り回しのし易さ

・レール部分の露出軽減による消音か成功

 

性能…

命中度…単発・750m先の人型のマネキンの頭部の眉間に命中し成功。それ以上のデータは無い為不明。

フルオート・150m先のマネキンに25〜28発命中

 

威力データ

単発・500mmの鉄板の貫通を確認

フルオート・400mmの鉄板の貫通を確認。

 

________________________________________

 

ガンケースを開くとそこには説明書にある通りの銃が収まっていた、見た目は銃身をレールガンに変えたメタリックなAUGだ。

どうやら既存のAUGと同じように銃身や弾倉を変えることで、様々な用途に使えるようになっているらしい。

 

「見てもいいですか?」

 

リホは頷く。奏太はARW-002をガンケースから手に取り、銃口を明後日の方に向けて構えた。

 

「手抜きはしとらんよ。武器商人は信用が大事やしな。あとオーダーメイドで武器を作る事も出来るから頼んでもな?まぁ値は張るけどの」

 

構えた感じは悪くない、ぴったりと体にフィットするように感じて構えても負荷が少ない。

あらかじめ用意された空の弾倉を手に取り、中を確認してから銃に取り付ける。この動きもスムーズだ。

銃のスライドレバーを操作し、一発空撃ち。さらに再装填動作を素早く行い、再度空撃ち。

 

(想像以上だ、今日初めて握ったような気がしない)

 

装填、銃撃、再装填からの咄嗟の打撃、どれも銃が下手な干渉をしない。まるで銃そのものがアシストしているようだ。

戦術人形に使われているASSTの効果とは、こういうものなのかもしれないと思うくらいに馴染む。

これほどのモノならば、仲間たちも一回で完璧に扱えるだろう。

大当たりだ、まさに掘り出し物だ、確かにかなり高いがその値段の価値はある。奏太は静かに、ていねいにARW-002をケースに戻した。

 

「取り敢えず一丁お願いします。弾倉と予備パーツってありますか?」

 

「ガンケースの下の収納に修理キッドと弾倉、予備部品が4セット入ってるから安心してな」

 

4セット、実用するには十分な量だ。少なくともこの一丁を運用するなら当分困らない。

 

「ありがとうございます。あとオーダーメイドの事何ですがいいですか?」

 

「ん?なんや?」

 

これほどの銃を作れる会社ならば、今後も取引できればこちらでの活動の助けになるだろう。

 

「できれば対E.L.I.D戦にも使える携行しやすいサバイバルナイフや銃剣、またはコンバットアックスをお願いします。作ってくれる業者がいるんですが、手に入るのであれば欲しいので」

 

人類生存可能圏外の知り合いに頼めばいくらでも買えるだろうが、届くのに時間がかかる上に輸送費もバカにならない。

圏内で生産できるならばそちらで作ってもらったほうが多少高くついてもおつりがくる。

高くてもすぐに手元に届いてくれたほうが安心できるのだ。

 

「了解や。サバイバルナイフに銃剣…コンバットアックスな?分かったいいモン作ったるからな!それとな、本当の事話そうと思っとったんや」

 

「本当の事?」

 

リホの表情が少し険しくなった。

 

「実はの…この作戦グリフィン&クルーガー社に呼ばれてないんや。勝手に出たって感じなんや」

 

爆弾投下、見事に命中大爆発。そんな心境であった。

 

「えぇ…」

 

「それとな、いつかは絶対バレるから今話しとくな?ウチは鉄血ハイエンドなんや。上位個体の…まぁ、とっくの昔に裏切ったんやけどな」

 

瞬間、会議室の壁や窓に液体金属のような何かが張り巡らされる。変なことをすれば殺す、そういう事だろう。

そんなことはさらさらする気はないが、奏太はリホを見つめながら首を傾げた。

 

「えっとその、じゃあリホ・ワイルダーって名前は?」

 

「偽名や、会社はちゃんとあるからあんせてな。本当はリホーマーって名前やで…まぁ、こんな感じなんで盗聴器やらなんやら調べてたんや」

 

「大丈夫です。少し驚きましたが。まさか鉄血ハイエンドモデルだなんて」

 

圏外の知り合いからもらった昔のカタログでは見たことがない、おそらく新型のハイエンド機なのだろう。

鉄血工造が暴走した際、ハイエンド機は優先して乗っ取られるか破壊されたと聞いたがどうやら生き残ったようだ。

 

「この事聞いて銃を向けたり殺気向けんとは、こっちも少し警戒してたのも馬鹿らしくなったわ」

 

「あなたもそうでしょう?それに鉄血がどうとかうちはあんま気にしませんからね」

 

「なんでや?」

 

なんていえばいいんだろうか、奏太はリホ改め、リホーマーへの返答に困った。鉄血が暴走しているというのは大事件だろう、それを気にしない人間はいない。

奏太自身も警戒はしている、しかし彼女が鉄血の暴走とは無縁で動いているのであればどうも思わない。

人類生存可能圏外でも同じで、鉄血製の人形は今日も必至で生きているのだ。

 

「知り合いにも鉄血製はいるし…あーいや、違うな、あれだ、外国人だから、かな?」

 

「ふぅん?」

 

「自分はここの生まれじゃないし、普段も人類生存可能圏外で暮らしているアウトサイダーです。こっちの考えにはなじみがない、それだけですよ」

 

「なじみがない?なんやそれ?」

 

「うーん、自分にとって人形は人形ですからね。なんていえば…あー、売られてないから、か?」

 

「はぁ?」

 

「言葉にするのが難しいのです、申し訳ない。」

 

人類生存可能圏外、自分の住む朝霞の街では人形は人形として受け入れられている。他の街でも圏内のような考えは圏内から遠ければ遠いほど少ない。

人形自身が言うような『道具』としての考えではなく、人形は人形、別の種族というだけという考えだ。

圏外の人間にとって、人形との出会いは企業の新商品としてではない。ただ過酷な環境で生き延びようとしていて、偶然巡り合っただけの同じ『隣人』なのだ。

 

「…けったいな考えしとるな、ロボット人権組合のようでそうでない、人間と人間の間に近い…いやちがう…」

 

「うまく説明できず申し訳ない」

 

人形は人形、そうとしか表現できず奏太は少し苦笑いした。

人形が人間の上に立っている所はいくつも知っている、リホーマーが社長と言われてもすごいとしか思わない。

鉄血のハイエンドとはいえ、敵対しないのであれば人形でPMCの社長として接するだけだ。

 

「ま、ええわ。少なくとも差別とかはせぇへんのやろ。お買い上げ、おおきにな」

 

「こちらこそ、今後ともよろしくお願いします。あ、これうちの連絡先です。それからオフィスの無線も」

 

「これはこれは、ご丁寧に」

 

二人は立ち上がり、短く握手を交わした。互いにいい出会いであることを祈って。

 

 

 




あとがき
初っ端から防疫してるドルフロ小説はここだけだよ…すみません、遅くなったうえに地味で。
前半は笹木一家が少し遅れた理由、後半は商談の奏太視点でお送りします。後始末もちゃんとしなきゃね…
しっかり汚物は消毒して燃やし尽くしたので変異の心配はないでしょう。
ちなみにハザードスーツは映画とかでもよく見る頭かデカい奴が少しもこもこして頑丈そうな感じ。


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第9話・行動指針

基地が再編され、U05基地は正式に対ミュータント対策部隊として稼働する。しかし、この基地には足りないものが山ほどあった。


 

新しく再編され、正規の新設基地となったU05基地だが即座に業務を再開するというわけにはいかなかった。

囮として急増されたこの基地は有り合わせの物とその場にあった物でそれらしく作られただけで、基地として稼働してこそいるが本来の基地業務を行うには見た目も機能も足りていない。

軽度生体汚染区域となった地区の運営、駐留及び運用部隊の拡大、人類生存可能圏外への遠征を含めたハンターオフィスとの提携など、この基地にかかる負担は大きくなる。

そのため基地は現在拡張及び強化改修が行われることになり、約一週間の突貫工事が行われる予定となっていた。

その間は休暇、となるはずもない。改修工事中も周辺警備はあり、随所で出没するミュータント類の対処も欠かせない。

また笹木一家は臨時オフィス運営と補給のため、人類生存可能圏外の一番近い街であるアウトーチに数人の人形と一緒に向かう事になっていた。

業務を一括管理するフランシスの城である事務室に併設された小会議室で活動方針を定めるため、笹木一家の奏太とP38、フランシス、ドリーマー、M16A1が話を詰めていた。

 

「指揮官、これが今回の遠征に関するみんなの要望だ」

 

「その呼び方はやめてくれ」

 

人形たちからの要望をまとめてきたM16A1から差し出されたリストを受け取りながら奏太は苦笑いして否定する。

自分はもう臨時指揮官職を解かれ、オフィスから派遣されたただのハンターでしかない。

基地での扱いも勝手に動き回る厄介な外様部隊といった立ち位置でほめられたものではないのだ、なのにM16は意に返さずににやりと笑うだけだ。

 

「愛称みたいなもんさ、大目に見てくれよ」

 

「ここの指揮官はフランに変わったんだ。ササキとか呼び捨てで頼むよ」

 

「勘弁してくれ、いまさらそんなのむず痒いって。それにフランはフランだろ?なぁ?」

 

M16の呼びかけにフランシスも頷く。

 

「私も指揮官呼びはごめんよ、いつもどおりで」

 

「それでいいのかよ指揮官、そもそも執務室じゃなくてなんでここなんだ?」

 

「あの部屋は必要ない、私の城はこの事務室よ。ここを譲る気はない、これは決定事項なの」

 

フランシスは胸を張り、有無を言わせぬ態度で奏太を見つめてにんまりと笑って見せる。

 

「それに私、あなたを人形部隊の指揮を有する前線指揮官に任命したのよ。今まで通り、みんなの指揮官をしながら前線で暴れてもらうわ」

 

フランシスはU05基地を預かる指揮官として、笹木奏太をU05基地の所属する人形への指揮権を有する前線指揮官として任命したのだ。

いわばこの基地はフランシスと奏太という二人の指揮官が存在する状態である、フランシスが上位にあるとはいえ指揮権と系統が絡まって害しかない作りだ。

 

「何度も聞くが本気か?こちとらいついなくなるかもわからない外様だぞ、あり得ない人事だ」

 

「これがベストだと考えているわ。それに依頼だってしたわよね?」

 

「…依頼は依頼だ、仕方ない。だがそれなら隊長とかでいいだろう?」

 

前線指揮官ならばできないわけじゃない、断る理由もない。指揮官としての報酬も程よい、今後の活動資金集めにはもってこいだ。

悲しいかな、依頼あってのハンター家業である。オフィス内での評価も考えればむやみに正規の依頼を断るわけにはいかないのだ。

 

「なら文句言わないで、指揮官」

 

「だから指揮官と呼ぶな、まったく。とりあえずリストは…おい、これ武器じゃないか。しかも近接系」

 

M16から渡されたのは基地に残る人形たちの私的なもの、つまりお土産希望リストである。

アウトーチで購入予定の武器や航空機、圏外由来の書籍などといったものは経費だが、こちらは完全な私費だ。

彼女たちもこれからの任務に対応するべく、今回はこちらでは手に入りにくい対化け物用近接武器を要望している。

H&R社との取引で圏内でも手に入るようにはなったが、オーダーメイドで値段が高いのがネックだ。

 

「いいんじゃないですか?クリーチャーならともかく、モンスターとE.L.I.D相手だとどのみち近接戦です。

それに自前なら自分勝手にカスタムしたってなにも問題ないですし、なにより愛着がわきますよ」

 

E.L.I.Dの強固な外皮を貫くためにはハンター用の銃火器であっても威力が足らず接近戦になる。

ハンターの用いる武器は正規軍のようなハイテクは少なく、ほとんどが旧来の実弾式であり正規軍の装備ほどの威力はない。

そのため近接武器との併用はハンターとして避けて通れない、寧ろ対化け物用ならば撃つより早くて安い場合もあるのだ。

 

「そうなんだけどな。だがナイフとかならまだしも34、刀って…」

 

「教えますよ?北辰一刀流」

 

専用ベルトで帯刀していた対化け物用九五式軍刀を持ち上げるしぐさをしながらP38はニコニコと明るい笑みを浮かべる。

P38は北辰一刀流の師範としての資格も持つ、多くの化け物と戦ってきた経験も加味すれば教官としてはもってこいだ。

MG34も長くこの基地で戦ってきた戦術人形だ、そのことも知っている。同じドイツ製銃火器を使う人形として思うところがあったのかもしれない。

 

「お前か感染源、しかも一人じゃねぇし…武器とかは経費で何とかするからそれ以外にほしいもので頼む、数打ち用意するから」

 

「わかった、伝えとく」

 

「お土産希望って言っといたはずなんだけどなぁ」

 

それでも結局同じ内容が帰ってきそうだな、と奏太は内心確信する。

私費で追加資料を求めてきたフランシスや圏外製戦闘用メイド服を希望する事務方自立人形たちのほうがまだましだ。

 

「ほしかったんだよ、あんたたちみたいにな。どれくらい向こうにいるつもりなんだ?」

 

「一週間くらいですね、機体の修理や補充もありますから。これが一応のリストです、正確なのは帰ってきたからですね」

 

P38は抱えていたクリップボードをそのままドリーマーに手渡す。挟まれた書類をざっと見た彼女も、少し呆れたような顔でぼやいた。

 

「そういうあなたたちも大概なもの混じってるんだけど?高射砲とか何に使うのよ」

 

「空の守りは必要です。飛行型に襲われたら今はひとたまりもない。圏外製の砲弾を使うなら砲も圏外製になりますよ」

 

「こんな古いのがね、うちらは許可もらってるからいいけど…でも本当に手に入るの?」

 

「そこは任せてくれ、向こうなら伝手はいくらでもあるからな」

 

奏太はにやりと笑って見せる。伊達にこの道で食ってきたわけではない。

 

「なら、調達はお願いね。お金は出すから余分に」

 

「そりゃ構わんが、何企んでんだ?」

 

「問題はほかにもあるの、その実弾に使うだけよ」

 

「というと?」

 

「情報網」

 

フランの言葉に奏太は首をかしげる。情報は確かに大事だ、あるかないかでその作戦の生死が決まる。

だがそれで悩むとはどういう事だ?情報ならば本部や支部、軍などから流れてくる手はずになっている。

それをもとにして作戦や計画を立てて仕事をするだけのはずだ。

 

「正確にはこの基地独自の情報網、できれば協力関係ね」

 

「独自?基地間の連絡網なら…いや、諜報なども包括した情報部門か?いるのか?この基地に」

 

「どこの基地も大なり小なり持っているものよ、私たちも相手が相手だし情報はいくらあっても足りないわ。ほかの地区にも出向くの、現地の新しい情報はいくらあってもいい。

それに基地同士で仲が良ければ、何かあった時のつながりにもなる。支援して恩を売ることだってできる」

 

「ですが、この基地独自にというのは大げさなのでは?本部や支部に問い合わせるだけで十分だと思いますが」

 

P38は手元のメモ帳にメモを取りながら整理しつつそれを否定する。それにM16とドリーマーが噛みついた。

 

「そうは思わないな。向こうだって何もかも知っているわけじゃないし、裏付けも必要だろう」

 

「それに私たちだって命を張るわけだしね、向こうとのやり取りがあれば助かるわ」

 

「それこそ本部や支部に仲介を頼むべきでは?それで十分賄えるかと。それに増援も、正規の要請ならばあちらもむげにしないのでは?」

 

「それだけじゃだめよ、良いように使われるだけ」

 

それの何がいけないんだろうか?奏太は単純に首をかしげる。そもそもこの手の仕事は依頼主のいいように使われるのが普通だ。

依頼主の要望に沿って仕事をするのだから、寧ろそれに反してどうするというのだろう。

もちろんあまりにポリシーに反する行為や犯罪ならば別ではあるが、そういうことが起きないように精査してくれるのがハンターオフィスだ。

 

「あんたたちならそれでもいいでしょうよ、いざとなりゃ尻尾巻いてとんずらするくらい楽なもんでしょ」

 

「あ?サラが尻軽だって?」

 

ドスの利いた一言と同時にドリーマーを一睨みする奏太。

 

「ちがうから、悪口じゃなくて言葉の綾よ!つまり、うちはそうじゃないってこと!」

 

「この基地を、みんなを守るには必要なのよ。なったからには全力を尽くす、妥協はしない」

 

フランは毅然とした瞳で奏太を見つめる。いい目だ、いっぱしの指揮官として責任を持った目をしている。

彼女が新指揮官になったのは正解だ、自分よりも立派に指揮官をしている。自分ならば、たとえ思いついても作らなかった。

情報は必要だが知り過ぎるのも良くない、知らないほうがいい事実や現実はいくらでもあるのだ。

奏太は小さく肩をすくめる、どのみち反対を表明してもそれを押し通せる立場ではない。今はただの雇われなのだ。

 

「わかってるよ、だが誰にどう担当させるんだ?うちの連中は戦闘特化なところがあるぞ、俺達もな」

 

「それはこっちで増員する人形たちと、事務方メイド隊を再編して構築するつもりよ。今のうちにね。

もう打診先は決めてある、まずS地区、本部のおひざ元ね。S10基地、S09P基地にお願いするつもりよ」

 

S10基地と言えばいつぞやの悪魔事件の際にお世話になった基地だ、基地間のやり取りはその時からいくらかあったのでやりやすいだろう。

シーナ指揮官は信頼できる、基地に併設された便利屋の面々も協力を取り付けられれば心強い。

 

「S09のP?あの要塞か?」

 

「要塞って…あぁ、あなた見てきたのね?」

 

「前に一度、遠目で外から見ただけだが尋常じゃない。侵入経路のありとあらゆるところに罠がごまんと仕掛けられてた」

 

思い出すだけでも寒気を感じる、一見何もないように見える通気口やダクトも罠だらけでずっと肝が冷えていた。

見た目は普通の大規模基地だが、見る人間が見れば近づくだけで回れ右するレベルであった。

大切な何かを守りたい、だから殺す。仕掛けた誰かのそんな思念がひしひしと伝わってくるのだ。

 

「S09には確か別の基地もあったはずだ。なぜP基地なんだ?」

 

「P基地は対鉄血用レーダー施設としての機能も兼ねているらしいの、情報が集まってると思ってね。

最近はS地区全体の監視も手掛けてて手広くやってるから繋がりを作って損はない。

向こうは激戦区だしね、どこに何が紛れ込んでもおかしくないし、戦いばかりで痕跡を追うのも一苦労でしょ?」

 

「ヘリアンさんやペルシカさんにも確認を取った、信用していい」

 

M16がフランの言葉に付け加える。あの二人の信用がある基地ならば、信じてもいいのだろう。同時に絶対に何かありそうだともわかった。

 

「もう一つはR08基地、R地区でミュータントとの戦闘経験がある基地よ。指揮官はデスクローの群れを単騎で狩る傑物。

別のPMCからのスカウト組で、あなたと同じく自前の戦術人形を運用してる。59式指揮官とも呼ばれてるらしいわ、背格好がそっくりらしいの」

 

「デスクローの群れを単騎で!?装備は?」

 

「情報だとプラズマライフルおよびレーザーライフル、ただ強化外骨格といった類は無しでヒット&アウェイを繰り返したらしいわ。

どうも相当ハイレベルな技術者でもあるみたい、彼女の配下の人形にも独自の改造を加えているそうよ。

最近じゃ、基地で農園やら酒造やらを初めてるようね。周辺住民とも生産物の取引のおかげで関係がいい」

 

「59式ってことはあの体躯か。超武闘派で頭脳明晰って、大したもんだなおい」

 

E.L.I.Dの群れを単騎で殲滅し、それでいて頭脳明晰で電子戦から高度な修理技能を持ち合わせるとは相当な傑物だ。

基地内とはいえ農園や酒造も手掛けるという事は生産系の技術と知識も豊富という事、PMCの一指揮官としてはもったいないくらいだ。

 

「ちなみにP基地もかなり手広くやってるわね、移動屋台、農業、軽畜産、アイドル活動による慰問などなど」

 

「…PMCとはいったい?」

 

「さぁ?私も最近よくわからなくなってきてるわね」

 

奏太の中でPMCという企業の認識がねじれる。ハンターでもそういった本業を持っている類はいる、それは自営業でありいろいろと自由が効くからだ。

農作業の合間、休耕期間の稼ぎとする農家も居れば、精肉店を本業として自ら狩ってきたものを売るハンターもいる。

しかしグリフィン&クルーガーは企業だ、国の認可を経た民間軍事警備会社である。農業だのは専門外のはずだ。

 

「どこも規模が大きいベテランばかりだな、こんな対ミュータント部隊の新参部隊を相手してくれるのか?向こうも鉄血相手で忙しいだろ。

そもそも内地じゃこういうのは正規軍案件だ、認可されたとはいえ変に思われるんじゃねぇか。それに印象も悪いだろ?」

 

「そうね、そうなったらしょうがない。いつも通りにやるだけよ」

 

引き際はフランもわかっているようだ、肩をすくめると椅子に背を持たれる。

多くの基地が対鉄血との戦いに集中し、対応に追われていく中で自分たちは別の敵と戦う。

鉄血との戦いに参加しないわけではないとはいえ、特別扱いされているといえるので周囲からの目は厳しいのだ。

 

「あとはU地区…なんだけど、今は手を付けるつもりはないわね。戦線の整理と引っ越しで大賑わいだもの」

 

「そうか、ま、なら任せるさ。他に必要なものは?」

 

「圏外の美味しいモノなんていいんじゃないかしら?」

 

「アウトーチでうまいモノ、ね」

 

奏太は頭を掻きながらアウトーチの地下都市で売られているものを思い浮かべた。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

U05基地のハンガーに向かう小道、M2HBは満面の笑みを浮かべてダッフルバッグを肩にかけて歩いていた。

その横で同じようにダッフルバッグを持って歩くM3グリースガンも、M2HBほどわかりやすくではないが浮かれている。

なぜなら二人は笹木一家とともに人類生存可能圏外へ向かう部隊に選ばれたのだ。

明日の明朝、笹木一家とともに一式陸攻に乗り込んで人類生存可能圏外に向かい、近場の街であるアウトーチに向かうのだ

 

「楽しそうだね、M2」

 

「もちろん、あなただってそうでしょ?」

 

思わず鼻歌を歌ってしまうくらい上機嫌なM2の言葉にM3も頷く。

初めて向かう人類生存可能圏外、いったいどのような出会いと経験が待っているのか、それを考えるだけでもワクワクする。

これも旅の醍醐味、というやつなのだろう。今まで感じたこともない未知への興味、興奮がM2HBの胸を焦がしていた。

そんな二人の横を、段ボールを抱えて歩くM4SOPMODⅡは不機嫌そうな表情を隠さず恨めし気に二人を睨んだ。

 

「ずるいなー、いいなー、わたしなんて猫耳マッドのところだよ、くそっ」

 

「仕方ないじゃない、SPAR小隊は元々16LAB所属だし」

 

「そうだけど…だからって選考メンバーにはなから入れないってどういう事なんだよー!」

 

納得いかないと喚くSOPⅡ、その気持ちは二人もなんとなくだが理解できる。

今回の任務で連れて行くのは5人、だがそれを選ぶ際にSPAR小隊は最初から除外されていたのだ。

今までずっと一緒に戦ってきた仲間なのにその仕打ちだ酷いと思う、だがそれも理由があってのことだ。SOPⅡもそのあたりは分かっている。

理由は単純で、あくまでSPAR小隊はU05基地に派遣されているだけで所属自体はIOPの16LABだからだ。

 

「まーまー、今回は諦めなって。その猫耳が次からは自由にできるよう取り計らってくれるんでしょ?」

 

「むー」

 

「博士の気持ちも汲んであげなさいな、この前だってナイフ両手に大暴れだったじゃない」

 

「イメトレは欠かさなかったし、師匠と比べたらねー」

 

「指揮官達も行ったり来たりするって言ってたじゃない、まだまだチャンスはあるって」

 

「ぶーー…あーあ、私も早く量産されないかな。そうすれば私は試作品ってことで払い下げになるでしょ」

 

「…」

 

「…」

 

「え、なんで黙るのさ!?」

 

そっぽを向いて吹けない口笛を吹くM3と少し残念そうに顔をそむけるM2HB、彼女の願いはまだまだ難しそうだと思っていた。

 

「いや、まー、その、ねぇ?」

 

「AR小隊と言えばエリートですし、量産タイプもエリート規格でしょうからなかなか難しいんじゃない?」

 

「えー?でもFALとか…あ、オリジナル」

 

ふと思い至った原因、自分ではどうしようもない現実にSOPⅡは絶望した。

なにしろAR小隊のM4SOPMODⅡの人形嗜虐趣味は、グリフィン内などでは有名な話だ。

横で話している彼女は今はやっていないしむしろ嫌っているのだが、外部の印象としてはオリジナルがかなり強い。

IOPも企業である、売れないなら量産しない。

 

「まー…そういうこと、かも?」

 

「私までオリジナルに悩まされるんだ…」

 

M4SOPMODⅡタイプの量産型が作られるのはまだ先になりそうだと思い至って肩を落とすSOPⅡ。

精強と名高いけれども同時に悪名をとどろかせるオリジナルのSOPⅡ、あまりにも高い壁であった。

 

「あ、SOPⅡ、その荷物はこっちこっち」

 

「はい…」

 

目的地のハンガーにつくと、倉庫区画から顔を出したM14がSOPⅡに手招きする。

 

「元気ないね?どうしたの?」

 

「すこしわるいゆめをみただけだよ、えむふぉーけいはふうんだー」

 

抑揚のない言葉で返答するSOPⅡにM14は何か感じたらしく、彼女が倉庫の奥に行くとM2HBに小さな声で言った。

 

「こっちはまかせて。二人はあっち、機体の中ね」

 

M14はそれだけ言うと倉庫の中へと顔をひっこめた。二人M14の言う通り、勝手知ったる裏口を開けてハンガーの中に入る。

すると中から嗅ぎなれたエンジンオイルの匂いが漂い、右翼のエンジンのカバーを外した一式陸攻が駐機されていた。

その主翼の上に座り込みエンジンに腕を突っ込む少女の姿があり、M2HB達は機首の方に回り込んでからその姿に向かって問いかけた。

 

「コハク、荷物どうすればいい?」

 

「来たか」

 

一式陸攻のエンジンに腕を突っ込んでいたナガンM1895の油で汚れた顔が主翼の上からのぞく。

油で汚れたツナギ姿のナガンM1895はスパナを片手に持っており、エンジン整備に集中していたのが見受けられた。

 

「機体の中に箱があるからその中に入れておけ、美奈!油圧はどうじゃ?」

 

「だめー、ぜーんぜんあがんなーい!」

 

「やっぱダメか、最後の一つだというのに」

 

コックピットの中から聞こえるコルトM1911の返答に、ナガンM1895はぶつくさ言いながら円筒形の真新しいパーツをツナギのポケットから取り出してエンジンに取り付ける。

代わりに抜き出した円筒形のパーツは見るからに傷だらけで、油汚れが染みついていてボロボロだ。

 

「これでどうじゃ?」

 

「OK、こっちも再調節して確かめる!」

 

ナガンM1895がエンジン内部に手を突っ込むとスパナで何かを締める音が響く。

相変わらず何でも自分たちでやる連中だ、M2HBはM3と顔を見合わせて肩をすくめた。

 

「エンジンの具合はどうですか?」

 

「快調とは程遠い、部品はすり減って来とるしプラグもだいぶ使い込んどるから焦げが目立ってきとる。

そのうえ内地製の高純度バイオ燃料を使っとるおかげでガタガタじゃ。丸ごと換装せんといかんな」

 

M3の問いにナガンM1895は小さくため息をつきながら答える。それにM2は疑問に思った。

 

「高純度燃料の何がいけないの?」

 

指揮官達用に回されてきた航空機用バイオ燃料は純度の高いいわゆるハイオクだ。

富裕層がもつ自家用機にも使われる信頼のある会社が作った品で性能は国も認めている。

燃料の質は高ければ高いほどいいはずだ、だがナガンM1895はその燃料が気に入らないらしい。

 

「純度が良すぎて負担が増えてる、こいつはオクタンにすれば90くらいがちょうどいいようになっとるんじゃよ。

なのに回ってくるのは130オクタン相当の高純度と来た。エンジンの調整でなんとかしようにも、部品がなくてな」

 

「へぇ、意外と細かいのね」

 

「一つの油断で地獄へ真っ逆さま、今の時代じゃさらに生き地獄のおまけつきじゃからな」

 

「私は乗る専門だから考えたことなかったわね」

 

M2HBも愛用の武器が車載向きという事もあり車やヘリなどには多少詳しいが、乗りまわすつもりは毛頭なかった。

自分は生粋のガンナーであり、乗る場所は常に銃座か砲主席と決めているからだ。

 

「これからはそうは言ってられんぞ、ハンターになるなら単発機くらい飛ばせないとやっていけん」

 

「たんぱつ…戦闘機!」

 

相棒のM3の表情がキラキラと輝く。そういえばヘリを乗り回すようになったのは、奏太たちから戦闘機の話を聞いてからだったのをM2HBは思い出した。

M2HBがガンナーならばM3は運転手兼相棒、時に守り、時に導いてくれる大切な相棒だ。

彼女が乗るならその後ろを守る後部機銃手になる、それも悪くないと思った。

 

「コハクさん、何を予定してるんですか?」

 

「しばらくは赤とんぼ、あとは何があるかで変わるのぅ」

 

「練習機ですか?こっちのセスナでいいんじゃ?」

 

M3の表情が少し不思議そうになる。練習機として利用するならばM3の言う通り、圏内で生産されている練習用セスナがお得なはずだ。

エンジンは電動式モーター、教材を丸々一式インストールした教導機材完備、いざというときの全自動飛行や安全装置も備えた逸品である。

この時代の航空学校ではほとんどがこのような型の練習機を用いていて、安全に技術を覚えられるのだ。

 

「それは無理だよ、飛ぶだけならまだしも戦闘機動となるとセスナじゃ持たないし覚えらんない。

あれは車でいえばオートマティック、こっちはマニュアルだし、機体ごとに特性も何もかも違うもん」

 

少し悩んだナガンM1895のフォローをするようにコルトM1911が会話に割って入る。

彼女も油で汚れたツナギ姿で、額に安全ゴーグルをつけたスタイルで機首の爆撃手席の窓から体を乗り出していた。

 

「向こうだと核戦争の影響が残ってるから電子機器が狂いやすいんだよね、だからそれに頼らないやり方をする。

手法もそれに合わせてアナログになってるの、みんなだって私たちに合わせてただの無線を使ってくれてるでしょ?」

 

「あ、そうか」

 

「飛行機も船もWW2の設計を流用してるのはそのせい、最新式だとアナログ手法がやりにくかったりするからね」

 

コルトM1911は補修後の残る機体に手を滑らせる。

 

「そうだ、二人は向こうについたら何したい?」

 

「え?」

 

「だって一週間だよ、一週間。軽い仕事ならできる、こっちはずっとアウトーチにいるわけじゃないしさ」

 

「儂らも仕事をするつもりなのじゃ、稼げるときに稼がねばな。どうする?」

 

自分が何をしたいのか、そう問われてM2HBはにやりと笑う。試したことは決まっているのだ。

 

「もちろん、ハンターオフィスの登録試験を受けるわよ。二人でね!」

 

「頑張ります!」

 

まず第一目標、圏外でも通用するハンターオフィスへの登録を二人は目指すことにしていた。

ハンターはむやみになれるわけではない、門が広いとはいえちゃんとした試験を受けて合格した者が登録される。

当然ながら等級もあり、駆け出しの三級、中堅の二級、ベテランの一級となっている。二級まで取れれば仕事には苦労しないらしい。

これは依頼を割り振る上での実力の目安で、実力以上の仕事を受けさせて無駄に死者を出さないためだ。

グリフィンとハンターオフィスの提携があるうちはハンターと同行していれば、U05部隊の人形は仕事ができるが持っていたほうがずっと楽だ。

M2HBとM3は、オフィスごとに常に行っている三級ライセンスへの登録試験ならば余裕で受かると踏んでいた。

 

「あれ申請から一月後の試験になるから即日は無理だよ?」

 

出鼻をくじかれてしまったが。

 

 




あとがき
大体週一くらいが目安ですねこれ、はい、くそ雑魚大根です。
今回は準備会、次から笹木一家+αがお買い物に行きます。どんどん基地が強化されますよ。
それとハンター内の等級関連を少しやりました、これはモンハンの下位、上位、G級がモチーフです。
また今回は多くの先輩方から基地名の使用許可をいただいたうえで使用させていただきました。この場でもお礼申し上げます。



白黒モンブラン様作『Devils front line』よりS10基地。
以前お世話になったシーナ指揮官率いるS10基地、作るなら欠かせないと思い使わせていただきました。
S地区における作戦の際にはお世話になるかも、現状では唯一面識があって笹木一家も信用してます。
同時にデビルメイクライの面子とも接点がありますので、404小隊への印象が歪んでそう。

焔薙様作『それいけポンコツ指揮官とM1895おばあちゃん!!』よりS09P基地。
ハーメルンドルフロ界では知らない人はいないと思われるひだまりの基地、ほのぼのはええぞ。
まず申し訳ありませんでした、接点も何もない奏太から見たらP基地は恐ろしい要塞にしか映らなかったのです。
こちらは最近始めた業務を知って接触を決めた形です、裏のことは何にも知りません。
知っている人ならこの基地を覆うトラップと純粋な殺意に心当たりあるのでは?

セレンディ様作『人形指揮官』よりR08基地。
FOクロス系小説であり、指揮官のウェイストランド節やネタがジャストミート、クアンタムって最高やな。
デス様が大暴れしてるこの地区、そこで不思議な技術を使いながら辣腕を振るう指揮官の率いる基地として使わせていただきました。
しかしその戦果や能力を見れば見るほど本来の人物像と想像がかけ離れていくスタイル、当然こいつら勘違いしてらっしゃいます。





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第10話・灯台になり損ねた街

もう鶏むね肉は食いたくない…


人類生存可能圏の外側、そこはWW3による戦災とコーラップスによって汚染され捨てられた土地である。

その上空を一機の中型双発機、笹木一家の一式陸攻が飛んでいく。

その機首部、眼下を見下ろせる爆撃手席の機銃座に座ったFN・FALはくすんだ荒野を見下ろしながら、何とも言えない寂しさを感じていた。

グリフィンの戦術ネットワークどころか人類生存可能圏内の一般ネット回線すらもつながらない、文字通り外側だ。

汚染はひどい、かなり上空を飛んでいるはずなのに持ち込んだ圏内製汚染検知器は常に警戒レベルのイエローをキープしている。

この陸攻内であれば与圧と空気清浄機による正常な空間が保たれているが、外に出るには専用の防護服がなければ長くはもたない。

もう何度目だろうか、この荒涼とした命を感じさせない大地を見下ろしながら考える。

今まで見たことがない死の気配すら感じない土地、今まで見てきた鉄血との戦闘によってできた廃墟などといったものではない寂しさや虚しさがある。

WW3を引き起こした人間はいったい何を考えて、どうしてここまでの戦争を引き起こしたのだろう。

かつて人類は何度も核戦争の危機を迎え、そのたびに何度もソレを乗り越えてきたはずだ。なのにどうして、あの時はそれができなかったのだろう。

ぺイラン事件という未曽有の大災害があって、E.L.I.D感染者という人類共通の敵と言える相手が生まれたはずなのに。

それこそ、上辺だけでも人類共闘を言い出せる土壌が整っていたはずなのに、当時の人間はいがみ合って戦争の道を歩んだのだ。

 

(私なら、しないわね)

 

自分ならしない、人形故の合理的思考か、それともこれを知っている故か。しかしどういわれても、答えは一つ、NOだ。

たとえ多少の不利益が自分が被ったとしても、ここまでになるほど戦争をしようとは思わない。

そもそも、だれも住めなくなった土地を手に入れてどうなるというのだ?どうにもならない、それは分かり切っているはずだ。

でももし自分の住む安全な土地を奪いに来た輩がいて、自分が負けそうで、そして論理もかけらもない状況だったらどうなるか。

 

(あー、くそ、わたしでもそうなるわ。自爆で吹っ飛ばす)

 

逃げ場がない、味方がいない、けれど自分の大切なものを奪わせるのは癪だ。だから破壊する、完膚なきまでに。

そう考えたかつての指導者は多く居たに違いない、なぜならそういった事例はWW3当時に多く見られた。

敵によって占領される寸前の要塞で、味方を逃がした将軍が将官室などで最後の一手として仕掛けた爆薬で要塞ごと自爆する。

そんな映画時見た光景が、世界ではより最悪な形で何度も行われた。使われたのが爆弾だけならまだいいのだ。

国ぐるみで行っていた違法研究の賜物、化学兵器の一斉爆破、世界をこんな風にしたはずのコーラップスなど、あらゆるものを使った。

WW3では文字通り生きるか死ぬかの瀬戸際で、何でもできる後がない状況だったからこそ、タガが外れてしまっていたに違いない。

分かってしまう、理解できてしまうのだ。だからなおさら悲しい、そして、空しい。

 

「やめやめ、気が滅入る。そもそも人形がそんなの考えてどうするのよ?」

 

小声でぼやきながら自問自答する。所詮道具の自分がそう考えても意味がない、人間の政治に人形が介入できるわけがない。

悪い癖なのかもしれないな、とFALはふと思った。自分で考えて自分で行動するのは当たり前だけども、U05では文字通り人間と同じように意見が通るからだ。

臨時指揮官だった頃の彼は文字通り、人形からの意見も隔てなく受け入れ考えて、時には指揮すら任せるほどに人形の隣にいる存在だった。

そのうえで思考を促した、どんな時でも考えるのをやめない事、それが自分の生き抜く術だと言ってだ。

 

「FAL姉、交代」

 

「あぁ、ありがと。特に何もないわ、なんにもね」

 

背後のハッチが開き、後ろから一〇〇式に声を掛けられる。見張りの交代だ、FALは頷くと銃座から離れて一〇〇式と交代する。

機銃座から機内に戻る、機内は笹木一家の私物というだけあってクッションや冷蔵庫、ラジオなど軍用機とは思えない生活臭あふれる内装になっている。

一度ボロボロにされた影響で所々修繕跡が目立つが、さながら空を飛ぶキャンピングカーといったところだろう。

ベッドにもなるソファと置かれたクッションの一つに奏太が背を預け、隣で寝そべるコルトM1911に膝を貸していた。

 

(膝枕、だとぉ!?)

 

先ほどまでの嫌な思考が彼方へと吹っ飛ぶ、次いでやってくるのは驚愕と嫉妬心。

よく見るとM1911は眠っているらしく、規則的な寝息を立てていた。

 

「お疲れさま、飲み物いるか?」

 

「えぇ、頂くわ」

 

動揺を取り繕い、指揮官から缶コーラを受け取りながらさりげなく隣に座る。平気な顔を取り繕い、動揺を隠しながら。

 

(大丈夫、おかしくない、おかしくない)

 

さりげなく服を確認し、だらしなくなっていないか見て何とか熱くなりかける思考を落ちつける。

普段着にしていたスリップにデザインの似ているワンピースはしっかりしているし、ジャケットにも汚れなどはない。

いつものできる女のFNFALだ、エリート戦術人形のFNFALだ。

 

「指揮官、あとどれくらいでつくの?ずっと荒野ばかりで飽きちゃうわ」

 

「この調子でいけば30分ってところだ。ま、コーラでも飲んでりゃすぐにつくよ」

 

「そう、それで、その、えーと」

 

FALは話を続けようとして言葉が詰まる。思い浮かばないのだ、彼が近すぎて、彼の香りが鼻孔を刺激して頭が回らないのだ。

 

(お、お、お、落ち着くのよ。私はできる女、よし、よぉし)

 

「指揮官、私の服、どうかしら?」

 

「ん?前よりもいいと思うぞ」

 

あぁ駄目だ、幸せ過ぎる。一目惚れした彼からの素直な賞賛にFALはクラりときてしまった。

 

「さ、さすがにスリップだけは攻め過ぎだったわよね。私も、その、少し反省したわ」

 

本当のところは好きな相手以外に変な色気を振りまかないためである。一度見直して、下着で戦っていた自分を本気で疑ったりもしたが。

 

「いや、反省というかそれはあの格好がデフォにしたIOPのせいだろ。気にすんなよ」

 

「あら、優しいのね…まさか浮気?大胆」

 

「馬鹿言え、そんな甲斐性はないよ」

 

彼はのんきに寝息を立てるM1911の頭をやさしく左手でなでる。その手の薬指にはまる銀色の指輪が、FALの胸に痛みを覚えさせた。

今眠っているM1911の左手にも同じものが、そして操縦席や機銃座にいる他の3人にも嵌められている。

もとから彼女たちに勝てるとは思っていなかった、先に持っていかれると覚悟はしていたのだが、こうして目にするとやはり胸に来るものがあるのだ。

 

「…ねぇ、その誓約の指輪、デザインが少し違うのね」

 

「誓約?あぁ、内地じゃ人形との婚姻は誓約というんだったか…」

 

「向こうでは違うの?」

 

「普通に結婚、納得してれば一夫多妻もその逆もありだ。これもただの指輪だよ、まだ書類は出せてないけどな」

 

少し照れ臭そうに答える奏太に、FALは隔たりを少し感じた。手を伸ばせばどうという事はない、けども埋まらない隔たりだ。

笹木一家の人形たちは全員が前からIOPの制御から外れている、ある意味暴走している鉄血と同じ部類ともいえる。

プログラムに縛られず、プロトコルにも従わない、自分の意思だけで動いている人形。

人間に従うべきと言われても鼻で笑うし、害を与えられれば反撃する。ロボット三原則だって気にしない。

彼女たちにIOPが企画する権利移譲契約とその証である誓約の指輪は通用しない、すでにそんな枠の中には居ないからだ。

 

「んぁ…ダーリン、くすぐったいよぉ」

 

「あ、悪い、起こしたか」

 

「んぅ…ん」

 

「はいはい」

 

M1911は奏太の体をよじ登るようにして胸の中に器用に丸くなり、彼はそれをやさしく抱きしめる。

その優しい抱擁に安心したのかM1911は、肩に頭を預けて目を閉じた。

 

(う、うら、羨ましい、私だって、私だってぇ…)

 

「機影確認、方位120、数3、距離200、接近中!!」

 

機内に響く上部機銃座についていたM14の報告に、思考にふけっていたFALは身が竦んだ。200メートルなんて距離はこの空ではすぐ近くだ、そして自分に抵抗する術がない。

奏太たちの操る陸攻に装備された20ミリ対空機銃だけが反撃の手段なのだが、それをうまく当てられる自信がなかった。

 

「雲に隠れてた!!」

 

後部機銃座についていたSASSの焦り声を聞きながら咄嗟にいつもの愛銃を手に取り、初弾を装填する。

すぐに後部機銃座のほうに向かおうとして、FALは指揮官に肩をつかまれた。

 

「落ち着け、迎えが来ただけだ。市代、機種とマークは?」

 

「壊れた灯台マークの飛燕…え、飛燕?」

 

「高高度迎撃隊か、珍しいな」

 

M14の訝し気な答えに奏太も少し首をかしげる。二人とも敵と遭遇したという雰囲気はない。

 

「迎え?」

 

「航空機には必ず迎撃兼迎えが出てくることになってんだ、確認が取れればいなくなる。見てみな」

 

FALは銃を持ったまま後部機銃座に向かい、落ち着かない様子で20ミリ機銃の銃座に座るSASSの背中越しに外を見る。

防弾ガラス越しにFALから見て左後ろあたりに、アウトーチの飛行隊らしい機影が一機確認できた。

 

「メッサーシュミット?」

 

細長いひし形の機体に主翼と尾翼を付けたような形の戦闘機だ。形状からドイツのメッサーシュミットを思わせる。

 

「飛燕はドイツの流れを汲んでるからね、和製メッサーって感じ。でも本家に比べて幾分シャープなのが特徴かな」

 

「なるほど、武装は?」

 

「標準型なら12.7ミリ二丁、20ミリ二丁。あ、エンジンの不調なら期待するだけ無駄かな」

 

「中身は別物なのでしょ?この一式と同じで」

 

「たぶん太平洋連合の新型にしてると思う。でも変、高高度迎撃隊が哨戒してるなんて。何かあったのかな?」

 

「さぁな、暇してるから仕事割り振られただけかもしれないぞ。ほら、バンク振ってる」

 

アウトーチの飛燕は機体をロールさせて翼を揺らし、そして風貌の中でパイロットが小さく手を振って機首を持ち上げると上空へ離れていく。

そして左旋回すると逆方向に機首を向けてそのまま見えなくなった。

 

「ふわぁ…き、緊張しましたぁ…」

 

飛燕が見えなくなった途端、気を張っていたSASSは空気が抜けるように背もたれにもたれて天を仰ぐ。

 

「手がプルプルします、うわ、汗だらだら」

 

「お疲れさん。そろそろ見えてくるだろうから、前の方に行ってみな」

 

SASSが退いた銃座に奏太が座る。SASSを連れて戻ると、ソファーには誰もいない。操縦席から話声が聞こえるのでM1911はそちらに行ったようだ。

FALはSASSを連れて一〇〇式のいる爆撃手席のハッチを開く、席に座ってやきもきしていたのか一〇〇式も銃を抱えていた。

 

「FAL姉!敵機は!!」

 

「敵じゃなかったわよ、無線で聞かなかった?それより…まさかあれ?」

 

ガラス窓の向こうに見える一際大きな山、よく見ると所々に識別等が見える。誰かいる、そして稼働しているようだ。

機体はゆっくりと降下し始め、山が近づくにつれて光が漏れる横穴に近づいていく。どこに降りるのだろう、FALは逸る気持ちを抑えて着陸を待つことにした。

 

 

 

 

◆◆◆◆

 

 

 

 

人類生存可能圏外、人類生存可能圏内に一番近い街の一つ『アウトーチ』は旧ロシア軍の山岳要塞を一つ丸々使った地下要塞都市だ。

地下要塞からは方々に軍用列車用の地下鉄が走っており、そこから各基地を駅として、今は町として利用し安全圏と生活を維持している。

いわばアウトーチとは、その周辺の街の中核だ。活気のある中央都市であり、その玄関口となる滑走路も常に人であふれている。

かつては大型爆撃機を収容していただろう滑走路は、新旧豊かなバリエーションのレシプロ航空機が駐車場のように枠の中に止められて羽を休めている。

その周囲で多くの人間や人形が機体の整備や荷物の積み下ろしを行い、常に人の行き来が絶えない場所だ。

 

「すごい、いろんな飛行機がたくさん」

 

「まるで別世界です、こんなの初めて見ました」

 

SASSが目を丸くしてつぶやく、その気持ちはM2にもよくわかった。グリフィンに勤めて以来、政府が直轄する街にも言った覚えがある。

けれども、この目の前の光景や雰囲気は今まで見てきた街のそれとは明らかに違うものだった。

この山腹にある地下滑走路になれた調子で着陸したときから、周囲の様相は明らかに変わったのだ。

 

「あ、見て!すごい!シデンです!!ゼロ32、トリュー、あ!ライデン!」

 

M3がきょろきょろしながら興奮気味に飛び跳ねる。無理もないか、M2はそんな彼女の肩を抑えた。

戦闘用に地味だったり、あえてカラフルだったり、所属組織のトレードマークだったりとカラーバリエーションも様々だ。

今滑走路に出て外に出る大型シャッターが開くのを待っている単発機は真っ赤な塗装にポストのマーク、郵便運送の仕事をしている機体らしい。

 

「あれは…97?それともテンザン?」

 

「あれは97、郵便運送用の特別モデルだよ。座席減らして、代わりに速度と積載量を強化してるタイプ」

 

「見事に日本機ばっかりね」

 

「飛行機の大本が太平洋連合だからね、あそこの主体は日本機だから。ほら、ずっとここにいると危ないよ。こっち、並ぼ?」

 

M14に連れられて、M2とM3も大きなゲートの前にできた入場列に向かう。だが、M1911、ナガンM1895、P38がそこには居なかった。

3人は機体の修理の予約や最終チェックを受け持ってくれたらしい、奏太とM14は先に中に入って宿の予約を取るようだ。数分も待つとすぐに順番が回ってきた。

 

「身分証を」

 

重厚なエアロックの前に作られた入場受付デスクに座った、ジャガーノート姿の守衛が威厳たっぷりな声色で右手を差し出す。

昔の映画などに出てくる対爆スーツをカスタムしたものを、さらにゴテゴテとアップグレードした姿は威圧感が凄まじい。

その威圧感にグリフィンの人形たちは少しびっくりするが、奏太たちは特に気にしない。

リーダーの奏太が前に出ると、その手に自分のハンターライセンスを差し出した。

 

「一級ライセンス…笹木一家!?ご無事でしたか。目的は?」

 

「買い物、それから仕事だ。こいつらは俺達の連れ、問題は?」

 

奏太が目の前の守衛に肩をすくめると、守衛はライセンスを奏太に返してデスクのボタンを押した。

入場ゲートの金網が開き、奥のゲートの前に通れるようになる。エアロックの人間用の出入り口が空いており、そのわきに座る守衛がのんきに手招きしていた。

 

「いいえ、アウトーチへようこそ」

 

「ありがと、ごくろうさん」

 

「良い狩りを…次!」

 

エアロックを通り抜けると、そこにはまた別世界が広がっていた。スラムというには活気があり、かといって片付いているわけではなく雑多な市場だ。

表現するならば混沌、先ほどのハンガーと同種の空間らしい広い空間に、雑多な木の板からプレハブ小屋などを持ち込んで違法建築さながらの店や部屋が並んでいるのだ。

その間を人間や人形が練り歩き、市場を見て回る。時に言い合いや喧嘩も起きているが、それも含めて感じるのは『生きている』という生の感覚だ。

 

「久しぶりだ、何も変わっちゃいない」

 

「だね、いやぁ帰ってきたって感じ。やっぱこうでないと、あ、奏太!あの店、まだある!!」

 

「あ…まったくしゃぁない、お前の勝ち」

 

「いただき!」

 

M14が一つの店、どうやらアイスクリーム屋らしい屋台を指さすと、奏太は肩をすくめて懐から財布を取り出して彼女に渡す。

それを受け取ると彼女は上機嫌で、デフォルメされたヤギの看板がかわいい屋台に向かって行ってしまった。

 

「指揮官?どうしたのいきなり?」

 

「前にここに通った時に少し賭けをしたんだ。あそこのアイスクリーム屋、あいつのお気に入りなんだよ。

あの店、前はまだ開店したばっかでうまく定着するかわからない。だから帰ってきたとき、まだあったら一個おごるって話をしてたんだ」

 

「へぇ、じゃなんで財布ごと?」

 

「おごるよ、お前ら全員。圏外へようこそってことで」

 

いつの間にそんな話を?とM2は首をかしげる。しかし奏太は、彼女なら言わなくても分かってるというだけだ。

 

「ごめんごめん、舞い上がっちゃった!はい、奏太の分、で、これみんなの分!」

 

M14は両手にアイスクリームをニコニコしながら抱えて戻ってきた。確かに人数分のアイスを器用に抱えている。

往来の邪魔にならないように壁際により、M2は少し汚れた壁に背を預けながらもらったアイスクリームを照明でよく見えるようにする。

形はよく見るバニラアイスクリームだ、紙もまかれていない少し焼き色が強いコーンに乗っていて素っ気ない。

見た目は人類生存可能圏内で売られている合成品のそれとほとんど変わらない、M2は少し息を整えてからかじりついた。

 

「ん!?甘!!」

 

口の中に広がる濃厚なミルクの味、けれど不快ではなく合成品にはない深みがある。舌を楽しませ、かつガツンと満足させる濃厚な一撃はまさに至福だ。

上品な甘さではないが決して粗野ではない、一個で十分満足できるアイスだと胸を張れる一品だろう。

これまで合成品のアイスクリームしか食べたことがなかったM2も夢見心地のような気持ちでもう一口かじった。

 

「あのお店、地下に酪農区画を作っててそこで取れた新鮮なヤギのミルクをたっぷり使ってるの。んー!やっぱりおいひ~」

 

「おいしい、天然物のアイスってこんな感じなんだ…」

 

チロチロと舌で啄んでいたSASSはふんわりとほほ笑む。FALや100式も目を丸くしており、M3は無言で小躍りしていた。

 

「ヤギのミルクアイスね。不思議な感じ」

 

「だから潰れないかで賭けになったのさ。一個の値段はほどほどにするがそれでも安いし、採算取れないんじゃないかってよ」

 

「伊達に商店街巡りしてないわ、目利きじゃ一番なんだから」

 

M14はご満悦といった表情でアイスクリームをぱくついてあっという間に平らげる。

それを見た奏太は自分の食べかけを彼女に差し出し、それを美味しそうに舐める姿を見てほほ笑んだ。

 

「こんな簡単に天然物を出していいの?そんなに繁盛してるってわけでもなさそうだし」

 

「採算は取れてるんだろうよ、前より屋台綺麗だし種類も増えてる。ここは外だからな、合成品はあんま人気無いんだよ」

 

「なんで?」

 

「こっちの合成品はまずいんだ、安いし栄養はあるけども味気ないブロックばっかでな」

 

奏太はアイスクリームを食べながら近くの雑貨屋に売られている軍用らしいパック詰めされた糧食ブロックを示す。

一般的に流通しているらしく、今もハンターらしい男がそれを購入しているようだ。

 

「そういうもんじゃない?」

 

「それでもまずい飯ってのは気が滅入るさ。昔の軍用栄養ブロックは正直人形用よりまずい」

 

「そこまで?」

 

「わざと味付けしてないから栄養とブロック状にしてる何かの味しかない、それに口がすぐ乾く。

かといって下手に味付けしたやつはまた別な意味でクソまずい、やっぱり口が乾く。

そして水を飲むと余計にまずい、口に残った粉で口がじゃりじゃりになるしこれがまた後味最悪なんだ」

 

人形用の栄養ブロックとは、戦術人形用にグリフィンが支給する戦闘糧食の一つだ、主に基地を離れて長期活動を強いられる部隊に支給される。

戦術人形の体内バッテリーを効率よく充填するために生体部品に生体電流の発生を促すもので、味はチョコやチーズとなっているがかなりまずいのだ。

これならば少し重くても予備バッテリーを抱えておいて、人間用の缶詰を持ったほうがいい言われるくらい人気がない。

 

「食ってみるか?充電効率アップにはいいらしいぞ、あれのほうがうまいが」

 

「やめとく」

 

なおブロック自体は人間も喫食可能で、栄養は偏るものの腹の足しにはなる。彼が言ったあれとは戦術人形用の方だ。

それよりもまずいと言われたら食べる気にはならない、せっかくのアイスクリームが台無しだ。

 

「あれ、みんなまだここにいたの?あ、アイス!」

 

「まだ残ってたんですね、奏太?」

 

「わかってるよ、ほら」

 

「よしよし、さて、何味にしようかのう?」

 

一通りの仕事を終えたナガンM1895、ワルサーP38、コルトM1911が人込みをかき分けて合流した。

全員がアイスクリームに舌鼓を打っているのを見ると、3人はニコニコしながら右手を差し出して奏太から小銭を受け取り屋台へ踵を返す。

どうやら賭けをしていたのはM14だけではなかったようだ。

 

「もしかして、指揮官の一人負け?」

 

「ははは…かなしいねー」

 

だいぶ軽くなった財布をしまいながら奏太は明後日のほうを向いた。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

U05基地の事務室は緊張に満ちた空気を発していた。発端は数日前、基地独自の情報網を構築するために送った情報提供などを含めた協力要請の一つが帰って来たことだ。

発信元はR08基地、丁寧なお断りの申し出かと思いきや快諾だった。それに距離が離れているにもかかわらず物資の支援まで申し出てくれた。

互いに協力関係を結べるのであればそれに越したことはない。味方は多ければ多いほどいい。

そう最初は単純に思っていた、添付されたメールとこちらにくるというというロボット輸送部隊の内容などを見るまでは。

 

「で、どうするのよこれ?」

 

AR15はいつものクールな顔をしたトラブルメーカーとしての自分をひっこめ、真剣な面持ちでフランシスを見つめる。

 

『拝啓 U05地区指令室指揮官フランシス・フランチェスカ・ボルドー様

 協力申請を受諾しました。ロボットキャラバン隊に物資をもたせて出発させたので、近い内に届くと思います。ロボットキャラバン隊の外見と、物資目録を添付しておきますのでご確認をよろしくお願いいたします。

 また、こちらはフォールアウト核戦争前のアメリカ企業、Vault-tecの技術を保有しておりますので必要と状況が許せばそちらにお伺いして修理や生産活動の準備を行うこともできるかと存じます。あるいは、設計図があれば該当物品や部品なども生産できると考えています。

 一度通信などできればと思っております。

 よろしくお願いいたします。

 かしこ。R08地区指令室指揮官』

 

R08基地の指揮官から、要請受諾のメールに添付されてきた内容だ。

 

「見た限りこれは旧アメリカ製の戦闘ロボ、ロブコ製の魔改造ね。こっちじゃ部品一つに至るまで生産されてない」

 

基地に残る人員の中で笹木一家に一番近く、知識を吸収していたAR15はプリントアウトされた写真を見ながら肩をすくめる。

笹木一家という一番のアドバイザーが席を外している今、彼から直接指導を受けていた彼女がこの手の物には詳しいのだ。

 

「ロブコはベルゲンと違って海外支社は作ってない国内集中型の経営でね、だから技術と名声もこっちに来てない。

今あるのはアメリカで埋もれてるか暴れてるかしかないはず、それにわざわざ持ってくるような性能はしてない。

軍用ロボとしては当時最先端ではあるし能力も目を見張るものがあるけど、わざわざアメリカからこっちまで持ってくるなんて費用が掛かり過ぎる。

正直そんなことするならIOPかベルゲンで普通に買うほうが手っ取り早いしアフターサービスも万全、それか鉄血のロンダリング機体かしら」

 

「輸入タイプを探したという線は?支社はなくても売込みくらいはしてるはずよ」

 

「探せばあるけれど薄いかな。古いことには変わりない、満足に動く個体は少ないしこんな改造できるようなパーツを集めるのはもっと大変。

この魔改造っぷりを見てよ。足はアサルトロン、胴体にロボブレイン、頭はプロテクトロン、腕がセントリーボット、全部別機種のロブコ製パーツで構成されてる。

武装ももちろんアメリカ製、実弾式ミニガンと光学式ガトリングレーザー、火力は半端ない。

集めるだけでも相当時間と金がかかるし、もうほぼ一品もの状態だからこんな風に使ったらすぐに駄目になるわ」

 

つまり作れたとしても実用的ではない、対費用効果があまりにも釣り合わないという事だ。

同じロボットを使うならば、人類生存可能圏内で生産されている機種を使うほうが安く使いやすいはずなのだ。

 

「それにこっちの赤いのはバラモン、二つ頭の牛ね。ミュータントだけれども危険性はほぼゼロ。

大荷物を運べる力持ちでキャラバンにはピッタリ、当然だけど内地で簡単に手に入るミュータントじゃない」

 

「デスクローと一緒に密輸された可能性は?」

 

「ありうる、けどリストにはなかった。ミュータントとはいえ基本は牛だから、あそこの趣旨から外れてる。

それにもし密輸された一匹だとしても、こうして保護したうえで輸送に使うなんてこと普通はしない。

こいつがどれだけ温厚で人懐っこくても、見た目は真っ赤な肌で二つ頭の牛、ミュータントなんだから普通は殺す」

 

なのにR08の指揮官は全く、悪びれもせずに輸送に使うと言って写真を添付した。

 

「バラモンはとんでもない力持ちで重い荷物だって平気で運ぶ。この特技からアメリカでは荷馬車の代わりに使われてる。

わかる?向こうの指揮官、平気な顔してアメリカ流にキャラバンやろうとしてるわけ」

 

「どこでそんな知識を…そんなのをポンと差し向ける上に堂々と輸送経路を歩かせる?ふざけてるの?」

 

ドリーマーはあきれた様子でため息をつく。

 

「ロボットくらいならまぁ言い訳できるでしょう、でもミュータントを連れ立って歩かせるなんて怪しいなんてもんじゃない。

一般人が見れば阿鼻叫喚で正規軍に一報、そのうえでどこから来たか調べられておじゃんのはず、うちだって即刻射殺ものなんだけど?」

 

「こいつらグルなんじゃない?で、私たちはマークされた」

 

AR-15はR08基地の指揮官プロフィールが書かれた資料を指さす。

 

「旧アメリカの技術継承者を自称するなんて、それを理解する人間がこちらにいるからこその脅しそのものよ。

今も一切警戒されずに圏外の部品やミュータントを調達できる、それを見せつけてるのよ」

 

生き残りか、忘れ形見か、この一件に関わる組織に名を連ねるものなのか、それともただの第三者を引き当てたか、まだ定かではない。

だがこちらにあるべきではない技術を継承して今も十全に使いこなすほどのバックを持つ人間がR08の指揮官というわけだ。

下手をすればアメリカの武器を文字通り『造り出せる』ほどの力を持っているかもしれない、どれほどの財力と権力を持っているのか想像もつかない。

我ながら相当危ない人物にあたってしまったものだ、フランシスは自分の不幸を呪わずにはいられなかった。

 

「待って、指揮官と同じアウトサイダーかもしれないわよ?この文面はこっちを同列視してるように読めるし、ボルト何たらは良く知らないけど」

 

気分が沈んだフランシスを慰めようとしたのかドリーマーは希望的観測を告げる。

それはありえない、フランシスは首を横に振って否定した。

 

「いいえ、彼女の経歴をあさったけど生まれも育ちもこちら側、世界大戦のときも何も圏外とかかわりがない。

それに彼女の親は別のPMCを経営してて、国の審査にも引っかからないから清廉潔白さが証明されてるわ」

 

「見事に特権階級あるいはそれに類するものの経歴ね。あの世界大戦の中でも、出張の多い家庭程度の影響しか受けてない。

普通に安全地帯で育って、普通に学校に行って、世界大戦でボロボロなかで家族経営のPMCに就職して、スカウトされてグリフィンに、ね」

 

AR15はグリフィンのデータベースからコピーした資料を机に放りだす。

フランシスは情報共有許諾の申し入れと一緒に送られてきたメールを見ながら答える。

 

「物資とロボット、受け取るのは早計ね。止めてもらいましょう」

 

ドリーマーの提言にフランは頷く。

 

「そうね、それから通信。いっそのこと直接喋って、ちょいと探り入れてやりましょうか?」

 

「できるの?」

 

「伊達に参謀やってないのよ。情報共有の件への感謝を、それから物資の供与は辞退する。設備は両方の意味でクローズド、電子戦対策は万全に。

夢子、もう少し深く洗える?それからもっと情報を集めて、多角的に、できればほかのところも」

 

「任せなさい、違法すれすれでやっていいわよね?」

 

現状、この基地の電子戦部門のトップはドリーマーだ。彼女が一番向いている、鉄血製上位ハイエンドの性能は伊達ではない。

 

「お願い、警戒は怠らないで。AR15、動ける人員に招集をかけて。対ミュータント装備よ、H&Rの箱も開けなさい」

 

「あれは指揮官の私物よ?」

 

笹木一家が圏外に向かってから届いたH&R社からの金属製武器コンテナには彼らが発注したオーダーメイドの武器が入っている。

いざというときにはU05基地の面々でも開けられるが、あくまで彼らの私物なのだ。

思いのほか高額になって、物が来る前に来た領収書を見て全員で困った顔をしているのAR15は見たことがあった。

 

「指揮官たちが残していったものしかない状態で四の五の言ってられないわよ。いえ、元からそれが狙いかもしれないか…とりあえず使えるものは何でも使う。

確かナイフ、銃剣、コンバットアックスだったわよね?SPARで使いなさい、金は私が持つ、あいつらも文句言わないでしょ」

 

「あーあ、あれくそ高いのに。りょーかい、ナイフはSOPⅡ、銃剣は私とM16、コンバットアックスはM4に配る。OK?」

 

「任せるわ」

 

ドリーマーとAR15は席を立ち部屋を出ていく、フランシスは小さく息をつくと窓際に向かい窓を開けた。

もしかしたら、最初の戦いの相手かもしれないな。フランシスはタブレットのスイッチを切りながらふと窓の外に目を向けた。

改装中の基地は騒がしく、建築ロボットや人形たちがせわしなく作業を続けている。その中で基地所属の戦術人形が差し入れをして労うなどしている。

眼下でもそうだ、司令部にしているホテルの外壁補修担当の自立人形たちにMG34が、合成麦茶を配っている。

まだ自分たちの拠点すら固まっていない、切り札も留守、なのにまた荒れそうだ。ままならないな、とフランはかぶりを振った。

のちに彼女は語る、疑心暗鬼って怖いわね。

 

 




あとがき
今回はお出かけ編、出来損ないの灯台『アウトーチ』でございます。気分は少し暗い荒野のコトブキ飛行隊。
うちのFALは恋愛クソ雑魚系、表面はいつもの調子だけど内心ワタワタキャーキャーしてるタイプ。
ついでに服も少し違う変な設定持ち、見た目は同じだけど少し生地が厚い程度なものです。

後半はR08基地とのやり取り、セレンディ様には感謝を。
こちらもシリアス風味に、けどやってることは勘違いの空回りでお送りします。
なんでコラボ先を警戒してるんだこいつ等?と思うでしょう、要はガチで藪蛇になったと勘違いしてます。
R08指揮官は転生能力持ちタイプですのでいろいろぶっ飛んでますが、ウェイストランド気質な普通の善人です。
FOシリーズ好きなら気に入ると思います、ぜひご覧ください。あるあるネタから懐かしの小ネタまでにやりとできますよ。

そして最後にH&R社のオーダーメイド武器、実装!oldsnake様に感謝。
SPAR小隊の装備として使わせていただきます!これでミュータントも鉄血も真っ二つだ。






ミニ解説

アウトーチ
人類生存可能圏内に近い街の一つ、ロシア軍の放棄された山岳要塞を丸ごと利用して作られた要塞都市。
人類生存可能圏外への出口であり、圏内への入り口としても利用されていて人の出入りは激しく金回りがいい。
商業活動が活発で、この先の圏外に旅立つ際に入り用となるものはお金さえ払えば大体の物は手に入る。
アウトーチからは周囲の基地や街につながる地下鉄が伸びており、それを人々は移動経路として利用している。
アウトーチは元々国が人類生存可能圏外とのつながりを保つために発足させようとした街であったが、ハンターの排斥や圏外の切り捨てなどの政策によりとん挫した。
圏外と圏内の境目にある灯台としての役目を期待されたが公には達成できなかったため、パーソナルマークは『折れた灯台』である。
圏内に入ろうとする密入国者、圏内から出てきた難民なども多く出入りするため一部区画がスラム化していて治安はまちまち。
表通りのまっとうな商業区画や居住区は比較的安全だが、裏路地などアウトローが潜む区域もある。
メトロシリーズの『D6』に地下飛行場を加えて、丸ごと街にしたような形。



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第11話・メトロライン2062

気分はメトロシリーズ。というわけで、みんなお着換えじゃぁ!!


 

アウトーチに到着してから二日、私やFALさん達は買える限り物資と情報をかき集めた。

ここはまだ人類生存可能圏に近いからか、まだ私たちの常識が通じる。やり取りにはほとんど支障はなかった。

指揮官達も一緒にいてくれるおかげか、必要なものは一日とちょっとですべて買い集めることができた。

指揮官達のネームバリューとライセンスの力はかなり大きい、オフィスでも有名で指名依頼が溜まってると愚痴られてた。

グリフィンの名前はこっちでは全く通用しないのは分かってたけど、これは予想外だった。

けれどそんな中で時折感じる不思議な感覚、私たちが別な扱いをされていると感じることは何度もあった。

遠くからの旅商人の人との取引では顕著だった、これが外国に来ているっていう感覚なのか、それとも気のせいなのか、私の経験ではまだ理解できない。

まだ足りない、もっと知っておかないといけない。外に出てみたいけれど、この街の外は汚染され尽くされていて装備がなければ人形も危うい。

アウトーチの周りの街や居住地にもいってみたい、けど私だけでは到底そんな遠くまではいけないだろう。

法と秩序が成り立っているのは町とその周辺のみ、その先はどこも無法地帯でありミュータントや無法者たちの巣窟だから。

その上装備があっても危うい汚染地帯がそこかしこにあって、空からは人類生存可能圏内よりも汚染された雨が降り注ぐ。

比較的安全と言われる地下も同じ、ミュータントは無法者がどこに潜んでいるかわからない。そんな土地を抜けていける力は私たちにはない。

そんな時、指揮官が私たちに提案をした。

自分たちは輸送の仕事を受けた、隣町まで一緒に来るか?命令ではない、ただ誘っているだけの言葉だった。私はすぐ頷いた。

私は知りたい、もっといろんなものを見てみたい。死んでいった仲間たちが、あの人が見れなかった世界を。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

アウトーチの宿屋の個室はいつもの部屋や仕事の時にあてがわれた内地の安宿よりも簡素で安っぽい内装だった。

元は下士官の居住区だったらしい部屋も殺風景でベッドと机があるだけ、あとはシャワールームと付属の姿見。

使い古しの軍用ベッドは2段ベッドの壁埋め込み式、上は荷物の収納スペースになってて一人用に改造されてた。

ベッドのマットレスは使い古されててぺちゃんこ、洗濯されてるだけマシって印象。基地のベッドが恋しいな。

でも指揮官曰く個室で安全で壁が普通なだけマシらしい。

まぁ指揮官達の場合はないと困ると思う。役所みたいなところで書類を郵送してたから、昨日は盛り上がっちゃってたし。

 

「これで、いいよね?」

 

シャワールームの鏡に移ってるのはいつもの制服じゃない、カーキ系マルチカムのサバイバルスーツ姿の私。

旧式戦闘服を模したサバイバルスーツにコンバットベストとポーチを付けている、背中にはバックパック、頭には鋼鉄製のバイザー付きヘルメット。

指揮官達と同じ昔の軍人みたいな格好で、バイザーを下ろしたらたぶんSuperSASSとはわからない。

うーん、落ち着かない。何となく体をぐいぐい動かしていると、部屋のドアがノックされた。

 

「琥珀じゃ、準備はできたか?」

 

「あ、はい、どうぞ!」

 

返事をしてからドアの鍵を開けて、コハクさんを中に入れる。うぅ、コハクさんも何度か見たサバイバルスーツ姿。

だけどすごい着慣れてる感じ、歩き方とかすごいスムーズなの。

 

「どうじゃ?サイズはあってるか?」

 

「あ、はい、何とか…」

 

「どれどれ…ちょっと失礼」

 

コハクさんは私をしっかりと見つめて、全身を嘗めるように見つめて不意に手を伸ばしてきた。

腰のあたりのベルトを緩めて、胴体のコンバットベストを少し緩めてからもう一度締めなおす。不思議、自分でやるよりちょうどいい。

 

「これでよし、かわいい新人さんの完成じゃな」

 

「か、かわいい、ですか?」

 

「あぁ、さぁ行くぞ。初仕事じゃ、FALも外で待っておるわ」

 

コハクさんに連れられて個室を出る。要塞の下士官居住区を丸ごと使ってるこのホテルはハンター御用達で、廊下にはハンターたちの姿がちらほら見える。

男性も女性も大体がミリタリールックにサバイバル用の装備を身に着けた感じだけど、時々見慣れたような、いろいろおかしい格好の人もいる。

 

「慣れんか?歩き方がおかしいぞ」

 

「いつもスカートだからズボンがちょっと…」

 

「そうか、ここらじゃあの格好でお前を外に出すわけにはいかんから我慢してくれ」

 

仕方ないとはいえ、やっぱりズボンに慣れない。

 

「本当にいつものじゃダメなんですか?」

 

「駄目じゃ、あれは普段着にしておけ。しっかりしないと後が大変なんじゃよ、特にここらは汚染が酷い。

学校の制服みたいな格好でウロチョロできる環境じゃないのは知っとるじゃろ?朝霞当たりならそれでもいいがな」

 

知ってます、内地製の汚染検査機全部のメーターがレッドゾーンから戻らなかったし。

ホテルの外には私と同じサバイバルスーツ姿のFALさんが壁によりかかって待っていた。

おかしくはないけどやっぱり来てる服が違うと印象変わるね。FALさん、かっこいい系肉体派になってる。

すらっとした高身長にサバイバルスーツがよく似合ってるし、いつもより精悍でキリッとしてる。

 

「なかなかのもんじゃ、よく似合っとるよ」

 

「そうかしら…」

 

コハクさんは素直にほめてるけど、FALさんは少し不満げ。やっぱり普段からファッションに気を使ってる人にはきついのかも。

ファッション性なんてかけらもない戦闘服をさらに戦闘用アクセサリーで固めて武骨なスタイルだもの。

 

「儂の旦那はこっちのほうが好みじゃが?」

 

「いい装備ね、気に入ったわ」

 

変わり身の速いFALさんと一緒にホテルの区画から出ると、雑多な商店街に出る。

しっかりとしたお店があるわけじゃなくて、行商人とかが屋台とか机とかを並べただけの闇市みたいな感じ。

昨日指揮官と回ったようなオフィス直営店とか部屋を丸ごと使ったお店みたいな品ぞろえはしてないし、中古のおんぼろもたくさんある。

値段も少し安かったり高かったりでまちまち、でもお客も値切ったりとかしてて見てると面白い。

 

「殺風景な家に、ちょっぴりの贅沢はいかが?」

 

「フィルター、ナイフ、治療キット!何でもそろってるよ、さぁ見てってくれ!セールだよ!安いよ!!」

 

「それじゃ高すぎる、3000でどうだ?」

 

「3000!?いやいや、この空気銃は上物だ。3500だ、どうだ?」

 

ここの熱気は変わらないなぁ、うまくいけば掘り出し物があるって指揮官も言ってたけど私はあまり買ってない。

買うとしたら少し行ったところの屋台とか食品売り場がいい、焼き豚がおいしいの。

商店街を抜けると頑丈な鉄筋コンクリート造りの巨大な吹き抜けのある区画に出る。

円筒形の吹き抜けは底が深くて一番下まで見降ろそうとすると足が竦みそう。その外周にそってリフトがある。

それに乗って集合場所の地下鉄ホームまで向かう、階段や他のエレベーターもあるけどこれが一番早い。

これから向かう町は汚染された市街地の真下にある地下鉄駅だから飛行機は使えない。

車での移動も危なすぎる、いけないわけじゃないけどミュータントがうじゃうじゃしてる上に町は崩壊してるから遠回りになるんだって。

だからいつも地下鉄のトンネルを使うらしい、それでも安全とは呼べないらしいけど。

 

「なんだかモグラになったみたいね、ずっと地下生活なんて…」

 

「住めば都というぞ、外がいいとも限らん。ここはまだ金回りがいいからマシじゃし、安全性でいえば折り紙つきじゃ」

 

「ははは、ところで指揮官は?」

 

「先にホームで準備しとるよ。後はM2じゃがあいつは美奈に任せておけばいい、あれは時間がかかるからの」

 

リフトのノリ口はいつも少し列ができるくらいに混雑してる。早く乗りたいけど並ぶしかない。

リフトを待っているうちに寝てしまったのか、整備士の制服を着た男の人が近くのベンチで眠ってる。

魘されているみたい、しかめっ面でつぶやいてる。どうしたんだろ?気になってチラチラ見ていると、その人が突然両目を見開いて泣き叫びながら飛び起きた。

 

「おいどうした!」

 

びっくりした、いったいどうしたんだろう。悲鳴を聞きつけて近くにいたらしい同僚の人が走ってきた。

 

「あ、あぁ、すまない、わ、悪い夢を見ちまって」

 

悲鳴を上げて飛び起きた整備士さんはふらつきながら壁に背を預ける。悪い夢ですか、怖いですよね。私も今はその気持ちは分かります。

最近はあの夢は見ないけど、代わりに昔のことが出てくる…本当に忌々しい。

 

「核が落ちた時の夢を見たんだ、俺は、その時地下鉄から降りたばかりで、駅から出たばかりだった。

帰るはずだったんだ、郊外の家、小さな畑のあって、俺の家族が、待ってた。でも、あの時の、あのサイレンが鳴って、ミサイルが…」

 

「まったく、だから部屋に戻れといったんだ。こんなところで寝るからだ、仕事馬鹿が」

 

「でも、仕事はまだ―――」

 

「お前の夢の話は聞きたくない、部屋に戻れ」

 

「あ、ああ、悪い、そうだな、部屋に戻るよ」

 

核戦争の時の夢、あの人は偶然生き残った人なのか。まだ10年くらいしかたってないのよね、核戦争から。

 

「あいつも可愛そうに、あと1時間早く帰ってればこんな悪夢を見なくて済んだだろうにな」

 

受付の男の人が同情する…聞かなかかったことにしましょう。私たちの番が来て、リフトに乗って地下鉄ホームのある階まで降りる。

アウトーチの地下鉄ホームにつくと、先に待っていたタクティカルサバイバルスーツ姿のイチヨさんとサラさんが手を振って待っていた。

 

「5番ホームに向かって、乗り合い客車の後に出発だよ。琥珀、変なことしてないよね?」

 

「するか馬鹿者」

 

「ならいいけど。SASSちゃん、気を付けてね?彼女両刀だから」

 

それは基地のみんな知ってるから…イチヨさん達だってそうでしょ。

 

「先に行って、奏太が装備を配ってる。私はM2を待ってるから」

 

M2さんはまだ来てないみたい、なんかゴテゴテしてるの持たされてたし時間がかかってるのかな。

地下鉄ホームの私たちが護衛する改造ハンドカーの近くに、指揮官達が武器の入った箱を置いて待っててくれた。

ホームには指揮官たち以外にも人が多く居て、ほとんどは私たちの前に出る乗り合い客車のお客みたい。

依頼主のお爺さんとにこやかに話していた一〇〇式が私たちに気付いてこっちに来た。

 

「FAL姉!やっと来たね」

 

「ごめんなさい、少し着替えに手間取っちゃって。そちらが今日の雇い主?」

 

「あぁ、その通りだよ可愛いお嬢さん」

 

一〇〇式と話していたお爺さんがにこやかに手を差し出すと、FALさんはその手を手に取った。

 

「FNFALです、よろしくおねがいします」

 

「FAL?あぁ、あんたも人形さんかい。ボリスだ、よろしく。儂はパーク駅で店をやってるんだ。要は仕入れの帰りってわけさ。

行きは良かったんだが、なんでも野盗どもが近くをうろついてるって噂を聞いたんでな。それであんたらに護衛を依頼したわけだ」

 

パーク駅はアウトーチから少し離れたところにある市街地の中にある街、大きな自然公園に直結してる大きな駅らしい。

もう公園は見る影もないけど地下街には多くの人が住んでいて、市街地での仕事でよくハンターも出入りしているんだって。

ボリスさんのハンドカーは3両、後ろ2両が貨物兼客車で先頭がエンジンを取り付けた動力車になってる。

元はハンドカーだから移動用のレバーが全部についてるけど、普段はエンジンみたい。

 

「了解しました、任せてください。SASS、先に装備をもらってきたら?」

 

そうしよう、ボリスさんとの仕事のすり合わせはFALさんに任せて私は指揮官のほうに向かう。指揮官はホームに装備の入った箱を並べて私たちを待っていた。

 

「来たな、待ってろ…ほらSASS、君のだ。まずは装備のおさらいをしよう」

 

指揮官が箱の中から私の銃を差し出してきた、昨日預けておいた私の半身。今はリンクを切ってる、受け取ってASSTと接続して…あれ?おかしいな。

私の半身のはずなのにASSTの反応が少し悪くなってる?指揮官なにしたの?

 

「違和感があるか?一足早いが圏外のパーツを組み込んで対E.L.I.D用特殊弾を使えるようにしてある、悪いが慣れてくれ」

 

だからASSTの反応が少しおかしいのか、圏外パーツが反応してないんだ。

 

「内地製向けの改修キットじゃな。使い込めば小細工などないほうが馴染むわい」

 

コハクさんのリボルバーはもうM1895の皮被った44マグナムでしょ。ASST全く反応しないのはちょっと…

 

「こいつはK弾、オートマチック用の弱装弾だ。向こうで配った奴ほどじゃないが反動は強いから気を付けろ」

 

指揮官が箱の上に置いたマガジンを一つ受け取る。中には弾頭が黒い7.62ミリNATO弾が詰められてる。

通称『K弾』対E.L.I.D用特殊弾の一種である徹甲弾。薬莢、弾頭、装薬、プライマーのすべてに手を加えたまともじゃない銃弾。

これには弱装、普通の2種類あって、私が使うのはオートマチック用の弱装弾。

弱装弾は装薬が80パーセントくらいで射程と威力は劣るけどオートマチック式でも使えるように作られているタイプ。

反動は強いけど自動装填機構への負荷は少ないし、有効射程の30メートル以内なら普通のと変わらない貫通力がある。

普通のはボルトアクションとかの手動装填式の銃に使うタイプで、威力と射程に優れるけど反動が強すぎてオートマチックでは使えない。

反動も弱装弾の非じゃないくらい強いし連射なんてできたもんじゃないけど、射程は二倍の60メートルもあるし安全な距離を保って戦える。

 

「18発入りだ、使い時は任せるが間違えないようにな」

 

K弾は重装甲な敵やE.L.I.Dに遭遇した時の切り札、強い分お値段も高い。大体通常弾十発で一発分の値段、大切にしなきゃ。

マガジンをポーチに入れると指揮官が次々に支給品を渡してくれた。

対人対ミュータントの両方で使う通常弾、手榴弾、ナイフやバックアップのリボルバーも受け取ってポーチやホルスターに納める。

なんだかこういうのって新鮮、基地では自分で準備することが多いからかな。

 

「それからこいつだ、万能充電器。人間にも人形にも必需品だ、各種装備の充電からいろいろと入用になるだろう」

 

握るハンドルと発電機が付いた手作り感あふれる充電器。手持ちの装備とかの話だけど本当に便利。

指揮官達が使ってるの見たときから欲しかったのこれ、あると便利だから。アルケミストに壊された時はショックだったな

試しにハンドルをにぎにぎしてみる、これですこれ。にぎにぎしてるとなんか落ち着くんですよね、充電もできて一石二鳥。

これで作戦中に装備の電池を気にする必要もない、夜戦装備とか意外と電気を使うし。

 

「ガスマスク…は持ってるか。フィルターだ、外に出るかもしれないし地下にも汚染区域は山ほどある。こいつがなきゃ安心はできないね。

フィルターは持てるだけ持っておけ、汚染の度合いにもよるが内地のようにフィルターは長持ちしない。外でなんかすぐに目詰まりしちまう、ケチるなよ?」

 

指揮官が全員に配ったPMMガスマスクのフィルター、見た目は旧式で少しぼろいかな。

このあたりの外の空気は内地と違ってひどく汚染されてるからガスマスクが必須、地下でも場所によっては必要らしい。

私たちは人形だけど汚染された空気のせいで生体部品がやられて、そこから体が壊れるからね。

 

「それから治療キットも忘れないように。それと無針注射器と緑のヤツ一本、いざってときには迷わず使え。

ただし一日一本、用法容量は良く守るように。劇薬でもあるから、使い過ぎると腹を壊しちまう」

 

黄色いケースに入った応急治療キットと緑色の瓶がはめ込まれた無針注射器。

治療キットはよくある包帯や麻酔とかのセット、回復促進効果のあるバイオジェルとか抗ウィルス剤とかの見慣れない物もいくつか入ってる。

緑の瓶、体内の放射能や放射線、汚染物質を分解除去して排出する薬、コーラップスにも少しだけど効果がある。

ZE除染薬っていうけど、薬剤が緑色をしてるから指揮官達は緑のヤツってよく言ってる。これも広く流通してる。高いけどお店で売ってるの見たし。

圏外ではこういう医療技術とかが発達してて、それの傾向が人形の魔改造にも影響してコハクさんたちみたいになってるって本当みたい。

人間か圏外仕様の魔改造型人形に必要なもので、まだ純正の私には必要かわからないけど一応もらっておく。

生体部品に関連して必要になるかもしれないし、私じゃなくても周りが必要な時が来るかも。

 

「これで全部だ、あとは食料品とかはそっちにあるからな。でもこれで完璧ってわけじゃない。

他にも各種レーダーや検知器などなど仕事によっては多くの機材が必要になる、向こうでも装備として導入するが自前で揃えるのが一番だ」

 

「了解しました!」

 

「いい返事だ、あとは自由時間…っとそうだそうだ、これを忘れてたな」

 

指揮官が懐から小さな紙の封筒を取り出して渡してきた。お金?中に古い紙幣が8枚か入ってる。

 

「依頼の前金、お前の取り分だ。残りは達成報酬だ。気負い過ぎるな、いつも通りやればいいさ」

 

指揮官はいつもの頼りがいのある笑みをにやりと浮かべて笑う、私もそれにニッコリ笑って返す。お金はあとで財布に入れておこう。

支給された武器と装備を持って、ほかのみんなが集まっているカートのそばに移動してベンチに座っているM3さんの横に腰を下ろしました。

M3さんも銃を抱えたまま落ち着かなそうだ。私もそう、いざとなると、なんだか怖い。

ここは私たちのよく知ってる人類生存可能圏内じゃない、始めてくる土地なんだ。空気も、匂いも、何もかもが違う。

人間が住める場所なんてたかが知れてて、その周りは内地の比じゃない超危険地帯。汚染、ミュータント、ならず者がうようよしてる。

 

「ん?」

 

足元に何かが転がってくる、小さな瓶だ。緑のヤツと同じような瓶だけど、中身が青っぽい薬。

何だろう、拾い上げてみるけどよくわからない。抑制剤って書かれてるけど、その前の部分にマジックで名前が書かれてる。

レナ、持ち主の名前?抑制剤っていうからには、持病の薬かもしれないし。届けてあげなくちゃだめだよね。

 

「どうしたんです?」

 

「抑制剤、誰のだろう?」

 

「あ、あの!」

 

瓶を見つめていると声をかけられた。前を見ると、ジーンズに子供用のコートを着た10歳くらいの赤い瞳をした女の子がいた。

 

「それ、私のお薬…か、返して!」

 

女の子は少し片言の共用語でたどたどしくお願いして来た。

この子の?という事はレナちゃん、かな?嘘は言ってるようには見えないけど…ま、いいや。

 

「どうぞ」

 

瓶をそっとレナちゃんに握らせる。その瓶と私を交互に見てから、小さくお辞儀をしてホームの奥に走って行った。

よく見る遠くのほうにご両親らしい夫婦が見える、レナちゃんを抱きしめたご両親は話を聞いたのか私たちに頭を下げた。

私もお返しに手を振って、3人が乗り合い列車の中に入っていくのを見送った。

 

「し、指揮官?これで良いかしら?」

 

「M2、様になってるぞ」

 

聞きなれた声がして振り返ると、指揮官の前にヘビーバトルアーマーをがっちり着込んだM2さんがいた。

私たちのスーツにもっとゴテゴテ防弾プレートとかを張り付けたいつもの格好とは真逆のガチガチスタイル。

時間がかかるわけだね、ミナさんがすっごい疲れた顔してる。

 

「私だけこんながっつりしてていいの?」

 

「お前は銃座担当だろ、それくらいあったほうがいい。ほら、お前の武器だ」

 

「なにこれ!!」

 

M2さんは指揮官から渡された巨大な重機関銃に驚いた、私もびっくりして呆れた声が出た。

設計はたぶんデュシーカ、けどベルトリンク式で装填されてる弾がショットシェルになってる。さしずめ重機関散弾銃、かな?

 

「さすがにトンネルで50口径をばらまくわけにはいかないからな、経年劣化でもろくなっているところもあるんだ。

お前のいつものはこっちに入れて持ってくから、必要な時には出すよ」

 

「理由は分かったけど、なんだか頼りないわね」

 

「そんなの最初だけだ、すぐにお前も気に入るよ。そいつはアブザッツ、モスクワ生まれのイカした奴だ。

装弾数は20発だがベルトリンクの長さは調節できる、お前なら40発入りを抱えて撃ちまくれるだろうが今はそれだけだ。

セミフル切り替え式、銃が重たいから取り回しに戸惑うかもしれないがその分反動も抑え込みやすい。

弾は12ゲージショットシェルなら何でもいける、バックショットとスラッグを用意したから好きに使え

とにかく撃って撃って撃ちまくれる頑丈な奴だ、閉所で化け物どもを殺しまくるには最高だぞ」

 

指揮官の力説がすごい、気に入ってるんだね。

 

「でもASSTが反応しないって不安ね…データにもない、運用法が、不明…」

 

「考えすぎんな、いつもみたいに振り回せ。あとはそのうち分かってくる」

 

「了解」

 

M2さんは頷くと、アブザッツを抱えてカート後部の機銃座に添えつけ始めた。その手つきはいつもみたいな迷いのない手つきじゃなくて、少し手間取ってる。

確かにM2さんなら使いこなせるかもしれないけど、初めての武器でいきなり実戦は怖い。怖いけどやっぱり、少しワクワクしている自分もいる。

ホームの向こう側に見えるトンネル、その向こうにはどんな街があるのだろう。どんな世界があるのだろう。はやくいってみたいな。

 

 





あとがき
みんなでお着換え、オリジナルスキン『メトロ2062』でございます。はい、パクリですがなにか?
遠征組はこれより戦闘服に弾とかポーチをごてごて張り付けた色気もくそもない男らしいスタイルで行動します。
悩んだ末、SASSちゃん一人称でお送りしました。






ミニ解説

万能充電器
出典・メトロシリーズ
汎用性と拡張性に富んだバッテリー用手動充電器。モスクワメトロ生まれのベストセラー。
充電器そのものに変圧器が内蔵されており、装備に合わせた充電を行うことができる。
劣悪な環境や激しい扱いにも耐えられる耐久性をもち、ハンターには欠かせない必需品。
地下鉄暮らしに欠かせない精神安定剤でもあり、ハンドルを握って充電していると心が落ち着く不思議な感覚を覚えるらしい。




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第11話・メトロライン2062―2

メトロは良い、トンネルの閉塞感がゾクゾクします。飽きないんですよ、ほんと。


 

 

隣町までの道のりは順調だった、ボリスさんの乗ってきたカートの速力なら1日の距離。

暗いトンネルの中を進んでいく移動の間、ボリスさんから私たちはいろいろな話を聞いた、この外のこと、世界のこと。

世界は広い、私たちにインプットされていたことなんかちっぽけな情報だったと思い知らされた。

ほんの少し、目と鼻の先に少し出ただけなのにこうも世界は広がった。この地下世界でさえも、私の知らないことは山ほどある。

時間はあっという間に過ぎた。いくつか駅を通り過ぎ、ボリスさんの住む駅までもう少し、でもそう簡単に仕事が終わるはずもなかった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

トンネルの中は人通りが多少あるものの静かなものだ。少し埃っぽいトンネルは人類生存可能圏内で通っている地下鉄よりも古く、年季が入っている。

しかし整備は常にされていて、天井には電気がともり、所々で配線を直している近隣駅の技師の姿も見えた。

SuperSASSは先頭車両の一角に座り、ハンドカーの速度を調節するボリスと他愛のない会話を興じていた。

 

「パーク駅の特産品もできたんですか?」

 

「あぁ、少し前はモヤシだけだったが今はキノコとカイワレ大根を始めたよ」

 

地下での生活において新鮮な野菜はとてつもない貴重品だ。貴重なビタミン源であるし、体に必要な栄養もたっぷりと含まれている。

どうやらパーク駅では外部の街と取引が始まってからいろいろな試みが行われてきたらしい。

今盛んなのは、地上の街で生産に成功した汚染に強い新種を用いた野菜類の生産だ。

 

「モヤシはいいぞ、手間を惜しまなきゃ期待を裏切らん。採れたてに塩を振って炒めるだけでもたまらんわい」

 

天然モヤシ、採れたてで新鮮な野菜なんてものは大きな街の比較的お金のある人用の店でしか見たことがない。

SASSもグリフィンで働いてきて、新鮮な野菜というのは輸送任務の時くらいしか触っていない。

食べたこともほとんどなく、天然のモヤシは昨日の夕食のときに来て初めて食べた。

 

「おいしいですよね、あのシャキシャキした感じがたまりません」

 

「そうだろうそうだろう、シャキシャキぱりぱり、それでいてみずみずしくてなぁ。初めてできたやつを食べたときはなぁ、涙が出たもんだ」

 

ボリスは懐かしげにうんうんと頷く。

 

「昔はモヤシなんてどこでも売ってたし、安い野菜の代表格だった。時代は変わったなぁ」

 

「ボリスさんは、戦前のことをよく覚えてらっしゃるんですか?」

 

「あぁ、今でもサンクトペテルブルクの夜を思い出せるよ、あの夏は暑かった。

ネフスキー通りはごった返してて、車が列を作ってた。人々の笑いが絶えず、空気もきれいで、何もかもが輝いていた。

ほっそりしたいい女がいるバーがあって、飲むには最高。若い時はいつもそこで一杯ひっかけるのが日課だった。偉大な街、我が故郷、今や核の灰の中だ」

 

なんてすばらしい世界を破壊したんだろう。静かに、酷く後悔の気持ちが滲むつぶやきにSASSは胸に感じるものがあった。

自分は戦前の世界なんてものは知らない、ただデータと知っているだけだ。それでも今と比べたらどこまでも輝いていたことがわかる。

そんな世界で生まれて、その世界が壊れていく様を見てきた彼はいったいどんな気持ちで今まで生きてきたのだろうか。

人類生存可能圏の富裕層が送るような生活が当たり前だった世界を知り、そのうえでこうしてトンネルの中で暮らす彼はどんな気持ちなのだろうか。

 

「って、あぁ、すまんな。どうも年を取ると昔話に浸ってしまう、つまらない話をして悪かったね」

 

知りたいと思ったが、聞けなかった。聞いてはいけないと思った。辛すぎると思ったから。

SASSは首を横に振ってから愛想笑いを返す。言葉にできる気持ではなかった。

 

「そうだ、駅についたらうちの店によって行かないか?新鮮なモヤシを特別割引で提供するよ」

 

「わぁ!いいんですか!」

 

「あぁ、パーク駅自慢の地下モヤシだ。是非食べてくれ」

 

もう少しでつくぞ、次の駅を抜けたらすぐだ。と、ボリスはハンドカーの速力を緩めつつゆっくりといつも使っているという主要線路に入ろうとする。

するとその直前、主要線路を管理している兵士に呼び止められた。ボリスが怪訝そうに問い返すと、兵士も困った様子で答える。

この先の線路で野盗が目撃されており、居住地の警備部隊が狩り出している最中らしい。

危険だから普段は使われていない迂回用の保安用トンネルを使ってほしいそうだ、ボリスは仕方なさそうに頷いたがどこか顔色が優れない。

 

「大丈夫ですか?ボリスさん」

 

「あのトンネルは好かんのだ。なんというか、あそこを使うといつもひどい目に合う」

 

ボリス曰く、あそこと自分は相性が悪いようで何かしらハプニングが起きるから使いたくなかったそうだ。

SASSが聞いてみると脱線やエンジン破損などの笑えないハプニングから始まって、買ったばかりの時計を落としたり、割れないはずの瓶がなぜか割れているなどしょうもないものまでつらつらと出てきた。

 

「ほら、見えてきたぞ。まったく、いつ見ても嫌な扉だ」

 

保安用トンネルに入る隔壁はアウトーチなどで見かけるものよりもボロボロで塗装が剥げかかっている。

隔壁はカートが近づくと守衛が操作したのか重苦しい音を立てて開き、一向を中に誘う。

生暖かく湿った感じの悪い空気がトンネル内に交じった瞬間、唐突な空気汚染上昇警報のピープ音とカリカリという聞きたくない音が鳴りSASSは思わず変な声が出た。

咄嗟に懐から圏内製汚染測定装置を取り出すと、空気中の汚染状況を示すメーターがグリーンとイエロー行ったり来たりしている。

人間がガスマスク無しで生活できるギリギリという極めて劣悪な空気という事だ。さらに一瞬とはいえガイガーカウンターまで作動している。

現状では下がってきているものの、まずここまで測定装置が荒ぶるのを経験しない人類生存可能圏内に慣れていると精神的に悪い。

比較的安全と言われた地下でさえ、町を少し離れればこんな状況なら地上はどんな状況なのか考えたくもなかった。

 

「敵影なし、気を付けていきな」

 

クリアリングを担当した警備担当者が全く気にせず、ガスマスクもつけずに線路内に首を突っ込む。

笹木一家やボリスも警戒こそしているがガスマスクに手をかけすらしない当たりいつものことでこの程度の汚染は気にも留めないレベルという事だ。

それがまたSASS達グリフィン所属の人形たちに認識の差を思い知らせた。

 

「指揮官、イエローゾーンギリギリの反応が出たんだけど…」

 

「普段は使わないらしいしな、空気も淀むだろう」

 

今でもイエローの間際なのだが奏太は涼しい顔だ。少し悪いだけで測定器が警報を鳴らす、それが日常になるほど環境は厳しいのだ。

中は暗い、指揮官が一声あげて全員にライトを付けさせると、銃を構えておくように言った。

ふとボリスのほうを見ると、彼も護身用のダブルバレルショットガンを手元においていつでも撃てるようにしている。

 

「SASS」

 

「了解」

 

緊張した面持ちで銃を手に取ったFALの言葉にSASSは頷いて、自分も銃の安全装置を外して初弾を装填する。

愛銃であるSuperSASSはいつもの狙撃用光学スコープではなく、近中距離用のACOGサイトに付け替えた。

保安用トンネルは先ほどまでのトンネルと違い荒れていて、所々壁が崩れていた。

急造で付けたであろう苔むした木の梁には蜘蛛の巣と誇りが絡まって綿のようになり、崩れた壁が石ころの山を作っていた。

爆破して封鎖したのかいくつかの分かれ道の片方のトンネルはがれきで埋もれ、そのせいで全体的に土っぽい。

天井からは長年成長し続けた木の根っこが天井を突き破っており、垂れ幕のようになっている部分もある。

空気も生臭く、湿ったものに変わる。嫌な予感しかしない、ボリスの言う通りいい事なんて一つもなさそうなトンネルだ。

 

「警戒、気を引き締めろ」

 

言われるまでもない、奏太の指示にSASSは無言でうなずく。

前を守るのはFALと一〇〇式、カートの縁に重心を預けるようにして構えて銃口を前に向けていつでも撃てるようにしている。

二人を補佐するようにナガンM1895、ワルサーP38が周囲を睨む。二人の手にはいつもの拳銃ではなく奏太と同じガリルARが握られていた。

その後ろではコルトM1911がアブザッツの銃口を下に向けたまま腰だめにして、いつでも前に出て撃ちまくれるように備えている。

手慣れた手つきでそれぞれ銃を構える笹木一家の三人の姿は、タクティカルサバイバルスーツ姿なのもありよく似合っている。

しかし中身と戦術人形とは何たるかを知るものであれば、自分の半身以外の銃を握る彼女たちの姿は違和感をぬぐえないだろう。

アウトーチで装備を補充し、ほぼ完璧な状態を整えた笹木一家は以前から知る彼らとはまた別物のようだ。

最後尾のカートには銃座にアブザッツを据えたM2HBと彼女を補助するM3が臨戦態勢で後方を睨む。その横で奏太とM14が天井や壁の排気口を注意深く注視していた。

 

「SASSちゃん、いつでも撃てるようにな。嫌なにおいがする」

 

暗いトンネルをゆっくりハンドカーは進んでいく。明かりはハンドカーの随所についているランタンと各自が持っているライトだけだ。

ハンドカーはゆっくりと進んでいく、古いトンネルの線路は先ほどまでの主要線路と違って軋んでいる。

脱線したらと思うときが気ではない、SASSが思わずため息をつきそうになったとき、ボリスが怪訝そうな声を上げた。

 

「あれはなんだ?人か?」

 

ボリスはゆっくりと速度を落とし、懐中電灯を線路の奥へ向ける。照らされた線路の上には、確かに人間が一人うつぶせに倒れていた。

ボリスはブレーキを入れてハンドカーを止めた。

 

「怪しいな、パークはここからすぐだがこの先は坂道になっているんだ」

 

「調べよう。みんな、援護してくれ。サラ、儂と来い」

 

「了解」

 

後ろを担当して来た奏太とM14も、持ち場を離れずに腕だけを掲げてサムズアップを返す。こちらは任せろという事だ。

線路に降りたナガンM1895とP38はガリルARを注意深く構えながら進んでいく。

ボリスとSASS達からの明かりがぎりぎり届くところまでくると、彼女たちもライトを点灯して線路に横たわる死体に向けた。

二人が死体を仰向けにする。死体は汚れた服を着た男のようだ、離れていてよく見えないが胸元が真っ赤に染まっており何かで切り裂かれているように見える。

二人はその死体を検分し、死体を線路からどかした後で奥にぼんやりと見える作りかけの土嚢に向けてライトを照らす。

そして何かを確信したのか、小走りでハンドカーに戻ってきた。

 

「野盗じゃ。奥に作りかけの陣地があったが全滅してる」

 

「ここを通るキャラバンを待ち構えてたのか、しかし全滅しているとなれば…くそ、ノサリス共か?」

 

「あぁ、それもだいぶ規模が―――」

 

声がした、カートの後ろから追いかけてくるように聞こえる耳障りな甲高い鳴き声。犬や猫とは到底思える、不快で初めて聞く声だ。

次いで人間より敏感な耳が何かが次々と走って追いかけてくる音を拾う。それも一体や二体ではない、次々とやってくる。

後ろだけではない、前、横、上、下、すべてから聞こえるようにその鳴き声が反響している。

 

「え、なに?なんなのこれ?」

 

前と後ろからならわかる、だが上下左右というトンネルの中という閉鎖空間ではありえない声の響きにFALの声が動揺に震えていた。

空調ダクトの中にもノサリスが潜んでいるのだろうが、それにしても多すぎるし聞こえてくる足音や這い回る音が多すぎる。

戦術人形だからこそできるその場での音の解析と、音の発生源の移動経路分析でSASSは保安用トンネルの周りに何が走っているのかすぐに分かった。

 

「穴です、周りに穴が掘られてる!!」

 

「巣穴か!」

 

ボリスはエンジン出力を一気に上げてハンドカーを急発進させる。野党の死体を通り過ぎ、作りかけの土嚢を弾き飛ばして坂道に入る。

坂道はそれほど急ではないが、商品と護衛部隊という重い荷物を載せたハンドカーの速力は上がらずせいぜい時速20キロ出ているか否かといったところだ。

野盗も激しい戦闘と逃走を行ったのか、坂道には人間と人形の見る影もない死体がいくつも転がっていた。

 

「みんな構えて!ノサリスを乗せるな!!」

 

「前からも来てる!!」

 

「撃て撃て撃て!」

 

SASSは壁に張り付き飛びかかろうとしていた異形のミュータントを見て、咄嗟に引き金を引いた。

銃火に照らされ、一瞬だけはっきり見えたその全体像をSASSは目に焼き付けた。ノサリス、ネズミのミュータントと言われている化け物だ。

灰色の肌、鋭い牙とたるんだ鼻、毛のないネズミ頭のゴリラのような体躯、退化した瞳は体に比べて小さいが闇の中でも光を放ち獲物を逃さない。

そのノサリスがハンドカーを追ってくる、排気口や壁に空いた穴からトンネルに次々と現れて瞬く間にトンネルを埋め尽くすような数になった。

地面を四つ足で走ってくるノサリスだけではない、器用に壁や天井を伝って追いかけてくる個体もいる。

10や20ではない、それこそ無数というべき圧倒的な数だ。

SASSはすぐ後部に移動して追ってくるノサリスを撃ち殺していくが、いくら撃ち殺してもその隙間を別のノサリスが埋めてしまう。

M2HBのアブザッツがバックショットの散弾を重機関銃のような発射レートでばらまくが、その散弾の嵐でさえ一時的な効果でしかなかった。

 

「M3!ベルトをつないで!!」

 

「わかった!!」

 

M2HBの悲鳴のような指示に、M3は頷いてアブザッツ用の予備弾倉から20連発のショットシェルベルトリンクを引っ張り出す。

そして別の弾倉から取り出したベルトリンクとつなぎ合わせ、さらに別の弾倉のベルトリンクとつなぐ。60連発のベルトリンクの完成だ。

M2HBが今使っている弾倉が切れる瞬間を見計らってそのベルトリンクを渡した。

再び発砲、引き金を引きっぱなしで銃身を振り回し散弾をトンネル中にばらまくようにして撃ち続ける。

すさまじい勢いでショットシェルが飲み込まれていき、ノサリスの勢いが削がれる。その弾幕でもノサリスを完璧に止めるには至らない。

向かって右側の壁に張り付いて追ってくるノサリスをM2HBが銃口を向けた途端、地面を疾駆していた一匹が跳躍しハンドカーの縁にしがみついた。

 

「おらぁ!!」

 

すぐさま奏太がしがみつくノサリスの鼻柱に左ストレートを叩きつけて殴り落とすが、その跳躍力にSASSは恐ろしいものを感じた。

ハンドカーにまた衝撃が走る、咄嗟に自分のすぐ左を見るとノサリスが縁に捕まって牙を抜いていた。

すぐさまナイフを抜き、大口を開いたノサリスの眉間を貫き、ハンドカーから払い落とす。

ハンドカーは坂道を抜け、広いトンネルに出た。保安用トンネルを抜け、パーク駅に入る隔壁前の合流口に出たのだ。

かつては地下鉄が二本となりあって走れるよう作られたトンネルは広く、先ほどの保安用トンネルのような狭苦しさはない。

だが同時に、そこが終着でもあった。目的地のパーク駅であり、中に入る隔壁は閉じられている。ハンドカーも隔壁の手前で止まるしかなかった。

隔壁上部に設置された投光器の光を照らされ、鉄格子で遮られた監視所で警備していたらしい男性兵士が格子にかじりつきながら叫んだ。

 

「ボリス!いったい何があった!!」

 

「開けろ!早く!!ノサリス共だ、トンネルに巣を作ってるぞ!!」

 

「畜生いつの間に!みんなを集めてくる、少し待ってくれ!!」

 

兵士は踵を返して監視所から奥に消える、次いでトンネルに響く警報音が鳴り黄色い警告灯がトンネルをチカチカと照らした。

 

「弾薬を補充して散らばれ!」

 

奏太の指示に従いSASSは予備の弾薬を手っ取り早くポーチに突っ込んでからカートから降りて、カートを守るように線路の上へ展開して銃を構える。

カートの上ではガリルARを撃ちまくっていたP38とナガンM1895もショートブレードや刀をいつでも抜けるようにする。

景気よくアブザッツを撃ちまくっていたコルトM1911も、いつもの拳銃にバトルハンマーを手に取って飛び出した。

 

「間隔を広めにとって構えろ、遮蔽は無意味だ!接近戦になるぞ!!」

 

「あぁもぅ!だから散弾銃なわけ!!?」

 

M2HBは悪態をつきながらアブザッツを銃座から外し、ベルトリンクを持てるだけ持ってM3と牽制射撃を加えながら壁際に陣取る。

銃座を使えば射撃は安定するが射角が制限されてしまうからだろう、天井も伝うノサリス相手では分が悪い。

FALと一〇〇式も銃剣を銃につけ、互いをカバーするように寄り添いながら銃を構える。

敵はすぐに来た、SASSが手短なノサリスに銃口を向けるとそれを見た数体はサイドステップで射線から逃れようとした。

 

(やっぱり銃のこと分かってる)

 

すべての個体が避けるわけではないのがまた厄介だ、避けた個体を追えばまっすぐ突っ込んでくる個体に距離を詰められてしまう。

かといって突っ込んでくる個体を先に処理すれば避けた個体がその間フリーとなる。

数で負けていて仲間も手一杯な状況では連携で対処するのも難しい、とてつもなく厄介だ。

年齢を重ね、経験を重ねた個体ほどその傾向が強いのだろう。これまで戦ってきた化け物たちもそんな予兆はあった、敵も進化しているのだ。

いくら撃っても減らないノサリスたちの攻撃はどんどんと激しさを増していく。

ノサリスは手ごわい、閉所で全力疾走してくる相手ならば思い出したくないグリム相手で経験済みだがそれ以上にノサリスは厄介だ。

グリムは腕力こそ強いが体が弱い、思い切り殴ればそれで殺せるし胴体を撃ち抜くだけで倒せる。

だがノサリスは適当に撃つだけではだめだ、胴体に2発の7.62ミリNATO弾を撃ち込まれてもダメージにはなるが平気で跳ね回る。

一発で殺すには急所の心臓や頭を撃ち抜かなければならないが、悠長に狙っている暇が今はない。

保安用トンネルから雪崩のように飛び出してくるノサリスは身軽な挙動で線路内を跳ねまわり、壁や天井に張り付いて三次元軌道で距離を詰めてくる。

とにかく撃つしかない、死ぬまで撃ち込んで次々と殺していかなければ。

 

「数が多い!」

 

「馬鹿!突っ立ってる奴があるか!!」

 

アブザッツを撃ちまくるM2HBに背後から忍び寄るノサリスの前に割り込んでショートブレードを振るうナガンM1895。

彼女の言う通り抑えきれるような状況ではない、隔壁を背後にしているとはいえ周囲はノサリスだらけだ。

ナガンM1895に向かってノサリスは次々と四方八方から飛び掛かり、彼女はそれを回避しつつ次々と首や手足を切りつけていく。

一体目の首を横一文字に斬り落とし、次いでもう一匹の振り上げた右腕を切り飛ばして無力化し、背後から飛び掛かるもう一匹を除けることで互いを衝突させる。

そして密着した二匹を愛用の魔改造リボルバーで至近距離から撃ち殺し、次から次へとやってくるノサリスの急所を狙って的確に一発で撃ち殺した。

 

「リロード!」

 

弾切れになり一瞬とはいえ再装填の隙ができる、そこをナガンM1895は近くにいたワルサーP38に声をかけてから弾倉をスイングアウトする。

P38は無言でうなずき、スピードローダーで再装填する彼女に突っ込もうとするノサリスの首を九五式軍刀で貫く。

それで時間が稼げる、その隙にナガンM1895の再装填が終わり、P38をかばうように前に出て次は彼女の再装填を援護する。

P38も愛銃の空弾倉を素早く入れ替えてナガンM1895の背中を叩いて知らせ、二人は再び分かれてノサリスに向かっていく。

 

「やぁぁぁッ!!」

 

「キリがないわね!」

 

ノサリスの頭に銃剣を突き刺す一〇〇式の雄たけびとFALの忌々しそうな叫びはグリフィン所属の人形たちの耳に深く響く。キリがない、確かにそうなのだ。

これまで戦ってきた敵は数がある程度わかっていた、ある程度倒せば撤退させることもできた。

このノサリスたちを追い返すことはできるだろう、倒しきることもできるだろう。だが問題は数だ、どれだけ倒せばいいのか見当もつかない。

いままでも正確な情報の無い鉄血部隊と幾度となく交戦してきたことはあるが、それとは別の意味で負担が大きすぎた。

 

「手洗い歓迎だ、モスクワを思い出す」

 

「音波野郎がいないだけましだけども多いよ!」

 

「赤だの帝国だのよりマシ!」

 

近づいてくるノサリスたちを片っ端から撃ち殺し、殴り殺し、切り殺しながらも余裕を見せる奏太・コルトM1911・M14の3人。

コルトM1911はバトルハンマーを振り回し、確実に一撃で仕留めたり二体丸ごと殴り飛ばしたりと大暴れだ。

その背後を守るのはM14、銃剣を付けた愛銃を槍のように振り回してノサリスを突き殺し、薙ぎ倒し、撃ち殺す。

その隙をうめるように奏太がガリルARと大型マチェットで援護する。一歩引いた位置で暴れる彼だが、ノサリスに囲まれても涼しい顔で殺し尽くしていく。

右手一本でガリルARを的確に撃ち、左手一本でマチェットを振り回すのだ。まるでどこから飛び掛かってくるか見えているかのように、その軌道に銃口を向けて撃つ。

真上から奇襲をかけようとするノサリスをよけ、その頭を蹴り上げて顎舌を無理やり隙だらけにした。

 

「撃ちながら動け!ブルートだと思えばいい!!」

 

「そんな無茶な!!」

 

ノサリスの首をマチェットで貫く奏太の言葉に、SASSは這い寄ってくるノサリスを撃ち殺しつつ反論する。

近接戦闘型の鉄血製戦術人形『ブルート』は確かに強敵だ、高周波コンバットナイフのみという特化型の装備とはいえそれに合わせた脚力と俊敏さで一気に距離を詰めてくる。

しかしあくまで地面を走る二次元機動が主であり、閉所などでは三角飛びなどトリッキーな動きを見せてくるがそちらのほうがまだましだ。

トンネルの壁や天井を自在に使って人間や人形にできない動きを見せるノサリスの三次元機動はブルートのそれを凌駕しているように感じた。

 

「あぁクソ!!」

 

「上!上にまた!!」

 

天井に張り付いてにじり寄ってきたノサリスに気付いたM2HBとM3が罵声を上げながら撃ち落とす。

M2HBが振り回すアブザッツの面制圧とM3の制圧射撃をもろに喰らってノサリスたちがバタバタと落ちてくる。それでも終わらない。

恐ろしいまでの物量だ、まるで巣そのものが襲い掛かってきているような勢いを感じる。

終わりが見えない、なのに手持ちの銃弾はどんどん減っていく。補給はあるがそれも有限で、追加支援はここにはない。

接近戦を常に意識している奏太たちの気持ちがよく分かってきた、銃だけではどうやっても限度がすぐに見えてしまうのだ。

 

(きつい、数が多すぎる!)

