雨降る夜。 兵器は少女になった。 (山並)
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雨降る夜。 兵器は少女になった。
雨降る夜。 兵器は少女になった。


冷たい、冷たい夜の街。

 

雨が降っている。

 

緑髪の少女はコンクリートに血の跡を残すように足を引きずり、やがて地面に倒れこむ。

 

身体のあちこちに、擦り傷や火傷、さらには銃創まで。

多種多様な生々しい傷を負っている。

 

その少女の肌は死人のように肌が白く、傷から出た赤黒い液体がよく映える。

 

裸足で走ってきたので、足はボロボロ。

 

少女にまとわりつく赤黒い液体は、死の匂いを纏っていた。

 

ーーーーーーーー

 

明朝、見知らぬ天井で少女は眼を覚ます。見知らぬ、とは言っても少女の知っている天井など一つしかないのだが。

 

パチパチと血の滲んだ眼を開閉させ、周りの状況を確認する。

少女のいた、逃げ出して来た部屋と比べて清潔感のかけらもない、少し広めの部屋。少女にとっては全てが初めて見る、珍しいものだ。

掛けられていた毛布を自分から剥ぎ取り、寝かされていたソファから立ち上がる。

 

立ち上がった少女の足元には大の字でだらしなく寝る、無精髭を生やした天然パーマの男が。

なんとなく不潔な印象を受けるその男に気がつくことはなく少女は部屋を探索しようと、足を踏み出す。...当然、足元の男の顔面は踏まれる。

 

少女の身体は羽のように軽く、寝ている男はなんの反応も示さない。

踏んだ男を見た少女は足を退け、しゃがみこむと、衝動のまま、男の首に手を伸ばす。

首を締めるため力を込めようとすると男は眼を覚まし、寝ぼけた様子で少女を抱きしめる。

まだ眠そうな声色で

「ん...おはよう...」

と、少女の耳元で囁く。

 

少女は男の体温の温かさに驚き、男を突き放し、男は少女の体温の冷たさに、まるで死人を抱きしめたかのような不気味さを感じて飛び退いた。

 

その衝撃で目が覚めたのか男はその少女に話しかける。

「大丈夫か?道で寝てたのを見て家まで連れてきたんだが...君、親は?それと、所々血が出ていたけど大丈夫か?」

優しい口調でそう言われた少女だが、ただ首を振り、唸るような声を出すだけでなにも答えを返さない。

そんな様子を見た男は寝ぼけていたとはいえ抱きしめてしまったことが心配になったのか、

 

「ごめん、つい、家にいた猫を抱きしめる感覚で抱きしめちゃった。許してくれ。」

 

頭の前で手を合わせて頭を下げる。

それに対しても少女はなにも言わず、周囲にあったインスタント食品や冷凍食品のゴミをガサガサと漁りだす。

と、同時に男の腹の虫が鳴り、恥ずかしそうに頭を掻きながら

「そうだよね、お腹空いたよね。」

と、少女の野生的な行動に驚く様子もなく、長い間冷凍庫と棚、電子レンジとお湯を沸かすためのポッド以外放置されていることが伺えてしまう汚さのキッチンへと向かう。

 

棚に大量にストックされているカップラーメンを二つ取り出して少し蓋を開け、中から粉末スープとかやくの袋を取り出して中身を入れる。

 

そうしたら、ポッドで沸かしてあったお湯を注ぐ。

タイマーなどセットせず、割り箸を蓋の上へと置くと、何か食べ物を作っている事を察したのか、作り始めてからすぐに少女は男の元へ猫のような俊敏さで向かっていた。

 

ここで少女は気づく。なにやら布を着せられていると。男が少女を発見した時少女はほぼ全裸のような状態だったため、男が気を使ったようだ。

 

...まあ、全裸の少女が家にいたら事件の臭いしかしないためでもあるが。

 

その違和感に少女は嫌な顔を少しするが、その違和感よりも空腹が勝ったようで、男が準備を完了させて時を待っていたカップ麺の容器を手で鷲掴みにして強奪しようとする。

 

非常に素早かった少女の伸ばしたその手。

 

にも関わらず男はその手を手首を掴むことで難なく止め、手で少女を制するようなジャスチャーをする。その時の男の眼光の鋭いこともあって少女は動きを止めた。

 

きっかり3分後、男が少女の寝ていたソファに座り、カップ麺の蓋を開けると少女が麺を鷲掴みにして食べようとしたところ、熱々のスープに阻まれたので男が麺にフーフーと息をかけて冷ました麺を少女の口に割り箸で運んでいる、という状況になった。

 

少女に箸を持たせようとしてみたものの、どうにも取り落としてしまうためこうして老人の介護か赤ん坊の世話をしているかのようになってしまう。

どちらかといえば後者だろうが。

 

初めの内は麺を口の中に入れる度に少しむせていたが、男が水をコップに一杯飲ませると直ぐに勢いよく食べだした。

少女はそのままの勢いでスープまで全て飲み、満足気に笑顔を見せると、気絶するように眠った。

少女が安心しきた表情で寝ているのを確認して、男は自身の伸びきったカップ麺を啜る。

 

インターホンの音が部屋に響き渡る。男は気だるそうに立ち上がるとボロマンションの一室である自宅の扉を開ける。

 

「...どちら様ですか?」

しばらくの沈黙の後に男が口を開く。視線の先には大柄な男と小柄な男、両方黒服を着てサングラスを掛けた二人組だ。

その二人組は男の質問には答えず、小柄な男の方が質問を返す。

「お前は佐藤 広だな?」

 

佐藤 広と呼ばれた男は二人組の顔を見渡して、小柄な男の質問に対して静かに頷き、その通り。と、少し控えめに答える。

 

「それがどうかしましたかね?」

 

今の男の格好は白のTシャツにラフな灰色のズボン、そして裸足だ。どこからどう見ても休日のおっさんのようにしか見えない。

 

小柄な男は落ち着いた様子でその質問に答える。

「あなたが保護した少女を引き取らせて貰えませんかね?我々の所有物なのでね。」

 

所有物、という言い方に引っかかりを持ったのか男は軽く首を傾げ、思案するような仕草をしながら

「あの子は人間だと思うんですが…」

と、言いかけると小柄な男の後ろに突っ立っていた大柄な男が内ポケットから銃身に減音機の装着された黒い拳銃を取り出して構える。

それに驚いた男は少し声を上げ、両手を上げながら後退りをする。

 

二人組の男は家に入り込み、ジリジリと歩み寄って行く。

「なに、あれは兵器だからな。紛失してはいけないものだったのだが...見つけてよかったよ。」

 

小柄な男が男に語りかけるように話し、大柄な男は拳銃のトリガーを引く。

小気味の良い音が鳴り、銃口の先に居た男は床に倒れこみ、薬莢が床に落ちる。

 

銃声によって目が覚めたらしい少女は、二人組の男をひどく警戒しているようで二人組の男が視界に入った瞬間に部屋の隅に跳びのき、口から唸り声を上げている。

見た目は眼を除けば、ただの少女であるにも関わらずその威圧感のある眼で睨まれると凶暴な肉食獣にでも狙われているかのような感覚に襲われる。

しかし、二人組の男は特に身動ぐこともなくジリジリと歩み寄る。大柄な男は拳銃を構えたままだが、男を撃った先程より緊張している面持ちがサングラス越しにも分かる。

 

視界から少女が消える。

 

焦った小柄な男は大柄な男に声をかけようとそちらの方を向く。

その眼に映ったのは、端に追い詰めていた筈の緑髪少女が、大柄な男を頭を鷲掴みにして押し倒し、首にかぶりついている瞬間だった。

小柄な男自身がそう評した通り、少女はまさに"兵器"だった。少女が人肉に夢中になっている内に内ポケットから大柄な男が持っていたものと同じ拳銃を取り出し、少女の脳天に照準を丁寧に合わせ、引き金を引く。

 

______命中。

 

しかし、少女の動きを止めることは出来なかった。ならば機動力を削ごうと、照準を素早く少女の足に変更。

 

だが今度は引き金を引くことは出来なかった。

…ついさっき撃たれた筈の男に背後から投げ飛ばされ、拳銃を奪い取られたからだ。

 

自分に攻撃を加えたものの命を刈り取ろうと、小柄な男に飛びかかろうとした少女も男はついでに取り押さえる。

 

男は少女を地面に押し倒し、並みの力では抑えきれない筈のその少女の腕をいとも簡単に抑えつけ、自分の着ているTシャツで少女の口元に付いた人の血を拭う。

「落ち着け、俺は君の敵じゃない。…元諜報員でね、君みたいな存在が居ても驚かないさ。」

 

男が少女の耳元でそう囁くと、なんとなく敵意がないことを察したようで少女は抵抗するのをやめる。

 

少女が落ち着いたことにホッとしたのか、その場で腰を抜かしたように男は座り込む。

 

「…ともかく、人は食べちゃダメだ。お腹空いたならもっと美味しいもの食べさせる。…わかった?」

 

言葉がわからない素振りを見せていた少女にも分かるようにジェスチャーを交えながら話す。

すると思ったより少女の理解力や学習力が高いようで

 

「わかっ、た。」

と、片言気味だが普通の少女のようないい笑顔で返事を返す。

 

「言葉も教えないとなあ…とりあえず、君を作ったところに追いかけ回されるみたいだけど。」

 

返事を返してくれたことと笑顔になってくれたことに男は少し嬉しそうな表情を浮かべ、ゆっくり立ち上がる。

 

投げ飛ばされ、気絶していた小柄な男が目を覚ますと男は直ぐに奪った拳銃を向け、トリガーに指をかけ質問の為に口を開く。

 

「この少女はどういう経緯で生まれたんだ?教えてもらおうか。」

 

少しでも抵抗しようとしたのか小柄な男は膝立ちになり、黒服の内ポケットに手を入れるが自身の置かれている状況に気がつき、直ぐに両手を上げる。

 

「…詳しくは全くわからない…体内に色々仕込まれた生物兵器ってことぐらいしかわからない。…本当だ。…そちらこそなんでそんな兵器を助けたのか聞かせて貰いたいんだが。」

 

小柄な男は質問に答えるが、特に有益な情報ではなかったようで、男は苦い顔をし拳銃を下ろす。そして小柄な男の投げかけた質問に対しては

「昔沢山人を殺したからな。引退してからはこういう小さい命を救おうと、ね。」

 

と、真剣なのか適当なのかわからない答えを返す。

小柄な男の後頭部に蹴りを1発食らわせて意識を持っていき、男は部屋の隅っこに置いてあったクローゼットの中から黒いコートを取り出して着ると、少女の手を握って歩き出す。

「…とりあえず女の子サイズの衣類を手に入れに行こう。」

 

少女は血に濡れた男性向けのサイズのTシャツを一枚着ているだけだった。

 

「…下着、からかなぁ…」




下手くそ。


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晴れた朝。男の胃は痛む。

暑い日だ…


既に通勤ラッシュも過ぎ去った朝。

 

昨日の雨が無かったかのように、空は澄み渡っていた。

 

まだまだ幼さの残る白いワンピースを着た少女は、公園のベンチに座って大量のメンチカツを頬張っていた。

 

大きな紙袋4つに沢山入った出来立てのメンチカツを満足げに食べ進めるその少女の空腹は留まるところを知らず、隣に座る白いTシャツの中年男性をドン引きさせる程だ。

 

もうすぐ昼になろうかとしている時間帯でこの絵面はシュールで、どことなく犯罪臭がするが、昨日のままの状態よりは遥かにマシになっただろう。

 

着るものがなかったため男のTシャツをブカブカのまま着て、家で一人で座り込んだ返り血塗れの少女に勝る犯罪臭など、そうは無いだろうが。

 

元某諜報機関のエージェントだった男はその面影もなく、少女の服と食事に掛けた金に財布が相当軽くなってしまった事にため息をつくだけだ。

 

結局のところ、少女の正体についてもよく分からず、あの黒服の男達がどこのどんな組織がと言うことすらも全く分からないのであった。

 

探ってみてもいいのだが、既に引退した身。

使えるパイプも、もし組織の場所が分かったところで、調達できる装備もたかが知れている。

 

そう言った状況から、相手側の動きがない限りはこちらから動くこともそうできず、護身用に隠し持っていた拳銃_____それも中国製の粗悪なコピ ー品____と、それ以外に頼れるのは己の身のみと、余りに頼りにならない、なんなら少女の方が強いのでは?

とか考えてしまうほどだ。

 

実際、昨日少女を拘束して落ち着かせることができたのは、幸運以外の何物でもなかったりする。

 

情けないような感じもするが、あの少女には腕力では叶わない。

不意打ちと、エージェント時代に習得した拘束術、そして少女が男に懐いていたという様々な事が重なり、なんとか均衡が取れていたのだ。

 

あの時、もう少しでも少女の掛けた力が強かったら情報を聞き出すことすら叶わなかっただろう。

 

そういった事情もあってか、単純に少女が幸せそうに物を食べていることからか、男は少しホッとしているのだった。

 

と、勢いよく食べ進めていた所為で喉に詰まらせてむせてしまったようで、自分の飲んでいたペットボトルの飲料水を全て飲まれる事になってしまった。

投げ捨てられそうになったペットボトルをキャッチしながら、男は一度ため息を吐く。

 

部屋から持ってきたのはこの一本だけで、雨上がりの照りつける態様によって喉が乾いてきた。

しかし、部屋に取りに戻るのは愚策だ。

また買わなくてはいけない。

 

田舎と都会の中間くらいのこの町では、自動販売機は数少なく。

少し探さなければならないのがこの気温だと苦痛だ。

 

それに、この大量のメンチカツ…いや、既に少数になっていたが。

荷物には変わらないため、それを持ったまま歩くのも格好が付かない。

少女を置いていくのは連れ去られる可能性があるので論外。

公園の水道水は腹を壊すかも知れないからなし。

 

エージェントだからこそ、体調の管理は気をつけなければ。

 

どうにも選択肢がないため、少女が食べ終わるまでしばらく待つのだった。

 

しかし、少女は暑くは無いのだろうか。

 

炎天下の中、出来立てホヤホヤのメンチカツを頬張り、一切整えられず伸びきった髪も暑そうだ。

 

この少女も兵器ということだから、熱への耐性もあるのだろうか。

もしそうならば、毒物や低温にも強そうだ。

 

敵に回らなくて良かった。

と、つくづく思う。

 

部屋の中で一度見ただけだが、スピードも持久力も異常に見えた。

 

敵に回したら逃げきれなさそうだなぁ…とか、そう言った類のネガティブな思考に陥り、また深いため息を吐くのだった。

 




これからも短いのを適当に投稿させていただきます。


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博士と助手は不敵に笑う。

南米のとある国にあるスラム街。

その地下に設けられた研究室らしき部屋の床では、黒い長髪を後ろで纏めた東洋人らしき白衣の女性が横たわっているのであった。

 

コンピュータまみれのその部屋は薄暗く、まるでホラー映画のセットのようだ。

 

「なにやってるんですか博士ー。早く会議行きますよー。」

 

訂正である、今明るくなった。

 

間延びした声を響かせ、電灯を点けながら部屋に入ってきたのは、中性的な顔立ちをした少年だ。

癖のついたブランドの髪と透き通るように青い双眸は、まるで人形のように整っている顔立ちにマッチしている。

 

博士、と呼ばれた女性は床から起き上がろうとせずに呻き声をあげるのみだ。

 

「博士ー?そういうのいいんで早く起きてくださいよ。今回はちゃんと行かないとまずいですって。」

 

その少年が何度も呼ぶと、その女性はようやく気怠そうに立ち上がる。

 

「…今回のはそんなに大事な奴でもないしー、今はあの子に逃げられて傷心中なの、察してよー…」

 

苛立った声でそう呟きながら目にかかった髪を搔き上げる。

やつれた顔が露わになり、目の下のクマの深さからそのストレスの深さをも読み取れる。

 

彼女は古宮 雪。

裏の世界では名の知れた生物兵器の開発者だ。

彼女の作り出した劇薬は数知れず、結果を得るためには犠牲も問わないマッドサイエンティストと言われている。

 

彼女を知る人物に一人残らず聞いてみるとよくわかるだろう。

 

「彼女、古宮博士は狂っていると思いますか?」

 

恐らく、一人を除いて全員がこう答えるだろう。

 

「狂っているとも。」

 

と。

 

そして、心の内では彼女の才能を認め、そして危険視している。

利用するだけしたら直ぐにでも殺そう。

 

