あなたの未来に花束を (カサブランカ)
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1・ヒーロー

 

 

 

なぜ生まれてきたのか、生きている意味はあるのか。意識を持った時、いくつかの歌のフレーズが頭の中に浮かんだ。それはどれもこの世界には存在しない歌でーー私が人生をコンティニュー…いや、「人生の2周目」を始めたという、確固たる証だった。

 

「わたし…なんでいきてるんだろ」

 

「!!!せっ…先生っ!!!ゆ、優子ちゃんが…優子ちゃんが目を覚ましました!」

 

「そんな…奇跡だ!!!っ、優子ちゃん!私が見えるかい!?私の声が聞こえるかい!!?」

 

見ていて憐れなほどに狼狽えて、白衣の女性と男性が叫んだ。後から聞いたらその日は私の…いや、「この体」の4歳の誕生日だったらしい。

 

 

1.ヒーロー

 

 

なんか、私は一度死んだんだって。瞳孔反射も脈の触知も脳波も心電図も呼吸も全部機能停止状態。死亡時刻の宣告が行われ、機械を全部外して、医者が警察に死亡報告しようとした矢先に私が目覚めたんだとか。奇跡です、我々は奇跡を目の当たりにしたのです、と担当の医師と院長がテレビでマスコミ相手に熱弁していた。

 

(くっっっだらない)

 

昔ながらの黄色い生首みたいな容器に入ってる、あの糊そっくりの重湯をスプーンで口に運びながら、テレビから目をそらした。私がここで目覚めて1週間。水分摂取から始めて、まだ液体食地獄は続くらしい。飽き飽きしながらもお腹は空くから、仕方なく胃を黙らせるためだけに手と口を動かした。

 

(…つまんないなぁ)

 

この歳なら拙く自我を主張しながら年相応に駆け回っていたであろう子どもが、突然変異したように大人びた受け答えをしたことに周囲の人々はショックを受けていた。

 

『きっとご両親を目の前で惨殺されたショックで心が…』

 

『ご両親が亡くなっているだなんて、あんなにも小さい子に何て言えば…』

 

『あんな小さい子が親を求めることもせず、いつも無表情でいるんですよ!きっとあの現場を見ていて、それで…っ!』

 

『親族は?ええっ!?関わりたくないですって!?そうか、個性婚から逃げた同士で駆け落ちを…』

 

(オイオイオイ…なんか不穏な言葉しか聞こえないんですけどー)

 

なんか「悪い人」に「ひどいこと」をされたとかで、全身ボロボロの私は、文字通り腫れ物扱いされている。身体的にも、コミュニケーション的にもだ。とはいえ病態が安定してきたからと救急の部屋から移動したことや、何も理解できない子どもと油断するからか、病室の外や詰所から漏れる会話、談話室の患者家族の噂話、テレビなんかでもたやすく情報は入手できる。特別聞き耳を立てなくったって、割と自然と。

 

「……孤児で、事件の被害者か」

 

2度目の人生とはいえ、ちょっとこれはハードすぎない?これじゃまるで前世の続きみたいだ、と大きく息を吐いたら、扉がノックされた。

 

「はい、どうぞ」

 

「お邪魔するよ。おやおや、もう食事が食べられるのかい?」

 

小柄なおばあさんが私を見て驚いたような声を出した。リカバリーガールと呼ばれる彼女は、毎日私の所へ来てくれる。治療してくれるのはもちろんありがたいんだけど、それ以上に貴重な会話相手になってくれるのが嬉しい。その反面、病院の医師ではないからか、決まった時間にしか会えないのがちょっと寂しい。…肉体年齢に引っ張られるからか、このところなんだか時々、無性に寂しくなるし。

 

「具合はどうだい?」

 

「体動かすと痛いけど、大丈夫です。ちゃんとリハビリで歩いたりもしてます」

 

内臓の傷はすぐ離床しないと他の臓器に癒着するから、と鬼のような形相の医師や看護師に叩き起こされたのは1週間前。最初は体を起こすだけでも激痛で涙と悲鳴が出るほどだったのに、今ではなんとか歩けるぐらいにまで回復したんだから不思議なものだ。ちなみに医師と看護師は鬼の形相をしつつ、私が苦しむ姿を見ては影で涙をどばどばと流していたのを知っている。優しい人たちなんだよなぁ。

