あーっ! あーっ困りますっあーっ! メスガキこのっ! この舐めやがってっ! じゅるるるるーっ! (まーぶる*)
しおりを挟む

MESUGAKIFILE01&02 ~猫屋敷夢寐&天宮栗生~
メスガキ


 俺の身体は宙を浮いていた。

 奔る景色は、俺の目からじゃ間延びしてよくわからない。

 

 浮遊感は墜落感へと変わり、風を切る音が夜の街の騒音をかき消していた。

 

 身投げである。フライハイ。紐なしバンジー。

 

 目の前のビルでは、残業に追われる哀れなサラリーマンがオフィスを右往左往していた。

 いやお前デスクの仕事しかないだろうが。サボってんなよ。

 

 あ、目があった。一瞬だとしても、意外と認識できるもんなんだな。

 

 あいつの目が、恐怖に染まるところまで認識できた。

 ふははざまぁみそらせ。お前の名前を遺書に書いといたぞ、受け取れ俺のラブレター。

 んで社会的に死ね。俺の後を追え。

 

 あーあ、なんとも面白くないような人生だった気がするぜ。

 たぶんこういう時に走馬灯みたいなのが見えるんだろうけど、さっきちらっと見えたのは昨日の晩御飯だった。

 

 晩御飯って。最後の晩餐だけども。いや最後の晩餐がコンビニ飯ってのもなぁ。

 

「…………」

 

 契機ってものがあったらしい。成功者には何某かの転機があったらしい。

 俺はと言えば、身に覚えのない罪を被って人生が終わって、それでやっと就職できたブラックでも腫れもの扱いされて、俺は二度目の人生の終わりを経験するんだ。

 

 理不尽だよな。くそったれ。

 

 あーーーーーー。今思い返しても腹立つぜ。

 あのメスガキども。俺を嵌めやがって、今はどんな生活をしてやがる。

 

 涙出てきた。惨め過ぎんだろ。

 

 そろそろ、地面かな。まぁ、どうせすぐ忘れられんだろ。

 人の悪いところはずっと忘れないくせに、自分が悪いとすぐ忘れるんだろ。

 

 くそ――こんなことなら、こんなことなら!!

 

 

メスガキどもレイプすりゃ良かった―――ッ!!

 

 

 

 光が俺を包み込み、意識が途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は学園にいた。

 広い廊下を行きかう生徒たちが、こっちを向いて眉をひそめた。

 

 窓を見つめる。晴れ渡った空、整えられた庭園。

 窓には茫然自失とした顔が写る。

 

 ひでー顔。でもこうなりもする。

 

「…………なんで?」

 

 問う。ここはどこか。

 ――『私立室橋学園』……俺の母校。

 

 問う。今はいつか。

 ――5月、16日……ポケットに入っていた何世代も前のスマホで確認する。

 日付は同じだ。だけど年は全然違っている。

 

 

 

 問う。

 

 なにが、起こった?

 

 

 

 ――ピロン。とスマホの通知音が鳴る。

 

 メッセンジャーアプリの通知だった。相手の名前は知らない。

『神』――そうとだけ。アプリを開き確認する。

 

「…………」

 

 

『――我、聞き届けたり。果たして見せよ、復讐を』

 

 

 なんとも、痛々しい。

 というか馬鹿馬鹿しい。

 

 こんな言葉を、一蹴できないでいるなんて。

 

 与えられた情報を整理すれば、俺は"タイムスリップ"したってことになる。

 そんな芸当、確かに神でもなきゃ出来るわけがない。

 

 俺が死んでないってのが、現実味を持たしてる。

 

 

 思わず送信。

 

 

『マジ?』

 

 

 続けて返信。

 

 

『マジよ』

 

 

 止まらず送信。

 

 

『三行で』

 

 

 遅れて返信。

 

 

『時間遡行。

 人生変わる前。

 メスガキに復讐』

 

 

 ……なるほど。死ぬ寸前叫んだ言葉――あれを果たす機会をくれたってわけだ。

 

 信用できるとか信用しないとか、どうでもいい。

 今ある現実だけでもう十分だった。やり直し。やり直せる。

 

 

 ――復讐ができる! あのメスガキどもにッ!!

 

 

 珍しく興奮していた。

 だけど表に出さないように気を引き締める。

 

 予鈴が鳴った。

 廊下にはもう誰もいない。

 

 俺も自然に教室へと入っていく。

 

 空いた席に座り、記憶を手繰りながら次の授業の準備をする。

 

 教師がやってきて、委員長が号令をして、いつか見たような授業が始まる。

 

 俺はすぐさま、このチャンスをどう活かすか考え始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

猫屋敷(ねこやしき)夢寐(むび)

 

 

『それはどういうメスガキだ?』

 

『ジュニアアイドルかなんかでちやほやされてるメスガキ。

 他にもつるんで俺を陥れた奴らもいたが、たぶんこいつが主犯。だからレイプする』

 

『なにされたん?』

 

『強姦冤罪』

 

『草』

 

 

 学園からの帰り道。

 最初に定めた目標(メスガキ)の情報を、神とやりとりする。

 

 初等部の三年か四年の幼女、猫屋敷は俺の人生をめちゃくちゃにしやがった女だ。

 おっとり系アイドルなんて巷では言われているが、全くのウソ。ありゃ悪魔だ、人間じゃあない。

 

 俺に強姦された、などと言いやがって、結果俺は実家からは勘当されて、退学処分も下されて――思い出すだけで辛い。

 泣いた。

 

 手口も手口でな。

 俺を呼び出して、強姦されているような写真を撮ってそれを警察に提出だ。

 

 

『んで、どうすんの、右京っち』

 

 

 斑鳩(いかるが)右京(うきょう)、俺の名を呼ぶ神がそう問うた。

 

 

『……どうすっかなぁ』

 

 

 実のところ、レイプ云々はその場の勢いでしかない。

 ヤるだけなら簡単だろうが、俺としては一回で終わらせたくなかった。

 

 警察に通報されない、誰にもバレないような計画を立てなきゃいけないだろう。

 

 何かないだろうか――

 

「ん?」

 

 金色の髪が曲がり角から覗いた。

 

「あれは……」

 

 追いかける。

 

 曲がり角の先は駅だった。迷わず切符を買い、後を追う。

 忘れずに送信しておいた。

 

 

『猫屋敷を見つけた』

 

『はっやw』

 

 

 ギリギリなのか、猫屋敷は走って電車に乗り込む。

 

 車両を変えて、俺も電車に乗り込んだ。

 

 学生やら定時帰りの大人たちで満員になっていた電車の中を割くように、猫屋敷の車両に移動する。

 

 電車の扉が閉まり、発車する。その揺れから、猫屋敷が俺の前まで押し出されてきた。

 

 

『えぇぇぇぇえどうしよぉおおおお』

 

『ひよんなや! つーか写真! 写真見せて!』

 

『下着盗撮? 普通の盗撮?』

 

『どっちも!』

 

『草やろ』

 

 

 俺の持っていたスマホは、この時代の俺が持っていたスマホと変わらない。

 アプリ類が神によってすこし変わったぐらいだ。

 

 無音のカメラを起動する。カメラの画面すらない、ホーム画面しか映らないアプリ。

 盗撮用のカメラだった。ホームボタンを押し、撮影。送信。

 

 

『ロリ!』

 

 

 身長は100行くか行かないかくらいだろうか。

 

 金髪のくせっ毛をツインテにした姿は幼女以外何物でもない。

 

 日本人の黒髪だらけの空間ではその髪色は浮きに浮き、猫屋敷の知名度もあり露骨ではないが注目を浴びていた。

 ……見ているだけで、吐き気がする。こんな少女でも、俺の人生を壊すのだ。

 

 だから、俺が壊す。

 今度は、俺の番だ。

 

 

『盗撮! 盗撮頂戴! ロリっ娘のおパンツ拝みたい!』

 

 

 神が拝むとか言うなよ。

 ……しかし背が低いからうまくいかないな。

 

 盗撮の経験とかないし……。

 動画撮影に切り替えて、どうにかできないか――

 

「っ」

 

 ガタン! と電車が一際大きく揺れ、俺のスマホが手から滑り落ちる。

 偶然にも、猫屋敷の真下へと。

 

 しめた――

 

「? …………」

 

「げ!」

 

 と、思ったのも束の間。

 猫屋敷が自分の真下へと落ちてきたスマホを拾い上げる。

 

 カメラは起動しっぱなし……

 

「……どうぞ」

 

「…………ありがとう」

 

 ――ではあるが、ホーム画面(偽装)がバレるのを防いでくれた。

 猫屋敷の赤い瞳が俺をのぞき込む。

 

 そこに、俺の記憶にあるような汚いものを見つめるような冷たさはなかった。

 

 ……俺たちは、知り合ってすらいなかった。

 

「…………」

 

 今思い返してみると、不可解なことだらけだ。

 猫屋敷はすぐにどこかを見つめ、それを見た俺はかぶりを振って神に動画を送った。

 

 ……送ろうと、した。

 

「――え、っ!?」

 

 声が出そうになるのをとっさに自分の手で抑える。

 

 周りを確認して、スマホの画面――盗撮した動画をもう一度確認した。

 

 

 ――履いて、ない……!?

 

 

 毛も生えそろっていない、ぴったりとくっついた割れ目。

 本来そこにあるべき布地は見えない。

 

 送る。震える指で、送信した。

 

 

 返信は来ない。

 

 

 猫屋敷が駅で降りるのを見るまで、俺は茫然としていた。

 

 

 

 

 

 

 

『エッチコンロ点火! エチチチチチチチ』

 

 ふざけた返信がやってくるのは、それから2時間経った後だった。

 猫屋敷についていってしまったものの、これといったレイプ案は浮かび上がらず、近くの漫喫に泊まることにした。

 

 家には友達の家に泊まると送っておく。

『友達いるの?』って来た。ちくしょう。

 

 銭湯で身体をきれいにし、猫屋敷に関することについて考えていた。

 

 まさか履いてないとは。

 近頃の小学生はみんなあんな通気性重視なのだろうか。

 

 

『いやー、まさかドスケベ幼女アイドルだったとは……この剣を抜かされてしもうたわ』

 

 

 抜くの意味がまぁ違うだろうな。

 驚きに関しては同意だ。知らぬ一面、というか知っちゃいけないような一面だった。

 

 

『アイドルってもんは注目を浴びるし、そういうあれで新たな性癖が開花した……?』

 

『アイドルがみんな変態みたいな言い方はNG。ありゃもともと才能があったんじゃろ』

 

 

 パソコンを立ち上げ、猫屋敷夢寐を検索する。

 天真爛漫な出で立ち、猫のような繊細さもあり、性格としてはおっとりと。

 

 掲示板なんかpart28まで来ていた。

 ファンは大勢いるみたいだが、中には邪な目で付け狙う者もいるらしく――とにかく劣情を煽るような写真ばっかアップされていたりもした。

 

「鉄壁ガード……くそ、どっちだ……!」

 

 小学生のスカートの中を見ようとネットで検索を繰り返す。

 自分が虚しい。

 

「ノーパン疑惑はないな……まぁアイドルの衣装ならパンツまで衣装だろうし」

 

 ファンサービスってやつだ。

 チラリズムで客の心をわしづかみにする魂胆だ。

 

 だがそうなると、やはりさっきのあれは何かあったってだけなのか?

 例えば……汚したり。ノーパンだったから、急いでいたのかもしれない。

 

「だからって満員電車に乗るか……?」

 

 一本遅らせば電車は見違えるほどに空く。

 早く帰りたいのならそういうことなのかもしれないが……。

 

 

『脅しに使えんか、これ』

 

 

 ……うすうす感づいていたことだった。

 なんにせよ、猫屋敷が露出プレイじみたことをしたのは間違いないのだ。

 

 明日。明日、猫屋敷と同じ電車に乗る。

 

 

『もしも、また履いてなかったら――』

 

 

 どんなふうに人生をぶち壊してやるか、俺はそれだけを考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

「くーず」

 

 気だるげな声が聞こえる。

 気持ち悪い。

 

「この人に、おそわれた……」

 

 指をさされる。

 悪者扱い。気持ち悪い。

 

「ゆるせなくて……っ」

 

 ああ、アイドルよりも女優の方が向いてるんじゃねぇの。

 こちらを白眼視する何十もの瞳が、じーっと、じーっと。

 

「くーず、くーず」

 

 なんだよ。こっち見んじゃねぇよ。

 その目、うざいんだよ。ああ、くそ、いてぇな。

 

「くーーーーーず」

 

 なんで俺なんだ? 退学? 絶縁? は? ふざけんな。

 おい。おいおいおいおいおい!

 

「くすっ」

 

 さっきからうるせぇ。

 その首へし折ってやる。てめぇのせいだよ、全部。

 

「くすくすっ――」

 

 

 

 奴は、奴は笑っていた。

 俺はぶん殴られた。奴は笑っていた。

 俺は居場所を失った。奴は笑っていた。俺は人生を失った。奴は笑っていた。親が俺に絶望した。奴は笑っていた。誰もが俺を罵った。奴は笑っていた―――

 

 

 ふいに。

 

 笑う猫屋敷の首に。

 

 俺を苛んできた猫屋敷の首に。

 

 

 届く。

 

 初めて、俺の手が届く。

 

 初めて、奴の顔がゆがんだ。

 

 

 

 俺は来たぞ。お前の人生ぶっ壊しに来てやったぞ。

 

 待っていやがれ、メスガキ―――!

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

世の中嘗め切ったメスガキにこの世の怖さを"分からせ"てやらなきゃいけないレイプ

 

 

 復讐は何も生まないという言葉がある。

 だが俺の復讐は子供が生まれる。よし安心。

 

 初潮も来てないロリだろうが、成長過程でそのうち子を孕むだろう。

 俺の思い描く"人生破壊計画"はそれほど気の長いものなのだ。

 

 兎にも角にも、今日中に何らかのアクションを起こそう。

 

 満喫を出て、駅へと向かう。

 何気なく目配せするが、さすがに猫屋敷はいないか。

 

「さて……ろくに準備もしてないが」

 

 作戦と呼べるものは存在しない。

 なるようになれ、というやつだ。エロ漫画やエロゲー通例の『この写真をバラされたくなかったら……』ってのを丸パクリする。

 

 アイドルは顔の次に世間体が大事だからな。露出系アイドルで名を売るならこちらの完敗ではあるが――

 

 俺の記憶にある猫屋敷夢寐という少女は、いかにも"世を嘗め腐っていた"。

 

 生まれながらにして高いポテンシャルを誇り、ジュニアアイドルとしてすぐに名を馳せた。

 同業者の追随を許さぬ――テレビの言葉を借りるなら、"天才"。

 

 アイドル……偶像。ファンとの関係はもはや宗教じみている。

 年端もいかぬ少女が崇め奉られ、どうなるか。健気に純粋無垢に活動するか、あるいは付け上がり傲慢と化すか。

 

 猫屋敷夢寐は後者だった。言動の端々に人を見下す色が滲む。

 カメラに向かってかわいくピースしていようが、内心はきっと人々を掌握した気になってゲス顔ダブルピースしてるような女だ。

 

 まぁつまるところ奴は生意気なのである。

 

 だから脅しはよく効くはずだ。

 "恥"というのが一番嫌いそうだからな。

 

『んほぉぉロリっ娘復讐レイプー♪ たのしみじゃのー♪ は・か・た・の・しいよっ♪』

 

 破瓜楽しいよ……テンションが高いな、神。

 

 いやこいつは本当に神なんだろうか。

 言動が邪神のそれなんだが。

 

『しかしまーなんとも、聞けば聞くほど犯しがいのあるメスガキじゃの』

 

『そうか?』

 

『嘗めたメスガキに世の怖さを"分からせ"てやるのじゃ。これほど適任なメスガキはそうそうおらんよ』

 

『俺はただ復讐したいだけだぞ』

 

『どちらにせよ、じゃ。メスガキは大抵自分に危害は与えられんと考える。――右京っちの復讐は、回りまわってその甘えをぶち壊しにするんじゃよ』

 

 ……確かに、余裕綽々ってのも腹立たしい。

 二度と涼しい顔出来なくさせるぐらいはしたいな。

 

『あ、動画忘れないでね』

 

『はいはい』

 

 アプリを消して、スマホをポケットの中にしまう。

 

 気付けばもう駅についていた。

 昨日と同じように切符を買って、ホームで待つ。

 

「混んでんな」

 

 登校する生徒、通勤する大人、ホームは人でごった返している。

 

 昨日もこのぐらいだったな。

 また満員電車か……よく毎日乗っていられるよ、ホント。

 

 人込みから外れたとこに立っていると、ふと騒音の中から革靴の靴音が聞こえた気がした。

 

 ホームに降りてくる階段の方へ目を向ける。

 良く目立つ、金色のアホ毛が揺れているのが見えた。

 

「……くくく、今日もちゃんと来たのか……いや、お前は優等生だからなぁ」

 

 近くに立っていた生徒にやばいものを見る目を向けられる。

 いかんいかん。ついにやけてしまった。

 

「―――でしょー?」

「―――え、っと、そう、かな?」

 

 猫屋敷は友人らしき少女たちと一緒だった。

 だが、よく見るとその輪から一歩離れた場所にいる。

 

「…………」

 

 気のせいか、周りを気にする素振りが多いような。

 

 ノーパンだと思って見るからだろうか。

 

「くひっ、くきひひ……ッ」

 

 ああ、だめだ。

 あの端正な顔が歪みに歪んで。

 日常が続くと思い込んでるそのすべてを壊せると思うと。

 

 笑いが止まらん。

 

「……っ?」

 

 ……っと、いつの間にか手を握りしめてたみたいだ。

 爪の痕から血が滲む。俺が思う以上に、憎悪は深いらしい。

 

 重畳重畳。

 寸前になってやーめた、とはならないと断言できよう。

 

『まもなく―――』

 

 アナウンスが放送される。

 

 人の動きがホームの縁端に集中する。

 

 猫屋敷はその流れに呑み込まれ、消えていった。

 

「髪は目立つが……」

 

 小さいからすぐ隠れる。

 

 あれなら、俺一人が立っただけでも周りからは見えなくなるだろうな。

 

 

 電車がやってきて、人が次々乗り込む。

 俺も猫屋敷の後を追い、同じ車両へと乗った。

 

「ぐ、ぅ、おぉ……せま、くっ!」

 

 押し出されそうになるのをドア付近の手すりに摑まることでなんとか防ぐ。

 

 俺の身体は恰幅が良いから、一角を占拠してしまう。

 近くの男に舌打ちされた。

 

 ……ここは戦場かよ。

 

 ドアが閉まり電車が発車する。

 一息つくと、目の前の存在にやっと気づいた。

 

「…………っ」

 

 猫屋敷だ。

 手すりに両手で掴まって、俺の目の前に納まるように立っている。

 

 身体はドア側を向いていた。

 

 アホ毛が電車の揺れに合わせて左右にゆらゆら。

 

 少なくない毛量を纏めた塊が、俺の身体に合わせて形をゆがめる。

 

 

 さて――

 

 こうもすぐに目標(メスガキ)と接触できるとは思ってなかったが。

 

 やることは変わらない。

 自然と、足を猫屋敷の真下へと持っていく。

 

 そしてスマホのホームボタンを押した。

 

 ……神直伝七つ道具の一つ。靴内蔵型盗撮カメラ。

 スマホとBluetoothで接続され、靴の真上を撮影してくれる優れものだ。

 

 周りの乗客がこちらを向いていないことを確認する。

 すぐさま撮った写真を開いた。

 

 

「…………」

 

 ……

 

「…………」

 

 …………

 

「…………」

 

 

 無言の高揚。

 

 猫屋敷は、履いていなかった。

 

 

 ……予想通り、いや半々ぐらいの気持ちだったが。

 猫屋敷は自分の意志でパンツを履いていないということだろう。

 

 ――確信犯。

 

 前座は終わりだ。

 どうしてくれようか。

 いや、どうとでもしてくれよう。

 

 神の言葉を思い出す。

 メスガキは自分が悪意の標的になるとは思わないらしい。

 

 猫屋敷だって感づいてはいても、自分の身に何か起こるとは考えないのだろう。

 

 うむ。

 そうだな。

 

 ここじゃやれることは限られてるし、少し遊ぶか。

 

 

 電車は進み、そしてトンネルへと入る。

 

 猫屋敷は気だるげな瞳を、ドアの窓へとむけていた。

 

 顔が写る。

 

 

「…………」

 

 

 目線が、横へ移動する。

 

 

 

 

「――ぇっ!?」

 

 ――途端、猫屋敷がびくりと肩を震わせた。

 

 

 猫屋敷の後ろ――その男()がドアに向かって、反射させるように見せつけた写真。

 

 それは紛れもなく、今ここにいる猫屋敷の秘部の写真であった。

 

「ぁ、え……な、ん…………で」

 

 電車はトンネルから出て、窓に映るのは景色ばかりになる。

 

 春先の豊かな光景。

 相反するように、猫屋敷の顔は血の気を失っていく。

 

 俺の顔はその分だけ、愉悦に歪んでいた。

 

 

「ひ、ゃっ――!?」

 

 俺は電車の揺れに振り回されているよう演じながら、猫屋敷の股に膝を差し込んだ。

 身長差もあり、簡単に猫屋敷の身体が浮く。

 

 小さな悲鳴は誰にも届かない。

 運悪く、いや運よく? ここの乗客は皆草臥れて、誰かを観察する余裕もないらしい。

 

「ぁ、ゃ、ぃや……っ」

 

 慌てふためく猫屋敷は俺の膝の上でもがくが、狭い車内ではどうにもできなかった。

 

「……ふっ、んっ―――!」

 

 制服で擦れたのか、猫屋敷が声を漏らす。

 力が抜けたタイミングで、更に密着するように身体を押し付けた。

 

「ぅっ、あ」

 

 軽い。へし折れそうなほど細い手が、俺の身体に伸ばされる。

 

 その手を取り、耳元でささやく。

 

「――お前の趣味をバラされたくなかったら、言うことに従え」

 

 出来るだけ穏やかに。

 

「ひ……ぁ…………」

 

 しかし猫屋敷の顔は恐怖に満ちていた。不思議だ。

 

 猫屋敷が肩越しにこちらを見つめる。

 俺が昨日会った男だと、果たして気付くだろうか。

 

 きょろきょろ、と猫屋敷が助けを求める顔で周りを見渡しだしたので、ドスを利かせた声でもう一度脅す。

 

「バラすぞ」

 

「っ! ぅぁ……ぁっ」

 

 表情が変わらないので分かりづらいが、軽くパニックになってるっぽい。

 いい気味だ。

 

 今なら何でも言うことを聞いてくれそうだな。

 他の人間の目もあるから派手なことはできないが…………

 

「……そのまま自慰をしろ」

 

「ぇ……」

 

「聞こえなかったか? オナニーだ」

 

 どうして私が? 急になんなの? ――そんな声が聞こえてきそうだった。

 

「……」

 

 目の前で先ほどの写真を写したスマホを振る。

 

 俯きながらも、猫屋敷は何度もうなずいた。

 オナニーは知っているらしい。

 

「手は使うなよ」

 

「…………」

 

「ほら、次の駅までにイかないとネットに拡散するからな」

 

 猫屋敷は小動物みたいにおびえている。

 顔面は真っ青だった。思わず写真を撮ってしまう。

 

 手は使わないでどう自慰をするのか。

 回らない頭で考えているであろう猫屋敷に示唆するように、俺は膝を動かした。

 

「んっ……ぁ」

 

 こんな状況でも立派に感じるのか。

 

 痴漢される期待でも抱いていたのか。

 

 ためらいがちに、猫屋敷は腰を揺らめかす。

 

「っ…………ぅ」

 

 困惑は拭えなくても状況は理解できているようだ。

 

「ぁ、っ……ん」

 

 腿に柔らかい感触。行ったり来たりするほどに、ズボンが湿り気を帯びてくる。

 

「は、ぁ、……んっ!」

 

「くくっ……」

 

 猫屋敷の気持ちがわかるような気がした。

 人の上に立ち、人を掌握するのは、確かに快感だ。

 

 猛る気持ちを発散するべく、猫屋敷の胸の突起を軽くつねった。

 

「ぅ、んっ!? ~~~~~っ!」

 

 びくりと猫屋敷が身体を震わす。

 気にせず俺は乱暴な愛撫を続ける。

 

「あっ、ぁぁっ、ゃぁっ……!」

 

 それでも必死にイこうとして腰を振る姿は、無様を通り越して滑稽だった。

 

 

 

 

 

『○○、○○です――お降りの際は―――』

 

 アナウンスが鳴るころ、猫屋敷は小さな痙攣を繰り返していた。

 

 ……驚いたな。本当にイクとは思わなかった。

 どうやら想像以上にドスケベであったらしい。ズボンが濡れたのは想定外だが、まあいい。

 

 手すさびに転がしていた乳首から手を放し、猫屋敷の耳元で再びささやく。

 

「一緒に降りろ」

 

 学園最寄りの駅はここからさらに数駅先である。

 そのフレーズからなにを想像したのか、絶望した表情で猫屋敷はうなずいた。

 

『レイプする時はね、誰にも邪魔されず、自由でなんというか救われてなきゃあダメなんだ。独りで静かで豊かで……』

 

 神の戯言が届く。

 勿論スルーだが、誰にも邪魔されない方がよいのは確かだ。

 

 この辺は開発が進んでいるけど、一部地域はいまだに過疎っていて人の寄り付かない場所はごまんとある。

 

 昨日のうちに目をつけていた場所がある。そこでレイプしよう。

 

 

 扉が開き、外へ出る。

 

 何人かの視線を集めたが、構わない。

 

 電車が去る。

 

 無人駅には、俺と猫屋敷だけが残っていた。

 

 

「さて―――」

 

「うっ、ぐすっ、うわぁあああああああ……っ」

 

 泣きじゃくる猫屋敷の頭を撫でるように掴む。

 

「行こうか」

 

 駅を悠々と後にする。

 

 俺の心は、人生で一番晴れやかであった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

いつもは澄ました顔しているようなメスガキが泣き叫ぶ様は何にも代えがたい愉悦と魅力があるよなレイプ

 俺が目的地にしたのはとある廃病院だった。

 数年前から取り壊しの計画こそあったものの立地の条件で計画が白紙になり、今や山奥にひっそりと佇む不良集団やホームレスすら近寄らないスポットになっている。

 

 そこにたどり着くまで山登りとそう変わりない疲労を強いられるが、背に腹は代えられないしな。

 俺はまだ平気だったが、猫屋敷は顔面蒼白でいかにも辛そうだった。

 

「どうした? 体調が悪いのか?」

 

 自分でも恐ろしいぐらい口調が穏やかだった。

 

「ぁ、ぅ……どう、して…………」

 

「ん?」

 

「どうして、夢寐なの……やだよ……いやぁぁ…………っ」

 

 未来のお前の罪を償ってもらうのだから。

 知るはずもない。

 

「夢寐は、夢寐は何もしてないよ! どうしてどうしてどうしてぇぇっ!!」

 

「……あんなことをしておいて、今更シラを切るのか?」

 

「―――ッ!?」

 

 ……おっと。

 適当なこと言っただけだが、心当たりがある様子。

 

「うそ……いや、ちがうもん……夢寐はちがうもん……」

 

「おい」

 

「ひっ!」

 

「嘘をついたな?」

 

 声のトーンを落とすだけで、猫屋敷はがくがくと怯え出す。

 にやけを抑えるのに必死だった。気を抜いたら今にも爆笑してしまいそうだもの。

 

「ごめんなさいごめんなさい……っ!! 夢寐が悪かったですっ、でも赦して! あれは……あれは夢寐悪くないの! 夢寐は、夢寐は!」

 

「まぁどうでもいいんだけどな、そんなこと」

 

「えっ……」

 

 レイプは絶対だ。

 猫屋敷が何かしていようがしていなかろうが、関係はない。

 

「……で、結局お前は俺に嘘をついたんだな?」

 

「ぁ、ひぁっ……ご、ごめんなさい、ごめんなさ―――ぁ゛」

 

 俺の右手が猫屋敷の腹に突き刺さる。

 

「――うぶっ、ぁ、は」

 

「テメェの嘘のせいで俺は人生めちゃくちゃにされたんだよ! テメェの! テメェのせいでよぉ!!」

 

「うぐぁ、あぶっ! あぁぁうあぁ、ごべんなざ、あぁ……っ!」

 

 ……待て待て、落ち着け。

 嗚咽を繰り返し転がる猫屋敷を見下ろす。

 

 殺すのは簡単だ。俺とこいつの差はそれだけある。

 "あの時"みたいに無力じゃない。だから痛めつけて、生き地獄を味わわせようというのだ。

 

 腹を抑えてうずくまる猫屋敷に近づき、目線を合わせて微笑みかける。

 

「殺しはしない」

 

 その言葉がどう取られるかは分からないが。

 

 

 

 

 

 廃病院の大部分は予想通り廃れていた。

 一部の部屋や施設はまだ状態が良く今でも使えるようで、俺はそっちを利用する。

 

 森の中の廃病院とかホラーゲームの舞台かって感じだな。

 実際、幽霊とかでもいるんじゃないかと思えるぐらいには不気味だった。

 

 小学生には、刺激が強すぎるだろうか?

 

 ……なんて。今一番恐ろしいのは俺自身だろうな。

 

「は、ぁ、ひぐっ、ぅああぁ、ぁうっ」

 

 ベッドに座らせられ、猫屋敷は虚空を見つめながら涙を流す。

 手で顔を覆いもせず、微動だにしないまま泣く姿は人形のようだった。

 

「ひゃぁっ!?」

 

 小さな体を突き倒す。

 

 先ほどから感じていたわずかな反抗心も無くなっていた。

 

「おねがい、します……たすけて、ゆるして、夢寐が悪かったですから……っ」

 

「だから、そんなのどうだっていいんだよ」

 

 相当甘い教育を受けてきたのか、傲慢ゆえか。

 

 自分に非がない限り悪意に晒されないと考えているのだろう。

 

「……お前は何でパンツを履かなかったんだ?」

 

「…………」

 

 握りこぶしを作って、振り上げる。

 

「い、言います言いますっ! だから殴らないでぇっ!」

 

 その言葉に微笑んで、こぶしを解いてやさしく猫屋敷の頬を撫でてやる。

 

 明らかに猫屋敷の緊張が解けていた。我ながら酷い奴だ。

 

「気持ちよかったから……」

 

「は?」

 

「注目を浴びて……夢寐のいけないトコまで見られてる気分になって……」

 

 マジもんの趣味だったのかよ。

 

「じゃあ、こうなることも分かっていたんじゃないのか?」

 

「ひゃぁあっ! それ、は、んんっ……でも、こんな、こんな……っ」

 

 恥丘を一撫でして、猫屋敷の身体がぴくりと反応する。

 今の状況は理想と違うらしい。

 痴漢から始まるラブストーリーでも妄想していたのかよ。 

 

「なら、とことん現実を分からせてやらないとな」

 

 ベルトを外し、チャックを下す。

 臨戦態勢となった男性器がぶるりと勢いよく顔を出し、猫屋敷の内ももを叩いた。

 

「ぁ…………ぁぁっ!」

 

「おいおい逃げるなよ。これからって時に、さ!」

 

「きゃっ!?」

 

 制服を乱暴に脱がし、上半身もさらけ出す。

 きめ細かな肌と膨らみかけの胸、先のピンク色の乳首――顔もそうだが、身体も端正に整っていた。

 

 右手で胸を押さえながら、猫屋敷の腰と俺の腰を徐々に密着させる。

 

「あぁぁああ! やだやだ! そんな汚いもの、やだぁ!!」

 

「はははははははは! ははははははッ!! ――おっ? お? おー?」

 

 亀頭が入り口を捉える。

 

「いぎっ―――」

 

 ぎちぎちと、それだけでもう限界とすら思わせる狭さだった。

 それだけあって、"壊す"という実感が沸く。目を剥いた猫屋敷は意味のない叫びを繰り返す。

 

 迷うことなく、俺は腰を突き入れた。

 

「―――あ゛ぁ゛がぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」

 

 ぶつんと膜を貫く感触。破瓜の血と、裂けてもいるのだろう、だらりと血が流れる。

 

「ひゃははははははは!! ……ってぇ、なぁに泡吹いて気ぃ失ってんだよ、初体験だぞー!?」

 

「うぁっ!? あぁあああ!! やぁやあああああ!! たずけて、ああああおにいちゃん、おにいちゃん!!」

 

「あー? おにいちゃんいたんだっけー? 来るといいなー、助けー!!」

 

 ガシガシと膣壁を抉る。快楽より痛みを与えるために。

 声は割れた窓から森に響くが、誰かがやってくるなんてこともなかった。

 

 ――あの写真を見せた時、お前が誰かに助けを求めていたら。

 俺は盗撮犯としてしょっ引かれていただろう。悪者は間違いなく俺だった。だがそうはならなかった。今この時ほど因果応報の存在を信じた時はないだろう。悪者であったお前が、俺にした仕打ちを――返してやるのだ。

 

「いだいいだいいだいぃぃっ!! もうやべでよぉ! どおして、どおして!!」

 

 幼女の身体に俺のイチモツは堪えるらしく、脂汗が止まらない。

 何度か気絶し、そのたびに抽送の痛みで覚醒するを繰り返していた。

 

 腰を振ると、ボコボコと青アザのあるお腹がイチモツの形に膨む。

 

「あ゛ぁぁああっ! ああぅぅううううぐぅ゛!!」

 

 喘ぎ声のような甘い声はない。

 

「――――――っ!!」

 

 悲鳴のような叫びが一瞬止まり、視界の端に煌めくものが写った。

 

 左手で裏拳を叩き込む。猫屋敷の右手が大きく反れた。

 

「あっ――!?」

 

 床に何かが転がる。

 

 ……窓ガラスの破片だった。

 

「あ、あぁぁぁああああああああ!! ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!! ゆるしてぇぇええええええ!!」

 

「くくっ……」

 

 容赦のなさに好感すら覚える。

 そしてその目論見が阻止され絶望に満ちた表情など、もはや愛おしかった。

 

「―――あぐぅっ!?」

 

 膣を穿ち、猫屋敷が息を詰まらせた。

 酸素をどうにかして供給しようと口を開けたところで、俺はその首を絞める。

 

「く、ぅぇ、ぁ、かぁ、ぁ、ぁ」

 

 痛みでろくに呼吸できていなかったのだろう。

 ただでさえ真っ青だった顔は土気色になり始め、身体は痙攣を起こす。

 

 ……死にやしないだろうが、死んでも良いかな。

 

「っ……っ…………」

 

「うぉ……」

 

 膣も痙攣に合わせて不規則に快感を送ってくる。

 オナホ同然の猫屋敷に腰を乱暴に打ち付け、ラストスパートをかける。

 

「っぁ―――」

 

 子宮に挿入する勢いで最奥に射精した。

 

 猫屋敷の身体も大きく震える。澱んだ瞳は、たぶん何も映してはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 気を失った猫屋敷にもう2、3回膣内射精を決め込み、休憩していた。

 学園はもちろん無断欠席だから、今頃家に連絡が行っている頃だろうか。時刻は昼前を指していた。

 

「猫屋敷が目を覚ましたら学園に行くか……」

 

 ……あ、そういえば動画撮るの忘れてたな。

 いいや事後の写真で満足すんだろ。パシャー。

 

「ううむ、こうしてみると本当にオナホみたいだな。つーかもうオナホでいいか。オナホとして使おう、うん」

 

 猫屋敷はこれで俺に簡単に逆らえなくなった。

 終わってみるとなんと気分のいいことか。すごいぞ、レイプ。

 

「……くくくく、これからもどうしてくれようか――」

 

 人生破壊計画を練ろうとしたところ、スマホから通知音が鳴った。

 神からだろうか?

 

「…………なんだこれ」

 

 

『レイプクエスト達成! レイプポイントが加算されます!』

 

 

 いや本当になんだこれ。

 とりあえず開いてみると、知らないアプリの画面が表示される。

 見た目は通販系のアプリっぽい感じか。品物のような画像が羅列され、右上には『10000P』と書かれていた。この10000Pってやつがレイプポイントか?

 

 考えるまでもなく神の仕業だった。

 悪ふざけの一種だろうが、これもどうせただのハリボテではないのだろう。意味のないことをしないからな、あいつは。

 

 オナホの横に座り、アプリの説明らしきところを見る。

 

 

『ノーレイプ・ノーライフ。あなたのレイプの理由はなんだろな。復讐? 私怨? 私欲? いろいろあるでしょう、そんなあなたにこのアプリ!

 なんとレイプやそれに準じる行為をするだけでポイントが貰えます! メスガキに分からせてやったりすると高得点! このポイントでさらに円滑にレイプが行えるよう、このアプリでいろいろなものを手に入れよう!

 手に入れられるものは洗脳アプリやレイプグッズなど選り取り見取り! どうぞお楽しみください!!』

 

 

 ……本当に意味が分からなかった。

 レイプポイントとやらでなにかが買えるのだろうことは分かる。だがそういう意味じゃないのだ。

 

「……はぁ」

 

 深く考えるのはよそう。とにかく何かに使えるかもしれないのだから、確認するに越したことはない。

 スクロールしていく。

 

「洗脳アプリ……無音ローター、媚薬ローション、種付けおじさん……」

 

 エロ漫画にありがちな単語ばかりが目に付く。

 それ以外にも牢獄だったり、死体処理用の道具だったりとかヤバめのものまで取り扱っていた。

 

「とりあえずこの無音ローターってやつ買ってみるか」

 

 250Pとお得だったからぽちっと買ってみる。

 ぽとっと隣から音が聞こえた。

 

「…………え」

 

 ローターだった。

 

「どこから……?」

 

 返品は利かないらしい。

 どうにも理解の範疇を超えてきやがる。

 

 猫屋敷にローターを付けて、彼女が目を覚ますまで待つのだった。

 

 

 

 

 

 

 猫屋敷が目を覚ましたあと、俺たちは学園へとやってきていた。

 破瓜の痛みと乱暴にしたことから快調とは言えず、来て早々猫屋敷は保健室に行ってしまった。

 

 猫屋敷の友達が途中で下車したことに怪訝そうにしていたが、体調を崩してしまった、などと誤魔化してくれたようだ。

 

 俺か? 友達いないから憂いなし。

 

『あぁぁああああああああああああ破瓜ああああああああああああああ』

 

 事後の写真を神に送り付けてからというもの、どうやら相当楽しみにしてたらしくずっと発狂していた。

 スマホの通知が喧しかった。

 

『……で、神よ』

 

『あ?????』

 

『このスマホに入ってるレイプグッズ通販アプリ、なんなん?』

 

『あー……だってマンネリ化したらつまんないし、飽きが来ないように配慮をね?』

 

『マンネリて』

 

『どうせ猫屋敷夢寐一人では終わらんのじゃろ?』

 

 ……猫屋敷は主犯というだけで他にも復讐したい奴はいる。

 みながみな猫屋敷のように分かりやすい弱点を持っているとは限らないからな。

 

『というか終わらせるな。処女喪失レイプを必ずカメラに収めろ。収めろぉ!!!!!!!れ』

 

『はいはい』

 

 選択肢が増えるというのは個人的にありがたい。

 だがまずは猫屋敷だな。徹底的に心をつぶしたい。そのためにも―――

 

 

『洗脳アプリ 5000P』

 

 

 やれることは、やるさ。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

セックスなんていやいやとかしながら気持ち良ければ即陥落しちゃうチョロメスガキとかも良いよなレイプ

 250Pの無音ローターと5000Pの洗脳アプリを買い、残りのレイプポイントは4750Pになった。

 レイプポイントはレイプすることで増えるのだが、レイプの難易度、例えば相手が幼かったり良いとこの淑女だったりだとボーナスが加算されるらしい。

 今回は幼女+処女喪失レイプってことで多めにもらえたわけだ。

 

 昨日のレイプを思い出して、口角が吊り上がる。

 

 猫屋敷はちゃんと登校してきた。今朝昇降口で見かけたので間違いない。

 どうにも体調が悪そうだったが……すぐに治る傷や疲労ではないのだろう。

 

 昼休みになって、クラスメイトたちは弁当を取り出したり学食に向かったりとしていた。

 コンビニで買ったスポーツゼリーを1秒チャージして、遠隔操作用の無音ローターのリモコンのスイッチを入れる。

 特に意味はない。席を立ち、教室を出て行った。

 

 

 

 

 

 初等部は高等部とは別の棟で、歩いていくだけで10分はかかる。

 普通は教員の許可がないとうろつくのはダメなんだが……

 

「お」

 

 初等部の廊下に差し掛かったところで、人影が迫ってくるのが見えた。

 金髪のくせっ毛ツインテにアホ毛、猫屋敷だった。顔は赤く、息は荒い。

 

「ははは、どうしたオナ……猫屋敷。顔が青くなったり赤くなったり信号機みたいだなー」

 

「ふ、ぅっ! これ、と、めて……よっ……!」

 

「んー?」

 

 目の前まで来ると足がもつれたのか俺へと倒れ掛かり、力なくずるずると床にへたり込む。

 

 俺のズボンを掴む手が不規則に震えていた。

 

「なんだ、10分も外さないでいたのか? ドМだな、露出狂め」

 

「だ、ってぇ、とるなって、いった! からぁ!」

 

「いったっけ?」

 

「いく……」

 

 話は通じそうにもなかった。

 痴漢した時から思ってたが、なんだかんだ感じやすい体質なのだろう。

 

 とろけ切った顔からは理性と知性の欠片も感じられない。

 

 びくん! と猫屋敷が大きく背を反らしたところで、ローターのスイッチを切った。

 

「はぁ、はぁ……うっ、ぐすっ」

 

「注目浴びてっからとっとと来い」

 

 徐々に集まりだす観衆から逃れるように猫屋敷を連れてその場を離れる。

 

 初等部の棟から延びる渡り廊下を伝って、移動教室に使う特別教室用の棟へと移動した。

 この辺に来ると人はいなくなってくる。

 

「……なに、するの」

 

「分からないのか?」

 

「ひっ……れいぷは、いや……」

 

 分かってるじゃないか。

 今回は洗脳アプリの実験も兼ねるが、大目的はレイプだからな。

 

 使われなくなって物置と化した空き教室のカギをぶち破り、中へと入る。

 

「ごほっごほっ! ……埃っぽいな」

 

 処分が決定された椅子や机が乱雑に置かれ、自由なスペースは真ん中の少しぐらいしかなかった。

 まぁ空き教室だしこんなものだろう。

 

 状態の良い椅子を一脚取り出して、呆ける猫屋敷を座らせた。

 

「さて、と―――」

 

 スマホの洗脳アプリを起動させる。

 初回起動時特有の長めのローディングを挟み、それから画面が表示された。

 

 洗脳アプリって言うんだからもっとオカルトチックなものかと思ったが。

 割と小ぎれいに整った画面だった。通販アプリ同様、右上にはレイプポイントの欄がある。

 

 ……えっと、これはどうすればいいんだ?

 

 適当に触っていると、なんかそれっぽい画面が出てくる。

『催淫』、『記憶操作』、『好感度変更』、『人格操作』、『常識変換』……って! これも買わなきゃいけないのかよ!

 

 有料アプリのくせにアプリ内の課金が必須なんて。

 マンネリ化は防いでも余裕なレイプにはさせまいという神の熱意が垣間見えていた。そのまま燃え尽きればいいのに。

 

「仕方ない」

 

 分かりやすい奴から、そうだな、『催淫』を買おう。

 2000Pだった。買うとアプリのホーム画面らしきところに『催淫』の欄が現れる。

 

 タップすると、ダイアログが出てきた。

 どうやらここで洗脳の調整ができるらしい。

 

 ひとまずは実験だから、バニラのままで洗脳を試みてみる。

 弱めの催淫、時間は短め、記憶は残る――OKボタンをタップすると、『対象に画面を向けてください』と指示が出た。

 

「猫屋敷、これを見ろ」

 

「え?」

 

 びくびくと怯えていた猫屋敷がスマホの画面を見つめる。

 少しして、ただでさえ生気を失っていた瞳からさらに光が消え去った。

 

 ……大丈夫なのか? これ。

 

 待つこと数分、どうやら洗脳は終わったみたいだ。

 "complete!"の文面が表示される。アプリを消して、猫屋敷の様子を観察する。

 

「…………」

 

 俺への恐怖が消えているわけではないのか、怯えているように思える。

 変わったところ、無くないか?

 

 ローターのスイッチを入れてみる。

 

「―――ふぁっ!? あんっ、ぅ~~~~~~っ!!」

 

 ……お?