しかし、彼女を利用しきることは誰にも出来ないようで。

未だに命を狙われることなど無いようだ。

 

まあ、唯一博士が大好きな助手のガードが文字通り死ぬ程硬いから、というのもあるのだが。

 

博士自身の防御力は皆無であり、睡眠薬入りのアイスティーを飲まされて助手にベッドまで連れ込まれた事もあるらしい。

その後の事はご想像にお任せするが。

 

さて、そんな博士だが。

最近はどうも元々ないやる気がより薄くなっているようで。

この通り、助手に引き摺られないと真っ暗な研究室から出ようともしないのだ。

 

原因はどうやら、女児の形をした兵器を納品したところ依頼者が変態糞ペドフェリアだったため、監禁して色々と楽しんでいたところを逃げられた、という出来事のようだ。

 

実はこの脱走した兵器を博士が娘のように可愛がっており、

 

「博士が好きだから僕も好き」

 

という理論により助手も大変その兵器を可愛がっていたのだ。

 

だというのに、どこの馬の骨とも知らん奴に拾われたというのだからもう堪らない。

 

裏の人間を雇い、その拾った人間を殺して兵器を攫ってこいという指令を下したのだった。

 

なんでかそいつらもヘマをし、かと言っても。

 

「……すみません、僕が指名手配されちゃったばかりに…」

 

この助手が大量虐殺で指名手配されているから、そう手軽に出歩けないのだ。

 

「…あー、クソ…お前なんで、なーんで過激派集団のリーダーとかやってんだよ…」

 

「…すみません、博士の兵器をどうしても買いたかったものでして。」

 

助手の来歴もとても変わっている。

彼に自己紹介を頼むと酷いことになると、彼を知っている者の中ではもっぱらの噂だ。

 

「初めまして。博士をよろしく。」

 

で、ある。

名前どころか、何を言いたいのかもよくわからないだろう。

 

それくらい、博士の事が大好きなのだ。

 

彼はドイツの名家に生まれ、順風満帆な人生を送って来た。

しかし、気がつけば何故か南米で過激派宗教団体の開祖をしていたのだ。

 

テロ行為は当たり前の、ヤベー団体

その開祖は当然というか、指名手配犯だ。

 

テロ行為には生物兵器が多く用いられており、その殆どが博士の作ったものだ。

 

何処かで博士を知った、もとい、知ってしまった彼は何でか博士に心酔し、 その兵器を買って、使ってみたいという気持ちが芽生えた。

 

大量に兵器を購入し、博士に近づくと半ば脅迫のような形で助手にしてもらったのである。

 

因みに脅迫の内容は

 

「手足を切り離してでも貴女と一緒に居る」

 

で、流石に博士も引いてしまったわけだ。

実際に雇ってみるとその有能さでかなり楽ができたので、そのままでいる、というわけだ。

 

 

「……まあ、いい。仕方ないから、私のプライベートジェットで無理矢理行くとするか。」

 

そんな事情もあってか、正規のルートは使えない。

なれば、裏のルートを使えば良いだけだ。

使わない金なら大量にある。

後はそれを軽く使うだけだ。

 

「え、良いんですか?あれって確か無理矢理生体パーツ付けてダメになった奴じゃ…?」

 

博士が設計するものには一々生体パーツが付いてくる。

一時期機械で作られるものを生物に置き換えるという事にハマっていた時期、『生きている銃』なるものを開発してガンコレクターに売ったりもしていた。

 

「いいんだよ、飛ぶには飛ばし。…ただ、ちょっと体液とか気になるかも。」

 

博士が作った飛行機、なんと汗をかくのだ。

食事は必要としないが、排熱の為に汗を出したり体温が高くなったりと、少々乗り心地は悪くなりそうだ。

 

「博士が作った汗でしたら舐めたいくらいですよ。早く行きましょう。」

 

とっても活き活きとしているようで、博士も嬉しいだろう。

流石はワザと部屋を暑くして博士がかいた汗を舐めとっていただけはある。

 

「じゃあ、行くとするか。位置情報だけはわかってるし。」

 

 

博士と助手は、今日も征く。

 

「ところで会議はどうするんですか?」

 

「いいんだよ、そんなことは。」



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雨の降り始め。親と保護者の邂逅。

雨が、降っている。

 

梅雨の時期、雨自体は全く珍しくもないのだが先ほどまで晴れていたというのに、こうも土砂降りになってしまうと困ってしまう。

 

少女を連れて、情報を集めながら逃げ、数日が過ぎた。

黒服の男たちは常に追ってきていた。

襲撃してくることもあったのだが、なんとか全て撃退した。

 

今はずぶ濡れのまま、シャッターの閉まった店の軒下で雨宿りをしている。

 

少女はかなり知能が高く、言葉も直ぐに覚えた。

まだ片言だがしっかりと話すことが出来る。

子の成長を見守る親の気分というのが少しは分かってきた。

 

食欲は高まる一方で、食費について本気で悩んでいる。

毎日、一般的な成人男性の5倍は食べているような気がするのだが、一体どこに収まっているというのか。疑問である。

 

「…ん…?…あ、博士ー!居ましたよー!」

 

男の思考を遮るかのように、水も滴る良い男、というよりはただ雨でびしょ濡れの美男子が流暢な日本語で誰かに向けて叫んでいる。

その美男子、こちらの方を指差しているのだから驚きである。

 

まさか、あの黒服達の仲間か…?

 

とも思ったが、そののほほんとした雰囲気から、今までの奴らとは用事が違うな、と。

とりあえず様子を見ることにした。

 

その一瞬の思考が終わるとほぼ同時に、静かなシャッター街の佗しげな雰囲気をぶち壊すかのように白衣を着た女性が凄いスピードで、それに何か叫びながら走り寄ってくるではないか。

 

その叫びをよく聞くと

 

「ようやく見つけたー!」

 

とか、

 

「今すぐ攫ってあげるー!」

 

とか、そのテンションで言う言葉ではないような気がしないでもない言葉が数々聞こえてきた。

 

不味い、これは逃げておいた方が良かったか…?

 

苦笑いを顔に浮かべる間も無く、博士と呼ばれたその女性は、男の隣で目を丸くさせてジッとその様子を見ていた少女へとダイビング!

 

無論、そんな変態にこの子を触らせるわけにはいかない。

ということで、抱き上げて躱させたのだが。

 

「……いっっっったぁぁぁああいいい!!!!!」

 

派手な音を立てて、白衣の女性がシャッターに突っ込む。

相当痛かったようで、先程よりも大きな声で痛そうに叫ぶ。

シャッターに勢いよく衝突したせいで、額には擦り傷ができ鼻がひん曲がって鼻血が出てしまっている。

少女は少し可哀想とでも思ったのか狼狽えた様子で女性と男の顔を交互に見ている。

 

その博士の様子をうっとりとした表情で見ていた美男子には相当引いたようだが。

 

 

「……さて、と。」

 

大分落ち着いた女性は、ひん曲がった鼻を無理矢理戻した後に手で血を抑えている。

口調や姿勢から格好を付けているのは分かるのだが、痛さで足をプルプル震わせているせいで台無しだ。

 

助手と名乗った美男子は、とうとうその様子を動画に撮り始めた。

ニコニコといい笑顔で。

 

話を戻そう。

 

この女性は古宮、という博士らしい。

少女を作ったと聞いた時、男はかなり驚いたのだが、危害を加えるつもりはなさそうだったためそのまま話を聞き続ける事にしたようだ。

 

どうやら、この博士は少女に惚れ込んでいるらしく脱走したというのを聞いて真っ先に刺客を差し向けたらしい。

その話がよじれによじれて、男の抹殺と少女の誘拐命令になっていたらしい。

 

実際は少女を連れ戻して一緒に居ることができればそれでいいようなので、とりあえず悪いやつではなさそうだ。

 

しかし、こちらにも少しは保護者としての意地がある。

ここ数日間の間に渡って癒し続けられた身としては、そう易々と引き渡すわけにはいかない。

が、あちらが生み出した、謂わば親と言うのならばこちらはただの誘拐犯だ。

できれば平和的に解決したいのだが…

 

「あ。」

 

「…どうかしたか、佐藤。」

 

「いや、一緒に暮らせば解決じゃんか。」

 

「…ああ、確かに。…私もそれは思った。」

 

「え?」

訳が分からんぞ、そう思っていたならなぜ誘拐ムーブをかましていたというのだ。

 

「ダメです。博士の側に居ることができる男は僕だけですので。」

 

ああ、成る程。

助手が、こういうやつなわけか。

そりゃ美人の博士にも男は寄り付かないだろう。

 

「あれ、既婚者だったのか?」

 

と、思ったら左手の薬指に指輪が。

いや、それだけで決めつけるのはあれだが、つい声に出てしまった。

 

「は?…んなわけないだろう。」

 

と、随分ドライな返答。

うんまあ、察してはいたけど、

 

「じゃあその指輪は装飾品か?」

 

とは言ったものの考えるとこの博士がアクセサリーを着けるとはなんとなく思えない。

それよりも、なんで着けてる本人が一番困惑してるんだ。

 

なぜか助手がニタニタしているのだが。

 

さては、この助手。

 

「僕が着けました。ピッタリフィットする様に作らせたので違和感は少ない筈ですよ。…ほら、博士は僕のものですから。ね?」

 

「」

 

「」

 

「はかせは、じょしゅさんのおよめさんなの?」

 

「ええ、そうですよ。」

 

やめろ、我が子の教育によくない。

こんなやばい恋心のやつに影響されるのはよくない。

 

「ちょっと、古宮博士。お前の助手どうにかしてくれよ…」

 

堪らず博士に懇願する。

多分、博士にはどうにもならんからここまでになってしまっているんだろうが。

 

「無理。どうにかなる奴ならとっくの昔に置いて行ってるわ。」

 

あ、やっぱり。

 

「えー?はかせは、じょしゅさんのこと、きらいなの?」

 

やめてあげなさい、そんな純粋な目でキッツイことを聞くんじゃない。

ほら、博士が困っている。

この助手相手にはどっちの答えも曲解されてバッドエンドになるやつだから!

 

数秒の沈黙の後、博士が遂に口を開く。

 

「あー、別に嫌いじゃあないけどな、夫婦ではない。」

 

「やっぱり博士は僕のこと好きなんですよね!ね!あれだけ激しく愛を交わしたんだから!ね!」

 

助手の目はキラキラしてる。

博士の目は死んでる。

少女の目は謎の空気に目を泳がせている。

 

面倒な事に巻き込まれる前に帰ってしまおうかとも考えたが、博士の視線が痛かったので止めておいた。

 

「馬鹿!あれはお前が無理矢理!!」

 

「博士だって抵抗しなかったじゃないですか!」

 

「睡眠薬のせいで身体が怠かったんじゃい!」

 

「ねー、なんのおはなし?」

 

 

 

うむ、今日も平和だな。

 

奴等が痴話喧嘩をしている間に逃げよう。

 




カオスなのは仕様です。


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血の雨日和。変態同士は引かれ合う。

梅雨は明け、夏の日差しが強くなってきたこの頃。

用意周到に家と戸籍を用意していた助手と一緒に博士に引っ張られ、使用人もいる立派な屋敷に住むことになった。

 

そして、早速問題発生だ。

その問題っていうのは、使用人が変態ってことでも、助手がもっと変態ってことでもない。

いや、それも相当大問題なんだが。

 

それよりも、問題なのは。

 

我が娘が行方不明なのだ!!

 

屋敷が広すぎたせいで、おトイレに行った我が娘が1時間ほど帰って来ない!!

 

この屋敷、洋風な煉瓦造の外壁でとてもモダンでお洒落な雰囲気なのだが、中身は忍者屋敷よりも難解だ。

設計したのは助手らしいのだが、この助手、指名手配犯らしい。

 

通りで何処かで見たことあるはずだよ…

 

そう、だからいつ嗅ぎ付けられるかわからないから直ぐに逃げ出せる脱出口をいくつも用意してある、というわけらしい。

 

くっ…こんな変態の為に我が娘が犠牲になるなんて…

 

なんて言って助手を責める訳にもいかない、さっさと捜索が開始された。

メイド姿をした使用人も手伝ってくれるそうだ。

 

因みにこのメイドも犯罪者で、腕の立つ暗殺者らしい。

初対面の時は性犯罪者かと思ってしまったが、仕方ないだろう。

だって娘と目が合ったと思ったら服を脱ぎ出して抱きついてきたんだからな。

単純な変態力ならば助手より勝っている。

 

当然、鉄拳制裁で引き剥がしてやろうと思ったのだが流石は暗殺者。

そこそこ速度の乗ったパンチを躱し、そのまま娘に抱きついた。

 

娘は茹で蛸のように赤面して、必死に振りほどこうともがいていた。

あ、勿論吹っ飛びましたよ変態女装メイドは。

うちの娘の膂力はラグビー選手30人分以上だ。

 

それからも、隙あらば抱きつき、ベッドまで引きずろうと努力している。

お父さんはそんなん許さんし、なんなら娘の方が強い。

 

本題に戻ろう。

一応自分自身も屋敷の地図は一通り覚えているのだが、その程度で位置がわかったら苦労しない。

取り敢えず、一番近い位置にある女性用トイレから攻めていく事にした。

 

因みにこの屋敷にトイレは20個程ある。

部屋数は約100だ。

どこの王族の家だよ。

 

さて、女性用トイレである。

変態女装メイドが自然と中に入ろうとしていたが、足を引っ掛けて止めておいた。

 

丁度そこのトイレから博士が出てきた為、メイドは更なる制裁を受けることになってしまった。

 

「…で、あの子が居なくなってしまったわけか。」

 

使い古されているが、綺麗な状態を保たれている白いハンカチで手を拭きながら博士がそう尋ねる。

拭いている方の手にはスタンガンが握られている。

 

俺もあらぬ誤解を受け、電流を喰らったところだ。

痛い。

 

「ああ、一大事だろう。」

 

なるべく真剣な顔つきでそう言う。

この博士も娘のことは気に入っているみたいだから、協力を望めるかもしれない。

 

「…わざわざ捜しまわらんでも、GPSを付けてある。…端末だ、使え。」

 

え、怖い。

 

端末には我々全員の位置が示されており、名前が表示されている。

 

「白」

 

と、表示されているのがうちの娘の位置のようだ。

 

…屋敷の外を、高速で移動している。

 

それを見た瞬間、一瞬で臨戦態勢になった。

老い始めた身体のことを置いてけぼりにして、バイクに迫る速度で駆け出す。

 

こんなに近くにいたのに、誘拐に気づかなかった。

親失格だ。

 

出入り口近くの窓を開け放ち、そこから飛び出る。

 

そうして、そのままバイクに乗ってエンジンを掛ける。

このバイク、よく分からない装甲が付いているのにも関わらず、あり得ないほどのスピードがでる。

サラマンダーもびっくりである。

 

あと、空も飛ぶ。

 

さあ、覚悟しとけよ誘拐犯。

ペドフィリアの誘拐犯は俺がぶっ○す!




次回!誘拐犯死す。
テロスタンバイ!


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蒼天に輝く雲。助手は嬉々としてカーテンを閉める。

謎の高性能バイクに大変不本意ながら変態女装メイドと一緒に跨り、誘拐犯を追いかけている折、気づいた事が一つある。

 

そういえば、博士と助手が2人きりじゃないか。

 

我が娘は博士に大変懐いており、2人で一緒に居ることが多い。

ある時は基本的な教育を受けていたり、ある時は研究の手伝いをしていることもあった。

 

流石の助手と言えども少女を妬むことは無いようで、そこそこ仲良くはやっているのだが。

ただ、偶に助手の部屋から聞こえてくる笑い声が不気味すぎて心配になるレベルなのだ。

 

詰まる所、数日間溜まりに溜まった欲求を解放している可能性は充分にあり得る。

博士が心配ではあるが、うん、多分大丈夫でしょう。

 

と、位置情報を頼りに誘拐犯の追跡に専念するとしよう。

 

 

 

その頃、屋敷の一室。

灯りは最小限に留められ、カーテンも締め切った部屋。

 

「…博士、やっと2人っきりになれましたね。」

 

少し大きめのベッドに寝かされた黒髪の女性に対して、優しい口調でそう語りかけるのは、片手にローションを持った金髪の美少年だ。

 

部屋の傍らに設置されている机には、まだ温かい紅茶が2人分。

 

そう、この博士。

またも同じ手に掛かってしまったのである。

 

2人っきりの時に出された紅茶には、気をつけよう。

 

「博士…今日はたっぷり開発してあげますからね…」

 

うっとりとした笑みを浮かべ、博士の着ているものをゆっくりと脱がしていく…

 

----無料体験版はここまでです、続きは製品版を購入してお楽しみください

 

 

 

なんだろう、今、悪寒が。

予想ががっつり当たった気がする悪寒がしたのだが。

 

ああ、深く考えないようにしよう。

 

さて、遂に誘拐犯を発見したところだ。

 

どうやらお菓子で娘を釣って、廃工場まで連れて行ったようだ。

 

周囲にいる誘拐犯の手下らしき奴らの武装を見ると、どうと刃物が多いようだ。

 

あ、襲いかかった。

 

よし、皆殺しな。

 

変態メイドと一緒に見張りの口を塞ぎ、刺す。

相手は死ぬ。

 

「イヤーッ!」

 

カラテ・シャウトと共に繰り出すのは、殺傷能力の高いボウ・スリケンだ!