 

(優しいからこそ、未だに私に親の話とかもしてくれないんだろうけど)

 

いい加減今後のことが心配だし、リカバリーさんが帰ったら直球で聞いてみようかな。スプーンを手放して、私は大きく伸びをした。

 

「あーあ、美味しくない!早くラーメンとかカレーとか、アイスとかケーキが食べたいです」

 

「そう言うだろうと思って持ってきてやったよ。ほら、手をお出し」

 

「えっ?あ、ゼリー!」

 

プラスチックの小さなカップに入ったカラフルなゼリーが3つ、手のひらに落とされた。赤、黄、緑。信号機カラーだ。チープなアルミの蓋を指で押すと中のゼリーがぷるりと動いた。

 

「それを全部食べ終えたなら1つだけ食べてもいいよ。残りはまた明日」

 

「…はぁい」

 

すっかり冷めた重湯に渋々スプーンを突っ込んだ。孫を見るような目で私を見て、リカバリーさんはにこにこと笑った。きっと私が全部食べ終えるまで治癒はしないんだろう。

 

「ねえ、リカバリーさん。何か話してください」

 

「そうさね…昨日は何を話したっけ」

 

「ヒーローの話でした。私を助けてくれたのもヒーローだったって」

 

正直、ヒーローなんてものが現実に存在するなんて、そんな世界知らない。映画かよ、とか、特撮かよ、と言いたくなるような場面を何度もテレビで目にした。窓の外の戦闘なんかも、何度か見た。それでもそこまでしてようやく理解できたのは、自分が死んで生まれ変わったってことだけだ。それも、転生ってのじゃなくて、死んだ子どもの肉体に取り憑く的な感じで。

 

(私なんかに体を乗っ取られて、この子はかわいそうだなぁ)

 

だいぶ傷の薄れた体を小さな手のひらで撫でた。おそらく私は、この子の命が消えた時にこの子の肉体に乗り移ったんだろう。漫画みたいな世界で、まさかそんなことになるなんて。

 

(ーー飛び降り自殺じゃなくて首吊りだったら、よかったのかな。そしたらこの子の体を奪わなかったのかな)

 

親が突然事故で死んで、たった1人残されたものの悲しさと寂しさに負けて、大学受験も受けずに衝動的にした自殺だったけれど。まさか転生して、しかも肉体の持ち主も親が突然死んだなんて。なんて偶然だ。神様はなんてひどいんだ。

 

「それじゃあ、オールマイトの話をしようか」

 

服の下の傷跡を撫でていた私に、リカバリーさんはとあるヒーローの話をしてくれた。オールマイト…最高のヒーロー。正義の象徴で、無敵で、いつも笑顔。ヒーローを絵に描いたようなヒーロー、まさにコミックスに出てくるヒーローそのもの。

 

「…大変ですね」

 

テレビでも見たし、その名を聞かない日はない。オールマイト、正義のシンボル。年中無休で人を助ける。無敵の超人。私はそんな人には絶対になりたくない。

 

「そんな滅私奉公みたいなこと、私には絶対にできないししたくもない」

 

「…優子ちゃん、あんたはヒーローが嫌いかい?」

 

「いいえ。でも、好きでもないです。…どうでもいいっていうか」

 

関わりたくない、これに尽きる。ヒーローなんてものと関わりたくない。特殊メイクでもしているのかと笑って全部吹き飛ばしたくなる異形の人間も、嫌。本音を言うとリカバリーさんの治癒の個性ってのも。だって、あれらを本当のことと認めちゃえば、私はーー。

 

「…ごちそうさまでした」

 

器を空にして、今度こそ本当にスプーンを投げ捨てた。ヤケクソぎみに口に放り込んだゼリーはチープなオレンジの味がして、吐きそうなほど甘く感じた。

 

「わーたーしーがー来たー!!!」

 

「ゲホッ」

 

ワーワーきゃあきゃあと騒がしいなと思っていたら、突然部屋の扉が開いて濃ゆい顔が出てきた。え、何なの?何事なの?