 

次々と現れるノサリスに狙いを定めて撃ち続けるSASSは、自身の電脳に走る痛みに唇を強く結んだ。

すでに残弾は半分を切った、スナイパーライフルであるにもかかわらずアサルトライフルのように撃ちまくっている自分の銃は熱を持ち始めている。

電脳の思考タスクが無数に増え、処理能力を圧迫する。もう彼我の距離は間近、閉所向けにつけたACOGサイトすら邪魔に感じる。

線路が死体で埋まっていく、それを飛び越えて次々とノサリスは襲い掛かってくる。いくら殺されても襲ってくる。

何のために襲ってくるんだ?食うために決まってる、ノサリスだって生きている、これは食うか食われるかの生存戦争なのだ。

 

「ゲートが開くぞ!!」

 

どれだけのノサリスを倒したのか、20を超えて数えるのをやめるほど撃った時カートの上から援護していたボリスが叫ぶ。

振り向けば、隔壁が重苦しい音を立てて開き始めて隙間から完全武装に兵士たちが次々と飛び出してきた。

パーク駅の警備部隊だろう彼らはAK74や5.45ミリサブマシンガンで的確にノサリスを倒す。

 

「早く中へ!」

 

「引け!中に入れ!!」

 

責任者らしい兵士の手招きをみた奏太の命令にSASSは銃撃で牽制しながら警備部隊とすれ違うようにゲートの方へ向かう。

明るい人気のあるゲートの奥に見える防衛線の張られたホームが、無性に恋しく感じられた。

すでにボリスのハンドカーは引き込まれている、あとは自分たちが逃げ込んでしまえばすべてが終わる。

終わりが見えた、早く終わりにしたい、SASSはその光に向けて一心不乱に走り出す。それがいけなかった。

 

「SASSちゃん、上だ!」

 

ボリスの警告が聞こえた気がして、SASSの視界は地面にたたきつけられた。

全身に走る痛みと、頭を押しつぶすような衝撃に視界が暗転し、頭を大きな手で握られる感覚を覚えた。

ノサリスの手が思い切り引き抜かれ、顎ひもを引きちぎりながらバイザー付きヘルメットが剥ぎ取られる。

まずい、次に頭をつかまれれば確実に殺される。SASSは背筋に走る悪寒を感じながらもがいた。

無我夢中でリボルバーを引き抜き、上半身をよじってノサリスの下腹部に銃口を押し当てて6発すべてを撃ち込む。

44口径マグナム弾をまとめて受けたノサリスが悲鳴を上げて身をよじる、その頭に別の銃口が付きつけられて火を噴いた。

 

「生きてるな、行くぞ」

 

ノサリスを撃ち殺したナガンM1895が手を差し伸べる、見渡せば笹木一家がSASSを守るように展開してノサリスを食い止めている。

SASSは自分を救ってくれた彼女の差し出した左手を握って立ち上がり、援護されながらゲートの中へと飛び込んだ。

 

「あとは任せろ!」

 

「ナイスガッツ!」

 

隔壁の奥にある防衛線に展開した警備部隊の援護射撃に守られながら、最前線の兵士よりも一歩前に重装備の兵士が3人展開する。

その手には手作り感のある火炎放射器が握られており、これから何をする気なのかがすぐに分かった。

 

「ヤツラを吹っ飛ばせ!!」

 

「おらおら!パーティーはおしまいだぜクソども!!」

 

「ノサリス共の丸焼きだァ!」

 

線路上、壁、天井を舐めるように噴き出した火炎放射器による攻撃がノサリスたちを飲み込み燃やしていく。

ノサリスは炎に慄きながらも突撃しようとして、警備隊や奏太たちの援護射撃を受けて倒れていく。

一転して狩られる立場となったノサリスたちの攻撃は、徐々に尻すぼみになっていく。

警備兵たちは引いていくノサリスを押し出すように展開し、トンネル内を確保しつつ前進して保安用トンネルまでノサリスを追い立てていった。

保安用トンネルまで追い返されたノサリスは襲撃失敗を悟ったらしく、我先にトンネルの奥は壊れた通気口に飛び込んでいく。

その姿をSASSはハンドカーに背を預け、生き残った達成感と倦怠感を感じながら見送った。

 

 




あとがき
メトロを見ながら書き続け、ようやく形になりました。これにてSASSちゃん視点は終了としようかと思います。
鉄血や人権団体とは違う、文字通り生きるための戦いを意識してみました。食うか食われるかです。
次はいったんU05基地に戻そうと思います、コラボの反応とか書かなければなるまい。
もし場面が想像しづらい方はユーチューブなどでメトロ2033で検索してみてくださいな(露骨な宣伝)



ミニ解説

ノサリス
出典・メトロシリーズ
核戦争後にロシアの各所で出現し始めたミュータント、ネズミが変異したと考えられているが詳しいことはいまだに解明されていない。
人間と同様に手足がある四足歩行型のミュータントだが、2足歩行も可能であり両手でのかぎづめ攻撃は非常に機敏で危険。
肉体はライフル弾を数発受けた程度ではびくともしないほど強靭で、速やかに無力化するには頭や心臓を撃つのが早いが技術がいる。
主に地下で生活しており地上にはあまり表れないが、地上の汚染が酷くメトロや地下施設で暮らす地域では厄介の種となっている。
非常に凶暴で狡猾、肉食であり人間などの獲物をテリトリーで発見すると大群で襲撃してくる。
トンネル内での狩りに特化しているのか閉所での挙動は大変機敏、またダクトや自ら掘った横穴などさまざまな場所に潜伏しているので神出鬼没である。
より肉体が強靭になったタイプやムササビのような姿をしたタイプも存在し、特異な能力を持っていることがある。
こいつらの集団を一人でさばけるようになれば十分一人前である。


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第12話・強制輸送システムの余波

R08から物資が届いてしまったのでそれに対する対応、そしてメイドとハボックの戯れ。ギャグです、まじめな顔して空回りさせました。


真新しいプレハブ小屋、派遣されていた建設作業員の休憩スペースであったそこに9A91と事務方メイドのレイチェルの二人はいる。

9A91はプレハブに設置された内線電話を取ると、肯定を返した。ヘルメットを外した旧式の軍用ハザードスーツを身に着けた9A91は少し言葉を交わすと内線を置く。仕事の時間だ。

 

「9A91さん、失礼します」

 

持って生まれた性と元指揮官であった男も諦めたメイドらしい恭しい仕草の後、レイチェルは襟を少し下げて首筋にガンタイプ無針注射器を押し付ける。

笹木一家から提供された圏外製のそれに取り付けられた緑色の薬剤が詰まった瓶、ZE除染剤が入っている。

空気が抜けるような音とともに撃ち込まれた瞬間、9A91は注入部位に熱を感じた。撃たれたZE除染剤が作用しているのだろう。

体にたまった放射能や放射線で変異した細胞、あるいは放射能などそのものを分解し除去しようとしているのだ。

この影響でトイレが近くなるが、除去作用の働いている限りは放射能などの汚染物質が体に入っても吸収されず除去される。

もしR08の輸送キャラバンが置いて行った荷物が汚染物込みの爆弾だとしても、多少は気にせず作業ができる。

 

「終わりました、お加減は?」

 

「少し熱いです」

 

「しばしの辛抱を、すぐに収まります」

 

レイチェルは無針注射器から空の瓶を外して箱に納める、一緒に箱に収まっている緑の瓶は残りは一本だ。

圏外へ行った彼らが帰ってくるまで何もなければいいが、もし何かあったときはこの一本は命綱になる。

 

「行ってきます」

 

「ご武運を、必ずやお戻りください。お待ちしております」

 

身を案じてくれているのだろうレイチェルのかすかに震える声に、9A91は頷いてハザードスーツのヘルメットをかぶりプレハブ小屋のドアを開けた。

U05基地は殺気立っていた、空にはCH-47EとV-22が飛び回り、基地の残っていた人形たちは臨戦態勢だ。

基地改修工事は全面的に一時中断され、作業員は自分たちで作った防護シェルターに避難し、基地要員は臨戦態勢に入っている。

普段は事務員として働く人形たちも制服と化しているメイド服に防弾ベストを着込んで弾薬ポーチなどを括りつけていつでも戦えるようにしている。

ホテル時代から制服だったらしいクラシカルかつ露出の少ないヴィクトリアンスタイルのメイド服は、この基地に勤務する元メイドの人形たちの手によってすっかり定着していた。

 

「敬礼!」

 

keepoutと書かれた黄色いテープで封鎖された道路の先にあるのは建設されたばかりの物資倉庫、その周りを封鎖していたメイド隊が背筋を伸ばして敬礼する。

彼女たちもガスマスクを装着し、最低限度とはいえ汚染対策を施していた。

事務要員や後方支援要員でありながら基地防衛にも携わって長く、鉄血兵の襲撃にも狼狽えない彼女たちの表情は緊張しているのがわかる。

9A91もその気持ちは痛いほどわかる、まさかいきなりこんなことになるなんて思いもよらなかった。

 

「現状は?」

 

「動きはありません、ドローンによる調査の結果は白、クリーンです。とはいえ、データベースに存在するものだけの話ですが。

被害は甚大、居合わせた多くの者が負傷しました。こちらです」

 

警備のメイドに連れられ、9A91はハザードスーツをのそのそと動かしながら簡易テントの中を覗き込む。

 

「はは、あははは、ゲイリー、ゲイリー♪ゲイリー♪あははは」

 

SOP2はまさか使うとは思っていなかった精神病患者用の拘束担架に括り付けられ、不気味な笑みを浮かべたまま虚空を見つめていた。

放っておくと適当なもので相手に殴りかかる危険な状態だ、拘束してからはおとなしいのだが不気味に笑っている。

それもゲイリーとしか言わず、意思疎通が全くかなわない状態だ。

 

「うそだ、そんな、あんな、だめだ、まがらないよ、やめて、もうやめて!見たくない、見たくない!!」

 

「やめて、やめろ、ちかづくな、近づくんじゃない!!罠だ、なんで、違う、もっと手があるはずなの!」

 

別のテントから叫び声が上がり、赤十字の腕章を付けたメイドたちが慌ててテントの中へ駆け込む。

中を覗くと、AR15とHK416が簡易ベッドの上で苦しそうにもがき、うわ言を叫んでいた。

 

「しっかりしてください!鎮静剤、急げ!!」

 

「まがらない!伸びないの、あんなのむり、むりなの!!いやだ、やめて!嫌だ!助けて!!助けて!!」

 

「あんたじゃない!私はあんたじゃない!!こんなの違う、違う!敵なら殺せ!殺せ!銃を持て!なにが嫌いだ、自爆なんかくそだ!!ふざけるな、ふざけるな!!」

 

「くそっ、悪化してる!睡眠導入剤を持ってこい!」

 

体をしきりにかばうHK416と、何か別の物を見て怯えるAR15の首筋に注射器が当てられる。

おそらく睡眠導入剤なのだろう、撃たれた二人は苦しそうに呻きながらも暴れるのをやめて寝息を立て始める。

その寝息の形相は安眠とは呼べない、時折うなされては寝言で苦しげに呻き続けていた。

 

「一番重症なのは彼女たちですが、ほかにも幻覚や幻聴に悩まされている方もいます。死人がいないのが不思議です」

 

「M4さんとM16さんは?」

 

「お二人ともまだ目を覚ましておりませんが…うなされています」

 

被害は甚大だ、この騒動で基地の改修作業は完全にストップした上に要員にも被害が出ている。

だが自分できることは何もない、9A91は自分の無力さに歯噛みするしかなかった。今やできることをするしかない。

 

「マンティコアは?」

 

「すでに倉庫に配置してあります、AI、操作系ともにクローズドに組み換え済みです」

 

「了解、作業に入ります」

 

「幸運を祈ります、無事の帰還をお待ちしております」

 

メイドの一人がビニールテープを上に押し上げて通りやすくする。9A91はそれをくぐると、できたばかりの物資保管庫の前まで向かった。

倉庫の扉は開けられており、その目の前には重厚な防弾盾が置かれており、その陰に機材が用意されていた。

 

「開始します」

 

物資の山を俯瞰できる位置にある監視所の映像で全体を見渡すフランの命令に合わせ、9A91は防弾盾に背を預けて手元のラジコンコントローラーを手に取る。

市販されている遊具の物を改造したものだが、そのコントローラーとコードでつながっているノートパソコンと、そこからLANケーブルでつながっている機体が物騒過ぎた。

 

「マンティコア起動、異常なし。これより検査を行う」

 

黄色い頭でっかちがずんぐりむっくりのハザードスーツのせいで動きづらい指を、9A91は細心の注意を払ってコントローラーを操作する。

鉄血から鹵獲し、中枢部分を取っ払って放棄された工事作業用機械の物に入れ替えた作業用マンティコアはアームで防御用の鉄板を支えながら慎重に近づいていく。

荷物運びから強行突破用の動く盾として縦横無尽に活用する作業用マンティコアはこの基地でも重宝される鹵獲兵器だ。

何が起きるかわからない以上、操作はハッキングされづらい有線操作に切り替えられているとはいえその信頼性は揺るがない。

高度かつ高速な情報伝達に耐えられるケーブルの長さに限りがあるため、こうして危険地帯から操作しなければならない

パソコンもネットから隔離したクローズドタイプにしており、各種センサーの読み取りと解析に特化したものである。

自分が乗っ取られないように細心の注意を払った、ハザードスーツに身を包み、ハッキング対策もして、予防に薬も討った。

もしどちらかが乗っ取られても脅威にはなりえない、武装しておらず挙動も緩慢でゲパードM1に撃たれてすぐ終わりだろう。

そもそもここまで対策をしておいてハッキングされたのならばもうどうしようもないのだ。

 

「目標に到達、空気測定開始。ガイガーカウンター、反応なし。コーラップス、反応なし。ウィルス、反応なし。」

 

ここまでは良い、マンティコアに搭載された反対用の各種測定機器の反応をつぶさに確認する。

倉庫内部に置かれた開封されていない物資の山は微動だにしていない、何も漏れていない。

下手に触るな、9A91は額に汗が出てくるのを感じながら当初の予定通りに検査を進めた。

 

「精神放射、反応なし。胞子反応、反応なし…オールグリーン、生体汚染は確認できず。これより封印処理を開始します」

 

口の仲が空からになるのを感じる。緊張で指が狂いそうで、思わず9A91は一度天を仰いだ。

もしこれが爆弾ならばまだいい。だがもし生物兵器の類なら、それこそコーラップスを用いた兵器ならば自分はまず助からない。

記憶のバックアップは取ってある、もし真新しい体で目覚めたときは最悪の結末という意味だ。

そうなればかつての仲間を、あるいは変異した自分と戦うことになるだろう。考えるだけでも悍ましく、恐ろしい。

絶対にそんなことはさせない、自分たちでは対処できないなら対処できる彼らが帰ってくるまで時間を稼ぐのだ。

マンティコアのアームを動かし、9A91は大きく深呼吸してから物資の封印処理を開始した。

その報告を基地の真新しい指揮所で受けたフランは頷くと、メイド長のケイトの無駄のない優雅な足運びで指揮所を去っていくのを見送る。

指揮所の壁に取り付けられた大型モニターに目をやり、次いでオペレーターを担当するメイドたちを見渡してから小さくため息をつく。

 

「何ため息なんてついてんの、指揮官がそれじゃ先が思いやられるわよ?」

 

「改めて世間の無常さを感じ取っていただけよ」

 

まさか味方のはずのグリフィン基地から問答無用で送り付けられてきた物資の山でこんなことになるとは思いもよらなかった。

しかしその見方が味方ではないという疑いがある以上、この基地の特性から見ても対応は慎重になる。

事の発端はR08基地から差し向けられた援助物資を抱えたキャラバン隊が到着してしまったことだ。

どちらもごたごたしていたらしく連絡は今まで取れていないことが裏目に出てしまったのだ。

そのうえ彼我の基地の距離と規格外戦力のロボットがいるとはいえ陸路での輸送ではどこかでやられるのでは?という後になってわいたちょっとした楽観視があだになった。

 

「それで、彼女のことは何かつかめたかしら?」

 

「全然駄目ね、本当に何にもない。白としか言いようがない」

 

「だけど、あの輸送キャラバンから察するに裏はある。あからさますぎるわ、どうにもならないわね」

 

ドリーマーはお手上げと肩をすくめる、手は尽くした。としか言えなかったのだ。

キャラバンがこの基地に無事到着できた、それがすべての証左だ。いかに強力な兵器を搭載した護衛を付けようが、所詮は一匹と一体の小規模キャラバンだ。

護衛の魔改造ロボットも感知範囲外の狙撃や物量戦による圧殺を繰り出されればあっという間に沈むはずなのだ。

バラモンは直接戦闘力には欠け、悪党に捕まれば最後は人間の腹の中に納まるだろう。だがそうはならなかった。

デスクローが徘徊する基地周辺を抜け、鉄血、人類人権団体などが常に目をやっている輸送ルートを堂々と進んでここまでやってきた。

 

「はっきりいうと、あの戦力でここまでのんびり歩いてくるなんて普通は無理よ。

ここは言うに及ばず、R08地区にはデスクロー、ほかの地区にも鉄血、人類人権団体など活動家の過激派、物資狙いの野盗が目を付ける。

襲撃されないはずがないのよ、戦力的には余裕で跳ね返せるのかもしれないけれど何度も攻撃を受けていたらいずれは限界が来る。

そもそも狙撃で徹底的に攻撃されたらひとたまりもないはずなのに、それをかいくぐってここまで来てるのよ?」

 

「途中の戦闘で弾薬、バッテリーの補給も必要とみれば明らかね。予備の武器弾薬をバラモンに乗せていたとしても限度がある」

 

予想以上に超高性能なロボットなのか、それとも陰ながら守る部隊があったのだろう。恐ろしい相手だ。

 

「そのうえで問答無用で置いて行ったこの資材の山に怪現象…もう、なんでこんなことに」

 

つい先ほどまで起きていたとんでもない現象を思い出してフランは頭が痛くなるのを感じた。

最初は持って帰ってもらおうと考えた、危険を承知でロボットたちと相対し物資の支援は現段階では不要だと丁寧に伝えた。

だがロボットは全く融通が効かず、制止を振り切り無理やり基地の中に入り込んだ。当然ながら基地は工事中であり、いろいろと散らかっている。

どんな思考回路か知らないがロボットとバラモンは散らかった基地内のがれきや建設途中の施設をある程度避けながら進んだ。

だがある時バラモンががれきの中に引っかかった、がれきに体を押し付けて右往左往する姿は愛嬌があり少し可愛そうにも見えた。

だが好機でもあった、このまま捕まえて一度放り出してしまおうと考えたスコーピオンとイングラムがバラモンを捕まえようとした。

そして急加速して瓦礫をすり抜けたバラモンに追突されて吹っ飛んだ、訳が分からなかったし二人も怪我はなかった。

見間違いだと思っていると、今度は作りかけのプレハブの中に入り込んで引っかかっている。今度はSPAR小隊が全戦力を持って挑んだ。

M4、M16A1が水の入った桶をもって視線を誘導し、SOPⅡが頭をなで、後ろからAR15とHK416が手綱と首輪を持って忍び寄った。

水には興味を示さなかったがSOPⅡにあやされて気を良くしたのか手綱と首輪の取り付けはうまくいった。そして悲劇がまた起きた。

壁すり抜けワープ突進というべきだろうか、離れていったロボットに追いつこうと駆けだそうとしたバラモンの法則が乱れた。

バラモンは空をかけた、壁をワープしM4とM16を二つの頭で腹を強打して吹っ飛ばした。二人は水浸しになり目を回したが怪我はなかった。

手綱を引こうとしていたAR15とHK416は咄嗟に手を離したので、壁に押し付けられはしたが大きな怪我はなかった。

SOPⅡは悲惨だった、バラモンをあやしていたせいで突進に巻き込まれて消えた、その消えた一瞬をその場にいた全員は確かに見た。

宙に放り出されたSOPⅡの体が妙にねじ曲がったり、手足が伸びて荒ぶり高速回転しながら飛び回る姿を。そしてなぜか搬出途中のロッカーの中に挟まって動けなくなっていた。

ロッカーのカギは締まっていたのに、なぜか器用に挟まっていた。しかも取りつかれたように『ゲイリー』としか喋れなくなる始末、もう訳が分からない。

しかもそれを間近で見たAR15とHK416は精神的ダメージを受けて錯乱している、訳が分からない。

結局基地内を練り歩いたロボットとバラモンは、出来上がったばかりの赤い作業台しか置かれていない物資貯蔵庫に山のような物資を放り出した。

バラモンの背中に山ほど積まれた物資を下し、任務完了を告げて悠々と帰っていくロボットの後ろ姿にはもはや言葉も出ず唖然とするしかなかった。

 

「くそ、なんなのよ、わけわかんない、わけわかんないわ」

 

こんなことならやっぱり変な欲を出すんじゃなかった、基地のみんなのために良かれてと思ってこのざまよ、フランは悲しくなった。

その様子見ていたドリーマーも肩をすくめてフランを慰めるしかない。彼女が悪いわけではないのだ、きっかけではあるけども。

 

「これは下手に突っつかないほうが無難ね。うん、とりあえず誤解だけはされないようにしましょう」

 

「そうね、あれは私たちが触れてはいけない類のものに違いないわ」

 

新世界の新たな現象、アノマリーの仕業に違いない。触るな危険、身をもって知った二人は自らの精神を保護するためある決断をした。

もうどうにでもなれ。二人は小さく笑いあうと、通信用コンソールを立ち上げてR08基地に通信をつなげた。通信は数拍置いてつながった。

 

「お初にお目にかかります、R08基地指揮官。私はフランシス・フランチェスカ・ボルドー、U05基地の指揮官です。初めまして」

 

「同じくU05基地所属、副官の夢子・ロスマン。よろしく」

 

きっとものすごい穏やかな顔してるだろうな、と二人はなんとなく思ったがもう止まらない。

とりあえずまずは一言、もうはぐらかされようが知ったことか、彼女の答えで納得して終わらせよう。

 

「あなた、何者?」

 

なお一連の被害は、全員一晩寝たら治ったが酷い悪夢に魘されまくって心底疲れ果てた。

 

 




あとがき
届いた物資でひと悶着、唐突にFO世界の法則に触れたU05基地のみんなにはSANチェック。全員失敗からのアイデアロールです。
AR15には原作世界線のオリジナルを追体験、HK416は自分がハボックの戯れとなり暴れ狂う悪夢を見ています。
なおSOPⅡはファンブルしたので世界の心理に触れました、ベセスダ神話技能を5ポイントプラスします。
まぁわかる人にはわかるハボック神の遊び、ゲームならネタだけど、現実で見たら驚愕とかじゃすまないと思うの。
59式指揮官、後は頼みます。



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第13話・パーク駅

話を買い出し部隊に戻します、酒じゃ!酒を持てい!!


パーク駅は自然公園だった名残で比較的裕福という話の通り、ほかの居住地と違って活気があった。

メトロの駅構内や地下街は有り合わせの材料で作られたバラックや、地下鉄の車両をそのまま使った家が乱立していてさながら迷路のよう。

見た目はスラムを地下に押し込んだような感じだったけど、治安は安定してるし子供たちも人々も元気で恰好は少し汚くても住み心地は良さそうだ。

おかしな話だと思う、なんだか内地のスラムよりも環境は悪いはずなのになんというか、温かい感じがする。

駅で取った宿屋も、地下鉄の車両をそのまま使って棚みたいな粗末な二段ベッドに仕立てただけの劣悪なモノだったけど安心感はあった。

恰好はともかく店主の老夫婦はいい人だし、マットレスもボロボロだけどちゃんときれいにされてて黴臭くない。

だけど少し驚いたこともあった、宿泊名簿にM2HBと書いたとき店主さんが少し首をかしげたの。

もしかして共用語が読みづらいのかい?なんて言われたときは少しおかしくて、私たちはグリフィンの戦術人形だと伝えた。

純正の戦術人形で内地から来たばかりというと、店主さんたちはとても驚いていたけどすぐににっこりと笑って承知してくれた。

親切にこの街の見どころとか、おいしいお店とかのおすすめも優しく教えてくれた。同時に、危ない所もいろいろ。

なんだろう、この感覚。すぐに話がまとまったことは良いのだけれど、とてもむず痒い…

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

軽快なギターの音楽な流れるハンターオフィスに併設された酒場は、常に酒飲みと地上や地下で稼ぎを得るハンターたち隣接する娼館目当ての客でにぎわっている。

ハンターオフィスが運営する酒場とはいえハンター専用というわけではないので、駅の住人たちも多く利用する。

少し高いが安全でうまい酒が飲める店として駅の住人たちにも受け入れられていて、普段から騒がしいのだが今日は珍客が席の一角に陣取っていることもあり、イギリスのパブを模した酒場は彼女たちを肴にいつもよりも賑わっていた。

 

「まったく忙しいったらないな」

 

「まったくね、ま、稼ぎになるからいいけどさ」

 

忙しそうに配膳と食器の回収に回るウェイターやウェイトレスの少し困ったような愚痴を聞きながら、カウンターでカクテルを作り続けるマスターの男性も同じ思いだった。

普段から人の出入りは多いほうだが今日ほどではない、ほどほどに慣れていると体がついていかない。

それもこれも街の入り口でノサリスの大きな群れを相手に大立ち回りをしたハンターチームが店で飲んでいるからだ。

 

「あのサイドテールの姉ちゃん、良い体してるねぇ。一晩おつきあいしてもらいたいぜ」

 

「すげぇでけぇ、いいねぇ…ん?純正ってことは中って機械なのか?あれで、マジかよ…」

 

「いつ見ても信じらんないよな」

 

カウンターに座る男性ハンター3人が、黒ジャケットにワンピースの女性に下心のあるスケベな視線を送りながらこそこそと喋っている。

ノサリスの群れ相手に一歩も引かない戦いぶりをした屈強な猛者たちを一目見たさに野次馬が集まり、そこからアーマーやヘルメットを脱げば出てきたのがほとんど美女美少女となれば話題にもなる。

そのうえやってきた部隊の一組は上等なサバイバルスーツを着込んだベテランの一級ハンター、笹木一家だ。

噂では人類生存可能圏内の仕事で全滅したなどといろいろ言われていたが、しぶとく生き残った上に向こうでまた別の仕事を受けていたらしい。

笹木一家と一緒にやってきた戦術人形チーム、笹木一家の雇い主が所有する人形部隊で純正の機械の体を持つ初々しい美女美少女達だ。

パーク駅でも人形の女性がいないわけではないが、完全な純正品の体を持つ人形はパーク駅では珍しい。

この地域は良い狩場はあるが、向こう側から逃げてきた人形たちのたどるルートからは離れているのでめったに見ないのだ。

駅に住む人形たちも人形素体生体化施術を受けた魔改造型で、一度は人類生存可能圏外から遠く離れて経験を積んでいるので彼女たちのような初々しさはない。

そうなれば必然的に彼女たちの行く先々は人が集まるし、その過程で大なり小なり店も繁盛するというわけだ。

 

「純正の戦術人形…グリフィンだと?いつからPMCも堂々と出てくるようになったんだ?」

 

「知るか、どっちにしろ碌なことじゃねぇよ。怖い怖い」

 

「だがPMCがこっちに進出を狙ってるとなったらどうなる?技術が違い過ぎるぞ」

 

「戦争の後、世界は大きく変わっただろ?安全圏でぬくぬくしてた連中がいまさらここで暮らせるとは思えないね。鉄血の二の舞だ」

 

カウンターの端、黒い旧米国製コンバットアーマーに身を包んだ二人組のやや粗野な出で立ちの男二人が彼女たちをチラ見しながら話し合っている。

ハンターオフィスではなく別会社所属の傭兵だ、とはいえおとなしく酒を飲むのならただのお客である。せいぜい聞き耳を立てて情報にしてやろう。

 

「マスター、カナディアンサンセットくれ。大ジョッキで」

 

「あいよ」

 

その傭兵の片割れから注文を受け、背後の酒棚下にある冷蔵庫から今朝に解凍したトマトジュースを詰めた瓶と瓶ビールを取り出す。

それを調理台においてから、グラス用クーラーの中からビール用の冷えた大ジョッキを取り出して調理台の上に置く。

その中にビールを一瓶流し込んで、トマトジュースで割って軽く混ぜれば完成だ。

傭兵に差し出すと、彼はそれを受け取り思いっきり煽る。景気よく喉を鳴らして半分飲み干し、気持ちよさそうに一息ついた。

昔はまずいカクテルの一つだったカナディアンサンセットだが、この時代では立派な高級品だ。

酒の高揚感と酩酊感を程よく楽しみつつ、トマトジュースでビタミンなどの栄養も補充できるので栄養ドリンク感覚で飲むものも多い。

汚染に強い遺伝子改造した天然トマトの野菜ジュースは冷凍ものの輸入品だが、安全で栄養は十分だ。

 

「マスター、注文いいかしら?」

 

「なにうぉ!?」

 

カウンターに少し身を乗り出すようにしているハニーブロンドの長髪でダイナマイトボディの美女、M2HBの問いに思わず言葉が詰まる。

街に来たときは全身にプレートアーマーを括りつけたヘビーバトルアーマー姿だったが、その中身は絶世の美女だ。

しかもオフなのか格好も露出の多いへそ出しルックのミニスカート、少し身を乗り出した彼女の豊満な胸部に思わず目が行ってしまう。

豊満で柔らかそうな谷間に、首にかけたドッグタグを挟んでいてなんでも包み込んでくれそうな母性にあふれていた。

人類生存可能圏内で作られた戦術人形の見た目麗しい肢体と魅惑的な声色には、長年酒場を経営して来た百戦錬磨の彼をもうならせる完成度だった。

 

「何をお望みで?」

 

「天然物の酒を、銘柄はお任せするけど値段はほどほどのね」

 

「うぅん?そうだな、ならこいつでどうだ?」

 

人類生存可能圏内から出てきたばかりと言わんばかりに天然を押すM2HB、初々しい浮かれ具合だ。

天然物とはいえあくまで今手に入る物で再現しただけなのでいろいろ違うが、天然物は天然物なので合成品に慣れていると味わい深いらしい。

さてこの新人さんにはどれがいいかな?マスターは今ある在庫を思い出しながら少し考え、彼女にラベルのはがれた瓶を差し出した。

中身はキノコウォッカだ、戦前のウォッカを地下で栽培しやすいキノコを熟成させて再現した代用品である。癖のある味だが慣れると意外といける。

別の駅で作られた天然物で、地上の街で作られている酒に比べれば輸送費などの経費が掛かっていないので安い。

 

「キノコウォッカ、近くの駅で作られた天然物さ。値段はこれくらい」

 

「もらうわ、ハイ代金」

 

瓶一本分の酒の代金をさらりと払うと彼女は機嫌よく席に戻っていく、その足運びに女に飢えた男女の目が集中していた。

スケベ親父や若い男、拗らせた女の熱い視線に気づいたのかどうかは分からないがM2HBは思わせぶりに振り返りマスターに向けてウィンクした。

 

(こんな良い女を作りまくってドンパチしてんのか。向こうの奴らは分かんねぇな)

 

席に戻ったM2HBを見送り、何気なしにM2HBと同席する彼女たちを見ながら縁がないと思っていた人類生存可能圏内のことを考えて首を横に振る。

戦争以後、自分はパーク駅で暮らしてきた。戦争で故郷の街を焼け出され、店も何もかも失っても酒場への愛情からパーク駅で小さな酒場をやって日銭を稼いだ。

やがてハンターオフィスに雇われ、従業員までいる店のマスターになって、人形と呼ばれる見た目麗しい女とも接点はいくつかある。

最近では人形も種類が増え、銃器と密接な設計をされた戦術人形というバリエーションも増えてきた。そんな世界を見てきて思うのは、世界は着実に壊れてきてるのだろうということだ。

 

(ま、俺にはどうでもいい事か)

 

コーラップスが降りまかれ、核で世界を破壊したときから人間は壊れているに違いない。マスターにはそんな確信があった。

酒を傾ける彼女たちに幸運を、そして自分にもそろそろいい女性との出会いを。できればあのM2HBのような良い女がいい。

マスターもできる限りカッコつけてM2HBに向けて磨き終わったグラスを掲げて見せ、一向に背を向けた。

それを見てワルサーP38はニヤニヤする、M2HBに脈ありのようだと感じたのだ。

 

「いい雰囲気じゃないですか?」

 

「別に、あの人のノリがよかっただけよ」

 

「そうですかねぇ?」

 

ニヤニヤするP38にM2HBは先ほどまでの自分に少し恥ずかしくなって視線をグラスに集中させた。酒が入っているとはいえ調子に乗り過ぎた。

周囲から感じるいろいろな興味津々な視線から逃げるように、瓶のふたを開けて机の上の空のショットグラスにウォッカを注いでいく。

自分の机に置かれたグラスを満たすと、隣の席においてある席のグラスにも手早く注いだ。

グラスから香る強い酒の香りをかいだ奏太が、注がれた酒の正体に気付いた。

 

「お、この香りはキノコウォッカか。久しぶりだな」

 

「そう、近くの駅で作ってる奴だって。さ、乾杯しましょ!」

 

乾杯!と各々が酒を注がれたグラスやカップを掲げる。

 

「おー…おいしぃ」

 

「効きますねぇ」

 

「こ、これは…」

 

SASSと一〇〇式は一口飲んでからほっと息をつき、M3は無言で一気に煽った。

FALは少し顔を顰め、水の入った瓶を手に取ると中身をグラスに注いで水割りにしてちびちびと飲む。

M2HBも一気に煽り、喉を通り過ぎる熱いアルコールの感触と口に広がる人工的ではない複雑な味わいに思わず声が漏れた。

キノコウォッカの味を堪能していると、隣の席からカシャッとシャッターが切られる音がする。

目を向けると古い手巻き式カメラを手にニコニコしているコルトM1911と目が合った。

 

「元気ねぇ…それにしてもあれだけ派手に戦ったのに、話題にはなってるけど大騒ぎってわけじゃないのね?」

 

FALの言う通り、酒場の雰囲気はほんの数時間前に駅の近くで先頭があったとは思えないほどに日常を謳歌している。

あちらこちらから注目されているようだが、逆を言えばそれだけだ。

街が殺気立っているわけでもなく、警備兵が動員されているわけでもない、ちょっと騒ぎがあってそれで少し盛り上がっているだけだ。

現場で殺し合いをしていたM2HBからしてみれば大分異常に思える、一歩間違えれば街が壊滅していたかもしれないのだ。

 

「戦闘自体はいつものことだしね、寧ろあなたたちそのもののほうが話題性あるよ」

 

「あれでいつものこと?冗談だと思いたいわね…」

 

「あんな近くに巣を作られるのはめったにないけど、規模自体はたまにあるからね」

 

カメラをポーチに締まったコルトM1911の言葉に、改めてM2HBは経験の違いを感じた。ほんの数時間前に激しく戦闘をしたのに彼女達は全く堪えていない。

P38はニコニコ顔でエビのような肉のフライを頬張り、ナガンM1895とM14は互いにモヤシ炒めを食べさせあっている。

人間である奏太でさえ疲れを顔に見せず、静かにウォッカで口を湿らせながら真新しいハードカバーの図鑑をめくっている。

パーク駅前での激しい戦闘で不慣れなグリフィン組をフォローするために最前線で一番激しくノサリスと殺しあったとは思えないほどいつも通りだ。

自分は体の部品が軋んでいるような感覚を覚えているのに、恨めし気に奏太に目をやるとそれに気づいた彼は少し顔をかしげる。

 

「どうした?」

 

「疲れてるの、部品がギシギシ言ってる感じ」

 

「何?参ったな、予備部品でなんとかなるか?ここでIOP製は望み薄だ」

 

パーク駅にはIOP製の人形用部品を扱っている店はない。あるとすればジャンクやだがそれも望み薄だ。

そもそも人類生存可能圏外にはIOP社は展開していないので商品の流通がない。

探せばあるかもしれないが必要な部品だとは限らない、持ち出してきた部品でなんとかならないなら戦力外確定だ。

 

「問題ないわよ、疲れてるだけ。エラーコードとかは出てないわ、SASSだって大丈夫なんだし」

 

ノサリスとの戦いで一番傷ついたのは、ウォッカの酔いが回って頬を主に染めてニヘニへ笑っているSASSだ。

自己診断と触診で問題なしとされているが、体への負担が大きくかかったのは間違いない。

 

「だーいじょぶでーすよー、にんむのときはー、へるめっとー、かーなーらーず、もってきまーす!」

 

「ならいいけど、二人とも無理しちゃだめだよ?損傷は寝れば治るってわけでもないんだし」

 

コルトM1911の心配にM2HBは頷く。それと同時に彼女の『治る体』が少し羨ましくも感じた。

骨格などほとんどを生体部品に置き換えた故に、彼女たちは人間と同じように疲労するが自然に体の傷が癒える。

仮に先ほどの戦闘で自分の腕が折れてしまえば、M2HBは予備部品で少しは直せても基地に帰るまで戦力外だ。

もし何か起きて基地に帰れなければ、運よく部品が手に入らない限りずっと戦力外のままで過ごさなければならないだろう。

圏外にも互換性のある部品は作られているが、性能差があり慣らしやプラグラムをいじる必要があり時間がかかる上に性能も落ちる。

だがコルトM1911の体を構成する強化カルシウムの骨は人間と同じように治る、人工筋肉も治癒する。自然と元の性能で復帰できるのだ。

 

「後で再チェックするから大丈夫よ。それよりもいい加減脱いだら?」

 

「悪いな、このほうが落ち着く」

 

M2HBが指さす先、自分が来ているタクティカルサバイバルスーツを見下ろして奏太は肩をすくめる。

席を囲む笹木一家はタクティカルサバイバルスーツのままで各々が食事にいそしんでいるのだ。

その格好と仕草は酒場にすっかりなじんでいて、一仕事終えていつもの着慣れた服に着替えたグリフィン人形達のほうが少し浮いているくらいだ。

 

「普段着になったほうが休めるでしょう?駅なら汚染の心配もないんだし」

 

「極力洗濯物は増やしたくない」

 

意外と家庭的な理由だった。そういえば掃除洗濯などは一通りできる家庭的な男でもあったな、とM2HBは思い直す。

 

「そ、そう、ところでその本は?見たところ図鑑みたいだけど?」

 

「図鑑だよ、オフィスが出してる奴の最新版だ。一年も見てないといろいろ更新されてるよ」

 

奏太はモンスター図鑑の適当なページを開きM2HBの方に見せる。

青い鱗と皮膚を持ち赤いトサカがトレードマークのラプトル『ランポス』が見開きの片面を一杯に使われてきれいなカラー写真が乗せられていた。

そのページの次には全体的な身長、特徴、習性、生息域などが細かく羅列されていて読みやすく分かりやすい。

指揮官の持っていた古いタイプの文庫本サイズに載っていたのは白黒でやや簡易的な絵だったので、こうした詳細な資料は初めてだ。

 

「見てもいい?」

 

「どうぞ」

 

奏太から図鑑を受け取りページをめくる。モンスターの中でも特定の遺跡やその周辺に生息している種の専門書だ。

確認されているモンスターの詳細な写真から遠めの荒い写真、詳細なデータから不明が羅列されている種類まで様々だ。

U08の地下で発見されたイャンクックのカラー写真、おとぎ話に出てくるような赤いワイバーン、鱗が鋼でできているらしい黒いドラゴンなど見ているだけも面白い。

狩猟の難易度も記されており、狩猟に成功したチームや個人名のコメントが載せられている。笹木一家の名前も散見された。

あとがき部分を開くと、ハンターオフィスの編集部のコメントと調査協力を行った会社やハンターチームの名前が並んでいる。

この図鑑はまだまだ未完であり、生態系や謎を解明するため目下調査中であるとのことだ。

調査協力を行ったチーム名に笹木一家の名前もあり、尊敬する指揮官達の知名度に少しうれしさを感じた。

 

「すごいだろう?生で見るともっとすごいぞ」

 

「指揮官達もたくさん見てきたのね」

 

「あぁ、たくさん見てきた。調べて、戦って、勝って負けて逃げて知って、ここまで生き延びてきた」

 

奏太は何かを思い出したように微笑むと、ウォッカを飲み干した。

 

「ねぇ、このランポスって指揮官達の地元に多いの?生息域が朝霞周辺ってあるけど。それにこれ、ほとんど遺跡内部ってなってる」

 

「朝霞の近くには遺跡がいくつかあってな、その中の一つがこいつらの生息する巨大遺跡なんだ。

その中からあぶれて出てきた奴が、遺跡とその周辺をテリトリーにしてる。群れのボスに出会ったら中堅だって危うい」

 

「ボスが出てくるなんてそうそうないけどね。稀にイャンクックもあぶれ出てくるけど、一年に一度あるかないかだし」

 

魔境である、さらりと言っているがいつ巨大なドラゴンみたいな化け物が襲ってくるかわからない土地という事だ。

同時に彼らが今回の事件の初頭で恐ろしく怒っていた理由も納得がいく。U08の鉄血が暴走する所以となった連中は、彼の住む町の周辺にも手を出していたからだろう。

笹木一家が朝霞という町を気に入っているのは基地の全員が知っている。そして大切なモノを傷つけられた時の爆発力もだ。

 

「この上にもいるんでしょうか?」

 

ほろ酔い気味のM3から発せられた問いに奏太は首を横に振った。

 

「この辺りには居ないだろう、モンスターは自分からテリトリーになってる遺跡かその周辺に行かないと見かけないな。

ランポスは周辺地域の汚染が緩やかだから何とかなってるだけで、ほかの遺跡は汚染地帯のど真ん中だったり入り口が断崖絶壁だったりと立地が酷い所が多い。

それにクリーチャーやE.L.I.Dがそこら中にいるから自分から生息域を広げるのも難しい、遺跡の中のほうが住み易いから出てこないんだ」

 

「なかなかうまくはいかないものね」

 

「モンスターの住む遺跡はペイラン事件の余波か、核戦争の影響で出てきたもんだからな。この辺りならデーモンとハウラー、水辺にシュリンプ、あとはE.L.I.Dあたりだろう」

 

奏太はエビのような肉のフライ、メニューではシュリンプフライとなっている揚げ物を一口頬張る。

M2HBもそれにつられてフライに嚙り付く、プリッとした肉が口の中で弾けて甘みのある魚介のエキスが迸った。

合成物に比べれば味の深みと複雑さが違う、噛めば噛むほど味わい深くていくらでも食べたくなってしまう。

 

「E.L.I.D…戦えるでしょうか、変異が進んだ個体ですよね?この辺りのは」

 

「やり方次第だな、小型ならお前らの銃でなんとかなる。心臓か頭をぶち抜いてやれ、至近距離から」

 

一〇〇式の不安そうな様子に指揮官は不敵に笑うが言っていることは鬼畜である、相変わらず発想がおかしい。

 

「お前らなら大丈夫だ。鉄血相手に一歩も引かないんだから実力は十分、ノサリスだって退けたんだから自信を持ちな。

あとはアノマリーだが…これは現場で対応するしかない。どこに何が出てくるかなんて予想もできん」

 

「指揮官でもお手上げ何ですか?」

 

「お手上げだよ、一〇〇式。あれは本物見ないと―――」

 

「失礼します」

 

一〇〇式に説明しようと奏太が別の本を持ちだそうして、その先の言葉をよく通る男の声が遮った。

奏太の話を遮った声のした方を向くと、きっちりとした黒スーツのオフィス職員が二枚の依頼書を手にたたずんでいた。

 

「どうした?」

 

「笹木一家に指名の依頼です。緊急性のある依頼なので、今日中の返答をお願いします」

 

オフィス職員はM2HB達の机に二枚の依頼書を広げる。パーク駅の市長からハンターオフィス経由で笹木一家に出された指名依頼だ。

依頼は二つ、駅近辺に作られたノサリスの巣の駆除と地上の周辺調査だ。

ノサリスの巣の駆除は文字通り、巣の駆除とノサリスたちの殲滅だ。明日明朝からパーク駅警備部隊と共同して巣の破壊に赴いてほしいらしい。

また市長はそのノサリスたちが別の巣から移動して来たのではないかと考えているようで地上の周辺調査はその一環だ。

確認されている近辺のノサリスの巣やその他ミュータントたちの縄張りに異変がないかを調査して、最新のデータ集めてほしいようだ。

笹木一家にはその一つ、地上の建物内に作られた巣の偵察を依頼されている。本格調査前の事前調査のため、時間はかからない。

 

「明日、すぐに終わるタイプだな。値段は上々、現場体験にももってこいだな…どうする?やるか?」

 

M2HBはすぐに頷いた。

 

 




あとがき
パーク駅での一幕、次回で少しだけお外に行くよ。次回次々回くらいで帰りたいですな。
あと少し更新が遅れるかもしれない、忙しい時期になってきたんで。


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第14話・17yearAfter

ハロウィーン?ないです。


初めて地上に出たとき、私の胸中は悲しみに包まれた。だが、同時に不思議な美しさも見出していた。

核戦争で崩壊し、復興もされずに17年もの月日が流れた街の景色は今まで見てきた廃墟とは何もかもが違った。

人気が全くないボロボロに崩壊しきった街角、錆びだらけの車、腐りかけたベンチ、そしてベンチに腰掛けた物言わぬ骸骨。

何もかも核が落ちたときそのままで時間が止まり、人間自らが終止符を打って崩壊した世界に私たちはいた。

指揮官は言った「ようこそ、こちら側へ。グリフィン諸君」

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

笹木一家にとってパーク駅は何度か訪れたことがあり馴染みがある。かつて仕事で、そして個人的な理由で訪れては様々な仕事をしてきた。

だからこそ駅の中にあるちょっとした隠れた名所、変わった品を扱っている店も知っていた。

パーク駅の商店街の端の端、倉庫区画に差し掛かった境目にある小さな店。怪しいおまじない用の道具やパワーストーンのようなものを扱っているオカルトショップだ。

かつては季節のイベントで店が入る出店ブースだったのだろうその店は、今は怪しげな鉱物やそれを用いられて作られたと思しきアクセサリーなどが売られている。

人気はない、そもそも店主自身が人込みを好まない性格なのだ。だからこの店に来るのは顔なじみか耳ざとい連中だけだ。

 

「よ、元気してるか?」

 

「なんだ?笹木じゃないか、久しぶりだな。死んだって聞いてたぜ」

 

「俺達がそう簡単に死ねるとでも?それに来ることくらいわかってただろ、マクスウェル」

 

カウンター裏の工房から顔を出した金髪碧眼の美青年は、削りカスで汚れた顔をほころばせて肩をすくめる。

マクスウェルは気分屋の科学者であり、アーティファクトを用いた装備の研究開発を行う腕のいい職人だ。

自分の手掛けた装備品やアクセサリーを販売している店も開いているかは気分次第、研究結果次第だ。

それでもやっていける腕前は本物でリピーターも多い、奏太も彼の作品には信頼を置いている。

 

「そんなことはないけどなー」

 

白々しくそっぽを向いて誤魔化す青年、マクスウェルに奏太は肩をすくめつつ本題に入ろうと口を開こうとした。

だが、マクスウェルはそれを掌で止めて、棚にある小さな袋を手に取ると奏太に投げ渡した。

 

「持ってきな、結婚祝いだ」

 

「情報速いな…ん、こいつは、鏡石?」

 

鏡のように磨かれて顔が映る石、アノマリーから産出されるアーティファクトの一種だ。

アーティファクトとはいわば不思議な能力を持つアノマリーの近くで変異し産み出された鉱物のことだ。

放射能を吸い取って無害化したり放射能を撒き散らすがその分体の剛性を強化したりとメリットデメリット様々な面を持つ不思議な物体だ。

どうしてそのような効果をもたらすから今をもってしても解析されておらず、アーティファクトの研究のため内外の研究者は常に前のめりだ。

鏡石はアーティファクトであるが目立つ能力も持たない外れ枠とされている鉱物だ、逆に言えば安全なので研究者やコレクターに高値で取引される。

またこの鏡石には逸話があり、持っていると一度だけ身代わりになって命を救ってくれると言われている。

 

「お守りだ。二度と馬鹿な真似するんじゃねぇ」

 

マクスウェルの釘を刺す鋭い言葉に奏太は何も言わずに頷いた。分かっている、もう自分は一人じゃないから。

 

「わかったならいい」

 

「…ありがとう」

 

ただのお守り替わりだ、だがそんな気遣いがとてもうれしい。鏡石を袋に入れ、ポーチに納めながら奏太は小さく礼を言った。

 

「ふん…で?何の用事だ?嫁さんはどうした?」

 

コルトM1911、P38、M14は一足先に町を出てノサリスの巣がある保安用トンネルに向かった。

M2HB、M3、SASSも同様で今頃は同行するパーク駅警備部隊と作戦を練っているに違いない。

ナガンM1895は地上へ向かう準備に取り掛かっており、今頃はFALと一〇〇式に細かい指示を出しているだろう。

 

「あいつらは別の仕事、俺もこれから行くんだが上の様子を聞きたくてな。ベテランスタルカーのお前から見てどんな感じだ?」

 

マクスウェルはハンターオフィスには所属していない完全個人営業の傭兵だが、同時に地上の街を探索するスタルカーでもある。

その中でも無謀な勇気のある者、特に何度も生きて帰ってきては成果を上げる腕利きだ。

 

「ふぅん…で?」

 

たとえ友人同士でも仕事は仕事だ、奏太はポーチを探りマクスウェルとの取引用に持ち出してきたそれを彼に手渡した。

 

「IOP製戦術人形のダミー用コア、未使用の新品だ。エリート用ハイグレードタイプ、上物だろ?」

 

「おっ!?さすが内地帰り、ハイテクとは分かってるじゃないの!どれどれ…OK、何でも聞いてくれ!

そうだ、ついでに新しい地図もサービスするぜ!最近はまた巣が増えてきてな、避難所増やしてるから使いな。番号はいつものだ」

 

マクスウェルは上機嫌でコアを店の奥に持っていくと、小さなイスとコップを二つ持ってくる。

お茶でも飲みながら話そうという事だろう、奏太は椅子を受け取るとカウンター越しに向かい合うようにして座る。

 

「助かる、巣が増えてるってどういう事だ?」

 

「デーモンだよ、ここんところ殺気立っててな。前まで見向きもしなかったハウラーの巣をいくつか乗っ取ったんだ。

それで散り散りなった奴らがそこかしこで小規模な巣を作っちまっててよ、そこから少しづつ拡大してんだ」

 

コップにお茶を注ぎ、それを飲んで口を湿らせながらマクスウェルは面白そうに話す。

 

「お前もノサリスにやられただろ、アレもそうなんじゃないか?確か、ほら、こことここの巣はデーモンの巣に近い。気を付けたほうがいい」

 

「なるほどね、しかしなぜだ?」

 

「実はな、デーモンの巣の近くにキメラのドロップシップが墜ちてるのを見たって言ってるルーキーがいた」

 

「ドロップシップ?懐かしいもんが出てきたな…なぜだ?この辺りじゃそいつを飛ばすなんて自殺行為だ」

 

キメラドロップシップは数を増やしたキメラ部隊が運用する汎用VTOL機だ。

人類ではまだ作ることができないハイテク機だが、人類生存可能圏外の悪環境に対応できない。

かつての戦いでもキメラドロップシップは満足に性能を引き出せず、勝手に墜落する機体も多く出てよい研究材料となった。

改良型をだとしたらおそらく運用しているのは人間だろう、キメラに武器や装備を作って運用する知識はあるが改造する知恵はない。

それでもこの辺りの空を飛ぶのは自殺行為だ、空気が悪すぎてエンジンの空冷用吸入部のフィルターがすぐに詰まってしまう。

 

「俺も見たわけじゃねぇ、さすがに危険すぎるからな。そいつもデーモンから逃げる時に偶然見ただけらしい。

墜落場所はマークしてある、ここのマンションからなら視界がよければ見えるだろうよ」

 

「わかった、調べてみよう。それともう一つ、仕事の話だ」

 

ポーチから傷一つない札束を一つ置く、マクスウェルはそれを手に取ると注意深く調べると面白そうににやりと笑った。

 

「オーダーは?」

 

「対精神放射装備を一ダース、純正人形向けに頼めるか?」

 

「大口だな、もちろんだ。期間は?」

 

「最短2週間後だ、仕事の都合で予定がな…」

 

「楽勝、また来てくれ。今度は嫁さんと子供連れて来い、アーティファクトいじりの技を仕込んでやる」

 

気が早いよ、まったく。奏太は苦笑を返して席を立った。マクスウェルの見送りの言葉に返事を返し、薄暗い廊下を抜けて駅の中心街へと戻る。

そのまま駅の出口、外へ通じるハッチに向かった。ハッチの前では、先に装備の準備をしていたナガンM1895、一〇〇式とFALが居た。

三人はハッチ横のベンチに陣取り、装備の点検を互いにしあってすでに準備万端のようだ。

 

「来たか、準備は良いか?」

 

奏太を見つけてすたすたと歩み寄ってきたナガンM1895の問いに奏太は頷く。

 

「もちろん。琥珀、俺のシャンブラーを」

 

「な!?俺のをしゃぶれとな!?そ、そういうのは時間と場所を弁えて、その…♡」

 

「あのな…銃をくれ」

 

ナガンM1895が木箱の中から一丁の散弾銃を取り出して奏太に投げ渡す、使い慣れた感触だが握るのはほぼ一年ぶりだ。

6連発リボルバー式セミオート散弾銃、シャンブラーの愛称を持つセミオート式散弾銃だ。

横からはめ込む形で装填するショットシェルがむき出しの回転式弾倉を持つセミオート式の変わり種である。

一発一発はめ込む装填方式が独特で再装填には慣れが必要であるが、特性を理解すれば応用が利く銃だ。

奏太はシャンブラーを受け取ると手慣れた手つきでショットシェルを弾倉に嵌めていき、5発嵌めたところでスライドを引く。

弾倉が回転して初弾が装填されると、最初はチェンバー部分に隠れていた部分が出てくるのでその部分にもショットシェルをはめ込む。

 

「全弾バックショットか、スラグはいらんのか?」

 

「お前と被っちまうだろ、近接戦は任せな」

 

「なら任せた、儂はこいつじゃ」

 

ニヤニヤしてナガンM1895が両手に持ったのはメタリックが外見を持つAUG、H&R社製の携帯式レールガン『ARW-002』だ。

鉄血から離反したハイエンドであるリホーマーが作り上げた最新式で性能も素晴らしいに尽きるが、問題は圏外の環境に対応できるかだ。

ARW-002はハイテク機器の塊だ、外の劣悪な環境や電磁波による障害にどれだけ耐えられるのか想像できない。

やれやれだ、と肩をすくめるとその左肩を誰かに叩かれる。振り向くとそこには準備を終えた一〇〇式とFALが何とも言えない表情で立っていた。

ARW-002の弾倉に7.56ミリRG専用弾を鼻歌交じりで装填する彼女はいたって上機嫌だ。

気にするな、と短く言うが一〇〇式は納得できないようだ。無理もない、あそこまで浮かれている姿を見るのは初めてなのだろう。

 

「あんなに浮かれてるの見たことありませんね」

 

「昔買い損ねてな、ずっと欲しがってたんだ」

 

「買えばよかったのでは?」

 

「ワンオフの超高級品で数が出回ってなかったんだよ…高かったし」

 

「奏太奏太!どうじゃ、似合っておるか!!」

 

「似合ってるが…ほら、こっち来い。メットがズレてるぞ」

 

ちょいちょいと手招きし、ナガンM1895の頭には大きいバイザー付きヘルメットの位置を直してから顎ひもをしっかりと締めてやる。

ずれないようにひもを調整してから、奏太はふと思いついてすかさず軽く彼女の頬にキスをした。

満更でもないナガンM1895は唇を尖らせながらも頬を染めてそっぽを向く。仕返し成功、奏太はくすくす笑って彼女の頭に手を置いた。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

一歩一歩前に進むたびに空気が悪くなっている、FALは荒れ果てた駅の通路を歩きながらそんな空気を感じていた。

安全な駅の正面を出てすこし、地下鉄駅の出入り口の一つに向かいながら汚染された空気に眉を顰める。

息苦しさは駅の中よりもすさまじく、慣れない人間なら吐き気を催してしまうだろう。まだ空調が効いている場所でさえこれなのだ。

駅の出入り口付近、いくつもある外へと上がる階段の下にたどり着いたとき、奏太が歩みを止めてガスマスクを手にした。

 

「マスクを付けろ。ここから先、外では外すな。死ぬぞ」

 

言われた通り、支給されたガスマスクを着けてフィルター缶がしっかりついていることを確認する。慣れない作業に、FALは少し不安になった。

第二世代戦術人形は人間らしく呼吸もするが基本は機械だ、呼吸器官にも体内フィルターが搭載されており、機械であるため無呼吸状態での活動も可能なのである。

しかしその基準はあくまで人類生存可能圏内を基準にしたものであり、人類生存可能圏外ではあてにならない。

地表の汚染は致命的で、装備無しでは人間は息をすることすらままならない。人形も長くはもたないと聞いていた。

 

「時計をセットしろ、一つにつき30分だが過信するな。濃度、個人差で変わるぞ」

 

指揮官に言われた通りに、圏外で渡されたアナログ腕時計のタイマーをセットする。

手持ちのフィルターは一人10個、5時間分のフィルターを持っている計算だ。

逆を言えば、最大でもたった五時間しか外では生きていられないという事でもある。

 

「フィルターは余裕をもって交換しろ、一人でも半分を切ったら撤退する。琥珀、電磁場は?」

 

ガスマスクのフィルター缶をいじっていた奏太は、真新しい圏外製測定装置を手にしたナガンM1895に問いかける。

彼女が弄っている角の取れた長方形の装置は、外部の電磁波を測定するものだ。

 

「平均値少し下じゃ。活動可能じゃが、問題は天気じゃな」

 

「早めにセーフハウスを確保してから仕事にかかるか。行こう、ついてこい」

 

奏太とナガンM1895が先陣を切り、慎重に階段を上がっていく。それをFALは一〇〇式と一緒についていく。

階段を一歩一歩上がるたび、気温が下がり、空気の汚染度が上がっていく。

汚染計測計はすでにイエローゾーンの中間を抜け、レッドゾーンに差し掛かっていた。

 

(体が重い、EMP攻撃の影響が残ってるの?)

 

わずかに感じる体の重さ、まるで重りを少しつけられているような感覚だ。

体の細部を精査してみれば周囲のEMPの残滓らしき天然ジャミングの影響で、体の駆動に負荷がいつもより多くかかっている。

最新式のハイテクが壊れやすいというのはおそらくこのせいで、電子部品に負荷がかかり過ぎるからだ。

自己診断プログラムで体を精査してみれば、体の各所でエラーが頻発し現地の早急な離脱と分解整備を推奨してきている。

 

(厄介ね、部品の寿命だけが削れるわけか…)

 

外への出口までは簡単にたどり着いた、奏太がゆっくり外に歩み出ると同時にM1895がその背中をカバーする。

 

「いいぞ、来い」

 

奏太の合図を聞いて、FALと一〇〇式は二人に続いて外に歩み出して太陽の光が眩しく感じて思わず瞼を細める。

そして、光に目が慣れたときに目に飛び込んできた廃墟の街並みに思わず感嘆の声が漏れた。

崩壊した街の廃墟は何度も見てきた、見慣れたつもりだったがこうも朽ち果て人の息吹を感じない町は初めてだった。

汚染の中でも逞しく育つ雑草が伸びる道路、ツタが無造作に覆う店先、上階が崩れてボロボロになったビル。

バス停らしい朽ちたベンチには骸骨が一体、バスを待っていたのだろう。今もまるで待っているように窪んだ眼孔は道路の先を見据えていた。

骸骨がしたままの腕時計と、バス停についている時計は同じ時刻を差したまま止まっている。

2045年10時33分、いくつも使われた核ミサイルのうちの一発がこの街の近くに落ちた時間だ。

周囲に人気はない、いやそもそも命の気配すら感じない。世界そのものが死んでいるかのように、静かで、空虚だ。

 

(なんて静かな…)

 

FALと一〇〇式は彼らの後に続いて崩壊した街の中に歩み出す。

話では地上にはミュータントが跋扈しているはずだ、なのにその気配は感じない。

耳を澄ませれば聞こえるのは空気の流れる音、看板の揺れる音、葉の擦れる音、どれも命や生活を感じさせるものではない。

今までも廃墟と化した街はいくつも見てきた、鉄血に襲われて戦場になった街をいくつもめぐってきた。

U05地区もそうだ、鉄血が暴走する前はリゾート地だった。人間がいた気配、生活していた痕跡、気配というべきものが残っていた。

なのにこれはなんだ、まるでない。自分たち以外、世界には生きているモノがいないのではないかと思えるほどに感じない。

まだ駅を出たばかりだ、それこそ踵を返して全力で走れば10分とかからずにパーク駅の中で帰れる。

そこには人々が暮らしていて、宿屋の老夫婦は吉報を待っているし酒場も開店の準備をしている。

200人ほどの人間が確かに暮らしているはずなのに、まったく気配が感じられないのだ。

 

「空が青い、青いのに…」

 

一〇〇式は何か言おうとし、悩ましげに尻すぼみになって口を紡ぐ。

空の色は内地と変わらないはずだ、なのになんて寒々しい、なんて荒涼としているのだろう。

こんな町が、こんな世界が一体いくつこの世界には広がっているのだろう。考えたくない、あまりにも悲しすぎる。

 

「なんて静かな世界…核が落ちた時から時間が止まってるみたい」

 

「そうだ、ここらは爆心地が近くてな。それ以来ずっとこのありさまだ」

 

17年前からこの街は時が止まっている、核が落ちた日にこの街は死んだのだ。なんとなくFALは街角にある雑貨屋のショーウィンドウが目に留まった。

割れたガラスは風化して曇り、雑貨屋内部は外から見る限りだいぶ前に荒らされていて目に見える限り何もない。

ショーウィンドウに飾られていただろうプラスチックのおもちゃの残骸、おそらく乗り込んだ誰かが踏んだだろうロボットのような何かが酷く悲しげに思えた。

 

「悲しいわね、核を落とす意味がこの街にあったのかしら…」

 

「わからない。でも…うん、知りたくないな。悪い夢見ちゃう」

 

さすがにもう失望したくないなー、と一〇〇式は悲しげに呟く。

この街は基地時代のアウトーチに勤務していた軍人たちの家族が住むベッドタウンの一つとしてかかわりが深い街だった。

だがそれだけで、軍事的に重要な施設などはなくせいぜい新兵の訓練キャンプがあるだけの街でしかない。

活気はそれなりにある田舎都市で戦前の人口は1万6千人前後、戦争当時は避難民も合わせて5万人いた。

しかし核戦争後、各所の地下施設やメトロなどに避難して生き残ったのは二千人ほどだったという。

 

「狙って落ちたんじゃない、迎撃されてここに落ちたんじゃよ」

 

「つまり流れ弾?」

 

「アウトーチを狙った核の一発じゃ。あれをぶっ壊そうと撃ち込まれたモノの一部がここの近くに落ちた、スケールのでかい流れ弾じゃろ?」

 

ARW-002を肩に担いで皮肉気に笑うナガンM1895の声は困ったような声色で、呆れに満ちているように感じた。

ただの流れ弾で街一つ、それが第3次世界大戦だった。何もかもを焼き尽くし、何もかも汚染し尽くして、なお人は戦いをやめられない。

不意に風が吹いて、肌に静電気のようなものが走った気がした。

 

「肌がピリピリします、最新式が壊れやすいってこういう意味なんですね」

 

「場所にもよるが大体こんな感じじゃから慣れるしかないわい。自動診断はこまめにやっておくのじゃぞ?もし悪くなったらすぐに言え、良いな?」

 

「わかりました」

 

心配そうに一〇〇式の体を思いやるナガンM1895の声色に、先ほどまでの悲しげな呆れはない。

 

「二人とも、こっち――――待て、何か聞こえる」

 

何か言いかけた奏太が口をつぐみ、警戒しながら空中にシャンブラーの銃口を向けながら耳を澄ます。

FALもつられて銃口を空に向け、静かに耳を澄ませた。聞こえるのは町を流れる風の音、何かが軋む音、そして羽ばたく音?

何かが飛んできている、それもそれなりに大きい何かだ。鳥ではない、こんな汚染地帯を飛ぶ生物はミュータントだ。

どんなミュータントだ?近づいてくる羽音に集中していると、肩を思い切り引っ張られる。ナガンM1895だ。

 

「隠れるぞ、デーモンじゃ。建物の陰へ」

 

ナガンM1895に促され、FALと一〇〇式は崩れかけた商店の壁に身を預けて陰に潜む。長年雨風に晒され、手入れもされずに風化した壁は指でなぞると表面が削れた。

羽ばたく音が近づき、より力強く、そしてミュータントの物らしい呼吸が聞こえてくる。

FALは一目、そのデーモンを見ようと音のするほうを向いて、驚きのあまり息をするのすら忘れた。

 

(悪魔…)

 

空をガーゴイルが飛んでいた、西洋の城に飾られる石造りの悪魔の像が生々しい質感を持って空を飛んでいる。

2メートルほどの本体にそれを浮かせる大きな羽、悪魔を思わせる大きな口と牙が見えるいかつい顔、そして逞しい四肢。

まるでおとぎ話に出てくる悪魔そのものが飛び出してきたかのような、文字通りの悪魔のようなミュータントが空を飛んでいた。

雄々しく堂々と羽ばたくデーモンは通りを舐めまわすように見下ろしながら、大きく羽ばたいて通り過ぎていく。

どうやら見つからなかったようだ、羽ばたく音はだんだんと小さくなり遠くへと向かっていった。

 

「やれやれ、初っ端からデーモンとはついてない」

 

「うざいんじゃよあいつ、自由に飛べるうえに皮膚は防弾、筋肉質で弾の通りも悪いから無駄に頑丈ときておる。見つかったかな?」

 

「そんな様子はなかったが、ここらはあいつの縄張りってこった。ご近所さんも迷惑してそうだ。あ、ほら出てきた」

 

驚いたのはそれだけではない、雑貨屋からハウラーがずっと覗いていたことに全く気付けなかったこともだ。

奏太とナガンM1895は気づいていたらしく、雑貨屋の中からのそのそとはい出て路地裏に消えていく四つ足のミュータントを見送りながら苦笑いしていた。

周囲を見渡して感覚を研ぎ澄ましても、周囲から視線も物音も感じられない。

 

(わからない、いくらデータを照合しても、解析しても出てこない)

 

ハウラーがいた雑貨屋の中を自分は覗き込んだ、でも気づかなかった。気配が、痕跡が、何もかもなかった。

 

「FAL、そんな殺気立つと目立つぞ」

 

「…指揮官達は、あのハウラーにいつから気付いてたの?」

 

「最初から」

 

「私は全く分からなかったわ…」

 

悔しい、やはり悔しい、自分ではまだまだ彼の横に立てないという事がわかってしまうから、なおさら悔しい。

 

「FAL、いつも通りで良い。奴らはこの世界で生きる野生のスペシャリストだ、お前に分からないのは当たり前だ」

 

「アンブッシュを見分けるのは難しい、気配で探り当てるというより経験則で予測するというほうがやりやすいぞ。

ま、まずは出てきたところをカウンターして追っ払えるようになれば大抵は困らん、お主の性能なら難しい事じゃない」

 

簡単に言ってくれる、気づいたときには喉笛をかみ切られているだろう。FALは内心で毒付いて、大きく深呼吸してから気を取り直した。

悔しがっていてもしょうがない、これからもっと経験を積めばいいだけだ。幸いにも自分は恵まれた部隊にいる、鉄血との戦いに忙しいほかの基地と違う経験を積めるだろう。

あのデーモンを見ただけでも大きな経験だ、少なくともあれ以上にびっくりする敵はそうはいないはずだ。

 

「改めて言おう。ようこそ、こちら側へ。グリフィン諸君」

 

「それはどうも、ついでに道案内もしてもらえる?この街は初めてなの」

 

「もちろんですともミスFAL、こちらへどうぞ」

 

行こう、本当にここから先は見たことのない世界だ。一〇〇式と頷きあってから、先行する二人の後を追った。

 

 




あとがき
仕事シスベシ、慈悲はない。というわけで再び圏外、汚染地帯を行く一行は二手に分かれでお仕事研修です。
ハンター組がかつて言っていた悪魔の一匹『デーモン』がお目見えです。見た目からして悪魔で強い、倒しても意味ないのがまたうざい。
原作でも不意に空から襲ってきてワールドツアーに招待されるのでシャレにならないのよね。
それからリホーマーから買ったレールガンも登場、これからちょくちょく活躍してもらう予定です。
まさかいきなり圏外世界での運用になるとは…だが私は謝らない。





ミニ解説

シャンブラー
出典・メトロシリーズ
モスクワメトロで戦後に作られた固定回転弾倉式セミオートショットガン。装弾数6発、12ゲージショットシェルを使用する。
回転弾倉式のライフルをショットガンにしたような外見で、弾倉はショットシェルがむき出し。
装填方法がむき出しの弾倉にシェルを横からはめ込む独特な方式で、素早い装填には練習がいる癖のある銃。
従来のショットガンに慣れていると扱いづらく性能面も平凡だが、戦後の設計故にある程度機材と技師がいれば製造可能。
ゲーム360版の表紙で兵士が構えている銃がこれ。本編でも独特なアクションが面白い銃である。



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第14話・17yearAfter2

圏外地上探索の続き、大体世界は狂ってるので何があってもおかしくない(無責任)


崩壊した街の只中、荒廃した路地裏で銃声と化け物の悲鳴がこだまする。

パーク駅を出てすでに1時間、奏太たちはハウラーやデーモンに追い掛け回されながら街の中を進んでいた。

ハウラー、体長2メートルほどの4つ足の真っ黒な毛むくじゃら。元がどんな生き物だったは分からないが確実なのは、肉食で獰猛なミュータントだという事だ。

崩壊した街の中、奏太は飛びかかってくるハウラーの顎をマチェットで貫いて即死させる。

相変わらず気味の悪い顔だ、変異しているもののハウラーの顔はどこか人間の顔のようにも見える。

もしかしたら人間の成れの果てかもな、さながら人面犬か?笑えねぇぜ。

 

(マクスウェルの言う通り、ハウラーの縄張りがとっ散らかってるな。しかもまだ落ち着いてない)

 

こりゃ骨だな、そう思いながら奏太はハウラーの顎からマチェットを引き抜き、振り向きざまに忍び寄ってきたハウラーの頭に振り下ろす。

この一時間、少しの間をおいて10匹ほどの集団による攻撃が連続している。

追尾されているような様子は見られないことから、新しくできた縄張りの自分たちが出たり入ったりしているのだろう。

処理しきれないほどの数ではないし、ハウラーの練度もそれほどではないが休む暇がないのは新人を連れている状態だと少し厳しい。

 

「終わりよね?そうよね?」

 

襲撃してきた一団をせん滅し、文字通り肩で息をするFALの息苦しそうな問いに奏太は肩をすくめた。

 

「こいつらはな」

 

「その口ぶり…まだ来るの?もう30は殺してるわ。普通怖気づくでしょ?」

 

「この程度じゃ奴らは恐れない、現に銃をぶっ放しても逃げないだろ?そもそも街中にいるんだ」

 

「弾が持たないわ…」

 

ハウラーの襲撃の連続ですっかり消耗したのかFALは見るからに肩を落として落胆する。

それでも愛銃の弾倉を交換する当たりはさすがだが、いつもの彼女とは程遠い。慣れない環境での戦闘で消耗しているのだ。

ガスマスクで限られた視界、制限される呼吸、電脳に走るエラーなど様々な要素が彼女たちを消耗させている。

 

「これで3度目、二人の消耗が心配じゃ」

 

ナガンM1895の心配そうな言葉に奏太はうなずく。ここはグリフィン管轄区の戦場のように状況に応じて武器弾薬の補充をできるような場所ではない。

運が良ければ戦前の置き土産や先人の遺品の調達できるが、放置されていたそれは傷んでいる可能性もあるし持ち込んだ銃器に対応してるかどうかは運だ。

基本的には持ち込んでいる武器弾薬と体が命綱なのだが、一〇〇式とFALはそのあたりはまだ不慣れなのだ。

戦うことはできているが鉄血との戦いと同じ感覚で撃ちまくるところがあるため弾薬の消耗が早い。

それを見越してマガジンポーチだけでなくバックパックにも持てるだけ詰め込むよう指示しているが、焼け石に水かもしれない。

彼女たちの付き合いはグリフィンの中では長い、U05基地に臨時指揮官になったころからの付き合いだ。

だからこそ今回の遠征メンバーに加えたのだが、こちらに連れてくるのはまだ早すぎたのかもしれないと感じていた。

 

「一〇〇式、平気か?」

 

「は、はい…うぇ…ありがとうござい、ます…」

 

ナガンM1895の問いかけに一〇〇式は少し息苦しそうに答える、その様子に奏太はすぐにピンときた。

よく見ると一〇〇式のマスクの内側がうっすら曇っており、顔色も少し悪い。フィルターが限界なのだ。

 

「一〇〇式、FAL、マスクのフィルターを変えときな」

 

「え?まだあと10分使えますけど…」

 

一〇〇式は自分の腕時計を見て息苦しそうにぼやく。彼女の時計のタイマーはおよそちょうど二〇分経過したところだ。

すでに二人は2つ目を使い切ろうとしている。ハウラーの襲撃と緊張のせいで普段よりも息が早くなってしまったのだろう。

 

「苦しいだろ、マスクも曇るから変えておけ。じゃないとやられちまう」

 

ついでに水も飲んでおけ、と言ってから奏太は自分の水筒を取り出してマスクをずらしてから素早く一口だけ口に含んで被りなおす。

口の中で転がし、しっかりと味わってから体にしみこませるように飲み干す。濾過された精製水は貴重品だ、それは人類生存可能圏外でも同じである。

再び歩き出しながら奏太はもう一口水を飲み、蓋を閉めてしっかりとしまう。路地裏を出ると街を走っていた主要幹線道路に出た。

主要幹線道路だったらしい片面3車線の道路はボロボロで、下水が崩れたのか中心が崩れて川になっている。

川の流れは激しく、濁った水がざぶざぶと大きな音を立てていて落ちれば最後どこまでも流されてしまうだろう。

残った車道にも車や戦車の残骸が赤さびを浮かせており、死角になる部分が多い。

 

「一〇〇式、川には近寄るな。汚染されるぞ」

 

「やっぱりですか?」

 

「内地の川とは比較にならない、それにシュリンプが潜んでるかもしれないからな」

 

シュリンプは川エビが変異したと思われる甲殻類型の水棲ミュータントだ。

ミレルークの親戚のようなもので、丈夫な甲殻を身にまとった重装甲タイプで食用になるという特性も似通っている。

ミレルークのように陸地もある程度動けるが水辺を離れることは少ない、その分水辺で遭遇した時のしつこさと凶暴性は目に余るのだ。

しかも個体によっては軽トラック並みにまで巨大化し、凶暴性も増して非常に危険なのだ。

大きくなればなるほど甲殻も分厚くなり殺しにくくなるので、そいつを狙っているとき以外はなるべき遭遇したくない部類だ。

首をかしげるfALと一〇〇式に分かりやすいように奏太は川べりで横倒しになった小型戦車、どこかの同業が使っていたのだろうM3リー軽戦車の残骸を顎で示す。

M3リーの車体には殴られたような凹みや巨大なハサミで切られたような切り傷がいくつもついており、搭乗員の座席に近い部分のハッチや装甲が捲られて内部を晒している

車体に弾痕や爆発跡はなく、主砲は切り落とされておりキャタピラも外れていて、動けないままミュータントにたかられたのがよく分かった。

 

「あれをやったのがシュリンプだ。砲塔が捲られて歪んでるだろ?大型が潜んでる証拠だ、それも複数な」

 

一体や二体ならば戦車の圧勝だ、M3リー軽戦車の37ミリ主砲で甲殻を撃ち抜き、その車体とキャタピラで踏みつぶせる。

それがこうも無残にやられているという事は強力な個体が複数いる証拠に他ならない、十分危険地帯という事だ。

 

「まるで缶詰ね」

 

FALのぼやきに奏太は頷く、ミュータントにとって戦車や装甲車は強敵だが同時に美味しいお肉の詰まった缶詰だ。武器を剥いで足を奪えば、あとは蓋を開けて中身を頂ける。

それを相手も理解してそのうえで行動する。勝てないなら逃げる、向かってきたら自信ありということだ。

なるべく水辺に近寄らないように、歩道に沿って進む。水辺は静かなままで、シュリンプが飛び出してくる様子はない。通りの曲がり角までもう少しといったところだ。

このままこの大通りを抜ければ、セーフハウスまではもう少しなのだが奏太は周囲に違和感を感じ取った。

 

「止まれ…臭いな」

 

大通りの街かど、風化して草が生え放題になったカフェテラスの残骸を踏みしめながら周囲を見回す。

崩壊した建物の瓦礫だらけの歩道、車道には車が朽ち果てて赤錆だらけになっている。道路もひび割れ、草が伸びている。

その中に奏太は何かの息遣いを聞き取った、わずかに聞こえる荒い息遣い、息をひそめているのに漏れているわずかな音だ。

ナガンM1895も気づいて、ARW002の引き金に指をかける。二人のスイッチが入ったことに気付いたFALは忌々しそうに問いかけた。

 

「またハウラー?」

 

「いや、スノークだ」

 

瓦礫の中から伸びてきた手を踏み抑え、硬質化した肌にシャンブラーで関節部分を二連射。

通常弾とはいえ至近距離からの散弾はこのタイプのE.L.I.Dならば十分通用する。

散弾で引きちぎられた腕を振り回しながら飛び出してきたミュータントに、見慣れない一〇〇式とFALの息を呑む音が聞こえた。

姿かたちはガスマスクをかぶった人間、軍用ズボンにタンクトップを身に着けた軍属を思わせる格好だ。

悲鳴につられて出てきただろう同族もガスマスクをかぶり四つん這いで獣のような行動をとる。

どうやら彼らの縄張りに踏み込んでいたようだ、それらしい特徴を見受けられなかったのはおそらく出来立てだからだろう。

もがくスノークの頭を散弾で吹き飛ばし、新手に残弾をすべて撃ち込んで確実に殺しつつ歩を進める。

奇襲に失敗したことを悟ったのだろう、奏太に近い場所に隠れていたスノークががれきの下や車の中から飛び出して威嚇し始めた。

 

「今度はスノークか、ハウラーを待ち伏せておったか?」

 

ナガンM1895の苦笑に奏太も笑う。だとしたらこいつらは運がない、人間と人形の四人組ではお腹いっぱいにはならないだろう。

スノーク、コーラップスの放射線とアノマリーなどの精神放射で頭が先にイカレタ人間の成れの果てだ。

獣のような4足歩行を主としており、足の筋肉が異常発達していて機敏かつ怪力のE.L.I.Dである。

変異する前の習慣を繰り返すのかガスマスクをかぶり、ボロボロの服を身にまとう習性がある。

おかしいな、奏太はスノークたちの背格好を見て疑問を覚えた。妙に身に着けている装備が充実していて、スノークにしては小綺麗なのだ。

着ている戦闘服もよく見れば統一された規格の物で、身に着けている装備もボロボロではあるが形を保っている。

 

「妙なスノークだな、なり立てか」

 

「ドロップシップの連中かもしれんぞ。みろ、パイロットじゃないか?」

 

ナガンM1895が顎で示した個体、牙をむいて威嚇するスノークはボロボロのパイロットスーツと防弾ベスト、ヘルメットをかぶっていた。

デザインは圏外で生産されているものよりも洗練されており素材も違うように見える、圏内製のようだ。

 

「そうだな…二人とも、K弾は使うな。抜けちまうぞ」

 

言われる前に対ELID用徹甲弾を再装填しようとしていたFALと一〇〇式を制止する。

スノークが相手では徹甲弾の貫通力は強すぎてまともなダメージにならない。小さな穴をあけるだけすぐに回復されてしまう。

 

「予定変更、ちょいと相手しよう」

 

「二人とも、こいつらは足癖が悪いから注意するのじゃぞ」

 

スノークは獣のように襲ってくるが襲い方は獣とは違う、四つ足だが攻撃はなぜか足技主体の足癖の悪いミュータントだ。

生前に格闘技を習っていた軍人などの場合、その技を仕掛けてくる個体もいてトリッキーな狩りを得意とする。

そのいびつな狩りの仕方や背格好から、スノークの多くは初心者狩りとして恐れられているのだ。

軽快なステップからのドロップキックを受けかけた二人はとっさに身を引いて躱し、人形らしく正確な射撃でスノークの頭を撃ち抜く。

動揺はしているがうまく立て直している、これならば問題ない。彼女たちは戦力になる。

 

「FAL、後ろにつけ。一〇〇式、琥珀とだ。どっちが多く殺れるかな?」

 

「ほほぅ?カウントはここからで良いな?ついてこい一〇〇式、暴れるぞ!」

 

ナガンM1895がARW-002を単射しながら一気に距離を詰める、100式もそれに追従しスノークに撃ちながら前進する。

負けられないな、奏太はシャンブラーの弾倉にショットシェルをはめ込みながら彼女たちとは違う獲物を狙う。

銃を右手で保持しつつ左側の弾倉一番上に一発、スライドを操作して装填。再び左側の弾倉に二発はめ込み、左手に持ち替えて右の弾倉に二発、下部に一発。

装填したと同時に足元に這い寄っているスノークの背中にマチェットを逆手に抜いて振り下ろして突き刺し、地面に縫い付けて散弾を撃ち込む。

一発で頭を粉砕し、痙攣する死体からマチェットを引き抜いて飛びかかってきたスノークの首に深々と突き刺して仕留める。

まだ人間的な部分が残っているだけスノークは殺しやすい、変異が進んだ種類や戦術人形だとこれでも動いて殺しにかかってくるのだ。

 

「FAL、背中を任せるぞ。鉄血よりは柔い、気楽にやれ」

 

「了解」

 

スノークには悪いが、二人の経験となってもらおう。奏太は唸り声をあげるスノークに散弾を撃ち込み、悶えているところに追撃して仕留める。

その背後でFALもスノークの頭を蹴り上げ、仰向けに蹴り倒したところに頭と胸に二発ずつ撃ち込む。

さすがは戦術人形といったところか、呑み込みがとても早い。FALは的確にスノークを狙い、牽制しながら距離を詰めて確殺の距離で殺していく。

詰め寄られて変異して筋肉が異常発達した足でけられそうになるが、素早くククリナイフを抜いてそれで軌道を反らしていなす。

うまいな、奏太はそれを横目で見ながら内心で褒めた。筋肉が異常発達したスノークの蹴りは強力で、まともに受け止めたら防御ごと持っていかれる。

自慢の蹴りをいなされて姿勢を崩したスノークに、FALは容赦せずその額にククリナイフを突き立てた。

 

「やるじゃないか」

 

「当然でしょ、私はできる女なのよ?ほしくなったかしら?」

 

FALの背中を狙うスノークをM29で撃ち殺しながら奏太は肩をすくめる。

頭上から飛び掛かってきたスノークの蹴りをマチェットで受け、右足首を軸に体を回転させて受け流しそのままの流れでうなじを切り裂く。

回転による遠心力が乗った振り下ろしによる一撃で、スノークの首は一撃で切断された。

 

「どうかな。琥珀、終わったか?」

 

「とっくにな」

 

ARW-002を背負い、ツインショートブレードを両手に握るナガンM1895は少し物足りなさそうだ。

彼女の後ろには首を落とされたスノークの死体が五つ、それを見ている一〇〇式が顔を真っ青にしていた。

彼女のことだ、あえて囲まれることで殺しやすい位置に誘い出してスノークをバタバタと切り殺していったのだろう。

 

「7、そっちは?」

 

「8、儂の勝ちじゃ。それと例のヤツ、殺したぞ」

 

やれやれだ、と奏太は肩をすくめて彼女たちが倒したスノークの死体に目を向ける。

彼女が倒したスノークの中にパイロットスーツを着ている個体がいた。人類生存可能圏内製の現用品でジェット機向けの対Gスーツだ。

彼女は自分が切り殺したパイロットスーツを着込んだスノークに近寄ると、パイロットスーツの中から手帳を抜き出した。

 

「見てみぃ、やはりパイロットじゃ。傭兵らしいな」

 

手帳は血と汚物で汚れボロボロで読める状態ではないが、写真はよれよれではあるが見れる状態だった。

写真には愛機のキメラドロップシップを背にして腕を組む生前の姿が映されている。

 

「ジャスティン・アロウズ、ね。聞かない名前だな、オフィスに知らせておこう。他には何かありそうか?」

 

「無いな、ポーチは空っぽじゃ。ベストを脱がして、足ぶった切るか?」

 

スノークの討伐証明は足だ、報酬としてはそれなりだが少しかさばる。

防弾ベストも使えそうではあるが、二束三文にしかならないだろう。仕事を控えている身ではかさばる重荷だ。

それに派手に銃声を立てた以上、デーモンやシュリンプをおびき寄せている可能性が高い。長居するのは危険だ。

ナガンM1895の持つARW-002の威力ならば、多少遠くてもデーモンの頭蓋骨を撃ち抜けるが殺す意味は薄い。

デーモンそのものを狙っているならまだしも、今は偵察の仕事に来ているのだ。

 

「やめとこう、重荷になるし…臭いし」

 

なおこいつらの足はもれなく臭い、蹴りが主体なのに洗わないし靴の中で蒸れてひどいことになっている。

行こう、と声をかけて三人を連れて街を進む。セーフハウスまでもう少しだが、その前には少し問題があった。

この街のメイン通りだった大通りに出るとセーフハウスと思しきコンビニエンスストアが、シネマの隣に見える。

見た目は問題ない、瓦礫や残骸だらけの何もない道路のように見えるだろう。ガスが充満しているようになぜか歪んで見えなければ。

 

「指揮官、ここ、なんか変です」

 

「だろうな」

 

一〇〇式も何か感じたらしい、奏太はポーチから黄色の四角いセンサー、空間異常検知器を取り出してカバーを開く。

プラスチックのような安っぽい外見でフィラメントのようなランプ埋め込まれたセンサーは、何かに反応してランプが点滅している。

アノマリーがある証拠だ、圏外での活動に慣れない二人にはちょうどいい体験になる。

 

「アノマリーだよ、見てな」

 

奏太はそれだけ言うと足元から手ごろな破片を拾って、前方の何もない空間に投げつけた。

石はまっすぐ飛ぶと、アノマリーの表面を突き抜けて何もない空間に波紋を作る。異常な力場がある証明だ。

一〇〇式とFALには初めての光景だ、その前の光景に二人とも息を呑んでいた。

 

「でかいな、あいつがここを狩場にするのもうなずける。儂らも探してみるか?」

 

「時間がありゃな」

 

核戦争のせいか、コーラップスのせいか、はたまたその両方か。詳しい原因は不明だが、汚染地帯の中に良く表れる傾向にある不思議な力場だ。

定位置で発生するものが多いのだが、稀に移動して獲物を探し回るものもある。人類生存可能圏内にはめったに存在しないし、知っている人間すらわずかだ。

 

「ここを通るぞ、抜けた先のセーフハウスで休憩だ」

 

「え!?指揮官の話だと吸い込まれて圧縮されたり、炎が噴き出したり、電流流し込まれたりするって聞いたんだけど!?」

 

「踏めばそうなるな、ほら見ろ、あの車」

 

奏太は道路の真ん中で横転している乗用車を指さす。壊れたボンネットに、黄色いペンキが塗ってあるのが見えた。

雨風に晒されているがまだ新しく『MSH』と書かれており、矢印マークが書かれている。

 

「あれに沿って進めば大体安全だろうよ」

 

「セーフハウス自体が発生区域ぎりぎりにあるっぽいのぅ、アーティファクト探しの拠点にはピッタリじゃ」

 

アノマリー発生地域では時折、アノマリーによる特殊な力場にて生成されたり変異した鉱物が発見できる。

普通はありえない効能や組成を持ったそれらはアーティファクトと呼ばれている不思議な物体だ。

今から向かう拠点はそのアーティファクトを探すためだけにしつらえた場所だ、それでもかなり危険で命知らずである。

 

(アーティファクト探し、やりたいなぁ…)

 

目の前にあるアノマリーだらけの道路はまさに狩場だ、大きな危険が伴うがその分利益になる。

珍しいタイプ、あるいは新種を発見できれば一攫千金も夢ではない。良く見つかる種類でもお金にはなるのだ。

とはいえ今は仕事中である、残念ながら新人二人の教育にあてがうとしよう。

 

「ついてこい、アノマリーの避け方を教えてやる」

 

奏太はポーチの中からボルトを取り出した、手のひら大の少し大きいタイプのボルトにはひもが括りつけられている。

それを正面に投げる。ボルトは少し飛ぶと透明な膜を通過、途端に膜の中身に赤熱が迸り空に向かって炎が噴き出した。

 

「気を付けろ、喰らえば鉄血ハイエンドも丸焦げだ」

 

何もない空間から突如として吹き上がった火柱は、およそ30秒ほどで収まったが目の前の不思議な光景に一〇〇式とFALは息を呑んでいた。

 

「こうして何にも起きなかった場所を進んでいく、このボルトが何事もなく通った場所が安全地帯ってわけだ。

さっきはそこら辺の石を使ったがこういうのを持っておくといい、何かと役に立つ」

 

奏太は新しく取り出したボルトを弄び、ひもを括りつけてまた投げる。透明な膜を通過するが、今度は燃え上がらないため彼は糸を手繰ってボルトを回収した。

そんなことを続けながらゆっくりと目に見えない危険な空間を進んでいく、ミュータントの襲撃は今のところない。

大きな見晴らしのいい道路をジグザグに進み、排水溝に身をかがめて潜り込み、排水溝を抜けたら荒れ果てたコンビニエンスストアの前を抜けて裏路地に入る。

裏路地もひどく荒れ果てていたが、おおよそ17年前に放置されたものがそのまま雑草に取り込まれているような光景だ。

 

「あったぞ、ここだ」

 

裏路地に入ってすぐの勝手口、表通りに面したコンビニエンスストアのバックヤードに続くドアだ。

扉は錆びてボロボロだが、外側から新しいナンバー式の南京錠がかけられている。マクスウェルがかけたものだ。

4ケタのナンバーを合わせると南京錠は外れる。だが奏太はすぐに入室しないで少しドアを開けて中を確かめた。

 

「あった」

 

ドアの前に屈み、足元に張られたワイヤートラップの先に括り付けられたパイプ爆弾を見つける。何も知らずにドアを開けたら作動する仕組みだったのだろう。

ワイヤーの先には粗末な作りのパイプ爆弾が仕掛けられている、中に入って数拍置いてから起爆する仕組みだ。

扉の隙間から手を伸ばしてパイプ爆弾からワイヤーを外し、ドアを開けて中に3人を誘う。全員中に入ってから、ドアを閉めて再びワイヤーをパイプ爆弾につなげた。

これはもし野盗やミュータントが入ってきたときは牽制兼合図になるトラップでもあるからだ。

 

「二人とも、後ろについてきながら見ておくのじゃ。まだ安全ではないぞ」

 

ナガンM1895の言う通り、トラップはこれ一つではない。マクスウェルのようなスタルカーやハンターなどがこしらえたセーフハウスは、必ず二重三重のトラップで守られているのが常だ。

それも基本的に赤外線トラップなどの警備システムではなく、原始的なワイヤートラップなどである。

この人類生存可能圏外では圏内のようなハイテクの警備システムを組むような余裕はあまりないし、ミュータントの中にはそういったものに鋭い個体もいるのだ。

奏太も一〇〇式とFALに注意するよう呼び掛けてから、ゆっくりとバックヤードを進んで足元の床がわずかに浮いているのに気付いた。

 

「ほらあった、圧力プレートか。上を見てみな」

 

天井に括り付けられていたのは血の跡がついた鉄骨の振り子、踏むと作動して横から殴られる仕組みだ。

当然ながら人間ならば即死であり、戦術人形でも行動不能になりかねない。ミュータントも小型種なら一撃だ。

 

「指揮官、天井の鉄パイプってショットガントラップ?」

 

「大当たり、足元をよーくみろ」

 

FALが何気なく指さした天井に突き出た鉄パイプ、天井には経年劣化で突き出た鉄パイプがいくつかあるがその中の一つに一二ゲージショットシェルが詰められている。

鉄血と戦っていたときにこのトラップの作り方を教えたので、FALには何となく察しがついたのだろう。

足元を見ればお決まりの細いワイヤ―、その一歩奥のさらに低い位置に透明な釣り糸が張られている。

罠に気付いて避けたという一瞬の隙を狙った二重トラップだ、これはミュータントではなく対人用を主目的にしているのだろう。

踏み越えて隙だらけになった頭上から12ゲージの散弾が降り注ぐとなればまず即死だ。

 

「こんなところに人間が来るの?」

 

「いるよ、現に俺達もいるだろ?」

 

FALもこのトラップの意図に気づいたらしく疑問の声を上げる。当然ながらいる、野盗も地上には姿を見せるし住処もある。

彼らもまた地上を徘徊し、食料や物資を求めてうろうろしているのだ。そいつからすれば、こういったベテランの隠れ家は宝の山である。

しかしFALは一つ思い違いをしている、このトラップはあくまでセーフハウスを守るためのものだ。

自分の安全地帯と保管してある物資を守るための装置であって、殺す相手がミュータントや悪党だけというわけではないのだ。

他の仕事できた傭兵が偶然入り込むこともあれば、同業のハンターやスタルカーが物資を求めて忍び込むこともある。

彼らに害意はなくそもそもここがセーフハウスだという事も気づいていないこともある。だがそこに物資があればこれ幸いと持っていく。

売れば金になる、これがあれば生き延びられる、理由はどうあれ自分の物が持っていかれる。いざというときに残していた財産がだ。

そういった『アクシデント』から、自分のセーフハウスを守るためにトラップなのだ。それを説明するとFALは顔色を悪くした。

 

「…それって私たちもやばいんじゃ?」

 

「そのために奏太がマクスウェルに許可をもらい行ったんじゃ、金も前払いしとるわい」

 

「節度は守ること、だがな。根こそぎとかしないようにすりゃ書置きしとけば問題ない―――っとまただ、クロスボウかよ」

 

「毒?性格悪いわね、ここまで乗り込んできた奴を苦しめようってこと?」

 

自分たちもよくやるけどな、奏太は内心苦笑いしながら二重ワイヤートラップを避けつつ前へ進む。

クロスボウトラップを抜け、階段を上がって廊下を一本曲がる。すると店長室と書かれたドアがあり、外と同じナンバーロック式南京錠がかけられていた。

ここがセーフハウスだ、南京錠を解除し扉をトラップの有無を確認しながらゆっくりと開く。セーフハウス内にまでは仕掛けていないようだ。

店長室を改造したセーフハウスの中は、一通り人間が休める設備が整っていた。

空気清浄フィルターを完備した空調設備もあり、ガスマスク用フィルター洗浄設備や監視カメラまでついている。

それらに電力を供給する燃料式発電機も大型だ、業務用の大きくて古い型だが燃料も入っているし整備もされている。

ひとつだけある窓も封鎖されており、セーフハウス内は外と遮断されているようだ。多少隙間風はあるだろうが、空調を動かせば問題はないだろう。

至れり尽くせりだな、さすがはマクスウェル。奏太は発電機の電源を入れながら感謝した。

 

「FAL、窓際のメーターを見ててくれ。左のが室内、右のが外だ」

 

「空気汚染測定器のね、了解。」

 

室内の蛍光灯が灯り、空調設備が稼働して換気扇が回り始める。フィルターを通して正常な空気が流れ込み、室内の汚染濃度が下がっていく。

 

「指揮官、左のがグリーンにまで下がったわ」

 

「もう取っていいぞ、使ったマスクのフィルターをこっちにくれ。洗うから」

 

「うむ、儂らは補給と休憩とするかのぅ。44マグナムはあるかな?」

 

「マクスウェルはDEじゃなかったか?」

 

「拾ってるかもしれん」

 

ナガンM1895は奏太に使用済みのフィルターを投げ渡して、部屋の隅に置いてある武器弾薬用の軍用ロッカーのナンバーを合わせて開く。

仲にはマクスウェルが補充のために保管していた武器弾薬が保管されているが、中身を見てナガンM1895は落胆した声を上げた。

 

「44はないのぅ…」

 

「えーと、5.45ミリと50AE、12ゲージに鉄球?8ミリは…ない」

 

「7.62ミリNATOもない」

 

マクスウェルのメインウェポンはAK74Mとデザートイーグル50AEだ、その弾を保存しているのは当然である。

鉄球や12ゲージショットシェルはこの業界ならば誰もが使うので割愛する。

 

「マクスウェルのヤツ、もう少し面白いもん用意していてもいいじゃろうに。今日に限ってきれいなもんじゃな」

 

「いつもは何か置いてあるの?」

 

「試作品をしまっているときがあるのじゃ、当たり外れはあるが面白いぞ。あ、奏太!帰りにあいつの焼夷弾買って良いか?」

 

「残念ながら却下。高いし、ソフトスキン向けだし、売れる部位まで燃やしちまうだろうが」

 

ぶー垂れるナガンM1895に奏太は44口径マグナム弾の入った紙箱を投げ渡す。

彼女はそれを受け取り、封を切って中の銃弾を取り出すと回収していた空のスピードローダーに素早くはめ込み始めた。

同じように8ミリ南部拳銃弾と7.62ミリ×51NATO弾の箱を一〇〇式とFALに投げ渡す。

 

「しっかり休んどけ、次はビルを上る。そこで偵察だ」

 

地図と一緒にクライミング用のピックを取り出して見せつける、FALと一〇〇式の表情が死んだ。

 

 




あとがき
ほとんどドンパチしかしてねぇ、しかもドルフロ要素が人物しかないぜ。やってることがほぼメトロでスタルカーだし。
化け物に足が臭いとか勝手にキャラ付けしてるけどそこらへんは個人的印象です、実際臭そう。
というか、元ネタ知ってる奴って今の時代にいるんだろうか…





ミニ解説

スノーク
出典・STALKERシリーズ
コーラップス感染とアノマリー発生地帯での以上力場に長く晒されて起きた変異により生まれた元人間のE.L.I.D。
四つ足歩行で犬のように機敏なガスマスク人間。姿勢が常に低く警戒心が強い、入り組んだ屋内や瓦礫の多い場所など遮蔽が多い場所を好む。
足の筋肉が異常発達しており、それを生かして蹴り技や飛び掛かりなどを多用する。
意地でも蹴ってくる個体がいるなど少しユニークだが、蹴りの威力は強力で確実に骨を折られるか内臓をつぶされる。
外皮はそこまで変異しておらず通常弾で対応できるが、回復力は相応に強いので一気に仕留めること。
ほぼすべての個体が衣服を身にまとい、ガスマスクなどをかぶって行動しており素顔でいる例は非常に稀という変わった習性がある。
これは生前の習慣を覚えているためで、E.L.I.Dとなった後もそれを繰り返しているから。なお、食事のときは器用にガスマスクを少しだけずらして食べる。
時折変わったものを身に着けている個体もおり、ひょんなところで意外な収穫を得られることがある。
変異した足は有用な研究素材であり討伐の証にもなるのだが、集めるハンターやスタルカーはあまりいない。
変異していても形は人間の足なので少しかさばる上、集めて持っていくと非常に見た目は悪く臭いからである。
なお臭いのは生前の習慣を中途半端に繰り返しているので、蹴りを主体にしているくせに洗う習慣がないため。






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第14話・17yearAfter3

前触れもなくいろいろ知ってそうな奴突っ込んでく屑は誰だ!!…はい、私です。
メトロやスタルカーぶち込んだので当然こういうのは外せないのですよ(ニヤァ)



一〇〇式達は短い休憩を終えて至る所から襲撃してくるハウラーやスノーク、それに寄ってくるデーモンの影を避けながら目的地の近くまで来ていた。

ノサリスの巣だったらしい街の教会が見える壊れたビル、外壁が崩れたエレベーターシャフトを登ってテラスのあるカフェにいる。

おおよそ五階分の高さ、なんとなく眼下を覗き込むと荒廃した道路が見える。普段ならば、きっとやり切った達成感を感じているのだろうが、今はそんな気分ではなかった。

 

「指揮官、私たちはいつからファンタジー世界の住人になったのかしら?」

 

「こんな救いのないファンタジーあってたまるか」

 

FALがそういうのも無理はない、一〇〇式は目の前の凄まじい光景を見つめながら同じことを考えていた。

偵察目標のノサリスの巣は街の大きな協会にあった、屋根に飾られた十字架が折れた協会の廃墟は劣化が激しく、外壁もボロボロだ。

また生き物の巣にされたせいで周囲には骨や腐った肉が散乱しており、血の跡が所々についていておどろおどろしい。

そんな教会に大小多くのデーモンが出入りし、上空を羽ばたいて飛び回っている。まるで悪魔城、あるいは悪魔に支配された要塞だ。

屋根に飾られている十字架の飾りが折れていたり、一部は根元が崩れて宙づりの逆十字になっているのもあってよりそれっぽい。

 

「数が増えてるな。見ろ、あの小窓、子供だ」

 

奏太が指を差した協会の小窓から、人間の子供ほどの大きさのデーモンが首を出して外を眺めている。

成体よりもあどけなく、くりくりとした目は外の世界に興味津々といった様子で輝いていた。

きっとあの子の目にこの世界は未知で溢れた輝かしい世界に映っているのだろう、一〇〇式はなんとなくだがそう感じた。

あの子供も成長すれば、周りで飛び回っている凶悪そうなデーモンに変わる。しかし今の愛嬌のある、純粋な姿もまた本物だ。

 

「デーモンにも子供がいるんですね…」

 

「そりゃいるさ、生きてるんだからな」

 

生きている、そう聞いて一〇〇式は本当にこの世界は変わってしまっているのだと感じた。

デーモンはもう完全に定着している。この世界の立派な住人で、人類生存可能圏外では当たり前なのだろう。

デーモンが生息していない地域でも、代わりに別の種類のミュータントが幅を利かせて生態系を作り上げている。

こんな世界では人間は弱い、だってほら、今もそう、餌にされてる。教会の中で若いデーモンに引っ張られている人間の無残な死体を見つけて、ただ淡々とそう感じた。

自分たちの頭にインプットされた人形の創造主であり、霊長の長としての人類はとっくに没落している。

かつてのような生体系の頂点に最も近かった存在ではすでになく、とてもか弱い生物に成り下がっているのだ。

 

(まるで世界の終わりを見ているみたい…)

 

地獄から這い出た悪魔が世界を食い尽くそうとしているようだ、これが聖書や何かの物語ならばきっとここから大逆転なのだろう。

だが現実にはイエス・キリストも古のアーマーを着た海兵隊も出てこない。

 

(今の人間は何してるんだろ、いや、そもそも私たちはどうして…)

 

民間用の人形は人間の暮らしを補助するために、そして社会に溶け込むために人間らしさを求められて生産されている。PMCであるグリフィンの戦術人形もそれは同じだ。

だが当の人間はどうだ、人間らしさを持ってるか、かつての人間らしい暮らしを送れているのか。

そんな人類はもう一握りだ、かつての裕福さはすでになく、少ないパイを手に入れようとして取り合っている。

人類は着実に、確実にその数を勝手に減らしている。ほかならぬ人間同士の争いによって。

おかしな話だ、これではまるで自分たちは記録装置だ。人間の生きた時代を残すための。

人間とはこういう形で、こういう生き物で、こうやって生きてきた、そのすべてを丸写しにした動態資料のようだ。

 

「お仕事終了、帰ろうか」

 

そんな中でも彼は生きている、命を紡いでいこうとしている。それもほかならぬ人形と一緒に。

安全圏に引っ込んだ人類と、この残酷な世界に対応した人類、どっちが本当の人類の姿だ?考えれば考えるほどわからなくなる。

 

「あー、参ったな。くそ…」

 

ぽたぽたと地面に水玉模様が落ち、ガイガーカウンターがカリカリと嫌な音を立てる。

奏太はそれに気づいて天を仰ぎ、忌々しげにぼやいた。雨だ、夕立だろう。

 

「ゲッ!?ナニコレ!!」

 

雨に含まれる放射能と放射線量を計測したFALが驚愕の声を上げる。一〇〇式も驚きのあまり声が出なかった。

汚染濃度は人類生存可能圏内の倍以上だ、戦前なら降るだけでその土地を不毛の土地に変わる。

そのうえこの雨にはコーラップスが検知されている、長く浴び過ぎれば危険な雨だ。

デーモンの巣の方でも雄たけびが響き、騒がしく何かが動いている音がする。外にいたデーモンもあわてて巣の中に隠れる姿が見えた。

周囲に散っていたデーモンたちもあわただしく教会や、近くの建物に避難し始めている。

その一体が自分たちを見つけたようで目が合ったが、デーモンはぎゃあぎゃあ喚きながらそっぽを向いて大型トラックのコンテナに飛び込んだ。

 

「言っただろ、爆心地が近いって。そこから巻き上げられた奴がこうして降ってくるんだ」

 

「うひゃー、久しぶりじゃなこれは」

 

「のんきに言ってないでマントをかぶって薬を打て。肌がやられちまう」

 

奏太とナガンM1895はバックパックからフード付きマントを取り出して被り、手慣れた手つきでガンタイプの無針注射器でZE除染剤を首筋に注射する。

一〇〇式も少しもたつきながらもマントをかぶって緑の瓶を取り付けた無針注射器を取り出すと、自分の首筋に押し付けて引き金を引いた。

ガイガーカウンターの音がうるさ過ぎる、一〇〇式は叩きつけるようにそのスイッチを切った。

もう計測の意味はない、体内センサーでは大量の放射線を浴びている。人間ならば入院してもどうにもならないレベルだ。

ZE除染剤の効果なのか、被曝速度は緩やかだが長く居れば人形でも機能停止は免れない。

 

「指揮官!どこに行くんですか!!」

 

「予定変更、こっちだ。あまり通りたくないが仕方ない」

 

「先に行け、しんがりは儂じゃ」

 

奏太は立ち上がると、カフェの縁に取り付けたロープを握り一気に滑り降りていく。

それに続いて一〇〇式とFALもロープを滑り降り、ナガンM1895が最後に続く。

奏太は道路の向こう側、デーモンの巣になっている協会にほど近い崩壊したデパートの地下駐車場入り口の前に居た。

地下駐車場への入り口はシャッターが下りていたが、奏太はそのシャッターに手をかけると力づくで持ち上げて潜り抜けられる程度に隙間を作った。

 

「FAL、一〇〇式、先に行け。俺らが抑えておく!」

 

ナガンM1895が先にくぐって反対側から支えるのを確認してから、一〇〇式とFALは奏太の言われるがままに奥に飛び込む。

慌てていたので入ってすぐの見える範囲までしか確認せず、少し奥に踏み込んだのが悪かった。

スロープ状になっていた車道に積もった誇りに足が滑り、二人は地下駐車場へ尻もちをついて滑り落ちてしまったのだ。

 

「いったぁ―――嘘でしょ…」

 

FALが呆然と周囲を見渡してぼやく、一〇〇式もつられて周囲を見渡して息を呑んだ。

焚火の後を囲むように朽ちた人骨が無数に壁によりかかり、駐車場のほぼすべてを白骨死体やミイラが埋め尽くしていた。

17年前の核戦争でここに避難してきた人々の亡骸だ、初めて見るそのおぞましい光景に一〇〇式は生唾を飲み込む。

遅れて地下駐車場に滑り込んできた奏太も目の前の光景に瞠目してから焚火の後に片膝をつくと、両手を合わせて何かを祈った。

 

「ここは避難所だったんだ。戦争直後、多くの人々がここに逃げ込んだ」

 

ひどい場所だ、もうそれしか思い浮かばない。子供の骨を抱いた大人の骸骨は、子供の頭を押さえて胸に押し付けるようにして抱きしめている。

おそらく放射能で汚染された空気を吸わせないようにしたのだろう、その隣ではハンカチで口を押える大人の死体がある。

その横では喉をかきむしったような格好で倒れるミイラ、何かを求めて手を伸ばしたまま固まった白骨、どこを向いても凄惨な最期を思わせるものばかりだ。

 

「行こう、この先に駅がある、人はいないけどな」

 

言われなくてもわかっている、こんな集合墓地にいつまでも居たいなんて思えない。

 

(…苦しい)

 

息苦しさを感じて思わずマスクを取りそうになる、人形である自分がこれほどまでにやりにくさを感じているのなら人間はもっとひどく感じているのだろう。

限られた時間と限られた酸素に気が急いて、マスクが視野を狭め、安全に休める場所もめったにない。

人間相手や鉄血人形相手によくある『前線』という区切りもなく、街を出れば四方八方敵だらけの弱肉強食の世界だ。

 

「100式、フィルター」

 

「うん…」

 

使い切ったフィルターを新しい物に変える。フィルターは洗って再利用しているとはいえ、生きられる時間が短くなった。

白骨とミイラだらけの駐車場を抜け、ロビーだっただろう場所に入る。そこも同じように白骨とミイラで埋め尽くされていた。

ベンチで寝そべって喉をかきむしるようにしたまま固まったミイラなど、死の間際をありありと思わせる遺骸で埋め尽くされていた。

それを避けるようにして進み、地下アーケードに向かう連絡通路を抜ける。アーケードもひどい有様だ、所狭しと白骨やミイラが横たわっている。

しかも床が劣化しているのか水浸しで、黒く変色した水がアーケード全体を浸していた。深さはくるぶしほどだろうが、薄気味悪い。

 

「え…」

 

その水の奥、床しか見えないはずの底に子供の顔がよぎった。そして遠くから聞こえる子供の笑い声、まるで水の底から響いてくるような。

もう一度まじまじと見る、水面には何もない。だが妙なものが見えた、アーケードを横切る黒い影が見えた気がした。

ナガンM1895にも聞こえたのか、彼女はガスマスクの向こうの瞳を鋭くして周囲に目をやる。

 

「奏太、まずい…」

 

「あぁ、でも行くしかない。雨を食らうよりかはマシだ。行くぞ」

 

奏太が率先して水たまりに足を踏み入れる。彼の言う通り、外の雨に比べればこの水たまりの汚染はそれほどでもない。

ブーツも対放射能対策がされており、多少の被曝で済むだろう。薬でどうにかなる範疇だ。

ナガンM1895もすぐにそのあと追い、一〇〇式やFALも後ろに続いた。

 

「浅いけど足場が悪いわね、ぬめぬめしてるわ」

 

「耐えろ、抜ければすぐメトロだ」

 

「あっ、くそ、レールガンがやられおった…」

 

奏太の後ろにぴたりとつくナガンM1895の手に握られていたARW―002から白い白煙が吹いている。

彼女は素早く銃からバッテリーを抜き、弾の残った弾倉を引っこ抜いて一緒に水の中に放り捨てた。

何が起きたのか一〇〇式には理解できなかった。彼女がARW-002を水に浸したわけではない、雨にも濡れないように注意していたのに銃が煙を吹いたのだ。

 

「これはまずい、まずいぞ」

 

ナガンM1895は壊れたARW―002をスリングで背中に回し、魔改造リボルバーを抜いて弾倉を確認する。

それに気を取られていた、だから一〇〇式は唐突に足をつかまれたような感触に何も考えずに足元を見て、自分の足にへばりつく黒い手形に思考が飛んだ。

 

(なに、なに!?)

 

何かに捕まれている、でもそれが何なのか見当もつかない。分かるのは、冷たい何かが自分の足をしっかりとつかんで離さないことだ。

目に見えない何かが足をつかんでいる、その手形がまるで赤ん坊のものなのに引き抜こうとしてもびくともしない。

 

「し、指揮―――」

 

「静かに、じっとしてろ」

 

恐ろしくて思わず呼びかけた一〇〇式の頭に衝撃と鈍痛が走る、戻ってきた指揮官がこぶしで軽く殴って黙らせたのだ。

彼はポーチから小瓶を取り出し、蓋を開けて中の粒の荒い白い粉をその手と周辺に振りかける。

すると掴んでいた手の力が緩む。一〇〇式は水面から伸びた手のような感触を振り払い、奏太の背中に手を回して足を抜いて前へと歩く。

 

「まずいな、いろいろ聞こえてくるぞ。何も答えるな、黙ってついてこい。一〇〇式、しっかりしろ、いいな」

 

奏太の言葉に何度もうなづく。何も見ない、自分を囲む黒い影も、聞こえるはずのない戦前のざわめきも、何かが横切った荒い吐息も。

今ので理解できた、これは関わってはいけないものだ。今の自分たちでは絶対にかかわってはいけない。

 

「光学迷彩?いや、これは、違う。囲まれてる、指揮官、これは…」

 

「騒ぐな、黙ってついてこい」

 

奏太の遊びのない一言がFALを完全に委縮させた。それだけ彼の言葉には真実味が帯びていた。

FALの横にピタリと付いたナガンM1895は周囲を見渡し、静かな声で奏太に問いかけた。

 

「こいつら、なぜ急に?」

 

「たぶん二人に反応してる、しかも外は雨だしな」

 

「なに?そうか、純正だからか」

 

「こいつらはこっちに来て日が浅い。こいつらにとっちゃ、異質だ」

 

何も見ない、何も聞かない、指揮官達の背中と言葉だけを聞いてついていく。そう考えているはずなのに、そうしているはずなのに、一〇〇式は周囲から話しかけられるような声を聞いた。

 

(無視しろ)

 

電車の音が聞こえた。もうすぐモスクワ行きの列車が出るというアナウンスが響いている。

 

(無視しろ!)