 

 ローターの振動を中へと引き上げる。

 

「んにゅぅううううう!! や、ぁ、だ、め、ぇぇええ……っ!」

 

 大。

 

「ぁぁぁああああああああああ―――っ!!」

 

 大きく痙攣し、猫屋敷は潮まで吹いた。

 パンツは履かないよう指示しているので、教室の床が水浸しになる。

 

 結果は一目瞭然だった。

 ローターのスイッチを切ると、脱力した猫屋敷がだらしなく口を開けたままぴくんぴくんと震えていた。

 

「ぁ、あーっ、あ……」

 

 垂れた唾液を舐めとるように舌を這わせて猫屋敷の口を塞ぐ。

 

「んっ……ちゅ、じゅる、んぶ……や、だ…………あむ」

 

 難なく受け入れられる。絶頂の余韻もあるだろうが、洗脳がしっかり働いているとみて良いはずだ。

 

 猫屋敷の手が拒絶するように俺の胸へ当てられるが、彼女の口が俺の舌をノリノリで啜って離さない。

 嫌悪はしていても身体は正直ってやつか。

 

 猫屋敷の服をゆっくり脱がしていく。

 

「ん、はぁ…………」

 

 上気した頬は赤い。興奮で上下する胸も赤らんでいた。

 汗ばんでいて、熱い。

 

 自己主張の激しい勃起した薄桃色の乳首を乱暴に噛む。

 

「んんぅ! いっ、あんぅ」

 

 口を離すと乳首が真っ赤に充血していた。

 それでも猫屋敷は気持ちよさそうに目を細めていた。

 

「……弱い催淫、なんだよな?」

 

 どうみても淫乱そのものなんだが。

 

 まぁいいか、とりあえずレイプしよう。

 イチモツを取り出し、猫屋敷を持ち上げ秘部にこすりつけた。

 

「あんっ……」

 

 とろりと蜜が腿を伝って床に垂れる。

 準備は万端なようだった。

 

 猫屋敷が俺の首に腕を回し、再びキスする。

 それに合わせて猫屋敷をゆっくりと下ろしイチモツを挿入していった。

 

「ん、んんんっ! あ、んむぅ、んっ」

 

 昨日とは大違いな快感の強さに思わず腰が引けそうになる。

 だが逃がさないというように猫屋敷のこぶりなお尻が打ち付けられる。

 

 入り込んでくる舌を甘噛みしながら、負けじと俺も腰を振る。

 

「んんっ! は、ぁあん! やだ、いや、なの、に、ぃ!」

 

「そんな雌の顔して……説得力がねえよ!」

 

「あんんんんぅぅ!!」

 

 無理矢理イチモツをすべて突き入れようとして、子宮を押し上げる。

 

「お、おく……とどい、れぇ……ぁ、あ゛ーっ…………」

 

「痛くても気持ちよくても気ぃ失ってんじゃねぇよ起きろ!」

 

「あひゃぁ゛ぁあああああ!?」

 

 一度引き抜いて、最奥へと一気に。長いストロークで膣を抉っていく。

 愛液はとめどなく溢れ、俺のズボンも猫屋敷のスカートもびしょぬれだった。

 

 きつくてどろどろの膣にすぐさま射精感が訪れる。

 

「あ゛っ、あーっ、ぅあっ、おっ、らめ、ぇぇえ!」

 

 ごりゅ、と子宮に亀頭が侵入し、精を吐き出した。

 

「ぇぁあ゛あ゛あ゛ぁぁあああああああああ―――っ!!」

 

 同じくして、猫屋敷も果てる。

 イチモツを引き抜くと、ごぽっと音を立てて精液が零れ落ちてきた。

 

「はぁ、はぁ……そうぞう、以上だな……ッ」

 

「はーっ、はーっ、んくっ……はぁ、はぁ」

 

 しばし、猫屋敷と目線が合う。

 

「…………」

 

「はぁ、は、ぁ…………」

 

 ぱちくり。

 

「…………」

 

「は…………ぁ……………………」

 

 猫屋敷の瞳に、知性の光が灯る。

 身体から熱が引き、赤い頬が青くなっていく。

 

「うっ―――」

 

 で。

 

「うわぁぁぁあああああああああああああん!!」

 

 泣いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 家への帰り道、俺は洗脳アプリを開いていた。

 残りのポイントは昼のレイプ分を加算して3750P。買えるものは一律2000Pだから、あと1個だけ買える。

 

 それで悩んでいた。

 洗脳アプリは確かに凄まじい効果を持つが、いかんせんレイプしている感が少ないのだ。

 事実はそうであるが、俺が欲しいのはつまり実感である。

 

「うーむ……」

 

 そうこうしているうちに、俺は駅の方まで足を運んでしまっていた。

 

 ……こっちに用事は無かったんだけどな。

 家は逆方向で、帰りたいわけでもないから、切符を買って電車に乗ることにした。

 

 いかんな、満喫暮らしになり始めてきたぞ。

 コインランドリーやらで洗い物は出来るしスーパーとかファミレスもあるから困ることもないのだが……

 

「…………くくっ」

 

 いや、そうか、そうだな。

 自分の発想が恐ろしい。だがこれなら……

 

 思いついたがすぐに、俺は洗脳アプリで『常識変換』を購入する。

 

 電車の中で、調整を進めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぐっ、ぐす……」

 

 夢寐は泣いてた。友達のみんなには内緒で、誰にも相談できないことが夢寐にはある。

 実は鍵の壊れてる屋上への扉を開けて、一人で座り込んで、泣く。お腹のあざがじくりと痛んだ。

 

「なんで、なんで夢寐ばっかり……」

 

 これはなにかの罰なのか。だとするならば彼の行いは罪ではないのか。

 今までのことを思い返す。あったのは幸せな日々――悪いことなど――悪いことなど。

 

 思い当たるのは、一つしかなかった。

 

「でも、夢寐は悪くないもん……どうしてわかってくれないの……」

 

 あるいは、それですらなかったら。

 私利私欲の歯牙にかけられた、単なる不幸でしかなかったら。

 

 それこそ押しつぶれてしまいそうになる。そんな理不尽があってたまるものか。

 だから自分が悪者だと思い込む。これは罰なのだ――だから、そう、仕方のないことなのである。

 

 ぐぅ、とお腹が鳴った。

 

 そういえば、お昼何も食べられなかったな。

 

 昼の行為まで思い出して、辛いような、恥ずかしいような思いに駆られる。

 かぶりを振ってそんな思考を振り払い、立ち上がる。

 

「……帰ろう」

 

 夢寐には、居場所があるんだから。

 

 

 

 

 

 今週のアイドルのレッスンはお休みすることにしている。

 少し前まではすぐにレッスンに行ってて、徒歩でお家にまっすぐ帰ることも少なかったから、新鮮だ。

 

 人通りの多い道を通って、周りと比べると大きめのお家の前に立つ。

 鍵を取り出して、がちゃり。扉を開けてさぁただいま。落ち着くにおいが漂った。

 

「――おかえり、夢寐! ごはん、もう出来てるよ!」

 

 おにいちゃんがエプロン姿で迎えに来てくれる。

 ただいま。ただいまって、言おうよ。…………あ、あれ…………

 

「ど、どうしたんだい、夢寐?」

 

「あれ、あれ……ち、ちがう、の。ぐすっ、おにいちゃんの顔見たら、なんで、うっ、ううっ」

 

 涙が止まらなかった。言いたいこと、何も言えないけれど。

 おにいちゃんは黙って夢寐を抱きしめてくれた。それがやさしくて、もっと泣いちゃう。

 

「……よしよし。大丈夫だから、ね?」

 

 背中をさすられて、ようやく落ち着く。

 まだちょっと危ういけど。うん、大丈夫。

 

「……おいしいもの食べれば、元気出るよ。さ、夢寐」

 

「うん」

 

「お友達も来てるから」

 

 驚いた。みんな、もしかして心配でもしてくれて――?

 ちゃんと誤魔化せてたと思ったのに、親しい仲は騙せないということなのだろうか。

 

 ダイニングの扉を開ける。お父さん、お母さんが座ってて、あ、今日はカレーなんだ!

 って違う違う。お父さんたちは楽しそうにお話ししてた。

 

 反対側に座るひとが、こちらをむいて―――

 

「――ああ、おかえり。夢寐

 

 涙も、血すらも、失せた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

洗脳ってバリエーション豊富な割に表現が難しいけど非日常感がエロくていいよなレイプ

 夢寐の家族を洗脳するのは簡単だった。

 というのもこの洗脳アプリ、制限らしきものが存在しない。

 今回の常識変換を使用した『斑鳩右京はこの家の住人であり、夢寐の友人であり、またその行いに対し何の疑念も抱かない』という洗脳もあっけなく完了してしまった。

 

 夢寐の顔が絶望に染まっていく。

 それでも普段通り振舞おうと俺の横へと座ろうとした。

 

「……ん? 夢寐、そこはお前の席じゃないぞ」

 

「え?」

 

「右京くんのおちんぽミルク搾精専用席があるじゃないか。ほら、そこだよ」

 

 何言ってんだこいつ。

 

「な、にいってるの……おとうさん……」

 

「そうよぉ、夢寐。ちゃーんと、右京くんのおちんぽミルクしゃぶり尽くさないとぉ、ねぇ?」

 

 ……ああいや、そんな感じの洗脳もしたんだった。

 しかし俺が定めたのはもっと抽象的なもので、こういった言動は日ごろの癖が色濃く出るものなのだが……

 

 こいつらもしや淫語プレイでもしていやがるな?

 

「……そうだぞー、おちんぽミルクだぞー」

 

 俺も乗るしかなかった。くそが。

 

「ぁ……え…………っ」

 

 涙目だった。

 そりゃ一般家庭の親がみさくら語使いだしたら俺だって泣く。

 夜の情事中に、子の知らないところで『んほぉおおお♡』とかしてると思うとさらに悲しい。

 

 スマホを取り出して夢寐に向ける。

 

「夢寐、こっち向け」

 

「なに……ぁ」

 

『常識変換』と『催淫』の複合洗脳をやってみよう。

 催淫は効果は絶大だがスマホを取り出すのが面倒くさい。常識変換も使うことで、『斑鳩右京に頭を撫でられたら発情する』という洗脳にしてみた。

 

 洗脳が完了し、夢寐の瞳に光が戻る。

 頭を撫でてみると、ビクンと怯えたように躰を震わせてから――

 

「ぁ……♡」

 

 熱っぽい息を吐いた。

 

 昼の時もそうだったが、夢寐はどうやら淫乱体質らしい。

 催淫もすこし強めにしただけで理性の欠片も見えなくなった。先ほどから俺の股間に釘付けだった。こわい。

 

 机の下にもぐって俺の足元にやってくる。

 上目遣いにうるんだ瞳を向けながらイチモツを取り出す。勢いよく飛び出し、ぷにっとした夢寐の頬を叩いた。

 

「あんっ」

 

 頬ずりされる。

 お前本当に小学生かよ。

 

「それじゃそろそろ、いただきますしようか?」

 

「ん、そうだな。お前も席に付け。食べよう」

 

 奥からやってきた夢寐の兄がエプロンを外しながら席に座る。

 手を合わせていただきますと号令した。

 

 机の下の夢寐も律義に手を合わせていた。

 ふははちんこを崇め奉れ。

 

 スプーンを手に取り、カレーを一口食べてみる。

 

「……ほう、うまいな」

 

「はは、カレーは昔からよく作っていてね、得意料理なんだよ」

 

「そうらしいな」

 

 これは辛口か?

 でも辛いだけじゃない。うまみの中に辛さがあるのだ。

 市販のルー……だけじゃないな。得意というからには何かアレンジレシピがあるのだろう。

 

 どこかまろやかさすらあるが、のどにひりつく痛みのような辛さが残る。

 冷たい水でそれを流していくのがたまらない。

 

「は、ぁ、んっ! あむっ、んじゅ、じゅるるるっ!」

 

「おいしいか?」

 

「んっ、ぅん……」

 

「くくっ」

 

 夢寐はあごが外れそうなほどイチモツを咥えこんでいた。

 

 一心不乱にしゃぶりつくその姿が滑稽すぎて思わず写真に収めてしまう。

 

「相変わらず、料理の腕は世界一だなぁ」

 

「父さんはいっつもそれだよな……って、右京? どうしたんだ、笑って」

 

「ぷっ、ははっ、ああいや、悪い悪い」

 

 大事な家族が蹂躙されているのにもかかわらず、暢気なものだった。

 洗脳によっては、例え俺がこの場で夢寐を殺したとしても、こいつらは食事を続けるのだろう。

 この死体を食え――などと言っても、疑うことすらせず。

 

 夢寐の顔には困惑と嫌悪が覗いていた。

 洗脳はそう強くない。自我はまぁまぁ保てているはずだ。

 

 今は催淫の効果で、この異常な食事を受け入れたというよりかは――この行為自体に身体が惹きつけられている、ってところか。

 

「んんっ! んじゅ、は、ぁむっ! んんん~~~っ!」

 

「もっと奥まで、ほら」

 

「ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ぅぅううううう――っ!!」

 

 左手で夢寐のアホ毛を掴み、喉奥まで挿入する。

 

 ついでにローターのスイッチをオンにした。

 

「ん゛ん゛ぅ!! ん゛ん゛ーーっ!!」

 

「あらあら、あんなに頬張って……」

 

「やっぱりお腹が空いてるから、悲しい気分になっちゃってたんだよ。たらふく食べろよー?」

 

 口腔は狭く、たまに歯がカリに引っかかる。

 その刺激がギャップを生み、射精を促してくる。

 

「ん゛っ!! ん゛ん゛ぁ!! ぃぶっ!」

 

 繰り返し絶頂し力の抜けた夢寐の頭をオナホのように扱う。

 

 しごいて、しごいて、そして根元まで咥えさせてから、射精した。

 

「ごっ、ぉ、ぶぅっ……んぐっ、ぅっ、~~~~~~っ!!」

 

 えずきそうになりながら、イチモツを離さずに精液を嚥下していく。

 

 喉が鳴り、それに合わせて夢寐は痙攣する。

 悦楽の潮が床一面に広がる。

 

「はぁ、はぁ……んくっ、んっ……」

 

 精液臭い噯気を出しながら、夢寐は涙を流していた。

 

 

 

 

 

 

 それから夢寐と風呂に入ることにしたのだが、催淫を切るのを忘れて二回もまぐわい、のぼせそうになったところで出てきた。

 催淫はもう一度頭を撫でることで切れる。今の夢寐は正常時だった。レイプ目だが。

 

 ぬいぐるみの並ぶピンクを基調とした部屋。

 泊まるならと俺の部屋になった。正しくは、俺と夢寐の部屋だ。

 

 ネコをモチーフにしたケモミミパーカーを着た夢寐が、怯えたような目でこちらを睨む。

 

「おいおいそんな睨むなよ……ありゃ逆レみたいなものだったろ? お前から――」

 

「おにいちゃんたちに、何したの」

 

「…………何の話だ?」

 

「とぼけ、ないで」

 

 俺が何をしたかは分からない。

 だが俺が何かをしたとは分かっているらしい。当然だ、隠す気もなかったし。

 

 とはいえ律義に説明してやる気もない。

 俺は心外だという風に手を上に向け肩を竦めるポーズをとった。

 

「俺が何を出来るんだっていうんだ?」

 

「…………」

 

「もともとあんなんじゃなかったのか?」

 

「ちがう! ……ちがうもん。あんな、あんな……」

 

 助けを呼んでも来ない。

 レイプされているのに談笑する家族を思い出したのか、涙がこぼれ始める。

 

「現実的に考えてみろよ、どうやったらお前の言う“何か”が出来るんだよ?」

 

 現実的じゃないもの使いました。てへ。

 

 なんてことを知らない夢寐は口を閉ざす。

 

 ……どうにも反応が変だな。

 俺のしたことの追及が目的じゃあないのか?

 

「……ああ、そうだな」

 

「ぇ?」

 

「いや、悪かった。気付かなかったな。……くくく、そうだ、条件次第ではお前には危害を加えないということにしてもいい」

 

 “ああはなりたくない”というのが夢寐の考えなのだろう。

 

 ちょうど破瓜破瓜うるさい邪神もいることだし、夢寐を使って新しい獲物でも捕まえるとするか。

 

「仲の良い友達でも売ると良い! それでお前には――」

 

 

「――やだ!

 

 

「…………む?」

 

 近くにあったぬいぐるみを抱きしめて、夢寐が立ち上がる。

 

「そんなこと……夢寐は、しないよ」

 

「はぁ? じゃあなんだ? このままで良いのか? とことんドMだな」

 

 ふるふる、と夢寐が首を振る。

 要領を得ない。だが妙に心がざわつく。

 

「……良くないんだろ? だから――」

 

「家族には……手を、出さないで」

 

「あん?」

 

 一歩を踏み出してくる。思わず後ずさる。

 ……なんだ、急に。レイプ目でも無くなったぞ。

 

「友達にも……他の人にも、手を、出さないで……」

 

 俺を見据えて言った。

 

「夢寐が、なんだって、します、から……」

 

「………………………………」

 

 ……なに?

 なんて言った?

 

「れいぷだって、もういやだとはいいま、せん……いうことなら、何でも聞きます……だから、夢寐にだけに、してください……」

 

「…………は」

 

「家族には……何もしないで……っ!」

 

 おい。

 おいおいおいおいおい?

 随分と演技が得意じゃないの?

 

「きゃっ……!?」

 

 夢寐を突き倒してベッドに押し付ける。

 

「……綺麗事抜かすなよ。ほら、まだ殴った痕だって残ってるだろ?」

 

「ひぅぐ……はい…………」

 

「友達を売れ。そしたらこんな痛みだってもう――」

 

「…………好きに、して、ください…………」

 

 ……

 

 …………

 

 訳が分からなかった。押し倒したまま躰が固まる。

 ここまでして発言を撤回しない。嘘は言ってないとでも?

 

 それこそ――ふざけんなだろ。

 

じゃあ……あれは、何だったんだよ

 

「え……?」

 

「んな頭お花畑みてぇーな言葉吐けるくせによぉ!! てめぇは!! てめぇは、なんで!! ……なんでッ!!」

 

「…………っ!」

 

 うなだれて、聞く。

 

「……家族が、そんなに大事か」

 

「はい」

 

「…………」

 

 即答だった。

 

 おかしい。

 

 俺の記憶にある夢寐は、もっと他の人間を卑下していたではないか。自分のためなら犠牲も厭わないじゃないか。

 

 俺の勘違いだとでも? 俺が自殺を決意したあれも、ただの勘違いだったとでも?

 

 そうじゃなかったとしたら、更に矛盾が生まれる。

 

 世にはセカンドレイプなんて言葉があるくらいだ。

 レイプされたアイドルなんてすぐさま世に広がる。

 レイプされた娘を持つ家族に対しての誹謗中傷なんてものもあると、分かるはずだ。

 

 そうでなくとも家族には多大な迷惑がかかる。

 

 あの時のお前はそんなこと、気にしてもいなかった。

 

「は、はは……」

 

 なんだよそれ。意味わかんねぇよ。

 躰を起こす。震える夢寐の姿が目に入った。

 

「……っ?」

 

 ぐに、と頬を伸ばす。

 

「あ、あの……どうされまひたか……?」

 

 憎い顔だった。

 でも今に思うと、何もかもが違いすぎた。

 

 ぺい、と手を放す。

 

 部屋を出て行く。

 

 階段を降りて、ダイニングへの方へとやってきた。

 

「ま、待って、ください……!」

 

 ついてくる夢寐を無視しながら、キッチンの冷蔵庫から水を取り出そうとする。

 

 そこで気付いた。

 

「……カレーの、作り置きか?」

 

 取り出して見てみる。

 

 夢寐も覗き込んできた。

 

「あ……」

 

「なんだ? たこさんウィンナーが入ってるが……」

 

「…………夢寐の」

 

「なに?」

 

「おにいちゃん……夢寐のにはたこさんウィンナー入れる、んです……だから…………」

 

 そこで夢寐のお腹がぐぅ、と鳴った。

 顔を赤らめ俯く。目線はちらちらとカレーへそそがれていた。

 

 ……そういえば、この家に来る前から夢寐の兄は料理をしていたんだったな。

 

 くそ。どうにも機嫌が悪い。

 

「食いたきゃ食えばいいだろうが」

 

「っ!」

 

「…………家族のことは…………考えておいてやる」

 

「あ、ありがとう、ございますっ!」

 

「……感謝とか馬鹿じゃねぇのか、お前…………って」

 

 いねぇし。

 夢寐はすでに電子レンジの方へ移動していた。

 

「はぁ」

 

 水を飲んで一息つく。

 

 どうにも。どうにも、釈然としない。

 ああ確かに、あれが夢寐の性格なら世間の評価とも合致する。

 

「じゃぁ……あれは、何だったんだ?」

 

 また同じ言葉をつぶやいた。

 あの豹変ともいえるぐらいの変わりようは……

 

 すぐに分かるわけでもない、か。

 

 ……とにかく、もう猫屋敷一家に関わることはないだろう。

 もう復讐は済んだんじゃないか? 人生破壊計画は……置いといて。

 

 洗脳の解除とかってどうやるんだったっけ。

 スマホを取り出し、洗脳アプリを開く。

 

「…………」

 

 …………待てよ。

 

「…………『人格操作』」

 

 まさか。

 それこそ、まさかだろう。

 

 有り得るわけがない。

 

『神』

 

『なんじゃあああああああああああああ破瓜はまだかぁああああああああああああああ』

 

『……レイプグッズの通販アプリって、他に使っている奴いるのか?』

 

『あたり前田のクラッカー』

 

「……こいつ…………」

 

 殴りたい衝動を抑え、与えられた情報を呑み込む。

 

 ああくそ。まさかじゃねぇか。

 

 あの時、このアプリを所持している奴がいたとしたら!

 あの時、夢寐は洗脳によって豹変したのだとしたら!

 

「……いただき、ます」

 

 ……誰かが明確な敵意を持って俺を排斥しようとしたのだろう。

 家柄、恨みは買いやすい。だから分かる。

 

 敵意があるってことはそれだけ理由があるということ。

 そしておそらく、俺がいなくなるか、社会的に死んで得をする奴が犯人だ。

 

「…………チッ」

 

 今更、被害者かもしれない夢寐をレイプしたことを後悔などしない。

 今後何かされる可能性のある夢寐のそばにいることは重要だろう。

 

 だがしかし。

 ああしかし。

 

 俺を欺きやがった。

 俺を謀りやがった。

 

 てめぇはいるとしたら『存在X』だ。

 

 キレたぞ。

 いるとしたらタダじゃおかねぇ。いなかったとしても必ず酷い目に遭わせるからな。

 

 俺にしたことを。

 俺の人生を無茶苦茶にしたてめぇを赦しはしない。

 

 

 必ずてめぇを暴き出す。覚えておけ――ッ!!

 

 

 

『というかねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇ破瓜は?』

 

 

 ……とりあえずこのうるせぇのからどうにかするか。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

星の数だけメスガキがいる 星の数だけレイプする

 翌日。

 学園は来たる文化祭に向けて準備を進めていた。

 六月の中旬だったか。校内発表と一般発表の二日に分かれて行われる大規模な行事であり、その後の期末テストなんか眼中にないかのようにみんな企画を進めている。

 

 LHRは暇だな。昔はこれでも楽しめてたんだが。

 委員長と文化祭実行委員の話を聞き流す。

 

 ふと思い浮かべることがあった。

 

 ――つまり、一連の事件は存在Xの仕組んだことだったんだよ!

 ――な、なんだってー!

 

 かもしれないというだけである。

 

「……はぁ」

 

 存在Xの可能性が出てきたとはいえ、夢寐への対応を変えるつもりはなかった。

 家族の洗脳は弱めたが、代わりに夢寐の洗脳を強くしておいた。

 あいつが自分の意志で起こした事件だったのかもしれないからな。可能性は見過ごせない。

 

 昨日は一晩中、俺がいなくなって得をする連中のことを考えていた。

 

 ぶっちゃけ多すぎて困る。恨みのバーゲンセールだった。

 家柄である。逃れられぬ業である。つらい。

 

 手遊びにローターのスイッチをオンオフ繰り返していると、隣の男子生徒たちの話し声が聞こえてきた。

 

「なぁおい聞いたか? 今年の文化祭のビッグイベント」

 

「ああ、ああ聞いたぞ。一般発表ん時に校庭でライブするんだろ? やべーよな」

 

「なんだっけ、そうそう、夢寐ちゃんだっけか」

 

 ……ほー、そうなのか。

 そういえばあいつ、レッスンがどうとか言ってたような。

 

「でもそういうのって良いのか? 事務所の許可とか面倒くさいことってあるじゃん?」

 

「それがスポンサーの大企業が太鼓判押してくれたようでさ。舞台とかのセッティングもやってくれるんだってよ」

 

「マジで? ……でもなぁ、そういうのって入場料高いじゃん? チケットとか買えんの?」

 

「知らないけど、室橋学園生は全員無料だって噂だぞ」

 

 夢寐は学園内でも有名だった。アイドルだしそんなものだろうが。

 クラスの中にも数人はファンがいるってぐらいだ。

 

 実は俺、あのアイドルレイプしたんだぜ!

 心の中で呟いただけだったが、なんか教室の温度が下がった気がする。

 やめよう。

 

 突っ伏して残りの時間を過ごそうとしたところ、隣の男が言った。

 

「――でも可哀そうだよな。ライバルが同じスポンサーに太鼓判を押されて、ライバルだけがこうして日の目を見るなんてさ」

 

 ――“天宮(あまみや)栗生(くりゅう)”ちゃんは。

 

 聞き覚えのある名前だった。

 とても。

 耳に残る名前であった。

 

 

 

 

 

 

 

 昼休み。

 いつものように一秒チャージを済ますと初等部の方へと足を運んでいた。

 こちらも文化祭の準備で忙しいのか、忙しく動き回る子たちでいっぱいだ。

 

 なんだかちまちましている。せっせと働く子供の姿はほっこりする。その分だけ俺の姿は浮いていた。

 来るタイミング完全に間違えたな。これじゃ不審者だ。

 

 正直夢寐に何か用があったというわけではない。

 会ったら会ったで性処理でもさせていただろうが、夜でもできるしな。

 

 帰るか。

 

 踵を返して、高等部に戻ろうとする――

 

「――――――!!」

 

 ――ところで、声が聞こえた気がした。

 夢寐の声ではない。……廊下の人混みの向こうから聞こえてくる。

 

 なんか嫌な予感がするぞ。

 

「―――ぃぃちゃぁぁああああああん!!

 

 ドドドドドドドドド―――ッ!!

 

 モーゼに割られた海のごとく道が出来ていく。

 明らかに俺に向かって何かがやってきていた。

 

 面倒くさそうだ。逃げよう。

 と思ったが遅かった。 

 

おにぃぃいいいいいいちゃぁぁあああああああああんっ!!

 

「ぐべぇ!?」

 

 見事な跳躍を見せつけた幼女が俺の脇腹へタックル。

 衝撃に軸足が滑り、地面へと背中を打ち付けた。いたい。あとやわらかい。

 

 白黒と明滅する視界を晴らすようにかぶりを振る。

 

 俺にまたがる白髪ロングの幼女に目を向けた。

 

「えへへーっ! おにぃーちゃんっ!」

 

「……相変わらずクソほど元気そうだな、彩美(さいは)……」

 

「うんっ! おにーちゃんも無駄に元気そうだねーっ! よかったーっ!!」

 

 人目もはばからず抱き着いてくる幼女。彩美。

 “斑鳩彩美”――俺の妹だった。初等部二年である。

 

 ただでさえ多かった人の数がさらに増えた気がする。

 

「俺がロリコン認定される前に早くどいてくれ」

 

「だいじょーぶ! おにーちゃんが異常性癖でもド変態野郎でも童貞でも彩美が養ってあげるからーっ!!」

 

「てめぇどこでそんな言葉覚えてきやがったの」

 

 相変わらず毒を吐くとなると饒舌になる。

 天真爛漫な性格と相まって、悪気の無さが余計心を抉ってきた。

 

 ……俺ってそんな童貞臭いか?

 

 実は童貞卒業したんだぜ。すごいだろ。レイプだけど。

 あれ? これもっとひどくね?

 

「はぁ、はぁ……彩美、ちゃん……どうしたの…………って、あ」

 

「おー、ちょうどいいー、へるぷみーぐえー」

 

 息を切らしてやってきたのは夢寐だった。アホ毛とツインテが揺れてる。

 そういえば仲良いんだっけか。委員会とかの関係で知り合ったとかだったか?

 

 俺にマウントポジションを取り腰を揺らめかす彩美にデコピンをくらわす。

 

「あぅぅっ!」

 

 彩美を持ち上げながら立ち上がった。

 分かってはいたが、夢寐より小さい。そして軽い。

 

「わははー! 犯されるー!」

 

 の割には変な知識ばかりが偏っていた。

 そんなに社会的に俺を殺したいのかよ。見ろよ周りの目。絶対零度だぞ。即死だぞ。

 

「……はっ! まさかお前こそが存在X…………!?」

 

「んー?」

 

「そん、ざい……?」

 

 彩美と夢寐が揃って小首をかしげる。

 まぁそんなわけないか。すぐに笑顔を取り戻した彩美がじたばたしながら聞いてくる。

 

「ねーねーっ! どーしてこっちに来たのー? 彩美に会いに来てくれたのー!?」

 

「散歩」

 

「うそだーっ!」

 

「……別に会いに来たとかじゃねぇよ。なんだ、その、クラスで話題になってたアイドルに会おうと思ってぶらりと立ち寄っただけだ」

 

「ええーっ!! ……やだおにーちゃん本当にロリコンに……?」

 

「やかましいわ」

 

 ぶんぶんぶんと彩美を縦に振り回す。

「うきゃー」と色気の欠片もない悲鳴を上げていた。

 

「話題……アイドル……そんな子がここに?」

 

「お前だよ」

 

「…………????」

 

 アホ毛が“?”となって疑問を表している。

 

「おにーちゃんが夢寐ちゃんに興奮してるんだってー」

 

「っ!?」

 

 アホ毛が“///”になった。

 えどうなってんのそれ。

 

「ってそんな話してないだろうが。夢寐も夢寐だぞ、話題になってるアイドルと言ったらお前ぐらいだろうに」

 

「そう……です、か? もっとすごい人はいっぱい―――」

 

「えぇえええええええええええええ―――っ!?!?!?」

 

 うっさ。彩美が急に叫ぶ。

 俺と夢寐を見比べていた。

 

「なななな、名前呼びしてる!? というか知り合いーっ!? あとおろしてーっ!!」

 

「実は付き合ってるんだ」

 

「うそーっ!!」

 

「うそ」

 

「ばかー!!」

 

 ぽかぽかと殴られる。痛くはないので避けもしなかった。

 

 夢寐はそんな俺たちを不思議そうな顔で見つめてきていた。

 

「……あっ! 斑鳩って、もしかし、て! 兄妹! おにーちゃん!」

 

 今更合点がいったのか目を丸くしていた。

 そこまで驚くことか?

 

なんだかぜんぜんちがう……

 

「…………」

 

 彩美を下ろす。

 次に夢寐をがしっと持ち上げた。

 

「わひゃぁ!? あ、あの、あのあ、の!?」

 

 脇をちょっとくすぐる。

 

「にゅひぃ」

 

 ……

 

 …………あ?

 

「…………」

 

「…………」

 

 こしょこしょ。

 

「にゅひひ」

 

 ……

 

 なんだか変な笑い方をしていた。

 

 

「……ねぇおにーちゃん」

 

「ん?」

 

 顔を真っ赤にした夢寐を下ろしながら振り返る。

 

「最近、お家帰ってきてくれないの、なんで?」

 

「……友達の家に泊まるって言ってるだろ?」

 

「おにーちゃん友達いないじゃん!」

 

 ぼぼぼ、ボッチじゃねぇし!!

 ただ独りをこよなく愛する一匹狼なだけだし!!

 

 生意気なことを言う彩美にデコピン。

 額を抑える彩美の頭を撫でながら、しゃがんで目線を合わせた。

 

「寂しいか」

 

「……うん」

 

「悪いな」

 

 それ以上文句は言わない。黙って頭を撫でられていた。

 よくできた妹だとは思う。

 

 心配だというのも無理ないか。

 

「だがな彩美。友達の家ってのは本当だぞ?」

 

「え?」

 

「こいつん家に泊まってるんだよ。正確には兄が友達でな、そのよしみだ」

 

 夢寐の頭に手を置きながら言う。

 嘘は言ってない。俺と夢寐の兄は友達だ――という洗脳をした。

 こちらとしては名前すら知らんのだが。

 

 それを聞いた彩美が名案を思い付いたとばかりに手を挙げた。

 

「じゃあ彩美も泊ま―――」

 

「だめだ」

 

「うわぁぁぁあああああんおにーちゃんのばかぁぁぁああああ!!」

 

 精神衛生上良くない。それ以上はマイナス行くぞ。

 妹の未来のために俺は心を鬼にしなくてはいけないのだ……

 

 泣いて(フリ)去っていく彩美の背中を見つめながらそう思うのだった。

 

「本当喧しいぐらい元気が有り余ってるよな、夢寐。…………夢寐?」

 

「はいっ♡ なんで、しょうか……っ♡」

 

「あ」

 

 頭、撫でちゃってた。

 てへ。

 

 いやーん、右京ちゃんってばうっかりさーん!

 近くの空き教室に転がり込んで一発ハメるのであった。

 

 

「…………」

 

 

 敵意の籠った視線に、気付かないふりをしたまま。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……だが、いつまでも家に帰らなくていいわけではなく。

 

『帰ってこい』

 

 その短いメールの一言で、俺は戻ってきてしまったのだった。

 我が家へ。愛しくない我が家へ。夢寐はいない。俺一人だった。

 

 夕焼け空が不穏だ。目の前に聳え立つ門があたかもラスボス前かのような威厳を発している。

 帰りたい。いや帰ってきたんだわ。でも帰りたい。

 

 ゆっくりと門が開かれていく。日本庭園のような趣の光景が真っ先に飛び込んでくる。

 砂利道、続く飛び石。隣に目をやれば、池があり、高そうな鯉が泳いでいるのが分かる。

 今時珍しい、豪邸という奴だった。

 

「……っ! おにーちゃん! おかえりー!!」

 

 彩美だ。先に帰ってきていたらしい。

 手を振ってきたので振り返す。はにかむ彩美に気を緩めていると。

 

「久しいな、右京」

 

 その男はやってきた。

 

「…………お変わりないようで、お父さん」

 

 “斑鳩源十斎(げんじゅうさい)”が浴衣を身にまとい下駄の音を響かせながら近づいてくる。

 俺に似た目つきや口元は端から見れば家族同然ではあるが――この相手を意味もなく委縮させるオーラというものは似ても似つかなかった。

 

 さきほど、あの門がラスボス前と比喩したが。

 まさしく魔王である。精神年齢はそう変わらないのに、縮こまってしまっていた。

 

「冗談だ、たかだか三日四日程度よ。どこぞの娘が騒ぎ立ておっただけ、久しゅうとなるほど変わっても……」

 

「……? 俺の顔に何か?」

 

「…………いやな。年季の入った目をするようになったと思うての」

 

 鋭い光が灯る。射貫くような視線に、思わず目をそらした。

 

「まぁ良い。とりあえず中に入れ。己との話が終わり次第、こ奴の相手でもすると良い」

 

「えへへー、お部屋で待ってるねー!」

 

「それでは」

 

 お邪魔します、と一礼し家の中に入る。家というか屋敷だな。

 俺からすれば本当に久しぶりなので、別の人の家に入ってきた気分だった。

 彩美は奥の方へと消えていく。俺と源十斎は近くの部屋に入り込んだ。

 

「少々散らかっているが、気にするな」

 

「……そうみたいですね」

 

 そこは普通の広さの居間だった。先ほどまで酌をしていたのか酒の一升瓶が置いてある。

 魚の造りが並び、一般家庭には到底手が出せないような料理の数々が俺を出迎えてくれた。

 

 食欲は沸かない。料理は血まみれだった。

 

これ(・・)は」

 

「気にするなと言ったはずだ。消える者の名を知る必要はなかろうて」

 

 一人の男が死んでいた。

 生きているのかもしれないが、どちらにせよ消える。この男は、消すのだ。消えると言ったら、本当に。

 

 名刺が机の端に置いてあった。死んだ男の名刺だ。

 書いてある会社名は、“斑鳩興業”の下請け会社であった。源十斎の不興でも買ったのだろう。

 

「料理はダメになってしまったが、酒は平気だ。飲むか?」

 

「……いえ、これから友達の家に泊まりに行きますので」

 

 源十斎は手元にあったコップに酒を注ぎ、俺へと突き出してくる。

 問答無用かよ。

 

「いただきます」

 

 飲み干す。日本酒だった。多分高い奴だろう。

 あんまり好きじゃない。それでも空になったコップを机に置いた。

 

「……ふん、やはり別人らしくなったな」

 

「そうでしょうか」

 

「ああ、そうだとも。自覚がなかろうとな」

 

 源十斎が目を細める。うれしいのか何なのか分からないから怖いんだよ。

 早くこの場から逃げたいので、本題を切り出す。

 

「……それで、今日はどうされたんでしょうか」

 

「特に用はない」

 

「…………」

 

「彩美に会わせる口実だ」

 

「すみません、妹が」

 

「娘だ」

 

 それもそっすね。

 

「……では彩美がダダを捏ねる前に行ってきます」

 

 立ち上がり、源十斎に背を向ける。

 襖に手をかけたところで、声をかけられた。

 

「――欲すなら、犯しておけ」

 

 その言葉に、俺は。

 

「心しておきます」

 

 この時代に引き戻されたような気分になるのだった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

我快楽堕ち好き好き侍レイプ

 源十斎との話を終え、彩美と軽く遊んでやった後。

 疲れて寝てしまった彩美に膝枕をしてやりながら、部屋でくつろいでいた。

 懐かしい畳の感触だ。茶をすすりながら、彩美の頭を撫でてやる。

 

「んぅ……えへへ」

 

 こうして見ると年相応のかわいらしさなんだが。

 どこをどう間違えたんだか。

 

「……はぁ」

 

 なんだか最近溜息を吐くことが多くなった気がする。

 ストレスかしら。ハゲそう。いや源十斎はふさふさだしセーフか?

 

「……源十斎か」

 

 ……斑鳩源十斎――俺の父親は、いわゆるヤクザだった。

 “咲洲(さきしま)”組三代目組長。

 

 咲洲組は斑鳩興業という表向きの名を持ち、数々の会社を傘下に持つ。

 もちろんそれが資金源だ。この辺の会社は斑鳩興業と繋がりを持っている。

 

 俺はそれに振り回されていた。

 なにしろ父親は滅茶苦茶だった。人は簡単に殺すし、なまじカリスマがある分厄介だし。

 

「…………」

 

 先ほどの会話を思い出す。

 最後の言葉。

 

 “――欲すなら、犯しておけ

 

 ……俺は源十斎のほとんどを継げなかった。

 母さん似なのだ。カリスマなんかない。あったらぼっちしてない。

 なら俺にない分はどこにいったのか?

 

「……んひひぃ、もーたべられにゃいょぉ……」

 

 彩美だ。

 カリスマも、あの威圧するオーラも、簡単に人を殺すような残忍さも。

 すべてこの子が継いだ。“次期組長”斑鳩彩美この子が。

 

 つまり、源十斎の放った言葉はこうなる。

 

 “――組長の座が欲しければ、犯して我が物とせよ

 

「出来るわけねぇだろうが、クソジジィ……」

 

 まぁ分かってるんだろう。

 俺が妹を組長になんかさせたくないってことは。

 だからこうしてけしかけて、どちらが勝るか見守っているのだろう。

 

 蠱毒だ。この家に安寧はない。

 母さんが昔死んで、この家は遂に腐った。

 

「……勘当されてよかったのかもな」

 

 俺は強姦冤罪で警察のお世話になり学園から退学を通告され、家から勘当された。

 ヤクザもんがそれだけで? とか体裁を取り繕ったのか? とは思うが……

 

 あの時、警察は水を得た魚のように俺の罪を盾にしてこの屋敷へガサ入れにきた。

 

 もちろんそれをするだけの理由がなければならない。

 警察はヤクザと斑鳩興業の繋がり、そして各会社の影の動きを見つけ出していたのだ。

 俺の犯罪が引き金となり、斑鳩興業と各社は壊滅、資金源を失った咲洲組も長くは持たなかった。

 

 俺は勘当された。あくまで表面上は。

 何度も私怨で殺されそうになった。というか死にかけた。

 生き延びた末に――結局、自分で死のうとしたわけなのだが。

 

 こんな家にいるよりはマシだ。

 俺は、そう思う。

 

 ……そういえば、途中から咲洲組の連中の姿を見なくなったな。

 

「……あ、茶ぁ切れちまった……って」

 

 外もう真っ暗じゃねぇか。

 くそ、ただでさえこの家は駅から遠いってのに。

 幸い終電はまだ先だった。これ以上は泊まりになりそうだし、帰るか。

 

 だらしない顔で眠る彩美の肩を揺らす。

 

「おーい」

 

「んぅぅ……? だめぇ……」

 

「だめじゃねぇよ、起き――」

 

「おにーちゃん……生後二ヶ月はまずいってぇ」

 

 部屋の端に投げ飛ばしておいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん?」

 

 帰り道、ふとスマホを取り出す。

 神からのメッセージが入っていた。

 

『そういえばじゃが、お主、この時代で覚えてることとか無いのか?』

 

 いつもは破瓜破瓜戯言を送り付けられていたが、今回は真面目そうな話題だった。

 というか通知切ってたからな。うるせぇんだよこいつ。

 

『覚えてることって?』

 

『なんでもじゃ。些細なことでもええんじゃよ、レイプの足しになれば』

 

 結局それか。

 

『そうは言ってもな、覚えてることなんか少ねぇんだよ』

 

『ほー?』

 

『そんな濃ゆい学園生活を送ってたわけじゃないし、なにしろあの事件が衝撃的過ぎてな、他の記憶は霞んでるんだわ』

 

 漠然としたことは分かるんだが。

 ぶっちゃけ年食って普通に忘れてるだけかもしれん。

 

『夢寐ちゃんにしてやられた事件――具体的にはいつだったんじゃ?』

 

『それも曖昧だな……高2の夏だったかもしれないし、高3の冬だったかもしれん』

 

『つかえなー』

 

『うっさいわ』

 

 殴りたいのに殴れないこんな世界。

 ポイズン。

 

『とーいーうーかー! あーくー次のメスガキ見っけるのじゃーぁーよー! ウッキー!』

 

『猿?』

 

『右京→右京っち→ウッキー』

 

『うざ』

 

 涙目のスタンプでスタ爆される。

 そういうとこやぞ。うざったいのでスマホの電源ごと落とす。

 

 ……次のメスガキを見つけるまでずっとこれか……

 目星はついてるし、後はとっかかりさえあればどうにでもなるんだが。

 小学生全員ノーパンで生活しててくれねぇかな。

 

 

 気付けばもう夢寐の家の近くまで来ていた。

 

 街灯が少なく、ところどころ完全な闇になっている。

 田舎の風物詩だな。街灯が切れかかってるのもポイントだ。

 

「……あ?」

 

 なんか……家の前に誰かいねぇ?

 人影程度にしか視認できないが、なにやらポストの中身を確認したりしきりに周りを気にしたりと怪しい。

 一言で言うならなんかきもい。

 

 近づいていくと、挙動不審だった男がこちらに気付く。

 見るからに、“濃い”。

 チェックのシャツをインして丸眼鏡をかけた中年のおっさんだった。

 

「なにやってんだ、おっさん」

 

「っ!? ……!??!??!??!?」

 

 うわあ。びっくりしてる。きもい。

 

 偏見MAXだが、オタクって奴だろう。

 こんなのが一般人でたまるか。

 

「…………お」

 

「お?」

 

「お、おおぉぉおお、おまえぇぇえっ!!」

 

「ひぇ」

 

 急に叫ばれた。丸い指をさされる。

 それだけで鳥肌が立った。存在Xかな?

 

「お、おまえこそ、なにやって、なにしにきたんだ!?」

 

「い、いや……通りがかりだ、うん。おっさん怪しさ満点だぞ」

 

「███████!!」

 

 バーサーカーがなんか叫んでいた。

 ……いや、実際こいつは何をしてたんだ?

 

 ポストの中を確認してたな。俺も確認しよ――

 

「待たれよ!」

 

「……あ?」

 

「ふ、ふふふ、そうか……わかったぞ! お前だ、お前だったんだな!」

 

 俺はゴンじゃないぞ。

 

 バーサーカーは一呼吸を置いてから、俺に詰め寄ってきた。

 

「――お前が夢寐たんのストーカー、だな!?

 

 殴りたければ殴れる世界が目の前にあった。

 でも触りたくないので。毒状態になりそう。ポイズン。

 

 しかしストーカーとは無礼な。レイプ犯だぞ。

 

「知ってるんだぞ」

 

 黙る俺にバーサーカーがまくし立てる。

 

「この辺で不審者が出没していると! 夢寐たんのストーカーがうろついているという情報がぁーっ!!」

 

「うん」

 

「ふ、ふふ、長かったぞ……夢寐たんの身を案じて四六時中護衛に当たり、帰宅後は一帯を警備、通学路は入念に、怪しげなものが入ってないか毎日ポストのチェックを怠らず――そしたらストーカーがぼくのまえにやってきたぁ!!」

 

「うん?」

 

「覚悟しろぉーっ!! ストーカー!!」

 

 殴りかかってくるので側頭部に回し蹴りをお見舞いしてやる。

 

「ぐべ」

 

 ……なんだこいつ。

 ストーカーってまるっきりお前のことじゃねぇか。

 

 あと弱いし。護衛(笑)

 

 転がるおっさんを踏み越えて敷地の中に入っていく。

 

「ま、まで……夢寐たんには、手出し、させ……」

 

 鍵を取り出して、がちゃり。

 

「え」

 

 扉を開ける。

 落ち着くにおいが漂った。

 

 ぱたぱた、と奥から夢寐がやってくる。

 

「おかえり、なさい……」

 

「ああ、ただいま」

 

 

「……な、ぉあ……ばか、な」

 

 後ろの男の驚嘆の声が聞こえてきた。

 なかなかに気持ちいいな、これ。独占欲沸いちゃう。

 

「? 誰か、いるのです、か――わぷっ」

 

「見なくていい」

 

 俺の後ろに注意が向いた夢寐を抱きしめる。

 

 扉が閉まっていく。

 その寸前。

 

「ぁ、んっ―――」

 

 キス。

 

 扉が閉まり、それでも続ける。

 舌を差し込む。舌を絡めて、唾液を送り込む。

 夢寐は嫌な顔一つせずそれを嚥下していき、自らも俺へ奉仕してくる。

 

 横目で、閉じたドアの向こうに意識を向けた。

 気配が一つ、去っていく。……軟弱者め。

 どうして負けたか、明日までに考えて来てください。いややっぱ二度と来んな。

 

 口を離す。

 銀の橋が架かる。

 夢寐の目は潤み、顔は首まで赤く、肩で息をしていた。

 

「あ、あの……えっと…………」

 

 ケモミミフードを取り、シャンプーのにおいを漂わせて。

 

「…………シたく、なっちゃった、ん、ですか…………?」

 

 夢寐は言葉を紡ぎ出す。

 

 

 

 

 

 

 

 家族はもう寝てしまっているらしい。

 健気にも夢寐は帰りを待ってくれたということだ。

 

 どうやら風呂は済ませてしまったようだが、俺はまだだ。

 それに、やりたいこともあったし。

 

 風呂場で待っていると、洗面所の方から声が聞こえた。

 

「……準備、でき、ました」

 

 がらり、と扉があけられる。

 

「似合ってるじゃないか」

 

「ぅ……ありがとうございます……」

 

 夢寐は裸ではなかった。

 

 ――スクール水着。

 去年のものを着ているから、少し食い込んでいる。

 それをしきりに気にして、夢寐はもじもじとしながら顔を赤らめていた。

 

 旧スクじゃないのはまぁご愛敬だ。

 

 だがやりたいことはそれだけじゃない。

 夢寐は手に半透明の筒、オレンジ色の蓋――“媚薬ローション”プェプェを持っていた。

 

 ローションプレイである。

 媚薬が気になったとかそういうのじゃない。断じて。

 

「は、はだかじゃ、だめなん、ですか……?」

 

「裸の方が良いのか?」

 

「ふ、太った……ので、恥ずかしい、んです……強調、されちゃ、って」

 

 そういうもんか? 成長しているだけだと思うが。

 夢寐は極端に小さいから、成長もあまり自覚できていないのかもしれない。

 

 手を引き抱き寄せる。

 

「ひゃぁ!」

 

 スク水の感触だ。

 小学生並の感想しか出せないぐらい懐かしい。

 

 ついでに胸を揉む。すでにピンと張っていた。

 

「あ、んんっ! そこっ、きもちよくて、ぇっ!」

 

「感度が良いな、相変わらず」

 

「それは、ぁ、右京、さんが、いっつもいじるからで、っ!」

 

「自分でも弄ることはあるだろ」

 

「~~~~~~っ!!」

 

 乳首をつまむと躰を震わした。軽くイったか?