 

「え、だれ?」

 

「ハッハッハ!君が優子ちゃんだね!私は正義のヒーロー、オールマイトだ!」

 

暑苦しくも高らかに宣言した男性は、白く輝く歯を見せて笑った。ああ、確かテレビでもこんな感じで笑ってたなぁ。

 

(これが…オールマイト。正義の象徴?でもなんでここに…)

 

「あっ、すみません、ちょっとこの子と話をしますので…ええ、みなさんとはまた後日…」

 

扉の外からオールマイトを一目見ようと押しかける他の患者やその家族たちを看護師と一緒に断って、オールマイトは病室の扉を静かに閉めた。てっきり勢いよく戸を叩きつけて閉めるものと思っていたから、意外と繊細に動くことができる超人の姿に面食らった。

 

「……お仕事はいいんですか?」

 

「うおっ!すごいな。話には聞いていたが、本当に大人びているね。仕事は大丈夫だよ。事件があったら飛んでいくけどね」

 

その口調にピンときた。彼に私のことを話したというのはリカバリーさんか。きっと昨日の話から何か思うことがあったんだろう。

 

「どういったご用件ですか」

 

「…以前からね、君のことが心配だったんだ」

 

「私?…ああ、親が死んだかわいそうな子どもって話ですか?そんなのこの世にごまんといますけど」

 

「そうだね。確かに…そうだ。だけどね、今こんなに悲しんでいる君は、この世界に君しかいない。そんな君を私は放っておけないんだ」

 

「…意味が…よく分かりません。そもそもあなたは他人でしょ?」

 

「ああ、そうだね。血のつながりもなければ君やご両親とも縁がない、ただの他人だ。だが、私はヒーローだ。そして君のヒーローでもありたい」

 

「………」

 

「私を君のヒーローにしてみないかい?優子ちゃん」

 

「…しません。したくない」

 

「…その理由を聞いてもいいかな?」

 

「だ、って………私はあなたに救われていないし、憧れてもいない。だから、あなたは私のヒーローじゃない。ヒーローなんてそんなラベルでしか人を見られないなんて、私は、嫌だ」

 

なかば独白のような、呟きのような声だった。なのに、オールマイトは近くに寄って、息まで詰めて、私なんかの言葉を1つ足りとも漏らさないようにと真剣に聞こうとしていた。

 

「私、なんでこの世界にいるんですか。なんで個性とかヒーローなんてものが存在するんですか。なんなんですか。なんでですか。私はただ、両親と生きて、一緒に死にたかっただけなのに」

 

これは、この子の想いなんだろうか。それとも前世の私だけの想いなのか。いや、きっと、とめどなく口から溢れるこの言葉は、前世の私とこの肉体の持ち主、どちらのものでもあるんだろう。漫画みたいにふわりと軽やかで美しくなんてなかった、飛び降り自殺を思い出した。体が地面に引っ張られて、怖いと叫ぶ暇もなくぐんぐん近付いてきた地面。その時確かに、私は後悔したのだ。死にたくないと、願ってしまった。

 

(私がいなければ、この体の持ち主も…死ななかったかもしれないのかな…)

 

4歳になったばかりのこの体の女の子を思った。親を目の前で殺されて、この子は何を思ったんだろう。ヒーローに救いを求めたのかな?ヒーローなんて存在しなかった世界で生まれ育った私には、その感性は理解できないけど。真摯な目で私を見つめるヒーローを見つめ返して、ふと、思った。ヒーローでなくても、こんな人が私のそばにいてくれたなら、どれだけ救われたことだろうか、と。

 

「この世界に個性やヒーローなんてものが存在するなんて、認めたくない。だって、私…私は……」

 

手の中でずっと握りしめていたゼリーが、ぐっと形を歪めた。幼児の手ではプラスチックの容器が微かに凹むだけの、ちっちゃなゼリー。目に痛いほどの緑と赤を見下ろして、どうしようもない現状の自分を哀れんで、とうとう涙がこぼれてしまった。

 

「……これからどうやって、生きていけばいいの」

 

「優子ちゃん」

 

今の私の頭なんて卵みたいに潰せるだろう大きな手が2本、にゅっと伸びてきた。驚く私の方へと体を傾けて、オールマイトは私を包み込むように抱きしめてきた。

 

「…辛かったね」

 

「っ!」

 