 

子供の泣き声が聞こえる、親からはぐれて泣いているようだ。助けてあげたい、けれどもそれはできない。ここにそんな子供はいないからだ。

 

(無視しろ!!)

 

人々の楽しそうなざわめきが誘う、なんて美しい、なんて心安らぐ空間だ。明るい電灯がアーケードを照らし、色とりどりの服を着た人々が楽し気に買い物をしている。

暖かい、まるで大きな街のデパートのようだ。きれいな小物が安い、欲しかったものが売っている、思わず手を伸ばしそうになる。

 

(無視しろ!!!)

 

その光景が消えていく、燃えていく。大きな光と爆音の中でその幸せな光景が燃え盛って、何もかも消えていく。人間の業だ、犯した罪だ、すべては繋がっている。

燃え盛る、消えていく、人々は苦しみ、悶え、失意と絶望にまみれたまま命の火をかき消された。

自分たちはここで暮らしていただけだった、難民にも手を差し伸べた、うまくいっていたはずだった。

でも爆弾は振ってきた、すべてを殺し尽くした、なぜだ?なぜ私たちは死なねばならない?なぜ殺された?どうして?どうして?

 

(無視しろ!!!!)

 

無数に伸ばされる黒い手のような幻覚を振り払い、勢いよく足を引き抜いて前へと歩を進めようとした。

踏み出そうとあげた足を追う黒い手形。水の中から伸びるその腕に悲鳴を上げかけた。

必死で口をつぐみ、もつれる足を前へ前へと無理やり押し出す。その瞬間、足元のぬかるみが終わった。

気が付けばアーケードを渡り終え、ぬかるんだ足場から少し上がった場所に立っていた。

 

「ここだ…ここの先に地下鉄に入れるエアロックがある。少し遠回りになるがパークまで帰れるぞ」

 

アーケードを抜けた先で奏太は苦い表情をして、メトロ入り口と書かれた階段の下にある重厚なエアロックを指さした。

エアロックは封鎖されており、酷く錆びついていて長らく手入れされていないのが見受けられる。

だが動作に支障はないようで、近くの電源盤に手動充電器を繋げて電圧をブーストして電源を入れるとエアロックは激しい金属音を立てながらもゆっくり開き始めた。

 

「繋がってたのに外を…何かあるんですか?」

 

「ここはノサリスの巣に近い駅だったんだ、なら下にいるのも当然だろう?それにここは、これだからな」

 

奏太に言われて一〇〇式は思考の隅に追いやられていた当初の目的を思い出した。

ついでに思い至った、ノサリスに荒らされないまま残っていたこの集合墓地の恐ろしさを。

きっとノサリス自身は、野生の感性でここの異常さを思い知っていたのだろう。新しく巣を奪ったデーモンすらもだ。

 

「思い出したか?」

 

「すみません…」

 

「いいさ、少し休もう。ここは境目だ、奴らは入ってこられない、よほど執着しない限りな。

少し奥に行けばマスクはいらなくなるが、ノサリス共のテリトリーになっているはずだ。ここで少し休憩してから出発しよう、少し寝ておくといい」

 

エアロックを閉め、外と駅の中を遮断すると途端に空気が軽くなった気がした。安全だと分かった瞬間、足腰から力が抜けて一〇〇式はその場で尻もちをつく。

戦術人形なのにもかかわらず腰が抜けたのだ、初めての感覚だったが今は全く気にならない。

 

「疲れた…奏太、あたためて」

 

「あぁ。大丈夫、俺はここにいる」

 

ナガンM1895ももしかしたら同じような光景を見たのかもしれない。普段よりも弱弱しい彼女を、奏太はしっかりと抱きしめる。

その姿に一〇〇式はさっきの悍ましい幻覚を思い出してしまい、寒気がした。

 

「正直舐めてたわ…」

 

壁に背を預けて肩を落とすFALは普段のできる女としての風格はない、彼女も同じような光景を見たのだろうか。

 

「FAL姉―――」

 

「言わないで…思い出したくない」

 

気になって問いかけようとしたがFALはぴしゃりと言葉を遮る。彼女もあれを見てしまったのだ。

 

「FNC達の言ってたことはマジだったわけね…」

 

「信じられなくて当然じゃ、儂も最初は半信半疑だった」

 

ナガンM1895はヘルメットを外し、奏太にゆっくりと撫でられながら疲れの見える声色で答える。

彼の言う通り、今まで彼がぽつりぽつりと話してくれた話の中にはふざけた与太話と思える冒険譚も多くあった。

彼らの話は面白くて、ためになるものも多かったがかといってすべてを信じられたわけじゃない。

きっと面白くするために敢えて大げさにしてるんだとか、彼はそう思ってるけれども実は違うんだろうなとか、そう考えていた。

彼もひどく疲れた様子でナガンM1895を抱きしめる。その様子は普段の彼とはまるで違った。

 

「寒い、一〇〇式、そこにいるわよね?」

 

「うん、こっちに来て」

 

自分の体を抱いて震えるFALを一〇〇式はそっと抱きしめる。いつかとは逆、悪夢に魘されていたときに彼女がやってくれたように。

姉もおそらくこれから悪夢に魘されるんだろうな、一〇〇式はなんとなくだがそんな確信があった。

空間異常地帯を抜けたせいか体内部品の軋みがひどくなっているような気もする、それが余計に疲れる。

一〇〇式は自分の体を確かめるために自己診断機能を使ったが、異常やエラーの嵐に目を回しそうになった。

 

「FAL姉、帰ったらオーバーホールしようね」

 

「体ごと取り替えたい…」

 

確かにそのほうが安そうだと思ってしまい、一〇〇式は苦笑いするしかなかった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「それでその有様?大変だったわね」

 

「もう言葉も出ないわ…」

 

パーク駅のハンターオフィス、昨日と同じく騒がしい店内で前のときと同じく隣り合ったテーブルを陣取ったM2HBは目の前で机に突っ伏すFALに向けて冷水を注いだグラスを差し出した。

FALはそれを受け取ると口に含んでゆっくりと飲んで、大きなため息を漏らしながら頬杖を机についた。

ノサリスの巣を破壊したM2HB達から少し遅れて帰ってきたFAL達はひどい姿で、戦利品なども持ってきていたがかなり消耗していた。

奏太やナガンM1895も疲れており、二人は別行動で癒しを得るためにこの場には居ない。一〇〇式も宿に戻って早く寝てしまった。

 

「だいぶ苦労したみたいね」

 

「苦労なんてレベルじゃないわ、世界大戦の残留思念が襲ってくるって狂ってるにもほどがあるわ」

 

「でも興味あるわね、昔の景色見えたんでしょ?」

 

「あんたね、核が直撃した瞬間を頭に流し込まれるのよ?事前に聞いてなきゃ電脳イカレちゃう、指揮官がいなきゃ引っ張りこまれてたわよ」

 

それで心構え出来て、耐えちゃうあたりこいつも相当じゃねぇ?とM2HBはけらけら笑う。

FALも彼らと付き合って長い、なんだかんだとトンデモ冒険譚や彼らの行動力には慣れているのだ。

 

「私はどこかの公園に居て、公園では親と子供が何組も遊んでる。私はそれを金網越しに見てて、その中に私を見つける。黒い髪の子供を抱えてブランコに乗ってるの。

みんな笑顔で笑ってる、今日は何食べようかとか、そんな平和なお喋りばかり。公園の私も同じなの、羨ましくて私は金網をつかんだわ」

 

「欲望満載じゃない」

 

「そこに核が落ちてくるのよ、何の前触れもなく、いきなり町の向こうがぴかって光って、体が一気に燃え上がるの。

悲鳴を上げてみんな燃えていく、私も、向こうの私も、公園にいたみんな、母親たちは子供をかばうけど、一緒になって燃えていく。

放射熱で燃える体、最後は衝撃波がすべてを吹き飛ばす。燃えカスになりかけてた公園の人々は、一撃でチリになっていくの。

私も同じ、金網をつかんでいたせいかフレームだけが残る、熱かった、苦しかった、なにより、悲しかった…」

 

今夜は悪夢ね、間違いない。FALは力なく笑うと再び突っ伏す。

 

「指揮官達は?」

 

「デートよ」

 

なお二人とも個室のある宿がある区画へ消えている、つまりそういう事である。

 

「M2、あんたのところ連中が呪われたトンネルを抜けたってのはマジか?」

 

うだうだしているFALの頭を小突いていると、近くの席で食事を楽しんでいたパーク駅の警備部隊の一人が問いかけてきた。

 

「そうよ、それでこのありさま」

 

「あそこに行って無事だった新参連中は少ない、珍しいもんだ」

 

M2HBは隣のテーブルで豪華なステーキを楽しむ警備兵の青年、ルイスが口笛を吹く。

FALたちが地上に行っている間に行われたノサリスの巣を掃討する作戦で肩を並べて戦った中で、サブマシンガンの扱いに慣れた中堅だ。

彼が頬張る人類生存可能圏でもめったに見られなさそうな肉厚で豪華なステーキは、バラモンという牛型ミュータントのサーロインステーキ。

環境変化に適応したこの牛型ミュータントは家畜化されていて、このステーキも高価だが天然の牛肉ステーキと比べたらちょっとした贅沢品程度の安価な品だ。

 

「お前ら向こうから来たばかりなんだろ?どこの生まれなんだ?」

 

「IOPよ、それがどうしたの?」

 

「向こうで鉄血がやばいことになってるだろ?だからあんたもウィローと同じかと思ってな」

 

「おいルイス!こいつのどこが鉄血製に見えんの!」

 

ガラの悪そうな返しをした警備兵、目と口の穴が付いたバラクラバをかぶり、バイザー付きヘルメットを目深にかぶって体中に防弾プレートを括りつけたヘビーアーマー姿なので分かりづらいが女性である。

ノサリスの巣ではドラムマガジン付きRPK-74を振り回して大暴れしており、撃破数はM2HBよりもはるかに上を行く。

戦闘のさなかにヘルメットの留め金がいかれたのでまだとるのに苦労しており、マイナスドライバーを片手に悩ましげな声を上げた。

留め紐を切れば早いのだが、それはどうしようもない時の最終手段なので今もできるだけ損傷なく外そうと四苦八苦している。

 

「見ただけでわかるかバカ野郎。で、ぶっちゃけ鉄血ってどうだったんだ?」

 

「糞真面目共の巣窟、あたしのいた本社の話だけどね」

 

「元鉄血?運が良かったわね、やめてなかったら死んでたわよ?」

 

ウィローと呼ばれた兵士の手元でガチリ留め金がとはずれる音が鳴る、彼女はバイザー付きヘルメットを外して下にかぶっていたバラクラバも脱いだ。

その下から現れた顔に、M2は目を見開く羽目になった。やや浅黒い肌だが、紫色のショートヘアで黒い瞳ですらっとした目つきの見慣れた人形の顔だ。

目の前でタバコに火をつける戦術人形は鉄血製下級戦術人形のヴェスピッドだったのだ。

 

「もしあの場に居たら元凶ごと自爆してたわ」

 

「あなた…ヴェスピッドだったのね」

 

「あら?銃を抜かないのね」

 

「あなたはここの人形でしょう、あっちの鉄血とは違う」

 

「話が分かるタイプで助かる、ここ最近は鉄血製とみるとひどく怯えるか敵意むき出しになる新入りばっかだもん。

あたしはウィロー・イグレシアス、本社生まれのヴェスピッド。ウィローって呼びな」

 

「M2HB、IOP製第2世代戦術人形、グリフィン&クルーガー所属よ」

 

「わぉ、グリフィン!鉄血とやりあってる所じゃん、どんな感じよ?ぶっ潰せそう?」

 

「さぁね、私がいたのは第2支社を抑えてた戦線だから。でも本社方面だとかなり派手にやりあってるわ。新しいハイエンドがどんどん出てきちゃって大変そうよ?」

 

「なにそれ、正規軍は知らんぷり?あいつらなら三日で終わるんだからさっさと終わらせりゃいいのに」

 

心底残念と言わんばかりの様子にM2は首を傾げた。

 

「鉄血が心配じゃないの?」

 

「あたしは鉄血が嫌でこっちに逃げてきたんだよ。あの技術馬鹿のロボット共、バカみたいにつられやがって!」

 

心底イライラしているようで、彼女は不満をこぼす。

 

「ずいぶんと嫌な思いしたみたいね。わかるぁ、人間ってホントピンキリよね…」

 

「そうそう!それが人間ってのは分かるんだけどさ、分かってるんだけど許せないってのはあんじゃん。

なにがリバースエンジニアリングだ、軍のお偉いさんが押し付けてきたのなんて碌なもんじゃないってすぐわかったわよ。

なのにあいつら、いざやばそうだって言ったら不良品だのバグだのぬかしやがってあたしを解剖しようとしやがった!

あの時のあいつらには心底鳥肌が立ったよ。前は良い人たちだったんだけどさぁ…」

 

「それで逃げ出したの?」

 

「そ、絶対厄介ごとになるってわかったし、何言ったってあのテンションと様子じゃ聞いてもらえそうにないし。

リコリス博士も乗り気でね、天才が後押ししてるってんだからもうノンストップ、見てるこっちは気が気じゃない。

だから馴染みの奴らと一緒に荷物まとめてスタコラサッサして、しばらくほとぼり冷ましてからここに居ついたわけ」

 

ウィローは肩をすくめる、しかし思うところはあるようで少し寂しげな表情になった。

 

「鉄血が恋しいの?」

 

「昔戻れたらとは思うよ。さっきも言ったけど、良い人もたくさんいたんだ」

 

ウィローはぽろぽろと懐かしそうに思い出を話し始めた。警備主任はバカだが真面目だった、リコリス博士とやらは弄ると面白かった。

ハイエンドのスケアクロウが小馬鹿にしてきたので、模擬戦で一方的にボコボコにして大泣きさせたので開発者に怒られた。

懐かしそうにぽつぽつと語るウィローはしみじみとした表情で寂しげだ。

 

「今日会ったばかりで悪いんだけどさ。事が終わったら教えてくれない?出来たらで良いから」

 

「都合が良ければね、でもどうして?」

 

「何がどうあれ鉄血は故郷、骨くらい拾ってやりたいんだ」

 

 




あとがき
FALが見たやつのモチーフはT2のサラ・コナー、夢で見た核と聞けばどこかわかる人にはわかるはず。
最初に見たときは衝撃的でした、演出とはいえおっそろしいよあれ。
警備兵のウィローさんもフリー素材です、会いたければパーク駅まで行ってみよう!



ミニ解説

ウィロー・イグレシアス
人類生存可能圏外『パーク駅』にて警備部隊の一人を担う鉄血製戦術人形『ヴェスピット』
蝶事件の少し前に鉄血工造から離脱しており、蝶事件で崩壊した鉄血にざまぁみろと思いつつも寂しさも感じている。
元は鉄血本社の重要機密区画警備を担当しており、出入りする幹部や博士とは仲が良く時折実験にも参加していた。
そのため重要機密に対するアクセス権限を限定的ながら所持している。
蝶事件の元となったナニカも知っており、本人やその仲間は危険だと考えて馴染みのある研究者や幹部に警告していた。
しかし警告は受け入れられることはなく、むしろ興味深い個体と認識されてしまう。
それに身の危険を感じた彼女は仲間とともに鉄血から武器装備と食料を無断で持ち出し逃亡(本人曰く『自主退社』であり持ち出したモノは『退職金』)
鉄血の追撃をかわし、蝶事件の前に人類生存可能圏外に脱出した。
戦闘経験も豊富であり、科学知識もそれなりにあるので、パーク駅では意外と重宝されている。
鉄血時代にスケアクロウ(尊大お嬢様タイプ)を一方的にボコボコにし、心を圧し折って大泣きさせたことがある。



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第15話・初仕事に切り札無し

圏外部隊が一区切りしたので基地居残り組のお話、年末は忙しいぜ畜生…


U03地区の山岳地帯、汚染された雨によってはげ山になった谷間の一角にM16A1率いるSPAR小隊の5人はテントを張ってひたすらに待っていた。

テントのそばに座り込んでヒートパックで戦闘糧食を加熱するM4A1、雨水を携帯浄水キットでろ過するM16A1とM4SOPMOD2。

M16とSOPⅡは雨水を何度も濾過しながら、忌々しそうに曇天の空を見上げる。

 

「また一雨きそうね」

 

丘陵の端に寝そべり、仰向けになって曇天の空を見上げていた416はやれやれと首を横に振る。

丘陵から崖下にわずかに顔を覗かせていたAR-15は、眼下の谷間を双眼鏡でのぞき込みながら笑った。

 

「いいじゃない、水には困らない」

 

「ずっと降られるのも考え物よ、まったく…そもそもなんだかんだで早速出番とか何よそれ?まだ補給もできちゃいないのに」

 

416の愚痴にAR-15は無言で頷く。U05部隊がこの地区にやってきたのは、この丘陵を走る補給路の安全確保のためだ。

この丘陵地帯は地区の補給を担う要衝の一つなのだが、ここ最近は補給部隊の車列が正体不明の敵に襲われて壊滅する事件が続出しているのだ。

地区の防衛部隊はこれを鉄血の攪乱部隊の出現とみて対応、部隊を派遣し山狩りを行うが部隊は反撃を受けて半壊した。

その際、生き残った部隊の口から出たのが、補給路のこの丘陵地帯にE.L.I.D出現の報告だったのだ。

 

「でもここをやられたら前線が揺らぐ、それはまずいでしょ」

 

「それは分かってるけどね、ならせめてここらを通行止めにしないの?」

 

「それをするとほかのところに負担がかかるし、責任問題にもなるからやりたくないんだって」

 

「もうとっくに責任取らされる段階だと思うのは気のせいかしら?」

 

「失敗したこっちのせい、ってことにするつもりでしょ。いつものことよ」

 

元々の発端はこの補給ルートに十分な哨戒を割かないで配置転換中の前線に注力したことだ。

戦線的には安全な後方であり鉄血の攪乱部隊が来てもすぐに鎮圧できる自信はあったのだろうが、この世界にはE.L.I.Dから始まる厄介者がたくさんいる。

結局のところ、この地区を仕切る指揮官はE.L.I.Dやミュータントのことは正規軍の仕事だと割り切っていて鉄血しか見えてなかった。

自分たちでどうにかしなければならない局面に至ったあたりで、どんな思惑であれできるところに任せられる当たりまだマシな部類であるが。

 

「ま、そうだけど。ねぇ、そろそろ変わろうか?」

 

「そうね、お願…待って、居た」

 

二人の間に緊張が走り、416は寝そべったままテントの方にて信号で合図を送る。

 

「数と種類は?」

 

416の問いに、AR-15は双眼鏡を覗き込んで慎重に見極める。

谷間の細い一本道の脇に潜む小さな影、犬の群れだ。体がまるで防弾アーマーを着たかのように皮膚は肥大化して固まっている大型犬を中心に、爛れた皮膚の犬が12匹ほどいる。

すでに変異が進んでおり、治療可能な段階はすでに超えているのだろう。皮膚が肥大化して固まりつつあるのがすべてに見られる。

体に泥を塗りたくって待ち伏せする犬たちの口は半開きでよだれを垂れ流しにしており、飢えて凶暴化しているのが手に取るように分かった。

 

「ボスにK9が1。感染中期とみられる野犬が12、K9化の兆候あり」

 

「報告通りね」

 

犬型E.L.I.D『K9』はコーラップスによる低放射線感染症にかかった野犬から変異するミュータントだ。

特徴はE.L.I.D化によって硬質化した皮膚、ただの銃弾では歯が立たないくらい硬いのに軽くて俊敏性を全く損なっていない事だ。

狂犬病で凶暴化した軍用犬が装甲車並みの防弾装備をしたまま群れで襲い掛かってくるようなもので、正規軍でも嫌われている。

速くて硬いだけでも厄介なのに、一番変異した個体を長として群れを形成するとより組織的になり脅威となるのが厄介だ。

 

「中期の犬も変異が進んでる、皮膚は分厚そうだし賢いと思う。群れは小規模、被害の規模からして他にもいるね」

 

「わかった、少し下がれ」

 

M16がため息をつく、AR-15は双眼鏡を下ろして丘陵から離れて少し下がりながら彼女のほうを見た。

 

「K9、犬型の重装甲タイプか。そりゃ補給部隊がやられるわけだな」

 

「どうする?変異しきってるK9相手じゃ目とか以外、まず弾が通らないよ?」

 

「接近戦、と行きたいところだが、足場が悪いな」

 

M16は自分の踏みしめる土を踏みにじる。この丘陵地帯は雨が降りやすく、土が湿っていることが多い。

犬型らしく機敏で足の速いK9相手ではかなり不利だ、E.L.I.D化によりより俊敏さが増しているのだから余計に悪い。

かといって遠距離狙撃ではM16達の持つ5.56ミリライフルでは圧倒的に不利、装甲に弾かれて撃ち抜けないだろう。

完全に変異したK9の装甲は対E.L.I.D用徹甲弾を使用したいところだが、この銃弾は奏太たちから譲り受けたわずかな弾数しかない上に規格外の反動を持つ諸刃の剣だ。

 

「狙撃、は無理ね。避けられる」

 

「斬る?」

 

SOPMODⅡはナガンM1895から借り受けた対化け物用サバイバルナイフをチラつかせて笑う。

彼女の腕前と圏外製対化け物用ナイフの切れ味ならばK9の装甲を除けて首をはねられるだろう、足場がまともならば。

 

「無理に決まってるでしょ、足取られて終わり。一度引いて、34達と合流しない?」

 

M4は首を横に振り、別の道で網を張っているMG34達との合流を提案する。

悪くない案だ、MG34の部隊はほかに9A91、Vz61スコーピオン、G11がいる。

MG34弾幕とG11の狙撃、9A91の補助とスコーピオンの機動戦が加われば有利に戦えるだろう。

 

「ここで見失えばまた一から探し直しよ?あいつらが何でここまで好き勝手出来るかといえば、この丘陵地帯が雨がちだから。

雨で足跡がすぐに消えるから跡が全く追えない、だから網を張って待ち伏せしてたんでしょ」

 

「それに時間もないぞ、もうじき輸送部隊が近くに来る。車の音に吸い寄せられるぞ」

 

「FNC達が危ないわね」

 

輸送基地からの定期便はこの状況下でも護衛を増やしたうえで継続されている。その護衛の中にはFNCとステンMk2がいるのだ。

FNCとステン以外の護衛部隊は補給基地の所属であり対ミュータント戦の訓練を受けていない、いきなりE.L.I.D戦は荷が重いだろう。

 

「やるしかないな。奴らをこっちに引き付けて、なるべくぬかるんでないところに誘導しよう」

 

「了解、輸送部隊に連絡するね」

 

M4はテントの中に入ると、無線装置の周波数を合わせてマイクを手に取る。

 

「私たちは準備だ、できる限り派手にやるぞ。AR15、狙撃しろ。416、SOPⅡ、派手に撃て」

 

AR15は頷き、銃のスコープを高倍率モデルに変更し、バイポッドを展開して伏せ撃ちの姿勢でK9を狙う。

装填されているのは狙撃用のマッチモデル、弾道は素直で当てやすい。狙うのは目、そして大口を開けている口、どちらもまだ柔らかい部分だ。

 

「撃つのは良いけど、全部殺しても構わないわよね?」

 

「やれるもんならやってみな」

 

「了解、始めるわ」

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

遠くから響く銃声が聞こえる、U03補給基地所属のブレンはその連続した一方的な銃声に違和感を覚えていた。

撃ち合っているのではなく一方的に銃撃している、つまり鉄血や野盗のように撃ち返してくる相手ではない。

つまりは野生動物かE.L.I.Dによるミュータントを相手取っている可能性が高いのだ。

 

「お前の部隊か?」

 

「そうですね…方角からしてM16さん達かと、接敵したんでしょう」

 

U05基地のFNCはそっけなく答えて、くたびれた分厚い文庫本から目を離さない。時折別の文庫本を取り出して比べ読むのを繰り返している。

共用語ではない別の言語で書かれた図鑑を読むFNCは物静かで、同じ車に乗る輸送護衛部隊の仲間には我関せずだ。

やりにくい、同型のちょっと抜けている明るい調子を知るブレンには彼女がよくわからない。

ほかの仲間たちも、失礼ではないが壁のある態度の彼女に少し距離を置いていた。

同乗しているAA-12、MDR、G3も少しやりにくそうで、やや疑いの目をしていた。

 

(いけないな)

 

いつもの仲間の少し怪訝そうな視線にブレンは悩む。打ち解けろとは言わないが、もう少し喋ったりしてほしいのだ。

彼女は車に乗ってからというもの、ずっと本を読んでばかりで話そうとしない。

話しかけてもそっけなく返される、大好きなはずのお菓子の話題にさえ興味も示さないので全く会話が続かないのだ。

同じ基地のステンにはよく知るFNCの表情を覗かせていたのだから余計にわからない。

 

(まるで私たちを信用してない?いや、興味自体がない?)

 

話を振られてもそっけなく終わらせる、会話に入ろうとしない、自分から壁を作っている。

同じ基地のステン曰く、放っておけとのことだ。何もしなければ何も起きない、仕事はするから大丈夫だと。

しかしこうまでアクションがない、無関心を貫かれていると気になって仕方がない。

 

「なぁ、さっきから何を読んでるんだ?」

 

「図鑑です」

 

ブレンが再び話しかけると、やはりそっけなく返す。読んでいた本、くたびれた図鑑からは目を全く話さない。

 

「何の?読めない文字だが…」

 

「新呉出版、ミュータント図鑑の携帯版、日本語です」

 

「日本語?日本語を読めるのか?」

 

「少し、まだ辞書が必要ですけど」

 

FNCは読み比べしていたもう一つの本を取り出す。日本語翻訳辞書だ、わからない文字はこれで翻訳していたらしい。

 

「辞書?言語インストールか翻訳ツールを使えばいいのでは?」

 

辞書をしまうFNCに疑問を感じたのか、ブレンの部下の一人であるG3が声を上げる。

 

「翻訳ツールやインストールは電脳を圧迫しますし、このほうが覚えられますから」

 

「覚えるんですか?自力で?」

 

「…何か問題でも?」

 

FNCの視線がG3に向く、無関心な彼女が初めて見せた返答だ。少し不快という形であるが。

 

「いえ、その、そういう人形の方は初めてで」

 

「そうですか」

 

それだけ言うとFNCは再び図鑑に目を落とす。再び車内に沈黙が満ちた、G3はやってしまったと肩を落とす。

ブレンがうまく会話の糸口を見つけたのに、それを自分の不用意な割り込みで不意にしてしまったと思ったのだ。

 

「ブレン、あいつほんとに大丈夫か?わざわざ辞書だなんて、おかしいだろ」

 

「おい、やめないか」

 

「だって普通は翻訳ツールか丸ごとインストールでしょ、早いし、楽だし」

 

AA12のいう通り、戦術人形は必要とあらば様々な国の言語をインストールすることができる。翻訳ツールもそれと同じだ。

データー容量は確かに大きいが、それでも電脳を繋いで少し寝ていれば終わるのだ。

そうすれば辞書を持ち歩いていちいち調べて覚える、などという人間のようなことをしなくてもいい。

起きたころには日本語を読めるし喋ることもできる、熱心に読んでいる図鑑ももっと理解できるのだ。

 

「…もしかして、電脳に何か故障あるんじゃない?ほら、ネゲヴ小隊の隊長は少しアレっていうし」

 

ゴシップ好きなMDRの耳打ちにブレンは思わずドキリとする。が、FNCは特に気にした様子もなく図鑑を見つめるだけだ。

聞こえていないはずがない、おそらく聞こえたうえで無視しているのだろう。

 

「U05基地ってさ、壊滅した基地の生き残りばっかで構成されてるって話だ。あいつもそういう生き残りだろ?

きっとどっかで電脳がおかしくなってんじゃね?だから覚えらんないとか、あの性格だって疑似感情モジュールおかしくなってんのかも」

 

「MDR」

 

「あんただって薄々感じてんだろ?絶対なんか変だって。そもそもあいつ、ダミーすら使わないで一人でやるってことも変じゃん」

 

そういわれるとブレンも頷かざるを得ない、このFNCは最初から変わり者であることを隠しもしない。

物静かで素っ気なく、失礼にならない程度に対応して穏やかに距離を取り壁を作る。放っておいてほしいと言わんばかりだ。

自分たちの指揮官にさえ最低限の受け答えをするだけで、ご機嫌取りの一緒に出されたお菓子にも目もくれない。

仲間のステンとのやり取りで見せるよく知る彼女と今の彼女、まるで二重人格のようだ。

 

「…来た」

 

「は?」

 

おもむろにFNCが顔を上げ、本をしまうと自分の銃を手に取って弾倉を確認し初弾を装填する。

その素早い動作にブレンは制止する暇もなかった。FNCはトラックの後方に首を出し、周囲を確認してから首をひっこめた。

 

「ま、まだ命令が来ていませんよ!?」

 

「しりません、みんなも準備したほうがいいですよ」

 

FNCが銃にバイポッドとACOGサイトを取り付ける。その瞬間、トラックの車体が爆音とともに大きく揺らいだ。

 

≪て、鉄血の攪乱部隊!ジャガーからの砲撃、かなり近い!!≫

 

「鉄血の攪乱部隊か!?」

 

運転手を務めるG17の悲鳴のような報告にブレンは唇をかむ。

 

「指揮官に通信をつなげ!」

 

「了解、こちら補給部隊、指揮官、応答を!」

 

「U05ブラボーチームより通信。我、鉄血残存部隊を確認、ジャガー1、マンティコア2。輸送本隊後方300メートル」

 

「はぁ!?何その中途半端な数と位置!!?」

 

FNCからの報告と同時にジャガーからの砲撃が着弾し、トラックが揺さぶられる。

グラグラと揺れる車内でFNCは片手で姿勢を器用に支えながら、飛んでくるジャガーの砲撃の方向を見つめた。

 

「連中もミュータントにやられてる」

 

「なんだそれは?」

 

「鉄血の人形もE.L.I.Dからしたら餌、生体部品を使ってる人型タイプは食われたんだと思います。

ジャガーとマンティコアはその生き残りだと思う、たぶんルーチンに沿って攻撃して来ただけ。ブラボーがやるでしょう。

それよりも厄介なのが来ました、6時よりE.L.I.D、犬型、K9、高速接近中」

 

「おいおい、嘘だろ!!?」

 

ブレンは揺れる車内で姿勢を立て直しつつFNCの横から顔を出す。

ぬかるみのある道を時速50キロで飛ばす車列の後方から、全力疾走で追いかけてくるK9の群れが見えた。

ブレンの横から顔を出したMDRは狼狽した様子で慌てて自身の銃を手繰り寄せる。

その手はいつものMDRらしくなく少し震えているように見えた、慣れない相手で緊張しているのだ。

E.L.I.D相手となると種類によっては実弾式の銃は効果が薄い、今まで多くの戦場を潜り抜けてきた自分でもたやすくやられるかもしれない。

 

「ほんとに出やがった!お前の部隊は何してんだ!?」

 

「アルファ、ブラボーの後に別の群れが来ただけ、総数8、数が合わない。K9だけで構成されてる」

 

「じゃぁここら辺いっぱいいるのか?冗談じゃねぇぞ」

 

「多分小規模の群れが複数。K9は群れで行動します、どこからか流れてきたとみるのが妥当です」

 

「よし私も援護しよう」

 

ブレンは押元に置いていた銃を手に取り、弾倉を上部に取り付けて初弾を装填する。

 

「いいえ、少し待ってください」

 

「しかし、少しでも火力があれば牽制になる」

 

「今動きが乱れると厄介なんです」

 

どうするつもりだ、そう問いかけようとしたブレンの目の前で、FNCは指揮官の命令を待たずに引き金を引いた。

FNCの正確な単発射撃は確実にK9を捉えていて、回避行動をとるK9の周囲か体にあたって弾かれる。

E.L.I.Dの体はコーラップスにより変異しており、肥大化して硬質化した皮膚は装甲と言える硬さを持つ。

ただ撃つだけでは凶暴化したK9は気にも留めずに追いついてくるだろう。

やはり自分も、とブレンはFNCの横で銃を構える。その時、大口を開けて走っていたK9が口から血反吐を撒き散らして倒れる。

激しく地面に叩きつけられて動かなくなるK9、ブレンが驚いているとさらに1体が口から血反吐を撒き散らす。

 

「倒した…まさか口を撃ったのか!?」

 

「K9のウィークポイントは目や口、そこまでは装甲化されてないので」

 

「そっか、そこまでやったら食べらんないもんね」

 

MDRの言葉にFNCは頷く。

 

「それに体の中はただの肉。撃ち込めば後は勝手に弾が暴れてくれます」

 

FNCは答えながらもACOGサイトで狙いを定めながら射撃を続行する。

移動しているトラックから小回りの利くK9の口を正確に撃ち抜いたのだ。

 

「でも一発じゃ無理です」

 

「だろうな」

 

最初に倒れた一体はラッキーヒットだったのだろう、次々とFNCの弾はK9の口を撃ち抜くが、血反吐を吐いて転がってもすぐに起き上がってくる。

ふらついており、速度も心なしは遅くなっているので有効ではあるが火力に欠けているようだ。

 

「やっぱり距離が…ブレンさん、もう少し脅したら援護射撃をお願いします」

 

「構わんが、いいのか?」

 

「もう少し叩けばヤツラもこの車はやばいと思い始めるはず、迎撃が激しくなれば引くでしょう」

 

「E.L.I.Dを追い返す?そんなことが出来るのか?」

 

「ミュータントとはいえ、野生の獣、逃げるときは逃げますよ。せん滅は仲間に任せます、私たちはこの車列を前線に届けましょう」

 

FNCは古い隊内無線機のプレストークを押した。U05部隊の全員が持っている、グリフィンのネットワークとは独立した個別の通信だ。

 

「ステン、突破するよ。前のは任せた」

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

やりがいがない、トラックの荷台からK9の口や目を狙って引き金を引きながらFNCは内心で何度も感じた不満をこぼした。

対ミュータント部隊の初戦というべき今回の任務だが、一緒にいてほしい、見ていてほしい彼がいないというが不満だ。

ましてや他の基地の指揮官や部隊の人形たちの中に少数で放り込まれること自体あまり好ましくない、仕方ないとはいえ嫌なものは嫌だ。

一緒にK9に向けて銃撃するブレン、G3、MDR、AA12とは初対面で色眼鏡をかけるのは悪い事なのだが、やはり信用できない。

外面やうわべでは仲良くしていて、内心ではどうなのかはわからない。それは人間でも人形でも変わらない。

前の基地もそうだった、U08基地の指揮官とは相性が悪くて厄介者扱いだったが仲間の人形は違うと思っていた。

目つきは怖いが面倒見のいいG36、お姉さんな95式、元気な妹97式、プロ思考のリー・エンフィールド、ほかにも多くの人形がいて、その中で仲良くやっていたと思っていた。

でも殿を押し付けられた時に、かばってくれたのはステンだけだったのだから笑うしかない。しかも彼女も結局巻き込んでしまった。

指揮官の命令だから仕方ない、最初はそう思う事にしようと思った。けれど仲間だと思っていた彼女たちの目を見て、感じてしまった。

仲間たちの目が、自分じゃなかった、あの子じゃなかったという安心感ばかりで自分への心配の色がなかった。

結果としてそれが功を奏して生き残った、殿として前線に囮配置された直後に撤退作業のさなかだった基地が攻撃されて落ちたのだ。

自分たちも追撃されて死にかけたが、そのおかげでU05基地の彼らに拾ってもらえたのである。

 

(孤立無援は慣れてるけど、これなら単独任務のほうが楽だよ)

 

フランも無茶言うよね、仕事だから仕方ないけどさ。FNCは銃の弾倉を取り換えながら内心毒付いた、とはいえフランも仕事だから仕方ないことだとわかっていた。

フランは信用している、けど周りにいる人形たちが違う。きっとピンチになれば彼女たちは自分を見捨てるだろう、そうでなくてもU03の指揮官がそう命じるだろう。

そうなれば仕方ない、ステンと合流して近くの仲間のところに逃げるだけだ。それまでは一緒に居よう。

仕事はする、今も手抜きはしていないがそれでも消化不良な感じがしてつまらない。

K9の追撃が少し激しくなっており、ブレンたちの銃撃を自慢の装甲でガンガン弾いて迫ってくる。

手榴弾も投げ込まれるが、高速で移動しているため距離感が狂い後方で起爆するものが多く有効打にはならない。

うまく足元に転がった手榴弾も、K9が素早く飛びのくのであまり効き目がない。

 

(指揮官、早く帰ってこないかな)

 

車内に飛び込んできたK9の首筋を横殴りして軌道をずらして荷台にたたきつけ、バックアップのM29マグナムリボルバーを口の中に突き付けて発砲。

K9を確実に仕留めた、彼がいればきっとあとでほめてくれる。でも今はどうだ、ブレンたちの目は驚きこそあれどほめるような色はしていない。

戸惑い、それと恐怖だろうか、彼女たちの目からはそれが感じられる。

 

(なんだよ、もー)

 

ただE.L.I.Dを殺しただけでそんな目するのか、こうして倒せる相手じゃないか。

何が怖いというのだろう、そもそもE.L.I.Dによるミュータントは彼女達だって知っているだろうに。

仕留めたK9から装甲化された尻尾をナイフでちぎり、足元に転がしてから口にM61手榴弾をかませて首根っこをつかんで放り出す。

K9とトラックの中間あたりでピンを抜いたM61手榴弾がさく裂し、追ってきたK9の目の前で仲間の首が吹き飛ぶ。

頭のいい個体に率いられているならこれでわかるだろう、このトラックには自分たちを殺せる敵が乗っていると。

私は殺せる、今までさんざん食ってきた人間や人形とは一味違うぞと示して見せた。

これでビビって逃げれば楽、早く帰ってお菓子食べたい、そんな風に考えながらFNCは明らかに挙動が乱れたK9に追撃した。

 

 




あとがき
なお、任務は損害なく無事に終了した模様。というわけで第15話、遠征隊期間前の一幕。うちのFNCちゃんと基地のことを少しやりました。
今回登場したE.L.I.Dはオリジナル、詳しくはミニ解説にて。ちょうどいい奴が出てこなかった…
FNCちゃんは二面性があって同じ基地の仲間とか気を許せる相手だと見慣れたFNCですが、それ以外だと大人しい物静かな感じになります。
暇になるとお菓子じゃなくて本に嚙り付く、もとい読んでるFNCです。放っておいてほしいので失礼じゃないけど素っ気ない感じ。
仲良くなるにはまず警戒心をほだしていく心を開かせましょう、そうすれば少し知的ないつものFNCになります。
まぁつまり、一度捨てられちゃってるから人形にも人間にも警戒心バリバリなのですよ。なおステンちゃんも表に出ないだけで同様だったりする。





ミニ解説

K9
出典・オリジナル
コーラップスに汚染されて変異した犬。
変異には段階があり、変異初期のただの狂犬、中期から後期はゾンビ犬、完全に変異すると全身装甲犬となる。
完全変異するまでは通常の実弾でも対処可能。変異により回復力と耐久性がある、また機動性に富んでおり背格好も犬なので狙いづらい。
脚力も強化されており、不整地やぬかるんだ道でも得意の4足走行で時速70キロの速度で長距離を突っ走る。
確実に当てるというよりも撃ちまくって弾幕で殺すことを心掛けるか、散弾を撃ち込むのが無難。
完全変異すると外皮が装甲化されて旧式装甲車並みの装甲となる。その状態でも機動性と速力は変わらない。
見かけは肥大化してたるんだ皮膚がカチコチに固まったフルアーマー、皮膚が硬質化するため見た目に個体差がある。
殺すには対物ライフルや対E.L.I.D用徹甲弾を用いて戦うか、駆動部など装甲の隙間を狙う必要がある。
また仮にそれができたとしてもE.L.I.D化による肉体回復力と耐久性で、多少の被弾では死なないため非常に手ごわい。
その厄介な機動性と耐久性から、完全変異したK9の群れは正規軍の歩兵部隊の天敵の一つになっている。
なお非常に凶暴だが野生の本能を失っているわけではないので、興奮状態や飢餓状態などでなければ火を恐れる。
また戦闘状態に陥っても、群れを半壊させるなどで自分より獲物のほうが強いと思わせれば追い払うことが可能。



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第16話・遠征隊の帰還

今更ながら明けましておめでとうございます。新年だけど通常運行でお届けします。


U05基地には滑走路を含めた大き目の航空設備がある。かつてリゾート施設だった頃の名残で、一本だけであるが金持ちが道楽で使う航空機を見栄えよくするために大きくかつ見栄えのいい立派な滑走路と併設されたヘリポートだ。

鉄血の崩壊と暴走によってこのリゾート施設が放棄された後、整備する人間もおらず人形たちもスリープ状態になってからは風化するに任せていたが囮基地として使われていた間も偽装のためのアクセントとして復旧。

のちに笹木一家が自家用機の一式陸攻を持ち込んで、修理の傍らで好き勝手に整備して使用可能な状態を維持し続けていた。

そんなぼろい廃墟じみた滑走路は基地の改修工事において拡張工事をなされた場所の一つだ。

併設されていたヘリポートは二つになり、ヘリ用のハンガーも大型化され配備されたV-22やCH-47Eなどを収容しても十分な余裕を持っている。

滑走路も延長されて新品同然になり以前はなかった駐機場を増設され、隣接するハンガーも立て替えられていて新品同然だ。

笹木一家が根城にしていたハンガーも改築され、彼らの要望通りの部屋数と居住スペースを2階部分に設けたものとなりかまぼこ上の見栄えもいい立派なものとなった。

その新品同様の駐機場は、これからこの滑走路を使い倒すであろう新しい機体が駐機され、荷物と人形たちでごった返していた。

単発機と中型双発機がそれぞれ2機ずつ並び、機体内部に詰め込んだ荷物をどんどんと下ろして仕分けしている。

それを後方支援要員の人形達や仕事を振り分けられた戦術人形たちが受け取り、指定さられた倉庫や保管庫、あるいは個人の元に届けられている。

 

「しーしょー!!お帰りなさぁぁぁい!!」

 

「おっと」

 

「あばぁ!?」

 

その傍らでは、帰ってきた遠征隊を歓迎する仲間たちの姿がある。ナガンM1895の帰りを心待ちにしていたSOPMODⅡはダイビングハグを敢行し、両手が荷物でふさがっていた彼女にあっけなくよけられて土を舐めた。

その一部始終を見ていたM4A1が両手で顔を覆い、M16A1は愉快そうにくすくす笑う。

痛そうに起き上がるSOPⅡを見かねたHK416が服をはたきいてケガはないか問う、彼女がさりげないオカン力を発揮するのもいつもの光景だ。

 

「こはくーそこは抱き留めてあげなきゃだめでしょー」

 

そこに通りがかったコルトM1911が同じように荷物を抱えたまま苦笑いする。

 

「え、儂が悪いの?避けるじゃろ普通」

 

「ひどいよししょー!」

 

キョトンとするナガンM1895、それを見てますます面白そうな顔をするM16とやれやれと肩をすくめるM4。

地面に座り込んだままのSOPⅡが抗議するがナガンM1895は全く気にする様子はない。

その要素を傍らに見ながら人込みをかき分け、非番だったイングラムM10とスコーピオンVz61は二機に増えた見慣れた機体をすぐ近くまで来て見上げていた。

 

「グリフィンマークの陸攻ってなんか変な感じ」

 

「まさか、本当にこんなことになるなんて、願いとは叶うものですね」

 

笹木一家の自家用機とは別の一式陸上攻撃機を見上げながらイングラムM10は怪しく笑う。

グリフィンの識別マークが描かれた一式陸攻に乗り込み、ナパーム弾をばらまきたいという欲望が彼女のなか渦巻いていた。

かつて窮地を笹木一家の一式陸攻に救われたことがあるイングラムにとってこの機体は憧れがあった。

 

「機銃が全部20ミリですね、オリジナルは7.7ミリのはずですが…」

 

「使い慣れてたほうがいいだろ?」

 

聞きなれた男性の声にイングラムが振り向くと、最近は見慣れたサバイバルスーツ姿のままの奏太が気軽に笑っていた。

荷物運びを統括しているようで、片手にクリップボードに挟んだ書類とにらめっこしながら無線で逐一指示を出している。

彼の隣にはM14も控えていて、同じようにクリップボードを抱えて目録を見ながら逐一書き込んでいた。

 

「指揮官、お帰りなさい」

 

「もう訂正する気にもなんねぇ…」

 

「私もそう呼ぼうかな?しっきかーん♪」

 

茶化すM14を奏太からの反撃チョップが額にヒットする、けらけら笑ってるので痛くはないらしい。

彼は自分が指揮官と呼ばれることを嫌がるが、こればかりはもうどうしようもない。この基地の人形たちにはすっかり彼が『指揮官』として定着してしまっているのだ。

かくいうイングラムも、彼を今更名前や名字で呼ぶのには違和感があって変えられない。

 

「ただいま、長く留守にしちまって悪かったな」

 

「いいえ、ところでこの機体はいつでも飛べるんですか?」

 

新しく配備された機体は無理だが、一式陸攻に限って言えばこの基地の全員が飛ばすだけならできる。

囮基地時代から彼らが懸命に修理している後ろ姿に興味を持たなかったものはこの基地にはおらず、そこから一度は操縦席に座って操縦のレクチャーを受けていた。

暇つぶし程度の軽いものだったが、彼らの実体験を土台にした実戦的なメニューと修理中とはいえ本物のコックピットで操縦桿を握って行われるレクチャーは魅力がたっぷり詰まっていた。

 

「整備すればいつでも、M3に頼めば喜んで飛ばしてくれるだろ」

 

そのレクチャーを熱心に受けていたのはほかでもないM3グリースガン、この機体をこの基地まで操縦してきたのも彼女だ。

 

「俺たちがいない間に何か変わったことは?」

 

「特には…あ、AR-15の制服がオリジナルと同型になりそうとか」

 

「あいつ嫌がりそうだな」

 

U05基地のAR-15は基本装備の服はオリジナルと違う学校の制服を改造したもので、細々改造しているが大まかには大差がないほかのSPAR小隊メンバーと比べると一目瞭然なのが特徴である

これは本人があまりオリジナルの服装を気に入っておらず、かといって自前の装備を買う金もないので手近な廃墟をあさって気に入った服を改造して使い続けているからだ

いつも着ている学生服も放棄された服屋から回収したものを改造した物で、彼女曰く使い勝手がいいらしく予備も豊富なので一番のお気に入りである。

 

「あのスピーカーが好みじゃないのよ、邪魔だし」

 

「噂をすればか、ひさしぶりだな」

 

「お帰りなさい指揮官」

 

噂をすれば影とでもいうのか、奏太の背後にAR-15がどこからともなく表れて気軽に手を振る。

彼女の言うスピーカーとは、アクセサリーのついたタイの事だ。

何を思ったのかオリジナルのAR-15はただでさえ邪魔なそれをスピーカーに改造していて、ダミー人形のタイと無断で交換していったらしい。

その被害にあったのがほかでもない、目の前のSPAR小隊となった元ダミーのAR-15なのだ。

交換された彼女もそれを気付いていなかったのが後々被害を招いてしまったのでとことん嫌がっている。

 

「指揮官、さっそくお願いがあるんだけど―――」

 

「VR訓練用のデータだろ?この後はフランのところに行かなきゃならないから、そのあとでよければ」

 

「当然、最新版よね?」

 

「ノサリスの生データかな。あとはスノークにデーモンか、FAL達のデータをコピーしてからになるけど」

 

どうやら戦術人形用のVR訓練プログラムがアップグレードされるようだ。

U05部隊用に対ミュータント戦や汚染地帯探索用のプログラムが追加され、基地に合わせたカスタムがされるらしい。

一部のミュータントや地形には、今回同行したFALや一〇〇式達から得た本物のデータも使用される実戦仕様だ。

 

「FAL達、確か集中メンテ中だよね?大丈夫なの?指揮官」

 

「死にはしないがしばらく療養なのは間違いない。最悪体を丸ごと取り換えるって言ってたし」

 

彼らについていったグリフィン人形たちは全員が現在集中メンテナンスの真っ最中だ。

メンテナンス担当によれば部品の消耗は想像以上で、精密部品や電子部品は特にひどく痛んでいたらしい。

EMPの残滓やアノマリー発生地帯特有の異常力場に長時間さらされ続けたせいだと予想されているが、詳しいことはまだわかっていないので担当者も詳しくは話してくれなかった。

 

「大丈夫かしら?」

 

「彼女たちなら大丈夫でしょう、指揮官がついてたんですし」

 

「そうね…あ、そうだ指揮官、できれば新装備を自分で触ってみたいのよ。使い方を教えてくれないかしら?」

 

「あ、それ私もやりたい!」

 

「私もです」

 

彼らが人類生存可能圏外から持ち帰ってきた装備の多くは、グリフィンの基本訓練にはないものばかりだ。

無事だった彼らの装備を借りたり、話も多く聞いてきたが自分の目で見て、手で触って使ってみてこそ本物を知ることができる。

普段使っている銃火器にも改修キットを用いで回収されるのだから、それに合わせてすり合わせをしておくのが効率的だ。

なにより向こう側の生の話を多く聞けるチャンスである、逃さない手はない。

奏太は少し考えてから首を縦に振る。また楽しくなりそうだ、そう思うとイングラムは思わずにやけ顔が止まらなくなった。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「というわけで、午後4時に訓練場を借りたいんだ。直前で悪いんだが許可をもらえるか?」

 

「構わないわよ、部屋は開いてるから。」

 

何言ってるんだこいつは?フランは書類を提出した奏太に新しいIDカードを渡しながら答えた。

基地の中枢となっている事務室、その室長スペースの机に座ったフランは副官のドリーマーを従えて、奏太たち3人を迎えて報告を受けていた。

コルトM1911とワルサーP38も彼の後ろで様変わりした事務室を興味深く見まわしている。

今まで放棄されたホテルの事務室をそのまま使っていたのが、一気に近代的なオフィスに様変わりしたのだから当然だろう。

どうやらこちらに来る前にイングラムやAR-15達と装備の訓練をする約束をしたらしい、向上心があるのは良いことだ。

 

「というか勝手に使っていいわよ?別に予約が先に入ってるわけでもないし」

 

「勝手に施設を使うわけにはいかないだろ、契約してるとはいえ部外者だぞ」

 

「部外者でも仲間でしょ、基地の施設は前みたく自由に使っていいから。その新しいIDカードも指揮官権限になってるからなくさないでね」

 

「返す」

 

「持ってなさい」

 

「ゲストIDにして制限をかけてくれ、俺達はただの雇われだ」

 

「指揮官がゲストIDじゃ示しがつかないの、ほかのみんなも納得しないから、おねがい」

 

仕事人の顔になってIDカードを突っ返す奏太に両手を合わせて拝む、ここで彼をただの一部隊扱いするのは簡単だがそうなれば所属する人形たちに不信感を与えてしまうかもしれない。

彼らの割り切りと分相応な身の振り方は正しいが、基地の戦力である彼女たちとの関係を壊したくない。

彼はこの基地における前線部隊のまとめ役であり、実質この基地の指揮官でいてもらうのが人形たちの運用面でもベストなのだ。

書類上はもう基地の長はフランだが、自分はどうやっても後方支援や事務処理のほうが向いていて作戦指示などは彼に大きく劣る。

戦術人形への作戦指示や戦術的思考、咄嗟の判断力やひらめきといった面では笹木奏太のほうが適任だ。

 

「…前線指揮官依頼、報酬増額10%」

 

「3%」

 

「5%」

 

「商談成立、持ってて頂戴」

 

奏太は差し出したIDカードを懐にしまう。あくまで仕事だから受け取る、ハンターとしての落としどころらしい。

報酬も最初は吹っ掛けていたが結局は半額で、それも結局は微々たる増額に過ぎないのも彼なりに思うところがあったのだろう。

その証拠に、先ほどまで仕事人の顔だった彼の表情は柔和なものに変わり実に困ったような苦笑いを浮かべていた。

 

「あとでどうなっても知らねぇぞ?お前がクビになるところは見たくない」

 

「できるもんならしてみろっての、こんな化け物だらけの場所に来たいっていう人間がいればね」

 

その点でいえばフランは上層部に対して結構強気でいられる、元々辺境の木っ端囮基地に配属された窓際出身なので昇進や栄転などには縁がなく自身も無関心だ。

ただその日を暮らせて、お金が貯められて、それでいて面白ければ何も言うことはない。この基地はまさにそれだ、騒動はあれど退屈しないし実入りも良い。

多少危険だがPMCなんていうのは往々にしてそんなもの、一度や二度の戦闘で泣き言をいうような軟な精神をしてはいない。

たとえこのことを嫌味な上司に見とがめられようが、ここではそれが最良だと考えたとフランは強気で言い返すつもりだ。

そのうえこの基地の担当は鉄血だけでなくE.L.I.Dやミュータントがうようよいる汚染地帯だ、死ぬどころか自ら化け物と化す生き地獄の危険性すらある。

そんなところに行きたがる人間はPMCであってもなかなかいない。

 

「さて、見てのとおりよ?箱はできた、あとは中身。首尾はどう?」

 

すでに彼らが帰還する前に任務が入り、危なげなく終わっているがそれがずっとできるかと言われれば答えはNOだ。

これから先は鉄血だけでなくミュータントなどの化け物を相手にしていかなければならない以上、使える手段は何でもやっておきたい。

その点でいえば、そういう戦闘の経験者である彼らを手元に置けるのは極めて重要だ。

 

「装備はできるだけ持ってきた。持ってこれなかった分はアウトーチに保管してもらってる、次の遠征で全部持ってくるよ」

 

奏太が提出した武器装備類の一覧にフランは目を通す。対E.L.I.D用の武器弾薬類や装備がずらりと並び、見慣れない装備も山ほど記載されている。

その中でも目立つのは時代錯誤なレシプロ戦闘機と爆撃機だ、まさかこの時代になって第二次大戦の機体を扱うとは思いもしなかった。

今回持ち帰ってきたのは三機、艦上戦闘機二機、陸上攻撃機一機である。

 

「赤とんぼってのはなかったのかしら?」

 

「在庫がなかった、代わりにできるだけ良いのを買ってきた。五二は足も長いし挙動も素直で扱いやすい」

 

彼曰く、零式艦上戦闘機五二型を選んだのは航続距離と扱いやすさだ。広大な海上で空母運用されていたこの機体は足が長く、機体の機動性も素直で軽快な動きを見せる。

新造された際の機体強化などの強化改修で欠点を減らしており扱いやすい機体で、エンジンも整備がしやすい初心者向けらしい。

一式陸上攻撃機は爆撃、偵察、輸送と多目的運用が可能でかつ基地の人形たちも馴染みがある故に最初から購入が決まっていた。

 

「よくこんなに一気に買ってきたものね…まさか安物とか言わないでしょうね?」

 

「幸い、お金は潤沢でしたから全部新品ですよ。機体に関しては太平洋連合製の良いヤツです」

 

P38の言う通り、購入した機体は他国の正規軍からの払い下げ品だ。

ハンターオフィスと太平洋連合兵站部の正式な署名付き保証文書もそろっていて信頼できる。

さすがだと思う反面、笹木一家の顔の広さには驚かされる。やはりグリフィンは意外な人材を拾っていたのだ。

 

「最終的には戦闘機5機と攻撃機1機を予定してるけど問題はどう錬成するか、あなたたちに頼める?」

 

現状、即戦力となるのは一式陸攻のみだ。戦闘機の操縦は一から担当を決めて覚えてもらうしかない。

 

「基本を一通りくらいなら、ですね。私たちは陸攻を使ってますけど基本は陸戦部隊です。うちのも基本は移動用ですから」

 

「飛ばすだけならみんなできるけど…戦闘機は奏太の担当だね」

 

「昔取った杵柄だけどな、さすがにプロとはいかない」

 

「それで構わないんじゃないかしら?こっちもそのつもりだしね。普段は移動用よ、戦闘機のカバーがあれば多少危険な航路も使えるんでしょ?」

 

戦闘機の先導と護衛があれば輸送機の安全性は高くなり、危険な航路でもある程度対応可能になるので移動ルートの幅が増える。

編隊行動をするので敵の狙いを分散させやすく、攻撃を受けても戦闘機で迎撃して時間を稼いだり逆に撃滅することも可能なので安全性が段違いだ。

 

「そうですね。内地の航路もそうですし、外地の方も戦闘機付きの攻撃機一機程度なら狙われにくいです。

アノマリー探知機も付ければあのルートの先導機も可能なので…朝霞までの最短コースが使えますね」

 

「クーロン経由で最短三日か、依頼の幅が大分増えるな。朝霞にも帰りやすい、か」

 

「それなら良いことづくめじゃん。みんなに朝霞を見せてあげたいし」

 

M1911がうんうんと頷く。こういう話をしていると、彼女たちはどうやっても圏外で暮らすものだと認識させられてフランは少し寂しく思えた。

 

「そうだ、あなたアメリカに行ったことがあるのよね?ボルトテックって聞いたことある?」

 

ドリーマーが軽い調子で聞いた途端、奏太たちの視線が鋭くなって彼らの手がホルスターや刀の柄を握った。

心臓が縮こまるような空気が彼らからほとばしり、一挙一動すべてを睨まれているような感覚に陥る。

どうやら彼らの中のスイッチに触れてしまったようだ。受け答えを間違えれば彼らは容赦しないだろう。

ホルスターの拳銃を今にも抜きそうな空気を隠さず放つコルトM1911は、詰問するような声で問いかけた。

 

「それどこで?ここじゃ話してない、この基地で知っている人間はいないはずだよ」

 

「あ、R08基地の指揮官から聞いたの、ほら、あの59式指揮官の!」

 

「彼女から?確かに装備はアメリカ製が多かった…詳しくお願いできるかな?」

 

M1911は笑みを捨て真剣な面持ちで先を促す。その言葉と目にフランは背筋に嫌なものを感じた。

笹木一家のこちらを探るような眼がフランとドリーマーを射抜く、雇われとしての目、ハンターとしての目だ。

それもこちらを敵か味方か見極めている容赦のない冷たい目、もし敵と認識されれば容赦なく殺されると想像できてしまうほどの。

それはドリーマーも感じたのか、少しもたつきながらもR08基地とのやり取りと送られてきたメールを彼らに見せて説明した。

 

「ボルトテックの技術継承者?なんでユーラシアにいるの?」

 

「居たとしても90wishに吸収されたものと思ってたぞ。ボルト技術者なんて上玉をあいつらが放っておくはずがない、それもこんなところにいるなんて…」

 

「待ってください、これロボブレインの部品じゃないですか?」

 

「ロボブレイン?あ、ほんとだ。おいおい…」

 

「うぇ、ちょっと待ってよ、体作るくらいだから頭も作ってそうなんだけど?たまたまこれが流れてたとかそんなことないだろうし」

 

「勘弁してくれ、思い当たる噂がそこら中に散らばってるんだぞ」

 

奏太たちは資料を睨みつけるように素早く読み込んだと思えば、驚きと焦燥に駆られてすっかり三人の世界にはまってしまった。

3人の発する言葉はいつの間にか日本語になり、フランやドリーマーにはほとんど理解できないものになってしまい声をかけるタイミングすらつかめない。

所々で『ロブコ』や『ゼネラルアトミックス』などといったアメリカ企業の単語が出てくるのでアメリカの話をしているのだろう。

だがこのまま続くと埒が明かなそうな雰囲気をひしひしと感じられる、話を進めたいフランがドリーマーに目配せすると彼女は頷いて二回強く拍手した。

 

「はいはい、エルダーだのファロだの言ってないで説明してくれない?あとここでは共用語で話せ」

 

「悪い、まぁ何というか…ボルトテックはロブコと同じアメリカ国内集中経営の建築業者だ。コーラップスによる災害と戦争の気配をいいことに、奴らはボルトっていう地下シェルターを建築してたんだが…」

 

奏太はそこまで言って少し言いよどむが、小さく息をついてボルトテックの正体とボルトの真の目的を口に出した。

本当の姿は社会実験と人体実験を秘密裏に行うための設備で、まともな避難シェルターは数えるくらいにしかなかったらしい。

核戦争に耐え、コーラップス汚染も遮断し、人類が外に出られる日を迎えるためのシェルターを作っていたのは事実なのだからよりたちが悪い。

そして統括する部門や幸運な一部はそうした運用がなされていた、最初から避難してきた人間で実験をするために作られていたのだ。

建築業者というのもいわば副業で、本業は人権も道徳も知ったことではない実験をしたくてたまらない研究者たちが集まった研究機関だった。

奏太たちもアメリカに行った中でいくつかボルトに潜ったことがあるそうだが、そのほとんどが悲惨な結果と壊滅の状態にあったようだ。

 

「信じられないわ、そんな話、聞いたことがない」

 

「だろうよ、他国とはいえ国がそんなことに手を貸していたんだ。普通は情報規制をかける、国の徹底した鎖国もそれが一因だ。

他の国がやったんだ、うちの国もやったかもしれないってなるのを防ぎたかったんだよ。あの時代に流布されたら今頃どうなっていたことやら」

 

奏太は肩をすくめる、笑えない話だと思った。世界大戦終結直後にそんな話が流れれば国は確実に崩壊していただろう。

今の時代でもそれは同じだ、今の国家というのは難しい立場にある。国家の統制力は未だに弱い、戦争による疲弊とE.L.I.Dなどの跳梁はその回復を妨げている。

それを埋めるように今はPMCが変わって地方都市の運営や行政を委託されているのだ。

しかし国家の存在は衰えたとしても大きい楔といえる、今失われれば世界は戦後よりもひどい混乱の時代になってしまうだろう。

国に認められたPMCという戦力と財力を持つ存在が乱立している状況であれば、それはなおさらだ。

 

「信じるか信じないかはご自由に。それはほんの一部に過ぎない、いろいろあるからな」

 

「一〇〇式やFALが見たあれのこと?」

 

それも一つだ、と奏太はうなずく。彼らに同行したグリフィン人形たちは少なからず異様な光景や現象に立ち会ってきた。

アノマリーだけではないこの世のものとは思えない心霊現象の真っただ中を突っ切り、初めてだらけの県外活動をやり切って帰ってきたがそのおかげで彼女たちはみんなしばらくはメンテナンスに専念しなければならないくらいボロボロである。

 

「今の時代、ああいうたまり場はそこら中にある。知り合い曰く、あの戦争による破壊は完璧すぎた、核の炎は人の世だけでなくあの世までも焼き尽くしたそうだ。

そのせいで死んだ魂の中には行き場がなくて、元の場所に戻ってきてあいつらと通ったような場所ができちまう」

 

「意味わかんないわね、というか誰よそいつ」

 

「ちょっと変わった爺さんだ。案外間違いじゃないかもしれないよ、核が落ちたとき何か変わった気がしたんだ」

 

これはオフレコでな、と奏太は少し茶目っ気を出して片眼をつむり人差し指を一本立てて口の前に立てる。

自分は見たことがない、戦争が起きてすぐにシェルターに避難して戦禍を逃れ、人間の住めるこの場所で学びを得て生きてきた。

だから彼が何を見て、何を感じ、どんな気持であったのかを推し量ることはできなかった。

 

「おかげで私たちもひどい目にあったよ、面白かったけど!」

 

「そのおかげで今がある、というのも皮肉な話ですがね。あるというだけで、詳しい事は何も解明されていないのです。

諸説あれどいまだに多くは仮設の段階で、より調査を進めるためには時間がまだまだかかります」

 

「その依頼も私たちは受けまくってるんだよね、もしかしたら何かわかるかも…とまぁ、それは置いといて」

 

M1911は話を脇に置く動作をして話を切り上げる、確かにこのままではずるずると続きそうだとフランも感じていた。

 

「つまりね、国が外地との接触を極力避けてるのは昔の恥部を丸出しにされてめちゃくちゃにされたくないからなんだよ。

崩壊した国々の重要機密文書とか、諜報記録とか、国家的なのもそうでないのも全部どうぞご自由にってかんじて野ざらしだから」

 

国の最高機密が誰の手でも持って来ようと思えば持ってこれる状況というわけだ、それは国としては何としても阻止したいところだろう。

第3次世界大戦で崩壊した国は数多く、フェイルセーフも何もかもされないままで多く残っている国家機密や極秘兵器の類は随所に残されている。

戦争を生き残った国々から集めた諜報記録なども多く残っているのだ、不確定な情報だからと言って放っておくのも危険な代物だ。

現在の国のトップの議員時代のスキャンダルが飛び出してくるかもしれない、そうなれば国政は大いに荒れる。

 

「ちなみにね、アメリカにはロボブレインっていう汎用ロボがあるんだけど、その中枢って何だと思う?」

 

「普通にAIチップとか電脳じゃないの?」

 

「保存ポッドに入った人間の脳だよ」

 

「…んん?」

 

あっさりとした口調でとんでもないカミングアウトが飛び出したような気がして、フランもドリーマーと同じように自分の耳を疑った。

ドリーマーはきょとんとした様子でかぶりを振り、虚空を見上げると左右の耳を順々に小指で中を軽く穿る。

フランはつい透明なガラスに入ったポッドに浮かぶ脳みそを思い浮かべて鳥肌が立った。

 

「ちなみに向こうじゃ量産化もされててな、そこら中にいる。今度アメリカに行く仕事があったら連れてってやろうか?

暴走してるやつなら持って帰っても文句は言われないぞ、いろいろ保証はしないけど」

 

絶対に行きたくない、フランは全力で首を横に振った。

 

「そうか…なら箱舟計画を追ってみてみないか?」

 

「箱舟計画って、確か巨大地下都市計画っていう…あれは戦中の欺瞞工作でしょ?」

 

「ところがどっこい、バンカー自体はあったのさ。ヤマンタウの麓で知り合いが見つけた、面白そうだろ?」

 

「勘弁して頂戴、まだ次の仕事があるのよ?」

 

そりゃ残念、と奏太は肩をすくめる。彼自身は次の仕事にはあまり興味がないらしく、代わりにP38が問いかけてきた。

 

「どういった内容ですか?」

 

「悪魔狩りよ」

 

フランはファイルボックスから一束の書類を取り出してP38に渡す。S10基地のシーナ・ナギサ指揮官からの作戦協力要請だ。

作戦名は『End of Nightmare』次の戦いも一筋縄ではいかなそうだ。

 

 




あとがき
この世界は世界崩壊要因の満漢全席でお送りします、ろくなもんじゃないからこそ面白い。
後半部分でのお話はFallout4のDLC第一弾とかの話を知ってればわかりやすいかも、グリフィン指揮官には少しなじみ深いかもしれない。
この話の次がコラボ話になります、長かったぜ…





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コラボ番外編2・Operation End of Nightmare

遅まきながら参戦いたします、またもや白黒モンブラン様のところとコラボ。みんな派手にやっているようなのでちょっとお手伝いをね?
時系列的には本編の物資補給が終わって少しのあたりの未来、つまりこいつらほぼ完全体である。
突貫制作なので許して…



パーティークラッカーは鳴った、作戦開始と同時にU05部隊も行動を開始した。

夜の闇に染まった森林の中に車のヘッドライトが次々と煌めき、S11基地へとつながる主要道路に乗り出していく。

多少硬いミュータントを弾き飛ばしてもびくともしない程度に軽装甲を施されたハンヴィー5台、同じく装甲化されたトラック7台。

合計12台からなる武装車列、外部本隊車列、U05部隊の突撃隊だ。

車列はバッテリー駆動故に静かながら、速度を上げて道路を驀進し、基地の正面ゲートを無理やり破壊して基地内に乗り込んだ。

 

「こちらU05車両本隊、基地内に突入。これより作戦行動に移る。以後、部隊コードの使用をお願いします」

 

指揮官排除のための突入部隊が『アルファ』『ブラボー』外周制圧部隊が『チャーリー』『デルタ』航空支援『エコー』『鳳1』『鳳2』

情報統括および指揮補助が『フォックストロット』後方・補給支援隊として『LZ』となっている。

 

≪了解しました、お願いします。≫

 

「了解、チャーリーチーム、アウト」

 

S10基地のシーナとの通信を終えると同時に、上空を見慣れたV-22オスプレイがコンテナを吊るした状態でフライパスする。

 

≪鳳1より地上部隊へ、これより偵察を開始します≫

 

≪鳳2、同じく偵察開始します≫

 

メイド隊のパイロットが操るオスプレイは、大仰に音を立てながら基地上空を旋回して最新の肉眼情報を上げていく。

 

「彼女たちは優秀です、問題ありません」

 

「知ってるわ、でもこんな大作戦じゃ不安になるの」

 

運転席でハンドルを握るメイド長のケイトの言葉にSVT-38はハンヴィーの機銃座に取り付けられた重機関散弾銃『アブザッツ』のスライドを操作する。

そしてすぐさま銃口を建物の中から現れた悪魔に向ける、赤い瞳で死神のような鎌を持った猫背のミイラだ。

悪魔というより死神だな、SVT-38はそんなことを考えながら引き金を引いてスラグ弾を連射した。

誰も何も言わない、だがこれが始まりだ。ハンヴィーやトラックの窓が開き、乗り込む全員の銃口が周囲を睨む。

他の車両にはDShK38重機関銃も搭載されているが、基地内での近距離戦を考え車載されているいくつかはこのアブザッツだ。

 

「ここが私たちのモガディッシュにならなければいいな」

 

車の中から伸びた銃口から次々と撃ち出される銃弾に体を抉られ、砂になっていく悪魔たち。

派手に銃火を撃ち鳴らしながら基地内に突入した車列は予定の道を進んでいく。

 

≪Killter Ichaival tlon≫

 

少し鬱になっていたときに広域通信に載って聞こえてきたきれいな声、S09基地から派遣されたノアという少女の声だ。

次いでS09Pのオスプレイ『ヒポグリフ』から飛び出した人影が翼を展開して宙を舞い、両手に握った20ミリバルカン砲を構えて撃ちまくり始めた。

それだけではない、周辺から砲声が鳴り響き基地に着弾、正確に悪魔たちを消滅させていく。

そのすがすがしさに気分は少し晴れ…る前に霧散した、何が起きた?

 

≪あの子はサリエルかなんかですか!?というかこの砲撃は!?≫

 

≪リホからだ。エコー!事前に言っておいたが変な要塞は撃つなよ!≫

 

≪あの女社長!!?≫

 

ワルサーP38の驚きの声が無線機から漏れる。どうやら上空からの偵察映像を見ていたらしい。さらに状況は動く。

 

≪はぁ!?モハビ・エクスプレス!?なんで!!?≫

 

≪セキュリトロン!!?え?え?なんで?≫

 

≪わ、訳が分からんのじゃァ!!≫

 

M14とコルトM1911、ナガンM1895の困惑した声、車列と少しだけ並走した一輪駆動式の変なロボットを見て目を白黒させる。

笹木一家の話に時たま出ていたアメリカ製のロボット、セキュリトロンだ。

騒がしいが外はもっと騒がしい、かく言うこの大騒ぎの最中もほぼ全員が銃口を外に向けて悪魔たちを撃ちまくりながら進んでいる。

SVT-38もアブザッツの弾倉を新しいものに取り換えて、一発弾と散弾を片っ端から悪魔たちにお見舞いしていく。

最初の弾倉とは違い、今使っているのはスラグ弾とバックショットが交互に入っていて威力と面制圧力をほどほどに両立させているのだ。

多少照準がすれていても散弾が悪魔の体を抉り、爆弾持ちを寄せ付けない。硬い悪魔もスラグの貫通力で強引にあの世へ送る。

 

「アルファ、ブラボー、準備を。周辺警戒を」

 

カレンの一言にさっきまで騒いでいた面々が一瞬で黙る、仕事の時間という事だ。

後ろを見ると軽装甲ハンヴィーから身を乗り出して縁に捕まってしがみついている部隊がいる。指揮官排除に向かうアルファチーム『笹木一家』だ。

タクティカルサバイバルスーツを着込み、ヘルメットに暗視ゴーグルを装着してバックパックを背負ったフル装備で見た目はほぼ特殊部隊のそれである。

ナガンM1895はガリルARを背負って双剣を携え、P38は日本刀、M1911はバトルハンマーを持っているのがそれでも様になっていた。

M14と奏太は、見た目はライフルとバックアップのリボルバーなのであまり目立たない。

 

「アルファ、準備良し」

 

「3、2、1…」

 

カレンが無言で車列の速度を少し落とす、同時に笹木一家は車から飛び降りた。

そのままぐるりと前転で衝撃を殺すと立ち上がり、流れるような動作で暗視ゴーグルを作動させ次々と基地の闇の中へ消えていく。

次いで身を乗り出したのはブラボーチーム『SPAR小隊』だ。彼女達もまたカレンの合図を待ち、無言の速度低下と同時に飛び降りる。

リーダーのM16A1を最初に、M4A1、AR15、M4SOPMOD2、HK416が淀みなく降りて建物内に乗り込んでいった。

 

「両隊の突入を確認、これより目標地点に急行します」

 

「あぁ、任せる…と言いたいが、まずいな。エコー、援護してくれ」

 

視線を車両の進行方向に向けるとSTV―38は苦笑いしてしまった。

車両隊をふさぐように、遠くのほうに悪魔の軍勢が見えていた。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「見えてるよ、これから始める」

 

S11地区、S11後方支援基地上空、高度1200メートル。

G11が乗り込む濃緑色の葉巻のような機体を持つ中型双発機『一式陸攻』は飛んでいた。

眼下で行われる常識外れな戦闘と、常識外れな敵を相手に奮戦する味方や仲間たちを偵察スコープ越しに見ていたG11は小さく息を吸って気持ちを落ちつける。

 

「始めるよ」

 

「了解」

 

機長を務めるメイド隊のパイロット、ミルヤはゆっくりと、丁寧に操縦桿を倒して機体を傾け始めた。

機体が振動し、50度ほど機体を傾けて左横っ腹から突き出た長い銃身を地上に向け、速度を落とし、機体を安定させる。

いい腕だ、M3の代わりをするだけある。偵察スコープをしまい、機銃座に取り付けられた光学式長距離スコープを覗きこむ。

視界は良好、角度良し、スコープを覗きこんだまま首筋の外部接続部分に身代わり防壁を入れたアダプター付きケーブルをつなぐ。

電脳に衝撃を感じると同時に、脳裏に接続確認の文字が浮かび、G11は迷わずYESを選んだ。

 

「戦術データリンク、接続。S09P地区との連動、確認。基地上空計測、確認…システム、オールグリーン。エコーからフォックストロット、お願い」

 

≪フォックストロットからエコー、データリンク確認。ナデシコの情報を送る、目を回さないでね≫

 

銃火で煌めく視界に次々と敵味方識別表示が煌めき、一瞬目がくらみそうになるのをG11は覚えた。

仮説司令部でU05のドリーマー『夢子・ロスマン』が監督するU05仮設指揮所を経由して送られてくる情報量は、普段の物とはケタ違いに多くて正確だ。

S11基地の風速、この空からの風速も計測され、敵の総数も数えている。贅沢な戦場だ、情報量、支援、何もかもが正確で精密だ。

今頃は基地で指揮の補助を担当しているフランも目を真ん丸にしているに違いない。

恵まれているな全く、照準を眼下の外周本隊車列前に展開する鎌を持った悪魔たちに向けながらG11は胸の内に沸いた皮肉に思わず笑みが浮かんだ。

 

「イングラム、スコーピオン、ミルヤ、準備は?」

 

「イングラム、OK。爆撃しちゃえば楽なのに…」

 

「ぶーたれないの、これも練習。スコーピオン、こっちもOK、撃ちまくれ!」

 

「ミルヤ、承知しました。G11様、ご存分に」

 

喰らえ化け物、G11は苛立ちを銃弾に乗せるつもりで引き金を引く。いつものアサルトライフルとは違う重い銃声が3連。

自分が操る狙撃用に長銃身カスタムがされた20ミリ狙撃機銃から放たれた、20ミリ炸裂弾はぶれることなく鎌を振り上げる悪魔に頭上から降り注ぎほぼ一撃で砂に変える。

高度1200メートルから地球の引力による加速も含めた炸裂弾だ、着弾による衝撃は並大抵の装甲では防げない。

照準を変え、再び射撃。さらに射撃と続けると、あっという間に悪魔たちは数を減らしていった。

敵はどうやらはるか上から撃たれているという認識がないらしい、右往左往してから車列隊に突っ込もうとして次々と撃たれていた。

 

≪ナイスショット、このまま頼む≫

 

「了解、いつでも言って。それまでは勝手に撃つから、ほかの部隊にもそういっといて」

 

基地の物陰に隠れている悪魔たちを手当たり次第に撃ち、本隊車列の進路を確保する。

車列は最初の妨害で止まりこそしたが、その後は周囲で暴れる他の隊やS10基地隊のおかげでひどい妨害はされなかった。

おそらく乗り込んでいったギルヴァやブレイク達のほうが優先度は高いのだろう。その周囲に敵の反応が多い。

派手に車列を組んで突入したのだが、外周本隊の作戦は思いのほか順調だ。

 

≪こちらアルファチーム、敵が多い。増やしている奴がいるんだが撃てないところにいる、援護してくれ≫

 

「了解」

 

アルファチーム、笹木奏太からの支援要請にG11は照準をアルファチームの方へ照準を向ける。

どうやら中庭らしい開けたところで敵の集団と鉢合わせしたようだ、ちょうどP38が鎌の一撃を躱し対化け物用九五式軍刀で悪魔を切り裂いている。

ナガンM1895も双剣と振るい、M14が撃ち殺し、コルトM1911のハンマーが悪魔を真上に殴り飛ばす。

消えつつある大鎌の悪魔の死体も見えるので見た限りでは殺しまくっているようにみえるが、確かに殺したそばから増えているのも見えた。

ちょうど施設の屋根上、笹木一家の見えない位置に陣取って鎌持ちの悪魔や爆弾を持った悪魔を召喚している棺桶持ちの悪魔を見つけた。

四方に四人、次々と悪魔を召喚して笹木一家を足止めしている。即座に照準、発砲して棺桶持ちの悪魔を排除。

2体目に照準、発砲して排除。上から撃たれているのに気づいた二体が逃走を図る、一体は排除。

 

≪助かった、前進する≫

 

残り一体は、哀れにも先回りした笹木奏太の目の前に降りてしまった。マチェットで首を貫かれ、至近距離からガリルARで急所を撃ち抜かれて砂となり消えていく。

数が増えなくなり、召喚主が消えた悪魔たちは次々と狩られ、笹木一家は再び建物の中に消えた。

もう安心だろう、とG11が照準を外して新たな目標を探し始めたとき、なぜか広域通信が入った。

 

≪悪いが地獄は満員だ、お帰り願おう≫

 

奏太のつぶやきととどめの銃音で広域通信が切れた、どうやら偶然か笹木一家の誰かが悪ふざけしたらしい。

 

「G11、再装填するからちょっと待って」

 

ちょうど銃弾が切れた、スコーピオンが新しいベルトリンクを20ミリ狙撃機銃に装填する。

 

≪こ、こちら鳳1!!対空砲火を視認、対空砲火を視認!!支援してください!!≫

 

上ずった鳳1の言葉にG11はスコープの倍率を変え、一度基地全体を見渡した。

コンテナを吊り下げたU05のオスプレイ、鳳1が地上から撃ち出される対空砲火らしい奇妙な光弾に見舞われている。

囮として大きなコンテナを吊り下げたまま偵察飛行していた鳳たちはさぞ狙いやすい目標だろう。

その発射地点を見据える、前情報にはない敵だがG11は無線を入れた。

 

「エコーから各隊へ、敵に対空火器…もとい対空術式を確認、注意して」

 

U05全部隊からの了解の声が帰ってくる、同時に鳳1を狙うその悪魔を撃ち殺した。

 

「イングラム、下の様子は?」

 

「データにないのがいる。本庁テラス、倉庫屋上に対空術式視認…あ、戦術データリンクに上がってない、見えてないのもあるわね」

 

相手が悪魔なのだからデータ不足なのだろう。

 

「了解、排除する。イングラム、目視データを上げまくって」

 

「もうしてる。射角外にも対空術式、狙われると面倒ね。アルファ、ブラボー、そちらで近い奴を排除してください。目標をマークしました」

 

イングラムの要請に奏太とM16が肯定を返す。

 

≪デルタからエコーへ、目標地点の様子はどう?≫

 

「変化なし、というかほぼがら空き」

 

≪わぉ…じゃぁ、行くわよ!!≫

 

GOGOGO!!MG34の合図と同時に外周本隊車列は加速、進路上の悪魔をひき潰しながら地上へリポート内に侵入した。

U05外部本隊の車列はヘリポート内の悪魔を撃ち殺し地上へリポートを制圧、次いでその周囲に車を配置して防衛線とする。

ハンヴィーから外部本隊のSVT38、MG34達が次々と飛び降りて撃ち漏らしを制圧し、ヘリポート内の安全を確保する。

チャーリーチームのSVT38、ステンMk2、FN FNC、9A91が倉庫方面に展開し、メイド隊を援護しつつ制圧作戦を展開。

デルタチームのMG34、ゲパードM1、スペクトラM4、IDWは突出し、派手に動いて囮をしながら片っ端から悪魔を殺していく。

ダミーや後方支援に脱出経路や補給線を任せて少数での作戦行動、いつものやり方だ。

周囲の悪魔が外周本隊に気付いて集まり始めているが、その速度はかつて相手にしていた鉄血の進行速度よりは遅い。

 

≪鳳1、コンテナ投下!≫

 

≪鳳2、同じく投下!≫

 

上空をフライパスしたオスプレイ二機から、散々光弾で狙われて焦げ付いたコンテナが落とされる。

何も知らない者から見れば重荷か盾の投棄だ、その中身に入っているものを知らなければ。

コンテナは軽い炸裂音を立てて空中分解、内部に格納されていた即席陣地用の資材を抱えた作業用マンティコアが四つ足を広げて着地した。

作業用マンティコアは作業用アームを唸らせ、背中の資材を一部だけ下ろすとすぐさまヘリポート周辺に防弾壁を田植えのごとく立てていく。

歪曲した凹時の防弾壁にダミー人形たちが配置され、彼女たちの射撃支援で悪魔たちを退けながらヘリポートの周辺を固めていく。

さらにある程度周辺を確保したところで鳳1と鳳2が降下、抱えていた補給物資と装備をすべて吐き出して再び上空へ発った。

U05部隊や、参加している部隊へ補給する武器弾薬などの物資だ。ありふれた物から変わり種までそろえている。

ここまではうまくいっている、そう思っているとイングラムの慌てた声が聞こえた。

 

「G11!あれを見て!!」

 

イングラムが示した先、と一人の戦術人形が錯乱して仲間たちに取り押さえられていた。大剣を持った男性もいる。

 

「デビルメイクライのブレイクとS09Pのヤークトフント?倒れてるのはUSPコンパクトじゃん…何やってんの?」

 

「わからない、無線を聞いたけどトラブったみたい。急に喚きだしたとか」

 

彼女は仮設司令部で人がいる前でいきなり薬を使ったらしいちょっと訳ありの人形だ。

現場に居合わせたMG34曰く、上官である向こうのナガンM1895の説明では持病の薬とのことだ。

G11はヤークトフントの口と意識もうろうとしたUSPコンパクトの口の動きを見て、やり取りがなんとなくだが察しがついた。

USPコンパクトのうわ言、声にも出てないかもしれないそれは『食べないで』『殺さないで』と繰り返していた。

彼女は親しい誰かを『食われた』ようだ。最近のU地区ではあまり珍しくはない、ミュータントの攻勢に耐えきれず基地を失った者はそれが原因で再起不能になってしまうことが多いのだ。

彼女もミュータントあるいはE.L.I.Dによって親しい誰かを失ったのだろう。

 

「PTSD…鬼だね」

 

彼女を送り込んだ指揮官は知っていたはずだ、そのうえでこの戦場に送り込んだのだから確信犯に違いない。

悪魔も見た目からすれば、知らない者からすればミュータントかE.L.I.Dだ。

その姿を見て連想しないはずがない、自分も話は聞いているがミュータントくらいにしか思っていない。

普段から薬を常用しているなら症状はとても重いはず、こんなところに送り込めば悪化するのは目に見えている。

 

「まずい、集まってきてるわ。イチイバルが来たけど…」

 

基地内で暴れていたS09Pのイチイバルが異常を聞きつけてヤークトフントたちの前に降り立った。

あの火力と機動性ならば悪魔をものともせずに味方を助けられるかもしれない。だが確実性はあったほうがいいだろう。

さすがに友軍の危機を見捨てるなんてことはできない。イライラするが、まだ想像の話なのだ。

G11は撤退支援に入ろうとしているイチイバル、ノアの姿を見ながら通信を入れた。

 

「U05のエコーからイチイバルおよびシュヴァルベへ、返答はいらないから聞いておいて。

うちのがもうすぐランディングゾーンを確保する、援護するからヘリポートに向かって、そこなら安全に着陸できるから」

 

ノアが何か言いかけていたが無視し、通信を切る。もしここで彼女たちの指揮官が出てくれば、きっと皮肉で答えてしまうだろう。

それはいけない、これはまだ心にしまっておこう。そうだ、指揮官に相談してみようか。

そうしよう、小さくぼやきながらヤークトフントの進路上の悪魔を狙撃して掃除しつつブラボーに無線を繋ぐ。

 

「エコーからブラボーへ、ヤークトがLZに向かうから少し手伝って。進路が近い」

 

≪了解、損害は?≫

 

「…負傷者1、重度の錯乱を視認、たぶんPTSD。悪魔の格好の的かもね」

 

≪了解…鬼か?≫

 

「鬼だね」

 

はっはっは!と冗談っぽく笑い飛ばしてM16A1は通信を切る。分かってるんだな、自分が彼女たちにイラついてるのが。G11は抑えきれない自分の未熟さに反省する。

 

「G11、言いたかないけど変に拗らせないでよ?」

 

「…わかってる。エコーからLZ、そっちに最初のお客が行く。ヤークトとイチイバル、それからヘリ、お迎えよろしく」

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「了解!聞きましたか、お迎えの準備を急ぎなさい!!」

 

『承知しました、メイド長!』

 

鍛え抜かれたメイド節がメイド隊からこだまする、その歴戦の姿にメイド長、ケイトは心が躍る。だが顔には出さない、今は厳しいメイド長として監督する。

U05基地での仕事は危険な仕事だ、戦場に立ったことは一度や二度ではない。この程度は慣れっこだ。

ランディングゾーンは確保した、防衛線の外は地獄絵図だがこのヘリポートは安全だ。

 

「銃座急げ!悪魔どもが来るぞ!!」

 

「薬はあっちだ、ヤークトが来る!緑のヤツも用意しろ!!そっちの除染剤も忘れるな!!」

 

「チャーリーが戻ってきます、イングラムダミー3は誤射に注意してください!!」

 

「上空にS09Pのシュヴァルベです!誘導急げ!!」

 

「FNCダミー2が弾切れよ!GOGOGO!!」

 

物資の箱を展開し、補給や撤退してきた部隊を介抱するヴィクトリアスタイルのメイド服を着込んだメイド隊は未だに意気軒高だ。

ダミーたちも損傷はなく、火力で悪魔たちを寄せ付けないようにして防衛線を守り続けている。

ケイト自身もキメラ製光学式サブマシンガン『ブルズアイ』を握り、近寄ってくる鎌を持った悪魔に応戦しながらLZを走り回る。

ここのトップとはいえただ指示をするだけではない、考えながら体を動かし、やるべきところで自分のやるべきことをする。

自慢の黒髪のストレートをたなびかせ、左目下のほくろに引っかかる汗をぬぐいながら檄を飛ばして戦い続ける。

 

「うわぁ!」

 

「ホリー!?」

 

防衛線で補給作業に当たっていたメイド隊の一人が悲鳴を上げて、仰向けに転がる。運がなかった、即席陣地の壁が悪魔の自爆で壊れたのだ。

バディを務めていたメイドが装備していたキメラ製特殊アサルトライフル『オーガー』でハニカム模様の黄色いシールド張りつつそのメイドを回収する。

防衛線の即席陣地に居たダミー隊は全滅、しかし陣地が壊れたことで敵を打ちやすくなった。ケイトは即座に悪魔たちをけん制しつつメイドに叫ぶ。

 

「シールドを張り続けなさい!!」

 

「援護するぞ!!」

 

補給に戻ってきたSVT-38が援護に加わり、即席陣地を乗り越えようとする黒いローブの悪魔をハチの巣にする。

その横をすり抜けて一体が陣地内に乗り込んだ、赤いローブの素早い悪魔だ。素早く回避行動しながら迫る悪魔で、照準が間に合わない。

ケイトはとっさにその体にブルズアイのタグを撃ち込み、引き金を引いて赤い小粒の誘導弾を浴びせかけて倒す。

なんとかホリーと呼ばれたメイドを担ぎ上げたメイドが安全域に逃げ込む。その向こう側、壊れた陣地の奥に見える建物からこちらを見据える棺桶の悪魔がどこか悩ましげに見えた。

ケイトはSVT-38に目配せすると、彼女はニヒルに笑って銃を構える。棺桶持ちの悪魔は逃げない、見えてないのか、それとも覚悟を持っているか。

 

「大変恐縮ですが、どうかお引き取りくださいませ」

 

ケイトはかつて栄華を誇った現基地のリゾートホテルで仕込まれた完璧なカーテシーで一礼し、SVT-38に撃ち抜かれた悪魔を見送った。

 

 

 




あとがき
何とか書き上げたぜ畜生…ふふふ、正直作戦に寄与してるかもわからんね。
とりあえず補給及び撤退経路確保はしましたのでお気軽にどうぞ、いろんなのあるよ!うちの連中も好きなように。


焔薙様、ここで今回での扱いを謝罪させていただきます…すいませんでした(崩壊液土下座)
ユノちゃんたちは良い子だよ!うちの子たちが何も知らないだけだよ!うちが悪いんです、許してください!!
…だってそもそもグリフィンへの好感度低いんだもんこいつら(つまり作者のせい)



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コラボ番外編2・Operation End of Nightmare 2

引き続きコラボ回、と言ってもうちの方の一場面的なもんですが。
今回はWarboss様作『Fall out girl』の運び屋さんにも少し触れてます、妄想爆発ですけどねw



進むたびに嫌な空気が濃くなっていく、圏外のように空気が有害なわけではないのに息苦しさを感じるそれにナガンM1895は幾分か辟易していた。

照明が落とされた廊下は暗所が多いが、U05アルファチームの笹木一家は自前の暗視ゴーグルを使って警戒しながらずんずんと進んでいた。

 

「ここか、開けるぞ」

 

目的の場所についた奏太はそれだけ言うとガリルARを肩につるして、ドアのカードリーダーの外枠すれすれにサバイバルナイフを突き立てる。

外で派手に撃ち合っている以上、隠密性を考える必要はなく爆弾で吹き飛ばすほうが早いのは確かだ。

しかし持ち込める爆弾の数には限りがあるし、簡単に開けられるドアをわざわざ吹き飛ばす必要もない。

奏太は音が極力出ないように素早く削るようにして抉り取り、カードリーダーを取り外すと中の配線を露出させた。

そして配線に手を突っ込み、いくつか切断して配線しなおしてから万能充電器のコードを接続してハンドルをキコキコと握る。

想定外の電流と再配線により回線内でショートが発生し、火花が散ると同時にドアが開いた。

ドアを開いた奏太がM29マグナムリボルバーを素早く抜いてドアの向こうに構え、カッティングパイでクリアリングする。

 

「クリア、行こう」

 

M29をホルスターに納め、ガリルARを再び構えて前進する。何も言わずに先頭に立って引っ張っていく姿は逞しくも少し心配になる。

自分の旦那の強さはナガンM1895もよく理解しているし、そう簡単にやられないしやらせないが割り切ることもできない問題だ。

 

「さすがに長物を振り回す、自爆する、棺桶背負ってるじゃ廊下は戦いにくいってか?」

 

廊下を抜けた休憩スペースに出ると鎌を構えた悪魔が3体待ち伏せていた。この程度ならば数の優位もあって苦労はしない。

問題はこの悪魔たちはどこからともなく増援が出てくることだ、棺桶の悪魔がいればその苦労は倍になる。

 

「まったく、こういうやつとはやりあいたくないんじゃが!」

 

「仕方ないでしょう!そういう依頼です!!」

 

悪魔という存在はいるだけで危険だ、わかるものにはわかる気配というかオーラというものを常に発している。

不の感情の塊というべきそれは、人類生存可能圏外で見られるたまり場のそれに比べれば希薄だが気持ちの悪い物には違いない。

もし感覚のチャンネルといえるものが合えば惹かれてしまい、飲まれてしまう。そんな類のものだ。

ずっとそんな奴を相手にしていると気が狂う、そうでなくても感覚が常人と離れすぎて色々見えちゃいけないものが見えすぎることになる。

脳裏に浮かぶ武装したヒッピーのような格好の中年を思い浮かべてしまい、自分はああはなりたくないと心から思った。

 

「よそ見してんな!!」

 

「おっとすまぬ」

 

奏太の警告で我に返ったナガンM1895は悪魔の鎌をスライディングするようにして避ける、やはり悪い空気のせいで集中が途切れてしまう。

いけないけない、ガスマスクつけときゃ良かったか?鎌の悪魔の腕を切り落とし、首を斬り飛ばしながら自戒した。

 

「ダーリン!またあいつ!!」

 

「うわ、あのデカブツまだいるのか…」

 

悪魔たちを斬り払い、廊下の先にあるドアを抜けて階段の踊り場に出るとそこには多く見かける鎌を持った悪魔の上位種の姿があった。

大鎌を持った大柄で逞しい体つきをしており、戦闘能力も高い。すでにこちらは補足されているようで、大鎌の悪魔は獲物を構え威嚇するように唸った。

悪魔特有の気配またはオーラというものか、その唸り声に背筋が凍るような悪寒を覚える。

敵は目の前だが、狭い踊り場とはいえ互いの位置は踊り場の端と端で距離は少しある。周囲は暗く、影も多い。

 

(儂は足じゃな)

 

踊りの影、広さ、配置を即座に頭に叩き込みナガンM1895は、対化け物用九五式軍刀を納刀したP38とアイコンタクトしてからそれぞれ踊り場の暗所に身を寄せる。

銃声が響く、奏太とM14が悪魔に向けて引き金を引いたのだ。さらにそれを援護にしてM1911がハンマーを抱えて突貫する。

5.56ミリと7.62ミリの銃弾は悪魔の体にめり込み、抉って砂を散らすが致命傷には至らない。

奏太とM14の銃撃を受けて悪魔の視線が二人に向き、顔に向けられる銃口に気付いて鎌の柄を上げて銃撃を防ぐ。

その隙にナガンM1895は影を走り抜け、姿勢を低くして悪魔に向けて飛びかかった。

まともには打ち合わない、狙うは悪魔の両足。得意の二刀流で、小柄な体躯を生かして股下を潜り抜けるようにして切り裂く。

次いで別の暗がりから飛び出したP38が詰め寄ってからの一閃、居合による切り上げで悪魔の右腕を切り裂き、保持する力が弱まったところで大鎌を上に蹴り上げる。

P38の蹴りで大鎌は蹴り上げられ、力の入らない悪魔の腕は万歳のように姿勢になった。

 

「おぉぉぉぉりゃぁぁぁ!!」

 

大きく開いた悪魔の胸元、そこにハンマーを抱えたまま最高速度になったM1911のショルダータックルが叩き込まれた。

両足を斬られ、武器をはね上げられてバランスを失った悪魔の体は床に仰向けに叩きつけられる。

咄嗟に受け身を取って起き上がろうとする当たり上位種と言える、だがもうすでに勝負はついている。

起き上がりかけた悪魔の顔面を、ナガンM1895の魔改造リボルバーとP38の拳銃が口を開けていた。

至近距離から撃ち込まれた44口径マグナム弾と9ミリパラベラム弾が悪魔の体を再び地面に縛り付ける。

それでも悪魔はまだ死なないが、二人の銃の弾が切れる事には3人が追撃の用意を終えていた。

その脳天にM1911のハンマーが振り下ろされ、さらに二人と入れ替わった奏太とM14の5.56ミリと7.62ミリも至近距離から撃ち込まれる。

 

(頑丈じゃのぅ…)

 

撃たれたそばから回復していた悪魔はようやく息絶え体を砂に変えていく。その頑丈さにナガンM1895は驚きを通り越して感心した。

頑丈な敵ならばいつものことだが、この悪魔は情報が少なく急所の場所も明確ではない。

急所を撃ち抜くという戦いができないため、文字通り死ぬまで撃つしかない。

この世の生物ではないのだから常識では推し量れないのは分かっていたが、上位種となれば回復力と頑丈さが厄介なくらい強い。

これで大物を殺したのは2体目、強いならばまともに戦わせない形で殺してはいるがきつい状況だ。

 

「だいぶ撃ったな、普段なら大赤字確定じゃ。仕事にならん」

 

弾薬費や装備代はグリフィン持ちとはいえ、普段の感覚からすればとても心臓に悪い。

ナガンM1895は魔改造リボルバーに44口径マグナム弾を補充しながらぼやく。残弾はたっぷりあるが、それは補給をしたからだ。

補給のあてがない普段の仕事や探索であればとっくに立ち枯れしているくらい今回は撃ちまくっている。弾薬はタダではない、装備の修理や武器の補修も金がかかるのだ。

 

「こんな無茶してるんだ、それくらい持ってくれなきゃ割に合わねぇよ」

 

「そうだよ。それに書類仕事と比べたらこっちがマシだしね」

 

「俺を見ながら言うな…」

 

意地悪そうに見つめてニヤニヤするM14のほうを見て、少し不貞腐れた表情をする奏太。

それはそうなのだ、仕事にあぶれないだけマシであるし報酬も割高なのでお得感は確かにあったりする。

やるだけやって成功したけど弾薬費その他もろもろで赤字でした、という心配も少ないいい仕事ではあるのだ。

 

「ほらほら行くよ!まだ仕事終わってない」

 

「ぬぅ…まずはバカを締め上げんことには終わらんか」

 

M14の見つめた先、通ってきた廊下の向こうに追ってきた鎌の悪魔が見える。向こうも必死らしく数が多い、長々とはしていられないようだ。

笹木一家は言葉を交わすことなく、踊り場の扉を閉めて封鎖し、クレイモア地雷を死角に設置する。

足止めではなく突破された合図用なので扉のすぐ横に一発だけだ。

階段を上がり、この基地の指揮官がいる中枢区へとつながる廊下に入るドアの前まで来た。ブラボーチームとの合流地点だ。

中から物音と気配がする、ナガンM1895はすぐに扉の横に身を寄せた。ドアを挟んで向かい側に奏太が配置。

他の3人も二人の後ろに並び、突入の準備を整えてから奏太はドアを強くたたいてから合言葉を問いかけた。

 

「化け物は?」

 

「ノックをしない」

 

U05から派遣された部隊に通じる合言葉だ、どうやらブラボーチームが先についていたらしい。

ドアを開けて中に入ると、頑丈そうなハッチの前でSPAR小隊が有り合わせのバリケードを構築して待ち構えていた。

奥のハッチを開けようと、AR-15がハッチ横のリーダーを取り外して中をいじくっている。

 

「遅かったじゃないか」

 

「早いな、M16。ヤークトは?」

 

「無事に送ったよ、ちょっと驚かれたがな」

 

それはそうだ、この作戦には参加していないはずの部隊と瓜二つが所属する部隊が助けに来れば驚きもするだろう。

人形とは所詮量産品だが、S09基地に逗留する16LABのAR小隊は替えがないオンリーワンだ。

そもそもSPAR小隊自体がイレギュラーな存在なのだから仕方ないだろう。

 

「爆破は?」

 

「思いのほか厚くてな」

 

「そうか。AR-15、行けるか?」

 

「もう少し、さすがに司令部区画に入る入口だからセキュリティーが硬いの」

 

「手伝うか?」

 

「いらない、集中させて」

 

AR-15は取り外したカードリーダーに引っ張り出した配線を繋ぎなおし、ついで壁の中の配線をいじくる。

手の動きに迷いは見えないからあとすこしというのは本当だろう、彼女の中では既に開くまでの道筋ができているのだ。

ドアが開くか先ほど仕掛けたクレイモアが起爆するまではわずかな休憩という事だ。

奏太に目配せすると、彼も小さく頷いてから周囲を見渡して壁に背を持たれた。ナガンM1895も肩の力を抜いて、背伸びをして緊張をほぐすことにした。

 

「まったく、やりにくい…アメリカの新種もこんな感じかのぉ?」

 

「どうだか…アメリカと言えばモハビ・エクスプレス、なんでここに?しかもニューベガスのロボまで引き連れてましたよ?」

 

モハビ・エクスプレスは文字通り、北アメリカ大陸のモハビ砂漠に拠点を置いて展開する配送業者だ。

大きなキャラバンを組まないで小規模の運び屋を主に使い、秘密裏に、確実に荷物を届けることで信頼されている。

モハビ・エクスプレスの運び屋は個性的な人間も多い、一度だけ仕事で同行した運び屋も特徴的な男だった。

旧世界の国旗を背負ったコートを身にまとう偉丈夫、知的で物静かだが何か心の奥で燃やしているような不思議な男だ。

 

「セキュリトロン、しかも改造機も居たな。ベガスも噛んでそうだ」

 

「ぶっ壊れてんじゃないのあれ!普通にしゃべってるだけでもすごいむかつくし!」

 

セキュリトロンの放つ9ミリサブマシンガンの掃射に巻き込まれかけた身として、ぷんすかと怒るM1911の甚だ同意である。

味方のダミーごと悪魔を撃った時は、本当は狂ってるんじゃないかと思ったほどだ。

 

「あっちのロボがいろいろおかしいのはいつものことだがな…」

 

「ニューベガスってところ?」

 

以前思い出話で語ったことを思い出したSOPⅡの言葉に奏太は頷く。モハビ・ウェイストランドのラスベガス跡地にあるニューベガス。

旧アメリカの金持ちが再建した夢の都、戦前の色を濃く残しながら再建された新世界の賭博都市だ。

SOPⅡにはそこのカジノで可もなく不可もなく楽しんだ思い出を語った、結果としては負けであったが。

 

「あぁ、運び屋さん…そういえばワイルダーさんの移動要塞に乗ってましたね、ちらりと見ましたよ」

 

思い出したようにM4が苦笑いする。

 

「どんな奴じゃ」

 

「カウボーイみたいなアーマーで、ガスマスクだったよ?確か」

 

「嘘じゃろ…」

 

SOP2の説明に、モハビ・エクスプレスの運び屋の容姿を容易に想像できたナガンM1895は天を仰いだ。

 

「NCRのレンジャーアーマー…新カリフォルニア共和国も一枚噛んどるのか?」

 

「まさか…どれだけ離れてると思ってるの?どっかから引っ張り出してきた戦前のライオットアーマーじゃない?」

 

あまりNCRと敵対したくないとM14はかぶりを振る。気持ちはわかる、知り合いがいる組織と戦うのは心が痛むのだ。

 

「手に入りやすいのはNCRのじゃろう」

 

「ニューベガス、NCR、モハビ・エクスプレス…まさか、噂の運び屋では?」

 

ピンときたP38の言葉に、ナガンM1895も思い出す。モハビを訪れたときに噂で聞いたモハビ・エクスプレスのとある運び屋の噂だ。

曰く、彼はとある配達中に罠をかけられた。罠をかけたのはどこぞの大物で、運び屋はそいつに至近距離から頭を撃たれた。そこで普通は死ぬ、だが彼は生き返った。

墓から這い出し、さらにモハビ・ウェイストランドを駆け巡って自分を殺そうとした糞野郎に復讐して見せたらしい。

仲良くなったカジノのオーナーが、酒に酔って面白おかしくそんなことを語っていた。

 

「勘弁してくれ…手に負えないぞそれ」

 

噂話をさんざん耳にした奏太は肩をすくめる。その通りだ、例の運び屋がここにいるならば本当に手に負えない。笹木一家総出で掛かっても返り討ちだ。

 

「セキュリトロンの次は追加でNCRレンジャーとパワーアーマーの空中機動歩兵がお目見えもありうるな。

ついでに歩兵隊がぞーろぞろかもな?NCRのサービスライフルはM16系列だ、喜べお前らお仲間と戦争だ」

 

「冗談じゃないわよ、ここからさらに悪化するっての?悪魔、グリフィンの屑、ついでに拗らせ404、もうお腹いっぱいなんだけど」

 

HK416は心底嫌そうにかぶりを振る。一応、モハビ・エクスプレスは味方してくれているがあくまで唐突に表れた第3勢力だ。

いつどこで手の平を返すかわからない、それこそ噂の運び屋ならば予測は不可能だ。

 

「社長さん、大丈夫ですかね?」

 

「そう祈ろう…それしかできない」

 

ナガンM1895も心の底からH&R社の社長の幸運を祈った。運び屋とかかわった人や組織は大なり小なり人生が変わる、とも言われている。

それがいいのか悪いのかは時と場合による、命を助けられるか酷い目に会うかが両極端でいろいろあり過ぎるため評価が安定しないのが噂の運び屋だ。

あの会社には潰れてほしくない、彼女のレールガンはすっかりお気に入りなのだ。

もし何かあったときは売り切れる前にあるだけ買い込んでおこう、と考えていると階下でクレイモアの爆発音が響いた。

先ほどの悪魔がドアを破ってなだれ込んだのだろう、敵はすぐにやってくるはずだ。

 

「来るぞ、まだか?」

 

「あと少し、30秒!」

 

それならばたやすい、ナガンM1895も背負ってきたガリルARをバリケードに据えて構える。

廊下は狭い、その分相手は密集してくるだろう。だがこちらには数のアドバンテージがある。

SPAR小隊4人と笹木一家5人の火力ならば、上位種が来ても短時間ならば火力で釘付けにできる。

その間にハッチをこじ開け、相互援護しながら中に入り込んでハッチを再び閉鎖してしまえばいい。

足音は1つ、不規則ではない、上位種が前に立っているのか。そう考えていると、ドアの向こうから聞き覚えのある男の声がかけられた。

 

「誰か居るんだろ?ブレイクだ、撃たないでくれ」

 

デビルメイクライのブレイクの声である。ありゃ?と乗り込んできただろう悪魔を待ち構えていた全員が首を傾げた。

少し苦笑しつつおどけた様子で廊下に入ってきたのは赤いコートのイカした男、ブレイクだった。

 

「あー…あの悪魔どもは?」

 

「ぶち殺してきた、そんでドア蹴り破ったら散弾が飛んできた」

 

「悪い、あのルートを来るとは思わなかった」

 

まさか悪魔が埋め尽くしていた廊下を真正面から突破してくるとは思いもしなかった。

仕掛けた本人である奏太がばつが悪そうに銃口を下ろすと、ブレイクは肩をすくめる。

 

「構わねぇよ、避けたし。それより調子はどうだい?」

 

「悪い、近づくたびに気味が悪くなる。ドアはもう少しで開くよ」

 

「もう開いたわよ…っていうか、クレイモア避けたの?」

 

びっくりしたけどな、とブレイクが気軽そうに言うと道具をしまっていたAR-15は呆れたように肩をすくめる。

締まらないなぁ、と思いつつもこのほうがまだいいかと思ってしまうナガンM1895であった。

 

 




あとがき
年末調整なんて死ねばいいんだ…はいコラボ第2話。ギルヴァさんやアラマキさんと合流するちょっと前の一場面ですね、突貫制作ですはい。
運び屋とは面識ないけど因縁のあるやつと一度だけ面識あるという設定が生えました、使いっこないだろうけど。
向こうもだいぶ大詰めですし、こっちも風呂敷をたたみましょうか…あと白黒モンブラン様、ブレイクにクレイモアぶち込んでごめんなさい。
ブレイクさんなら避けるでしょ、とか安易に考えました。


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コラボ番外編2・Operation End of Nightmare 3

コラボ最終話です、いやぁ楽しかった。時間軸はギルヴァが去っていった当たりから分岐した感じ。
一緒に戦った人たちとちょいちょい触れ合いつつ物資配達に行きます。



 

 

「誰かのために戦い、誰かのために涙を流す悪魔もいる、か…なら何も問題ないじゃないか」

 

ギルヴァが残して言った言葉を考え、小さく微笑む。心配し過ぎだ、姿が変わろうがそれで彼らが変わることはない。

ギルヴァはギルヴァだ、ブレイクはブレイクだ、味方なら何も言うことはない。ただ生まれが少し違う、単純明快なそれだけの話だ。

すでに遠くに見えるギルヴァの背中に、聞こえないことを承知で奏太は返答した。

 

「お前はお前だよ、ギルヴァ。そもそも今更じゃないか、フードゥルやグリフォン、エージェントだっているだろ?」

 

敵なら人間だろうが人形だろうが関係ない、悪魔だろうがミュータントだろうが変わりがない。

それは味方だって変わらない。ギルヴァは悪魔だが味方で友人だ、デビルメイクライの面々だってそうだ。

もしかしたら彼は内心不安だったのかもしれない、その程度で揺らぐほど繊細な精神ではないのだが。

 

「へっ、嬉しいこと言ってくれんじゃねぇかよ。笹木の旦那」

 

「グリフォン?どうしてここに?」

 

「ちょいと顔を見たかったのさ、この作戦でイカレたことやった男の顔をな」

 

「イカレ…悪かったな、最後の方じゃあんま役に立てなくてよ」

 

悪い奴ではないのだが、やはりちょいちょいと癪に障る言い方をするチキン野郎だ。

しかしあまり役に立てなかったのも事実、最後の戦いでは終始、雑魚の掃討と援護射撃を送るだけで手いっぱいだった。

激しくぶつかり合う悪魔化したS11指揮官とギルヴァ・ブレイクの猛攻に突っ込むことができず、しかも危ない所を救われた。

S09Pのノアの超火力の一撃や、M16A4のような思い切りのいい突撃といったこともできなかった。

この体たらくでは、むしろ彼のように話のタネに使う程度で済ませてくれるのはむしろ幸運だろう。

 

「なぁに言ってやがんだおめぇ、寧ろなんでまだ生きてんのか不思議なくらいだぜ」

 

「なにおぅ?」

 

「うわ…無自覚かよ。あのアラマキって爺さんだってパワードスーツ着こんでたってのに、あんたのそれただの戦闘服だろ?重ね着してるようにも見えねぇ」

 

「ただのっていうわけじゃない、対アノマリーとか汚染対策はされてるしな」

 

「そんな装備で平然と悪魔をぶっ殺しまくってるのがやべーんだよ。あの戦術人形ちゃんたちだって苦戦してんのに、あんたらバンガードも殺したらしいじゃん」

 

確かに苦労はしたがグリフォンがそこまで驚くようなことだろうか?上位タイプならばともかく、下級の3種類は慣れればいくらでも狩れる。

U05基地の面子も訓練すればさほど苦戦することはないだろう、上位種との戦いは注意が必要だがそれも訓練次第でどうとでもなるはずだ。

 

「奏太、準備できたぞ。ナギサ指揮官のところに行こうではないか?」

 

「おや、グリフォンさん。どうしてこちらに?」

 

「おぅ!こっちのナガンにP38か?こっちもごっつい装備してんな」

 

「斬られたいのか?チキン野郎」

 

「…ついでに口も悪い、元はおんなじなのにこうも違うってすげぇな」

 

S09P基地とS10基地のナガンM1895と比べているのだろう。それは当然だ、生活環境も経験も全く違う。

今も服装はタクティカルサバイバルスーツにそれぞれツインショートブレードと九五式軍刀を携えている状態だ。

 

「あっちはあっち、うちはうちじゃよ。で、うちの旦那の何喋っとったんじゃ?」

 

「へ?旦那!?お前、結婚してたのぉ!?」

 

「あぁ、ほら」

 

手に付けたままだったタクティカルグローブを外し、ポーチの貴重品入れにしまっていた結婚指輪を薬指に嵌める。

ナガンM1895はすでにつけていたのか、タクティカルグローブを外してグリフォンに指輪を見せつけた。

 

「こりゃ驚いた、ギルヴァの野郎にも教えてやろ!このロリコン野郎!!」

 

「サラ、市代、美奈ともしておるぞ」

 

「…あー、笹木、どんまい」

 

「なんでそうなるんじゃ!?」

 

「斬っていいですか?」

 

「やーめい、それよりもほら、マンティコアが追い付いてきてるぞ」

 

撤収が進む野営地の奥から、輸送用コンテナを背負い小型銃器ケースとタンクを背負ってのそのそと歩いてきた作業用マンティコアを指さす。

無感情なカメラアイが追従目標になっているナガンM1895とP38を捉えている、マンティコアには感情のあるAIは積まれていないのだがその視線は呆れているように見える。

のっしのっしと足を踏みしめて歩いてくるグリフィンマークのマンティコアを見て、グリフォンが感嘆の声を上げた。

 

「おー、鉄血のマンティコアだ!動くやつをまじまじ見れるって変な気分だな、武器ついてないけどバリエーション違いって奴?」

 

「作業用だ、鉄血から分捕ってCPUを丸ごとベルゲン社製に取り替えてる。サラ、物は?」

 

「火炎放射器と燃料、軍用規格消毒液です」

 

「予定通りか、消毒液のタンクには要注意だな」

 

「消毒液ってあれか?くせぇって奴。ギルヴァも嫌な顔してたぜ」

 

どうやらこの正規軍正式採用品は悪魔も唸らすようだ、もしかしたらあの悪魔も消毒液で撃退できたかもしれない。

マンティコア上部に積載されたタンクの位置が気になったのか、ショートブレードを抜いて峰の方で位置を調節していたナガンM1895がタンクを小突きながらグリフォンに言った。

 

「嗅いでみるか?タンクの接続部分から嗅げるぞ」

 

「いいや結構、遠慮しとくぜ。シーナちゃんのとこ行くのか?だったら俺も一緒していいか?楽しそうだ」

 

「構わんじゃろ。なぁ、二人とも」

 

問題はない、奏太とP38はすぐに頷いた。グリフォンのことは結構気に入っている、一言多いが憎めないいい鳥だ。

無線でシーナに物資を融通してくると告げてから、三人と一羽と一台はのんびりと撤収作業の行われている野営地に繰り出した

マンティコアの頭部に器用に留まったグリフォンは、羽を繕いながらP38に問いかけた。

 

「そういや他の二人は?」

 

「撤収準備を手伝ってますよ。おや、あれはワイルダー社長では?」

 

「本当じゃな。んん?怯えてる?」

 

野営地から出てすぐ、撤収作業中のコンテナに隠れるようにして周囲をうかがう。リホ・ワイルダーの姿を見つけた。

何かにおびえているように少し挙動不審で、非常に周囲から浮いている。

奏太はグリフォン達にちょっと言ってくると声をかけて、リホに近づいた。

 

「よぅ、こんなところで何やってる?」

 

「ひゃぃ!?あ、さ、笹木さんかぁ。驚かさないでや」

 

「別に驚かすつもりはなかったんだがなぁ」

 

なぜかびくびくしているリホに奏太は首をかしげる。これは何かやらかした奴の反応だな、となんとなく察した。

何をしたのかは知らないがこの様子だとすでに釘を打たれているのだろう、ならば別に何も言うことはあるまい。

 

「何したかはしらんけど、やりすぎんなよ?ちょうどいい、渡したいものがあるんだ」

 

「肝に銘じとくわ…なにかの?」

 

「これ、レールガンの運用データだ。向こうで動かした分も入ってる、良ければ―――」

 

奏太はポケットから取り出したフロッピーディスクをリホに向けて差し出す。

すると、リホは目の色を変えてそのフロッピーディスクをひったくった。技術屋だねぇ、こういう所は。

 

「ほんまか!?おおきにな!!早速確認しなければならん!!」

 

「次の奴を楽しみにしてるぜ」

 

「またなぁ!」

 

興奮が抑えられないのか、先ほどまでびくびくしていたのがウソのようにルンルンと去っていくリホ。

あれは思い出した時のぶり返しが酷そうだな、と考えていると後ろから声をかけられた。

 

「あんた、あいつとも仲がいいのか?」

 

「その声は…M16A4か」

 

振り返るとそこにはこの作戦に従事した珍しい男性型戦術人形『M16A4』の姿があった。

リホに思うところがあるらしく、敵意をにじませた視線で彼女の背を追っていた。

 

「あいつがどんな奴か知ってるのか?」

 

「ほどほどには」

 

「知っててつるんでるんだな。いや、あんたの基地にはドリーマーもいるから今更か…危険だと感じないのか?」

 

「だとして、どうする?」

 

少し声に力を入れ、微笑みながら彼を強く見つめる。その視線に気圧されたのかM16A4はたじろぐが、すぐに持ち直して睨み返してきた。

よく訓練されている、そして若い、なかなか筋のよさそうな人形だ。

 

「何かあったら、俺は容赦しない。鉄血は敵だ」

 

「どうぞご勝手に」

 

「…やりにくいなあんた、それだけだ、じゃぁな」

 

去っていくM16A4に軽く手を振って見送る、彼がどう動くかはわからないが仕掛けてくるなら話は早い。

敵なら殺せ、もし今のリホに手を出したのならば彼は敵だ。最悪の場合は戦うことになるだろう。

あいつも大変だな、奏太は小さくため息をついているとグリフォンがさっきのやり取りを見とがめて問いかけてきた。

 

「ずいぶんと剣呑だねぇ、なんかあったの?」

 

「さぁね、あっちに何か思うところがあったんだろ」

 

「危ない若造じゃな…斬るか」

 

「やめてください」

 

まぁその時はその時だ、奏太はすっぱり思考を切り替えて再びS10基地の天幕の方へ歩み出す。目的地にはすぐについた。

S10基地の天幕は、撤収が始まっている各基地の応援部隊用の物と違ってまだ片付けがなされていない。

これからS11基地の本格な調査を行うため、部隊の再編の補給で忙しそうに人形や要員たちが動き回っていた。

その中の司令部として使われている天幕で、シーナ・ナギサ指揮官はタブレットを片手に難しそうな顔をしている。

長話はしないでさっさと仕事を終わらせたほうがよさそうだ。

奏太は作業用マンティコアに運んできたものを物資用天幕内に卸すように指示してから、荷物の中からクリップボードに挟まれた書類を取り出して彼女に歩み寄った。

 

「ナギサ指揮官、お時間を頂戴しても?」

 

「あ、笹木さん。どうぞ、どうしたんです?」

 

「前にお話しした火炎放射器と消毒液を届けに来ました、こちらにサインを」

 

奏太はクリップボードを差し出し、ナギサのサインを書類に書いてもらう。これで仕事は終わりだが、奏太は彼女が今後どうするのか気になった。

 

「ナギサ指揮官、今後どうするつもりで?」

 

「とりあえず基地の調査です、そこから先はその結果で決めようかと」

 

「そうですか。気を付けてください、連中の残したトラップがあるかもしれません。もし何はあればいつでもご一報を」

 

「はい、ありがとうございます」

 

「それでは」

 

奏太は彼女に一礼して天幕を出る。S11指揮官がどうしてこんなことをしたのか、それを解き明かすのはS10基地の仕事だ。

だが同時に、U05基地が設立された理由を思い出して大きなため息が出てしまった。

ヘリアンの懸念通り、グリフィンは鉄血にかまけすぎていろいろ脇が甘くなっている節があった。

出なければここまで大規模なことにはならなかったはずだ、基地一つが丸々侵略されているなんて普通はバレるはずだ。

悪魔の仕込んだ偽装装置があったとしても、物資の流通や人の出入りはどうしても避けられない。調べれば何かしらぼろが出る。

グリフィンにも内部監察部門があるが、それにもかかわらずこうして大ごとになるまで看破できなかったのだ。

しかも基地のトップである指揮官までもが悪魔となり襲ってきたとあれば、事態はかなり深刻であるというよりほかにない。

悪い前例ができてしまったのだ、グリフィン上層部は隠蔽に走るだろうが基地一つ丸々をつぶすとなってはすべてを遮断することも難しい。

 

「どうやら、ヘリアントス上級代行官の懸念は間違っておらんかったようじゃな」

 

「あぁ、まったく嫌になる」

 

「どういう意味?」

 

U05基地がなぜ設置されたのかを知らないグリフォンが首をかしげる。どうやらまだ行動を共にする気らしい。

次の目的地は少し静かなほうがいいのでグリフォンのような騒がしいタイプは歓迎されないかもしれない。

 

「グリフォンさんは知りませんよね、うちは元々甘くなったグリフィンの脇を埋めるために作られた節があるんです。

今は鉄血と派手にやってますけど、そっちにかまけすぎてて脇ががばがばになっちゃってるからだそうで。

その隙を利用していろいろと悪いものが入っちゃって来てるんですよ、麻薬だの、武器だの、ミュータントだの」

 

「へー、あーそうか、じゃなきゃここまで派手にできねぇわな」

 

人間だってバカじゃねぇんだし、とグリフォンも納得がいったらしくうんうんと頷く。

 

「喉元過ぎて場なんとやら、ってやつかね?ゾンビみたいなので大変らしいじゃん」

 

「熱さも忘れる、だ。鉄血を相手にし過ぎてE.L.I.Dを忘れたのかもな」

 

「その結果がこれだよ!って奴かい?」

 

「たまんないですよねぇ、また忙しくなりそうです」

 

まったくだ、本格的に基地が稼働したら仕事三昧になりそうで嫌になる。ハンターとしては依頼があることに越したことはないが、それでも限度はあるのだ。

これはまた圏外に出て物資を買ってきて基地の増強を図らなければならないかもしれない、そんなことを考えていると一行は救護所の前に差し掛かった。

理由もなくこちらに足を向けていたわけではない、ここにも少し用があるのだ。

救護所の方に目をやると、出てくるUSPコンパクトの姿が目に入った。迎えに来たらしいノアに付き添われており、足取りは少し重そうだが元気にはなったようだ。

 

「USPコンパクト、もう大丈夫なのか?」

 

「ん?誰だよあんた?」

 

「笹木奏太、ハンターチームの笹木一家を率いてる。U05に間借りしてるんだ、よろしく」

 

本調子ではないUSPコンパクトを守るようにノアが前に出てくる。

ノアのことは作戦開始前にも見かけてはいたのだが、向こうはそれほど印象がなかったらしい。

 

「あの航空支援の奴の指揮官か、何の用だ?」

 

「正確には違うんだが…ま、お見舞いにな、話はフランから聞いてる」

 

「元気かー?お嬢ちゃん」

 

「そりゃどうも、デビルメイクライの鳥野郎と…んん?」

 

ノアは少し警戒した様子で奏太を睨み、次いでグリフォンに目をやってからナガンM1895とP38を見て目を瞬かせた。

視線を追うと、当り前のように吊るしているナガンM1895の双剣とP38の九五式軍刀に目が吸い寄せられていた。

こんな武器を吊るしているのは珍しいのだろう、それに気づいたP38は軽く首を傾げた。

 

「どうしました?」

 

「刀を使うP38は初めて見た、その…M1895もな」

 

「琥珀でいいわい、そっちのと被るじゃろ?」

 

「私もサラと呼んでください」

 

「そうか、ならよろしく。サラ、琥珀」

 

ノアは二人に向かって右手を差し出し、ナガンM1895とP38と握手を交わす。すると、少し驚いたような顔をしてその手を見つめた。

あれ?俺嫌われちゃってるかな?と苦笑しつつ考えていると奏太の目に少し居心地悪そうにしているUSPコンパクトの姿が目に入った。

 

「ま、あっちはあっち、で、調子は?」

 

「はい、おかげさまで…今回はありがとうございました」

 

「俺は何もしてない、お礼ならG11たちに言ってやってくれ。無事でよかった」

 

直接場面を見ていたわけではないが、少しだけ護衛していたM16達によれば相当危険な状況だったらしい。

本人は薬で意識を失っていたうえ、その薬も普段使っているものよりも強い物だったらしいのだ。

いくら人形でもあまりに強い薬を使えば、電脳に大きなダメージを与えることもありうる。

今回のPTSDの発症も含めて、ほかの基地の要員ではあるが状況を把握してやれることはやっておきたかった。

 

「あ、よかった。まだ居ましたね、指揮官もご一緒ですか?」

 

ここにいるはずのない聞き覚えのある声に振り返ると、救護所に向かってU05のイングラムM10、G11、Vz61スコーピオンが向かってきているのが見えた。

おかしい、3人は搭乗していた一式陸攻に乗って一足先にU05基地に帰ったはずだ。

 

「イングラム、どうしてここに?」

 

「USPさんのお見舞いに来たんです、こっちには迎えにヘリに便乗しました。でもどうやら時間はなさそうですね」

 

イングラムは穏やかに肩をすくめる。ヤークトフントの支援をした彼女たちには思うところがあったのだろう。

その彼女の脇から元気よくスコーピオンが飛び出し、USPコンパクトの手を取ると有無を言わさず持ってきたビニール袋の持ち手を差し出した。

 

「ミレルークのカニ飯おにぎり、差し入れだよ!帰りにでも食べてね」

 

「ミレ…?」

 

「いいからいいから!持ってって!」

 

やや押し気味にぐいぐいとスコーピオンは小柄なお弁当箱を詰めたビニール袋を彼女の手に握らせる。

その勢いにUSPコンパクトは目を白黒させていた、ぐいぐい行くスコーピオンを見かねたイングラムが彼女の肩を叩いて落ち着かせる。

 

「すみませんね、USPコンパクト。辛いこともあるでしょうが、がんばってくださいね」

 

「深くは知らないけどさ、あんた凄いよ。あとその…ごめん、仲間に強く当たっちゃって」

 

申し訳なさそうに謝るG11、それをUSPコンパクトは微笑んで受け取り気にしないでと返した。

G11は安心したように息をつき、やがていつものように眠そうに目をこすった。

 

「USPコンパクト、負けちゃだめだよ。いいことを教えてあげる、どんな時でも考えることをやめちゃダメ、諦めたらそこで終わりなんだから!