同時に投げた二本が、2人の手下の心臓に突き刺さる!

 

「グワーッ!?」

 

悲痛な叫びを上げながら、手下は失禁しながら死亡!

 

「イヤーッ!」

 

カラテ・シャウトと共に繰り出すのは、殺傷能力の高いボウ・スリケンだ!

同時に投げた二本が、2人の手下の心臓に突き刺さる!

 

「グワーッ!?」

 

悲痛な叫びを上げながら、手下は失禁しながら死亡!

 

「イヤーッ!」

 

カラテ・シャウトと共に繰り出すのは、殺傷能力の高いボウ・スリケンだ!

同時に投げた二本が、2人の手下の心臓に突き刺さる!

 

「グワーッ!?」

 

悲痛な叫びを上げながら、手下は失禁しながら死亡!

 

「イヤーッ!」

 

カラテ・シャウトと共に繰り出すのは、殺傷能力の高いボウ・スリケンだ!

同時に投げた二本が、2人の手下の心臓に突き刺さる!

 

「グワーッ!?」

 

悲痛な叫びを上げながら、手下は失禁しながら死亡!

 

 

よし、変態メイドは普通に金属バッドで撲殺しているようだな。

これで、あとは主犯っぽい奴だけだ。

 

「おい、お前。なんでうちの娘を誘拐犯してんだ。」

 

取り敢えず対話だ。

暴力は何も生まない。

 

さっきのはただの的当てだ。

暴力ではない。

決してただキレてた訳ではないぞ。

 

その主犯らしき禿げた低身長のおっさんは、嫌に落ち着いた様子だ。

スーツに治りきっていない腹を見るに、戦闘員ではなさそうだ。

 

「はぁ…お前は何も分かっていない。我々が世界を守ろうとしているというのに。」

 

なんだこのおっさん。

イカれてんのか?

 

「我々は世界の守護者。この殺戮兵器を破壊しようとしていたのだ。」

 

「え、お菓子で釣ってか?」

 

「黙れぃ!」

 

まあ、言わんとしていることはわかる。

元々兵器として作られたらしいし。

 

博士の自信作って時点でそこそこヤバイ予感はするし。

 

ただ、今はこの子はただの少女だ。

 

誘拐した報いは受けてもらおう。

 

「…じゃあ、死んでもらおうかな。」

 

先程までの余裕は何処へやら。

涙目で後退りしだした。

誘拐犯死すべし、慈悲はない。

 

と、思ったら変態メイドが背後から抱きついていました。

 

「ねえ、ここは見逃してあげるからさ。…ほら、わかるでしょ?」

 

猫かぶった高い声で囁きながら分かりやすく、手で金を求めている。

うむ、がめつい。

 

育児には金がかかると言うしな、ここは確かに貰っておいた方が良さそうだ。

あと、単純に殺しはしたくない。

 

因みに見張りは致命傷外してあるし、他はゴム製の奴を高速で投げたので気絶しているだけだ。

 

ただ、クソほど痛いと思う。

 

「……幾らだ。」

 

よし、乗ったみたいだな。

搾り取れるだけ搾り取るか。

 

「そこら辺は後で請求するとしてー…ね、シようよ。」

 

あー、変態女装メイド。

なんでそんなに準備が良いんだ。

 

後おっさんも乗り気になってんじゃねえよ。

 

こんな空間に娘は置いておかない。

連れて帰る。

 

「ねーねー、あのおねえさんと、おじさんはなにするの?」

 

「こら、見ちゃいけません。」

 

物凄く教育に悪い。

飴でも食べておきなさい。

 

「わーい。」

 

はぁ…

 

変態メイドと助手。

 

あの屋敷は教育に悪い人間しかいないのか…?




製品版は需要が無いと思うので作りません。


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雨降る日。少女は筆を進める。

今回は汚い描写多めです。


わたしの名前は白。

というらしい。

 

らしい、というのも、私は兵器として生み出され、そう育てられたから。

顔面が白いからそう名付けた博士のネーミングセンスを理解できないのだ。

お父さんはそうやって呼んでくれないから、少し寂しいけど。

 

さて、そのノーセンスの博士に屋敷に連れられてから数日。

習っている言葉の復習の為に、日記をつけ始めた。

今日からよろしくね、ノートさん。

 

○月○日 雨

 

常識が薄いはずのわたしでも分かる奇人である博士のキャラが薄く感じるほど、この家には変人しか居ない。

 

今日だって、メイドさんの姿をした変態(名前は無いらしい)に襲われかけたのだ。

 

部屋に1人で居たら、唐突に大きな音と共にクローゼットが開いた。

驚いてそちらの方を向くと、下着を履かないままスカートをたくし上げ、それを見せつける変態が1人。

 

その時始めて知ったのだがそのメイドさんは男だったようだ。

そそり勃つ棒を嫌という程見せつけられたので分かってしまった。

 

お父さんに拾われる以前、わたしを購入したらしいペドフィリアにも同じものを見せつけられた。

その時はわたしも無知で、その汚ったないモノを触ってしまった。

 

今回はそんなヘマをすることは無い。

一瞬困惑したが、歩み寄って、モノを蹴り上げた。

思ったよりわたしは動揺していたようで、つい裸足で蹴り上げてしまった。

失敗だ、今後こういう輩が来たら気をつけよう。

 

わたしの知識では、男のブツに強い衝撃を与えると悶絶するはずなのだが、そのメイドは逆に恍惚とした表情になり感謝の言葉を大声で叫んでいた。

 

非常に度し難い。

 

その後、声を聞いたお父さんが駆けつけ、変態は頚動脈を締められて眠らされていた。

 

○月☆日 雨

 

今日も雨。

 

変態は今日も変態だ。

いっそ清々しいほどに。

 

今日は博士に勉強を教えてもらっていたのだが、気配に気づいて振り返ると誰もおらず、向き直ったら博士の背後に変態がいた。

 

博士は全く気づいていなく、わたしが背後を眺めているのを不思議そうにしていたのだが、変態によって状況を思い知らされることになる。

 

唐突に博士の胸から下半身に掛けてを怪しい手つきで触り始めたのだ。

それに博士が艶っぽい声を出したのがいけなかった。

 

出た声を恥ずかしそうにする博士を見て、下卑たらしい笑みを浮かべた変態はさらにボディタッチを激しくし始めたのだ。

 

当然、そんな声を聴いて助手が駆けつけないはずがなくその後新薬の実験台にさせられていました。

 

一通り実験が終わった後、研究室でそのまま盛り出したのは見なかったことにしよう。

心にしまっておくのです。

 

…今日は念のため、お父さんの所で寝よう。

 

別にお父さんのことが好きなわけでは無いが、変態が来そうだし、博士のところだとなんか気不味いから、消去法で。

 

○月×日 雨

 

やっぱり博士の助手は変態だ。

 

ご飯の時間だから、助手の部屋まで呼びに行ったのだが返事がない。

扉に手をかけてみると鍵が開いていたので、中を覗いてみることに。

蝶番が軋む音が響き、扉は開く。

 

そこには暗闇の中、誰かに押さえつけられ涙目になって苦しそうにしている博士が壁に映写されており、ヘッドホンをつけた助手がそれを見てうっとりと、恍惚とした表情でいたのだ。

 

とても気持ち悪い。

つい本来の目的を忘れ、扉を勢いよく閉めてしまった。

 

もう、あいつはご飯要らないよね…

因みに食事は変態メイドが作っている。

 

お父さんや博士の料理しか食べたことがないのでよくわからないが、とても美味しいのだと思う。

 

お父さんとの約束で人の肉は食べてはいけないから、偶に物足りなくなってしまうこともあるのだが、そういう時は変態メイドがステーキをたっぷり焼いてくれる。

案外優しい。変態のくせに。

 

この日の夜、博士を狙った刺客が来たのだが。

偶然わたしが博士の部屋で寝ていたので事なきを得た。

別に寝る前に怖い話を聞かされて、1人で寝れなかったからとか、そういうので博士と一緒に寝てたわけでは無い。

 

寝惚けていたので、変態が夜這いに来たのかと勘違いしてつい股間を蹴り上げてしまった。

その悲鳴を聞いて漸く我が家の変態達では無いことがわかった。

 

その後、刺客は助手によって溶かされていた。

物理的に。

 

そんな中でも博士はスヤスヤと寝ていたので、凄いなと思った。

 

 

少女はペンを机に置き、日記帳をパタンと閉じる。

昨日の出来事は書き終えた。

 

さて、今日はどんな事が起きるのだろう。

 

ウキウキとした足取りで、朝食を食べに食堂へと向かうのだった。

 

今日も、良い日でありますように。



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その日は太陽が眩しかったから。

その日の天気は曇り。

今でも覚えている程憂鬱な気分で、道端に座り込んで通り過ぎる車を見つめていた。

掃き溜めのような所から抜け出しても、その性質は大きくは変わらなかったようだ。

 

エンジンの音と、自分の心音が同じリズムに聞こえてくる。

心音を聞いていると、ふと空を見上げてみたくなった。

 

雲の間から覗く、その太陽は。

私には眩しすぎた。

 

ポケットに手を突っ込もうとして、そういえば今はスカートを履いていたな、と気がつく。

仕方なく、履いている靴に仕込まれた小刀を引き抜く。

刃だけなので持ち手はないが、側面を持てば切れない。

 

太陽が小刀に反射して、つい目を閉じてしまう。

眩しい。

眩しすぎる。

 

その眩しさに目を閉じていたら、いつの間にか死体と金は積み重なっていた。

 

決して、金の為に殺しをしていたのではない。

私は、太陽が眩しかったから、殺したのだ。

 

きっと、誰にも理解されない。

皆んなが皆んな、私の事を変態だと嗤うだろう。

 

理解している。

私は女性が大好きである。

 

女装癖は、愛から来ている。

好きなのだから、突然抱きしめたり、尻を揉んだり。

ごめんなさい、その後のことは。

 

眩しかったんだ。

 

太陽の眩しさを恐れて、私は夜に活動する事にしていた。

 

そんな時に出会ったのが、あの人だ。

 

金髪碧眼、そして美青年だ。

眩しいような爽やかさの奥には、ドス黒い闇が見える。

この人は、私が殺したい。

 

有り体に言うなら一目惚れだ。

 

今度は、眩しいから殺すのではない。

殺したいから殺すのだ。

 

初めて、自分の意思で殺そうと思った。

 

スカートの下から拳銃を取り出し、マガジンを入れる。

安全装置を外し照準を頭に合わせ、引き金に指をかける。

 

が、引き金を引くことはできない。

 

何故だ、と困惑しているこちらに、あの人はようやく気がつく。

拳銃を構える此方を見て、怯えもせず、逃げもせず。

 

ただ、微笑んでみせた。

 

手が震え、拳銃を取り落す。

 

私はあの人を殺したいが、私はあの人を殺せない。

 

連鎖する矛盾と、紅潮する頰。

 

固まっている私を見かねたのか、あの人は歩み寄ってくる。

 

「えっーと。…お友達から、でいいかな?」

 

呆れた。

どうも私は顔に出やすいようだ。

 

まだ告白すらしていないというのに、振られてしまった。

初恋で振られ、しかし、少し楽になった。

 

これて初恋じゃない。

もう一度、何度でも、この人に恋をしてみせる。

 

取り敢えず、友達、いや

 

「貴方の下で働かせてください。」

 

取り敢えず、メイドから。

 

「はは、うちには我儘な人が居るよ?…勿論、願ってもない申し出だね。」

 

これは振られなかった。

輝く太陽を掴むように、近づけば近づく程、燃えるよう。

 

今日も今日とて、太陽は眩しい。

 

 

博士と、あの人が居を移した場所に、見知らぬ人物が二人。

一人は中年。

多分諜報とかやってた。

 

もう一人は、美少女。

唆られる。

純粋無垢ながら、闇を抱えてる感じが堪らない。

 

あの人への欲情は博士にぶつけていたのだが、また良さそうな子が来た。

 

早速、唐突にモノでも見せつけに行こうかしら。

あの子は未だに私の事を女だと勘違いしているようだし、良い反応が得られそうだ。

 

私は往く。

今日も太陽は眩しいから。




変態女装メイドはどのようにして出来たのか。

変態女装メイドは恋心の夢を見るか?


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雷雨の中。新たな少女と出会う。

その日の天気は大荒れで。

梅雨は明けたはずだというのに、雷雨だった。

 

そんな日でも関わらずうちの娘はもりもりとご飯を食べまくっている。

というわけで、家の備蓄が無くなってしまった。

 

天気は悪いが、仕方ない。

買い出しだ。

 

夕食のメモは変態女装メイドから貰っているので、後は大量に買い込むだけだ。

 

と、なんと屋敷の前に誰か座り込んでいる。

長い髪と長身を纏めて座っていたため、ぱっと見ではゴミが捨てられているのかのように見えた。

ごめんね。

 

着ているものは白いTシャツだけと、相当危ない格好をしている。

うむ、何処か既視感がある。

うーむ、この子も何かしら面倒な事に巻き込まれているのだろうか。

取り敢えず、連れ帰ろう。

 

背負おうとした時に気がついたのだが、どうやら彼女、片腕が無い。

血が滲んでいる様子は無いので、古傷のようだが。

 

軽っ。

うちの子より軽いってどうなっているのだろうか。

うむ、これは食材を更に買い込まねば。

 

 

「おや、また新しい女の子を拾ってきたんですか。なに?今日の夕飯ですかー?」

 

一旦屋敷に戻ると、変態女装メイドは物凄く絡んでくるが無視だ無視。

 

おい、何故お前がうちの娘を連れているんだ。

しかも物凄く嫌そうじゃないか。

 

「あ、分かります?無理矢理連れてきたんですよー。ほら、見てみてー?パンツ!」

 

あ、この馬鹿。

うちの娘のパンツを盗んでやがる。

こら、くたばれ。

あ、おい、馬鹿!思ったよりローキックが効いたからってパンツを口に含むな!

 

 

唯一安心して預けられる唯一の人物がマッドサイエンティストって、ウチはどうなっているんだ、一体。

 

博士の部屋に入ると何故かされていた拘束を解き、事情を説明すると博士は看病を快諾してくれた。

博士、物凄く暑そうで、調子悪そうだったが。

うーむ、空調が効いてないのかな。

結構モーター音的な駆動音は聞こえていたんだが。

 

まあ、今日も我が家はそこそこ平和だな。

 

さて、買い物に行こう。

 

 

 

 

 

 

空腹と全身の痛みで、目が覚める。

片目が見えない、拭いきれない違和感に思わず目を擦る。

 

ここは、どこだろう。

フカフカのベッド。

ホテルのような壁紙。

大量の電子機器。

 

そして、部屋の端で自慰に励む白衣の女性。

 

 

えっ…と、ここは?

