冬戦争 (比翼の羽根)
しおりを挟む

スオミKP/-31

初めましての方は初めまして、久しぶりの方はお久しぶりです。かつて某所でヤンデレを書いていた比翼の羽根と申します。索米ちゃんと 9A-91ちゃんのヤンデレが書きたくて、また書き始めちゃいました。よろしくお願いします。


 短針が11の上を過ぎた頃。漸く溜まり溜まった業務が一段落つき、思わず背筋を伸ばしてリラックスする。此の所その日の業務がその日のうちに終わることがなかった為、久々に「早く」終わったが、気分は優れなかった。

 最近また管轄地域が鉄血の侵攻に晒されている所為で業務量が増大している。どうにか所属の人形達で対応出来ているが、それもこのまま続けば均衡は破られかねない薄氷の上である。それ故本部に増援の人形を頼んでいるものの、返答は簡潔に述べれば「重要度の高い区域の防衛が最優先となっており、貴殿の管轄地域はそれではない。近く前線を押し上げる計画なので、それまでは現戦力で対応してもらいたい」とのことなので期待しない方が賢明だろう。ああ頭が痛い……

 それに、悩みの種は何も鉄血だけではない。それは──

 

「お疲れ様です、指揮官。紅茶淹れたんですけど……飲みますか?」

 

 さっきまで一緒に仕事を手伝い、業務が終わってからは執務室に備え付けられた給湯室でお茶を淹れていた副官のスオミKP/-31が自分のところへにこにことしながら戻ってきた。

 

「ああ、ありがとう……スオミの淹れるお茶は美味しいからね、仕事の疲れが抜けていくようだ」

 

「ふふっ、喜んでくれて嬉しいです」

 

 紅茶を褒めると、笑みを更に深くするスオミ。そうして隣の席に着き、身体をこちらに寄せて体重を乗せてくる。凡そ5kgにもなる短機関銃を持ち、戦場を縦横無尽に駆け回っているにしては余りに軽過ぎる彼女の重みを感じた。……いやいくらなんでも近過ぎないか?

 

「ス、スオミ?何も隣に──それもこんな近くに座らなくても一緒にお茶を飲めるだろう?なんだってこんなべったりくっついて……昔はもっとパーソナルスペースが広かったのに」

 

「今でも必要以上に他人に近付かれるのは苦手ですよ……指揮官は特別なんです。私にとって特別の……♪それに、執務中は一生懸命お仕事したんですから、これくらいは許されてもいいはずですっ」

 

 などと言いながらスオミは更に近付いてくる。これでは彼女はもとより、自分も到底紅茶を楽しむどころではなくなってしまう。ブロンドの髪、くりっとした碧眼。青を基調とした清楚な出で立ちの服は彼女の可憐さをより一層引き立てており、そのような美少女が自分に媚びるように隣にすり寄っているとなると、途端に落ち着きが失われてしまう。

 どうしたものやらと途方に暮れていると、いよいよ軍装に顔を寄せて匂いを嗅いで恍惚とし始めた。戦術人形にそこまでリアルな嗅覚って実装されているのか……?と益体のないことを一瞬考えつつも、これは拙いと思い止めさせる。

 

「おいおい匂いを嗅ぐな嗅ぐんじゃない!幾ら何でも変態過ぎるだろう!」

 

「私今日も頑張りましたよ!これは正当なご褒美です……あっやっぱり指揮官の匂い好きっ♡大好きです…………あれ?この匂い」

 

 あ、ヤバい。

 

「し、指揮官!?こっ、こここここここの匂いはなんですか!?何で、何で貴方からコミーの穢らわしい匂いがするんですか!?いつもいつもいつもいつも言っていたのにまたあのボリシェヴィキと一緒にいたんですね!?!?嫌っ、嫌嫌嫌です指揮官、指揮官が野蛮な娘に汚されるのなんて耐えられません、あんな野蛮な連中のところになんて行かないで私のところにいてください、私が指揮官の敵を全て消しますからどうか私から離れないでっ!!!」

 

「落ち着け、スオミ!」

 

 恐慌状態に陥ったスオミを強く抱きしめ、頭を撫でる。

 迂闊だった。彼女にとって、ロシアの人形達は不倶戴天の敵であり、自分からロシア勢の匂いがすることに我慢がならなかったのだろう。……スオミが匂いでロシア人形を判別出来ると言うのは取り敢えず置いておく。