息を飲んだ。オールマイトは、それ以上の言葉をかけてこなかった。ただ、私をまるごと抱きしめてくれた。ちらりと横目で見ると、彼は眉をぎゅっと寄せて、まるで私の感情を共有しているような苦悶の顔をしていた。

 

(ーーあったかい…)

 

その温もりが、優しさが、どれだけ私を救ってくれたことか。たとえそれが偽善のパフォーマンスだって構わないとすら、その時私は思ったのだ。こんな私の心の変動は、きっと神様にだって分からないだろう。救われる、という言葉を、本当の意味で理解したようにすら思えた。親が死んで、自分も後を追って、目覚めたら親すらいないまっさらな状態でハードモードな人生2回目がスタートしてた。絶望しきりの私を、この世界で初めて抱きしめて受け入れてくれたのは、どうでもいいと言いつつ拒絶していたヒーローの代名詞、オールマイト本人だった。

 

「……わたし、これからどうしたらいいの?ひとりで、どうしたらいい?」

 

「君は1人じゃない。私がいる。周りの大人たちがいる。君が君らしく生きられるように、私たちは何だって協力する。絶対に。ーー約束だ」

 

縋り付いた先の正義のヒーローはとても優しくて、でも決して甘くはなかった。私に選択権を与え、自分で立ち上がれと促してきた。大人に全て委ねて甘えてしまえばいいなんて無責任なことは一言も言わなかった。今の私には突き放されたようにも受け取れた言葉だった。でも、私を真正面から見る目に雑念も見放す色もなくて、だからこそ私は素直に頷くことができた。この人なら本当の本当に、私が私らしく生きていけるまでずっと助けてくれるのだろうと。

 

「オールマイトさん」

 

「なんだい?」

 

「ーー助けてください」

 

身勝手だ。自己中心的な考えだ。他人に縋るなんておこがましく、厚かましいことだ。だけど、今の私には彼しか縋れる人がいなかった。深く下げた私の頭をオールマイトは驚くほど優しく撫でて、暑苦しいほどにーー疑うことすらできないほどまっすぐに、ヒーローらしい笑顔を見せた。

 

「もちろんさ。君は私が誰だか忘れたのかい?」

 

「オールマイトさんは、オールマイトさんでしょ?」

 

「うーん、そこはヒーローって言って欲しかったな!」

 

「ヒーローなら誰でもいいわけじゃないですもん」

 

救ってもらうならあなたがいい、そんなニュアンスで伝えたら、オールマイトは深い彫りの奥で目を丸く見開いた。

 

「…参ったね。君、本当に4歳?なんだか大人と会話しているようだよ」

 

「…まだ未成年ですよ」

 

前世でもね、とは言わず、曖昧に答えた。手の中の2つのゼリーが、ぽこん、と元の形に戻った。

 

 

 



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1.5・生きていく目標

 

 

 

オールマイト立会いの元、リカバリーさんや医師、警察、弁護士、社会福祉士、保険会社、と様々な職業の人たちが集合して色々な話をした。オールマイトは彼らの話を聞き直したり分かりやすく噛み砕いて私に教えてくれて、専門知識のない私は随分と助けてもらった。まあ、(見た目と戸籍上は)4歳児とはいえ、ある程度は理解できるだけの頭があると分かった大人たちが遠慮なく専門知識を披露しはじめたってのは大問題だったんだけど。それでも、各々がそれぞれの専門分野から私のベストを探ろうとしてくれているのだとは理解できた。

 

(なんだ…こんな人たちだったんだ…)

 

誰もかれもが、私を気にかけてくれている。その事実がどれだけ恵まれていることか。どれだけ嬉しいことか。

 

(もしかしたら…私は前世でも、視野が狭くなってただけなのかもなぁ)

 

助けてと声をあげていれば、よかったんだろう。でも、両親を亡くして孤独になった私には、そんな余裕なんて欠片もなかった。友だちのことも、教師のことも、親戚のことも、ご近所さんのことも、全部頭や意識から排除していた。寂しくて悲しくて、もう死ぬしかないと、追い詰められていたから。

 

「優子ちゃん。君のご両親は自分たちに何かあった時は君を児童養護施設に入れようと考えていたようだ。けれど君には親戚の家を頼るという方法も、あるにはある。どこかの家の養子になるということもできるだろう。君はどうしたい?」

 

「私は…一人暮らしがしたいです。誰かに迷惑をかけずに、できることは自分でやりたい。無理だと言われることは承知の上でですけど」

 

衣食住もまともにできないこんな子供が何を言うのか、と笑われておしまいだろうに。周りの大人たちが失笑していても、オールマイトは私のたわごとを笑い飛ばしたりしなかった。そもそもこんな背丈じゃ台所に立つ以前に買い物すらできないだろうに、そんな事実すら指摘しなかった。そういうところ、本当にイケメンだ。見た目はアメコミなのに…いや、アメコミ芸風だからか?

