ヤンデレに愛される最強 (翠晶 秋)
しおりを挟む

ヤンデレと最強

 

とある国のとある郊外、そのぽつんとしたとある一軒家で、とある男がグラスに入った水を眺めていた。

鋭い目付き、燃えるような赤い髪、ロングコートを羽織ったその男こそ、数年前にこの世界に『野炉取(のろとり)羽久(はねひさ)』として召喚され、世界を救った勇者ハク。

外見に似合わぬ優しい心で何が善か悪かを見定め、結果的に魔王を味方につけて自らを召喚した国を滅ぼすという勇者らしからぬ行動をとったのだが、それはまた別のお話。

 

「んー……。暇だ」

 

ぽつり、と青年が呟く。

 

「じゃあ、私とチェスはどうかしら……?」

「フィリアか」

 

ぬっと横から出てきた少女の名はフィリア。

ハクがぶっつぶした国に仕えていた騎士で、流れるロングの薄紫の髪、真紅色の瞳が特徴だ。

ちなみに、女騎士と言えど胸はない。

おかげで今もつけているチェストプレートは新任の時から新調していない。リーズナブル。

 

「今日の仕事は終わったの?」

「ええ。あなたに早く会いたいもの、雑務なんてすぐに終わらせられるわ」

「うーん……。まあ、ありがとう?」

 

フィリアは仕えていた国がハクによって潰されたため、騎士の資格だけ持って現在は銀行に務めている。

ハクは戦いは当分しないと誓い、冒険者にもならず勇者時代に稼いだ金を使って毎日食い、寝ているだけ。

 

「……俺も仕事するべきかな?」

「あなたが働く必要はないわ。私が養ってあげる」

 

ハクが国をぶっつぶした時、フィリアは新たな兵器の実験道具として連行されかけていた。

それをハクに助けられてから、フィリアは病的にハクを気にかけるようになった。

 

チェストプレートを外して代わりにエプロンを身に付け、ハクの昼御飯を作り始めるフィリア。

ハクは相変わらずグラスの中でたゆたう水を眺めている。

 

「今度は何を考えているの……?」

 

背中を向けたまま寸胴を掻き回すフィリアに、ハクは視線を移さずに答える。

 

「この水は俺の魔法から来てるだろ?」

「そうね」

「つまりは、この水は魔力からできてるだろ?」

「そう、ね……?」

「じゃあなんで、この水を飲んでも魔力が回復しないのかなって。元は魔力なのに」

「哲学的ね……ひたっ」

 

肩をぴくりと跳ねさせたフィリアにハクは怪訝そうな顔をする。

 

「どした?」

「いえ、なんでもないわ。……完成。トマトスープよ」

 

ことり、とハクの目の前に真っ赤なスープが置かれる。

バジルなどが添えつけてあることからフィリアの生活力が伺える。

ハクは両手を合わせて「いただきます」の後、スプーンでスープをすくって一口。

 

「………………」

「どう?」

「ふぅむ………………」

 

暫しの沈黙。

 

 

 

「これ、血ぃ入れたろ」

 

 

 

「………………!?」

「『………………!?』じゃないよ。いつもよりも酸味が強い。あとエグみがやばい」

「お……あの……」

「あれだろ。さっき『ひたっ』って言ってたのはナイフか何かで指切っちゃったんだろ。んで、血、入れたろ」

 

驚くほど冷静な対処。

フィリアはドキドキ。

ハクは片手をフィリアの頭の上にぽんと置き、無表情のままその頭をうりうりと撫でる。

 

「ああ、あああ……!」

「まったくさ。お前もそろそろお婿を取らなきゃいけないんだから、血、入れるのとかやめろよ?」

「あああ……ウン?」

「俺だから良かったものの、他の男の人はあんまりこういうの好まないべ」

「べ、べ……?」

 

頭に置かれた手に両手を添えてフィリアは上目遣いでハクを見る。

 

「ハクは、血はいや……?」

「ううん、そうだなぁ。良い気はしないかも」

「じゃあ、もうしない……!」

「うん、そうしたほうがいい」

 

ハクはフィリアの頭に置いた片手を使ってフィリアの左手を掴み、その傷のついた人差し指を口に含む。

 

ふぁ、ふぉれはほれへふーへほ(ま、これはこれで食うけど)

「はぶっ!!」

 

件の血、フィリアより大量に噴出。

 

「ふぁ……?なっ!?おっま、言ったそばからスープに血増やしてどうすんだよ!ずず……。ほら、もう鉄じゃん!鉄分の液体じゃんトマトどこいったんだよ!」

「ま、また口に含んで……!」

「まあ飲むけど!ほら、もっと頑張れよ!まずは血を止めて……!」

 

どこの国も、どこの街も、どこの村も、こんなところで一国の騎士と世界を救った勇者がイチャイチャしているだなんて知るよしもない。

これは、そんな二人の、二人だけのお話である。




~アキさんの豆知識コーナー~

どうも、夜中に紅茶を飲みながら執筆するのがマイブームの秋です。
さて、今回は【ヤンデレとメンヘラの違い】について説明していきましょう。

まず、ヤンデレとメンヘラの共通点は【好きな人は病的に好き】ですね。
さて、いきなりですがここから違いが生まれます。

ヤンデレは、好きな人に好きになってもらおうとします。
メンヘラは、好きな人は自分の愛を受け入れてくれると思っています。

つまるところ、ヤンデレは好きな人が『いやだ』と言ったことはやめるし、好きな人のためなら死ぬ気で頑張ります。
逆にメンヘラは『いやだ』と言っても『遠慮』と考えてしまい、自分がダメなのは周りがすごいからと思い込んでしまいます。

簡潔にまとめると、ヤンデレは『嫉妬心の強い女の子』、メンヘラは『愛の押し売り』ですね。
属性って、小説を書く上で大切になりますから、覚えておくと良いですよ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヤンデレと魔王

 

「ハク。今日は何を考えてるの?」

「モンスターってどうしてポップ……出現するのかなって」

「考えた事もなかったわ。ハクは頭が良いのね」

「んなもんじゃないよ」

 

ペンを片手に悩むハクを、隣でフィリアが頬に手をつきながら眺めている。

そんな柔らかい日常の1ページを、ぶち壊す者がいた。

 

「やっほーハっくん遊びに来たよーっ!」

「アっくん!久しぶりだな!」

 

禍々しいコートにサングラスというミスマッチな衣装でやってきたのは、ハクの親友となった中年魔王アビス。

その馴染みやすい軽いテンションとこの世の全ての魔法を操る実力から魔族領の国の民にも慕われている良き君主である。

 

「いや、どうよ調子は?」

「ハっくんが頑張ってくれたお陰で国の再建も上手くいっててさ!一段落ついたから、お礼を言いに来たのよっ!」

「へぇ、それは良かった!」

「「なぁーっはっはっはっはっはっ!」」

 

玄関先で肩を組む勇者と魔王にフィリアはむっとする。

相手は男だが、せっかくハクと自分が良い雰囲気になっていたのに……。

 

「おっ、フィリアちゃんもいるじゃん!フィリアちゃん、あれ作ってよ!なんだっけ、ハクがフィリアちゃんに教えた鶏肉とネギを焼く串焼き」

「焼き鳥の事か?」

「そーそー、焼き鳥!フィリアちゃん、焼き鳥作って!あれ、アビスさん大好きなの!」

「……だれが作るか」

 

目を濁らせて拒否の意を見せるフィリアに、ハクは申し訳なさそうに口を開く。

 

「めんどうかも知れないけどさ。久しぶりに、俺もフィリアの焼き鳥食べたくなった!」

「……しょうがないわね」

「あれ、ワシの時と反応違くね?」

 