 

「大丈夫だ、お前を見捨てたりはしないから。ほらよしよし今日もたくさんありがとうな、頼りにしてるよ……」

 

「……あいつらよりも、ですか……?」

 

「う……いや、人形に優劣をつけるつもりは今のところ無いから……」

 

「!?そんな、指揮官!?私を選んでくれないんですか??やだやだやだ、私を選んでください、指揮官のためならどんなことだってやります。鉄血だって怖くありません指揮官の邪魔をするあんな屑鉄、全部全部全部排除してみせます!!……私の方があんな奴らより優秀なんですから!指揮官にもそれを今から教えてあげますよ!」

 

「待て待て待て待て!!AIが暴走してるぞ!落ち着けって、おーい!!」

 

 

 

 なんとか宥め賺してスオミを落ち着かせる。毎度のことながら、ロシア人形のこととなると人が変わったかのように恐懼する彼女を鎮めるのは骨が折れる……これが無ければ生真面目でよく出来た子なのだが。とはいえ、ぎゅうぎゅうと押し付けてくる彼女の柔らかな、多くを精密機器で構成されている筈の柔らかな肢体と、漂う甘い香りを役得と感じている自分もいるのでこれもまた悪くはないのかもしれない。

 

「落ち着いたか?」

 

「は、はい……ごめんなさい指揮官、あいつらのことになるとどうしても我を忘れてしまって……」

 

「いや、まあいいさ。誰にでも苦手なものはあるししょうがない。出来れば少しずつ和解してもらえたら嬉しいけ「それは無理です」……だよなあ」

 

「申し訳ありません。でも……やっぱりそこは譲れません。あいつらは私たち祖国の敵ですから。……それに、指揮官を付け狙う薄汚い雌犬でもありますし

 

 なにやら物騒な呟きが聞こえたような気がするがそこは無視させて頂く。……断じて怯えたわけではない。

 

「まあ、その辺はおいおい考えていくとして!もう日付も変わるし、そろそろ明日に備えて寝ないと。人間は君たちと違って十分な睡眠が無いと翌日のパフォーマンスに著しく影響を及ぼすからね」

 

「うう、すいません……」

 

 スオミは自分が大騒ぎしたせいで普段と然程変わらない終業時間となってしまったことに責任を感じているようだ。また落ち込んでしまう前に気にしていないと伝えてやる。

 

「ありがとうございます、指揮官。……それでも、やっぱりこのまま何もお咎めなしじゃ私が私を許せそうにありません。何か指揮官のためにしてあげたい……あっ、そうだ指揮官!指揮官の制服をお洗濯してあげますよ!私がもみくちゃにしちゃったせいで皺だらけだし、ここのところ忙しくて洗濯も長くしていなかったでしょう?私としては指揮官の匂いが染み付いたその制服のままでも大変結構なんですが、やはり大好きな指揮官には清潔にしてもらいたいし……私が「新品」のように綺麗にしてあげますから、その制服を寄越してください!」

 

「お、おう……」

 

 目を輝かせて自分へ迫るスオミ。彼女の得物の如き言葉の弾幕を浴びせかけられ若干引きつつも、確かに最近忙しさにかまけて制服の洗濯を疎かにしていたことを思い出す。彼女の性格からして、何らかの罰?を与えなければ一歩も引かないだろうことは推察出来るので、折角だから洗濯してもらおうか。

 

「あー……うん、分かった。それじゃあ制服の洗濯、頼めるか?」

 

「!はい、承りました!必ず任務を遂行して見せます!……それでは指揮官、お召し物を頂きますね……」

 

「ああ……っておい!脱がせようとするんじゃない!自分で脱げる……というかおまっ、この場で全部脱がせる気か!?深夜とは言え執務室だぞ、誰か来るかもしれないだろっ……こらっ、出て行けーーーーー!!」

 

 

 ──悩みの種は鉄血よりも、寧ろ味方──副官なのかもしれない。

 

 

 

 

 

 指揮官の服、貰っちゃったっ♪大事な大事な軍装を私に預けてくれるなんて、指揮官は私のことをとっても大事にしてくれているんですよね!結局部屋は追い出されて、指揮官の素肌を確認出来なかったのは残念でしたけど……。また指揮官コレクションが増えて嬉しいなっ。今回も新品を買って、私の匂いをたっぷり擦り付けてから指揮官に「プレゼント」してあげます!これで指揮官も、いつでも私のことを感じることが出来ますね……♡