 脱力する夢寐の腹を撫でるように指を滑らせる。

 

 特に太っているようには思えないが。

 

「あ、ぁぁあ、そこは……」

 

 いかん夢寐がレイプ目になりだした。

 手を放す。誤魔化すように媚薬ローションを手に取った。

 

 夢寐を胡坐する俺の膝にのせて、プェプェの蓋を開ける。

 

 夢寐の胸からローションを垂らした。

 

「ひやぁっ!」

 

 夢寐が冷たさにびっくりする。

 すぐに大人しくなった。ローションを半分程度使ったところで、夢寐の身体に塗りたくっていく。

 

 胸、脇、二の腕、手、背中、お腹、お尻、脚、足の指、そして秘部。

 少し動けばぐちゅぐちゅと鳴るほど、満遍なくローション塗れになっていた。

 

 最初は冷たさに驚くだけだった夢寐だが、塗り終えるころには――

 

「ぁ、ぁあっ……♡ なに、これぇ……ぃ♡」

 

 デキあがっていた。

 目がトロンと蕩けている。催淫なしの状態での発情は初めてか。

 理性が溶けていくように夢寐の身体から力が抜けていく。

 

 俺は夢寐を抱きかかえながら、マットの上に寝転がる。

 

「あ、ぇ……右京、さん……♡」

 

「全身を俺に擦り付けろ」

 

「…………はい♡」

 

 従順に、夢寐は躰を使って俺にローションを塗り始める。

 洗脳はしていない。

 

 夜の寒さの残る風呂場に、熱い夢寐の躰は蠱惑的だ。

 小さな体を抱きしめて、密着させる。

 

「んんぅっ♡ あ、ひゃぁ♡ これ、すご……♡ あ゛っ、きもちっいいっ♡」

 

 乳首がコリコリと当たる。

 勃起したイチモツが夢寐のお尻に当たる。

 

 ……なんだこれ。死ぬほど気持ちいい。

 

「うきょう、さん……んっ♡ んむーっ♡ んちゅ、じゅる、ふぅっ♡」

 

 夢寐に口を塞がれる。舌がねじ込まれ、今度は俺に唾液が送り込まれる。

 甘い香り。幼い匂い。頭がおかしくなりそうだ。

 

 お互いの鼓動が高鳴る。

 これが、媚薬。感度三千倍。これ以上は何かやばい。

 

 残った理性で夢寐を押しのける。

 

「ぁ…………♡」

 

「……そのまま、挿入れてくれ」

 

 残ってなかった。

 

「うん、うんっ♡ おちん、ちん♡ ごりごりって、してぇ♡」

 

 腰を上げ、夢寐がイチモツを掴む。

 スク水をずらし、蜜壺を晒していた。愛液がどろりとイチモツにかかる。

 

 それだけで果てそうなほどの刺激で――

 

「ぁえ?」

 

 つるん、とローションに夢寐が足を滑らせた。

 

 真上に屹立したイチモツに、夢寐が降ってくる。

 

 容赦情けもなく、イチモツが膣を突き上げた。

 

「お゛ぁっ!? ぁ゛~~~~~~~っ♡♡」

 

 視界が白く染まる。

 

「あ゛にゃ゛ぁぁあ゛あ゛あ゛~~~~~っ♡♡♡」

 

 精液を吐き出す。

 夢寐が絶頂し、身体をのけ反らせた。

 

「あ゛ーっ♡♡ すご、ぉ♡♡ あ、んんっ♡♡ んんんぅっ♡♡」

 

 そしてすぐに抽送を始める。

 ローションのせいで踏ん張れないから、俺の躰に抱き着いて尻を振っていた。

 

 肉の音。水の音。吐息一つで意識が飛びそうになる。

 強い快感で、それすらも許されない。俺も気付けば腰を振っていた。

 

「んにゅう゛♡ うきょぉ、さっ♡♡ おおひ♡♡ あ、イグ♡♡ イッぢゃうっ♡♡ あ゛ぁあ゛あ゛あ゛♡♡♡」

 

 夢寐の痙攣が止まらない。目は虚ろに、口は閉じない。

 ほとんど気を失っているのか、喘ぐだけ喘ぎ、腰だけを振り続ける。

 

 痙攣に合わせて快感も送られてくる。腰が砕けそうになっても、俺も止まらない。

 

「ああ゛っ♡♡ しきゅう、つぶれっ♡♡♡♡ あかちゃんのへやぁ♡♡ 犯されてるっ♡♡」

 

 夢寐の脇から親指を滑り込ませて、乳首をこりこりと刺激する。

 

「んひぃぃあああああっ♡♡ ああぁぁあ゛っ♡♡♡ あ゛ぁあ゛あ゛あ゛~~っ♡♡」

 

 快感からか、夢寐の意識が覚醒する。

 抱き着く夢寐の手を取り、指に舌を這わせた。

 ローションの味と、幼女くさい味がする。しゃぶりつく。

 

「あっ♡ あっ♡ むびっ♡♡ それすきっ♡♡ むびもっ♡♡ んちゅーっ♡♡」

 

 夢寐も俺の指を舐める。

 

「んぢゅ♡♡ ぢゅるるるるるーっ♡♡ はむっ♡♡♡ んんんんんぅ♡♡」

 

 指の間まで舐めとられる。

 息苦しささえ感じる淫猥な空間に、射精感はすぐ訪れた。

 

「あ、ぁああんっ♡♡ おおきくっ♡♡ なって♡♡ くるっ♡♡ きちゃう♡♡♡」

 

 相手のことを考えない乱暴な抽送で膣を蹂躙していく。

 それすらも気持ちいいのか夢寐の嬌声が一際甲高い声になり。

 

「あ゛ぁあ゛あ゛あ゛ぁああああ~~~~~~~~~~っ♡♡♡♡」

 

 最奥に射精するのと同時、夢寐も絶頂するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 正気を取り戻したのは二時間後だった。

 倦怠感が凄まじい。もうなにもしたくない。

 

 シャワーを浴びてすぐに夢寐を寝室に運び、一緒にベッドに倒れこんだ。

 腕の中に、少し顔を赤らめたように見える夢寐がいた。

 

「…………」

 

「…………」

 

 なんとなーく、いたたまれない。

 今までの洗脳も記憶には残っていたらしいが……今回はなんというか、自我があるままおかしくなったようで。

 紛れもない自分からの行動に恥ずかしさを感じているようだ。

 

 俺だって思い出したくないほどのことだし。

 媚薬ローションは封印した。……捨てては、いないけど。

 

「夢寐」

 

「は、はぃ……」

 

 目を閉じながら、言う。

 

「俺から離れるなよ」

 

「…………はい…………?」

 

 思い出すのは、先のストーカー。

 存在Xではないだろうが、関係なしとは言い切れない。

 何かあるかもしれない。少なくとも、夢寐を好き放題させる気もない。

 

「……わかり、ました」

 

「いい子だ」

 

 ぐいっと引き寄せて、キスをする。

 

「んっ」

 

 一瞬だけの、軽いキス。

 

「寝る」

 

「…………ぁ、はい。おやすみ、なさい……」

 

 明日は休日だ。

 

 何事もないことを祈ろう。

 

 ……今日は、もう、疲れた…………

 

 

 

 




 活動報告にてネタ募集中


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

単にレイプするのではなく、善くレイプする

 犯人は現場に戻ってくる、という言葉がある。

 確かにそうらしい。俺は今、夢寐をレイプしたあの廃病院へとやってきていた。

 

 今日は休日で、夢寐はレッスンがあるから俺のそばにはいない。

 夕方迎えに行く約束で俺が送っていってやった。その帰りだ、ここに来たのは。

 ほぼ無意識だった。目の前に草臥れた廃病院が映る。

 

「時が止まってるみたいだな」

 

 まるで絵画のようだ。廃墟にマニアが付くのも分かる気がする。

 

 スマホは圏外だった。それだけ山奥ってことだ。

 山奥だから涼しいんだろうが、不気味だ。一人で来る場所じゃねぇな。

 幽霊がいたって驚きはしない。

 

「……来たからには、なんかして帰るか」

 

 引き返す気は無かった。ちょうどレイプに使う場所を探していたんだ。

 もちろん新しいメスガキのため。人気のなさは犯罪者にとって都合がいいからな。

 

 中に入っていく。粉々になったガラス片がじゃりじゃりと鳴る。

 入り口はマシだが、奥はほぼ真っ暗だ。スマホのライトでどうにか見えるレベル。

 

 目を凝らしながら奥へ進んでいく。

 ホラゲーの主人公の気分。どうかこれがDE〇D SPACEとかではないことを祈るばかりだ。

 

 

 

 

 

 大体は前来た時通りだった。

 使える部屋は何部屋かあるが、ほぼ壊滅的だ。扉の立て付けが悪いだけならともかく、半壊して通気性抜群な部屋とか勘弁願いたい。

 おまけに、何本かメスだとか注射器とかが転がってたし。脅しに使えるかもしれんが危険すぎる。使用済みじゃないよな?

 

 夢寐をレイプした部屋も見てみた。

 俺を殺そうとした時のガラス片がそのまま残っていた。懐かしい。

 

 破瓜の血もそのままだ。

 ……これを写真に収めれば神も少しは大人しくなってくれるか?

 

 スマホを取り出して、カメラを起動する。

 

「……ん?」

 

 カメラ越しに、あの時そのままの破瓜の血が見える。

 

「…………そのまま(・・・・)?」

 

 もう一度見てみる。

 

 赤かった。赤い色だ。鮮血。もう一週間近く経つのに?

 

「さすがに乾いてはいる、が」

 

 血って時間が経てば変色するんじゃないのか?

 数十分で酸化するとか聞いたことがある。破瓜の血は別物なのだろうか。

 

 よく分からないな。神にでも聞いてみるか。

 

「……チッ、圏外だったな」

 

 まぁ聞いても頭のおかしなことしか答えなさそうだから良いけども。

 スマホを仕舞おうとする。画面の電源を落とす寸前、通知が入ってきた。

 

「ん」

 

 神からだった。

 

「神だからって電波も超越すんのか」

 

 滅茶苦茶だ。

 メッセージアプリを開く。

 

『HAKAAAAAAAAAAAAAAA!!!!』

 

 いつもの戯言だった。

 

『おーい、神』

 

『なんじゃ』

 

 ……話しかけるとピタッと正気に戻るのが不気味なんだよな。

 ベッドの写真を撮って送り付ける。

 

『じゃじゃーん、お望みの、破瓜!』

 

 ……

 

 …………

 

 あ、怒った? 返信が来ないんですけど。

 

『そこは初レイプの時の現場かの?』

 

『あ、うん』

 

 良かった。発狂は無かったようだ。

 

 写真はベッドと、割れた窓、そこから見える外が写っている。

 この前送った事後の写真はベッドしか映ってなかったけど、よく分かったな。

 腐っても神か。腐りすぎてっけども。

 

「…………」

 

 少し待って、メッセージが送られてくる。

 

『あまりそこには近寄らない方が良いぞ』

 

『? なんで?』

 

 既読がつかない。どうしたんだ、急に。

 幽霊か。マジなのか。やめてくれよちょっと。季節外れにも程がですね?

 

 背筋が寒くなったような気がする。

 

 なんか、壁の染みが顔に見えるような……

 

「…………帰るか」

 

 うん。帰ろう。ぼくなんもしらない。

 れいぷなんてそのときかんがえればいいさ、うん。

 

 踵を返して、早歩き気味に部屋を去る。

 扉の敷居を飛び越えて。

 

「―――ん?」

 

 ――床が、抜けた。

 

「んんんんんんんんんんーーーーーーーっ!?!?」

 

 廃墟探索、良い子はしないように。

 こんな感覚、二度目だった。走馬灯は、見えなかった。

 

 堕ちる。意識も、闇の中へと落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 割と普通に生きてた。

 でもいてぇ。背中がジンジンする。

 上には小さな光の点が見えた。……結構落ちてきたみたいだな。

 

 俺の記憶じゃ、あの病室は一階だったんだが……?

 あたりを見渡す。暗くてよく見えない。スマホのライトを起動して照らすと、階段が浮かび上がった。

 

「地下……?」

 

 にしては過剰なぐらい降りるな。というか階段に落ちてよく無事だったな俺。

 立ち上がる。よく見ると、火のついていない燭台が壁に並んでいた。

 

「……これを……上がっていくのか?」

 

 ビル数階分はあるんじゃなかろうか。さすがにきついぞ。

 エレベーター、はあっても動かないか。

 

 まぁ飲料水だとかは持ってるし、最悪は起きない……と、良いんだが。

 時間はまだ昼過ぎだ。ゆっくりここを上っていっても夕方までには時間が余るだろう。

 

 後ろを向く。扉があった。

 壁や階段が質素な造りなのに対し、随分と趣のある、意匠を凝らした扉だ。

 ……裏ボス?

 

「…………ちょ、ちょっとだけ」

 

 好奇心には勝てなかったよ。

 

 扉に手をかけ、ゆっくりと押していく。

 

 

 おもっ。いや、建付けが悪いのか……?

 

 

 ギギギ、と耳障りな音を立てながら、扉が開け放たれていく。

 

 

 俺一人分の隙間が出来て、転がり込む。

 

 

 あれ。床の材質が、違う…………ぅっ!?

 

 

「なっ……なんだ、こりゃ…………!?」

 

 

 常識や何処に。現実は何処に。

 目を見はる。

 

 まず、広い。死ぬほど広い。

 地下にあるっていうのに、東京ドームなんか比じゃないくらいでかい。

 

 こんな地下にあるくせに、空気は澄んでいた。光があった。

 

 一言で表すなら――

 

 

図書、館……」

 

 

 夢か。俺はやはり死んでしまったのか。

 クソ高い天井すれすれまで伸びた本棚に、隙間なく本が敷き詰められている。

 それがクソ広いこの空間に何個もあった。それでさえも窮屈ささえ感じない。

 

 あの真ん中のは、なんだ?

 

 左右対称に並ぶ本棚。真ん中だけのぽっかり空いた空間。

 凡そ、物理の法則なんか当てはまらない、奇想天外、頭のおかしい代物があった。

 

 輪っかが何重にも重なり、浮いて、ぐるりぐるりと素早い回転を繰り返している。

 青い光が中央の球体から発せられている。あれがここの光の正体か。意味が分からない。

 

 

「天国……? いや……違う、な」

 

 

 痛い。痛いっていうのは、生きてる証拠だって偉い人が言っていた。

 つまり現実である。

 

 歩く。歩く。歩く。

 本棚に目を向けた。羊皮紙の本だらけだった。

 

 

神秘学:カルストニャコフの魔術理論

 

神秘学:ストルフの催眠術に関する論述

 

神秘学:深層心理への干渉実験

 

 

 頭のよさそうなものは嫌いだ。

 歩く。歩く。歩く。

 反対側の本棚にも目を向ける。

 

 

量子力学:エヴェレットの多世界解釈

 

量子力学:観測問題

 

量子力学:並行世界観測実験

 

 

 歩いて。謎のオブジェのところまでたどり着く。

 忙しく動いているが、物音一つしない。ガラスで守られていて、触ることは出来なさそうだ。

 

「これは……」

 

 その近くにある箱と液晶に意識を向ける。

 ここだけ近未来な感じがする。箱は……機械、なのか?

 

 

量子発射中

 観測器 OFF

 

 

 良く分からないが、そういうことらしい。

 ダメだ。勉強は高校で終わってるんだぞ、賢いのは無理だ。

 

 液晶を見る。こちらにも電源が入っていた。

 

「……二本の線?」

 

 点が二本の線状に密集した画像が映されていた。

 

「…………」

 

 箱と液晶が繋がっている。

 この画面の奴も箱に関係するものなんだろう。

 

 分かること、以上!

 

 スマホを取り出す。神からは……まだ既読すらついてないか。

 何か知ってる風だったし、関係あるのかもな。非現実的で俺の身近にいるものなんて神だけだし。

 

 仕方ない。これ以上長居しても無駄だろう。

 帰るか。夢寐を待たせるわけにも、いかないしな……

 

 来た道を戻っていく。

 開けた扉を、ゆっくり閉じていく。

 

 

「…………」

 

 

 視線を感じたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 帰り道は特に何事もなく、俺は夢寐の待つアイドル教室の前まで来ていた。

 ……何回も階段ぶち抜いて落ちてきたらしいが、ホント、アザできたぐらいだぞ。

 

 しかもその躰で迎えに来たのだからいいお笑い種だ。

 

 アイドル教室――ジュニアアイドルを中心に育成するところで、夢寐の事務所からは徒歩数分の距離にあった。二階建てで、一階はこの教室を持つ人の事務所だ。地下アイドルとかの事務所らしいな。夢寐は二階か。

 

 狭い階段を上っていく。途中、関係者らしき男がやってくるが――

 

「お疲れさん」

 

 洗脳を施せば違和感すら抱くことなく俺を通すようになる。

 実験の甲斐あり、だ。扉を開けて、中に入る。

 

「! 右京、さん……」

 

「待たせたか」

 

 中は夢寐一人だけだった。

 

 くせっ毛をポニテにして、緑のジャージ姿でダンスの練習をしている。

 他はもう帰ったのか。首に巻いたタオルで汗を拭きながら、夢寐が近づいてきた。

 

「いえ、そんなこと、ありま、せん……。それよりも……あの」

 

「ん?」

 

「どこ、行かれてたのです、か?」

 

「…………」

 

 大きなケガは無いが、残念ながら服はダメになってしまった。

 途中買ったコートで誤魔化していたが、今は脱いでしまっている。ぼろぼろのユニクロ製の服がこんにちはしていた。

 

「思い出の場所に」

 

「…………はぁ……?」

 

「まぁそれはいいんだ。レッスンは終わったのか?」

 

「あ、はい。今は、自主練を、してて……すぐに、着替えてきますね」

 

 ふむ。

 夢寐の手を取る。

 

「ひゃ……あ、あの、の……?」

 

 抱き寄せて、首に顔をうずめる。

 

「ぁ、ぅんんっ……く、さいです、よ……っ!」

 

「そんなことはない」

 

「ぁあっ!?」

 

 汗のしずくを舐めとる。甘じょっぱいような味がした。

 タオルからは馨しい匂いがする。全身からも運動後のもわっとした匂いがする。

 

 ジャージ姿というのは珍しい。しかもポニテだ。

 

「せ、先生が……すぐ、来ちゃいま、す……」

 

「いやか?」

 

「…………えっと……」

 

 俯き赤面しつつ、夢寐は更衣室の方を指さし、

 

「隠れて、シません、か…………」

 

 そう提案した。

 

 

 

 

 

 

「んっ♡ んちゅ……っ♡♡ はむっ♡ んんっ♡」

 

 更衣室に鍵をかけて、夢寐の口を貪る。

 催淫はもう必要なさそうだ。ジャージの上からでもわかるぐらい、濡れていた。

 

「パンツ、履いてるのか」

 

「…………はい」

 

 さすがに露出(あれ)は学校の時だけらしい。見てみると、絹の白いパンツが見えた。

 パンツの上から秘部をこする。陰核を時折刺激しつつ、指を滑らせる。

 

「んひゃぅっ♡♡ は、ぁ♡ んんぅぅっ♡♡」

 

 必死に声を抑えようと口を手で抑えている。

 それでも喘ぎは漏れる。いじらしく、もっといじめたくなる。

 

「んぁあああっ♡♡ お、っぱい……だめ、ぇっ♡」

 

 ジャージごと乳首をかむ。

 乳首も陰核も勃起していた。刺激するほどに愛液がどんどん溢れてくる。

 

「んんんんんんんんんんぅぅう~~~~~~~っ♡♡♡♡」

 

 両方を抓んだら夢寐が震えた。お漏らししたような跡がジャージに広がっていく。

 汗の匂いと合わさって、凄まじく劣情を煽る。ズボンの中で激しい主張をするイチモツを見て、夢寐が熱っぽい息を吐く。

 

「お、っきく……なってる……♡」

 

 慣れた手つきでイチモツが取り出される。外気に触れてぶるりと震えた。

 熱い夢寐の小さな手がイチモツを握っていた。吐息が当たる。

 

「ご、ほーし……しな、きゃ♡ あーむっ♡ んじゅぅ♡」

 

「っ!」

 

「んふふ♡ ひぅっへひまひは(ぴくってしました)♡ あんっ♡ んんんむっ♡♡♡」

 

 遠慮なしに俺のイチモツにしゃぶりつく。発情癖が付いたのかもしれない。

 嫌悪感は抱いてなさそうだ。おいしそうに頬張り、うるんだ瞳を上目遣いに向けてくる。

 

おおひぅへ(おおきくて)っ♡ あぉ(あご)はうれひゃ(はずれちゃ)♡♡」

 

 一度口を外し呼吸を整え、そして一気に根元まで咥えこんでいく。

 

「おごぉっ♡♡ ん、うぇ♡♡ ぢゅる、ぢゅるるるーっ♡♡ お゛っ♡♡ お゛ーっ♡♡」

 

 えづきながらも動きが弱まることはない。

 右手で睾丸を弄び、空いた左手は股間へと伸びていた。

 

「んぢゅ♡♡ でうっ♡♡ でひゃうのっ♡♡ だひて♡♡ せーし、だひてっ♡♡」

 

 アホ毛を掴み、喉奥に挿入し射精する。

 

「お゛ぉっ♡♡ ~~~~~~っ♡♡♡♡」

 

 呼吸がままならないようで、夢寐が目を剥く。

 吐き出しそうになりながらも、どうにか嚥下していき、腹へと精液を送り込む。

 

 イチモツから口を外し、それから俺に向けて口を開けた。

 

「えへ、へ…………♡♡」

 

 出したばかりの精液が湯気をたてている。

 見せつけるように夢寐がそれを呑み込んだ。こくん、と小さく喉が鳴る。

 

「右京、さん……まだげんき……♡」

 

 ジャージのズボンをパンツと共にずり下ろしながら、扉に背を付ける。

 笑って、蜜壺を自分の指で広げた。濡れそぼった膣が見える。

 

「はやく♡♡ 挿入れて……ください♡♡」

 

 もうすでに、声を抑えるという考えは抜け落ちていそうだ。

 俺もまだ満足していないので、誘われるまま夢寐の秘部にイチモツをあてがう。

 

 期待するような声が聞こえた。ゆっくりと突き上げていく。

 

「あっ♡♡ あっ、あ~っ♡♡ はいっ、て、く、る、ぅっ♡♡ ぅぅううっ♡♡」

 

 ぎゅうぎゅうに締め付けてくる膣を無理矢理拡げて最奥に到達する。

 夢寐が持ち上がり、足が地につかずに空中でぷらぷら揺れていた。お腹が面白いぐらいに押し上げられている。

 

「ぉお゛ぁん゛ん゛ん゛ん゛ん゛っ♡♡♡♡ これっ♡♡ これぇ♡♡ あ、たま、おかしく、ッ♡♡」

 

 乱暴にされると悦ぶ躰になってしまったのか。

 オナホのように上下に動かす。

 

「あがぁッ♡♡♡ いぎッ♡♡ できな、ぁッ♡♡ んぐぁッ♡♡ あッ♡♡」

 

 ガクガクと痙攣を繰り返す夢寐に、射精感が訪れて―――

 

 

「――夢寐ちゃん? 更衣室の中にいるの?」

 

 

「「~~ッ!?」」

 

 男の声が聞こえた。オカマ口調だった……じゃなくて。

 ……気付かれた、訳ではなさそうだ。トレーナーか。

 

「…………♡」

 

 夢寐が妖しく笑った。

 

 抽送が再開する。夢寐が俺に抱き着いて自分から腰を振り出した。

 

「はいっ♡♡ しゅみませっ♡♡ まだしたくっ、してて♡♡」

 

「……? 大丈夫? 辛そうな声が聞こえるけど」

 

「だいじょーぶっ♡♡ ぜんぜん、つらくなんかっ♡♡ ありま、へっ♡♡ ~~~~~~っ♡♡♡♡」

 

 そういえば、こいつ露出狂だったな。スリルに興奮する質のようだ。

 俺も合わせて腰を打ち付ける。

 

「もうそろそろここも閉めちゃうから、早く出てきなさいよー?」

 

「うんっ♡♡ すぐ、すぐイキますからッ♡♡ でるっ♡♡♡♡ でる、ぅ、ぁ―――ッ♡♡」

 

 射精。子宮に精を吐き出していく。

 

「~~~~~~~~~~~~~ッッッ♡♡♡♡」

 

 夢寐も絶頂し、脱力する。トレーナーは去っていった。

 

「はぁ、はぁ……♡ 右京、さん……♡」

 

 俺に躰を預ける夢寐を抱きしめながら、横になる。

 アイドル教室をあとにしたのは、もう少ししてからだった。

 

 

 

 

 

 

 

「……ごめん、なさい……また、おかしく、なっちゃって……」

 

 事務所にあいさつしに行った後、帰り道にそんなことを言いだした。

 いやまぁ、うん。たぶん半分ぐらい俺のせいだわ。

 

 ……この状態で頭を撫でたらどうなってしまうのだろうか。

 超淫乱な夢寐もそれはそれで興味がある。

 

「お前って、意外とえっちな子だったんだな」

 

「ぅ……ぅぅ~~~~~~っ!」

 

 夕焼け空、日の光が俺たちの影を路地に伸ばしていく。

 その光にあてられたのか、夢寐の顔は真っ赤だった。そっぽを向いて歩いている。

 

「……あ、アイドルなんて、みんなえっちなもの、です」

 

「ははは」

 

「…………」

 

ㅤ…………。

 

「え、マジで? あ、アイドルってノーパン主義なの――」

 

「わ、わーっ! 声、おおき、い!」

 

 珍しく夢寐が焦っていた。俺の前で感情を表に出すことが多くなったような。

 ……それが良いことかどうかはこの際置いといて。

 

「ふははははははは!」

 

 なんとなく面白かったのでからかってやる。

 夢寐は涙目だった。無力感をかみしめてる様子だ。

 

 それでも俺の傍を離れはしない。

 昨日の言葉を忠実に守ってくれている。

 

 

「……あ、そうそう。文化祭のことなんだが―――ん?」

 

 

 そうしてふと、夢寐に話しかけたところで――

 

 

 

「―――なんで……あんたがここにいるの」

 

 

 

 唐突に、黒髪の幼女に声をかけられた。




 ネタありがとうございます。順不同で気に入ったものを書いていくかもです


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

我よりレイプを学ぶべきにあらず、レイプすることを学べ

 冷たい視線が痛かった。

 睨まれる理由なんて心当たりがありすぎるから特定できないんだけど。

 どうにも敵対視されてるようだった。

 

「待て、なぜ防犯ブザーに手をかける」

 

 うわ、この幼女容赦な。

 俺は幼女と黄昏時を二人っきりで歩いてるだけだぞ! 

 

「思いっきり不審者だから。警察呼ばれて不都合なことでも?」

 

「呼ばれて都合良い奴がいるか」

 

「あ、あぁ、どうしたの……っ?」

 

「……誰かと歩いてるようだと思ったらどうしてこいつなんかと……」

 

 はぁ、と短く息を吐く黒髪幼女。

 サイドアップにした艶のある髪が翻って、腰に手を付きながら彼女は俺に指をさす。

 

「あなた! いやロリコン! 夢寐にしつこくつきまとうのは止して!」

 

「……あ? つきまとうぅ?」

 

 夢寐と目を合わす。お互いに小首をかしげた。

 

「かわいくないのよロリコンがぁ!!」

 

「うぉあぶねぇ!?」

 

「ひゃっ!?」

 

 蹴りが飛んでくる。

 

 どうにも誤解が過ぎないか!? 

 いや正鵠を射ているとも言えなくは無いけども! 

 

「ど、どうしたのっ、“栗生(くりゅう)”、ちゃん!」

 

「醜悪な豚のくせにすばしっこいわね! ――ロリコン変質者! あなた有名よ? 初等部を徘徊してはそこの子を連れまわすんだから!」

 

 セックスしてるだけだろうが!!  

 

「さっきから聞いていればあることないこと言いやがって」

 

割と全部あることのような、気もしま、すけど……

 

「そこ」

 

「むひゃ」

 

 失礼な。夢寐の頬をぐにっとつまんだ。

 

 ……まぁ別に隠していたわけでもなかったし。

 噂ぐらい立って当然か。少なくとも認識は不審者というだけで――初等部の連中の乏しい想像力じゃ“その先(レイプ)”を考えすらしないはず。警察だのの心配は無くていい。

 目の前のコイツ、栗生と呼ばれた幼女だけは違うみたいだが。

 

「あ、あぉ(あの)……おほって(おこって)まふ(ます)……?」

 

「そんなことはないぞ」

 

 一時期はレイプ魔として世間様から石を投げられてたんだ。

 このぐらいの罵詈雑言、仏の心持で聞き流せるぜ。

 

 でも仏って心そんな広くないよな。

 顔三回撫でられただけでキレるし。

 

「っ! きやすく触ってんじゃ――」

 

「あーもー落ち着け落ち着け! これじゃあ防犯ブザー鳴らそうが鳴らさなかろうが公僕の厄介者になりそうだ……! お前の友人じゃないのか、どうにかしろ」

 

「あぅ」

 

 夢寐を前に押し出すと栗生の動きが止まる。

 

「……え、っと。栗生ちゃん……夢寐は、その、連れまわされたり、してないよ?」

 

「嘘よ。理由がないわ。……さっきまでレッスンだったはずでしょう? その帰りを一緒にするなんて、度が過ぎてるじゃない。まるでカップル」

 

「帰り道が一緒なの」

 

「…………あなたの家の周りに、こいつが住んでるの?」

 

「ううん」、と首を振って夢寐は言う。

 

 

同棲してるの

 

 

 ……

 

 …………

 

 あはは。待ってくださいよ、そんな爆弾投下する? 

 せめて泊まってるとかお兄ちゃんの友達で~とか。なぜ誇らしい顔を? 

 

「待て、なぜ防犯ブザーに手をかける」

 

「あんたが幼女に手をかけてるからでしょーがァ―――!!!!」

 

 うまい。

 

 鳴り響くブザーの音を背に、夢寐を抱えて走り去るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……ひどい一日だった。

 そんな気がする。前髪が後退してきてるように見えてきた。

 

「えへへ……すみま、せん……やらせ、ちゃって」

 

「ああ、うむ。気にするな」

 

 それもこれも、この暴力的なまでの毛量を目の前にしているからだろうか。

 

「“お兄ちゃん”相手だと、随分甘えん坊になるんだな」

 

「ぅ……家族、ですもの」

 

 防犯ブザーを鳴らされながらもどうにか家に逃げ帰った。

 1時間は警察が来ないかとドキドキしていたが、そんなこともなく。

 

 いつも通り飯を食べて風呂に入り、後は寝るだけだ、としたところ。

 

 

『おにーちゃん? かみ、梳かして』

 

『あ……あー、悪いな、夢寐。お兄ちゃんはこれから友達の家にいかなきゃでさ』

 

『えー』

 

『そんな顔しないでくれ……んー、どうしたものか……』

 

 

 なんて会話を耳にした。珍しくわがままな夢寐だったもんだから、俺が代わりに立候補したわけだ。

 夢寐も夢寐で嫌がらずに、されるがままとなっていた。

 

 安物ではなさそうなかわいらしい櫛で夢寐の髪を梳かしていく。

 持ち上げるとなると抱えるしかない。そんな髪だ。毛の質は良く、艶があるが……夏とか、死ぬんじゃないか? 

 

「事務所から、あまり切るなと、言われて、て……」

 

 一種のアイデンティティだからか。災難な。

 椅子に座った夢寐は上機嫌に鼻歌を歌っていた。新曲、だろうか。

 鏡台の鏡には口元を緩ませる夢寐が映る。鏡の中の夢寐と目が合った。

 

「お上手、です」

 

「……そうか? もう髪を梳くというより動物のブラッシングみたいになってたんだが」

 

「なんだか……優しい手つき、です、ね」

 

 そう言う夢寐は俺の手元と俺を見比べた。

 最初は随分ひどいことをしたからな。そう考えると、今の関係は驚くほどというか。

 

「ご経験、あるんですか?」

 

「彩美がな、風呂上がりによくせがんできたからさ」

 

「彩美ちゃん、右京さんのこと、大好き、ですからね……」

 

「歪んでるけども」

 

「あはは……」

 

 意識すると、自分でも驚くぐらい手つきが丁寧になっていく。

 くすぐったそうに声を上げる夢寐にムラムラしながらも続けていく。

 

「…………やっぱり、夢寐は

 

「ん?」

 

「あ、い、いえ……なんでも、ないです」

 

 消え入るような声だったから聞き逃してしまった。

 目を伏せた夢寐の視線の先にあるスマホに一通、通知が入る。

 

「あ」

 

 それを見て夢寐が目を丸くする。

 

 

『なんかあったら相談するのよ! 絶対! ぜーーーーーーーったい!!!11 あんな奴どーせろくでもないんだから!! ヽ(`Д´)ノ』

 

 

「栗生ちゃん、から……」

 

「いつまでも元気な奴め」

 

「……あの、さっきのは、その、栗生ちゃんも、悪気は無かった、と、思う、ので……えと、えと」

 

「手は出すな、だろ?」

 

「…………はい」

 

 守ってやれるとは、思えないが。

 夢寐の顔が安堵に満ちるのを見て、続きを口にすることは無かった。

 

 ……それにしても、面倒くさい虫がついたな。

 

「栗生……『天宮(あまみや)栗生(くりゅう)』。お前の同業者で――ライバル、じゃなかったか?」

 

「ステージだけの話、ですよ」

 

「なるほど。……いい友達だな」

 

「数少ない、大切な友達、です」

 

「そうか」

 

 何十年も生きてきたから、ジジくさいことを言ってしまった。

 ボッチだったからかな。辛いな。

 

「…………ぅ」

 

 なんて話続けていると、夢寐が大人しくなってくる。

 こっくりこっくりと舟をこいでいた。

 

「おい、寝るならベッドで……!」

 

 かくん、と体重が俺にかかってくる。

 規則正しい寝息を立てていた。

 

「……強姦魔相手に無防備過ぎるだろう」

 

 …………あるいは、俺が中途半端なだけかもしれないが。

 

 

 ちらりとスマホを覗く。

 こちらにも通知が一つ。

 

『疾くレイプせよ』

 

 やるかは否かはともかく、俺はすでに――

 

『次のメスガキは決まった』

 

 あの病院のことは一旦忘れることにしよう。

 非日常なんざ、お腹いっぱいなんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 月曜日。

 栗生にはあーだこーだ言われたが、どうせ口先だけだろう。ふはは。

 初等部の方へやってきた俺に、どこからか声がかかった。

 

あなたが初等部の子を食い物にする変質者かしらーーーーーーッ!!

 

「そうです。あいつが変なロリコンです」

 

「…………げ」

 

 考えが甘かった。そら見たことかと言わんばかりに栗生が胸を張る。

 ――こいつ、チクりやがったな!? 

 

 地味ながらに一番ダメージが高い攻撃だった。

 

「あー……」

 

 ビシッ、と音が鳴るような勢いで指をさしてくる幼女――否、教師。

 デコ出し金髪ドリル萌え袖白衣合法ペドと属性てんこ盛りのパフェみたいなその幼女の名は――

 

禾几(あわき)先生……」

 

禾几(あわき)カナリア』――西欧の人種と日本人とのワンエイスで、深い青の瞳が特徴的だった。

 いやまぁその低身長に全部持っていかれているんだが。それもあって下の名前を呼ばれるのを嫌ってるみたいだ。

 

何見下してんのよぉーーーーーーーーっ!!

 

 地を這えと? 

 

「……はぁ。まったく、許可なしに高等部以外をほっつき歩くなんて」

 

「先生、あの人目が、目がロリコンです。きっと襲います。やばいです」

 

「なんだかそんな気がしてきたかしら」

 

「おい黒髪」

 

 冷たい視線が倍になったところで、夢寐が走ってくる。

 息を切らして俺の服を掴みながら、顔だけ禾几先生たちに向ける。

 

「あー」

 

 それを見て禾几先生は空を仰ぎだした。

 天井しかないけど。遠い目をしていた。そして再びこちらに視線を向けると――

 

「仕方ねぇかしら。ついてくるのよ、こっち」

 

「は、え? 先生? ちょ、あの――?」

 

「天宮さんももう気にしなくて大丈夫かしら。ちゃんとお灸をすえといてやるのよ」

 

「あ、はぁ……」

 

 煮え切らない栗生をしり目に、何処へと行こうとする禾几先生に手招きされる。

 なんだか優しい目をしていた。憐憫、とでもいうか。お灸をすえるような雰囲気ではないのは確かだな。

 

「…………?」

 

「とりあえず、行くだけ行くか」

 

 わけもわからず、俺たちは禾几先生についていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここよ」

 

 たどり着いた場所は保健室だった。学園の保健室だけあってなかなかに広い。

 禾几先生、確か養護教諭だったか。

 

「別に今更性教育だなんだのするわけじゃないし、楽にするかしら」

 

「せんせーセクハラー」

 

「うるせーロリコンー」

 

 ごめんなさい。

 

「あ、あの、禾几、先生……?」

 

「あなたたち、どーせ並々ならぬ関係なんでしょう? ここなら人はあまり来ないし、使うと良いのかしら」

 

「つかう……?」

 

「まさか」

 

 禾几先生がベッドに上り、近くのエンドテーブルからピンク色のナニカを取り出した。

 

「なんのためにコンドームがあると思ってるのかしら」

 

「えぇ!? せ、せん、せ、せ、っ!?」

 

「うぉぉ」

 

 本当にあるんだ、ソレ。都市伝説かと思ってた。

 ついでにそんなこと言いだす養護教諭も都市伝説と思いたかった。

 

 舌っ足らずな声でえげつないこと言うなよ……

 

「あら、ちゃんと舌は二枚あるかしら」

 

 声に出てたか。ってかそれってつまり。

 

「先生、小学生からかうのは悪趣味じゃないですか」

 

「え、ぇ?」

 

「少ない休み時間を無駄に費やされた腹いせよ。自分のすぐ横で喘いでもらっちゃ休めるものも休めないかしら」

 

「せ、せんせぇ! わぶっ」

 

 詰め寄る夢寐にコンドームが叩きつけられた。

 

「子供でも孕むんだから、避妊はしっかりするのよ」

 

「あ、あぅ、あぅ」

 

「光る方が良かった?」

 

「いらんわ」

 

 夢寐の顔からコンドームをはがしてポケットの中に入れておいた。

 それを見た禾几先生の目が細められたけどまぁ気にしない。この人そういうのにルーズそうだし。

 

「……ま、盛ってもらっちゃ困るけど、話すぐらいなら使ってもらうのは構わないかしら」

 

「と言うと?」

 

「初等部にいちいち来られちゃそのうち面倒なことになるのよ。場所ぐらいは提供してやるから、今度からはここに来るといいかしら」

 

 そう言いながら禾几先生はベッドに横たわる。

 ルーズ過ぎないか? ストッキングを履いた脚が艶めかしかった。

 

「なんだか、2人だけの、秘密、みたいな感じ、ですね」

 

「厳密には3人だが……」

 

 嬉しそうなのはなぜなのか。最近この子が良くわからん。

 

 俺たちは先生の厚意に甘えて保健室にくつろぐことにした。

 いつもはヤってばっかだったから、先生の前でも自然な話題と言えば今日一日の学校での出来事とかになり……不思議と普通の会話が弾んでいた。

 

 禾几先生も時折混ざったりしてきた。大抵からかってくるんだけども。

 

 そうこうしていると――

 

「――禾几先生」

 

 扉がノックされる。

 この声……彩美、か? 

 

「ああ、文化祭のことね。入ると良いかしら」

 

「失礼します。……ぁ」

 

「手短に済ませてほしいかしら。出し物の細案――の中でも調理のとこね」

 

 俺と一瞬目が合った彩美だったが、軽く微笑むだけで凛とした表情に戻る。

 ああ。“生徒会長”の彩美だ。夢寐も見とれるように彩美を見つめていた。

 

「とりあえず調理の団体の細案を持ってきました。材料と調理方法は記入させてありますので、確認をお願いします」

 

「……あーもー、なんで文化祭なのにこんな調理が多いのかしら」

 

 ぺらぺらと何かの紙をめくっていく。

 

「乳製品、ダメ。こっちは保管方法が駄目ね、返却。こっちは……まぁいいけど、アレルギー表記だけは絶対にさせて」

 

「分かりました。ありがとうございます、先生」

 

「保健所に提出してからじゃ修正は遅いから、ちゃんと考えさせるのかしら。これ去年の調理団体に配布した注意書き。印刷してクラスに回してほしいのかしら」

 

「はい。分かりました」

 

「それでは」、と一礼し、彩美は保健室を出て行った。

 

 …………わが妹ながら、随分と立派になって―――

 

 

 ―――ガラガラ!! 

 

 

「……あら、忘れ物かしら」

 

「はい」

 

 勢いよくドアを開けた彩美が飛びついてきた。

 ぬぉお!? 

 

「わお」

 

 跳躍だけで俺の顔に抱き着いてきた彩美の勢いにたたらを踏む。

 あぶねぇな! 逆肩車の形になりながら、彩美を見上げた。

 

「えっへへへー!! おにぃーちゃんっ♡ かっこよかったぁ? ねぇかっこよかったーっ!?」

 

「最後までキリっとしてたらなぁ」

 

「おにぃちゃんの前じゃ彩美のままでいたいんだもーんっ!!」

 

 “妹”モードだ。

 小学2年生にして生徒会選挙で生徒会長の座を勝ち取った天才少女――仮面が剥がれればすぐこれだ。

 

「こっちの方が接しやすいのは確かだな」

 

「でしょーっ!!」

 

 満面の笑みを浮かべるこっちが俺の知る彩美だった。

 

「なるほど、近親もアリ……」

 

「そこぉ! 新しいのは出さなくていいから!!」

 

 この養護教諭……ほんと見た目と似合わねぇ行為しかしねぇな! 

 俺の肩から飛び降りた彩美が、今度は夢寐を見やる。

 

「2人ともどうしたの? ケガー?」

 

「んー……」

 

「ヒミツっ」

 

 夢寐も彩美に負けないような笑みを浮かべた。

 

「えぇーっ!! 怪しー!! おにーちゃんロリコンだしー!!」

 

「誰がだ」

 

「えへへ……」

 

「修羅場かしらね……」

 

「だからそこぉ!!」

 

 姦しいとでも言うか、あまりにも場違い感のある俺が混ざった騒がしい空間。

 この乱痴気騒ぎは、予鈴が鳴っても少し続くのであった。

 

 

 

 

 

 

 そんな空間だから、だろうか。

 “不審者情報”と題された手紙だけが、異彩を放っていた。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

過去が現在に影響を与えるように、未来も現在に影響を与える。

 夢寐です。元気です。

 朝が来ました。今日は朝からしとしとしてます。

 髪がゴワゴワします。6月はつらいです。でも元気です。

 

 今日は目覚めがいいみたいです。目覚ましが鳴る前に起きました。

 朝は弱い方ですけど……寝つきが悪かった、のかしら?

 

「んにゅぅ」

 

 寝る前は……え、えっち、をするのが当たり前、だったけど。

 右京さん、レッスンがあるからって、遠慮してくれてるのかな……?

 

 嬉しかったり、物足りなかったりします。

 断じてえっちな子になったわけではありません。習慣って怖いな、ってお話です。

 

「んー……ぐおー……」

 

「ねてる」

 

 右京さん、寝てる。なんだか不思議。

 ほっぺをぷにぷに触ってみる。わぁ、サラサラだ。それでもちもちだぁ。

 いいなぁ。そういえば彩美ちゃんもお肌綺麗だったっけ。

 

 夢寐はきれいな方、かな。右京さん、あまりそういうこと言わないから。

 

「……そろそろ、起きないと、ね」

 

 日が昇ってきました。でも雲ですぐ隠れちゃいました。雨、降りそう?

 学園もあるし、電車の時間もあるから、右京さんを起こさなきゃ、なんだけど。

 

「右京、さん」

 

「んー? ……んー」

 

「……ねてる」

 

 起きない。

 

 ぐっすり眠ってるから、起こすのもちょっと、って感じだけど。

 右京さんと一緒で学校に行きたいし。わがままでごめんなさい。

 

「右京、さんっ」

 

「あー……あぁん…………?」

 

「…………ねてる」

 

 どうしよう。

 目覚ましが鳴れば起きると思うけど……なんだか負けた気がします。やだ。

 

 ……そういえば。おにーちゃん、なんか教えてくれたような……?

 

 男の人ならすぐ起きる魔法のおまじない……

 

 耳元に顔を寄せます。右京さんの匂いがします。ドキッとしたけど我慢我慢。

 思い出せる言葉を告げました。

 

 

「――あなたは、夢の世界から、覚醒します。5、4、3、2、1……ゼロゼロゼロ!」

 

 

「んほぉおおおおおおおおおおおおおおおおお♡♡♡」

 

 

「……おきた」

 

 

 びくびく震える右京さんが目を覚ました。

 

 良かった良かった。ふふ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……誰から教わったんだ、あの起こし方ァ……!」

 

「おにーちゃんから」

 

「んの野郎……メスイキ催眠音声をお勧めしてきたと思ったらすぐこれかよ……!」

 

「…………?」

 

 なんだかげっそりした右京さんと通学路を歩きます。

 良く分からない言葉を言っていますけど、楽しそうなので夢寐も楽しくなります。

 

「いや、うん、まぁ。好奇心に負けて聞いた俺が悪いんだけどな?」

 

「催眠かけた側に催眠かけられるとか……」とブツブツ右京さんは空を仰いでました。

 ……困ったような表情をしています。なんだか胸がキュンとします。どうしてでしょう?

 

 右京さんはかぶりを振って前に向き直りました。このお話はこれまでです。

 駅を出た後は数分程度で学園に着きます。いつも会話は少なめだったんですが……最近は――

 

「げ」

 

「……。おはよう、夢寐!」

 

「う、うん。おはよう、栗生ちゃん」

 

 一瞬だけ右京さんに対し凄い顔になってました。

 なんだか右京さんのことが嫌いらしくて。右京さんが微妙な表情してます。

 

 右京さんは栗生ちゃんの思ってるような人じゃないよって何度言っても分かってくれません。

 右京さんからは放っておけと言われたので、あまり口出ししませんけど、もやっとします。こういうの。

 

「……つーか、アンタいつまで私らと登下校を共にする気? あら、両手に花ーとか身の程弁えないこと考えちゃってますー?」

 

「うっさいわ快楽堕ちしやすそうな顔しやがって」

 

「どういう顔よそれはァ―――!!」

 

 ……いや、仲は良いのかも?

 

「というか、アンタ……どんだけメンタルお化けなのよ。こんな人がいっぱいいる中幼女と一緒に歩いててなんで普通の顔出来るの?」

 

「知るか。特に何か言われたりもしないからな」

 

「……なんでよ」

 

「お前が変に絡んでくるからそういうものとして受け入れられたんだろ」

 

 ちらっと周りを見てみると、生暖かい視線が集中していました。

 栗生ちゃん、いつもは大人しめなのに、最近ずっとあんな感じだから、ギャップっていうのもあるのかな?

 

「……ウフーンアハーンキノーハスゴカッたぁっ!?

 

「あほ抜かすなあほ」

 

「あ、あほじゃないもん!! 頭叩くなよぉ!!」

 

 あの手この手で右京さんを困らせようとしてます。

 でも栗生ちゃんはポンコツなので上手くいきません。本人は誇らしげなんですが。

 

「油断すりゃ俺がロリコン扱いされるようしくさりやがってこ――ん、のォ!?」

 

おにーーーーーちゃんっ!! おはよーーーーーーーっ!!

 

「彩美ちゃん」

 

「えへへ、夢寐ちゃんも栗生ちゃんもおはよーっ!」

 

 相変わらずの跳躍力で肩に飛び乗ってきたのは彩美ちゃんでした。

 この道を通るって教えてからは毎朝一緒です。で、毎朝飛びついてきます。

 

 首をさする右京さんも、それほど嫌そうな顔はしていません。

 

 

「……そのうち首いわすな、これ」

 

 

 じめっとした朝ですけど。

 

 こういう朝は、夢寐の好きな朝なのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――今日は特別日課だ。最近この辺で不審者の目撃情報が頻繁に上がっているとのことでな、今朝急遽開かれた職員会議にて、昼には集団下校で全員帰らすようにと決まった」

 

「…………不審、者?」

 

 唐突なことだった。担任が教壇に上がるや否や、硬い面持ちでそう告げる。

 そういえば、保健室でもそんな言葉を目にしたような?

 

「とはいえ中等部、高等部は放課後に残ることが禁止されただけで授業は通常通り行われる。帰り際、うるさくし過ぎないよう注意するんだぞ」

 

 にわかに教室中がざわめき始める。

 

「……一時間目の用意をしろよ? 早下校だからって気を抜くことが無いようになー」

 

 そういって担任が教室を去っていくと、ざわめきは爆発のように広がった。

 聞こえてくるのは不審者に対する怖さだとか、そういうのばかりでした。あとは早下校に対する喜びとか。

 

 ……そこまで危機感は持ってなさそうな、そんな感じがします。

 夢寐は――夢寐は、他人事のようには思えなくて……

 

「夢ー寐っ!」

 

「わひゃぁ!? く、栗生、ちゃんっ!?」

 

 だ、だだ、抱き着いて……!? や、変なとこ触んないでよぉ!