 

「自分の年齢のことも、今の日本でそれは難しいことだとも、分かっているんだね?」

 

「分かっています。私が保護者も必要ないくらいの年齢だったならよかったんですけど」

 

「…なら、年齢制限をつけてはどうだろうか。例えば6歳までとか。もちろん、君の学力とご両親の遺された財産にもよるだろうが」

 

なぜ6歳?と首を傾げる私を置いて、分厚い書類を手にした男性が閃いたように声をあげた。

 

「ーーなるほど。全寮制の学校に入るまで、ということですね」

 

「学校?」

 

「ああ。確か私の知人が小学生から寮のある学校に通っていたと言っていたのを思い出してね」

 

オールマイトがそう言った後からはトントンと話が進んだ。私がよく知る日本とは似ても似つかないこの国では、孤児への救済処置が手厚いようだ。ヒーローという職種の殉職による賜物だろう。

 

「なるほど。では寮のある学校を探してみましょう」

 

「優子ちゃん、ご両親の資産は生命保険や国からの援助でこれくらいになるの。法律上優子ちゃんが大人になるまでは後見人って人がお金の管理することになるんだけど、できるだけご両親のお金を使いたくないとか、そういう希望はある?」

 

金額が記載された紙に記載されていたのはテレビでしか見たことがないようなとんでもない額だったけど、私はその泡銭には何の未練もなかった。これは私が奪ってしまったこの体の女の子と、その両親の命の値段だ。ならば大切に、出し惜しみせず使わせてもらうのが一番だろう。

 

「学費に使います。高校…いえ、中学を卒業したらすぐ働くので、両親の遺してくれたお金は出し惜しみしません。高くつく私立の学校でも構いません」

 

「わかったわ。じゃあ優子ちゃんの行きたい学校に行けるように私たちも頑張るわね」

 

「ならば我々もそのように動こう」

 

「よろしくお願いします」

 

バタバタと各機関の大人たちとオールマイトが立ち去った夕刻。仕事を終えてきたというオールマイトがケーキを手に再度見舞いに来てくれた。毎度毎度律儀な人だなぁ。

 

「…優子ちゃんはすぐに働きたいのかい?」

 

「いえ、そういうわけじゃないですけど」

 

藪から棒に何だ。砂糖漬けのスミレと透明なゼリーがかけられた藤色のムースを一口頬張った。甘い、美味しい。どこのケーキだろう。ふんふん……やっぱり全然知らないメーカーだなぁ。

 

「それなら、どうだろう、せめて高校までは行かないかい?」

 

「高校?なぜですか?」

 

「自分のやりたいことを考えて入った高校が学生生活で1番楽しいからさ。…まあ、私の経験だがね」

 

「オールマイトはどこの学校に行ってたんですか?」

 

「雄英高校のヒーロー科さ。国立だよ」

 

「国立の、高校…」

 

前世で私が行っていたのはごく普通の公立高校だった。だからなんとなくのイメージなんだけど、国立というとかなりレベルが高そうだと思った。

 

「普通科に経営科、サポート科なんてのもあるぞ!」

 

「有名なところですか?」

 

「ああ。恐らく、日本で1番だな!遠方からの学生もいるし、住まいの指定はあるが一人暮らしも認められている」

 

さすが国民的ヒーロー、オールマイトともなると母校もすごいんだな。でもこの口調にこの言い方となると、私に入学を勧めているということなんだろう。分かりやすい勧誘すぎて笑ってしまう。まったく、お節介なヒーローだ。

 

「私でも入れますか?」

 

「ヒーロー科は戦闘能力が求められるだろうが、他の科なら学力さえあればね」

 

