Stand in place! (KAMITHUNI)
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序章編
prologue


お久しぶりのハーメルン様での投稿です!
他の二作品も書きたいのですが、なにせ此方を主に書いてるわけではないので、時間がなかなか取れず仕舞いですね! ほんと、申し訳ない(T . T)

しかも、バンドリの事は全くやったことないし、見たこともないのでめちゃくちゃかもしれません! そこは御了承下さい^_^

え? じゃあ、なんで書くのかって?
完全に他作品がネタ切れで息抜き代わりにしようかと思って友達に相談したら、これにしろって言われたんだよなぁ!
ま、いいけど。

それじゃあ、本編へどうぞ!


ズバァァァァァーーンッッ!!

 

「…………え?」

 

「…………ぁ、す、ストライークッ!! バッターアウトッ!! ゲームセットッッ!!」

 

キャッチャーが構えたアウトローいっぱいにドンピシャに放り込まれたスピンの良くかかったキレのあるストレートに審判ですら反応することが出来なかった。

打者はガックリと肩を落とし、涙を堪える事すら出来ずにその場で泣き崩れた。

 

若干の戸惑いは合ったが、直ぐに気を戻した審判の裂けそうなぐらい大きなジャッジがグラウンド全体に響き渡り勝敗を宣告し、無情にもシーソーゲームの終わりを告げる。

秋坂|0 0 0 0 0 0 0 0 0 1|1

真中|0 0 0 0 0 0 0 0 0 0|0

備考:秋坂中学 背番号1 成田 空→失点0 四死球0 被安打0 奪三振25 完全試合達成。延長10回に決勝点となる先制ヒット。

 

両校死力を振り絞った結果だ。

未練も後悔もないーーーなんてのは虚言。

延長に持ち越しただけで、相手投手からは一点は愚か、ヒットもフォアボールすらも出ずに✴︎タイブレークに入るまで一塁さえも踏めていない現状に嘆く事しか、彼らには出来なかった。

 

✴︎時間短縮を行う為に率いられる制度のこと。延長時に攻撃側には有利になるように、ノーアウトでランナーを一、二塁に存在させる。

 

勿論、見応えのある投手戦に会場は盛り上がりを見せていた。

けれど、その反応は却って彼等……真中中学の選手や監督等の精神負担の重みに変わる。

片や強力打線を完膚無きまでに捩じ伏せた最強投手率いるダークホース。

片や最優勝候補と謳われておきながら、たった一人の投手によって完璧に封じ込まれた強豪校。

 

これは一種の責務だった。

優勝する事が当然の帰結であり、それこそが彼等が目指した最優先事項。

当たり前のように勝ち進み、今日も今日とて相手を圧倒するつもりだった。

だが、終わってみれば完全試合での敗北。

延長に入り、タイブレーク制度でノーアウトランナー一、二塁に存在しても御構い無しに放り込まれる球威ある速球がバットに掠らせもしない圧巻のピッチングに呑まれた。

 

好投していた真中中のエースも最後の最後で本日当たりに当たっていた4番エースの成田に対してミットを構えていたコースとは逆になり、高さの甘いアウトコースに投じてしまった。

 

それを逃さないのが、成田 空という男の本質である。

すべてを無に帰す圧倒的なポテンシャルを持つ男に甘いコースとは絶好の餌場でしかない。

 

相手の投じた甘いストレートを逆らわずにライト方向へと流す。見事にヘッドを下げずに振り抜かれたバットが地面を伝って転がっていくのが視界に入ったのと、キャッチャーマスクを手から零れ落ちたのがほぼ同時だった。

 

青く澄みやかに拡がる広大な蒼天に一つ、白球が高々と舞い上がる。

角度はホームラン性のものではないけれど、確実にヒット性の当たりであることはボールとバットの接触音と、ライトの守備位置から予測できる。

 

その予測通りにライト前に落ちた打球。

直ぐにライトが拾うものの、送球するときには既に二塁ランナーは本塁を踏んでいた。

 

結局、それが決勝点となり、為す術なく成田空に完全敗北した。

これが、真中中学の正捕手『咲山 大地』の中学最後の夏となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────

 

「……ったく、いつまで引きずってんだよ。 初恋忘れられない小学生みたいに、悪夢じみた演出まで加えやがって」

 

覚醒した瞬間に眼に入ったのは、見覚えしかない天井。

味気もクソもない至って平凡なオレの部屋だ。

胸糞の悪い感覚に陥ったせいか、心なし部屋も粛然としていて暗がりに感じられる。

 

無意識に零れ落ちていた涙は、頬を伝い枕を濡らす。腕で目を覆いぶす形で涙を拭い、当時の『成田 空』の快速球を思い浮かべる。

 

「クソが……ッ!」

 

歯を食いしばり、奴の……努力を、熱意を、矜持を踏みにじる怪物ストレートに見惚れていた自分に呆れを為す。

 

敵チームとしては残酷な死刑宣告にも近いボールは、俺にとっては捕ってみたいと思うのに充分な魅力のあるストレートだった。

それが敗けの起因だとしても、俺には『成田 空』の球を受けてみたいと捕手としての本能が抑えきれなかった。

 

「はは……」

 

乾いた笑みが無意識に溢れ出す。

結局、そういう感情を胸に抱いていた時点で、俺は負けていたって事だ。

 

侮蔑されても仕方がない。

結果を出せなかった事実は何時迄も俺を蝕み続ける。

あの時の投手が掴み取った栄光とは別に、依然として俺の中の元チームメイトへの懺悔の念が消えない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────

 

ズパァンッ!!

 

「……ぜぇ、ぜぇ……あと、百、きゅ、う……」

 

「おいボウズ。それ以上は止めろ。オーバーワークだ」

 

後ろから渋い声でキャッチング練習をやめるように促してくるのは、無整髪と無精髭が特徴的なオッサン……『河鳥 純平』さんだ。

この人は幼い頃から何かと昔から俺の野球指導を行ってくれた言わば師匠であり、かつて一度だけ私立の名門で甲子園に出場した経緯を持つお方である。

 

その後、生計を立てて地元で野球小僧を育てる為にバッテイングセンターを作り、今でもその経営は続いている。

 

そして、俺も常連客として顔を出しては、両親は野球のことなど分からないので、彼に質問や練習方法を聞きに行くのが当然のようになっていた。

 

いつも通り早朝5時半に起床した俺は日課であるバッセンでのキャッチング練習に来ていた。

だけど、いつもと違い胸糞の悪い朝を迎えていた俺は、自身を苛め抜くようにオーバーワーク気味の練習量をこなしていた。

当然、息も絶え絶えで身体中に痣が浮かび上がる。

オッサンが心配になるのはよく分かる。

ただ、今日だけはやってなきゃやっていけねぇんだよ!

 

ズパァンッ!!

 

「はぁ、ぜぇ、ぜぇ……」

 

それでも、俺は続けた。

無茶だと分かっている。時間も迫ってきているし、もう終わった方がいいに決まってる。

けれど、止まらない。止まってはならないと俺の中の本能が告げていた。

だから止まらない。

 

「────わかった、もういい。好きにしろ」

 

最後に、オッサンが諦めたような声音で呟き、事務室の方へ戻っていった。

 

その後、気を失うまで捕球し続けた俺は、オッサンに水をかけられて目を覚まして、遅刻ギリギリの時間だと悟り急く形で家へ帰宅した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────あ! 友希那! 猫だよ! 猫!」

 

「っ! リサ! どこに、どこに猫ちゃんがいるの!」

 

 

「蘭〜。まだ〜パンかってな〜いよ〜」

 

「……うるさい、早く行くよ」

 

 

「有沙〜!! 遅刻とかキラキラドキドキしないよぅ〜!」

 

「だぁあ!! ぐちぐち五月蝿え! 第一お前がもっと早く起きてれば─────」

 

 

「今日も世界を笑顔に変えましょう!! 美咲!」

 

「はいはい……元気があってお後がよろしい」

 

 

「彩ちゃんも遅刻? なんだか『るん♪』ってくるね?」

 

「全然、『るん♪』ってこないよぉ〜!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帰り際、そんな声達が聞こえた気がしたが、気にせずに突っ走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────prologue END.




咲川 大地 右投げ左打ち
弾道 3
ミート A
パワー C
走力 C
肩力 A
守備力 A
捕球 S
特殊能力:チャンスA、ささやき戦術、走塁B、盗塁B、ストライク送球、芸術的流し打ち、広角砲 、球界の頭脳、司令塔、ホーム死守、バズーカ、インコース○

成田 空 オーバースロー 左投げ右打ち
球速 148km/h
コントロール A
スタミナ S
変化球:スライダー 4、カットボール 5、カーブ 3、チェンジアップ 6、SFF 4、ムービングファストボール、ストレート
特殊能力:怪童、驚異の切れ味、変幻自在、強心臓、怪物球威、ギアチェンジ、暴れ球、速球プライド、原点投球、内無双、ディレイドアーム、打球反応、フィールディング○ 、牽制、クイックB


二人とも、ただのチート笑笑


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第1話 出会いと再会!

「……視線と身体中が痛ぇ」

 

現在時刻は午前8時半。

どうにか遅刻せずに登校できた模様だ。

ふぅ、危なかった。特に今日遅刻してたら、俺の高校生活はお先真っ暗確定だったからなぁ〜。

 

流石は元女子校と言うこともあって、クラスの大勢が女子。男子なんて、俺以外に2人いるぐらいだ。

そんな中で遅刻できるほど、俺の神経は図太く無い。

というよりも、周りからの視線がさっきからチクチク刺さってんだよなぁ。

 

入学式初日という事もあるんだろうけど、なんか周りの騒々しさには、早くも辟易し始めていた。

そんなに男子が珍しいかね? 俺以外の二人にもチョコチョコ視線が行っているようで、男子はソワソワしていた。

 

うん。よくわかる。俺も気恥ずかしいったらありゃしないからな。

どうやら、このクラスの男子とは仲良くなれそうな気がしなくも無い。

視線が合うと、何方からとも無く頭をぺこりと下げる。

うん、絶対仲良くなろう。

心の中で硬く決意した。

 

「ねぇ? あの切れ目の子ってカッコよくない?(ヒソヒソ)」

 

「あ、確かにぃ〜。 なんか、一匹狼って感じでいいよねぇ〜(ヒソヒソ)」

 

「アタシ、狙っちゃおうかなぁ♡(ヒソヒソ)」

 

「「「キャァァア♡」」」

 

「「アイツ殺す!」」

 

なんか、急に仲良くなれそうだった男子達から睨まれてるんですが……(汗)

あれ? なんで?! 俺、なんかした!? そんな親殺しの犯罪者見るような目で見るような事を俺したっけ!?

 

そうして居た堪れない空気になった教室内から目を逸らす形で、視線を彷徨わせていると、ガラリと教室の扉が開かれる。

 

「ふぁぁ……眠っ」

 

…………は?

 

「ち、眠いわぁ……めちゃくちゃ眠いわぁ〜。 クソが、昨日夜通しで投げ込みするんじゃなかった。楽しみすぎて、張り切っちまったなぁ! いやぁ、失敗、失敗!」

 

いや、ふざけんな……待てよ! なんで……!?

 

「いやぁ、それにしても噂以上に女子ばっかりだな! ユウキ先輩に誘われたからこの高校にしたけど、こりゃあクラスじゃあ居た堪れないかもな! がっはっは!」

 

ふざけんな! ふざけんなよ!! 俺が何の思いで推薦蹴って迄、この高校選んだと思ってんだよ! クソが! これじゃあ、俺のこの気持ちをどこにぶつけりゃいいんだよ!

 

そう思った瞬間には既に立ち上がり、奴に向かって叫んでいた。

 

「おいテメェ! なんでこの高校に来てんだよぉ!!」

 

「あ? んぅ? ……お前、どっかで……あぁ、思い出したわ。 お前、真中中のキャッチャーだな? なるほど、道理で見覚えあったわけだ。 クソ! 良い拾い物あったなぁ〜。 マジでラッキーだわ!」

「勝手に話を進めんな! 俺の質問に答えやがれぇ! テメェ、まさか全国制覇した癖に推薦蹴ったとかほざくんじゃねぇんだろうな!?」

 

「うん、そうだ」

 

「即答かよ! クソッタレェエエエ!」

 

俺の質疑に即答で頷く。

その答えを聞いた俺は力なく崩れ落ちて四つん這いになる。

視界がボヤける感覚が体全体に襲い掛かるが、それは唇を噛みきって堪える。

若干口が血の味を含んでいるが、それは関係ない。

 

取り敢えず、言いたい事は沢山あるが、今は一つだけ。

 

「テメェ! なんでここに来たんだ! 成田 空ぁぁぁあ!!!」

 

「うぇえ?! ぎ、逆ギレぇええええ!?」

 

こうして、混沌と化した教室から成田から手を引かれる形で連れ出されたのは言うまでもない。

 

─────

 

成田 空。

身長183cm 体重76kgの恵まれた体格と長い手足を器用に折りたたんだ独特のフォームから放たれる最速148km/hのストレートを主体とした本格派投手。 軟式野球出身だが、その野球センスと恵まれた才能故に強豪私立からもお声の掛かる程の逸材。

 

それが何故、こんな元女子校でマトモな施設が無い高校を選んだのか。

これは一重に、彼の師匠の孫が因果している。

 

彼は自他共に認める野球バカであり、小さな頃から壁相手に毎日投球練習をしていた。そこでレクチャーしていたのが、彼の師匠である『結城 浩介』だ。

元現役プロ野球選手の彼から受け継いだ投法を授かった成田は、直ぐにその才能を開花させ、後に『結城 浩介』の後継者となる事を誓った。

 

そして、そんな彼の師匠には孫がいた。名は『結城 哲人』。年は一つ上であり、その孫もセンスの塊だった。特にバッティング能力においては元投手とはいえ、プロ野球選手であった祖父を超える才能を見せていた。

 

しかし、大した実績を出せないままチームは敗退し、彼は近場の高校を選ぶことにした。それが、この羽丘高校だった。

さらに言えば、成田と結城は浩介関連で仲が良く、主に学校が違っても連絡を取り合うほどだ。

 

結城は去年から立ち上げた野球部でギリギリ10人だけという状態で、都大会でベスト8へのし上げて、本格的に甲子園を目指す事を決意。

そこで白羽の矢が立ったのが成田 空であり、彼も成り上がり系の漫画が大の好みであり、それに賛同。

 

そこから現在が、成田空の経緯である。

 

うん……。

 

「─────テメェ、バカだな」

 

「あのさ、試合で一回だけ顔を合わせただけなのに、オレはなんでそんなに真っ直ぐな目でバカにされなきゃならないんだ?」

 

「いや、どう考えてもバカだろ? このバカ! アホ! 間抜け! お前のカァチャンでべそぉ!」

 

「ガキかッ! どっちかというと、お前の方がバカだろ! この細目インチキ野郎が!」

 

「あ! テメェ言ったな!? 俺のアイデンティティーの切れ目君をバカにしたな! あぁ、なんて愚かな奴なんだ! これだからバカは……! どうせ、期末テストとか毎回爆死君だろ!? これだからタッパだけが取り柄の阿保は面倒なんだよ」

 

「はぁ!? お前、期末テストを引き合いに出すのはセコイぞ! そんなもん野球に関係ないだろうがよぉ!」

 

─────と言った餓鬼のような喧嘩をしていると。

 

「……貴方達、屋上で何をしているの?」

 

はい?

 

「「…………」」

 

俺らは視線を後ろへ逸らして、油が切れた機械のようにギギギッと首を横に振った。

まず眼に付いたのは、長く美しい銀髪。

ついで、冷ややかに注がれる金眼。珠のような白肌が艶めかしい長い足から見えていた。

声も透き通り、俺の耳朶に幸せを届ける。

きっと、冷徹な意志で俺らに声をかけたのかもしれないけど、既に彼女の声の虜になっていた俺にはどうでもいい事だった。

 

「……な、何かしら? 急に黙り込んで」

 

「あ、す、すいません。 先輩が普通に綺麗で見惚れていました……! 不快に思ったなら、申し訳ありません!!」

 

「ふぇ……///」

 

「おまっ!?」

 

あれ? 俺、なんかおかしい事言ったか? 何故か目の前の銀髪少女は頰を染めて、口をパクパクさせ、成田は頭を抱えて「……お前、やっちまったな」とかいってるし……

頭をフル回転させて、先程の言葉を思い浮かべる。

……ヤバイ。 めさくさヤバイ! どれぐらいヤバいかって? 完全に俺が頭の逝っちゃってるチャラ男に変化してるぐらいヤバい。

 

「え、あ、あのぉ〜……」

 

「……な、なにかしら///」

 

ウボォア(吐血)!!

なんつー破壊力だ! か、カワエエぇええええええッ!!

きっと、俺を客観的に見たら耳朶まで真っ赤になってるであろう。

いや、仕方ねぇって! この人可愛いすぎるって! モジモジしてる姿がギャップ萌えすぎるぅううう!!

普段は物静かそうな先輩。けれど、意外な一面が実はあるっ!

その場面に憧れねぇ男はいないね(断言)!

 

「……桃色空間繰り広げるなら他所でやれよなぁ。 あと、やっぱりお前の方がバカじゃん!」

 

「「///」」

 

────言い返す言葉もねぇな!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「─────で、結局、貴方達は入学式早々サボって、屋上でいがみ合っていた、と。……二人ともバカじゃない」

 

「「仰る通りでございます」」

 

訂正、やっぱり二人ともバカだった。




結城 哲人
弾道 3 右投げ右打ち
ミート S
パワー B
走力 C
肩力 C
守備力 D
捕球 A
特殊能力:勝負師、鉄人、いぶし銀、アベレージ、流し打ち、プルヒッター、チャンスメーカー、メッタ打ち、一球入魂、低玉必打


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第2話 投手と捕手

「────へぇ、じゃあユキナ先輩は毎日ここで歌の練習してるんですね。だからあんなに伸びやかでスッと入ってくる声音なんだ。それなら納得だ」

 

「お前さ、学習能力低いのな?」

 

「は? 何が?」

 

「だめだこりゃ! こいつ、天然の垂らしだ! ここにタラシの才能持ったバカがいますッ! だれか110へ通報を─────!」

 

「やめんかい! てか、ユキナ先輩も顔を真っ赤にしながらスマホ出さないで! あ! ダイヤル押さないでぇえええ!!」

 

てか、ぷっくりと頬を膨らませてる先輩かわゆすぎ!! 俺の待ち受けにして─────ごほん! すまん、気を取り乱してた。

 

「なんで、そんな恥ずかしそうなんすか?」

 

普通に疑問に思った事を聞いてみる。 だからそこ! 俺の質疑に頭を抱えるの止めろ! マジで手遅れだとか言うな! 自覚症状ないからこっちは!

あ! それと、実はちゃっかり名前呼びしていた事は秘密な? 恥ずいし、なんか流れでいけそうかなって思ったから名前呼びしてるけど、バレたら只のチャラ男じゃん! 否定できない!

 

「だって……貴方、さっきから私のことを名前で─────ッッ///!!」

 

あぁ、バレてたんすね(吐血)。

もうとっくに手遅れだったわけだ! クソ! なんで今日はこんなに何もかもが上手くいかねぇんだよ!

ウワァァァ! てか、恥ずすぎるぅうううう!! だ、誰かぁ! 俺を殺してクレェ!!!

 

「ふん!」

 

ブン!

 

「うわぁ! 何すんだテメェ!」

 

「ち! 外したか! だが、次は当てる!」

 

「ガン○ム止めろ! てか、唐突な暴力反対!」

 

「お前が殺して欲しいって願ったんだろうが! 大人しくボコられろ!」

 

「あ、態々心を読んだのね! んな事してんじゃねぇ! てか、どうやって読んでだよ! 俺のパーフェクトポーカーをあっさり看破しやがって、コンチクショオ!」

 

「「いやいや、お前(貴方)程、表情から読み取れる奴(人)は見たことがねぇ(無いわ)」」

 

「同時に言うんじゃねぇ!! 余計に惨めだわ!」

 

「「え? 惨めじゃないと思ったの(か)?」」

 

「うわぁぁん! 先生! 2人がいじめるよう!!」

 

────という感じの馬鹿騒ぎを5分ほど繰り返し、俺たちは親睦を何故か深め合い、今日はお開きにした。

あれ? 可笑しいな? 俺は成田に文句の一つでもつけたかったのに……これが、萌力の力か! 恐るべし、湊 友希那先輩!

 

てか、ちゃっかり注意しに来たはずな先輩も混じってる時点で、あの人もアホの子だろ(笑)。

 

寧ろ、屋上に俺と成田を残して去っていった時は二人して吹き出しそうになった息を全力で殺した。

いや、あれは反則すぎるでしょ!

普通に歌うたって俺らと駄弁って帰るだけって、これをおかしく思わず何と言うのだろうか。

 

「で、テメェはグローブ、持ってきてんだろうな?」

 

俺は視線を先程まで駄弁っていた無駄イケメンの横にある袋へと目を向ける。

すると、成田はギラギラとした目を燦燦と輝かせて立ち上がる。

 

「当然だろ? てか、その為にお前を連れ出したんだ。しょうもないキャッチングを見せないでくれよ? 元準優勝校の捕手さん」

 

ちっ! 意地汚い。

俺のトラウマを全力で抉りにくる【怪物】。

あぁ、そうだよ。 俺は歯医者でコイツは勝者。眼に見えないけれど、明確な線引きがある。

 

俺は袋から新しく買ってから直ぐに手に馴染ませたミットを取り出して、先に守備テを装着してから、ミットを着ける。

成田は投手用の黒グラブを右手につけて、まだ触り慣れていない硬式球を左手に持つ。

そして、軽くキャッチボールを済ませて、大凡19m地点離れた位置に成田がワインドアップから軽く放る。

 

ズバァーーン!!

 

「ナイスボール!」

 

スピンの効いた真っ直ぐがミットに吸い込まれる。

ジャストタイミングで捕球したので、かなりいい音がなった。

まだ座ってるわけじゃないからなんとも言えないけど、これだけゆったり投げても、速い。

返球して、少し構える位置を右バッターの外は構える。

勿論、座ってはない。

 

「へ! そうこなくっちゃ─────なっ!」

 

ビュゴォオオォオオ!!

 

ズバァーーンッ!!

 

(流石だな……)

 

圧巻の一言だ。

奴の強さは、この恐ろしく感じる球威だけでは無い。

あれだけ腕が遅れてくるのに、全くコントロールを乱さない技術力の高さ。

大体、手足が長くて指先までしなるように投げる投手はコントロールが難しいと一般的に言われている。

 

理由は簡単。体を扱えきれないからだ。体のバランス、手足の使い方、腕の角度……これら全ての扱いが出来て初めてボールはコントロールできる。

そして、こいつはその難易度を優に超えるコースへのコントロールを見せつけた。たしかに、座ってはいないので高さなコントロールは未だ未知数だが、二分割だけでも高校生離れした能力だ。

 

続いて、肩が暖まってきたところで、腰を下ろし真ん中へミットを構える。

 

「へぇ、案外構えは投げやすい。 だけど、俺の球はそう簡単に、捕球されてたまるか─────よっ!!」

 

いきなりの全力投球。

上履きであるにも関わらず脚を深く踏み込み、自慢の脚力で滑らないように固定する。軸足は前脚につられるようにして大きくスライドする。

右手の壁によって左手をさらにギリギリまで押し殺す。

最後に撓りに撓った左腕を鋭く解き放ち、先程までとは比べ物にもならない怪速球が襲う。

 

ビュゴォォォォォオオオオッッ!!

 

本当に浮き上がっていると錯覚するストレートはショートバウンドすると思わしき低い位置から、一気に加速し上方向へと伸び上がる。

俺はそれを─────!

 

 

 

ズバァァァァァァーーンゥゥゥゥッッ!!!

 

「な!? マジかよ……っ!?」

 

(ヒェェ……なんつーストレートだ。去年の夏より遥かに速い。 よく思い出したら、尻があの時より確実にデカくなってる。成る程、才能にかまけてサボってた訳じゃないのか)

 

しっかりと捕球し、ミットの音を鳴らす。

久し振りに感じる手の痛みに鼓動が速くなる。

これだよ……。 この高揚感だ!

俺でも捕れるか捕れないか分からない怪物速球を息をするように放り投げる化物! 俺が憧憬したのは、このボールなんだ。そして、絶望を与えられたこのボールを捕球してやったという愉悦感に浸りながら返球する。

 

驚きを隠せない成田は、しかし何処か嬉しそうに頰を釣り上げていた。

 

“────このストレートは、間違いない。”

 

俺はある種の期待と確信を持って言える。

 

“────このストレートは将来、本物達(プロ)にも通用し得る。”

 

と……。

 

『成田 空」はなるべくして、野球人に生まれたのだと確信した瞬間だった。

 

 

 



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春季大会編
第3話 そこに立つ意味


ビュゴォォォオオ……ッ!!

 

スッ……!

 

ズパァンッ!!

 

大地「オッケー! ナイスボール!」

 

空「……お前、まじナニモンだよ。 オレの速球だけじゃなくて、なんで初見のスライダーをジャストキャッチしてんだよ。マジで感覚狂うわ」

シュッ!

 

ビュゴォオォ……ッ!!

 

クク……ッ!!

 

ズパァンッ!

 

大地「テメェこそ、呆れながらキレッキレのカットボール放るの止めろ。途中まで全く軌道が変わらないとかいう反則級のやつな! こっちだって、テメェの球に付いていくので精一杯だよ」

 

一度立ち上がって、ミットに収まったボールを成田の胸元へ的確に返球し、腰を下ろす。

そして、いつもよりも縮こもった構えでサインを出しつつ成田のボールを待つ。

そう、お気付きの方がいるかも知らないが、実はあの後からずっと屋上で俺らはピッチングをしていた。

理由は簡単。今更教室内に戻るのが恥ずいからである(ドヤ顔)。

え? ドヤ顔する事ではない? 寧ろ恥かいてこい?

……ド正論デスネー!

 

空「それより─────さ!」

 

シュッ!

 

ヒュボォッ!!

 

ククッ!

 

パンッ!

 

大地「あ? なんだよ。変態ブレーキチェンジアップになんか違和感でもあったか? いつもはもっとブレーキかかって手元でシンカー気味に落ちやすいのになー。とか言うんじゃねぇだろうな?」

 

空「まぁ、それも思ったけど」

大地「妖怪だな」

 

空「それは松○大輔な!」

 

大地「いや、あの人は『平成の怪物』だ! 普通に冒涜してんじゃねぇ!」

 

空「オレは伊右◯門のこと言ってんだよ! 何!? お前、テレビ見ないの!?」

 

シュッ!

 

ビュゴォォォォォオオオ!!

 

カクッ!!

 

ズバァァーーン!!

 

大地「知るかよ!? CMなんざ気にしてねぇわ! 特番も見ねぇし! 俺が見るのはNH○のチ○ちゃんと野球放送ぐらいだ! そんで、何気にチェックゾーン超えてから落ち始めるバケモノスプリットやめんかい! 一瞬後ろ逸らすと思ったわ!」

 

空「じゃあ逸らせよ! 何サラッと捕球してんだよ! そんな清々しく捕れるボールじゃねぇだろうがよぉ!! てか、お前、ジジイ臭いな! どうせ、趣味は囲碁だろ!?」

 

大地「はぁ!? 巫山戯んなテメェ! これが俺の仕事だッ! どんな球が来ても止まるって覚悟があれば、こんなもん造作でもないわ! あと、趣味は読書とチェスだ! 囲碁なんてやったことねぇよ!」

 

シュッ!

 

フワリ……!

 

ククッ!

 

ズパァンッ!

 

大地「んで、結局何が言いたいんだ。 後、カーブ投げる時だけ曲げようとして膝が下がってんぞ」

 

空「あぁ、そっか……なんか、違和感あると思ったけど肘が下がってたんだな。 と、そうだな、お前、オレがこの高校入った理由を聞いてきたろ?」

 

空「あれ、なんでだ?」

 

バスンゥッ!

 

コロコロ……

修正されたカーブは俺の描いていた軌道とは違って予測よりも遅くブレーキがかかり、突然変化した。当然、今まで同様捕球できないわけではないので、身体を正面に入れてマットのフレームをずらさなままキャッチングしようとしたが、最後の最後。成田の質問に気が散った。

フレームがズレて、キャッチングできないままボールを零す。

捕手としてあるまじき行為をしてしまった懺悔と、唐突な質問で気を散らした成田への叛骨心が浮かんだ。

 

大地「……なんで、か」

 

大地「なんでだろうな……なんか、俺って、自分で思ってるより負けず嫌いなんだろうな。だからこそ、今度こそテメェに勝ちたかった。負けた後に後悔だけが残ったあの試合をもう一度できるわけではないけど、けれど、きっとテメェに勝ちたくて仕方がなかった」

 

大地「だって、そうしないと俺の野球人生ってなんだったんだろうなってなるかもしれないから……それはきっと、何よりも怖い事だから。 俺は、テメェにはこの学校にいて欲しくはなかったってのが本心だんだな。 うん、そうだわ」

 

空「……そっか」

 

黙って空を見上げる成田を見ていると、どうしても受け入れてしまう自分が嫌だった。何にでも特化したやつはあるかもしれないけど、ここまで自分を高められる存在で有り続けられる『成田 空』という男に憧れてたんだ。

 

本心から言えることだけど、俺は大の負けず嫌いだ。一度負けたら勝つまで勝負するっていうのを信条に一度掲げていたぐらいには負けたくなかった。

 

たった一人の存在以外には、そういった感情もあったけれど、目の前の男はそうではなかった。

誰よりも強くて、誰よりもエースでチームの主軸だった。

俺なんかよりも主将だった。ただ目先に囚われるだけの仮初めの主将なんかよりも、自らのプレーでチームを鼓舞し続けた『成田 空』の方が優秀だったのだ。

 

悔しくて仕方がなかった。それで、負けを認めてしまう。

しかも、こうして球を捕ってると、尚更感じてしまう。

捕手として、受けてみたい。こいつと高みへ行きたいと、願ってしまうのだ。

そう、それこそが敗因である何よりの証拠だとわかっていても捕りたくなる。

 

憂鬱になった視線は色彩を求めて、澄み渡った蒼穹へ向けられる。

あの時ほどじっとりしてる訳ではないが、空そのものは変わらないように感じられた。

 

空「─────143球」

 

大地「は?」

 

空「俺がお前らに対して投げた球数だよ。 延長10回投げきるのに、これだけかかった」

 

大地「……まぁ、延長に入ってからタイブレークは3回あったし、それなりに球数使っても仕方ねぇだろ。特にテメェらは一点取られたらその時点でアウトだったんだ、気を使ってコースに散りばめた結果なんじゃねぇのか?」

 

空「まぁな。それはいいんだ。 俺が言いたいのは()()()()()()()()()()()()()

 

大地「何言って─────」

 

空「俺がお前に対して投げた球数は、全部で49球だ。特に、延長十回、お前からアウトローで見逃し三振をやっとの思いで出来たあの対決。 お前、全部フルスイングだったのにも関わらず、全く()()()を奪えなかった。寧ろ、段々と捉え始められて、三振する一個前の球は辛うじてファールになったけど、正直生きた心地がしなかった」

 

空「オレは自分の事を『天才』なんて思った事は一度だってない」

 

大地「っ!」

 

空「そりゃあ、自分でも他人よりも覚えるのは早かったし、正直言って周りの連中には失望してた節もある。けど、それでも、オレは唯の一度だって日課のシャドウピッチングを辞めたことはない」

 

空「それは、お前だって一緒だろ? 『咲山 大地』」

 

大地「っ!? テメェ、俺の名前……」

 

空「当然覚えてるさ。 なんたって、オレが始めて恐怖を覚えた選手だったからな」

 

空「驚異的なスイングスピードと、中学生離れした肩力を持つ。まさに強肩強打の扇の要。さらに、精巧かつ強気なリードで投手を引っ張り、相手への重いプレッシャーの掛け方を中学生から習得している、唯一、俺が認めた『天才』捕手。 それが『咲山 大地』って男だ。忘れるわけが無い」

 

空「そんなやつと高校が一緒だって知った時は、正直、ときめいたわ。男相手に気持ち悪くて仕方がねぇけどな。けど、第六感つーか、まぁ野生的本能が訴えかけてきた─────こいつとなら何処迄も高みを目指せる……てな」

 

清々しい顔で微笑みかける成田。

あぁ、そうか。だから負けたのか。

俺が負けた男はこういう男だったんだな。

自らの弱さを知って、他者の強みを認めて……あぁ、成る程。こりゃあ、勝てるわけねぇよ。だって、『成田 空』は此処までのレベルに達しておきながら、尚……上へ駆け登ることを諦めていなかった。

 

俺に課せられた壁が一枚。

成田 空はその壁を簡単に飛び越える。けど、その先に続く『扉』を開くに至っていない。

彼は未だ開けていない未開の地へと向けて『扉』の前へ立つ。

押しても押しても開かれない『未開の扉』。

それを抉じ開ける為に全力で磨きをかける。

 

大地「なら、最後に聞かしてくれ……」

 

だから、俺は尋ねる。

これ程の男が描いた軌跡を知る為に……そして、『咲山 大地』が壁を乗り越える為に!

 

大地「─────『成田 空』が、そこに立つ意味はなんだ?」

 

それを聞いた成田は一瞬だけ訝しげな表情を作るも、直ぐに笑みを浮かべて……

 

空「そんなモン、決まってんだろ? 『誰よりも高い所に居る為だ』!」

 

あぁ、強いな。

それでこそ、俺のトラウマ()だ。

これが俺のスタートライン。

誰よりも低い位置に立つ『咲山 大地』の始まりの壁だ。

 

大地「……そっか。 やっぱ敵わないなぁ……けど、俺は追いつくよ。きっと、テメェと……『成田 空』の相方として必ず、テメェに並んで見せる。だから、頼むぜ! 『相棒』」

 

こうして、俺こと『咲山 大地』と、【神童】と謳われた『成田 空』の序章だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

蘭「─────ゴホン……い、一応、アタシいるんだけど、あんたら恥ずかしくないの?」

 

大地・空「「誰ぇええええ!?」」

 

当然、顔を真っ赤にして、自らの黒歴史手帳に新たなページが綴られる事になるのだが、また別の話。

というより、赤メッシュ女め! いつの間に俺らの背後取ってたんだよぉおおおお!!!

 

 

 




次回・第4話 『孤高の歌姫と春季大会』


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第4話 孤高の歌姫と春季大会

タイトル詐欺かも知れない……(-.-;)y-~~~


────ズドォォォォォオオンゥゥゥッ!!!

 

??「ウガァッ!!?」

 

哲人「大丈夫か、悠馬」

 

??「……『成田 空』。まさかこれ程とは。軟式出身とはいえ、たった一人で全国制覇を成し遂げた男の器、か」

 

??「……最速148km/hの本格左腕。 変化球も多種多様。しかし、一番の難題は─────」

 

空「ウラァッ!」

 

ビュゴォォォォォォォォオオッ!!!

 

悠馬(成田……! こいつ、どうなってやがる!? さっきよりも速────ッ!?)

 

グウォオオオオオオオッ!!!

 

悠馬「─────は?」

 

ガシャンッッッ!!

シュルルルルゥゥ……。

 

??「悠馬がストレートに全く反応できずに、後ろに逸らした?」

 

??「アイツ、あかん奴やん……こんなん、誰が打てて、誰が捕れんねん」

 

哲人「監督……。空はどうですか?」

 

??「……哲。確かに俺は大器に成り得る存在を連れて来いとは言ったが、捕手が捕れない球を放る奴を連れて来るとは聞いてないぞ?」

 

??「即戦力なのは認めよう。既に奴はウチのエースと比べても頭二つは違う。だが、そもそも捕手が捕れないようなら話にならん─────」

 

空「だったら、捕れる奴がいればオレはまだ投げさせてもらえるんすか?」

 

??「……あぁ、そうだな。もし、そんな奴がいるのなら当然投げさせよう。だが、さっきまでお前の球を受けていたウチの帯刀は部内では恐らく一番キャッチングが上手い。それを変える奴が中学上がりでいるわけ─────」

 

 

 

 

 

 

 

─────数分後。

 

 

 

空「ウラァッ!!」

 

─────ビュゴォォオオオオオオオオオッ!!!

 

ズバァァァァーーンゥゥゥッッ!!!!

 

大地「おい、空……ナイスボールだけど、さっきまでと全く球威違うじゃねぇか! 焦るからギア全開でいきなり来るのやめてくれ。マジビビる」

 

空「そんな事いいながら、キチンと捕球してビタビタに止めてくれんじゃん! 流石だな、大地!」

 

大地「……褒めたって、なんも出ねぇぞ? ─────次、右打者胸元ストレート」

 

空「ツンデレか?! 結局、オレの大好きなコースを選択してくれるだな─────ッラァッ!!」

 

ビュゴォォォォォォォォォオオオオオオオオッッ!!!

 

ズバァァァァァァァーーーーーーーンンゥゥッッッ!!!!

 

大地「はは、ナイスボール! 今日一のストレートだな!」

 

空「おうよ! やっぱりお前のキャッチングは気持ち良く感じるわぁ! 全くブレないフレーミング、サンキュー!」

 

??「おい、この球速表示……」

 

??「いや、一年のボール……てか、高校生が放る球じゃないだろ」

 

??「しかも、なんでアレをあんなに簡単に捕れんだよ? 頭沸いてるだろ」

 

哲人(……成長していると思ったが、ここまで開花しているとはな)

 

??(……身体のケアはちゃんとさせるのは当然として、この二人は既に別格だな。これは、春季大会は荒れるな)

 

そして、空が出した球速表示はあれよあれよという間に校内に迄響き渡る。

誰もがその真意を掴み損ね、延いては部内でも愕然とする者も多出した。

そう、これこそ空と大地が綴る『伝説』の序章となった。

 

《151km/h》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────

 

 

 

 

 

入学式をばっくれた俺たちはこっぴどく叱られて、反省文を書かされたのちに、何故だか仲良くなった(俺たちの黒歴史を唯一握る)サボり仲間で同クラスの赤メッシュ『美竹 蘭』と連絡先を交換して、その場で別れ、入部届けを顧問の『片矢 奏太』先生に提出しにいった。

 

片矢「─────ふむ、了承した。貴様等の入部を許可しよう」

 

ふぅ。よかった。別に断られるとは思ってなかったけど、時期的には仮入部期間だから申請通るか分からなかった。

てか、今日中に申請したかねぇと、春季大会の申請に間に合わない。

確か明後日には登録済ませとかないと出場そのものが許可されなかった筈だ。

恐らく、片矢先生もそれを見越していたのだろう、既にギリギリの人数の中予選を潜り抜けてきただけに、頭数が欲しいはずなのだ。

 

つまり、入部届けを出すだけで……

 

片矢「これからの春季大会。既にウチは人数はギリギリなんでな、貴様等をリザーバーとしてベンチに入れる。特に、控え投手と控え捕手は限りなく少ない。つまり、貴様等にも出番が増えるんだ。 責任感を持ってこの背番号を受け取れ」

 

成田 空→11 咲山 大地→12

 

大地・空「「はいっ!! よろしくお願いしますッ!!」」

 

これが練習が始まる2時間程前の話である。

あ、因みに、空とはだいぶ仲が良くなったので、名前呼びしてます!

 

─────時は流れて、2日後……

 

4/3(土)午前11時半。 江戸川区球場

羽丘vs徳修

 

ズバァァァァァァァーーンゥゥッッ!!!!

 

敵チーム1番「……は?」

 

審判「ットライークッ!! バッターアウトォォオ!!」

 

実況『見逃し三振ッ!! 最後はインコース胸元へズバリと決まったぁあ!! そして、今の球速が149km/h!!』

 

解説『いやぁ〜。今の球は手が出せませんねぇ〜。さっきまでアウトコースへ2球投げた後でしたからねぇ〜。まさか、三球勝負してくるとは思いませんでしたよ』

 

敵チーム1番「あのストレート、ヤバイ。初見じゃ当たらんわ。一打席目は観察に徹した方がいいぜ」

 

敵チーム2番「おけ。了解した。揺さぶりとか掛けてみるわ」

 

敵監督「……新倉、あのルーキーの球筋はどうだ?」

 

敵チーム1番「とんでも無くノビて来ましたね。正直、ボールが二、三個分上へ這い上がってきたように見えました。最後、球速表示が149出てましたけど、体感では─────」

 

 

ズバァァァァァァァァーーンゥゥゥッ!!!!

 

敵チーム1番「───150後半より速いです……」

 

実況『又もや見逃し三振ッッ!!! 今度はアウトローへ3つ続けて三振を奪った成田・咲山の一年ルーキーバッテリー!!!』

 

解説『また遊び球なしですねぇ〜! とても強気なリードです。さらに、1番打者の新倉君がインコースに差し込まれる形で三振を奪われた事で印象が強く残ってましたねぇ』

 

ウワァァァァ……ッ!!

 

実況『凄い歓声ですねぇ! 今日は羽丘高校は新入生を合わせて全校応援です! 昨年の夏。たった10人の野球部が私立強豪を次々と破った事が話題になり、秋こそ結果は出ませんでしたが、春季大会の一次予選では生き残り、今かなり力を付けてきました! そして、今はルーキーの台頭! 一年生ルーキー成田 空!! 3番の強打者 鳴子を2球で追い込んだぁ!!』

 

解説『このバッテリーなら三球勝負が有りますからねぇ……打者は常にセンター方向への意識を持ちながらスイングした方が良いでしょう。ただ、ここでリードを変える可能性もありますからね! そこだけは気をつけておきたいですね』

 

実況『さぁ、成田 空! ワインドアップから振りかぶって……投げたッ!』

 

ビュゴォォォォオ……ッ!!

 

敵チーム3番(……! ここでアウトコースに外してきたか! 流石に安易に入れてくる訳─────ッ!)

 

カクッ!!

 

敵チーム3番(は?! ここで曲がって……!? フザケンナ!! こんなん打てるわけ─────ッ!!)

 

ズパァンッッ!!

 

審判「ットライークッ!! バッターアウッ!!」

 

実況『ここで✳︎バックドアのスライダーァッ!!! アウトコースで追い込んだだけにこれには手が出なかったかぁあああ!!! これで、三者連続三球三振ッッッ!!!』

 

解説『いやぁ〜……これは……』

 

✳︎バックドア……アウトコースのボールコースからストライクコースへ入れる変化球の事。

 

ウワァァァァァァァ……ッッ!!

 

敵チーム3番(あんだけの球威なのに、殆どミスらないコントロールははっきり言って異常だ!? しかも、息をするようにチェックゾーンを越えて曲がってくる高速スライダー……こんなんどうやって打てばいいんだよ)

 

背番号11 投 成田 空(1年)「うっしゃぁあ!! 三者連続三振だぁ!!」

 

背番号3 一 結城 哲人(2年)「ナイスピッチだ! 空!」

 

背番号2 左 帯刀 悠馬 (2年)「流石は俺の捕れない球を放る男だぜ!」

 

背番号6 遊 笠元 剛 (2年)「ナイスピーやで! 初回は暇やったなぁ!」

 

背番号4 二 舘本 正志(2年)「……(コク)」

 

背番号8 中 秋野 咲耶(2年)「マサシは相変わらず無口だけど、『ナイスピッチ^_^』だって! たしかに、ナイスボールだったよ!」

 

背番号5 三 村井 豪士(2年)「成田! ナイスボールだ!」

 

背番号9 右 田中 次郎(2年)「成田 空……やはり、天才か」

 

背番号12 捕 咲山 大地(1年)「……」

 

空「? どったの? 大地。 ほら! オレ、徳修の上位打線相手に三者連続三振だぜ!! お前のリードも冴え渡ってたし、もっと誇れよ!!」

 

大地「……はぁ、とりあえず。良かった事と悪かった事、どっちから聞きたい?」

 

空「え? なんか、オレやらかした!? 一応、コントロールミスも球威も悪くないつもりだけど……」

 

大地「じゃあ、気づいてないみたいだし、悪い所から……」

 

大地「なぁ? 空。俺は試合始まる前に言ったよな? ────今日の試合は最初の打者以外は序盤温存で行くって」

 

空「……あ」

 

哲人「────まさか、忘れてたのか?」

 

空「いや……その、なんというか……(汗) すんませんでしたぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」

 

空(大地怒ると怖えぇ……なんか後ろに般若がいるんだけどぉおお!!)

 

片矢「成田」

 

ビクッ! 空は監督の冷えた声に体を震わせて、姿勢を正す。

 

空「はいィッ!!」

 

片矢「貴様、今日のマウンドを任せる意味をわかっているのか? まさか、私情の為だけに立っているとでも思っているのか? そういう甘い気持ちでその場に立つと言うのなら、貴様にこの後の回を任せる事は出来ない」

 

空「っ!?」

 

監督の言葉に空は身を震わせて、激情を抑えつける。

たしかに、初回の三者連続三振は空の独断に近い。

リード自体は大地に一任しているが、その速球の球威を決めるのは空自身だ。

つまり、彼の投げる球を操るのは捕手ではなく、投手。

その意味を理解してマウンドに上がるモノこそがエースという称号を手に入れる事ができる。

 

空は恥じていた。

自身の無作為の球が終わりへのカウントダウンになる事の意味。

それを理解した彼は重責を担っていたことに気がつく。

それと同時に襲うのは焦燥感。

自分がやらなければ、という思考が頭を埋め尽くす。

そんな時……

 

大地「けど、良かったところもある。実際、ストレート自体は良く走ってるし、最後のスライダーも要求通りのコースだった。そして、なによりも─────」

 

トンッとミットを外した左拳を空の胸へと付けて……

 

大地「────カッケェよ」

 

それだけ言い残して、ベンチの中へ入り、打席に入る準備を始める。

その姿を視線で追いかける空の心は先ほどの懐疑心が嘘のようにジンワリと消えていった。

 

─────もっと、

 

─────もっと、アイツの役に立ちたい。

 

熱い鼓動が耳朶へと響き渡る。

熱情を感じながら、空は決意した。

この試合は完璧に投げ勝って見せると……。

 

その姿をみて、片矢監督は微笑みを見せて、安心感を覚えていた。

その熱が伝播したのか、1番の秋野が初球ストレートを狙い撃ちし、センター前ヒットで出塁。その後、2番の舘本でエンドランを仕掛けて、ノーアウト一塁、三塁のチャンスを作り出すと、打席には空の女房役の大地が高校初打席を迎えた。

 

実況『さぁ! 徳修高校は初回に大きな山場を迎えています。 投手では一年生ルーキーの成田が三者連続三振を記録しましたが、此方も未だ一年生! 成田の球を受ける女房役! 咲山 大地が高校初打席に立ちます。塚田さん! 一年生を三番に抜擢するとは、片矢監督も随分思い切ってきましたねぇ?』

 

解説『えぇ、そうですね。そもそも、この春季大会において一回戦に一年生バッテリーを投入する時点で博打のように感じますが、成田君は全国中学軟式野球で優勝経験者でありますし、咲山くんも強豪中学の3番を務め、見事、準優勝に導いた経歴がありますので、そういった部分が評価されたのではないでしょうか?』

 

実況『えぇ……此方の資料によりますと、中学時代の打率は.427で、なんと得点圏打率は.659と非常に勝負強い打撃力を展開しています』

 

咲山(……バッテリーとしては、簡単に点はやりたくないけど、一点は仕方ないと割り切った感じかな。守備は全体的に左寄りで、恐らく左の俺からしてアウトコースで引っ掛けさせてゲッツー狙いってところ。一応、サードランナーが簡単に帰ってこれないように中間守備。これで、アウトコースにどの球が来るかだよなぁ……)

 

敵チーム捕手(若干やりづらいなぁ……背丈は普通。でもさほど長いわけではない。これなら定石通りのアウトコース攻めが有効か? とりあえず、様子見のアウトローにバックドアのカーブ。これで視線を吊り上げて体勢を崩させよう。運が良ければ、引っ掛けてゲッツーだ)

 

咲山(とか、考えてくれてたらラッキーぐらいの気持ちでスイングしよう。気負い過ぎても良くないからな。ここはゲッツーでも一点は入ると楽観的に捉えておく方がいいな。アウトコースのバックドアのカーブなら必要以上に手首を返す必要はない。素直にレフト方向へ流す……意識は─────)

 

敵チーム投手「ふしッ!!」

 

シュバッ!!

 

ククッ!!

 

敵チーム捕手(おし! 完璧─────ッ!?!?)

 

咲山(─────逆方向へ引っ張るイメージッ!!)

 

─────カキィィィィィーーンッッ!!!

 

実況『────捉えたぁぁぁあッ!!』

 

敵チーム捕手「れ、レフトォオオオオ!!!」

 

ボンッ……!

 

実況『!! ─────入った……!!』

 

実況『入りましたぁぁぁ!! 羽丘高校一年 咲山 大地が高校初打席で非常に大きな、大きな一発を放ちましたぁぁぁあ!! 羽丘高校! 初回の裏に咲山 大地のスリーランホームランで先制ッ!! 初回の攻防は羽丘がもぎ取ったぁあ!! 徳修高校エースの豊 相馬がガックリと肩を下ろした!』

 

解説『今のは完璧でしたねぇ! アウトコースの難しいコースに投げ込まれたカーブを無理して引っ張らずに、逆らわずにレフト方向へと張り切りました。思い切りも良かったので、それがボールに角度を付けてくれましたね!』

 

─────

 

リサ「へぇ! 凄いじゃん!! ウチの野球部ってこんなに強かったんだ☆」

 

友希那「……」

 

リサ「? どうしたの? 友希那? ボォーとして」

 

友希那「いえ、なんでもないわ……ただ、思ったよりも迫力があって驚いただけよ。リサ」

 

友希那(やっぱり、見間違いなんかじゃない。今の子達は、あの時の屋上の馬鹿コンビ! 野球をやってたのは聞いていたけど、まさか試合に即使ってもらえる程の実力だったとは知らなかったわ)

 

そんな友希那が過去を脳裏に過ぎらせると……

 

大地(過去➕友希那補正)『あ! すいません。 先輩が普通に綺麗で見惚れていました……! 不快に思ったなら、申し訳ありません!!』(イケボ+顔面美化+キラキラ補正)

 

友希那「っ〜〜〜///」ボンッ!!

 

リサ「ちょっ!? 友希那っ!? 顔が真っ赤だよ!? 大丈夫!?」

 

因みに、ユキナが落ち着きを取り戻すまで、リサは彼女を甲斐甲斐しく世話を焼いていたという。

 

 




帯刀悠馬 右投げ右打ち (副主将)
弾道 2
ミート C
パワー D
走力 B
肩力 C
守備力 C
捕球 B
特殊能力:送球B、流し打ち、走塁B、キャッチャーB、チャンスメーカー、いぶし銀

笠元剛 右投げ左打ち
弾道 3
ミート D
パワー E
走力 B
肩力 C
守備力 A
捕球 C
特殊能力:守備職人、バント職人、送球A、プルヒッター、意外性、逆境

舘本正志 右投げ右打ち
弾道 2
ミート B
パワー F
走力 D
肩力 E
守備力 A
捕球 C
特殊能力:粘り打ち、固め打ち、いぶし銀、アウトコースヒッター、守備職人、初球、バント職人

秋野咲耶 左投げ左打ち
弾道 1
ミート C
パワー E
走力 A
肩力 A
守備力 B
捕球 D
特殊能力:アベレージ、盗塁A、走塁A、チャンスメーカー、インコースヒッター、流し打ち、守備職人、チャンスB、送球B、レーザービーム、ケガしにくさE

村井豪士 右投げ右打ち
弾道 4
ミート D
パワー A
走力 E
肩力 C
守備力 D
捕球 B
特殊能力:パワーヒッター、チャンスB、送球A、インコースヒッター、プルヒッター、エラー

田中次郎 右投げ左打ち
弾道 2
ミート C
パワー C
走力 C
肩力 C
守備力 C
捕球 C
特殊能力:いぶし銀、アベレージ、広角打法、流し打ち、アウトコースヒッター、粘り打ち、送球B、走塁B、盗塁B、レーザービーム、守備職人、選球眼

成田 空
球速 148km/h→151km/h 更新
特殊能力 怪童→真・怪童 更新




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第5話 Perfect Pitching!

羽丘 VS 徳修

─────4回表

 

ガギィィンッ!!

 

敵チーム2番「ぐっ!?」

 

成田「ショートッ!」

 

笠元「おっしゃ! 任せときッ!!」

 

実況『これも引っ掛けた!! 打球は名手の笠元の正面!! これを素早く捌いて、ツーアウト!』

 

解説『初回からはピッチングの質を変えてきましたね。二回以降はストレートの残像を活かした芯を外すボール……ムービングファストやスプリットを低めに集めて内野ゴロを量産していますね。 これのおかげで、球数も抑えることが出来ていますねぇ〜。初回の圧倒的な投球を印象付けておいての、このギアの変化。どうやら強気なリードだけでなく、深く考えられたクレバーな司令塔ですね、咲山くん』

 

実況『二回以降は球速こそ10㎞/hほど減速しましたが、器用に打たせて取る投球で、徳修高校の選手達に一塁を踏ませません! 球数も四回途中で43球!

ここまで、奪三振5 被安打0 四死球0のパーフェクトピッチングを続けます! 成田 空!』

 

ビュゴォォォォォォッ!!

 

カクッ!!

 

ズパァンッ!!

 

審判「ットライーク!! ワンストライクノーボール!」

 

敵チーム3番(クソ!! ポンポンストライク取りやがって、これを捉えるのは簡単じゃねぇぞ! だからといって振らないかなきゃカウントが悪くなるだけ─────だったら、打ちに行くしか……!!)

 

ビュゴォォォォォッ!!

 

カクッ!!

 

ガギィン!!

 

敵チーム3番(畜生! 簡単に打ち取られる!! なんつーボールの軌道だよ! 全く予測出来ない!)

 

実況『また引っ掛けたぁ!! 打球は弱々しくセカンド真っ正面! これを舘本が丁寧に捌いてスリーアウト! チェンジです!! なんとこの回、投じた球数はたったの5球ッ!! 抜群の安定感でグラウンドを盛り上げる一年生怪物ルーキー成田 空!! あの徳修高校を一人で圧倒しています!!』

 

成田「しゃあぁああッ!!」

 

哲人「ナイスピッチ」

 

帯刀「ナイピーな!! 安定感抜群じゃねぇか!!」

 

大地「今の回は特に良かったな。低めにスプリットも決まってたし、お試しで使った✳︎シンキングファストボールもキレて低めに集まってた。今のペースなら完封も出来そうだ」

 

✳︎シンキングファストボール……ストレートの握りをズラして回転軸をズラしてシンカー方向へと変化させるムービングファストボールの事。

界隈では高速シンカーとも捉えられる事もある。

 

空「だろ!? オレも今んとこ主軸にできるか微妙だとは思ったんだけど、今日は指の掛かりが良かったから使えると思ったんだよなぁ! それと、完封もいいけど、オレは今日、初めから完全試合かノーノーしか狙ってないからな」

 

ったく、コイツ……何処からその強気が出てくるんだか。

多少呆れつつ、調子に乗りすぎると厄介と捕手経験からわかるので多少窘めておく。

 

大地「まぁ、目標を高く持つ事はいいが、目先に囚われてる様じゃ、勝てる試合も勝てなくなる。あ、これは経験談な!? 特に俺たちがテメェらに負けた試合がいい例えだ。 ま、今んところはいいボールきてるし、そろそろギアも上げていってもいいけど、あんま力むなよ? 力めば力むほど、テメェのストレートは死んでいくんだからよ」

 

それだけ言い残し、俺はヘルメットを被り、本日三打席目の打席へと向かう。

 

6対0。 これが今のスコア。

初回に俺のスリーランを含む4得点の猛攻を見せた俺らは、続く二回も9番の空がライト前のヒットで出塁すると、1番の秋野先輩が完璧な送りバントで繋ぎ、続く舘本さんがセンターオーバーのツーベースで1点を取り、3番の俺がレフト前へヒットを放った後に四番の結城先輩がライト前ヒットで6点差に広げた。その後、完璧に立ち直った徳修の豊投手は持ち直し、3回裏は3人で終わらせた。

そして、この回。空はすぐに三振して、続く秋野先輩もボテボテのセカンドゴロでツーアウト。

しかし、2番の舘本先輩がツーストライクワンボールと追い込まれてから、驚異的な粘りで、四球を選択。

 

これで、ツーアウトランナー1塁の状況で、3番、俺こと咲山 大地。

 

大地(ここで欲しいのは、結城主将に繋ぐバッティング……。ただ、それだと相手もそれを分かった上でリードを組み立てて来る筈だ。初球は様子見の為のアウトコースのボールになるストレート)

 

ズパァン!

 

審判「ボールッ! ノーストライクワンボール!」

 

 

敵チーム捕手(……今のに反応を示さない? てことは待ってるボールは内角変化球? つまり、決め球のスライダー待ちか? まぁ、次のバッターに繋げる意思があるなら当然の選択だな。ここはアウトコースの直球を見せ球に、最後は外にシンカー気味に外れるフォークで終わらせよう)

 

大地(恐らく、決め球に膝下スライダーとインハイに直球は無い。俺がこの場面ならライト前に打たれてツーアウト一、三塁になるのが一番怠い。という事は初回同様に外中心の配球になる)

 

ズパァン!!

 

審判「ットライーク!! ワンストライクワンボール!」

 

大地(けど、確実にインコースは来る。多分、次がインコース。これはボールで良いと判断して、顔近くに投げられる)

 

ズバァン!!

 

審判「ボールッ! ワンストライクツーボール!!」

 

敵チーム捕手(良し、今のでインコースを印象付けた。これで、外のフォークとストレートを主体で攻める事ができる。 ツーアウト一、二塁なら、次のバッターは最悪歩かせられる。ここで、ワンストライクスリーボールになっても大丈夫。ここはフォーク一択─────!)

 

大地(徳修高校の豊 相馬。今年の春の選抜でチームをベスト8へ導いた、文字通りの主軸。球種はノビのある直球とストレートと球速の変わらない高速スライダー……それと、左打者対策として身につけたシンカー気味に落ちるフォークがある。ここで、俺がキャッチャーなら間違いなくアウトコースに落とす。なんせ、バッティングカウントという意識が打者なら少なからずあるから、アウトコースに反応したくなる。それと、さっきのインハイはアウトコースフォークの布石に近い。 そんで、このバッテリー、最悪俺と結城主将は歩かしても良いとか考えてそうだ……なら、その慢性的な考えを覆す一撃を下すことにしようか)

 

敵チーム捕手(来い!! お前の磨いたフォークをここに来い!!)

 

敵チーム投手「フシッ!!」

 

ビュゴォォォォオ!!

 

敵チーム捕手(ち! 低過ぎか……これはボール─────は? 待てよ……!? おまっ!? なんで?! なんで!? なんでそれに手を出す!? そんなボールに手を出しても引っ掛けて内野ゴロに─────)

 

大地「悪りぃ、フォークは読んでたわ」

 

カキィィィィィンッッッッ!!!

 

実況『掬い上げた!!打球はグングン伸びていくぅ!! 角度は十分かぁ!?』

 

敵チーム投手「ぁ─────」

 

実況『あぁと!! 徳修の豊投手がガックリと項垂れてマウンドで立ち尽くすぅ!! これは!! 入ったぁぁぁぁぁぁあ!!バックスクリーン直撃の特大の一発ぅぅう!! 8対0と点差を広げる値千金の一撃を放ったのはまたこの男!! 3番捕手の咲山 大地ぃぃいい!! 本日は3打数3安打2HR5打点の御暴れぇえええ!! 羽丘一年生コンビが選抜ベスト8チームを追い詰めていくぅう!!!』

 

実況『これは! 新たな時代の幕開けなのかぁあッ!!』

 

─────

 

蘭「すご……ッ」

 

モカ「いや〜、あの人、ほんと〜に〜、ヤバイね〜。さっきも〜打ってたよね〜」

 

つぐみ「うん、同じ一年生とは思えないよね」

 

ひまり「あの人、ちょっとカッコいいかも///」

 

巴「ひまりのソレはイケメンなら誰でも行ってる気がするんだけど……まぁ、たしかにあの一年生コンビがこの試合を支配してるよな。正直、あの四番とコンビは他とはレベルが違いすぎる」

 

モカ「蘭〜。あのコンビと〜、同じクラスで〜友達なんでしょう〜? 今度〜、紹介してよ〜」

 

蘭「友達かどうか判断出来ないけど、連絡先なら持ってるよ。ただ、あの二人は普段はバカばっかりやってるからあんまり皆んなに合わせたくない……(特にモカ)」

 

モカ「蘭〜、今〜、モカちゃんには〜合わせたくないとか考えたでしょ〜」

 

蘭「……相変わらず鋭いね」

 

モカ「当然だよ〜。だって〜、モカちゃんですから〜」

 

巴「なんで、そんなに得意気なんだよ……」

 

ガギィン!

 

ひまり「あ! 漸く攻撃が終わったよ!」

 

つぐみ「最後は6番の田中先輩が内のストレートに詰まらされてセカンドフライで終わり。結城先輩と村井先輩が出塁してただけに勿体無い気がするね」

 

巴「次の回がターニングポイントになりそうだな」

 

蘭「どうして?」

 

巴「この回の得点で試合を決定づけるには、次の回の守備でリズムを作る必要があるからだよ。攻撃が長いって事は、コッチの投手だってペースが掴みづらいって事だ。だから、高校野球とか見てて点が入った直後から両投手が大崩れするシーンが多いのがいい例だよ」

 

ひまり「へぇ〜! 流石、巴! よく知ってるね」

 

モカ「うんうん〜。 さすが〜、モカちゃんのお弟子さんだねぇ〜」

 

蘭「いや、巴はアンタの弟子じゃないでしょう?」

 

つぐみ「あ! 成田くんと咲山くんが出てきたよ!!」

 

巴「なんか、守備交代にしては長かったな? 別にグラウンド整備の時間でもないだろ?」

 

モカ「う〜ん。なんか〜、作戦会議〜をしてたんじゃないかなぁ〜。 ほら〜、巴が〜言ってたみたいに〜流れが〜変わるかも〜知らないから〜」

 

蘭「あ、見て。ブルペンにエースナンバー背負った先輩が出てきた」

 

つぐみ「羽丘高校のエース『雪村 新太』先輩だね。去年の夏にチームのベスト8入りに大きく貢献した超技巧派投手で昨年話題を集めた人だね」

 

つぐみ「やっぱり、流れが怖いから投手交代を念頭に考えてるのかな?」

 

蘭「……」

 

モカ「? 蘭〜? どうしたの〜? マウンドをチラチラ見て〜」

 

蘭「ううん。気のせいかもしれないけど、なんか成田と咲山の雰囲気が変わった気がしたんだけど……」

 

ひまり「? 何も変わってないように見えるけど……」

 

巴「たしかに、慎重になる場面だから多少強張ってるのかも知れないけど、特段変わった気はしないかな」

 

蘭(やっぱり気の所為……?)

 

モカ「それより〜。次の徳修の打者って、確かプロ注目のスラッガ〜だよね〜。 さっきの回は〜動く球で〜ショ〜トライナ〜で討ち取ったけど、今度はどうなのかな〜?」

 

巴「うん。峰田 恭二先輩だな。今年の選抜で2ホーマーの怪物スラッガー。通算42本の本塁打を記録するなどの長打力に定評のある大型打者。 その大柄な体型からは考えられないような巧みな小技も使える非常に器用な人だな」

 

つぐみ「そうだよね。それもあって、去年の夏は2番打者として活躍してたみたい」

 

蘭「へぇ。じゃあ、プロ注目選手と黄金ルーキーの最注目対決なんだ」

 

ひまり「あ、成田くんが投球動作に入ったよ」

 

巴「初球の入り方が大事だからなぁ。リードする側は案外大変だろうなぁ〜」

 

蘭「そう─────『ズバァァァァァァーーンゥゥゥゥゥゥッッッ』え?」

 

突如鳴り響いた轟音。

地が響き渡る雷剛を彷彿とさせる怪音が球場全体に響き渡たった。

シーン……と静まり返る会場を他所に、いつのまにか手元に収まっていたボールを平然と返すという作業をするバッテリーに視線が移り、ついで、電光掲示板の球速表示に誰もが目を疑った。

 

これは、誰もが予想していなかった出来事で、きっと誰しもが疑心暗鬼に陥っていただろう。

けれど、それが現実。

目を背けるなんて事は出来なかった。

 

─────《151km/h》

 

ワァァァァァァァアアアアッッッッッッッッ!!!

 

球場に激震が走る!! 人々の大きな喧騒が木霊し続け、やがて球場全体を飲み込む。

誰もが誰も、この瞬間に慌てふためき歓喜する。

それを巻き起こした本人ですら苦笑いを浮かべていた。

 

だが、これで試合はこの時点で決定付けられた。

たった一球。けれど、一球。

彼のストレートは総てを無に帰す『神童の鉄槌』。

これにて、決着が敢え無くついてしまった。

 

その後、徳修は三振の山を築き上げられ終わってみれば、11対0の完全試合での敗北を喫した。

 

徳修|000 000 000

羽丘|420 202 01×

備考:羽丘高校背番号11 成田 空→完全試合達成 18奪三振

同校背番号12 咲山 大地→5打数5安打3HR6打点

 

これが一年生黄金ルーキーの初陣だった。

他の追随を許さない『翼』が羽化し始めた証拠だった。

 



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第6話 開かれた『扉』

─────5回表に入る前の事だ。

 

空「なぁ、大地」

 

突然、空が俺を呼び止めて真剣さを窺わせる笑みを浮かべた。

 

大地「……なんだ? 攻守交代は直ぐにしなきゃならないんだ、要件があるならさっさと話せ」

 

少しキツイ口調になっていたが、いつもと違う空の雰囲気を訝しんでいただけだ。ただ、あの笑みに呑まれないように強がっていただけだった。

 

それすら察していると思わせるような静寂な微笑みで、俺に尋ねた。

 

空「この回から全力でいいか?」

 

…………。

 

きっと、普通の捕手ならまだ早いからといって温存させたに違いない。

実際、力感の無いピッチングでも徳修相手に通用してる。たしかに、次の打者は強い。ヒットぐらいは許すかも知れない。

けど、今のペースなら十分に完封を狙える。ここで無理をして後半にツケが来るくらいなら、せめて6回まで温存させるべきだ。

 

大地「わかった……。やるからには徹底的に殺るぞ……! 奴らの攻手を全て奪う。 そこまで言うんだ。果たして見せろよ……完全試合をしてみせろ」

 

空「おう」

 

だけど、俺はあの眼に呑まれた。

そう、その判断は悪手の筈である。理性では理解していても、本能が告げたのだ。今の空なら大丈夫だと、新しい境地に至る為の試練なのだと……そして、俺は女房役としてそれを支えなければならないと、即座に理解したのだ。

 

─────

 

峰田 恭二。

徳修を選抜ベスト8へ導いたこのチームの主砲。

通算42ホーマーの長打力と、その大柄からは考えられない小技と脚力を活かした技巧能力も高い超高校級の打者。

 

本来なら、様子見の為に一球外にスライダーを外すのが定石だが、この場合関係ない。

一球で捩じ伏せる事に意味がある。

……プロ注目の強打者相手に要求する球ではない事ぐらい分かってる。

こんなモノ、リードとは呼べない。

投球練習が終わった瞬間にサインを出す。

 

空「!」

 

空が一瞬驚愕したような顔を浮かべたが、直ぐに獰猛な笑みへと移り変わった。

そして、俺はサインに頷いた空を確認すると、その場でミットを構えた。

つまり、ど真ん中直球勝負。

全力ストレートをど真ん中に要求したのだ。

これにはベンチもグラウンドの選手たちが全員驚いた。

一か八かにもならないサインに誰しもが驚き戸惑う。

冷静なのは、サインを出した俺と、サインに頷いた空……そして、何も分からない打者のみ。

 

だからこそ、俺は峰田さんに告げた。

 

大地「アイツ。先輩と真っ向勝負したいらしいので、ど真ん中直球行きますね」

 

峰田「は!?」

 

当然その言葉を聞いた峰田先輩は憤怒の相を浮かべて激情に任せてバットを握る。力んでは本来の力は出ないだろうけど、この人なら怒りを力に変えそうな気がしてならない。なんか、オーラ見えるし。これが高校野球での強打者の風格か。

 

かなりの迫力に呑まれそうになったが、直ぐに立ち直る。

やっぱり、テメェは凄えよ。

全く動じない相棒を見て冷静になった。

さぁ、後はテメェ次第だ! ここに最高のボールを投げてみせろ!

 

大地(来いッ!!)

 

空「……あぁ、わかってるよ。オレの無茶振り聞いてくれてありがとな大地。そんでごめんな? その代わり、オレたちが見た事も無い景色を見せてやるからさ─────一緒に高みに行こう!!」

 

─────ズッバァァァァァァァァーーンゥゥゥゥッッッッ!!!!

 

峰田「……え?」

 

大地(ったく、テメェは何処まで突き進むつもりだよ、空……これじゃあ、俺が追いつかなくなるだろうが)

 

─────《151km/h》

 

この瞬間、『成田 空』の前に聳え立っていた大きな『扉』は圧倒的な才能によって『抉じ開けられた』。

 

────『成田 空』が『ゾーン』に入った瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────もう、そこからは空のワンマンショーだった。

 

 

ズバァァァァァァァーーンゥゥゥゥッッッ!!!

 

ズバァァァァァァァーーンゥゥゥゥッッッッ!!!

 

ドキャァァァァァアーーンゥゥゥゥゥゥゥゥゥウッッッ!!!!

 

5回から9回1/3までの13者連続三振の快投乱麻を引き起こし、他を寄せ付けない圧倒的なストレートで試合を終わらした。

最早、最後はコントロールのコの字もないクソボールだったが、あまりの球威に誰もが手を出してしまう。

それ程、斡旋とした試合はあっという間に終わり、空の死刑執行が終わりを告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────

 

??「……あれが1年だと? 冗談はよせ。最早、高校生の域を超えた【神童】だ。はっきり言って、そこらのプロよりレベルが高い」

 

??「えぇ、そうですね。特にあのストレートは高校生じゃ攻略不可能に近い。あの峰田率いる打撃特化型のチームが手も足も出ない投手が1年で現れるなんて、正直、ウチのチーム力じゃあ攻略できませんよ? どうするんですか? 主将」

 

??「恐らくだが、三日後の試合。成田は投げて来ない」

 

??「それは、どういう事ですか?」

 

??「前半4回までは制球を意識した打たせてたらピッチングで凡打の山を築き上げていたが、中盤の5回以降はペース配分など皆無の快投だった。球数もそれなりに嵩張り、終わってみれば、9回までに113球だ。これは1年の肩には大きなダメージ。中学のイニング数は7回まで、球数も自然と少なくなっている。だからこそ、100球を超える球を投げた経験があまり無いはずだ」

 

??「つまり、次の試合は肩を休ませる為に、投げてこない」

 

??「そういう事ですか……なら、次は雪村ですか?」

 

??「あぁ、その可能性が高い。雪村は東地区でも珍しいタイプの右腕だが、今日見た限りは成田よりも容易く攻略できる。そして、雪村が投げるなら、間違いなく捕手は咲山ではなく、帯刀でくる」

 

??「バッテリー間の絆って奴ですね?」

 

??「そうだな。帯刀と雪村のバッテリーは良くも悪くも小学生時代から変わらない。御馴染みバッテリーだ。態々、1年との急造バッテリーを組ます必要はないだろう」

 

??「だったら、今日の帯刀の様にレフトでスタメンに入れるんですかね?」

 

??「いや、恐らくそれはない」

 

??「なんでですか?」

 

??「奴の中学時代のデータを見る限り、レフトでの出場どころか、キャッチャーの守備しか付いてない」

 

??「奴は生粋の捕手という事が否応にも見えてくる。そうなれば、あの打線で怖いのは結城と帯刀、それと1番打者の秋野に気を配れば十分に勝機がある」

 

??「攻撃面では機動力を活かした走撃を中心にしていく。右スクリューハンドの雪村は対左に弱いという一面もある。球速も125km/hと打ちごろ。たしかに、ドロップカーブ、スライダー、フォーク、シュート、シンカーと言った変化球は気をつけなければならないが、安易に変化球しか無いと言ってるようなものだ」

 

??「出塁しちまえば、コッチの優勢って事っすね! 流石は主将です! 主将が居れば百人力ですね!」

 

??「あぁ、だが油断はするな……奴らはウチよりも早いペースで成長をし続けている。 予測なんて意味が無いと思え。ただ、同じ状況下に置かれた学校としての暦の長さで優っている此方の方が強い事を証明するだけだ」

 

背番号2を付けた大柄の男は険しい顔を羽丘ナインに向けてから、その場を去る。彼らのユニフォームに書かれた学校名は─────花咲川学園。

 

2年前、少子高齢化によって羽丘と同じく共学化された学園。

歴としては花咲川が速く創部され、今では実力を伸ばす実力校として名を馳せ始めた高校だ。

 

彼等は基本に忠実な野球を武器に、周りの強豪校を軒並蹴散らす。

1ゲーム3失点以上は許さない2年生エース『虎金 龍虎』を筆頭に、長打力とクレバーなリードを武器にする強肩キャッチャー3年主将『澤野 弘大』を軸とした打撃陣の質の高さは既に全国クラスである。

 

理事長が野球好きという面からも、資金援助が盛んであり、設備も整い出した今こそ、彼等にとっての力試しとなる。

 

最近、力を蓄え出したダークホース羽丘高校。

試すには絶好の機会である。

夏の都予選では、ベスト16になったが、それは足が無かったからである。

走力で搔きまわす爆発力がなかったから、負けたのだ。

この冬のオフは徹底的に走り込み、今では走力+元あった高い打撃力を底上げした超攻撃型チームへと変貌した。

 

しかし、彼等は知らない。

『羽丘高校』にいる【怪物】は『成田 空』だけでは無いのだという事を知らない。

 

彼等は知らない。

捕手を誰よりもこなしてきた人物が『絆』という難点を難点とも思っていない事を知らない。

 

何より、彼等は知らない。

『成田 空』が【鷲】なら、『咲山 大地』は【大樹】である事を知らない。

 

 

 

羽丘高校と花咲川学園。

 

 

両校の試合はもう目と鼻の先である。

 

 

 

 

─────

 

 

??「へぇ〜。お姉ちゃんの学校も野球部勝ったんだね。なんか『るん☆』ってくるね! これでお互いに全校応援だから、授業に出なくて済むね!」

 

??「……日菜。学生の本分は勉強なのよ。授業に出なくていい事なんて無いのよ」

 

日菜「えぇ!? いいじゃん別に〜! それに、野球観戦なんて子供の頃以来した事ないし、『るん☆』って来るよ!」

 

紗夜「はぁ〜。貴女に何を言っても無駄な気がするわ」

 

日菜「お姉ちゃん! 次の試合は一緒に見ようよ! 絶対、そっちの方が『るん☆』てするよ!」

 

紗夜「……貴女、分かってるの? 次の試合は謂わば、敵同士よ。私達が直接争うわけではないけれど、各校の生徒が無断で会えるわけないじゃない」

 

こんな姉妹のやり取りがあった事も誰も知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────

 

 

 

 

 

 

大地「次、アウトローにストレートをお願いします」

 

雪村「わかった……ッラァ!!」

 

シュ……ッ!!

 

ズバァンッ!!

 

大地「……」

 

雪村「どうだ? 今の感じ的には良かった気がするんだが、捕ってみた感じは?」

 

大地「正直に答えて欲しいか、煽てる感じでベタ褒めして欲しいか、どっちがいいですか?」

 

雪村「かぁ〜〜ッ!! それって、つまりあんまり良くないって事かよ! 辛口だね〜! 1年ルーキー!」

 

大地「まぁ、バッテリー間に先輩後輩は関係ありませんからね。で、今のストレートなんですけど、先輩。コントロールを意識しすぎて球が来てません。もう少し、下半身を深く踏み込んでみたらどうでしょうか? 恐らく、上半身だけで投げようとしてるから球が死んでるだと思いますよ。 あ、少し待ってください! 帯刀先輩! ちょっとビデオ撮ってくれません?」

 

帯刀「おう、わかった(すげぇな咲山。一応、ウチのエースだぜ。それが入りたてのルーキーが苦言を出せるもんか? いや、そもそもファームの事なんて俺は着眼なんてしてこなかった。まさか、小学生時代から変わらない新太のフォームがアイツのストレートを余計に殺してたなんてな)」

 

帯刀(コイツに俺は勝てる気がしない。捕手としても野球人としても……こんなに長く連れ添った相棒ですら、あの馴染み様だ、俺はレフトにコンバートすべきなのかもしれない……)

 

大地「あ、それと帯刀先輩!」

 

帯刀「? なんだよ?」

 

大地「今回は、昨日の結果故に俺が捕手に抜擢されましたけど、次は実力で奪ってみせますから、覚悟しておいてください!」

 

帯刀(屈託の無い笑み。つまり、コイツは本気で俺に劣ってると思ってやがるってことか……ったく、勝てないよ、本当に)

 

帯刀「おう! 一年坊にレギュラーを掻っ攫われる程、俺はヤワじゃねぇぞ!」

 

こうして、新たなライバル関係が浮き彫りにあがり、羽丘高校の士気は高まるのだった。




雪村 新太 右投げ右打ち スクリューウォーター
球速 125km/h
コントロール B
スタミナ C
変化球:ドロップカーブ5、スライダー3、フォーク3、シュート2、シンカー4
特殊能力:スロースターター、尻上がり、キレ、四球、低め、緩急、強打者、打たれ強さB、闘志

虎金 龍虎 左投げ左打ち スクリューウォーター
球速 143km/h
コントロール C
スタミナ A
変化球:高速スライダー4、サークルチェンジ4、カットボール2
特殊能力:ノビB、キレ、対ピンチA、闘志、打たれ強さA、クロスファイヤー、内角○、低め、強打者

澤野 弘大 右投げ右打ち
弾道 4
ミート B
パワー A
走力 C
肩力 B
守備力 D
捕球 C
特殊能力:アーチスト、アベレージ、チャンスA、キャッチャーA、走塁B、盗塁B、送球A、チャンスメーカー、満塁男(本塁打)、いぶし銀、粘り打ち


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第7話 Bazooka!

─────4月6日(火) 午前11時 神宮第2球場

 

花咲川学園 VS 羽丘高校

一回表 羽丘 先攻

 

 

─────ワァァァァァァ……ッ!!

 

カキィィィィーーンンッッ!!!!!!

 

ボサッ……!

 

実況『入ったぁぁぁぁぁあ!!! 前の試合に引き続き、またこの男が打ちましたぁああ!! 羽丘高校 3番 咲山大地ぃいいい!! 本日一本目のアーチは、好投手の虎金 龍虎から完璧な一撃ッッ!! バッテリーとしては、ツーストライクワンボールと追い込んでいただけに、痛恨の極みぃいい!!』

 

解説『いやぁ〜……追い込み方も完璧でしたからね。最後はインコース高めで勝負すべきでは無かったですね。ボール球で釣ろうとしたのでしょうけど、恐らく咲山君の読み通りだったのでしょうね。最後はフォロースルーが大きく長打を狙うスイングでした』

 

実況『1ー0!! 羽丘高校が咲山の一発で先制しました!! 花咲川の捕手で主将澤野がタイムを取り一度マウンドへ向かいます』

 

虎金「アイツ、ヤバくないっすか?! なんで、今の追い込み方して彼処に反応してんすか!? 頭わいてるんじゃないっすかッ!! あぁ!! 腹立つぅう!!」

 

澤野「一旦落ち着け。アイツと4番は別格だ。切り替えろ。……それよりも、まさか咲山がマスク被ってくるとは思わなかったな……打撃中心に切り替えたってことか」

 

 

羽丘スターティングメンバー

1.中 秋野咲耶 (左打ち)

2.二 舘本正志 (右打ち)

3.捕 咲山大地 (左打ち)

4.一 結城哲人 (右打ち)

5.三 村井豪士 (右打ち)

6.左 帯刀悠馬 (右打ち)

7.右 田中次郎 (左打ち)

8.遊 笠元剛 (左打ち)

9.投 雪村新太 (右打ち)

 

花咲川スターティング

1.二 坂山雄介 (左打ち)

2.遊 木ノ下優 (左打ち)

3.左 伊達雅紀 (左打ち)

4.捕 澤野弘大 (右打ち)

5.中 幽ノ沢武雄 (左打ち)

6.三 高山勇気 (左打ち)

7.一 笹野一成 (左打ち)

8.投 虎金龍虎 (左打ち)

9.右 司永十郎 (右打ち)

 

澤野(……予想外だった。まさか、スタメンマスクを再度一年ルーキーに任せるとはな。随分信頼されているのか? いや、まだ入学して一週間も経っていない小僧に信頼もクソもない。なら、どうして、そこまで奴に拘った?)

 

澤野は知らず識らずの内に視線を羽丘ベンチへ向けていた。

和気藹々と盛り上がるベンチ内。この雰囲気を作り出したのは間違いなく咲山大地に他ならない。

悪手とも取れる采配だが、その起用は結果的に見れば成功だった。

 

何の対策もしてなかったわけではないが、やはり別格だ。

 

澤野(さっきのリードは、配給通りに行くなら外に逃げるスライダーの場面だが、奴なら読んでくると判断してインコース高めに釣り球を要求した。だが、奴は俺の心理を読み当てたが如く、迷いなくインコースを振り抜いた。それがライト方向への強いホームランとなった……もはや、断言できる。読み合いではアイツに勝てない)

 

澤野「兎に角、次の打者にも気を付けろ。間違いなく、あのチームの主砲の結城だ、初回だが、厳しいコースをガンガン要求する。カウントが悪くなったら歩かせる。いいな?」

 

虎金「わかりました! 今度は打たせませんッ!!」

 

逞しい後輩エースの言葉を受けて、キャッチャーボックスへ戻る澤野。

言わずもがな、次の打者は強敵。既に一点失った身なのだから、ガンガン強気に攻めることを胸に決めた。

 

結果は、結城にはレフト前ヒットを浴びるものの後続を打ち取り、この回は最少失点で凌ぎ切ったのだった。

 

 

─────

 

大地「……見事に左をズラリと並べられましたね。普段、ドンだけ対左弱いんですか。雪村先輩」

 

帯刀「まぁ、シュートとシンカー持ってるから未だマシな方だ。コイツの投げ方が本来左向きじゃないんだよなぁ。去年はシンカーの制球も荒れてたし、シュートなんか殆ど曲がらなかったから予想外にポンポン打たれてたけどな……特に秋」

 

雪村「ウグッ!? そ、それを、言われると弱い……」

 

空「先輩! ベンチにオレいますからね!! 疲れたら直ぐ変わりますよ!!」

 

雪村「うっせぇ! 小僧!! 未だ未だお前にマウンド託してたまるかよバーカッ!!」

 

大地「子供ですね」

 

 

─────

 

 

カキィーーンッ!!

 

実況『打った! 1番、坂山! 甘い球を逃さずにレフト前に落としました!』

 

解説『咲山君がインコースを構えていただけに、今の失投は痛いですね〜』

 

大地「……先輩。空と変わりますか?」

 

雪村「……マジ面目無い。ホントすんませんでした……」

 

大地「まぁ、いいですよ……ここは開き直ってゲッツー取りましょう。ただスティールは警戒しておいてください。データによると、坂山さんはガンガン盗塁してきますし、2番の木ノ下さんもボールを当てるのは非常に上手いです。ゲッツーは狙いますが、無理と判断したら、確実に一つずつ行きましょう」

 

 

野手陣「「「「オウ!!」」」」

 

実況『さぁ、それぞれが守備位置に戻ります。おっと、これは……』

 

解説『ゲッツーシフトですね。ショートが若干サードよりに位置して、セカンドが二塁よりで段取っていますね。恐らく、外の球で打ち取らせる算段でしょう』

 

実況『外野はややライトより。引っ張り警戒ですかね?』

 

解説『そうですね。セカンドが二塁側を守っているので、その穴を埋める形をとったフォーメーションです。ただ、ヒットコースは多少広がっている事は否めませんがね』

 

坂山(さて、盗塁チャンスが巡ってきたぜ。まぁ、初球はタイミングだけ見計らっておくとしよう。リードは深めにしてっと)

 

雪村「ッラァ!!」

 

ビュゴォォ!!

 

ズバァンッッ!!

 

審判「ットライーク!! ワンストライクノーボール!」

 

《132km/h》

 

実況『アウトコース一杯にストレートを投げ込みます。マウンドの雪村』

 

木ノ下(案外速くね?)

 

坂山(クイックは及第点、首振りのタイミングは取りやすい─────ッ!?)

 

ズドォォォォォォォオオオンッッッ!!

 

坂山「……へ?」

 

結城「どうやら、ウチの捕手は簡単に走らせてはくれないみたいだぞ」

 

大地「……ほれ、ワンナウト」

 

塁審「……っ!? あ、アウッ!!」

 

実況『─────っ!!』

 

ワァアァァァァアアア!!!

 

実況『電光石火の送球が突き刺さったぁぁぁぁぁあッッ!! まるでバズーカ!! とんでもない牽制球がファーストの結城のミットに収まり、反応できずにランナー坂山はタッチアウトォオオオオッッ!!』

 

実況『これが羽丘高校の一年捕手! 『咲山 大地』ぃィィ!!』

 

実況『成田 空だけでは無い!! 自分も此処にいるぞという宣言を高々とする怪物ルーキーが今目を覚ましたぁぁぁぁぁあ!!!』



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第8話 不動の【大樹】

アフグロをアンケに入れるの忘れてました汗
とりあえず、アフグロを望む方は感想にしてくれるとありがたいです。
新しくアンケ作っても良かったんですが、思いのほか集計がいいのでこのままで行きたいです(結局、自己満足……すんません!)

という事です!

よろしくお願いします!!


─────6回表

 

実況『先頭の秋野が持ち前の選球眼を生かして、四球を選択。その後、2番の舘本が初球を送りバントを成功させ、現在はワンナウト二塁で、本日2打数2安打1HRの怪物スラッガー、3番 咲山が打席に立ちます!』

 

咲山「お願いします」ペコリ。

 

澤野「あぁ(正直、宜しくしたくは無い。だが、コイツを歩かして、結城という状況を作り出すわけには行かない。もし、結城も歩かした場合、5番のパワーヒッターに一撃もらうだけで、点差は一気に広がる……それを避ける為に、この打者は打ち取る必要がある)」

 

澤野(一か八かもいいところだが、リードする側の心を読んでくるタイプだからこそ、リードは殆ど無意味。ここで必要なのは、投手が打者を騙せる程に腕を振り抜けるかどうか……むしろ、コントロールミスした方がミスショットしやすいはずだ。だからこそ、腕は強く触れ)

 

澤野(初球、真ん中高めにストレート。ボール球で構わない)

 

虎金「ウラァッ!!」

 

ビュゴォォォォォォオッッ!!

 

ズバァァーーンッッ!!

 

《142km/h》

 

審判「ットライークッ!! ワンストライクノーボール!」

 

大地(今のが入ってんのか……今日の審判、低めは厳しいのに高めは甘いなぁ)

 

澤野(よし、今のはデカイぞ! これでカウント一つ儲けた)

 

澤野(次はクロスファイヤーのアウトコースでスライダー。ストライクからボールになる球だ─────これが定石だが、ここは敢えてインコースにストレート。今日打たれてるコースだ。ボールになっても良い。腕を振り切ることこそ重要)

 

大地(多分、スライダーだけど、さっきのストレートを見る限りリードというより、投手の最大限の力を引き出せる球を投げさせてる感じがする)

 

大地(……こういう場合、捕手視点はダメだ。相手の思う壺に入る。コントロールは多少荒れても問題ないと考えてるなら、読みは通じない。特に、レベルの高い捕手ほど投手を盛り上げるのに秀でてるけど、この人はその中でも指折に投手の力を引き出してる)

 

大地(さっき、秋野先輩から聞いた感じ、変化球は基本スライダーとチェンジアップ……ストレートも手元で伸びてくるし、そこそこ速い。コントロールも内外投げ分けができて、基本大荒れしない本格派投手)

 

ビュゴォォォォォオッッ!!

 

ブォォンッッッ!!!

 

ズバァァァァーーンンッッ!!!

 

「ットライークッ!! ツーストライクノーボール」

 

ザワザワ……

 

《148km/h》

 

実況『虎金 龍虎!! なんと、この場面で自己最速を大きく更新ッッ!! 球場が響めきます!!』

 

解説『さっき打たれたコースと同じ所ですね〜。花咲川バッテリーはとても強気ですねぇ』

 

大地(……予測より速かったな。これが腕振り効果か)

 

澤野(どうだ? 咲山。これがウチのエースだ。確かに、成田 空は脅威だ。あれだけの才覚を有する投手はそうはいない。だが、ウチの虎金だって負けてない……!)

 

ビュゴォォォォォォオッ!!!!

 

ガギィン!!

 

大地「グッ!?」

 

審判「ファールッ!!」

 

《149km/h》

 

ガヤガヤ……!

 

実況『またまた自己最速更新ッッッ!!! 虎金 龍虎!! 先程まで手も足も出なかった咲山相手に圧倒していますッッ!!』

 

大地(コイツ、典型的なクラッチピッチャーか!! ち! ヤバイ奴じゃねえか)

 

虎金(確かに、俺は成田 空よりも弱いのかもしれねぇ。才能だって、持ってる。俺には無い物、全部全部持ってる。だけど、それが負けていい理由になって言い訳じゃないッ!! 野球が好きだって気持ちがあるんなら、負けてもいいなんて、考えちゃダメなんだよッッ!!)

 

虎金「ラァッ!!」

 

ズバァァァァァァーーンンゥゥッッ!!

 

大地「クソ……ッ。────やられた!」

 

審判「ットライーーーークッッ!! バッタアウッ!!」

 

《153km/h》

 

ワァァアァァアアッッッ!!!!

 

実況『見逃し三振ッッッ!!! 最後は今日三度目の自己最速更新を計測した渾身のストレートをアウトコース一杯に決めたぁぁぁぁぁあッッッ!!!』

 

実況『形成を一気に変えかねない、アドバンテージストレートが一年黄金ルーキーを抑え切ったァァァァァ!! 虎金 龍虎!! 新たな【怪物】候補が目を覚ましたのかァァァァアッ!!!』

 

澤野(……この場面で来たか)

 

空「……大地」

 

大地「ヤバイな、あの人。入っちまったみたいだな……」

 

空「え?」

 

大地「三日前のテメェと一緒だ─────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────『ゾーン』に入りやがった」

 

 

 

 

 

─────その後の打者、4番の結城も力で捩じ伏せた虎金。

これで流れが変わり始めて、6回裏は9番司永、1番坂山でチャンスメイクをして、ここで打順は上位打線。

 

 

紗夜「……チャンスをねじ伏せた後のこの回、この回がターニングポイントですね」

 

日菜「え! そうなの!? へぇ、そうなんだ! だから、お姉ちゃんの学校のバッターが『るん☆』ってしてるんだ! 『るんるん☆』するね!」

 

紗夜「……どうして、私はここにいるのかしら」

 

リサ「は、はは……ま、まぁいいじゃん! 皆で見た方がきっと面白いしね☆ ね? 友希那☆」

 

紗夜「湊さんなら、ピンチになった瞬間に最前列に行きましたけど……」

 

リサ「い、いつの間に……もう、どんだけ彼のこと好きなのさー!!」

 

紗夜「彼?」

 

リサ「うん、実はね─────」

 

結城「─────スティールッッ!!!」

 

日菜「あ! 一塁ランナーがスタート切ったよ!! しかも、三塁ランナーも動こうとしてる!!」

 

紗夜(それと、恐らくフォークでしょう。キャッチャーの前でワンバウンドします。流石にこれは刺せな─────)

 

─────

 

大地(さっきから、好き勝手にやってくれやがって……)

 

空「大地って、普段は落ち着いた物腰なんすけど、時折激情に駆られる時があるんすよね。たとえば、あんな風に」

 

大地(コッチは、さっきの三振が頭にきてんだ……。自分の情けなさに腹が立つ……)

 

大地「だからこれは、只の憂さ晴らしだ……喰らっとけ!! 好き勝手してんじゃねぇぞぉ!! テメェらのエ○本燃やすぞッッッ!!」

 

ズドォォォォォォォォオオオオオオオオオオオンゥゥゥゥッッッッ!!!

 

笠元「……アイツ、頭おかしいんとちゃうん? なんで、2塁投げんねん……しかも、ドンピシャスローで三塁ランナー釘付け……ホンマ、アイツらと野球やっとったら調子狂うわー。まぁ、言える事は一つだけやな。あんさんはアウトっちゅう事や」

 

坂山「はぁ!?」

 

帯刀(てか、今ワンバンしたろ! 立ってから捕って投げたのかよ!! 博打にも程が─────もしかして、出来るって確信でもあったのか!? つくづくクレイジーすぎんぞ……)

 

塁審「アウッ!!」

 

司永(スタートする暇が無かった─────アイツの肩、本当に同じ人間かよ?)

 

ワァァァアァアアアァッッッ!!!!

 

実況『刺したぁぁぁぁぁあ!!! あの状況で三塁ランナーを釘付けにしておきながら、俊足の一塁ランナーの坂山を突き刺したぁぁあ!! 彼は本当に日本人なのか!? 』

 

解説『……とんでもないですね。あれで一年生と言うのですから末恐ろしいものですね』

 

実況『今実況席に入ってきた情報によりますと、中学時代の咲山選手の盗塁阻止率は.925と驚異的な阻止率を誇り、一部の界隈ではあまりの強肩に『咲山ランチャー』と呼ばれる畏怖されていたようです!!』

 

実況『あまりのビッグプレーに花咲川学園の監督も首を横に振っています!!

[俺がいる限り、進塁させない]と言わんばかりの好プレーを披露します! 羽丘高校一年、咲山 大地!! この男は幾つの伝説を作ろうとしているのでしょうかぁああ!!』

 

─────

 

紗夜「……そんな、ありえません!! なんですか! 今のプレーは……!!」

 

リサ「ち、ちょっ!? 紗夜! 落ち着こ!! ね?」

 

リサ(とか、アタシも言ってるけど、あのプレーには頭がついていってないよ〜!! お父さんが野球好きで昔からよく説明してくれたりするけど、あんなプレーは全く見たことがなかった─────あんな事が出来る人がウチの学校に居たんだ)

 

日菜「すごーい!! すごーい!! 何今のプレーッ!! あれ、私にも出来るかな!? ね!? リサちー!!」

 

リサ「え? あ、うん!! 頑張ればきっとできるよ!!! (日菜だけ論点が違うよ!!)」

 

友希那「……大地様……きゃっ///」ポッ……

 

リサ「いつものクールなユキナ戻ってきてぇえええええ!!!!」

 

乙女に満ち溢れたユキナを又々献身的に支えるのはいつだってリサ姉なのだ。

 

 

 

 

─────

 

『咲山 大地』……【大樹】の様にどんな場面が来ようと動じず、どんな危険の中でも生き延びる存在。

どれだけのピンチが彼等に纏おうが、揺るがない意志で立ち向かう。

 

大地「─────相手エースの覚醒がなんだ? 相手チームの走塁意思がどうした? 相手の流れがどうした?」

 

故に、彼は『強い』。

彼の動じなさこそが、空の感じた彼の『強さ』の正体その物。

 

大地「─────エースが覚醒しようがまた点を取ればいい! どんだけ走ってきても、俺が全部刺せばいい! 流れなんてそんだけで変えれるんだ!」

 

大地「花咲川……たしかに強いけど、俺達の敵じゃねぇ!! 走れるもんなら走ってみやがれ! この三下がぁあッ!!!」

 

ズドォォオオオオオオオオンッッッッ!!!

 

司永「ウッソだろ!?」

 

塁審「アウッ!!」

 

実況『あぁと!! 少し飛び出していた三塁ランナーを見逃さずに直ぐ様牽制を入れた咲山!! 鬼肩が火を吹き、この回、一人でツーアウトを奪いましたぁぁぁぁあ!!』

 

実況『ピンチにも全く動じず、悉くを以って凌駕する咲山選手ッ!!! 強すぎる黄金ルーキーィイイ!!!』

 

実況『もう誰も彼を止めるものは居ない!!』

 

そして、この瞬間─────

 

空「入ったのかよ、アイツも─────」

 

大地「……勝つ! 絶対に!!」

 

咲山大地も『壁』を打ち破り、『ゾーン』へと突入した!

 



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第9話 エース

雪村(ふぅ〜……助かった。咲山がいなきゃテンパったままだった)

 

虎金 龍虎が覚醒し、大地と結城の打線ツートップの2人を完璧に抑えられた事に動揺した雪村は、6回に突然、制球を乱し、ノーアウト一、三塁のピンチを迎えていたが、本日スタメンマスクの大地が、途轍もなく破天荒で精密なビッグプレイでアッサリとピンチを刈り取った。

 

ノーアウト一、三塁のピンチは、たった一人の捕手のプレーによってツーアウトランナー無しという状況に一変した。

これは投手に掛かる筈だったプレッシャーをも消し去ったのだ。

 

『雪村 新太』という男は何をやってもソコソコまでしか出来ない、至って平凡な投手だ。

多少手先が器用で、人よりも変化球の扱いに長けているだけで、誰よりも強い武器は無い。

コントロールも内外と分けて投げる事は出来るが、ビタビタな程ではない。

スタミナだって、走り込みを続けて9回まで投げきれるようになったが、延長戦を戦い抜けるほどではなかった。

 

何処までいっても、雪村は『秀才』から抜け出せない。

 

そんなコンプレックスが何処かに潜んでいた。

 

5回 0失点。

 

勿論、好投している。

けれども……。

 

雪村「ふぅ……」

 

彼の脳裏に過るのは、三日前の徳修戦での空のピッチング。

圧巻の一言に尽きるあの時の完全試合投球が雪村を蝕む。

あの日、自分は監督に自ら頼み込んでブルペン投球に入った。

居ても立っても居られなかったのだ。彼の投球に絆された。

エースの自分よりも上の存在が、選抜ベスト8の強豪校を圧倒していたのだ。何も思わないはずがない。

 

自分が全国区の投手でないことはわかってる。

 

きっと、世間一般から見た中堅エースでしかない。

そんな半端者が、願っていい『夢』で無い事は理解している。

 

それでも……

 

雪村(それでも、俺は諦められない……! 諦め、きれないんだよ! あの舞台に……! 甲子園でエースとして勝ち投手になるって『夢』を諦めてたまるかよッッ!!)

 

雪村「ウラァッ!!」

 

ビュゴォォォォォォオォオオオッッ!!!

 

ズバァァーーンンッッッ!!!

 

《135km/h》

 

敵チーム3番「なっ!? (速い!? コイツ、こんなに速い球投げれたのか?!)」

 

審判「ットライークッッ!! バッターアウトォオオオ!!!」

 

実況『空振り三振ッッ!! 羽丘高校エース雪村 新太!! ツーストライクツーボールからラストボールはインコース高めの渾身のストレートォオ!! 最後は力で押し切ったぁぁぁあ!!!』

 

解説『素晴らしいボールですね!! 球質、制球、そして気持ちの乗った最高のボールを投げましたね! リードする咲山くんも納得いくボールを受けて嬉しいんじゃないでしょうか!?』

 

大地「先輩。ナイスボールです! 今日一のストレートでしたね!」

 

雪村「おうよ! お前には助けてもらってばっかりだからな! ほんと助かった、サンキュー!」

 

結城「新太、ナイスボールだ」

 

帯刀「お前ならやれるって俺は信じてたぜぇ!! 新太ぁぁぁあ!!!」

 

雪村「うお!? 泣くなよ悠馬!? マジでキモい!!」

 

帯刀「キモいとかいうなよぉおお!!!?」

 

片矢「雪村!」

 

雪村「っ!」

 

片矢「ふ、次の回も……いや、この試合は頼んだぞ! 『エース』としてこの試合を投げ抜いてみせろ!」

 

雪村「!!! は、はい!! 任せてくださいッ!!」

 

これが第一歩。

羽丘高校エース『雪村 新太』は漸く、長い道のりを繰り広げられるトンネルへと歩を進めた。たった場所は未だスタートラインだ。けれど、スタートラインにたった投手は強かに育っていく。

 

今、『エース』の夢が開かれていくのだ。

 

─────

 

澤野「ほぅ……(あのまま崩れると思ったが、中々にしぶといな。それに、球速が上がっている? ビデオで確認したフォームも下半身主体に変わっている気がしなくもない。何か変化でもあったのか?)」

 

澤野(兎に角、奴から点を取るのはそう簡単じゃなくなったって事だ。それもこれも、奴のせい。 咲山大地 。アイツがこの流れを変えた。あの場面で立ち直ったのは間違いなく、咲山のビッグプレイからだ)

 

澤野(……恐らく、虎金同様、今の奴も()()()()に入っている状態だろう。あの状態で同じく入っている今の虎金と再度戦う事があれば、正直勝てるビジョンが湧いてこない……奴の前にランナーを溜めないのは最低条件であり、これ以上の失点は命取り……ふぅ、気が滅入りそうだ)

 

虎金「主将!! 行きますよ!!」

 

澤野(まぁ、ウチのエースなら何とかなるだろう……捕手として楽観視しすぎるのもどうかと思うが、何故だか、今のアイツならやってのける気がしてならない。だったら、それに賭けてみたって、いいだろう?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────9回表─────

ワンナウトランナー無し。

3番 咲山大地 ツーストライクツーボール

 

ビュゴォォォオオオォォオオオォオオッッッッッ!!!!!!

 

────カキィィィイイイィィイイイイイイイインッッッッ!!!!

 

ボサッ……!

 

《154km/h》

 

大地「ッッ〜!! ッシャァァァァアッッッ!!!!」

 

虎金「……打たれた、か…………今のクロスファイヤーを打つのかよ……やっぱ、アイツ、イれてるわ」

 

実況『またまた、この男が打ったぁぁぁぁぁぁあ!!! 最終回表!! ワンナウトランナー無しでカウントはツーストライクツーボールから放ったのは、花咲川学園を突き放す特大のアーチィィッ!! 2ー0!! 非常に! 非常に貴重な追加点を最終回にもぎ取ります! 羽丘高校! 咲川!!」

 

実況『最後の最後で、自己最速を更新した虎金! ここで、マウンドを降りるようです! 会場からは慎ましやかな拍手が敵味方なく贈られます!

 

虎金 8回1/3 奪三振11 失点2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────9回裏─────

 

ズドォォォォォォォォォオンッッッ!!!

 

塁審「アウトォオオオ!!!」

 

花咲川の6番打者「なっ!? (フザケンナ! 完全に盗んでだろうが!! なんで、これでアウトになんだよ!?)」

 

 

実況『ここで盗塁阻止ィィイイイ!!! 花咲川! 最終回に仕掛けてきたが、羽丘の鬼肩である、咲山を前に敢え無く撃墜ィイイイ!!! ツーアウトながら一、三塁と形を作りましたが、最後まで羽丘高校エースの雪村を攻略できないままゲームセットッ!! 手に汗握る白熱した投手戦を制したのは、羽丘高校ッ!! 春季大会3回戦進出ですッ!!』

 

両チームは直ぐにグラウンド中心に集まり、整列する。

 

審判「礼ッ!!」

 

全員『ありがとうがいましたぁッッ!!』

 

澤野「今日はしてやられたよ! まさか、走撃で揺さぶりかけるつもりが、敢え無く撃墜させるとは思ってなかった」

 

結城「いえ、此方こそ其方のエースを攻略できませんでしたし、結果的に見れば改善の余地が浮き彫りになった試合でした。大変、勉強になりました!」

 

澤野「そうか……そう言ってもらえると少しは気が楽になるもんだ。しかし、なんだ。こうしてみると、殆ど奴の独壇場だったと言えるな」

 

結城「えぇ。本当に末恐ろしい一年ですよ」

 

 

澤野「ほんと、嫌になる。あんな怪物を率いるお前たちと同地区なのが今更になって嫌になってくる。だが、次は負けないからな」

 

結城「えぇ、此方こそ! 今度も負けません!」

 

 

─────

 

虎金「おい! 咲山!!」

 

大地「? なんですか?」

 

虎金「次は……次は絶対にオマエを完璧に抑え切ってみせるッ!! だから、オマエも俺に負かされるまで負けんじゃねぇぞ!!」

 

大地「……その御願いは聞けませんね」

 

虎金「はぁ!? フザケンナ─────」

 

大地「あ、いえ。そうではなくてですね、現在進行形で勝ててない奴がいるんですよ! ソイツとの勝負に勝つまで虎金さんとの約束は出来ません……だけど、これだけは約束しましょう。次会った時も、全力で存分にやりきりましょう!!」

 

虎金「ち! 兎に角、次会ったら叩き潰してやる! その、お前が現在進行形で勝てない奴と纏めてぶっ潰してやる!!」

 

大地「……えぇ、負けません」

 

 

 

 

─────こうして、壮絶な投手戦は幕を閉じ、新たな物語が始まる。

 

東京都春季大会 第2回戦

羽丘高校VS花咲川学園

 

羽丘|100 000 001|2

花咲|000 000 000|0

 

備考:羽丘高校 背番号12 咲川 大地 4打数3安打2HR2打点1三振

 

 




虎金 龍虎
143km/h→154km/h 更新
ノビB→ノビA

雪村 新太
125km/h→135km/h 更新
コントロール B→D
ノビD→ノビB


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第10話 MUSIC!

─────4/23 (木)早朝5時45分

 

大地「ほっ、ほっ、ほっ…………!」

 

春になったとはいえ、まだまだこの時間帯は肌寒く感じる今日この頃。

冷え切ったコンクリートの歩道から感じる足元の冷気を掻き乱す様に足を必死に動かすジャージ姿の切れ目少年……今や世間で賑わいを見せる人気者、『咲山 大地』(15)は今朝も今朝とて、日課のランニングを兼ねてキャッチング練習をする為にバッティングセンターへと向かっている途中である。

 

大地「ほっ、ほっ、ほっ……!」

 

一糸乱れぬ息と一定のテンポ。

ペースを落とさず、けれど上げ過ぎず。

まるでコンピュータによって制御された機体のように一定に走る。

 

大地(……マズイな。このままだと、夏の大会が危う過ぎる)

 

ただし、頭の中は以前までの試合の彷彿だった。

なんとか春季大会でベスト16を掴んだ羽丘は、今年の夏の大会で第四シードを辛うじて習得する事は出来たが、一つ問題が起きた。

 

────投手不足。

 

たしかに、今のところは問題無さそうな見えなくはない。

けれど、問題の根本はもっと根深い。

このままだと、空と雪村の酷使しすぎで、そもそも決勝前までに力尽きる可能性が少なからずある。

 

成田 空は言わずもがな、実力は超高校級だが、まだ1年生だ。ここで使い古し過ぎて将来の原石を壊しかね無い。

これには周りがいい顔をしないし、何より大地にとっても十分痛手な話だ。

 

次に、雪村 新太。

此方も言わずと知れた羽丘の現エース。この前の花咲川学園戦から一皮向けた実力派投手だ。

ストレートの質が向上したことによって、元あった変化球が更に効果覿面に発揮されるようになったのは収穫だった。

ただし、新フォームは未だ未だ未完成な部分が多く、何よりも重大なスタミナ不足が見られる。

 

春季大会では一度だけ完封を記録しているが、その後、7回以降のピッチングは控えるようになった。原因としては、肩と肘の張りが出始めたらである。

彼もエースとして、常に投球を行ってきたが、いかんせん、新たなフォームはまだ固まっていない上に、慣れないという部分でスタミナ浪費が激しい。

 

こういった場合は段々とフォームを定着させて行く事が必要がある。

時間が掛かるが、これは致し方がない。

 

そして、ベスト8を掛けた試合を今一度振り返ってみると、やはり投手の数が少な過ぎる。

そもそも、部員が少ない。

現在、羽丘高校の部員は新1年を合わせて27人。

その内、投手志望は空と雪村を含めて4人。

 

空と雪村の二番看板は各々の課題は見えているし、彼等なら何とか夏には間に合わせてくれるだろう。

だが、そうなってくると、リリーフの質が最低限必要だった。

 

ベスト8を掛けた試合。

羽丘が3点差で迎えた7回裏に悪夢が舞い降りた。

雪村が7回を無失点で抑え降板したあと、中継ぎで起用されたのは背番号10の吉村 忠彦(2年)である。

 

彼の武器は、基本的にストレートしか投げないパワーボールである。

最速147km/hの直球と、同じ腕の振りから投げ下ろされるスプリットで三振を奪っていくスタイルの本格派である。

実にリリファー向きの投手だ。

 

ただし、彼に難点を挙げるなら、ノーコンな事である。

 

あの悪夢の主因は間違いなく余計な四死球だ。

7回だけで4四死球。8回には2連続四死球の後に、大地が外すようにサインを出していたにも関わらず、甘く入ったストレートを痛打され同点に追いつかれ、その日は降板した。

結果としては、被安打2 四死球6 失点3 奪三振どころか空振りも0だった。

ムラがありすぎて、非常に扱いづらい投手は何人も見てきた大地ですら、絶句せざるを得なかったほどである。

コーナーに構えていないど真ん中勝負を要求しているのに、捕手が捕れない所へ放るのだ。対処のし辛さが際立っている。

 

結局、この日の試合は投手を使い尽くした羽丘が一度だけ投手経験のある帯刀に投げさせる事にしたが、当然ながら、私学校合に急造投手が通用するはずもなく、サヨナラ負けを喫した。(空は、前日投げているので休養。シード権も手に入っていたので使わないと監督は決めていた様子)

 

更に、もう一人の投手候補。

『我妻 矢来』(1年)である。

我妻は中学シニアで硬式出身者である。

中学時代ではエースを任されていた事もあり、今のところブルペンでは纏まったコントロールとスピンの効いたストレートと、キレのあるスライダーが際立つ有望株だ。

最速124km/h。若干、心許ない球速というのが難点であり、リリーフ経験が浅いのが難点である。

 

大地(てか、空や雪村先輩にも言えることだけど、みんな先発経験しかねぇんだよなぁ。奥の手は完全に空をリリーフに回すだな)

 

最悪、空をリリーフに回すのもアリだと考える大地。

現状、二枚看板の空と雪村。

ならば、早い話、雪村と空で全試合投げ抜かせれば良い。

例えば、雪村を先発にした場合、5回までを雪村。残りの6回以降は空と役割を与えれば、1試合に掛かる2人の負担は実質1/2である。

 

だが、勿論欠点もある。

 

大地(結局、ここに戻ってくんだよ……2人の酷使……当然、1試合での怪我率は下がるだろうけど、長い目で見た時に全試合登板はあまりよろしくない。チクチク溜まる疲労ってのは後になって絶対に響いてくる)

 

大地(しかも、2人をそれだけ使うって事は、敵チームに2人の情報を余計に与える可能性がある。特に、空と雪村先輩は春季大会でかなりスポットを集めたからなぁ……今頃、私立強豪供の諜報班がこぞって資料集めしてんだろ? そうなってくれば、いくらあの2人でも、そう簡単に試合を作れなくなる)

 

そうなれば勿論、羽丘は破滅する。

 

大地(打撃陣は申し分無いぐらい強力なだけに、やはり鍵になるのは投手陣……特にリリーフ陣。ここを何とかしない限り、羽丘が甲子園に行く事はまずあり得ない)

 

分析を終えた大地はいつのまにか、目的地のバッティングセンターに着いていた事に気がつく。

どうやら、かなり長い事思考に耽っていたようだ。

 

大地「仕方ない、気を取り直して練習するか……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────

 

大地「(ふぅ……ダメだな。集中が途切れてる)オッサン! ちょっと休憩!!」

 

河鳥「おう、そうしろ。今日は特に散漫だ。雑念混じりにやったって全く意味をなさないからな」

 

大地「相変わらず、師匠の言葉は耳が痛いねぇ……ま、慣れたけど」

 

大地「────そんな事より、音楽聴いていいか?」

 

河鳥「あ? 別に構わねーけど、イヤホン付けねぇのか?」

 

大地「あぁ、いつもは付けたんだけど、昨日、✳︎ペスに爪で裂かれて死んだ」

 

✴︎ペス……咲川家が飼っているミケ猫の事。名前は何故か犬っぽいのでよく間違えられる。

 

河鳥「なんか、表現が生々しいな……ま、そういう事なら好きにしな。ただし、営業時間外の時だけな」

 

大地「あいよー……さてと、スマホを取り出して、『pineapple music』を起動してっと……あぁ、あったあった! Roseliaの『BLACK SHOUT』!」

 

♪〜♫〜♬〜……!!

 

大地(いつ聞いても、プロ顔負けの技術力だって感心して聞き入っちまうよなぁ〜!! 曲調もかっこいいし! ザ・王道のガールズバンド! でも、俺も最近知ったばっかりだから、誰が歌ってるのか、何を弾いてるのか全くわからないんだけどね……でも、歌ってる人の声ってどっかで聞いたことあんだよな……ま、いっか)

 

その後も大地は流れていくRoseliaの音楽と、時折挟まれる Afterglowなどのかなりレベルの高いガールズバンドの曲に身を委ねていたという。



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第11話 まさか……。 前編

─────4/25(土) 国地館高校 第1グラウンド─────

 

8回裏 ノーアウトランナー無し。

 

ツーストライクワンボール

 

─────ズバァァァァァァァーーンッッッ!!

 

審判「す、ストライークッ!! バッターアウトォォ!!」

 

国地館4番打者「は!?(ここで、インズバ!? マジでキチガイだろ!? )」

 

ガヤガヤ……

 

国地館OB1「おいおい、速すぎねぇか!? なんだあのボールは!!」

 

国地館OB2「しかもあの緻密に制球されたインコース高め……あんな奴からどうやって点を……ヒット打つんだよ!」

 

国地館OB3「これが、徳修と八大三校を完全試合で仕留めた怪物ルーキー……『成田 空』か!! 噂に違わぬ豪腕だ!!」

 

6番 ピッチャー 成田空(1年)「……なんか、視線が痛いなぁ」

 

3番 ファースト 結城哲人(2年)「ナイスボールだ空。周りの目は気にするな、その内治るさ」

 

8番 ショート 笠元剛(2年)「せやせや、良いボールは行ってるんやし、打たれたわけやあらへんやろ? 気にせずいつも通りに投げたったらええねん」

 

5番 サード 村井豪士(2年)「うむ! 一つずつ行こう! 成田!」

 

2番 セカンド 舘本正志(2年)「……ナイスボール」

 

1番 センター 秋野咲耶(2年)「ほら! もっとコッチに打たせてきてもいいんだよ!!」

 

9番 ライト 田中次郎(2年)「あぁ、だいぶ暇だ」

 

7番 レフト 帯刀悠馬(2年)「はぁ、外野フライも外野前に落ちるヒットもねぇとか、ホントとち狂う……」

 

4番 キャッチャー 咲山大地(1年)「まぁ、大方先輩達の言う通りだ。テメェは俺のミットにボールを投げ込むことだけ考えるだけでいい! 変に色気出そうとすんな。普通に投げたって、テメェはこの場で『最強』だ。自信持ってけよ! ワンナウトランナーなし!! 奪三振は16だから、そろそろ打たして取らせていきます。先輩方、よろしくお願いします。 シフトは引っ張り警戒で、5番は典型的なプルヒッターです。球足が速いのが来るかもしれませんし、もしかしたらドン溜まってしまうかもしれません。 そこだけは気をつけてください─────」

 

空「わかった! わかったから、そんなに一気に言うな!!」

 

 

羽丘|401 220 11➖|11

国地|000 000 0➖ |0

 

羽丘高校オーダー

1.中 秋野咲耶 (左打ち)

2.二 舘本正志 (右打ち)

3.一 結城哲人 (右打ち)

4.捕 咲山大地 (左打ち)

5.三 村井豪士 (右打ち)

6.投 成田空 (右打ち)

7.左 帯刀悠馬 (右打ち)

8.遊 笠元剛 (左打ち)

9.右 田中次郎 (左打ち)

 

国地館監督(諜報部隊から聞いていた以上にマズイ投手だ。唸りを上げて浮き上がると錯覚させる【神童】ストレートに、チェックゾーンを越えて変化する彼の鋭いスライダーとカットボール。右打者から逃げる様に沈む事で驚異的な威力を誇るSFF。そして、ギアを落とした時に多投されるムービングファストの軌道は予測不可能。時折混ぜられるカーブには視線を釣り上げられ、緩急としてもかなりの効果を発揮する……当然、息をするようにバックドアと✳︎フロントドアを使い分けられる)

 

✳︎フロントドア……インコースのボールコースからストライクコースへと変化する変化球。

 

国地館監督(はっきり言って、攻略不可能。撃墜不可能の神翼だ)

 

ギシリと自前のキャンプ椅子に腰を下ろして、背中を預ける監督に周りの選手たちは少なからず動揺と焦燥にかられる。

こうなった時の監督は非常に機嫌が悪いと評判があり、この後のミーティングで激昂されるのが定番なのだ。

 

国地館5番打者(ヤバイ!! 監督が大分お怒りだ!! せめて、せめてヒットを打たなきゃ!! ストレートに押し負けない様にテンポは早めに振る!!)

 

ガギィン!!

 

審判「ファールッ!! ツーストライクツーボール!!」

 

国地館5番打者(当たる!! 当たるぞ!! タイミングも合ってきたし、よくよく考えたら、コイツの緩急はカーブだけだ! 要するに大きく逸れた球はカーブって事!! いける!! 行けるぞ!!)

 

国地館5番打者「おっしゃぁぁあ!! こいやぁぁぁあ!!!」

 

分かりやすく調子に乗る国地館の5番。

だからこそ、5番なのだと理解してほしい。

狙いを顔に出す打者は二流。そして、二流の考え程、一流は読み取りやすくなる。

 

大地(……じゃあ、高校初お披露目してやろうぜ? 空。分かってると思うけど、この球を使うってことは他の高校にも御披露目するのと同じだ─────高々に宣言しろ! テメェにあるのは本物のストレートだけじゃねぇってな!!)

 

 

空「っ!! へ! そうこなくちゃなぁ〜。行くぜ、大地!!」

 

ワインドアップからの5球目!

いつものように深く踏み込んだ右脚に体重移動を開始し、左脚で地面をしっかり蹴り上げる。

右手は壁にして、左腕を極限までムチのように撓らせる。

そして、球持ちよく遅れてきた腕を0から100へと全開に振り切る!

 

空「ラァッ!!!」

 

シュボッ!!

 

国地館5番打者(おっしゃ! 来た! ストレート─────ッ!?!? おい! 待て!!? 思ったよりボールが来ねぇ─────ッ!! ヤバイ!? バットが止まらねぇ!! これは─────!?)

 

スッ─────

 

ズパァン……ッ!!

 

空「へ! 今のは完璧だぜ!!」

 

大地「ナイスボールッ!!(相変わらず変態ブレーキだな……全く、サイン出した俺まで一瞬騙されちまったよ……!)」

 

審判「ットライークッッ!! バッターアウトォオオオオ!!!」

 

国地間監督「何ッ!? (この場面で始めて“チェンジアップ”だと!? まさか、秘匿していたのか?!)」

 

別に秘匿していたわけではない。

現に中学時代は、ストレートとチェンジアップ主体の本格派だった。

しかし、それではピッチングの幅が心許ない。

基本的な話、左投手は左打者に対して、あまりチェンジアップを使いたがらない。根本的な話、左投手のチェンジアップは若干、左打者の内側に入ってくるボールになり、甘く入れば痛打されやすい危険な球なのだ。

 

逆に、右打者に対して左投手がチェンジアップを投じた場合、アウトコースにさえ決まれば、外に逃げていきながら落ちているボールになるので有効な決め球になり得るのだ。

 

だからこそ、中学時代はスライダーとカーブを覚えて奪三振率を増やした。

 

そして、なぜこの場面でチェンジアップを要求したのか……

 

大地(さぁ、せいぜい悩んでくれよ? 俺たちは軟式上がりだから、資料が少ない。更には空のチームはスコア表が無い。つまり、データがそもそも手元に少ない……そして、春季開けの初めての練習試合で、更には後半も良い場面でこの球を始めて投げ込んできたっていう“情報”が諜報員を通じて他校にも、こう通じるはずだ─────『成田 空はチェンジアップを習得しようとしている』ってね! まだまだ未完成という見解と、もう既に完成しているのでは?という懐疑心が生まれる。これでチェンジアップの脅威性に感づく学校は呑まれていく。そうすれば、試合が始まる前から、今の打者の様になるのは眼に見えている)

 

ズバァァァァーーンッッッ!!!

 

国地館6番打者「グッ!! (外に全部ストレートッ!!! チェンジアップが一球も来なかった!!)」

 

野次馬「おお!! この回、三者連続三振ッ!!! 最後は三球ともアウトコースにストレートだ!! さっきのチェンジアップが頭によぎったなぁ!! てか、アイツ、チェンジアップ使えたのか!?」

 

野次馬「あのチェンジアップとストレートがあれば鬼に金棒もいいところだな!!」

 

野次馬「やっぱ強いぞ!! 成田 空ぁ!!」

 

大地(そうそう、そうしてチェンジアップの事をもっと盛り上げてくれ─────あわよくば、他の球種が然程脅威を感じなくさせる為にな)

 

結局、チェンジアップの残滓を消せなかった国地館は、一塁を踏むこと無く大敗した。

 

 

羽丘|401 220 116|17

国地|000 000 000|0

備考:羽丘高校 成田→完全試合 21奪三振 球数117球

同校 咲山→初4番 5打数4安打3HR8打点 1三振

 

 

─────

 

片矢「……」

 

その日の夜。自宅に帰宅した片矢は、誰も居ないアパートの部屋で今日の試合を振り返る。

 

振り返るも何も、今日の試合の殆どに悪いところはなかった。

思うところがあるとすれば、バッテリーが少しだけ単調なリードをしていたが、それを圧倒する球筋なので然程、危険は感じない。

 

今日は初めて大地を4番に抜擢したが、その起用に答えるかの様に打ちまくっていた。

元々、頭抜けた才能の持ち主だけに、この打撃好調は片矢にとって嬉しい誤算だった。

1年から4番を任せていた結城に申し訳ない気持ちはあったものの、彼は彼なりに思ったところがあったらしい、直ぐに了承して3番に入り、今日も打撃をしっかりと牽引してくれた。

 

最早、空と大地がグラウンドに立つ事を誰も不思議に思ってはいなかった。

それだけ、彼等の実力と人柄が良かったという事だ。

 

片矢(ふ、まだ荒削りの部分もあるが、奴らなら出来るのかもしれないな……)

 

部屋から覗く満月を眺めながら、口端を釣り上げて物思いに耽る。

今宵も酒が上手く飲めそうだ。

 

 

─────

 

リサ「─────え?」

 

リサは大変困惑していた。

今井リサ。Roseliaのベースを務めるオカン気質を含んだギャルッ子である。

スタイル抜群、容姿端麗の彼女は学内でも人気者で、みんなの頼れる今井さんと化してきているらしい。

 

当然、バンド内でも揉め事があっても持ち前の大らかさで何とか切り抜けて来た。それなりの問題をRoseliaは抱えていたが、今やそれを乗り越え急成長を遂げている。

 

そんな彼女が驚く事案が目の前にいる─────否、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大地「─────は、腹がぁぁぁ……減っ、た……(ガクッ)」

 

─────飢えていた。

 

リサ「……は?」

 

─────どうするリサ姉さんッ!!

 

 

 

 




やっちまった感はあるんだ……
でも、どうやってバンドリ勢と絡ませるかわからなかったんだ!!
……すんません! 次からはバンドリの事をもう少し勉強してきます。


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第13話 まさか……。 後編

やってしまった感はあるが、とりあえずオッケー^_^
……何がオッケーなのかは分からない( ゚д゚)


ここで唐突だが、『咲山大地』の体質について説明しようと思う。

 

咲山 大地。

基本、野球に熱心で、だからといって勉学を疎かにしているわけではない、少しモテ気質のあるいたって普通……ではないかも知れないが、基本的なステータスとしては極めて変哲のない普通の男子高校生である。

 

そんな彼だが、一つだけ『異常とも取れる体質』を患っていた。

地球の人口約2%しか発症しないとされる、同時に別の事を行う事。

『スーパータスカー』と呼ぶ分類に配属される人間。

 

つまり、『マルチタスク』が可能な一風変わった脳の作りという事だ。

 

大地は凡ゆる行動を取る際、別の考えを浮かべながら全く関係のない作業をこなす事が可能だ。

例えば、学校から出された宿題をしながら、野球のことを考えることだって出来るし、調子のいい日は勉強を片手間にキャッチボールぐらいなら容易に出来たりする非常に珍しいタイプである。

 

だから、他人よりも覚える脳のキャパシティも多く、頭の回転も非常に早い。

さらに、捕手として身につけた観察眼、推察眼、状況判断能力……etcをフル活用して、彼の野球脳を『マルチタスク』で自動的に向上させていく。

 

本を読んでいても、勝手に頭が良くなっていくようなものだ。

ただのチートとも取れる此れは、当然ながら苦痛を煩うデメリットが存在する。

 

常にフル回転する脳。

普通の人なら使わないような場所に無意識に神経が反応する現象。

別に知りたくもない事まで頭の中に入ってくる嫌気。

そして……

 

大地「もきゅもきゅ……美味しい……」

 

リサ(……食べ方、カワイイ。 でも、食べ過ぎじゃない?)

 

─────脳の疲れを取るために湧き上がる無限に等しい食欲!!

リサ姉に拾われた大地は、そのまま彼女の厄介になり、飯を食わしてもらっているが、現在、丼のご飯が既に10杯目に突入している!!

 

更に、疲労に疲労が嵩張った彼は、精神年齢が幼児化されており、高校生としては非常に残念な感じである。

いつもの口調で、『テメェ!』とか、『クソッ!!』とか言った言葉も出てこない!

今の彼は、只の純真無垢な3歳児と何ら変わらない思考能力だ!

 

大地「もきゅもきゅ……これ、好きかも……もきゅもきゅ……」

 

リサ(きゃあああ/// なんなのもぉ〜!! 可愛すぎるぅ〜ッ///)

 

リサ姉さん、自分の得意料理である筑前煮を褒められ、幼児化した大地に悶絶しかける。

無表情に見える大地だが、よく見ると口端が少しだけつり上がっているようにも見える。

 

リサ「ね、ねぇ? これも作ってみたんだけど、食べる?」

 

リサ姉が若干引きつった笑みを浮かべながら取り出したのは、食後のデザートにと焼いておいたクッキーだ。

 

大地「……ん。食べりゅ〜……もきゅもきゅ……」

 

リサ「ッ〜〜/// (食べりゅ〜って!! 反則じゃんッ///!! そんな純粋な目を爛々とさせて、モカよりも間延びした甘声も萌えてきちゃう!!)」

 

……既にリサ姉は限界に近いらしい。だいぶ彼の変貌具合にやられていらっしゃる。

机に突っ伏し、甘えさせてあげたいという母性的本能を抑えつける。

 

しかし、震える手をなんとか動かして、彼の幼稚化してクッキーを頬張る姿を撮影してる当たり、彼女は大変毒されている。

 

空「─────ィ!! ど─────だぁ!」

 

我妻「お─────ッ!! さ─────ァッ! ─────ぞぉ!」

 

大地「あ……そらぁ〜、わがつまぁ〜が、ボキュをよんでりゅ〜……お姉ちゃん、ボキュのバッギュ〜とっちぇえ?」

 

リサ母「あら! もう帰るの? 別に泊まっていってもいいのよ?」

 

リサ「お、お母さんッ/// 年頃の娘がいるのに何て事言ってるのよ!!」

 

大地「う〜ん……でも、帰らないとダメだから……ふぁぁ……むにゃむにゃ……」

 

リサ「あ、眠たいんだね。そ、それじゃあ、友達のところまで送って行くから、お母さんは彼の荷物取ってきて!」

 

リサ母「もう、ほんとリサはせっかちなんだから〜」

 

リサ母(ほんと、この前テレビで観戦した時とは全くの別人……試合の時の彼は誰もが頼れる司令塔だったのに、今では姉に甘える小さな弟にしか見えないわ……ふふ)

 

大地「……お姉ちゃ〜ん(スリスリ)」

 

リサ「ッ〜〜##/// ほ、ほら行くよ! (手の焼ける弟!! そう、これは寵愛の証だから! ワタシ!! 勘違いしちゃダメッ!!)」

 

─────

 

空「おーいっ!! 大地ぃぃ!! どこ行ったんだ〜ッ!! そろそろ、家に帰るぞぉぉ!!! アイルビーバックッッ!!!」

 

我妻「……それ、意味違うぞ?」

 

空「大地ぃぃぃぃいいいッッッッ!!! 帰ってこぉぉぉぉぉぉおおいッッ!!! 今なら、もれなく山吹ベーカリーのチョココロネ10個が付いてくるぞォォォォォォォオオオオオッッッ!! だから、戻ってこぉぉぉおぉおおいッッッ!!!!!」

 

我妻「もう、こいつヤダ!! 近所迷惑だからヤメろ! お前、ホント咲山が居ねぇと残念になるよな! 少しは落ち着け!!」

 

空「お前こそ何でそんな冷静なんだよぉぉぉぉおッッ!!! お前だって知ってんだろ!? アイツの体質を!!!今頃、あの姿の大地を誰かに見られたりしたら……ッッ〜〜!! 大地ぃいいいいいッッ!!! 出てこぉおおおい!! 」

 

我妻「……なるほど、確かにマズイかもしれない……主に、咲山に捕まった人の財布がな!! おぉい!! 咲山ぁぁぁぁぁぁ!! 帰ってこぉぉい!! 成田がお前の為に山吹ベーカリーのチョココロネを30個買ってくれるってさぁ!!」

 

空「おいコラ!! 我妻ぁぁぁぁあ!! お前! オレの財布をすっからかんにするつもりかぁぁぁぁぁあッッ!!! 20個増やしてんじゃないぞぉぉおぉぉおお!!!」

 

我妻「もう、10個も30個も一緒だって。お前だって、咲山が戻ってくれるんなら、安いもんだろう? 勿論、3日ぐらい食堂で奢ってやるよ……咲山が」

 

空「それって、オレ財布が空になる前提で話してんだろぉぉぉおお!! てか、大地に奢らせんなッ!!! アイツに奢らされたら、流石に吐くぞぉおおぉお!! アイツの胃袋いかれてんだぞぉおぉ!! 寧ろ、オレの胃袋が逝くわ!! それより、アイツ、あの食費ってどっから出てんだよ!!」

 

我妻「知るかよ! 本人に聞け!」

 

大地「そらぁ〜! わがつまぁ〜!」

 

空・我妻「「大地(咲山)─────ッ!?!?!?!?」」

 

リサ「あ、あはは……や、やっほーヽ(´o`;」

 

空・我妻「「……(´༎ຶོρ༎ຶོ`)」」

 

空「我妻……もう手遅れみたい、だぞ?」

 

我妻「成田……俺、帰っていいか? いいよな? 帰るぞ!? 俺は帰るんだぁぁぁあぁあッッ!!! だから離せぇえええぇぇッッ!!!」

 

空「お前だけ逃げようたって、そうは問屋がおろさねぇ!! ─────一緒に責任、とろうぜ(^_^)」

 

我妻「悟り開いてんじゃないよッ!? なんでそんなに清らかな笑み浮かべてんだ!! こんなもん! 俺ら関係ねぇだろ!? 咲山が勝手に暴食したんだ!! ほっとけばいいんだって!!」

 

空「そういう訳にもいかないだろう( ◠‿◠ )。 俺らは、河鳥さんに頼まれた目付役なんだ……あの人に逆らったら最後……わかってるだろう(°_°)」

 

我妻「……(´;Д;`)─────結局、俺たちには生きる道は無いのか……この場で財布を失うか、一週間折檻付きの地獄トレーニングを強制的に執り行われるか……そんなもん、答えは決まってるもんじゃないか(吐血)」

 

空「だろう? もう、オレ等に逃げ道は無いんだ……ここは、穏便に済ませようぜ(^^)」

 

大地「そらぁ〜!! お腹減ったぁ〜!! ゴハンッ!!!」

 

リサ「えぇ? まだお腹空いてるの? ウチであれだけ食べてたのに、ほんと、食欲旺盛だね☆ (やっぱりカワイイ///)」

 

空「……あのぉ〜、今井先輩。ですよね? 初対面で自己紹介すべきなのかもしれませんけど……つかぬ事をお伺いします。正直に答えてください!」

 

リサ「は、はぁ……(この人、成田君だよね? 151キロ投げてた……ちょっと必死すぎない?)」

 

空「大地は……このガキは、貴女様の家で夜ご飯を食べたとお見受けして、尋ねます─────一体、どのくらい食べてましたか?」

 

リサ「え、えーっと……たしか、丼10杯のお米とワタシの作った筑前煮を全部と、デザートにクッキーを─────」

 

空「ギャァァァァァァァァアァァァアッッッ!!!! 手遅れだったぁぁぁあぁぁあぁああぁッ!!!!」

 

我妻「咲山のバカヤロウ!! 俺等の全財産合わせても払えねぇぐらい食うんじゃねぇええぇえぇええええッッ!!!」

 

大地「ふぇ? なんのきょとぉ〜? ふぁぁ……それより、ボク……眠……グゥ〜……」

 

我妻「寝るなぁぁあぁぁああッッッ!!!!」

 

友希那「もう! うるさいわよ! リサッ!! 今、何時だと思って─────」

 

大地「あっ! ゆきにゃシェンパイだぁ〜!! ギュゥゥッ〜ッッ!!」

 

友希那「え!? ち、ちょっ……!? な、なに/// 何が起きて─────///」

 

我妻「あ! コラ! 咲山止めろ!!! それ以上罪を重ねるなぁぁぁあぁあぁあッッ!!!」

 

空「おーいっ!! 我妻ぁぁあッ!! 取り敢えず、急いで口座から金引き落として─────ッ!?!? 何が起きてんだぁぁぁぁぁあ!!! てか、またこの二人かぁぁぁぁぁあぁあ!! あれ程、ピンク空間を作るなって言ってんのに! それより、なんで湊先輩がいんのさぁ!!」

 

大地「ゆきにゃシェンパイ……暖きゃくて、柔らきゃい〜……ムニャムニャ……」

 

友希那「よ、よぉし、よし……///(猫みたいでカワイイわ/// このままずっと、大地の体温を感じていたい─────はっ!? わ、私は何を……ッ!?)」

 

リサ「はは……友希那、嬉しそう(……ちょっと羨ましいかも)」

 

空・我妻「「とにかく帰るぞぉぉおおぉおぉぉおお!!!!」」

 

カオスな空間が、住宅街の闇夜に浮かんでいたとさ……




我妻 矢来 右投げ右打ち オーバースロー
球速 124km/h
コントロール B
スタミナ D
変化球:Hスライダー3、スローカーブ2、シュート2
特殊能力:ノビB、キレ、尻上がり、テンポ○、打球反応、強打者、対ピンチE、エラー、四球


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第14話 振り返り『ありがたさ』

─────羽丘高校 生徒会室─────

 

??「─────それでは、今から成田君と咲山君についての取材を始めます。よろしくお願いします」

 

空「しやーす」

 

大地「空……シャキッとしろ。 態々、遠路遥々すみません。此方こそ宜しくお願い致します。山本さん? で良かったですか?」

 

山本「はい。野球天国の『山本 恵』です。それと、そこまで畏まらなくてかまいませんよ。此方も仕事ですので」

 

空「ほら! 適当でいいんだって!! 大地は難しく考えすぎだぜ!? もっとリラックスしろ『ゴゴゴ……ッ!!』─────ゴホン……それで、取材ってどんな感じで進めていくんですかね?」

 

山本「あ、あはは……仲がよろしいんですね」

 

大地「えぇ、まぁ、色々ありましたからね」

 

山本「そうですか。今日はそこら辺も含めて取材していきましょう! それでは先ず、ズバリ! 『天地コンビ』の結成理由はなんだったんでしょうか!?」

 

大地・空「「天地コンビ?」」

 

山本「あれ? 知りません? 成田君の名前の『空』を『天』に変えて、咲山君の『大地』の『地』の部分をとって、『天地コンビ』。今話題の二人を表すのにピッタリな名称でしょう?」

 

空「それなら、なんで『空地コンビ』にしなかったんだよ! オレの名前を弄る意味を感じられないんですけどぉお!!」

 

大地「それだとテメェ、空き地に見えて、語呂が悪いだろう」

 

山本「ま、そういうことですね。それで? お二人のなり染めを是非とも教えてください!」

 

大地「……なり染めって……言い方がおかしいだろ」

 

大地「まぁ、俺たちがコンビ組み出したのは、高校に入ってからですね。最初は、元々、中学から因縁があって、それのせいで喧嘩出会いみたいなもんでしたけどね」

 

空「だな。あん時の大地は余裕無さげだったなぁ」

 

山本「成る程……因縁とは、軟式野球の全国大会の決勝戦でしたね。あの試合は凄かったですね! 成田君は10回をパーフェクトで投げ抜き、咲山君は成田君の投球に呑まれかけた投手と選手達を鼓舞して、最後の打席では15球の粘りを見せた名勝負!! 私一押しの試合でした!!」

 

大地「詳しいですね。たかが軟式の全国決勝の事がよく出てきましたね?」

 

空「だよな! しかも、間違いねぇし」

 

山本「何を隠そう、私もあの試合を取材しにいってたんですよ!!」

 

山本「その頃から、お二人のファンです!! だから、今回の取材も実は上司に無理言って行かせて貰ってるんですよね……あ! あとでサインください!」

 

大地(この人、見かけによらずガメツイな……)「まぁ、いいですよ……そう言ってもらえると嬉しいですし」

 

空「オレのサインなら幾らでも書きますよ!!」

 

山本「やりぃ!! それじゃあ、ガンガン質問していきますよぉ〜!!」

 

 

─────

 

山本「春季大会はお二人にとって、どういうモノでしたか?」

 

大地「そうですね……お、僕にとって、春季大会は高校初の試合って事だったんで、大変いい経験になりました。最初は高校野球の独特の空気感に戸惑いばかりでしたが、試合をこなしていくうちに身体が馴染んでいくことが出来ました。これを早いうちに経験できたことは大変助かりましたね」

 

山本「その結果が、23打数19安打7HR18打点 打率.826の好成績を生み出したんですね! 素晴らしいです!」

 

大地「ありがとうございます。流石にこの結果は自分でも出来過ぎだと思います。それと、やはり捕手なので、どうしても他校のバッテリーの配球が気になりましたね。僕自身、あまり遊び球を使う組み立てはしないのですが、現代野球においてやはりどうしても必要な場面が必ずあると感じました。これからは、少しアウトコースを意識したリードを組み立てれるように精進したいです」

 

山本「成る程! 素晴らしい向上心です! それで、成田君はどうでしょうか? 私的には初戦の徳修戦での151km/hと完全試合の話が聞いてみたいですね? いいですか?」

 

空「うす。いいですよ……とは言っても、リードは全部大地に任せっきりだったので、話す事はあまり無い気がしますけどね」

 

空「けど、そうですね……初回に三者連続三球三振に打ち取った時はめちゃくちゃ気持ちよかったです!」

 

山本「あぁ! あの徳修の鳴子君を含めた上位打線を力で捩じ伏せた、あの場面ですね! あれには鳥肌が立ちました! 入学したてのルーキーがイキナリ私立強豪相手にですからね!」

 

空「うん。でも、実はその後、大地と監督にボロクソに言われたんですよねー」

 

山本「えぇ!? どうしてですかぁ?! あれだけ素晴らしい投球を見せていたのに、何が不満だったんですか!!」

 

 

空「実は、大地から試合前に1番打者以外はギアを落として、打たせて取るピッチングをするように言われてたんです」

 

空「でも、ボールを握った時に調子が良いのが分かってたので、最初から飛ばしたんですよ! そしたら、大地に怒られまして……あん時の大地は本気で般若が見えました」

 

空「それでも、最後はオレのピッチングを「カッケェ」って褒めてくれて、その時にコイツの役に立ちたいって、もっと期待に応えたいって思えました」

 

山本「へぇ。それが、2回から5回までの打たせて取るピッチングだった訳ですか」

 

大地「えぇ。最初の方は空のムービングファストが暴れてストライク入らなくて、球数が多少嵩張りましたが、3回と4回は完璧に修正して低めにキレるボールが来てたので、そこは良かったと思います」

 

空「へへ……」

 

大地「ただ、それだけに2回の21球は勿体なかったですけどね。あの回が無ければ、もっと楽にリードが出来ましたしね」

 

空「お前、オレを上げたいの? 下げたいの? どっちなの?」

 

大地「どっちでもねぇよ。俺はテメェの総評を話してるだけだ。クソが」

 

空「口悪ッ!?」

 

─────

 

空「それと、151キロでしたっけ? あれは、なんか行けるなぁ〜って思ったんですよ」

 

山本「え? それだけ……ですか?!」

 

空「? えぇ、それだけっすよ……え? なんか、オレまずい事言ったのか!?」

 

大地「まぁ、テメェの感覚は常人とは異なるからな。こうなるのも仕方ねぇって。ま、兎に角、あの時の空は非常に状態が良かったんですよ。その場に蔓延する威圧感というか、佇まいから違うっていうか……なにかをやってくれるのではないかという期待感がありました」

 

大地「捕手として失格かもしれません。根拠なく出した答えなので、あの場で正解だったかはわからないですが、僕は空の『可能性の翼』が羽ばたくのに掛けて、5回からミットを構えていました。そしたら、見事に嬉しい方向に期待を裏切られましたね」

 

山本「そうですか! それが、プロ注目のスラッガーである峰田君に投じた151キロだったというわけでしたか……なんか、思ったよりも割り切り方が凄いですね。アレは監督と相談なしの独断だったんですか?」

 

大地「はい。そうです。空から『行かせてくれ』って言われたんで、話せば止められるのは分かりきっていたので、僕の独断で行かしてもらいました。当然、あとで激昂されましたが……それでも、あの場面はチャレンジして良かったと思います」

 

空「オレは、あの瞬間に自分の中にあった『何か』を越えることが出来たとと思うっす。野球を好きって気持ちを全開にして投げた時の感覚は未だ、指先に残ってますよ! それで再認識しました。オレは『野球』をやっていて良かったって!」

 

─────

 

山本「続いて、花咲川学園との試合ですが、この日は成田君の登板は無かったですね」

 

空「そうっすね。自分では中3日でもいけると思ったんですけど……」

 

大地「そもそも、中学時代のペースが染み付いた身体に100球を超える球数を投げてましたから、相当なダメージが肩肘にあった筈です。当然、怪我をされても困るので、自分と帯刀先輩と監督で話し合って、雪村先輩で行きましょうという話になりました」

 

山本「えぇ、そう言った話は外部でもあったのですが、私達がなによりも驚いたのは、雪村君先発でスタメンマスクを、慣れ親しんだ帯刀君ではなく、咲山君に抜擢したことですね。その辺はどういう風に決めたんでしょうか?」

 

大地「そこは徳修戦での打撃を買ってもらう形ですね。僕、小学生から野球をやってるんですが、それでも捕手以外の守備についたことが無かったんですよね。それで、守備でポカやるぐらいならって監督は言ってましたね」

 

大地「帯刀先輩はとても優秀な捕手なので、今度はキャッチャーとしてそのポジションを奪い取りたいです」

 

山本「熱いですねぇ!! とってもいいです! そして、その起用に応える形での初回に好投手虎金君からのライトへの先制ホームラン。あれは狙っていたんでしょうか?」

 

大地「はい。花咲川の捕手の澤野さんは区内でも指折りの捕手なので、配球通りのリードは組み立ててこないだろうと見解を立てて、インコースに主眼を置いてましたね。狙い通り来てくれて助かりました」

 

山本「そして、守備では初回に少しバタついていた雪村君を助けるバズーカの様な牽制球で魅せましたね! 球場内にまでミットに収まる音が響いていましたよ! あれは当然刺すつもりでしたか?」

 

空「あれは完全に潰すつもりだったよな!! だって、左バッター相手から一塁牽制なんて気をつけてないと出来ないって!」

 

大地「えぇ、空の言う通りですね。あの場面は刺しに行きました。1番の坂山さんは花咲川の中でも俊足を誇る非常に厄介な選手ですので、その鼻っ柱を折ることを念頭に牽制球を投げました。正直、アレは出来過ぎでしたけど」

 

山本「更には5回! ノーアウト一、三塁の場面でのコレまた坂山くんの盗塁を三塁ランナーの司永くんを釘付けにしておいて刺したプレーですが、まさに神懸かりでしたね!!」

 

大地「ま、まぁ、そ、そうです、ね……」

 

山本「? 何かありましたか?」

 

空「あん時の大地って、虎金先輩に三振喰らってかなり機嫌が悪かったんっす。だから感情を曝け出す形で力一杯投げたら、あぁなったらしいです!」

 

山本「え!? そうなんですか!? あれだけ冷静に指示を出していたのに、実はかなり激情でしたか?!」

 

大地「は、はぁ……まぁ、そうです」

 

大地(正直、あん時はとんでもない事を口走ったからな……思い出しかもねぇ)

 

大地「激情に任せてやったことに関しては猛省点ですが、フォークを捕球してから直ぐ送球できた事は自分で自分を褒めてやりたいプレーでしたね」

 

─────

 

山本「そして、好投を続けていた雪村君を助ける最終回のソロホームラン! アレにも痺れるものを感じました! 狙ってましたか!?」

 

大地「いえ、アレはただ無心でバットを振っただけですね。正直、もう一度同じスイングをしろって言われても出来ないです。あの時の虎金さんは普通の状態ではなかったですし、僕自身も無色透明の世界にいるような感じでしたから、本能に任せてスイングしただけです。それが結果、ホームランになっただけで、虎金さんには本当の意味では勝てませんでした。だからこそ、次は狙って打てるようになりたいです」

 

─────

 

山本「最後に、お二人の目標を其々お答えください!」

 

空「オレの目標は当然、甲子園で優勝して、このチームで全国制覇する事っす! そんでもって、オレ自身が世界一の投手になる事が『夢』です!!」

 

大地「……お……もういっか。俺の目標は、『勝つ事です』。何処が相手であろうと、勝ち続ける事にとことん拘って行きたいです。その直線上に全国制覇があるのなら、勿論取ります。そんでもって、最後には必ず『相棒』に並び立てるような世界一の捕手になりたいです!」

 

─────

 

つぐみ「二人とも、お疲れ様〜。取材は無事に終わった?」

 

空「おう! 羽沢も悪いねぇ〜! 生徒会室使わせてもらって、邪魔だったでしょう?」

 

つぐみ「ううん! 大丈夫だよ。仕事ならクラス教室でも出来るし、そんな事よりも2人の取材の方が大切だしね」(ニコッ!)

 

空(つぐエル! 御降臨なされましたッ!!)

 

大地「しょうもない事考えてねぇで、行くぞ空! じゃあね、羽沢さん また、何かあったら言ってくれ。出来るだけ手伝うから」

 

空「お、おい! 大地!! 引っ張んなよ!!痛ぇって!! あ! じゃあな羽沢!! また、暇があったらコーヒー飲みに行くからぁ!!」

 

つぐみ「う、うん……またね」

 

ガラガラピシャン……!

 

つぐみ(はぁ……また、咲山君とお喋りあんまりできなかったなぁ)

 

つぐみ(なんで、こんなにも虚しく感じるんだろう? そもそも接点なんて蘭ちゃんに紹介されて一度ぐらいしかない。正直、顔と名前を覚えられていることに驚いている自分がいるぐらいだもん)

 

つぐみ(でも、彼を見てると、なんでか自分と重ねてしまってほっとけ無くなる。まるで、何かに縋ってるみたいに感じちゃう……)

 

つぐみ(私は、バンドの中でも一番目立たないし、一番下手くそだ。だからこそ、もっと上手くならなきゃってなる。たぶん、咲山君も同じ様な状況に置かれているんだと思う)

 

つぐみ「(だから、大丈夫だよって伝えてあげたい─────って、私、何考えてるんだろ///)あれ? これって─────?」

 

羽沢さんへ

今日は生徒会室を使わせてくれてありがとう( ´ ▽ ` )ノ

羽沢さんとはあまり関わりはないけど、貴女が生徒会にお店の手伝いに一生懸命なのは分かります!

きっと、周りの誰よりも気遣いの出来る貴女だからこそ、もしかしたら、一度会ったぐらいの俺の心配もしてくれているのかもしれませんね(自意識過剰だったらごめんね(>人<;))。

もし、そうなら有り難う。それと、自分の事でも大変なのに、余計な気を遣わせてゴメン。

今はきっと、羽沢さんにとって大切な時期だって事は鈍感ってよく言われる俺でもよく分かる。最近、美竹の奴もバタバタしてるしね。

だから、もし困ったことがあったら言って欲しい。遠慮は要らないしね。

バカだけど、きっと空だって、下手したら羽沢さんと同じクラスにいる我妻だって手を貸してくれるさ。

心配してくれるのは嬉しいし、止めろとは言わないけど、せめて御礼の気持ちとして俺を頼ってほしい。

それじゃあ、生徒会がんばってね^_^!!

 

p.s

こういうのって慣れてないから不備ありまくりだろうけど、許してね(*≧∀≦*)

 

咲山より。

 

つぐみ「……」

 

蘭「つぐ。いる?─────ん? どうしたの? 嬉しそうな顔して……」

 

つぐみ「ん? ううん? なんでもないよ……ッ!!」///

 

蘭「え? でも顔が赤─────「さぁ! 生徒会の仕事も丁度終わったし、練習に行こッ!!///」。う、うん」

 

蘭(つぐの様子がおかしい……何か吹っ切れたような、嬉しそうな顔。なら、いっか)

 

蘭(つぐが……ううん。皆が幸せであれば私はそれで十分。この夕陽のように穏やかであろう)

 

─────

 

友希那「─────それで、ライブには来てもらえるのかしら?」

 

大地「はい、是非行かせて頂きます!! てか、行かせてくださいッ!! お願いしますぅううううッ!!」

 

大地が友希那に土下座!!

一体何が!?

 

……to be continue.




つぐみ描写を出した事ないのに、突然の登場でヒロインを持って行こうとしていた……恐るべし! 大天使つぐエル!!


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第15話 拭えない『過去』 前編

今回はシリアスです>_<
少々、書いていて作者自身がナイーブな気持ちになりました。
それをご了承の上で読んでください。


─────花咲川学園 校門前─────

 

5/2(土) 午前11時

 

澤野「おう、随分早い再会だな……咲山大地」

 

大地「えぇ、本当はもう少し後でって思ってたんですけど、最早手段は選んでられなかったので、迷惑でしたか? 澤野弘大さん」

 

澤野「いや、構わんさ……特に、今日はいいデータ取りになる。此方のメリットも充分にあるさ」

 

大地「ちゃっかりしてますね〜。ま、その分、コッチも盗めるモンは全部盗んでいきますけどね!!」

 

澤野「あぁ、そうしていくがいい……。似たような境遇の部なのだ、きっと役立つ情報があるはずだ、よく観察していけ、そして、俺らに良い情報をよこせ」

 

大地「ずいぶん直球だなぁ〜。少し腹を探ってくると思いましたよ!」

 

澤野「ふ、お前相手に心理戦は無駄に等しい。なら、裏表ない直球的な言葉こそが、お前に有効なのだろう」

 

大地「ほんと、いい性格してますね!」

 

澤野「それは、捕手としては褒め言葉だな」

 

ジリジリ……ッ!!

 

虎金「主将……そろそろ始めましょうよ!! それと咲山!! ウチの主将を煽るな!! いい加減収拾がつかなくなるだろう!!?」

 

結城「そうだぞ。咲山。今は落ち着け。どの道、この後、決着をつける事になるんだ、今はその闘志を胸の内に秘めておけ」

 

大地「いえ、結城主将……今日の俺はスタメンではありません。つまり、ピンチヒッターとしての代打の可能性が少なからずあります。でも、恐らくですが、今回は空と俺を抜いた1年しか使わない気がします!! そんな気がしてならないのです!! いや、絶対そうだ!! あの監督言ってたもん!! 「今回は1年主体で試合を作る。主力は支えてやってくれ」って言ってたもん!! あれは、絶対に僕達を使う気のない人の言うセリフなんだぁ!! わぁぁあん!!」

 

澤野「……」

 

結城「……すいません。少し、落ち着かせてきます。ほら、行くぞ」

 

大地「ヒグッ……ヒクッ……うん」

 

澤野「……あれが咲山なのか?」

 

帯刀「─────色々事情があるんです。察してください……」

 

空「今日、はやくも幼児化しやがった……」

 

我妻「……咲山って情緒不安定すぎるだろ。なんで、嗚呼も起伏の激しい感情になるんだか……」

 

空「まぁ、それがアイツの『代償』って事だろ? 『マルチタスク』だっけか? あれって、やっぱり脳の疲労が激しい上に精神的にも衰弱しやすいんだとさ……ほんと、めちゃくちゃだよな」

 

空「今でも、酷い時とかは、精神安定剤が必要らしいけどな……」

 

我妻「たしかに使いこなしてる、咲山はスゲェけど、正直本人の事を思うと、あんまり使って欲しくはねぇよな」

 

空「あぁ、だからこそ、オレら投手がアイツを楽にしてやるんだ。リードする時に迷わずに出せるレベルの球を持っておけば、大地にかかる負担も多少はマシになるだろうしな!」

 

我妻「あぁ、そうだな……! よし! 今日は高校初登板だし! お前みたいに完全試合は無理でも、完封ぐらいはしてやんよ!!」

 

空「ははっ! その息だ! 将来の2番手!!」

 

我妻「へ! 言ってろよ! お前なんて、直ぐに追い抜いてエースになってやんよ!」

 

空「言っとけ……エースになりたけりゃ、オレより安定してから言えよ!」

 

我妻「その内、寝首かいてやるから、気をつけろよ」

 

ジリジリ……!!

 

雪村「おーい! 俺を忘れんなよ!!」

 

─────

 

大地「……クソ。最近、崩れるのが早過ぎるッ!!」

 

大地は鞄から精神安定剤を取り出して、2粒掌に乗せて、口に含む。

それを持参の水筒に入ったお茶で流し込み、心の中で自分は大丈夫だと念じて飲む。

早くなる動悸と、襲ってるか倦怠感を押しのけて、トイレの鏡を見る。

 

大地(はは……ひでぇ顔。今にも吐き出しそうじゃねぇか……クソが)

 

ズキっ!!