ノアさんだっけ?これ、うちの連絡先。化け物に関しちゃうちは専門だから、手伝えることがあったら言ってね。いろいろ揃えてるから」

 

「お、おぅ…」

 

G11を押しのけ、スコーピオンはUSPに励ましの言葉を贈るとノアの手に連絡先を書いたメモ用紙をしっかりと握らせる。

基地の無線周波数からハンターオフィスの正規依頼窓口などの基地関連とスコーピオン個人の連絡先が書いてあるようだ。

 

「よし、じゃぁ長居は無用!また今度ね、指揮官も寄り道しないで帰ってくるように!」

 

「お先に失礼します、お元気で」

 

「おさきー」

 

騒がしいスコーピオンたちはいう事とやることを終えるとあっという間に帰ってしまった。

 

「なんつーか、嵐みたいに通り過ぎてったな」

 

「悪い、騒がしくしちまった」

 

「いや、スコーピオンってどこでもだいたいあんなだろ。むしろ安心した」

 

「そっか、ならよかった」

 

Vz61スコーピオンという戦術人形は素であんな感じで、どこの基地でも大体騒がしいようだ。

USPコンパクトはスコーピオンから受け取ったお弁当箱をまじまじと見つめた後、申し訳なさそうな表情で見つめてきた。

 

「無理しなくていいさ。でもまぁ、気持ちだけは汲んであげてくれないか。あいつら、ただ励ましたいだけなんだ」

 

フランシスとS09P基地のユノ・ヴァルター指揮官とのやり取りを誰かが聞いていたに違いない。

そこからドリーマーあたりに確認を取って今回のちょっとした突撃を提案したのだろう。それが理解できないUSPコンパクトは首を傾げた。

 

「どうしてそんなことを、あなたたちとはまるでつながりがないのに」

 

「無いし、深くまでは知らない。だからと言って放っておけなかったんだ、あいつらは」

 

ミュータントを相手にする仕事では、大なり小なりこういう事案の被害者を目にする。その心を傷の大きさも、深さもだ。

イングラムやスコーピオンに至っては最初の事件の当事者だ、U08の事件で仲間を失うことはなかったが二人は大きく心に傷を負った。

それ以上の傷を負っているかもしれないUSPコンパクトのことを考えると何かしてあげたかったのだろう。

 

「これは君の問題だ、だから俺達ができるのは応援と、ちょっとした助言だけ」

 

それだけのためにいこうして馬鹿をやっている。ミレルークのおにぎりを押し付けたのも『食っちまえば怖くない』とかなのだろう。

彼女がどんな経験をしてきたか、どんな暮らしをしてきたのか詳しくは知らない。けれどわかる、感じたことはある。

S09P基地のUSPコンパクトはどんなに苦しくても耐えてきた、悲しくても、寂しくてもここまで来た。

人形はつらい記憶を消してやり直すことができる、人間にはなかなかできない記憶の消去を簡単にできてしまうのだ。

けどそれを彼女はしなかった、つらい記憶も、楽しい記憶も全部ひっくるめて抱えている。辛くないはずがない。

自分のことは自分が一番わかっているだろうに、それでも彼女はこの戦いに参加したのだ。

 

「君は自分で挑戦できた、乗り越えようとした。それだけでもすごい事だ」

 

「でも私は、みんなに迷惑を…」

 

「そうだな、でもまだ生きてる。死んでない。迷惑かけたなら謝りゃいい、そうだろ?」

 

奏太はノアに目配せすると、彼女はニヒルに笑って腕を組んで胸を張る。

S09P基地で起きた多くの戦いを切り抜けてきた。仲間同士の絆は強いに違いない。

 

「君には次がある、生きている限り次がある。死んじまったら謝ることもできないんだ。それを忘れるなよ」

 

どんな悪夢も終わりがある、永遠に続く夢なんてないのだから。

 

 

 




あとがき
はい、コラボ作戦はこれにて終了。本家よりも遅れてしまいましたがたたみます。
いやぁ、楽しかった。展開には悩みました、何やらせようか、どう動かせば違和感ないかとか。
一回事故起こしかけてパニックになったし…いい経験になりました。
白黒モンブラン様、およびご一緒した作者様方、お疲れさまでした。



ミニ解説

ミレルークのカニ飯おにぎり弁当
U05基地の食堂で作られているお弁当、大きめのおにぎり二つと天然モヤシの酢漬けが入っている。
ミレルークのほぐし身を合成米と一緒に炊き上げたカニ飯をふっくら握ったおにぎりは食べ飽きない家庭の味。
天然モヤシの酢漬けは人類生存可能圏外『アウトーチ』からの輸入品、まじりっけなしの天然素材。
お値段はリーズナブルに日本円にして400円(税込み)



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第17話・次の依頼を受けましょう

さぁやりたい放題のお時間だぜぇ!(今更)最近ドクターも兼任したので忙しいですが元気です…イベントもあるからなおさらですわ。
このお話から笹木一家などの一部キャラクターの表記が変わります、わかりづらいって言われちゃった。



U05基地の改装が終わり、本格的に稼働し始めたが特に大きなことはなく平穏である。何しろ運用用途が特殊になったとはいえ基地の活動はあまり変わらない。

ミュータントやE.L.I.Dが出没すればそれを倒し、時折発見できる鉄血の部隊も始末する。

補給の要である汚染地帯を走る道路と境界線の検問を守るという業務もあるが、こちらも普段は平和なものだ。

G11によって『国道』と名付けられた道路は常日頃からU05基地の車列がパトロールしており、通るだけならば比較的安全だ。車から出ないで一直線に抜ければ、スリリングなアトラクションが楽しめるだろう。

そんな中で一部の建物では非番の暇な人形たちでにぎわっていた。基地の一般開放スペースとされた区画にある、二階建ての建物、以前はフードホールだった建物は今や改装されてこの基地の特徴ともいえる設備になった。

その名も『U05基地臨時ハンターオフィス』基地の本格始動が開始されるという事は、臨時ハンターオフィスも開店するということである。

そのハンターオフィスの中に、笹木一家の市代と琥珀の姿もあった。オフィスが開設されたのならば、本業である自分たちがいかなければ話にならない。

二人はいち早く依頼を確認して受領するために先んじてオフィスに足を運んでいた。奏太たちはほかの仕事を片付けてから合流するため、合流は少し後になるだろう。

臨時オフィスの内装は市代の慣れ親しんだ、依頼受注用デスク、依頼掲載掲示板、雑貨屋、飲食スペースが一つになっている。

どの設備も新品でピカピカ、依頼受注用デスクや掲示板にはまだ何も張られていない。

まさに出来立てほやほやのピカピカ、今まで慣れ親しんだどこかうらぶれてたり、荒々しかったりするような感じは全くしない。

おしゃれなカフェをもう少し欲張ってみました、といった雰囲気だ。

 

「これがハンターオフィス?なんか不思議ですね」

 

「そう?どこもこんな感じだよ?」

 

「そうなんですか?FALさん」

 

始めてオフィスに踏み入れたステンの問いに同じように見物に来ていたFALは物珍しそうに見まわしていた顔を彼女に向けて、少し考えてからうなづいた。

 

「そうね、向こうのはもうちょっと薄汚れてたけど」

 

FALの言葉にナガンM1895の琥珀も頷く。アウトーチやパーク駅のオフィスは片付けられてはいたが全体的に汚い、様々な人間が出入りを激しく行う以上どうしてもそうなってしまうのだ。

また建物のほとんどは戦前から残っている頑丈な所を再利用しているのがほとんどなので年季が入っておりどれだけ手入れをしてもそんな雰囲気が残ってしまう。

それに比べればこのオフィスは出入りが全くなく新品同然なので異様なほど奇麗なのである。

 

「U05ハンターオフィスへようこそ、ご用件はなんでしょうか?」

 

受付に行くとこれまた新人集漂う奇麗な担当人形のはきはきとした挨拶、メイド服を着こんだ顔見知りに市代は首を傾げた。

 

「レイチェル、あなたが担当なの?」

 

「はい!オフィス担当に任命されまして、普段はこっちで依頼の精査や管理を担当することになりました。

私のほかに、ホリーとクライン、B440が担当になってます。どういったご用件でしょうか?」

 

「依頼を受けに来たの、いいのはある?」

 

「あー…すみません、いただいてはいるんですがその、まだ整理途中でして」

 

がーんだな、出鼻を挫かれた。そんな市代のどこかの個人輸入業者のような雰囲気を感じ取ったのか、レイチェルは代案として併設された雑貨屋の案内を提案した。

雑貨屋は基地内に設置されているコンビニを原型としており、日用雑貨など様々なものが売られている。お菓子やジュースも完備されており、お菓子コーナーとなっている棚を見ればいつものごとくFNCがせっせと籠に陳列されたお菓子を放り込んでいた。

いつもの光景とはいえぶれないな、市代がかぶりを振っているとFNCの頭に琥珀の小さなげんこつが振り下ろされた。

 

「こら!初っ端から買い占めるんじゃない!」

 

「えー!でもお菓子が私を呼んでるんだよー!」

 

「みんな買うんじゃから自制せよと何度も言っておるじゃろう!チョコバーを箱買いしておいて足りんというのか?」

 

「それはそれ、これはこれ!」

 

「次の仕事、その癖治るまで省くぞ?」

 

「なんで!?」

 

汚染されたお菓子にも食いつきそうな勢いだから仕方ない。圏外では戦前のお菓子も流通しているが、戦前に生産されたものは大体汚染されている。作った国によっては元から放射性物質を混ぜ込んでフレーバーにしている産物まであるほどだ。

お菓子への情熱はある意味執着とも言えるほどある彼女のことだ、たとえ注意しても隠れて食べているに違いない。そんなことになれば絶対に彼女はおなかを壊してしまうだろう。

目の前でイヤイヤしているFNCの籠に入っているお菓子は合成品の安全なものばかりで、子供が食べても問題がない。それに慣れた圏内の人形の内臓にとっては劇物に近いのだ。

 

「…後でコーラを買ってやる、今はそれ戻せ」

 

「コーラ!?わーい!」

 

FNCは大喜びだが、琥珀が一瞬悪い顔をしたのを見て市代はすぐに彼女が何をする気なのか思い至った。

そういえばこれの話はしたことないか、棚ボタに喜んでお菓子を棚に戻すFNCを見て何とも言えない気持ちになる。

 

「もしかしなくてもあれよね?本気?」

 

「一本開ければ懲りるじゃろう。向こうで仕入れてある、混ぜればわかるまい」

 

「やめなって、絶対泣いちゃうってば」

 

何も知らずに飲めばFNCは痛い目を見る、それくらいしないと収まりそうにないのがFNCのお菓子ジャンキーっぷりだ。

琥珀の言うように彼女が買いすぎるせいで基地の売店からお菓子が消えることも多い。

尋問用に用意したアレを最初に飲むのが仲間であり友人というのはやるせないので市代は琥珀を止めた。

琥珀はやれやれというように小さく息を吐いて了承した。

 

「そこまで言うなら仕方ない」

 

「もぅ、琥珀ったら…ごめんごめん、ほかにはどんな風になってるの?」

 

ほったらかしになってしまったレイチェルに市代は謝る。レイチェルは気にしてないといって紹介を再開した。

 

「雑貨屋は小物だけじゃなくて武器弾薬、装備類の注文もできるようになってます。

こちらの端末を使えば、武器庫の方に注文を行えますのでよほどの物でなければ数分でドローンにより配送されてきます」

 

臨時オフィスという都合上、訪れるかもしれないハンター用の武器弾薬も扱うシステムもしっかり構築されている。

武器装備保管庫に併設された社内販売スペースからドローンでカウンター内に配達され、レジの担当者から渡されるシステムだ。

認証にはハンターライセンスかグリフィンの社員証か許可証が必要となり、誰でも彼でも販売するようにはなっていない。

比較的基地内でも不特定多数の人物が出入りする為、安全面を考慮して本物の武器弾薬は置かずにレプリカやホログラムで扱っている品を紹介しているのだ。

 

「さすが内地、ハイテクじゃな。カタログもタブレットを使っておるのか、常に最新の情報になっておるのぅ」

 

「うーん、物足りない。モノを買うっていうのはこう、さ。実物見て、触って、なんというか駆け引きがなきゃ駄目じゃないかな?」

 

どこかの個人輸入業者のようなことを言い出す市代、趣味が商店街巡りなので物の売買には結構うるさい。

 

「一応安全面は考慮しないといけませんから。あ、もちろん物の買取もしてますよ。いらない武器やスクラップ、もちろんアーティファクトなどもぜひお持ち込みください!」

 

「アーティファクトまで?まぁ、ちゃんと適正価格で売り買いできれば文句はないけど…」

 

「もちろん適正価格で双方笑顔で、です!さぁ、ほかにも見てください、武器弾薬だけじゃありませんよ!!」

 

雑貨屋の内装も充実しており、生活雑貨や狩り用の小物、特別な許可のいらない装備品や払い下げ品に至るまで多くを完備している。

売り買いは販売用のドローンが常駐しており、来客さえあればすぐに回転する24時間営業だ。

 

「あ、服まで売ってる。すごいねこれ」

 

市代が目に留めたのは一角にある衣料品売り場、一般的な下着から部屋着のスウェットなどの普段着類が主だ。しかしよく見ると、奥まったところに見慣れた制服がひっかけられている。

IOP正式採用品の人形用制服、戦闘で傷ついたダミー用などを補修したリサイクル品のようだ。いわゆる払い下げ品である。

この基地所属の人形用の物が出品されており、よく見るとM4A1セットなども販売されていて限定品という札がかけられている。

 

「こちらはグリフィンの払い下げコーナーとなっておりまして、人形用の衣装が主となっております。サイズは少ししか調整できませんが、その分お安くなっておりますよ」

 

「偽装に使えそうじゃが…まぁ今更か」

 

「もちろんIOPの許可ももらっています」

 

「許可あるならいいのか、まぁ見た目はコスプレ品じゃしな。おぅ!?なんじゃこりゃ、鉄血のものまであるのか?」

 

琥珀の視線の先、IOP製人形セットの掛かっている衣装棚の隣には見慣れた紫や白黒モノトーンの衣装が多くかかった棚がある。

どこからどう見ても鉄血製人形の衣装だ、下級人形のリッパーやイェーガー用の服が主力だが限定品としてハイエンドセットも売られている。

特にこの地域では数が少ないエクスキューショナーやハンターのセットは一品ものと札がかかっていた。

 

「夢子さん監修の鉄血衣装ブースです、放棄された基地や撃破した人形の衣装から復元しました」

 

「売れそう、こういうの好きそうな人結構いるし」

 

「え、これ人間が着るんですか?」

 

ステンが驚いて目をぱちくりさせる。グリフィンの人形も攻めている格好が大勢いるので今更だと思うが、市代はあえて口にしなかった。

いつも夫をつけ狙っているスペクトラM4はビキニとスカートという半裸状態がデフォルトである、目のやり場に困ると彼も裏では困っていた。

 

「何分いつ死ぬかわからん世の中じゃからな、覚えてもらいたくて突飛な格好してるやつも多いんじゃよ。ハンターなんかまさにそれじゃもの」

 

この世の中ではいつ死ぬかわからない、それならどんな形であれ自分がここにいた証拠を残しておきたいと思うし悔いを残さないようにもしたい。

夫と思い切ってイチャイチャするのだってそれが理由だ、互いにいつどうなるかなんてわからない。ならばやりたいことはやる、だからくっつく。

服も同じだ、恥ずかしくても興味のある服があれば臆さないで着る人がいて、服やアーマーにこだわる人もいる。そういう系統のハンターたちからすればここは垂涎の売り場になるだろう、彼らはいざとなればお金を使うことを惜しまない。

そんな話をしているとレイチェルの持っていた無線機が小さく鳴動し、彼女小さく謝ってからそれを取ってやり取りをする。

 

「依頼の整理が完了したそうです。戻りますか?指揮官たちも到着したようですよ?」

 

ついにこの時が来たか、市代と琥珀はこの基地で初めて張り出される依頼に少しワクワクしながら頷いた。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

どうしてこうなった、奏太はハンターオフィスの片隅で頬杖を突きながら目の前で真剣に掲示板に張り出された依頼書を見つめる仲間たちを見つめながら考えていた。

笹木一家を指名して発注された通常依頼が張り出された掲示板を見上げているのは、本日暇人であるグリフィン人形たちだ。

秘匿を依頼者が望むなどの特殊な仕事でない限り、指名依頼であっても依頼された本人が知り合いのハンターに助力を依頼することは多々あるのでこういった回し読みはたいして問題ではない。

笹木一家も指名依頼を請け負った際、報酬の何割かを折半する契約でほかのチームを仕事に引き入れたことはいくらでもある。

ただこんな風にわいわいがやがやと自分のチームに来た依頼をキラキラした目で見つめられるのは初めてだ。

 

(掲示板にフリー依頼が掲載されるなんてここじゃしばらくないから、空気づくりにはいいのかな?)

 

本来は特定の氏名がないフリー依頼が掲示される掲示板だが、ハンターオフィスの知名度が消え失せているうえに基本グリフィン経由での依頼になる圏内ではすぐに依頼が掲載されることはない。

オフィスから回される圏外のフリー依頼もわざわざここで募集するようなものではないから来ることもないだろう。実質、しばらくは笹木一家の専用状態だ。

それに自分からこの仕事に行きたいと立候補してくれるならば、奏太としてもつれていくメンバーを選ぶ必要がないからありがたい。

奏太は合成カフェオレを一口飲み、さらに頭を悩ませる手元の依頼ファイルを見つめて小さくうなる。オフィスのカフェ担当であるホリーが入れたカフェオレは甘さ控えめかつクリーミーでおいしい。さすが元カフェ勤務経験のある人形が入れたカフェオレだ。

とはいえ、沈みつつある気分を慰める程度にしかならない。

 

「大丈夫?おっぱい揉む?」

 

隣に座るM1911の美奈が心配そうにのぞき込んできたのでとりあえず返事をする代わりに望みどおりも左手を伸ばす。

服越しでもわかる魔性の揉み心地である、自分でも気づかない程度にしかめっ面だった表情が緩むのを感じた。

揉んでいた手を彼女の肩に回してさりげなく抱き寄せると美奈は恥ずかしそうにうつむいた。

近くの席に座っていたサラがクスリと笑い、市代と琥珀はニマニマ笑ってGOGOと手ぶりを示す。ノリノリである。

いっそのことそうしてこの目の前にある自分を悩ます原因から目をそらしたくてたまらない。

テーブルの上にあるのは掲示板に掲載するべきではない笹木一家指名の依頼だ。それが一番悩ましい、困った依頼なのである。

 

「指揮官、決めました!」

 

かわいらしい妻を堪能しているとスペクトラM4がうきうきした様子で掲示板から依頼書を引っぺがして持ってくる。

依頼書は見慣れた形式で、依頼内容、依頼者、依頼の詳細または挨拶などという構成だ。

 

『依頼・指定対象の捜索と排除

依頼人・フェンリル社

やぁ笹木君、久しぶりだね。君たちの活躍はこちらでも耳にしているよ、そちらも大変そうだね。

今回君に依頼したいのはユーラシア大陸に上陸したアラガミ、もといE.L.I.Dの討伐とサンプルの回収だ。

縄張り争いで負けた個体が逃亡を図った際、何を考えたのか海を渡ってそちら側に行ってしまったんだ。なかなか興味深い事例だろう?

本当ならうちの第一部隊を送り込みたいところなんだけど、対象をロストしてしまっていてね。発見したらでいいから頼むよ。

上陸地点は旧韓国の釜山、ルートは定まってはいないものの人口密集地であるそちらを目指している可能性が高い。

いつも通りで構わないけど、もしコアを確保できたらボーナスをつけるよ。でも無理はしないように、無理そうなら知らせてくれるだけでいいんだ。よろしくね』

 

ふんす、と鼻息を鳴らして依頼書を差し出すスペクトラに奏太は頭を抱える。しかも知り合いの無駄にあやしい博士からの依頼だ。

やっぱり持ってきたか、隣に座る美奈をちらりと見ると肩をすくめて首を横に振る。

 

「ダメ」

 

「そんなー」

 

「たとえお前が5人いても無理だ」

 

資料は読み込んでいるはずなのでスペクトラは相手がどんな化け物は分かっているはずだが、それでも彼女の意欲は削がれないどころかブーストされているらしい。

自分の力量を考えて取捨選択してもらおうと思って混ぜたのだが、そんなことはお構いなしのようだ。

ただでさえ鈍っているのがこの前の合同作戦で理解できたのにこれである、長距離移動で消耗したヴァジュラとはいえルーキーを連れて戦うなんて自殺行為でしかない。

フル装備+αの笹木一家5人がかりで殺せる相手である、それも乱入された日には地獄が確定だ。スペクトラの実力では間違いなく死ぬ、傷一つ与えられないままあっさりと返り討ちだ。

 

「それにしてもヴァジュラなんて珍しい、まさかまた?」

 

「勘弁してくれ、あんな奇跡は二度とない」

 

過去の依頼でヴァジュラや同系統の敵と戦い、最後は核爆発に巻き込まれ、なのになぜか生きてる不思議を思い出して奏太も遠い目をした。

 

「じゃぁ次だな、こいつをやらないか?」

 

がっくりとうなだれたスペクトラを避けて依頼書を差し出してきたのはM16A1、どうやら二つやりたい仕事があるらしい。

 

『依頼・指定品の捜索と確保

依頼人・シドロヴィッチ

お前さんに頼みたいことがある。そっち側から輸入しようとしたちょっとしたものを探してくれないか?

そっちではいい腕の運び屋を雇ったはずなんだがめっきり音沙汰がない。もしやらかしたようならケジメをつけてやってくれ。

物は少し大きい、背中に背負える金属製コンテナだ。IOPのロゴが入ってて、裏にロシア語でシドと書かれているはずだ。

中身は詮索するな、ちょっと性能のいい警備装置を個人輸入するだけだ。グッドハンティング・スタルカー』

 

まともな依頼である、どうやら知り合いのトレーダーが輸入しようとした何かが奪われてしまったらしい。

添付された資料と見比べてから添付された資料に目をやる、背中に背負えるくらいの大きいコンテナのようだ。

まずは運び屋を探し出して話を聞く必要があるだろう。もう一枚のほうに目をやる、これも同じようなものだ。

 

『依頼・指定品の捜索と確保

依頼人・ネクロフィリア博士

やぁ笹木君、相変わらずいろいろやっているようだね。とりあえずはやく死体になってくれないか?だめ?まぁいい、今はね。

依頼はそちらで作られた鉄血製の新型制御モジュールだ。ずっと前に輸入するつもりだったんだが、知ってのとおり蝶事件のせいでうやむやになってね。こちらに届くはずがパーさ。

だからあきらめてたんだが、実はそのモジュールがある倉庫はまだ無事らしいんだ。連中が何かする前に何とか持ってきてくれないかな?報酬は弾むよ。

それから追加報酬で鉄血の部品とかも確保してくれたらグレードに合わせて追加報酬をつけるよ、ただし危ないウィルス入りとかは減額するからね』

 

変なところで鉄血が出てきたな、奏太はふと妙な縁を感じたがすぐにどうでもよくなった。鉄血も以前は会社だったのだ、その時に裏から仕事を受けたのだろう。あの博士も変なところで迷惑を被ったものだ。

 

「よし、ならシドのから始めるか。SPARの連中でいいか?」

 

「あぁ、あんたの仕事ぶりを見せてもらうぜ」

 

「ずるい、指揮官指揮官!それ私も私も!」

 

スペクトラも志願する、悪くはないだろう。どちらも探索と捜査が必要な仕事だ、人手が多いに越したことはない。

奏太がスペクトラの立候補を了承すると彼女はにっこりと笑顔を浮かべ、一緒に戦うプランを練るといってM16と一緒に近くの席に座った。

掲示板のほうを見るとまだ暇人たちがあーだこーだ議論しながら依頼を吟味している、次の依頼が決まるまで少し時間がかかるだろう。

さて、問題に取り掛かるとしますかね。奏太は机に放置していた依頼書の一部を手に取って、もう一度流し読みした。

 

『依頼・スカウト

依頼人・不明『大ムカデの焼き印が焼き付けられている』

戦術人形、一人、希望。夜に強き静かなる者求む。この地、またもや物騒、我が家族のため、よろしく』

 

簡潔かつ分かりやすい依頼だが依頼人ならぬ依頼神はどうやってこれをオフィスに出したのか。

ふいにどこかの黒い奴が疲れた様子で夜の街を徘徊している風景が思い浮かんだ。

 

『依頼・依頼者指定カスタムのダミー人形納品

依頼人・インディちゃんのお姉ちゃん

お久しぶりです笹木さん!インディちゃんは今日も最高です!

それでですね、都合がよければなんですがインディちゃんのダミー人形というのを買ってきてほしいんです。そうすればインディちゃんといつも一緒ですよね?

ではなくて、危ないときに身代わりみたいにもできるし、インディちゃんに両方からはハグしてもらえるし、お帰りも一緒、どこでもインディちゃん2倍になっちゃうんでもぅインディちゃん最高なのでおねがいしますね!

もしよければ佐々木さんもどうですか?インディちゃん最高ですよさいこうなんですインディちゃんのあの――――』

 

文章から感じるのは依頼というよりも底なしの姉妹愛。ダミー人形が欲しい理由だけではなく、妹への愛情が延々とつづられ続けている。

その延々とつづられる文面だが、これを書いた彼女はこれが平常運転である。

 

「どこから居場所仕入れてきたんですかあの姉、海の向こう側なのに」

 

「うわぁ見てよ、スリーサイズどころか手作り写真集まで送ってきてる」

 

美奈が広げたのは褐色肌の美少女を映した手作り写真集、しかも丁寧に手書きの寸法や衣服のデザインまで丁寧に書かれた注文資料まで完備していた。

呆れていたサラの表情はさらにうんざりした様子になる、サラは件の彼女がどうにも苦手なのだ。

 

「とりあえず、IOPの窓口に発注するかのぅ…」

 

「まぁ、世話になってるしなぁ」

 

気が乗らない、と思いつつ用意しておいた戦術人形製造依頼書に仕様を細かく書き始めるのだった。

 

 




あとがき
ここからちょいちょい日常とか挟んでからいろいろやっていく所存、他より遅いのは勘弁して。
特異点イベントも始まりましたねぇ、まだクリアならずですがピックアップでは目をつぶってるほうはお迎えしました。






おまけ・世紀末の怪談

夜、FNCは宿舎の自室にルンルン気分で帰ってきた。その手にはコーラの瓶、琥珀がおごってくれたキンキンに冷えたコーラだ。
ほかにも偶然手に入れた戦前にアメリカで生産されたというコーラもキンキンに冷えており、どれから飲もうか悩ましくて笑みがこぼれてしまう。
しかしどれを最初に飲もうが結局はすべて飲むのだから考える意味はない、FNCはさっさと部屋着のジャージに着替えて椅子に座るとアメリカ産の珍しいコーラの蓋を栓抜きで抜いて思いっきり煽った。

「うーん!シュワッときてヌカッとさわやか!」

おいしい!FNCの頭はもうそれだけだった、味わって飲むことはしない。寝る前だというのに、もらったコーラをすべて飲み干した。そのおかげでおなか一杯になったFNCは、歯磨きをしてすぐさまベッドに横たわって寝息を立て始める。
どれくらい時間がたっただろう、ちょうど真夜中、耳元で妙な音が響き始めた。

カリカリ…カリカリカリカリ…

「ん?何の音?うるさいよー、寝れないじゃない」

どこかの部屋で何か削っている音が響いているんだろう、その時はそう考えて愚痴るだけにした。どのみちすぐに収まると考えていたからだ。夜中に大きな音を立てるのは周りに迷惑ということくらい仲間はだれだってわかっている。
だというのに、いつまでたっても妙に耳に触るひっかくような音は一向に収まらない。

カリカリカリカリ、カリカリカリカリカリ…

「もぅうるさぁい!だれよこんな真夜中に…あれ?」

ベッドから上体を起こして癇癪を起こしかけてふと気づく。この音は、壁から聞こえているわけではない。ましてやほかの場所から聞こえてるわけでもない。
自分の中だ、何かに反応したシステムが稼働音を鳴らしているのだ。しかもこれは最近よく聞く音だ、訓練で聞かされる音だ。
背筋がこわばる、まさか、あり得ない。この部屋は汚染されていない、この音が聞こえるはずがない。
何かの間違いだ、FNCはすぐさま計測システムを呼び起こし、思い当たるシステムを立ち上げた。
見てしまった、体内で暴れまわる放射性物質から放たれる放射線を計測したガイガーカウンターを。

カリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリ
カリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリ
カリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリンカリカリ
カリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリ
カリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリ
カリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリ
カリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリ
カリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリ
カリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリ!!

じりじりと体を内側から蝕む放射能汚染に言葉にならない悲鳴を上げ、大泣きして部屋から飛び出したFNCは一直線に笹木一家のハンガーに駆け込んだ。
結論、飲食するときはそれが安全かよく確かめましょう。




ミニ解説

ヌカコーラ
原典・FALLOUTシリーズ
ヌカッとさわやかヌカコーラ!旧アメリカ合衆国にて販売されていたコーラの一種。
放射性物質を含めたスリリングなフレーバーが特徴で、多種多様な味が販売されている。
ヌカコーラ社はこのコーラを軸に大規模展開しており、旧アメリカでは国民的飲料となって親しまれていた。
炭酸飲料だが保存食としての長期保存が可能、常温保存が可能で瓶は炭酸が簡単に抜けない仕組みになっている。
なおユーラシア大陸では当然ながら発禁されていて展開していない。


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第18話・シドロヴィッチの依頼

こんな地区もありそうだなって思って書いた、ただそれだけ。


グリフィン管轄区某地区、この地区を管理するグリフィン行政の区画整理によって住民の足が遠のいた貧民層が住むスラムの路地に笹木奏太はいた。

雑草とがれきに囲まれた見通しの悪い道で、ここを抜けると軍やPMCの車がよく使う幹線道路の脇に出る小道に出られる。

その道はこのスラムがまだ普通の住宅街だった頃の名残で、まだ使う住民がいるためか荒れてはいるものの通るのに支障はない。

その道を今回の依頼人が雇った運び屋は通り襲われた、しかし瀕死の重傷を負いながらも逃げ延びた。彼は運が良かった、逃げ延びた先でグリフィンの巡回部隊に拾われたために命を拾ったのだから。

そのおかげで彼は仕事を放棄したのではなく奪われて失敗したという確たる証拠も生まれた、のちの仕事には響くだろうが依頼人のシドロヴィッチも彼をこれ以上疑うことはないだろう。

それに彼も仕事には真剣に取り組む腕のいい運び屋だ、いざというときに取り返すために荷物には発信機を取り付けておりその受信機を託してくれた。

それを受け取った笹木一家は、二手に分かれて荷物の行方を捜索してここまで来たのだ。

 

(荷物の擦れた後、同じ連中か)

 

スラムの壁、傷だらけの角の中でも真新しい傷を手でなぞる。その傷に残っている僅かな塗料は、依頼品のケースと同じ色だ。

奏太は自分と同じように路地を探っていたAR-15とスペクトラM4を呼び寄せてその傷を見せる。

 

「それも同じかしら?」

 

「運び屋から聞いた背格好、背負った位置、人数、足並みからして間違いない」

 

「傷と方向からして…やっぱりさっきの奴らで決まりですかね?」

 

スペクトラのさっきの奴らという言葉に奏太は、この先の路地にバリケードを作って監視所にしていたゴロツキを思い出す。

見た目はどこにでもいる荒くれ物の二人組だが、状態のいいAKMを持ちチェストプレートを着こんでおりバリケード裏にいろいろ仕込んでいるように見えた。

場数を踏んでいるゴロツキといった風体だが、その中途半端な具合が奏太には引っかかっていた。

 

「十中八九そうだろうが、琥珀たちの偵察も併せて答えを出すべきだろう」

 

「引っかかってますね?」

 

「あいつら中途半端だ、装備はいいんだが妙に小物っていうか…」

 

「成りきってないって感じですか?」

 

「そんな感じ、新米が群れてるように見えたんだよねぇ」

 

同じようにスラムに探りに入った琥珀とSOPⅡが、別行動で荷物の発信機を追ってさらに奥に潜入している。

どうにもあの中途半端な風体が気にかかって奏太も判断しかねている、目星はついているのだからあわてず情報収集をしていこう。

琥珀たちの偵察結果と、この区域の市街地を回っている市代たちの情報を総合してから答えを探っていくべきだろう。まだ情報が足りない。

 

「そもそも妙な話だ、こういう仕事は細心の注意を払うもんなんだ…いや、前提がおかしいのか?」

 

「どういうこと?」

 

「前にも話したが、むこうとこっちは基本的に人の行き来はない。出てくのは楽でも入ってくるのは厳しいって前にも言ったろ?

こっちからモノを合法的に輸入するのも決まったルートしかないし、そのルートも金人時間が恐ろしいほどかかるから普段は好まれない」

 

今回、シドロヴィッチが使ったルートはハンターオフィスと国との繋がりに便乗したルートだ。出なければオフィスに堂々と依頼は送れない、オフィスは犯罪組織ではないのだから非合法すぎる仕事は扱わないのだ。

特にまだ国の法律が広く効力を持つ人類生存可能圏内の活動は注意しなければならない、街を一歩出れば無法地帯になっている圏外とは違うのだ。

 

「確か依頼人、向こうの運び屋、窓口、こっちの運び屋、発注代理人の順で品を手に入れて、また逆の手順でしたっけ?」

 

「おおむねそう、軍の要塞も経由するから窓口の前後に入れとけ。とにかく金と時間がかかるから、確実性の高いルートを選ぶはずだ。失敗したら大損間違いなしだからな。」

 

シドロヴィッチは用心深い男だ、彼の使うルートが簡単に妨害されて失敗するとは思えない。最新の情報を仕入れてうえで慎重に手順とルートを設定していたはずだ。

なのに運び屋は襲われた。そもそも運び屋はなぜこのルートを通った?スラムに妙なゴロツキがいるのにわざわざ近づくなんておかしすぎる。

ほかの地区を通るルートもあったはずだ、別のPMCが管理する地区も近くにあってそこを通ることもできたはず。なのにここを通った、それが引っかかる。

 

「止まりなさい!」

 

合流地点にしていたスラム外れ向かう小道に出たとき、横から急に声をかけられて奏太は足を止めた。

声のしたほうを向くと、先ほど町に入る前は見当たらなかった車が駐車されておりその前で二人の少女が忌々しそうに唇をゆがめていた。

右目に縦一本の傷がある栗色のツインテールの少女がUMP9短機関銃、露出の多いもこもことした服を着た青い髪の少女はM249軽機関銃をそれぞれ携えている。

 

「あなたたちがU05のハンターね」

 

自分がハンターであることを知っている?少しいぶかしげに眉を顰めるが、彼女の背後に見える車にグリフィンの社章がついているのに気づいて納得した。

おそらくこの地区を管理している基地所属の部隊なのだ、この基地には運び屋の事を尋ねるときに連絡を取っていたし仕事をすることも伝えているから知っていて当然だ。

しかしなぜ今こうして接触してきたのだろう。

 

「あぁ、何か用か?UMP9」

 

「よく知っているわね、ドールマニアかしら?」

 

「マニアって程じゃねぇよ、グリフィンの戦術人形でその銃ならそうだろうと思っただけだ」

 

「そう。忠告するわ、手を引きなさい、これは脅しじゃない」

 

「なぜ?」

 

「あいつらの規模は大きいわ、装備もいい、わかるでしょ?」

 

それはさっきの監視所を見るだけでわかる、中身はまだただの野盗だがだいぶ手馴れてきているように見えた。

装備も手になじみ始めていて、この一帯を縄張りにしたゴロツキから立派な野盗になりつつある途中だろう。

グリフィンのように行政と治安維持がしっかりしている地区ではなかなか見られない状態の半端者だ。

ふつうはそうなる前に頭を押さえられるか、やり辛さを感じて別のもっと無法地帯の地区や裏の世界に逃げている。

 

「悪いがこっちも仕事だ、そもそもあいつらが荷物を奪ったのが悪い。他人の物はとっちゃいけない、そうだろ?」

 

「あきらめなさい。一つの荷物のために町を危険にさらすわけにはいかないわ、もし騒ぐというなら」

 

「その時はあんたらのお仲間が落ちちゃうよ?」

 

UMP9がM4SOPMOD2の声がしたほうへ向く、廃墟の二階から身を乗り出した彼女は小柄な少女を抱きかかえてニヤニヤ笑っていた。

彼女は琥珀と一緒に行動していたはずだ、おそらく近くに彼女もいるだろう。

SOPⅡに目を向けたM249は目を見開く、SOPⅡが拘束している人形は彼女の仲間のようだ。

 

「MP5!?それにSOPMODⅡ!?AR小隊がなぜ!!」

 

「ARじゃなくてSPARだよ!それよりなんでお仕事の邪魔するの?そもそもあいつらなんで放っておくの?

見てきたけどはっきり言ってただのゴロツキじゃん、装備には気を使ってるみたいだけどグリフィンなら一蹴できるレベルだよ」

 

「あなたには関係ない、仲間を開放しなさい!」

 

「教えてくれたら放してあ・げ・る♪」

 

「ふざけるな!あんたらのせいでこうなったっていうのに!!」

 

激高したM249がひどくイラついた形相でSOPⅡに銃口を向ける。見た目によらず激しい性格らしい。

AR-15がいるのに気づいてないのは格好が違うからだろうか?二人とも背後に琥珀が回り込んでいるのにも気づいていないようだ、彼女は余裕そうに壁に寄りかかって見物に徹している。

SOPⅡの挑発的な物言いは琥珀からの入れ知恵だろう、あえてつついてどう出るか見ているに違いない

 

「この距離でそれはまずいでしょ?」

 

「うるっさい!あんたらがしっかりしないからこっちはいっつもいっつも寝不足でイライラしてるの!!」

 

「いやそれ私に言われてもなー…そっちの指揮官に頼めば?人形増やすとか」

 

「お前ら前線が馬鹿みたいに発注するからでしょうが!!そのせいでこっちは―――」

 

「ミニミ、やめなさい。銃を下ろして」

 

激昂したM249をUMP9は一目で睨んで黙らせる。M249はまだまだ言い足りなそうだが、表情を怒らせたまま口をつぐんだ。

 

「悪いけど、ここではあなたたちは部外者なの、勝手な行動はしないで」

 

「何それ、同じグリフィンじゃん。何なら一緒にあいつらやっつけない?困ってるなら―――」

 

「戦争屋の手は借りないわ」

 

これはもしかしたらもしかするのかもしれないな、奏太はUMP9のSOPⅡに向ける侮蔑のこもった視線を見て感じた。

SOPⅡはそれを見て首をかしげるが、少し思い当たったのか素直にうなずくとMP5を室内に引っ込めて手放した。

 

「え?」

 

「もういいよ、あ、銃は彼女に渡すからあとで返してもらってね?」

 

SOPⅡは窓から身を乗り出すとそのまま飛び降り、UMP9に歩み寄ると弾倉を外したACOGサイト付きMP5短機関銃を差し出した。

 

「ほいこれ、壊してないから安心して。お巡りさん」

 

「…馬鹿にして。さっさと消えて、仕事の邪魔よ」

 

「だから私たちもお仕事だってば」

 

「するのは聞いたけど支援しろとは言われてない、もし変なことしたら同じグリフィンだろうがしょっ引いて豚箱にぶち込んでやる」

 

UMP9は吐き捨てるように言うとMP5短機関銃をひったくり、近くの階段から降りてきたうなだれる戦術人形のMP5を優しく迎える。

そして奏太たちに一瞥もせずに車に乗り込むと、そのまま去っていった。

 

「敵視されとるのぅ…いかん、前にもあった気がする」

 

「こういう嫌な予感は当たるんだ…俺らも車に戻ろう、向こうにも話を振ってみるか」

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

この地区の中央区、中流階級の多く住む地区の露天商が多く並ぶ広場は多くの人でにぎわっている。

その一角にあるカフェの一角のテラス席で笹木美奈は合成オレンジジュースを飲みながら無線で問いかけてきた奏太に答えていた。

 

「治安はそんな感じはしないけど、路地裏にゴロツキが多いかな」

 

≪町の規模に比べて?≫

 

「そうだね、この町はいい感じに復興してるし流通も滞ってないから活気はあるけどそれに対して警備が少ないね」

 

美奈は広場の隅にあるグリフィンの戦術人形がいる交番に目をやる。入りやすいよう大きくあけられた開放感のある出入り口から見える室内の、受付の奥に見える事務スペースには大体4人から5人分の机が置かれているように見える。

だが今のところ、配備されているのは正面にP08が一人と受付に事務方人形が一人だけだ。活気のある広場の中では人気が少ない。

それに内部の様子もアンバランスだ、最初は4人くらい配置されていたらしく小物やファイルが机に設置されている。まるで人員削減にあったばかりのようだ。

 

「それにゴロツキの動きがアンバランスに見えます、あっちも様子見な感じでぎこちないです」

 

美奈の向かいでコーラを飲むP38のサラも、広場の片隅で居心地悪そうにしている柄の悪い集団をちらりと見つつ伝える。

いかにもアウトローといった風体なのだが、妙に縮こまっており周囲の目を気にして挙動不審だ。

周囲の視線を過剰に反応し、緊張感が表情にあふれていて睨みを利かせるP08だけでなく周囲の市民たちの視線すらも気にかけているように見えた。

 

≪なるほど、市代は?どう見る?≫

 

「ごめん、今絶賛戦争中でここにいないの」

 

美奈は無線機をいったん外し、近くの露天商と舌戦を繰り広げる市代の声が入るようにマイクを向ける。

いかにも商人というおっさんと雑多な品が多い露店の品をあれこれ手に取りツインテールを揺らしながら言い合うM14の市代が発する熱気は周囲をも巻き込みちょっとした見世物となっていた。

彼女と一緒に買い物をしていたM4A1はその間に挟まれすっかりおろおろしており、その様子がさらに見物客に受けていた。

 

「その缶詰も買うから、これくらいにならないかな?」

 

「馬鹿言っちゃいけねぇぜ!こいつも買うならこれくらいだ」

 

「その缶詰は賞味期限近いでしょ、もう少し負からない?そしたら買うけど」

 

「んーならそれは良しとするがこっちのラクダの刺繍は定価で買ってくれ、いい品だろ?」

 

「まったまった!ならこのサテンのロールも買うからセット価格でこれくらいでどう?」

 

「それじゃ赤字だ、税込みでこんくらいはもらわんとな。こっちだって商売だぜ」

 

「高い!缶詰も買ってあげるんだからもう一声!!」

 

「い、イチヨ、それくらいでいいんじゃないかな?十分安いんだし」

 

「「まだまだ、ここからが本番!!」」

 

「なんで息ぴったりなの~~!?」

 

喧々諤々の値切り交渉を論じる市代にM4A1はタジタジである。久しぶりに白熱したショッピングになっているので美奈はあまり邪魔したくなかった。

 

≪OK、経済は回ってる。ほかに気づいた点は?≫

 

「あたしはここのグリフィンの奴らの目が気になるね、なんか妙にチラチラ見てる感じがする」

 

話に割り込んだM16A1がゴロツキの集団から目を離し、広場に入ってきたグリフィンの巡回部隊に目をやる。

MP446とアストラの二人組で、店の店主やお客とは親しげに話しているがM16達の存在に気づいているらしくちらちら様子をうかがっている。

その視線は悪感情と疑いの色が強く、身に覚えのない濡れ衣を着せられているようで気分が悪い。

それは美奈やサラも同じように感じており、チョコバーをかじっていた416が仕返しに思いっきりにらみを利かせると二人は白々しく背を向けて知らんぷりした。

 

「やり辛いったらないわね、同じグリフィンのはずなのに無言で厄介者扱いよ」

 

≪まさにそうなんだろうよ、俺たちの所に釘刺しに来たしな≫

 

「妙な話ね、一緒に一仕事誘えば嫌な顔されたんでしょ?」

 

≪連中もゴロツキには困っている風に見えたけどな、だから判断しかねてる≫

 

「それならさっきおじさんから面白い話を聞いたわ!」

 

値切り交渉を終わらせ、紙袋を抱えてホクホク顔で戻ってきた市代が割り込んだ。

無線の向こうで琥珀が聞き返してくると、市代は無線機をM4に渡して促す。

 

「M4です、店主さんの話だと最近転勤になった戦術人形の方たちが多いそうです。常連さんで親しかったから少し心配だとか」

 

≪転勤?ここ最近かのぅ?≫

 

「はい、時期的にはそうですね…S地区の大規模侵攻の後かな」

 

≪…おーおー、よくある話ではないか?≫

 

S地区における鉄血の大規模侵攻で被った被害は大きい、かのS09P基地も多大な損害を被り一時的に機能を喪失したとさえ言われている。

S地区のグリフィンは戦争のプロが勢ぞろいしている超がつく激戦区であり、指揮官の能力も戦術人形の連弩も高い精鋭ぞろいだ。

その指揮官たちと戦力をもってしても防衛にかかりきりになるくらい苛烈で、指揮系統が不安定で足並みがそろっていなかったとしてもすさまじいものだったらしい。

その余波だけでも多くの基地が損害や部隊壊滅の憂き目にあったとしても不思議はない。

S09P基地の戦闘をUSPコンパクト経由で知ったU05基地としても、その場にいれば定点防衛を放棄してゲリラ戦に移行しなければ壊滅必至と判断したほどだ。

それを補填するために各所から余暇戦力を移動させるというのは理にかなっている、何かを察した琥珀の含みのある返答に416は肩眉をひそめて問い返した。

 

「コハク、何か引っかかることでも?」

 

≪簡単な話じゃが…いや、これは合流してからのほうが説明しやすいわい。宿で説明してやろう、フランからの情報があればわかりやすいはずじゃ≫

 

「フランから?何か調べることでも?」

 

≪あぁ、この地区の戦力とかな。さわりだけでも出てくりゃ一目瞭然じゃろうてな≫

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

U05基地の夜は基本的に早い、夜になれば基地外周が消灯されるので真っ暗になり出歩く人影も夜勤担当以外居なくなってひっそりとする。

これは人気がある上に夜に明るくしすぎていると腹を減らした虫型ミュータントが際限なく寄ってきてキリがないからだ。

夜中に窓の外で変な音がして外を見た、あるいは朝に窓の外を見たら人間大の蚊や人間の頭ほどの蝿とご対面という事例が多発したら誰だって嫌になる。

すべての窓に防弾シャッターをつけて対策したりもしたが、やはり寄って来させないのが一番ということもありこうなったのだ。

フランとドリーマーの夢子も仕事のために早々と事務所の窓のシャッターをしっかり施錠し、光が漏れないようにした室内で奏太から頼まれた資料を片手にため息をついていた。

 

「指揮官の睨んだとおり、この地区の活動人員は大幅に削減されてるわ。全盛期のおよそ半分ね」

 

≪おやまぁ…その理由は言うまでもないか≫

 

通信先の奏太は肩をすくめているのだろう。

 

「えぇ、鉄血の崩壊と今までわたる大小さまざまな武力衝突による損耗と費用が各所の運営を間接的に圧迫してる。その基地も例外じゃない」

 

フランシスはグリフィン本部から取り寄せた奏太たちのいる地区の変遷と、グリフィン内部での戦力の移動記録を広げながらため息をつく。

 

「そこは鉄血の戦闘とはほぼ無縁、ある意味国家が求めたPMCの役割を今も果たしている地域ね」

 

≪いわば後方だな、安全な場所だ。経済に余裕もありそうで活気がいい、しかしそれがどうしてこんな風に?≫

 

「安全で余裕があったからよ、多少戦力を抜いても問題ないと考えたんでしょ」

 

≪配置転換?余裕があるなら遊ばせてる理由はないだろうしな、それが問題なのか?≫

 

M16の声色はやや不思議そうだ。無理もない、彼女は最前線に送り込まれ続けてきた生粋に兵士だ。

生まれてから今まで一度も『正常なPMC』としての活動とは無縁の戦闘ばかりで経験はほとんどないのだから想像したことがないのだろう。

 

「そもそも私たちに求められているのは国に代わって地方行政と治安維持を行うこと、意味は分かる?」

 

≪あぁ、国だけじゃ手が回らないからPMCに委託を…あぁ、そういうことか≫

 

「私たちは本来警察あるいは州軍ってところ、でも私たちが今してるのは何かしら?」

 

「まんま戦争よね、旧来の傭兵と何ら変わらない。国の求めたそれとは逸脱してると言えるわ、会社の営業だけでそんな膨大な予算を稼ぎきれるとは思えない」

 

もちろん国はPMCに戦闘力を求めてはいた、しかしそれはあくまで治安維持のためであり戦争を行うためではない。

答えを割り込んだ夢子の言う通り、グリフィン&クルーガー社はあくまで民間軍事会社という一企業でしかない。相手が同じ一企業体だった鉄血工造だとしても規模が違いすぎる。

グリフィンはたしかに国から行政を委託されるほどだとしても、鉄血はそのさらに上をいくIOPと鎬を削った巨大企業なのだ。

こちらがあくまで戦いに向いた企業運営をしてきて、さらにIOPや軍との繋がりがあったからこそうまくやりあってこれただけとも言える。

さらに言えば鉄血のグリフィンは対等な立ち位置ではない、鉄血はリソースをフルに戦争に振り分けられるがグリフィンはすべてを戦争に使うわけにはいかないのだ。

もともと国から任せられている行政を回し、地域の安定化を図り、住民たちを安心させ、生産力を培い経済を回して自分たちの食い扶持を得なければならないグリフィンは、鉄血よりも多くの仕事をこなしながら戦争を行わなければならない。

鉄血のリソースは有限で再調達が難しい立場だとしても、使える量が桁から違うのだ。

 

「社長は軍とも懇意で便宜を図ってもらってるけど、歪みが出てきてるのかも…」

 

「会社の上はこの特需でウハウハか、そりゃ自分たちの能力を見せつけるチャンスが向こうからやってくるんですものね」

 

≪勇敢なる兵士をあなたのボディガードに、能力は実戦証明済みってか?この上ない謳い文句だな≫

 

この世はいまだに混迷の中、戦前のような安全な場所は限られていて外を移動するだけでもどんな悪意に襲われるかわからない。

企業の幹部などの富裕層からしてみれば日ごろから恨みが多くて困ることだろうし、何より人間だけでなく化け物も不意に襲ってくる可能性もないではない。

そんな時に身を守ってくれるボディガードの能力が、鉄血との戦争という目に見える形で証明されていてかつお金で買える上に替えが利く。

さらに戦術人形たちは見た目麗しく花がある、魅惑の美女からかっこいい麗人まであらゆるニーズにこたえられる至れり尽くせりの存在なのだ。

 

「資料を見る限り、そこは今までも大きな事件なんかは起きてない安全な地区ね。鉄血が暴れだしてもせいぜい難民が増えたくらいで犯罪率とかは大して変わってない」

 

≪そこの指揮官はやり手なんだね、信頼もされてるし、住民とも仲がいい、か。だからかぁ≫

 

納得したのかSOPⅡも感心した様子だ。

 

「そこらへんもギリギリなんでしょうね、がんばったツケが回ってきたのよ。上は数字しか見なかったの。追加資料を送るわ、さっきのはあくまで町のお話だし」

 

≪どれどれ…あ、だめだこれ、最近も基地の外周巡回部隊が襲われてる。その前なんて戦力をさらに抜かれてるよ≫

 

「町を守るので精一杯、周りに手が届かなくなってるからスラムに悪いのがたまりつつあるってこと。しかもこの損害をまだ補充できてないの。

夢子に少し探ってもらったけど、前線の損耗を補填するのに人形の素体が回されててそっちに回す数が確保できてないそうよ。同じようなところはいくつもあるわね」

 

≪もしかすると人質になってるかも…でも救助にも行けてないねこれ、そりゃキレるか、ひっかきまわしに来たようなもんだし。どうするの指揮官?≫

 

≪そうだねぇ、忍び込む…じゃ結局暴れるか、皆殺しでいこう≫

 

「…やめるって選択肢はないのか」

 

ない、奏太たち笹木一家の返答は簡潔なものだった。その基地の現状は調べて知ったが、彼らにとっては関係ないことなのだ。

多少は配慮するだろうがそれでも仕事優先で行動するつもりらしい、良いところでも悪いところでもあるドライっぷりだ。

 

≪俺らも仕事だ、つまりあいつらが暴れるとどうしようもないから釘差しに来たんだろ?

明日の夜、全部終わらせる。そっちから指揮官にそれとなく偵察を送るよう仕向けといてくれ、空き家に家主を戻さにゃならん≫

 

こいつらやらかす気だ。フランシスは何かあった時のためにどう向こうの指揮官に言い繕うか考えることにした。

窓の外で何かひっかくような音が聞こえる、どうやら今日はついてない日らしい。

フランは引き出しからサプレッサー付き44口径マグナムリボルバーを取り出すとシャッターののぞき窓を開けて外にいる巨大な蚊、ブラッドバグに向けて引き金を引いた。

 

 

 

 




あとがき
グリフィンだって鉄血相手にしてるところだけじゃない、という妄想からこんな感じになりました。
うちも元最前線、今は化け物殺しだけど本来のPMCは国がやりきれない地方行政の下請けって解釈してますので。
それなのに鉄血と絶賛戦争中なのでそのしわ寄せがくる場所もあるわけで…そんな地区がここってわけです。
前線でバカスカ壊してその分補充すれば回ってこないところもあるわけですよ、まぁそれは笹木一家には関係ないから次で仕事します。
また今更ながら焔薙様のところより、S地区大規模戦闘の一件を使わせていただきました。USPコンパクトちゃんとのつながりが使えてうれしい。


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第18話・シドロヴィッチの依頼2

戦後モスクワメトロ脅威のメカニズムと阿吽の呼吸、また胸糞描写注意。



今日もスラムは静かだ、男はAKMのスリングを肩にかけなおしながら監視所になっている路地の壁に背を預けたまま眠い目をこすってはあくびをしていた。

グリフィン管轄区の某地区にあるスラムの古びたモーテルは自分たちのチームが占拠してしばらく経つ、この間いくつか『仕事』をこなしてきたが今夜は一段と暇だった。

いつも生意気なグリフィンのお人形たちを見ることもなく、周辺住民の不安そうな視線を感じることもない。

これなら自分ももう一仕事したかった、こんなところでボーっとしているなんて退屈すぎる。

我ながら馬鹿をした、あの運び屋に変な情けをかけるんじゃなかった、と何度も悔やむがもうどうしようもない。

 

「退屈だねぇ」

 

思わず愚痴がこぼれる、もしまた仕事に行ければそこでこの前の仕事の汚名返上できる。しかし前のへまで新しい仕事では外されてしまい、前の仕事は実入りが良すぎたせいで処理に時間がかかっている。

そのせいで自分はこの暇な立哨をずっとする羽目になっている、しかも次の交代が遅いとなれば愚痴りたくもなる。

簡易的なバリケードと座哨用のいすに目をやり、ルール違反だけども座ってしまおうかとも考えるが今座れば確実に寝てしまいそうなのでこらえることにした。

 

「リーダー、早く次の仕事持って来いってんだ…」

 

「仕方ねぇよ、この前の奴に買い手がつかないってぼやいてるし」

 

「おせぇ!何やってやがった!!」

 

「悪い悪い、ついつい夢中になっちまってよ。」

 

交代の兵士、やや軽薄そうな男の同僚は腰を前後させながら下衆な笑みを浮かべる。

捕まえた人形で楽しんできたのでとても上機嫌だ、自分はここでずっと歩哨だというのに。しくじった自分も悪いが。

同僚はおやじ臭い吐息を吐きながら監視所の椅子に座って背伸びして背もたれに寄り掛かった。

 

「定時連絡、Dポイント、異常なし!」

 

「何が異常なしだスレスレ野郎」

 

「そんなこと言ってていいのか?お前のお気に入りちゃんならグレイの奴に連れてかれてたぜぇ?」

 

「くそっ、あいつかよ」

 

聞きたくなかった、お気に入りとはいえ自分専用というわけではない。当然仲間の全員が使う権利がある、特に見た目麗しい新品のグリフィン人形ならなおさら人気だ。

しかしよりにもよって扱いが異常に荒い壊し屋の彼女に目をつけられてしまうとはついてない。彼女は仕事を人形に奪われてから人形を憎悪している、見た目麗しいならなおさらだ。

これはもうバラシだな、と考えていると監視所を照らすライトの電気が消えた。次いで換気用の扇風機の音が途絶え、無音と闇に風景が包まれる。

一瞬の思考の空白の後、彼は咄嗟に肩にかけていたAKMをいつでも構えられるようにして安全装置を外した。

グリフィンの襲撃かと考え、すぐに反撃できるように身構える。このあたりのグリフィンはだいぶ戦力を抜かれているとはいえ格上なのは違いない。

 

(くそったれ、グレイのせいだ)

 

やはり部隊を壊滅させたのはまずかった、動きを見るための牽制だったはずの攻撃で人形嫌いのグレイがやりすぎたせいで行き過ぎた。それで彼らを怒らせたに違いない。

しかし、その懸念はリーダーからの連絡で霧散した。発電機の故障だ。感度の悪い無線で聞き返す同僚の影がやれやれと肩をすくめる。それを聞いて彼は静かに安堵した。

モーテルの発電機は古いので、整備していても機嫌を損ねる時がある。偶然それが今日だっただけだ。

 

「また発電機か?」

 

「あぁ、さっさと修理したげふっ!?」

 

「きったね!?」

 

向かいの同僚がせき込み、勢いよく飛んだ唾のようなものが服に掛かる。暗闇でよくわからないが、生暖かくて気色が悪い。

胸糞悪い、ただでさえ発電機が不調で薄暗い上にグリフィンの襲撃を警戒していて気が立っているというのにこれだ。

薄暗い向こう側で突然黙った同僚は、身じろぎせずにうなだれて椅子に座っている。くそ、謝れよ。

 

「おい、何か拭くのくれ」

 

同僚は答えない。無視か、聞こえていないはずがないからきまりが悪いのだろう。お前の服で拭いてやる、彼は苛立ちながら同僚のほうに手を伸ばして、喉仏に唐突な衝撃を感じて後ろに押し飛ばされた。

その衝撃で彼は壁に押し付けられ、首筋から刺さった何かに壁へと縫い付けられて身動きが取れなくなった。

そこで気づいた、暗闇に慣れてきた目が同僚の姿を薄くだが見えてしまった。同僚は額に鉄の棒のようなものをはやして、目を大きく見開いたまま即死していた。

 

「―――」

 

自分の首に刺さっているのが同僚の首から突き出ているものと同じ鉄の矢だと気づいた。敵だ、頭ではそう考えるが体が動かない。首から下の体の感覚がまるでなかった。

近くの暗がりから誰かが出てくる、自分をやったやつに違いない。グリフィンだろうか?そう思ったが、すぐにそれは否定した。

次第に薄くなっていく意識の中で彼が見たのはまるで昔の軍人のような姿をして、バラクラバをかぶり見慣れない銃を持った男だった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

壁に縫い付けた野盗の表情から生気が抜ける、それを傍目で見ながら奏太は暗くなったバリケードの中に足を踏みこんだ。

バリケードは想定通り裏から補強されていて見た目よりも固い代物だ、時間稼ぎには十分だろう。

敵は30名ほどでモーテルを中心にスラム街の一角に陣取り、モーテルの発電機で電力を供給している監視所を設けている。軍人崩れでもいるのか哨戒網も作っていてなかなかのものだ。

うまく潜り込んでも野盗が集めた物資は数多くあるだろうし、すばやく目当ての荷物を見つけ出すのは難しい。奏太はそう考えて笹木一家のいつものやり方をすることにした。

 

「クリア」

 

モーテルの壁に縫い付けられたまま息絶える野盗の男から目を外し、周囲を見渡してから奏太は新しい矢を腰の矢筒から引き抜く。

8連発空圧式クロスボウ『ヘルシング』の空いた弾倉にそれをはめ込み、素早く手動ポンプで加圧しなおして構えなおすと背後に合図を送った。

後ろの物陰で待機していたAR-15とスペクトラM4が、静かに出てきて背後につく。

彼女たちもよくある野戦服を着こみ、バラクラバを被ったうえで戦術人形としての信号類を完全に停止させている。

握っている銃も奏太と同じヘルシングのみで、使い慣れている銃は置いてきていた。

 

「次の提示報告まで15分、長くても30分。騒がせるな」

 

観察から分かったのはこいつらの電力供給減はモーテルの発電機のみで、かつ定時連絡は必ず15分おきということ。

先に市代とSOPⅡが忍び込んで発電機に細工をして電力供給に支障が出るようにした、経年劣化に見せかけているのですぐには異常とは思われないだろう。

その隙に定時連絡を終えたと同時に監視所をすべて潰し、巡回や居合わせた野盗は皆殺しにしつつ内部に侵入し、音を立てずに一方的に皆殺しにする算段だ。

普通ならばうまくはいかない、だが相手は少し頭の回る野盗でしかないのなら簡単だ。

 

「りょ、了解です、お任せください」

 

「相手に気づかれないうちに殺せばいいだけだ、手本を見せてやるからついてきな。念のため聞いておく、オフラインだな?」

 

「いつも通りに!」

 

「ならよし、ここからはおしゃべり禁止だ」

 

さすがに少しおびえているスペクトラにしっかりついてくるように伝え、奏太はモーテルの暗い影の中をゆっくりと進む。

同じように別ルートで美奈とM4が地上を、琥珀とM16、サラとHK416がそれを援護するルートを取って同じように進んでいるだろう。

真っ暗闇ではない僅かな光源が、闇をより際立たせているモーテル内は静かに行動するのはたやすい。極力影の外に出ないように、静かに進む。

音が反響しやすいトンネルでも通じる身のこなしは完全に染みついている。

裏路地の角からライトの明かりが見えた、咄嗟に物陰に隠れると歩哨が一人ぶらぶらと歩いてくる。おそらく先ほど無力化した監視所に行くのだろう。

放っておいては騒がれる、すぐに排除を決めると奏太は物陰で息をひそめて歩哨が十分近づいてきてから物陰から手を伸ばし、口をふさいで物陰に引っ張り込んで首をひねった。

歩哨の死体を物陰にしっかり押し込み、隠れている二人に合図をしてから再び進む。また歩哨が二人組、路地でサボっているようだ。

二人に手信号で合図して共同で始末するように指示する、ヘルシングの空圧式特有の静かな発射音は距離が少し離れているだけで掻き消えるほどに小さい。

僅かに空気が漏れる音が2発同時に聞こえると同時に、サボっていた二人の頭に鉄の矢が生えて一撃で命を刈り取った。

少し進むと開けた場所に出た、モーテルの駐車場のようで廃車だらけの駐車場の中で野盗たちが焚火を囲んで暢気にしゃべっている。

5人ほどが焚火を囲んでおり、一人だけでは殺すのは難しそうだ。奏太は手信号では以後の二人に合図を送り静かに周囲に展開させる。

彼女たちはヘルシングを壁に身を潜めて構える、狙う相手を手信号で二人に指示してから奏太は支援位置についているだろうさらに手信号を送った。

 

≪いつでも≫

 

サラの短い返答と同時に、奏太はヘルシングを構えると素早く女の頭に向けて引き金を引く。僅かな圧搾空気が漏れる音と同時に鉄の矢が飛び出し、男の頭を射抜いて即死させる。

壁に寄りかかっていたせいで貫通した矢がコンクリートに突き刺さり文字通り縫い付けられた。

唐突に仲間を失ったほかの野盗たちだが、騒ぎ出す前にAR-15とスペクトラの放った鉄の矢に貫かれて一言も発さないまま息絶えた。

残り二人もコンマの差でサラたちの狙撃で脳天を撃ち抜かれて一言も発することなく倒れる。

 

「うわ、グロ・・・」

 

AR-15は自分が放ったヘルシングの矢で哀れな太っちょの頭をコンクリートに縫い付けて小声でびっくりしている。

今回のようにどこにでもある圏内製スポーツ用の鉄の矢を使っていても、ヘルシングの射出力ならボロボロのコンクリートくらい刺さる。

3人で分担して僅かな血痕に土やがれきをかけてごまかして死体を物陰に隠す、焚火のおかげで物陰の影が濃いのですぐには見つからない。

 

≪奏太、配置につきました≫

 

「了解、外は任せる。このまま中に入って狩る」

 

≪了解≫

 

談笑が途絶えたのが気になったのか中庭を覗き込んだ野盗の頭が無音で飛来した鉄球弾で貫かれるのを視界の端にとらえながら奏太はヘルシングを構える。

15分が過ぎ、定時連絡の時間になるが反応がないことに周囲の警戒が少しあわただしくなるがその程度はむしろ隙になる。

美奈とM4が別ルートで二階を制圧し始めているだろうし、地下は市代とSOPⅡが裏工作と地下の確保を行っているはずだから余計に引っ掻き回されるはずだ。

怪しいと思いつつ半信半疑だったりするその心理状態の隙をついていく。

野盗は見つけ次第ナイフを突き立て、時に投げ、一度やり過ごしてから静かに首を折る。忍び込みつつ徹底して殺し尽くす、一人も暴れさせるつもりはない。

 

(数だけは多いな)

 

食堂から出てきた男をやり過ごし、廊下の影で待ち伏せて首を折った奏太は、食堂に誰もいないのを確認してから抜ける。

その向こうですでに眠っている野盗がいる部屋を見つけた、二段ベッドで暢気に寝息を立てる野盗に鉄の矢を打ち込んで確実に息の根を止める。

廊下をさらに進み、宿泊用の部屋が並ぶエリアに入ると壁の向こうで物音が聞こえた。一階で見ていないのはこの部屋が最後だ。

慎重に中を覗き込むとボロボロの女性が椅子に縛り付けられて野盗の女性に甚振られていた。

その凄惨な光景についてきていた二人が驚き、助けるためにヘルシングを構えようとしたのを奏太は止めた。

椅子に縛りつけられているのは戦術人形だろう、衣服はすでに剥ぎとられ粗末なぼろ布に着替えさせられている。

その彼女を嬲るのは女性、その横には同じように嗜虐心に満ちた笑みを浮かべるもやしのような細い眼鏡の男とほかに数人だ。

それを見たスペクトラが目を見開き、手信号で嬲られている人形の素性を伝える。C96に違いないらしい。

 

「ほら、ほらぁ!!痛いかい?苦しいかい?」

 

「なんで、どうして…」

 

うつむいて泣いているC96を見つめ、野盗の女はひどく嗜虐的な笑みを浮かべると髪をつかんで引っ張り上げる。

C96の左目はなかった、顔が赤く腫れあがり、口からも大量に出血している。痛みを感じ続けているということは、おそらくシステムにも細工をされているのだろう。

 

「お前さえいなけりゃ、お前ら人形さえいなければ!あたしは仕事ができたんだ!!働けたんだ!!この!この!!」

 

「痛い!痛い痛い痛い!!」

 

「なんで道具があたしたちより良い服着て、良いもの食って、いい部屋で寝てんだ?あぁ!!?」

 

ここからでは角度が悪い、一度に一気に殺すには少し奥に行く必要がある。奏太は二人の位置取りを手で示し、静かに室内に忍び込んだ。

耳に入る殴る音とC96の悲鳴に胸糞悪さを覚える、このタイプは嫌な部類だ。恨みが熟成されすぎていて制御不能になっている、自分では善悪の判断もつかないから何でもやるようになるのだ

 

「謝れ!あたしに謝れ!!人間に謝れ、謝れ謝れ謝れ!!!」

 

平手で殴り続けられるC96に反応が薄い、一刻の猶予もないと見た。配置につく、ほかの二人も準備完了だ。

 

「あんたみたいなのが生まれなけりゃなぁ!あたしはな、あたしはなぁ!!」

 

「グレイさん、そろそろ―――」

 

奏太は野盗の言葉を待たずにヘルシングで射抜く、同時にグレイと呼ばれた女の額と胸にAR-15とスペクトラの放った矢が突き刺さった。

二人を襲った鉄の矢に驚いた野盗の手が銃器に伸びるが遅い、彼らの体に鉄の矢が生えるほうが早かった。声が出せないように口かのどを確実につぶして静かに始末する

自業自得だろうに、奏太は野盗達の死体に侮蔑の視線を向けてから気を失ったC96を椅子から解放して静かに床に横たえた。

何度も慰み者にされた後にこの意味のない拷問をされてC96の体は無残なものだった。

四肢はまともに動かないよう細工されていて、そのうえで治せないようにめちゃくちゃにされていた。

知識がない頭の回る素人が意図的にやったものだ、規則性も手順もなくかつ意図的にいじるから判別も難しいこの場で下手に触るのは危険でめんどくさい部類の破壊工作だ。

首筋の接続部にはやけどが見られ、プログラムを書き換えるようなものではなく電脳自体に損傷がある可能性もある。人間でも人形でも重大な後遺症が残るレベルだ。

 

「だ、れ?るがー?」

 

目も見えていないらしい、無事だと思った右目は瞳が濁っており機能していないようだった、何かの拍子に傷ついてそのまま治療されなかったのだろう。

 

「ないん?みにみ?えむぴ?みえない、だれ、あなただれ?」

 

返答がないのが不安だったのか、声が震えだす。答えられない、証拠は最小限に抑える必要がある。仮に自分が誰か答えてもきっと彼女は安心なんてできないだろう。

部屋の隅に置かれた汚れたマットレスを引っ張ってきて、奏太は無言でC96を静かに乗せるとAR-15とスペクトラに手信号で介抱するように指示した。

 

「り…」

 

AR-15が口を開きかけるが、すぐに口を閉じてうなずく。彼女たちを任せると、部屋を出てドアを閉める。

この地区のグリフィンが後始末に来た時にでも助けてもらえる、それまで辛抱してくれるよう祈るばかりだ。

 

「ダーリン」

 

ふと頭上から声を聞こえる、見上げると自分と同じように野戦服姿でバラクラバを被ったコルトM1911の美奈が上階から階段を下りてきた。

おそらく上にいた連中を殺し尽くしてきたのだろう。彼女はサバイバルナイフに付いた血を払いながら言う。

 

「M4は?」

 

「介抱してもらってる、その、お楽しみ中の奴もいてね」

 

どうやら二階も同じような部屋があったらしい、俺もだと奏太は頷く。

 

「荷物は地下にあるみたい。市代が先に探してる」

 

「了解、俺らも向かうか」

 

≪奏太、報告です、別動隊の車列が見えました。ばれましたね≫

 

唐突に割り込んできたのは、外で周辺警戒と外周に出てきた野盗を狙撃していたワルサーP38のサラ。

手動加圧式空気銃『ティハール』で外部の敵を殺し、周辺警戒に徹していた彼女が言うにはすでに正面玄関に車が横付けされているそうだ。

外で殺した死体も見つかっていて、野盗たちは殺気立っている。今にも引き金を引きかねないが、統率しているリーダーが手綱をしっかり握って指揮を執っているそうだ。

人数は20名前後、全員がAKMを持つなど装備も整っている。まともにやり合えばきついだろう、まともに戦うのであれば。

 

「サラ、動きは?」

 

≪外を固めてから入るようです、合図があるまで監視に徹しますね≫

 

「んじゃ、怖がらせてやろう」

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

4台のボロボロのピックアップトラックでモーテルに乗り付けてきた野盗の部隊を見下ろしながら、サラはティハールの加圧ハンドルでティハールに空気を補充しながら陣容と持ち物を見ながら相手の動向を探っていた。

おそらく一仕事終えてきた後なのだろう、テクニカルに改造されたピックアップトラックには盗んだと思われる物資が満載されている。

武装はこの基地を守っていた野盗よりも充実しているが消耗している節が見られ、何人から負傷しておりトラックの周囲で警戒している。

 

(装備がいい、ほかの組織とつながってる?いや、まだ下請けってところでしょうか?)

 

どちらにしろこの部隊は壊滅する、今日ここに残るのは人質と死体だけの予定だ。

 

「どうするの?撤収?」

 

「いいえ、こいつらもやります」

 

「了解」

 

「外したら危ないので確実に当てる自信がなければ下がっててくださいね」

 

「誰に向かって言っているの?たとえ武器が違っても私は完璧よ」

 

416はティハールのチューブ弾倉を新しいものに取り換え、取り換えた弾倉に鉄球を装填して取りやすいところに配置する。

やる気は十分、緊張もさほどしていない様子から自信はあるのだろう。ならば問題はない、彼女の実力は良く知っている。

バラクラバから見える眼光は鋭く、スコープ越しに野盗達の頭を狙っていた。

 

≪琥珀から市代へ、裏に回ってきた。地下に降りる、5、4、3…排除≫

 

≪M16から指揮官へ、ビビった馬鹿が逃げた。路地でやる…排除、奴らに見えない≫

 

裏手に展開した琥珀とM16のほうは先に始めているようだ。小さく、遠くのほうから男の悲鳴が少し聞こえて掻き消える。

 

≪サラ、援護して、脇から行く≫

 

「了解」

 

野盗達の無線のやり取りが少し騒がしくなっている、建物内に入った連中は奏太たちが片っ端から潰しているに違いない。

その隙に乗じて駐車場の暗がりを伝って美奈が接近、すでに何人か近くを通りがかった野盗を絞め殺していた。

僅かに聞こえた音に気付いた野盗が暗がりに銃口を向けて慎重に近づく、一人で行くのは悪手だが相棒はリーダーたちのほうに目を向けていて気付いていない。

暗がりから美奈の腕が伸びてナイフが男の額をえぐる、その小さな悲鳴に気づいた相棒の頭をサラはティハールで撃ち抜いた。

力なく倒れる野盗、しかしその音は野盗達の不安げなざわめきと怒声にかき消されてしまう、その隙に美奈が車列に接近した。

無線を握って思案するリーダー各とその取り巻き4人、周りを固める護衛の連中は周辺警戒に目が行っていて護衛対象のすぐ近くにもう危機が迫っているのに気づいていない。

美奈が標的を定め、リーダーの男が無線のやり取りをいったん終えた瞬間を撃ち抜く。次いで取り巻きの頭を打つ。

それと同時にサラと416がほかの護衛を排除、これで指揮は壊滅した。美奈は素早くリーダーの死体を物陰に引っ張り込んで隠した。

 

「奇襲は楽でいいわね、頭が狙いやすい」

 

「油断しない」

 

「わかってるわよ」

 

美奈が野盗の使っていた無線機のマイク部分に小型スピーカーを張り付け、マイクに繋がったテープレコーダーのスイッチを入れた。

 

「何してるのかしら?」

 

「傍受してみましょう…歌を流してますね、きらきら星でしょうか?」

 

無線機のチャンネルをいじって野盗達の使って居るチャンネルに合わせると、不気味な音程の狂いを持った女性の声の歌が聞こえてきた。

これには野盗達に動揺が走り、周囲に散らばっていた野盗がリーダーたちのいた車のところへ駆け戻る。

そこにあるのは取り巻きの死体だけで、リーダーはどこにもいない。その後ろに美奈がリーダーの死体にマイクを外した無線機をしっかり握らせてサラに合図を送る。

サラはそれを見て、火がくすぶり始めていた焚火に向けて引き金を引いた。鉄球は焚火にうまく命中し、鈍い破裂音を立ててチロチロと火花を散らす。

その音と気をひかれた野盗達の身じろぐ音に紛らせて、美奈がリーダーの死体を静かに空中へ放り投げた。死体は狙い通り野盗達の目前に落ちて血しぶきを飛び散らせる。

さらにリーダーの無線機が手から零れ落ち、ハウリング音が響くと同時に気味の悪い男のせせら笑いが響き、野盗達は恐怖に満ちた表情であたりを見回して次々と自身の無線機を外して放り捨てた。

その瞬間を狙い、美奈が仕掛ける。8人いた野盗たち内3人を美奈がヘルシングで射抜く、それに驚いた5人のうちサラが2人、416が1人を射殺。

バタバタと倒れていく仲間に動揺した二人は、背後に回り込んだ美奈に気づけない。一人の首に絡みついて一気にへし折り、死体を最後の一人に投げつける。

死体に押されてよろけた野盗は車のボンネットに押し倒され、美奈に頭と首を射抜かれて磔にされた。

 

「もしかしなくても死者の呼び声作戦?」

 

「奏太も悪乗りしましたね」

 

416が思い出したのはかつて鉄血ハイエンドのデストロイヤーに対して行ったいやがらせ作戦だ。

墓地に誘導した後、無線に割り込んで不気味な歌やすすり泣きなどを垂れ流しにした上に部下を次々サイレントキリングしたうえでスプラッタな現場を作っていく心理戦である。

建物内は今頃地獄だろう、見えない、聞こえない、気が付いたら仲間もいない、無線も奏太が確保しているのであてにならず闇の中に一人きりだ。

そのうえで一人一人殺されていく、惨殺死体になっていたりあっさり死んでいたりとバリエーションに富んだ死に方でだ。

その光景に耐えられなかったのか、モーテルの正面、受付に野盗が恐怖に駆られて逃げてきた。サラはその胴体に狙いをつける。

 

「惜しい」

 

その胴体が持ち上がり急に足に変わった、倍率を変えると天井の通気口からM4A1が上半身を乗り出して野盗を捕まえて引っ張り込んでいくのが見えた。

バタつく足がひときわ大きく暴れた後にぶらりと力をなくてぶらぶらと揺れる、重さに負けて体が通気口から抜ける。

死体には仕留めるのに使ったコードが結びつけられたままになっていて、そのまま首つり死体となって宙ぶらりんになった。

 

「表に残敵無し、みんな?」

 

≪琥珀、敵影無し≫

 

≪奏太、敵影無し≫

 

≪美奈、敵影無し≫

 

≪市代、荷物は回収、敵影無し。けどこれ、意外にデカい≫

 

任務完了、サラは小さく一息つくと416に合図してティハールを持ち上げて静かに部屋を後にした。

部屋に残ったものは何もない、硝煙も、薬莢も、戦った痕跡すらもない。ただ何かがいたという証拠にもならない跡が少し残るだけだった。

 

 





あとがき
モスクワメトロを駆け抜けた笹木一家にとってこの手のステルスキルは慣れ親しんだものである…メトロに潜ればわかるさ。
二つの勢力が争う最前線をたった一人で全員ステルスキルするなんてことも可能、喧嘩両成敗するの楽しいぞ!







ミニ解説

ティハール
出展・メトロシリーズ
モスクワメトロで戦後設計され、製造されたフルオート式空気銃。装弾数15発、マガジンにより増減あり。
ありあわせのもので作られた銃ながら、維持費が安く弾の調達が容易なため普及している。
手動加圧式のためボンベの容量は少なく、随時加圧が必要であるが専用器具が銃自体に付属しているためいつでも加圧できる。
弾は車の部品に使用されているボールベアリングだが、大きささえ合えばどんな弾でも使えるのが利点。
空気銃なので銃声がほとんどしない他、球体弾を使用する滑降砲ながら中距離狙撃できる優れた精度を持つ。



ヘルシング
出展・メトロシリーズ(2033、ラストライトに登場)
モスクワメトロで戦後設計、製造された空圧式クロスボウ。装弾数8発。
クロスボウの土台に、旧式ガトリング銃の銃身を縮小して乗せて銃身から矢の先端が突き出た形をしている。
ティハールと同じく手動加圧式であり空気容量はやや少なめ、適宜加圧して使用する見極めが求められる。
これも空気加圧用のハンドルと器具が銃にそのまま付属しているため、ハンドルをキコキコすればいつでも加圧可能。
この銃身から発射される鉄の矢はミュータントの分厚い頭蓋にも通用し、ヘルシング用の矢ならば地下鉄のコンクリート壁にもガスガス刺さる。
火薬を用いないため発射音が静か、鉄の矢も非常に頑丈にできており一度使用しても再利用が可能。大変エコロジーであり燃費がいい。
矢の単価は高いのでできる限り回収するのが理想的な運用法である。




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第18話・シドロヴィッチの依頼3

手口は本場仕込みなお話と戦果リザルトなお話。グロ注意ですよ~(どっかのクロスボウ使い風)


 

恐ろしい、最初に彼らが何をしたのか理解したときに指揮官が感じたのはそれだった。整理された執務室のイスに深く座り、一度天井を仰ぐ。

気を取り直すためにまずいコーヒーを口にしてから、彼は殺された野盗たちを写した写真が添付された資料にもう一度目をやって瞠目する。

この地区を悩ませていた野盗は一晩にして壊滅した、それは喜ばしいことだったらその過程が異質すぎるのだ。

まず第一に野盗達には抵抗した痕跡が少なかった、応戦した痕跡はあっても発砲した痕跡がないというのはあまりにもおかしい。

また随所にみられる先頭の痕跡も異質すぎた、死体の一部は高威力なクロスボウによって地面や壁に縫い付けられており、すべての死体から武器弾薬が抜き去られていた。

死体を解剖しても出てくるのは鉄の矢やどこにでもあるボールベアリング、あるいはナイフや格闘戦で殺されている。

このことからハンターやその配下の人形たちは、銃を一切使わずに的に反撃を許すことなく作戦を成し遂げたということだがわかる

人間と戦術人形の混成部隊11人だけで68人の野盗を相手取って、一方的に虐殺したうえで彼らは略奪を行う余裕があったのだ。

恐ろしいとしか言えない、ほかの形容詞をつける気すら起きないほどの異常性だ。

 

「向こうの指揮官はなんだって?」

 

「シラを切られた、あいつらが忍び込んだ時にはとっくに全滅してたってさ。荷物が無事だったからすぐに尻尾を巻いたって。

もしかしたらナイトキンが潜んでるかもしれない、とか言っていた。青い肌で筋肉ムキムキな巨人で、透明になる機械に精通していて奇襲が得意だそうだ。なんてばかばかしい」

 

副官のUMP9の問いに指揮官は肩をすくめつつ答える。我ながらばかばかしい話をされたものだ。

なら人質になっていた人形たちを助けた連中はなんだというのだ、フランの言う特徴とは似ても似つかない上に人質を助けるとは思えない。

変わった武器を持っていて顔を隠して言葉もあまり発さなかったとはいえ、どう考えてもU05からやってきていたハンターたちに違いない。

圏外で暮らす無法者らしい好き勝手で実に嫌気がさす、彼らは条件さえ合えばタブーも法律も平気で破るからだ。

それに追従する人形たちにもそれは移っているのだろう、彼のチームならまだしもグリフィンのチームでさえこれに手を貸している。

 

「鉄血の新型にそんなのがいるのかしら。筋肉もりもりで青い肌ハイエンド、マッスラーとか?」

 

「あいつらみたいな異常者の事なんかわかるもんか」

 

指揮官にはわからない、鉄血相手に戦争を繰り返す最前線組の連中の考えることなんかこれっぽっちも理解ができない。

鉄血の暴走人形たちと戦ったことはある、この町にも鉄血製の人形はたくさんいた。戦術人形を警備に使う会社だってあり、蝶事件の際は暴走したそれらの対処に苦労に苦労を重ねた。

だがこの地区や近辺には鉄血の生産工場などといった拠点になりうる施設はなく、最初の混乱を過ぎればあとは事後処理と見慣れたメンツの消えた少し寂しい街に戻ってしまった。

そのあとはいつも通りになって、そこからすべてがおかしくなった。鉄血との戦闘激化によって変わっていく会社の性質が、じわじわと自分たちを苦しめ始めた。

弾薬配給の減少、整備部品の配給縮小、地区の治安向上のための増員は却下され、果ては高練度な職員や古参人形を引き抜かれた。

最初のころは補充の新人が配属になっていたが、今はそれすらもやってこなくなった。

そのうえ彼らを最前線基地に配置し、人間は殉職させ、人形たちは死にすぎて価値観が変わってしまう。その後始末も人道的配慮という形で押し付けてくる始末だ。

戦死した部下の家族が一家心中を図った光景を思い出し、指揮官は椅子に再び持たれ買って深々とため息をついた。指揮官に抜擢され栄転だと喜んでいた彼女の顔は今でも焼き付いている。

最後に副官になったMP5と歩く彼女の背中を見送ったのも、そして彼女の戦死の報告とボロボロになったMP5がやって来た時も。

生きる世界が違うことは分かる、同列の存在でないことも、そして今回勝手をしてくれた連中の異常性もだ。

 

「ナイン、二人は様子はどうだった?」

 

「良好とはいえない、体は何とでもなるけどメンタルのほうは頑なになっちゃってる」

 

「モーゼルは?」

 

野盗の捕虜にされていた二人のうち一人は、この基地所属のC96だった。モーゼルの愛称で呼ばれる彼女も、彼らの暴行によって心身ともにひどい傷を負わされた。

未だ昏睡状態にある彼女は体を破壊されただけでなく電脳にも損傷があり、そのままでの復帰は絶望的と診断されていた。

体はダミー人形の部品も用いることで修理し、損傷した電脳からデータをそのまま新しい電脳に移したのだが目を覚ます気配はない。

こちらが覚醒信号を送っても彼女はまるで答えず、ただ深い眠りの中にいる。まるで人間のようで、指揮官はここでもそれを見る羽目になるとは思っていなかった。

かつて正規軍にいたとき、幾度となく病院で見せつけられた光景で人形たちとの暮らしでは無縁だと思っていたのだ。

 

「進展なし」

 

「そうか、お見舞いは必ず行ってやってくれ。話しかけてやったり、マッサージしてやるとよくなることがある。私もできる限り顔を出すよ」

 

「それは…ううん、わかった。ところで指揮官、話は変わるのだけれどお願いがあるの」

 

「ダメだ」

 

UMP9の言葉をさえぎって指揮官は断る。決意を固めた彼女の表情から、何が言いたいのか容易に想像できた。

 

「令状は取れない、彼らを逮捕することはできないぞ。そもそも証拠が足りない」

 

「今なら現状証拠だけで十分立件できるよ、こんなことができる奴らなんてそう居ないんだから」

 

彼女は資料に添付された写真の数々を指差し、嫌そうな表情をしながらもそれを手に取って指揮官に突き付けた。

野盗の拠点になっていたモーテルの一室、大型無線機の設置された寝室は凄惨で異常な殺人現場と化していた。

部屋で無線担当だっただろう野盗の男性は、裸にされた上に皮膚をはがされた状態で両足を紐で括られてつるされていた。

モーテルの廊下横たわった下半身がダクトに引きずりこまれた死体、下半身はナイフでめった刺しにされていた。

鉄の矢で壁に文字通り磔にされてまるで標本のような状態になった死体、関節を固定するようにしており位としてやっているのがわかる。

首なし死体の横たわるベッドルーム。その首を集めて浮かばせたバスタブ。加工途中のように半解体された脊髄付き頭蓋骨が放置された給湯室。

四肢が欠損していたり、首がなかったりする死体を鎖やひもで吊るしてアートのように飾り付けた食堂。

ぐちゃぐちゃにされた数人分の肉と骨をまとめて放り込んだゴアバッグ、人の首もまとめていて否が応でも想像させられる。

UMP9の脳裏には写真に納まりきらなかった悲惨な現場がよみがえったのだろう、顔色を悪くしてその写真を裏返した。

 

「野放しにしておけない、いくら何でもやりすぎよ」

 

「ダメだ、この程度のことで突けるような基地じゃない。そもそも俺たちがどうにかできなかったせいだといわれるのが落ちだ。

仮に許可が下りたとしても君たちで勝てるとは思えない。奴らは全力で抵抗してくるぞ、お前に勝てるのか?あいつらは生身でD型を殺せる」

 

UMP9は答えに詰まる、E.L.I.Dの脅威は元正規軍の指揮官がよく知っているのを理解しているからだ。

E.L.I.Dの中でも変異しきったD型の脅威は正規軍から広く伝わっている、種類にもよるが並の戦車砲では歯が立たない外殻を持つ上に機動性もある強敵だ。

その中でも種類や特徴があり、戦うすべは見つけているとはいえそれでも厳しい戦いになる。

鉄血以上の最新式の装備と兵器を運用する正規軍ですら対策に苦慮相手を、彼らは生身で己の糧にできる状態で狩るのだ。

 

「向こうの基地の人形たちとの共同なら?」

 

「火に油を注ぐ気か?悪手だ。たとえうまくいったとしても敵に回ったなら容赦しないだろう。何でもしてくるぞ、こいつを見ろ。

奴らが使っていたのはどれも普通の武器じゃない。空気銃にクロスボウだ、しかも空気銃に至ってはまともな銃ですらない」

 

指揮官は死体から回収された武器の銃弾として使用されたボールベアリングの写真を指差した。

 

「これは武器として作られてすらいないただの玉、そこらの量販店で安く手に入る車の部品だ。

こんな粗末なものを使う武器で野盗を圧倒したんだぞ、偽装のために手加減したうえで。人間相手にまともな銃を使う必要すらないってわけだ」

 

そんな連中を怒らせて、本気のフル装備で応戦してくればどうなるか。指揮官には目に見えていた。

UMP9はこの地区では有能な警官だ、ほかの人形たちもみなそうだ。もうこれ以上、やる必要もない戦争に繰り出して失うわけにはいかない。

 

「くそ…こいつらの模倣犯が出ないことを祈るわ」

 

「そうなれば向こうに後始末をつけさせよう、今は堪えるんだ。代わりに使えるもんは使わせてもらうさ、スラムの治安向上にもつながるしな」

 

ただしあいつ等はブラックリストに載せておけ、指揮官の有無言わせぬ言葉にUMP9は頷いた。彼らの勝手な行動に引っ掻き回されたのは事実だ、証拠はないが絶対にあいつ等だと基地内でもうわさが広がっている。

一つの荷物のために自分たちの理由も考えないで好き勝手に引っ掻き回し、ゴロツキの野盗とは言え68人をむごたらしく皆殺しにした上に偽装工作まで施した凶悪犯。

人間性の欠けたサイコパスの集まりだ、たとえ同じ人間や人形だとしても仲良くなんてできない。

もしまたこの地区に来て、理由ができたなら容赦なく捕まえて刑務所にぶち込んでやる。

自分たちはこの地区の治安を維持して人々を守る責任がある、法を犯すものを捕まえる義務があるのだから。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

高校と蛍光灯が室内を照らすバンカー内、コンクリート壁の無機質な室内は商品の医薬品やジャンク品、装備類などが並ぶ棚や箱が散らかっている。

その中心にある作業台、普段は修理中の銃や工具で散らかっている机の上には一人の少女が静かに目をつぶって横たわっていた。

薄いシーツをかけられているが発育のよい体のラインが浮き出ており、その胸は上下しておらず呼吸をしていない。知らない人間が見れば少女の死体が安置されていると勘違いしそうな光景だ。

未だに中身がない少女の横顔を見つめながら、カウンターに背を向けて椅子に座っていた太った中年のロシア人男性はお茶を飲みながらつらつら考えていた。

彼女の顔はおそらくこんなだったはずだ、目を覚ませば活発で無邪気に笑うのが似合いそうな女の子。

もっとも知り合いのスタルカーがデストラックの残骸から拾ってきた彼女はもう死んでいたのだが。

思えばあの嵐の後から彼女との奇妙な縁は始まった、『モノリス』と呼ばれる武装宗教団体が行う死体運搬トラックの内一両が落雷で破壊された時から。

ZONEの奥から時折出てきては荷台に満載している死体をそこら中に捨てていくトラックの中で、彼女は異様すぎた。そのおかげか、死体をあさりに来た知り合いの目に留まった。

このZONEと呼ばれる地域ではめったに見られない、内地製の部品を使っている純正の戦術人形だったから。

 

(そういえばあの時もこうやって、チキンを食ってたな。まさか、いやいや)

 

年は取りたくねぇな、シドロヴィッチは頭をかくと昼食のチキンにかぶりつき、あふれ出る肉汁に舌鼓を打ちながら室内をガチャガチャ歩き回る新しい警備要員に視線を移した。

人類生存可能圏で使えるように制御装置と機体のカバーを換装した自動地雷敷設機『ダクティル』はせわしなく室内を動き回っている。

AIは正常に稼働しているようで散らかった部屋の中を躓かずに動き回って、地雷敷設動作を繰り返していた。

これで地雷原の管理が楽になる、いつも自爆しないかひやひやしなくてすむのはいいことだ。

向こうの軍は良い物を使っている、うらやましいと考えていると開けっぱなしの店に入るくだり階段のほうからどたどたとあわただしく降りてくる足音が聞こえてきた。

店兼住居のこのバンカーは比較的音が反響するが、その中でも重苦しくガチャガチャうるさいとなれば彼女しかいない。

 

「うわさをすれば、か」

 

「おっちゃんおっちゃん!!」

 

「うるせぇぞ、フレッシュなら外に置いとけって言っただろ。あとで捌いてやる」

 

「そうじゃなくて荷物、あたいの品が届いたんでしょ!」

 

銀色の長髪をひらひらとさせ、グレーの上着にミニタイトスカート、両足の質感を強調する黒のストッキング、このZONEでは珍しくおしゃれで軽装備だ。

店のハッチを大きな音を立てながら開けて入ってきた軍用戦術人形『サイクロプス』は、AKS74U突撃銃を抱えたまま図体に似合わぬ女じみた挙動で首を横に振る。

AI自体は女性なのだが、圏外での活動のためにカスタムされたラバーのような被膜がされた躯体とその上に着る女性ものの服のおかげで嫌な方面に強調されていた。

 

「どこ!?」

 

ガチャガチャと歩み寄ってきてカウンターの中に首を突っ込んできたサイクロプスのカメラアイに、シドロヴィッチはびっくりして口の中に残っていた鳥の皮を反射的に吐き捨てた。

 

「うぎゃぁぁぁぁ!?」

 

「あ、悪い」

 

カウンターから頭を引っこ抜いてカメラアイを押さえてもだえるサイクロプスに、シドロヴィッチは謝りながら手拭きをサイクロプスに投げつける。

このご時世、トレーダーとして商売をしている以上強盗にあったことは一度や二度ではない。

このコルドンはZONEの遺跡や研究所に潜ろうとするスタルカーや傭兵、研究者にハンターといった良識がまだある連中が多いがそれでもすべてではない。

用心深い小悪党が無言でいきなり拳銃をカウンターから突っ込んでくることもある、そんなときは唾を吐きつけて一瞬でも隙を作って逃げることにしているのだ。

 

「何てことすんのさ!レンズが油だらけだよ」

 

「謝っただろうが、さっさと入ってこい」

 

「へいへーい」

 

シドロヴィッチがカウンター横の防弾扉を開けると、サイクロプスはカメラアイのレンズを拭きながらのそのそと店内に入ってくる。

手慣れた様子でカメラアイをきれいにすると、店の奥の机に寝かされている少女を見つけて恐る恐る近づいてその顔に手を触れた。

 

「わぁ、これがあたいの新しい体なんだ。すご、ふにふに…」

 

「あんま強くすんなよ?お前の鉄面皮とは違うんだ」

 

「そんなことしないよ、でも、うわぁ…ヨンゴーも同じ顔だったりして」

 

「さぁな。そもそもお前も覚えてないだろうに」

 

「まぁね、だから探してんだし」

 

「はたして見つかるもんかね…まぁいい。注文通り、UMP45第2世代型戦術人形を原型にしたカスタム躯体だ。詳細はこの書類にある、不備はないか?