頬を赤らめていそいそとエプロンをつけるフィリアにアビスさん困惑。

ハクとフィリアに交互に視線を飛ばすアビスだが、用を思い出して我に帰る。

 

「あ、そーそーハっくん。これ、お礼の冥界まんじゅう」

「え、良いの!?しかもこれ、()谷堂(こくどう)のヤツじゃん!高いでしょ、良いの!?」

「ハっくん、ワシが誰だか忘れたか?ワシ、魔王よ?」

「あ、そっかぁ!」

「「HAHAHAHAHAHA!!」」

 

生地はもちもちでほろほろ、餡は甘くてほんのりビターという矛盾を抱えた、老若男女に人気の冥界まんじゅう。

魔ッ谷堂とは魔族領のお菓子会社で、和菓子と洋菓子どちらにも名を馳せたとっっっても有名なブランドなのである。

魔ッ谷堂の冥界まんじゅうや冥界ケーキはとても美味しく、偉い人の外交時の土産や献上品に使われる。

その分真似するブランドも増えるのだが、本家にはかないっこないのである。

 

「……男の人って、なぜあんなことで笑うのかしら」

 

フィリアは串に鶏肉とネギを交互に刺しながら呟く。

ちなみにハクの家のキッチンはほとんどフィリアが使っている。

女に家の厨房を任せる意味を知らないハク。

知っているフィリアは内心ドキドキ。

たまに鼻唄とか歌っちゃったりします。

 

「このくらいかしら。二人とも出来たわよ……あっ」

 

先に焼いていた焼き鳥を皿に移し、タレに浸けてあった焼き鳥を金網の上に置く。

棚から酒瓶を取り出して焼き鳥と一緒に机に並べる。

居間のソファでくつろいでいる二人に声をかけたところでフィリアは気づく。

 

……今の私、お嫁さんみたい?

 

と。

 

「お、できた?あれ、酒も?気が利くなぁ、フィリアは。……ん。なんでニヤニヤしてんの?」

「おおう。今のフィリアちゃん純粋な乙女してるよ」

 

机には二つしか椅子が無いので、フィリアはそれに(じょう)じてハクの後ろに立つ。

半歩引いて付いてくる若妻……。

 

我、(えつ)に入る也ィ!

 

うっとりと恍惚の表情を浮かべるフィリアをよそに、勇者と魔王は焼き鳥をパクつき酒を煽る。

 

「あっ、そうだハっくん」

「なに?」

「そろそろハっくんもお嫁さん欲しいでしょ?だからさ、縁談も兼ねてここに来たんだけど」

 

 

時が、止まった。

 

 

「縁談?」

「そうそう。ウチのイヴ。やんちゃだけど器量は良いと思うんだ、どうかな?」

「イヴ?イヴかぁ……。へへ、イヴかぁ……」

 

魔族の中で最も可憐と言われたアビスの娘、イヴ。

面識のあるその姿を思い出し、ハクは鼻の下を伸ばしてしまう。

それがいけなかった。

 

「……ん?なんの音じゃ?」

 

ズゴゴゴゴゴゴという地盤のずれるような鈍い音がどこからか響く。

魔王はなんとなく、そうなんとなく音のした方を向いた。

自らの背後。そこには……。

 

「コロス。魔王アビスヲ、コロスッ!」

「どわあああ!」

 

濁った瞳でこちらに軽量長剣を構える、女騎士の姿があった。

とたん振りか降ろされる剣をかわすアビスだが、なにぶんいきなりの事でしりもちをついてしまう。

 

「ちょ、ちょっと!フィリアちゃん、冗談がすぎるぞ!」

「あなたを殺してイヴも殺す。そうしたら、晴れてハクは私の物……」

「メンヘラ化しとる!ハっくん、フィリアちゃんがメンヘラ化しとる!」

「えっちょ、待て待て待てストーップっ!!」

 

音速で振られる剣を、ハクが高速で割り込んで止める。

フィリアの鋼鉄の剣は、ハクの木の串を両断することは叶わなかった。

 

「ハク。どいて……。私には、やらなきゃいけないことがある。どかなきゃ……あなたを殺した後に私も死ぬわ。それなら、二人で天国に行けるでしょう?」

「まだ死ぬつもりはないかな。よっと」

 

ハクが腕を振るえば、木の串に押し出されて鋼鉄の剣が宙を舞う。

丸腰になってしまったフィリアは

 

「そう。あなたもその魔王に加担するのね。安心して、痛くはしないわ。あなたの悲鳴は聴きたくないもの」

 

とだけ言い、袖から隠しナイフを取り出す。

騎士たるもの、武器はできるだけもっておくものなのだ。

決して、色仕掛けができないからではない。

……決して!

 

「まあな。さあ、来いよ」

 

串を窓へ放り投げ、徒手空拳の構えをとるハク。

弾丸並のスピードで飛んでいく串に鳥たちが驚き慌てて飛び立つ音を合図に、フィリアはナイフを構えて飛び出した。

 

「せっ!!」

 

訓練を積んだ騎士による、生半可ではない本気の突き。

めり込む刃。

腹部から血を吹き出したハクは───

 

 

そっと受けとめ、フィリアを抱き締めた。

 

 

「ごめんな、フィリア───」

「あぅ……」

 

目を見開くフィリア。

その瞳には少しずつハイライトが戻って来ていた。

トドメを刺すように、ハクが爽やかな笑顔で口を開く。

 

「───独身のお前の前で縁談はちょっと無遠慮だったよな」

 

そしてハイライトは消えた。跡形も無く。

 

「…………」

「おぼしっ」

 

無言で手に持つ刃を押し込むフィリア。

爽やかな笑顔のまま吐血するハク。

 

「……もっとハクの血を浴びせて」

「はぶすっ」

「もっと」

「ショゴス」

「もっと」

「ニャルラトホテプ」

 

刃を押し込む→吐血する のループは、しばらく続いたのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヤンデレとアダマンタイト

 

「おはよう」

「ええ、おはよう」

 

朝、目覚めたハクはあくびをすると、当然のように寝室に入り込んでいるフィリアに挨拶をする。

 

「ところでさ」

「何かしら、ハク?」

 

 

 

「───なんで俺は鎖で縛られてるのかな」

 

 

 

じゃらり、と水色の鎖が鳴く。

 

「あら、何かおかしいことがあったかしら?」

「おおありだわ。なんだってこんなことを」

「あの老いぼれ中年魔王がハクにお見合いとか言い出したから縛っただけよ?そうすればハクはどこにも行かないわ。ふふ、ふふふふふふ……」

「落ち着いてフィリア、老いぼれで中年は矛盾してるから」

 

暗い笑みを浮かべるフィリアにツッこんだ(のち)、ハクは「ふんっ」と力を入れる。

鎖はミシミシと悲鳴を上げるが、最強の勇者であるハクがどれだけ力を込めようと、鎖は決して壊れなかった。

 

「無駄よ。だってそれは、ハクを守るために購入したアダマンタイトの鎖だもの。いくつか不純物は混ざってるけど、さすがにハクでも壊せないわ」

「いや高い!アダマンタイトって高いから!どこでそんなお金手に入れたの!?」

「向こう三年分のお給料はつぎ込んだわね……。でも問題ないわ。お金は増えるけどハクは一つだもの。絶対に、誰にも渡さないから」

「重い!鎖も重いけど愛も重い!」 

 

心の底から「アダマンタイトなんて代物、武器に使えよ」と思うハクだったが、このアダマンタイトの鎖は意外と鎖として機能しているようで、ハクの額に始めて冷や汗が浮かぶ。

 

 

だから、関節を外す事にした。

 

 