 

 

「………あ…………えっと、ね。私は、古宮。あの、決して痴女では無いし、君は何も見なかった。」

 

私に見られている事に気がついた女性は、慌てて着崩していた衣服を直し、真っ赤に染まった顔で自己紹介を始めた。

少し、怖い。

 

というか、科学者には、つい最近トラウマを植え付けられたばかりだ。

 

ああ、思い出したくも無いのに。

白衣と、真っ白いベッド。

 

嫌だ。

もう、あの実験は嫌。

 

「あっ…と。ごめんね、怖がらせるつもりは無かったんだ。その、ちょっと助手に焦らされてて…」

 

 

ふと、意識は目の前の古宮という女性に戻る。

イかれた実験とかはしなさそうな、優しそうな女性だ。

 

が、しばらくまともに人間と会話をしてこなかった私は何をどう言えばいいか全く分からず、口篭ったままなにも言えない。

 

ああ、死にたい。

こうやって、まともに会話もできない。

実験から逃げ出さずに、そのまま死んだ方が良かったのでは無いだろうか。

 

ぎゅっと、手を握られる。

左腕は肩から下が無い。

右手を握られる。

右手も、小指は無く、中指も半分ない。

 

何度、君悪がられたことか。

何度、振り払われただろうか。

 

こうして、人の温もりに触れられたのはいつ振りだろう。

お母さんと、お父さんが死ぬ少し前以来だろうか。

 

自然と、涙が溢れる。

 

「大丈夫、私は君に危害は加えないよ。…君に何があって、何を背負っているのかは分からないが、取り敢えず、ご飯だけでも食べていきなよ。」

 

ゆっくりと、優しく語りかけられる。

手を握られ、怯えと同時に、それを大いに上回る安心感が。

 

けど。

 

「…………ご、ご飯は、遠慮しておきます…」

 

お腹はとても空いている。

こうやって、腕も指も少ないと、上手く食べられない。

それと、片方失明していて、距離感が取りづらい。

 

あの、そういうのを察していただけると。

食べ方が下品に…

あの、そんなに残念そうな顔されても…

 

いや、あの

 

「いいからいいから!食べづらいって話だろう?私があーん、してあげるから。」

 

「…………あ、あの。」

 

「博士!?誰ですかそれ?!なんで博士にあーんさせてもらおうと?!」

 

誰なの?

唐突に叫びながら入ってきた美形の男性が、古宮さんを博士と呼ぶ。

この人、目が死んでる。

わたしは、すこしにがてかな。

 

「あのなあ…今この子をうまいこと丸め込もうと…」

 

「そんな事より博士!なんで拘束解けてるんですか?自力では解けないと思うんですが!あ、けど玩具はそのままなんですね。博士はえっちだなぁ。」

 

ああ、もうやだここ…

なんでこの人は古宮さんのズボンの中にナチュラルに手を突っ込んで…

え、なにその…長くて…太い…

 

古宮さん、その、艶っぽい声出すのやめてもらっても…?

 

 

 

「ふむふむ、成る程。身体のあちこちに実験跡が見られることから、嵐に乗じて逃げ出したと推理できますね。ここら辺にそういう施設といえば、如月生体実験所でしょうね。…えっと、確かあそこは人間の遺伝子組換による種の進化を目指しているんでしたっけ。一度見学に行きましたが、実験は拷問のような痛みらしいです。…ええ、大変でしたね。博士が匿うと言うのなら、僕はなにも口出ししませんよ。」

 

古宮さんが何とか話を逸らし、私についての話題になった。

助手らしき人は私をじっと見つめたかと思うと、突然そう言いだした。

 

全て、合っている。

私が生活費に困って、実験に協力したのは確か、如月という名前の会社だったし、実験の前にされた説明には遺伝子組換による…という下りもあった。

実験も、気が狂いそうな程の痛みを受け、それに耐えられなかった私はこの雷雨に乗じて逃げ出したのだ。

 

が、この人は何者だろうか。

見学に行った、と言うことは関係者なのだろうか。

何故そこまでわかるのだろうか。

 

「ああ、そんなに心配そうな顔はしないで下さい。僕は、博士の味方ですので。博士が貴女の味方である限り、僕も貴女の味方です。」

 

物凄く、胡散臭い。

他人の気持ちなんか一切考えていない、あの実験狂のような。

…殺してしまいたい。

 

「はーい!お夕飯ができましたよぉ〜!さっさと食堂に…おやおやおやおや?目が覚めたんですか!ささ、貴女の分も用意してありますよ。」

 

そんな黒い気持ちを吹き飛ばすかのように、物凄く明るい声でメイドさんが入ってくる。

ここ、いやに豪華な内装かと思ったらメイドさんまでいるの?

なんだか、より胡散臭く感じるような…

 

うーん、けど、これ以上拒否しても無駄そうだし…

 

「………え、えっと…は、はい…」

 

「よーし、さあ、こちらへどうぞ。」

 

紳士的な態度で、とメイドさんに言うのは少しおかしいかもしれないけれど、手を取って私が立つのを助けてくれた。

手を腰に回し、支えてくれるのかと思ったら何故かお尻を揉んできた。

こんなガリガリなお尻、揉んでも面白くないだろうけど。

 

「んー、ふむふむ、貴女って少食?それともあんまり食べさせてもらって無かっただけ?…そんだけ抱き甲斐のある身体してるんだから、もっと食べなさいな。」

 

身長の高さはそこそこ気にしていたのだが、古宮さん以外の2人は私と同じくらいの身長で、あまり弄られる事は無さそうだ。

 

どうやら、ここにはまともな人は少ないらしい。

案内された食堂に着くと、配膳をする中年男性。

あ、この人はなんだかまともっぽい。と思ったのも束の間、可愛らしい少女が一足先に食べ進めていた。

その身体のどこに収まっているのか疑問に思う程、フードファイターのような量を食べ続けている。

 

「おはよう。事情は話してくれるのが一番だが、折角準備したんだ。食べて行ってくれ。」

 

「作ったのは私だけどねー!」

 

男性が此方の方を向いて語りかける。

なんだか、父性を感じる。

あの少女は、この人の娘さんなのだろうか。

 

メイドさんに手を引かれ、席に着く。

他の方々も席に着いたかと思うと、三者三様の食前の祈りをしていた。

 

私と男性…心の中では、お父さんと呼ぼう。

は、いただきますと、日本式で。

メイドさんは、なんだか太陽に感謝を呟いていた。

 

メイドさんは独特な人だな、と。

 

そこそこ大きい食卓の上に並ぶのは、日本食だ。

白米に、味噌汁、焼き魚と数々の小鉢。

 

私の前に置かれた味噌汁は、お椀ではなく持ち手のあるカップに入れられていた。

少し違和感を覚えたが持ち手があると、指が少なくてもとても飲みやすくなる。

 

そして、私がぷるぷると震える手で箸を取ろうしたところ、隣に座っていた古宮さんが強奪。

本当に、あーん、を実践してきた。

久し振りの温かいご飯と食卓に、なんだか、また涙が出てきそうになった。

 

ご飯は美味しかったし、行く当てもない。

暫くここに滞在する事になった。

 

変な人も多いけど、古宮さんみたいにいい人もいるから何とかやっていけそうです。

 

そういえば私、いつの間に服を着せられていたのだろう。



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照りつける太陽。博士は首輪を掛けられる。

「大変不本意ではありますが、別件でベトナムに行かなくてはいけません。僕が居ない数日間、博士に手は出さないで下さいね?」

 

我が家に新しく迎えた少女(名前は葵ちゃんというらしい)が来てから一週間ほど経った夜。

助手は唐突にそう言い出した。

手には大きなキャリーバッグを持ち、さっさと出発してしまった。

 

俺の部屋に来る前に博士の部屋にも行っていたようだったので、そちらなら何か知っているかもしれない。

 

蝶番の軋む音と共に、扉を開く。

この屋敷もそこそこ歴史が長いらしく、ここら辺の細かい修繕は行なっていないらしい。

少し重厚さを感じる木の扉は、中から感じるどんよりとした空気でより重く感じた。

 

部屋に入ると、コンピュータ類の多さに一度目を奪われる。

何度か訪れてはいるのだが、機械類を避けるように部屋の端にちょこんと鎮座しているベッドには毎回違和感を感じてしまう。

 

窓から射し込む月光とモニタの光で、白衣の女性を視界に収める。

 

博士だ。

 

様子がおかしいと思いよく見ると、飼い猫につけるような首輪を付けられている。

 

扉を開けた音で気づいていたのか、博士はこちらを向いている。

涙目で。

 

うん、多分これは助手案件だ。

関わりたくないなぁ、と、思わず口に出してしまうほど厄介ごとの臭いがしている。

 

「……君か。……ねえ、私、さ。…助手にする人間を間違えたと思う。」

 

悲哀に満ちた口調で、首輪に触れながらそう呟く博士。

 

古宮博士の身長は高いとは言えないが、その長い黒髪と落ち着いた雰囲気で相当な艶っぽさが出ている。

 

「端的に言うとスッゴイエロいってわけですよー。…ねえ、古宮博士?いやー、助手さんのガードが固かったから今の今まで手を出せませんでしたけど、ようやく独りになれましたねー!いや、助手さんが離れるのはとっっっても寂しいですけどね、やっぱり寂しさを紛らわすにはえっちしましょうよえっち、うんうん、人肌も恋しいですし。え?夏だからそんなことないって?あはは、私に季節とか関係あると思いますー?いやいや、そんな訳ないですってー!ほら、新しくきたあの娘は博士に懐いてるみたいですし、博士を丸め込んだらあの娘混ぜて3pとかどうですかー?あはは!」

 

唐突に思考に割り込んできて、ペラペラ喋り出したのは変態メイドだ。

いつの間に入り込んでんだこいつ。

あと、娘たちは寝てるから大声で喚くな。

大声で下の方の話題を大声で喚いた罰として、取り敢えず脛を蹴る。

何故か痛みに喜んでいるが、一旦黙ったので結果オーライ。

 

話を戻して、博士に事情を聞いてみることにしよう。

 

「えー、博士、その首輪?は一体…?」

 

「…私が、私が知るか……私だって、なんか機械的な重さを感じるし、なんか妙な快感に目覚めそうで怖いしで今すぐ外したいんだよ…」

 

これ、不味いな。

何処かで見たことあると思ったら、漫画とかでよく奴隷に付けてるような、無理矢理外そうとしたら爆発するタイプの首輪だこれ。

以前潜入した企業にこれの開発計画が立てられていたが、あれは冗談では無かったというわけか。

 

「…なあ、これ、外せるよな?…頼むから外してくれよ、首輪ってだけで不安しかないんだ。」

 

「博士、残念ながらそれ、外したら爆発するタイプの奴っぽい。」

 

博士の目に涙が溜まり始める。

どんだけ嫌なんだ、その首輪。

今まで助手の無茶振りとか、セクハラとかはなんとか受け流せていたように見えたが今回は流石にキツそうだ。

まあ、確かにいつ爆発するか分からんし、とってもストレスだとは思う。

 

「あー、今日はもう遅いので、一旦明日に持ち越しても良いか?」

 

少女こと葵ちゃんは、夜中と寝起きに鬱っぽくなることが多いため、何をしでかすか分からない。

少し前には、キッチリ遺書まで書いて首吊り自殺を図っていた。

 

縄やらを準備している音をうちの娘がキャッチして、直ぐさま止めることが出来たが。

こういう事もあって、うちの娘と葵ちゃんは一緒の部屋で寝てもらっている。

うちの娘は出自上、人の死というものに敏感だ。

負担を掛けるようでとっても申し訳ないのだが、葵ちゃんが自殺してもらっちゃ後味が悪い。

 

遺書に書かれていた内容から、読み取るに、自殺の主な理由はどうもこの屋敷に居るのが申し訳なくなってきたという事らしい。

事故で失くしたらしい片目片腕、それから残った腕と足の指も数本。

もう少女とも言えないくらいのお年頃になっている葵ちゃんからしたら、他人の助けを多少は借りないと生活できないという事や、長身が故に目立つその容姿に相当コンプレックスを抱いていおり、一緒に生活していてストレスになっていたようだ。

 

未だにこの問題を根本的には解決できてはいないが、時間を掛けてゆっくり解決すべきだと思っているのでとりあえず娘と同じ時間に寝ることにして貰っている。

 

うちの娘、とてもゆったりとしているので一緒に寝ると充分な睡眠時間が取れるはずだ。

 

 

という事情もあって、自分が早く起きないと、娘たちの朝食を作るのが間に合わないのだ。

別に決めた時間に起きることなんて簡単だが、それで体調を崩してしまったらいけない。

自分の歳くらいは考えて生活しないとな。

博士には悪いが、寝かせていただきたい。

 

「やだ、不安。1人じゃ寝れない。」

 

おっと、博士が幼児退行してる。

困ったな、変態が減ったというのに、同時に常識人枠が1人減ってしまうぞ。

 

「おや、おやおや、ということはやはり私と一緒に寝ましょう。大丈夫です、手荒な真似はしません。優しくしますから、」

 

変態メイド、まだ居たのか。

うーん、助手から呪いを受けそうだが、ここは自分が受け持つしかなさそうだ。

 

これから数日間、不安でしかない。

助手が帰ってくるまで外せるとは思えないが、試行錯誤するしかないか。

 

娘の為に買っていたデカめのクマのぬいぐるみを持ってきて、博士に渡す。

一応博士と同じ部屋に居るが、同じベッドに入るわけにはいけない。

ぬいぐるみを抱きしめてもらって、少しでも不安を紛らわして貰おうという、そういう魂胆だ。

 

 

結果としては上手くいったようで、朝起きると少女みたいな表情で博士はぐっすり寝ていた。

とりあえずは寝かしておいて、9時くらいになって起きてこなかったら起こしに行こう。

 

現在朝6時30分。

15分後位には娘たちは起きてくるので、それまでに朝食の準備をしておこう。

今朝のメニューはバタートーストと野菜のスープ。

物凄く簡単な料理なので、さっと作ってしまおう。

 

 

うむ、完成。

調理しているところは見せなくてもいいだろう。

どこに40代のおっさんが一人で料理してるシーンに需要があるのか。

 

「おはよー、お父さーん。」

 

「……お、おはようございます…」

 

丁度準備が終わったところで、葵ちゃんがうちの娘に引き摺られて起きてくる。

こういう時は大抵、葵ちゃんが昨晩自殺を試みて気不味くなっている時だろう。

下手にそれに関して怒ったりすると、とっても可哀想な感じに落ち込んで、死なない程度に自傷をしてしまうので触れないでおく。

 

「ほれ、とりあえず顔洗ったりしてきなさい。この美味しそうな朝ご飯を食べるのはその後だ。」

 

外出することはほとんどないのだが、こういうのは癖付けておかないと社会に出てから大変だと思う。

諜報員も一応会社員だから、平常時は普通に出社する。

身だしなみを整えておく癖を付けるのは大切だと、その時学んだ。

女性社員の目がとても痛かった。

 

と、いつもはここで博士が起きてきて葵ちゃんの髪をすいてたり、自分の身だしなみは整えないくせしてお節介を焼いてたりするのだが、今朝は起きてこないようだ。

よっぽど遅かったら呼びに行くとしよう。

 

さて、うちの娘には牛乳(多分背を伸ばしたいのだと思う)、葵ちゃんにはコーヒー(本人が呟いていたが、カフェインで成長を止めようとしているようだ)を用意。

実はコーヒーを淹れる腕前には自信がある。

この芳醇な香りを出すのにどれだけ研究を重ねたか。

ブラックのままでは苦いと言われたので、砂糖をそこそこ入れてしまいのだが。

 

これにて配膳完了。

掃除をしている変態メイドにもコーヒーを差し入れよう。

 

 

2人が朝食を摂り終わった後も、博士は降りてこなかった。

うちの娘はその特殊性から、葵ちゃんは学校にトラウマがあるということで、学校には行っていない。

その代わり、博士と自分で授業をしている。

 

今日は博士の番なので、起きて来て欲しいのだが。

 

博士の部屋に呼びに行くと、昨晩よりも重苦しい空気が。

開けたくないが、うちの娘たちの教育のためだ。

重い扉を開けて、中を覗き見る。

 

おっと、怖い。

ベッドの上に半裸で座り込み、ある一点を見つめ続けている博士。

こちらには気がついてくれていないので声を掛けてみる。

 

「あの、古宮博士?」

 

声を掛けると、怯えた様子でそっぽを向いてくる。

博士の過去を知らないのでよく分からないが、どうもトラウマスイッチ的な地雷を踏み抜いていたようだ。

あの助手、こうなる事を知っていてやったとしたら相当ヤバイぞ。

いや、ヤバイことは知ってるけど。

 

取り敢えず授業を始める時間なので退散するが、メイドに落ち着かせれるか頼んでみよう。

あいつ、なんでか知らないけど精神科医の資格を持っているからこういうのは任されてしまうのが少しムカつく。

 

昼食の時間になるまで授業だ。

諜報員をやっていただけあって、社会と国語は得意だ。




600UA。
感謝します。


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なんでもない特別な日。

「葵。今日の夜は何食べたい?」

 