 

大地「ぐっ!?」

 

突然の頭痛に思わず苦悶を上げてしまう大地。

頭を抱え込む。その瞬間、思い出しくない過去を回顧する。

 

??『─────なんで“ボク”から『奪う』の?』

 

─────れ。

 

??『“ボク”は只、みんなと『野球』をしたかっただけなのに……』

 

────まれ。

 

??『ねぇ? どうして“キミ”は“ボク”と同じ『ポジション』になったの? ねぇ、教え─────』

 

大地「黙れぇえぇえぇええぇえええええええぇええぇえッッッ!!!!」

 

グワァ……!

 

大地「はぁ……はぁ……クソ、がッ! なんで、今更、こんな事思い出さなきゃならねぇんだよ……ふざけんな……もう、“テメェ”は関係ねぇ! “俺”は“俺”だ……!」

 

叫んだ残響を残して、無人のトイレは悲しくも虚しい空間になる。

人間なら誰しも【闇】を少なくとも抱えるものだ。

それは、どれだけ【不動】な性格をしている者も例外では無い。

当然、【天才】にだって、それに当てはまる。

 

『咲山 大地』にだって抱え込んでいるものがある。それも、他人には担いきれない程の【闇】が彼の心に渦巻いている。

 

 

大地(クソ……1日、2錠が限度って決まってんのによ)

 

大地は仕舞った錠剤を再度取り出して、二粒ほど一気に喉奥へと飲み込む。

そして、最初と同じように念じて、落ち着くのを少し待つのだった。

 

─────

 

ガチャ……

 

紗夜「……(今の叫びは……)」

 

大地「はぁ……ッ」

 

紗夜「きゃっ!」

 

大地「へ!? 」

 

大地「悪い!! 人がいるとは思って無くて─────ッ! (そういえば、さっきの叫びを聞かれて─────)」

 

紗夜「い、いえ……此方こそ申し訳ありません。少し気が動転して─────ぁ」

 

大地(やっぱり、聞かれてたのか……)

 

大地「いや、気にしないでくれ。あれは一種の病気だから……出来るなら頭から消してくれ─────触れられて気持ちいいものではないから。じゃあな……」

 

紗夜「ち、ちょっと待ってください!!」

 

急ぎ足で去ろうとする大地の制服の端を急ぎ捕まえて、大地の進行を阻む。

 

大地「なんだよ……俺、急いでるんだけど」

 

嘘である。

別に急いではいない。試合がもうじき始まるとはいえ、今回の試合に自分の出番は無い。最悪、配球などの研究をする為に試合は見学するつもりだったが、別段、興が乗らないのでどうでもいい。

 

しかし、大地は直ぐ様この場から離れたかった。

忌々しい記憶が蘇ってしまったこの場所から早く離れなければ、壊れてしまいそうで怖いからだ。

 

大地(なにが、不動の【大樹】だ……1番、動揺してるのは俺じゃねぇか)

 

嫌気が差す。

こんな弱い“俺”が嫌で仕方がない。

 

そんな事、初めから分かっていた。

自分が自分で嫌ってるのだ。

受け入れられる訳がない。

 

紗夜「す、すいません……お伺いしたいのですが、貴方は羽丘高校一年の咲山大地さんで間違いありませんね?」

 

しかし、目前の女性に彼の真意などわかるよしも無い。

 

大地「……まぁ、一応、そうです……俺が咲山です」

 

紗夜「よかった……間違っていなくて。すみません、いきなり不躾で申し訳ないのですが、少し私に付いてきてくれませんか?」

 

大地「……は?」

 

 



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第16話 拭えない『過去』 後編

何度も言ってやる!!
やっちまったぜぇ!!!


─────花咲川学園 野球グラウンド─────

 

3回裏 ツーアウトランナー無し ツーストライクノーボール

 

パァアンッッ!!

 

花咲川1年9番打者「ぐっ……!? (アウトコース低め一杯……っ!? 手が出ない!)」

 

9番 投手 我妻矢来(1年)「しゃぁぁあぁあッ!!」

 

8番 捕手 宗谷神 (1年)「ナイスボールッ!! 我妻ぁあ!!」

 

1番 三塁手 青谷勇介(1年)「今の回は特に良かったよー!!」

 

3番 中堅手 芳山潤(1年)「我妻ぁ! コラァ!! ナイスだゴラァ!!」

 

2番 一塁手 金田信一(1年)「よし! 矢来がいいピッチングしてるから、そろそろオレらで点を取ってやろう!!」

 

1年全員『おぉ!!』

 

 

 

帯刀「おぉ……! 下位打線とはいえ、我妻が三者連続三振を奪った!」

 

結城「あぁ、コーナーにつくコントロールにテンポよく投げるキレのある球……打者からすればこれ程打ちづらい投手は厄介だろう」

 

雪村「あのHスライダーをフロントドアから入れられたら、嫌でも仰け反ってしまいそうだし、投手視点から見たら、あのコントロールは非常に魅惑的だね」

 

雪村「現時点では負けてるつもりはないけど、1年もしたら立場が変わってるかも……当然、成田にも我妻にも、エースナンバーをやるつもりは無いけどね」

 

成田「へ! 流石っすね! そうでなくちゃ超えがいが無い!!」

 

笠元「そんな事よりや、大地はどこ行ったんや? 哲がトイレに連れ添ってそれっきりやろ? アイツ、大丈夫かいな?」

 

秋野「うん。特に今日は『酷い』みたいだったからね」

 

─────

 

花咲川学園 野球グラウンド バックネット裏コンテナ

 

花咲川女子マネージャー「……(い、居辛い……)」

 

紗夜「……今の回、羽丘の投手は特段良かったですね。インコースを主体に変化球を投じて、攻めた後、最後にアウトコース一杯に投げ込んだストレート。あれには手が出ませんね」

 

大地「バカ言わないでください。今のは打者の意識不足ですよ。我妻の球種は早いスライダーに、視線を浮かせて緩急をつけるスローカーブ、そして、右打者の胸元に抉らせるシュートボール」

 

大地「打者はこれらの変化球に全くついていけなかった。ボール球で遊んでもいい場面だ。俺も良く遊び球を使わずに三球勝負を仕掛けるタイプですが、ここは一球外に変化球を外して、後半戦の為にリードの幅を増やす場面です」

 

大地「特に、次の回からお互いに2巡目。我妻の変化球の多彩さや、相手の投手が放る速球のパワー。どちらの方が一段と“慣れ”が怖いですか?」

 

紗夜「はいそれは“ストレート”のパワーでは? ストレートは投手の基盤となるボールです。それに慣れられるというのは、その軸となるボールを失うのと同義……そうではないのですか?」

 

大地「……いえ、素晴らしく考えられた理論で、予想外に吃驚しました。余程、頭の回転が良いのですね」

 

紗夜「いえ、そこまでではありません」

 

大地「ご謙遜を……実際、先輩が考えられているように、“ストレート”に慣れられるのは、その投手の武器の一つを奪うのと同じ事です」

 

大地「すいません。少しだけスコアブック見せて貰ってもいいですか?」

 

花咲川マネージャー「え!? で、でも……」

 

大地「あぁ、大丈夫ですよ。借りてる間のスコアブックは書いておくので」

 

紗夜「? 何を……?」

 

大地「凄いですね……書いてると思ってたけど、ここまで事細かく配球表を出してるとは……ここのマネージャーさんは余程優秀なようだ。貴女は誇っていいと思います! これは捕手にとって大変ありがたいです」

 

花咲川マネージャー「あ、ありがとう……///」

 

大地「? 御礼を言ったのは俺なんですけど……」

 

紗夜(成る程、こうして湊さんを堕としたのですね……。たしかに、あの微笑みは反則級ですね)

 

紗夜「それで、この配球表がどうかしたのですか?」

 

大地「37球と52球……」

 

大地「37球が我妻……52球が花咲川の投手です。3回時点で見れば、若干我妻に軍配が上がってますが、ここから花咲川の投手は投げやすくなってきますよ……ほら」

 

紗夜「え?」

 

視線をグラウンドへとズラして、花咲川の投手を見ると……。

 

─────

 

??「オラっ!!」

 

シュッ!!

 

カクッ!!

 

金田「ウガッ!? (スライダー!? しまっ─────!?)」

 

ガゴォンッ!!

 

花咲川1年セカンド「オーライ!!」

 

パシッ!!

 

塁審「アウトッ!!」

 

ビュゴォォッ!!

 

ククッ!!

 

ガギィンッ!!

 

芳山「ブガァァッ!!? (ここで……!? チェンジアップだと!!?)」

 

花咲川1年サード「よしっ!」

 

パシッ!!

 

シュッ!!

 

バシッ!!

 

塁審「アウッ!!」

 

??「よっしゃ! ツーアウトな!!」

 

─────

 

紗夜「そんな……たった2球でツーアウトなんて……」

 

大地「あれは、リードが良かったですね。真ん中から外へ少しだけズラすスライダーに、テンポを変えるチェンジアップ。精度は今一つですが、前半のストレート攻めが脳裏にあるから、あれ程泳いだバッティングになります。 そして─────」

 

─────

 

ビュゴォォォォォオ!!!

 

ズバァァーーンッ!!

 

羽丘高校4番「なっ!?(オレには一切変化球なし!? 全球真っ直ぐ勝負!? コイツ!!? )」

 

??「亜ラァァァァァァァァア!!!」

 

─────

 

大地「─────ああやって、次の打者に変化球を植え付けて、元あるストレートのパワーを更に上乗せできる。だからこそ、ストレートに“慣れ”てもそれ程意味は無いんですよ……パワーピッチャーにはね」

 

大地「俺があの投手を打ち崩すなら、誤魔化しを入れてきた変化球。2球しか見てないので、なんとも正確な事は言えませんが、然程良いボールとは思えません」

 

紗夜「確かに、4回までに投げた変化球の割合は1割を切ってますね……余程、直球に自信があるのでしょうね」

 

大地「ええ。そんな相手の壇上で態々戦うなんて愚の骨頂です。それほどコントロールも良くない真っ直ぐは、真ん中気味に来た球だけ狙い撃てばいいんですよ。空じゃないんだから、ど真ん中ぐらいなら、打てますし」

 

大地「だからこそ、リードする側として一番嫌なのは、変化球を慣れられるのを嫌うんです。特に、“カーブ”系の球は一層“慣れ”に弱い……!」

 

カキィィィィィン!!!

 

ボサ……ッ!

 

我妻「なっ!?」

 

??「亜ラァァァァァァァァァッッッ!!!」

 

紗夜「……アウトコースのカーブをライト方向へツーランホームラン」

 

大地「本来、スローカーブは遅くて打球が伸びにくいというメリットがありますが、あの様にして逆らわずに力みなく振り抜けば、風にも乗りやすい。あの球は尚更“慣れる”とただの棒球と変わりません」

 

大地「我妻が4回までに投げたストレートの割合は4割。変化球は6割。一番、何方の球にも“慣れやすい”配球ですね。ウチの捕手は経験が浅いので、一人の打者を打ち取る事に一生懸命になってしまったようです」

 

大地「これで、流れが一気に花咲川に変わります。それもこれも、あの4番で投手の彼のプレーがいい方向へ繋がっていきました」

 

大地「だから、さっきの回で変化球をボール球にして打ち取れば良かったんです。彼等はストレートを主眼に捉えてない。見据えてるのは逆方向への変化球打ち。あの回、変化球を続けていれば、この回にストレートを投げてくるかもしれないという疑心が浮かんで対応が遅れやすくなる」

 

大地「安易な三球勝負は自分達の首を絞めることになる。あれは、謂わば諸刃の剣だ」

 

大地「こうなれば、流れは中々、止まらない」

 

紗夜(一体、どれだけ先を見据えているんですか? これが『成田 空』という大器をリードする羽丘の扇の要で不動の【大樹】『咲山 大地』)

 

紗夜(しかし、先程の荒れようは……?)

 

紗夜(湊さんや今井さんから『何処か放っていけない』聞いていましたが……こういう事でしたか)

 

─────数十分前

 

大地「は?」

 

大地「……あの、話聞いてましたか? 俺、先を急いでるんです。だから離してください」

 

紗夜「そういう訳には行きません。今の貴方は何処から気が滅入っている」

 

紗夜「そんな状態で用事をしたところで上手くいくはずがありませんよ。それと、私に野球を教えてくれませんか?」

 

大地「は? テメェは何言ってんだ?」

 

つい普段の口調に戻る大地。

普段は目上の人と判断すると、勝手に敬語や畏る態度をとるが、このようにして何かスイッチが激情に入っているときは常に慣れ親しんだ言葉遣いになる。

 

大地「野球を教えてほしい? なんで、俺がテメェに教示しないと行けない? 一応、テメェとは敵対関係の学校だぞ? そんな相手にミスミス手の内曝け出す馬鹿がどこにいるんだ……!」

 

大地「それと、俺に用事なんてない! ホントはテメェを撒くためだけに吐いた偽証だ……。テメェの偽善的思考は今の俺にとっちゃあ、ただの毒なんだよ……。善人ぶるな! それと、これ以上……“ボク”なんかに構わないで下さい!」

 

大地「ち! クソがッ!! 出てくるなッ!! “俺”は“俺”だッ!! 『咲山 大地』は俺だけなんだ……! クソクソクソッ!! なんでだよ……なんで、“ボク”は……?!」

 

明らかに普通の様子ではない大地。

体が震え、全身から良くないと分かる汗をかきはじめる。

呼吸も荒げ、顔色は蒼白だ。

今にも気を失いそうなほど動転し、先程の強く人に当たる大地とは全くの別人の様になった。

 

紗夜「……私は、貴方が何に苦しんで、何に悩んでいるのかは分かりませんが、これだけは言えます─────今の貴方は只『縋って』るだけの傀儡と変わりません」

 

紗夜「貴方のそれは、悩んで治るものなのですか? 誰かにあたって収まるモノなのですか? いえ、そんな筈はありません。落ち着いて整理する時間。貴方に必要なのはきっとそれです」

 

大地「ぁ……」

 

紗夜の微笑みは、まるで心にあった蟠りを簡単に溶かしてくれて、大地にとって紗夜の言葉は何よりの薬となった。

 

空に敗戦した夏。それ以降、目指した選手像を失い、過去に馳せる期間が増えて情緒が不安定になっていた。

 

苦しんだ期間が長かっただけに、己の未練が先走り、自ら疑心暗鬼に陥って、勝手に他人を作り出し、過去のトラウマが顕現していたのだ。

所詮逃げだと知っていても止めることなど出来ない。

麻薬のようにハマって仕舞えば、取り返しのつかないところまで行ってしまう。

 

だから、今からが……抜け出すための光明が差したこの瞬間から、『咲山大地』の新たな道が生まれるのだ。

それは長い長い旅路。

延々と続く遠路は、所々に壁が聳え立つ。

それは苦痛を伴わないと、乗り越えられない絶望にも等しい『高い壁』。

けれど、歩みを始める。その先にあるものが自分の答えだという事を信じて突き進む。

 

大地(……そういえば、こんな風に壁が聳え立つイメージが浮かぶのも、随分久しい気がする。期間的には2週間もたってない気がするけどな)

 

春季大会以降、見えていなかった光景を懐かしむように、大地は感慨に耽る。

 

しかし、過去を消し去れる訳がない。

冷たいナニカが心を冷やす。

なら、どうするのか……。

 

大地(─────簡単だ。いつもと変わらない。いつもいつも、空っていう『天才』を相手について行ってるんだ。やる事は、変わらない。諍う……! それが、俺だから……『咲山 大地』の何よりの証明だから!!)

 

だから、もう振り返らないと決意した。

 

大地「─────え」

 

紗夜「え?」

 

大地「名前、教えてください。 野球の事を教えて欲しいんでしょう? 俺は『咲山 大地』です」

 

紗夜「(雰囲気が変わった……)はい、私の名前は『氷川 紗夜』です。よろしくお願いします。咲山さん」

 

手を取り合い、互いに自己紹介を終えた2人は落ち着けると思える場所……バックネット裏のコンテナで観戦する事にしたのだった。

 

大地「ところで、先輩は何で休日の花咲川に来てたんですか?」

 

紗夜「いえ、実は宿題を学校に置いてきてしまっていたので、それを取りに来ただけですよ。えぇ、それだけです///」

 

大地「そ、そうっすか……」

 

大地は目の端に映った紗夜のカバンの中にあるとあるファミレスのフライドポテトの割引券を流し見たとか見てないとか……。




次回・大地の覚醒と我妻の力投


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第17話 何も出来ないまま下がるなんて嫌だ!!

─────4回裏─────

 

片矢「……(やはり、1年には荷が重かったか? いや、しかし、この先の戦いで必ずコイツらの力が必要な時が来る。現に、自分の立場を理解している我妻はこの状況でもよく投げてる。だが……)」

 

羽丘B|000 0 - - -|0

花咲B|000 5 - - -|5

 

ガギィィンッ!!

 

我妻「ショートッ!!」

 

羽丘一年遊撃手「ぐっ!! (ヤバイ! 足が、動かな─────ッ!!?)」

 

ヒュンッ!!

 

ザンッ!!

 

羽丘一年遊撃手「しまっ!?」

 

花咲川ベンチ「抜けたぁぁぁあ!!」

 

花咲川ベンチ「回れ回れッ!!」

 

二塁ランナー「当然ッ!!」

 

羽丘一年左翼手「はぁ!! はぁ!! (早く!!? 早く、チャージをかけて、すぐに送球ッ!! これ以上、失点を許すわけには─────ッ!!)」

 

バスッ!!

 

羽丘一年左翼手「あ……!」

 

花咲川ベンチ「後ろに逸らしたぞぉ!! バッター回れ回れッ!!!」

 

ザンッ!!

 

審判「セーフッ!!」

 

花咲川ベンチ「うっしゃあぁぁあ!! ランニングホームラン!!」

 

花咲川ベンチ「これで、7点差だぁぁぁあ!!」

 

澤野「……羽丘の投手。完全に打ち取っているが、周りの守備が完全に足を引っ張っている。このままだと、完全にあの投手が崩れるぞ」

 

澤野(……だというのに、今日のスタメンマスク……それに、何故ベンチは動こうとしない?)

 

左翼手(くそッ!! 何やってんだ俺は……!! 我妻が頑張って投げてんのに!! ここで助けられなくて、いつ助けんだよ!!)

 

遊撃手(集中を切らしたらダメだ!! 今のはオレがしっかりと捕球できていれば、なんとかなった打球だ!! 気を取り戻せ!!)

 

我妻「ふぅ〜……よし、みんな!! 切り替えるぞ!!」

 

金田「そうだ!! まだ、攻撃の回は残ってる!! ここを耐え抜いて、次の回に繋がるぞ!!」

 

宗谷「……」

 

片矢(ほんとは、ああいった声かけは捕手がするもの……それを、一番、メンタルにきている投手にさせるあたり、奴はもうダメなのかもしれない……)

 

片矢(厳しい言い方になるかもしれないが、あのような捕手はウチには要らない。正直言って補欠外だ……。自分しか見えていない捕手は捕手ではない。今後、このようなプレーを見せるようなら、奴にチャンスは無い……)

 

我妻(ふぅ〜……成田に完封するとか言っておいて、蓋を開けてみれば、3回1/3 7失点。高校初デビューとしては大分、辛苦い結果になったな)

 

我妻(これが、現実。俺の現在位置……)

 

我妻(監督は何もいってこないって事は、多分、俺に……いや、俺らに経験を積ますため……)

 

我妻(経験とはいえ、こんな地獄、早く投げ終わりたい。ベッドで枕を濡らしたい……。でも……)

 

花咲川9番打者(よぉ〜し! 流れは完全にウチだ! ここで、一気に潰し─────)

 

ズバァァーーンッッ!!

 

花咲川9番打者「……はぁ?」

 

花咲川ベンチ「は? なんだ、今のストレート……」

 

我妻(でも、俺は今日、なんもしてない!! こんな状態でマウンドから降りられる訳ねぇだろ!!)

 

ズバァァァーーンッッッ!!!

 

花咲川9番打者(おい待てッ!! お前!! 完全に立ち直るとか意味わかんねぇよ!!? なんで、こんな─────ッ!?!?)

 

大地(アウトローのストレート……完全に立ち直ったか……)

 

大地(空と雪村先輩に隠れがちだけど、ブルペンでのボールは間違いなく走ってたし、後は経験だけだった)

 

片矢(持ってるものは確かなのに、今まで使ってやれなかった。だからこそ、今日の試合はアイツにとってのいい経験になる……。試合でしか得られないモノがある。今日はそれを知れただけで十分だと思ったが……)

 

空(我妻……お前、凄えよ。正直、オレならこんな場面で投げられる気がしない……はっきり言って、その精神力は異常だぜ)

 

シュッ!!

 

花咲川9番打者(ふざけんな!!? アウトコース3つだと!? オレを舐めてんじゃねぇぞ!! こんなもん!! ぶっ飛ばしてやる!!!)

 

ズッバァァァーーンッッッ!!!

 

 

審判「ットライーク!! バッタアウトォオオオ!!!」

 

花咲川9番打者「な、んだと!!?」

 

我妻「……これで、ツーアウト」

 

紗夜「凄いですね。あの投手……あそこまで、割り切って投げれるものなのですか?」

 

大地「……我妻の中学時代の資料を一度だけ目を通した事がある」

 

大地「だけど、俺は此処まで『良い投手』だとは思わなかった」

 

紗夜「『良い投手』……ですか?」

 

大地「はい。ですが、ここで言う『良い投手』の定義は別に好投手をさしてるわけではないのです」

 

大地「これは、俺の価値観で誰かに理解されたいという訳ではありません。ただ、俺の中にある『良い投手』は[どんな場面になっても挫けずに、めげないボールを投げる]投手の事を指しています」

 

大地「我妻の中学時代は、大変酷いものでしたよ。データを見る限り、失点した回からズルズルと引きずって自殺点を繰り出すまでの四死球の量産での自滅……それが我妻っていう投手の悪癖です」

 

紗夜「今はそうには見えませんが……」

 

大地「えぇ。アイツに何があったのかはわかりません……ただ、俺はアイツの評価を訂正する必要があるようですね」

 

紗夜「訂正……ですか?」

 

大地「アイツ……我妻がリリーフには不向きだという、俺の勝手な見解です。その考えは改めます。アイツは……『我妻矢来』は誰よりも『良い投手』で、とても『リリーフ』向きの『強い投手』です」

 

ズバァァァァーーンンッッ!!!

 

審判「ットライークッッ!! バッタアウトォオオオ!!!」

 

花咲川1番打者「なっ!?(コイツ! 最後は全部インコース!? しかも、前の打者を合わせても全部ストレート!!)」

 

花咲川1番打者(我妻、コイツどうなってやがる?! なんで、この場面で覚醒できんだよ!?)

 

澤野(成田空、咲山大地……そして、我妻矢来。今年の羽丘に入ったルーキーは怪物揃いか……。『成田 空』は他の追随を許さない『爆発力』を保有し、『咲山 大地』は多分野に渡って絶対的な『総合力』を示し、『我妻 矢来』は強すぎて異常な『精神力』を見せつける。この3人はモノが違う……)

 

澤野(まさに、黄金世代だ……)

 

─────

 

??「へ! やってくれるねぇ〜。こんだけ苛めても『天地コンビ』出してこねぇのか……余程、あの投手に信頼を寄せてるようだねぇ!! そうでなくちゃ面白くねぇよなぁ!! なぁ!? オマエらヨ!!」

 

花咲川1年『応ッ!!!』

 

─────

 

大地「……先輩、ちょっといいですか?」

 

紗夜「どうぞ、私の事は気にしないで試合に行ってください」

 

大地「いいんですか? 俺、かなりワガママ言ってますけど……」

 

紗夜「えぇ。元々、私が我儘を言って一緒に観戦していただけです。何も、貴方が罪悪感を覚える必要はありませんよ」

 

紗夜「存分に暴れてきて下さい」

 

大地「いいんですか? ここ、一応、氷川先輩の学校ですけど……」

 

紗夜「えぇ。構いませんよ。私が応援しているのは、貴方……『咲山 大地』という男の子だけですよ。だから、なんら問題ありません。これは、貴方の1ファンとして当然の事です」

 

大地「……先輩、絶対モテますよね? ─────ほんと、俺の言って欲しい事を言ってくれる。まだ出会って、少ししか経ってませんけど、俺は先輩の優しさに触れられて良かったと思います! ありがとう!! 紗夜先輩!!」

 

紗夜「─────ッ!!!!」

 

大地「では、いってきます!!」

 

紗夜「─────」

 

ガチャン!! タッタッタ……!!

 

紗夜「─────本当に、その微笑みは反則ですよ///」

 




次回・『咲山キャノン』、行きますッ!!!!


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第18話 これが『格』の違いだ……

─────5回表─────

 

ツーアウトランナー無し ワンストライクノーボール 7番打者

 

??「オラッ!!」

 

シュッ!!

 

ビュオォォオッ!!

 

羽丘1年7番打者「!! (来たっ!! 真ん中高めのストレート!!! 打てるッ!!)」

 

??「おっと! ソイツは“毒付き”だぜ……。存分に喰らいな」

 

ククッ!!

 

羽丘1年7番打者(なっ!? この高さでスライダーッ!? ふざけんな!!)

 

ガギィッ!!

 

??「サードッ!!」

 

花咲川1年三塁手「オーライ! 任せろ!!」

 

パシッ!!

 

羽丘1年7番打者(ハンドリング上手ッ!? そんで、送球までが物凄く速い!!?)

 

花咲川1年三塁手「ホッ!!」

 

シュッ……!!

 

ズバンッ!!

 

花咲川1年一塁手「おけ! ナイス送球ッ!!」

 

塁審「アウトォ!! スリーアウト、チェンジッ!!」

 

??「亜ラァァァァァアアアッ!!!」

 

空(……あの投手、安定感が出てきたな。初回から3回までは、まだエンジンがかかってなかったか? )

 

帯刀(たぶん、初回から3回までは中盤戦と後半戦に活かすためにストレートを多めに投げて、変化球への餌巻きに使ってた……1年とはいえ、余程、ストレートに自信がなければ出来ないリードだな)

 

帯刀(コントロールこそ完璧には程遠いけど、ストライクは取れるぐらいには安定してるし、何より1年であれだけの球威を放る事が出来るなら、変化球も使い勝手がいい)

 

帯刀(……虎金の後の投手が居なかった花咲川にとっては大きな拾い物だ……この夏、延いては来年にも繋がる)

 

帯刀(それに加えて、本来の緻密な作戦で毎試合3点は取れる攻撃力……オフを越えて磨きのかかった走塁力……。総合力の高い良いチームだ)

 

澤野(『曽根山 直樹』……今年の貰い物は一級品だった。最速141km/hの球威ある直球を軸とし、時にクレバーに変化球を交える本格派の右腕。バッティング能力も高く、中学時代は松之山シニアで全国大会に出場経歴を持ち、その潜在能力の高さは虎金が唸る程だ)

 

澤野(確かに、羽丘の我妻も技巧派としての実力は確かだが、此方の曽根山のポテンシャルの高さはホンモノだ……。もはや、『天地コンビ』が出てこない限り、試合は決定付いたも同然だ)

 

澤野(いや、流れも完全に此方が握っている。出てきたところでどうしようもないな。我妻と羽丘のファースト以外のヤル気は完全に削がれている……。これは、もうどうしようもない)

 

─────5回裏も何とか立ち直った我妻が奮闘し、ワンナウト二、三塁のピンチを迎えるも、内野フライ2つで乗り切った。

 

大地「おい……何惨めな試合してんだよ」

 

宗谷「……咲山」

 

大地「まだ試合が終わったわけじゃない。何をシケタ顔浮かべる必要がある……。スタメンマスク被ってるのはテメェなんだぞ? なら、その責務を果たせ」

 

宗谷「……」

 

大地「捕手の役目をなんだと思ってんだ? ただ投手の球を取るだけか? なぁ? 宗谷」

 

金田「おい! 咲山!! その辺に─────」

 

大地「テメェらもだ!! ふざけんな!! こんな試合、見てて反吐が出るッ!!」

 

大地「デンパるからポロポロ落とすッ!! 集中できてないから足が動かないッ!! 相手の投球に呑まれてるからバットが振れないッ!!! そんなもん、何の言い訳にもならねぇんだよッ!!」

 

大地「特に宗谷……! テメェ、さっきの回。完全に我妻が立ち直った時、サインをアイツに任せやがったな!」

 

宗谷「ッ!!」

 

大地「テメェッ!! あの場面で誰が一番シンドかったと思ってんだッ!! テメェはチームの為に何をしたんだッ!! テメェは我妻が被弾したあとにアイツに声掛けしたのかッ!? してねぇよな!! だって、テメェはその後の事なんて、なんも考えてなかったもんなッ!!!」

 

大地「……そんな奴が捕手をやるな。後先考えない無策を遂行するテメェのリードは不快以外の何でもなかった……」

 

大地「下がれ。宗谷……。テメェはここまでだ。少なくとも、今日の試合でテメェが変わる事は無いと分かった」

 

大地「チームの士気を下げる奴はこのグラウンドにはいらねぇ」

 

─────

 

アナウンス『羽丘高校 選手の交代をお知らせします─────』

 

曽根山「あん? なんだッ─────ッ!? へ! 漸く、お出ましかい……」

 

─────

 

空「アイツ、マジで何してんの?」

 

結城「何を考えてるんだ、アイツは……」

 

帯刀「やっぱり、今日のアイツはおかしいって!! なんで、大人しく出来ねぇんだ!! あのバカはぁぁぁあ!!」

 

笠元「悠馬はん!! 落ち着けや!! 気持ちはよぉ〜分かるッ!! でも、バットを振り回すのはアカン!! 危なすぎるやろ!!」

 

─────

 

虎金「……バカですね。こんな試合。捨て試合も同然だし、互いの1年の実力を確かめるだけの試合にワザワザ出てくるなんて、愚策以外のなんでもないっしょ」

 

澤野「あぁ。だが、もしかしたら、それが奴の【本質】であり、『強さ』の根源なのかもな……(……オマエの在り方は、どうやら俺と相容れないようだ)

 

澤野「それでも、奴が出てくるなら、それでいい。これで存分に研究出来る。オマエの弱点、必ず見つけさせてもらうぞ─────咲山 大地」

 

─────

 

香澄「わぁあ!! 見て見て!! 有咲!! 野球だよッ!! 野球の試合がやってるよ!! なんだか『キラキラドキドキ☆』するね!!」

 

有咲「だぁあッ!! うるせぇよ!! わかったから!! 腕を引っ張るなぁあッ!!」

 

香澄「あ!! ウチが今勝ってるんだッ!! 凄い凄いッ!!」

 

有咲「……圧勝じゃねぇか。もうコレは勝ちなんじゃね?」

 

アナウンス『羽丘高校 選手の交代をお知らせします─────』

 

有咲「あ?! な、なんだ? 急に雰囲気が─────」

 

香澄「え!? 何々ッ!?!? どうしたのッ!?」

 

─────

 

アナウンス『羽丘高校 選手の交代をお知らせします─────』

 

片矢(本当は、貴様を使うつもりなんて無かった。だが、宗谷に言ったことは間違いでは無い。奴の代わりになる捕手が1年に居ないウチに、他の代わりになる奴は貴様しかいなかった……。宗谷で試合を作ることは出来ない。なら、貴様はこの流れを変えられるのか?)

 

片矢「貴様の『格』を見せ付けてこい─────」

 

アナウンサー『8番 宗谷くんに変わりまして─────バッター『咲山』くん! 8番 キャッチャー 『咲山』くん!!』

 

曽根山「出てきたな、黄金ルーキーッ!! さぁ、始めようぜ。何方が『最強』の1年なのかをなぁ!!!」

 

大地「─────うるせぇぞ、三下ぁ……」

 

曽根山「ッ!?!? (な、んだ、この、濃密なオーラは……)」

 

曽根山(何処に投げても打たれる未来しか見えねぇ……だ、と?)

 

大地「テメェと俺のどっちが『最強』? んなわけねぇだろうが……」

 

曽根山(クソッ!? こうなったら、インコースで仰け反らす!!)

 

曽根山「ッラァァア!!!」

 

ビュゴォォォォォオッ!!!

 

曽根山(よしっ!!! 完璧な手応えッ!!! しかも、インハイギリギリッ!!! これは打たれな─────)

 

花咲川捕手(ッ!? おまッ!? なんで、それに反応出来て─────!?)

 

大地「テメェは選抜ベスト8のチームに完全試合が出来るのか……? 出来ねぇよ、テメェじゃあ」

 

大地「そもそも、俺とも立ってるステージが違うテメェが、アイツに勝てるわけねぇ……」

 

大地「もう一回、出直してこい。三下……」

 

カキィィィィィィィィーーーーーーーーーーーーーンンッッ!!!

 

バシュンッッ!!

弾丸ライナーで伸びた打球は外野スタンドを越えて、生い茂る木々に吸い込まれる。

その打球の行方を見失っていたのは、何もグラウンド内にいる選手だけではない。

 

高校屈指の好捕手である澤野も、怪物に化けた虎金も、打撃の才能に長けた結城も、空の球を捕球できる様になった帯刀も、大地を送り出した片矢も……【神童】であり、大地の相棒である空ですらも余りの打球速度に目を追うことが出来ずに見失った。

 

気付いた時には木々に白球が吸い込まれていた。

誰もが誰も、目を見開き、大地がダイヤモンドを回ってるのを見る。

そして、ベースを周り切ってホームベースを踏み終えて、呆然自若とするマウンド上の曽根山に向けて……。

 

大地「─────これが、『格』の違いだ……」

 

完全に非情なる宣告を告げるのだった。

 

 

 

 




次回・大地無双!!

咲山大地
弾道 3→4
ミート A→S
パワー C→A
肩力 A→S

特殊能力:無し→パワーヒッター→アーチスト
球界の頭脳→真・球界の頭脳 チャンスA→勝負師


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第19話 Ailanthus

ま、まさか……(`・ω・´)

評価バーが、赤になってるだと!?((((;゚Д゚)))))))
あ、ありがとうございます!!


我妻「……咲山」

 

大地「……我妻、分かってるか? この回こそが肝だ。幾ら下位打線とはいえ、この回を3人で抑えられなきゃ、さっきの猛攻の意味が無くなる」

 

我妻「あぁ、分かってるよ……」

 

我妻「だから、俺はオマエのミットしか見ないけど、それでいいんだろう?」

 

我妻「迷惑かける事になるけど、今はそれが最善なら、俺は受け止めるよ。だから、頼む。俺を勝たせてくれ」

 

大地「ああ、任せろ。テメェの気持ちを叶えてやるさ─────ここからは、俺たちのターンだ!!」

 

羽丘|000 009 ---|9

花咲|000 70- ---|7

備考:花咲川学園 曽根山 6回に大地のホームランから大崩れし、5失点降板。後続の投手もペースをつかめず4失点。

打者一巡した5回に、大地は2ホーマーを放つ(2本目は中継ぎ投手からグランドスラム。慈悲は無い)。

 

花咲川1年7番打者(クソッ!! なんで、こんな事に……!? さっきまでの楽勝ムードが嘘みたいに霧散しやがった!!! コイツが……咲山が打席に入ってホームラン打った瞬間、明らかにペースが崩れた!!)

 

花咲川1年7番打者(たった1人の力で、こうまで変わるもんなのかっ!?)

 

大地(さて、追われる側から追う側に変わった気持ちはどうだ? 正直、生きた心地しねぇだろ)

 

ビュゴォォォォッ!!

 

ズバァァァーーンンッッ!!

 

審判「ットライークッ!! ワンストライクノーボール!!」

 

花咲川1年7番打者(ぐっ!? アウトコース高め!? くそ!? さっきより球威が増したのか?! ミットの音が段違いだ!!)

 

大地「オッケー! ナイスボール!! 」

 

我妻(……やっぱ、アイツのキャッチング上手いな……球がいつもより走ってる気がする)

 

 

 

大地(予定外の逆転は、選手にとってこれ以上無い焦りを生む……)

 

ビュゴォォォォォオッ!!

 

花咲川1年7番打者(内に入ってきた甘いストレートッ!! これは、さっきランニングホームランしたコースと同じ─────ッ!?!?)

 

カクッ!!

 

花咲川1年7番打者(ヤバイッ!! バットが止まらねぇ!!)

 

ガゴンッッ!!

 

大地「ショート、慌てるな!! バッター、そんなに足は速くないぞ!!」

 

羽丘1年遊撃手「おう!! 任せろ!!」

 

パシッ!! シュッ!!

 

バンッ!!

 

塁審「アウッ!!」

 

花咲川1年7番打者(はぁ!? さっき迄と動きが全然違うじゃねぇか!! なんだよ!!)

 

花咲川1年7番打者(それと、我妻が投げたのがシュート!? さっきとはキレが段違い……!? 初回から3回までに慣れた軌道じゃない! 球数がとんでも無く行ってるクセに、ストレートといい、シュートといい、キレが増してる!?)

 

花咲川1年7番打者(復活した回から明らかに我妻の雰囲気が変わった……なんで、なんでそんなに『強い』!? 7失点してんだろ?! なんで、そんなに淡々と投げられる!?)

 

─────

 

ビュゴォォォッ!!

 

カクッ!!

 

ブンッ!!

 

ズバァァーーンッ!!

 

 

花咲川1年8番打者「な!? (ここで、インコース膝下にスライダーッ!? それは打てないッ!!)」

 

審判「ットライークッ!! バッタアウトォッ!!」

 

大地(……キレが増して来てる)

 

大地(腕の撓りが段々と良くなってるし、気持ちの良さが良い感じでボールに乗ってやがる……)

 

我妻「ツーアウト!!」

 

大地「我妻!! ナイスボールな!!」

 

大地(これだけ、手元でキレて気持ちの乗った球なら、最後は力押しでいける)

 

花咲川1年9番打者(クソッ!! この回は良いようにやられ過ぎてる!! こういう風にテンポ良く投げてる時は、兎に角、投手を揺さぶるのが定石ッ!! ここは、セーフティの構えだけでも……!!)

 

大地(悪りぃな、それは読んでるから、ありがたくスリーアウト貰うわ)

 

ビュゴォォォォ!!

 

スッ……

 

ズバァーーンッ!!

 

審判「ットライーク!! ワンストライクノーボール!!」

 

花咲川1年9番打者「え!? (ここで、ど真ん中ッ!? しかも、サードが前進してきてない!? まさか、セーフティが予測外だったのか!? いや、それなら態々ど真ん中に─────コントロールミスか!? それこそ、今の我妻ではあり得ない)」

 

花咲川1年9番打者(特に、今のストレートはこの回のアイツでは考えられないくらい軽く投げてた……つまり、咲山は俺が揺さぶりだけのセーフティの構えである事を見抜いて─────)……チラッ。

 

大地「セーフティ、しないんだな」ニコッ

 

花咲川1年9番打者「な、何のことかさっぱりだな……(やっぱり、気づいてやがった……! コイツは明らかにヤバイ!! これだと、コイツの独壇場……?!)」

 

ズバァァァーーンッ!!

 

審判「ットライークッ!! ツーストライクノーボール!!」

 

花咲川1年9番打者「はぁ!? (待て!! テンポおかしいッ!!? いつサイン交換してたんだよ!? まさか、俺に話しかけてる間には既に……!?)」

 

我妻「ラァッ!!」

 

花咲川1年9番打者(コイツ等……!!)

 

ビュゴォォォォォオッッ!!

 

ブンッ!!

 

ズッバァァァーーンンッ!!!

 

花咲川1年9番打者(思ったより手に負えない……!!!)

 

審判「ットライーークッ!! バッタアウトォォオ!!!」

 

我妻「シャァァアァァアァアッッ!!!!」

 

澤野(……真ん中、外、外。 最後の1球は外の釣り球……。一見、アウトコースの釣り球は意味の無いように見えるかもしれないが、焦ってる時に使うと非常に効果的だ)

 

澤野(特に、咲山の前の捕手が外中心のリードでポンポン三球勝負をしてきていただけに否が応でも、体が反応してしまう……)

 

澤野「末恐ろしいモノだ……」

 

澤野(打者の心理を掌握し、同時に投手のテンポを良くするリード……)

 

澤野(『咲山 大地』……やはり、苦手だ。俺では一生賭けても及ばない範囲に奴はいる。それなのに、奴は自分を下に見る……。まだまだ、俺は上に行けると確信してる……。敵わないと思ってしまうから、俺は奴が嫌いだ)

 

─────

 

片矢「成田!」

 

空「は、はい! なんですか! ボスッ!!」

 

片矢「……ボスと呼ぶなと言っているだろうが戯け! まぁいい。次の回から行くぞ」

 

片矢「早急に肩を作れ」

 

空「え?! いいんすか!?」

 

片矢「あぁ。どの道、貴様と我妻しか1年の中で投手希望はいない。既に咲山を出場させている以上、貴様を出そうと出さまいと同じ事だ」

 

片矢「それと、我妻は既に150球を超えている。これ以上の負担を押し付けるわけにはいかん。帯刀、成田の球を受けてやれ。そして、我妻の処置を哲と笠元で行え。いいな?」

 

片矢「この試合は最早、試験ではない!! 必ず勝たなければならない本番だと思えッ!! 全員で勝つぞぉおぉおおおお!!!」

 

羽丘全員『はいッ!!』

 

─────

 

紗夜(……試合はもう決まりましたね)

 

紗夜「残念でしたね……。ですが、今回ばかりは1年生では荷が重かったでしょうし、寧ろ、よくやれていたほうでしょう」

 

花咲川マネージャー「そうだね……。成田君まで出てきちゃったら、流石に手に負えないし、咲山君の打撃力とリード力でその差を広げられる。こんなの未だ入学したてのルーキーには気が重すぎるね……なんたって、相手は『天地コンビ』……高校に入ってからヒットを一本も打たれていない【怪物】達だからね」

 

カキィィィィィーーンンッッ!!!

 

ゴンッ!!

 

紗夜「ポール直撃のスリーランですか……」

 

紗夜「彼、投手ですよね? なんで、インコースの球を腕を綺麗に畳んで持っていけるのですか?」

 

─────

 

空「オッシャァァァ!! 高校初ホームランだ!!」

 

虎金「……アイツ、バッティングセンスも怪物級かよ」

 

─────

 

香澄「わぁぁ……有咲、あの人達すごいね」

 

有咲「……マジでナニモンだよ、アイツら。たった1人で流れを変えて、もう1人がその流れを確実なモノにする。あのコンビ、ヤバすぎる」

 

山本「実際、あの2人は別格だよ」

 

香澄「? 貴女は?」

 

山本「あぁ、ゴメンゴメン! 私は『野球天国』の山本!はい、 これ名刺!」

 

山本「ホント、あの二人が出てきてくれて助かったよー!! このままじゃ、取材の無駄足になるとこだったからね!」

 

有咲「あ、ありがとうごさまいます。それで、あのお二人が別格とはどういう事でしょうか?」

 

山本「あ、そんなに畏まらなくてもいいよ。別に、そのままの意味だよ……二人はもしかして、羽丘と花咲川の春季大会を見に来てないの?」

 

香澄・有咲『はい』

 

山本「そっかー! じゃあ、仕方がないね。でも、最近じゃあ二人ともテレビにチョクチョク出てきてるからね。もしかしたら、聞いたことはあるかもよ」

 

香澄「え?! そうなんですか!?」

 

山本「うん。じゃあ、今ホームラン打った子から説明しようか」

 

山本「『成田 空』……身長183cm体重76kgの恵まれた体格の『天才投手』。長くてスラッとした手足にモデル顔負けのルックスを携えたイケメンでもあるね。最近では色んな事務所が彼を狙ってるみたい」

 

有咲「たしかに、顔立ちはいいな」

 

山本「それと、野球の話に戻すけど、その実力は今現在でも規格外だね!!」

 

香澄「規格外?」

 

山本「そう。規格外。二人とも徳修高校と八大三高の事は知ってる?」

 

有咲「たしか、徳修高校は今年の選抜でベスト8になってたとこだよな?」

 

香澄「うん。それと、八大三校は私でも知ってるぐらい野球部が強いとこだよね?」

 

山本「うん。その二校で間違いないよ。そして、その二校を春季大会で完全試合に抑え切ったのが、あそこにいる成田 空くんなの!!」

 

香澄・有咲『えぇえぇ!?』

 

山本「まぁ、信じろとか言われても難しいかもしれないけど、ヤッフー!!かgoogolでも調べてみたらいいよ! きっと直ぐに出てくるから」

 

香澄「ホントだ……」

 

有咲「……バケモノだ」

 

山本「更には、相方の『咲山 大地』くん曰く、『まだ空は未完成です』だって!! あれで未完なんて、本当にトチ狂いそうな才能だよね!!」

 

香澄「咲山 大地!! さっき、代打でホームラン打った後からずっと出場してる人だ!!」

 

有咲「あぁ。アイツな! ホームランの打球が消えるとかいうキチガイ野郎な。でも、成田の話を聞いた後じゃ、驚けるモンも驚けなくなるな」

 

山本「ふふ。じゃあ、その『咲山 大地』君について説明するとね、彼の評価は『未知数』でありながら、『完璧』な選手って事かな?」

 

香澄「『未知数』なのに、『完璧』?」

 

有咲「なんだそりゃ?」

 

山本「ごめんね? これに関しては、私もまだよくわかってないんだけど、上司が言うには『成田には[完成された未来]があるんだけど、咲山には[完成された姿が見えない]』って言ってたかな」

 

山本「春季大会の成績は、23打数19安打7HR18打点 打率.826の驚異的な実力を見せつけてたし、その大会では盗塁を狙われた回数が12回に上ったんだけど、阻止率はなんと1.000!! 100%で阻止してたの!!」

 

有咲「……いや、確か春季大会って試合数がそんなに無かったはずですよね? それに、決勝まで行ってないってことは精々、5回戦とかですよね? それで、ホームラン7本って、同じ1年……いや、同じ人類なのかわかんねー」

 

香澄「本当に『完璧』なんだー。でも、何処が『未知数』なんだろう?」

 

山本「う〜ん……ごめんね? 私も其処はよくわからないんだよねぇ〜。ただ、二人の渾名はピッタリだと思うよ!!」

 

山本「成田くんは【神童】」

 

有咲「─────これは、まぁ、ありきたりだな。ちょっと、厨二病クセェけど……」ププッ

 

山本「それ、本人の前で言わない方がいいよ。彼、なんとなしに気に入ってるからね、この渾名」

 

香澄「【神童】かぁ!! カッコイイよね!! キラキラドキドキ☆してるよ!!」

 

山本「そ、そうだねー(随分、独特な表現をする子だなー)」

 

山本「そして、咲山くんは─────」

 

紗夜「─────【大樹】です」

 

紗夜「例え、嵐に在っても、荘厳と聳え立つ巨木を彷彿とさせる姿から、【大樹】と呼ばれているようですよ」

 

香澄「あ! 氷川さんだ!! こんにちは!!」

 

有咲「こ、こんにちは……」

 

紗夜「戸山さん、市ヶ谷さん……えぇ、こんにちは。二人も野球観戦ですか?」

 

香澄「はい! そうなんです!!」

 

有咲「香澄がどうしても見たかったらしくて」

 

紗夜「そうですか……。それと、そちらの方は?」

 

山本「おっと、これは失礼しましたねぇー!! 私、野球天国の山本っていいます! よろしくね!」

 

紗夜「は、はい……(随分、気さくな方ですね)」

 

山本「それで、氷川さんは随分と咲山君について詳しいみたいだけど、仲が良かったりするのかな? もしかして、恋人だったり─────」

 

紗夜「そ、そんな訳……ある訳、無いじゃない……ですか///」モジモジ……

 

紗夜以外の3人(((あれ? なんか、思ったより初心な反応……?)))

 

紗夜「た、ただ、彼とは……その、野球について……教えて、貰っていただけといいますか……その……ッッ〜〜〜///」

 

紗夜以外の3人(((か、か、カワイイ……///)))

 

山本「そ、そっかー。 ただ、早めにアタックしておいた方がいいよ? 彼、あのルックスでしょ? たしかに、ちょっと吊り目気味で怖いところもあるけど、基本は優しくて家庭的な性格があるみたいだから、モテるし、何より既に非公式のファンクラブがあるみたいだよ」

 

山本「あと、これは独自で調査した結果なんだけど、あ、主に成田君経由ね。てか、10割方、彼の情報源なんだけど!」

 

山本以外の3人(((それ、大丈夫なの……?)))

 

山本「咲山君は、天然物の中でも上位に位置する朴念仁な女誑しらしいよ! 落としてきた女は数知れず!! それでも、その好意には全く気づかない鈍感さ!! 何人もの女の子を無意識の内にフリ続けて、枕を濡らしたってね!」

 

紗夜(あぁ。さっきのマネージャーさんもそんな感じでしたか……。アレは確かに鈍感すぎるというか、天然過ぎるというか……。なんとも、可哀想な結末でしたね。それに、私も─────ッ!!?)

 

大地(紗夜補正)『─────ほんと、俺の言って欲しい事を言ってくれる。まだ出会って、少ししか経ってませんけど、俺は先輩の優しさに触れられて良かったと思います! ありがとう!! 紗夜先輩!!』(イケボ+イケメン補正)

 

紗夜「ッッッッ〜〜〜〜〜///」

 

紗夜以外の3人(((あ、やっぱり、この人も堕とされてる……)))

 

その後、試合は空と大地の『天地コンビ』によって、ゲームを完全に掌握され、羽丘の圧勝となった。

 

 

羽丘B|000 009 423|18

花咲B|000 700 000|7

備考:羽丘高校 我妻矢来→6回7失点 8奪三振 2四死球

同校 咲山大地→4打数4安打2HR7打点

同校 成田空→3回0失点 7奪三振 0四死球

 

花咲川学園 曽根山→5回0/3 9失点 6奪三振 4四死球

 

 

 

 

 

 



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第20話 ファミレスで……

……ブラックコーヒーを飲みたい。

最近読んだ小説が甘すぎて、マジで味覚に『甘味』を感じた気がする(~_~;)



曽根山「……咲山、成田。んで……我妻。今日は負けたわ。オマエら『強すぎ』!! 」

 

大地「……なぁ、なんでコイツの目が赤いんだ?」

 

曽根山「ウグッ!!?」

 

空「なぁ? オマエってそんなにプライバシーなかったけ? いや、無いな。お前だもんな。うん」

 

我妻(うわぁ……。平然とああいう事言っちゃうんだな……。相変わらず無神経に拍車が掛かってる)

 

空(コイツ、『マルチタスク』とかで人の感情に機敏なはずだろ?! なんで、こういった時の人の起伏には希薄なんだよ!?)

 

曽根山「と、とにかく///!! 今度は負けねぇ!! 特に、我妻と咲山ぁ!! オマエらは完璧に負かしてやる!! だから、夏逢うまで負けんじゃねぇぞ!!」

 

大地「そもそも、テメェ。今日のピッチングで大丈夫か? そんな約束しておいて、ベンチ入りもしてないとか笑い話もんだぜ?」

 

曽根山「ギャァァァアッ!! うるせぇ!! 今度の練習試合でマイナス分を一気にプラスに変えるんだぁぁぁぁぁあッ!! 覚えてやがれぇええぇぇえぇッ!!」

 

ピューン!!

 

大地「急に話しかけてきておいて、最後の別れの言葉なく去るとか、随分と非常識な奴だったな。ん? どうしたんだ? 空、我妻」

 

空「いや、なんつーか……。やっぱ、オマエはもっと人に触れ合うべぎだわ……。うん、もうちょいナイーブに包んで話とか、行動を取ろうな?! 頼むから」

 

我妻「これは成田に同意だ……」

 

大地「は!? な、なんのことだよ!? 俺は只思った事を言っただけ─────ッ」

 

ガシッ!! ググッ!!

 

帯刀「さ・き・や・まぁぁぁぁぁぁぁぁあッッ!! オマエ!! 何してんだぁぁあぁああぁ!!!!!」

 

大地「ギャァァァァァァァァッッッッ!!!」

 

空「うわ……。✳︎チョークスリーパー、完璧に決まってる……。アレ、落ちるぞ」

 

✳︎チョークスリーパー……『ググって』。

 

結城「……悠馬の怒りは最もだ。単独行動にも程がある。これは、暫くは咲山に罰を与えなければならないな」

 

大地「う、ぐッ!? ち、ちょっ─────!! し、しゅ、しょう!!? い、ま、現、在もって、グギギッ!! 罰、げー、む……受けてま、すよ!!」

 

帯刀「これは、罰ゲームじゃねぇからノーカンだッッ!!!」

 

笠元「アレはアカンわ……! 完全に悠馬が闇落ちしとる!! 下手したら咲山が死んでまう!! 我妻!! 成田!! 3人で悠馬を抑え込むで!!!」

 

─────

 

澤野「お前らは、いつもあんな感じなのか……?」

 

秋野「あ、あはは……。ま、まぁ、いつも通りって言えば、いつも通りかな……? ─────主にバカ供は」

 

舘本「……っ(ガクガクブルブルッ!!)」

 

虎金(物腰柔らかそうなのに、めちゃくちゃ怖ぇえぇええぇッ!!?)

 

村井「……速く帰宅しよう。これ以上、犠牲が増える前に」

 

─────

 

片矢「今日はありがとうございました……! 大変、勉強になりました」

 

花咲川監督「いやいや、此方こそ助かりました。丁度、1年を使ってみたいと思ってたんで、声をかけてくれて正直ありがたかったです! それに……」

 

片矢「……」

 

花咲川監督「噂の【神童】と、【大樹】……それと、原石状態の『強心臓』。彼等を見ることが出来たのは大きい収穫でしたからね」

 

花咲川監督「本当に今年の羽丘は豊作だ! 羨ましい限りです!! 『我妻矢来』。今は、未だ『天地コンビ』に及びはしませんが……」

 

片矢「えぇ。その事は、アイツ自身が気付いていると思います。たしかに、今は実力不足で、経験不足です。ですが、色んな壁を乗り越えた先、我妻は間違いなく─────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────あの2人と『同格』になれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────

 

 

金田「えぇ……それでは、オレ達の高校初試合を見事に逆転勝ちを飾ったって言うことで祝杯を挙げたいと思います!! それじゃあ!! 乾杯ッッ!!」

 

 

 

羽丘野球部1年一同『カンパーイッ!!』

 

 

カチン☆

 

金田「にしても、よくオレらあの試合勝てたよな? 正直、守備で崩れた時に終わったと思ったわ」

 

 

青谷「ああ、それは思った!! あんな場面になったら挫折しちまうよ。でも、よく我妻は諦めずに投げれたな!! あれが実質無かったら試合なんて作れてなかったろ!?」

 

 

我妻「……まぁ、ぶっちゃけちゃうとあの時は帰りたくて仕方がなかったわ。でも、成田に向かって『完封』してやるって大見得切っておいて、7失点。恥ずかしくて、こんなんじゃ終われないって思ったら自然と力が抜けて、球が行くようになったな」

 

我妻「実際、もう一度、今日の様なストレートと変化球は投げられないな」

 

大地「もきゅもきゅ……そんなこと、ないよぉ〜。もきゅもきゅ……」

 

空「あ、こら! 大地、口にゴハンを入れたまま喋ったらメッ!だって言っただろう!! それと、口元が汚れてんだよ、全く、世話の焼ける」

 

フキフキ……

 

大地「うぅ〜……ありがとう、そらぁ〜……」

 

大地と空と我妻以外の面子(咲山の幼稚化の対処に手慣れ感が……!! 成田、オマエは咲山の母さんかっ!!?)

 

我妻(まぁ、実際に、咲山の両親が出張とかで居ない時とかは、成田が飯を作りにいってるし、あながち間違いじゃないかも……)

 

1年一同(えぇ〜ッ!? アイツ、どんだけモテ要素を保有してやがるぅぅう!! 裏山すぎるぅぅうぅうぅううぅッ!!)

 

我妻(あ、そこにツッコむんだ……。まぁいいや(現実逃避))

 

我妻「で、咲山。『そんなことない』ってどう言うことなんだ?」

 

大地「もきゅもきゅ……ンクッ! ぷはぁ〜……! うんとねー? きょうの、わがつまぁ〜のちょうし自体は見てても、悪くなかったんだぁ〜」

 

大地「たしかに、ボールはぜんたいてき? に高いなぁ〜って思ったけど……グイィインッ!! で、スパッ!! て、感じでかっこよかったし、ちょうしさえ落とさなければ、また投げられるようになると思うよ……あ、そらぁ、パスタ頼んで……もきゅもきゅ」

 

大地「あ、あとぉ……そうやぁ〜は、もう少しだけまわりを見て動いた方がいいよぉ〜」

 

宗谷「え? (ビックリした。急に話振られるから心臓飛び跳ねるかと思ったわ。まぁ、単純に僕がアイツから距離とってるだけなんだけど、やっぱりあんな状態じゃ、アイツの言う通りだったしな)」

 

大地「まわりは、見えてないし、一人の打者をウチトルコトにイシキを持って行きすぎたしぃ〜。リードも単調だった……でも、ボクはキミの『武器』はホントーにソンケーしてるんだぁ〜……ボクがモッテナイ物を持ってるキミがうらやましいから、もっと上手くなってほしいな」

 

宗谷「は!? チョッ─────!? それは─────!?」

 

ウエイトレス「お待たせしました。 こちら、ミートソースのパスタでございます」

 

大地「あぁ!! パスタ来たぁ!! そらぁ!! はやくはやく!!!」

 

空「はいはい……。ちょっと落ち着こうな(珍しいな。幼稚化してるとはいえ、コイツが他人を褒めるなんて……)」

 

空(それだけのモノが『宗谷』にはあるって事か? 今日の試合ではグダグダな捕球に、単一のリードで悪循環を生み出してチームを乱した張本人だけど、大地には『何が』『見えたんだ』?)

 

大地「もきゅもきゅ……! 美味しいなぁ〜。もきゅもきゅ……」

 

空「おい、大地! 何サラッと俺の頼んだフライドチキンを食ってんの!? てか、初リリーフで疲れた投手のカロリーを奪ってくな!!」

 

大地「そらぁ、ダメだよ? こんな脂分の多い食べ物じゃあ、疲労は取れないよぉ〜? お米とか麺類とかを食べなきゃ!」ひょいひょい!!

 

空「ノォォォォォオォオオォ!!」

 

金田「オマエら、少しは静かにしなさいッ!! 他の客に迷惑だろッ!! ほんと、申し訳ありません!!」

 

友希那「いえ、気にしなくてもいいわ。別に迷惑とか思ってないから」

 

我妻「な!? 湊先輩!? (これは、マズイ!! 早急に咲山を連れ出さなければ……!!?)」

 

空(わかってる!! もう、目的は捕縛済みだ!! こういう事もあろうかと、常に持ち歩いていた目隠しとロープで大地の身動きは完全に封じ込めた!! これで─────)

 

大地「あ!! ゆきにゃ先輩だ!! (スパッ!! )ゴロン……ッ☆」

 

友希那「きゃっ/// だ、大地ッ/// なんで、ここに─────ッ」

 

大地と友希那以外の一同(まさか、ロープを高速で解いてから目隠しを剥ぎ取っただとぉ!!! どんだけぇえええぇぇええぇ!!!)

 

リサ「あ、あはは……。みんな、IK○Oさんみたいな顔してる……(やっぱり、甘えん坊モードの大地はカワイイ///)」

 

あこ「え? え!? 何この状況!?!? 友希那さんがデレてる!!? どういうことなの!? ねぇ!? りんりん!! あこには分からないよ!!」

 

燐子「あこちゃん……ごめん、ね? わ、たしにも、よくわからな─────ひっ!? お、男のひ、と!? 男の、人が、一杯─────ガクッ」

 

あこ「りんりーんッッ!!」

 

紗夜「……これが噂の『幼稚化』ですか、やはり先程までの彼とは一層違いますね(……湊さん、少し変わってくれないでしょうか///)モクモク」→フライドポテト捕食中。

 

大地「ゴロゴロォ〜☆ ゆかにゃ先輩の膝、柔きゃくて、気持ちいい……すぅ……」

 

友希那「んっ/// ち、ちょっと、大地/// あた、ま、擦り─────あっ!///(か、顔が近いッ!!?///)」

 

羽丘野球部1年一同「……(スクッ)」

 

ガシッ!!

 

空「言いたいことは分かるし、殴りたくなる気持ちも、よぉ〜く!! 分かるッッ!!」

 

我妻「あぁ!! オマエらの複雑な気持ちはホントーに!! 分かるッ!! なんたって、俺たちはコレを何回も見てきた!!! でもな!!?」

 

空・我妻『アイツの精神年齢は今、3歳なんだ!!! だから、許してやってくれぇええぇえぇえぇ!! せめて、幼稚化が解けてから一緒に殴ろう!!』

 

羽丘野球部1年一同『ウルセェエェエエェ!!! お前らもモテる組だろうガァァァァア!! イケメンは天誅ッ!! リア充は爆散ッッ!! 慈悲は無いぃいいい!!!』

 

空・我妻『ギャァァァァァァァァッッ!!!』

 

大地「あたま、撫でられるの、すきかもぉ〜……むにゃむにゃ……」

 

友希那「ふふ/// にゃんにゃん♪」

 

友希那以外のRoseliaメンバー(あそこの桃色空気感パネェ……)

 

当然、リサ姉は戯れるユキナと大地を激写したとさ。

 

 

 

 




自分の腕だと、恋愛描写が下手くそ過ぎて、うまく伝わらない笑笑


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覚醒編
第21話 『合宿』と『試合』と『ライブ』と『覚醒』と…… 前編


やっちまったよ!!
もう、毎度毎度すんませんね!!


大地「─────大変ッッ!!! 申し訳ありませんでしたぁぁあぁああッ!!」(土下座)

 

大地「あれは、試合の副作用っていうか、脳の酷使が及ぼした悪影響といいますか……えぇ!! あぁもう!! 兎に角、ホントすんませんでしたァァアァァァアッ!!」ズガァンッ!! (地面に頭を叩きつけた音)

 

リサ「ちょっ─────!!? お、落ち着きなよ!! とりあえず、頭上げて!!」

 

紗夜「えぇ!! 早くあげて下さい!! 今、頭からなってはならない音がなっていました!! 早く治療しなければ!!」

 

友希那「///」

 

あこ「……りんりん……もう、あこにはこの状況について行く気力がないよ」

 

燐子「あこちゃん……大丈夫だよ? 私も、だから……」

 

燐子「でも、確か……あの、人と、背の、高い人は、この前テレビに出て、たような……」

 

我妻「実際、有名人ですよ。アイツら」

 

燐子「ヒィッ!!」

 

我妻「そんな怖がらなくても……」

 

あこ「え? 有名人!? なんでですか!?」

 

我妻「あれ? 聞いたことない? 羽丘高校野球部の『天地コンビ』の事」

 

あこ「あ! それなら知ってる!!─────クックック……この我とは真逆の……えっとぉ……全てを照らす日輪の如し金色の……えっとぉ……」

 

燐子「……超波動」

 

あこ「そうだ! それだ!! こほん! 金色の超波動を解き放つモノ!! 【神童】と、それを傍らで根太く折れずに寄り添う……えっとぉ」

 

燐子「……超神木」

 

あこ「あぁ!! うん! そう!! 寄り添う超神木の【大樹】ッ!! であろう!? この超大魔姫あこに間違いなどあるまい!! ふっふーんッ!!」

 

我妻「そ、そうだね。うん、よく知ってたよ。ホント(なんか、一風変わったコンビだな)」

 

我妻「で、その2人がアソコの無駄にデカくてボーッとしてるやつと、今現在、地面に頭を擦り付けてるバカが。【神童】の『成田 空』と、【大樹】の『咲山 大地』だ」

 

あこ・燐子『……へ?』チラッ

 

空「……ぼー(大地の食欲は、ほんとにどっから出てんだよ……。しかも、他の奴らめ、オレに全部奢らせておきながら、帰りやがって……。今月どころか、暫くは金欠じゃねぇか!! はぁ、本気でバイトを探そうかな)」

 

大地「スミマセンスミマセンスミマセン……」

 

あこ・燐子『……絶対に別人だと思います!』

 

我妻「……いや、言いたい事はわかるけど、それが現実なんだ!! 無情だとは思うけど、事実は曲げられないッ!!」

 

あこ「いやだぁ〜ッ!! あんな、ダメ男達が、世間ではチューモクされてるなんて、嫌だぁぁッ!!」

 

燐子「ヒッ!? 頭、おかしい……。 なんで、頭を叩きつけてるの……?」

 

我妻「……まさか、初対面の女子達に頭おかしい認定されるなんて、流石は『天地コンビ』。……悪い意味でもスケールがデカいな」

 

─────

 

大地「────え? イマ、ナンテイイマシタカ? オレ、ヨクキコエナカッタ」

 

空「あ、大地が片言になった……。そんなことより、ATMに保管してた預金が殆ど尽きたんだけどぉ。主に……いや、 全部、お前の食費でな!!」

 

大地「エ? イマ、ナンテイイマシタカ? オレ、ヨクキコエナカッタ」

 

我妻「あ、ダメだ。コイツ、あまりの衝撃情報に感情がついていけてないから、壊れたロボットみたいに繰り返すことしかできなくなってやがる」

 

リサ「はは……。 やっぱり、ちょっと変わってるよね?」

 

空「大地ぃぃぃいッ!!!」

 

大地「エ? イマ、ナンテイイマシタカ? オレ、ヨクキコエナカッタ」

 

友希那「─────そう? なら、もう一度言うわ。大地、私達のバンド……『Roselia』のライブを今度やるのだけれど、見に来てくれないかしら?」

 

大地「『ロゼリア』……ナニ? ソノアオバラ。オイシイノ? ─────ジョウホウエラー!! ジョウホウエラーッ!!」プシューッッ!!

 

我妻「ダメだ!! 咲山の許量がオーバーしたぞ!!? 成田!! お前達仲いいんだから、コイツをなんとかしろ!! このままだと、また『幼稚化』するぞ!!」

 

空「大地ぃいいいぃぃい!!! 目を覚ませ!! いや、やっぱり起きなくていいから!! てか、起きんなぁぁぁあ!!」

 

我妻「成田ぁぁぁぁあぁあ!!! それは違うぅぅぅッ!!! オマエの財布が死んだからって、咲山を殺そうとするなぁ!!」

 

燐子「……やっぱり、頭、おかしい」

 

あこ「りんりん……。さっきから、あの人達に頭がおかしいしか言ってないよ? でも、その通りだね」

 

紗夜「……モクモク(宇田川さんが素の状態で話してる時間が多いですね……。よほど、呆れてるのでしょうか? あ、フライドポテト美味しい)」

 

リサ「あ、あはは……。なんだろう、この阿鼻叫喚……」

 

─────ここからは、第14話の最後を参照して下さい。

 

(中略)

 

友希那「でも、今度のライブはゴールデンウィークを活かしての遠征なの……。遠征とはいっても、千葉県の太平洋側なのだけれど」

 

リサ「うん。野球部の予定とかは大丈夫なの?」

 

大地「あ、それなら大丈夫です。俺らもゴールデンウィークを使って千葉に合宿と試合をするので、監督も1日なら休みを入れるらしいですし、十分見に行けますよ」

 

空「え? そんな事、ボス言ってたか?」

 

我妻「いや、聞いてないけど……」

 

大地「そりゃあ、まだ誰にも伝えてないからな。合宿の件」

 

大地以外全員『え?!』

 

大地「今年、空が入ってきたことによって、羽丘の評判は鰻登りに上がってきているし、その流れでテメェの研究をしたがる強豪校が続々と湧いてきたのなんの……。練習試合を申し込んでくる学校が多かったんだよ」

 

大地「でも、テメェばかりに負担をかけるスケジュールになるのは此方としても避けたい。そこで、この合宿だ」

 

大地「本当は未だ話すつもりはなかったけど、状況も状況だし、伝えておくと……」

 

大地「─────空には、千葉の名門でプロ注目の豪速球右腕の『萩沼 恒星』率いる木更津実業高校を相手に投げてもらう……。後の強豪との試合は投げさせない……! それが俺と監督の予定だ」

 

我妻「ち、ちょっと待て!!? 何その新情報!!? 頭がついていかないんだが!?」

 

我妻「つまり、お前は監督と今話した案件についてまとめてたって事か?!」

 

大地「あぁそうだ。少なからず、春季大会が終わってからは監督と一緒にスケジュール管理をしてるのは俺だぞ? なら当然、提案を出すのだって普通だろ?」

 

リサ「いやいや! 普通、一部員がスケジュール管理して、監督に合宿の提案を上げるなんて、考えられないって! そういうのって、マネージャーさんか、顧問の人が決めるものでしょ!? 少なくとも主将でも副主将でもない1年生が出来るものじゃないよ!」

 

あこ「そもそも、なんで千葉に合宿?! 他にも候補があったはずだよね?!」

 

大地「まぁ、そうだな……。理由は四つあります」

 

紗夜「四つ、ですか……」

 

大地「はい。一つは、千葉へのアクセスのし易さ。これは言わずもがな、電車で行ける近場という意味ですね。こうなれば、部費も浮きますし、それなりに通行面での時間短縮になります」

 

大地「そして、二つ目。これは、相手のチーム……特に、敵の『萩沼 恒星』がいることですね」

 

燐子「プロ注目の、投手……ですか? 確か、選抜で準優勝へ導いた……」

 

大地「はい、その通りです。詳しいですね……えーっと、確か、白金先輩? でしたよね?」

 

燐子「は、はい……そう、です……」

 

大地(随分、気弱な方だな……)

 

友希那「それで? その『萩沼』がどうかしたのかしら?」

 

大地「はい。簡単に言えば、全国最強クラスの投手の球を直に見れるという利点ですね」

 

大地「『萩沼 恒星』。身長192cmから投げ下ろされる最速157km/hの球威ある直球と、高校野球では比較的珍しいパワーカーブ……通称『縦スライダー』を決め球として、奪三振を奪うパワーピッチャー」

 

大地「コントロールは荒削りだが、ストライクコースにバンバン放ってくるだけに、非常に攻略の難しい投手です」

 

リサ「なんか、聞いてるだけでも恐ろしいね」

 

紗夜「はい。実際、今年のドラフトでは1位は確定したようなものでしょう。殆どのチームが彼を調査しています。実力もトップクラスの彼の球を見れる上に、打席に立ち、実際に打者として対戦できる。たしかに、これは大きな利点ですね」

 

大地「はい。そして、3つ目は、本人がいるのであまりいいたくありませんが、『成田 空』が全国最強クラスのチーム相手に何処まで投げられるかですね」

 

空「は!? オレ!?」

 

大地「そうだ。テメェが自分で自分の事をどう思ってるかは分からんが、テメェは世間様からかなりの注目を与えている投手だ。そもそも、1年の春で151km/hを投げられる奴が注目されないわけがない。それも、試合数もソコソコに投げてるのに、未だ許したヒットは無しの奴が今更何いってやがるって話だけどな」

 

我妻「あ、それは俺も同意見だ」

 

全員『うんうん!!』

 

空「えぇ……?」

 

大地「そもそも、徳修高校は選抜の疲れが抜けきっていない状態での完全試合でしたから、空の力が完璧に測れたものではなかったですし、これから先、甲子園を目指す以上、空には更に一歩上のステージに行ってもらわなきゃなりません」

 

大地「だから、今は上にいる投手と投げ合ってもらって何かを掴んでもらおうと思いましたね」

 

リサ「なるほどねー……。つまりは、空の腕試しってわけだね☆ すごいね大地わ☆ そこまで考えてるなんて。お姉さん感激しちゃった」

 

大地「えぇ、まぁ……(急な名前呼びか……)」

 

友希那「それで? 最後の理由は何なのかしら?」

 

大地「あぁ、それは至極簡単な理由ですよ」

 

大地「─────俺、最近なったばかりですが、Roseliaのファンなんです」

 

全員(あれ? この流れは……)

 

大地「わざわざ、Roseliaが良く練習するって聞いた『CiRCLE』まで出向いて、月島さんに予定を聞きにいった甲斐があったってもんですよ」

 

大地「チケットは当日に何とかするつもりでしたけど、日程は部活で埋まるかもしれない……! そこで指した光明の千葉行き……!!」

 

紗夜「ま、まさか……!!」

 

大地「フッ! そうです!! 俺はRoseliaのライブを見るためだけに、この予定を組み込み、なんとかしてその日を休暇にするように影から仕組んでたんですよ!! 俺の初ライブに障害が付き纏わないようにねッッ!!」

 

全員『汚ねぇッッ!!』

 

大地「なんとでも言えッ!! 本当なら、貴女達の正体はその日に知るつもりでしたが、まさか友希那先輩達がRoseliaだったとは……。通りで聞いた覚えがあると思った」

 

大地「兎も角、これで晴れてライブも見れて、野球の実力を上げることができる。まさに、一石二鳥!! この俺の完璧な作戦は何人たりとも邪魔なんてさせねぇ!!」

 

全員『必死すぎかよ!!』

 

こうして、千葉合宿(Roseliaのライブ付き)が決定したとさ。

 

 

 




萩沼 恒星 右投げ右打ち オーバースロー
球速 157km/h
コントロール E
スタミナ S
変化球:Vスライダー6、フォーク4、スライダー2
特殊能力:怪物球威、キレ、低め、闘志、奪三振、強打者、打たれ強さA、四球、暴れ球、ギアチェンジ、終盤力、速球プライド、超尻上がり、復活


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第22話 『合宿』と『試合』と『ライブ』と『覚醒』と…… 前編2

??「……(この時間、この瞬間、この空間……。まさに、僕のベストポジションだ)」

 

??(燃えられるモノは無い。楽しいものだって無い。けれど、鳥の小さな囁きと、生命の息吹である柔風が僕の心を充足させてくれる)

 

??(あ、そういえば……。あのマウンドもこんな感じだったけ?)

 

??(観客とベンチ、そして仲間の声がはっきりと聞こえる筈なのに、耳から流れ出る感覚。ボールを投げるまでのモーション。指先に力を込める瞬間。僕の心はたしかに、充足感が満ちていた)

 

??(決勝は、僕のミスだった。肩の張りが影響して、ボールが行かないし、ストライクを投げられないしで、酷いもんだったなぁ〜。お陰で、ブルペンで見ていたスゥさんに止められたし。決勝は投げられなかった)

 

??(結果はチームの惜敗……。あのときほど、自分を自責した瞬間も無いね……。ただ、今度はねじ伏せるだけ。それでも……)

 

??「もっと、静寂の中でも確かなcantabileを奏でられる“投げ合い”がしたいなぁ〜」

 

??「なぁ? 『君』は……。いや、『君達』は僕と一緒に奏でてくれるかな? ね? 『成田 空』、『咲山 大地』」

 

木更津実業野球部員「おーい!! 『恒星』っ!! 監督とスゥが呼んでんぞー!! どうやら、相手チームがついたみたいだ! 屋上から降りて、グラウンドにこいだってさ!」

 

恒星?「あ、うん。わかったー。今いくよー!」

 

恒星?(ま、どうせその答えは直ぐに出るよね? 僕は僕の旋律を奏でるだけさ……。『萩沼 恒星』としてね)

 

萩沼 恒星(3年) 投手 渾名【巨神】。

 

 

─────木更津実業高校 グラウンドA 午前10:30

 

我妻「……これが、野球部のグラウンド? は、はは……。冗談よせよ。明らかに市民球場だろ? 球速表示付きのバックスクリーン付き? どんな学校だよ。マジで……」

 

帯刀「おい。我妻。ビビるのは分かるけど、驚くのは挨拶してからなー」

 

結城「そうだ。先ずは先方に挨拶のが常識だ、しっかり整列しろ」

 

我妻「す、すいません!(……ヤバイ、空気に呑まれそう)」

 

結城「礼ッ!! お願いしますッッ!!」

 

羽丘全員『お願いしますッッ!!」

 

木更津実業主将「全員! 手を止めろ!!! 礼っ!! お願いしますッッ!!」

 

木更津実業全員『お願いしやすッッッ!!!!』

 

秋野(うわぁ……すごい気迫)

 

笠元(これが、名門の矜持っちゅうことか……。上等やないか)

 

─────

 

先攻・羽丘スターティングメンバー

1.中 秋野咲耶 (左打ち)

2.二 舘本正志 (右打ち)

3.一 結城哲人 (右打ち)

4.捕 咲山大地 (左打ち)

5.三 村井豪士 (右打ち)

6.投 成田空 (右打ち)

7.左 帯刀悠馬 (右打ち)

8.遊 笠元剛 (左打ち)

9.右 田中次郎 (左打ち)

 

 

 

 

後攻・木更津実業スターティングメンバー

1. 捕 杉崎涼夜 (右打ち)

2. 三 金元真也 (左打ち)

3. 遊 木平奏太 (右打ち)

4. 一 東龍太郎 (右打ち)

5. 投 萩沼恒星 (右打ち)

6. 右 山野工 (左打ち)

7. 左 立山勇気 (右打ち)

8. 中 崎野冬夜 (左打ち)

9. 二 木本良平 (右打ち)

 

 

─────

 

リサ「はぁ、はぁ……!! あぁ!! もう、試合始まってるよ!!」

 

紗夜「ふぅ〜……。本当ですね……」

 

あこ「へぇ!! これが野球場なんだ!! なんかカッコいい!!」

 

燐子「ヒィッ……!! 人が、一杯……!!?」

 

友希那「……はぁ、はぁ……それで、状況は?」

 

─────1回裏─────

 

ツーアウトランナー無し。カウントツーストライクツーボール。

 

ズバァァァァァァァァーーーンンッッ!!!

 

《151km/h》

 

ワァァァアァァア!!!

 

審判「ットライークッ!!! バッタアウトォォ!!」

 

観客「おぉ!! コッチも三者連続三振!! しかも、最後はインコース一杯に151キロ!!」

 

観客「萩沼と同じ立ち上がり方!!? やっぱり、【神童】の二つ名は伊達じゃない!!」

 

リサ「凄いじゃん!! 空!! 三者連続三振!」

 

あこ「うんうん!! めっちゃくちゃカッコイイよ!! 最後のズバァンッ!! って、音がここまで聞こえてきたよ!!」

 

紗夜(……。最初から飛ばしてる?)

 

─────

 

大地(……思ったより、粘られた。やはり、萩沼以外の選手も実力だ高い……。変化球を使い過ぎると、後々慣れられると思ったから、初回はストレートを9割配分したけど、2回からはスライダーを使ってかないと厳しいかもしれない。その前に……)

 

大地「秋野先輩、舘本先輩、結城先輩。 萩沼さんの球筋はどうでしたか?」

 

秋野「そうだね……。ちょっと成田に似てると思ったんだけど、全くの別物だね」

 

舘本「……厄介」

 

結城「そうだな。それに尽きる。ストレートの速さ自体は空の方が速く感じるが、そのボール自体の威力は恐らく、空よりも上だ。俺もあの球威に押し負けた」

 

秋野「しかも、ストライクコースには入ってるのに、暴れてくるから予測しづらい。読み打ちが真骨頂の咲山にはちょっとシンドイ相手かもしれないね」

 

大地「そうですか……。取り敢えず、一打席目は様子見の気分で打席に入ります。兎に角、球筋に慣れておかなきゃいけませんからね」

 

─────

 

大地(さて、先輩方には、あぁは言ったけど、正直、空の為に早めに先制点は取っておきたい……。でも、一打席目に打つのは難しいかもしれない……)

 

大地「よろしくお願いします」ペコリ……

 

杉崎「あぁ」

 

萩沼(へぇ〜。結構、雰囲気あるね……。正直、一瞬だけ呑まれたよ)

 

杉崎(コイツが咲山か……。左打ちの強打者。長打だけでなく、外野の前に落とす技術も持つ。何より、コイツは捕手の心理を突いた読心術がピカイチ)

 

杉崎(コイツには初球、縦のスライダーで行こう……。 印象を植え付けさせておくことで、お前のストレートを活かす)

 

萩沼(でも、君って読み打ち特化なんだろ? そんな奴が僕の暴れ球の中でも制御不能な縦のスライダーが打てるのかな? いや、打てるものなら打ってみな!)

 

ビュゴォォォォォォォォオッ!!!

 

大地(ストレートッ!!)

 

カクッ!!!

 

ギュィイイインッッ!!

 

大地(何!? 縦スライダー!? こんなインコース高めから低めのボール球コースに入ってくるだと!? ヤバイ!? バットが止まらない─────ッ!!?)

 

杉崎(よし! これでワンストライクッ!!?)

 

大地「ウラァァァァァァアァアッッッ!!!!!」

 

萩沼「は!? (ちょっ─────!? 嘘でしょ!?)」

 

杉崎(こいつ!!? バットの軌道を変えやがった!? このスイング速度で!?)

 

カキィィィィイィイイィッッッンンッ!!!

 

ガゴンッ!!!!

 

ワァァァァァァァア!!!

 

杉崎「意味わからん……(あれをホームランかよ、身体の構造が違うじゃねぇの?)」

 

萩沼「は、はは……!! 今のに反応するのか!? 君、凄いよ!! 少しは楽しめそうで良かったよ!! 咲山大地ぃ!!」

 

2回表

1ー0

 

 

 

 

 




大地の一撃が萩沼を覚醒させる……!?


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第23話 『合宿』と『試合』と『ライブ』と『覚醒』と…… 前編3

いやぁ〜! 野球描写、自分で書いてて楽しいです(^ν^)

でも、たぶん理論とかは滅茶苦茶だろうなとは思う時があります!!
すみません(>人<;)


─────2回表 ワンナウト ノーストライクノーボール─────

 

萩沼「ウラァアッッ!!!」

 

ギュォォォォォオォオオオォッッッ!!!

 

空「ッ!? (ボールってこんなに大きかったか!?)」

 

─────ズドォォォォォォォォオオオオンンッッッ!!!

 

杉崎(痛ぇー……。相変わらず、エンジンが掛かり始めた恒星の球は捕る方もキツイ。こんなん、バットに当たったら一瞬で御陀仏だろ)

 

審判「ットライーク!! ワンストライクノーボール!!」

 

空(こんな音がミットから響いてる時点で、ボールの威力が段違いだって分かる……)

 

《155km/h》

 

ワァァァァァァア!!

 

大地(真ん中低め……。コースは甘いけど、高さは完璧。あれは打てない)

 

萩沼(さっきの咲山のソロは本当に予想だにしなかった……)

 

グォォォォオォオオオォォッッッ!!!

 

ズゴォォォォオオオオオォォオオンンンゥゥッッ!!!

 

空「ッ……(さっきより、球威が増してる!?)」

 

杉崎(珍しいな。恒星がこんな序盤からエンジン掛かってるなんて……。ったく、頼もしすぎ。でも、手はクッソ痛い……!!)

 

審判「す、ストライークッ!!! ツーストライクノーボールッッ!!!」

 

《157km/h》

 

─────

 

ワァァァァアアァァァアッッ!!!

 

リサ「すご……」

 

紗夜「これが、プロ注目の剛腕投手……。ストレートの次元が違う……」

 

燐子「あ、あんなのを捕ったら、手が吹っ飛んじゃう……」

 

─────

 

ズドォォオオォォオオンッッ!!

 

審判「ボールッ!! ツーストライクワンボール!!」

 

《152km/h》

 

空「ふぅ……(真ん中で追い込んだ後に、球威を落としたストレートをアウトコースに外してきた……。最後は変化球で仕留めてくる為のリードか?)」

 

杉崎(コイツは投手だ。恐らく、あの球威を見て、ストレートに手を出すとは思えない。今のアウトコースにも反応を示さなかったしな。つまり、変化球待ちの可能性がデカイ……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

萩沼(わかってるよ、スゥさん……。こういう時こそでしょ? その為に鍛えてきたんだ……。任せて)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

杉崎(投手だけど、バッティングセンスも悪くないのはわかってるだろう? なら、尚更、ストレートで押すべきだと、コイツと出会う前なら考えてたかもしれないけど、今は違う─────)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

杉崎(見せてやれ、恒星。()()()()をな!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

萩沼「─────これは、咲山への布石だ……。遠慮なく喰らってくれ……。成田 空。君とは投手としての戦いを楽しみにしているよ。だから、これで終いだ……!」

 

 

 

萩沼「これが、()()()()のボールだよ!」

 

 

ヒュゴォォオオォッッ!!!

 

空(来たッ!! ストライクコースの変化球ッ!! しかも、真ん中に入ってきてる!! これは打てるッ!!)

 

杉崎(悪いな、成田)

 

杉崎(そのボールは()()()()()()()()ぞ!)

 

─────カククッッ!!

 

空(ッ!? う、そだろ?! ボールが消え─────ッッ!?)

 

ブォンッ!!!

 

ズバァァァァァァーーンンッッ!!!!

 

大地(俺が打ったのとは別物だな……。あれがエンジンの入った『萩沼 恒星』……。マグレとはいえ、入って良かったよ……)

 

大地(正直、今のヤツから点を取るイメージが湧かない)

 

審判「ットライークッッ!! バッターアウトォオォォオ!!!」

 

《142km/h》

 

空(最後、変化球でヤマ張ってたのに、カスリもしなかった……)

 

空(あの球速が出て、あの落差……。どんな回転かけたらそんなボールが投げられる? これが、全国No. 1投手の実力か……。おもしれぇじゃん!!)

 

─────

 

その後、帯刀も萩沼の球威ある速球に押され続けて、三振。

結局、大地のソロアーチ後は三者連続三振に抑えられ、守備につく事になる。

 

─────2回裏─────

 

東「すぅ……ふぅ…………。お願いします」ペコリ

 

大地「此方こそお願いします(東 龍太郎……。やっぱり、この打者だけ闘気が違う……。主将と遜色ない……いや、それ以上の強打者)」

 

大地(選抜では、チームトップの打率と、3ホーマー。通算こそ32本止まりだが、その勝負強さと決定力は全国の中でもトップクラスの怪物スラッガー……)

 

大地(普通にドラフト上位候補に挙げられる実力者相手に、甘いコースは命取り……。だからといって、“逃げる”という選択肢は最初から俺らには無い。そもそも、1点とはいえ、先制した方が4番との勝負を避けてるようじゃあ、それまで……)

 

大地(求めるのは、緻密かつ豪胆なピッチング!! 初球、インローにスライダー!! 別にボールになっても構わない!! 低く来い!!)

 

空「ラァァッ!!」

 

ビュゴォォォオオオォッ!!!

 

ククッ!!

 

ズバァァーーンッッ!!

 

審判「ボールッ!! ノーストライクワンボール!!」

 

ガヤガヤ……

 

観客「バッテリー、東相手に勝負か?」

 

観客「いや、初球にインローのスライダーって事は後全部アウトコースにして、カウント悪くしたら歩かせるかもよ?」

 

紗夜「彼なら、迷わずに勝負を選びますね」

 

あこ「えぇ? どうしてー? 相手は強いんでしょう? なら、ここは歩かしても良いんじゃないのー?」

 

友希那「あこ、状況を考えれば当然よ」

 

友希那「相手の投手は大地に一発を貰ったけど、その後は三者連続三振で悪く行き始めていた流れを完全に捩じ伏せた」

 

友希那「そして、この嫌な流れのまま大地は事を運びたくないはず……。断ち切るにはまず間違い無く、自分達の力を固持できると証明できる4番と勝負するしかない……。実質、木更津実業の1番強打者を捻り潰す事でそれが証明できる。大地達はこれを狙ってる」

 

燐子「で、でも……! そ、その、勝負に、負け、た、ら……」

 

リサ「うん、マズイよね……」

 

友希那「えぇ、完全に流れを持って行かれる。一種の賭けね。敗ければ試合に勝つ可能性を失いかねない重要な場面」

 

紗夜「序盤ですが、ここが一つ目のターニングポイントになるでしょうね」

 

─────

 

ビュゴォォォォォォオオオッ!!!

 

ピク……ッ!

 

ズバァァァァーーンンンッッッ!!!

 

審判「ボール!! ノーストライクツーボール!」

 

《145km/h》

 

東「……(ふむ、やはり手元で浮き上がってくるように感じる。目測では凡そ、ボール2つ半程か? 厄介といえば厄介だが、完全に打たないというわけではない)」

 

大地(……ストレートの反応がいいな。完全にストレート一本狙いってことか? 今のアウトコースが入らなかったのは辛いけど、ここから立て直すしか無い……。本来は序盤で使うつもりは無かったが、カーブでカウントを─────)

 

空(いや……)

 

大地(ん? カーブは嫌か……。なら、スライダーを─────)

 

空(違うッ!! ここは、ストレートだ!!)

 

大地(は!? 何言ってんだ!? 相手の狙いがストレートなんだぞ!! ここで態々、相手の狙い球を投げてやる必要はねぇだろ!!)

 

ガヤガヤ……。

 

─────

 

リサ「何してんだろ? 大地と空……。中々、サインが決まらないね」

 

紗夜「この場面なら、確実にカーブかスライダーでカウントを取りに行く場面。無理してストレートで行くところではありませんけどね」

 

─────

 

笠元(何考えてるんや?! 成田!! この場面はどう考えても、カーブかスライダーでカウント取るタイミングやろ!? ここは咲山の言うこと聞いとけや!!)

 

結城(空……。まさか、ストレート勝負を望むのか?)

 

大地「た、タイム!!」

 

審判「タイム!!」

 

─────

 

観客「バッテリー、余りにもサインが噛み合わずにタイム取ったぞ」

 

観客「ここは、無理してストレートで行く場面じゃないだろ? あの投手、天狗になったのか?」

 

観客「【神童】とか騒がれてても、やっぱり所詮は1年だ。多少の色気を出したくなるんじゃない?」

 

観客「それをリードできてない、捕手も捕手だけどな! ちゃんと手綱は握っておけよ!! ほんと! 無能だな!!」

 

─────

 

リサ(……大地達の事、何も知らないくせに、好き勝手言って!!)

 

友希那(……大地)

 

─────

 

大地「……一応、聞いといてやる。テメェ、何が投げたいんだ?」

 

空「ス・ト・レ・ー・ト!」

 

大地「……だろうな? てか、テメェ、この状況を理解していってんだな? 東さんがストレートを狙ってるのも知ってるよな? それでなんで、投げたがる? わざわざ危険を犯す? 只でさえ、この勝負は危険な賭けなんだ……。これ以上の負債を追う必要性は─────」

 

空「─────逃げんの?」

 

大地「あ? なんだと?」

 

大地「誰が、いつ逃げたって? 巫山戯るのも大概にしろ!!」

 

空「巫山戯てる訳ねぇだろ!? オレは本気だ!! この場面でアイツを真っ向勝負で捻り潰す事に意味があるんだろうが!! そんな場面で小細工な変化球は要らない!!」

 

空「オレは真っ向からぶつかりたいんだ!! 勝てば文句は無いだろう?」

 

大地「……もう、何を言っても無駄そうだな─────好きにしろ。だが、叱られる時は一緒に叱られてやる……。連帯責任だからな─────」

 

大地「─────最高に『カッケェ』ボールを投げ込んで来い」

 

空「おう!!」

 

─────

 

大地「お待たせしました。再開しましょう」

 

東「作戦会議はお終いか?」

 

大地「えぇ。十分に認識を合致させて来ましたよ。すみませんね、時間をかけてしまって、集中が途切れちゃったんじゃないですか?」

 

東「フッ、その程度の事で精彩を欠くようでは、このチームでの4番は務まらないぞ。恐れせずに全力で挑んでくるがいい……」

 

大地「はい。最初からそのつもりですよ……。─────真っ向勝負を楽しみましょう」

 

審判「プレイッ!!」

 

大地(サイン・やっちまえ!!)

 

空(応!! 任せろ……!)

 

空「……ゴメンな、大地。わざわざ、オマエのサインに首振って……」

 

空「でも、嬉しかったぜ? オマエの言葉……」

 

空「だから、俺はオマエの『期待』に応えたい!! いや……!!」

 

空「越えてみせる─────ッ!!! ラァッ!!!」

 

ビュゴォォォォオオオォオォッッッッッッ!!!

 

東(ストレートッ!! 真ん中低め!! それを待ってた!!)

 

ズバァァァァァァァァァァァーーーーーーーーンンンンゥゥッッ!!!!

 

ブォォオンッ!!

 

東「な、んだ、と?! (明らかな振り遅れだ、と? そんな、バカな……球速は─────!?)」

 

《151km/h》

 

東「……なんだ、コレは……! (たかが、151だと?! 巫山戯るな!! これの何処が! 151km/hなんだ!?)」

 

 

東(低めだと思ったら、明らかな高めに浮き上がってきた!! そして、このスピード!! 体感だけなら、160のマシンより明らかに速い!!)

 

審判「え? ぁ、す、ストライーク……! わ、ワンストライクツーボール!!」

 

大地「ナイスボール!!」

 

大地(ヤベェ……。一瞬、ボールに見惚れちまった。なんつーストレートだよ……!)

 

 

空「ラァッ!!!」

 

ビュゴォォォオオォオオォオォオオッッ!!!

 

東(ちょっと待て!? そんな、あり得るはずが─────!?)

 

ズバァァァァアァァアァアアァアーーーーンンンッッッ!!!!!

 

審判「スイング!! ツーストライクツーボール!!」

 

大地(インコース高めに中途半端なスイング……。完全に呑んだか。やっぱ、テメェは『天才』だよ─────空。全国最強クラスの打者相手にストレートで呑み込むなんて神業が出来るんだから、ホント、『カッケェ』よ!)

 

 

東(なんでだ!? なんで!!? なんでだよ!?)

 

ビュゴォォォォォォオオオオォォォオオッッッ!!!

 

東(ストレートだけ狙って、そのボールが打てないだと!? そんなボールがあるはずが無い!! 俺が狙って打てないストレートなんてあるはずが─────ッ!?!?)

 

大地(東さん……。貴方は間違いなく、対戦した打者ではトップでした。けど……)

 

ズッバァァァァァァアァァアアァァァァーーンンンゥゥッッッッ!!!!

 

大地(ウチの、空の方が強いッッ!!)

 

審判「ットライークッッ!!! バッターアウトォオオオオオッッ!!」

 

 

空「シャァァァァァーーッッッ!!!」

 

 

大地(空、テメェ……。また、ステージを上げやがって……。ホント、付いて行くのが厳しい相棒だぜ)

 

 

 

ワァァァァァァァアッ!!!

 

 

《155km/h》

 

東「……(インズバ……。 最後、ボールが消えていた。最初から最後まで、認識できなかった……。バッティング練習を怠らなかった、俺が─────?)」

 

東(恒星のストレートとは別系統の『凄味』……)

 

東(危険度で言えば、成田の方がヤバイ……)

 

東(ヤツのストレートはモノが違う……)

 

 

 




東 龍太郎 右投げ右打ち
弾道 3
ミート S
パワー A
走力 C
肩力 D
守備力 B
捕球 B
特殊能力:勝負師、鉄人、いぶし銀、アベレージ、芸術的流し打ち、広角砲、チャンスメーカー、メッタ打ち、一球入魂、低球必打、恐怖の満塁男、走塁B

咲山 大地
ミート A→S
一球入魂、勝負師、メッタ打ち、低球必打を取得。

成田 空
151km/h→155km/h
復活、速球プライド、強心臓、ドクターKを取得。

萩沼恒星
キレ→驚異の切れ味

─────
空の『神球』が状況を変え、萩沼の『魔球』が場を混沌とさせていく……!


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第24話 『合宿』と『試合』と『ライブ』と『覚醒』と…… 前編4

なんか、書いてて疲れた(-_-)



─────2回裏─────

木更実業攻撃。ワンナウト ツーストライクワンボール ランナー無し。

 

5番・エース 萩沼恒星

 

ズバァァァァァァァァーーーンンンンッッッ

 

ブゥンッ!!

 

萩沼「くっ!! (ホントに速いッ!! ミットの音が鳴ってからスイングしちゃってる!! なんてバックスピン量だ……)」

 

審判「ットライークッッッ!!! バッタアウトォォオッッ!!!」

 

萩沼(どんな指先の感覚してたら、そんなに回転数が増えるんだい? 面白い─────!! 僕はこういう試合を待ち望んでいた!!)

 

萩沼(逆立ちしても勝てないような相手を待ち望んでいたんだ!! 成田 空!! 君は最高だ!!)

 

萩沼(一歩も二歩も先に行く、君に直ぐに追いついてみせる……。だから、今は精々高みに居なよ!! 僕がこの試合中に証明してやるからさ!)

 

萩沼(どっちが、本当の最強投手かね!!)

 

─────

 

ザワザワ……。

 

観客「……おいおい。誰だよ、成田が天狗になったとか言ったやつ。アレの何処が天狗だって? どう見ても、バケモノだろ?」

 

観客「東と萩沼……。木実が誇る4、5番がストレート一本で捩じ伏せられてるだと?! どんな球筋してんだよ。あのストレート……」

 

観客「そ、それより……。あの球速表示はバグってるのか? 1年であの球速はオカシイって……。しかも、左だろ? 尚更、有り得ない……!」

 

観客「─────155km/h。正に【神鎚】……。天は『成田 空』という【神童】を産み落とし、野球の歴史を変えにきたぞ……」

 

観客「あぁ、間違いなく新時代の幕開けだ!!」

 

─────

 

紗夜(たったの打者2人……。されど強打者2人をオールストレート真っ向勝負で試合の流れを完全に変えた)

 

紗夜(萩沼さんが作り始めた独特の球場の空気を簡単に変えてしまった……。成田 空……。貴方は、やはり『日菜』側の人なのですね)

 

紗夜(球場に流れていた不穏な空気を払拭した今こそが、流れを確実なモノにする最大の好機であり、逃せば失速しかねない危険な攻防……!! ここからが本当の戦いです)

 

─────

 

ズバァァァァァァァーーーーーンンンゥゥゥッッッ!!!!

 

審判「ットライークッッ!!! バッターアウトォオォオ!!!」

 

 

空「シャァァァァッッ!!!」

 

 

山野「ハァッッ!!?」

 

 

審判「なにかね?」

 

山野「い、いえ……。なんも無いっす(今のコースが入ってんのかよ……)」

 

杉崎(ラストボール……。際どいがボール一個分外れているように見えたが……)チラッ

 

大地「空! ナイスボール!!」

 

杉崎(どうやら、咲山は捕球技術も高いようだな……。あの球を流されないようにピタリと止めて恰もストライクと思わせるフレーミングは、間違い無く一朝一夕で身につくものでは無い)

 

杉崎(……センス任せのプレイヤーでは無いということか。1年でそれだけのフレーミング技術を手に入れるのは常識では考えられない……。けど、お互いの相方の球が強過ぎるんだよな……。そりゃあ、嫌でも練習しなきゃいけないわな……。ほんと、互いに苦労してんな)

 

 

萩沼「何してんの? スゥさん! ほら攻守交代だよ! テキパキ行こう!」

 

杉崎「おう、今行くわ……(さて、向こうもやってくれた事だし、コッチも仕返してやんねぇとな。なぁ? 恒星)」

 

─────3回表─────

 

萩沼「じゃあ、やろうか……。ここからは、僕が奏者だ」

 

萩沼「羽丘高校……。全力でかかってきなよ」

 

グゥオォォォオオオォオォッッッ!!!

 

笠元「なっ!?」

 

ドゴォォオオオォオオオォオォオンンンンゥゥゥゥ!!!!

 

萩沼「─────じゃ無いと、その自慢の羽は、直ぐ光熱によって焼き落とされてしまうよ……」

 

審判「す……ストライークッッ!!」

 

杉崎「……えぇ……今日の恒星、どうなってんだよ……。マジで」

 

笠元(頭ん中どうなっとんねん……。ネジ絶対トレとるやろ……。なんでここでど真ん中!? しかも、さっきの回から更に球威が上がっとるやと!? どんな体の構造しとんのや!!)

 

《159km/h》

 

ワァァァァァァァァァアアアアアアアッッッッッ!!!!!!!!

 

大地(笑い話になら無いぞ……。このバケモンめ!! これは本格的に1点もやれねぇ……!)

 

大地(クソッ!! さっきの回から怪しいとは思ってたが、やっぱり入ってやがったか!!)

 

 

 

 

 

大地「『ゾーン』に入ってやがる……。もう、アレは止まらない……止められない」

 

 

大地「……こうなったら、やるしかねぇぞ、空」

 

 

大地「テメェが投げ合いで勝つしかねぇ……。負担を強いることになるが、コッチも枷を外すしか無い」

 

 

大地「持ってかれた流れを全部取り返す。 それ以外に余計な事は考えんな。 証明しろ。この場で誰が最強なのかを」

 

 

空「あぁ、任せておけよ……」

 

 

空「はは……。面白いな!! アレが世代最強か!! いいぜ!! 我慢比べなら負けない!! まだ試合は始まったばかり!! 上等だ!! 萩沼 恒星!! オレが勝ってチームを勝たせてみせる!! ここから先はエンジン全開だッ!!」

 

 

─────

 

ワァアアァァアアァアッッ!!!

 

蘭「はぁ、はぁ……! やっぱり、もう試合が始まってる!」

 

モカ「蘭〜。ちょっと早いよ〜。ひぃ〜ちゃんが〜、ついてこれてないよ〜」

 

巴「おい、ひまり。大丈夫か? もう少しで着くからもう一踏ん張りだぞ!」

 

ひまり「はぁ、はぁ、はぁ!! う、うん! だ、大丈夫ッ!! そうだよね! あともう一踏ん張り!!」

 

つぐみ「はは……。それにしても、練習試合とは思えない熱気だね」

 

巴「あぁ、流石に選抜準優勝した名門ってところだな。球場そのものをグラウンドとして活用してるんだから、強くて当たり前かもしれないけどな」

 

つぐみ「うん……。それで、今のスコアは?」

 

羽丘|010 000 ーーー|1

木実|000 010 ーーー|1

 

七回表 ワンナウトランナー2塁 走者(舘本)

舘本が四球を選択後、結城が進塁打となるセカンドゴロを打ち、迎えたチャンスに本日2打数1安打1HR1三振の4番咲山大地。

 

つぐみ「す、凄い場面で来ちゃったね……」

 

モカ「うん〜。ここで〜、さきぃ〜、か〜。コッチの〜ビックチャンス〜だね〜」

 

蘭「この場面でアイツが打たないっていう光景が思い浮かばないんだけど……」

 

巴「まぁ、春季大会で8割越えの打率残すような怪物だからな……。ただ相手も普通の相手じゃ無いっていうのがな、この勝負にどういう影響を及ぼすのかだな」

 

ひまり「すぅ、ふぅ〜……。それで? この状況が試合に影響するの?」

 

友希那「当たり前じゃ無いの……。この勝負が試合を決定付ける場面になるのは間違いないもの」

 

蘭「げっ! 湊先輩……」

 

つぐみ「蘭ちゃん、それは失礼だよ」

 

モカ「あ〜。リサさんだ〜」

 

リサ「やっほー☆ モカ達も観戦?」

 

ひまり「はい! そうなんです! 明後日のライブに向けての練習をしていても良かったんですけど、蘭が咲山君の試合を見た─────「ひまり///!!」」

 

モカ「蘭〜。顔真っ赤だよぉ〜? どうしたのかな〜? かな〜?」

 

蘭「モ〜カ〜ッッ!!」

 

 

巴「そ、それで彼の成績はどうなんだ? あこ」

 

あこ「うん、お姉ちゃん!! 確かぁ……」

 

燐子「2打数1安打でチームの中で唯一の打点を挙げています……。ただ、2打席目は……」

 

つぐみ「2打席目は?」

 

紗夜「……オール『変化球』で三振です。しかも、掠りもせずに、完敗でした」

 

ひまり「う、嘘ッ!? 咲山君が手も足も出ずに三振ですか?! そんな事が……」

 

友希那「実際、相手投手の萩沼は、2回以降は完璧な投球よ。今の回も攻めた結果の四球一つのみ。球数も100球弱程度。奪三振13の圧倒的な投球ね」

 

巴「流石は、選抜で準優勝へ導いたドラ1候補の【巨神】て言うところか……。さて、【大樹】と【巨神】の3度目に渡る勝負はどう転ぶのか……」

 

友希那(勝ちなさい……大地。貴方なら出来るわ)

 

蘭(……咲山)

 

燐子(……誰も、成田君のピッチングに言及しないんだ)

 

因みに、空は調子付いた影響で5回に東からレフトスタンドへのソロを打たれて、失点しなかったルーキーが失点したと会場が湧いたとかなんとか……。

当然、空はめちゃくちゃ悔しがっていました。

 

成田空 6回 被安打1 四死球0 奪三振15 球数89 失点1 (現状)

 

─────

 

大地(今日、3度目の対面……。序盤からエンジン掛かったまま、か……。ああー、やりたくねぇ……)

 

 

大地(2打席目は全く手が出なかった。荒れに荒れた縦スライダーの軌道が予想以上に掴みにくい上に、元ある剛球が更にソレを際立たせる……)

 

 

大地(それだけでなく、縦スライダーとは違ってシンカー気味に深く沈み込むフォークに、変化量は心許ないが、カウントを稼げる横にスライドするスライダーも唐突に使われると、流石に厳しい……)

 

 

大地(……右投手の萩沼さんだけど、別に左打者に弱いっていう訳では無い。基本、膝下のスライダーを決め球に使うが、アウトコースへのフォークも厄介だ)

 

 

大地「ふぅ〜……」

 

杉崎(……悩んでるな。まぁ、そうだろうな……。前の打席は恒星の変化球に全くついて行けずに空振り三振)

 

杉崎(当然、変化球はチラつくし、元々あるストレートの破壊力だって頭にあるはずだ……。絞り切ろうにも絞り切れないだろう?)

 

杉崎(一球一球の質が高いだけに、総てをマークしきるのは愚策でしか無い……)

 

杉崎(初球、コースは関係無い。ストレートだ……。流石のコイツでも初見のオマエのストレートは当てられないはずだ)

 

萩沼(うん。了解!!)

 

萩沼「なぁ? 咲山……。君は僕の予想を遥かに超えてくる打者だろ? ここでも、超えてくるのかい? さぁ……!! 行くよッ!!」

 

萩沼「ハァアッッ!!!」

 

ゴォォォォオオオォォオォオオッッッ!!!!!

 

ドゴォォォォオオオオオオォォオオオォンンンゥゥゥッッッ!!!

 

審判「ットラーイクッッ!!! ワンストライクノーボールッ!!」

 

《158km/h》

 

大地(球威が衰えるどころか、増してきてるのか?! 既に怪域を越えてやがる……。これ、本当に打てるのか? 俺如きに打てるボールなのか? 他にも縦スラなんかもあるんだぞ?! こんなもん打つ方法があるんなら、教えてほしいわ!)

 

ロッ○スカウト「ふむ……(やはり、萩沼は別格か。あの直球の球威と縦変化の大きいスライダーは今現在のプロでも十分に通用する。しかも、192センチの長身は大変魅力的だな……。ガタイも十分な将来性を孕んでいる)」

 

ロッ○スカウト(あの球を高校に上がったばかりの1年生で打つのは厳しいだろう……。いや、そもそも高校生で打てる者がいるのかすら怪しい)

 

ロッ○スカウト(しかし、この試合で萩沼から放ったバックスクリーンへの一撃は大変魅惑的だな……。成田 空の影に隠れがちだが、咲山 大地も素材は一級品だ。名前を覚えておいて損は無いはずだ)

 

ロッ○スカウト(……恐らく、この対決も萩沼の圧倒だが、彼がこの勝負をこれからの糧に出来るかどうかで、評価は変わってくる。楽しみだ)

 

この時、ある球団のスカウトは、この試合での大地に期待はないと予期した……。

当然、球場全体の空気もそう行ったもので、実際に実力差は明確だった。

もし、大地が『ゾーン』に入っていたところで、萩沼も同じ『ゾーン』なのだ、勝ち筋など一厘も無い。

 

けれども、彼の勝利を当然の様に待ち望み続けていた少年少女達がいた。

 

空(お前なら打てるぞ!! 大地!! 勝て! 勝って、ライブに行くんだろ!! ここで男を見せろよ!!)

 

我妻(お前は、誰よりもバット振ってたんだ!! なら、打てる!! 『天地コンビ』の片割れとして、この逆境を跳ね返せ! 咲山!!)

 

蘭(勝って! 勝てッ!! 咲山ッ!! ここでアンタが打たなきゃ誰が打つのよ!!)

 

友希那(貴方なら、打てるわ……! 勝って私達のライブを見にきなさい!! 大地!!)

 

それぞれの想い。

声に出ていない声援が打席にいる大地に届くはずも無い。

 

だが、この瞬間だけ……。

それに呼応するように……。

 

ヒュゴォォォオォォォオッッ!!!

 

カククッ!!!

 

ガギィンッッ!!

 

杉崎(何っ!?)

 

大地「……」

 

萩沼(当てられた? 今のコースを? ゾーン? 違う!? なんだこの覇気の無さは!?)

 

大地(……あ、そうか……。打撃は─────)

 

大地の前に聳え立つ、高い高い壁は……。

安易に崩れ落ちた……。

その先の道は開かれ、新たな旅路へ向かう。

この瞬間、大地は至ったのだ……。

『ゾーン』では無い……。

 

杉崎(追い込んでいるのはコッチなんだ!? 何を焦ってるんだ俺は……!? ここは焦らずじっくりと……)

 

大地(そうだ、打撃は『何も考えなくても』“打てるんだ”)

 

『無我の極地』……何も感じない無色の領域。必要最低限の情報源すらもカットし、完璧に脳の中をクリーンにした状態。

この状態では、思考能力は軒並み下がるが、本能的な反応速度や、リミッター制御を失くし、身体能力を底上げするという領域。

 

『ゾーン』が人の100%の力を引き出すモノなら、『無我の極地』は身体の120%を引き出し、その代償として思考能力を奪うという諸刃の剣だ。

 

 

萩沼(マジで、予測を超えてきたね!! なら、真っ向勝負しかないでしょ!! スゥさん!!)

 

萩沼(ここで、逃げてちゃ!! 全国制覇なんて夢のまた夢だ!!)

 

杉崎(いや!! ここは、外すべき─────萩沼(嫌!!) 畜生!! もう、好きにしろや!! どうにでもなれよ!! ど真ん中にぶち込んでこい!!! お前の最高のボールを投げ込め!!)

 

萩沼「はは!! 流石はスゥさん!! 分かってくれて嬉しいよ!! 安心して!! 僕は必ず勝つから─────!!!」

 

萩沼「咲山!! 君という好敵手に出会えて、本当に良かったよ!! これで、この夏は退屈しなさそうだ!! 来いよ!! 甲子園に!!!」

 

萩沼「だけども、この前哨戦は僕が貰うッッ!!! 喰らえッ!! 高校3年間で鍛え上げた、僕の渾身のボールを─────!!!!!」

 

萩沼「僕の全部を乗っけて行けぇええええええええッッッッッッ!!!!」

 

ズッォォォオオオオオオオオオオオオッッッッッッッッ!!!!!

 

カッーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!

 

大地「……ッッッッッ!!!!!!!!!!!」

 

 

ーーーーーーーーーキィイイイイィイィインンンゥゥゥッッ!!!!!

 

《161km/h》

 

杉崎「センターッッ!!!!」

 

─────

 

観客「おい!! これはセンターの頭を超えるんじゃないか!?」

 

観客「いや! センターは守備の要である崎野だ!! 奴の守備範囲なら十分に捕球でき─────」

 

─────

 

羽丘ベンチ『抜けろぉおおおぉぉおおぉおッッ!!!』

 

木実ベンチ『捕れぇええぇえええええええッッ!!!』

 

萩沼(はは……。なんだそりゃ……。僕の最高のボールだぞ? なんで捉えるんだよ? ほんと、成田といい、君達は僕の予測を大きく上回る……)

 

崎野(待てッ!!! ちょっと、球足速すぎる!!? これは、間に合わな─────!?)

 

ザンッッ!!!

 

 

萩沼(─────完敗だよ)

 

全員『抜けたぁぁぁぁぁぁぁぁぁああぁぁあ!!! 逆転だぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!!』

 

舘本「〜〜ッ!!!」

 

笠元「舘本はん生還!!! 咲山は余裕のスタンディングダブルゥゥゥッッ!!! 毎度毎度、いいとこ持って行きやがって!!!! このアホンダラぁぁあ!!!」

 

秋野「あはは!! 剛の言う通りだね!!!」

 

空「大地……。やっぱり、オマエはスゴイよ……」

 

空「オレはずっと思ってたんだ……。オレはオマエに勝ったつもりは無い!!! オレの最強の相棒はオマエだけなんだ!! 胸を張れよ大地ぃいいいい!!!!!!!」

 

─────

 

友希那「大地……!!」

 

蘭「咲山!! やったね!」

 

─────

 

萩沼「……」

 

杉崎「恒星、今どういう気分だ?」

 

萩沼「……スゥさん。そんな事、聞かなくても分かるでしょう? ─────悔しいさ。間違いなく」

 

萩沼「完璧な感触だった。現に自己最速で161出したんだ。これ以上ない最高のストレートだったんだ」

 

萩沼「けど、スゥさんのミットには収まらなかった……。彼は……咲山大地は限界を越えて、僕のボールを打ち返した……」

 

萩沼「何が悔しいって? 僕自身、その打球に見惚れた事さ……。執念染みた何かを感じたことは何度かあったけど、こんな感じは初めてだったんだ」

 

萩沼「色が無いのに、何処か熱意を孕んだ打球……。打つという信念一つの本能任せの打撃に!! 僕は負けた!!」

 

杉崎「そっか……。お疲れさん、ここからはオレらに任せてベンチに下がれ……。アイシングはちゃんとしとけよ」

 

萩沼「あと、スゥさん……。最後─────ッ」

 

杉崎「それ以上は言うな! アレは俺の判断だ。何もお前が気をやむ必要はねぇ……。とはいったものの、やっぱり、一度は反省会だな。しっかりこの経験は活かそうぜ! その前に決着はつけといてやるよ」

 

萩沼「─────うん!」

 

 

 

 

 

 

 

羽丘|010 000 100|2

木実|000 010 000|1

羽丘バッテリー:成田-咲山

木実バッテリー:萩沼→沢木ー杉崎

備考:羽丘 咲山は決勝タイムリーツーベースを含む3打数2安打1HR2打点

同校 成田→9回 被安打2 四死球1 失点1 被本塁打1 奪三振19個 完投

 

木実 東→5回裏にレフトスタンドへホームランのみの1安打

同校 萩沼 6回1/3 被安打2 四死球1 失点2 奪三振13

疲労困憊とゾーンのタイムリミットのため降板。

 




やっと後編に移ります!!
今度こそバンド勢と絡みます!!
……多分。期待せずに待っててね? 明日はバンドリの資料集めしなきゃ!!


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第25話 『合宿』と『試合』と『ライブ』と『覚醒』と…… 後編

 

─────19:26 木更津実業練習グラウンド

 

 

我妻「はっ、はっ、はっ……!!」

 

笠元「おい! 我妻ぁ!! そろそろ上がれや!! メシの時間が終わってまうぞ!! まぁ、何言っても無駄やろうけどな……」

 

笠元(そりゃあ、今日の試合での成田と咲山の暴れ具合見とったら、同年代としてゴッツイプレッシャーやろうからな……)

 

我妻「はっ、はっ、はっ……!! (今日の試合……。俺はずっとベンチだった)」

 

我妻(正直、ブルペンで肩を作るっていう作業をするのすら憚れるくらいに、成田の投球に見惚れてたんだ……!!)

 

我妻(たしかに、成田は凄いさ! 勝てるビジョンも湧かない……。だって、選抜準優勝校に2安打1失点完投だぞ? 自分があの場に立って、あんな投球ができたか? いや、ボロクソに打ち崩されていたに違いない!!)

 

我妻(それが悔しい……!! 何より、自分で負けを認めてるのが余計に!! でも、それが俺の現時点での実力だ……!! このチームの中じゃあ、1番のヘボピーって言うことは自覚してる)

 

我妻(明日の試合……。大阪から来た強豪、桐奥学園に先発を任されたけど、力は足りてない!! このままじゃあ、自分は置いてけぼりだ!!)

 

我妻「はっ、はっ、はっ……!!! (くそッ!! 俺は何してんだ!? このままだとチームに迷惑掛けちまう!!)」

 

─────宿舎 食堂

 

大地「ガツガツガツガツガツガツガツガツ…………!!!!!」

 

空「相変わらずの食欲だな……大地。ほら、木実の方々が驚いてこっち見てるし、もっと行儀良く食べろ」

 

大地「あ〜い……モキュモキュモキュモキュモキュ……!!!」

 

秋野「あはは……。いつも通りのバカ食欲だね……」

 

村田(オレももう少し食べれる用になろうかな……?)

 

杉崎「え? え?! 待て待て!! オマエらいつもこんな感じなのか!? はぁ!? 咲山の雰囲気が試合中と全然違ぇ!!! 何コイツ!!? 幼稚化してんの?! 頭大丈夫か!?!? てか、バカ食うじゃねぇか!!! 丼山盛りを15杯目だぞ?! なんで食欲が衰えねぇんだぁあぁああ!!」

 

結城「ふむ、だが今日はまだマシな方ですよ……。 『幼稚化』も、そろそろ解けるころだ、多少はマシになる筈です」

 

山野「……ウチの食堂のおばちゃんが喜んでるところ初めて見たわ……!! 普段からバカ盛りで完食できなかったら雷を落としてくる人なのに……!! 咲山 大地……恐るべし!! あのおばちゃんを堕とした!!!」

 

帯刀「変わってるっていえば、そっちのエースだって……。おろ? おい、萩沼の野郎何処行ったんだ? さっきまで『今日の協奏曲は楽しかったよ……! でも、次は負けない。くふふ……』とか暗い笑み浮かべてたろ?」

 

杉崎「あぁ、それなら今頃、屋上にいるんじゃね? アイツ、なんかあると必ずそこにいるし、今日はアイツの大好きな星空も綺麗に映ってたしな」

 

帯刀「ふ〜ん……。なるほどね。そんで、咲山〜!! ちょっとオマエに聞きた─────。おい、成田……。咲山何処行ったんだ?」

 

空「え? 大地っすか? アイツなら、先輩達の話聞いた後に急に『腹が痛くなったから、屋上でリラックスしてくるわ』って言って、走って行きましたよ! ったく、腹痛ならトイレに行きゃあいいのに……て、どうして顔顰めてんですか? オレ、なんか悪いこと言いましたっけ?」

 

 

帯刀「いや、そうだったわ……。オマエって『天然』のアホだったな……」

 

空「は!? 天然のアホ!? それはオレじゃないっしょ!? どう考えても大地の称号でしょう!?」

 

秋野「はは、2人ともアホだよ」

 

空「ヒドッ!? 秋野先輩の笑みをこぼしながらの罵倒はマジで傷つくんでやめて下さいよ!!」

 

杉崎「……オマエら仲よすぎだろ? ま、いいや。それで帯刀は何を聞きたかったんだ?」

 

帯刀「あ! そうなんすよねー!! 杉崎さん! 明日の桐奥戦の先発についての意図を本当は咲山の野郎に聞きたかったんですよ」

 

杉崎「あぁ、例の1年か? 確か、雪村登板の所を、その1年を推薦したんだろ? 咲山が。まぁ、アイツの考えることは分からんけど、単に経験積ませたいだけじゃないのか?」

 

帯刀「えぇ。俺も最初はそうかもしれないと、思ったんですけど……。よく考えたら、アイツがそれだけの理由で態々、昨年の夏の全国制覇チーム相手に我妻を使うのかなって……」

 

杉崎「確かにな……。昨年の年よりも間違いなく格落ちしてるとはいえ、西の強豪は伊達じゃ無いからな。特に、あの攻撃力は春時点で既に全国級の破壊力を持つからなー。流石に、1年相手じゃあ相手にもならないかもな」

 

結城「なんにせよ、我妻の先発は監督も納得して、決まったことだ……。明日はそれを踏まえた上で試合を作ればいいだけだ」

 

─────屋上

 

萩沼「……いやぁ〜。相変わらず、絶景だね。この景色は……。まるで旋律を並べた楽譜のように煌びやかだ……。こうして、寝転がってると特に星が『脈動』してる事が分かるんだ……。君も、そうは思わないかい?」

 

大地「たしかに絶景ですが、俺には星の『脈動』なんて伝わってきませんよ。あるのは、ただの光り輝く宇宙の屑と数々の星ですよ。それ以上でもそれ以下でもありません」

 

萩沼「全く、君は釣れないねー。僕に勝ったんだ、もっと喜んで乗ってきてくれてもいいじゃ無いか。それとも、君は何か? シャイなのかい?」

 

大地「……シャイじゃ無いですよ。ただ、萩沼さんに勝ったとは思えないんですよ。特に、最後の打席は……」

 

大地「あの場面。俺は『無意識』でスイングした時、あの時は確実に変化球をボールに投げていれば、萩沼さん達の勝ちだった……。けど、敢えての真っ向勝負を仕掛けて来たんですよね? あれ、萩沼さんの独断でしょ? 俺が捕手ならあんな危険なマネはしませんよ」

 

萩沼「さてね……あの時のことは僕も良くは覚えてないよ(嘘だけど……)」

 

萩沼「ただ一つだけ言えるとしたら、あのボールは間違いなく、僕の人生で最高最強の直球だったってことさ……。プライドも、記憶も、魂も、願いも、全て乗っけて放った球だった」

 

萩沼「君は、そんなボールを打ったんだ。もっと胸を張ればいいじゃ無いか」

 

大地「……」

 

萩沼「このドラ1候補の最高のストレートを打ち抜いたのは君だけなんだ、謙遜は嫌味でしか無いよ。僕の好敵手は最高だった、それだけだろ?」

 

大地「そうですか……。そうだと、嬉しいです─────次も勝ちます」

 

萩沼「はは。1年が生意気だな〜。君達を倒して、僕が……いや、僕達が頂点に立つよきっと……だから、上がってこい」

 

大地「えぇ。あの場所で待っていてください─────甲子園で!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

香澄(ね、ねぇねぇ? 有咲!! あの人たち、星見ながら、何か小っ恥ずかしい話をしてるよ!? ねぇ?! ここは出て行くべきかな!?)

 

有咲(ばっか!! オマエ、この場面で出て行くとか出来るわけねぇーだろ!! そもそも、他校舎の屋上に登ってる時点で不法侵入で取っ捕まえられるわ!!)

 

りみ(わわわ!! ホンモノの咲山くんだぁ///)

 

沙綾(ちょ、ちょっと落ち着こうね!!)

 

たえ(あぁ……。星が綺麗だなぁ〜)

 

沙綾(なんか、おたえだけ向いてる方向が違う!!?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────グラウンド

 

花音「ふぇぇ……。此処何処ぉ〜?」

 

我妻「……え? なんで女の子がこんな所にいるんだ?」

 

我妻(もう真夜中で危ないかもだし、そろそろ上がるつもりだったし、一旦話掛けてみるか? うん、カワイイからって下心で話しかける訳ではないぞ!! うん!!)

 

我妻「あ、あの? だ、大丈夫っすか?」

 

花音「ふぇぇ? あ、あの〜……。何方、です、か?」

 

我妻(グハッ!! か、可愛い、すぎっ!!? これが、咲山が湊先輩に向ける感情なのか!? うん!! よく分かる!! 今までちょっとバカップルめっとか妬んで悪かった!!)

 

我妻「ぁ、え、えっと……。俺は我妻っす……。我妻 矢来。ちょっと、この学校で合宿しているチームの1年です」

 

我妻「そ、それで……。貴女は?」///

 

花音「ふぇえ?! わ、私は、松原、です……。松原、花音です」

 

─────

 

我妻「成る程、それで松原さんは道に迷って、間違って校内にいつのまにか侵入してたって事ですね?」

 

花音「うん。そうなの……。バンドメンバーとホテルに戻るつもりだったんだけど、迷っちゃって。昔から方向音痴で色んな人に迷惑かけてきてて、どうにかしなきゃって思うんだけどね」

 

花音「でも、中々治らなくて、またこうして、人に迷惑を掛けて……。ゴメンね」

 

我妻(迷惑か……。悩んでる種は全く別系統なんだけど、少し俺と似てるのかもしれない……)

 

我妻(きっと、明日の試合は咲山だけじゃなくて、きっと先輩方にも沢山の迷惑を掛ける……。そうなれば、俺を推してくれた咲山の評価だって下がる……。ほんと、嫌だ─────)

 

花音「……我妻くんは……」

 

我妻「え?」

 

花音「我妻くんは、きっと器用な人だよね? なんでも自分で出来ちゃう凄い人……」

 

我妻(違う……。俺は一人じゃ何もできない弱虫だ。本当に一人で何でもできる凄い奴は、俺みたいにグチグチ考えずに、バカスカホームラン打つ捕手や、常識外れな投球を強豪相手に見せつける投手の方だ……。俺は結局、アイツらを逃げ道に使ってるだけの臆病者さ)

 

─────

 

過ぎったのは、空が東に向けて投じた155km/hの瞬間……。

 

─────

 

ズバァァァァァァァァァァァァァーーーーンンンンゥゥゥッッッッ!!!

 

空『シャァァァッッ!!!』

 

《155km/h》

 

我妻『……』

 

─────

 

過ぎったのは、大地が萩沼から放った逆転決勝点のツーベースヒット……。

 

─────

 

グゥォオオオォォォォォオオォッッッッ!!!!

 

カッーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!

 

大地『ッッッッ〜〜!!!!!!』

 

キィィィィィイィィイィィーーーーーーーーーーーーーンンンンッッ!!!

 

羽丘ベンチ『抜けたァァアアァァァア!!!!』

 

我妻『……強ぇ……よ。マジで……』

 

─────

 

我妻(同じ1年で才能を開花させてるアイツらと、未だマトモな結果を出せてない俺が同じ土俵なわけがないんだ。なのに、どうしてだ!? なんで、俺を登板させるッ!! こんなんじゃ─────)

 

花音「けど、背負い込みすぎは良く無いよ?」

 

我妻「ぁ─────」

 

花音「君は、強いけど、本当は挫けそうになるぐらい弱いんだよね? 分かるよ、その気持ち……」

 

花音「でも、笑わなきゃダメだよ。私達のバンドは世界中を笑顔にする為に活動してるの……。勿論、我妻くんも対象だよ」

 

花音「どんなに押し潰されそうでも、どんなに苦痛を伴っても……笑って過ごすの。迷惑を掛けてもいいの……。その分、笑顔を増やしていくの! そうしたら、みんなが笑ってられる世界でしょう?」

 

我妻(今日会ったばかりの、俺に何語ってんだか……。コッチは勝負の世界で生きてるんだ……。どっちかが笑って生き残って、片方が涙と辛酸を舐めて苦渋を味わうんだ……。誰もが笑顔になれる世界なんてない)

 

我妻(でも、そうだな……。笑顔でいる、か……)

 

─────

 

空『シャァァァァッッ!!!』

 

大地『ナイスボールっ!! 空ぁ!!!』

 

─────

 

我妻(楽しそう、か……。どんなに苦しい場面でもアイツらは楽しそうだった)

 

我妻(成田は、今日までヒットを一本も打たれなかったけど、苦しく無いわけじゃなかった……)

 

我妻(高校野球の9回まで投げるという事に戸惑いがあって、後半は特にボール球が嵩むって苦笑いしながら言ってた)

 

我妻(咲山は、いきなり4番に抜擢されて困惑してた。中学から3番を任されてた事もあって、誰よりもストイックに責任感を強く持って打席に立ってた……。チャンスで打てなくなりそうな場面もあった……。けど、誰よりもノビノビプレイをしているのも咲山だったな……)

 

我妻(みんな、何かしらの苦しみを持って生きている。それでも、気高く強かに笑って生きてる─────)

 

我妻「そうですね……。俺も、そう生きられたらいいと思います……。なんか、凄い元気付けられました! ありがとうございます!!」

 

我妻「ところで、どうして、さっき出会ったばかりの俺にそんな話をしてくれたんですか?」

 

花音「ふぇぇ? と、特に考えてなかった、かな? 敢えて言うなら、ほっとけない感じだったからかな? ごめんね? 私もよく分からないや」

 

我妻「そ、そうっすか///(カワイ過ぎる) でも、これで俺の行く道が定まりました。本当にありがとうございます!!」

 

花音「うん!! こっちこそ! 笑顔になってくれてありがとう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黒服「松原様」シュパッ!!

 

花音「ふぇえ? あ、黒服さん! 迎えにきてくれたんですか?」

 

黒服「はい。お嬢様方がホテルの方でお待ちです……おや、そちらの方は……」

 

花音「えぇと、ここで合宿をしてる学生さんらしいです。迷子になっていた私をここまで送ってくれたんです」

 

黒服「そうでしたか……。 これはご迷惑をお掛けしました。確か、御名前は……」

 

我妻「ぁ、えっと……(ヤベェ!! ふつうに出てきたけど、マジで気配なかった!! 怖っ!!)」

 

花音「我妻君です。我妻 矢来君! だよね?」

 

我妻「ぁ、はい……。そうです、我妻 矢来です」

 

黒服「貴方が、明日先発予定の我妻様でございますか……。これは、本当に多大なご迷惑を!!」

 

花音「え?! 我妻君! 明日、試合で投げるの!? ご、ゴメンね!! 明日は大事な先発なのに、こんな夜遅くまで付き合ってもらって」

 

我妻「い、いえ!! 特に迷惑とかは無かったですよ!! 寧ろ、体を動かしてないと緊張で投げられないような気がして……(ん? てか、なんでこの黒服の人は俺が明日先発だって知ってんだ? 情報が漏れたわけじゃ無いよな?)」

 

黒服「そうですか……。ふむ……。松原様、お帰りになるのはもう少し先でも構いませんか?」

 

花音「ふぇ? は、はい……。別に構いませんが……」

 

黒服「なら、もう少しだけお待ち下さい。あと少しで、同僚が到着致しますので、彼とお先に帰宅しておいて下さい……。私め、我妻殿に少々のお詫びとして、レクチャーしてから戻りますので」

 

我妻「はい?」

 

黒服「それでは、我妻殿……。始めましょうか」




唐突な我妻改造!!
ところで、バンドリ勢……特に花音の口調ってこんな感じなんでしょうか?
正直、手探り状態なので、間違っていたらごめんなさい!!
そして、報告していただけるとありがたいです(やさしく教えてね……?)

それでは、次回は後編2です!


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第26話 『合宿』と『試合』と『ライブ』と『覚醒』と…… 後編2

─────木実Bグラウンド マウンド 時刻20:11─────

 

黒服「─────さて、ここで特訓を開始致しましょう」

 

我妻「ちょっと待てぇぇぇいいぃいいッッ!!!!」

 

黒服「はい? なんでしょうか?」

 

我妻「『はい? なんでしょうか?』じゃ無いよ!! 何で不思議そうに首を傾げてんだ!!! コイツ、何言ってんの? って顔作るのも禁止!!!」

 

黒服「それで? 何が言いたいのですか? 私にも時間というモノがございます……。早急にお答えください」

 

我妻「だぁぁぁあ!! 勝手に特訓してやるとか言ってたくせにぃぃいい!! てか、それが意味わからん!! 特訓ってなんだよ!? あんた、俺に何するつもりだ!? 何が理由で俺なんかに─────」

 

黒服「……はぁ……どうやら、本気でお気付きでは無いようですね」

 

我妻「は?! 何を言って─────」

 

黒服(まさか、御自分で理解しておられないとは……。成る程、片矢様が手を焼くはずですね)

 

─────数日前 居酒屋

 

片矢「久しいな、眉木。まさか、貴様が弦巻家の護衛職についているとは思わなかったぞ」

 

黒服「いえいえ、それは此方の台詞ですよ。貴方程の捕手が、まさか昨年まで女子校であった学校の監督をしているとは……。ここまでくると、世の末ですな」

 

黒服「しかし、実際に御壮健そうで何よりです」

 

片矢「ったく、口調まで仰々しくなったな……。昔の貴様はもっと生意気だったはずなんだがな」

 

片矢「まぁ、そこそこに元気なのは確かだが、やはり監督業は、この歳食った体には厳しいものだ……。若いエネルギーに押されまくりだ」

 

黒服「……そこはお察しします。なにせ、此方も御嬢様の音楽活動がいよいよ以って一段と熱を帯び始めましたからね……まだ、42とはいえ、はやくフリーダムな生活を送ってみたいものですよ」

 

片矢「あぁ、あの若かりし頃が懐かしくて仕方がないな……」

 

片矢「しかも、今年の1年は去年よりも一癖も二癖も強いと来た……。本当に体がもたんよ」

 

黒服「今年の1年ですか……。確か、『成田 空』と『咲山 大地』でしたか? 今、世間を騒がせている黄金ルーキー達ですか……。それはもう、手はつけられ無いでしょうね。指導者として苦難するのは分かります」

 

片矢「いや……。奴らは案外どうにでもなる」

 

黒服「?」

 

片矢「『天地コンビ』は、確かに大きな才を持って生まれた、『天才』である事に疑いの余地はもはや無い。だが、奴らは何より、自分の長所と短所について少なからず理解し、修正する力を持つ……。だから、多少なりほっておいても勝手に成長する怪物だ」

 

黒服「手のかからない天才とか、マジでふざけてるんですか?」

 

片矢「若干、口調が戻ったな……。まぁいい。問題はアイツらじゃない……もう一人の方だ」

 

黒服「もう一人、ですか?」

 

片矢「ありゃあ、育て方によっては化けるのは確かだが、莫大な原石故に、自身の持ってる『武器』に何一つ気付いてない……。指導者として失格かもしれないが、手の施し方がわからないんだ……。アレに教える力は俺には無いよ」

 

黒服「……それ程の大器なら、今頃話題になっているのでは? 貴方の事ですから、それなりに試合にも登板させているのでしょう?」

 

片矢「あぁ。当然使ってるが、秘匿に近い形で中堅校クラスでしか登板させて無い……。当たり前だが、情報規制をかけてもいる」

 

片矢「ここまで頑なに情報をカットしていたら、それは浮き彫りにならないさ。この作戦を思いついた咲山は本当に末恐ろしいよ」

 

黒服「成る程、夏大までに仕上げはするけど、他校の強豪には知られないための切り札にするつもりなのですね」

 

片矢「そうだ。ただ、投手の持つ武器を理解はしても、教えることは出来ないんだ。同じ投手である『成田』は教えるのに向かないバカだし、エースの『雪村』は自分の調整で手一杯。本山はそもそも話にならない……」

 

黒服「お疲れ様ですね」

 

片矢「貴様が教えてくれれば早いんだがな……」

 

黒服「まぁ、御嬢様の御通学される学舎の敵高ですからね、そのお依頼は受け兼ねますよ……自分でなんとかなさってください」

 

─────

 

黒服(大見得切った事言いましたが、私も好奇心には勝てませんでしたか)

 

黒服「『我妻 矢来』では、『成田 空』には届かない」

 

我妻「っ!!」

 

黒服「元ある体格差、指と腕の長さ、下半身の粘り、マウンドでの気迫、ボールの圧力、変化球のキレ、精密なコントロール……その他諸々、彼に遠く及ばない。あれが『才能』ですよ……」

 

我妻「ぐっ!?!」

 

黒服「気持ちだけではどうにも出来ないその先の次元に、彼……成田 空がいる。実際、貴方は負けを認めてしまったのでは? あの圧倒的な存在に膝を屈しそうになったのでは無いですか?」

 

黒服「一度、貴方の試合のビデオを拝借させて頂きました」

 

黒服「たしかに、あのマウンド度胸は認めます。アレは一朝一夕では手に入らないモノだ。きっと、中学時代の悪癖を治そうと、努力した結果生み出した後天性のものでしょうが、それでも、素晴らしい魂です」

 

黒服「ですが、既に気持ちだけでは越えられない『差』というモノに気付き始めた筈です。このままでは、貴方は羽丘にいる限り、永遠に2番手投手止まりだ」

 

我妻「っ……!!」

 

黒服「……何か言いたそうですね」

 

黒服「不服ですか? たしかに、成田 空を越えてエースになるのは不可能ですが、その支えになれるなら、本望では無いのですか?」

 

我妻「─────ぇ」

 

黒服「……」

 

我妻「良い訳、ねぇ……!! 良くねぇんだよ!! それじゃあ、意味がない!! 俺は、アイツを越えて『エース』になるって、何よりアイツ自身に言ったんだッ!! あんな大見得切ってここで引き下がるなんて出来ねぇんだよ!!」

 

黒服「そうですか……。なら、覚悟を決めてください」

 

黒服「正直、貴方にあの巨大な大器を相手にするに値しないと考えてましたが、どうやらホンモノのようですね」

 

我妻「は!? アンタ、さっきから何言ってんだよ!!?」

 

黒服「此方の話です。それより、貴方自身が感じてるコンプレックスを解消する、貴方自身の『武器』を出血大サービスで教授しましょう」

 

─────

 

こころ「え? 眉木が羽丘の1年生に野球を教えてくるですって!! 何よそれ!! 面白そうじゃ無いッ!! 私達も今すぐ行くわ!!! 花音とそこで待ってなさい!!」

 

─────

 

萩沼「ん? あそこにいるのって、君達のチームメイトじゃ無いのかい?」

 

大地「はい……。それと、あの横の人は? (我妻、何をしようとしてる? まさか、変な事考えてるんじゃ無いだろうな!!)」

 

大地「萩沼さん! 俺、ちょっと行ってきます!!」

 

萩沼「え!? ちょっ─────!!?」

 

有咲(ぎゃぁぁぁぁ!! こっちきたぁぁ!!!)

 

香澄(ど、どどど……!! どうしようッッ!!!)

 

沙綾(と、兎に角!! 何処かに隠れて過ごすしか─────て、速っ!! ちょっと待って!!!)

 

ガツン!!

 

大地「いてぇえぇえええええええええええぇええ!!!!!!」

 

りみ「ちょっ!!? 沙綾ちゃん!?」

 

たえ「あ、流れ星だ!」

 

有咲「ダァァァァァ!!! どうすんだよ!!! これぇえええ!!」

 

大地「……ぁ、頭が、かち割れ─────」(カクッ)

 

香澄「ぎゃぁぁぁぁ!! し、死んじゃったー!!!?」

 

沙綾「ヒィィィィ!!! こ、殺しちゃったー!!?」

 

空「おーい!! 大地! すんごい叫び声が聞こえたけど、大丈─────ッ!!! 大地ぃぃぃぃ!? どうしたんだー!!?」

 

大地「─────ぅ」

 

萩沼「ふぅ……。とりあえず、呼吸はある。一旦落ち着こう……。それで、君達は他学生だよね? どうしてここに? と、聞く前に咲山を保健室に運ぶのが先決だね」

 

りみ「は、はい……。すみません」

 

空「謝罪は後だ!! 今は早く大地を連れて─────」

 

大地「そ、ら?」

 

空「!? 大地!! あぁ、どうした!? オレならここに─────」

 

大地「なんで、テメェがここに─────痛っ……。なんか頭が重いような気がするし、あれ? なんで!!? 俺寝転んでるんだ?」ヒョイ!!

 

全員『うぇええぇえぇえぇえぇえええええぇぇ!!!?!?!?』

 

大地「うぉあ!? な、なんだ!?」

 

─────

 

萩沼「本当に、何も無いのかい?」

 

大地「だから言ってんじゃないですか……。逆に、多少、頭ん中がスッキリしたぐらいで特段変化はないですよ……ったく、信用ないなー」

 

空「いや! 頭ぶつけてんだぞ!? 命に関わる怪我するかもしれねぇんだ!! 本当なら今すぐに病院に連れていってんぞ!?」

 

沙綾「ご、ごめんなさいッ!! わ、私のせいで!!」

 

大地「だから大丈夫だって!! 気にしなくていいから!!? そこまで頭下げられても逆に困─────」

 

沙綾「せめて、お詫びとしてウチが経営してるパンをお詫びとして─────」

 

大地「痛たたッ!!! そうだなぁ〜!! 頭いてぇなぁ!! パン食べないと治んないなぁ!!!」

 

全員(うわぁ〜。ここぞって言うところで目敏くなったぁ!!!)

 

空「家がパン屋って珍─────ん? 君、どっかで見たことが……」

 

沙綾「え?」

 

大地「空、何言ってんだ。この御嬢さんは山吹ベーカリーの天女様で居られる山吹 沙綾様だぞ!! テメェ!!! まさか忘れたとは言わせねぇぞ!!! あんな美味いパンを作るパン屋は無いんだ!!!!」

 

空「わかったから、落ち着けッ!! 肩を掴むな!! 首を揺らすな!! 耳元で叫ぶな!!」

 

大地「てか、テメェ!!! 俺にこの前山吹ベーカリーのパンを30個贈呈するっていう話はどうなったぁぁあ!!! 俺はあの時のことを忘れてねぇからなぁぁあぁああ!!!」

 

空「お前ッ!!? 幼稚化してたくせに、そんな細かいところは覚えてんのかよ!? つーか!! お前の幼稚化暴食モードのせいで金欠だわ!! その分の費用を返せよぉおおおぉおぉ!! ワン○ース買えないだろぉぉおおおぉおぉ!!!」

 

香澄「さ、沙綾!! 良かったね!! ん? 沙綾?」

 

沙綾「ッッ〜〜///(て、天女……!? 天女ってそんなぁ……)」

 

萩沼「この様子だと、本当に大丈夫っぽいね……。兎に角、明日早朝に病院に行って、CT検査してからでも充分試合に間に合うだろうから今日はもう休みなよ」

 

大地「いえ、後少しだけど用事があるんで、それを見届けてから休むことにします。捕手として、見届けてやらないといけないんです」

 

─────

 

片矢「我妻。明日は試合だ。自主練は程々に─────ほぅ。眉木か……。貴様、教えないんじゃなかったのか?」

 

我妻「か、監督ッッ!?」

 

黒服「はは。少し、御嬢様の御学友がこの子にお世話になったもので、その恩返しです。決して、必要以上に手は加えていませんよ……。ただ、少し面白いものが完成しかけているというだけです」

 

片矢「ほう? 貴様が、そう感じるとはな……。それは確かに面白そうだ」

 

我妻(この2人、知り合いなのか? なんか妙な組み合わせのような気がする……)

 

黒服「えぇ。どうですか? 受けてみませんか? 元明光の正捕手である片矢様」

 

我妻「えぇ!? 監督!? あの名門の明光で捕手をやってたんですか!!」

 

片矢「眉木……。そんな20年以上も前の事を掘り返してなんになる……だが、面白い。 おい、眉木。そのミットを貸せ!」

 

片矢「我妻」

 

我妻「っ!! は、はい!」

 

スッ……

 

片矢「投げ込んで見ろ」

 

─────

 

有咲(えぇえええぇええっ!!? なんだこの場面ぅぅぅぅ!!? なんか、とんでもない時に来ちまったぁあぁああ!!!)

 

大地(我妻……。テメェは投げられるのか? このプレッシャーで監督に向けてボールを投げられたなら、確かにテメェは一歩進めるが……)

 

成田(無理だ……。オレは流石に投げられないわ。試合なら別だけど、この空気で投げろってのは酷だ)

 

沙綾(この2人がそこまで言うなんて……。でも、私達まで付いてきてよかったの?)

 

萩沼(まぁ、いいんじゃ無いの? 彼等はそこまで気にしては無いだろうし、何より面白さそうじゃん)

 

香澄(うん!! キラキラドキドキだ!!)

 

たえ(黒服さんの車の鍵についてるのって、ウサギかな?)

 

りみ(おたえちゃん……。注目する所が違うよ)

 

 

─────

 

我妻(俺は、臆病者だ……)

 

我妻(成田と咲山の影になってるとか、僻んでるくせに、それでいいやって思う自分がいた……)

 

我妻(悔しいと思ってるはずなのに、何処か、ホッとしてる自分がいた……)

 

我妻(─────でも)

 

─────

 

花音「君は、強いけど、本当は挫けそうになるぐらい弱いんだよね? 分かるよ、その気持ち……」

 

花音「でも、笑わなきゃダメだよ。私達のバンドは世界中を笑顔にする為に活動してるの……。勿論、我妻くんも対象だよ」

 

花音「どんなに押し潰されそうでも、どんなに苦痛を伴っても……笑って過ごすの。迷惑を掛けてもいいの……。その分、笑顔を増やしていくの! そうしたら、みんなが笑ってられる世界でしょう?」

 

─────

 

我妻(そうだよな……。こんな場面だからこそ─────)

 

ワインドアップからの投法。

腕を上げて正面を見る。

その瞬間、我妻の顔が片矢の視界に映る。

 

片矢(フッ……。この状況で“笑える”か……)

 

片矢(本当に貴様は『強い』な……)

 

ズバァァァーーーーンンッッ!!!

 

─────

 

空「……バカじゃねぇの? アイツの心臓の作り、明らかにおかしいだろ?! この場面で投げるなんて!!?」

 

大地「こりゃあ、テメェもオメオメしてると置いてかれるぞ? 空……。アイツはステージを上げやがった」

 

大地「この数時間で何があったかは知らないけど、まず間違いなく、『我妻 矢来』は変貌した」

 

香澄「そ、そこまで違うの?」

 

大地「あぁ、あれはもう別人だ……。花咲川戦で見せた時の投球なんて比じゃない」

 

大地「アイツは、『我妻 矢来』は今を持って【怪物】の領域へ足を踏み入れた」

 

大地「これは、予感でも予測でも無い。予知できる未来だな」

 

大地「明日の試合は、絶対に勝てる……。少なくとも負けるビジョンが見えない」

 

 

 

 

 




……マジでキャラの絡みが難しすぎですね!!!
それと、若干……いえ、かなりやってしまった感がありますが、そういう事です。

次回・バンドリキャラ達との絡み合いと、桐奥戦の開戦です!!


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第27話 『合宿』と『試合』と『ライブ』と『覚醒』と…… 後編3

う〜ん……描写むずい!!


─────木更津実業 球場グラウンド ブルペン─────

 

ギュッルォォォォォオオォオォォオオッッッッ!!!!

 

ズバァァァァーーーーーーンンゥッッ!!!

 

我妻「よしっ! 今の感覚はよかった!!」

 

大地「……ヤバイな。マジで見たことの無い球筋してやがる(たった一晩でここまで化けるのか?)」

 

片矢「どうだ? 咲山。我妻のボールは?」

 

大地「……驚きました。ここまでの球はとは思いませんでしたよ。間違いなく走ってますし、球威や球速も以前とは比べ物にならないくらい進歩しています」

 

大地「空も腕が遅れて出てくるので、タイミングが取りづらい投手なんですが、我妻は、天性の『柔軟性』を活かしたフォームで更にタイミングをずらす事が出来ます」

 

大地「左手の壁で右腕をギリギリまで溜め込んで、そこから足の体重移動を開始し、股関節を回転させる勢いで一気に力を溜めていた右腕を解き放つ!」

 

我妻「ラァッ!!」

 

ギュルォォォォォォォオオオッッ!!!

 

ズパァァァァァァアアンンゥゥッッ!!!

 

我妻「おぉ、昨日よりしっかりとボールが握れてる……。投げてて気持ちいい」

 

片矢「そうか。それで、“そのボール”は試合で使い物になるか?」

 

大地「えぇ。間違いなく使えますよ、このボール」

 

大地「正直、漫画だけの話だと思ってました。けど、実際に受けてみて、こんなボールを投げれる奴が実在するんだって、冷や水をぶっかけられた気分を味わえるぐらいに衝撃を受けましたよ」

 

大地「空の直球が『神鎚』なら、我妻のヤツは『魔矢』です」

 

ズバァァァァーーーンンゥゥッッ!!!

 

─────

 

大地「ふぅ……。ったく、捕る方の身にもなってほしいよ。空も我妻も……最近では、雪村先輩もか……人使いが荒いなぁ〜」

 

球場外の適当なベンチに腰をかけて、手に持っていたスポーツドリンクを一口飲んで一息つく。

 

マジでやめてほしい。慣れてない軌道を捕球するのは、至極困難なんだ。より一層の神経をすり減らさないと、完璧に捕球出来ない。

しかも、この後に試合なんだ。無駄な体力消費は避けたい。

ま、そんなこと言っても、今のアイツは言う事を聞かないだろうけどな……。

 

たった一晩で、我妻は『投手』として『化けた』。

持っているものは確かだっただけに、この『目覚め』は嬉しい誤算だった。

 

元々、球威ある直球が無い我妻は、変化球に頼りがちの傾向があったのだ。

当然、本人もその辺は気にしていたし、改善に改善を重ねて多少なりともマシになった時期が一時期あったが、それでもしっくり来ずに四死球が増えて乱調するケースが多かった。

 

俺も夏大までに戦力として底上げするために、色々手回しをしてきたが、あまり効果という効果はなく、無意味となる結果が多く見られた。

 

変化球は充分に手元でキレて、ストレートもそれなりにノビてくる。

コーナーを突くコントロールもあり、組み立ての『楽』な投手でしかなかった。

気持ちの乗った時ほど、ボールの状態を上げてくる花咲川の虎金さん同様の典型的なクラッチピッチャーだという点だけが、読みづらかったけど、基本に忠実な投手だ。

 

中堅校相手なら1人で任せても構わないというレベルのままだと思っていた。

そう、昨晩までは……。

 

あの監督に向けて放ったストレート……。

あの一球が『我妻 矢来』を『バケモノ』へと伸し上げた。

 

この試合を投げさせようと打診したのは俺だが、まさか前日に進化するとは思わなかった。

たしかに、西の強豪である桐奥でも、突然の我妻に困惑して多少は打ちあぐねるとは思っていたし、それを自信に変えて、我妻自身の成長につながると考えてた。けど、その矢先にこれだ。

 

空といい、雪村先輩といい、ウチの投手陣は嬉しい誤算ばかりを持ってくる。

空も昨晩の我妻の球を見て、新たな危機感を覚えたようで、今日の試合はずっとブルペンで投げ込むらしい。

雪村先輩は、流石に捕手事情のせいで投げ込みは出来ないが、常に準備を怠らずにウォームアップをしてるの事。

 

たった一人の投手の覚醒が、ウチの投手陣たちの意識を変革させた。

 

これは夏までの布石だけど、かなり状態は上がってきてる。

これなら、本格的に見えてくるぞ。甲子園が。

不安のあった投手陣が一気に強化されていき、後は打線の繋がりさえなんとか出来れば、ウチはもっと上にいける。それこそ、全国制覇が射程圏内になる。

 

大地「はは……。こんな事、考えてたら弛んでるって怒られるかな? そういう慢心が負けに繋がるという事はわかってるんだけどさ……」

 

大地「─────正直、負ける気がしない」

 

一気にスポーツドリンクを飲み干して、空になったボトルをゴミ箱へ投げ入れる。

綺麗な放物線を描いて、落下運動の後にカコンッという音を立てる。

 

日菜「あ! いたいた!! おーい!!」

 

おっと、元気な女の子がいるな……。ん? アレって紗夜先輩じゃね?

でも、なんか雰囲気が全然違うし、よく見たら目元も違うから別人だろう。

こんな公共の場で大はしゃぎするような人でも無いしね。

きっと、誰かと待ち合わせでもしてんだろ? さぁて、俺は俺で桐奥のデータを纏めておかないとなぁ〜。

 

日菜「むぅ〜!! 無視とはいただけないなぁ〜!! 『るんっ♪』って来ないよ!!」

 

 

なんか、独特な子だなぁ〜。こりゃあ、呼ばれてる人も大変だな。

 

日菜「むむむ……!! え〜いッッ!!! 無視するなー!!!」

 

大地「ぶべしッッ!!!!」

 

な、んだと?! あの距離から腰めがけてのストライク送球だと?! なんていう技量!!?

て、違う!! なんで俺に向けてボール投げてんのぉ!!!

体を襲う痛みは徐々に引いていくが、謎が脳を埋め尽くす。

 

さっきから呼ばれてたの俺!? なんで!? あの子だれッ!!?

 

日菜「あはは〜!! ようやくこっち向いたね〜! うん! 『るん♪』って来るね!」

 

大地「こねぇよぉぉおおおぉおぉおお!!!!!」

 

この子頭おかしい系だ!! 異様に関わりたくねぇ!!!!

 

日菜「やっぱり、君!! 面白いね!! 私! 日菜!! 君は?」

 

大地「急に話の絡脈無視して自己紹介始めんの止めろ!! 咲山 大地だコンニャロぉおおぉおおおおぉぉぉおお!!!」

 

日菜「そんなこと言いながら、ちゃんと名前を教えてくれるんだ〜!! おもしろーい!! 『るんるん♪』来ちゃうよ!!」

 

大地「もうやだ!! この子!!! 僕、おうち帰るぅぅううぅッッ!!!」

 

空「おーい! 大地!! そろそろスターティングメンバーを発表するから、監督が戻ってこ─────」

 

大地「そらぁ〜!!! あの子が僕を苛めるよぉ〜!!!」

 

空「ギャァァァ!!! 大地が試合始まっても無いのに、『幼稚化』してるぅぅぅううぅううううぅ!!!?」

 

日菜「あはは!!」

 

空「笑い事じゃねぇええぇえええぇぇぇえええ!!!」

 

その後、宥める空によって、場は沈静化された。

あのカオスは二度と経験したく無いと、奥歯をガタガタ言わせていた空から聞かされた時は、本気で申し訳ない気持ちになった……。

 

あ、去り際に聞いたら、やっぱり『るんるん♪』女は紗夜先輩の双子の妹だった。

 

なんでも、現役アイドルバンドで活動していて、お姉さん影響でギターを始めたらしい。この球場に来たのは、アイドルとしての活動途中で寄ってきたようだ。……仕事しようね? てか、マネージャーさん!! ちゃんと手綱握って!! お願い!!!

 

ついでに、俺を呼んだ理由については、花咲川戦のプレーについて教授して欲しかったそうな(第8話参照)……。当然断った。あの時の俺は普通の状態じゃ無いのだ、そう何度もできてたまるかってんだ!!