 

「早下校よー、夢寐ー! そんな辛気臭い顔してどうしたのよ?」

 

「う、うん……えっと、不審者、こわいなー、って……」

 

「…………そうねー」

 

 あ、やっと手、離してくれた……

 乱れた服を直しながら、教科書を抱える栗生ちゃんを見上げる。

 

「……心当たり、無いとも言えなくてね

 

「…………?」

 

「ううん。なんでもないわよ。どーせあのロリコンエネルギッシュ豚野郎が目ぇ付けられたんでしょーよ」

 

 相変わらず、右京さんに対しては辛い栗生ちゃんでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……あんなことをしておいて、今更シラを切るのか?

 

 時折思い出すのは、あの人の冷たい言葉。

 ああ。今まで忘れてたのに。不審者って言葉に反応しちゃったのかな。

 あの後、嘘をついたーっていっぱい殴られちゃったっけ。痛かったな。痛かった、けど……

 

 外は雨が降っていた。それを見越して、今日は二本傘を持ってきていた。

 だからといって、なんというか。この季節、この天気だけは意味もなく憂いを帯びさせる。

 ――意味は無いけど、理由はある。夢寐には一つ過去があった。

 

「…………」

 

 あの時も、こんな天気だったな。

 

 夢寐は、実はもともとこの街の生まれじゃなくて……もっと遠方に住んでた。

 その時からジュニアアイドルとして活動してて、でもストーカー被害に遭っちゃって。

 事務所からも引っ越した方がいいって言われてて、それで、引っ越し当日に―――

 

 彼はいた。顔は思い出せない。見えてなかったのかもしれない。怖かったのを覚えてる。夢寐の嫌いなものが、面白いぐらい空白となった彼の顔面にぴったりとはまる。

 そのどれもが夢寐の、トラウマでした。初めて、夢寐が人を拒絶した時でもありました。

 

 それが今でも心に棘のように刺さっています。抜こうとしたら、もっと傷つくような。

 だから一生共に過ごしていかなきゃいけない棘なんです。忘れようとしたら、ダメなんでしょうね。

 

「……ごめんなさい」

 

 雨音に声は掻き消える。それは世界からの拒絶のようにも思えた。

 一瞬の孤独感、寂寥感――

 

「夢寐」

 

 ふいに、声がかかりました。

 

「栗生ちゃん? ……お迎え、じゃないの?」

 

「夢寐と一緒。仕事よ。まぁ、家が近いから良いけど、夢寐は電車よね、確か」

 

 昇降口で雨が少しでも弱まるのを待っていた夢寐の横に栗生ちゃんが並びます。

 キリッとした顔立ちは、夢寐に最初にできた友達のまんまで――

 

「えへへ、栗生、ちゃん」

 

「……んー? どうしたの?」

 

「なんでも……ない、や」

 

「なによそれ」

 

 話すこともないのに、沈黙が惜しくて声をかけてしまう。

 友達を実感して、幸福感に浸りたい。お風呂のように、気持ちいい。

 

 雨は声を吸い込んでいってしまうけど、周りと隔絶した小さな空間を提供してくれました。

 

 

 雨の勢いは弱まるところを知らず強まるばかり。

 風が出てきて、これ以上待つのも危険かな、なんて。

 

 集団下校を無断ですっぽかしちゃったし、今更ね。

 

 傘をさして、駅へと向かおうとしたところで。

 

「ねぇ、夢寐?」

 

 栗生ちゃんに声をかけられました。

 

 

「……実はね、ついてきてほしいところがあるのよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ……っ」

 

 雨はひどい。風も強い。気を抜けば吹き飛ばされてしまいそうになる。

 どうやら台風のようです。警報が先ほど発報されました。

 

 それでも栗生ちゃんは止まりません。

 

「どこに、行くの……っ!」

 

「いいから、ついてきて!」

 

 進んでいくのは駅とは真反対の森の方。

 何回目かの同じ問答をして、どんどん人里離れていきます。

 

 学園が小さく見えました。でも雨に掻き消えてすぐに見えなくなります。

 

「栗生ちゃんっ、あぶ、ないよぉっ!」

 

「…………っ、お願い、ついてきて、よ」

 

 ぬかるんだ地面に足を取られそうになりつつも、なんとか栗生ちゃんについていきます。

 森に入ってくると道は無くなって、木の根っこをよけながら歩いていくことになりました。

 栗生ちゃんはもう傘を捨ててしまったようです。

 

 夢寐の知らない場所です。ちょっと怖いです。右京さんが近くにいてくれれば、と思ってしまいます。

 でも栗生ちゃんが――友達に必死に頼まれちゃったら、断るにも断れません。

 

 友達、だから。

 

「―――」

 

 今更、右京さんに連絡しておいた方が良いのかと思ったけど、圏外なので諦めます。

 スマホをポケットの中にしまう。服の中までびちゃびちゃでした。おにいちゃんに、怒られちゃうかなぁ。

 

 そうして何分か歩いていると、どこか開けた場所に出ました。

 先ほどから急ぎ足だった栗生ちゃんも一息ついていたので、ここがその目的地なのでしょうか。

 

「栗生、ちゃん……ここに、連れてきたかったの?」

 

「……ごめんね、強引で。少しだけここで待っててくれるかしら」

 

「どこか、行くの?」

 

「うん。ちょっとね。すぐ戻るから―――!!」

 

「あっ! ……行っちゃった」

 

 なにかあるのかな。秘密基地とか? 

 それならこんな天気の時じゃなくてもいいのに。

 

 木陰に寄りかかってほぅ、と息を吐く。白い息が出ました。

 

「……さむい」

 

 制服は夏服仕様だから、雨に濡れてスケスケになってしまっている。

 ブラとかつけてないから、シャツの布地の色が強調されていた。

 

 梅雨時でも珍しいなぁ、こんな豪雨。しゅーちゅーごうう? みたいなものもあるらしいけど、よくわかんないや。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ……………………

 

 

 なんだか、遅いな? どうしたんだろう。

 雲に覆われて周りも暗くなってきちゃったし、そろそろ帰らないと、なんだけど……

 

 木陰から一歩踏み出す。雨が傘を打ち付ける音が再び聞こえ始めて――

 

 

 

「――見ぃつけたぁ

 

 

 

「…………ぇ、ぁ」

 

 

 ……

 

 あ、れ?

 

 傘が遠いところにあった。雨が打ち付ける音がすぐそばから聞こえた。

 顔が冷たい。身体が冷たい。どうして――地面に、寝てるんだっけ?

 

「――つ、ァ」

 

 いたい。頭が痛い。どうして?

 

 躰は思うように動かない。

 おもたい。なんで? 動かないじゃなくて、動かせない――

 

 

「――ひっ!?」

 

「あれぇ? あれ、おかしいなァ、目、覚ましちゃった。サメ、様、泡、あら?」

 

 

 男の、知らない男の顔が目前に現れる。

 

 

「あっははははははははは!! 僕、僕優しいよォ!! でも当たり前だよねぇ、僕は、守る。守るんだァ!! ……何を? 何をだっけ? 何を、何をォオオオオオオオオオ!?」

 

「あ、や、やぁ、いやぁ……っ」

 

 

 チェックのシャツをインした中年の男。

 泥にまみれた服を纏った姿はさながら落伍者だ。目は落ちくぼみ、頬骨は突き出ている。

 

 

「あー、あー! 夢寐ちゃん。えへ、えへへ、見てよ僕。僕は君を見る見つめるから僕は君が僕を見つめるんだァ!!」

 

「―――」

 

 

 恐怖。こわい。こわい。なんで、わからない。急に。どうして。

 正気ではない。それは壊れている。周りの空気が叫びに呼応して震えた。

 

 

「あ―――」

 

 

 その顔を見て――何かを、思い出す。鮮烈に、抜け落ちていた記憶を。

 

 彼の顔を。

 

 彼の表情を。

 

 パーツはそろう。

 

 かちりとはまる。

 

 知っている。夢寐は彼を知っている。

 

 

「い…………ぁ」

 

 

 拒絶したはずの。もう関わらないはずの。

 

 

「いやぁぁああああああああああああああああああああ!!」

 

 

 ストーカーが、夢寐の背中に乗っていた。

 

 

「僕、僕俺ワタクシはぁ!! 忠実に任務を遂行いたしますゥ!! ハハハハハハハハハハァアアアアア!! アァァァアアアアアアアアうるせぇんだよぉおおおおおおおおおお!!」

 

「ぐ、ぅぇ!?」

 

 

 頭を押さえつけられ、呼吸が出来なくなる。

 泥と雨水が口や鼻から入ってこようとする。えずくと余計に苦しい。

 

 

「……ぁ、うぶ」

 

 

 呼吸ができない。頸動脈も絞められているのか、ボーっとしてくる。

 

 

「アヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!! ……ヒャ? ヒャヒャ!!」

 

「…………ぅ」

 

 

 一瞬、視界の端で何かが光ったような気がした。

 走馬灯だろうか。初めて人を拒絶してしまった時のことを思い出す。

 

 絶望に染まっていた。

 

 彼の表情は、絶望に染まっていた。

 

 夢寐が、そうしてしまったのだ。

 

 棘は、食い込む。殺さんとばかりに突き刺さってくる。

 

 

 その痛みを、諦め半分で受け入れていた。

 

 

 ああ、でも、やっぱり。夢寐は悪い子なのだ。

 酷いことをするから、帰ってくる。悪い子だから、ひどい目に遭う。

 

 

 彼を絶望させてしまったのだ、彼自身の手でこうなろうとも、自業自得というものだ。

 

 

 

 

 

 

 だから。

 

 

 本来であるならば。

 

 

 受け入れるべきであることは理解しているのに。

 

 

 

 

「ゃ、ぁ」

 

 

 

 

 曲がりなりにも手に入った新たな生活が。

 それでも愛おしいのだ。手放したくはないのだ。

 

 

 エゴに染まる。偽善が塗りつぶされる。それを幻視する。

 

 

 傘が舞った気がした。夢寐のと一緒、ビニールの傘だった。

 

 

 夢寐のが風に飛ばされたのだろう。

 

 

 

 

「ぁ、ぁ…………ぅ」

 

 

 

 

 …………あんなにも、大きな傘、だっただろうか―――?

 

 

 

 

 ああ。夢寐というのは、悪い子だ。

 

 こんな時になっても、やはり誰かに縋ってしまう。自分一人では何もできないから―――

 

 

 だからせめて。願うのは。

 

 

 

 

「――その子に触れるなァァァアアアアアアアアア――ッ!!」

 

 

 

 

 これが、夢寐(ゆめまぼろし)ではないことを。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

レイプは最高の文芸なり

「――ぶぐぁ!?」

 

 こぶしが頬にめり込む感覚。

 中年の男は面白いぐらい吹き飛び、ぬかるんだ地面に転がる。

 

「――チッ、おい大丈夫か! おい夢寐ッ!」

 

「かはっ、けほっ、……ぅ」

 

 意識が朦朧としているのか、反応が薄い。

 あの男の巨体だ、乗られていたら酸素が薄くなる。雨で体温を奪われてるのもあるかも知れない。

 なんにせよ――生きては、いる。

 

「いだいッ! いだいよぉおおおおおおおおおおあははははははははァアアアアアアアアアアアアアア!! 誰だ!? ダレダァァァアアアアアア!?」

 

「んのキチガイ……ッ!」

 

 あのチェックのシャツ……この前夢寐の家の前をうろついてたストーカーか!?

 逆恨みか、何かか。しかしあの変わりよう、尋常ではないことは分かる。まるで――

 

「あれ? あれあれーぇ!? 僕、僕僕ワタクシはそれがしはなにをしていたでござるかー!?」

 

 ――薬物中毒者だ。それも正気を失ってる最悪の部類の。

 目はどこかを向いているが、何も見つめていない。五感で動いてはいない。

 あいつを突き動かしているのは本能だけかもしれない。理性があるとは思えないしな。

 

「…………ぁ、ゎ」

 

「――――――」

 

 ――嫌な予感はしていた。

 雨が降っていたからかもしれない。初等部の早下校、何ら不思議はないはずなのに。

 俺はここに来ていた。そして予感は当たっていた。クソが、“前の記憶”ではこんなの――

 

「まさか」

 

 ……あったのか? これが? 俺が知らない、だけ、で?

 

 夢寐の躰は冷たい。低体温症を発症している可能性もある。

 逃げる。逃げるか。このぬかるんだ山道で? 夢寐を背負って、逃げられるか?

 

「うふぇふぇふぇふぇふぇふぇふぇェェエエエエエエ!! 僕、僕はねぇ!! 僕は夢寐ちゃんをォ!!」

 

 ……そのまま、発狂していてくれればいいんだが、な。

 足を踏み出す。ストーカーと反対の方向へ。泥と水が跳ねる。雨の打ち付ける音の中、その音は妙に響いた。

 

「―――」

 

 空気が、変わった?

 嫌な寒さを感じる。雨に濡れたからではない。これは、そう、源十斎と対峙した時のような――

 

「…………斑鳩」

 

 名を呼ばれ、振り向く。このストーカー、俺の名前を知っているのか!?

 

「斑鳩……斑鳩…………」

 

「――なんだ……?」

 

 目の質が変わった? ――澱んだ瞳が、こちらを見つめている。

 感情が失せたように見える。

 

 ……それが“憤怒”の感情であることに、気付くのが一瞬遅れた。

 

 

「――ぃぃい斑鳩ァァァァアアアアアアアアアアアアアア―――ッ!!」

 

 

「が、ハッ!?」

 

 今度は俺が吹き飛ぶ。夢寐だけがその場に取り残された。

 地面を転がり、泥だけになりながらも咄嗟に体勢を立て直す。

 

「うぐっ、ぶ――」

 

 胃酸が吐き出される。今の一撃は――本当に奴のものか?

 重さがあまりにも人間離れしている。金属でも入ってるかのようなこぶしだった。

 

「斑鳩――斑鳩ァ!! 貴様ァァアアアアア!!」

 

「くそが――これだからストーカーはよォ!! 豚箱行く前に地獄に行くか――!?」

 

 地面を蹴って肉薄するストーカーの横っ面を蹴る。

 ……が、それをものともせず右から殴打が飛んでくる。

 

「ァァァアアアアアアアアアアア―――ッ!!」

 

「ぐっ!」

 

 軽い――いや、効かないのか!? どんな肉体してやがる!?

 前会った時と比べれば貧相になったのだが――滅茶苦茶だ、スペックから違い過ぎる。

 

「―――ッ」

 

 なんとか直撃は防いだが、ガードに使った左腕が動かない。

 声を漏らしそうになるのを抑えて、なんとか平静を保つ。折れては無いが、使い物にさせない程度の力を持つわけか。

 

「……、ハァ……っ!」

 

 ――夢寐を助けるときは確かにこいつに攻撃が通ったはずだ。

 豹変と共に攻撃が通らなくなる? 覚醒とか、ジャンプでもあるまいし。

 

 それにこいつ、威力は凄まじいが攻撃の型が適当だ。我武者羅に攻撃してきている。

 それで――どうにもストーカー野郎自身も無事ってわけではなさそうだ。右手の小指がおかしな方向を向いている。

 

 夢寐を助けたい――が、ストーカーの後ろだ。

 助けるには回り込むかしなきゃいけない。あの野郎をやり過ごせるとは思えないが。

 

「……どうする」

 

 考えろ。使えるものはなんだって使え。

 俺がこの時代に来たのは、後悔しないためでもあったはずだ。何か、何かないか――

 

 ――ピロン!

 

「あ?」

 

 こんな時にメッセージアプリの通知かよ。

 電波通ってないし。つーことは、だ。

 

『レイプまだぁ??????????』

 

「うるせぇわボケェ!!!!!」

 

 こいつ――今の状況分かってんのか? いや分からんか。

 レイプもくそもあるか。この野郎。あのストーカーのレイプ画像でも送り付けてやろうか。

 

 …………

 

 ……………………

 

「…………」

 

 ……レイプ?

 

「――――――」

 

 待てよ。それに近しい何かを、俺は知っているはずだ。

 ストーカーから距離を取るようにしつつ回り込むように走りながら、俺はレイプグッズ通販アプリを開く。どうやらこれも電波なしでも使えてくれるようだ。ありがとうゲロクソゴッド。仏教に入信してやる。

 

『あなたにおすすめの商品!』

 

 レイプグッズなんざおすすめされてもいい気分ではないのだが。

 今回だけは――

 

「見つけたぞ――!!」

 

 残っているレイプポイントをほぼ使い込み、それを“2つ”購入する。

 購入完了の画面が表示され、商品が出現する。今回は大きい奴だから、その様子がしっかりと見られた。

 

 虚空の孔が明く。

 黒い光が漏れ出る。

 雨が消え、闇だけが這い出てくる。

 

「斑鳩ァァアアアアアア!!」

 

 ストーカーが車にも劣らないスピードで迫ってくるが、数秒遅い。

 プロセスは完了した。商品は無事消費者の手元に運ばれる。これが『ANAZON』か――!

 

「…………」

 

 現れたのは――2人の巨漢。貌は無く、肥え太った肉体が雨に濡れて嫌に光った。

 着ているのは粗末な下着だけで、それも巨大すぎるイチモツを隠すには足りなさ過ぎた。

 

Order(ご命令を)

 

 だから、彼らがそこにいるからこそ。

 俺は――俺は彼らを信用し、敵を斃す。

 

「力を貸せ――“種付けおじさん”」

 

 傅くこともなく、首肯だけで彼ら――種付けおじさんはストーカーに向き直る。

 

Yes,My Lord(御意)

 

 ノイズのような――金打を思わせる声だけを俺に寄越し、俊敏な動きでストーカーにかかる。

 

 大ぶりな攻撃を横からの打撃でいなし、懐に潜り込んで顎を打つ。

 打撃音が響き、ストーカーの突進が終わると今度はもう1人の種付けおじさんが、横から膝を蹴り砕く。

 

「邪魔だ――邪魔だァアアアアアアアアアアアア!!」

 

「……良し、これなら」

 

 俺の一言だけで意図を酌んでいたのか、種付けおじさんは自然な動きで夢寐の方からストーカーを引き離していく。

 どうにか伏している夢寐のところまでたどり着くことができた。……呼吸が微弱だ。急いで担ぎ上げ、森を抜けようと走り出す。

 

「ぁ、ぅ……ぉ、ぃ、ちゃ……」

 

「悪いが俺は強姦魔だ! ――家が遠いな……仕方ない」

 

 目的地を決め、去っていく。

 最後にストーカーの方を見た。

 

「あ、ぐぁあ! お、前、ら、ぁぁあああっ、がッ!」

 

 ――どうやらあの謎耐久力は消えかけているらしい。

 種付けおじさんにボコボコにされていた。……それでも俺の方へ這ってくる。凄まじい執念だ。

 だがそれもすぐに止まり、されるがままとなる。

 

「だ、誰か、たすけっ、助けて……誰かァ!!」

 

 ……みじめな命乞いだった。

 これ以上は時間が惜しい。背を向け、走る。

 

 

 

「――誰か、夢寐ちゃんを――助けて、くれ」

 

 

 

 雨音に消えぬ願いの言葉だけが、俺の耳朶を打っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ、ハァ……ぐっ!」

 

 雨風は強まるばかりだ。波浪警報まで出てきやがった。

 電車は止まってるし、夢寐の家には行けないだろう。となると――“開発区”のほうへと足を運ぶ。

 見慣れた門と屋敷が見えてきた。

 

「ぶっちゃけ死ぬほど来たくなかったけどな!」

 

 背に腹は代えられない。ホテルとかも意識のない小学生と一緒に入っていったら即通報モンだろうし。

 門をたたく。それほど時間のかからないうちに門が開かれる。

 

「あー、うん、まぁ、その、あれだ! やましいことではないからな!?」

 

 どうやら屋敷の中から俺を見ているらしい誰かに弁明しつつ、屋敷の中へと入っていった。

 風呂上がりなのか湯気を立ち昇らせた、部屋着姿の彩美と出くわす。

 

「わっ……って、お、おにーちゃん!? 夢寐ちゃんまでーっ!?」

 

「彩美! 風呂は沸いてるか!?」

 

「え、あ、うん……さっき入ってきたばっかだし……でも待って、タオル持ってくるから!」

 

 彩美は担がれている夢寐を見てすぐに風呂場の方へと向かう。

 ……いや、そうか。急に温めても心臓に悪いな。

 

「……ありがとうな、彩美」

 

 年甲斐もなく冷静さを失っていたらしい。夢寐の服を脱がしつつ、息を抜く。

 今になって、脳内麻薬で誤魔化していた痛みが主張を始める。これ、本当に折れてないのか!? 死ぬほど痛いんだけど!

 

「おにーちゃん、タオル持ってき――ってぎゃーーーっ!! 雑なラッキースケベ!」

 

「処置じゃアホ! 早くタオル寄越せ! ありがとう!!」

 

「待って待って! それで拭いたら今度はこれ使って!」

 

 乾いたタオルを手に取ると、今度は袋とそれに入ったタオルを見せつけてくる。

 湯気で袋の内側が白くなっていた。

 

「こんな季節だから湯たんぽは無いけど、即席のなら作れるから」

 

「……つくづくありがとうな。軽症であってほしいものだが――」

 

「ぅ、……ぁ」

 

「気、失ってるけど……」

 

「いや、これは」

 

 酸欠によるものだろう。おそらく低体温症が併発して気を失い続けているのだ。

 結構乱暴に担いできたが、特に不調をきたした様子はない。不整脈でもない。軽症だ。

 

 乾いたタオルで夢寐の躰を拭いていく。

 

「なんか手馴れてる?」

 

 気のせい気のせい。

 どしゃぶりに晒されてたから、乾いたタオルもすぐ水を吸わなくなってくる。

 それでも何もしないよりはマシだった。

 

「ん」

 

 タオルがかけられる。頭をぐしゃぐしゃとされる。

 俺も濡れてたんだったな。彩美は楽しそうに俺の躰を拭き始める。

 

「脱がせなくていいからな」

 

「いや処置」

 

「脱がせなくていいからな!?」

 

「やだーこのおにーちゃん面倒くさいー」

 

 ぐいぐいと俺の制服を引っ張ってくる彩美を適当にいなしつつ、彩美が持ってきた服を夢寐に着せてやる。

 夢寐の呼吸が少し落ち着いたような気がした。お姫様抱っこし、屋敷に上がる。

 

 廊下の突き当りから急ぎ足の音が聞こえた。

 

「――な、何の音……って右京様!? その子はいったい!?」

 

「騒がしいわよ女中! 彩美とおにーちゃんの友達が大事なの。空いてる部屋に連れて行って、布団に寝かせて毛布を掛けてあげて」

 

「は、はひぃ……わ、わかりました……」

 

「すまない。頼めるか?」

 

「ええ。お二人の友達とあらば。……でも右京様、先ほど学園の方からあなた様がいなくなったとお電話がですね」

 

 小言は後で聞くから、とっとと行ってくれ。

 夢寐を女中に預け、俺は風呂場に向かう。正直色々疲れた。ちゅらい。

 

「おにーちゃん、お風呂入る?」

 

「ん、ああ」

 

 こういうのは全部洗い流すのが良い。水に流すのだ。

 ……いやまぁ、やるべきことは山積みではあるが。

 

「じゃあ彩美もはーいるっ♪」

 

 …………ん?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

「えへへーっ! なんだか久しぶりだねーっ、お風呂なんて!」

 

 おかしい。なぜ実妹に背中を洗われているんだ?

 お前、風呂入ってきたんじゃないのかよ。それと、だ。

 

「ボディタオル、使わんの……?」

 

「いーのいーのっ。こういう方が、身体に良いんだよ、おにーちゃんっ♡」

 

 夢寐より小さな手。くすぐったいような、なんというか。犯罪的?

 いや、うん、家族で裸の付き合いなんて普通だろう。変な想像する方がおかしいのだ。

 

「……えいっ」

 

「ッ!?」

 

 ――突然、彩美に抱き着かれる。幼女特有のやわっこい感覚が背中に強烈に押し付けられる。

 まだセーフだから。セーフ。……誰に言い訳してんだろ、俺。

 

「っ♡ こっち、のっ、ほうがっ♡ あらいやすいね、おにーちゃん♡」

 

「……そうだな、身体に良いしな、うん」

 

 お前は何を言ってるんだ。そして俺は何を言ってるんだ。

 

「――――――」

 

「どう? おにーちゃん……♡」

 

「ど、うって……お前……」

 

 やわっこい感触に、硬い2つの小さな感触。

 考えるな。考えるんじゃない。妹だぞ、あのアホみたいな。

 

 そうだ。実妹に興奮なんてエロ漫画じゃあるまいし。俺は近親相姦はしないねこなのだ――

 

「じゃ、前失礼しまー、すっ♡」

 

「んぉおっ!」

 

「あっれぇー? お客さん、凝ってるねー? こりこりだねー?」

 

 こ、こいつ……なんで俺の乳首が性感帯なのを知ってんほぉぉおお最近こんなんばっか♡

 身体を上下させながら、洗うように執拗に弱いところを触ってくる。裸の付き合い……裸の付き合いだから……

 

「……おにーちゃん、彩美と一緒だね♡」

 

「なに、が」

 

「よわいところ♡」

 

「―――っ!」

 

 耳元でささやかれて身体が跳ねあがる。

 

「ねぇ、どーして急にこんなことしだしたのか、知りたーい?」

 

「……そ、そうだ、今日ちょっとおかしいんじゃないのか……」

 

 いつもおかしさ満載だけど。

 泡だらけの手を下腹部へツツ……と滑らせていく。

 

「夢寐ちゃんとたっくさーんえっちなことしてるんでしょ」

 

「―――ッ!?」

 

「そんなアリスコンプレックスなおにーちゃんにぃ、彩美がオシオキしてあげるの……♡」

 

「な、なんで……知って…………!?」

 

「ふーん。やっぱりそうなんだー? もう、ドーテーじゃないんだね♡」

 

 こいつハメやがったな!?

 

「くっ、殺せ!」

 

「それすぐ堕ちる奴――じゃんっ♡」

 

「~~~~~~っ!?」

 

 ついに――いつの間に怒張していたイチモツが握られる。

 右手の指先で亀頭と尿道を、左手で竿――特に裏筋を弄ばれる。

 腰が浮きそうになるのを抑えられ、襲い掛かる快楽のなすがままになってしまう。

 

「ほーらっ、ほーらっ♡ 堕ちちゃえ堕ちちゃえ♡ 気持ちよくなって、妹にダメにされちゃえ♡」

 

「う、ぉ、ぁ」

 

 彩美の手が上下するたび、ぐちゅぐちゅと艶めかしい音が鳴る。

 

「あー♡ 我慢汁出てきちゃったねー♡ クソザコおにーちゃんっ♡ 小学生にイかされちゃうんだーっ♡」

 

 学園では生徒会長として厳格な仮面をかぶる彩美とのギャップが興奮を覚えさせる。

 背徳感に近い。罪悪感に近い。モラルの無い行為が、なにかとエロかった。小学生をレイプした影響だろうか。

 

「でもいいんだよ♡ 堕ちちゃっていいんだよ♡ 彩美、おにーちゃんのこと好きだもん♡」

 

 幼い声はどこか蠱惑的で、脳が犯されているような感じさえする。

 どうにか呑み込まれないようにするのが精いっぱいで、行為に抗うことができなかった。

 

「んっ♡ あはぁっ♡ おにーちゃんの背中、きもちいよっ♡ おにーちゃんもきもちーんだねっ♡」

 

 彩美の乳首が背中でこすれている。時折体を震わせ、甘い声を漏らす。

 モラルハザードチンポがさらに硬度を増す――!

 

「はぁっ♡ あんっ♡ イキそうなのっ♡ イかされちゃいそうなのっ♡ 彩美もねっ♡ 大好きなおにーちゃんでイっちゃいそう♡」

 

 しゅ、しゅ、しゅ、と手での抽送が早くなる。

 カリの部分を責め立てられ、金玉を弄ばれる。耳に直接響く喘ぎ声も快感となる。

 

「イけっ♡ イーけっ♡ 敗北ちんぽっ♡ 惨めに射精しちゃえっ♡ んぁはぁっ♡」

 

 限界はすぐに訪れ、射精となって表れた。

 

「「~~~~~~~~っ♡♡♡」」

 

 2人して震え、絶頂の余韻に浸る。

 彩美の手にはべっとりと精液がついており、彩美はそれをぺろりと舐めた。

 こくんと小さな喉が鳴り、恍惚とした表情でこちらを見つめてくる。

 

「…………」

 

「…………」

 

 …………

 

 ……………………

 

 

 

「……そろそろ、湯船につかろっか」

 

「……ああ」

 

 

 なにか、すごいことをしてしまったような気がする。

 裸の付き合いのパワーだろうか。風呂の熱に浮かされたのだろうか。

 

 

「――彩美だって、おにーちゃんのこと、好きなんだからね……」

 

 

 拗ねたような声をどこか遠くで聞きながら、1日の疲れを吹き飛ばすのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして今に至る。夢寐と同衾していた。

 ……だからなぜなんだ。最近ずっと一緒に寝てたから良いけどもさ。

 

 時刻は真夜中を指していた。源十斎と話したり女中に小言言われたりで散々だったな……

 風呂入ったのに疲れた。……何かあった気がするが気のせいだろう。

 

 学園の方には早退だと伝えておいた。禾几先生が手をまわしてくれたようで、大ごとにならずに済んだようだ。

 感謝しとこう。光るコンドームでもあげるか。

 ついでに夢寐の家には友達の家に泊まると夢寐のスマホから送っといた。俺は一旦家に帰るとだけ。

 

「…………ぅ」

 

 雨は少しだけ弱まっていた。風が強いままなせいで、寝るにはちょっとやかましすぎるが。

 呼吸も安定して、安らかに眠る夢寐の頬を撫でてやる。彩美の言葉を思い出していた。

 

 

『――夢寐ちゃん、集団下校してなかったみたいなの。たぶん……おにーちゃんのこと、待ってたんだと思うよ』

 

 

 俺のせいでもあるのか。……となると疑問なのは、夢寐が山にいた理由か。

 気付けてやれてよかったが、あのまま俺が気付かなかったらと思うとゾッとしない。

 そしておそらくあの一連の事件は、タイムスリップ前の今も起きていたことなのだ。

 

 ――存在Xの介入か? ストーカーの野郎は種付けおじさんに丸投げしてきてしまったが。

 いや、夢寐を使って俺を陥れたほど、周到で狡猾な存在Xのことだ。あいつも捨て駒ってところか。

 

 そうなると、存在Xが夢寐を狙っていたことになる。夢寐が存在Xである線は消えるわけだ。

 

 つまり――あの山へ連れて行った奴、ストーカーを手引きした奴が存在Xという可能性が高い。

 

 だとするならば、俺は――

 

 

「……お、にぃ、ちゃん……?」

 

「…………夢寐」

 

 

 目を覚ました夢寐が、俺の目をのぞき込んできた。

 寝ぼけているのか? 夢寐の額に触れてみる――熱い。風邪をひいたのか、無理もないが。

 

「あ……」

 

「おはよう。今はおやすみの時間だけどな」

 

 もぞもぞ、と夢寐が俺に抱き着いてくる。そういえば、抱き着き癖があったっけかな。

 ともかく、自分の家ではないことに気付かない程度には判断力が低下しているみたいだ。

 

「おにぃちゃん……夢じゃ、ない……?」

 

「ああ」

 

 抱きしめてやると、安心したように躰の力が抜けた。

 怖い目に遭ったもんな。まだ小学生だというのに、トラウマになっていないと良いが……

 

「おにぃ、ちゃん」

 

 きゅ、と俺の服を掴み、か細い声で紡ぎだしていく。

 

「夢寐の、お話、聞いて、くれる……?」

 

「……うん」

 

 呂律の廻らないまま、夢寐はゆっくりと話し始めた。

 

 

 自分が本当は、遠い所に住んでいたんだということ。

 

 ストーカーは、自分が引っ越す理由になった、あの時のストーカーであったこと。

 

 

「夢寐が……悪いこと、しちゃったから…………」

 

 

 だから、自分に返ってきたのだということ。

 

 それから―――

 

 

「いやだ、って……助かりたいって、思っちゃって……」

 

 

 エゴに染まったこと。仕方のないことを、拒絶したこと。

 

 自分は悪い子なのだと、後悔を吐き出した。助かって、安堵していることも。

 

 

「…………」

 

 

 黙って聴いていた俺に、夢寐が訊いた。

 

 

「右京、おにぃちゃん、に……夢寐、は……どんな悪いこと、しちゃった、の…………?」

 

 

「――――――」

 

 

「夢寐は、悪いことしてても、自分じゃ、わからなくて……」

 

「…………」

 

「右京、おにぃちゃんは……本当は優しくて、彩美ちゃんの、おにぃちゃんで……おにぃちゃんとも、仲が良くて……でも、怒ってた、から」

 

「それ、は」

 

「……夢寐、また嫌なこと、しちゃった、の」

 

 それは違う。その一言でさえ、喉奥でつっかかり出てこない。

 真実を言ったところで何になる? 俺には分からない。だが1つ、言えることはあった。

 

「俺は優しくはないよ、夢寐」

 

 夢寐の肩がピクリと反応した。

 

「お前が思ってるような奴じゃないさ。正真正銘悪い奴だ」

 

「でも、夢寐が見てきた、右京、おにぃちゃんは……嘘じゃ、ない」

 

「…………そうだとしても、な」

 

 強姦魔の寒い芝居のようなものだ。それは覆らない。

 ――さらけ出すのが怖いのか、俺は?

 

「……助かりたいって、思ったんだな?」

 

「…………う、ん」

 

「俺はそう思ってくれて嬉しいんだ。諦められてもらうよりは、何倍も、何十倍も。お前の言う悪いことを喜ぶなんて、悪い奴以外ありえないだろう?」

 

 ――だから所詮、俺は縋っているだけなのだ。

 一瞬でも、俺の悪意に触れた彼女にこそ、縋っているのだ。

 

「……やっぱり、優しい」

 

「悪い人だ」

 

「悪くて、優しい人」

 

「…………」

 

 夢寐の瞼がだんだん閉じてくる。また眠るのだ。次起きれば朝だろう。

 最後に、俺は一言だけ。

 

 

「……お前はなんも悪くないんだ、夢寐」

 

「…………」

 

「おやすみ」

 

 

 さて――俺も寝なければならない。

 悪くて、優しくもない人だからな。そういう血が流れてるんだ、俺には。

 

 なぁ、源十斎。

 

 

 思い起こすのは、咲洲組の代紋。

 “首を七つ切り落とされた八岐大蛇”――それが今の咲洲組の代紋だった。

 

 かつては八つの派閥に分かれていた咲洲組を、三代目組長――つまりは源十斎が、七つの派閥を潰すことで実質的に統一させた。

 その時生まれた代紋なのだ。その残った一つだけの派閥こそが、派閥の中でも最も気性が荒く、危険な、それこそ龍のようなものだった。

 

 その血が流れている。

 

 

 彩美の言葉を、思い出していた。

 

 

『彩美ちゃんのほかにね――栗生ちゃんも、残ってたよ』

 

 

 そうか。

 そうか。

 やることは、一つだけではないか。

 

 

『レイプする』

 

『――おう、楽しみにしておるぞ、今度こそ、な』

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

レイプを信じてみるだけでいい。きっと、生きる道が見えてくる。

 ――おかしい、天宮栗生がそう思った時には遅きに失していた。

 ある鬱蒼とした山の中、知る人ぞ知る広場にはいるべき人間の姿が誰一人として見受けられなかったからだ。

 

「ちょ、ちょっと……夢寐…………?」

 

 自分が持つようなかわいらしい柄の入った傘とは正対的な無骨なビニール傘が二つ転がっている。

 それは――確かに夢寐が持っていたもののはずだった。

 

「どこにいったのよ……」

 

 そもそもこの場所に来た時点で誰もいなかった、ということがすでにハプニングも同然だったのだ。

 結局人は見つけられず、夢寐は姿を消してしまった。冷え切った空気とは反対に身体の中は熱を持ち始める――焦りや、後悔、そういう類のものが胸中をかき乱していた。

 

 ――そんなはずはない。

 主語の見当たらない否定。

 否定は、否が応にも()()()()()()()を浮き彫りにしていく。

 

 ――計画は、緻密とは言えないにしろ細心の注意を払ったはずだ。

 

「――まさか」

 

 焦燥に駆られる頭が冷え、冴え渡っていく。

 次ぐ二の句も否定したかった。()()()()()()()()()、と警鐘が鳴らされるぐらいに。

 

「斑鳩、右京……アンタ、もしかして…………ッ!」

 

 もちろん、視界の範囲内にあの男の姿はない。

 だが計画を立案、実行するに至って――あの男の存在は、いつまでも自らを目の前から見下ろしているのだと考えさせるほど、大きい。

 無視できるものではない。

 ましてや、このように予想外の事態が発生した場合は。

 

 ――どこまでも、忌々しい。

 やはりあの男は置いてはおけない。

 

「そう……蛙の子は蛙、ってわけね……」

 

 ――ちょっとくらいは、心を許せそうとも思っていたのに……。

 

 弱気に浸る暇はない。

 計画の修正が必要だ。

 それを捨て置いても、あの男が確実に敵に回ったと捉えて良いだろう。

 

 時間がない。

 急がなければいけない。

 

「…………だけど」

 

 心残りなのは、

 

 本来ここにいるべきだった、仲間の一人の事か――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日の朝の事だった。

 

 まだ日の登らないような時間、いつの間にか眠ってしまっていたのだと、栗生は公園のベンチから起き上がった。

 

 寒気がする。

 

 昨日はそのまま家に帰らなかった。

 夢寐がどこかにいるかもしれないからと辺りを探し回って、結局雨が止んだ深夜頃、休憩にベンチに横になって、そのまま意識を飛ばしてしまったというわけだ。

 

 携帯もつながらなかった。最悪の想定は、出来る限りしないよう努めた。

 

 だから、栗生は安堵した。

 栗生を起こしたのはスマホのバイブレーション――夢寐からのメッセージだったから。

 

『あそぼう』

 

 短い言葉がメッセンジャーアプリの画面に現れている。

 言葉が短いのは珍しくもない。だが脈絡のない言葉とあっては、少し身構えてしまうのも無理はなかった。

 

『昨日は……どうしたの? いつの間にかいなくなっちゃったみたいだし、心配してたのよ? 傘も置いて……』

 

 書きたいことが多すぎて、送ったメッセージは何回も改行されて読みにくい。

 なんとなく、ではあった。寝起きの、早朝のぼやけた頭が、悪い予感をひしひしと感じ取っている。

 

 既読はついた。

 返信は無い。

 

 相手はずっと画面を見続けている――確信にも似た勘が働く。

 夢寐は朝が弱いというわけでもない。

 だが。

 

『夢寐、家にもいないそうじゃない?』

 

 “夢寐は友達の家に泊まっているよ”――そんなベタな言葉が、夢寐の家族の口から出てきた。

 家にも帰らず友達の家に直帰?

 あの山まで付き合ってもらったのに、そんなことあるはずがない。

 

 気付けば栗生は通話ボタンを押していた。

 黎明が、何かの到来を示唆しているように思えた。

 

 通話はすぐにつながる。

 

「も、もしもしっ!? 夢寐、夢寐よねっ!?」

 

 近隣の迷惑なんて考えず栗生は叫んだ。

 相手に何もなかったのなら、この行為は不可解なだけだったろう。

 それであのマイペースで優しい喋り方で、どうしたの、なんて言ってきてくれれば――

 

 

 

 

「――人を欺くのは、大罪であると思わないか、小娘

 

「…………ぁっ」

 

 息が詰まった。

 背後から拳銃を突き付けられているような悪寒が走った。

 

 夢寐の声ではない。

 低く、腹に響く声は――いつも以上に、感情を込めているように思えた。

 怒り、たぶんそういうものが。

 

 落ち着きを装ったように声を出す。

 

「……やっぱり、あ、アンタがでるのね……斑鳩」

 

 しかし震えてうまく声が出なかった。

 

「声が震えているじゃないか。寒いのか? ――今日はよく冷える。外に、いるのだな?」

 

「――――」

 

 斑鳩右京。その声は決して聞きたくなかった。

 彼に突っかかったことは幾度かある。その都度彼からは怒られもした。

 

 ――違う。

 これは、違う。

 絶対に、子供の悪戯を咎めるような声ではない。

 

 初めて、これが恐怖なのだと思い知った。

 寒さじゃない。この震えは、寒さのせいなんかではない――!

 

「あそぼう、天宮栗生」

 

「……は」

 

 だから、恐ろしく思えた彼の言葉に一瞬理解が及ばなかった。

 ……あそぶ?

 

 さっきのメッセージは夢寐を演じていたわけではなく、彼からの誘いであったとでも言うのか?

 

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! ……き、訊きたいことが、あるわ」

 

「なんだ」

 

「ぅっ――む、夢寐は……夢寐は、無事なんでしょうね……?」

 

「…………」

 

 斑鳩は黙り込んだ。

 逡巡しているという様子でもない。

 その証拠に、この沈黙は彼の怒りによるものだと、栗生は本能で理解していた。

 

 彼がその思いの丈をぶつけるように叫ばなかったのが幸いだった。

 人目もはばからず泣き喚き小便を漏らすに違いなかったからだ。

 

 しかし沈黙が彼女にとって心の安寧をもたらしてくれたかといえば、違うに決まっている。

 

「無事だよ」

 

 凍え死にそうだった。死んだ方がマシかもしれなかった。

 

「……生憎と、な」

 

 ――呑み込まれるな。

 山から日が昇り始めていた。光が栗生を照らし、凍えた心を温める。

 

 自分を奮い立たせるために太ももを抓りつつ、斑鳩の言葉を待った。

 

「……あそぼう。ゲームをしよう。楽しいことをしよう、栗生?」

 

「気色悪いこというのね、アンタ……私にそんな趣味は無いし、アンタのことは嫌いなの。夢寐を返して」

 

「なるほど、お前からすれば俺はさしずめ凶悪犯罪者、夢寐はそれに捕まってしまった哀れな人質、か……心外だな、まったく」

 

 相手は栗生の罵詈雑言を容易く受け流している。

 この男は今夢寐を手元に置いているのだ。斑鳩が優位に立っている。

 だから栗生がたとえ何を言ったところで斑鳩が素直に対応するわけもなかった。

 

 渋々、彼の言うゲームとやらに乗せられてみることにする。

 

「……じゃあ、遊んであげる」

 

「ほう。急に気が変わったのか?」

 

「そう、そうね。アンタのこと、ぶん殴ってあげる。アンタを負かして、嘲笑ってあげる。ゲームって言うからには勝敗があるんでしょう? 自分だけが有利なルールを作る、なんて、しょーもない卑怯な真似はアンタならしないでしょうし」

 

「ククク……まるでネゴシエーターだな。そうだ、勿論公平に執り行われるゲームさ」

 

「もちろん、勝てば夢寐を返してくれるんでしょうね?」

 

「約束するよ」

 

 内心で舌打ちをした。

 相手の言う約束が守られる保証はない。

 相手の優位性をさらに絶望的にする行為だとわかっていても、止めるわけにはいかなかった。

 

「では、この場所へ指定した時刻に来い。話はそこでしよう」

 

 ――淡々した口調で語られた、聞いたこともない廃病院の名前と住所をすぐさま調べた栗生は、嫌な予感に頭痛さえ感じながらも向かうしかなかった。

 

 

 


 

 

 

 夢寐のスマホを借りて栗生に伝えるだけ伝えたあと、俺は夢寐をレイプしたあの廃病院へやってきていた。

 壊れかけのベッドに腰掛け、俺は確信めいた疑惑を口に出していた。

 

「奴は存在Xではない……だろう、な」

 

 早計だと思うが、先ほどの通話での栗生の様子からは、どうしても俺の考える存在Xの犯人像とはかすりもしない。

 通話に応じることすら正直予想外だったのだ。

 しかもその後の様子と言ったら、年相応に慌て、口車に乗せられてここまでのこのことやってくる。

 

 先ほど、俺宛てに電話がかかってきた。

 天宮栗生が廃病院から最寄りの駅に降りたという。

 

 相手が俺を殺しに来る可能性も考えてここに呼んだのは白昼堂々。近くに住む組の構成員からも目撃情報を確認したが、誰一人と伴わずこちらに向かっているらしい。

 あいつとは幾度となく関わってきた。俺の脅威になるとは、その長い期間を以って無いだろうと断定できる。

 

 能ある鷹は爪を隠す――それすら奴の思惑通りだったとしたらお手上げものだったが。

 犯罪心理学については多少心得がある。プロファイリングしてみても、やっぱり警戒は必要ないとの結論に至った。

 

「……天宮栗生……お前は、一人の友人すら切って捨てられるような女だったか」

 

 自分でも驚くほど、声に失望がにじみ出ていた。

 

 記憶にあるのだ。俺が存在Xに嵌められた時、夢寐の隣にいた栗生の姿が。

 あの女も、無関係ではなかった。

 それを考える度、血が騒ぐ。斑鳩の、暴力的な部分が沸き立ってくる。――だがやはり、不可解なのだ。

 

 もしも栗生が存在Xではなかったら?

 なら、栗生もまた被害者の一人と捉えることができる。

 

 だが、さて……もしも俺が存在Xだったら、実行犯を敵に送ったりはしないが……?

 栗生が存在Xについての情報をバラしても大丈夫という確信があるのか……今回もまた、洗脳アプリによるものなのか。

 

「…………」

 

 俺はそれとは別に、ある可能性を頭に浮かべていた。

 つまり――栗生が正気のまま、故意に夢寐を陥れようとした、ってことだ。

 

「は……」

 

 くだらない思考はよそう。

 もうすぐ悲劇を飾るプリンセスがやってくる。

 

 散る花をこそ愛でよう。

 

「やることは、一つだけだ」

 

 ――俺があの女を、レイプする。

 

 

 

 

天宮(あまみや)栗生(くりゅう)

 

 

 

『それはどういうメスガキじゃ?』

 

『夢寐と同じ、ジュニアアイドルでステージの上で輝く人間だ。事務所から言いつけられているのかテレビとかじゃ分からないが、素じゃ棘のある言い方を良くする暴力的な女だ』

 

『なにされたん?』

 

『夢寐を陥れようとした。それに、俺の復讐の対象である可能性もある』

 

『動画、忘れたら、赦しませんよぉ!!!!!!!!!!れれれれれ』

 

『しね』

 

 

 

「――つ、着いた、わよ……アンタが言ってた、病院に……ど、どこにいるのよ、ねぇ!」

 

「上出来だな」

 

 天宮栗生が到着した。

 栗生は普段近づかないような雰囲気の場所に戸惑っているようだ。

 窓から栗生の姿を見てみる。武器を持っている様子も無いし、別の人間の姿が無いというのも本当だった。

 

 外から聞こえる焦りの積もった声に、俺は笑みを我慢できなかった。

 

「入ってこい」

 

「こ、ここに……? わ、わかったわよ……夢寐も、いるんでしょうね?」

 

「夢寐? いいや、いない」

 

「なっ……話が違うじゃない! 勝負に勝ったら夢寐を返すって!」

 

「返す。返すが……お前の近くに夢寐は置いておきたくないだけだ。なんにせよ、勝たねば目標は達成し得ないぞ?」

 

 相手は何か言いたげだったが、もうどうでもいい。

 夢寐を渡す気なんてさらさら無かった。そもそも、()()()()()()()()()のだから。

 

 そのまま進めと伝え、窓際から戻る。

 

 さて。

 

 俺も行こう。

 

 

 

 廊下に出れば、すぐにその姿を認めることができた。

 虚ろだった瞳がこちらに向くと一転、強い意志を持って睨んでくる。

 

「斑鳩……右京ッ!」

 

「おいおい……アイドルがそんな怖い顔をするなよ? まるで俺が親の仇みたいじゃないか」

 

 和ませるための軽口も相手は皮肉と受け取ったようだ。

 怒髪冠を衝く勢いで顔を赤くしている。今にも掴み掛からん勢いだった。

 

「言ったろ、ゲームをしようって。――せめてお前にも勝ち筋が見えるようにした粋な計らいだっていうのに無碍にはするなよ、なあ?」

 

「は……その張り付いた下卑た笑い、鏡で見せてあげたいわ」

 

 吐き捨てるように言う。

 

「やっぱり――親がヤクザだと子も腐るのかしらね」

 

「…………」

 

 ……なに?