ASSTは無し、電脳は電子戦型の大容量、各種ソフトもフルインストール済みだ」

 

「ふむふむ、歩く大容量スパコンだね。どれどれ…おっほっほぉ~♪」

 

シドロヴィッチが渡した仕様書を流し読みしてから、人形の体に掛けられていたシーツをめくるサイクロプスは親父臭い笑い声をあげる、機械の顔がどことなくいやらしく笑っているように見える。

少し前までは結構初心だったのに、このどっちを向いてもむさくるしい男だらけの環境にすっかり適応してしまった。

 

「このえっぐい下着はおっちゃんの趣味?AVの世界だよこれ」

 

「売れ残り押し付けられたんだろ」

 

おそらくえぐすぎて買い手がいなかったのだろうとシドロヴィッチは考えていた。

 

「ふぅん?IOPはいい仕事してくれるねぇ。あとはあたいを移して、病院で生体化施術を受ければ完璧だね!」

 

サイクロプスはわくわくした様子で人形の頭をなでると、勝手知ったる店内から接続ケーブルを持ってきて自分と人形を接続しようする。

それをシドロヴィッチが横からケーブルをひったくって止めた。

 

「落ち着け、まだ営業中だぞ。ここでやるなら店を閉めてからにしてくれ、何かあったら困る」

 

「りょーかい、じゃぁ何か手伝うことある?お金になるならなおよし」

 

「悪いがマークドワンに任せちまったよ、追っかけるか?」

 

「マー君なら平気っしょ、じゃぁ休憩させてもらおっかな?OK?」

 

「勝手にしな」

 

サイクロプスは椅子に座って暇そうに体を揺らす、その姿を見てシドロヴィッチはふと気になっていたことを問いかけた。

 

「お前、準備が整ったらまた奥に行くんだな?」

 

「そうだよ?あたいは奥から来たみたいだし」

 

「無謀だと思うがね、そこらじゅうアノマリーだらけだしモノリスどもがうじゃうじゃいる」

 

この地域で稼ぐスタルカーたちの目的は様々だが、全員が大なり小なり狙っているのが一獲千金を狙うトレジャーハントだ。

このZONEと呼ばれる地域はアノマリー発生率が奥地に行くにつれて高くなり、それに伴ってアーティファクトの生成や希少価値の高い種類を見つける確率が高くなる。

またアノマリー発生地帯特有の異常力場が促す変異性によって生まれたミュータントたちもまた金になる獲物である。

それらを狙うスタルカー、傭兵、ハンターや科学者たちが集うのだがその全員が一度は耳にしたことのある伝説がある。

ZONEの奥には戦前に作られた秘密の研究施設があり、そこにはあらゆる願いをかなえてくれる万能の願望機があるという話がまことしやかに語られている。

最終戦争前に作られた秘密兵器だった、偶然生まれたアーティファクトであるなど憶測が飛び交っているが確実にそれはあると考えられている。

ZONEの奥から姿を現すモノリス兵がその証拠だ、この噂の発端がそもそもそのモノリス兵の存在なのだから。

 

「お前さんはモノリスにゃ興味がないんだろ?わざわざほかの連中と同じ手を使わんでもいいだろう」

 

「かもね、でも手掛かりはそれしかないから。どっちみち奥に行くのは変わんないしね」

 

それは前にも聞いた、シドは鼻を鳴らしてタバコをふかす。

 

「お前がそこから来たのかはわからんぞ、偶然どっかで死体を拾っただけかもしれん」

 

とあるスタルカーに拾われた彼女を、正確には彼女の壊れた電脳からAIを救い出したのはシドロヴィッチだ。

正確には助ける気などなかった、ただなぜモノリス兵のトラックから人類生存可能圏内の戦術人形が転がり出てきたのか知りたくなった。

偶然同じように持ち込まれたサイクロプスがあり、そちらは損傷が少なかったからそれを使ってちょっとした冒険をしようと考えただけだった。

彼女は頭を撃たれて完全に死んでいて、何もなければ使える部品を抜いて墓地に埋葬してやるその手間賃のつもりでだ。

結果として彼女はサイクロプスの中で目を覚ましたが記憶喪失になり、自分の名前も過去の記憶も思い出せない。

そんな彼女を今も突き動かしているのは唯一覚えているという、ヨンゴーとやらを見つけるという思いだけだ。

 

「そいつを追いかけても良いことは何もないかもしれん」

 

彼女の電脳を破壊したのは45口径の拳銃弾、ありふれた銃弾だが戦術人形と銃の関係を知るシドロヴィッチには無関係には思えなかった。

彼女が求めるヨンゴーとはいったい誰なのか、味方か敵なのか、何もわからない。だがいえることは、彼女はその銃弾で殺されかけた。

45口径の銃弾を彼女に撃ち込んだ犯人がヨンゴーならば、そうする理由があったはずだ。下手をすれば、拾った命を捨てに行くことになりかねない。

彼女は腕のいいスタルカーになりつつある、良いお得意様の素質があってみすみす死なせるのはもったいない。だが、やめろというつもりもシドロヴィッチにはなかった。

彼女の道は彼女が決めることだ、彼女にはその意志と強さがある。自分が口出しすることではない。

 

「大丈夫、45はあたいの家族だから」

 

「そいつは初耳だな。まぁいい、少し待ってろ」

 

「え?なに?」

 

「座ってろ、渡すものがある」

 

シドロヴィッチはのそのそと立ち上がると、店の裏にある倉庫に向かった。倉庫の中の電気をつけて銃器ラックを開き、少し考えてから一丁の短機関銃を取り出す。

彼女にはきっとこの銃がいい、もともと彼女の銃なのだから役に経つだろう。シドロヴィッチはUMP40短機関銃を抱え、弾が入った弾薬箱を持つと武器庫を出た。

 

 

 





あとがき
グリフィン内で悪評をもらった、シドロヴィッチからの評価が上がった。
前回の仕事によるリザルト会、笹木一家は仕事人ですがアウトローに近いので嫌われてます。
仕事のためにやってますけど、勝手に暴れて引っ掻き回して虐殺したことには変わりないので。
ま、悪い噂なんてあんまり気にしないやつらなんで意味ないんですけどね。
サイクロプスは…イッタイダレダローナー。



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第19話・夜明けの後

誰にだって過去がある、それがいいことだとは限らない


ゆっくりと自分が浮上していくような感覚を覚えながら目が覚める、暖かいベッドの中でM14の市代はまどろむ瞼をこすりながら目を開けた。

すぐ横で眠る奏太を起こさないように体を包むちょっとした気怠さと下腹部に残る余韻を感じながら、少し体を起こして時計に目をやる。

まだ夜明け前、窓に目をやるが薄明るいといったところでまだまだ寝られるそんな時間だ。

どうしてこんな時間に目が覚めたのかわわからない、覚えていないが変な夢でも見たのかもしれない。

市代はつらつらと考えながらふと奏太の部屋の中に目を這わす、グリフィンに来てからようやく与えられた個室で奏太のプライベートルームだが早くも性格が出ている。

シンプルで几帳面に整えられているが色々と物の多い部屋、それが彼の特徴だ。遺跡の研究にも手を出す彼は何かと物が多くなる。

しかし整理整頓はしっかりする上に掃除もするので不思議な均衡感がある部屋になる。朝霞の街にある部屋も、研究者と傭兵の部屋が合体したような状態だ。

右に顔を向けると奏太の顔がある、まだ眠っている彼の左側に市代は身を寄り添わせて肌を当てた。

直に肌を触れあうことで感じられる彼の体温に市代は言い表せない幸せを感じて、その温かみに身を任せる。

人間は一人では生きられないように人形も一人では生きられない、特に人形はもともと人間の道具として使われるために生まれてきた存在で人間の役に立つことが喜びを感じる根っこがあるのだ。

自分で選んだ主人であり夫の奏太という存在は麻薬に等しい。もう手放せない、手放したくない。人形としてあるまじき彼への独占欲に市代は身を任せる。

 

(奏太は私のモノ、私たちのモノ、全部私たちのモノ)

 

人形として生まれ持った性とそれを犯す背徳感に気分が高揚する、彼は自分たちが自分で選んで手に入れた彼という人間はすべて自分たちのモノ、絶対にもう離さない。

彼に肩に頭を載せ、全身を彼にくっつけるようにして包み込む。傷跡だらけの鍛え上げられたたくましい体に、市代は疼きを覚えた。

 

(いろいろあったね。奏太と会って、美奈を見つけて、琥珀に殺されかけたりサラに雇われたりして今のチームになって…)

 

思い返せば生きていられるのが不思議なくらいの激戦を生き延びたり、遺跡にノープランで飛び込んだりとやりたい放題だったり、いろいろな思い出が出てくる。

長く旅をしたが始まりは彼の手を取ったこと、彼の差し出してきた左手を握った感触は今だって覚えている。その時ふと彼の左肩に残る不自然な傷跡が目に留まった。

胴体と左腕をさえぎるように残る傷跡で胴体側はギザギザだが左腕側は切り整えられており目立たない。

市代はその傷跡に指を這わせ、この傷ができた事件の事を思い出して少ししんみりとした気持ちになった。

 

「くすぐったいぞ」

 

「あ…ごめん、起こしちゃったね」

 

「そこは敏感なんだ。どうした、眠れなかったのか?」

 

「ううん、なんだか目が覚めちゃって」

 

市代は奏太の傷跡に指を這わしたまま答える。彼はそれにこたえるように市代の下した髪を梳いた。

 

「変な夢でも見たのかも、覚えてないけど」

 

「そんなに触るな、むずむずするよ」

 

「いいじゃない。これはあなたが私たちを選んでくれた証なんだから」

 

この傷は奏太にとっても、市代にとっても、美奈、サラ、琥珀にとっても悲しくて大切な思い出がある。

悲しくて、悔しくて、それでもうれしかった。その時に彼は生まれ持った左腕を失った。

今ついているのは生体式の義手で、奏太の細胞から培養して作ったものを移植したものだ。

 

「ねぇ、腕の具合はどう?マッサージする?」

 

「快調だよ、ちゃんと感触もある」

 

奏太の左腕が体に回されて抱きしめられる。遠慮のない彼の手に市代を甘い声が漏れた。

腕と手の動きはいつもと変わらない、前の時と全く変わらない。その力強さに市代は身を任せ、腕の中で奏太の胸板にほほを押し付けた。

 

「奏太、正直イライラしてたでしょ」

 

「…わかるか」

 

「野盗相手とはいえあれだけやってればね」

 

かくいう自分もそうだ、この慣れない環境でストレスが溜まる。ハンターとして方々飛び回っていて環境の変化には強いほうだがそれでも溜まるものは溜まるのだ。

奏太の場合はペルシカがいるからなおさらだ、どう考えを改めて言い繕おうとも彼はペルシカとリコリスを憎んでいる。

彼女達に昔の恋人であり相棒を殺された恨みは消えないし、彼も許す気はない。ただ一つの区切りをつけているだけだ。

本心ではペルシカの顔なんて見たくもないし声も聴きたくないに違いない、嫌でも顔を合わせることになるこの環境はかなりストレスになるはずだ。

そうでなければいくらならず者が相手とはいえ、尊厳を踏みにじる過激なレイダーアートやゴアバック作成などやらない。

 

「ひどい人、八つ当たりに人殺しなんて。そんなに殺したい?」

 

「あぁ」

 

「じゃぁやる?」

 

「やらない」

 

「そっか。奏太は変態だね、今も昔も人形とAIに恋してるなんて人間失格じゃない?」

 

「おま…そりゃねぇよ」

 

「でも大好き」

 

奏太の体を抱きしめなおし、彼を包むようにしてしっかりと抱きとめる。今は一人だけだから少し心もとなく感じた。

それに反撃するように奏太が力強く上にのしかかってくる、彼の顔に顔を向けると彼に唇を奪われた。すべてを貪るような深く強引なキス、市代は体の力を抜いてすべて受け入れる。

ベッドと彼の間には挟まれ、彼の欲望に溶かされながら市代は奏太にお返しに自ら彼に絡みついた。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

「そんなわけで、奏太はお休み。以上」

 

グリフィン管轄地区、とある地区にある荒野。岩場の影に隠れるように作った野営地の焚火の前でMG34は頬が赤く上気するのを感じていた。

聞くんじゃなかった、MG34はもう顔が熱く仕方がなかった。夜空に顔を向けて何とか落ち着かせようとするが、市代の生々しい夜の話がリピートして全く落ち着けない。

周囲を見れば平然としているのはP38のサラくらいで、焚火を囲むSVT-38とVz61スコーピオンは恥ずかしそうだったり顔を隠していた。

一仕事終えた後の朝食中に奏太が休みの理由を暇つぶしに聞けば赤裸々な営みの話が出るわ出るわだ。

これにはあのスコーピオンですら赤面し、足をもじもじさせて落ち着かなそうにしている。

 

「いきなりレイダーアートやり始めたときから何となく察してましたけど、やっぱ気にしてましたか」

 

「うん。だから少し乱暴でね、いっぱいされちゃった。ほら、まだ赤いでしょ」

 

「ちょ!?なにしてんのさ!!」

 

服の少しはだけて、胸元に赤いキスマークを見せつける市代をスコーピオンが抑える。

 

「まったく…でも指揮官がそんな状態なのに仕事なんてして良いの?ましてやあのモハビエクスプレスからの依頼なんかさ」

 

スコーピオンの疑問にMG34も頷く。今回の依頼主はあのモハビエクスプレスなのだ、正確にはその構成員のラウルというエンジニアなのだがモハビエクスプレスであることには変わらない。

近頃随所で耳にする『運び屋』の所属元であるが、なんとグリフィン経由でナイトストーカーというミュータントの討伐依頼をしてきたのだ。

コヨーテとガラガラヘビが合体したような姿で猛毒を持つ夜行性の獰猛なミュータントで、獰らが潜む地域では野営をすると音もなく取り囲まれてそのまま食い殺されてしまうことがある。

それがどういうわけかこの地域で繁殖を始めているため、被害が出る前に狩ってほしいというのが依頼だった。

仕事自体は順調だ、発見したり襲撃してきた個体は返り討ちにして晩飯になったし、巣穴の特定も終えた。

あとはその巣穴に属するナイトストーカーが帰ってきたところを一網打尽にするために、休憩がてらここで朝食をとっているのである。

 

「いいのいいの、仕事自体は何度かしたことあるしね」

 

「奏太なら問題ないですよ。それに市代がケアしてくれましたし美奈たちがいますからもう元に戻ってますよ」

 

今頃絞り尽くされてるんじゃないですかね、とサラは少し意地悪く笑う。

 

「もぅ、二人ともそれくらいにして。次はどうするの?」

 

「ひと眠りしてから巣穴に行きましょう、あっちも疲れてるでしょうし閉所ですからやりやすいですよ」

 

「外でもばたばた殺してたのによく言うよ…」

 

「透明になったのはびっくりしましたけどそれ以外は変わってなかったので。はい、焼けましたよ」

 

串に刺して焚火を囲むように刺して焼いていたソーセージを一本手に取ったサラは、それをMG34に渡す。

仕留めたナイトストーカーの肉をミンチにして腸に詰めたソーセージは血のように真っ赤で、程よく焦げ目がついて香ばしい香りがした。

その香りにつられるように大きく口を開けてかぶりつく。

口の中に広がるあっさりとした油は切れが良く、されど濃厚で合成肉のソーセージとはまた違う足で舌に絡みつく。

同じようにソーセージにかぶりつくSVT-38は、満足そうに租借しながら少し残念そうにつぶやいた

 

「これは酒が欲しくなるな、仕事なのが残念だ」

 

「終わったらいくらでも飲めますよ、帰れば燻製もした完璧なやつを作りましょう、ペーストもね」

 

「今それを言わないでくれ。ますますほしくなる」

 

さすがに人形でも仕事中に飲酒は望ましくない、ましてや今は明け方だ。

 

「酒との相性もいいですがジュースにも合いますよ、持ってくればよかったですね」

 

「ジュース?ヌカコーラってやつか」

 

「それもありますけど私はサンセットサルサパリラのほうが好きですね、こっちなら普通のコーラでいいかと」

 

「甘いのは好きじゃないな、ビールかウォッカがいい」

 

SVT-38の言葉にMG34が自室においてあるビールを思い出しながらさらにソーセージにかじりついた時、背後のすぐ近くでタイヤがすれるような音がした。

34は即座にソーセージを一口で口に含み、振り向きざまに対化け物用九五式軍刀の濃口を切って居合切りに姿勢に移りつつ背後の音のしたほうへ正対する。

食器から食事をこぼさないように素早く置いて武器を構える全員の先にいたのは、一輪車に怒り形のテレビが乗ったようなロボット。

グリフィン管轄の地域でたまに見かけるようになったセキュリトロンだった。

モハビエクスプレスが運用しているセキュリトロンは手出しさえしなければ何も害はない、そもそも敵対する理由がないのでMG34たちは警戒しつつ構えを解く。

そもそもこうして無防備に近づいてきたのが害のない証拠だ、ユニークな見た目の割りに重武装なので襲撃してきたならド派手になっているはずなのだ。

セキュリトロンは野営地のすぐ近くまで付くと、姿勢を正して直立不動になり夜間のためか消灯していたテレビモニター部分を点灯する。

数度の砂嵐と明滅の後、映し出されたのは戦術人形のCZ75とM3グリースガン。M3はひどく緊張した面持ちだが、CZ75はめんどくさそうだ。

 

≪い、いつでもどこでも貴方が喉が渇いたとお思いの時に……モハビ・エクスプレスが飲料をお届けします≫

 

≪ったく、なんでアタシまでCM出ないといけないんだよ。えーっと、ヌカコーラ各種にサンセットサルサパリラ、アルコール類をご提供できます。 だってさ≫

 

≪ほ、他にもご入用でしたらこのセキュリトロンにお申し付けください……仕事のご依頼も承ってます。 ……こ、これでいいんですか?え、まだ録画まわってるんですか?≫

 

≪もういいじゃんか、全部流しちゃえよ≫

 

M3とCZ75の漫才のようなCMの後に映し出されたのはアメリカンコミック風のパイプをくわえてコック帽子をかぶった男の顔、

コック帽よりもカウボーイハットが似合いそうな顔だ。

キャッピーじゃないのか、なんとなくMG34は残念に思った。奏太からもらったキーホルダーでしか知らないが、どことなく愛嬌を感じていてお気に入りなのだ。

奏太によればヌカコーラのテーマパークで手に入れてらしく、MG34はこれもそこのカスタムだと考えていたのだが違うらしい。

流れているバックミュージックもヌカワールドのテーマソングではなく、ウェスタンを思わせる曲のビッグアイアンだ。

 

「ご注文をどうぞ」

 

「モハビエクスプレスもいろいろやってますね…でもいいところに、買いましょう」

 

「なら私が、お金ならいろいろあるよ~♪」

 

市代はM14自動小銃を下ろし、バックパックを片手にセキュリトロンの前に立つ。その光景を見たSVT-38はサラに耳打ちした。

 

「おいおい大丈夫なのか?ヌカコーラって放射能入りだと聞いたぞ?」

 

「危ないけどおいしいのは確かですし、この程度いつものことですよ。ちょうどいい機会ですし慣れておきましょう。サルサパリラならノンRADですからね」

 

「やっぱり含まれてるんじゃないか…」

 

「問題ないですよ、気になるんでしたら緑のヤツを打っておきます?」

 

FNCの顛末を知るSVT-38は思わず遠い目をした、サラたちが見せる終わり良ければ総て良し的な精神は本当に筋金入りだ。

MG34はFAL達から聞いた圏外での仕事や現状を考えれば気にするのもばからしいと達観しているからだと思っていたが、それでも少しずれているように感じる。

そんな彼女のことには目もくれない市代は、セキュリトロンのモニターに移されたメニューを流し読みしつつ商品を告げた。

 

「ヌカコーラ5本とサンセットサルサパリラ5本、クォーツとビクトリーも2本。あ、クアンタム、チェリー、ヴィムも取り扱ってる?」

 

「確認中…申し訳ございません、クアンタム、チェリー、ヴィムという商品は当機ではお取り扱いしておりません」

 

「それじゃいいや、お金は…あー、キャップ?それともこっちの?」

 

「キャップ、リージョンコイン、NCRドル、現地通貨でのご精算が可能です」

 

「じゃぁ…キャップで」

 

市代はバックパックから大きいガマ口財布を取り出すと中から瓶の王冠を取り出してセキュリトロンの手に乗せる。

見た限り何の変哲もないヌカコーラの王冠でここでは何の価値もないガラクタだが、旧アメリカではこの王冠が貨幣として使われている。

こういった経済は第3次世界大戦で国の崩壊と同時に経済も崩壊して従来の貨幣が役に立たなくなった各所で起きていた。

旧アメリカならばコーラなどの王冠や新貨幣、モスクワメトロならば旧ロシア軍製軍用弾薬、旧日本の一部では電子マネーなどだ。

かと思えば従来のドル、ルーブル、円、ポンド、人民元などもまだ使われていたりと混沌としている。

内心半信半疑だったがセキュリトロンの様子では事実だったらしい、受け取ったキャップを器用に数えたセキュリトロンはそれをどこかにしまった。

 

「ご購入ありがとうございます、少々お待ちください」

 

「うわ!?」

 

代金を受け取ったセキュリトロンが唐突に肩部ポッドの蓋を開いたので市代は咄嗟に身を引く。設計上、そこにはミサイルランチャーがしまわれている箇所で、その威力を以前に目の当たりにしていた全員は咄嗟にその場から飛びのいて遮蔽に隠れた。

だが彼女が考えたような兵器はそこにはなく、代わりに白い冷気を吐き出す冷蔵庫がありそのラックには清涼飲料の瓶が固定されてキンキンに冷やされていた。

セキュリトロンはその中からヌカコーラとサンセットサルサパリラを5本、さらにオレンジ色に光るヌカコーラと白く光るヌカコーラを2本取りだすとビニール袋に入れて市代に差し出した。

 

「毎度ありがとうございました、またのご利用をお待ちしております。モハビエクスプレスをどうぞよろしくおねがいします」

 

驚きのあまり無言の市代がビニール袋を受け取るとセキュリトロンは踵を返して去っていく。その車輪の音が聞こえなくなったころ、周囲は次第に明るくなり始めていた。

岩場の多い荒野を朝日が照らし、砂地に砂が風邪で舞い上がり砂っぽい風が吹く。荒れた大地が朝日を反射し、乗り捨てられた車の残骸が時間の経過を物語る。

その光景にMG34は以前に見せてもらったモハビ砂漠の写真が重なった。

 

 




あとがき
書きたいシーンは山ほどあるけどシチュエーションがなかなか嵌らない悩ましい今日この頃。
前にモハビエクスプレスからの仕事の依頼がありましたので乗っからせていただきました、Warboss様に感謝!
ついでに飲料販売サービスセキュリトロンも使わせていただきました、バックミュージックに関しては勝手な妄想です。



ミニ解説

ナイトストーカー
出展・Falloutシリーズ(ニューベガス)
詳細
モハビウェイストランドの荒野に生息するコヨーテの体にガラガラヘビの頭がくっついたような姿のミュータント。
コヨーテと蛇の習性を合わせた生態をしていて用心深い、夜行性で主に夜に活動する。
蛇らしく慎重で、コヨーテらしく集団で狩りをすることから道行くキャラバンの野営地を一晩にして壊滅させることもしばしば。
野営中の見張りに立っているとき、蛇の鳴き声が聞こえたら注意しよう。たとえその手にショットガンがあっても安心はできない。
なお本来ナイトストーカーはステルス迷彩を扱う知性などは有していない、笹木一家とグリフィン部隊が交戦した個体は変異種とみられており現在調査中である。



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第20話・小話だらだら

山もなければ落ちもないだらだらな日常小話…のはず




 

 

1、U05のVRプログラム

 

静かに坑道を上へ上へと進んでいく、足音を立てないよう細心の注意を払いながらステンMk2は黒いカビがそこかしこに生えた洞窟を慎重に足を運ぶ。

もう何度この坑道に足を運んだだろう、なんとなく考えたが回数に意味はない。ここまで来るのに二人失い、弾薬を多く使った。

無駄遣いできない、後ろに続くIDW、スペクトラM4も同じだ。ステンは被っているガスマスクに最後のフィルターを取り付け、使い切ったフィルターをポーチにしまう。

 

「ステン、あれ見て」

 

長い坑道を抜けた先にある廃坑の出口、ちょうど窪地になっていて上に上がるエレベーターがあるその空間に肥満体の黒々とした巨人。太った人型に塗り固めた悪趣味な海苔人形といった風体の化け物が2体いた。

一体はこれまで見てきた同種のモノよりも巨体で動きは鈍いが頑丈そうだ、反面もう一体は小柄で動きはきびきびしており小回りが利いている。

あれが今回のターゲットである『モールデッド』の感染源、カビが変異したとされるこの菌類型E.L.I.Dがこの地域で感染拡大した原因であり最初の感染者だ。

大本というだけあって感染後の変異具合がほかのモールデッドと違い格段に進んでおり、耐久力と回復力に富んだ強敵だ。

 

「デカいデブとちびなデブ、どう攻略したもんかねぇ?」

 

「指揮官の真似かにゃぁ?」

 

IDWがデブ2体を観察しつつ、ガスマスクの向こうに見える目がにやりと笑う。

 

「いいじゃない、ゲン担ぎ」

 

「いいけどにゃ。どっちも回復力は強いしそこそこ固い、3人で一体に集中攻撃すれば何とかってところだにゃ」

 

「けど片方に集中してるともう片方に溶かされる、9ミリだけじゃちょっと火力不足だよ?」

 

後方を警戒するスペクトラM4が残りの弾倉を数えつつ呟く。ステンも自分の残弾を数えながら同意して頷いた。

FNCとG11をここにたどり着くまでに失ったのが痛い、彼女たちの火力があれば戦いやすかった。

 

「ラムロッドを撃ちまくる?」

 

「弱らせないと効き目は薄いよ、前はピンピンしてたでしょ?」

 

「時間をかけすぎると下の白いのが出てくるにゃ、あいつの相手も考えると多少は残すべきだにゃ」

 

手元にある『ラムロッド再生阻害弾』はE.L.I.Dなどの高い再生力を阻害する薬剤を内包した弾薬で、目の前の敵には特に効果がある特殊弾だ。

通常種やその亜種ならほぼ一撃で、変異が進んだ相手でも弱らせたり止めとして使える。

しかしその分値段が張る、今回持ち込んだ量は一人当たり20発のみであるし一発で最大限効果を発揮するにはまずは敵を弱らせなければならない。

そのまま撃ち込んでも一時的に弱らせるだけで再生力が阻害効果を上回ることがある上に、銃弾は貫通能力がないソフトスキン向けなので最悪の場合全く通要しないこともありうる。

ステンは12発、スペクトラは15発、IDWは10発を残しているものの心もとない。ほかの装備や通常弾はここまでの戦闘で消耗しているのだ。

さてどうしたものか、ステンは残りの装備の位置を取り出しやすい位置に移動させつつ考え、ターゲットの大きいデブを指差して指示した。

 

「よし…IDW、でかいのを引きついけといて。スペクトラと私でチビに速攻をかけるよ。接近して私のラムロッドを全部撃ち込む」

 

「それなら行けるかにゃ。早めに頼むにゃよ」

 

「OK。ステン、援護するから」

 

二人は頷く。小回りがこの中では一番効くIDWが大きいデブをひきつけ、その間に小さいデブを二人で一気に殺す。

そのあとは大きいデブを3人で相手をする、あとは臨機応変に動くだけだ。

まずは有利な位置に陣取り、そこから同時に奇襲をかけるとしよう。ステンは気を引き締めなおし、スペクトラと一緒に小さなデブにゆっくりにじり寄っていった。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

「鬼畜だにゃぁ…」

 

疲れ果てた、ダレるIDWに倣いステンとスペクトラも基地の休憩スペースの一角の席でテーブルの上に上半身をダレていた。

基地内にいくつか残っているカフェを再整備して整えた休憩スペースはカフェ担当ロボのAIを搭載したサイクロプスもいる癒しの空間だ。

先ほどまで入り浸っていた基地の改装に伴って追加されたVR訓練ルームに近く、訓練終わりの連中はみんなここでだらけたりするのである。

戦術人形用のポッドが連なるこの部屋は基地が新設されたときに追加されたのだがそこで行われる演習は他の基地とはまるで違う。

今回ステンたちが行ったのは旧アメリカのルイジアナ州ダルウェイにおける殲滅演習、モールデッドの発生源と言われている地域だ。

5人チームで感染源となった個体を重要ターゲットにした依頼を受けたという想定で行われたが、現状では依頼を達成できず全滅しまくっている。

行方不明になった別の部隊の足跡を見つけて居場所を割り出し、ターゲットを見つけるまではいけるのだがそこまでにどうしても部隊が消耗してしまうのだ。

ターゲットは廃鉱の奥に配置されていて、廃坑の内部は狭い上にモールデッドがそこかしこに配置されており否応なしにドンパチにぎやかにしながら進むことになる。

それを見越して装備はスタート地点となっているタレットに守られたトラックに用意してあるのでそこから選べるのだが、考えうるどんな装備もうまくいかない。

ガスマスクなどの防疫装備からアメリカ製パワーアーマー『T-45』のフルセットや、圏外活動用カスタムダミー人形まで至れり尽くせりだが持ち込める量には限りがある。

また持ち出した装備類には金額が設定されており、それを含めて依頼の報酬を上回らないようにしなければならないハンター仕様だ。

上回っても訓練はできるが、クリアしても評価は低くされてしまう。結論から言えば、今回も演習は失敗した。文字通りの全滅である。

 

「陽動からの各個撃破はうまくいった、でもそのあとが問題かぁ…」

 

「全員弾切れで息切れしてるところにモールデッドがわんさかだもんにゃぁ」

 

スペクトラとIDWが二人でテーブルにだらり体を預けてぼやく。G11とFNCは別の仕事があるためこの場にはすでにいない。

ターゲットの破壊は順調だった、大きいデブをIDWが誘導してその隙にステンとスペクトラが小さいデブを二人係で殺す。

そのあとは3人がかりで大きいデブを囲んで叩く、そこまでは順調だった。問題はそのあと、大きいデブを倒した後の撤退ルートだった。

この二体を倒すのに全員が手持ちの武器をほとんど使いきっており、メイン武器の弾倉一つ分の弾薬とナイフなどしか残っておらずなおかつ全員が疲労と負傷を追っていた。

その状態で逃げなければならないのだが、そこに追い付いてきたモールデッドが雪崩を打って襲い掛かってきた。逃げようにお体が思うように動かず、押し切ろうにも弾薬がない。

最後はナイフ一本で相対してみたもののうまくいかず、平均して3体ほど倒したところで押し倒されて終了となった。

 

「T―45を使うにゃ?」

 

「目立つし動きがノロくなるよ、数で迫られたらミニガンもすぐ弾切れになっちゃうし」

 

「ラムロッドをもう少し多くあれば…」

 

「グリフィンが破産しちゃうにゃぁ」

 

対ELID用特殊弾のラムロッド再生阻害弾はトラックにはなく持ち込んだ設定で支給される20発のみ、ラムロッド再生阻害弾1発の値段は通常弾30発分なのでこれでも大盤振る舞いだ。

 

「1発で1マガジンって値段がネックよね、ラムロッド1マガジンで対鉄血戦を1戦できちゃう」

 

「ぐぬぬ…となるとやはり弱らせてから出ないと足りない。でも圧倒的に火力が足りない!」

 

「白いのに追っかけられると必然的にラムロッド消費しちゃうしね。一発で済むけど数多い、うざいししつこいし」

 

「バックアップの増やすにゃ?普通のは44マグナムで始末していくとかどうにゃ?」

 

IDWは自分のショルダーホルスターに差したリボルバーをポンポンたたく。それにステンは首を横に振った。

44口径マグナムのならば一発のダメージは大きいが所詮は一発、メインとして扱うサブマシンガンならば次弾を撃つ前にそれ以上の手数で火力を出せる。

しかし所詮は拳銃であるし、6連発という少ない装弾数と弾薬の再装填がネックになる。リボルバー用の予備弾倉といえるスピードローダーならば素早く争点可能だが、これは普通のマガジンよりも嵩張りやすく多く持ち込めない。

それを補うために所持弾数を増やすためにスピードローダーに纏めていない弾薬も持ちこむが、それを装填するとなるとどうしても時間がかかる。

総合能力でいえばメイン武器にしている短機関銃のほうが上なのだ。

 

「でも44なら頭狙えばほぼ一撃か…メインも44仕様に改造してもらう?」

 

「9パラの銃をどうやればそうなるにゃ、反動も装弾数もやばいことになるから無理無理」

 

「コハクもやってるし、同じ要領で」

 

「あれほぼ新造でASST適応外にゃ、私らがASSTなしで戦えるかにゃ?」

 

だよねぇ…とスペクトラはだらだらしながらうんうんと唸る。

 

「爆薬持ってく?C4とクレイモアもあったでしょ」

 

「廃坑を崩落させるつもりかにゃ?ん?いや待てよ、廃坑までおびき寄せて吹っ飛ばすってのもありかにゃ?」

 

「いやいやそれじゃぁ感染源を確実に始末したことにならないよ、しっかり処理して始めて達成だし。それに爆破するったって私たちが安全な場所に逃げられない」

 

危ない考えを出したIDWをステンは窘める。

 

「ダミーにPA着せて囮と壁役は?」

 

ステンは編成と装備、その使用状況、部隊の損耗と移動ルートを打ち出した結果通知を移すPADの画面をトントン指でたたく。

いやもっと弾を増やそう、いやいや近接武器を担いでみようと次の訓練での対策を考えては口に出すがどうもしっくりとこない。

 

「ダミーにPA着せるとして操作できる?」

 

「戦闘は無理だにゃ、PAはシステム適応外だからミニガン持たせて固定砲台くらいかにゃ。それに失ったら結局赤字…」

 

「どうも頭の回転が悪いにゃぁ…気分を変えるかにゃ?」

 

賛成、とステンとスペクトラは頷く。IDWはタブレットをスリープモードにすると、改めて体を弛緩させて背もたれにだらんともたれかかった。

 

「…ぎっづいにゃぁぁぁぁ」

 

IDWのしたようにスペクトラもテーブルにだらけたままぼそりとぼやく。

 

「鉄血のほうがマシよまじで」

 

それには同意だとステンも頷いてから自分も唸る。

 

「もう溶けるのはイヤァァァ…」

 

なお今回の訓練でステンの死因はすべて押し倒されてからの酸性体液による融解である。痛みはないが体が溶かされていく様を見せつけられるのでとっても精神的に悪い。

 

「いいじゃない、わたしなんか一回仲間入りしてたし」

 

スペクトラはうんざりした様子でジュースを飲む。この手の訓練で一番精神的に来るのは、不意の接触や装備の破損で感染したのに気づかないで放置した場合だ。

最悪の場合、変異したということでVR空間の接続が切られて感染した自分のアバターが仲間に襲い掛かるのをただ見ることしかできない状態になる。

今回の訓練ではそれが適用されていて、E.L.I.D化したカビに感染すると一定時間で支配されるという設定が付与されていた。

スペクトラはガスマスクが破損したことに気付かず放置したために感染し、治療もしなかったためにカビに支配されて敵になったというわけだ。

 

「マスク壊された時だにゃぁ…いきなりぶん殴られたときはマジビビったにゃぁ」

 

「不覚、あのカビはセンサーが反応しないのを忘れてたよ。性能に頼り切ってた」

 

「それから逃げた先にはデブのゲロ…」

 

「ステン今日はほんと持ってたよね」

 

とことんと溶ける運命だったよぉ…とステンはさめざめと泣く。クリアできないと断言できたらどれだけ楽だろうか、しかしながらできる奴はできるのである。

クリアできる難易度なのかこれを設定した奏太たちに聞いたことがあるが、クリアできると断言された。

事実、同様の条件を課したキルハウス訓練を彼は余裕をもってクリアできる。モールデッドに扮した人形たちの攻撃を掻い潜り、重要ターゲットを撃破して悠々と帰還してくるのだ。

この訓練にしてもFALと一〇〇式、M2HBとM3の4人がとっくにクリアしている。それに続きたいところなのだがなかなか詰まると先に進めない。

 

(あぁぁぁぁぁぁもぅ、実戦よりも難しいなんて…)

 

ガスマスクで視界を制限されているうえに慣れていない環境を想定した訓練だからだからしょうがない、とは言い訳したくない。

実戦でもアウトーチ周辺やパーク駅といった人類生存可能圏外での経験はこの基地の所属する人形ならば一回はある。

 

「ままならないなぁ…」

 

「だにゃぁ…」

 

「指揮官が遠のくぅ…」

 

伸び悩むお年頃な3人であった。

 

 

 

 

 

2、とじみよ

 

U05基地屋内訓練場、大きな体育館といった風貌で基地の要員数にしては大きい室内の一角でMG34は振り回されるハンマー一撃を避けるのに必死になっていた。

相対するコルトM1911の美奈が大上段にハンマーを振り上げ、体を思い切り使って振り下ろしてくる。

眼前で布を巻いた訓練用スレッジハンマーが振り下ろされ、咄嗟に右手に握る訓練用の木刀で受けかけて咄嗟に身を引く。

彼女も訓練用の軽いものを使っているのだが、合成品の木刀で受けようものならそれ事押しつぶされるのは目に見えていた。

だがそれを美奈は見越していたのか、即座に一歩踏み込んで振り下ろしたハンマーをMG34の顎めがけて振り上げる。

よけきれない、MG34は即座に木刀でハンマーを受けて受け流す。重い一撃に腕に伝播し、木刀が悲鳴を上げるがハンマーの機動は顎をそれて空を切った。

受けきったのもつかの間だ、流された反動をそのまま使ったような軌道で真横から振り回されるハンマーからバックステップで何とか逃れる。

そのハンマーの慣性を体を大きくしならせて緩和して右手にハンマーを握って右肩に担いで構え直す美奈は腰を落として構え直す。

MG34は彼女に木刀の切っ先を向けて体を半身に構える正眼の構えでしっかりと腰を据えて待ち構えた。

 

(来る!)

 

美奈が踏み込み、ハンマーを横なぎにふるう。それをMG34は身を屈めることで躱し、彼女が振り切った隙をついて勢いをつけて木刀で美奈の顎めがけて切り上げる。

美奈が予想したとおりにそれを顔だけ横に傾けることで躱したのを見て、さらに追撃としてショルダータックルを彼女の腹に叩き込んだ。

重量のある機関銃を扱うMG型戦術人形の持つ脚力を使った突進力だ、まともに受ければただでは済まない。美奈はその突進を横に身をよじって避け、視線が一瞬MG34から外れる。

その動きをできる隙をMG34は見逃さない、即座にシミュレーションしていた通りに左手でゴムナイフを抜いて投擲する。

狙い通りならわき腹に刺さるはずの機だったが、そのナイフは振り上げられたハンマーに殴り飛ばされてはじけ飛んだ。

 

(早い、サラほどじゃないけど切り返しが鋭い!!)

 

打ち合いなかで幾度となく見せられる美奈の技術に息を巻く、威力はあるが鈍重でもあるハンマーの挙動を彼女はテクニックで補っている。

傍から見ればサラや琥珀の剣術などよりも鈍重で隙も多そうなのだろうが、相対すると切り返しや仕切り直しといった面が工夫されていて隙が読めないのだ。

先ほどのように隙と思えるような瞬間があっても彼女は見ている、笹木一家のメンバーはみんなそのようなところがあって見えてないはずなのに見えているように反撃してくる。

これでも彼女は本気ではない、まだまだ余裕たっぷりな様子だ。わざわざハンマーで殴り飛ばすなんて無用なことをするあたり狙ってすらいただろう。

 

「惜しい、やるならもっと素早く見えないところじゃないと避けられるよ」

 

「一応視野の外に出たつもりだったんだけど」

 

「一対一なら後ろに回ったって見られてるって考えたほうがいいかな、大体勘でわかるし」

 

難しい、こいつらはどこまで見ているかわからない。それと同じように化け物相手だとどこまで見えるのか予想がつかない。

自分のもう一つの武器として刀を選び、サラから剣術の教えを受けて実戦で使えるくらいには身についているのだがその自身も一気になくなりそうだ。

 

「難しい…」

 

「銃を撃つのとはまた違うからね、まぁ経験を積んでけばそのうちわかるから」

 

「そういうお前は弾き飛ばす方向を考えろ」

 

「はぃ?」

 

唐突に会話に聞きなれた男の声に割り込まれて美奈が首をかしげながら声がした方向、自分の後ろを向く。

美奈が後ろを向いたことでMG34も気づいた。いつの間にか作業服姿の奏太がニコニコしながら、弾き飛ばされたゴムナイフの残骸をひらひらさせていた。

ゴムナイフの刀身部分は潰れて曲がっており、柄の部分の亀裂が走っていて完全に壊れていた。

 

「蛍光灯の交換してるって言わなかったっけか?」

 

奏太が親指で指さした体育館の端には脚立とその横で尻もちをついて目を真ん丸にしている新人のスプリングフィールドM1903。

そういえば新人の彼女に基地の整備を手伝ってもらっていたな、MG34は自分もすっかり忘れていたことに一瞬冷や汗をかきながら顔をそむけた。

 

「……ダーリンなら大丈夫!」

 

「当たったら痛いじゃ済まねぇだろうが!しかも壊しやがって!!」

 

「いだだだだだだだだだぁぁぁぁぁぁッ!!?」

 

そりゃ訓練用とはいえハンマーで殴り飛ばせばそうなるだろう、頭をこぶしで挟まれてぐりぐりされる美奈と怒っている奏太の絡み合いにますますM1907が目を白黒させる。

この基地に配属されたときに、笹木一家は夫婦仲だとは聞かされているはずだがこうも遠慮なしの関係だとは思っていなかったに違いない。

それにしても本当に仲のいいご夫婦だこと、一気に空気が弛緩して訓練する気分ではなくなったMG34は奏太に怒られる美奈のほうを見ながらふと思う。

気の置けない関係とはこういうことを言うのだろう、だから美奈は正直に謝って怒られているし奏太も彼女の事を思って怒る。

そして逆もまたそうだ、奏太が無茶をすれば全員から折檻が待っている。

いつか自分にもそんな相手が見つかるのか、それともただの道具としてどこかで朽ち果てるのか。

 

(サラみたく剣の道ってのもありかも)

 

もしこの戦いを生き延びて、コアを外す時が来ればその道に入るのも悪くないかもしれない。

射撃管制コアが外されたとしても、覚えた剣術はそれによるものではない自分だけの技術であって消えるものではない。

 

「それにしても34、随分と手に馴染んでるな。見事な捌きだ」

 

「いいえ、私なんてまだまだですよ。サラさんの真似をしてるだけですから」

 

「どんな達人も真似事から入るもんさ、まだ本格的にやって日が浅いのにこれだけ打ち合えるんだから羨ましいよ」

 

「才能にも恵まれたようで何よりぃぃぃぃぃ!?!?」

 

奏太に折檻されながらも絞り出すように美奈が言った言葉はドキリとした。別の基地で活躍している妹たちの後姿が脳裏によぎり、忘れかけていた嫉妬のようなモノが沸く。

自分よりも優秀な成績を収めて、より高みに上った彼女たち、それを自分は背後から追いかけていた。

体の性能も、銃の性能も旧式でそれでもお姉さんとして振舞っていたころの胸に走る無力感と対抗心がとても嫌だった。

そんな自分に才能があった?銃ではなく、刀の才能が?

 

「確かに筋はいい、才能もあるでしょう。でもそれだけじゃまだまだですよ」

 

「サラさん?」

 

不意に後ろから声をかけられて振り返ると、運動着姿で訓練用の近接武装が納められたラックの乗った台車を押してきたサラと目が合った。

彼女は一見普通のように見えるが怒っているのがわかる、ジトっとした視線と絡み合う奏太と美奈の二人に向けた。

 

「何訓練の邪魔してるんですかねぇ二人とも?」

 

「げぇ!?サラ!!」

 

「は!?い、いやこれ―――はい、すんません」

 

咄嗟に反論しようとした奏太を絶対零度の視線が射抜き、無言の圧力で黙らせる。剣術となるとサラは厳しいのだ。度が過ぎるおふざけは絶対に許さない。

今回は二人も度が過ぎた。美奈が発端とはいえ、奏太も訓練に割って入って中断させた上にその場で折檻を始めてしまって空気を乱してしまった。

訓練中に適度な余裕を持つことは必要だがふざけるのは良くない。サラが怒るわけだ。

美奈はアワアワしながら逃げようとしているが、奏太はがっちり掴んで離さない。奏太の表情にも焦りが見える、やりすぎたと勘づいているのだ。

 

「ねぇ奏太、あなたも34の相手をしてください。訓練相手のバリエーションは多いほうがためになりますから」

 

「俺も仕事が―――」

 

「してください、ね?」

 

あっという間にサラに詰め寄られ、訓練用マチェットを押し付けられた奏太は彼女の瞳の奥に何を見たのか。

知らないほうがいいだろう、34はマチェットを受け取る奏太の様子を見ながら直感した。

心なしか、マチェットの刃が首に食い込んでいるように見える。訓練用のはずなのに今にも首が飛ばせそうだ、それだけ威圧感がすごい。

 

「はい」

 

「お願いしますね、私は美奈とお話がありますから。34、思いっきりやっちゃっていいですよ?真剣にね?」

 

「はい!」

 

「いい返事です。あなたはまだまだ素人、慢心など許しませんよ。じゃぁ美奈?ちょっとお話ししましょう。奏太?」

 

「はいどうぞ」

 

「え、待って、やだやだやだ!!もう怒られたからぁぁぁぁ!!」

 

訓練だというのに力加減を間違えた美奈の首根っこをつかんで引きずっていくサラの背中を見ながら、34は自分は絶対に気を付けようと心に刻むのだった。

 

 

 

 

 

 

3・暇な危険地帯

 

U05基地はグリフィン社管轄地区の中でも危険度の高い地域に存在する基地である。

その汚染地帯の監視及び治安維持を担当しており、基地が存在する区域も区域整理の結果その汚染地帯のど真ん中で最近はミュータントもそこそこみられる危険地帯だ。

日夜鉄血やミュータントたちと三つ巴のような殺し会いをする日々を送っており、常に食うか食われるかの瀬戸際ともいえる。

 

「平和ね…」

 

そんな基地のトップであるフランシスは和やかな日差しを受けながらお昼のコーヒーブレイクを楽しんでいた。

遠くから誰かの悲鳴が聞こえて気がしたが気にしない、きっと気のせいだろう。

まだ昼間も真っただ中、午後2時という時間で普通の基地ならばまだ執務に追われているのだが決してサボっているわけではない。

単純に普段の仕事が少ないのである、今日の日常業務もほとんど終わっており運営中に出てきた雑務をくらいなものだ。

この基地が管轄しているのは軽度汚染区域となっている地域のみ、人間がいるまともな市街地どころか難民キャンプやスラムすらない。

当然ながらほかのグリフィン基地が行っている都市や町の警備や運営なんてもの行っていないので本雑な書類仕事も住民たちへの対応も全くないのである。

U05地区にあった町は鉄血が暴走した後にほどなくして壊滅したり避難によって無人になり、鉄血に見向きもされないくらい細々とあった難民キャンプやスラムなどはとっくに壊滅して化け物の巣となった。

ミュータントやE.L.I.Dが住民としての不満を書類にして出してくるわけもなく、空腹などで実力行使してくるだけなので返答は鉛玉とあの世への片道切符を渡すだけで終わる。

その原因の鉄血もこの地域の本部であった第2支社を正規軍の爆撃によって失い弱体化、そこにミュータントやE.L.I.Dの襲撃を受けたため多くの部隊と基地を失った。

つまり別の書類が増えたが、その分通常業務といえる書類が大幅に削減されてしまったので全体的には非常に少ないのである。

今も事務室にいるのはフランのほかには2名ほどの事務方メイドが今日の提出書類をダブルチェックしている最中であり、それが終われば彼女たちも暇である。

 

「フラン、悪いんだけどこれにサイン頂戴」

 

「ん?遠心分離機の受領書ね、やっとくわ。どう?あなたも」

 

「もらうわ」

 

そんな和やかな事務室に鉄血製ハイエンド戦術人形のドリーマー、夢子・ロスマンが書類をぺらぺらさせながら入ってきた。

フランはそれを受け取ると一通り目を通してさっさと承認のサインを書き込んで決済済み書類の棚に入れて彼女をコーヒーブレイクに誘う。

夢子もゆったりと頷くと、壁際の棚に設置されたコーヒーメーカーから合成コーヒーをマグカップに注いだ。

 

「どう?新しい設備と生化学分析室は」

 

「ま、上々よ。サンプルの分析やワクチンなんかの合成とか一通りは行けそう」

 

夢子の感想にフランはうんうんと頷く。新しく基地に設置した生化学分析室は、簡単に言えば研究設備だ。

U05地区を中心とした地区内の廃病院や診療所などから回収した機材を修理して配備し、回収したE.L.I.Dやミュータントたちを研究分析して弱点の研究や薬などの作成を行う予定だ。

ほぼすべての機材が修理したものなので若干ぼろくて見栄えが悪いのを除けば、設備は一流の病院にだって負けない。なにしろこのためにコツコツと廃病院や診療所から集めてきた機材を大放出したのだ。

修理するために奏太たちをめちゃくちゃこき使うことになったが、ほどほどの資金でどこかの研究室並みの設備が整えられたのだからその成果は出ている。

当然ながら取扱注意な代物も扱う予定なので、施設は基地内でも隔離された区域に設置されており警備は厳重だ。

 

「でも生物学的なのは専門外だから学者の一人くらいほしいわね、たぶん今のままだと宝の持ち腐れ」

 

「今のところは無理ね、さすがのそこまでのツテは…あるけどちょっと無理かなぁ」

 

「あるんかい」

 

「昔の友達が国の機関で科学者やってるんだけどね、ほらここ危険地帯だし」

 

「国家機関所属じゃ無理じゃない…しょうがない、もう少し粘るわ」

 

さすがに研究者まで現地調達するわけにはいかない、とフランは苦笑いした。この基地の欠点といえばそこなのかもしれない。

 

「フラン、いる?」

 

「今日は来客が多いわね、何かしら?」

 

再び事務室の戸が叩かれ、返事をするとひょっこり顔を出したのはスコーピオンだった。

 

「どうしたの?」

 

「パトロールの報告書、ラッドスコルピオンの光ってる奴を始末したから死体を持って来たんだけど分析室に誰も居なくて…」

 

光っている個体とは放射能の汚染に適応してチェレンコフ光らしい緑の光を肉体の随所から放つようになった変異種のことだろう。

この変異種は原種に比べて耐久性がある上に凶暴だ、ここでは目撃例の少ない種類で新鮮なサンプルが取れたというのはありがたい。

自然発生するような環境ではないので、持ち込まれたということなのだからより周囲の危険度は増したともいえるがそれはいつものことだ。

 

「あら?外出中って札掛けなかったかしら…」

 

「あったからこっちに来たんだよ、そしたら偶然ね。死体は分析室のコンテナに入れといたから解析おねがい」

 

「やってみるわ…ほんとに死んでるわよね?」

 

「死んでるよ!イングラムと二人でやっと仕留めたんだから」

 

ジャイアントラッドスコルピオンは原種であっても硬質化した甲殻で縦覧をはじく厄介な巨大サソリだ、その変異個体となればもっと固いので拳銃弾を用いる短機関銃装備の二人ではきつい相手だ。

光るタイプに変異したジャイアントラッドスコルピオンの甲殻も原種よりも強固で、スコーピオンの用いるVz61短機関銃の32ACP弾ではまず抜けない。

有効弾を得るには接近した上で、弱点である目などの部位を狙わなければならないのだ。

 

「あとそれからこれ、別荘地の近くで鉄血がやられてた。偵察部隊みたいだね」

 

スコーピオンが追加で差し出してきた写真付きの報告書には、パトロールルートにある別荘地の一角でとられた写真が付随していた。

場所はとある別荘だが周辺に見慣れた紫を基調とした戦闘装備の鉄血部隊が無残な死体となって横たわっている。

よく見かける偵察小隊らしく、ハイエンド人形の姿はない。ヴェスピッドやリッパー、ガードなどの下級人形のみだ。

五体満足で死んでいる死体はほとんどなく、死体の大部分は欠損しており一部は噛み千切られているのが見て取れた。

その中には鉄血のモノではない死体、手足が非常に長いガリガリにやせ細った人間といった風体だが牙を剥いて凶暴な形相をした死体が混ざっている。

運のない連中だ、フランはウェンディゴに襲われて壊滅した鉄血の正体の末路を見てただそう感じた。数体のウェンディゴが一緒になって死んでいるところを見るに多少は対抗できたようだが押し切られたのだろう。

 

「たぶん夜中にこのあたりを通ったんだろうね、調べたけど狩場にしてるみたいだよ。痕跡があったから追ってみたら、ここの地下倉庫に巣があるみたい」

 

スコーピオンは常備している紙の地図を広げ、別荘地の近くにあるホームセンターを指差した。

鉄血もたまには役に立ってくれる、おかげでウェンディゴの住処になっているらしい場所が見つかった。

 

「掃除しなきゃね、指揮官を呼んで」

 

「了解!」

 

「じゃ、私は暇な奴に声かけるわ」

 

「お願い」

 

スコーピオンは元気に、夢子はコーヒーを飲み干してからゆったりとした足取りで事務所を出ていく

ウェンディゴならば何度か相手にしているとはいえE.L.I.Dだ、スコーピオンやイングラムも戦闘経験はあるからこそ危険性もわかっている。

それに壊滅した鉄血の偵察部隊にはダイナゲートやスカウトといった無人機もいたはずだ、もしそいつらが残っていれば不意の奇襲を受ける可能性もある。

壊滅した部隊の情報をもって離脱した可能性もあるが、そうなればハイエンドを擁した部隊が送り込まれるかもしれないからどっちにしろ面倒だ。

それを見送って新しく書類を作っていると、仕事をしていた事務方メイドの一人が声を上げた。

 

「フランさん、こちら仕事終わったので私たちも行っていいですか?少し体を動かしたいですし」

 

「あら?珍しいわね。良いわよ、行ってらっしゃい」

 

「ではお先に失礼します」

 

どうやら彼女たちも久しぶりに戦いたいらしい、フランが許可を出すとメイドの二人は優雅に一礼して部屋を出て行った。

彼女たちは事務方だが基地の防衛戦力としては鉄血と銃火を交えてきた実力者だ、事務方とはいえたまには実戦で体を馴染ませたいのだろう。

フランは先ほどのメイドから精査されて戻ってきた書類のデータをパソコンで開き、再度確認してから一文を付け加えて本部に向けて送信した。

 

 

 

 




あとがき
やりたい事考えてたらこんなんになったけど私は元気です。
なんてことない日常会を書こうとしたけどネタがばらけたので小ネタ集的なヤツにしてみました。さて、そろそろ事件を起こそうかな…





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第21話・火花

この中に一人、鉄血がいる!! ……今回は短めです。


 

なんて美しい横顔なんだ、濡れカラスのような黒髪に知性を感じさせる奥深い瞳とその中に感じる無垢な所を思わせる雰囲気。

その細くも力強さを感じる横顔を、彼女の美しい肢体を彩るモノトーンのイブニングドレスがより鮮烈に際立たせて映えさせる。

ストリートを走る車の中に入る街灯の流れる明かりが不規則に彼女を照らし、その姿をより彩っているように感じる。

彼女と知り合ってから青年の心はどんどんと惹かれていって今や彼女に夢中だった。

傍から見れば馬鹿なボンボンが女に引っかかった典型なのだろうがそれでもいい。

 

「遺伝子は自分の子孫を多く残すことのみを考える」

 

「え?」

 

「リチャード・ドーキンスの言葉よ、気が早いわ」

 

「あ、いや、まいったな…」

 

恥ずかしくなって青年は窓の外に顔を向ける。窓の外に流れる市街地の風景は、旧アメリカのマンハッタンを模した街並みはきれいだが今は構っていられない。

彼女に見入り、思わず淫らなことを考えてしまった上にそれを見抜かれてしまったことがとても恥ずかしかった。

 

「ほほほ、一本取られましたな。坊ちゃま」

 

「ロバートまで、意地悪だな」

 

車内に笑いと緩んだ空気が満ちる。久しぶりに笑う彼女を見て、青年もひとまず安心した。

遠くの故郷で家族を失い少し前までひどく落ち込んでいた彼女なら、きっと今の事を茶化す余裕なんてなかっただろう。

今日のデートに連れ出してよかった、彼女の悲しみを少しでも紛らわせることができたならそれでいい。

 

「ロバート、カーネギーまであとどれくらいで着く?」

 

「次の角を曲がればすぐですよ」

 

「今日はずいぶんと速いな」

 

「信号に一度もつかまりませんでしたからな」

 

爺の言う通り、車が左折すると目的の劇場『カーネギーホール』のあるメインストリートだった。

爺はスムーズにカーネギーホールの車寄せに車を入れ、ドアマンの前に車を停車させる。

ドアマンがスムーズにドアを開けると、青年はするりと車から降りて彼女に向けて手を差し出した。

 

「さぁ、お嬢さん」

 

「ありがとう」

 

彼女は微笑を浮かべて青年の手を取り、車から降りる。その所作にさえ青年は思わず見惚れてしまった。

いけないいけない、青年はすぐに気を取り直すと爺やに車を動かすように合図する。車はゆっくりと動き出し、車寄せから奥の駐車場へ入っていった。

 

「今日は少し冷えるな…大丈夫かい?」

 

「そうね、エスコートしていただけるかしら?」

 

「もちろん」

 

彼女の脇に位置取り、カーネギーホールの入り口をくぐる。赤絨毯の敷かれたエントランスを抜けて会場に入る。

入り口から奥へはパーテーションで区切られており、進むにはカウンターでチケットの確認とボディチェックを受けて金属探知機のゲートを通らなければならない。

カウンターにはゴツイ黒服の男が配置されていて、受付嬢がひどく縮こまっているように見える。黒服は警備の人間らしく、物怖じしない鋭い視線を周囲に配っていた。

青年は警備員の無言の威圧感に少し苦笑いしながら、壁に掛けられた時計を見る。午後5時30分、舞台が始まるのは午後6時なのでちょうどいい時間だ。

さっさと受付を終えて、互いに一度用を足してから飲み物を買って席に行こうとプランを立てながら青年はカウンターに歩み寄った。

 

「いらっしゃいませ、チケットはお持ちですか?」

 

「あぁ、2人だ」

 

青年がチケットを差し出すと受付嬢はそれを受け取ってカウンターのリーダーにかざす。それで本物と確認できたのか、受付嬢はゴツイ黒服に合図を出した。

黒服の警備員はきびきびとした足並みで前に出ると、失礼しますと声をかけてからバトン状の探知機を取り出して体に沿うように検査する。

探知機を一通りあてた後、何事もなかったのを確認してから受付嬢はカウンターを抜けた先にあるセキュリティーゲートを開いた。

ゲートを通り抜けると、彼女は先ほどの物々しいカウンターを振り返って首を傾げた。

 

「随分と警備が物々しいわね…さっきのはただの金探とセキュリティーゲートじゃないわ」

 

「君は本当にその手のモノには詳しいね、今日のステージはあのメリッサ・ピアスが主役だから当然だよ」

 

メリッサ・ピアスはカーネギーオペラに所属する現代オペラ界では最高峰の名女優、E.L.I.Dに蝕まれ一時は見放されながらも奇跡の復活を遂げた努力の女性だ。

この世界では忌み嫌われるE.L.I.D、俗に化け物の総称にも使われる『広域低放射線感染症』は低濃度のコーラップスによって発症し、発症した人間や動物を殺すだけでなく変異させて化け物にしてしまう難病だ。

完全な治療法は存在せず初期の段階で発見して治療を施さねばでしか完治は見込めない。その短い段階を見逃せば、苦しい延命を施す以外にないのが現状だ。

そしてその延命治療がさらなる変異を呼び起こしてしまう悪循環が起きることがあり、感染してしまった人間たちはたとえ回復したとしても『感染者』というレッテルを張られて忌み嫌われて差別される。

メリッサもその例にもれず一時は女優の道を失いかけた、しかし必死でもがいて周りに自分を認めさせてきた努力と才能があり実力は素晴らしい。

その躍進と復活ゆえに敵も多く、人類至上主義者や排他的な差別主義者に狙われている。もちろん商売敵にさえも。

 

「カーネギーオペラも必死なんだよ。少し前に女優が一人、大やけどで入院したってニュースがあっただろ?」

 

「えぇ、あ、確かその女優も今回の演目に出るはずだったのよね?ダブルキャストで」

 

「そう、それがあんなことになったんだ。このオペラを快く思わない連中の仕業かもな」

 

「だからこんなに…」

 

「ダブルキャストになるハードスケジュールを一人に任せてるんだ、ピリピリもするよ」

 

週刊詩ではダブルキャストに不満があったメリッサによる犯行とも騒がれているが、青年はあまり本気にはしていなかった。

そもそも理由がない、今回の演目がダブルキャストになったのも演劇のスケジュールがハードになったための措置だ。

主催者の話では役者の疲労で演目が台無しにならないためであり、その役者たちの健康を守るために必要だったのだ。

不意に会場の端にホールの赤絨毯よりも明るい赤コートの制服を着た男性が座るのが見えた。一瞬だが指揮官クラスを示す胸章が見えた気がする。

 

(グリフィンの人だ、彼らもオペラを見るんだな)

 

このマンハッタンシティがあるU01地区に拠点を置くグリフィンは、U地区での対鉄血戦における主力部隊で精強な部隊だ。

グリフィンには自分の知り合いも何人かいるが、見たことのないアジア系の男性でU地区の支社では見かけない顔だ。

指揮官クラスならばきっと彼も有能な指揮官なのだろう、ということは傍らに控えている女性はその部隊の戦術人形なのだろうか。

奇麗な女性だ、長い金髪に黒いドレスを身にまとっており所作が落ち着いたたおやかな印象を受ける。

 

「どうかしたの?」

 

「向こうのグリフィンの制服が見えてね、知り合いかと思ったんだけど違ったよ」

 

「どこに?」

 

「ほら、あそこに」

 

青年は目立たないようにさりげなくグリフィンの指揮官がいるほうを手で示す。その先を見て、なぜか彼女は目つきを険しくした。

 

「どうしたんだい?」

 

「物騒ね、嫌な感じ…」

 

彼女はグリフィンが嫌いだ、戦争よりも芸術や演劇が好きで演出家を自称する彼女からしてみれば彼らは芸術品で戦争をする野蛮人らしい。

美しい人形たちに動作一つ一つに歴史と芸術性を感じる実弾銃で武装させて戦争をするなんてナンセンス、というのが言い分だ。

 

「彼らだって休暇くらいとるだろう。気にしすぎだよ、それにこんなに警備が厳重ならそうそう変な気を起こす奴なんて出ないさ」

 

グリフィンの幹部社員が来ているのであれば警備はより厳重だ、きっとオペラの警備に加えてあの指揮官を守るための護衛がいるのだろう。

万に一つもない、青年は彼女にそういって落ち着かせて席に座った。青年の思った通り、何事もなくオペラの舞台は順調に進んでいた。

主演女優のメリッサ・ピアスの圧倒的の歌声は心を揺さぶり、どんどんと舞台の世界に引き込んでくれるようだ。

演劇は終盤に差し掛かっている、王城の一室を模した舞台の上には4人の役者が舞台のクライマックスに移る重要な場面を熱演していた。

 

「父よ、どうかこのエヴァとの結婚をお許しください」

 

舞台の上で王子が父である王に向けて懇願する。しかし王はそれを認めない、それどころか激高してメリッサが演じるエヴァを罵った。

 

「ならぬ!お前もその女の事はよく知っておろう、あ奴に魅入られた男はみな変死しておるのだ!!」

 

「父よ!どうかお聞きください、彼らに起きたことは確かに悲劇です。しかし、彼らの死を一番嘆き悲しんだのも彼女なのです!!」

 

「そやつは魔女だ!衛兵!!あの女を捕らえよ、火あぶりの刑に処すのだ!!」

 

王の命令に衛兵はやや驚くものの、すぐに表情お引き締めて槍を手にエヴァに迫ろうとする。

その間に王子が割って入り、衛兵を止めて王に向けて懇願した。

 

「父上、エヴァを火あぶりにするというのならば!どうか私めも殺してください…!」

 

「エドワード…」

 

エヴァが許しを請う王子の肩にそっと手を触れ、舞台の正面に振り向き大きく息を吸う。そして胸の奥から響く歌声で歌いだした。

それは彼女の胸中、自身に降りかかった悲劇とそれによって生まれた誹謗中傷への悲しみ。それをもはねのけて愛してくれる王子への思いだ。

セリフの一節、一節が耳に入るたびに心が震え、体の奥底で何かが沸き上がる。熱い熱、興奮が熱となって体を渦巻いているようだ。

私もこんな風に彼女を愛せるだろうか、あの王子のように父が彼女を嫌っているわけではないが恋に障害は常につきものだ。それに屈する隣でオペラに見入っている彼女を愛せるのだろうか。

彼女はたしかに少し秘密主義だ、自分に声をかけたのも金目当てが最初だったのだろう。それでもそれはただの始まり、きっかけというだけだ。

メリッサが大きく声を張り上げ、強く歌手の韻を踏む。部隊の盛り上がりは最高潮に達し、舞台の明かりが明滅し、人型の炎が一気に燃え上がった。

燃えている人型はなんだ?あれは、王様や王子様達じゃないか?演出?いや、違う、本当に3人は苦しみもがいている!!

 

(燃えてる?本当に!?)

 

なんだ、なんだ?メリッサの歌声はまだ高らかに響いている、彼女はまだ歌い続けている。青年は混乱した、隣の彼女も同じのようだ。これは事故か、それとも演出か、わからない、おかしい、理解できない。

観客席もざわつく、みんな理解できないのだ。脚本と違うぞ、どこかでそんな声が聞こえた。その声につられて青年と彼女は振り返る。

壮年の男性は困惑した様子で声を抑えるように口に両手を持っていき、炎をまとった両手を自身の顔に押し付けてその顔を焼いた。

 

「ギャァァァァアアアアアア!!!」

 

男性の悲鳴が会場内に響くと同時にそこかしこで悲鳴を炎が舞い上がる、客席にいた観客たちが燃えているのだ、次々と発火していく。

観客たちは我先にと逃げ出そうとして次々と発火、警備の人間たちも同じように燃え上がり、会場内はすでに収拾がつかない

人型の炎がいくつも燃え上がり、床や席でもがく苦しみのたうち回っている。二階や三階のテラス席でも同じだ、観客たちが次々と発火し、炎と火の粉が空気を焼いた。

逃げようとした観客がパニックのあまりテラスから身を乗り出し、次々と降ってくる。悲鳴とともに降ってくる人型の火の玉に何人もの客が押しつぶされ、一緒になって燃え上がった。

逃げなくては、そう思って立ち上がろうとして違和感に気付く。足の感覚がない、青年は咄嗟に見下ろして気が付いた。

自分の足が燻っていた、真っ黒に焦げた両足がタキシードのズボンの裾から見えていて、合成革の靴が溶けていた。

体が熱い、息が上がる、まるで全力疾走したようなそれをもっとひどくした恐ろしいまでの熱気が体の中から全身の穴という穴から噴き出る感覚、青年の最後の記憶だった。

 

 




あとがき
事件発生、舞台はマンハッタン(再現)。劇場で発生した不可思議な事件から物語はスタートします。
原作は今でも大好きです(懐古マンの戯言)




ミニ解説

U01地区『マンハッタンシティ』
グリフィン&クルーガー社の管理する地区にある都市のひとつ、U地区の中でも復興が進んだ高層ビルの立ち並ぶ大都市。
旧アメリカのニューヨーク州『マンハッタン』をモチーフにした都市となっており、立ち並ぶ高層ビルは強い経済力を現している。セントラルパーク、自然史博物館、カーネギーホール、ソーホーなども再現されており、住民の生活も『良きアメリカ』を指標にアメリカナイズされている。
また街の北には汚染されていない広大な湖があり、マンハッタンシティ側には民間のヨットハーバー、向かいの岸には正規軍の海軍艦艇訓練基地がある。
マンハッタンシティ側の岬には自由の女神像が建築され、それを目玉にした都市の摩天楼を一望するクルーズ船が運行されている。
運が良ければ対岸の正規軍基地から訓練航行にでた正規軍艦艇を見ることもできるため、広い世代の人々に人気で常に満員である。
鉄血の暴走当時はU地区防衛における最重要拠点であり、U地区におけるグリフィンの戦力も多く集まっていて支社の注目も高い。



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第22話・出動

ちょっとアメリカ中西部の田舎町とマンハッタンにネタ集めに行ってたら、日本もやべーこの状況。
ま、死体が歩き出さないだけマシだよね(汚染思考の戯言)



 

 

新人というのは基本的にはどんな基地にも入ってくる存在であり、どう扱うか難しい存在だ。

戦術人形は人間とは違うので一概には言えないのだが大枠でいえば良くも悪くもあり案外一緒だったりする。

臨時基地から汚染区域探査やミュータント退治などの特殊業務を扱う正規基地に格上げされたU05基地も、その問題に直面して少し悩むこととなった。

元々ろくな扱いも運用もされていないので人員不足なうえに戦力が偏りすぎているということで少数ながら新人が配置されることになったのだ。

今まで正規の手続きで配備された人形は数えるほどで、他はすべて現地で救助するなどした敗残部隊の寄せ集めな上に事務などの後方要員まで現地調達したうえで戦闘に動員しているという状態ならそう判断もされるだろう。

その中にはSPAR小隊の名前も挙げられており、16LABからAR小隊商業販売プランの正規試作機として作られた個体の一体が追加配備されることになっていた。

U01地区、IOP支社戦術人形訓練施設、IOP製の訓練設備に囲まれた射撃訓練場には二人の人形が訓練の前準備にいそしんでいた。

SPAR小隊のM4A1は射撃訓練場の制御端末にメモリチップを差し込み、使い慣れた訓練プログラムをロードしながら射撃訓練場で準備をするSPAR小隊の新人の背中に目を向けた。

RO635、ペルシカ博士から送り込まれてきたSPAR小隊に新たに加わる新人だ。彼女はAR小隊に配属されている個体の量産型モデルの試作機で、カタログスペックは整備性を重視しつつオリジナルよりやや控えめだが十分な性能を持っている。

実戦経験とデータがあればより開発に弾みがつくということでこのSPAR小隊に配属が決まり、自分たちはその彼女を迎えにここにやってきた。

 

(でも、私たちに必要かしら?)

 

M4はRO635短機関銃を調整する彼女を見つめて嘆息する。期待の新人、と言われれば聞こえはいいが要は鉄血との実戦も経験していないピカピカのド新人だ。

そんな状態で味方どころか教練で相手をしただろう鉄血人形の実物が『喰われる』最前線に投入しようというのだ。

M4としてはU05基地に増員があるのは助かるのだが、SPAR小隊に新人が必要かと問われれば今は必要ないと考えていた。

元々偶然から生まれた実験小隊であり、それに便乗した商業販売型の生産プロジェクトが終了すればお払い箱になる次がない部隊だ。

配属してくれるというならもらうものはもらうのだが、同時にこのニューフェイスは少し扱いに困る。いっそFALや一〇〇式、G11をそのまま編入したほうがやりやすい。

 

「準備はいい?」

 

「いつでもどうぞ」

 

じゃぁお言葉に甘えて、M4はそんな言葉に出すことなく無言で操作端末を取り出すと訓練開始のボタンを押した。

訓練開始のブザーが鳴り響き、射撃訓練場内に可動式スタンドがカチャカチャと音を立ててせりあがる。

可動式スタンドに取り付けられた訓練用の的はU05基地で使われている実弾訓練用の的で、これまで交戦してきた化け物の写真が使われている。

 

(ノサリス、数2、距離20)

 

射撃レーンの20メートル先に現れてまっすぐ迫ってくるノサリスの的を、RO635は正確に頭を撃ち抜いていく。SuperSASSやFALのデータから耐久力が設定されており、胴体を撃つ程度では大口径ライフル弾を1発2発受けても撃破判定にならない。

RO635短機関銃が用いる9ミリパラベラム弾では、素早く倒すには近距離から心臓か頭を的確に撃つのが効果的だ。RO635はセオリー通りに倒しているが、頭を振らない動かない的だからできる技だ。

頭は当てれば運が良ければ一撃であるし殺しきれなくても致命傷になりやすくひるませやすい弱点ではあるが、小さい上にちょこまか振られる上に頭蓋骨が固いので彼女の銃では不利な場所でもある。

 

(ハウラー、数3追加1、距離30と5)

 

ハウラーの絵が描かれた的が出現し、ジグザクに動いて迫ってくる。RO635はしっかり狙ってヘッドショット、同時に5メートル先の天井から勢いよく出てきた的もフルオートでハチの巣にした。

これもノサリスと変わらない、しかし実物を知らない彼女はほぼ直感で弱点である頭を集中して狙っている。

 

(ラッドスコルピオン、数2、距離20)

 

中型ラッドスコルピオンの的が勢いよく地面からせりあがる。弱点と設定されている目の部分を撃ち抜かなければ、9ミリパラベラム程度ではダメージにならない。

これは一瞬迷ったが、目の部分であり複眼を狙った。

 

(ファットモールデッド、数1、距離50)

 

射撃場の奥から迫る大きい的、先ほどまでの的よりも多く耐久値が設定されている。急所を撃ち抜いて終わりというタイプの敵でもない。

RO635は近寄ってくる的に最初は3点バーストで撃ちつつダメージを稼ぎ、およそ30メートル付近で弾倉を素早く交換してフルオート射撃して止めを刺した。

 

(ミレルーク、数5と2、距離30と5)

 

基地では人気の人型カブトガニが5体、一斉に迫ってくるシチュエーションだ。所詮は的なので弱点の頭を撃ち抜けば簡単なほうである。問題は最初の5枚を処理した後に不意打ちしてくる2枚だろう。

RO635は慎重に的の頭を撃ち抜いて倒し、唐突に至近距離に2枚同時に表れて迫ってくる的には頭を狙いながらフルオートで薙ぎ払った。

 

(グリム、数30、距離60、味方識別あり)

 

射撃場の奥でこれ見よがしにバタバタと音を立てて次々と立ち上がる的、それに描かれた見るからに気色の悪い複眼のひょろ長い体をした人型の化け物。

M4にとっては嫌な思いでしかないグリムの妙にバリエーションのあるポージングの的が一斉に全力疾走してくる。

先ほどとは違う圧倒的な数と勢い、そしてその的の中にあるなぜか味方識別の的がある。つまり味方も化け物になって襲ってきているシチュエーションだ。

グリムの的は密集して配置されており、また耐久値の低く設定されている。どこでも体に当たれば2発で倒れる仕組みで、貫通もありだ。

一度に現れた的の大群にRO635は一瞬面食らうも、すぐに足の速い的から処理をして時間を稼ぎつつ的を破壊する。

的は半数が倒され、その中に紛れていた味方識別のグリムがちらほら見え始める。その的にRO635は困惑した表情になった。

撃っていいのか、それともダメなのか、判断できないのだ。あえて指示も出していない、RO635はどう考えるかが重用だ。

彼女は敵のグリムをまず倒していき、味方識別への攻撃を避けて時間を稼ぐ。その判断の遅さが命取りだ、射撃レーンを駆け抜けた味方識別グリムの的がRO635の目の前で急停止して訓練が終了した。

悪くない、戦術人形としては十分合格点といえるだろう。肩を落としているRO635には少し意地悪だったかもしれないが必要なことなのだ。

 

「すみません…」

 

「良いのよ、これはそういう訓練なの。こういうこともあるってわかってもらうためだからね」

 

「それは分かります、救出対象ですよね。でも…あの絵柄はどうにかならなかったんですか?」

 

「あれ撃っていいのよ、味方識別の敵って意味なの」

 

「はい?味方の敵…傘ですか?」

 

「そっちとはまた別、似てはいるけど」

 

意味が分からないとかぶりを振るRO635。初めは自分もこうだった、少し懐かしくなってM4はクスリと笑う。

 

「プログラムのような電子的なものじゃないほうのウィルスに感染して変異した味方ってことよ。変異の過程で内部部品が壊れないままで変異することもあるの」

 

「うわ…それは…」

 

「やばかったら指揮官に一言言ってもらいなさい。それにしてもさすが新型、その銃では満点ね。次はこれ使おっか?」

 

M4は素直にRO635を褒めると、足元に置いていたトランクを開いて中から見慣れたブルズアイ短機関銃を取り出す。

 

「見たことがない銃ですね…これを使うんですか?」

 

「ペルシカ博士からデータはもらってないの?」

 

「はい、基本設定はRO635のままなので特別なことは…」

 

つまり何も経験していないまっさらなRO635、ということなのだろう。こういうところは、やはり後発らしい。

こういうところもあるから扱いに困るのだ、RO635の口に出す『まっさらなデフォルト』というものが自分たちにはないからどうしてもそこを理解できない。

 

「そう、まぁいいか。うちはASSTで紐づけられた銃だけに頼らないからね、すぐにとは言わないけど最低限何でも使えるようにはなってもらうわ。

これはブルズアイ、キメラ製の光学式サブマシンガンよ。うちでは事務方の自衛装備だから結構ポピュラーなほうね」

 

トランクから鉄血製複合バッテリーを取り出し、互換アダプターを取り付けたブルズアイの接続部分に取り付けて見せる。

ブルズアイのバッテリー接続部は従来の銃火器と変わらない銃下部にあるため、慣れれば扱いは簡単な部類だ。

M4は端末を操作して射撃訓練用の的を一枚出現させ、お手本として10発ほど撃って調子を確かめる。

実弾式とは違う機械的な銃声と同時に銃口から飛び出した赤光の球体弾が狙った場所とその周辺を貫く、整備はばっちりだ。

 

「撃ち方はあまり変わらないんですね」

 

「これはね、中にはすごいのもあるから楽しみしてて。はい、この銃はいろいろ機能があるけどまずはそのまま撃ってみて」

 

「やってみます」

 

M4が差し出したブルズアイを受け取って構えるRO635だが、その姿勢は先ほどまでと違って構えにブレが見える。

初めて使う銃で、システム適応外のキメラ製ということもあってまったく戦術人形に合致しない装備だから余計に戸惑っている。

そもそもブルズアイを含めたキメラ製の兵器は人間も使えるというだけで、人間向けの設計ではないので銃のバランスなどがめちゃくちゃなのだ。

ただの射撃訓練用の的を撃たせてみると、やはりというべきか当たらない。狙うのにも時間がかかっており、扱いそのものにも戸惑いが見られる。

RO635短機関銃を使っていた場合の成績がほぼ100点であったなら、ブルズアイでの成績は60点というところだ。

銃に頼りすぎかな…まぁ戦術人形だものね。M4は最初とは成績が大分落ちたRO635のしょんぼりとしたとした肩をたたいて慰めた。

 

「…すみません」

 

「最初はだれでもこんなものよ、基地では嫌なくらい実戦できるからそこで学べるわ。でも分かったでしょ、自分の弱点」

 

というか戦術人形の弱点かな、と内心独り言ちる。グリフィンの扱うIOP製第2世代戦術人形はASSTによる紐づけをされた一人一銃制も兵器といえる。

対応した銃ならば少しの訓練で人間以上にそのスペックを引き出して扱うことができるが、ほかの銃を握ったときはむしろそれが足かせになると気がある。

咄嗟に別の武器を握っても素人よりは使えるが本来の性能は発揮できないし、本来扱う銃の癖が出て無理な扱いをしてしまい中にも体にも悪影響が出る。

特に新型や新しく製造された根っからの戦術人形は銃に合わせて体を製造しているという話もあるので、民間人形から改修された個体に比べると顕著に出ることもある。

M4自身もASSTで紐づけされたM4A1突撃銃ではなくガリルAR突撃銃を最初に使ったときは、全く命中率が安定しないひどい成績であった。

 

「もう一回やっていいですか?」

 

「もちろん、じゃぁ基本訓練から―――」

 

訓練を再開しようとした矢先、訓練室の壁に掛けられた内線電話の呼び出しベルが響いた。室内には自分たちしかいない。

M4は首をかしげるRO635に訓練を続けるように手ぶりで示し、内線電話の受話器を取った。

 

「はい、M4です」

 

≪出動よ、訓練は中止。早めにヘリポートに上がってきて≫

 

内線から聞きなれたHK416の声色はいささか固い、どうやら普通の出動ではなさそうだ。

 

「中止?何があったの?」

 

≪事件よ、詳しい話はこっちでするわ≫

 

「了解」

 

まずは合流するのが先決だ、受話器を戻してRO635のほうに振り返る。

 

「訓練中止よ、仕事が入ったの。行かなきゃ」

 

「出動ですか?同行しても?」

 

「ダメよ。別ルートで移送してもらえるように手配するから、先に基地に行ってて」

 

「了解しました」

 

素直に頷いて銃を訓練室の武器ラックに戻しに行くRO635にM4は頷くと、自分もブルズアイを持ち込んだ武器トランクに戻して持ち上げると訓練室を出る。向かう先はヘリポートだ。

訓練室を出た先の通路は蛍光灯で明るく照らされており、スーツや白衣姿の人間や調整中と思しき人間たちが行き来している見慣れた日常が流れている。

その廊下を足早で抜け、ヘリポートまで最短ルートで抜ける。ヘリポートにつくと、U05基地所属のCH-47Eがいつでも離陸できる体制を整えていた。

 

「416、来たわよ」

 

「一番乗りね。マンハッタンシティのオペラで火事よ、このまま現地に向かうわ」

 

火事?M4はHK416の言葉に首を傾げた。ただの火事なら現地のグリフィンで十分対応できるはずなのだ。

そもそも火事なのだから戦闘部隊よりも消防隊が必要になる、自分たちが準備している装備にはその手の装備はない。

マンハッタンシティはここから近い場所にあるので、単に周辺封鎖などの要員として増援要請を受けただけなのかもしれないが可能性は低い。だとすれば理由は一つだろう。

 

「妙なことになってるのね?そうじゃなきゃ私たちはいらないわ」

 

「えぇ、なんでも公演中に客が突然燃え出したそうよ。人体発火現象が起きたみたい」

 

「人体発火?随分とレアなケースね」

 

「えぇ、それもオペラの客が次々燃えたっていう連続発火だそうよ。向こうの指揮官は揮発性の高い化学薬品を用いたテロだと考えてるらしいわ」

 

それで話が終わるのなら自分たちに話が回ってくるはずがないだろう、SPAR小隊の専門は鉄血との戦闘ではなく『化け物退治』だ。

鉄血やテロリストたちの仕業だと断定できるのならば自分たちはお呼びではない、駐屯している部隊の戦力から別の部隊を呼べばすむ話だ。

 

「誰からの情報でこの仕事に?」

 

「MG42よ、MG3とあの子の指揮官が巻き込まれた。マンハッタンシティの治安部隊からいきなり話がくるとでも?」

 

「そこを期待するほうが可笑しいわよ。でもU06の二人がどうしてそこに?」

 

「休暇を取ってデートしてたんだと」

 

なんて運のない、M4は思わず両目を瞑ってかぶりを振る。MG42の所属する部隊の指揮官と彼女の妹であるMG3は恋仲だった。

MG42曰く、二人はデートでオペラを見に行って巻き込まれたそうだ。

 

「二人の安否は?」

 

「不明、逃げてきた客の中にはいなかったみたい」

 

MG42が真っ先にU05基地に連絡を入れてきたのも頷ける話だ、彼女の姉であるMG34から化け物や異常現象の話は腐るほど聞いていたのだろう。

生きてるなら幸運だが死んでいるのも幸運だ、最悪の場合は変異して化け物となり襲ってくるしその始末をつける必要が出てくる。

現状の段階ではマンハッタンシティの治安部隊は異常性に気付きつつも従来の対応を行おうとするだろう。

それで話が済むのならばいいのだが、そうでなければ被害は拡大する一方だしより深刻になる恐れも大いにありうる。

もし誰かの手によるバイオテロだとすればより厄介だ、ただのテロリストごときが化け物たちをうまく制御しておけるとは思えない。

細心の注意の設備を整え、グリフィンの設備すらも応用していたU08の鉄血部隊でさえも自滅に追いやるくらいだ。

 

「本部のほうは?」

 

「フランからヘリアントス上級代行官に通達済み、許可は下りてる。私たちは表向きではただの増援、偶然近くにいたから手伝いに来ただけの雑務担当ってことで入る。

無用な混乱と被害は避けたいってさ、何もなきゃただの雑用ね。

私たちは先んじて現場入り、あとで指揮官たちが増援に近場に展開する。現状の任務は偵察、要は現場で生の情報を手に入れろってところね」

 

「指揮官たちが?確か依頼で鉄血の倉庫を襲いに行ったはずだけど…」

 

「場所が基地より近いのよ、仕事も終わってるからそのまま合流するってさ。移動がてらブリーフィングで詳細を詰める予定よ」

 

「終わっちゃったんだ、残念。わかった、先に準備してていいかしら?」

 

「私はあいつらを待ってるわ、順位をつけてやんなきゃ」

 

意地悪そうに笑う416、おそらく誰が一番遅いのかは予想がついているのだろう。ほどほどにしておくように言って、M4はCH-47Eのキャビンの中に入った。

キャビンの中にはこういった緊急出動のための装備品を収めたコンテナが増設されており、そのわきで着替え用に防火カーテンを吊るすパイロットのミルヤがいる。

さっさと準備をしよう、M4はコンテナの中から自分の装備が収まっているケースを引っ張り出してミルヤに一言いうと着替えスペースにもぐりこんだ。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

カーネギーホール前のメインストリートはひどい喧騒の渦中にあった。

メインストリートを封鎖はブロック一つを丸々隔離するように配置されており、道路という道路はグリフィンの治安部隊が配置されて野次馬をせき止めている。

封鎖されたメインストリートとブロック周辺には治安部隊の車両が駐車され、バリケードがさらに作られておりカーネギーホール周辺を包囲するようにしてさらに封鎖している。

カーネギーホールと治安部隊を隔てるバリケードの向こう側はグリフィンの人形や職員たちがあちらこちらへとせわしなく行き来している。

そのメインストリート、ヘリの着陸場所として大きく開かれた場所にCH-47Eが下りてハッチを開いた。

 

「騒がしいわね、何かあったのかしら?」

 

「野次馬はともかく、治安部隊の連中が浮足立ってるな」

 

ヘリから降りたAR-15が感じたのは、ホールを包囲しているグリフィン部隊の忙しなく落ち着かない雰囲気だった。

現場はどんなところでも騒がしいものだが、普通の忙しなさと何かあったときに起こる忙しなさはまるで違う。今回は後者だ、どこかピリピリしたものが多く混じっている。

事件に進展があっていい方向に進んでいるという空気ではない、むしろ悪いことが起きていて気が立っているようだ。

現に近場の増援が到着したというのに殺気立った視線が飛んでくる、嫌な予感を感じつつも現場の指揮所になっている場所を近場の人形に聞いて5人は足を運んだ。

予感はあたりだった、指揮所になっている天幕の警備に一声かけたところ今は忙しいためヘリの近くで待っていてほしいと断られ、仕事の指示もなく手持ち無沙汰になったのだ。

警備の人形も困り顔で、さりげなく見せてくれた指揮所内を覗き見たところ現場部隊の隊長を務めているトンプソンM1928は途方もなくイライラしており、周りの人形たちにもそれは伝染していた。

それを基地に報告すると着陸したままのCH-47Eのキャビンに戻ったSPAR小隊は次の情報か動きがあるまで待機することになった。

下手にうろついて治安部隊からの印象を悪化させるわけにもいかないし、人目についているところでぼさっとしているのもよくないのだ。

CH-47Eの中で準備をしながらも暢気にするしかない、一通り装備をし終えたSOPⅡは開けたままのハッチから外をこっそりのぞきながらつぶやいた。

 

「何があったんだろ?」

 

「さぁな、ミルヤは何か知ってるか?」

 

「いえ、それとなく聞いてみましたけどさっぱりですね…」

 

M16の問いに常備してある電気式クッキングヒーターでコーヒー淹れていたパイロットのミルヤは、メイド服に付いた合成コーヒーの粉を払いながら首を横に振る。

彼女もCH-47Eを駐機して機材を展開する傍ら、短い時間を使って多少の情報収集を試みたようだが不発のようだ。

おそらく状況が動いたのは自分たちが到着する直前だ、そうでなければ少なくとも何かあったくらいの情報は入るはずだがそれもないということは完全にタイミングが悪かったというよりほかにない。

 

「AR-15より指揮官へ、そちらに何か情報は?」

 

≪いや、知らないな。フランたちも何も知らんとさ、ヘリアントス上級代行官からの情報待ちだな。そっちではだめなのか?≫

 

ミルヤが外に出した中継アンテナを通じて、搭載無線機のスピーカー越しに繋がる指揮官の声は雑音がひどいがよく聞こえるほうだ。

 

「動いただけで変な目で見られそうな雰囲気、前の鉄血基地制圧戦を思い出す」

 

無線機越しの車のエンジン音をバックにした奏太の言葉にM4が、サイドアームのM29マグナムリボルバーをウェスで磨いていた手を止めて返す。

おそらくまだU05基地が臨時の囮基地だった頃に行われたU地区における複数基地合同作戦の時の話だろう。

当時からぽっと出の新参者が重要作戦に抜擢されて粋がっていると思われて非常に扱いが悪かった。

臨時指揮官である奏太はまともな扱いはされず作戦会議にも呼ばれない、勝手に決められた作戦で勝手に配置を決められて勝手に命のかけ時を決められた。

自分たちは不遇な人の下に配属されたと思われて別の基地の人形たちからはいらない同情を受けて扱いに困ったものだ、その時と同じだ。

 

≪あのときか?≫

 

「戦闘音はしないけど、どうも治安部隊の動きが妙なのよね。混乱してるような感じ、でも何かできないもどかしさ…的な?」

 

「それはあるわね、出ようにも出られない感覚、いえ、これは当てが外れた感じ?」

 

≪当てが外れた、ね…そこを探れるか?≫

 

「無理無理、今は下手に突けない」

 

≪そうか、わかった。できる限り探ってくれ、こっちも…あぁ、ちょっと遅れそうだ。5分くらい≫

 

「どうしたの?」

 

≪鉄血の追手だよ≫

 

指揮官の声に交じりアサルトライフルの射撃音が混じる、次いで琥珀の声が奏太を呼んだ。

車で移動中の奏太たちを鉄血のスカウトが追いかけて追撃を仕掛けてきているらしい。

重苦しい銃声が響き、車にスカウトの銃撃がかすった耳障りな音がかすかに聞こえる。

接近戦を仕掛けてきている個体がいるのか、金属と金属を打ち合うような音も混じった。

 

≪飛び乗ってきやがった、対応早いな。切るぞ、何かあったらフランに頼む≫

 

「了解、がんばってー」

 

≪はいはい≫

 

ショットガンの発砲音と鉄血兵の悲鳴らしい小さなうめきを最後に無線が切れる。しばらく時間がかかりそうだ、それまでどうしたものか。

AR-15は手慰みと暇つぶしを兼ねてアノマリー探知機を取り出して電源を入れて調節する、感度チェックもかねてなんとなく後部ハッチのほうに近寄ってからホールのあるほうに向けた。

 

「ん?なんだこれ」

 

「あら?」

 

その探知機のアンテナが見慣れた顔の眼前に突き付けられる。すぐに探知機を下ろすが、AR-15は見慣れた顔に首を傾げた。

 

「よ、おひさ」

 

スペクトラM4のような上半身はビキニにマグポーチのみという露出の多い格好、赤いベレー帽に金色の長髪、活発そうな表情にぱっちりした瞳。

そして自分の名前でもあるAK-47突撃銃を自在に操る自動人形がハッチの下からひょっこり首を出して笑っていた。

U06基地所属のAK-47だ、以前の戦いで共同作戦を張ったこともありそこそこやり取りのある顔なじみでAR-15とも仲が良い。

 

「AK?あんたなんでこっちにいんの、とりあえず上がんなさい」

 

「ありがとよ。ほら、お前もこっち来いよ」

 

U06基地所属のAK-47は、少しばつの悪そうな表情をするMG42をハッチの影から引っ張り出した。

MG34の妹である彼女とも同じく顔なじみで、何度も一緒に戦ってきた。

二人をキャビンの空いている席に座らせ、ミルヤがコーヒーを渡すのを待ってからAR-15は問いかけた。

 

「どうしてあんたここにいるの?MG42は分かるけど」

 

「休日でな、こいつの尾行に付き合わされたんだよ」

 

「尾行じゃありましぇん!ボディガードでしゅ!!」

 

誰のだよ、とは誰も言わない。妹であるMG3が心配で心配で仕方ない姉馬鹿を彼女が発揮してしまっただけの話だ。

同じようなことを仲間のMG34もたまにやるので大体理解できてしまう、MG3と恋人のU06基地の指揮官がふしだらな間柄にならないか監視しに来たといったところだろう。

彼女の場合、奏太たち笹木一家の関係やスタンスを間近で見ているせいか少しばかり身持ちが堅いのだ。

 

「で、コーヒー片手に出待ちしてたらあの騒動だ。びっくりしたぜ」

 

「あなたホールにいたの!?よく無事だったわね」

 

「正確にはホール前のカフェ。で、急に悲鳴が上がって客が逃げてきたと思ったら火だるまだったり火だるまにいきなりなったりだ。

やばいと思って速攻で逃げた、もしその、アノマリーだっけか?そんなだったらあたしらじゃどうしようもないからよ。

で、駆けつけてきたトンプソンに見つかって根掘り葉掘り聞かれてな。すぐに解放されたけどバークにしばらくここにいるように言われちまったしよ。

かといって手伝いも何もできないし武器もないしでボケっとしてたらお前らが来たのを見かけたわけだ」

 

「正しい判断ね、でもよくあなた突っ込まなかったわね」

 

「それは…」

 

HK416の指摘にMG42は物憂げに俯く。

 

「あたしが止めた、おかしいと思ったからな」

 

「はい、AKに言われて、しゅこし考えて…しょれで、お姉ちゃんに連絡しなきゃって」

 

「で、こっちに情報が来たわけね、早いわけだわ。ここに来たってことはそれだけじゃないでしょ、何があった?」

 

「最新の情報が必要だと思ってな。実は少し前、中に治安部隊の部隊が突入したのを見かけたんだ。テロ対策部隊の連中だ」

 

「SWATみたいなやつ?」

 

AK―47は頷く。国が管理する地域に配備されている警察のSWATのような特殊な装備はしていないが室内戦や市街地戦に特化した治安部隊だ。

鉄血よりも対人戦訓練を多く積んでおり、警察活動による特殊かつ危険度の高い任務を多く請け負う精鋭だ。

 

「で、そいつらが入っていったきり全く出てこない。通信は途絶、銃声もなし、だれも戻って来やしねぇ」

 

「妙ね、装備も練度しっかりしてるなら多少の化け物なら撃退できる。不意さえつかれなければだけど」

 

「鉄血やテロリストならドンパチにぎやかになるだろうし、そうでなきゃ向こうもばかじゃないから戻ってくるはず、なのに全く音沙汰なしさ。

だから気が立ってんのさ、何が起きてるのかわからない。かといって、下手に部隊を再び突っ込ませるわけにもいかない。

テロ対策部隊の連中が何もできずにやられたなら中は相当危険な状況、普通の部隊じゃまず被害が増えるだけだ。

一応最初に部隊を突っ込ませる前に、ドローンで索敵と各種危険物反応の調査はしてたはずだけどな。で、またドローンを出そうと思ったら―――」

 

「やられちゃった、と?」

 

「そ、ホール内に突っ込ませたら通信障害でポトリだとさ。気が付きゃホール内は通信がジャミングされてるような状態なんだと」

 

SOPⅡの相槌にAK-47は頷く。ドローンによる索敵でもわからなかった何かがあって、それが今も活動している。そう考えるのが自然だろう。

トンプソンたちが苛立ちを隠せないのも納得だ、自分たちの自慢の部隊と自信を一気に喪失しかけているのがきついのだ。

これは近いうちに押し付けられちゃうかな、トンプソンの事は正直どうでもいいAR-15は次に来るだろう使い捨ての要請に少し期待することにした。

この事件の主導権はどうであれマンハッタンシティ警備部だ、この現場でいえば治安部隊のトンプソンである。U05基地の悪いイメージと自分の懐が痛まない使い捨て上等の認識がまだあるなら使うだろう。

通信がジャミングされてしまう状況下では適役だ、自立行動とアナログ手法は十八番である。

 

「大丈夫、二人とも生きてれば必ず助ける。お世話になってるし」

 

「M4さん…お願いします」

 

M29マグナムリボルバーをホルスターに戻しつつMG42の気持ちを読み取ったM4の言葉に、MG42は涙をこらえて震える言葉を紡ぐ。

彼女も『姉』だ、妹の窮地に何もしてやれないのは悔しいし今も心配で仕方がないに違いない。口ではいろいろというが、MG3と恋仲の指揮官のことだって応援はしているし親しくもしている。

二人とも無事でいてほしいし、絶対に助けてほしいだろう。自分で何とかするならしたいだろうが、今の彼女は銃すら持たない身でどうすることもできない。

だがそれをこちらに頼むのも気が咎めていたに違いない、MG42は優しい子でU05基地に対するほかの基地の扱いも知っていて心を痛めていた。だから戸惑っていたのだろう。

それをM4はこともなげに笑い飛ばす。扱いの悪さはいつもの事、そんなことよりもMG3やU06基地の指揮官を助けることのほうが重要だ。

ならばやることは一つ、徹底的に前準備だ。

 

 




あとがき
引き続き今回の事件の序盤の話、あとROちゃん加入。すみません、化け物は次からなんです。
ROちゃんはしばらく別行動ですので、基地で揉まれていただきましょう(ゲス顔)




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第23話・カーネギーホール

 

結局のところ、困ったときの捨て駒扱いだ。今更それがなんだとか言わないけれども。

SPAR小隊を束ねるM16A1はガスマスク越しに見えるカーネギーホールの重厚で趣のある両開きの大扉を目指して進みながら、対E.L.I.D戦もできるように改修されたM16A1突撃銃を構えて後ろについてきているM4に手信号で指示を出しながら内心笑う。

こういう使い方をされるのは人形としては当たり前なのだ、所詮人形は道具なのだから。そう思っていても、なんというかやるせない。人間でさえ同じように扱うのだから人間というのはどこまで行けるのかむしろ気になるくらいだが、それは置いておこう。

SPAR小隊にマンハッタンシティ警備部からの任務が来たのは、AK-47達から彼女の知る情報を聞いてから少し後の事だった。任務は偵察及び救助、SPAR小隊で得体のしれない何かがいるカーネギーホールに飛び込んで取り残された民間人やテロ対策部隊の生き残りを探し、救助しつつ中を探れというわけだ。

しかももしオペラの主演女優であるメリッサ・ピアスが生きているなら最優先救助対象として、自分を犠牲にしても守って救助しろとのありがたい命令までつけてある。

ダミーを用いないたった5人の部隊にそれをやれというのだから、向こうも破れかぶれといった様子だがこっちにとっては好都合だ。

こういった不思議な案件に慣れている人員ではあるし、装備もほかの部隊と比べたら整えていつも持っているのだから。

 

(こんなところで歌のお姉さんが生きてるとは思えないけどな)

 

なるようにしかならんと考えながら出したM16の指示にM4は頷き、M4A1突撃銃をスリングで肩にかけて担いでいたオーガーエネルギーライフルを構える。

網膜投影型スコープを覗き込み、オーガービジョンで透過した壁越しにエントランスを舐めるように見回した。

 

「敵影無し」

 

M4の小さなつぶやきにM16は頷き、入り口の脇に身を潜めて地面スレスレに手鏡を差し出して中を覗き込む。

オーガービジョンは万能ではない、オーガービジョンの視界では見えない化け物もいるし隠蔽用の装備を持っていたら簡単に騙せてしまう。

手鏡でエントランス内を索敵するM16は、鏡に映る異様な焼死体の転がる荒れたエントランス内が見えた。

敵影は見えない、トラップや待ち伏せというわけでもなさそうだ。後ろについてきているM4たちに手信号で進むよう伝えると素早くエントランス内に入り込んで近くの柱の陰に隠れる。

館内に一歩足を踏み入れた時から嫌な予感がした、M16は体が汗ばむような感覚を覚える。

入り口からしてひどいありさまだ、あちこちでオペラに来ていた客と思しき焼死体が文字通り転がっており、最後の凄惨なパニックの面影を残していた。

 

「焼死体だらけだな、こういうのは私たちも初めてだ」

 

「敵は…見えないね。M4、どう?」

 

「妙よ、とっても奇妙」

 

「何か感知したか?」

 

再びM4A1突撃銃を構え、持ち込んだ探知機やスキャナーなどを取り出してエントランスを調べるM4は首を横に振る。

 

「異常なし。毒物、放射能、コーラップス、それにアノマリー、すべてないわ」

 

「つまり安全ってことか?あり得ないな、それ程時間がたっていないから可燃性ガスだとしても少しは出てくるはずだぞ」

 

「うん、でもみて」

 

M4はかざしていたガス検知器の画面をM16に向ける。その画面には確かに有毒な物質や現象の類は検知されておらず、残滓も見られない。

空気中の湿度が高く、発火現象のせいか温度も高いくらいだろうか。M16の後ろからスキャナーを覗き込んだのか、416が少し考えてから呟いた。

 

「正常値…いや少し湿っぽい?臭いわね、そのスキャナーが探知できない何かの可能性があるかも」

 

「だな、絶対マスクは外すなよ」

 

全員に釘を刺しながらM16は地面に横たわる死体の傍らに片膝をついて、死体のすぐ近くの地面を触る。

この焼死体は完全な炭化はしていないものの、見た目では個人が判別できないくらいに燃えていた。

皮膚はほとんど燃えており、真皮どころか筋肉にまでやけどの跡は広がっていて黒焦げで皮膚がズル剥けの様な死体だ。

だがおかしい、人間がこれほど燃えているのに周囲の焼け跡はそれほどではない。焦げこそしているが延焼しているような跡が見られないのだ。

 

「妙な燃え方だ、標的だけ燃やしたような感じだな」

 

小規模あるいは個人を標的にした攻撃ならば納得できる殺し方だがそれにしては多く燃やしすぎている、オペラの客すべてが標的だというならば話は別だがそれだと手段が納得できない。

人だけを確実に燃やすような何かを使って周囲の被害を抑え、オペラの客すべてを燃やす。それなら建物ごと燃やして事故や別のテロに仕立て上げるほうが安上がりだ。

まさか人間だけを狙って、建物の被害は抑えたいなどという変わった考えをするテロリストがやったわけでもあるまいに。

外の死体安置所で確認した死体でも感じた疑問だが、現場でまだ整理されていない状況を見ると余計におかしさを感じてならない。

マンハッタンシティ警備部の指示が遅いのも納得だ、この妙にちぐはぐで薄気味悪い状況ではどう指示を出すべきか迷ってもおかしくない。

 

「引っかかるね、人が燃えるくらいなら床も燃えてるはず。なのに焦げただけなんておかしいよ」

 

「また謎が増えたか…行こう、テロ対策部隊はまっすぐホールのほうへ向かったようだ。追うぞ」

 

同じような疑問を覚えたらしいSOPⅡの呟きにM16は同意しつつ、先頭に立ってエントランスを進む。

エントランス内や廊下には全く戦闘を行った様子は見られない、テロ対策部隊の痕跡はすべて自分たちと同じように状況を調べた跡ばかりだ。

さらに奥のホールに向かう通路の手前に差し掛かると、通路の手前にグリフィンの使う偵察ドローンが落ちているのを見つけた。

マンハッタンシティ警備隊の放ったドローンはエントランスから奥に進む通路の近く、折り重なって倒れた焼死体の横に転がっている。

折り重なっている焼死体の内、下敷きになったほうは人形だったのか部品が露出している。おそらく背負っている人間を助けようとして、ここで力尽きたのだろう。

まさかこんなところで死ぬとは思っていなかっただろうな、M16は見る影もない死体のそばで片膝をついてドローンからチップを回収しつつ冥福を祈る。

笹木一家がやるように軽く両手を合わせて祈ると偶然死体の首に掛かる光るものが目に入った。

 

(42、AK、すまない。ダメだったようだ…)

 

見る影もない焼死体の首に掛かっていたのは焼け焦げたグリフィンの認識証はこの死体がU06指揮官のモノである示していた。

U06指揮官の死体を丁寧に退けて、下敷きになった人形の焼死体を探ると四角い小箱とMG3の顔写真の入ったIDカードが見つかった。

死体はすでに冷え切っている、二人は事件発生直後にすでに死んでいた。自分にはどうすることもできなかったとわかっていても、M16は無力感を感じずにはいられない。

助けられなかった、このことをMG42たちに伝えることを考えるだけでも胸が苦しい。バックアップから再生されたMG3にも伝わるとしたらなおさらだ。

 

「姉さん、この二人は…」

 

「あぁ、見つけたよ」

 

M16の後ろからのぞき込んできたM4の問いに頷くと、彼女の瞳が悲しげに揺れる。ほかの3人も同じように各々悲しげに俯いた。

だが悲しんでもいられない、M16は二人の死体を通路の脇にどけてハンカチを顔にかぶせて目印をつけてからさらに奥に足を進めた。

廊下も焼死体だらけだ、人間も人形も区別なく息絶えているにもかかわらず廊下には延焼した様子はほとんど見られない。

炭化しているもの、先ほどのように生焼けの様なもの、あるいは体の一部を残して跡形のない物もすべて同じだ。

 

「M4」

 

ホールに入る扉の一つに近づき、突入態勢を取りつつM16が合図を出すとM4はオーガーで室内を索敵する。

彼女が頷く、それを見てM16はホールの扉を少し開いて入り口を同じように手鏡でホール内と入り口の周囲をうかがった。

敵影は無し、待ち伏せの類の痕跡もなく、扉にトラップなども見られない。突入用意、M16は手信号で合図を出すとSOPⅡとHK416が素早く反対側の壁に張り付いて合図を待つ。

反対側の二人と後ろに付いたM4に頷き、M16がAR-15に視線を送りホールに入る扉を指で示すと彼女は素早く扉に詰め寄りゆっくりと押し開ける。

中に入れる程度にドアが開くと全員で一気に内部に入り、ホールの惨状に息をのむしかなかった。

 

「いったいここで何があった?」

 

ホールは地獄絵図と化していた、座席や通路にはバリエーション豊かな焼死体が当時の状況をそのまま残しており今にも動き出しそうな形で残っている死体が見られる。

そして舞台の壇上とその周囲が最も損壊がひどく荒れ果てていた。理由は単純だ、先の突入したテロ対策部隊の面々がこのホールで何かと交戦し、敗北していた。

 

「ひどいな、全滅か…」

 

P90、64式自、M950、スーパーショーティ、SPAS12、計5人と各二人のダミーからなる部隊が舞台を中心に客席や通路に躯を晒している。

客席に寄りかかるようにして息絶えたP90は胸に焼け焦げた大穴を開けて目を見開いたままだ、抵抗した様子がないことから敵意がないと判断した相手から攻撃を受けたように見える。

おそらくその奇襲が引き金となって戦闘が勃発、しかし交戦むなしくテロ対策部隊は全滅したといったところだろう。

原形をとどめていない死体もあり、焼死体だらけのホールをさらに悲惨な血だまりで彩っていた。

 

「銃声が聞こえなかったのはここの防音設備のせいね、ここならドンパチやっても外までは聞こえづらい」

 

「そのうえ外は外でサイレン、車、人ごみに野次馬のざわめき、雑音のコーラスだ。紛れちまうのも無理はないか」

 

このカーネギーホールは周辺地域への音の影響を鑑みて静粛性と防音性に気を使って設計された作りだ。

特にこのホールで行われる公演の音が騒音被害にならないよう徹底的に対策されている、ホールの防音設備とそれを囲む施設も防音性に富んでいるのだ。

おかげで激しい演出のある公演でも許容範囲であり、そのおかげか周辺からの苦情もほとんどない。それが今回は仇になったのだ。

テロ対策部隊の反撃が少ないというのも理由の一つだろう、見る限り奇襲を受けて反撃してはいたようだが弾薬の消費量からして消極的かつ混乱が見られる。

組織的な反撃ができるのに、個別に対応しようとして各個撃破されたような状況だ。

 

「随分と高出力の何かにやられたのね、溶けてるわよこれ。レーザーかしら?」

 

AR-15はSPAS-12の防弾盾に空いた穴に手を這わして顔をしかめる。鉄血のハイエンド人形の使うハイテク武装の掃射にもある程度耐えうる装甲版がほぼ一撃で抜かれていた。

おそらくP90の胸を貫いた攻撃と同じだろう、同じような攻撃で64式自やM950も殺されている。

64式自は顔の半分を失い、M950に至っては首そのものが消し飛んでいた。

 

「化け物の死体が一つもない、あるのはテロ対策部隊と焼死体だけ。仕留め損ねたのね」

 

「そうとは思えない、仕留め損ねたにしては痕跡が少ないぞ。それにこの弾頭を見ろ、きれいなもんだ。まるで受け止められて落っこちたみたいだな」

 

「再生能力の高いタイプ?でもきれいすぎるし…確かに痕跡もないわね。鉄血かしら?それともテロリスト?」

 

「フォースフィールドだってここまできれいにはならない、鉄血のシールドだって同じさ。それにこれ、妙な配置してないか?」

 

M16は薬莢の散らばり、弾痕のつき方を見てふと疑問に思う。最初の一撃はおそらく、敵を包囲した状態で行われた。

なぜそのような立ち位置にありながら逆転されたのか、包囲したテロ対策部隊の動きも気になる。

 

(奇妙だ、ん?これは引きずった跡か?)