コキャ、コキャとハクの体から音が鳴る。

ミミズの様な動きで鎖から解き放たれたハクが「ふんっ」と力を込めると、ハクの体から今度はゴキャ、という音が鳴り、間接が全て元通りとなる。

 

「よし、出れた」

「……さすがね、ハク」

「っつかさ、なんでフィリアがアダマンタイトなんて代物持ってたの?これ、だいぶ遠いところの鉱石じゃない?」

「それは……その……」

 

いいよどむフィリア。

普段言いたいことはすっぱり言うフィリアが言葉を濁すのを怪訝そうに見るハクは、

 

「……まさか」

「ぎょっ、行商なんて事は、ない、わ……?」

「……フィリア、すまん。記憶を見せろ」

「い、いやっ。やめて」

「心苦しいが……。すまん。【メモリアル】」

 

嫌がるフィリアに、魔法をかけたのだった。

 

 

 

 

「じゃあねハっくん。フィリアちゃんがここまでするなんて、ハっくんもすみに置けないね」

「フィリアは勘違いしてるだけだって。じゃな、アっくん」

 

昨晩。

冷や汗を浮かべながらそそくさと退場するアビスに、既に腹部の再生を終えたハクは「逃げんな」と視線を送りつつも見送る。

ぱたんとハクの家の扉が閉められたとき、ハクの型に手が置かれた。

 

「やっと二人きりになれたわね……」

 

言わずもがな。

 

「……でも、とても惜しいけれど、今日はもう帰るわ」

「……え?あのフィリアが?」

「どの私かしら……?とにかく、今日はなんだか疲れてしまって、早めに寝たい気分なの」

 

意外や意外、なんとあのフィリアが二人きりに状態のハクを前にして『帰る』などと。

目を見張るハク。

しかし、フィリアがそう言うのだったら引き留める訳にも行かない。

 

「お、おう。じゃあな……?」

 

ハクは首をかしげながらもフィリアを見送るのだった。

 

さて、大体の時間をハクの家で過ごしているフィリアだが、別段ハクの家に住んでいる訳ではない。

住んでいた騎士寮のある仕えていた国は既に灰塵と化しているので、現在のフィリアは宿暮らしなのである。

 

「(別に恨んでいるという訳ではないけれど)」

 

むしろ好都合であった。

ハクは負い目を感じているのか、深夜の時間帯、遅くなりすぎた場合には一晩泊めてくれるのだ。ひゃっほう。

 

「ん。閉門ギリギリの時間帯だが、こんな時間に入国か?入国理由は?」

「旅人じゃないの。この国に家があるのよ」

 

昼間の兵士とは違う、夜にシフトを入れた兵士に騎士の資格であるバッジを見せるフィリア。

 

「こっ、これはこれは。すみませんでした、お通りください」

 

騎士の資格を見た兵士の態度が豹変する。

実は騎士と兵士の資格は同じ国が認めている物であり、騎士の試験に落ちたものが兵士になるのが一般的。

 

騎士は一人居るだけで国の即戦力になり得るので、身元の明るい兵士よりも旅人の騎士の方が優遇される、なんて事はザラではないのである。

 

「ありがとう」

「いっ、いえいえ」

 

無事入国できたフィリアは宿に向かう。

そんなフィリアに、声をかける者がいた。

 

「お嬢さんお嬢さん、剣を持ってるってこたあ冒険者かなんかの人だろ?ちょっと良いものがあるんだけど、見てかないかい」

「良いもの……?」

 

この国に何日も滞在しているのか、何度か見たことのある行商がフィリアを呼んだ。

ハクから「行商は詐欺の場合があるからなるべく近づかないようにね」と釘を刺されているフィリアは暫く悩んだ後、怪しかったら買わなきゃいいか、と行商に近付いていった。

 

風呂敷を広げた行商は嬉しそうな顔をすると、風呂敷の上の商品を指差していった。

 

「えー、こちらが、伝説の剣士が持っていたと言われる剣の(つば)ですね。剣士の加護により獲得する経験値が増えるとか噂がありますが……でも、出てきたところが不明なんで偽物の場合もあります。買うのはあまりオススメしませんね」

 

今の説明だけで、フィリアはある意味で感心していた。

行商は物を売ることに躍起になっているが故、どんなものでも売れば勝ちの精神で売り込んでくる。

しかしこの行商は人が良いのか、自らの商品の欠点も申したではないか。

 

「次は、勇者の魔力を浴びて作られたと言われる、神酒(しんしゅ)ですね。これは身元が判明してますよ。なんとあの、『国殺し』の勇者ハクです」

「ぶっ」

「……どうかしました?」

「い、いえ、なんでもないわ。続けて」

 

身近な人物が物騒な二つ名を付けられている事に不覚にも吹き出してしまうフィリア。

 

「……?はあ、わかりました。では、ごほん。勇者ハクが魔族領に行く旅路で、魔力を注ぎ続けたらしいのです。魔族との交渉材料にしようとしたらしいのですが、思いの外交渉がうまく行き、要らなくなったので売り払ったそうなのです」

「そ、そう……」

 

『国殺し』と達筆な字が書かれた瓶を目にして、フィリア笑いを必死に堪える。

 

「では、次の商品を。こちらです」

「鎖、かしら?」

 

硬質的な音を立てながら商人が取り出したのは、件の鎖。

 

「こちら、不純物は少し入っていますが、アダマンタイトでできておりまして」

「アダマンタイト……?すごく貴重な鉱石じゃない。なんで鎖にしたの?」

「ええ。鉱石と鍛冶の国ににて、オリハルコンゴーレムが、討伐されたようで。オリハルコンゴーレムの武器に使われていたそうなのですよ。重さをご確認ください」

 

ほぼ鉄の鎖と同じ重さの鎖は、しかし鉄の鎖のような不純物感は感じられない。

 

「(モーニングスターの(たぐい)かしら)」

 

しかし、アダマンタイトともなると話は別。

素材としては重宝するかもしれないが、偽物の可能性もある。

自然と慎重になるというもの───

 

「これさえあれば、魔王はおろか、勇者だって拘束でき───」

「買うわ」

 

即決であった。

 

「手形でいいかしら?」

「はっ、はい。ほ、ほんとに良いんです?」

「ええ」

 

手形とは、銀行の口座からその分だけ引き落とせるという、いわば引換券のようなもの。

そしてフィリアの現職業は銀行員。それもかなり重要な立場の。

 

「……はい、これ」

 

銀行以外で手形を作るくらいの無茶は、どうとでもなるのだ!

 

 

 

 

これが、全ての真相である。

 

「あぁ~……。作ったなぁ、神酒……。つーか俺、そんな物騒な二つ名作られてたの!?あとフィリア、案の定行商から買ったのかよ!ツッコミが追い付かねえよ!」

「ご、ごめんなさい、ハク……」

「はあ、はあ……。にしても、オリハルコンゴーレムねぇ?魔王城で働いてるとこしか見たことないぞ。自然のポップなんてなおさら……。何か、悪い予兆じゃなければ良いんだけどな」

 

ベッドにくくりつけられていた鎖を外して手で弄ぶハク。

フィリアは夜中の判断力が鈍っていた自身をかなり甘い判定で戒めると同時に、考えていた。

つい最近、遠く離れた場所で新しい魔王が生まれたという情報があった。

 

伝えるべきか、いや、ハクが出るような事件でもない。

 

そう判断したフィリアは胸中にその噂を閉じ込めるのだった。

 

「……ハク」

「フィリア。即決で行商の物を買ったらダメって言ったよな。いや、フィリアの金だから良いんだけどさ」

「…………」

 

ぽん、とフィリアの頭に手をのせるハク。

 

 

「俺は、フィリアに悲しい思いはしてほしくないの」

「………………!」

 