 

「何の話だ?」

 

「とぼけないでよ。斑鳩興業――その裏にいる咲洲組の組長斑鳩源十斎、アンタの父親でしょう?」

 

「……ふむ」

 

 驚いた。もちろん、分かる奴には分かるだろうが、それでも噂の域を出ないものばかり。

 目の前の少女は事実を喋っている――その言葉が出まかせなどではないことはすぐに理解した。

 

 栗生は勝ち誇ったような表情をしていた。

 その程度の罵倒で俺に一泡吹かせたつもりなのだろうか。

 

 脅すように声を低くした。

 

「なら話が早い。腐りきったヤクザの息子と遊んでもらおうか」

 

「……っ」

 

「来い」

 

 有無を言わさぬ声色に、栗生は文句ひとつ言わずついてきた。

 

 

 

 

「――それで? ゲームって何をするの? まさか、本当にただのゲームなわけが無いものね?」

 

「まあそれは置いといて、だ。まず栗生、お前に訊きたいことがある」

 

「……なに?」

 

「夢寐をあの山に連れて行った理由だ」

 

 栗生が分かりやすく押し黙った。

 割れた窓ガラスから涼しい風が入ってくる。破れたカーテンがはためいていた。

 

「誰が……教えるか」

 

「そうか」

 

 まあそうだろう、とは思った。

 馬鹿正直に理由を話してくれやしないのは承知の上だ。

 

 ベッドから立ち上がって、栗生に一歩近づいた。栗生はそれに合わせて一歩退いた。

 

「教えてくれないのならこの話は終わりだ。ゲームをするとしよう」

 

「だから、ゲームってなにを――」

 

「脱げ」

 

 

 

 

「…………は?」

 

 呆気にとられた栗生の瞳が丸くなった。

 

「だから、脱げ」

 

「……腐ってる」

 

「お前も知っての通り、な?」

 

 ダメ押しとばかり夢寐の寝顔の写真を見せつける。

 栗生が息を呑んだ。……まあ、本当にただの寝顔なんだが、向こうには分からんだろうさ。

 

「卑怯者」

 

「安心しろ、ちゃんとしたゲームだ。だが参加したくないというのなら、お目当てのものを取り返したくないというのなら、仕方ないな……」

「…………ぃ」

 

「ん?」

 

 

 

 

 

「………………………………誰も、従わないとは、言ってない」

 

 

 顔を赤くし、可哀そうなぐらい震えながらも栗生はキッと俺を見据えていた。

 その瞳は涙に煌めいている。

 

 

 ああ。

 

 

 やはり。

 

 

 獲物はこうでなくては。

 

 

「ただ……これだけは、誓って」

 

「ゲームに勝利すれば、夢寐は返してやる。それで満足か?」

 

「…………ふん」

 

 一瞬、栗生が表情を歪めた。

 俺はいったいどんな顔をしているのだろう?

 手で顔に触れてみると、口角が上がり切って目じりは下がっていた。

 

 心底、おかしいのだ。

 嗜虐心が、本能を支配している。

 

「脱いで、どうすればいいの……」

 

 子供用の服をゆっくりとした手付きで――いや、震えてうまく脱げないだけか――脱いでいきながら、栗生が尋ねてくる。

 ふむ――と考えるような素振りをするが、ぶっちゃけ内容は決まっている。

 だがそれを伝えるまでには間が欲しい。ムードと言うのか、演出と言うのか。

 

 そんな思惑を知ってか知らずか、首まで赤くする栗生はついに下着だけになった。

 目でそれも脱げと促す。栗生は従順だった。ぎこちないながらも、下着を脱ぎだす。

 

 胸が少し成長してきているのか、彼女の世代じゃ珍しくブラを着用していた。

 色気のないブラだったが、状況が俺の興奮を水増ししていく。栗生はそれすら脱ぎ捨て、ピンク色のピンと立った乳首を外気に晒した。

 

「立派に興奮しやがって」

 

「……っ、うるさいっ、ばか…………っ!」

 

 その罵倒に先ほどまでの覇気は無かった。ぽろぽろ、と屈辱の涙があふれだしていた。

 俺に見せたくないのだろう、胸を片腕で隠していたが、パンツを脱ぐのに片手じゃ難しいと考えたのか、諦めたように両手を使ってパンツを脱ぎだした。

 

 毛も生えていない恥丘が望めた。ぴったり閉じたそれは、栗生の緊張に応じてか、微かに開きかけたりぎゅっと閉じたりを繰り返している。

 

「ぬいだ……ぬいだわよっ、これ以上なにをすればいいのよ!」

 

「ああ、無様だな」

 

「うっ、ひぐっぅ……だまれぇ……っ! これも、ぜんぶ、夢寐のため、なんだから……っ!」

 

「…………」

 

 よく言う。面の皮の厚さは人一倍だな、栗生?

 俺はその化けの皮を剥がすのが好きなんだぜ?

 

「…………三分だ」

 

 見計らって俺は三本指を立てた。

 

「なに、が」

 

「ああなに、よくあるだろう? そう、三分以内に絶頂したら負け、とかさ」

 

「――――」

 

 今度こそ、栗生の瞳には屈辱しか宿らなかった。

 言葉の意味は知っているようだな。関心関心。ならあとは応用だけだ。

 

「どこが……どこが公平よ、斑鳩ぁ!!」

 

「公平さ。もちろん、俺もこのゲームに参加するんだから――お前が俺を先に絶頂させたらいい」

 

「…………」

 

「これでもこっちはハンデを持ってるんだぜ? そっちは三分我慢するか俺を絶頂させれば勝ち、こっちは絶頂させるしか勝つ方法がないんだから。しかも――処女のガキ相手にしちゃあかなり難易度の高いゲームだろう?」

 

「悪趣味……っ! 外道、地獄に堕ちろ!」

 

 今はそんな謗りすら心地いい。

 

「早速始めよう。ベッドに横になれ、栗生」

 

 ――誰が分の悪い勝負なんかするかよ。

 

 注文しておいた媚薬ローション『プェプェ』を背中に隠しながら、俺は栗生を横にした。

 

 

 

 

 

「――お、父さん……っ、お母さんっ、夢寐……っ!」

 

 ベッドに横にされた栗生は死刑囚のように震え泣いていた。

 俺はその上から覆いかぶさるように四つん這いになる。

 

 秘部が俺の前に、俺のイチモツが栗生の眼前に来る。つまりシックスナインというやつだった。身長の差で、俺は手で弄るくらいしかできんが。

 

「は、っ、ひっ……い、や……ぁぁあ……」

 

「始めるぞ」

 

 恐怖におののく栗生を気にかけることもなく、俺はスマホのストップウォッチで三分の計測を開始する。

 

 泣きじゃくる栗生はおずおずと俺のイチモツに触れた。

 

「ひぐっ、ぐすっ……んっ、ん……っ!」

 

 刺激のない緩慢なしごきだった。快楽は夢寐とのまぐわいで慣れているから、まったく気持ち良くない。

 これならベッドに擦り付けたりする方が気持ちよさそうだ。

 

 しかし、まあ。

 公平、と言ってしまったからな。

 愛撫の方法なんて知らないだろう彼女に、教えてやらねば不公平というものだろう。

 

 俺は腰をぐぐぐ、と下げていく。

 

「ほら、時間はすぐに経ってしまうぞ? 苦労を徒労にしたくは無いだろう? 良いことを教えてやる。舐めろ」

 

「ぁ、ぇ……う、ぁむ、ん、んっ……ぐっ」

 

 イチモツが温かいものに包み込まれた。

 破れかぶれなところがあるのか、不平不満を述べず俺の言葉に従う栗生は不気味でさえあった。

 

 そのまま食いちぎったりはしないか?

 というのは杞憂だったようで、栗生は慣れないながらも奉仕を開始していた。

 

 確かに手での愛撫よりは幾分かマシだが、到底絶頂など程遠い。

 

 まあいいか。

 今回、俺がいちいちこんな迂遠な方法で栗生をレイプするのは、そのプライドをへし折ってやるためだ。

 二度と夢寐に手を出さないようにする目的もある。

 

「ん、ちゅ、あむんっ、んんっ、ぐっ、うぐっ、ん……」

 

 俺は持っていた媚薬ローションを手に取った。

 そしてそのまま栗生の秘部に塗り付ける。

 

「んんっ!?」

 

 栗生がびくん! と大きく身体を反応させ、イチモツを咥えながら叫んでいた。

 気にせずさらに塗っていく。陰核から、膣の入り口までを念入りに、むらなく。栗生の内ももは情けなくどろどろになっていた。

 

「んむ、ん――んぅっ! んっ、んゃっ! あぁんむっ!」

 

 手がひりひりしてきた。やはりこの媚薬ローション、かなり即効性だな。

 反応の薄かった栗生が次第に反応を示すようになる。くぐもった嬌声が聞こえてきた。

 

 栗生の膣はかなり狭い。入口に指すら入りにくいほど。だから陰核を指で転がす。往復するたびに栗生の腰が浮き、俺への奉仕が止まる。

 気付けば栗生は俺の腰に抱き着いていた。――もう、絶頂が近いのだろうか? 時間を見てみるが、三分にはまだ遠い。急かすように俺は言った。

 

「意気込んできたと思えばこれか……呆れさせるな、無様な雌が」

 

「んんぅっ! ~~~~っ、ぅ、んん! ん、じゅる、んちゅっ……!」

 

「くっ!?」

 

 煽りに乗ったのか、無我夢中に栗生はイチモツをしゃぶり、舌で舐めまわし始めた。

 苦しそうな栗生の喘ぎしか聞こえてこなかったのが、いやらしい水音がそこに混ざり始めている。

 

「ぢゅるるっ! んぶっ、んんんっ!! んむっ、あぅっ! んっ、んん!」

 

「う……あ…………」

 

 俺の愛撫の手が止まる。

 俺への愛撫は止まらない。

 それどころか勢いを増している。

 

「んむっ、んごっ……んじゅ、ぢゅ、んむっ! んぐっぅ~~~~っ!!」

 

「っ」

 

 栗生は段々と愛撫に熱が入ってきているようだ。

 喉奥にまで俺のイチモツを咥えこんだりと、本気らしい。

 

 そんな攻防を繰り返して、ついにゴールの三分が近づいてきた。

 

「んぢゅるるるるるるっ! んぶぅ!! んむっんんっ!!」

 

「くぁ……これは…………っ!」

 

 俺の腰が浮くのを逃がさないように腕を回し、止めとばかりに吸い上げるようにイチモツを愛撫する。

 俺の表情から余裕が消えていくのが分かる。

 栗生は勝利を確信しているのかもしれない。

 

 プライドの高いアイドルでありながら。

 人の口車に乗せられ。

 したこともないような愛撫をさせられ。

 勝ちを目前に、なにもかもかなぐり捨てて男のイチモツを咥えこむ。

 

 

 

 

 ……無様で、滑稽だった。

 

 三分が経つ直前、俺は栗生の陰核を指で押しつぶした。

 

「んぎゅっ!? んっ、~~~~~~~~~~~~~っ!?」

 

 がくがくがくっ! と雷に打たれたように震えた栗生は、みっともなく小便を漏らしながらぐったりと力が抜けたように愛撫を中止した。

 ――三分経過の合図が鳴った。

 

 ……()()()()()()()なんてするから変に疲れてしまったな。

 大して気持ちも良く無かった栗生の口からイチモツを引き抜き、栗生を見据える。

 

 絶望に打ちひしがれていた。

 

「俺の、勝ちだな」

 

「ぁ…………」

 

 哀れな女だ。

 もしも警察を使っていたら俺も危なかったかもしれないが……

 選択肢を提示されて視野狭窄に陥り、こうして食い物にされる結末だ。救いようがない。

 

「むび……」

 

「なあ、栗生?」

 

 抜け殻のような栗生が首だけを俺に向けた。

 

「――俺が勝った時の要求を言ってなかったよな?」

 

 ああ。

 

 俺はその絶望に染まる顔が見たかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんなさい、ごめんなさいっ、ごめんなさいっ! ゆるして、やだ、いやぁっ!!」

 

「くきひひはははははははは!! いいぞ、いいぞぉ!! ああ、ステージの上にいるときよりもかわいらしいなぁ?」

 

 栗生の両手を抑えるには片手だけで十分だった。

 逃げようと藻掻く栗生だが、背丈が全く違う俺の拘束から逃れることなど不可能だ。

 

 あそびは終わった。

 

 これからはもてあそび、だ。

 

「やだやだやだぁっ!! やめて、いやなのっ、そんなのっいや……っ!」

 

「あはは!」

 

「ひっ――」

 

 あてがったイチモツを、ローション塗れの栗生の膣に突っ込んだ。

 

「あがぁぁあああああああああああああああああああ――ッ!?」

 

 思ったよりすんなりと入ったのはローションのおかげだろう。

 だがどうやら栗生には媚薬ですら誤魔化せない激痛が走ったらしい。目を剥いて絶叫した。

 

 しかしやはりきつい。そして狭い。おかげで栗生の腹はぼこりと盛り上がっている。

 俺は最奥で一旦止めてやった。紳士だ。栗生は泣いて喜んでいた。うぁぁ、とか、あぁぁ、とか声にならない声が耳障りだった。

 キスしてやると、全く抵抗無しに受け入れられた。

 

「あ、んちゅ……んっ、んぁっ……ぷはっ……はぁ、はぁ」

 

 そこに生気は無かった。

 少女はただ世界を見ているだけだった。

 視界に移っているものを理解しないで見つめるだけだった。

 

「あっ――」

 

 抽送を開始すると、栗生が小さくあえいだ。

 

「あっ、あひっぁ、んひぃ、うっ……っ」

 

 光のない目を結合部に向けて、笑っているのか喘いでいるのか泣いているのか判別のつかない声をただ漏らすばかり。

 壊れたか? まあいいだろう。

 

 媚薬ローションがある程度効いているのか。

 栗生が痛みに対する声を上げたのは破瓜の瞬間だけで、今はもう大丈夫なようだった。

 

「あはっ! あんぅっ! んんっ、~~~~っ♡」

 

 ぐぽぐぽ、と音が聞こえる。ぎしぎし、とベッドが軋む。

 膣は夢寐とはまた違った感触だった。イチモツを刺激する部分も締まりも全然違う。

 

「あひゃぁっ、あ、あっ、あーっ……んー、んむっ、んちゅっ♡」

 

 まるでオナホを使っているような気分さえしてくる。

 暖かな身体をしているのに中身が冷たくなっている。

 

 彼女は快感をただ貪っているだけだ。たぶん、無意識に。

 

「すごっ、い……すごいよぉ、むびぃ、あは、あっ、あんっ♡」

 

 また俺は、笑っていた。

 

「もっと、もっとぉ……んんぅっ!? あ、あは、~~~~~っ♡」

 

 角度を変えて膣を抉ってやる。

 びくん! と弓なりに背中を反らした栗生が、次第に目を蕩けさせていく。

 

「おお゛っ♡ おな、か、ぼこっってぇ♡ んぐぅ、んあ゛っ!」

 

 ガシガシと俺が欲望の赴くまま栗生を蹂躙していく。

 媚薬ローションの効果か、俺はイチモツになにかが昇ってくる感覚を覚えた。

 

 押さえつけていた手から手を放し、俺は栗生の細い足首を掴んだ。

 さすがアイドルなだけあって柔らかく、スムーズに彼女はまんぐりがえしになった。

 さらに奥へ奥へとイチモツが届くようになる。腰を打ち付ける度、狂ったような嬌声が響いた。

 

「ああああああっ!! んひぃああああっ! あ゛っ♡ あああああ゛っ♡」

 

 そして逃げられないよう覆いかぶさるようにイチモツを押し付けると――

 

「ああああぁぁぁぁぁぁああああああああああああ゛――――ッ♡♡♡」

 

 その未熟な女性器に精を解き放った。

 

「あ゛っ、あっ、あひっ、あ、あ、あ、あっ♡♡」

 

 栗生は何度か絶頂を繰り返した。

 俺は精を吐き出し終わったイチモツを引き抜き、撮影していたスマホを手に取り動画を神に送る。

 

「あ…………」

 

 栗生は気絶していた。

 

「……クク」

 

 笑いはこらえきれなかった。

 凶悪犯罪の現場となった廃病院の一室に、乾いた笑いがこだましていた――

 

 

 




 神「幼女相手に四つん這いになりながら偉そうにしてる……」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

多くの場合、レイプは踏み台になるのだ。

 ――気付けば日は傾き始め、鋭角に木の葉の間から廃病院を照らし続けていた。

 その日の光を浴びながら俺は廃病院の朽ちた壁に背中を預け、火照った身体と頭を冷やす。

 ……梅雨時の涼しくもない温い風が通り過ぎるだけで、服は蒸れるしまったく当初の目的を果たせてはいないのだが。

 

 どうしても静かな外で考えなくてはならないことがあった。

 直感に近いのかもしれない。俺は――俺は本当に、存在Ⅹに近づけているのだろうか?

 

 足がかりは掴めようもない。

 夢寐は俺が傍にいるし分かるが、おかしくなった様子なんて見受けられなかった。

 そのうえ天宮栗生は――まあこれは奴が目を覚ましたら確認することだが――おそらく存在Ⅹではない。

 関わってるかどうかも怪しい。

 

 存在Ⅹは俺をこの街から追い出した。

 つまり奴が敵視しているこの俺が不利益を被るような、そんな事態こそが奴の仕業だと確信できる。

 今回はなんだ?

 栗生は夢寐を陥れようとした。

 俺の傍に夢寐がいたからか? だとしても迂遠すぎる――いや、無意味と言っていい。

 

 ――分からないことが多すぎる。

 存在Ⅹの思惑が不明瞭すぎるからか。

 

「俺が夢寐に陥れられた時……それは、いつだった?」

 

 自問自答する。

 あやふやな記憶が答える。

 

「こんな……じめじめとしていた時期だったか……いや、それとも寒さの厳しい日に……? ああ、クソ――」

 

 ナイーヴな自分の心に苛立ってきた。

 あの日の出来事、それに追随する人生の転落は、その程度の情報をかき消してしまうほどのショックを俺に与えていた。

 

 だから……そう。

 

 俺はまだ何も知らないのではないか。

 そんな懸念が浮かび上がってくるのだ。

 

「おそらく存在Ⅹは洗脳アプリを使って俺を排斥した。だから今回もそうであろうと思っていたが……それこそ、何故だ? 人を操れるアプリを持っておきながら、やったことが人を使って俺を追い出しただけ、だと? 慎重というにも臆病すぎる。俺を直接洗脳アプリで操ってしまえば済む話ではないか」

 

 必要とされる情報を欠いた薄い思索は堂々巡り。

 今はじめじめした風も心地良い。額に手を当てると熱さを感じた。

 

「…………これで、いいのか?」

 

 復讐は果たせなくとも、たぶん、俺がこの街から排斥されることは無い。

 

 なら。

 なら、いいのではないか?

 

 ただの一学生として生きて、斑鳩興業の一社員となり、平社員として生を終えるとしても。

 

 ……もちろん、存在Ⅹに対する憤懣が薄れたわけではない。

 その必要性が今揺らいでいるというだけで。

 

「っ……」

 

 口の中に、鉄の錆びのような味が広がる。

 

「なるものか……俺だってもう、罪人だろうが」

 

 ――忘れて、なるものか。

 

 犯した罪を無かったことにしてなるものか。

 

 存在Ⅹへの復讐は――俺がこの時代を生きる理由だろうが。

 

 

 

「……ふぅぅ」

 

 

 ……と、長い長い思考にいい感じの区切りがついたところで、廃病院の入り口の方から音が聞こえた。そちらに顔を向けるでもなく、俺は声を掛ける。

 

「やっと目が覚めたのか――栗生?」

 

「…………」

 

 脱いだ服を乱れてはいるが纏った天宮栗生が、ふらつきながら外に出てくる。

 ゆっくりとした動作でこちらを見つめてきた。光の差さない、絶望の澱んだ瞳を向けて。

 

「斑鳩……右京…………」

 

「ああ」

 

 激情に身を任せて俺に攻撃するでも罵倒するでもなく、か細い声で俺の名を呼ぶだけ。

 しかし意外だったのは――彼女は一目散に逃げるという選択すらしなかったということ。

 

 ふらふらとこちらに近づいてきた。

 

「……ふむ? 意思はあるにもかかわらず憎く思ってるこの俺に無防備に近づくとはどういう了見だ?」

 

「なんだって……いいでしょ。別に、危害を加える、ってわけじゃないんだから……」

 

「…………」

 

 余計に訳が分からなかった。

 ただとにかく起きてきたのならやることがある。

 彼女は寝起きで頭が冴えないでいるのだろうと結論付け、俺はスマホの洗脳アプリ――それの『人格操作』を購入しておく。

 

 ……レイプポイントなるものがまた大きく増えていたのは言うまでもない。

 

 そしてこれについて、実は先ほど神に訊いて分かったことがあるのだが……

 

 

『洗脳アプリの同じ洗脳は基本的に一つしか使えない。前に使った洗脳は後に使った洗脳に上書きされるようになっておるぞ』

 

 

 ということらしい。

 前に夢寐にやったような、複合して洗脳するのは神的に『ありよりのあり』らしい。

 

 だから俺はついでに『記憶操作』も購入し、起動した。

 

 ……こんだけ洗脳のバリエーションあるくせに、なんで洗脳をキャンセルするものがないんだか。

 

「栗生、こっちを向け」

 

「え……?」

 

 デフォルト――つまり何も操作しないということで記憶操作の洗脳を施す。

 これがゴリ押しではあるもののキャンセルになってくれればいいんだが……

 

「……なに、してるわけ」

 

 “Complete!”の表記がスマホに映し出された。

 ……これで、もし存在Ⅹが情報を隠匿しようと栗生を洗脳していたとしても大丈夫、なはず。

 

 それから人格操作を起動し――ダイアログで『人格:素直』を選択。

 時間は……まあ2分でいいか。

 

「よしもう一回こっちを向け」

 

「……はぁ?」

 

 ――“Complete!

 

「っ!」

 

 途端にその表情を青ざめさせていき、瞳を潤ませる栗生に安息の暇を与えず訊ねる。

 

「……天宮栗生。素直に答えろ――今回の夢寐についての件、誰に指示されたことだ?」

 

 目を見て、多少声を低くして、より素直になれるように。

 

「指示、されてません」

 

「…………」

 

 だから――その返答に、思わず空を仰いでしまった。

 

「私が考えて、私が、実行、っ、しました……」

 

「協力者は」

 

「ひとり……夢寐を、昔、ストーカー、して、っ、その人と、出会って、それで……っ」

 

 ――ああ。

 もう、いい。

 

 お前は、お前の意思で夢寐を陥れたんだな……?

 

「ひ、っ……ぁ」

 

 心の中でのつぶやきが口から漏れ出ていたのか、栗生の表情がさらに緊迫したものになる。

 俺も人のことを言えないほどの悪人ではあるが……ある程度信頼していたからこそ、失望もまた大きかった。

 

「…………」

 

 帰ろう。

 あの子に――夢寐に伝えるかどうかも、帰ってから考えよう。

 

 俺は踵を返し、

 

 山を下りようとして、

 

 

「――ま、って……」

 

 

 後ろから服の裾を掴まれる。

 

 

「まって、くだ、さい……」

 

 

 洗脳の解けていない、素直なままの栗生が。

 

 

「…………また犯されたいのか? 苦痛がまだ足りなかったか?」

 

 

 振り向けば、まだ恐怖に満ちた顔をしているのに。

 

 

「い、いたい、こわい……もう、いや、です……やめて、ほしい……」

 

「ならその手を――」

 

「――でも」

 

 

 その目は。

 

 目だけは。

 

 なぜか、再び光をともしていた。

 

 

「なんだって、します…………」

 

 

 見慣れた輝きを、していた。

 

 

「脱げというなら、脱ぎます……またシたいというのなら、シます、から…………」

 

 

 そしてまた、聞きなれたようなセリフを吐き出した。

 

 

 

「――夢寐を、返して……夢寐(ともだち)に、手を出さないでぇ……っ!

 

 

 

「――――――ぁ」

 

 

 

 …………。

 

 ……………………。

 

 ………………………………。

 

 

 

 

 

夢寐(あの子)は――誰にも、傷つけさせはしない」

 

 歩く。

 

 背後から聞こえる泣声から逃げるように。

 

 歩く。歩く。歩いて、歩きながら、思う――

 

 

 ――お前は、夢寐を陥れようとしていたのではなかったのか……?

 

 

 スマホから発せられた、洗脳アプリの洗脳終了の合図も、俺の耳には残らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――斑鳩源十斎から着信があったのは山を下りて丁度の事だった。

 圏外ではなくなるエリアギリギリの事であったため、もしや先ほどからずっとかけていたのではないかとも思ったがそれも杞憂だったようで。

 開口一番は短い一言だけだった。

 

『家に帰ってこい』

 

 一般家庭ならいざ知れず、親からの電話で帰ってこい、などと言われるのは記憶にある限り今回が初めて。

 もしくは言外になにかを察せと伝えているのかもしれないが……。

 不出来な息子はテレパシーを使えんのだ。

 

「なにかおありでしょうか、お父さん? もしかして、夢寐――今家に寝かせているあの子が粗相をしたとか?」

 

『会合だ。組の者が殺された』

 

「…………それは……穏やかではないですね。緊急で開かれるということでよろしいでしょうか? 遅れるので先に始めていただけると……」

 

『それは構わぬ。己は要件を伝えたに過ぎん。――ただ心しておけ、殺された奴は表でも裏でも影の薄い下っ端だった。人間関係の怨嗟で殺されたでも、()()()()事故、というわけでもない。死因は銃殺、弾は5.56x45mm NATO弾――死体の周りに証拠らしい証拠は無かった』

 

「アサルトライフル……現代日本で、ですか?」

 

『そうだ。己が潰した派閥の中にそのような長物を使っている人間は居らんはずだ』

 

 ――次から次へと……。

 頭を抱えたくなる衝動を抑えて、俺は事務的に質問を投げかける。

 

「桜田門組*1の連中は嗅ぎつけるでしょうか?」

 

『否。今回はこちらが先手を打った――その後の()()もつつがなく』

 

「……分かりました。急ぎでそちらに向かいます。間に合わないようでしたら後程邦城(くにしろ)さんに会合で決まったことを教えてもらいますので」

 

 そう伝えるとどちらかともなく電話を切る。

 ……ああ、疲れた。なんか、この時代にいるんだなぁと感じるぜ……。

 

 咲洲組――組長の息子である俺はある程度の権限を持たせてもらっている。

 例えば組の人間を動かしたりとか……まあ源十斎に確認を取らなきゃいけないが。

 

 それもこれも、彩美のため。

 俺が代わりに裏社会で手を汚すためだ。

 

 重い足取りのまま、最寄りの駅へ向かう。

 

「…………?」

 

 駅に近づくにつれ、開発が進んでいるおかげでにぎわいを見せる繁華街に景色は移り変わっていく。

 今日は休日だからか、まだ日の沈まない時間帯でも主婦が買い物をし、若い男は居酒屋の開店準備を始め、壮年の男女は飲み会の場所を吟味していた。

 

 それは見慣れた光景だったが……。

 違和感があった。にぎわい方が違う、というのか……。

 

「チッ……到这里预先来、还没找到!?」

 

 浅黒い肌をした白いスーツの少女……のような女性が、繁華街の喧騒に負けないぐらいの声で叫んでいた。

 ああ、と合点がいく。

 

「外国人が多いのか」

 

 よく見ると日本人じゃない顔の造りをしている人が大勢いる。

 金髪だったり、中国人っぽかったり、どちらかというとアジア系の人間が多い。

 

 ……そんな世界的に有名な場所ってわけでもないんだがな。

 イベントかなんかやってるのかもしれない。

 どこもかしこも外国人観光客を呼び込もうと必死だからな……。

 

「さて……」

 

 親父殿にどやされないためにも、俺はそそくさと家路につくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ってなわけですよ、若旦那」

 

「さも今まで説明してたみたいなセリフですけど、俺今来たばっかですよね?」

 

 やはり家に着くころには会合はすでに終わってしまっていたので。

 丁度部屋から出てきた邦城――俺を懇意にしてくれる構成員のうちの一人と縁側で顔を合わせ会合の様子を聞くことにしたのだった。

 

「……まー酷い有様ですわ。酷いっつっても全員が『仇討ちじゃあ!』なんて息巻いてるわけじゃなくて……ほら、死んだ――井上、って言うんですがね、あいつは下っ端も下っ端なチンピラ野郎だったもんですから、会合に参加した重鎮連中は全く興味を示してませんでしたよ。……浮かばれねぇな、あいつも」

 

 死んだ人間の事を悼んでるのか、夕暮れに差し掛かった日の光が眩しいのか、邦城は顔をしかめていた。

 会合の様子については概ね予想通り。……ウチの派閥が元々血気盛んな荒くれ者の寄せ集めなだけあって、一部を除いて映画やドラマで見る任侠団体の絆みたいなものは皆無に等しい。

 

「ですがお父さんが会合を開いたということは」

 

「ええ、とにかく死因が死因なもんですからね。井上がどっかに喧嘩吹っ掛けたとしても死ぬときは事故に見せかけるか、海に沈めるか、さもなくばチャカかドスで死んでるはずですから」

 

 咲洲組も武器はかなりの数保有している。

 だが輸入のリスクや街中で所持する際の隠匿性を鑑みて全ては拳銃など小さな武器ばかりだ。

 

「死体周辺の状況は?」

 

「場所は井上が住んでたところから、あいつが良く通ってた雀荘までの道の途中にあるタバコ屋近くの路地裏だそうです。運よくタバコ屋の主人が出かけてて、うちの組のモンが偶然発見したんですが……昨日の大雨のせいで死体はかなりひどい状態でした。たぶん、そのせいで証拠とかも全部流れちまったみたいで」

 

「……咲洲組を狙っていると考えるには情報不足ですね。それにあそこ周辺はかなり人通りが少なく治安も悪い。イキった不良が軍の横流し品を使用して、その相手が偶然井上さんだっただけ――とも考えられませんか?」

 

「そう言ったんですがね、組長は何か確信があるのか、兎に角気を緩めるな、と」

 

 もちろん、俺が言った可能性も、そうじゃない可能性もある。

 つまり、咲洲組を狙った犯行であるという可能性。……前回みたいに警察が介入して来たら、悪事が全部暴かれる。警察には頼れない。

 

「もしじわじわと一人一人殺してくるような相手だったら……」

 

「絶対に誰かがキレて大事にするでしょうね、組長も一応それを懸念してらっしゃった」

 

 呪詛のように刻み込まれた単語を浮かべずにはいられなかった。

 

 ――存在Ⅹ……。

 お前の本当の狙いは一体なんだ?

 どこからどこまでがお前の掌の上なんだ?

 

「……若旦那? 顔色が悪いですよ?」

 

「いえ――明日は我が身と、そう思っただけです」

 

 ……いや。

 今日は疲れてるんだ。

 だからどんなことでも存在Ⅹに結びつけてしまうのかもしれない。

 

 こういう事柄こそ客観的に見なければいけないか。

 人が死んだ、俺にまで危険が及ぶ可能性がある。気を付ければいいだけだ。

 

 それじゃ、と薄い笑みを浮かべながら去っていく邦城に最後訊ねる。

 

「邦城さん」

 

「はい?」

 

「今この辺で何かしらのイベントとかやっていましたっけ?」

 

 邦城は数秒考えこむように唸ると、

 

「やってないはずですが、それがなにか?」

 

「…………いいえ、なんでもありません。ありがとうございました」

 

 …………。

 

 …………どうしても、何かの思惑を予感しないわけにはいかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後は源十斎に遅れたことを詫びにいき(案の定相手にされなかったが)、やってきていた重鎮たちに挨拶を済まし、また無理矢理酒に付き合わされたりとしていた。

 そんなわけで、夢寐のところに顔を出す頃には外はもう真っ暗になってしまっていた。

 

「……あ、おにーちゃん。遅かったね」

 

「彩美……? どうしたんだ、夢寐に何か用でもあったのか?」

 

 部屋の前には彩美が立っていた。

 足元には水の入った桶と何枚かの濡れたタオル。

 

「…………もしかして、看病しててくれたのか?」

 

「そうだよー? おにーちゃんってば、焦って家に連れ込んできたのかと思えば、夢寐ちゃん放置してどっか遊び行っちゃうんだもん! これはプリン一個でも足りないかなー?」

 

 生意気な妹は口を尖らせて腕を組んで俺をジト目で睨みつけてくる。

 ……しかしそうか。一人にしたのは確かにマズかったな……夢寐からしてみれば、起きたら知らない場所にいたわけだし。

 

 どうやらその侘びに何を貰おうかと思索している彩美に近づき、その頭を撫でてやった。

 

「悪かった……それと、ありがとうな? ……それで、何が欲しいんだ? 高い物じゃなかったら、お兄ちゃんがなんか買ってやるぞ?」

 

「ぁ、ぅ……もう、すごいの貰っちゃった」

 

 顔を赤くした彩美が埋めるように俺の腰に抱き着いてくる。

 相変わらず直球の好意に弱い奴め。意地悪も兼ねてさらさらな髪の毛をぐちゃぐちゃにするよう撫でまわす。

 

「うぎゃーーー! すぐそうやって茶化すんだからもーーーーーー!! ろーきっく! ろーきーーーっく!!」

 

「うおあぶねぇ!?」

 

 涙目になった彩美が珍しく感情的になって俺にキックを見舞おうとしてきた。……主にすね目掛けて。

 好意に弱いのはお互い様なのかもな、実は。

 

「もー知らない! 彩美怒ったんだから! 絶対にお詫びとしていつか一緒に遊んでもらうんだからねーーーー!!」

 

 そんな微笑ましい捨てゼリフを吐いて走り去っていく彩美に、

 

「うちの妹はかわいいなぁ」

 

 思わず零れる誉め言葉。

 

ありがとー! 実はおにーちゃんも案外かっこいいよー!!

 

「いや聞こえてんのかい」

 

 そう苦笑しながらも、床に置いてあった桶と、たぶん俺にも看病しろということなのか掛けてあった新しいタオルを手に取って、夢寐の眠る部屋に入ろうとして、

 

「……夢寐も、かわ、いい……?」

 

「…………」

 

 もう一人。

 俺を兄と呼ぶ手のかかる少女が襖の隙間からこちらを見ていることに気付くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――熱は無さそうだな。頭がボーっとしたりとかはないか? 手足が痺れたりとかは?」

 

「だいじょう、ぶ……彩美、ちゃんが……看病してくれた、から」

 

「……らしいな」

 

 先ほどの、俺にデコピンを食らわされて横になるまで『かわいい? かわいい?』としつこく訊いてきた夢寐の姿を思い出して肩をすくめる。

 額に手を触れてみるが熱は無さそうだ。それに食欲もあったみたいで、隣には空になった土鍋と茶碗があった。彩美がおじやでも作ってくれたのだろう。

 

 ただあんなことがあった後だ。安静にしておくべきだと考えたのは彩美ものようで、夢寐は今日も泊まることになったみたいだ。

 それで――昨日のことについて、夢寐が何かトラウマを持ったのではないかとも思ったが……見たところ、平気そうだ。

 

 PTSDの症状としてフラッシュバックなんてものもある。

 そう考えると、彩美一人がつきっきりで看病していたのも良かったのかもしれない。

 

「…………」

 

「…………」

 

 考え込んでいたから、お互いに無言になっていた。

 何か話題はないかと辺りに視線を巡らせていると、布団から延びた手が俺の膝をつついた。

 

「おにぃちゃん」

 

 そしてきゅ、と頼りない力でズボンを掴む。

 

「今日は、一緒に寝てくれない、の?」

 

「え」

 

「ここ」

 

 片側の掛け布団を持ち上げて、小さな手でぽんぽんと空いたところを叩いた。

 汗ばんで張り付いた服がまたなんとも艶めかしい。

 

「あれは、その、応急処置というかだな……!」

 

「……いや?」

 

 悩ましい声を出されて、俺は流れるような動作で布団という鞘に納まるのであった。

 ……上目遣いは卑怯じゃないか?

 

 そして布団の中は想像通りかなり蒸れていた。

 ――犯罪的な言い方をすれば、ジュニアアイドルの汗により。

 さらに言えば昨日風呂に入らなかった幼女の汗だ。……それでいてなぜこんないい匂いがするのかが謎だった。

 

 部屋の唯一の明かりだった行燈を消して、昨夜と同じような暗闇に包まれる。

 

「……………………」

 

 寝れるかこんなもん。

 

 ……そういえば、夢寐が敬語を使わなくなったな。

 遠慮が無くなったというかなんというか……。

 

 

 悶々とした時間が進んでいく。

 

 そして。

 唐突に、夢寐が口を開いた。

 

「おにぃちゃん」

 

「……ん? なんだ?」

 

 

「――栗生ちゃんに、手、出したの?

 

 

 本当に唐突だった。

 唐突過ぎて言葉が詰まった。

 

 栗生とのメッセージのやり取りは夢寐に見られる前に削除しておいたはずだ。

 なら栗生が夢寐に連絡した? そんな、バカな――いや、しかし――

 

「否定、しないんだ」

 

 …………今度は息まで詰まった。

 

「やっぱり、今日お出かけしてたのは、そのため、だったんだ……?」

 

「…………ぁ、ちが、違うぞ、夢寐、俺は――」

 

「手を出さないでって、言ったのに……っ! 夢寐だけにって、言ったのに!」

 

 俺の傍らで夢寐が震えていた。

 俺の服を力強くつかみ、涙を我慢しているような震え声で俺を糾弾した。

 俺は彼女を抱きしめることも、ここから立ち去ることもできず、見えもしない天井をただ眺めることしかできない。

 

「……薄々、そうなんじゃないかって、思ってた。おにぃちゃん、すごく怖い顔してたから……もしかしたら、って思って」

 

「…………」

 

「おにぃちゃんは悪くて優しい人だから……きっと誰かのために、怒れる人で……怒ると、怖い人で……夢寐、なんかのために、怒ってるのかもしれないって……でも、気付いた時には、もうお昼過ぎてて……おにぃちゃんも栗生ちゃんも電話に出てくれなくて……っ!」

 

 彼女の言っているその人間像は誰の事なのだろう、と一瞬思ってしまった。

 誰かのために怒れる人? そんなことはない。夢寐の件について栗生に失望はしたが、結局栗生をレイプしたことは自分の存在Ⅹに対する復讐心によるものでしかないのだから。

 

「あの時は……夢寐が、夢寐だけにしてって言った時は……おにぃちゃんは怖い人だと思ってて……だけど、だけど今は、違くてっ! だから、だから、辛い……辛いよ」

 

 こつん、と夢寐の額が俺の肩に当たった。

 

「おにぃちゃんが、酷いことしちゃうのも、栗生ちゃんが、酷い目に遭っちゃうのも!」

 

 ……だけど俺は、夢寐の間違った斑鳩右京像を正すよりも先に、

 

「――じゃあ赦すのか!? お前は自分を裏切った天宮栗生という人間を赦すというのか!?」

 

 そんな言葉が口から出ていた。

 彼女を慮っての言葉ではなく、もっとエゴに塗れた意味を持って。

 

「赦す、赦さない、じゃないよ」

 

「……は?」

 

「…………栗生ちゃんは……ううん、きっとあの人も、なにも悪くないんだから」

 

 だから真正面から、しかも気が狂ったとしか思えない言葉に叩き潰され絶句するしかなかった。

 悪くない? お前を裏切った栗生が? お前を襲ったストーカーが?

 

「死にかけてたんだぞ、お前は……! 悪く無いわけ、あるか! もしかして記憶が混濁しているのか!? なら教えてやる、お前はなぁ――」

 

「全部覚えてるよ。おにぃちゃんが来てくれなかった、ら……なんて、考えたくない、ぐらい」

 

「~~~~~~っ!」

 

 耐え切れず俺は行燈をもう一度つけ、横に置いてあったスマホを手に取り即座に洗脳アプリを起動する。

 

『人格操作』――『人格:素直』――『2分』

 その画面を夢寐に見せつけ、“Complete!”の表示が出てからもう一度訊く。

 

「憎いだろう!? 憎いよな!? 裏切られたんだから――日常を、脅かされたんだから!」

 

 夢寐に覆いかぶさるように、彼女を見つめる。

 もし人格操作されていて、夢寐がおかしくなっていたのだとしても、これで――

 

「ううん」

 

「…………ぁ、な」

 

 それでも夢寐の返答は変わらなかった。

 それどころか、さらに瞳の輝きが増していた。

 

「信じてるから」

 

「なぜ、だ」

 

「友達、だから」

 

 

 

 “――夢寐を、返して……夢寐(ともだち)に、手を出さないでぇ……っ!”

 

 

「そんな顔をしないで、おにぃちゃん? もちろん、苦しかったし、怖かったし、寂しかったよ?」

 

「なら――!」

 

「だから、きっとそこには理由があったんじゃないかな、って考える。相手が悪いんじゃなくて、夢寐が悪いんじゃないのかなって考えてみる」

 

「お前は悪くない! お前は被害者だ!」

 

()()()()

 

「……………………」

 

「おにぃちゃんのやさしさは分かってるから。おにぃちゃんのことは大好きだから。……おにぃちゃん――それでも、夢寐だけにして。友達には手を出さないで」

 

 洗脳により饒舌になった夢寐の言葉に、俺はもう何も言えなくなっていた。

 狂人のように思えるほどの強い意志がその瞳に宿っていたから。その瞳が俺を射抜いていたから。

 

「……ま、ぁ……最初、びっくりしちゃって、おにぃちゃんに攻撃しようとしちゃった夢寐が言うのもなんだけど、ね?」

 

「…………ぜ、だ」

 

「おにぃちゃん?」

 

「……………………い、や。分かった……お前の言う通りにするよ。お前もお前で怒らしたら怖そうだしな」

 

「えへへ、ごめんね?」

 

「……ったく、何歳も上の強姦魔に啖呵斬るとかどんな胆力だよ。寝るぞ、もう」

 

 行燈の明かりを消して、また暗闇の中におぼれる。

 丁度洗脳が解けたらしい夢寐が少し不思議そうな顔をしながらも幸せそうな笑みを浮かべて俺に抱き着いてくる。

 

 ――信じる。

 

 その言葉は、なぜだか妙に俺の心に突き刺さってきた。

 

 彼女はおかしい。百人に訊いても百人が口を揃えて言うだろう。

 だけど彼女の強さはそのおかしさあってのものなのかもしれない。妄信、まさしくそれに尽きる。

 

 

 ああ。

 だから。

 痛いのだ。

 

 

 

 

 “――じゃあ赦すのか!? お前は自分を裏切った天宮栗生という人間を赦すというのか!?”

 

 

 

 それは――俺が最初に出来なかったことだから。

 

 

 

 

 

 

*1
警察



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

人間、好きなレイプによって世界を切り拓いてゆく

 開発の進んだ地区の繁華街は平日の正午でも喧騒に包み込まれていた。

 人々が行きかう姿をガラスを隔てて見つめて、啜ったコーヒーの苦味を逃がすように息を吐く。

 今いる喫茶店に空調が完備されていなければ、夏に近づき熱くなる外で火照った身体は汗を滝の如く吐き出すに違いなかった。

 

 また落ち着いた色調でデザインされ、クラシックのBGMが耳に心地よく、コーヒーも美味いと来たもんだ。

 心の中でお気に入りの店として登録すると同時、わざと目を逸らしてきた現実について俺は唱えずにはいられなかった。

 

「どうして俺はお前と卓を囲んで学園をサボっているんだろうな――栗生」

 

「ふぇ? はいあいっあ?」

 

 そう――平日であるというのに学生の本分を微塵も果たそうとしない不良が二人此処にいること。

 顔を合わせることも無いだろうと思っていた、パフェをこれでもかと頬に詰め込んだ天宮栗生と向かい合わせで座っているということ。

 

 俺は曖昧な笑みを浮かべながら、黒く美味しい苦渋を飲み干していくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――今朝の事だ。

 俺は一昨日伝えられた井上という男の殺害について嫌な予感を覚えていたから、とりあえず危険のない範囲で事件に首を突っ込もうと――つまり、事件の現場を探ってみようとしていた。

 邦城は『あそこにはもう何もないと思いやすがね』、と微妙な表情を浮かべていたが……まあ事件について犯人の証拠となるようなものは無いだろうと確信はしている。

 

 存在Ⅹについての情報が転がっていたりするかもしれない――などと分の悪い賭けではあるが。

 事件と存在Ⅹ、この両者について俺は関連性を見出したいと考えていた。

 そうでもなければ、あまりにも不可解な事件は(考えすぎかもしれないが)また別の()()()()に苛まれそうだったからだ。

 

 二つを一筋の糸で繋げられたとしたらそれでいいのだ。

 最低でも俺の追う相手の輪郭程度はようやく捉えられそうだから。

 

 ……パラノイアに片足突っ込んでる気はするが、まあいい。

 

 

「えー? おにーちゃん休んじゃうのー? でもでも元気じゃん! 朝ごはんだって全部食べちゃったし……それでもやっぱ、どこか具合悪いの?」

 

「……悪いな。それで、彩美に頼みがあるんだが――」

 

 

 俺が休むと伝えると、彩美は『久しぶりにお家からおにーちゃんと一緒に登校できると思ったのにー』とかぶーたれていたが、食い下がっても折れてくれないと観念したのか彩美は拗ねつつも『わかったよ……これも借りだよ?』とそれ以上訊いてくるのもやめてくれた。

 そして、頼み。

 俺は今日一日――できれば今後も夢寐と一緒にいてくれないかと頼んだ。

 

 それと、もしなにかあったら学園の近くに住む構成員にすぐに連絡しろ、とも。

 

 言い知れぬ何かを感じ取ったのかもしれない、彩美は頷くと、任せて、と笑った。

 

 まったく、良くできた妹だ。

 

 

「やっぱり、自分の女に知らない男が擦り寄るのは良く無いもんねっ! 彩美がちゃーんと見張っててあげうっ☆」

 

 

 ぶっ飛ばしたろか。

 とは、言えないしやれないが。

 彼女は俺と夢寐はそういう関係にあると勘違いしているのであった。

 

 ……日曜の朝、夢寐と同衾していた姿を彩美に発見され、誤解は誤解を呼び――いや、もう思い出したくないな。

 波紋が広がりに広がり源十斎にまで突っ込まれたのは肝が冷えるかと思ったぞ。

 

 閑話休題(それはさておき)

 

 その後、昨日帰宅した夢寐にもそれとなく『人通りの多い場所を通るんだぞ』、と注意しておいたところ、『お父さんみたい笑笑』と返されてしまった。

 妄信の如く信じると言った彼女だ。暖簾に腕押しと分かっておきながらも一言二言伝えるのだが、話を聞いてくれない娘に頭を抱える父の気分になってしまったのだった。

 

『父性?』と彩美に訊かれたが絶対に違うと思う。

 

 

 ……とまあ、朝のごたごたを回想していたら。

 景色は朝だというのに暗くじめじめとした、安アパートばかりが並ぶ地区に移ろっていた。

 

 この辺は中央の開発計画のしわ寄せが来た場所というか……労働者を呼び込むために安宿を幾つも作り、そして開発完了の目途が立ってくると何人か失業者が出て、その数人が細々と商売を始めたり……言うなればスラム、だろうか。

 流石に日本というだけありある程度の衛生は保たれているものの、ここに住まう人間の精神の方の衛生を思うと苦い表情しか浮かばない。

 この街を牛耳るヤクザの下っ端が住むだけある、ということなのだろう。

 

 邦城から教えてもらったタバコ屋までに行く途中、何人かとすれ違う。

 そのほぼすべてが在日外国人のようで、浅黒い肌をしていた。濁った眼に奇異の意を込めてこちらを見てくるが、害意は無さそうだ。

 ……まだ日の明るい時間帯を狙ってきてよかった、と安堵する。

 

 俺の命が狙われていたっておかしくはないのだ。

 夜道を自ら進んで歩けるほどこの命に未練が無いわけではない。

 ただ護衛役を一人も付けなかったのは、やはり俺を突き動かす唯一つの理由にある。

 

 ――存在Ⅹ。

 その名を知る者は恐らく一人だっていないだろう。

 故にそれは()()()()存在Ⅹ足りうる証左であることに疑いはない。

 

 もちろん洗脳アプリを使って炙り出すことだって出来るだろうが、それは敵だって同じ。

 今は俺相手に油断しているのだろう――その隙を利用しない手は無かった。だが目立てば存在Ⅹは二度とその尻尾を掴ませてくれないだろうと確信もあった。

 

 だから一人で行動せざるを得ない。

 

「……ジレンマだな。――もし今回の殺害が存在Ⅹの手によるものだとしたら、俺一人の手には負えない。だが安易に誰かに頼ろうとすれば、奴はそこに付け込むだろう。奴は周到かつ狡猾、また慎重だ。……ああクソ、相手の力量を見誤って今に至るまで“信用に足る仲間を作る”という選択肢が浮かんでこなかった――これで足元掬われたらとんだ愚物だぞ」

 

 味方、と断言できるのはせいぜいが猫屋敷夢寐、彼女ぐらいだろう。

 小学生一人味方につけて何になる? 言い方は悪いが、足手まといにしか適正が無いように思える。

 

「それに源十斎だって疑いの余地はある。今回の件をいちいち組内で大事にしたこともそうだ。邦城さんはなにか確信がある――と言っていたが、あの男は何かを掴んでいるのか? 奴が存在Ⅹ、あるいはそれの仲間? ……しかしそうなると、前回の時に組が潰された件についての整合性が取れない。他の派閥を潰してまで頂点に君臨しようとした男が、簡単に組を手放せる……かはともかく、それが目的だというわけがないだろう」

 

 つまりあの男は今回の事件について、組総出で注意しなければいけない事柄であると言外に警告したのだ。

 何某かの脅威が潜んでいる、ということ――それが、俺の追う相手なのか、はたまた組の脅威であるというだけか分からないが。

 

「聞いたところで答えてはくれないだろうな……裁量権は源十斎が持っている。『聞いたところで何もできやしない』と切り捨てられて終わり、ってところだろう。――利害を一致させて敵の姿を確かめるだけのカードは俺にはない……いや、あるにはあるが……危険すぎる。まだ博打に出るほど追い詰められてもいない、はずだ」

 

 無意識のうちに、スマホが入ってる方のポケットを探ってしまっていた。

 手は汗ばんでいて、気付けば首筋や額にも汗が浮かんでいる。そしてそれらの汗とは()()()()()()が背中を伝うのも感じた。

 

 俺は頭に浮かんでは消える、“手遅れなのではないか”という疑念を頭を振ってかき消そうとする――が、多少めまいを覚えただけで懸念がぬぐえない。

 “誰を信じて、誰を切るか”――その選択が出来るだけの情報を俺は持ち合わせていなかった。存在Ⅹについての情報はもはや、何も知らなかった前回の程度と変わらない。

 

「…………いや」

 

 そこまで考えて、俺はもう一度かぶりを振った。

 知っていることはある。起死回生の一手になるとは到底思えないが、()()()()にはなるだろうと推測し。

 

 俺はスマホを取り出しメッセンジャーアプリを起動する。

 この時代に舞い戻り幾度となく見てきたその名前をタップし、心に浮かんだ疑念をそのまま打ち込んだ。

 

「必ずや、見つけ出してやる」

 

 怒りを胸に――そのつぶやきは、とあるタバコ屋の隣の路地裏に溶けて消えていった。

 ここが、目的地の場所。咲洲組構成員井上が殺害されたという場所。

 

 周囲を確認してみるが人はいない。視線も気配も感じない。それはタバコ屋の中も例外ではなかった。

 

 ……偶然出かけてる、って話だが。季節外れの海外旅行か?