 

─────

羽丘スターティングメンバー 後攻

1.中 秋野咲耶 (左打ち)

2.捕 咲山大地 (左打ち)

3.左 帯刀悠馬 (右打ち)

4.一 結城哲人 (右打ち)C

5.三 村井豪士 (右打ち)

6.二 舘本正志 (右打ち)

7.右 田中次郎 (左打ち)

8.投 我妻矢来 (右打ち)

9.遊 笠元剛 (左打ち)

 

桐奥スターティングメンバー 先攻

1.一 上田絆 (左打ち)

2.二 重山彼方 (右打ち)

3.右 奏馬裕也 (左打ち)C

4.遊 友坂亮士 (右打ち)

5.左 郡山聖人 (右打ち)

6.中 中山緋色 (左打ち)

7.投 阿旗司 (左打ち)

8.三 坂元洸夜 (右打ち)

9.捕 門田源 (左打ち)

 

阿旗「おいおい! 相手の先発、スーパールーキーの成田じゃ無いんか!? なんで無名の一年坊主をウチ相手に使っとんねん! 舐めとんちゃうんか!?」

 

上田「つかっち、煩い!! ぐちぐち言うたって、もうメンバー表は提出されとんねん! 今更、文句言うたって意味ないがな」

 

奏馬「阿保ぉ。これで調子崩すとか話にならんからな? ちゃんと気ぃ張って投げや」

 

門田「流石はキャプテンです! いいこと言いました。そういうことですよ司さん! ムラッ気さえなければ全国でも指折りの好投手なんですから、しっかり投げてください!! 頼みますよ」

 

阿旗「へいへーい」

 

友坂「完全な生返事じゃねぇか……。本当に頼むぜ? エース」

 

阿旗「分かっとるわ……! でも、成田が投げてこーへんのやったら、次の第2試合で萩沼と投げ合いたかったわ〜……!! ほんま、やる気無くなるやん!」

 

坂元「でも、成田も萩沼も昨日は投げ合っとるから、多分、どっちにしろ投げてこーへんかったやろうな」

 

門田「とりあえず、ボールは低めにください。今日は、成田ではありませんが、ここの打線は怖いですよ。というより、打順を大きく入れ替えてきて、より一層警戒が必要です。特に初回からガンガン得点を重ねていくチームは立ち上がりを攻めてくるだけあって、中々にしぶとい打者が揃ってます」

 

友坂「咲山が2番か……。コイツが例の【大樹】だろ? 完全にメジャースタイルで攻めてきてるのかよ……」

 

奏馬「ほんまやな、これは超攻撃型のオーダーや……。1番の強打者を2番において、電光石火で点をもぎ取るスタイルやろ。面倒やな」

 

門田「はい。それと、その後に続く打者も長打力は然程ではありませんが、確実に次に繋ぐ事ができる帯刀に、プロスカウトからも注目を浴びる打撃センスを持つ主将の結城、最近の試合では打率が低迷気味ですが、そのパワーは侮れない村井といった面子が揃ってます。一つのミスが命取り兼ねないです」

 

阿旗「そこんとこは、任せときや! オレの『魔球』がそう簡単に打たれてたまるかいな! 【たい焼き】か、【タイツ】か知らんけど、捩伏せたるわ!! わっはっは!!」

 

奏馬「こいつ、調子のっとったらホンマ痛い目合うぞ……」

 

─────

 

蘭(今日も来てしまった……)

 

蘭(しかも、今日は皆に黙って来たから一人だし……。なんか、場違いな気がして仕方がないけど……)

 

蘭の視界に映るのは、相手投手を静かに観察しながら分析をしている大地の姿。

普段の粗暴な性格とは真反対の清冽さに、野性味溢れる猛々しさを両立した野球人としての顔付きに蘭はいつのまにか見惚れてしまう。

 

蘭(……普段の大地からは考えられないね。けど─────)

 

やはり感じてしまう『格』というオーラ。

その場にいるだけで、周りの視線を集めてしまうようなものでは無いけれど、確かに知覚するものに圧力をかける威圧感。

 

野球人として周りを圧倒する才覚を有する大地の所作を一つも見逃すまいと、一挙手一投足を眺める。

 

同時に感じたのは、彼の危うさ。

何故だか、今にも消え入りそうだと、彼という存在がいとも容易く脆く崩れ去っていく光景が時折、ふと浮かび上がる。

間違いなのは分かっている。首を振り、要らぬ雑念を追い払う。

 

蘭(よそう。こんな事、考えたって何も無いから……。アイツは、アイツだ……。咲山が『咲山』じゃ無くなる訳がないんだ)

 

そして、今から始まるであろう試合へと視線を移して、誰にも聞こえないような声で呟いた。

 

蘭「……頑張って、咲山」

 

安易な、けれど温もりを含んだ小さな声援。

何故だか、その声援がとても心地よくて、心を安らかにしてくれて─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────頰を熱くした。

 




我妻→次回に能力更新紹介

バンドリキャラの描写って難しいっすね!!
合ってる気がしないと毎回言ってる!!!


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第28話 『合宿』と『試合』と『ライブ』と『覚醒』と…… 後編4

─────1回表─────

投球練習

 

大地「─────ボールバック!!」

 

羽丘ナイン『応!!』

 

 

我妻「ハッ!」

 

ギュルゥオオォオォ!!

 

ズパァン!!

 

ザザッ!!

 

ズドォォォオオォォォオンンンッ!!

 

笠元「ナイス送球!! 相変わらずのドンピシャバズーカや!」

 

─────

 

観客「出たぁぁあ!! 『咲山キャノン』ッ!!」

 

観客「今日は成田が投げないからな、咲山目当ての人が多いよな。実際、俺だってそうだしさ」

 

観客「だよな。今日の先発って確か、無名の1年だろ? エースの雪村で来ると思ったんだけど、実際どうなんだ? あの1年」

 

観客「う〜ん……。データが無いよな。見た感じ、1年にしてはそこそこ速いけど、3年からしたら打ちごろみたいな気がしないでも無い」

 

観客「ちょっと、物足りないよなぁ〜。雪村の下位互換だろ? 桐奥の敵じゃ無いよ」

 

─────

 

阿旗「ほぇ〜。マジでキャノン砲やんけ……。どんな肩してんねや。こりゃあ走れんなぁ……」

 

上田「うっせ! バカ!! 揺さぶり方は別に盗塁だけとちゃうわ!! お前は黙って、アップしとけや!!」

 

奏馬「実際、塁に出ても2塁に信頼する際に足を活かすプレイは別に盗塁だけやないし、あの投手はコントロールは良さげやけど、速球自体にスピードはあんま無いし、点の取り方は幾通りある。攻撃は任せて、司は投球にだけ気を配ればええわ」

 

門田「ただ、あの肩からの牽制球には気をつけておきたいですね。態々、塁に出たのに一瞬で御陀仏とかお話になりませんから」

 

坂元「せやな。それさえ気をつければ、あの投手を打ち崩すのはそう難し無い……。油断せずに着実に点を取っていこか」

 

─────

 

こころ「眉木、あのマウンドで楽しそうに投げてるのって、昨日の人かしら?」

 

黒服「はい。その通りで御座います。お嬢様」

 

薫「あぁ、1年という若々しさで登板するとは……儚い」

 

美咲「にしても、流石に注目されてるだけあるわね『咲山 大地』。2塁への送球ってあんなに爆音鳴らせるものなの?」

 

はぐみ「凄い投げるまで早いね!! はぐみも出来るようになりたいな!」

 

花音(我妻君……)

 

─────

 

香澄「やっぱり凄い!! 咲山くん!! あんな音を出せるボールを投げるなんて!!」

 

有咲「……ほんとに同じ人間かよ?」

 

りみ「昨日、頭をぶつけた人とは思えないね」

 

たえ「あんなのに当たったら、手が吹き飛んじゃうね」

 

沙綾「今朝早くにCT検査に付き添ったけど、脳になんの異常もなかったし、本当に良かったよ……。お詫びとして持ってきたパンも嬉々として食べてたし、無事で良かった」

 

─────

 

友希那「変わらずの強肩ね。練習で軽く投げてもアレだけの送球だもの。本番の盗塁チャンスはあってない様なものね」

 

紗夜「えぇ。それにしても、今日の投手……。確か以前にウチとの練習試合で投げていた投手ですか。あの試合で辛口だった咲山さんが唯一絶賛していた人ですね……(以前と投げ方が変わった……?)」

 

リサ「はは……! 大地も調子良さそうだし、今日も羽丘が勝つでしょ☆」

 

あこ「ふっふっふ!! 我が宿敵も控えにいるようだな!! 存分に暴れるが良い!!」

 

燐子「でも、相手投手も中々の強敵です……。油断していると、簡単に揚げ足を取られちゃいます……」

 

─────

 

我妻(心臓の鼓動が止まない……)

 

ドクンッ! ドクンッ! ドクンッ!

 

我妻(こんな感覚、初めてだ……。まるで、自分が自分じゃ無いみたいに体が強張る)

 

我妻(落ち着け! こんな俺に期待してくれた咲山達に恩返しするんだろ?! それに、教えてくれた黒服さんにも示しがつかない!)

 

我妻(何より、このグラウンドへ送り出してくれた監督と、笑顔の意味を教えてくれた“あの人”の言葉を、ここで証明するんだ!!)

 

大地(体に力が入ってるな……。ここは、少し会話でもしておくか)

 

大地「我妻─────」

 

空「我妻ぁあぁああぁあッッ!!!」

 

大地・我妻『!?』

 

我妻「な、成田?!」

 

空「何、強張ってんだ!!! そんなんじゃあ、良いボールなんか投げられる訳ねぇーだろぉおおぉおぉおお!!!」

 

空「お前の後ろにはオレや雪村先輩……あと、本山先輩も一応、いるんだ!!」

 

本山「一応で悪かったな!!!」

 

空「だから思いっきり『笑って』投げろぉおぉおおおぉ!!!」

 

我妻「っ!? は、はは!!」

 

大地「もう大丈夫そうだな。初球から“あのボール”を使うぞ? 腕は振り切れよ?」

 

我妻「あぁ。了解だ!!」

 

我妻(そうだよな……。何勝手に気負ってんだ俺は……。まだスタートラインにも立てていない俺が、一丁前に全部抱え込むなんて事は出来ないに決まってる。それこそ、昨日の“あの人”の言葉の意味を失っちまう)

 

大地(来い!! 我妻!! 見せてやれ!進化したテメェのストレートをここに投げ込んで見せろ!! インコース高め!!)

 

我妻(証明するなら、『笑え』! どれだけ苦しくても、どれだけ危ぶんでも……! 『笑って』【越えろ】!!)

 

上田(顔色が変わったんか……? 投球練習時みたいにまだ力みが残っててくれたらなぁ─────ッ!?)

 

我妻「うぉおおぉおぉお……ッッ!!」

 

上田(ま、待て!? なんだそのフォームは!? 右腕が体に隠れてボールが見え─────!?)

 

ギュルォオォオォオオオオオッッッ!!!

 

ズッバァァァーーーンンンゥゥッッッ!!!

 

上田「なっ!? (速ッ!?)」

 

審判「ットライークッッ!!」

 

大地(ふぅ……。予測を超えた真っ直ぐを試合で投げられるようになる投手は強いよな……)

 

《134km/h》

 

上田「う、そだろ!? アレで134しか出てへんのかいな!? どんなノビしとんねん!!」

 

上田(それよか! 今のボールの回転はなんや!? 明らかにストレートとちゃうやろ!? ほれやのに!? なんや!? めちゃくちゃ真っ直ぐ来よった!)

 

上田(エゲつ過ぎ─────っ?!)

 

上田(オマッ!? もう投げて─────!?)

 

ギュルォォォォオオォォッッ!!!

 

ガギィッ!!

 

上田「ガッ!? (インコースのボールの勢いに押されたやと!? 予想以上に重たい!)」

 

我妻「サード!!」

 

村井「ウガッ!!」

 

パシッ!

 

塁審「アウト!!」

 

上田(あのボールの回転……。やっぱ、信じられへんけど!!間違いない!!)

 

重山「どうやった1年ルーキーのボール? 予想以上につまされとったけど、それぐらいキレとったんか?」

 

上田「だいぶキレとるけど、それ以上にタイミング取りづらい上に、テンポは早い。それと、ストレートのあの回転はショウミ、漫画やぞ」

 

重山「? どういうこっちゃ?」

 

上田「とりあえず、打席たったら分かるわ。初見じゃ絶対打たへんからな」

 

─────

 

ズバァーーーンンンゥゥッッ!!!

 

《133km/h》

 

審判「ットライークッッ バッターアウトォォオオ!!」

 

観客「ウォォオオオッ!! 最後はアウトコースにビシッと決めて三球三振ッ!!」

 

観客「しかも、打者はチームトップの打率を持つ奏馬だからな!! あの1年やるな!!」

 

観客「それにしたって、そこまで速くないのに、なんで桐奥の打者は振り遅れてるんだ?」

 

 

奏馬(ホンマに漫画やん……。生まれて初めて見たわ。ここまで忠実に再現されてるとビビるを通り越して、感嘆してまうな)

 

阿旗「おいおい!! 上位打線!! 攻撃はどうしたんや!? 点取るんちゃうか!? あ!? エース様に献上してくれるんとちゃうんかいな!! 1年に好き勝手やられよって!! やる気あんのか!?」

 

上位打線『……スマン』

 

門田(たったの9球か……。テンポ早く終わってるし、かなり審判の印象がいいな。最後のキャプテンに対してのアウトコース。キャプテンがアウトコースの打率が高いと知ってたなら、撒き餌としてボールにしても良かった筈だ。けど、三球勝負で来た。宣戦布告のつもりでサインを出したな?)

 

門田(ウチの投手の球を打てるもんなら、打ってみろという宣言。此方に挑戦状を叩きつけて勝負を促してきた─────こういう捕手は面倒だ)

 

大地(やってみろよ……。桐奥。 テメェ等が我妻のボールを捉え切れるか勝負しようじゃねぇか。乗ってこいよ! じゃないと、痛い目に合うぞ)

 

門田(強気を通りこして、無茶苦茶だろ……。どうして、そこまで自信満々に投手のボールを信じられんだよ? その根拠は何処から出て来るのやら)

 

 

─────1回裏─────

 

カクッ!!

 

ズパァン!!

 

審判「ボールッ!! フォアボールッ!!」

 

阿旗「うぇっ!?」

 

門田(あのアホ先輩……!)

 

上田(初回の1番打者にフォアボールとか舐めとんのか?!)

 

坂元「てめぇ!! 巫山戯んなや!! 打線にケチつける前に、自分の四死球癖治せやボケェ!!!」

 

阿旗「うるさいわ!! お前らは黙って守っとけばいいんじゃ!! このタコ!!!」

 

門田「それより、次の打者に気をつけましょう。 ランナーは俊足の秋野ですが、必要以上に気を配る必要は無いです。 一つずつ、確実にアウトを取っていきましょう」

 

桐奥内野陣『オウ!!』

 

大地(守備位置はゲッツーシフトではなくて、若干ライトよりの引っ張り警戒か……。ワンナウトを確実に稼いでいくって訳か……。まぁ、安全策だな)

 

大地(恐らく、大火傷しないような忠実なリードを繰り広げる捕手ってところだろう。さっきの赤野さんに対しても、ストレートでカウントを整えてからの変化球で仕留めようとするリードだったからな……。その前にボール三つだったから、効果は薄かったけど)

 

門田(ここは、入れに行ったら確実にやられます……。こういう制球難の時こそ、低くボール球でいいので来てください)

 

阿旗(わかっとるわ!! 指図すんな!!)

 

阿旗「クソ小僧!! 打ってみろや!! これがワイの【魔球】や!!」

 

秋野(無警戒にも程があるでしょ)

 

ザッ!!

 

上田「スティールッッッ!!」

 

 

門田(な!? 初球スティールッ!? 変化球を読まれた!?)

 

 

 

阿旗「ウラァァッッ!!」

 

ビュゴォォォォ!!!

 

カククッ!! カククッ!!!

 

咲山(こういう立ち上がりの悪い投手程、安定しない時に決め球を多用する!! だからこそ、その自信あるウィニングボールを叩く!! ストレートと速度の変わらないのに不規則に動き回る“パワーナックル”を攻略する必要がある!!)

 

咲山(【無我の境地】ッ!! 強制解放ッ!!)

 

ブワァァァァァ!!!!

 

モノクロの世界に移り変わり、大地の視界にはボールしか映っていない。

不規則に動き回るボールだが、大地は本能的にスローモーションの中でバットを振る。軌道の予測が不可能でも、本能的に食らいつく事など今の大地にとって造作でも無い事だ。

 

あの時、萩沼との一戦を超えた彼は、1試合に1度だけという制限がついたが、強制的に【無我の境地】を開けるようになった。

恐らく、持って数瞬の僅かに限られた時間だが、その瞬間においてなら大地は空にも負けない打者として君臨する王となれる。

 

その彼が、最初から狙いを定めていたボールを見逃すだろうか?

答えは直ぐに現れる。

 

カキィィィィィッッッンンンンゥゥゥッッッ!!!

 

バットの快音と共に。

 

ガシャンンゥゥゥッッ!!!

シャルルルゥ〜……!!

 

ボトッ……

 

阿旗「……は? ボールが消えた?」

 

門田「あ、あり得ない……。1番近くにいたのに、スイングしたことに全く気づかなかったとか……」

 

奏馬「……は!! ぼ、ボールっ!! おい! ファースト中継ッッ!! ファーストランナーがホームに帰るぞ!!」

 

上田「あ、あぁ!! ボールバックゥゥウゥ!!」

 

秋野「ゴメン、遅すぎだよ」

 

ポン。

 

未だライトが送球態勢の中、秋野は快足を飛ばして既にホームインしており、速攻で先制点を奪う。

その間に、バッターランナーである大地も余裕のスタンディングダブルでチャンスを残したまま3番に回した。

 

帯刀「よっしゃあ!! 久方振りのクリーンナップだぜ!! しかも、いきなりのチャンス!!! 盛り上がっていこうぜ!!!」

 

門田(まさか、阿旗さんのウイニングショットを最も簡単に弾き返されるとは思わなかった!! これはマズイ!!)

 

門田「た、タイムをお願いします!!」

 

タイムをとった門田は阿旗の元に駆け寄り、必死に話しかけることで宥めにかかるが、心ここに在らずの彼に門田の言葉など届くはずもなく。

 

カキィィィィンンッ!!

 

カキィィィィィィンンゥゥ!!!

 

カキィィィィィィィーーーンンンゥゥゥッッッ!!!!

 

打順の大幅変更が功を期したのか、羽丘の打線は繋がりを見せ、初回だけで打者一巡の7安打2四死球8得点と大暴れを見せた。

 

 

 

 

─────

 

こころ「眉木は彼に一体、なにを教えたの? 彼がここまでノビノビと楽しそうに投げられる理由が私にはわからないわ!!」

 

黒服「5回コールドになりそうな感じですけど、参考記録とはいえ完全試合ぐらいはやってのけるでしょうからねぇ〜。別に、私目が教授したのは基本通りの投げ方を止めさせただけでございます」

 

美咲「基本通りを止める? それって……」

 

黒服「はい。そもそも、彼自身が自らの才にお気付きになっていなかったのですが、彼の何よりの武器は、その類稀な身体のしなやかさ……つまり、『柔軟性』で御座います」

 

黒服「彼の持つ『柔軟性』は、かなり特殊でして、教科書通りの投げ方を覚えさせられると、多少は活きてくるのでしょうが、それでも宝の持ち腐れです」

 

黒服「基本的なフォームで理想と掲げられているのはpower Lと呼ばれるフォームですね」

 

はぐみ「あ!! はぐみもそれは教わったよ!! ソフトボールだけど、キャッチボールの時とかに監督やコーチが気を付けて投げろって、散々言われたなぁ!!」

 

黒服「えぇ。野球とソフトボールにおいては基礎中の基礎で御座いますからね。手始めに教わる事になるでしょう。当然、怪我率を減らす為のフォームで安定した投げ方ですから」

 

薫「ふむ。なるほどね……。体の芯を軸として、L字を作って投げるという訳か……。たしかに、美しく儚いフォームだ」

 

黒服「流石は薫様……。演劇部として普段から観察眼を鍛えられているだけあって御慧眼で御座います。その通り、今までの彼はこれに沿っての少し肘を下ろしたスリークォーターからボールを投じておりました……。ですが、これでは彼の本来の持ち味を活かし切れていません」

 

こころ「え?! どうして? 怪我しにくくていいじゃ無い!! みんなハッピーになるフォームなのでしょう? それがどうして、彼の持ち味を活かしきれないの?」

 

黒服「簡単でございますお嬢様。それは、腕の撓りの差です」

 

黒服「まず、教科書通りのフォームは肩関節の硬い投手でも投げられる様に先代方が研鑽の元に出した安定したフォームです。万能型の投げ方というわけですね」

 

黒服「しかし、それは肩の負担を軽減するだけであって、そこから改良を加えて行くのが常識なのです」

 

黒服「特に、我妻様のように人よりも肩関節の柔らかい方は尚更改良しなければなりません。万人よりも可動域の広い彼には多少無理のあるファームの方が球に勢いが出ます。その結果が今如実に現れているだけです」

 

美咲「なるほどね……。でも、それって一晩でどうにかなるもんなの? 元々使ってたフォームってそんな簡単に捨てられるわけじゃ無いでしょ?」

 

黒服「……そこが彼のもう一つの強みでしてね……。これに関しては私もコメントしづらいのですが、簡単に言ってしまうと異常に『修正力』が高いのです。はっきり仰いますと、訂正した事を即座に身体に覚えさせるのが異常に早いのです」

 

黒服「そして、偶発的か、はたまた本能的にか、彼はとんでもない副産物としてアノストレートを生み出してしまったのです」

 

花音「……す、すごい///」

─────5回表─────

 

友坂(クソ野郎ッッ!! なんやコイツのボールッッ!! ホンマええ加減にせぇよ!! さっきより勢いが─────!!?)

 

ズバァァァァァァァーーーーンンンゥゥッッ!!!

 

《138km/h》

 

大地(ふぅ……。我妻、テメェ……。ここに来て球威が上がってきたな。これがこのボールの真骨頂といえばそうだが、ここまで強豪相手に翻弄することが出来るなんて、本当に恐ろしい球だ)

 

ズバァァァァァァァァーーーーンンンンゥゥゥッッッ!!!!

 

《142km/h》

 

友坂(はぁ!? フザケンナや!! 1年で140やと!? しかも、変則フォームでそんな球速だすとか!? アホちゃうか!? 怪我すんぞ!? それよりか、インコース連続って!!? このバッテリー!! 俺の得意コースを敢えて二球続けてきおった!!!?)

 

友坂(漫画で見たボール─────ッ!! いつかは見てみたいって思ったったけど、実際に見るのとは全然違う!!! こんなん打てるわけない─────ッ!!?)

 

ズバァァァァァァァァーーーーーーーーンンンンゥゥゥゥッッッ!!!

 

《144km/h》

 

友坂(最後もインハイ!? ヤバイ……!? このピッチャーヤバすぎる!! なんや!? ドリル回転って!! なんやねん!!マジで!! ✳︎ジャイロボーラーとか聞いてないわアホォォオオォォッッッ!!!)

 

我妻「ウッシャァァァァァ!!!!!」

 

✳︎ジャイロボーラー……ジャイロボールという魔球と呼ばれるストレートを投げる人の事を指す。

ついでに、ジャイロボールはボールに縦回転をかけるのでなく、ラグビーボールの様にドリル回転をかけて直進力を高める球の事である。

(現代の理論では投球可能だが、実際は浮き上がったり簡単に投げ込めるわけでは無いのでご注意下さい。この作品はフィクションなので現実とは一切関係ありません)

 

大地(これは、この回で終わりだな……。明日のライブの為に早く終わりたかったし、よくやったよ我妻……。ようこそ、怪物の住む世界へ……! テメェは今から空達と同類の生物になった。そこに立ったら最後、引き返せねぇよ)

 

 

大地の予想通り、気力の残ってない桐奥は我妻相手に塁すら出ないまま完全試合(参考記録)を献上し、そのまま敗戦した。

 

桐奥|000 00ー ーーー|0

羽丘|802 3ーー ーーー|13

 

その後執り行われた木更実業との練習試合には桐奥が快勝するなどという波乱があったのだが、それはまた別の機会だ

 




我妻
球速 124→136→144
コントロール B→D
ディレードアーム、リリース、強心臓、不屈の魂、ハイスピンジャイロ取得


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第29話 『合宿』と『試合』と『ライブ』と『覚醒』と…… 後編5

毎度のことながら、やっちまいましたね!!


阿旗「…………」

 

門田「いつまで、そうやってベンチに座って黄昏てるつもりですか? そろそろ宿舎に戻らないと体が冷え切ってしまいますよ?」

 

 

阿旗「……関係ないわ、アホ……。こんなクズピが身体を壊そうが、野球を辞めようが、誰も騒がへん」

 

阿旗「結局、ワイは天狗もええとこやったってこっちゃ……。咲山相手に圧倒されたのをいい事にズルズル引きずって、結果初回でノックアウト……。ホンマ、こんなヤツが大阪の名門のエースとか笑い話にもならへん」

 

門田「その通りですね」

 

阿旗「オマッ!? ちょっとは、先輩を宥めぇや!! こんなに傷心しとるワイに辛辣に傷付けるなや!!」

 

門田「慰めが欲しいなら、そうしますよ? でも、今、貴方にそれは逆効果でしょうが。阿旗さんが感じてるのは、相手一年投手としての決定的な差ですよね? あの投手の闘士全快のボールに貴方は負けを感じたんだ」

 

阿旗「─────そうや、ワイは、あの我妻のボールに取り込まれたんや。1年やのに、なんでアンナに『強い』んや……。なんで、そんなに『気持ちの乗った球』が投げられるんや!!? ワイとの違いはなんやねん!!?」

 

阿旗「自分の未熟さに腹が立つ!! この感情はなんやねんな!!? ホンマ、巫山戯よって!!!」

 

門田「それが答えなんじゃ無いですか? 答えを見つける事が貴方の道になるんじゃ無いでしょうか?」

 

阿旗「アホォ!! それだけで強化されたら世の中努力とか要らんわ!!! ほら!! 戻るで!!! 明日から、ガンガン投げ込んでもっとボールに磨きかけるで!!!」

 

門田「はい(……阿旗さんに合ったムラッ気の根源は絶たれたかな? これでまた、オレたちはまた強くなれる。我妻、咲山……。今度は負けないよ。ウチのエースは今から本当の『エース』に成り代る)」

 

─────

 

蘭「はぁ……。やっぱり今日も咲山達が勝った。強いな……」

 

橙色の空が広がる球場から離れていく客の流れに沿うようにして、美竹 蘭も球場外へと流れていく。

明日は他のガールズバンドと合同のライブである。試合観戦で昂ぶる気持ちを切り替え、明日へと向けて宿舎へと歩を進めていた時だった。

 

蘭(え? 今のは─────)

 

視界の端に映った土で汚れたユニフォーム姿の男に蘭は有り得ないと思いつつも、ある少年を過ぎらせる。

 

蘭(違うとは思うけど……)

 

人目の付かない道を伝っていく姿を見ると、何故か後ろ指押されるように彼の後を追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大地「かは……ッ!! はぁ! はぁ……!! く、そ……が! これ、が、代償、か、よ!! ほん、と、嫌に……なる!!」

 

喉奥に突っ込むのは4粒ほどの錠剤。感じる倦怠感と、異様な熱さが彼を蝕み、心を削っていく。

今にも吐瀉物をぶちまけたい衝動に駆られるが、必死にそれを止める。

いつもの悪態に力は無く、ただ無理に言ってるだけに過ぎない。

視界も定まらず、呼吸も乱れたまま……。これが先程まで試合で大暴れしていた黄金ルーキーだと、誰が思うのか。

 

不幸中の幸いとしては、部員達には『幼稚化』以外に知られていないという事。

きっと、空や我妻がこの姿を見たのなら、全力で止めてくるに違いない。

けれどそれではダメなのだ。自分が『犯した罪』を『贖罪』し続けるために『試合に出続けなければならない』。

重度の念持を心へ傾けて、心を無理矢理に奮い立たせる。鼓舞では無い鼓舞をして、自らの挫ける意思を捩じ伏せる。

 

大地「ふぅ……。はぁ……」

 

暴威を奮った心拍数を宥めていき、徐々に落ち着きを取り戻す。

視界も戻り始め、感じていた頭痛と体への倦怠感もマシになった。

狂いに狂っていた時間はそれ程ではないが、どうにかして人目を避けて直ぐに戻らなければと、大地が気怠い気持ちを押し殺して立ち上がると……。

 

ガサッ!

 

蘭「ぁ……」

 

大地「み、たけ? な、なんでここに─────?」

 

蘭「ぁ、いや……。今日、アンタ達の試合を観に来て……。それで、勝ったから帰ろうとしたらさ。アンタが見えた気がして、それで……」

 

大地「……そうか……。まぁ、その……なんだ、この事は黙っといてくれると、というか忘れてくれるとありがたい……。あんまり、人に知られたく無いんだ……」

 

大地「それに、思い出しても気持ちのいいもんじゃ無いだろ? こんな俺の姿を浮かべて暗くなられるより、“いつも通り”接してくれ。これから、集合があるから送迎はしてやらないけど、もう大分暗くなってるし、気をつけて帰れよ。最近物騒─────」

 

蘭「成田は、この事知らないの?」

 

大地「…………」

 

蘭「その様子だと、教えてないんだ」

 

大地「……あぁ。教えてない。空どころか、両親も多分知らない。知ってるのは精々一度だけエンカウントした紗夜先輩ぐらいじゃ無いか? あの時は美竹とは違って全容を見られたわけじゃ無いから、詳しくまでは理解してないだろうけどな」

 

蘭「なんで、教えないの? それより、両親にも話さないなんて、アンタ何考えて─────」

 

大地「それ以上踏み込むな!!」

 

蘭「!!?」

 

大地「美竹……。これ以上は“ボク”の事を詮索しないで!! “俺”が“ボク”を御する為には『懺悔』するしか無いんだ……! 誰かに教えたら終わりなんだよ……。頼む……。“ボク”に近づかないでおくれよ……」

 

蘭「っ!! さ、きやま……。アンタ……」

 

弱々しくしゃがみ込む大地を見て、蘭が感じたのは弱い大地に対する軽蔑でも侮蔑でも無い。

彼女が感じたのは自らの無力。目の前にドン底に落ちた大切な人がいるのに、手を差し伸べて安心させてあげる言葉がない。どうして、こんなにも心が締め付けられるのか……。どうして、こんなにも辛いのか……。どうして、こんなにも堪えて居ないと涙が溢れそうになるのか……。

 

今、きっと自分に出来る事なんて無い。

 

大地「なんで……。なん、で……。“ボク”はどうすれば良かったんだ!? “俺”が野球をしなけりゃ良かったのかよ!!? そんなの出来るわけねぇだろ!! “俺”はただ、……!! “ボク”はただ、……!!」

 

大地『野球が好きなだけなんだ……!!』

 

蘭「ッ!! 大地……」

 

スッ……。

 

蘭「……大丈夫。アタシが付いてるよ……。大丈夫……」

 

大地「ぁ─────う、ぁあぁああぁぁ!!!」

 

泣き噦る子供をあやす様に、ひざを落として頭を胸に優しく引き寄せる。

声音も暖かく、ゆっくりと話す。大丈夫、大丈夫……。と、同じ言葉が伝わるまで続ける。

 

泥だらけのユニフォームという事も忘れて、大地は蘭に縋り付く。

踏み込むなと自分で言っておきながら、耐えきれなかった。湧き上がる涙雨は、止まらない。一度決壊したダムを抑えつけるなんて出来ない。

 

蓄え続けた『後悔』と『不安』、そして『贖罪心』をこれでもかと吐き出す。

彼女の鼓動が聞こえる。少し緊張しているのか僅かに早い。けれど、この音が大地を安らかに諌めていく。

 

そばに彼女がいると解るだけで、余計な不安な消し飛んで行った。

この先、回避することなど出来ない『絶望』が『咲山 大地』を呑み込んでいき、その度に彼は挫折し、諦観を示すことになるだろう。

 

そして、それを抱え込み、自分で押さえつけてしまうのだ。この不幸が誰かに飛び火しないようにと、自分の箱へ抉じ入れる。

『鍵』を掛けて、厳重に触れられないように深く深くへと手の届かぬ場所へと封印した。

 

誰にも触れられてはならないと、自分に課せて忠実に守り続けた。

 

けれど、彼を押さえつけていた『箱の鍵』は、たった一人の少女の暖かな抱擁によって融解されていき、彼は諍いを瞬間だけでも止めた。

戦士には休息も必要なのである。

 

 

大地「み、たけ……」

 

 

蘭「大丈夫……。アタシはここにいるよ……。落ち着くまでこうしておいてあげるから……」

 

夕暮れに染まる茜空。

沈みかけの太陽が、2人を照らして、茂みに影を映し出す。

2人重なる1つの影が、今はとても玲瓏で──────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────暖かった……。

 

 

 

to be continue………….




ね? やっちまってたでしょ!?
次回・後編フィナーレ!!


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第30話 『合宿』と『試合』と『ライブ』と『覚醒』と…… 後編6

大地「─────すまんッッ!!! ほんとのホンッットォォオオに!! すまねぇええええぇえぇえぇええええええッッッ!!!!!!」

 

蘭「いいよ、気にしてないから……ちょっと嬉しかったし///(ボソッ……)」

 

心揺さぶる夕焼けが焦がした情景の中、真っ赤に目を晴らした野球着姿の少年が、顔を朱色に染めた赤メッシュの美少女に対して土下座をしていた。

 

なぜこうなったかは、前回の話を見ていただければ理由がよく分かると思うが、彼、咲山大地は情け無い姿を同級生に曝け出すだけでなく、その女の子にしがみ付き、頭を胸に埋めて涙を枯らすまで嗚咽したという現実に途轍も無い罪悪感と、羞恥心が襲い掛かって、殆ど条件反射で正座を作り頭を下げているのだ。

 

年頃の青少年にとって、同級生の……しかも、とびきり美少女の女の子の胸に顔を埋めていたという事実は、かつて無いほどの劣情を感じてしまう。

泣き止んだ時に感じた、彼女の温もりを感じて、冷静なって分かった女の子特有の甘い匂いが鼻腔を擽ぐる感覚、そして、確かな……自分達、男には無い胸の膨らみの柔らかさ。

 

当たり前だが、この状況を理解した瞬間に飛び退き、心臓をバクバクと荒ぶらせていたのは言うまでも無いが、なんとか鋼の理性で押さえつけたりしていた。

……離れた時に、蘭が若干悲しそうな声と顔を見せていたような気がしたが、気のせいだろう……。気のせいったら気の所為である!!

 

大地「美竹……。テメェ、女神か? 慈愛を持った女神様なのか!? それと、最後なんて言ったんだ? 聞き取れなかったわ」

 

蘭「なに言ってんの? マジで引きそう……。それと、最後のは聞き取れなくていいから///」

 

大地「なんで照れてんだよ……。ったく、優しかったり照れたり忙しいお人好しだな……」

 

そのお人好しに救われたのは俺だけどな……。という言葉を心にしまって、優しく微笑む大地は完全に立ち直ったと判断して良さそうであった。

正座を解き、僅かに痺れる足をほぐしながら立ち上がり、蘭へと向き直る。

そして、満々の微笑みで……

 

大地「─────美竹のお陰で少しは楽になった……。ありがとな!!」

 

蘭「っ///!! べ、別に……/// あ、アンタの為じゃないから……///」

 

大地「はいはい。そういうことにしておいてやるよ─────それでも、救われたのは事実だからさ、ホント、ありがとな」

 

蘭「え!?/// ちょっ─────///」

 

つい、右手を頭に乗せて撫でてしまう大地。

さらりとした髪の毛をぐしゃぐしゃにしないように注意を配りながら、優しく撫でる。

 

蘭「んっ///」

 

大地(あぁ、なんか癖になるな……。コイツってこんな可愛かったか? 普段からは考えられないよな……。もっと撫でて上げたい)

 

最初は抵抗していたものの、いつのまにか目を細めて気持ちよさそうにして、借りてきた猫の如く大人しくされるがままになる蘭。

耳を真っ赤にしながら、そのドツボにはまりかけている彼女はあまりの心地良さに僅かな吐息しか零せなくなっていた。

完全に手篭めである。

 

ガサガサ……

 

ひまり(わぁあ/// 蘭が!! 蘭がデレてるぅ!!)

 

モカ(いやぁ〜。あの〜蘭がねぇ〜。これは〜面白いね〜)

 

巴(……蘭が何しに来てたのか気になったけど、あんな桃色空気の中入っていけるわけないな)

 

つぐみ(……ちょっと、羨ましいかも///)

 

空(あの野郎……湊先輩だけに飽き足らず、美竹まで篭絡したな!? あの唐変木は本気でヤバイ!!)

 

金田(クソ野郎め!! 試合終わって、直ぐに出ていったかと思ったら、これが理由か!!! オレら非リアを愚弄してるわけだな!!!? よかろう!! 全面戦争だ!!! 今すぐ血祭りじゃぁぁぁぁ!!!!)

 

宗谷(……オレ、美竹さん狙ってたのにな……もう失恋かよ)

 

空「そうだったのぉ!!!? オマッ!!? なんつーカミングアウトしてるんだ!!?」

 

金田「そうだそうだ!!! 咲山はいい思いをしすぎだ!!! もっと恩恵を分け与えろぉおぉおぉおおおぉ!!!!」

 

空「オマエは黙ってろ!!!」

 

金田「美女独占禁止法を作れぇええぇええぇぇえええぇぇッッ!!!」

 

巴「この部、壊滅的だな……」

 

モカ「違うよ〜。野球部には〜常識人が〜いないんだよぉ〜」

 

大地「テメェら、何してんの……?」

 

全員『あ』

 

蘭「……ッッ///」プルプル……

 

かなり黒いオーラを背に纏いながら満面の笑みを浮かべる大地と、目の端に雫を貯めて顔を真っ赤にする蘭が茂みに隠れて盗み見をしていたAfterglowメンバーと空達を睨みつける。

 

この後のことは、大地が人数分の重石を持ってきたことから推して知るべし。

 

 

 

空「てか! この重石はどっから持ってきたんだ!!!」

 

大地「あ? そんなもん、テメェ等が知る必要はねぇよ……。本当なら、百叩きセットの方が良かったんだが、女子もいるし今回は見送ることにするか……。クフフ……」

 

全員(怖っ!! 咲山怖ッ!!!!)

 

─────

 

大地が裏で根回しした結果の合宿休暇日。

 

大地「なんか、スゲェ人一杯いるんだけど……。友希那先輩達、こんなに人がいる中でライブするんだな……。もう、凄いとしか出てこねぇや」

 

感慨に耽る大地は、見渡せば人という密集地帯を歩く。

時間は13:23でライブまでまだ少し時間が残っている頃合いに、暇を持て余していた。

 

大地(……ヤベェ、楽しみすぎて早く来てしまったけど、やる事ねぇよな。仕方ないから、あそこら辺のベンチにでも座るか? あ! くそ……。先にカップルに座られたか……。仕方ねぇ、ボチボチ歩いて屋台とかの焼きそばとか食って時間でも潰そう)

 

千葉ガールバンドフェスティバルなどと言った文字羅列が記述された旗が立て並べられた場所……最も人が密集する場所へ移動する大地。

 

大地「むぐっ!! スマン!! ちょっと、通してくれ─────わぁっと!!」

 

ギュウギュウと押しつぶされていく大地。

野球をやっていてホームランを大量に打てる彼だが、決してそれほどガタイが良いわけでは無い。

身長177cm体重62kgのごく一般的な男性と何一つ変わらない体躯だ。

たしかに、脚は長く、顔も整っているので若干モデルに見えなくも無いが、それ以外は然程普通の男子高校生の風貌だ。

そんな彼が密集地帯に呑まれれば、決まって流され押しつぶされる。

 

だが、そうしていればいつかは野球好きの人が大地を発見する訳で……。

 

野次馬「あれ? アイツ、咲山じゃね?」

 

野次馬「サキヤマ? 誰? それぇ〜?」

 

野次馬「知らねぇの? 『咲山 大地』。今、高校野球で【大樹】とか呼ばれてる怪物ルーキーの事だよ」

 

野次馬「なんでも、春季大会に1年ながら捕手として全試合出場して、打率は8割を超え、5月時点で既に通算本塁打数を20本ぐらい打ってる今、最も注目を浴びてる選手の1人だって、この前のt○n.でやってたぜ」

 

野次馬「おいおい!! マジかよ!! 昨日まで大暴れしてた咲山がこんな場所に来てるのかよ!! ちょっと見せてくれ!!」

 

野次馬「キャァァ!!! 咲山くぅ〜ん!! こっち向いてぇ〜!!」

 

野次馬「うぉぉおお!! 【大樹】だ!! ホンモノの『咲山』だぁぁ!!」

 

大地(うぇ!? いつのまにかエライことになってるぅぅううぅう!!? )

 

事態が急変!!

大地はこの押し寄せる人波に動揺を隠せない。

何故だ!? なぜ、俺のような一般人にこんなに押し寄せてくる!? と感じている彼は気付いていなかった。

 

そう、『成田 空』は最早有名人であるのは大地も知っている通りだ。完全試合複製マンなのだから、カメラの取材も多くくるし、実際にテレビに何度も取り上げられていた。

しかし、一方の大地は細々とした取材陣にしか受け答えしないというスタンスを取り続けていた。

理由は単純に目立ちたく無いだけだが、彼は自身のルックスや成績について疎かった。だからこそ、どれだけ自分にスポットを当てられているのか分からなかったのだ。

 

『咲山 大地』は『成田 空』と双璧で目立つ存在。

そんな人物をフリーライター、況してや新聞社やテレビ局が見逃すだろうか?

答えは否である。彼の了承など無くとも、記事やテレビでの取り上げは幾らでも出てくる。

 

そんなことをすれば、当然、このように彼を取り巻く状況は一変する事となる。

彼がもう少し、自身について気配りのできる人間なら、こう言った事態も避けられたかもしれないが、今はそんな事を論じている暇はなさそうだった。

 

大地「クソがぁぁぁぁぁぁあ!!!」

 

絶叫を響き渡らせながら、全力で逃亡を図る大地。

『マルチタスク』を全力で使用して、脳の活性化を促して、逃亡ルートを模索しながら、同時進行で対処方法を探る。

そうしている間にも迫って来る人混みを掻き分けて突っ走る。

 

野球部内でもソコソコ速い部類の大地に人混みで縺れそうになる不安定足場で動き続ける野次馬達が追いつけるわけがなく、徐々に開きを見せていく。

 

だがここで大地の視界の先に映ったのは、運悪く(?)横断歩道横切った黒猫が、これまた運悪く(??)その猫を追いかけた子供が歩道から駆け出す。

さらなる不幸(???)としては、車道を走ってくるトラックの運転手が居眠り運転をしてしまっていた。

 

大地(なっ!? なんでこんなに悪循環が続いてんだよ!!? ここは漫画じゃねぇんだぞッ!!? クソッタレがぁぁああぁアァ!!!)

 

大地は唐突に進路変更し、少年と猫のいる横断へ向けて駆け出す。

その際、懐に入れて置いた硬式ボールを取り出す事も忘れない。

 

運転手「ぐぅ……すぅ……」

 

ブォオォオオォォオオオ!!!

 

 

黒猫「にゃっ!!!?」

 

子供「わぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

男性1「危ないッッッ─────!!!」

 

女性1「キャァァァァァァ!!!!」

 

男性2「くそっ!! 間に合わない─────!!」

 

女性2「イヤァァァァァ!! 優ぅぅ!!!」

 

 

大地「巫山戯んなッッ!!! 今日っていう『楽しむ日』に途轍も無いモンを見せようとしてくんじゃねぇええぇえぇ!!!」

 

大地(狙いは定まった!!! 喰らえぇえぇえええ!! 【無我の境地】!! 強制解放ッッッ!!!!)

 

大地「ラァァァァァッッッ!!!!!」

 

全速力で駆け込んだ力を全部伝えるようにボールをリリースし、強烈なバックスピンの掛かった硬式ボールは大型トラックへ向けて直線的に向かっていく。

その距離約50m。

 

大地「ダァァァァァアッッッ!!!」

 

そして、大地は投じた後にすぐ様駆け抜けていく。

横断歩道で縮こまる少年と猫の元へ全力で駆ける!!

【無我の境地】状態の強制クラウチングスタートは爆発的な運動エネルギーを生み出し、50mの距離を一気に縮める。

 

ドゴォォォオオオォオォォオォオオォオオンンンンゥゥッッッ!!!!

 

まるで雷剛が駆け抜けたかのような爆音が辺りに響き渡る。

耳をつんざく音を醸し出したのは、トラックの先端部分に接触した野球の硬式ボール。

 

運転手「なぁっ!? ウワァァァァァッッッ!!? な、なんだぁ!!? これは!?!?」

 

キッキィイィィィッ!!!

 

突然の出来事に運転手は急ハンドルと急ブレーキを掛ける。

その為、トラックは横滑りに変化していき、少年達との接触に一瞬だけ間が出来た。

そして、彼はその一瞬で─────

 

大地「ウラァァァァアアアァァアアァッッッ!!!」

 

少年「うわぁぁぁ!!?」

 

黒猫「ニャァァァァ!?!」

 

─────少年達を抱え込んで、逆側の歩道へと滑り込んだ。

 

ズザザザッッッッ!!!!!

 

大地「ぁがぁぁぁぁ!!」

 

背中に伝わる痛みと熱に声を荒げてしまう。

摩擦でお気に入りのパーカーは破けていき、ジーパンもボロボロへと変わっていく。

最後、木にぶつかるまで勢いが収まることなく引き摺った影響で背中に一生消えないかもしれない怪我を負ってしまったかも知れない。

野球人生に影響は与えないとも限らない。

けれど、確実に言える事があるなら……。

 

大地「……ぁ、ぐぅっ……よ、かった、無事……で…………」

 

 

少年「お、おにぃさ、ん……」

 

猫「にゃぁぁ……」

 

所々で聞こえる絶叫や泣き叫ぶ声はもはや聴こえない。

これでは、友希那達のライブを観に行くことは叶わなそうだと、少し悲しい気持ちになったが、大地は最後に見た少年顔を見て、安堵した。

 

そこで、彼は一切の情報を遮断して目を閉じた。

 

 

 

最後に、周囲の人へ悲しみと、虚しさと、─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────微笑みを残して……。

 




ライブせずに終わってしまった……( ̄^ ̄)
なんか、凄い申し訳ない気分です。
しかも、胸糞悪い感じですね。
自分でもこう言ったお話を書こうって設定を練るんですけど、何故か悪い方向へ脱線してしまいますね。
ほんと、申し訳ない。

次回・不滅の【大樹】

というタイトルなんですけど、これもpart5まで続くつもりです。
よろしくお願いします!!

─────決して、他のタイトルが浮かばないということでは無いよ!!
ほんとだよ……。


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不滅の【大樹】編
第31話 『咲山大地』の中に潜む、『咲山大地』


─────5月5日 AM19:15 千葉総北大学病院 治療室前─────

 

河鳥「…………」

 

空「大地……。なんで、こんな事に……っ」

 

我妻「咲山っ……。オマエ、こんな所で中途半端な形で離脱するなんて、許さないぞ……」

 

悲痛に染まる治療室前。

電灯も寂しく灯り、廊下を虚しく照らしていた。

何も無い病院の廊下が今はとても悲哀に満ちていて、治療を待ち続けているモノ達の焦燥を煽る形になる。

 

大地が運び込まれて早5時間が経過していた。

時折、状態を説明してくれる医師からの情報だけが、彼等が大地の容態を知る唯一の手段であった。

 

それによると、大地の容態は3時間以上あまり芳しくは無かったが、ここ2時間は安定した数値を出して、状態を取り戻しつつあるらしいが、未だ危ないところから抜け出せない。

1番酷い箇所は、摩擦による火傷と擦れたことによる裂帛の広い擦り傷を受けた背中である。

 

もう少しで背骨が剥き出しになる所であったが、外科医の腕が良く今では止血も終わっており、傷口も閉じている。

しかし、あまりにも出血した量が多過ぎる。

失血した血液が彼の状態を危ぶんでいるのだ。一体どれだけの勢いで背中を擦り付ければ、これ程の傷が生まれると言うのだろうかと、報告してくれる女医も憔悴しきった顔で言っていた。

 

病院に残っている血液を送り込んではいるが、あまり効果は無い。

そもそも、A型の血液は消費が激しく確保しておくのも難しいのだ。更には、運の悪い事に、今日は傷害事件によって失血した成人男性にも輸血を行なっているため、在庫が少なくなっている。

 

野球部の中でA型は4人だけであり、当然、血を分け与えたが、それでも足りない。

もはや、これ以上は手の施しようがなく、後は大地の回復力に期待するしか術は無かった。

 

友希那「はぁ! はぁ!……大地っ!」

 

空「……湊、先輩」

 

リサ「はぁ、はぁ!! 友希那だけじゃないよ!! Roseliaはみんないるっ!!」

 

紗夜「はぁ、はぁ……。えぇ、ちゃんといます」

 

あこ「うん! 当然だよ!!」

 

燐子「それ、で……。咲山くんの、容態は……?」

 

我妻「……それが─────」

 

河鳥「出血多量による血液不足……。それが今のアイツの容態だ」

 

紗夜「貴方は……?」

 

初対面の男性の存在にRoseliaの面々は警戒心を見せる。まさか、この人が事故を生み出した張本人では無いかという疑いも向けているが、空の介入によって勘違いだと分かる。

 

空「この人は、大地の野球の師匠である河鳥さんです……。河鳥バッティングセンターのオーナーでもあり、大地の両親が着くまで付き添いで来てくれたんです。残念ながら、ウチの監督は選手のメンタルケアをしないといけなくて手が離せないので……」

 

河鳥「そういうことだ……。初めましてだな。さっき空坊にも御相伴に預かったが、河鳥 純平だ。こんな状況で何だが、宜しく頼む」

 

疲れ切った顔を見るに、本当に大地の事を心配に思っている事がわかる。

それを信用の証として、Roseliaの面々も自己紹介と宜しくしてくれという旨を伝えていた。

 

河鳥「そうか……。あんた達が大地が良く聴いてた『Roselia』か……。アイツも今日のライブが楽しみで仕方がなかったみたいで残念だが、ライブ自体は滞りなく終わったのか?」

 

リサ「はい。みんな大盛り上がりで成功したと思います……。ただ、大地がいなかったので、イマイチ盛り上がりに欠けました……」

 

空「そうだったのか……。宇田川も白金さん、氷川先輩……湊先輩は言うまでもありませんね」

 

紗夜「えぇ。恐らく、今日ほど湊さんが放心していた日は無いでしょう……。それほどに、彼の存在は私たちの中で大きなものだったのです」

 

あこ「ねぇ? 河鳥さんが血液不足って言ってたけど、咲山さんの血液型はなんなの? よければ、あこの血をとってもいいよ」

 

燐子「は、い……。よければ、私のも……」

 

リサや紗夜も同様だったが、友希那だけは、ずっと集中治療室へと視線を向けたままだった。

ライブの時もそうだった。大地の事故の話を空からリサへ連絡があった時の友希那の取り乱し方はとても見たことはなかった。

この状態でライブなど出来るはずもないと判断した、紗夜が中止にする旨を伝えたが、それを拒否したのも友希那だった。

 

彼女達の最終目標は、FWFで自分達の音楽を認めさせる事だ。

こんなところで立ち止まっているわけには行かなかった。それに、彼が……『咲山 大地』がライブを途中中断させたと聞いたら、きっと怒る。

立ち止まることを何よりも嫌う彼だからこそ、自責しながらも激昂して下手をすれば自分達を見限るかもしれない。

 

それはなによりも避けたい。

ならば、歌えと強迫観念に動かされたRoseliaはライブを強行した。

無事なんとか、乗り切ることは出来たが、今日の出来栄えは大変不服なものである。

けれども、やり切れたのだ。それをいち早く大地に伝えたかった。

 

それでも、彼は未だ眠ったまま目を覚まさない。

目の前が暗くなっていく。

 

優しい笑顔を浮かべて、自分の容姿を褒めてくれた彼が倒れたままで起きてこない。

 

無邪気に戯れて、いつも自分を振り回してくる甘えん坊な彼は未だ未だ起き上がらない。

 

試合中の真剣な眼差しを浮かべて、他の追随を物ともしない彼は何時迄も寝たまま。

 

それが友希那の暗い、昏い、黯い心を、より泥沼へ突き落とす。

初めて『特別な感情』を抱かせてくれた男の子が自分の手から段々と離れて行く。

無意識の内に目の前が歪む。

 

友希莫(な、んで……。私は、泣い、ているの……?)

 

そんな事、分かってる。けど、認めて仕舞えば『彼』が遠くに行ってしまうようで、どうしても理解したく無かった。

 

だが、ここでRoseliaにとっての……いや、友希那にとっての朗報が耳に飛び込む。

 

我妻「それは有り難いですけど、咲山の血液型はAですよ? 皆さんの中にA型はいらっしゃいますか?」

 

リサ「A型!! なら……!!」

 

友希那「っ!!」

 

そして、Roseliaの視線は一斉に友希那とリサへと向かう。

ここには2人のA型幼馴染コンビがいるのだ。これで、大地を救えると意気揚々となるのだった。

 

─────

 

蘭「はぁ! はぁ! はぁ! 大地っ!! 大地っ!!」

 

巴「蘭!! 落ち着けっ!! お前の気持ちはわかるけど、ここは病院だぞ!! もう少し落ち着け!」

 

モカ「サキィ〜なら〜ダイジョーブだよぉ〜……。だから〜、少しは、落ち着きなって〜」

 

ひまり「そうだよね! こんな時こそ冷静にならなきゃ! ね? つぐ!」

 

つぐみ「咲山くんが……事故? どうして? こんなことに……」

 

巴「や、ヤバイ……。つぐと蘭の精神状態が危ういぞ!」

 

Roseliaとは少し遅れて、Afterglowが病院に到着し、すぐ様に治療室へ向かって行く。

その途中で聞こえてきた焦燥の声。

 

空「クソッ!! これでも足りねぇのかよっっ!!」

 

友希那「ぅぐ……。私の、血な、ら……まだ、あるわ!! 足りないのな、ら……」

 

リサ「私の、も……まだ、行けます……! だから……!」

 

看護師「バカな事仰らないで下さい! 貴女方の血液は限界ギリギリまで輸血に使ったんですよ!? それ以上は危険です!! 今も既にクラクラして立つのもやっとじゃ無いですか!! 兎に角、大人しくしておいてください」

 

河鳥「そうだぞ。ここは、看護婦さんの言う事を聞いておけ、無理をしたところでアイツが喜ぶはずがない。それこそ、今度は君たちがアイツを苦しませる事になる……」

 

友希那「そんな、事……。結果、大地が助からなければ一緒じゃ無い……! ここまで来て、引き下がれる訳が─────」

 

蘭「その役目……。アタシにも任せてくれませんか?」

 

友希那「み、美竹さん……?」

 

蘭「大地の血が足りないんですよね? なら、アタシの血を分けてやってください。大地の血液型とアタシの血液型は一緒です」

 

つぐみ「なら、私も一緒だね。私のも使ってください! お願いします!」

 

空「なんで、大地の血液型知って─────」

 

そこで空は何時もの風景の一場面を思い出す。

 

─────

 

大地『血液型で性格診断? は! バカらしい……そんなんで、性格が分かるんだったら、千差万別な個性なんて生まれてこねぇよ……。あ、俺、A型な』

 

蘭『結局答えるんだ……。それより、アタシもA型なんだけど……』

 

空『マジかー……。なんか、オレだけはぶられてるみたいじゃん!!? 悲しすぎる!!』

 

 

─────

 

空(コイツ、あんな時の事覚えてたのかよ……。何気無い会話でしか無いのに、どんだけ大地の事を意識してたんだか……。だが、今は茶化す場面じゃねぇ!! 正直助かった!!)

 

看護師「そうですか!! なら、此方へどうぞ!! 直ぐに準備いたします!!」

 

蘭・つぐみ『はい!!』

 

こうして、大地に輸血する血液は充足し、そこから更に1時間後に治療室から安定した呼吸の大地が介護室に運ばれて皆一息つき、特に血液を輸血した4人は安堵の為気が緩み、大地の寝顔を見ながらその場で寝込んでしまった。

 

その情景を見た仲間達は、微笑みを浮かべて暫く、病院のソファーで横になり、長い夜を過ごしたのだった。

 

─────

 

大地「ここは……?」

 

俺はいつのまにか暗闇に閉じ込められていた。

ここがどういう場所で、どういった景色があるのか分からない虚無の世界。

身体は固定されたかのように動かないし、何処か一部分の記憶には靄がかかってここに来た事を思い出せない。

 

平衡感覚も狂っているのか、自分が横になっているのか、立っているのかすら分からない。けれど、一つ言える事があるのは、この場所は“俺”にとって居心地のいいところではなく─────『─────“ボク”にとっては安らげる場所だね。』

 

大地「っ!? て、テメェ……。そうか……。そういう事かよ……」

 

大地?『うん。そういう事だよもう一人の“ボク”』

 

大地「そんな言い方されると、昔の遊○王を思い出すから止めろ……。てか、完全に意識してんだろ?」

 

大地?『はは。まぁね……。実際、彼のように完全な別人格が宿ってるわけじゃ無いけど、“ボク”は“俺”なんだから、大差ないでしょう?』

 

そうかもしれない……。とは言えなかった。

たしかに、“俺”は“ボク”と同一の人物であり、“別人格”って訳でも無いが“同人格”という訳でも無い。

コイツの言ってることは《正しい》が《間違っている》。そんなアベコベな存在が“俺”や“ボク”という概念体だ。

主人格は“俺”で、第2人格は“ボク”である。

コイツとは小学生頃からの付き合いだだたりするのだが、その辺は割愛して、“ボク”が後天性に生まれたという事だけ伝えておこうと思う。

 

大地?『一体、誰に伝えてるのさ?』

 

大地「んなもん、読んでくださってる皆様に決まってるだろ?!」

 

大地?『そのメタ発言は意味があるのかい?』

 

大地「いいんだよ別に……。それより、今回は“何を肩代わりしてくれて”、“何を[すれば良い]んだ?”」

 

その返答を聞いた“ボク”は笑って“俺”を見る。

もう気づいていると思うが、“俺”と“ボク”は所謂、『多重人格者』と呼ばれる存在である。

 

普段の状態が“俺”で、みんなが『幼稚化』と呼んでいる奴が“ボク”に近いけど、アレは“ボク”と“俺”の心象を具現化させたモノ……。つまり、『第三人格』である。今は、もっと奥底で眠っているが暴走すると、マジで手に負えなくなるジャジャ馬なので“俺”と“ボク”で御し切るのに時間が掛かった。

 

では、“ボク”はどの場面で出てくるのか……。

手っ取り早く行くと、“ボク”が出てくるのは“俺”が精神的に苦痛を負う時である。

 

簡単な例を挙げるなら、例えば“俺”が学校で虐められてたりする、その時の“俺”は誰にも相談できずに心に亀裂が入り、精神状態がボロボロになったとする。そういう場合に出てくるのが“ボク”だ。

 

実は“ボク”の精神構造はイジメでは屈しない。それどころか、仕返ししたり、捩伏せたりと言った口調には似合わない豪胆さを持つ。

 

まぁ、やり過ぎたりした事もあるので、その辺は加減を覚えたらしいけど今でも小学生時代の旧友たちには、“俺”と“ボク”は嫌われてるらしいと従姉妹から聞いた事があったなぁ……。

 

話が脱線したが、これが“ボク”が出てくる条件。“俺”の代わりに“ボク”が苦痛を薙ぎ払う時に出てくる。

 

だが、これはタダというわけでは無いのだ。

自分の一部なんだから、言うこと聞けよと思った回数は幾度とあったが、“ボク”にとっても“俺”は一部でしかないのだ。そう簡単に割り切れるものでは無い。

 

だから、“俺”は“ボク”に苦痛を肩代わりしてもらう代わりに、“ボク”の頼みを聞くことにしていた。

 

大地?『そうだね……。今回肩代わりしたものは“事故によって受けた身体の痛みと、ライブを見に行けなかった事に対する悲しみ”だね? 記憶見る?』

 

大地「テメェ、“俺”が小心者って事知っててよく言えたな……。まぁ、見るけども……」

 

大地?『結局見るんじゃん(笑)。ま、そんなに気張らなくても事故の時の痛みなんて感じるように見えてそんなに感じなかったよ? 別にトラックそのものに引かれたわけでも無いしね』

 

そして流れる事故当時の記憶。

 

─────

 

うむ、たしかにひかれてない。

寧ろ、俺の体が、ヤワでは無いか? なんで走って滑っただけであんなに血がドバドバなんだよ……。

 

大地?『あ! あれね! 【無我の境地】入って途轍もない速度で転んだんだ……。寧ろ、背中の裂傷と火傷だけでよく済んだよ。ホント……』

 

大地「そんなにヤバイのかよ、あの領域は……」

 

大地?『そりゃあ、身体能力だけなら、『ゾーン』を超えた出力を出すんだ。軽く人知を超越した膂力で走って滑ったんだ、そりゃあ、ああもなるさ。さて……』

 

プツンと目前に広がっていた過去の映像が消え去ると、“ボク”は真剣な眼差しで、“俺”を射抜く。

そして、散々な間を置いてから、頼みを告げた。

 

大地?『今年、甲子園で優勝する事は当然だけど、その前に“俺”は大怪我から復活しなくちゃいけない……。後は、わかるね?』

 

ニヤリと口元を歪めた顔。ったく、相変わらず人使いの荒い自分だ。

それでも、多くの時間を共有しているうちに愛着というものは確実に芽生えるのも事実。

偶に、暴走して出てこようとするが、それ以外に無駄な干渉はしてこない“見えない”相棒の無茶振りに応えなければならない。

そうしないと、“俺”が“俺”で居られないから……。

“ボク”が消える前に、最短であの場所の頂点に立つ。

そんで、“ボク”に一度でも楽しい思い出を持って欲しい。いつかは消えゆく“ボク”を喜ばせるために、“俺”は“ボク”の無茶振りを聞き続ける。

 

大地「あぁ、任せておけ……。復活戦は6月中だ。その最初の試合でホームランを打ってやんよ……。完全なる復活劇を世間に広げてやるよ」

 

こうして、今日も“契約”を終えて、この場所の記憶を消して現界へと戻るのだ。

 

最後に見た“ボク”の微笑みは、何処まで言ってもやはり─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────悲しいままだった……。

 

to be continue……

 




めちゃくちゃな設定でごめんなさい!!
でも、こういう為のフラグを立ててきた!!
下手くそでしたけどね!



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第32話 ハーレム気分→オマエ、完全にブラッ●・ジャ●クだろ!?→そして、急なシリアス……!

ピピィッ!! ピピィッ!!

 

午後1時半頃に大地が巻き込まれた事故の影響で、6時間以上が経過した中でも交通規制は解けず、周りの警官と消防が慌ただしく動き回っていた。

 

警官「それにしても、こんだけの大型トラックが人に向かってきたのに死者0人って珍しいな……。しかも、運転手は居眠り運転してた訳だろ?」

 

部下「はい。報告書にはそのように記載されていますね。死者0人、重症が1人ですが、今上がってきた連絡によりますと、その重傷者の容態も安定し始め経過次第ですが、健全な状態に戻るらしいですよ」

 

部下の報告を聞き、そうか……。という呟きだけを残して無整髪の警官が胸元から手袋を取り、手に装着して横転したトラックの先端部分に転がっている野球ボールを拾う。

鑑識からドヤされる事は間違いないだろうが、今の彼にとってそんな事はどうでもいいぐらいに興味が惹かれるモノだった。

 

部下「野球ボールですよね? それ……。どうして、そんな物がここにあるんでしょうか?」

 

警官「なんだ、聞いてないのか? そこら辺は調書に書いてなかったみたいだな……」

 

立ち上がって、拾ったボールを元あった場所に戻してから部下に向き直り、メンドくさそうに、或いは考えられない事象を思考しないようにしてトラックの先端部分に指を指す。

 

その指先へ視線を向けていくと……。部下は固まり、口をあんぐりとさせた。

 

警官「最初、目撃者が見た時にはぶつかって直ぐに零れ落ちたわけじゃ無いみたいだ……。なんでも、文字通り“抉り込んでた”らしい」

 

警官「儂も、疑ったモンだが、調査を進めているうちに偶々動画を撮影していた目撃者から提供してもらった映像を見せてもらって初めて現実で起こり得た事象なんだって分かったよ」

 

警官「今でも、あの動画がCGであると切に願うと同時に、実に男心擽ぐる怪物がいて欲しいと願う自分もいる……。どちらにせよ、こんな事は調査書に書けたもんじゃねぇ……」

 

そして、警官は未だ唖然とする部下に声をかけて、“車体がひしゃげて、先端部分に大きな窪みが出来た大型車両”に背を向けて、自らの愛車へと向かって歩みを進める。

 

警官の鼓膜には、まだ動画内で響いた爆発音ともとれる大轟音が残響していた。

 

─────

5月6日 PM7:40

千葉総北大学付属病院 入院室502号室 咲山

 

 

大地「────なんだ? この状況……?」

 

うむ。意味不明である……。なんか、身体中が重たいと思って目を覚ますと、見慣れない天井が広がっていて、やたらと病院臭い匂いが広がっていた。

状況を呑み込め無かったので、身体を起こそうとしても体全体に重みがかかって起き上がれないし、何より背中に迸る痛みに顔をしかめてしまった。

 

仕方ないので、首だけを必死に動かして体の重みがなんなのか確かめてみると……。

 

友希那「すぅ……すぅ…………ぅぅ……だ、いち…………」

 

可愛すぎですか? 友希那先輩─────って違う!

なんで左腕に体重かけてくるんですか!? てか、なんでここにいるんですか!!? 柔らかくて温かいです!!(暴走)

 

友希那「ぅぅん……」

 

大地「ッッ!!!」

 

ヤベェッッ!!! 今チラッと胸元が見えてしまった気がするぅうぅうううう!!!

慌てて視線を右にズラすと……

 

蘭「だい……ち………ぅみゃ………だ、いじょ……う、ぶ…………すぅ……」

 

大地(ギャァァァァァァァァァァッッ!!!! み、美竹ぇええぇえええええぇぇええぇえぇえぇえぇえええええッッ!!!)

 

何この可愛い生物!! 持ち帰り─────ゲフンゲフンッッ!!!

そうじゃねぇ!! なんで美竹まで俺の右腕に抱きついてんだよッッ!!!?

何!? 御褒美!? なんで!? 俺、なんか裏山な状況になる善意になる事しましたかッッ!!!? ありがとうございますッッッ!!!!

 

蘭「……すぅ………ぅぅ〜…………」

 

大地「っ!!」

 

ちょっと待てぇえぇええぇえぇぇえぇ!!!!

顔を近づけるなぁぁああぁぁぁぁぁあッッッ!!!!!

いつのまにか迫る顔。僅か数センチで唇同士が重なってしまう。

香ぐわってくる女の子特有の甘い蜜の匂い……。シャンプーの質が元々違うのか、将又、生まれた時点で良い香りを纏う運命だったのか……。どちらにせよ、脳がクラクラして流されてもいいやってな─────ら無いよぉぉおおおおおおおおお!!!

 

ササッと顔を背けて、全力で事故キスを回避ッッ!!!

アブッネェェエエェェエエエェェッッ!!!

本能に流されて、ファーストキッスを捧げるとこだった!!!

美竹だって、きっと俺みたいな奴にキスなんてされたく無いはずなんだ!!!

こんな形で唇を奪うなんて出来るわけねぇだろ!!!

 

しかし、ここまで板挟みだと、もしや俺に逃げ場はないのでは?

状況を再確認。

 

左腕→友希那先輩 右腕→美竹

 

2人とも強く抱きつきながら眠っている。

 

何故か背中に痛みがあり、動けない。

 

あかん……。詰みやん……。

下手くそな関西弁使ってまうわ……!!

クソッ!! こんな裏山な状況を誰かに見られでもしたら、俺の評価が墜r─────「大地、起きてるかー?」

 

大地「……( ゚д゚)」

 

空「……(゚ω゚)」

 

空「ごめん、取り込み中だったか( ´ ▽ ` )ノ いやいや、スマンな!! それじゃあ!! オレ、ナンニモミテナイカラ……ゴユックリ(=゚ω゚)ノ」

 

大地「待ってぇえぇぇぇええええええええぇぇええぇええええッッッ!!!!∑(゚Д゚) マジで待ってぇえぇええええぇぇぇ!!! 誤解だぁぁぁぁ!! って、イッタァァァァァ!!! 背中痛ぁぁだぁぁ!!!! だ、だれか、ど、ドクターッッ!!!? へる、ヘルプー!!!!」

 

友希那「ぅぅ〜んぅ……大地、煩いわ」ゲシッ!!

 

大地「ガァッ!?」

 

蘭「黙れ、大地……」ガツンッ!!

 

大地「ブベシッ!?」

 

いや、お二人さん!! 唐突な暴力やめて!! 安眠妨害したのは謝るから殴り続けるのやめて!! そろそろ落ち─────(チーン……)

 

─────

 

担当医「ふむ……。本当に君は人間かね? たった数時間で此処までの回復力……。早ければ明々後日には退院可能となるだろう……」

 

大地「ちょっと待って。貴方、ブラックジャ─────」

 

担当医「何を言っているんだ? ワタシは間 白男だ。あの漫画とは全く関係ない。ちゃんとした医師免許も持っている」

 

大地「白男って、一文字だけ違うだけじゃ無いっすか!!! 『黒』が『白』になっただけで見た目まんま─────」

 

担当医「傷口は閉じているし、院内なら、歩き回ってもらって構わない。ただ、必ず看護婦さんか、御家族、もしくは友達などの同伴者には同行してもらうように……」

 

大地「無視っすかッッ!!! 医療費は保険でおりますか!!? 本当に医師免許持ってますよね!!? ウチに法外な料金なんて払えませんよ!!?」

 

担当医「さ、今は大人しくベッドで眠っているといい……。ワタシは今し方到着したという君の両親と料金プランについて話し合う必要があるのでね」

 

大地「おーい!! 先生っ?! 先生ぃぃぃぃ!!!? 」

 

─────

 

大地「あ、あはは……。金が、金が消えていく……。 俺の財布は飛んで行く〜……。何処までも高く、高く〜……」

 

下手くそな歌を作って歌いながら、入院室の窓外を憂鬱気味に眺める。

新緑芽生える木の上にはスズメがちゅんちゅんと囀り、俺をバカにしてくるようにしか見えてこない。

クソが!! 俺はこんなにも不憫な思いをしてるってのに!! コイツらはのうのうと生きて囀りやがってよぉぉぉぉおおお!!!

 

そういえばと、今朝の友希那先輩と美竹を思い出す。

何故こんなにも関係ない事が思い浮かんだのかは、分からないが……。ずっと、頭の中で過ってくるんだから、仕方がない。

 

─────

 

友希那『野球で頂点を取るんでしょっ!? なら、危ない橋を渡るのはやめなさい!! こんな、こんな事……もう、しないで……!』

 

友希那先輩、泣いてたな……。普段は仏頂面もいいところなのに、ああやって感情表現が豊かだから、尚更困るんだよ。本心で泣いてくれてる事が分かるから。俺の事を本気で心配してくれてるのが分かるから……困る。

 

─────

 

蘭『なんで、アンタが辛い目にあう必要があるの!? アンタはもう、アタシの“いつも通り”に入ってるんだから、もう……無茶な事はしないでよ……。アタシを……置いて、いか、ないで……』

 

美竹、それは殆どプロポーズだろ? そんなつもりないんだろうけど、テメェは贔屓目抜いても飛び抜けて美女なんだから、んなこと言うなよ……。惚れちまうよ……。だけど、テメェはもっと大切な物を大事にすべきだ。

俺なんかに付き合うより、もっと、周りを見て助けてもらえ……じゃ無いと、テメェ等の邪魔してるみたいじゃん

 

─────

 

大地「……」

 

なんで、俺なんかに彼女達は優しくできるんだろうか?

自分の在り方と向き合い切れる彼女達とは違って、“俺”は自分が何なのかすら分かっていない半端者。

目指すべき道だけを歩む傀儡なのだ。定められた役目を全うする事でしか、“俺”は“俺”を証明するしかない。

 

相入れない存在の俺が、彼女達に優しくされる道理は無いのに……。

 

大地(っ……痛っ……)

 

右の掌に鈍痛が走ったと思い、見てみると、何時の間にか力を込めて握りしめていた。

流石に、ちゃんと手入れしているから漫画のように爪が食い込んで血が滲んだりはしなかったけれど、やはり力を込めすぎると圧迫されてそれなりに痛い。

 

大地「はぁ……。止めだ、止め! こんな情けない事考えてる暇があったら、どうにかして次の試合に出て、結果残す事だけを考えておくか……。最悪出れなくても、資料ぐらい目に通して、帯刀先輩や宗谷にデータをまとめたやつぐらい渡せばいいだろ」

 

よし! 思い立ったが吉日。

すぐにスマホを取り出して、空に連絡を入れようとした時に……。

 

コンコンコンコンッ

 

4回か……。つまり、俺と初対面で礼儀を示さないといけない人物が、来たって事。まぁ、そろそろ“そういう関係”の人が来るんだろうなー。とは思ってたけど、まさかこんな時に来るとは……。俺のやる気を返して欲しいもんだね。

 

と、一種の諦観をしつつ、スマホをカバンの中にしまってから、扉に向かって返事をして中に入ってもらうことにした。

 

大地「どうぞ。鍵は空いてます」

 

警官「そうかね……。では、遠慮なく入らせてもらうよ」

 

部下「ちょっと! 目黒さん!! そんな無遠慮な入り方は─────」

 

大地「いえ、気にしないでください。初対面とはいえ、貴方がたが目上である事に間違いはありませんから……」

 

大地「それと、早く要件を済ませていただければ構いません。警察の方達が、只の一般人で入院中の僕に何か御用ですか?」

 

少し睨む形で警官の人たちを見る。

品定めとしては、彼等が俺に悪意を持って近寄ってきているわけでは無いだろうが、冤罪をかけられるというケースは近年稀にある。

警戒しておくに越したことはないのだ。

 

警官「ほぅ。小僧、儂等を品定めするかい……。随分、肝が座ってるじゃ無いか。儂の課にも、これだけの若手が居れば文句ねぇんだがなぁ……」

 

大地「随分、気さくですね……。どうせ、昨日の事故の件でしょう? アレなら、目撃証言とかで聞き出した事実と何ら変わらない筈ですよ? 今日のニュースでやってた内容と一緒ですから」

 

実際、駆け抜けて少年を抱え込んだまま、アスファルトの上を背中から滑り、その為の背中を擦り傷だらけにし、火傷を負ったのは間違いない。

後一つ、重大な事は伏せられていた気もしたが、俺の知ったこっちゃ無い。

ただし、次いで警官のおっさんが出してきた物品に俺は吹き出してしまう。

 

大地「ブフッ!!」

 

警官「『咲山 大地』……羽丘高校1年で野球部の黄金コンビの片割れ。確か、世間様には【大樹】なんて言われて、騒がれてるらしいな……。で、そんな奴が居眠り運転していた大型トラックに向かって子供を助けるためにボールを投擲。そのボールがこれだ……。更に、そのボールの破壊力は正にランチャーだ……。車体が完全にへしゃげてやがった……」

 

大地「……なんのことですかね? “俺”には理解できません」

 

警官「どうやら、本当に記憶がねぇみてぇだな……。けど、なんとなしに予測はついてたって顔か……。プライバシーに影響するからあんま人の事を探りたくはねぇんだが、悪いな……。コッチも仕事なんだわ。お前さんの『体質』については、“2つ”とも別の担当医から聴いてる……」

 

大地「……ふぅ……でしょうね? それで? “俺”では無く、“ボク”に話が聞きたいんですか? その当事者である、“彼”と話がしたいって事ですね」

 

俺の返答に警官は満足げに頷く。

 

警官「そういうこった……。話が早くて助かるよ。当事者であるのは、“お前さん”もかもしれねぇが、大凡のことを知ってんのは“ソイツ”だろ? “ソイツ”に話を聞くことが一番手っ取り早いってわけだ」

 

大地「それが妥当でしょう……。けど、悪いんですけど、今のところ“ボク”と入れ替わるトリガーは無いんで、多分無理ですよ? その辺の事は教えてもらってないんですか?」

 

部下「と、トリガー?」

 

警官「あん? そんなもんがあんのか?」

 

どうやら、2人とも聞いてないようだ。まさか、あの人にそんな気配りが出来るとは……。

逆の意味で感激だわ。

 

大地「えぇ。ですが、そこは掘り返さないでください。正直、話してて気持ちのいいことではありませんし、探られていいものではありません……。ただ、何も無しなのは其方としても困った事になるでしょうから、“俺”が予測立てた真相をお伝えします……。それで構いませんか?」

 

そして、俺は2人が不満そうな顔をしつつも、頷いたのを確認して予測立てた殆ど真相であることを伝えて、その日はお役御免となった。

 

ついでに、上司っぽい警官の人からサインを強請られた。

どうも、娘がファンらしい。貰って帰る時に嬉しそうに抱え込んで帰宅してった。どうにも、娘と妻から下バサミにされて虚しそうだった。

 

大地「……」

 

そして、誰も居なくなったことを確認してから、物陰に隠れている2人に声をかける。

 

大地「リサ先輩と、羽沢か……なんとも珍しい組み合わせだな……。それで? 何処まで話を聞いてたんですか?」

 

 

リサ「─────大地、答えて……。警察の人が言ってた2つの『体質』って何?」

 

 

大地「此方の質問は無視か……。それにそんな事聞いてなんになる? 第一、俺にあるのは至って普通の能力だけだ、隠すも何も無い」

 

つぐみ「咲山くん……答えて。私達に何か隠してる事があるのはわかってるんだよ?! なんで、今更になって隠す必要が─────」

 

大地「ねぇよ。隠す必要はねぇんだよ……。だけど、知ったところで何も変わらないし、どうもならない。貴女達が思っている以上に『根は深く無い』問題だ。それでも、突っ掛かれるとキツイんだ……っていうのを、この前、美竹や紗夜先輩にも話した事がある……」

 

リサ「紗夜と、蘭に……?」

 

大地「殆ど、事故みたいでしたけどね……。ちょうど、2人に『体質』での『代償』を見らたんですよ……。後は、話したくはありません。あの2人から聞いてください」

 

その後、暗く落ち込んだ俺を気遣って、2人は用意してくれていた弁当と、コーヒーを側において、その場を去ってくれた。

 

2人が行ったのを確認した後、可愛い包みで包まれていた色取り取りの弁当と、ホットでも大丈夫なポットの中にあった暖かなコーヒーを大人しく胃袋に入れていく。

 

多少、気分が落ち込んではいたものの、冷めても美味しく煮付けられている具材たちに舌鼓をうち、暖かくて香ばしいコーヒーを啜る。

 

最後にデザートとして作ってくれていたのであろう、クッキーを食べて、それをコーヒーで流し込んだ時の味は忘れない。

 

甘く柔らかなクッキーと、暖かくてマイルドな甘みを持つコーヒーは─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────涙が出るほど、苦かった……。

 




絡みがムズイ!!
キャラがブレブレで申し訳ない!!
ほんと、語彙力無い!!!

毎度毎度、申し訳ない。

次回・大地は不滅。空は天神。蘭はカワユス。


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第33話 買い物に付き合ってよ

完全に蘭回


─────5月25日(土) 柳沼高校 野球部専用グラウンド─────

 

柳沼高校監督「おい、誰だ……。咲山が怪我明けで本来の力が発揮出来ないと言ったやつは……」

 

カキィィィィィィィィィッッンンンゥゥゥッッッ!!!!!

 

バシュン……ッ!

 

ライトスタンドへ消えていったボールの行方を追う事なく、大地は無情にもダイヤモンドを回る。しっかりとした足取りと、迷い無いスイングに本当に彼が一度、命の危険まであった怪我を負った人物だったのかを疑わせてくる。

 

当然、マウンド上にいる相手投手も、間近で大地の打席を見ていた捕手ですら絶句せざるを得ない。

 

柳沼高校投手「は? なんだよ……オマエ……怪我の影響なんて何処にあんだよ……?」

 

柳沼高校捕手(インロー膝下のスライダーだぞ? なんで、簡単に弾き返せる。怪我明けの選手がインコースのボールを怖がらず振り抜くなんて……常識外だ)

 

野次馬「アイツ、ヤベェ……。アレで怪我明けとか考えられねぇ」

 

野次馬「咲山 大地……。確か、事故で背中に大きな怪我したんだろ? なんであんなフォロースルーの大きいフルスイングしてんだ? 傷口が開くんじゃ無いのか!?」

 

口々に憶測が飛び交う中、渦中の大地は担当医の腕の良さと、血を分け与えてくれた友希那と蘭達に感謝の念を送る。

 

大地(背中の傷が傷まない訳じゃ無い……。でも、動ける。身体が麻痺して動かないならまだしも、ただの擦り傷程度で休んでいられるか……! 血を分けてくれた皆の為にも、俺は勝ち続ける……。それだけが、唯一、俺に出来る恩返しだから)

 

─────

 

空「…………」

 

柳沼高校4番打者(クソッ!! これが成田のボール……!! 今まで見てきたストレートとは─────)

 

ズバァァァァァァァァァァーーーーーーンンンンゥゥゥッッッ!!!!

 

柳沼高校4番打者(─────訳が違うッ!!)

 

野次馬「おぉ!! 成田の原点回帰ッ!!! アウトローへの『神鎚』ストレートッッ!!! アレは手が出ないッッ!!!」

 

野次馬「ヤベェ!! 成田が止まらねぇ!! 初回から7回の先頭打者を含めて、19者連続三振ッッッ!!! 完全試合ペースどころか、ボールがキャッチャーミットにしか行かない!! 中堅校程度じゃあ、アイツの球を当てられる奴がいないぃぃぃぃ!!!」

 

野次馬「もはや、あの2人だけで野球やってんじゃねぇのか!?」

 

野次馬「強すぎるぞ!! 『天地コンビ』っ!! 」

 

空(大地の復帰戦……。この試合は負けるわけにはいかないのは当然として、完璧に抑え切ってこそ、最高の祝宴になるんだ!! 常にオレのボールを捕ってくれるアイツへの感謝を届けてみせるんだ!! あの、ミットに最高のボールを─────!!)

 

柳沼高校5番打者(ちょっと待てっ!!?ボールが消え ─────!!?)

 

ズバァァァァァァァァァアァアアァーーーーンンンンッッッ!!!!!

 

シュルルル……ッ!!

 

俺のミットに突き刺さったインコースの直球から伝わる空の感謝の気持ち。

ほんと、どっちが感謝したいと思ってんだ。俺が居ない間、テメェが打線を牽引してたのも知ってんだぜ? 最近じゃあ、レフトの守備も練習して、少しでもチームの為になろうとしてくれてんだろ? 頭が上がらねぇな……。

 

でも、今、テメェが欲しい言葉は俺からの感謝の気持ちじゃなくて、最高の賛辞なんだろ? 受けてりゃわかる。ボールから伝わる気持ちが訴えかけてくる。

 

─────おかえり!!

 

あぁ、俺は帰ってきた……。

戦列を離れていたのは、たったの2週間……。けれど、俺にとっては長くて、苦しくて、楽しくて、人生で最も長かった2週間だった……。

 

だから、この言葉を伝えてから、この2週間を振り返っていこうと思う。

 

大地「ナイスボール……ッ!!」

 

─────

5月9日(水) PM8:30 1年A組

 

ゴールデンウィークが明けてから、2日後。

それが俺が退院して、初めて学校へ登校した日だった。

天気は生憎の雨で、未だに完治しきってない身体にはかなりの負担をかけているようで、時々ズキズキと背中が痛む。

その度に顔を顰めそうになるのを必死に堪えて、空に連れ添われる形で入室した。

 

大地「うぃーす」

 

悲しい事にこんな感じで挨拶するのが、このクラスでの俺の在り方。

別に目立ちたい訳でも無いし、友達だって美竹や空だけで十分だし……!!

……ボッチじゃないからね!!(察しろ!)

 

空「適当な挨拶だなぁ……。一応、このクラスで顔出すの久し振りだろ? もうちょい気の利いた挨拶できたろ?」

 

大地「いいんだよ、別に。誰も俺の事なんてなんとも思って─────」

 

クラスメイト1「あ!! 咲山くんだ!!!」

 

クラスメイト2「え?! 嘘っ!!? キャァァァ!!! 咲山くぅ〜ん!!」

 

クラスメイト3「サッキー!! 身体はもう大丈夫なの!?」

 

クラスメイト4「大地!! お前は、漢気溢れる最強番長だぁぁぁ!!!」

 

クラスメイト5「だいっち……! オラは、オメェのガッツに涙したぜ……!! これが、ここ2日のノートだ……!! 存分に使ってくれ!!」

 

大地「み、みんな……! (ジーンッ!!)」

 

前言撤回っ!!!

俺は人気者だっ!! みんな!! 大好きだぁぁぁぁぁぁあ(感涙)!!!

 

─────

 

空「アイツ、一気に人気者になっちまった所為で寂しくなっちまったなぁ。なぁ? 美竹?」ニヤニヤ……。

 

蘭「……別にいいじゃん……アイツが、人気者になろうがアタシには関係ないし……」ぷいっ……。

 

空「ははっ!! そんな不機嫌な顔で言ったって、なんの説得力もねぇよ(笑笑)」

 

蘭「うっさい……! アイツがどうなろうが、アタシに関係ないっ!」

 

嘘。ホントはかなり動揺してる。

アイツが周りの女子にチヤホヤされてるところを見るだけで、胸のモヤモヤと、ギュッと苦しい気持ちになる。

 

あの笑顔を独り占めにしたい……。誰にもあげたく無い……。

嫉妬深くて欲深いのは、アタシ自身よく分かってる。

それでも抑えられない。こんな気持ちになったのは初めてだから、上手く伝えられないけど、アタシはきっと大地に恋をしてるんだと思う。

 

普段の大地は口が悪いし、態度も生意気。正論ばっかりで、物事を捉えてくる関係があまり良好では無いお父さんみたいだ。正直、今でも苦手だけど……。それでも、最後は同じようにバカやってくれて、心の底から笑ってくれるあったかい奴なのだ。

 

誰かが困ってると必ず助けようとする優しくて強い人。

 

野球を真剣に取り組んで、どんなに格下相手であろうと、どんなに格上相手だろうと全力で切り拓く背中の大きな人。

 

アタシは、そういった大地の姿にいつの間にか惹かれていた。

 

そして、あの時の……ボロボロになって泣き噦る大地の姿を見て、想いが弱くなる訳じゃ無い。さらにもっと深い情を持つようになってしまった。

こんなに強い人でも、弱いところがあるんだと心の底から支えてあげたいと思えた。

 

大地には悪いけど、アタシはあの時の貴方を見れたからもっと好きになれた。

でも、そんな彼も今では少年の命を助けた英雄として、祀り上げられている。

正直、今日一で挨拶してくれる大地を楽しみにしていたアタシは機嫌が悪かった。

 

恐らく、成田はその辺のことに人一倍敏感で、態々、アタシに気を使ってくれたみたいだ。

素っ気無い態度をしてしまって悪いと思うが、茶化すコイツも大概だ。

 

空「ふぅ〜ん……。ま、オレには関係ないけどな。兎に角、大地と付き合うなら早めにな! 気付いてるだろうけど、湊先輩や、羽沢さん……後は、今井先輩に氷川先輩かな? 他にもいるかもしれねぇけど、あの人達も間違い無くオマエと一緒だぜ? モタモタしてると直ぐに持ってかれるぞ」

 

そんな事、わかってる……。

アイツが……大地がモテる事なんて好きになってからずっと知っている。

湊さんに至っては、両想いなんじゃないかってぐらいに大地との距離は近い。

人目を憚らず、イチャイチャ……。あ、思い出してたら腹が立ってきた。成田殴ろ。

 

ゲシッ!!

 

空「痛っ!! 何すんだ!! 痛たたっ!! や、ヤメ─────!!」

 

ゲシゲシゲシッッ!!!

 

連続で成田の横腹を殴る。

溜まった鬱憤を晴らすようにして強めに殴る。

 

空「ギャァァァァアァァッ!!!」

 

あ、なんかクセになるかも……。

成田から出される苦悶の声を聞いていると、胸の中が少しスカッとする。

このまま、続けて─────。

 

大地「……テメェら、何してんだよ?」

 

蘭「ッ!? だ、大地……!? なんでここに……?!」

 

後ろから声をかけられて、動揺してしまったアタシはビクッと肩を震わせて殴るのをやめた。

成田が動く屍と化したが、そんなことはどうでもいい。

さっきまで大地の事を考えていたから今、大地の顔を見ると─────ッッ〜〜///

 

大地「なんでって、俺の席はそこだろうが……。来ちゃ悪いのかよ?」

 

そう言って笑いながらアタシの隣の席に着席する彼は、さっきまでの人気者だったモノではなくて何時もの『咲山 大地』だった。

 

蘭「別に……。悪いわけじゃ無いけど、さっきまで向こうで女の子とイチャイチャしてたじゃん。なのに、急にコッチに来たから驚いただけ」

 

少し素っ気なく返答してしまう。本当は話せて嬉しいくせに、こういう素直になれないアタシは少し嫌いだ。

アタシの言葉に大地は息を吐き出した。若干汚いと思いつつも、慌ててる顔は可愛かったので良しとした。

 

大地「イチャイチャはしてねぇよ……! 誤解を招くようなことを仰るんじゃありませんっ!! それと、別に向こうで騒いでるのは謂わば、“窮地を救った英雄”を称賛してるので合って、“俺”自身に対して向けられてるモノじゃないだろ? んなら、後は勝手に盛り上がるさ」

 

椅子にもたれかかると背中に痛みが走るようで、少し顔を顰めて、直ぐに背筋を正す。その姿が少し窮屈そうに見えた。

でも、直ぐに気持ちし直したのか、真剣な眼差しと困り顔でこちらを向く。

 

大地「主役って言ったって、結局は助けた代償として身近にいた女の子泣かしてちゃダメダメだしな……」

 

蘭「っ……。そ、そっか……。そうだよ、ね……。うん、心配……した。本当にダメかと思った……。大地が居なくなるかと思っちゃった。苦しくて泣きそうになっちゃったじゃん……バカ」

 

あ、ダメだ……。大地が悲しそうな顔でこっちを見ながらそんなこと言うから、アタシまで、あの時のことを思い出してしまう。

大地が事故に巻き込まれて病院に搬送されたって聞いた時は、凄く怖かった。いつも隣で話しかけてくれる大切な男の子が居なくなると思った……。

 

幼馴染とはアタシだけ別々のクラスになっても平気だったのは、大地と成田が居たから……。特に、大地は隣席ということもあって、アタシによくしてくれた。苦手な勉強だって教えてくれた。

 

1人だったアタシに居場所をくれた大地が、アタシから離れていくのが怖かったのだ。

その日のライブは殆ど記憶に無い。いつもなら何時迄も続けばいいのにと思うはずなのに、その時のライブは刻一刻も早く終わらせたかった。終わらせて病院に駆け込みたかった。

 

お陰で、ライブは失敗に近い形で終わったけど、大地の命は繋がれた。

アタシはそれだけで満足だった。ライブはまたすれば良い。けど、大地の命は一つしかない。たった一人の大切な男の子を助けられたのなら、ライブでの罵詈雑言なんて安いものだ。

 

蘭「っ……!!」

 

涙を堪えていると、ソッと大地の大きくて暖かい手が頭の上に添えられていた。やっぱり、大地の手は気持ちいい。何処かホッとする。

 

大地「ごめんな……。俺のせいで迷惑かけたよな? いっぱい、心配もかけた。でも、“俺等”は後悔はしてないぞ? だって、あの時、“俺”があの子を見つけていなければ……。あの時、“ボク”が躊躇なく飛び出していなかったらあの子や猫は間違いなく轢かれてた……」

 

そして、後悔や悔いの無いと強調するが如しの満面の笑みを浮かべて優しい声音で……。

 

大地「だから、助けられて良かったよ……。でも、こんな感情を持てるのは生きててこそな訳でさ、生きてなかったら今頃こうして感慨に耽ることすら出来なかった。けど、俺は美竹達に助けられた。伝えるのが遅くなったけど……。本当に俺を救ってくれてありがとうな……!」

 

あぁ、その笑顔は反則でしょ……。

ほんと、大地は女誑しだ……。

なんで今、そんな事言うかな? なんで今、そんな事言えるのかな?

鼓動が鳴り止まない。止め、止め、止め……っ! 切に願っても止まない胸の高鳴りが昂り続ける。

 

蘭「ね、ねぇ?」

 

だから、アタシは少し狡いとは思いながら彼の優しさに付け込んだ。付け込んで行った。だって、こうまでしないと一向に距離なんて縮まらないような気がしたから。

 

大胆にならないと目の前の朴念仁は一生、アタシの気持ちに気づかない。

だったら、コッチから攻めるしか無いのだ。

 

出来る限り姿勢を正して、声が上ずらないように気を配る。

緊張で喉がカラカラだ。けど、言わなきゃ。ここで踏み出さなきゃいつまで経っても踏み出せない。

覚悟を決めたアタシは今度こそ告げた。

 

蘭「─────か、感謝してるなら……。今度、あたしの……か、買い物に付き合って、よ……///」

 

大地「え?」

 

アァァァァアァァァァァァァァァァァァッッ///

言った!! 言ってやった!!

でも、物凄く恥ずかしいっっ///!!! 男の子をデートに誘うなんてした事なかったから、誘い方なんて分からないし、兎に角勢いで言ってしまった///

で、でも……。もっと、良い言い方があったかな!? 言ってしまったから取り返しなんて付かなけど……ワァァァァァァァッッ〜〜///!!!

こんなんじゃ断られる!!

 

大地「いいぜ」

 

蘭「だ、だよね……。行けるよね─────え? 行ける? いいぜ? オッケー!?」

 

大地「お、おぅ……。自分で提案しておいて断られると思ってたのかよ……。つーか、そんな事で御礼になるなら、いつでも付き合うぞ? なんなら、テメェの買い物の料金だって代替え─────あ、やっぱなし!! この前の手術代が響いて厳しいから、せめて奢るのはトラックの運転手が働いてた会社から賠償してもらってからにさせてくれっ!! 買い物は付き合うからさ! な!?」

 

教室でなんて事を暴露してるんだろ……。

でも、良かった……。断られると思ってたから、受け入れてもらえてホッとした。

その後日程などを詰めて、先生が入ってきたところで一区切りつけて、続きは夜に連絡するという話になった。

ちょうど、夜に電話する理由ができて嬉しい。

 

後に、放ったらかしにされていた成田はアタシと大地に呪詛を呟いていたが、今の私には効果などあるはずもなく、既に脳内ではデートのシミュレーションが始まっていたのだった。




やっちまった……。

あい、次は蘭とのデート回です!!
その次はユキニャ先輩回です!!


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第34話 無理する【大樹】に怒りの鉄槌

5月12(土)PM11:30

 

─────CiRCLE スタジオ─────

 

蘭「はぁ……」

 

 

モカ「ねぇ〜。今日の蘭〜。おかしいよね〜……。溜息ばっかりついてるよ〜」

 

巴「あぁ。蘭らしく無いな。合わせだってミスを連発してたし、心ここに非って感じだな」

 

ひまり「う〜ん……。蘭が悩み事かー……。なんだろうね?」

 

つぐみ「……蘭ちゃん。もしかして─────」

 

 

まりな「Afterglowさん。そろそろ時間でーす」

 

─────

 

ダメだ……。完全に気が緩んでる。

合わせでも、音は外すし普段しない歌詞間違いも繰り返ししてしまった。

集中出来ない。何度も外してしまって、みんなに迷惑かけてる。

 

でも、思い浮かぶのは大地の顔ばかり……。

明日……。けど、明日まで待たないと大地に会えない。

そんな事ばっかりが集中を遮って、全く身に入らなかった。

 

結局、その日の練習は終わりにして、丁度昼時ってこともあって、つぐみの店で昼食と反省会をする事にした。

とは言っても、今日反省すべきなのはアタシだけ……。

みんなの調子は良かった。聴いてて活力の湧いてくる音を奏でてくれていた。

けど、アタシだけが和を乱してた……。ほんと、何してんだろ……。

 

あぁ、こんな事なら明日のデートを今日にすれば良かった。

練習があるからって日曜日にしてもらったのに、こんな事じゃ意味ない。

 

少し、アタシが自身の未熟さに嫌気をさしていると─────。

 

ひまり「あれ? あの人って咲山くんじゃない?」

 

っ!? 嘘っ……! 大地!?

 

ひまりから出てきた想い人の名前に辺りを見回す。

商店街に広がる喧騒の中、ひまりの言う通りアイツが……大地が大きなスポーツバッグを肩に提げて迷い無く歩いてる後ろ姿が見えた。

 

巴「蘭の喰いつき方ヤバイな……」

 

巴の若干引きつった声が聞こえたけど、今のアタシには関係なかった。

連絡を取り合ってたからわかる。今日の大地は日曜日に行くはずのデートの為に、通院日である日を1日ずらして今日は病院に行くはずなのだ。

 

なんでこんな所に─────?!

 

そう思った時には大地の後ろを追いかけていた。

 

つぐみ「ら、蘭ちゃん!!」

 

ひまり「えぇ!!? ら、蘭が急に元気になった!!? これが恋のパワー!?」

 

モカ「まぁ〜、サッキ〜を追いかけるのも面白そうだし〜。このまま、追いかけちゃおっか〜」

 

巴「いや、面白そうって……」

 

みんなの声が聞こえてきたが、返事をする訳でもなく大地の後ろをつける。

なんだかんだ、アイツは人の気配に敏感だ。確か、『マルチタスク』という『体質』で俯瞰的な思考と、自己的な思考を使い分けられるとかなんとか言っててそれが起因のようだ。

 

だから、アイツの背中を追いかけるとは言ってもそれなりに距離を離してけれど見失わない程度の距離で背中に付いていく。

やってる事はストーカー紛いだが、嘘をついた大地が悪いのだ。これぐらいなら許してほしい。(暴論)

 

そうこうしているうちに、大地が向かっていた場所に付いたようだ。

河鳥バッティングセンター……って確か……。

 

蘭「確か、ここは大地の師匠が経営してるっていうバッティングセンターだった気がする……」

 

つぐみ「河鳥って、咲山くんが治療してる間に付き添いしてくれてたオジサンの事だよね?」

 

つぐの言葉に無言で頷いたアタシは、さっきから嫌な汗がずっと背中を伝ってきていた。

大地がここに来た理由。病院には行かずに、大きなスポーツバックを肩に提げて、これまたスポーツシャツという簡素な服装で師匠がいるバッティングセンターに入っていった。

 

これで、思いつく事など一つだけだった……。

 

あたしは皆の静止する声を無視して、乱雑に扉を開けて中に入る。

そこで入ってきた情報はアタシの目を疑うもので、大凡の悪い予測が的中してしまった出来事だった。

 

河鳥「坊主っ!! いい加減にしろっ!! そんな無茶な練習したら傷口が開─────っ!!」

 

大地「─────んなことわかってんだよッッ!! いいからさっさとマシーンを動かせ老害ッッ!! こんなんじゃあ練習にもならん!!」

 

鬼気迫る顔をした大地。殺気を感じたのは初めてかもしれない。

濃密な怒気の中にある確かな焦り。ひまりが怖気を見せて体を竦ませていたのを、巴とつぐで支えて、モカはいつもの余裕な顔を真剣な顔に変えていた。

 

その中、大地の違和感にいち早く気が付いたのはアタシだけ……。

ほんとごく僅か……だけど、確かに凄く自然な構えで捕球体勢を取る彼にしては僅かに窮屈な構えを取っている。

やはり、怪我の影響で悪影響が出ているのだろう。これは急いで止めさせなければ。アタシは焦りながら河鳥さんへと訴えかけに行く。

 

蘭「河鳥さん!! 大地は何してるんですかッッ!!!? 早く止めないと─────!!?」

 

河鳥「……もう無理だ……あぁも頑固になったアイツを止められるなら、オレは、こうしてマシーンを起動していない」

 

この人は何を言って─────!!?

詰め寄ろうとした刹那、河鳥さんの目が陰鬱になっているのを見てしまった……。

この人だって、本当は止めたいんだ。だけど、止めない─────止められない。

アタシは何勝手なことを言おうとしてたんだろうか……?

大地の元に真っ先に来たのはこの人だと成田から聞いた。

それだけ大地のことを大切に思ってる人が怪我人である彼の無謀を止める事を諦めてしまうぐらいに、大地は無茶をしてきたという事だろう。

 

河鳥「君は、大地に血を分けてくれた娘だろ? そちらの御嬢さん方も駆けつけてくれたな……。ちょっと、向こうで話をしよう? どうせ、君たちが来たことはヤツは気付いてないし、ここにいれば邪魔になるし、そもそも見てられないだろう?」

 

蘭「……はい、わかりました(大地……。なんでそんな無茶……。また、アタシ達を泣かせるつもり……?)」

 

─────

 

河鳥「先ずは、大地のことを救ってくれて感謝する……。君たちがいなければアイツがどうなってたかなんて分からん。本当にありがとう」

 

ひまり「い、いえ……。結局、私達は駆け付けただけで何もできませんでしたし、咲山くんを救ったのは蘭とつぐ、Roseliaの皆さんです。わざわざ、頭を下げられても……」

 

河鳥「いや、それだけで十分だ……。アイツの事を思って駆けつけてくれただけで、アイツにとっては大変な励みになったはずだ……。それに、オレもアイツに心配してくれる奴が他にいたという事が嬉しくてな……。変なところで親心というものが湧くのも年を食ったせいだね」

 

他に心配してくれる人がいた事が嬉しい? 両親や昔の友人なんかは、アイツの事を心配してなかったのだろうか? よく思い出してみれば、大地の両親を病院内で見かけた覚えがなかった。一度は顔を見せたらしいが、直ぐに仕事に戻っていったと苦笑いを浮かべながら大地が教えてくれたっけ。

それと、家には中々帰ってこないとも……。それって放任してるって事だろうか?

 

淹れてくれたハーブティーを味わい、一旦落ち着ける。

 

モカ「なんか〜。言い方が遠回しだね〜。その言葉通りに、受け取ると〜。『咲山 大地』が『事故被害に会って』も『心配する相手がいない』っことになるよね〜……。それって、両親は……」

 

モカの言葉に河鳥さんは無言で頷いてから、立ち上がって本棚から分厚いアルバムを持ち出してきた。

そして、それをアタシ達に見えるようにして机の上に広げて、憂鬱気に大地の過去を語る……。

 

河鳥「─────オレが野球を教え始めたのは、坊主……大地が小学3年の時だった」

 

ゆっくりと振り返るように話し、指差しで当時の子供だった大地と河鳥さん、そして夫婦らしき人達が笑顔でバッティングセンター前で仲睦まじく写り込んでいた。

 

つぐみ「か、可愛い……」

 

河鳥「はは! そうだろうな! こん時の坊主は背丈も周りと比べて小さくてな、捕手をやってるから一回り大きい奴等に当たられて吹き飛ばされると、毎日泣いてたよ」

 

今では考えられない大地の小さな頃。

今の話を聞いてる限り、実は大地は泣き虫だったりするんだろうか? それはそれで、カワイイからいいんだけど……。

 

河鳥「それで、そんな坊主を見かねてオレに野球を教えてやってくれって言ってきたのは坊主の親父の大輝だった。大輝とは、アイツが高校時代からの付き合いでな、オレが監督で、アイツがエースだった。まぁ、結果こそ出はしなかったが、間違いなく教えてきた中で一番走って投げ込んでたのはアイツだったよ」

 

ひまり「へぇ……。それじゃあ、咲山くんが野球を始めた理由って親父さんがやってたからかな?」

 

河鳥「いや……。アイツがそんな些事な理由で始めたりしないさ……。昔から大物気質でね、坊主が野球を始めたがった理由はテレビ中継されていたプロ野球の試合を見てだ」

 

蘭「大袈裟に言ってた割には普通の理由ですね……」

 

もっと、インパクトのある理由かと思った。例えばスタンドインしたホームランを捕った事でその選手に憧れたとか……。……これも普通だった。

 

河鳥「はは! まぁ普通はそうさ! けど、アイツが憧れたのはプロの迫力あるプレーにじゃ無かった。投手が投じた球をピタリと止めて投手を乗せる音を鳴らせる捕手のキャッチングに魅せられたんだとよ」

 

地味……だけど、たしかに大地に向かっていつも投げている成田は、大地をベタ褒めしてる。投げやすいとか、気持ちいいとか、調子が良く感じるとか言ってた。恐らく、理想に近い形を取ろうと必死に練習した結果だろう。

そう思うと、無性に胸の中があったかくなる。

 

河鳥「オレと坊主が出会った頃に聞いたんだ。なんで野球をやろうと思ったんだ? ってな。そしたら、アイツは満面の笑みで即決しやがったよ。“『カッケェ』ボールをもっと『カッコよく』する為にやりたいんだ!”だってよ……。子供の台詞なのに、妙に負けた気分になったよ。普通、あの年頃なら、嬢ちゃんが言ったみたいに親父に憧れて始めたり、三振を奪う姿や、ホームランを打つ偉大さに憧憬を抱いて始めるもんさ」

 

実に嬉しそうに語る河鳥さんは、ペラペラとページをめくりながら話し続ける。

 

河鳥「チーム全員がバッティングセンターでバッティング練習している中で、それでも、大地は目を爛々とさせて捕球練習を嬉々としてやってたよ」

 

指をさして見せてきた写真は、顔を絆創膏だらけにしながらも笑みを浮かべてボールを捕る練習をしている大地の姿だった。

今では危機感に迫られる感じで行なってる練習と同じ物とは思えないぐらいに楽しそうな笑顔だった。

 

話を聞いてる限りは順風満帆な人生を送ってきていた大地。

けど、会話が小学4年生の後期に入ると、河鳥さんの表情が明らかに暗くなった。

 

一瞬、顔を下げて逡巡するような表情を浮かべたが、直ぐに上へ向けてアタシ達に尋ねてくる。

 

河鳥「─────この中で大地の『体質』に知ってる奴はいるのか?」

 

その言葉にピクリと反応したのは、アタシと、まさかのつぐだった。

あとの3人は何のことか分からないのか首を横に傾げた。

アタシは本人から『マルチタスク』については聞いていた。

どうしてそんな事が出来るようになったははぐらかされてしまったが、『代償』として脳の疲労が激しく『幼稚化』してしまい、迷惑をかけるかもしれないからと前々から教えてもらっていたのだ。

 

蘭「アタシは本人から『マルチタスク』については聞きました……。発症した理由は聞かされていませんけど……」

 

つぐみ「私は概要なんかは知らないですけど、以前コーヒーを持ち寄った時にリサさんと一緒に警察の方が『体質』について職質をしていたのは聞こえました」

 

警察がなんで大地の『マルチタスク』について職質する必要があるんだろう?

周りの3人は?を浮かべて此方へと視線を向ける。

うん。わかる。アタシも知らなかったら多分そんな反応すると思う。

 

巴「ま、待ってくれ……。マルチタスクって確か─────」

 

モカ「─────う〜ん〜。一つの事をこなしながら同時進行で幾多もの別の事も出来る人の事だね〜。確か、俯瞰的思考と自己的思考を持ち合わせて2人分の行動が出来るんだよね〜」

 

ひまり「え!? え!?? ど、どゆこと!?」

 

河鳥「簡単な例えで言うなら、嬢ちゃんが明日提出の宿題を真剣に取り組みながら見たいテレビを見る事が出来るというモノだな。他にも読書しながらメールの返信が返せたり、スイーツ食いながらダイエットしたりも出来る様になる能力のことだ」

 

ひまり「何その夢能力!? 恩恵が凄いよ!!」

 

でも、そんな能力もいいことばかりでは無い。

当然、メリットが大きい分としてデメリットも大きい。

 

河鳥「嬢ちゃんが言う様にメリットのデケェ能力だ。けど、その分大きいデメリットも当然付き纏うもんでな……。大地が受けたデメリットは脳への大きな負担と、周囲の人間からの差別と侮蔑だった」

 

─────

 

河鳥「大地が『マルチタスク』を認知したのは、小学4年の夏休みが終わってからのことだ、最初にあった違和感は、読書を集中していた時に友達の動きが少しだけ把握できるという細々としたものだった。この時は未だ自覚症状はなく、偶々視線の中に友人の動きが見えただけだと思ってたらしい」

 

河鳥「けど、時間が経つにつれて自分が周りとは違うことに気がつき始めていた」

 

河鳥「例えば、テストの時。他の人が真剣にテスト前に勉強している間、アイツは読みたかった本を読みながら勉強していて周囲の人から「そんなんじゃ点は取れないぞ」と言われて注意を受けたが、結果は100点。当然、周りからはカンニング疑惑が浮かんだが、再テストさせると満点を平然ととって周囲を黙らせた。」

 

河鳥「ある時は、捕球練習をしていた大地が二つ離れた場所でバッティング練習をしていたチームメイトの的確な指導をしたりして周りを驚かせた。

心配になった両親が病院に連れて行くと、浮かび上がったのが『マルチタスカー』という人種だという事だった─────」

 

そこまで話して、河鳥さんは窓を開けて鬱蒼とした空気を入れ替える。

少し湿気た空気が部屋に充満するが、今はその方が心地よく感じられた。

続きを黙って聞き続ける。

 

河鳥「そこからだった、大地の見られ方が変貌したのは……。最初は学友。普通とは違うアイツを気持ち悪がって誰も話しかけなくなった。そして、学友を通して校内に伝わる……悪い様に広がるのが噂というもの。伝聞に伝聞を重ねた悪噂は校外にまで広がり、保護者や……。さらには、アイツの母親にまで伝わって、街全体が大地を毛嫌いし始めた─────」

 

そこからはもっと地獄だった……。居場所のなくなった大地に残されたのは転校することで、大地は地元を離れて隣町の花咲川にやってきた。

 

けど、そこからは母親が大地に厳しく当たって、家事なんかを押し付けられて自分はガミガミと言いながら働きに出かけていた。

 

彼の父は大地を母から庇っていたが、最後は破局し親権は剥奪されて離れ離れにされた。母が再婚した義父とも良好な間柄を持てずに今では、一月分の生活費だけ下ろして、後は家を開ける仕事に2人とも就き、家事や炊事は任せっきりにされたらしい。

 

一応、事情を知る河鳥さんや、深い理由までは分からないけど人一倍人の機微に敏感な成田は偶にご飯を作りに行ったりするとか……。

 

そんな苦しい中でも、大好きだった野球をやる事だけが大地にとって最も苦しみから解き放たれるひと時だった。けれども、引っ越して入った野球チームでは唐突にレギュラーに抜擢された事に元の捕手からやっかまれて、その彼は大地に恨み節を残したまま、その場から去った。

 

その瞬間、大地は誰よりも『結果を求める選手』になった。

それがポジションを奪っただけでなく居場所すら奪ってしまった彼への贖罪になると信じて力をつけていった。

 

そして、今……。大地は事故によって『理想に近い』キャッチングの感覚を鈍らせて焦りに焦っているという事だった。

 

河鳥「……今のアイツの精神状態は普通じゃない。あの時の様に大地が『壊れかけている』のが日に日に分ってくる。軽くない怪我をして、あそこまで自分を痛めつけるヤツを見続けるのは、もう耐えられそうに無い。だから、君達に……。いや、大地が自ら『体質』の事を話した『君』に頼みたい……!」

 

河鳥さんは頭を深く、深く、深く……下げた。

 

河鳥「坊主は【囚われ過ぎている】。野球を『楽しむ』事を忘れて、『目的』として受け入れているあのバカを助けられるのは、オレでも大輝でも無い……。野球部の相棒である空坊でも無い。野球と何にも関係なく、ただアイツと一緒にいる君にしか出来ない。だから、頼む……。あのバカを、坊主を……大地を─────救ってくれ」

 

蘭「……」

 

アタシは……。アタシ達は返事を直ぐに返す事が出来ずに、顔を付き合わせる。

 

ひまりは泣いている。大地の過去があまりに壮絶だったから辛い思いを共有しようとして涙している。

 

巴は辛そうに俯いている。大地が辿った軌跡が単純なものじゃ無いと知って、世間の闇に対して怒っている。

 

モカは真顔で顔を上げている。大地が好きだった野球を『手段』として捉えてしまっていることに憤りを感じている。

 

つぐみは涙を目の端に溜めて泣くのを堪えている。大地の『体質』がどいうものでどう言った苦痛を味わったのかを考えると泣くに泣けないでいる。

 

アタシは……。

 

蘭「……ちょっと、殴ってきます。話はそれからだと思うんで─────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────限界だった。

 

アタシの返答に全員がキョトンとしている間に、妙な生活感が醸し出ているリビングから飛び出して、バッティングセンター内に出る。

そして、練習でボロボロになって俯きながらベンチに座る大地に向けて、全力で走りながら名前を呼ぶ。

 

蘭「大地ぃぃぃッッ!!!!」

 

大地「え!? うぇっ!? な!? 美た……げぇぇぇぇぇぇぇえええぇッッッ!!!」

 

そして、大地が驚いている間に全力で右頬を殴り付ける。

疲れもあったのか、大地は簡単にすっ転んで尻餅を付く。アタシは誰も居ないセンター内で倒れた大地に馬乗りになり襟袖を掴む。

そこから、アタシは溜めていた憤りの感情を吐き出した。

 

蘭「ふざけんなっっ!! 『大地』は『大地』でしょう!!? 『野球』を逃げ道に使うなっ!! バカッッ!!! ポジションを奪ってしまった人の為にとか、誰がそんな事を『望む』んだっ!! 『咲山 大地』は一体、誰の為に野球を始めたのっ!!」

 

大地「ま、待て─────」

 

蘭「待てるわけないッッ!! アンタは自分をなんだと思ってんの!!? アンタの身体は……!! アンタの生き方は!!! “大地、一人のものじゃ無いッッ!!”」

 

大地「っ!」

 

蘭「たしかに、大地が歩んだ道のりを考えれば『一人でどうにかしなきゃ』ってなるかもしれない……。実際、アタシも同じ状況なら絶対にそうなってた……。アタシには幼馴染達がいて、そのお陰でクラスが違くても“いつも通り”で要られたけど、“これまでの”大地は違ったんだと思う……」

 

大地「…………」

 

蘭「けど!! “今”はアタシがいる!! つぐがいる!! 湊さんがいる!! 今井さんがいる!! 氷川さんがいる!! 序でに成田だっている!! “今の”『咲山 大地』には、こんなにも助けになろうとしてくれる人がいる!!!───── 自分で言ってたじゃん!! 『周りの女の子を泣かせるようじゃダメだな』って!!! 結局、無理して周りを悲しめてる!! いい加減気がつけッ!! アンタは……『咲山 大地』は一人じゃ無いっ!! 分った、なら……。無理、しないで、よ……」

 

大地「美竹……」

 

吐き出すだけ吐き出して、涙が堪えらない。

大地の襟袖を掴む力が緩んでいく。

泣き噦る顔を見られたくなくて、でも止められなくて……。結局顔を隠すために大地から手を離して顔を覆う。

 

 

フワリと優しく頭を撫でられる感触が伝わる。

見ると、大地が困った笑みを浮かべながら体を起こしてアタシを撫でていた。

さっきまでの険しい顔つきの大地は霧散して、アタシが教室で見る“いつも通り”の大地だった。

 

大地「ほんと……。ダッセェ……。初めは、ただ『カッケェ』球を更にカッコよくしたかっただけなのにな……。野球を逃げ道にしてる、か……。その通り過ぎて、ぐうの音も出ないよ。しかも、無理して身体を壊して困るのは俺だけじゃ無いことなんて、とっくに気づいてたはずだった。それでも、また美竹を泣かしちまった……。こんなんじゃあ、テメェの“いつも通り”は失格だな……」

 

蘭「─────っ」

 

大地「─────ありがとうな、美竹……。俺を殴ってくれて……。痛かったけど目が覚めたよ……。たしかにテメェの言う通りだ。自分勝手に振舞って、体に無理かけて……焦ったって意味なんて無いし、何より俺一人の体じゃ無い。こうして、心配してくれる皆の為にあるんだよな……気づけて良かったよ」

 

蘭「そっか、それなら……良かった…………アンタは無理し過ぎ。明日、アタシと出掛けるだから、万全の状態でエスコートしてもらわないと困る」

 

大地「はは……。そうだな……。これ以上はやった所で効果無いし、明日のデートに備えて帰るか。これでも、明日が待ち遠しくて仕方がなかったんだ。ま、クタクタで早めに寝れるから明日は寝坊しないで済むだろうけどな」

 

蘭「え!? い、いま、で、デートって……///」

 

大地「ん? デートだろ? え!? 実は違うのか!? 本気で荷物持ちオンリー!? それは流石に悲しいんだけど……。けど、美竹がそれを望むならやむを得な─────」

 

蘭「違うっ!! デートっ!! 明日はデートだから///!!」

 

大地「そ、そっか……。よかった、勘違いじゃなくて……。違ってたら、勘違い恥ずかし野郎になるとこだったわ。ま、なんにせよ、今日は帰るか……。オッサンに一言いってから─────って、そういえば何でテメェがいんの?」

 

蘭「え? ぁ……」

 

 

─────

 

 

河鳥「おい、坊主……。何故オレは重石を乗せられながら土下座をさせられている? 一応、オレは師匠だが?」

 

大地「師匠……。いくら師匠でも勝手に人の過去をバラすなんて権限はないですよね? それと、盗み聞きとはいい根性してますね〜。特にデートの話を聞いてた時のニマニマ顔を見つけた時は本気でぶん殴ってやろうかと思ったわ還暦野郎……」

 

蘭「っ〜〜///」

 

Afterglow一同(蘭が真っ赤に……!! 可愛いぃ!!!)

 

はぁ、このバカ師匠め……。人の過去をなんだと思ってやがんだ。

聞いてて楽しいもんじゃねぇから黙ってたのに……。クソが! しかも、それが俺の心を救ってくれる一撃を生み出した元凶だって言うんだから余計にタチが悪い。

 

大地「てか、師匠やい。弟子は腹減ったわ。いつのまにか夕食どきじゃねぇか。それと、話聞く限り美竹「蘭」……ら、蘭達も昼飯食ってねぇみてぇだし、何かさっさと作れや」

 

蘭「うん。それでいい……ふふ///」

 

Afterglow一同(デレ蘭! マジかわゆす!!)

 

河鳥「お前、何言ってんだ……。外が暗いからこそ、お前がそれぞれ送ってやって家で飯くわせろドアホ。今日はオレだってこんな数の食材は用意してないし、お前も今日は来るとは思ってないから、ロクなもんねぇぞ。それでもいいなら、お前の分ぐらいなら作ってやるよ」

 

大地「ち! 使えねぇ還暦だ……。わかったよ……。みんな送り届けて、今日は大人しく自炊しとくわ」

 

時刻はいつのまにか19:10。たしかに、あまり長居させても心配かけるだけだし、何せ食材がないのなら致し方がない。

 

河鳥「そうしろドアホ。それじゃあな嬢ちゃん等、途中でコイツに襲われそうになったら背中弄れ。今はそこが弱点だ」

 

大地「襲わねぇし、痛いから止めろ!!」

 

という1幕の後に全員を送り届けることになった。

 

─────

 

ひまり「じゃあね! 咲山くん! 蘭!!」

 

大地「おう。またな」

 

蘭「じゃあ……」

 

俺と蘭の別れの挨拶が済んだのを確認すると、上原は軽やかに走り去り自分の家へ帰宅した。

その姿を見届けてから、俺と蘭は踵を返して歩き出す。

最後に残ったのは蘭。右側にいる彼女の歩幅に合わせるようにして先へ進む。

特に会話があるわけじゃ無いけど、いないと困るような安定感は感じていた。

 

蘭を送り届けて、帰宅して飯食って寝る。

それで今日はおしまいだと思うと、少しは悲しい。

なんだかんだ言って、今日という日が無ければ“俺”は“俺”でいられなかったかもしれない。気づかせてくれた女の子に感謝しなければ……。そう思えば思うほど、簡単に終わっていいものかと苦悩してしまう。

 

でも、俺らには明日もある。

明日を楽しめれば、それでいいかと割り切ることにした。

 

クイッとアンダーシャツの裾が引っ張られる。

振り向くと、さっきまで横にいたはずの蘭が後ろにいて俺の左裾を顔を真っ赤にして摘んでいた。

 

大地「どうした? なんか忘れもんでもしたのか?」

 

彼女の目を潤ませて朱色に染まった綺麗に整った顔を見ると、少しだけ胸が昂ぶったのを隠して、彼女に尋ねる。

しかし、俺の質問に首を振って違うと暗示する。

 

何かを決心した様子でこちらをみる。

少し艶めかしく感じて内心ではもう心臓がバクバクだった。

 

そして、彼女の瑞々しい唇がゆっくりと動いて、透き通る声音が俺の耳朶を刺激した。

 

蘭「アタシ、今日は帰りたく無い……。大地の家に泊まらして……///」

 

大地「─────」

 

意味がわからない。

なんで、俺の家に? そもそも家に帰りたく無いってどういう意味だ?

男一人の家に泊まるって意味がわかってるのか? 両親に話は通さなくていいのか? 無防備にも程がある。

 

当然、断った方がいい。これは、俺の精神衛生上の問題でもあり、彼女の為でもある。簡単に男のウチに泊まろうとして喰われるなんて件はザラにある。

俺が手を出さないという保証もない。特に、蘭のような美女なら尚更……。

 

 

けど、俺は……。

 

大地「─────わかった。けど、着替えは自分でなんとかしろ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────断れなかった……。

 

to be continue…….




なんか、こういう話も入れた方がいいかなって思ったけど……。
無理矢理すぎだな。うん、最長だけどメチャクチャな内容かもしれないと、深く反省します


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第35話 同い年の女の子を連れ込む。そんで親父さんに八つ当たりする

大地「─────なんもねぇ家だけど、まぁ寛いどいてくれ……」

 

蘭「……うん」

 

ヤベェ……。マジで連れてきてしまった……!

何いってんだよ俺ぇぇえええええ!!!

普通、女の子を家に連れ込むかぁぁぁ!!? テメェはモテ男でも遊び人でもねぇだろうがっ!!! 蘭は蘭で、なんで急に家に帰りたくないなんて言って俺ん家に泊まるんだよ……! せめて、上原さんとか、羽沢さん辺りに泊めてもらえばいいだろうに……!!

 

とりあえず、考えてわかるものではないし腹も減っているので、冷蔵庫に残った食材を適当に繕って晩飯の支度を始める事にした。

 

蘭も手伝うといってくれたが、客人なので大人しくソファーで座ってテレビを見てもらっている。

 

─────ところで、泊まりだけど着替えとかどうすんだろうか……?

 

──────────

 

ここが大地の家……。普通の一軒家だと思ったけど、それにしては家具や生活感のないリビングだった。

あるのは、ソファーと丁度4人が囲んで食べられる形の食卓と、ソファーの前に置かれたテレビだけ。あとの生活用品は箱ティッシュぐらいで新聞や雑誌は無い。

 

大地には悪いけど、たしかに面白味のカケラもない家だ。

とりあえず、テレビをつけて音楽番組を探す。途中途中で知り合いが出たりもしていたが、男子の……。しかも、好きな相手の家にいると思うと、妙なソワソワと、あの時、自分で言った言葉が今頃に恥ずかしくなって、居た堪れない空気の中、テレビを消してしまう。ついていると、妙に知り合いが此方を見ている気分になったからだ。

 

蘭(ヤバイ……今になって、緊張してきたかも……)

 

だって、アタシ的には最近はお父さんと関係が良く無くて、問題の大小はあるけど、同じような境遇で……。アイツはきっと一人寂しい気持ちで、日々過ごしてるんだって思うと胸が引き裂けそうになった。だから、大地から離れたくなかった。離れれば、大地がどっかにいってしまいそうで怖かったから……。

 

蘭「ねぇ? 大地……。アンタの部屋、見せてくんない?」

 

この気持ちを晴らすために、料理を作ってくれている大地に声をかける。

少しでも安心したい気持ちと、少しの好奇心でアイツの部屋に行きたいと感じたのだ。

 

大地「え? お、俺の部屋……? あ〜……いいけど、汚ねぇぞ? この前の試合の資料を片付けてねぇんだわ……。散らかってるし、やっぱやめとけ」

 

蘭「いいよ別に……。アタシ、そういうのは気にしないし」

 

大地「いや……。や、やっぱり、精神衛生上よろしくねぇよ……。うん、やめとけヤマタケ! なんだ? テレビが面白くなかったのか? なら、本読むか? 漫画ならあるし、なんなら─────」

 

蘭「……そのネタ、面白くない」

 

大地「……うん、俺も無理あると思ったわ! だから、一々ツッコまないで!! お陰で俺のSAN値は0よ!! これ以上、俺を辱めないでくれぇ!!」

 

怪しい。完全に目を泳がせてる大地の慌てようを見ていると、何かを隠しているようにしか思えない。

……コイツがここまで動揺してるところを見た事がない。新鮮に感じて可愛いかもと感じたが、今はそんな事より、大地が隠したがってるモノが気になって仕方がない。

 

こうなったら─────!

 

蘭「……わかった。“見ない”」

 

大地「……なぁ? “見ない”って、俺の部屋の事だよな? そうだよな? なんで目をそらすんだよ? おい、テメェまさか!!? そういうつもりだったのかよ!? ちょっと、騙されるところでしたけどぉおおぉぉ!!」

 

蘭「ちっ」

 

大地「舌打ちっ!? 蘭ちゃん怖い!! てか、今頃、そんな口車で騙される奴いんのかよ? 小学生じゃあるまいし。騙される奴なんて馬─────」

 

蘭「この前、ひまりにも同じ様な事やって普通に騙せた」

 

大地「上原ぁぁぁぁぁぁあ!!! ゴメンッッッッッッ!!!!」

 

今の内だ!!

 

アタシは動揺で頭を抱える大地を尻目に、大地の部屋があると思わしき二階へ駆けていった。

後ろから、「は!? テメェ!! 騙しやがったなぁァァァ!!!!!」とか聞こえたけど、アタシハシラナイ。イイネ?

 

蘭(あった……。ここが、大地の部屋─────)

 

簡素な何処にでもあるような扉に、これまたシンプルなネームプレートが掛かっているから間違いない。

アタシは若干の緊張感を持って、その扉を開けた。

 

蘭「うわぁ……。これは……」

 

先ず目に入ったのは、乱雑に撒き散らされたデータ用紙の数々。緻密に取られた配球表と、それぞれの打者のデータと投手の持ち球が書かれたメモ用紙、さらには1試合毎のスコアブックが散らばって部屋のあちこちに放り出されている。

既に足の踏み場は無く、ベッドの上にまで広がった其れ等は、まさに汚部屋と言って差し支え無いものだった。

 

アイツ、今日まで何処で寝てたの? まさか、寝てないとか言わないよね?

しかし、この情報量を纏めあげるのに掛かる時間は、ちょっとやそこらで出来るものではない。当然、それだけの時間が必要になってくるわけで……。

 

しかも、確か“この前の試合”って言ってたけど、どう見ても1試合分の資料ではない。

あのバカ……。まさかここ迄無茶してたなんて……。自分が怪我人だという意識は無いのか!!

 

そうして、アタシが憤りを感じていると……。

 

蘭「ん? 何これ……」

 

足元に落ちていた一つの写真。写っているのは、ドロドロになったユニフォーム姿で笑顔を浮かべる小さな頃の大地と、同じユニフォームを着て少し気弱そうだけど大地と同じように笑っている少し背丈が高い赤髪の少年が肩を組みあってグラウンドで撮影されたものだった。

 

この写真は河鳥さんの所には無かったものだ。当然、この子の写った写真も無かった。日付は6年前の7月……。大地が『体質』を発症する少し前のものだった。

 

大地「─────ら、蘭っ!! て、テメェ! 勝手に俺の部屋開けんなっ!! 開けたら絶対─────って……。なんだ、懐かしい写真見つけたんだな……」

 

蘭「え?」

 

明らかに飛び上がってきた大地とは別人のような落ち着き方でアタシの手元にある写真を見る。目を細めて眺める彼の横顔は過去を慈しむ様に哀愁を漂わせていた。そして、アタシの顔を見て哀しそうな微笑みを浮かべてから、踵を返して下へ降りていく。

 

大地「……飯、出来たし食おう……。話はそれからな」

 

アタシはその言葉に無言で頷くことしか出来なかった。

 

──────────

 

食器洗いを無理矢理やらせてもらい、一旦、小休憩を挟む形で大地の淹れてくれたアールグレイを一口口に含んだ。とても、いい香りで心が安らぐ。

お風呂はもう少し後がいいと伝えたら、大地はわかったとだけいって湯張りだけしていた。

 

そして、二人。備え付けで置かれた茶菓子をソファーに座りながらアールグレイと一緒に楽しむ。その間に流れる時間は無言でも、アタシにとっては緩やかで暖かいものだった。

 

しかし、突然大地が尋ねてきた。

 

大地「さて、と……。蘭……。御両親には俺の所に泊まるって言ってあるのか?」

 

蘭「……ううん。してない」

 

大地「そっか……。まぁ、そんなところだろうとは思ったよ……。御両親とは良くないのか?」

 

核心をついた大地の言葉。

優しく聞かれた質問に一瞬、曇る。

流石は捕手といったところか、アタシの心の機微を読み取ったのか、大地は「そうか」とだけいって何かを悟った形で一口カップに口をつけて一息つく。

 

大地「……まぁ、ちょっと言いづらいのは分かるよ。自分の親に男友達の家に泊まってます。なんて簡単に言えるもんじゃねぇ……。関係が良く行ってない親には、特にな」

 

その言葉を残して、大地は立ち上がって和室につながる襖を開けて、中に入る。殆ど、物置と化してる其処から取り出してきたのは傷だらけだけどちゃんと手入れされたレトロなハーモニカだった。

 

蘭「……大地、ハーモニカ吹けるんだ」

 

大地「まぁな、義父じゃない親父に小さい頃に何度か教えてもらった事があってな……。これはそん時に親父から貰ったんだよ。今でも、偶に気分を落ち着けるために吹くんだ」

 

微笑みながら、優しくハーモニカを吹きかける。

柔らかでありながらしっかりとした伸びのある音が彩りのなかった部屋をカラフルに変えていく。ここまで表現力豊かな音は中々聴けない。

大地が吹いているのはロードオブメジャーさんが弾いていた『心絵』。ある野球アニメの主題歌だった有名曲だ。

 

蘭(凄い……。こんなに音が語りかけてくるなんて……。これが大地の音……。こんなにも、暖かくて泣きたくなるんだ)

 

あまりの完成度と音の多彩さに聞き入ってしまう。けど、アタシだって演奏家の端くれだ……。こんな音を聞かされて仕舞えばセッションしたくなるものなのだ。

 

アタシは自分の荷物が置かれた場所からギターを取り出して音を合わせる。

2番のサビに入ったところでギターをゆっくりと弾き始めた、うろ覚えながらもボーカルも入れる。

 

一瞬だけ、驚いたような顔を浮かべていたが直ぐに目を細めてハーモニカを鳴らし続ける大地。

何処と無く楽しそうに吹き始めたのか、音が明るく染まる。

─────音が変わる。そう感じ取れる。

 

いつもやっているような激しい音楽じゃないけど、こんな風に落ち着いた楽曲を弾くのも悪くない。それとも、大地と一緒に奏でてるからだろうか? みんなとする音楽は好き。だから、それを許さないとか子供のお遊びとか言ってくるお父さんが、アタシは苦手だった。

 

けれど、彼が語りかけてくる音……。それを聞いた瞬間に、やっぱりアタシは音楽が好きなんだと再認識した。辞めたくない。諦めたくない。

 

 

華道だってちゃんとこなして、バンドも成り立たせる。

 

決意を胸に仕舞って、大地とのセッションを楽しむのだった。

 

─────

 

大地「ちょっとは落ち着いたか?」

 

蘭「うん。まぁ、ちょっとだけ……」

 

何か憑き物が落ちた様な顔を見て、俺は安堵する。

さっきまで何処か囚われがちだった彼女の顔付きはもう無い。

これなら、大丈夫だ。

 

大地「なら、今日はもう風呂入って寝ろ……。これ以上は、明日のデートに響くからな。残念ながら居間しか寝る場所がねぇから、そこに布団を敷いてる。悪りぃけどそこで寝てくれ。あと、着替えは……どうしようもねぇから、俺のシャツかパーカー貸すよ。し、下着はどうしようもないから、な、なななんとか、し、してくれ……」

 

蘭「どもりすぎ……/// アタシまで恥ずかしいじゃん……」

 

大地「う、うっせぇ……/// 兎に角、休め」

 

蘭「で、でも……連絡」

 

大地「割り切れたっていっても、まだ完璧じゃねぇんだろ? 無理する必要はない。ゆっくりのペースでいいから、最後はちゃんと向き合えばいいんだ。今日は俺から連絡しておいてやるさ……。まぁ、テメェのオヤジさんあたりには一発ブン殴られる覚悟はもっておかねぇとな」

 

大地「だから、休め……。俺が言えた事じゃねぇけど、大分無理してんだろ? バンドとかでも疲れてるだろうからな……」

 

蘭「……わかった。あと、コレ」

手渡されたのは自宅の連絡先と、蘭が見つけた昔の写真。

あぁ、そういえばコレについても話をしておいた方がいいかもしれない。

どの道、俺の大まかな過去はオッサンが話しちまったんだ……。今更、一つや二つの過去が知られたって関係ない。

 

けれど、それは今じゃない。せめてデートが終わってからだ。

 

大地「おう。それと、この写真のことはデートが終わったらキチッと教えてやる。だから、今は気にせず頭の隅にでも追いやっておけ……。気になるのはわからんでもないから、な」

 

蘭「ほんと? なら、わかった……。 お風呂、借りるね?」

 

大地「おうよ……。ごゆっくり」

 

聞き分けいい蘭も珍しい。

素っ気無い返答だが、その言葉の中には優しさがあった。

とりあえず、蘭が風呂に入る為の着替えとバスタオルを用意しておき、彼女が風呂に入っている間に美竹家へと電話をかける事にした。

 

─────

 

 

蘭父「はい。美竹ですが……」

 

大地「夜分遅くに申し訳ありません。私、蘭さんの級友の咲山と申します。少し、蘭さんについてお話しさせていただきたい事がありまして、少々お時間頂いてもよろしいでしょうか?」

 

蘭父「なるほど……。君が蘭を誑かした張本人か……。こんな真夜中まで蘭を連れ回すのはやめてくれないか? ウチの娘に何かあったらどう責任を取るつもりだ……」

 

完全に怒ってらっしゃる……。ごもっともです……。

 

大地「仰る通りです……。ただ蘭は帰りたくないようで、今はウチに来て御飯を食べてから風呂に入ってます」

 

蘭父「ほう……。堂々と娘を連れ込んでます宣言をしてくるとは、いい度胸だ……。少し、性根を入れなおす必要があるかね」

 

電話口から増してくる威圧感。けど、ここで引くわけにはいかない。こっちだってテメェには腹が立ってんだ……。ただの八つ当たりに近いのは分かってる。こんな事、蘭の親父さんに言ったところで何かが変わるなんて有り得ないってわかってるんだ……!

 

蘭父「蘭を出しなさい。今からそちらに迎えに行くと伝えて、連れて帰って─────」

 

大地「─────連れて帰って……。どうするんですか? また、蘭に実家の家業を押し付けるんですか? アイツの好きなものまで抑制させて……。自分の理念を勝手に植え込ませる気ですか……」

 

蘭父「……それは此方の話だ、君には関係な─────」

 

大地「─────関係なくはねぇんだよっ!!! 俺はアイツの“いつも通り”でいる為にテメェと話をしてんだっ!!! その“いつも通り”としてアイツが……蘭が悩み続ける顔は見たくねぇんだよッッ!!!」

 

受話器を潰す勢いで強く握りしめた。

ただの蘭がウチに泊まる事を報告するだけだったコレは、いつのまにか俺の八つ当たりと化している。

勝手に自分に重ねて、なんてはた迷惑な奴なんだ。

自分でもそう思っている。けど、もう止まれないんだ……。

アイツが俺を救い上げてくれたように、俺だってアイツを─────!!

 

大地「ほんとは、テメェだって蘭のバンド活動を応援してやりたいんだろっ!!? けど、アイツが其れを“逃げ道”にして華道から目を逸らそうとしてるように見えて否定せざるを得なかったんだろっ!!? けど、もう気付いてるはずだ……。蘭は逃げてなんていないって、寧ろ二つともに真剣に向き合おうとしてるって……!」

 

蘭父「……」

 

大地「アイツが家に帰りたくない理由だって、テメェから色々言われるのに嫌気がさしてきたからってわかってんだろ!? 帰ってきたら毎日勘当される……。そんな日々が続けば、誰だって限界がくるッ!! いい加減、素直になれッ!! 蘭が不幸な顔をされるのはテメェだって嫌なんだろうがッ!! 良い歳したオッサンがいつまでも女々しく意固地になったんじゃねぇッッ!!」

 

……ほんと、自分に託けて何言ってんだ俺─────。

でも、スッキリした。自己満足でブチ切れだからだろう。気分は爽快だった。

 

大地「……突然、声を荒げて申し訳ありません。けど、俺の言いたい事はそういうことです。ちゃんとアイツと向き合ってやってください。ちゃんと話をしてください。じゃないと、どっちも辛いだけの悲哀になってしまいますから……。それと、今日は泊まらせます。もう遅いので……。それでは─────」

 

そして、俺が受話器を下ろそうとしたところに─────。

 

蘭父「……君の言葉─────少しは考慮させてもらおう」

 

最後に聞こえた言葉は何処か憑き物が取れた声音だった。

 

─────

 

蘭「〜〜〜ッッ///」

 

もう!! 何言ってんのっ!!!

バカッ!! アホッ!! マヌケッ!! 大地ッ!!!

お父さんに電話してる所を目撃したアタシは、何故か物陰に隠れて盗み聞きしたしまった。

 

アタシの為に怒ってくれた大地の言葉一つ一つが、アタシの鼓動を早くしていく。顔が暑すぎてオーバーヒートしそうだ。

暫くは体を丸めて動けそうにないし、大地の顔もマトモに見れなさそうだ。

 

 




……毎日投稿してたけど、漸く途切れた。
ところで、最近、蘭ちゃん回が長く続いてる気がするんだが?!

次回・漸くデート回


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第36話 飼猫がシャベッタァァァアァァァアッッ!!!!

こんだけ間を空けといて、このクオリティーの低さ……。
逆に才能あるんじゃないかと思い始めた(~_~;)


─────羽丘高校 野球グラウンド─────

 

VS.王川高校(昨年 東都大会 ベスト16)

 

王川|000 001 00ー|1

羽丘|102 000 00ー|3

羽丘バッテリー:雪村(7回1失点降板)→我妻─帯刀(8回からレフト)→宗谷

王川バッテリー:杉村(2年)─兼城(3年)

 

9回表 ツーアウト ランナー無し

 

ギュルゥォオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!!

 

ズッパァァァーーーンンゥゥゥッッ!!!!

 

審判「ットライーク!! ツーストライクツーボールッッ!!」

 

王川3番打者「ぐっ! (インコースにストレート……!! しかも、なんだこの球の軌道は!!? 全く見た事がねぇ!!)」

 

宗谷(うん。我妻の球質に驚いてる。つまり、コッチが有効だけど? それとも、最後はアレで決めたいか?)

 

我妻(いや、コッチとアレは本戦まで隠そう。俺の本来の武器をストレートと勘違いしておいて貰った方が夏は楽に戦える。安心しろ、今の俺のストレートはそう簡単に打たれやしない……!)

 

宗谷(わかった。なら、最後はアウトコースに渾身のストレート。捻じ伏せろ)

 

我妻(あぁ、任せろ)

 

王川3番打者(ここまで、こいつの投げた球は、さっきの回を通してストレート一本のみ。ここで初めて変化球を投げてくる割合は少ない。多分、相当ストレートに自信があるパワーピッチャーだ。なら、ここはストレート一本に絞って強振する! さぁ、来いっ!!)

 

我妻「黒服師匠と松原さん……。本当にありがとう。俺はこの球で、漸くエース争いに加われた気がする。それもこれも二人のおかげだ。だから、教えに従って、俺は笑顔で戦うよ!」

 

我妻「そして、成田と雪村先輩……。覚悟しろ。これがお前たちへの宣戦布告だ。存分に受け取ってくれ!! ウラァッッ!!!!」

 

ギュルゥゥォオォォォォォォォオッッッ!!!!

 

王川3番打者(来たっ!! ストレート─────)

 

ズパァァァァァァァァァァァァァーーーンンンゥゥゥッッッ!!!!

 

王川3番打者(クソッタレ!! 完全にヤマ張ってたのに……!! 手が出ない!!)

 

《144km/h》

 

空「たった1つのフォーム変化でここまで球速と球質を化けさせるのかよ……」

 

─────

 

我妻『─────お前みたいに完全試合は無理でも、完封ぐらいはしてやんよ!』

 

─────

 

空(何が完全試合は出来ないだ)

 

空「……ほんと、手なんて抜いたらんねぇよ……。おい、我妻……。気づいてるか? お前、合宿の練習試合から、ただの一本もヒットを許してないんだぜ? しかも、殆どストレート一本で。決め球を使わないでここまでの投球ができるオマエと、大地が居ないと投げる事さえ出来ないオレのどっちがエースに相応しいか……。なんて、答えは決まってるよな? ─────でも、負けねぇ」

 

─────

 

片矢(投手陣は万全に近い……。たしかに、リリーフ力は心許ないが、本山も本来の速球が戻りつつあるから、然程の心配は無い。さらに、今日は雪村と我妻の継投がハマったことも大きいか)

 

片矢(ただ、そうなるとやはり鍵になってくるのは、野手陣の攻撃力……。序盤こそ相手エースの杉村がバタついていたから哲を中心として点を取る事が出来たが、中盤から終盤にかけて復調した杉村からウチは得点を捥ぎ取る事は出来なかった)

 

無限に広がる青空を見上げて、一つ溜息をつく。

 

片矢(咲山の抜けた穴を埋めるのにここまで苦労するとは……。ディフェンス面は当然格落ちしているが、以前とは見違えるアビリティをみせてくれた宗谷と、元正捕手の帯刀がいてなんとかなってはいる。だが、打撃力……。咲山の打撃力の抜けた穴を埋める事が出来ていない)

 

片矢(やはり、このチームを牽引していくのは哲でも、圧倒的爆発力を持つ成田でもない。攻守の要である咲山だ。ヤツが戻ってこない限り、どれだけ投手がいい投球を披露しようが、最大限の力を発揮することも、得点率を上げることも叶わん)

 

1年捕手に掛けるには過度な期待ではあるが、実際に大地がチームを引っ張っていったお陰で萩沼率いる木実に勝利を手に入れたようなものだ。

とっくに、チームの期待は振り切れている。

 

体を壊そうとも、それは不変であり此れからも変わらない真実。

片矢は例え怪我をしていようとも、完治して戻ってきてくれるのなら夏までに間に合えば良いと考えている。

 

大地に渡す背番号は既に決まっている。

2番である。

 

確かに、帯刀も高い捕手能力を誇ってはいるが、リード能力は大地が2歩も3歩も前にいる。さらにいえば、帯刀をレフトに置くことで攻撃力に幅が出る。大地が捕手以外の守備位置を守れない中、帯刀はオールラウンダーで基本はどこでも守れるユーティリティプレイヤーである。当然、穴となるポジションに彼を置く事ができる。

 

打撃能力だって元からクリーンナップだっただけあり、高いチカラを持つ。

最近不調気味の村井を6番に置くとして、以前やった2番大地は奇襲に近い形で起用して上手く巡ったが今度はそううまく事が運ぶとは限らない。そういう点で考えると、やはり大地は安定のクリーンナップに置く必要性がある。

そうなってくると、前の打者が鍵となる。舘本も出塁率は高いがパンチ力が今ひとつ。

 

片矢(この夏、さらなるチームの飛躍を望むために必要なのは─────)

 

帯刀(う〜ん……。4打数2安打1打点か……。微妙だなぁ)

 

─────この男が何処まで成長するかが鍵になりそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────咲山家 PM7:05

 

 

 

大地「……」

 

蘭「すぅ……ぅ……ぁぅ…………」

 

え? な、なんだこの状況っ!? 病院でのデジャブ感半端ねぇんだけど!? つーか、なんで蘭が俺の胸の中に埋まって寝てんのさ!? カワユス!! 激写もんだろ!! ─────ゲフンゲフン……! 落ち着くんだ咲山大地っ!! この状況を一旦整理して写真を永久保存しようっ! て、違うっ!!

 

ペス「にゃ(キモっ)」

 

大地「……おい、ペス。なんだその無愛想な鳴き声は─────。おい、止めろ。そのゲスを見るような視線で俺を見てくるな! 俺は悪くねぇだろっ!? それよか、テメェ! 昨日何処に行ってたんだよ?」

 

ペス「にゃにゃっ。にゃにゃにゃ(テメェが女連れてくるから、空気読んでセ○レのところに行ってやってたんだよ馬鹿飼主。普段から節操なしだと思ったが、まさか本当に手を出すとは……。もう、呆れてモノが言えねぇな)」

 

大地「……なんだろ。飼い猫が『にゃにゃ』しか言ってないはずなのにトンデモナイ事言ってる気がするんだが……。てか確実にピー音が必要な下品で卑猥な言葉使ってたよね!? コイツ!! 絶対口悪いって!!」

 

俺はそんな子に育てた覚えなんてないぞ!!

いつからそんなにヤクザぽい感じになっちゃったんだよ!!? そのサングラスどっから取ってきたぁ!! 咥えてるタバコは捨てなさい!! 今すぐにっ!!

 

ペス「にゃー……。にゃにゃにゃーにゃにゃ(はぁ……。んな事どうでもいいから、はよ飯だせ。コッチは朝帰りで腰が痛てぇんだ。精力を増させる飯もってこい)」

 

大地「明らかな溜息しながら飯を要求すんな!! 腰を抑えて腰痛を強調すんな!!めっちゃおっさん臭するだろうがっ!! テメェは未だ2歳だろ!? ナニしたら腰痛めるんだよ!!」

 

態度デカすぎだろ! このミケ猫……。飼い主をなんだと思ってやがるんだっ!!

ったく、コッチは蘭の寝顔を堪能─────ゲフンゲフン。なんでここにいるのか理由を探してる途中だつーのに……! テメェに付き合ってる暇はねぇんだ!!

 

ぷにぷに……。

 

蘭「ぁぅ……ぅ……ぁ………すぅ………ぅ」

 

大地「おふ……!マジですべすべモチモチかよ。てか、早く撮ろう!! か、カメラは……!! 」

 

ペス「にゃっ! (十分堪能してんじゃねぇかっ!!! 微塵も理由を考えてねぇじゃんか!! グダグタしてねぇで飯作れやっ!!!)」

 

大地「ギャァァァァ!!! お、俺の新しいデジカメがぁぁぁぁぁあ!!!! これ! 高いんだぞぉぉぉぉ!!! この前のイヤホンといい、テメェ!! 俺のモン壊しすぎダァぁぁあぁあぁ!!!」

 

蘭「ぅぅ〜……だいちぃ〜……うるさい…………っ」ゲシッ!!

 

大地「ウボァ!!?!!?」

 

ペス「にゃにゃ!? にゃにゃにににゃっ!! (完璧なボディーブローだと!? これは世界を狙える右だっ!!)」

 

大地「感心してないで……うばっ!? た、助け─────!!」ガスガスガスッッ!!!

 

鳩尾に入ってくる拳に呻きをあげる。身体から力が失われていき、最後は意識を飛ばした。

 

─────PM11:20

 

蘭「─────それで、こんな時間になったと……」

 

大地「はい。その通りでございます……」

 

蘭「……バカじゃないの? バカじゃないのっ!?(大切なので二回言った)」

 

大地「言い返す言葉がございません!! ほんと!!申し訳ねぇ!!」

 

誠心誠意のド・ゲ・ザ☆を遂行しているのは、当然俺!

そして、その俺を見下していらっしゃる御方こそ! 我らが姫様であられる蘭様でございまするマッスル!!

 

蘭「仕様もないギャグ言ってないで、反省して」

 

大地「い、イエスマム!!」

 

どうやって心読んでんの?

滅茶苦茶怖いんですけど……。

 

ペス「やれやれ、面倒な主人だぜ」

 

大地「はい。その通─────。ん? い、今……ぺ、ペスが喋ったのか?」

 

おいおい、おかしいって! 猫が喋る? んな訳あるわけねぇ!!!

スッと視線を蘭に向ける。

……蘭さん? なんで顔が青ざめておられるのですか?

うん。わかるけど、わかるんだけど……。分かりたくねぇ!

 

蘭「な、何言ってんの? そ、そんなわけないじゃん!! 猫が……! 猫が喋るわけない!!」

 

蘭さん……。必死すぎですよ?

取り乱していた蘭を見ていると、逆に冷静─────。

 

ペス「あ? んなわけねぇだろ。猫と人が意思疎通できてたまるってかっての!」

 

大地・蘭『シャベッタァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッ!!!!』

 

ペス「あ、本当に喋れてる。ま、いいや。めんどいし」

 

え?! そんな適当な感じでいいのか!? コッチはマ○ドで出てきたスポンジ○ブのオモチャのCMの子供の真似するぐらいに動揺してんのに、現在進行形で可笑しい張本猫が冷静すぎません!?

 

─────

 

ペス「とりあえず、デート行って来いや! ボケナス!!」ゲシッ!!

 

大地「ウガッ!! い、いきなり飛び蹴りっ!? この猫っ! マジでどうなってんのぉぉお!! てか、こんな状況でデートなんて行ってる場合じゃ─────」

 

蘭「え? い、行かない……の? そ、そうだよね。こんな状況じゃ、デートなんて─────」(涙目)

 

大地「ペスの兄貴! 俺達がデートに出かけている間の留守番は頼みやす!!」

 

ペス「見事なまでの手のひら返しだなぁ……。ま、いいか。ワレの事は放っておいて早行ってこい。─────飯は鰹節で」

 

大地「放っておいてとか言っといて、結局飯請求してくんのかよ……。ったく、どっちの手の平がクルクルなのかがわっかんねぇな!」

 

ペス「うっせぇぞ! バカ主人!! 早く出てけ!! この能無し!」

 

大地「口悪っ!!」

 

蘭「もう、飼い猫が喋る事には何も言及しないんだ……」

 

大地「あぁ。もういいや。どうせ作者のネタ切れが原因なんだろ? こんなトンデモな設定を打っ込むぐらいならサッサとデート回書けばいいのにな!?」

 

蘭「……今のメタ発言を打っ込まないといけないぐらいに追い詰められてるんだ。どれだけストック無いのよ」

 

ペス「嬢ちゃん。それ以上はいけない! 作者のSAN値はとっくになくなってる!!」

 

凄くどうでもいいやり取りは放っておいて(閑話休題)

 

大地「ま、とりあえず……。いくか?」

 

大地は優しい微笑みを浮かべて、蘭へと手を差し出す。

差し出されたこの手の意味は分かってる。

 

蘭「うん」

 

だから、蘭も朱に染めた顔ながらも微笑を浮かべて大地の左手を掴む。

手から伝わる体温はとても暖かくて、どこか懐かしさもあって─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────心地良かった。

 

 

 




酷っ!!
見返してみても、やっぱり駄文!!


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第37話 会話も野球も基本はキャッチボールから!

……なんだ、この駄文は(-_-)

酷すぎて涙が出てくるぜ!!


─────江戸川楽器店─────

 

大地「へぇ……。ここが蘭達がよく通ってる楽器店か。楽器店自体初めて来たけど、こりゃあ圧巻だわ」

 

蘭「うん。ここって品揃えがいいから、いつもお世話になってる。ギターとかダメになった時のメンテナンスもやってくれるから助かってる」

 

大地「そこまでしてくれるのか……。アフターケアも万全の店は強いからなぁ」

 

充実した豊富な品揃えが売りの楽器店である江戸川楽器店。その謳い文句に恥じぬ数ブランドからよく分からない会社にいたるまでの数々の音楽用品がそこら中綺麗に並べられている。

 

丁寧に配置された機材のそれぞれが、顧客のコンプライアンスに応えられるように、どれも試し弾きなるモノが可能になっていて、非常に計算高く商売をしているように感じた。

 

もうお気付きの方もいるだろうけど、御察しの通り、夕方になってしまったが、今現在は蘭と買い物デートである。

 

蘭は一度だけ帰宅して、両親に無理言って出てきたそうだが……。何だかんだ、許可をもらえるあたり親父さんの頑固さも多少はマシになったのかもしれない。

その原因が俺の言葉なのか、将又自身が前以て決めていた事なのかは判らない。けど、蘭が笑顔でいられれば何でもいい。きっと親父さんだって蘭には幸せになって欲しいのだ。愛娘の頑張る姿を見れば何か変わるきっかけになるだろうな。(閑話休題)

 

とりあえず、一度着替えに戻った蘭(ダブルライダースのカッコいい感じの服装)と再度待ち合わせしたショッピングモールで遅めの昼食を摂り、そこから服やアクセサリーを見て回り、良い頃合いになったところで本来の目的であった楽器店へ向かった。

 

え? なんでその辺のシーンを描かないかって? そこを聞くのは野暮ってもんだぜ! 察せる奴は黙っておけ。ヤツ(作者)のSAN値は既にマイナスに突入してるからな。(メタ発言)

 

兎も角、今は楽器店で色々物色しながら談笑しているって事でヨロピク☆

……この言い方、誰得なんだ?(自虐)

 

大地「えぇーと……これが、エレキギターってやつで、あれがアコースティックギターか? うむ。形が違うのは分かるけど、後は何が違うんだ?」

 

蘭「音の共鳴の仕方が物理的に違う。エレキはピックアップって呼ばれるマイクで音を拾って、アンプで増幅させることが出来るんだ。逆にアンプがないと音が鳴らないからそこは注意しなきゃいけない」

 

大地「ふぅ〜ん。じゃあ、アコースティックは?」

 

蘭「アコースティックは中腹の穴で弦の音を振幅させて音を鳴らす事が出来るギターで、これは素材とか形によって音の大きさと高さが変わったりするね。バンドではエレキが多用される事が多いかな? というより、アコースティックって練習で使ったりしてる人が多いと思う」

 

大地「なるほどなぁ……。確かにエレキだと音量設定とか出来るけど、アコースティックだとそれが出来ないもんなぁ。あとは、音の関係上ってところか?」

 

蘭「そう。そもそもアコースティックはボディが大きいから日本人には扱い辛いし、音を鳴らすのもそこそこ強く弦を弾かないとダメだから疲れるしね。日本人向きのギターじゃないんだよね。他にも─────」

 

やっぱり、蘭は音楽が大好きなんだろう。

だって、こんなにも楽しそうな蘭を見るのは初めてだから。ここまで純真な笑みを浮かべてる姿を学校でも見た事はない。

なにより、輝いて見える。何かに真剣になって、夢中に打ち込む姿は大変好ましく思うし、本当に『強い』と感じられる。

 

大地「蘭は強いな……」

 

蘭「え? き、急にどうしたの?」

 

大地「いや……。単に思っただけだ。蘭は……蘭達は俺とは違って、輝いてるなって」

 

蘭「へ?」

 

俺にとっての野球は既に『縋るモノ』だから……。好きって感情だけでやれる期間はとっくに過ぎた位置にあるから……それが、羨ましく感じた。

蘭達だって、辛い期間があったり、これからも巻き起こるだろう。けど、前を向いて突き進むことが出来る。未来を見てる限り歩みは止まらない。今だって、親父さんとはよくいってなくても、続けられるように足掻いてる。

 

こうして、音楽に誠実に向かい合ってる。

向き合って先に行く。俺とは違って、前へと進んでいく。

過去に縋り、結果だけに固執してる俺なんかには、到底及ばない位置にコイツ等はいる。

 

いや……。きっと、俺も心の中では楽しんでいる筈なんだ。現に、野球をやってる時……空の球を受けている時に感じた高揚感はそういう事なんだ。

ただ、認めて仕舞えば今迄の俺の在り方が消えてしまうのが怖かっただけなんだ。

 

向き合って、傷付くのが怖かっただけなんだ。野球を逃げ道にしてる俺が踏み込んでいい領域じゃないって勝手に思い込んでただけだった。

 

大地「好きなモノを好きなだけでやっていける期間は限定されていて、それでも前だけ向いて突き進むテメェ等を見てると、俺のチッポケさが際立って仕方がねぇんだわ」

 

蘭「……」

 

こんな事、デート中……特に、楽しく語っていた蘭に悪い。早く打ち切って、精神を落ち着けよう。こんな感情でさっきまでの楽しい時間を台無しになんてしたくはない。

ったく、俺ってやつは直ぐにナイーブになる。せめて、帰ってから考えればいいだろうが。ほんと、バカだわ俺。

 

大地「はは。悪りぃ。んな事言ってたって何もねぇよな? よし! この話はコレで終わり! んで? 蘭は何を買うんだ? せめて荷物持ちぐらいしか役にたたねぇからな! さぁ、好きなもん買ってこい!」

 

上手く笑えてるだろうか? いや、きっと笑えてる。なんせデート中だ。笑えてなきゃただのヘタレだろ?