 

震え、喜びをなんとか顔に出すまいと頑張るフィリア。

小鳥が、ちゅんちゅんと朝を知らせた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヤンデレと買い物デート

 

「どったの、フィリア」

「……いいえ、なんでもないの……」

 

明らかにフィリアの様子がおかしい今日この頃、ハクはフィリアと国内まで来ていた。

普段郊外に住んでいるハクは買いだめをしているのだが、それの補充、剣のメンテナンス、etc。

とまぁ、なかなか国の中まで入る事のないハクとのデートなのだが、肝心のフィリアがいつものように暴走しないのだ。

 

「……はぁ」

「なぁフィリア、悩みがあるなら聞くぞ?」

「……良いの。ハクが聞いたらきっと喜んでしまう話だわ」

「まさか。そんなはずは無いよ」

「お見合いの誘いが来たの。実家から」

「おお、やったじゃん?」

「……はぁぁぁぁぁぁ……」

 

鈍感なハクに対してか、それともお見合いの話を持ってきた親に対してか、とにかくため息を連発するフィリア。

でもそんなハクを愛しているフィリアは強く言うこともできず、その不満はため息となって晴天の空に登るのだった。

 

「なんか悪いこと言ったならごめん。……んでさ、まずは何から買ったほうがいいかな」

「まずは剣のメンテナンスかしら?メンテナンスには時間がかかるし剣を預けなきゃいけないし、まずは鍛冶屋によりましょう」

「わかった」

 

フィリアはひとまず立ち直る事にし、代わりに今日を全力で楽しもうと決心する。

そんな感情を知ってか知らずか、ハクは素直にフィリアのガイドを受けるのだった。

 

 

「ハク、これ似合うかしら?」

「うん。レースが似合ってて、いつもの簡易鎧よりも女の子らしいと思うよ」

「一生これを着るわ」

「やめてちゃんと洗濯して」

 

 

服屋でさりげなく互いのコーデを決めたり。

 

 

「はいハク。こっちの塩も」

「あむ、あむ。…う゛め゛え」

「これも、これも、これも……」

「ちょっ、待って食えない食えない一度に食えない」

 

 

さりげなく牛肉の焼き串を『あ〜ん』をしあったり。

 

 

「……あっ!」

「大丈夫?【ヒール】」

「わぁ……!ありがとう、おねえちゃん!」

「どういたしまして」

「……優しいんだな」

「『強者は弱者に手を差し伸べる』。騎士学校で最初に習ったわ」

 

 

転んだ幼女を話題にしばらく話し込んだり。

気づけば、夕方になっていた。

 

「今日は楽しかったわ」

 

両手いっぱいに荷物を抱え、フィリアが満面の笑みで呟く。

レッドピンクのカチューシャ、純白のワンピースの上に透け感のあるピンク色の上着を羽織り、靴はベルトを巻いたブーツで固めたフィリアはいつもの騎士然とした格好とはまた違い、完全なる乙女の姿をしていた。

 

「射的とか、色々あったよな。今日って縁日かなにかなのか?」

「商店街では平日でも珍しくない光景よ」

 

これまた両手に荷物を抱えるハクも、茶色のズボンにワインレッドのシャツ、上からジャケット、靴を黒にし、普段の勇者然とした真っ赤な服とはまた違う雰囲気を醸し出していた。

 

「そうなのか。郊外に住んでるとわかんないこともあるんだな」

「国内で住んでみるのはどうかしら?」

「冗談。【国殺し】が国に住むとか、笑えないでしょ」

「…………そうね」

 

少ししょんぼりとするフィリア。

ハクは苦笑してフィリアの頭に手のひらをのせ、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

 

「まぁでも、フィリアとたくさん楽しいことができるんなら、悪くないかもな」

 

 

目を大きく見開く少女。

少し照れ臭そうにそっぽを向く少年。

 

「……なら、その時のためにいい物件を探しておくわね」

「気が早いって。ありがたいけど」

 

まだ喧騒名残が残る街中を、二人は、ゆっくりと、歩いて行くのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヤンデレと許嫁

 

「……ん」

 

小鳥のさえずり。

ハクの瞼がそっと持ち上がり、そして見開かれる。

 

「え?……ええぇぇぇぇぇぇぇええええええ!!」

 

まぁ、誰もがこんな反応をするだろう。

 

「このっ……泥棒猫!」

「こっちのセリフ!」

 

朝起きたら自分の家で、魔王の娘と騎士が戦争を起こしていたら。

 

ハクは思考を停止させると、傍にあった愛剣───【亜空聖剣(あくうせいけん)デュランダリア】を引っ掴む。

呼吸を一拍。

 

「俺の持ち家で暴れるなあああああああ!!」

「「きゃああああああ!?」」

 

国を滅ぼした一撃が、たった1(むね)の家に範囲攻撃で炸裂した。

 

 

 

 

「あぶぶぶぶ……うみゅ。で、なんで俺の家で暴れてんのかな」

 

まず顔を洗ってスッキリして意識をクリアに、さわやか〜な表情でハクは目の前の二人に話しかけた。

もちろん、範囲攻撃を受けた家は更地と化している。

床とベッドが残っただけまだ幸運だ。

 

「「…………」」

「ん〜?どうしてか教えてくれよ」

 

魔王の娘イヴ。そして騎士のフィリアが、どちらも肩を並べて正座している。

そして、どちらとも言わず語り出した。

 

「えっとね、ボクが、挨拶にここに来たんだよ」

「ほう。なんで今さら挨拶に」

「お父さんから『ハっくんのとこに嫁いでいいよ』って言われたんだもん。許嫁として、これはもう行くしかないでしょ?」

「それがおかしいと言っているのよ。あのおちゃらけた魔王の言い分はわかるわ。けれど、あなたがハクの許嫁?寝言は睡眠中に言うべきよ」

「なんだって!?」

「やるつもりかしら!?」

 

ヒートアップしそうになる二人。

イラついたハク、二人を止めにかかる。

 

ごっほんッッッ!!!!!

 

「「………………」」

 

覇気を纏うハクの咳で二人は心臓を鷲掴みにされたような感覚を覚える。

これによりイヴは呼吸困難となり、フィリアは胃の腑が震え上がる感覚を覚えた。

その攻撃は魔王のものじゃないのかというツッコミは受け入れない。

なぜなら勇者だから!

 

「とりあえずイヴ。来る前に手紙を寄越してくれ。こっちにも準備というものがあるから」

「うう……ごめんなさい」

「それとフィリア。イヴに突っかかり過ぎるな。イヴって意外と強いんだからな」

「……わかったわ、ハク。それでその、許嫁というのは……」

 

 

「あぁアレ?そうそう、俺はイヴの許嫁だよ」

 

 

「さよなら」

「フィリアーッ!!早まるな、まだ死ぬには若過ぎる!」

 

自らの腹にナイフを突きたてようとするフィリアをハクが抱きとめる。

振り上げられた両手を右手で掴み、左手でフィリアの腹を守り、語りかけやすいように肩の上に頭を乗せて。

つまりは絡みついているのである。

ポールダンサーのようにがっちりと。

 

「──────」

「あ……、あぁ……ハクぅ……」

 

フィリアは顔をベリーより赤くし、対照的にイヴは血涙を流しながらこの世の終わりのような表情を浮かべる。

 

「へ、へへ、ハク、もっと強くしないと拘束が解けちゃうわ」

「げ、マジか。これで───どうだ!ふんっ!」

「あっはんっ!!」

 

先ほどまで感情の乏しかった顔をハチミツのように蕩けさせ、フィリアは恍惚の表情を全面に押し出す。

 