 これ幸いと、俺は足音を立てずに路地裏の方へと入り込んでいく。

 

「…………こりゃ、また」

 

 金曜日の雨がまだ残っているほど水はけの悪い場所だった。

 ところどころ黄色い染みやら水の染みた跡が目立つ場所のあるコンクリート製のアパートの壁がひたすらに気持ち悪い。

 先日の大雨によりゴミは端の方に集まり、こびりついていた。これで鼠が巣食っていたら百点満点のクソスラムだな、と吐き捨て数十秒。

 

「行き止まりか」

 

 井上が死んだという場所には、花の一輪さえも供えられていなかった。

 血の染みすらないアスファルトとコンクリートが彼の棺桶だったのだろう。

 形だけでも合掌し、辺りをそれとなく探ってみる。

 

 ……が。

 

「やはり何もないか」

 

 大雨で辺りのものは流されて、その上組の捜査まで入っている。

 警察だって目じゃないスキルを持った連中の嗅覚でさえ何もつかめなかったのだ、素人の俺が何か見つけられるわけはないか。

 

 ……例えばその組の人間を使って、存在Xが証拠を隠滅した、とか。

 可能性がゼロではないのが痛いな。これもそれとなく探りを入れる必要がある……か。

 

 一見して何もないその行き止まりを、いろいろな角度からスマホで撮影していく。

 

 そして最後のフラッシュが焚かれた時、隣のアパートの窓ガラスが突如開かれた。

 

「――誰だ!」

 

「うぉぉ!? な、なんでいなんでい……!?」

 

 警戒し一歩退いてみるが、そこから顔を出したのは煙草を咥えた中年のおっさんだった。

 俺の声に驚いたようで、ライターに火を灯しながら火のついてない煙草を咥えて固まってしまっている。

 

「……いえ、すみません。どうやら驚かしてしまったようで。一服を邪魔してしまい、申し訳ございません」

 

「あ、ああ……いや、ははは! 随分と堅苦しい言葉遣いだなぁ、あんちゃん! なーに、邪魔する程度、言葉が通じるだけマシってものよ!」

 

 豪快に笑う男は――偏見かもしれないが、建設業を営むものだろう――気を取り直して煙草をふかし、こちらに向き直る。

 

「しかしあんちゃん、こんな辺鄙なところになんのようだ? 今はまだ日も出てるしいいが、その身なりだといつ襲われるかわかったもんじゃねーぜ? ここ、まともじゃねーんだからよ」

 

「……なら、そんな場所に好んでくる自分もまともではないと思っていただければ良いかと。具体的に言うならば、自分はカタギとは程遠い場所に身を置いてまして」

 

「ひゅー……やっぱり丁寧な口調の人間ってのは腹に一物抱えてるもんだな」

 

 こうして敬語がスラスラと口に出るのは、前回のサラリーマンの経験からだ。

 そしてまた、年上の人間は多くが年下には敬語を強要する。そうでなくとも、敬語は使われるだけで気分のいいものだ。

 

「それで――こんな傾奇者がお尋ねいたしますが――最近、この近辺で変わったことはございませんでしたか?」

 

 情報を簡単に漏らすぐらい。

 

「…………目の色変えやがって。んなギラついた目をされて、素直にはなれねぇなぁ」

 

 ……そう思っていたからこそ、目の前の男の対応に少しばかり驚いた。

 

「ああ。ああ確かに変わったこと、あったとも。それを教えてもいい。だがそっちは――どうやらこの情報が欲しいようだ、な?」

 

 それですぐ後に安心した。

 この男もまたある程度信用のおける人物だろう、と。

 

「これは失礼しました。商売の基本を失念していたらしい。……それではこちらを、どうか」

 

「へへっ、悪いね――って」

 

 そうして俺の財布から手渡された額に、男は目を丸くした。

 

「……情報料に五万? 言っておくが、そんな大した情報じゃない。これじゃ逆に怖くなっちまうだろうが」

 

「情報料は一万です」

 

「…………なら、残りの四万は?」

 

「口止め料ですよ――その諭吉で喉を詰まらせて窒息死したくなかったら、余計な口は利かない方がよろしいかと」

 

「……………………あいよ。まあ吹っ掛けたのは俺だ。その辺は守るとも。……ただまあ、死ぬときはそんな幸せな死に方をしてみたいもんだね」

 

 こんな場所に住まう者の流儀だろうか、口外はしないと今一度誓った男はぽつりぽつりと語りだす。

 だが人目が気になるのか、まずはこっちに来いと手招きされ耳を近づける。

 

「ここに来たってことは、あの死んでたおやっさんの関係者か」

 

「……ええ。井上という男です。分かっている情報はと言えば、彼の死因が銃殺、それも拳銃ではないアサルトライフルによるものだったこと」

 

「ああ――見ていたさ」

 

 男は先日の事を思い浮かべるように目を閉じて唸った。

 

「アサルトライフル――っちゅーんがなんてもんかは知らねぇが、でけぇ銃持った男があの死んだおやっさんを撃ってた様子を覚えてるぜ」

 

「その男は?」

 

「分からん。が、そいつは日本人じゃなかった。ここいらだと良くいる在日外国人――アジア系だな、肌が日焼けした肌みたいだった」

 

 思わず歯ぎしりしてしまう。

 ……在日外国人。あるいは最近急増した外国人観光客に紛れてか……?

 

「……人数は?」

 

「一人だった。殺した奴はな。……だけど後日になって、通りを見晴らせるところで住む友人に訊いても知らぬ存ぜぬ――あのでかい銃だ。歩けば目立つ。車を利用したんだろう。憶測の域を出ないが、車を運転した奴と銃を持ってた奴、二人いるんじゃないかと思ってる」

 

「その根拠は」

 

「――子供だったんだよ」

 

 …………なんだと?

 

「銃を持ってたのは子供だったんだ。そう、簡単に言い表すなら、“少年兵”って感じの」

 

「確かに、そうなると複数犯の可能性も出てきますね……ただまあ、憶測ということで一旦置いておきましょう。その時の状況で分かってることはありますか?」

 

「ああ――つっても怖くて部屋の隅で隠れてガタガタしてたから曖昧なんだけどよ……どうにも追い掛け回されてたらしいぜ、あのおやっさん。それで逃げてたが追い詰められて、ズドン」

 

「殺意があった……」

 

「そういうことになるな」

 

 明らかに、俺の言っていた“不良の遊び”程度ではないことだけは分かる。

 それが巧まずしての結果ではなく、そこには何者かの意志が介入しているということになるのだ。

 

「それとだが……まあこれは一万円に足る情報とするためのおまけと取ってくれて構わない」

 

「……どうぞ?」

 

「タバコ屋の主人も死んでたらしい」

 

「っ、……それは、本当ですか?」

 

「ああ。聞くところによれば……ほら、臨海してて唯一誰も寄り付かないあの倉庫群。あの場所に主人の持ち物が転がってたらしい――血に塗れて、な」

 

 ……なるほど。“偶然”などではなかったわけだ。

 こちらが情報を咀嚼する前に、男はそれと、とまた付け足した。

 

「台湾の麻薬カルテルが咲洲組っちゅーヤクザのシマで商売を始めようとしてるとかなんとか」

 

「それは?」

 

「どーも気性の荒い集団らしくてな……武器の出所にも関係あるんじゃないかと思ってよ」

 

 そこまで言い切り、男は煙草を思いっきり吸い上げた。

 話はこれまでと言わんばかりに大きく息を吐き、紫煙で俺と彼を隔てる。

 

「こんぐらいかな、俺の知ってる情報ってのは」

 

「ありがとうございました……なかなか興味深いお話が聞けましたよ」

 

「ったく、世も末かね……こんな青年が、こんな情報欲しがるたぁ…………気を付けろよ、あんちゃん。どうもこの街、きな臭くなってきたからな」

 

 最後は語気を強めた警告だった。

 俺は了承の意として会釈をし、それを受け取った男はじゃあなと笑い、煙草を路地裏に捨てて部屋に戻っていった。

 

「……まさか、掘り出し物に当たるとは」

 

 そして俺も踵を返した時。

 もう一つの掘り出し物に当たる。

 

 それはメッセンジャーアプリに来た返信。

 

 “存在Ⅹについて知っていることを伝えろ”という文面に対する神からの返信だ。

 

 

『分かることは少ない。それほどまでに存在Ⅹは足跡を消すのが得意らしい。それ故教えられることも少ないが――まあ、一つだけ教えておく』

 

 

 次いでくる返信に、俺の懸念は増幅する。

 

 

『お前の受けた仕打ちについてだが――あの時間軸に置いて、存在Ⅹは()()()()()()失敗している。本懐は成し遂げられていない』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして俺は、開発の進む中央の方へとやってきていた。

 この喧騒には嫌になるが、しかし先ほどまでいたあの場所の静寂と比べると何倍もマシだった。

 時刻としてはもう昼前になるのか。学園をサボった時ほど時間の流れは早いものだなとしみじみする。

 

「……はぁ」

 

 あの辛気臭い場所から移動したのは心機一転という目的もあるが、やはり神から伝えられた例の情報について考えておきたいことがあったからだ。

 というかぶっちゃけ得られた情報が頭の中で錯綜してぐちゃぐちゃになっている。“存在Ⅹは俺をこの街から追い出すべく行動している”という前提がいともたやすくぶち壊されたのだ、自分で言うのもなんだが仕方ないと言えよう。……あとは腹が減ったから、だな。

 

 ここから学園はそう遠くはない。

 今は大人の姿しか見えないが、空が橙色になる頃にはここも学生でにぎわうだろう。

 それほどこの場所には色々なものが揃っている。もし入用のものがあれば大抵のものが買い揃えられるほど。

 

 それだけあって、やはり店同士の競争率は高く、それを制した強者ばかりが並ぶ、通りを静観する飲食店などには期待も募るというものだ。

 ……こういうところで何故かしぶとく生き残ってる家系ラーメンの看板はとりあえず無視することにした。

 今はとにかく暑い。どこか良い感じの店がないかと辺りを見渡してみたところ――

 

「…………な、なんか……見覚えのある奴が…………まさか、な……?」

 

 赤レンガ造りの風情ある喫茶店のショーウィンドウに張り付かんばかりに近づいて息を荒げる幼女が一人。

 割と目立つサイドアップの髪が俺の記憶の中から否が応でも彼女の姿を想起させる。

 ファーのついた黒いジャンパーと、バランスの良い健康的な足をこれでもかと際立たせるホットパンツ。白い帽子に――ショーウィンドウにはサングラスをかけた“天宮栗生”の姿が映っていた。

 

「んー……んーーーーー……」

 

 近づいてみると、なにやらんーんー唸っている様子。

 視線の先には特大パフェとやらが……見るからに胃もたれする要塞級のスイーツの数量限定の表記の下に、思わず引くほどの値段設定を見た。

 

「おい」

 

「んー……? ………………………………うひぃ!?」

 

 見かねて声を掛けて、栗生が目線だけでショーウィンドウに映る俺の姿を見て数秒。

 遅れて跳びあがる栗生に周りからは奇異の視線が向けられていた。ズレたサングラスを戻すこともせず、栗生は怯えたような表情を浮かべる。

 

「な、な、な……なんで、アンタがここに……」

 

「なんだっていいだろ……ってかこっちが訊きたいわ不良幼女」

 

 と、声を掛けても向こうには届いていないようで。

 

「ままま、まさかまた私を犯しに来たってわけ……!? あ、ああああああアンタ人の心ってもんがないの!? あれから一晩寝れなかったし! 怖くて学園にも行けなかったのに! こ、この外道! 人でなし! ロリコンー!!」

 

「あー……」

 

 まあ無理もないだろう。

 今この場が車や人の喧騒で騒がしくあったことに感謝した。

 もし誰かに聞かれていたら――こうした原因は俺にあるとしても――あまりよろしくない。

 

 自分の身体を抱き涙目になる栗生に肩を竦めた。

 

「そんなことはしない」

 

「え……?」

 

 そしてその目に幾ばくかの希望の光が宿った。

 それからサングラスを元通りにすると、不思議そうな顔でこちらを見上げてきた。どう見ても敵意があるとは思えなかったのだろう、“どうして?”と言外に伝えてきているようだった。

 あっけらかんと答える。

 

「叱られたからな」

 

「子供の悪戯かよ――ッ!!!」

 

 激情のままにサングラスを地面に叩きつける幼女がそこにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――そして場面は冒頭に戻る、と。

 空調の整った喫茶店内は過ごしやすく、アイスコーヒーを喉に流し込んでいくのがたまらなく心地よかった。

 ……はずだったのだが。目の前で一心不乱にパフェを吸収していく栗生を見て、眉間にしわが寄るのを抑えられない。

 

「……あによ。奢るって言ったのそっちだからね? くれって言ってもあげないんだから」

 

「いるかそんなカロリーボム! ……ジュニアアイドルが、太っても知らないぞ? あーあ、コーヒーについてきたシュガーまでかけやがって」

 

「アンタが言うことじゃないでしょうがこの犯罪者。いーの、今はお忍びなの、アイドルじゃないから好き勝手してても良ーのっ!」

 

 暴論を展開する甘党に、俺は頬を引きつらせるしかなかった。

 それに、と――お前がただの一般人としているのなら、今この場は強姦魔と被害者っていう分かりやすくも意味不明な組み合わせになるわけだが。いやまあアイドルのままでも変わらんが。

 歪んだ関係性は俺の胃を容易く締め付けてくれたようで、どうにかそれを収めようと提案したのが栗生にあのパフェを奢る、というもの。

 

「にしたって往来でいつまでも唸ってるんじゃねーよ。金ならあるんだろ? アイドルなんだから」

 

「……その辺はお父さんとかお母さんとかが管理してるから。使い過ぎないようにってお小遣い制なの……あー、でも、やっぱりタダで食う飯は美味いわね……!」

 

 小学生にしてなにをほざいてやがる……と言いかけたが、余計話がこじれそうなのでやめておいた。

 スピードを衰えさせることなくパフェを平らげていく栗生をしり目にコーヒーのお代わりを頼み、それから疑問を投げかける。

 

「それで? 俺はお前には滅茶苦茶恨まれていると思っていたんだが?」

 

「別に。恨んではいるけど、パフェ食べたかったし。なんか、悪いこと企んでる顔でもなかったし。それに――」

 

 そこで一旦、アイススプーンを置いて、

 

「ねぇ、聞かせて。あの言葉……夢寐は――“あの子は誰にも傷つけさせない”っていうのは、どういう意味だったの」

 

 俺の双眸を真摯な瞳で射抜いてきた。

 

「……文字通り。俺は夢寐に危害を加えるつもりは……あー、まあ、無いし、他の誰でも例外でもないってことだ」

 

「なんでちょっと言い淀んだのよロリコン」

 

 そりゃ最初はがっつりレイプしてたわけだし――とは言わずに話を続ける。

 

「…………つまり、そうね……私たちの間にはすさまじい誤解があるんじゃないかって思ったのよ」

 

「誤解、ねぇ……そうだな、それは少し――いや、かなり思い浮かべていた。思えば何も言葉を交わしていなかったしな」

 

 何気なく言葉を返すが、俺は内心では驚きまくっていた。

 彼女は――栗生はそう理論立てて感情を抑制しているのだ。彼女の内心が全て読み取れるとは言わないが、今でも俺を殺したいぐらいは思っているはずなのに……その精神力と、冷静さに感嘆しつつもこうして話し合いの場が設けられたのだ、感謝するしかない。

 

「アンタの事を全部信じるわけじゃない」

 

「……ああ」

 

「それでも……あの子は信じてるのよ、これがまたどうして全くもって分からないけど、夢寐はアンタに信頼を置いてる。なんでか知らないけど私がアンタに襲われたことだって察して……いえ、多分知ってメッセージを幾つか送ってきたぐらいだし。だから、まあ、あの子が信じるんだから、私はあの子が信じるアンタを信じてもいいかなぁ、と思わなくもなかったり」

 

 回りくどい言い方をしながら自分の考えを主張する彼女は、見てみてよ、とスマホを見せてくる。

 夢寐とのメッセージのやり取りだ。『あれは夢寐が悪かった』、『右京さんはなにも悪くないの』――というのが長々と、ある程度簡略化しているがそのような言葉が続いていた。

 それが俺の書かせたものではないと確信しているのは……最後に数十分と電話していた表記があった。彼女の声を聴いてみて、長く話し合って結論付けたというわけだ。

 

「あの子、趣味悪くない?」

 

 悪戯っぽく笑う彼女が、夢寐の愛用する変な猫のスタンプを見せつけてくる。

 

「アンタみたいな男にここまで傾倒するなんて、ね」

 

「……ああ、参ったよ」

 

 してやったり、と今度こそ栗生が明るい笑みを浮かべた。

 俺はその笑みに夢寐の姿を重ねていた。……どっちも恐ろしいまでに強い“芯”を持っている。

 羨ましいようで、危ういようで、眩しくて目を細めてしまっていた。羨望をコーヒーの苦味で流し込んでいく。

 

「でも、やらかしたことに関しては赦すつもりはないからね。警察に突き出さないのも、アンタじゃなくて夢寐のためなんだから」

 

「分かっている。それについては本当に感謝して…………栗生?」

 

 気付けば、アイスとラズベリーの乗ったスプーンが俺の口元まで運ばれていた。

 呆気にとられた俺が栗生を見るが、向こうは微笑を崩さないで、

 

「手打ちは必要でしょ? ほら、口開けなさいよ」

 

「……くれと言ってもあげないんじゃなかったのか?」

 

「私があげたいんだから、いーでしょ?」

 

 有無を言わせぬ態度に、思わず言葉が詰まる。

 それより周りの視線が怖いんだが……今は温かな視線だが、これがアイドルと一般人ってバレたら……。

 

 …………いや、仕方ないか。

 相手がこうして譲歩しているのに、俺が我儘言うわけにもいかないな。

 

「分かったよ……」

 

「それでよいよい♪」

 

 素直に口を開けると、満足気に頷いた栗生がスプーンを口の中にまで入れて――

 

 

 

 ――ひょい、と。

 俺が口を閉じると同時、スプーンは栗生の口元にまで戻ってしまっていた。

 

「ぁ、な…………」

 

「あはははははは! お兄ちゃんってば面白ーい! 今時こんな古典的な悪戯誰も引っかからないのにー!」

 

 先ほどまでこっちを見つめていた店内の客たちすら笑い出していた。

 

「これでぇ、手・打・ち♡」

 

「お、おおおおお前ぇぇぇえええええええ――ッ!!!」

 

 

 正午の喫茶店に、男の虚しい叫びが木霊していた――

 

 




 あけましておめでとうございます
 正月にこれを書いてる自分を誰か殴って


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

近くに寄るほど、強姦魔も普通の人だとわかる

 めっちゃ難産(一万五千文字)
 こっそり修正はいるかも


 ――斑鳩右京という男について知ったのは、本当に偶然の賜物だった。

 

 今は横で自分に『お兄ちゃん』だの『あれ買ってほしいなぁ~?』だのとあざとく擦り寄られ悪態をつく彼であったが、第一印象は最悪も最悪、底を抉り取るレベルで最低であったっけ――と天宮栗生は彼に見えないように笑う。

 

 彼の、栗生に買わされた荷物を持つ手とは逆の手を掴み取り、子供のいない街中を少し新鮮な気持ちで歩きながら、記憶を遡ることにした。

 

 

 ――“あの男は猫屋敷夢寐に危害を加える可能性がある”。

 

 

 そう告げられたのは、今年に入ってからすぐのことだった。

 

 治安が良いとは言えなくとも現代日本だ――増してや、()()()()()()()()であったというその人間が告げた言葉など信じるに値しないと、一蹴したはずだった。

 結局、どちらを信じたのかは先日の光景がすべてを物語っている。まだ異物感に苛まれている下腹部をさすった。

 

(……あの時は流石に何度も警察に通報しようかとも迷ったけど)

 

 最初から人を信じ切れるほど栗生の心は隙だらけではない。そんな彼女が斑鳩右京という見ず知らずの人間よりストーカーという前科を持つ男を信じたのは、やはり彼女自身が右京を危険だと判断したからに他ならない。

 

 ――状況証拠、というものがある。

 直接的に犯罪を証拠立てるものではなく、間接的に犯罪を示唆するものだ。

 ストーカーが言うには、“斑鳩右京は日夜夢寐をストーキングしている”――らしいのだが。

 

 栗生は自分勝手だと思いながらも毒づいた。

 “いや、ヤクザの子だったり実際怪しい風貌しているんだしそりゃ勘違いするでしょ”――と。

 

(で、まんまと私は右京を敵視したわけで……あーあ、ホントーに、何やってんだか)

 

 無論ストーカーにも疑ってかかった。

 危ない人間がいる、なら警察かそうでなくとも大人に頼れ、とも言った。もしかして、自分をストーカーする気なんじゃないか、とか。

 ストーカーは否定したが……そう猜疑する栗生自身を否定することは無かった。

 怪しまれて当たり前だ、と。それでも――と続けて。彼の目的は、栗生が聞いた限りでは――

 

(夢寐を危険な目に遭わせない、そして謝りたい、か……)

 

 右京が彼の言う通り危険人物だとして、挙げられる危険性はいくつかある。

 人身売買、売春――アイドルならでは、というにはあまりにも暗いものがピックアップされていった。

 確かに、ヤクザというのは風俗だとかで資金を集めていたりもすると聞いたことがある。

 しかもその上、それらしい理由付けをされて可能性について詳しく解説されたのだから、信じるまではいかなくとも偽りであると斬り捨てることもできないでいた。

 

 当初の目的は夢寐と右京を接触させないこと――何があるか分かったもんじゃないから。

 だが気付けば二人は関係を持ち、更には親し気に、また家族までも交流を深めていったのだ。何の前触れもなく、突然に、だ。

 

(…………というか、ラブラブ?)

 

 夢寐の頭を気安く撫でまわしていた時の彼には、思わず親の仇を見るかのような目で睨んでしまったが。

 

 ともかく、そういった状況の変化もあり、手段を選んでいられないというところに話は運んだ。

 しかし同棲までしている夢寐に、右京に秘密で話をする機会というのは中々訪れなかった。

 だからこそ、あの時の早下校というのは僥倖だったのだ。すぐさま行動に移し、彼女に右京という男の危険さを知ってもらおうとして――

 

「――おい、栗生? どうした、顔が青いぞ? ――熱中症かぁ? やめろよ、ただでさえ複雑な関係なのに病院になんざ連れて行けないぞ」

 

「……複雑にしたのはどこの誰よこの腐れペドフィリア……ただちょっと疲れてるだけだから。どっかの誰かさんにいっぱいいーっぱい汚されちゃったわけだし」

 

 いーっ、と、ちょっとした仕返しのつもりで彼に反抗する。……多少自爆気味に思い出して悶絶しそうになってしまったが、涙目になってもサングラスで隠れるのは幸運だった。

 痛いところを突かれたように右京は言葉を詰まらせる。いつもの厭味ったらしい笑顔を浮かべたまま、

 

「……ま、あんなカロリーの権化みたいなパフェ完食したんだ、少しぐらい休んだ方が良いんだろ。吐かれても困るしな」

 

「…………だから、ちょっと疲れちゃっただけだってば。変に気を回さないでよ……」

 

「疲れてんならなおさら休むべきだろ……というかお前がいちいち目に付くもの手あたり次第俺に買わせたおかげで! しかも荷物持ちに任命してくれやがったおかげで腕が限界なんだよ!」

 

(……汗一つかいてないくせに)

 

 モヤモヤした胸中に渦巻くのは、彼のそんな、不器用に優しい態度のこと。

 

 ――何が危険だというのか。

 

 危険な一面があるのは否めないし、世間はきっと彼の方を厳しく罰するだろうことも分かっている。

 だが彼は、今までの栗生の中にあった斑鳩右京像とはまるで違う、気の遣い方を知らないでも慮るその様は正しく『兄』のようで。

 そんな彼を、何も知らないくせに憎んでいた自分が嫌になりそうだった。

 

(でも……ちょっぴり言い方が刺々しくなるのも、しょうがないと思う)

 

 そんな、自分を慰めるような擁護の言葉が心の中で浮かんでは消えていった――。

 

 

 

 


 

 

 

 

 ――休むついでに、栗生の告白を聞いた。あの大雨の日の事についてのことだ。

 

 彼女は俺の言葉を挟ませないように、矢継ぎ早にすべてを吐露した。まるで、悪戯を叱られたくないと縮こまる子供みたいに。

 俺は広場のベンチに改めて座り直し、揺れる木の葉の間から空を見上げて、風の音に耳を傾けていた。

 

「そうか」

 

「そ、そうか、って……それだけなの? そんな簡単に信じられるわけ……?」

 

 横に視線を巡らせてみれば、木陰のせいか、話題のせいか、いつもの小生意気さがなりを潜めた一人の少女が不安げな瞳をこちらに向けていた。

 サングラスを取ってしまえば、目の前にいるのは正真正銘の現役アイドル、天宮栗生だ。彼女らしくない言葉を鼻で笑って、俺は空を見上げながら、“あの子”のことを思い描く。

 

「お前はこんな俺を信じると言っただろう? いや、信じてみてもいい、だったか? ……まあどっちでもいい。そう思ったのはなんでだ、栗生?」

 

「それは……あの子が、夢寐がアンタを信じるって言ったから……あとは、自分で考えてみて、それで」

 

「一緒だよ。夢寐はお前を信じている。友達だからと意志を曲げようともしなかった。……だから俺も、お前を信じるよ」

 

 栗生はその言葉を聞いて何かを言い返そうにも、何も思い浮かんでこなかったのか口をパクパクさせて、それから微妙な表情を前に向けた。

 納得はいってないけど、自分だって一緒だし――なんて拗ねたような声が聞こえてくるようで、俺は思わず笑ってしまう。訝しむようにジトっとした目を向けられて、それから少し躊躇うように口を噤んでから、栗生は呟いた。

 

「じゃあ……信じるっていうのなら、私はそれを信じる。……けど、それなら……私はアンタを知ったような気になって悪人に仕立て上げていたのよ……? アンタから夢寐を引き離そうとして、それで、それで……! アンタは、何も思ってないの……? ――怒って、ないの……?」

 

「怒ってるんだとしたら、パフェなんか奢らないだろ。こうしてお前のためだけに貢物を買うぐらいには、全く何にも気にならないな」

 

「でも私は酷いこと言った! アンタの家族をバカにした! 遠回しに……アンタを、否定した……」

 

 ――さっきから妙に刺々しい言い方をしているのも、やけに俺に突っかかってくるのも、それが気に掛かるせいか? とは訊かずに。

 覇気もクソもない、新鮮でありながらもどこか寂しく思える彼女の頭を優しく撫でて、息を吐くように告げた。

 

「事実――俺は悪人だ。そう言われるだけの()()がある。蛙の子は変わらず蛙さ……トンビだって鷹は産めない。普通の人間じゃないんだよ……お前の糾弾は全くもって正しかった」

 

「そんなこと――」

 

「だからもう何も気に病むな。お前にしてしまったことはもう消えない。だけど、その悪人を信じてくれるんだろ? 重要なのは過程じゃなくて、目に見える結果だ。……そもそも、友達を守ろうとするなんて立派な行為を咎められるわけもなかろうに」

 

「…………アンタだって……アンタだって、夢寐を守ろうとして……っ! ……私だって、全部が全部、正しい行いだったわけでもないのに! 結果が大事なら、それなら私はもっと酷かった! なのに、どうして……!」

 

 何も答えず、ただゆっくりと彼女の頭を撫でる。

 帽子は彼女の膝に置かれていた。夢寐のくせっ毛とはまた違う、さらさらとした感触が掌に残るようだ。

 それからも、栗生は小さな声で何かを言えば、また黙り込んで頭を撫でられ続けるという、そんな動作を繰り返していた。

 

「少しぐらい……恨み節でも、吐いてよ……」

 

 ――きっと、彼女は叱られたいんだろう。

 正しいと思っていた行為が実は間違っていて、でも夢寐も、俺も、誰も彼女の事を責めはしない。あれでいて正義感の強い少女だ――自責の念に駆られでもしているのかもしれないし、恨まれるだろうとした理想と現実のギャップに戸惑っているのかもしれない。

 

 だがそれは俺だって同じだった。この子には恨まれても仕方が無いと高を括っていたというのに――彼女はちょっとした悪戯で“手打ち”にしてしまったのだから。多分、俺が罪の意識に苛まれるのを防ごうと、子供じみた手法で執拗にからかってきたりしているのだから。

 一方的に責め立てることなどできるはずもない――俺たちはどちらも、きっと、夢寐という少女への加害者にすぎないのだから。

 彼女が赦したのなら、もうこの話は終わりであろう。そして事実、彼女は赦したのだ。

 

「ちがう……そうじゃない……ちがうでしょ……?」

 

 掠れるような声で、絞り出すように自分に言い聞かせてから、

 

「――ごめん、なさい……疑って、ごめんなさい……酷いことして、ごめんなさい……っ、…………夢寐も……夢寐も、ごめんね……」

 

「……ああ……俺も、悪かった。酷い事、してしまったな」

 

 そうして彼女は贖った。

 きっとこれが、俺らなりの“手打ち”であると――

 

 “でも、やらかしたことに関しては赦すつもりはないからね――”

 

 それでもお互いを赦さず、それ故に対等な関係であれると信じて。

 鼻をすする音が聞こえてきたが、俺はそちらに目を向けることなく、ずっと頭を撫で続ける。

 

 

 そのまま数分が経過した時には、風の音と、頭上の葉擦れの音しか聞こえてこなくなっていた。

 静かな空間に、隣の少女に語り掛けるよう、俺は口を開く。

 

「……全部、あの子が中心になってるんだよな」

 

 彼女を復讐の相手だと思い込み、執念が俺をこの時代に呼び。

 

 俺を夢寐に害するものだと考えた栗生が、躍起になって友達を守ろうとして。

 

 そんなすれ違った俺たちを、夢寐はいとも簡単に繋げてしまったのだから――最早、笑うしかない。

 

 そう語ると、栗生もただ小さく笑って柔らかく頷いていた。

 

「本当に……最初はただの子供だと思ってた。ジュニアアイドル、天才だと持て囃されて天狗になっているとさえ思っていた。……だけどその実、ただの女の子で、一見か弱いのに芯だけは人一倍強くて……気付けば、あの子は俺の日常の一部になってる。おかしな話だ、まったく」

 

「……そういう割には、嬉しそうな顔、してるけど……?」

 

「お前こそ――自分の大切なものを褒められた子供みたいな、だらしない顔してるぞ?」

 

 猫屋敷夢寐という渦に巻き込まれることを嫌とは思っていなかった。

 きっとその渦は近くのものを何もかも呑み込んでしまうもので――そしてとても温かく、居心地の良いものなのだろう、と。

 

「あの子のこと……私も、好き」

 

「……そうだな」

 

 それについては、もう否定しようもない。

 信じられないことだが、彼女は自分に向けられた敵意を丸っきり好意に変えてしまったわけだ。

 

 この、日差しを遮り、程よい空間を提供してくれる大木のような。

 そんな安心感さえ与えてくれる彼女をこそ、絶対に守り通さねばいけないと決意すると同時。

 

 彼女にした仕打ちを、俺は胸に深く刻み込んだ。

 あの子が赦した俺を、俺は赦せるのだろうか――そう遠くを見つめる俺に、横から声がかかる。

 目元を拭い、いつものような覇気を取り戻し立ち上がった栗生から……多少、不機嫌気味な声が。

 

 

 

 

「……それで、ね。あの子のことが好きだからこそ、結構気になってるんだけど……あの子、アンタを擁護する時随分と熱が入ってたと言うか、完全に恋する乙女的なアレだったと言うか」

 

「………………………………あのそのえっと」

 

「……手、出したの」

 

 ずい、と俺の太ももに手を置いて、鼻息が当たるほど顔を近づけてきた栗生に俺の心臓はデッドヒート。

 冷や汗だらだらな俺は、数秒後にどうやって誤魔化そうかと、存在Ⅹについて思案する時以上に脳みそを働かせるのであった――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――じゃあ、ほんとーーーーーーーに、夢寐とは何でもないわけね?」

 

「だから……何度もそう言ってるだろ? あーもー、そんな怪訝そうな目を向けてくるんじゃねぇ、俺のこと信じるんじゃなかったのかよ」

 

 それからも俺たちは街中をぶらぶらして――気が付けば空は橙色に燃え上がっていた。

 さすがに学生や教師に見つかるのはマズいので、今は何の変哲もない住宅街の間隙を縫うように二人で歩いている。

 

 同じ質問を繰り返し投げかけてくる栗生の表情は、夕陽に照らされているせいか年相応な明るい表情になっていた。

 悪態をつくように栗生の腕が絡まる手をぶんぶんと振り回すと、彼女は「わっ、わっ」と慌てたように声を漏らしてから、

 

「…………ふーん、そう」

 

 また何度か繰り返したような反応を返すのであった。

 それが、俺と夢寐の関係を咎めようとするだけの質疑ではないことはなんとなく理解していたが、だからといって彼女の本意を推し量れることもなく。どうしたものかと頭を掻こうとして、左手には栗生に買わされた荷物があったんだ――と思い出す。

 相変わらず生意気そうな顔をしているが、あの休息からずっと手を離してくれない。

 

 どういうつもりなんだか、と栗生の横顔をじっと見つめていると、彼女はその視線に気づいたのかこちらに向き、目が合ってから柔らかく微笑んだ。

 

「なあに、お兄ちゃん」

 

「……その呼び方は……もう周りには誰もいないんだから、いつも通りに呼べばいいだろ」

 

 ――私たちの関係をこれ以上なく分かりやすくまた周囲にも納得させやすく誤魔化せる完璧な呼び方でしょ、お兄ちゃん? ――そう、笑った栗生の表情と重なって、諦めたように空を見上げることしかできなかった。

 夕方でも暑さが残っていたから、栗生が着ていたジャンパーは彼女の腰に巻かれ、そのせいで微かにしっとりと汗ばんだ肌に俺の右手は蹂躙される。ついでに言えば、微かなふくらみも感じられた。まあ、確かに、傍から見れば仲睦まじい兄妹に見えるだろう――が、見る人が見れば即通報モンだろうな、とも思わなくもなかったり。

 

 だが、嫌ではない。

 居心地の悪さというものが、今の俺達には微塵もなかった。

 

「先週までの私が今の私を見たら……どう思うのかな」

 

「さぁな、もしもの話なんて不毛なもの、と言いたいところだが……きっと最初は怒るだろうな、それか最初っから信じないか。結局、最後にはお前は納得してしまいそうだが」

 

 なんで? と言いたげな瞳を向けられ、笑った。

 

「今のお前が楽しそうだからな」

 

「…………ん」

 

 それだけじゃなく、彼女は賢く、ある程度冷静さを保てていれば理性的でもある。

 ……夢寐に関わればどこまでも理性を捨てることも出来るし、夢寐のためならばどこまでも冷静になれる――歪ともとれる、彼女の“芯”がそれなのだ。

 

「そっちは? ……お兄ちゃんは、楽しかった? 今日の事は……退屈じゃなかった?」

 

「……ああ、悪くなかったな。次は……次は、夢寐も誘おう。二人だけじゃ、あの子だってやきもちを妬いてしまいそうだし」

 

 こくりとうなずく栗生の表情に、一瞬翳りが差した気がした。

 夕陽を背にしているからだろう――伸びていく影の先を見つめていると、周りの家屋から少し浮いた一軒家が見えてくる。

 

 表札には、『天宮』と刻されていた。

 どうやら随分と波乱万丈だった今日一日の終わりが来たようだ。

 

「ここまでだな……ほら、荷物もちゃんと持ってけ。俺の存在は絶対にちらつかせるなよ、今日はお前ひとりが家を抜け出して、遊び惚けて帰ってきた――良いな?」

 

「う、うん……分かってるわよ、ちゃんと……」

 

 荷物を手渡しするが、受け取る彼女の動きがどこか緩慢だ。

 今日は俺でさえ疲れたんだ、小学生である栗生はもっと疲れているだろうし……あえて指摘せず、小さな背中を押す。

 本当のことを言えば、ここまで栗生の家に近づくことは避けるべきだった。

 家族でなくとも、栗生を知っている人間に見つかれば言及は避けられないから。

 

 仕方なく、栗生の、“もっと、一緒に”なんて我儘に付き合ってやったが、これ以上は危険だ。

 押した右手は、少し涼しくなった。

 

「家族が心配してるだろうし、怒られるかもしれないが……まあ知ったこっちゃないな。それじゃあな、栗生……また、明日」

 

「…………」

 

 

 大量の荷物を抱える栗生は、俺の半歩先から動こうとしなかった。

 

 

「ねぇ」

 

 

 それどころか、こちらを振り返り、物憂げな雰囲気を纏いながら、

 

 

 

 

ウチに――来てよ

 

 

 

 

 そんなことを、宣いだした。

 突然の事に返そうとした踵が途中で止まり、それから数秒言葉を発することが出来なかった。それから、落ち着いた思考が呼吸すら止まっていたことを認識し始めると、彼女の言葉が嘘でもなんでもなく、本心からの誘いなのだということすら理解し、俺は瞠目する。

 何かを言い返そうとして、

 

「今日、お父さんもお母さんも帰ってこないから。それに、よくよく考えれば、一日って二十四時間じゃない! だから、だから……も、もう少し、私のお兄ちゃんでいなさいよ」

 

 命令的な言葉であったが、どこか懇願的な響きも含まれていて余計混乱しそうになる。

 この子は一体何を求めている? 堪らず黙り込む俺に、答え合わせだと言わんばかりに栗生が言った。

 

「……あなたを、もう誤解したくないの。すべてを理解したいなんて言うわけじゃない。だけど、理解できるところは理解したいって……今日一日一緒にいて、思った」

 

 そこで、ようやく気付いた。

 彼女の表情には、寂しさや、悲しさが募っていた。

 

「あなたは……本当に、夢寐に……手を、出してない?」

 

「……だから、俺とあの子は何でもないって――」

 

「五月の、中頃に」

 

「――――ッ!?」

 

 ピンポイントに告げられた時期に心臓が跳ねあがる。

 だって、それは、俺がこの時代に来て、あの子に――

 

「隠さないで、答えてよ……それはもう、私に関係ある話じゃないから――あの子が赦して、あなたと笑えているのなら、私はもうそれでいい。だから、あなたの口から聞きたい……どう、なの?」

 

「……あの子から、聞いたんだな……なら、あの子の言う通りだろう。夢寐は嘘を吐く子じゃ――」

 

 ずい、と、栗生が半歩の間を一気に縮めて、俺を見上げた。まるで、俺の答えが納得いっていないかのように――いや、おそらくその通りなのだろう。

 “YESかNOか”――求められている答えに、見当がつかないわけじゃない。だけど、きっと言ってしまえば俺は楽になる。()()()()()()()()()しまう。

 

 栗生の表情は、そんな俺の様子を見て見る見るうちに曇っていく。

 

「あの子は赦しているのよ? ……なのにあなたは、あなた自身を赦していない」

 

「…………」

 

「ねぇ……私って、そんなに頼りないかなぁ……? 信じる、って……信頼じゃなくて、信用だった……? あなたは、お兄ちゃんは……自分が赦せないから、自分の心に踏み入らせようとしない……遠いよ、こんなに近いのに」

 

 背負わせろと、彼女は言う。

 お前がお前を赦せないのなら、一緒に苦しむと言う。

 

 それが、距離。

 縮まない、俺と彼女の。

 

「あなたは、本当に誰かを信じられてる――?」

 

 その問いに即答できないのが、答えだった。

 

「それは、“こいつは疑わなくていい、だから実質信じている”――そんな逆説的なものなんじゃないの――?」

 

 縮まないはずの、距離。それがどうしてか、手繰り寄せられているような気分にさえなってくる。

 俺は、信じられていないのか? 誰も?

 夢寐でさえも、信じることは難しいというのだろうか?

 

 ……眩暈がしてくる。これ以上、踏み入ってくるな。

 栗生の肩を掴み、彼女を下がらせ、俺は声もかけずに踵を返して――

 

 

「――帰った場所に、あなたの居場所はあるの……?」

 

 

 その声に、足が止まった。動けと言う脳の命令に背かった。

 命令さえ出なかったのかもしれない。脳は別の考えにリソースを割いてしまっていた。

 

 俺が、心から信じられる人間?

 ……いない? そう、だろう。だって。

 

 だって、誰しもが――

 

 “――故にそれは誰しもが存在Ⅹ足りうる証左であることに疑いはない

 

「うぐっ、ぶっ――っ!? ぁ、はっ――!」

 

「ちょ、ちょっと、お兄ちゃん!? 大丈夫!?」

 

 俺の帰った場所に、いるはずなのに。

 心から信じられる人間なら、いるはずなのに。

 

 しかし理性は全てを疑わしきと処断する。

 

「――あの子は、あの子は、違う……彩美、は、絶対に――違う……ッ!