無理してるわけじゃない。自然と溢れた笑みなんだ……。

だから、ぽっかり空いた穴が更に広がるなんて事は─────ありえない。

 

蘭「はぁ……。アンタってホント馬鹿だよね? そこまで言ったなら、別にいいじゃん。なんで無かったことにしようとするのかアタシには分からない」

 

大地「……あ?」

 

蘭「来て」

 

大地「え?! ち、ちょっ!!?」

 

突然、困ったやつを見る目で見られたかと思ったら直ぐにパーカーの裾を引っ張って、外へと連れ出されていく。

未だ明るかった筈の空は既に暗闇になっており、星々が其々想い想いに光り輝いていた。

 

─────

 

大地「お、おい。蘭。何処に行くんだよ? そもそも、買い物はどうすんだよ?」

 

蘭「そんな事、いつでも出来るし。今はアンタにやってほしい事があるからソッチ優先」

 

大地「そんな滅茶苦茶な……!? って、ここは……」

 

約10分程歩いて辿り着いた場所は、近場の公園。僅かな電灯が公園内を照らすだけで、他に光源になるモノが無く見通しの悪い場所だった。

ここに連れてきて、俺に何をさせるつもりなんだ?

その疑問は蘭の妙に大きめの鞄から取り出した物から察する。

 

大地「グラブか? んなもん、なんでテメェが……」

 

蘭「昨日、河鳥さんから渡されてた。『小僧が何か言いたそうな時はキャッチボールしてやれば幾ら強情なアイツでも簡単に白状する』って言ってた。ついでに、キャッチャーミットも渡されたからちゃんとキャッチボールできるよ」

 

大地「あんのぉ、腐れ師匠が。 何言ってんだか……。 俺がそんなに簡単な野郎だと思ってんのか」

 

口ではそんなこと言っておきながら、俺はシッカリと蘭から手渡されたミットを着ける。それを満足気に頷いて、同じように投手用のグラブを蘭は付けた。

ボールは硬式ではなく当然、軟式球。

 

久々に握った軟式球は今にも握りつぶしてしまいそうなほど軟かった。指先にかかる感触が弱くて、硬式球よりスピンをかけづらい。

それをゆっくりと蘭が取れるように胸元へと的確に送球する。

 

パシッ

 

蘭「結局、するんじゃん」

 

大地「うっせ……。はよ返球してこい」

 

ニマニマしてる蘭の顔が妙に腹が立つ。けど、意外と心が和やかなままだった。

 

パァンッ!

 

大地「へぇ。女子にしちゃ速いな。フォームも安定してるし、昔は誰かと一緒にキャッチボールでもしてたのか?」シュッ……!

 

パシッ

 

蘭「ううん。成田が投げてたのを見様見真似でやってるだけ。それでも、難しいから投げやすいように改良したら、いい感じで投げられた」シュッ!

 

パァァンッ!

 

大地「ふぅん。成る程な。だから、そんなにノビノビと投げられてるわけか」

 

立ちながら……しかも、10メートルぐらいしか離れてない位置でも伝わってくる感情。決して嫌々やっているのでは無く、彼女がそれを望んで投げてきているのが分かる。

 

蘭「……そう? でも、アタシは150キロなんて速い球なんて放れないから結局見せかけだけだよ」

 

大地「そんでもだよ。こんなに気持ちの良い球を捕れるなんて、捕手冥利に尽きるってもんだ」

 

蘭「なら、分かってるんだよね? アタシが言いたい事……」

 

大地「……」

 

蘭「やっぱり、アンタはバカだよ。ここまで来て黙り込むのは反則でしょ?」

 

ボールが語りかけてくる。こんな事が出来るのは漫画だけの話だと思ってた。

……いや、実は何度か同じ様な経験をした事があった。

 

─────

 

空(お前の『期待』を超えてやるッ!!)

 

《155km/h》

 

─────

 

我妻(笑顔であのミットへ向けて魂全部乗っけて投げ抜くッッ!! )

 

ギュルゥォォォォォォオォオォッッ!!!

 

─────

 

雪村(俺がこのチームのエースなんだッ!! 甲子園で勝つって夢を諦めてたまるかッ!!)

 

ズバァアァァーーンンッッ!!!

 

─────

 

球が唸りを上げて俺のミットに収まる瞬間に伝わってくる『感情』に憧れてた。常に常識を外してくるアイツ等のボールに呑まれていたんだ。

だから、無理してでも付いていかないと直ぐに置いて行かれるという不安がずっと心の中にはあった。

 

蘭「はっ!」

 

ヒュンッ!!

 

パァァァンンッ!!

 

大地「っ……」

 

体重移動を済ませた重心から全神経を指先に集約したボールが振り抜かれた右腕から解き放たれて、直進力を高める。

 

縫い目など気にも止めていない球はナチュラルにシュートして、俺のミットへと完璧に収まる。

 

男子からすれば大した速球ではないし、ただナチュラルにシュートした打ちごろのストレートだったけれど、なにより意思の乗った重い……とても重鈍な球だった。

 

あぁ、そっか。不安? ただ自分の過去に引き摺られてただけだ。体が思うように動かなくて、結果的に自信を無くして、それで周りを心配させるぐらいに無理して……。全部、過去の自分が辿ってきた道だった。

正しさなんてない、傲慢な俺が歩んできた間違った道程。

間違って、履き違えて、傲慢にも突き進んだ。

 

何が『好きなもんを好きなだけでやれる期間はとっくに過ぎてる』だ……。

ただ無謀に練習するだけの俺が、んなこと言っても説得力なんて皆無だろうが。

 

感覚のズレた捕球技術。背中の傷を意識しすぎて身体が縮こまった汚い捕球体勢。相手の気概すら受け切れない弱っちい心構え。

雑でグチャグチャ……でも、『カッケェ』球を気持ちよく捕れた時の感覚は、やはり最高だった。

 

大地「『好きなものを好きと言えないバカはそれ以下だ』……か。全くもって、その通りだよ─────ナイス、ボールッ」

 

どれだけ傷付き、どれだけ踏みつけられても諍い続ける理由なんて好きだって気持ちだけで十分だと、本当にそれだけで前へ進めるものだと、彼女のボールが、そう語りかけてくる。

 

好きで在り続けられるのがどれ程の苦痛で、一体どれだけの犠牲を生み出すのかは分からない。それでも、分からないからこそ果て無き平野を人々は彷徨うのだ。

 

結果は自ずと付いてくる。諍いの果てに付き纏う闇を振り切った先に捥ぎ取ることが出来る。

俺は漸く至れたと思っていた。打撃の極致にも、守備の練度も最高基準に満たしたと勘違いしていた。躍起になって失った感覚を取り戻そうと無謀に挑戦した。

 

それ自体が間違いだったのだ。失ったのなら、新しい武器を手に入れればいい。新しい極致に至ればいい。一度手放したモノを取り戻すよりもよっぽど効率的で楽しいことだ。

 

大地「あんがとよ、蘭……。また、助けられた」

 

蘭「ん。気にしなくていい……。それに、過去の事はまだしたくないんでしょう? 無理して言わなくていいよ」

 

大地「!! ほんと、頭が上がらねぇーな」

 

蘭には何度助けられたんだろうか? これじゃあ、どっちの為の御礼なのかわかんねーな。既に取り返しのつかないぐらいの恩義を持たせてしまった。

どうやって返せばいいのだろうか?

 

大地「あぁ……クソッタレ。今は無性に俺が俺に腹立つ!! 結局、蘭には何も返せてねぇどころか、また恩義を増やした気がする!!」

 

蘭「まぁ、いいんじゃない。一生、アタシに服従しておけば」

 

大地「っ!! 蘭さん!? なんでそんな黒い笑顔なんですか?! ジョークですよね? 洒落になってねぇー!!」

 

蘭「コホン─────それは置いておいて。真面目な話。アタシに少しでも悪いって気持ちがあるなら、次の土曜日に『SPACE』で演るアタシ達のライブ観に来てよ。チケットは渡すから……そこで、アタシ達が何処まで本気なのか、お父さんにも、アンタにも魅せて上げるから」

 

大地「っ……。あぁ、当然だ。そのライブ、観に行ってやる。中途半端な演奏したら真っ正面から笑い飛ばしてやるから覚悟しろよ!」

 

その後、暫くの間、蘭の投じる球を受け続け、時間も時間なので蘭を家まで送り届けてから俺は帰路に着いた。

 

─────

 

土曜日の予定は決まった。なら、それまでの間にやるべきことが沢山ある。

俺は右手に収まったスマホの連絡用アプリであるRainの通知を見て再度覚悟を固める。

 

これも、俺の怪我が因果してんだろうなぁ……。夏の大会までになんとかしなくてはならない事案が増えていた事にこの時の俺は頭を悩ませる羽目になった。

 

我妻『成田の野郎がフォームを崩してる。今日の2軍戦で4回5失点の大荒れになってたぞ。相当堪えてるみたいだから、明日あったら話を聞いてやってくれ』

 

少し、外気で冷えたリビングにあるソファーにドッシリと腰を掛けながら何も無い天井を見上げて溜息を一つ吐き出した。




どうして、これを上げようと思ったのか自分でも謎で仕方がない。
けど、話を進めたいから仕方ないと勝手に割り切りました(@ ̄ρ ̄@)

ほんと、申し訳ないです!


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第38話 イップス

書いてて話の展開についていけない作者って、他にいますか?
ホント、駄文すぎて申し訳ない!!


ズバァァァァァァーーーンンンッッ!!!

 

審判「ボールッ!! フォアボールッ!!」

 

敵ベンチ「おっしゃぁあ!! 押し出しッ!!! これで2点目っ!!」

 

空「……はぁ、はぁ……くそっ!!」

 

帯刀「成田っ!! ボール低く来いって言ってるだろ!! さっきから全部上ずってる!!」

 

そんな事、分かってる……分かってるけど……!!

ボールに……指に……体に力が入らないんだ!! くそッ!! 今迄はこんな事なかったのに─────!!? なんで急に動かなくなってんだ!!

 

フォームがグチャグチャなのが自分でもわかる。 不甲斐ないのがわかってんだ!! けど、なんで低めにボールが集まらないんだ!!

 

ドクン、ドクン……!!

 

煩い! 煩い!! 五月蝿い!!!

止まれよ鼓動!! なんでボールを投げようとすると、あの時の大地が思い浮かぶんだ!!? あの事故から大地は立ち上がって、もうじき復活してくんのに、そんなときにオレが崩れている訳には─────ッ!!?

 

ヒュゴォォォォォ……!!

 

ヤバイッ!!? ボールが真ん中高めに─────ッ!!

 

空(クソッ!! こんなキレも何も無い真ん中高めが通用するわけねぇよ!!)

 

カキィィィィィィィィーーーンンンッッ!!!

 

─────

 

─────羽丘高校 1ーA 午前8:25

 

 

空「……」

 

クラスメイトA「ねぇ? 今日の成田君、滅茶苦茶静かじゃない? いつもはもっと周りをドン引きさせるぐらいに騒がしいのにさ?」

 

クラスメイトB「ほんとだね。自分の席で借りて来た猫みたいに大人しく読書してるよ……。何かあったのかな?」

 

クラスメイトC「成田の野郎、昨日の試合で始めてボロボロにやられたんだとさ」

 

クラスメイトD「じゃあ、絶賛傷心中って訳か。そりゃあ、あんな虚無の世界の住人みたいになるわけだ」

 

クラスメイトE「でもさぁ〜! あぁやって静かに読書してる時の成田っち、カッコよくない?」

 

クラス女子一同『分かるぅぅーーぅうう!!!///』

 

クラス男子一同『成田ぁぁぁぁぁあ!!!』(血涙)

 

クラスが空のいつもと違う雰囲気に一喜一憂している中、教室の扉が開かれて黒髪の少年と、赤メッシュの少女が入室する。

 

大地「で、結局、親父さんにはライブ来てもらえるようになったんだな。よかったじゃねぇか。これで一歩前進だな」

 

蘭「うん。ありがと/// あ、アンタがお父さんに怒ってくれたから……本当に、ありがとう///」

 

大地「……な、ナンノコトカナァ? ランチャンッタラァ〜。ジョウダンガ、オジョウズナンダカラァ〜」

 

蘭「ふふ。そういう事にしておいてあげる///」

 

クラスメイト全員『………………ッ!?!?!?!?』

 

桃色空間を繰り広げる2人にクラスメイトは絶句する。

普段から付き合いのある2人ではあるが、あそこまで近い距離感での会話は無かったはずだ。なにより、常時ポーカーフェイスで基本は顔に色が出ない赤メッシュ少女が破顔している姿など、クラス内で見かけたものは今日まで誰も居ない。

 

大地「なんか弄ばれてる気がするけど……。ま、いっか。はは」

 

クラスメイト全員『っ!?!?!?!?!?!?』

 

況してや、切れ目の黒髪少年が彼処迄に緩やかな笑みを浮かべているなど……ありえない!!

常に空や蘭とは楽しそうな会話を繰り広げたりしてはいるが、笑みを浮かべる事は殆どない。

あったとしても、それは野球のスコアブックなどを見ながら敵のデータから打ち取り方のシミューレーションがうまく行った時などに浮かべる獰猛な笑みのみ。(偶に、友紀那と屋上にいるときは省く)

 

微塵も見てない光景にクラスメイトが動揺してしまうのも致し方がないであろう。

クラス内が騒然とする中、大地は空が黙々と投手論という題名の本を読み進めていた事に気がつく。いつもなら、大地と蘭の絡みを誰よりも弄ってくる彼が、全くの反応も見せない事に不信感は煽られてはいたが、原因は昨日の我妻の連絡によって発覚している。

 

蘭「それにしても、成田はどうしたの? どうみても元気無いんだけど……」

 

大地「ちょっと、な……。悪いけど、アイツと話つけてくるわ。授業は適当にサボるから担任と担当科目の先生に腹痛って事にしておいてくれ」

 

蘭「は? ち、ちょ!?」

 

賛否を言わせぬままにして、空の前までズカズカと歩く大地。

どうやら、さっきまでの和やかな彼は鳴りを潜めたらしい。今では、いつも通りの獰猛な目を光らせていた。

この事に寧ろ安堵すら覚えているクラス内は、かなり大地に毒されて来ているのだろう。

 

大地「おい、空」

 

空「……ぁ? あぁ、大地か? なんか用か?」

 

大地「明らかに憔悴しきってる所悪いが、グラブ持って屋上に来い。『はい』か『YES』以外の返答は受け付けない」

 

空「は? え、ま、待て─────!」

 

大地「待たない」

 

空「は、離せ!! オマッ!! クソぉぉぉぉお!!! そもそも拒否権ねぇじゃんかぁぁぁぁぁぁあああ!!!」

 

ズルズルと強引に連行される空。大地は空の悲痛の叫びを徹底的に無視し続けて、空の鞄と自分の鞄を左肩に提げて、余った右腕で空の頭を鷲掴みにして廊下を引きずって歩いていく。

 

その2人の姿を蘭を含めたクラスメイト達がポカンと口を開けたまま、見ている事しか出来なかった。

 

─────

PM8:48 羽丘高校 屋上

 

空「ラァッ!!」

 

ヒュゴォォォォォォォォ……!

 

ズバァァァーーーンンンッッ!!

 

空「クソッ!!!」

 

大地(……まさか、ここまで崩れてるとはな。完全に基のフォームを忘れてやがる)

 

変則ながら豪快に振り切られる空特有のフォームが完全に消え失せ、小さく腕が縮こまり、全く足に体重が乗り切らずに腕の振りきれない最も悪い投げ方へと変貌していた。

 

ミットに収まったボールも何時もの純度の高い真っ直ぐではなく、体の開きが早い為か、回転軸のブレたシュート回転した力の無い速球に悪化している。

球速自体も、目測で20km/hほど減速しているだろう。

 

たしかに、これでは只の棒球でしか無い上に、コースはアイツの得意な右打者へのインハイではなく、構えた場所からボール二つ分ほど真ん中に入った甘いコースだから打たれても仕方がない。

 

完全にフォームを崩してるだけに、対処法は簡単に思えるが……。

 

空「クソッ!! フォームが崩れてんのは分かってんのに、なんで修正できねぇんだよ!!」

 

大地「……(本人がフォームを崩してる事に気付いてるけど、それを修正する為の投げ方を完全に忘れてるから、事はそう簡単じゃない)」

 

ビデオを見て、徐々に治していく方法を取るのが1番手っ取り早いかもしれないが、それでも今の精神状態でやっても同じ結果だろう。

 

自覚症状のあるフォーム崩壊。そして、俺が事故ってからの精神の不安定感。

状況証拠だけでも、完全に『✳︎イップス』に嵌ってしまっていると分かる程にアイツのボールは死んでいる。

 

✳︎イップス……精神的な原因などによりスポーツの動作に支障をきたし、突然自分の思い通りのプレーや意識が出来なくなる症状のこと。

 

大地(どう考えても、俺の怪我が影響している。いつもボールを受けていた俺の不在。自意識過剰かもしれないが、それだけでアイツは崩れた可能性が高い)

 

要するに、俺の所為である。けど、これに関して俺の出来ることなど限られてくる。

今は普通に捕球しているが、俺だって故障者だ。練習に参加できるようになるのが三日後で、マトモに部活に顔を出せるようになるのは、来週以降。

完全に付きっ切りという訳には行かない。

 

何もしてやれない歯痒さと、自分の所為でという罪悪感が同時に襲ってくる。

 

大地「っ!!」

 

それを唇を噛み切る事で耐え凌ぐ。

そんな事を考えている暇があれば、なにかアイツに声をかけてやれ!!

俺が怪我で捕球体勢を崩しているときに、殴り飛ばしてくれて、優しく怒ってくれた彼女の様に……俺が、何か声をかけてやるんだ!!

 

俯きながら返球されたボールを見つめている空へ、覚悟を決めて声を掛ける。

 

大地「空……。俺の怪我にテメェが責任を感じる必要はねぇ─────って言っても、きっと通じないと思う。それで通じるなら、空はそこまでフォームを崩したりしない。でも、俺は信じてるぜ。テメェがマウンドに戻ってくる事を……!」

 

空「っ!!!」

 

大地「テメェにトラウマを植え付けた俺が言えた台詞じゃないかもしれない……。けど、テメェだって中学時代にトラウマ植え付けておいて、勝手に俺を捕手にしたんだ……! だから、今度は!! 俺が、いや……俺等がテメェを引きずり上げてやる!! ─────一緒に足掻いて、諍って、踠いて、苦しんでやる!! だから、戻ってこい……空」

 

─────

AM18:52 羽丘高校 グラウンド

 

空「はっ、はっ、はっ…………!!!」

 

荒い呼吸が絶え間なく響き続けるグラウンド内。

汗を垂れ流していても御構い無しに、トラックを走り続けるユニフォーム姿の長身の少年。

 

今日の野球部は、昨日の試合によって溜まった疲労を取るために早めに整備を済ませてオフにしたらしいが、少年は監督や主将に無理を言って、放課後からずっと走りっ放しだった。

 

一定のテンポを崩す事なく走り続ける。既に3桁を超えた周回に、体力に少なからずの自信がある少年だが、流石に身体が悲鳴を上げずにはいられない。ギシリギシリと、膝の関節部分から音が聞こえてくるが、少年が足を動かすのを止めることはない。

 

肺腑へと送り込まれる若干冷えた空気が気持ち悪く感じて、吐き気を催し掛けるが、懸命に抑え込んで、喉元まで上がっていた吐瀉物を無理矢理胃袋へと押し込む。

 

疲れていても顔を下げる事なく、執念に満ち満ち溢れた視線が前だけを見つめ続ける。挫けた心を再燃させんと、彼は走り続ける。外燈なんてない練習場が暗闇に耽込んでも、グラウンド内をかけ続ける。

 

空(……大地が責任感を感じる必要なんて無いのに……!! オレはアイツに何を言わせてんだよ……っ! 戻って来い? あの台詞を言うのは本当はオレの役目だったんだ!! クソッ!! オレは何してんだ……?!)

 

本当に責任を感じるべきは、オレだった……。と、自らの至らなさに憤慨し、辛い涙を流す。塩っぱい味が口内を刺激する。唇を噛み締めて、悔しさを顕に出していた。

 

ガクン……ッ!!

 

空「がっ……ぁ!!」

 

突如乱れたテンポにガタがきていた体がついてこれるはずもなく、敢え無く脚が縺れて、重力に逆らう事なく俯向き倒れ込む。

 

空「はぁ! はぁ! ぁぁ……!! クソォォォオォォオオ…………ッッ!!!」

 

叫ぶ。土の泥で汚れた顔など気にもせずに、四つん這いになって吠える。

溜め込んだ鬱憤を晴らす様に……最後に残った力を使い果たすように……相棒への懺悔を込める様に大きな声で叫声を挙げる。

 

掠れていく喉など気にも留めない。肺腑に溜まっていた空気を全て吐き出すまで、腹から声を上げ続けるのだ。目前が点滅し始めても、耳鳴りが響き続けても、指先の感覚が失われて行こうとも……やめる事はない。

 

【神童】と謳われた天才に訪れた最大の難関。これを越えない限り、彼が『世界一の投手』になる事は永劫に無い。

 

残された道など、決まり切っている。

 

─────諍う、争う、抗う……!! 前を向いて突き進む。それしか方法は無いのだ。少年は枯らした声を放ったらかしにして、立ち上がる。泥塗れの身体など気になどしていられない。悲鳴を上げている膝など知らない。

 

空「ぐっ……ぁ! はっ、はっ、はっ、…………!」

 

動き続けられる体力がある限り、少年が止まる事はない。走る、疾る、帆走る、馳しる……!!

酸欠の頭のせいか、まともな思考回路が働かない。ノイズの入った視界に歪んだ世界が映る。真っ直ぐに走れてはいないけれど、足だけは止まらなかった。

 

─────

─────19:30

 

麻弥「ふぅ……。予想以上に時間を取っちゃいましたね。ジブンの用事に付き合ってもらって申し訳ないです。ありがとうございます。薫さん」

 

薫「ふふ。別に構わないさ。麗しい君をこんな夜道に一人で帰らせるなんて、私には出来ないからね」

 

麻弥「はは……。相変わらず薫さんはイケメン度が高いですね……。おや? グラウンドに何かありませんか?」

 

薫「ふむ。たしかに、何かが転がっているね……。けど、あれは……」

 

麻弥「どう見ても人……ですよね?」

 

薫「あぁ。間違いない……! 麻弥! 今すぐ、職員室に行って誰かにこの事を伝えてくるんだ。私は彼処に倒れている人を保健室まで運ぶよ!」

 

麻弥「り、了解です!」

 

─────

 

そういったやり取りが行われている羽丘高校内と同時刻の花咲川商店街。

 

千聖「きゃぁぁぁぁぁ!!!」

 

大地「え? な、何事?!」

 

八百屋「なんだなんだ!!?」

 

北沢精肉店店主「どうやら、裸になったストーカーが出たみたいだ!! しかも、女子高生に向けてだってよ!!」

 

御婦人「それだけじゃなくて、ナイフを振り回しながら逃亡してるらしいわ! 危ないわねぇ!!」

 

大地「それより、皆さん。他人事すぎませんか!?」

 

商店街一同『気にしない気にしない』

 

大地「ダメだ、こいつら……。警察に連絡したらそれっきりにするつもりだ。まぁ、それが妥当だろうけど─────」

 

犯人「オラオラァァァ!!! そこを退けぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

八百屋「─────って、こっち来たぁぁぁぁぁぁあ!!!」

 

大地「真っ先に逃げやがった!!」

 

犯人「邪魔だコラァ!!!」

 

大地「危なっ!!? マジで容赦なくナイフ振り回してんのかよ。形振り構わねぇ態度か……! たしかに、これは一般市民が手に負えるモンじゃねぇや」

 

しかし、言葉とは裏腹に、この男は獰猛な笑みを浮かべて臨戦態勢を取るように、パーカーのポケットから野球の硬式球を取り出して送球準備に取り掛かった。

 

短いスパンで彼は何かしらに巻き込まれているが、最後の最後に巻き込まれに行くと判断を下しているのは自分自身なので、なんとも言えないのが正直なところである。

 

勿論、犯罪者に容赦など要らない。

狙うは犯人のナイフを持つ右手の甲。穿つは相手の対抗心。

反抗する意思すらも破壊する威力を確保する必要がある。

 

大地「精肉屋のオヤジさん! 俺がボールを投げたら直ぐに男を取り押さえてください。確実に仕留めるので……!」

 

北沢精肉店店主「は!? こ、小僧!!? ま、まさか─────!!」

 

距離は直線距離にして凡そ80m。ステップを二つほど入れる。必要なのは緻密で豪快な一投。

下半身で地面をしっかりと捉えて、踏み込んだエネルギーを上半身へ送り込み、それらの力を指先へと一気に解き放つ!!

 

大地(【無我の境地】ッ!! 強制解放ッ!!)

 

大地「気弱な女の前で汚ねぇモンみせてぇんじゃねぇええええ!! 死んどけぇぇえええ!!! 根暗童○包◯チ◯コ犯罪者ぁぁぁぁぁぁぁぁあああッッ!!!」

 

ビュゴォォォオオオオォォォォォォォオオオオオッッッッ!!!!!

 

犯罪者「へ?! な、なんだ─────!?!?」

 

ゴシャァアッッ!! と、生々しく骨が砕ける音が商店街へと響く。

 

犯罪者「ッッッ!!!!!!!」

 

声にならない声が変態フルチン男から放たれ、あまりの痛みからか泡を吹いて倒れ臥す。ビクン、ビクンと体を痙攣させるだけで動きは無い。

その光景に誰もが目を疑い、裸の犯罪者へ向けていた視線をズラして、成敗した買い物袋を足元に置いた少年へと向ける。

 

それは、被害に遭った少女も例外で無く余りの光景に目を見開いて彼を凝視する。

 

さっきまでの野生染みた風貌が嘘のように、今では額から汗を大量に滴らせ、焦っているように見える。表情にこそ出てはいないが、確実に焦っているのが伝わるぐらいの汗が飛び出していた。

 

精肉店の店主は言われた通り、一応の対策として縄で括り付けた作業を終えた後に少年の肩に手を置いて……。

 

店主「いや、凄いの一言しか言えないし、本来なら良くやった! と褒めてやりたい─────が、あれはやり過ぎだ。完璧に失神してるぞ? あの変態……。もしかしたら、過剰─────」

 

大地「─────それじゃあな! オッサン!! 今日は予定あんの忘れてたわ!! 今度、また肉買いに来るから! 後のことはヨロピクりん☆」

 

店主「いやいやいやいや……!! 帰さねぇよ!? これはお前が後始末していけよ!! 流石に捕まるなんて事はないけど、事情の説明ぐらいは警察にちゃんとする義務があるだろうが!! それを全部俺に押し付けようったってそうは問屋が下さねぇぞ!!」

 

大地「は〜な〜せぇ〜!!!! 俺は関係ないっ!! 悪を成敗しただけだろぉぉぉぉお!!!! 俺は家に帰るんだぁぁあ!!! もう、警官とのお話ヤダァァァァ!!! ボク、おうち帰るぅぅう!!!」

 

千聖「な、何かしら……このカオスは……」

 

『幼稚化』大地は取り押さえられたまま、事情聴取に応じて、なんとか事なきを得たが、解放されたのは取り押さえられてから1時間後であった。

 




次回・いつになったらユキニャ先輩とのイチャイチャを書けるんだぁぁぁあ!!!


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第39話 事務所にはいりませんか? なら、誘拐はやめてください!

不滅の【大樹】ってタイトルだけじゃ、手抜きに感じられたので変えました^_^(他のタイトルも変えました!)



─────都内の警察署─────

─────AM20:05 取調室─────

 

大地「─────あのぉ……。俺、いつになったら解放されるんでしょうか? 流石に帰って家事しないと、明日の学校に差し障るんですが……」

 

警官1「うん。ごめんね? 本当は僕達も直ぐに君をここから出してあげたいところなんだけど、上の指示でそれが出来ないんだ……。本当に申し訳ないね。はは!」

 

別に謝って欲しいわけじゃ無い!! 早く出して! お願い!! 俺、おウチ帰りたいッ!!! 帰さないにしても、しっかりと説明してほしい!!

てか、笑ってんじゃねぇ!!!!

 

へい!! プリーズ!! 説明!!

 

大地「せめて説明する義務が─────!」

 

警官1「まぁまぁ、お茶でも飲んで落ち着こうよ。ほら、高村」

 

警官2「はい。わかりました」

 

コポコポ……

 

本当にお茶淹れてきやがったよ……。

警官2さん、嫌なら引き受けなくていいんですよ? 完全に顔ひきつってますからね!?

俺も乗らなくて─────

 

大地「は、はぁ……ズズッ……!」

 

あ、このお茶美味しい───────────────じゃねぇ!!!

普通に乗っちまったぁあ!!!!

 

大地「─────って!!お茶で茶化されてたまるかぁ!!!」

 

警官1「お! 上手いねぇ! お茶と茶化すを掛けてダジャレを生み出したんだね!! 君、大喜利向いてるよ!」

 

大地「もうヤダ! この人……!!」

 

警官2さん! そのわかります的な目を向けてくんのはやめてください!! 分かるなら助けてくださいよ!!!!

誰か他にいたでしょう!? もっと話の通じる人材が居たはずだぁ!!

職務怠慢ダァ!!! 責任者連れて来いやぁあ!!!!

 

それと! 俺が何故こんなカオスな状況とかした警察署内にいるのか説明して欲しいやつは、前回の話を読み直せっ!! だいたいそっから推察できるから!!

 

というやり取りを暫くした後、どうやら連絡をしていたであろう他の警官から警官2さんが話を受け取り、警官1さんに真面目な顔を近づけ、何故か此方に視線を向けながら部下から受け取った伝言を伝えていた。

 

 

警官2「……雪山さん……先方も聴取が完了するとの事です。そろそろ、そこの少年を捕ば─────ごほん……付き添ったほうが良いかと」ヒソヒソ……

 

警官1「はは! そうかい? それは残念だねぇー! せっかく、イジ─────ごほん、久々に楽しい若い子と話せて良かったのにね!!」

 

大地「テメェら!! 何にも隠せて無いからな!? 完全に捕縛とイジリ甲斐があるって言おうとしたろ!! 常識人っぽい雰囲気出しておきながら、結局テメェもボケ役かよっ!! 警官2ィィィィィィ!!!!!

 

ヒソヒソじゃねぇんだよ!! 丸聞こえなんだよぉおお!!! 隠す気がそもそもないだろ!! こんちくしょお!!!!

 

警官2「はい。隠す気など持ち合わせておりません」

 

大地「人の心の中読むのヤメテ!! 俺の捕手としての尊厳をこれ以上踏みつけないで!!」

 

どうやって、人の心読んでんだよっ!! 捕手として身につけた観察眼を無に化す芸当を平然とやってのける人が多すぎて泣きそうになってます。だれか、助けて(血涙)!!

 

 

大地「っておい!! なんで俺の周りに2人が集まって─────ちょっと待てぇえ!!!! ロープを巻きつけるんじゃ無い!! 俺! 一般市民!! 善良な民間人ッ!!! ロープで巻きつけ─────ムグゥッ!!!」

 

警官1「あはは! 大丈夫大丈夫! ジッとしてれば痛く無いし、すぐ終わるからね!!」

 

く、轡ッ!!? なんでそんな物がッ!!?

多少の対抗を見せるも、実戦形式で常に鍛え続けてきた警官に、野球部で体を鍛えているとは言え、なんの訓練もしてこなかった俺が対処できるはずもなく、呆気なく捕縛され、最終的には目隠しまでされる始末……!!

 

なんだよ! この魔境!!! 本当にこの人達警官かよ!!

今まさに犯罪してる警官達がいるだろぉ!! さっさと取っ捕まえて解放してくれぇえぇええ!!

しっかりしろよ正義の味方ぁあ!!!!

 

大地「むがぁぁぁ!!!!!!!!!」

 

最後の叫びも虚しく、取調室に残響だけが木霊した。

 

─────

 

拝啓、愛するお父様─────。

 

少し汗ばむ初夏の今日この頃……。いかがお過ごしでしょうか?

暑くなってきたとはいえ、まだ5月の中旬です。まだ夜になると肌寒いので薄着になる時はお身体に触らぬ様にお気を付けてください。

 

え? 俺の近況、ですか……?

はは……。げ、元気ですよ? えぇ、きっと……恐らく……そうであってほしいです……。

 

なんでそんなに言い淀むのか、ですか……だって、俺の1番目新しい出来事と言えば─────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────何故か……女の子しか居ないアイドルグループに、親友と共にスカウトされた事ですから……。

 

 

─────

─────AM21:10 〇〇芸能事務所 Pastel✽Palettes共有スペース

 

彩「まん丸お山に彩りを! どうもこんにちは! Pastel✽Palettesのボーカル! 丸山 彩です! ─────う〜ん……もっと自己表現した方が盛り上がるかなぁ〜」

 

日菜「あれぇ〜? 今、彩ちゃんしかいないのぉ〜?」

 

彩「あ、日菜ちゃん。うん、イヴちゃんはバイトが立て込んでて、ちょっと遅刻するって連絡があったんだけど、麻弥ちゃんと千聖ちゃんからは連絡ないんだよねぇ……千聖ちゃんが無断で遅刻って珍しいよね?」

 

ふ〜ん。といいながら、興味を失ったのか丁寧に置かれた真新しいソファーに腰をかける日菜。彩は興味を失った日菜を見てズッコケそうになるのを必死に堪えて、いつも通りの彼女に苦笑を浮かべるしかなかった。

 

とはいえ、比較的真面目でストイックな2人が何の連絡もなしに遅刻するなど、初めての事なので、リーダーとして心配は心配だった。

 

さっきの口上を考える仕草も、いつも? は笑いながら写真を撮る日菜が興味を見せるそぶりも見せないので、きっと彼女だって2人の事が気になって─────と思って、日菜の方へ視線を向ける。

 

彩(あれって……野球の雑誌? )

 

そう、日菜はソファーに腰をかけて真剣に読んでいたのは野球の有名雑誌の『月刊! 野球天国』だった。

毎月、プロ野球の有名どころから、アマチュア野球の小学生の部まで取り上げている大手の雑誌会社が排出している有名雑誌。

通算100万部を去年達成して話題になった掲載誌でもある。一時期、アマ●ンの売り上げランキングのトップ10に名を連ねていた程の人気雑誌だ。

 

アイドルの日菜には全く関係のない雑誌。だが、彼女はそれを真剣に読み耽っては違うとボヤキ、次のページを捲る。どうやら、目当てのページがあるようで、なかなかお目当のページが出てこないからか、眉間に皺を寄せて見るからにイライラしているように見えた。

 

彩は不思議に思いながらも、自分のスマホを取り出して、日菜の隣で同じ様に腰をかけて自分のエゴサを掛けて他のメンバーが来るのを待つ事にした。

変に掘り返す必要はないと判断したようだ。ほっておいても彼女なら直ぐになんとかする。なにせ、日菜は天才でありなんでも出来る完璧少女だ。心配こそ無駄な事である。

 

しかし、メンバーが中々来ないのには少々焦りを覚えている。

 

何かあったのだろうか? 事故に巻き込まれたのか? ファンとのトラブル?

悪いことばかりが頭に過ぎるが、そんなことはないと頭を振って脳の隅に追いやった。

 

エゴサをやっていると、やはり嫌な気分になる言葉も時折見えるので余計に気が滅入っているのかもしれないと思った彩はスマホの電源を落として天井を見上げる。

 

時刻は既に21:30になろうとしているところだ。

集合時間が21:00だと考えれば、大遅刻と見ても良い。

これは流石にお灸を据えなければならない。何かあって連絡が取れない場合は別だが、何も無く大幅に遅刻してきた場合はリーダーとしてガツンと言ってやるぐらいの気概は見せておいた方がいいと決意した。

 

流石にこれ以上の遅刻は明日の学業にさし障る可能性があるのだ、それぐらいの怒りなら見せても構わない筈だ。

 

コンコンコン……!

 

彩(あ、言ってるそばから誰か来た! さぁて! リーダーとして威厳を見せてあげるよ☆)

 

……主旨が変わっている気がするが、まぁいい。

ノックが響いたのち、すぐに扉が開く音がして─────。

 

ドサッ!

 

……何か重たい物が床に落ちた音がした。

しかも、生々しい音が…………。

 

ズルズル……っ

 

大地「ムググゥゥゥッッ!!!!!!」

 

警官1「白鷺様! ここまででよろしいでしょうか!?」

 

千聖「はい。手伝ってもらって感謝します。後日、御礼のサインを教えてもらったご住所に配送いたします。この度は私情ながらお手伝いいただきありがとうございました」

 

警官1「いえ! これも白鷺千聖ファ─────ゴホン! 警官としての当然の責務ですので!! それではこれで! 今後は犯罪にはお気をつけください!」

 

彩「いやいや!! 絶対に違う!! それは警察官としての当然の責務じゃ無いよ!? しかも、今完全に白鷺千聖ファンって言おうとしてたよね?! あの人、絶対に買収されてるよね?! てか、買収したよね!? 千聖ちゃんどういう事!? それと、誰この人!? めちゃくちゃ巻かれて口まで塞がれてるんだけど!?」

 

千聖「 私、少しクタクタなの……少し黙っていましょうか? 彩ちゃん?」

 

彩「説明放棄っ!? そして口悪っ!?」

 

大地「ムゴォォォ!!!」

 

日菜「あれぇ〜? 師匠だぁ!! どうしてここにいるのぉ? それにどうしたのさ! その『るるるるん♫』ってくる格好!! おもしろーい!! それも野球の練習っ!? 私もしてもいい!?」

 

彩「良くないよ!? それと師匠!? ち、ちょっと待って!! 私ついて行け─────!!」

 

無いっ! と言う所で、又々ガチャリと扉が開く音と同時にドシャリと生々しく重々しい音が室内に響く。

 

空「ムグゥゥゥゥ……!!」

 

黒服「大和様、これでよろしかったですか?」

 

麻弥「ア、ハイ」

 

黒服「それでは私は通常業務にもどります! お疲れ様でした」

 

麻弥「ア、ハイ」

 

彩「待って! 本当に待って!! 何!? このカオスは!? どうなってるの!? いつから私達のグループは男子高校生を攫う犯罪者になったの!? しかもご丁寧に2人ともロープでグルグル巻きにされてるし!! ちょっと説明して!」

 

麻弥「ア、ハイ」

 

日菜「アハハ! 麻弥ちゃんおもしろーい!! 『るるん♬』な壊れ方してるね!!」

 

彩「面白く無いよぉ!! 麻弥ちゃん!! 壊れてないで何があったか教えて!!」

 

大地「ムゴゴォォ!! ムグゥォォオオ!! (そんな事より、先にロープと轡と目隠しとれやァァァァァァ!! 何が起きてるか全くわからん!!)」

 

空「ムグゥ……! ムゴォォォオ!!!(死ぬ……! 助けろォォォォォ!!!)」

 

既に狂った共有スペース内……脳の処理が追い付かない状況を打破する方法があるのだろうか!?

 

そんな混乱を無視するように、ヒラヒラと一枚の可愛い桃色のメモ用紙が舞い落ちてきた。乱雑に放り込んだのだろう。扉の隙間から覗くマネージャーが凄く嫌な笑顔で手を振って直ぐにどっかへ行ってしまった。

まるで鬼から逃げるようなそぶりだったと思った。

 

嫌な予感を感じながらも、彩は宙に浮いていた紙を取り、内容を読み漁る。

 

 

─────頑張れ彩!! こういう時のために君の努力があったのだ!!

君ならできるよ!!!(他力本願 )by 君の愛しいマネージャー

 

グシャッ!!

 

日菜「る、るるん!? あ、彩ちゃん?」

 

彩「……私、ちょっと行くね? イヴちゃんが来たら、一度みんなでO☆HA☆NA☆SIしようね?」ゴゴゴッ……

 

大・空・千・日・麻『ら、ラジャーッ!! 』『む、ムゴォ!! (り、了解ッ!!)』

 

 

 

もはや、マネージャーと千聖達に助かる道はなかった。

 

 

 

─────

 

 

マネージャー「─────って事です! 本当に申し訳ない!!」

 

大地「なぁ? 空……」

 

空「なんだ? 大地……」

 

大地「この人、何言ってんの?」

 

空「オレが分かると思うかぁ? ていうか、オレってなんで括られてたの? 起きたら真っ暗だし、身動きできないから死んだかと思ったわ!」

 

千聖「ま、簡略な説明しちゃうと、私は貴方……咲山大地をスカウトしたいのよ。そのスター性を評価してね」

 

麻弥「じ、ジブンはマネージャーに遅刻する理由を送ったら、良い病院に送りますって来たので身を任せたらこうなっていたというかなんというか……すみませんでした……」

 

うむ……。

兎に角、話を纏めると……。

 

千聖助ける→目を付けられる→スター性云々があると見極める→オーナーと相談→オッケー! by オーナー→警官に報酬(サイン)を送る約束をして俺を捕縛→連行→スカウトしました!

 

麻弥ともう1人が倒れてる空を発見→保健室に運ぶ→遅刻する旨をマネージャーに報告→偶々、オーナーがそのやり取りを聞き取る→あれ? そういえば咲山って有名人じゃね?→それだったら、そこに倒れてる奴はもしかして成田?→はい by 麻弥→なら、一緒にスカウトしちまおう!→事務所の黒服が空を拘束→連行→スカウトしました!

 

……滅茶苦茶だ。なんだこの芸能事務所!! 人を誘拐する事でしかスカウト出来ないのか!? 気狂いだろ!! 気狂いだろっ!!(大事なので二回言った!!)

 

大地「とりあえず、帰って良い? 眠い、怠い、腹減った、風呂入りたい!」

 

空「ガキか! ま、でも確かにそうだよな……! オレ等をスカウトしてくれるのはうれしいんですけど、オレ達野球に一生懸命になんで、そんな事してる暇はないです。特に今は─────」

 

空……。やっぱり、倒れたのって、イップスをなんとかしようとして無理した結果なのだろうか? 結果として何も上手く入ってないようだし、過度なトレーニングは危険だと釘を刺しておく必要があるかもしれないな(どの口が言う!)!

 

とりあえず、飯を食ってから話を進める事にしました〜。

 

何故か、飯食ってると「遅れてしまいました!! これはブシドーに倣って切腹して詫びなければ─────」といって、場を混沌とさせたハーフ少女が現れた。

 

みんなが慌てて、その少女の行き過ぎた行動を押さえつけようとしているのを見て、逆に俺は和んだ。




もはや、なんでもありな気がする……。

駄文すぎて申し訳ない!
キャラ崩壊の欄を増やしておきます!!


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第40話 球技大会という純粋な催し物で賭け事はよした方がいい。必ず揉めるぞ。by 作者

サブタイから分かる通りですが、僕は学生時代の球技大会で苦々しい思い出がございます。当然賭け事ですが。学生の皆様方。賭け事はするなとは言いませんが極力止しましょう。正直痛い目に会う確率の方が高いです!

え? そもそも球技大会で賭け事ってどういうことかですか? 至ってシンプルですよ。勝ったチームに負けたチームが昼飯が奢る系です。ただ途中でチームメイトから裏切りにあって僕一人で払う羽目になりましたがね! あん時のチームメイトには確実に粛清を執り行いたいものです(΄◉◞౪◟◉`)

さぁ長々と語ってしまいましたが、今回から球技大会編です。諸々の問題を抱えたまま大地達は突如執り行われる事になった合同球技大会に参加させられる羽目になりますが……?

それでは本編へどうぞ!


───5月15日 (火) PM 16:30 羽丘高校 1-A LHR───

 

実行委員「それじゃあ咲山君と成田君は球技大会のバスケットボールに強制参加で決定としました。続いて────」

 

大地・空『待て待て待てぇぇえ!!』

 

え? なにこの状況。俺等のアイドル勧誘事件はどうなったの?! あれでお終いかい! もっと語ることあったろ?! なんで端折られたんだ?!

 

※結果的に大地と空は上手く言いくるめてアイドルの件は断りました。

 

そんなんでいいのかよ……。ま、いいか。面倒いし。

それよりもなんで俺と空が聞いても無い合同球技大会なるもんに参加しなきゃならんのだ。しかも他のクラスメイトの反応を見るとオレら以外に全員はこの事を知ってたぽいな。クソッタレ。まさか嵌められたとは……。

 

昨日は午前中サボったから朝のホームルームも受けてないわけだからな。その弊害だ。どうやらその時に突如として決まった花咲川学園との球技大会について担任から話があったそうだ。球技の種類としては懐かし&ボコり合いのドッジボール。超次元でゴールを突き破るサッカー。北京の栄光は健在かソフトボール。凄いぞ八◯塁! スラムダンクは泣けたバスケットボールの4つの種目だ。そしてトーナメント戦で1年〜3年に問わず争われるサバイバル形式である。最後は勝ち残ったチーム数によってそれぞれの学校側に点数が分配され勝敗を決するというもの。

 

まぁここまではいい。俺としても話を聞いてないだけだし球技大会が合同でしかも急遽決まったところで何の問題もない。だけど実行委員。テメェはダメだ。

 

なんで俺と空がソフトボールじゃなくてバスケなんだよ? いやまだ空は分かる。身長があるし投手だから他のポジションを守らせ辛いとかあるからな。だけどオレはなんでだ? 身長は至って平均だし運動能力にはちっとばかし自信はあるけど、基本は野球しかやったことない素人ぞ。聞けばどうやら相手さんはバスケ部でガチガチに固めてくるらしいじゃ無いですか。そんな場所に背も高くないど素人ぶっ込んでどうなるっていうんだ!? 完全に浮きまくりだろうが。足手纏いもいいところだ。

 

と、言うのを実行委員に尋ねると─────

 

実行委員「あぁ、いいのいいの。ウチのクラスって男子5人しかいないでしょ? 他3人は経験者だしなんとかなるよね? って話で男子一塊にしちゃえってまとまったわけ。アーユーオーケー?」

 

─────ということらしい。

 

おい待てや。全然話がつかめないんだけど。要するにテキトーって訳っすか? そうですか。それって問題ないんですかね? 担任さん。

 

問題なし……と、ふむ。つまり俺は詰んだわけですか。さいですか。意味わからないままに流されてバスケをやる方向に話が進んでいく。空は空で聡を開いた澄んだ瞳で後光を浴びていた。その光はどうやって出したんだ? オーラか? コイツたまに狂ってるよなー。(お前が言うな)

 

あれ? 蘭さん? どうして顔を背けるんですか? まだ何か言ってないことでもあるんでっか? それなら早く言ってくださいよ。多分許容範囲超えるから後で『幼稚化』確定だけど。

 

その答えは実行委員と言う仮初めの名を持つ悪魔によって明らかになる。

 

実行委員「それはそれとして。君達野球部は花咲川の野球部とエンディングセレモニーで最後に試合してもらうからよろしくね!」

 

天地コンビ『待て待て待てぇぇえ!?』

 

はい。本日二度目の待て待て待てが飛び出しました。このクラスはどうなってるんでしょうか? 誰一人としておかしいと思わなかったわけかい? いやいやしっかりしてくれA組。俺らがいない間にとんでもない事実が勃発してんじゃん。

 

てか先輩方よ。そういうホウレンソウはしっかりしましょうね。初めて知りましたよ。絶対監督以外に知ってるやつ居たとおもう。くそ。最近通院やらリハビリやらでグラウンドに顔だしてなかったからな。監督との予定の組み取りが出来てないせいで把握できてない。

 

それは後で監督に聞きに行くとして、そもそも野球部の稼働率どうなってんだよ? エキシビションマッチ的な何かってやる必要あんの? 意味わからん。漸く蘭が顔を背けて渋顔作ってたわけが分かったわ。

 

とりあえず俺と空がその試合で出ることはない事は決定事項だろう。空はイップス、俺は怪我明けのスランプでマトモな戦力として見てもらえないからだ。それに監督としては空のイップスは出来る限り隠しておきたいだろうし、試合で使ってボロを出すのは避けたいはずだ。だから消去法的に俺や空の起用はない。

 

起用がないのは仕方ない。それは自分が無力だから今は甘んじて受け入れるしかない。けど夏の大会は譲らない。たとえ先輩方だとしても、眼を見張るほどの成長を遂げ始めている宗谷だとしても、俺はその先を譲るわけにはいかない。全ては俺が勝つ為に─────。

 

という決心はしたものの、結局のところ明後日に突然組まれた合同球技大会には勿論学生として参加しなければならないわけで。ケガを言い訳にしてサボろかと本気で考えている俺であった。

 

➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖

 

??「ずっと前から好きでした! 俺と付き合ってください!」

 

燐子「え、えっ……と…………」

 

……なんじゃこりゃ。なんかとんでも無い場面に出くわしたんだが。俺はどうすればいいんだ?

 

放課後。とりあえず怪我の通院を口実に球技大会のバスケ練習を休ませてもらった……もとい、サボらせてもらったこの頃。一応体裁もあるので本当に病院に向かっていたところ丁度通りかかった本屋の近くで若い男女、というより女子の方は知り合いなんだが、その人が告白されている場面に出くわすと言うhappeningに見舞った。

 

うん。これはあれだ。見なかったことにしよう。白金さんの為にも俺は何も見なかったし何も聞いてない方がいい。もし同じような状況に立たされていたとして告白シーンを見られたとあっては多分俺は一生部屋から出てこないと思う。主に心が死んで。しかも短い付き合いとはいえ、白金さんが男性相手に弱いのは百も承知である。

 

女性とマトモに喋るのも不得手と聞いたこともある。極度の人見知りである彼女が知り合いに告白されたところを見られたと知ったら……。うん。絶対アウトだ。なんか予想できちゃうぐらいに壊れそうだわ。

 

さて普通に通り過ぎよう。顔色が悪く見えるけど多分なんとかなるでしょ? 相手も実に誠実そうだし、爽やかイケメンだし、高身長だし、頭も良さそうだし、同じ学校だし、きっと優良物件なんだ。悪いことにはならないさ。

 

と、甘い考えに浸って通り過ぎようと思った。けど─────

 

??「どうかな? ダメかな? もしダメならどこが駄目なのか行ってくれないかい? 俺だって理由もなしにフラれるなんて嫌なんだ」

 

燐子「あ、ぁ……の………ぅぅ…………」

 

大地「……」

 

捲したてる花咲川の男子学生君。茶髪だけど爽やかな雰囲気を持つ彼だけど、やはり何か自信みたいなものでもあったのだろう。彼女が少し否定的な反応を見せた途端に彼女が喋ることが苦手だと知った上であんなことを言い始めたのだ。

 

涙を目の端にためている姿が見えてしまった。誰かと重なる。もうあまり記憶にもない遠い遠い記憶だ。まだマルチタスクも無かった頃の幼く楽しかった日々の中で一つだけ悲しい思い出がある。その時の再現ともいうべき姿が白金さんと重なる。

 

人のプライベートに土足で踏み込むつもりなんて、無かったんだけどなー。

 

益々俺は自分の不甲斐無さには嫌気が差す。踵を返して通り過ぎようとした道のりを切り返す。少し足早に二人へと近づいていく。五メートルを切った辺りで白金さんが俺の存在に気付く。背後から近づく気配にイケメンも気づいたようで振り返る。

 

大地「おっす。白金さん。こんなところで奇遇ですね」

 

燐子「さ、咲山、く、ん……」

 

??「君は……」

 

明らかに訝しむイケメン君。当然の反応である。けどそれを表に出さないのは凄いと思う。俺の前では無意味だが。何年捕手やってると思ってんだ。大体の奴の心理ぐらい読むくらい造作も無いぜ。

 

大地「俺は通院してたところなんだけど、白金さん達は何してたんですか?」

 

白金「そ、それは……」

 

??「君には関係ないだろう? 今、俺達は真剣に話し合ってるんだ。他人が突然横入りするのは筋違いじゃないのかな?」

 

へぇ〜。ホントに感情を隠すのがお上手ですこと。声音が上ずるわけでもなく、言い方に棘があるけど声自体に怒りや憤慨は感じられない。その鋭い眼光は隠せてないようだけどね。自分では正論を言ったつもりかもしれないけれど、筋違いか。

 

大地「筋違いはどっちなんだろうな?」

 

??「どういうことだい?」

 

大地「まさか理解してないのか? ここ、公衆の面前だぜ」

 

??「それがどうしたっていうんだ?」

 

まさかここまで自分勝手なやつだとは思わなかった。見た目に反して頭はからっきしか? 無計画に告白でもしたというのだろうか? それとも公衆の面前だと白金さんが断りづらくなると判断して敢えて此処に決めたか。どちらにせよ好印象と捉えることは出来ない。

 

大地「白金さんが奥手な性格と知っているなら、こんな人前で告白なんて大業な事しないはずだ。まさか好きって言った人の迷惑に真っ先に気づかないわけじゃないだろうが」

 

??「っ……! そ、それは……」

 

大地「どんな理由があるにせよ、他人の意見を聞こうとせず我を通そうとするその魂胆だけは気に食わない」

 

沸々と込み上げてくる憤り。直後、俺はイケメンの制服の襟袖に手を掛けた。そして真っ直ぐに眼を観る。抑えきれなかった。本当は少し話して終わるつもりだった。だけどこの勘違い野郎だけは許せなかった。何故かは分からないけど、ただ許せない。

 

大地「告白した相手に涙を堪えさせるようなやつが恋愛を語るな! 自分本位に話が進むと思ったのなら今すぐこの場から消え失せろ! 不快でしかない」

 

??「ぐっ……!? 好き勝手言ってるけど、君だって自分本位にキレてるだけじゃないか! 白金さんの友人か何かは知らないけど、僕と彼女の間に突然入り込んでくる君こそ不快だ!」

 

啀み合う。互いに互いの主張をぶつけ合う。結局決着はつかない平行線を辿るだけのものとなった上に周囲の視線は俺たちの口喧嘩に移っていく。それでも興奮状態の俺らは周りの目線など気にせずに声を荒げた。

 

それこそ白金さんが求めていたものとは違うはずなのに、御構い無しに。止められない。止めてはならない。女子を泣かせるような屑を俺は─────!!

 

友希那「いい加減にしなさい」

 

─────聞き慣れた好きな声と共にパシンっという乾いた音が聞こえた。それと同時に熱が右頬全体に広がっていく。その時に気付く。ぶたれたのだと。最近は冷静さを欠いて殴られる事が流行っているのだろうか? と、ふざけた事を考えつくぐらいには今の一発は効いた。

 

誰がやったのか? そんなもの決まっている。あの声の主を俺が間違えるはずなどないのだから。

 

大地「ゆ、きな、せんぱ、い……」

 

名前を呼ぶといつもよりも冷たい視線を送られる。どうしてここに? とは聞かない。理由はわかる。白金さんを探してたのだろう。今日は確かRoseliaの練習日だったはずだから。そして携帯に連絡をしたのは当然白金先輩だろう。この場で一番テンパってた筈の人が、まさか一番冷静だったとはな。

 

ヒートアップしていた熱は引き、今は自分に対して感じた嫌悪の感情で思考を埋め尽くされる。それを歯奥を噛み締めて堪える。

 

紗夜「貴方もです。櫂くん」

 

櫂「っ……ひか、わ……さん」

 

どうやら氷川先輩も来ていたらしい。櫂と呼ばれたイケメンは驚いた顔をした後に眉根を寄せた。あちらも俺と同じような感じなのかもしれない。些か不満だが。

 

嗜められた俺たちは冷静になった状態で話し合うために近場のカフェに寄ることとなった。

 

➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖

 

先ほどの行為を来てくれた二人と、迷惑を直にかけてしまった白金先輩に謝罪をしてから話を進めた。けれど大まかなあらすじは白金先輩が連絡をしていたので二人とも了承済みだった。

 

友希那「……大体の話は燐子から聞いてるわ。櫂といったかしら? 貴方、本当に燐子の事を思っているの?」

 

音楽以外は基本ヘンテコな友希那先輩がまともな質問だ、と!? さっきから思ってたけど絶対に今井先輩が入り込んでるでしょ? それ以外考えられn─────。

 

友希那「大地、もう一度ぶつわよ」

 

大地「スンマセン」

 

ガチのやつだ。目が座ってる。謝ったんで許してくだしゃい。その血管の浮き出た右手を控えてくれませんか? 恐怖で身体が震えますから。

 

櫂「……あぁ。俺は本気だ」

 

突然な真面目な雰囲気になったことを察して向き直る。そこにあったのは覚悟の眼差し。そこに偽りはない。そう、この男にとって白金先輩は遊び相手じゃない。本気で好きなんだ。それは鈍感と常日頃言われている俺でも分かる。本気じゃないやつはこんな目をしない。

 

櫂「白金燐子さんの事がずっと……1年でクラスが同じになった時から好きだ」

 

燐子「っ……!」

 

二度目の告白。白金先輩は顔を朱に染めた。頭から湯気が出ていると幻視できるぐらいに沸騰していた。羞恥に染まったのも束の間。白金先輩は視線を下向きに向けながら聞き取れるか微妙な小さな声で─────

 

燐子「ご、ごめんなさい……私、付き合えません」

 

─────と言った。

 

櫂「ど、どうしてなんだ?! 俺の何処が不満なんだ!?」

 

燐子「っ……」

 

紗夜「櫂くん。落ち着いてください。白金さんが怯えています」

 

櫂「っ! す、すまない」

 

そういうところだ。この男は何も理解していない。たぶん櫂という男は今迄に大きな失敗を経験した事がないのだ。自らのスペックが高いために基本はなんでもできる。それこそ天才と言われる領域に至っているのかもしれない。それ故に挫折を知らない。だから人よりも何倍も失敗するのが怖い。それが恋心なら尚更。しかしピアノのコンクールで受賞することの出来る白金先輩は人の感情の起伏に人一倍敏感だから櫂のそう言う部分が直感的に伝わったのだろう。不満じゃない。ただ許容できない。

 

自分が常に一番であり続けたが故に起きた誤解。相手も自分を好いているから何処で告白しようとも必ず大丈夫と言う慢心。それこそが櫂の唯一の弱点である。

 

後もう一つ白金先輩が告白を受け入れない理由があると思うけど、それに関しては俺は全くわからない。それこそ本人の情の域だ。推測出来ない領域に足を踏み入れてもただの二の足だし、そこまで深入りしようとも思わない。それこそ尊厳を踏みにじる可能性がある。

 

運ばれてきたダージリンティーを口に含む。爽やかな香りが鼻を透き通っていき、体から無駄な力が抜けてリラックスする。無駄な事を語れば、また櫂に目を付けられてしまう。それだけは避けなければならない。出来るなら平穏で話が済むといいんだが。

 

てか、友希那先輩。いい加減俺から離れてくれませんか? ずっと肩に頭を置いてますよね貴女。髪はいい匂いするしサラサラだし、表情がにこやか過ぎで和むんですよ。めっちゃくちゃ浄化されちゃいます。おっと、単なる変態だ。落ち着こうか。おや? 氷川先輩? 二人の仲介役してるんですよね? 何かあったんですか? めっちゃくちゃムスッとしてますよ? 正直可愛いから眼福ですが。

 

ん? それよりさっきより櫂の雰囲気が邪険に─────。

 

というよりも、俺に害意のある視線をぶつけてくる。さっきよりも強いやつだ。とうとう憤慨。何故? why?

 

櫂「白金さん! 考え直せ! こんな他の女の人を侍らしているような屑野郎のどこがいいっていうんだ!?」

 

へ?

 

櫂「クソ!! なんで俺がオマエに劣ってるって言うんだ!! 巫山戯るなアァァ!!」

 

激昂した。店の中ということも忘れて机を乱雑に叩く。意味がわからん。マジで何があったの? 俺何かしたのか? ここ来てからなんもしてねぇだろうが。

 

大地(すいません。氷川先輩。何があったんですか?)

 

紗夜(……先に謝っておきます。申し訳ありません。貴方には大変な迷惑をかけることとなるとは思いますが、今は何とか話を合わせてください)

 

大地(はぁ……?)

 

いいけどなんだ? なんか嫌な予感がプンプンするな。さっさと終わらせて帰るとしよう。そんで病院は明日に行こう。うん。そうしよう。何だかんだRoseliaの皆さんには大変な迷惑をかけちまったからな。多少の面倒ごとなら受け入れてやるさ。

 

紗夜(では、私が言うことをそのまま櫂くんに伝えてください)

 

大地(了解です)

 

紗夜(貴方に無くて俺にあるもの? そんなもの決まってるだろ?)大地「貴方に無くて俺にあるもの? そんなもの決まってるだろ?」

 

櫂「は?!」

 

ん? なんかさらに煽ってない? ま、いっか。面倒いし。

 

紗夜(貴方には本物がない)大地「貴方には本物がない」

 

どういうこと? 俺、言わされてるけど全く意味がわからん。氷川先輩。貴方は俺に何をさせようとしているのですかね!? 咲山、とても不安です!

 

紗夜(本物の愛ってやつを貴方は知らない。そう、俺と燐子のように熱く煮え滾るような紅蓮の愛を貴方は持っていない!! それこそ、俺と貴方の差だ!!)大地「本物の愛ってやつを貴方は知らない。そう、俺と燐子のように熱く煮え滾るような紅蓮の愛を貴方は持っていない!! それこそ、俺と貴方の差だ─────って、氷川先輩っ!?」

 

なんじゃこりゃぁぁぁあ!!

 

何?! ほんとなんなの!? 錯乱しすぎて意味わかんないだけど!! って痛い痛いッ!! 友希那先輩っ!? なんで俺の脇腹つねってるのですか!? 爪食い込ませないで!! お願いだから!! てかムスッてした顔かわいいな!! って、違う!

 

櫂「ノォォォオォオオォオオォオオ!!」

 

櫂! しっかりしろ。ここは店だ。そんなムンクの叫びを忠実に再現しなくてよろしい! メッサ目立ってるから。やめてくれ! というより白金先輩はなんでさっきから顔真っ赤にして黙り込んでるんですか!? 俺を助けて! ヘルプミー!

 

チラッと助けを求める視線を白金先輩に送ると─────

 

燐子「はわぁ〜〜ッッ///」

 

櫂「グハッ!? め、目と目で通じ合ってるだ、と……!? 二人の恋人関係はもうそこまで進展して─────」

 

大地「ねぇ? さっきから何の話ししてんの!? 俺、事情が掴めない。誰か助けてくれ。マジで」

 

え? 誰と誰が恋人!? 俺と白金先輩? ワッツ!? ワァイ!? 理解不能ぜよ!! くぁwせdrftgyふじこlp!!

 

─────と行った感じで謎の修羅場が完成した。それより友希那先輩がずっと横腹抓ってくる!! そろそろ離してほしい。絶対アザになってる! 痛みがむしろ無くなってきたぞ!? 感覚がなくなってくの怖いんだけど。助けてマジで。

 

ま、こんだけ修羅場と化したら店側も対応不能だわな。俺らは当分の間出禁を喰らいました。俺、謎の巻き込まれ方してんなぁ〜。いや元凶かも。はは。もうどっちでもいいや。考えるのめんど臭いし!

 

櫂「く、くふふ……わかった。わかったぞ……確かオマエ咲山とか言ったな」

 

大地「……アイ」

 

櫂「さっき氷川さんから聞いたところによると、オマエは明後日の合同球技大会のバスケに出るらしいじゃないか? そこには俺も出る。つまりオマエと直で戦えるわけだ」

 

大地「……アイ」

 

櫂「咲山! そこで俺達のチームとお前達のチームで戦って勝った方が負けた方の願いを一つだけ叶えると言う在り来たりな賭け事をしよう! 勿論、俺が勝ったら白金さんに一生近づくな! いいな!! この勝負、男なら受けるよな!? たとえ、俺が中学の頃に全国大会に出ていたチームのエースをやっていたとしても受けるよな!?」

 

大地「……アイ」

 

櫂「よし!! 決まった!! それじゃあ二日後だ! 二日後に全てケリをつけてオマエから白金さんを取り戻してみせる! ふ、それじゃあな!」

 

……アイ。

 

………………………。

 

……………………。

 

…………………。

 

……おい。あのキャラ暴走してるバカはなんて言ってた? 正直覚えてない。色々処理が付いて行ってないんだよ。ほんと面倒い。最初の爽やか系イケメンはどこ行った。最後は面影のカケラもなかったぞ。

 

大地「……氷川先輩」

 

紗夜「……なんでしょうか?」

 

目をそらすな。こっち見ろ。明らかに冷や汗垂らしてやがる。理解してるならやらなければいいのに。ははは。はぁ……。もう言っても遅いんですけどね。

 

だからせめてさ─────

 

大地「こう言うことは事前に伝えておいてください。ほんと頼みますんで。はい」

 

紗夜「すみませんでした……」

 

燐子「ご、ごめん、なさ、い……」

 

友希那「……っ」(ムスッ)

 

友希那先輩だけまだ俺の脇腹抓ってる。いい加減感覚なくなったわ。もう何ともないね。ふぅ。サボる口実が無くなっちまった。白金先輩。貴女の心労はお察ししますが、どうかお願いです。人を勝手に恋人設定にするのはよしてください。生きた心地がしませんから。せめて事前に通達してください。はい。

 

そして実行委員の氷川先輩。勝手に情報の漏洩はやめてください。それはズルというのです。頼みますよ。それから出来るならこっちの肩を持って。お願いだから。絶対勝ち目ないから。それともう一つあった。おい実行委員。目の前で女子生徒を巻き込んだ賭け事の概要話してんだから止めろ。風紀乱してる。オーケー!?

 

大地「ふ、不幸だ……」

 

➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖

 

大地「─────て、事があったんだ。助けてくれソラえもん」

 

空「誰が青ダヌキだ! 勝手に面倒ごと持ち込んだくんじゃないよ!? なんでお前は少し目を離しただけで問題を持ってくるんだ!? もう怖いわ!」

 

と、蘭にも同じ説明したら「死ね」と言われて腹パンされました。意味がわかりません。空が呆れたように笑っていたので後で粛清しようと思いました。タンタン♫

 

……マジでどうなんの??

 

 

 

 




やらかしたね♫ 気分転換で書いてたら大変なことになった。
中盤にシリアスっぽいのいれたのに、すぐにコメディーに変換されるし絶対文章崩壊してるし、なんかもう色々諦めてます(´・_・`)

それではバイなら


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第41話 別にダンクしてしまっても構わんのだろう? by 某守護者のモノマネをした作者

やぁo(・x・)/ 寝不足の作者です!
いやぁ〜、すっかり秋日和の天候になってきましたねぇ……。
皆さん、気温の変化に体調を崩さぬように気をつけてくださいね!
って、なるかぁー!!
気温は収まってきたけど、未だ30度超える地域があるってどういうこったぁあ!!
ちょっと寝苦しいんじゃよぉぉ!!


はっ! 俺は何を……!


とりあえず、未だ寝苦しさが私は拭えません。泣きそうです。てか、泣いてます。
本気で節電したいけど、寝れない苦しみよりも金を……(ぷるぷる)

いえ、やはり地球温暖化もありますし、節電は大事ですよね。我慢します。きっと、恐らく、多分、maybe……。

それとサブタイは作者が学生時代に言った台詞です。聡明である皆様なら結果はお察しいただけると思います……。というかフラグですよね。リング高すぎません? 正直10センチぐらい身長をプラスにしてほしい(切実)。



前回までのあらすじィィイィィイィィイ!!

 

 

とりあえず櫂とかいう爽やかイケメン暴走野郎を、奴の得意なバスケでボコって圧倒的理不尽の塊である櫂から白金先輩の貞操を守りきるという最難関ミッションを請け負った。以上!

 

 

……気張ったわりには適当なあらすじで悪いな〜。間違ってはないから許してちょんまげ★

テンションおかしいのは自分でもわかってるので放置してもらえると助かるラスカル。

 

 

おもんねー!! まぁいっか(適当)

 

さて、やってまいりました。今日がその大問題の球技大会でしたー!!

イェーイっ!! ヒュゥーヒュゥーッ!!

ヤケクソなのはツッコまないお約束だ、イイネ?

 

 

空「大地、目が笑ってないくせに顔だけ満面の笑みを浮かべるのやめてくれよ。めちゃくちゃ不気味で怖いわ」

 

 

クラスメイトA「成田の言う通りだぜ、咲山。どうせ負けたって責任とか追う必要ないし、気負わずに楽しもうぜ!」

 

 

クラスメイトB「そうそう。バスケ経験ゼロのオマエはそこそこ動けるだけでいいんだから、そう真面目に受けとらなくていいぞ」

 

 

クラスメイトC「ほらほら、周り見てみろよ〜。めちゃくちゃ眼福な景色が広がってんだぜ! これだけ体操着の女の子に囲まれながらバスケに真面目に取り組めるわけねぇだろう!?」

 

 

クラスメイト男子『たしかに!』

 

 

大地「はぁ……。テメェらは呑気でいいよな。コッチはややこしい事になってるってのに、ったく」

 

 

空「それに関してだって、オマエが勝手に首に突っ込んだ結果だろ? ちゃんと受け入れて真面目に取り組むしか方法なんてないだろ、特にオマエは」

 

 

大地「うぐ……ッ!?」

 

 

空からの正論!

効果はバツグンだ!!

 

 

突き刺さった言葉に頭垂れそうになるが、なんとか堪えて前を見据える。

視線に映った相手は、渦中の人物である櫂と愉快な仲間達だ。談笑しながらアップをしているが、非常に練度の高い動きを見せていた。

体の使い方を見る限り、レベルの高さは相当なものなのだろうとは、バスケ初心者の俺でも読み取ることができる。

 

 

俺が独自で集めた情報では、彼等は全国クラスの実力を誇る本格派の方々のようだ。どうやら花咲川は男女混合にしてからスポーツ関連での飛躍を目指して、今年からスポーツ推薦枠を導入しているようだ。

その枠には当然だが、野球やバスケットボールといった球技の中心はもちろんのこと、弓道からテコンドーに至るまで数々の枠が空いてるとかなんとか……。

 

 

しかもスポーツ推薦枠を受けた彼等は、チーム力を高めてもらうために同じ部活動の人たちと同クラスになる配置を展開をしている。

 

 

つまり今回のチーム分けの時点でバスケの推薦枠組が出しゃばるのは目に見えてなわけで、勝ち目なんてほぼ無い図になってしまったのですよ!

 

 

その中でも突出しているのは、世代内でも指折りと謳われる天才PG(ポイントガード)こと、櫂 祐介。今回の件における主犯アンド戦犯である。

 

 

速く緩くを活かした緩急差の激しいドリブルと、放てば確実に得点を挙げる決定力。186㎝という巨体と、跳ね上げる瞬発力によって生み出される高さを利用してのダンクシュートは圧倒的な威力を持つ(らしい)。

 

 

しかし彼が持つ最大の武器は、個人技ではなく、あの天性のカリスマ性による統率力と的確な指示とパスによるゲームメイク能力。

 

 

チーム状況と敵の様子を瞬時に判断して、状況に見合った働きをする冷静さと、ほぼ完璧なパスによるアシストで味方全体を盛り上げる役割も担う彼は敵としたらたまったものじゃないだろう。

 

 

見かけの割には頭の回転は速いようだ。

くっそ、腹立つけどな!

長所多過ぎだろっ! ちょっとは弱点見せろクソイケメンッ!!

 

 

空「で、結局はあの人との直接対決は勝ちに行くのか? それとも負けの確定した試合だから手を抜いて白金先輩を簡単に櫂の野郎に渡しちまうのか?」

 

 

大地「んなわけねぇだろうが。俺は全力で潰しに行くに決まってる」

 

 

空「たとえ、それが勝ち目のない戦いでも?」

 

 

大地「そもそも勝ち目の無い戦いなんて一つもねぇよ。誰にだって勝ち筋はあるはずなんだよ。それをとんでもない戦力差に呑まれて初めから勝つ目を探らないのは愚者の成すことだ。俺はどれだけ力の差を見せつけられても諍ってやる」

 

 

それに─────

 

 

彼女は泣いていた。

格好をつけたいわけじゃない。誰かを幸せにしてやりたいわけじゃない。自己犠牲で陶酔したいわけでもない。

けれど、白金さんは泣いていた。

それだけで俺の戦う理由は十分だった。

 

 

空「……」

 

 

大地「なんだよ気持ち悪いな……。ニマニマしやがって。なんか言いたいのか?」

 

 

空「いや? 流石は大地だなって思っただけだ。─────いつも通りでいいんだろ?」

 

 

大地「あぁ、いつも通りだ。俺が求めた最高のボールをミット(リング)に叩き込め。それだけで俺たちは最強だ」

 

 

 

 

 

花咲川女子生徒A「ねぇねぇ? この対決、どっちが勝つと思う?」

 

 

花咲川女子生徒B「そりゃあ櫂くんのいるチームに決まってんじゃん! イケメンだし、今年の一年の中じゃ飛び抜けて身体能力も高いらしいしね!」

 

 

羽丘女子生徒A「流石の咲山くんたちでもバスケは厳しいよねぇ……」

 

 

羽丘女子生徒B「だよねぇ。しかも咲山くんって怪我明けでしょ? 体動かすのもキツイでしょ。大きすぎるハンデだよね」

 

 

 

 

 

燐子「……」

 

 

紗夜「白金さん」

 

 

燐子「……っ! ひ、氷川さ、ん……」

 

 

紗夜「そんなに端にいてはゲームが見られないのではないですか? どうしてこんなところに……」

 

 

燐子「……怖いんです」

 

 

紗夜「怖い?」

 

 

燐子「櫂くんが勝てば、私は、また……彼に言い寄られると思うと……、彼が悪い人でないことは、わかるんです……でも─────」

 

 

紗夜「なるほど。たしかに櫂くんは好青年であることに間違いはありませんが、些か移り気の早い傾向にありますから、女性としては嬉しくはないでしょう」

 

 

「けれど、白金さん。貴女は一つ、思い違いをしているのかもしれませんよ?」

 

 

燐子「? それ、は─────」

 

 

紗夜「櫂くんはバスケ界では相当な実力者として鳴物入りで花咲川に入学しました。無論、実力は噂にたがわぬものです。才能もあるのでしょう。けれど─────」

 

 

 

 

 

審判「それでは! 今から花咲川と羽丘の球技大会、バスケの部を始めたいと思いますッ!! 両チーム、整列して!」

 

 

 

「怪我だけは気をつけて、ハキハキと楽しんだプレーを心がけるように。ルールは1クォーター10分の2クォーター制だ。1クォーターが終わり次第、5分間のインターバルを取るので各自、水分補給を取るように、それでは礼!」

 

 

『お願いしますッ!!』

 

 

櫂「咲山」

 

 

大地「なんすか……」

 

 

櫂「ゼッテェ潰してやるから、覚悟しとけ」

 

 

大地「……お手柔らかに」

 

 

櫂「ふん……」

 

 

大地「あ、一つ言い忘れてました」

 

 

櫂「あ?」

 

 

大地「テメェに白金先輩を渡すつもり、ねぇから。初心者+素人に毛が生えた程度の奴らだと思ってかかると痛い目見るぞ」

 

 

櫂「上等だ。やってみろ」

 

 

 

クラスメイトA(何宣戦布告しちゃってんのー!! 咲山くぅーん!!)

 

 

クラスメイトB(どうやったらあんなに人を怒らせることができるんだよ……)

 

 

クラスメイトC(あぁ、オレらの楽しい球技大会が、咲山と櫂先輩に潰されちまうぅ〜!!)

 

 

空「さて、ぶちかますかー! イケメンヅラをグチャグチャなブチャ顔に変えてやんよぉ!! エリート集団、ハンカチの準備は十分か!?」

 

 

クラスメイト男子『なんでオマエまで乗り気なんだよぉおぉおおぉ!!』

 

 

 

ピィィィーー!!

 

 

 

実況『さぁ! 長らくお待たせしましたっ!! 今から羽丘・花咲川合同による球技大会、バスケットボールの部の火蓋が切って落とされましたぁあ!! 実況は私、花咲川放送部の松山でお送りしたいと思います!!』

 

 

 

ジャンパー→羽丘:成田空 花咲川:郷田豪鬼

 

 

羽丘(1年)スターティング

1番.PG 咲山大地

2番.SG 鈴木陽太

3番.SF 高山勇気

4番.PF 田中達也

5番.C 成田空

 

 

花咲川(2年)スターティング

1番.PG 櫂祐介

2番.SG 貴山亜門

3番.SF 清水相馬

4番.PF 佐伯鈴

5番.C 郷田豪鬼

 

 

審判「ティップオフ!!」

 

 

実況『試合が始まったぁあ!! 審判がボールを高く投げましたっ!!』

 

 

ヒュッ!!

 

 

空・郷田『ウォォオオォオオォ!!』

 

 

バシンッッ!!

 

 

空「ち!(デカすぎだろ、ゴリラめ)」

 

 

郷田「ふん!(これでギリギリか。身長差10㎝はあるはずだが、相当な跳躍力だな。あと数瞬早く飛ばれていれば、取られていた)」

 

 

実況『まずジャンプボールを制したのは、我らが花咲川の巨人、郷田豪鬼選手だぁ!! 身長195㎝の巨躯が183㎝の成田選手を圧倒しましたッ!!』

 

 

バシッ!!

 

 

櫂「ナイスだ! 郷田ッ!!」

 

 

大地「速攻くるぞっ!!」

 

 

キュッ!!

 

バンバンッ!!

 

 

実況『速い速いッ!! これが世代トップ候補の櫂選手のドリブルッ!! あらかじめ予測していた羽丘陣ですが、それでも間に合わないっ!! 速くも射程圏内です!!

しかし、ここで漸く羽丘エースの高山くんが追いつきましたっ!! 止めれるかぁ!?』

 

 

 

櫂「まずは─────!」

 

高山「速いっ! けど止めれ─────」

 

 

 

 

キュッ!!

 

 

 

高山「っ!? (このスピードでブレーキッ!? なんて敏捷性だ……!? コケちまう!)」

 

 

ドタっ!!

 

 

大地(あれが噂のアンクルブレイクッ!! なんつー緩急差だよ!)

 

 

 

キュキュッ!!

ダンッ!!

 

 

櫂「─────先制点ッ!!」

 

 

ガゴォォォオオォオオォオオォオオォオオォーーーンンンッッッ!!

 

 

 

ワァアアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアーーーー!!

 

 

 

実況『な、ななな、なんとぉおぉお!! エース櫂! 一人で陣地に侵入し、エース対決を制した途端に無慈悲な鉄槌ィィイイィ!! 初心者の多い羽丘に対して、いきなり全開ッ!!!! 心を折りにきましたぁあ!!』

 

 

花咲川女子『櫂くぅーん!! かっこいい///!!』

 

 

実況『女子からの黄色い声援に、自慢の甘いマスクで応えますっ!! きゃぁぁあ!! 櫂くぅーん♡ こっち向いてぇえ!!』

 

 

櫂「ふ、これが実力差だ。わかっただろ? オマエら程度で俺には─────」

 

 

大地「─────余所見は厳禁だぜ、先輩。俺らの本領発揮はここからだからよっ!!」

 

 

櫂「っ!?」

 

 

ダンッ!!

ズッォォオオオオォオオォオオォオオォオオォオオォオオォ……ッッ!!

 

 

ドン……ッッ!!

 

 

バヂィィィイイーーーンンンッッ!!!!

 

 

空「っっ〜〜!! ッラァアッ!!」

 

 

ガッゴォォオオオォオオォオオォオオォオオォオオォオオォオオォオオォオオォオオォオオォーーーンンンッッ!!!!

 

 

ワァアアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアッッ!!

 

 

実況『な!? ななな、なんだぁー!! 今のはァァア!!! 咲山選手が自慢の鬼肩で投じたボールは、コートの端から端をぶった切って、跳躍中の成田選手の手中に収まり、そのままダンクゥゥゥッッ!!!! なんという強肩ッ!! なんという威力ッ!! 予測不能なアリウープで流れをぶった切った『天地コンビ』!!』

 

 

『今年、賑わいを見せた野球コンビはバスケでも猛威を振るい世代トップ候補に牙を剥きますっ!!』

 

 

 

大地「これでおあいこっすね。先輩」

 

 

櫂「咲山ァァッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

燐子「……す、すごい」

 

 

紗夜「だから言いましたよね?

『─────【天地コンビ】だって天才ですよ』と……。少しは彼らを信用してみてはどうですか?」




わぁい! 書いたけど、ヒッドォイ!!
ごめんなちゃい。悪気はないんです。
誤字脱字多ければ申し訳ないっす。一応チェック入れたつもりなんですけど、なんだかんだ見逃してる気がしてならない。
あ、キャラの口調が変なのとか、途中で台本形式になってるのは気にしないでください。
書けなかったわけじゃないですから! 敢えて書いてないだけですからッ!!
試合描写が難しいとか、人情描写が思い浮かばなかったとかじゃないですからぁ!!

とりま、そういうことでよろしくです!!


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メタ発言になっちゃうけど話を進めたいからバスケいきなり決着

ワァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!

 

 

観客「またダンク決めた!」

観客「羽丘一年5番、成田のスーパーアリウープが止まらない!」

観客「第一クォーターで何本目だよ、アレ!」

 

 

ピィーッ!!

 

 

審判「チャージドアウト、花咲川2年」

 

 

観客「第一クォーターラスト1分半で26-21で羽丘一年リード」

観客「ヤバくない? ウチの2年チームって5人ともバスケ部レギュラーでしょ?」

観客「けど、とんでもないアリウープに頼って得点してるから良い感じに見えるけど、中盤以降5番を対策されると厳しいかもよ」

 

 

花咲川二年ベンチ

 

 

佐伯「1番と5番のコンビ、そろそろ止めないと不味くない?」

貴山「攻撃力が桁違いだからな。でもあんな素人紛いのプレーが終盤まで続くとは思えないな」

清水「とはいえ少々やられ過ぎだ。あのコンビから他三人が勢いづいてくる可能性があるぞ」

郷田「こっちの攻撃面でも徹底して1番が櫂をマークしてて攻撃のレパートリーを減らされてる。これだと素人とはいえ、慣れられてきてもおかしくはない。わかってるな?」

 

 

櫂「……わかってるよ」

 

 

(バスケにおいてPG対決は、ある意味試合の流れを左右するものといえる。それはゲームメイク云々含めてチームの士気に関わってくるからだ)

 

 

(咲山は、序盤からガンガンプレッシャーを与える嫌らしい守備を本能で展開してくるあたり、凄い試合勘を持ってるのは分かる)

 

 

(本当に初心者なのか……? アイツ……)

 

 

悔しそうに歯噛みして、大量の汗を噴き出す大地を睨む。

 

 

(そっちがその気なら、お望み通りやってやるよ。こっちだって負ける気はさらさらねぇ)

 

 

闘志を漲らせた櫂は、ギラギラと眼を細め、更なる凄味へと昇華させた。圧倒的存在感、というべき圧力にチームメイトでさえ慄いた。

 

 

 

 

羽丘1年ベンチ

 

 

鈴木「お前らスゲェな! バケモンみたいなプレーすんじゃん!!」

空「いやいや!! それほどでもあるな〜!」

田中「自惚れてるぅ〜」

 

 

高山「大丈夫か? 咲山」

大地「ん? あぁ……。大丈夫だ」

高山「……」

 

 

(凄い汗だ。そりゃあ、世代最高峰の櫂をマークし続けて、あの無茶苦茶な速攻を成り立たせているわけだから相当な疲労だろうけど、それにしたってこの汗の量は異常─────)

 

 

まさか、と高山の脳に嫌な予感が過った。蒼ざめた顔、何かを堪えているような表情、尋常ならざる汗量、激しい運動量での蓄積された疲労……そこから導き出される答えは─────

 

 

 

高山「……お前、もしかして─────」

大地「高山」

 

 

言わんとすることを言わせない大地。その表情は死にかけなのに確固たる意志を孕んでいた。

 

 

大地「頼む─────」

高山「!?」

 

 

何を頼むというのか。と、思った。だが、わからないわけではない。わかっているがわかろうとは思えないだけ。

 

 

ここで全員に大地の容態について指摘すれば、大地の苦痛を消すことができるかもしれない。本人は望んではいないだろうが、それが最善だ。

 

 

しかし、この眼は本気。強者だけが持ち得るホンモノの闘気。それが咲山大地の瞳に宿っていた。

 

 

高山「─────」

 

 

呑まれた。大地の激情渦巻く熱き魂に高山という男は見惚れたのだ。

なれば、返答は決まっていた。

 

 

高山「……無理だと思ったら止めるからな」

 

 

そう言うしか出来ない。

 

 

大地「おう」

 

 

大地は苦しいだろうに、微笑みを浮かべた。

 

 

これが成田空という【神童】とコンビを組む者。

 

 

これが絶対不倒の【大樹】。

 

 

これが咲山大地という男の性根だと、高山は感じ取った。

 

 

 

 

─────

 

 

第二クォーター始まり─────

 

 

試合の流れは完全に羽丘1年に傾いている。番狂わせが起きるのでは、と球技大会に足を運んできたギャラリー達はそう期待していた。

 

 

だが、そんな熱視線の中、ボールを運ぶ櫂だけは静かな冷気を纏っていた。

 

 

それはチームメイトを含めた、コート全域に位置する者全てに異変を感知させた。

 

 

「っ!!」

 

 

ダメだ。そう直感した大地は鬼気迫る勢いで櫂にマークをつける。

 

 

「遅い─────」

「なっ……」

 

 

櫂がドライブを入れてきた様子を見て、大地が対応しようと身体を入れようとした瞬間、目の前から櫂が消えていた。

 

 

バスンッ

 

 

気付けば、いつのまにかレイアップでゴールをもぎ取られていた。

 

 

鈴木「さっきまで抑えこめていた咲山が、こんなにあっさり抜かれるなんてて……」

空「おいおい、バスケで『その領域』に入るって、いよいよ漫画じゃねぇーかよ……」

 

 

唖然とする者たちを他所に、空は櫂の状態に心当たりがあるように失笑する。

 

 

櫂「……第一クォーターでオマエ達の実力はわかった。正直言って規格外だったよ」

 

 

背を向けながら静かに話す櫂。そして、生唾を呑み込む大地達。

振り向き返った櫂の眼は燦々と火花を散らしているようで、ギラギラと鈍く光っていた。

 

 

櫂「だからこそ、オマエ達を本気で叩き潰すことにしたよ。覚悟はいいか? 咲山……勝つのは俺だ!」

 

 

櫂は不気味な微笑いを浮かべて、強く言った。

 

 

空「『ゾーン』!?」

大地「……望むところだ」

 

 

櫂が『ゾーン』へ入った。

 

 

 

第二クォーター

羽丘 34-65 花咲川

 

 

 

ブゥーッ!!

 

 

第二クォーター終了時点で、スコアが大きく開いていた。

 

 

圧倒的なまでの櫂。そして、櫂のパスに触発された四人も同様に実力を遺憾なく発揮し始め、羽丘一年を呑み込んでいく。

 

 

同時に大地の動きも衰えを見せる。櫂のドライブに反応すらできずに抜かれる。繰り返し何度も何度も……。

 

 

空(おかしい……)

 

 

空は大地の動きに疑問を持つ。周りの観客や生徒からすれば、なんの疑惑も抱かぬ当然ながらの出来事だ。

 

 

けれど、ほんの数ヶ月の付き合いとはいえ相棒としてバッテリーを組む空には、今の大地が明らかに不自然だと悟った。

 

 

空(あの大地が、『ゾーン』に入られただけであそこまで惨敗し続けるものか?)

 

 

空は、凄まじい汗を吹き出し血相の悪い大地を見てそう思う。

咲山大地とは強敵でも怯まず、されど猪突猛進で進むのではなく、確たる根拠と理念を持って組み立てた戦術で相手を打ち負かす。そういう男のはずだ。

 

 

それが今ではどうだろうか。種目別とはいえ、櫂に手も足も出ていない状態である。それも苦しみ捥がくように力任せなプレーで、そこに理論など微塵もない。

 

 

これではまるで理性のない獣となんら変わらない。

 

 

空(まさか、あいつ─────!)

 

 

そして、あの鋭くも何かを堪えた瞳を見て、空は確信に至る。

 

 

─────背中の怪我が開き始めているのだ、と……。

 

 

 

観衆も一様に期待感が薄れていき、次第に蹂躙が始まるのだと思った。

 

 

それは、大地と櫂の戦いの主因ともいえる白金燐子も同様である

 

 

やはり、経験の差、実力の差、才能の差。これらはそう簡単に覆るものではない。

 

 

直向きにバスケの才能を育んだ櫂と、所詮は素人に毛が生えた程度の大地では天と地の差が如実にあった。

 

 

この時、負けている側の心情を、燐子はよく理解できる。

 

 

“絶望”

 

 

頭が真っ白になって、自分が何をしているのかすらわからなくなる。泥水に沈んでいくような感覚に呼吸すらままならなくなるのだ。

 

 

白金燐子はそれを良く知っている。なぜなら、そういった経験が実際にあるから。小学生のピアノコンクール。練習してきた曲を多くの観衆の前で突然弾けなくなった。それは人ならば誰しもが起こり得る過度の緊張から生まれた失敗だった。

 

 

だが、燐子は小学生で立ち直ろうにも塞がりようのない心の傷を負ってしまった。

 

 

Roseliaと出会うまで、彼女はピアノや音楽に対して臆病にも逃げ惑っていた事実があり、それは今でも時折、悪夢としてやってくる。

 

 

だから櫂のような熱くまっすぐな男性に迫られることは燐子にとって良き機会なのかもしれない。それでも前を向け、と、オレの背中についてこいと言わんばかりの高圧的な態度についていくことができるだろうかという不安が強い。真っ直ぐ過ぎる彼に、燐子は怖気ついているのだ。

 

 

櫂「─────それにしたって、白金さんも可哀想だな」

 

 

突然、コートにいるはずの櫂の声が聞こえてきた。人々の喧騒で聞こえないはずの彼の声だが、どうしてかコートから鮮明に聞こえてきたようだ。

 

 

ダムダムとバスケボールを華麗に突きながら、燐子を憐む。

 

 

櫂「オマエのような野性的な男と、彼女は釣り合わない。彼女には真っ直ぐで常に前を向きながら引っ張ってやれる男が良いに決まっている」

 

 

鋭い眼光が大地を射抜く。必死にディフェンスを展開しながらも、顔色は蒼く動きに余裕がない。

 

 

その相手は自分だと言わんばかりの言い方であり、実際そのように言っているのだろう。

 

 

まるで勝負の行方を悟ったかのように余裕を見せつける櫂は、平静のまま話を続ける。

 

 

櫂「自己顕示欲の強いオマエがお淑やかな白金さんの彼氏なんて、そもそも務まるわけないんだよ」

 

 

別れろ。そう言外に言い放った櫂の表情は、どこまでも熱情に染まっていた。

あぁ、あの眼だ……と、燐子はたじろいだ。櫂のあの不可能の壁が全てないと言い切ったような、真っ直ぐすぎる瞳が燐子は苦手だった。

 

 

純心で無垢。ぶつかるべき壁はなく、ただ開けた空間で気ままに生きる彼の姿に、燐子は合わないと心底から感じてしまっている。

 

 

嫌悪しているわけではない、むしろ彼の真っ直ぐな姿勢は好意的だ。けれど、あの愚直が過ぎるご都合主義は、果たして燐子に歩み寄ってくれるだろうか。くれないだろう。彼はそう言う人なのだ。

 

 

喉が引き攣った。

 

 

今度は自身の意思とは関係なく我勝手に日向に連れ出されると思うと、過去の悪夢が脳裏を過る。

 

 

また、あの時のような無様を世間に晒してしまうのではないかと言う、未だ見えぬ過度のプレッシャーが彼女を襲っていく。

 

 

大地「……テメェが、俺のことをどう思っていようが心底どうでもいい。だがな、白金さんの心は全部読みきってるぞ、みたいな澄ました顔をしてんじゃねぇよ」

櫂「な!?」

 

 

膝を震わせながら口を開いた大地に、櫂は瞠目する。

 

 

大地「誰かが率先して彼女の前を走って、手を引いてやる方がいい……なんて、誰が決めた。彼女本人が本当にそう望んで口にしたのかよ……」

櫂「言ってはいない……けど─────!」

大地「“けど”……なんだよ。彼女の気持ちを考えれば当然そうだろう。なんて言うわけじゃないだろうな」

櫂「!?」

 

 

図星を突かれた櫂は一瞬だけ、誰にも気づかれないレベルでドリブルに歪みが生じた。

 

 

大地「もしそう言うつもりだったんならオマエ、俺のこと言えないぐらいに自己顕示欲の塊だぞ」

 

 

大地は酷く憔悴しきった表情のまま言った。

 

 

大地「オマエが白金さんに告白した時、俺は心底疑問に思ったよ。どうしてあんな公衆の面前で告白するのかってな」

櫂「……そ、それは、彼女を偶然本屋で見つけて、思わず─────」

大地「違う。オマエはチャンスだと思ったんだ。白金さんの臆病な性格を知ってて、わざわざそんな人通りの多いところで告白して、断り辛い状況にしようとしたんだよ」

櫂「ち、違う!」

大地「違わねぇよ。そりゃあ否定的にもなるよな。なんたってオマエにはその自覚がねぇんだからな」

 

 

ズバズバと心理を突く大地の言葉に、櫂は揺さぶられていく。「ゾーン」は解け始め、プレーに対する集中力も散漫だ。

 

 

大地「とにかく、俺は、そういう奴が同族嫌悪ってやつで、自分も含めて大っ嫌いだ」

櫂「しまっ─────!?」

 

 

感情剥き出しのプレーで、とうとう大地が櫂からボールを奪う。

ズルや卑怯と蔑まされようとも、構わない。心理戦だって立派な勝つための手段なのだ。たとえ謗られたとしても文句だけは言わせない。

 

 

大地「彼女には彼女なりのペースってもんがあるんだよッ!! オマエに手を差し出してもらわなくたって、彼女は自分のペースで前向いて歩いてんだ!」

 

 

素早くドライブ。速攻だ。

 

 

されど、腐っても櫂は世代最高峰のプレーヤー。すぐさまターンオーバーして、大地の前に現れる。

 

 

櫂「咲山ァァアァァア─────ッ!!」

 

 

櫂が吠える。

 

 

大地「それでもテメェは、自己満足のためだけに彼女の前に立とうとするなら、まずは─────」

 

 

ダンッ!! 強く地面を両足で蹴り上げて高く跳躍する。櫂も遅れて飛ぶ。櫂の腕と大地が持つボールが空中で鬩ぎ合い、数迅の間だけ拮抗する。

 

 

だが、その拮抗はすぐに崩れ去る。

 

 

櫂「なっ!?」

 

 

櫂の身体が落下を始めた。しかし、大地の身体は依然として空中に滞空し続ける。

そしてギリギリッと鬩ぎ合っていた、攻防は大地が櫂の腕を押し切り、

 

 

ズッッッガァァアアァアァアァァァアァァアァァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンンゥゥゥゥッッ!!!!

 

 

リングにボールを叩きつけた。

 

 

大地「─────その腑抜けた思考をブッ飛ばすッッ!!!!」

 

 

王者の鍍金を剥がす、大樹の一撃が炸裂した。

 

 

 

ワァァァァァァァァァァア!!!!

 

 

180に届かない大地の一撃に会場が沸く。

それも世代最高峰のプレーヤーのブロックを突き破ってだから尚更だろう。

 

 

大地「はぁ……はぁ……ぁが……!!」

櫂「……っ」

 

 

(俺が、コイツに押し負けた……? 経験値でも実力でも勝っている俺が─────こんな素人に)

 

 

櫂は頭が真っ白になった。

 

 

バスケ素人である大地のセンス任せのダンクシュートに、経験者で実力者でもある自分が力負けしたことがショック過ぎたのだ。

 

 

大地「……っ」

 

 

(痛ぇ……傷が開いてやがる)

 

 

大地は傷口が再度開き始めたことで、背中に激痛が奔る。しかし、その苦痛を表情に出すことはなく、ただ歯を食いしばることだけで必死に堪える。

 

 

大地(苦痛を表に出すな。痛みは秘めろ。チームの士気に影響が出るぞ)

 

 

鬼気迫る内心に対し表面上は平静。

恐ろしさすら覚える静けさに、空は悪寒を感じた。

 

 

その後も集中力を欠いた状態でプレーする櫂に応じるように、31点差あったはずのスコアは徐々にけれど如実に縮まっていく。

 

 

そして、大地の渾身の一撃に呑まれた櫂は精彩を欠いたままプレーに集中できるはずもなく、あえなく同点を許し、第四クォーターラストプレー……

 

 

櫂「なんでだよ……」

 

 

歯噛みしながらボールをキープする大地を睨みつける櫂。

 

 

櫂「今頃、オマエをバスケで虐殺して周りからの声援を糧に勝利の後押しをしているはずなのに……!」

大地「もういいか……」

櫂「くっ!」

大地「この辺が引き際じゃねぇのか。そのオマエのご都合解釈の引き際だよッ!!」

 

 

限界に等しい身体に鞭を打ってドライブを仕掛け、ついてきたところを見様見真似のキレのないロールで回避しようとする。

 

 

普段の櫂ならば容易に防げたソレも、いまや追いかけるのでやっとである。

 

 

櫂「これ以上オレの世界で好き勝手にさせてたまるかよォォ─────ッ!!」

 

 

「オレは負けない!! 負けちゃいけないんだ!! あの子に振り向いてもらうためにも、オレがオレであるためにも負けられないんだァァ─────ッ!!」

 

 

激情に駆られるまま、幼稚なプレーで大地のボールを奪おうと躍起になる。

 

 

大地「……自分だけの世界ってのはな、ただの逃げだ。もっと周りを見渡してみろよ、櫂先輩」

 

 

静かな、けれど確かな熱を持った言葉を放つ大地。その鋭い瞳からは強い意志を感じる。

 

 

大地「あの子に振り向いてもらうために負けられない……その言葉が本音なら今度は間違えるな」

 

 

「精々堂々、彼女に寄り添った場所で真正面から告白しろ。それでダメだったなら潔く散れ。それもこれも、今だからこそできる経験だろうがッ!!」

 

 

あぁ、そうか……。櫂はようやっと気がつく。

 

 

櫂(コイツは周囲の評価や失敗したときの過程といった曖昧なものなんて気にしちゃいない。コイツは、それすら己の足で踏破するだけの強さがある!)

 

 

獣の如しドライブを仕掛ける大地は、身体に残った力を最後の最後まで振り絞って全力を尽くす。

 

 

─────【無我の境地】、強制解放。

 

 

大地「それでもテメェが、まだご都合主義に塗れた状態でしか人と接せれないってんなら─────」

 

 

真っ向からの切り込みに、反応すらできない櫂は呆気に取られた。

あまりの衝撃的速さに横顔を思いっきり殴られた気分に陥る。

 

 

そして、大地は叫んだ。

 

 

大地「─────その腑抜けた思考ごと俺が全力でブッ飛ばすッッ!!!!」

 

 

 

郷田「行かせるかァァア─────!!」

 

 

ダンクシュートのフォームに入った大地に195センチの巨体を懸命に使ったブロックで圧倒する郷田。

 

 

大地「誰がオマエみたいな巨体とぶつかり合うかよ!」

 

 

ニヤッと笑う大地。その瞬間、郷田は自身の失態に気がつく。

だが気がついた時点で時すでに遅しだ。

大地は滞空しながらボールを郷田の脇下へとポンっと放る。

 

 

空「ナイスパスッ!!」

 

 

そこには待ち構えていた空がいた。

 

 

櫂「っ!! それでもまだ俺だって素人に負けられねぇーんだよっ!!」

空(速っ!? こいつ、こんな圧倒的な感じだったのかよ!)

 

 

だが、空はいつのまにかカバーリングされていた櫂に動きを御される。

 

 

空(ここはダサくてもフェイントでパスを入れる!)

 

 

ジャンプシュートの構えをとる空。それに反応するかのように、櫂はブロックに飛ぶ。掛かった。と、空はすぐ横に並んだ大地へと空中でパスを出す。

 

 

そして、シュートを放とうとして、

 

 

櫂「まだだぁ!!」

大地「っ!?」

 

 

櫂が着地して直ぐに横っ飛びで大地のシュートコースに入り込んできた。

ただそれでも、その不安定な態勢でのブロックならば素人である大地でも簡単に射抜ける。

 

 

ガクッと、脚が折れそうになる。フラフラとする視界に足元が覚束なくなる。

【無我の境地】のリミットに加えて、背中の傷に大きな激痛が奔ることで身体に限界がきたのだ。

 

 

大地(っ─────こんな時に!)

 

 

塞がれたシュートコース。近寄る敵チームメイトの気配。今にも崩れ落ちそうな自身の体。もはや到底抗う術など、大地一人にはない。そう、一人には……だ。

 

 

取られれば負けは確定的。けれど、決めれば勝つ。そんな重要な場面で素人が決められる確率の方が低いのは事実。

 

 

ならば経験者に頼ればいい。

 

 

そんな考えへと瞬時に至った大地は、霞む視界の中、内側に固まるコートの中、ただ一つの影だけがアウトサイドにいることを捉えていた。

 

 

大地「私情に巻き込んだ上に決められなくてダッセェけど……あとは任せたわ、羽丘バスケ部エース」

 

 

力無き笑みを向けて、影に会心のパスを出す。

 

 

全員『なっ!?』

 

 

空「た、たたた─────」

 

 

全員『高山ァァ─────!?』

 

 

全員の視線が美しいシュートフォームに入った影─────羽丘バスケ部エースの高山を捉えた。

 

 

まるで打ち合わせていたかのような、完璧な位置に構えをとっていたエースは絶好期を逃すまいとラストアタックに全てを掛けた。

 

 

高山(怪我してんのに、咲山は世代最高峰の選手と渡り合ったんだ……経験者の俺が何もしないわけには行かないだろうが!)

 

 

「シュッ!!」

 

 

スリーポイントゾーンから弧を描き放たれたバスケットボールは、スピンにブレがなく綺麗にリングに向かう。

 

 

これは経験者だけでなく、素人でもわかる。間違いなく外れない完璧なシュートだと。

 

 

バシュンッ!!

 

 

その予想通り、ボールが一度たりともリングに弾かれること無く突き刺さる。

 

 

直後、終了のブザーが鳴り響いた。



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無理して身体を動かせばそりゃそうなる

タイトルにこだわりがなくなってきた笑笑


高山「おい! 咲山!! しっかりしろ!!」

田中「誰か担架持ってこい!!」

空「大地ィィイ─────!!」

 

 

ゲーム終了後。真っ先に力尽きた大地がその場で崩れ落ちて気を失うという緊急事態が起きた。

 

 

このあまりの衝撃に会場中が騒然とする。実行委員の紗夜は直ぐ様対応に追われ、慌ただしく動き出す。

 

 

そんな喧騒の中、一人、緋色髪をストレートに伸ばした少女がポツリと呟いた。

 

 

??「……アンタはいつになっても変わんないのね、大地」

 

 

この荒れた会場で、少女の小さな呆れを含んだ言葉を聞き届けるものなど、誰一人としていなかった。

 

 

 

 

──────────

 

 

 

 

大地(裏)「やぁ。随分とお早い再開だね、“俺”」

 

 

昏い微睡の中、“僕”が薄ら笑いを浮かべて語りかけてきた。

浮遊感を覚える身体と、頭の不快感から察するに、どうやら俺はまた気絶してしまったようだ。

 

 

大地「ほんとダッセェよな」

 

 

苦笑いしながら皮肉めいて言った。

 

 

大地(裏)「ま、いいんじゃない? それが“俺”のやりたかったことなんだし、ダサくても救われた人はいるよ。きっとね」

 

 

“僕”は目を眇めてそう言ってくれるが、“俺”はとてもそうは思えなかった。

今回はただの自己満足であって誰かの救済のためだったわけじゃない。

 

 

“俺”は結局のところ過去の罪から逃れることはできないから。それでも贖罪はし続けたいと思っているから。手を差し伸べた気でいる自分勝手すぎるエゴイストなんだ。

 

 

大地「ただのエゴイストに救われる奴なんていない。“俺”は誰かのためにあろうとしてヒーローを気取っただけの半端者なんだよ」

 

 

そんな醜悪に染まった自分の心が、なによりも嫌だし、だとしてもこう言った生き方でしか己を表現できないのもまた事実。

 

 

大地(裏)「とにかく、早く復帰しないと期日が迫ってくるぞー。こんなところで道草食ってないで、さっさと目覚めな」

 

 

そんな俺の様子を見かねた“僕”が溜息を交えながらそう言った。

直後、暗がりを照らす、青白く発光する樹葉が“俺”の全身を覆い出す。

 

 

大地(裏)「次会う時までに、今度こそ“俺”の成すべき“答え”を出せているといいな」

 

 

最後にそう括って、“僕”は朗らかに微笑んだ。

その時の“俺”には、その言葉の意味がわかるはずもなく、ただ流されるままに視界が樹葉に埋め尽くされたのだった。

 

 

 

──────────

 

 

“僕”と対面した夢を見た。また“俺”のままか。

 

 

フワリと頭を穏やかな温度が優しく撫でている。細い指とふかふか極上な枕が心地よい。

 

 

ここ最近、何かと巻き込まれて休めてなかったし、思った以上に疲労が嵩張っていたようだ。

 

 

─────ゆっくりと瞼を開ける。

 

 

ボヤける視界にわずかながらに映ったのは、見知らぬ天井─────おそらく保健室のものだと推測する─────と黒髪美女の麗しい下顔が─────ん?

 

 

俺はまだ夢の中にいるのかもしれない。夢だと言ったら夢なのだ!

 

 

どうにか現実逃避を行うも、はっきりとし始めた思考と視界がそれを即座に否定する。

 

 

俺の頭を穏やかに撫でている、綺麗な長い黒髪の女の子が上から覗き込んできた。普段のオドオドではなく凛然とした風貌で。

 

 

……綺麗だ。不覚にも目を奪われてしまった。

 

 

元々、とても綺麗だったけれど、今では美麗な相貌がより誇張されている。

 

 

燐子「よかったです。起きたんです、ね……? だいぶ魘されていたようですけど、大丈夫、ですか……?」

大地「……少し夢を見たんです。とても嫌な方面のやつの」

燐子「そう……です、か……」

大地「はい……」

 

 

沈黙。

 

 

気不味い。マリアナ海溝並に深い静寂が辺りを包む。

 

 

静けさがある中、俺の髪を細くてスッと伸びた指で梳き続けてくれていたのは花咲川高等学校の生徒会書記にして、Roseliaのキーボードを担当する白金 燐子先輩だ。

 

 

見麗しい風貌にスタイル抜群の艶美な肢体の美少女である……そのせいで櫂との決闘があったようなものなのだが、彼女に悪意などあるはずもないので、特段気にしていない。というか、自分で介入して行った時点で、絶対悪は俺である。

 

 

それよりも細い指が髪を弄り続けていて、擽ったい。

 

 

大地「あ、敢えて聞きますけど、櫂とはあの後どうなりましたか?」

燐子「櫂くんは、しっかり謝罪をしてくれました……その上で、告白をちゃんと断りました……」

大地「……そうですか。言いにくいことを尋ねてしまってごめんなさい」

 

 

そうか。あの人、ちゃんと前向いて謝れたんだな。と、少しだけ胸が空く思いだった。

 

 

謝罪を述べながら身体を起こそうと─────小さな右手が俺の額を優しく押さえた。

 

 

え、なんで?普通に疑念が湧く。

 

 

燐子「まだ、寝ててください……」

大地「エキシビションもあるし、そろそろグラウンドに行きたいんですけど」

燐子「駄目です」

大地「……なんか、少し怒ってませんか?」

燐子「……怒っていません」

 

 

珍しい……というほど長い付き合いではないが、彼女のこう言った少し拗ねたような表情は見たことがない。

 

 

少し痛むが予想の範疇。左手を伸ばしサラサラとした黒髪を撫でる。

 

 

大地「すみません。心配でしたよね。本当なら、今回のような個人の恋話に絡んだ挙句、変な賭けまで勝手にして」

燐子「……いえ、本当に気にしていません……。咲山くんが大きな怪我を負っているにも関わらず、無茶なプレーばかりをしていたことなんて……気にしてない……です」

大地「……」

 

 

自分のせいで怪我を悪化させてしまったらと、ハラハラだったらしい。元々は俺が無様に事故っただけなので、言い返せない。

少し潤んだ瞳を見て、俺は酷く罪悪感を抱く。

 

 

女の子を泣かせてはならない。そう思い、今度こそ上半身を起こし、弱ったお嬢様をなだめる。

 

 

大地「俺が無茶したせいで、余計な心配ばかりを掛けてしまって本当にごめんなさい」

燐子「……今後、こんな無茶はやめてください。正直、心臓がいくつあっても足りません……」

大地「理解はできますけどね。でも、了承はしかねます」

燐子「……どうして、ですか?」

大地「“俺”が“俺”だからです」

燐子「……」

 

 

冷たい瞳で痛々しいものを見るように見下してきた。変な扉を開く前に不屈の精神力で堪える。

 

 

大地「し、白金さん、その目は色々とヤバイ、ヤバイですから」

燐子「……ほんと、不思議な人です─────」

 

 

慌てる俺に対し、クスクスと微笑する白金先輩。

……この人、こんな顔も出来るんだ。と、単純に見惚れた。

それと同時に、白金先輩は両手を伸ばしてきた。

 

 

燐子「……抱擁で慰めてください」

大地「やりませんよ!?」

 

 

いきなりなんてことを言い出すんだ! この人は!?

まさかのハグを要求される俺氏。まったくもって意味がわからん。

付き合ってもいない男女が抱擁など、問題にも程がある。そう何度も断る。

 

 

それでも白金先輩は引き下がることがなかった。

 

 

燐子「……お願い、します」

大地「うぐっ!?」

 

 

そう、涙目に加えて弱々しい声音で頼まれれば、どんな男だって容認してしまうのではなかろうか。

 

 

大地「……しょうがないですね」

 

 

色々と諦めて抱きしめようとした時、扉が開く音。「燐子。大地の様子はどう?」と、聞き知った澄み渡った女性の声。俺の人生は終わったらしい。

 

 

友希那「……これはどういうことかしら?」

燐子「……友希那さん、すこしだけ……間が悪いです」

金田「オマエ、なんで起きて早々修羅場ってんだよ……」

 

 

バチバチっと火花を散らし合う友希那先輩と白金さん。そして、後からついてきたのか、金田が入室してきて早々に呆れ眼に加え、溜息混じりに尋ねてきた。

 

 

いや、知らん。ほんと、今の現状について俺が誰かに教えてほしいぐらいなんですが……。

 

 

その後、友希那先輩が、「これは譲歩よ。今回は目を瞑ってあげる代わりに、今度は私と出掛けさせなさい。大地に拒否権はないわ」と、白金さんに言ったのだが……。

 

 

それって、なんの譲歩なんすか? てか譲歩になってるんですか、それ……。というよりもなんで二人の戦いに俺が巻き込まれてるんだ。むしろ、俺が毟り取られてるんですが!?

 

 

ただ友希那先輩にしては不安そうに俺を見ていた。こんな顔は反則だと思うんですよ。断りようがないじゃないか。

 

 

大地「─────分かりました。ちゃんと行きますから」

友希那「っ! さ、最初からそう言いなさい」

 

 

ツンデレか。

 

 

心の中でツッコむ。

どこかの赤メッシュがクシャミをしたように感じたが、きっと気のせいだろう。

 

 

燐子「わ、私も……今度で構いませんので……で、出掛けませんか?」

大地「……いいですよ。もう好きにしてください」

燐子「っ! はい……!」

 

 

涙目はほんとセコい。そんでその晴れた笑顔もズルイ。

 

 

その日、結局はエキシビションに顔を出せなかった俺は、しばらくの間、ご機嫌な二人を相手にする羽目となっていたのだった。

 

 

─────

 

 

エキシビションマッチ─────

 

 

4回表─────

 

 

ズッッッバァァアァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンンゥゥゥゥッッ!!

 

 

審判「スゥィングアウッッ!!」

 

 

結城「ぐっ……!?」

 

 

虎金「ふん……」

澤野「ナイスボールッ!!」

 

 

アウトハイへの渾身の直球が、本日3番に起用された結城を完膚なきまでに討ち取る。

 

 

これでこの試合、十二者連続三振という圧倒的なピッチングを披露する虎金。

 

 

 

4回裏─────

 

 

澤野「まだ一年。やはり、まだ甘いな」

 

 

カッキィィィィーーーンンン!!!

 

 

我妻「え……?」

 

 

ボサッ!!

 

 

この日、羽丘の先発は、1年生の我妻矢来。初回から3回までは被安打0の完璧なピッチングだったが、花咲川の3番伊達にシュートを巧くレフト前に運ばれると、直後の4番澤野にシュートを狙い撃たれレフトフェンスオーバーの特大ホームランで手痛い先制弾を浴びてしまう。

 

 

その後も、我妻は5番6番と連打を浴びて、この日は4回途中でお役御免となった。

 

 

我妻(……この内容だと、仕方ないか)

虎金(……気にいらねぇ)

 

 

(ピッチャーがマウンドを降りてホッとしてんじゃねぇよ)

 

 

我妻をライトと守備を入れ替え、速球派右腕の吉村と、1年生捕手の宗谷がバッテリーでツーアウト一、二塁というピンチの場面。

 

 

しかし、この日の吉村は制球力が冴え渡る好調ぶりを見せる。

 

 

最後は7番ライト有原を渾身のインコース直球で詰まらせてセカンドゴロでピンチを凌ぐ。

 

 

このまま勢いに乗りたい羽丘ナイン。

 

 

ズッッッバァアァアァアァァァアァァアァァァアァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンンゥゥゥゥッッ!!!

 

 

空「うっ!?」

 

 

だが、それをさせない花咲川の絶対的エース虎金龍虎。

 

 

投手としてではなく、本日はレフトで4番起用された成田空を直球だけでねじ伏せると、続く5番村井にもストレート真っ向勝負で圧倒の三球三振を奪う。6番宗谷は辛うじてバットに当てるが、力の無い凡フライで三者凡退。反撃の糸口が掴めない。

 

 

5回以降は両チーム攻め倦ねる展開となり、凄まじいスピード試合であった。

 

 

所々でフォアボールと安打を許す吉村だが、要所を占めるピッチングで花咲川に得点を許さない。

 

 

そんな吉村をリードする一年生捕手の宗谷は、独特な柔らかいキャッチングでピッチャーの気分を盛り上げてゲームメイクをする。初陣時に較べての格段に進歩した様子は、首脳陣にまた使ってみたいと思わせるのには十分だった。

 

 

一方の虎金は、言わずもがな無双状態であった。

 

 

5回表、9番我妻との対決時。

 

 

虎金「ピッチャーがマウンドを降りてホッとしてるって、終わってんな」

 

 

ズッッッバァアァアァアァァァアァァアァァァアァァアアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンンゥゥゥゥッッ!!

 

 

我妻(当たらない─────!)

 

 

虎金「そんな奴はなぁ……お前みたいな奴は投手を名乗る資格はない!」

 

 

ズッッッバァアァアァアァァァアァァアァァァアァァアアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンンゥゥゥゥッッ!!!!

 

 

審判「ットライーク!!!!」

 

 

我妻「……っ」

 

 

 

怒りに満ちた一球。完全に我妻矢来の心をへし折る会心の一投が炸裂した。

ここからさらにギアを上げた虎金は、七回まで一人で投げて被安打0、四死球0のパーフェクトピッチングでマウンドを降り、一年生投手の曽根山と変わった。

 

 

終盤、代わりたてで制球力の定まらない曽根山を攻め立て、ワンナウトランナー二、三塁というチャンスで4番成田空が起死回生の左中間への2点タイムリーを放ち、同点に追いつく。

 

 

しかし、最終回。ここまで被安打5、四死球2、奪三振6の好投を見せていた吉村が突然の乱調。二つの四球によってワンナウト一、二塁とピンチを作る。続く2番木ノ下には巧く勢いを殺されたバントを決められると、3番好打者の伊達に甘く入ったスプリットを狙い撃ちされ逆転2点タイムリーで突き放される。最後、トドメとなる4番澤野のライト深々に突き刺さるソロホームランで5-2と点差を突き放される。

 

 

荒れ気味だった曽根山は、その裏の回でしっかり修正を重ね、5番6番7番をきっちりと三者凡退に打ち取りゲームセット。

 

 

花咲川にとって春大と一年壮行試合の雪辱を果たす結果となり、羽丘にとっては大きな課題が残る敗戦となった。

 

 

 

 

大地「……一巡目はストレートを主体にシュートとスライダーを主体に打ち取れていたが、二巡目直後からシュートを上手く狙われ2失点降板」

宗谷「我妻のストレートは良かった。スライダーのキレも悪くない。ただ、シュートがな……」

 

 

おねだり二人から漸く解放された俺は、宗谷が持ってきたスコアブックと睨めっこを続けながら反省会を開いた。

 

 

それにしても少しシュートが狙われ過ぎている。

 

 

宗谷も我妻の球を受けていて、シュートの有効性に疑念を抱いているようだ。

 

 

宗谷「ジャイロボールを覚える前までのシュートは、ちゃんと手元で強く変化してたイメージだったんだけど、どうにも今はイマイチきてない気がするんだよ」

大地「実際、打者に見極められた上で打たれてるよな、これ」

宗谷「そうなんだよなぁ……」

 

 

深いため息を吐く宗谷。無理もない。高校初のフル出場だったのだ。疲労が蓄積されていない筈がない。

 

 

それなのに、こうして俺のところにきてわざわざ配球面について語り合いしにきたりして研究熱心なやつだ。

 

 

俺もうかうかしていてはレギュラーを奪われかねない。再度、気持ちを入れ替える。

 

 

友希那「目をギラギラさせるのはいいけれど、貴方はまず怪我を治すことが第一よ」

リサ「そそ。それまで大人しくしててね〜」

蘭「怪我してんのに全力でバスケするとか、ほんとバカ。なんで無茶すんの、アホ」

燐子「……大人しく、しててください」

 

 

いつのまにか四人娘に背後をとられていた俺氏。しかも全員が天使のような微笑みを浮かべているのに、完全に目が笑っていないという圧力を受け、俺は両手を虚空に伸ばし、降参の意思を表明する。

 

 

……どうやら俺が練習を再開する日は当分先になりそうだった。



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空、スカウトを頑張ってみます! PART1

なんとか頑張ってます!


次の日、球技大会の決勝がそれぞれ執り行われる最終日となった。

 

 

午前の部では、サッカー、バレーの2種目の決勝が行われ、午後の部からはソフトボール、バスケが同じく始められる予定となっている。

 

 

決勝に出れなかったクラスも、敗者戦という枠で申請があれば自由にゲームを始められるようになっている。

 

 

こころ「いくわよー!! えいっ!!」

 

 

バシンッ!!

 

 

ズガァァアーーーンンン!!!!

 

 

美咲「えぇ……? 流石にドン引きなんだけど」

 

 

無邪気な笑顔でバレー部もお手上げな殺人スパイクを放つ弦巻こころを、トスをあげた奥沢美咲は顔を引きつらせてガチで引いていた。

 

 

ちなみに本人に自覚はないが、こころが最高到達点に達したところへ的確にトスを上げて見せた美咲もバレー部から完全にバケモノ扱いされている。

 

 

解せない。と本人は後に語るが、あれはとある漫画の変●速攻となんら変わらないので、やることなすことがぶっ飛んでいたりする。

 

 

一方サッカーでは─────

 

 

日菜「るん♫ と、日菜ちゃんのお通りだよ〜!」

薫「ふふっ……儚いね」

帯刀「オラオラオラァ!!!! 氷川パス寄越せや、ゴラァ!!」

雪村「悠馬! 恐喝に奔るな!」

リサ「は、はは……うちのクラス、キャラが濃すぎるよ」

 

 

日菜が男子相手にも容赦なく八人抜きという無双なる快挙を見せ、薫は華麗なステップを踏みながらゴール前へススっと踊り出る。加えて、帯刀の怒鳴り声で周りを萎縮させるという狂気の羽丘2-A組。もはや常識人はリサと雪村しかいない模様。

 

 

ちなみに決勝は日菜のハットトリックを含む5得点完封で、羽丘2-A組が優勝を飾った。

 

 

昼食時間を挟み、午後の部。

 

 

バスケの決勝では、大地の怪我により羽丘1-Aは棄権。よって敗戦処理の結果、櫂たちのクラスが復帰する。

 

 

その櫂だが、同時に周りが驚愕する丸刈りで参加していた。本人なりのケジメらしいが、仲間から揶揄われて若干喜色が見られるに、満更ではないようだった。

 

 

当然ながら櫂チームが相手を圧倒し、ダブルスコアの快勝であった。

 

 

そして、ソフトボール決勝は─────

 

 

はぐみ「じゃあいっくよぉ〜!!」

結城「ふぅ……」

 

 

香澄「あの二人、凄いね!!」

たえ「うん。すごく燃えてる感じ!」

沙綾「は、はは……二人ともガチすぎて、オーラが凄いもんね」

 

 

圧巻のオーラを放つ野球部主将の結城と、現役でソフトボールを嗜むはぐみの直接対決。二人のレベルが高すぎて、両チームのメンバーが置いてけぼりであり、観客ですら固唾を飲む。

 

 

笠元「なんや。あんさんも大阪出身か!」

りみ「そうなんです。やから、ちょっと不便なところもあって」

 

 

……激戦の中、大阪人同士がちょっといい雰囲気だったりするのはご愛嬌。

 

 

空「みんな活気があっていいな」

 

 

そんな中、一人ぶらぶらとグラウンドを回る空は、明るく笑みを浮かべて言った。

 

 

活力が漲るグラウンドでは、精力的に各球技に参加する人が多い。

それでも、空はあえてその輪に加わらず眺めることに徹していた。

 

 

初めは暇になるだろう、と相棒も連れてこようと目論んでいたが、どうも大地の周りには女性陣が集まりやすい。今回も連れて行ける雰囲気ではなかった。

 

 

空(湊先輩のチョークスリーパーに、美竹の右ブロー、今井先輩のコミュコミュ波、羽沢の慈愛の微笑み、氷川姉先輩の冷え切った視線、白金先輩の超献身的支え……うん、オレ、アレに巻き込まれるのだけは御免被るわ)

 

 

未だ苦心を続けているであろう親友に合掌。空は、当然そんな地獄のような環境から逃げ出したようであった。

 

 

カキィーンンン!!

 

 

有咲「ちょまっ!? 当たった!?」

 

 

巴「ライト!」

ひまり「わわわっ!!」

モカ「ひーちゃん、がんばれ〜」

 

 

空(ここは、羽丘1-Bと花咲川1-Bか。羽丘には宗谷がいたかな、確か……あ、キャッチャーやってる。それとアフターグロウ面子がほとんど揃ってやがるな)

 

 

(あと、ちょままさんもいるな。たまたま当たってちょままは草)

 

 

紛れ当たりのライトフライに動揺する有咲を見て、空は笑いを堪える。プラス、ボールの落下地点で忙しなく百面相するひまりのドジっぷりにも、空は内心和む思いだった。

 

 

空(点差は、1-0羽丘か。ランナー三塁にいるし、こりゃあエラーで2失点か、タッチアップで1失点だな)

 

 

空がそう思った瞬間だった。

 

 

??「ほら、どけ」

ひまり「うぇ!?」

 

 

パシィン!!

 

 

空(─────!?)

 

 

ファーストからライトまでいつのまにか走ってきた大柄の男子生徒は、ひまりの少し後ろから捕球態勢に入る。

 

 

いくらソフトボールで外野との距離が比較的近かったとしても、打球が飛んでからの反応では到底間に合わない。

つまり─────

 

 

空(アイツ、ボールが当たった瞬間にもう動いてたのかよ)

 

 

なんという判断能力の速さだ、と素直に感嘆する空。

 

 

しかも、獲るだけではない。流れるような捕球からタッチアップしたランナーを即座にチェックし、✳︎クロウホップで宗谷のミット目掛けて強く送球した。

 

 

✳︎クロウホップ……外野からホームに送球するあのフォームのこと。イチローさんのレーザービームを放つ時の送球フォームが理想的だと、個人的には思う。

 

 

矢のような返球が宗谷のミットにドンピシャに突き刺さる。

 

 

ズッアァァアーーーンンン!!

 

 

宗谷「マジか……!?」

 

 

審判先生「あ、アウトォォ!!」

 

 

宗谷は動揺し、クラスメイトからは賛辞が飛び交う。

その中、空は好奇の瞳で大柄な男を見る。

 

 

空(野球を多少なりにでも齧ってれば捕球の態勢からも分かる)

 

 

(アイツ、相当出来るやつだ)

 

 

クラスメイトA「瀧山君って、なんか身体大きいし顔が常にブチギレてるから怖いよね」

クラスメイトB「咲山君とは違って、ガチのヤンキーみたい」

クラスメイトC「制服も、いつでも着崩してるもんね。何考えてんのかわかんない」

 

 

苗字は瀧山というらしい。空は顔と名前を一致させる。

 

 

空「……ふーん。なるほどね」

 

 

周りの評価を全く気にしない空だが、こと瀧山に関しては好奇心が湧いてきた。

 

 

(相当気難しいやつなんだな)

 

 

そう現段階での評価を下す空は、さらなる興味が湧き上がる。

 

 

空(アイツに興味が湧いてきた。次もアイツのプレーを見るのはありだな)

 

 

そうして、空は瀧山を追跡しようとする。

 

が、

 

 

??「いた!! 成田君!」

空「ん? 松生さん、どうしたの?」

 

 

慌てて駆け寄ってきた眼鏡っ子クラスメイトの松井さんに呼び止められた空は、普通に尋ねる。

 

 

松生「実は、ソフトボールのゲーム中に怪我人がでちゃってさ、代理の人を探してるんだけど、他の人が見つからなくて……」

空「なるほど……」

 

 

代理でゲームを見て欲しいと頼まれれば、野球人として断れまい。

 

 

空「オッケー。ちょうど体を動かしたかったし、その子の代わりに出るよ。守備位置は?」

 

 

快く受け入れた。

その直後、眼鏡っ子の松井さんはパァッと笑顔を咲かせた。

 

 

松生「ありがとー! 守備はレフトで、打順は3番でお願い!」

空「了解。任しておいて」

 

 

こうして、空もソフトボールに緊急参戦する羽目となった。

 

 

 

 

カッキィィィィィィィーーーンンン!!!!

 

 

空(これも完璧! 行ったな!)

 

 

空が捉えた打球は、高々と上空へ舞い、やがて簡易式のネットを超えて、ホームランゾーンへ落下する。

 

 

これが【神童】成田 空の実力。そう言わんばかりの打撃であった。

 

 

女子生徒A「きゃー! 成田くぅ〜ん!」

女子生徒B「かっこいい〜!!」

女子生徒C「こっち向いてぇ〜!」

 

 

女子からは黄色い声援が送られ、

 

 

男子生徒A「アイツ……四打席連発とか……」

男子生徒B「打撃センスもパネェ」

男子生徒C「次元が違う」

 

 

男子からは畏敬の念が向けられた。

 

 

空(✳︎ウィンドミル投法じゃないただの下手投げに合わせられない野球部の方がヤバいとは思うけど、この声援は悪くはないな!)

 

 

空も空で、満更ではなかった。

 

 

その後、空の一撃で勢い付いた1年A組は、得点に得点を重ねて二桁得点で見事快勝を収めた。

 

 

 

松生「成田君ナイスバッチ!!」

女子クラスメイトA「流石は野球界を賑わせる浮雲児!!」

空「褒めすぎだぞ。こんなの、打てて当たり前だろ?」

 

 

打って当然。その言葉を出せる人間が、世の中にいったいどれだけいるのだろうか。

空は、ナチュラルに凄いことを言ってのける。

 

 

高山(応援係)「くそカッケェ……」

 

 

それも結果が伴っているから尚更だろう。

 

 

空「えっと、次の試合は……と」

 

 

ご機嫌そうな表情でそう言いながら、対戦表の貼り出された掲示板の元へ向かった空は、次の試合が何時ごろ始まるのかを確認する。

 

 

空(ウチは次が最後になりそうで、時間は2時半から。相手は花咲川2-B……たしか、氷川さんや白金さんがいたところだったっけ)

 

 

タイムスケジュールを見終えた空は、あることを思い出す。

 

 

空(あ、そういや今日はドリンク持ってくんの忘れてたんだっけか……)

 

 

思い出したのならば話は早い。時間には余裕があるので、空は、自販機で御茶を買いに行くことにした。

 

 

そちらに向かうと何処か見覚えのある大柄な人影が見えた。

 

 

空(アイツは……)

 

 

目を凝らすと、やはり先程のスーパープレイを披露したばかりのあのファーストだった。

向こうも空の存在に気がつくと、眉間にシワを寄せて顰めっ面で機嫌悪く睨んだ。

 

 

瀧山「ちっ」

 

 

ピアスをつけ、体操着をだらし無く着用し、明らかに怒り顔に染まった切れ味の鋭い男子生徒がいた。

 

 

空「オマエ、今からゲームじゃねぇの? サボりか?」

 

 

そう言ってから、空は先程の女子生徒たちの評判を思い出す。

 

 

空(そーいえば、コイツって気難しいやつなんだっけ?)

 

 

勝手に納得する。

 

 

瀧山「オメェがナニモンかはしらねぇーけど、先公にチクったら承知しねぇーぞ。バレたらめんどくさいんだからな」

 

 

胸ぐらを掴んで凄む瀧山だが、空の顔色は一切変わらない。

 

 

空「バレてめんどくせぇ話なら、出りゃいいだけの話だろうが。なんで途中でやめんだよ、あんなうまかったのによ」

 

 

それどころか、寧ろ動じず、物怖じしないで言い返してみせる空に、瀧山は気怠げに舌打ちで返す。

 

 

瀧山「……あんなクソつまんねぇモンに出るのが嫌になっただけだ」

 

 

それだけ言ってそっぽを向く瀧山。

 

 

空「どこに行くんだよ」

瀧山「試合だよ。オメーと関わってる方がめんどくせぇって感じたから、憂さ晴らししに行くわ」

 

 

そして踵を返した瀧山に対して、空は目を眇めて大きな背中を見送り眺めた。

 

 

空「……素直じゃないやつ」

 

 

「まるでどっかの頑固キャッチャーみたいだな」

 

 

空は、彼の後ろ姿を、誰かと重ねるように見つめながらポツリと小さく呟いた。

 

 

 

──────────

 

 

お茶だけ買ってグラウンドに戻ってきた空は、羽丘1-Bと花咲川1-Cが試合をやっている場面を見る。

 

 

いつのまにやら参加していた狂気のハッピースマイルこころと、規格外の常識人美咲(ミッシェルモード)がバッテリーを組んでいた。

 

 

空(3-0で花咲川。時間的に最終回で、ツーアウト満塁。バッターはアイツか……それよりなんでミッシェル?)

 

 

空の視線の先には、ヤンキーかぶれの瀧山が風格漂うバッティングフォームで打席に立つ。

 

 

凄まじい緊張感に包まれるグラウンドに、静寂が奔る。

 

 

空(遊びとはいえ、羽丘は3点ビハインド。これがラストチャンスだとすれば尚更プレッシャーは大きくなる……というより、キャッチャーがミッシェルの意味は?)

こころ(凄い! この人、凄くワクワクするわ!!)

 

 

重苦しい空気の中、ワクワク感に胸躍る空とこころ。

空は特に、滝山の美しいフォームにある予感を覚える。

 

 

空「さぁ、見せてみろよ瀧山。オマエの“質”はどんなだ? ……てか、ミッシェルの中暑くねぇの?」

 

 

こころがウィンドミル投法で、会心のライズボールを解き放った。

野球経験者は愚かソフトボール部でもバットに当てることが出来るか否かの難しいボール。

 

 

だが─────

 

 

その瞬間だけ、空と瀧山の時間だけが緩やかになった。

 

 

摺り足からの自然で綺麗なトップへの移動。そして右脚を軸に美しい駒回りで乱れのない弧を描く真っ直ぐで理想的なスイング。ボールと接触した際のインパクトのタイミング。

 

 

振り切った打球は、自由気ままに飛び回る鳥のように遥か遠方まで飛んでいく。

打球の角度、速度、飛距離から十分だろうと万人に思わせる完璧な当たり。

 

 

ネットを超えてホームランゾーンへ落ちた時、空の予感は確信に変わった。

 

 

コイツは大地と同じ類の【本物】だ、と。

 

 

同時に、空は労った。

 

 

ミッシェルは、お疲れ様……と。

 

 

 

 

審判先生「4対3で羽丘1Bの勝ち」

 

 

全員「「ありがとうございました!」」

 

 

ひまり「瀧山君! ナイスバッティング!!」

瀧山「ふん……」

 

 

小さな拍手が降り注ぎ、皆和気藹々と盛り上がる中、瀧山は仏頂面を浮かべながら一人でに何処かへ歩き去っていく。

 

 

ひまり「あ、あれ……? 私、何か怒らせるようなことしたかな?」

巴「いや、アイツが常にブチギレてるだけだろ。ひまりは気にしなくてもいいよ」

 

 

空(……スゲェイライラ顔してんな。なんでそこまで女子に強く当たれるのか)

 

 

ひまりが若干のショックを見せるも、巴が慰めているので持ち直したようだ。

それよりも、空は、とにかく瀧山と話がしたくて仕方がなかった。

 

 

空「おい、労ってくれたクラスメイト相手にその態度はねぇーんじゃねぇの?」

 

 

空の呼びかけに、明らかに不機嫌そうに振り返った瀧山は、凄みながら語気を荒げる。

 

 

瀧山「なんだよオメェ……! 誰だかしらねぇーが、んなこと言われる筋合いはねぇ!」

 

 

クルッと踵を返して再び歩みを進める。

しかし、空はその程度で怯むようなタマではなかった。瀧山の怒肩を容赦なく掴む。

 

 

空「ちょっと待てよ。オマエ、相当野球できるだろ」

瀧山「……さぁな。好きに想像すりゃあいいじゃねぇーか! 生憎とオレはオメェと話すことなんてないんだよ……手、邪魔だ離せや」

空「自分で名乗んのも気恥ずかしいが、オマエには名乗り出てやるよ」

 

 

手を離して、わずかに距離を取った空は、気恥ずかしげに自身の渾名を告げる。

 

 

空「世間巷では【神童】って呼ばれてる成田 空だ。オマエぐらいのプレーヤーならオレの事知ってんだろ?」

瀧山「─────っ!」

 

 

空が名乗りを上げた瞬間、瀧山の目が一瞬だけ瞠いた。しかし、それはほんのわずかな時間だけだった。直ぐにいつもの仏頂面に戻る。

 

 

瀧山「しらねぇーよ、オメェの渾名なんざ。自惚れすぎのイタイヤツかよ」

空「イタイ!? って、おい! 待てって言ってるだろ!」

瀧山「ウッセェな。ほっとけよ!」

 

 

引き剥がそうとするが引き下がらない空に、瀧山は苛立ちが最高潮に達したようだ。青筋を立てて、空を押し離す。

 

 

瀧山「いい加減にウゼェんだよ。馴れ馴れしくすんなよ、ブン殴んぞ!!」

 

 

明らかな脅迫めいた発言に、あたりがざわつく。

流石にここらが引き際か、と空は、大人しく引き下がることにした。

 

 

空「オレもめんどくさくなってきたから最後にこれだけ聞くぞ……オマエ、なんで野球やってねぇーんだよ」

瀧山「……マジでなんなんだよ、オメェ。俺が野球経験者だって勘違いしてんなら、勘違い甚だしい。さっきのサヨナラ弾だって偶々であって実力じゃない。本当ウゼェから失せろや」

 

 

眼光鋭く睨みつけ踵を返した瀧山は、今度は何も言わずに去っていく。

 

 

空「じゃあ、今回は大人しく引き下がるよ。けどさ、オマエ、嘘吐くの苦手だろ? 目が右方左方に彷徨ってたぞ」

瀧山「……ちっ」

 

 

舌打ちして今度こそ振り返ることなく去っていく瀧山の背を見送る。

最後、締まらない感じにした空は、若干満足そうに頷きながら言った。

 

 

空「ま、ちょっとは心開いてくれたらいいんだけどな……そう思わないか、上原」

 

 

少し苦笑いを浮かべて背後に隠れているつもりのひまりの方がビクリッと跳ねた。

 

 

ひまり「い、いつから気がついてたの……?」

空「んー、瀧山に野球経験者かって尋ねたあたりから視線は感じてたかなー」

ひまり「ほとんど最初からじゃん!!」

 

 

隠密活動しているつもりだったひまりにとっては、コソコソ隠れているのを瞬間的に見抜かれていたことに羞恥心を覚え、顔を赤らめる。

 

 

この娘、色々空回りしてて面白いわー、と穏やかな気持ちになる空。

 

 

だというのに、空も頬を赤く染めてそっぽを向いて黙ってジャージをひまりに渡す。

 

 

ひまり「え?」

 

 

キョトンと呆けるひまりが、首を傾げて自身の状況を見る。すると、汗で肌と体操着が張り付いて自身の下着が透けて見えていることに気がつく。

さらに頬を紅潮させて、バッとジャージを取って急ぎ羽織る。

 

 

ひまり「……見た?」

空「……見てないって言ったら信じてくれるのか?」

ひまり「つまり見たんだ……」

 

 

見てないなどとは決して言えない。見てしまったものを見てないと言ってバレた後が怖いからだ。ならば、今ここで鉄拳制裁を受けた方が幾分かマシだろうとの判断だった。

 

 

身体つきは非常に大人顔負けのプロポーションであるので、体操着に滴る汗が吸着し、より艶美な肢体が扇情的に映るわけで、空は空で気恥ずかしさはあるし、目を覚ますという意味でも男が罰を受けるのは当然である。

 

 

激昂され頬に鋭い衝撃が到達する─────

 

 

と思っていたのだが……

 

 

ひまり「……っ///」

空(え? な、なにその反応……!)

 

 

予想外にも頬を赤らめた少女は、モジモジと身を捩って羞恥に悶えるだけだった。

甘ったるい空気が場を支配し、静謐な空気が流れる。

居た堪れない。、とは空の思考。

 

 

空「そ、それよりかさ、瀧山だっけ。アイツってどんなヤツなんだ?」

 

 

流石にムードが変な方向へ行くことは看過できないと思った空は、なんとか話題を絞り出した。

 

 

なんともありきたりな話の転換だが、事実、彼のことを尋ねたい気持ちもあったのでちょうどよかったとも言えるだろう。

 

 

ひまり「うぇ……? え、えーっと……見た目通りの不良君かな? ほら、ウチって校則が厳しいでしょ。だからあんな風にチャラチャラして服装を乱して暴力的な人って……ちょっと浮いてるかな」

 

 

空の質問の意図を理解したひまりは、若干まだ赤みが残っているが、どうにか普通に返答する。

 

 

空「なるほど。見た目通りのヤンキーかぶれか」

ひまり「うん。こっちから話しかけても基本は無視するし、それであの人相だから怖くて誰も話しかけなくなっちゃったみたい……」

空「怖い? どこが……アイツタメだろ。大地といれば怖いの定義が狂ってるのもあるけど、アイツ自身、偏差値の高いここに来てる時点でそれなりに真面目なんだろうし、ビビりすぎもよくねぇだろうに」

 

 

集団心理とは恐ろしいものだ。

空は人一倍その恐ろしさを理解している。空自身も【神童】や怪物と周りから言われ続けた挙句、周囲からだんだんと腫れ物扱いされるといった中学時代を送っていた。

 

 

故に彼の不遇さは分かった。

 

 

ひまり「成田君?」

空「……ヤンキーかぶれで暴力的で皆から恐れられてる奴なのかもしれない。けど、アイツは多分すごいプレイヤーなんだ」

 

 

心配そうに覗き込むひまりに気付いていないのか、空は瀧山の歩いて行った方へ歯を食いしばってそう口にしていく。

 

 

空「アイツ自身、なんで野球から逃げるのか、なんで周りからの評価を自ら貶めようとするのかわかんねぇーけど……」

 

 

すぅ……と息を吸って、はぁぁ……と肺から空気を出す。

 

 

空「……オレはアイツと単純に高校野球がしたい。プレーがしたい」

 

 

そう言って拳を強く握る。まるで自らの決意を表すように強く強く強く……握り締めた。

 

 

空「こんな気持ちになったのは大地の時ぐらいだ。だから、ゼッテェ、オレはオマエを殴り付けられてでも付き纏ってやる」

 

 

野性味溢れる笑みを浮かべた空は、新たな決意を胸にした。ひまりは、後に「怖かったけど……それ以上にカッコ良かった……///」と語り、それを聞いたAfterglow面々は、「こいつ、完全に惚けてやがる」と言ったそうな……



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空、スカウトを頑張ってみます! PART2

鼻血が止まらなくなる時、ありませんか?


球技大会を終えた放課後─────

 

 

瀧山「ちっ……!」

 

 

ホームルームを終えた1年B組で、苛立ちを隠そうともせずに表情に出す瀧山は、カバンを担いで舌打ちを交えてズカズカと教室を出る。

 

 

巴「アイツ、いつにも増して機嫌損ねてないか?」

モカ「だね〜。なんか、微妙に疲れてる感じもするね〜」

 

 

巴とモカは機嫌を損ねた瀧山を見て、心配そうに会話をする。ちなみに、つぐみは球技大会の事後処理で生徒会に顔を見せているためこの場にはいない。そしてこのクラス内で彼に自発的にコンタクトを取ろうとするものは、彼女達、Afterglowを除いていないだろう。

 

 

一匹狼の瀧山に関わりを持とうとするのには、ちゃんとした理由がある。

 

 

モカ「なんか〜、あーやって他人と距離を取りたがるのって昔の蘭みたいだよね〜」

巴「まぁな。蘭はあそこまで強面じゃないけど愛想の無さはあいつ以上だな」

モカ「ほっとけないよね〜」

巴「だよなぁ」

 

 

今は言うほどだが、昔の蘭は他人との関わりを比較的持つことはなく、幼馴染とクラスがハブれただけで授業にも全く顔を出さなくなるほどのコミュ力重傷者だった。今では、Afterglowというグループで幼馴染との絆をさらに深め、さらには同クラスとなった天地コンビのおかげでだいぶ丸くなったと言えよう。……今度のライブ次第では、グループの存続自体が危ぶまれるが。

 

 

とりあえず、そんな昔の蘭と今の瀧山を比肩に感じ、彼女達は彼をほっとけなくなってしまったのだ。当の本人には、だいぶウザがられて無視されることが多いが、いつかはちゃんとコミュニケーションを取れるようにはしておきたい。とは巴の談。

 

 

巴「ところで……」

ひまり「ぽけぇ〜……」

モカ「ひーちゃん、完全に魂抜けてるね〜」

 

 

完璧な上の空のひまり。ツンツンと頬を突くモカはダメだこりゃ。と首を横に振り、巴も肩を揺さぶって名前を読んだりしたが反応がどうにも薄い。

 

 

何があったのか、それを知るものは当の本人以外おらず、理由がわからないせいで、この幼馴染二人でもひまりを元に戻すのに数十分を有してしまうのだった。

 

 

─────

 

 

下駄箱─────

 

 

空「よっ、瀧山!」

瀧山「……なんでオメェがここにいる」

 

 

B組の下駄箱前で待ち伏せていた空が無言で帰ろうとした瀧山を呼び止める。それに対して瀧山は眉間にシワを寄せて空を睨みつける。

 

 

瀧山「ちっ……」

空「舌打ちすんなよ。冷てぇじゃん」

瀧山「関わんなって言ってんだろうがッ!! 俺と口を聞くなッ!!」

 

 

ザワザワ……と喧騒する廊下。

 

 

羽丘女子生徒A「え、なになに? 喧嘩?」

羽丘女子生徒B「うわ……瀧山じゃん。完全に空気悪くするヤンキーの……」

 

 

そんな周りの反応を見た空は、溜息を一つ入れてからガリガリと後頭部を掻く。

やはり温厚な彼でも、このような陰口は他人のものだと分かっていても堪えるらしい。

 

 

空「聞かせてくれよ」

瀧山「……何を?」

空「野球を辞めた理由だよ」

瀧山「……は?」

 

 

空の質問に今度こそ仏頂面が崩れる。先程、あんなにも剣呑に突き返したにもかかわらず性懲りもなくまた野球の話をもってくる空に、ほとほと呆れ果てたのだ。

 

 

冗談は程々にしてくれ……と瀧山は思う。が、空は瞳は至って真剣であるのは見間違うことはない。

 

 

瀧山「……誰が野球をやってたなんていったよ。そんな覚えはない」

空「ダウト。あんな動きとバッティングができる奴が素人なわけがないし、その判別ができないほどオレの目は落ちぶれちゃいないつもりだ」

 

 

いつもはハッチャけて落ち着きのないようにみえる空だが、案外、人を見る目は持っていたりする。それこそ相棒の大地よりもずっと見識眼は長けていると言っても過言ではないだろう。

 

 

でなければ、大地の『幼稚化』やその他の対応に追われながらも自身の時間を設けることなどできようはずがない。

 

 

嘘をあっけなく見抜かれた瀧山は、今度こそ諦めた様子で深く息を吐く。

 

 

瀧山「……だとしても、オメェには関係な─────」

空「あるね」

瀧山「っんだと?」

空「オレは純粋に気になったんだよ、オマエはなんでそうやって自分を偽り続けているのかってな」

 

 

そう言った空は、真っ直ぐに滝山の鋭い瞳を見つめる。なんでもお見通しだと言われているようで瀧山はゾッと背中に冷たいものが走った。

その事には気がつかなかった空は続ける。

 

 

空「単純にオマエからは、大地のような“質”の良いプレーヤーが放つオーラが滾ってる」

瀧山「……」

 

 

その言葉で瀧山は黙り込み、暫しの静寂が訪れる。

だが、瀧山自身がその沈黙を破った。

 

 

瀧山「……怪我したんだよ。中3の夏大前にな」

空「怪我だって? 何処を?」

 

 

陰りを含んだ苦笑で告げた真実に、空は驚きを禁じ得ない。なにせ、今日はあれほどの動きを見せていたのだ、怪我の様子など窺い知れるものではなかった。

 

 

瀧山「今でこそ日常生活に支障がでてねぇーし、ソフトボールの外野からホームまで届くぐらいにはマシになったけど、右肩をな、投げ過ぎてやっちまったよ」

 

 

古傷を庇うように左手で抑える瀧山の眼は、嘘ではなく真を語っている。そう直感した空は、そうか……と小さく呟いた。

 

 

空「とりあえず、中庭に行こうぜ」

瀧山「は?」

 

 

空の突然の提案に瀧山は訝しんだ返事をする。

 

 

空「こんな人が多くいるところでこんな話をするべきじゃないだろ」

 

 

そうして提案していると、だんだんと聞き覚えのある声が複数近寄ってくるのがわかった。

 

 

大地「だから練習はしませんって、とりあえずスコアブックだけでも監督か主将に返すだけですよ!」

 

 

友希那「嘘ね」

リサ「嘘だね〜」

燐子「……嘘です」

紗夜「嘘ですね」

蘭「嘘」

つぐみ「嘘だよね」

 

 

大地「俺の信用度のなさよ!」

 

 

相変わらずの茶番を繰り広げているのは、大地と、いつも通りの麗しき女性陣である。

呆れながらもちょうど良いと、空は大地を呼び止める。

 

 

空「おいモテ男!! オレ、今から外周練して帰るからその旨を監督と哲さんに言っといてくれ!」

大地「誰がモテ男じゃゴラァ!! それと貸し一つじゃボケェ!!」

 

 

そんなやり取りを終えた空は、瀧山に振り返って中庭の方へ指差す。

 

 

空「じゃあ行こうか」

 

 

そう言って場所を変えた─────

 

 

 

空「肩か……それは、確かに野球をやる上で重大な欠点だな」

 

 

うんうんと頷く空。しかし納得顔ではない。

 

 

空「けど、さっきの送球を見てた感じ、遠投が必要な外野は無理でもファーストぐらいならなんとかなるんじゃないのか?」

瀧山「それはできない」

空「?」

 

 

空の提案に首を横に振る瀧山。一体何がダメなのか。彼はその事について自ら語った。

 

 

瀧山「球技大会で見せたクロウホップだけで今日はもうまともに肩も上げられん。ようは耐久力が極端に減っちまってんだ。こんな弱肩は高校野球で使いもんにならん。それに……」

空「それに……?」

瀧山「いや、なんでもない。今のは忘れろ」

 

 

瀧山は何かを言いかけて止めた。と思えば、次には左手で空の背中をパシンっと叩き檄を飛ばした。

 

 

瀧山「オメェは頑張れよ。今やってる大切なことが、いつのまにかできなくなる、なんて今じゃ珍しいことじゃないんだからな」

空「そりゃあそうだろうけどさ……!」

瀧山「【神童】成田 空。知ってたぞ、オマエのこと。なんだったら秋坂中4番ピッチャーで軟式全国制覇した軟式野球界きっての天才だってこともな」

 

 

それだけ言い残して、中庭から立ち去ろうとした。

 

 

空「オマエの名前は?」

 

 

しかし、空は最後に聞きたかったことである、名前を尋ねた。

それに対して、瀧山は嫌な顔一つせず応える。

 

 

瀧山「小次郎だ。瀧山 小次郎」

 

 

快く答えた瀧山 小次郎は今度こそその場を立ち去り下駄箱の方へ姿を消した。

その去り行った背が大きくも小さく見えた空は、ぽつりと溢した。

 

 

空「……小次郎。覚えたぞ」

 

 

ギュッと左手を握りしめた、空は理解したのだ。

 

 

『大切なことが、いつのまにか出来なくなる』

 

 

その言葉の重さが、どうにも怪我以外で出来たもののように感じてしまうのだ。実際、そうなのだろう。

 

 

同種の“非凡”ではなく、同種の“努力人”として悟った。

 

 

空(オマエが抱えてるものは、一体何なんだ?)

 

 

その答えを持つものは、今はここにいない─────

 



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ライブが始まろうとしているが、何故か俺の級友の親父から『娘を宜しく』されました

題名が長いんじゃ!


5月19日(土)─────

 

 

気付けばなんとライブの当日である。

 

 

俺は少し暑くなってきた温暖な天候の中、初めてのライブハウスへ足を向かわせていた。

 

 

ちょっとだけ浮き足立つのはご愛嬌として、花咲川商店街を真っ直ぐ抜けてライブハウスのCIRCLEに向かう。

 

 

朗らかな日差しに当てられる中、数十分歩き、ようやっとライブハウスへと到着した。本日の予定ではガールズバンド主体のライブを催すらしく、そこには当然ながらRoseliaやAfterglowもいる。

 

 

これで楽しみじゃないわけがなかろう!