「ハク、絞めて。その女をもっと絞めないと」

「わかった、イヴ。おおお……!」

「ああ、ハクの匂いが広がっ……く、首、首が絞ま……はく……」

「はっ!?フィリア!?フィリア───ッ!!」

 

幸せそうな表情で倒れ臥すフィリアから冷静にナイフを分捕りながらハクは一息つく。

 

「で?その子、一体なんなのさ?」

「滅ぼした国で雇われてた騎士」

「ふーん。この子が?ぱっと見ただの変態だよ?」

「そうかぁ?ちょっと料理のセンスが酷いだけで普通の子だと思うぞ」

「センス?」

「トマトスープに血を入れてくる」

「アホなの?」

 

イヴは思わず振り返る。

本人は受ける殺気が居心地悪いのか、気絶しながら身をよじる。

 

「まったく。他は?その子、許嫁ってワードに反応してたよね?」

「いや、もうアレは黒歴史なんだからやめてくんないかな……」

「やめなーい。かっこよかったなあ、隣国の王子に監禁されそうになったときに颯爽と現れ、『その子は俺の許嫁だ!勇者の許嫁に手を出すとは、成敗してくれる!』……くぅ、シビれるぅ〜!」

「あっはあああああ!!」

 

ハートオーラを出しながら身をくねくねさせるイヴに対して、ハクは頭を抱えてしゃがみこむ。

 

「やめてくれよ……!あれはその、王子を成敗する口実が欲しかったんだよ!俺なんかが勝手に許嫁を名乗ったことは謝るから、もう掘り返すのはやめてくれ!」

 

髪を掻き毟るハク。

相当な黒歴史だったらしい。

イヴは頰をかいてそっぽを向き、「別に謝らなくて良いし……むしろ謝られると悲しい……」と呟くが、その言葉は土下座を繰り返すハクには伝わらずに虚空に溶ける。

 

「もういいよ、怒ってないから」

「え?ホント?」

「ほんとほんと。……じゃあ、ボクはもう行くね。今日来たのって、残念ながら仕事のためなんだ」

「時期魔王も大変だな」

「お父さんは魔王を引退したらバカンスだって……腹立たしい」

 

世間話をしながらイヴは靴の踵を三回鳴らす。

かかとの部分に翼をかたどった魔力の塊が現れた。

【ギフト・ウイング】。この大陸での飛翔魔法の現れである。

イヴは飛翔する前にフィリアの方をチラリと見ると、小声で「負けないからね」と呟き、

 

「それじゃ」

「おう。またなー」

 

空へ飛んでいった。

さて、一人取り残されたハクと言えば。

自分の髪が風に揺れているのに気づき、魔王うんぬんよりも大変なことを思い出した。

 

 

 

「家弁償しろやこのアマぁぁぁぁぁぁあああああああ!!」

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヤンデレとヤクザ

 

「オラコノッ!!気持ちワリーんだよ!!」

「おい、コイツ結構な金持ってんぞ」

「へへへ。おい、次もこれだけ持ってこいよな」

 

複数の男が、1つの袋を掴んで路地裏から去っていく。

その背中を見送った男はむくりと立ち上がり、腫れているその頰をさすった。

 

「殴られるのって、結構痛かったんだっけな……」

 

男が頰から手を離すとそれは既に引っ込んでおり、頭に出来た大きな傷もまるで逆再生でもしているかのような驚異的なスピードで癒えて行った。

 

男は右手にマグマレッドの刀身をした剣───【亜空聖剣デュランダリア】を権限させると、その真紅の刀身に触れた。

 

「……効果が切れるまで、あとどれくらいかな。効果が切れるまで、出来るだけ傷を負っておかないと」

 

【国殺し】の勇者ハク。人は彼をそう呼ぶ。

皮膚は魔物の革よりも硬く、骨は鋼鉄のよう。

魔力を自由に操り、覇気、闘気、幾千の型や法を習得している彼がそこらのゴロツキにボコボコにされているのには、ある訳があった。

 

 

 

 

一閃。

最強の竜種と言われたドラゴンがこと切れる。

 

「ひい!ワシの、ワシのデルタドラゴン!」

「……で?おっさん、言い訳はあるの?あんたはお客人に、ドラゴンをけしかけたわけだけど」

「ば、ば、ば、ばけものぉぉぉぉぉぉおおおおおお!」

 

悪徳領主の屋敷、その地下室で肥満気味の中年男性の声が響く。

そろそろお金が無くなってきたハクは国の依頼もあって悪徳領主の屋敷に忍び込み、証拠を突きつけて金をぶんどろうとしていた。

 

ハクがあの【国殺し】だと知らない領主はゴーレム、巨人の魔物、ドラゴンと次々に魔物をけしかけるが、それも全て、マグマレッドに輝く聖剣の血錆となった。

 

「金庫はどこだ?」

 

冷徹な表情で告げるハクに、領主は金庫の存在を思い出してほくそ笑む。

そのまま駆け出して大きな金庫の鍵を開けると、自身が中に入ってその鍵を内側から閉めた。

 

「それが金庫か?」

『はっはっは。いくら剣が強かろうと、この金庫は開けれれまい!純オリハルコンを使った、かの【国殺し】でも破壊不能な───』

 

爆音。

オリハルコンの金庫の扉は既に原型を留めない形で地に落ちた。

オリハルコンのカケラを拾いながらハクは呟く。

 

「不名誉な俺の名前を勝手に使うんじゃねえよ───これくらい造作もねえっての」

「ひ、ひい」

「で?ほかには?俺への対抗策はないのか?」

 

オリハルコンを紐で結びながら、ハクは尋ねる。

しっかりお持ち帰りする気である。

領主は脂汗を流しまくった末に、一本の小瓶を取り出した。

 

「喰らえ!」

「ん」

 

毒であろうと酸であろうと回復する速度の方が早いハクはなんら抵抗する事なく液体をその身に受ける。

ガラス片が舞い散り、ハクの肌を切り裂く。

 

「っ?」

「ふふふ……受けた!受けたな!?」

 

目を回しながら笑う領主。

デュランダリアの【自動回復(オートヒール)】によって傷がみちみちと塞がっていくのを感じながら、ハクは領主の言葉を待った。

 

「それはな!弱体化のポーションだ!ドラゴンを昏睡させ、衰弱死させた一品!これさえあれば、ただの冒険者など……」

「…………」

「…………など…………?」

「…………」

「きっ、貴様!なぜ生きている!?ドラゴンだぞ!?ドラゴンを昏睡させるんだぞ!?」

「あいにく混ぜ物には慣れてるんでな」

 

実際のところ、フィリアの血液や薬は関係なく本人の膂力によるものだが、それを知ることもなくハクはデュランダリアを片手に領主に歩み寄る。

そのまま胸ぐらを掴み、厭らしい顔で笑った。

 

「勇者に初めて傷をつけたんだ。誇っていいぜ?」

 

領主を投げ飛ばして、【収納袋】と呼ばれる容量無限の万能具に金銀財宝オリハルコンを詰め込み笑いハク。

彼は足元のガラス片を拾って自らの肌を斬りつけると、流れる血を見て言った。

 

 

「これが痛み……懐かしい感覚だ。……はははっ!!これが痛みか!これが!礼を言うぞ、領主様!ハハハハハッ!!」

 

 

 

 

「お帰りなさいハク。お風呂にする?ご飯にする?それとも……わ・た・し?」

「ただいまフォリア。シャワーを浴びた後にご飯、そのあとにフィリアだ。なぜ新築で防犯完璧の家にあっさりと不法侵入しているのかを問い正そう」

 

エプロンをしてちゃっかりと妻の立ち位置のセリフを言い放つフィリアを軽くあしらいながら、ハクは脱衣所に向かう。

服を脱いで自分の体をチェックし、今の体なら簡単に死ねる事を再確認する。

シャワーを浴びつつ、お風呂にお湯を溜めて後で溺れてみることを決意。

 