 

 大切な家族である斑鳩彩美という最愛の妹でさえも、俺には信じることが出来ない。

 居場所は、無く。故に、故に、俺は――

 

「……私は、全部、あなたに曝け出すから。あなたにそれを強いる気は無いけど、でもあなたが、信頼してくれるようになれば、それでいいから……」

 

 荷物を地面に置き、温かな言葉を優しく投げかける、

 

「…………来て、お兄ちゃん」

 

 彼女の手を、振りほどくことが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――おかえり、お兄ちゃん」

 

 門扉の先の広い庭に敷かれた飛び石を伝い、彼女の――栗生の家に上がり込む。

 両親はいないという話だった。人気は無く、黄昏時の少し昏い屋内は寂寥感に満ちているようにすら思える。

 

 後ろでドアが閉まる音がすると、栗生は振り向いて俺に抱き着いてきた。愛おし気に、どこか妖しい光を瞳に携えて――“お兄ちゃん”、という呼び方にこれ以上ないぐらいの気持ちが込められているように感じた。

 そこに刺々しさは無く、生意気さもなく、あるいはアイドルでさえなくなったような……そんなただの女の子になってしまったかのような。彼女のそんな豹変ぶりに、抱き返そうか迷っていた俺の両手は結局だらりと下げられ、俺の横に落ち着いた。

 

 栗生は俺を離さない。怯えているような気がした。どこか遠くに行ってしまいそうなものを、必死に繋ぎとめようとするみたいに。

 

「…………」

 

 どうすることもなく視線を巡らせていると、ふと、近くの靴箱の上に立てかけられた写真に目が付いた。

 年端もいかない少年だ。中学生くらいだろうか、サッカーユニフォームを着てわんぱくに笑う姿はどこか――目の前の栗生によく似ている。

 

 ……そしてやっと理解する。彼女の“お兄ちゃん”に込められた思いが。

 

「……そうか。お兄ちゃん、か」

 

 位牌が横に添えられていた。真言宗のものだろうか、戒名の刻まされたそれは、写真の彼がすでにこの世に存在しないことを意味する。

 ……甘いものが好き、だったか。この子の異常なまでの甘党加減は、その寂しさを紛らわせるためのものだったのかもしれない。そして今の彼女は、俺を本当の兄のように認識している。

 

 本当の彼女。

 誰もが持つような、弱い部分をさらけ出して。

 

「お前も……家族を、喪っていたのか」

 

 無意識のうちに、彼女の頭を撫でてしまっていた。

 大切な家族を喪った人間を同類視するのは失礼なことだと理解しているが……その寂しさは、分からないわけではなかったから。たぶん、俺のように()()()()()()()()()()ような喪い方はしていないだろうが――喪われた者は過去に取り残され、自分が今日を生きていると自覚すると、どうしようもなく孤独感に苛まれてしまうだろうと。

 

 それから少しして、栗生は俺からゆっくりと離れる。歪で危うい心情を瞳にも顕しながら、微笑んだ。弱さを隠そうともしないで、涙した。

 

「二回目、ね」

 

 何が、と答えるより先に――栗生はその衣服を脱ぎ始めた。

 触れれば壊れてしまいそうな、そんな脆さが一際彼女を妖艶に彩っていく。

 

「お兄ちゃんは、優しい人よ……だけど、善人にも悪人にもなれない、中途半端な……普通の人間。普通じゃないなんて、言わないで……?」

 

 脱ぎ捨てられた衣服が玄関先に置かれる。彼女が今まで日常を過ごしてきたであろうその空間が、淫靡に支配されていく。正しく、逢魔が時に、良くないものに憑りつかれたかのように。

 ……本当に、どこかおかしくなってしまったのだろう。まるで現実から乖離した夢寐(ゆめ)のような。

 

 栗生は俺から目を離さない。俺もまた目を離せない。ファーストブラを外すと、ピンク色の乳首が立っていた。

 

「違う……俺はそんなんじゃない。俺は……極悪非道の、クズ野郎だ」

 

「……分からない」

 

 そして止まることなく、下の布にも手を出して、

 

「見せてくれなきゃ分からない。“そこ”に踏み入らせてくれなきゃ、永遠に分からない。でも、それが嫌なら……お兄ちゃんが来て……? そうして私に、お兄ちゃんを理解さ(わから)せて……」

 

 栗生の――紫ががった青い瞳が、俺の心を見透かしてくるようで。その瞳を見つめていると、俺にも分からなかった、あるいは分かりたくもなかった部分が浮き彫りになってくるようで。

 

「……こんな私に……お兄ちゃん」

 

 だからこそ、最後の枷が、彼女が一糸まとわぬ姿となったおかげで、彼女が俺の心を揺さぶったおかげで、歯止めが利かなくなった。

 小さな身体を、押し倒す。小さな悲鳴が、零れ出る。馬乗りのようになり見下ろす少女は、それでも微笑みを携えていた。俺という人間を推し量ろうと。

 

「んっ……!?」

 

 気に食わなかった。人生という大河を知らず、破滅という大過を知らず――そんな子供に、いったい何が分かるのか。

 その小さな口腔を凌辱するべく両手の親指を差し込み、ぐいっと横に拡げさせる。目を白黒させる栗生の――その舌を啜り上げる。

 

「んんんんっ――!? ん、ひ、ゃ、あんっ、んぶっ、んんんんっ! おにぃ、ひゃ、ぁ」

 

 彼女に何もさせず、ただこちらだけが玩具のように弄ぶ。舌を甘噛みしたり、それこそ彼女の舌の裏まで味も香りも堪能し、息つく暇も与えずにそれを繰り返していく。息が苦しくなってくるのか藻掻こうとするが逃れられず、足をばたつかせるばかりで状況は改善しない。助けを懇願するような視線に、気付かないふりをした。

 

「んぐっ、ぅ!?」

 

 とどめとばかりに彼女へ唾液を送り込む。逃げられないよう顔を上に向けさせ、さもなくば窒息するぞと言外に脅しをかけて。驚く栗生だったが、しかし、俺の両手に細い手指を絡めるよう手を置くと、その欲望を余すことなく飲み干していく。

 

「んっ、こくっ、んくっ……ん、はぁ……はぁ、はぁ……お兄ちゃんの、味がする……」

 

 酸素が薄いのか、こんな状況で興奮しているのか栗生の顔は赤い。俺に乗られていることもあり息苦しそうに呼吸を整えようとしていた。栗生の味に満ちた口から長い息を吐き、それから彼女の細い首へと手を伸ばす。

 

「これが、俺だ。……いや、こんなもんじゃない。もっと滅茶苦茶にするぞ……お前らの日常を破壊するぞ……我が物顔で、お前らの居場所を侵してやるぞ!? 良いのか!? 俺は――お前らとは違う、悪人だ!」

 

「……本当に? それがお兄ちゃんの本当の想いなの?」

 

 力を入れてしまえば、へし折ることだって出来た。それなのに彼女は柔和な笑みを崩さずに、また俺の手に自分の手を重ねてくる。

 

「……出来るの、あなたに」

 

「――ぅ、ぁ」

 

 ――まただ。また、この感覚だ。この子をレイプした日の夜、夢寐の強さを知った時のような――まるで自分が矮小な存在のように思えてしまう、この感覚。壊せるものだと思っていたものが、だけど俺を包み込む存在の大きさを持っていた。……力が、入らない。入るわけがなかった。

 

「やっぱり、お兄ちゃんは悪人にはなりきれない。かと言えば、善人というわけでもない。中庸で、どちらにも転がるただの人間」

 

「――違う! 私利私欲のために……私怨で、それも勘違いであったことすら知らず! 未来ある少女という芽を踏み躙った外道が――人間であるはずなど、無い!」

 

「そうやって苦悩するのが、人間ってもんじゃないの……そんな風に辛そうな顔しておきながら、全部背負い込もうなんてしないでよ、お兄ちゃん……!」

 

 ハッとして自分の顔に触れる。……酷く、しわだらけだった。悔恨に歪んだ顔が、栗生の瞳に映り込んでいる。そんな顔を見たくもなく、手で覆い隠すように顔を隠しながら、訊いた。

 

「なんで……お前たちは、そんなに俺を……こんな俺に手を差し伸べる!? 分からない――俺にはお前たちが、何も分からない!」

 

「放って、おけないからよ。あなたの、自分の艱難辛苦を棚に上げて、私たちを気遣うあなたのことが……! 信じて、頼ってよ! 辛いなら、辛いと言いなさいよ、お兄ちゃん!」

 

「違う! そんな立派なもんじゃない! お前たちを穢し傷つけておきながら、嫌われたくないと……俺が、俺自身の罪を贖った気になるために――! 本当に気遣ってるのは、俺自身なんだ……我が身が可愛くて仕方のない、利己主義者(エゴイスト)なんだよ……!」

 

「なら――それならちゃんと自分の事だけ考えてよ! 私たちの事は良いから、辛いもの、全部吐き出しなさいよ……!」

 

「――ッ! ぁ…………あ…………」

 

 ――存在Xの名を出そうとした。俺の、辛いもの――この背中にのしかかる罪科の原因たる存在の事を――告げようとしても、出来なかった。信じられないんじゃない、ただ……この子たちを、巻き込むわけにもいかなかったから……この子、たちを……………………。

 

「無理、だ……」

 

「…………お兄ちゃん…………」

 

「……お前たちが、大切だから……自分で壊してしまったものでも、手元にあるから、大切にしたくなる……最低だと、自分勝手だと分かっていても、そう思えてしまうから」

 

「…………そう」

 

 それを聞いた栗生は、納得したような、どこか寂しそうな表情を浮かべた。

 

「私たちは、守られるモノ、なのね……お兄ちゃんの横に立てるぐらいの、存在じゃない、ってことね……?」

 

「…………」

 

 俺はもう、何も答えられない。

 

「それも……やさしさ、か。……辛いわよ、きっと……悪にも善にもなりきれないのは」

 

 彼女は俺の頬に手を添えて、

 

「でも、もし、お兄ちゃんに辛い時があって、どうしようもなくなったら、頼って……あなたの背負っているものの重さを軽くすることは、私にだって出来るだろうから」

 

「栗生……――っ!?」

 

「んっ……んちゅ、ん……は、ぁ、んむ」

 

 身体を起こし、俺を抱き寄せ、唇を奪った。拙く舌を差し込み、慣れない動きで奉仕しようとしてくる。

 

「ぷはぁ……ね、お兄ちゃん……触ってみて……? 私の、本性――」

 

 彼女の、秘部。一度凌辱した聖域に触れると、トロリとした蜜が指に纏わりついた。それも少量じゃない――蕩けた瞳をこちらに向ける栗生が、笑った。

 

「ジュニアアイドル“天宮栗生”は――あの乱暴なエッチが忘れられない、変態なの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして俺と栗生は、彼女の部屋へと移動していた。

 ぬいぐるみの並べられたその光景は夢寐の部屋とも被る。一際大きな、着ぐるみぐらいのクマのぬいぐるみが目立った。

 花のような香りが満ちるその部屋の中で、ベッドに横たわる俺達は裸で抱き合っていた。

 

「んぁっ、はふっ、んぅっ、おにいちゃ、んむっ、~~~~~っ♡」

 

 何回も唾液を交換し、身体と身体を擦り合わせる。先ほどとは打って変わって、彼女が主導権を握っていた。

 顔を離せば銀の橋が架かり、斜陽は口の周りを照らし、その激しさを物語るようにてらてらと反射させ光らせる。

 

「あっ……♡ もう、大きくしちゃってる……本当に大きいわ、お兄ちゃんのって……」

 

「栗生、やっぱり――んぐっ」

 

 抗議の声は彼女のキスにより遮られてしまう。

 

「私が、したいの……“私が”――良いでしょ、お兄ちゃん」

 

「…………」

 

 そう念押しするように言われて、考えていた言葉も霧散してしまった。無言になった俺を見て、小さく頷いた彼女は屹立する俺のイチモツを後ろ手で握った。少々汗ばんで、上下に動かすだけで微かに水音がしそうだ。

 そして、男の性というものはやはり実直で――こんな状況であってもまだ大きくなり、興奮冷めやらぬまま脈動を早めていく。惚けたように息を吐く栗生は、それからベッドに立ち上がった。

 

「これが……挿入っちゃったのよね。本当に、怪物みたい……見るだけでおかしくなっちゃいそう……」

 

 俺のイチモツの上で足を開いて立つ栗生が、見せつけるように秘部を両手で開く。ぴったりと閉じていたものがこじ開けられ、引くついた膣への入り口がまた淫猥で――彼女の蜜がポタポタ、と俺のイチモツへ降り注いでくる。彼女の陰核も、俺の陰茎も、これ以上ないほど硬くなっていた。

 

「……は、あ、んん……っ♡ 挿入れちゃうね、お兄ちゃん……♡」

 

 甘イキしたように身体を震わせた栗生からさらに多くの蜜が垂れてくる。それを気にも留めず、栗生はゆっくりとその細い腰を俺のイチモツ目掛けて沈ませていった。小さな手は俺の手を掴み、興奮による涙と唾液に塗れた顔をこちらへ向けて、俺と彼女の距離が、ゼロになる。

 

「ん、ぁ、んんんんんん~~~~~~~~~~~~ッ♡♡♡」

 

 ぐぐぐ、と、肉をかき分けてイチモツを穿っていく。愛液に濡れた膣内は温かく溶けてしまいそうで、亀頭が呑み込まれただけでも背筋に電流が走るぐらいの快感を覚えた。

 

「は、ぁッ♡ も、っと♡ もっと、お兄ちゃんっ♡ は、ぁぁぁあああああああ♡♡」

 

 さらにイチモツが呑み込まれていく。大きすぎるイチモツは、栗生の腹部を内側から押しているようで、膣に沿って彼女のお腹がボコりと膨らんでいた。そして最奥に当たる。イチモツの先が子宮口にぶつかったようだった。しかしまだ全部挿入ってないと言わんばかりに栗生は腰を揺らめかせ、俺のイチモツを求める。

 

「ん、ぎ、ぁひっ♡ こ、ぇ……ホント、すご、ぃぃ……♡ お腹、苦しいの……きもち、いい……っ♡」

 

 狭すぎる膣内に彼女の動きが合わさって、腰が浮いてくる。レイプした時とは比べ物にならない――まるで快感を与えることに特化した別の生き物のようだ。栗生は握った手をぎゅっと握りしめ、それから倒れ込むように俺の胸へと飛び込んだ。早まる鼓動の音が彼女の胸から聞こえてくる。

 

「は、あ、ぁぁああっ……♡ めくれ、ちゃいそっ……♡ あたま、なにもかんがえられない……♡」

 

 抽送が始まった。上半身は俺の身体にくっつけたまま、その小ぶりな尻だけを上下に動かし始めたのだ。ぐぢゅぐぢゅ、とあふれ出る蜜とイチモツの間で泡立つように音が鳴った。すでにベッドのシーツには染みが出来上がっており、部屋の中には彼女の香りで満たされていた。

 

「あ、んんっ♡ は、あぁぁっ♡ あんっ♡ ん、おぁっ♡ は、かっ♡」

 

 激しさを増し、肉同士がぶつかり合う音が大きくなってくると、何度かイチモツが子宮口をこじ開け、そのたびに悲鳴にも似た嬌声を栗生は上げた。俺の胸元で、ジュニアアイドルが快楽に溺れ、情けない表情を晒しているのだと考えるだけで、イチモツは硬度を増していく。

 

「ま、た大きく、ぅぅっ♡ こわれ、ひゃぅって、お兄ちゃ、ぁんっ♡ んぅぅっ♡♡」

 

 ただの欲望のぶつけ合いを――彼女は悦んでいた。性行為が愛情の延長線上にあるなんて口が裂けても言えないような、快楽だけを貪り合う饗宴を。栗生の汗に濡れた脚が俺の脚に絡みつき、無理矢理開かせる。よりイチモツが奥を突くように、俺を逃がさないというように。

 

「あ゛ぁッ♡ しゅ、き、ぃぃっ♡ うちがわっ♡ ぐちゃぐちゃに、されりゃうのっ♡ すきぃっ♡♡」

 

 興奮は絶頂に達し、行為はヒートアップしていく。狂ったように喘ぐ栗生の秘部からは滝のように愛液が噴き出してくる。汗をかいた肌はくっついて、まるで一つの生き物になったように感じさせる。それほどまでに、俺達は同一の――快楽というものを追い求めていた。

 

「あ、ひぃぁあ゛っ♡ だめ、もう、だめ♡ お兄ちゃんっ♡ お兄ちゃんっ♡♡ もう、限界なのっ♡」

 

 幾度もの抽送に這い上ってきた射精感が、栗生の甘えたような声に反応して一気に限界へと近づいてくる。彼女もまた限界らしく、息は荒くなり、背筋も微かに反り、小さく痙攣を繰り返していた。そうなってしまえばもう手加減は無く、乱暴なぐらいの抽送に様変わりしていく。短いストロークが簡単に俺達を果てまで連れて行こうとする。

 

「お゛っ……きく、なったぁ♡ お兄ちゃんも、出したいんでしょっ♡ いいの、いいのよ、出しちゃって♡ 私の膣内に、いっぱい……っ♡」

 

 その言葉を皮切りに、俺は精を解き放った――

 

 

「あ゛、ひっ!? あ、ぁぁぁああああああああああああああああ~~~~~~ッ♡♡♡」

 

 

 ビクンビクン、と大きく背を弓なりに反らし栗生が震えあがった。だらしなく開いた口からは唾液が顎を伝って滴り落ちていく。膣内の痙攣に射精の勢いは衰えず、子宮を埋め尽くさんばかりに精が放出され、その度に栗生がまた絶頂を迎えた。何度も、何度も――

 

 

 そしてようやく絶頂が収まった時、栗生は力が抜けたように俺の上に倒れ込んだ。萎えたイチモツが栗生の膣から抜けると、大量の精液が愛液と混ざり合ってシーツに広がっていく。

 

 火照った頭が段々と冷めていくのを感じる。どうにか息を整えようとして――視界が揺れた。気付けば瞼が重く、俺の身体からも力が抜けつつある。それを胸元の栗生が、焦点の合わない瞳で見て、

 

 

 

「……おやすみ、お兄ちゃん」

 

 

 

 抗いきれぬ睡魔に身を任せ、二人ともども夢の世界へと旅立っていった――

 

 

 

 

 

 

 




 なお後日、一緒に通学しようと家を出た二人を出迎えたのは笑顔の夢寐だったり


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

愛は万人に、レイプは少数に

「――もう一度報告してくれる? 邦城? ……確か、同じような報告が何件もあった気がするの。どこだったかしら……」

 

 斑鳩邸のある一室では、もう真夜中だというのに電気が付けられていた。

 邦城――と呼ばれた男は、いつものような笑みを浮かべることも出来ずに、部屋の入り口で報告書を片手に頭を下げながら、言われた通りたった今告げた事をもう一度伝えようとする。

 手は震えるが、声だけは震えないように。冷たい双眸が射抜いてくる恐怖は、斑鳩源十斎の面影を感じさせた。

 

「は、はい。先月中旬辺りから違法薬物(ドラッグ)の売れ行きが芳しくなくなりまして……担当の奴らを問いただしたところ、どうやら別の業者か何かに客を掠め取られちまったらしくて」

 

「……桜田門組にパクられただけかと思ってたけど。……ま、有り得ないことね。それで?」

 

「買い手を鞍替えしやがった野郎の家に押し入って、その“別の業者”が売ったらしきブツを手に入れました。大麻(葉っぱ)に関してはコストも質もこっちが上でしたがね……問題はもう一つの()()()()()()()()()の方でして」

 

 失礼します、と一言断ってから邦城は報告書と一緒に手にしていた、袋に入れられた錠剤を取り出す。全体としては白色ではあるが、ところどころ青色が混じっており、目立つのは真ん中の窪みに掘られたレリーフ。薬の大きさは子指の爪ほど。

 袋には黄色い付箋が付けられており、赤い字ででかでかと“該当薬物なし”と記されていた。

 それを見た相手が目の色を変えるのを首筋で感じながら、邦城は続ける。

 

「まず――うちはMDMAと目星を付けていたんですが……中分*1の使う携帯型薬物検査装置を使っても規制薬物として検出されることはありませんでした。……ただ、これを使った――言うなれば持ち主ですね――野郎は気持ちよくぶっ飛んでいやがったんでリーガル・ハイだろうと推測しています」

 

「……多幸感? ドーパミンの放出に関わる薬物ってこと? ……ナルコレプシーの治療薬……それとも単純にオピオイドを改造したのかしら?」

 

「目下研究中です。それから……うちのドラッグよりも効き目は強いらしく、また恐らくですが副作用も抑えられているようで」

 

 邦城の耳に、小さなため息の音が届く。それはただ厄介なことになったと自然に漏れた嘆息ではあったものの、邦城の胃を痛めつけるにはあまりある威力を有していた。

 

 それを知ってか知らずか小さな悪魔は情報を軽く整理しては邦城の報告を聞き続ける。日常から切り離された静かな地獄に終わりはない。――状況は、あまり良い物とは言えなかった。

 

「……それでも最悪は薬物濫用の弱みをダシにして押し売りしてしまえばいい。だけど問題なのは――そう、問題。いい? 邦城――この程度、本来は何の問題もないの」

 

「は、はぁ……」

 

 ――まぁ、このまま売り上げを右肩下がりにしちゃった悪い子がどうなっちゃうかはわからないけど。……そんな呟きを聞かなかったことにしながら、邦城は話の続きを待つ。今宵の自分の役目はあくまでも事務的な報告。彼女のそれは気まぐれであろう。

 

「これを見て」、と突然目の前に資料が放り出され、一瞬瞠目してから、邦城はすぐにそれを手に取った。数枚にわたり、人名と電話番号、住所、備考欄などが記載されている。「うちのブツを買ってる客の名簿ですね」との邦城の言葉に反応は無かった。

 

 問題はそこではない。そう告げられているのだと気付いた邦城は、名簿の内3割近くに描かれた赤い“×”のマークに注意を向ける。

 

「そのバツ印が付いている名前はね、急に薬を買うことをやめた連中のものよ。今の報告を聞く限り、掠め取られた、っていうのが事実でしょうけれど」

 

「……」

 

「今までのお得意さんも、新人さんも、関係なしに盗られていく。どこかの不躾な盗人さんが、人の家で盗んだものを、人の家で売っている。極めつけは税関の検査をすり抜ける魔法の薬。……その技術力があれば未開の地であっても繁盛できそうなものを、わざわざこの地でする理由は何? わざわざ人の客を奪っていくのは何で?」

 

 彼女は怒っている。邦城にはそれが分かった。いつもと変わらぬ口調、それに似つかわしくないほどの雰囲気の変化。

 そこまで説明されて、理解できぬほど馬鹿ではなかった邦城は、答える。

 

「宣戦布告……いや、もう、()()()()()()

 

 その売人は、我々を潰しにかかっているのだと。

 

「近々集会が開かれるでしょう。この前の井上が殺された事件についても、売人が関わっている可能性が高いわ。薬についての解析は後回し。咲洲組の庭を土足で踏み荒らす不埒な輩が誰であるかを最優先で突き止めなさい。いいわね?」

 

 手元の薬に刻まれた――龍を刺し殺す剣のレリーフを見ながら、

 

「……分かりました。下の連中にも指示しておきます」

 

 深々と頭を下げた邦城は、ゆっくりと退出していった。その時の剣呑な表情は、事態の深刻さを真摯に受け止めているからこそだろう。

 そうして二人のうち一人が去った部屋は、必然一人のための孤独な空間になる。この街を覆いつくさんとする不穏な空気に気付いていた少女は――

 

「――……おにーちゃんの、ためだよ」

 

 斑鳩彩美(いかるがさいは)は、静かに万年筆を机に置いたのだった。

 

 

 


 

 

 

 静かな日々が続いた。平穏無事と言うには毎日ヤクザモンと顔を合わせるような日常ばかりではあったが、俺の周りで特筆すべき事件が起こったことも、その痕跡が見つかったこともなかった。

 

 無論、そのような甘露に耽溺して腑抜けたつもりは毛頭なく、それが俺の不利益にならなくとも利益になることは決してないであろう事だとは分かっている。存在Ⅹの計画は今もなお着実に進行しているのだ。

 

 だが――

 

「――おにーちゃんっ! 起きなさーいっ!! 今日こそはきちんと“愛妹”料理を食べて、元気よく一緒に学校行ってもらうんだからねーっ! ………って寝るなー!!」

 

「ぅ……あ、ああ……うむ……分かった……分かったから、お兄ちゃんの生理現象を……いじくりまわすのは……やめなさーぁやめろォ!!」

 

「うーむむ、本日も異常なし! ……やっぱおにーちゃん、しっかり元気してるじゃん。向こうで待ってるから、冷めないうちに支度してね」

 

「もっとマシな起こし方は無いのか!? 育て方を間違えたのか!? いやヤクザの娘ならそらそうだろうけど! ……あれ、というか俺、部屋に鍵かけてたよな…………?」

 

 気にしない気にしない、とわざとらしい笑みを浮かべながら去っていく教育の必要がありそうな我が妹を尻目に――今後どうするべきかを考えてみもする。

 

 しかしやはり現状維持に帰結してしまう。俺は――俺は間違えたのだ。……いや、存在Ⅹに気付く以前の俺が自暴自棄だったから、自業自得だと言われればそれまでだが。

 

 俺は今、“日常”に染まりきってしまっている。夢寐も、栗生も、俺のしたことを誰かに言いふらすことをしないというのであれば、何もない平々凡々な日常というのは継続される。

 

 故に、俺の行動はあまりにも抑制され過ぎているのだ。

 洗脳アプリという武器を持っていながら、イレギュラーな行動を起こせないのはイレギュラーな状況に身を置くことが出来ていないから。

 

「まったく、妹というのはどいつもこいつも甘えん坊だな……決まって兄が割を食う。……うれしい理不尽ではあるのだが」

 

 俺の目標は存在Ⅹを見つけ出す事。殺すか捕えるかはまだ決めていない。

 未だ尻尾を出さないということは、これ以上相手の不手際を祈るのは意味が薄いだろう。なら狙うべきは…………。

 

……奪わせは、しない。だが俺は……間抜けな顔をしてお前の掌の上で踊っている。何も知らず、何にも気づかず

 

 ――俺に勝とうとしろ。俺を排除しようとしろ。俺の敵たれ。貴様の計画が結実する時、お前は否が応でも痕跡を残すはずだ。

 今は高みの見物に興じているがいい。存在Ⅹ――俺の悔しがる顔を見ようと、貴様が俺に一歩近づいた時が最期だ。

 

 しかしそうならそう、いくらか手を打っておくべきか――

 

「――おにーちゃん! まだ処理できないの!?」

 

「朝勃ちで遅れてるわけじゃねぇ!!」

 

 ……これで、いい。

 

 室橋学園文化祭を一週間後に控えた6月14日。

 夏の暑さがフライングし、季節を間違えた蝉たちは夏の到来より前に息絶えることを知っていながら鳴き続ける。

 春は終わる。それはきっと、もう俺の知っているような終わりではない。

 そう、させてはならないのだと胸に誓う。

 

 雨上がりの湿気のせいか、嫌な予感によるものか、息苦しさは無視することにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――退屈な授業を微睡みつつも凌いだ後、彩美が言う所の“愛妹弁当”なるものをつつきつつ、ふと窓からグラウンドを見下ろしてみる。

 

 文化祭は間近だ。その時のビッグイベント……ジュニアアイドル猫屋敷夢寐のソロライブのセッティングに早くも着手しているのか、学園関係者ではなさそうなスーツ姿の大人たちが忙しく走りまわっていた。

 室橋学園はより一層文化祭色に染まりつつある。

 

 ご丁寧にハート形に整えられた卵焼きを口に放り込む。

 何も知らないやつが見れば誤解間違いなし、って所を除けば他は一級品なのに。嬉しくないわけではないんだが……それは俺の“中身”がおっさん寄りだからだろう。多感な時期にこんなラブの大洪水弁当渡されたら微妙な心持ちになっていただろうな……。

 

 なんて考えていたところ、俺の電話に着信が入る。……時間通りだな、今日も。

 相手先の名前を見ることもなく、応答する。

 

「……もしもし、夢寐?」

 

「あ、もしもしっ、おにぃちゃん……えへへ。今日も、時間……いい?」

 

 もちろんだ――と答えた俺に、騒がしかった教室が少しだけ静まり返った。気にしないように外を見つめ続けるが、背後にいくらか視線が突き刺さっているのを感じ取れる。

 

 ……当たり前だよな。今学園中の噂を総なめにしているジュニアアイドルと、冴えない男が仲良さげに電話していたら誰だって驚く。“親戚のおにぃちゃん”なんて無理ある設定も、無いよりかは幾倍もマシだったろう。

 

「今、学園のグラウンドで夢寐のステージのセッティングがされてるよ。……しっかし、すごいな、お前の人気っぷりは。たかが文化祭――それも一日限りの舞台に凄まじい数が動員されてるし、あのカメラマンはDVD撮影用か……テレビ局か? 本当にアイドル、なんだよな」

 

「ぅ……あ、あんまり、そういう話……聞きたくない、かも……」

 

 全国に放送されるかもしれない、何て言われてもプレッシャーになるだけか。

 ただ、露骨に弱気になる夢寐というのも珍しい気がして、自然と笑みが零れてしまった。電話から聞こえる、照れたような、怒ったような声が耳に心地良い。

 

「……大丈夫か、レッスンの方は? 朝から夕まで結構なハードスケジュールらしいじゃないか。何か手伝えそうなことがあったら遠慮なく言えよ?」

 

「う、ううん! 大体の事は、もう覚えちゃったり、してるから……ダンスとかの方は、平気。……でも…………」

 

「ん?」

 

「すこし……さびしい」

 

 ……無理もない。学園を休んでのレッスンが始まってから、夢寐は友達に会えてすらいないだろう。こうして昼頃になると俺に電話を掛けてくるが、昼休憩が終われば彼女は夕方までレッスンに追われる。

 

 小学生には厳しい事のように思えるが……わざわざこの学園でのライブなんて、事務所などの一任では決まらないだろう。きっと知ってて彼女はそうすることを選んだのだ。

 

 遠慮なく言え、とかっこつけたばかりだ。

 多少周りの視線が気に掛かるが背に腹は代えられない。

 少し待ってろ、と伝えてから電話をビデオ通話に切り替える。夢寐の息を呑むような声が聞こえた。

 

「ほら、あー……こうして顔が見えた方が……なんというか、寂しくない……みたいな……」

 

 全然かっこつけられなかった。

 完全に失敗だ。“俺実は有名人と仲良いんだぜ!”的なアピールのために教室を選んだのは。

 

 小さな笑いが上がった後、スマホの画面に夢寐の顔が写った。向こうもビデオ通話に切り替えたんだろう。

 

「お顔が、真っ赤……ふふ」

 

 昼休憩に入ったばかりなのだろう、上気した頬は赤く、とめどなく流れる汗により白い服――学園指定の体操服だろうか――が肌に張り付いていた。

 悪戯っぽく笑うその姿に……何と言えばいいのか。この子には敵わないな、と感じざるをえなかった。

 

「ありがと、おにぃちゃん」

 

 そうはにかんだ夢寐に、寂しさはもう感じられなかったから、なんだかんだこれで良かったのだ。……という風に無理やり納得する。

 

 その後は時間が許す限り他愛ない話を交わし合った。

 ――例えば愛溢れすぎ弁当の事だったり、レッスンの講師のお姉さんが怖い、だとか……毎朝の登校で、栗生まで俺をお兄ちゃん呼びし始めたことが気に食わない彩美が、鬱憤を俺で晴らそうとしたり、などなど。

 栗生と俺の関係が多少改善されたことを夢寐は知っている。だから栗生についての話にも笑って耳を傾けるばかりだった。

 

 ……弁当を食べ終わり、休憩時間も後わずかとなった時、

 

「おにぃちゃん……文化祭、みんなで……まわろ? 栗生ちゃんと、彩美ちゃんも誘って……」

 

 その誘いに、俺は――

 

「……ああ」

 

 彼女たちと出会わなかった俺の、灰色の文化祭の記憶を端っこに追いやって頷くのだった。

 

 

 そんな、今となってはもうありふれた日常の一幕――

 

 ――ピロン、と。一通のメッセージを受け取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――こっちも時間通りか。律義な奴。

 放課を知らせるチャイムが鳴り響く。部活に所属しているわけでも、文化祭準備で何か役割があるわけでもなかった俺は真っすぐ校門へと向かってきていた。

 

「……初等部と高等部じゃ下校時刻も違うっていうのに……どうしてもやめないんだな、栗生?」

 

「良いじゃない。恋に恋するような少女は待ち合わせって言うイベントが大好きなんだから、お兄ちゃん」

 

 遠くから顔を覗かせる積乱雲をじっと見つめていた人影が――天宮栗生が退屈さを感じさせない笑みで振り向く。あるいは長い待ち時間も、彼女を退屈させるまでには至らなかったのかもしれない。

 

「冗談よ」、と可愛らしい仕草と共に綻ぶ栗生だったが……。どうせ校門で出くわすのにいちいち待ち合わせのメッセージを送ってくるあたり、こういうイベントが大好きっていう点については嘘じゃないんだろうな。

 

 早速家路につく俺と並んだ栗生は、自然な動きで俺の腕を取った。

 

 ……最早、この光景を誰に見られどんな噂を立てられようが気にするまい。妹に“二股ぁ!”なんて言われようが気にすることは無いのだ、うん。

 

「彩美ちゃんは今日も?」

 

「ああ……また遅いってよ。あれでいて初等部の生徒会長だからな、各学年の出し物がルールを破っていないかとか全員が帰ったあと逐一確認する必要があるとか。そうでなくとも、自分のクラスの出し物の準備にも追われているらしいし」

 

 俺のクラスも栗生のクラスも、文化祭では売店になるから仕事があるのはほぼ当日だけになる。飾りつけなどは女子に任せて、帰宅部だったりは特に何もすることなく帰る奴の方が多い。

 

 本当は彩美の事も待ってやるべきなんだろうが、当の本人に遠慮されてしまったからな。

 栗生に対しての敵愾心は相変わらずのようだったが。

 

 夢寐は“おにぃちゃんを取られちゃうと思ってるんじゃないかな”みたいに言っていたものの、どうだろうか。

 いらない気を遣っているだけのような気もするんだよな。

 

 だって実の兄に“二股”だぞ?

 

「……かわいいわよね、彩美ちゃんって。小動物みたいで」

 

 ……身の危険を感じた上での本能的な行動だったりするのかもしれないが。

 こいつの相当な夢寐への溺愛っぷりから薄々勘付いていたが、相手が年下だったり少しでも妹っぽい要素を持っていると途端に変貌するんだよな。

 正しく小動物を食らわんとする猛禽類みたいに。

 

 ま、まあ仲は悪くないんだ。例え妹の名を口にした栗生が瞳に妖しい光を携えているとしても、きっと仲良くなりたいだけなんだ。

 

「――夢寐は、いつも通りだった。俺が少し……いやかなり赤っ恥をかいた気もするが、元気そうだった」

 

 急な話題の転換に栗生も乗ってくる。

 

「恥って……なぁに、それ? ……もしかして、まだ自分のクラスで夢寐と通話してるの?」

 

「有名人と親しかったらちょっとぐらい自慢したくもなるだろ」

 

「お兄ちゃんって俗物ー……。というか、私だって有名人よ? 夢寐と比べられちゃうと見劣りするかもしれないけど……わっ」

 

 彼女が掴む手とは反対の左手で、栗生の頭をがしがしと撫でた。

 驚いたような声を上げて不機嫌そうな目で睨んでくるが、俺と彼女の距離は離れない。それは成長とも捉えて良い進展だった。

 

「自慢するまでもなく、お前が見せつけてるだろうが」

 

「……そうね、ふふっ! じゃあインスタに載せてもいいかしら、ツーショット。公式のアカウントで」

 

「調子に乗るな」

 

 俺が死ぬ。

 

「そもそも、俺としてはお前らの事は自慢できるが、お前らからしたら俺の事は自慢でも何でもないだろうが」

 

「…………そんなこと」

 

「……いや、別に卑屈になっているわけじゃない。あくまで対外的に、な?」

 

 先日までの栗生だったなら、ここぞとばかりに罵倒してくるのが普通だったろう。

 俺はまだ距離感を測り損ねていたのだ。表情を曇らす栗生に、別の話題がないか思案していたところ――

 

「お兄ちゃんは、自分の事、好き?」

 

 そんな問いを投げかけられる。

 何かの言葉遊びではないのだろうということは、彼女の真剣なまなざしから察していた。

 

 自分の事が好きかどうか?

 

「…………考えた事、無かったな」

 

「そう」

 

「こんな答えで良いのか?」

 

「うん……その答えで、なんとなく分かってきたことも、あるような気も、しなくもない、かな」

 

 曖昧だな。

 その質問にどのような意図があったのか、訊こうとする前に、栗生は俺の腕を引っ張り走り始めた。

 

「お、おい」

 

「ちょっとだけ寄り道しましょ? 私おすすめのクレープを奢ってあげるからっ、お兄ちゃん!」

 

 どういう風の吹き回しだろうか。

 それは分からなかったが、満面の笑みを浮かべる少女にそれを訊くのは野暮のような気がして。

 

 ただ、強く握られた腕の感触だけが、天上の空よりも色濃く記憶に残っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ヒグラシが鳴く。橙色の空は、いつか見た時のそれよりもずっと深い色をしていた。

 ……ちょっとの寄り道だったはずなんだけどな。なんとなく、こうなる予感もしてたっちゃあしてたけども。

 

「なんだかすごーーーく、時間が経つのが早い気がする……でも半日の授業なんかよりよっぽど濃い時間だったような気もする」

 

「それはお前に不良の素質があるからだろう」

 

「じゃあ、お兄ちゃんも素質ばっちりって感じ?」

 

「……ああ、俺ほど不良に向いてるやつもそうそういないさ」

 

 血筋的なアレで。

 

「でもちょっと……こういうの憧れだったかもしんない。アイドルってだけで生活に規則正しさが求められて、肩身が狭い思いをして。……だから、こうやってお兄ちゃんみたいな人と気のすむまで遊びほうけるっていうのが、こんなにも楽しいのかも」

 

「なんで俺みたいな人と遊ぶと、求められてる規則正しさを無視できるんだ?」

 

「おまわりさんこのひとです」

 

「体のいい言い訳用かよ……」

 

 洒落にならないからな、それ。

 

 ……この子にお兄ちゃんと呼ばれるようになったあの日のように、俺達は住宅街の静かな道を並んで歩いていく。

 こういう生き方だって、十分規則正しいじゃないか、と思う。()()()()()()()()()()()()()()俺にとっても、穏やかな毎日は夢だったんだから。きっとこれは間違えてなんかいない。

 正しい在り方だ。

 

 本当に、知らなかった。知るべきではなかった。日常の居心地の良さなど。

 今でも思う。この子や夢寐が俺を憎んでくれたらどれだけ良かったか――などと、それが甘えだとは分かっているんだが。

 

 そしてこうも思う。

 俺が夢寐をレイプして、栗生をレイプして、彼女たちの懐の広さに甘え――そしてようやく手に入った安寧の日。

 ……それしかなかったのか。そうするしかなかったのならば、俺の夢は滑稽なぐらい身の丈に合わないものだったのではないか。

 

 だとするならば、斑鳩の血は……“呪い”だ。

 

 頭に浮かぶのは彩美の姿。今朝のように明るく、元気で、賢いのに馬鹿みたいに笑うあの姿。

 あの子から見える世界は、ちゃんと穏やかだろうか? 日常を、夢見てはいないだろうか? ……そう考えると、やはり斑鳩の血の呪いを一身に受けるべきはこの俺だ。彩美じゃない。

 

 きっといつか。

 この子たちと笑い合う日は無くなるだろう。

 

「……お兄ちゃん?」

 

「ん、ああ……悪い、何も聞いてなかった。なんか話してたか?」

 

「ううん」

 

 “どうしたの”とでも聞きたそうな表情だった。安心させるように微笑みかけてやる。

 

 なんとなく。

 

 なんとなく、だが――。

 

 存在Ⅹへの復讐の理由が、少しずつ変わっていっていくような気がしてならない。

 それが良い変化か悪い変化か、俺には分からなかった。

 

 ……思考を断ち切り、空の向こうを見やる。反対側の空はもうすでに暗くなっていた。

 

「もう日没だな……夢寐はもう帰ってる頃か」

 

 ならば今の時刻は六時くらいってところか? 時間を忘れて、とはよく言うがマジで遊びすぎたな。

 まあ、昼休みの時の通話の話題にはなるだろう――と、明日の事を考えようとして、

 

「ん?」

 

「電話?」

 

 ポケットの中のスマホが震えた。聞き慣れた着メロが鳴る。電話だ。

 

 相手先は――見慣れた名前。夢寐の兄貴からだった。

 

「……もしもし? どうした、いきな――」

『む、夢寐がそこにいたりしないか!? あ、と、というか今どこにいる? もしかしてもう家か?』

 

「いや……今は栗生の――夢寐の友人の家の近くだが。……少し落ち着け、夢寐は…………夢寐は、帰って、来ていない、のか…………?」

 

 単なる状況整理のための言葉だった。そのはずだった。だが言うにつれ現実味を帯びるその言葉に、喉がひりつき口が渇くのを感じた。

 尋常じゃない雰囲気に栗生さえも呑まれ、不安げな瞳を俺に向けてくる。……対する向こうの答えは無言だった。十分すぎる証明だ。

 

「待て、待て、落ち着け、落ち着け」

 

 自分に言い聞かせるように呟いてから、

 

「レッスンが長引いてるんじゃないのか? 文化祭はもう一週間後先だ、夢寐がもう少し練習したいって講師に頼んだとか」

 

『今教室の方にいるんだが、夢寐はもう帰ったらしいんだ……一時間も、前に……連絡も、取れない』

 

「――――馬鹿な」

 

 わずかな希望さえも握りつぶされていく。一時間。それは余りある時間だ。何に対し?

 そんなの、決まっている。俺が知らないわけがない。

 

「ゆう、かい」

 

「え……?」

 

『……け、警察に頼むべきか? む、夢寐は、大丈夫……大丈夫、だよな?』

 

「今、お前ん家には誰がいる」

 

『親が』

 

 警察。頼るべき。一般論で言えば。

 これは――これは奴の仕業か? いやしかしどうしてこのタイミングで? 俺が目当てではないのか? ――いや早合点はすまい。ただの誘拐犯だという可能性もある。――違う! それすら希望的観測だ。だが……だが。もはや賭けるしかないというのであれば。

 

「――警察には頼らない方が良い。これは……これは現実的な話だが、最悪一時間前に夢寐が攫われたと仮定する場合、無傷での……奪還は……難しい…………ッ」

 

『……なら、どうするべきなんだ』

 

「もちろん、夢寐がスマホの電源を切ってどこかで道草を食っているという可能性も捨てきれない。お前はその場所周辺で夢寐の目撃情報を出来る限り集めてくれ。俺も中央区を中心に夢寐を探してみる」

 

『…………』

 

「それから親御さんには電話の前で待機するように伝えておいてくれ。もし不審な電話が一通でも入った場合俺に連絡するようにも言っておいてくれ……最悪の場合は、それだけがあの子を救う手立てになる」

 

『わかっ……た』

 

 電話が、切れる。

 俺はただ唖然とするしかなかった。

 

「夢寐が……どう、したの」

 

 それは、懇願にも似ていた。

 

「お兄ちゃん! 教えて! 夢寐が、どうしたの!」

 

「ダメだ……と言っても無駄か。……夢寐と連絡がつかなくなった。まだ家にも帰っていないそうだ。暫定的に行方不明と考えた方が良い」

 

「うそ…………」

 

 なんだ、これは。

 一体、なんだ。あの子が一体、何をした?

 

 意識が切り替わっていくのを感じる。

 頭に血が上っているはずなのに、心は冷たくなっていく。

 

「なら、二手に分かれて夢寐を――!」

 

「許可できない。お前だって危険な状態だ。さっきはお前が一人で探しに行ってしまいそうだからと教えてやったんだ」

 

「っ……」

 

「…………俺の傍を離れないって、約束できるか?」

 

「う……うんっ!」

 

 ヒグラシが鳴き止む。空に見えていた雲たちは消え、皮肉なぐらい満天の星空が月にも負けず輝いている。

 夜の帳が降り始めた。だがそれで終わりではなかった。長い一日の始まりを示唆しているようでもあった。

 俺達は駆け出す。夢寐は、きっと見つからないことを予感しつつも――

 

 六時を報せる『エリーゼのために』が鳴り響く。

 

 

 

 

*1
関税中央分析所



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

簡潔こそがレイプの真髄である

 ――どれほど時間が経ったのか、感覚が曖昧になっていく。一時間が経過したのかもしれないし、まだたった五分しか経っていないということもあり得る。

 確実に動いているはずの空の月が、俺の心をさらに焦らせていく。隣の栗生もまた同じ気持ちなのだろう、表情に余裕は欠片も見受けられない。

 

 まず探しに行ったのは中央区。心当たりがある場所から、手あたり次第目を光らせていく。

 俺や栗生が行ったところも全部探し回る。帰りがけの人々に夢寐を見なかったか聞いていく。

 

 ……猫屋敷夢寐の痕跡はどこにも無かった。まだ中央区全てを探し回れたわけではない。だが――なんとなく、直感的に理解してしまうことだってあるのだ。

 気付けば俺たちの足は止まり、忘れていた呼吸を取り戻したところで今の時刻を確認した。

 

 ――18:31。一秒、一分と時間が進んでいくごとに身を削られていくかのような苦痛を感じ、スマホをポケットの中にしまい込んだ。

 まだ……30分。時の流れが遅いのは喜ぶべきことだろうか。だが今のところその貴重な30分は徒労に費やされてしまっている。それでも足を運ぶ以外に俺たちにできることは無い。

 あとはただ、祈ることぐらいか。

 

 栗生も俺も繰り返し通話を試みるが、やはりつながらないままだった。

 

 

 


 

 

 

 ……何か遠くで音がする。朦朧とする意識の中、感覚を研ぎ澄ましその音を理解しようとする。

 聞き慣れたメロディ。最近になって耳にする機会が増えた――猫屋敷夢寐のスマホの着信音。誰かが呼んでいる。自分を呼んでいる。

 

 しかし音は遠いまま。自分自身が近づくことは無い。足が動かない。腕が動かない。触覚は訴える――四肢は何かに縛られている。

 身じろぎするたびに縄が食い込みぎゅうぎゅうと不快な音を鳴らす。

 

(……痛い)

 

 目は開かれているのに、いまいち視界がぼやけてそのどれもが情報として処理できない。

 それどころか辛うじて見える景色もどこか“でたらめ”な感じがした。どうしてだろう、怠け者の頭はまだ起きない。

 

 ぎゅうぎゅうと、また痛む。

 ……幸か不幸か、その痛覚が思考にかかった靄を少しだけ晴らしてくれた。

 

(倒れて……る?)

 

 これまた理解の及ばぬ問題だ。いつの間に――眠ってしまっていたのだというのか?

 今日はレッスンをして……早めに終わらせて、帰ろうとした。多少いつもと違う道を通りはしたものの。

 

 そこまでの記憶は鮮明に思い出せる。そこからは?

 

(…………どうしたん、だっけ)

 

 まさか、レッスンが思った以上に負担になっていたのだろうか。

 確かに、休憩時間も削って教わったことの復習をしたこともあった。細かい積み重ねが疲労となって出てきて、記憶があいまいになるくらい帰ってすぐに寝てしまったのか。

 

 今は何時だろうか。というか自分はちゃんと部屋で寝ているのだろうか。

 

 ぎゅうぎゅうと、再び食い込んだ。

 

(な、わ?)

 

 痛み。嗅いだこともない据えた臭い、粗雑な畳の感触。

 今度こそ意識は覚醒する。視界も思考も一気に元の状態に戻る。

 ただ一つ、純粋な疑問を以って。

 

(ここは――どこ?)

 

 

 


 

 

 

「――ダメだ、繋がらない……」

 

 何度目かの同じ自動応答メッセージが流れ終わる前に通話を切る。思わずため息が漏れ、栗生もまた沈鬱な表情を浮かべた。

 かれこれ10分近く電話を掛けているが……結果は言うまでもなく、時間の無駄に終わっただけだった。

 

「やっぱり、電源切っちゃってるから……」

 

「いや、電源が切られている時の自動応答メッセージとは違った。夢寐のスマホは今も電源が入っているはずなんだ……応答できないのは――……どこかに落としちまっているのかもしれん」

 

 ――応答できない状態に身を置いているのだろう、とは言わなかった。

 だけどその気遣いも栗生には無意味だったのだろう。きっと真意は伝わっており、またその方が可能性が高いと理解しているはずだ。

 

 今日の夜は特段寒いわけではないがいつもに比べて冷え込んでいる。

 にもかかわらず栗生の首筋には汗が幾筋も流れ、彼女は鬱陶しそうにそれを拭う。

 

 今はまだ、耐えられているのかもしれない。緊張の糸が切れたら、今度はどんな手段を取るのか分からない。

 年齢で考えるならば、パニックに陥っていてもおかしくないくらいだ。やはり、あの時に無理矢理にでも家に帰らせて、閉じこもっておくようにしておくべきだったか?