 

 

とまぁ、俺の私見はどうでも良いとしても、ライブ会場前では既に人集りが出来ている。

 

 

ライブハウスの横に併設されたカフェテリアも商売繁盛で、一人の店員さんが残像を出す勢いでライブハウスとカフェテリアを高速で往来していたのが時たま視界に入ったりした。

 

 

てか、あの人、絶対にまりなさんでしょ。

 

 

月島 まりなさん。年齢不詳の黒髪美人さんだ。CIRCLEの店員さんでリーダー的役割をオーナー直々に任された(押し付けられた)生粋の苦労人である。

 

 

ちなみに彼女とは、様々な縁が重なって知り合いになった。俺がRoseliaの極度なファンだと知っていて、彼女達のファングッズを何かと融通してくれる基本は良い人だ。

 

 

……ただ、年齢の話だけはまりなさんの前でしてはならない。いつのまにか意識を刈り取られてるから。ダメ、絶対。

 

 

挨拶ぐらいはしておいた方がいいか……。

 

 

大地「まりなさーん! こんちわー!」

まりな「あ! だ、大地くん! ちょうどいいところにきたねー!!」

大地「はい?」

 

 

そう思って彼女に話しかけたのが、俺の最大の過ちだったりする─────

 

 

 

─────

 

 

 

中学時代までは、生まれつきの目付きの鋭さや『マルチタスク』の影響があって人と深く関わりを持ってこなかった俺だが……

 

 

羽丘高等学校に入ってからの生活は、存外楽しく感じる。

 

 

俺はまさに今、そう感じている。

 

 

俺の冒してきた罪は拭えないかもしれないし、拭いされるとも思わない。

それでもそんな俺を支えてくれる人達がいる。

 

 

俺の体質を知っても平常通りに接してくれる野球部の人達。

昔から良く野球関連で付き合ってくれた河鳥のオッサン。

根性と軒並みならぬ努力で俺達の横に並び立つ我妻。

こんな俺を相棒として認めてくれたライバル兼相棒の空。

 

 

『いつも通り』という枠組みに入れてくれた、美竹 蘭。

 

 

そして……俺の灰色の世界を青薔薇色に染め上げていく音を奏でてくれる歌姫、湊 友希那。

 

 

俺は、彼女達のおかげで、“俺”が“俺”らしく青春ってやつを謳歌できていると思う。

 

 

それでも……

 

 

やはり俺をよく思わない人たちは少なからずいる。

 

 

その筆頭を上げるとすれば……蘭の父である美竹家の主人であろう。

彼は、華道の名家の当主なだけあり厳格で誰よりも己や周囲を厳しく律してきた人格者だと蘭から聞いている。

 

 

その上、華道では天下一品の腕前を持つ。

顔立ちも非常に整っており、蘭ママが盟主の蘭パパ同盟なる非公式ママさん会があるとかないとか……。

 

 

そういうわけで、彼を一言で語るなら、蘭父は主婦層から比較的にモテる。

 

 

……そんな峻厳なのに誰からも認められ、唯一無二の娘には避けられる美竹父から、巌々と接してきて周りから避けられ、蘭達に救われ続けている俺が認められないとは、中々皮肉めいていて、俺は苦笑を零してしまう。

 

 

誰からも避けられようやく認めてもらい始めた俺と、代々受け継がれた華道の腕で誰からも認められ娘から認めてもらえない彼。

 

 

俺と、美竹父の関わりに更なる軋轢が生み出されたのは、間違いなく─────

 

 

─────あのライブの日の出来事が、きっかけだったのだろう。

 

 

──────────

 

 

5月19日(土)。

 

 

俺は、知り合いのまりなさんに挨拶だけ行った際、スタッフルームに呼び出されて、機材の設置などの手伝いを無理やりさせられる羽目となった。

 

 

ライブを見にきただけの客である俺がどうして無条件で働かなければならないのかと思ったが……まりなさんから突きつけられたRoseliaの初回限定版最新CDを手渡され、俺は直ぐに制服に着替え始め、直ぐに仕事を始めた。

 

 

大地「よいしょっ……と」

 

 

アンプなどの重機材をライブスタジオに運び、指定の位置にセット。その後、PAさんなどと音合わせをしたのちに、再び地下スタジオから地上へと出てカフェテリアで接客をする。

 

 

こんな事を繰り返して約十回頃だった。

 

 

蘭父「君が咲山大地くんか?」

 

 

各バンドの楽屋を整理整頓し終えて扉を閉めた俺を呼び止めたのは、真剣な表情を浮かべた、眼鏡を掛けた顔の整った和装男性だった。

 

 

大地「そうですが……どちら様でしょうか?」

蘭父「あぁ……すまない。美竹 蘭の父です。先日は娘が世話になったようで、ありがとう」

 

 

強面だが整った顔立ちを少しだけ緩めた表情で蘭の父と名乗る男は感謝の句を述べてきた。

言われてみれば、雰囲気や顔付きなどに何処か蘭の面影が感じられた。

 

 

大地「いえ、俺もあの時は感情任せに声を荒げた上に、何も知らない小童が偉そうに説教までして……本当、申し訳ありませんでした」

 

 

彼の真っ直ぐな感謝に照れを隠すように、自身の失態についてしっかり謝罪をしようと頭を下げる。

頭を上げてくれと言われ、漸く頭を上げた俺に、蘭父は視線を逸らしながら険しい顔でそれっきり黙り込んだ。

 

 

思い詰めた彼の表情に、もしや俺は彼女に手を出したと誤解されて殴られるのではないだろうか……と、一瞬だけ考えた。

が、すぐにそれはあり得ないと思い直した。

 

 

なぜなら、

 

 

─────ヘタレの俺に手を出す気概など一切持ち合わせていないのだ。

 

 

その辺のことは、彼も蘭から聞いているはずだし、泊めた理由は以前電話で話した。

 

 

つまり、俺が蘭父に殴られる要因など微塵もないはずだ。

 

 

そのまま互いに何も言い出さないまま時間だけが過ぎていき、やがて静寂が辺りを支配する。

 

 

無言のままでいる彼の、強張った表情が真っ直ぐこちらに向けられた。

 

 

それから、意を決したように、蘭父は、ゆっくりと口を開いた。

 

 

 

 

 

蘭父「すまない。君のことはまだ認められないが、蘭のことは末永く宜しく頼む」

大地「……」

 

 

 

 

 

その言葉に、俺は何も答えることが出来なかった。

ヘタレな俺が手を出す気概があるはずないとはいえ……

 

 

付き合ってもいない級友の父自ら婚姻の許可を戴くなど、流石に予想外過ぎる。

 

 

 

 

 

娘達に労いの茶菓子などを持ってきていたらしい蘭父と楽屋前で別れてから、俺は一段落した仕事に見切りをつけてスタッフルームへ戻ってきた。

 

 

扉を開けると、疲弊しきっていたまりなさんがパイプ椅子に座って机にだらんと項垂れて、休息を摂っているのを見つけた。

 

 

大地「すみません。遅くなりましたが、楽屋の清掃を終わらせてきました」

 

 

そんな彼女へ声を掛ける。

俺の声に反応したまりなさんは、フニャッとした屈託の無い笑みを浮かべて顔を上げた。

 

 

そして目が合う。

 

 

すると彼女はハッとしたような表情を浮かべてから、今度は大人びた微笑を向けた。

 

 

まりな「ううん。ありがとね、大地くん! それとお疲れ様!ちょうど体調崩したスタッフがいて人手が足りなかったからすごく助かったよー!」

 

 

ふふっと可憐な笑みを向けて、そのまままりなさんは新しいパイプ椅子を自分の隣の席に置いた。

 

 

ぽんぽん、とその椅子を叩いた。

座っていいということだろう。俺はありがとうございます、と感謝を述べてから、それに従う。

 

 

まりな「もぅ、おねぇさんお腹空いちゃったよー! ペコペコー!」

 

 

傍に置かれたビニール袋から、まりなさんは山吹ベーカリーのタマゴサンドとチョココロネ、紙パックの苺牛乳を取り出してから、そう言った。

 

 

大地「あれ、まりなさんまだ食べてなかったんですか?」

まりな「まぁ〜ね。一人で食べるよりか、誰か一緒に食べた方が美味しいでしょ? だから誰かが来るのを待ってたんだ」

大地「誰かって……虚しいことに、PAさん除いて、ここで今働いてんの俺とまりなさんだけじゃないですか」

 

 

まりなさんの言ってることはただの盲信だ。食べる素材が同じなら味はさほど変わらない。どちらかというと気分が変わるからこそ味に彩りを感じるだけであって、決して味が変わってるわけではない。

加えて、スタッフの管理をしているリーダー役のまりなさんならスタッフの人事事情はわかっているはずだ。

 

 

まりな「ガチの反応しないで! ただのツッコミ待ちだからね!?」

 

 

顔を赤く染めながら、まりなさんが言った。

その後、少し拗ねたように唇を尖らせながらモグモグとタマゴサンドを食べ始めた。

 

 

俺も、手渡された焼きそばパンを戴く。

 

 

パンを一つ食べ終えたタイミングで、まりなさんが俺に問いかけてきた。

 

 

まりな「そういえば、大地くんが戻ってくるの遅かったのって、他の事もやってくれたとかかな?」

 

 

ストローに口をつけ、苺ミルクを飲みつつそう問いかけてくるまりなさん。

 

 

大地「いえ、途中で蘭─────Afterglowのボーカルやってる奴の父と鉢合わせて少し話を」

 

 

俺がそう言うと、「へぇー」と、興味なさげにまりなさんは相槌を打ってから……

 

 

まりな「……えっ? 蘭ちゃんのお父さんと鉢合わせたの!?」

 

 

驚きを浮かべつつ、俺に問いかけた。

なんだ、蘭のことを知ってたのか。まぁ、ライブハウスの店員と客だし、なんらかの接点はあったのかもな。一人でに理解する俺。

 

 

説明をしようかと考えた。だが……彼が自らの娘を俺と結婚させようとした、と言ってきた、と正直に話してもいいのだろうか?

……あらぬ誤解を生みそうで怖い。

 

 

まりな「も、もしかして……凄く大事な話でもしてたのかな?」

 

 

恐る恐る、といった様子で、まりなさんはそう尋ねてきた。

 

 

大地「……まぁ、大事な話……といえば、大事な話ですね」

 

 

俺は頷く。

蘭が介入してないとはいえ、蘭父は真剣に婚約させようと考えているのだから、大事な話に決まってる。

 

 

まりな「そ、それで、大地くんはなんで返事をしたのかな?」

 

 

若干引きながら、まりなさんは虚な瞳を俺に向けながら問いかけた。

……さっきからなんだ、このテンション。

 

 

大地「(蘭との)兼ね合いしだいでは……と保留にしました」

 

 

俺が答えると、まりなさんは目を瞠いて、顔を痙攣らせて勢いよく下がった。

 

 

まりな「だ、大地くんはっ! ……そ、そっちの毛だったのかな!? ……蘭ちゃんのお父さんと、つ、つつつ、突き合うの!?」

 

 

震えながらとんでもないことを言いやがったまりなさんのその声に、俺は……

 

 

大地「はい? どうしてそんなことになるんですか?! 俺はノーマルだし、向こうも同様でしょう。付き合う気なんてまずあり得ない」

 

 

まりなさんの言動が理解できずに、頭が困惑していた。

俺の答えに、ポカンと唖然した顔で「え……?」と呟いたまりなさん。

 

 

大地「どこまで話していいやらわかりませんが、蘭父から大事な頼み事をされたんですよ。それだけです」

 

 

と、俺が答えると、まりなさんはまだ混乱しているようだが、それでも安堵感の篭った息を吐き出していた。

 

 

まりな「な、なるほど……つまり、大地くんは別に蘭ちゃんのお父さんと“突き合う”というわけじゃないんだね。……ふぅ、よかったよ〜」

 

 

そう言われてから、俺もなるほど、と気がついた。

女性は、男性同士でそういうことをする妄想を持つ人も少なくないとは聞く。

それで俺が蘭父の告白を受けて、まりなさんは俺の貞操感が狂ってることを恐れた、ということか。

 

 

まりなさんが言ってる“付き合う”は若干イントネーションが違った気がしたが、気のせいだろう。

 

 

まりなさんの勘違いは理解できたが……男同士の、それも歳の離れた友人の親父から告白される、と考えるのは流石に無理がある。

 

 

大地「当たり前でしょうが。どんなに蘭父がいい男でも、俺にそっちの気は微塵もないですよ」

 

 

俺の言葉を聞いたまりなさんは、安心した表情を浮かべる─────ことはなく。

 

 

まりな「こ、今回は違ったみたいだけど、もし大地くんが同性じゃなくて異性から告白されたら……どうするのかな?」

 

 

恥じらっているのか、頬を赤らめて、まりなさんはそう尋ねてきた。

 

 

大地「そんなことありえないでしょ。こんな野球バカを好きになる奴なんて……その冗句、ホント笑えますね」

まりな「も、もう……! 真剣に考えてよ!」

 

 

まりなさんは、何かにしがみ付くような目で俺を見つめながら、そう告げた。

 

 

真剣に考えろ、と言われてもなぁ……。そんな彼女いない歴=年齢の俺にとっては、ただの悲しい妄想でしかないというのに。

しかし、まりなさんの突き刺すような視線は止まない。

俺はもう一度だけ真面目に考えてみる。

 

 

大地「……告白されてみるまでは、やっぱりわかりませんね」

 

 

そして、俺は一言で締めた。

あまりにも現実味からかけ離れた質問だった故に、俺はまりなさんが満足いくであろう解答を持ち合わせてはいなかったのだ。

 

 

まりな「……大地くんの、バカ」

 

 

まりなさんは唇を尖らせて、不貞腐れるように視線を逸らした。

 

 

大地「なんでまりなさんがキレてるんですか?」

まりな「ホント、大地くんなんて知らないっ!」

 

 

まりなさんは不満を隠そうともせずに、大声で言った。

 

 

大地「……つまり。なんで俺が怒られてるんですか?」

 

 

俺が首を傾げて問いかけると、

 

 

まりな「……自分で考えてよ、鈍感」

 

 

何故だか怒りに顔を赤く染め上げたまりなさんは、そう答えたのだった。

 

 

俺にはその言葉の真意を掴むことはできなかったが、目頭に涙を溜めて残りのチョココロネを頬張るまりなさんを見ていると、どうにも尋ねることが出来なかった。



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咲山大地は最近になって、同種と鉢合わせる機会が多くて嫌らしい

久しぶりの投稿です!


眠たくなる昼時の休暇時間が終わり、もう一仕事。

 

 

最後の仕事は客席の最終チェックなため、ライブ会場に移動だ。

仕事仲間は風邪に魘されて来れないらしい。

 

 

となると、この仕事もまりなさんとの兼ね合い次第では一人で行わなければならい。

といっても、こういった清掃活動は一人の方が慣れていることなので、たいした問題はないのだった。

 

 

ただ、今はバンドメンバー達が最終チェックのリハーサルをしている時間帯なので、知り合いと顔を合わせてしまいかねない。

 

 

そうすると、後々説明が面倒になる。それは勘弁被る。

 

 

だから、最終チェックは時間を少しだけ逸らしてから行なおうと思った。

 

 

自動販売機で機を計らっていた俺に、先程のバイトPAさんから意外なことに声をかけられた。

 

 

瀧山「オメェ、新参者だよな。早く客席のチェックでもしてくれば?」

 

 

見れば、続々とPAやアシスタントの方々が休憩所にやってきては談笑に浸っていた。

背の高い彼だが、どうも同年代のように見えて仕方ないし、何処かで見た覚えがあるような……。

 

 

大地「うす。そろそろ向かいます」

瀧山「おう」

 

 

軽く会釈してその場を去る。

何か居心地も悪かったし、もう彼女達のリハも終わってるはずだから、さっさと仕事を片付けてしまおう。

 

 

そう思い、立ち去ろうとしたが。

 

 

瀧山「……なぁ、やっぱちょっと待てよ」

 

 

と、彼に呼び止められた。

 

 

大地「なんですか?」

 

 

大柄の男の声に、俺は立ち止まって返答する。

彼は比較的落ち着いた様子で、

 

 

瀧山「オメェ、成田のダチだろ」

 

 

と言った。

 

 

大地「はぁ……そうですが」

 

 

俺が訝しんで答えると、大柄の男は涼し気な顔のまま、口を開く。

 

 

瀧山「そうか。それなら、オメェからアイツに、俺に関わるなって伝えておいてくれや。正直、鬱陶しいんだわ、アイツ。頼んだぞ」

 

 

そう言って、大柄の男は興味の失せた目で俺を一瞥したのち、自販機に向き合った。

 

 

……あぁ。どこかで見たことがあると思ったが、この前、下駄箱で空と会話してたのはコイツか。

 

 

昨日、実は気になって空に尋ねたことがあった。どうにも、空は彼に御執心らしく熱心に野球部へ勧誘しているようだ。

 

 

空がそこまでいうのだから、何かを持っているのは確かだが、そこまで執着するのにはもっと深い理由があるのかもしれないな。

 

 

そう思えば、俺も俄然興味が湧いてきた。

 

 

大地「それは了承しかねるな」

瀧山「あぁ?」

 

 

俺の言葉に怒りの反応を示す彼─────瀧山といったか─────は、自販機から離れて俺の胸倉を掴む。

 

 

瀧山「オメェ……そりゃあどういうことだ……!」

 

 

瀧山は凄みながら問い掛けてきた。

 

 

大地「どうもこうも、そのままの意味だ。空は、俺が何言ったって止まんねぇよ」

 

 

それでも、俺は気圧されることなく返答する。

 

 

大地「アイツは無茶苦茶で猪突猛進な馬鹿なんだ。今更、俺の声一つで止められるもんじゃねぇ」

 

 

こちらも少し威圧的に話す。すると、瀧山の目が少々、警戒色を強く放ってきた。

 

 

大地「テメェが何を抱えて、空のどこを“恐れ”ているのかはわかんねぇけどよ……」

 

 

瀧山は拳を強く握りしめる。

その表情には、陰りが含まれていた。

そこに俺は、瀧山の手を振り解き、言った。

 

 

大地「─────もっとアイツに向き合ってみろよ」

 

 

瀧山。

こいつは間違いなく、何かを抱え込み、それを一人で捥がけるだけの力を備えた強い男だ。けど同時に、周囲にそれを打ち明けられない臆病な奴でもある。であれば、この異常ともいえる素行の悪さは肯ける。

 

 

最近は、よく同族嫌悪に魘されているような気がする。

 

 

瀧山「……ちっ。オマエも、アイツ同様ウゼェやつかよ……」

大地「おい、どこ行く気だ」

瀧山「便所だボケ。……さっさと仕事してこいよ」

 

 

俺が尋ねると、それだけ言って自販機で飲み物を買う事なく、とっととトイレのある方向とは真逆に立ち去っていく瀧山。

 

 

大地「……テメェも野球経験者なら空の球を一度見てみればいい」

 

 

そういうと、瀧山は反応を若干示して立ち止まる。

 

 

大地「イップスで元の球威や勢いはないが、そのボールにはちゃんと魂が篭ってる。だから、ちゃんと見ればわかるぞ─────成田 空がどう言った人間なのか、な」

 

 

俺は告げた。

すると、瀧山の横目からは確かな決意の篭った視線が向けられた。

もし空の球を見て心変わりがないのならオマエを全力でぶっ飛ばす、と言わんばかりの目。

そう思わせるだけの迫力があった。

 

 

……できればこの男には、俺が直接関与せずに、真っ直ぐ空に絆されて欲しかったのだが、ここまで不貞腐れた奴なら話は変わってくる。ここは、同種が出張ってもいい場面だろう。

 

 

瀧山「……考えておいてやるよ」

 

 

想いが通じたのか、一言だけ言って、瀧山は今度こそ去っていった。

 

 

数時間後。

 

 

ライブ会場では熱狂で埋め尽くされる。

彼女達の登場に酔い痴れる観客も少なくない。かく云う俺も、その一員だったりする。

 

 

彼女達─────Roseliaが出てきた瞬間、俺の思考は止まった。

全員、整った顔立ちで人を惹きつける容姿をしているが、それ以上に五人の気高く意志の強い双眸に、俺は見惚れてしまったのだ。

 

 

友希那「……『BLACK SHOUT』、行くわよ!」

 

 

その澄み渡った声が合図となり、俺の灰掛かった世界を一瞬にして蒼く気高い世界へと変貌させた。

 

 

熱狂的な視線を釘付けにする彼女達。その横顔をステージ脇という超優遇特等席で拝められるという貴重な体験を現在進行形でさせてもらっている、俺。

 

 

初めは、「会場入り始まったんだからさっさと俺を客席に戻せや」と、まりなさんに一喝するつもりでいたのだが、今回ばかりは見逃してやろうと思う。

 

 

むしろ、「グッジョブ」と心の中で讃えよう。グッジョブ! まりなさん。

 

 

瀧山「オマエ、彼女達のファンなのか?」

 

 

そんな愉悦感に浸っている中、なぜか隣に座ってる瀧山は憮然に問い掛けてきた。

 

 

大地「……そうだけど、なんだよ?」

瀧山「いや、随分楽しそうに聴いてるような気がしてな……特に深い意味はねぇよ」

大地「そうか」

 

 

適当に返した後、ふと疑問が浮かぶ。

 

 

大地「……てか、なんでここにいんの?」

瀧山「……知らん。月島の姐御が強引にここへ引っ張ってきたんだよ」

 

 

訊ねると、そう返してきた。

月島の姐御? まりなさんのことか……。

ん? 姐御?

 

 

大地「……そういうアブナイ趣味の人ですか?」

瀧山「ブッコロスゾ?」

大地「殺すなよ……!? だってさ普通は、姐御なんてヤクザみたいな呼称で女性を呼ばないだろ。だったら、そういう趣味のヤバいやつとしか考えらんないだろうが……それとも、本当に姉貴かなんかなのか?」

瀧山「チッ、あの人とはそんな間柄じゃねぇよ」

大地「じゃあどういう関係だよ?」

瀧山「……さぁな」

 

 

何やら訳ありなのか、聞かれたくないのか、顔を逸らして舞台に視線を移した瀧山の横顔は、どこか哀愁を感じるものだった。

 

 

その後、RoseliaやAfterglowの楽曲を一通り生で十分に堪能した俺は─────

 

 

ガシッ!! ミシシ……ッ!!

 

 

友希那「お説k……いえ、反省会には貴方も来るわよね? ちなみに拒否権はないわ」

大地「ちょっと落ち着きましょうか? 友希那先輩……とりあえず、俺の肩を掴むそのえらく力が篭った手を退けましょう。肩がもげちゃう」

友希那「貴方の肩事情なんて知らないわ。返答は、“イエス”か“はい”だけよ」

大地「古典的な選択肢封じですねッ!? あと、野球部の肩は壊しちゃダメ絶対ッ!!」

 

 

紗夜「平気ですよ。大人しくしていれば痛くありませんから」

大地「真顔で平静に言ってのけている貴女が一番物騒な物(鞭のようなロープ)を構えている事実が何より恐ろしいんですがッ!?」

 

 

リサ「アハハ! 大丈夫だって☆ ちょ〜っとだけ、お話しするだけだからさ?」

大地「口調は笑ってる感じなのに、顔だけ女の子がしちゃいけないヤツになってる今の今井先輩の言葉が信用できるわけがない……っ!! くそっ!? こうなったら白金先輩に助けを求めるしか……!?」

 

 

燐子「……既成事実既成事実既成事実既成事実既成事実既成事実既成事実既成事実既成事実既成事実既成事実既成事実─────」

大地「なんか呪詛ってる!? この人が一番怖えぇえええッ!!」

あこ「り、りんりーんぅうううううううッ!?」

 

 

─────こうして、Roselia面々の楽屋前で強制捕縛されたのち、打ち上げに強引参加させられるという謎の仕打ちに遭った。

 



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番外編
番外編1話 咲山大地のバイト! 前編


番外編です!
この話を読まなくても、本編には全く影響はありません!


─────4/24(金) 羽丘高校 屋上 AM13:05─────

 

大地「─────みんなに、大切な話がある……」

 

そう口火を切ったのは、本作主人公の咲山大地である。

身長176㎝ 体重65kgの男子高校生の標準的な身体つきで、目元が鋭いので周りから怖がられるケースも少なくはないが、よく見ると整っているルックスと、野球での活躍ぶりから学園内の美女等から一目置かれる存在でもあり、羽丘高校に在校する男の妬みの元凶でもある男子高校生だ。

 

欠点としては、尊敬に値しないと判断した場合には目上の方だとしても邪険に扱ったり……。

 

野球に対してストイックすぎるあまりに自身の身体を労らずに暴走したり……。

 

マルチタスクの使用多寡により、別人の様に『幼く』なる『幼稚化』になって、周りに甘えたり(主に友紀那)……etcetc.

 

兎に角、無意識に人を心配&迷惑をかける厄介者な所である。

 

そんな彼が、屋上で満喫する昼食時に『大切な話がある』と真剣な様相を見せてきた。

当然反応としては────。

 

全員『はい? なんて言った? 最近耳が遠くて聞こえませーん!』

 

─────と、なるに決まっていた。

 

ミスター厄介者が『大切な話』をしたい……とっても嫌な予感しかしないのだ。だから当然、この場にいるAfterglowに空を含めた全員は必殺の『最近耳が遠くて聞こえませーん!』を発動させて、この場を乗り切る方針を瞬時に組み立てて実行した。

 

結果……

 

大地「────全員、耳鼻科行けや。耳は大事だろ。特にAfterglow面々は音楽活動に従事するなら尚更な!」

 

─────ガチの心配をされた。

 

─────

 

空「─────え? バイトを探してる? whoが?」

 

大地「日本語不自由止めろ。誰って俺に決まってんだろ?」

 

蘭「……咲山、大丈夫? 熱あるの? 病院行った方がいいんじゃないの?」

 

大地「は? 俺は正常だ。病院に行く意味が分からんのだが……」

 

蘭「だって、野球と御飯以外に興味を示さないロクデナシの咲山がバイトを探してるなんて……病気以外に考えられない」

 

大地「なんで俺がバイト探してるって言っただけで、そこまで言われなくちゃならないんだ……! テメェらは、一体普段から俺の事をどう見てんだ!?」

 

空「勉強できるバカ」

 

蘭「空前絶後の鈍感男子」

 

つぐみ「優しい野球オタク」

 

巴「身体能力オバケ」

 

ひまり「鋭眼番長系イケメン!」

 

モカ「同胞〜(パン大食い仲間)」

 

大地「よし分かった! 全員表でろや!! O・HA・NA・SI☆ してやるからよ!」

 

全員『わぁ! 逃げろー!』

 

その後は推して知るべし─────。

 

─────

 

話が逸れたが、要するに大地は金が何かと要りようとなったようで、急遽バイトする必要性が出てきたらしい。

ただ、大地の第一優先は野球で勝ち続ける事。それ以外は二の次なので、練習日と練習試合が被っていない日にしかバイトを入れられないのだ。

 

そうなってくると日雇いのバイトなどに絞られるのだが……。

 

大地「─────なんせ、日雇いのバイトで高校生を雇ってくれるような所がなくてな? ちょっと困り果ててる訳だわ」

 

困り顔を浮かべて、自作した弁当の唐揚げを一口かじる。

冷めてはいるが、火の通し方が良かったのか、肉汁が閉じこもって口で弾けて旨味が充満した。自画自賛したい唐揚げに舌鼓をうちつつ周りに視線を配る。

 

モカ「そっかぁ〜。それでぇ〜、サッキーは何が必要で、大体どのくらいの額が必要なのかなぁ〜? このモカちゃんに行ってみなさーい〜」

 

大地「なんで偉そうなんだよ……額は1万ぐらい足りないかな? まぁ、ちょっとしたプレゼントを贈りたくて、な……」

 

明らかな羞恥に染めた顔に裏があるのではと全員が感潜ったが、それにしては散漫とした空気感に戸惑いを覚えたのは誰でもなく蘭だった。

まるで、大地が恋する青年のような瞳を浮かべているように見えなくもない顔の紅潮具合を浮かべていることに動揺を隠せない。

 

蘭(え?! ちょ、ちょっと待って……!? な、なんで顔を赤くさせてるの!? ま、まさか、好きな子が出来て、その子に告白しながら甘い空気でプレゼントと、か?)

 

ありえない……と一蹴できるわけではなかった。思い当たる節は幾らでもあるのだ。

 

第1、普段から仲良くしている異性は何も蘭だけではない。こうして、取り囲んで食べているAfterglowの面々は勿論の事、異常な程に仲が良い友紀那もいる。

 

他にも、大地を取り囲み隊ならぬ非公式ファンクラブ(蘭は入会しようか悩んだ末に止めた)が存在しており、大凡大地が恋にうつつを抜かしていてもおかしくは無い。なにせ、世間を騒がせる『天地コンビ』の片割れとはいえ、年頃の男子学生なのだ。浮ついた話の一つや二つあっても良いはずだ。

 

最悪の結果に顔を背けたい意識を持ち直して、なんとかお弁当のおかずを口に運び、落ち着きを取り戻そうとする。

 

しかし、次の会話に完全に理性を失うことになる。

 

モカ「ふぅ〜ん。じゃあ〜、サッキーは誰にプレゼントを渡したいの〜? まさか、女の人だったりするのかなぁ〜?」

 

蘭「っ!? ご、ゴホッ……!!」

 

つぐみ「ら、蘭ちゃん!? 大丈夫!? はい! これ、お茶だよ」

 

茶化すようなモカの発言に一瞬、期間は詰まらせそうになった蘭だが、なんとか持ちこたえた。

咽た蘭を心配したつぐみは直ぐにお茶を差し出して

つぐみはやはり天使だ。とは、言わないが、蘭は心の内に秘めておいた。

 

蘭「ず、ズズゥ〜……う、うん……ごめん、ありがとう」

 

つぐみ「よ、よかったぁ……いきなり咽ちゃったからビックリしたよ! 今度は気をつけてね」

 

蘭「う、うん……ほんとにありがと」

 

天使の笑みを向けられて、たじろぐものの、落ち着いてきたのも事実。

冷静に考えれば、大地が女に目を奪われる光景など思い浮かばない。

結局、彼は野球にストイックすぎるが故に、周りの好意など気にはしていないのだ。つまるところ、恋愛に興味がない。

安堵を浮かべる。

 

しかし、蘭のそんな心情などいざ知らず、大地から放たれる爆弾発言に待ったは、かけられない。

それは蘭をノックアウトするには十分すぎるボディーブローであった。

 

大地「────まぁ……確かに女子だな」

 

空「マジか……」

 

モカ「へ〜! サッキーも中々のプレイボーイだったんだねぇ〜」

 

ひまり「きゃぁぁ!!! 誰々!? そのお相手は誰なの!?」

 

大地「えらく熱狂的だな……! だが、青葉の言ったプレイボーイは全力で否定させてもらおう!」

 

巴「咲山も中々隅に置けないな!」

 

大地「? そうか? 別に、気にしてる相手にプレゼント贈ることぐらい普通じゃないのか?」

 

一同『キャァァ\(//∇//)\』

 

蘭「ブフゥゥゥゥゥゥーーーーッッ!!!!!」

 

つぐみ「ら、蘭ちゃん!?!?」

 

空「こ、これが色めき立つ今頃女子達の悲鳴か……! な、何て圧力ッ!? この戦闘力は─────!?」

 

大地「自分で言うのも何だが、なんなんだこの状況は─────?」

 

阿鼻叫喚な魔境と化した昼上がりの屋上で、蘭は初めて臨死体験を経験したとさ。

 

大地「─────結局、バイトの話はどうなったんだよ!?」

 

当然、バイトの話は一切纏まらずに昼休みは終わった。

 

 

─────時は流れて、4/26(日) 午前8:30に移る。

 

カランカラン……。

 

大地「……お、おじゃましまーす」

 

控えめな挨拶を添えて、ヒョッコリと開店前の珈琲店の少し軽い扉を開けて、顔を覗かせて中の様子を伺う少年。一見不審者に感じる彼の正体は常に目つきの悪い咲山大地だ。

 

本人がコンプレックスだと自覚するに至るほどの眼力で、周りからは何人殺めてきたのか? と入学してから3回程尋ねられたという、あらぬ疑いをかけられた経歴を持つ、何かと学園内で盛り上がる人物である。

 

そんな彼が最初に感じたのは濃く染み付いたコーヒーの香りと、綺麗に装飾された店内の落着した雰囲気だった。

 

店内に入り、あまりカフェや珈琲店に立ち寄ることのない大地にとっては目新しいものばかりで辺りを見渡してしまい、視線が散漫としていた。

 

大地「……はっ!」

 

落ち着きのない所作だが、本日の予定を思い出して直ぐに気持ちを入れ替える。

 

今日は別にお客として来ているわけではない。

中をじっくり観察するのはまた今度にして、弛緩していた気を引き締め直した。

 

つぐみ「あ! 咲山君! もう来てくれたんだ。今日はよろしくお願いします」

 

黒のエプロンを身につけて、いつもとは違う微笑ましさを持つ天使(つぐみ)がパタパタと笑顔を浮かべながら近づいてくる。

 

大地「結っ────構! 早く起きちまってなぁ!! はは!! 遅れるよりかはマシかと思って、予定より若干早い時間に来たんだ! 此方こそ宜しく頼む!」

 

つぐみ「? そうなんだ」

 

アッブネェ!!

内心ヒヤヒヤな大地。先程、とんでもないことを口走りそうになって、理性で必死に抑え込んだようだが、つぐみの背後から見える眼光の主人は彼の不審な行動に気がついている。

それを察している大地も、背中に寒気を感じる事を禁じ得なかった。

 

大地(にしても、似合っているな……一瞬、理性がぶっ飛んで『結婚しよう』とか口走るところだった。ふぅ、危ねぇ危ねぇ……」

 

つぐみ「へ?///」

 

大地「ん?」

 

顔を真っ赤にしたつぐみの反応をおかしくなった大地。どうやら、自分の失言に気がついていないようで、首をかしげている。

が、直ぐに思い当たったらしく、血の気がサーと引いていく。

更に、先程までつぐみの後ろにいたはずのつぐみ父の気配がいつのまにか背後から発せられ─────

 

ガシッ!

 

─────物凄い力で肩を掴まれた。

そして、油の入れていたい機械の如くノロマに首を動かしてみると……。

 

大地「ひっ!?」

 

つぐみパパ「おい小僧……ちょっと表出ろや」

 

……鬼神がいた。

 

この時、咲山大地は人生で初めての『死』を身近に感じた。

 

─────

 

そもそも、大地が羽沢珈琲店に開店前に来たのには明確な理由がある。

そう、お気付きかもしれないが、バイトである。

Afterglow面々に相談したが、昼休みは結局カオスに終わってしまったので、いつのまにか流れてしまった。

 

しかし、つぐみは大地のバイトの話を覚えており、それを父と母に相談したところ、丁度日曜日に空きが出来てウェイトレスを探していた。

それを大地に伝えたところ、バイト先を急募していた大地は二つ返事で了承し、つぐみに泣きつきながら感謝し、日曜日にバイトが埋まった。

 

が、つぐみ父は空いたシフトに入ってくる相手が男だとは聞いていなかったらしく、当日になって男子だと判明。

当然、一人娘に引っ付く悪い虫ではないかと、警戒心を全開にして出迎えた。

 

さらに、間の悪い事に大地が口を滑らして、愛娘に向けて『結婚しよう』発言。

その時点で、彼の導火線は点火した。

 

つぐみパパ「……さぁて、覚悟はできてんだろうなぁ〜!」ボキパキッ!

 

大地「すいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいません……!!」

 

つぐみパパ「謝って許されるはずなんてないよな〜!! わかってんだろっ!!? あ!?」

 

つぐみ「お、お父さん! 落ち着いて! 咲山君だって本気で言ったわけじゃ───」

 

つぐみパパ「本気じゃないぃ!? ふざけるなぁ!! ウチの愛娘とは遊びだったとでもいうのかぁ!? この小童め!! やはり成敗してやる!!」

 

大地「ギャァァァァァァァ!!」

 

つぐみパパのスコーピオンデスロック!

 

大地には効果はばつぐんだ!!

 

つぐみ母「あらあら。貴方ったら、朝から張り切りすぎですよ……今日は赤飯かしらね? つぐみ」

 

つぐみ「お、お母さんまで茶化さないで///! なんとかお父さんをなだめてよ!」

 

つぐみ母「ふふ。そんなこと言って、満更でもない癖にぃ〜! きゃっ!! 若いっていいわねぇ〜」

 

つぐみ「もう! お母さんっ///!!」

 

つぐみパパ「娘を誑かした不届き者めぇ!! 抹殺してくれるぅ!!!」

 

大地「ギブギブギブゥゥゥゥゥゥ!!!!!」

 

本日の羽沢珈琲店はいつもとは違う空気で開店を迎える事になりそうだった。

 

 

─────PM8:50

 

大地「ふぅ……死ぬかと思った……」

 

なんとか宥めることに成功した俺は、そのまま流れのままに更衣室で制服を着替えさせられることになり、絶賛お着替え中である。

軽く痛んだ足腰だが、時間が経つにつれて痺れもひいてはきているので、問題はない。

 

問題があるとすれば……。

 

大地(宥めたとはいえ、完璧に誤解されたままだよな……)

 

『結婚しよう』事件……あれは思ってもその場に流されて言ってはいけないワードである。

下手をすれば血を見ることになるし、その後、羽沢父には警戒の眼差しを向けられるし、羽沢母には暖かい目で見られるしでてんてこ舞いになる。

まだ働いてもいないのに、既に精神的疲労はMAXだ。

 

さらには、付き合ってもいないのに『遊び』だの『いつ入籍』だの、多大な誤解を生んだままで頭を抱え込んでしまうな。

野球で難敵相手にリードを組み立てることよりシンドイものだ。

 

あの羽沢さんの両親だっていうから、優しい方々なんだろうけど、まさかここまで一癖二癖ある人たちだとは思わなかった……。

 

大地「……まぁ、ボヤいてても仕方がない。切り替えていこう!」

 

そうだ。俺は働かせてもらう身! なら、ボヤいたり嘆いたりしても仕方のない事。切り替えて働く事に意識を持って行こう!

 

思考をリセットして、目の前にある制服を着用する為に上を脱ぎシャツを羽織ろうとした時─────。

 

コンコンコン……。

 

つぐみ『咲山君、着替え終わったかな?』

 

大地「いや、今からシャツを羽織るところだ。何かあった?」

 

つぐみ『ううん。サイズは合ってると思うけど、間違ってたら新しいの持ってくるからその為の確認をしたかっただけ。あ! あと、お店のメニューも一応、頭に入れておいてもらったと思うけど、後で確認するからよろしくね』

 

大地「了解した。んじゃ、もうちょい待っててくれ。すぐ着替え終わるから」

 

快活な声な事だ。さっきのやり取りを全く気にしていない様である。

これなら、彼女が店に支障をきたす事はないだろう。

美竹に一度だけ聞いた話だと、羽沢さんは頑張り屋さんが過ぎるらしい。一度、『つぐる』という造語が出来上がるほどの過労を繰り返して倒れた事があったらしい。

 

その時、みんなに心配をかけてしまったので、今ではマシになったものの、やはり根本は変えられないようで、すこし頑張りの加減を知らないらしい。

 

そうなってくると、彼女に苦労を押し付けるのは極力避けた方がいいだろう。なんとしても、自分の力を全力で使って、今日という日を乗り切る必要がある。

 

それぐらいの気概がなければ、御給金が貰えるとは思わない方がいいだろう……。

本当は貰えるかもしれないが、それは俺の信条に反する。

仕事をするなら、完璧にこなしてこそ。

誰かに頼るのは構わないが、迷惑をかけない。

それこそ、俺のポリシー。

 

大地「さぁ、いこうか」

 

着替えを済ませて、白く綺麗に仕立てられたワイシャツの上に、黒生地のエプロンを見に纏って、いざ戦場に出陣する!

 

─────PM10:30

 

大地「いらっしゃいませ! 何名様でしょうか?」

 

女性客1「……え? あ、ふ、2人で、す///」

 

大地「2名様でございますね。今すぐ御案内致しますので、此方にどうぞ」

 

─────

 

女性客2「すいませーん! 注文お願いしまーす!」

 

大地「はい。お伺いさせていただきます」

 

女性客2「えっと、私はブランドのアイスコーヒーと、このチーズケーキを一つで……」

 

男性客「僕は、カフェラテとショートケーキをお願いします」

 

大地「アイスコーヒーにミルクはお付けしましょうか? 女性客「あ、お願いします」はい。承知いたしました。ご注文の程は以上でよろしかったでしょうか?」

 

女性客2「はい」

 

大地「承知しました。では、ご確認させていただきます。ブランドのアイスコーヒーがお一つ、チーズケーキをお一つ、カフェラテをお一つ、ショートケーキをお一つで宜しかったでしょうか?」

 

男性客「はい。合っています」

 

大地「ありがとうございます。それでは、少々お待ちください」

 

─────

 

大地「お待たせいたしました。御注文いただきましたダージリン・ティーとガトーショコラで御座います。ご注文は以上でお間違い無いでしょうか?」

 

初老の女性「────えぇ、間違い無いわ。ありがとう」

 

大地「いえ。それでは、御ゆっくりとお過ごしくださいませ」

 

─────

 

子供「わぁぁぁん!!」

 

女性客3「しぃー! ユカ、静かにしなさい」

 

子供「ヤダヤダァァァ!!」

 

大地「羽沢さん。一瞬だけホール任せてもいい?」

 

つぐみ「え? う、うん。大丈夫だよ」

 

子供「ウワァァ!!」

 

女性客3「困ったわねー。どうしたものかしら……」

 

─────

 

大地「お母様、そちらのカフェラテを少し貸していただいてもよろしいでしょうか? 特別にラテアートを描かせていただきますね」

 

女性客3「え?!」

 

大地「お嬢ちゃん、このラテを見てご覧」シュパパパッ!!

 

子供「ひぐっ……ズズ〜……み、っしぇる?」

 

大地「そうそう。(……この熊、ミッシェルって言うのか。丁度今日見かけてきただけで、知らなかった)んで、これを─────ササッと!!」シュパパパパパッッ!!

 

子供「わぁ!!」

 

ジャジャーンッ!!

 

大地「完成っ!! 『ユカちゃんとミッシェルの手繋ぎラテアート☆』!!」

 

子供「凄い凄いッ!! お兄ちゃんすご〜い!!」

 

大地「それと、これがラテアートじゃなくて、写真で撮ったヤツな。だから、崩しちゃっても大丈夫だぞ」

 

子供「やったー!!」

 

女性客3「態々、娘の為にありがとうございます!」

 

大地「いえいえ、結構ですよ。僕が勝手に首を突っ込んだだけですので───それでは、ごゆっくりお寛ぎになってください」

 

─────

 

つぐみ父「ググッ……!!」

 

つぐみ父は唇を噛み締めながら、鬼の形相を浮かべて視線を完璧に仕事をこなす大地へと向ける。

経歴ではバイト経験無しということだったが、明らかに手慣れている。

たしかに、細かいミスはある。あるが、本当に些細なもので、それこそミスしていないも同然だ。

接客時の気遣いが多少欠けているように感じるが、それも静かな珈琲店では際立たない。

 

帰るお客様に対する挨拶もきちんとこなし、空いた席の食器やカップを片付けて、テーブルを拭く。その行動の一つ一つが洗練されているかの様に繊細に、そしてスピーディーに執り行われている。

 

それだけではない。先ほどの少女に向けて描いたラテアート。

あれは、修練して、漸く描ける技術で、初心者ではまず間違い無く失敗する代物だった。

だが、あろうことか少年は平然とやってのけた。それも、物の数秒でだ。

 

技術を盗むにしたって、吸収力が異常すぎる。

真似て出来るレベルをとっくに超えてしまったラテアートを見たときには、空いた口が塞がらなかったものだと、つぐみ父は珍しく敗北を認めてしまった。

 

そしてそれは、つぐみにも感じていたことであった。

 

客が引いてきた時間帯につぐみは思い切って完璧な仕事をこなす大地に尋ねてみることにした。

 

つぐみ「……さ、咲山君」

 

大地「ん? なんだ、羽沢さん。2番テーブルの片付けならやっといたから、気にしなくてもいいぞ」

 

つぐみ「ううん。そうじゃなくてね。その……さっき披露してたラテアートって練習してたの?」

 

大地「……まぁな、趣味がてらやってたらなんか上手くなっちゃったんだ。上手くいってたろ?」

 

つぐみ「そうなんだ。凄く上手だからびっくりしちゃった! もしかしたら、お父さんよりも上手かも!」

 

つぐみ父「ガーンッ!!」

 

愛娘が何処の馬とも知れない男を自分と比較して褒める……非常に複雑な心境に陥ったつぐみパパ……四つん這いになって更なる敗北感に襲われる。

それをつぐみママが優しく宥める姿が大地の視線の端に写っていた。

 

……言えない。

 

大地が言った言葉……あれは嘘である。

本当は、『マルチタスク』を使用して、つぐみ父がラテアートを作っている工程を仕事をこなしながら俯瞰し、その工程を最適化していき、余分な工程をカットするを脳内で繰り返し行う。

 

それを経験値に変えて行き、最後には完璧にこなせる形に持っていく。

 

『マルチタスク』を持っているが故の神業だということ。

その為、『マルチタスカー』だと悟らせぬようにして嘘をついたのだ。

 

バレるわけにはいかん!

『マルチタスク』がバレれば、軽蔑されるかもしれないという恐怖心が何処かにあるが故の嘘だった。

 

カランカラン……。

 

そう思い耽っていると、店の扉が開く音がした。

大地とつぐみは話を切り上げて、お客を出迎える事にした。

 

大地「いらっしゃいませ。何名様……で、しょうか……」

 

リサ「あ、2名なんだけど、いける……かな……」

 

友紀那「どうしたのリ、サ……」

 

 

大地・リサ・友紀那『……えぇぇええ!!?!?』

 

羽沢珈琲店でのバイトは未だ未だ始まったばかりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




過去最長!


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咲山家の日常 未来編(友希那) 前半

なんか思いつき。
クリスマス気分は一切ない!
あ、前書き書いているときにクリスマスが終わった。
別に言わなくても良い!



???「……起きなさい。起きて、大地」

 

 

微睡む意識の中、凛と透き通った声音と緩やかな揺さぶりが覚醒を誘う。目蓋裏に射し込む薄らとした明かりが、既に窓のカーテンを開けており、忌々しさすら覚える朝日が照らしているのだと分かった。

 

 

??「……俺は起きねぇからよ、オマエらが起こしに来る限り、その先で俺は寝続ける。だからよ、起こしにくんじゃねぇぞ─────」

???「ネタに走ってもダメよ。せっかく作った朝食が冷めてしまうわ」

 

 

太陽光を受け入れたくない意思の現れか、蓑虫のように布団に包まって、目覚めることに抵抗を示している。それを今現在、実践中であるのは、この家の主である青年─────咲山大地だ。そして、そんな大地に困ったような微笑を浮かべて、それでも長閑に起床を促しているのは、三年前に大地と入籍した最愛にして最高の歌姫─────友希那である。

 

 

友希那は大地が眠りについているベッドの傍に腰を掛けると、丸まっている大地の黒髪を優しくふんわりと撫でた。細く嫋やかな指先が、大地の髪を穏やかに梳く。そして、慈愛が満ちたように目を細めると、そっと大地の口元へ唇を堕とした。

 

 

友希那「ん……」

大地「……むっ」

 

 

小さくも甘艶な水音がチュッと鳴り、大地と友希那が同時に反応する。大地が反応を示してくれたのが嬉しいのか、友希那は益々と目を優しいものに変えると、今度ははむっとついばむように、大地の唇を貪る。再び、ビクッと反応する大地。

 

 

友希那「はむっ、ん……んん……」

大地「んむっ……ぷぁっ!」

 

 

ちゅぱっと唇を離した二人。

そして湿り気を帯びた唇を撫で回すように艶美に舌舐めずりした友希那は、熱い吐息を大地に吹きかけながら言った。

 

 

友希那「起きないのなら……私が貴方を朝食にして頂くわ」

大地「……起きるよ」

友希那「今一瞬だけ間があったわよ」

大地「気のせいだ」

 

 

非常に素敵なお誘いに戸惑いを覚えたが、御近所には大地の同僚のほか、友希那以外のRoseliaメンバーも、そして愛の結晶である娘もいるのだ。朝から盛りのついた行為で恋のABC、最高難度のCをしていては、色々な意味で大変な目にあう。特に、ご近所様のあらまぁ的な酒の肴にされては堪ったものではない。故に、ささっと布団を退けて身体を起こす大地。

 

 

大地「おはよ。ユキ」

友希那「……えぇ。おはよう、大地」

 

 

ぴょこぴょこ跳ねた大地の寝癖を、友希那が甲斐甲斐しく手櫛で治そうと手を伸ばし、髪を梳いていく。朝から甘ったるい空気が充満し、心なしか、二人の周囲はピンク色のもやが立ち込めているように思える。燦々と射し込んでいたはずの陽光ですら、ブラックコーヒーでも飲みたくなったのか、二人に遠慮するように淡くなったような気がする。

 

 

プレーシーズン中、最前線で戦っていた頃からは考えられない、のぼぉ〜とした寝惚顔を晒す大地は、自身を愛でてくれる眼前の良妻に目を細めた。ついで、視線をゆっくりと周囲に向ける。

 

 

部屋の中は、八割方が野球関連のトレーニング器具や資料で埋れており、その合間に小型テレビを備え付けたデスクと、ゲームチェアーがあった。窓は東側に面した壁に長方形に張ってあり、青色のカーテンがかかっている。

 

 

大地(……未だに“慣れない”って感じるのは、プロに入ってからの経験が濃すぎたせいだよな。オフシーズンに入ってからこの調子だと、慣れる日なんて来ないかもなぁ)

 

 

大地は内心でため息を溢す。そして、確かめるように右手親指に付いた手術痕部位をぐっぱぐっぱとする。その手に残った痕は己の未熟さを現す証。

プロシーズン一年目、シーズン最終日。クライマックスシリーズの最終枠を争う大事な試合でスタメンマスクを任された大地は、その試合で相手のファールチップを右手親指の付け根に直撃させてしまい、その後、プレー続行が不可能になりプレーオフまで病室や寮での暮らしが頻繁になった。チームは最終戦を落とし、4位に転落。クライマックスシリーズを逃した。

 

 

その時の傷は、気を配れば防げたものであり、自身の慢心が招いた不始末だった。故に、大地にとっての忌々しくも己を律するために必要不可欠な残痕だった。

 

 

友希那「? 大地、どうかしたの? 何か違和感でもあった?」

 

 

友希那が大地の様子に気がついて、鼻先が触れ合いそうなほどに顔を寄せつけながら心配そうな目で覗き込む。鼻腔を擽る甘く透き通った香りと、どこまでも清廉で油断すれば全てを呑み込まれてしまいかねない楊梅色の瞳に、大地は見惚れながら首を振る。

 

 

大地「いや、なんでもないよ。一年目の怪我に違和感なんてない。ユキ達のお陰で、体調も、心の調律も頗る調子がいい。病院側からも特に問題なしって言われてるしな。どっちかといえば、平和すぎるのが違和感かな」

友希那「……? 今の生活に違和感があるの?」

大地「まぁな。プロの世界に入って4年目だけど、濃厚な時間を過ごしてきたからな。バットも、ボールも、ミットも全部が俺だった。だから、こう何もない日々って言うのが、なんか実感が湧かなくてな」

 

 

苦笑いしながら、大地は右手をスッと友希那の頭に伸ばして、優しく撫でる。バットを毎日振り続けてマメだらけになった硬質な掌からは、穏やかな温もりが流れ込み、その奥にある愛の熱を感じさせてくれる。

 

 

友希那「ん……。私は、こうして温もりを分け与えてくれる大地も堪能できるから、好きよ。大好き」

 

 

友希那はそう言って、大地の左頬、右頬、額、そして唇とキスを見舞っていった。行動の一つ一つに込める愛の膨大さが彼等の在り方を示し出している。

 

 

あの日、プロとして一流の証である首位打者、本塁打王、打点王、ゴールデングラブ賞、ベストナイン、MVPに選出された偉業を達成し、同時に友希那達が、メジャー進出を成してから初めての全国ツアーライブ。その始まりの場所、武道館で大地が急遽サプライズ登場して、友希那が公開プロポーズされた日から、友希那の愛情表現はダイアモンドの精巧過程もビックリするほどの磨き上げっぷりだった。その左手薬指にはまった青薔薇の装飾がなされたサファイアの指輪が外されたところは見たことがなく、大地の左手薬指にはまったお揃いの指輪を眺めて、ほぅと幸せな溜息を溢しまくっている。

 

 

大地「そういうユキはどうだ? もうじき、新曲のレコーディングが始まるって聞いたけど、プロとしての生活には慣れたか?」

友希那「そうね。まだ知らない、慣れないことは多いわ。本当に、今までやってきたライブとは全く違う世界だもの……。けれど、それを含めて楽しいわ」

大地「そっか」

友希那「えぇ。それに、大地のいるところなら何処でも幸せよ。Roseliaメンバーもいて、大地の同僚の人たちも凄く優しい。優しすぎて、ちょっとお父さんを思い出しちゃうぐらいには幸せよ。大地との生活は、幸せがいっぱいね」

大地「そ、そかー……。な、なんか、朝から暑いなー」

友希那「ふふ。冬なのに、おかしな旦那様ね」

 

 

愛情の165キロストレートをハートに喰らった大地は照れて視線を彷徨わせる。そんな大地の本心を見抜ける友希那は華やぐ微笑みを浮かべて、ネコのように擦り寄った。大地の手が条件反射で友希那のサラリとした銀髪を優しく撫でる。

 

 

朝から糖度が濃い空気が二人の世界に蔓延する。友希那が愛らしい目蓋をスッと降ろし、薄桃色の唇を、顎をクイっと上げて、大地の眼前にさし出す。明らかな誘惑に、大地の心はあっさりと射止められた。そのまま顔を近づけて……

 

 

??「ママ〜! パパはまだ起きないのぉ?!」

 

 

バンッ! と激しく、壊しかねない勢いで部屋の扉を開けてプンプン怒りながら入ってきたのは、長い黒髪が特徴的な三歳くらいの女の子。大地と友希那の娘である優奈だ。楊梅色の切れ長の瞳と、真っ直ぐに伸びた長髪の黒髪を携え、幼女ながらに美少女だと思わせるに十分な相貌を持っている。

 

 

その優奈は、部屋に突入した際のお約束ごとに「あぁ!!」と抗議の声を上げた。

 

 

優奈「またママとパパがユウナに隠れて“いちゃいちゃ”してた〜!! 隠れてもうやらないって、ママとお約束したのにぃ〜! どうして守れないの!?」

友希那「ぅ……けど、それは大地が……」

優奈「人のせいにしたら、メッだよ!」

友希那「……ぇ、えぇ……ごめんなさい」

 

 

自分の娘にこっぴどく叱られた友希那は、母親としての立場無く悄然と俯く。

新居を建てて、約半年。最近、感受性が豊かに育ち始めた優奈は随分と自我を見せるようになってきた。大地が絡むと、何も見えなくなるダメダメな母親を、今のように嗜める光景は度々見られる。

実は、優奈には周囲の同じ年頃の子供達に溶け込めやすくするために、半年前ほどから保育園に通わせているのだが、そこで、どうやら親心が芽生えたらしい。

 

 

年齢的には年少組だろうが、優奈は普通の幼児というには、なんとも濃密すぎる日々を送っている。両親共に奇有な職業についているというのが大きいのだろう。片や、プロ野球界きっての最高峰選手。片や、メジャーデビューを果たし、絶賛人気急上昇中のハイレベルバンドのボーカル兼リーダー。そんな二人のもとで育てば、他の子供達はさぞかし幼稚に見えただろう。

 

 

その上、同居し、同時に敬愛するお姉さんを真似て、他の児童達の世話を焼いて……いつのまにか、崇め奉られていたらしい。

 

 

ただ、児童達と勝負事で遊んでいるときに「勝ち続けること! その過程に全国制覇だよ!」や、泣きじゃくる子に「頂点に狂い咲けば、泣くことなんてないよ!」と励ましたり、怖がっている子達には目付きを細めて凛と笑ったりと、わりかし児童離れした言動の節々が見られて保育士から連絡が来たりするのだが……その連絡を受けた、現役プロ夫妻は顔を真っ赤にして茹っていたことだけは言うまでもないだろう。

 

 

大地「ごめんな、優奈。ほら、もう起きるよ」

 

 

音楽に関しては、絶対的な貫禄を持つ友希那が、優奈に叱られてガチで凹んでいるのを尻目に、布団から出る。優奈は大地の行動に、満足そうな顔で頷き、さっと両手を広げた。

 

 

大地「……なんだ? その手は?」

優奈「パパー、抱っこー!」

 

 

スワッ! グリンッ! と、目の据わった友希那が一気にこちらへ振り返る。怖い。思わず叫びを上げてしまっても仕方がないレベルの恐怖が全身に迸った。

さっきまで友希那を叱っていたくせに、今や一端の園児を取り繕って、甘え役を演じる優奈。友希那のハイライトの消えた瞳が、明らかに「この子……出来る!」と大人としてどうなのかというレベルでライバル心を剥き出しにしていた。

 

 

それに対して、優奈は大人(?)の余裕を見せつけるが如く、可憐に微笑って言った。

 

 

優奈「リサお姉ちゃんが、『友希那ママがパパからどいたら、すかさず抱きついちゃえ☆』って言ってた!」

友希那「……ちょっとリサとケリをしてくるわ。大地、優奈のことはお願いね?」

大地「お、おう……」

 

 

友希那はキッと目を鋭利に変えて、直後、オトナモードに変貌した。そして、実娘にオンナがいずれ立ち入る戦場の心得を教えたライバル兼バンド仲間兼幼馴染に一言言ってやるために、清洌に、されど疾く部屋を出ていった。

 

 

そして、後に残った大地は、抱っこアピールを続ける愛娘に慄く。この娘は、全てにおいて確実に幼児の域を超えている。これから先、音楽技術の高いRoseliaメンバーや、一癖も二癖もある同僚の教授を受けた実娘が、一体どんな成長を成し遂げるのか……。

 

 

優奈「パパ!! 早く抱っこ〜!」

大地「……おうよ」

 

 

キャッキャっと微笑いながら、年相応の愛らしい要求をする優奈を、大地は強張った表情で優奈を抱え込み、部屋外から聞こえる喧騒を耳に入れながら部屋を出るのだった。

 

 

 

優奈を肩車してリビングにやってきた大地が先ず目にしたのは、友希那が同居人一号であるRoseliaのお母さんこと、リサにブーブーと文句を垂れている光景だった。それに対して、栗色でポニーテールの髪と、ギャルっぽい風貌を晒すリサは、いつものコミュ力お化けとしての実力を遺憾無く発揮して、受け流している─────ようにみえて、少し狼狽しているようだった。

 

 

キリッとした佇まいの友希那が相手だと、さすがのオカンポジションを確実なものにしているリサでも部が悪いらしい。もう二十年来の付き合いだというのに、未だに、芯の篭った瞳で見つめられるのは落ち着かない気分になるらしい。恐るべし、スーパー歌姫。

 

 

紗夜「あら、やっと起きてきたんですね、大地さん」

燐子「やっぱり……友希那さんに、起こしてもらうのは……無理かも、しれませんね」

あこ「うん! あこもそう思うー!!」

 

 

朝食の手伝いをしていた紗夜と燐子が苦笑いでそんなこと言って、ソファーで漫画を読んでいたあこも振り返って同意する。

 

 

由美「そんなこと言って、三人とも自分が大地を起こしに行くってなったら既成事実最高ッとかいいながら飛びつくんじゃないの? 冗談だけど」

紗夜「……やりませんよ?」

由美「なぜ一拍開けた。そして目を見て言え」

燐子「やりますよ?」

由美「せめて否定しろ」

あこ「既成事実って言葉、よくなーい?」

由美「よくないからね!」

 

 

台所から朝食用のサラダを配膳してきて早々にテンポ良くツッコミを入れたのは、赤髪の美女……鳴沢由美だ。由美は元羽丘高等学校野球部のマネージャーで、今は実力派バンドRoseliaを陰ながらに支える有能ウーマンであるため、朝早くから大地達の衣食住を支えている。

そこに、普段から家庭的なリサと、生真面目な紗夜と、手助けする燐子がいるので然程大変と思ったことはないのだとか……

 

 

雄介「ふぁぁ……おはよー。みんな、早いなぁ……。けど、華があっていいな。うんうん! この暮らしが始まって、もう半年になるけど、ホームに女性陣がいるってだけで心躍るよなぁ!! よくぞこの家を買ったな、大地!! 流石は日本の主砲だ!!」

大地「ニコニコ顔は変わらずだな、雄介。そして、友希那達をみてニマニマするな。ブン殴るぞ、ドアホ」

恒星「今日も元気なハーモニーを奏でているねぇ。やぁ、元気にしているみたいで何よりだ」

大地「そうっすか。それはいいんですけど、朝っぱらから上半身裸で出てくるの、いい加減やめてください。そのうち、その格好で外に追い出しますよ」

 

 

俺は猛烈に昂っている! 野郎は由美の兄である鳴沢雄介で、精巧に鍛え上げられた筋肉質な上半身を半裸で披露する長身男性は萩沼恒星だ。ここに面倒臭そうな表情で愛娘を愛でる大地を含めた三人は、今現在、幕張シャルマリーンズに所属する現役プロ野球選手達である。

 

 

雄介は、今季、大卒一年目。ドラフトは1位指名。左腕から繰り出される最速152キロのストレートを軸に変化球を交える超本格派ルーキーとして期待され、その前評判通りに躍動。ルーキーイヤーでいきなり十二勝をマークし、防御率も二点台と安定感を示した。

そして、萩沼恒星は、高卒七年目。当時のドラフト記録である最多10球団指名を受けた怪物右腕。長身195センチから放たれる剛速球の最速は162キロ。脅威的な縦スラ、横スラ、フォークといった鋭利すぎる変化球を投げる大型右腕として、一年目からプロのバッターを翻弄してきた。四球癖はあるが、それでもあまりある奪三振率が魅力的な選手だ。勝利数は十五、防御率は三点台と及第点だ。

 

 

これに加えて、大地と同期入団した当時のドラフト二位に選ばれた我妻矢来を含めた三人が、現在の幕張三本柱と呼ばれる最強のローテーション陣だ。

 

 

雄介「部屋にもまだ余裕があるし、矢来君もここに住めば良かったのにね」

恒星「ほんとだよ。もったいない」

大地「アンタらにそれを決める権利はない! てか、勝手に住み着きやがって……! ちょっとは居候らしく、身の回りの手伝いとかしてくんないですかね?!」

雄介・恒星『するわけねぇじゃん!』

大地「アンタら、ほんとド畜生だな!」

 

 

この家を建てた際に、Roseliaの練習場として役立ててほしい。と言って、建築会社の方に無理言って、防音完備の地下部屋を作って貰ったのだが、なぜかこうして、周りの人達が住み着き始める事態に発展していた。なぜに? と、大地も友希那も思っていたが、優奈が楽しそうに過ごしているのをみて、何も言えなくなってしまったのは記憶に新しい。

もはや、今更追い返す気にもなれないので、家賃だけは頂いている状況ではある。

 

 

優奈「パパー、ユウナ知ってるよー。こういう人たちのことを、クズっていうんでしょ?」

大地「おいまて、優奈……それは正しいが、そんな汚い言葉どこで覚えてきたんだ!?」

恒星「驚くところはそこじゃないと思うのだけど、というか肯定しないでくれよ!」

雄介「……優奈ちゃん、エグい。泣きそう」

 

 

恒星と雄介が幼女に貶されて傷心し、大地が優奈へ心配そうな態度で問い質せば、優奈は幼女ではあるまじき微笑を浮かべ、「オンナには、言えない“秘密”があったほうがいいでしょう? って、リサお姉ちゃんに教えてもらったの!」と返答する。それに対し、遠耳で聞こえていたリサが「ごめん☆ミ」と、愛らしく舌を出して目を眇めて適当に謝罪した。

 

 

リサ「ごめんね! でも、そんな口悪い言葉は教えてないから!! ホントだよ!」

大地「それはわかってますよ。多分、バカ師匠の影響でしょうよ……優奈、ここ最近はずっと河鳥バッティングセンターに通い詰めでしたからね!」

紗夜「確かに、河鳥さんは少々口下手な割に、暴言などは多いですからね。教育上、よろしくはないのは確かです」

優奈「でも、オジちゃん……ちゃんと、パパのスイングの事、教えてくれるいい人だよ!」

大地「……ま、野球に関してだけは認めてるからな。あの人に教われば、野球では間違いないんだが……」

リサ「でも、ここ最近じゃあ友希那の歌も気に入ったみたいじゃん? 寝る前は必ず友希那と一緒にボイトレしてるしね」

 

 

優奈はここ最近、両親である大地と友希那の影響か、よく二人の真似をするようになった。親の背を見て育つという言葉があるように、優奈もその例をもれない。大地がテレビに映って、ホームランを打つと、次の日は決まってバッティングセンターで小さいながら直向きに特訓し、友希那達が新曲を発表すると必ず、拙いながらもギターを弾きながら歌を懸命に歌っていた。

そんな微笑ましい光景を、愛娘溺愛親馬鹿二人が邪魔などできるはずなどなく、毎度毎度、気恥ずかしながら嬉しそうに見ている。もちろん、片手にビデオカメラは忘れない。

 

 

由美「はいはい。お話はお終い! 朝ごはん、食べようね!」

 

 

面々が会話を弾ませている間に、大きなダイニングテーブルに和の朝食が並んだ。

ちなみに、言わずともわかってはいると思うが、大地と友希那の稼ぎは一般サラリーマン平均のそれとは一線を画しているので、建設した咲山邸はそれなりに大規模だ。なので、居候が急遽として七人増えたとしても、人口密度がギリギリというわけでもなく、むしろまだまだ余裕がある程である。

 

 

もっとも、夫婦間の時間がもっと欲しいという事で、家の増築and防音化が現在進行形で進められており、シーズンインまでには、どこぞの大豪邸と遜色ない……わけではないが、それなりに立派な住宅が完成するだろう。

 

 

なお、費用に関しては家賃制で支払ってもらった分から差し引くことはせず、大地と友希那の個人資産のみで建てられている。故に、住み込んでいるRoseliaメンバーや雄介達は、食事代のみの月謝払いだけで済まされており、この夫婦には頭が上がらない状態なのだ。

 

 

仮に、少し値段が上がったとしても、二人に文句を言うことはないし、むしろもう少し値上げしてもいいんだよ。と諭吉さんを三枚ほど追加するかもしれない。

それほどに、一人暮らしを余儀なくされ始めてきた彼等にとって、今現在の暮らしは超がつくほどの優良な案件なのだ。

 

 

雄介「うん。流石は由美だ。今日のご飯も最高だな! 朝食は味噌汁に限る! わかってるねぇ!」

恒星「大地、僕は嬉しいよ。ルーキーだった君が立派な男になって、今や妻子持ち。しかも僕たちの生活圏を維持してくれるほどまでに成長したんだな……僕から教えることは、もうないね」

大地「そもそも、恒星さんに教えてもらったことは何一つないんですけどね。てか、早よ服着ろ!」

 

 

雄介が由美の手料理を大仰に褒めて、恒星がいまだに半裸のままで恩着せがましい口調を送れば、大地は鬱陶しげに返答し、服を着ることを強要する。それに対し、恒星はやれやれと被りを加えて、大地のイライラメーターの底上げを、無意識で催促してきた。

 

 

恒星「何を言ってるんだい。君がプロに入団したばかりの頃から、君にはプロ魂を魂入してあげただろ? それはつまり、君のタイトルホルダーとしての道を築いたのは僕であることおかげであると言うわけだ。どうだい? そう考えると、僕にありがたみを感じるだろう?」

大地「俺の野球人生については、大まかに話したことがあると思うんですけも……その中でも、恒星さんはダントツにめんどくさいピッチャー認識なんですが、気のせいですかね?」

 

 

入団当初から恒星とバッテリーを組む大地は、意思の疎通を高め合うために己の身の上話を恒星にしている。いくら上手く隠し通しても、いずれそこからバッテリー間では綻びが生じる。だからこそ、誤魔化しあうことのないように、互いの野球人生について語り合ったのだ。

 

 

つまり、恒星は大地の一通りの事情を知っているはずで、にもかかわらずそこに自分のおかげだ発言は、あまり納得いかない。

 

 

だからこそ、普通に反論するつもりだった大地だったが、瞬間、雄介と恒星が目を合わせて、盛大に悪魔の笑いを浮かべてそれぞれ言った。

 

 

恒星「“自分の目標は勝ち続けることです。その先に全国制覇があるなら、もちろん取ります!”」

大地「!?」

雄介「“それでも、俺はオマエから野球を奪ったんだぞ? それを続けてる俺をなんとも思わないことは─────”」

大地「!?!?」

恒星「“湊 友希那さん……ボクは、最強の選手になることだけに身を費やしてきました。けれど、貴女と過ごしていく時間が増していく度に、それ以上に貴女の横に並んで、貴女と共にこの先の長い人生を歩いていきたいと思えるようになりました……ボクと─────”」

大地「わかりました!! 流石は恒星さんと雄介さんだ!! 俺が見てきた中で、トップクラスのピッチャー二人から教わったことは全部身に染みてわかってますとも!! えぇ、感謝してますよ!! ありがとうございます! だからやめてちょっ!!」

 

 

悲鳴を上げて顔を真っ赤に身悶える大地。そんな恥芯に駆られる後輩へ、先輩プレイヤーズは容赦なく畳み掛ける。

 

 

雄介「おいおい、どうしたんだよ大地。そんなに身悶えちゃって……。いいじゃん別に! カッコいいじゃん! こう、男らしいって言うの? 中々現実では、キリッとした感じで言えないぜ?」

恒星「あこちゃんが君に惹かれるわけだよ。まぁ、君のハートを射止めた相手は違ったみたいだけど……それでも、多くの観客がいる武道館での電撃プロポーズは、痺れたねぇ! 本当にあんなことする人がいるなんてね! まるで恋愛シミュレーションゲームを生配信してるのかと勘違いしちゃったよ! ほんと……」

 

 

箸を真っ二つに折ってしまいかねないほどに力を込めた右手を諌めようと努力し、それでも肩の震えが止まらない大地を尻目に、恒星と雄介は合わせでもしていたかと思わせるほどに完璧なタイミングで盛大にハモリながら言った。

 

 

恒星・雄介『毎度毎度! 先輩たちへの肴提供、あざまー!!』

大地「うるせぇ!! いい加減にしてくれェェエェェ─────!!」

 

 

完璧なシンクロ率でガバリっと頭を下げる恒星と雄介に、赤顔した大地は憤怒の声を上げる。

大地本人から聞いた話だけでなく、内密にRoseliaや、その他のバンドなど……大地との関わりが強い方々から聴衆していた話が予想以上に面白く、よく先輩選手たちと酒を交わす雄介と恒星は、揶揄しながら面白半分でその事を話し、酒の肴に変えていくのだ。

 

 

カッ!! と眼を見開き元凶であろうコミュ力お化けを睨む大地。リサがお箸を丁寧に置き、スッと虚空へ眼を逸らした。ダラダラと垂れる冷や汗が隠し切れていないでいる。

 

 

あこ「さ、流石は三本エースの二人ですね。最近だと見慣れてきましたけど、やっぱり翻弄され続けるダイ兄ィの違和感半端ないですね!」

友希那「えぇ、そうね。けど……弄られる大地も、良い……!」

紗夜「友希那さん。最近、大地さんのことになら、なんでも良いと仰っていませんか? それと、今井さん。今は食事の席ですよ? ちゃんと礼儀正しく、正面を向いて食べなさい」

リサ「はーい!」

燐子「早く食べないと……冷めちゃいます」

由美「ズズッ……。優奈ちゃん、ご飯おいしい?」

優奈「うん! おいしい!!」

 

 

大地らプロ野球勢のやり取りを、あこは失笑し、友希那は頬を赤らめ、紗夜は黙々と食事を取り、リサは何事もなかったかのように正面を向き、燐子は正論を言う。そして、由美は優奈の面倒をしっかりと見てやる。これが、ここ最近の咲山家の日常である。

 




咲山大地(23)
所属・幕張シャルマリーンズ
ポジション・捕手
今季成績
試合数・143
打率・.387(702ー272)
本塁打・68(歴代1位)
打点・152(歴代2位)
失策・0
盗塁阻止率・.500


鳴沢雄介(24)
所属・幕張シャルマリーンズ
ポジション・投手(先発)
今季成績
登板数・21
勝数・12(負数・5)
奪三振数・121
防御率・2.58(177.2回 自責51)


萩沼恒星(25)
所属・幕張シャルマリーンズ
ポジション・投手(先発)
今季成績
登板数・26
勝数・15(負数・4)
奪三振数・254
防御率・3.58(181.0回 自責72)


我妻矢来(23)
所属・幕張シャルマリーンズ
ポジション・投手(先発・中継ぎ)
今季成績
登板数・32
勝数・11(負数・2)
ホールド数・13
奪三振数・196
防御率・2.14(172.2回 自責41)


結城哲人(24)
所属・東京ツバメーズ
ポジション・一塁手
今季成績
打率・.338(601ー203)
本塁打・21
打点・72
失策・4


成田空(23)
所属・中部ドラヘッズ(今季限りでメジャー移籍。名門の扉を叩く)
ポジション・投手(先発)
今季成績
登板数・25
勝数・23(負数・0)
奪三振数・332
防御率・1.40(187.0回 自責・29)


予想図です笑


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夏の大会編
夏の大会編 vs 米谷学園


すみません。先に謝っておきますね。今回はなんとなしに溜めてた夏の大会編(野球の試合のみ)を先に投稿してしまいます。はい。申し訳ありません! 今回このような処置に至たったのには理由があります。私自身この作品のストーリーを進めるのに時間がかかりすぎていると実感しておりました。今まではメインストーリーとして試合も投稿していました。勿論、そのせいというわけでもありませんが、やはりストーリーと試合は別々に投稿した方が投稿スピードも早くなるのでは無いかと判断に至ったのが理由です。勿論、読者様方にご不便を掛けるかと思います。けれどこの選択を無駄にしないように今後も精進して参りますので、何卒宜しくお願い致します!!


全国高等学校野球選手権西東京大会 2回戦

府中市民球場

 

羽丘高校(第4シード)VS 米谷学園(昨年3回戦敗退)

 

結城「行くぞぉおおおおおお!!!!」

 

羽丘ナイン『シャァァァァア!!!!』

 

 

中田「勝つぞぉおおおおおお!!!!」

 

米谷ナイン『オッシャァァア!!!!』

 

羽丘高校スターティングメンバー

監督.片矢

1.中 秋野咲耶 (左打ち)

2.二 舘本正志 (右打ち)

3.一 結城哲人 (右打ち)C

4.捕 咲山大地 (左打ち)

5.左 帯刀悠馬 (右打ち)

6.三 村井豪士 (右打ち)

7.投 成田空 (右打ち)

8.遊 笠元剛 (左打ち)

9.右 田中次郎 (左打ち)

 

米谷学園スターティングメンバー

監督.斎藤

1.二 飯間悠次郎 (右打ち)

2.三 神奈佐介 (左打ち)

3.中 塩屋瀧介 (右打ち)

4.右 柿田曾 (右打ち)

5.遊 樋山三紀 (左打ち)

6.左 式野淳 (右打ち)

7.一 池谷康二 (右打ち)

8.捕 中田淳士 (右打ち)C

9.投 坂田栄次 (左打ち)

 

─────1回表 先攻 羽丘高校

 

審判「プレイッ!!」

 

坂田「ふぅ……」

 

秋野(左投げ変速アンダースローのエースか……。咲山の見立て通りできたね。持ち球は、浮き上がって沈む最速115km/hのストレートと、タイミングを外すチェンジアップ、キレはイマイチだけどコントロールのいいスライダーの3種。全体的にコントロールは内外投げ分けれる器用さはあり……。初球は見ていこうかな)

 

中田(秋野咲耶……。西東京屈指のリードオフマンだな。小柄なだけに小技は上手いし、セーフティにも気をつけたい場面。サード、気をつけろよ)

 

神奈(了解)

 

秋野(サードはセーフティ警戒態勢……か。う〜ん……出来ない訳じゃないけど、初回から無理をする必要はないしね。ここは初球を見てからヒッティングでいいね)

 

中田(初球は見てくるケースの多い打者だけに、しっかりとカウントを稼いでおきたい……。アウトコース低めにストレート。厳しくなくてもいい。しっかりと腕を振れ)

 

坂田(わかった)「ラァッ!!」

 

シュゥゥゥ!!

 

スパァンッ!

 

審判「ットライーク! ワンストライクノーボール!」

 

中田「オッケー! ナイスボール!(構えたところドンピシャだ。ちゃんと腕も撓ってる。いつもみたいに垂れ込んでない。今日は調子のいい日だな)」

 

秋野(球速は無いけど、何処が浮き上がって沈む軌道のストレートだって? アンダースロー特有のしっかりと這い上がってくるストレートじゃん。しかも、左打者にはかなり遠く感じるアウトコースか……これは、厄介だね)

 

中田(次はインコース高めで体を仰け反らせよう)

 

坂田「ラァ!!」

 

シュゥゥゥ!!

 

秋野(近っ!)

 

スパァン!

 

審判「ットライーク! ツーストライクノーボール!」

 

秋野「……(ボールじゃないんだ……顔近って訳でもないけど、若干高く入ったでしょ?)」

 

中田(ラッキー! 今日の審判、ストライクコースバカ広いぞ。これなら、アウトコース一個分ボールでもストライクにとってくれるかもな)

 

秋野(マズイな。簡単に追い込まれた……。インコース高めは、アウトコースへの変化球の為の布石か? 絞り切れない)

 

中田(相当、アウトコースに意識置いてるな……。インコースへの意識を強くするつもりだったけど、最後はインコースでも面白いな)

 

坂田(おう。わかった)

 

秋野(ストレート続けてくる? それとも、初めて変化球使ってくる?)

 

坂田「はっ!」

 

シュゥゥゥ!

 

秋野(! インコース続けてきた! でも、反応でき─────!!)

 

ククッ!

 

秋野「なっ!? (し、シュートッ!! バットが止まらない!!)」

 

ガギィンッ!!!

 

秋野「ぐっ!!」

 

観客「インコース打ち上げた!!」

 

飯間「オーライッ!!」

 

パシッ……。

 

塁審「アウト!」

 

坂田「おっしゃあ! ワンアウト!」

 

米谷ナイン『ワンアウト! ワンアウト!』

 

飯間「サカっちゃん! ナイスボールな!」

 

坂田「おう! メシやんもナイスプレー!」

 

─────

 

舘本「……」ごにょごにょ……

 

秋野「うん。最後のボールはシュートだったね。しかも、ナチュラルじゃなくて意図して曲げてる印象が強いかな。ただ、変化量もキレもイマイチだから、狙っていってもいいかも」

 

舘本「……」コクン

 

─────

 

カキィィィンンッ!!

 

バシッ!!

 

舘本「!!?」

 

塁審「アウトォ!」

 

観客「おぉ!! ファーストのファインプレー!! ライン側の難しい痛烈なライナーをダイビングキャッチ!!」

 

観客「抜けてたら間違いなく長打になってただけに、今のプレーは大きいぞ!」

 

坂田「オッケー!! ナイスプレー!! 助かったぞ!! 池ちゃん!!」

 

池谷「おう!! これでツーアウトな!! いい球いってるからこの調子で行こうぜ!!」

 

観客「いいムードだな。米谷。やっぱ、初戦で流れが来る勝ち方したから、感じがいいんだろうな!」

 

観客「シード校相手に堂々としてるし、これはワンチャンスあるんじゃねぇか?」

 

─────

 

斎藤「ふっふっふ! これも油断よ!! 偶々去年が上手くいっただけで調子付くから簡単にツーアウトを献上するのだよ!! ウチのデータ取りを舐めてかかると直ぐにボロが出る! これこそ、斎藤のデータ野球ぞ!!」

 

マネージャー「次のバッターは強打者よ!! みんな! 気をつけてね!!」

 

斎藤(3番の結城は、名実共に、このチームの柱だ。折れば流れは確実に此方に傾く! 必ず次の打者に繋げようとする右意識の打撃を展開してくる筈だから、ここはバレバレでも構わん! 極端な右シフトでいけ! バッテリーはアウトコース主体だ!)

 

斎藤(さぁ! 片矢! 貴様の化けの皮を直ぐに剥いでやる! 偉そうな面構えが驚愕で染まるのが今から楽しみだ!!)

 

─────

 

舘本「……守備位置変えられてやり辛いですけど、強い打球を打ってればそのうち、簡単に抜けると思います……」

 

片矢「うむ。舘本の言う通りだな。たしかに、データに無かったシュートは予想外だったが、我々のやる事は変わらない。鋭く低い打球を撃ち続ければ、守備にも相当なプレッシャーを与えることになる。しぶとく、そしてバットを振り抜け! 中途半端なスイングは相手を勢いづけるだけだ! 三振になっても構わん! ゴロになっても構わない! その打球で、そのスイングで相手の守備を突き破れ! お前達にはそれが出来る力がある! 結城の打席を見ろ!」

 

─────曲.SEE OFF

羽丘高校ブラスバンド部

 

羽丘生徒「さぁ燃えろ 白亜の球児たち 今こそそのとき!栄光に火をかざせ!

行くぞ! 結城〜!」

 

結城「ふぅ……」ゴゴゴッ……!!

 

坂田「っ……(雰囲気ヤバっ)」

 

中田(自然体な構えだな……。流石に1年からプロから注目を受ける打者だ。ガタイが良いわけでもないのに、そこに立ってるだけで迫力が半端ない……)

 

中田(甘いコースは命取り! アウトコース低めにチェンジアップ。これで、打者の打ち気をそらす!)

 

坂田「はっ!!」

 

シュボッ!

 

坂田(マズっ!! 少し内に入った……!)

 

中田(いや、これなら許容範囲─────っ!?)

 

カキィィィィィィィィィィンンンゥゥッッ!!!

 

バッシュュュ!!!!!

 

 

飯間(はっ!? な、なんつー! 打球速度だ!! こんなに右シフト引いてんのに、関係なく突き破ってきた─────!?)

 

観客「右シフトの一、二塁間を強引に突き破ったぁあああ!!!」

 

斎藤「なっ!? (あのシフトを強引に破っただと!? あの3番、分かってて敢えて流してきた!!)」

 

中田(今のコースは甘くはねぇぞ。たしかに、少し内に入ってきたが、構えたコースの半個分もレてねぇんだぞ?!)

 

垣見(羽丘高校 背番号14 元左翼手)「ナイスバッチ。狙ってたのか?」

 

結城「いや、来た球を素直に弾いただけだ。ボール半個分弱ズレて来た甘い球だったからな。打ててよかったよ」

 

垣見「そうか。やっぱり、哲は凄いよ。投手、モーションが独特だからガンガンプレッシャー掛けていくからな(ボール半個分ズレたコースを甘いとかいってたら、世の中の大半が甘いボールだって事を教育してもらってほしい)」

 

結城「分かった」

 

─────

 

アナウンス『4番 キャッチャー 咲山君! 4番 咲山君!』

 

観客スタンド『ワァァァァァァァァアアアァア!!!!』

 

観客「来たぁ!! 『天地コンビ』の片割れで、世代最強捕手! 【大樹】の『咲山 大地』!!」

 

観客「俺たちはオマエら目的で見に来てるからなぁぁあ!! 打てよ!! 咲山!!」

 

羽丘女学生「キャァァ!! 咲山くーん!! こっち向いてぇ!!」

 

─────

 

友紀那「……凄い歓声ね」

 

リサ「うん。やっぱり、野球界では期待の新人だもんね☆ みんな、大地を見てる」

 

薫「あぁ……。大地、君なら簡単に打てるんだろ? 儚い」

 

蘭「大地! 打てぇええ!!」

 

巴「い、いつもクールな蘭が大声出して応援してる!!?」

 

つぐみ「打ってぇええ! 大地く〜ん!!」

 

ひまり「つぐまで!?」

 

モカ「もぐもぐ……」

 

─────曲.狙い打ち

 

羽丘生徒『打てよ〜打てよ〜打て打てよ〜

打てよ〜 打てよ〜ホームラン〜打てよ〜打てよ〜打て打てよ〜お前が打たなきゃ 誰が打つ〜! かっ飛ばせぇ! さーきやま!!』

 

 

中田「凄い歓声だな。流石は、1年生の黄金ルーキーってところかい?」

 

大地「そうっすね。期待されるってなんかいい気分ですけど、どっちかと言うと、凄いプレッシャーですね─────まぁ、応えないつもりは微塵もありませんけどね」ォォォ……

 

中田「そうかい。お手柔らかに頼むよ(さっきの奴よりも気迫が静かで、落ち着きがあるけど嫌な感じだ。 どこのコースにも付いて来そうな気がする)」

 

中田(初球は膝下にボール球になるチェンジアップ! さっき打たれた球を使ってくるとは思ってない筈だ! これで空振り、もしくはゲッツーを奪うぞ! ダメでも次にアウトコースの厳しいところな!)

 

坂田「はぁ!!」

 

シュボッ!!

 

中田(おっしゃあ! 完璧─────っ!?)

 

大地「ね〜ら〜い〜打ちぃ〜」

 

カキィィィィィィィィィィィィィンンン!!!

 

ボサッ!

 

ワァァァァァァァァアアアァアアアァッ!!!

 

結城「垣見、走る暇が無かったんだが……」

 

垣見「……まぁ、仕方ないんじゃないか? アイツだし」

 

─────

 

斎藤「……は? な、なんだあの1年……ありえない、一体、何メートル飛ばして─────」

 

─────

 

観客「流石は怪物君!! 息をする様に特大のツーラン!!! 初回ツーアウトから3番が繋いで、主砲の一撃で2得点!!」

 

観客「1、2番が簡単に打ち取られただけに、この得点は大きいぞ!!」

 

─────

 

秋野・舘本『……』

 

笠元「ふ、二人とも落ち着くんや!! 気持ちはようわかるけど、ここは抑えるんや!!」

 

─────

 

大地「ふぅ(狙い通り、膝下にチェンジアップ来てくれてよかったぁ〜。間違ってたら、恥ずかしかっただろうな)」

 

結城「ナイスバッティングだ。狙ってたのか?」

 

大地「まぁ、一応は。けど、あそこまで飛ぶとは思いませんでしたね(笑)」

 

帯刀「頼りになり過ぎかよ! ほんと、オマエ等が味方で良かったよ!」

 

─────その後、帯刀が2塁打でチャンスメイクすると、村井のタイムリーヒットで3点目を奪い、続く空からもレフトスタンドへ突き刺さるツーランが飛び出して、点差を5点とした。

 

─────

 

大地「由美。次の打者のデータを復習しておきたいから、特徴を教えてくれ」

 

由美「……アンタ何様のつもりよ。ワタシ、今スコアブックとってんのよ? アンタに付き合ってる時間はないの?! 後、由美って呼ぶなバカ!! 1番、飯間はチーム内では俊足の類だけどコンタクト能力は低い。出塁率は2割弱じゃないの? 徹底して右打ちの傾向があるから、インコース主体で攻めるといいかもね」

 

大地「結局教えてくれんじゃん。流石はユミユミだな(笑)優しい女の子(草)」

 

由美「殺す(怒)」

 

─────1回裏─────

 

ズバァァァァーーーンンッッ!!!

 

大地「オッケー! ナイスボールッ!!」

 

飯間「うわぁ……速ぇ……これで投球練習かよ」

 

神奈「でも、一時期イップスでフォーム崩して以来、コントロールは上擦ってるって聞いてるぜ。高めは線引いて無視するのがいいな」

 

塩屋「そうだな……5失点したとはいえ、サカっちゃんの調子は悪くないんだ。取られた点は取り返してやろう!」

 

米谷ベンチ『応ッ!!』

 

坂田「みんな……悪い。頼む……!」

 

─────

 

大地「意気込んでもらった所悪いけどさ、生憎とウチのエースは─────」

 

ズバァァァァァァァーーーンンンゥゥッッ!!!

 

シュォォォ…………!

 

飯間「─────ぁ」

 

審判「え? ぁ……す、ストライク……」

 

空「─────ふん……」

 

大地「─────大変ご立腹らしい」

 

─────

 

偵察チーム1「お、おい……今のボールの球速表示……」

 

偵察チーム2「……この……ば、化け物め……!!」

 

偵察チーム3「フォームを崩してボールが上擦ってる? あんな球威あったら関係無いだろうが!」

 

《155km/h》

 

─────

 

ズバァァァァァァァーーーンンンゥゥッッ!!!

 

審判「ットライークッ!! バッターアウトォォォ!!」

 

塩屋「ぐっ!? (球が見えない!!?)」

 

柿田(ネクストでボールを見ようとしてるのに、全く見えない……! どんだけ速いんだよ!!)

 

空「……」

 

塩屋(完全にコッチを見下してやがる……。悔しいが、なんも言えないのが余計に─────)

 

塩屋(俺たちの3年間を全部否定する神童の一糸……! これが、【神童】『成田 空』─────強過ぎる)

 

─────

 

羽丘|535 24 ー ーーー|19

米谷|000 0ーー ーーー|0

 

5回表ツーアウトランナー2塁

 

笠元「おっしゃあ! 成田が塁に出たし! ワイもブイブイ行くでー!!」(4打数1安打)

 

空「カサさん! 本当に頼みますよー!!」(5打数5安打7打点2本塁打)

 

秋野「剛ぃ!! 打ってねー! あ! 言うの忘れてたけど、1番塁出てない人が焼肉奢りね!」(2打数1安打1犠打2四球2盗塁)

 

舘本「……(ほっ……)」(3打数2安打2犠打1打点1盗塁)

 

結城(今日はマトモに勝負をしてもらえなかったか……。寧ろ、なぜ咲山との勝負を避けずに俺を避けるのだろうか?)(2打数2安打3四球)

 

田中(俺もマズイな……同じ場合は割り勘か?)(4打数1安打)

 

村井「うがっ!!」(4打数2安打1犠打1打点)

 

帯刀「オラァ!! 打てよ!! ゴラァ!!(急にヤクザ口調)」(5打数4安打3打点)

 

 

大地(─────格下相手とは言え、初戦にしては上出来だったな。空も新フォームがマシになってきたし、まだコースも甘いけどフロントドアとバックドアもできるようになってきた……。エースとして一皮向け様としているんだろうな……)(5打数5安打11打点3本塁打)

 

大地(5回コールドだから、最後まで空で行くのか……それとも─────)

 

片矢「咲山─────」

 

大地「はい。なんでしょうか?」

 

片矢「……次の4番から始まる回、コントロールは気にせずテンポ良く投げさせろ。その代わり、しっかりと腕を振らせて、攻めていけ─────緩んだ意識では決して相手を抑えられるものではない。攻めでしか掴めない何かがあるだろう」

 

由美「え?! か、監督!?」

 

大地「……はは(やっぱ、このタイミングで投入するのか!? この人、中々サディストだろ?)」

 

片矢「ラストイニング、我妻で行くぞ──!」

 

 

─────

 

アナウンス『羽丘高校 選手交代のお知らせをします。ピッチャーの成田君をレフトへ、レフトの帯刀君がベンチへ。変わりまして、ピッチャー我妻君』

 

我妻「おし! 行くぞ!」

 

─────

 

薫「ん? 空と変わって、矢来がマウンドに立つみたいだね……花音に連絡しておくとしよう……あぁ、儚い」

 

リサ「あはは! 花音ってそこまで矢来にゾッコンなんだね☆ ちょっと、羨ましいかも」

 

友紀那「……」パシャパシャ!

 

リサ「無言で大地を撮影するのはやめときなよ〜☆ 怖いから!」

 

蘭「……」パシャパシャ!

 

モカ「蘭もだよ〜」

 

─────

 

我妻「すぅ……ふぅ〜……」

 

大地(……我妻の野郎。緊張して強張ってやがるのか? まぁ、無理もねぇ……最終回、いきなりの夏の大会登板だもんな。緊張しないわけない─────けど)

 

審判「プレイっ!」

 

柿田「おっしゃぁあ!! こいやー!!」

 

我妻(身体リラックス……。意識するのは下半身を深く滑らして、しっかりと地面を捉える感触と─────!!)

 

グッ!!

 

柿田(なっ!? 右腕が身体に隠れて─────ッ!?)

 

我妻(─────指先一点だけ!!)

 

我妻「ラァッ!!」

 

ギュルゥォオォォォォオオ!!!

 

ズバァァァァァァァーーンンゥッッ!!

 

柿田「ぐっ!?!? (こ、このフォームめちゃくちゃタイミング取りづらいし、は、速いっ!? な、なんなんだよ、コイツら……。これで1年!?ふざけんな!!)」

 

大地(アウトコース一杯のジャイロボール……! 正直、痺れたぜ!)

 

─────

偵察チーム「……なぁ? 羽丘の1年ってどうなってんの? もう既に、実力だけなら甲子園出てもおかしくないだろ?」

 

偵察チーム「なんで、あんな奴が今まで無銘だったんだよ!?」

 

《144km/h》

 

─────

ツーアウトランナー無し ツーストライクスリーボール

 

式乃(クソッ!! このままランナーも出せずに終わってたまるか!! 意地でも塁に出て次に繋ぐんだ!!)

 

大地(すごい気迫だな……。やっぱり、高校3年間の意地は見せたいだろうし、油断してたら殺られる……けど─────)

 

我妻(3年の意地って、本当に怖く感じる……。必死に栄光を掴もうとして、努力してきた人達が立ち塞がってるんだから、当然だ……けど─────)

 

ザッ!

 

我妻(俺たちにだって─────!)

 

我妻「ラァッ!!」

 

ギュルゥオォォオオオオォォオオォオオ!!!

 

大地(俺等にだって─────!)

 

ズバァァァァァァァーーーンンンゥゥッッ!!!

 

大地・我妻(────負けられない理由があるんだっ!!)

 

審判「ットライーク!! アウトォォ!! ゲームセットォオオ!!」

 

我妻「シャァァァァアァァァアッッ!!!」

 

観客「羽丘! 順当に初戦突破!! 5回コールドの計23安打19得点の猛打で米谷学園を圧倒!!」

 

観客「今年の羽丘! 強いぞ!! 西東京三強と同格のダークホースが3回戦に進出だぁ!!」

 

羽丘高校 3回戦進出




キャラ説明
鳴沢由美(15)……大地とは幼馴染。大地が『体質』を発現させた後に転校した学校で、由美の兄と仲良くなった縁でよく話すようになった。しかし兄が学内でいじめられていたのを知った大地が止めに入っていじめっ子達との殴り合いに発展したところ、大地が兄に誤って怪我を負わせてしまったのをきっかけに関係は疎遠になった。そのうえ大地に敵対心を抱き嫌悪し続けてきた。同時に大地が野球界で有名になっていくのを知った由美はマネージャーとは名ばかりに大地の人間関係をグチャグチャにして兄の復讐を果たそうとするが、それは友紀那によって阻まれる。それと同時に大地が真実を話したことによって和解したものの、まだ受け入れられないところもありツンケンしているところは変わらない。それでも昔から大地に対して少しの好意があったのも事実で、最近ではベッタリに近いかもしれない。友紀那と蘭とはライバル兼親友である。兄は野球を辞めているが、勉学に励み今では東大合格も夢では無いクラスに上り詰めている。

紅髪翠目でモデル体型。その人に対して厳しい言葉を吐くところと非常に端正な顔から、周りの男子からは罵られたい女子生徒No. 1に堂々と君臨している。(本人は嫌っている)

身長 171cm B 85 W 55 H 87 体重(ブチ殺す by由美)


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夏の大会編 VS 滝沼高等学校 Dynamic movement of genie.

なんか気持ちが乗らねぇ!! でも明日からはまた頑張らないと……!!

それではどうぞ!


全国高等学校野球選手権西東京大会 三回戦

府中市民球場

 

滝宮高等学校 VS 羽丘高等学校

 

羽丘スターティングメンバー 後攻

監督.片矢

1.中 秋野咲耶 (左打ち)

2.二 舘本正志 (右打ち)

3.一 結城哲人 (右打ち)C

4.捕 咲山大地 (左打ち)

5.左 帯刀悠馬 (右打ち)

6.三 村井豪士 (右打ち)

7.投 我妻矢来 (右打ち)

8.遊 笠元剛 (左打ち)

9.右 田中次郎 (左打ち)

 

滝宮スターティングメンバー 先攻

監督.宇都美

1.三 室池瀧 (右打ち)C

2.右 近藤剛志(右打ち)

3.投 陳勝宗 (左打ち)

4.一 安西響也(右打ち)

5.遊 吉良優希(右打ち)

6.二 吉良元希(両打ち)

7.左 立野傑 (右打ち)

8.捕 不知火啓(右打ち)

9.中 勝俣駿(左打ち)

 

審判「整列っ!」

 

 

結城「行くぞっ!!」

 

羽丘サイド『オォォオオ!!』

 

 

室池「勝つぞっ!!」

 

滝沼サイド『シャァアア!!』

 

 

気合十分の両チームが真ん中に走っていき整列する。どの面子も投資に満ち溢れていた。互いに次戦に向かうための死闘へと身を投じる覚悟はとうに出来ている。後は結果を残すのみ。

 

審判「礼ッ!!」

 

選手一同『お願いしますッ!!』

 

 

アンパイアの声が響いた後に両者の雄叫び。勝利への執着を滾らせながら相手の健闘をも祈る。真っ向からの潰し合いに期待を寄せる観客達も拍手を送る。

 

まず守備につくのは羽丘。マウンドに上がったのは背番号11の我妻矢来だ。一つ息を整えてから投球練習をする姿を滝沼の選手達は目を細めながら観察する。

 

ズバァァァァーーンンッ!!

 

ズバァァァァーーンンッ!!

 

ズバァァァァーーンンッ!!

 

 

室池「相手はエース温存で一年の我妻か。投手層の違いを見せつけられるな」

 

安西「それも中途半端な投手じゃない。球速もあるしコントロールもいい。むしろストレートの重さだけなら成田を超えてるだろ」

 

不知火「そうだな。しかもスライダーはキレッキレ。正直強豪校のエースを張れるレベルだから気を引き締めていかないと痛い目合うぞ」

 

陳「……それでも一年だ。余計に気負う必要は無い。必ずボロが出る。そこから崩していけば勝利に近づく」

 

吉良(兄)(遊)「お。マサがしゃべった。いつも瞑想してる時って話入ってこないのにな」

 

吉良(弟)(二)「それはマサに失礼だろ」

 

室池「ま、兎に角。陳の言う通りだ。相手は強敵だが、所詮は一年と二年しかいない新設校だ。ウチが付け入る隙は幾らでもある。初球外のストレート狙っていくぜ」

 

陳「当然だ」

 

 

─────

 

大地「……(ヤバイな)」

 

 

 

ズバァァァァーーンンッ!!

 

 

 

我妻「……(ヤバイよな)」

 

 

 

ズバァァァァーーンンッッ!!

 

 

 

大地「ボールバック!!(こりゃあヤバイわ)」

 

 

ズバァァァァーーンンッッ!!

 

 

ザザッ!! シュッ!! ズゴォォォォオォンンッ!

 

 

笠元「ナイスコース!!」

 

我妻「ふぅ……(ヤベェよ。胸の高鳴りが治んねー)」

 

大地(これヤバイわ。語彙力死ぬぐらいヤバイ)

 

─────一回表─────

 

審判「プレイッ!!」

 

室池(さぁ。ルーキー。来いよ)

 

大地(……サイン、か。とりあえずは─────)

 

 

我妻(ん? いいのか? それで)

 

 

 

大地(あぁ。どうせ─────)

 

 

ズバァァァァァァアァァアーーーンンンッッ!!

 

 

室池「………………は?」

 

 

 

大地(─────サインなんて意味ないぐらい調子いいからな)

 

陳(っ?! 初球外のストレートを狙っていた室池が見逃し?!)

 

我妻(今日はマジでいい感じだわ。指先にボールが引っ付く)

 

審判「ットライークッッ!!」

 

 

室池(ちょっ─────!?)

 

 

ズバァァァァァァアーーーンンンッッ!!

 

 

審判「ットライークッ!! ツーストライクノーボール!」

 

 

陳(2球続けてアウトローにストレート!)

 

 

室池(待t─────!? テンポおかしいって─────?!)

 

 

ズバァァァァァァアァァアーーーンンンッッ!!

 

 

室池「……意味わからんぞ。このバケモンめ」

 

審判「ットライークッ!! バッタアウトォォォ!!」

 

観客「外、外ときて最後はインズバッ!! エゲツねぇ!!」

 

観客「好打者室池!手も足も出ずに三球三振ッ!! ナニモンだアイツッ!!」

 

 

─────

 

蘭「ヤバ……」

 

友希那「えぇ。ヤバイわ」

 

リサ「ふ、二人が語彙力皆無になっちゃったよ」

 

日菜「るるるん☆」

 

─────

 

近藤(二年)「我妻の球質はどうでしたか?」

 

室池「……ヤバイの一言に尽きる。手も足も出なかった。まず一打席だけじゃ攻略不可能だ。無難に見ていった方がいいぞ」

 

近藤「っ……了解です(室池主将がそこまで言うなんて─────どんな軌道してるんだよ)」

 

─────

 

陳「どうだった?」

 

室池「近藤にも言ったがヤバイだけだ。それ以外は思いつかん」

 

陳「そうか……どの辺りがヤバイんだ?」

 

室池「……まずストレートが異常に速い。相当なノビだ。それと横から見たら分かりづらいが打席に立つとタイミングの予測が不可能だ」

 

陳「それは─────?」

 

ズバァァァァァァアーーーンンンッッ!!

 

陳「成る程な。明らかな振り遅れだな」

 

室池「だろ。これは一点ゲームにしないとダメだ」

 

陳「ふん。任せろ」

 

 

─────

 

ズバァァァァァァアーーーンンンッッ!!

 

 

審判「ットライークッ!! バッタアウトォ!」

 

 

近藤(手も足も出なかった……)

 

 

大地「ナイスボール!(外と内の使い分け。完璧だな)」

 

 

我妻(俺、なんか凄え事になってる)

 

 

陳(ストレートに強い室池。コンタクト能力の高い近藤がバットに掠らせることも出来ないとはな。たしかに一点ゲームを展開する必要性がある)

 

 

大地(さて。一喜一憂するのもここまでだ。次の打者は細心の注意を払って攻めるぞ)

 

 

陳(一点ゲームにすること前提だが、ここで簡単に3人で終わらせるわけにはいかない)

 

 

大地(投手なのに嫌な打者だぞ。初球大事に行こう)

 

 

陳(ここまで二人の打者に対して擁した球数は僅かに7球。それも全部ストレート。つまりここでスライダーを使ってくる可能性がある)

 

 

大地(……スライダー使うか? いや、ストレートで作ったリズムを無闇に切りたくない。ここはインコースにストレートだ)

 

 

陳(ここで流れは渡さない。リズムが出てきたこの投手を乗せない。この男が一番自信を持っている球を狙う)

 

 

我妻(その目。本気か)

 

 

我妻(本気で俺の球を打てると思ってるのか……?)

 

 

陳(来る……ッ!)

 

 

ワインドアップから大きく足を上げて腰と股関節の回転を加えて地面へと突き下ろす。捻った下半身の力を全て上半身へと送り込んだ。伝播していく力は左腕で壁を作ることでギリギリまで右腕に溜め込む。

 

 

陳(っ! 右腕が遅れて─────)

 

 

陳は驚愕した。我妻の体に隠れたボールは更に遅れていく。とんでもなく窮屈なフォームだが撓りに撓った腕からボールが放たれる。同じ投手というポジションだからこそ感じる壁だった。

 

 

ズバァァァァァァアーーーンンンッッ!!

 

 

我妻「─────打てるもんなら打ってみろや」

 

 

我妻「そのかわりコッチだって最初からフルスロットルでいくからな」

 

 

大地(インコース一杯。構えたところドンピシャかよ。マジで今日の俺座ってるだけでいいやつだ)

 

 

空(……凄え)

 

 

陳「思ってた以上の投手だな」

 

 

大地「ん?」

 

 

不敵な笑みを浮かべて大地に声をかける陳。実力差は明確。それでも笑える胆力たるや。舐めてかかると痛い目を見るのは明白だった。

 

 

大地「まぁいつもこんな状態だったら尚のこと良かったんですけどね」

 

 

陳「そんな事を敵の俺に言ってもいいのか?」

 

 

大地「言ったところで関係ないっすよ。捕手としてはワクワクしながらも凄く退屈な試合になりますからね」

 

 

大地の言葉は軽い挑発。自分が投手を引っ張る必要もなく自分達を抑えられると慢心にも取れる自信を見せつけた。

 

 

陳(……なるほど)

 

 

宇都美(……陳)

 

 

陳(監督。全力で打ちに行きますよ。このバッテリーを野放しにしていては危険です)

 

 

本能で危険を感じた陳。溢れ出るオーラが球場の雰囲気を変えていく。肌がひりつく程の気迫。それを間近で感じ取った大地。しかしやることは変わらない。

 

 

大地(……)

 

 

我妻(相変わらずの無茶振りだな。いいぜ、乗ってやるよ)

 

 

二球目。一球目と同じようにワインドアップからの一投。

 

 

ビュゴォォォォオオォオオォオオ……ッッ!!

 

 

ガギィィィィン!!

 

 

陳「くっ!」

 

 

審判「ファールッ!」

 

 

これもインコース高めへのストレート。陳は辛うじてバットに当てる。ボールは振り遅れて三塁線の外を弱々しく転がる。結果ファールになる。

 

 

これでカウントツーストライクノーボールのバッテリー有利。

 

 

陳(インコースを続けてきたか。それも相当な球威だ。このボールを活かすなら外に一球遊ばせてから最後に膝下スライダーで決めに来る!)

 

 

大地(アンタの考えは読めてるぜ。なんせ俺も普通ならそうするからな。けど今日の我妻は──)

 

 

我妻「ラァッ!!」

 

 

 

 

ズバァァァァァァアァァアーーーンンンッッ!!

 

 

 

 

 

陳「─────っ!?」

 

 

我妻「へ……!」

 

 

陳(三球インコース勝負!? この場面で!?)

 

 

大地「ナイスボール!(───めちゃくちゃ強気に攻めれるから御構い無しだ)」

 

 

ワアァァァアァァアァァアァァアッ!!

 

 

観客「最後もインズバきたぁ!!」

 

 

観客「あのバッテリーどんな神経してんだよ!!」

 

 

観客「最後膝下ストレート!! アレは手が出ない!!」

 

 

観客「ヤベェ! 我妻矢来!! 古豪滝宮の上位打線から三者連続三振奪ったぞ! コイツマジもんだ!!」

 

 

陳「すまん。手が出なかった」

 

 

室池「アレはしゃあない。手に負えねぇわ」

 

 

近藤「はい。流石に初見で打つのは無理ゲーです」

 

 

吉良(兄)「この三人が言うんだから間違いないんだろうけど、どのみち点やらなきゃ問題ないっしょ」

 

 

吉良(弟)「相変わらず楽観視しすぎだと思うけど、それには一理あるな」

 

 

勝俣「そそ。陳はさっきの打席のことは考えすぎないようにな。もしもの場合はオレらの所打たせてこい。絶対アウトにしてやる」

 

 

陳「あぁ。任せた」

 

 

不知火「今度は俺たちの番だぜ。いくぞ陳」

 

 

陳「必ず抑える」

 

 

─────

 

 

蘭「さっきの我妻。いつもとはまるで別人だった」

 

 

モカ「そだね〜。正直〜、相手が打てるイメージが全く持てなかったね〜」

 

 

つぐみ「球速もいつもより出てたよね?」

 

 

巴「あぁ。本当に別次元のストレートだった」

 

 

ひまり「我妻君ってあんなに足大きく上げてなかった気がするんだけど。気のせいかな?」

 

 

リサ「心境の変化だね☆」

 

 

あこ「うん! 間違いないね!」

 

 

友希那「? 何かあったのかしら?」

 

 

リサ「実はね─────」

 

 

リサは知る限りの情報をありのまま皆に伝えた。少年と少女の馴れ初めを聞いた少女達は黄色い悲鳴を上げたり上げなかったりとか……。

 




書いてて思ってる事。一年で144キロでもやり過ぎだと思ってるのに、155キロってありえねぇ!! (今更)


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ナイスピッチング

暑さがマシになったと思ったら、やっぱりジメジメはするんすね笑


三回表

 

 

吉良(兄)「おいおい!! そろそろ誰か塁に出ようぜっ!! てかまずバットに当てて前に飛ばそうぜっ!!」

 

 

吉良(弟)「僕らが言えた義理ではないんだけどね!?」

 

 

室池「タチ! さっきの守備みたいな奇跡をもう一度頼むよ!!」

 

 

近藤「タチさん! お願いします!! 偶々でいいんでバットに当ててくださいっ!」

 

 

勝俣「ベース上でバット振っとけば当たるかもしれん。取り敢えず偶々でもいいから当てろ」

 

 

立野「オマエらの、その俺の扱いなんなの!? クソッタレがっ。そこでおしゃぶり吸って待っとけよー! ゼッテー塁にでてやっから!」

 

 

気合の入った7番立野が打席に立つ。

 

 

ヒュゴォォォォオオ……ッ!!

 

 

カククッ!!

 

 

立野「うぇっ!?」

 

 

ブンッ!

 

 

ズッバァァァァアァアーーーンンッッ!

 

 

審判「スゥィングアウトォオオッ!」

 

 

バットに掠らせることなく、僅か4球で三振。

 

 

ワァァァァァァァァッッ!!

 

 

観客「全部外攻めで、最後は伝家の宝刀スライダーで7者連続三振ッ!!」

 

 

観客「止まらない奪三振! あのピッチャーヤベェ!!」

 

 

 

蘭「……我妻って、あんな投手だった?」

 

 

ひまり「わ、わかんないけど、どう見ても絶好調? だよね?」

 

 

巴「飛ばしすぎにも見えるけど、なんかまだ余力を残してるようにも見えるな」

 

 

 

つぐみ「なんだろ。私、疲れてるのかな? 我妻君からオーラみたいなの見えてるんだけど……」

 

 

モカ「気のせいじゃないと〜、モカちゃんは思うよ〜。モカちゃんにも見えてるからね〜」

 

 

友紀那「大地もリードしがいがあって、嬉しそうね」

 

 

リサ「だね☆ さっきの打席でもいい打球(中直)飛ばしてたし、大地の調子も上々ってところかな?」

 

 

あこ「くっくっく……流石は我が宿敵の盟友ぞ! あっぱれだ!」

 

 

麻弥「日菜さん!! 嬉しいのはわかりますけど、観客席から飛び出さないでください!」

 

 

日菜「るるるん♩ 私も出たい〜!」

 

 

薫「ははっ。矢来の躍動感は更に増したようだね。儚い」

 

 

 

 

 

立野「スライダーマジで消えたんだけどぉ!! しかも途中までストレートと全く同じ軌道だから手を出しちまったじゃんかー!」

 

 

近藤「流石はタチさん。僕たちの期待を裏切らない」

 

 

吉良(兄)「まぁタチだからな。むしろワザと三振したまである」

 

 

吉良(弟)「いや、それはないだろ。タチだぞ? ワザと三振狙ったほうが当たる説が有力だろ」

 

 

立野「オマエらの俺の扱いなんなの!? 酷すぎんだろっ! つーか、誰一人として前に飛ばしてないんだから、同類だ同類っ!」

 

 

不知火「そうだそうだっ!」

 

 

室池「あれ? シラ。戻ってくんの早すぎじゃね?」

 

 

吉良(兄)「いつのまに瞬殺されてたんだ……」

 

 

不知火「いやぁ〜、面目ねぇ。裏の裏の裏をかかれちった。全球外のスライダーでやられたわ」

 

 

近藤「要するにバッテリーの掌で踊らされた挙句、バットに掠らせることも出来ずに無惨に去ってきたということですね? 無能先輩」

 

 

不知火「オマエ、先輩に対して辛辣すぎだろ。流石に傷付くぞ」

 

 

宇都美「不知火君。早く防具を装着しなさい。それと、皆さんも足早に守備位置へ。勝俣君は既にセンターの守備に就きましたよ」

 

 

吉良(弟)「え? ほんとだ。いつのまにか守備になってやがる」

 

 

陳「すっと気配消してグラブをとったな」

 

 

吉良(兄)「あれ? 結局、あいつ三振したの? じゃあ打者一巡を完璧に?」

 

 

近藤「流石にヤバ過ぎでしょ。ありゃあ、将来プロですかね?」

 

 

不知火「いやいやまだわからんよ。なんせ、エースじゃないしな」

 

 

安西「ま、エースも左の成田で、1年だけどな。そも、あっちは咲山がいる時点で過剰戦力だろ!」

 

 

陳「だが焦ることは無い。基本ストレートとスライダーだけの投手。狙い球とコースを絞っていけば、幾らでも付け入る隙はある。それまで、点はやらん」

 

 

不知火「へ、頼もし」

 

 

室池「そんじゃあ、行くぞォオォオオオオ!!」

 

 

滝沼ベンチ『シャァァァァアァアァアッ!!』

 

 

─────

 

 

笠元「矢来ナイピー!」

 

 

結城「ナイスピッチ!」

 

 

村井「9者連続とは恐れ入ったぞ。ナイスピッチングだ!」

 

 

帯刀「出来過ぎだッ! 馬鹿野郎!」

 

 

我妻「あざすっ!」

 

 

秋野「調子は良さそうだけど、勝負はここからだからね。調子乗っちゃダメだよ」

 

 

舘本「……ガンバ」

 

 

我妻「うっす! 気を引き締めていきたいと思います! 次は打席なんで、其方も気合入れていきます!」

 

 

田中「そっちは程々でいいからな。点は俺らでとってやるから」

 

 

我妻「はいっ!」

 

 

大地「ふぅ……。ん?」

 

 

防具の暑さから、瞬間的に逃れて溜息をこぼすと、我妻は大地を燦爛とした目で見ていた。

まるで撫でて欲しい犬のような目だった。

 

 

我妻「……」

 

大地「…………まぁ、上々だな。コントロールミスもないし、ストレートもいつも以上にキレてる。スライダーの精度も理想の形に最も近い球になってきてる」

 

我妻「っ!」

 

大地「正直、良過ぎて鳥肌全開だわ。二巡目以降も同じ球を投げられるようなら、安心して任せられるような投球内容だし、文句の付け所が無い。ナイスピッチング」

 

 

空「だ、大地が、我妻のピッチングを褒めた!?」

 

 

雪村「ウソン。めっずらし!」

 

 

吉村「俺のピッチングは褒められたことねぇのに!!」

 

 

雪村「オマエは怒られて当然だからだろ笑」

 

 

空「まぁ、それぐらいに今日の我妻は凄い状態なんでしょうね。正直、今の我妻からマウンドを譲り受けたく無いっすわ」

 

 

吉村「そんなこといいながら、呼ばれたら嬉々として向かうくせによく言うぜ」

 

 

空「そりゃあ、投手でエースですから。エースですからッ!」

 

 

雪村「意地汚ねぇ……。エースをめちゃくちゃ強調してきやがる」

 

 

結城「しかも、こっちに背中の番号を見せつけてきてるからな。尚、タチが悪い」

 

 

大地「……俺って、そんな褒めて無かったんだな。反省しよ」

 

 

滝沼|000 --- ---|0

羽丘|00- --- ---|0

備考:羽丘学園 背番号11 我妻矢来 9者連続三振達成。

 

 

その後も、投手戦は続いた。

 

 

三回裏、七番我妻からの下位打順を相手に完璧に調理してみせた陳。

この回、二つの三振を奪いながら僅か13球で締めた。

 

 

四回表、滝沼の二巡目。

一番室池の打席では、我妻のウィニングショットであるスライダーを軸に、最後はインコース低めで三振を奪い、10者連続三振と会場を盛り上げた。

続く、近藤には前に飛ばされるも、弱々しいセカンドフライで打ち取り、三番陳も外と内の使い分けで翻弄し、スライダーで三振を奪った。

四回終了時点で我妻の奪三振数は11個となった。

 

 

四回裏。羽丘も二巡目の打席。

陳は一番秋野に対して、初回のツーシームが頭によぎっているうちにストレート責めでカウントを稼ぎ、最後はインコース膝元へスライダーで空振り三振を奪う。

二番舘本には厳しいコースを投げ込み、広がったゾーンにバシバシ決めていき、結果はサードゴロで打ち取られる。

三番結城を相手にしても、陳は全く動じず、コースを絞らせない投球を披露する。最後はインコースのツーシームを引っ掛けさせて、ショートゴロでスリーアウトを奪う。

 

 

五回表。

我妻は四番安西を威力ある直球と切れ味鋭いスライダーを駆使してカウントを稼ぎ、最後はフロントドアのスライダーで見逃し三振を奪うと、続く五番吉良(兄)を初球のインコース直球で詰まらせてショートゴロでツーアウトを取る。

六番吉良(弟)は追い込まれながらも、八球粘った。しかし、最後は外高めの釣り球に中途半端なスイングで空振り三振を喫した。これで、五回までに稼いだ奪三振を13とした。

 

 

そして、試合は五回裏の羽丘学園の攻撃に移る。

そう、頼れる四番から始まる打順。

遂に、試合が動く……(かもしれない)。



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投手戦必至?

─────一回裏

 

 

陳(さて。次は俺たちの番だ)

 

 

不知火(流石に強打を誇るチームだけに打線に隙が無い。一番の秋野。コイツを塁に出すか出さないかがこの試合のカギになる)

 

 

秋野(さて。僕の存在をどう考えてるのかな? 単に足が速いやつ? それとも打者としてちゃんと見てる? 前者だと助かるんだけどね)

 

 

不知火「サード!」

 

 

室池「わかってる」

 

 

秋野(あちゃー。セーフティ警戒か。相当厄介だね。確か室池は守備も良かった筈。それに加えて反射神経もズバ抜けてる。だからこそ極端なシフトか。このチームよく考えられてる)

 

不知火(これでセーフティはファースト線だけ気にすればいい。初球はアウトローにストレート─────)

 

 

陳(……)

 

 

秋野(頷いたってことはサインが決まったみたいだね。初球は何でくるんだろ。基本に立ち返った外低めのストレートかな? それともさっきの我妻に影響されたインコース攻め? 外だね。それしかない。序盤から無理する場面じゃないからね)

 

 

陳「ふっ!」

 

 

秋野(来たっ! アウトローにストレート───)

 

 

ククッ!!

 

 

秋野(なっ────!? ツーシーム!? ダメだ。バットが止まらないっ!)

 

 

ガゴォォンッ!!

 

 

陳「サード!」

 

 

室池「任せとけ!」

 

 

秋野「くっ……!(泳がされた!)」

 

 

室池「おいしょっ、と!」

 

 

パシッ!!

 

 

大地(難しい打球だけど簡単にとるな。良いグラブ捌きだ。あれは一朝一夕じゃ出来ない)

 

 

室池「ほっ!!」

 

 

シュッ! ザシュッ!!

 

バシッ!!

 

 

安西「よっと!!」

 

 

秋野「く、そ……」

 

 

塁審「ヒィィズアウトォ!」

 

 

観客「俊足秋野! 塁に出れず!!」

 

 

観客「室池ハンドリング上手いなぁ!!」

 

 

観客「無理な体勢からのワンバウンド送球も凄かったぞ!!」

 

 

─────

 

 

??「あれが室池瀧か。凄えな」

 

 

??「ま、オレッチの方が凄いけどね!」

 

 

??「……それはない」

 

 

??「えぇ!!? 酷くね!!」

 

 

??「黙って試合見ろや」

 

 

─────

 

 

薫「……儚いね(あのユニフォームは……)」

 

 

 

─────

 

 

アナウンス『二番 セカンド 舘本くん』

 

 

─────

 

 

ズパァァーーンンッッ!!(ノーストライクワンボール)

 

 

ズパァァーーンンッッ!!(ワンストライクワンボール)

 

 

カッキャン!! (ツーストライクワンボール)

 

 

ズパァァーーンンッッ!!(ツーストライクツーボール)

 

 

カッキャン!!(ファール)×3

 

 

ズパァァーーンンッッ!!(ツーストライクスリーボール)

 

 

カッキャン!!(ファール)

 

 

ズッパァァーーンンッッ!!

 

 

舘本(ボール一個分、外れた)

 

 

審判「ットライーク!! バッタアウトォ!!」

 

 

舘本「っ……!」

 

 

審判「……何かね?」

 

 

舘本「い、え……何もありません」

 

 

大地(最後は一球外だった気がするんだが。キャッチング以上にリズムと精密なコントロールが審判を味方につけたのか。厄介だな)

 

 

不知火(ラッキーだな)

 

 

陳(あそこを取ってもらえるのはリズムの良い証拠。こちらの調子も万全だ)

 

 

結城「……球筋はどうだ?」

 

 

舘本「……手元で思ったよりキレてる。けどそれだけ。ボールにそれ以上の特徴はない。けどテンポとコントロールは厄介。甘いの来なかった」

 

 

結城「なるほど。了解した。後は任せろ」

 

 

アナウンス『3番 結城くん!』

 

 

2番の後ろを打つこの男がゆったりと動き出す。一つ一つの所作から強者のオーラを醸し出して打席に立つ。味方にとってこれほど頼りになる背中は他にない。たとえ大地だとしてもここまでの頼り甲斐は出せない。

 

 

羽丘主将の結城哲人。チームの主軸として敵エースの『精密機械』を捉える為にバットを構える。

そして打者が好戦的なのと同様に投手も─────

 

 

陳(この男を折れば羽丘の翼を捥いだも同然。完璧に捩じ伏せる)

 

 

─────血が滾っていた。

 

 

闘志と鎮圧。両者のプレッシャーが最高潮に上り詰めていく。肌で感じる威圧感に一番近くにいる不知火は冷や汗を一つ垂らす。

 

 

しかし焦る必要はない。まだ初回。慌ててペースを乱せば不利になるのはコチラなのだ。ここは慎重に攻めてリズムを崩さないように攻める。それがベストだ。

 

 

不知火(初球慎重にいきたいけど、ここは大胆に顔近くにストレート。仰け反ってくれたら儲けもんだ)

 

 

陳(あぁ。了解した)

 

 

結城「ふぅ……」

 

 

大地(さて。ここで主将相手にどういう配球で挑んでくるのかがこの試合の一つの指標になる。さてどう来る?)

 

 

陳「ふんっ!」

 

 

ヒュゴォォォオオォォォォオオ!!

 

 

結城「……」

 

 

ズパァァァーーンンッッ!!

 

 

審判「ボールッ! ノーストライクワンボール」

 

 

観客「し、初球顔近くにストレート! めちゃくちゃ強気だな!」

 

観客「やっぱワザとだよな! あんなギリギリなコース投げるってデッドボールが怖くねぇのかよ」

 

 

テンポよく二球目。

 

 

ヒュゴォォォォォオオォオオ……!!

 

 

ククッ!!

 

 

ズパァンッッ!!

 

 

審判「ットライーク! ワンストライクワンボール!」

 

 

結城(アウトコース一杯にスローカーブ)

 

 

大地(顔近くからのアウトコースへの変化球。相当コントロールに自信がある証拠だな。次は外一個分はずした─────)

 

 

不知火・大地((────ストレート!))

 

 

陳「ふんっ!」

 

 

ヒュゴォオオォオオォォォ……!

 

 

カキィィィーーーンンンッッ!!

 

 

不知火(ウッソだろ?! 今のコースを強引に打ちに来てヒット性の当たりだと?!)

 

 

陳「くっ!」

 

 

結城(一つ外だったか……)

 

 

不知火「レフトォオォオオ!」

 

 

痛烈な当たりがレフトに襲いかかる。若干詰まり気味だが、結城のスイングスピードの前では詰まりなど関係なく外野まで運ぶことを可能とする。

 

 

そして運悪く結城の打球が飛んできたレフトの守備につく滝沼の立野は慌てふためき後方へと伸びる打球に対して前進を行ってしまうと言う初歩的なミスが誘発された。

 

 

立野(ヤバイヤバイッ! 判断誤った! このままじゃあ長打になって─────)

 

 

慌てる立野。しかし野球の女神はこの瞬間だけ滝沼高等学校の頭上に舞い降りた。

 

 

立野「ブベェッ!?」

 

 

足元が疎かになって、足を縺れさせた立野。走る方向に対して前傾姿勢で倒れ込み、無意識にグラブを前に突き出した。

 

 

バスッ!

 

 

結城「っ!?」

 

 

不知火「ウソォーン……」

 

 

 

敵味方関係無く、唖然。

完璧に長打コースであった打球は、レフトの紛れなプレイでアウトにした。

まさに奇跡のプレーだった。

 

 

ワァァァァァァァァッッ!!

 

 

チームを救う偶然なるファインプレーにベンチも会場も盛り上がる。

 

 

立野「ふぇっー?!?!」

 

 

捕った本人でさえ、歓喜で頭がついてこない。

 

 

陳「マグレでも助かったぞ」

 

 

不知火「ラッキーなのだ」

 

 

吉良(兄)「やられたと思ったわ。ナイス奇跡ファインプレー」

 

 

吉良(弟)「タチちゃん偶然ナイスゥー!」

 

 

近藤「タチさん! ナイスまぐれっ!」

 

 

室池「一瞬死んだと思ったわ」

 

 

立野「……みんなさ、俺の労いかたおかしいだろ!? マグレ言うな! 実力じゃないみたいで嫌だろうが」

 

 

チーム一丸『でもマグレだろ?』

 

 

立野「まぁそうだけどもねっ!?」

 

 

仲のいいコントを繰り広げる滝沼ベンチ。指揮の高いチームならではの独特な雰囲気に周りの観客達も載せられてゆく。

緊迫感はある。が、体が硬くなるという現象とは無縁な暢気さも携えている。

ときに、こういったノリのいいチームが強者を喰らいジャイアントキリングを引き起こす傾向がある。

 

 

だが─────

 

 

二回表

 

 

我妻「和気藹々なのはいいことなんだけどさ─────」

 

 

ズッバァァァァアァアーーーンンンッッ!!

 

 

安西「は? ちょっ─────」

 

 

ズバァァァァァアァアーーーンンンッッ!!

 

 

大地(あぁ、御愁傷様)

 

 

ヒュゴォォォォオオ……!!

 

 

カククッッ!!

 

 

安西(っ!? ボールが消え─────)

 

 

ブォォオオン!!

 

 

ズッバァァァァアーーンンッ!!

 

 

我妻「─────俺からヒットの一本でも打ってから盛り上がってくんない?」

 

 

審判「スゥィングアウトォオオッ!!」

 

 

ワァァァァァァァァァアァア!!

 

 

安西「……ウッソだろ」

 

 

吉良(兄)(ほぼストレートだけで4者連続?! ヤバすぎ!)

 

 

近藤(序盤だけど、打てるビジョンが湧かない)

 

 

室池(俺らにはストレート一本だったから分からなかったけど、安西の反応を見る限り、相当なキレと変化量だ。ストレートだけでも手に負えないのにコントロールと威力十分のスライダーとか、フザケンナよ)

 

 

陳「ふん。上等だ。長期戦になろうとも負けるつもりはない」

 

 

陽気だった雰囲気を霧散させた怪物投手の前に、滝沼のエースは静かに闘志を剥き出しにした。

 

 

勝負はさらなる加速を始めてゆくのだった。




我妻手に負えない説(笑)
若干、いやかなり滝沼不利!!
けど、このままでは終わらんよぉ〜!!


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咲山 大地 VS 陳・不知火バッテリー

ワァァァァァァァァァアァアァアッ!!

 

 

観客「咲山ァッ!! 打てよぉぉっ!」

 

観客「今日はお前を見にきたんだッ! 一発、豪快なヤツ頼むぜぇっ!!」

 

羽丘生徒「咲山くぅーんッ!! こっち向いてぇっ!!」

 

羽丘生徒「凄いのいっちゃおー!!」

 

 

友希那「相変わらずの歓声ね。流石は世間から認められた主砲っといったとこかしら」

 

リサ「まぁ大地だしね。それぐらい、みんなが大地のバッティングに期待してるってことだよね」

 

蘭「たしかに、ここまで投手戦になると一発を求めるのは分かるけど、下手にフルスイングしたら相手の術中に嵌ってお終い」

 

巴「ここはコンパクトにヒットでいい場面だな。まだどちらも安打がないからこそ、塁に出る意味がある」

 

日菜「ししょーなら、ガッツーンといっちゃいそうだけどねー!」

 

ひまり「よ、予想できちゃうところが恐ろしいよね……」

 

麻弥「で、でも、咲山くんって頭を使う選手ですから、流石にここは定石通りの打撃をするんじゃないですか?」

 

 

アナウンス『四番 キャッチャー 咲山君』

 

 

不知火(さぁ、出てきたなモンスターバッター)

 

 

陳(さっきの対戦でも予みを外したと思った変化球を狙い撃ちしてきたな。偶々、センターライナーに打ち取れたが、甘く入ればやられていたのはコッチだった)

 

 

不知火(どうする? 歩かせるか?)

 

 

陳(いや、ここで歩かせてランナーを溜める意味は無い。そもそも、相手も定石通りに攻めるなら、まずランナーを置きたいはず。ここは攻める)

 

 

不知火(おーけー。それに、このバッターを完璧に打ち取ると、流れは完全にコッチに傾く。そう意味でもいいかもしれないな)

 

 

陳(あぁ。最悪、歩かしてもいい。ランナーを貯めたく無いとはいったが、一番怖いのは一発。シングルなら許容範囲と割り切ろう)

 

 

大地(さて……。さっきの打席で外中心で変化球主体だったことを考慮して、配球を組み立てるならば、初球にストライクはいらないな。先ずは、単打狙いを見透かされてるというのを大前提として、俺ならインコース厳しめに直球を投げ込ませておきたいな)

 

 

ヒュゴォォォ……ッ!!

 

 

スパァァアァアーーーンン

 

 

審判「ボールッ!」

 

 

不知火(反応が薄い? まさか変化球狙い?)

 

 

陳(……簡単に見逃された。ゾーンを広げていることはとっくに気がついているはずだが、かなり余裕に見たな)

 

 

大地(予想通り。これでインコースを印象付けた。が、今の完璧な見逃し方されたら、流石に変化球待ちだと思うだろ?)

 

 

不知火(ブラフ? にしては、全く動じないってのはどうなんだ?)

 

 

大地(精一杯、悩んでくれよ。それが俺の狙いなんだからさ)

 

 

陳(どうする?)

 

 

吉良(兄)「打たせてきていいぞ!!(サイン交換長すぎ。いつものテンポじゃないな)」

 

 

吉良(弟)「さっきの球よかったよ!(集中切らしたらそこで終わりだ)」

 

 

室池「バッチコイッ!!(こっちまでタイミング狂いそうだぞ。シラ、考えすぎはチーム全体にも悪影響だぞッ)」

 

 

不知火(……とりあえず、もう一球インコースに直球だ。難しくていい)

 

 

陳(あぁ)

 

 

大地(サイン交換済んだか。かなり悩んでくれたな。恐らく、長考した理由はインコース直球を易々見逃したことで狙い球がなんなのかわからなくなったからだろう)

 

 

(なら、表リードなら外にチェンジアップ。もしくはツーシーム。左バッターに入り込むスライダーでもいいけど、この場面でノーストライクツーボールはカウント的に望んでいないから考えない)

 

 

ヒュゴォォォ……ッッ!!

 

 

(だが、さっきの打席で外の変化球についていったと分かっていて、かつコントロールのいい投手なら─────)

 

 

不知火(っ!? ウッソ!? 反応されてる?!)

 

 

大地(─────裏リードのインコース直球の難しいところを続ける!)

 

 

カッキィィィィイィーーーンンッッ!!

 

 

不知火「ファーストッ!!」

 

 

安西「ぐっ……!?」

 

 

強烈なあたりがファースト線を襲う。

反射神経が良い、安西は横っ飛びで打球へ反応するが、間に合わない!

安西のグラブ数センチ先を通過し、痛烈な白球が─────

 

 

塁審「ファールッ!!」

 

 

─────ライト線ギリギリ外へと出た。

滝沼にとっては、間一髪の当たりだったが、救われた。

 

 

不知火「ふぅ(た、助かった)」

 

 

陳(……インコース。続けるのを読まれていた? それに、今の打球は出鱈目に速すぎる)

 

 

吉良(兄)(おいおい、冗談よせよ。あんなの、比喩表現抜きの弾丸じゃないかよ! どんなスイングスピードしてやがんだ)

 

 

安西(この、バケモンが!)

 

 

安堵と悲壮。なんとも言い難い圧力が、滝沼ナインの心を揺さぶる。

咲山 大地の一打。たったの一振りで積み上げてきたものを玉砕されてゆく。

格の違いが明確化され、線引きされ、次元の違いを見せつけられる。

それは二十歳に満たない少年達には、重く辛い心労だった。

 

 

片矢「……恐ろしいやつだ」

由美「え?」

 

 

片矢は知らずのうちに声を漏らしていた。

ベンチ内は大地の僅かに逸れた打球に一喜一憂で盛り上がっていたため、選手には聞こえてはいなかった。

しかし、隣でスコアを記入する由美の鼓膜はしっかりと、監督の嘆息を逃さなかった。

 

 

狙いに行ったボールを捉えきれなかった大地を見て呟いた言葉の真意、それは由美には分からない。だが、恐ろしいやつというのは間違いなく、打席に立つ幼馴染のことだろう。

 

 

たしかに、大地は野球人からすれば恐ろしい才能の持ち主だ。相手の心をへし折る打撃能力に、相手の心理を理解し、投手の一番乗ってる球を利用できるリード、どんな俊足も一網打尽に刺す強肩……その他諸々、彼には野球の神から託された天賦の才が数多にある。

 

 

しかし、片矢が告げている『恐ろしさ』とは、どれもしっくりこない気がしてならない。

兄とバッテリーを組んでいた頃の大地の姿を見たことのある彼女でさえ気がつかない程の些事なものなのだろうか?

 

 

違う。

 

 

本能が告げる。

大地の真の『恐ろしさ』は決して些事ではない。

些事ではないが、誰も気がつけない。

そう、内面……つまり、性格と頭脳。

 

 

彼は、根本的なところから、この試合に決着をつけようとしている。

本塁打を打って、得点する。

それでも今日の我妻の状態を考慮すれば、相手にとって大きなダメージに違いない。

けれど、我妻がこの状態をキープし続けられるのかという、懸念点は拭えない。もしかすれば、急に肩、肘が痛む可能性だって0ではないのだ。

 

 

早期決戦が望まれる一戦での投手戦。

未だ得点への活路を見出せない中、大地が求め、下した決断は相手の心を完全にへし折ること。

では、どうするのか?

答えは凄く単純だ。

 

 

チームの柱を折ればいい。生命線のバッテリーの心を壊せばいい。

ならば、大地のやる事は決まっている。コントロールに絶対の自信を持つ陳と、配球を組み立て、計算高さに定評のある不知火。二人の能力があっての滝沼。それが最大の武器。

 

 

しかし、それは一つのきっかけで崩れ去る場合がある、諸刃の剣同然。

なにせ、コントロールが良いというのは、捕手のサイン通りにボールが通過するということ。

 

 

だったら、捕手の心理を読んで狙い撃てばいい。それは大地の専門分野。何も難しいことではない。

ただし、完全にへし折るには、バッテリーに精神を揺さぶる必要がある。

 

 

由美(……そう、いうことね)

 

 

由美は答えに至った。

初球を見送った意味は、初打席で手を出した変化球ではなくインコースに直球が来るのを見越していたから。見逃せば、初打席でも狙っていた完全に変化球待ちだというのに考えが至る。けれど、大地の情報がある不知火の頭脳は、様々な状況と大地の思考を熟考させられたことだろう。

 

 

そこで、まずテンポを崩した。

先程までは、試合のスピードアップを求める球審の味方につけるテンポで投げていたはずの陳の投球動作が止まった。

テンポが変われば、守備のリズムも変わる。あらかじめ話を通していなければ、高校生なら困惑して当然。険悪なムードになる。

 

 

しかし、大地は素人目で見ても超高校級で別格の打者。細心の注意を払わないと、抑えるないし、シングルで切り抜けられない。

テンポを優先するよりも、大地の裏をかくことを取らなければならない。その手法を取ってしまった。

 

 

表リードは、基本火傷を負わない安定したリード。けど、不知火は履き違えてしまった。いつのまにか、大地を打ち取るためだけに思考してしまっていた。

最善を考え過ぎてしまった。

後は、大地の術中だ。最善を考え過ぎたなら、初球の反応を見て、インコースに直球を続けるであろうことは予みやすい。

 

 

不知火のリードは、決して単調でもなく絞りやすいものでもない。ただ逡巡した回想は、大地の打撃によって崩しやすいものだっただけ。バケモノによって誘爆されただけなのだ。

 

 

そして、強烈なファールで良かったと、バッテリーや野手陣までも安堵した。してしまった。

 

 

 

カッッキィィィイィィイィイーーーンンンンッッ!!

 

 

ボスッ……。

 

 

由美(ほんと……恐ろしいやつ)

 

 

不知火「……は?」

 

 

陳「……」

 

 

吉良(弟)「あれで一年?」

 

 

吉良(兄)「次元が、違いすぎる」

 

 

近藤「打球が見えなかった……」

 

 

ワァアァァアァァアァァァァァアッ!!

 

 

観客「羽丘先制ッ!! やはり反撃の狼煙を始めにあげたのは【大樹】の咲山の一発ッ!【精密機械】を捉えたぁっ!」

 

 

観客「アウトコース低めの難しいチェンジアップを逆らわずレフトスタンドへ叩き込んだッ!」

 

 

不知火(まさか、今のも予まれた? は? なんで?)

 

 

安堵感が齎らした、単調な攻め。

インコース直球で攻めた後の外チェンジアップ。嵌れば強い配球。しかし、打者が最も警戒している可能性のあった球を選択してしまった。普段ならば、ツーシームである場面でチェンジアップを選んだ慢心。

 

 

それが、この結果だった。

 

 

ここでもしツーシームを選択し、投げ込めていれば、少なくとも本塁打になる可能性は激減して、長打ではなかったはずだった。

 

 

だが野球に『もし』の世界は、無い。

陳が投げ、大地が捉えた。

結果だけが現状を物語っていた。

 

 

大地「案外、脆いですね……」

 

 

不知火「……っ」

 

 

ガシャンッ!!

 

 

ホームベースを踏みしめた、最強打者の冷めた声音が、不知火と陳のコンピュータを破壊した。

 

 

滝沼|000 00- ---|0

羽丘|000 01- ---|1

備考:羽丘学園 背番号2 咲山大地 先制ソロ本塁打。

 




大地の超思考……。
たぶん、こんなことないとおもうけど、フィクションだから良いよね?


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【色彩】

題名が段々と適当になっていってる気がする……。
そして、そろそろ本編を進めないと意味のわからないことになりつつある、夏の大会編。
てか、変なネタバレしちゃってるけど、気にしないでね!(無理かもしれないけど)


五回裏 ワンナウト一、三塁 ワンストライクスリーボール 八番 ショート 笠元。

 

 

カキィィィンンッ!!

 

 

笠元「おっしゃぁぁ!」

 

 

吉良(兄)「これ以上好きに─────」

 

 

パシンッ!

 

 

笠元「うぇっ!? (今の打球を逆シングルで捕った!? ごっつうまいなッ! けど一点は貰─────)」

 

 

シュッ!

 

 

我妻「なっ!? (セカンドにバックトス!? でも、そこには誰も!?)」

 

 

 

吉良(弟)「─────させるかよッ!」

 

 

パシッ!! シュッ!!

 

 

バシンッ!!

 

 

安西「ナイスローッ!」

 

 

笠元「クッソ……が」

 

 

塁審「ヒィズアウトォッ!」

 

 

ワァァァァァァァァッッ!!

 

 

観客「ウォォオッ!! すげぇ!!逆シングルから即座にグラブでバックトス!? セカンドも普通に入ってきた!? あの二遊間ヤベェぞ!」

 

 

リサ「凄っ!?」

 

 

日菜「何今のプレーっ!! るんるん♩するぅ!!」

 

 

巴「敵ながらあっぱれだな」

 

 

 

笠元「かぁーっ! 今のをゲッツーはセコイなーッ!!

 

 

秋野「切り替えていこう! さっきのでアウトにされるんだったら、仕方ないよ! 割り切ろう」

 

 

空「今のスーパープレーはマジで凄えな。あんなん、出来んのかよ」

 

 

大地「まぁ、吉良兄弟なら出来て当然かもしれないけどな」

 

 

空「へ?」

 

 

結城「咲山、アイツらの事を知ってるのか?」

 

 

大地「えぇ、まぁ。というか、地元の軟式野球部じゃあ【アイギス】とか言われるぐらいには有名人でしたから。あの人たち」

 

 

笠元「軟式出身?! あん奴らが!?」

 

 

大地「はい。双子の吉良兄弟は、親が軟式野球の少年チームでコーチをしている所縁で野球を始めて、その頃からコンビを組む熟練の二遊間です。

【アイギス】と言われるだけあって個々の守備範囲は当時から最高クラス。さらに速く緻密な練度の高いコンビネーションで数多くの安打をアウトにしてきた最高峰の守備職人兄弟で、軟式界では恐れられてました」

 

 

秋野「へぇ。やけに詳しいね。地元の有名人とはいえ、いやに詳細を知ってるんだ」

 

 

大地「そりゃあ、当時中学一年でしたけど、正捕手でしたし、同地区のライバルの情報ぐらい手元に置いておくでしょ。特に、あの圧倒的なまでのコンビネーションから点を取ろうと思ったら、癖とか守備位置とかの研究が必要でしたから」

 

 

空「……オマエ、その頃から情報収集しながら試合に出て相手を圧倒してたんだろ? やっぱバケモンだったんだな!」

 

 

大地「テメェにだけは言われたかねぇよ!」

 

 

 

 

 

 

吉良(兄)「流石は我が弟。よく反応したな。褒めてつかわすぞ」

 

 

吉良(弟)「流石は我が兄。相変わらずトリッキーな動きでアウト取りに来てくれたな。しばき倒すぞ」

 

 

吉良(兄)「あらやだ。元希君、怖い口調ね。お兄ちゃん、貴方にそんな言葉遣いを教えた覚えはなくてよ」

 

 

吉良(弟)「擬似親面っ!? って、はぐらかされるかっ!! テメェ、いつも言ってるだろ!? あぁいうプレーするんなら、事前にサインしろってな! 今回も突拍子に反応しやがって、僕が逸らしてたらホームまでのフリーパスだぞ!? 理解してる!? アンダースタンド!?」

 

 

吉良(兄)「えぇ〜。アウトにしたからいいだろっ! てか、合図なんか無くたって、咄嗟に合わせてくれるだろ? ならいいじゃん」

 

 

吉良(弟)「そういうことじゃねぇー!!」

 

 

不知火「……助かったけど、コイツらまたやってやがる」

 

 

室池「いつも通りだろ? なら、ほっといても構わんだろ」

 

 

陳「悪い。点を取られた」

 

 

勝俣「いや、あれは打者が一枚上手だっただけだ。気にするな。ただ、そのあと崩れてフォアボールを出したのは猛省しろ。そして吉良兄弟に感謝しとけ。あれがなければ、試合は決まっていた」

 

 

陳「わかってる。ここからは修正する」

不知火(くそっ! あの一年坊に、ガラリと流れを変えられちまった。あれは俺のリードミス。俺の動揺が、陳にも移ったせいで珍しく四球を与えてピンチを招いた)

 

 

(このままじゃ終われないぞ。俺のミスで試合を終わらせるわけにはいかねぇんだ)

 

 

 

 

 

 

 

 

ズッバァァァアァーーーンンッッ!!

 

 

審判「スウィングアウトォッ!!」

 

 

我妻「シャァッ!」

 

 

立野「クソ速ぇ……」

 

 

観客「インコース直球で空振り三振ッ! 今日、14個目ッ!」

 

 

観客「これで16個のアウト中14個が、三振だぞっ!」

 

 

観客「成田、雪村の他に、羽丘にはこんな投手が隠れてたのかッ! バケモンすぎるだろうが」

 

 

 

曽根山「……我妻のヤツ、春の練習試合と、球技大会でのデモンストレーションの時とは全くの別人じゃないですか」

 

 

澤野「あぁ、全く別物だな。あれは簡単には打てんぞ」

 

 

曽根山「正直、春の段階では負けてるつもりはなかったんすけど、いつのまにか追い越されてましたね。勿論、サボってたわけじゃないっすけど」

 

 

虎金「そんだけ色々経験したってことだろ」

 

 

曽根山「あ、虎金さん。もうウ●コはいいんすか?」

 

 

虎金「ウン●言うな。汚ねぇな! せめて、オブラートに包んでカレースープにしとけ。アホが」

 

 

澤野「オマエの方がアホだがな。なんもオブラートに隠せてねぇよ」

 

 

虎金「痛っ!? 主将、暴力はらめぇ!」

 

 

澤野「男の『らめぇ!』ほど気持ち悪いのは何でだ? いや、トラ自体がキモいだけか」

 

 

虎金「辛辣ぅ!?」

 

 

曽根山「実際、本当のことでしょうが!」

 

 

虎金「後輩っ!? 君もか!?」

 

 

澤野「で? んなことはどうでもいい。我妻の話だ。アイツが色々経験したってのはどういうことだ?」

 

 

 

ズッバァァァアァーーーンンンッッ!!

 

 

審判「ストライークッッ!! バッタアウトォッ!!」

 

 

我妻「シャァァ……ッ!」

 

 

不知火「ふざけんな! 何つー、ストレート放ってきてんだよ」

 

 

観客「おぉ! 全球ストレート勝負! これで前の回から三者連続三振ッ! 衰えぬ奪三振に滝沼打線、手も足も出ず!!」

 

 

観客「最後のインローには流石に手がでねぇな!!」

 

 

観客「いやいや。その前のアウトハイなんて完璧に振り遅れてたじゃん! アレの方がヤバイね!」

 

 

 

 

澤野「これで、前の回から合わせて三者連続。そして、この試合15個目の三振、か」

 

 

虎金「……アイツからは、アイツのボールからは様々な【色】が見えるんです」

 

 

澤野「……【色】?」

 

 

虎金「歓喜、悲哀、忿怒、愉快。喜怒哀楽の総てが篭ってる。その時様々で、ボールの輝く【色彩】は変わるけど、どの【色】でも一貫して強い意志が備わっています」

 

 

 

ビュゴォォォォ……ッッ!!

 

 

ズッバァァァァァーーーンンンッッ!!

 

 

審判「ットライークッ!! ワンストライクノーボールッ!」

 

 

勝俣(……くっ、またファーストストライクを簡単に取られた)

 

 

笠元「矢来! ナイスボールやで! (頼もしい背中やわ。こりゃあ、守りがいがあるわ!)」

 

 

村井「ツーアウトだ! 一つ一つ行こうッ!(ウガッ! 凄いぞ! 矢来ちゃん)」

 

 

 

虎金「我妻矢来は、成田空の代替え品として扱われ、苦渋の日々を送り、いつの日か【怒り】を覚えた」

 

 

 

ズッバァァァァアーーーンンンッッ!!

 

 

審判「ボールッ! ワンストライクワンボールッ!」

 

 

 

虎金「我妻矢来は、初登板で高校野球の洗礼を浴びて、【悔し涙】を呑んだ」

 

 

 

ガキャーンッッ!

 

 

審判「ファールッ!! ツーストライクワンボールッ!」

 

 

 

虎金「我妻矢来は、自身の力を引き出してくれる最高の捕手とバッテリーを組めていることが【楽しく】て仕方がない」

 

 

 

ズッバァァァァアーーーンンンッッ!!

 

 

審判「ボールッ!! ツーストライクツーボールッ!!」

 

 

 

虎金「そして─────」

 

 

 

ビュゴォォォォ……ッ!

 

 

ブンッ!

 

 

ズッバァァァァァアーーーンンンッッ!!

 

 

勝俣(あ……)

 

 

審判「ットライークッ!! バッタアウトォッ!!」

 

 

ワァァァァァァァァッッ!!

 

 

観客「これで前の回から4者連続三振ッ!! この回、オールストレートで滝沼打線を薙ぎ払ったぁあっ!!」

 

 

我妻「シャァァァァアッッ!!」

 

大地「ナイスボール……ッ!」

 

 

 

虎金「─────我妻矢来は、初めて『我妻矢来』を認めてくれる少女と出逢い、共に想いあったことに【喜んだ】」

 

 

「その総てが、我妻矢来の血となり、肉となり、意志となって、ボールに乗り移った」

 

 

「アレはバケモンなんかじゃない。アレの正体は、俺らと何ら変わらない何処にでもいるような、ただの【怪物】(思春期男子)だ」




結局、怪物矢来君!


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我妻 矢来 VS 室池 瀧 【責務】と【感情】の決着

題名がダサいと言われても致し方が無い。
表現が難しいんです。はい。わかってください……(願望)


七回表

 

 

滝沼生徒「室池ぇぇえ! 頼むぞッ!! ここで一本打ってくれぇぇ!!」

 

 

滝沼生徒「室池先輩なら打てますよぉっ! ファイトですぅ!!」

 

 

羽丘生徒「我妻ぁ!! 奪三振ショーを続けてくれぇ!!」

 

 

羽丘生徒「我妻君ッ!! ファイトォー!!」

 

 

蘭「今日一番の応援……」

 

 

友希那「えぇ。言ってしまえば、この試合のターニングポイントは、一番打者から始まるこの回」

 

 

薫「一番バッターで、恐らく打撃能力に長けたサードの主将。彼がもつチーム内での影響力は絶大だからね。

もし、彼が初安打で出塁したということになれば、流れは一気に傾きかねないね。儚い」

 

 

リサ「しかも、六回裏だと相手エースは完璧に立ち直って三者凡退に打ち取られたことも考えると、トップバッターは必ず抑えておきたいよね」

 

 

友希那「この場面だからこそ、両者に求められるのは、【気持ち】と【繊細さ】。その二つが両立出来ている者が、勝つわ」

 

 

日菜「ま、ししょーならなんとかしちゃいそうだけどね!」

 

 

 

 

大地「さて、我妻君。わかってるとは思うけど、今日の君には、ある記録がかかっているのにお気付きかね?」

 

 

我妻「……まぁ、わかってるけどさ、そういうのって言葉に出したらダメなもんだろ。意識しすぎて腕振れなくなるとかでさ」

 

 

大地「たしかにな。でも、今のテメェなら大丈夫だろう?」

 

 

我妻「……」

 

 

大地「何があったのかは知らないけど、今日のテメェなら、大丈夫。それは俺が保証するし、もし駄目そうなら打たせて取ろう。だから─────」

 

 

「─────『我妻矢来』としての、最高のボールを俺のミットに投げ込んで来いッ!」

 

 

我妻「っ!」

 

 

大地「そんで、アイツの、空の横に……いや、追い越してみせろよ。矢来っ! 俺は待ってるからな。テメェが納得いく最高のボールを、あの場所でな」

 

 

我妻「っ! おう! 任せろ」

 

 

(アイツが、俺の名前呼ぶなんて初めてだよな? しかも、『我妻矢来』としての最高のボールを投げ込んで来いって……)

 

 

(期待、してくれてんだよな……)

 

 

(いや、違うか。咲山は、大地は最初から、俺のことを信頼してくれてた。だから監督に直訴してまで色々な試合で投げさせて貰えてたんだ)

 

 

(成田という強大な壁に挫折したのは数知れず、前に進んだと思っても突き放され、さらには自身が後退する始末も晒した)

 

 

(けど、その度に花音さんに励まされ、色んな人に支えられてきた)

 

 

(そうだ。俺の最高のボールの正体なんて、そんな単純なものじゃないか)

 

 

(俺の最高のボールは、いつだって誰かの為にあるのだから! 負ける訳にはいかない!)

 

 

 

 

陳「室池……」

 

 

陳から疲弊が混じった声音が、俺を呼ぶ。

振り返って、頼りになってきたエースの呼びかけに応える。

肩で息をして、頭を垂らす姿勢で座っている彼の弱々しい姿は、けれど闘志で満ちた目で体を竦ませた。

 

 

体力的に見れば、彼はもう頼りにならないかも知れない。

だが、彼の溢れ出る戦闘欲は増すばかり。

闘志だけで投げ続ける、エースを救ってやらなければならない。

 

 

室池「心配すんな。陳」

 

 

陳「ふん。心配? してないぞ」

 

 

室池「……」

 

 

陳「ただ、結果を残してくれ。とは言わん─────」

 

 

室池「─────お前らしさを出せば、必ず打てる。だから打て。そうだろ?」

 

 

陳「……ふっ。そうだ。わかってるならいい。いけ」

 

 

室池「あぁ、任せろよ。感覚で打つのは、俺の得意分野だ。ゼッテェ、塁に出てやるよ」

 

 

こうしてグラウンドで軽口を叩き合うのは、あとどれくらいだろうか?

もしかすれば、夏の最後まではやってるかも知れないし、今日この日をもって終了するのかも知れない。

 

 

けれど、主将として決めていることが一つだけある。

 

 

室池「……主将らしいことは、してやったことはないけど─────」

 

 

「─────このチームが、泣かないように、笑えるようにしてみせるのが、主将としてせめてもの務めだ。絶対に、こんなところで終わらせはしないっ」

 

 

 

 

滝沼高等学校ブラスバンド部:エル・クンバンチェロ

 

 

♩〜♬〜♪〜……!

 

 

滝沼高等学校応援団『勝て勝て滝沼っ! 勝て勝て滝沼っ!かっ飛ばせぇ! 瀧っ!』

 

 

羽丘学園応援団『押せ押せっ! 矢来ッ! 攻めろ攻めろっ! 矢来ッ!』

 

 

室池(ストライクコースは全部、ぶっ叩く!)

 

 

我妻(初球、大胆かつ精密に……! 甘く入ればやられる。けど、逃げちゃダメッ! 攻める)

 

 

審判「プレイっ!」

 

 

室池「かかってこいッ!! 一年坊ッ!! テメェに野球の怖さを教えてやるよッ!!」

 

 

我妻「野球が最後の最後まで怖いのは、とっくに知ってるよ─────」

 

 

大地(初球、アウトコース、ストライクからボールになるスライダー! コースは広く、高さは低くッ!)

 

 

我妻「─────だからこそ! 乗り越える価値があんだろうがっ!」

 

 

ビュゴォォォォ……ッ!!

 

 

室池(ストレート─────ッ!?)

 

 

大地(よしっ! 最高の高さとコースッ!)

 

 

矢来(だろっ!)

 

 

カククッ!!

 

 

ブォォーーーンンッッ!!

 

 

ズッバァァァァァアーーーンンンッッ!

 

 

審判「スウィングッ!! ワンストライクノーボールッ!」

 

 

室池(相変わらず当たんねぇー! クソ、笑えてきたぞ、生意気小僧ッ!)

 

 

大地(よし。今のでファーストストライク取れたのはデカイ。次は、コレ)

 

 

我妻(わかった)

 

 

近藤「室池さん、いいですよ!! バット振れてますッ! ガンガン行きましょう!」

 

 

立野「狙い球絞ってけよっ! お前なら打てるッ!!」

 

 

勝俣「お前なら出来るっ!! かっ飛ばせ! キャプテンッ!!」

 

 

室池(あぁ。わかってる。お前達の期待……全部聞こえてるよ)

 

 

室池「必ず、塁に出るからな……。待ってろ」

 

 

ヒュゥゥッ……!

 

ククッ!!

 

 

室池「な……ッ!?」

 

 

スッパァーーンンッ!!

 

 

室池(こ、ここで、スローカーブだと!? 新しい引き出しを、今出して来た?!)

 

 

審判「ットライークッ!! ツーストライクノーボールッ!!」

 

 

陳「この場面で、新球種か。あのキャッチャー、やってくれたな」

 

 

(これは室池の意識に突き刺さるッ!)

 

 

室池(くそッ!? やられた! 反応で打とうにも、今のカーブで全部タイミングを崩されちまった)

 

 

大地(これで、打者の壁は壊したぞ。一球外にハズして、最後は、コレで締めよう。現時点でお前が持つ最高のボール……)

 

 

我妻(……コクン)

 

 

室池(何が来る?! ウィニングショットの高速スライダー? 緩急を活かした球威ある直球? それとも、緩いカーブを続ける?)