 ……それにしても、最近イワン共の行動が目につく。この崇高なる指揮官のお召し物にも、露助の饐えた不快な匂いが染み付いてしまっている。その下品な格好と言動で指揮官に取り付く浅ましい雌犬。指揮官はその危険性に疎いせいか、あんな奴らにも優しくして勘違いさせてしまっている。あいつらには彼を籠絡なんてさせない、絶対に護り抜いてみせる。指揮官に一番近しい存在である、副官たる私が。私こそが指揮官と結ばれる、その「使命」を成就させるために。

 ……まあ、それは今はいいか。兎も角部屋に戻って指揮官の制服を堪能しつつ、換えの制服に私の匂いを染み込ませなきゃ!




ヤンデレスオミ書こうとしたらかなり変態になってしまった。反省はしていない。 9A-91ちゃんは次回(未定)。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9A-91

サブタイ通り9A-91ちゃんのお話です。この子ホントいいですよね。とっても愛が重そう。

勢いで書いたのでもしかしたら修正するかも。
それではお楽しみください。


 何とか襲い来るスオミをいなしながら軍装を預けて自室へ向かう。正直今のあいつに制服を任せるのは多少怖かったが、まあいいだろう。正直あのまま制服を着続けるのも衛生的にどうかと思っていたところであるし、かと言って自分で洗濯する余裕も現状持ち合わせていない。それを肩代わりしてくれるというのなら、申し訳ないがありがたくお願いして今日は寝てしまおう……明日(厳密には既に今日になってしまったが)もまた早いし、最近の鉄血の状況如何では強襲で眠れなくなってしまう可能性も高いし。

 

 そう思いながら自室の扉の前まで辿り着く。曲がりなりにもPMC幹部の末席をしめているので、部屋の鍵も相応に立派な、入社するまで見たこともなかったバイオメトリクスをパスして部屋へ入る。あとは寝るだけだし、部屋の電気をつけるのも億劫なので、そのまま歯を磨いた。そうしてそそくさとベッドへ向かう。今日も長い一日だった……明日も山のような業務を乗り切らなければ……おやすみなs

 

 

 

「こんばんは。指揮官……♡」

 

 

 

 私は失神した。

 

 

 

 

 数分後。

 ベッドの上ですぐに意識を取り戻した私は、一瞬先ほど見た信じがたい光景は幻だと安心しかけたが、隣にぴったりと寄り添う銀髪の少女を目にして(かつその身体を触覚及び嗅覚で感じ取って)考えを改めた。そもそも自分でベッドに入った記憶もなかったし。どうやら、そのままベッドの前で意識を失った私を、床に崩れ落ちる前に素早くこの少女が受け止めてベッドに寝かせてくれたらしい(と、若干誇らしげに胸を張った彼女から説明を受けた)。

 

「突然意識を喪失したのでびっくりしましたよ、指揮官。もしかしてお身体の調子が優れませんか?でしたら、私が全身全霊を以て指揮官のことをぎゅっと温めて差し上げますよ♪」

 

 そう言いながら寄り添う身体を更に猫の如く擦り付けてくるのは、9A-91というロシアのARとエッチングした戦術人形である。普段は後ろで一つに纏めている銀髪は、その拘束を解かれいつもとは違う雰囲気を醸し、その過激な恰好――普段ですら下着がモロに露出しているのに、就寝のためか上もネグリジェのみなり非常に危険である――も相俟って余計に普段と印象が違って見える。凝視するとイケないものが見えてしまいそうである。

 そういえば、銀髪といい碧眼といい、彼女の容姿は何処となくスオミに似ているかもしれないな、などと半ば現実逃避気味に思考を巡らせていると、顔をむんずと両手で掴まれ、彼女の方へ向けさせられる。爛々と、しかし粘ついた視線をまっすぐ此方へ向けた彼女は、ただ一言

 

「駄目です指揮官。私から――目を離さないで下さい」

 

と囁いた。

 

 

 そう。彼女、9A-91という人形は、指揮官たる私と一緒にいる時に私が彼女以外に意識を向けることを極端に嫌うのだ。どうやって知覚しているのかは未だに分かっていないが、私が彼女から意識を外したり、彼女以外のことを考えたりすると必ずこうやって自分に意識を向けさせようとしてくる。

 

「わ、悪かったよ。ごめんな、9A-91」

 