高校受験に成功し、いつもは無愛想なお父さんもその日はご機嫌だった。

 

特別な日だけど、だからこそ、よく家族で行く中華料理屋さんをリクエスト。

 

そこなら長身に驚かれることもないしね。

 

少し驚いた顔はされたけど、やっぱり直ぐにご機嫌に。

ゆったりと準備をしていたお母さんを子供みたいに急かして、お父さんは車に真っ先に乗り込む。

 

こうやって自分のことのように喜んでくれるのは嬉しいのだけど、少し照れくさい。

 

ちょっとだけ足腰の弱いお母さんが助手席に乗り込むのに手を貸す。

扉を開いて、腰を支えて持ち上げるように乗せてあげる。

シートに座ったことを確認すると扉を閉めて、私が乗り込もうとする。

車高の少し低い軽自動車だから、屈まないと私は中に入れない。

 

こういうところで、ちょっとだけ私って可愛くないなと、コンプレックスに感じてしまう。

 

伸ばした方が良いと友達に言われてからずっと伸ばしてきた髪も、今では短くするタイミングを逃してしまって、惰性でそのままにしてしまっている。

 

鏡に映る私の顔で気づいたのか、お父さんは私が受験に成功したことがどれだけ嬉しいか並べ立てることで話題を変えてきた。

お母さんはこちらを振り向いて、ギュッと手を握ってくれた。

 

うん、少しだけ元気は出た。

 

コンプレックスまみれの私で、心配だった高校生活にもお父さんに勇気を貰った気がする。

 

 

けど、運転は前を見てやってほしい。

 

 

中華料理屋の駐車場に到着した。

 

キッチンの真裏にあるみたいで、とても良い匂いがしてきて、食欲を唆るのだ。

 

お父さんとお母さんを先頭に、私は一歩後ろを歩く。

 

楽しそうに話す2人を他所に、匂いを嗅いでいると違和感を感じる。

 

焦げ臭い。

 

嫌な臭いに思わず顔を庇うように腕を上げる。

 

一瞬遅れて、前を歩く2人も焦げ臭さに気が付きその事を私に話そうと振り向き、

 

突然私の方へ駆け出す。

 

視界が、真っ白に染まる。

 

 

 

 

 

 

 

痛い。

 

痛い痛い。

 

痛い痛い痛い痛い。

 

全身の痛みに、目を覚ます。

 

身体を起こそうとすると、酷い頭痛と耳鳴りに襲われる。

 

思わず頭を抑えようとするが、両腕とも痛くて動かない。

なんなら、全身が痛くて動かない。

 

私、さっきまで何をしていたんだっけか。

 

知らない人の声が遠くから聞こえてくる。

 

私に呼びかけているような声だったので、声を返そうと思ったのだが呻き声しか出ない。

まさか、喉まで痛いとは。

 

えっと、あぁ…

 

お父さんと、お母さんは?

 

何かに乗せられて、運ばれる感覚を最後に意識は途絶える。

 

 

 

 

 

 

また、目を覚ます。

 

今度は真っ白い天井。

見知らぬ天井で。

 

全身の痛みはマシになったけど、まだまだ身体を動かすのには足りなくて。

 

それでも気がついたことはあった。

 

左腕が無い。

 

 

襲いくる喪失感に、涙が滲む。

 

お父さん、お母さん、何処?

心細いよ。

 

 

涙の滲む眼で部屋を見渡す。

 

誰もいなかったけれど、雰囲気から察するに病室だと思う。

 

病院にいる理由と、未だに現実かどうか判別できていない、左腕の喪失感。

 

分からないことが多すぎて、滲んでいただけの涙はポロポロと溢れる。

一度泣き出すと中々涙は止まらないもので、看護師らしき人が来てもしばらく泣いていた。

 

客観的に見ると、こんなにデカイ女が延々泣いているというのは酷い絵面だったのでは無いかと思う。

来てくれた看護師の人には悪いことをした。

 

漸く泣き止んだ私に、看護師の人は優しく話しかけてくれた。

大丈夫、大丈夫、と。

 

そういうのを言う時は大丈夫じゃない時の方が多いと、私は知っていたのだが。

言われると落ち着こうとしてしまうのが人という物のようで、すっかり私が落ち着いたのを見ると、看護師さんは待っててねと一言残して何処かに行ってしまった。

 

一人になって暫くすると、なんだか本当に心細くなってきてしまった。

誰か呼ぼうと声を出すが、喉に焼け付くような痛みと共に、掠れた、聞き取れない声とは言えない様な雑音しか出ない。

喉が渇いているんだと思う。

 

現実かどうかを確かめる様に、失った腕に巻かれた包帯を撫でていると、医者らしき男が柔らかな面持ちで入ってくる。

 

私が包帯を撫でているのを見て、少し悲しそうにしていた。

そんな顔しないでよ、私が一番悲しいんだから。

 

お医者さんは、状況を説明し始めた。

途中で私が喉が痛いことに気づいて、水を持ってきてくれた。

一息に飲み干して、生き返る様な心地で溜息をつく。

 

そこで、また話を再開する。

 

どうやら、私たち家族が入ろうとしていた中華料理屋で爆発事故が起きたらしく、丁度厨房の真裏に居た私は爆炎でほぼ全身に火傷を負い、崩れ落ちた建物に腕を切断されたらしい。

 

私のことより、お母さんと、お父さんは?

 

目を逸らさないで。

 

やだ。

 

嘘だ。

 

なんで。

 

「……………親御さんは、貴女を庇う形で亡くなっていたそうです。だから、貴女はそこまで軽傷で済んでまして…」

 

 

 

なんで、どうして、なんで私なんか。

 

なんで私なんかが生き残ったの?

 

こんな、可愛くもないようなデカ女、放って逃げてくれれば良かったのに。

私なんかよりも、お母さんとお父さんか生きててくれた方がきっと他の人だって喜んだだろう。

 

いっそ、私も一緒に死ねば良かったのに。

 

ああ、死んでしまいたい。

 

 

負の思考は頭の中をグルグルとループし、虚無感と絶望感の両方に襲い掛かられる。

 

もう、どうでもいいか。

 

 

思考を放棄した私は、痛む身体にも構わず窓の方へと歩いていく。

 

話している途中で歩き出した私に、お医者さんは困惑していたのだが私のしようとしている事を察したようで、止めようと必死に私を宥める。

 

窓を開け放ち、心地の良い春風が吹き付ける。

 

医者を蹴り飛ばし、窓をよじ登り、宙へと身をまかせる。

 

 

 

 

結局死ねなかった。

 

偶然、植木がクッションになって擦り傷だけで済んでしまったのだ。

 

唐突に私が身投げしたのを気でも触れたのかと思われたのか、病室に毎日カウンセラーがやってくる。

 

下らない話、陳腐な慰めしか言わなかったカウンセラーだったけれど、ある日突然素晴らしい話を持ってきた。

 

何と、死ぬことができる仕事があるのだという。

 

毎日毎日監視が付いていて、自殺するにできなかったのだが、これでようやく死ねそうだ。

 

夜中、カウンセラーはこっそりやってきた。

 

目隠しをされ、車に乗せられ、何処かへ連れ去られる。

 

 

その後に待っていたのは、控えめに言って地獄だった。

 

連れていかれたのは研究所のような場所で、着いて早々拘束、そしてなにか薬品を注射される。

 

 

毎日毎日、薬品を注射されては大きなストレスを与えられるという、なんの実験かもわからないような責め苦を味わっていた。

そのストレスを与える方法が実害の残る物が多く、今現在居候させてもらっている所でも大変迷惑をかけてしまっている。

 

例えば、指を一本一本丁寧に変な方向に折ってきたり、指を数本切り落としてきたり。

 

ただでさえ片腕が無いというのに、指が変なふうに治ったり無くなったりすると物を持つのが大変になってしまう。

 

これのせいで、家事を手伝うことができない。

 

例えば、薬品の副作用で片眼を破裂させたり。

 

取り敢えず痛くて、それで距離感が掴みづらくなる。

 

例えば、片方の足の先を切り落としたり。

 

これをされてしまうと、バランスが取れなくなってこけやすくなってしまう。

 

このデカい身体でよくこけるとどうなってしまうか。

そこら中に身体をぶつけて、色々と壊してしまうのだ。

 

とりあえず、人の家の物を壊してしまうのはとても耐え難い。

 

死のう。

 

 

ということで、夜中に頑丈なロープと遺書を用意していると、この家の唯一の常識のある大人である…えっと、名前をなんて言ったんだっけな。

まあ、その人の娘さん(白ちゃんと言うらしい)が、私の足に抱きついて止めてくる。

 

嫌だ、嫌だと泣き出してしまったので、白ちゃんのお父さんが飛び込んできた。

 

すっごく怒られた。

 

 

居るだけで良いとは言われたのだが、こんなデカいのが居るだけだったら邪魔じゃ無いのかと、何度も自殺を試みている。

 

白ちゃんに悉く阻止されているのだが。

 

 

ここのお家は居心地がいいので、お父さんとお母さんを思い出してしまう。

 

何度も何度も泣いてしまうけれど、その度に変な出来事が起こって涙は引っ込んでしまう。

 

 

 

あの、古宮さん。

何で首輪を?



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明日こそは、きっと。

月の光も雲に遮られ、目の前も見えない位の暗さの中。

お父さんに突き返されたあの遺書を、もう一度部屋に置き残し、ランプ点けた灯を頼りにして、古宮さんの管理する薬品倉庫を目指す。

 

今日こそは死んでしまおうと、足音を立てないようにゆっくりと歩く。 そろそろ素早く動くことなんて、出来ないけれど。

 

暗闇に揺らめく火を見て、ボーッとしていると、私が死んだ後の事をついつい思い描いてしまう。

このデカい体の処理は、考えたくないくらい面倒臭そうだ。

しかし、今掛けている迷惑に比べれば、きっと大したことは無いのだと、勝手に思い込む。

 

そう思えば思うほど気分は落ち込み、さっさと死んでしまおうと歩を進める。

 

この家に置いてもらい始めてから暫く。

 

ここに住んでいる人達は、変な人ばかりだということを思い知り、同時に優しい人達である事も、よく分かった。

 

あの助手を除いて。

 

色々と足りない私の所為で、食事や入浴の時も、とても気を遣わせてしまっているように感じるのだ。

 

食事の時を例に挙げるとすると、私の前に置かれた食器だけ、指が少なくても扱い易いような形状に工夫された物だったり。

 

私の為に用意してくれたのかと、自意識過剰気味に妄想すると、とても申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

 

そうして食事に手を伸ばせずにいると、古宮さんが世話を焼いて私に「あーん」を実践して来たりして来るので、流石にそれは断って、自分で食べ始めるしかなかったり。

 

また、お風呂を使わせて貰う時は殆どの場合は、白ちゃんが着いて来るのだが。

何かと理由を付けて1人で入っていると、古宮さん、偶にメイドさんが乱入して来て、体を洗ってくれたり、転ばないように気を遣ってくれたりと。

 

白ちゃんはまだ子供なので、面倒を見なくてはいけないのだが、古宮さん達の場合は私の面倒を見に来てくれているので、なんというか、死にたくなる。

 

メイドさんなんか、湯船でマッサージまで。

 

因みに、ここの屋敷は見た目だけでなく内装も豪華で、浴槽は何とかっていう木で出来ていて、天然の温泉を引っ張ってきているそうだ。

私なんかが居ていい所ではないと、何度だって思う。

 

 

そうして、死ぬ理由に思いを馳せながら、古宮さんの部屋の前を通り過ぎようかとした時。

 

突然、後ろから抱きしめられる。

 

本当に唐突な事で、予想だにしていなかったので、思いっきり悲鳴を上げようとしたのだが、抱きしめてきた人が口を抑えてそれを阻止する。

 

その手の感触で、誰かが分かった。

 

メイドさんだ。

 

マッサージをしてくれる時も微妙にいやらしい手つきで触ってくるので、どんな手かはよく分かる。

 

女性らしく、白くて繊細で、ハリのあるつやつやな手。

私なんかとは比べ物にならないくらい、綺麗な手だ。

 

その手に連れられるまま、女性用のトイレに。

 

そう、この屋敷は男女で設備が分けられている。

絶対にホテルか何かを改築したんだろうなぁ…

 

 

それはさて置き、私を便座に座らせると、メイドさんは姿を漸くみせる。

 

何時ものようなフリフリの、アニメとかに出てきそうなメイド服ではなく、動きやすそうな、機能性重視といった感じの黒い作業服を着ている。

 

別に私は何をされようと死ぬだけなので、特に何も言わずに黙っていると、メイドさんが、軽薄そうな様子の一切ない、優しそうな声色で話し掛けてくる。

 

「こんな夜中に出歩いて。私みたいなのに襲われちゃいますよ?」

 

よく分からないが、襲うなら襲ってくれと言わんばかりに、羽織っていたコートを脱ぎ始める。

 

「ああ、もう、違うの。別に襲うつもりは無いのだけれど。ごめんなさい、普通に言えば良かったね。…自殺しようとしてるなら止めるよ?」

 

ああ、この人も私を止めるのか。

 

どうせ夜は長いし、この人から止める理由を失わせよう。

 

「……メイドさん、私は、何も出来ません。…迷惑を掛けているだけです。心配を掛けて、気を遣わせるだけです。…どうか、私を殺させて下さい。」

 

死にたい。

 

死にたいのだ。

自分を変える方法がそれしか見つからないから。

 

居るだけで迷惑になる私を終わらせる為に。

 

 

「成程、貴女が死にたがる理由は、迷惑が掛かるのが嫌だから、ですか。」

 

納得するような素振りを見せるメイドさん。

 

どうかこのまま、私の好きにさせてくれますように。

 

 

「いやー、ダメですね。私、可愛い女の子の世話を焼くのが大好きなんですよ。」

 

可愛くない私の世話を焼く理由は無いですね。

 

「何を仰るか。可愛いですって。…誰だって、苦手な事はありますよ。貴女の場合、生活するのが苦手なだけで。…あの子供舌な博士とか、フードファイターに比べたらあなたが1番手が掛からない。」

 

ヤレヤレと肩を竦め中と思うと、私の手を引いて、立ち上がらせる。

 

 

 

「さて、と。私はそろそろ寝ますが、貴女も一緒にいかが?眠れないのはお互い様でね。偶には良いでしょう?」

 

頼まれたら断れない。

 

死のうと思っていたけれど、この人と話していたら少し毒気が抜けて、眠たくなってきた。

 

流石にトイレで寝るのは不味いので、お言葉に甘えて…

 

 

 

「よっこいしょ。あーよしよし、いい夢みなさいな。」

 

 

どうしてか、私をお姫様抱っこして来たところで、とうとう瞼が落ちる。

 

明日こそは、きっと死のう。

 

 

 

 

「あー、やれやれ、睡眠ガスは効き目が薄いですねぇ。…全く、こんな可愛い子が死のうとしているのになんで皆は気づかないのでしょうねぇ。古宮博士は首輪着けられてすっかり萎れちゃったし。私1人で、そう何人もお世話出来ませんけどねぇ…」



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博士の追憶。

こうして、部屋の隅で震えていると、昔のことを思い出す。

首輪を付けられ、人形を抱き抱えているのも、状況が一緒だ。

 

うつらうつらと微睡みながら、過去の記憶を掘り起こす。

 

 

 

 

父は、本が好きだった。

主に学術書を大量に集め、町の図書館よりも多い数を所有していた。

 

父母共に教師の家庭に生まれた私は、幼い頃から厳しい教育を受けて育った。

学ぶ事は嫌いではないし、本も好きだったから、そこそこに知識を蓄えていった。

 

小学校を出る頃には、家にある本を全て理解し、読む本が無くなってしまった。

ついでに友人も無くなったが、丁度その頃、私の家では犬を飼いだした。

 

犬種はよく覚えていないが、ひたすら大きく、薄茶色の毛。

赤い首輪を着けていたのは覚えている。

 

飼っている犬しか友達のとこの居ない、周囲から浮いた人間がどうなるかというと、当然の如くイジメを受ける。

 

靴を燃やされたり、トイレに連れ込まれて水を掛けられたり、犬をボロボロにされたり。

そんなことをされている内に、私は、なぜ学校に行っているのかが、分からなくなっていた。

 

私は学校に行かなくなっていた。

 

イジメがその一因なのは間違いないが、結局私と話が合う様な奴がおらず、なんなら馬鹿しかいなかったから。

行く理由が無くなったというのが1番大きい理由だ。

お父さんは部屋に引きこもる私を何度も呼びつけ、何度も何度も学校に行け、と。

 