「そのあとは屋根から飛び降りてみるか?……なんてな」

 

ハクは自嘲気味に笑うと、深く考え込むために風呂場のタイルを見つめた。

ハクの財産が無くなったのはほぼこの新しい家を建てたからである。

この文明の防犯システム完備、地下室を作り、外観自体は前のものと変わらない。

防犯システムには貴重な素材を使い、この文明にドリルなどないのでスコップで土をえぐり、元の外観の設計図を引っ張り出した。金もかかって当然である。

 

風呂から上がり、()()()()()()()()()()()()()()()()()服に袖を通し、ハクはリビングに戻る。

案の定自らが先ほどまで着ていた服を抱え込んでいるフィリアを無視し、魔法具であるレイゾウコから取り出したお手製のフルーツ牛乳を煽る。

もちろん、さきほどフィリアが衣服を回収しに来た時にちゃっかり覗いていったのも察知済み。もはやご愛嬌である。

 

「……すんすん」

「汗臭いからやめとけー」

「それが良いのよ。……ッ!?」

「ほらな、言ったろ、鼻にくるだろ───」

「血の匂いがする。ハクの匂い。なぜか消えているけれど……微分子レベルで嗅げば確かに血の匂いがするわ」

 

現在フィリアは何を目指しているのだろうか。

わざわざ『臭い(におい)』を『匂い(におい)』に置き換えて発言していることも本気度がうかがえる。

がしかし、今この場でポーションの事を言ったらフィリアは教会に行って浄化魔法を覚えて来かねない。秘密にして置くことにした。

……『神父を呼んで来かねない』ではなく『覚えて来かねない』と言っている辺り、ハクもだいぶ毒されてきている。

 

「えーと……そりゃ、昔ついたものじゃないのか?」

「それは違うわ。あなたの服は毎日チェックしてるもの。他の女の匂いがしたら毎日嫌がらせにいってるわ」

「ソレ八百屋のおばちゃんも含まれてんのか。いたずらが多発して迷惑してるらしいからやめとけ」

「……。とにかく、今日の服は一週間前は血の匂いなんてしなかったの。だから、この匂いの鮮度を考えると……」

 

鮮度。匂いに鮮度という単語が組み合わさる日が来るとは。

 

一昨日(おととい)から昨日。その期間に血がついたことになるわ」

「ヘーソウナンダー」

「だから、その期間。ハクは転んだりしても地面の方が割れるから些細なことで血が出るはずがないわ。血が出たことに心当たりは?」

「ゼンゼンオボエニナイナー」

「……そう。わかったわ。この謎は私が解明しておくわね」

「オー。……フィリア、ご飯くれ」

「わかったわ」

 

フィリアがとてとてと向かったキッチンからコンソメスープが出される。

受け取り、スプーンですくって一口。

 

ハクはその場で倒れた。

 

 

 

 

その後、ハクは医者の治療を受け、『強力な精力剤を盛られてますね。多分脳が精力剤の力に耐えられなかったのでしょう』という言葉にそっぽを向くフィリアを睨みつけ、気絶している間にポーションの効果も切れた。

採血のときに注射針が表皮に刺さらずに折れ、仕方なく()()()()()()()()()()アダマンタイトの注射針を使ってようやく採血できた。

その後、ハクはフィリアに一部始終を吐かされ、フィリアが住んでいる国では国一番のゴロツキが借りてきた猫のように大人しくなった。

ゴロツキはこう語る。

 

『喧嘩ですか?そんなくだらない争いもうしませんよ。真っ当に働けば、女騎士に殺されかける危険もないですしね』

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヤンデレがもう1人

 

国の郊外。

そこにそびえ立つは剣の一振りで全てを滅ぼした者の住まう、大きな家があった。

そこのリビングに座るは、神世すら蹂躙する勇者、民を愛する魔王、銀河を切り裂くその娘、そしてその全てを習得できる無限のポテンシャルを持つ銀行員である。

 

彼らの視線の先には、勇者を、魔王を、その娘を、銀行員を脅かす一枚の紙切れが落ちていた。

 

「今年も来たな……」

「ワシもう帰っていいかな?」

「ボクらにとって、最悪の時間だね」

「悪意の塊とはこれのことを指すのね」

「「「「第35回『めがみちゃまの試練』……」」」」

 

その大陸に移り住んだきた女神によって一年に一度開かれる祭り。

仮装パレードやモンスターショーなど、祭りの内容はそのときの女神の気分で変わる。

がしかし、その優勝者に与えられる賞品は神の名に相応しく、『願いを叶える』というもの。

今回はハクの元に手紙が届いてからすぐに全員を招集し、その場で始めて開くことになっていた。

 

「あの年増女神め……」

「今年はどんな……」

「試練を……」

「用意してくるのかしら……」

 

ハクが恐る恐る封を切る。

二つ折りにされていた紙を裏返すと、そこには『愛のダンス』と書かれていた。

なお、『ダンスのパートナーは私が決めるんでしくよろ』とも。

 

「愛のダンス……?」

「これは……難しい……」

 

しかし、優勝者が万が一、悪しき野望を抱く者だとしたら。

世界救う組は嫌でも参加をしなければならないのだ。

 

「だいたい、前日に項目が発表されるってのもおかしいだろ!」

 

といきり立つハク。

───ウソである。

この男、お題の封筒が家に届いてからすぐに封を切り、届いてから十日間、仲間達に隠した上で夜な夜なダンスの練習をしていた。

なお、優勝した際の願い事は『億の富』である。

 

「そうだよねえ。優勝しても叶えてもらう願いもないしねえ」

 

アビスはため息をついて言う。

───ウソである。

この男、ハクがこの世界に来る前から、否、この文化が創設されたその日から毎年参加し、自身が優勝した後のデモンストレーションまで行っていたのである。

なお、願いは『巨万の富』。

 

魔族領には不慮の事故(悪しき勇者の仕業)で郵便屋が襲われ、神からの手紙は紛失したらしく、アビスは今日ここで始めてお題を目にした。

富を狙う男どもが視線を交差させ、無言の圧力をぶつけ合う。

札で頰を叩く、コインの風呂に浸かる、働かなくても生きていける分の金。それらは男のロマンとして各々の心の芯の芯、原動力となっているのだ!

 

「……ほんと、男ってバカよね」

「あーあ。恥ずかしいよ。ねえフィリアちゃん、もしも優勝したら何を願う?」

「……世界平和、かしら?」

「あー、騎士っぽい!ボクも優勝したらそれにするよ」

 

仲直りしたフィリアとイヴの2人が笑い合う。

 

 

 

 

 

───全くもってウソである!!!!

 

 

 

 

 

この女ども、自室の壁にハクの盗撮写真をこれでもかと張り、毎晩一時間ほど眺めてから眠り、起きてまた一時間写真を眺めるという生活サイクルを送っている2人である。

見目麗しい少女2人は鉄の仮面を顔面に貼り付けて心の奥底ではどう相手を出し抜くかという考えしかないのだ。

なお、フィリアは宿暮らしのためコルクボードを用意するという徹底っぷり。

 

2人には願い事と、ランダムで相手を決めようとする女神を物理でねじ伏せて意中の相手と踊ることしか頭にないのである。

この2人の願い事とは……お察し。

 

「よし、なら練習でもするか?」

「「私(ボク)が相手に!」」

「んー、ワシはパスかな。あんまりダンスって得意じゃないし。ワシ、今日の所は帰るね。練習頑張ってね」

 

───くどいようだがウソである。

 

人懐こい笑顔の裏に魔王にふさわしき含み笑いを浮かべ、アビスは少年時代に自らのダンス講師をしていた女の郵便番号を思い出していた。

たとえ相手が親友であろうと、娘であろうと勝利を勝ち取るというこの意思の固さ。

これが、これこそが、魔王アビスイート・オルガナンレーゾンのやり方である!