「うぅっ、よかったです……本当はずっと指揮官には私から目を離して欲しくないし、私の視線からも外れないで欲しいんですけど……だから、せめて私と一緒にいる時くらいは、私を、私のことだけ考えていて欲しいんです。外は、どこも危険ですから……」

 

「分かった。分かったから落ち着いてくれ……ち、力が強いって」

 

「あっ!ご、ごめんなさい指揮官!そんなつもりはなかったんですっ……」

 

 そう言って漸く私の頬から手を放す9A-91。なんとか落ち着いてくれたようだ。

 

 

 

 

「……それで。どうして私の部屋のベッドに潜り込んでいたのかについて訊こうじゃないか。曲がりなりにも私はG&K幹部の端くれ、この部屋だっておいそれと他の者を中に入れられるような生半可なセキュリティではないと思っていたんだが」

 

 落ち着きを取り戻し、再び私の左半身にひしとしがみつき始めた9A-91に、当然の疑問を呈す。説明した通り、我が私室は高度なセキュリティに守られている筈であり、この部屋に私の許可なく入ることの出来る人物は僅かである。この基地内では、精々特別権限を付与された副官くらいであろう。彼女が許可なく9A-91を私の部屋に入れるとは考え難いし(この辺で9A-91がまた不満げに頬を膨らませ始めたので思考を打ち切った。正直可愛い)。

 

「あぁ……それなら簡単ですよ。お仕事を終えた指揮官の後ろをついて行って、指揮官が部屋に入ったタイミングで一緒に入室しただけです。特に工夫したことはありません。その後指揮官は電気も付けずに洗面所へ向かったので、私に気付くことが無かったのでは?」

 

 は?

 

「え、じゃあ君は私に気付かれることなく後を尾けて、そのまま部屋に入った後布団に入っただけってことか!?いや、流石に気付きそうなものだが」

 

「私、夜戦は得意なんですよ♪」

 

「いや、君は夜戦火力特化ってだけで隠密回避はそんなに高くないだろう!」

 

「愛の力ですね、きゃっ♡」

 

 ええええ……。

 

 

閑話休題。

 

「まあ、そういうことなら仕方ない。私の不注意のようなものだからね……ただ、どうして今日に限ってこんな風に私の寝室にまで侵入して来たんだ?今回と同様の手口なら今までだって簡単に出来そうなのに、今まで実行していなかっただろう?」

 

「………………、そうですね」

 

 えっ、その不自然な間は何ですか。

 

「いえっ、別に、別に今までも部屋に侵入していたりしたわけではなくて!夜戦の得意に乗じてお部屋に入り込み夜間の指揮官の護衛を受け持ったり無防備な指揮官の寝顔を堪能したりして指揮官を出来得る限りいつでも視界に入れておこうなどと考えたりは断じてしていないです!」

 

「嘘下手くそか」

 

 

 

 

 ……閑話休題。

 

「……もうそれも取り敢えず置いておこう。もう二度と無断で入らないように……兎も角。こうして今までと違って布団の中で待ち構えていたのは、何か理由があってのことだろう?何か嫌なことでもあったのか?」

 

 幾度も話が傍に逸れたが、結局のところこの疑問を解消する必要があるのは確かだった。例えこれまでも私室に侵入していたとしても、業務後にこれまで積極的に私に干渉してくることはなかったのだ。それが今日になって急に布団で待ち構え敢えて私にその存在を悟らせるというのは、何か彼女に思うところがあったのではないか。

 

「え、えへへ……流石は、指揮官ですね。私の不安を、的確に探り当ててくれる……やっぱりあなたが私の指揮官で良かった」

 

「──今日の出撃で、私失敗して、スクラップ寸前で帰投してしまったじゃないですか。その時、指揮官が還ってきた私を必死に介抱してくれたのがとても、本当に嬉しくて……胸のところが暖かくなったように感じたんです。えへ、人形にココロなるものは無いはずなんですけどね、なんとなくです。それで、それがとっても嬉しかったんですけど、同時に怖くなってしまったんです」

 

「例えこの私が戦場で朽ち果てたとしても、バックアップを取っているので素体さえあれば変わらず指揮官をお護りすることが出来ます。私の存在意義は指揮官をなんとしてもお護りして、勝利へ導くことですから。それが至上の目標であり、その為なら例えこの「私」という擬似人格なんて簡単に投げ出せると思っていたんです」