 

 

ズッバァァァァァアーーーンンンッッ

 

 

審判「ボールッ! ツーストライクワンボールッ!」

 

 

室池(外一球、ストレートで外した? なら、最後はスライダーか? スライダーだよな? スライダーだ。間違いない。今日の俺は、コイツのスライダーにやられっぱなしだ。客観的に見てもスライダーで締めに来る)

 

 

我妻「貴方達にも、負けられない理由がある事は解ります。でも─────」

 

 

大地(来いっ! 今、テメェが持てる最高の球をここに─────)

 

 

我妻「俺たちにだって、負けられない理由はあるんだッッ!! 喰らえっ! 俺の最高のウィニングショット!」

 

 

大地・我妻((インコース高めへ渾身のジャイロボールッ!!))

 

 

我妻(俺の気持ちを乗っけて、いっけぇえぇええぇ!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズッ───────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────バァァアァァアーーーンンンッッ!!

 

 

 

室池「……っ」

 

 

審判「っ!! ットライークッ!! バッターアウトォオオッ!!」

 

 

大地「最高のストレート。ベストボールッ!」

 

我妻「っっ!! シャァァァァアッッ!!」

 

 

結城「我妻、ナイスボールだっ!」

 

笠元「最高やぞっ! 矢来ッ!!」

 

舘本「っ!!(グッ!)」

 

帯刀「やりやがったなぁーっ!!」

 

秋野「ははっ!! それじゃあ、やらかしたみたいだよっ!!」

 

 

ワアァァァアァァアァァアァァアッッ!

 

 

観客「こ、渾身のインズバで、好打者室池を三打席連続三振ッ!!!!」

 

 

観客「我妻矢来ッ! これで七回途中17奪三振ッ!! 驚異のルーキーが室池を完璧に封じたぞッ!!」

 

 

 

蘭「……声にならない」

 

友希那「なんという気迫……。あれは、本当に一年生?」

 

 

 

室池「……」

 

 

近藤「室池主将……」

 

 

室池「……すまねぇ……手が、出なかった」

 

 

近藤「っ!?」

 

 

(これで……これで、終わっていいのかよッ!?)




おや? 近藤のようすが……


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我妻 矢来 VS 近藤 剛志 【憧れ】を救う為に……!

文才が欲しい、今日この頃……!


近藤「室池主将……」

 

 

室池「……すまねぇ……手が、出なかった」

 

 

近藤「っ!?」

 

 

(これで……これで、終わっていいのかよッ!?)

 

 

 

 

僕が野球を始めたのは、小学四年の頃。

一つ上の兄貴分のような人に誘われて、その人のプレーを見て感動したのが始まりだった。

 

 

兄貴分の名前は、室池瀧。

今、俺が在籍している滝沼高等学校野球部の主将を務めてる人だ。

ガタイも良くて、センスもある彼は、チームは勿論、監督からの信頼も厚い。

 

 

昔から頼れる兄貴分の室池さんは、子供の頃からセンスの塊のようなプレーを周りに披露していた。

将来、この人ならばプロ選手に上がれる可能性は十分にあると、大人も口を揃えて言っていたのは、鮮明に覚えている。

 

 

実際、打撃能力はズバ抜けていた。どのコースにどんな球を投げても、相手投手を崩すバッティングに魅了された人も多くいた。

 

 

それでも、才能にかまける事なく、ストイックに練習する姿は、誰よりも強かったと思う。

 

 

そんな彼だったが、突如挫折した。

理由は、リトルリーグの全国大会で一回戦から出くわしてしまった、ホンモノの天才だった。

 

 

紛うなき天才の投球は、まさに圧巻だった。

それなりに名の知れた、僕らのチームを相手にして味方のエラー一つのノーヒットノーランを成し遂げてしまった。

 

 

あれが天才。あれこそ才能。

室池さんは、その日、三打席連続三振だった。まるで、今の状況と被るように、当時の室池さんの心をへし折るのには十分だった。

 

 

練習で身につけた技術も、体も、精神力をも呑み込んだ天才の投球に潰されてしまった。

自分は、プロに行く器ではないと、勝手に悟ってしまった。

練習では、手を抜く事はなかったが、そこにあった熱は確かに、冷めていた。

 

 

覇気の薄れた、彼に声をかけるものは徐々に減り、最終的には誰も話しかける事はなかった。

 

 

僕が中学に上がると、彼は親の転勤に合わせて、別地区に行ってしまった。

別れに特段思う事はなかった。

頼れる兄貴分であったことに変わりはなかったが、僕自身、最後の方は避けている節があったし、小学五年生あたりからは、会話をした覚えがない。

 

 

そうして、室池さんの抜けたシニアチームで何となく野球を続けて、そこそこ勝ち進んで、そこそこ強いチームに敗れるを繰り返した。

 

 

それから、高校もソコソコの野球部である滝沼高等学校に進学し、室池主将と再会した。

 

 

初めは驚いた。

どうしてここに? と、不思議にも思った。

けど、久し振りに邂逅した彼の表情は、いつしかの頃と同じく、燦爛と輝いていた。

 

 

しかも、そんな嬉しそうな顔で真面目に、『甲子園行こうぜ』と、映画行こうぜみたいな軽いノリで言われれば、流石に困惑を隠せないでいた。

冗談かと思っていた。

 

 

でも、実際は本気で言っていて、そこで出会った海外から来た投手は感情の薄そうな顔をしている割に、覇気の篭った投球を披露していた。

 

 

な? コイツと俺がいれば、夢じゃないだろ?

 

 

その台詞は、生き生きしていて、眩しくて、魅惑の一言だった。

 

 

どうやら、海外から来た投手は陳 勝宗というらしい。同い年だそうだが、彼は台湾の規定によって、室池主将と同じ時期に大会出場資格を失ってしまうようだった。

 

 

それでも、たった2年ちょっとしかない野球生活、そこからさらに少ない野球人生。それでいいのか? と尋ねると、彼は頷いて、俺が日本に来て野球をしたという足跡を残せるのなら、それで構わないと、未練を感じさせないほどに清々しい返答が来た。

 

 

僕は唖然したが、同時に彼や室池主将の役に立ちたいとも、思った。

その時点で、答えは出ていた。

 

 

なによりも、室池主将がまた笑顔で野球を続けられるのを見ていたいから。

別に、ソッチ方面ではないが、彼のプレーに憧れて始まった僕の野球人生……青春そのものぐらい、彼に託してしまっても構わないだろ?

 

 

そして、そんな彼の笑顔を再び奪おうとする、バケモノが、マウンド上に君臨している。

 

 

正直、打てる気はしない。

けれど─────

 

 

近藤(─────打つ。必ず、塁に出てやる)

 

 

諦めるのは簡単だ。

天才に圧倒された小学生時代に、一度は室池主将とともに死んだ身。

再び突き落とされたところで、人生観が変わるとは思えない。

それでも、諦めて手に入るものは何一つないのも事実。

 

 

それならば、諦めずに前を向いてみよう。素直にバットでボールを当ててみよう。負けるのを受け入れるのをやめよう。最後まで、食らいついてみせよう。

 

 

それで、少しでも、彼らの重みを取り除けるのなら、僕は必ずや成し遂げてみせる。前だけ向いて、教えられた打撃で、怪物を打ち崩してみせる。

 

 

だから、見ていてください。

貴方から始まった、僕の野球人生、現時点での集大成を見届けてくださいっ!

 

 

 

 

我妻(まだ、ワンナウト……。気を抜いたら、それまで……)

 

 

大地(わかってんじゃねぇか。そう、まだこの回が終わったわけでも、試合が終わったわけでもない。相手は死に物狂いで一点を奪い取りに来るぞ?)

 

 

(安堵して、スコられるケースはザラにある。実際、俺が打ったホームランもそれだからな)

 

 

(だから、俺がテメェに求めるピッチングは、終盤の疲れを払拭して、最高のボールを投げ続けられるかどうか─────)

 

 

 

(─────やってみせろ。今こそ、テメェの真価が問われる場面だ!)

 

 

 

近藤「塁に、何が何でも出てやるっ!」

 

我妻「捩じ伏せる……ッ!」

 

 

 

我妻「オラァッ!」

 

 

ヒュゴォォォォオオ……ッ!!

 

 

ガギィンンッ!!

 

 

ガシャンッ!!

 

 

審判「ファールッ!」

 

 

近藤(くっ……真ん中高めのストレート。相変わらずの快速球だ)

 

 

大地(甘く入ってきたとはいえ、我妻のストレートにタイミング合ってきてる。今はまだ下を振っているけど続けすぎると打たれる)

 

 

我妻(当ててきたか。やるな)

 

 

吉良(兄)「いいぞ! コンちゃん!! タイミング合ってる合ってるッ!! そのままちゃんと自分のスイングを貫こうぜッ!!」

 

 

吉良(弟)「打てるボールだけでいいよッ!! 自分のゾーンで打とうッ!」

 

 

陳「近藤っ! 塁に出れば、俺が必ずや、返してやるッ! 塁に出ろ! それがお前の仕事だ」

 

 

─────大丈夫。わかってるから。

 

 

陳、君は傲慢に見えて、実は部内で一番誠実だ。

そうやって、威圧的にやってるのだって下の子たちに高校野球の辛さとレベルの高さを痛感して欲しいがための態度だって、ここにいるベンチメンバーはみんな気がついてるよ。

 

 

そして、誰よりも練習して、その正確無比な制球力という一番の武器を身につけたことも知ってる。

 

 

実のところをいうと、出会ったばかりの頃は、君のことがあんまり好きじゃなかったんだ。

 

 

だって、僕たちが潰えさせてしまった室池主将の笑顔を取り戻したのは、君のピッチングなんだ。少し、妬けてしまったよ。ただ無力に、天才に撃墜された後に何もしなかった僕たちと違って、君は、君だけは室池主将を助けたんだ。救い上げたんだ。

 

 

醜いよね。人は直ぐに、自分で出来なかったことをやってのけた他人を羨み、妬む。

 

 

でも、今ではそんな考えは無くなっていた。

僕も君達の夢に、いつのまにか絆されていたらしい。

僕も、君達と一番長い夏を過ごしたい。

そして、あの地を踏みたい。

黒く染まった土がある、野球の聖地を踏みしめたい。

チーム全員で乗り込みたい。

 

 

そして、言わせてくれ。

今の君は、僕にとって……。

 

 

フワッ……!

 

 

ククッ……!

 

 

室池(っ!! またここで、スローカーブッ!?)

 

 

陳(近藤ッ!!)

 

 

近藤「……二番目の憧れだッ!」

 

 

ザンッ!!

 

 

大地(なっ!? 堪えたッ!?)

 

 

我妻(嘘だろっ!?)

 

 

 

 

カッ───────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

近藤(だから、僕が……僕たちが、君と室池主将を支えてみせるッ! これがその─────)

 

 

 

 

 

 

「─────誓いの証だァァァアァァアッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

─────キィィィイィィインンッ!!

 

 

 

我妻「やられたかっ!?」

 

大地「まさか予まれてた!? センターッ!!」

 

 

ワァアァァアァァアァァアッッ!!

 

 

観客「捉えたぁっ!?」

 

観客「打球はセンター後方ッ!! これは、抜けるぞっ!!」

 

観客「いや! センターは俊足で守備のいい秋野だっ! 分からんぞ!!」

 

 

笠元「咲耶ッ!! とってくれなはれっ!!」

 

 

結城「秋野っ!!」

 

 

滝沼ベンチ『抜けろォォォオォッ!!』

 

 

近藤「落ちろォォォォオオッ!!」

 

 

 

我妻「秋野さんっ!! 頼むっ!!」

 

 

 

わかってるよ。矢来。

今日の僕は、打撃や走塁で何も貢献できてない。打球も飛んでこなかったし、正直、今日の僕は要らなかったんじゃないかって思ってたよ。今、この瞬間まではね。

 

 

君が、明らかに変わったのはみんな知ってる。そして、今日の試合は、君のお陰で主導権を握れてるのもみんなわかってるから。

 

 

 

だから、今度は─────

 

 

 

勝俣「おまっ─────それを追いつくのかっ!?」

 

 

─────僕が─────

 

 

近藤「止めろっ!! 捕るなッ!! 捕るんじゃねぇえぇええぇぇ!!」

 

 

─────君を、チームを、救ってみせるッ!!

 

 

秋野「ウォオォォオオォオオッ!!」

 

 

パシンッ!!

ボンッ……!! ドサッ…………!

 

 

塁審「……」

 

 

観客「……」

 

 

近藤「……………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………くっ、そが……」

 

 

秋野「へ、へへ。捕ったよ」

 

 

塁審「アウトォォオオッ!!」

 

 

ワァアァァアァァアァァアァァアッ!!

 

 

観客「センター秋野ッ! フェンス直撃のファインプレーッ!! 身を呈して、ボールをグラブに収めたぁぁあ!!」

 

 

我妻「秋野さーんっ!!!」

 

 

空「あんた最高だっ!!」

 

 

笠元「咲耶ぁぁぁあ!! よう捕ったでぇええぇえ!!」

 

 

帯刀「おっしゃぁぁあ! ナイスプレーッ!!」

 

 

舘本「グッド……!」

 

 

村井「ウガガッ!!」

 

 

結城「ふぅ、秋野……。さすがだな」

 

 

田中「見事」

 

 

大地「……(ちょー救われたぁ……。我妻に気を抜くなよとか言っといて、俺が一番気を抜いてたかもしれねぇな)」

 

 

(あそこは、安易にカーブで行くべきではなかった。スライダーで良かったんだよなー。マジ、捕ってくれて助かったぁ!)

 

 

由美(アイツ、完全にヘボッタ。友希那ちゃん、蘭ちゃんと一緒に殴ろ)

 

 

近藤「くっそ……抜けてれば、長打だったのにっ!」

 

 

(くそ、これじゃあ結局、陳と室池主将を見殺しにしてるのと変わらないじゃないかっ!)

 

 

陳「近藤……」

 

 

近藤「悪い、陳……」

 

 

陳「何を謝る必要がある? お前は、お前らしい素直なスイングで道を切り開こうとしたじゃないか」

 

 

近藤「それでも、塁には出れなかった」

 

 

陳「たしかに、結果論ではそうだ。だが、オマエが諦めずに前を向いたから、繋がった希望もゼロではないだろ?」

 

 

近藤「え?」

 

 

吉良(兄)「ナイスバッティングだったぞ!!」

 

吉良(弟)「やっぱ、コンちゃんにバッティングで勝つのは難しいかもね。でも、攻める気持ちは伝わったよ! 僕も闘志全開で攻めるよ!」

 

 

勝俣「諦めない気持ち、前面に出ていたぞ。ナイバッチ」

 

 

不知火「今日一番の打球じゃん! よしっ! これで当たるって証明が出来たんだ! ここからだぞ!」

 

 

立野「生意気な後輩の癖に、やっぱ実力はあんだよなぁ……! くっそ! 腹たつけど、俺がヒット打てばいいだけだな!」

 

 

安西「そんな日が来るといいな笑」

 

 

立野「俺がヒット一本も打ってないみたいな言い方すんのやめてくれないっ!」

 

 

室池「近藤……」

 

 

近藤「室池主将……」

 

 

室池「……ありがとう」

 

 

近藤「え?」

 

 

室池「オマエのおかげで、またチームが前を向くようになったし、俺も前向きに捉えられるようになった。助かった。マジで。それと、ナイバッチ!」

 

 

近藤「……」

 

 

陳「……わかったか? オマエのファイティングスピリッツは、みんな受け取ったんだよ」

 

 

「だから、悔やむな。まだ負けてない」

 

 

近藤「……っ。あぁ、わかってるよ」

 

 

「はやく、打ってこいよ。エースっ。君のバットで、この無明の闇を照らしてくれッ」

 

 

陳「ふん。当然だ。俺が、この試合を振り出しに戻してみせるっ」




さぁ、フィナーレに近づいてきましたっ!!


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我妻 矢来 VS 陳 勝宗 想いの強さと証明

一応、誤字脱字チェックしたんですけど、絶対見落としてるので見つけた人は教えてくださるとすごく助かって、すごく喜びます。
どうかよろしくお願いします!


我妻『完全試合は無理でも完封ぐらいしてやる!』

 

 

─────あんな大見得切って、結果は五回7失点という無様を晒して、辛酸を舐めた高校初登板。

 

 

澤野『まだ一年。やはり、まだ甘いな』

 

 

カッッキィィィイィィインンッッ!!

 

 

ボサッ……!

 

 

─────黒服師匠に与えてもらった武器で抑えられていたのをいい気になって、元ある武器(シュート)が使い物にならなくなっていたところを付け狙われて連打を浴びてマウンドから降ろされたデモンストレーションでの花咲川戦。

 

 

虎金『オマエに投手を名乗る資格はないッ』

 

 

ズッバァァァァァアァァアーーーンンンッッ!!

 

 

─────天狗になってた俺の鼻をポッキリと折った敵エースの一球に魅入られた打席。

 

 

空『置いていかれてたまるかっ!』

 

 

ズッッッバァァァァァァァァァアァァアァァアーーーンンンッッ!!

 

 

─────追い越したはずの背中が、また遠く先に行ってしまった己の未熟さに嘆いた夏大会前の練習試合。

 

 

大地『贖罪のためじゃない。俺が野球を続けるのは、野球が好きだからだッ! 野球をするのに大層な大義名分や理由なんざ要らねぇよ!』

 

 

『それをテメェ(ボク)が、テメェ()自身で否定すんじゃねぇえぇえッ!』

 

 

─────未練も、後悔も払拭した少年は、自分の為に前を向いて、より一層強くなり、俺の心を騒つかせる。

 

 

アイツらの成長具合とか、自分の醜さに触れると、より焦燥感が増して自分に対しての憎悪を覚える。

 

 

けど認めてくれた人がいる。

 

 

花音『矢来くんは、矢来くんだよ……。私が惹かれたのは他の誰でもない、我妻矢来っていう男の子にだよ』

 

 

あの人の優しい声音が、俺を包んでくれたから今の俺がいる。俺が俺で居られるんだ。

 

 

だから負けるわけにはいかない。

証明するんだ。あの人に、俺を投手じゃないと謗った怪物に俺が投手だって認めさせるんだ。

 

 

虎金『マウンドを降りてホッとするなよ、三下』

 

 

『咲山や成田の代替え品だと誰よりも蔑んでるのは、オマエ自身だ』

 

 

『花音や咲山から一定の評価を得ているようだが、所詮は『天地コンビ』におんぶに抱っこの二流以下。さっきも言ったが、二流以下で納得した奴に投手を名乗る資格はない』

 

 

─────二度と、あんなこと言わせてたまるか。

 

 

俺という投手を認めさせてやる。俺の球で慄かせてやる。

 

 

だから先に行って待っててやりますよ。

 

 

虎金さん。俺はアンタを倒して、成田からエース番号も奪う。

 

 

誰にも負けない。誰にも譲らない。

このマウンドに立つ以上、二度と俺は負けるわけにはいかない。

だって、約束したから。

 

 

俺が、彼女の『ヒーロー』になるんだって約束したから。

 

 

破るわけにはいかない。

『ヒーロー』は二度も負けない。敗北を知った『ヒーロー』に敵はいない。

 

 

そう、俺がここに立つ理由なんてたったそれだけのことだ。

大それた理由なんざ要らない。

 

 

だから退け。

 

 

俺の行く先を妨げるな。

 

 

我妻「それでも彼我の実力も弁えず、その打席に立つというなら容赦しない」

 

 

「この勝負も全力でねじ伏せるのみ。行くぞ、【精密機械】。打席の準備は充分か?」

 

 

陳「図に乗るなよ、ルーキー。オマエが俺達の邪魔をするというのなら、斬り捨てるのみ」

 

 

「俺の一振り(一刀)で振り出しに戻してやる」

 

 

 

─────想いの強さと証明。

 

 

 

友希那「ここね」

 

 

リサ「え? こ、ここ?」

 

 

薫「あぁ、ここだね。この場面で試合は殆ど決まる」

 

 

麻弥「なんでですか? 終盤とはいえ八、九回の攻撃を残して、たったの一点差で試合が決まるなんて、そんなことが─────」

 

 

日菜「それがねー。あるんだよね。今日の感じだと特に」

 

 

つぐみ「そ、それって、どういうことですか?」

 

 

日菜「ん? ふつーに考えたらそうでしょう? だってわがっちは、るるん♩状態だよ? ギュッイィィンッ! なバッターじゃないと打てないし、相手でギュッイィィン! なバッターは1番〜3番だけ……つまり、この三人さえズババンッ! て、しちゃえばうちの勝ちなんだよッ! わかった?」

 

 

ひまり「わ、わかった?」

 

 

巴「いや、わからない」

 

 

蘭「……よくはわからないけど、要するに我妻は絶好調だから打てるバッターが滝沼には今打席に立ったメガネだけで、後はさほど問題じゃないってことじゃない?」

 

 

モカ「それで〜、あってると思うよ〜。実際〜、二打席連続三振してるとはいえ〜、メガネくんは必ず一度はバットに当ててるしねぇ〜」

 

 

友希那「それに当てに行くスイングじゃなく、必ず振り切ってね。

二打席目は外と内の組み合わせで翻弄して、膝下スライダーで空振り三振で打ち取れたけれど、その前のストレートにはバックネットにファール。タイミングは合ってたわ」

 

 

巴「なにより我妻が抱える重大な欠陥は左バッターの彼には格好の餌でしかない。部が悪いのはバッテリーだな」

 

 

リサ「重大な欠陥?」

 

 

薫「対左打者に対しての決め球の不足。そうだろう?」

 

 

巴「はい。そうです」

 

 

 

ひまり「決め球? それならスライダーじゃないの?」

 

 

蘭「たしかに我妻の決め球はスライダーではあることに違いないけど、それが通じやすいのは右バッターだけ」

 

 

つぐみ「どういうこと?」

 

 

友希那「すごく単純な話よ。スライダーは右バッターの外に逃げるけれど、左バッターにはうちに切れ込んでくるの」

 

 

「うちに切れ込んでくるということは、ボールが近づいてくるということ。つまりバットに当てやすくなる」

 

 

「当然、中の球は振り抜けば飛びやすい。そして今日は大きなコントロールミスはないけれど、スライダーが抜ければ飛びやすいだけの棒球よ。正直、膝元へと常にコントロールできる球でもないわ」

 

 

薫「つまり、追い込み方にもよるが、基本、追い込まれた場合において左バッターは2:8の割合で外ストレートと内スライダーを頭に入れておけばいいということだよ。わかったかな? 子猫ちゃんたち」

 

 

麻弥「大体は飲み込めたんですけど、それならカーブはどうですか? たしかに左バッターに向かっていくボールですが、緩急には使えますよね?」

 

 

モカ「カーブもいい感じの武器ですけど〜、決め球には向いてないとモカちゃんは思いまーす」

 

 

リサ「なんで? ストレートが速いなら尚更効果覿面じゃない? あれで決め球にならないはず─────」

 

 

黒服「─────なりませんよ」

 

 

全員『っ!?!?』

 

 

友希那「っ……貴方は?」

 

 

黒服「おっと観戦中にすみません。本来は声をかけるつもりはなかったのですが、どうやら面白いお話をなされていたようなのでついお声をかけてしまいました。大変申し訳ありませんでした」

 

 

薫「なんだ、黒服さんかい。そうかそろそろこころたちが全校応援でくるからね。下見といったところかな?」

 

 

黒服「えぇ、薫様。本日もお嬢様を害なす紫外線が酷いですので、出来る限り影のある場所を探していたのですが、やはり観客席に影はなさそうですね。特に応援席は。仕方ないので、日傘差し確定ですね」

 

 

日菜「それよりー! なんでフワッとボールは決め球にならないのー? まさか教えないままシュパって帰るつもりないよね?」

 

 

リサ「そうだよねー。口出ししたんだったら答えてもらう義務は当然あるよね」

 

 

黒服「別段、隠すつもりもありませんよ。答え自体シンプル極まりないですから」

 

 

「まずカーブという球種そのものが決め球という投手も近年鋭利な変化球が増した中でも少なからずいらっしゃいます」

 

 

「スライダーとは異なり、抜いて投げるカーブは一度浮き上がって沈む軌道で進んでいきます」

 

 

「これは後にストレートと併用することで大きな武器になり得る球道です。しかし、同時にそれは重大な欠点でもあります」

 

 

ひまり「? 利点が欠点? どういう意味ですか?」

 

 

黒服「まぁ色々あるのですが、大きな要因としては浮き上がって沈む軌道というのはミットに到達するまでが非常に遅い球、ということですね」

 

 

「一聞緩急に活用できると考えられますが、浮き上がってくる性質上見分けはチェンジアップなどと比べると容易に可能です」

 

 

「落ち幅を理解できればただの棒球と変わらないだけに決め球に持ってくるにはカーブはリスクが高すぎます」

 

 

「とはいいましたが、カーブはカウント球としては非常に優秀です。特に、ストレートとスライダー、もしくは他の球が頭にあるときに投げられれば手が出ませんし、もちろん時と場合によっては空振りを奪うこともできます」

 

 

 

「ようは使い所。それは(捕手)が一番わかってるはずですよ」

 

 

友希那「……そうね」

 

 

蘭「大地ならちゃんと我妻をリードできるはず」

 

 

黒服(それにしてもおかしい。咲山様なら逸早く矢来の弱点に気がつき、チェンジアップかフォークあたりを修得させたはず。ジャイロボールの影響でシュートが使い物にならないと知った今なら尚更だ)

 

 

カーンッ!!

 

 

審判「ファールッ!」

 

 

ズッバァァァアァアーーーンンンッッ!

 

 

審判「ボールッ! ワンストライクツーボールッ!」

 

 

陳(ここまでは一、二打席と変わらない配球。やはりストレートとスライダーが主体となってるがために一辺倒な配球になりがちだな)

 

 

(たしかに内と外の使い分けに、威力の高いストレートと膝下に決まるスライダーは厄介だ)

 

 

(だがたった2球で抑え続けられるほど現代の高校野球は甘くない)

 

 

 

黒服「……すみません。お聞きしたいことがあるのですが、少しよろしいですか?」

 

 

薫「? 構わないよ」

 

 

黒服「ありがとうございます。それではお聞きしますが、矢来はあのバッターとの対戦で、一度でもアウトコースで打ち取りましたか?」

 

 

薫「いや、今日は二打席とも内で打ち取っていたよ。儚い」

 

 

友希那「一打席目は全球インコースに直球で最後は低め一杯のストレート、二打席目は外と内を交えながら追い込み膝下に高速スライダーで空振り三振ね」

 

 

リサ「そういえば、九番左バッターの人にもインコースでの勝負が多かった印象があるかなー」

 

 

薫「あぁ、そうだったね。それでそれがどうしたのかな?」

 

 

黒服「……いえ、やはり気のせいだったみたいです」

 

 

友希那「そう、ならいいわ」

 

 

黒服(……明らかに左バッターのインコースを打者に植え付けている配球。ここまで内にこだわる理由は本来無い)

 

 

(だが、もしも未だ見せていない隠し球を矢来が持っていたとしたら……そしてそれが実戦形式であまり試行錯誤出来てない諸刃の剣だとしたら……)

 

 

(もし本当にそうだとするなら─────)

 

 

黒服「─────馬鹿げていますね。あのキャッチャー……」

 

 

全員『え?』

 

 

黒服(僅か一点の僅差。しかも終盤で明らかに影響力の高い打者相手に考える思考回路じゃ無い。失敗した時のリスクが大き過ぎる)

 

 

(咲山大地。貴方はどこまで先を見据えようとしているんだ? 私には理解不能だ)

 

 

 

大地(……矢来、わかってるな? 最後に()()で仕留めるための次の一球……これがこの勝負の山場だ)

 

 

我妻(……あぁ、わかってるよ。さっき室池さんを抑え込んだ一球と同じところだろ? 任せろよ)

 

 

大地(そうだ。あのコースなら打たれてもファールにしかならないし、最悪ボールでも構わない)

 

 

(ここでインコースを使うことで、よりストレートに意識をおいてもらうのが目的だからな)

 

 

 

陳(内・外・内……ストレート・スライダー・ストレート。インコース直球を続けてくるだろう? 最後に膝下スライダーかアウトコースのバックドアのカーブのどちらかで〆るなら尚更な)

 

 

(長打はいらない。とはいえないが、コンパクトに捌いても府中球場ならスタンドに入る。なによりインコース直球に押し負けないために腰主体のバッティングを心がける)

 

 

ビュゴォォォォォオオ……ッッ!!

 

 

大地(よし! ナイスコースッ!)

 

 

カッキィィィイィィイィイィイーーーンンンッッ!!

 

 

我妻(くっ!? やられたか?!)

 

 

大地(ある程度予測してたが、まさか本当に弾き返すとはな!)

 

 

大きなあたりがライト方向を襲う。

完璧に捉えた感触に、陳はホームランを確信した。

角度と初速は文句無し。あとは方向。

ラインに入ってさえいれば、試合は振り出しに戻せる。

 

 

しかし陳のあたりは惜しくもラインを切ってスタンドインする。

滝沼の応援席からは大きな溜息が、羽丘の応援席からは安堵の息が溢れた。

 

 

陳はあたりがあたりだけに苦虫を噛み殺したような表情を見せるが、一瞬にして冷静な面持ちになる。

 

 

切り替えの早さ。

それはスポーツ選手にとって大きなアドバンテージの一つ。

感情的になって引きずったまま打席に入り、凡打を築いてしまう打者は数多いる。けれども陳は緩んだ心を結び直すかのように再び集中状態に入った。

大地が思うに自らの意思で集中できるなら、それほど厄介な選手は他にいない。

一喜一憂したまま打席に立ってくれた方が、捕手としてはやりやすい。

 

 

大地(呼気に乱れもない。視線も真っ直ぐ。こりゃあ完全に切り替えたな。厄介な)

 

 

(けど、大ファールを打たれたとはいえ今のコースはファールにしかならんコースだ。問題なかったろ?)

 

 

我妻(めちゃくちゃヒヤヒヤしたけどな……)

 

 

大地(とはいえ、サイン出したのは俺だけど実行するのはテメェだ。俺のサインだって投手が実行してこそだ)

 

 

(ほんと肝が座っているというか、馬鹿正直というか……)

 

 

(とりあえず、これでアレを使って〆る道筋は立った)

 

 

我妻(とうとう解禁だな)

 

 

(長かったな……)

 

 

大地(丁度、花咲川の選手はアップに向かったからな。ここしかない)

 

 

(初お披露目だ─────さぁ、新世界の扉を開こうか)

 

 

陳(今ので決められなかったのは痛いが、最後の球には凡その検討がつく)

 

 

(最後、ストレートはない)

 

 

(内ならスライダー、外ならカーブ。どちらも反応は出来る)

 

 

(室池が主将としての背中を見せようとし、近藤が消えかけていた闘志を再度滾らせてくれた─────)

 

 

(─────なら俺はそれらに答えなければならない)

 

 

(エースとしてのピッチングだけでなく、3番としての責務を果たさなければならない)

 

 

(吉良兄弟には守備で慌ててた時に助けられた。

 

 

勝俣には精神的に救われてきた。

 

 

 

安西には打棒で励まされてきた。

 

 

立野にはプレーで盛り立ててもらった。

 

 

不知火にはバッテリーとして常に寄り添ってもらった

 

 

日本の父である宇都美監督には感謝してもしきれないほどの恩義と好機を与えてもらった)

 

 

(そして、俺はその数々の恩義を返さなければならない─────)

 

 

(─────あの舞台に立たせてやりたい)

 

 

(だから打つ。何が何でも打って、試合を振り出しに戻して引導を渡してみせる)

 

 

(来い……我妻矢来。俺は全身全霊をもって貴様を打ち砕く)

 

 

大地(すげぇオーラ……。こりゃあ甘く入ったら即終了モンだな。これで矢来が堅くならなきゃいいけど……心配なさそうだな。タイムもいらない。あとは前に進むのみ)

 

 

我妻(前迄の俺ならビビって置きに行ったか、もしくは臆して本塁打だった)

 

 

(けど今なら大丈夫だ)

 

 

(花音さんに認めてもらって、ようやくだったけど、ちゃんと前を向けてる)

 

 

(ビビる必要なんて無い。今の俺なら投げ込めるッ!

 

 

強い意志を持って立ち向かえッ!)

 

 

大地(実戦経験のない球だが、デモンストレーションで敗北してからずっとブルペンで練習していた新ウィニングボール─────)

 

 

我妻(これで相手の活路を奪うッ!)

 

 

ビュゴォォォォォオオ……ッ!!

 

 

陳(っ!? アウトローにストレートだと?!)

 

 

(だが慌てるな。反応できる。カットぐらいならなんとか─────)

 

 

カクンッ!!

 

 

陳(な、に……っ? 何が起こって……)

 

 

(このスピードで、この回転で、この球威で縦に鋭く落ちたッ?!)

 

 

(ぐっ……! 当たれ……当たれっ!)

 

 

「当たれぇっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズッバァァァァアーーーンンンッッ!!

 

 

 

ワァアァアァアァァァァッッ!!

 

 

 

我妻「シャァアァアッッ!!」

 

 

 

 

陳(我妻にフォーク系の球は無かったはず……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここまで隠されていたのか……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

友希那「なに? 今のボールは……」

 

 

「打者の手元で縦に鋭く沈んだ……?」

 

 

 

蘭「フォークにしては速すぎるし、スプリットにしては落差がある……あんな軌道、見たことない」

 

 

 

黒服「……おそらく、ツーシームでしょう」

 

 

薫「つ、ツーシームかい? あの変化量で?」

 

 

日菜「ねぇねぇ、リサちー。つーしーむって何?」

 

 

リサ「え、えっとねー。ツーシームはね、普通のストレートと握る縫い目も違うからストレートよりノビずに手元でシュート気味に落ちて凡打を狙う球のことだよ」

 

 

日菜「へぇー。でも今投げたボールはギュルルルゥンッ☆ って感じでズゴォォォーンンッ! な球だったじゃん? スパッ! て感じの球じゃないよね?」

 

 

黒服「えぇ、本来ならば少し沈む程度で、極たまに空振りが取れる程度であそこまでの落差はございません」

 

 

「ですが、例外もございます」

 

 

つぐみ「れ、例外ですか?」

 

 

黒服「はい。例えば、現役でいうなら横浜DNAのストッパー、山咲投手が決め球としているのがツーシームですが、彼のツーシームは大きな落差を得ながら球速は殆どストレートと変わりません」

 

 

「軌道も途中まで直球と変わらず、日や調子によって、カット気味に落ちたりシュート気味に落ちたり、稀に直角に落ちたりするそうです」

 

 

「本人でさえ読めない軌道に、打者が戸惑わないわけがありません。

 

 

そして、矢来が投じた一球……

 

 

 

あれはジャイロ回転を与えることで、球威を維持したまま、縦変化のみではあるものの、とんでもない落差を生み出した矢来だけのオリジナルのツーシームであり、山咲投手とは似ても似つかぬオリジナル変化球……!」

 

 

「対左打者に弱い矢来が行き着いた、矢来だけの決め球! よもやこれほどとは……!」

 

 

巴「す、すごいな……」

 

 

ひまり「我妻君、そんなボールを隠し持ってたんだ」

 

 

黒服(そして、それをこの場面で投じさせた咲山大地の傲慢とも取れる強気なリード)

 

 

(普通、負ければ終わりの夏の大会で実戦経験のない球を使わせると判断するものか?)

 

 

(【大樹】・咲山大地……。はっきり言って、私は貴方が恐くなりました。

 

 

どうしたらそれほどに投手の限界以上の球を引き出すことができるのですか?

 

 

 

正直、成田様よりもバケモノですよ。貴方……)




今回出てきたフィクションの名称


横浜DNA→ 本家は本格派の左エースと日本の主砲が軸となり、勝ち星を挙げている今季 セ・リーグ 2位(現在時点)チーム。1位チームの背中は見えてい……る?

山咲投手→ 本家は今季 セ・リーグ セーブ王(現在時点)投手 30S 2位とは11S差。圧倒的っ!


お判りいただけましたか?


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認めて前進する

寝みぃ……


室池(陳が三打席連続三振? 見たことないぞモンスターめ)

 

 

近藤(というか、今の球なんだよ? 急激に縦に落ちたろ?)

 

 

宇都美「陳……先ほどの球はなんですか?」

 

 

陳「……正確にはわかりませんが、落ち方からフォーク系統で間違い無いと思います」

 

 

吉良(兄)「あれフォークか? フォークにしては速すぎだろ?」

 

 

吉良(弟)「だから陳はフォーク系統って言ってるだろう? 正確にはフォークじゃ無いよ。そうでしょ? 陳」

 

 

陳「あぁ、あれはフォークの落ち方だったが、それにしては速すぎる。

 

 

スプリットにしては落差が激しい。

 

 

高速チェンジアップのような回転でも無い。

 

 

球種の正体には皆目検討もつかんが、対左に弱いという弱点はもはや弱点ではなく、強みに変わった」

 

 

「我妻矢来。認めるしか無いようだ。貴様は俺たちが出会った中でも指折りの投手だとな」

 

 

不知火「で? 諦めんの?」

 

 

「八、九回表があるとはいえ、あの投手から打てるイメージの湧かない中での上位打線が三者連続三振。

 

 

状況は著しく無い」

 

 

 

陳「ふっ、愚問だな」

 

 

「諦める? 馬鹿を言え。試合を楽しむのはこれからだろ?」

 

 

「俺たちは常にチャレンジャー……。

 

大昔の栄光など、とうに捨てた身」

 

 

「たしかに相手は強大だ。けど、それが諦める道理にはならない。

 

 

 

そうだろ? 室池」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

室池「あぁ、初めから何もなかったチームだ」

 

 

「険しく危うい茨道を歩む決意をして、挫折して……それでもまた立ち上がって進んできた道程。

 

 

 

 

そう簡単に諦められるかよ」

 

 

 

室池「栄光と挫折を知った今、俺はオマエ等と甲子園に行くッ!」

 

 

「そのためにこんな都予選の三回戦なんかで止まってられねぇぞッ!! 行くぞォォォオォオオッ!!」

 

 

滝沼一丸『シャァアァァアァァアッッ!!』

 

 

 

 

 

七回裏 ワンナウト ランナー無し ノーストライクノーボール

 

 

大地「中々折れない不撓不屈の精神力……その胆力や、大変御見逸れしました。

 

 

過去の栄光によって、期待値の上がった貴方達が味わった苦心の味は、決して俺たちには計り知れないものだったでしょう。

 

 

だからこそ貴方達は強かった。

挫折を知ったからこそ、何者にも譲らぬ闘魂が備わっていた。

 

 

正直な話、戦ってみるまで見くびってました。

けど、貴方達は下馬評を物ともせずに立ち向かい、こうして善戦している。

此方もいつ負けてもおかしくはなかった。

 

 

そして俺たちの予想を上回る展開をも引き起こしてみせた─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────けれど、この舞台はここらで終焉にしましょうよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カッッッキィィィイィィイィイィィィィイーーーンンンッッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大地「脆いというのは、前言撤回します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

めちゃくちゃ手強かったです。滝沼高等学校さん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ボサッ……!!

 

 

 

 

 

 

 

陳「……」

 

 

 

不知火「……バケモンめ。インローの難しいスライダーを軽々スタンドインとか巫山戯んなよ」

 

 

 

「あんなの、どこに投げさせれば抑えれんだよッ!」

 

 

 

 

 

ワァァァァァァァァアァアァアァアッッ!!

 

 

 

観客「咲山大地! 本日2本目の本塁打で二戦連続のマルチ本塁打達成ッ!!」

 

 

観客「止まらない止められないッ!! 世代最強捕手の一発は、善戦していた滝沼へのトドメの一撃ッ!!」

 

 

観客「心をへし折るには十分過ぎる追加点ッ! ここまで好投の【精密機械】、最後の最後で力尽きたかっ!?」

 

 

観客「滝沼ベンチ、堪らず伝令を使ったな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

不知火「陳……」

 

 

 

 

室池「……今の一発は仕方ねぇ! 切り替えんぞッ!!」

 

 

吉良(兄)(とはいってもよぉ……)

 

 

安西(正直、この終盤で2点差は厳しいぞ)

 

 

吉良(弟)(勝ち越せるビジョンが浮かばない)

 

 

陳「く、くく……」

 

 

室池「っ! 陳?」

 

 

陳「くく、くくく……ッ! ふぅ……すまん、つい楽しくて笑いが溢れてしまった」

 

 

不知火「楽しい、か?」

 

 

陳「あぁ、最高だ……!」

 

 

「ここまで頭脳戦でやられたのは、アイツが初めてだからな。こう言う野球するために俺は日本に渡ってきたんだ」

 

 

室池「頭脳戦ってw 二発とも完璧な一発じゃんw」

 

 

世良(背番号18 1年 遊撃手 伝令)「ゴリゴリのパワープレーでしたよねw」

 

 

陳「ふぅ……だが、あの二本は完璧に配球が予まれた結果だ。それを受け止めよう。

 

 

そして、開き直ろう」

 

 

 

不知火「……もう大丈夫そうだな」

 

 

 

陳「あぁ、もう大丈夫だ。これでまた俺は戦える」

 

 

不知火「ならいい。次の5番も咲山の後を打つだけあって、かなりの打力の持ち主であることに間違いない。本塁打を打たれた後の初球は気をつけて入ろう」

 

 

(……なんだかんだ、相手投手と咲山に呑まれてたのは俺だったわけだ。

陳はとっくに割り切ってた)

 

 

(くそったれ……! 女房役として恥ずかしい限りだ)

 

 

安西「それで監督はなんて?」

 

 

世良「自分達のプレーを精一杯楽しんで倒してこいって言ってました。それと伝えることはそれだけです。とも言ってました」

 

 

陳「流石は監督だ。いいことを言う」

 

 

室池「同感だな」

 

 

吉良(弟)「この回はこれ以上の失点は無しね」

 

 

陳「当然だな。任せろ、点もランナーも出さん」

 

 

不知火「フラグ回収しそうで怖いわ」

 

 

陳「いやそれなら大丈夫だ。俺はよく室池からフラグブレイカーだなと言われている。だから安心しろ」

 

 

不知火「違う意味で安心できねー」

 

 

室池「俺はそう言う意味で言ったわけじゃねぇんだよ!」

 

 

陳「ん? なら、どう言う意味で─────」

 

 

世良「あのぉ……話長すぎませんか?」

 

 

吉良(兄)「世良ちゃん、気なんて使わなくていいぞ! こう言う時は思いっきり耳元で『モテ期死ねッ』て、心の赴くままに叫んでやれば黙りコケるからやってみ?」

 

 

世良「え、えぇ……?」

 

 

吉良(弟)「自分の妬みを後輩に言わせようとして困らせるんじゃないよ。世良ちゃんは戻っていいよ。監督には了解って伝えといてくれると助かるよ」

 

 

 

 

 

大地(今の一発でケリをつけたつもりだったんだが、諦めムードどころか、余計に相手を奮い立たせちまっただけの逆効果だったか?)

 

 

(……俺以外を完全に封じ込めているだけに、ピッチングのテンポは変わらずハイテンポで四隅に散らしてくる好投手であることに違いない)

 

 

(相性的な問題で、俺は打ててるけど他の人には厳しいだろうな。これ以上の得点は無いものとしてリードを組み立てたほうが賢明か)

 

 

由美(感覚派の多いウチの打線にとって理論的で幅広いクレバーな投手は天敵同然)

 

 

(大地は捕手の配球を予むのに長けてるけれど、他の人はそうじゃない)

 

 

 

スッパァァァーーーンンッッ!!

 

 

帯刀「ぐっ……(ここでインスラ。当たる軌道から、最後ゾーンに入って行きやがった)」

 

 

(でも追い込まれただけ! まだ三振したわけじゃないッ! 打ってやるぞオラァッ!)

 

 

ビュゴォォォォ……!

 

 

帯刀(っ! さっきと同じインスラっ!? けどさっきより外寄り! 十分に振り切れる!)

 

 

不知火「それは残像だ。存分に味わえよ」

 

 

陳「これでツーアウトだ」

 

 

ズッバァァァアーーンンッッ!!

 

 

ブォォオンッ!!

 

 

帯刀「しまっ……(インコースのボール球にストレートッ! さっきのスライダーを活かされた!)」

 

 

審判「スゥィングアウッ!」

 

 

 

片矢(大した投手だ。あの展開から完全に立ち直ったか)

 

 

(哲をライトフライに打ち取った後の咲山ソロホームランで得た筈のこちらにあったアドバンテージを意に返さず、帯刀を三球三振)

 

 

(さらにインコース攻めの意識は次の打者に植え付けられ─────)

 

 

 

村井(来たっ! 初球インコースッ!)

 

 

陳「これで終いだ」

 

 

ククッ!

 

 

ガギィンッ!!

 

 

村井「ウガッ!? (手元で小さく沈んだ?! ここでツーシームッ)」

 

 

片矢(─────簡単に打ち取られる)

 

 

 

不知火「ショートッ! 相手さん、ガタイの割に速いぞ」

 

 

村井「ウガァッ! (せめてセーフにッ!)」

 

吉良(兄)「おーけー! (たしかにそこそこ速いけど、俺の守備には敵わねーよッ)」

 

 

(足を使って速い球足に対応し、捕ってから素早く丁寧に送球動作へ入る。

そして、送球自体はワンバウンドになってもいいぐらいの気持ちで低く速いボールを心がけて投げるッ)

 

 

(これが常に出来れば、ランナーがそう簡単にセーフになるなんてことはない! アウトをより稼ぎやすくなる!

 

 

俺たちはずっとそれが出来るように訓練してきた。

 

 

だから陳。俺たちはオマエが打たれた後、背後に気を取られないようにしてやる!

 

 

俺たちがオマエを本物のエースにしてやるよっ!

 

 

けど俺たちはまだオマエを本物のエースにしてやれてない。

 

 

だから一緒に夢の舞台に行こうぜ! 甲子園に行って、俺たちの真の価値を指し示して、そんでオマエを世間から認めさせてやるっ! それまでは俺たちが守り切ってみせるッ! それが、俺たちに与えられた役割ってもんだろうがっ!

 

 

ここでアウトに出来ずに、いつアウトにするっていうんだッ!

 

 

大層な夢物語を嘘っぱちにしないためにも、俺はここで守り切ってみせるッ!)

 

 

シュッ……!!

バシッ!

 

 

安西「ナイスローッ!!」

 

 

村井「うぐっ……」

 

 

塁審「ヒィズアウトォオオッ!!」

 

 

陳「ラァアァァアッッ!!」

 

 

 

観客「【精密機械】が吼えたッ!!」

 

 

観客「咲山に打たれた後はきっちり二人で打ち取って、八回の攻撃に繋げたッ! 絶望的な展開を予測していただけに、この投球は羽丘のイケイケムードを潰すのに十分な効力を発揮したぞ!」

 

 

観客「これはもしかすればもしかするんじゃねぇかぁ!?」

 

 

観客「やっちまえぇ! 羽丘を喰っちまえぇ!!」

 

 

観客「そうだそうだっ! ここまで来たら勝っちまえよ!」

 

 

 

ひまり「な、なに? この球場に広がってる異様な空気……なんか嫌な感じがする」

 

蘭「……観客がジャイアントキリングを期待し始めたからだね」

 

リサ「……時々心無い野次も飛んできたりするアレだよね? 高校生相手に容赦なさ過ぎだよね」

 

友希那「けど上でスポーツをやっていく以上、必ずと言っていいほど体験する筈よ。この程度の苦難を乗り越えない限り、頂点なんて目指せないわよ」

 

あこ「わ、我にかかれば造作も無いぃぃ……」

 

巴「……あこ、無理しなくていいんだぞ?」

 

つぐみ「けどこの状態で我妻君は自分の投球を貫けるかな? ただでさえ大記録目前で相当なプレッシャーがかかってるはずなのに……」

 

 

黒服「大丈夫ですよ。なんの問題もありません」

 

 

友希那「断言するのね」

 

 

黒服「当然です。野次や完全試合程度の記録で彼が竦んで自分の投球を見失うことなどまずあり得ません。それは言い切れます」

 

 

 

 

「というかこんなことで崩れるようなヤワな投手じゃないでしょう? 矢来は……」

 

 

リサ「く、黒服さんは矢来に対して全幅の信頼を置いているみたいですけど、何か根拠みたいなものがあるんですか?

もしあるなら教えて欲しいんですけど……」

 

 

黒服「ありませんよ? 根拠なんて」

 

 

全員『無いのっ!?』

 

 

黒服「そこまで驚かれても困るのですが、逆にそんな可笑しな事ですかね?」

 

麻弥「可笑しいというか、そこまで断言するなら普通は何かしらの根拠があって当然だと思ったんですけど……」

 

 

黒服「たしかに根拠はありません。けど確信はあります」

 

 

「矢来なら全てを力に変えて更なる高みへと向かってくれるだろうという確信が─────」

 

 

 

 

 

 

 

近藤「安西さんッ! 行けますよッ! 球種絞っていきましょう!!」

 

 

吉良(兄)「さぁ! 滝沼のアニキの名にふさわしい打撃をそろそろ披露する場面だぞッ! アンちゃん! 打ってくれよぉ!」

 

 

勝俣「安西っ! 自分のスイングを見失わずにしっかり振り抜けッ!」

 

 

安西(陳と俺たちで繋いだ希望……無駄にするわけにはいかない!)

 

 

 

観客「さぁ! 打線は4番からっ! 試合はここからだぞっ!!」

 

 

観客「所詮は一年投手だッ!! 打ちかませぇえぇええぇっ!」

 

 

笠元「矢来ッ! 観衆の野次なんて無視しときや! あんなん間に受け取っとたら埒があかんぞッ!(とはいったものの、俺が呑まれて身体が膠着しそうや)」

 

 

舘本「……一つずつ行こう(観客、煩い……)」

 

 

田中(これが完全なアウェー感。とんでもない圧力だな)

 

 

大地(ここまであからさまだと、逆に感心するな)

 

 

(普段なら投手に声をかけにいく場面だが、今日の我妻に限ってなら大丈夫そうだ。今も顔つきは全く変わってない)

 

 

(安定した呼気に、視線も真っ直ぐ。投球練習を見ている限り身体の硬直もない)

 

 

(極限の集中状態……【ゾーン】をこの終盤に来てまで維持できてるのは偏に矢来の【感情】のお陰だろう)

 

 

安西(おしっ! 打つ! 浮き足立っている今のうちに叩いてやる!)

 

 

大地(初球、アウトコース高めからストライクからボールになるスライダー)

 

 

我妻(おけ)

 

 

ビュゴォォォォオォオオ……ッ!!

 

 

カクッ!

 

 

ブォォオオンンッッ!!

 

 

ズッバァァァァァァアーーーンンンッ!!

 

 

安西「な、んだと……?」

 

 

(お前、この雰囲気で浮き足立つどころか、スライダーのキレが増して……!?)

 

 

 

大地(何を想い、何を考え、何を描き、何を全うするのか……)

 

 

(それらは誰かに教えを請うて導き出されるものではない。

 

 

教示だけで得られる答えなら、人生にそもそも必要無い。

 

 

自分の意志で紡いで、歩んで、止まって……

 

 

そして躓いて、転んでを経験して漸く解答権を与えられてこそ、真価を得られる)

 

 

ブォォオンンッッ!!

 

カクッ!

 

ズッバァァァァァァアーーーンンンッッ!!

 

 

 

安西(二球続けて、ストライクコースから外れていくスライダー……ッ!

それを全く動じずに投げ込んできやがる……

なんなんだ、コイツ!?)

 

 

大地(価値無き答えを良しとせず、けれどそれ故に他者から受けた苦行は数知れず……

不明瞭な視界で目先にある泥沼に気付かぬまま、無様にも落ちたこともあった─────)

 

 

安西(……オマエ、アウェーなんだろ? 周りからの野次を一身に集めてんだろ?

だったら少しは動揺しろよ!)

 

 

(こっちは恥を忍んで弱みにつけ入ろうとしてまで勝ちに来てるんだ!

それでもオマエが動揺しねぇと意味をなさねぇ!)

 

 

大地(─────それでも矢来は自ら険しい道程を選び、突き進んできた)

 

 

(認めてくれる存在は少数……

けれど少なくとも矢来を許容してくれる人がいる。

その事実がアイツを突き動かす)

 

 

(きっと誰よりも大切にしたい、かけがえのない人と出会えたんだろう?)

 

 

(そして始めて矢来は一つの答えを得た。

それはすごく単純で、すごく難解な答案……)

 

 

ビュゴォォォォオォオオ……ッッ!!

 

 

安西(っ! アウトコース低め! スライダーか!)

 

 

(ふざけんなっ! 三つ同じところに手を出すわけねぇだろうが! 舐めんなよ!)

 

 

大地(答えは、矢来が『我妻矢来』自身を認めること)

 

 

ズッバァァァァァァアァァアァァアーーーンンンッッ!!

 

 

安西「っ!? (ここで遊び球抜きのアウトコースストレートッ!?)」

 

 

審判「ットライーク! バッタアウトォオオッッ!!」

 

 

我妻「ッラァアァァアーー!!」

 

 

大地(自分を認めて前進する……。

言葉にするのは簡単だけど、実行するのは容易じゃない。

 

 

それでもコイツは諍い、乗り越え、進化した。

 

 

そういうプレイヤーは強く、どこまでも高く飛翔できる)

 

 

(いい投手になったな……)

 

 

(オマエたちとなら、どこまでも上を目指せそうだ)




なぜか疲労困憊


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俺たちはこんな凄い奴に─────

滝沼戦! 完結ッ!!


ズッバァァァァァァアァァアァァアーーーンンンッッ!!

 

 

審判「スウィングアウッ!」

 

 

吉良(弟)「う、そ……っ」

 

 

(最後、ど真ん中だと思って振ったら高めの釣り球……)

 

 

(本気で浮き上がってるんじゃないかって疑ってしまうレベルだよ)

 

 

(そのノビははっきり言って異常でしょ……)

 

 

陳(選球眼に長けている元希が明らかな高めのストレートに手を出して空振り三振……)

 

 

(序盤から中盤に投げていたストレートとは全く別物だな。ということは、終盤まで力を温存してあの投球内容だったということか)

 

 

(こっちは初回からギア全開だというのに……ったく、末恐ろしい一年坊だ)

 

 

 

結城「ナイスピッチだッ! 我妻!」

 

 

帯刀「我妻ぁ! オマエサイコーだぁあ!!」

 

 

田中「ナイスピッチ!」

 

 

笠元「ナイピーやぞ! 矢来ッ!」

 

 

我妻「アザースッ!!」

 

 

空(もはや……)

 

 

雪村(ブルペンでの投球……)

 

 

吉村(やめて……)

 

 

我妻を除く羽丘投手陣(((ベンチで声出し応援してますッ!)))

 

 

片矢「……我妻の球数は?」

 

 

由美「八回終わって102球です。四死球0ですし、テンポも悪くありませんね」

 

 

大地(悪くはねぇけど、やっぱり球威を上げるとちょっとばかし制球が甘くなるのは直ってないな……)

 

 

(最終回、相手はもっと躍起になって点を奪いにくる)

 

 

(それこそデッドボール覚悟のインコース封じなんかやられると、一つのコントロールミスが流れを変えかねない)

 

 

(特にこの観衆による圧倒的アウェー感の中なら尚更だ。

 

 

矢来に任せるか、それとも他の投手に継投か……。

 

 

この大記録をより意識してるのは、本人や選手たちよりも、もしかすれば監督かもな)

 

 

 

ズッバァァァァーーンンッッ!!

 

 

田中「う……」

 

 

(これは入った、か……?)

 

 

 

審判「……ットライーク! バッターアウトォオオッ!!」

 

 

陳・不知火「「シャァアッ!」」

 

 

 

観客「【精密機械】の異名に相応しい最大武器である制球力が火を吹いたぁ!」

 

 

観客「最後はアウトロースレスレの一球で見逃し三振ッ!! 今のは流石に打てねぇな!!」

 

 

観客「さぁ! この守備の勢いのまま最終回の攻撃に繋げようぜッ!!」

 

 

観客「そういえば、次の打者って何番から?」

 

 

観客「え? 7番立野からだろ? 確か……」

 

 

観客「……最終回で7番が先頭打者って、おいおい今日の我妻から三人もランナー出したか?」

 

 

観客「あれ? そもそも今日の試合で滝沼高等学校からランナー出てたか?」

 

 

観客「「「……まさか?」」」

 

 

 

 

アナウンス『羽丘高等学校 シートの変更をお知らせします。

 

 

レフトの帯刀君に代わり、垣見君がレフトに入り、サードの村井君に変わって金田君がファースト、ファーストの結城君がサードに入ります』

 

 

 

『4番 サード 結城君、5番 レフト 垣見君、6番 ファースト 金田君。以上になります』

 

 

友希那「やはりバッテリーは変えず、守備固め……。完全に記録を意識した陣形を整えてきたわね」

 

 

リサ「うん。でもこれが矢来のプレッシャーに変わらないといいけどね」

 

 

蘭「この回を抑えれば、ウチの勝ち。我妻、いつも通りでいいよ」

 

 

モカ「いつも通りできればね〜」

 

 

 

 

 

 

 

 

立野(当てる当てる当てる……)

 

 

近藤「タチさんッ!! 頼むッ!! 塁に出てくださいッ!!」

 

 

吉良(兄)「タチィイィイ!! 塁に出れば何か変わるぞッ!! 俺らの分まで頼んだぞォオッ!!」

 

不知火「打ってくれタチィイ!!」

 

 

立野「打つんだ。絶対……こんなところで陳のピッチングを終わらせるわけには……!」

 

 

大地(やっぱりデッドボール覚悟のインコース封じか。これだけベース寄りに立たれると、アウトコースにも簡単には投げ込めない)

 

 

(普通ならな)

 

 

我妻(どんな小細工を擁したところで、俺の球がそう簡単に打たれてたまるかよッ!)

 

 

立野「っ!!」

 

 

ズッバァァァァァァアァァアーーーンンンッッ!!

 

 

審判「ットライーク! ワンストライクノーボールッ!!」

 

 

立野(コイツ……。最終回でも球威が……というか、ギアが数段上がって─────)

 

 

ビュゴォォォォオォオオ……ッ!!

 

 

立野(─────言ってるそばからデッドボールコースッ!! これにぶつかれば……)

 

 

ククッ!

 

 

ズッバァァァァーーンンッッ!

 

 

立野「ふ、フロントドア……だ、と……」

 

(このベース寄りに立った打席にもかかわらず、御構い無しのリスクボールを投げ込んできた……)

 

 

大地(ナイスボール)

 

 

我妻(おうよ)

 

 

立野(このバッテリー、どんな神経してやがる)

 

 

(せめてセーフティで揺さぶりをかけるしか方法がねぇ。けどやってみる価値は─────)

 

 

スッ……。

 

 

笠元「セーフティ!!」

 

 

結城「くっ!?」

 

 

金田「マジかよッ!」

 

 

立野(よし! サードとファーストの反応が遅れたッ! いけるっ!!)

 

 

大地(手も足も出ない相手に対しての奇襲セーフティバント。窮地に追いやられた打者の典型的な策略だな。けどツーストライクと追い込まれてからそれに挑む胆力は認めてやるよ)

 

 

(胆力は認めるが、それだけで決められるほど野球は簡単じゃないけどな)

 

 

ククッ!!

 

 

立野(なっ!? 外に逃げるスライダーッ!? ヤベェッ! 当てろッ! 当たれぇええ!!)

 

 

ガギャンンッッ……!

 

 

コロコロ……。

 

 

審判「ファールッ! バッタアウトォオオッ!!」

 

 

我妻「シャアッ! ワンナウトォッ!!」

 

 

立野「くそ……。クソクソッ!!」

 

 

「すまねぇ……。みんな……」

 

 

「なんも歯が立たなかった……」

 

 

 

不知火「まだだっ! まだ負けてねぇッ!! 諦めてたまるかッ! 塁に出ればまだチャンスはあるんだ!」

 

 

「迷わず振り抜けばなんか起き─────」

 

 

 

我妻「─────ねぇよ」

 

 

ズッバァァァァァァアァァアーーーンンンッッ!!

 

 

審判「ットライークッ! ワンストライクノーボールッ!!」

 

 

大地(コイツもインコース封じの構えで来たか。作戦が一辺倒ってのはそれだけ対処も楽だ)

 

 

(コイツからもサクッとアウトを稼ごう)

 

 

ズッバァァァァァァアァァアァァアーーーンンンッッ!!

 

 

不知火(なんだよ、このストレート……なんなんだよ、この全てを呑み込もうとする球道は!?)

 

 

ビュゴォォォォオォオオ……ッ!!

 

 

(コイツのストレートはここから一気に加速して更に浮き上がってくるッ! それを合わせれば……!?)

 

 

ズッバァァァァァァアァァアァァアァァアーーーンンンッッ!!

 

 

ブォォンッッ!!

 

 

審判「ットライークッ!! ツーストライクノーボールッ!!」

 

 

不知火(さっきよりもスピードが上がって……!? 投げるたびに球威が増してきてるっ!?)

 

 

(相手はプロじゃねぇんだぞッ!? ストレート狙ってストレートが当たらないなんて、そんなバカな話があるわけ─────)

 

 

ズッバァァァアァァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンンッッッッ!!!!

 

 

不知火(え……?)

 

 

大地(痛……ッ)

 

 

審判「ットラクアウトォオォオオッッ!!」

 

 

不知火(最後のアウトハイ……見えなかった。

 

 

コイツのストレート、本物だ……)

 

 

 

黒服(スピードだけじゃない。私は途中からしか見ていないが、今日の矢来は制球力が高い)

 

 

由美(全108球中ストライクは83球という数字から分かるように、打者を相手にしてカウント有利に進められているのが究極のピッチングの主因)

 

 

片矢(そしてバッテリー間での息の合った投球に打者は必ず呑まれ、捩伏せられる)

 

 

滝沼生徒「勝俣ぁ! 頼むッ!! どうにかして室池に繋いでくれッ!!」

 

 

羽丘生徒「我妻ぁ! あと一人で完全試合だッ!! ここまできたらやっちまえよぉ!」

 

 

勝俣「ここまで好投してきた陳の投球を無駄にしてたまるか……! 必ず繋いでみせる」

 

 

我妻「あともう一踏ん張りだっ! 捩伏せてやる!」

 

 

 

友希那(パーフェクト達成まで、あと一人……)

 

 

「さぁ、貴方の本領を発揮する絶好の機会よ。世代最強捕手の名に恥じぬ能力を、私達に見せてちょうだい……大地」

 

 

 

 

大地(できないことに気を取られずに、

できることをやりなさい。

 

ジョン・ウッデン)

 

 

(あと一人を打ち取ることに全神経を注ぐのは構わない。けど優先順位の履き違えだけはしないことだ)

 

 

(最終的な目的は“勝つ”こと。完全試合は付属の記録に過ぎない)

 

 

(空なんかは簡単にやってのけてみせたが、あれは特別調子のいい日が続いたり、相手が絶不調or中堅クラスのチームだったからだ)

 

 

(矢来は、矢来。それを知ったから今のオマエがいんだろ?)

 

 

 

我妻(考えることはただ一つ。勝利のために相手を打ち取ること)

 

 

(そのために、この打者を抑える)

 

 

(次のバッターからは上位打線。ここまでは完璧に抑えてるけど、何が起こるかわからない。死に物狂いで点を取りにくるなら尚更だ)

 

 

大地(丁寧に行くのは構わない。だが慎重になり過ぎてカウントを悪くするのは論外だ)

 

 

(俺がテメェに求める理想像は、スピード、ムービング+コントロールの精度)

 

 

(大胆かつ緻密なピッチング。相手を捩伏せ、相手を屈服させる。無慈悲な投手)

 

 

シュッ!

 

 

勝俣(っ!?)

 

 

スッパァァアーーーンッ!!

 

 

勝俣(初球からスローカーブだと? 最後の最後で配球を変えてきた?!)

 

 

我妻(成田と雪村先輩……あと、吉村先輩。あの人たちの成長具合に常に置いていかれている気分になった)

 

 

(諦めを覚えたのも数知れず、失った希望も取り返せなかった)

 

 

ズッバァァァァァァアァァアァァアーーーンンンッッ!!

 

 

審判「ボールッ!! ワンストライクワンボールッ!!」

 

 

勝俣(インロー僅かに外れてボール……助かった。今のが入ってたら厳しかったぞ)

 

 

(このバケモノも所詮は人間だ。九回を一人で、しかも100球を超えて疲れがないはず無い)

 

 

(甘い球は必ず来るッ!)

 

 

 

ビュゴォォォォオォオオ……ッッ!!

 

 

勝俣(言ってるそばから真ん中のストレートッ!)

 

 

カクンッ!!

 

 

勝俣(っ!? 急激に沈んで─────ッ!?)

 

 

ブォォンッッ!!

 

 

ズッバァァァアーーーンンンッッ!!

 

 

審判「スウィングッ!! ツーストライクワンボールッ!!」

 

 

(これが例のフォーク系統の球……ッ! 途中までストレートにしか見えない軌道から一気に落ちてくるッ)

 

 

(こんなの見分けようが無いぞ……ッ!?)

 

 

 

大地(投手の疲労を考慮して打席に立ってるやつには真ん中から落としてやるのがミソ。甘い球には手を出しやすいからな)

 

 

(けどそれもオマエが実行してくれてなんぼだ。

 

 

さぁ決めるぞ! 矢来ッ!

 

 

最後は渾身のストレートをここにッ!!

最高の球を胸元に投げ込めッ!)

 

 

 

陳「勝俣ァァアッ!! 打ってくれぇええ!!」

 

 

勝俣(陳……。俺らがここまで野球をやってこれたのは、オマエがエースだったからだ)

 

 

(オマエは誰よりも真っ直ぐでストイックで、誰よりも野球に紳士的だった)

 

 

(不作の年だと言われた俺らが去年の夏や秋で勝ち進めたのだってオマエが投げ抜いてくれたおかげだ)

 

 

(だから感謝しても仕切れない恩を、ここで少しでも返せるのなら……)

 

 

(こい、モンスター。どんな球であろうとも食らいついてみせる。死に物狂いで塁に出てやる)

 

 

(塁に出れば室池が引導を渡してくれる。そうなれば俺らのエースが耐え凌ぎ、逆転のチャンスが巡ってくる)

 

 

(オマエらの思い通りになど、させてたまるかッ)

 

 

 

我妻(思い通りにならないことなんて、少し前から知ってたさ)

 

 

(【神童】の成田空と常日頃比べられて、挫折を知って、へこたれて……)

 

 

(正直、何度止めようと思ったか……。それでも俺がこのマウンドに立てているのは、周りの支えがあったから。花音さんがいたから)

 

 

(俺は少しでも成長できただろうか?

 

 

俺は少しでも成田達に近づけただろうか?

 

 

俺は少しでも大地に認めてもらえただろうか?

 

 

俺は少しでも花音さんに恩返しが出来ただろうか? 今なら楽しくマウンドで輝く俺の姿を見せられるだろうか?)

 

 

(それらはまだ分からない。けど─────)

 

 

ビュゴォォォォオォオオ……ッッ!!

 

 

勝俣(インコース高め直球!! 打てるッ!! 反応もできるッ!! 弾けッ!! 陳と俺らの未来を乗せて、ボールを捉えろッ!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズッッッ────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────バァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンンッッッッ!!!!

 

 

 

審判「スウィングアウトォオオッ!! ゲームセットッ!!」

 

 

 

 

我妻(─────俺がやってきたことは、決して……決して! 無駄ではなかった!)

 

 

 

結城「完璧だっ! 我妻ぁぁ!!」

 

 

笠元「完全試合やでッ!! やるやんけー!!」

 

 

金田「矢来ぃぃい!! オマエ、サイコーだァァァァァアッ!!」

 

 

我妻「うぉおっ!? ちょっ!? 急に飛びかかってこないで─────ぎゃああッ!!」

 

 

由美(あの人たちはなにしてんのよ……)

 

 

ワァアァァァァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアッッ!!

 

 

 

観客「羽丘高等学校っ! 背番号11 我妻矢来ッ!! 古豪・滝沼高等学校を相手に完全試合達成ッ!!」

 

 

観客「被安打0 四死球0 エラーも無し! そして奪三振数は驚異の24個!! 完璧な投球内容で最後はストレートで締めたッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

勝俣(……捉えれなかった。わかってたのに、反応もできたのに、バットに掠りもしなかった)

 

 

 

「……っ! グゾッ……くっ…………ぅぅぁ……ッ!!」

 

 

「す、ま……ねぇ………ッ! すま、ん………ッ!!」

 

 

 

室池「……整列だ。最後は真っ直ぐ前を向いて挨拶に行こう」

 

 

吉良(兄)「うぅ……ぐ、すっ……ムロちゃんだって、前、向けてねぇ、よ……ぁぁ、ぅ、く……ッ!」

 

 

 

陳「……(終わった、か)」

 

 

(最後は完全試合を決められて終わった高校野球……けれど、後悔はない)

 

 

陳「胸を張って並ぼう。俺らは俺ららしい野球が出来た。誰が何と言おうとも、それは俺たちの誇りにすればいい」

 

 

「行こう。そして俺たちに勝った羽丘を称えよう」

 

 

 

審判「礼ッ!」

 

 

選手一同『ありがとうございましたッ!!』

 

 

室池「ぅ、ぐっ……ぁ、……ぐ、す…………お、れらの……分まで、勝ってくれッ! そんで、甲子園の切符を……つ、かんでくれぇ! 頼んだ、ぞ……ッ!!」

 

 

結城「っ! はい! 必ず掴み取ってみせますッ!」

 

 

 

陳「我妻矢来、咲山大地……」

 

 

大地「はい」

 

 

矢来「え? な、なんですか?」

 

 

 

陳「今日は完璧にやられた。完敗だ。二発の本塁打に、三打席連続三振を喫したのは、オマエ達が初めてだ」

 

 

「悔しいが認めてやる。オマエ達は俺たちより強かった。それだけだ……」

 

 

「……次も頑張れよ」

 

 

 

我妻「陳さん!」

 

 

陳「? なんだ?」

 

 

 

我妻「……()()()()一緒に投げあいましょうッ!! そんで今度も勝って、貴方に完全勝利してみせますッ!!」

 

 

陳「っ!?」

 

 

大地(我妻、オマエ……)

 

 

(陳の事情を知っててもそんな言葉をかけられるんだな。

ほんと、強いな)

 

 

 

陳(コイツ、俺の事情を知らないのか? 俺はもう……)

 

 

(いや、コイツは知っているのか? 知っているが敢えてそんな言葉を掛けてくれたのか? だとすればとんだお人好しだな)

 

 

(そうか……)

 

 

「ふん、次は負けん。首を洗って待ってるがいい」

 

 

(……俺たちはこんな凄い奴に負けたんだな)

 

 

(くそ、通りで強いわけだ……。完敗だ)

 

 

 

滝沼|000 000 000|0

羽丘|000 010 01×|2

備考:羽丘高等学校 背番号11 我妻矢来 被安打0、四死球0、自チームエラー0、24奪三振の完全試合達成!

 

同校 背番号2 咲山大地 3打数2安打2HR 2打点

 

滝沼高等学校 背番号1 陳勝宗 被安打3、四死球1、自チームエラー0、11奪三振の完投

 

 




漸く滝沼戦が終わった……!
長かったー!!


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高揚

起きた瞬間に足がつる悲しみ……


試合後ミーティング

 

 

 

片矢「……今日の試合、負けていてもおかしくはなかった」

 

 

 

「なぁ? こんな試合を展開しておいて、本当に甲子園に行けると思ってるのか?」

 

 

チーム一同『……』

 

 

片矢「黙るな。答えろ。なぁ! キャプテンッ!! こんなワンサイドに頼り切った戦いを続けて都大会を勝ち続けられるのか答えろッ!」

 

 

結城「……どだい無理な話だと思います」

 

 

 

片矢「だろうな。今日の試合で評価できるのは我妻の完全試合と咲山の二本の本塁打、それと秋野のファインプレーだけ。あとは軒並み最低だな」

 

 

「1、2番は初打席で対峙して、そのあと対策の一つでも立てて二打席目以降に入ったか? 入ってなかったな」

 

 

「好投手を攻略するにあたって必要なのは機動力とバント。それをわかっていながら、貴様達は独り善がりのバッティングでチームの足を引っ張った。その自覚を持て!」

 

 

秋野・舘本『はいっ!』

 

 

片矢「積極性と早打ちを履き違えて、相手の術中に嵌り、本塁打で乱したリズムを再度刻ませてしまった5、6番! もっと状況を見て打席に立てッ!」

 

 

「これからは咲山が要警戒されて歩かされる場面も増えることだろう。そうなってくれば試合を決めるのはオマエ達だ。もっと状況にあったバッティングを心がけるようにしろッ!」

 

 

帯刀・村井『はいっ!』

 

 

片矢「田中、冷静さと無策は別物だと知れッ! 初球を見るのは構わないが、球道を確かめた初打席とは違って、二打席目以降は目が慣れているにもかかわらず簡単に見逃したな」

 

 

「そこに気づいた相手捕手が敢えて真ん中を要求させ、陳に投げさせてカウントを稼がれて不利な状況に追いやられたはずだッ! もっと自分のストライクゾーンを意識してバットを振れッ!」

 

 

田中「はいっ!」

 

 

片矢「笠元、たしかにオマエの守備は一級品かもしれん。だが丁寧さに欠けるぞッ!」

 

 

「今日は我妻が初回から奪三振を量産していたから、打球は飛んでこなかったが、それでも集中力を欠かさず、足を常に動かしておくのは守備の要として当然の義務だろッ! もっと自分を見直せッ」

 

 

笠元「はいっ!!」

 

 

片矢「咲山、打撃に関しては言うことなしだが、守備面での細やかなミスは少々あった」

 

 

「正捕手ってのは代えが無い。大味な配球で打ち取ったことに満足するな。

俺がオマエに求めている捕手像にはまだ届いてないぞ。

そこに座る以上、学年は関係ない。捕手として成長してみせろッ!!」

 

 

大地「はいっ!」

 

 

片矢「哲、オマエはこのチームの何だ?

主将で柱だろ?」

 

 

「今日の試合で、オマエはチームの柱として何ができた? いや、何もできていないよな?」

 

 

「三打席無安打。不幸なアウトがあったのも事実だが、それでもこれがプロ注目候補の打撃だとは誰も思わないだろうな」

 

 

「誰よりもバットを振っているのは知っているし評価もしているが、己のスイングを全うできない打線の柱はないも当然だ」

 

 

「結果を出してくれ、とはいわん。だが結果を残せ。

それがチームの柱であるオマエの最低限の仕事だろう? 努力が無駄ではないことをしっかりと世間に思い知らせろッ!」

 

 

結城「ハイッッ!!」

 

 

片矢「そして我妻……」

 

 

「結果は出た。だがようやく一歩目を踏み出せたことに自覚があるな?」

 

 

我妻「はい」

 

 

「自分は今日初めて投手になれました。けどそれだけです。完全試合、たしかに嬉しくないわけではありませんが、それだけです」

 

 

「まだ何一つ本懐を遂げていない。俺はもっと上へ行けます」

 

 

「終盤、疲れがきてコントロールが甘くなったのも自覚してますし、天狗になるつもりは全くありません」

 

 

(俺はもう迷わない)

 

 

片矢「……わかっているならいい。次も期待しているぞ」

 

 

我妻「っ! はいっ!」

 

 

片矢「レギュラーメンバーだけではないッ! ベンチワーク含め、猛省すべき点はいくつもある」

 

 

「次の相手は全員知っての通り恐らく、花咲川になるだろう」

 

 

「そう、球技大会のデモンストレーションで俺たちがコテンパンにやられた花咲川だ」

 

 

咲山(……あの時の試合か。俺は怪我でベンチ、空もイップスの影響で登板を回避してたとはいえ、矢来が打ち込まれてた印象があった。たしかにアレはボコボコだったな)

 

 

(結果は4-2で点差がついてないように見えるが、試合内容に差があったのは明確だった)

 

 

(七回まで無安打無失点に抑え込まれ、虎金さんと変わった曽根山から終盤で2点を取って追いつくも、4回からのロングリリーフで珍しく好投していた吉村先輩が突然の乱調で、最終回に突き放されてそのままゲームセット)

 

 

(虎金さんからは結局一本もヒットを打てずじまいな上に、主砲の澤野さんにも一発浴びせられた)

 

 

(まさに主軸二人に完膚無きまでに叩き潰されたのが、以前の結果。意識しないわけがない)

 

 

片矢「慢心などしてみろ。簡単に足元を掬われて、前回と変わらない結果になるのは目に見えている」

 

 

「今日の反省を必ず活かせ。落ちるところまで落ちたなら、尚更な」

 

 

チーム一同『はいっ!』

 

 

片矢「よし。では今から花咲川の試合をベンチ入りしている全員で見る。ベンチメンバー以外の者は任意だ。帰って練習をするなり帰宅したりする者達は付き添いの城山先生の指示に付き従って帰ること。一人勝手に帰ることは許さん」

 

 

「報告は以上だ。ここで一時解散にする。挨拶っ!」

 

 

チーム一同『ありがとうございましたッ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

香山(花咲川高等学校 背番号20 1年 外野手)「主将。羽丘と滝沼の試合が今さっき終わりました」

 

 

澤野(花咲川高等学校 背番号2 3年主将 捕手)「そうか。それで結果はどうなった?」

 

 

香山「2対0で羽丘が勝ちました。先発だった我妻が9回を投げ切って完全試合達成です」

 

 

坂山(花咲川高等学校 背番号4 3年 二塁手)「へぇ、あの時の見分けが楽なシュート使いが滝沼相手に完全試合達成したの? 多少はマシになったか」

 

 

伊達(花咲川高等学校 背番号7 2年 左翼手)「とかいってますけど、坂山先輩ってこの前の試合で我妻から一本もヒット打ってませんよね? そんな人が上から目線で物言うのはやめといたほうがいいかと思いますよ」

 

 

坂山「それは言わないお約束だッ! てか先輩相手なんだからもうちょい気を使えよぉ!」

 

 

 

高山(花咲川高等学校 背番号5 2年 三塁手)「はは、たしかに我妻は凄いですけど、今は目前の敵に集中しましょうよ」

 

 

木ノ下(花咲川高等学校 背番号6 2年 遊撃手)「そうだーそうだー!」

 

 

笹野(花咲川高等学校 背番号13 3年 一塁手)「俺、久々のスタメンなんだよ。なんでも次戦も使う可能性があるからそれの最終チェックだってさ」

 

 

司永(花咲川高等学校 背番号15 3年 右翼手)「あ、それ俺も言われた」

 

 

紀伊山(花咲川高等学校 背番号18 1年 投手)「左打者の笹野先輩に、右打者なのに右投手に異様に強い司永先輩の起用ってことは我妻・雪村対策ですかね?」

 

 

幽ノ沢(花咲川高等学校 背番号8 2年 中堅手)「そうじゃねぇの? エースの成田は温存もできるし、初戦の感じだとまだコントロールにムラがあるから制球力が安定した我妻か雪村をウチ相手に使いたいんじゃないか?」

 

 

澤野「……ま、監督の采配が気になるのはわかるが、まだ俺たちが勝ち上がったわけじゃない」

 

 

「次の試合のことを考えるのは、この試合に勝ってからにしよう」

 

 

花咲川一同『応ッ!!』

 

 

滝宮(花咲川高等学校 背番号12 1年 捕手)「あれ? そういえば虎金さんはどこにいったんだ? さっきから見当たらないけど……」

 

 

曽根山(花咲川高等学校 背番号10 1年 投手)「あぁ、あの人ならほら、ウチの学校で有名なゆるふわ美人な先輩に会いにいってたぞ。なんでも迷子を送り届けるとかなんとか」

 

 

滝宮「何それっ!? その話もっと詳しくっ!!」

 

 

紀伊山「松原先輩と、ど、どどど……どういう関係だってばよっ!」

 

 

曽根山「動揺しすぎだろ……。本人に聞いたことあるけど、なんでも、虎金さんと松原先輩は家同士の付き合いで小さい頃からの幼馴染らしいぞ」

 

 

滝宮「何その裏山設定ッ!!? 流石はイケメンエース様だッ!! けど許さん」

 

 

紀伊山「と、ととと……ということは、もう付き合ってたり……?」

 

 

曽根山「いや、その辺をそこはかとなく聞いてみたんだけど、仲のいい異性の友人って部類に入ってるらしい」

 

 

滝宮・紀伊山『ならいいやっ!』

 

 

曽根山「……オマエら、あとで虎金さんにドヤされても知らんからな」

 

 

「それに松原先輩、既に彼氏がいるからな。狙ってたなら諦めろ」

 

 

滝宮・紀伊山『ウェ……ッ!?』

 

 

曽根山「ついでにお相手は今日の滝沼戦で主役の座を掻っ攫った我妻な。付き合いたてホヤホヤだからイチャイチャ具合も惚気具合もヤバいんだって虎金さんが苦笑しながら教えてくれたよ」

 

 

滝宮「アイツ、ブチコワス」

 

 

紀伊山「ワガツマ、ピッチャーライナー、コロス」

 

 

滝宮「ワガツマ、ナゲロ」

 

 

紀伊山「コロシテヤル……」

 

 

曽根山「オマエら怖すぎな……。どんだけ怨念に身を委ねてんだよ。試合前なんだからせめて目のハイライトぐらいつけとけ。相手さんに余計な圧力はかけんなよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

花音「ふぇぇ……。ごめんね? 龍虎くん。今から試合前なのに、送ってもらっちゃって……」

 

 

虎金(花咲川高等学校 背番号1 2年 投手)「別に構わねぇけどよ、こういう場面で彼氏に頼らずに真っ先に俺に電話かけるのは今後はやめような? 色んな誤解を他所の奴らから招いちまって、関係を拗らせんのは嫌だろ?」

 

 

花音「う、うん。本当にごめんね……次からは気をつけるようにするね……」

 

 

虎金「おう、それならいいんだ」

 

 

「それよか、我妻とはどうなんだ? 出来立てホヤホヤでアツアツゥゥなのは聞いてんだけど、具体的な話は聞いてないからな。気になって仕方がねぇ。もうキスぐらいはしたのか?」

 

 

花音「ふぇぇっ/// き、ききき、キスッ!? し、ししし、してないよ〜/// 龍虎くん、破廉恥だよぉ〜///」

 

 

虎金「……俺が破廉恥かどうかは後で議論をするとして、今更俺相手にそこまで照れる必要ねぇだろ。なんだったら昔は同じ風呂とベッドで寝た間柄なんだからよ」

 

 

花音「一体いつの話をしてるのぉ〜!?///」

 

 

虎金「ははっ。悪りぃな。花音をいじってるとつい楽しくなってきてな、悪い悪い」

 

 

花音「もう……今日の龍虎くん、いつもより意地悪だよ。もしかして何かあったの?」

 

 

虎金「っ、なんもねぇよ。いつも通りの虎金龍虎だろ? なんも不自然なことなんて─────」

 

 

花音「矢来くんの投球……だよね?」

 

 

虎金「……」

 

 

「……幼馴染ってのは、怖いな。

 

 

 

 

 

降参だ」

 

 

 

 

花音「……」

 

 

虎金「とはいっても、特別話すことはない。たんにアイツの投球に見入って、勝手に自信喪失しただけ」

 

 

花音「龍虎くんは次の試合で矢来くんと投げ合うのが怖いの?」

 

 

虎金「怖いね。間違いなく」

 

 

「別に我妻だけじゃない。羽丘の投手全員とやるのが恐ろしくて仕方がない」

 

 

「それに加えて咲山大地という怪物と向き合わなきゃならない」

 

 

「怖くないわけがない」

 

 

 

花音「龍虎くん……」

 

 

 

虎金「でも、楽しみでもある」

 

 

花音「え?」

 

 

虎金「武者震いって言うのか? こう言うのは……」

 

 

「たしかに相手は強大で、勝ち目なんてないのかもしれない」

 

 

「でもその分、俺にだって伸び代があるって実感できる。

もっと凄いボールを投げられる気がする」

 

 

「俺はもっと上に行けるんだって気持ちになれる。だからこれは高揚だ」

 

 

花音「高揚……」

 

 

虎金「そう、高揚。高ぶってるんだよ。投げたくて仕方がない。だから見ててくれよ花音」

 

 

「きっと俺は我妻よりも凄い球を投げてやるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

花咲川高等学校 VS 筑波大筑波高等学校

 

 

大地「……あのぉ、なんで俺がここに連行されてるのか誰か簡潔で詳細に答えてもらえるとありがたいんですけど、というか答えてくれ」

 

 

千聖「解説者よ」

 

 

大地「うん。嫌です」

 

 

紗夜「ちゃんと解説してくださいね」

 

 

大地「紗夜さん、俺が解説する前提で話を進めるのやめてください。てか、俺だってチームの都合があるんですから、そんな無茶振り─────」

 

 

沙綾「まぁまぁ、ほら、ウチのパンもあるしゆっくりしていってよ」

 

 

大地「もぐもぐ……で? 何が聞きたいんですか?」

 

 

花咲川組(((結局買収されてるしパン食べるの早っ!?)))

 

 

香澄「じ、じゃあっ! 相手高校のことを教えてくださいっ!」

 

 

大地「筑波大筑波のことですか? まぁ、あそこは兎に角『賢い』ですね」

 

 

紗夜「賢い?」

 

 

大地「はい。おそらく皆さんも知ってるでしょうけど、筑波大筑波は進学校として有名です」

 

 

「そのかわり、野球をするための設備はお世辞でもいいとは言えません。そのかわり、チームプレイを磨くよりも個人練習に趣を置いてます」

 

 

「もちろん、短い時間制限がある中でですので、私立の強豪と比べると見劣りするレベルですけど、そのかわりを埋めるのが彼らの頭脳です」

 

 

「野球偏差値がとても高いですよ。ここは。指示で出されたのが送りバントだとしても、その場に応じて個人でエンドランをかけたりプッシュバントでショート方面に転がして自身もセーフになろうとしたり……まぁ、とにかく個人個人が非常に考えてプレイしています」

 

 

「しかも監督自身も選手が考えて出した結果なら容認するタイプです。指揮も的確ですが、その場に応じたプレイを心掛けさせるあたり余程、選手の頭脳を信用している傾向があります」

 

 

「今年は特に、最速こそ130キロ台だが高い制球力と多彩な変化球で打ち取る右腕エースの霧谷純也と、二番手だが140キロ台を計測できる速球派の鍵光練の二枚を軸とした守備力中心のチームです」

 

 

「攻撃面は主軸となるべき存在がおらず、得点力不足は否めませんが、時に堅実に時に積極的に攻める全員攻撃は侮れません。

それこそ、守備で作った流れを攻撃に転じ始めたら手に負えなくなってしまうかもしれません」

 

 

香澄「へぇー……」

 

 

有咲「オマエ、聞いといて何一つ理解してないだろ」

 

 

香澄「し、しょんなことにゃいよ?」

 

 

大地(噛みすぎだろ。相変わらずわかりやすいな)

 

 

「ところで燐子先輩、そろそろ俺の腕から離れてくれませんか? 流石に恥ずかしすぎます」

 

 

燐子「……いや、です。だって、大地くん……言葉とは裏腹に、全然恥ずかしがってません」

 

 

大地「恥ずかしがるまでやめない的なムードを作るのやめてくれませんかね。俺の恥ずかしがる姿なんて見たところで誰得なんですか? 不得しかないですよ」

 

 

大地以外全員(((それはない。むしろ役得っ!)))

 

 

こころ「あら! 燐子。随分と楽しそうなことしてるのね! 私も混ぜて頂戴っ!」

 

 

美咲「あぁ……咲山。おつかれ」

 

 

大地「ツッコミ役が諦めたらダメだ。俺が死ぬぞっ!」

 

 

紗夜「大地さん……」

 

 

大地「紗夜さん!! やはり貴女なら止めてくれると思ってました! どうかこの二人を引き剥がすのに助力していた─────」

 

 

紗夜「私もやります」

 

 

大地「なんでやねんっ!!」

 

 

彩「じ、じゃあ私も参加してみたりー。な、なんちゃって……」

 

 

大地「参加しないでくださいね」

 

 

彩「私だけ完全拒否ッ! ひどい!」

 

 

はぐみ「はぐみも参加したーいッ!」

 

 

 

花咲川生徒A「なんで羽丘高等学校のやつがいるんだよ。しかも裏山ポジションで観戦とか、アイツ殺していいか?」

 

 

花咲川生徒B「まぁ待て。今からスコップ持ってくるから落ち着くんだ」

 

 

花咲川生徒A「冗談だからな!? オマエが落ち着けよ! 本当に持ってこようとすんなっ!」

 

 

花咲川生徒C「いやいや、スコップじゃ生温いね。俺なら刀で喉元割くね。血の雨が待ってるぜ」

 

 

花咲川生徒A「オマエはサイコパスだっ! 目からハイライトを消しながら舌なめずりするなっ! 怖すぎだわッ!」

 

 

 

千聖「相変わらず彼の周りは何時も騒がしいわね」

 

 

花音「……」

 

 

千聖「花音?」

 

 

花音「……っ、ご、ごめんね。ボーッとしてたよ〜。な、何か言った?」

 

 

千聖「……何かあったの?」

 

 

花音「ふぇ? な、なんのこと?」

 

 

千聖「……調子が悪いわけじゃなさそうだし、血色もいい。けど無理しちゃダメよ。しんどくなったらすぐ言いなさい。いいわね?」

 

花音「う、うん。千聖ちゃん、心配してくれてありがとう……」

 

 

 

ザッ……

 

 

 

空「だ、大地の居場所? さ、さぁ? オレはさっぱり─────」

 

 

友希那「惚けても無駄よ? あんなに騒がしい場所に彼がいないこと自体おかしな話じゃない?」

 

 

空「わ、わかってるならオレに聞く意味は無いですよね!? てか怖いから胸倉掴むのやめてくださいよ!」

 

 

蘭「聞く意味がない? そんなことない。正確な場所を知っとかないと、周りにいる人が巻き添えになるかもしれないから、配慮しときたい」

 

 

空「オマエら大地に何するつもりだよっ!? 巻き添えとか物騒なこと言ったよな!? 今!?」

 

 

日菜「隊長っ! (BB弾の)アサルトライフルの弾倉、装填完了しましたっ! 目標も目視完了、いつでも撃てますっ!」

※現実では持ち込みをしてはいけません。これはフィクションです。絶対にマネしないでください。

 

 

リサ「現在無風、いつでもいけるよ!」

 

 

空「大地ぃいぃ!! 逃げろォオォオオ!!」

 

 

我妻(バカだな……)

 

 

 

ザッ……

 

 

 

澤野(? 虎金……?)

 

 

曽根山(虎金さん……?)

 

 

 

都築(筑波大筑波監督)「オマエたちなら相手が虎金龍虎でも勝てる。自信を持って攻めて来なさい!」

 

 

筑波大筑波選手一同『ハイッ!』

 

 

都築(虎金龍虎、花咲川高等学校の二年生でありながら絶対的エース)

 

 

(身長184cm、体重85kgの大柄なガタイから鞭のように撓った速球は、春の大会で出した最速154km/hの威力を持っている)

 

 

(加えて空振りの奪えるキレの良い速いスライダーに加え、右打者から逃げるように沈むサークルチェンジと、胸元抉るカットボールといった球種の充実からもレベルの高さが伺える)

 

 

(荒さは抜けきれてはいないが、コントロールも良い部類。ただしエンジンがかかり切らない序盤に失点するケース有り)

 

 

(去年の都大会で全試合登板して、二試合完投するタフネスから持久戦はこちらが不利)

 

 

(好投手を相手にするときの鉄則。追い込まれる前に崩すことを心掛けろ。仕掛けるなら初回から。さぁ我々の野球を貫こう)

 

 

 

ザッ……

 

 

 

大地「……」

 

 

「……ウソだろ?」

 

 

紗夜「大地さん……?」

 

 

 

ザッ……

 

 

空「……あの人、誰だよ」

 

 

全員『は?』

 

 

笠元「誰って、花咲川のエース、虎金龍虎やないか。オマエ、アホなんはわかっとったけど、そこまでボケてるとは思わんかったわ」

 

 

空「流石にバカにしすぎでしょっ! それぐらいは知ってますよ! ただ……」

 

 

結城「ただ?」

 

 

空「ただ、別人に思えただけです。オレから見たらね」

 

 

我妻「……やべぇ、投げ合いたい」

 

 

片矢「……」

 

 

 

「オマエら、見とけ─────」

 

 

 

 

 

筑波大筑波1番打者(初球からセーフティを仕掛け─────)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズッッッッッ───────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────バァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンンンッッッッ!!!!

 

 

 

 

 

 

筑波大筑波1番打者(─────は?)

 

 

 

(今、ボール。ちゃんと通過した?)

 

 

 

(全く視認出来なかった……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

虎金「……」

 

 

澤野(虎金、オマエ……!)

 

 

(また一つ、階段を登りやがったな!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スピードガン表示《155km/h》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

片矢「─────あれが俺たちが超えなきゃいけない絶対的な壁だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

千聖「……なんという威力」

 

 

「あれが人の投げるストレートとは思えないわ」

 

 

 

花音「多分だけどね……」

 

 

 

千聖「?」

 

 

 

 

花音「……龍虎くんは負けないよ」

 

 

 

千聖「この試合は勝つってことかしら? たしかに、虎金くんは調子良さげのようだけど、初回で決めつけるのは早計─────」

 

 

花音「違うよ」

 

 

千聖「え?」

 

 

花音「この試合だけじゃない。次の試合も多分負けない」

 

 

「龍虎くんが上を目指してる時はいつもそう……」

 

 

「……追い越されて挫折を知ったら無敵なんだ。だから─────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズッッッバァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンンンッッ!!!!

 

 

 

 

 

審判「、ットライーク!! バッターアウッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

花音「─────龍虎くんはいつも『ヒーロー』であり続けられるの」

 

 

 

 

 

大地「初めから『ゾーン』……? しかもあのストレート」

 

 

 

「空と同等の─────」

 

 

 

 

 

 

空「……おもしれぇな。虎金龍虎。オレはアンタと本気でやり合いたくなって来ちまったぞ」

 

 

「我妻の宿敵ってことで目を瞑ってやりたかったが、無理だな。抑えきれない」

 

 

 

 

我妻「100球以上投げたし、中三日で先発は無理かと思ったけど、やっぱりあの人と投げ合いたいっ!」

 

 

「中六日あけてる成田には悪いけど、無理だな。抑えきれないや」

 

 

 

 

 

 

空・我妻((俺(オレ)は、あの人と全力でぶつかり合いたいッ!! 譲りたくないッ!!))

 

 

 

花音(だから、もし……。今の龍虎くんに勝てる人がいるなら、それは─────)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、圧倒的な虎金の前に為すすべを無くした筑波大筑波は勢いにも飲まれたまま自慢の守備力で自壊し、五回コールド負けを喫した。

 

 

五回で終わった為、参考記録になってしまったが、虎金は5回を投げきり四死球0、被安打0、エラー0の完全試合を達成。

 

 

打線は4番の澤野を主軸に、二枚看板のダブルエースを玉砕し11安打16得点の猛攻で格の差を見せつけた。

 

 

筑大|000 00|0

花咲|434 5×|16

備考:花咲川高等学校 背番号1 虎金龍虎 参考記録ながら完全試合を達成。

同校 背番号2 澤野弘大 3打数3安打1四球8打点2HR




虎金くん、もっと自制しようか……


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ライバル分析

足が攣ったあと、起き上がるのが億劫になるのは当然のことだと思う。
だから無理やり顔を舐めるのはやめておくれ!


我が愛犬、主人を痛め付ける。


片矢「次の対戦相手が決まった」

 

 

「まぁ大方の予想通りだ。相手は花咲川高等学校になった」

 

 

「そう、今日の試合でオマエ達が見た通り【怪物】の本領を発揮した、あの虎金龍虎率いる花咲川高等学校だ」

 

 

大地「今日の状態が持続されているとしたら、流石にアレから複数得点は無理ですね」

 

 

秋野「打つのは勿論、当てるのも厳しいボールだもんね。塁に出るためには色々策略を張り巡らせる必要があるよ」

 

 

笠元「しかもデモンストレーション戦で、ウチらは虎金からランナー一人も出し取らへんからな。ホンマ厄介やで」

 

 

片矢「そうだ。俺たちは夏前に虎金相手に完璧に抑えられている。そういう意味でも相性は悪いかもしれないな」

 

 

「あまり言いたくないが、次の試合は完封、もしくはノーヒットノーランを達成されてもおかしくはない」

 

 

大地「だからこそ、ですね?」

 

 

片矢「あぁ、だからこそ投手陣。俺たちが活路を見出すためにはオマエらには一点もやらない覚悟が必要だと知れ」

 

 

「そしてその上で、次の先発は─────」

 

 

空(投げたい投げたい投げたい投げたい投げたい投げたい投げたい投げたい投げたい投げたい投げたい投げたい……)

 

 

我妻(来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い……)

 

 

雪村(投げ合いたくねぇけど、やりあってみたいなー)

 

 

吉村(選ばれようとも選ばれずとも、出番が来たら自分の投球を全うするのみだ)

 

 

 

片矢「─────我妻で行こうと思う。いけるな?」

 

 

我妻「っ! はいっ! 行けます!」

 

 

空(投げ合いたかったな……。まぁ仕方ねぇか)

 

 

片矢「理由としては、今のところ1番安定した制球力と高い球威を持つ我妻が現状最もゲームを作れると判断した結論だ」

 

 

「ただ相手は恐らく左打者をずらりと並べて来る可能性がある。その分には状況に応じて成田の途中登板もあると思っておけ。それまで成田はレフトでスタメン出場だ」

 

 

空「はいっ!」

 

 

片矢「雪村、吉村も非常時に備えておいてくれ。我妻と成田が打ち込まれないとは流石に言い切れないからな」

 

 

雪村・吉村『はいっ!』

 

 

片矢「それでは主軸の情報を見ていくぞ」

 

 

「まず言わずと知れた絶対的エースの虎金龍虎から」

 

 

「身長184cm 体重85kgの大型左腕。最速は筑波大戦、プロスカウトのスピードガンで計測された155km/h。回転数、角度、制球力……全てが一級品の直球と言っても過言では無い」

 

 

「そして変化球は切れ味、変化量共に最高基準の高速スライダーに、右打者から逃げるように沈むサークルチェンジ、胸元抉るカットボールといった充実具合。的も非常に絞りづらい」

 

 

「タイプとしてはウチの成田と似ているな。ただし経験値の差は圧倒的に向こうにある。レベルは数段上だと思っておいていい」

 

 

田中(成田より上の投手……)

 

 

舘本(浅めのカウントから狙ったほうがいいかな?)

 

片矢「さらに言えば、ここまで全試合に登板し、コールド勝ちで早い回で終わることもあるがほぼ完投するタフネスさも持ち合わせていることからも、今大会トップクラスの投手であることが窺えるな」

 

 

「これだけの投手の情報を聞くと、流石に打てなさそうに感じるが、俺はそうは思っていない。むしろオマエ達なら1点程度なら取れると思っている」

 

 

結城「……どういうことですか?」

 

 

片矢「本当にわからないか? 虎金はここまで全試合登板の上に、ほぼ完投スタイル。これでわかっただろ?」

 

 

結城「っ! はい。わかりました」

 

 

大地(曽根山が一イニングだけ登板してたけど、それ以外は虎金さん一人で投げ抜いてるからな)

 

 

(一回戦からフル稼働の虎金さんにどれだけの疲労が蓄積されているのか、それが次の試合のキーになるのは間違いないな)

 

 

片矢「先程、タフネスさがトップクラスという話をしたが、裏を返せば虎金の後を任せられる投手がまだ育ちきっていないということでもある」

 

 

「当然、バケモノじみた能力を持つ虎金も人間に変わりはない。疲労が蓄積されて球が鈍るのは普通のことだ」

 

 

「だからこそ付け入る隙は見逃すな。指標としてはエンジン手前の序盤に、疲れが見え始める終盤に攻め入るのがベストだな」

 

 

「ギアの上がり始める中盤に手がつけられなくても慌てるな。出来る限り球数を投げさせればいいが、できなくても問題ないと割り切れ」

 

 

「だがそのかわり、終盤の攻めで言い訳は一切聞かん。甘えずバットを振り抜け」

 

 

「オマエらならそれをやってのけるだろうと踏んでの作戦だ。

終盤の展開は『攻めろ』。それだけだ。いいな?」

 

 

チーム一同『はいっ!!』

 

 

 

片矢「それでいい。では続いて、打撃の中心選手をみていくぞ。マネージャー、資料を」

 

 

由美「はい。わかりました。んっ、しょっと……」

 

 

大地「落とすなよ。おっちょこちょい」

 

 

由美「誰がおっちょこちょいよ。ヘタレ」

 

 

大地「オマエ以外誰がいんだよ。ぶりっ子」

 

 

由美「アンタだって昨日の試合でヘマやらかしたでしょうが。天然タラシ」

 

 

大地「うるせぇ、今度はミスしねーようにするし。ゴリ─────」

 

 

 

空「はいはいっ! ここまでなー! 長くなるから口を塞ごうか大地ぃ!」

 

 

大地「フーガーガッ! (はーなーせっ!)」

 

 

秋野「由美ちゃんもドードー」

 

 

由美「むぐぐ……っ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

片矢「澤野弘大、身長181cm体重96kgの大砲捕手。高校通算52本の破壊力はもちろんのこと、捕手としての能力も高い」

 

 

「今大会も18打数10安打、打率.556で本塁打も既に3本を記録している。打点は驚異の15打点を記録しているな」

 

 

笠元「エゲツすぎやろ……!」

 

 

大地「たしかに、今大会は特に澤野さんの活躍無くして花咲川は語れないでしょうからね。キャッチャーとしてはランナーを前に出したくないです」

 

 

空「参考までに大地は通算何本塁打?」

 

 

大地「たしか41本」

 

 

空「トチ狂う成績きたぁ!」

 

 

秋野「そういえば、大地が本塁打打ってない試合を見たことない気がするんだけど、気のせいかな?」

 

 

大地「気のせいでしょう? どんな怪物でも入学から三ヶ月以上経ってずっとホームラン打ってる奴とかいないでしょ? いたとしたらどんな超人ですか」(自覚無し)

 

 

由美(記録上では、出場した試合全部で本塁打の記録ついてるって言った方がいいのかしら?)(困惑顔)

 

 

片矢「それと、この打者の特徴として引っ張りの傾向が強いように思えるが、実際は広角に打ち分けられる打者であることを忘れないようにしておけ」

 

 

「どの方向にも強い打球を飛ばせる打者だ。打ち取るのは楽じゃないだろうが弱点はある」

 

 

大地(弱点? たしか澤野さんには苦手コースはなかったはずだが?)

 

 

片矢「澤野は読み打ち特化の打者だが、もしもの時は反応で打つだけに打ち取るのに手間取りはするが、落ちる球に空振りする場面は多くみられた」

 

 

大地(……成る程な)

 

 

片矢「原因としては、スイングの形だろう」

 

 

田中「スイングの形?」

 

 

片矢「そうだ。基本、スイングの形には『ダウン』、『レベル』、『アッパー』と三つの型があるのは知っているとは思う」

 

 

「そのうちで近代野球で主流になっているのが『レベル』スイング。澤野は非常にブレのない綺麗なレベルスイングが武器でもある」

 

 

「澤野が放っている高校通算52本のホームランのうち、ライナーでスタンドへ運んだ打球は37本。この数字から分かる通り、鋭く低い弾道で本塁打を放つ打者であることが分かる」

 

 

「スイングスピードが速く、横滑りする変化球にも即座に対応するあたりからもレベルの高さは窺える」

 

 

「レベルスイングの特徴として、鋭く速い打球を飛ばせて横滑りする変化球に対応しやすい現代にあった理想のスイングと呼べるだろう」

 

 

「ただ、レベルスイングはスイングの軌道上、横の変化には強いが縦の変化には滅法弱い」

 

 

「フォーク系統の球を拾って打つにはアッパースイングで拾い上げる必要があるからな」

 

 

「咲山のような柔軟な打撃を好まない澤野のことだ、どんな球もレベルスイングで捌いてきただろう」

 

 

「だがその中でもフォーク系統は未だ四苦八苦している傾向がある。

今大会ではフォーク系統の球を扱う相手とあたらなかったのが好成績の要因であると予測されている」

 

 

帯刀「なるほど、だからこそ先発は我妻か」

 

 

吉村「どういうこった?」

 

 

帯刀「考えてもみろよ。新太はフォークはあるが落差も速度もないから決め球には扱えない。成田も落ちる球はチェンジアップと凡打が関の山のスプリットだけ。オマエは空振りの取れるスプリットがあるからまだいいが、先発をするにはコントロールが悪すぎてゲームを作るのには不安要素がありまくりだ」

 

 

吉村「……言い返したいところだが言い返せないジレンマ。納得だ」

 

 

「そういうことなら、たしかに我妻が適任かもな」

 

 

大地(コントロールも安定していて、尚且つ、新しく習得した急速に沈む決め球を扱える我妻が適任ってことだ)

 

 

(それだけに我妻にかかる負担も責任もデカイ。けど今日みたいなピッチングができるなら、あるいは……)

 

 

片矢「そして向こうが我妻を想定していた場合、春の大会やデモンストレーション同様に左打者をずらりと並べてくる筈だ」

 

 

笠元「そうなったら、餌一杯で嬉しいやろ? なぁ? 矢来」

 

 

我妻「左打者対策は万全にしてきたつもりですからね。完璧に封じてやりますよ!」

 

 

帯刀「頼もしいかよ」

 

 

村井「ウガッ! 期待しているぞ! 我妻ちゃん」

 

 

我妻「はいっ!」

 

 

片矢「その他にも、1番の坂山はコンタクト能力が高く足も速い典型的なリードオフマンだ。塁に出すと厄介極まりない。今大会既に3盗塁を決めている。

2番の木ノ下は守備が武器であるが、打撃センスも抜群。長打力もあり、足も速い」

 

 

大地「坂山さんの足はかなり厄介ですよ。以前戦った時、雪村先輩にかなり警戒網を張ってもらって刺せましたが、ノーマークだと流石に厳しいです」

 

 

帯刀「俺はめちゃくちゃ走られたわ」

 

 

笠元「木ノ下も調子良さげやな。今大会の出塁率はチームトップみたいやで」

 

 

片矢「3番伊達は、チーム屈指のリーディングヒッター。勝負強さは光るものがあるな。5番幽ノ沢は4番澤野に匹敵する強肩強打の外野手。コーナーを広く使えば抑えられるが、甘く入ったら確実に持っていく馬力には気をつけたい」

 

 

田中「伊達か、松川シニアでも3番を打っていた好打者だな。全国大会ベスト8経験者でもあるだけに勝負強い打撃は厄介そうだな」

 

 

村井「うがっ! 幽ノ沢の長打力も侮れないぞ」

 

 

片矢「下位打順は調子の良い選手の入れ替えで固定している選手はいない。しかし虎金は投手での活躍が目覚ましいが、打撃もいい。今大会初ヒットがバックスクリーン直撃の特大な一発を打ったことから長打力は勿論、何をするのかわからない怖さがある。油断は禁物だな」

 

 

「主力だけでも左打者が多い花咲川だが、1番坂山、2番木ノ下は去年辺りから右打ちでの実績もある。打率こそ伸び悩んでいたものの、この夏大会前で一気にその悩みが解消されたみたいだな。両打の完成度は全国でも類を見ないほどだ」

 

 

「5番の幽ノ沢も、元々は右打ちだったが利き腕の都合上で左打席に立つようになったそうだが、右打ちでも遜色ない破壊力を持つ。左投手が苦手という認識は捨て置け」

 

 

結城「打線も厚みがあって繋がりが絶えないな」

 

 

秋野「チームバッティングに徹するときもあれば、自由気ままに打つときもあるから何をしてくるのか予見するのは難しいよね」

 

 

片矢「他にも、背番号10番の曽根山は一年ながら最速144キロの速球派の右のオーバーハンド。球種は縦横のスライダーとカーブが主になっている。精度は然程ないが、ストレートの力はかなりあるため有効に使えるだろう。我妻のストレートと速さは同じだ」

 

 

秋野「ウチの投手のせいで感覚狂ってるんだけどさ、普通一年で144キロも出せる時点でエゲツないよね。2年で155キロを出す虎金も、1年なのに同じ球速の成田もどんな体の構造してるのさ?」

 

 

空「深くは考えてないっすけど、なんとなく投げたら投げれた? みたいな感じですかね?」

 

 

笠元「そんないテキトウな感じで投げて150を優に越す球を放るなや。ホンマトチ狂うな……」

 

 

片矢「その他にも技巧派右腕の1年生投手や左のサイドスロー投手が2年にいるが、今大会は出場機会なし。出番はほぼないと思っておいて構わないが、一応情報を頭に入れておけ。不測の事態が起きないとは限らないからな」

 

 

「そしてここで虎金攻略のもう一つのポイントだ」

 

 

結城(虎金攻略か、どんな策略だ?)

 

 

(スタミナ削りは必須条件として、他に弱点らしい弱点がないアイツを攻略するのは容易ではない)

 

 

片矢「サークルチェンジを狙いから外すことだ」

 

 

笠元「?」

 

 

帯刀「サークルチェンジを打たないってことですか?」

 

 

片矢「そうだ。というより投じられても空振りを恐れずにストレートのタイミングに合わせて振ればいい」

 

 

大地「それだと、続けられて空振りを取られたり打ち取られたりしませんか?」

 

 

片矢「普通ならな。だが虎金においてはそれはない」

 

 

大地「? どういうことですか?」

 

 

片矢「サークルチェンジとはいっても、普通の投手にとってはチェンジアップだ。握りもそれぞれ異なるし、変化も人によって変わる。唯一統一しているのは減速すること」

 

 

「チェンジアップは腕の振りがストレートと酷似すればするほどその真価を発揮し、打者のタイミングを狂わす球だ」

 

 

「それは虎金も同様だが、問題は奴のサークルチェンジの握りの方にある」

 

 

空「握り?」

 

 

片矢「そうだ。虎金のチェンジアップは人差し指と薬指で挟んで投げる、いわばフォークのようになっているのが特徴でそれによって変化量を増している」

 

 

「だがそれゆえに握力は消耗し減速幅が狭く、変化量もない棒球も夏前の連中試合で見られていた」

 

 

「その球を仕留めるのは当然として、デメリット承知で危険性の高い球を多投させるのはバッテリーとしても好ましくないだろう? だからこそ、序中盤では力強いストレートに狙いを絞って、後半に一気に畳み掛けるのがベストだろう」

 

 

「こちらの反応を見て、序盤のうちからサークルチェンジを多投してくれるならこっちとしては願ったり叶ったりだ」

 

 

「いいか? キーワードは『振り抜く』だ。振り抜けば相手にも相当な圧力を与える。逆に中途半端なスイングは相手を載せてしまいかねない」

 

 

「三振を喫しようが、凡打に打ち取られようが振り抜け。そうすれば自ずと勝利が見えてくるっ! 勝つぞっ!」

 

 

チーム一同『ハイッッッッ!!』

 




散歩するのはいいんだ。別に苦痛じゃない。
でも足を攣った日ぐらい休んでもいいじゃないかっ!
俺だって生物なんだっ!! 痛いの我慢してまで散歩する必要はないと思いますっ!


くそぉ……嬉しそうに尻尾振りやがって。仕方ねぇから最後まで付き合ってやるよー!!


もちろん、帰ってから寝ました。痛すぎて。


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戦略分析(花咲川side)& 我妻の調子

さてさて、そろそろ試合開始か?


 

後藤(花咲川高等学校 監督)「それじゃあこれより次の試合に向けてのミーティングを始めようと思う。欠席者はいないね? キャプテン」

 

 

澤野「はい。全員揃っています」

 

 

後藤「よろしい。では始める、いいな?」

 

 

チーム一同『ハイッ!』

 

 

後藤「それではまず羽丘の投手陣から見ていく」

 

 

「まず最初に、羽丘のエースナンバーを背負う成田についてだが、コイツは言わずもがな超高校級の投手といって差し支えないレベルだ」

 

 

澤野「えぇ。間違いなく虎金と同等かそれ以上の投手ですね」

 

 

虎金「いや俺の方が上だね。異論は受け付けない」

 

 

曽根山「そうっすよ。流石の成田でも虎金さんよりも上手なんてことはないでしょ!」

 

 

澤野「はぁ……。そうであってほしいね。ホント」

 

 

後藤「とりあえず話を続けるぞ。成田空、身長183㎝ 体重78Kgの日本では大型投手に位置する一年生左腕」

 

 

「世間でも騒がれるほどのスター性はもちろん、その実力も本物だ。虎金と同じ最速155km/hの浮き上がると称される豪速球は打者の手元から這い上がってくるように錯覚させるノビを持ち、決め球のスライダーとチェンジアップは超一級品。他にも、視線を外すカーブや凡打の山を築くムービング系統を複数持っている」

 

 

「入学当初に春季大会で選抜ベスト8の徳修高校と、西東京最強候補の一角である八大三高を完全試合で封じ込めるといった実績もあるだけに油断ならない相手と言わざるを得ないな」

 

 

坂山「あぁ〜……。あれね、ビデオで見たけどエゲツすぎたな、あの時の成田のピッチングは」

 

 

澤野「ストレートは一年生離れどころか高校生離れしている上に、コントロールもほぼ完璧。打てるビジョンが全く浮かばない超人高校生と言わざるを得なかった」

 

 

後藤「ただし、春後半に原因不明のイップスに陥りフォームが崩れたとの報告もある通り、春ほどの安定感は無く、コントロールも荒れている」

 

 

「フォームに更なる躍動感が増したとはいえ、ボールの質にもバラツキがある分狙い球を絞っていけば、決して打てない投手では無い」

 

 

「現に、先発のマウンドを任された初戦以降は、二番手右腕の我妻にマウンドを譲ってるからな。才能や背番号はともかくとして、現時点での総合力は我妻が一枚上手といったところだろう」

 

 

伊達「我妻かぁ。良い投手だけど、うちにとってはイメージは良いですよね。実際にウチは彼から二度打ち崩してますから、相性的にも成田で来そうな気がしますよ」

 

 

後藤「いや、おそらくそれはない」

 

 

澤野「ない? どうしてでしょうか?」

 

 

後藤「簡単だ。さっきも言った通り、成田に春前半ほどの安定感はなく、武器として機能しているのは躍動感の増した球威のみ。それ以外で勝負できる部分が何一つない彼に、ゲームを完璧に作れるだけの能力はない」

 

 

「相手は間違いなく、ウチが虎金を先発に考えて戦略を練っているはずだ。それなら同時に複数得点を期待できないことにも気がついているだろう」

 

 

「元エースの雪村はケガ開けで満足なピッチングがイマイチ期待できない、基本リリーフの吉村は重度のスタミナ不足とストライク枠を捉えられるかすらも危ぶむ制球難で、ゲームを壊しかねない」

 

 

「なら消去法で割り出されるのは制球に課題らしい課題がなく、球威も安定した我妻に絞られるわけだ」

 

 

 

坂山「なるほどなぁ、じゃあ案外攻略は楽なんじゃね?」

 

 

伊達「まぁ通用する変化球がスライダーしかないですからね。正直、カーブの精度は中堅以下でしょうし、ピッチングに幅がないから合わせやすいです」

 

 

幽ノ沢「でもやっぱり右打者には強いよなぁ。あのスライダーは左打者の膝下に決められると流石に厳しいし、そこは警戒しときたいね」

 

 

高山「でも追い込まれても余裕があるのってめちゃくちゃでかいですよね。何がくるのかわからないのとわかってるのでは天と地の差がありますから」

 

 

澤野「確かにな。相手捕手が咲山とはいえ、表と裏のリードを駆使しても選択肢が限られてくるから安心して打線は繋げられそうだ」

 

 

後藤「たとえ雪村が先発だったとしても、怪我明けの実戦初先発でどこまで抑え込めるかわからん以上狙い球を絞れば容易に打ち崩せる」

 

 

「成田は高めの球を見逃せば勝手に自滅する可能性があり、吉村はストライクコースでも無理に振りに行く必要はない」

 

 

「我妻は球威あるストレートと切れ味鋭いスライダーに気を配れば十分に打てる。打撃陣はしっかりと点を稼げ」

 

 

花咲川選手一同『はいっ!』

 

 

後藤「さて、ここまでは投手陣の内容だったが、続いては有力打者についてのデータ分析をとるぞ」

 

 

澤野(どちらかといえば、今年の羽丘は総合力に見えた打撃チーム。一番から九番まで繋がりの絶えない打線配置をしている)

 

 

虎金(咲山……っ)

 

 

後藤「ではまず最初に全員が気になっているであろう中心打者の紹介と分析をするとしよう」

 

 

「言わずと知れた『天地コンビ』の片割れ、咲山大地だ」

 

 

虎金(今度は負けねぇ)

 

 

澤野(随分と煮えたぎってやがるな。そんなに春の大会の敗北が悔しかったのか)

 

 

後藤「身長178cm体重71Kgの決して大型とはいえない部類の捕手。ただし能力は世代内でもトップクラスを有しており、厄介な羽丘打線の中でも主軸といえる打力を誇る」

 

 

「今大会、8打数7安打5本塁打13打点、打率.875の驚異の数字から分かる通り怪物クラスの打者と言っても過言ではない」

 

 

曽根山「……これ本当に人間ですか?」

 

 

伊達「うん、言いたいことはわかるけど、その発言はよそう。本当に怪物にしか見えてこなくなる」

 

 

澤野「しかも一年の夏で既に通算41本の本塁打を放っている。マジで狂った打者だな」

 

 

坂山「噂では出場した試合の全部でホームラン打ってるらしいぜ。どんなバケモンだよ」

 

 

後藤「あの体躯のどこにあれ程の力があるのかは未だ不明だが、バッテリー陣に言えるのは、ランナーが溜まった状態で真っ向から向かうなとしか言いようがない」

 

 

「基本読み打ちの打者らしいが、ゴールデンウィークの木実戦の映像で見た限り、6回にエンジン全開の萩沼の161キロを反応だけで打ち返しているように見えた。ようは勘も鋭く反応もいい隙のない好選手ということを証明している。必ず真っ向からだけでは抑えられる可能性は低いだろう、が……」

 

 

虎金「……」

 

 

澤野「トラ、不満そうだな。コイツと真っ向からやりあいたいって顔に書いているぞ」

 

 

虎金「実際やり合いたいっす。てかボコります。絶対に……」

 

 

後藤「ならやり返せ。かならずな。ランナーが出た状態では歩かせて欲しいが、エースが抑えると言うなら仕方がない。必ず討ち取れ。いいな」

 

 

虎金「うす!」

 

 

後藤「ならいい。それでは他の打者についても─────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

羽丘高等学校 野球部練習グラウンド ブルペン内

 

 

大地「左打者のアウトローにストレート」

 

 

ズッバァァァァアァアァアァアァアァアァアァアァアーーーンンンッッ!!

 

 

大地「次、インハイにストレート」

 

 

ズッバァァァァアァアァアァアァアァアァアァアァアーーーンンンッッ!!

 

 

大地「膝下スライダー」

 

 

ビュゴォォォォ……ッ!

 

 

ククッ!!

 

 

ズッバァァァァアァアァアーーーンンンッッ!!

 

 

雪村(前から思ってたけど、最近の我妻エゲツ過ぎでしょ)

 

 

空(調子良すぎな)

 

 

吉村(なんか自信失うわー)

 

 

大地「ラスト、アウトローにツーシームジャイロ!」

 

 

ビュゴォォォォ……ッ!!

 

 

カククッッ!!

 

 

ズッバァァァァアァアァアァアーーーンンンッッ!!

 

 

大地「うぉ……」

 

 

矢来「なんか目ギラギラさせすぎでしょ。どっか問題あった?」

 

 

大地「逆だよ、逆。良すぎてビビってんの。完璧すぎて怖いわ」

 

 

矢来「おぉ、めちゃくちゃ褒めてくれんじゃん」

 

 

大地「そんぐらい一球一球の質が良かったって事だよ。そんじゃあ今日はこんぐらいにしてクールダウンしてから上がるぞ。明日の試合に支障を来すのも嫌だしな」

 

 

矢来「りょ。てか、自分でもビビるくらいに肩が軽いんだけど、3日前に100球投げた感触ないし身体がおかしくなったと思ってたわ」

 

 

大地「そんぐらい力みなく試合で投げれてたってことだ。あん時の神ピッチングは本当に鳥肌立ったわ。疲労も少なく球質は最高値。だから滝沼打線を完璧に封じ込めれた。まさに矢来様々の試合だったよ」

 

 

矢来「はは、でも大地がホームラン打ってくれてなきゃどうなってたか分からなかったし、ありがとな。次も頼むぜ」

 

 

大地「そりゃあこっちのセリフだ。抑えきれよ矢来」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それと、恋人だからって松原先輩に先発の件をうっかり誤って教えたりするなよ。一応敵校の生徒だし、なにより虎金さんと幼馴染らしいしな」

 

 

矢来「うぐっ、き、気を付けます」




さぁ、因縁の対決。
勝つのはどっち?


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月下の章

なんかネタバレしすぎてマズイ気が……。
早く本章進めなければぁ!(使命感)


肌に張り付くような湿気を含んだ夜風に黒い前髪を靡かせて、制服姿の少年は綺麗に輝く満月に目を細めて眺めていた。

 

 

月下の市民公園。やはり夏場だけに熱気は夜とはいえど残滓している。夜も深みを帯びてきて、そろそろ21時を過ぎようとしていた。

 

 

それでも少年は帰ろうとしない。

左手に持ったミットを気にかけながら、ジッと誰かが来るのを待っていた。

 

 

??「悪い、遅くなった」

 

 

大地「おう、別に鎌わねぇよ。けどマジで遅かったな。なんかあったのか?」

 

 

??「いやぁ、オマエに会いに行くって由美に言ったら滅茶苦茶になってたと言うか、色々止めてたら遅くなったんだよ」

 

 

大地「へぇ、やっぱり由美は昔からお前にはべったりだなぁ。その歳なっても心配してくれる妹がいることに感謝しとけよ」

 

 

??「いや、そうじゃなくて……、まぁいいや。お前に言っても何も変わらんだろうからな」

(私も付いていくって、聞かないんだもんなぁ。なんか兄として妹の恋路を見てると嬉しさ半分悲しさ半分ってところだな。特にその相手が幼馴染だって言うんだから、なんか複雑だわ)

 

 

大地「? まぁいいや。それにしても昔ほどの圧迫感がなくなったな、雄介。勉強の方はどうなんだ?」

 

 

雄介「そりゃあ五年以上野球から離れれば細くもなるさ。ま、高さは増したけどな。野球を辞めてから勉強漬けだったんだ。そりゃあ良くないとダメだって話ってところだよ。久方振りだな、大地」

 

 

大地「あぁ、久し振り。雄介」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

月明かりと電灯が照らす公園内にパァンッ! と渇いた捕球音が響き渡る。

灯りが作る二つの人影はそれぞれ十数メートル離れた位置に立ち、座っていた。

 

 

ボールを回転良く放つ左腕が撓ってキレの良い球をミットに向かって勢いよく突き進む。

 

 

スッパァァアーーーンンッ!

 

 

心地良い快音に包まれた閑静な園内。

糸を引くような綺麗なスピンが効いたストレート。それが大地の構えたミットの位置に寸分違わずに突き刺さった。

 

 

大地「ナイスボール」

 

 

雄介「おうよ。大地もナイスキャッチな! 相変わらず気持ちいい音鳴らしてくれるから一安心するよ」

 

 

「流石は世代最強捕手様。近所の壁とは次元が違うぜ」

 

 

大地「茶化すなよ、元天才投手様。130手前ってところか? 本当に辞めてから五年も経つのかよ。本当だとしたら相当だぜ」

 

 

「こんなキレのいい球を投げる高校投手も中々いねぇよ」

 

 

的確に胸元へ返球した球を捕球した雄介は暗がりでも顔を喜悦に染めていることが大地にもわかった。

 

 

何も嬉しいのは雄介だけではない。勿論、数年ぶりの元相方の球を直で受けられる大地とて、喜びに満ちた笑みを浮かべている。

 

 

雄介「ラァッ……!」

 

 

ビュゴォォォォ……ッッ!

 

 

ズッバァァァァアーーーンンッ!!

 

 

大地「ナイスボールッ。今のはさっきより球威上げたな。絶対、130キロ出てたろ」

 

 

雄介「お前のキャッチングに乗せられたんだよ。壁相手じゃあこんな球投げられた試しがないぞ」

 

 

大地「……怪我の方は大丈夫なのか?」

 

 

訝しげに配慮するのは、雄介の右太腿。

五年前ほどに、故意では無いとはいえ自身の手で怪我をさせてしまい、野球という彼の居場所を奪ってしまった。

その過去を振り返って、沈鬱な瞳を浮かべる。

 

 

色々な過去を断ち切り、プレイヤーとしても人間としても一皮向けた大地だが、今なお完璧に立ち直れていない出来事がある。

 

 

それが雄介の怪我の件。完全に吹っ切れない自身の忌まわしい過去。

自分が奪ってしまったモノで、自分は楽しもうと躍起になっている。それが酷く足枷になっていたのは事実だ。

 

 

だから─────。

 

 

雄介「……なんだ、そんなことか」

 

 

大地「そんなことって、そんなわけ─────」

 

 

雄介「そんなことだろう。久々に連絡寄越してキャッチボールしようとか言ってきたからなんだと思ったら、そんなことかよ」

 

 

ケラケラと笑う青年に、大地は少したじろぐ。

受け取ったボールを利き手に持って顔の正面に持ってきて、優しく語りかけるようにして、青年は口を開いた。

 

 

「脚自体は殆ど治ってるし、むしろ医者からは少しは動けって言われる始末だぞ?」

 

 

「たしかに野球を辞めたのは、そりゃあ当時は苦しかったしお前には八つ当たりじみたことを言ったりもしたさ」

 

 

「けどさ、こうして野球から離れてみると案外他にも目がいくようになって、徐々に他のことに没頭するのが楽しくなっていって自分でも驚くほどに元気になった」

 

 

「だから気にすんなよ。俺は大丈夫だからさ」

 

 

暖かく告げる青年の言葉。確かな罪悪感を募らせていた少年には、酷く残酷な物に思えて仕方がない。

 

 

大地「それでも、俺はオマエから野球を奪ったんだぞ? それを続けてる俺をなんとも思わないことは─────」

 

 

雄介「─────ないさ」

 

 

呆気からんと言ってのけた雄介に、大地は目を白黒にさせて驚愕する。

しかし雄介は濁りのない純粋な眼孔で、大地を射抜くや言葉を続けた。

 

 

雄介「思わないなんて言わないさ。当然、羨ましいとも思う。けどな、その俺のくだらない嫉妬心と、お前が野球を楽しみたいっていう感情は全くの別物だ」

 

 

「大地が野球を楽しんでいる姿を見て、嫉妬する俺はどれだけ醜かろうと俺なんだ。けど嫉みを受けてようが受けてまいが、大地が野球を楽しく続けるのか続けないのか、それを判断するのは大地次第だ」

 

 

「それとこれは全くの別基準。俺の言葉一つで意思をねじ曲げるようなら、俺はお前を妬む者として頬に拳を思いっきり突き立ててやる。だけど─────」

 

 

腕を大きく振りかぶり、ダイナミックなフォームから滑らかに腕を撓らせる。

豪快に放たれた速球は途中で加速したかのように手元で伸び始めて、最後─────。

 

 

ズッバァァァァアーーーンンン

 

 

雄介「─────オマエが俺の妬みとは関係なしで、ただ野球を純粋に楽しみたいだけでプレイするなら、確かに恨みはするかもしれないけど絶対に応援してやる」

 

 

大地「……っ」

 

 

雄介「だから気にすんなよ。お前は俺が認めた唯一の最高の捕手なんだ。こんな程度でリタイアされちゃあ、俺の株が大暴落しちゃうだろ?」

 

 

「それに、大地。お前、なんか勘違いしてないか?」

 

 

首を傾げながら、青年は大地にとって驚愕の真実を明かす。

 

 

雄介「俺は何も諦めてねぇぞ。野球も、ピッチャーも」

 

 

大地「は?」

 

 

雄介「あぁ、だからさっきも言ったろ? 脚はほぼ完治してるし、あとは無理しない程度の下半身強化としっかりとした土台作りさえしてしまえば、問題なく野球をやれる程度には復帰してんだよ」

 

 

大地「え? けどさっき羨ましいとか、妬むとか……」

 

 

雄介「そりゃあ羨ましいし、妬むさ。たった五年でも俺からすれば大きなハンデだ。その五年でどれだけの練習ができてどれほどの試合ができたのか……! くっ、マジで怪我の期間が腹ただしいぜ!」

 

 

ポカンと口を開けて、状況を掴み損ねる大地。

それに御構い無しに、雄介は口端を吊り上げる。

 

 

雄介「今年、高校2年。たぶん今頃野球部に入っても復帰期間を考えてもレギュラーは愚か、ベンチ入りも厳しいだろうな」

 

 

「だから、俺は大学から這い上がってやるよ。這い上がって掴んだ栄光を背負ったまま、オマエが先に行っているであろう舞台まですぐ追いついてやる」

 

 

胸元に三度返された球をまた振りかぶり、大きく強く投げた。

それは、速く鋭く低く─────。

 

 

ズッバァァァァアーーーンンンッッ!!

 

 

雄介「だから気にせずに楽しんで続けろよ。安心しろ、すぐに追いつくどころか追い抜いてやるからよ」

 

 

─────強い意志の乗った宣戦布告の狼煙を上げる球だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

由美(ぅ、うぇぇええ!? お、お兄ちゃん!? 怪我治ってたのぉ!?)

 

 

こっそりとついてきた由美。家族の自分にも教えてもらえなかった兄の重大な秘密を聞いてしまったの図。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

虎金「え? 家族総出で応援に来るって? 他にも松原家も総動員で押しかける? そんな御大層なッ!」

 

 

虎金母「なにが御大層なもんかね! 息子の晴れ舞台! 見なきゃ親の名折れってもんだね」

 

 

花音母「うふふー。それに、昔から花音によくしてくれて助かってもらちゃった私たちにも、龍虎君の勇姿を応援しないわけにはいかないからねー」 

 

 

「それと、花音の彼氏さんのことも気になるしね」

 

 

花音「お、お母さん!///」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

花咲川商店街組合長「明日は我が地元にある二つの高校が野球で凌ぎを削るらしい! こりゃあ商店街総出で応援に行かなきゃなっ!! すぐに連絡回すぞぉ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

友希那「え? 明日はお父さんも見に来るの?」

 

 

友希那父「まぁね。友希那が気になるおと─────ゴホン、久方振りに野球の試合が観たくなってね、地元校同士の戦いだし、気になるからね」

 

 

友希那「そう……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

蘭父「……明日も、彼は試合に出るのか?」

 

 

蘭「? まぁレギュラーだし、大地なら当然出てくるんじゃない?」

 

 

蘭父「そうか……(ふむ、少し観に行くのも悪くはない、か)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つぐみ母「あら! 明日は大地君が試合に出るの? なら私も観に行こうかしら、丁度組合長から応援団の編成を頼まれたところだしね!」

 

 

つぐみ「その話唐突過ぎない!?」

 

 

つぐみ父「……まぁ、様子見ぐらいなら(マイエンジェルに取り入った害虫め、今度こそオマエの弱みを─────)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

沙綾「え? 商店街の人たちが総出で応援に来るの? ということは、ここも明日は臨時休業にするってこと?」

 

 

沙綾母「そういうことになるわね」

 

 

純「え? 野球観戦するの!? やったー!!」

 

 

沙綾「純と紗南は明日も学校でしょ? ちゃんと授業を受けなさい」

 

 

紗南「えぇ! そんなぁ……」

 

 

沙綾父「……(ヤツが出てくるかもしれないのか……。延棒の準備をしておこう)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リサ母「ウチがまさかベスト16まで残ってるなんて、ほんの2年前まで女子校だったウチがねぇ……。大地君も試合出るんでしょ?」

 

 

リサ「うん、そうみたいだよぉ☆ この前の試合でも二本も本塁打打ってたし、明日も観れるかな?」

 

 

リサ母「ふふ。久し振りに大地君の顔を見たいし、私も明日は観戦に行こうかしらね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紗夜「明日は両校共、全校応援ね」

 

 

日菜「うん! るるるん♩ ってするね! おねーちゃん!」

 

 

紗夜「ふふ、そうね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

矢来「……明日は─────」

 

 

 

月夜に手を伸ばした少年。

様々な思いが交差する月華の頃合い。

明日、ベスト8が決まる大一番。

昂りを抑えきれない少年は、ギュッと拳を強く握りしめて決意を胸に漲らせる。

 

 

矢来「─────必ず勝つ」

 

 

 

強い闘志を剥き出しに、戦士は待ちきれない夜明けを逸る気持ちを強引に押し付けて夢見に入った。




次回、試合開始!


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羽丘高等学校 VS 花咲川高等学校 Lightning Speed!

さぁ試合開始だッ(震え声)


全国高等学校野球選手権大会 西東京都予選 5回戦 府中市民球場 AM.9:30 晴天 

 

 

一試合目 羽丘高等学校 VS 花咲川高等学校(AM.10:00開始予定)

 

 

澤野「─────後攻でお願いします」

 

 

結城「ではウチが先攻で」

 

 

主審「わかりました。それでは花咲川高等学校さんが後攻、羽丘高等学校さんが先攻ということでゲームを始めます。お互いにフェアプレーと攻守交代を素早く心がけ、ベスト16らしい素晴らしい試合を期待します」

 

 

「キャプテン、握手を」

 

 

パシッ。

 

 

両校キャプテン『お願いしますッ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

澤野「ウチは後攻です」

 

 

後藤「そうか。それで、羽丘のスターティングメンバーはこれか?」

 

 

澤野「はい。粗方予想通りですが、前回とはメンバーを入れ替えてきましたね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結城「先攻です。それとこれが花咲川のメンバー表です」

 

 

片矢「うむ。やはり成田ではなく我妻対策か、春季大会と同様に左を並べてきたか」

 

 

結城「みたいですね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アナウンス『間も無く、羽丘高等学校対花咲川高等学校の試合を始めます。試合開始に先立ちまして、只今より両校のスターティングラインナップ、並びに審判団をご紹介致します』

 

 

実況『灼熱の太陽が照り付ける、ここ府中市民球場。今日もまた、白熱した一戦を一目見ようと、両スタンドから明るく活気に満ちた空気が漂ってきています』

 

 

『羽丘高等学校 対 花咲川高等学校の実況致しますのは私、堂山三木と解説は昨年に名門横浜実業高校の監督を勇退されました綿部俊頼さんでお送りいたします。綿部さん、どうぞよろしくお願いします』

 

 

綿部『はい、よろしくお願いします』

 

 

実況『それでは、両チームのスターティングメンバーを紹介していきたいと思います。まずは先攻の羽丘高等学校から』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・先攻 羽丘高等学校 (第4シード)

──────────────────────

 西東京都予選成績

1: 中 :秋野:.167(6-1)0本 0点 2盗

2: 二 :舘本:.400(5-2)0本 1点 1盗

3: 一 :結城:.400(5-2)0本 0点 0盗

4: 捕 :咲山:.875(8-7)5本 13点 0盗

5: 左 :成田:1.00(5-5)2本 7点 0盗

6: 右 :帯刀:.500(8-4)0本 3点 0盗

7: 三 :村井:.286(7-2)0本 1点 0盗

8: 遊 :笠元:.143(7-1)0本 0点 0盗

9: 投 :我妻:.333(3-1)0本 0点 0盗

──────────────────────

 

 

 

 

 

実況『一番秋野は俊足巧打のリードオフマン。夏に入ってから打率が低迷していますが、滝沼戦では素晴らしい守備で、本日も先発の我妻投手の完全試合を死守しました。二番舘本は巧打者、堅実な守備で非常に安定感があります。三番結城はチームの柱であり心臓でもありますと、試合前のインタビューで片矢監督が語るほどに全幅の信頼を置かれた主軸打者。四番咲山は、言わずと知れた世代最強のスラッガー。通算本塁打は一年生ながら既に41本、地方記録の3本を大きく上回る一大会5本塁打も記録しています。打率も脅威の8割超えと、打撃好調。本日は本職の投手ではなく左翼に着きます、五番の成田。投手としての実績はまさに【神童】の名に違わぬ実力ですが、打撃でも非凡な才を遺憾無く発揮しています。クリーンナップから外れはしましたが、六番帯刀は非常に勝負強い打者。七番村井はパンチ力のある内野手。八番笠元は羽丘の守備の要としてチームを盛り上げる守備職人兼ムードメーカー。そして九番我妻は、先日の滝沼戦で、脅威の24奪三振を奪いながらも、四死球0、被安打0のパーフェクトピッチングを記録した速球派で変則フォームの一年生右腕です』

 

 

『続いて後攻、花咲川高等学校のスターティングメンバーです。

 

 

 

・後攻 花咲川高等学校 (ノーシード)

──────────────────────

 西東京都予選成績

1: 二 :坂山 :.400(20-8)0本 4点 3盗

2: 遊 :木ノ下:.357(14-5)1本 3点 1盗

3: 左 :伊達 :.750(16-12)0本 8点 0盗

4: 捕 :澤野 :.556(18-10)5本 13点 0盗

5: 中 :幽ノ沢 :.368(19-7)2本 6点 0盗

6: 三 :高山 :.333(15-5)0本 3点 0盗

7: 一 :笹野 :.750(4-3)0本 1点 0盗

8: 右 :司永 :.333(3-1)0本 0点 1盗

9: 投 :虎金 :.267(15-4)1本 3点 0盗

──────────────────────

 

 

実況「一番坂山は3盗塁を記録する俊足堅守の内野手。二番は走攻守の揃った木ノ下。三番伊達は中学時代に全国大会を経験しており、チームトップの打率を誇るリーディングヒッター。四番は通算52本の本塁打を放っており、咲山と並ぶ一大会5本の本塁打を記録しています、強肩強打の主将権捕手兼主砲の一人三役を担う澤野。五番は澤野に次ぐ長打力が持ち前の幽ノ沢。高山は強肩堅守の六番打者。七番笹野は打撃好調の左打者。先日の筑波大筑波戦で四打数三安打一四球としっかりと仕事をこなしました。八番ライト司永は、右打者にしては珍しく右投手を得意とする変色バッター。守備も得意とします。そして九番は先発投手の虎金。ここまで全四試合に登板し、失点0の絶対的エースですが打撃能力も高く、初戦の吉良山高校戦ではバックスクリーンへの特大ツーランを放っています』

 

 

『以上が両校のスターティングメンバーです。綿部さん、両校共非常に完成度の高いメンバーとなっていますが、どのように見えますか?』

 

 

綿部『そうですねぇ、打撃陣の数字だけを見れば花咲川が一枚上手のように思えますが、羽丘の打撃陣も非常に安定感があります。特に両校の捕手で主砲の主軸がここまでチームを牽引して行っていますので、今日は捕手同士の戦いにも注目したいですね』

 

 

 

実況『なるほど。たしかにディフェンス面に起きましても、澤野選手は非常に安定感がありますし、咲山選手も自慢の強肩と補殺能力が非常に良いので、この二人の見えない戦いにも注目していきたいところです』

 

 

『そしてなんと言っても、両校は同地区同区画の姉妹校! 花咲川は2年前から、羽丘は去年から少子高齢化に伴って共学化し、どちらも似たような境遇のチームです』

 

 

『両校共、本日の試合には全校応援として在籍する学生はもちろん、通学区間にある花咲川商店街で働く方達も臨時休業にして駆けつけております。凄まじい歓声が球場に響き渡ります!』

 

 

綿部『凄いですねぇ、これほどの圧迫感があるなかで試合をするなんて滅多に経験できるものではないですから、これが逆に選手へと余計なプレッシャーにならなければいいんですけど……』

 

 

 

虎金(……母さん、おばさん、花音。それに学校のみんなが観てるんだ)

 

 

(情けねぇ姿だけは─────)

 

 

澤野(初球アウトローにストレート。サードとファースト、セーフティ警戒)

 

 

秋野(ここ最近、僕が打撃不振だったのは積極性が無かったから。こんなんじゃ一番打者としての役割を果たせるわけがない。だから─────)

 

 

実況『さぁ! 主審の吉良坂がプレイコールを行いました! 試合開始です!』

 

 

 

『虎金龍虎、大きく振りかぶって─────』

 

 

 

虎金(─────見せられねぇ!)

 

 

 

ビュゴォォォォ……ッ!

 

 

 

 

カッキィィイィイーーーンンンッ!!

 

 

澤野(な!?)

 

 

秋野(─────初球を思いっきりぶっ叩く!)

 

 

《150Km/h》

 

 

ワァアァァアァァアァァアッッ!!

 

 

虎金「はぁあぁ!?」

 

 

実況『し、初球アウトコース低めに決まった150Km/hのストレートを逆らわずに左方向へ見事弾き返しました! 一番秋野ぉ!』

 

 

『打球はレフト線へと落ちて長打確定!バッターランナーの秋野は自慢の俊足飛ばして悠々とスタンディングダブルッ! 羽丘高等学校はいきなりの先制チャンスメイク!』

 

 

 

綿部『いやぁ、今のバッティングは素晴らしいですね。あのコースの速いストレートを弾くのは簡単じゃないですよ』

 

 

 

 

 

秋野(よし、狙い通り先制攻撃成功だね。僕が二塁にいるっていうプレッシャーを与えられる)

 

 

 

 

(勿論、シングルなら帰ってやるよ……!)

 

 

 

虎金「ふぅ……」

 

 

(今のを打たれちゃあ仕方ねぇ、切り替えよう)

 

 

澤野「トラ、今のは仕方ない。切り替えろよ」

 

 

虎金「わかってますよ!」

 

 

澤野(秋野が初球打ち……。少し安易に攻めに行ってしまったか)

 

 

(しかし今の安打は痛い。前回の試合でヤツらはトラからヒット一本すら打てずに完敗した。その嫌な印象のまま試合を進めたかったが……)

 

 

 

秋野(さぁ、三盗あるよー!)

 

 

澤野(……その悪印象を払拭した挙句、左打者が打ったという事実が相手に余裕を与えてしまう。しかも、ランナーとしてなら一番厄介なやつを出してしまった)

 

 

(今のヒットで色々な前提を崩された。ち、面倒な)

 

 

 

片矢(好投手を攻略する上で、やはりポイントになるのは機動力とバント)

 

 

実況『続くバッターは二番舘本! 非常にクレバーな巧打者です』

 

 

『羽丘はこの場面で着実に送るのか? それとも打たせるのか? そして花咲川はこのピンチを凌ぐことができるのか?』

 

 

解説『ここで送るのか打たせるのか、一つの大きなポイントになりますね』

 

 

『次の打者からクリーンナップ。さしもの虎金君も簡単に討ちとれるとは限りません』

 

 

『だからといって安易にバントと決めつけてヒットエンドランでの急襲や、ランナーが俊足の秋野君ですから三盗にも気を配らなければなりません』

 

 

実況『なるほど……。さぁ、ここでバッテリーはどういう選択をするのでしょうか』

 

 

 

澤野(右巧打者の舘本。非常にコンタクト能力が高く、選球眼もいいクレバーな打者だけに、この場面では様々な起用法がある)

 

 

(だからといって、安易にサードをバント警戒で前進させると二塁の走塁変人野郎へのフリーパスになりかねん)

 

 

(仕方ない、ここは一点覚悟しよう。まずは様子見のアウトローだ。ストレートを外せ。ただ、簡単に秋野を放ったらかしにはするなよ。首振りで牽制しとけ)

 

 

虎金(了解です)

 

 

実況『花咲川バッテリー、サインが決まったようです! 一度二塁に首を振って牽制を入れます』

 

 

綿部『ランナーは快速ランナーですからね、ちゃんと間合いを取っておかないと痛い目に遭います。この間合いは非常にいいですよ』

 

 

 

秋野(首振りのタイミングは普通か、これなら問題なく走れそうだね)

 

 

 

実況『エース虎金、セットポジションから……!』

 

 

秋野(行けるッ!)

 

 

榊(行けっ!)

 

 

木ノ下「っ!? スティールッ!!」

 

 

澤野「なっ!? (初球から!? しかも完璧なスタートだ、と!?)」

 

 

実況『ランナー秋野、単独スティールッ!! いや! これは─────っ!?』

 

 

 

舘本(アウトロー、ボール1個分外。けど、当てられる!)

 

 

 

コンッ!!

 

 

虎金「え?! (スティールしてるのにバント?! しかも構えるのが異常に遅いし転がしてるところが一塁線ギリギリでしかも入ってんじゃん)」

 

 

笹野「くっ、(今飛び出しても間に合わない!)トラ! コッチで確実にアウトにするぞ!」

 

 

虎金「くそ、わかりました!」

 

 

パシッ!

 

 

実況『突然の奇襲セーフティですが、素晴らしいフィールディングでバント処理します、虎金! 一塁へ余裕を持って送球─────』

 

 

秋野(行っちゃう?)

 

 

榊(行っちゃえ!)

 

 

ザンッ! タタタ……ッ!!

 

 

秋野「おぅけぇい!」

 

 

ザ、……シュンッ!!

 

 

澤野「!? 笹野バックホームッ!!」

 

 

笹野「は!? マジかよ!?」

 

 

虎金「それは暴走だろぉ!?」

 

 

 

実況『─────なんと送球の合間に秋野は三塁を蹴ってホームに突貫っ!! ファーストの笹野は送球をすぐさま捕球し、素早くホームへ返球っ!!』

 

 

 

秋野(お、案外微妙かな?)

 

 

澤野(よし、ストライク返球ッ! これなら─────)

 

 

秋野(けど─────)

 

 

実況『タイミングは絶妙ッ! 判定は─────!?』

 

 

 

ズザザザ……ッッ!

 

 

パシッ!

 

 

澤野(コイツ、スライディングでスピードを落とすどころか、勢い殺さずにそのまま─────)

 

 

ザンッ!

 

 

秋野「……」

 

 

澤野「……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……くそっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

審判「セェーフッ! セェェーフッッ!」

 

 

 

 

 

 

 

実況『……ッッ……、は、』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『羽丘先制ィイィイィィィッ!!』

 

 

 

ワァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアッッ!!

 

 

 

 

秋野「ふふ、ご馳走様☆」

 

 

澤野「く、(コイツ、初めからコレを─────)」

 

 

 

大地「おっしゃぁあ!」

 

 

帯刀「咲耶ナイスランッッ!!」

 

 

空「流石は元祖怪盗マンッ!! 一瞬のスキを逃さずにホームを奪ったぁ!」

 

 

 

笹野「サワ! セカンだっ!!」

 

 

澤野「な、にぃ?!」

 

 

ズザザザ……ッ!

 

 

舘本「ふ……」

 

 

実況『捕手の澤野、投げられないッ! そして動揺隠せぬ合間に、舘本は二塁へすかさず進塁ッ!』

 

 

 

『脅威の機動力と、隙を逃さぬ静かな攻めッ!!』

 

 

 

『これが羽丘自慢の一、二番コンビッ!! 今大会無失点を続けていた好投手虎金から僅か2球での先制ッ! まさに電光石火の得点劇を見事に演出してみせたぁ!』

 

 

 

『そして未だノーアウト二塁の得点チャンスに、クリーンナップに回ってきました! エース虎金、この場面を最少失点で切り抜けられるか!?』

 

 

 

虎金「……」

 

 

 

結城(咲耶と舘本が作った絶好機。この機会をみすみすと見逃してたまるか)

 

 

 

 

(必ず、打つ……ッ!)




打率計算と集計が結構めんどくさかった……。


次回、虎金VSクリーンナップ!


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これが、俺のストレートだ

ドラフト会議、中々に楽しめたぁ!!
(さっき録画したのを見ました。けどニュースであらかた一位の速報が流れたりしてたため、面白味は半減しましたが……)


実況『初回、羽丘が一、二番でたったの2球での急襲先制劇を演出し、尚もノーアウトランナー二塁のチャンスッ!』

 

 

 

『開幕速攻で作り出した好機に打席へと向かうのは、羽丘の絶対的支柱! 三番の結城ッ!!』

 

 

 

『この場面でさらなる追撃の一打を放つことが出来るか!? 対して、花咲川陣はこのピンチを最少失点で切り抜けられるか!? まだまだ初回ですが、ベスト8をかけた試合にふさわしいゲーム展開です!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

澤野「今の失点は仕方ないな。あの得点パターンはもう忘れて次に集中だ」

 

 

 

高山「あれで点を取られちゃったら、そりゃあ割り切るしかないっすよ。あんなの博打ですもん」

 

 

 

笹野「でもやっぱり、秋野をランナーとして出したくはないねぇ……。マジで厄介すぎる」

 

 

 

坂山「わかるわぁ! スッゲェわかる! アイツ、下手したら俺より速いからね!? 足チーターだわ、アレは」

 

 

 

木ノ下「とりあえず内野は定位置、外野は次の点をやらないように少し前進させますか?」

 

 

 

澤野「あぁ、そうだ。まだ我妻の状態を確かめたわけではないが、初回に2失点以上はゲームを進めていく上で必ず障害になる。この場面を最少失点で切り抜けられるかどうかが、まず一つ目のターニングポイントになる」

 

 

 

「内野は定位置だが、三遊間ゴロ時における二塁ランナーの進塁は出来る限り防いでくれ。一二塁間は進塁させてしまっても仕方がないが、着実にワンナウトを稼げ、たださっきのパターンは殆ど無いと思うが、一応の警戒はしておけ。必ず切り抜けて裏の攻撃につなげるぞぉ!」

 

 

 

 

内野陣『応っ!』

 

 

 

 

澤野「トラ、いけるな?」

 

 

 

虎金「……」

 

 

 

澤野「? トラ」

 

 

 

虎金「……大丈夫、聞こえてますよ。この場面、完璧に凌げばいいんでしょ? 了解です」

 

 

 

澤野「っ!」

 

 

 

木ノ下「おい、虎金。お前その態度─────」

 

 

 

澤野「いや! いいんだ、これで……」

 

 

 

木ノ下「え?」

 

 

 

澤野(この感じ、この雰囲気、この圧力……。間違いない!)

 

 

 

「よし皆、守るぞ! そしてトラ、この場面を切り抜ける役目は任せたぞ」

 

 

虎金「うす」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実況『ここで花咲川は守備のタイムを終えて、それぞれの守備位置に戻ります! おっと? セカンドとショートが外野に指示を出して、位置を変えさせます。これは─────』

 

 

綿部『2点目封じですかね? 外野の定位置から少しの前進した守備ですね。やや流し打ち警戒の右寄りですし、おそらくその通りだと思います』

 

 

 

 

 

結城(虎金の雰囲気が変わった……? けど、この状況では関係な─────)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズッッバァァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンンッッ!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《 153Km/h 》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結城「……な、んだと?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ワァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアッッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実況『こ、この場面で動揺も、焦燥も、リズムの乱れも全くなく、インコース胸元に突き刺さる渾身のクロスファイヤーを漲って余りある闘志を全開にして投げ込みましたぁあ!!』

 

 

 

綿部『いやぁ、この球はちょっと手が出ませんねぇ。あそこに決められたら誰だって、ねぇ……』

 

 

 

 

澤野「ナイスボール!」

 

 

虎金「ふん……」

 

 

 

秋野(えぇ……? さっき僕が打ったボールとは、全くの別物じゃん。明らかに勢いが増してるよ、アレ)

 

 

 

帯刀(哲人が反応すらできずに初球を見逃した? どんなストレートだよ……。ほんと冗談はよしてほしいぜ)

 

 

 

結城(なんという気迫……ッ! この場面で、この劣勢で圧倒的な破壊力あるボールをコーナーに投げ分けるなんて……ッ!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズッッバァァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンンッッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

《 152Km/h 》

 

 

 

 

 

 

 

 

実況『そしてこの150キロを優に超える豪速球を、内へ外へと投げ分ける制球力ッ!! 好打者結城をたった2球でテンポ良く追い込んだッ!』

 

 

 

綿部『この場面で、とんでもない速球を投げ込みますねぇ。先程、秋野君に打たれたストレートとは全くの別物と考えた方がいいですよ』

 

 

 

 

結城(く、2球で追い込まれた。最後、何が来る? 緩急差を活かしたサークルチェンジ? それともストレートの残像を活用した速いスライダー? またはインコーナーを抉るカットボールか?)

 

 

 

 

澤野(もはや、内と外のストレートでカウントを稼がれたお前に、次の一球は絞れまい)

 

 

 

 

 

(これで、ジ・エンドだ)

 

 

 

 

 

 

 

虎金(結城哲人。俺らの世代で、高校に上がってからお前の事を知らない奴はいなかった)

 

 

(1年生から不動の四番として躍動。その勝負強い打撃と、鋭く速いスイングを買われてプロ候補としてリストアップされた世代最高候補の打者)

 

 

(前から、ガチでやり合いたいと思ってたんだ)

 

 

(ほら受け取ってくれよ、結城─────)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズッッバァァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンンッッッ!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《 155Km/h 》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「─────これが、俺のストレートだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ワァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアッッ!!

 

 

 

 

 

実況『……ッッ……み、見逃し三振ッッ!!』

 

 

 

『遊び球一切無し! インコース低めへと正確に抉り込まれた怪物ストレートにプロ注目候補の結城が手も足も出ず玉砕ッッ!!』

 

 

 

『相手の勢いを完璧に粉砕した撃砕の一投ッ!!』

 

 

 

『これがホンモノの怪童ストレートッ! これが花咲川絶対的エース、虎金龍虎のストレートだぁぁッッ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結城「……スマン、簡単にやられすぎた」

 

 

 

大地「いえ、あのストレートを視認出来ているだけまだ良かったと思いますよ。流石に、アレを初見で打つのは厳しいでしょ」

 

 

 

結城「確かにな。相当な球威だ、気を付けろよ」

 

 

 

大地「うす、流石にこの状況で一点だけってのは虚しいですからね。どうにかして打ち崩してきます!」

 

 

 

結城「ふ、頼もしいな。だからこそお前にその打順を託したんだ。任せたぞ、主砲」

 

 

 

 

大地「─────えぇ、任されました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実況『しかし、結城が打ち取られても依然として花咲川の劣勢に変わりはありませんッ!!』

 

 

『続く打者は、羽丘の主砲ッ!! 咲山大地!』

 

 

『数多の奇跡を塗り替えてきた世代最強選手が、追加点を自慢の打棒で紡ぐことができるかっ!?』

 

 

『それともバッテリーはこの打者との対戦を避けるか否かッ!? 避けなかったとして3番結城同様、完璧にねじ伏せられるのかっ!?』

 

 

虎金「咲山……ッ」

 

 

大地「貴方に積年の恨みなんてありませんが、ここで引導を渡して一気にケリをつけてやりますよ。虎金さんッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実況『虎金vs咲山ッ!! 注目カード、ファーストラウンドの開幕です!!』




虎金スゲェェェエ!!