国立で、オールマイトの母校で、有名。一人暮らしが認められているとのことだし、ただの中卒というよりは就職にも有利だろう。なにより、オールマイトがどんな風に今のオールマイトになったのか、興味がわいた。

 

「なら…たくさん勉強しなきゃですね」

 

行くかはまだ確定じゃないけど、行ってみてもいいかな、と思った。そんな私のぼんやりした言い方なのに、オールマイトはとても嬉しそうに笑った。

 

「ああ!君が入学する日を待っているよ!」

 

(そんなこと言われたら、本気にしちゃうじゃないの)

 

2度目の高校生生活をこの人の母校で過ごしてみたい。そんな夢をぼんやり持ってしまうほど。私はオールマイトに惚れ込んでしまったのだ。

 

 

 



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2・柔らかな心

 

 

 

『個性』…現代日本ではほとんどの人が持っている超能力的なもののこと。個性にはさまざまな種類があり、親から子へと引き継がれるのがほとんど。

 

(リカバリーさんの治癒能力みたいなものもあれば、外見に現れるものもある…と)

 

「はい、終わりだよー。今日もよく頑張ったね」

 

ニコニコと笑顔で労ってくるパンダ顔の医者と、テキパキと採血道具一式を片付けるツノの生えた看護師の姿も、もう見慣れたものだ。見慣れたとはいえ、まだ認めたくない気持ちはある。ただ一つ言えるのは。

 

(よかった…!私の外見は普通で、本当によかった…!)

 

髪の色も肌の色も普通の日本人の色で、どこからどう見ても普通の子だ。むしろ前世より可愛い顔立ちとかもう最高。まあ顔面偏差値についてはこの世界の人たちって総じて高いみたいだから、この顔が普通なんだろうけど。

 

「そういえば…先生、私にも個性ってあるんですか?」

 

「レントゲン上ではあるはずだよ。確かご両親の個性は『声援』と『強化』で、ヒーロー事務所でサイドキックとして勤めていたんだったかな」

 

「声援に、強化…」

 

サイドキック、という言葉の意味がよく分からないけれど、会話的におそらくヒーローの補助役ということなのだろう。…まさかこの体の子が襲われたり両親が死んだ理由って、敵と呼ばれる人たちからの逆恨みとかじゃないよね…?思わず体を抱いてぶるりと震えてしまった。テレビで大々的に報道された、この体の子の蘇生。それってつまり、敵の狙いがこの体の子…花車ファミリーの殺害だったとしたら、下手するとまた敵に狙われるのではないだろうか。

 

「…これは私の勝手な考えなんだがね」

 

私を見つめ、慮るような声音でパンダ医師は重々しく口を開いた。

 

「ご両親があのような形で亡くなったというのに、子どもの体で同じだけの傷に耐えられたのは…君のご両親の個性によるところが大きいと思うんだよ」

 

「………」

 

「君のご両親は事件のあったあの時、君だけでも生かそうと、していたんじゃないかと……あっ、すまない!ちょっと私は外に…ズビッ」

 

「先生、色々とダダ漏れていますよ。それじゃあ優子ちゃん、後でリハビリに行きましょうね」

 

「あ…はい」

 

顔中の穴から液体を滴らせてズブズブになりながら立ち去るパンダ医師は、なんだか哀愁を背負った動物園のパンダみたいだった。あとツノを生やした看護師も目が潤んでいた。ここの病院の人はみんな情に脆いのか?

 

(声援と強化、ねぇ…。なんともまあ、本当にサポート向きだよなぁ)

 

サポート向き、それは言い換えれば『他者依存』の個性とも言える。バリアを張る能力…あ、個性って言うんだっけ?バリアとか、透明化とか、幽霊みたいに肉体のない存在とか…そう言う感じの個性であれば殺される恐怖なんて感じずにいれたかもしれないのに。

 

(突然変異で違う個性が出る可能性もあるし…未来の自分に期待しとこう)

 

採血後のテープを上から押さえる指は、まだまだ短く小さく、そして細い。子どもとは、無力だ。ため息を吐いてもう一眠りするかと目を閉じようとした時、ドアが軽快なリズムでノックされた。

 

 

2.柔らかな心

 

 

「優子ちゃん、おはよう!リハビリの時間だよー!」

 

元気いっぱい!今日も幸せです!そんな溌剌とした笑顔でやってきたろくろ首の男性が、にゅうっと頭を伸ばしてやってきた。名前は六郎さん。ろくろ首にちなんだ名前なの?親のセンスどうなってんの?