 

「……なのに、今日帰投して、指揮官が本気で私を心配して、治療を施してくれたことで……私は、「私」という擬似人格が失われてしまうことがとても、とても恐ろしいことのように感じてしまうようになってしまって……!!」

 

「指揮官に必要とされているのは私という人形の蓄積されたデータであると分かっているんです。でも、もし戦場で斃れ、バックアップで復帰した私はもう「私」じゃない!!そう考えたら、もう居ても立っても居られなくなって……!!」

 

「……気付いたら指揮官のベッドで指揮官を待っていました。今までよりも指揮官のお側に居たいと思うようになってしまったんですかね。……ごめんなさい。なんだか、エラーが頻発していて。上手く言語化出来てないかもしれないです」

 

 そう言って、泣きそうな表情で微笑みを浮かべる9A-91。私は、そんな彼女の髪を優しく撫でて言葉を掛けた。

 

「9A-91。私は君がそのように考えられるようになったことをとても嬉しく思うよ」

 

「指揮官……?」

 

「これまでの君は、それこそ私に絶対の勝利を齎す為にそれはもう十二分の働きをしてくれていたね。それはとても喜ばしいことではあったが、同時に心苦しくもあった。戦果に固執する余り、君は大小様々な傷を負っていたのを私は知っていたからね。いつか本当に致命傷を受けてしまうのではないかと気が気ではなかったよ。今日だって、あんな大怪我までして……。それが、今話を聞いてみれば君は「私」を失うことが怖いと言ってくれた。私はそれがもう嬉しくて仕方がない!」

 

「嬉しい……?ですか?」

 

「ああ、そうだ。嬉しいよ、9A-91。自分を犠牲にして相手に報いるというのは美談ではあるが、その相手方からすれば大切な人が身を削って自分に尽くすのは、嬉しい以上に悲しいことなんだ。例えば、君の為に私がこの身で凶弾を庇ったりしたらどう思う?」

 

「それは、何でそんな無茶なことをって、怒っちゃうかもしれません……あ」

 

「そう。今君が感じたことを私もずっと思っていたってこと。確かに君は私達人間と違って記憶領域のバックアップを取っておけば半永久的に稼働することができるという意味で不死であるかもしれない。でも、そうだとしてもやはり、今存在している「君」とバックアップされた『9A-91』はどうしたって別物だろう?そこに気付いてくれたのが嬉しかったのさ」

 

「指揮官……!じゃあっ、私は今のままでも良いんですか!?「死」を恐れる人形でも、本当に……!?」

 

「ああ、良いんだよ9A-91。「君」は「君」なんだから」

 

「ううっ……指揮官……しきかぁぁぁん……!!」

 

 目からポロポロと涙を流して9A-91は私の胸へ飛び込んでくる。私は、そんな彼女の頭を落ち着くまでずっと撫でていた。

 

 

 

 

「えへへ……指揮官、ありがとうございます。落ち着くまでずっと抱き締めていてくれて。お陰でもっと好きになっちゃいました」

 

「はは……まあ何かあったらいつでも私に言ってくれれば良いからさ。困ったら自分だけで抱え込まないで、吐き出すことも大事だ。指揮官はそのためにもいるようなものだしな」

 

 これで9A-91は大丈夫だろう。彼女の私を見る目が普段より一層蕩けて、若干身の危険も感じるが。流石に今日は色々ありすぎてもう眠い。落ち着いた9A-91を追い出すのも気が引けるし、今日はこのまま寝てしまおう

 

「じゃあ、そろそろ寝ようか。また明日も頑張ろうな」

 

「はい……おやすみ、なさい……しき、かぁん……♡」

 

「ああ、お休み……」

 

 随分長いこと話し込んでしまった。いい加減寝ないと本当に明日の業務に響くし、さっさと、ねよう……

 

 

 

 なにか、わすれているきがするけど……またあしたかんがえればいいか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝。

 

「しきか~ん!起きてください!今日も一緒に、元気いっぱいお仕事しましょう!!制服、きれいにして持ってきましたよっ!一生懸命洗ったのでピッカピカです!!どうしたんですか?まだ眠いんですか?で、でしたら!わ、私がお着換え、ててて手伝って差し上げますけどっ……」

 

「zzz……」

 

「………………。ヤバい」

 

 痺れを切らしたスオミが、副官権限で部屋に突入してくるまで、後30秒。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。