私が部屋に引きこもり始めたのが中学1年生の後半。

そこから半年経った位に、お父さんとお母さんが言い争うことが増えた。

 

聞き耳を立てると、どうやら私の教育方針で言い争っているようだ。

 

お父さんは私をどうにかして学校に行かせてたいようだったが、お母さんは私に任せる、と。

 

お父さんは怒鳴る様な声で、お母さんは小さく落ち着いた声で言い合っていた。

 

お母さんが夜な夜な泣いていたその声を、私は忘れることが出来ない。

顔はとっくの昔に記憶から消えたが、あの声だけは、決して忘れることが出来ない。

 

 

ある日、目が覚めると、お母さんが居なくなっていた。

 

日曜日。

お父さんもお母さんも、いつもだったら居るはずの居間には、周りのものに当たる父が居るだけだった。

 

寝ぼけていた私が、お母さんは?と、聞くと、何かを怒鳴りながら、頬を殴りつけてきた。

 

手加減の1つもせずに放たれたそれは、軽い私の体を吹き飛ばし、壁へと叩きつける。

とても弱い私の体の中で、何かが折れる音がして、同時に激痛が走る。

 

きっと骨が折れたんだろうな、と、痛みの中どこか他人事のように考えていると、お父さんは私に近づいて来て、何度も何度も、壁に寄りかかっている私のお腹を蹴り抜く。

 

内臓が傷ついたのかどうか、口の中が血の味になりながらも、涙が流れる事は無かった。

 

お父さんに蹴られるよりも、殴られるよりも、あの優しいお母さんが居なくなってしまった事の方が、よほど辛かったのだから。

 

お父さんは気が済んで、息を切らしながらも自分の部屋に入っていく。

 

もはや立ち上がる程の体力も残っていなかったけれど、どうにか床を這いながら、私は私の部屋に戻る。

 

痛みを堪え、愛用しているふかふかのクッションのロッキングチェアにもたれ掛かり、読み掛けの本を読み始める。

 

どんなに悲しいことがあっても、本を読んで、他のことを考える。

骨に沁みるような寒さと物理的な痛みで本を取り落とし、身体が動かし辛いな、と。思いながら、気絶するように眠った。

 

 

暫くして目が覚め、お腹が空いたので、キッチンにふらついた足取りで向かい、食品棚を漁っていると、またもお父さんが現れる。

 

「…今の今まで部屋に篭ってた癖に、あいつが居なくなったらこうも気安く出てくるんだな。…お前も俺から逃げようとしてるんだろ!?」

 

私が黙って下を向いていると、お父さんは私を蹴り飛ばした。

 

不機嫌な様子で、その後は何も言わずに部屋にまた戻って行った。

 

犬が座り込んでいた私の顔を、慰めるようにベロベロと舐めてくる。

ふかふかの毛に顔を埋め、静かに、涙を流した。

 

 

怪我が治る前に、また怪我をさせられる日々の中。

学校に行っていた時と同じように、私の味方は犬しか居なかった。

 

ある日。

 

私の部屋のドアノブに、何かが掛かっていた。

 

それは赤い首輪で、何かぬちゃっとしたものがついていた。

 

 

とても嫌な予感がした私は、何か音の聞こえる庭の方の窓のカーテンを開ける。

 

赤黒い液体の付着したTシャツを着たお父さんが、庭の地面ひシャベルで穴を掘っている。

 

お父さんの足元には、掘り起こした土と、グロテスクな、肉塊の様な物の入ったビニール袋。

 

部屋の掃除を終えた時のような清々しい笑みを浮かべ、掘った穴にビニール袋を埋め、呆然と眺めてた私の方へと歩いてくる。

 

お父さんが窓を開けた時の異臭。

私は何が何やら分からないまま、涙を流しながら嘔吐していた。

 

私が胃の中身を胃液まで全て出す勢いで吐いている間に、お父さんは玄関から家に戻る。

異臭を放ったまま、私が大切そうに握っていていた首輪を私の首に着けた。

 

お父さんが私を、お父さんの部屋まで引きずっている間、聞いたことの無い様な声で私は呪詛を叫んでいた。

 

すっかり声も枯れ果て、語彙も果てた頃。

漸く冷静になり、置かれた状況を見渡す事が出来るようになった。

 

取り敢えず、私の犬はどうしてか殺されたようだ。

その上で、私は首輪を着けられ、その首輪はお父さんのベッドに繋がれている。

 

気でも触れたのだろうか、と考えたのだが、そういえばお母さんが居なくなってからずっと、お父さんは気違いじみていた。

 

こうして悪態をついてもどうにもならず、暫くの間、カーテンを締め切った暗闇の中で過ごしていた。

 

お父さんはあれから帰ってきていない。

 

 

ガチャガチャと、繋がれた鎖を鳴らしながら、どうやってこのイカれた状況を抜け出そうかと、繋がれたベッドの上で座り込みながら考える。

 

何度も何度も何度も、あのビニール袋の中身を頭の中で反芻しながら、胃から上がってくる物をぐっと抑え。

 

いつお父さんが戻って来るかと思うと、嫌な汗と震えが止まらない。

 

落ち着かないので、掛けられている首輪を弄んでいると、金具に指が当たる。

 

物凄く馬鹿な事を忘れていた。

そういえば犬用の首輪なのだから、普通にちょっと弄れば外れる。

 

 

と、震え続ける身体を抱きしめながら、何とか首輪を外し、力の入らない脚を引き摺りながら家から出る。

 

 

こんな簡単な事で抜け出せたのか、と、陽の光を見て大声で(といっても掠れて殆ど声が出ていなかったが)笑う。

 

この時の私がどれだけ酷い見た目をしていたのか分からないけれど、通りがかった通行人が悲鳴を上げて心配して来る程だったようだ。

 

そうして、何やかんや、あって兵器を設計し始めていたのだ。

うん、途中から気付いていたが、私は過去の夢を見ていたようだ。

 

その、何やかんや、の部分は私がまた微睡んでいる時にでも。

 

 

 

 

 

人肌の温かさで目を覚ます。

私のベッドに葵ちゃんが入り込んでいたようだ。

 

この子に比べたら、きっと私は幸せな方なのだろう。

 

親代わり、とまでは言えないけれど、甘やかせるだけ甘やかしてやろう。

 

とりあえず、今のところは首輪の事は忘れてこの子と一緒に二度寝と洒落込むとしようか。

 

 




書いてる途中で飽きたので、いつも通り駄文短文です。


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戦慄

古宮博士と葵ちゃんが同じベッドでぐっすり眠っていたでごさる。

 

うーむ、2人目の娘が非常に可愛い。

え?お前の娘じゃねぇだろって?

 

はい、ごめんなさい。

調子乗りました。葵ちゃんの親が居ないことを良いことに、親代わりとか言ってすみません。

 

 

夕飯に2人を呼びに行ったら、安眠していたのでどうしようか、と思案している。

変態メイド野郎は既に部屋に入り込み、シャッター音のしないカメラでひたすらこの風景を撮りまくっている。

 

「ははは、なに、助手さんに高値で売りつけようかなぁって。ほら、古宮さんの寝顔は助手さんのガードが固くて中々レアですので、この機会に見といた方がいいですしね?」

 

などとほざいているが、まあ、気持ちは分からないでもない。

 

この心労コンビがこうやってゆっくりと休めていると、こちらとしてもホッとする。

 

2人とも、特に助手君に困らされてるなぁ、と心から思う。

 

博士は単純に無茶振りとか、重すぎる愛情とか?

普段のあれを愛情表現と認めたくはあまりないのだが。

 

葵ちゃんの方は、助手君を何だか毛嫌いしているようなのだ。

まだしっかり葵ちゃんの来歴を聞いていないので、詳しいことは分からないのだが、見た感じでは怯えるというか、とにかく近寄ろうとはしていないのは確かだ。

 

助手君は、俺が今まで見てきた人間の中で1番変わっている人間だと思う。

 

今までストーカーとか変質者はは何人か見てきているのだが、彼はその誰とも違う。

 

凶悪犯罪者である事には間違いないのだが、時折博士の前で見せる安心しきった穏やかな顔を見ると、博士に恋をしているだけの、ただの青年の様にも感じる。

 

博士も困ってはいるが、やはり彼に恋をしているのだろうか。

 

考えてみれば、あんな厄介な奴を傍に置いておくのは正気の沙汰ではない。

 

俺は恋をした事がないので、そういった事には疎い。

が、そういうことなのだろうな、と独り納得する。

 

 

話変わって、目下の問題だが。

 

古宮博士の常識人パワーを失った事によって、我が娘のコントロールが取りづらい。

 

分かりやすく説明すると、ウチの娘が言うことを聞いてくれない。

 

変態メイド野郎は基本的に甘やかすだけだし、葵ちゃんは振り回されるだけだし。

うちの子は元気なので、俺1人では抑える事は出来ない。

 

今朝なんて、助手君を尋ねてきた肉付きの良い青年を見て、目を血走らせながら涎を垂らしていた。

 

今にも飛び掛かりそうな様子だったが、俺は訪問者の対応をしていたので、冷や汗をかく事しか出来なかった。

 

何とか訪問者には早く帰って貰えたけれど、安心は出来ないな。

 

俺は娘についてあまりにも知らなさすぎる。

博士が復活したら、対処法とか教えてもらうか。

 

その後、メイドにステーキを焼いてもらって落ち着いたようだったが、もし肉の貯蓄が無かった場合や外での対処のことも考えなくては。

 

 

さて、2人の寝ているベッドに入り込もうとしていた不届き者を引きずりながら、ダイニングルームへと向かう。

 

2人が起きてくるまでに、夕食の準備をしておこうと、そういう事だ。

 

この屋敷のダイニングルームは、他の部屋と同じように無駄にデカい。

食卓の長机もデカいので、俺たちを含めてあと10数人は入りそうだ。

 

趣味の良い絵画に、シャンデリアを模した電気照明。

 

とにかく、まさに豪邸という感じの内装だ。

 

そこに家庭的な和食を並べるのは、何となく違和感を感じるのだが、メイドが和食を練習中だそうで、最近はずっとこんな感じだ。

 

俺は純粋な日本人ではないが和食は口に合うし、葵ちゃんや古宮博士もどうやら和食は嫌いじゃないらしい。

ウチの娘は味の濃い料理の方が好きなようなので、1人だけ別で1品追加で食べているのだが、文句は言っていない。

 

焼いた秋刀魚の乗った皿を無駄に広い食卓に並べていると、メイドが異様な物を運んできた。

 

ホカホカと湯気の立ち上る、大きな、それも美味そうなパイ。

に、何故かぶっ刺さっている魚。

ほのかに香る伝統的な英国の匂い。

 

星を見上げる不味い料理。

スターゲイジーパイである。

 

ツッコミを入れる間も無く、食卓のど真ん中にドンと置く。

御丁寧に切り分ける為のナイフと皿も付けて。

 

 

とりあえず見なかったことにして、箸とコップを用意した。

 

 

さて、一通りの用意を終えたところで、うちの娘が降りてきた。

 

先程まで自分の部屋で机に向かって何かを書いていたが、匂いに誘われて、呼ぶまでもなく降りてきたようだ。

 

で、例のパイを見て涎を垂らしている。

 

マジか。それが美味しそうに見えるのか。

 

 

いつも通りうちの娘が他のみんなよりも早く食べ始めた頃、誰かがこの屋敷の門の鍵を開ける音が聞こえてくる。

 

ここはそこそこ田舎の閑静な住宅街にあるので、少しの音でも響いてよく聞こえてくる。

 

はて、予定を繰り上げて助手君が帰ってきたのだろうか。

彼が帰ってくるには早いような、とが思いながら、取り敢えず出迎える為に下に向かう。

 

 

「こんばんは、ただいま帰りました。博士どうしてます?」

 

玄関の扉を開けると、出発した時と変わらない黒いコートをき、相変わらずの微笑を浮かべた助手君がいつも通りの調子で博士の事について尋ねてくる。

 

いつもと違うのは、両手に手錠を掛けられている来ることだろう。

 

「ああ、うん。博士は部屋でぐっすり寝てるよ。それより、俺はその女性が誰かを聞きたいんだけども。」

 

そう、なぜか助手君の背後にはスーツを着た鋭い顔付きをした金髪の女性が。

 

身体付きがしっかりしているし、助手君が手錠を掛けられている事から、助手君を追っていた人物なのかと推測出来る。

 

彼は指名手配されてるし、追っている人物が居ても全然不思議では無いのだが、何故ここに連れてきたのかが分からない。

 

「ああ、実はですね、出先でちょっとした怪我をしてしまったので予定を繰り上げて帰って来たんですよ。で、空港を出たら突然この人が銃を突きつけてきたのですよ。酷くないですか?」

 

と、助手君。

 

「なにを馬鹿な事を。お前がしてきた事を忘れたか?捕まったのもお前が尻尾をようやく出したからだろう。牢にぶち込まれる前に家族に会いたいと、泣きついてこなかったらこんな所には来させていない。」

 

ふむ、女性に嘘をついている様子はなさそうだし、普通に助手君が捕まったみたいだ。

 

しかし、家族に会いたいという嘘を信じる辺りこの人も甘いな。

 

「安心しろ、この屋敷は既に包囲している。逃げ場はない。」

 

あ、そうですか。そりゃ安心。

 

まあ助手君の意図は大体伝わった。

 

「じゃあ、呼んで来ますんで。少々お待ちを。」

 

夕食を食べることが出来ないのは残念だが、仕方ないだろう。

 

メイドと俺ならば人1人取り押さえる位は簡単だろう。

助手君を救出し、全員で脱出だ。

 

この屋敷は正しくカラクリ屋敷。

逃げ道なんて幾らでもある。

 

そこら辺は引っ越してきた時に確認済みだ。

 

2人を待たせ、ダイニングへと向かう。

メイド野郎に事情を説明し、もう食べ始めていたうちの娘を食卓から引き剥がしつつ、また玄関へと戻る。

 

その道中、うちの娘は古宮博士の寝室へと向かわせる。

申し訳ないが、2人には起きてもらう。

 

「いやぁ、それにしても助手さんも不用心ですねー。ボディーガードとか付けてなかったのでしょうか。私が着いていくと言っても聞かなかったし、どうして殿方はこんなに我儘なのでしょうねぇ。」

 

お前も男だろ。

とか思いつつも、素直にその疑問には賛同する。

狙われている事が分かっているのに、どうしてまた…

 

で、玄関に辿り着くと、メイドを見るなり女性が顔を真っ青にする。

メイドの野郎がまた何かしでかしたのかと思って振り向くものの、特に何も特別なことはしていなかった。

 

女性の様子を見てメイドがニヤニヤしている位だ。

 

「なに、2人は知り合いなのか?」

 

と訊ねると、メイドがニヤついたまま頷く。

 

「ええ、一晩を共にした仲ですもの。ふふ、私、犯した女の子の顔と名前と職業と家族構成と住所と電話番号は絶対忘れませんからね。」

 

ねっとりした口調でそう言い、舐め回すような目線で女性の身体を見つめる。

 

女性はすっかり腰を抜かし、助手君の事なんか忘れてしまったようだ。

手錠を掛けられたまま助手君はこちらにスタスタと歩いて来る。

 

あの女性も大変だな。

これから先の長い人生、この変態メイド野郎の顔を脳裏な刻みつけながら生きなくてはいけないのだから。

 

「ふふふ、スーツなんか着て強ぶっちゃって。あの時はあんなにフリフリの、無防備な洋服着てたのに。まあ、それはそれで可愛いので良いんですけどね。…さてさて、また楽しませてくれるって事で良いですか?」

 

なんて抜かしながら、モゾモゾしてパンツを脱ごうとしていたので服を引っ張って引き摺り、そのまま屋敷の中の隠し通路へと続く部屋、古宮博士の部屋の中にフェードアウトさせて行く。

 

あの女性は暫く無力化されたはずだ。

トラウマスイッチを踏まれた彼女は非常に可哀想だが、自己防衛のために、時には犠牲が必要なのだ。

 

さて、未だ状況が掴めず寝惚けている古宮博士と葵ちゃんを引き連れ、ベッドの下にある紐を引っ張りロックを解除し、床を回転させると、もうそこは隠し通路だ。

 

この屋敷にある物の殆どは既製品なので、後でまた買い直せば良い。

うちの娘は自分の日記をしっかり抱えているし、魔改造化け物バイクは別の場所にあるガレージに入っているので、もうこの家に思い残すことは無い。

 