 

「おはようございます、六郎さん」

 

「うんうんっ、優子ちゃんは今日も元気だね!ところで優子ちゃん!先生から外出許可出たし、ちょっと外に行ってみようか!」

 

「え」

 

確かに車椅子なしでも歩いて動けるようにはなった。でも筋肉が落ちてしまっているからか、スクワットも腹筋もまだできないし、走るのだってすぐ息切れするから難しい。そんな状態で、外出?

 

(それは…よくない、とてもよくない。だって狙われてるかもなんでしょ?なのに逃げることもできない体力で外に出て行くとか、殺してくれって言ってるようなものじゃない?死ねと?私に死ねと言うのか!?)

 

ニッコニコと満面の笑みのくせに、腹黒すぎるぞ、ろくろ首!淡々と恨みを連ねてやろうかと思ったけれど、どこからどうみても、彼に他意はないようだった。ただ単に、子どもは楽しく外で遊びたいものだ、と信じて疑わない目をしている。

 

「優子ちゃんはお外で遊ぶのが好きだったって聞いたんだけど、どうかな?おうちから遠いから、優子ちゃんのお友だちとは会えないけど…でもきっと楽しいよ!」

 

「あー…えーっと……」

 

別にリハビリ室に缶詰でも、と言いかけたけど、彼のキラキラした顔を見て諦めた。これ、リハビリ室選択したら引きこもりだって心配されるパターンでしょ。

 

「あー……じゃあ、公園にでも行きたいです」

 

「よし!行こう!」

 

「えっ、今から?」

 

そんなわけで連れてこられた公園には、個性を出しまくる子どもたちがわんさかといて尻込みをしてしまった。だってあの子、背中に羽生えてるし。あの子なんか両手爆発させてるし。うわー、子ども怖い。

 

「優子ちゃん、どうだい?あの子たちとお友だちになれるかな?」

 

あの子たち、と指さされた先にいるのはあの爆発少年だ。無理。ぜっっってーーーに!無理!大人ならまだしも、加減のかの字も知らないだろう子ども相手にお友だちごっことか絶対無理!

 

(せめてもっとまともで大人しそうな……あっ、あの子とかいいかも)

 

砂場で何か絵を描いている男の子がいる。頭がモシャモシャに爆発してるのが気になるけど、両手爆発させてる子より断然マシだ。

 

「…こんにちは」

 

「!!!っ、わ、」

 

絵を描くのに集中していたからか、飛び上がるほど驚かれた。ピャッと数メートル先の母親らしき人の所まで逃げてしまった。あーあ、失敗した。申し訳なさそうに苦笑して頭を下げてきた母親らしき人に、こっちからも頭を下げる。こりゃおしゃべりしましょう作戦は無理だな。それにしても何描いてたんだろう。

 

「………?…虫?」

 

バッタか?触覚がやたらと凛々しい感じの。しかしバッタに口を描くなんて子どもらしいというかなんていうか……ん?なんかこの笑顔、どこかで…。

 

「あ。もしかして…オールマイト?」

 

「!!!」

 

あっ、母親の影から顔を出した。丸くて大きな目がキラキラしている。純粋で子どもらしくて、いいなぁ、と思った。

 

「君、オールマイトのこと好き?」

 

「っ、うんっ!すき!だいすきっ!!!」

 

(かっ…可愛いな!!!)

 

「ぼくもいつかオールマイトみたいになるんだ!」

 

「へー。オールマイトみたいになって、どうするの?」

 

「こまってるひとをたすけるんだ。だからぼくもいつか、オールマイトみたいなかっこいいヒーローになるんだ!」

 

(困っている人を助けるために、かぁ)

 

悪い敵を倒すためでなく、弱者を助けるために。それは、とてもいいヒーロー像だ。別に勧善懲悪なヒーローが悪いってわけじゃない。ヒーローといえば華やかな悪役退治ばかりが目につくし、そっちがヒーローの本質と考える人も多いことだろう。でも私個人としては…オールマイトに手を差し伸べられた者としては、この子のヒーロー像は、とてつもなく大切なものに思えたのだ。