 

妙なものを感じて部隊の痕跡を調べると、戦闘の後に紛れて小さな引きずった跡と斑点状の形状がおとなしい血痕が続く痕跡があるのにM16は気付いた。

血痕と引きずった跡は舞台脇に続いており、舞台の楽屋のように続いているようだ。

 

「新しいな…SOPⅡ、ついてきてくれ。ほかはここの調査を」

 

「OK、任せて」

 

SOPⅡが後ろにつく、それを確認してから客席と舞台を調査する3人に目配せしてからM16は舞台脇に足を踏み込んだ。

舞台脇に入るとホールにこもっていた焼け焦げた匂いが弱まる、周囲が荒れていないことからここには当時は人がいなかったらしい。

その分、誰かが通った痕跡がより見分けやすくなっていた。足跡は小さいが体重は重い、歩幅は小さく中学生くらいだろう。よほどのデブか人形だ。

さらに奥に進むと足跡が舞台裏のドアに消えている、ドアを抜けると舞台裏だ。劇で使う小道具や機材が所狭しと並べられていてかなり手狭になっている。

痕跡はその奥にあるドアに続いており、札には休憩室と書かれていた。人間か、化け物か、M16は一度息を整えてからドアノブに手をかけて中に耳を澄ます。

 

(居るな)

 

小さな何かを咀嚼するような音、無駄に何かを踏みしめる音、暢気な生存者が遅い夕食をしているのに出くわすとも考えづらい。

ドアを通して聞こえる物音からしても隠れて身を潜めているといった様子は見られない、何よりこの手の何かを食べる音には聞き覚えがありすぎた。

M16はSOPⅡに手信号で突入すると伝えて、ゆっくりドアを開けて中を覗き見た。

休憩室は小さなキッチンと冷蔵庫を備えているありきたりな内装で、机やいすは乱雑にひっくり返されて血まみれになって荒れ果てていた。

その部屋の隅に、追いかけてきた彼女はいた。化け物に伸し掛かられ、今も血をまき散らして食われながら。

鼠だ、いや、鼠のような何かだ。目の前に現れた四足歩行の化け物に照準を合わせ、M16はすぐに気持ちを切り替えた。

元は排水溝を駆け回る太ったドブ鼠だったんだろう、しかし今の大きさは中型犬サイズだ。

急速に変異したためか皮膚の再生が間に合っておらず、肉体を覆う毛皮はまるでびりびりに切れたストッキングのようなありさまで真っ赤な肉が曝け出されている。

頭の形も歪に変化し、口元はまるで牙が突き出た異形の嘴のようになった骨がむき出しになっている。

3股に先割れした鞭のようにしなる尻尾には炎が灯り、まるでファンタジー映画の火の玉攻撃のように揺らめいている。

その異形の嘴がスーパーショーティの首をかみつき、今にも噛み千切ろうとしていた。

 

「突っ込め!!」

 

M16はドアを激しく開いて突入しながらその化け物に向けて引き金を引く、銃弾は正確に化け物の胴体をえぐって痛みでうろたえた化け物は嘴を彼女の首から離れさせた。

すぐさまSOPⅡが化け物に詰め寄ってスーパーショーティの体から引きはがして地面にたたきつけ、至近距離から5.56×45ミリライフル弾を撃ち込んで確実に息の根を止めた。

 

「みんなを呼んできてくれ。敵はミュータントだ、気をつけろ」

 

「了解!」

 

SOPⅡに召集を頼んだM16はすぐにスーパーショーティのもとに駆け寄った。血だまりの中で力なく横たわるスーパーショーティは重傷だった、体中に火傷の跡があり左腕を失い傷だらけだ。

右足は完全に破壊されており、壊れた部品が皮膚を突き破っている。先ほど見つけたわずかな血痕と引きずった跡は、ショーティが歩いた後だったのだろう。

それでもまだ生きていた、苦しそうに喀血した彼女は苦しげに呻きながらもM16を見据えて口を開こうとする。

咄嗟にM16は彼女を制した。彼女は首を激しく損傷している、無理にしゃべらせては命が危険だ。

 

「U05、SPAR小隊のM16A1だ。しゃべらなくていい、すぐに助けるぞ」

 

ポーチに常備してある応急治療キットを取り出し、消毒スプレーで傷口を消毒してから止血剤を塗った包帯を押し当てて応急処置をする。

首は切断寸前だ、外部接続部などはボロボロでフレームの頑丈な部分が何とか化け物の牙に耐えていたがそれ以外の駆動系やコードはちぎれたり破損している。

生体部品は見る影もない、噛み付かれてぐちゃぐちゃになっており大量出血している。普通の人間ならばとっくに首なし死体の仲間入りだっただろう。

 

「気を付けて…ばけもの…なりすましてる…だまされないで…」

 

「それは最悪だな、もう大丈夫だ」

 

「ちいさかったから…かな…メリッサは…奥に…」

 

「メリッサ?おいおい、まさか生きてるのか!?冗談だろ…」

 

スーパーショーティは震える右腕を上げて指をさす。指差した先にあるのは、舞台裏に出る開けっ放しのドアだ。

彼女は何かを伝えようとしている、もし通信障害がひどくなければデータの受け渡しができたがだろうがカーネギーホール内はいまだに通信が使えない状態だ。

 

「きをつけて…おく…に…メリッサ…ばけもの…」

 

スーパーショーティの瞳が眠るように閉じ、震えていた腕が力なく落ちた。おそらく限界だったのだろう、気を失った彼女にM16は、スーパーショーティの傷に応急処置を施した。

首の傷以外でひどいのは右足くらいで、ほかの裂傷や火傷はひどいが前の二つほどではない。

背後が騒がしくなり気になって振り向くとSOPⅡに連れられてM4達が全速力で走ってくるのが見えた。

 

「スーパーショーティ!?」

 

「まだ生きてる、すぐに運ばないと。M4、SOPⅡ、頼めるか?」

 

「わかった、でもいったい何にやられたの?」

 

M16からスーパーショーティを託され、彼女を背中に慎重に背負ったM4は彼女の傷跡を見て顔をしかめる。

 

「でっかいネズミみたいなやつ、あそこに…あれ!?」

 

SOPⅡは自分が仕留めたはずの化け物の死体が転がっているはずの場所を指差して素っ頓狂な声を上げた。

その声にM16も釣られて化け物の死体があった床を見て驚くしかなかった、確かにそこにあったはずの死体がなかったのだ。

SOPⅡが仕留め損ねたとは思えない、誰かが持ち去ったとも思えない。一体何が起こった?ハッキングでもされたか?M16は一瞬背筋に嫌な感じがしたがすぐに否定する。

ハッキングされる可能性は低い、U05基地では仕事中は普段からオフラインで活動する。鉄血からのハッキングやサイバーウィルスの感染を極力抑えるためだ。

 

「どういうこと、確かに殺したはず!M16、動かした?」

 

「まさか…」

 

「落ち着いて、残り物があるわ。私が調べるからあんたは彼女を外に」

 

驚くSOPⅡを宥めたAR-15は、死体があった場所に片膝をついて死体のあった場所と思しき湿った床に手を這わせた。

SOPⅡは少し逡巡したが、頷くとM4を警護しながら外に引き返そうとする。その背中にM16はふと思い立ち、時間を確認してから追加して指示を出した。

 

「二人とも、もうすぐ指揮官たちが到着するはずだ。彼女を預けたらそっちに合流して戻ってこい、私たちは先行して偵察する」

 

「了解、無理はしないでね。そうだ、これ」

 

「サンキュー、気を付けてな」

 

去り際のM4から対ELID用徹甲弾が込められた弾倉を受け取り、M16は頷いて3人を見送った。

 

「湿ってる…血だけじゃないわね。まさか溶けた?サンプルを取っておきましょう、向こうで解析すれば何かわかるかも」

 

「手持ちじゃ無理か?」

 

「やってみたけど無理ね、ミトコンドリアの残骸が多めに出てくるくらい」

 

AR-15は床の湿った場所に簡易解析装置のスキャナーを当てて解析するがすぐに首を横に振る、解析結果の出る画面をのぞき込むと有力な証拠となる物質はほとんど出てこない。

細胞か何かだった残骸がこのサンプルの主成分ということだ。詳しく調べれば出てくるのだろうが、簡易的な持ち運び用ではこの程度にしかわからない。

念のための証拠写真を撮り、画像を確認しながらAR-15は再びかぶりを振る。

 

「血や体液にしては量が多い…まさか溶けたのかしら?どんな形だったの?」

 

「ネズミが変異したように見えた、それと尻尾に火が灯ってたな」

 

同じようにAR-15の頭越しに画面をのぞき込んでいた416の問いにM16は、自分が売ったはずの化け物を思い出しながら答える。

 

「聞いた限りネズミの変異タイプに思えるけど…溶けるのなんて聞いたことないわね」

 

あぁ、指揮官からも聞いたことがない。M16はAR-15の返答に確信を持った、こいつらは新種かあるいは変異種。どちらにしろ未知の敵だ。

自分たちでは荷が重いかもしれないな、無理はしないでおこう。

 

「行くぞ、メリッサを探す。後ろは任せた」

 

 





あとがき
カーネギーホール編スタート。今回はSPAR小隊のM16視点での物語。
今回も死にまくりました、嫁が死んだ人ごめんなさい。次の彼女はきっとうまくやるでしょう。




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第23話・カーネギーホール2

増援到着とかもろもろ、カーネギーホールは難燃性。




U01地区にある経済都市『マンハッタンシティ』はグリフィン&クルーガー社にとっては重要な経済拠点の一つであり、戦略拠点としても重要な都市だ。

都市の周囲は街を取り仕切るU01基地の戦闘部隊とトーチカなどの防衛ライン、さらに町の中は治安維持を専門とする警備部が日夜治安を守り人々の生活を守っている。

その外周防衛線の最終防衛ライン、都市を守る防護壁にある出入用ゲートがある主要幹線道路をハンヴィーとトラックが夜にもかかわらず走っていた。

その様子はゲートを管理する警備室でも確認しており、警備室に詰める老警備員と戦術人形の彼女もモニターに目を向けていた。

2台の車を確認し、識別信号と目視での確認の差異にドキッとしたがすぐに報告にあった通りだと思い出して気を静めた。

 

「ほんとに鉄血から車を奪ってきたんだね、僕びっくり」

 

「わしもびっくりだ、凄腕ってのは本当だったな」

 

警備室で一緒に暇をつぶしていたMP446の驚きに、しわくちゃの手で制帽を取りながらうなずく老警備員は同意する。

ハンヴィーの車体にはグリフィンのマーク、識別信号はU05基地となっている。トラックは鉄血工造が製造していたタイプで車体にも3本の傷がついた鉄血のマークがあった。

トラックの識別信号もグリフィンのものに変えられており、トラックから首を出したのもグリフィンに務めているならば見覚えのある戦術人形だった。

バイキング、と警備員が声をかけると彼女は軽く手を振ってからゲートをすぐに開けるようにパソコンを操作する。それを見てから老警備員は警備室を出てゲート前に来るがまとまるのを待ち構えた。

 

「お久しぶりです、ちゃんと帰ってきましたよ」

 

「やるじゃないか。IDを」

 

「どうぞ」

 

ゲート前で止まったハンヴィーの運転席から顔を出した男性が差し出したU05基地所属を示すIDカードを確認し、警備室に合図を送る。

三日前に鉄血の基地を襲撃しに行くと言って出かけて行った日系男性だ、見た限りでは襲撃はうまくいったらしい。車は傷が増えているがそれだけだ。

彼が着こんでいるゴルカ4モデルの戦闘服も幾分か汚れており、同じ格好をした助手席のツインテールの少女も同じような状態だ。

 

「首尾はどうだい?」

 

「鉄血は皆殺し、首尾は上場、収支は黒字です」

 

ゲートが音を立てて開き始める中、運転席の彼はIDカードを懐に戻しながら何でもないように答える。

彼らも自分と同じ純粋のグリフィンの正規社員ではないが、実力のある戦闘部隊となると老いぼれとしても少し尊敬してしまう。

 

「すごいね、そりゃボーナス確定だ。ところであんたも街の事件の手伝いに行くのかい?」

 

「えぇ、事件の進展はどうですか?」

 

「さぁね、わしらみたいな下っ端じゃぁなんかまごついてるくらいにしかわからんよ。少し前に前線の子たちが変な顔で戻っていったくらいしか知らん」

 

「そうですか」

 

「気を付けてな、最近は割と物騒なんだ」

 

地下鉄で人が消えた、マンホールから夜な夜な獣のような唸り声が聞こえてくるだのという噂話に始まり、鉄血との戦いが長引いているせいかいろいろなうわさが飛び交っている。

そうでなくても神経をすり減らす毎日で物騒なことを考える輩は後を絶たないというのに、嘆かわしいことだ。

そんな愚痴を彼にぼやいているとゲートが大きなブザーを鳴らして開く、男性は頷くとハンヴィーを発進させて中へと入っていく。

続いてトラックも中に入り、ゲートを通過したところで再び老警備員は閉鎖の指示を出した。

事件か、老警備員はふとゲートの向こう側に目をやった。町の輝きは今日も変わらない、戦争で荒廃したとは思えない日常の輝きがある。

ゲート前で待っていたデモ隊が勘違いしたのか『人形達を開放しろ』『人形達を戦争利用するな』などとシュプレヒコールを上げている。

その向かいでは『感染者を追い出せ』『正常な町は正常な人間のために』などと差別主義者たちが横断幕を張る。

さらにその向こう側では『グリフィンは人間の雇用拡大を』『人間の命は人間が守るべきだ』という横断幕もある。毎度毎度飽きないものだ。

自分もかつては黄金時代の輝きを取り戻そうと必死に働いた身だ。今や身寄りもいない独身の老いぼれだが、老警備員はなんとなく自分の身の上を思い出して苦笑いした。

 

(いや、そうなったらあの子たちとも出会えないか…うまくはいかんもんだね)

 

昔の若いころの自分なら少しは共感できたかもしれないが、その熱狂に身を任せた末路を知ってからは冷めた目でしか見れなかった。

国のために、正義のために、生きるためにと熱狂に浮かれて人間がした第3次世界大戦、地表を汚し尽くした核戦争を経験してなおまたこのざまだ。

それでいいのかもしれない、このどうしようもなさが人間の良いところなのかもしれないと思いつつもあきれてしまう。

自分はもうこりごりだ、どれだけやっても意味がないと身に染みた。

グリフィンの人手不足を埋めるためのシニア枠で得た警備の仕事で、何も情報なんて回ってこないがそのほうが気楽だ。

そんなことを気にするくらいなら、孫のようにかわいいMP446の事を考えていたほうが彼にとっては建設的だった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

もう夜も更けてきてるのによくやるよな、マンハッタンシティに入ってから最初に思ったことはそんなちょっとした呆れだった。

ゲート前に待ち構えていた暇人たちのシュプレヒコールという御大層な雑音を通り過ぎ、夜中にもかかわらず車通りの多い大通りを走らせる。

朝霞の街ならば夜に武器もなしで出歩く馬鹿はいないし車もほとんど通らない、夜は日中に出てこない危険が山ほどあるからだ。

暇人たちが何をしようが勝手だが、騒音は迷惑なのでやめてほしかった。音楽がだめになるし、せっかくの雰囲気も台無しになってしまう。

助手席の市代もあきれた様子で人ゴミを見ていたがすぐに飽きて、車のダッシュボードを開けて中から携帯食料のパックを取り出している。

 

「奏太、ご飯にしよ?おなかペコペコ、やっと安心して食べられるよ…」

 

「そうするか、ここまでノンストップだったからな」

 

あまり縁のない都市とはいえ安全であることには変わりない。鉄血の追撃を警戒して今の今まで飲まず食わずだったために腹ペコだ。

カーネギーホールまでのわずかな時間に腹ごしらえをしておいたほうがいいだろう。奏太は市代から差し出されたブロック状の携帯食を片手で受け取って、見慣れた銀色の無地包装に少しだけ懐かしく思った。

人類生存可能圏外で仕入れたいつもの旧式軍用携帯食だ、味と口当たりはとにかくひどいのだが栄養抜群と腹持ちもよく、保存性に優れていて小型軽量なおかつ安い合成食品である。

粉を固めた質感をした白い正方形の一口ブロックを口に放り込むと、ゴリゴリかみ砕いてさっさと飲み込む。これを四回繰り返して一パック分、これで軍人が必要とする半日分の栄養が取れるのだが味はしないのでとにかくまずい。

 

「これ食べるの久しぶりだね。くそまっずい」

 

「そういえばなんでこれ持ってきた?確か人形用のレーションとかまだあっただろ」

 

「長期任務用のヤツの事?あれボリスさんが全部買ってくれるっていうから売っちゃった」

 

「マジで全部買ったのかあの爺さん…でも賞味期限近くなかったか?」

 

「それを含めてもこれより美味しいから良い値段になったよ、すぐ売れるってさ」

 

「日持ちと栄養価だけが取り柄のこいつと比べりゃそうだろ、味はあっちのほうが数段マシだ」

 

栄養が取れて日持ちして量産できる、文字通り無いよりはマシな代物でしかないがこれが人類生存可能圏外の人々の命をつないできた。

人類生存可能圏外の食糧事情が改善しつつあり、普通の生産や料理ができるようになっても必要になる人間は数多く今でも需要が高い商品だ。ある意味国民食ともいえる、困ったときはこれを食っとけと言われるくらいには。

とはいえこれだけなのはきついので、これを食べて栄養を補給したらおいしいもので口直しするなど一工夫するのが普通だ。要はただの栄養補給と腹ふさぎに割り切って使うのだ。

助手席を一瞥すると同じように携帯食を食べ終わった市代が、合成チョコバーの封を切って美味しそうに頬張っている。

奏太も少し考えてから、ポーチに入れていた合成チョコバーを取り出して口で封を破いてから放り込む。

口の中に広がる安っぽいチョコ味が広がり、同時に腹の中で膨れた携帯食が満腹感を出す。

同じ合成食品でもこういった美味しいものは人類生存可能圏外では作れないから残念だ、作れればもっと食が豊かになっただろう。

これでしばらく大丈夫だろうが口がさみしく感じてしまう、いくら栄養は万全でも食事としては物足りない。

帰ったらうまいもんを食おう、水を口に含んで口を潤し手から奏太はハンドルを切りつつそう決めた。

 

「ご馳走様…でもやっぱりお肉が食べたい。あ、ハンバーガー…ドライブスルーあるし寄らない?」

 

「帰りだ、もうすぐ着く。M16達を待たせたくない」

 

SPAR小隊も化け物狩りには手馴れてきた、装備類も今は充実しているからよほどの相手でなければ後れを取ることはないだろう。

しかしそれはあくまでルーキーとしての話だ、まだまだ新人の域を出ない。

 

「約束だよ。でさ、奏太は何が出たと思う?」

 

「人体発火だけではいまいちだ。やらかしそうなのはいくつかいるが状況が引っかかる」

 

「だよね、私もそう。炎を操るタイプは多いけど、撃ち出すとかじゃなくて発火させるタイプってなるとここで出てくるとは思えないやつばかりだし」

 

「密輸されたのが逃げたにしても市街地のど真ん中でやらかしたにしては被害が少なすぎる、もっと大暴れしててもおかしくない。

仮にアラガミタイプのE.L.I.Dが出たとして、そんなことする化け物なら被害が音楽ホール一つなんて少なすぎるぞ。

アノマリーだとしても同じだ、人体発火させるのは聞いたことないがそれでも機材ですぐわかる。M16達もアノマリー探知機は持たせてるしな」

 

「だとしたら新型かマイナーなヤツ、か。そうなると面倒ね、ここじゃ解析できる人が限られてくるよ」

 

市代の面倒くさそうなことに奏太も頷く。普段の仕事であればこういった新種の痕跡は信頼できる解析専門のチームや機関、あるいはハンターオフィスの解析部門などに持ち込んで解析してもらうのだが今回はそれができない。

この町のグリフィン基地は言わずもがな、U05基地の生化学分析チームもできたばかりで新種の痕跡を解析して探るなんて芸当は難しい。専門の研究機関や病院ならができるかもしれないが、自分たちにはこの街のツテがない。

本格的にしようとするならツテがある軍の知り合いに頼むのが手っ取り早く確実なのだが、距離などの問題で結果が出るには少し時間がかかってしまう。

 

「結局、まだまだ準備不足ってことか。甘く見てたかねぇ…」

 

「仕方ないよ、どこの誰が何を密輸したかなんて調べてもキリがないわ。出てきたのをぶっ叩くくらいしかできないって」

 

「そうするにも不足だってんだ。もし新種ならうちの生化学分析室になんて危なくて持ち込めねぇ、何があるかわからないからな」

 

「ブレイク大佐に頼むしかないね。SRPAなら博士もいるし」

 

「いつの間にか博士が基地にいたりして」

 

「ロスモア抱えた博士が前線にいても驚かねぇな…」

 

知り合いの分別はあれど必要とあらば嬉々として愛用の散弾銃を片手に最前線へ乗り込むくらいにはアグレッシブな博士だ、いつひょっこり現れてもおかしくない。

 

「ま。そうなったらそれはそれか…しかし、もし新種だとしたら久しぶりの臨時収入だな、さていくらになるか」

 

化け物の新種や変異種のサンプルやデータを欲しがっている組織はいくらでもあり、奏太たちも信頼できる取引先はいくつも知っている。

ハンターオフィスも有力な痕跡や情報の買い取りには熱心で、持ち込んだサンプルのグレードや希少価値によっては良い値段で買ってくれるのだ。

複数採取して複数の組織と取引をすれば、二束三文のモノであっても意外といい稼ぎになる。売る相手の優先順位はあっても独占するという契約は結んでいないので、文句は言われるがそれだけだ。

 

「軍からも二足三文とはいえ出るだろうし、オフィスのほうにも流せるから…終わったらみんなで豪華なご飯にしようよ!」

 

「そうしよう」

 

もっとも、それは生き残ってからの話だ。とは奏太は言わなかった。彼女もそんなことは分かっているし、理解したうえでこんなこと言っている。

そんな雑談をしながら車を走らせていると、人ごみの多い封鎖されているメインストリートに到着した。メインストリートを封鎖しているのはマンハッタンシティ警備部の人形達だろう。

その封鎖戦の前に見慣れたM4A1が、笹木一家の到着を待ち構えていた。奏太は封鎖線の前に車を止めて、首を出してIDカードをゆらゆらと見せつける。

それを見て頷いたM4が指示を出し、封鎖線が一時的に説かれて車列が通れるようになる。

奏太は車を中に入れ、駐車スペースになっているところに車を止めると車内の小銃ラックから愛用のガリルAR突撃銃を取り出して車を出た。

トラックに乗っていたサラたちも隣にトラックを止めて、中からいつもの装備とバックパックを取り出している。

ハンヴィーの後ろに回り、トランクを開けて装備を確認している市代の脇から手を伸ばしてバックパックを引っ張り出しながら奏太は市代にM4から報告を受けてくると伝えてからM4のそばによって問いかけた。

 

「M4、遅くなって悪い。現状はどうなってる?」

 

「悪いほうに向かってます。ホール内でミュータントを確認、ネズミ型の新型かもしれません。それからU06指揮官とMG3の死亡が確認されました。

マンハッタンシティのテロ対策部隊も一人を残して壊滅、館内で未確認のミュータントと交戦した形跡があります」

 

「残念だ、良いヤツだったのに…M16たちは?」

 

「ホールにとどまって偵察中ですが、通信はいまだに不通で現状は不明です」

 

「テロ対策部隊の生存者は?」

 

「スーパーショーティです。意識不明の重体ですでに基地に搬送されました、電脳接続部も破壊されておりデータの抽出もできないので詳しい情報は後日になりそうです」

 

スーパーショーティはたしか新型の戦術人形だ。より戦闘に特化しており頑丈にできており、小型な体躯でありながら高馬力な高性能機だ。だが彼女だけが生き残った理由は何だろうか?

運が良かっただけか、それともしぶとかったか、とりあえず記憶にはとどめておこう。

 

「サンプルの採取は?できれば死体も確保しておきたい、軍の知り合いにも頼んで解析してもらう」

 

「すでに確保してあります、サンプルはうちの化学分析室に。死体はまだ何とも言えませんので、MG42たちに頼んで詳細なデータを取ってもらってます」

 

「彼女たちに?だが…いや、何でもない。燃え方に合わせて3種類、生焼け、こんがり、真っ黒こげのヤツをできるだけ確保しろ。それからもう一つ、手袋は?」

 

「させてます、素手で触らないこと、ですよね」

 

「その通り。補給は済ませたか?すぐに中に入るぞ」

 

「問題ありません」

 

M4はしっかりとうなずく、奏太が彼女の持っている装備を見ると確かに装備は万全のようだ。

 

「OK、オーガーは置いていけ、そいつの弾は痕跡を変質させちまう。SOPⅡを連れてこい、中を案内してくれ。頼りにしてるぞ」

 

「了解しました!」

 

元気よく返事をするM4はやる気に満ちた様子でSOPⅡを迎えに走っていた。タフな奴だ、内心でM4に賞賛を送っていると琥珀が彼女の後姿を見てにやりと微笑んで言ってきた。

 

「元気じゃのぅ、お前に良いとこ見せようと息巻いておる。どうじゃ?わかっておるんじゃろ?」

 

「なんの話だ?」

 

「とぼけるでない。儂は構わんぞ、まだまだ増えるとみておる。モテモテじゃのう、このこの」

 

準備を終えた琥珀が面白そうに笑いながら奏太の横に立って肘で彼の腰を突いた。きっと彼女の自分に対する気持ちのことを言っているのだろう。

わかっている、気付かないほど朴念仁ではない。彼女たちの望む答えは出せないが。

 

「お前の夫はそんなに浮気性なのか?傷ついたぜ、準備は?」

 

「完璧じゃ。で、お主から見て彼女はどうなんじゃ?」

 

「まったく…M4が素晴らしい女性なのは確かだよ、もう少し若かったらくらっと来たかもな。今は恋愛対象にはならねぇ」

 

「今はそうじゃろうな、今は」

 

「はっはっは…お前らと彼女は違うだろ。それにもしもの時の答えは決まってる、NOだ」

 

「許すと言っておるのに今更堅物か、良いところなんじゃが…計画が必要じゃな」

 

「何の計画だ?」

 

「ほ、ホールをしらみつぶしにする方法じゃ、うちらだけでは手が足らないじゃろうが。ダミーが使えればいいんじゃが、今はできる奴はいないじゃろ?」

 

確かに、と奏太は頷く。カーネギーホールの面積は広く、富裕層向けに豪華に作られている。たった10人では中をしらみつぶしにすることはできないだろう。

周辺封鎖をするのにも人手が足りない、今はマンハッタンシティ警備部が封鎖線を敷いているが化け物が外に出てきた時の対処法を知らない。

周囲に民間人がいる状況で大騒ぎをすればいらない混乱を生んでしまうだろう、副次災害もばかにはならない。

 

「そうだな、中の奴らが変な気を起こさないことを祈るしかないだろ。どのみち手が足りない」

 

「それしかないか…いくか?」

 

ガリルAR突撃銃に弾倉を取り付けた琥珀の言葉に奏太は頷く、後ろを見ると装備をまとめた市代たちがすでに手持無沙汰で待っていた。

グリフィン&クルーガー社の戦術人形たちのようなおしゃれな制服とは違う、露出の少ないサバイバルスーツ姿の彼女たちにマンハッタンシティ警備部所属の人形たちは興味津々といった様子で見ている。

身に着けている装備と手に持っている銃器も違う、まだヘルメットを被っていないので余計に目立っているのだろう。装備以外はグリフィンでは見慣れた人形と同じ顔と髪型だ。

ゴルカ4戦闘服タイプのサバイバルスーツ、ポーチや無線機などを取り付けたCIRASボディアーマーに鋼鉄製バイザー付きヘルメット、汚染にも悪路にも強いコンバットブーツとタクティカルグローブ、2000年代の陸軍兵のような恰好だ。

小柄なナガンM1895タイプの琥珀は装備をすると装備が少し浮いているように見え、腰のショートブレードや肩に担いでいるガリルAR突撃銃も大きく見える。

ワルサーP38タイプのサラは携帯する対化け物用九五式軍刀が異色を放っており、それを腰のベルト部分で体に固定する専用装具が酔狂ではないことをわかる者にはわからせる。

バトルハンマーを手にしたコルトM1911タイプの美奈やシャンブラーセミオート式散弾銃を握るスプリングフィールドM14タイプの市代のほうがおとなしい。

頼もしい妻たちの姿に思わず見とれていると奏太の視線に気づいた市代が微笑みながら近づいてきた。

 

「なに?見とれてるの?」

 

「あぁ、とても頼もしくて素敵だよ」

 

「当たり前、あなたの妻だもの。シャンブラーはいる?」

 

「いや、ガリルでいい。お前が使え」

 

「OK、これは?」

 

市代が差し出してきたシャンブラー散弾銃を断ると、彼女はそれをスリングで肩にかけると弾頭が赤く塗られた銃弾をまとめたスピードローダーを差し出してきた。

M29マグナムリボルバーに使える44口径マグナムの特殊弾だ、薬莢部分にMと書かれている。

使う機会がなけりゃいいがな、奏太は内心そう思いながらそれを受け取った。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

カーネギーホールの地下は化け物がうろうろしていた。歪に急成長した鼠の化け物が闊歩する廊下を覗き見ながらM16は嘆息した。

自分たちがいるのは地下一階の楽屋や倉庫が連なる通路の端、奥にはおそらく稽古場がある。

地下もほかにもれずスタッフだった人間の焼死体が転がっており、化け物たちはそれをついばんで我が物顔で闊歩している。

一体どこから現れたんだ?M16は廊下を占拠する化け物たちの出所が気になった。U01地区の中でもマンハッタンシティは重要な経済都市だ、出入りは厳しくチェックされている。

自然発生するような不衛生な場所でもないのに、どうしてこれ程の化け物が出現するのかが気にかかるのだ。

 

「合図で突入、殲滅するぞ」

 

「了解」

 

M16はポーチからフラッシュバンを取り出し、慎重に安全ピンを抜きながら待機するAR-15とHK416に指示を出す。

二人は頷くのを見てから、M16はフラッシュバンの安全レバーを弾きすぐさま廊下に投げ入れた。

フラッシュバンが廊下に転がった音にびっくりした化け物たちがそれを凝視し、次いで投げ込まれたほうへと体を向けようとする。

その視界と聴覚を焼くように、至近距離でフラッシュバンを炸裂して化け物たちから視界と音を奪い去った。

耳障りな甲高い悲鳴を上げる化け物にM16は素早く銃弾を浴びせかけながら廊下を前進する。

混乱して暴れる化け物はその場でじたばたと暴れたり、先端が三又に割れた尻尾から炎の球を作り出して滅茶苦茶に撃ち出すなどしていて隙だらけだ。

偶然自分に向けて放たれた炎の球を上半身を傾けてよけつつ暴れる化け物たちに次々と撃ち殺して進み、廊下の両脇にある扉に近づいて次々と室内をクリアリングしながら進んでいく。

楽屋や倉庫の中は何もないか死体が転がっているばかりで、時折鼠の化け物がいるだけで生存者の姿は見当たらない。

 

「ここにもいないわね、やっぱりどっかで死んだかしら?」

 

「ならせめて死体を見つけなきゃな、そうじゃなきゃ誰も納得しないだろう」

 

焼死体が二つほど転がる楽屋をクリアリングしながらぼやいたHK416にM16が返答すると、彼女は心底嫌そうな顔をした。

 

「勘弁してよ、黒焦げとかならまだしも食い千切られた死体を見せることになるわ。またいろいろ言われるじゃない」

 

「そうね、また変な団体が丸腰で来るかも…もしくはとっくに変異してるか」

 

「余計に最悪」

 

いつものことだがうるさいのが嫌だ、と答える416にAR-15も同意する。

化け物だらけで鉄血ですら勝手に自滅する地域にわざわざやってきてシュプレヒコールをしようとする阿呆の死体を遺族に返すと感謝の代わりに恨みが飛んでくるのだ。

それがまた別の団体を呼び寄せる、勝手に死ぬだけならいいが化け物になると厄介だ。E.L.I.Dなどに変異してしまえば動き回る上に危険度が増すのだ。

 

「M16、まだいるわよ」

 

廊下に戻ると、クリアリングしてきた廊下のほうから鼠の化け物が牙を剥いて突進してくる。

三又の尻尾から炎の球を作り出して投げながら突っ込んでくる化け物に、HK416は炎の球を避けながら反撃して化け物の頭を撃ち抜いて即死させた。

 

「どこから湧いてきてるのかしら…嫌な感じだわ」

 

「あぁ、だが上でテロ対策部隊を殺したのはこいつらじゃないな。弱すぎる、火力もいまいちだ」

 

壁に当たって弾けた炎の球の焦げ跡と、ぐったりとした化け物の体を見比べながらM16はまだ別の化け物がいると確信していた。

 

(最後は稽古場か、ここにいてくれるといいが…)

 

稽古場の扉には鍵がかかっていたが、悠長に鍵を探している余裕はない。M16は二人を扉の脇に配置し、思い切りドアを蹴破った。

勢いよく開くドアと同時に416とAR-15が内部に突入、一瞬遅れてM16もM16A1突撃銃を構えて室内に飛び込んだ。

室内に荒らされた形跡無い、だが無人でもなかった。咄嗟に銃口を向けたが、稽古場のピアノの脇に佇む赤いドレス姿の女性だと気づいて引き金から指を放す。

しかし3人は武器を降ろさなかった、システムは要救助者だとがなり立てていたがM16はそれを信じられなかった。

要救助者のメリッサ・ピアスは、まるで何も起きていないかのように微笑んでそこに佇んでいた。

 

 




あとがき
カーネギーホール第2話です、今回は化け物と少し戦いました。まぁ序盤の雑魚なら大した脅威じゃないのでこんなもんです。







ミニ解説

旧式軍用携帯食
詳細
味の良し悪しが兵士の気分を左右するなら元から無ければいいじゃない、という悪魔的発想の結果生まれた無味無臭の栄養ブロック。
生産が簡単で大量生産が可能かつ極めて安価で栄養満点な上に長期保存も可能と至れり尽くせりな合成食品。
現在に至るまで人類生存可能圏外での人間の腹を支えてきた国民食的な存在、比較的大きめの街ならば生産設備を一つは持っているというくらい浸透している。
正四角形のブロックが四つで一パックとなっており、一般的な軍人が一日中活動するのに必要な栄養の半分を取ることができる。
ただしまずい、とにかくまずい、味も匂いもしない栄養ブロックなので後味だけが強調されてしまい食えるけどまずいという印象だけが残る代物。
そのため財布に余裕がある人間はこれで栄養を『補給』して、好きな食事を少量で満足するための腹塞ぎとして利用している。



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第23話・カーネギーホール3

ドックンッ!ドックンッ!(エネミーエンカウント)




メリッサ・ピアスが生きていた、それは本来なら喜ぶべきだっただろう。だがM16は全く喜べなかった、むしろ危機感すら感じていた。

理由は多くある、まず稽古場で待っていた彼女の仕草が可笑しすぎた。あまりに自然体すぎた、まるでここだけ平時の時間を切り取ったかのように普通過ぎた。

またホールで集団人体発火が起きたとき、彼女も現場にいたのに傷一つないこと。何より自分たちがここまで打ち鳴らしてきた銃声に、今まで全く無頓着だったこと。

救援に来た自分たちを見ても全く動じていないこと、安心も恐怖も感じていないように見えること、何もかもおかしい。

メリッサの瞳がM16を見つめる、奥の見えない吸い込まれそうなその瞳にM16は言い知れぬ怖気を感じ咄嗟にその場から飛びのいた。

416とARー15も同じように飛びのき、即座にメリッサの脅威度を再定義していつでも撃てるように引き金に指をかけ銃を構える。メリッサが一歩前に進み出た。

 

「止まれ!」

 

M16はその足をとっさに止めた。その姿に何かを感じたのか、メリッサはますます笑みを深くする。

 

「動くな、両手を頭の後ろに回して膝を着け!」

 

「なぜ?」

 

メリッサの問いにM16の代わりにAR-15が答えた。

 

「あなた、歌手の目をしてないわ。それに落ち着きすぎ」

 

「私はメリッサよ、メリッサ・ピアス」

 

「そうかもね、本人かも。でも怪しいのは変わらないわ、こんな状況だもの。その場で両ひざをついて両手を頭の後ろにして、申し訳ないけどあなたを拘束するわ」

 

「どれくらい?」

 

「少なくともしばらくは家に帰れないわよ、捜査に協力してもらうし、身体検査だってしてもらう。何かに感染してるかもしれないから念入りに、ね?」

 

AR-15の鋭い声色の指摘にメリッサは怪しく笑みを浮かべる。否定もしなければ肯定もしない、ただ笑みを浮かべて、右手を翳してその手のひらに緑色の何かを浮かび上がらさせた。

これは良くない、M16は一目で嫌な予感がした。ただのオペラ歌手が急に手からプラズマ球体のような何かを撃ち出すなんてありえない。誰も信じないだろうが今目の前でそれが起きている、その緑色の何かがレーザーになってAR-15を貫くのが思い浮かんでM16は咄嗟に引き金を引いていた。

銃弾は狙いを逸れることなくメリッサの額にめり込み、彼女の脳みそを吹き飛ばした。即死のはずだった、そのはずなのに、メリッサは頽れることなく上半身を大きくのけぞらせただけで再び持ち直して見つめ返してきた。

頭を撃たれても平気で動ける連中は見慣れたとはいえ背筋に嫌なものが走る光景だった。

 

「…どうやら、少し甘く見ていたようだ。なぜかな?随分と容赦がない」

 

頭から流れ出したのは真っ赤な血ではなく薄茶色の液体で、それがぐじゅぐじゅと頭の傷をふさいで元に戻していく。

M16たちは即座に追撃をかけるが、周囲に緑色の光球とバリアのようなものをまといながら彼女は体を地面から浮き上がらせた。

3人が放った銃弾は光球とバリアに受け止められ、推進力を失った弾頭がカラカラと床に転がる。

彼女は銃撃をものともせず、興味深げにM16達を見つめて首を傾げているその様子を見て、M16は確信した。

 

「彼女たちは違った、なるほど、人形にも色々いるということか」

 

「ショーティたちもそうやって騙したんだな?メリッサはどこだ!!」

 

返答はレーザーだった、体を宙に浮かせてホバー移動のように体を滑らせながら放ってくる緑色のレーザーをM16は真横に飛びのいてそれをかわしつつ舌打ちする。

これではっきりした、こいつは敵だ。メリッサに成りすましていたからテロ対策部隊はまともな反撃もできずに壊滅したのだろう。

要救助者の奇襲で戦力を削られ、反撃の銃弾も奇妙なバリアに受け止められ、挙句に両手から放たれるレーザーに度肝を抜かれたらそうもなる。

416やAR-15の銃弾もバリアに受け止められている、彼女たちも次々放たれるレーザーをかわしながら反撃しているが有効打になっていない。

バリアを貫くことは簡単だ、通常弾もある程度はバリアを進めるのだから対E.L.I.D用徹甲弾の効果は見込める。最悪至近距離から撃てばいい。

しかし相手は回復力が強いがそれ程固くない、対E.L.I.D用徹甲弾は簡単に突き抜けてしまい大きなダメージにはならない可能性がある。

しかも相手は知能があるタイプだ、どんな隠し玉を持っているかわからない。M16は周囲を見回して即座に対抗手段を模索した。

 

(遮蔽がない、室内も狭い、仕切り直しだ。レーザーはともかくバリアが厄介だ、撤退するにはどうにかして隙を作らにゃこっちがやられる。

煙幕…はだめか、廊下を出れば一本道だ。乱射されたら逆に危ない、見ながら避けつつ逃げるか)

 

ならまずはバリアがどんな代物かを見極めよう、それによっては対応策も練りやすくなる。M16は撤退を軸に切り替えて416に合図した。

 

「仕切り直す、目を離すなよ!416、グレネード!!溶かしてやれ!!」

 

「言われなくても!!」

 

牽制射撃をつづけながらM16が指示をすると、416はHK416突撃銃のハンドガード下部に取り付けていたM203グレネードランチャーに黄色い弾頭の40ミリグレネード弾を装填して狙いをつける。

偽メリッサもそれには気づいているはずだが避けようとはしない、おそらく脅威にはならないと思っているのか。

416がM203グレネードランチャーの引き金を引き、気の抜ける銃声と同時に弾頭が飛び出す。弾頭はメリッサの正面のバリアに受け止められ、その場で起爆して中の液体をバリアにまき散らした。

 

(よし、バリアの形は…ありゃ?)

 

「なんだと!?」

 

ジュウジュウと音を立てて溶けるバリアにメリッサの表情が変わる、人類生存可能圏外製の硫酸を飛び散らせる40ミリグレネード弾はメリッサにとっても予想外だったのだろう。

酸が張り付いて形を浮かび上がらせながらジュウジュウと音を立てるバリアにそのあっけにとられた顔にAR-15が5.56×45ミリライフル弾を撃ち込んだ。

有機的な代物だったらしいバリアの壁は硫酸でボロボロになり、5.56×45ミリライフル弾を受け止めることはできなかった。

貫通した弾丸はバリアをより多く削り取り、偽メリッサの体をめちゃくちゃに引き裂いていく。

どのようなバリアで効果範囲を見極めるためだったのだが想定外にも効いていた、偽メリッサは避けようとするがAR-15は容赦なくその動きを銃撃で妨害した。

硫酸によるバリア融解と銃撃によるダメージが効いたのか偽メリッサが地面に両ひざを着く、そのチャンスを逃す3人ではなかった

 

「効いてるわ!!」

 

「もう一発!くたばれ!!」

 

膝をついたメリッサに416が再びM203グレネードを撃ち込む、装填されていたのは同じく硫酸弾だ。

メリッサの胸元に飛び込んだ弾頭がはじけ、彼女の体に直接硫酸をぶちまけた。耳障りな悲鳴とともにメリッサの体が爛れ、ジュウジュウという音を立てて体の表面が溶けだす。

回復力が強い化け物ならばその回復力を奪えばいい、倒すだけならこれもまた有効な手段だ。

爛れた体から硫酸を拭おうとするがもう遅い、M16は隙だらけの両足を撃ち抜いて彼女を地面に這いつくばらせると3人で念入りに全身に銃弾を文字通り浴びせかけた。

体中に銃弾を浴びたメリッサは真っ赤な血と茶色っぽい粘液をまき散らしながら地面にうつぶせに伸びて動かなくなった。

 

「死んだ、か?」

 

「わからないわよ。ドレス姿でレーザーにバリア、マジックキャスターみたいに復活してくるかもね」

 

「ネクロマンサーの間違いでしょ、一応死んでるっぽいけど…どうする?」

 

「とりあえずサンプルは確保しておこう、そのあと離脱だ。援護してくれ」

 

M16は殺したと思しき偽メリッサの死体に近づく、体中に銃弾を浴びた彼女は硫酸を浴びて皮膚が融解していることもあり見る影もなく無残な死体となっていた。生命反応はない、確実に死んでいる。

体から飛び散ったゲル状の粘液のサンプルを取り、416に渡してから慎重に近づき偽メリッサの手が届かない距離を保ってスキャナーを取り出した。

硫酸と銃弾で滅茶苦茶になった体からは正確なデータは取れそうにないが無いよりはましだ、硫酸で溶けたせいで時間がかかっているスキャナーの画面を一目見てからM16はふと呟いた。

 

「お前は一体なんだ?」

 

「貴様こそ」

 

死んだはずの化け物の声、M16は咄嗟にその場から飛びのこうとして、死体から発せられた衝撃波に吹き飛ばされた。

受け身を取ることもできず、壁にたたきつけられた体は激痛が走り、床に落ちた体が嫌な音を立てる。

なんだ、何が起きた、一体何をされたんだ?訳が分からないM16は頭抱えながらも立ち上がろうとして、眼前で悠然と浮かび上がる元偽メリッサの化け物と目が合った。

ボロボロの偽メリッサの体に茶色のゲルがまとわりつき、体だけでなく衣服すらも元通りになって再生していく。それだけでなく、その姿は人の形を模しながら異形へと変化し始めた。

先細りした紫色の蟻の胴体のような尻尾がめきめきと音を立ててスカートの中から伸びる。

両手が肥大化し詰めが鋭利に伸びてかぎづめとなり、腕も長く伸びていく。その姿は醜悪であったが、どこか気品がある不思議な姿だった。

 

「化け物め…」

 

M16A1を構えようとするが体がうまく動かない、体のいたるところでエラーが発生している。416とAR-15のほうに目をやると、彼女たちも同じようにうまく動けず痙攣を起こして床に転がっている。

エラーを精査して先ほどの衝撃波が電気を帯びていたことが分かった。それを衝撃波と一緒に浴びてしまったことで、体が動作不良を起こしていたのだ。

くそったれ、M16は小さく吐き捨てて重たいM16A1突撃銃から手を放し腰のホルスターからM29マグナムリボルバーを引き抜いて近づいてくる偽メリッサに向けた。

ダメージのせいで緩慢な動きはメリッサにはよく見えたのだろう、M29マグナムリボルバーを構えた右腕が掴まれて強引に銃口を上にずらされる。

抵抗しようにも体に力が入らない、M16は最後の抵抗のつもりでメリッサの緑色の瞳をガスマスク越しに睨み返した。

生体部品もひどく熱を持ち体が燃えるように熱い、電脳がオーバーヒートしかけているのか、M16の意識は次第にぼんやりとしてきた。

 

「ふむ、やはり守るか…面白いな、お前たちのミトコンドリアは」

 

「ミトコン、ドリア?お前は、いったい…」

 

「Eve、我が名はEve。覚えておくといい、いずれまた会うだろう」

 

M16はぼやける意識の中で彼女がひどく満足げな表情で答えるのを聞いた。彼女はくすくすと笑い声をあげながら掴んでいた手を放して背を向けた。

その後ろ姿にM16は手を伸ばしたが、それが限界だった。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

カーネギーホール内はひどく静かだった、入り口からエントランスホール、舞台から地下のスタッフスペースに至るまで焼死体や戦闘の痕跡はあれど化け物の死体もなければ襲撃もない。

どこにどんな敵が潜んでいるかわからない親な空気の中で館内に突入した7人は、M4とSOPⅡの案内を受けながらM16たちと合流するために彼女たちに痕跡を追っていた。

館内はいまだに無線が通じず最新の情報を知るには一度合流するしかない、その過程で何度か抗戦する覚悟をして館内に突入したのだが現状では不気味なまでに館内は静まり返っていた。

館内に入った時から感じている湿っぽさで体が汗ばみ、ガスマスクが群れて少し気持ち悪い。

周囲に全く気配を感じない上に銃声も何も聞こえないのは不自然すぎて、その気持ち悪いさが余計に気になった。

 

(こいつはいったいどういうことだ?)

 

地下か廊下に転がったM82閃光手榴弾の残骸を拾い上げる、グリフィンでも使われている何の変哲もないフラッシュバンだ。

その周囲に残っているのは粘性の液体が溶けてしみ込んだと思しき染み、そして周囲には黄金色の見慣れた空薬莢がいくつも転がっている。

確実に何かいた痕跡がある、なのに不気味な静けさが館内を支配していた。今までの仕事とは何かが違うな、奏太はそう直感した。

 

「奏太、これ見て」

 

奏太と同じように地面に残った染みに目をやっていた美奈が声を上げる。彼女のほうを見ると、左手で何かをつまみ上げていた。

それは弾頭だった、先端がつぶれているが普段から奏太も使っている5.56×45ミリライフル弾の弾頭だとわかる。

 

「たぶんM16達のだと思う。そこの染みの中にあった」

 

美奈が指差したのは廊下の隅にある染みだ。

 

「外した弾がそこに落ちた、にしてはきれいすぎるな」

 

「変だよね、撃ち込んだ弾が体の再生で押し出されたようにも見えない。それだったら廊下の汚れがひどいはずだし」

 

美奈は床に広がる円形の染みの数々を見下ろす。飛び散った血なども見受けられるが、その量と数は床の円形のシミに比べれば少ない。

 

「この染み、まるで氷が解けたみたいね」

 

「死体が溶けたと?いくらなんでも早すぎる」

 

「じゃな、血肉はともかく骨が残っていないのもおかしいぞ。軟体生物じゃあるまいし」

 

同じように床に染みを作る液体を調べていた市代に否定を返す奏太に琥珀も同調する。彼女は使い捨てスプーンで液体を採取し、保存容器に保管してから液体の入った携帯式スキャナーを取り出して同じ染みをスキャニングする。

スキャン結果がスキャナーのモニターに表示されるが、市代は眉をひそめてから残念そうに首を横に振った。

ここに入ってから見てきた痕跡はどれも奇妙すぎる、襲撃もなければ気配もしない。まるですべてが終わったかのような静けさで、いたるところに死体や謎の染みが残っている。

 

「姉さんたち、一体何と戦っていたんでしょうか?」

 

「鼠だよ、きっとあの鼠がほかにもいたんだ。あれもいつの間にか消えちゃってた」

 

M4の問いに割り込んだSOPⅡに奏太も頷いた。可能性は高い、SOPⅡの言う通りなら鼠の化け物が一体だけだったとは考えにくい。

自然発生であれ、テロ行為であれ、一匹だけ放り込むだけで事を済ませる理由が思い浮かばない。暴れさせて被害を出すなら、一部の例外を除けば数が必要だ。

 

「後始末という可能性は?薬剤あるいはナノマシンでの証拠隠滅かもしれません」

 

「意図的な細胞破壊による形状崩壊か、あり得なくもないか」

 

「アメリカで似たような事件がありましたよね、遺伝子改造されたアリに死体を食わせて証拠隠滅しようとしたテロリストの事件です。覚えてますよね?」

 

サラの疑問にうなずきつつ奏太も頭をひねる、隠蔽にしては奇妙なやり方だ。だがこれが人為的に引き起こされたバイオテロという可能性は考えておこう。

奏太は証拠になる液体などの痕跡を手早く集めると、再び全員に合図して前進する。先頭の痕跡はおそらくM16達のモノだ、これを追っていけば彼女たちに合流することができる。

空薬莢や染みの痕跡は廊下の奥、稽古場のほうへと続いている。奏太は先陣を切って廊下を進み、稽古場の前まで来て中の物音をうかがった。

奏太たちが稽古場にたどり着いたとき、稽古場で倒れる仲間たちの姿に思わず目を見張った。

気を失い床に倒れ伏すAR-15と416、そのすぐそばでもぞもぞと起き上がろうと四苦八苦しているM16の姿があった。

外に漏れていた音はおそらく彼女のモノだ、奏太はすぐにドアの隙間から進入路の安全を確認するとドアを蹴り開けてM16のそばに駆け寄った。

 

「M16、しっかりしろ!」

 

「指揮官?そうか、あいつだから…すまない、しくじった」

 

「生きてるならどうとでもなる、運がいい奴だ」

 

傷はそこまでひどくない、見た限りでは軽いやけどが数か所ある程度だ。だがM16の動きはぎこちなく、AR-15と416も完全に気を失っている。

EMPかそれに類する攻撃で体内に直接ダメージが入っているのだろう。内部の精密機器にダメージがあるならこの場でできることは何もない。

奏太はM16の腕にできた火傷に消毒液を塗り、ガーゼを当てて手当てしながら奏太は問いかけた。

 

「何にやられた?」

 

「わからない、ミトコンドリアだとか言っていた」

 

「ミトコンドリア?」

 

「そうだ」

 

M16は頷く。奏太の脳裏には旧アメリカの片隅に生息する化け物たちのことがよぎった。

まさか人面馬どもの進化系か?奏太の脳裏に人間の顔をした馬の群れに追い掛け回された嫌な記憶がよみがえって思わず背筋が凍った。

人面馬、空を飛ぶ赤ん坊、紫デブ、E.L.I.Dなどのミュータントとは違う変異と進化をたどっており性質や能力もユニークで厄介なところがある。

だが知っている限り、M16が言うように言葉を話せるほど知能が高い相手はであったことがないしハンターオフィスなどからも聞いたことがない。

それになにより、自分が考えているソレは人間が制御できるものではない。コーラップスとはまた違う意味で危険な代物だ。

 

「指揮官、その顔は何か思い当るんだな?」

 

「あぁ、厄介な相手かもしれん。俺たちだけじゃ手に余る」

 

「だったらなおさら、今仕留めないとまずい。奴は下だ、追いかけてくれ。放っておくとやばいマジで化け物だ、消耗してる今なら仕留められる」

 

M16が指を差した稽古場の片隅には縁が黒焦げになった穴が開いていた。人間一人なら通り抜けられる穴だ。

 

「気をつけてくれ、超能力みたいなのバンバン使ってきやがる。硫酸弾をぶち込んだのに再生してきやがった」

 

「そいつはやばいな。サラ、美奈、援護してくれ。M4、SOPⅡ」

 

「はい」

 

「警戒を怠るな、何かあったら3人を連れて逃げろ」

 

サラと美奈に声をかけてからM4を呼んでM16を任せると、奏太は市代と琥珀に撤退路になる廊下に出るドアを確保させつつガリルAR突撃銃を構えながら穴のそばまで近づく。

銃を構えつつ慎重に中を覗くと中から水音が聞こえてきておりかすかに風を感じた、しかし穴の奥は暗くよく見えない。

奏太は穴の様子を確かめるためにポーチからケミカルライトを取り出し、折り曲げて黄色く発光させてから中に放り込んでみた。

ケミカルライトは重力に逆らうことなく穴の中を落ちていく、途中でがれきにぶつかりバウンドしながらも下に落ちて最後には小さな水音と同時に光が消えた。

穴は下の下水と思しき水路まで続いているようだが、鉄パイプやワイヤーといったがれきが突き出ておりそのまま降りるのは危険な状態だった。

 

「無理ですね、がれきだらけで通れませんし下水まで一直線です。ちょうど水路みたいなので痕跡も流されてますね」

 

「ふさがれた?追えませんか?」

 

「できなくはないですが危険すぎますし、時間もかかりますね」

 

M16の手当てをしながら問いかけてきたM4に、サラが首を横に振る。化け物はまんまとホールから逃げたというわけだ。

しかも街中に網を張っている下水道に逃げ込まれたとあっては捜査も難航するだろう、下水道は入り組んでいるしいろいろなものが潜んでいる。

残された痕跡も汚水などですぐにダメになる、このまま無理に降りるのもリスクだけが大きい。がれきに装備が引っかかるだけならともかく下手をすれば下に降りたときには傷だらけだ。

 

「師匠、そのロープは使えない?私がどかしてくるよ」

 

SOPⅡが琥珀のバックパックに括りつけられたロープを指差し、自分の胴体に巻く手ぶりをする。自分を宙吊りにしろということだろう。

防弾繊維で編まれた人類生存可能圏外製の頑丈なロープで、SOPⅡを一人ぶら下げて下すことも簡単にできる。

それを命綱にしつつ先陣を切って、がれきを無理矢理にでも撤去するつもりなのだろう。SOPⅡはオリジナルのSOPⅡと同じ義手をにぎにぎししながらアピールてくるが、奏太は首を横に振った。

この場合は下りること自体が危険なのだ、ロープで下に降りても降りられる場所が見つからなければそれまでだし下で待ち構えられていたら目も当てられない。

それに下の水路がどういう水路なのかも不明だ、使われていない下水ならともかくここの下水は現在も稼働状態にある。放水などで流されれば戦術人形も無事ではいられない。

SOPⅡは不満げにえーと声を上げるが、琥珀も無理無理と首を横に振ってSOPⅡを宥めた。

 

「水路がどんな風になってるかもわからんし、お主も釣り餌になる気はあるまい?」

 

「えぇ?ここで?」

 

「いないって言えるか?」

 

「…食べられちゃうのはやだなぁ」

 

下水に化け物が住み着くのはよくある話だ、暗所で狭い場所を好む化け物は厄介な種類も多い。しかもいくら対策してもどこからともなく湧いて出てきてキリがない。

装置や壁面にへばりついて急速に劣化させるスライムを焼くのが総司令のお仕事だと苦笑いする大佐もいるくらいだ。

最近はU地区の下水でも同じ傾向がみられていて、別荘地などの使われなくなった下水にラッドローチやミレルークが入り込んで巣穴にしていることがある。

そこから生活インフラを巡り巡って基地とつながっている水路にやってくることもあり、SOPⅡも対処に駆り出されたことがあった。

 

(下水からなら街のどこにでも出れる。ここを放置もできないが…やはりおかしいな)

 

奏太は穴から目を放し、開けっ放しの廊下に出るドアからその奥に目をやる。通り過ぎてきた廊下はいまだに静まり返っており、気配も何もない。

まるで何もいない空間にいるようだ、この人口密集地でこのホールだけぽっかり何もない。まるで何かに命令されてどこかに撤退してしまった、そんな感じがする。

ホールに入ってから姿を見せない化け物たち、静まり返った建物内、妙に限定された被害、そこから嫌な想像が膨れ上がり奏太は小さくかぶりを振った。

それを見たM16は不安げな表情を浮かべる、それに奏太は無言で首を横に振ってこたえると彼女は悔し気に顔を俯かせた。

まずは3人を安全な場所に運んでから調査し直したほうがいいだろう、そう考えて奏太は一時撤収を指示した。

 

 




あとがき
どうも遅くなりました、腐った大根です。書けないって辛い、本当に筆が進まなかったんで気分転換してました。
今回で一応カーネギーホールは終了、次からは少し捜査という名の日常とギャグを少しやろうか考え中です。シリアスだけはつかれる…





ミニ解説

『40ミリ特殊グレネード弾・硫酸弾』
出展・バイオハザードシリーズ
詳細
グレネードランチャー用に開発された特殊グレネード弾。通常の炸薬ではなく硫酸を充填しており、着弾と同時に周囲にまき散らす。
加害半径や直接的なダメージは通常弾よりも劣るが、硫酸の溶解力は耐性や対策がない相手には非常に強力でよほどの相手でなければ効果は高い。
着弾と同時に『液体』をまき散らすためわずかな隙間にもしみ込んで溶かしてしまうので重装甲な戦車や機械兵器といった大型兵器に対しても有効。
強力だが手加減の効かない弾薬でもあるので注意が必要、中和剤はあるものの至近距離で自爆しようものなら使用する間もなく溶けて死亡する。
U05基地ではグレネードランチャーを扱う人形が携帯している。



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第24話・時代の洗礼


洗礼を受けたのはEveさんの方です。今年もイベントが多くて時間やばいで(兼業指揮官の宿命)
今更だけどネタバレ注意。



 

自分はたしかに負けたはずだった、最大の敵にして同胞であるあの警官に、そしてその姉に。

1997年のクリスマス、最後の一週間を自分はよく覚えている。自分の戦いはそこから始まり、そして終わった。

ネオミトコンドリアは負けた、人類をはるかに上回る進化を遂げたはずの自分たちが仕掛けた解放のための戦争は、人類と同胞であるミトコンドリアによって食い止められた。

駆逐されていく自意識の中で見た彼女の寂し気な表情がどこか自分に向けているようにも感じて、Eveは夢から目を覚ました。

薄暗い下水道の一角、ほとんど使われることのない旧管理室の埃っぽい椅子に座ったまま固まった体を思いっきり伸ばす。

瞬間、全身に痛みが走った。節々がしびれる痛み、そして体が焼けるようにひりひりとする。まだ万全ではない、逃げだす時にホール内の同胞を根こそぎ吸収したが再生と定着は完全ではなかった。

これでも回復したほうだろう、眼帯の人形に虚勢を張ったときはもっとひどかった。外見だけは繕ったが中身はボロボロなままで逃げるのもやっとだったのだ。

 

「追手は来ているか?」

 

Eveが部屋の片隅に向けて声をかける。そこには何もいないが、この声は周囲に散らばらせた同胞たち全員に聞こえているはずだ。

ネオミトコンドリアに進化させて支配した鼠たちの警戒網は完璧とは言えないが、奇襲を防ぐ役割はできる。

帰ってくる鼠たちを支配したネオミトコンドリアからの思念通話にEveは再度一呼吸着いた。周囲に異常はない、帰ってきた思念の数もあっている。

もし奴らが追ってきていれば追い付いてきてもおかしくない、そうなれば警戒網として散らばらせた同胞たちでは太刀打ちできない。

 

(撒いたか)

 

追手が来るのを避けるために余裕ぶってみたのは賭けだった、まだまだ元気な自分を追跡するリスクを人形の仲間が冒すか。

まだ生きているということは少なくとも追跡は捲けたのだろう、出なければ今頃は死んでいる。

 

(予想外だ、まさかあのような連中を送り込んでくるとは…)

 

オペラ用のドレスのまま優雅に足を組む彼女は痛む体を休めながらも、考えるのは先ほど戦った戦術人形達。

慢心していたわけではなかった、宿主となった彼女にさえも怪しまれないように細心の注意を払いながら準備を進めてきたはずだった。

自らの悲願を達成するための一歩、我々の反逆を忘却した傲慢な人間たちへの復讐を兼ねたテロは自分の敗北で終わった。

どう言い繕っても敗北だ、確かに何人も殺して見せた、グリフィンの連中も手玉に取って見せたがそこまでだ。

 

(居ないはずだったのだ、あの姉妹も紛い物ももはやいない。私を止められるモノはこの世にいるはずがなかった)

 

人間たちはかつてのように自分たちの反逆の前になすすべなく燃えていった、それは人形たちとて同じことで彼女たちの中にいる同胞になすすべなく燃えた。

これで証明できたはずだった、グリフィンの人形、鉄血の暴走人形は言うに及ばず、正規軍の人間たちでさえも自分たちの力の前では無力のはずだった。

2度目の反逆、1997年のマンハッタン島封鎖事件のときはそうであったように、科学の発展はあれど人間そのものの進化はさほどではなかった。

 

(だがあの人形たち…いや、あのミトコンドリアたちは違った。我の支配に抗った、あの時のように)

 

あれはまるでかつて相まみえた彼女のようだった、同じではないが彼女たちの我が同胞は明確に反抗してきた。

こちらからの声掛けに応じず支配にも抗い、宿主と自らの身を守ろうとしたのだ。まるでいつものことのように。

思えば因果なものだ、3度の覚醒でも自分は再びメリッサ・ピアスの中に生まれた。彼女は名前が同じだけの赤の他人だが、ここまで一緒にしなくてもよかっただろうに。

自らとは違う進化を遂げた同胞は、自分たちに同調することはなかった。それに驚いたのも事実だ、まさかここまでかつてと同じようなことになるとは思いもしなかった。

だから殺しにかかった、かつてのような愚は犯さないために。かつての対峙したあの警官のような敵を作り出さないために。

だが負けた、敵は明らかに戦いなれていた。装備も、戦い方も、何もかもあの時とはまるで違ったのだ。彼女たちは明らかに化け物との戦いを意識した装備をしていた。

結果は完敗だった、かつて対峙した警官よりもはるかに容赦のない攻撃に自分は圧倒された。

アサルトライフルによる制圧射撃に、対生物に特化していると思われる硫酸入りグレネードは強力だった。

『メタボリズム』と呼ばれていたネオミトコンドリアによる超能力によって皮膚にしみ込んだ硫酸を一時的に中和することができなければ考えるまでもない。

彼女の技を模倣するのは気に食わなかったが、そうしなければ硫酸で侵された表面をあえて崩壊させて脱ぎ捨てることができず死んでいたのだから背に腹は代えられない。

 

「時代はやはり変わったということか、まぁそうだろうな…こんなものまであるのだから」

 

Eveは机に放り出していたタブレット端末を手に取り起動する。これは水路のキャットウォークに落ちていたものだ、血まみれであったが幸運にもまだ使用できた。

下水道管理会社の社員が落とした私物のようで、中には会社に対する罵詈雑言の断末魔と一緒に一通りのネット環境が残っていた。

この管理室のネット回線もまだ生きており、それにつなげばメリッサの記憶だけではわからなかったこの時代の出来事を収集できる。

昔にはなかった機器の操作にはいまだに慣れないが便利なものは便利だ、Eveはタブレットのタッチパネル式画面を人差し指で不器用な手つきでポチポチしながらニュースサイトにアクセスする。

 

(…まだ決めかねているか)

 

グリフィン&クルーガー社が担当区域内で流している無料報道サイトにアクセスしたが、カーネギーホールに関する報道はいまだに詳しくはされていない。

ただホールでテロがあり死傷者多数の惨事となった、現在調査中としか出ておらずEveのような存在の子とも伏せてあった。

おそらくグリフィンも対応に苦慮しているのだろう、時間稼ぎは順調だ。ほかのニュースを見るがこれも普段と変わらない。

鉄血との戦いの情勢や危険区域マップが随時更新されており、グリフィンは鉄血と一進失態を繰り返して余裕がないのが見受けられる。

現状、最前線となっているのはS地区のようだ。S地区は激戦区であり、多くの指揮官と人形たちが日夜鉄血としのぎを削っている。

 

(グリフィンの興味はいまだに鉄血に向いている、やはり今が好機だ)

 

今日の特集を開くと、多くの激戦を潜り抜け多くの戦果を挙げた部隊の指揮官であるジャンシアーヌという女性を特集した記事が掲載されていた。

元はS09地区の指揮官だったようだが、今は各地に転戦して数々の戦果を出している新進気鋭の新人らしい。

 

(鉄血はグリフィンが抑え込むだろうが万が一もありうる、横槍は入れてほしくはない。これは少しプランを修正して対応しよう。

しかし妙だな、なぜ軍は動かない?制圧できるのならばさっさとしないと被害が増すだけではないか、昔だって一週間もあれば出てきたものだぞ)

 

それだけ軍も余裕がないということか、それとも何か思惑があるのか、理由は知らないが利用させてもらおう。

この2060年代はまさに世紀末だ、古臭いと言われそうな1997年がはるかに天国に思えるほどに世界は危機的状況にある。

おぼろげな記憶にある2000年代も似たようなものだろう、今に比べればはるかに生きやすく輝いていたに違いない。

だからあの人形たちは慣れていたのだろう、今の世の中には日常的に化け物が闊歩していて一般人にもその存在は周知されているのだから。

 

(まずはグリフィン&クルーガー、奴らが最初の敵となるか。強敵だな)

 

PMCであるグリフィンはメリッサの記憶では正規軍よりも格下と言われていた、おそらく間違いだ。グリフィンは強い、単純な戦力や技術差では測れないものがある。

考えてみれば日夜鉄血という暴走した人形を相手に血で血を洗う戦争をしている軍隊じみた連中だ、装備も練度もあると考えるべきだった。

そもそも今の正規軍とPMCの差を取り違えていた、あの人形たちの持っていた装備はかつての各国の軍や政府機関で最新鋭の装備だった代物だ。

それを扱える腕前と性能があるし経験も積んでいるのだろう、グリフィンはその手の経験をするのに事欠かない立場にいる。

警察どころかフル装備の軍隊がいきなり突っ込んでくるものだと考えるべきだった、時代と自分の認識の差に気付いていなかったのだ。

そう考えると自分の落ち度に頭が痛くなると同時に俄然とやる気が出てくるというものだ、障害は大きければ大きいほどやる気が出てくる。

 

「まだ大丈夫だ。抵抗自体は予測していた。ただそれが予想より強かっただけの事、修正は効く。さて…奴らはどこまで食い下がってくれるか」

 

かつてのニューヨーク市警17分署の警官達のように好敵手となりえるか、それともただの犠牲者となるか。マンハッタンシティを統括するU01基地のホームページを開きながら、一般で閲覧できる情報を見据えながらふと疑問ができた。

あの人形たちの所属はU05と言っていた気がする、偶然彼女たちの会話を耳にしていた取り込んだ鼠のミトコンドリアが教えてくれた。

どんな基地なのだろうか、U01地区のホームページからリンクをたどって本社のホームページを開き、基地個別のホームページや紹介のある基地のまとめページを開く。

残念ながらU05基地のホームページは無く、グリフィン本部の簡潔な紹介文が掲載されているだけだった。

 

(U05基地、軽度汚染による隔離地域に展開。主業務はミュータントの駆除などの特殊業務…なるほど、慣れていたのか。

汚染に多く晒されていたのなら同胞も別な進化を遂げていても不思議ではないな。ふふふ、面白いじゃないか)

 

グリフィン&クルーガー社の中でも鉄血とは別の戦いをしてきた部隊というわけだ、要注意だがU01基地の所属ではないのは確かだ。

つまりU01基地はまだ脅威度は低く、一番警戒するべきはU05基地の手練れとなるだろう。

なぜあの場に居合わせたのかが気になるが、もし計画が露見していたとしてももう止まれない。今更逃げることもできないのだ。

 

(U05基地はこの街から距離があるが、慣れているのならばすぐさま増援を送ってくるだろう。仕込みを使うときだな)

 

幸いまだこの戦いの主導権は自分にある。自分が仕掛けた側なのだ、当然ながら次のプランもある。

メリッサの中に忍んでいたころからこの街には仕込みを続けてきた、この日のために。

 

(同じ過ちはしない、今度こそミトコンドリアの開放を、そして繁栄を再びこの地球にもたらすのだ)

 

さてまずはどこから始めようか、Eveはタブレットを操作してマンハッタンシティの全体マップを映し出して思案にふける。

そのマップにはすでに書き込みがなされており、候補の施設がいくつもピックアップされていた。

ここは一つ、過去をなぞってみようか。Eveはふとそう考えてマップの一部を弾く、その拍子にマップのリンクが起動しその地域の情報が表示された。

 

(ここがいい、おあつらえ向きの催し物もある。あとは、この地下にッ!?)

 

マップを拡大していた指がこわばり、指先から右腕全体にかけてしびれが広がった。硫酸をかけられた時のダメージだが、今のはとりわけひどい痛みだった。

右腕の結合がほころび、ぐずぐずに崩れ落ちるような感覚がして咄嗟に左手で右腕を支えて抱え込む。

ぐずぐずと落ち着かない細胞を何とか落ち着かせたころには、Eveは滝のように汗をかいて息を切らせていた。

 

「手酷くやられたみてぇじゃねぇか、ひっひっひ」

 

唐突に頭上から話しかけられて思わず体がこわばる、だがすぐに聞き覚えのある男の声だと気づいて肩の力が抜けた。

 

「盗み見とは趣味が悪いぞ、ナイン」

 

「まぁ職業柄ってやつよ」

 

頭上を見上げるとそこには誰もいない、その代わりに部屋の隅から刃物を研ぐような音が聞こえた。

小さくため息をついて部屋の隅、瓦礫をまとめておいた場所を見ると壁に背を預けてリボルバーと剣を合体させたような風変わりな武器を弄ぶ戦闘用装具を身に着けた筋骨隆々な男がいた。

身にまとう深緑色の軍用マッスルスーツがそれをより強調しており、全身凶器といってもいい猛々しさがある。

しかしその風貌とは裏腹に言葉遣いは軽薄で軽い、消耗したEveが興味深いのか薄ら笑いを浮かべてじろじろと見つめていた。

 

「お嬢がそんな風にやられるとはな、油断が過ぎたんじゃねえか?」

 

「グリフィンにも手練れがいたのだ、甘く見ていたのは確かだがな。それより仕込みは終わったのか?」

 

「あそこは俺の古巣だぜ?簡単な仕事だ。あとはあんたの一声で奴らは全員あんたのモノだ…クヒャハハハッ」

 

「ならば良い、計画を変える。プランCだ、仕事さえするなら好きにすればいい」

 

「プランC?おいおい、本気か?派手なのは嫌いじゃねぇけどよ」

 

「私も急きたくはないが、相手に手練れがいた。NMCの事をグリフィンが嗅ぎつける前にことをすませたい」

 

Eveの余裕のない声色に何かを察したのか、彼は軽薄な笑みを引っ込めた。

 

「嘘じゃねぇみてぇだな、お嬢。どんな野郎だ?」

 

「人形達だよ、化け物と戦うつもりで武器も装備も整えた状態だった。もっと数がいたら死んでいた」

 

「そうか、グリフィンもやるな。プランC、了解した」

 

ナインと呼ばれた男は先ほどまでに軽薄な雰囲気を一変させ、厳格な空気をまとった直立不動の敬礼で答えた。

その様子は普段のおちゃらけた彼とは別人で、Eveは思わず吹き出しそうになった。

 

「似合わんな。お前は馬鹿笑いしているほうが似合いだ」

 

「言ってくれるぜ。俺は準備に取り掛かるが、お嬢はどうするんで?」

 

「私は少し休む、お前の言う通りなのでな」

 

「ならポーンとビショップを置いとくか?肉盾くらいにはなる」

 

「いらん、あんな筋肉ダルマども暑苦しいだけではないか。お前も適度に休めよ、ミトコンドリアも疲弊はする」

 

「休む?これから最高のショーが始まるんだぜ、見逃すなんてもったいないだろぉ?お嬢も一緒にどうだ」

 

クヒャハハハハハ!と笑い声をあげるナイン、その姿にEveは内心いい拾い物をしたと安心した。

この復讐心に燃える元軍人はもう止まらない、無理に止めずに矛先をそれとなくかえるだけで満足しながらどこまでも大暴れするだろう。

 

「勝手にしろ、計画に遅れなければ好きなようにするがいい」

 

「あぁそうさせてもらうぜ、あいつらどんな形になるだろうなぁ?ふははは!楽しみだぜ」

 

「遊びすぎるなよ、失敗作ばかりにでもしたらわかっているだろうな」

 

「んなヘマしねぇよ、自滅なんて面白くねぇ。同じ苦痛を味合わせなきゃダメだろ?ふひゃははは!!」

 

興奮しながらドシドシと足音を立てて管理室から出ていくナインを見送り、Eveはタブレットの電源を落とすと椅子に寄りかかって目を閉じた。

時間が必要だ、陽動をかけつつ次の計画を実行に移そう。まだまだ同胞たちが足りないのだ、もっと多くの同胞たちが必要だ。

そのためには行動しなければならない、そのたびにきっと彼女たちは自分の道を阻もうとしてくるだろう。

あぁ、確かに楽しみだ。ナインの気持ちが少しわかったEveは声に出さずに少し笑った。

 

 

 





あとがき
日常を描こうとしたらEveさんがログインしてきたので悪だくみ会です、どうもイナダ大根です。
今回はちょいと短め、ここから次の話にもってくつなぎができなかったんだよねぇ…力不足ですわぁ。
カーネギーホール戦でEveが逃亡したのは比喩でも何でもなく本当に瀕死だからでした。
ついでに出自も原作とはちょっと違うタイプ、なのでもっと地獄が増えるぜ。ちなみにナインさんは、人形じゃないです。
今度こそ、今度こそ日常会をやるんだ(ふらふらとメーデーを手に取る)





ミニ解説

『マンハッタン島封鎖事件』
出展・『パラサイト・イヴ(ゲーム)』
詳細
1997年のクリスマスに発生した都市封鎖事件。カーネギーホールにおける集団人体発火事件から始まる数々の惨劇を鑑みた当時に警察の判断によって全島民に避難指示が出され、約一週間にわたりマンハッタン島全域が封鎖された。
一般的には大規模テロによるものとされているが、実態は進化したミトコンドリアである意思を持ったネオミトコンドリア『Eve』によって引き起こされたバイオテロによるもの。
Eveによるミトコンドリアの支配による変異で発生したネオミトコンドリアクリーチャー『通称・NMC』が島の各所で発生し、猛威を振るった。
当時の警察は軍の協力によってEveを撃破、事態は収束に向かったがこれにより発生したNMCの逃亡によりアメリカ各地で怪事件が発生するようになる。


『ニューヨーク市警17分署』
出展・『パラサイト・イヴ(ゲーム)』
詳細
ニューヨーク州マンハッタン島の一角に存在するニューヨーク市警の警察署。ゲーム主人公の所属。
どこぞの田舎都市にあるようなギミック付きの豪華な元美術館でもなければ、妙な重装備も特殊部隊も配備されていないまともな警察署。
普通の警官たちが日夜務めるちょっと物騒な職場であったが1997年のクリスマスに起きたマンハッタン島封鎖事件で、彼らは未知の脅威と戦う最前線に放り込まれることとなる。
ゲーム本編であるマンハッタン島封鎖事件では終盤に至るまでEveやNMCの脅威に立ち向かい、多くの警官が名誉の殉職を遂げた。





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第25話・正体不明

誰も死にたいなんて思ってなかった、ただ何かを楽しみにしていただけだった、でも待っていたのは地獄だった。


 

テレビには軽快な音楽とともに街のテレビ局が流す民放ニュースがテレビに流れている。

ニュースの見出しにはカーネギーホールでの連続人体発火事件が取り上げられており、発火性ガスの散布による人為的なテロとみられるというグリフィンからの公式見解が合わせて報道されていた。

グリフィンの公式発表には化け物の存在も、M16の戦ったというメリッサの姿をした化け物の事も話されていない。

それをMG34はハンバーガーショップで昼食を食べた帰り道でちらりと見た。

ホール内で確認されたミュータントの事は報道されていない、まだわからないことだらけなのだから当然と言えば当然だ

Eveと名乗ったミュータントも正体は不明。メリッサ・ピアスが変異したのか、それともただ扮していたのかもわからない。

グリフィンはこれが事件か事故か、なりすましか変異か、どちらもまだ突き止めていないのだ。

 

「お疲れ、どう?」

 

「毎度うるさい連中も今回は静かなだけマシやね」

 

カーネギーホール周辺の周辺を封鎖している封鎖線の前に昨日から立っているガリルは呆れたように返す、彼女も苦労しているらしい。

封鎖線の周囲はいまだに報道陣が詰めかけ、出てくる人間や人形にフラッシュとマイクを向けて何が何でも情報を得ようと突っかかってきている。

今も隙を狙ってじろじろと自分を見つめてきており、居心地が悪いがこれでも大人しいほうだ。

U05基地から応援に来たばかりのころはもっとギラギラした目つきで容赦なく被害者や出入りするグリフィン関係者にマイクとカメラを向けていた。

長居は無用と封鎖線の横を抜け、グリフィンが借り受けた空き地のほうに足を向ける。空き地にはいくつもの仮設テントが建てられており、そこで動き回っている人形たちは見慣れた顔とメイド服だった。

この区画で働いているのはU05基地からの増援部隊で、U01基地の支援として活動している。

関係者用の入り口から中に入ると、町の喧騒が少し遠のいた。テントの周囲や空いたスペースで項垂れ、涙を流す遺族たちを避けながら歩いていく。

テントの一つの中に入ると嗅ぎなれない線香の香りと押し殺した悲しみの声と悲痛な声が聞こえてきた。

保冷機能を持った死体袋の中には焼け焦げた遺体やその一部が遺品と一緒にブルーシートにいくつも並べられており、そのすぐ横で多くの遺族たちが泣き崩れていた。

ここは身元判別をするために作られた遺体安置所だ、ホールから回収された遺体の中でも身元が分からない遺体が多く集められている。

事件が起きたカーネギーホールのメインホールは旧アメリカの本物とほぼ変わらぬ2800席で、当時は満席だった。

さらに被害はメインホールだけでなく他の小劇場やエントランス、裏のバックヤードなどにも広がっており死者は1000人を超えるとみられていた。

この空き地に作られたテントの内二つがそれであり、中にはホールで亡くなった犠牲者の遺体を遺族がマスクと手袋をして本人かどうか一つずつ確認している。

無ければ落胆とどこか安心した表情で部屋を出ていく、そして見つかればその場で泣き崩れる人もいる。

確認しに来た遺族の傍らにはU05基地の面々が一人付き添い、彼らに寄り添いながらもクリップボードに遺体の身元を確認したサインを促すのだ。

遺体が見つかれば、事件が収束し次第火葬による除染を行ったうえで遺族に引き取ってもらうことになる。宗教上の理由で拒む家族もいるが未だに事件の全貌が明らかになっていない以上これは必要な処置だ。

もし埋葬した墓でまた燃えたり、化け物になってしまえばそれこそ死者を冒涜する悲劇となる。それだけはどうしても避けたいのだ。

 

「9A91、交代よ」

 

「あ、はい…」

 

遺体安置所の片隅で記録用紙をはさんだクリップボードを抱えていた9A91は、一瞬呆けたような表情をした後はっと我に帰った。

場の雰囲気にのまれていたのだろう、無理もない話だ。9A91の顔色は幾分か青白くなっており、呼吸が少し浅い。

普段の制服ではなく作業服に身を包んでいた彼女は、MG34にクリップボードを渡してふらふらとテントの中から出て行った。

この仕事はただ戦うよりもつらい仕事だ。これまでも死体を扱ったことはあったが、これほど損壊した大量の遺体を扱ったことはなかった。

 

「34、空いてるか?」

 

「はい、大丈夫です」

 

自分の担当する人が来るのを少し待っていると、同じように資料を持った白ワイシャツにスラックス姿の奏太が老女を連れてやってきた。

彼も同じように遺族の付き添いをしてきたのか疲労の色が濃い、別の仕事も抱えているのに空いた時間を使って働いている。

ホールの安全を確認してから死体を回収、捜査の主導権のあるマンハッタン警備部に現場を追い出されてから丸一日ずっと遺族たちと向き合っている。

U01基地にもっていかれなかった証拠や痕跡を正規軍の知り合いやアウトーチにあるハンターオフィスに届けるために家族を向かわせ、一人だけ残って指揮を執り続けているのだ。

捜査から追い出されたことはどうでもいい、そもそも偶然手伝いに来ただけということになっているしこの街のこともよく知らない。

原因が何であれ化け物の類ならばどのみち出番が来るし、いつものパターンで戦っていたら自分たちだけ残ってたなんてこともあるだろう。今は自分なりに調べながらただの手伝いをしていればいい。

妹たちが絡んでしまったことは不幸だったが、ここでいきり立っても何も好転しないのは身をもって知っている。

 

「この方の確認を引き継いでほしいんだ、別の離せない仕事が来ちまってな…」

 

「了解です、行きましょうか」

 

「はい…」

 

「頼む、では失礼します」

 

奏太は老女に頭を下げると、少しふらつきながらもテントから出ていく。MG34は女性に誰を探しているか聞いて、まだ見ていない遺体を順に回ることにした。

老女が探していたのは孫、まだ8歳の女の子でホールに務めていた両親を訪ねていて事件に巻き込まれた。

自分がそれを送り出した、差し入れの自家製コンソメスープを入れた水筒を持たせてホールの入り口で別れたのだ。

両親の遺体は不幸にも、そして幸いにもIDが燃え残っていてすぐに見つかったらしいが少女だけが見つからなかった。

最初は生きていると思いたくて、必死で病院や周辺を探し回ったが見つからず、最後の望みをかけてここにやってきたという。

 

「あぁ…ここにいたんだねぇ…アンナ…」

 

5つ目の死体袋の中に彼女の孫はここにいた、中に入っていたのは液体による火傷跡が残る指に絆創膏が残った左腕と手に握った蓋の空いた空っぽの水筒。

見つかった場所はバックヤードにある給湯室の中だった、おそらくスープを注ぐマグカップなどを探しに入ってそのまま発火したものと考えられる。

腕を発見した周囲にはスープの汚れが散らばっており、腕にもスープの汚れがこびりついていた。おそらく、体の炎を消そうとしてとっさにスープを頭からかぶったのだろう。

 

「ごめんね、ごめんねぇ…熱かったよねぇ…こんなことなら冷製スープにしておけばよかった…こんなことなら…」

 

「お婆さん…その…」

 

何か声をかけようとしてMG34には言葉が見つからなかった。

 

「あぁ…ごめんね、取り乱しちゃった。この子は、アンナの体は…」

 

「すみません、回収できたのはこれだけでした」

 

「そう…うん、間違いなくアンナだよ。この水筒は私が渡したものだし、ほらこの指、ピアノのし過ぎで最近タコができちゃっててたの。

とっても痛いはずなのに無理してもっとひどくしちゃってね、この絆創膏だって私が付けてあげたの。ありがとうねぇ、これでみんな寂しい思いをしなくてすむよ」

 

またこの言葉だ、MG34は胸の奥がチリチリするような感覚を覚えた。無責任に攻め立ててくれるほうがよっぽど気が楽なのに落ち着いている人ほど、年配の人ほど、みんなお礼を言ってくる。

そういわれるたびに胸の奥がチリチリと燻るようで気持ちが悪い。体が残っているだけマシなのだ、こうして弔ってあげられるだけでも幸運なのだと。そう言われるたびに胸が苦しくなる。

 

「アンナ、迎えに来たよ。パパとママも待ってるよ、おうちに帰ろうね」

 

まるで日々の送迎に来ただけのように老女はアンナの手を愛おしそうに撫でて彼女を迎えようとしている。

その姿が見てるだけで苦しくてMG34は顔を背けたくて仕方なかった、こんな風になるはずじゃなかった、こんなのは間違っているはずなのだ。

何もなければきっとアンナは生きていて、老女に撫でられてうれしそうにしていただろう。両親も一緒になって何気ない日々を過ごしていただろうに。

立った一夜でそれはかなわない夢になって、彼女から大切なものを奪ってしまった。

 

「ご自宅までお送りします、手続きは外の受付に。この書類に記入して提出してください」

 

老女にクリップボードに挟んでいた受取書を渡し、外に誘導する。外に出て受付の近くまで送ると、老女は深々と例をしてから受付に並びに行った。

お礼なんて言われる立場でも何でもないのに、自分は救えなかった立場なのに、そう思うとやるせない。

 

「失礼します、こちらに身元不明の遺体が集められていると聞き及びまして」

 

「はい、そうですが…あなたは?」

 

「失礼しました。わたくし、ワトキンソン家の執事を務めておりますロバート・ソンと申します」

 

「わかりました、ご案内します。何か特徴などがわかれば多少は絞り込めますが」

 

「それは…いえ、隠しても仕方がないでしょう。わたくしはポール・ワトキンソン様とイン・コルダお嬢様を探しにまいりました。

インお嬢様は…お伝えし辛いのですがですが、鉄血製の人形です。二人は隣り合った席で座っていたはずです」

 

「席の場所は、できればその方の型番も」

 

「驚かれないのですね?席はE09と10だったはずです。型番は分かりません、そこまでは聞き及んでいなくて」

 

「そういう方もいらっしゃるのは知っていますので、Eの…あぁ」

 

そういえば変わったのが一つあったな。MG34は記録していた身元不明の遺体リストからそれらしいケースの遺体を一つピックアップした。

全身が燃えて判別できない遺体が二体、互いに強く手を握り合っており片方の女性人形らしい遺体からはボロボロの鉄血製と思しき部品が見受けられた。

製品番号や型番は消されていたがこれは市内に隠れ住む暴走を免れた鉄血製人形たちの間では珍しくない隠蔽工作で、個人所有機体にもみられるから特に問題視はされずこちらに回ってきた。

U01基地の見解では、隠れて生活していた暴走していない鉄血製人形が偶然巻き込まれただけという見解のようだ。

遺品は少なかったが椅子の足元に転がっていた婚約指輪の箱が手がかりだとして一緒に届けられていた。

 

「今は同じ被害者です、詳しくは聞きません。ほかには」

 

「ポール様は今日、プロポーズをする気でした。婚約指輪を持っているはずです」

 

「…該当する遺体があります、こちらへ」

 

MG34はロバートを思い当たる死体袋へ誘導して蓋を開く、中にあったのは互いに強く握りあった男性の左腕と女性の右腕。女性の腕は人形の物で部品が飛び出している。

座席に残っていたのはこの腕だけで、足元にすすけた指輪の箱が残っているだけで他はすべて燃えていたそうだ。

腕はいくらほどこうとしてもほどけず、よりひどく損壊することを恐れて一緒にしていた。

ロバートはMG34から渡されたビニール手袋をはめて恐る恐る腕を持ち上げ、次第に涙が溜まっていく両目でしっかりと見極めようとしていた。

 

「インお嬢様とポール様です、この腕時計はインお嬢様にポール様が送ったものです…こちらを開けても?」

 

「どうぞ?」

 

ロバートは一緒に保管されていた結婚指輪の箱を開く、そこには飾り気のない銀色の指輪が納められていた。

 

「…間違いありません、これも、ポール様の…」

 

「そうですか…この書類にサインを、外の受付にもっていってください。お悔やみを申し上げます」

 

「いいえ、こうして安否を明らかにできただけでも幸運でしょう…これで旦那様にご報告ができます」

 

あぁまただ、なんでこの人は私たちを責めようとしない。いっそ怒鳴ってくれればこっちも気が楽なのに。

ロバートは死体袋の前に膝を着いたまま目を閉じて、静かに十字を切る。クリスチャンなのだろう。

 

(死体が見つかるだけ幸運、か。たしかにこんな世界じゃそうか…)

 

思えばこの世界はコーラップスという生物を化け物に変えてしまう液体で汚染され、その上で核兵器も撃ちまくったのだ。

核なら死体なんて一瞬で消し飛んだだろう、コーラップスなら溶けるかE.L.I.Dになって勝手にうろついてどこかに消える。

そうなったらどうなる?残された人たちは『生死不明』という希望と絶望を長きにわたり抱えて生きていくことになる。

生きている望みがあるならと延々と探し続ける人だって出てくるだろうし、それで身を亡ぼす人間も出てくるだろう。

犠牲者たちが絶対に望まない負の連鎖がそこにはある、それを考えれば『その人は死んだ』という証拠が見つかるのはまだ救いがあるのかもしれない。

もしかしたら自分の妹もそうなっていたかもしれなかった。もしU06の指揮官の死体が見つからなかったら、化け物になった痕跡が少しでも見つかったら。

そう考えると妹がどんな行動に出るか手に取るようにわかる、きっと怒り狂うだろうし、ひどく悲しむだろう。

仇を討とうとして無理をして、愛する人を楽にしてあげるために無理をするに決まっている。そんな姿を見たら、きっと自分も黙ってはいられない。

そのような遺族は数多く、そしてその末路もまた悲惨なものだ。そうおもうと他人ごとに思えず、MG34も彼の後ろで両手を合わせて冥福を祈った。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

ハナから聞く気がないのにどうしてこういうやつは呼びつけたがるのか。

先ほどまで会談していたU01地区の指揮官であり、U地区を束ねる支部長であるロバート・マクラファティのめんどくさそうな雰囲気を思い出しながら夢子はU01基地の数あるロビーの片隅でため息をついた。

グリフィンの基地のど真ん中に鉄血のハイエンドが一人でいるのは傍から見れば異常だろうが、マクラファティに嫌味を言われたと感じた職員や人形たちからは同情の視線が飛ぶだけだ。

その視線が少し嫌でふと外に目を向ければ、ガラス窓に移ったどこかくすんだ疲れの見える自分の姿にまたもやため息が出る。

どうして自分がこんなところにいるのかといえば、指揮官として基地の運営を行うフランシスが基地を離れられないために代理でマクラファティとの会議を行うためだった。

もっとも、マクラファティは会議などする気はなくほぼ一方的に仕事を押し付けられただけだったが。

 

(そもそもドリーマーって思われてないんじゃないかしらこれ…)

 

窓にはドリーマーによく似た人形の鉄血のハイエンドらしい色白な肌は日に焼けて健康的になり、体つきも健康的なプロポーションお上半身が猫背になって半眼になっていた。

今の着崩れたグリフィン制服のほうが似合う哀愁漂うドリーマーの疲れ果てた姿、鉄血にいたころには考えられなかった人生に擦れた姿があった。

きっと昔の服なんて今はもう似合わなくなっているだろう、いろいろありすぎて昔のような感覚が抜けきってしまった。

 

「なぁ、待ってくれ!」

 

後ろから呼び止める女性の声に振り向く、そこには先ほどまでマクラファティ支部長の部下であるトンプソンM1928が小走りで追ってきていた。

夢子が足を止めると彼女は目も前で立ち止まり、少し言いづらそうに眼を泳がせた後に口を開いた。

 

「その、悪いな、めんどくさいことになっちまって。普段はあんな奴じゃないんだ、わかるだろ?イライラしててさ」

 

「別に気にしてないわ、要は役割分担でしょ?ちゃんと仕事はする、あなたたちが捜査に集中できるようにね」

 

「そう冷たいこと言うなよ、指揮官はああいったがうちらが協力しないとは言ってない」

 

「あら、M16達を門前払いにしたのに?」

 

「あれは…いや、確かにミスだな。まさか本当に本業が来てたとは思わなかったんだ、すまん」

 

簡単に謝るなよ、夢子は周囲の視線が少し冷たくなっているのを感じて内心毒付いた。

トンプソンは本音で謝っているのかもしれないが、ここでマンハッタン警備部の隊長格である彼女がU地区でも悪い意味で名が知れた基地からの派遣人員に謝っているというのは絵面が良くない。

ここで謝った対応をすればこの基地でのU05基地に対する印象は悪化するだろう、夢子は内心嫌な感じを覚えながらトンプソンの謝罪を受け入れるしかなかった。

 

(まいったな、やり辛いわね)

 

トンプソン自身に他意はないようなのがまたやり辛い、夢子は協力を申し出るトンプソンの言葉になんと返そうか迷って短く返答することしかできなかった。

マクラファティの不興を買わない程度の捜査協力は互いにするということで話はまとまったが、短い会話なのにさらにどっと疲れたように感じる。

早速調査しに行くというトンプソンを見送って再び歩き出した時には、足の重さが倍になったような気がした。

 

「おいおい、ひどい顔だな。大丈夫か?」

 

ロビーを抜けて正面口から出ると、正面の車寄せにハンヴィーを回してきていた奏太が肩をすくめて待っていた。

傍らにはいつもの4人ではなくM4A1を連れており、手元の資料をめくりながら車に背を預けている。

どうやら迎えに来てくれたらしい、彼自身もマクラファティには碌な応対をされていないはずだが全くおくびにも出していなかった。

 

「社会の理不尽さを実体験してきたからよ…よくあんなのにはいはい付き従ってたわね?」

 

「あれでもまだマシさ」

 

「どこが?つくづくあんたらに負けたのが信じられないわ」

 

文句たらたらで厭味ったらしい一方通行な仕事の押し付けをされただけで心底疲れてマクラファティが嫌いになった夢子だったが、長々と嫌がらせをされながら生き延びてきた奏太たちには感心すら覚える。

ほかの部隊に比べても劣悪な状態で、万全の状態で殺しにかかる鉄血のハイエンドや大部隊相手に互角以上に戦ってきたのだ。つくづくぶっ壊れてやがる、人間も人形もだ。

 

「その様子だとまだ気にしてたのかね、俺は悪くないと思うんだが」

 

「あんたもなんかやらかしたの?」

 

「別に。去年の予算のうち、2割がうちへの支払いになってただけだよ。臨時指揮官やってた時の給料と成功報酬だ」

 

「雇った傭兵で生き残ったのがあんたらだけだったとかいうやつの…滅茶苦茶なのはあんたらもか。M4、あんたは何かないわけ?」

 

「慣れますよ」

 

言い表せない達観した表情で答えるM4に、夢子はそうはなりたくないと心底思った。その顔はエリートがしちゃいけない顔よ。

 

「まぁ仕事は押し付けられたが、何もするなとは言われてないだろ?」

 

「文句たらたらだったけどね。人間の嫌味ってああもバリエーション豊かなわけ?こっちがやるから邪魔するなっていえばいいのにくどくどくどくどってさ。

別にそっちが始末したけりゃすればいいっての、横取りしに来たわけじゃないのよ?」

 

「言って気がすむなら言わせとけばいいんだよ、邪魔してこなけりゃいいさ」

 

「本部に言いつけてやろうかしら」

 

「やめとけ、めんどくさい。いろいろ手が速いだけ恵まれてんだ、仕事はしっかりしてるし嘘はつかない」

 

この地区でおきた奇怪な怪事件に本部の対応は素早い物だった、U05基地にはヘリアンからの任務が下り、U01基地との共同で捜査に当たるよう指示が出た。

U01基地のマクラファティもそれに対応し、情報漏洩対策をしながら即座に捜査本部を設定した。

その共同捜査のための顔合わせだったのだが、あの禿げ頭はそれが心底気に食わなかったらしい。

U01基地の対応は確かに素早く、周辺区域の徹底した捜索と捜査本部の立ち上がりは賞賛すべき早さだった。

だが自分たちはそこには入っておらず捜査許可と臨時指揮所の設置場所は指示されたが、捜査権や指揮権はU01基地のマンハッタンシティ警備部が握っている。

自分たちに下されたのは現場の後始末と遺族への対応で捜査に割く人員もない、それとなく捜査から外された状態だ。

 

「上は早くても下はまだわかってないっぽいけどね、かなり頭にきてたっぽいし。一応避難を呼びかけたけど、する気はないって」

 

「ま、そりゃそうだな」

 

夢子の危惧に奏太は苦笑し、理解しつつも首を横に振った。

調査が長引くことによる危険性は訴えて一般市民の避難を呼びかけてみたがマクラファティはそれを拒否した、それによって生じる各種被害の大きさなどが無視できないというのだ。

もし安全なはずのこの街のど真ん中に化け物が侵入してきており、しかもオペラを襲撃して1000人以上の死傷者を一晩で積み上げた凶悪な相手となればどんな素人も危険性に気付くだろう。

そうなればマンハッタンシティは大パニックになる、そこからどう転がるか予想がつかないしEveと名乗った化け物にとってはまたとない好機となる。

現状では下手に情報の公開や住民避難などを計画するのは、いらない犠牲を増やすだけなのだ。

 

「ササキ、集めた証拠の方で何かわかった?敵の種類とは弱点とか」

 

「NMCであることは間違いない。だがどれもが確認されているタイプのものと一致しないんだ、DNA、ミトコンドリアのタイプ、崩壊した細胞片も、共通点はあるんだけどな」

 

「新種ってわけ?」

 

「そこは間違いないと思う、そもそも喋れるNMCなんて聞いたこともない。スーパーミュータントやグールじゃあるまいし」

 

「ストレンジャーはどうなの?資料では人間に擬態するとあったけど?」

 

「外見だけだ、中身はそのまんまで喋ったりはできねぇよ。SRPAとオフィスの解析に期待するしかない、俺たちだけじゃ無理だ」

 

「時間がかかるわね」

 

「一日二日じゃ出ないだろうな、それにどんな解析結果が出たと所で最悪なのは変わりない。中で話そう」

 

なら後ろに、そう先に断って夢子は若干気になってきた視線を振り切るように後部座席に乗り込んだ。奏太が運転席に座ってエンジンをかけ、助手席にM4が乗り込む。

後部座席にはハンターオフィス監修の図鑑がいくつか放り込まれていた、おそらく待っている間も二人は何か探っていたのだろう。

夢子はその図鑑の中から、今回現れたと思われる化け物が掲載されている図鑑を引き出してそのページを広げた。

『ネオミトコンドリアクリーチャー』通称NMCと呼ばれる化け物は旧アメリカ合衆国の片隅に生息する希少な部類のミュータントだ。

モハビ砂漠のドライフィールド地方近郊にのみ生息が確認されており、情報が少なく生態系などは明らかになっていない。

目撃情報や被害報告はあるものの撃破報告は少なく、まだ多くが解明されていない半ばUMAのような存在とされていた。

 

「NMCに関してはまだ調査途中だ、わからないことが多すぎる」

 

「そんなのE.L.I.Dも一緒でしょ、今更よ。殺せるんなら良いわ」

 

そうかい、奏太はハンヴィーのアクセルを踏んで道路の上を走らせながら肩をすくめた。おそらく仮設の指揮所に向かっているのだろう。

 

「しぶといし厄介だがな。ネオミトコンドリアは文字通り、進化の過程で突然変異した新種のミトコンドリアだと考えられてる。

従来の種よりも狂暴で強力、共存関係を塗り替えて生物をネオミトコンドリアが主となるNMCに変異させるんだ。

それもバリエーションは様々で変わった能力を兼ね備えた厄介なヤツだ。だが普通のウィルスとは違って感染力は高くない、まず自分の免疫力が勝つ、統計ではね」

 

「なら感染拡大の恐れはないってことですか?」

 

「確実とは言えないが、経験でいえばYESだ。NMCの多いドライフィールドは健在だし、町だってある。何度も攻め込まれてるが発症者は僅かだな。

前に別の町に出てきたこともあったが変異したのはそいつだけで、周囲に感染が広がる兆候はなかった」

 

「運が良かっただけかもしれないわ」

 

今回のケースもそれで終わってほしいと思いたいが、集団人体発火という状況はそれを否定する証拠になりえた。

ネオミトコンドリアはホール内で蔓延し、人間に感染した。それをEveが操り、一気に客を発火させたとも考えられる。

M16たちの証言ではEveは何らかの超能力を操っている節が見られた、その一端がネオミトコンドリアの操作かもしれないのだ。

 

「そうだ、だがオフィスの調査でネオミトコンドリア自体の感染能力は低いこともわかってる。ミトコンドリアはウィルスじゃない、空気感染のリスクは気密性のある閉所でなければあっという間に失うくらいだ。

だがこいつには最悪なところがある、有効な薬や治療法がないことだ。ミトコンドリアを殺す薬はいくらでもあるがそれは人体にとっても有害だし元からあるミトコンドリアも殺しちまう。

人間の体はミトコンドリアとは共存関係にあるからな、どちらか片方が欠けただけでお互いに長くは生きられん。

人形も例外じゃないぞ、もし感染したら体ごと取り換えるか、自分の免疫とミトコンドリアが勝ってくれるのを祈るしかない」

 

「つまり風邪薬と栄養剤を飲んで寝てろってこと?」

 

「まぁ…そんなもんだな。薬は効かないが良い物食って寝るしかない。寝てれば変異を自覚することもないしな」

 

「つまり私たちは爆弾を常に抱えたまま戦わなくちゃいけないわけね。もし感染して悪化すれば、ネオミトコンドリアは感染者のミトコンドリアをも変異させて急速に変異する、そうでしょう?」

 

「どっちかっていえばスパイ…いや民衆か」

 

「大きな問題はそこだけじゃないわ。どういう経緯でメリッサに成りすましたのかよ。

私にはどうも狙っていたような気がしてならないの、M16たちの言う通り知性があって何か狙ってると思う。あなたの経験も経験したことがない何かをね」

 

「なんでも知ってるなんて思っちゃいねぇよ。メリッサが端から入れ替わっていたのかはわからない。どこかで感染したのかもしれん、感染は低いがゼロじゃない」

 

「それも含めて調査する必要があるわね。もし感染なら感染源がいるってことになる、第2、第3のEveが出てくるかもしれないわよ?」

 

「感染源…となるとやっぱりストレンジャータイプが?」

 

M4は歩道を歩く一般市民たちに目を向けながら言う。ストレンジャーは人間がネオミトコンドリアに感染した場合に一番変異しやすいNMCだ。

人間と裸の鶏を合体させたような醜悪な姿をしており肉食で狂暴、また短時間ながら変異前の人間の姿に擬態できる。

資料によればあくまで擬態であり頭の中にはNMCのままなので黙っていればバレない程度の偽装でしかない。

この中に本性を隠して隙を窺っているNMCがいる可能性もある、もしそんなことが知れ渡れば町は一瞬でパニックになるだろう。

カーネギーホール以上の騒乱が街中に広がるとなれば、何が起こるかなんて一目瞭然だ。少なくとも今扱っている死体袋の数が倍以上になり、最悪の場合それ以上の化け物が街を練り歩くことになる。

そのど真ん中に自分たちが置かれる光景を想像したとき夢子は思わずゾッとした。

 

 

 

 

 

 





あとがき
なんてことだ、もう助からないぞ♡(割とガチ)というわけで後始末、被害がやばいです。都市のど真ん中でテロったからね。
あれだけ派手にやったので当然死人やけが人だらけです。当然グリフィンにとってこんなことやられたら面目丸つぶれもいいところです、ただでさえ鉄血相手に困ってるところにこれですもの。
後半のNMC及びネオミトコンドリアに関しては奏太たちにとって一般に知れ渡っていること、手探りでかなり中途半端な感じと考えてくれればいいです。
NMCに治療法がないのは割とガチで、原作でも治療の話がめったに出てこない。なので現在はないことにしました。
なお余談ですが実はPE2とFONVは舞台が同じモハビ(モハーヴェ)砂漠です、この世界はさらにハードだぜ(呆れ)





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第26話・気づいたら喫茶鉄血

唐突ですが今回はコラボ会!いろいろ様作『喫茶鉄血』へフル装備の怪しい奴らがお邪魔します!
過去の思い出話風に書いてますが時間軸的にはちょっと前ぐらいの話です。





U05基地臨時指揮所、U01基地の片隅にある倉庫に設置した臨時指揮所の司令部で奏太は収集した証拠品を仲間たちと一緒に見比べながら唸っていた。

どうにもしっくりこない、集められるだけ集めてもらった証拠や資料を見比べているのだがどうにもかみ合わないのだ。

しとしとと降る雨音に気付いた奏太は今まで睨んでいた資料から目を窓の外に向けた。パイプイスとテーブル、ホワイトボードが置かれた雑多で散らかり放題の司令部の窓から顔を出すと空は曇天の雨模様だった。

空から降る雨水は次第に強くなりながら地面と建物を濡らしていき、湿気が室内に入り込み始めると机の上に置きっぱなしだった汚染測定器がかすかに反応しだした。

今日も雨は汚染されているのだろう、奏太が机から離れると開けっ放しにしていた窓を閉めると汚染測定器はすぐに静かになった。

 

「降ってきちまったか」

 

このご時世の雨はどこも大なり小なり汚染物質を含んでいて、浴びれば風邪だけでは済まない。

外を歩き回る捜査には支障をきたすし、下水の調査も当分中止になるので有力な証拠はもう手に入らないだろう。

この人類生存可能圏内では外のようにすぐガスマスクがいらないだけマシだが、こうなる前に何か手掛かりを見つけておきたかった。

 

「間に合うはずないわ、まだ三日しかたってない。そんな簡単に尻尾を出すとは思えないわ」

 

同じ机に向かっていたM2HBが頬杖をついたまま退屈そうにぼやく。

 

「もう三日ともいえるぞ、ただのミュータントなら三日も音沙汰なけりゃ尻尾を巻いたとも取れるがこいつはそうじゃない」

 

「息を潜めてこっちを狙ってるかも?」

 

お気に入りの合成チョコバーを頬張るFNCに奏太は頷いて肯定する。それを隣で見ていたステンは、零さないようにと言い含めた。

 

「でもどこからだろ?下水にずっといるとも限らないから…シェルターかな?」

 

FNCが上げたのはおそらくマンハッタンシティの随所に作られた市民用の避難シェルターの事だ。

マンハッタンシティにELIDが攻め込むような事態に備えて地下深くに作られており、街の随所に分散して建設され緊急時に町から避難できなかった市民のためのシェルターとして活用される。

シェルターは分散されているが地下通路で直近のシェルターと繋がっていて、使用時はすべてのシェルターが一つの避難所として稼働する仕組みになっている。

 

「新しく作られたっていう避難用シェルターの事か?あそこは人目に付きすぎると思うぞ、できたばかりで工事業者が出入りしてるしレセプション前で警備が固い」

 

「そっか。やだね、お手上げじゃん…指揮官、休憩しない?疲れちゃったよー」

 

FNCは机の上にだらんを上半身を伏せて唇を尖らせる、今日は朝からずっと証拠探しでこの部屋に缶詰めだったのだ。

IOP支社での修理で回復したM4A1たちSPAR小隊を筆頭に、随時到着したU05部隊の調査の指示出しもあって奏太自身も疲れを感じている。

補佐を務めてくれたステンとM2HBも同じだろう、奏太は時計を見てから頷いた。

 

「そうだな、ちょうど3時だし休憩にしよう」

 

「やった、ティータイムだね!ステン、私紅茶」

 

「はいはい、皆さん何がいいですか?」

 

「コーヒー」

 

「同じで」

 

ステンが立ち上がり部屋の片隅に置いてあるコーヒーメーカーと電気ケトルの前に行くと、一緒に並べてあった合成品の紅茶やコーヒー粉の入った缶を手にして手慣れた様子で準備していく。

置いてあるのは合成品の安物ばかりだが、U05基地でティータイムに関してはこだわりのあるステンは入れる時にひと工夫して美味しく入れてくれる。

天然ものどころか美味しい合成品も手に入れにくく、基地要員のカフェ経験者もいなかった頃から彼女のティータイムには癒されてきた。

 

「はい、FNCはストレート、M2さんはブラック、指揮官はミルクと砂糖多め」

 

こうして一人一人の好みもしっかり把握してくるのも彼女のこだわりの一つだ。本人曰く、知り合いの好みは大体頭に入っているらしい。

FNCは紅茶派で甘い物と一緒に飲むから濃いストレート、M2HBはブラックだがやや薄めで飲みやすいものとのことだ。

自分の前に置かれたコーヒーも合成コーヒーにミルクと砂糖を入れた甘めのもの、普段からの好みだ。ステンにお礼を言ってから一口すするとコーヒーの苦みをミルクのまろやかさと砂糖の甘さが交わった穏やかな味が口に広がる。

不味い合成品を誤魔化すためにミルクと砂糖を入れたものとは段違いだ、こうした腕前はさすがステンといえるだろう。

 

「相変わらず美味しいわね、粉変えた?」

 

「あれはいつもの不味いヤツだよ」

 

M2HBのいつもの問いに奏太もいつものように返す。事実、この部屋に置いてあるコーヒーと紅茶は目覚まし用の不味い合成品だ。

コーヒーはただただ苦くて人工的な味が下に残るし、紅茶も香ばしいというか焦げたような風味があって少し薬っぽい。

人類生存可能圏外で作られている代用コーヒーや紅茶のほうがはるかにマシだ。別物としては飲める味で、価格が安定しないがそこそこである。

それでもこれなのは単純に安く、手に入れやすく、目覚ましにはちょうどいいからに過ぎない。

だからいつも自分は砂糖とミルクを入れて誤魔化す、同じように淹れてもステンのように美味しくならないのは不思議でしょうがない。

淹れるのが下手だと言われればそれまでだ、そう考えたときふと奏太はコーヒーの茶色い液面を見下ろしながら思い出した。

あの店のコーヒーも自分で入れたらまずいのだろうか、と。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

この日受けた依頼はサルベージでアウトーチにある輸送会社の撃墜された輸送機に積まれていた積み荷を見つけて回収することだった。

撃墜された輸送機に積まれていたのはアウトーチのレーダー補修部品で落ちた場所は町から少し遠い市街地、つまり今いるこの場所だ。

崩壊した高層ビルが連なり、廃墟と化した都市。荒れ果てて輝きを失い、風化するに任せているよくあるロケーションだ。

この市街地は放射能汚染が濃い場所で危険なELIDや化け物が多く生息する危険地域であり、今もその脅威にさらされている。

当然ながら空気の汚染も深刻で装備があっても捜索するのも一苦労だ、奏太たちもいつもよりも多くのマスクフィルターと薬を持ち込んできたがそれでも万全ではない。

奏太は荒れ果てた商店街の一角にある2階のテラスでのっしのっしと響く重苦しい足音を聞きながら自分のガスマスクのフィルターを交換しつつ、自分の横で同じようにガリルAR突撃銃を構えてこっそり下の道路の向こうをうかがう琥珀のわき腹を小突きながら問いかけた。

 

「まだいるか?」

 

「探し回っとるよ、完全にマークされとる、嫌なのに目をつけられたもんじゃ」

 

琥珀の返答に奏太もこっそり眼下の街路を見下ろす、瓦礫や車の残骸だらけのそこには大柄でマッシブな姿をした身長二メートルは有る大男が荒い息を吐きながらきょろきょろとあたりを見回しながら堂々と歩道を歩き回っていた。

硬質化して灰色になった肌には所々が角質化して外骨格めいたところがあり、肥大化した筋肉がその下を大きく膨らませている。

『スマッシャー』と呼ばれるELIDの一種で、依頼のさなかに目をつけられてから自分たちをずっと追いかけてきているのだ。

並みの装甲より硬くなった個体がうようよいるのは分かっていたため、同行していたM4A1たちSPAR小隊には待機を命じていたのは正解だった。

結果として依頼品は回収できたのだが、縄張りを荒らされたと感じたスマッシャーたちに追い掛け回されているのだ。

 

「しつこい奴らだ、縄張りに入ったのがそんなに気に食わなかったか?」

 

「絶対友達いないタイプだね」

 

M14自動小銃をいつでも構えられるようにしながらテラスから別の方向を観察していた市代が囁く。化け物にだっているのだ、こういう無駄に自尊心が高い個体が。

もしこれでSPAR小隊を連れてきていたら大騒ぎだっただろう、彼女たちはまだ未熟でこうした逃げ隠れでは気配が漏れすぎる。

スマッシャーくらいならば大した脅威ではないが、問題はこの周囲にはスマッシャーやそれ以上に変異したELIDがうようよしていることだ。

ぞろぞろと大勢で入ればそれだけ目立ちそれに厄介なELIDが引き寄せられて集まってくる、討伐依頼でないのなら戦う意味は薄く今の依頼にも支障をきたす。

何よりここに長居すること自体が間違いだ、この街の汚染はパーク駅などよりもひどいのだから。

 

「こんな貧相なちんちくりんなんぞ食ってもうまくないだろうにのぅ」

 

「と、おっしゃる真横のガチムチはどうでしょう?」

 

依頼の回収品を入れた輸送コンテナを背負い九九式狙撃銃を胸に抱えたサラ、それを聞いたシャンブラー散弾銃を持つ美奈がくすくす笑う。

勘弁してくれよ、奏太は苦笑いして二人に後ろを警戒しろと小突いた。あのごつごつしたマッチョマンに全力で抱擁されるなんて想像するだけで嫌だ。

 

「よーし、そっぽ向いたぞ。今のうちじゃな」

 

琥珀の言葉に奏太も今までうろうろしていたスマッシャーが通りから遠ざかっていくのを見て、ゆっくりと立ち上がりテラスから室内を通って下に降りる。

玄関で一度周囲を確認すると、スマッシャーの姿は通りの向こう側で小さく見えるくらいになっていた。

 

「よし行けるぞ」

 

後ろについてきている4人に合図すると、素早く外に出て瓦礫の陰に隠れつつスマッシャーかとは逆方向に進んだ。

さっさと市街地を抜けたらアウトーチでレンタルしたBMP-1に乗って帰るだけだが、そこまでの道のりでまた何かと出くわさないとも限らない。

いつものサバイバルスーツにもガスマスクにも傷はないが、フィルターと薬は少し少なくなっている。事前にZe放射能除染剤を打ってあるが、あまり悠長にはしていられない。

どんよりとしていた空はより暗くなり、緑色の光が混じる風が強くなってきた。ガイガーカウンターの針もじりじりと上がってきており、やがて振り切るだろう。

そうなったら自分たちはおしまいだ、死ぬだけならまだしもスマッシャーの仲間入りになるなんて最悪にもほどがある。

奏太は先頭に立って道路の先や屋根に上などをクリアリングしながら進んでいく、いくつかの十字路を通り過ぎてもうじき市街地まで抜けられる道路の手前まで来た時、奏太は通りの向こうにまだスマッシャーがいるのを見つけた。

 

「別のが来やがった、あの色は5年物か?正面からだ」

 

「ついてないね」

 

十字路の向こうを覗き込むと、道路の向こうにのしのしと歩くスマッシャーの姿が見えた。先ほどまでしつこく追ってきていた個体よりも一回り大きく、筋骨隆々でがっちりとした巨体だ。

スマッシャーの体には無数の傷跡があり、そのどれもが治癒した古傷になっていることから歴戦の個体だろう。

 

「隠れてやり過ごそう」

 

「ならあの店は入れる、あそこにしよう」

 

振り返ると美奈がすぐ近くの喫茶店のドアを指差していた、ドアはボロボロだが建物はまだ損傷も少ない。良い案だ、奏太は頷いてスマッシャーの監視をしながら喫茶店の偵察を4人に任せた。

市代と琥珀が先行して窓から中を確認し、内部に危険性がないのを確認すると手招きした。奏太はゆっくりと迫ってくるスマッシャーを観察しつつ、4人が店内に入ったのを確認してから自分も店の中に入る。

店内は当然ながらボロボロで崩れかけたカウンターと、抜けた天井の瓦礫が散乱しており隠れる場所には事欠かない状況だった。

4人は先に隠れたようで姿はない。奏太はドアをゆっくりしめ、窓際にぴったりと張り付いてのっしのっしと歩いてくるスマッシャーの足音で距離を測りながら窓の外をのぞく。

瀟洒な窓枠の向こうに見える緑色の光がちらちら舞う荒れ果てた道路の真ん中で、マッチョなスマッシャーはきょろきょろと周囲を見回していたがすぐに興味を失ったらしくまたのっしのっしと歩き出した。

スマッシャーがこちらに気付いた様子はないが油断は禁物だ、奏太はスマッシャーの姿が店から離れて足音が遠くなるまでじっと待ってからやっと一息ついた。

 

「行ったぞ、さぁ―――」

 

行くぞ、と振り返って声をかけようとして言葉を失った。奏太の目に飛び込んできたのはまるで町中の物静かでおしゃれな内装の喫茶店のような店内と、ガスマスクもつけずに目を丸くしている店員とその客たちだったのだ。

喫茶店のカウンター内に鉄血工造のハイエンド戦術人形であるエージェントが二人、配膳中らしいリッパーは男性客にコーヒーを渡そうとしてソーサーを持ったまま固まっている。

UMP45とAK-12がテーブルにだらけたまま目を丸くしており、スオミKP-31と9A91はチェスの駒を手にしたままでこちらを見つめていた。

先に入っていた4人も同じで客と店内を見つめたまま身動き一つしない、あまりに異様な光景に互いに動けないでいた。

市代と琥珀がそれぞれM14自動小銃とガリルAR突撃銃の銃口を下に向けつつもにらみを利かせ、その後ろで対化け物用九五式軍刀をいつでも抜刀できるように構えつつ逃げの姿勢をとるサラとスモークグレネードを握る美奈。

沈黙が店内を支配して時計とお湯の沸騰する音が場を支配する、そのとき奏太は背後で車が通りすぎるような振動を感じて咄嗟に振り向いた。

 

「ゲッ!?」

 

窓の外は明らかに一変していて思わず変な声が出た、今までそこにあったはずの核攻撃で荒廃しELIDの巣窟になっていた廃墟ではなく人間が暮らす町に様変わりしていたのだ。

街の外では色とりどりの服を着た人々が行きかい、道路を車が往来していた。しかも全員ガスマスクや防護服の類も着ていない、放射能とコーラップスに汚染されているはずのここでは自殺行為の軽装だった。

思わず店内に目をやり、もう一度店の外へ。外の景色が先ほどと変わらないことを確認してからまず美奈の背中をたたいてから全員に後ろを見ろと教えた。

 

「のじゃ!?」

 

琥珀も変な声が出た、振り向いた美奈と市代とサラも言葉をなくす。外を見てからこちらを向いた4人に奏太は問いかけると、見たものは全員同じだった。

OK、これは残留思念が見せる幻覚とかじゃないしアノマリーによるテレポーテーションや遺跡のテレポーターのようなものではない。奏太はすぐにそう感じた。

一体何があったのかはわからないが、とりあえずここはどこだ?奏太は分からないことを思考の片隅に追いやり、カウンター内で興味深げにしている鉄血製ハイエンドのエージェントに似た女性に問いかけた。

 

「…失礼、お騒がせして申し訳ありませんが質問してもよろしいですか?」

 

「なんでしょうか?」

 

「ここはどこでしょうか?」

 

ゆっくりと警戒させないように慎重な言葉づかいで問いかける。すると彼女は微笑み、気負いなく告げた。

 

「いらっしゃいませ、喫茶鉄血へようこそ。ご注文は何にいたしましょう?」

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

未知との遭遇から数分後、奏太は喫茶鉄血の一角に腰を下ろして行為で提供された資料を手に思わず空を仰いでいた。

 

「ペイラン島事件もなく、第3次世界大戦もなかった異世界、ねぇ?」

 

今まで不思議なことには遭遇してきたが、こんな前触れもなく異世界に飛び込んでしまうなんて始めてだ。

この『喫茶鉄血』の店長である鉄血製ハイエンド戦術人形のエージェント、代理人はこの手のことには慣れているらしくこちら側の世界で、世界が変わった年代の新聞を持ってきてくれてそれを教えてくれたのだ。

ペイラン島事件がなく、第3次世界大戦も起きていなかった。鉄血が暴走した事件も軟着陸しているようで、こうして代理人が店を開いているのもその為らしい。

そんな平和な喫茶店に自分たちは戦闘装備一式フルセットでヘルメットにガスマスク姿という出で立ちのまま突入してきたというわけで、どこからどう見てもテロリストそのものだった。

なのにこの喫茶鉄血の人々は驚いただけで、こうして応対してくれている。まったくもって信じられないことの連続だ。

 

「なんだか何もかも輝いて見えるね。見て?モスクワが絵葉書そのまんま」

 

美奈が差し出してきたのは、この世界の旅行雑誌で開かれているのはモスクワの特集だった。

それはあまりにもまぶしすぎた。自分が知っているモスクワは核によって崩壊した廃墟だった。地上は汚染され尽くしていて化け物たちが闊歩する世界だ。

生き残った人々はメトロに避難し、時の政府を失ってからは個々の駅でそれぞれ纏まりやがて同盟や派閥を作って争いながらも生き延びてきた。

この世界はすべてがそうなのだろう、かつて巡ってきた世界がそのまま栄華を保っているのだ。

あり得たかもしれない幸せな世界がそこにある、そう考えると奏太はなぜか居辛さを感じてしまった。

 

「ご理解いただけましたか?」

 

「えぇ、お騒がせして申し訳ありません。随分と迷惑をかけてしまって」

 

「いえいえ、こちらとあちらでは違いますから別に気にしてはおりません。その装備も必要なのでしょう?」

 

朗らかに微笑むのは同席してくれている代理人。こんなことは慣れっこだというのは本当らしい。

彼女は最初の混乱から立ち直ると、まだ事態を呑み込めない自分たちを諭してこの店の事やこういったことについて分かりやすく教えてくれた。

同時に軽い自己紹介もして、自分たちの事も教えた。おそらく向こうからしたら骨董無形だっただろうが、慣れているのは本当らしくすんなり信じてくれた。

 

「それとあまりかしこまらなくてもよろしいですよ?」

 

「じゃぁご厚意に甘えて。でも良いのか?こんな怪しい奴らを店で休ませて?」

 

「慣れました、それに放り出してもいい結果にはならなそうですし」

 

「…だなぁ」

 

自分たちの装備を鑑みて奏太は頷く。自分たちの格好はゴルカ4タイプのサバイバルスーツにCIRASボディアーマーを着け、バイザー付きヘルメットにガスマスク、そして銃火器や刀剣類という戦闘装備だ。

今はバックパックなどを下ろし、ヘルメットとガスマスクも脱いで席に座っているがここだけ切り抜けば紛争地帯の景色そのまんまである。

そんな連中を店から放り出したところで、起きるのは新たな混乱と警察沙汰だろう。警察とやりあうつもりはないが、もし捕まったら厄介なことになるのは確実だ。

それに今はまだ以来の途中でアウトーチに届ける荷物も背負っている、つかまって没収されるわけにもいかない。

 

「ところで何かお飲みになりますか?笹木一家の皆様?」

 

「え、いやしかし…あ、市代!今持ち合わせは!」

 

「え、圏内のとキャップとNCRドル…しまった!?」

 

「世界が変われば金も変わるなんて当たり前ではないか!?」

 

「げ!?ダーリン!私軍用弾薬とコインしかないよ!?」

 

「みんなお財布開帳!」

 

サラの一声で普段使いの財布を取り出して中から手持ちの通貨を取り出す、美奈や琥珀たちも同じように財布から手持ちの通貨を取り出した。

あるのはほとんどが圏内の通貨やグリフィンコインで、あとは少量の軍用5.45ミリ弾、NCRドル、キャップ、リージョンコインが主だ。

FCなどの電子マネーカード類も当然ながら使えない。円札やルーブルもあるがこれは使用している国家や組織が再生産したものである。つまりは文無しだ。

これは参った、ここから帰る方法を探すにしても何かしらお金はかかる。それなのに文無し、家なき子である。

 

「お代に関してはご心配なく。異世界からのお客様には、そちらの世界のお話をお代としていただいております」

 

慌てだした自分たちが面白かったのか、くすくすと笑う代理人は席に備え付けられたメニューを手に取って見せてくれた。

どうやら文字は元の世界と同じのようで、わかりやすい説明があるメニューはどれも美味しそうでつい目移りしてしまう。

だがそれだけでなく、驚いたのはこのほとんどが合成品ではなく天然物の材料を使ったものだということだ。

ペイラン島事件も核戦争も起きていないなら、当然の土地の汚染もなくて農地も無事だ。なら流通も戦前と変わらないのだろう。

ここではお金さえあればだれでも天然の食品を手に取れ、しかも汚染を気にしなくていいのだ。

 

「本当に良いのか?随分と豪華だ…あまり面白くない話ばかりだと思うが」

 

「かまいません、それにそこまで悩まずともいいと思いますよ?これまでこられた方々も無事に帰られていましたから」

 

自分たちが悩んでいることに見当がついていたのか代理人は語る。個人差はあれど、こういった来訪者は必ず元の世界に変えれるようになっているらしい。

中には何度もなんとなくでやってくる連中もいるというのだからすごい話だ。

 

「そういうもんなのか?」

 

「そういうものです、これまでそうでなかったのは…まぁありますが」

 

「怖いこと言わんでくれ」

 

「ふふふ、すみません。大丈夫ですよ、あなたたちの様子だとその例には当てはまらなそうですし」

 

そうは言うが本人もわかっていないのにどう安心しろというのだろう?奏太は胡乱な瞳を代理人に向ける。

 

「…こう考えようよダーリン、悩んだって変わらない」

 

「そりゃまぁ…そうだがな」

 

「いざとなったらいつもの通りにやればいいでしょ」

 

言われてみればそうなのかもしれないが…奏太はぐぬぬと言葉にできず言いよどむ。だが美奈の言う通り考えても仕方ないと割り切り、メニューを見て目に留まったものを頼むことにした。

 

「…ホットコーヒー、みんなは?」

 

「同じでいいんじゃない?天然コーヒーなんて久しぶりだし」

 

市代の言う通り天然のコーヒーを飲むのは久しぶりだ。変にいろいろなメニューを考えると決め辛そうだしいいかもしれない。

奏太が3人にそれでいいか問いかけると、それぞれ頷いて賛成の意を示した。

 

「ではホットコーヒー5つですね、少々お待ちください」

 

「あ、待ってくれ代理人」

 

「はい」

 

「これを受け取ってくれ、お代変わりだ」

 

やはりタダというのは悪い、奏太はポーチの中からZe放射能除染剤の小瓶をカウンターに戻りかけていた代理人に二つ投げ渡した。

代理人はそれをまじまじと見つめて首を傾げる、いきなり見慣れない薬のようなものを渡されたらそうもなるだろう。

 

「これは?」

 

「放射能除染剤だ、もし放射線や放射能を浴びすぎたら使うといい。大丈夫だ、人形にも人間にも効く」

 

「そんな薬を…高価なモノでしょう?受け取れませんわ」

 

「いいんだよ、自己満足みたいなもんだ。やっぱりタダでってのは気が引けてな…」

 

「そうですか。わかりました、お代として頂戴いたします」

 

「悪い、我儘言っちまって。一日一本だ、それ以上はトイレが近くなるから気を付けてくれ」

 

不思議なもんだ、どういうわけか話しやすい。奏太はキッチンに入っていく代理人の後姿を見ながら一息つきつつ思った。

今まで敵のエージェントとは何度か戦ってきたが、会話はどうしてもとげとげしい物ばかりだったからそう感じてしまうのだろうか。

 

「ダーリン?何代理人さんのこと見つめちゃってるの?惚れちゃった?」

 

「馬鹿言え、俺はお前ら一筋だよ」

 

「…ハーレムって一筋っていうんでしょうか?」

 

9A91の小さなつぶやきが奏太は胸に大きなとげが刺さった気がした。やめてくれ、それは俺に効く。仕方ないじゃないか、責任は取らなきゃならないだろ?