埃っぽく、薄暗い通路に電灯の灯りを点ける。

この通路は少し歩いたとかろにある畑の近くの枯れ井戸に繋がっている。

 

先導して歩きながらちらりと後ろを見てみると、助手君と博士が3日ぶりの再会の喜びを分かちあっていた。

 

博士が一方的に助手君を叱りつけていたようにも見えるが、まあ、因果応報というやつだろう。

 

 

「…なんで首輪なんかつけてくかな?私、首輪にはトラウマあるって言わなかったっけ。」

 

「ええ、知ってます。お父さんに着けられたんですよね。博士のことならなんでも知ってます。…ですが、博士。僕以外の男が博士のトラウマに残っているという事が問題なんですよ。そんなくだらない男へのトラウマは忘れて、僕だけのことを想って下さい。」

 

「お前なぁ…」

 

 

うん、今日も平和だ。

 




不快に思う人が居たらごめんなさいしとく


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博士は彼の事が好きなんだ。

ある時、唐突に私の元に転がり込んで来た彼は、私に対して異常な迄の愛情を示してきた。

 

人を信用できず、陰気で、ただただ研究に打ち込んでいた私に、どうしてこんなに、と、何度も思った。

 

実際に、本人に訊ねた事もある。

どうして私を?なんの魅力も無いような、こんな私を愛しているんだ?と。

 

彼は何時でもこう答える。

 

「博士だからですよ。博士じゃないと駄目なんです。」

 

それを聞くと、私は更に訳が分からなくなる。

1+1=3でしょ?と、当然のように答えて来るような、そんな心持ちだ。

理解出来ないことを、私が間違っているかのように、笑みを浮かべている。

 

彼の態度や気持ちが、嘘ではないことは充分、今まで一緒に過ごしてきた中で分かった。

そして、私も彼の事が好きなのだろうと、何となく、ふわっとした感情ではあるのだが、分かって来た気がする。

 

 

 

私は他人と、普通の人間とは考え方や感性が違うと自覚している。

過去からか、それとも産まれた時からそうだったのかしれないが、兎に角、何処かズレている。

 

遠くの、見知らぬ人間を殺す為の人間を殺す為の兵器を造り、それを愛している。

普通に考えれば異常という他無いだろう。

 

私は異常だ。

 

そんな私を愛し、肯定する彼も、また異常なのだろう。

 

 

彼は私がまともに見える位には変人で、同居人からも対処を迫られる事がある。

が、変人と言えば、彼の周りに集まる人間も、変人が多いと言えるだろう。

 

特に、いつの間にかアジトに先回りし、身の回りの事をしてくれるメイド。

彼の知り合いらしいが、どうにも変態だ。

 

身の回りの世話をしてくれるのはありがたいし、気も利く。

私のような生活力の無い人間にとっては、救いの神のような存在だ。

 

しかしながら、後ろに忍び寄って来て体(主に尻か胸)を触ってきたり、突然露出してきたりするのは、流石は彼の従者だなぁ…と、何処か感心すら覚えてしまう。

 

このメイドの本命は彼のようだが、残酷な事に彼は私のものだ。

一生メイドの方を向くことは無いだろうし、私も向かせようとも思わない。

 

 

私は彼の事が好きだ。

 

どんなに酷い事をされても、変態的な事をされても、私は彼を嫌いになれない。

きっと私が死んで、来世があったとしても、それは同じだろう。

 

普段は同居人たちへの体裁やら、気恥しさやらで素直になってはいないが、まあ、偶に、今日くらいは良いだろう。

 

私は彼の事が好きだ。

 

彼、私の助手が。

 

 

 

 

 

「博士ー?博士ー?!…これ、どうぞ。今日はバレンタインですので。綺麗な薔薇でしょう?」

 

「…ありがとう。じゃあ、私からも受け取ってくれ。…不格好だが、食えん事は無いと思う。」

 

「チョコですか?…ああ、日本ではそういう日でしたね。えへへ、嬉しいです。」

 



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女子会

とある昼下がり。

 

太陽は爛々と輝き、暖かい春風が分厚いコートを脱がさせ、眠っていた花や生き物達を目覚めさせる。

 

そんな街中、ショーウィンドウに飾られたドレスを眺めていた少女も思わず目を奪われる程、美しく、恐ろしく目立つ女性が何食わぬ顔で歩いていた。

 

短く切りそろえられ、絹のように美しい茶髪や、妖しく光る茶色の双眸。透明感溢れる、作り物のような肌、そして整った骨格が織り成す美貌による注目も勿論あるのだが、着ている服も相当に珍しい物だ。

 

コスプレにしては着慣れすぎているし、普段着にしてはあまりにも目立つ。

 

黒いエプロンとスカートに白いフリル。

そう、彼女が着ているのは、所謂メイド服というやつだ。

 

見た感じでは、しっかりとした繊維を使っているようで、作業着としての機能もしっかりあるようだ。

飾りも少ないし、もしかしたら本物の、誰かに仕えているメイドさんなのかもしれない。

 

私が彼女を追い始めたのは数日前。

 

売れないファッション雑誌の編集者をしている私が出社する途中、通りがかった彼女と目が合い、スカウトしようと心に決めた。

 

しかし、あまりの美しさに尻込みし、一切声を掛けることが出来ずタイミングを逃し、そのままストーカー紛いの事をしてしまっている次第だ。

 

流石に自宅や職場を特定し、着いて行ったりはしていないのだが、彼女のお買い物コースは知っているので、何となく活動範囲も絞り込めている。

 

毎日大量の食材を買い込んでいたり、一切言葉を発している所を見ることが出来なかったりと謎が多く、それもまたミステリアスで良い。

 

 

と、彼女がおもむろにテラス席のあるオシャレな雰囲気のカフェへと入っていく。

 

私も入ろうかと思っていたものの、彼女がテラス席に座ったので、そのまま少し遠くから眺めている事にした。

 

彼女が座ったその席は数人分椅子の用意されており、他の誰かと待ち合わせしていることが分かる。

 

彼女が誰か他人と話す機会があるとするのならば、知人友人との会話だろう。

 

 

 

影が薄すぎて今の今まで気がついていなかったのだが、既に席に着いている女性が居た。

 

いや、正確に言うと車椅子に座っているのだが、そんなことはどうでもいい。

 

重要なのはその車椅子の女性が、彼女に微笑まれた事だ。

そして、その車椅子の女性は彼女に挨拶を返した。

 

詰まるところ、彼女とその車椅子の女性は親しいのだろう。

 

明らかに釣り合っていないように見える。

 

その車椅子の女性は根暗な雰囲気漂い、顔も中の上。

特段良い訳でも、悪い訳でもない特徴のない顔で、服装も女子高生が頑張ってオシャレをしたかのような、そんな初々しく、どうしようもなく普通な黒いパーカー。

 

肌は色白で、その肌を隠すように長袖、しかも前髪を伸ばし、顔に影を作っている。

 

その無造作に伸びた前髪と同じように、他の部分も雑に、整えもせずに黒髪が伸ばされ、腰まで届こうとしている。

 

異様な程身長も高く、美しさよりも不気味さや迫力が勝っている。

その上、膝から下がないのだから、何となくバランスが悪く感じてしまう。

 

別に足が無いからと言って差別をするつもりは無いのだが、モデルには確実に向いてはいない。

 

彼女と、車椅子の女性が友人とは、まるで考えられない。

 

纏っている雰囲気では正反対、月とすっぽん、一般学生と映画スター、哀れなホームレスと豊かなセレブだ。

 

が、事実目の前では車椅子の女性が楽しそうに彼女へと話しかけている。

 

何を話しているのかどうかは流石に聞き取れないが、何にせよ、認めたくは無いものの、彼女の友人なのだろう。

 

車椅子の女性に話しかけられながらも、彼女はただただ微笑んで頷き、それでも声は発しなかった。

 

途中、店員が注文を聞きに来たのだが、その時もただメニューを指さしただけだった。

 

あんなに親しそうな友人ですら、彼女に口を開かせる事が出来ないというのか。

 

そう思うと、どうしても彼女についてもっと知りたくなって仕方が無い。

 

私にここまでストーキング根性があったかと思うと、自分で自分を通報してやろうかと思ってしまうが、そんな事は、とりあえず彼女に接近する事ができてからだ。

 

しばらくすると、カフェの店員が彼女へとティーセットを持ってくる。

 

こんな街中だというのに、彼女の優雅さによって豪邸の中にある中庭のような様子になってしまった。

 

そう、彼女のどんな動作でも、ただ歩くだけでも優雅さが漂うのだ。

彼女は話さない、という一点を除けば善良でマナーのなった市民、いや、善良でマナーのなった貴族的なのだ。

 

ああ、ああ。

彼女の目の前にいるあの女が憎たらしい。

彼女の優雅な光景を汚している。

 

彼女がカップに注がれた紅茶を飲む目の前で、透明なコップに注がれた炭酸飲料をストローで飲んでいる。

それがどうしてか、堪らなく鬱陶しく感じる。

 

決して、恋では無い。

 

ただただ、彼女の周りの調和を乱している、あの女が憎いだけだ。

完璧主義ではない筈なのだが、どうも、我慢出来ない。

 

しかし、今激昂して飛びかかったとしたら、また、調和が乱れるだろう。

故に、ただ静観するしかない。

 

そんな訳で、歯ぎしりしながら10分程眺めていると、少し疲れと喉の乾きを感じたので1時離脱し、近くにあった自動販売機で缶コーヒーを1本買い、また定位置、ビルの陰へと戻り、双眼鏡を覗き込み彼女を監視し始める。

 

見ると、いつの間にかまた誰か、見たことも無い奴が席に座っている。

 

その黒髪の女性は猫背が目立ち、髪もろくに手入れされておらずボサボサになっている事や、白衣を着ている事から科学者、研究者に見える。

 

パっと見た時は少女に見える程(猫背の影響も幾分かあるだろうが)背が小さい。

しかし、堂々と煙草を咥えている事から唯の少女という予測は外れていると判明した。

 

テーブルには灰皿が用意されていなかったらしく、その女性は携帯灰皿を机上に置いて間に合わせているらしい。

だというのに、どうして灰を白衣の上に落として平気な顔をしているのだろうか。

 

見た目からも充分伝わってきていたが、その女性は余程ズボラならしい。

 

彼女の前で煙草を吸う事に対してそれなりに腹は立っているが、それ以上に、その白衣の女性もそれなりに美しい事に気がついた。

 

確かに背は小さいし、髪も整えられていない、恐らく化粧もせず、上下黒のスウェットの上から白衣を着るだけという、ファッションのフの字も無いような見た目をしている。

 

それだというのに、肌は綺麗だし顔も整っている。

まるで世界そのものから美しくあるように修正を受けているかの様だ。

 

しかし、総合的には彼女の方が上だ。

 

そこから暫く、特に変わりは無く、車椅子の女が笑顔で話してそれを彼女が微笑みながら聞き、偶に白衣の女性が不機嫌そうな顔で突っ込むという事を夕方頃まで続け、彼女が立ち上がるとそのままの流れで解散していった。

 

今こそチャンスだと思い、彼女へと急接近し、話しかける。

 

「すいません、モデルとか興味ありませんか?」

 

我ながら月並みな言葉だが、しどろもどろにならなかっただけマシである。

 

と、彼女は此方を見て、ニッコリと笑みを浮かべると、初めて口を開く。

 

「黙れ、ストーカー野郎。」

 

惚れてしまいそうになるほど、イケボだった。



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雲が晴れて虹が出る。カッターをガムテープで包む。

古宮さんのベッドで寝ていた私が、白ちゃんに起こされてから小一時間。

 

何が何やら分からない内に少しかび臭い地下通路を抜けて、曇り空の元へと出た。

つま先が切り取られている私は、歩くのも難しくて、途中からメイドさんに背負って貰っていた。

恥ずかしいやら、申し訳ないやらで、ずっと俯いていると、いつの間にか寝ていたようで、大きなバンの後部座席で揺られているところで目が覚めた。

 

窓の外には何も植わっていない畑が広がり、少し寂しい気持ちになる。

 

「ねえ、ねえ、葵お姉ちゃん?起きた?」

 

私が目を覚ましたのに気がついたのか、隣に座っていた少女が、右腕の袖(中身はないけれど)を引っ張りながら私を呼ぶ。

 

この子は私がこんなにデカくて、欠損もしている私を怖がらずに接してくれる、心の癒しとも言える存在だ。

私が何度死のうとしても、必ず気付いて止めてくれる子でもある。

 

この子の父親は呼んでいないけれど、他の方々は白ちゃんって呼んでいるので、私もそう呼んでいる。

 

さて、そんな天使のような子が私を呼んでいる理由は、きっと寂しいからだろう。

 

車内を見渡すと、誰もこの子に構える雰囲気では無さそうだ。

 

そもそもあまりこの子を可愛がっていない助手さんは運転に集中していて、古宮さんとこの子のお父さんは前の座席で書類を広げて何やら難しそうな話をしているようだ。

メイドさんは車内にはいないようで、さっきまでは私が寝ていたので、この子は1人で黙って待っていた訳だ。

 

シートベルトをしているので、膝の上に乗せて上げる事も、ギュッと抱きしめてあげることも出来ないけれど、とりあえずのお話し相手位にはなれるだろう。

 

今まで寝ていた分の贖罪も込めて、昨日読んだ本の話をしてあげよう。

 

 

暫くすると、白ちゃんのお父さんと古宮さんの話し合いも終わったようで、白ちゃんに構い始めてくれた。

 

会話の途中、2人が何の話をしていたのか、白ちゃんが尋ねた。

 

どうやら、引越しの為の打ち合わせをしているらしく、こうやって移動しているのも新たな家に向かうためらしい。

 

なにやら前の家は警察に囲まれているらしく、もう使えないらしい。

古宮さんや助手さん、それとメイドさんが悪い人達だっていう情報は知っていた、というか聞いていたので、追われていること自体に大した驚きは無いのだけれど、こんなに素早く逃げられる事を見ると、慣れているんだなぁ、と、仲間はずれ感を少し感じてしまう。

 

メイドさんは1人、古宮さんの研究データを持ち出す為に家に戻ったらしく、それで車内にはいなかったようだ。

 

そういうわけで、運転している助手さんの助手席には誰も居ない訳だ。

古宮さんが白ちゃんのお父さんや私と話している間、憎そうに歯ぎしりをしていたのを聞き逃さない。

何となく、いい気味だと思ってしまった。

 

私は、助手さんが少し苦手なのだ。

なんだか怖いし。

 

 

そんなこんなで、2時間程後。

前の大豪邸に比べると可愛いものだが、相当に大きな家に辿り着いた。

 

周りには田んぼ位しかないような、ド田舎と言える様な場所にぶち立っている、暖かみのある木造建築、それも平屋建てだ。

 

馬鹿みたいに広い庭を通り、戦闘機ですら入りそうなくらいデカいガレージにバンが停められる。

 

何故和式な平屋にデカいガレージが…と思わなくも無かったが、他の誰も突っ込まなかったので、あまり気にしないようにした。

多分、これが普通なのだろう。

 

着いた途端に古宮さんと助手さんは、止める間もなく2人で勝手に何処かに行ってしまったので、白ちゃんのお父さんに家の中を案内してもらった。

 

白ちゃんのお父さんもここに来るのは初めてだそうだが、先程車の中で古宮さんに説明を受けていたらしく、部屋の場所や用途を完璧に把握していた。

 

既に荷物が運び込まれており、一人一人に部屋も振り分けられていたので、何も不自由は無さそうだ。

 

一通り家の中を回り終わると、白ちゃんのお父さんは夕ご飯を作りに台所に行ってしまったので、私は自分の部屋の整理をする事にした。

 

自分の物は前の家にも無かった筈なのに、どうしてか大量の、しかも私が着るには煌びやか過ぎたり、可愛い過ぎたりする衣服が部屋のクローゼットや押し入れにパンパンに詰まっており、辛うじて着ることの出来そうな物を選出する為に、少し時間が欲しそうだ。

 

因みに、私が前の家で着ていたのは、主にあのメイドさんの服(身長が殆ど同じ)で、多種多様な服を持っていてとても驚いた。

その殆どが私には似合わない物だったのだが、1度メイドさんに捕まると日が暮れるまで着せ替え人形にされてしまい、メイドさんの持っている服の殆どは恐らく着たと思う。

 