 

「おーう。帰り道気をつけてな」

「それじゃあハク、私と踊りましょう……?」

「ずるい!ボクが先だよ!」

「いいえ、私」

「ボクは小さい頃ダンス習ったもん!」

「私だって騎士の演舞を習ったわ」

「演舞とダンスは違うじゃん!」

 

乙女2人の喧嘩を聴きながらハクは踊る場所を作るために机を片付け始める。

やがて2人が剣と魔法を使い始めた頃になって、ようやくハクは止めに入った。

説得という名の物理によって!

 

「んで、踊る人は決まったのか」

「ぜえ……ぜえ……もう動けない……」

「軟弱ね……。お姫様は動く機会がないのかしら?」

「あ、じゃあ練習相手はフィリアか。イヴ、ちょっとこれに触れろ」

「……?ハクがいっつも持ってる剣だよね。これがなにか?」

 

亜空聖剣デュランダリアをイヴに預けるハク。

すると、イヴのあざや傷が、みるみるうちに癒えていく。

 

「それ持ってると超回復するんだ。大切なものだからちゃんと持っててくれ」

「……っ!!わかった!!」

「む……ハクの大切なもの……。ちょっとずるい」

「腹筋割れてる女騎士様には無縁だね!疲れることがないから」

「わっ、割れてない……!もちもち……!」

 

もちもちはもちもちでどうかと思う。

そんな言葉を呑み込み、ハクはダンスの仕方を思い出すためにステップを踏むのであった。

 

 

 

 

「あーあー、マイクテス、マイクテス……」

 

勇者、魔王、その娘、銀行員、その他モブキャラの前で、黒髪ツインテールの幼女が声を上げる。

なお、幼女の前にはマイクなどない。もちろんのこと、ハク以外はマイクテストがどんな意味なのかを知る由もない。

 

現在場所は雲の上。女神的なパワーでゴリ押しした結果、庭の豆は天までにょっきにょきと成長し、雲は上等なカーペットのように硬すぎず柔らかすぎずな床となっていた。

 

「これより!だいさんじゅーごかい、『女神ちゃまの試練』!はじめましゅ!」

 

噛み噛みの愛嬌ある姿から開催の声が発せられ、民は沸き立つ。

沸き立つ民を哀れんだ目で見るのが、我らが勇者御一行。

フィリアは胸元に薔薇を模したブローチを付けた情熱的な真紅のドレスを、イヴは相対的に胸元に純白の百合のブローチを付けた落ち着いた色の蒼のドレスを身にまとっている。

 

「おお……娘のドレス姿とは……ワシもう死んでもいい……」

「死ぬな死ぬな、ウェディングドレスじゃないんだぞ。……それにしても、すげえダブルヒロイン感があるな」

 

そう、2人は紅と蒼、薔薇と百合という相対的な組み合わせのドレスを着つつ、フィリアは美しく、イヴは可憐にという、初代プリキュアを思わせるマッチをしていた。

これで背中合わせになって武器を構えていたら、もう少しイヴの瞳が暗かったら、さしずめ『ふたりはヤンデレ!』といったところだろうか。

 

「褒めてもらえて嬉しいな。えへへ」

「でも、これで踊る相手がハクではない可能性もあるのでしょう?……すこし、残念ね」

「ふっふっふ……甘いよ、フィリアちゃん。ちゃんとその辺の対策はしてあるから。ほら、これ見て」

 

イヴは持ってきた紙袋の中身を、フィリアに見せる。

興味本位でハクも紙袋を覗き込むと、信じられないものがハクの目に入った。

 

「イヴ、これは……」

「日本人の魂じゃないか!」

「は、ハク?」

 

ふっふっふと勝ち誇るような笑みを浮かべて、イヴは紙袋の中身を掲げる。

 

「これはね、ドレスの代わりだよ。ハクから聴いたものを再現しようと、頑張って作らせたんだ」

「ば、馬鹿な……。この手触り、この伸縮性……間違いない、これは……!」

 

 

ジャージじゃないか!

 

 

ハクの叫びに、フィリアはきょとんとし、イヴは胸を張る。

薄地なのに防御力を持ち、ダサいのにオシャレという矛盾を宿した、アーティファクト、いや、神器とも呼べる代物。

日本人の魂はこうして異世界にすらも浸透し、今ここで、1人の日本男児を涙させた。

 

「すごい、すごいぞイヴ!よく再現した!ありがとう、ありがとう……!」

「えへへ。どう?すごい?」

「ああ、満点だイヴ!すごい、すごいぞ!」

「あとでハクにもあげるね?」

「よっしゃあ!」

 

だんだんと褒められるイヴの瞳が濁っていく。

写真を集めて自室に張る時点で素質はあった。

 

───今ここに、1人のヤンデレが確立したのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヤンデレと踊り

 

厳かな音楽が流れる。

 

トーナメント形式で選ばれた女性と手を合わせつつ、ハクは「参ったな」と舌を巻いた。

 

だってこの試練───勝ち負けがわからない。

以前行われた『殴り合い』やら『サバイバル』とかならまだしも、今回はダンス。

 

「あの女神め、急に芸術に目覚めるなんて……」

「ふふっ。たしかにそうね?どうして今回はダンスなのかしら」

 

薄緑色の長髪の女性がハクの目の前で微笑む。

彼女の名をドリィド。いたって普通のモブキャラなのだが……。

 

「ジー……」

「じぃぃぃい……」

「ッ?」

 

絡みつくねっとりとした二つの視線にさらされ、彼女の頰は先程から引きつって仕方がなかった。

 

「ねえイヴさん。さっきから足踏んでるんだけど」

「シラナイワカンナイ」

「ええ……痛……」

 

一つ。嫉妬心から来る怨嗟。

 

「あの、フィリアたん?そろそろこっち向いてくれないかな?」

「ジー……」

「フィリアたん……」

 

一つ。『殺す』という純粋な意思。

 

「……!…………!」

「なんかありました?」

「えっ!?ええ、なんでもないわ、なんでも」

 

ドリィドは必死に取り繕う。

この純朴そうな青年がこの視線にさらされたら、何が起こるかわからない!

 

なお、ハクはとっくに気づいている。

自分と目が合った瞬間に華やかな女子の雰囲気に戻ることも、既に五回は見ていた。

相手は自分を見ているのだからそっちを見れば目が合うのは当然なのだが、少し反応が遅れて【殺気➡︎乙女】となる瞬間を目の当たりにしているせいでハクのSAN値はじわりじわりと削られていくのだった。

 

そんなこともつゆ知らず、ドリィドは頑張って踊る。

殺気どーん。冷や汗ばーん。

かつてオリハルコンのゴーレムと戦った時でもここまでプレッシャーは感じなかったと、後にドリィドは日記に書いたと言う。

 

「この無意味な闘い……早めに終わらせよう」

「そそそそそそうね!早いところ優勝してしまいましょう」

 

そもそも勝利の判定が神任せであるこの大会で優勝を狙うもヘチマもないのだが、SAN値をすり減らしている勇者と一緒に殺気に当てられているエルフは正常な判断ができない。

 

結果的に2人とも勝ち、女神の気まぐれ選抜権を獲得したのだが……その後、エルフは出されたお茶を飲むのが怖くなったという。

もちろん2人は毒など盛らない。

他でもないハクが、それを望んでいないからである。

そもそも、教養のある騎士や魔王の娘が、毒など盛ろうという思考になるはずも───

 