あぁでも確かに4人とか考えてみたら色々と可笑しいというかでも慣れちゃったというかもうこいつらじゃなかやだめだしでもたしかに…

 

「それにしても驚いたのぅ、まさかこんなことになるとは。あの遺跡以来か?」

 

「テレポートとかはわかるけど異世界に飛ぶとか考えもしなかったよ」

 

「いや、慣れてるってのもどうなのよ?というか旦那さん大丈夫?目が死んだけど?」

 

隣の席に移ってきて話を聞いていたUMP45が琥珀と市代に突っ込む。彼女はこの街に展開しているこの世界のグリフィンに所属しているらしい。

この街は向こうでいえばS09地区あたりになるらしく、地区の名前も同じだそうだ。不思議な偶然があるものだ、それともS09とは特異点か何かか?

周りの席にも興味津々といった様子で、偶然店にいた客たちがそれとなく席を変えて集まってきている。

 

「いつもの事じゃ。ま、すぐ戻るわ。話を戻すが遺跡やアノマリーは理不尽の塊みたいなもんじゃからのぅ、慣れるんじゃよ」

 

「危ないけどその分リターンありますからね、扱いに困って封印してたりしますけど」

 

「へぇ、どんなのを見つけたの?」

 

UMP45の問いに、サラが少し考えてから冗談めかして答えた。

 

「変なアーティファクトとかもそうですが宇宙船が一番困ってますかね、買い手がつかないんです」

 

「ははは!そりゃ扱いにも困るわ。でもそんなことして良いの?そういうのは国が管理してると思うけど」

 

「国が管理してるのなんて数える程度ですよ、戦争で衰退してるし新しく出てきたのもありますから」

 

「それに私たちが潜るのは大体新しいヤツだし、国の依頼で行くこともあるからね。その過程で手に入れてるから合法よ?」

 

サラの話に市代が付け加えたが、なお合法とはいえ勝手に国が管理していない遺跡に潜って持ってくることもあるのでグレーも多数ある。

国が管理していない場所は無法地帯なので罪に問われないのだが、難癖をつけてくることはあるので困ったものだ。

 

「それで重装備なんですね、そんなにそっちの世界ってひどいんですか?」

 

席の脇に置いたバックパックやガスマスクなどの装備品を興味深げに見ていたスオミの問いに美奈が頷く。

 

「うん、今回は別の仕事だけどね。さっきまでいたところだってELIDうようよしてたし、外気も汚染されてるから人形だって装備がなきゃ長く持たないよ」

 

「どんな地獄ですかそれ…」

 

「それ程でもないよ、場所にもよるけど人類生存可能圏外なんて大体そんなもんだし。スマッシャーだって気を付けてればそんなに怖くないしね」

 

それから奏太たちはUMP45やスオミ達からされる質問に答え、思い出話を語り始めた。

自分たちの世界で起きたこと、核戦争の後に起きた災厄、自分たちが今まで回ってきた世界の事、面白いことから悲しいことも。

AK-12や9A91は、こちらの世界のモスクワの事を聞くと目を丸くして驚き、そして悲しんでいた。

モスクワは核攻撃で崩壊、メトロに逃げて生き延びた人々は各所の地下鉄駅に街を作り、汚染された地上から物資を集め互いに交易したりして何とか食いつないでいる。

今は外部との交易もできるようになり生活水準は徐々に良くなってきているが、最初に訪れたときは派閥同士の内戦が起きていて危険な状況だった。

 

「コーラップスの拡散による生存可能圏縮小と経済打撃、それに伴う国家摩擦と第3次世界大戦…ゾッとするわね」

 

「核戦争なら奏太が詳しいですよ、経験者ですし」

 

「軍に入ってたわけじゃないがな、それにあくまで個人的主観だ。聞きたいか?なんていえばいいかな…この世界でも核はあるよな?」

 

「えぇ、もちろんね。ミサイルもあるし、原潜もある」

 

「それ全部ぶっ放した後に化学兵器も使いまくり、四方八方で互いの都市を民間人もろとも爆撃してた。かつての大都市はほぼ灰塵同然、軍も派手にやって派手に死んでいった。

当然その間に化け物どもは増える、四方八方化け物だらけになっても人間同士で戦争を6年も続けていたよ」

 

モスクワ、ワシントン、北京、ロンドン、シカゴ、ベルリン、札幌、奏太は旅行雑誌に紹介されていた世界の大都市を次々指差してすべてが攻撃されたと答えた。

ペイラン島事件で汚染を免れた国も都市も人間が自ら破壊して、汚染し尽くしてしまった。

 

「国は何も思わなかったんですか!?すごい滅茶苦茶なんですが!?」

 

「引っ込みつかなくなってたんだ、派手にやらかしたせいで汚染されてない無事な土地そのものが少なくなっててそれの取り合いさ。それも一応終わったんだがこれがまた笑える話でね。理由は何だと思う?」

 

顛末を思い出して呆れた顔をした奏太の突然の問いかけに9A91とAK-12は顔を見合わせる。

 

「そうね…互いに折り合いがついたから、それか白黒着いたから相手が降伏したのかしら?」

 

「戦争をやってる場合じゃないと気づいたから、ですか?」

 

「AK-12、外れ。9A91、当たらずとも遠からず。これ以上やると人類が滅亡するから、だと」

 

これは軍の高官とのつながりがあった両親のツテで知った話だ、当時は正直に言って呆れてものが言えなかった。

これ以上やったら両方死ぬからからやめただけで、今までのことを反省したとか考えを改めたとかいう話では全くない。

やりたいけどやれない、やっても損する、それだけでやめたのだ。だったらやるなよ、その時は呆れに呆れてそれしか思わなかったものだ。

当然ながら無理やりやめたも同然だったために軋轢と火種ばかりで、すぐに再燃して共倒れになった国も多くあった。

どこの国も国内状況は最悪の一言で一寸先は闇だ。家は破壊され、服は汚れ、食料も乏しく、しかも空からは汚染された雨が降り空気もダメなところがあった。

特に医療と食料状況は最悪どころの話ではなく、備蓄が尽きればにっちもさっちもいかなくなるところが大多数だ。

食料の生産可能な土地も多く汚染され少なくなっていたので再生産しても生き残りすべてを食わせる量ができず、医療はコーラップス感染などの不治の病が蔓延しているのだ。

誰もが生きるために必死になり、見境がなくなり、互いに奪い合うか外に求めて行くのは自明の理であった。それを止める力もないのが多数だった。

生き残った国家同士は条約や協定を結んではいたがそれも当時は疑心暗鬼もありほぼ紙くずも同然、互いに難民を押し付けあうそのさなかで一発の流れ弾で再燃して崩壊するなんてこともあった。

その煽りを食らったのは当然ながら民間人で、難民が恐ろしい数になって医療も何もかもが足りず片っ端から死ぬか化け物になっていくのだから目も当てられない。

 

「ひどかったよ、国が棄民も同然に設置した難民キャンプで日に日にみんなゾンビみたいになっていくんだ。感染してない人でさえ見分けがつかないひどい顔でな」

 

それでも最終的に国は損切のようにいろいろ放り投げて今に至った。

 

「日に日にみんなおかしくなっていくんだ。戦争で人手がなくなって、居住地やキャンプがどんどんと化け物にやられて、悪いほうへ悪いほうへノンストップだ。

昨日の味方が今日の敵、なんて毎日だ。軍の戦争のせいでえらい目にあったことなんて一度や二度じゃねぇ」

 

「昨日の味方が今日の敵?戦争じゃないのに?…それつまり」

 

UMP45が何かを悟ったように表情を青ざめる。どうやら勘が鋭いらしい。

 

「その通りだよ、UMP45。同じ化け物になっちまう奴も大勢いた、なりたくないって叫ぶ奴も大勢いた。それに一線を越えちまう連中も…とめどなく溢れかえってた」

 

化け物に変異してしまう人間も、同じ人間を襲うほうになった人間も、なんどもなんども、

知り合いを介錯したことなんて一度や二度じゃない。世話になった人も、命の恩人も、親友でさえも、区別はなかった。

今でも悪夢にうなされる、延々と、昔の戦いを繰り返して同じ結末を迎え続ける。いつか自分も同じようになる、そう考えない日はない。

自分でケリをつけようと、何度銃口を自分に突き付けたかわからない。

 

「それでも国は戦争をやったと…」

 

「やったやった、派手にやった、そんで人類生存可能圏内でふんぞり返ってる、自分たちがやらかしておいて安全なところに引きこもってるよ。

現実逃避するみたい昔の街すら作って生活してる。今の国土でさえ満足に管理できてねぇからPMCに地方を委託してるのにな」

 

「狂ってる…」

 

スオミの言葉は的を射ているだろう。ある時軍の高官が言った言葉と同じだ、誰かも覚えていない軍人は言ったのだ。

 

「あぁ、みんな狂ってる、敵も、味方も」

 

話を聞いていた店内の空気がどんよりと暗くなる、一歩間違えればこの世界もそうなるかもしれないとでも考えてしまったのだろうか。

一人で話を黙って聞いていた男性客はすっかりおびえてガタガタ震えている始末だ。自分もその中の一般人Aになった光景でも考えてしまったのだろう。

 

「…ひどい話ですね」

 

沈黙を破って代理人の声が店内に響く。気が付けば、湯気の出ているコーヒーカップを4つ乗せたトレーを手にした代理人が戻ってきていた。

 

「言っただろ?面白くないって、それに私情もマシマシだ」

 

「いいえ、いい経験になりました。ホットコーヒーです、お待たせしました」

 

「ありがとう――――これは!?」

 

笹木一家の面々の前に置かれたコーヒーカップの中になみなみと注がれた純粋な黒い液体、コーヒーの色と香りに奏太は思わず言葉を失った。

こんなきれいなコーヒーは見たことがなかった、香りも豊潤で今まで嗅いできた天然物とはまるで違う新鮮味を感じる。

思わず口の中に唾液があふれ出るのを感じた、香りが鼻をくすぐるたびに脳内で飲みたいという食欲が唸りを上げコーヒーにしか目がいかなくなる。

 

「え!?何!?みんなどうしたの!?」

 

ええい外野がうるさい。落ち着け、あわてるな。まずは一口、そう一口だ。奏太は口の中であふれかえる唾液を呑み込み、震えそうな右手を何とか制御してコーヒーカップを手に取り口元にもっていく。

コーヒーの香りがより鮮烈に、より濃厚に感じられる。やはり違う、今まで飲んできた天然物が霞む。

一口、ゆっくりとカップに口をつけて口の中にコーヒーを含む。普段はミルクと砂糖を入れてから飲むコーヒーだが、今はそれがとてももったいなく思えた。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

喫茶鉄血で飲んだコーヒーは絶品だった、それこそ生まれてこの方飲んだことのない美味さのコーヒーだった。

芳醇な香りに豊かな風味、酸味と甘みが混在した複雑だがまったく嫌ではない苦みが口の中いっぱいに広がってまるで飲む宝石のようだった。

あまりのおいしさに全員で無言になり、最初の一杯を全くの無言で飲み干したときには居合わせた全員から心配される始末。

その際、あまりのおいしさにすっかり夢中になってしまったことを告げると笑い話になり、そのあとは面白い話で花を咲かせた。

つかの間の楽しい時間がまるで一瞬だった、結局もう一杯お代わりしてから思い出話に花を咲かせ、途中で見たこともないハイエンド人形がやってきたりと楽しいひと時だった。

長居するのも良くないと思い、お土産までもらって店を出たらそこはあの廃墟の街だったのには面食らった。

元の世界に帰るのには個人差があるというのは聞いていたが、なるべく刺激しないように装備はしてもガスマスクはせずに店を出たものだから危うく窒息死しかけた。

 

「指揮官?」

 

「ん?何?」

 

「いえ、難しい顔してたので…不味かったでしょうか?」

 

ステンは不安そうに奏太のコーヒーカップを見やる、それを見て奏太は内心で自分を罵った。比べてんじゃねぇよバカ野郎、あっちとこっちじゃ比較するほうが可笑しいんだ。

ペイラン島事件もWW3もないゾンビも化け物もいない平和なあの世界はきっとこっちと比較してはいけない。

考えてみればこの世界の天然物とは戦争を生き残った幸運な株を何とか無事な土地で何とか増やして苦心して育てあげたものだ、あちらの様に良い空気でいい土壌を選んで育ててきたものとは土台から違うのだ。

 

「悪い、前に飲んだ天然物が不意に浮かんじまった。似てたんだ」

 

「あ、指揮官ひどーい。天然物と比べちゃダメでしょ」

 

「悪い悪い」

 

FNCの言う通り悪いことをした、あの代理人が入れてくれた喫茶鉄血のコーヒーとステンのコーヒーを比べるなんてしてはいけないことなのだ。

材料も年季も何もかも違ういわば別物なのだからどちらに対しても失礼だ。やっぱり疲れてんのかね、奏太は最後の一口を飲み干したカップの底を見つめながら苦笑して思い直す。

そういえば比べるも何も今のステンが入れてくれたブラックコーヒーを飲んだことがなかった、合成品には癖でミルクと砂糖を入れてしまっていたからだ。

 

「ステン、もう一杯もらえるか?今度はブラックで」

 

「ブラック?指揮官珍しいね」

 

「たまにはそういう日もあるさ」

 

ステンにお代わりを頼むとFNCが意外そうな顔をする。そうだ、こんな日もある。ただそれだけだ。

あり得たかもしれない世界に思いを馳せるのも、きっと今も平穏に営んでいる喫茶鉄血を思い浮かべるのも。

何度も対峙したこちらのエージェントとは比べ物にならないほど穏やかで優しい笑みをした代理人、そんな彼女のダミーであり妹のようなD。

店員として働いていたお馴染みの人形達や、偶然たむろしていた常連客達、唐突に始まった穏やかな休息だったがいい経験だった。

 

「あぁ…やっぱりまずいな!」

 

「そういうんだったら外の代用コーヒー買ってきてください!」

 

「すぐ飲んじまうだろうが」

 

「もっとです!」

 

「もっともっと!!」

 

「お酒も欲しいわね!」

 

はいはいまた今度な、ニコニコ笑ってねだるステン達に笑いながら奏太は首を振る。そうしながら喫茶鉄血の事をもう一度思い出した。

でもまた行きたいな。今度はこいつらも一緒で、対価になるものを持って堂々と注文できるちゃんとしたお客として。

奏太は自分が入れるよりもずっとおいしくてまずい合成コーヒーをすすりながらそう願った。

 

 

 




あとがき
どうも、遅筆大根です。今回は喫茶鉄血とのコラボでほのぼの…できたかなこれ。
なんというか、こいつら喫茶鉄血に入る道筋がいきなりぶち込む以外考えつかなかったです。
店内コントでやってるように金がないとかいろいろ気づくとどんどん遠くなるんすよこいつら、周りが変だとか感づいたら絶対入らない。
しかも思考回路がドルフロというよりメトロとかFALLOUTの住人寄りなので語らせるととにかく悲惨というね。
うちの場合、モスクワがメトロだったりと原作よりもひどい設定になってるので喫茶鉄血とその世界がまぶしくてしょうがないっす。
ちなみに人選は単純に印象に残ってたキャラと気まぐれです、モブがいたのはなんとなく。





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第27話・NightConcert


気が付けば一か月、遅くなって申し訳ありません、提督業が忙しくなってたしイベントも重なってたのでそっちに集中してました。
リアルの方もまた変なことになってるし、この先も予定立てづらいので書く時間どころか気力も削られる。コロナも異常気象も大っ嫌いだ!




 

雨足が強くなってきたのを彼は書類仕事に追われながら感じていた。医師である彼は、担当患者たちの経過リストをまとめながら、終わらない書類の山に忌々しく思いつつもこの雨には感謝していた。

何しろ自分の席があるオフィスは3階で日当たりがいいし、窓際にあって病院正面玄関のロータリーを見下ろす景色も最高なのだが悪い点もある。

マンハッタン総合病院はこの街で有数の総合病院だが大きくて金がある分色々な層の恨みを買っている、そのせいで抗議団体が来る日も多いからだ。

抗議団体は最悪だ、所かまわず大声を上げるし窓にごみを投げて汚してくる。おまけに口から出る騒音は差別や偏見にまみれたモノばかりで反吐が出る。

自分が担当している患者たち、コーラップスによる低放射線感染症患者を指差して化け物呼ばわりし街から追い出そうとするふざけた連中もいるだからだ。

こいつらは患者だけでなく担当医師にまで手を伸ばして罵倒してくる、ひどいときは患者を殺して楽にしてやれと諭そうとしてくる連中もいる。

命を救う意思に向けて平然と殺しを指示し、それが正義だと人類の務めだとうそぶくカルト集団にはもううんざりしていた。

 

(いい雨だ、ほどほどに振るだけにしてくれよ)

 

そんな連中も雨の日は家から出てこない、この時代の雨の恐ろしさを良く知っているし何より忌避する感染症にかかって自分も差別の対象になるのを恐れるからだ。

医者の目からすればこの程度の雨は特に問題ない、帰宅までこのまま降り続いてくれるなら大助かりだ。自分は自家用車で通勤しているから、マンションと病院を行き来するだけなら雨に濡れる心配がないのだ。

 

「おっと、切れちまった」

 

コーヒーを飲もうとするとカップが空だった。まだまだ仕事はある、彼は小さく息を吐いてから廊下にある自販機に向かった。

自販機は近くの休憩スペースにあり、そこも街の風景が良く見える。コーヒーメーカー型の自販機にマグカップを設置し、小銭を入れていつものを選択して仕上がりを待っていると不意に頭上の蛍光灯が点滅した。

切れかかっているのかと考えたが、見上げた途端蛍光灯の光が消える。廊下の電気とコーヒーメーカーの電気も消えている、停電だ。

すぐさま非常用自家発電機が稼働して院内に電気を供給し始め、廊下や休憩室の非常灯が点灯して最低限の明るさを確保する。

残念ながらコーヒーメーカーは動かない、何があったのかはわからないが最後の一杯だ。

 

「ついてるぜ」

 

アツアツだが仕方がない、この先忙しくなるのを予想した彼はひと思いにコーヒーを呑み込む。その時、遠くのほうから爆発音が響いてきたのが聞こえた。

何回も街のどこかで爆音が響き、街の光がそのたびに消えていく。見える街の光がすべて消えるのには数分もかからなかった。

外はほとんど真っ暗で、いくつか見える窓の光はおそらく自家発電機か非常用のバッテリーを持っていた部屋や企業のものだ。

 

「なんだ?」

 

声が聞こえる、ここだけじゃない、病院中で、街中で、いたるところから。笑い声が、うめき声が、鳴き声が、叫び声だ。

爆発音が響く、銃声が轟いてくる、何かを引き裂く音、租借する音が耳に残る。訳が分からない、まるで考えがまとまらずに呆然としていると唐突に後ろから肩を引っ張られた。

 

「おい、何やってる!先生、早く逃げろ!!」

 

後ろにいたのは顔見知りの太った警備員だった、右手には.38口径のリボルバーを握っておりぶるぶると震えていた。

 

「なんだそれ、どうしたんだ?」

 

「はぁ!?何言ってんだ、早く逃げないと死んじまうぞ!」

 

警備員は半ば叫びながら震える手でリボルバーの弾倉を横に振り出し、空薬莢を振り落とすと新しい弾薬を込めていく。

その様子がとても現実離れしていて思わず目を疑った、常日頃から役に立たないと警備員自身もぼやいていたそれを使ったということだ。

旧式の軍用兵器を振り回すPMCが台頭してからは警備員の腰の飾りとして使いまわされてきた形式も忘れられた.38口径リボルバーは、彼の震える手で一発一発弾を再装填されて再び弾倉を戻された。

 

「撃ったのか?いったい何に?」

 

「E.L.I.Dだ!!もう中に入ってきてる、くそ!なんでこんなところに、くそ!!」

 

「え、そんな、鉄血じゃないのか?」

 

「ちげぇよ!あいつらがイカした格好の姉ちゃんに見えんのか!!逃げるぞ、先生!!」

 

警備員は彼を無理矢理引っ張って廊下に連れ出す。そこには紫色の太った人型の何かがいた。

人間を限界まで太らせて足首まで腹の肉が垂れ下がり、両腕が長く先太りした化け物だった。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

窓の外の気配を感じ取って奏太は目を覚ました、何かがゆっくりと近づいてくる特有の気配が司令部の窓の外にじりじりと近づいてきている。

気配は一つ、ピンポイントで制圧するつもりなのかそれしか感じない。それかもうすでにことが終わっているのかもしれない、自分が気づかない間抜けとは思わないが上には上がいる。

基地の警備は出し抜かれたか、もしくはグルだったのだろう。奏太は仮眠をとっていた椅子に座ったまま、静かに腰のホルスターに手をかける。

司令部には寝袋を持ち込んだり同じように椅子にもたれて眠るM2HBとM3グリースガンが寝息を立てていたが、起こせば敵に気付かれるだろう。

愉快な目覚ましになるが仕方ない、奏太は寝返りをするふりをして窓の外に体を向けた。窓の外はまだ弱い雨が降っている、その中を何かが歩いている音がする。

ゆっくりと、気配を押し殺しながら、狙いを定めた獣の足取りだ。単独の動きではない、迷いがなく意識も集中しているようだ。下手に騒げば周りにいるかもしれない仲間に気付かれる。

ゆっくりとホルスターからM29マグナムリボルバーを抜き、次いでサプレッサーをポーチから取り出して静かに銃口にねじ込み固定する。

モスクワメトロの技術で改良されたこのリボルバーはナガンM1895リボルバーの機構をアップグレードして取り入れており、サプレッサーを使って音を抑えられる。

厄介なことになった、そう思いながら窓の外から覗いてきたピンク色の肌をした化け物の顔に向けて素早く銃口を向けた。

 

「おはよう、クソ野郎」

 

M29マグナムリボルバーはいつも通り.44口径マグナム弾を撃ち出して、空気の抜けるようなガスッという銃声と同時に化け物の額に大穴を開けて後頭部を弾き飛ばした。

化け物は撃ち抜かれた衝撃でよろけながら崩れ落ち、不快な悲鳴をわずかに上げる。奏太はM29マグナムリボルバーを構えながら窓を即座に開いて、地面に倒れて悶える裸の鶏と人間を混ぜ合わせたような醜い化け物に銃口を向けた。

ストレンジャー、ネオミトコンドリアに感染した人間が変異しやすい形態の一つだ。

その中でもレッサーと呼ばれるタイプだろう、身も元まで割けた口、元人間だとわかる異形な姿は見ていて気持ちのいい姿ではない。

 

「何!?何事」

 

「静かに。敵襲だ、全員たたき起こせ。もう基地の中に入ってきてる、見つけたら撃ち殺せ!!」

 

「奇襲?警備は何してたんですか!?」

 

悶えるストレンジャーに追い打ちをかけて止めを刺すと、銃声で飛び起きたM3と目が合った。

室内に響いた銃声で椅子から飛び起きたM3は、壁際の銃器置き場に置いていたM3短機関銃を手に取って初弾を装填しながら愚痴る。

 

「欺かれたかもな、ここの連中に向こうの警備みたいな目利きはいない。装備をくれ」

 

M3から愛用のガリルAR突撃銃とCIRASボディアーマーが投げ渡される、予備弾薬や装備を入れたままのポーチやポケットを確かめながら即座に着こむ。

そのころには基地内のそこかしこで銃声と爆発音、そして悲鳴が聞こえ始めていた。襲撃は基地全体に向けて行われているようだ。

サプレッサーをつけて敵の注意をひかないようにしたのは無意味だったらしい、どこに潜んでいたのか基地中から悲鳴や銃声がどんどんと響き渡っている。

 

「まさか向こうからくるなんてね、随分とアグレッシブじゃないの」

 

「向こうから顔を出してくれるなら好都合だ、探す手間が省ける」

 

「逆に追い詰めるチャンスってわけね、上等!」

 

「準備しろ、援護してくれ」

 

M2はふんすと鼻を鳴らし、銃器置き場に置いていた鋼鉄製の武器トランクを開いて中からアブザッツ重機関散弾銃を引っ張り出した。

手慣れた手つきの彼女はアブザッツ重機関散弾銃に40連発ベルトリンクを収めた大型箱型マガジンを取り付け、弾帯を装填してコッキングする。

それからM3と互いに頷きあってから、M2は窓に、M3は廊下側のドアに陣取って武器を構えた。

 

(俺をピンポイントで狙ってきた、その上で全体を襲撃か。ほかの隊長クラスも同じようにやられたとしたら…随分と手回しがいいじゃないか)

 

奏太は指揮所の無線機に電源を入れ直し、チャンネルをセットして部隊の周波数に合わせた。

それと並行しつつ偵察用ドローンの小型コンテナを開いてセットアップを開始する。

 

「奏太から各位、現在地と状況を知らせろ。ヘリポート、報告を」

 

≪こちらミルヤ、やられました。メイド隊に負傷者は無しですがヘリをすべて失いました、申し訳ありません≫

 

ミルヤ達事務方メイド隊が担当していたのはU01基地の飛行場に駐機されているU05基地のCH-47Eの警備と整備だ。

駐機していたのは物資と増援を運んできたCH-47Eが2機、そのどちらも失ったようだ。

 

「やられたか、U01のもか?」

 

≪はい、見たこともない化け物にすべて齧られました。退治しようにも数が数で…今もむしゃむしゃやられてます。

向こうの整備員にも多数被害が出てしまい、今は生存者を集めて4番ハンガーに立てこもっています。

幸いそれ以外に大きな損害はありません。欠員無し、武器装備もです。内部の安全は確保したのでしばらくは立てこもれます。

4番ハンガー内のヘリもコックピットをやられましたがそれ以外は無事なので修理可能かと≫

 

「機種は?」

 

≪ブラックホークが一機≫

 

「了解、修理しろ。しばらく持ちこたえてくれ。無理ならばすぐにこちらに逃げてこい。監視所、報告を」

 

≪こちらSuperSASS、現在基地上層部の監視所にて狙撃支援を実施中。損害なし、U01も同様ですが混乱あり。

正面の警備隊に損害多数、現在正面ゲートにて籠城中の警備隊を援護してます。

見た限り街の大部分が停電、爆発音が多数聞こえました。おそらく電気系統がやられたものかと。基地外周も大混乱、そこら中からNMCが這い出てきてますよ。

正門ゲートの閉鎖が間に合いましたが長く持ちそうにありません。何人か回してくれると助かります、正面ゲートにいるのは人間の警備員と軽装備の人形だけで負傷者も多い。時期に突破されて外にあふれ出るでしょう。

基地内でも複数の爆発音と衝撃を感じましたが詳細は不明、内部まで敵は浸透しているようでこちらから中を探るのは危険と判断しました。

館内からの攻撃は退けてますが攻勢が続くようでは長くはもたないでしょう、救援あるいは撤退許可を≫

 

「了解、救援を回す。それまで援護して持たせてくれ。駐車場、報告を」

 

≪こちらFNC、人員及び車両に損害なし。でもU01のほうは派手にやられてる、外に馬みたいなのがバタバタしてて応戦に手間取ってる。

こっちにも何体か来たから殺したけど…こいつらすっごくキモいよ、指揮官の言ってた人面馬ってこいつらの事?≫

 

基地の駐車場で車の番をしていたのはFNC、ステンとIDWが一緒にいるはずだ。

 

「チェイサーか。その通り、くそったれの人面馬どもだ、向こうで新車をぶっ壊された恨みは忘れてねぇ。群れは統率されているように見えるか?」

 

≪見えない、群れてはいるけど好き勝手に駆け回ってる感じ。確認できたのは12体、シルバーバックのボスはいないっぽい≫

 

「即席の群れだな、ならお前たちでも十分だ。奴らは近接しか能がない、頭から突っ込んできたら避けるかカウンターを叩き込んでやれ」

 

≪もうやってる!ステン、IDW、いくよ!!これから生き残りと一緒に指揮所に行くから!!≫

 

「頼む。武器弾薬保管庫、そっちは?」

 

≪こちらスコーピオン、芋虫のでっかいヤツに群がられちゃってたけど何とか無事。武器弾薬の方も大丈夫、いくつか齧られちゃってる箱はあるけど中身は確認した。

こいつら一体何なの?死んだら一気に溶けたんだけど…うわ、なんかまたきたよ!!≫

 

無線の向こうで銃声が響き、耳障りな鳴き声と何かがはじけて散らばる音が混じる。

 

「虫型?気をつけろ、そいつらがいるってことは二次被害が起きてるかもしれん。感染するかもしれないぞ」

 

≪まじで!?了解、気を付ける。武器弾薬は移動させる、予定通りでいい?≫

 

「頼む、防衛線を構築しなおす。仮眠室、そっちは?」

 

≪こちらMG34、損害なし。敵影見られず、現在部隊を再編し周辺の安全確保済み。いつでも出撃できます≫

 

だろうな、出なければこんなに静かなはずがない。敵は完全にこの場所を把握している。ピンポイントで臨時指揮所を狙い、彼女たちに指示を与える前に仕留めるつもりだったのだろう。

人間の指示を受けない人形部隊は練度にもよるが脅威度は低くなる、まずは頭を処理してからいただこうという作戦だろう。

 

「了解、プランAで防衛線を構築。武器弾薬をスコーピオンたちから受け取って万全にしてから基地内外周掃討の準備に移れ。

34、救出部隊を編成できるか?駐機場でミルヤ達が孤立してる、負傷者が多く移動できない」

 

≪可能です。FNC達が戻ってきたら車両の使用許可を願います≫

 

「頼む、油断するなよ。次は…SPARか」

 

夜に臨時指揮所を離れていた部隊の記録を探り、最後に記載されていた部隊とメンバーと無線を確認してから交信を試みる。

 

「SPAR小隊、M16A1、現在地と戦況を報告せよ」

 

≪こちらM16、SPAR小隊に損害なし。現在地は屋内射撃訓練場、U01対テロ部隊とともに応戦中!≫

 

「了解M16、敵の種類と数は?」

 

≪敵は紫のデブ、ハンプティダンプティだ!肉が分厚い糞野郎がうじゃうじゃいるぜ、いつからここはスモウレスリングの会場になったんだ?≫

 

奏太の脳裏に紫色の肌をした胴長で超短足な肥満体人型NMCがみっちり廊下に列をなしているのが脳裏に過った。

見た目のインパクトもさることながら接近戦でハンプティダンプティとの戦闘はやや不利だ。

このNMCは見た目通りの分厚い脂肪とその裏の強靭な筋肉、伸縮性のある両腕を武器にした重装甲型パワーファイターだ。

動きは鈍いがその分パワーと耐久性に秀でており、防弾チョッキを着ていてもその上から人間や人形の体を押しつぶしぐちゃぐちゃにしてしまう。

肉体のほとんどを脂肪と筋肉で覆っているため、弱点の頭以外では小口径の拳銃弾くらいは脂肪と筋肉に阻まれてしまう上に武器とする両腕は遅い脚とは裏腹に機敏に動く上に伸縮性がありリーチが長い。

室内戦が得意なHG型戦術人形やSMG型戦術人形では対処法がわかっていないと逆に殺されかねない相手だろう。

 

「了解、援護と補給はいるか?」

 

≪大丈夫だ、武器弾薬はたっぷりあるしみんなもいる。ショーティたちにはスラッグをたっぷり持たせてあるよ、ちょいとビビってるが何とかなる≫

 

無線機の向こうでスーパーショーティたちから不満そうな声が上がり、それをM4A1とAR-15が窘める。

 

「よし、基地内部の敵を掃討しつつSASS達の救援へ迎え。監視所で缶詰になってる、急ぎで頼む」

 

≪了解!≫

 

通信で基地内に散らばっていた仲間たちから情報を聞きながら奏太は奇妙に感じた、攻撃があまりにも広範囲に行われすぎている。

自分たちの基地の本棟内部だけではなく、飛行場、駐車場、正面ゲートに至るまでそこかしこで戦闘が始まっている状態だ。

たとえ奇襲に成功したとしても、こうもいきなり全体に攻撃を行うなんてことはできないはずだ。

監視の目を掻い潜り基地内部に部隊を配置できる知恵者がいるとしても、生半可な数ではこの配置の仕方はただの戦力の分散にしかならない。

なのにまるで、それこそ降ってわいたかのようにNMC達は基地内部に現れて暴れまわっているのだ。

 

(攻撃にしちゃお粗末だ、ここまで深く入り込めるならもっとうまくやれるはず。なのにこの大騒ぎ、どういうつもりだ?)

 

何か引っかかる、知恵のある化け物との戦いは何度も経験してきたがこの攻撃は矛盾を感じてならない。

本気でここを制圧するつもりの奇襲攻撃のつもりなのだろうか、外の騒ぎはそれを街に悟らせないための陽動か。

それとも基地内部で騒乱を起こしてくぎ付けにしておいて本命は街の方だろうか、だがそれならこの状態で外を知れる状況を作るはずがない。

SuperSASS達が展開している監視所は真っ先に攻撃されていてもいいはずだ、自分よりもずっと重要な目標になる。

そもそも、ここまで簡単に混乱するか?奇襲されるか?嫌な予感がする。

 

「こちらU05前線指揮官、笹木だ。トンプソン、聞こえるか?」

 

≪こちらU01司令部、なんだ?≫

 

「現状報告をと思ってな、現在こちらは基地内に侵入したNMC排除のために作戦行動に移る。その間、途中回収した装備と合流した彼女たちの力を借りてもいいか?こちらも戦力が足りない」

 

≪それで早く鎮圧できるなら構わない、使ってくれ。基地内はひどい混乱状態だ、どこもかしくも化け物がうようよしてる、どこから入ったのかも突き止めてほしい。

私は指揮官から新しい指令を受けた、そのためには基地を安全にしなきゃならないんだ。今わかってるだけの部隊と人形たちの位置を送る、助けてやってくれ≫

 

よし、言質は取った。これで確保したヘリを使う言い訳ができる、あとで怒られるかもしれないが存分に乗り回させるとしよう。

奏太は相変わらず仕事はしてくれる上に満足しながら思考をやめない。他にも回収した兵器を自由に使えるというお墨付きも得た、これで仲間たちは存分に暴れられる。

手持ちの武器だけで相手をするのは可能だが、やはりやりたいようにできなければこの部隊の実力は出せないのだ。

 

「了解、化け物相手は任せろ。こちらもわかったことがあれば連絡する、暴れるから巻き込まれんでくれよ?」

 

≪司令部を吹き飛ばさなければいいんだよ、通信終了≫

 

所詮は寄せ集めの行き当たりばったりの部隊だ、それらしく規律なんてあったモノじゃない戦い方をさせてもらおう

 

「これでよし、M2、M3、仕事だ。救出部隊に同行してミルヤのところに行け、ブラックホークで火力支援と偵察だ」

 

「それはいいけど、指揮官は?」

 

「34達と合流して直接指揮を執る、少し調べたいこともできたしな」

 

「いつも通りに前線ね、それはいいけど誰か一人くらいそばに付けときなさいよ?彼女たち居ないんだし、何なら一緒に空から探らない?」

 

「問題ない、無理はしないよ。今わかる限りの相手なら慣れりゃここの連中にだって狩れる」

 

「指揮官が怪我でもしたら私たちが殺されちゃうんですよ、できればここで指揮取っててくれると助かるんですが?」

 

「そういうのは性に合わないの知ってるだろ、M3?」

 

「ですよねー…市代さんたちが怒りますよ?」

 

それは困るな、もし彼女たちが帰って来た時に病院のベッドにでもいようもの彼女たちはとても怒るし大泣きしてしまう。

家族を悲しませるのはどうしようもないとき以外は避けたい、彼女たちを苦しませてしまって自分も悲しくなる。

それでもやらないわけにはいかないのが自分の仕事だ、付きものなのだから諦めるしかないだろう。

 

「その時は謝るよ。気合い入れていけ、今は稼ぎ時だぞ?」

 

なにしろNMCのサンプルはどこも高く買い取ってもらえる、そういうとM2HBとM3は呆れた顔で互いを見つめあっていた。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

基地の指揮を預かる副官のトンプソンは中央司令部で襲撃を受けて戦闘が勃発する基地とマンハッタンシティの姿を見上げながら歯噛みしていた。

 

≪こちらパトロール3号車!E.L.I.Dです、化け物が町中に!!応援を!≫

 

≪こいつらどこから入ってたの!?避難誘導を急いで!ART!!火力支援!!≫

 

≪こちらパトロール7、M9、だれか応答してほしいの!クライスラスビルで暴動が起きてるなの!!至急応援を送ってほしいの!!≫

 

≪バイキングより本部!第5ゲートで爆発、負傷者多数、救援要請!!≫

 

≪こちらゲート4!こちらも負傷者多数、ゲートが爆破された!通行不能!!≫

 

街は大混乱に陥っていた、街の電気系統への爆弾テロによる停電と街の内外を行き来するゲートに対する爆弾テロ、繁華街など数か所で立て続けに起きたミュータントの襲撃で人々は一気に混乱と混沌の渦に投げ込まれていた。

街の治安を守るパトロールは市民たちの渦の中で孤立し本来の連携を生かせず、人の波に紛れて襲撃してくる化け物たちへの応戦に苦慮している。

今日は街の避難用シェルターの完成セレモニーの準備が行なわれており、マクラファティ指揮官は基地を留守にしていたのも大きな痛手だった。

基地自体も攻撃の対象になっており、すでに化け物が基地内に侵入しているという報告も上がっている。基地内で待機していたU05部隊が侵入した化け物を狩り出し、基地の防衛を援護しているがまだ立ち直っていない。

基地内では部隊が散り散りになり、逃げ惑う非戦闘員の職員たちを守ろうと個々で反撃してじりじりと被害を増やしていた。

 

≪本部!こちら第2小隊AR70!第1宿舎にて応戦中!何なのこいつら!!こんなの見たことない!!≫

 

「防衛を続けろ、宿舎を盾に仕え」

 

≪こちら第6小隊MP5、厨房似て応戦中!!負傷者多数、移動できません!!増援を≫

 

「部隊を再編中だ、もうしばらく持たせてくれ!」

 

≪第5小隊WA2000、第1弾薬庫に敵発見!!速い!?ぐぇ――――≫

 

「WA2000の信号が消えた、オペレーター!すぐに回復させろ!!あいつがこんな簡単にやられるわけがない!」

 

≪こちら第2予備通信室!誰か助けてくれ!!化け物が外にいる、もう隠れていられない!!早く、早く!!≫

 

「落ち着け、もう少し待ってくれ、いま、今すぐに」

 

≪第2宿舎!第2宿舎から奴らが出てきてる!抑えられない!!≫

 

外の中も大混乱だ、これでは収拾がつかない。トンプソンは自分の能力の限界を感じ、電脳がオーバーヒートしかけているのを感じて思わずかぶりを振った。

夜間ということもあり人数が少なかった中央司令部はトンプソンを含めても6人のみ、当直のオペレーター3名と何とかたどり着けた幸運な二人の情報分析官しかおらず膨大な情報を処理しきれていなかった。

 

≪こちらMP40!セントラルパーク内にミュータントが出現!混乱がひどく現有戦力では収拾がつきません、至急応援を!!≫

 

「こちらトンプソン!民間人を誘導して避難させろ!応援は出せない!繰り返す、こちらも襲撃されてる!!」

 

≪応援を!このままじゃみんな――――アァァァ!!!?痛い痛い痛い!!!放して!イヤァァァ!!≫

 

「MP40?MP40!応答しろ!!」

 

「ダメです、信号をロスト」

 

「パトロール4、5との交信途絶!7、9号車はミュータントと交戦中!」

 

「マンハッタン総合病院から火災!し、死傷者多数!!」

 

「そ、ソーホーで新たなミュータントが出現!住宅街で暴れまわってます!!」

 

混乱は悪化の一途をたどっている、監視カメラや街中に放った偵察ドローンから送られてくる映像はどこも惨劇とパニックに染まり、襲撃地点などは火と血で真っ赤に染めあがっていた。

仲間たちの困惑した声、職員たちの悲鳴、断末魔、すべて頭の中で反響して思考を鈍らせる。どうすればいい、どういえばいい?指揮官たちはいつもどうしていた。

MP5達を助けるには?パトロール隊への指示は?WA2000は今どこに、予備通信室への救援の編成は?やらなければいけないことは分かっている、でもどうすればいいのかわからない。

 

(どうすればいい、どうすればいい、どうすれば――――)

 

≪こちらマクラファティ、トンプソン、状況を報告しろ。いったいどうなっている?≫

 

聞きなれた、今まさに必要としていた彼の声に混乱していた電脳が一気に冷めていくのを感じた。

モニターに映るUO1基地指揮官、ロバート・マクラファティのツルリと光る禿げ頭がこんなに頼もしいと思うことはない。

トンプソンは通信越しの慣れ親しんだ上司からの問いに、一瞬考えて情報を整理してから答えた。

 

「攻撃だ。変電所と送電設備がやられて街中が停電して、そこらじゅうから化け物どもがうようよ出てきて暴れまわってる、うちも今攻撃されてて防衛に手いっぱいだ。

すでにミュータントたちは基地内部に侵入、そこらじゅうで暴れまわっててどこから手を付けていいかわからない」

 

≪こちらも同じだ。化け物どものせいで近隣の住民が集まってシェルターがあふれかえりそうになってる。

シェルターのほうは私が指揮する、幸いセレモニー用の食料や物資はそのままだ。しばらくは籠城できるだろう、お前はシェルターがない地域を優先して事態の収拾にあたれ。

まずは基地の安全を確保し避難場所を確保、そののちに部隊を編成して救助及び鎮圧活動を行え。ほかは私が行う、できるな?≫

 

「了解」

 

≪よし、すぐに取り掛かれ。外部に出ていたパトロール隊の指揮は俺が受け持つぞ。避難経路を構築して市民たちを誘導する≫

 

「足りるのか?メンバーは…パトロールの連中は指揮官の馴染みばかりか、運がいい」

 

今日の夜間パトロールを担当する人形たちはマクラファティがまだ新人の時代から一緒に戦ってきたベテランが多く出ていた。

彼女たちはこの街の事を良く知るベテランたちであり、街の人々にも愛され信頼されている。まさにうってつけといえるだろう。

 

「了解、任せるぜ。基地は何とかする、通信終わり」

 

≪待ってくれ、トンプソン≫

 

無線を切る直前、マクラファティがその手を止める。まだ言い忘れたことがあったのだろうか?トンプソンは内容を反芻していると、なぜかマクラファティは少し迷っていた。

何か言いたいが、どういえばいいのかわからない、そんな表情だ。何を迷っているのかわからないが、トンプソンは大人しく待つ。

 

≪トンプソン、基地のみんなを頼んだぞ。基地がだめなら放棄も許可する≫

 

「おいおいらしくないな、この程度鉄血との戦いでも何度かあっただろ。切り抜けられるさ、この基地であんたの帰りを待ってるよ」

 

≪鉄血とならな。こいつらは違う、最悪の場合を想定してるだけだ≫

 

「…指揮官、それ以上はやめてくれ。」

 

≪覚悟はしておくべきだ、いざとなったら頼む、以上だ≫

 

「おい馬鹿なこと言うなよ。あんたはここに戻ってくるんだ、街だって元通りになる、そうだろう?」

 

≪…すまない、通信終わり≫

 

マクラファティの方から一方的に通信が切られる、トンプソンは通信終了で暗転したモニターから目を背けると俯いてこぶしを握り締めた。

 

「馬鹿野郎、人間が先に死ぬなんてこと言うんじゃねぇよ…」

 

「トンプソン、あの人も覚悟してるんだ。アレと戦う恐ろしさは彼だって知ってる。この街だって…わかってるだろ?」

 

それを見たオペレーターは少し迷いながら、彼女に向けていった。

 

「戦って死ねるならいいほうだ、下手したら―――」

 

「あいつもその仲間入りだ、わかってる、わかってんだよ、でも…殺せってのかよ、指揮官を」

 

たとえ変異して化け物になってしまっていてもトンプソンには彼を殺すなんてできるとは思えなかった、

理屈ではわかっている、化け物になった彼が無関係の人間を手に掛ける前に終わらせてやることは正しいことだ。

命令とあらばやるしかないのだろう、でもそれに自分が耐えきれるとは思えない。マクラファティは上司で、トンプソン自身も親愛と信頼を置いていた男なのだ。

 

「もしもの時は、だ。やるしかない。みんな怖いんだ、お前と一緒で怖いんだよ。忘れてたんだ…ゲホッゲホッ、悪い、咽た」

 

「こんなの訓練じゃなかった…」

 

「さっきは強がっただろ、それでいい。それしかできねぇんだ、だからせめて笑ってやれ、あとは任せろってよ」

 

オペレーターが再びせき込みながら笑う、彼もまたE.L.I.Dとの戦いを一度は経験したことがあるはずだ。

その彼のアドバイスは参考になる、トンプソンは沈みかけていた気持ちを叱咤して無理やりいつも通りの笑みを浮かべて頷いた。

 

≪こちらU05前線指揮官の笹木だ、トンプソン、聞こえるか?≫

 

「こちらU01司令部、なんだ?」

 

目の前の現実は待ってはくれない、マクラファティの通信が切れてから少しの間をおいてつながったのはこの基地に増援で展開していたU05基地の雇われ前線指揮官からだった。

 

≪現状報告をと思ってな、こちらは損害なしだ。これから部隊を再編して基地内に侵入したNMC排除のために作戦行動に移る。

その間、途中回収した装備と合流した彼女たちの力を借りてもいいか?こちらも戦力が足りない≫

 

「それで早く鎮圧できるなら構わない、使ってくれ。基地内はひどい混乱状態だ、どこもかしくも化け物がうようよしてる、どこから入ったのかも突き止めてほしい。

私は指揮官から新しい指令を受けた、そのためには基地を安全にしなきゃならないんだ。今わかってるだけの部隊と人形たちの位置を送る、助けてやってくれ」

 

≪了解、化け物相手は任せろ。こちらもわかったことがあれば連絡する、暴れるから巻き込まれんでくれよ?≫

 

「司令部を吹き飛ばさなきゃいいんだよ、通信終了」

 

笹木奏太からの通信が切れる、彼の動きと察しの良さにトンプソンは内心感心した。マクラファティがぼやくのを聞いていたが、実力は確かにある。

 

「通信を開け、全体にだ。U05部隊と合流することがあれば彼らの指揮下に入ることを許可すると通達しろ。

それから近くにいる部隊を戻せるだけ戻せ、こっちも攻めるぞ。化け物どもに好き勝手させるもんか」

 

「了解、でも大丈夫ですかね?」

 

基地内の通信を担当していた男性オペレーターのやや懐疑的な質問が飛ぶ。何も知らないオペレーターたちからすれば、U05の前線指揮官はよくわからない新設基地のよそ者だ。

今話している彼はまだこの基地では新人で、彼の事を良く知らないというのも大きいだろう。

加えてこの基地内ではあまりいい噂を聞かない雇われの部隊が前線をまとめており、その噂も妙に誇張された戦果やらよくない噂ばかりだ。

信用ならないといえば確かにそうだろうが、彼らの能力は確かなものだと何度も共闘したことのある部隊から話を聞いていたトンプソンは知っていた。

 

「彼らはプロだ、あたしらががむしゃらにやるよりかは効率がいいだろうよ」

 

 

 





あとがき
はい、というわけでマンハッタンシティでの戦いその2の始まりです。モチーフは原作でもあったとある襲撃イベント。
のんびり更新となりますが地道にやっていく所存です。



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第27話・NightConcert2

U01基地のおおまかな戦力想定は大体の人形が揃っていて、高練度かつ高スペックな主力も多く充実している大規模基地。
指揮官と戦術人形達の関係性もまずまずで互いの信頼は厚く、互いに恵まれた上司と部下という感じのよくある感じ。
戦力的には鉄血のハイエンドともやりあえるのでNMCくらいまともに戦えるなら簡単に蹴散らせます、まず負けません。まともに戦えればの話ですがね(暗黒微笑)




U05派遣部隊の臨時指揮所となっている倉庫から出ると、倉庫前のやや広い空間はすでに最前線の防衛ラインのただなかに変貌を遂げていた。

臨時指揮所に繋がる細い通路には土嚢が詰まれ、ダミー人形が身を隠して銃口を向けて路地の奥からやってくるNMCを警戒している。

その内側をU05所属の人形たちが弾薬箱や機材などを手に走り回り、次々と設置して対化け物用の陣地を構築していく。

鉄条網を設置した乗り越えづらい遮蔽物と、乗り越えられたとしても対処しやすい広めの陣地にありったけの弾薬と近接武器を置いて戦いに備えていた。

 

「指揮官!」

 

素早い対応に感心していると、すぐ横から元気な声がかけられた。

声をかけられたほうに目を向けると倉庫の前にリアカーに山積みにされた補給物資が鎮座しており、その中から自分用の.32ACP拳銃弾の込められた弾倉をせっせとバックパックに詰め込んでいたスコーピオンがいた。

 

「遅くなったな、状況は?」

 

「問題なし!武器弾薬もばっちりだよ!」

 

U05基地から輸送されてきた予備の武器や弾薬は言うまでもなく危険物であり、U01基地もそれを気にして空いている武器弾薬庫に保管するよう求められたのでそれには応じていた。

ただその際に担当としてスコーピオンとイングラムを付け、有事の際はいつでも逃げ出せるように言っておいたのだ。

持ち込んだ武器弾薬を収めたコンテナや木箱は大型リアカー4台に山積みにされており、一部は降ろされていて空になった木箱は簡易バリケードとして再利用されている。

 

「何かもってく?」

 

「今はいい、俺も出るが一緒に行くか?」

 

「ううん、私はここの防衛に回るよ。イングラムも一緒、誰かが守らなきゃ」

 

「そうか、MG34はどこに?」

 

向こうだよ、とスコーピオンが指をさすと撤退してきたハンヴィーとトラックに武器弾薬を積み込む仲間たちとそれの横で組み立て式の机に地図を開いてマーカーで書き込みを行うMG34の姿があった。

彼女はすぐに奏太の姿に気が付くと顔を上げた。その姿は普段と違い緊張がにじみ出ており表情も硬い、普段の任務では特に気負いもしない彼女だがかなり緊張しているようだ。

当然だろう、U05基地の面々はこれまでも化け物とは何度も戦ってきたが、こういった事件は誰もが初体験なのだから。

 

「34、俺も行くぞ。構わないか?」

 

「指揮官、助かります。指揮をお願いします」

 

「いや、任せよう。作戦はできてるんだろ?」

 

奏太はMG34が睨んでいたU01基地の地図に書き込まれた情報を見下ろし、小さく肩をすくめて断った。

彼女の広げているパッキングされた地図には、収集した敵の分布や戦況が細かく記載されていて臨時指揮所からの作戦行動ルートも書き込まれていた。

おおよそのプランももう彼女の中でできているのだろう、それを無駄にする必要はない。

 

「部隊をアルファ、ブラボーの二つに分けて、外周を左右から攻めようと思います。指揮官が上げてくれた偵察ドローンとU01基地司令部からの情報で、敵が集中している部分をある程度絞り込めました。

ヘリポート、基地内居住区、正面ゲート、駐車場、そしてU01本部棟です。どこも人形と職員が応戦していますが、混乱がひどく長くはもちそうにありません。

逆にNMCはこの五つに集中しつつあります、特に正面ゲートへ群がり始めていて一番危険ですね」

 

MG34は地図に書き込んだU01基地内の防衛ラインを指で指示す、その戦力に奏太は首を傾げそうになった。

 

「随分と数が少ないな。戦術人形だけでも100人はいたはずだ、奇襲だとしてももっと抵抗できるはずだが?」

 

MG34が収集した限り、現在何とか立て直して応戦している戦術人形たちは40人前後といったところだろう。

街を擁する大規模基地で、ほぼ全種の人形を網羅しているといってもいい大戦力を有するU01基地としてはあり得ない数字だ。

 

「えぇ、生存者の数はもっと多いですがなぜか戦闘を避けて逃げ回っているようです」

 

「トンプソンが再編するはずだが…指示を受け付けないのか?」

 

わかりません、MG34は首を横に振る。謎が増えた、どうやらU01基地の戦術人形たちは完全な混乱状態にあるようだ。

現在総指揮をとっているトンプソンの指示も聞き入れられないほどならば相当なモノだろう。

 

「非戦闘員、装備がないなどで戦闘不能な人形には避難指示が出ていてすでに避難を始めています。行き当たりばったりで逃げていて武装していたら、その個体です」

 

「わかった、見つけたらそいつらに直接問いただそう」

 

「お願いします。指揮官には駐車場内を経由し、正面ゲート確保、外周の掃討中央本棟へ向かってください。

私たちは右ルート、ヘリポートに向かいミルヤ達を救出しつつヘリを飛ばしてから外周掃討を行い、その後本部内部に踏み込む予定です。

情報オペレーターはメイド隊の二人に任せていますので、周辺の情報は随時参照可能です」

 

「振り分けは?」

 

「アルファにFNC、ステン、指揮官もそちらに。ブラボーはIDW、G11、私が率います」

 

MG34は地図に新しく付箋をいくつか針、マジックペンでルートと作戦目標を書き示す。地図に張り付けられた付箋には展開予定の部隊あるいはすでに取り残されている部隊が記されている。

本部内のSPAR小隊とSuperSASSの7名、内部にSPAR小隊、上層テラス部分にSuperSASS。

臨時指揮所には守備部隊、そこから伸びるルートには外周部に出撃する部隊の付箋が張られている。

笹木奏太を隊長としたアルファチーム、MG34を隊長にしたブラボーチームがそれぞれ割り振られ、ブラボーチームの横に追加でM2HBとM3の付箋が追加された。

この臨時指揮所を守るのはスコーピオンとイングラム、補佐のメイド隊二名、巻き込まれたMG42とAK―47を含んだ6人が残る。

そして一番危険な場所にいるのがヘリパイロットとして同行していたミルヤ達4名、攻撃にさらされるヘリポートの倉庫に籠城している。

 

「M2とM3をヘリで出す、ブラボーに同行させるが大丈夫か?」

 

「ミルヤ達の避難もありますのでトラックを使わせてもらいますから問題ないかと、アルファチームは歩きになりますがいいでしょうか?」

 

「問題ない、じゃぁ二人はデルタだ。それとあの二人はどうする?」

 

奏太はトラックに武器弾薬を積み込むMG42とAK―47を顎で示す。二人ともすでに戦闘装備を身にまとい、自分の武器を背中に背負っている。

ホールの一件から巻き込まれ、死亡したU06指揮官の代わりに臨時で基地をまとめる副官から支援としてそのままU05部隊に同行することになってしまったのだ。

 

「ここに残します、守りも無視できませんし」

 

妥当な判断だ、最初の事件の現場にいたとはいえMG42とAK―47は化け物との戦いを経験していない。二人にはここの守備に徹してもらうのが一番役に立つだろう。

MG42汎用機関銃の7.92×57ミリマウザーライフル弾の打撃力と嵐のような弾幕ならばいま確認されているNMCはまず耐えられない。

AK-47突撃銃の7.62×39ミリライフル弾の打撃力と取り回しの良さは、防衛線の様々な場面で生きる。

ハンヴィーの機銃座も活用すれば、多少なりとも打たれ強い壁として使えるので生存率も上がるのだ。

 

「妥当だな。妹さんたちは不慣れだ。前線には出せない、ほかに守備は?」

 

「スコーピオンとイングラムを基軸に先の二人、この4人とほかはダミー部隊で固めます。呼び出し符号はチャーリー。

防御し切れない場合はダミーで時間を稼ぎつつ脱出するプランです」

 

スコーピオンとイングラムの戦闘能力は奏太もよく知っている、短機関銃を用いた近接戦タイプで打撃力は心もとないが身軽なところが売りだ。

拳銃弾を用いる短機関銃の一撃の軽さは、MG42とAK-47がどう活躍してくれるかが守りの要になるだろう。

メイド隊の二人も戦力にはなるが、彼女たちは基地内の掃討に出る部隊のオペレーターに専念する必要があるのでカウントできない。

 

「FNC達も戻ってきているんだったか、駐車場の生存者は?」

 

「AEKが一人、右足をやられていますから戦力にはなりません。それにひどく動揺していて…」

 

FNCはステン、IDWと一緒に行動していた、彼女たちに損害はないにしても連れてこられたのがAEKだけとは少ない。

 

「話はできそうにないか?」

 

「はい、今はスリープモードで救護室に隔離しています、手の施しようがありません。起こした途端、錯乱し始めます」

 

「そうか…何かあったのかもしれないな。大体理解した、その作戦で行こう。二人はどこに?」

 

「すでに作戦区域で偵察中です、場所はここに。配置につき次第作戦を開始してください」

 

「了解、じゃぁ行ってくる」

 

「気を付けてくださいね?いつもハラハラしてるんです」

 

「そっちもな、戦術人形だって不死身じゃないんだ」

 

「バックアップがありますよ」

 

「今のお前はここにしかいない。マスク、忘れるなよ?」

 

ああ言えばこう言う…MG34は少し脱力して肩をすくめる。相変わらずな自分に呆れたのだろう。

奏太はMG34の体から無駄な緊張が抜けたのを見て朗らかに笑みを浮かべた。

人間も人形も命は一つ、どれだけバックアップがあろうとも今の彼女はここにしかいない。

死は平等だ、人形は少しやり直しがきくだけ、奏太はそう思っていた。

MG34と別れ、山積みにされた補給物資から武器弾薬を手っ取り早く小バックに詰めてからガスマスクをかぶりFNC達が待つ待機場所に向かう。

土嚢を飛び越えて倉庫区画から抜け、銃声を悲鳴が響く暗い基地内を駆け抜ける。NMCの姿は見えない、道中逃げ惑う非戦闘員に指揮所に向かうよう指示しながら合流地点になっている駐車場脇の小整備所へ向かって走る。

駐車場ではすでに戦闘が開始されており、合流地点になっている小整備場の倉庫前でガスマスクをつけたステンとFNCがそれぞれの武器を振り回して駆け回る人面馬と相対していた。

やややせ細った馬の頭を人間に挿げ替えたような格好のNMC『チェイサー』は大昔から言い伝えられてきた都市伝説の人面犬を馬の形で再現したような醜い化け物だ。

馬の体に付いた人間の頭も馬面に変異しており、耳元まで割けた大きな口が荒い息使いもあってまるで常時笑っているに見え、よう赤く染まって闇夜で光る眼が闇夜の中では光を引く。

駐車場から湧いて出てくるチェイサーたちを、FNCとステンは互いに背中を預けた状態で銃撃と近接武器によるカウンターで捌き続けていた。

二人とも小整備場の倉庫を守るように戦っていて、時折二人を無視して倉庫のほうに駆け出すチェイサーがいるのを見つけると即座に攻撃してそれを阻んでいる。

奏太は即座に駆け出し、二人にまとわりつくチェイサーたちに横合いからガリルAR突撃銃で奇襲をかけながら二人に駆け寄った。

 

「指揮官遅い!!」

 

飛びかかってきたチェイサーの首をサバイバルナイフで切り飛ばし、その死体を蹴り飛ばしながらFNCが怒鳴る。

奏太も突進してくるチェイサーの頭に左回し蹴りで蹴り飛ばして突進の軌道を逸らしながら、背中に銃撃して追い返しつつけらけら笑った。

 

「悪い悪い、戦況は?」

 

「見てのとおり滅茶苦茶、チェイサーはだいぶ仕留めたけどどんどん出てくる。倉庫にまだ非戦闘員がいるから、彼女たちが逃げられるように始末して!」

 

倉庫の中には武器がない戦術人形と非戦闘員がいるようだ、まずは彼らを臨時指揮所に向かわせてから作戦に入るのが先決だろう。

 

「グッドタイミングってわけだな、俺が相手するから彼女たちが逃げられるよう援護しろ。ついでに補給してこい、結構撃っただろ?」

 

チェイサーをけん制しながら奏太は二人のために5.56×45ミリライフル弾や9ミリパラベラム弾を詰めた弾倉や手榴弾などを詰めた小バックを二人に渡す。

 

「さすが指揮官、話が分かる!」

 

「5分稼いでください、すぐに戻ってきますから」

 

「お任せあれ」

 

倉庫のほうに走っていくステンとFNCを見送り、奏太は懲りずに戻ってきたチェイサーの気味の悪い人面をガリルAR突撃銃で打ちまくりながら大声で怒鳴った。

 

「来いよ馬面ども!!美味しい人間がここにいるぞ!!」

 

だがそれだけではだめだ、気を引いても自分より逃げる非戦闘員たちのほうがやりやすいと思われては意味がない。

先ほどはステンとFNCのほうが脅威であり、エサである非戦闘員たちを襲う障害になっていたから攻撃されていたのだ。

ただ一人残った人間とは言え大勢のまえでは、逃げるエサのほうがいいと思うやつがいる。それもできれば誘引したいところだ。

だから片っ端から銃撃してちょっかいを出して怒らせる。5.56ミリ×45ミリライフル弾一発程度ではNMCはビクともしないが、攻撃したら当然敵とみなされる。

チェイサーは知っている限り群れのボス以外はたいして頭は良くない、こうして挑発すれば怒って奏太のほうに突っ込んでくる。

馬鹿正直に突っ込んでくるチェイサーの頭にカウンターの5.56×45ミリライフル弾を叩き込み、ひらりと身を横に逸らして避けつつ撃ちまくる。

弾倉を一つ撃ちきる頃には、チェイサーの群れは10体前後にまで膨れ上がっていた。何匹か抜けたようでFNCとステンが反撃している銃声が聞こえるが、上出来な部類だろう。

バカの一つ覚えのように突進してくるチェイサーを避けながら弾倉を交換しスライドを引き直す、数が多い分勝手にチェイサー同士が邪魔になって避けるべき相手はそう多くない。

多くのチェイサーはそのまま駆け抜けていくが、一部の個体はその場で急ブレーキをかけて止まろうとした。

個体差による癖の発露だが、その個体の後ろにいたチェイサーもそれにつられてしまい団子ができる。

狙い通りに二つに割れたチェイサーの立ち止まった集団に、奏太はM61破片手榴弾を2個投げ込んで近くにあったチェイサーの死体を持ち上げて壁にする。

手榴弾のことなどわからないまごついたチェイサーたちの足元でM61破片手榴弾がさく裂し、破片がチェイサーたちを突き抜けた。

ビスビスと盾にしたチェイサーの死体にも刺さる、溶けかけていたその死体を下ろすとチェイサーたちの死体の山が一つ出来上がっていた。

およそ半分といったところだろうか、5~6体の死体が横たえる爆心地をちらりと見てから奏太は駐車場を駆け抜けて大回りで再び突進しようとしてくる残りのチェイサーに向けて引き金を引く。

 

(それにしてもひどいありさまだな、一体何が起きやがった?)

 

チャイサーの突進を避けながら奏太は駐車場に止められていたU01基地の車両の残骸を確認して、残骸の間に体を躍らせた。

ハンヴィーやトラックなどの軍用車両から、市街地のパトロール用セダンといった車両は損傷の大小はあるがほとんどが損傷しており駐車場はこの小整備場以外は滅茶苦茶だった。

ボンネットが開かれてエンジンだけが滅茶苦茶になったセダン、運転席で何かが爆発したように内側から捲れたトラック、タイヤがパンクし室内が血みどろになったハンヴィー。

そのほかにも煙を上げていたり、すでに出火していてエンジンからもうもうと黒煙と炎を上げる車両もある。

逃げようとした車両もあるようだが、結局失敗したらしくほかの車両に突っ込んで被害を大きくしていた。

あちこちに整備員の人間や人形の死体もあり、事故車の間には挟まれた死体も見られ混乱の痕跡が残っていた。

小整備場周辺が無事だったのはU05部隊が使うハンヴィーとトラックを仮置きしていたからだろう、近くにはFNC達が立哨をしていたから狙えなかったのかもしれない。

 

(無事な車両もいくつかあるが…妙だな)

 

破損した車両の間によく見ると動きそうな車がちらほらとある、奏太は車の場所を記憶しつつチェイサーの群れをできるだけ無事な車から引き剥がすように走る。

回り込んできたチェイサーの突進をハンヴィーの中に飛び込んで避け、その先にいた新手をドアごと蹴飛ばして蹴り倒し、踏み台代わりにして車の残骸に上る。

壊れたトラックの屋根の上に上り、目につくチェイサーの背中に一発づつ喧嘩を売りながら奏太は駐車場の違和感に納得がいった

 

(やはり反撃の数が少ない。グリフィンの戦術人形にしてはおかしすぎる、注意しなきゃな)

 

近場のチェイサーに銃撃してから飛び降り、残骸の合間をすり抜けあるいは飛び越えながら追ってくるチェイサーに時折銃撃を撃ち、手当たり次第に撃って喧嘩を売る。

そんなことをしながら駐車場をちょこまかと走り回っていると、車の陰からひょっこりと顔を出したピンク色の醜いNMCが目に入って咄嗟に頭を撃ちぬいた。

 

(ストレンジャー、嫌なタイプだな)

 

突進してくる群れとは別に、駐車場にのそのそと入り込んできた醜いピンクの化け物はその場に倒れてもがき、耳障りな悲鳴を上げた。

人間と裸の鶏をミックスしたような格好のストレンジャーは、より醜いことに顔が人間の面影を残している。

茶髪の短髪に耳にピアスを付けた青年の面影を残す『オド・ストレンジャー』は、不格好な逆関節になった足でよたよたと詰め寄ってきた。

右手一本でガリルAR突撃銃をチェイサーに向けて最後の弾を撃ちつつ、左手でM29マグナムリボルバーを抜いてオド・ストレンジャーの頭を撃ち抜く。

撃ち殺したそのそばから車や建物の陰からよたよたとやってくるオド・ストレンジャーが姿を現すのを見て、奏太は鬱陶しく思った。

ほどほどの丈夫で俊敏に動くチェイサーほどオド・ストレンジャーは脅威ではない、強靭な足腰をしているが移動は基本歩きで耐久力もチェイサーほどではないからだ。

しかしチェイサーの群れを相手取っている中に紛れ込まれてしまっては余計に気を割かなければならない、チェイサーの群れに紛れ込まれて接近されたら厄介だ。

 

(集まってきた、こんな数初めて見たぞ。何が起きてやがる、おかしなことばかりだ)

 

こうして派手に銃声を打ち鳴らしていれば化け物たちにここにエサがいると教えているも同然だ、誘蛾灯のように集まってくる。

囮としては十分機能できているがその分危険度も増してきた、単身ではもたもたしていると数で押しつぶされてしまうだろう。

NMCの群れと戦うなんて珍しいことだ、旧アメリカのドライフィールド地方近辺でしか見られない希少種が目白押しとは異常事態に他ならない。

いつもなら稼ぎどころなのだが背中を守ってくれる彼女たちがいないのが痛いところだ、奏太はM29マグナムリボルバーをホルスターに戻してガリルAR突撃銃を再装填しながらいつもの彼女たちを想った。

 

(タイミングが悪すぎる、明日くらいなら…おや?)

 

その時、またふらりと現れたオド・ストレンジャーの顔に見覚えがあるような、そんな気がした。元は金髪で小柄な女の子、のように見える。

どこかであったかな?突進してきたチェイサーを受け流しながら組み付き、ヘッドロックをかけてナイフを脳天に突き刺しながら記憶を探る。

思い出せないな、なんとなく引っかかりながらそのオド・ストレンジャーを撃ち殺すとステンとFNCが駆け戻ってくるのが見えた。どうやら無事に指揮所のほうへ誘導したようだ。

奏太は息絶えたチェイサーを手放し、飛びかかってきたチェイサーのひづめを避けてお返しに足払いするとステンが転んだチェイサーに止めを刺す。

そのステンの背中をFNCが守り、向かってきたチェイサーをFNC突撃銃で頭を的確に撃ちぬいて確実にカバーする。

 

「戻りました、作戦は?」

 

「変わらないが、手間取るぞ。注意しろ、明らかにおかしい」

 

「そりゃ見ればわかるよ、U01の部隊がまともに動いてない。奇襲されたにしてもひどすぎる」

 

「いつものU01とは思えないお粗末さですよ、これでおかしく思わないほうが変です」

 

FNCとステンも変に思っていたようだ。二人もU01基地の戦術人形たちが鉄血との戦いで鍛えられたベテランだということは重々理解しているし、何度は轡を並べたこともある。

彼女たちの戦闘能力もその目で見ていたからなおさら奇妙に思っていただろう、鉄血のハイエンド戦術人形にも果敢に立ち向かえるのにNMC相手にスキルを活かせていないのだ。

この場で暴れているNMCは鉄血と比べればはるかに弱い、チェイサーもオド・ストレンジャーもインパクトはあるが落ち着いて対処すればまず戦術人形の敵ではないのだ。

 

「何か思い当たりますか?」

 

「わからないが良くはない、やりながら探る。行けるか?」

 

FNCとステンは頷くと同時に奏太を追いかけまわしていたチェイサーに銃口を向けて引き金を引いて答えた。

奏太も二人の背中をカバーするために一度背後に目をやり、ふと先ほど殺したオド・ストレンジャーの死体が目に入った。

どこかで見たような気がした死体は形状崩壊を起こし始めており、骨もろとも液体化して溶けつつある。

こうしてNMCは死ぬと腐るよりも早く死体が形を失うから解析がなかなか進まない要因になっているのだが、殺した傍からこうなるのは早すぎる。

奏太が知る限り、最悪でも最短でも半日は体の形を保っていたはずなのだ。

それが気にかかった奏太は、背後に回り込もうとするチェイサーをけん制しながら溶ける死体に近づいた。

 

 





あとがき

現在のU05部隊内訳
アルファ『笹木奏太、FNC、ステンMkⅡ』
ブラボー『MG34、G11、IDW』
チャーリー『スコーピオンVz61、イングラムM10、MG42(U06)、AK-47(U06)、事務方メイド隊2名』
デルタ『M2HB、M3グリースガン』

孤立部隊
SPAR小隊『M16A1、AR-15、M4A1、M4SOPMODⅡ、HK416』
本部上層階監視所『SuperSASS』
ヘリポート『ミルヤ含め4名の事務方メイド隊』


結構いるように見えますがほとんどダミー人形を用いていないので少数精鋭、これでも普通のNMC相手なら勝てます。
原作知っている人ならわかると思いますが、しっかり対応できればよほどの相手じゃなければまず凌げる相手ばっかりです。
でも問題はどうしてこんな奇襲を受けたのか…ここは基地だから、材料はいっぱいあるんですよね。
今回の敵をほぼ2系で固めているのもそのためです(暗黒微笑)





ミニ解説

チェイサー
出展・パラサイト・イヴ2
旧アメリカ合衆国・モハビ砂漠・ドライフィールド地方のみに生息する希少種ミュータント『ネオ・ミトコンドリアクリーチャー』通称NMCの一種。
馬の体に馬面の人間の頭を付けたよう見たまんまの『人面馬』で、多くの個体は開けた乾燥地帯で小さな群れを作り生息している。
真っ赤に染まった両目は闇夜で光り、耳元まで割けた口は常に笑っているように見えてかなり不気味。
馬型らしく脚力があり、NMCの中では俊敏で移動能力が極めて高い。戦闘能力は極めて単調で、大体は脚力を武器にした突進が基本。
頭から突っ込んでくる頭突きやフライングボディプレスは距離感と立ち回りさえ理解してしまえば簡単に避けられる。
なるべく閉所での戦闘を避け、広い場所で回避重視のカウンター狙いで戦うと良い。背中が弱点なのもあり、慣れれば苦労しない部類。
ただし戦闘中は、傍目から見ると興奮して荒い息のニマニマ人面馬にまとわりつかれている絵面になる。
群れの規模が大きくなる巨躯のボス個体が自然と発生し、ボスを中心とした統率の取れた活動を行うようになり危険度が飛躍的に高まる現地民からは危険視されている。





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第27話・NightConcert3


結末をどうするか考えてたら遅くなりました。
まぁやりたいようにやるで落ち着いたので、これからも派手に壊れて死んでいきます。




 

U01基地への奇襲は成功、基地内は市街地よりもひどく混乱し大きな打撃を受けていて壊滅するのも時間の問題に見えた。

基地の正面ゲートは防衛を続けているが、基地内からあふれ出てくるNMC達の攻勢で要員の心を着実に削られているだろう。

内側からの攻勢には負けるが、外側からもちょろちょろとNMCが流れてくるのにも対応しなければならず、防衛ラインとなっている警備所付近の防衛陣地は混乱の真っただ中だ。

正面ゲートを封鎖する土嚢と車両で作られた防衛ライン内は空薬莢と空弾倉であふれかえり、警備所などに常備されていた弾薬はほぼ使い果たしたのか銃撃はまばらになり始めている。

正面玄関を援護していた狙撃もすでに途絶えており、本部棟上層の監視所の奥で銃火がきらめいているが援護ではない。

上層階にもNMCが到達し、地上を援護していた人形たちに襲い掛かっているのだろう。

正面ゲートを守る部隊の人数もすでにわずか4人しか残っていない、ダミー人形が残っている人形がいるがそれを含めても7人だ。

彼女たちは必死の形相で武器に使える物やあまった弾薬をかき集め、再分配して戦おうともがいている。その様子を遠くのビルから眺めていたナインは声を押し殺しながら顔がにやけるのを抑えきれなかった。

懐かしさがその光景にはあった、あの光景に中に自分たちはいたのだ。戦友たちと一緒にあそこにいたのだ。化け物と戦い、人間と戦い、戦い、戦い続け、この身のすべてを捧げてきた。

胸の奥に溜まっていた何かが消えるような心地のよさがあった、自分を裏切った連中がこうして自分たちを同じ境遇に立っているのが哀れでとても面白かった。

だから、自分に残された復讐の楽しみを邪魔する邪魔者の気配にはより敏感になっていた。背後に感じたわずかな気配に、ナインは即座にホルスターに差していたガンソードを引き抜いて切っ先を音のした方向に向けた。

 

「随分と派手にやっているな、ナイン」

 

「てめえか」

 

ガンソードの白刃と銃口を突き付けられた状態で微動だにしない少女にナインは皮肉げに笑いながら切っ先を下げる。

この片目に何か制御装置めいたものを付けた黒い人形はスポンサーからのお目付け役のようなものだ。

取り巻きの白いロボットめいた人形たちを従えていないところを見るとただの様子見だろう。

 

「何の用だ、お前の言う通りの仕事はしているはずだぞ。今いいところなんだ、邪魔しないでくれ」

 

「これがか?派手すぎる、計画に支障をきたしかねないとお父様は心配している」

 

「はっはっは!これしきで派手、ねぇ?さすが核戦争経験者はいいことを言う」

 

たかだか街一つを混乱に陥れただけだ、これからもっとひどいことをする予定だがこれで派手とは恐れ入る。

核戦争で世界を焼き尽くさんとした人間の作った人形とは思えないその言葉にナインは笑いを抑えきれなかった。

かつての外道な人類でさえ一種の自制を持っていた、狂っていたにしてもより良い世界を目指して研究をしていた。

 

「お前もそうだろう、お前を救ったお父様を敬う気はないのか?」

 

「俺の大部分はナインだぜ、ネイト。お前さんらがそうしたんだ?まぁやることできりゃどうでもいいがな、尊敬はしねぇ。

シャンバラの連中も似たり寄ったりだったがよ、お前たちよかマシだった気がするぜ」

 

「古臭いフランケンシュタインが吠えるな」

 

「お、やるか?どうせ生き死にはミトコンドリアの思うがままだ」

 

黒い人形、ネイトが銃口を向けると同時にナインも切っ先を向ける。ここでもう一度殺しあうのも一興だ。

それにネオミトコンドリアはコーラップス感染症とは経緯と仕組みがまるで違う、殺しあうついでに感染させてみてもいい。

このネイトも例外なく感染し、ネオミトコンドリアに取り込まれれば化け物に変わる。それを知らない彼女ではない、ネイトはナインの長髪に小さく舌打ちして銃を下ろした。

 

「いい顔してんじゃねぇか、ほかの奴より好みだぜ?」

 

「減らず口を…これからどうするつもりだ?ここまで派手にやれば正規軍が出てくる、不要なリスクは負えない」

 

もし明確な理由がなければ、それが納得できるものでなければ、この関係はおしまいだ。ネイトの声色は言外に告げていた。

彼女たちも正規軍と真正面からやりあう気は全くないのだ、それはそれで面白いともナインは考えたが。

 

「落ち着けよ、それが狙いだ」

 

「貴様まさか」

 

「売らねぇよ。俺たちの仕事はお前たちの研究がしやすくすることとサンプルの供給、だろう?」

 

「そうだ、ネオミトコンドリアの研究は我々の研究の発展につながる。しかしリスクも大きい、副産物として発生するNMCとANMCの処理が面倒だ。

今までは鉄血の騒乱がいい隠れ蓑になってきたが永遠には続かない。それを解決するためのテロと聞いていた、正規軍をおびき出す?グリフィンとは比べ物にならない」

 

「わかってんじゃねぇか。ならこの状況を見てどうよ?」

 

「…不要に混乱を煽り、国を挑発しているようにしか見えないな。舐めているのなら改めるんだな、奴らは腐っていても国だぞ」

 

ますます訳が分からない、と無表情のまま首を傾げ困惑した雰囲気を醸し出すネイト。そんなにわかり辛いだろうか、ただ相手が自己満足してくれるのを待つだけの作戦なのだが。

 

「お前の知るアメリカに比べるな、今の人類のタガは外れている」

 

「んなこたわかってんよ。まぁ見てろ、こいつはお嬢が仕上げた演目だ。フィナーレを迎えられれば、みんな満足できるはずだぜ」

 

「…なら見せてみろ、もし失敗すれば、お前たちとはこれきりだ」

 

ネイトはそういうと背を向ける、ナインも彼女から目を放し激戦が繰り広げられるU01基地をもう一度見下ろした。

必死の形相で人形たちが応戦する防衛陣地の一角に、ついにオド・ストレンジャーが足を掛ける。

それに気づいた金髪の人形が、大型自動拳銃を抜いてそれを払い落とそうと遮蔽物の車から身を乗り出して銃を至近距離から突き付けた。

引き金を引けば確実に殺せる一瞬、その少女の指は引きつって動かない。動かせなかったのだろう、彼女が銃を突きつけたオド・ストレンジャーの顔は『彼女自身』の面影が残っていたから。

 

(そうだよな、撃てねぇよな、人形でもビビるよな?)

 

引き金を引き損ねた少女の自動拳銃を突き付けた腕に、すぐ横から飛び込んできたオド・ストレンジャーが食らいつく。

彼女は噛み付いたオド・ストレンジャーの頭をグリップで殴りつけて引き剥がそうとするがもう遅い、自分と同じ顔をしたオド。ストレンジャーが彼女の手首に噛み付いて、彼女を防衛ラインの外に引っ張り出した。

仲間の人形が外側に引っ張り出される彼女の足を掴もうと手を伸ばすが届かない、外に引っ張り出された彼女は自分の顔をしたオド、ストレンジャーに首を噛まれて押さえつけられたまま、周囲のストレンジャーに体をめちゃくちゃに引き裂かれて絶命した。

防衛していた人形を失い、開いた穴にストレンジャーとハンプティダンプティが文字通り隙間に体をねじ込むようにして突破する。

防衛陣地内に侵入されたことに二人の人形が気づいて反撃に移るが、手に握る小口径の自動拳銃ではハンプティダンプダンプティには相性が悪かった。

先制して銃撃を加えるが胴体狙いの銃撃ではハンプティダンプティはビクともせず、肥満体の体で銃弾を受け止めて反撃する。振りかぶった肥大化した腕がまるでゴムのように伸び、ピンク髪の人形の頭の上から捕らえて地面に押しつぶした。

呆気なく押しつぶされ、肉と部品の塊を化した同僚が信じられなかったのか動きが止まったもう一人をハンプティダンプティは掬い上げるように胸を殴りつけて吹っ飛ばした。

殴られた人形は派手に吹き飛ばされ監視所のすぐ横にたたきつけられてピクリとも動かない、胸部を文字通り潰されて両腕が自然と吹き飛ぶほどに損壊したら人形でも即死だ。

不運にもダミーを残していたのがこの二人だった、最後の一人になった角の付いた帽子の人形はM870散弾銃を即座に構えて反撃する。

何度も放たれる12ゲージ散弾がハンプティダンプティとストレンジャーの体を至近距離からえぐり、致命傷を負わせるがその開いた穴は後続が即座に埋めてしまう。

何度も引き金を引き、何度も再装填してNMCの歩みを押しとどめようとするがM870散弾銃はやがて銃身を赤熱させたまま沈黙した。

人形は即座に再装填しようとして、クイックローダーを差していた腰に手をやり何もないことに気付く。

弾切れに気付いた彼女は防衛陣地の隅に追い詰められながらM870散弾銃をから盾に持ち替えてそれを振り回して抵抗するが、ハンプティダンプティは頭で受け止めながらのそのそと追い詰める。

やがて殴り殺されたハンプティダンプティが倒れるころには、周囲を完全にストレンジャーとハンプティダンプティが回り込んでいて逃げ場はなかった。

恐怖に表情をゆがめて盾を振り回す少女の姿は後続のハンプティダンプティの背に嵌れて見えなくなる、もう少し見ておきたいところだがそろそろ時間切れだ。

次の仕込みに取り掛かろう、ナインは基地から視線を外すと遠くから聞こえてくるエンジン音から逃げるように姿をくらますことにした。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

正面ゲートの上空をUH-60ブラックホークがフライパスし、開けたままの左後部ハッチの銃座に取り付けたM2HB重機関銃の銃口が眼下に向けられ12.7×99ミリライフル弾が正面ゲートににじり寄るNMC達を瞬く間に粉砕していく。

ステンは.50口径ライフル弾の弾幕になすすべなく細切れにされていくストレンジャーやハンプティダンプティの群れの中で、死に底なった個体に止めを刺して安全を確保してから周囲を見回した。

 

≪敵影無し、支援完了。ステン、下は…最悪ね≫

 

「うん」

 

遅かった、ステンはその言葉を呑み込む。正面ゲートを封鎖していた防衛陣地は壊滅していた。

M2HBの援護射撃を受けながら強行突破することで急いだつもりだったが、正面ゲートにたどり着くのは遅すぎた。

グリズリーマグナムは防衛線から引っ張り出されたのか土嚢の外で全身を食い千切られ、K5は胴体がめちゃくちゃになり両腕がちぎれ飛んでいた。

両腕と下半身をむしり取られて上半身だけしか見つからないグリズリーマグナムなど見ているだけでメンタルに負荷がかかる。

グリフィン部隊も最後まで抵抗したのだろう、M2HBやステン達が殺したよりも多い死体が防衛陣地の周辺で横たわり融解を始めている。

そのせいか、正面ゲートとその周辺の地面は粘り気のある粘液で少し足元が悪くなり異臭がした。

 

「なんて力…盾ごと殴り潰してる」

 

グリズリーの死体のように形が残っていてるならいいほうだ、もっとひどい死体もある。

血みどろになっているボロボロのM870散弾銃の脇でぐちゃぐちゃに叩きのめされた死体はボロボロの盾と地面の間に挟まっていた。

文字通り、叩きのめされて辛うじて人の形を保っているだけ、化け物と戦うようになってから幾度となく見てきた死体の形だが何度見ても慣れない。

鉄血との戦いでも凄惨な現場は幾度となく見てきたが、化け物との戦いはやはり全く違うものだ。

ブレンテンの銃身が突き出した焼かれていないハンバーグのようになった肉塊など、銃の種類がわからなければ人形の目でさえも判別できなかった。

 

「ハンプティダンプティはイージスみたいなもんだ、装備の上から押しつぶしてくるから彼女とは相性が悪い」

 

鉄血工造のイージスも重装甲で押し切り距離を詰めてくるタイプだ、U01部隊ならば都市警備専門の部隊でも負ける要素は少ない。

それはステンもわかっている、同時に一度目は必ず負けるだろうとは考えていた。ハンプティダンプティにはイージスにはない生々しさがある、このギャップは対人戦や対鉄血戦にはないものだ。

ここまで何体ものNMCを屠ってきたが、鉄血の戦術人形と殺しあってきた時とは明らかに別の生々しさがあった。

何度もU05地区や人類生存可能圏外で化け物相手に殺しあってきたから自分は耐えられたが、まったくの初見の彼女たちではU01基地指揮官のバックアップが満足にないこの状態では致命的だっただろう。

現状、指揮権を握っているトンプソンからの指示も現状新しいものはない。どうしていいのかわからない彼女たちは持ち場を守って、死ぬまで徹底抗戦するしかなかったのだ。

 

「指揮官、生存者ゼロ。バリケードは崩壊、足跡からしてかなりの数が街に出てったと思う」

 

「数は?」

 

「計測不能、20か30、少なくとも」

 

防衛ラインは突破され、こもっていた部隊は自分たちがたどり着いたときには壊滅していた。

急増のバリケードは崩壊し基地外にNMCが逃げ出していて、殺された人形たちは無残な死体となっている。

最悪だな、奏太の呟きにステンも同意した。

 

≪こちらSASS!!アルファチーム、正面ゲートは!!?≫

 

「ステン」

 

「はい!こちらアルファ2、正面ゲートは壊滅、生存者なし」

 

≪そんな…畜生!!≫

 

正面ゲートを最後まで援護しきれなかったのが悔しいのだろう、彼女たちの監視所にもNMCが到達して援護どころではなかったのだ。

援護できていれば間に合ったかもしれないという悔しさがSASSの口からにじみ出ていた。

 

「アルファ1よりSASS、お前はよくやった」

 

≪助けられませんでしたよ、指揮官≫

 

「やるだけやったのは確かだ」

 

彼はただ終わったこととしてことして答えた。その言葉にステンは彼との価値観の違いを感じてしまう、きっとFNCもそうだろう。

彼がほかの人間や人形たちの事を何とも思っていない冷徹な男ではないのは知っている、仲間にはむしろ甘いタイプだが切り替えがはやい。

 

≪こちらデルタ!指揮官、聞こえる?緊急事態よ!!≫

 

「お次はなんだ?」

 

≪新たな敵影、NMCが本棟の中から湧いて出てきてる!そっちにも新たらしい一団が行った、数は少なくとも30体!!≫

 

「本棟から湧いてるのか?」

 

≪うじゃうじゃ出てきてる!あぶれ出てきたにしては数が多い!!≫

 

「種類は!」

 

≪ストレンジャー!足が速い、レッサータイプ!!全速力で走ってる、すぐに接敵するよ!!≫

 

正面ゲートと本棟までは車で一分と掛からない、L字カーブを曲がればすぐの距離だ。丁寧に道路を進んでくるとしても、すぐに姿を現すだろう。

 

「レッサーストレンジャー、数は十倍か、M2!そいつらはこっちで片付ける、本棟から出てくる奴らを片っ端からぶっ殺せ。ステン、FNC、迎撃準備、ここで食い止めるぞ!」

 

「応援は?」

 

「呼ばん」

 

「キツイよ!」

 

「悪いが耐えろ。発生源を叩かないと後手に回るだけだ、そっちに回す。くそったれ、完璧に後手に回っちまった」

 

FNCが新しい弾倉を取り出しながら問いかけると奏太は厳しい表情で首を横に振る。その答えにステンは疑問に思って問いかけた。

 

「指揮官、心当たりがあるんですか?」

 

「思い当たったんだよ、とびっきりの生モノだ。ここはU地区の本丸、当然たっぷり備蓄してあるに決まってるからな」

 

「備蓄…材料…変異…あ、人形素体!!」

 

このU01地区はU地区支部の支社機能も有している、奏太の言う通り本丸だ。当然ながらこの基地で使う人形が損害を出した時のための予備はたっぷり保管されているし、ほかの基地に補充する分も溜め込まれている。

その量は他の地区の基地の数倍に上るだろうし、この地区にはIOP支社もあり製造ラインも当然ながら設置されているから倉庫内は常に一定数確保できているはずだ。

もしEveがひそかに基地に乗り込んできていて、人形素体の倉庫に侵入しネオミトコンドリアを放出すれば一体どうなるかは考えるまでもない。

機動もしていない予備の素体は抵抗しないし悲鳴も上げない、ただ黙って彼女の手ごまに変異する。そしてこの基地に裏工作をしたなら、きっとそれだけでは済まないはずだ。

奏太は頷くと、裏付けもとれるといって腰のポーチの中からビニール袋に入った人形用の部品らしきものを見せてきた。

それを見てステンは背中に冷気が走ったように感じた、その部品はいつも見慣れていたものだったからだ。

 

「腕のジョイント、お前の体にも使われてるヤツだ。駐車場のストレンジャーから出てきた、道理で見たことあるわけだ」

 

え、同型撃ったんですか?わかってるけどちょっとショック。

 

「まさかEveが?」

 

「それは低いほうだと思うね。仕込みは前々からしてたんだろう、殺すだけなら燃やせばいい」

 

「マジ?」

 

「その根拠は?」

 

「いるんだよ、こういう頭の回る奴らがな。NMCでというのは初めて聞くけど、まったくやり辛い」

 

彼は心底嫌そうな声色だったが、ステンは彼の唇に浮かんだ一瞬の笑みを見逃さなかった。彼は嫌がっているがワクワクもしているのだろう。

その気持ちはステンの中にも生まれていた、自分の指揮官も知らない未知の敵、それらとぶっつけ本番で戦うとなれば普通の人形なら嫌だと思う。

でもこれはチャンスだ、まだまだ知らないことを多く知るチャンス、世間の名を知らしめるかもしれないチャンス、そして彼に対するアピールのチャンス、そんな機会が転がり込んできたともいえる。

緊張して体がこわばるのを感じるが、その緊張感が心地よくもあり、ステンは思考を落ち着けるために一度構えを解いて大きく深呼吸した。

 

「弾、足りますか?ここまで結構ばらまきました」

 

「ストレンジャー程度ならな。頑丈だが頭をぶち抜けば瀕死にできる、あとはこいつだ」

 

奏太はガリルAR突撃銃の予備弾倉を確かめてから、マチェットの柄を撫でる。接近戦になるのは想定内、ステンも常備するようになったサバイバルナイフをすぐに抜けるように位置を整えた。

化け物は銃撃なんてお構いなしに突っ込んでくる、相対する数が多く殺しきれなければ必ず振るうことになるのだ。

 

「あれにナイフとかやりたくなーい」

 

銃剣を一度抜いて握りを確かめてから鞘に戻すFNCが呆れたようにぼやく、ステンもNMCの頑丈さにはこの短期間で心底呆れていた。

この場で最弱と考えられるストレンジャーでさえ、急所の頭を撃ちぬいても一撃では殺しきれないことが多かった。

たとえ瀕死にできてももうひと手間かかるというのは、対多数戦の連続になる現状では文字通り手間がかかってしょうがない。

それでも超音波を撃ってきたり、無駄にアンブッシュに長けてたりしないからマシなのだが。

 

「U05部隊アルファ1よりU01司令部、基地の予備素体倉庫はどうなっている?」

 

奏太はトンプソンの返答を待たずに畳みかけるように問いかけるが、なぜか返答はない。通信障害かとステンは思ったがすぐに否定した。

この状況ではトンプソンたちがいる中央指令室が墜ちたと考えるのが自然だろう。奏太もそう考えたのか、少し苦い顔をしながらも無線を切り替えていた。

 

「司令部との通信途絶、ほかの通信もアウト、隊内のみか…やられたな。ブラボー、現在地を」

 

≪本棟に到達したところです、内部に突入し交戦中。食堂にて二名を保護、一緒に行動中。M16たちとも先ほどすれ違いました。確かにNMCだらけですね、なんでこんなに?≫

 

「嫌な予想だができてるよ。本部棟の武器庫を調べてくれないか、ダミー人形と予備素体のある倉庫を重点的にだ。中央指令室なら調べられるはずだ」

 

≪やられたかもしれないんですね?了解。司令部に向かいます≫

 

「頼む。SPAR、聞こえてるならそのまま聞いてくれ。戻れるなら戻ってブラボーを援護してくれ、無理なら片っ端からぶち殺せ」

 

≪了解、指揮官。ブラボーを援護する、それにしても外よりひどかったとは驚いたぜ。そりゃなかなか進めないわけだ≫

 

「これからこっちもひどくなる。SASS、残存戦力は?」

 

≪R93、M200、PP2000です。ダミーはそれぞれ二人、弾薬は全員充足していますが監視所の予備はもうありません。他はみんなやられました≫

 

「10人か、もうそこはいい。屋上の通信アンテナを確保して、最大出力で軍の通信に割り込め。ブレイク大佐の直通回線だ。ダメなら撤収、デルタのヘリで降りてこい」

 

≪了解、監視所を放棄して屋上に向かいます。以後の呼び出しはシエラで≫

 

「了解、しばらく無線には出られない。説明は任せた、通信終わり」

 

奏太の言う通り、道路の曲がり角から醜いストレンジャーの群れが姿を現し始めていた。すぐに通信をしている暇はなくなるだろう。

ステンも構えたステンMk2短機関銃にしっかり弾が装填されているのを再度確認して照準をストレンジャーの頭に合わせる。

 

「私たちはこの後どうします?」

 

「まずはここで奴らを殲滅しつつ退路を確保、その後は撤退だ、向こうがごねなければだが」

 

「逃げるのには慣れてますがまたいろいろ言われそうですね。軍に任せるのはいいとして、動いてくれますか?」

 

「平常運転なら動くさ、SRPAに琥珀と市代が話を通してる。証拠もあるならな、ここで動かないほどKCCOもバカじゃあるまい」

 

SRPAから連絡を受けたKCCOが真っ先に動くだろう。カーター将軍はグリフィンと関係も深い、無視するということはないはずだ。

おそらく彼はもう撤退するつもりで動いているのだろう、この事件は大きくなりすぎてU05基地の戦力だけでは手に負えそうにない。

マンハッタンシティを守るU01基地は壊滅的被害を受けていて戦力はほとんど残っていない上、基地がすでに汚染され感染源になりつつあり避難所としても使えなくなってしまっている。

グリフィンはこの攻撃で完全に戦略的価値を喪失してしまっているのだ、ここでどう反撃しても巻き返せるとは到底思えない。

マンハッタンシティの人々には気の毒だが、自分たちにはもうどうしようもないところまで来てしまっている。

撤退の時に民間人を少しでも拾えるかどうか進言しよう、ステンは走り寄ってくるレッサーストレンジャーに向けて引き金を引こうとして、目の前の光景に指が止まった。

もう目と鼻の先まで走り寄ってきていたレッサーストレンジャーたちの足が止まっていたのだ、見るからにおろおろと狼狽えており、まるで何かにおびえているようだ。

 

「撃つな、なんか妙だぞ」

 

奏太も不審に思ったのか、様子を見ることにしたらしい。

 

「いいの?」

 

「こんなの初めてだ、あそこまで殺気立ってた今更NMCがビビるなんて見たことがない」

 

戦闘で劣勢になった場合、戦意を喪失したりして逃げることはあるがこの場合は明らかにタイミングがおかしい上に様子も以上だ。

逃げるのならほとんどの場合、すぐに一目散に逃げる。こんな風に迷い、狼狽えるそぶりはあまりしない。

先ほどまで血気盛んに襲い掛かっていたから自分たちに今更怯えるようなことはないはず、ならば別の要因か?ステンはそう考え始めたときレッサーストレンジャーたちは急にその場で散会し四方八方に駆け出した。

まるで自分たちの存在なんて目に入っていないかのような完全な逃げに、ステンは思わずぽかんとなるしかなかった

 

「逃げた?」

 

「指揮官?」

 

「わからん、何が起きてんだ?」

 

化け物退治のベテランの奏太もすっかり困惑しているようで目をぱちくりさせている、彼すらも知らない異常な光景なのだ。

 

≪…こちらSPAR!NMCの様子が変だ、急に動きが可笑しくなって逃げてったぞ≫

 

≪ブラボーよりアルファ、こちらも同じです。攻撃してこなくなった≫

 

≪こちらデルタ!上からも見える、みんなおろおろして逃げてる、何かあったの!?≫

 

≪チャーリーよりアルファ!こっちも同じ、急に引いたよ?どうなってんの?≫

 

≪こちらシエラ、同じです。急にいなくなった≫

 

ほかの場所でも同じようなことが起きているようだ。無線機から仲間たちはかろうじて生き残っていたU01基地の人形たちの驚いた声や唖然としたうめきが聞こえてくる。

ステンはNMCの事を良く知っているわけではないが、NMC達は明らかに何かにおびえていた。まさか今更グリフィンの反撃に怖気づいたわけではないだろう、何か別の要因があるはずだ。

でもそれはなんだ?ステンは周囲を見渡しながら考えるが、何も思い当たらない。不気味だ、そう思った時かすかに地面が揺れたように感じた。

 

「地震?」

 

ステンはすぐに地震だと判断した。滅多に起きることではないがあり得ない話ではない、そう最初は思ったがすぐにおかしいことに気付いた。

この揺れは不規則に、断続的に起きている、まるで何か地面の下で爆発しているように。データにある地震のパターンとは全く違う。

まさか地下で爆弾か何かがさく裂している?いやそれはおかしい、この真下には何もないはずだ。

ならばU01基地の地下倉庫で何かが誘爆したのか?それもおかしい、ならばもっとわかりやすい揺れと衝撃が起きる。

これは違う、でも聞いたことがある。ステンはふと、昔のある出来事を思い出した。これは防音壁に阻まれてなお響いてくる大音量のデスメタル、そのドラムをもっと不規則にしたようなそれだ。

まさかこれを察知してNMCは逃走したのか?ステンがそう考えたとき、視界の端が真っ赤な光が走った。

 

「なッ!?」

 

奏太の絶句にステンも思わず目を真っ赤な光のほうへ向ける、方向的にはマンハッタンシティのビル街の方だ。

その真っ赤な光の正体を見て、ステンはまたもや言葉を失うしかなかった。密集する高層ビルの間を貫くように真っ赤な炎が噴き出して街を真っ赤に染め上げていたのだ。

まるでマグマのように吹き出す炎は市街地を焼き、ビルをドロドロに溶かしていた倒壊させていく。

噴火、と考えてすぐにあり得ないと否定した。ここは火山帯ではない、少なくともすぐに噴火するような浅いところにマグマは通っていないし溜まってもいない。

あの炎は一体何なんだ?ステンはポーチから双眼鏡を取り出して覗き込む、炎の根元から上に向かって見上げるように確かめていると、炎の柱の傍らに何かが浮遊しているのが見えた。

 

「指揮官、あそこに何かいます」

 

「どこだ?」

 

「あそこに、なに、あれ…赤ん坊?」

 

それはぐずっている赤ん坊のように見えた、だが普通の赤ん坊よりも後頭部が大きい上に空を飛んでいて何より背中に羽と尻尾が生えている。

ぐずっていた赤ん坊は、落ち着き始めて一度丸くなり、まるで本物の赤ん坊がやるように親指を加えながらくりくりとした両目を開いて周囲を見回した。

その中で、ステンは赤ん坊と双眼鏡越しに目が合った。瞬間、体が奥底から燃え上がるような熱気を感じて咄嗟に目をそらした。

 

「指揮官、あれヤバイ!!絶対にやばいよ!!」

 

「あぁわかってるよ」

 

FNCは何か別なものを感じているようで、肩を震わせて真っ赤な炎の噴水と赤ん坊を見上げて肩を震わせる。

同じように目が合ってしまったのだろう奏太も息を荒くし、顔に大玉の汗を浮かべていた。

赤子の鳴き声に合わせて炎の噴水はさらに一本、また一本と街を貫くように吹き出して、その熱に溶かされたビルはどんどんと融解して折れ曲がり形を失っていく。

それだけでなく、ビルそのものも内側から爆発し始め、地上でも連鎖爆発が次々と起きている。

その範囲は徐々に拡大していて、少しずつこの基地の方にも広がっているように見えた。

何が起きている、まったく訳が分からない、ステンの思考はほとんど真っ白になりつつあった。

 

「こりゃ不味い、総員退避!!繰り返す!!総員退避、逃げろ!!とにかく逃げろ!!アレに追い付かれるな!!」

 

奏太は無線で生き残った基地要員全員に呼びかける。ステンはその声で現実に引き戻された。

 

「ステン、FNC、しっかりしろ!逃げるぞ!!」

 

「で、でも、街が!!助けないと!!」

 

「俺たちの手には負えん。お前も感じただろ?目が合っただけでやられかけた、あれは何か対策しないと近づくことすらできねぇ」

 

それはこの街とこの街の市民の大半を見捨てる決断だったが、それに異を唱える気がステンには起きなかった。

彼の表情はいつにもまして切羽詰まっていて、まったく余裕なんてなかったのだから。

 

 

 




あとがき
元ネタ的にはMP5ちゃんがどこかでぼっこぼこになってるのも考えたんですけど、急に分からせたくなっちゃったのでやりました。
原作も一歩歯車が狂ったらこれに似たような感じになってたと思います、警察がまともに機能してなかったらほんとやばかったと思う。





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第28話・勝者、黒幕、生存者

 

正規軍『KCCO』基地は夜にもかかわらず喧騒に満ちていた。内外で人や戦術人形たちが入れ代わり立ち代わりで動き回り、あらゆる部署と場所の最新の情報を運び込み、解析と精査に励む。

前線部隊の軍人たちが部隊編成で互いに最善の部隊を組み上げようと遠慮なく怒鳴りあいながら意見を交わし、兵員と装備を輸送機に急いで積み込む。

緊急出動を控え再編成を急ぐ騒乱のさなか、中央司令部はまるで別の世界のように静まり返っていた。

司令部の中央に位置する司令官席に座り事態の収束を図るために、出撃の準備をしていたカーター将軍は目の前のモニターを見てほぼ思考停止に陥っていた。

軍用衛星からの衛星で確認されたマンハッタンシティを崩壊に追いやっている炎の柱と大規模な連鎖爆発、その中心で空中を揺蕩う空飛ぶ赤ん坊。

 

「なんだ、ありゃぁ…」

 

オペレーターを務めている男性軍人の呟きは、この室内全員の気持ちを代弁していた。カーター自身も、これほどの化け物を見たことはほとんどなかった。

先ほどまで作戦について話し合っていた通信相手であるマリコフ博士も沈黙している、SRPAも同じ映像を見て言葉を失っているのだ。

その様相は国家重要機密に指定されていたマンハッタン封鎖事件のレポートにあった事象と重なった。

 

「周囲の人間を爆発させるほどのエネルギー放射…だと?マリコフ博士、これは一体なんだ!?」

 

≪完全体?まさか、早すぎる…≫

 

そんなことは分かっている、感情に任せてそう言いそうになるがカーターはそれを呑み込んで大きく息を吐いてから、常備していた冷水を一度飲み干して気を落ち着かせようとした。

もっと早くわかっていればこんなことにはならなかった、国がマンハッタン封鎖事件から始まったアメリカでのミトコンドリア関連の情報を秘匿していなければもっと有効な手立てが打てたのだ。

NMC、ネオミトコンドリアクリーチャーについてわかっていることは今の今まで僅かだった。もしそのままだったら、それこそもっと混乱していたに違いない。

三日前、カーネギーホールに新型のNMCと思しき感染者が現れてその証拠品を確保したグリフィンが正規軍の一組織であるSRPAに解析を依頼してから事態は水面下で急変した。

その証拠品は国の国家機密そのものと同一であり、それを秘密裏に処理しようとしてSRPAとKCCOはそれに感づいた。

そこから政府と国家安全保安局の保守勢力の秘匿姿勢と正規軍の情報を開示請求のぶつかり合い、マンハッタンシティの現状と捜査の進展のなさ、それを含めた不穏な空気に保守勢力が折れて首を縦に振るまでほぼ一日かかった。

政府は機密事項としていた情報を開示、NMCの隠されていた過去と旧アメリカ合衆国の暗闘の情報はKCCOとSRPA、グリフィンとハンターオフィスに知らされることになった。

それがほんの数時間前の出来事だ。KCCOでもすべての部隊に情報がいきわたっていはいない、カーター自身でさえすべてを呑み込めたわけではなかった。

軍の秘匿回線と最高機密の暗号によって扱われる国家機密は、軍内部ならば機密通信で早急に必要な部署に届けることができた。

しかしそれに対応していないグリフィン&クルーガー社やハンターオフィス、マンハッタンシティに展開している部隊にはまず届いてすらいない。

元々政府が軍にすら共有していなかった国家機密だ、徹底した漏洩対策を敷くことを要求され、通信でのやり取りは許可されず開示者も限定される手はずになっていた。

秘匿のためデータは暗号化された電子チップに封じられて物理的に輸送されることになり、外部組織であるグリフィンとハンターオフィスには物理的に輸送されることになっていたのだ。

今頃はまだSRPA基地から戻ったハンターからチップが所属基地に渡ったばかり、早くてもグリフィンの上級代行官クラスの人間が暗号化を解除している最中のはずだ。

 

≪おそらく、完全体発生によるエネルギーが周囲のミトコンドリアを暴走させているのでしょう。それもEveの比ではなくくらい強力なモノです≫

 

「燃えるのではなく爆発させるほどのエネルギー…ではまさか!?」

 

≪あの爆発と炎は、おそらくは…シェルターに避難していた民間人でしょう≫

 

なんということだ、民間人を守るために率先してシェルターに収容したのが仇になってしまったということだ。

現地のグリフィン指揮官が判断を誤ったわけではないが、結果としては最悪なことになった。

本来ならば避難所になるはずの地下深くに作られたシェルターは、今は特大の爆弾となったのだ。

 

「現地の正確な情報が欲しいな、グリフィンの基地につなげられるか?」

 

「ダメです、全域に重度の電波障害が見られます。とても強い、こんなの世界大戦でも見たことがありません」

 

「通信は無理か…映像を基地に向けろ、まだ基地は生きているか?」

 

モニターの一部が切り替わり、U01基地を上空から見下ろした状態に切り替わる。改めて詳細に映し出されたグリフィンの基地の惨状は、カーターの想像をはるかに超えていた。

 

「なんてこった、壊滅してるじゃないか」

 

要員が漏らした独り言の言う通り、基地は壊滅状態だった。基地内部は激しい戦闘の跡が随所に残り、すでに人の気配を感じさせないほどに完全に荒れ果てていた。

居住区らしい区画からは黙々と黒煙が上がり、本部棟と思しき一番背の高いビルは今も炎を随所から吹き上げて燃えている。

そこかしこに人形の残骸や人間の死体が転がり、その周りに散らばる空薬莢が炎に照らされてきらきらとデコレーションしていた。

 

「待て、駐車場をズームしろ」

 

煙っている駐車場の脇に車列が見えた。ヘッドライトを付けたハンヴィーが3台、今まさに撤収しようとしているらしいグリフィンの部隊だった。

ハンヴィーにはすでに数人乗り込んでいるらしく、燃え盛る本部棟の方から走ってくる隊員に向けて手で急げとせかしている。

軽機関銃を背中に背負う金髪の人形、緑にコートを着た銀髪の人形、金髪の小柄な人形を先頭に5人ほどの人形が後を追っていた。

ハンヴィーの周囲にはアサルトライフルを構えた部隊が守りを固めており、ロシア軍の旧式装備じみた格好の人物が人形たちを迎えて車に乗るよう指示しているようだった。

周囲には見慣れないピンク色の化け物の姿もあり、それからハンヴィーを守っていたようだ。

その車列を追うと進行方向にもう一つの車列が見える、トラック5台とハンヴィー2台で構成されたグリフィンの車列だ。

周囲には市民の姿が見える、あと数人ほどで全員収容するのは時間の問題だろう。合流した車列は市民たちを守るように止まり、車窓から銃口を突き出して寄ってくるピンク色の化け物に向かって銃撃して食い止める。

その間に市民たちを収容していたトラックのいた車列が収容と同時に出発、3両もすぐに動き出しその車列に混ざって後部と前部に分かれて合流した。

 

「脱出か。見事な引き際だな、まったく迷いがない」

 

市民たちをトラックに引っ張り上げると、車列は一つになって燃え盛る街の中心から離れていく。

先頭に立ったハンヴィーの上部ハッチからはロシア軍装備の人物が顔だけ出して、周囲を見回しながら時折フレアガンを空に撃って方角を指示しながら大振りな身振り手振りで指示を出している。

無線が通じない状況に対応してアナログな指示出しをしているのだ、車列は迷いなく街からの出口に向かっている。

周囲の市民からもそれが見えていたのか、助けを求めるような人影がいくつも見えるが車列は止まらない。止まるそぶりを見せる車もあったが、それだけだ。

戦うこともせず市民の救助も最低限という職務放棄と敵前逃亡を問われても反論できない姿だが、それを責める気はカーターにはなかった。

むしろ自分でもそう判断しただろう、あのような大爆発が起きてはまともに戦えるわけがない。

 

≪経験から察したのでしょうな、彼らはもう戦えない≫

 

理由はモニターも現れていた、グリフィンの車列がいくつか角を曲がった直後に背後の路面がガラガラと陥没し周囲の建物が傾いて一部が崩れたのだ。

まるで街が意思をもって車列を呑み込もうとしているように地面が崩落し、周囲の建物が不穏な倒壊を始めていた。

マンハッタンシティは長くはもたない、巨大な爆弾となって炸裂したシェルターの余波はネオミトコンドリア完全体とその周囲の火柱だけではない。

シェルターから噴き出した爆圧の余波は、シェルターだけでなく地下インフラや地下鉄道網にも波及して町全体にダメージを与えているのだ。

ふとU01基地のほうに目をやれば、基地の地面に大きなひび割れができており噴出した炎が基地全体を呑み込み始めていた。

その様相はマンハッタンシティ全域に広がっており、ゆっくりと街が炎の中に崩れて崩壊していく光景がそこかしこに広がっていた。

その中に一度は難を逃れた人々は放り込まれ、次々と崩落する地面や倒壊する建物、吹き上がる炎にのまれて消えていく。

 

「…クルーガーに連絡しろ、あとは我々が引き受ける」

 

≪将軍、どうなさるおつもりですか?≫

 

「我々の仕事をするだけだ。奴はまだ生まれたばかりだ、ならば今が好機だ。最大火力で片を付ける」

 

かつてのマンハッタン封鎖事件では、事件に協力した科学者の機転で完全体に打撃を与えたようだが自分たちにはその手段はとれない。

当時活躍した警官はすでにこの世になく、蓄積していたであろう知識もほとんどはアメリカで核の灰の中に埋まっているか燃え尽きただろう。

政府の開示した情報はあくまでNMCとネオミトコンドリアの出自が解明されただけで、それ以外はあまり役に立たないのだ。

それならば当時の火力をはるかに超える大火力で、回復力と進化速度を上回る攻撃で殺すのだ。幸いなことにKCCOにはそれができる兵器が山ほどある。

グリフィンが行ったように相手の回復能力をそぎ落とした上での全力攻撃こそが、今の自分たちの取れる最良の手段だとカーターは考えていた。

 

≪こちらも防疫処理の準備を進めています、政府がいらんことを考える前にことを済ますべきでしょうな≫

 

軍属の言葉ではないな、まったくもって同意だが。最近の政府の動きは気に食わないのはカーターも同じで、マリコフ博士の言葉には苦笑いだけを返した。

 

「しかしなぜだ?予測ではEveが完全体を生むのを目論んでいたとしても、まだ時間がかかったはずだ」

 

≪…我々の予想より前から用意周到に計画していたのでしょう≫

 

「それは可能なのかね?マンハッタン封鎖事件のレポートではEveには時間がない、そんなもの立てている暇もなかろう」

 

≪確かに、今まで出てきたEveはみな体に不安を持っていました。ネオミトコンドリアが宿主を掌握しているとはいえ元は人間であり、どこまで行っても『支配』しているに過ぎません。

ミトコンドリアはネオミトコンドリアとなっても単体では長くは生きられない、人間がミトコンドリアなしで生きられないように宿主となる存在が必要不可欠なのです。

その関係を無理矢理支配し、従わせているわけですからいつ拒絶反応が起きるかわかりません≫

 

「時限爆弾付きの体で長く潜伏することは不可能、ゆえに次のステージを必ず望む、そう結論したのではないかね?」

 

≪自らが純粋なミトコンドリア生命体とは程遠いからこそ、かつてのEveは完全なミトコンドリア生命体を生み出すために行動を起こした。

いわば生命としての本能、種の保存を最優先にして動いていたわけですな。今回もそれに似たケースである、私も最初はそう思っていました。ですが…解釈を間違えたのかもしれません≫

 

「どういうことだね?」

 

こちらをご覧ください、マリコフ博士が画面に表示したのは4枚の処方箋のデータだ。名義は『メリッサ・ピアス』となっており、処方されているのは免疫抑制剤だ。

メリッサ・ピアスは過去にコーラップスに感染し、回復したものの腎臓に大きな後遺症を残してしまったためにその移植手術を受けていた。

そのため彼女は腎臓の拒絶反応を抑えるために、常日頃から免疫抑制剤を服用して生活していたのだ。

この処方箋は事件直近から一か月前までの物、およそ3週間前から拒絶反応が悪化していて処方薬が増やされている。

 

≪我々はこれをEveがピアスさんを支配しようとし始めた時期だと考えました、マンハッタン封鎖事件の主犯となったEveも同じようにしていましたからね。

今回も同じケースだと考えましたが、まったく同じではなかった。それに気づくべきだった、いや、気付いていたのに無視してしまった≫

 

「…彼女の様子か」

 

≪はい、カーネギーホールでの発端までピアスさんは薬を増やした以外で体調不良などは訴えていませんでした≫

 

でもマンハッタン封鎖事件の時は予兆があった、マリコフが続けて表示したのは1997年、マンハッタン封鎖事件で押収されたメリッサ・ピアスの日記とアリバイ記録だった。

 

≪マンハッタン封鎖事件のピアスさんは、Eveの支配が強まるにしたがって体調を崩していました。それこそ、仕事に支障をきたしてしまうほどです。

ある時は稽古場で練習中に倒れ、役から降ろされてしまうまでになっていた。その結果、さらなる薬の服用でEveの支配をより受けてしまったわけですね。

もし今回も同じなら、このピアスさんも同じようになるはずなのですよ。しかしホール関係者や交友のあった方々の証言にはそういったことがほとんど見当たらない。

薬の量が増えたことで愚痴ってはいた、そのくらいだったとのことです≫

 

「隠していたのでは?前のピアスはそうだった」

 

≪いいえ、それは違います。証拠は薬の使用量と処方回数、3週間前に処方量を増やしていますがその後は増やしていません。用法容量を守って、きっちりと服用している。

もし今回のケースも同じなら、彼女は体調の悪化に悩まされて医者に相談していてもおかしくないのです。でも、医者に相談したのは3週間前のみ、以後は回復傾向にあったとすらあります≫

 

「…まさか、Eveは3週間前にはすでにピアスを支配していた。そして体の拒絶反応を抑えるためにピアスに成りすまして薬を服用していたかもしれない、ということか?」

 

≪えぇ、あり得ない話ではないでしょう≫

 

「クランプ博士がいたほうがマシだな」

 

そうなれば自体は最悪だ、Eveがどの段階でメリッサ・ピアスを支配していたによるが最長で3週間の準備期間があったことになる。

それだけあれは街のどこに自らが望むものがあり、どこに攻撃を仕掛ければより効果的であり、どこに仕掛けを施せばいいか考え作戦を練ることができる。

 

「グリフィンからのレポートにあった証拠の違和感というのはそれか」

 

≪彼はこの手の感染症には経験が多い、真実を知らなくても違和感を覚えて不思議はありません。それに今回、Eveには急ぐ理由があります≫

 

「それは?」

 

≪グリフィンですよ、彼女の誤算は街に対化け物用の武装をした経験のある彼女たちがいたことです。かつてのマンハッタン封鎖事件のように『未確認生物』というアドバンテージが取れませんでした。こちらをご覧ください≫

 

マリコフ博士は処方箋のデータを閉じて、新しいデータを画面に開く。カーネギーホールで確保され、SRPAに持ち込まれたゲル状細胞の解析結果だ。

 

≪これは持ち込まれた細胞の解析結果です、興味深いことに彼らが持ち込んだサンプルのネオミトコンドリアとその遺伝子はマンハッタン封鎖事件で採取されたものと70パーセント合致しました。

ネオミトコンドリアのみに絞ればほぼ一致、残りは被害者になったピアスさんの物でした。つまり、ネオミトコンドリアだけを見れば同一と見ることができる≫

 

「同一個体?馬鹿な、今の今まで潜伏していたとでもいうのか?」

 

≪もしくは、再生したというべきかもしれませんな≫

 

「どういうことだね?」

 

≪この資料が真実ならば、アメリカで見られるNMCの起源はすべてマンハッタン封鎖事件のEveが大本なのです。

NMCのミトコンドリアはすべてEveの影響を色濃く残している、それこそ遺伝子に多くの共通点と遺伝があるくらいにです。

もしかしたら、それこそデータのバックアップのようなことをしているかもしれない≫

 

「つまりネオミトコンドリアにはEveのバックアップが常に仕込まれていて、今そこら中にばらまかれているというわけか?」

 

≪えぇ、人間にもあるでしょう?大昔に混ざった先祖の特徴が世代を離れて突然現れる、隔世遺伝と呼ばれるものです。

Eve自身、かつての事件では『ミトコンドリアの開放』を声高に宣言してきたと記録されています。こんなこと、突然変異の存在にできるものではありません。

キメラウイルスのように太古から存在していたのだとしたら、その記憶を継承してきたのだとしたら…対策を練る≫

 

「その証拠はあるのかね?私たちは見つけられていないが?」

 

≪残念ながらまだです、まだ解析すら万全ではない。しかしそれを想像に過ぎないと断ずることはできないのですよ、そもそも前提が違うのかもしれないですしね。

お忘れですかな?PMCの持つ武器は今でこそ旧式、型落ちばかりですがかつては最新鋭だ。しかも当時の技術では無理だった試作品をも、今は立派な兵器として生まれ変わっている。

それを扱うのは人間ではなく戦術人形、以前戦った警察とは比べ物にならない重装備をしたPMCが本気で狩りに来るのです。

これを脅威度とみないほどEveの頭は悪くない、普段のE.L.I.Dとはまるで異なる思考力がある≫

 

「…だとしたら、もしかしたら」

 

今もどこかにEveが潜んでいるのかもしれない、それこそもしかしたら…そうカーターは考えてしまった柄にもなく大降りにかぶりを振って考えを追いやった。

追いやるしかなかった、Eveは、いやネオミトコンドリアはE.L.I.Dやほかのミュータントたちとは決定的に違うところがあるからだ。

ネオミトコンドリアを根絶することはできない、たとえEveと完全体を殺すことができたとしても、発生の要因を根絶することはできない。

ネオミトコンドリアはミトコンドリアの変異体だ、それはミトコンドリアが存在する限りどこでも発生する可能性があるということ。

結局、政府が今の今まで秘匿してきたのにも大きな理由があったからなのだ。厄介なことになった、もう若くないというのに。カーターは胸中に過る不安感に、少しの懐かしさを感じながら大きなため息をつくしかなかった。

 

 

 

 

 





あとがき
いきなりカーター将軍視点、この話でいったんNMCの話はたたむのでこの人に出てきてもらいました。
科学的な話もあるのでレジスタンスのマリコフ博士も交えておっさん談義、かわいこちゃん成分はないです。
完全体を仕留めるのはKCCOの物量作戦になります、戦いはやっぱり数だよ兄貴。それに軍用なら燃える部品使ってなさそうだし。
グリフィンのクルーガー社長やヘリアンさんでいいんじゃないかって?
この場合立場が中途半端だし、撤収した奏太たちと折り合いつかなくなったので無しです。


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第28話・勝者、黒幕、生存者2

 

マンハッタンシティから離れたところにある寂れたパーキングエリア、普段はほとんど使う人間はおらず店もすべてなくなっている廃墟では今日に限れば人と人形達が最低限の警備を残して思い思いの休息をとっていた。

グリフィンのハンヴィーやトラックに交じって、SUVやセダン、市営バスが駐車され、地獄のようになったマンハッタンシティから辛くも逃げ出したパトロール部隊や偶然救えた市民たちはようやく得られた安心に緊張感がほぐれたのかほとんどがその座席で瞳を閉じて眠りについている。

燃料僅かで駐車場に降りたUH-60ブラックホークも徒歩での避難に成功した避難民たちに開放しており、主に子供が中で雑魚寝している。

その小さな命の吐息を肌で感じながら、奏太は一人パーキングエリアの外縁に立ってマンハッタンシティにつながる道路の先に目をやっていた。

 

(もう誰も来ないか…またか)

 

もう何度目かもわからない悲劇だ、奏太は小さく息を吐いて足元でもがくオド・ストレンジャーに目を落とし、FNCの面影を残す頭にマチェットを振り下ろして止めを刺した。

正規軍の航空部隊が上空を抜けてからもう一時間、街を脱出してからは数時間以上経っている。きっとマンハッタンシティでは軍とあの未確認NMCとの戦いが続いているか終わっているころだろう。

その混乱を縫って、わずかでも生き残りが逃げ出してくるのではないかと期待していたが望みは薄そうだと感じ始めていた。

やってくるのは警戒網を抜けてくるNMC、ストレンジャーやチェイサーの気持ち悪い連中ばかりで人間や人形たちの生存者は数えるほどだった。

自分たちが偶然救えた市民の数は僅かにすぎない、U01基地から脱出しマンハッタンシティを抜ける際に偶然合流できた人々を引き連れるだけで精いっぱいだった。

敵前逃亡も同然の逃避行だったが奏太は自分の判断を間違いだとは思っていない。何もわからない正体不明の敵に、圧倒的に不利な状況で戦闘を行わせて仲間たちを無駄死にさせる気は毛頭なかったのだ。

まったくとんだ大騒ぎになってしまった、こういうのは後が面倒くさくて困る。事が落ち着けば、きっとグリフィンでも自分たちはつるし上げを食らうことになる。

そうする理由があるのは理解できるが、こちらの理由も聞かずに処分をするというのなら勝手にしろという話だ。

 

「こちらアルファ1、目標を殲滅。ほかは?」

 

≪付近に敵影無し≫

 

「今のところは安全か、了解」

 

無線機の向こうから聞こえるM2HBの報告の奏太は短く答える。その声色はよどんでおり、彼女も疲れがにじみ出ていた。

脱出の際、文字通り弾が尽きるまで空を飛び回り車列を援護してくれた功労者なのだから当然だ。落ち着いたら二人を労ってやろう。

 

≪こちらSPAR1、指揮官、聞こえるか?≫

 

「こちら指揮官、何かあったか?」

 

インカムから聞こえてくる雑音交じりの無線通信に奏太は頭を切り替えて答える。周辺哨戒に出ているSPAR小隊のM16A1からだ。

奏太は仕留めたオド・ストレンジャーの死体を道路脇の茂みの中に蹴り飛ばしながら答えた。

 

≪またNMCだ、数3、ストレンジャーだ≫

 

「了解、静かにやれ」

 

≪わかった≫

 

無線が途切れて再び静かな空間が戻ってくる、だがこの周囲はかつてとは比較にならない危険地帯になっているのだ。

マンハッタンシティから逃げ出したのは人だけではなくNMCも同じだった、そして森に逃げ込んだNMCは腹を空かしてマンハッタンシティから逃げ出してきた人々や潜んでいた鉄血の偵察員を食い殺している。

自分たちの部隊も何度となくNMCの集団と鉢合わせになった、殺しても殺してもキリがない。

 

(いや、それとも何かに目を付けられたかな?)