こんな私みたいなのを着せ替えさせて何が楽しいのだか、兎に角メイドさんは楽しそうにしていた。

 

結局、お借りしたのはシャツやスウェットなんかのラフなものばかりで、メイドさんは不満そうにしていた。

 

しかしながら、定期的にその着せ替え大会は開催され、時には私が眠っている最中に全身コーデさせられたり、自殺しようと真夜中にこっそり抜け出したりした時に鉢合わせ、そこで捕まって始まったりだとか、そういった事もあり、メイドさんはマイペースに私を玩具にしていた。

 

今着ているパジャマだって、元々は唯のTシャツだった筈が、水玉模様の可愛らしい奴に変わっている。

 

普段から夜間着はTシャツ1枚で、一緒に布団に入る白ちゃんや古宮さんがとても暖かいので、あまり厚着する必要もない…と、メイドさんや白ちゃんに可愛らしい奴を着せられる言い訳に出来ていたと思っていたのだが、あのメイドさんには一切通用しなかったようだ。

 

一通り服の整理も終わり、服も地味で私には似合う奴に着替えた所で、白ちゃんのお父さんが夕飯に呼んでくれた。

時計を見ると、既に針は9時前を指しており、少し遅めの夕飯となった。

 

お預けを喰らっていた分、白ちゃんの食欲は何時もより凄く、用意されていた数キログラムの料理を全て食べ尽くした勢いは、皿をも食べるのでは無いかと心配になる程だった。

 

食卓に古宮さんと助手さんが来ていなかったので、理由を白ちゃんのお父さんに尋ねると、上手いことはぐらかされた。

 

どうしても気になったので、古宮さんのお部屋を覗きに行くと、扉の向こうから、古宮さんの物と思われる凄い声が聞こえてきたので、覗くのは止めておいた。

なんとなく、怖かったから。

 

次の日の朝は、古宮さん達は起きてくるのが遅かった。



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真っ黒な太陽の下、眼鏡を拭く。

古宮博士に連れられて、バカでかい屋敷に来てから1日後。

どう考えても性行為に及んでいた助手君と博士を2人の子供たちの追求から守るのは非常に大変だったが、とっても美味しい朝食をメイド野郎が出してくれたので、何とか注意を逸らすことができた。

 

いつの間にか戻ってきていたメイドの出してくれた助け舟に感謝しつつも、去り際にボソリと

 

「ええ、SEXですね、分かります。」

 

と言ったことに関しては誠に遺憾である。

後で頭をグリグリしてあげよう。

 

さて、ここまで大きなアジトを直ぐ様用意できる辺り、流石、古宮博士と思っていたが、どうも嫌そうな顔をしていた。

 

移動中に聞いた話によると、古宮博士の姉、といっても実の姉ではなく、世話になっていた施設の先輩で、強制的に姉と呼ばされていたようだが、その人物に頼んで工面して貰ったそうだ。

 

家として使わせてもらう条件として、その女性がここに来て、自分たちと会うことになっているそうだ。

 

どうも博士は、その姉を名乗る人物が苦手らしいので、その条件は多少渋っていたそうだが、助手君の為にも、ひと肌脱いでくれたらしい。

 

古宮博士の周りには、変人か押しの強い人間しか居ないのか、と少し呆れたが、目の前に荘厳な日本庭園やら、無駄に広い屋敷が出てきては、古宮博士の周りには金持ちしか居ない、という感想も追加された。

 

つい先日まで人が住んでいたように、沢山ある部屋の隅々まで手入れがしっかりされていて、キッチンにあった業務用冷蔵庫には、数々の食材が入っていた。

 

うちの食いしん坊が直ぐに食べ尽くすだろうが、とりあえず2日位は買い物に出なくて済みそうだ。

 

ところで、昨日ウチに来た警察官の女性、メイド野郎に心の傷をこじ開けられ、その穴を強姦されそうになっていたあの人、いったいどうなったのだろうか。

 

全てはメイドのせいなのだが、そいつをけしかけたのはこちらの責任でもある。

その場にへたりこんで居ただけなら肉体的には無事だろうが。

 

まさか、用事を残したとか言って前の家に戻って行ったメイドの目的って……

 

深く考えるのは、やめよう。

頭が痛くなってくる。

 

そんなこんなで、なんだかんだメイド野郎に振り回されながらも、楽しい朝食の時間を終え、広い玄関の掃き掃除をしていると、白い杖をついた、美しい金髪を腰まで伸ばした、サングラスの女性が、1人でふらふらとやってきた。

 

確かに門の鍵は閉めていた筈なので、入ってくることができるとしたこの屋敷の持ち主か、それ以外なら忍者くらいだろう。

 

少しふくやかな体型をしているこの女性には忍者は向いていないので、恐らく屋敷の持ち主、つまり、古宮博士の姉という御仁だろう。

 

さて、ふくよか、と表現したが、黒いタートルネックのシャツを着たその女性の体型は決して太っちょという訳ではなく、暖かい母性を感じるような体型で、どことなくエロスを感じさせる。

 

整った顔立ちには酒気を帯びていて、こんな朝っぱらから呑んで来たのか、と、また碌でもない人間な気配もするが、古宮博士の知り合いに普通の人間が居た試しがないので、仕方がないと言えば仕方がない。

 

用を尋ねると、呂律の回っていない口調で何かを言ってきたが、全く聞き取れなかった。

歳で俺の耳が弱ったか、単純にこの女性に酒が回りすぎているからか。

 

こんな状態で、しかも眼も見えないようなのに、よくここまで歩いてこれたものだ。

帰巣本能とか言うやつだろうか?

 

冗談はさておき、古宮博士が事前に言っていた、「アル中で盲目のはた迷惑な女」という特徴にもよく合致していることだし、家に入れても良いだろう。

 

面倒事が増えそうでもあるが、ここに居られても困るだけなので渋々客間へと手を引いてエスコートする。

 

元々ここの家主なので客間というのもおかしな話だが、訪ねてきたのだから取り敢えずは客だ。

取り敢えず酔いを覚ましてもらわないとお話が出来ないので、水でも飲んでもらおう。

 

 

コップに水を注ぎ、手渡すと、一気に飲み干し、そのまま倒れるように眠りに落ちてしまった。

朝っぱらから酒をかっくらってきた訳ではなく、昨夜からずっと呑んでいた、ということなのかもしれない。

どちらにしても、碌でもない人間ではないことは間違いないが。

 

そんな飲んだくれにはそっと毛布をかけて、用のあるはずの古宮博士を呼びに行く。

 

昨晩のこともあって、心做しかぐったりとしている博士を自室の布団の中から引っ張り出すと、悪態を吐かれながらも、先程の女性を通した客間に連れていく。

 

こうして見比べて見ると、やはり古宮博士とこの盲目の女性が姉妹であることは信じがたい。

そりゃ、血がつながっていないらしいので顔や背格好が違うのは当たり前だが、同じ環境で育ったにしては、服装や見た目の清潔感、雰囲気がこうも違うと、赤の他人レベルにも見える。

 

片や食事を全く摂っていないのかと疑うレベルの体の貧相さ、片や裕福な環境で育っていそうなふくよかな体型。

片や服装には一切気を使っていないであろう、着崩した汚らしい服装、片や酒に酔っているというのに服装は清潔さを保っている。

 

酔っぱらいに言うのも何だか癪だが、何日も服を洗濯に出さずに着続けている古宮博士と比べたら、この女性の服装は物凄く清潔だ。

ちゃんと毎日服を洗濯してそうだし、ちゃんと毎日お風呂に入っていそうだ。

 

「日本が綺麗好き過ぎるだけで、私達の居たところではそんなことは気にされなかった。」

 

と、少し前に博士に言われたが、お風呂には入らないにしても、体を拭くとか、服を替えるとか、何かしらやりようはあるはずだ。

古宮博士の言い分にも一理あるが、子供たちの教育に悪いのでやめてほしい。

 

さて、客間で自身の金髪を口に入れ、もごもごと何か言いながら、ぐっすりと寝ている姉に対して、古宮博士は露骨に舌打ちをしながらズカズカと近づいていき、顔面に強烈な張り手をお見舞いする。

 

「おい、アル中、起きろ。わざわざ会ってやってるんだ。用件があるなら早く言え。」

 

「ぅん…あ、待って、吐きそう。」

 

乾いた音が小気味よく鳴り響き、客間の窓から見える中庭に置かれている鹿威しが、水を落とす。

起き上がりがけに古宮博士に吐かれた吐瀉物も、爽やかに洗い流されるようだ。

 

古宮博士が顔を洗い、服を替える為に、部屋から出て行ったおかげで、部屋には俺と、頬を赤く腫らした、妙にすっきりとした様子の女性の、二人っきりの状態に逆戻りしてしまった。

 

いくら自分が元諜報員とは言え、初対面の人が吐いた直後に、どのようなことを話せば良いのかなど、分かるはずもなく。

ただ、気まずい時間が過ぎていくだけだ。

 

早く、早く誰か来てくれ…と、ただ切に願うのみ。



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雲の隙間から差し込む光。教育に悪い人間の増加。

 

古宮博士のお姉さん(ナツさんと言うらしい。)が、古宮博士に胃の内容物を託してから数分。

 

客間に漂う気まずい空気を引き裂くように、新しい白衣を着た古宮博士と、助手くんが扉を開けてやってきた。

 

相変わらず不機嫌そうな顔をする博士と、嫌に上機嫌な助手くんは、ナツさんが寝るために敷いていた座布団を強奪すると、遠慮なく畳に腰を下ろす。

 

「で、私と話したいことって何なんだ。先に言っておくが、私は姉さんと話すことなど一つもないからな。」

 

冷たい視線を眼鏡越しに浴びせながら、容赦のない物言いだ。

ナツさんと目も合わせようとはしない。

 

実の姉では無いとは言え、日本に帰って来たのはほんの数ヶ月前。

かなり長い間会っていなかった姉妹の再開が、このような感じで大丈夫なのだろうか、といらぬ心配をしながらも、目の前のナツさんに視線を移す。

 

鋭い物言いに加え、目覚ましに張り手まで食らったというのに、当の本人は平気そうで、それどころか、幸せそうな顔を浮かべ、涙までにじませている。

 

「雪ちゃん、久しぶり。別に大した用があるわけじゃないの。わたしね、雪ちゃんから連絡が来たとき、すっごく嬉しかったの。こんな飲んだくれでも、まだ、姉と呼んでくれることが、本当に嬉しかった。」

 

「そう呼ばないと姉さんが怒るからな。」

 

「そりゃそうかもしれなけど……とにかく、嬉しかった。わたし、また、家族が居なくなっちゃったのかな、って、この三年間とっても寂しかったの。ね、雪ちゃんが良ければだけど、また一緒に暮らさない?わたし、もう寂しいのは嫌なの。真っ暗な中で、一人ぼっちなのは嫌。」

 

ナツさんの目に滲んでいた涙が突然溢れ出し、悲痛な叫びが漏れ出す。

 

盲目で、このでかい屋敷に家族も居なくて、一人ぼっちで過ごしていたと考えると、久しぶりの再開に涙を流すのも無理は無いだろう。

美しいブロンドの髪を震わせながら泣きじゃくるナツさんにそっと寄り添う博士を見て、俺はその部屋から静かに立ち去った。

 

つもる話もあるだろうし、俺は居ないほうがよさそうだ。

 

 

 

「わかった、一緒に」

 

ぱす、と、軽く、乾いた音がその言葉を遮った。

 

幸せそうな笑顔と、寂しさと歓喜の入り混じった涙、それと、赤黒いなにかが、畳に張り付いている。

 

助手の手に握られているのは、鉛を発射するための機械。

 

「おい。」

 

「博士」

 

「何をやっているんだ。」

 

「博士。」

 

「なにも聴きたくない。」

 

「博士」

 

「やめろ。」

 

「これで、貴女の家族は、僕を除いてだれも居なくなりましたね?」

 

 



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博士の追憶は止まない

古宮博士は、かつて日々を過ごした、妙に綺麗に保たれた自分の部屋の端で、小さく丸まっていた。

 

独りにさせてくれ、と一言言い残し、ぐちゃぐちゃな心の整理に努めていた。

 

 

私が父から逃れ、保護された後。

 

父から逃れても、私を引き取るような人物は居ないようだった。

 

母は行方が分からず、その他の親類は、私の事を知りもせず、知ったとしても会いにも来ず、きっと、私のことなどどうだって良かったのだろう。

 

行くアテのない私は、同じような境遇の他人と共同生活を送るための保護施設へと押し込まれた。

 

そもそも人と距離を置いて生きてきた私は、そこでも、一言も喋ることなく過ごしていた。

 

ただ、保護者役の人間に言われた家事やらをこなし、下らない職業訓練をしているだけで、後は独りで本を読んでいるくらいしか、やることはなかった。

 

唐突に、何かしらの恐怖に襲われることもあったが、部屋の端で丸まり、俯きながら唸っていれば、そのうち直った。

 

そんなある日、私に面会を求めてきた女性が居た。

 

私は、その女性とは母のことではないだろうか、と少し期待していたが、部屋に現れたのは、フォーマルなスーツでピシッと決めた、見知らぬ金髪の女性だったため、早々にその希望は打ち砕かれた。

 

その女性は「古宮 ナツ」と名乗り、快活そうな笑みを浮かべ、私の頭をそっと撫でた。

 

ふと、父の顔が頭によぎり、私はその手を払い除け、ナツと名乗った女性を睨みつけた。

 

私がそうして嫌そうな顔を浮かべると、その女性は少し落ち込んだ様子を見せたが、直ぐに笑みを浮かべると、私の手をギュッと握って、引き寄せた。

 

今まで出会った人間のどの手とも違う、弱々しくも優しい、暖かい手に、私の表情は少し緩んでいたのだろう。

 

私は、その女性に引き取られた。

 

その女性は、自分の事を姉と呼ぶように強要したが、それ以外には何も強いたりはしなかった。

 

それどころか、私との約束は必ずと言っていい程守る、誠実な人だった。

 

「雪ちゃんが不自由に思わない環境を作るわ。約束ね。」

 

と、言ったと思うと、私の為に、地下に研究室を設けた。

 

「もっと色んな本を読ませてあげる。約束ね。」

 

と、言ったと思うと、書庫には、本が段々と増えていった。

 

姉は、所謂大金持ちだった。

 

類まれなる才覚で、株と土地を転がし、一代で日本有数の資産家になったという。

 

「後は適当に会社立ち上げて、適当に成功してたら、家族が居ない事に気がついてね。わたし、どうやら寂しかったようなの。」

 

とは、本人の談だが、姉の家は広く、お手伝いさんを2人雇っても掃除の手が届かない程で、独りでは余程寂しかっただろう。

 

姉さんは、私の事を本物の家族の様に愛してくれて、心配してくれて、応援ならしてくれた。

 

それでも、私の周りにある幸せは、長くは続かないようだった。

 

姉さんは、昼夜問わず、家で仕事をしている時も、傍らに酒瓶を置くようになっていた。

 

仕事でのストレスか、それとも私への不満か、兎に角、姉さんはおかしくなっていた。

 

太ったり痩せたりを繰り返し、常に酔っているし、呂律も回らず、平衡感覚もままなっていなかった。

 

思えば、私はもっと早く、姉さんの異変に気づくことができたような気もする。

 

どうして1番近くに居たのに、何も出来ていなかったのだろうか、と、後悔は襲ってくる。

 

姉さんが、完全にアルコール中毒になったころ、漸く、私は姉さんに酒の禁止を言い渡した。

 

酒瓶は全て回収、処分し、外に行く時も着いていって、酒屋に寄らないように手を繋いで歩いた。

 

姉さんは、約束を守った。

 

姉さんは、私が見ている限り、酒を飲むことがなくなった。

 

私のせいで、私のせいで止められなくなったお酒を、ただのエゴで禁止し、自己満足で、姉さんがお酒を飲むのを止めたと、勝手に判断していたのだ。

 

姉さんは、私の研究室に入り込み、メチルアルコールを震える手で、零しながらも飲んだ。

 

私の居ない内に、最悪の事態が起きていたのだ。

 

 

私は、姉さんを助ける術を持たなかった。

 

私がせっせと作っていたのは、人を助ける物じゃなくて、人を殺すための兵器だったから。

 

後悔し、絶望し、逃げるように、私は家を出ていった。

 

 

「ねえ、雪ちゃん?何処なの?暗いよ、怖いよ、寂しいよ……」



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