 

「お兄ちゃん」

 

 短く息を吐いた栗生がこちらに顔を向けた。

 

「ごめん、ちょっと心配させちゃった?」

 

「するに決まっているだろう……あまり、無理はしてくれるなよ」

 

「うん……大丈夫だから」

 

 瞳には確固たる意志が宿っている。……大丈夫とは、言い難い、が。

 この子がそう言うのなら、今は一つのことだけに集中しよう。余裕などありはしないのだから。

 

「……もしかしたら学園に忘れ物した、っていうのは?」

 

「どうだろうな……夢寐が学園を休んでのレッスンを始めたのは昨日今日の話でもないだろ?」

 

「今週締め切りの宿題があるのよ」

 

「…………分かった、急ごう」

 

 

 


 

 

 

 ――パリン、と何かが割れる音がした。

 

 部屋の中央、何人かの男たちが円になるように座り込み何かをしている。ここからでは何をしているのかまでは分からない。

 据えた臭いの原因がその男たちであることはすぐにわかった。皆一様に浅黒い肌をしており、その色が染みついたかのような――茶ばんだ、また黄ばんだTシャツに泥にまみれた青い作業服。衛生的であるとは言えそうにもないのは、この部屋全体含めそうだった。

 

 知らない人間。知らない場所。まるで他人事のように思う――

 

(誘拐……されちゃった、のかな)

 

 危機感はある。今すぐにでも逃げ出したい気持ちももちろんある。

 だけど――動かない。動けないのもそうだが、だからと言って暴れたりする必要もないように思えた。

 

 気を付けろとは、再三言われていた。いつもは兄が迎えに来てくれるから帰り道も気にする必要はなかった。

 今日に限っては違ったのだ。今日は特別な日だったのに――こんなに心臓に悪いサプライズ、したくなかった。

 

(いたい)

 

 泣きださない自分が不思議だった。いつの間にか生に頓着しなくなってしまったのだろうか――いや、まさか、馬鹿な。

 会いたい人がいて、帰るべき場所があって、それなのに身体が冷静なままなのは。

 

(……おにぃ、ちゃん)

 

 助けてくれる、人がいるからだろう。

 前にも酷い目に遭ったから心がマヒしているのかもしれない。今はそれぐらいが丁度いい。

 

 幼心に、反抗すればどうなるかは分かっているつもりだった。

 だから大人しく、自分を誘拐したであろう男たちの背を見つめ続ける。

 

(だけど……もしかしたら)

 

 また自分が何かしてしまったのだろうか? ……そうも思っていた。

 怒りは正常な感情で、復讐は正当な行為だと考える夢寐にとって、自分に対する悪意には何か理由があるのだと考えられた。

 

 もちろん世界には私欲からの悪意がごろごろ転がっていることだろう。

 しかし彼女は信じている。この世に絶対悪は無く、故に向けられる怒りは自分に起因するものだと――

 

 ――()()()()()()()

 自分が悪かったとしても、助かりたいと思ってしまう自分のエゴを確かに認めながらも。

 

(それに)

 

 天宮栗生を思い出す。

 善意からの行動が、却って裏切りと取られてしまうような結果に終わってしまったこと。

 あれは稀有な例だろうが……この誘拐も、なにか考えがあってのものかもしれない。などと、考え耽る。

 

 ああ、これが善意によるものだとすれば、どれだけ――

 ……そんな儚い祈りは、途中で遮られてしまう。作業服姿の男が一人、急に立ち上がった。

 

「ぁ、ぁぁぁあああああああ、あ、はぁぁああああああああああ……!!」

 

 パリン、と何かが割れた。

 

(注射、器……?)

 

 立ち上がった男は――もはや言語化不能の、いや、鳴き声といった方が適切だろうか――叫んでいる。

 目はどこを向いているとも言えず、動作の節々に不安定なものが見受けられる。

 

 割れた注射器の上で、今度は男はダンスを始めた。もちろん、ガラスの破片の上であるから――

 

「――ひ、ぁっ」

 

 目を閉じる。赤い飛沫が見えた。男は嗤い、踊りを続ける。

 ――ころん、と。近くに何かが転がってくる音がした。注射器の破片だった。

 

 大きめのその欠片には、何やら数字が刻まれている。

 

 ――11148955。

 

 

 


 

 

 

 すでに下校時刻を超過した学園は、数ヵ所の教室や事務室に電気が灯っているだけで随分と寂しい印象を抱かせた。

 栗生は学園の中に夢寐を探しに行っている。教師に会えば夢寐のことを訊いたりもするだろう。

 俺はと言えば、入れ違いにならないように校門で見張っておく係であった。

 

 久しぶりの無理な運動に疲労を訴える両脚を労わりつつ、スマホを握りしめる。

 何かあれば、栗生からも夢寐の兄貴や両親からも連絡が来る手はずになっているから――電池を減らさないため無駄遣い厳禁だが、万が一にも気づかなかった、なんてことが無いようにすぐ出れるようにしておく必要があった。

 

 走り回っていた先ほどに比べれば身体への負担は軽くなっているはずなのに、心臓の鼓動は早まったままだ。

 考えてしまえば――“最悪の場合”がいくつも浮かび上がってくる。だけど何かあった場合、猫屋敷一家や栗生じゃ心許ない。

 

 俺がしっかりしなければいけないのは分かっている。

 だけど、俺の“失いたくない”は、“失ってはならない”なのだ。どうしても蘇ってくる昔の記憶を振り払うように空を仰ぐ。

 

 晴天だった。

 

「――あれ、おにーちゃん?」

 

「ッ……あ、ああ……彩美か…………」

 

 咄嗟ににじみ出ていた汗をぬぐい、声を掛けてきた妹に向き直る。……声質とかまったく違うのに夢寐と勘違いしてしまったのは、良くないな。

 落ち着こう。深呼吸しだす俺に、彩美から怪訝な視線が突き刺さった。

 

「むー……? なーんかその反応、あやしー……まるで覗きがバレた人みたい……」

 

 ジト目でじりじり寄ってくる彩美に軽いチョップをお見舞いしてやると、「むきゃー」なんてへんてこな声が上がった。

 苦笑しながら頭を撫でる。

 

「痛くもない腹を探ろうとするな。……生徒会の仕事はもう終わったのか?」

 

「うん! だから帰ろうとしてたんだけど……おにーちゃんもしかして迎えに来てくれたの?」

 

 ……しかし困ったな。この子には“栗生と帰るからな”と伝えてあった。

 何と言って帰すか……帰り道はウチの女中を呼んでからでもいいし……。

 

「いや、そういうわけでもないんだが……彩美? そういえば学園に夢寐が来なかったか?」

 

「ん? 来てないよ? どうして?」

 

「それならいいんだ。……あー、それで、だな? 彩美、今日は――」

 

 女中さんと一緒に帰ってくれないか? と提案しようとしたところ。

 昇降口の方から駆けてくる姿があった。校舎内を探し終えた栗生のものだろう。

 

「――ダメ! 夢寐、こっちにも来てなかったみた……い…………?」

 

 叫びながら近づいてくる彼女の視線は、俺の顔から下へと移動して、彩美の頭に留まった。

 ゆっくりと、声に反応するように彩美が振り向く。

 

「栗生ちゃん……?」

 

「あ、えっと……あ、あはは、こんばんは、彩美ちゃん……」

 

 ……不自然すぎるだろう、アイドル。

 

 

おにーちゃん、何かあったんでしょ

 

 

「…………」

 

 流石に気付くか。

 問いの口調――いつもと変わらぬ声のトーンに有無を言わさぬ圧が込められていた。

 ……言えばもちろん手伝ってくれそうではあるが。巻き込みたくない気持ちの方が強い。

 

 悪いな、彩美。

 

「お前には関係ない」

 

「ちょ、ちょっとお兄ちゃ――」

 

「か、関係なくなんかない! 彩美はおにーちゃんの妹だよ!? それに彩美だって夢寐ちゃんの友達だもん!」

 

 彩美が俺にしがみついてくる。月光を映す彩美の瞳にふざけは一切ない。

 俺も同じ目をしているはずだ。

 

「妹だからこそだ。……女中さんを呼ぶ。迎えが来るから、真っすぐ家に帰れ。……俺もすぐに帰るから、な?」

 

「……く、栗生ちゃんは良くて彩美はダメなの? おにーちゃん、どうして!」

 

 スマホをポケットの中にしまい込み、彩美の両肩に手を置いて、彼女の身体を少しだけ離す。

 膝をついて彩美の目線と合わせると、小さな手が俺の服の袖を掴んだ。

 

「分かってくれ……お前が、大事なんだ」

 

 多少ずるいかもしれないが、こう言えば彩美も引き下がってくれるだろう。

 

 ……そう、思っていたのが。しかし。

 

「…………彩美が? どうして彩美が出てくるの?」

 

「…………え?」

 

 彼女と俺の話はどこか食い違っていたようで、小さな齟齬に勘付いた彩美は、

 

「おにーちゃん……もしかして、夢寐ちゃんと喧嘩しちゃったとかじゃ…………ないの?」

 

「ぁ、あ……それは、だな……」

 

「…………大事、って……まさか、危険な目に遭っているの? 夢寐ちゃんが? ……行方不明? だから二人とも探し回っている……ってこと?」

 

 いともたやすく俺たちの言動を言い当ててしまった。

 ……いや、バレたからと言ってこの子を巻き込みたくないのには変わりない。

 

「……お前も危険な状態にあると思った方が良い。栗生が一緒に行動しているのは保護の意味もある。だけどウチなら安全だ、彩美、だから――」

 

「違うでしょ、おにーちゃん」

 

 彩美の両手が俺の頬を支えるように触れる。

 

「今危険な状態にあるのは夢寐ちゃんよ、彩美じゃない」

 

「……確かにそうだ、でもお前だって……どうなるか分からない。出来るだけ家にいてほしいだけなんだ……」

 

 ――相手が存在Ⅹである可能性。それが否定できない限り、()()()()()()()()()()()()()()

 未知数の脅威、洗脳アプリという強大な武器。矢面に立つのが俺であればいい。俺以外では……到底太刀打ちできない。

 

「……やっぱりおにーちゃんは……何か事件性があるものだと考えている」

 

「……ああ」

 

「人手が必要になるわ、絶対。彩美は邪魔にはならないから……。――栗生ちゃん、夢寐ちゃんが行方不明になったのって、いつごろから?」

 

「えっ、あっ、えっと……ご、五時くらいから」

 

「もうすぐ二時間……」

 

 なら、傍に置いておく? それなら確実なのは間違いない。

 だがこの子を? 日常の中に生きてきたこの子を、巻き込めるのか?

 

 ……彩美は躊躇ってからスマホを取り出した。

 電話をかけると、ワンコールで相手が通話に応答する。

 

 ――聞こえてきた名前に、俺は憶えがあった。

 

「――もしもし、邦城」

 

 

 


 

 

 

 ――まるで地獄だった。楽し気にダンスを踊り歌を交わす男たちと、鋭く砕けた注射器の破片の数々。

 ガラス片が男たちの足に埋もれていき、流れ出る血を畳が受け入れる。それがかれこれ数十分と繰り広げられていた。

 

 一人が倒れる。その倒れた人間の上でダンスが続く。今度は足に刺さっていたガラス片が倒れた男を傷つけていく。数人の成人男性の重みに耐えかね血反吐をまき散らす。……それでもまだ歌い続けた。

 見えない観客が見えている。見えない舞台が見えている。見るべき世界が見えていないのに。

 

「…………」

 

 どうにかなりそうだった。どうにかなっているからこんなものが見えるのだ――と言われた方が納得できた。

 それでもまともなのは自分なのだと思い込むことで正気を保ち続ける。大切な人たちが、間違っているわけがないんだと。

 

 ――そうして一人が倒れた

 

 歌が止まった。ダンスが終わった。だから――打ち上げが始まった

 見えないコンサートを終えた人間たちを出迎えてくれたのは、これまた立派な料理の数々だったのだ。余すことなく――いただきます

 

「ぎィァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

 

 チョココロネはから食べる方? お尻から食べる方? いやいや、邪道だけど横から食べる方がおいしいのさ! そういわんばかりに群がり、貪っていく。

 腹部が噛み千切られ、臓物があふれ出した。零れたチョコをすするように男が食らいついた。笑い声が続いた。また一人、男が貴重な部位なんだと語らうようにアキレス腱を噛み千切る。笑い声が続いた。一人はこの場所を好むのが通なのさと自慢するように首に歯を突き立てた。笑い声が濁った。ちゃんと野菜も食べなきゃね、としっかり者の男はガラス片を頬張りながら、料理の頭を引きちぎり、目玉から中身をほじくりだそうと苦労していた。笑い声が止まった。

 

「あ、あは、は」

 

 誰かの笑い声が上がった。――ああ、また新しい料理が運ばれてきたのだ。

 複数の目が、

 

「あ、ひ」

 

 夢寐を、射貫く。

 自分がまともだから何なのか。彼らには言葉は通じず、狂った世界こそが彼らの正常だとするならば。祈りは無意味で、懇願は無用。ただの料理に、捕食者への拒絶はあり得ない。

 

 男たちの口から赤い何かが垂れた。臓物を吐き出す男もいた。視線が、外れてくれない。一人、近づいてくる。

 濁った眼をしていた。頭の中で何かが吹き飛んでしまうような感覚があった。

 

「や、だ……やだ、やだぁ……おにぃちゃん……!」

 

 手が伸びる。肉片が付着した手が、目の前に、伸びてくる――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………時間だ」

 

 その寸前、目の前の男が何かを呟いた。伸ばされていた手が戻されて、呼吸を取り戻した夢寐はえずくように酸素を求めた。

 だが過度の緊張からか、本能的な恐怖によるものか、意識は再び朦朧としてくる。

 

 ただ一人の男の姿を思い浮かべながら、気を失っていく夢寐は――その刹那、男が取り出したスマホに、何かの文字列を見るのだった――。

 

 

 

 

completed successfully.

good bye.

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 ――『犯人らしき人間から電話があった。自分で“夢寐を誘拐した犯人だ”って言ってきたんだ……“電話にはすぐ出られるようにしておけ”ってすぐに切られてしまったが』

 

 時刻にして19:00に犯人からの電話があったと連絡が入り、俺たちは猫屋敷宅へと急いでいた。

 ……とはいえ学園から夢寐の家には電車に乗って何駅か向こうにある。走っていくわけにもいかず――車で移動していた。

 

「…………」

 

 ――邦城の車だった。それだけじゃない、バックミラーには似たような車が数台並んで走っているのが映っている。

 数にして21人。ウチの組の規模からすれば端数ではあるが、今すぐ動かせる、という条件下では十分な数だった。

『井上の殺害に関わっている可能性がある人間がどこかに人質を連れ潜んでいる』――そう言われやってきた人間の中には井上と同じ雀卓を囲んだ人間もいた。

 

 ……問題は、それを指示したのが彩美だっていうことか。

 今は夢寐を救出することが最優先ではあるから尋ねたりもしなかったが……いや、後で良いだろう。

 

 夢寐の兄貴に集めてもらった目撃情報はまとめると次の通りだった。

 

『教室を出ていく姿を見かけた人は結構いた。それからウチにまっ直ぐ帰る道から外れて、丁度地盤改良工事をしているあたりからぱったりと情報が無くなった』

 

 道を外れた理由に心当たりはあるかと尋ねたところ――

 

『……今日、誕生日なんだ、俺。あの道の先にケーキ屋があって……多分、そこに寄ろうとして……っ!』

 

 ああ……本当に、胸糞悪い。絶対に助け出してやる。

 

 両隣の対極的な二人に意識を向ける。栗生はヤクザモンと顔を合わせた故の緊張もあるのだろう、顔は青ざめ肩は震えていた。

 一方彩美はというと、タブレット端末で地図アプリを、スマホでメモ帳アプリを開き、窓の外をじっと見つめていた。いつもの快調さが無いのは、緊張か、あるいは。

 

 ……当たり前か。これからやるのは素人の人質救出作戦だ。警察の手も借りられない交渉を俺たちでやる必要がある。

 さらに言えば、犯人と交渉する“交渉人”は栗生が担う。夢寐の友達であり、交友関係にも説得力があるうえ、俺みたいな男の声で威圧感を与えることもない。

 代わりにフォローに回るのは現地指揮に回る俺や彩美だ。無論彩美は情報の記録や犯人の位置特定に努めるため、大体は俺と――邦城あたりが任されることになるだろう。

 

 そしてカギを握るのは彩美が集めた組の人間たち。

 もしも人質が殺傷されたり、交渉が決裂しこれ以上の状況改善が見込めない場合、ステルス・エントリー――極秘裏に犯人のいる場所へ侵入、速やかに人質を確保する、あるいは犯人を捕らえるか殺害する。そうでなくとも、俺たちは警察でもなんでもなく、殺しに関してはエキスパートだ。突入がほぼ念頭に置かれ作戦が立案される。

 

 だから栗生の役割は人質の解放、というより位置特定の時間稼ぎといった色が強い。

 

 これでもかなり希望的観測を捨てきれていない。犯人側が連絡してきた以上、人質が無事だという確率は格段に上がりはしたものの。夢寐の死は最悪のケースだ。それがもうすでに起こっていないとも、位置が特定される前に起こらないとも限らない。栗生には……今夜だけ、頑張ってもらうしかない。夢寐を救えるチャンスも、今夜しかないのだ。

 

 時刻は19:21。猫屋敷宅が、見えてくる――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数台の車を家の前に待機させるわけにはいかず、邦城を除く組の人間には近くの駐車場で待機しておくよう指示を出した。

 車から降りると、憔悴しきった表情の夢寐の親たちが駆けつけてくる。家の中には、顔面蒼白の兄貴が茫然自失といった風に座り込んでいた。

 

「こりゃ、ウチらが来なけりゃどうなっていた事か……若旦那、若頭、野郎ども待機完了です。位置を特定し次第作戦会議を始めますんで、向こうの指揮執ってる“赤坂”に通話繋いでおきやす」

 

「おにーちゃんと栗生ちゃんはこのワイヤレスイヤホンを付けておいて。プロファイリングは彩美たちがやるから、栗生ちゃんは自分の役割にだけ集中していればいいのよ」

 

 渡されたBluetoothイヤホンを左耳に付ける。栗生が手にしているのは夢寐の父親のスマホだった。犯人はこの端末に連絡してくるという。

 肩で息をし、落ち着かない様子の栗生の手を取って落ち着かせる。

 

「バックアップは任せろ。大丈夫だ、夢寐を助けたいって思って行動するだけでいい」

 

 夢寐の家族じゃなくて栗生をわざわざ交渉人にした理由の一つが、彼女の夢寐に対する思い入れの強さだ。

 いつの日か、夢寐を助けるためにとその身一つで俺の前に躍り出てきた時のような――胆力が彼女にはあった。その物怖じしない強さがこの状況下では必須だった。

 

「……それでだ、栗生。交渉中、俺はわざと威圧的な事を言うかもしれない」

 

 最終確認として、交渉人としてやるべきことを教える。

 

「例えば、『今すぐに人質を解放しなければ突入部隊を向かわせる』、とかな。その時はお前の判断で向こうにその言葉を仲介して伝えてくれ。相手がそれで投降するようだったらそれでよし、そうじゃないようだったら『突入部隊を向かわせるって方針に決まりつつある、あなたたちも傷つけたくない、だから投降してほしい』……ってな風に伝えるとかな。これはちょっと極端な例だが」

 

「……う、うん」

 

「怖いか、やっぱり」

 

 栗生は小さく頷く。俺はいつものような笑みを浮かべて、彼女の頭を撫でてやった。

 

「お前は友達のためだったらなんだって出来る子だよ。俺が知っている。確かにあの時は、良くない結果に終わってしまったかもしれない」

 

「…………」

 

「だけど今は俺たちが付いてる。存分に頼っていいんだ。お前たちは……俺の妹なんだからな」

 

「……うん。そうね、お兄ちゃんがいるなら……なんだって出来るし、やって見せる……!」

 

 そう、少女が決意を固めると同時。

 ――彼女の持つスマートフォンが震えた。

 

 俺が部屋にいる彩美たちに目配せしてから、息を整えた栗生が――電話に出る。

 

「――もしもし」

 

 時刻は19:30だった――

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

己に打ち勝つことが最大のレイプである

 夜の静寂に支配されたリビングの中に、少女の声が響き渡る。

 緊張を隠すような手擦りの音、浅くなっていく息、落ち着かないように身じろぎした時の服が擦れる音。意識しなくとも耳に届く音、しかしそのどれもが遠いものに聞こえた。

 

 天宮栗生――と呼ばれていた少女が、誘拐犯らしき男から掛かってきた電話に応答しており、その隣では片耳のイヤホンに意識を傾ける若旦那――斑鳩右京の姿があった。

 

『井上を殺した奴が関わっている可能性がある』――とは彩美から聞き及んでいたが、その可能性に気付いたのは他でもない右京だったか。

 ……気落ちしきった、誘拐された娘の帰りを待つ家族たちの前で煙草を吹かすわけにもいかず、手持ち無沙汰になっていた邦城に、隣から小さい手が伸びてくる。

 袖を引かれたので見てみれば、斑鳩彩美が手招きしていた。邦城は静かに耳を近づける。

 

「……いろいろと動いてくれて、こんなこと言うのもなんだと思うけれど――良くあれだけの人数を連れてこれたわね、源十斎には何も言われなかったのかしら?」

 

「元々、組長の指示でいつでも動かせるだけの人数は置いてありましたんで。……さすがに組長に無断で動かせるわけでもないんで、一応許可を取りに行ったんですが……井上が死んだ事件に関わってるかもしれない、と言ったら二つ返事で」

 

 その言葉に彩美は怪訝そうな顔をする。やはり――というべきか。今回もそうだが、この前の集会でのあの言葉。たかが下っ端一人死んだ程度で警戒を強いるなんてこと、組員だけでなく、この少女でさえ理解に難いものだったのだろう。

 井上に特別な想いがあったわけあるまい。あの事件そのものに何らかの脅威を感じているに違いなく――ならばなぜその情報を下に知らせないのか、謎は堂々巡りするばかりであった。

 源十斎の思惑を解き明かすことに見切りをつけた彩美は、声のトーンを落として訊ねる。

 

「犯人を捕らえることが最優先になるわけね。あの人の気性だから、どうせ夢寐ちゃんについては」

 

「後に回せ、と」

 

「…………そう。まあ分かっちゃいたけれども……そっちの方が都合が良いってことも、分かってるけれども」

 

 二人して右京の方を見つめてしまう。

 

「……若旦那は変わられましたね。あっちの方が素だって言われても納得できそうなくらい、まっとうに生きてるっちゃそうだと思いますよ」

 

「嬉しい事よ、もちろん。……だから殺せない。良いわね、邦城。後に回せは“捨て置け”って意味じゃないの――ちゃんと救いだしてよね? あれでも、友達らしく思ってるんだから」

 

「――と、若頭がおっしゃるわけで。……ちゃんと聞いてましたかい、赤坂殿? あなたの言う所の“愛娘”……そっちを優先したところで内緒にしててくれるらしいですが」

 

 邦城は胸ポケットのスマホ――先ほど繋げっぱなしにしておくと言っていたものだ――にそう話しかけた。

 それに一瞬、彩美は不思議そうな顔をしていたが……端末から聞こえてくる声に合点がいったのか、周りを憚りつつもおかしそうに笑う。

 

『――こちとら一言一句来世に持ち越すレベルで刻んでおいたわよぉ、クーちゃんっ!』

 

 ……いや、実際おかしいのかもしれなかった。キャピキャピした声色――を塗りつぶすかのようなドスの効いた声。いわゆる、オカマである。

 しかし分かりやすくもあり、だからこそ彩美は彼が()()()()()()()()()()()()()()()()()()だとすぐ気付けたのだった。

 

 通話相手、赤坂に苦い思い出でもあるのか、クーちゃんと呼ばれた邦城は半ば白目をむきながら事務的に返答をする。

 

「い、今は誘拐犯相手と対話中です。情報は入り次第そちらに伝えますんで、す、すぐに対応できるようにしていただければ……」

 

『……なんか段々遠くなってってない? 気のせいかしら』

 

 気のせいでもなく遠ざかっていっている。端末越しにむわっとしたオーラが纏わりついてきそうだった。

 

『ともかくそういうことなら、こちらも救出を最優先に動くことにするわぁ。お嬢様のお墨付きでもあるわけですしねぇ~?』

 

 彩美まで遠ざかる。スマホは床に置かれていた。

 

「……と、とりあえず後のことは気にしなくていいわ。どうせ夢寐ちゃんのアイドル事業を一番支援してるのは斑鳩興業(ウチ)なんだから、あの子を喪ったことによる損失がいかに大きいかを教えてあげれば文句も出てこないはずだし」

 

 短い『了解』との答えに、彩美も邦城も揃って息を吐く。

 

 ……ふざけた言動をよくするが、赤坂は咲洲組の荒事を担当する部門、そこを従えるトップの内一人だ。腕に関して言えば心配はいらないだろうし、他トップと比べて人間味もあれば話も通じやすい。彼は味方だと断言できる。

 無論背中は預けられないが。貞操的なアレで。

 

 そして丁度、邦城たちが地図に目を落としたと同時、イヤホンを外しながら右京が近づいてきた。

 

「まずは――上々です。次の連絡までに情報を整理しておきたい」

 

 ファーストコンタクトが成されたのだ。

 

 

 


 

 

 

 ――短いやり取りだったが、得られたものは大きかった。

 栗生は緊張からか床に座り込んで浅い呼吸を繰り返している。……流石に負担が重いか。長引かせるわけにはいかないだろう。

 

「電話での応答で気付いたことですが――便宜上連絡係とします――その男は日本語が不自由でした」

 

 日本語を習いたての外国人が話す日本語、と言えばわかりやすいだろう。

 特徴的な拙さ、日常的な会話でしか意味が通じなかったことを鑑みるに栗生だって気付いているはず。

 

「……続けて」

 

「これについて自信はそんなにないのですが……中国人よりの訛り方だったなと。さらに、事務的な受け答えはほぼ不自由なくできていたので、おそらくは在日中国人――日本で就労する外人かと」

 

 素人意見ながら、俺の中ではそうだと確信が強まっていた。

 アメリカ人や中国人だけでなく、韓国人、フランス人やドイツ人など、国によって日本語の訛り方が違っていたりもする。この場合だと――『そり舌音』なんかがそうだ。

 

 ……前科アリでも就けるような職場には大抵外国人がいたからな。

 その時の知識が役に立ってくれたとは言え、なんと微妙な……。

 

「わかったわ。あくまでも仮定として、だけど――相手は在日中国人として話を進めましょう」

 

「そうなると臭くなるのは……この辺になりますね。木を隠すなら森の中――在日外国人を隠すなら在日外国人の多いとこで、って」

 

 彩美のタブレットを使って地図のとある一地区に丸が付けられる。見るからに開発途上区、自治体の手も入らないスラム――無論、俺には覚えがあった。

 井上が殺された時、調査に行ったあのアパート群のところがそうだ。……それに関係があると言ったのは存在Xの影があったからなんだが、色々ときな臭く繋がってきたな?

 

 ただ、まだ夢寐の誘拐と井上の殺害がつながったわけじゃない。それぞれが別のものだというならまた問題ではあるが、知っておかないと悪手を打つことになろう。

 素早いフリック操作でスマホのメモ帳に情報を打ち込んでいく彩美を横目に、今度は邦城と話し合う。情報のやり取りではなく、推測を論ずるのだ。

 

「向こうに“ブレーン”――犯人を操ってる人間がいるんじゃないかと疑っているんですが……どうでしょうか」

 

「言語の壁があり意志疎通もままならない外国人が人質交渉なんてやらないだろう――ってことですかい。……そいつぁどうでしょう、考え付かないわけでもないでしょうし、アイドルなんてサブカルチャー、街中でだって目につきますから、そこから計画を立てても不思議じゃありません」

 

「……しかし可能性としてはどうでしょうか。足がついても切り捨てやすい在日外国人を選んで犯罪に及んだという可能性は?」

 

「となると、要求は足のつく金銭以外の可能性が高いか……とは言え結論付けるにはあまりにも論拠に乏しいでしょうや」

 

 ……耳の裏を掻きながら邦城は続ける。

 

「……それでも、少なくとも相手は複数人いるでしょうね。たとえ夕方での犯行とは言え、夏も近いこの時期じゃまだ明るい。人目を憚りながらとなると迅速に……それこそ幾人かで攫った方がバレにくいですから」

 

「――犯罪心理学の研究じゃ、仲間が多いほど犯罪行為に走る確率も高くなりがちってされてるらしいわ。単なる性犯罪者ならともかく、大掛かりな人質交渉までしようとしてるんだもの、きっとそうでしょう」

 

 情報を打ち込み終わった彩美が顔を上げる。

 

「それで――おにーちゃん、向こうからの要求は無かったの?」

 

「ああ、それなんだが――」

 

 ファーストコンタクト。相手が最初っから要求を投げかけるつもりだったのか否かは分からないが、数回の取り留めもない会話で電話は終わったのだった。

 もちろん電話の相手が猫屋敷一家から栗生へと変わったことによる警戒などもあるかもしれない。

 あからさまに疑う素振りは無かったが……それは次の連絡で分かることだ。

 

 律義に時間を指定して電話を切られたので、これっきり、ってことは無いと思うが……。

『夢寐の友達』、『同じジュニアアイドルの天宮栗生』――信憑性はある……というか事実だ。アイドルを狙っての犯行なら知ってて当然だろうし。

 

「……夢寐ちゃんは今日お兄さんの誕生日を祝うために帰り道を変えた。誘拐されたであろう地点は本来の帰り道から結構離れていたし――計画が元からあったとしても、誘拐のタイミングは本当に偶然だったんじゃないかしら」

 

「なら今は焦りながら要求を考えてる真っ最中……だったりするんですかねぇ?」

 

「なんにせよ、それなら向こうは多少なりとも動揺しているでしょうね。どうにかしてそこを突ければいいんですが……」

 

 心配なのは栗生のことだ。

 言わずもがな他の二人にも分かっているのだろう、いたたまれない空気が一瞬流れる。

 

「次の連絡はいつと?」

 

 リビングに掛かっていた時計を見ながら答える。まだ余裕はあった。

 

「なら栗生ちゃんの傍にいてあげて。……こっちは人員を何人か割いて捜索に当たらせるわ。こっちのことは彩美たちがやってるから、ね?」

 

「……悪いな。どこまでも世話になる」

 

 ……その優しさは、あまり嬉しくないものではあるが。

 

 

 

 

 

 

 その厚意に甘え、俺は栗生の方へと歩いていく。

 緊張した空間に、物音が冷たく響くが、栗生はそれに反応する気力すら無いらしい。

 足先に彼女の脚が触れるんじゃないか、というほどに近づいて、やっとこちらを見上げた。

 

 元々この家にあったものか、ペットボトルの水を両手で持っているが、蓋が開いてるにもかかわらず少しも水嵩が減っていない。

 

 ……見るからにこわばってるな。

 

 肩にでも触れようものなら驚いて水を落としかねないので、まずペットボトルを取ってふたを閉めてやる。

 

「ぁ……」

 

 酸素が頭に行き渡ってないかのような、抜けたような顔をしていた。

 一種のトランス状態にあるのだろう。何もない空間を掴み続ける栗生の手を両手で握りしめる。水をずっと持っていたから冷たくなっていた。

 

 徐々に栗生の瞳に光が戻ってくるのと同じように、手にも力が込められていく。

 やがて縋るように手繰り寄せ、俺に寄りかかるようにしなだれかかった。

 

「……まだ、頑張れる」

 

 弱音も虚栄の言葉も無い。

 

 そこにあるのは正真正銘、殻の無い天宮栗生そのものである。

 触れれば傷つけてしまいそうなほど、彼女はさらけ出している。

 

「大丈夫、お兄ちゃん……」

 

 ……それは、俺だからだろうか? 俺が彼女にとって特別だからだろうか?

 覚醒と催眠の狭間に揺蕩う少女は、ただ懇願するように俺を抱きしめた。

 

 彼女にとっては、それまでの行為だったのかもしれないが。

 俺はふと、いつかのこの子の姿を重ねてしまう。

 

 

 ――“信じて”。

 

 

 まるで、子が親に褒めてもらおうとするみたいに。誰かに認めてもらおうとするのを望んでいるみたいに。

 

 さて――はて――

 俺にそれが出来ていただろうか。俺にそれが出来るだろうか。今も崩れそうな彼女ではダメではないかと思わないわけではないだろうに。

 

 あるいは――頼れと。そう言うことか。俺は背負っていると?

 いや、それこそ間違いかもしれない。『お兄ちゃん』と、そう呼ぶのなら。俺たちで助けてやろうと、そういうわけか。

 どこまで気づいているのだろうか? 存在Xが関わっているかもしれない、そしてもしそうなら、お前たちの日常に諸悪の根源を呼び込んだのは他でもない俺で。俺が本来、一人で解決すべき問題だと考えていること。

 

 杞憂か。だが、どこまでもお前は俺の傍にいる。

 物理的なものだけじゃない、精神的に、近い場所にいる。

 

 俺は今、お前を支えている。俺がいなくなったら倒れるだろう。

 しかしお前(おれ)はどうだ。支える者がいなくなったら? 倒れる方向が違うだけで、俺もまた彼女に助けられつつあるのではないか。

 

「……心底、理解が及ばないな、お前たちは」

 

 ……ああ、そうか。お前たちは――()()()()()()()()()()と被るんだ。

 だから分からない。復讐に燃えようとしないお前たちが分からない。俺に無い強さを持つお前たちが分からない。

 

 分からないから遠ざけて。分からないから一緒にいてなおも独りであろうとした。

 怖いな。ああ、怖いとも。俺はこの子たちに復讐する権利があると言いながらも、それをされるのが怖くてたまらないのだ。

 優しくするなと言ったところで、恨みをぶつけられるよりはマシのはずなのだ。

 

 俺はただ――ただ、自分が気持ちよくあればいいというだけのエゴイストだ。

 そんな人間が、どうやって誰かを信じよう? 自分だけしか考えてこなかった人間が、どうしていきなり誰かに頼れよう?

 

「……」

 

 あの日――この子が俺を兄と呼ぶようになった日。

 あれから幾日かが経ったが、変われたってことは無かった。

 そりゃ、以前までの刺々しさは無くなって、比較的関係は円満になってきてはいるものの、距離はある。

 遊んだりもするし、ふざけたりもするし、同じ話題で笑ったりもするけれど、あの日の出来事が棘みたいに刺さったままだ。

 

 変われていない。……俺が。

 きっと、あの子にも……夢寐にも、見透かされているんだろうか。ちゃんと話したことは無い。だけれども……あの子の強さを知った日から、何か溝が生まれたような気もしていた。

 

「どうすれば」

 

 変わらない。残され続けている。前世から。何も。

 信じることを知らなかった。裏切られたから。だけど彼女たちには、その芯たる何かがあったのだから。

 

「どうすれば、俺はお前たちを信じるようになれるんだろうな?」

 

 俺が近づいてみようと、思った。

 距離があると。溝があると。それを埋めようとしないのは俺だ。遠くにいるんだ、分かりもしないだろうさ。

 

 少しずつ活気の戻っていく、憎たらしいほど整った顔立ちをこちらに向ける栗生が、笑った。

 

「頑固者ね。ふつう、そんなことで悩んだりなんてしないわよ……?」

 

「悪かったよ、ふつうじゃなくて」

 

「それに、タイミングだって悪いし」

 

「それは……大事なことなんだ」

 

「うん」

 

 ほぼ覚醒しきっているにもかかわらず、栗生はこちらに体重を預けたまま。

 こちらを見上げた顔に、俺に無い類の輝きを見る。

 

「……何が引っかかってるの、お兄ちゃんの中で」

 

「引っかかってる……そういうわけでは、無いんだろうな。ただ知らないんだ。信じることなんて長いことしていなかったし……それに、俺は今、周りが敵だとしてもおかしくないって状況に身を置いてる。ご立派に高説垂れたが、怖いんだよ、結局」

 

 妹が、父親が、同じ組織の人間が、顔見知りの人間が、俺を陥れた犯人かもしれない。

 復讐、大いに結構。……されど、その矛先がこの子たちから、俺へと向けられたら。怖くて仕方ない。

 

「何かあったのね? 過去に……そうなっちゃったような、出来事が」

 

「……()()、な」

 

 一度は夢寐による裏切り、それから勘当までの一連の騒動。もう一つは――

 ……それらの経験が、安易に心をさらけ出すのを良しとしない。もし裏切られたら? そんな疑問が渦巻き続けている。

 

「……こんな、全然人生経験の浅い私みたいなのが言うのも、なんだけど」

 

 そう前置きして、

 

「この人は裏切らないから大丈夫――そう信じる人だっている。でもこの世界はきっとそれだけじゃないよね、とも思う。生まれてから死ぬまで、誰かに裏切られるって経験がない人ならそれでいいかもしれない。だってそれって、すごく幸せなことだから」

 

「……まるで違うみたいな言い方をするんだな」

 

「私は違う」

 

 ……違うのか? 信じるってそういうものではないのか?

 

「お兄ちゃん、私ね……今、お兄ちゃんになら裏切られてもいいと思っているの」

 

「……なに?」

 

「もちろん、夢寐にも――もしそうなったらすっごく悲しいし、嫌だし、怒ったりもするかもしれないけれど……甘い考えだから、言えることなのかもしれないけど……私は、そう思ってる」

 

 …………。

 

「知らない人に酷いことされたならともかく、あなたたちにされたなら、きっと何か理由があったんじゃないかって考えると思う。そして、どうすればこんなことにならなかったんだろうって思うんじゃないかな」

 

 

 ――“だから、きっとそこには理由があったんじゃないかな、って考える。相手が悪いんじゃなくて、夢寐が悪いんじゃないのかなって考えてみる”。

 

 

 それは他でもない夢寐の言葉。あの子の場合相手を限定しない狂気的なまでの信念があったが、そこに大小あれど栗生の考えも同じぐらいどうかしているだろう。

 やはり痛い。俺が夢寐に出来なかったこと。取り返しのつかない過ちをしてしまった原因。何一つあの子の事を考えられなかった最初の復讐。

 

「だってやっぱり、酷いことされてもまた一緒にいたいって思うから」

 

 

 ――“信じてるから”。

 

 

「友達だもん。――裏切られても大丈夫ってことを、信じてるの。私は」

 

 ……………………俺が、友達?

 

 ハッとして栗生の顔を見るが、嘘を吐いたような気配は微塵もしない。

 それどころか生気を取り戻した表情は、今まで以上に快活なものに見えた。

 

 …………そして何と言った? 裏切られても大丈夫?

 裏切られても、一緒にいたいと思える――それを信じる。それでは、まるで――

 

「私が信じているのは自分自身。他の誰よりも分かってる人間のことだし、何から何まで一緒の唯一無二の存在」

 

「…………」

 

「だからこそ私はあなたに――お兄ちゃんに全部曝け出せるの。だってそうでしょう? あなたに酷いことされたって――ねぇ、お兄ちゃん? 私も、夢寐も、あなたの近くにいたもん」

 

「あ……」

 

 心の底から――俺と一緒にいたいと、そう思ってくれている?

 糾弾し憎悪し、殺されても仕方ないはずのこの俺と――?

 

 ……いや、そうか。

 

 ()()()()()()()()()。……答えはもう出ていたではないか。

 怖い。怖いさ。だとしても、それでいいんじゃないか――何よりも信じられるものが俺の中にあるのだから。

 

「は……」

 

 笑ってしまう。馬鹿馬鹿しい。滑稽だ。

 こんな俺が……人並みに誰かを想っているわけだ。

 

「そうだな……ずっと一緒にいられたら――思わないわけが、ないさ」

 

 それまでにどんな禍根があろうと、俺は。

 ()()()()、この子たちを嫌いにはならないだろう。

 

「…………友達、いなかったからなぁ」

 

 面倒くさく拗れてしまったんだよ。そんな人間が大切に思うんだ、簡単には離さない。

 ……あーあ、あーあー、なんか顔が見れねぇや。何一丁前に照れてるんだか。情けない所なんざ何回だって見せただろうに。

 

「……お兄ちゃん?」

 

 いいさ、どうせ新しく貰い受けた生だ。腐った部分なんて切り捨ててしまえばいい。

 しかし、そうか――知らなかったな。裏切られてもいいと、そう思えるだけでどれだけ気が楽になるか。

 

 機会を与えてくれた誘拐犯には感謝だな。地獄の果てまで追い回してやる。

 

「――夢寐を一緒に助けてくれるか、栗生?」

 

「……っ! うん、約束っ!」

 

 ――時計の長針がかちりと動く音がする。

 それとほぼ同時に栗生の持つスマホから着信音が流れ出した。俺は彩美たちと顔を見合わせてから、栗生に出るよう指示する。

 

「ちゃんと頼ってよね、お兄ちゃん」

 

 応答する。

 セカンドコンタクトの始まりだった――

 

 

 

 

 

 

 電話の相手はファーストコンタクト時と変わらなかった。中国人寄りの訛り方の日本語を話す男の声が片耳から聞こえてくる。

 先ほどの応答時は栗生に違和感を抱かせないことに必死だったが……今回から本当の交渉になっていくだろう。まず警察に連絡していないかを確認し、本題に入る。

 

『人質は無事だ。だから、返してほしければこちらの要求に応えろ。応えなければ命の保証は出来ない』

 

「……はい」

 

『20:30までに現金三百万を用意しろ。用意が出来たら連絡しろ。時間を過ぎても連絡が無かったら、人質は殺す』

 

 ……三百万? たった、それだけか?

 確かに現金にすれば大金ではあるが……有名人を捕まえて、その程度で終わるのか?

 

「……」

 

 ……と、いけないな。栗生に指示を出さなければいけないか。

 手元にあった紙を使って夢寐の両親に現金300万円をいますぐ用意できるか訊いてみると、何のためらいもなく頷いた。24時間やってる銀行もある。そこは心配いらないだろう。

 そちらにはすぐに金を下ろしてくるよう言っておき、栗生には、

 

(人質の安否が確認したい。出来るだけ夢寐の情報を引き出してくれ)

 

 と筆談で伝える。今のところ夢寐が無事だというのは犯人がそう言っているだけだからだ。

 栗生もそれに頷くと、恐る恐る口を開く。

 

「あの……夢寐は、本当に無事なんですか? 声を聴かせてもらえませんか?」

 

『……』

 

「お願いします! 無事なのを確認するだけで、良いんです。お金も用意します、だからどうか!」

 

『今は……気絶している。声は聞かせられない。だが無事だ』

 

 ――どうだ、信用に足るか? 夢寐が無事だと断言できるか?

 ……無理だろう。確認するようにこちらを見てくる栗生に首を振って答えた。

 

「…………写真で、良いんです」

 

『……』

 

「声が聴けなくとも、写真さえあれば! ……お願いします、友達なんです……! だからどうか、無事なのを確認させてください!」

 

 その叫びに、しばし沈黙する相手。

 気絶しているというのが本当なら、写真ぐらいは取れるだろう。

 

 そして何よりも――そこから何か読み取れるものがあるかもしれなかった。

 

『分かった』

 

 それを知ってか知らずか、答えが返ってくる。

 

『すぐ後に写真を送る。こちらからの連絡はもうしない。金を用意しろ。人質を助けたいなら』

 

「あ、ありがとう、ございます……!」

 

 電話は切れる。

 ドッと押し寄せる疲れに耐えながらも、栗生は今か今かとスマホを握りしめる。

 

 ――通知音。メッセンジャーアプリ、夢寐からだった。

 

「ぁ……!」

 

 身体を縛られてはいるものの、目立った外傷の無い夢寐の写真――犯人から送られてきたものだ。

 ほっとしたように表情を緩める栗生が、その感情を共有したいかのようにこちらを向く。

 

「……………………お兄、ちゃん?」

 

「……いや、分かってる。無事だと知れて安心しているが……お手柄だぞ、栗生」

 

「え、えっ?」

 

 訳も分からず頭を撫でられた栗生が戸惑っていたが今はどうでもいい。

 重要なのは写真。そこに写っていた情報であった。邦城と彩美に目配せする。

 

「奴らの居場所がほぼ確定しました。捜索班はそのままに、他の人間も数人を残して合流させてください」

 

「どういうこと?」

 

「これを見てくれ」

 

 二人のもとに駆け寄ると、送られてきた写真を共有して彩美のタブレットに表示させる。

 夢寐が気を失っている写真――だが重要なのはそこじゃない。

 

「ここに犯人の男のものらしき足が写っているな?」

 

 どうやら見下ろして写真を撮ろうとした時に自分の足まで写真に写り込んでしまっていたらしい。

 そこに重要性を感じなかったのかそのまま送ってきたみたいだが……狙ってやったのではないのなら相当愚かだ。

 

「何かしら、これ……親指が変な曲がり方してる……?」

 

「こいつぁ……外反母趾?」

 

「はい。ここまで分かりやすく曲がっているので、身体的特徴などではないでしょう」

 

 外反母趾。本来であるならば足にまっ直ぐに伸びる親指が、何らかの影響を受け角度をつけ曲がってしまう病気。

 親指の付け根、関節部分が赤く腫れあがっているように見えることから間違いは無いだろう。

 

 それの何が重要なのか。

 答えは外反母趾になりやすい()()にある。

 それ以外にもヒールだったり合わない靴を履いていてもそうなるが、おそらくこの場合は――

 

「――安全靴。工事現場などで足先を保護するために硬い物をつま先芯として被せて作られる靴ですが、普通の靴に比べてつま先が狭くなってしまうので外反母趾にもなりやすい」

 

「……工事現場」

 

 ぼうっとして、聞いているのか聞いていないのか分からない夢寐の兄へと質問する。

 

「……教えてくれ、夢寐が攫われた場所の工事……お前は知っていたか?」

 

「…………いや、知らなかった」

 

 栗生や邦城、彩美にも同じ質問を投げかけるが答えはどれも似通っていた。

 そう、知らない。なんせ地盤改良工事だ、新しい建物が出来るわけでもないし、知っている人間と言えば周りに住んでいる人間か――

 

「もしかして――若旦那、そこの工事会社の作業員が臭いと――?」

 

「以前のこの街は他に類を見ないほどの開発ブームでした。マンションを建てビルを建て、中央に人を集めましたが――人手が足りなかった。動かそうと思えば動かせたが、如何せん人の労働は高くつく。だから――」

 

「在日外国人を呼び込んだ……!」

 

 あのアパート群はその時の名残である。安く働かせ、高く儲ける――これが街の選んだ選択だったからだ。

 だが金も身寄りもない人間にとっては仕事に就けるまたとない機会だ。だから今もなお安賃金で働かされる在日外国人があそこに集まっていく。

 

「工事会社をいますぐ調べてください。おそらく社員寮に犯人が潜んでいるはずです」

 

「……待って、おにーちゃん。そうなると……狙っていたってことになるわよね? でも夢寐ちゃんはたまたまその道を通っただけなのよ?」

 

「開発ブームは過ぎたとしてしても、まだこの街は人を集めようと躍起だ。いつかは都合の良い場所の工事の仕事が入るだろうし、工事なんてものが無くても奴らは夢寐をさらったかもしれない」

 

 ただ運よく工事があって、それを知っていて、犯行に及んだとするのなら。

 それこそ、こちらにとって運が良かった。無論、不幸中の幸いというものではあるが。

 

「分かった。邦城?」

 

「もう向こうは動き出してますよ」

 

 胸ポケットからスマホを取り出し、邦城はそれをひらひらと振った。

 

「……おにーちゃん一人でも良かったんじゃないかしら、もう」

 

「備えあれば患いなし、って言うだろう? まだ解決したわけじゃない。もう少し、頼らせてもらおう」

 

 彩美が拗ねたように呟く。

 苦笑しながらその頭を撫でていると、

 

「右京……」

 

 夢寐の兄に声を掛けられる。

 

「夢寐は、あの子は――」

 

「助けるさ」

 

 最悪の事態なんて想定すらしていない――と思わせるぐらいの笑みを浮かべて言い放つ。

 

「栗生と彩美と――そして俺と、文化祭一緒に回らないかってね、誘われたから」

 

「……」

 

 名前を呼ばれた子たちが俺の顔を見る。

 

「約束は……守らなきゃな」

 

 それに希望を見出したかは分からない。だが俺たちは一歩近づいた。

 なら、掴めるはずだ。あの子の手を。そして救えるはずだ、猫屋敷夢寐を。

 

 

 

 ――時刻は20:05。夢寐の両親が帰宅。現金三百万を用意。

 次の連絡で、人質引き渡しまで行きつくだろう。

 

 

 ここが、正念場だ。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。