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咲山大地 vs 虎金龍虎 1st. Battle ─────選球術─────

山本昌塾、受けれるものなら受けてぇ!!


虎金(さてと……、早速出てきたな。モンスター)

 

 

大地(さて……、早速本領を発揮し始めたな。バケモノ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

虎金「……咲山。たしかにお前は俺が知りうる限り、最強の打者だ。けど、俺だって前回とは違うんだ─────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大地「虎金さん、アンタは俺が知り得る中でも指折りの好投手だ。もしかすればアンタは俺なんかよりも上の存在なのかもしれない。だけど、俺にだって負けられない絶対的な理由がある─────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実況『注目の怪物高校生対決! その初球ッ! 虎金、セットポジションから第一球を、投げましたッ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

虎金(─────お前を捻じ伏せてこそ、俺が進化した価値が見出せるッッ!!)

 

大地(─────アンタを打ち崩してこそ、その勝利の真価が発揮できるッッ!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブォオォォォオォォォオォォオーーーンンンッッ!!

 

 

 

ズッッバァァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンンッッッッ!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《 155Km/h 》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ワァァァァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアッッ!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実況『虎金! 咲山との直接対決を決行ッ! 一塁が空いていようとも御構い無しッ! ストレート真っ向勝負ッッ!!』

 

 

 

 

『そして、その虎金に応じるようにして打席に立つ咲山もフルスイングでバットを豪快に振り抜きますッッ!!』

 

 

 

綿部『素晴らしいボールですが、少し高いですね。ここをしっかりと修正して行きたいですよ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大地(なんつーノビしてんだ。完全にバットの上を通過して行きやがったじゃねぇか。えげつすぎだろ、虎金さんよぉ!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

虎金(俺の進化したストレートに、初手からバットを振りやがったよ。んだよ、その可愛げのない反応速度は。ヤバすぎだろう、咲山よぉ!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

澤野(今のスイング……。虎金のストレートにタイミングだけはアジャストしてた? 初手で虎金のアウトコースへのクロスファイヤーに反応するか)

 

 

(やはり侮れんな、咲山大地。安易にストレートで攻め過ぎると痛打を喰らう可能性がある、ここは外に逃げるスライダーでコイツの打ち気を誘う)

 

 

 

 

 

実況『二球目……ッ!』

 

 

 

 

ビュゴォォォオォォオォォオ……ッッ!!

 

 

 

大地(アウトコース低め! ストレー─────)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カクク……ッッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(─────な?! ふざけんなっ!! ここで初めてスライダー! しかもこんな手元で曲がり始めただと!?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

澤野(よしっ! ナイスコースッ!)

 

 

 

虎金(これは手が出たろッ!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大地(やべぇ! バットが止まら─────)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「─────グ、らぁッッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズッッバァァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンンッッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《 141Km/h 》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

澤野(嘘だろ!? そこまで素直に体を反応させておいて、バットを強引に止めただと!?)

 

 

 

 

虎金(普通、そこは手が出る場面だろうがッ!! マジで体の構造どうなってんだよ……!)

 

 

 

実況『こ、ここで今日初めて外へとはずれる高速スライダーを選択ッ。しかし、咲山は間一髪、バットをギリギリで止めてキッチリと見極めましたぁッ!!』

 

 

 

綿部『素晴らしい選球ですね! 虎金君も角度、スピード、コース……、どれを取っても一級品のスライダーを投じたのですが、今の一球は咲山君の選球眼に一歩先を越されましたねぇ』

 

 

『バッテリーからすれば、今のでツーストライクと追い込みたかったでしょう』

 

 

『それでもワンストライクワンボール。まだこの打席の決着はついていませんから、両者共に集中力を欠かさぬようにして行きませんと、すぐに喰われますよ』

 

 

 

 

 

 

 

大地(よし、今のを見送れたのはデケェ。これでまた五分五分。次は何を使う? 俺なら何を要求する?)

 

 

澤野(今のを見送られたのは、少し嫌な感じだが攻めの入りは悪くない。スライダーのキレも上々。多投しすぎて目を慣れられたくはないが、ここはもう一球外にスライダーだ)

 

 

(バッテリーからすれば、ツーボールワンストライクというバッティングカウントにしてからことを運びたくはない)

 

 

 

(今はその心理を逆手に取らせてもらうぞ)

 

 

 

虎金(了解っす)

 

 

 

 

 

 

大地(……俺なら外に逃げるスライダーを続けるが、アンタは俺の思考回路を予んで他球種を選択できるか?)

 

 

 

(できないよな? だって、予みを外した時の代償がデカ過ぎるからな)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実況『三球目、少し間を置いてから、ノーワインドからの一投ッ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ビュゴォォォオォォオォォ……ッッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

澤野(よし! ナイスコースッ!)

 

 

虎金(完璧ッ! これには手が出るだろ!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カククッッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大地(だったら、ここのカウントを悪くしてでも、ここは外に逃げる球一択だ!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズッッバァァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンンッッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

審判「ボールッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大地「よしっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

虎金(はぁ!? おま、今の見送くんの!? いくらなんでも可笑しすぎんだろっ)

 

 

澤野(しかも一球目よりも平然と見送りやがった。まさか配球が予み易かった? それとも虎金のスライダーを完璧に見切ったのか? どちらにせよ普通の人間の対応力じゃないぞ、それ……)

 

 

 

 

 

 

実況『み、見送りましたッ! バッテリーが選択したのは、二球連続での逃げていくスライダーッ! しかしバッター咲山は物ともせずに、今度は平然と余裕を持って見送りましたぁ!』

 

 

 

綿部『凄いですねぇ、最初のスライダーよりも明らかに切れ味鋭い変化球でしたが、完璧に見定めて選球していますよ』

 

 

 

実況『と、いいますと?』

 

 

 

綿部『花咲川バッテリーは、ワンストライクワンボールからワンストライクツーボールになる有利性と、ツーストライクワンボールになる不利性を考慮した打者心理の裏をかいてボール球になるスライダーを選択したのでしょうが、それは咲山君にとっての筋書き通りだったのです』

 

 

 

『安易にストレートを投げ込んだ場合、それを痛打されて失点してしまう可能性が高い。だからこそ裏をかいた切れ味鋭い変化球……それも二球続けてくるなんて思わないような配球で続けました』

 

 

 

『ですが、咲山君はそれさえ予み切った上で見送ったんです。追い込まれれば状況が一転しかねない絶体絶命の場面で、予みが外れることを全く恐れずに余裕綽々と見極めたのです』

 

 

 

 

 

ズッッバァァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンンッッ!!

 

 

 

 

 

澤野「落ち着けトラ! ボールは問題なく走ってる! 低く来い!」

 

 

虎金「わ、わかってますよっ!」

 

 

 

 

 

大地(使いづらいだろ、スライダー。カットボールもあるしチェンジアップも厄介だが、リズムの崩れた状態では投げづらいはずだから、考えなくてよし)

 

 

(ワンスリー、もう無理に勝負へこだわる必要はないカウント)

 

 

 

澤野(くそ、インコース直球だ。もう外れても構わん。とにかく次の対戦に繋げるために、インコースへ意識を向けさせるぞ)

 

 

 

 

大地(ほら外せよ、澤野さん。インコース高め、ボール球だろ? 安心しろ─────)

 

 

 

 

 

綿部『まるで自分の考えが全て正解なんだと言わんばかりに、振る気配すら見せずに選球した。これは、バッテリーにとって最もやり難い見逃され方』

 

 

 

 

『もはや、バッテリーの心中は咲山君の手中に収まってしまいましたね』

 

 

 

 

 

 

ズッッバァァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンンッッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

審判「ボールッ! フォアボールッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大地「─────ほらちゃんと見逃してやったろ─────この打席は俺の予み勝ちですよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

虎金「…………く、そ……っ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ワァァァァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアッッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実況『高めに浮いたインコーナーのストレートを完璧に見送ってフォアボールを選択ッ!!』

 

 

 

 

 

 

 

『花咲バッテリーは勝負を選択しましたが、結果は四球ッ!! 羽丘の精神的支柱である結城を打ち取って、リズムが出てきた虎金に全く自分の投球をさせずに、見極めましたッ!!』

 

 

 

 

『これが羽丘の正捕手、咲山大地の選球術ッ!! 長打や打撃だけではない、予み合いでは絶対に負けないという宣戦布告を花咲川正捕手の澤野に叩きつけましたッ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

澤野(ち、たしかにこの打席は俺の負けだ。けど状況に大きな支障はない)

 

 

虎金(くそ、咲山へのリベンジマッチを一打席無駄にしちまった。けど後続を抑えれば、全く問題ない)

 

 

 

(咲山へのリベンジ機会はまだある、だから今はとにかくこのピンチを抑え込むことだけに集中しよう)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大地(なぁなんで俺がフォアボールをわざわざ選択したのか、テメェなら分かってくれるだろう?)

 

 

 

 

 

(そもそも俺は左打ちで、虎金さんとは相性が悪い。正直まともにやり合えば、勝ち筋は激減する)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だから頼んだぞ、空。結城主将は俺に、俺はお前に託したんだ。この場面で打ってくれなきゃ嘘だぜ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空「あぁ任せろ。このチャンス、先発する我妻のためにもオレが必ず掴み取ってやる」

 

 

 

 

「投球も、守備も、打撃も全ての運命を背負い込んでこそのエース……ッ」

 

 

 

 

 

「この絶好機、逃してたまるものかっ!!」

 

 

 

 

 

 

実況『四番咲山がフォアボールに出塁し、これでワンナウト一、二塁のチャンスが拡大した場面で打席に立つのは、左投げ右打ちで、羽丘のエースナンバーを背負う神翼の天才!』

 

 

 

 

『本日は5番打者として、活躍を誓う【神童】ッ! 成田空が、満を辞しての登場ですっ!!』

 




選球術は作者の独自理論です。間違ってたら申し訳ねぇっす!!


次回、【神童】 vs 【怪童】


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【神童】vs【怪童】 振り切るスイングと、怪速球─────

知ってた? まだ初回表の攻防なんだぜ?! 信じられっか!?
なんか既に一試合書き終わった気分だけど、まだ前哨戦だぜぇ!!(狂気)


『本日は5番打者として、活躍を誓う【神童】ッ! 成田空が、満を辞しての登場ですっ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空「オレが大地に変わってかっ飛ばしてやるよ、【怪童】。アンタを打ち崩して、オレらが勝つッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

虎金「うるせぇぞ、小僧。お前なんざ始めから打者として眼中にねぇんだよ。とっとと失せろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実況『【神童】vs【怪童】ッ! 注目の初球ッ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

虎金「─────俺の行く末を邪魔すんなよ、天才ッッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズッッバァァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンンッッ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《 151km/h 》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ワァァァァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアッッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空「、っ!」

(低くすぎるとおもったら、まさか地から這い上がってきた!?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

澤野(トラ、ここで強制的に割り切ったか……ッ!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実況『ズバァン! とアウトコーナー一杯に決まる怪童のストレートォォッ!! 初回からエンジン全開ッッ! 150キロをコンスタントに記録していきます、エース虎金ッ!!』

 

 

 

 

綿部『乱れたテンポを強引に修正しようとしてきましたねぇ。質の良い豪速球だけではなく、捕手が構えたところにキッチリと投げ込まれたほぼ完璧なあの制球力も虎金君の本来の武器です! あのボールがキチンとあそこに決まれば、そう簡単には打ち崩せませんっ』

 

 

 

 

 

実況『今の一球を見て、羽丘はバントの指示も大いにあり得ますか?』

 

 

綿部『大いにありますね、今の状態の虎金君から複数得点は殆ど見込めませんから、ここは次の打者に一任するように一つでもランナーを前に進塁させておきたいですよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

片矢(成田はバントが苦手だ……。無理に送らせようとして、逆に弱味を見せたら喰われかねない。ここは素直に打たせる)

 

 

 

 

空(サインはフリー……。ランナー一、二塁。送りバントはこの球威だとオレ程度の奴は必ず失敗する)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ならオレがやるべきことはただ一つ─────)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガッギャァァーーンンッッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(─────素直にバットを振るだけだ!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

虎金「っ?! (当てただ、と……!?)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

澤野(虎金のストレートをセンスだけでバットに当てるか……! どんな感覚してやがる)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《 152km/h 》

 

 

 

 

 

 

 

 

ワァァァァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアッッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実況『当てたァァアッ!! インコーナーにえぐり込まれた真っ直ぐを詰まりながらバットで捉えました、成田ッ!!』

 

 

 

『打球に力はありませんが、それが面白いところに上がっているッ!! レフト、ショートが必死に白球を追いますッ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

虎金「捕ってくれぇぇえ!!」

 

 

空「落ちろぉぉお!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

木ノ下(く、届かな─────)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ポトン……ッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実況『お、落ちたァァアァァアァァア!!』

 

 

 

 

 

 

 

虎金「な─────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実況『打球が死んでいる! レフトの伊達は猛チャージをかけるッ!! セカンドランナーは─────?!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

榊(打球の勢いは微妙、舘本の脚と相手の肩、そしてボールの位置……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(判断を迷ってる場合じゃない、俺の役割はランナーを必ず生還させること─────!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(迷いを─────誰にも見せるなッ!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゴォォォォーーーッッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

舘本「っ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ザンッッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タタタ……ッッ!!

 

 

 

 

 

 

実況『ランナーコーチャー回したァァア!! セカンドランナーの舘本ッ、三塁を蹴ってホームに向かいますッ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

高山「伊達ぇ!!!! ここだぁっ!!」

 

 

 

 

伊達「わかってるっ!! ラァッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実況『レフト伊達、ボールを捕って直ぐに中継のサード高山に的確な送球を送りますッ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

榊(そう、レフトの伊達は肩が良くない。普通の外野手よりも守備範囲が広いのに、センターじゃない理由がそれだ)

 

 

 

 

 

(伊達が弱肩じゃなければ、舘本の脚が速くても、こんな判断はしなかった)

 

 

 

 

 

(こんな距離でも中継を入れてくるのは、わかってた! だからそこに活路を見出したッッ!!)

 

 

 

 

 

(─────そして、後は舘本が生還するのを祈る。それが今の俺が成せる役目ッ!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

澤野「高山っ!!」

 

 

 

高山「わかってますよっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実況『流れるような中継プレイで、サードの高山は強肩を活かしてホームへと返球ッッ!!』

 

 

 

『ランナー舘本、捕手の背後に回り、ホームベースに滑り込むッ!!』

 

 

 

『澤野のミットが舘本の体に触れるか、その前に舘本の手がホームベースに触れるのが先かぁ!?』

 

 

 

 

『─────判定は!?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

審判「セェェーーフッッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ワァァァァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアッッ!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空「シャァァァァアッッ!!」

 

 

 

 

榊「うしっ!」

 

 

 

舘本「っ(ぐっ!)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実況『羽丘初回に2点目ェェェェエッッ!!』

 

 

 

『好投手虎金龍虎から、大きな、非常に大きな意味を持つ追加点をあげましたァァア!!』

 

 

 

『成田空ッ、詰まりながらもバットを振り切った執念のレフト前タイムリーで、スコアボードに2の数字を刻みましたぁっ!!』

 

 

 

 

綿部『インコーナーの難しいところで、球威あるボールに詰まらされたんですけど、しっかりとバットを振り切ったことでギリギリ内野の頭を越しましたね。いやぁ……初球のアウトローを見た後に、アレはなかなか出来ませんよ、素晴らしいです』

 

 

 

『それと三塁コーチャー、ナイス判断ですね。ボールの勢い、ランナーの足、守備選手の肩と守備範囲……全ての情報を瞬時に確認し、迷いなく腕を回しましたねぇ』

 

 

 

『ランナーにとっては非常に回るのか微妙な当たりでも、榊君のように一切迷いのない判断はランナーにとっても大きな勇気になります』

 

 

 

『先ほどの秋野君の時も同様に、彼に迷いはありませんでしたし、この2点は榊君無しには成り立っていません。影ながらのファインプレーですよ』

 

 

 

 

実況『そして花咲川にとっては、大きな痛手ですっ! エース虎金が初回に捕まってしまっています。綿部さん、虎金の調子自体は悪くなさそうですが、少しバタついている印象を受けますね』

 

 

綿部『そうですね、やはり羽丘の奇襲劇に面をくらってしまったっというのはあると思います。しかし、その後好打者結城君に対しては非常にテンポ良く打ち取れたので上手く立ち直ったんですが、咲山君のフォアボールで少しバタついてしまったんですよね』

 

 

『ただ成田君に対しては、良い感じで投げれてたと思いますが運が悪かったとしか言えません。野球ですからこういったことも起こり得ると、切り替えるしかないですね』

 

 

 

実況『そして、羽丘は未だワンナウト一、三塁のチャンスッ!!』

 

 

 

『打席には勝負強い六番、帯刀ッ! ここで更なる追加点をもぎ取ることができるかっ!?』

 

 

 

『花咲川にとっては踏ん張りどころッ! このままズルズル行きたくないッ! 負の連鎖を断ち切れるか!? エース虎金ッ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帯刀(こういうこともあるんだぜ!? 虎金!)

 

 

 

(このイケイケムードで、お前は意気消沈しちまってるだろうけど、同情はしな─────)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズッッバァァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンンッッ!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帯刀「……ぇ、は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズッッバァァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンンッッッ!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帯刀「おま、ちょ……!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(この状況で、お前─────なんで復活して……っ!? というか、球威が一球ごとに上がって!?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

虎金「……邪魔だ、退け」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大地・空・矢来『っ!!(ゾワ……ッッ)』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズッッッ、─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────バァァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンンッッッッ!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《 156km/h 》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……わ、ワァァァァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアッッ!!!!!!

 

 

 

 

実況『、じ、じじじ、自己最速更新ッッッッ!!!!』

 

 

 

綿部『……これは…………ちょっと、ねぇ?」

 

 

 

実況『湧き立つ会場に、大きく揺れる花咲川サイドッッ!! 打者帯刀、アウトロー一杯の快速球に手が出ず、見逃し三振ッッッッ!!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帯刀「……な、んだよ、今の…………っ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれが、本物の殺気っていうのか……? だとしたら─────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズッッッバァァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンンンッッ!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“─────なんて恐ろしいものなんだ”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ワァァァァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアッッ!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実況『七番村井も、全球直球で見逃し三振ッッッッ!!!!!』

 

 

 

『虎金龍虎ッ!! 2点目を失った後は、唸りを上げる怪物ストレートで二者連続三振でピンチを完璧に封殺ッッ!!!!』

 

 

 

 

『これが虎金龍虎ッ!!!! これがエースッ!!!! 悪い流れを全て払拭する怪速球にスタンドが震撼しましたァァァ!!』




……虎金君からどうやって点を取らしたんだろうと、少し強化させすぎたことを悔いている作者の図


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『越える』想いの乗った149km/h

日本シリーズ、ソフトバンクが一勝しましたね。
千賀さん、流石っす……(震え声)


大地(結城主将、帯刀さん、村井さんに見せた投球……。あれが虎金龍虎の本来の姿か)

 

 

 

(流石に怪物が過ぎる。しかもこの回、殆どストレートしか投げてないから、こっから先にかけて点が入るか分からない)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「─────わかってんな、矢来」

 

 

 

 

 

 

 

 

矢来「わかってるよ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大地「初回から、ツーシームジャイロのサイン出していくぞ。オマエの宿敵を全て薙ぎ払えッ」

 

 

 

 

 

 

 

矢来「おう、任せろよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺が全員ねじ伏せてやるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズッッバァァァアァァアァァアーーーンン!

 

 

ズッッバァァァアァァアァァアーーーンン!

 

 

ズッッバァァァアァァアァァアーーーンン!

 

 

 

 

 

 

 

友希那「さっきの攻撃、ウチにとっては理想的な展開ね」

 

 

「先日の試合では機能しなかった一、二番での電光石火の得点劇。そして今大会、野手として初めて起用された5番の成田で追加点を取る」

 

 

「でも、だからこそエンジンがかかった時の虎金のピッチングを今のうちに叩いて置きたかったでしょうね」

 

 

蘭「……虎金さんの本気のピッチングが打てないっていう印象がつくからですか?」

 

 

友希那「美竹さん、その通りよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黒服「攻撃のリズムという不確定要素が野球のゲーム内では存在します」

 

 

「一、二番の速攻に、五番の成田が放ったポテンヒット。これだけでも羽丘がノリに乗った攻撃を展開していることがわかりますが、それでも虎金の本気になったストレートをまともに捉えた人はいなかった」

 

 

 

紗夜「たしかに、そうですね……」

 

 

 

黒服「その現実が、彼等の楔となり次の回から変化球が活きる。今の回の虎金が、投じた変化球は咲山に対して慎重に入った2球のスライダーのみですから、尚更にね」

 

 

「だからこそ羽丘陣とすれば、全開の虎金を早めに叩いて嫌な印象を植え付けたかったはずです」

 

 

 

「ウチにしてみれば首の皮が一枚繋がった感じですね」

 

 

 

美咲「なら一安心ですね……」

 

 

 

 

 

 

ズッッバァァァアァァアーーーンンン!

 

 

 

花音「……やっぱり」

 

 

 

ズッッバァァァアァァアァァアーーーンンンッ!!

 

 

 

千聖「花音?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

高城(羽丘高等学校一年生 背番号無し 外野手兼ブルペン捕手)「やっぱり我妻のやつ、めちゃくちゃ良いなぁ」

 

 

蘭「あ、高城。いたんだ」

 

 

高城「うん、ずっといたんだけど……。なんか泣いて良いか?」

 

 

蘭「キモいからやめて」

 

 

高城「絶対泣いてやるっ!」

 

 

つぐみ「そ、それで我妻君が良いってどういうことなのかな?」

 

 

高城「あぁ、まぁ見てればわかると思うけど、今日のアイツがブルペン通りの投球が出来るなら─────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

坂山(虎金が2失点したとはいえ、まだ初回。コイツ相手なら尚更慌てる必要はねぇ!)

 

 

 

矢来「一つ一つ丁寧に……。ちゃんと攻める」

 

 

 

坂山(いくら図太い投手だとしても、あの炎上は忘れられねぇだろ!? 速攻ぶっ叩いて、あの時のトラウマを植え付けてやる!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実況『そして攻守が変わっての、羽丘の先発は背番号11、変速右腕! パーフェクター我妻矢来です!』

 

 

 

『初戦の米谷戦でのリリーフ、四回戦の滝沼戦では先発登板し打線を圧倒! 24奪三振に加え、四死球、被安打共に0のパーフェクトピッチングで一目を浴びた一年生ですッ!!」

 

 

 

『最速は144km/hと非常に力があり、とくに彼のストレートは純回転ではなくジャイロ回転……所謂ジャイロボールと呼ばれる直進力を高めた速球を武器にしています』

 

 

『綿部さん、この我妻投手の特徴とはなんでしょうか?』

 

 

綿部『そうですねぇ……。私も詳しく見ていたわけではないのですが、まず先ほど説明していましたジャイロボールの存在ですね』

 

 

『アマチュア界だけではなく、プロやメジャーに置きましても非常に希有なボールですので、手元で見たことのないような速球になっているんではないでしょうか? 打者の反応を見る限り、幾らタイミングの取りづらいフォームとはいっても明らかな振り遅れが多いですから、相当な勢いのあるボールですよ』

 

 

『そしてなにより、彼の躍進を支えるのは高い制球力です。外と内の使い分けに加え、高低をも加えたコントロールは高校生内では群を抜いていると言えるでしょう』

 

 

『しかし花咲川は左打者が多いので、我妻君にとっては少し厳しい戦いになるかもしれませんね』

 

 

『我妻君の決め球はキレの良いスライダーです。それも左打者にとっては向かっていく球ですから投手からすれば、左打者から逃げていく球が一つ欲しいですよね』

 

 

『逆にいえば、花咲川にすれば狙い球さえ絞れば、絶対に打ち崩せないということはないはずです』

 

 

 

実況『なるほど……、では我妻投手には手札が少なく、花咲川打線からすれば我妻投手が持つ切り札が何なのか当てやすいということですか?』

 

 

綿部『そういうことです』

 

 

実況『では、そういった配球面にも注目しながら一回の裏、花咲川の攻撃を見ていきましょうッ! まずは一番の坂山、非常にコンパクトなフォームから内野の頭をライナーなど強い打球ではじき返します! 一番の武器は俊足』

 

 

 

 

 

坂山(そっちの秋野がやったように、初球からかき乱してやんよッ!! おら、ストレートこいや、ストレートッ!)

 

 

 

 

 

大地(矢来、ここで存分に発散しろ)

 

 

 

(オマエが味わった苦渋を、今ここで全てを晴らす為にボールを投げ込め)

 

 

 

矢来(トラウマ? 炎上? んなこと知らねぇよ、俺は花音さんに認められるようなヒーローになるためにこの場に立ってるんだ─────)

 

 

 

 

実況『さぁ、マウンド上の我妻がワインドアップからの初球ッ! 大きく振りかぶって、投げましたッ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

矢来「─────ヒーローは同じ相手に、何度も負けねぇんだよッ。だから退け、ここから先は俺の時間だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズッッバァァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンンッッ!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

高城「─────我妻がブルペン通りならたぶん、最強だよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

坂山「へ……?」

 

 

 

 

 

《 146km/h 》

 

 

 

 

ワァァァァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアッッ!!!!

 

 

 

 

実況『自己最速更新した速球をインロー一杯に決めましたッッ!!!!』

 

 

 

 

 

 

坂山「ま、まて……。オマエ、トラウマ─────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズッッバァァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンンッッ!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実況『バッター坂山、今度はインハイのストレートを中途半端なスイングで空振りしますッ!! そして、この球も146km/hを計測ッ!! 素晴らしい球威とコースで簡単に追い込んだバッテリーッ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

矢来(同じヒーローとして、同じ人を好きになった恋敵として、同じポジションの投手として……、俺は─────)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズッッバァァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンンッッッ!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「─────俺は虎金龍虎(アンタ)を越える……ッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《 149km/h 》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

坂山「……っ」

 

 

 

大地(うわぁ、御愁傷様)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実況『ッッ……!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ワァァァァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアッッ!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実況『アウトコース低め一杯ッッ!! 遊び球一切無しの見逃し三振ッッッッ!!!!』

 

 

 

『我妻矢来ッ!! ラストボールは自己最速更新の149km/h直球ッッ!! まさに会心のストレートで一番坂山をパーフェクト封殺ぅぅっ!!』

 

 

『これがパーフェクター我妻のストレートッ!! まさに火が噴き上がるような直球ッッ!!』

 

 

『羽丘背番号11我妻矢来ッ!! 新たな伝説譚の序章が、今から紡がれようとしていますッッ!!』




我妻君が段々とチートキャラに……っ!!


次回、伊達『導き出した答えがそれなら、拍子抜けだぜ』


大地『……仕方ねぇ、解禁するぞ』


我妻(─────今がヒーローとしての役割を担う時だろうが)


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我妻矢来 vs 伊達雄紀 壱ノ戦─────ツーシームジャイロ─────

高橋礼の下手投げで130キロ後半をコンスタントに出す異常性……。ヤバすぎでしょ!?


坂山「……速いなぁ。流石に俺レベルじゃあ一打席目で捉えるのは厳しいぞ、あれ」

 

 

木ノ下「そんな速いですか?」

 

 

坂山「あぁ、スピードガンだとデモンストレーション戦より5キロアップだけど、打席で見たら元からヤバイストレートがさらにエゲツさを増してる。目測じゃあ10〜15キロアップだな、気を付けろよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実況『完璧な投球で一番を抑えた我妻ッ! このままの勢いで初回を乗り切れるかっ! 続く打者は、二番の木ノ下! 走攻守の三拍子を兼ね備えるオールラウンダーです!』

 

 

 

大地(先ずはこのままいっちゃおうか)

 

 

矢来(りょ)

 

 

 

木ノ下(坂山さんがあんな弱気なこと言うなんて……)

 

 

(我妻矢来、今のオマエが投げるストレートはどんなだ? オマエは俺たち相手にどんなピッチングができる?)

 

 

 

(見せてみろよ……、オマエの真髄を─────!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実況『我妻、ワインドアップからの初球ッ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

矢来(その目……。まだ俺の事を敵として認識してねぇのか?)

 

 

 

 

 

(この前もそうだった。結局は俺に投手としての価値なんて無いと思ってんだろ?)

 

 

 

 

(─────だからって、いつまでも上から俺のことを見下してんじゃねぇぞッ!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズッッバァァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンンッッ!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《 148km/h 》

 

 

 

 

 

 

 

 

木ノ下「……っ」

 

 

 

(マジで速ッ……。コイツのストレート、こんなんだったか?)

 

 

実況『これも美しい軌道を描いてアウトコーナーに構える咲山のミットにズドンと決まりますッ!!』

 

 

 

『左打席に立つ木ノ下、手が出ませんッ』

 

 

綿部『凄まじいですねぇ。左打者のアウトコースに、非常に良い高さ、良いスピードで投げ込めてますよッ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

         

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大地(ナイスコース、初球取れるのは調子がいい証拠だな)

 

 

矢来(次は?)

 

 

大地(もう一球同じところ、見た感じストレートにまだタイミング合ってねぇからさっさとカウント稼ぐぞ)

 

 

矢来(おけ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実況『テンポ良く二球目……ッ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガッゴォォォーンッッ!

 

 

 

 

 

 

 

《 145km/h 》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

木ノ下「くっ、そ……」

 

 

(球威に詰まらされた!)

 

 

 

 

矢来(! 当てたか!)

 

 

 

大地(当てられただけで不満そうな顔すんな。けど、詰まったとはいえ矢来の140後半を二球目で合わせてきたな。こりゃあ厄介だわ)

 

 

 

 

結城「ショートッ」

 

 

笠元「オーライッ! まかしとき!」

 

 

 

 

パシッ!

 

 

 

 

 

 

ワァァァァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアッッ!!

 

 

 

 

 

 

実況『アウトコーナーの力ある直球を当てただけの打球は、弱々しくショート正面をつく凡フライになりました。これを名手の笠元が余裕を持ってキャッチし、ツーアウトッ』

 

 

 

木ノ下(くそ! タイミングが合ったと思ったら、最後に加速したようにボールの勢いが増してきた……)

 

 

矢来「ツーアウトォ!」

 

 

木ノ下(ストレートの威力増しすぎだろ……)

 

 

 

 

 

伊達(ストレートには滅法強い坂山さんを三球三振。長打を狙える木ノ下が力負けしての凡退、か)

 

 

「少しはやれるようになったみたいだな。いいぜ、ちょっとだけ遊んでやるよ小僧」

 

 

 

 

 

実況『ツーアウトランナー無し、この場面で左打席に立つのは後藤監督に『センスの塊』と称された頼れる花咲川の三番打者、伊達雅紀が入ります!』

 

 

『打率はチームトップの.750! アベレージ能力が高く、中学時代には全国ベスト8進出に大きく貢献。中学2年時にはU-15にも選出されるほどの実力者。世代を代表する好打者の一人です!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大地(さて……。二番目のバケモノが、いきなしの登場か)

 

 

 

(今大会、花咲川がここまで勝ち上がれたのは虎金さんと澤野さん、二人の投打にばかり目がいくが、実はこの三番打者の存在こそ花咲川打線の生命線)

 

 

 

(伊達雅紀。右投げ左打ちの外野手。守備範囲は広いが、中学時代に利き腕の肩へ重傷を負った為に右投げへ転向したため弱肩がウィークポイント)

 

 

 

(ただし、その打力はホンモノ。不得手なコースは無く、苦手な球種も特に見当たらない)

 

 

 

(怪我明けで、まともな送球すらままならない状態にもかかわらず、中学3年時にU-15の代表候補合宿メンバーに選ばれることからも、その打力は同世代の人達と比べても群を抜いているのを証明している)

 

 

 

(……長打力こそ澤野さんや幽ノ沢さんに比べたら引けを取るが、そのコンタクト能力や対応力、そして捕手の心理を読み解く深視力は超高校級)

 

 

 

(甘く入ったらやられるが、卑屈になっても喰われるだけ……!)

 

 

 

(インコース低め、ストレートッ! 強気に来いッ)

 

 

 

 

 

矢来(わかった……!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

伊達(……初球、様子を見るか? パワーピッチャーの一番の武器であるストレート。我妻が以前に投げていたストレートとは訳が違うのは、前打者二人の反応を見れば明らか)

 

 

 

(初球を無理に手を出して、詰まらされるだけの無価値な打席にはしたくない)

 

 

 

 

 

 

実況『サインの決まった羽丘バッテリー。我妻は大きく振りかぶって、投げるッッ!!』

 

 

 

 

ビュッゴォォォォオォォオ……ッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

伊達(低ッ……!?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズッッバァァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンンッッ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《 147km/h 》

 

 

 

 

 

 

 

伊達「……なるほどね」

 

 

 

 

 

 

 

実況『インコーナー低め一杯ッッ!! ここでも威力抜群の直球をコースギリギリに投げ込みますッ!! 流石の伊達もあのコースには手が出ないかッ!?』

 

 

綿部『しっかりと腕を振ってるからこその球威と制球力ですねっ。一年生であれ程に豪胆かつ緻密なピッチングができる高校生は、そうはいないでしょう』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

伊達(たしかにこれは初手では手が出せないわ。相当なノビと威力だ)

 

 

 

(けど、ここまで一、二番を含めて全球ストレートか……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「舐められたものだな、俺たちも……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ビュッゴォォォォオォォオォォ……ッッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シュートを失ったオマエが、俺たち相手に導き出した答えがそれなら、拍子抜けだぜ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カッキィィィィィイィィィイーーーンンンッッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ワァァァァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアッッ!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実況『アウトコースの速球に逆らわずに弾き返したァァア!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大地(っ、我妻のストレートを一球見ただけで、少し高かったとはいえアウトコースギリギリのところを強打してきた?!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(─────どんな対応力してやがるッ!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

我妻「くそ……! サードッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

村井「うがっ!(球足が速すぎるッ! 届かな─────)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ザンッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

塁審「ファールッッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

矢来「っぶねぇー!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

伊達「……少し振り遅れたか。けど今のでストレートのタイミングは分かった。次は逃さん」

 

 

 

 

 

 

「もしも、ストレートだけで俺たちを貫けると思ったんなら、とんだ勘違いをされたもんだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「甘いぞ、我妻……! 次はないと思え」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実況『伊達の放った打球は惜しくもサードラインの外を通過して、ファールになりますッ!!』

 

 

 

 

綿部『流石は伊達君ですね。我妻君の対応が難しい直球にしっかりと合わせてきました。あの対応能力の高さこそ、彼の最大の持ち味と言えましょう』

 

 

 

『他の打者も、今の伊達君のようにしっかりと顎を引いてシャープに強い打球で弾き返すのが理想ですね』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大地(矢来の速球は間違いなく走ってる。けどだからこそ、伊達のこの対応力は流石に次元違い過ぎる)

 

 

 

 

(使うしか、ねぇ……か)

 

 

 

 

大地「……すみません、─────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

伊達「?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大地「─────タイムをお願いします」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   

 

 

実況『おっと? 咲山がタイムを申請してマウンドに向かいます。綿部さん、これはどういうことでしょうか?』

 

 

 

綿部『おそらく、先程の伊達君の一打で我妻君が動揺していないかの確認と、配球についての話し合いでしょう。今さっきストレートを弾かれたばかりですから、ここで初めて変化球を交えるかもしれませんからね』

 

 

『逆に、タイムを取ることでそう言った心理を伊達君に植え付けるためのフェイクかもしれませんね』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

矢来「……大地?」

 

 

 

大地「左強打者の伊達、しかもストレートは合い始めてる」

 

 

 

「……仕方ねぇ、解禁するぞ」

 

 

 

 

 

矢来「……なるほどな、てか随分渋ったな」

 

 

 

大地「俺にも色々あんだよ。けどしのごの言ってられねぇ場面になっちまった」

 

 

 

「ここで伊達を出塁させれば、次からは一発のある打者が二人続く。一発打たれて同点、ないし逆転を許す場面は避けたい」

 

 

 

「ここでコイツを完膚なきまでに潰す必要がある。─────出来るな?」

 

 

 

矢来「愚問だな、大地……」

 

 

「出来る出来ないじゃない。─────やるんだ、ここで決めてやるよ」

 

 

「だから大地は、ドカッと構えてろよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「─────俺がそのミットに最高のボールをぶち込んでやるからよッ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実況『タイムを終えて、捕手の咲山はキャッチャーボックスに戻ります。我妻はロジンバックに手をつけて心を落ち着けているように見えます!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

伊達「随分と立て込んだ話してたみたいだけど、ちゃんとまとまったのか?」

 

 

大地「はい。ちゃんと話し合って相互理解し合いましたよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

伊達「そうか、ならガチでやり合えるわけだな? それなら面白い、─────オマエらの全力を完膚なきまでに叩き潰してやれるな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大地「おー、怖い怖い……。お手柔らかにお願いしますよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

審判「プレイッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実況『アンパイアのコールが響きますッ! バッテリーはサイン交換をして、我妻が頷き、振りかぶります!』

 

 

 

 

 

矢来(外側、カーブ、ボール球)

 

 

 

 

 

伊達(追い込まれてるけど、焦る必要はない。問題なのは追い込まれたことじゃない。焦ってスイングを崩すこと。自分のバッティングができなくなること、それが最も恐るべきこと)

 

 

 

 

(冷静になって対応する。それが俺の強み)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シュパ……ッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カクク……ッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドパッ!!

 

 

 

 

実況『三球目は外側にワンバウンドするカーブッ!! これを伊達は余裕を持って見逃して、ツーストライクワンボールッ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『そして四球目、ここでバッテリーは何を選択するのか!?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

伊達(今のカーブは次の布石。最後にカーブはない)

 

 

 

(なら随分簡単だ。内ならスライダー、外ならストレート。これ以外に他がない。シュートがあれば選択肢が増えるんだが、無い今、ここで投げられるのは8割スライダーだろ? もし外しても2割で外にストレート。それなら十分反応できる)

 

 

 

(ここだ、ここが我妻の最も弱いところ。外にストレートか、内に切れ込むスライダーしか選択肢を見出せないところ……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大地(来いっ。アウトコース低めに─────)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

矢来(開放しろ─────)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実況『マウンド上の我妻、咲山のサインに頷きワインドアップからの四球目ッ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

矢来(高々と宣言せよ─────)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実況『さぁ、投じるのは威力満点の直球か?! それとも今日初めて投げる切れ味鋭いスライダーか!? はたまた裏をかいたカーブか!? 注目の一投ッ!! 投げましたッ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

矢来(─────今がヒーローとしての役割を担う時だろうが!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ビュッゴォォォォオォォオォォオォォオォォオォォ……ッッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

伊達(っ! 外にストレート! そっちできたか!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(だが予想の範疇!! 弾き返せる─────)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カクンッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……な? 何事、だ、? このスピードで、この軌道で、途中から突然下に鋭く落ち─────)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブォオォォォーーーンンッッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズッッバァァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンッッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

《 144Km/h 》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

伊達「……っ」

 

 

 

 

 

大地「perfect!!」

 

 

 

 

矢来「シャァァァアーーーッッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ワァァァァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアッッ!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実況『か、空振り三振ッッッッ!!』

 

 

『なんでしょうか!? 今の球は!? ストレートの軌道から急に下方向へ大きく変化したように見えましたが……!? ここは好打者伊達を力勝負で抑えきりましたァァアッ!!』

 

 

 

綿部『……凄いなぁ、今のボールは手が出てしまっても仕方ないですねぇ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

伊達(今のボール、明らかにフォーク系統の球だった。けど我妻にそんな球は─────)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

澤野「隠されてたのか、ここで発揮するために─────」

 

 

 

 

 

 

 

大地「ナイスピーッ! 矢来ッ!!」

 

 

矢来「おう! 大地もナイスリードッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

澤野「あのバッテリー……。やってくれたな」

 

 

 

(これは、うちのバッター達の深層心理に突き刺さるッ!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

矢来「そろそろ俺を敵としてちゃんと認識しろよ、花咲川高等学校……」

 

 

 

「じゃないと、─────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“直ぐに捩じ伏せてやるからよッ!!”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

虎金「……我妻ぁ、やってくれたなぁ!!」




ツーシームジャイロ、本格導入!


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虎金龍虎のエンジン、我妻矢来の進化

ソフトバンクが日本一に……。おめでとうございますっ!! 巨人軍も最後の最後まで諦めない姿勢はお見事でしたッ!!
両チームともお疲れ様でした。それと、日本シリーズに出れなくとも今季一年を盛り上げてくださりました全球団の皆様。本当の本当に感動と歓喜を与えてくださってありがとうございますッ!!


また来季、素晴らしい好ゲームを期待しています。


和田さんが会心のピッチングで五回無失点に抑え切ったとき、思わず涙が溢れました。


伊達「くそ、あんなボール隠し持ってたのかよ……!」

 

 

高山「伊達、さっきのボールはなんだ? フォークにしては速すぎるし、スプリットにしては落差があったろ」

 

 

伊達「わからない。けど、回転軸はしっかりとジャイロ回転だった。なのにストレートの軌道に合わせてバットを振ったら突然沈んで、気がついたら三振して……。あぁ! クソッ!! 手玉に取られてたと思うと余計に腹立つッ!!」

 

 

澤野「……おそらくツーシームだろう」

 

 

 

司永「つ、ツーシーム。あの落差、あの変化で?」

 

 

澤野「あぁ。しかもプロはもちろん、メジャーで最近になって出始めたばかりの最新球種のツーシームジャイロだな」

 

 

「ジャイロ回転を与えることで縦に急激に変化したり、時折シュート気味、スライダー気味に曲がりながら手元で落ちたりする非常に攻略が難しい球だ」

 

 

「別称はスラッターと呼ばれているが、我妻が投げたのはスライダー方向よりも縦変化を重視したフォーク系統だろう。左打者のアウトコースにもインコースにも投げ込める」

 

 

「もとからストレートがジャイロ回転だけに見分けはつけにくいだろうし、実際伊達も直球と判別してバットを振っただろ?」

 

 

伊達「は、はい。そうっすね、どう見ても途中まではストレートと変わりませんでした。少なくともバットを振るまでは軌道や速度は直球そのものでした」

 

 

坂山「伊達で見分けが出来なかったボールかぁ。また面倒な投手にあたったもんだねぇ」

 

 

虎金「相手投手なんてどうでもいいっすよ。どうせアンタ達なら直ぐに取り返してくれるんでしょ?」

 

 

「なら問題ありませんよ、俺はこっから一点も、誰も塁にも出さないですから。最終的に勝つのは、俺たちだ」

 

 

澤野「ふ、そうだな……。八番の笠元は初球から積極的にバットを振ってくるぞ。入りには気を付けろよ」

 

 

虎金「うす」

 

 

(奇抜なボールを覚えて多少はマシになったみたいだが、まだだ─────)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

笠元「っしゃあぁ!! こいやー!!」

 

 

実況『二回の表! 我妻が花咲川の初回攻撃を見事凌いだ後! 羽丘の打順は名手の笠元! 気合のこもった雄叫びで打席に立ちます!』

 

 

『この流れに乗じて、もう一度虎金から点を奪えるか! まずは第一球を振りかぶって、投げます!』

 

 

 

 

 

 

ズッッ、─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────バァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンンンッッ!!

 

 

 

 

 

《 156km/h 》

 

 

 

ワァァァァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアッッ!!

 

 

 

笠元「っ!」

 

 

(えっぐ……ッ!)

 

 

 

実況『また出たァァア!! 156キロのストレートォォオ!!』

 

 

綿部『あれがアウトコースにキチンと決まりますからね……。まさに怪物ストレートですよ、アレ』

 

 

ビュゴォォォオォォ……ッ!

 

 

カクッ!!

 

 

 

ズッッバァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンンッッ!!

 

 

 

《 147km/h 》

 

 

笠元(遠っ……!)

 

 

実況『今度はアウトコースの真ん中よりから急変してアウトコーナー抉るカットボールッ! これがクロスファイヤーで決まります! バッター笠元は追い込まれた!』

 

 

『そしてテンポよく三球目ッ!』

 

 

笠元(……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……え?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズッッッバァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンンンッッッ!!!!

 

 

 

 

《 156km/h 》

 

 

 

ワァァァァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアッッ!!!!

 

 

実況『か、会心の自己最速ッッ!!』

 

 

『恐るべし虎金龍虎ッ! 凄まじい【怪童】ッ!』

 

 

『下位打順にも一切の容赦なしッ!! アウトコースに叩き込まれた真っ直ぐに笠元は反応すら出来ずに見逃し三振ッッ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズッッッバァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンンッッ!!!!

 

 

 

ビュゴォォォ……。

 

 

カククッ!

 

 

ズッッバァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンンッ!!

 

 

 

ビュゴォォォオォォ……。

 

 

カクッ!

 

 

ズッッバァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンンッッ!!!

 

 

 

ズッッッバァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンンッッ!!!!

 

 

 

ビュゴォォォ……。

 

 

スッッ……。

 

 

矢来(っ! ボールが、来な─────)

 

 

 

ブォォォーーーンンッ!!

 

 

 

ズッッバァァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンンッッ!!

 

 

虎金「─────まだ俺を越えたと思うなよ、ヒーロー見習い」

 

 

「俺はまだ負けたわけじゃない。これがホンモノのプライド、ヒーローの矜持だ!!」

 

 

実況『虎金龍虎ッ! 我妻に対しては持ち球全種類を見せつけての圧倒ッッ!!』

 

 

『最後は20キロ近い緩急差が生まれるチェンジアップで我妻を空振り三振に切って取ったッ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズッッッバァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンンッッ!!!!

 

 

《 154km/h 》

 

 

秋野「……ぁ」

 

 

ワ、ワァァァァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァア!!!!

 

 

実況『こ、この回は三者連続三振ッッ!! 前の回から五者連続三振の圧巻圧倒のピッチングゥゥウ!!』

 

 

綿部『この回はストレートの質、変化球のキレ、各球種の制球力。全てが噛み合っていましたね、これを続けられると羽丘は追加点が遥かに遠のきますね』

 

 

 

矢来「流石だな。虎金さん─────それでこそ、越え甲斐のある絶対的ヒーローだ」

 

 

大地「やりかそうぜ、矢来」

 

 

矢来「おうよ、俺も負けてねぇことを証明してやる」

 

 

 

 

 

実況『そして、攻守交代して花咲川の先頭バッターは創立以来不動の四番としてチームを支える攻守の要! 主将澤野が打席に入りますッ!』

 

 

『高校通算52本の長距離砲でもあり、勝負強い打撃や捕手として兼ね備えた深視力は世代トップクラスッ!!』

 

 

『迎え撃つは、先ほどの回は素晴らしいピッチングを披露した背番号11のパーフェクター我妻矢来ッ!!』

 

 

『先程は新球種のツーシームジャイロにて左強打者の伊達を封鎖してみせましたが、この男をも封じるのか! マウンドの我妻ッ!!』

 

 

 

澤野(さて虎金のエンジンは掛かってきた。これでディフェンス面ではしばらく困ることはない。ただ、コイツをどうするか─────)

 

 

(まずは様子を─────)

 

 

大地(……)

 

 

ズッッバァァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンンッッ!!!!

 

 

澤野(っ、いきなり胸元にストレート……)

 

 

大地(初球を見るって判断はよしといた方がいいぜ、澤野さん)

 

 

(今日の矢来は制球力抜群な上に奪三振能力にも長けてる)

 

 

(そんな相手に初手を簡単に見逃すなんて、愚の骨頂)

 

 

 

ビュゴォォォオォォ……ッ!!

 

 

澤野(っ! またインコースッ!! だが反応できる─────)

 

 

 

カクンッ!!

 

 

ブォォオォォォォオォォーーーンンッッ!!

 

 

ズッッバァァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンンッッ!!!

 

 

《 145km/h 》

 

 

実況『い、インコース低めにツーシームジャイロが決まったぁ!! 初球で胸元を突かれた為に思わず手が出てしまったかー!!? 簡単に追い込まれた澤野! チームの主砲として、打ち返せるかッ!!』

 

 

澤野(……あれがツーシームジャイロ。本当にストレートの軌道から突然沈んで─────)

 

 

 

(くそ、見分けがつかん。最後は何で来る? まだ使ってないスライダー? それともカーブ? もしかしてツーシームを続ける? またはここで遊び球を入れてくる?)

 

 

(……たった一球種が、一人の投手をここまで─────)

 

 

虎金(主将らしくないな、全部後手後手に回ってる)

 

 

 

実況『捕手の咲山はインコースに構えたッ!!』

 

 

 

大地(遊んでもいいけど、折角後手に回ってくれたことだしな……)

 

 

(ここに渾身のヤツで決めちまえ、モンスター)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

矢来「ようやくスタートライン……。最高だな、やっとアンタ達と張り合えるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほら、受け取ってくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

澤野(……、)

 

 

 

 

 

 

「─────え?」

 

 

 

 

 

 

ズッッッバァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンンッッ!!!!

 

 

 

《 151km/h 》

 

 

わ、ワァァァァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアッ!!!!!!

 

 

実況『ッ……ッッ…………!』

 

 

『お、おおお、大台到達の151キロストレート!! インコース胸元を突いての見逃し三振ッッッッ!!!!』

 

 

『超高校級打者を完砕したのは、腕を振り抜き放たれたアメイジングボールッッ!! 自己最速を更新したフォーシームジャイロッッ!!』

 

 

綿部『本当に彼は一年生ですか? この時期に150キロオーバーは凄まじすぎますね……』

 

 

実況『もはや羽丘の投手は成田だけではないッ!! 俺がいるッ!! そう言わんばかりの闘志を漲らせた立ち姿は正にエースそのものッッ!』

 

 

『堂々たる投球で四番打者を封じた我妻矢来ッ!! これが新たな時代の幕開けですッ!!』

 

 

 

矢来「─────ほら、まだまだ足んないだろ? もっと全力で来いよ」

 

 

 

ビュゴォォォォォオォォオォォ……ッ!!

 

 

カククッ!!

 

 

ブォォォォオォォーーーンンッッ!!

 

 

 

ズッッバァァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンンッッ!!!!

 

 

幽ノ沢「な……!?」

 

 

(膝下スライダーッ!? それは盲点だった!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

矢来「炎上とか、トラウマとか好き勝手に言ってくれた御礼……。まだ余ってんだよ」

 

 

「俺が蓄えていた憤怒の【感情】、喰らえよ……!」

 

 

 

 

ビュゴォォォォォオォォオォォ……ッ!!

 

 

 

高山(っ!? アウトコース低め! ツーシームg─────!?)

 

 

 

ズッッッバァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンンッッッ!!!!

 

 

《 150km/h 》

 

 

ワァァァァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアッッ!!!!

 

 

実況『再び150キロ到達ッッ!! アウトコーナーにズドンと打ち込んだァァア!!』

 

 

『まるで虎金が前回で三者三振をして、5者連続三振をしたことに対する、意趣返しッ!! 四番から始まる打順を物ともせずに捻じ伏せましたぁ!!』

 

 

矢来「いい加減、気がついてくださいよ……」

 

 

「俺は強いです。そして─────」

 

 

 

 

 

 

“俺を敵として見ないのなら、俺が完璧に捻り潰します!!”




我妻君が自重を忘れました。


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咲山大地 vs 虎金龍虎 2nd. Battle ─────強気と冷静な攻め─────

日本代表、がんばってくださいっ!!
高橋礼はやはり凄い!!
そして絶不調なのに、アウトコース低めのチェンジアップを強引にヒットにする坂本もやはり異次元。
鈴木誠也は言わずもがな……! これぞ4番打者!


“俺を敵として見ないのなら、俺が完璧に捻り潰します!!”

 

 

 

 

 

 

 

虎金「……捻り潰す、か」

 

 

(あの日、俺たちにボコられた投手と同一人物とは思えない発言だな)

 

 

「これ以上の失点が命取りってか……」

 

 

「上等だ、やってやるよ!」

 

 

 

ズッッッバァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンンッッッッ!!!!

 

 

《 155km/h 》

 

 

実況『二番舘本─────』

 

 

 

ビュゴォォォォォオォォ……ッ!!

 

 

スッッ……。

 

 

ブォォォォオォォオォォーーーンンンッッッ!!!!

 

 

ズッバァァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンンッッ!!

 

 

《 138km/h 》

 

 

実況『─────三番結城を連続三振で打ち取りましたッ!! 結城はこれで2打席連続三振ッ!! そして今ので7者連続三振です!!』

 

 

綿部『安定感抜群の奪三振ですね。制球の乱れは無く、澤野くんのリード通りの投球が出ていますよ!』

 

 

『そしてその澤野くんも非常に虎金くんのモチベーションと、その場に応じたリードを引き出していますから、バッテリー間の問題はなさそうですね』

 

 

 

実況『そして続く打者は先程は見事な選球術で四球を選んだ、4番の咲山ッ!!』

 

 

『バッテリーはこの難敵に対してどのような手法で攻めていくのか、注目の一戦! 第二幕の開演ですッ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リサ「大地ぃ! 打ってねぇ!!」

 

 

日菜「ししょー!! しっかりボール見てバット振ればししょーならきっと打てるよー!!」

 

 

蘭(大地、いつも通りのアンタなら必ず打てるよ)

 

 

友希那「……」

 

 

リサ「ん? どうしたの、友希那。ほら大地の打席だよ! 一緒に応援してあげよ!」

 

 

友希那「……そうね」

 

 

雄介「おぉ、久々の観戦がこんなに白熱した試合とはな。俺ってば、ツイてるぜ」

 

 

蘭(ん? あの人、どこかで……)

 

 

雄介「さてさて、バッテリーは大地相手にどうでるかな。安易にストレートから入りたくない場面だけど、予み勝つのが難しいなら強引な力技で押すしかないだろうからな」

 

 

「それともあえての膝下にチェンジアップからかな? アンタ達はどう思う?」

 

 

友希那「……急に話しかけてくるのね」

 

 

雄介「おっと、挨拶も無しにこりゃあ失礼したな。こんにちは、お嬢さん方。それで? 返答は?」

 

 

友希那「……私はアウトコース低めにスライダーね」

 

 

雄介「なるほど安全策か。ま、それが妥当だね」

 

 

「ただ相手が相手だし、2点差ついてる。ここで大地を完璧に封じることで流れを完全に引き寄せにくる可能性に俺はかける」

 

 

蘭「随分と花咲川バッテリーよりの考えしてますね、ここは羽丘サイドですよ」

 

 

雄介「いや、この場合は花咲川バッテリーじゃなくて打席のアイツだよ」

 

 

「アイツを信用してるからこそ、花咲川バッテリーがここで攻めてくるのがわかる」

 

 

「無茶しなきゃ勝てない打者。そういうやつだよ、咲山大地って男は……」

 

 

リサ(この人、大地の知り合いかな? 随分フランクに名前呼びしてるし……)

 

 

蘭(この人、もしかして─────)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こころ「眉木、チェンジアップを投げたい原理は分かったけれど、どうしてインコース低めなのかしら?」

 

 

眉木「……元来、チェンジアップという球は投げ方上、ストレートと同じ利腕方向への角度を持った球種となります」

 

 

「そしてストレートとは違い、低速な上に抜いて投げる球ですので、必然的にストレートよりノビず、結果打者の手元でシンカー気味に沈みます」

 

 

「虎金様の利き腕は左。左腕から放たれるソレは、右打者にとっては外へと逃げていく球によって随分バッテリーにとって有利に働きますが、左打者からすれば内に入ってくる絶好球です。甘く入れば、おおよそ痛い目に遭い易いでしょう」

 

 

紗夜「それならば、尚のことインコースに投げるのは危険なのでは?」

 

 

眉木「えぇ。アウトコースに投げ込めるのなら、それに越したことではありません」

 

 

「ですが、アウトコースに投げるということは、それだけ真ん中方向に入ってくるのと同義ということです」

 

 

「一つのコントロールミスが、命取りの選択……ですが、嵌ればいくら最強な咲山様といえど、簡単に打てません」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

澤野(さぁ─────)

 

 

 

虎金(─────勝負の時だ)

 

 

 

 

 

大地(ツーアウト、ランナーなし。欲しいのは単打じゃなくて長打……。思い切って狙いを定めていいな)

 

 

(何でくる? 俺なら何を投げさせる?)

 

 

 

 

実況『振りかぶって─────』

 

 

 

大地(スライダー? ありえるけど、二度も見せた球を続けるか? ほとんどないだろ。カットボールはありえる。けど、インコースへ投げる制球力はないから、アウトコースに絞れちまう。よって選択しづらい)

 

 

(なら、考えられるのはこのインコースへの─────)

 

 

大地・虎金・澤野(─────膝下チェンジアップ!)

 

 

 

実況『─────投げたッ!』

 

 

 

 

 

ビュゴォォォォォ……ッ!!

 

 

 

 

スッ……

 

 

 

 

大地(─────予んでたけど、思ったよりもっとこねぇ!)

 

 

 

「く、らぁ!!」

 

 

 

カッキィィイィィィィーーーンンッッ!!

 

 

ワァァァアァァァアァァァア!!

 

 

実況『初球を豪快に引っ張った!!』

 

 

笹野(ウッソォン! さすがに球足速過ぎ……!)

 

 

澤野(食らい付かれた!?)

 

 

虎金(普通、今のにアジャストするかよ!?)

 

 

(どんな対応力だよ……!?)

 

 

塁審「ふ、ファールッ!!」

 

 

実況『だがこれは惜しくもラインの外! 痛烈な当たりが花咲川サイドの肝を冷やさせます!』

 

 

綿部『首の皮一枚繋がりましたね。抜けていれば間違いなく、ライト線への長打コース確定でしたから。しかし、これでバッテリーは対角線をより広く使いやすくなりましたよ』

 

 

大地(……なんつーブレーキだ。予想よりも遥かに来なかった。えげつねぇ緩急差と変化も大きい)

 

 

(これを捉えるのには、少し時間が必要かもしれねぇな)

 

 

(せめて後三球ほど猶予が欲しいけど、多分次はアウトコースにストレートだろうし、無駄に変化球は投げたくないはず─────) 

 

 

 

 

 

 

 

 

雄介「な? インコースにチェンジアップだったろ? お嬢さんのアウトコースにストレートとは真反対の配球だな」

 

 

友希那「……でも、いまのはいくらなんでも─────」

 

 

日菜「るんるん☆ するよぉ!!」

 

 

 

 

黒服「大博打もいいところの予想が当たりましたね」

 

 

香澄「すっごぉい!! ホントに当たった!」

 

 

沙綾(でも、いくらなんでも大博打すぎるよね!?)

 

 

 

澤野(ナイスボールだが、もっと低くていい)

 

 

(チェンジアップは高めに浮けば、ただの棒球になるリスクもあるボールだけに扱いには慎重にならなければならない)

 

 

 

 

実況『続く二球目! ワインドアップから豪快に腕を振りかぶり、投げますッ!!』

 

 

虎金「ラァッ!!」

 

 

澤野(チェンジアップは、ベース盤に叩きつけるぐらいの気持ちで、腕を強く振れ!)

 

 

ビュゴォォォォォ……ッ!!

 

 

大地(っ! ストレート、じゃない!?)

 

 

スッ……

 

 

「くっ、そ……!」

 

 

カコーンッッ!

 

 

審判「ファールッ!!」

 

 

木ノ下「よし! 追い込んだぞッ! ナイスボールッ!!」

 

 

高山「慌てずに行こうぜっ!!」

 

 

実況『に、二球目も膝下に決まるチェンジアップ!! しかも今度は咲山の体勢を完璧に崩しました! 辛うじて、空振りは避けましたが、バットに当てるのでやっとの様子です!』

 

 

綿部『とんでもない肝の座りっぷりですね。ここで二球続けてチェンジアップですか……。しかも一球目よりも厳しく低く決まっています』

 

 

『これは打席の咲山君の意識に深く刺さりますよ』

 

 

実況『そして虎金は、サインに頷きます! 捕手の澤野はアウトコースに構えて、虎金はテンポよく三球目を─────』

 

 

 

大地(またチェンジアップ。しかもさっきより低くきた。もしかしてストレートはない? なら、対角線を使ったスライダー? それとも見せ球を使って一球遊んでくる? いや、裏をかいての三球連続チェンジアップも考えられる)

 

 

(……ダメだ。絞り切れねぇ)

 

 

澤野(これで打者の壁は壊した。さぁ、コイツでしまいだ)

 

 

(効果薄に感じていた球であっても、今の状況だと鋭利で強烈な武器となる)

 

 

「仕返せよ、怪物」

 

 

虎金「ウッラァ!!」

 

 

大地(ここは監督の言ってた通り、ストレート一本に絞る!)

 

 

 

ビュゴォォォォォ……ッッ!!

 

 

(アウトコース真ん中よりの甘いストレート! これなら打てる─────)

 

 

 

カククッ!!

 

 

 

ブォオォォォオォォオォォオォォオーーーンンンッッ!!!!

 

 

 

 

ズッッ、─────

 

 

 

 

 

 

 

─────バァァァァアァァァアァァァアァァァァァァアァァァアァァァアァァァアァァァアーーーンンンッッ!!!!

 

 

 

《 144km/h 》

 

 

ワァァァアァァァアァァァアァァァアァァァアァァァアァァァアアァァァアァァァアァァァアァァァアァァァァァァアァァァァァァアァァァアァァァアァァァアァァァアッッ!!!!!

 

 

虎金「ウラァァァァァアァァァァァァァァァァァァアァァァッッ!!!!!」

 

 

 

実況『さ、ささ……!! 三球三振ッッ!!!!』

 

 

『これで初回からここまで、8者連続三振ッッ!!!!』

 

 

『最後は伝家の宝刀である高速スライダーで、世代最強打者の咲山大地をとうとう空振り三振に打ち取ったァァアァァァ!!!!!』

 

 

綿部『完璧な打ち取り方、理想的な三振の奪い方ですね! これは完全に羽丘の流れを断ち切りかねない、最高の投球内容ですよ!』

 

 

大地「……くそ、やられた」

 

 

実況『これが花咲川絶対的エースの本領ッ!! 虎視眈々と狙いを定めていたウィニングショットが火を噴き、これで三回終わって8社連続の圧巻9奪三振!!』

 

 

『なんと、ここまでの全てのアウトを三振で奪っていますッッ!!!!』

 

 

『【怪童】! 虎金龍虎ッ!! 新たな最強左腕の爆誕だぁ!!!!!』




ただただえげつい虎金の図


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我妻矢来 vs 伊達雄紀 弐ノ戦 ─────圧倒─────

日本が第一Rを無傷で突破!!
おめでとうございますッ!!!! 鈴木誠也さんはパネェ!!!! やっぱり神ってる!!
今永さんも三回で降りちゃったけど、すげぇかっこよかったです!!
他も矢継ぎ早でしたが、中継ぎ陣もしっかりと仕事を果たして打線に勢いをつけてくれいたので、これはチーム全員のお陰ですね!!
こちらは観てるだけですが、感動をありがとうっ!!
ていうのを、ここでいってもしかたがないのではないかというツッコミはなしでお願いします!!



四回裏 ワンアウト ランナーなし

 

 

羽丘|200 0ーー ーーー|2

花咲|000 ーーー ーーー|0

 

 

 

 

矢来「ウラァッ!!」

 

 

 

 

 

ズッッバァァァァァァァアァァァアァァァアァァァアァァァアァァァアァァァアァァァアァァァアァァァアァァァアァァァアァァァアーーーンンンッッ!!!!

 

 

 

 

木ノ下「ぐっ!?」

 

 

 

審判「スウィングアウトォォ!!」

 

 

《 147km/h 》

 

 

ワァァァアァァァァァァァァァアァァァァァァァァァァァァアァァァァァァアァァァアァァァアァァァアァァァァァァアァァァアァァァアァァァアァァァァァァアァァァアァァァァァァァァァ!!

 

 

 

 

 

実況『2番木ノ下はツーストライクワンボールから高めの釣り球ストレートで空振り三振ッ!!』

 

 

『我妻はこれで、一回裏の三番伊達から9者連続奪三振ッ!!!!』

 

 

『未だ被安打0、四死球0のパーフェクトを続ける怪物右腕の奪三振ペースは衰え知らずです!!』

 

 

綿部『虎金君も四回表の先頭打者である成田君にサードフライを当てられるまで8者連続ですからねぇ。二人の奪三振ショーはやはり盛り上がりますね!』

 

 

『しかし、続くバッターは強打者の伊達君です。二度も簡単に打ち取られるほどヤワな打者ではありませんので、花咲川は期待しましょう』

 

 

 

 

笠元「おっしゃあ!! 打たせてこいや!!」

 

 

結城「このままのリズムで投げろよ!」

 

 

村井「うがっ! たまには打たせてきてもいいからな!」

 

 

舘本「……打たせてきていいよ」

 

 

 

伊達(くそ、今度は負けねぇぞ)

 

 

大地(相当、意識してんなぁ。初球狙ってきそう)

 

 

(ということで、真ん中からストーンと落としてくれよ)

 

 

矢来(おけ)

 

 

伊達(コイツ……。虎金のことをいえたことじゃないけど、いったい何連続で三振にしてんだ?)

 

 

(ここまでファーストストライクを簡単に稼がれてるし、思いっきり狙っていく─────)

 

 

ビュゴォォォォォオォォ……ッ!!

 

 

(来た! 甘めのストレート─────)

 

 

カクンッ!!

 

 

ブォオォォォオォォーーーンンッッ!!

 

 

ズッッバァァァァァァァアァァァァァァァァァァァァァァアァァァアァァァアァァァアァァァーーーンンンッ!!

 

 

伊達「な!?」

 

 

(ここで、真ん中低めのストライクゾーンからボールゾーンまで落ちるツーシーム?!)

 

 

(あのコースから落とされたら、嫌でも反応しちまう!)

 

 

 

 

実況『真ん中低めから落ちたツーシームに打者伊達は空振りしますッ!!』

 

 

綿部『真ん中から落とされたので、バッターは翻弄されてしまいましたね。今のは打者心理をよくわかっているからこそのサインですよ』

 

 

 

 

大地(初球狙っていてかつ状況を変えたくて仕方がないやつには真ん中気味からボールゾーンに変化させてやるのがミソ)

 

 

(もちろん、それは投手であるオマエが実行してくれてなんぼの話だけどな)

 

 

 

ズッッバァァァァアァァァアァァァアァァァアァァァアァァァアァァァアァァァアァァァアァァァアァァァアァァァアーーーンンンッッ!!

 

 

 

 

実況『二球目! これは僅かにゾーンの外! アウトコースにストレートが外れて、カウントはワンストライクワンボールです!』

 

 

 

 

矢来(今の外れたか?)

 

 

大地(入ってんだろ! この審判の目、節穴かよ!)

 

 

伊達(ふぅ、今のをカウントとられると拙かった。助かったぞ)

 

 

 

木ノ下「いいぞ!! 伊達ッ!!」

 

 

坂山「見えてる見えてるッ!!」

 

 

 

笠元「ええ球や!! 落ち着いてそのままいきや!」

 

 

村井「うがっ!! 矢来ちゃん、一つ一つな!!」

 

 

 

ズッッバァァァァアァァァアァァァアァァァアァァァアァァァアァァァアァァァアァァァアァァァアーーーンンンッ!!

 

 

 

《 150km/h 》

 

 

 

審判「ボールッ!!」

 

 

 

 

 

実況『少し力んだか!? 渾身の150キロも、これは明らかな高めボールゾーンに外れます!!』

 

 

 

 

 

 

矢来(わりぃ)

 

 

大地(さっきのボールでちょっとだけ力んだか。けどボールの状態自体に問題はない)

 

 

伊達(ワンストライクツーボール……。ここだな、ここでツーシームを使ってくるはずだ)

 

 

(この球を打てば、ウチにも流れが来るし、何より我妻に動揺を与えることができる)

 

 

 

ビュゴォォォォォオォォオォォ……ッッ!!

 

 

 

(これはツーシーム! アジャストし─────)

 

 

大地(アンタの思考回路は掌握済みだよ、伊達さん)

 

 

 

ズッッバァァァァアァァァアァァァァァァァァァアァァァァァァアァァァアァァァアァァァアァァァァァァァァァアァァァーーーンンンッッ!!!!

 

 

 

伊達「なっ!?」

 

 

(ここでアウトローにストレートっ?!)

 

 

 

 

 

実況『アウトコーナーを丁寧に突く快速球に、好打者伊達は中途半端なスイングで空振りしますッ!!』

 

 

綿部『今日の我妻君はよくあそこに決められますよね。非常にいいコースですし、打者からすればあれほど打ちづらいコースはなかなか無いですよ』

 

 

実況『さぁこれでツーストライクツーボールと追い込んだバッテリー!! 最後は何を選択するのか!?』

 

 

 

 

澤野(表リードなら、間違いなくツーシームの場面で、打者心理を予んでの、裏リードであるアウトコーナーへのストレート要求……)

 

 

(こちらの思考は全て掌握したと言わんばかりのリードで、俺たちを精神的に追い込み、絶望を煽る。そしてあの精巧で強気な振る舞い……)

 

 

(伊達をここまで翻弄するか、咲山大地)

 

 

 

大地(ま、そこは捕手歴の長さを舐めてもらっちゃあ困るな)

 

 

(さて、この追い込み方されたら何投げるか分からないだろ?)

 

 

伊達(最後こそツーシーム? もしくは膝下にスライダーなのか!?)

 

 

大地(さぁ、決めろよ。矢来)

 

 

 

 

実況『我妻! 足を振り下ろして、投げました!』

 

 

 

矢来「ラァッッ!!」

 

 

 

大地「勝路を、─────」

 

 

 

伊達「……ぇ?」

 

 

 

 

 

ズッッバァァァァァァァァァァアァァァアァァァアァァァアァァァアァァァアァァァァァァアァァァアァァァアァァァアァァァアァァァーーーンンンンッッ!!!!

 

 

《 151km/h 》

 

 

大地「─────描け!」

 

 

ワァァァアァァァアァァァアァァァアァァァアァァァアァァァアアァァァアァァァアァァァアァァァアァァァアァァァアァァァアァァァアアァァァァァァアァァァアァァァアァァァアァァァアァァァアァァァッッ!!!!

 

 

実況『み、みみ、見逃し三振ッッ!!!!』

 

 

『世代を斡旋していた好打者を2打席連続三振に封じ込めた背番号11ッッ!!!!』

 

 

『驚異の10者連続奪三振に会場が湧き立ち、激震しますッ!!!!』

 

 

『渾身のフォーシームジャイロが胸元抉り見逃し三振で、この回も無傷のままベンチに戻り仲間から激励を受ける一年生右腕、我妻矢来ッ!!!!』

 

 

『もはや誰も彼を止めることが出来ないぃぃ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

花音「……すごい///」

 

 

千聖(花音が凄く乙女の顔してるわ。うふふ、可愛いわね)

 




我妻、自重しろ


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考えられる限りで最高の形

短めです。
そして今永さんはえげつすぎっすね。
六回一安打一失点。8奪三振とか、打ちようがないでしょ!
あと山本さんもフォークね。あの速度であの落差は反則すぎでしょう!!
甲斐野さんも一年目とは思えない安定感と豪腕。
そして相変わらず凄まじいツーシームを自在に操る山崎さん!!
そりゃあ打てねぇわ!!


五回表

 

 

虎金「ふぅ……」

 

 

木ノ下(伊達が手も足も出ずに二打席連続三振? いくらなんでもバケモンすぎだろ)

 

 

坂山(異次元のストレートは虎金で見慣れてるつもりだったけど、なにせジャイロボールは予測ができねぇ。そのうえキレッキレのスライダーに、新球のツーシームジャイロとかいう縦変化の充実具合……)

 

 

高山(あんなやつから、どうやって点を取ればいいんだよ?)

 

 

澤野(ウチにとって、考えられる限りでもっとも最悪な状況での守備)

 

 

ビュゴォォォォォオォォオ……ッッ!!

 

 

(ここでチームの嫌なムードを払拭してくれ、トラ!)

 

 

ガゴォォォーーンッ!!

 

 

笠元「ぐっ!」

 

 

(あかん、球威につまらされてもうた!)

 

 

坂山「オーライっ!」

 

 

実況『笠元の打球はインコース直球に詰まらされて、セカンド坂山の正面をつく弱々しいゴロで倒れてワンナウト!』

 

 

綿部『……先ほどまでの回とは、随分と荒々しさが抜けましたね』

 

 

実況『と、いいますと?』

 

 

綿部『虎金君の四回までは豪快な速球で相手を圧倒し、蹂躙しながら奪三振をとっていくスタイルでしたが、今の笠元君との対戦では丁寧にスピンを意識した球をコーナーに投げ分けることに注力しているように見えました』

 

 

『打てると思わせるために球速は10キロ弱ほど落としていますが、アレをコーナーの低めに決められると打ち損じが多発するようなキレのある速球で打たせてとって終盤にエネルギーを残すための巧みで典型的な投球術ですね』

 

 

『最近で言いますとギアチェンジといいますかね? ただ、ギアチェンジは普通の高校生ではなかなか出来ませんし、手を抜くのとは違いますから、かなり高レベルの技量ですよ』

 

 

 

 

虎金「よし、まずはワンナウト」

 

 

坂山「ナイスボールな! その感じでいいぞ!!」

 

 

高山「その力感でオッケーオッケー!!」

 

 

木ノ下「こっちにも打たせてきていいぞ!!」

 

 

澤野(下位打順相手なら十分この球威で通じる)

 

 

(テンポ良く打ち取っていけば、まだウチの勝機は潰えない……!)

 

 

 

 

矢来「ピッチングのテンポを変えてきたのか……。さすがだなぁ」

 

 

(俺程度の打者だと打てるか怪しいよな)

 

 

大地「……」

 

 

「矢来」

 

 

矢来「? なんだ?」

 

 

大地「ちょっとこっちきて耳貸せ」

 

 

 

 

 

実況『そして打席には、十者連続奪三振を記録しているスーパールーキーの我妻が入ります!!』

 

 

『打撃能力の高さは未知数ですが、滝沼戦では好投手陳から安打を放っています』

 

 

 

 

澤野(トラのわがままでコイツには、初打席の時から全球種見せてるからな……9番だが慎重に行きたい)

 

 

(初球は前打席のチェンジアップの残像が残っているウチにストレートでカウントを稼ぐ)

 

 

虎金(インロー真っ直ぐ……)

 

 

矢来(点差は2点……。点をやるつもりはないけど、何が起きるか分かんないしな)

 

 

(─────しっかりと打っていこう!)

 

 

 

実況『ワインドアップから初球っ!!』

 

 

ビュゴォォォォォ……!!

 

 

澤野(よし! ナイスコース!)

 

 

矢来(インコース低めギリギリにストレート……)

 

 

(初球からここをつけるのは流石ですね。虎金さん)

 

 

澤野(!? 反応、出来てる!?)

 

 

虎金(ウソだろ!?)

 

 

矢来(けど狙ってたんですよ、これ)

 

 

(カットボール? いやいや……)

 

 

 

 

大地『─────初球、思いっきってストレートにヤマ張ってみろよ』

 

 

 

 

矢来(ウチの正捕手が言うんだ。ストレートで間違いないんだろ!)

 

 

(だから、このインコースの球を腰の回転で素直に振り切って捉えるッ!!)

 

 

カッッキィィィィィィィイィィィーーーンンンッ!!!!

 

 

実況『と、捉えたぁ!!』

 

 

 

澤野(この角度と初速は─────!?)

 

 

「レフトォォォォオォォ!!」

 

 

虎金(ギアを落としたとはいえ、俺のストレートを完璧に……)

 

 

実況『高々と上がった打球は左中間深いところ!!』

 

 

『レフトとセンターが必死に追いかけるッ!!』

 

 

『だが、風にも乗ってまだ伸びる!! 伸びる伸びるッ!!』

 

 

 

ボサッ……。

 

 

 

実況『入ったァァア!!』

 

 

ワァァァァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアッッ!!!!

 

 

『インコーナーの難しいところを腰の回転で強打した打球は、左中間深いところを突き破る豪快弾となり、点差をさらに広げました!!』

 

 

『好投手虎金のストレートを完璧に捉えたのは、9番打者のノーヒッター我妻!!』

 

 

『今大会初本塁打は、自身を援護する追撃の値千金弾!!』

 

 

『羽丘の新たな怪物プレイヤーが、【怪童】を完膚なきまでに粉砕しましたァァァ!!』

 

 

 

 

大地「ナイバッチ! 矢来」

 

 

矢来「おう! 大地もナイスアドバイス!」

 

 

大地(三点差か。中盤からは点が取りづらいと思っていただけに、この一発は大きな意味を持つ)

 

 

(考えられる限り最高の形だな……!)




自援護は投手のロマン!!


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掴みとれ!

遅まきながら、日本代表の皆さん! 世界一、おめでとうございます!!
感動しました!!


─────あぁ……ほんと、俺、何してんだろ……?

 

 

カッキィィィーーーンンンッ!!

 

 

実況『2番舘本も繋いだぁ! 強烈な打球は一、二塁間を突き破り、ライト前ヒット!! これで、ワンナウトランナー一、三塁の、花咲川にとっては絶対的ピンチを迎えます!』

 

 

綿部『虎金くんらしくありませんねぇ。我妻くんの一打をもらってから、球が浮ついてしまっています。ストレートも走っていませんし、先ほども外寄りの 真ん中の直球……最大の武器である制球力が全くと言っていいほど機能していません』

 

 

『ここから修正できるか、それとも他の投手にマウンドを譲るか……ベンチサイドの采配に注目です』

 

 

澤野(トラの球がもう……)

 

 

(コントロールも球威もない。ただの棒球がみんな真ん中に入ってくる)

 

 

(こんなの、どうしようもねぇ……)

 

 

俺はなんて自意識過剰だったんだろうか。

勝手に進化したと思って、勝手に格下に見て、勝手に自滅して……。こんなのは、エースの投球……ましてや、ヒーローのやることじゃない。

 

 

ズッバァァァーーーンンンッ!!

 

 

審判『ボールッ!!』

 

 

実況『あっと! これは明らかなボール球ッ!! 真ん中高めに抜けた球を投じてしまいます!!』

 

 

《135km/h》

 

 

綿部『球速も初回と比べて、見る影もないぐらい落ちてしまっていますね。これはもはや、精神的に立ち直れないのかもしれません』

 

 

ダメだ。指に力が入らない……。

このままじゃ、俺のせいでチームが負けちまう。

投げるのが、こんなにも怖いと感じたのは、初めてかもしれない。

 

 

ズッバァァァーーーンンンッ!!

 

 

審判『ボール!!』

 

 

結城(虎金……限界、なのか?)

 

 

実況『これも大きくゾーンから外れた速球!! 虎金、正真正銘追い込まれてしまった!』

 

 

綿部『そうですねぇ。打席の結城くんを歩かせてしまいますと、必然的に次の打者─────咲山くんに満塁の状態で回ってしまいますから、バッテリーとしては、それだけは避けたいところですよ』

 

 

木ノ下「虎金! 落ち着け! 打たれても守ってやる! ストライク入れてけ!!」

 

 

坂山「おうよ! 弾丸ライナーでも砲弾でも止めてやんよ!! だからど真ん中に投げとけ!!」

 

 

虎金「はぁ、……はぁ……っ」

 

 

澤野(ダメだ、声が届いてない! 明らかに自我を保ててない!)

 

 

 

後藤「香山。ブルペンの曽根山を連れてこい」

 

 

香山「え? あ、は、はい!」

 

 

後藤「……これ以上の失点はゲームが決まりかねん。荷が重いかもしれんが、すぐ登板させる。気持ちの整理もさせておけ」

 

 

香山「わかりました!」

 

 

 

 

花音「龍虎くん……」

 

 

灼熱の太陽が照り付けるマウンドの上。そこで苦しそうにもがく、私の大切な幼馴染が今にも泣き出しそうな顔で、ボールを必死に投げていた。

 

 

ズッバァァァーーーンンンッ!!

 

 

審判『ボール!! ノーストライクスリーボールッ!!』

 

 

澤野「……タイムをお願いします」

 

 

審判「タイム!」

 

 

観客「おいおい、虎金意気消沈か? こんな展開、予期してねぇぞ?」

 

 

観客「初回から四回までが嘘みたいだよな。あんとき見たく、豪快なピッチングでねじ伏せておきゃあ、こんなことにはならなかっただろうに……」

 

 

観客「プロ注目左腕って言っても、あぁなっちまったら形無しだな。帰ろうぜ、これ以上は時間の無駄だしな」

 

 

観客の冷め切った声に、不快感が胸を満たした。けど、ここで声を荒げて怒るのは御門違いだってわかってる。

スポーツの世界は、こういったこととは切っても切れないものなのだと、わかっているから……。

 

 

でもこのままだと龍虎くんが壊れてしまいそうで、怖い。どうすることもできないことを知っているからこそ、余計に悔しかった。

 

 

 

 

澤野「五回途中で被安打5、四球1、3失点……らしくないな、トラ」

 

 

虎金「……それだけ相手の打線が強くなったってことですよ」

 

 

澤野「あぁ。もちろん、奴等もとんでもなく強力な打線になっている。けど、それとこれとは話が別だ」

 

 

「これ以上の失点は命取り、それに加えて結城をあるかせたらいよいよアイツに回ってくる……絶体絶命だぞ」

 

 

虎金「わかっては……いるんですけどね」

 

 

「ホームラン打たれてから、指に力、入んなくって……」

 

 

澤野「……あれは、お前のせいじゃない。俺のリードのせいだ。気にしすぎるな」

 

 

虎金「それでも、俺は……っ!」

 

 

澤野「トラ……」

 

 

虎金「俺は、打たれちゃダメだったんだ!」

 

 

そう、俺は打たれてはいけなかった。

あの場面で打たれたら……いや、アイツにだけは打たれちゃダメだったんだ。

 

 

エースが私情を挟んじゃダメだってことぐらい、わかってる。けど、花音のヒーローの座だけはどうしても奪われたくなかった。だから勝たなきゃいけなかった。

 

 

その結果がどうだ? アイツはいまだにパーフェクトピッチングなうえに、俺のストレートをホームラン……。

俺は初回に2失点、そして今、この回ではホームランをズルズル引きずって球が上ずって2安打打たれて、その後にフォアボール寸前……。

 

 

結果を見ればどっちがホンモノのヒーローなのか明白だった。

 

 

虎金「私情を挟んで、結果負ける……無様以外の何でもない負け方をしたんだ。俺なんか、チームからも花音からも見限られて当然だ」

 

 

鬱陶しいほどの陽光に目を細めて、消え入ってしまいそうに小さな声で言った。

沈鬱な気持ちでマウンドに立っていたところで、何も役に立たない……もはや、交代は免れ無いだろう。

 

 

澤野「……そうか。お前の気持ちは大体わかったよ」

 

 

主将が真剣な目で俺を射抜きながら、右手を俺の額の前に持っていき─────

 

 

澤野「だからって自分に甘えんじゃねぇぞ! ガキィ!」

虎金「痛っ!?」

 

 

バチンと肉が打つ音ともに額に感じた痛みが全身を駆け巡る。

どうやら主将が俺の額に強烈なデコピンを放ったらしい。怒り顔でこちらを見ていた。

 

 

澤野「私情を挟んで負けた。そりゃあ無様だわな! そこに異論を挟む気はねぇよ!」

 

 

強い意志のもと、主将は語りかけてくる。

俺は文句を言おうとしたが、あまりの強い口調に自然と押し黙ってしまった。

 

 

澤野「ただなぁ、無様晒した後にさらに無様晒して……おまえはそれでいいのか? あ? よくねぇよな!」

 

 

巨体がさらに大きく見えてくるほどに、彼の存在感がさらにデカくなっていく。

 

 

澤野「幼馴染のヒーローであり続けるために、エースとしての覚悟も矜持も、すべてをかけた真剣勝負……確かに公式戦だけど、好きにすりゃあいい。そこに立っているのは他の誰でもない、エースの虎金龍虎なんだからな!」

 

 

虎金「っ!」

 

 

澤野「けどな! このチームは決してお前だけのものじゃねぇんだよ! チームを背負っているのは、俺たち野手陣、ベンチ陣、ベンチ外の選手もみんな同じだ!」

 

 

「負けたくないって気持ちは、全員一緒なんだよ!」

 

 

主将はボンッと弱めの拳を、俺の胸に突き立てた。

 

 

澤野「ヒーローか、エースか……どっちかしか選べ無いのか? おまえは……違うだろ? おまえなら両方掴めるはずだ」

 

 

強面の顔をフッと破顔させた主将は顎を僅かに上げて、俺の背後に視線を向けさせる。

 

 

澤野「俺がタイムをとって、おまえが緊急事態に陥っているのに、アイツらはここには来なかったぞ? その意味がわかるか?」

 

 

見れば、確かにボール回しをしているだけで野手陣は誰も此方に来ようとし無い。

けど、どうして……。

 

 

澤野「信用してんだよ、おまえをな……」

 

 

信用? なんで? なんで、こんな俺を信用なんて─────

 

 

澤野「なんでって顔してんな……さっきも言っただろ? おまえは、ヒーローか、エースかどちらかしか選べない器の小さな男なのかってな」

 

 

「それが答えじゃねぇの? ─────なぁ? エースでヒーロー」

 

 

“─────ッ!!”

 

 

澤野「ウチのチーム内で、エースを信用しなくて、ヒーローを冒涜するようなバカはいねぇよ……だから─────」

 

 

ボールを差し出される。

質量ではなく、けれどしっかりとした重みがあるボールを渡された。

 

 

澤野「─────自分で招いたピンチぐらい、自分で拭き取ってみせろ、エースでヒーロー」

 

 

俺はそれを─────

 

 

虎金「─────はい」

 

 

─────しっかりと受け取った。

 

 

 

 

大地(虎金さんの顔付きが─────)

 

 

 

─────越えなきゃいけない。

 

 

虎金「今は、ごちゃごちゃ考えるな」

 

 

─────ただ懸命に……。

 

 

結城(っ?! この圧力はなんだ!?)

 

 

─────ただ直向きに……。

 

 

矢来「─────」

 

 

─────理想を、あの頃抱いた憧憬を……!

 

 

花音「龍虎くん!」

 

 

─────掴みとれ!

 

 

高山「いつも通りぶっ放せ!」

 

 

木ノ下「こっちに打たせてきてもいいぞ! 全部捕ってやる!」

 

 

坂山「おっし! こいやー!!」

 

 

笹野「後ろには逸らさない!! だから安心して打たせてけよ!!」

 

 

澤野(来い! トラ!)

 

 

“この人たちと一緒に─────!!”

 

 

ズッッバァァアァァァアァァァアァァァアァァァアァァァアァァァァァァアァァァアァァァアァァァアァァァアァァァアアァァァアァァァアァァァアァァァアァァァーーーンンンンッッッッ!!!!

 

 

審判『ボール! フォアボール!』

 

 

《 156km/h 》

 

 

“─────俺は、誰にも負けないエースでヒーローになる!!”

 

 

実況『か、会心の156キロがアウトコースの際どいところに投じられましたが、これは惜しくも外れてフォアボール! ワンナウト満塁として、絶対的強打者を迎えてしまいます!!

 

 

結城(─────明らかに初回よりも速い!?)

 

 

(まさか、ここで復活してきたのか?! 体力温存抜きの全力投球……。こいつ─────)

 

 

澤野(この球なら大丈夫。こういうときのトラは無敵だ。だからマウンドに行く必要もない)

 

 

大地「……息を吹き返したか」

 

 

「いいぜ、おもしれぇじゃん。虎金龍虎さん! バチバチにやろう!!」




復活の虎金龍虎 VS 主人公の咲山大地
勝負の行方は如何に……!?


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パーフェクト

松坂大輔、西武に復帰!
色々と問題だらけの西武投手陣にどんな化学反応を巻き起こすのか、楽しみです!


ズッッバァァアァァァアァァァアァァァーーーンンンッッ!!

 

 

 

実況『見逃し三振ッッ!! ワンナウト一、三塁のピンチから4番5番を連続三振に打ち取り、最小失点で切り抜けたぁ!!』

 

 

綿部『最後、バックドアのスライダー……凄いコースに決まりましたね。あれは打てません』

 

 

『ピンチになってからの球質は異次元ですよ。凄い開き直りです。素晴らしい胆力だ』

 

 

後藤「よくこの回を抑えたな、虎金」

 

 

虎金「……あざっす」

 

 

後藤「ただ、五回終わって3失点、球数も100前だ。ゲームを作れたとはいえないな」

 

 

「そこは自覚してるな?」

 

 

虎金「はい……」

 

 

後藤「なら言うことはない……次の機会に必ず活かせ。次の回からライトの守備につけ、後半……必ずオマエが必要になる。頼むぞ」

 

 

「今の咲山を相手にできるのは、オマエだけなんだからな─────期待しているぞ」

 

 

虎金「はい!」

 

 

後藤「次の回から曽根山をマウンドに立たせる! 曽根山、いけるな?」

 

 

曽根山「はい! もう肩も心の準備もできてます! いつでもいけますよ!」

 

 

坂山「たのもしいかよ」

 

 

木ノ下「ほんとほんと」

 

 

伊達「と、守備はこれでいいとして問題は……」

 

 

笹野「打撃(コッチ)をどうすっかだな」

 

 

 

 

実況『ピンチを最小失点で抑えきった裏の攻撃!! 打順は此方も主砲、4番の澤野が闘志全開で打席に立ちます!』

 

 

『創部以来、三年間で積み重ねてきた本塁打の数は52本。その長打力と超高校生級捕手として身につけた深視力で、未だヒット一本たりとも許していない怪物右腕に立ち向かいます!』

 

 

綿部『一打席目は我妻君の完勝と言って差し支えないでしょう。しかし、澤野君もこのままでやられるようなヤワな打者ではありません。期待しましょう!』

 

 

 

 

澤野(さっきはツーシームとストレートにやられたが、今度はこうはいかんぞ)

 

 

大地「矢来! ノーアウトな。落ち着いていこう!」

 

 

矢来「おう!」

 

 

笠元「こっち打たせてきてええぞ! そろそろ暇やからな」

 

 

結城「こい!」

 

 

大地(……と、ゴリゴリのパワーヒッター澤野さんか。この打席は本塁打狙いしてくれればいいんだけど、この人のことだし、塁に出るバッティングしてくんだろうなー)

 

 

(さっきはストレートに見逃し三振……俺も含めて4番ってのはプライドの塊だからな。十分狙われてる可能性はある)

 

 

澤野(ここは点差も考えて、単打狙い。シャープに振り抜く)

 

 

大地(初球、外のスライダーで様子を見るぞ。しっかり腕振ってけ)

 

 

矢来(おう)

 

 

実況『初球、ワインドアップから投げる!!』

 

 

ビュオォオォォ……!!

 

 

カクッ!!

 

 

澤野(スライダー!?)

 

 

ブォオォォォーーーンンッ!!

 

 

ズッバァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァーーーンンンッ!!

 

 

《 136km/h 》

 

 

大地(ナイスボール!)

 

 

矢来(おうよ)

 

 

実況『初球ストライクからボールになる外のスライダーで空振りを奪いワンストライク!』

 

 

綿部『素晴らしいコースです。今のコースに決まれば絶対に打てません』

 

 

澤野(さっきの打席、全てインコース責めされていたから外の撒き餌に反応しちまったうえに、ストレート狙いを見透かされた)

 

 

大地(シャープに振り抜いてきた。やっぱり先頭打者ってこともあって長打ではなく単打狙いか)

 

 

矢来(一発狙いじゃないのなら、いくらこの人でも怖くねぇな)

 

 

大地(言ったな? じゃあコレで)

 

 

実況『サインが決まって二球目!』

 

 

ビュォォォオォォ……!!

 

 

カクッ!

 

 

ブォオォォォオーーンン!!

 

 

ズッバァアァァアァァアァァアァァアァァーーーンンンッ!!

 

 

《 137km/h 》

 

 

実況『二球続けて外へ逃げるスライダー!! バッター澤野のバットが再び空をきります! ここもノーボールのまま追い込みました!』

 

 

澤野(くそ! ツーシームとストレートだけじゃねぇ……! 元からのウィニングショットであるスライダーが厄介すぎる!)

 

 

大地(スライダー、相当嫌がってますねぇ。元々得意ボールのはずでしょ? よっぽどツーシームとストレートに気を取られちゃってますね。そういう反応されるの、好き)

 

 

矢来(さっきの打席から、大地のテンションがおかしい……めっさ和かじゃん)

 

 

虎金「やっぱり主将らしくないっすね。打ってもらわないと困るんすけど……」

 

 

坂山「アイツらしくねぇよな。全部後手に回ってる」

 

 

幽ノ沢「実際、全部すげぇけど、我妻のスライダーはキレ味すげぇし、途中で消えるしで厄介極まりない。なにより」

 

 

ビュオォオォォ……!!

 

 

澤野(……当た─────!?)

 

 

カクッ!!

 

 

ズッバァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァーーーンンンッ!!

 

 

幽ノ沢「コントロールが別格だよ」

 

 

 

審判「ットラーイッ!! バッターアウッ!!」

 

 

ワァァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァ!!

 

 

実況『フロントドアのスライダーで見逃し三振ッッ!! 止まらない十一者連続三振ッ!!』

 

 

綿部『いやぁ……半端ないですねぇ』

 

 

 

矢来「おしっ。完璧だ」

 

 

大地「ナイスコース! 最高のボールだ!」

 

 

結城「我妻ナイスピッチだ!」

 

 

舘本「……ナイスボール」

 

 

 

実況『4番澤野、二打席連続で見逃し三振! ここまで完璧に封じられた状態です!』

 

 

綿部『今のはデッドボールゾーンから曲がっていきましたからねぇ。一打席目のインコース攻めで相当腰を引けさしたのが、ここで効いたようです』

 

 

 

矢来(全部の球が調子いい。スライダーも指に引っ付いて超良い)

 

 

大地(左打者が多い花咲川だが、スライダーのコントロールも絶好調。この回から割合増やしてもいいな)

 

 

澤野「くそ……っ」

 

 

(まだランナーが出ていないからこそ、俺が塁に出て我妻がセットポジションでテンポを崩させなきゃいけない場面だったのに……!)

 

 

(俺のバカ野郎!)

 

 

 

 

 

実況『三球連続膝下スライダーで追い込み、ツーストライクワンボール!』

 

 

 

ビュオォオォォ……!!

 

 

幽ノ沢(真ん中低め、って……)

 

 

カクンッ!!

 

 

(ツーシーム!? やべぇ! バットが止まらない!)

 

 

ズッバァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァーーーンンンッッ!!

 

 

大地「スイング!」

 

 

審判「スウィングアウッ!!」

 

 

 

実況『空振り三振ッ!! 左打者必殺の新ウィニングショット、ツーシームで十二者連続!!』

 

 

ビュオォオォォ……!

 

 

カクッ!!

 

 

高山(ウッソだろ!? ボールが消え─────)

 

 

ズッバァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァーーーンンンッ!!

 

 

審判「スウィングアウトォォ!」

 

 

ワァァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァ!!

 

 

実況『6番高山も膝下スライダーで空振り三振ッ!! パーフェクター我妻矢来、この回の四、五、六番も三者連続三振で仕留めて圧巻無敵の十三者連続三振でスリーアウト!!』

 

 

『花咲川打線は我妻のキレのある球にきりきり舞い! 手に負えず、この回もなす術なくシャットアウト!!』

 

 

綿部『この回の三振は、全て変化球でしたね』

 

 

大地「ナイスボール! エンジンがいい感じだな。いいペースだ」

 

 

矢来「あぁ、虎金さんも復調してきたしな。俺も負けてらんねぇよ」

 

 

結城「我妻が良い流れを持ってきている、このまま得点を上げていくぞ!!」

 

 

チーム一同『『シャァッ!!』』




我妻止まらない!


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咲山大地 VS 虎金龍虎 3rd.Battle─────感謝─────

ヒャクロクジュッキロナゲテミタイナー


実況『ワンナウト満塁の場面で迎えるは、羽丘……いや、世代No. 1打者と呼び声高い主砲咲山 大地!! 彼が悠然とした佇まいで打席に入ります!』

 

 

綿部『オーラありますね。とてつもない迫力を感じます』

 

 

実況『本日早くも三度目の対戦を迎える両者! 一打席目は咲山の選球眼に軍配が上がり、先程の二打席目ではオール変化球で虎金が三振を奪うと言う結果です』

 

 

綿部『結果を見れば、両者の実力は拮抗しているように見えます……ですが、フォアボールで結城くんを歩かせてしまった最後のボール……あれを続けられるようなら、咲山くんは打ち倦ねる可能性があります。そのさい、勝負の優位性は一気に傾くでしょう』

 

 

実況『守備はもちろんゲッツーの狙える中間守備でこれ以上の失点を避けたい姿勢をとります!!』

 

 

綿部『前進守備でもいい場面だと思うんですけど、なるほど内野ゴロを打たせていきたい姿勢なのかもしれませんね』

 

 

沙綾「……いけると思いますか?」

 

 

黒服「何がですか?」

 

 

沙綾「それは……虎金さんです」

 

 

黒服「そうですねぇ……矢来に打たれた後、そのままなら勝率は良くても一厘あったかどうかでしたけど、今だとよくて五分ほどではないでしょうか?」

 

 

有咲「お、思ったより低い……」

 

 

黒服「これでも贔屓目で見てるんですよ。彼、咲山大地という男相手に小手先だけの勝負で勝てるはずもありませんから……チェンジアップ、スライダーという二つの決め球を見せてしまっていますし、優位性は咲山様のほうにあります」

 

 

花音「それでも……龍虎くんなら─────」

 

 

 

 

羽丘生徒『『打てよ〜打てよ〜打て打てよ〜打てよ〜打てよ〜打て打てよ〜オマエが打たなきゃ誰が打つ! かっ飛ばせ〜大地!!』』

 

 

花咲川生徒『『押せよ押せよ! 虎金!! ファイトだ! ファイトだ! 龍虎!!』』

 

 

 

 

 

 

大地「主将へのラストボール……あれを見る限り、まだ折れていないようだな」

 

 

「上等だ」

 

 

「死力を尽くして、叩き潰してやるよ」

 

 

 

実況『さぁ! 虎金!澤野のサインに頷きセットポジションから足を上げて初球!』

 

 

虎金(─────届け!)

 

 

澤野「こい!」

 

 

ズッッバァァアァァァアァァァアァァァアァァァアァァァアァァァアァァァアァァァアァァァアァァァアァァァアァァァアァァァアァァァアァァァアァァァーーーンンンッッ!!!!

 

 

 

実況『初球インコース速球を空振りッ!!』

 

 

 

『自己最速156キロ連発ッッ!!』

 

 

大地「この圧倒的な存在感、溢れ出る闘志……!!」

 

 

 

実況『二球目!!』

 

 

 

スッ……。

 

 

ズッバァァアァァァーーーンンンッッ!!

 

 

実況『二球目はインコース低めから落ちてワンバウンドになるチェンジアップ! 咲山はこれを見極めてボールになる!』

 

 

 

大地「は、はは……!」

 

 

由美「!」

 

 

(大地が打席で笑った……!?)

 

 

大地(認めるよ、虎金さん。アンタは俺が対戦してきた空、萩沼さんクラスの最高のピッチャーと同レベルだってな……!)

 

 

「一人の打者として、これほど滾らせてくれる勝負をさせてくれるのには、敬意を称します!」

 

 

「けどな─────」

 

 

カッキィィィィイィーーーンンンッ!!

 

 

「勝つのは俺たちだ!!」

 

 

 

 

実況『アウトコースのストレートを振り抜いた!!』

 

 

審判「ファール!」

 

 

実況『しかしこれは三塁線の外! ファールボールとし、これでツーストライクワンボールと咲山を追い込んだ虎金! だが咲山も虎金の怪速球を鋭く弾き返す!!』

 

 

 

虎金「は! そこついてくるかよ……バケモン!」

 

 

澤野(初球ストレートを空振りしたとはいえ、二球目のチェンジアップを見極めてかつ外の速球についてきた……)

 

 

(マジで次元違いの打撃センス……えげつない)

 

 

虎金「はは……っ!!」

 

 

大地「ハハ……っ!!」

 

 

 

実況『両者笑顔です!! この状況で笑っています!!』

 

 

虎金(花音……見てるか?)

 

 

(俺、今だけでもオマエのヒーローになれているか?)

 

 

(その答えは返ってこないのは知ってる……けど、このチームは受け入れてくれたんだ)

 

 

(このチームが、支えてくれた人達全員がいたから俺は未だマウンドに立っていられる……!)

 

 

(だからまだ行ける、これより先に、もっと上の段に上がれる!)

 

 

 

 

“龍虎くん! カッコ良かったよ!”

 

 

“私は龍虎くんが投げている姿、好きだよ”

 

 

 

 

虎金(野球始めて、ずっとオマエの言葉が支えだった)

 

 

(それが全部我妻に向いたって、俺の在りどころであることに変わりはない)

 

 

 

実況『虎金龍虎、追い込んだ。サインを終えてセットポジション!!』

 

 

澤野(ここにぶち込め!!)

 

 

 

虎金「だから、もう絶対に負けられないんだ─────!」

 

 

 

実況『投げる!!』

 

 

 

“この人たちと、花音を甲子園に連れて行くまで、立ち止まってられねぇんだ─────!!”

 

 

ビュゴォォォオォォォオオォ……!!

 

 

大地「俺らにだって負けられない理由があるって─────」

 

 

 

グォオオォオオォオオォオオォ─────!!

 

 

“言ってんだろうがっ!!”

 

 

 

「ぶっ飛べやァァァアァァァ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幼い頃から聴き慣れた野球特有の乾いた音。

それが耳朶を打ち、球場は一瞬だけ闃寂に鎮まった。

 

 

今日はきっと、私にとっても、グラウンドで戦う龍虎くんや矢来くんとってかけがいの無い日になると思う。

 

 

気温は37°Cを超えていて、すでに熱中症寸前に陥っている人も複数人いた。

でも私は昔から龍虎くんを応援に行くことがあったからちゃんとこまめに水分をとって、激烈に刺す紫外線から身を守るために日傘を刺して見守っている。

 

 

花音「ずっと見て来てたから、わかるよ龍虎くん」

 

 

「龍虎くんはいつも、こう言うんだ」

 

 

「観に来てくれてありがとうって……」

 

 

「ううん、違うよ。ありがとうはこっちのセリフ」

 

 

「いつも迷子になってもすぐ駆けつけてくれて、それで私が悲しんでいる時は手を差し伸べてくれて─────私のヒーローであり続けてくれて、本当にありがとう」

 

 

「この感謝の気持ち、届けばいいなぁ……」

 

 

 

「本当の本当に、ありがとう─────」

 

 

 

 

 

 

 

《 157km/h 》

 

 

 

 

 

実況『か、か……空振り三振ッッッッ!!!!』

 

 

 

ワァァァアァァァアァァァアァァァアァァァアァァァアァァァアァァァアァァァアアァァァァァァアァァァアァァァアァァァアァァァア!!!!!

 

 

 

 

『虎金龍虎! 自身で招いた大ピンチを完璧に拭い去る会心渾身全力のど真ん中直球勝負ッ!!!!』

 

 

『自己最速更新の157キロが世代No.1打者! 咲山大地を見事に三振に斬って見せたァッ!!』

 

 

虎金「シャァアァァァアァァァアァァァアァァァアァァァッ!!!!」

 

 

澤野「トラ!! オマエ、最高だぁ!!」

 

 

高山「最初からそれしとけよ! バカヤロォ!! 最高じゃボケェ!!」

 

 

坂山「虎金ゴラァ! 最高じゃオラァ!!」

 

 

笹野「本当だわバカァ!! かっこいいじゃねぇかクソッタレェ!!」

 

 

木ノ下「すごいな、咲山を完璧に打ち取るとみんなテンションがいかれてしまうんだ……でも、たしかに最高のボールだわアホォ!!」

 

 

 

大地「……」

 

 

空「ドンマイ、大地。ありゃあ打てなくても仕方─────」

 

 

大地「……は」

 

 

空「? 大地?」

 

 

大地「ハハ、ハハハ……っ!!」

 

 

空「だ、大地が壊れた!?」

 

 

大地「おもしれぇ、おもしれぇぞ! 虎金龍虎!! 最後のど真ん中! あんなの見せられて、燃えなきゃ打者やめてやるよクソッタレ!!」

 

 

「次こそはぶっ放してやる!!」




前書き適当感半端ない……。


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inspire

バッセン行ってきました。一瞬で血豆が出来て、1打席で諦めました。悲しいです……(泣)(ヒット性のあたりが三十球中五球という悲しい結果。球速は130です)


実況『六回表、グラウンド整備と水分補給を終えて、選手が守備位置に散らばります! 羽丘の攻撃は六番帯刀から! そして、花咲川はシートの変更で、虎金がマウンドを降りてライトへ、ライトの司永と変わり一年生投手、背番号10の曽根山がマウンドに向かいます!』

 

 

──────────

曽根山 直樹 (1年)

投球回:1回

被安打:0

四死球:1

失点 :0

奪三振:2

──────────

 

 

実況『曽根山 直樹。松之山シニア出身で、181cm 75Kgの一年大型右腕です。今大会では二回戦の釜野高等学校戦、最終回のみ登板しており、その日出した最速は144Km/hと非常に馬力があります』

 

 

綿部『ガタイ良いですね。投球練習の球を見ている限り、かなりパワーはありそうです』

 

 

実況『主な球種は、縦と横のスライダー、ドロップカーブ、チェンジアップとレーパートリーも充実しています』

 

 

綿部『課題はコントロールと精神面ですね。この後半戦、花咲川は1失点でも致命傷になりえます。今日の我妻君を見る限り尚更です』

 

 

『先頭打者を歩かせずかつ、どれだけゾーンに腕を振って投げ込めるか……エースを下げてのこの交代こそ、ターニングポイントです』

 

 

 

澤野(曽根山の球自体は走ってる。制球力も悪くない……あとはこの状況でどれだけ腕を振って投げられるかどうかだな)

 

 

曽根山「ふぅ……」

 

 

笹野「ソネ! 顔硬いぞ! リラックスな!」

木ノ下「こっち打たせてきていいからな! 自分のペースで投げな!」

坂山「さっこいやー!!」

 

 

曽根山(自分の役割は、わかってる。虎金さんが終盤で満足いく結果を残せる状態になるまでのバトン……)

 

 

実況『セットポジションからの初球!』

 

 

曽根山(今もてる俺のありったけをぶつければ─────)

 

 

ビュゴォォォオォォ……!!

 

 

帯刀(代わって初っ端の真ん中─────!?)

 

 

カクッ!!

 

 

ズッバァアァァアァァアァァアァァアァァーーーンンンッ!!

 

 

曽根山(─────必ず繋げられる!)

 

 

帯刀「くっ……!」

澤野「ナイスボールだ!」

 

 

実況『初球、アウトコースへと逃げるスライダーで空振りを奪いワンストライク! 完璧なコースから曲げていきます、マウンドの曽根山!』

綿部『非常に落ち着いていますね。素晴らしいマウンド度胸です』

 

 

帯刀(コイツ、以前よりもスライダーの切れ味が増してる。こりゃあストレートだけにヤマ張ってたら痛い目に合うぞ)

 

 

澤野(次はコレでいこう)

曽根山(うす)

 

 

 

実況『テンポ良く二球目!』

 

 

カクンッ!!

 

 

帯刀(……浮っ!?)

 

 

ズッバァアァァアァァアァァーーーンンンッ!!

 

 

審判「ットライー!! ツー!!」

 

 

 

実況『二球目は一度浮き上がる軌道から、下方向へ急激に変化するドロップカーブ!! これが枠に入り、追い込みました!』

綿部『花咲川サイドは、虎金君の鋭利な変化球もあったのでカーブのような一度視線を上げる球を使ってこなかったのですが、ここで新しい引き出しを見せてきましたね』

 

 

 

帯刀(変化球二球で追い込まれた。ゾーンを広げないと……)

 

 

澤野(アウトコース二球で追い込んだ。カウント的にも余裕がある。外に横スライダー、振ってくれたら儲け物。振らなきゃインコーナー直球で〆るぞ)

 

 

 

実況『サインが決まって三球目、投げた!』

 

 

 

ビュオォオォォ……!!

 

 

帯刀(これはつりにきてる? いやけど、クサイコースはカット─────)

 

 

 

カクッ!

 

 

 

帯刀(っ! スライダー!? やべっ!?)

 

 

ズッバァアァァアァァアァァーーーンンン!!!

 

 

《 128Km/h 》

 

 

澤野「スイング!」

審判「スウィングアウッ!!」

 

 

帯刀「くそ、が……!」

 

 

実況『ハーフスイングで三振ッ!! 一年生、曽根山直樹!! オール変化球で好打者帯刀を三球三振にきってとりました!』

綿部『帯刀君には打てる球が来ませんでしたね。素晴らしいコースです』

 

 

 

曽根山「亜ラァアァァアァッ!!」

 

 

澤野「ナイスボールだ! 最高!」

坂山「いいボールだぞ!!」

木ノ下「ワンナウトな!」

 

 

 

村井「スライダーを二球とも空振り。裏の裏でもかかれたか?」

帯刀「……いや、一応ゾーンを広げてはいたけど、スライダーも考えてたんだ。けど気がついたらバット振っちまってた感じだ」

村井「?」

 

 

 

アナウンス『七番 サード 村井君』

 

 

実況『打席には長距離ヒッターの村井。今日の試合は虎金相手に二打席連続三振』

 

 

 

曽根山(虎金さんが復帰するまで、これ以上の点は絶対にやらねぇ!)

 

 

ズッバァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァーーーンンンッッ!!

 

 

村井(っ! 速い……!)

 

 

澤野(いいな。ジンジンくるぞ)

 

 

 

ズッバァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァーーーンンンッッ!!

 

 

《 145Km/h 》

 

 

審判「ットライーク! ツー!」

 

 

 

実況『今度も二球で追い込んだ! 自己最速を計測した曽根山、素晴らしいテンポです!』

 

 

 

村井(コイツ……)

 

 

曽根山(パワーヒッターかどうかしらねぇが、俺のストレートを打てるもんなら─────)

 

 

ビュオォオォォ……!!

 

 

村井(低っ─────!?)

 

 

 

ズッバァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァーーーンンンッッ!!

 

 

審判「ットライーク! スリィーーッ!!」

 

 

曽根山「─────打ってみやがれ!」

 

 

《 148Km/h 》

 

 

 

実況『低め一杯!! アウトコースに自己最速ストレートで見逃し三振!!』

 

 

曽根山「亜ラァアァァアァッ!!」

澤野「ナイスボールだ曽根山! その調子でいくぞ!」

 

 

 

村井(最後、低めボール球に見えたけど途中から加速してノビきやがった)

 

 

(コイツ、こんな良いストレート投げられるピッチャーだったか?)

 

 

澤野(曽根山のやつ、この絶体絶命の状況下でありながら、急成長し始めてやがる……。トラと我妻のピッチングに触発されたか?)

 

 

 

ズッバァアァァアァァーーーンンンッッ!

 

 

ズッバァアァァアァァアァァアァァーーーンンンッッ!!

 

 

 

ズッバァアァァアァァアァァアァァーーーンンンッッ!!

 

 

 

実況『ここもテンポ良く追い込み、ツーストライクワンボール!』

 

 

 

帯刀「村井、どう思う?」

村井「うが、春から明らかに球威が増しているな。球速表示こそ4、5キロアップだが、実感では10キロ近く上がっているように感じられたぞ」

帯刀「スライダーも春とは別物だな。ドロップカーブは厄介すぎだし、ここに来て一気に化けた気がするな」

 

 

片矢「inspire。互いに刺激し合うことで、精神的負荷を与え急激な進化を促している」

空「精神的負荷?」

片矢「曽根山の場合、同年代の我妻が十三者連続三振継続中なのと、同チームのエースである虎金が自己最速157キロで咲山を討ち取ったことだな」

 

 

 

実況『カウントツーストライクワンボールからの四球目!』

 

 

ビュゴォォォオォォ……!!

 

 

笠元(インコース高め!? あかん! 手が出ぇへん!)

 

 

ズッバァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァーーーンンンッ!!!!

 

 

《 147Km/h 》

 

 

審判「ットライーク!! スリィーーッ!!」

 

 

曽根山「亜ラァアァァアァッ!! どんなもんじゃい!!」

澤野「ナイスボールだ!! 神リリーフ!!」

 

 

 

実況『笠元、インコース胸元にズバッと決まる直球に手が出ず、見逃し三振ッッ!! なんとこの回、リリーフした一年生、曽根山が三者連続三振を奪う快投を演じました!!』

綿部『あのコースの、あの直球は見事ですね。この回、コントロールの乱れなく抑え切れたのは大きいですよ』

 

 

 

矢来「流石は、曽根山だな」

大地「オマエ、えらくにこやかだな」

矢来「いやいや……アイツには初登板の時にホームランくらって借りがあるとか考えてないから。ほんとほんと」

大地「めちゃくちゃ思ってんじゃん」

矢来「ま、その話を置いておいても、あんなピッチングされちゃったら燃えないわけにはいかねぇだろ」

 

 

「この回も完璧に抑えきってやんよ」



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冴えるストレート

西武のレギュラーメンバー、ほぼ億円プレイヤー……。豪勢!!
来季も勝ち上がれるか!? 西武!


矢来(マウンドが楽しい)

 

 

(こんな感覚、久しくなかった気がする。もしかしたらなかったかも)

 

 

笹野(っ!?)

 

 

ズッバァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァーーーンンンッッ!!!!

 

 

実況『六回裏の攻撃! 七番笹野に対しての初球、アウトハイのストレート!! ハーフスイングで空振りを奪います!!』

 

 

笹野(六回始まっても、球威が増してる? ち、リズムは狂ってない……か)

大地(この人、全くストレートに合ってない。ゴリゴリで押し切れる)

 

 

矢来(いつになく、ボールを投げるのが楽しい!!)

 

 

ズッバァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァーーーンンンッッッッ!!!!

 

 

審判「ットライーク! ツー!」

 

 

実況『好調笹野に対しても、アウトローへ直球! テンポ良く二球で追い込んだ!!』

綿部『球威や制球力も勿論、高水準なのですが、あのテンポがいいですよね。守備からリズムを作る。よい投球です』

 

 

大地(外で遊んでもいいけど、内ストレートでねじ伏せちまった方が手っ取り早いか? 無駄球抜きで行くか?)

矢来(おう! そっちがいい!)

大地(目、キラキラさせやがって……失投したら許さん)

 

 

笹野(客観的に見ても、俺はここまでストレートに全然合ってない。ここも間違いなくストレートだ)

 

 

(ストレートって、わかってるけど─────!)

 

 

ズッバァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァーーーンンンッッッ!!!!

 

 

(─────コイツのストレート、エゲツない!)

 

 

審判「ットライーク! スリィーッ!!」

 

 

《 149Km/h 》

 

 

大地(狙われてても打たれる気がしなかったな)

矢来(うん、いい感じ♫)

大地(ただ調子乗りすぎて、リズム崩すのだけはなしで。油断すんなよ)

矢来(わかってるよ)

 

 

 

実況『打撃好調の七番 笹野もインコース高めに空振り三振ッ! ストレートが冴え渡って十四者連続!』

綿部『決して花咲川打線のレベルが低いわけではないのですが、もう少しバンドの構えなどで揺さぶっていきたいところですね』

 

 

 

アナウンス『八番 ピッチャー 曽根山くん』

 

 

曽根山(先輩たちの反応を見れば、明らかに一球一球の質がいいことがわかる。だからこそセーフティとかで揺さぶりたいけど……)

 

 

ズッバァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァーーーンンンッッ!!!!

 

 

《 148Km/h 》

 

 

(それ、簡単じゃねえぞ……)

 

 

(マジで速ぇ!)

 

 

大地(打たれる気がしないね)

矢来(悪魔の笑いを浮かべてる)

大地(お前の球で心躍ってんだよ)

 

 

(そこ、お前から見て今はどんな景色だ?)

 

 

ズッバァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァーーーンンンッッ!!!!

 

 

審判「ットライーク!! ツー!!」

 

 

 

実況『二球目、曽根山はバントの構えで揺さぶっていきますが、我妻は動揺なくアウトローにビシッと決め、ここも二球で追い込んだ!』

綿部『六回ですが、球威が全くと言っていいほど衰えませんね。コンスタントに140後半を計測しています』

 

 

 

曽根山(マジで春とは別モンじゃねぇか……。クソ、無意味な打席で終わらせてたまるか。少しでも粘ってやる)

大地(何考えてんのか知らねぇけどよ、)

 

 

ビュオォオォォォオォ……!!

 

 

(全力でこいよ。食ってこねぇと、食われんぞ)

 

 

カクッ!!

 

 

曽根山(なっ!? スライダー!?)

 

 

大地「どうやらウチの右腕は、気分が最高潮らしい」

 

 

ズッバァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァーーーンンンッッ!!!!

 

 

審判「ストラックアウトォオ!!」

 

 

 

実況『止まらない止められないッ!! 8番曽根山も切れ味鋭いスライダーを前に空振り三振ッ!! これで異次元の十五者連続三振ッ!!』

綿部『まさにスーパールーキーです。これほどの右腕がいたとは……。これは地方大会新記録の十七連続も射程圏内かもしれませんね』

 

 

大地「ツーアウトツーアウトッ!!」

結城「いいペースだ! ナイスピッチ!」

村井「ウガッ!! ナイスボールだ! 我妻ちゃん!!」

 

 

 

虎金「ドンマイドンマイ。前の先輩たちが打てなかったんだ。自信失うなよ。そんでもって考えすぎで次のピッチングに影響出すとかシャレにならんからな」

曽根山「色々と考えすぎた結果、崩れた何処ぞのエース様にそんなこと言われるとは思いませんでした」

虎金「おま─────! ほんと、容赦ねぇな!」

曽根山「ま、大丈夫ですよ。守りは。だから、まずはバッティングで魅せてください。ヒーローでエースの矜持をね」

虎金「……ほんと、生意気な一年坊主が多いな。お前といい、あそこで悠然に待つバッテリーといい今年の一年は問題児だらけだ」

 

 

「先輩として、ヒーローとして、ちゃんとお灸を据えてやらないとな」

 

 

曽根山「おうぇ!? 恐っ!」

虎金「ソネは試合が終わってからな」

 

 

「その前に、オマエの英雄譚は終わりだ。そろそろ、そこから退けてやるよ我妻」

 

 

「まずは俺のバットで引導を渡してやる」



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投手の闘争本能

わ、涌井さんが楽天に金銭トレード!?
生涯、ロッテかと思った……。
とにかく、新天地でも頑張ってください!!


審判「た、タイムッ!」

 

 

大地「矢来っ!」

結城「我妻っ!」

笠元「おい! 大丈夫かいな!?」

 

 

 

実況『ピッチャーの我妻、虎金のピッチャー返しに反応できずに頭部にボールが直撃してしまった。先ほどから横になったまま動きません!』

 

 

 

片矢「雪村! 本山! 至急肩を作れっ! 榊は成田に準備させてこいっ!」

 

 

雪村「了解ですっ!」

本山「はいっ!」

榊「わかりました!」

 

 

 

大地「おい! 矢来ッ! 意識はあるか!? あるなら、指先でもいいからちょっとだけで動かして、無事かを教えろ!」

矢来「お、大袈裟だっ、て……。普通に意識あるよ」

村井「頭にモロだったんだ、大袈裟なものか!」

矢来「でも案外ピンピンしてますし、なんともないっすよ。ほんと」

結城「急に起き上がろうとするな。ゆっくりと身体だけ起こして、違和感があったらすぐ言え」

矢来「いえ、一瞬何が起きたかわかりませんでしたけど、今はなんともないですよ。ほら」

 

 

審判「我妻君、医務室に行こうか」

矢来「いや、だから……!」

大地「いいから行くぞっ! ほら! 早く俺の背中に乗れっ!」

矢来「いいって、本当に! なんもねぇから……」

大地「乗れッ!!」

矢来「……っ」

大地「頭ぶつけてんだ、死にてぇのか!? いやなら黙って言うこと聞け!」

矢来「……わかった」

 

 

 

実況『我妻投手、大丈夫でしょうか……? 頭部に打球が直撃した模様ですが……』

綿部『ぶつかった場所が場所ですからね……万が一が起きなければいいのですが』

 

 

 

片矢「こっちこい、医務室はコッチだ」

大地「わかりました」

矢来「……」

 

 

「……監督」

片矢「? なんだ?」

矢来「この回……いや、この試合だけは絶対に変えないで下さい。俺はまだ何もやり遂げていません。まだやれます」

片矢「─────。それは、医者と俺の判断だ。自己満足だけで命をどぶに捨てさせるわけにはいかない」

 

 

「だから、今は大人しくしていろ」

 

 

 

アナウンス『お客様にお願い致します。只今、羽丘高等学校ピッチャー我妻君の怪我の治療をしておりますので暫くお待ちください』

 

 

香山「虎金先輩……大丈夫ですか?」

虎金「ん?……あぁ」

 

 

「正直……今すぐ泣きてぇよ」

 

 

「てか、殆ど挫けてる」

 

 

香山「……それは……でも」

虎金「わかってるよ。あれは不慮の事故。偶々が重なって、あぁなった。けど、ちゃんと詫び入れなきゃいけないし、俺があいつを怪我させてしまった事実は変わらない」

 

 

「だからさ、もし……もし、あいつの身に何かあったら、俺は野球から身を引くよ。当然、この夏が終わってからな」

 

 

香山「そんな!? 虎金先輩……!?」

虎金「たとえそれが、誰も望んでいなくても、それが俺が出来る最低限のケジメだ。そのことについて、誰にも文句は言わせない」

 

 

「だからこの試合だけは、全力で勝つ! 誰のためでもない、俺ら自身の為に、この先も全力で勝ち上がるために!」

 

 

 

 

 

 

アナウンス『お客様にお願い致します。只今、羽丘高等学校ピッチャー我妻君の怪我の治療をしておりますので暫くお待ちください。』

 

 

騒然とする場内に響く、ウグイス嬢の淡白な声。

 

 

花音「矢来くん、大丈夫だよね……?」

千聖「……花音」

 

 

そのウグイス嬢とは対照的に、花音は顔を蒼白にして、喉を震わせる。

千聖はそんな親友を安心させようと、宥めるように優しく手を握る。

当然、持ち前の演技力で平静ぶっている千聖も動揺している。否、千聖だけではない。敵味方関係なく、スタンドにいる観衆すべてが運ばれていく夜来を見て、心配そうな声を上げ、眉を落とす。

 

 

黒服「……矢来」

 

 

黒服、眉木も自らの弟子が負傷した事実に動揺を禁じ得ないらしい。思わずと言った風に、口からポツリと矢来の名が溢れていた。

 

 

誰もが誰も、彼の身を案じ、無事を祈る。

 

 

観客「おいおい、我妻大丈夫かよ……」

観客「というか、我妻降りたら流れ悪いよな。だれかこのあと引き継げるピッチャーいんの?」

観客「いるのはいるだろう。今だって、雪村がブルペンで肩作ってるし、何よりレフトに【神童】成田が出場してるし」

観客「けど、ここまで来たら見たかったよなぁ、我妻の二戦連続パーフェクトと20奪三振超え」

観客「いやぁ……パーフェクトはなくなっちまったけど、奪三振ショーは見たいな。ほんと、変えて欲しくないなぁ」

 

 

“大丈夫、大丈夫……だよね? 矢来くんは強いもんね。こんなことで私を置いて行かないよね?”

 

 

そう言い聞かせる。

 

 

“矢来くんは私のヒーローだもん。必ず無事で、またマウンドで笑ってくれるはず……絶対……きっと……大丈夫”

 

 

花音「……ふぇぇ」

 

 

 

 

 

 

 

医師「一応、小さめの検査をしてみましたところ、特に異常は見られません。ですが、MRIなどで診察したわけではありませんので、完璧に安全とは到底言えません」

矢来「俺は行けます! 行かせてくださいッ! 今、あそこから降りるわけには行かないんですッ!」

片矢「いけるいけないの判断は監督である俺が決める。命の危険がある。今のお前に、尚のことその裁量を与えるわけにはいかん」

矢来「みんな大袈裟すぎるんですよッ! 俺の体は、俺が一番よく知ってるっ! その上で行けるって言ってるんだから、行かせてくださいッ!」

片矢「若さ故の過ちで取り返しのつかないことになる場合だってあるんだっ!!」

矢来「っ!」

片矢「……落ち着け。お前が『何』に焦ってるのかはわからんが、一旦冷静になれ。お前は目の前の『何か』に固執し過ぎている」

 

 

「この際、その『何か』には触れないでおく。が、目前に囚われ過ぎて、取り返しのつかない事態になったらどうする? それで悲しむのは誰だ? それすらも判断できない、前しか見えていないお前が行ってどうする?」

矢来「……それじゃあ、ダメなんだ」

片矢「は?」

矢来「目の前の一勝に、必死に食らいついていくのはダメなんですか?」

片矢「それは曲がった捉え方だ。それとこれとはまた別問題だろ」

矢来「我儘だってわかってる。早急に交代するべきだってわかってる。けど、それでも─────」

片矢「……」

 

 

矢来「─────俺は投げたい」

 

 

(今、俺があそこから降りたら、虎金さんを超えられた事にならない。成田から背番号を奪うことができない。そんな確信がある)

 

 

(だから……)

 

 

「今、俺があそこから降りるわけには行かない。自分のミスでランナー出して、じゃあ頼むって他の人に頼るなんてことはしたくない。自分の失態は、自分で拭ってみせます」

大地「矢来……」

 

 

あぁ……どうして被る。

あの時と全く同じだ。いつだって投手って生き物は我儘で、独尊人が激しくて、それでいて強い。投手はみんなそうなのか? なぁ? 雄介。

 

 

ギリギリ限界の状態。それでもお前らは尽く言うんだ。

“投げさせろ”ってな。

ほんと、メンドクサイ。捕手からすれば、なんて聞き分けの悪いことやら。手綱なんか付けても意味ねぇもんな、お前らは。手綱なんか簡単に引きちぎって、独走する。それがお前ら投手。

そして、それをなんとかして押さえ付ける役目を持つのが捕手……の筈なんだけどなぁ。

 

 

大地「監督……俺からもお願いします」

片矢「咲山、お前まで……」

大地「無茶苦茶だって分かってます。けど、このまま駄々捏ねられて、病院行きまで拒否してきたらどうしようもありません。幸いにも、点差は三点。これなら間違いが起きても、まだ取り返しがつきます」

 

 

「それに、この回でダメならダメで諦めるでしょう。その方が手っ取り早いです」

矢来「……大地」

大地「だから、お願いします。あとワンナウトだけでも、コイツに投げさせてやってください」

 

 

「責任をとる、なんて軽々しく言えません。無謀無茶は百も承知です。それでも、コイツに、この試合は投げさせてやりたいんです」

 

片矢「……」

 

 

大地「お願い、します……!」

 

 

片矢「意思は、硬い……か」

 

 

「ほんと、頑固で阿保なバッテリーがいるせいで監督である俺の胃がもたん」

 

 

「この回は無失点で凌いでこい」

 

 

「ただし、少しでもおかしいと思ったら即交代だからな」

 

 

矢来「あ、ありがとうございますっ!」

 

 

片矢「走って戻れ。あの場所に立つ以上、それ相応の覚悟と理念を貫き通せ」

 

 

大地・矢来「「はいっ!!」」

 

 

 

“今、俺がマウンドから降りるわけにはいかない”

 

 

まったく……。どれだけの時が流れたとしても、変わらないな。

俺は走っていく、我妻の背中を目で追いながら思った。

 

 

投手としての闘争本能、か……。

 

 

自分の体を労わろうとせず、ただ一心に投げたい欲に身を任せる狂人。その言葉に気圧されるなんて、俺は監督失格かもしれない。

 

 

なぁ? 眉木。お前の弟子は、本当にお前とそっくりだよ。

 

 

 

宗谷「矢来、ほらドリンク」

 

 

そう言って、宗谷は矢来に水の入ったカップを手渡し、背中を優しく叩く。

 

 

矢来「おう、サンクス」

宗谷「次のバッターは坂山さんな。脚速いから、塁出せば面倒いぞ。気をつけてな」

矢来「あぁ、ありがとな」

宗谷「いつも通り、な?」

矢来「そうだな、いつも通り。それでいくよ」

宗谷「よしっ! いってこい!」

矢来「うん! いってくる!」

 

 

 

実況『我妻投手、今ベンチから出てきましたっ! ブルペンではリリーフ陣が肩を作っていますが、ここは続投のようですっ! 元気に駆けてマウンドに戻ります!!』

綿部『走っている姿を見る限り、ふらつきもありませんし、どうやら重度ではないとの判断でしょう』

 

 

観客『我妻ぁあーー!!』

観客『無事だったかぁあ!!』

観客『心配したぞぉ!!』

観客『よっしゃここからまた、奪三振記録を築いて行こうぜっ!!』

 

 

実況『お聴きくださいっ! この両校スタンドの歓喜を!! 戻ってきた我妻投手に拍手と歓声が送られます!』

 

 

 

千聖「よかったわね、花音♩ 彼、元気そうよ」

花音「……そ、そうかなぁ」

 

 

本当に大丈夫……? 矢来くん、見栄っ張りだから、無理して出てきてない?

 

 

千聖「花音は少し心配しすぎよ? ほら、またあんなに速いストレート投げてるじゃない」

花音「そ、そう、だよ……ね」

 

 

 

 

ズッバァァァアァァァアァァァアァァァアァァァァァーーーンンンッ!!

 

 

ズッバァァァアァァァアァァァアァァァアァァァァァーーーンンンッ!!

 

 

ズッバァァァアァァァアァァァアァァァアァァァァァーーーンンンッ!!

 

 

大地「うし、大丈夫そうだな。これなら問題ない」

矢来「だから最初から言ってるだろ? 大丈夫だって」

大地「ツーアウトランナー一塁で、一番の坂山さん。初球はカーブで入るぞ。まだ坂山さんに対してはカーブを使ってないし、頭にはない筈。ストライクゾーンに入れろよ」

矢来「了解。そういうことは大地に任せるよ」

大地「甘く入ったら、ボッコボコだかんな。さっきのは厳しいコースだったから態勢崩してまだマシな打球だったけど、今度はそうはいかねぇかもしんないからな。身を持って知ったろ?」

矢来「不謹慎ネタやめい」

大地「とにかくだ、厳しく来い。ゾーンに来いとは言ったが、最悪外していい。腕だけはしっかり振れ」

矢来「あぁ!」

 

 

 

アナウンス『球場へ御来園なさった皆様、大変長らくお待たせしました。1番、坂山くん』

 

 

審判「プレイっ!!」

 

 

実況『打席には一番の坂山! 今日は我妻の前に二打席連続っ!! 本日三度目の対戦は、ツーアウトランナー一塁の場面っ! 今日初めてのランナーを活かすことが出来るのか!? さぁ初球っ!!』

 

 

 

坂山(頭打った後のマウンド……。酷かもしれねぇけど、その浮き足立ってるところを狙わせて貰うぜ!)

 

 

(狙うのは初球─────!?)

 

 

ビュッ!!

 

 

(浮っ……!?)

 

 

カクンッ!

 

 

スッパァァアァァアーーーンンッ!!

 

 

《 112Km/h 》

 

 

審判「ットライーク!!」

 

 

実況『初球はカーブから入ってきました! 素晴らしいコースに決まります! 打球の影響はなしの模様ですッ! カウントワンストライクノーボールッ!』

 

 

大地(一回、牽制。普通の速度でいいぞ)

我妻(おけ)

 

 

虎金(一回もこっち見な─────)

 

 

ササッ!

 

 

虎金(?! 牽制うまっ!)

 

 

シュッ!

 

 

ザザッ!!

 

 

パシンッ!!

 

 

塁審「セーフッ!」

 

 

 

実況『おっと! ここで牽制を一つ入れてきたっ! 虎金は危うくアウトになりかけるが、頭から戻って間一髪セーフっ!』

綿部『初球のカーブといい、今の牽制といい、我妻くんは久々のランナーにも関わらず、ランナーとの駆け引きが上手ですね』

 

 

 

虎金(コイツ……わざと視線を向けなかったな。その上、速度はまだ抑えてる。一体、幾つ引き出しを持ってる?)

矢来(割と刺しにいったけど、流石にいい反応してる。けど、これでリードが小さくなった。打者に集中できる)

 

 

大地(それでいい。矢来は元々、速球派じゃない。ここにきて急成長したとは言え、中学時代は軟投派。ランナーを出す機会が結構あったみたいだからな。ランナーとの駆け引きが上手いのは当然だ)

 

 

 

(次、外低めのストレートで一気に追い込む)

 

 

ズッバァァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアアァァァアァァァアァァァアァァァーーーンンンッッッ!!!!

 

 

 

大地(……いいコースだが?!)

 

 

審判「ボールっ! ワンストライクワンボール!!」

 

 

我妻(審判、厳しいな……)

大地(ボール半個分外だったか。けど、ボールの勢い自体は問題ない)

 

 

実況『二球目、アウトロー直球!!これは僅かに外れて、カウントワンストライクワンボールッ!!』

 

 

 

坂山(いい球だ。手が出なかったぞ……どうやら打球の影響は、ないみたいだな)

 

 

大地(次は外にスライダー。これはカウントを整えるためのボールだ。内に入ってくるとスコられる可能性があるからな、集中しろよ)

 

 

 

投げれる。

 

 

今の俺なら、あのミットに完璧なボールを投げ込める。

 

 

失投なんかしてたまるか─────!

 

 

“……あれ?”

 

 

身体が、グラついて─────?

 

 

ボールに力がいかない……?

 

 

ヤバイ、スライダーが抜ける……。

それだけはダメ。せめて叩きつけないと!

 

 

 

ズバァンッッ!!

 

 

審判「ボールッ! カウントワンストライクツーボールッ!!」

 

 

 

実況『これは変化球が引っかかってワンバウンド!! 明らかな低めボール球でカウントワンストライクツーボールッ!』

 

 

大地(ここで追い込んで、カウント有利に進めたかったが……今のは、抜けそうになったのを強引に叩きつけた?)

 

 

矢来「悪い!」

 

 

大地(少し投げ方が崩れてた? まさか、さっきの影響が……?)

 

 

(とにかく、間合いを取るためにもう一回牽制入れとけ)

 

 

シュッ!

 

 

パシンッ!

 

 

塁審「セーフ!」

 

 

 

実況『再び牽制! しかし、今度は戻る余裕がある!! セーフです!』

綿部『刺しにいった牽制というよりも、咲山くんが我妻くんの様子を伺う為の牽制ですね。先程のスライダー、少し投げ方がおかしかったので、それを確かめたかったのでしょう』

 

 

矢来「よし、いつも通りだ」

大地(……あの様子なら大丈夫そうだな)

 

 

(一、二球目共に良い球きてたし。考えていたプランからはそれたけど、まだ立て直せるライン。許容範囲だ)

 

 

(次はお前の大好きなコースだ。しっかり投げ込めよ)

 

 

矢来(インコース高め、ストレート)

大地(さっきみたいに力抜けるなよ。指先まで神経尖らせろ。ここに投げ込め)

 

 

 

実況『ワンストライクツーボールと、打者有利のカウント。ピッチャー我妻、咲山のサインに頷きセットポジション。クイックからの四球目!』

 

 

 

ビュゴォォオォォオォォオ……ッッ!!

 

 

坂山(インコーナー!)

 

 

(やべぇ!? 手が出ない!)

 

 

 

ズッバァァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアアァァァアァァァアァァァアァァァアァァァーーーンンンッッッ!!!!

 

 

審判「ットライーク!!」

 

 

《 150Km/h 》

 

 

 

実況『左打者の坂山の懐を豪快に貫く豪速球でツーストライク!! 追い込んだ!! 今のが会心の150キロ!!』

 

 

大地(良いボール。上出来だぞ)

矢来(ツーツー。追い込んだ、こっち優位。いける!)

 

 

(ここでケリをつける!!)




もはや死亡フラグ……。

……死なないよ!?


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緊急事態

夏も凄かったけど、春の甲子園も楽しみだなぁ〜。


アナウンス『九番、ライト 虎金くん』

 

 

実況『本日二度目の打席に立つのは、エース虎金。一打席目は我妻のアウトコースへのツーシームで空振り三振に仕留められています。打線が沈黙する中、起死回生の一打を放つことが出来るか?!』

 

 

 

矢来(只々やられたあの頃とは違うんだってこと、もう一度証明してやる)

虎金(俺はお前を認めようとは思わなかった。ヒーローとしても、投手としてもな。それは見る影もないって勝手に判断したからだ)

 

 

(でも我妻、今のお前はまさしく投手として輝いている。否応無しに眼中に入ってくる)

矢来(ここまでの成績では完勝だが、あの日、ボコボコにやられた借りはまだ返せてない)

 

 

(この夏、貴方達を完膚なきまでに倒して、あの日から抱き続けた鬱憤を全て晴らす!)

 

 

(ケリをつけてやる)

 

 

 

実況『初球、我妻がワインドアップから足を上げる!』

 

 

ビュゴォォォォ……ッ!!

 

 

カコーーンンッ!!

 

 

審判「ファールッ!!」

 

 

《 148Km/h 》

 

 

大地(アウトハイの直球をファールチップ……タイミングはドンピシャか。やっぱり打者としても侮れないな)

 

 

 

実況『アウトハイに直球、148キロはバックネットに突き刺さってファールボール!! グラウンド整備を挟んでからの六回でも高い集中力を保ち続ける我妻! 素晴らしい根気です』

綿部『気を散らさぬ我妻君も流石ですが、コースに決まったその威力ある速球についていく虎金君も凄いですよ』

 

 

 

虎金(前の二人を見てたからわかってたけど、少しぐらいは気を散らしといてくれよ。その気力、どうなってんだよ)

 

 

シュパッ!!

 

 

スッパァァアーーーンンンッ!!

 

 

審判『ボールッ!』

 

 

 

実況『二球目は外低めにカーブ! ただし、コースはわずかに外! これでカウントはワンストライクツーボール!』

 

 

 

大地(……ここだな。ワンツーかツーワンではリードの組み立てに大きな違いが出てくる。リズムよく来ているからこそ、慎重に攻めろよ)

矢来(インコースツーシーム、けどボールコースはなし、甘いところも厳禁だろ?)

大地(よくわかってるな。油断大敵だぞ)

 

 

虎金(ここ、確実にストライクが欲しい場面。ワンツーになった場合、ワンスリーにしたくないだけに、選択肢が狭まる。カウントが悪くなる前に攻めてくるはず)

 

 

(羽丘バッテリーなら、間違いなくコースを強気に攻められるインコーナーにストレート……!!)

 

 

 

実況『三球目!』

 

 

 

ビュゴォォォォ……ッ!!

 

 

虎金(ほらな!インコースだッ!)

 

 

カクンッ!!

 

 

ズッバァァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンンッッ!!

 

 

大地(よし、ナイスコース!)

矢来(追い込んだぞ!)

虎金(ここでツーシーム……かよ!)

 

 

 

実況『インコースへと緻密に制球されたツーシームを空振りッ!! バッテリー、これで追い込んだ!』

 

 

 

大地(ストレートにタイミングドンピシャ、そんでカーブには振るそぶりすらなく、ツーシームには空振り……ストレート一本狙いか)

 

 

(ツーワンと、追い込んだ時……打者は自然と変化球への意識が高くなるものだけど……)

矢来(この人なら、ストレート一本狙いのままだろ)

大地(だな。外角低め、ボール球に落とせ)

 

 

実況『四球目! ここで決めにくるか!?』

 

 

 

虎金(……これ以上、負けられねぇんだよ)

 

 

(お前らに負けられない理由があるように、俺にはこんなところで負けられない絶対的理由がある)

 

 

 

(我妻、お前だけじゃねぇんだよ。負けた苦しみを抱く本当の辛さを知ってる奴はな……)

 

 

 

─────

 

 

ズッバァァァアァァアァァアァァアァァアァァアアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァアァァアーーーンンンッッッッ!!!!

 

 

審判『スウィングアウッッ!! ゲームセットッ!!』

 

 

実況『ラストバッターの虎金も、背番号18の一年生投手、山本 大輔の豪速球を前に無念の空振り三振ッッ!!』

 

 

『これが王者の貫禄ッ!! 3対0! 一年生投手同士の投げ合い制した早瀬田実業、危なげなくベスト8進出!!』

 

 

『山本、被安打1、四球1、奪三振17の完璧な投球内容で花咲川を相手に完封勝利ッッ!!』

 

 

─────

 

 

虎金(去年の、早瀬田実業戦……俺が最後の打席に立って無様に散った)

 

 

あの場面で先輩達に繋ぐことが出来なかったんだ。

あの日ほど、己の無力さを嘆いた日はなかった……。

あの日、山本に突きつけられた現実があったからこそ、今の俺がいる

 

 

山本も、成田も、萩沼も、お前も……俺の前をただ突っ切っていく。最大の壁として立ち塞がっていく

 

 

夢、今ここで限界を超える事だ

ここで打たなければ、俺はまた無力なあの頃と何も変わらない。超えるしかない。

 

 

去年、超えることのできなかった俺が、やるべき使命だ。

 

 

だからこそ、結果を出して示せ。

今こそ、過去の悔恨を打ち晴らすときだ。

 

 

矢来(これでチェックメイトだ─────!)

 

 

ビュゴォォォォオォォ……ッッ!!

 

 

ここで打たなくて……!!

 

 

カクンッ!!

 

 

ここでチームを救わなくて……!!

 

 

大地(な!? 反応された!?)

矢来(嘘だろ!?)

大地(けど、それはボール球ッ! 引っ掛けてショートゴロが関の山─────!?)

 

 

“何がヒーローだッッ!!”

 

 

カッキィィィイィィイィーーーンンンッッ!!

 

 

 

実況『外の変化球を片手で拾ったッ!!』

 

 

 

“……え?”

 

 

アウトコースから落ちるツーシーム。

ほぼ完璧と言って差し支えのないそのボール。

 

 

我妻矢来は投げた感触と、相手の振りを確認して三振を確信した。

 

 

しかし、野球……否、スポーツという勝負事において絶対はない。それは怪我、風、テンポ……そういった些細な不祥事一つで綻ぶものだし、選手一人一人がしっかりと懸念しておくべき事案と言えよう。

それは当人たちがもつ意思とは否応なくだ。

 

 

だが、投手は非常に繊細だ。

気を付けなければならないと、心底に刻み込まれてはいてもコントロール、球威、変化球といったピッチングにどうしても意識が向けなければならない。

投げて行くうちに、段々と排斥されてきた不足の事態への対処を疎かにしてしまう。

 

 

特に、我妻矢来はここまで快投乱麻の投球で、初回の途中から相手にボールを前に飛ばさせていなかった。

前に飛んだだけでも、相当な揺らぎが生まれるというのにヒット性のあたりだと尚更だろう。

 

 

だから、自身に迫る危機に気付くのに遅れてしまった。はっと気が付いてグローブを前に突き出しても、もう遅い。

大事なことを失念した。その後の末路は、我妻矢来自身の身をもって知らされることになった。

 

 

ゴッ……!

 

 

何か硬いもの同士がぶつかり合う音が、矢来の耳朶を打つ。

衝突音が聞こえた後、すぐさま視界がフラッシュする。

直後、身体が揺らぐ。

 

 

(な、に……が……)

 

 

意識が途切れ途切れのなか、矢来は力無く仰向けに倒れ込む。

虎金がファーストベースを駆け抜ける姿と、大地が焦燥気味に駆け寄ってくる姿に漸く自身の置かれた状況を理解する。

 

 

(頭にボールがぶつかったのか……)




や、矢来ぃぃぃぃい!!


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信じて、託す─────

クリスマス。なぜか、この単語を見るたびに、悲しみが増していき、最後は自然に涙がこぼれます。これ、なんという病気ですか?


大地のミットに、俺の現状出せる最高のストレートが収まり、心地良いキャッチング音が耳朶を聾する。

カウントツーツー。バッテリー有利だ。しかも内角を突いたストレートで追い込めたのは大きい。最後はコースさえつければ、何処でもどの球でも仕留められる。

 

 

しっかりとこの回を締め括れば、次の回だって……。

 

 

─────ッ。

 

 

く、そが……! また……こんな時に─────!?

 

 

指先に力が入らない。頭がグラグラ揺れる。俺の身体なのに、全く言うことを聞かない。

力、伝わってくれ。こんな時に倒れるわけにはいかないんだ。今、降りるわけには─────!

 

 

 

 

 

ズガンッ!!

 

 

審判「ボールッ! ツーストライクスリーボール!」

 

 

大地「矢来……」

 

 

(まただ。またリリースポイントが崩れた。やっぱりさっきのダメージが……!)

 

 

(けど、今、お前の代わりはいない。指先まで集中しろ)

 

 

(そのマウンドを欲したのは誰だ? 自分自身だろ。監督に言ってのけたんだ、ここは乗り切ってみせるぞ)

 

 

 

実況『低めに叩きつけてボール! これでフルカウント! 一塁ランナーは自動的にスタートを切ります!』

 

 

 

大地(今のボール球で完全なイーブン。リリースポイントが安定していないスライダーは使えない。となると、アウトローにツーシームか、インコースストレートしかない)

 

 

(だが万が一にでも、ここ歩かせると、ツーアウトとはいえ相手は上位打線。それだけは出来る限り避けたい)

 

 

(ラストボール。四球目と同じインズバで〆ろ)

 

 

 

 

 

インコースストレート……。

今の俺に、投げ込めるのか?

 

 

この場面になってから、指先から力が抜ける感覚が時折奔る。

吐気もするし、バランス感覚がグラグラだ。

 

 

けど、逃げ場はない。

 

 

─────立ち向かえ。

 

 

気持ちを切らしたら、そこで終わる。

 

 

─────やるしか無い。

 

 

我儘になった。その無理を聞き届けて、送り出してくれた監督の期待に応えるためにも、こんな馬鹿な俺を信じてくれた奴のためにも、今なお応援してくれているあの人のためにも……。

 

 

─────応えろ。

 

 

そして、なによりも─────

 

 

─────こんな馬鹿を信用して、マウンドを託してくれたチームメイトの為に……!

 

 

 

 

 

 

ビュッゴォォォオォオ─────ッ!!

 

 

大地(っ!! ど真ん中!?)

坂山(っ! 甘いコースッ! もらった!!)

 

 

カキィィィンンッッ!!

 

 

大地(ダメだっ! この当たりは、センター前に抜け─────)

矢来「ラァァアァァッッ!!」

大地「矢来っ!?」

 

 

これ以上、今、まさに足を引っ張ってる俺が、これ以上チームに迷惑をかけてたまるか─────っ!

 

 

ガッ……!

 

 

矢来「あ、ぐっ……!!」

 

 

右手が痛い。そりゃあ痛烈な打球をグラブも無しに差し出したんだ。折れているかもしれない。

けれども、まだだ。まだ立ち止まるわけにはいかない。退くわけにはいかない。

 

 

マウンドの坂からコロコロと前方へ弱々しく転がる硬式球。それを視界で捉えて、足を動かす。前へ、一歩でも前へ進む。

 

 

坂山さんはまだ一塁ベースへ到達していない。ならまだ間に合う。この場面でセーフにしてたまるか。

この試合は投げ切るつもりだった。けれども頭を打ち、右手も打球で怪我を負った。現状を考えれば、俺の役割はこのワンプレー限り。

坂山さんを塁に出せば、次は二番打者の木ノ下さん。一発もあるし、なによりランナーありの状態からだと投手不利になることは間違いない。

 

 

成田……。

そんな心配そうな顔するなよ……。大丈夫。こんな不利な状態で、お前にバトンを渡さないから。ちゃんと、完璧に繋いでみせるからさ。

 

 

パシッ……!

 

 

だから、このアウトだけは必ず─────

 

 

……あれ?

 

 

頭がクラクラする。身体もおかしい。ずっと揺さぶられてるみたいな─────なんで、こんな時に……。

 

 

今、俺の身体の事情なんざ、関係ない。結城さんのファーストミットにボールを投げ込むことだけに意識を向けろ。

ただ、坂山さんをアウトにすることだけに注力しろ。

 

 

ヤバイ。視界が霞んできた。立ってられない。せめて、ボールを投げ─────。

 

 

そこで気がついた。

 

 

矢来「くそった、れ……」

 

 

ポトッ……

 

 

コロコロ……ピタッ…。

 

 

俺の右手は、もう普通にボールを握る余力すら残ってはいなかったのだと。

 

 

 

 

審判「た、タイムっ!」

 

 

矢来「……悪い。あとワンナウト、ちゃんと取れなくて」

大地「気にすんな。お前はよくやったよ。花咲川相手に五回まで無安打ピッチ、滝沼戦でも完全試合なんだからな。この夏、最高のピッチングだった」

矢来「そう言われると、ちょっとだけ気が楽になった。ありがとう」

結城「我妻、早く病院で休め。検査なんかは早いほうがいいだろう」

笠元「せやせや! 花咲川撃退の土産持って、病室に向ったるわい

舘本「……御ゆっくり」

村井「うがっ! ここのところは、我妻ちゃんに、おんぶに抱っこ状態だったからな。ここからは俺たちが繋いでみせる」

矢来「……はい、頼みます」

 

 

片矢「よく投げたな。あとは、こいつらに任せてやってくれ。付き添いは有山先生に頼んである。行ってこい」

矢来「……はい。生意気言って、すみませんでした」

有山「よし、行こうか」

矢来「……お願いします」

 

 

大地「ゆっくり寝とけ。じゃあ、またな」

矢来「おう、またな」

 

 

無力でごめん。後は、任せた─────

 

 

 

 

空「……おう、任せろ」

 

 

 

 

アナウンス『羽丘高等学校、選手の交代をお知らせします。レフトの成田君がピッチャー、ピッチャーの我妻君と代わってライト、田中君。ライトの帯刀君がレフト』

 

 

『五番、ピッチャー成田君。六番、レフト帯刀君。9番、ライト田中君。以上になります』

 

 

 

パチパチ……ッ!!

 

 

観客「我妻ァ! よく投げたぞォォッ!!」

観客「ナイスファイトだぁっ!!」

観客「絶対にまた戻ってこいよォッ!!」

 

 

暖かい拍手が、マウンドをゆっくりと降りていく矢来君に降り注いだ。そこに敵味方は関係なくて、矢来君の熱の入ったピッチングとプレイに感化された人達がこんなにもたくさんいて……。

 

 

花音「……お疲れ様、矢来君」

 

 

だから、私も一抹の心配を抱え込みながらも、精一杯の拍手を送る。彼こそ、私自慢の【ヒーロー】だって、強い気持ちを込めて─────

 

 

黒服「花音様。御車の準備はできております。矢来の元へ、向かわれますか?」

花音「……や、やめときます」

黒服「それは……」

花音「……矢来君のことは心配です。ついて行ってあげたいです。けど、この試合だけは、見逃しちゃダメだと思うんです」

 

 

今すぐ矢来君の元に行きたい。安全を確かめたい。また触れ合いたい。

けど、この試合だけは最後まで見届けなくちゃいけない。矢来君、龍虎君の気持ちがぶつかり合ったゲーム。きっと、矢来君も最後まで見届けて欲しかったはずだ。

いなくなっちゃっても、それは変わらないと思う。

だから─────

 

 

花音「だから、私は見届けます……最後まで」

黒服「……わかりました」

 

 

最後、黒服さんは微笑って頷いてくれた。

彼も、理解してくれたみたいだ。

 

 

矢来君。君が試合に出れない分、見れない分……全部、私が見届けるよ。

だからまた、どうかまた私に君の笑顔を見せてください─────!

 




前書きが悲しいなぁ。


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君臨

寒い……。


ワァァァアァァアァァアァァア!!

 

 

観客「キタァ!!」

観客「成田ァ!!」

観客「きゃぁぁあ!! 成田く〜んっ!!」

 

 

実況『二度のピッチャー強襲で、我妻投手が負傷したためマウンドを降り、代わってマウンドに上がるのは、皆さんご存知!! 世代No. 1と呼び声高い羽丘高等学校エース!! 成田空がダイヤモンド中央に君臨しますッ!!』

 

 

──────────

成田 空(1年)

投球回:4回

被安打:0

四死球:0

失点 :0

奪三振:12

──────────

 

 

綿部『登板した回のアウトは全て三振ですか……とんでもないですねぇ』

実況『左オーバースローの超速球派投手!! 球種は一気に浮き上がると評判高い最速155キロのストレートを軸に、スライダー、カットボール、そしてチェンジアップと、何れも一級品!!』

綿部『一、二塁のピンチですが、ツーアウトです。無駄に気負わないことが、両者ともこの回のポイントとなるでしょう。

 

 

大地「緊急登板だが、もう心の準備はできているか?」

空「ふ、愚問だな。大地」

 

 

「……おしっこ、今すぐ行きたい。ちびりそう」

 

 

大地「……オマエー、しばくぞー」

空「棒読みのくせに、ガチの顔するのやめて。いや、やめてください。ふざけたオレが悪かったので!!」

大地「はぁ……その様子だと、力んではなさそうだな」

空「力み? なんじゃそりゃ、美味しいのか?」

大地「クッソ不味い」

空「ガチの返答ありがとさん!」

 

 

大地「とにかく、次のバッターは二番の木ノ下さんだ。技巧派に見えるが、あのガタイの割に、普通にスタンドまで運ぶパワーを兼ね備えているオールラウンダーだ。慎重に、大胆に行くぞ」

空「あいよー」

 

 

大地「久々のバッテリーな気がするな」

空「……そういえば、そうだったな」

大地「最近は矢来に活躍の場を奪われていた、エース殿。このマウンドの感想は?」

空「……我妻が不本意な形で下されちゃったからな。あんまし、気乗りしない……わけ、ないな」

 

 

「我妻には悪いが、ここはいつ来ても最高だよ」

 

 

大地「そうか……」

空「あぁ、そうだ」

大地「抑えるぞ。絶対に」

空「おう! 我妻のためにも、絶対抑えてやる!」

 

 

 

 

山本(早瀬田実業 2年生 背番号1 )「……我妻、降りちゃったのか。ま、やむなしかな」

垣谷(早瀬田実業 2年生 背番号2)「そうだな。むしろ、頭ぶつけてから150キロ出したくらいなんだから、大したもんだろ」

山本「久々に面白いピッチャーが出てきたと思ったんだけどなぁ……」

垣谷「とはいえ、どちらかと言えば、オマエの本命は、今あのマウンドにいるアイツだろ?」

山本「まぁね。どこまでのやつか……気になるじゃん?」

垣谷「データ取りは忘れちゃいけないけど、普通にコイツの投球は見たいな」

 

 

 

 

審判「プレイっ!」

 

 

 

実況『さぁ、成田! セットポジションから足を上げて、注目の初球!!』

 

 

 

木ノ下(最速は155キロだけども、コントロールは最近荒れ気味。狙い球は甘く入ったストレート。代わったばかりの初球を叩くのは鉄則! 狙ってくぜ!)