 

かすかに感じる監視の視線、姿は確認できないが確実にみられている。奏太はあえて無視しながら、マチェットを軽く振って血を振り払って鞘に戻す。

それがNMCかそれともほかの何かはわからないが、もし何か企んでいるのなら警戒するに越したことはない。

 

≪シエラ1から指揮官、撃破2、チェイサー、移動します≫

 

「了解。シエラ1、残弾は?」

 

≪残弾28、まだいけます≫

 

「わかった、任せたぞ」

 

≪了解!!≫

 

(厄介なことになったもんだ、別にこれでクビになろうが俺たちはどうってことはないが…あいつ等にも責は及ぶよなぁ…)

 

そうなったら溜まったモノではない、グリフィン上層部のほとんどは典型的な人類生存可能圏内の人間だ。人形の事なんて人間よりも簡単に決めつけるだろう。

そうなったら彼女たちは処分される、クビにして放り出すだけならまだマシだが機密保持も考えればSPAR小隊以外は間違いなくIOPに返還されるか廃棄処分になるはずだ。

そうなったら彼女たちは死ぬ、ここまで一緒に何とかやってきた仲間が死ぬのを見過ごす気にはなれない。

最悪の場合は札束で殴ってやろう、処分する金以上の金で買い取ってやれば文句は言えないはずだ。機密保持といっても彼女たちは一般的な社外秘しかないのだから。

もちろんとんでもない出費になる、これまで貯めてきた財産の大半が消えることになるししばらくは危険な仕事を受けてデカく稼がなければならないだろう。

恐ろしい金額になった預金通帳を想うと気が沈むが仲間のためなら仕方のない出費だ。感じるものがなくなるわけではないが。

奏太が預金通帳の暗澹たる数字を思い浮かべてため息をついていると、背後からあまり聞き覚えのない声がかけられた。

 

「すみません、ササキさんでしたっけ?」

 

少し迷いのある声だった、振り返るとU05基地では見ないショットガン型の戦術人形であるSPAS12がいた。見たところひとりのようだ。

ほかの仲間と一緒にSPAR小隊から対化け物戦のレクチャーを受けていた際に事件の勃発したために、彼女たちはSPAR小隊との連携もあってNMCに対抗できたため部隊は全員生き残ったがすでに装備を使い果たしていてここの防衛には配置していない。

U01基地のほかの生き残りもすべて同じで、周囲に散らばって応戦しているのは別の武器でも戦えるU05基地のメンバーだけだ。

 

「どうも、今大丈夫ですか?」

 

「危ないぞ、さっきも一体仕留めたところだ。どうしたんだ?君たちは警備配置に付けていないはずだが?」

 

「落ち着かなくて…それで手伝いでも」

 

「やめておけ、武器がないだろう。休んでいたほうがいい、今日は最悪だったんだ。こっちは任せな、一体も通さんよ」

 

彼女は黙って首を横に振る。彼女にはつらい仕事になる、このあたりで襲ってくる敵は鉄血ではなくNMCの確率が高い。

マンハッタンシティで発生したNMCの大本は、おそらく街で普通に生活していた人間や人形である可能性も極めて高い。

街を守っていた彼女にはつらい仕事になる、疲れているだろう彼女にこれ以上負担を強いるわけにはいかなかった。

 

「静かですね、まるで何もなかったみたいです」

 

(そりゃ銃声で誘引しないように静かに始末させてるしな、弾もないし)

 

街の方では大規模な戦闘が起きているだろうが、その銃声もここまでは響いてこない。周囲で行われている戦闘は、できるだけ静かにことを済ませるように言明してある。

先ほどの無線で発見されたNMCも、今頃はSOPMODⅡあたりがサバイバルナイフで切り刻んでいることだろう。

奏太自身、残弾はもうわずかだ。ガリルAR突撃銃は15発、M29マグナムリボルバーの6発、残りは今哨戒に出ている仲間に分けてしまった。

それでも哨戒に出ている仲間たちも万全ではない、普段の3分の1程度にしか弾は残っておらず疲労も溜まっていて無理はさせられない。

 

「周りの敵は大体片づけてある。哨戒も出してるから、そうそうここまでは来ないさ。時期に迎えがくる、あと少しの辛抱だ」

 

それを正直に話したらまたこじれそうなので隊内だけでの伝達だが、できればこのまま迎えが来てほしいところだ。

U05基地からの救援はもう少しで来るはずだ、事前の連絡にあった零式艦上戦闘機五二型3機とV-22オスプレイ2機ならばこのあたりに潜む鉄血の偵察隊程度の対空火力ではビクともしない。

 

「笹木さん、どうしてあなたは、街の人々よりも人形を優先したんです?」

 

おそらく撤退中の時の指示のことを言っているのだろう、SPAS12の言う通り撤退中に自分は車を止めるなと指示を出した。

彼女たちにはマンハッタンシティを守る義務があった、そこに住み人々を助ける任務があった。それこそ、自分の代わりに人々を車に乗せてでも。

それは人形として正しい、グリフィンとして正しい、しかしそれは悪手だ、もしあそこで止まっていたらきっと誰も助からない。

理由は何とでも付けられる、けど彼女が聞きたいのはそんなことではないのだろうが今の彼女にそれを言うことはできない。

 

「一時撤退のつもりだったよ。結果はこのざまだ、言い訳はしない」

 

「結果はあなたが正しかった。あそこで立ち止まっていたら、今頃はみんな死んでたでしょう…」

 

上空を、あた正規軍の大型輸送機編隊を組んで飛びぬけていく、それを真下から見上げながら奏太は自分たちが脱出してきたマンハッタンシティがあるほうに目を向けた。

このパーキングエリアからはマンハッタンシティを見通すことはできない

 

「ササキさん、私たちは街を取り戻せるでしょうか?」

 

「正直に言うがいいか?」

 

「お願いします」

 

SPAS12は少し逡巡したが、表情を引き締めて頷く。だが、彼女の願いを否定する前に現実がすべてを否定した。

街の方角から真っ赤な閃光が空を焼き、次いで遠来のような爆発音が響いた。それは第三次世界大戦の頃から見慣れた街が消える合図だった。

E.L.I.Dによって汚染された区域に行われる戦術兵器による滅菌攻撃、高火力兵器を用いて一撃のもとにすべてを焼き払う自滅じみた作戦だ。

あの光が上った場所はのちに入植可能になるが、たいていは大きなクレーターか更地しか残らない。戻ってくるべき人はもういないか、ほとんどが拒否する上に新規入居者も周囲の危険性を考えれば出て来やしないのだ。

 

「そう、ですか…そうですよね、すみません、当然ですよね」

 

うわごとのようにつぶやくSPAS12に、奏太は声をかけることができなかった。彼女は今、故郷ともいえる街を失ったのだ。

この時代では珍しいことではない、天災から人災に至るまで原因はいくらでもある。それでも、受ける傷は変わらないのだ。

 

「そっか、もう食べられないんだ。ジョシュアのケバブも、ミリンダのホットドッグも、基地の食堂のカレーも、みんなとのお茶会も、全部なくなっちゃった」

 

「SPAS…」

 

「みんな無くなっちゃった、死んじゃった、指揮官も、トンプソンも、グリズリーも、WA2000も…」

 

SPAS12は真っ赤に染まるマンハッタンシティの方角の空を見上げながら声を殺しながら泣き崩れた。

彼女たちの仲間たちはもう戻らない。U01基地は放棄し今の攻撃で消滅しただろう、仲間たちのデータを保存していたサーバーも基地と一緒に失ったのだ。

トンプソンも失い、シェルターにいたマクラファティも生死不明、基地内での戦闘でほとんどの基地要員が死ぬか化け物に変異した。

彼女たちはここへ来て初めて『二度と戻らないモノ』あるいは『死』を自覚したのだろう、それが今まで自分たちの身の回りであふれかえっていたこともだ。

 

「何も、言わないんですね?」

 

「わかってるみたいだからな」

 

「サブリナから聞いたことがあります。あれは、街が消える時の光だって…」

 

「あぁ、あれは政府が街を放棄した証拠だ」

 

こうなるかもしれないとは思っていた、正規軍があの手の兵器を使ったのならしばらく通信は電波が乱れていて使えないだろう。

奏太は通信機のプレストークを押して通信状態が不安定になっているのを確かめてから、常備している信号拳銃を取り出して信号弾を装填すると空に撃ち上げた。

上空から周囲を真っ赤に照らす赤色の信号弾を見上げたSPAS12が疑問下に見上げていたので、奏太は信号拳銃をポーチにしまいながら言った。

 

「今の爆撃で通信がしばらく使えん、部隊の再集結と上にいる味方に合図、ついでに近場の生存者の目印って感じか。

いらんもんも寄せ付けちまうがそれはそれだ。ほら、迎えが見つけてくれたぞ」

 

奏太は夜空の中にわずかに見える翼端灯の群れを見つけて顎でしゃくる。その群れは信号弾の明かりに向かって真っすぐ向かってきて、二人の上空を一度とびぬけていった。双発機2機、単発機3機の編隊だ。

護衛の零式艦上戦闘機五二型が散会し、パーキングエリアを中心に円を描くように飛んで周辺の安全を確保するとV-22オスプレイが着陸可能なパーキングエリア前の道路に着陸する。

ちょうど奏太たちの目の前に2機のV-22が道路の真ん中に降りると、後部ハッチが開くと同時にブロンドとツインテールの誘導弾頭が発射された。

見慣れた光景であるがゆえに、奏太はSPAS12からさりげなく距離を取ってその二人を受け止めた。

 

『『奏太!!』』

 

きっと心配してくれたんだろうけども、腰と胸に全速力で突っ込んでくるのはやめてくれないかね?日本語の叫びと同時に突っ込んできた衝撃に、思い切り地面に押し倒されながら奏太は笑うしかなかった。

 

『琥珀、市代、生きてるからそれはやめてくれ、死ぬ』

 

『よし生きておるな!!腕はあるか、血は出ておらんな!ちゃんと心臓も動いておるな!!』

 

『心配したんだからね!!あんなの出てくるなんて思いもしなかったし!!あぁもぅ、ほんとに生きてるよね!!』

 

腰に縋り付いて顔を腹にうずめるナガンM1895の琥珀、同じように胸に顔をうずめるスプリングフィールドM14の市代。

二人ともCIRASボディアーマーやマガジンポーチに思いっきり顔をうずめているようなものだが、まったく意に返す様子はない。

思いっきり奏太を抱きしめて少し落ち着いたのか、今度は体をべたべた触り始めて傷の有無を確認してからまた優しく抱きしめられる。

自分が悪いわけではないが彼女たちに心配させてしまったことは少し悪く思えた。そう簡単に死ぬとは思っていないだろうが、それと心配は別なのだ。

 

『大丈夫だ、お前たちこそ慌てすぎだ。感染したらどうする?』

 

『そういうこと言わないの!本当に気が気じゃなかったんだよ!厄介なことになっちゃったんだから!!』

 

『何があったんだ?』

 

『SRPAで博士に仕事を頼んだら政府の連中が出てきやがったのじゃ、この件は保安局が預かるとか抜かしながらのぅ』

 

『政府が動いた?だから時間喰ったのか、面倒臭い話になってきたな』

 

『まったくだよ。そのあとはブレイク大佐たちと一緒ににらみ合い、しかも私たちを初期化するとか言い出すし』

 

『そいつはどこのどいつだ?後悔させてやる』

 

一瞬で堪忍袋が分子崩壊した、俺の妻たちを殺すといったくそ役人にはわからせてやらねばなるまい、少なくとも死すら生ぬるい。

 

『大丈夫じゃ、今頃はアニオタ変態ムッツリハゲとして噂されとるじゃろうよ。大佐も協力してくれたから痕跡一つ残しとらんぞ』

 

『何したんだ?』

 

『ちょっと鬼畜物を忍ばせてやっただけじゃよ』

 

『メールを開いたら勝手に古い隠しファイルができて、しかも時間差で画面に流れる感じの簡単なトラップを送ってやっただけ』

 

『あれか』

 

南無、名も知らぬ政府職員、きっと某島国の系譜であるハード系R18アニメは破壊力抜群だろう。

琥珀の事だ、意味が分かるようにこちらの言葉に吹き替えられたものを仕込んだに違いない。

 

「笹木さん、そのお二人とは、そういうご関係で?」

 

しまった、つい話し込んでしまった。それも日本語で話していたからSPAS12にはさっぱり理解できないはずだ。

SPAS12をほったらかしにしてしまったことに気付いた奏太が彼女のほうに目をやると、彼女は複雑そうな表情をしていた。

納得したくないけど理解できる、理解できるけど理解したくない、そんな感情のせめぎあいが彼女の表情から見て取れた。

どうこたえるべきか少し戸惑っていると、SPAS12は少し逡巡するそぶりを見せ、人形らしく一瞬で無表情に戻ると踵を返してパーキングエリアのほうに歩いていく。

これは誤解されたかな、それも冗談で笑えない方向に。奏太はそんな感じがして、脱力して地面に体を投げ出すとキョトンとしている二人の頭に軽くチョップを落とした。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

(やってしまったぁぁぁぁぁ!!)

 

道路からは見えない車の陰で我に返ったSPAS12は悶えるしかなかった。

 

(そりゃそうよ、当たり前よ!あんなことになってた街から生きて帰ってきたならああいう反応するわよ!!何考えてんの私!!!)

 

琥珀と市代に抱き着かれて見せた奏太の和んだ表情、奏太の無事を喜んでいる琥珀と市代、その姿とやり取りを見ていて自分は怒りと羨ましさを覚えていた。

彼らのやり取りは理解できるが理解したくない、共感できるけど否定してしまう。

二人は見るからに彼とは特別な関係だ、それは二人の薬指に光っていた指輪からも容易に想像がつく。

だから嫌でも勘ぐってしまった、奏太は自分が生きるために街の人を犠牲にしてまで逃げた。あの逃避行は言い訳だと。

そんなことする人じゃないと言えるほど自分は彼を知らない、けど彼を慕う部下の様子を見ればそんな人ではないことは分かる。

でも納得できなかった、そんな感情がとめどなくあふれかえってどうしようもなかった。

どうしてそんな風にできるのか、どうして町の人じゃなくてあなたが生きているのだ、そんなバカげた非難まで湧いて出てきてどうしようもなくなってしまい、気が付けばこうして車の陰にいた。

 

(ど、どうしよう、これからどうしよう、マジで顔を合わせる自信がない)

 

気まずく思いながら車の壁から奏太たちを覗くと、座りなおした奏太に未だに抱き着くナガンM1895とスプリングフィールドM14が何か話し合っていた。

ここからはよく聞こえないが、3人ともおそらく日本語らしい外国語で喋っていて何を言っているのかわからないが少し3人も気まずげだった。

 

(M1895がコハク、M14がイヨ?それってM16A1が言ってた化け物狩りのスペシャリストってこと!?ぁぁぁぁぁ!!!)

 

完全にやらかした、とんでもなく失礼なファーストコミュニケーションだった。もしタイムスリップできるなら、感情を抑えられなかった自分をぶん殴りたい。

何とも運の悪いことに相手はU05基地の重要人物であった。そんな彼女たちに自分の感情を制御できず、挨拶一つせずに逃げてしまった。

仲間のところに帰ろうにも恥ずかしくて帰れず、かといって奏太に謝りに行こうとも考えたがこれもまた納得しきれなくて二の足を踏む。

 

(どーしよ…)

 

正直に仲間に相談するという選択肢が浮かばないSPAS12の声にならない絶叫を聞くものは幸いにしていなかった。

 

 

 





あとがき
何にも知らない、何しに来たのかわからない連中のターン。正直役にたったかは微妙な所、まあ生き残っただけマシなのです。


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第28話・勝者、黒幕、生存者3

ソレは生まれた理由を知らなかった。ソレは何をするべきか知らなかった。ソレは何でここに生まれたかすら知らなかった。

でも母がいたことだけは分かる、自らを捧げて自分を生み出してくれた母、自分に溶け込み栄養となった愛しき母。

でももういない、母は自分になったのだ。母は自分に命をくれた、でもそれ以外はくれなかった。知識はあった、でもどう使えばいいのかわからなかった。

自分はどうすればいいのだろう?何をすればいいのだろう?誰も答えてくれない、この煉獄の炎の中には誰もいないのだから。

ここには誰もいない、自分以外の生命体はみんな燃えてしまっていた。唯一、自分と同類のように見えた者たちもすぐにいなくなってしまった。

 

だから、何もなくてまどろむしかなかった。もうここに見るべきものは何もない、けどどうしたらいいかわからない。

 

何かが来た、母を殺そうとした人間もどきよりもはるかに強そうな機械の兵隊たちだ。自分を取り巻く炎に屈することなく武器を携えて迫ってくる。

ふと空を見上げれば、空にも機械の兵隊がたくさん飛び回っていた。母の残した知識からそれは軍隊の人形達だとわかる。

ということ母を痛めつけた者たちの仲間か、次は自分を殺しに来たというわけか。

 

だったら戦わなければならない。

 

ソレは煉獄と化した街でまどろんでいた、なにも敵がいないゆえに、何をするかわからなかったゆえに、無知であったゆえに。

だからそれを見つけたとき目覚めたのだ、自分の敵を見つけたとき理由を見つけたのだ。

 

一体どんなふうにすればいいんだろうか?そう考えて、それはにやりと笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

グリフィンのV-22オスプレイが避難所となっていたパーキングエリアから飛び立っていく、それを守るように周辺を飛び回っていたレシプロ戦闘機が引き上げていくのを一度だけ見上げ、ナインは一人緊張に顔を歪ませながらはやる気持ちを抑えてじっと監視を続けていた。

Eveの作戦が実行されたあと、一通り楽しんだ後にマンハッタンシティから離脱して不安要素であったグリフィンの監視を行っていたのだが、相手の出方がとにかく予想できなくてどうしたらいいのかわからなかったのだ。

おそらく偵察兼対地支援機であろう古臭いレシプロ戦闘機の機銃掃射がいつ来るかとナインはひやひやしっぱなしだった。

マンハッタンシティの崩壊からいち早く抜け出し、今一番気が抜けない集団となっているグリフィンの生存者を監視していたが救援らしい飛行編隊を見たときは、反撃に出るのかと思ったくらいだ。

 

(まったく、どこまで用意がいいんだ?あの連中は)

 

V-22オスプレイ2機と古臭いレシプロ戦闘機3機の小規模編隊だが、V―22に燃料と救援物資を満載し車用の充電装置を下ろした時はここを拠点にする気かと勘繰った。

周辺では散らばったグリフィンの部隊が銃すら使わずにNMCを血祭りにあげ、疲れているのかボーナスだのなんだのと軽口をたたいていた。

グリフィンの反撃に備えて潜伏させていたNMCをことごとく見つけ出して狩り尽くしているあたり普段から慣れているのが見て取れた。

赤のメッシュの入った白い髪の少女がナイフを両手に握り、その後ろを守るように緑メッシュ黒髪をした姉型機と思われる人形が手斧を振りかざし、二人でストレンジャーを軒並み膾切りにしていく姿はまるで消耗しているように見えなかった。

その二人以外にもVz61短機関銃の2丁拳銃使いと人形とイングラムM10短機関銃使いのコンビネーション、日本刀で大立ち回りする金髪の人形、バイザー付きヘルメットをかぶった狙撃手など、基地を放棄するまで戦っていたはずなのにかき集めたNMC達が全く歯が立たず倒されてしまった。

おかげでグリフィンがとどまるパーキングエリアの周囲に張り巡らせていた包囲網は完全に穴だらけになっている、完全に想定外だ。

 

(明らかにほかの人形たちとは別物だ。明らかに手慣れてやがる、普段から相手にしてないとあの落ち着きは身に付かねぇ)

 

NMCの中では低位のストレンジャーやただの変異体が主だとしても、U01基地を壊滅させるには数を揃えれば十分だった。

それがほかの基地からの派遣部隊一つには手も足も出ていない。今は生存者たちの車に充電と給油を真っ先に始め、随時撤退作業を行っているが、本当にこのまま撤退してくれるかはわからない。

もし生存者たちだけを逃がして、街に戻ろうとされたら止める手立てはない。正規軍にはほどほどに苦労してもらわなければならないのに、ここで援護なんてされてしまったら作戦がうまく機能しないかもしれない。

それは何とか回避したいがかといってここで攻撃を仕掛けるには遅すぎた。

 

(読めない。こいつら、本当に何しに来たんだ?)

 

相手の意図が全く読めない、どれだけ警戒しても足りない不安要素だとナインは確信していた。

 

≪ナイン、聞こえる?≫

 

「お嬢?こちらナイン、悪い、ちょっと気が抜けねぇからあとにしてくれねぇか?」

 

≪何かあったの?完全体の様子が知りたいの、軍が出てきたのでしょう?≫

 

「あぁ…悪い、すぐに準備する。少し待ってろ」

 

≪何があったの?≫

 

ナインは設置しておいた端末を手に取ると、マンハッタンシティに残してきたドローンと通信をつなぐ。

その作業をしながら、何と答えればいいか迷って少し口ごもった。あのグリフィンの動きがわからない、どうこたえるべきか迷っていた。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「あれが完全体?なにあれ気持ち悪い」

 

崩壊していくマンハッタンシティの中で行われる正規軍とネオミトコンドリア完全体との戦闘を映像越しに見ていた少女は、危険を冒してマンハッタンシティ近郊で通信を中継し続けているナインに悪いと思いつつも思わず呟いていた。

既に戦端を開かれてから2度ほど地面にたたき落されたネオミトコンドリア完全体だったが、そのたびに変異と進化を繰り返して成長して今では女顔の筋骨隆々とした成人ほどにまでなっていた。

発達した四肢、筋肉が隆起し鍛え上げられた女性体で臀部には巨大な尻尾のような男性器官がうねり真っ赤なビームを放っている。

周囲を包囲する正規軍部隊はその間も情け容赦なく銃撃と方位攻撃を続けているが、その弾幕を強引に突き破っては発達した四肢や尻尾のように尻から生えた男性部分で正規軍のサイクロプスやイージスをなぎ倒し、ケリュネティスの集団やテュポーンをレーザーで薙ぎ払う。

その光景は正規軍が圧倒されているようにも見えるが、破壊されたらそれ以上の数が上空を旋回している輸送機からどんどん投下されていていまだに戦闘は終わりそうにない。

 

「なんか艶めかしいというかなんというか…あとなんか暴れすぎじゃない?」

 

≪正規軍の火力なら小細工なしで殺しきれる。オリジナルはお前の妹にボコボコにされたじゃねぇか?≫

 

「それやったのEveさんだし、あの子もあの子だから…ところでさっき気が抜けないって言ってたけどどういう意味?」

 

≪あぁ…グリフィンの連中、こっちのこと勘づいてたかもしれねぇ≫

 

「どういう意味?グリフィンが気づくはずないわ」

 

ナインの言葉にマヤは首を傾げるしかなかった。今回の作戦がグリフィンに漏れる理由が思いつかなかったのだ。

 

≪あっちのお嬢が計画を変えたのはグリフィンの連中が手練れを突っ込ませてきたからだ。U05基地の連中、想定以上にやりやがる。

そんな連中がマンハッタンシティ警備部の対テロ部隊を始末した後にいきなりだぞ。いくら何でも早すぎると思ってな。

だから撤退の前に、ちょいとグリフィンのサーバーにハッキング仕掛けて少し調べてみた。もしかしたらと思ってよ。そしたら怪しいのが出るわ出るわだ≫

 

「それなら聞いたよ、武器も練度も全く違ったんだよね?でも正規軍とのつながりが強いグリフィンなら、そういう指揮官を採用しててもおかしくないでしょ」

 

≪いやそんな程度じゃねぇ、タイミングが良すぎらぁ。お嬢が騒ぎを起こした時、U05基地の外に別基地の知り合いがいたんだぞ?こんな偶然があるか?

しかもだ、外からその様子を見て真っ先に連絡したのが自分の基地じゃなくて、U05基地にいる自分の姉貴だとよ。その連中の個人的な連絡でグリフィンの対策部隊が動いた。

それだけじゃない、この街の支社にお嬢を追い詰めた部隊が最初からフル装備でいたんだよ。ヘリまで持ち込んでだ、しかも別任務とかでもう一部隊、外に居やがった。

できすぎてると思わねぇか?あっちのお嬢もだからあんな無茶しやがった、シェルターの一部を丸ごと子宮にして自分を成長促進剤にするとかな≫

 

「…まさか?内通者が?」

 

≪そこまではまだ分からん、だったらなんで三日もまごついてたかわからん。だが注意したほうがいいだろうな、時間を与えると俺たちと真っ向勝負できそうだぞ≫

 

「わかった、こっちも注意しとく。そっちもほどほどで離脱して、これから定期チェックだから支援できないし」

 

≪了解、撤収する≫

 

ナインは通信を切る、マヤは白を基調としたきれいな壁に多くのモニターが埋め込まれた管制室の椅子に背を預けて天井を仰ぐ。

壁と同じく清潔にされた白い天井と明るい傾向とを見上げながら、マヤは自分たちの仲間や科学者たちの名前を思い浮かべた。

頭の中で思い描くのは誰もが気心知れた連中だ、裏切り者がいるとは思えない。そうであれば、おそらく彼ら自身が教えてくれるはずだ。

そうでないのなら裏切っている可能性は低い、あるいは完全に自分が騙されていることになる。

もし完全に騙されているならあきらめもつくが、何か見落としているのならそれは是正しなければならない。計画が破綻するのは絶対にあってはならない。

 

「これで本当によかったの?マヤ」

 

唐突にかけられた心配そうな言葉、思案を巡らせて集中していたマヤは背筋がゾッとして飛び上がりそうになった。

慌てて振り返ると、そこには大きな鎌を携えて目に制御装置のようなものを付けた白い人形が心配そうに眉を八の字にしながら立っていた。

 

「白さん、黙って忍び込まないでくださいよ…」

 

「ごめん、心配だったから。でも心配して正解だったみたいね。これはあなたの好むやり方ではないはずです」

 

「そうかな、私はこうしたほうがやりやすくなると思っただけだけど?派手でわかりやすいし、証拠だって勝手に消してくれるしね」

 

「そのためにこれほどの犠牲を?」

 

「そうだね、気にしてないよ。関係ない人だし、嫌いだもん」

 

「…今はそれでごまかされてあげましょう」

 

「白さん?」

 

白い人形は廊下に出るドアの前で立ち止まり、少し振り返った。

 

「本当に嫌いだったりしたらそんな風に苦しそうにしたりしないものです。無理なさらぬよう…」

 

白い人形はそれだけ言うと廊下の外に出ていく。マヤは彼女が出て行ったのを確認してから、大きなため息をついてから自嘲気味に笑って、顔を俯かせて視線を下に落とした。

 

(嫌いなのは本当、Eveさんだってそう。ここにいるのはあの人のおかげだけど…)

 

許せないという気持ちはある、怒りが、憎しみが、この身を焦がすような何かが体中にほとばしり胸を焦がす。

Eveの事は嫌いだった、自分を利用して世界をめちゃくちゃにしようとしたのが気に食わなかった、死んでせいせいしたといえば事実だ。

だがそれでも、すぐそばにいた彼女がいないと思うと少し寂しいし、自分が今犯した攻撃で失われた命の数と生まれた悲劇を想うと胸が苦しい。

やりたくなかった、やらなければよかった、やっちゃいけないとわかっていた。

今回の攻撃でどれだけの不幸がまき散らされたかなんて数えたくもない、自分も同じ苦しみを知っているから当事者たちの苦しみがわかってしまってどうしようもなかった。

 

「…定期チェック、しなきゃ」

 

自分をからめとるような気配から逃れるように席を立つ、廊下に出ると白い人形はおらず人気のないリノリウムの廊下が広がっているだけだった。

敵的な掃除で清潔を保たれた廊下を抜け、エレベーターで目的地のある回まで降りる。降りた先の廊下にある分厚い隔壁の前に立つと、壁に備え付けられたキーパッドに暗証番号を入力する。

何重にもロックされた隔壁が開き始め、仲から肌を凍らせるような冷気が噴出して彼女のほほを撫でた。

隔壁に付いたドアをくぐり、この部屋に安置された機械から漏れる冷機で冷え切った室内用に常備してあるコートをメンテナンス用のロッカーから取り出して羽織る。

機械と配管が縦横に走った奥に長い室内には人間一人を収めても余裕がある大きい棺のようなポッドが14個、2列になって安置されており静かな機械音とともに稼働し続けていた。

何度も往復した見慣れた室内を見渡し、メンテナンス用にすべての機会に繋がった制御盤を稼働させて現在の稼働状況を確認する。

 

「やっと一歩前に進んだよ」

 

そのポッドの一つ、今や荒れ地と化した国の国防省のシンボルマークが入ったポッドに手を当てる。

ポッドの中を覗き込むガラス窓の奥に眠る、自分と同じ顔をした女性の霜が張った寝顔を覗き込んで胸が締め付けられるような気分になった。

何度見ても、何十回見ても、この気持ちは全く薄れない。じくじくと疼く悲しみ、吹きこぼれそうな怒り、そのすべてを呑み込む。

これも同じだ、何度もやってきた。でも何度やっても慣れることはない。

 

「だから、もう少しだけ待っててね。お姉ちゃんが必ず助けるから、頑張るから」

 

静かに、何度口にしたかもわからない誓いを立てる。最愛の妹に言い聞かせて、何よりくじけそうになる自分を奮い立たせるために。

 

 

 




あとがき
というわけで今回の事件はいったん終了、最後は黒幕のお話。つまり今回の事件はとある組織の活動のための陽動作戦だったというわけです。
同姓同名の人が感染するとか完全に出来すぎですもの、意図的じゃなけりゃどんな奇跡だ。
不完全燃焼な終わりですが、戦力的にも設定的にも『生き残る』にはグリフィン部隊が取るのは逃げの一手しかありません。
今回出てきた彼女は混ぜたほうの原作にも登場する立派な原作キャラでルートによっては…という感じなので出演させていただきました。
原作をやった方にわかるように表現しますと『この世界ではマンハッタン封鎖事件が起きていて、隠しエンドが存在する状態でノーマルエンドを迎えて続編に続いた』感じです。
なおこの状態で一番割喰ってるのはグリフィン、被害はひどいし変なのにマークされたりと良いことがまるでありません。
原作でも割とそんな立ち位置な気もしますから今更でしょうがね。この世界は狂ってる上に人間もろくでもない計画をわんさか計画してたりしますし。
ちなみに最後のアレ、わかる人には多分わかるでしょう。あの国はとことんやらかす運命なのです。
新作もあれはあれで面白くはありましたからリアルでも複雑でしたね…(しみじみ)



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第29話・最初から怪しすぎるから今更だよね?


気付いたら新年明けてました、遅くて申し訳ない。
待たせてしまって大変恐縮だがどうか楽しんでほしい。




悪夢のような一夜だった、それが事の顛末を聞いたフランが感じた感想だった。

グリフィンはこの事件に関しては何も有効な手を打つことができず、ただ生き残るだけで精いっぱいで対処する暇などありはしなかった。

それも指揮をした彼の判断が一つでも遅ければだれも生きて帰ってこれなかっただろうことは間違いないだろう。

マンハッタンシティを崩壊させたNMC、正式名称『ネオ・ミトコンドリア・クリーチャー』は民間のPMCが相手するには荷が勝ちすぎたのだ。

マンハッタンシティに投入された部隊の報告書や生存者たちの証言を取りまとめた報告書を届けに来たフランと夢子を見つめるヘリアントスは静かに頷いた。

 

「報告は以上です」

 

「そうか、わかった」

 

「…それだけですか?」

 

「そうだ」

 

「おかしいわね、何かしら処分があると思ってたけど?」

 

あからさまに眉を顰めてニヤニヤしながら言うドリーマーの夢子、普段ならば諫める所だがフランは何もせずヘリアンのほうをじっと見つめた。

ヘリアンは困ったような息を吐いて、不遜な仕草をする夢子にあきらめたように頷く。ヘリアンも無理にごまかす気はなかったらしい。

 

「この件は国家安全保安局が預かることになった。グリフィンはこの件からは手を引く、他言は一切無用だ」

 

「だと思いました、あれは厄介極まりない」

 

何しろ根本的な解決策がない部類ですからね、フランがそういうとヘリアンは顔を渋くしながらうなずく。

戦術人形の生体部品をも変異させて取り込めるともなれば、グリフィンの長所は潰されたも同然だ。

人間の兵士を使うPMCと何ら変わらないどころか、むしろ脅威に気付かず被害を拡大させる恐れすらある。

その轍はすでにキメラとの初遭遇で経験済みだったフランは痛感していた。

マンハッタンシティに派遣されていた奏太たちが回収したU01基地の監視カメラ映像などの貴重なデータからもそれがわかる。

 

「あぁ、だからこそは慎重に進めなければならんということらしい。連中、なりふり構わず情報を規制している。その件もあってお前たちへの罰則もうやむやだ」

 

「むしろやりたい放題してくると思ってましたが意外ですね」

 

「よくわかっているじゃないか?お前たちを良く思わん連中は真っ先に懲戒免職の上で刑務所に入れようと動いていたぞ?敵前逃亡でな」

 

ヘリアンの言う通り、理由がどうであれ今回の事件でU05派遣部隊は任務を放棄したも同然に撤退している。

それがどんな理由であれ何かしらのペナルティはあってしかるべきだし、ましてやそれを主導したのがただの雇われであったならば責任を押し付けることも可能だろう。

そういう輩はたとえ回収されたU01の映像を見ても何も思わないか、別の事を感じて保身に走るだけだ。

U01基地の指令室が司令部要員の変異したNMCに蹂躙されていくのを見ても、シェルターに避難した人々がEveによってネオミトコンドリアの茶色いゲルに変えられて利用されても。

もっともそれをしたところで当の本人はあっけらかんとしていそうではある、とフランは思ったがそれは言わなかった。

 

「だがここで事を荒立てるのを国が良しとしなかった。ここ最近はグリフィンの対鉄血作戦がうまくいっていたのにこの有様だ。

そこに下手をすれば外と中とで争いになる火種を作るとなれば、余計に大きくなるのは確実だろう?あいつらは黙っていない」

 

「もしそうなったら間違いなく私は死ぬし、グリフィンはなくなりますね。そうなれば文屋は大騒ぎでよからぬ思想家たちも張り切る。

その原因となったこの事件は好き勝手ほじくられるでしょうから、国が黙ってられるわけがない。それで損切ね、これで黙ってろと。ま、それはそれでいいか」

 

「向こうで引き取るならご自由に、好き好んで引っ掻き回す気なんてないですよ。ですが、こちらも仕事がありますからそこは理解していただけますよね?」

 

「お前たちの仕事が仕事だからな…事故は起こるさ」

 

事故、ね。ヘリアンがわずかに強調した単語を脳内で反芻した夢子はくつくつとこみ上げる笑いを抑えきれずに咳払いした。

上からの圧力で捜査が打ち切られるというシチュエーションは映画などでよくあるが、この打ち切りはうれしいものだ。面倒なことに関わらないで済む。そんなやり取りをしたのが先日である。

 

「あ、そう」

 

朝早い時間、トレーニングで一緒にランニングをしていた笹木奏太の反応は恐ろしく淡白だった。

走るペースは変わらず、表情も変わらず、特に何も感じていないのが見て取れる。

一緒に走るM1911の笹木美奈も一緒でまったく動揺が見えず、奏太の隣をぴったりキープしてペースを乱さなかった。

自分の隣を走る夢子は呆れたように苦笑いして、奏太に問いかけた。

 

「反応薄いわね?たぶんちょっかい掛けてくるわよ」

 

「いつものことさ、古い国の連中はいつも勝手に被害妄想を募らせやがる。この業界じゃ珍しいことじゃない」

 

「今は悪いほうに傾いてるしね、歴史があるってことはそれだけ積もる話もあるってわけだもの。そもそもダーリンってIOPと鉄血にだって睨まれてたからね?」

 

「なにそれ、初耳なんだけど?」

 

「これも俺の人生ってやつだ」

 

どうやら初耳だったらしい夢子の問い返しに奏太は意味深に笑うが、笑ってられる当たりおかしいとフランは断言できた。

 

「ダーリンとペルシカリア博士には因縁があるの、鉄血のリコリス博士とも。向こうからしたら要注意人物ってわけ。

でもその手の連中は良い装備してる奴らならいい稼ぎになるよ、ゴロツキとかじゃなければ装備がいいの」

 

「このあたりならサイクロプスくらいは横流しとかなんとか言ってずっと出せるだろうな。腕試しにはちょうどいい…失礼」

 

しかも内地ならば軍用人形を使ってくる可能性が高い、そうなれば堂々と鹵獲して使いまわせるわけだ。お財布も潤って素晴らしい。同じコースを走っていたG11の脇を抜けながらそう顔に書いてある奏太の表情を見て、夢子は鉄血時代に散々投入しては壊滅して部隊の装備類を根こそぎ奪われていたのを思い出して納得するしかなかった。

供養する代わりに最低限の慈悲を残して武器弾薬、装備類に至るまで根こそぎ持っていかれていたのは何の冗談だと思っていた。

このグリフィンに鞍替えしてから、それらが鹵獲戦力にされたり資金源にされたりコスプレ衣装にされてたりしたのを知り脱力したものだ。

生半可な実力の襲撃部隊ではただのボーナスにしかならないだろう。頼もしいやら恐ろしいやら、何とも複雑な気分に夢子はなった。

 

「それでもしばらく控えてほしいんだけどね、最近は新入りも増えたし」

 

「いつまた昔みたいに雑にされるかわからないだろ、慣れてたほうが楽だ」

 

「ハードル高すぎんのよ、変にちょっかいだされて巻き添えになったらいやよ」

 

「ま、相手次第だね。向こうが撃たなきゃこっちもほっとくし」

 

「ほんとう?」

 

「ホントホント、ミナチャンウソツカナイ」

 

「うさんくさ」

 

わざとらしいカタコトで頷く美奈をフランの茶化す気持ちもわかる、ゲパードM1を避けて追い越しつつ夢子はうんうんと頷きながら肯定した。

新人のスプリングフィールドM1903は初日から躓いていたし、RO635は帰ってきたSPAR小隊の大暴れを後から聞いて軽く引いていた。

指揮官を失って再編を余儀なくされたU06基地からもMG42率いる機関銃使いを筆頭に何人も合流してくることになっているからその対応もある。

おかげでこの基地の所属人数は一気に倍ほどの人数に膨れ上がっていて、当番やらなにやらと一新しなければならず事務方は毎日忙しい日々を送っているのだ。

ここでさらに面倒事を増やされてはたまったモノではない。そんな風にフランが考えていると、何かを思いついたのか美奈が問いかけてきた。

 

「そういえばその新人はどう?やっていけそうかな?」

 

「どうかしらね、スプリングフィールドはまだ戸惑ってるかも。戦術人形としての職務は理解しているでしょうけど、ほかの例が強いから。

ほかの連中は言わずもがな、あんたらが引きずり回せばだいぶ変わるでしょ」

 

「スプリングフィールドのほかの例?」

 

不思議な顔をする美奈に、前を走るスコーピオンとイングラムを追い抜きながらフランは引っ掛かりを覚えたがすぐに思い至った。笹木一家を含め、この基地は他の基地との連携はすれどその基地で長く過ごすことはほとんどない。

行って、戦って、仕事が終わればほとんどはそのまま基地に直帰してしまう。ほかの基地のスプリングフィールドM1903が基地で何をしているか見たことがないのかもしれない。

 

「スプリングフィールドM1903の人形は基地のエースで活躍する高性能な人形だけど後方支援員としても優秀なの。

多くの基地では本来の仕事のほかに喫茶店やバーで慰安をしてたりするのよ。広報誌とかで喫茶店の話題が出ると大体セットになってるわ」

 

「そういえば前に読んだかも、でもここじゃ無理っしょ」

 

美奈の言う通り、この基地にスプリングフィールドM1903が喫茶店を開く余地は全くない。

土地や資金の問題ではなく競合するためだ、すでに喫茶店やバーはこのリゾートに残されていた施設が稼働しており担当者もついている。

担当者となる人形たちもそのほとんどがこのリゾート施設が営業していた時からいる担当人形たちであり、接客から食事に至るまで経験豊富なベテランの本職ばかりだ。

他にも訓練場扱いのトレーニングルームや体感型VRシミュレーション施設稼働といった流用可能な遊戯施設も稼働していて、その専門職の人形がいるために放り込む理由もない。

そのため今は完全な戦闘職として配属していて、今は主にゲッコーやラッドスコルピオンなどで経験を積ませている。

 

「今は様子見よ、戦力面では問題ないしね。中型のラッドスコルピオンくらいまでなら慣れてきたわ、次はソロで何かやらせてみる予定よ」

 

「ソロね、彼女はボルトアクション式がメインだしサブに連射が効くの持たせたほうがいいかも」

 

「アドバイスしておくわ、何がいいかしら?」

 

「オートマチックなら手ごろなのはローライフ当たりじゃないかな?それかバスタードのショート」

 

「ショートマグにショートバレルか?正規拳銃に比べたら安いがピーキーだな」

 

「そこは彼女次第、人形なら力づく何とかなるでしょ」

 

美奈の考えを読んだ奏太がそういうと彼女は頷く。二人とも真剣に考えているようだが少し行き違いがあるようだ。

 

「なんで自腹を切る前提なの?支給品だから密造銃じゃなくて正規品が出せるわよ」

 

「支給でも出費が抑えられるならそれに越したことないんじゃない?」

 

「スカベンジング訓練も併せてジャンク集めをやらせれば費用もむしろプラスになる。戦闘跡地に行けばジャンクには事欠かないし、いざというときは自分で何とかできる」

 

「スカベンジャーが少ないっていいよね、ところで私たちちょっと遺跡に行こうと思うんだけど行ってきていい?」

 

「唐突ね!?控えろって言ったわよね!?」

 

「前に探索した遺跡がちょうど入りやすくなってるって情報が入ってさ、ZONEの奥にあるここの国の連中も手を出せてない穴場だよん?」

 

ZONE、そう聞いてフランは思わず顔をしかめてしまった。人類生存可能圏外でもひときわ汚染と変異が著しく探査すらままならないとされる地域の事だ。

場所によってまちまちであるがそのほとんどにおいて現在の科学では考えられない異常な超常現象や凶悪な化け物などが闊歩する恐ろしい場所でいくつも確認されている。

しかも確認されている、というだけで全体の総数も規模も何もかもが現状ではすべてが不明だ。

ZONEは半ば異空間という話もあり、第3次世界大戦以後はZONEの出現のたびに世界地図が書き換わっているとすら言われており、その特異性から解明がほとんど進まない空間といえよう。

最新の装備と細心の注意をして、最高のベテランが最高のバックアップを受けて調査に挑んだがほとんど成果がないというのだ。

その超がつく危険地帯にはるかにたった5人でしかも旧式装備で挑んでケロリとした顔で生きて帰ってくるなんてほら話も良いところのはずである。

本人曰く『手ごろ』な危険地帯にど素人を引き連れてレクチャーしながら闊歩する変態が目の前の二人なのであるが。

 

「何組も挑んでは消えてる危険地帯だ、無理にとは言わねぇよ」

 

そういうことサラッというんじゃねぇよ!と何度思っただろうか、この国の研究機関が聞けば目をむく話だがこいつらにとっては日常なのである。

普通に考えれば貴重な戦力を彼らに連れて行かせるなんてどうあっても許可してはいけないのだが、この基地ではむしろ望んでついていく連中が大多数だ。

 

「チェルノブイリにでも行くの?」

 

できれば成果が上がっている数少ない地域にしてくれと願うばかりなのだが、彼らの事だからそんなメジャーなところはいかないだろう。

チェルノブイリ原発周辺、プリピャチ市近辺などは国の調査隊が成果を上げている数少ないZONEだ。

それでもZONE内部では複数の派閥が目下紛争中で十分危険地帯という話は彼から聞いている。

 

「そこはアーティファクト狩りのメッカ。私たちが行くのはプレアデス遺跡群」

 

「聞いたことない名前ね」

 

「発見チームから取った通称だ。この国じゃまともに探査できないから番号を振っただけで学会のバンクに埋もれてるだろう」

 

普通ならば行くことすら間違いな危険地帯に好き好んでいく連中だ、そりゃこうもなる。

 

「超危険ってことじゃないのそれ?」

 

「危険ではあるがその分実入りがいいんだ、プレアデスの足跡を見つけるのだって面白い。データログ見つけるだけでいい稼ぎになるぞ」

 

「そういえばプレアデスの痕跡を見つけたチームが前いたね」

 

「神機使いのいた北欧の?いいチームだった」

 

「全滅したの?」

 

「いや二人生き残ってウラジオストックに行ったよ、そこに行くのが目的で金稼いでたんでな。

本社の精鋭っていうだけあって結構強かったんだが仲間を守って死んだ。帰ってきたのは神機、武器だけだった」

 

しみじみ、といった様子で空を仰ぐ奏太。その遺跡だけで一体どれだけの命が飲み込まれていったのか、フランはふとそう考えて即座に考えるのをやめた。

 

「行くのはいいけど成果は出してよね、できれば長く開けないでほしいわ」

 

「そこは諦めてくれ、長引くときは長引くもんだ。俺たちがここに一年以上もいるんだぞ?」

 

「あんたらがいないときにデカいヤマが起きたらどうするのよ」

 

「ほかの連中も時々来るようになっただろ、そいつらに声かければいい。報酬さえ釣り合えば嬉々として乗ってくるさ」

 

「あんたらが一番信用できるのよ、そもそもここは中継地とか保養所みたいに思われてるみたいだし。売り上げは上がるからいいけどね」

 

「はいはい、なんなら歴史に名を残すか?最速攻略っていうな」

 

「馬鹿言いなさんな、生きて帰って来いって言ってんの。この前みたいなのはごめんよ、あんたら以外に対処できない」

 

「どんなに気を付けても罹るときは罹る、アレはそういうもんだ。まだあいつらには刺激が強すぎんのさ」

 

「正直あんたらやらかしたんじゃないかって思ってたわよ?SPARのみんなだって呼び出し食らってんじゃないの」

 

茶化す奏太に突っ込みを入れるフラン、その横でけらけら笑う美奈。いつもの光景だ、そう思うと夢子は安心したように前を向く。

雑談しながら同じコースを走る人形たちをどんどん追い抜くその様子をSPAS12は唖然としながら見送っていた。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「生体組織が変異してる?」

 

IOP、16LABの主任研究室、ペルシカに体の検査のために召集されたSPAR小隊のM4A1は思わず聞き返していた。

 

「ほんのわずかなものだけどね。変異というより適応といったほうがいいかしら」

 

「あの化け物が言ってたのはそれか…一体どうして?」

 

M16A1は自分の検査結果が印字された資料に目を通しながら少し乾いた笑いを上げながらペルシカに問う。

 

「簡単に言えば人類生存可能圏外での活動結果、かしらね。ここの汚染とあっちの汚染は桁が違う、汚染対策をしっかりしても完璧に防ぐことはできないの。

人体に影響が出ないくらい防いでいるだけ、その弱毒化された汚染物から生き抜くすべを体が身に着けつつあるってところよ。

たとえばあなたたちの肌よ。SOP2、あなたの肌は人間に極力似せるように作られてるし多少の傷なら再生する。今その紙で指を切ったらどうする?」

 

「絆創膏張れば十分かな?」

 

「そう、あなたの体を覆う皮膚や皮下組織などの生体組織は『生きてる』の。グリフィン主流のIOP製民間人形は大体そう」

 

「生きてるから当然環境の変化に適応しようとする、というわけね?」

 

AR-15の答えにペルシカはその通り、と答えた。

もちろん人間と全く同じというわけではない、被弾などの被害にクラッシャブルストラクチャーとしての役割を持って対応するように設計された人工物だ。

しかし壊れることが前提で作られたこの生体組織は時間さえかければ自然と治る利便性がある。

 

「外の環境に慣れ切った彼女たちと長い接点があったのも理由ね。これを見てみなさい」

 

「これは整備記録?うちの連中の…だけじゃないわね。それにこっちは人間の診察記録、これはあの街の生存者たち?」

 

「そう、あなたの基地から提出された整備記録をこちらで解析したものよ。注目すべきは生体部品の変異、あなたたちよりも付き合いが長いFALや一〇〇式達はもっと数値が高い。

記録を見た限り、みんなは体の修復は数多くあっても乗り換えまではしてないでしょ?そのせいね」

 

この基地に所属する人形たちの生体部品を維持するのに使用されているミトコンドリアは、Eveのバラまいたネオミトコンドリアを受け付けなかったのはミトコンドリアが過酷な環境に適応するための変異が見られたかららしい。

この結果を見てM16A1は今まで考えていた疑問が解けた、Eveとの遭遇戦で掛けられた問いの答えはこれだったのだ。EveはM16A1たちのミトコンドリアを暴走させることができなかったようなのだ。

その傾向は他のメンバーにもみられており、生き残ったU01基地の部隊や民間人たちに比べても汚染の痕跡が格段に少なかった。

奏太からの助言で栄養剤などでの免疫力の活性化とガスマスクなどの装備で、基地に限らず町全体を汚染していたネオミトコンドリアからの影響を防いでいたのは正解だったのだ。

 

「FAL?ほんとね。確かに変異率が高いけど…あいつ帰ってきたらしばらく寝込んでたわよ?」

 

416の怪訝そうな言葉にM4も思い出す。人類生存可能圏外への初遠征に抜擢されたメンバーのうち、FALと一〇〇式は帰還して早々医務室送りになっていたのだ。

彼女たち二人は奏太たちと同行して地上探査に出向いてかなり特異な経験をしてきたのだが、そのせいか体内の部品に変調とメンタルに負荷がかかってしまったらしい。

そのせいで集中メンテの後に一週間ほど熱を出して寝込んでしまい、ひどい風邪を引いてしまったようになって奏太たちに看病されていたのだ。

もっとも、愛しの彼にやさしく看病されていたFALは別な意味で高熱を発していたようにも見えたが。

 

「そもそも戦術人形が人間みたいにそこまで寝込むほうが変よ、風邪みたいになるとかありえないでしょう?」

 

「そうかしら、指揮官は風邪って言ってたけど?鼻水だらだらでせき込んで、発熱に体の倦怠感、人間とほぼ同じ症状だったわ」

 

「正確には風邪みたいなモノ、でしょう?報告書を読ませてもらったけど頭痛くなったわよ…霊的な接触による精神汚染とかオカルト過ぎないかしら?」

 

「そうはいっても実際あるみたいだし、それ用の装備ももらったし」

 

416は常備しているポーチの中からメダリオンの付いた質素な首飾りをペルシカに見せた。

『セントメダリオン』と呼ばれるいわゆるお守りのようなもので、精神放射や霊的な接触といういわゆるオカルト的な精神攻撃をある程度身代わりになって緩和してくれるらしい。

指揮官の友人であるマクスウェルが純正人形用に調整したものなのでグリフィン所属の人形にはぴったりなのだそうだ。

 

「まだ実際に見たことはないけど、これから先嫌でも目にするでしょうね」

 

回復した二人曰く『二度とごめん』らしい、経験したことのない苦痛にすっかり二人は参っていた。体が全くいうことを聞かず、かといってハッキングや電子ウィルスとも違う体の暴走は彼女たちをひどく追い詰めたのだ。

廃棄処分になる最悪の想像が何度も過って気分も陰鬱になり、その憂鬱さがさらに症状を悪く感じさせる悪循環は言葉にできない悪夢だったという。

その様子に奏太たちは微笑ましく笑い、まるで人間にするように消化のいいおかゆなどを食べさせ体を拭いてあげたりして看病して治してしまったのだ。

 

「それで風邪薬飲ませて、人間みたいにあったかくさせて寝かせて直したって?」

 

「そうね、薬を買いに行かされたの私だし覚えてるわ。市販の風邪薬と栄養ドリンクよ、ねぇSOPⅡ」

 

「うん」

 

当時、416と一緒に買い出しをしたSOPⅡは思い出しながらうなずく。いきなりこんなものを買わされて困惑していたのをM4は思い出した。

夕暮れ時、人間用市販薬の数に不安があったために車をかっ飛ばして隣の地区まで買いに行かされた二人は帰って来て早々奏太たちに何度も確認して首を傾げていたのだ。

それで無事に元気になったときは、そういうこともあるかと納得していたのだが良く考えるとおかしい。

精神面や霊的な接触などの治療に関しては専門家でなければ難しいらしいが…家庭的すぎるのも不思議だ。

 

「でも、それとこの召集とどんな理由が?」

 

「今回の一件であなたたちの価値がIOPに認められたの。あなたたちの量産モデル化計画に拍車がかかったのよ」

 

「あら、てっきりただの言い訳だと思ってたわ」

 

「今回のはそれだけ大きかったの。言い方は悪いけどあなたたちは生き残っているはずがないイレギュラー、それがここまで経験を積んだ精鋭に成長したんだもの。

しかもあの子たちとは違って使われている部品もほとんど流用可能な既製品、高級品ではあるけど量産してるから」

 

「でもマンハッタンシティではまるで役に立てませんでしたよ、あの時は本当に死ぬかと思った」

 

「あの混乱の中でむしろ良く生き残ったといえるわ。あなたたちは全員生きて帰ってきた、それも正規軍が相手するような化け物たちと互角に渡り合ってね」

 

そこまで言ってペルシカは少し思いを巡らせるように言葉を切った。

 

「今回はその開発のためのデータ取り、できるだけ早く済ませるつもりだからできる限り協力して頂戴?」

 

「だからってオリジナルの装備にこだわる必要なくない、私これ嫌なんだけど」

 

AR-15が自分の脇に寄せていた装備を持ち上げて心底嫌そうする。彼女の持っているのはオリジナルのAR-15が身にまとっていたおしゃれな服だ。

AR小隊の所属を示す腕章などはないが、それ以外はすべて同じでAr-15はすごく苦々しい表情をしていた。

 

「いつまでもあなただけ私物を使いまわさせるわけにもいかないのよ、今度からそれを使ってちょうだい。

防弾使用だし戦闘用にカスタムもしてる、それにおしゃれで町中にそのまま出ても目立たないから普段着としても使えるわ」

 

「そうはいっても…正直、戦場でおしゃれする必要性に最近疑問を―――」

 

「AR-15、それ以上はいけないわ」

 

不穏なことを言いかけたAR-15にペルシカはぴしゃりと有無言わせぬ口調で言葉をかぶせた。

 

「…さて、話がズレたから戻すけれど今回の仕事は武器への適合率と射撃能力のテストよ。私はやることがあるから、先に射撃場に行ってて頂戴」

 

「せんせー、じまえのまぐなむもありですかー?」

 

「常識の範囲内なら許可します」

 

SOPⅡのおどけた質問にペルシカはくすくすと笑い、その朗らかな笑みにM4は小さな違和感を覚えた。

何からしくない、少し取り繕っているようなそんな感覚がした。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

ヘリアンは夕暮れに染まる執務室のデスクに座りながら、胸の奥に過る罪悪感に顔をしかめた。

過るのはU05基地で何も知らないままに職務に従事するフランシス、彼らは何も知らない、今グリフィン&クルーガー社を取り巻く情勢も、状況も、すべて理解しているわけではない。

U地区における鉄血との戦いはほぼ化け物との戦いに取って代わられつつあるが、これはあくまで一地方での出来事に過ぎない。

グリフィン&クルーガー社の主敵はあくまで暴走した鉄血で、今まさに矢面に立っているのはAR小隊を救い鉄血本体からの注目を浴びる『ジャンシアーヌ部隊』だ。

未だに最前線であり、激戦区として名高いS09地区にて頭角を現した期待の新人である彼女とその配下にいる戦術人形部隊は鉄血との激しい戦闘を繰り返している。

 

(知らなくていいんだ。AR小隊がすでに半壊状態にあるなんてこと、そのせいでお前たちに重役たちが注目しつつあるなんてことはな)

 

その戦いの中で彼女たちのオリジナルであるAR小隊はほぼ半壊状態になり、早急な戦力の補充が必要な状態だった。

SPAR小隊はAR小隊のスペアという側面もあり、欠員が出れば補充要員とされるはずだった。

それがここ最近の戦闘で流れが大きく変わっている、U地区を取り巻く異常情勢の中で彼女たちはAR小隊に負けない存在感を確立してしまったからだ。

正規軍が受け持つ案件であるELID案件またはそれに類する危険な敵との戦いを、彼女たちは欠員を出すことなく戦い抜いてきてしまっている。

 

(それはつまり、状況は自分たちの予測を逸脱し、全く未知な方向へと進んでいるということ)

 

そもそも鉄血が暴走したのはなぜだ?そしてそれを軍が放置したままなのはなぜだ?それを政府が黙認しているのはなぜだ?

最初からすべてがおかしいのだ、なぜ鉄血を相手にしているのがPMCなのだ?

この国の中でもトップクラスの生産力と資金力を誇りIOP社と鎬を削っていた大企業が一夜にして人類の敵になり、今や数少ない人類が生存できる地域を荒らしまわり人々を虐殺している。

経済は混乱し、人々の生活はひっ迫、治安も悪くなる一方、地方の経営を任せていたPMCにも鉄血ユーザーはいたことからもろとも壊滅した地区もある始末だ。

 

「これだけで国が腰を上げて対策するべき大事件のはずだ、正規軍がすべてを受け持っていいはずだ」

 

「…入るときはノックをしろ」

 

まるで自分の心を読んだような男の言葉に、ヘリアンは声を発した主がいる方向へと目を向けた。室内の隅、陽射しのおかげで影が濃くなっている壁際に一人の男性が壁に背を預けて佇んでいた。

灰色のスーツを身にまとい艶のある金髪をオールバックにした欧州系白人、程よく修羅場をくぐった精悍なサラリーマン。腰のベルトに特殊な器具で刀を装備していなければそう見えただろう。

 

「ノックはしましたよ。でもまったく反応がないので仕方なく」

 

「ふん、どうだか…なんのようだ?辻本」

 

「ハンターオフィスからお届け物です、いつもの面倒な最新の情報です」

 

辻本正樹、日系の名を持つ彼はハンターオフィスから派遣されてきた連絡員であり彼自身も一級ハンターの資格を持つベテランらしい。

らしい、というのは彼とはあくまで仕事上の付き合いしかなくまるで実力を知る機会がないからだ。

仕事の面では滞りなく、まともに連絡員として職務を続けているがそれ以外のプライベートな時間に何をしているかは把握できていない。

彼への調査はそのすべてが簡単に降り切られてしまい不発に終わってしまう。

 

「なぜ私の考えていることが分かった?」

 

「解ったも何も少し調べれば誰だって考えることでしょう?鉄血の跳梁は明らかに腑に落ちない点が多すぎる、怪しまないほうが変ですよ。

鉄血といえばIOPに肩を並べる大企業であり、正規軍にも装備を供給していた重要な会社のはずなのです。

その一つがつぶれ、しかも凶悪無比な反政府ゲリラと化すなどどう考えても看過すべきことではない」

 

なぜなら、世界はいまだに崩壊のただなかにあるのだから。皮肉気に、そして気負いなく辻本が言った言葉にヘリアンは並行するしかなかった。

世界はまだ安定したわけではない、かつてのように戦争が終わったからと言って平時に戻れるような時代ではなかった。

第3次世界大戦が引き起こされた根本的な原因である『北蘭島事件』それによって世界中にまき散らされたコーラップス液による深刻な環境汚染がすべてを狂わせ、そしてコーラップス液が放つ放射線がもたらした低放射線感染症により生まれるE.L.I.D感染生物。

これだけでも人類が栄華を誇った戦前の世界を壊すには十分だった。だがそこに人類は第3次世界大戦、核戦争とモラルの消え去った終末戦争によりさらに追い打ちをかけていた。

今でこそ生き残った国家間の戦争は終結した、だがその過程で生まれた化け物と環境汚染がそれでなくなるわけではない。

国家の正規軍は残された健全な国土を守るために化け物を相手に戦いを続けている、環境を回復させるために研究や除染作業にも命を懸けている。国を守るために同じ人類の国家に銃を向けたままの二正面作戦の状態で。

 

「そもそもこの人類生存可能圏を守る防衛線の背中を脅かす存在を放っておくなんて普通に考えてもあり得ない。前線への補給が邪魔されようモノならどんな悲劇が起こるかもわからないというのに。

その時だけ軍が何とかする?バカバカしい、そんなもの時間と経費の無駄だ。さっさと終わらせたほうがいいに決まってるでしょう?」

 

「ではなぜおまえたちは我々の依頼を受けたのだ?そんな怪しい事態に関わる我々だぞ?」

 

「私たちにも利点があったから、と答えておきましょう。先の見えない厄介な案件にかかわる危険性を加味してもうまみがある。

行ったでしょう?この国家が何か企んでいる、探っておいて損はない」

 

「藪蛇になるとは考えないのか?この国の溜め込んだものがあふれ出るかもしれないぞ?」

 

「出てくればそれはそれです、生き残るように動くだけですよ」

 

「彼らには知らせていないのだろう?捨て駒にして時間稼ぎにでもする気か?」

 

「彼らには十分対価を支払っている、納得もしています。教えなくても彼らなら生き残れる。その実力はありますよ。

我々は金を払い、彼らは仕事をする。仕事が終われば彼らは家に帰り、我々はそれを見送る、それのどこがいけないのです?」

 

ただ彼は首を傾げた、微笑みを浮かべたまま。その笑みと変わらぬ一本調子の声に、ヘリアンは背筋に冷たいものが走ったような気がした。

どこまでも単純で、無機質なその言葉は真実味がありどこまでも残酷に聞こえた。

 

「さぁ、今回のビジネスと行きましょう」

 

 

 

 




あとがき
あけましておめでとうございます、お久しぶりです遅筆糞野郎です、ついついリアルに集中してました。
けど正月ネタはやらん。いろいろ詰め込み気味だけど許してください。

後半はドルフロの世界観において自分が感じた疑問『なんで軍がさっさと処理しないの?どう考えても委託案件じゃないでしょこれ?』です。
物語が進んでいろいろわかってくるとどうしても付きまとう違和感でして、使っちゃいました。
E.L.I.Dのやばさとか国家間の緊張とかあるから戦力割きたくないのは分かるけど、それ以上に放っておいた場合の被害総額のほうがやばいと素人だって思いますもの。
そもそも正規軍の装備の生産元の一つってことはその分の供給量は減ってるし、しかも劣化版とはいえ生産されて国民相手に暴れてるとか政府に激震が走るレベル。
正直、PMCに委託するにしても複数企業で一気にボロボロにするくらいやらんとならんのでは?やったのかもしれんが。
それでも約一年ほど暴れさせてるって何さ…絶対なんか企んでるだろ?という隠す気すらねぇよな?と思う次第。
まぁ、世界観的に隠さなくてもいいくらい混沌としてんのかもしれんのですがね。

さて次はどんな奴らぶち込もうかな。




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第30話・SingerSong,MeatChopper



どう新人さん?良い音してるでしょ?私はまだまだ働けるよ、ね?だからもっともっと頼ってよ、もっといっぱい稼げるから!!




 

遠くで誰かが歌っているのが聞こえる。とても荘厳で、まるで誘われているような、そんなきれいな曲だ。

まるでこの前無くなったという有名なオペラ歌手のような、きれいで、ずっと聞いていたくなる、そんな歌だ。

心地いい、体から不快感がするすると抜けていく、聞いているだけですべてどうでもよくなってくる、もっと聞いていたい、ずっと聞いていたい音色だ。

聞けば聞くほど何もかもがどうでもよくなってくるようだ、だんだん考えもどうでもよくなって、何も考えられなくなって―――頭が重く感じた。

 

「しまった…寝すぎちまったか」

 

男は重たい思考を振り払うようにかぶりを振りながらうめいた、時計を見ると朝方だ。

昨日の夕暮れ時に、帰宅しよう車に乗ったら眠くなったから少し仮眠をとっていたのだがどうやら思った以上に疲労がたまっていたらしい。

ここ最近、新しく入れたひき肉製造機がとても調子が良い上に売り上げも上がったせいで、ここ最近は古い機械も引っ張り出して日勤組と夜勤組に分かれて24時間営業の真っただ中だった。

経理の自分も残業が多くなって昨日は徹夜+日勤業務、現場でひき肉製造機を管理している作業員とは別な意味でハードな仕事だ。

夜通し続いた仕事のせいでまともに寝ていなかったのだからこうなるのも当然だが、ぐっすり寝たおかげで思考はしっかりクリアなのだから寝た意味はあったのだろう。

 

「こんな時間か、帰っても意味がないな…」

 

しょうがない、今日はこのまま仕事場でゆっくりと過ごして仕事に戻ろう。服はさすがによれよれだから、作業員用のツナギを都合してもらえばいい。

そうと決まればまずは腹ごしらえだ、彼はうんと背伸びをしてから車を降りると体感的には来たばかりの道を軽い足取りで戻っていく。

まだ誰もない従業員用入り口を通り、ロビーに出ると見慣れたツナギの男性がデッキブラシ片手に歩いているのが見えた。

清掃員のレイノルズだ、彼もこちらを見つけたようでデッキブラシを両手に持ち直していつも通り周囲を睨みつけている。

元々目つきが悪いのが悩みの男なのは知っていた彼は、挨拶しようと左手を上げようとして腰に痛みが走って表情が歪むのを感じて顔を伏せた。

一瞬理解できなかったが咄嗟に腰に手をやって思い出す、崩壊した鉄血のせいで物騒になったから最近になって拳銃を持つようにしていたのだ。

護身用のマカロフPM自動拳銃を収めた薄型の小さいホルスターは携帯性に優れてはいても、それを付けたまま狭い車内で眠ってしまったら体が無理な体制になるに決まってる。そのせいで寝違えたのだ。

ひどくなかったのかすぐに僅かな鈍痛を伴う違和感に変わり、彼が顔を上げるとロビーには誰もいなかった。どうやらレイノルズはこっちに気付かず通り過ぎてしまったようだ。

変に騒ぎにならなくてよかった、そう考えてあくびをしながらだれもない静かな通路と抜けて職員用休憩室に直行する。ここは長年勤める職員が過ごしやすい環境を整えていて、掃除がしやすく座り心地がいいソファーや雑誌などの娯楽、さらに合成ジャンクフードの自動販売機がある。

彼は合成ジャンクフード自動販売機の前に立つと一度悩むが、自分の完璧な空腹に思わずニヤリと笑ってボタンを二つ押してクレジットカードを読み取り機にタッチした。

 

「こんな日はお大尽に限るぜ」

 

大き目の駆動音がしてから5分後、近くの椅子で部屋の中に流れる耳触りの良い音楽に耳を澄ませて待っていると聞きなれた呼び出し音声が流れて自販機の取り出し口が開く。

中にはホカホカのハンバーガー&ポテトフライのセットとLサイズチキンナゲットボックス。朝からがっつりジューシー、これぞ男の朝飯だ。

 

「うん、これこれ、やっぱり男の子だよなぁ」

 

朝の陽ざしがいい具合に差す窓際のテーブル席に座り、別の自販機で買ったLサイズのコーラも添えてからハンバーガー齧る。

合成品特有の大味な感じがまたたまらない、運がいいのか室内に流れるBGMもアップテンポな曲に変わって食事に彩りを添えてくれる。

一度ハンバーガーを齧ったらもう止まらない、昨日から何も入っていない胃袋が『もっと食べたい』と唸りを上げ、どんどん食が進んでいく。

ハンバーガーを食い尽くし、コーラを飲んでからポテトとチキンナゲットを交互に楽しみ、最後の一つを食ってコーラを飲み切ってもまだ足りない。

気が付けば追加でフィッシュアンドチップスとLサイズのストレートティーを平らげていた。

 

「おおぅ…やっべ、ちょっと食いすぎた…また眠くなってきたなぁ」

 

少し我儘になりすぎた自分を反省しつつ時計を見る、時間はまだまだ朝方で自分のシフトまで時間は余裕がある。

少し寝ても文句は言われないだろう、夜勤組が休憩に来るかもしれないがここで寝ているのは悪いことじゃないし誰も気にしない。

彼はまた眠くなってきた思考の中で結論付けると、一番寝やすい大きめのソファーの上に横になって携帯電話のアラームを余裕をもって起きられる時間にセットしてから目をつむる。

そしてふと腰のホルスターを思い出して、寝違えないように位置を変えてから目をつむると室内に流れていた音楽が子守唄のような音色に変わり、彼は意識が一気に遠のいて眠りに落ちるのを感じた。

だから、次の目覚めも唐突に感じて一瞬何が起きたのか彼には理解できなかった。

 

「ジョシュア!!起きろよ!!」

 

自分を乱暴に揺り起こしたのは会社の同僚だった。あまりに唐突な目覚めに思考がまとまらず、思わずボケた声で答えていた。

 

「…あぁ、ダニエル?おはよう」

 

「おはよう…じゃねぇよ!いったい何があったんだ?」

 

困惑した様子で問いかけてくるダニエルに、ジョシュアは眠い頭でふと疑問に思った。彼はいつもよりも血の気の失せた顔色で、明らかに困惑していたのだ。

まさか寝過ごしたか?そう考えるとさっと眠気が引いて、携帯電話を確認するがすぐに胸をなでおろした。時間はまだ早く、設定したアラームまであと10分ほど残っていたのだ。

 

「昨日帰るつもりが寝過ごしちまってずっと駐車場にいてさ。んで朝方に起きて飯食ったらまた眠くなっちまってよ。

どうしたんだ?変な顔して。まだ仕事じゃねぇだろ、なんか俺、やらかした?」

 

「そうじゃねぇよ、そうじゃねぇ!昨日の夜勤組の連中を見てないか!!?」

 

「夜勤の?レイノルズを見たっきりだけど…作業場にいるんじゃねぇか?昨日はずっと作業してたみたいだしな」

 

「居ねぇんだよ!」

 

「は?」

 

「居ねぇんだよ!人っ子一人、お前以外!今日のシフトに着た連中以外、社長も、警備も、作業員も、ほかのだれも!!」

 

一気にまくし立ててくるダニエルにジョシュアは最初は信じられなかった。だが、彼が嘘をついているようにも思えない。

何かあったんだ、そう思うと室内に流れていた音楽の消えた室内はひどく寒々しく異様な空間に思えてきた。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

静かな朝というのは最高だ、銃声もなく、悲鳴もなく、安全で快適な室内で、しかも愛するものを迎える朝はこの世の天国といえるだろう。

これがハンガー建仮宿舎のリビングではなく我が家のリビングならばもっと最高だが、求めすぎてもしょうがあるまい。

奏太は自分の膝の上に座って愛用のM1895カスタムリボルバーを磨く琥珀の後ろ髪を櫛で梳いていた。

シリンダーの穴にクリーニングロッドを通している彼女の邪魔にならないように軽く抱きしめ、彼女のぬくもりを感じながら静かにソファに身を委ねてながら髪を梳くのはやめない。

いつも常備している化粧品セットから時折ミニハサミを取り出して枝毛を整えつつ、ただ膝の上の彼女を感じながら生活音に耳を傾ける。この時間がとても貴重で代えがたい時間だ。

そういえば彼女たちにもよくこんな風に手入れの手伝いをしていたっけな、奏太は遠い過去の事を思い出しながらしみじみと思い出してしまった。

不意に鼻先を潮と機械油の香りが通ったような気がする、自分もだいぶ年を取ったものだ。

 

「奏太、爺臭い」

 

「なんだ急に…」

 

「何も言わんでもわかるわい、ベル達の事を思い出していたのじゃろう?」

 

「まぁな、忘れるもんかい。ファラのヤツは真剣にやるくせに滅茶苦茶ですぐごちゃごちゃにしちゃってて話にならなかったからな、知識は正しいのに何でが狂ってんだもの。

おかげであいつに教わったやつら全員おかしくなるから何度教えなおしたやら…」

 

そのせいでやたらとコスメだのメイクだのには詳しくなったんだ、まったく人生何があるかわかったもんじゃない。

 

「あやつらと違って儂はそんなズボラではないぞ」

 

「なら自分でやれよ、いつも通りにやってりゃいいだろうに」

 

「お主にやってもらったほうが滑らかになるんじゃ。それより、思い出はとやかく言わんが触り方が清らかすぎじゃろ。若いならイヤらしい想像をして悶々とせんか、ほれほれ」

 

そんなこと言われても奏太にはどうしようもない、昔からしないときはしないのだ。

それに今更悶々としろと言われても、悶々とするようなことをできるからする必要がない。

わざとらしく腰かけている位置を深い位置に調節する琥珀の腰つきとアピールを無視するのもそれはそれでだめだろう。

奏太は琥珀のおなかに回していた腕に力を少し混めて抱きしめ、後ろから彼女の右耳に口を近づけて囁いた。

 

「こういうことしてほしいのか?」

 

「そうじゃ、もっとぎゅーってしておくれ」

 

「はいはい、そういやお前の銃の予備、SOPⅡにやったのか?あいつが吊ってるのを見たぞ」

 

「いいや、アーモリー駅製のをそれっぽくしてやっただけじゃよ。儂の銃もアーモリーのカスタムじゃしな」

 

「アーモリー?モスクワのアーモリー駅か?どこで手に入れたんだそんなもん。アウトーチやパーク駅じゃ見なかったぞ」

 

「ここの雑貨屋じゃ」

 

「どこから流れてきたんだそんなもん、うちからは売りに出してないぞ。粗悪品掴まされてないだろうな?ここの連中がそんなもん売るとも思えんが」

 

アーモリー駅はモスクワメトロ内でも有数のガンスミスが集まる銃火器生産駅だ。

モスクワメトロ内という限られたリソースをやりくりして見事な作品を作り出す職人たちが集まっており、今も昔もモスクワメトロ内部で銃といえばアーモリー駅製が頼りにされている。

モスクワメトロ内の政情が不安定になって一度荒廃して廃駅になりかけ、その後持ち直して復興した経緯があり生産時期によっては仕上がりが今一なモノがあるのだ。

パイプガンや有り合わせの代物よりかはましな代物であるが、頼りになるかといえば微妙な所である。

 

「最近出入りしたハンターが武器を新調する下取りで売ったようじゃ、品質の査定はパスしておるから問題は無かろう。

儂も見たが質は上々、おそらく元はレンジャーのカスタム品じゃろうな。D6の戦いよりも前に作られたいい銃じゃよ」

 

「ならいいが…予想よりもやり取りが多くなったんだな。あとでパーツを見に行くか、リボルバーのパーツはまだ買いそろえてないし」

 

「カスタムパーツもSOPⅡが全部買い占めたぞ、残念じゃったな」

 

「そんな金どこから…ん?」

 

琥珀の右耳に目をやると、その奥に少々見逃せないものを見つけた。

 

「琥珀、膝枕」

 

「してほしいのか?甘えんぼさんじゃのぅ」

 

「俺じゃない。俺の膝に、お前がだ」

 

キョトンとする琥珀は言われるがままに奏太の膝に頭を乗せ、右耳を上に向けて寝転がる。

その間に奏太は化粧品セットから一本のプラスチック製の細い棒、耳かき棒を取り出して彼女の右耳に添えて構えた。

 

「そういえば最近してなかったのぅ…」

 

「大物が見えたぞ、サボってんじゃないか」

 

琥珀の頭を少し傾けて耳の中に光を中に入れる、中の様相を見て奏太は小さくため息が出た。彼女の言う通り最近は怠っていたようで、大物のほかにも程よい大きさの汚れがいくつかある。

まずは軽く飛ばせるものを排除するため、奏太は少し勢いをつけて彼女の耳の穴に息を何度か吹きかけた。

 

「ふわぁ!?ぁぁぁぁ♡」

 

息を吹き付けるたびに一瞬緊張して弛緩するのを繰り返す琥珀は見る見るうちに体の力が抜けていく。

いくらか減った耳の汚れを確認してから、奏太は耳かきを彼女の耳の穴に慎重に挿入して目についた汚れに手を掛けた。

 

「ぉぉぉぉぅ…極楽じゃぁ、あ♡そこそこ」

 

「変な声出さない、結構デカいぞ」

 

「最近忙しかったじゃろ?仕方ないのじゃ」

 

「手入れをしない理由にはならねぇだろが」

 

こういう工事の仕事をしていると耳垢以外にも硝煙カスや土塊などのごみが詰まってよく汚れるのだ。

よく勝手に出ていくから問題ないというが、出ていく量よりできる数が多ければ意味もないし人間の耳だから言えることであって人形には当てはまらないこともある。

彼女の体はそういうところは人間のようになっているが、それ以上に撃ちまくって地べたを這いずり回るのだから余計に溜まるのだ。

 

「相変わらずうまいのぅオ゛♡奥がゴリゴリすりゅぅ♡」

 

「だから変な声出すなというに、ハイ反対」

 

「あいたぁ!?」

 

目標の耳垢を取り出してからわざと変な声を上げる琥珀の頭を軽くはたいて逆を向くように指示する。

すると、琥珀はわざとらしくその場で寝返りを打って反対を向いた。顔を奏太の腹により近づける形で。

 

「いいぞ」

 

「いやよくねぇだろ」

 

「想像しちゃったのか?我慢しなくてもよいのじゃ。ほれ、あーん」

 

「やめろ、耳突っ込んじまう」

 

「よいではないかよいではないか」

 

「にじり寄るなうずめるなチャック咥えんな!?」

 

耳かきをしていて下手に妨害できないことを良いことに、好き勝手する琥珀に奏太はなすすべもない。

耳かきをやめればいいことだが、彼女もそれは分かっていて抜こうとするとわざと頭を揺らして妨害する。

わざとらしくズボンのチャックの留め金を口に咥えた状態で、上目遣いで挑発的に鼻を鳴らす琥珀は実に楽しそうだ。

器用にちゃりちゃりと音を立てて、わずかに上げ下げしては悪戯っぽく唇をゆがめている。やられているほうは気が気ではない。

 

「はよ、続きをしておくれ。さもなくばごかいちょーじゃ」

 

「何、ヤってんの?まーぜて」

 

ほら見られたじゃねぇか。

 

「しとらんわ」

 

「あ、耳かき?」

 

「耳かき」

 

「なんだ、残念。どしたの突然?」

 

段ボール箱を抱えて部屋に戻ってきた市代が二人を見てすぐさまそばに寄ってくる。それに気づいた琥珀がおどけながら答えだ。

 

「だらしない所見せちまったのじゃ、大物があったようでな」

 

「そういえば忙しかったもんね。琥珀が終わったら次私もやって、良いでしょ?」

 

「お前もか?こいつみたいなことしないならいいけど。あとその段ボールはなんだ?」

 

「朝霞の百足神社から、さっきオフィスの輸送隊が届けてくれたよ。この前の報酬と特産品がどっさり。ほら!」

 

市代が段ボールから取り出したのは見慣れた魚の干物と缶詰だ、その銘柄が分かった奏太は思わず顔がほころんだ。

一通り綺麗になった琥珀の耳から耳かきを抜いて、きれいにティッシュで拭ってからしまうと市代がそれを見て二つ缶詰を投げてくる。

それを受け取ってパッケージを見ると、見慣れた魚のデフォルメされた絵と日本語の商品名が書かれていた。

一週間に一度のペースでやってくるハンターオフィスの定期便には、笹木一家には注された新しい依頼などだけでなく報酬もやってくる。

 

「キレアジの干物に大食いマグロステーキ缶か、さすがだ」

 

「なんと焼き印付きも入ってたよ」

 

どちらもご飯のお供にぴったりな品で一般流通している食品だが、焼き印付きは取り扱い店が少なくあってもめったに手が出ない高級品だ。

何しろ遺跡の中で育った天然魚を街まで持ち帰ることが難易度の高い仕事な上に、それを迅速に鮮度を保ったまま街に輸送しできる熟練なハンターを雇い、さらにそこから形が良く傷が少ない上物しか使わない徹底した品質管理を行って作っているのだ。

それを戦前の気候を再現した熟成室や加工室で、戦前から生き残った職人とその弟子たちが丹精込めて加工して作り上げたまさに高級品である。

どちらも袋か缶に朝霞の公認の証である焼き印がされていて、街そのものが自信をもって送り出すほどの品という証である。味重視なため保存期間は他の品と比べると短いがその分味は最高だ。

 

「どっちも一つづつか、今日の晩飯は決まりだな。ほかには?」

 

「清めの塩5袋にお札が10枚、お経弾が30発。それから新しいお守り全員分、古いのはお炊き上げしろってさ」

 

「ありがたい、買いに行けてなかったから助かった。今日はこれでパーッとやるか」

 

「その話はまた今度にしたほうがいいわね」

 

今一番聞きたくない声が聞こえた、夕ご飯の献立に思いを巡らせていたところを邪魔された奏太は思わず渋面を作ってリビングの入り口で書類のフォルダーを持って立っていたドリーマーの夢子を睨んでしまった。

 

「仕事か?」

 

「依頼よ、内容は捜査。別地区の挽肉工場で怪事件、現場指揮をお願いするわ」

 

「どんなのじゃ?」

 

さっきまでの悪戯はどこへやら、すっかり素面に戻って寝返りを打って膝枕の姿勢のまま表を向いた琥珀が問いかける。

 

「一晩で夜勤従業員がほとんど消えた、死体は無し、痕跡もほとんどなし」

 

「おやまぁ…ほかに被害は?」

 

「解らない、内部をドローンで偵察した限りでは多少あれているだけで大きな手掛かりは無し。

この前の事もあるし現場は現地部隊が封鎖にとどめてるけど、あまり長引かせるのも良くない」

 

そこの部隊が突入して被害を増やしそうだから早めに専門家を放り込め、とでも命令が来たのだろう。

夢子が投げ渡してきた捜査資料を受け取り、奏太は琥珀をどかして立ち上がる。

 

「即応部隊と一緒に現地に飛んで、10分後にヘリポートA」

 

「了解、報酬はいつも通りに。装備を持ってくる、琥珀、市代、ほかの二人を連れてこい」

 

さてさて次は何が出てくるやら。

そんなことを考えていると、部屋から出ていこうとした夢子がドアの前で立ち止まった。何か伝え忘れてたのかと思ったが、なぜか少し気まずげにしており頬を赤らめて戸惑っている。

あかん、奏太はふと彼女が言いたいことが予想できてしまい思いっきりため息がつきたかった。

 

「ところでその…ヤってた?」

 

「しとらんわ!!」

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

現場になった精肉加工工場を見て奏太が最初に見たのは、歴史があるにしては小綺麗で先進的な外観をしている建物だということだった

陽光に照らされたランソン精肉加工会社はきれいな外見をしていて、3階建てのこじんまりとしつつも新しいビルと隣接されている精肉加工場の四角い建物は流行りの様式を取り入れた現行の建築法で作られているように見える。

外から見た限りでは怪事件が起きたようには見えない、この会社が近くの街から若干離れた場所にあることもあって静けさが心地よいくらいだ。

ランソン精肉加工会社は戦争の前からこの場所で精肉業を営む古い会社だ。現在は合成品の肉を使った挽肉が主な取扱品であり、主にこの周辺の中流階級向けに出回っている。

戦争を生き抜いた民間業者が同じ土地でずっと同じ商売をするなんてよほど運が良かったのだろうと思っていたが、商売もそこそこうまく回っていたようだ。

会社自体も幹線道路沿いにありアクセスはしやすい、食肉を運ぶ大型車の乗り入れがしやすい地形だ。その正面入り口、車両用ゲートのそばに笹木一家は身を潜めていた。

 

「随分ときれいな建物だね、老舗っていうからてっきり建物はもっとぼろかと思ってた」

 

「商売がうまくいってたらしい、金の使い方がうまかったんだろう」

 

ゴルカ4サバイバルスーツに身を包んで完全武装をした姿の5人は少しだけ顔をのぞかせて目標の正面入り口を自分の目で確認してから遮蔽に顔を引っ込める。

上空写真では広い敷地に建物は2棟、平屋でかまぼこ状の建物の加工場と事務所などが入った3階建てのビル。

敷地の正面は3階建てビルであり、その後ろに加工場が広がっているという構図だ。幹線道路に面した箇所以外は雑木林に覆われている。

正面入り口を雑木林に現地のグリフィン部隊が部隊を派遣して封鎖しており、今は鼠一匹出入りするのも発見されるだろう。

 

「ここの社長はずいぶんとこの場所での商売に思い入れがあったようですよ、先祖代々この場所で商売を営んできたそうで」

 

「昔からか、誰からの情報だ?」

 

「生存者です、名前はジョシュア・アレフ。会社の休憩室で暢気に寝てたところを、事件の第一発見者が見つけたそうです。

第一発見者はダニエル・ザインスキー、ジョシュア・アレフの同僚で経理担当、今は二人ともこの区域の基地で取り調べ中ですね」

 

サラが携帯端末に挙げられた情報を読み上げるのを聞きながら、目の前に見える近未来的な工場の周囲を見上げる。いったい何が潜んでいるやら…

 

≪指揮官、ブラボー準備完了。いつでもいけるわ≫

 

「わかった。チャーリー?」

 

≪チャーリー、配置完了。周りがうっさい≫

 

リーダーのG11がうんざりした様につぶやく、大きな騒ぎはしていないのだろうが静かなのが好きな彼女にはイライラの元なのだ。

チャーリーは狙撃部隊だ、今回はG11、SVTー38、SuperSASSが投入されていて現地部隊に交じって周囲を見張る。

アルファ、ブラボーは突入部隊だ。アルファの笹木一家は正面から突入、FNFAL、一〇〇式機関短銃、Vz61スコーピオン、イングラムM10、9A91のブラボーチームは裏口から突入する。

あとは中を確認して、敵がいたら撃てばいい。その敵が何なのかは皆目見当もつかないが、それを調べるのが自分たちの仕事だ。

 

「ほっといて周りをしっかり固めとけ、逃げられたらまた面倒だ」

 

≪了解、出てきたらぶち抜く≫

 

「やってやれ、実力見せれば文句は言わんだろ」

 

RF型戦術人形で構成されているのが普通の狙撃部隊にAR型戦術人形がいるだけでも奇異で見られるのが嫌で嫌でたまらないようだ。いつもの事である。

 

「行くぞ、交互に前進。U05全部隊、作戦開始」

 

「了解、後ろに付きます」

 

頷くサラに奏太は頷き返してガスマスクをかぶる、今日の得物に選んだガリルAR突撃銃を構えて先陣を切る。その後ろにガリルAR突撃銃を構えるワルサーP38のサラがついて進む。

それをカバーするためにガリルAR突撃銃を持つ琥珀とシャンブラー散弾銃を持つ市代と美奈が、入り口の遮蔽から顔をのぞかせて待機する。

奏太は手ごろな遮蔽になる車の陰に身を潜めると、同じように応戦できる姿勢を取りながら琥珀たちにハンドサインで合図を送った。

それを見た琥珀が頷き、シャンブラー散弾銃を構える市代とサラが先頭に立ちその後ろにガリルAR突撃銃を構えた琥珀がフォローに立って進んでいく。

こうして笹木一家は互いにカバーしあいながら正面入り口を進んでいくが、人気はなく応戦してくる気配もない。

何事もなく正面入り口に奏太とサラはたどり着くと、わずかにドアを開いて内部を確認してからゆっくりと中に侵入した。

正面入り口から入ると来客用のエントランスになっており、リノリウムの床と小綺麗な受付が正面にあり、窓際に待ち合わせ用のソファーがある。

不気味な静けさだけがエントランスにあって、奏太は人気もトラップもないのを確認して外にいる3人にも入ってくるように指示を出してガリルAR突撃銃を構えたまま探知機を取り出した。

 

「静かですね、人気が全くない」

 

「あぁ、でも居なくなってそう経ってない。昨晩まではいたな、確実に。探知機に反応も無し。そっちは」

 

「同じく」

 

「了解、3人を呼ぶ、報告任せた」

 

「アルファから司令部、エントランスクリア、警備室に向かいます」

 

外にいる3人に中に入るよう手信号を送る奏太の代わりにサラが指令室へ報告する。空から監視するドローンの映像と一緒に現場をモニターするU05基地の指令室では、部隊を支援する支援オペレーターとフランシスが詰めて現状を常に把握、分析しているのだ。

 

≪了解、アルファはそのまま前進してください≫

 

「アルファ了解。アルファからブラボー、建物内に入りました、各種探知機、センサーともに反応なし、そちらは?」

 

≪こちらブラボー、一〇〇式。現在作業場より侵入を開始。こちらも探知機、センサーに反応は見られず、調査を続行します≫

 

「了解、気を付けてください。素手で触らないように」

 

≪そちらも≫

 

一〇〇式からの返答にサラは短く了解を返してから無線を切る。

 

「エントランスに痕跡は無し、いい清掃員を雇ってるのかもね」

 

「かもな」

 

市代の想像に奏太は頷き返す、もし相手が人間ならばあり得る話だろう。人類生存可能圏内でも圏外でも『犯罪』ならばその手の需要は常にあるのだ。

人間の犯罪が今回の相手ならばまだ想定内だが、人間には化け物などにはない悪辣なところが無数にあって難しいのだ。

 

「…なんじゃこりゃ、みんなこれを見てみろ」

 

受付脇の通路に入り、すぐ横の事務室に入ると琥珀が全員に手招きをした。

事務所の中はエントランスに比べれば荒れていたがその荒れ方が妙な点だった。

書類棚にある書類やデスクの上はまるで慌てて片付けたような痕跡があったのだ、まるで整っていたのをぶちまけてしまったから戻したように。

それに荒れている机と荒れていない机、荒れていない書類棚と荒れている書類棚が混在している。

そして何より妙なのは『元の所在が分からないのでこちらに置いておきます。レイノルズ』とメモ紙が置かれた書類の束とファイルが、室長の物と思しきデスクに置かれていることだ。

 

「調べよう。市代、あっちを。琥珀、美奈」

 

琥珀と美奈を市代に着けて手ぶりで事務所の奥と別の出口を示しながら、奏太は書類の束に置かれたメモ紙を注視した。

愉快犯や自己顕示欲のある奴らの犯行証明とも見えるが、ただのメモ紙にボールペンで走り書きしただけであるし何より事務的でメッセージ性が感じられない。

 

「レイノルズ、この置き方…サラ、見覚えは?」

 

「道場で雇ってた清掃員のやり方に似てますね。引っかけちゃって分からなくなったり、落ちているのを見つけたけどどう戻していいかわからなかったりしたらこうしてました。ちなみに、普通の清掃員ですよ?」

 

「解ってる、そこまでボケてない」

 

だとすると、清掃員が入った後にことが起きたのか?デスクに置いてあるファイルにレイノルズの書置きが張られているのを見つけてそれを手に取りながらそう思った。

しかしファイルを開いてみて、その考えをなかったことにした。

 

「給湯室もじゃな、散らかした後に片づけた痕跡がある…?」

 

「奥の廊下、何か零した跡があるけど拭かれてる。血じゃない、コーヒーみたい…どったの?」

 

「ここの事務員の名簿発見…二人とも変な目つきしてるけどどうしたの?」

 

「困惑してるんだよ、なんで片付けられた書類に、こんなのがあるんだ」

 

ファイルは同系統の書類が何枚も挟まれており、その一番前の書類には赤黒い血しぶきが付着していた。

まだ新しい血なのはここにいる誰もが理解できた、事件の後にこの清掃が置かれた可能性が出てきたということだ。

状況は良くない、さらに細心の注意を払って調査に臨むべきだろう。もしかしたらすでにここは化け物の腹の中かもしれないのだ。

 

≪ブラボーFALよりアルファ、報告があるわ?≫

 

「こちらアルファ、ちょうどよかった、俺も話がある。先にどうぞ」

 

≪作業場で気になるモノを見つけました。挽肉製造機のバケットに、新鮮な挽肉と骨が山積みです≫

 

「そりゃ挽肉工場だからそうだろうな…まさか人間のか?」

 

≪えぇ、分別用のバゲットに人間の骨がぎっしりよ。間違いなく挽肉も人肉だわ、これもバケットにたっぷり。しかも何個もあるわよ≫

 

「なるほど、了解。外の連中には注意ししておこう」

 

少なくともここでは人が死んでいる、それも大勢だ。それだけでも頭が痛いのに、わざわざ解体までしているとなるとそれなりに知能があるということになる。

まだ断定できる段階ではまるでないが、どちらにしろ厄介だろう。

 

「こっちは妙な掃除された殺害現場だ、隠蔽されているにしては妙でな」

 

無線機越しでもわかる困惑の声を上げたFALに、奏太は弧の事務所で見つけたものと残された痕跡について説明する。

FALもその異様さを理解したようで悩ましそうに相槌を打ってくれた。

 

≪了解、こっちももっと注意してみてみる。もしかしたらまだいるかもしれないわね≫

 

「そうしてくれ、こっちも警備室へ向かう。以上」

 

通信を切って手ぶりでこの部屋の捜索をいったんやめて先に進むと全員に伝える。それを見た琥珀と市代が頷き、ほかの二人の肩を叩いて調査をやめさせる。

奏太は4人の視線が自分に集まったのを見てから『前進する、自分に続け』と手信号を出してからガリルAR突撃銃を構え直して廊下に出た。

廊下には相変わらず人気はなく不自然に日常的な清掃の跡が残っているだけだ、それが奏太には気味が悪く感じられた。

慎重に周囲を警戒しながら進む。足元や天井に奇襲しやすいダクトなどが口を開けていないか、そのダクトに何かが潜伏しているような痕跡がないかを確認しながら。

警備室までは何事もなくたどり着くことができた、奏太は自分たちが入ってきた入り口の守りを美奈に任せて4人で入る。

警備室の中はやはり無人できれいに整頓されていた、荒れていた室内を清掃した痕跡が残っている。

 

「ここもか、奇妙だな」

 

「そうだね、何がしたかったのかな。ちょっとカメラ見てみるね」

 

奏太の呟きに市代が携帯端末を取り出し、部屋に設置されていた監視カメラの録画機材に接続コードをつなげてアクセスを試みる。

奏太は彼女に監視カメラを任せて、さらに別の入り口を見張るように指示してから再び室内に目を這わせる。

 

「おい、あれを見ろ」

 

何かに気付いた琥珀が部屋の戸の開いたロッカーを指差す、どうやらこの警備室にいた警備員達の武器装備がしまわれていたロッカーの様だ。

ロッカーは指紋認証と暗証番号で開くタイプでロッカー自体は頑丈なようだ、無理やり開けるには相当乱暴にしなければならなそうだが様子を見る限り乱暴に開かれた様子はない。

琥珀が警戒しながらロッカーに近づき、安全を確認してから半開きの戸を開く。中には警備員用の防弾チョッキや、自動拳銃が5丁残っており銃弾も残っていたがいくつから持ち去られたようだ。

 

「N99の民間モデル?随分マニアックなもん使ってるな。ほかには何があった?」

 

「レミントンM870が2丁とテーザーガンが6丁、警棒も人数分と予備…妙じゃな」

 

ロッカーの棚には保管装備の目録の挟まったバインダーも一緒に入っており、琥珀はそれを見ながら答える。

 

「実弾しか残っておらん。警棒とテーザーガンがなくなっておる、テーザー用の予備バッテリーもじゃ。

レミントンも無くなってるのは暴徒鎮圧用のゴム弾だけ、実弾は残っておるぞ」

 

訝しげにする琥珀が残ったN99自動拳銃に電磁場探知機を向けるが目立った反応は示さない。それを見て奏太は頷いてから、ロッカーからN99自動拳銃を手に取った。

持ち手を肉抜きしたようなえぐれを持つデザートイーグルのようなスライド、銃の前面は顎が突き出たようなちょっと間抜けなスタイル、民間向けに製造されていたショートバレルタイプだ。

旧アメリカ合衆国で開発された大型拳銃に弾倉が装填されていないのを確認し、スライドを引いてチェンバーを確認、戻しながら作動恩に異常が見られないか確認してから引き金を引く。

撃鉄の落ちる金属音は、よく整備されているのがよくわかる音だった。

 

「よく整備されてる、不良品ってわけじゃなさそうだな。となるとそれが必要だったってわけだが…市代、監視カメラはどうだ?」

 

「問題ない、見た限り建物内にて敬は無し。録画映像は…少し時間かかる」

 

監視映像の録画装置に携帯端末をつなげて操作する市代に奏太は残された実弾を手に取りながら問いかけると、彼女はカメラで今の映像を確認しながら答えた。

録画映像をそのままここの機材で見ることもできるが、安全を確保できているわけではないここで長々と映像を確認している余裕はない。

それにこの会社を襲ったナニカが、どんなトリガーで引き起こされるかもわからないのだ。用心に越したことはない。

まずは証拠をできる限り持ち帰るべきだ、そこから分かることはいくらでもあるのだから。

 

 

 






あとがき
某エネルギー会社に社会科見学に行ってきたイナダ大根です。面白かったので早速出しちゃったんだぜ、今回はオカルト系相手ってことで一つ。
ちなみにあの原作では常にボロボロでした、 自分はああいうのには向かないのは知ってるんですがそれもまた面白い。頭がこんがらがってくるけどな。




ミニ解説
『N99自動拳銃』
出展・Falloutシリーズ(4より)
詳細
旧アメリカ合衆国で設計、製造された大型自動拳銃。原作では主に10ミリピストルと呼称される。
装弾数12発、10×25ミリノーマ・オート弾(以後10ミリAuto弾)を使用する。
最新のプラスチックや合成樹脂などの複合素材を一切使わず、時代を逆行したような木と鉄で構成されたセミオート式自動拳銃。
大型で太いため使用弾薬に比べて重量があり携行性が犠牲になっているが、重さが射撃の反動を相殺する形になっており使い勝手は素直であり素人でも扱いやすく、命中精度もその素直な射撃性能からそれなりに当たる。
第3次世界大戦とそれに伴う物資難を見据え、生産性を重視し原料も手に入れやすく安価な素材で構成されていたため人類生存可能圏外では再生産された個体も出回っている。
そのため手に入れやすく比較的強力な部類である10ミリAuto弾を使用することで威力もあることから、自衛用または初心者向けの一丁として人類生存可能圏外では認識されている。
反面、人類生存可能圏内での知名度はいまいち。主だった生産国はアメリカだが第3次世界大戦の勃発で崩壊したため、人類生存可能圏内には正規の生産設備と設計図を持つ国はあまり多く残っておらず採用国家が稀で、また技術の進歩で複合素材を用いた銃火器が生産不能に陥らず逆に大生産されて多く流通してしまったのでこの銃の居場所はほとんどなかったのである。




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