 

「…なれるよ。絶対に、なれる。君なら困ってる人も、悲しくて寂しい人も、みんなまるごと助けられるヒーローになれるよ」

 

「ほんとう!?ぼくもオールマイトみたいになれるかなぁ!?」

 

「絶対なれる。諦めなければ、いつか」

 

諦めなければ、いつかきっとムッキムキの筋肉超人になれるよ。表情筋を鍛えたらきっと顔の彫りも深くなるよ。あの触覚だってワックスで固めたらいけそうだし。アメコミのヒーローまんまになれるさ。中身だってきっと、弱きを助け強きを挫くってやつになれるさ。……まあ、本人の努力しだいだし、保証はできないけどさー。

 

「!!!おかあさんっ!ぼく、ヒーローになるよ!」

 

「ふふっ。そうね、出久ならきっとなれるわ」

 

ヒーローごっこをするからとマントを模した布を母親のカバンから引っ張り出しはじめた少年を見ていたら、ありがとうね、とこっそり母親からお礼を言われた。そのとても嬉しそうな笑顔に、下心があったなんて言えなくて、私は笑って返すしかできなかったんだけど。

 

「あなたはどこのお家の子なのかしら?この公園で会ったことないわよね?」

 

「ぅ、わー……」

 

そう話しつつ、見た目はとても普通な彼女は、地面に落ちそうになったカバンをひょいっと引き寄せて中身を息子に渡していた。超能力らしい超能力…もとい個性を目にして、思わず見えない糸でも仕掛けられているのでは、と目を凝らした私は悪くない。

 

「どうしたの?」

 

「あー…いえ、なんでも。私、この近所の者ではないんです」

 

「あら、そうだったのね。お名前は?」

 

「えっと、花車優子です。お姉さんのお名前は?」

 

「あら、私?私は緑谷引子で、あの子は出久。ねえ、優子ちゃん…もしよかったら出久のお友達になってくれないかしら?」

 

「え」

 

まさかの親からの提案。この年頃の子どもって、一緒に遊べばお友だちって感覚だと思ってたけど。しかも私、今日たまたま公園に立ち寄っただけのただのよそ者ですけど。

 

「えーと……今日だけの友達なら、いいですよ。私、今日はたまたまここに連れてきてもらっただけなんで」

 

「そうだったの。ええ、そうだとしてもぜひ」

 

「おかあさーんっ!できないー!」

 

「ああ、はいはい。あら出久、せっかくお友達ができたのにまたヒーローごっこするの?」

 

「ヒーローごっこじゃない!オールマイトなの!」

 

「はいはい」

 

(確かにオールマイトさん、あんなマント羽織ってたな…)

 

もしかして、出久くんとやらのこのマントって販売されてんの?まさかフィギュアとかのグッズも売られているんだろうか。気になる。……いや、別にそんな欲しくはないけど。

 

「でもせっかくなんだから、優子ちゃんと一緒に向こうで遊んできたら?ほら、ブランコも空いてるわよ?ねえ、優子ちゃん?」

 

「でも…」

 

出久少年の何か言いたげな目が、私とブランコをチラチラと行き来する。楽しげにブランコを漕いで遊んでいた子どもたちがちょうどいなくなったタイミングだ。ブランコで

遊びたいのに、何かためらうことがあるのだろうか。

 

「……出久くん、ブランコは嫌い?」

 

できるかぎり優しい声と表情を意識して尋ねてみると、出久少年はちょっと拗ねたような、恥ずかしそうな顔をして、小さな声で告白した。

 

「…うまくできないもん」

 

「じゃあ、私が手伝ってあげる」

 

「…いいの?」

 

「もちろん。ほら、行こうよ」

 

「…うん!」

 

キラッキラした大きな目に、期待と嬉しさが溢れている。子どもらしいエネルギッシュな笑顔だ。可愛い。とても可愛い。

 

「じゃあ引子さん、ちょっと出久くんを連れていきますね」

 

「よろしくね」

 

「はい」

 

どこかほっとしたような笑顔で私たちを見送る彼女の姿に胸が痛くなった。全然見た目も声音も違うというのに、なんだか自分の親を思い出して。

 

(…もやもや、する)

 

鼻の奥がツンとした。

 

 

 



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