 

 

大地(直球な。腕は振れ。ボールの勢いで圧倒するぞ)

空「……」(コクン)

 

 

なぁ、我妻。オマエはやっぱりすごいなぁ。

 

 

どうしてそこまで、自分の身を粉にしてまで投げようと思える?

 

 

どうしてそこまで憧れの存在に手を伸ばそうと出来る?

 

 

どうして我妻は諦めない?

 

 

俺は世間一般で言うなら、天才だとか、神童だとか持て囃されてきた。

けども、そんな声は心底どうでもよかった。世間体なんてどうでもいいんだ。

誰だって死ぬ程努力すれば、その道の頂きに立てると、オレは思ってる。

 

 

結局のところ、天才と凡才の違いはそこだと思う。体格の差、技術の差、知能の差……もちろん、それだってある。

 

 

けれど、本当の天才は努力の限界を知らないんだと思う。

努力して届かないものなどないんだと、本気で思ってる奴のことだ。壁がある。だからどうしたって話になる奴らのことだ。壁があるなら、ぶち壊すなり、よじ登るなり、色々な方法がある。それが分厚ければ、ぶち壊すのに時間はかかりるだろう。それが高ければ、よじ登るのにだって手間がかかる。

 

 

その時点で凡才と呼ばれる人たちは途中で上を見上げるのも、壁を叩くのも止める。そこで打ち止めだ。

 

 

一度見て覚える天才だって、元を辿れば一度は見なければ何も覚えられないし、他人の真似事ばかりしていては、オリジナルを超えるなんて出来っこない。所詮は猿真似、ハリボテなんだから。本物には到底追いつきやしない。

 

 

そこで諦めて、なんの努力もしないなら、そいつの限界はそこだ。それ以上、上になんていけるはずなど無い。一生凡才だ。

 

 

要は、この世に天才なんていないんだよ。きっと……。

天才を蔑むやつ……何もやってこない奴ほど嫉み蔑む。なによりもソイツを見縊っているのは、ソイツ自身なんだ。

多分、ソイツは知らないんだ。かわいそうな奴なんだ。

天才の正体が皆、凡才と変わらない“人”なんだって。

 

 

“人”だから天才。“人”だから凡才。

 

 

天才と凡才の違いなんて、オレが知る限りそんなものじゃないかな?

 

 

だからこそ、尽く想う。

我妻矢来、オマエの限界はどこなんだ? ってな。

絶対に折れない不屈の精神力。意志の強さこそが、アイツの根源であり最強の武器。

どこまでも高みを目指そうとする、その姿勢。はっきり言って、オレはその存在感に一度、ボッキリと折れたよ。

この前の試合といい、今日のピッチングといい……オマエの背中がドンドン遠ざかっていく。

あぁ、初めはオレの方が圧倒的にリードしていたはずなのにな。今はもう、安定感を含めて我妻の方が上だろう。どこで差がついたのやら……。

 

 

ハハ……ふざけるな。

 

 

いつからオレはこんなに弱腰になった。

 

 

いつから我妻に負けていると思った。

 

 

そもそもなんでオレが最初から勝っていた気がしていた。

 

 

違う。オレは初めから勝ってもいなければ、負けてもいない。まだスタートラインにも立てていないんだから、勝負もクソもあるかよ。

 

 

 

実況『投げるッ!!』

 

 

 

“敵は我妻でも、打者でもない! 本当の倒すべき敵は、己の慢心だ!”

 

 

 

ビュッゴォォォォオォォオッ!!

 

 

木ノ下(直球─────ッ!?)

 

 

ズッッバァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンンンゥゥゥゥッッ!!!!

 

 

《 155Km/h 》

 

 

審判「ットライーク!!」

 

 

ワァァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアッッ!!!!

 

 

実況『自己最速の直球ッ!! これがアウトコーナーに決まりますッ!!』

 

 

笠元「よっしゃあ!! ええ球や!!」

結城「落ち着いていけよ!!」

 

 

大地(……はは、構えたところドンピシャかよ)

空「……よし、ワンストライク」

大地(しかも、このボール……イップスが治った頃よりも遥かに─────)

 

 

 

実況『テンポ良く二球目!』

 

 

 

木ノ下(ストレート、一本で絞って、狙ってるのに─────)

 

 

ズッッバァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンンンゥゥッッ!!!!

 

 

 

木ノ下(反応すらできないなんて……!?)

 

 

実況『外から内へ!!驚異のストレートと抜群の制球力で、好打者木ノ下をあっという間に追い込んだッ!!』

 

 

 

誰かに負けるのはいい……。

 

 

実況『カウントツーストライクから、3球目!!』

 

 

だけど─────!

 

 

ビュッゴォォォォオォォオォォオォォッッ!!

 

 

木ノ下(……そんなバカなこと!?)

 

 

ズッッバァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンンンゥゥゥゥッッッ!!!!

 

 

“─────自分だけには、負けられないッ!!”

 

 

《 156Km/h 》

 

 

審判「ストラックアウトォォ!!」

 

 

空「シャァァァアァァアァァア!!!!」

 

 

ワァァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアッッ!!!!

 

 

大地「ナイスピッチ!!」

結城「ナイスボールだ!!」

笠元「おっしゃぁあ!!」

帯刀「最高じゃぁあ!!」

秋野「いい感じだねぇ!!」

 

 

 

実況『全球直球で三球三振ッッ!!!!』

 

 

『最後は自己最速更新!! アウトロー一杯!! 会心のストレートォォ!!!! バッター木ノ下に、バットを一度も振らせることなく捩じ伏せたぁっ!!』

 

 

『一、二塁のピンチを渾神の直球で薙ぎ払って見せた!! 一年生エース、成田空ッ!!!!』

 

 

『神童ここにあり!! 至高の存在がマウンドに君臨だぁっ!!』

 

 




前書きが少なすぎて泣きそう。(なら増やせって話ですよね!)


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悪魔の球

……風邪引きました。マジで辛たんです。


曽根山(我妻といい、成田といい……。とんだ化け物だなぁ。一点が命取り、か……)

 

 

「─────上等だよ!」

 

 

 

ズッッバァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンンッッ!!

 

 

 

実況『初打席の九番田中、高め釣り球に空振り三振ッッ!!』

 

 

 

ビュッゴォォォォ……ッ!!

 

 

ガギィィィィンッッ!!

 

 

 

実況『一番秋野は、アウトコース低めのチェンジアップに態勢を崩し、サードゴロ!! 七回の表、リズム良くツーアウトを稼いだ曽根山!!』

 

 

 

舘本(……かなり乗ってる。これ以上、調子付かせちゃダメだ)

 

 

(けど─────)

 

 

ズッバァァァァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァーーーンンンッッ!!

 

 

審判「ットライーク!! ワンッ!」

 

 

舘本(─────言うほど、簡単じゃない)

 

 

 

実況『美しい軌道を描きながらアウトコーナーへズバリと決まります!! カウントワンストライク!』

綿部『パワフルなフォームですが、乱れがありません。完成度が高いです』

 

 

 

澤野(いい感じだ。ストレートが走っているし、何より今日の曽根山は制球がいい)

 

 

ビュッゴォォォォオォォ……!!

 

 

舘本(当たっ─────!?)

 

 

カクッ!!

 

 

ズッバァァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンンッッ!!

 

 

審判「ットライーク! ツー!!」

 

 

舘本(インスラ……。コントロールの難しいフロントドアまで……)

澤野(いいところに決まった。ラスト、アウトコース高め直球で仕留める!)

 

 

ビュッゴォォォォオォォオ!!

 

 

舘本(外!? しまっ─────)

 

 

ズッバァァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンンッッ!!!!

 

 

澤野「スイング!」

審判「スゥィングアウトォォ!!」

 

 

曽根山「亜ラァァァァア!!」

 

 

坂山「ナイスピッチ!!」

伊達「良いボールいってんじゃん!!」

笹野「良い感じでリズム乗ってきたんだ! この調子で点も取って行こう!」

 

 

実況『最後はアウトハイの直球!! ハーフスイングで空振り三振ッッ!! 二回投げて、被安打0、奪三振5の好投を見せる一年生右腕 曽根山直樹ッ!!』

綿部『素晴らしいですよ。チームの悪い流れを断ち切る、好リリーフです。この勢いのまま、攻撃に移れれば好投手の成田君といえど、一筋縄ではいかないでしょう』

 

 

 

 

実況『七回裏、打順は3番の伊達から! ここまで我妻投手の投球を前に玉砕されてきましたが、ここでチーム屈指のリーディングヒッターとして塁に出ることができるか?!』

 

 

 

伊達(木ノ下の打席を見る限り、直球には相当な威力がある。木ノ下の打席しか見ていないから、なんともいえないけど少なくとも、さっきの回は制球ミスはゼロ)

 

 

 

実況『さぁ、成田!! ワインドアップからの初球!!』

 

 

 

伊達(ここはノリに乗ったストレート!!)

大地(……)

 

 

ビュッゴォォォォオォォオォォ……ッ!!

 

 

伊達(─────え?)

 

 

スッッ……。

 

 

ブォオォォォオンンッッ!!

 

 

ズッパァァァァアァァアーーーンンンッッ!!

 

 

《 134Km/h 》

 

 

審判「ットラーイク!! ワンッ!!」

 

 

実況『初球はチェンジアップ!! バッターの伊達、全くタイミングが合わずに空振りッ!!』

綿部『最速から20キロ以上の差ですからねぇ……。バッターからすれば悪魔のようなボールです』

 

 

 

伊達(なんだよ……。今のチェンジアップ……)

 

 

(ただ緩急がエグいだけじゃない、今の軌道……いくらなんでも変化が鋭すぎる!?)

 

 

大地(次、インハイ)

空(おう)

 

 

ズッバァァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンンゥゥゥゥッッ!!!!

 

 

審判「ットライーク!! ツー!!」

 

 

伊達(山張ってたのに、全く当たらない!?)

大地(初球に投じたチェンジアップの残像がある以上、貴方は空のストレートを打てない)

 

 

ズッッバァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンンッッ!!

 

 

審判「ボールッ!!ツーストライクワンボールッ!!」

 

 

伊達(一球外してきた……。ということは、次がラストボール!)

 

 

(初球、空振りしたチェンジアップか? それともまだ使ってないスライダーやカットボール? ダメだ、絞り切れない)

 

 

大地(チェンジアップとストレートに呑まれたら、最後。これで、ジ・エンドだ)

 

 

ズッッバァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンンンゥゥゥゥッッ!!!!

 

 

《 153Km/h 》

 

 

伊達(高め、釣り球……!?)

 

 

(さっきまで低めにあったのに……一体、どんなノビしてやがる?!)

 

 

(ふざけんなよ……マジで噴き上がってきたと思うレベルだぞ!)

 

 

空「どんなもんじゃい」

 

 

審判「スゥィングアウトォォ!!!!」

 

 

ワァァァァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアッッ!!!!

 

 

実況『真ん中高めの釣り球に思わず手を出して空振り三振ッッ!! 最後は153キロ直球!! これで伊達は三打席連続三振ッ!!』

綿部『いやぁ……今のストレート、映像で見ても、本当に浮き上がっているようにしか見えません。凄まじい回転数と、威力です』

 

 

結城「ナイスボール!!」

舘本「……ワンナウトね」

笠元「ゴッツええ球いってんでぇ!!」

村井「うがっ!!」

 

 

大地「ナイスボール!!」

空「おう!」

 

 

 

伊達「……相当ストレートヤバイです。狙っても打てませんでした」

澤野「……みたいだな」

伊達「主将……貴方だけは、打ってください。お願いします」

澤野「任せろ……!」

 

 

 

実況『そして、続く打者は花咲川の主砲!! 三度目の正直となるか!? この打席で神童から自慢の打棒で打ち砕く事が出来るのか、注目の対決です!!』




風邪薬飲んで、早めに寝ます。


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天翼ノ焔

題名を厨二病臭くしてみました!
絶対に意味伝わらん。単純に、空が投げる火の玉ストレートだと思ってください。


山本「澤野弘大。中部ドラッヘズのスカウトもドラフト上位候補に挙げるくらいの強打者」

垣見「最近では東京ビッガーズと、九州ファルコンズも注目してるって噂だぜ」

山本「伊達のアベレージ能力も脅威だけど、俺はこの人のここぞって時の集中力の方が嫌だな。一発あるし」

垣見「事実、聖夜も一本だけ打たれたしな」

山本「あん時は単打だし、コントロールちょこっとミスっただけだからノーカウントで」

垣見「はいはい。それよりも、そんな強打者と、成田の対決はやっぱり無視できないよな」

山本「こいつ、適当に流しやがった……」

 

 

 

実況『七回裏、ワンナウトランナー無し! ここで花咲川は主砲、澤野弘大が打席に立ちます!』

 

 

 

大地(左の伊達、そして右の澤野。そう言われるほどに、この打線の比重は二人に偏っている)

 

 

(伊達は倒した。問題は、この人……)

 

 

(澤野弘大。右の強打者。夏前は矢来のシュートもどきをレフトスタンド、本山先輩のストレートをライトスタンドへ完璧に打たれてる。広角に長打が打てる)

 

 

 

笹野「オマエなら打てるぞ!!」

伊達「主将!! 打ってください!!」

虎金「ファーストストライク! ちゃんと振っていきましょう!!」

 

 

 

大地(まだ、折れていないな。流石に強いチームだ。最後の最後まで、気が抜けない)

 

 

澤野「わかってるよ。オマエらの気持ちはな……」

 

 

大地(甘いコース厳禁。外れてもいいから、外にストレートで様子を見る。この打席は息遣いが違う)

空(外、ストレート、厳しめ)

大地(いいな? 様子見だぞ? 甘いコースだけは無しだ)

 

 

ビュゴォォォォオォオオオオ!!

 

 

澤野(これは、遠いな)

 

 

ズッバァァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンンゥゥッッ!!!!

 

 

審判「ボールっ!」

 

 

 

実況『初球は惜しくも外れて、ワンボールっ!!』

綿部『様子見ですね。澤野君の雰囲気が、前の打席に比べて、明らかに違いますから』

 

 

 

大地(……ストレートの反応がいい。よっぽど意識を置いてるな)

 

 

(フォークやスプリットと言った落ちる球には弱い澤野さんだけど、ストレート系は滅法強い)

 

 

(ここは、一旦カーブでカウントを稼いで─────)

 

 

空(嫌だ)

大地(……デジャブを感じる否定の仕方だ。けど、ここは譲れない。なんならスライダーでも、カットボールでもいい。それでもストレートだけはダメだ)

空(嫌だ。ストレートしか投げない)

大地(……狙われてる球だぞ? 並の打者ならまだしも、この人は要注意人物の一人。無理すべき場面じゃない)

空(狙われているからこそ、投げたいんだ)

 

 

結城(中々、サインが決まらないな)

笠元(空……。何駄々こねてるんや? ここは頭にないカーブを投げるのが定石やろ?)

 

 

澤野(サインが中々決まらない。つまり、成田は直球勝負に拘っているわけで、咲山はそれを避けたいのか)

 

 

(どちらにせよ、俺が狙うのは最初から成田の速球一本。迷う必要はない)

 

 

(この試合、勝つには相手が誇る最強の武器を奪うことが条件だ。だからこそ、ここは直球のみを狙い、他は粘る)

 

 

(それを出来るだけの練習は積んできたつもりだ。さぁ、来いよ。モンスタールーキーズ。俺が、その自信ある直球を打ち砕いてやる)

 

 

 

大地(ノー! ストレート!! カーブ!! オーケー!?)

空(ノーノー!! ゴーイングストレート!!)

大地(カーブ使って、緩急を活かす意味合いもあるっていうのに……この馬鹿野郎が……)

 

 

「……タイムお願いします」

 

 

実況『羽丘バッテリー、サインが合いません。捕手の咲山がタイムを取り、マウンドの成田のもとへ向かいます』

綿部『定石通りならカーブやスライダーでカウントを稼ぐ場面ですが、相手は超高校級の澤野君です。表リードは読まれている可能性があると踏んでの、サイン否定かもしれませんね』

 

 

 

大地「すっげぇデジャブなんだが、一応聞くぞ? 何が投げたい?」

空「ストレート!!」

大地「だよなぁ……。うん、わかってた。オマエはそういう奴だって」

空「狙われているのもわかってるし、タイミングも多分あってるんだろうなぁ、ってのもわかってる」

大地「それでも投げたいのか?」

空「あぁ、投げたい。狙われているからこそ、ストレートで抑え切りたい」

大地「それは冷静に考えた結果か? それとも、ただの蛮勇か?」

空「蛮勇」

大地「……」

空「大地、オレが悪かったから、そのジト目やめてくんない? めっさ怖い」

大地「悪いって認めてんなら、変化球で入って欲しいんだが……蛮勇なら蛮勇なりの根拠は?」

 

 

空「真っ向からぶつかって、オレが勝つ」

 

 

大地「……はぁ、それは根拠じゃない。ただの妄想って言うんだよ。馬鹿」

 

 

空「馬鹿で結構コケコッコー! それでも試したいんだ、オレの鍛え上げたストレートが最高クラスのバッターにどこまで通用するのか……勝てば問題ないんだろ?」

 

 

大地「そうだな……勝てばな」

空「なら大丈夫だよ。オレはゼッテェに負けねぇから!」

大地「どこからその自信が湧いてくるんだか……どうせ止めても投げるんだろ?」

 

 

「もう、好きにしろよ」

 

 

空「おう!」

 

 

 

結城(……あ(察し))

笠元(木実戦のデジャヴュ〜……)

 

 

 

実況『キャッチャー咲山がキャッチャーボックスに戻り、サインを決めます!』

綿部『どうやら、話は纏まったみたいですね』

 

 

 

大地(……)

 

 

“勝てば問題ないんだろ?”

 

 

大地(木実戦の時とは訳が違う。本戦の重みがある中での、この発言……)

 

 

(イップスを経験して、挫折を知ったアイツは原点に立ち直って、己を見つめ直していた)

 

 

(正直、驚いていないといえば嘘になる)

 

 

(己を律し、磨き続けたストレート……。そして、空が持つ最高のウィニングショット)

 

 

(この人相手に燃え滾ってんだろ? ドーパミンが全開状態なんだろ?)

 

 

(そこまでストレートに拘るのなら、トコトン突き通せ)

 

 

(俺は、オマエを信じる)

 

 

原点回帰─────!

 

 

 

実況『カウントワンボール、ワインドアップからの二球目!!』

 

 

大地(迷った時は、アウトコース低め直球!! そこへズバンと放り込め! ノムさん理論、ここで使わせてもらいます!)

 

 

(圧倒しろ、それが俺からのオーダーだ)

 

 

 

 

足を突き下ろした時の歩幅。

 

 

体幹を意識し、スムーズに行う体重移動。

 

 

身体の開きを抑える役割を持っていた右腕を素早く引き戻す。

 

 

膝は付けない。

 

 

腕を撓らせながらも、角度は上からを意識。

 

 

ボールを叩くポイントは出来るだけ低く、前で強く押し込むイメージ。

 

 

指先、最後の神経一本に至るまで集中する。

 

 

理想のストレートを追い求めて、探求し、導き出した現時点での最高のフォームを再現する。

頭では理解していても、それを実践できるかは別問題。

今だって、ちゃんとした安定感があるかと問われれば、確なる自信はない。

けれども、オレはあのミットに投げ込んでみせたい。

 

 

抑えきれない唯の我儘。

それを信じてくれたアイツの期待を超えるために、オレは投げ込んでみせる。

 

 

ボールは低く投げようとして、それでも高めに浮き上がるイメージ。

今持っているボールは硬式球。だが、イメージは、ピンポン球を投げ込む感じ。

関西チーターズに所属する火の玉ストレート、不二河投手のボールを投げるときの意識。それを忘れない。

 

 

最後のリリースポイント、ゼロだった力をフルパワーに持っていき、最高のボールを解き放つ!!

 

 

 

実況『投げた!!』

 

 

 

ビュゴォォォォオォオオオオォオオオオ!!!!

 

 

澤野(来た! アウトコースのストレート!)

 

 

(それを待ってた!)

 

 

ズッッッバァァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンンンゥゥゥゥッッ!!!!

 

 

《 152Km/h 》

 

 

(は? 何事だ─────? 真っ直ぐだぞ?)

 

 

 

実況『空振りッッ!!!! アウトコース!! 咲山が要求したコースよりも、かなり浮いたストレートでしたが、澤野のバットが空を切りました!』

 

 

 

大地(まだワンストライクだぞ。油断はすんなよ)

空(今の感覚……! 早くボール返して!!)

 

 

澤野(ちょっと待て─────!?)

 

 

ズッッッバァァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンンンゥゥゥゥッッ!!!!

 

 

大地「スイング!」

審判「スイング!! カウントワンボールツーストライク!!」

 

 

実況『これもアウトコーナーに渾身のストレート!! 澤野は中途半端なスイングになってしまった!!』

綿部『これ、本当に浮き上がっていませんか? 明らかにボールがホップしているようにしか見えません』

 

 

 

澤野(そんな馬鹿な話、あってたまるか……!)

 

 

(狙って打てない、火の球ストレート。そんなボールを投げられる高校生がいるなんて、そんなのあり得るのか?)

 

 

(いや、そんなことあるはずがない)

 

 

(たとえプロでも、そんな馬鹿げたストレートを投げる人はそうはいない……!)

 

 

 

実況『追い込んだ後の四球目!!』

 

 

グッォォオォオオオオォオオオオォオオオオォオオオオォオオオオ!!!!

 

 

(狙いながらも、当てられない。そんな馬鹿げたストレートを高校一年生が投げるなんて─────)

 

 

ズッッッッバァァァァァアァァアァァアァァアァァアァァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンンンゥゥゥゥゥゥッッ!!!

 

 

審判「ストラックアウトォォオォォ!!」

 

 

ワァアァァアァァアァァアァァアァァアァァァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァア!!!!!

 

 

 

実況『四番 澤野、アウトロー一杯に決まったストレートにバット出ずッッ!!!! 成田空! 超高校級打者をストレート四つで仕留めてみせたぁ!!』

解説『手が出ません。えぇ、あれは手が出ませんとも』

 

 

 

空「シャオラァッ!!」

 

 

大地「ナイスボールッ!!」

 

 

(これが、空が磨き上げてきた最高のストレート……!!)

 

 

(こいつ─────!!)

 

 

 




不二河投手……実人は、今季、最終の六戦を六連勝でギリギリクライマックスシリーズ進出を決めた阪神タイガース。その立役者の一人。後半から守護神として活躍し、個人も好成績を収めた。松坂世代であり、三十九歳という身ながら、未だ140後半を計測する火の玉ストレートは顕在。来季の活躍にも期待したい。


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【天才】と【凡才】の違い

西武の開幕投手……ニール投手になりそうだなぁ。


実況『四番 澤野が三打席連続三振に切って取られ、これで前の回から三者連続三振っ!!』

 

 

観客「なんじゃ!? 今のストレート!?」

観客「バグッちょるバグッちょる!!」

観客「まじんこで浮いてるんですけど!?」

観客「成田サイコー!!」

 

 

 

三木 総十郎(八川大学第三高等学校 1年生 背番号6 )「おぉ〜!! あれが羽丘の成田かぁ! 速ぇ! デケェ!! スゲェ!!」

松伊 純也(八川大学第三高等学校 三年生 背番号2)「ソウ、うるさいぞ。他の客に迷惑かけるな」

 

 

三木「えぇ〜!! いいじゃないですかー!! それとも松ちゃん先輩は気にならないんすかー!?」

松伊「いや、めっさ気にはなるぞ。ただそれを周囲に見せないだけでな」

三木「もう! 変わらずの堅物なんですからぁ!!」

松伊「オレら相手に完全試合をやってのけたバケモノのデータは取って置きたかったからな。出て来てくれて助かった」

三木「無視っすか!? 酷いっ!」

松伊「うるさい。羽丘の先発は成田と思わせて我妻。けど、負傷して六回途中から成田にリリーフ。対して、花咲川の先発は予想通り四連投の虎金。こちらも、虎金の乱調により、六回表から一年の曽根山が好リリーフか。一点勝負を予想していただけに、三点リードは羽丘にとっては大きなアドバンテージだな」

三木「ぶー……。ま、戦力層的には創部に一年差がある花咲川が有利ですし、三点差なら何が起こるかわかりませんよ? なんせ、今投げてる成田だってイップスになってから乱調気味って噂がありますしね!」

 

 

 

雄介(今のストレート……)

 

 

「……なるほどな。強情なアイツが素直になる訳だ」

 

 

友希那「何か言ったかしら?」

雄介「いいや……ただ、嬉しさ半分悔しさ半分だなって言っただけ」

友希那「?」

雄介「わかんなくていいよ。大したことじゃないから」

蘭「……でも、座るのを忘れるぐらいのことは、思い出してたんじゃないですか?」

雄介「……は?」

蘭「ほら、ずっとグラウンド……大地のこと見て突っ立てったじゃないですか」

友希那「……美竹さん?」

雄介「なるほど……ここにも大地が打ち解けている奴がいるとはな」

 

 

「そりゃあ、オレはアイツに借りがあるからな」

 

 

 

五年前─────

 

 

ガッ!!

 

 

雄介「ウッ……!」

同級生「このクソ雑魚がっ! オレ様に盾ついてんじゃねぇよ! お前は、オレ様に言われた通り、あのクソ野郎陥れろよ!」

 

 

ウザっ……。大地を陥れる? 自分が大地のような天賦の才が無いと勝手に諦めて、次にレギュラーを狙うためだけに、大地を大きな事故に見せかけて大怪我させるとか……凡人以下の屑だろ。

 

 

雄介「誰が、んなこと聞くかよ……実力も、努力もしてねぇのに活きがんなよ。三下ぁ」

同級生「クソガァァアァア─────!!」

 

 

ガツンッ!!

 

 

雄介「あがっ……!」

 

 

いくら非道な暴力を振られようとも、オレがお前に靡くわけないだろ!

お前とは、心のレベルが違うんだよ!

 

 

同級生「心のレベルが違うだぁ!? 調子に乗んなよッ!!」

 

 

「クソ雑魚がぁ!!」

 

 

大地「雄介ェェエェェエ─────!!」

雄介「!? くんじゃねぇ!!」

同級生「もうオセェよ!!」

 

 

ガッッヅーーーンンンッッ!!

 

 

雄介「ガァァアァアァア─────!?」

 

 

 

─────

 

 

雄介「あん時は、悪い夢の中にいるのかと思ったぜ。でも違う。紛れもなく、オレはあの日、一度死んだ。人生で二度と負いたくはないな。怪我して好きなことが出来なくなるのは」

 

 

「大地が来て、バッテリー組んで、全国制覇を成して、チームを蔑ろに扱い調子に乗ってた罰だったんだろうな。きっと」

 

 

蘭「それ、自己啓発本にでもしたら、売れるんじゃないですか? 『元天才投手の頂の景色と苦難の情景』とか」

雄介「そんな本出す時間があるなら、復帰の目処を立てて大学で即戦力扱いされるぐらいまでに感を取り戻す練習に時間を当てるよ」

 

 

「それに、オレは元でも天才じゃない」

 

 

蘭「……天才じゃない?」

雄介「これは個人的主観になっちまうけど、そもそもの話、天才なんて本当はいないとオレは思ってる」

 

 

「居るとしたら、その人に対して周りが勝手に作り上げた偶像か、はたまた思い込みの激しいそいつ自身がそう思い込んでるだけだ」

 

 

「この世すべての人間、誰しもが凡夫だ。努力無くして、誰も生きてはいけない」

 

 

ズッッッバァアァアァアァァァアァァアァァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンンゥゥゥゥッッ!!!!

 

 

審判「ットライーク! ツー!!」

 

 

 

実況『これも見事なアウトロー!! 直球でねじ伏せる神童・成田空!!』

綿部『幽ノ沢君も右打席に入ったり工夫は見られるんですが、いかんせん、あのストレートですよね』

 

 

 

雄介「凡夫だから生き残るために、みんな少なからず努力するんだ」

 

 

「天才というワードを隠蓑にして何もしなけりゃ、己を貫き通してきた凡才には一生かけても勝つことなんてできない」

 

 

「それは、どれだけすげぇ事でも一瞬で覚える奴にも、どんなに優れた能力を最初から持ってた奴にも言える事だ」

 

 

「そこからの積み重ねがなければ、どれほどの優等な実力があってもホンモノには届かない」

 

 

「だって、ホンモノに至る天才の正体は、誰しもが成しえない膨大な努力量で形成された凡夫なんだからな」

 

 

 

ズッッッバァアァアァアァァァアァァアァァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンンゥゥゥゥッッ!!!!

 

 

《156Km/h》

 

 

実況『見逃し三振─────ッ!!』

 

 

『成田空、4番澤野から7球連続外への速球でこの回、三者連続三振っ!! 6回裏ツーアウトからリリーフして、四者連続三振で仕留めて見せたぁ!!』

 

 

 

雄介「……きっと、あそこの奴も、それを身をもって知ってるはずだ」

友希那「あそこの奴……成田のことかしら?」

雄介「そ。あいつの直球からは凄まじいほどの覇気が溢れ出している。そのボールに見惚れると、見えてくるんだよ。アイツがどんなに苦しく、地味な練習でも真面目に取り組んできたのか、よく感じられるよ」

 

 

「だからこそ、強情で突っ撥ね続けて、孤立しがちな咲山大地の昏い道先を照らし続けられるんだ」

 

 

「成田空。悔しいけど、アイツこそ大地の心に蔓延っていた氷塊を溶かしたホンモノの太陽なんだろうな……」



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ベストな一年生

皆様、あけましておめでとうございます!!
本年も宜しくお願いいたします!!


ありきたりでごめんね? 甥っ子にホッペをちゅーちゅーされました……ネズミだけにね!(しょうもないとか言わないで。泣くから)


アナウンス『八回表、羽丘高等学校の攻撃は、3番ファースト、結城君』

 

 

曽根山(3番に格落ちしたとはいえ、あの結城 浩介の孫だ。打撃センスは舐めたものじゃない……)

澤野(ストレートに反応すら……)

 

 

(俺が……)

 

 

曽根山(主将、サインは? 今は守備に集中してください!)

 

 

 

実況『長いサイン交換を終えての初球!』

 

 

 

ビュゴォォオォォオォォオ……!!

 

 

結城(……状況が絶望的の中、捕手はここに頼りがちだ)

 

 

(だからこそ、初球からここを使ってくるのはわかっていた)

 

 

(澤野さん。貴方のその綻びを……ずっと待っていた!)

 

 

─────アウトコース一点勝負!!

 

 

カッキィィィイィイィイィィィィィィーーーンンッ!!!!

 

 

曽根山(なっ!?)

澤野(読まれた─────!?)

 

 

「セカンッ!!」

 

 

坂山「ぐっ……!?」

 

 

(ダメだ! 球足が速すぎる!)

 

 

 

実況『抜けた─────!!』

 

 

『キャプテン結城!! 初球から積極的なスイングで一、二塁間を突き破る鋭い打球を放ち、ライト前ヒット!! 頼れる四番の前にランナーとして出塁しました!!』

解説『素晴らしい安打です。アウトコースの直球に逆らわず右方向へ強く低い打球を打つ。まるでお手本のようなバッティングですね』

 

 

 

 

雄介「……あの人、“壊された”な」

友希那「あの人って……? それに壊されたって何?」

雄介「花咲川の捕手だよ。あの人、成田のピッチングで完全に呑みこまれたんだよ」

リサ「呑み込まれたって……どうして? 今のプレーも別にキャッチャーがどうこうっていうより、打った人が凄いだけだと思うんだけど?」

雄介「悪手だよ。初球からアウトローストレート。しかもプロ注目打者相手にいきなしだからな。読まれて当然。安直すぎるリードだ」

 

 

「そもそも、虎金相手にストレートゴリ押しで負けてたんだから、相当ストレートに意識が入ってて当たり前なんだよ」

 

 

友希那「たしかにそうね……」

リサ「けど、どうして……? 澤野さんってプロも注目するような捕手なんでしょ? そんな人が明らかなミスするなんて」

 

 

雄介「澤野さんは相当な場数を踏んだいい捕手なんだろうってのは、その人の向けている意識や見た感じでわかる」

 

 

「けど、根は純真たるスラッガーなんだろうってこともわかる」

 

 

 

「我妻に対して二打席連続三振。そして、リリーフの成田から直球オンリーで見逃し三振。根っこからのスラッガーなら誰しもが屈辱に感じるようなことを、実際受けているわけだからな。心が折れないわけねぇよ」

 

 

 

 

澤野「……すまん。今のは俺のリードミスだ」

曽根山「いえ。たとえそうだとしても、あの難しいコースを平然と捌いてみせた結城さんが一枚上手だっただけでしょ。ここ、切り替えなきゃ、それこそ次の打者に全て持ってかれる」

澤野「だな。厳しいコースをガンガン突こう。咲山は打ち取る算段が得られない打者だ。一塁が埋まっているとはいえ、カウントが悪くなったら歩かせるぞ」

曽根山「了解です」

 

 

 

 

実況『さぁ、捕手の澤野が定位置に戻り試合が再開! バッターはここまで2打席連続三振中の4番咲山!』

 

 

『ここで一発放ってトドメの一撃となるか? それとも花咲川バッテリーがこの男を完璧に封じ、勝機を繋ぐか!?』

 

 

『注目の初球!』

 

 

 

澤野(……曽根山、オマエ)

 

 

(俺が成田のストレートに手も足も出なかったの見てたんだろ?)

 

 

(強いな……違うか)

 

 

(強く、なったんだよな)

 

 

曽根山(この人たちなら、成田からでも三点差をひっくり返してくれる。そう思っている)

 

 

(現実味は薄いかもしれない。状態の良い成田から後2回で三点差を詰めるなんて無謀なのかもしれない)

 

 

(けど楽観的思考ってのも悪くない。悲観的になったら俺が俺じゃなくなる気がするから)

 

 

(正直、コイツの相手は虎金さんに任せると思ってたけど、そうも言ってられない)

 

 

(コイツを抑えられる気がしない。それでも切り替えるしかねぇよな)

 

 

(だってここからボロボロと崩れ去って行ったら、俺だけ置いて行かれる)

 

 

(ウチ相手にほぼ完璧な投球を見せた我妻、バケモノストレートで全てを呑み込む成田、咲山を力でねじ伏せた虎金さん……ここで逃げたら、俺だけ置いて行かれ出るみたいで嫌だ!)

 

 

 

ズッバァアァアァアァァァアァァアァァァアァァアァァアアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンンッッ!!

 

 

《 148km/h 》

 

 

審判「ットライーク!! ワン!!」

 

 

澤野「ナイスボール!!」

 

 

 

実況『初球はアウトロー一杯に自己最速ストレートでワンストライク!!』

 

 

 

坂山「良いストレートだ! その勢いで抑えちまえ!」

木ノ下「ほんと、今日は絶好調だね!」

 

 

大地(今のはちょっと難しいな)

 

 

 

実況『2球目!』

 

 

ズッバァアァアァアァァァアァァアァァァアァァアアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンンッッ!!

 

 

大地「ち……アウトローに二連続かよ」

 

 

審判「ットライーク! ツー!!」

 

 

坂山「あのソネが咲山を追い込んだ……?」

笹野「あれ? なんか目頭が熱くなってきたな」

高山「ノーコンなんてもう言わせない!!」

 

 

大地(二球続けてのアウトローへ直球……かなり暴力的なボールな上にコーナーに決められた。厄介だな)

 

 

(最後はなんだ……?)

 

 

 

実況『三球目!!』

 

 

ビュッゴォォオォオオオオ!!

 

 

大地(インコース甘め! 攻め切れなかったか?!)

 

 

クンッ!!

 

 

大地(な……!?)

 

 

ガゴォーンッ!!

 

 

澤野「セカン! ゲッツー取れる!!」

坂山「まかせんしゃい!!」

 

 

木ノ下「サカさん!」

坂山「ほい!」

 

 

 

実況『セカンド正面のゴロを素早く捌き、四六三のダブルプレー成立!! インコースの変化球に詰まらされ、咲山がここにきて完全にブレーキ!!』

綿部『カットボールですね。我妻君だけではなく、曽根山君も新球を周到に準備していたようです。素晴らしいボールでした』

 

 

 

大地(くそ……ここで新ボールかよ。しかもカットボール)

 

 

澤野「よし! ナイスコースだ!」

曽根山「ふぅぃ〜……心臓バクバクした〜」

大地(んなの、詰まるに決まってんだろ)

 

 

 

雄介「虎金直伝って言ったところか……かなり曲がり始めも遅かったし。やるな、あの一年坊」

 

 

 

澤野(コントロールが荒れやすい曽根山だから、基本はコーナーに構えないが、良い感じにコースへ決まっている)

 

 

(今日はベストな曽根山だ)

 



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相棒

カッキィィィイーーーンンンッ!! 

 

 

 

実況『捕らえた!!』

 

 

 

曽根山「やべっ!?」

澤野(褒めたそばからど真ん中に抜けたスライダー!?)

 

 

パシィィーンッッ!!

 

 

 

実況『しかしショート木ノ下、素晴らしい反応とフィールディングであわやセンター前に抜けそうな打球をキャッチ! クルッと一回転して立波投げ! そして正確なスロー! スリーアウトチェンジ!』

 

 

 

木ノ下「よしっ!!」

曽根山「神キャッチ!! ナイスプレーです!! マジンコで助かりました!」

坂山「カッケェプレー!」

高山「よ! センスの塊!」

木ノ下「褒められてうれぴーです!」

 

 

 

実況『八回の表、羽丘高等学校はこの回も無得点! 花咲川一年生投手の曽根山直樹、ここまでリリーフで三回投げきって無失点の好投を見せます!』

 

 

 

男子生徒「曽根山って、あんな良いピッチャーだったんだな……」

男子生徒「クラスじゃ、ただうるさいだけのやつかと思ってたんだけどな。マウンドだとめっちゃくちゃ感情剥き出しでカッケェな!」

 

 

沙綾「……曽根山君って、あんなにコントロールが良かったんだ。もっと荒れてるイメージがあったんだけど」

黒服「いえ。曽根山様はイメージ通りのノーコンですよ。本日は特別調子がよろしいようです」

 

 

 

アナウンス『八回裏、花咲川高等学校の攻撃は、6番サード、高山君』

 

 

 

大地(六回裏ツーアウトから緊急リリーフして、被安打はなし。澤野さんとの対決以降はさらに完璧な主導を得ている)

 

 

(この馬鹿げた火の玉でな)

 

 

ズッッッバァアァアァアァァァアァァアァァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンンゥゥゥゥッッ!!!!

 

 

審判「スウィングアウッ!!」

 

 

空「シャウラァァア!!」

高山(速すぎだろ……!?)

 

 

 

実況『空振り三振ッ!! 六番高山も成田の豪速球を前にスウィングアウト!! これで六回裏途中からリリーフして5連続奪三振!!』

 

 

 

高山「あれが成田のストレートか……エグい。ただそれだけに尽きる」

 

 

坂山「はい! 暗くならなーい!」

滝宮「そうですよ! 成田が別次元なんてみんな分かり切ってることなんですから!」

虎金「暗くなって前向けなくなるなんて、らしくねぇしな」

 

 

高山「……だな」

 

 

 

アナウンス『花咲川高等学校、選手の交代をお知らせします。七番、笹野君に変わりまして、香山君。バッターは香山君』

 

 

 

実況『花咲川高等学校、ここで代打! 背番号20の一年生、香山!! 強打の右打者! 頼れる代打要員です!』

 

 

 

空(ストレート狙われてそう)

香山(ストレートしか狙わない)

 

 

大地(……代打には変化球から入るのが定石だが……オマエなら小細工なしでいけるよな?)

空(当然!)

 

 

 

実況『さぁ成田、ワインドアップからの初球!』

 

 

グゥォォオォオォオオオオォオォオオオオ!!

 

 

ズッッッバァアァアァアァァァアァァアァァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンンゥゥゥゥッッ!!!!

 

 

審判「ットライーク! ワン!!」

 

 

 

実況『初球は外角低めの直球でワンストライク!!』

綿部『パワーで押していく戦法ですね。強引な手段ですが、最も理にかなっています』

 

 

 

グゥォォオォオォオオオオォオォオオオオォオォオオオオ!!!!

 

 

ズッッッバァアァアァアァァァアァァアァァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンンゥゥゥゥッッ!!!!

 

 

審判「ットライーク!! ツー!!」

 

 

 

実況『今度はアウトハイ!! 威力ある速球に中途半端なスイングになってしまった!! 頼れる一年生代打にもストライクを先行させます!』

 

 

 

香山(なんだよ、これ……)

 

 

(ボールが視認できないとか、いくらなんでもヤバすぎだろ……!?)

 

 

ズッッッバァアァアァアァァァアァァアァァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンンゥゥゥゥッッ!!!!

 

 

審判「ストラックアウッッ!!」

 

 

ワァァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァア!!!!

 

 

 

実況『最後はアウトローへのストレートで見逃し三振ッッ!!』

 

 

『代打の一年生香山、バット出せず!! ここも成田が圧巻無敵の投球でねじ伏せた!!』

 

 

 

アナウンス『花咲川高等学校、選手の交代をお知らせします。八番曽根山君に変わりまして、有原君。バッターは有原君』

 

 

 

実況『花咲川高等学校、続け様に代打攻勢に出ます!! ここまで好投の曽根山に代わって打席に立つのは、背番号9の三年生有原! 右の技巧派打者!』

綿部『徐で構いませんので、バントなどで揺さぶりたいですからね。見え透いた作戦でも、成田君のリズムを変えたいところです』

 

 

有原(まだ負けてない! ここ、俺が塁に出れば、まだ希望がある!)

空(バントとかで揺さぶるつもりか?)

有原「絶対に塁に出てやる!」

 

 

空「それで塁に出れると……本気で思ってんのか?」

 

 

ズッッッバァアァアァアァァァアァァアァァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンンゥゥゥゥッッ!!!!

 

 

《 154Km/h 》

 

 

審判『ボール!!』

 

 

 

実況『初球は惜しくも外にはずれてボール! しかしスピードはコンスタントに150キロ中盤台を記録していく!!』

 

 

 

大地「オッケー! 球はきてるぞ! 上から目線でガンガンこい!」

空「おう!」

大地(どんな時も攻める気持ちを忘れるなよ!)

 

 

 

実況『二球目!!』

 

 

 

グゥォォオォオォオオオオォオォオオオオォオォオオオオ!!!!

 

 

 

ズッッッバァアァアァアァァァアァァアァァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンンゥゥゥゥッッ!!!!

 

 

審判「ットライーク!! ワンストライククワンボール!!」

 

 

 

実況『インコース高めの直球に、バットを引き見逃してワンストライク!! 爆発力の凄まじいボール!! 代打の有原はこれをバットに当てなければなりません!』

綿部『美しい縦回転を与えられる肩肘の柔軟性に加え、半端ないスピン数を加える天性の指先があってこそのストレートです。どんな選手でも上是で投げると疲労が嵩張ってフォームが崩れ、シュート回転してしまいストレートの質が落ちてしまうのですが、成田君は強靭な下半身を支えにすることで、それがありません。本当に素晴らしいピッチャーです』

 

 

 

大地(次はコレで行くぞ)

空(……ストレートでゴリ押したいけど、それも投げておきたいし了解。低め意識ね)

 

 

 

実況『三球目! ワインドアップから投げる!!』

 

 

 

グゥォォオォオォオオオオォオォオオオオォオォオオオオ!!

 

 

 

有原(バントの構えで揺さぶりかけても不動!? なら、コンパクトに振ってやる!)

 

 

(振らなきゃ何も起きない!)

 

 

「ストレートってわかって─────」

 

 

カククッ!!

 

 

ズッバァアァアァアァァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンン!!

 

 

有原「……高速、シンカー!?」

 

 

大地「ナイスボール!!」

空「よし! 決まった!」

 

 

大地(イップスになってからずっと封印していたシンキングファストボール! 完璧な角度から滑り出したな!)

 

 

 

実況『三球目はアウトコース低めへ滑り込む高速シンカーで空振りを奪います!! カウントはツーストライクワンボールとバッテリー有利!!』

 

 

 

大地(ストレートもシンキングファストも見せたし、両方ついて行けていない)

空(サインは決まってんだろ……?)

大地(……何ニマニマしてんだ。失投したらブン殴るぞ)

 

 

 

実況『サインが決まって、ワインドアップ!! 追い込んだ羽丘バッテリーはここで仕留め切るか!?』

 

 

 

有原(こんなところで俺たちの最後の夏を終わらせてたまるか!)

 

 

「絶対に打ってやる!」

 

 

─────

 

 

大地『最後に聞かせてくれ……』

 

 

『─────『成田空』がそこに立つ意味はなんだ?』

 

 

空『そんなモン、決まってんだろ? 『誰よりも高いところにいる為』だ!』

 

 

─────

 

 

オマエが投手で、俺が捕手。

 

 

バッテリーが演出するピッチングは共同作業で生み出された一つの作品。

 

 

捕手は投手に道を示し、投手は捕手の迷いを晴らす。

そうして完成した芸術作品は、未開の扉をこじ開ける為の鍵となる。

切磋琢磨し、たどり着いた境地は決して一人では到達できない。

だからこそ、変わらない。

それだけで俺たちは、最高の相棒になれる!

 

 

大地(やることは変わらないよな)

空(ったりーめだ!)

大地(ならぶち込め!)

空(当然ぶち込んでやるよ!)

 

 

 

実況『さぁ、成田が投げる!!』

 

 

『花咲川高等学校、有原は起死回生の一打で弾き返すことが出来るか!?』

 

 

 

グゥォォオォオォオオオオォオォオオオオォオォオオオオ!!!!

 

 

 

大地・空((インコースへ渾身のストレート!!))

 

 

有原(インコース!? やばっ……!)

 

 

(反応、できない……!?)

 

 

ズッッッバァアァアァアァァァアァァアァァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンンゥゥゥゥッッ!!!!

 

 

《 156Km/h 》

 

 

大地「ベストボール!!」

空「シャウラァァァァア!!」

 

 

ワァァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァア!!!!

 

 

 

実況『見逃し三振ッ!! 代打の有原、インコース真っ直ぐに手が出ず!! 会心の156キロで8回裏を締めた!!』

 

 

 

大地(流石だぜ、空)

 

 

(やっぱりオマエは最高の『相棒』だよ!)




少しダイヤのAを引用。ちょっと内容変えてるけど……


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まだ負けてねぇぞ!!

今回は短いです。


アナウンス『9回の表、羽丘高等学校の攻撃は、六番レフト帯刀君』

 

 

実況『羽丘高等学校の攻撃! 花咲川は代打に入った香山をそのままライトにつけ、ライトの虎金を再びマウンドに送り出します!』

 

 

澤野(5回に崩れたが、その後すぐに咲山相手に復調して見せたんだ。その感じで攻めるぞ)

 

 

(裏で絶対にサヨナラしてやる)

 

 

ビュゴォォオォオオオ!!

 

 

ククッ!!

 

 

帯刀(ぐっ……! カットボールか!?)

 

 

カゴォン!

 

 

実況『打ったが、これはサード正面への平凡なゴロ! 2年生高山が捌いてワンナウト!!』

 

 

澤野「サードオッケーだ!」

木ノ下「いい感じ!!」

坂山「ピッチャーもナイスな! ワンナウト!!」

 

 

アナウンス『7番、サード、村井君』

 

 

澤野(村井は今日、三連続三振。虎金の球は愚か、曽根山のストレートにも全くついて行けていない)

 

 

虎金(出塁? 失点? させるかよ……!)

 

 

(たった三点ぽっち、俺らならすぐに追い越せる)

 

 

(そのために必要なこと……)

 

 

(それは……ここで戦う意思を明確に示し、相手を凌駕するファイティングスピリッツを全開にすることだ!!)

 

 

ギュォオォオオオオ!!

 

 

ズッッッバァアァアァアァァァアァァアァァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンンゥゥゥゥッッ!!!!

 

 

審判「ットライーク!! ワン!!」

 

 

村井(速すぎ)

 

 

ギュォオォオオオオォォオォォオ!!!

 

 

ズッッッバァアァアァアァァァアァァアァァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンンゥゥゥゥッッ!!!!

 

 

審判「ットライーク!! ツー!!」

 

 

 

実況『リズム良く二球で追い込んだ!!』

 

 

 

澤野(低め、落ち着いて攻めてこい!)

虎金(当然です!)

 

 

(成田、我妻……オレらは負けねぇぞ!!)

 

 

 

実況『カウントツーナッシングからの三球目!! 大きく振りかぶって、』

 

 

 

虎金(こんなクソ中途半端なところで立ち止まってられるかよ─────!!)

 

 

 

実況『投げた!!』

 

 

 

ギュォオォオオオオ!!!!

 

 

ズッッッバァアァアァアァァァアァァアァァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンンゥゥゥゥッッ!!!!

 

 

虎金「シャオラァァ!! 見たかゴラァ!!」

 

 

 

実況『空振り三振ッ!! 虎金、これでこの試合、十三個目の奪三振!!』

 

 

 

アナウンス『八番 ショート 笠元君』

 

 

ズッッッバァアァアァアァァァアァァアァァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンンゥゥゥゥッッ!!!!

 

 

審判「ットライーク!! ワン!!」

 

 

 

実況『初球、アウトローへのストレート!』

 

 

 

ズッッッバァアァアァアァァァアァァアァァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンンゥゥゥゥッッ!!!!

 

 

審判「ットライーク!! ツー!!」

 

 

笠元(そないコーナーを散らせるとか……アホちゃうか!?)

 

 

 

実況『二球目は対角線を活かした渾身のクロスファイヤー!! また二球で追い込んだー!!』

綿部『凄まじい闘気です。怪速球とはまさにこれのことでしょう!』

 

 

 

笠元(花咲川バッテリーはアホみたいにストライク先行して、三球勝負仕掛けてくるケースが鉄板になっとる)

 

 

(ゾーンにきたら、ぶっ放すで!!)

 

 

 

澤野(行くぞ、トラ……! この一球に全てを賭けろ!)

虎金(行きますよ! 主将!)

 

 

澤野(来い!)

 

 

 

実況『カウントツーナッシングからの三球目!! ワインドアップモーションから投げた!!』

 

 

 

ビュッゴォォオォオオオオ!!!!

 

 

笠元(っ!!?)

 

 

澤野(相手の五感。その全てを欺け!)

 

 

スッッ……

 

 

ズッバァアァアァアァァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンン!!

 

 

審判「スウィングアウトォオォオ!!」

 

 

虎金「ッシャァァアァア!!!!」

澤野「ナイスボール!!!!」

 

 

ワァァアァアァアァアァアァアァアァアァアァアァアァアァアァアァアァアァアァアァアァアァアァアァアァアァアァアァアァアァアァアァアァアァアァアァアァアァアァアァアァアァアァアァアァアァアァアァアァアッッ!!!!

 

 

 

実況『アウトコースへ必殺のサークルチェンジで空振り三振ッッ!! 虎金龍虎、この試合十四個目の奪三振で9回表の守備を締めきったぁ!!』

綿部『腕の振りも全く変わらない最高のボールでした! リズムを崩して、よくぞここまで持ち直せましたね!』

 

 

実況『まさしく流れを呼び込む会心のピッチング!! 裏の攻撃に全てを賭す事ができるか!?』

 

 

虎金「まだだ!! まだ俺たちは負けてねぇぞ─────!!」

 



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死闘! 9回裏の攻防!!

九回はドラマ!!


『なんか花咲川って、勝つべきところで勝ちきれてないイメージが強いよな〜』

『そこそこ勝てるけど甲子園には行けないチームね』

『中堅校以上強豪未満ってやつ』

『ちょっと勝てるから調子乗ってんだよ。だから甲子園に行けないだよ』

 

 

虎金(甲子園常連校と比べたら、そりゃあ俺たちなんてさぞ力不足に映るだろうよ)

 

 

(けど調子乗ってるから甲子園に行けないって言われた時はイラついた)

 

 

(だってそんなこと言う奴は、俺らの野球に対する姿勢をちゃんと見ようとせず、試合結果だけで判断してるってことだろ?)

 

 

(普段から俺らの姿勢を見て言ってるならまだしも、何も知らないド素人が口だけで揶揄してんなら、そりゃあ御門違いだ)

 

 

(調子乗っててこんな速い球を投げられるか?)

 

 

(調子乗ってて打席に立てると、本気で思ってんのか?)

 

 

(普段から何も知らないヤツが多いことぐらい知ってるし、これからもそう言う奴らからの視線を受け続けるんだってことはわかってるつもりだ)

 

 

(けど、調子乗ってるとか言われて、仲間のことをバカにされてるみたいなこと言われたら当然、腹立つじゃん)

 

 

(馴れ合いをしているつもりはない。遊んでここまできたわけじゃない)

 

 

(競い合って、蹴落としあって、そして最後に抱き合って笑い合うんだ。調子乗って勝ち上がるほど、高校野球は優しくない)

 

 

(そんなこと、とっくにみんな理解してんだ)

 

 

(人の努力を、友情を、姿勢をバカにしてんじゃねぇぞっ!!)

 

 

カッッキィィイィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィーーーンンンッ!!!!

 

 

空「な……っ!?」

大地「ウソだろ!?」

 

 

(少し甘く入ったとはいえ、空のストレートを初見で捕らえた!? これは長打か!?)

 

 

 

実況『成田のストレートを捕らえた!! これはセンター後方に落ちるか!? センター秋野は下がる!』

 

 

 

虎金(三点差? んなもん、あってないようなもんだろうが!)

 

 

(俺らならすぐに追い越せる!!)

 

 

秋野(……! これは!)

 

 

(いける!)

 

 

笠元(咲耶はん! マジか!?)

大地(いや、いくらなんでもそれは─────!)

 

 

パシンッ……!

 

 

 

実況『ウソォ!?』

綿部『じ、じじじ! 実況! わ、わわわ忘れてますよぉ!?』

実況『し、失礼しましたぁ! しかし、センター秋野のスーパープレー!! 頭上を襲った強烈な打球を背走しながら見事キャッチ!? まさにファインプレー!!』

 

 

虎金「……ウソ、だろ?」

 

 

(長打がセンターフライとか……)

 

 

 

実況『三点を追う花咲川としては手痛いアウトか!? これでワンナウトランナー無し!』

 

 

 

虎金(不甲斐ない極まりないけど、託すしかないか……)

 

 

(どうか、オレをもう一度マウンドに上げてください─────!)

 

 

 

アナウンス『一番 セカンド 坂山君』

 

 

実況『ここでチーム一の俊足を誇る一番の坂山が右打席に入ります! 今日の試合は四打席立ってピッチャー強襲の1安打!』

 

 

 

坂山(序盤の我妻といい、後半の成田といい羽丘にはバケモノ投手が二人もいるんだな)

 

 

(だけどな、ウチのエースだって負けてねぇんだよ)

 

 

(ベスト16? 満足できるかよ!)

 

 

(去年となんら変わらない景色なんざ、もう十二分だ!!)

 

 

 

カッキィィィイィイーーーンンンッッ!!

 

 

 

実況『打った! 三遊間! これも鋭いッ!!』

 

 

 

坂山「行け! 抜けろやぁ!!」

 

 

笠元(……ここ最近、ワイは打撃面で足引っ張っとる)

 

 

(やったらせめて、咲耶はんみたいに守備ぐらい貢献せんくてどうするんや!? )

 

 

(守備は専売特許や! この球足について来れんようじゃ、ワイがグラウンドに立っとる価値はないッ!!)

 

 

パシィッ!

 

 

 

実況『三遊間深いところに追いついて逆シングルでキャッチ!! ただしバッターランナーは快足の坂山! 間に合うか!?』

 

 

 

坂山(セーフに……! 絶対にセーフになるんだ!)

笠元(絶対にアウトに─────!)

 

 

((間に合えェェェェ─────!!))

 

 

 

塁審「ヒィィーズアウトォォ!!!!」

 

 

 

坂山「くっ、そ……あと一歩……!」

 

 

笠元「シャウラァ!」

 

 

空「ナイス浪速魂です!!」

結城「ショートナイスプレー!!」

帯刀「最高じゃぁ!!!!」

 

 

 

実況『バッターランナー一歩及ばずっ!!!! 懸命のヘッドスライディングも届かず、ショートゴロ!! これでアウトカウントが二つ!! 花咲川高等学校、遂に追い込まれたッ!!』

 

 

 

アナウンス『二番、ショート 木ノ下君』

 

 

 

実況『そして此方も右打席に入ったのは木ノ下!! 最後のバッターになってしまうのか!? それとも成田を打ち、希望を繋ぐか!?』

 

 

 

大地(打ち取ったとはいえ、空のストレートを初見で虎金さんにも坂山さんにも捕らえられていた)

 

 

(……球道に慣れてないはずなのにアジャストするとか……もはや、気概だけで振ってるだけじゃねぇの?)

 

 

(これが上位校の気迫……1年と2、3年の違いか)

 

 

ズッッッバァアァアァアァァァアァァアァァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンンゥゥゥゥッッ!!!!

 

 

審判「ボール! ワン!」

 

 

大地(インコーナーの厳しめ。けど若干外れたか……初球にストライクは欲しかったな)

木ノ下(……チャンスを潰したのは痛かったけど、成田の球はさっき見た。今なら、打てる!)

 

 

(攻める気持ちを常に持て!)

 

 

カコォーンンンッッ!!

 

 

 

実況『二球目はアウトコース高めストレートですが、木ノ下が対応してファールチップ! カウントワンストライクワンボール!』

 

 

 

ズッッッバァアァアァアァァァアァァアァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンンッ!!

 

 

審判「ボール!! ワンツー!!」

 

 

 

実況『低めに鋭く沈む高速シンカーを見極めたぁ!! これも外れてワンツーとバッティングカウント!! 羽丘バッテリーとしましても中軸には回したくない場面!!』

綿部『素晴らしい選球です。よく見極めましたよ!』

 

 

 

大地(頭にあったとしても、今のを初見で見極めるとかキチガイの領域だろ……)

空(今のを見逃されるかー……打ち気を利用したと思ったんだけどな)

大地(ミスったら終わりのギリギリ展開で、どうしてそこまで冷静でいられる、平然と見送れる)

 

 

(貴方達だって人間でしょう? あと一つで試合が終わるんですよ……?)

 

 

(もっと動揺してくれよ!)

 

 

カッキィィィイィイーーーンンンッ!!!!

 

 

ワァァァァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァア!!!!

 

 

 

実況『高めに浮いたストレートを捕らえたぁ!!!!』

 

 

『打球は右中間を深々と破り、バッターランナーの木ノ下は悠々のスタンディングダブルッ!!!!』

 

 

『これぞ花咲川が誇る2番打者!! 外角高めを逆らわず右方向に強打っ! ボール球はきっちりと見分け、甘い球は見逃しませんでしたっ!!』

 

 

『九回の裏、三点ビハインド、ツーアウトからランナー二塁ッ!!!!』

 

 

『ここで打席に入るのは未だ不発の3番打者、世代上位候補の伊達 雄紀!!』

 

 

 

片矢「……雪村、伝令だ」

雪村「はい!」

 

 

大地「……タイムをお願いします」

 

 

審判「タイム!!」

 

 

 

実況『ここで羽丘ベンチ、守備のタイムを取ります。春までエース番号を背負っていた背番号10の雪村が監督の伝令をナインに伝えに行きます!』

 

 

 

空「……やっぱ手強いな。花咲川」

大地「あっちは負けたらそこで終わりの選手がちょこちょこといるからな。余計にハンパない威圧を感じるな」

雪村「監督は伊達に対しては変化球から組み立てろって言ってたぞ」

大地「わかりました。そっちで行きます」

空「押せ押せのストレートじゃないの?」

大地「伊達はオマエと矢来のストレートに全く合ってないのは確かだ。ストレート主体で押したいところだけど、今の木ノ下といい、この回の打者は全員雰囲気が違いすぎる。ストレート一辺倒の配球だとスコられる可能性はゼロじゃない。だからこそ、まだ伊達に見せていない外カーブから入ろうかってプランがあったんだよ」

雪村「変化球から入ることで撹乱することもできるしな」

空「わかった。なら守備の方は任せます」

結城「空も低め意識しろよ。外野はシングルに抑えられるように中間位置だ。頭越されると、忽ち厳しい状況だぞ」

空「哲さん、わかってますよ」

笠元「守備は任せい。こっち飛んできたらまたアウトにしたる」

村井「うがっ!!」

 

 

結城「ここ、抑えてベスト8に行くぞォォオ!!」

 

 

全員「シャァァアァァア!!」

 

 

 

実況『さぁ、成田と伊達。本日二度目の対決!!』

 

 

伊達(……今日の試合でオレは徹底的にやられた。おかげでチームの指揮は下がったままだった)

 

 

(初回のフォーク系統。アレが過ぎって仕方なかった)

 

 

(だから我妻と成田のストレートに全く手が出なかった)

 

 

ビュッゴォオォオオオオォオォオオオオ!!!!

 

 

(─────だからこそ、読んでたぞ)

 

 

大地(?! カーブ、読まれてる!?)

 

 

伊達(ストレートに合い始めた前打者達を警戒したアウトコースへの変化球。その上、緩急の効きやすい通常カーブ)

 

 

(この球狙ってシングル打てなきゃバッターなんざ辞めてやらぁ)

 

 

(シングルでいいんだ。後ろに繋げば、主将がいる!)

 

 

(なんとかなる!)

 

 

 

カッキィィィイィイーーーンンンッッ!!

 

 

 

空「な!?」

大地「マジで狙われてた!?」

(クソ! ストレートを初めから捨ててやがったのか!?)

 

 

(この場面で……一体、どんな肝の据わり方してんだ……!)

 

 

 

実況『外角のカーブに踏み込んで振り抜いたぁ!!』

 

 

『打球は強烈! 三遊間を襲う!!』

 

 

 

大地「ショートッ!!」

笠元「わかっとる!!」

 

 

 

実況『名手笠元、ダイビングを試みた!! 届くか!?』

 

 

 

笠元「くっ……!!」

 

 

(アカン! 球足が流石に速すぎや─────!)

 

 

 

実況『抜けたァァア!!』

 

 

 

ワァァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァア!!!!

 

 

 

実況『レフトは猛チャージッ!! 二塁ランナーは─────』

 

 

 

有原(点差は三点……! 次のバッターは澤野。無理する場面じゃない……けど!)

木ノ下(ゼッテェに引かないッ!! 行かせてくださいッ!!)

有原(鍛え上げてきた武器で攻め続けるのが俺たちの長所! 引いたら負けだッ!!)

 

 

─────引くな!! 攻めろ!!

 

 

有原「ゴォォォォ─────!!!!」

 

 

 

実況『サードコーチャー回したァァア!! 二塁ランナー木ノ下は俊足だが、レフト帯刀は強肩ッ!! 流石に分が悪いかぁ!?』

 

 

 

帯刀(クソッタレ!! 舐め腐りやがって!!)

 

 

(俺をその辺の弱肩レフトと一緒にしてんじゃねぇぞッ!!)

 

 

「タコがァァァァァァ!!!!」

 

 

 

村井「!?」

(これは─────!?)

大地「サードノー!」

(─────少し高い!!)

 

 

 

実況『送球が少し浮ついたが、タイミングは絶妙!? 判定は─────!?』

 

 

 

ズザザザッッ─────!!

 

 

 

審判「セェーーフッ!!!!」

 

 

 

ワァァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァア!!!!

 

 

 

実況『花咲川高等学校、初得点ッッ─────!!』

 

 

『九回裏ツーアウト2塁の土壇場で二点差に縮めるタイムリーヒットが炸裂!! ここにきて漸く【神童】を捕らえたぁぁ!!』

 

 

 

伊達「っっ!! うしっ!!!!」

 

 

 

実況『怒涛の攻撃ッッ!! これが上級生の意地ッ!!』

 

 

『成田空、アウト一つが果てしなく遠い!!』

 

 

『九回裏、ツーアウト一塁、二点ビハインドの場面で打席に入るのは、』

 

 

『4番、澤野弘大!!』

 

 

『筑波大筑波戦では二本の満塁本塁打を放った怪物スラッガー!! そして5番には長打力に定評のある幽ノ沢! 羽丘バッテリーとしては最も対戦したくない打者が続きます!』

 

 

『一発出れば忽ち同点!!』

 

 

 

『羽丘エースが再度捻じ伏せるか!!』

『それとも花咲川主砲が全てを玉砕するか!!』

 

 

『最終回、クライマックスに相応しい注目の対決!!!! 勝利の女神はどちらに微笑むか!!?』

 

 



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決着の時

長かった……


アナウンス『4番、キャッチャー、澤野君』

 

 

 

実況『さぁプロドラフト注目上位候補の澤野弘大を前に、羽丘の咲山もタイムを取って成田のもとに向かいます!!』

 

 

 

大地「……使うしかねぇな」

空「……は?」

大地「右の澤野さん、しかも一発出れば同点にされてしまう場面だ。……隠している場合じゃないだろ?」

空「……なんのことだ?」

大地「しらばっくれんな。オマエが矢来のツーシームに充てられて、最近になって宗谷と何か企んでいるのに、俺が気がつかないと思ったか?」

空「っ!」

大地「……詳細は宗谷から聞いてる」

空「なるほどな。でも、初見で捕れるのか?」

大地「あぁ、必ず止める……だから、解禁すんぞ」

 

 

 

「フォッシュボール」

 

 

 

空「中途半端なスプリットじゃ抑えられないし、チェンジアップも読まれたら終わりだからな」

大地「そ、出し惜しみなんかしたら即ゲームオーバーだ」

 

 

「生半可な球と配球じゃあ、あの人は抑えられない」

 

 

「けど、裏を返せば最高の球とリードさえ間違いなければ完璧に抑えられる」

 

 

空「……上等だ!」

大地「さぁ、一緒に羽ばたこうぜ」

 

 

「新しい頂に向かって飛び立とう─────!」

 

 

 

審判「プレイ!!」

 

 

澤野(最初は野球から逃げるために選んだ学校だった。新設校で野球部がないことをいいようにボールとバットから離れようと考えてた)

 

 

(だが、いろんな奴と関わっていく内にまた野球をやりたくなったんだ)

 

 

(……俺はここで、トラを救い出さなきゃならない)

 

 

(4番として、主将として、捕手として、相棒として……エースでヒーローに敗北の汁を啜らせるわけにはいかない!)

 

 

(……3年の意地なんかじゃなく。ただアイツのためだけに、俺は神殺しの修羅にでもなってやる!)

 

 

「こいよ、【神童】。引導を渡してやる」

 

 

 

実況『マウンドの成田、セットポジションからの初球!!』

 

 

シュッ……!!

 

 

カクッ!

 

 

ズッパァァァアァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンン!!

 

 

審判「ストライク! ワン!!」

 

 

 

実況『初球はカーブでワンストライク!! 先ほど打たれたばかりのカーブでカウントを取りに来ました羽丘バッテリー!』

綿部『いやぁ、凄い胆力ですね。打たれた球をまた要求するなんて、すごく豪胆だ』

 

 

 

大地(これで主導権獲得だ。ナイスコース)

空(外、ストレート、ボール球)

大地(ここでもう一度様子を見る)

 

 

ズッッッバァアァアァアァァァアァァアァァァアァァアァァアァァアァァアァァアアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンンゥッッ!!!

 

 

 

実況『二球目は外のストレートで様子を見る! ただし打席の澤野は反応を見せず、カウントはワンストライクワンボール!』

 

 

 

澤野(捕手としての実力も本物な咲山だ。俺を詰ますシナリオは描いているはず)

大地(ストレートにあんまし反応を示さなかった。さっきみたいにがっついてこない?)

 

 

(……厄介だが、ここは強くストレートを再認識させて追い込めばコッチのもん。けど、それが出来ないとなると形勢は一気に不利に変わる)

 

 

(最後にフォッシュで片を付けるのに避けられないのが、このボールだ)

 

 

(見逃し、空振りが取れれば最高だが前に飛ばなければ当てられても構わない。最悪、ボールになってもいい)

 

 

(オマエの渾身ストレートを胸元一杯に投げ込めるかどうかが最重要!!)

 

 

ズッッッバァアァアァアァァァアァァアァァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンンゥゥゥゥッッ!!!!

 

 

《 155Km/h 》

 

 

大地(よしっ!)

空(入ったか!?)

 

 

審判「ボール! ワンストライクツーボール!」

 

 

 

実況『会心のインコースですが、これは僅かに外れてボール!!』

綿部『とんでもない角度ですね。澤野君はよく見ましたよ』

 

 

 

大地(ボールだったけど、ナイスボール)

 

 

(これで澤野さんは嫌でもストレートを意識せざるを得ない)

 

 

(次にアウトローへストレート。少しだけボールでも振ってくる)

 

 

グッォオォオオオオォオォオオオオォオォオオオオ!!!!

 

 

カコォーン!!

 

 

 

実況『外低めのストレートに手を出しますが、これはファールボールでツーストライクツーボールと並行カウント!! 羽丘バッテリーは追い込んだ!!』

 

 

 

澤野(咲山はどこまで思い描いている?)

 

 

(咲山が打者心理を読み解くのを得意としているように、俺も捕手心理を読み易い)

 

 

(断言しよう……最後にストレートはない)

 

 

(と、なればだ。変化球はスライダー系か高速シンカー、チェンジアップ。アウトコースチェンジアップでタイミングを逸らすか、シンカーで打ち取るか、インコースならスライダーを膝下に決めてくるか)

 

 

(外緩ならチェンジアップ、外鋭ならシンカー、内ならスライダー系)

 

 

 

実況『追い込んだ後の五球目!! 決めるか!?』

 

 

大地(絶対に止めてやる……! 腕を振り切れ!! オマエの裏で鍛え上げてきたスプリットの上位互換!)

空(へ、ぶっつけ本番で本当にサイン出すかよ、普通……)

 

 

実況『サインに頷く!! これがラストボールとなるか!?』

 

 

空(でも、サインを出すってことは信用してくれてんだよな)

 

 

(だったらオレに迷いなんてない!!)

 

 

澤野(絶対に打ち返す!)

空(絶対に投げ込む!)

 

 

 

─────全てを賭して打つ!!

─────決めきる! 全力で!!

 

 

 

グッォオォオオオオォオォオオオオォオォオオオオ!!!!

 

 

澤野(アウトコース!! だが……!)

 

 

(緩くない! シンカーだ!!)

 

 

(反応できる!! 右方向に強い打球─────)

 

 

ギュゥンッッ!!!!

 

 

(なっ!?)

 

 

(このスピードで、大きく縦に割れた!?)

 

 

(ふざけんな……ふざけんなよ……!! 当てろ、当たれ!!)

 

 

(バットに当たらなきゃ、負け─────)

 

 

ズッッッガァアァァァアァァアァァァアァァアアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンンッ!!!!

 

 

コロ……ッ

 

 

審判「スウィングアウトォオォオオオオ!!」

 

 

大地「っ、ファースト!!」

結城「おう!」

 

 

パシッ!!

 

 

 

実況『ゲームセット─────!!』

 

 

空「オッシャァァァァアァァア!!!!!」

大地「ウシャラァアァァアッ!!!!!」

 

 

澤野「……シンカーじゃ……そんな……」

 

 

(縦に大きく落ちた……? そもそも成田に空振りを取れるほどのフォーク系統があるなんて情報は─────)

 

 

(─────まだ、隠し球を持ってたのか……!?)

 

 

 

実況『同区画、元女子校対決!!』

 

 

『この死闘を制したのは、羽丘高等学校ッ!!!!』

 

 

『澤野弘大最後の夏!! 創部三年目はベスト16で同状況の高校に惜敗!!』

 

 

『羽丘高等学校は創部2年目で初のベスト8進出ッッ!!!!』

 

 

羽丘|200 010 000|3

花川|000 000 001|1

継投

羽丘・我妻(5回2/3 失点0)→成田(3回1/3 失点1)ー 咲山

花咲川・虎金(5回 失点3)→曽根山(3回 失点0)→虎金(1回 失点0)ー 澤野

備考・羽丘高等学校、初のベスト8進出




すげぇ疲労感


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次に向けて!

寒い、風邪ひいたかも


審判「3対1で羽丘高等学校の勝ち!! 礼ッッ!!」

 

 

選手一同『ありがとうございましたッッ!!!!』

 

 

 

澤野「……咲山、成田」

大地「澤野さん……」

空「……最後まで楽しかったです」

澤野「あぁ、俺もオマエ達との勝負は楽しめたよ。久方振りに4番打者として勝負できた。ありがとな」

 

 

「行けよ……甲子園」

 

 

「俺らの意志全部託したからな」

 

 

大地・空『はい!!』

 

 

澤野「……あ、それと!」

空「?」

澤野「ラストボール、アレはなんだ?」

 

 

「スプリットにしては落差が大きいし、高速シンカーって感じでもなかった」

 

 

空「秘密っす!」

大地「極秘事項ですからね。本当はぶっつけ本番で使いたくなかったんですけど、澤野さんがあまりにも怖すぎて投げさざるを得なかったんですよ」

 

 

「そんぐらい、澤野さんは俺が見てきた打者でもトップクラスに怖い打者でした」

 

 

澤野「……そっか。そう言われると、少しは浮かばれる」

 

 

「成田、次こそはオマエのボールをスタンドにまで運んでやる。覚悟しとけよ」

 

 

空「……次?」

 

 

澤野「いずれ、ここより上(プロ)の世界で必ずやり合おう」

空「っ! はいっ!!」

 

 

 

 

 

結城「……虎金、オマエは強かった。戦えてよかったよ」

 

 

両校を称え合う握手する時、俺は虎金に対してそう言った。

最高峰の投手だったアイツに勝てたことで気分が高揚していたからではない。純然たる気持ちで、そう思ったから自然と口にしただけだった。

 

 

ただ、虎金は何も言わずに、帽子を目深く被って、俯きながら唇を強く噛み締めて、踵を返しただけだ。

 

 

その後ろ姿から漂う哀愁と覚悟に満ちたオーラは、何処か凄然として、そこから勇気を貰った気がした。

 

 

雪村「あれが虎金だからな……」

 

 

中学時代、虎金と同地区のチームでよく顔を合わせていた雪村が言った。プライドの塊で自我の強い虎金が、清々しく負けた相手に挨拶する姿なんか浮かばないだろ? って苦笑して。

誰かの為に強くあろうとして、実際に無双状態へ入ることもある。

 

 

誰かの為に紡いできた“努力”があったから、アイツはここまで強くあれたんだと分かる。だからこそ負けたことに目を向けることができないのだろう。

 

 

結城「……いつしか、あの後ろ姿に追いつくことが出来るだろうか?」

雪村「哲らしくない言葉だな……自信喪失か?」

結城「かもな」

雪村「……追いつくなんて言ったらダメだろ。それは虎金に対する侮蔑だぞ」

 

 

「追いつくんじゃない。勝って追い越したんだ。勝者が敗者に向かって軽々しく追いつくんだとか言っちゃダメだ」

 

 

「もっと言えば、虎金の強さを証明できるのは勝った俺たちしかいない。死ぬ気で前を向いて突き進むしかねぇよ」

 

 

結城「……そう、だな」

 

 

そうだった。俺達は勝って先に進めるんだ。アイツの意志も受け継いだんだ。

花咲川の為にも負けることなんて出来ないんだ。

 

 

 

 

 

 

 

結城「応援、ありがとうございました!!」

 

 

選手一同『ありがとうございましたッッ!!』

 

 

パチパチパチ……ッッ!!!!

 

 

羽丘男子生徒「最高のゲームだったぞぉ!!」

羽丘女子生徒「成田くぅ〜ん!! ナイスピッチィ〜!!」

花咲川商店街の人「店そっちのけで来てよかったぞぉ!!」

羽丘男子生徒「我妻もよく投げたぁあ!!」

 

 

結城「よし、ベンチを空けるぞ! 急げ!!」

 

 

 

 

 

 

ナインが引き上げて球場裏。他の面子がクールダウンのストレッチを終えて、様々な人と交流を見せる中、羽丘バッテリーは反省会を開いた。

 

 

大地「甘い球もそこそこ多すぎ。状況によって球質が変わりすぎ。回どころか一人一人によって調子の変動があるとか考えられない。今日はまだランナーがあんまし動かなかったからよかったけどクイックできてない。牽制下手。駆け引き皆無すぎ。サインを独断無視するな。フォームに安定感がない……etc.」

空「……すんまそん」

 

 

友希那「試合が終わった後は、いつもあんな感じなの?」

笠元「まぁーな。もう毎試合恒例ちゅうてもいいぐらいやな。その度に空坊がシュンとすんのもいつものことや」

友希那「……随分、ストイックなのね」

帯刀「とはいっても、今日はまだマシな方じゃねぇの? いつもなら「ボケ」とか「クソが」とか、相変わらず口癖のように暴言吐きながらだし、それがないってことは、大地としても納得いく部分が多かったって証拠だろ」

リサ「へぇー、コンスタンスに暴言吐くのはどうかと思うけど、やっぱり仲良しさんには見えるよねぇ〜」

帯刀「実際、仲はいいぜ。大体2人1セットなら、まず真っ先にあのコンビが出来るし、なにより大地が怒るのって認めてるからであって、認めてない相手をそもそも眼中に入れないからな」

 

 

結城「よし、みんな制服に着替えたか? 着替え終わったやつから下級生主体に荷物を運んでくれ! 終わったら軽く昼食取りながら次の試合を観戦な!」

 

 

「「はいっ!!」」

 

 

大地「あ、主将! 我妻の容態とか何か聞いてませんか?」

結城「あぁ、今、有山先生から片矢先生に連絡が届いてから聞いた話だが、我妻に命の危険はないそうだ。様子を見て2、3日安静にしておけば直に良くなるらしい」

大地「そうですか……一安心ってことでいいんですかね?」

結城「一先ずな。ただ、右掌は完璧に折れているらしい。この夏に復帰するのは流石に厳しいかもな」

大地「……それは、ちょっと残念ですが、今は命が助かったことを喜びましょうか」

結城「そうだな」

 

 

 

夏の大会 西東京予選 府中市民球場 5回戦 第二試合

 

 

八川大学第三高等学校 vs 都立宮岸高校

 

 

 

カッキィィィイィイィイーーーンンンッ!!

 

 

ワァァアァアァァァアァァァアァァァアァァァアァァァアァァァアァァァアァァァアァァァアァァァア!!!!

 

 

 

実況『センターに大きい!!!! センターは追うのを既に諦めたッ!!』

 

 

 

ゴンッ!!!!

 

 

 

実況『入ったーーー!!!!』

 

 

『1回裏、得点板直撃の超特大ライナーアーチで先制したのは、やはり八川大学第三高等学校!!!!』

 

 

『名門で一年生ながらに4番に据えられた三木総十郎のスリーランホームランッ!!!!』

 

 

『ここまでの試合を完璧に抑えてきた宮岸高校のエース内木泉から3点を奪ったぁ!!』

 

 

 

帯刀「流石は名門。内木をいきなり捕らえてきたなぁ」

結城「今の4番、一年だな。春にはいなかったし、とんでもない打球を飛ばしている。いいスイングだ」

笠元「あれで一年かいな! どえらい一発やったで!」

田中「ここは選手層が厚いし、なによりこの破壊力と隙のない守備力を含めた総合力は群を抜いている」

秋野「総合力と言っても、全部中途半端じゃないからね。投手陣は本格派のエース武良木、左キラーで有名な変則サウスポー柚木の二枚看板。打者もチームの司令塔でもあり打撃力にも長けた1番松井、2番に俊足の見谷美、そしてパワーと勝負強さに定評のあるクリーンナップ陣。下位打順は固定されてないけど、調子の良い選手をガンガン起用する方式で勢いにも乗っていきやすいしな」

舘本「……選手層が厚いからこそ……できること」

村井「うが。ここ数年、確実に戦力が安定しているようだしな」

 

 

カッキィィィイーーーンンンッ!!!

 

 

帯刀「また打ったぞ」

榊「こりゃあ決まったな」

吉村「初回とは言え、こんだけボコスカ打たれてたらなぁ」

結城「宮岸も都立ながらよくやってきたけど、今大会はノーシードで上がってきたから内木も疲労困憊だな。むしろよくここまで投げてこれたよ」

 

 

パシンッ!

 

 

雪村「やっと初回が終わった」

笠元「初回から6得点か。宮岸はちと厳しいな」

結城「それでもう主力は温存するわけか」

帯刀「次戦に備えてと、1、2年の経験積ましか」

 

 

ズッバァアァアァアァァァアァァアァァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンン!!

 

 

《 145Km/h 》

 

 

榊「背番号18、速いな」

結城「それにあの背丈……萩沼さんに近いか、それ以上だな」

帯刀「うわっ、今のスライダーやばすぎ。バッター見失ってんじゃん」

秋野「あの子も一年生かな?」

帯刀「あれも新兵器ってことかよ……ちょっとヘヴィーな相手だよな、大地……って、大地は?」

宗谷「咲山、女子に囲まれてます」

帯刀「潰す」

 

 

 

 

 

ズッバァアァアァアァァァアァァアァァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンンッッ!!!!

 

 

 

実況『最後は空振り三振ッ!!』

 

 

『西東京予選大会4回戦を制したのは八川大学第三高等学校!!!! 圧巻の12得点で都立のダークホース宮岸を玉砕! 明後日、神宮球場で羽丘と激突!!』

 

 

 

宮岸|000 00|0

八大|622 2×|12

五回規定によりコールド試合

八川大学第三高等学校、八年連続ベスト8進出

 

 

 

大地「なんだ雄介。見に来てたのかよ」

雄介「おう、三打数無安打一四球。ちゃんと見に来てやったぜ」

大地「うっせ、次は打つんだよ」

雄介「その顔ができりゃ大丈夫そうだな……次は打てよ」

大地「任せろ。明後日は俺が勲章打を放つ」

雄介「ふ、じゃあな。今度、また落ち着いた時にでも話しようや」

大地「だな。んじゃまたな」

雄介「あいよー」

 

 

 

拳を突き合わせ、互いに背を向け合う元相棒。

 

 

二人は互いの道に突き進み決別の時を迎えた─────

 

 

もう、彼等がグラウンドで対面に向かい合うことはないかもしれない。

それでも不思議と悲しくはなかった。

 

 

友希那「……本当によかったの?」

 

 

いつのまに聞き耳を立てていたのだろうか、友希那がひょこっと顔を出す。

それでも大地に驚いた様子は伺えず、ただ単調に返事をする。

 

 

大地「はい。いいんですよ、これで。俺もアイツも、これで前に進み続けられる」

友希那「そう……」

大地「じゃあ行きましょうか」

 

 

そう言って大地はスタスタと球場に向けて歩いて行く。

その前に映った顔は、今までに見たどんな顔よりも清らかな微笑みだった。



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準々決勝に備えて!

寝ます


片山「準々決勝の相手は八川大学第三高等学校。春から練習試合を含め31勝3敗の超実力校。去年の夏秋ではどちらも準優勝の実績だ」

 

 

「ただし、ウチは成田が好調だったお陰で春大は勝たせて貰っている」

 

 

「だが、まさかありえんとは思うが、舐めてかかると惨敗するぞ。そのぐらいの相手だ。慢心に溺れるなよ」

 

 

「「はいっ!!」」

 

 

片矢「よし。それでは八高の戦力を見ていくぞ」

 

 

「まずは投手陣から。エースナンバーを背負う武良木は最速143キロの本格派右腕。球種はスライダーとスプリットを軸に、時折緩いカーブを交えてくる。特に身をもって知っているとは思うが、武良木のスライダーはかなり手元で曲がり始める厄介な決め球だ。コントロールもよく、平然とバックドアやフロントドアを使ってカウントを取りに来る」

 

 

結城「春にイメージを掴めているのは大きいが、相手もどれぐらいに成長しているのかわからないからな。警戒をするに越したことはない」

大地「左打者の自分からしてもスライダーを膝下一杯に決められると厳しいかもですね。早打ちは論外かもしれませんが、カウントが浅いうちに打っていきたいですね」

 

 

片矢「続いて背番号10の2年生変則サウスポーの柚木についてだ。対左に異様に強い理由は、スクリュークォーターとオーバースローからの投球フォームを確立しているからだ。最速こそ130後半台だが、左打者からすれば果てしなく遠く感じるスクリュークォーターとスピン量が多く高めに釣られるオーバースローに気をつけたいところだな。コイツの決め球はチェンジアップとスライダー。あと、ここ最近では縦のカーブを習得しているようだ。意識しておけ」

 

 

秋野「春には中盤から登板してたよね。超打ちづらかったのを覚えているよ」

田中「あぁ、左バッターは打ちづらすぎるピッチャーだな」

空「でも、逆に言えば右バッターには攻め切れてない印象が強かったですよ。現にオレもコイツから2安打ですから」

 

 

片矢「そして、最後に昨日初登板した大型一年生、背番号18の浦山恭介について」

 

 

宗谷「浦山って、浪速ガンバーズの浦山ですか?」

結城「知ってるのか?」

宗谷「はい。というか、僕たちの世代でコイツのことを知らない奴の方が少ないんじゃないですかね」

 

 

大地・空「「……」」

 

 

笠元「……アカン、天地コンビが自分らの世代やのに誰か分からへんからフリーズしてもーたぞ」

帯刀「時々忘れんだけどさ、コイツら一応軟式出身だもんな。そんなに硬式の奴らを知ってるわけじゃないだろ」

 

 

片矢「とりあえず、宗谷の疑問に対してはイエスだな。U-15日本代表にも選出された2メートル右腕、浦山恭介だ」

 

 

「最速は2回戦で出した153Km/h。超剛腕スーパー一年生。平均は140後半を記録している超速球派の投手だ。日本人では珍しくステップ幅が小さく、リリースポイントを更に高くしているため、低めに決まれば決まるほど天下無双の剛球になる。実質的なエースはコイツと見て間違いないだろう」

 

 

宗谷「僕たちの世代には、あと3人のスーパー投手がそれぞれ違う方面にいて、その4人の投手を含めてプレミア世代って呼ばれてましたね」

 

 

片矢「宗谷の言う通り、成田や咲山以外にも頭ひとつ抜けた1年生が多数いることが、この世代の特色といえるな」

 

 

「そして変化球も一級品。高さのあるリリースポイントから投げ込むスライダーは打者の手元で鋭く曲がり、フォークは落差が激しく途中視界から消えるとも言われているが、こいつの最大の決め球は、これまた日本人では中々お目に掛かれないパワーカーブだ」

 

 

「通常のカーブと比較すると、トップスピンが速く強いため、あまり減速しない速い系統の変化球だ。特にスラーブみたいに曲がりながらもしっかりとした球速を出せるので、打者からすれば大変打ちづらいボールだ」

 

 

「カウント球にも使える上に、空振りや内野ゴロを打たせることでも効果を絶大に発揮させる驚異的なスパイクカーブとして、プロやメジャーでも注目されつつある変化球といえるな」

 

 

「このスパイクカーブがあるお陰で、浦山のピッチングには大きな幅ができたのは事実だ。実際、高校に入って習得したパワーカーブのおかげで、空振り率は10%以上増加している」

 

 

「威力あるストレートでカウントや凡打を築き、パワーカーブで目線も釣り上げつつカウントを整え、要所でスライダーとフォークで三振を奪う。これが浦山の最も多い投球パターンだ。ようはカーブのおかげでストレートの効果は更なる次元に押し上げられたといったところか」

 

 

「そこで対策法だ」

 

 

大地(……一回だけビデオで見たことあるけど、あのボールを叩くのは至極困難だ。どうやって打ち崩すかな?)

結城(単純に打ってみたいな)

 

 

帯刀(……哲と大地の目が燦々と輝いている。コイツらに未知への不安はないのか?!)

 

 

片矢「対策は、虎金のサークルチェンジ同様にパワーカーブを捨てるぞ」

 

 

大地「なるほど……慣れ、ですね?」

空「慣れ?」

 

 

 

片矢「パワーカーブは一般的なカーブに比べて速く鋭い変化を見せるが、カーブであることに間違いはなく、一瞬軌道が浮く。それがカーブの利点でもある」

 

 

「ただ、一瞬軌道が浮く分、どうしてもボールは弧を描くため、ミット到達までに時間がかかる」

 

 

「要は慣れたら勝手に反応して打てる球ってことだ」

 

 

「カーブはその慣れに一層弱い。だから、近代的にカーブを決め球として使用する投手が減少傾向にあるわけだが、パワーカーブは通常のカーブよりも速いから慣れにくい」

 

 

「だからまず狙いから逸らす。慣れない場合もあるからこそ、パワーカーブは手を出す必要はない。もし誤って手が出てしまっても、気負わずに振り抜け。それが相手へのプレッシャーにもなるからな。だがカーブに目線を奪われるようなことだけはするな」

 

 

「カーブは打てない時はとことん打てないし、打てる時は勝手に反応できる。カーブは本能に委ねろ。見るのはストレート、スライダー、フォークだけで良い」

 

 

空「なるほど、ありがとうございます」

 

 

結城(本能だけで打てば良い……俺の得意分野だな)

大地(……使えるかわかんねぇけど、【無我の境地】に頼る場面が来るかもな)

 

 

片矢「カーブに目を奪われるのは三流。相手の思うがままになるだけだぞ」

 

 

 

 

 

片矢「続いて、打撃陣についてだ」

 

 

「1番に打撃能力の高いチームの司令塔的存在の松井を置き、2番に俊足で出塁率も高い見谷美を据え置き、3番2年生スラッガー対島、U-15日本代表の3番を任されていた天才スラッガー三木で得点を重ねる。これが八高の主な得点パターンとなっている」

 

 

笠元「八高は黄金時代を築いとるなぁ。U-15が二人も新加入してるやんか」

田中「三木といえば、180に満たない身長でありながら強打が有名だよな。コンタクト能力も高いって聞いたことがあるし、中々厄介だな」

空「身長180未満で強打がウリ。その上、コンタクト能力が高い選手……」

結城「……そういえば、ウチにも似たような奴がいたな」

大地「ん?」(身長178cm、通算41本塁打、打率.636)

 

 

片矢「たしかに右左の違いはあるが、三木も咲山同様、どのコースにも苦手意識がなく、中左右均等に長打が打てる器用なスラッガーだ。打ち取るには一苦労するだろう」

 

 

「下位打順は固定されていないが、基本入れ替え方式で勢いある選手を思い切って起用してくることが多い。気を配らなければ、甘くみていると噛み付かれない危険な人物もいるので要注意だ」

 

 

「それで明後日の先発だが……」

 

 

空「……」

雪村「……」

吉村「……」

 

 

片矢「成田、お前に任せる」

 

 

空「はいっ!!」

 

 

片矢「相性的にも成田をぶつける方がいいとした判断だ。雪村、吉村は初回から様子を見つつ肩を作れ。いつでも行けるようにな」

 

 

雪村・吉村「「わかりました!!」」

 

 

片矢「皆、知っているとは思うが、今日の不慮の事故で我妻が今年の夏大会に出れる可能性は低いだろうと診断された」

 

 

大地(利き手の骨折だもんな。流石に無理はさせられねぇ)

空(……そういえば、さっき花咲川の監督と虎金さんが我妻に頭下げに行ったって聞いたな。本人はいらないって言ってたらしいけど、渋々受け取ったとか)

 

 

片矢「ここ最近、アイツの成長度合いには眼を見張るものがあっただけに、この途中退場は本人にとっても相当な痛手だろう。俺らにとっても残念で仕方がない」

 

 

「だからこそ勝つぞ」

 

 

「アイツが繋いだバトンを、次に繋げるために、明後日の一戦……必ずとるぞ!」

 

 

全員「「はいっ!!!!」」

 

 

片矢「それでは、今日はこれで解散とする。我妻の見舞いに行く奴は病院に迷惑をかけず、静かにしろよ。品行方正で行け。では、解散。お疲れさん」

 

 

全員『お疲れ様でしたっ!!』

 

 

 

帯刀「どうする? 我妻の見舞いにでも行くか?」

結城「そうだな。流石にまだ寝ているかもしれないが、一応顔を見せに行くぐらいはしておいた方がいいだろう」

空「なら勝利以外の手土産が要りますよね? 何にしますか?」

笠元「やったら、羽沢珈琲店のケーキでも持ってったろか。アソコ、最近、ケーキのテイクアウトOKやからな」

田中「さすがに北沢精肉店と山吹ベーカリーの物を持っていくのは、相手方に変な気を遣わせかねないしな。それが無難だろう」

秋野「タチはどうする?」

舘本「……大勢で行ったら迷惑……だから、やめとく……」

村井「うが。俺も辞めとくよ。矢来ちゃんに迷惑になるかもだしな」

 

 

宗谷「咲山はどうするんだ?」

大地「ん? あぁ……やめとく。というより、みんなやめといた方がいいと思いますけどね」

空「? なんで?」

大地「ま、男女の間柄に俺らが入り込むっていうのは、不躾ってもんだろ」

 

 

そう言って、大地が部内にいる部員に、手元に納めていたスマホの写真を見せる。それを見た瞬間の顔色は十人十色だったが、皆一様に理解した。たしかに、この間に入るのは無粋だ、と。

 

 

結城「……なんか口の中が異様に甘いな。誰かバッティングに付き合ってくれないか?」

帯刀「いいぜ。俺もちょうどそう思ってたところだしな」

田中「無性に練習がしたくなってきた。乗った」

 

 

全員立ち上がって、今日の試合の疲労すら度外視して、練習に精を出す為にグラウンドへ出る。

 

 

大地「……単純だなぁ。ま、それが男の子のいいところか」

 

 

微笑を浮かべてそう言った。手元のスマホに視線を移すと、和やかな顔付きで眠る少年を献身的に支えようとする水色少女の儚い一枚が表示されていた。

メールの差出人は黒服とされており、文面には邪魔立てしてはなりませんよ。とだけ記載されていた。

 

 

ま、今日ぐらいはね。がんばったアイツにご褒美くらいあったっていいだろう。

 

 

空「オラァ! 大地!! ブルペン行くぞー!!」

大地「はいよー」

 

 

こうして、ベスト8を進出を決めた羽丘野球部の長き1日は幕を閉じた。

 



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推しメンだーれだ!?

なお、いつもながらにバンドリキャラは出て来ない模様。(そろそろもっと出してやれよ)


羽丘高等学校 ブルペン 西東京予選準々決勝前日

 

 

ズッッッバァアァアァアァァァアァァアァァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンンゥゥゥゥッッ!!!!

 

 

ズッッッバァアァアァアァァァアァァアァァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンンゥゥゥゥッッ!!!!

 

 

ズッッッバァアァアァアァァァアァァアァァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンンゥゥゥゥッッ!!!!

 

 

大地「調子いいな。滾ってんのか?」

空「あったりめぇーよ!! 久しぶりの先発だぜ? 早く明日になって欲しくてたまらねぇよ!」

大地「なるほど、変態だな」

空「サラッと毒吐くのやめてくんない!?」

 

 

大地「最後、フォッシュ」

空「無視ですかい……まぁ、はいはい」

 

 

グッォオォオオオオォオォオオオオ!!!!

 

 

カクンッッ!!

 

 

ズッッッバァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンンゥゥゥゥッッ!!

 

 

大地「よし! 捕れた!」

空「お前、昨日ボールを溢しただけでちょっと不機嫌そうだったけど、もしかして初見キャッチ出来なくてイラついてたわけ?」

大地「予想以上にキレが良かったからな。絶対に後ろへは逸らさない自信はあったけど、捕れないと面白くねぇじゃん」

空「……オレはお前の方が変態だと思うわ」

大地「失礼な。これはキャッチャーとして当然のプライドだ。それを超えるような球を投げるお前の方がイカれてるよ」

空「おぉ……貶してんのか褒めてんのかわかんねぇな」

大地「褒めてんだよ。調子いいだろ?」

空「まぁな。前の試合も40球そこそこしか投げてないから肩はめっちゃ軽いぜ」

大地「明日の投球内容は?」

空「2度目の完全試合!!」

大地「大きく出たなぁ」

空「じゃあ、オマエはどう思ってんの?」

大地「無安打無死四球無失策」

空「それ完全試合な!」

大地「知ってるー!」

空「ハハ、なんじゃそりゃ!」

 

 

 

 

 

女性教師「はーい! 夏のセミナーは今日でお終いねー。みんな、お疲れ様ぁ〜」

 

 

女子生徒A「やった!!」

女子生徒B「明日から野球部の応援に行けるー!!」

女子生徒C「セミナーと補講の生徒は応援に行けなかったもんねぇ。さすがにベスト8ともなると、学校側が配慮するらしいよー」

女子生徒A「ヘェ〜、うちの野球部ってもうそんなところまで行ってたんだ!」

 

 

女子生徒B「野球部といえばさ、結城くんかっこ良くない!?」

女子生徒A「あ、わかるー! 普段は寡黙だけど、委員会とかになると頼れるリーダーみたいでカッコいいよね!」

女子生徒C「野球部だと秋野くんかな〜。めっちゃかわいらしいのに、意外と毒舌なところとか!」

女性生徒B「実は、甘いマスクの下は……って感じー! いいよねぇー!!」

女子生徒A「けど大本命はさ、成田くんか咲山くんだよねぇ!!」

 

 

B・C『それね!!』

 

 

女子生徒B「成田くんって普段はお馬鹿キャラなのに、野球のこととなると凄く紳士だもんね! 身長も高いし顔もいいし、人柄もいいから超優良物件!!」

女子生徒C「あたし、この前成田くんにハンカチ拾ってもらったよー!! めちゃめちゃ爽やかな笑顔で渡された時は、思わず悶死するかと思ったぁ!!」

女子生徒A「え!? いいなぁー!! ワタシも何か拾って欲しいぃ〜!」

女子生徒C「けど、咲山くんも捨てがたいよねぇ! 期末テストで学年一位の知的君かと思いきや、見た目通りの粗暴な部分もあってギャップ萌えって奴があるしね。なんか母性が擽られるっていうか、ね!」

女子生徒A「普段眼鏡かけないのに授業の時だけ伊達眼鏡かけたりとか、茶目っ気もあるしね!」

女子生徒B「なにそれ?! 眼鏡咲山くん、チョーみたい!!」

 

 

女子生徒D「はよー。なんの話してんの?」

女子生徒E「はぁ……やっと補講終わったぁ」

女子生徒F「夏休みで学校行くとか、意味わかんなーい!」

 

 

女子生徒C「あ、由紀子じゃん。今、野球部で誰がいいかって談義してるの!」

 

 

女子生徒D「成田くんしかないでしょ」

女子生徒E「右に同じ」

女子生徒F「同じく」

 

 

女子生徒C「それじゃあ面白くないじゃん。他にあげるとするなら?」

 

 

女子生徒D「うーん……咲山くんかな?」

女子生徒F「母性本能沸かせるもんね。すごくわかるー!」

女子生徒E「でも咲山くんって、周り女の子だらけじゃん。しかも可愛い子ばっかり!」

女子生徒C「2年生の湊さんと今井さんの他にも、1年の美竹さんとかね」

女子生徒E「噂じゃ、他校にも惚れてる人がいるって聞いたことがあるよー!」

女子生徒B「ちょー色男じゃん!」

 

 

女子生徒E「ウチの推しは我妻くんかな。凄く直向きなところが良いなぁ……って、おもうよ」

女子生徒C「へ!? その顔……! あんた、ガチ惚れじゃん!!」

女子生徒B「へぇ〜、ミキは矢来のこと好きなんだ」

女子生徒E「え!? な、名前呼び!?」

女子生徒C「だって小学校の同級生だしね。当然でしょ」

女子生徒E「えぇー!!? 幼馴染じゃん! いいなぁ〜!!」

女子生徒B「けど残念だったね。矢来、他校の先輩と付き合ってるから、入る余地ないと思うよ」

女子生徒E「……っ!?」

女子生徒A「あ、撃沈した」

女子生徒D「他校の先輩って、確か松原さんだっけ? あの二人、結構有名だよねぇ」

女子生徒F「めっちゃお似合いって話題にもなってたしね」

 

 

女子生徒E「うぇぇ〜ん! 告ってもないのにフラれたー!!」

 

 

女子生徒D「ま、落ち着きなって。ミキにもいい人見つかるって」

女子生徒A「え!? その言い方だと、アンタ付き合ってる人いんの?!」

女子生徒D「まぁね! 2年生の舘本正志くんと付き合ってんの!」

女子生徒B「えぇ!? めちゃくちゃ対照的じゃん!?」

女子生徒D「それが逆に良かったと言いますかなんと言いますか……とにかく、チョーゾッコン!」

 

 

女子生徒E「いいなぁ〜……」

 

 

女子生徒F「私は金田くんかな?」

 

 

女子生徒一同『……誰?』

 

 

野球部の面子を恋話に発展させる女子高校生の図でした。

 



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羽丘高等学校 vs 八川大学第三高等学校 名門の攻め

37.9度……完全に風邪ですね。寝ます


7月23日 明治神宮球場 AM.09:45

夏の西東京大会準々決勝

 

 

八川大学第三高等学校 vs 羽丘高等学校

 

 

 

アナウンス『只今より、両校のスタンディングラインナップおよび審判団をご紹介します』

 

 

先攻・八川大学第三

1:捕:松伊 純也 :右右 C

2:中:見谷美 蓮 :右左

3:一:対島 良輔 :左左

4:遊:三木 総十郎:右右

5:投:浦山 恭介 :右右

6:左:道木 良太 :右右

7:右:柿乃 錫矢 :右左

8:二:神奈元 翔 :右右

9:三:朝日 悠真 :右右

 

 

後攻・羽丘

1:中:秋野 咲耶 :右左

2:二:舘本 正志 :右右

3:一:結城 哲人 :右右 C

4:捕:咲山 大地 :右左

5:投:成田 空 :左右

6:左:帯刀 悠馬 :右右

7:三:村井 豪士 :右右

8:遊:笠元 剛 :右左

9:右:田中 次郎 :右左

 

 

 

空「おぉ!! ここが神宮球場!! スゲェ人いっぱいじゃねぇか!!」

笠元「テンション高っ!?」

 

 

大地「やっぱり1番から4番は固定だな。5番に浦山を持ってきて、6番の道木を一つ下げたか。神奈元は背番号19の1年だが、コイツもここまで全試合に先発出場中だ」

空「右打者6人か。結構いるのな」

大地「フォッシュの活かしどころ満載だな」

秋野「ここまでくると控えの違いを見せつけられるね。選手層が厚いからこそできる芸当だ」

笠元「さて、怪物ルーキーをどこまで攻略できるかやな」

空「オレは怪物スラッガーを完璧に抑えてやりますから、頼みますよ」

 

 

結城「審判出てきたぞ、ベンチ前っ!!」

全員『しゃぁぁ!!』

 

 

審判「集合っ!!」

 

 

「只今より八川大学第三高等学校と羽丘高等学校の試合を始めます! 両校、攻守交代を駆け足で行い、元気で怪我なく行きましょう!!」

 

 

「礼ッッ!!」

 

 

全員『お願いしますッッ!!』

 

 

 

実況『さぁようやく始まりました!! 第***回全国高等学校野球選手権、西東京都大会準々決勝!! 3年ぶりの甲子園出場を目指す八川大学第三高等学校と、春夏通して初の甲子園を狙う新鋭の羽丘高等学校!! 注目の試合は、両校実力ある1年生投手を起用してきました!』

 

 

 

アナウンス『先ず守ります、羽丘高等学校のピッチャーは、成田君』

 

 

 

実況『羽丘高等学校の先発は、1年生エースの成田空。この夏からエースナンバーを背負うスーパールーキーです! 全国中等学校軟式野球選手権を全国制覇を成し遂げた実績もあります。最速は156キロを誇り、15イニング以上投げて自責点は1、防御率は0.59。被安打2、奪三振20、与四死球は何と0です。豪速球を巧みに扱う制球力も抜群!』

 

 

アナウンス『一回の表、八川大学第三高等学校の攻撃は、1番キャッチャー、松伊君』

 

 

八高サイド『打て〜打て打て純也〜、打て〜打て打て松伊〜!』

 

 

 

松伊(以前の試合を経てわかったことは、成田を乗せると面倒だということ)

 

 

(成田を乗せないために追い込まれる前に打ち崩しておきたい)

 

 

大地(この人は凄く当てるのが巧い。そんでキャッチャー独特の駆け引きも展開してくるから要注意。初打席のこの人には、初めから嫌な印象を与えておきたい)

空(大地が言ってた要注意人物の一人……。たしかに、春より力強さを感じる)

 

 

松伊(スライダーに加え、高速シンカーとチェンジアップもあるが、やはり投球の軸は破壊力抜群のストレート。これに押し負けないことが成田を打ち崩す大前提)

空「もっかい捩じ伏せてやるよ……!」

 

 

 

実況『さぁ、初球! 成田が振りかぶって、投げる!!』

 

 

 

グッォオォオオオオォオォオオオオォオォオオオオ!!!!

 

 

松伊(低い……!)

 

 

ズッッッバァアァアァアァァァアァァアァァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンンゥゥゥゥッッ!!!!

 

 

《 154Km/h 》

 

 

審判「ストライク!! ワン!!」

 

 

大地(インロードンピシャ。ナイスコース!)

空(初球からインコース突かせてくる鬼野郎)

 

 

松伊(やっぱり春よりボールのパワーが上がってる。相当な馬力だ。ホップしているように見えた)

 

 

実況『初球インコーナーにストレートでワンストライクッ!! 成田空、初球から154キロを計測!!』

 

 

空(ガンガン攻めるッ!!)

大地(それでいい)

 

 

(迷わず攻め続けろ!!)

 

 

グッォオォオオオオォオォオオオオォオォオオオオォオォオオオオ!!!!

 

 

ズッッッバァアァアァアァァァアァァアァァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンンゥゥゥゥッッ!!!!

 

 

審判「ストライク!! ツー!!」

 

 

《 154Km/h 》

 

 

 

実況『二球目はアウトハイに直球!! 松伊も振っていくが当たらない!! 一気にツーナッシングと追い込んだ羽丘バッテリー!』

 

 

 

松伊(初球はボールと思ってたら浮いてきてストライク。今のも当てに行ってボールの下を振ってた。ここ、修正ポイントだな)

 

 

大地(相当ストレートに意識が向いているはずだろ)

空(カウントに余裕があるしな)

大地(甘く入ったらやられるぞ。厳しくこい)

 

 

 

実況『三球目!!』

 

 

 

グッォオォオオオオォオォオオオオ!!

 

 

松伊(これは、外ボール……!)

 

 

カククッ……!!

 

 

大地(……っ! ナイスコース!!)

 

 

ズッッッバァアァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンン!!

 

 

松伊「っ!?」

 

 

審判「ボールッ!! ツーストライクワンボール!!」

 

 

 

実況『外角のボールゾーンから曲げてくるバックドアを狙いましたが、これは惜しくも外れてボール!!』

 

 

空「かぁ〜! 惜しいぃ〜!!」

大地「オッケー! ナイスボールな!」

 

 

松伊(春でスライダーのキレとコントロールが半端ないことは知ってたつもりだが、まさかこんな使い方も出来るとは……厄介な)

 

 

(追い込まれた上、相手にはカウントに余裕がある。甘いコースに来ることは断じてない)

 

 

大地(二球続けたストレートを相当意識してくれている筈だ。これはコレで仕留められる)

空(うしっ!)

 

 

松伊(まだ完璧に合ってないストレートを要求をしてくる可能性もなくはないが、俺ならアレを投げさせる)

 

 

 

実況『四球目! 成田、ワインドアップから、投げる!!』

 

 

ビュッゴォォオォオオオオ!!

 

 

大地(アウトロー低め!! ナイスボール!!)

 

 

スッッ……!

 

 

松伊(予想通り。読み通りだぜ─────チェンジアップ)

 

 

空(へ!?)

大地(嘘だろ……? 崩れてない!?)

 

 

カッキィィィイィイィイーーーンンッ!

 

 

 

実況『低めの変化球を上手く捌いた!!』

 

 

『打球は鋭くセンター前!! 巧く打ったぁ!! 八川大学第三高等学校、先頭の松伊が追い込まれながらも完璧な安打でノーアウトランナー一塁の場面を作る!』

 

 

 

空「えぇ……? 今の完璧に打つとか、流石に引くわ〜」

大地(154キロ二球で追い込んで、スライダーで目線を逸らして、最後チェンジアップ単発狙い打ちとか……頭沸いてんのか?)

 

 

リサ「今ので打ち取れないの!? アレで打ち取れなかったら絶望以外の何でもないよぉ〜!」

友希那「アレは狂ってるわ。大地達の攻め方に間違いは一切なかった筈。むしろ完璧だった」

蘭「成田のウィニングショット、チェンジアップを不利な状況で狙い撃つって……ヤバすぎ」

 

 

アナウンス『2番 センター 見谷美君」

 

 

実況『さぁ打撃能力も高い松伊ですが、実は脚もあります! 今大会、既に4盗塁を決めております。準々決勝でも走ってくるか!?』

 

 

 

大地(走ってきても絶対に刺してやる。オマエはバッター集中でこい!)

 

 

松伊(羽丘バッテリーの特色として、ランナーがいる場合、成田は基本牽制を入れて来ない。首振りなどの牽制はあるが、こちらに投げ込む牽制はさほど巧くないせいか、ほぼない)

 

 

(それでも、数々の快速ランナー達を刺せるのは、偏に咲山の慧眼と地肩によるものだ)

 

 

(咲山はバッターとの駆け引きを行った上で、ランナーとの間合いをたった一人で掌握している。所謂、一人二役を常にこなした状態でボックスに座っている)

 

 

(正直言って、成田よりもバケモンだ。そんな芸当が出来る捕手が、一体どれだけしかいないと思っている)

 

 

(だが、それならそれで、そこを利用すればいい。読まれていること前提で足を活かせる方法を使えばいいだけだ)

 

 

 

実況『成田、セットポジションから投げる!!』

 

 

松伊(今だ!!)

 

 

結城「っ!? スティール!!」

 

 

大地(なっ!? スタート遅すぎる!? それなら余裕でアウ─────!)

 

 

カッキィィィイーーーンン!!

 

 

空(なっ!?)

笠元(しまった─────!? 三遊間ガラ空きにしてもた!?)

大地(初回からエンドラン!?)

 

 

実況『アウトコースのストレートを佳麗に流し打ちッッ!! 一塁ランナー松伊はスタートを切っていた為、余裕の三塁!! 2番 見谷美のレフト前ヒットで、初回にノーアウトランナー一、三塁とチャンスを拡大ッ!!』

 

 

松伊(全部を見通せているのなら、見通し終わった後に走ってやれば注意力は散漫になる。警戒心は薄くなる。その上、成田は繊細な投手。走った光景が少しでも映れば、それだけで球威は落ちる)

 

 

(これこそ、羽丘バッテリーを陥れる最高の形だ)

 

 

空「くそ……!」

大地(空の調子はいいけど、やっぱり八大、めちゃくちゃ強い……!)

 

 

実況『八川大学第三高等学校、この試合でも、名門の実力を見せつけるのか!?』

 



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強行突破

大地「……タイムお願いします」

 

 

 

実況『キャッチャー咲山、タイムをとってマウンドの成田の元へ駆け寄ります』

 

 

 

空「この人たち、ちょこまかとウザったいな」

大地「そう熱り立つな。このくらいのピンチはピンチのうちにはいんねぇよ。オマエはオマエのベストポールを俺のミットに投げ込め。俺がオマエの球を活かしてやる。そうすれば、俺たちは最強だ。違うか?」

空「……だな。ここで崩れたらそれこそ相手の思う壺だしな」

大地「球は問題なく良い感じだ。俺が駆け引きを全部引き受けるから、オマエはオマエの出来る最大のパフォーマンスで圧倒してくれ」

空「オッケー!」

 

 

 

実況『ノーアウトランナー一、三塁で内野陣は前進守備、外野陣は長打警戒でやや後方に位置取ります』

 

 

 

三木「へぇ、対島さん相手に前進守備かぁ〜。大した自信家だねぇ」

浦山「ふん」

(普通ならゲッツー狙いの中間守備だろうに。愚かな奴らだ)

 

 

唯蔵(八川大学第三高等学校 監督)(極端な前進守備は投手に勇気を与える。初回とはいえ主導権を握りあう攻防で、この対応は敵ながら天晴れという他ない)

 

 

(なにより見せたいのは、“戦う姿勢”。一点もやらないという気概)

 

 

(対島。ここで仕留められなければ流れを掴まれかねないぞ。ちゃんと決めきれよ)

 

 

八川大学第三高等学校応援団『三高三高三高〜ゴーゴーレッツゴ〜 カッセー三高〜カッセ〜三高! こーこーで一発カッセ〜対島! 対島!』

 

 

 

対島(監督のサインはフリー……見谷美は盗んだ時に走ってよし、俺は好きに打てば良い。なら簡単だ)

 

 

(コイツ自慢のストレートをガツンとぶっ放してやろう♪)

 

 

大地(三木と同じパワーヒッター。ただし右左の違いはあるし、対島には三木ほどの器用さは無い。その分、塁に出すと面倒なレベルで脚はある)

 

 

(一塁ランナーは自由に走らせれば良い。むしろ一塁を開けてくれるのなら助かるくらいだ)

 

 

空(真正面から捩じ伏せてやる!)

 

 

 

実況『ピンチの場面で3番対島に対しての第一球!!』

 

 

対島(狙うは直球一本! ヒットコースも広いし、この前みたいにはいかねぇーぜ!)

見谷美(いける!)

 

 

空「生憎と、─────」

 

 

グッォオォオオオオォオォオオオオォオォオオオオ!!!!

 

 

「─────打たれるつもりは毛頭ねぇんだよっ!!」

 

 

ズッッッバァアァアァアァァァアァァアァァァアァァアァァアァァアァァアァァアァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンンゥゥゥゥッッ!!!!!!

 

 

《 156Km/h 》

 

 

対島(っ!?)

 

 

ズザザザッ!!

 

 

見谷美(……コッチに投げるそぶり無し。あのキャッチャー、腹括ったか)

松伊(投げてたらホーム行ってやったんだがな……冷静じゃん)

 

 

審判「ットライーク!! ワン!!」

 

 

ワァァァァアァァアァアァァアァアァァアァアァァアァアァァアァアァァアァアァァアァアァァアァアァァアァアァァアァアァァアァアァァアァアァァアァアァァア!!!!

 

 

 

実況『成田空会心の156キロで空振りを奪いました!! 初回からエンジン全開ッ!! 神宮球場が震歓します!』

 

 

 

対島(……おいおい、なんつー球筋してんだよ)

大地(おいおい手が痺れるなぁ最高だなぁ、空)

松伊(そんな大振りじゃ当たんないよ、対島。成田のストレートは既に超高校級だぞ)

 

 

空(思い知らせてやるよ。力は細々とした作戦すら喰らいつくすってことをな!)

 

 

ズッッッバァアァアァアァァァアァァアァァァアァァアァァアァァァアァァアアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンンゥゥゥゥッッ!!!!!

 

 

《 156Km/h 》

 

 

対島(アウトローに156って……イップスで制球難とか言った奴、誰だよ。無茶苦茶いいじゃねぇか)

大地(まだだぞ、対島さん。驚くにはまだ早過ぎるぜ)

対島(……ストレート二球で追い込まれた。けど、最低でもバットに当てさえすれば松ちゃんならホームに帰って来れる)

空(俺が求める世界はまだまだ先にある─────)

 

 

“世界一のファストボール”

 

“世界一のコントロール”

 

“世界一のスタミナ”

 

 

空「そんでぇ─────!!」

 

 

カクゥゥンンッッ!!

 

 

“世界一のブレイキングボール”

 

 

大地(……ホント、心の底からコイツとバッテリーを組んで良かったと思えるよ。ドンピシャだ)

 

 

(絶体絶命のピンチでも物応じしない不動の魂─────)

 

 

(オマエとなら、俺はどこまでも高く飛翔できそうだよ)

 

 

審判「スウィングアウトォォ!!」

 

 

 

実況『空振り三振ッッ!! 成田空、最後は高速フォークで3番対島を仕留めてワンナウトランナー一、三塁!!』

 

 

対島(……成田の変化球にスプリットより落ちる球なんてなかっただろ!?)

松伊(対島が赤子を捻るかのように三球三振か。久々に見たな)

三木「へ! 対島さんが三球三振かよっ!! やっぱり相当面白れぇぞ!!」

唯蔵(高速フォーク……情報にはなかった球だが、対島の様子を見るに相当なキレ味だ。私達はトンデモ無い相手と向かい合っているのかもしれないな)

 

 

空「破壊力抜群の打撃力がどうした? 隙の無い守備がどうした? 緻密な作戦を実行できる総合力がなんだ?」

 

 

「実行できるもんなら、やってみろよ」

 

 

ズッッッバァアァアァアァァァアァァアァァァアァァアァァアァァアァァァアァァアアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンンゥゥゥゥッッ!!!!!

 

 

三木「ウォア!?」

 

 

 

ズッッッバァアァアァアァァァアァァアァァァアァァアァァアァァアァァアァアァァアァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンンゥゥゥゥッッ!!!!!

 

 

浦山「!?」

 

 

 

審判「ストライクアウトォォ─────!!」

 

 

 

実況『4番三木、5番浦山を全球ストレートで連続三振ッッ!!!! 成田空、先頭の松伊に安打を許し、2番見谷美のヒットエンドランでノーアウト一、三塁のピンチを迎えましたが八川大学第三高等学校のクリーンナップ陣を三者連続三振に仕留めてスリーアウトチェンジッ!! 1回の表、八川大学第三高等学校の攻撃は無得点で終了しました!!』



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頂上にいる者

藤浪さん復活を切に願います!


大地「オッケー、ナイスピッチだ。だいぶゴリ押しの打開法だったけどな」

空「それでもこのチーム相手に手加減なんてしてらんないでしょ。チマチマやられるぐらいなら、強引だろうがパワーで押したほうが手っ取り早い」

大地「百理あるな」

結城「まさか初球からエンドランかけてくるとはな。しかも敢えてスタートを遅らせて油断を誘われた」

大地「松伊さんを塁出さない事が一番いいですが、そんなに簡単じゃないんですよ。あの追い込み方して、決め球のチェンジアップを初球から弾かれた。しかも、アウトローギリギリのベストボールをです」

空「あれ拾われたら、本格的に投げる球がなくなってくるんだけど」

大地「慥かにな。けどあの人も人間である以上、ミスショットがない訳じゃない。カウント有利に進めていけば大きなプレッシャーだし、打ち取り方は幾数ある」

空「だな。少し楽に思っとこうかな」

 

 

ズッッドォォォォォーーーンンンッ!!

 

 

ズッッドォォォォォーーーンンンッ!!

 

 

ズッッドォォォォォーーーンンンッ!!

 

 

秋野「やっぱり近くで見ると凄い角度だね」

舘本「……低めは厄介」

秋野「監督の言ってた通り、カーブは捨てて振り抜く意識だね」

舘本「……うん」

 

 

 

松伊 純也《捕手・主将》「恭介! 落ち着いていけよ!」

浦山 恭介《投手・一年》「……わかってますよ」

 

 

 

実況『マウンドの浦山恭介は、一回戦の松鵜商業を五回無失点2四球11奪三振。三回戦の柳沼高校を四回無失点無四死球9奪三振。先日の五回戦、宮岸高校では2回から4回まで無失点4奪三振と言ったように、12イニング投じて与えた四死球はたったの2。奪三振はなんと24! ここまでは素晴らしい投球を披露しています! 今夏の最速は153キロを誇る剛腕一年投手です!』

 

 

 

アナウンス『一回の裏、羽丘高等学校の攻撃は、1番センター、秋野くん』

 

 

 

審判「プレイッ!」

 

 

秋野(浦山恭介。U-15の2mピッチャー。最速は153キロ。決め球は通常のカーブよりもトップスピンが強く球速の速いパワーカーブ。ストレートに威力があって、本人にも自信があるのか積極的に低めに集めてくる)

 

 

松伊(1番秋野。脚が速く渋いバッティングがウリの面倒な打者。初球は見逃してくるケースが多いが、花咲川戦では初打席で初球打ちで得点に貢献している)

浦山(……サインは前もって決めといてくださいよ)

松伊(ある程度は見立ててあるが、改めて対峙すると色々変わったりするんだよ)

浦山(……ふーん)

 

 

秋野(虎金の初球を狙った感じは悪くなかった。甘い球は積極的に初球からがっつくよ!)

 

 

 

実況『さぁ注目一年浦山の初球、ノーワインドアップから、豪快に投げ下ろす!』

 

 

ゴォォオォオオオオ!!!!

 

 

秋野(甘い! もらった!!)

松伊(流石にな)

 

 

カクンッ!!

 

 

秋野(え……!?)

 

 

ズッッドォォォォォーーーンンンッ!!

 

 

 

実況『初球真ん中から落ちていくフォークを空振りでワンストライク!』

 

 

 

秋野(……落ち始めが異常に遅いね)

松伊(いい角度、いい変化量)

秋野(変化が鋭い上に、スピードもある。言うならばスプリットかな)

松伊(勝負を焦らずともいいな)

 

 

ズッッドォォォォォーーーンンンッ!!

 

 

審判「ボールッ!!」

 

 

 

実況『二球目はアウトコースに外してカウントワンストライクワンボール!!』

解説『素晴らしい腕の角度です』

 

 

 

浦山(指の掛かりは悪くない……あとはどれだけ俺がこれを制御できるかだな)

 

 

ズッッドォォォォォォオオオオォォォォォオオオオォォォォォォォォォォォオオオオォォォォォォオオオオォーーーンンンゥゥッッ!!

 

 

秋野「うっ……!」

 

 

 

実況『アウトコース低めのストレートに手が出ず! ツーストライクワンボールと追い込んだ!!』

 

 

秋野(カウント不利。相手も余裕があるし初球に空振りしたフォークか、食い込んでくるスライダーか、鋭く強いパワーカーブとかで遊んでくるか?)

 

 

浦山(成田 空? 慥かに凄い投手かもしれないが……俺を誰だと思ってる)

 

 

 

実況『追い込んでからの四球目!!』

 

 

 

ゴォォオォオオオオォォォォォ!!!!

 

 

秋野「……え?」

 

 

ズッッドォオォオオオオォオォオオオオォオォオオオオォオォオオオオォオォオオオオォオォオオオオォオォオオオオーーーンンンゥゥッッ!!!!

 

 

 

 

浦山「…………」

 

 

「名門のマウンドを託された者として、気高いプライドを持って─────」

 

 

「─────今日も相手を無慈悲に撃ち砕く」

 

 

 

審判「ストライクスリィィィーーー!!」

 

 

《 154km/h 》

 

 

 

実況『自己最速154キロ、渾身のインコースに炸裂ッッ!!!!』

 

 

『成田ではなく俺を見ろ!! そう言わんばかりの豪快なストレートで1番 秋野咲耶を圧倒ッッ!!!!』

 

 

 

秋野(……これが次世代の【巨神】・浦山恭介)

 

 

(打席で打てないって、思ったのは……初めてだ)

 

 

アナウンス『2番セカンド、舘本くん』

 

 

 

舘本(……浦山の2メートルから投げ下ろす角度は厄介。腕を立てて高さを際立たせて思いっきり振り切ってくる分、重さもスピードも増してくる)

 

 

 

澤野「ここ最近、機能していない1、2番コンビだが、2番舘本のコンタクト能力は本物だ」

雄介「春の都大会では打率.714だっけ、コイツ」

澤野「そうだ。ほとんどミスショットがない」

宮城(徳修高校 正捕手 3年:三回戦で早瀬田実業とぶつかり惜敗)「ぶっちゃけ咲山と結城に続いて打ち取れる気がしなかったわ」

虎金「俺は結局春も夏も打たれなかったですけどね」

宮城「普通、オマエの150キロ台を簡単に弾き返せるかよ」

虎金「そういうもんですかね? そっちの峰田さんには2年でもライトスタンドに運ばれましたけどね。そん時は140ちょっとでしたけど」

宮城「恭二、オマエのこと打ちやすいって言ってたぞ」

虎金「……なんか腹立ちますね」

 

 

リサ(あそこだけなんかメンツが凄いねー)

モカ(ガチ勢ですね〜)

 

 

 

ズッッドォオォオオオオォオォオオオオォオォオオオオォオォオオオオォオォオオオオォオォオオオオォオォオオオオーーーンンンゥゥッッ!!!!

 

 

審判「ットライーク!! ツー!!」

 

 

 

実況『アウトコースへのスライダーを見逃しでカウントツーツーと並行カウント!!』

 

 

 

松伊(スライダーに反応してはいるけど、食いついてこない。単純に見送ってるだけか?)

舘本(……スライダーが多い。ストレート主体って情報と違う。意図的?)

 

 

浦山(だいぶ引き付けるバッティグしてくるな。ギリギリのところでスライダーを見極めて見逃してる)

松伊(ストレート狙いには変わりないが、スライダーは途中で見極めて無視してくるな)

 

 

 

澤野「舘本の俯瞰的思考は相変わらず頭抜けてるな。ボールだけではなく投手と捕手も見渡しているようだ」

宮城「打つ際に視線と軸足が一切ブレず、首から下だけが回転し、バットが巻き付いてヘッドを遅らせながら出して軸足を回転させている。あれは下手すりゃ天才かもな。誰も真似できねぇよ」

澤野「だからこそ打率も当然高くなるって訳か」

 

 

巴(会話のレベルが高すぎる!?)

つぐみ(ついていけないよ〜!)

 

 

 

舘本(……スライダーだけで並行カウント。もっと他の球を見たい)

 

 

松伊(次はコレだ)

浦山(しつけぇな)

 

 

 

実況『五球目!』

 

 

 

ゴォォオォオオオオォォォォ!!!!

 

 

舘本(これもスライダー……)

 

 

カククッ!!

 

 

舘本(コースに入ってる、カット……)

 

 

カコーン!!

 

 

審判「ファール!!」

 

 

 

実況『アウトコースのスライダーをカットしてカウント変わらず!』

 

 

 

浦山「ふーん……」

松伊(今ので明らかだな─────舘本はスライダー系が苦手だ)

 

 

浦山(じゃあ、最後はコレっすね?)

松伊(正解。外高めストライクコースからボール球のスライダー)

 

 

カコンッ!

 

 

 

実況『アウトコース高めのスライダーを打ちに行きますが、これはセカンド真正面のゴロ。1年生神奈元が捌いてツーアウト!!』

 

 

 

舘本(最後もスライダー……しかもアウトハイ……打ち気を利用された)

 

 

結城「ドンマイ。舘本には一貫してスライダー勝負だったな」

舘本「……ん」

結城「弱点だとバレてるなら、次も同様の手口で攻めてくるはずだから、次こそは狙っていきたいな」

舘本「……そのつもり」

 

 

 

アナウンス『3番ファースト、結城君』

 

 

 

松伊(珍しく立ち上がりから安定してる。このまま押していきたい)

浦山「ふんっ!」

 

 

ズッッドォオォオオオオォオォオオオオォオォオオオオォオォオオオオォオォオオオオォオォオオオオォオォオオオオーーーンンンゥゥッッ!!!!

 

 

審判「ットライーク!! ワン!!」

 

 

《 154Km/h 》

 

 

結城(速いっ)

 

 

 

実況『初球インコースへ最速154キロでワンストライク!!』

解説『珍しく初球からインコースから入って来ましたね。これは手が出ません』

 

 

浦山(打たれる気がしない)

松伊(いいボールだ。ジンジンくるな)

 

 

 

実況『二球目!!』

 

 

 

ゴォォオォオオオオォォォォォ!!!!

 

 

結城(高い! 打てる!)

 

 

ガキャーン!!

 

 

 

審判「ファール!!」

 

 

 

実況『二球目はストレート、すこし甘く入ったボールを結城が打ちに行くも、これはボールの勢いに押されたようにファール! これでツーストライクノーボール!!』

 

 

 

松伊(内側高めの甘いストレートを押し負けてファール。コースは褒められたもんじゃないが、今日の恭介のストレートはホンモノだな。角度だけではなくスピンも効いてる)

 

 

結城(いいボールだ。この勢いあるストレートに押し負けないようにスイングを強く走らせなければ)

 

 

松伊(外にスライダーで誘う)

浦山(嫌です)

松伊(とうとう出たな、生意気小僧が)

浦山(表、成田にやられたんだ。仕返しぐらいさせてくれ……っす)

松伊(……何言っても無駄なんだろ?)

浦山(当然)

 

 

 

実況『マウンド上の浦山、キャッチャーのサインに3度首を振り、さぁ3球目!』

 

 

結城(浦山は首を振った後は、必ずと言っていいほどにストレートが来る。それを狙う)

 

 

浦山「……このグラウンドで誰が一番頂上にいるか、知ってるか?」

 

 

「─────俺だよ」

 

 

ゴォォオォオオオオォォォォォ!!!!

 

 

結城(スト─────!?)

 

 

ズッッドォオォオオオオォオォオオオオォオォオオオオォオォオオオオォオォオオオオォオォオオオオォオォオオオオーーーンンンゥゥッッ!!!!

 

 

結城「な、んだと……?」

 

 

審判「ットライークスリィィィーーー!!」

 

 

《 151Km/h 》

 

 

 

実況『見逃し三振ッッ─────!! アウトローへ緻密に制球されたストレートに好打者結城が手が出ず!!』

 

 

浦山「ハンッ……!」

松伊「生意気一年が、ナイスボールだ!」

武良木(俺の背番号って本当に御飾りだぜ。俺より実力が2、3段違うからな……大学では野手に転向しようかなぁ)

 

 

結城(ストレート狙って……手が出ない!?)

 

 

 

実況『一回の表、羽丘のエース成田空が156キロで三者連続三振で仕留めたと思えば、八川三校の一年浦山恭介も負けじと最速154キロで二つの三振を奪ってねじ伏せた!!』

 

 

 

片矢(羽丘高等学校 監督)(……哲が手も出せず三球三振か。想像以上だ)

唯蔵(八川大学第三高等学校 監督)(恭介の心配は皆無。あとは成田をどうやって崩すか)

 

 

大地(あっちの一年投手も絶好調か……厄介な)

秋野(あれはちょっと厳しいね)

 

 

空「………………」

 

 

片矢「成田……」

 

 

「手加減はせんでいい」

 

 

「─────オマエの望むままに投げ込んでこい」

 

 

「チーム全員で、この一戦を制してこい!!」

 

 

 

空「最初からそのつもりでしたよ、監督」

 

 

「必ずや封じきってみせます─────」

 

 

(求めるのは世界最高のピッチング。このチームで日本の頂点に立つために、俺が名門を捻じ伏せる。この試合は花咲川戦のように上手くことが運べるとは限らない。かならず一点勝負になる。そうして託されたエースとしてのピッチング。監督からの期待)

 

 

(オレは応えなくちゃいけない)

 

 

「エースとしての矜持を胸に、オレは投げ抜く─────」

 

 



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エースの仕事

ズッッッバァアァアァアァァァアァァアァァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンンゥゥゥゥッッ!!!!

 

 

審判「ットライークスリィィィィ!!」

 

 

 

実況『6番道木、アウトローストレートに手が出ず見逃し三振ッ!! これで4者連続三振ッ!! 成田空、ストレートが冴え渡ります!』

 

 

 

ひまり「空く〜ん!! ナイスボールっ!!」

 

 

 

空(すっげぇな。こんな離れてんのに上原の声、ここまで聞こえてんじゃん。どんだけ声張り上げてんだよ)

大地(……何、ニマニマしてんだよ)

 

 

 

アナウンス『7番ライト、柿乃くん』

 

 

 

柿乃(ストレートがゴリ速い上に変化球も一級品。そしてコントロールにも大きな支障はないときた。疲労が見えていない序盤に打つのは難しい)

 

 

(ただ……)

 

 

村井「うがっ!」

 

 

柿乃(左打者を相手にする時、サードはセーフティー警戒で前に来ている。そのおかげで見谷美みたいに三遊間は抜きやすい。その分、バントは簡単にアウトを献上する可能性が高い)

 

 

グッォォオォォォォオォォオォォオォォオォォオ!!!!

 

 

ズッッッバァアァアァアァァァアァァアァァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンンゥゥゥゥッッ!!!!

 

 

審判「ットライーク!!」

 

 

柿乃(速すぎんだよ……っ!)

大地(打たれる気がしないな)

空(オマエも笑ってんじゃん)

大地(テメェのボールに見惚れてんだよ)

 

 

(今日はどんな気分なのかなってな)

 

 

ズッッッバァアァアァアァァァアァァアァァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンンゥゥゥゥッッ!!!!

 

 

審判「ットライーク! ツゥー!!」

 

 

 

実況『2球目、これも見逃しで一気に追い込んだ! 相変わらずの快速球は随時150前半代をマークしています!!』

解説『球速もそうですが、球質とテンポがいいですね。ピッチングから流れを作るような爽快無双で豪快なストレートです』

 

 

 

柿乃(クソが、どうすりゃいい。ただただ見送るだけの無駄な時間は過ごすな!)

大地(攻略の糸口を掴もうと考えるのもいいが……)

 

 

(勇猛果敢に攻めてこなきゃ、バケモノ(空)に全部呑まれるぞ)

 

 

グッォォオォォオォォオォォオ!!

 

 

ククッ!!

 

 

ズッッッバァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンンゥゥゥゥッッ!!

 

 

審判「スウィングアウトォォオ!!」

 

 

 

実況『7番柿乃もアウトコース低めのスライダーで空振り三振ッ!!』

 

 

 

 

 

空(浦山恭介がどうだろうが、オレは負けねぇよッ!!!!)

 

 

グッォォオォォオォォオォォオォォオォォオォォオ!!!!

 

 

ズッッッバァアァアァアァァァアァァアァァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンンゥゥゥゥッッ!!!!

 

 

「エースの矜持を持って、ボールをミットに穿つ」

 

 

「それが、オレの仕事だ─────」

 

 

審判「ストラックアウトォォオォォオ!!」

 

 

《 155Km/h 》

 

 

 

実況『最後は8番神奈元の胸元を豪快に抉ぐるインコースへ155キロのクロスファイヤーストレートッッッッ!!!! 成田空、なんといきなり6者連続三振の会心のピッチングゥゥ!!!!』

 

 

 

空「…………よし」

 

 

(上原の応援、しっかり届いてるからな)

 

 

 

ひまり「っ!」

蘭「? ひまり、どうしたの?」

ひまり「う、ううん! なんでもないよっ! さぁ、次はウチの攻撃だよっ!! 咲山君、打ってぇ!」

巴「今、成田のやつこっちに向けて拳向けてなかったか?」

モカ「それを見たひーちゃんが狼狽てるね〜」

つぐみ「は、はは。わかりやすいね」

巴「つぐは人のこといえないな」

モカ「だねぇ〜」

つぐみ「うぐっ!?」

 

 

 

 

大地「ナイスピッチ」

空「お、おう……! オマエもナイスリード!」

大地「ボールも上機嫌だが、表情も随分と晴れやかだな。なんかあったのか?」

空「何か考えてられるほど余裕持って投げてないぞ……?」

大地「……ま、いいや。次の回からもきっちり投げてこいよ。9番からだし、1番松伊さんの前にランナーは溜めたくない」

空「わかってるよ」

 

 

大地「……」

 

 

(今日の空はいつもと違う。これがなんの違和感なのかわからないし、良いものなのか悪いものなのかも判別できないけど、明らかに違う)

 

 

(マウンドでの存在感、強い闘志やサインの頷き方……ロジンバックの取り方なんかもそうだ。どの行為にも確かな違和感がある)

 

 

(本人に自覚があるかどうかはわからないが……)

 

 

(……オマエの心の躍りは、全部ボールに乗り移ってるぜ。気負いすぎてるだけかもしれないし、昂り過ぎているだけなのかもしれない)

 

 

(それでも、エースとしてもう一歩先に進めるかもしれない、と。そんな期待があるのも事実だ)

 

 

 

空「打順、大地からだぞっ! 早く行けよっ!」

 

 

大地(そうだな。俺はテメェがどこに向かおうと、キャッチャーとして支えてやることだけにしよう)

 

 

空「え? 何?」

大地「……別に、なんでもねぇよ。ただ、」

 

 

「────オマエのために先制点ぐらいオレのバットで取ってきてやろうかなってな」

 

 

「だから、この調子で頼むぜ、相棒」

 

 

空「っ、ハハ! 当然だな!」

 

 

 



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憤怒

ククンッッ……!!!!

 

 

 

 

 

 

大地「─────ッ!!」

 

 

 

 

 

 

──────────は?

 

 

 

 

 

おまっ……!? 初見でオレのパワーカーブに合わせられんのか……?

いくらなんでもそれは出鱈目にもほどが─────!?

 

 

 

 

ヤバイ……

 

 

 

 

グォォォオォォオォォオォォオォォオォォオォォオォォオォォオッッ!!!!

 

 

 

 

……これは、

 

 

 

 

カッッ─────

 

 

 

 

 

打たれる─────ッ!?

 

 

 

 

─────キィィィイィィイーーーンンンッッ

 

 

 

 

 

大地「─────」

 

 

 

 

「……いった」

 

 

 

 

 

ガゴォーンンンッッ!!!!

 

 

 

 

 

実況『は、はは……』

 

 

『入ったぁぁぁ─────!!!!』

 

 

『咲山大地、右中間への、先制特大アーチィィィィイィイィイッッ!!!!』

 

 

 

ワァァァァァァァァァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアッッ!!!!

 

 

 

実況『2回裏、先頭打者の4番咲山をツーワンで追い込んでいた八川三校バッテリーッ!! しかし、決め球のパワーカーブを上手く合わされて手痛い先制点を献上してしまったぁ!!』

解説『追い込まれていたので軽打に切り替えているように見えたんですけどね、上手く腰の回転でボールをヘッドに上手く乗せてパワーで持って行きましたね。素晴らしい一打です』

実況『そしてこの一本で、予選の個人本塁打記録最多の5本を超えて、6本目!! 咲山大地が見事塗り替えてみせたッ!!』

 

 

 

宗谷「ウォォーーー!!」

笠元「さすが怪物くんやぁぁーー!!」

空「アイツマジで打ちやがったァァーーーッ!!」

 

 

 

澤野「……もはや説明不要の超人」

宮城「間違いない」

虎金「異論無し」

雄介「大地だしな」

 

 

リサ「説明放棄っ!?」

友希那「でも無駄に説得力があるわ」

日菜「アハハッ!」

 

 

 

浦山(……なんで打たれた? コイツにはまだ一球たりともパワーカーブを見せてないだろうが)

松伊(どんな反応だ。手を出すだけならまだわかる。ただ、当てるどころか初見の球を右中間スタンドは意味不明だわ)

 

 

 

片矢(ふむ……狙って打ったわけではなさそうだな)

唯蔵(どこかで浦山の特殊なパワーカーブの軌道を見たことがあるのか……? そのぐらいの反応だった)

 

 

 

大地(いやぁ、まさかスタンドまで本当に飛んでいくとはな……)

 

 

(それにしても、身体が勝手に反応したのは、萩沼さんに感謝しねぇとな)

 

 

(ほとんど、あの人の劣化版縦スライダーだった)

 

 

(そういやぁ、萩沼さんも縦スラのことパワーカーブっとか言ってたっけ? 上背も同じくらいだし、投げ方と軌道は似寄ってるのかね)

 

 

 

実況『今ホームインして、貴重な先制点ッ!!!!』

 

 

『なんということでしょう!!』

 

 

『名門、八川大学第三高等学校のスーパールーキー浦山恭介の初失点は、同じ超高校級一年生主砲、咲山大地からの豪快な一発ッッ!!!!』

 

 

 

空「監督の指示無視してカーブを最初から狙ってたのか?!」

大地「いや、身体が勝手に反応したよ」

空「は? 初見のパワーカーブに反応で合わせただけ!?」

大地「うん。まぁ、萩沼さんの縦スラの劣化版みたいな曲がり方だったし、気付いてたら素直に腰が回転してたぞ」

 

 

結城(萩沼さんの縦スラ劣化版……)

帯刀(だとしても初見ホームランは病的)

雪村(絶対人間やめてる)

笠元(同意や)

 

 

 

実況『キャッチャーの松伊は堪らずタイムをとって、マウンドの浦山に駆け寄ります』

 

 

 

松伊「あれは人間やめてる。今の一発は記憶から消しておけ」

浦山「わかってる……っす」

松伊「次は5番の成田。本職はピッチャーだが、打撃センスも抜群に良い。念のため初球はスライダーから入ろう」

浦山「おう」

松伊「……別に俺はとやかく言うタイプじゃないが、いい加減に礼儀は弁えろよ。実力はエース……けど態度がなってないから背番号が『1』じゃないんだ」

浦山「ふん。実力の伴わない野郎に敬語は不要……っす」

松伊「ま、そこは追々治してもらうとしても、今はこの一点で抑え切ることが大事だ。三人で切るぞ」

浦山「あぁ……っす」

松伊「……」

 

 

 

実況『さぁ、咲山の一発が飛び出してからの打者は5番成田。初戦では5打数5安打2HR7打点、前回の花咲川戦では、好投手虎金の直球に詰まりながらもレフト前へのタイムリー安打を放つなど打撃力にも定評があります』

 

 

 

空(大地の一発で動揺してんだろ? 甘いボールは初球から狙ってくぞ)

 

 

ゴォォオォォオォォオォォオォォオォォオォォオッ!!!!

 

 

空(ストレート!)

 

 

カククッッ!!

 

 

ズッッドォォオォォオォォオォォオォォオォォオォォオォォオォォオォォオォォォォォーーーンンンッ!!

 

 

松伊「スイング!」

審判「スウィング!!」

 

 

空(ここで、アウトローにスライダー!?)

 

 

(あんな一発受けて全く動揺してねぇのかよ!?)

 

 

 

実況『初球、アウトコースに逃げるスライダーに成田は空振り、ワンストライク!!』

解説『動揺が見られません。冷静な良いボールです』

 

 

 

ズッッドォォオォォオォォオォォォォオォォオォォオォォオォォオォォオオォォオォォオォォオォォオォォオォォオォォォォォーーーンンンッッッ!!!!

 

 

審判「ットライークツー!!」

 

 

空「うっ……!?」

 

 

 

実況『2球目は、ズドンっと重そうな直球をアウトコース低めに決める! 僅か2球で成田を追い込んだッ!!』

 

 

 

松伊(これで一気に決めるぞ。落ち着く暇を与えるな)

 

 

浦山(……オレは風貌もガタイもあってか、静かにキレてるように見えるようだが、)

 

 

ゴォォオォォオォォオォォオォォオ!!

 

 

空(真ん中! コントロールミスきた!!)

 

 

カクンンッッ!!

 

 

空(っ!?)

 

 

ズッッドォォオォォオオォォオォォオオォォオォォオォォオォォオォォオォォオォォォォォーーーンンンッッ!!!!

 

 

浦山「内心、憤怒で煮え滾ってんだよ」

 

 

「1点は愚か、塁すら踏ませねぇよ」

 

 

審判「スウィングアウトォォオ!!」

 

 

 

実況『最後はフォークボールで空振り三振ッ!! 5番成田を3球で仕留めてみせたっ!』

 

 

 

ガゴォーン!!

 

 

帯刀(畜生がっ! 全部外攻めかよ!?)

 

 

松伊「ショート!!」

三木「アハハ!! キタァ!!」

 

 

 

実況『1年生ショート三木が三遊間の当たりを素早く捌いて、的確に送球!! 6番帯刀をショートゴロに打ち取り、これでツーアウト!』

 

 

 

ククンッ!!!!

 

 

 

村井「なっ……!?」

 

 

(これが、パワーカーブ!? なんて軌道だ!?)

 

 

ズッッドォォオォォオォォオォォオォォオォォオォォオォォオォォオォォオォォォォォーーーンンンッ!!

 

 

審判「スウィングアウト!!!!」

 

 

 

実況『最後は伝家の宝刀パワーカーブで空振り三振ッッ!! この回2つ目!! 咲山の一発で一点を許しましたが、後続は断ちます浦山!!』

解説『あの一撃で大崩れしないあたり、能力の高さが窺えます』

 

 

 

浦山「やっぱ点やるのはいつまで経っても嫌いだ」

松伊「野球は稀にあぁいうことがある不確定スポーツだからな。それよりも後続を三人で絶てたのは大きいぞ」

浦山「次の回からも同じ……すか?」

松伊「そう。こっから0を並べて行こう」

浦山「おう……っす」

 



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鬼神

榊「村井、ドンマイ。ほら、切り替えて守備な。これ、帽子とグラブ」

村井「うがっ! すまない、助かる!」

榊「どうだ? パワーカーブ」

村井「速いな。その上、高身長ゆえか軌道が異常に不規則だ。ナックルカーブというわけではないが、変化が鋭く強いから中々に打ちづらいな」

 

 

 

空「なぁ、大地」

大地「あ?」

空「次の回も三振、狙って行ってもいいか?」

大地「いいぞ。てか、俺もそれ言おうと思ってた」

空「ん? なんで?」

大地「先制点を挙げた後の回は点が入りやすいっていうジンクスが起きやすいのは、守備側の気の緩みとか投手の慢心だったりから生まれるからだ」

 

 

「だったら、最初からフルスロットルで黙らせた方がいい。その方が被打率は激減するはず」

 

 

空「なるほどなぁ」

大地「それに、この回から二巡目の上位打線に繋がる。9番の朝日さんを松伊さんの前に出さないようにするのは絶対条件だぞ。気を引き締めて行け」

空「おうよ!」

大地「ムキにだけはなるなよ」

空「わかってるよ」

 

 

 

実況『さぁ成田空、ここまで6者連続奪三振。全てのアウトを三振で奪っています。この3回表、八川大学第三高等学校の攻撃陣はどう出るか!』

解説『確か、成田くんは三回戦でも12者連続奪三振も記録していましたよね』

実況『仰る通り、成田投手は三回戦で4回を投げて12者連続奪三振を記録しております。しかも、変化球は一球も投げずに達成しており、このことから成田投手のストレートは《神童の一刺》などと巷では呼ばれていたりします』

 

 

 

グッッォオオォオオォォオォォオォォオ!!!!

 

 

ズッッッバァアァアァアァァァアァァアァァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンンゥゥゥゥッッ!!!!

 

 

審判「ットライークアウトォォオ!!」

 

 

 

実況『インコースへの直球で見逃し三振ッッ!! 右打者にはこのクロスファイヤーがよく突き刺さります!! これでなんと7者連続奪三振!!』

解説『今の朝日くんの打席には全球ストレート勝負でしたね。それも尽くインコースへのクロスファイヤーでしたが、朝日くんは全く手が出ず見逃しています。よほどスピード感があるんでしょう』

 

 

 

松伊「……ほう、ここまで全アウトを三振か。俺たちはとんだ化け物とやり合っているようだ」

 

 

空「へ、来たかよ」

大地(さて、どう攻略したものかな……)

 

 

 

実況『そして、迎えるは、成田投手のチェンジアップを初回先頭打者としてセンター前に弾き返している松伊純也。ワンナウトランナーなしの場面で、塁に出たいところ!』

 

 

 

唯蔵「春の時も感じたが、本当に凄まじいピッチャーだ。打者を捻じ伏せ、暴力的なまでに唸りを上げるストレートの球威。所々で決めてくるキレ味鋭いスライダーと高速シンカー、高速フォーク。緩急に活かせる大きく曲がるカーブと決め球チェンジアップ。それらを巧みに操ることが出来る高い制球力……」

 

 

「そして、球場全体を支配するマウンドでの圧倒的な存在感」

 

 

「これが成田 空の『ゾーン』……彼の本当の姿」

 

 

「コイツをこのまま野放しにしておけば、手に負えなくなるぞ、松伊」

 

 

「ぶちかませ」

 

 

 

大地(さっきの打席では追い込んでからのチェンジアップを初見で弾き返された。ただストレート2球で簡単に追い込めた)

 

 

(表リードならストレート。裏リードはチェンジアップかフォッシュ。間の策としてはシンキングファストもありだが、そうなると次も同様になる)

 

 

(……ストレート一択だな。オマエの球威で圧倒しろ!!)

 

 

グッッォオオォォオォォオォォオォォオォォオォォオォォオォォオォォオ!!!!

 

 

松伊(ストレートに力負けせず、コンパクトに弾き返す!)

 

 

カキィィィーーーンン!!

 

 

審判「ファールボール!!」

 

 

 

実況『初球外角にストレート!!松伊、打ちに行きますがファーストファールゾーンッ!!』

 

 

松伊(これでも振り遅れるのか……始動を早くするか? だが、そうなると変化球について行けなくなる)

大地(バットを指一本弱短く握った?)

空(対応早いな)

大地(かなり直球を意識してるけど、変化球にも対応できるようにしてきたか……)

 

 

(こういうバッター相手に、中途半端が一番怖いんだよな)

 

 

空「っ!」

 

 

(─────インコース!)

 

 

大地(花咲川戦の澤野さんを相手にした時からずっと投げ込んできた火の玉……その感触、まだ残ってるだろ?)

 

 

(─────投げ込んで魅せろよ)

 

 

 

実況『2球目、成田空がサインに頷き投球モーションに入る!!!!』

 

 

 

空(相変わらず強気なリードだなっ!)

 

 

(けど、そのリードに引っ張られるオレも、どうしようもなく応えたくて仕方がない)

 

 

(────絶対、納得させてやるッ!!)

 

 

松伊(? 笑った?)

 

 

グッッォオオォォオォォオォォオォォオォォオォォオォォオォォオォオオォォオォォオォォオォォオォォオォォ!!!!

 

 

松伊(来た!!)

 

 

(スト─────)

 

 

ズッッッバァアァアァアァァァアァァアァァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンンゥゥゥゥッッ!!!!

 

 

審判「ットライーク!! ツー!!」

 

 

松伊「な、に……?」

 

 

(コイツ、ストレートのスピードが上がった!?)

 

 

(一体、何キロ出て─────)

 

 

《 151Km/h 》

 

 

「っ……!?」

 

 

(どうなってやがる……アレでたったの151キロだと?! 目測だと160キロ超えてるぞっ)

 

 

 

実況『2球目はインコース、素晴らしいコースに快速球が決まって2球で追い込んだッ!! 好打者松伊を簡単に追い込みます、マウンドの成田!!』

 

 

松伊(さっきまで見ていたストレートとは明らかにモノが違う)

 

 

(途端に球質が変化しやがった!)

 

 

(初回と違うとすれば、スピン量か……!)

 

 

 

唯蔵(松伊が二度目の打席で、ストレートに圧倒されている? 球威が増したのか? 何にせよ、松伊がコンタクト不可能になるストレートを投げるとは……成田空、これが大器の片鱗か)

 

 

 

実況『3球目!!』

 

 

 

グッッォオオォォオォォオォォオォォオォォオォォオォオオォォオォォオォォオォォオォォオォォオォォオォォオォォオォォオォォオォォオォォ!!!!

 

 

松伊(真ん中低め!!)

 

 

ズッッッバァアァアァアァァァアァァアァァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンンゥゥゥゥッッ!!!!

 

 

《 154Km/h 》

 

 

審判「ットライークスリィィィーー!」

 

 

松伊「……そんな、馬鹿な?」

 

 

「低めが、釣り球の糞ボール……だと?」

 

 

 

実況『空振り三振だ!! 高めに大きく外れる真ん中直球に、好打者松伊も思わず手が出てしまったぁ!! なんと成田、これで8者連続奪三振!! 止まらない!止められないッ!!』

 

 

 

空「…………」

 

 

大地(最後、内低めに要求したボールが真ん中高めに制球ミス。ただし松伊さんが思わず手を出してしまうノビのあるストレートで空振り三振)

 

 

(もう俺ってただの壁じゃねぇのかって思うぐらい、破茶滅茶な投球してきやがる)

 

 

(だが、確かに伝わる)

 

 

 

ズッッッバァアァアァアァァァアァァアァァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアァァアーーーンンンゥゥゥゥッッ!!!!

 

 

審判「ットライークスリィィィィ!!」

 

 

《 155Km/h 》

 

 

大地(お前は『ゾーン』の先にある高い壁を、もう見つけてるんだな)

 

 

 

実況『2番見谷美もアウトコース一杯のストレートに見逃し三振ッッ!! これで圧巻の9者連続奪三振!!!! この回、全球直球勝負で捻じ伏せた!!!!』

 

 

 

澤野「……あんなのトラウマになるわ」

宮城「羽丘の一年って超人しかいないのか?」

虎金「二人で野球してますよね、今のところ」

雄介「えげつねぇーな(草)」

 

 

ひまり「成田くん、凄い……」

つぐみ「だね……」

日菜「るるるん♩ 」

 

 

 

浦山「アレが成田の本領ってか……」

松伊「初回とは別人だと思った方がいい。ボールの質と格が数段階上だ」

浦山「まるで、鬼神を相手にしているようだ」

 

 

「だが、図に乗るなよ」

 

 

「オレの方が上だって、証明してやるよ」

 



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