「フィリアちゃん」

「ええ。例の物は持っていて?」

「ちゃんと持ってきてるよ、何かがあったときの魔王領の毒草───」

「「ハッ!?私は何を!?」」

 

───あった。

どこで何が悪影響を及ぼしたのか、毒薬をお茶に入れた時点でなんとか踏みとどまった。

……否、踏みとどまっていない、アウトである。

 

「2人ともおつかれー」

「あっハク」

「お、お疲れ様……」

「お疲れ様。……ん、それ何?」

 

ハクの視線の先には、つい先ほど毒薬を混ぜたお茶の入ったコップが。

 

「い、いやこれはその……お茶なんだけど、ちょっと淹れるの失敗しちゃって……」

「は、ハクのは私が淹れるわ……」

「いや別にそれでも良いよ。ってか失敗したのでもいいから飲みたい。喉乾いた。ちょーだい」

 

そしてフィリアの持つコップに手を伸ばし、それをもぎ取るハク。

ハクという時点で断れないのに勇者のパワーを使われて抵抗できるはずもなく、フィリアはコップを渡してしまう。

その中の人を殺せる液体が今、ハクの喉を通る。

 

「「あっ……」」

「……っぷあーっ!うんまー!」

「「………………あれ?」」

「やっぱ運動の後はお茶だよなあ……!ん?お?お?」

 

毒入りのお茶を飲み干したハクの体がピクピクと痙攣し始める。

もちろん、ハクに苦しそうな様子はないのだが……こうしてハクの体が震えてきた以上、フィリアとイヴの心拍数が格段に上がった。

 

「あ れ コ レ 毒 入 っ て ね ?」

「「……ッ!!!!」」

 

心臓の作り出す圧力で鉄が潰せそうなほどドキドキしている2人はその核心を突かれて心臓を抑える。

 

「あぶな!俺だったから弱い毒効かないけど、フィリア達はそうはいかないかもしれないんだから。これからはちゃんと注意してよ」

「えっ……あ、はい……わかったわ……」

「き、気をつけるよ……」

 

そうして去っていくハクの背中を眺めながら。

 

「イヴ、あの毒の効力は……?」

「液体に溶かしたら一滴で象殺せるくらい……」

「それを、ハクは飲んだのよね?」

「うん、飲んでた……」

 

ヒロイン2人は、呆然としていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヤンデレと表彰式

 

全てのダンスが終了した!

女神の気まぐれ、ダンスをする意味などないこの大会。

女神が可愛らしくうんうん唸っている間に、出場者は思い思いの時間を過ごしていた。

 

「フィリアたん、結婚しようよ!」

「何を言っているのかわからないのだけど?」

「だってフィリアたんの服、見たことないから高級なやつでしょ!?ボクのためにそんな服を……!ボク、フィリアたんを幸せにするよ!」

 

フィリアが顔をしかめた。

この服を高級なものと考えるとは、さすがは容姿が豚……いやまぁ多分高いんだろうけど!

今フィリアが着ているジャージという服は美術を学んでいないフィリアでもわかる。全くオシャレじゃない。

 

もちろん、素材にかかっているお金は少ない。一般の服と大差ない程である。

しかしそれは素材の話。

ハクからの頼みなら何でも聴く!財力、知恵、環境の全てが揃ったイヴが!

魔王城の金庫の三分の一を使って長い長い研究の末に生み出したジャージ!

研究費も含めれば、土地が買えるほどの価値があるのである!

 

「イヴさん、今夜いっしょにお食事でもどう?」

「嫌だ。雑草でも食ってればいいじゃん、豚が」

「ありがとうございますっ!」

 

そしてこちらにも、顔をしかめている少女が一人。

同じような勘違いをした好青年が、既に調教済みの状態で土下座していた。

足を踏まれ、SAN値が削られる視線を向けられ、なおも立ち上がる好青年……否、現在はただの変態である。

 

可憐な容姿から放たれる一撃が、僕をまた一つ強くする!

さあ、その華麗なるおみ足で僕を踏んで……ありがとうございます!

 

「お疲れ二人とも……って……。その……随分と仲良くなったみたいだな……?」

「「違うのハク!それとお疲れ様!」」

「お、おう……」

 

片や鼻息荒いブタを引き離し、片や鼻息荒い変態を踏みつけている二人が、声を合わせて挨拶したのだ、怖い以外の何者でもない。

 

「お疲れ様ハク!どう、自信は?」

「お疲れ様。今お茶を入れるわね」

「え、いやうん……あの人たちはいいのか……?」

「「構わない、あんなブタどもなんて」」

 

ヤンデレとは、一途なものである。

ヤンデレは気にしない。いくら人の人格が変わろうと。

ヤンデレは分からない。注ぐ愛の重さ加減が。

 

よって、二次被害が凄いことになる。

 

「ねえハク、私、ちゃんとしたドレスは用意してきたのよ……。あとで踊りましょ……?」

「わかった、わかったから」

「やった」

 

最近ハクでも収集がつけられなくなってきたヤンデレという新たな生物は、濁った目をしながらハクに近づいていく。

最近ハク分を補給できなかったのだ、愛が原動力の彼女たちには死活問題だったのだろう。

しかしそれも終わった。大会が終われば、枷を外された犬が餌を求めて走り回るのは必然だ。

 

「「さあハク、まずは……」」

『レディースえぁーんどジェントルメーン!!』

「お、表彰式始まったみたいだぞ」

「「…………」」

 

しかしその餌は女神によっておあずけされた。

 

『すばらしいダンスをありがとう!まずは3位から発表するぞ!』

 

雲の上。そこに設立されたステージに立つ女神は、その小さいお口で『どぅるるるるるるる』と巻き舌を披露して見せる。

「あれ、ドラムのつもりか……?」とクエスチョンマークを生産するハクたちを気にも止めず、息が切れたので一回の息継ぎを挟み、ドラムが鳴り続ける。

やがて『だん!』と元気いっぱいな声が鳴り響き……

 

『イヴニン&レイブン!!』

「イヴニン?ああ、イヴのことか」

「そうだよ。さすがに本名のまま出場するのはいけないからね」

「あの変態はイヴって呼んでたけど?」

「アダ名として呼んでもらってたんだ。それより3位かー、残念」

 

イヴが頰を膨らませる。

 

『続いて、第2位!だらだらだら……省略、だん!!』

「さて、誰だ……」

『フィリア&アキレウス!!』

「やりましたなフィリアたん!」

「お前アキレウスなの!?めっちゃ名前負けしてるじゃん!」

『あれ?もしかしてアキレウスってあのドラゴンスレイヤーの?』

「へへへ、だいぶ昔の話ですが」

「アキレウスすげえええええええ!!」

 

どーりで聞いた事のある名前だと思った……!

ハクがまだ駆け出しの頃、旅の道中に最前線の魔王軍の竜騎士が破れた事を小耳に挟んだ。

討伐者の名をアキレウス。ギルドトップのベテラン冒険者である!

 

『さいご!第1位!だらだら、略、だん!』

 

全員が唾を飲み込む。

空間が引き伸ばされ、体を硬ばらせる者もいた。

女神が息を整え、その口を開き───

 

 

 

『デキソガ!!相方がいなくて可哀そうだったから優勝です!』

「「「誰だよお前ぇぇぇぇぇ!?」」」

 

 

 

絶叫するハクたちの隣でぽかんと口を開ける青年がいた。

可哀想だったから優勝、というあまりにも横暴な結果に、参加者がいきり立つ。

 

『えーなになに聞こえなーい』

「おい女神テメェ!なぁにが可哀想だ!公平にジャッジしやがれ!」

『だってこれ私的なイベントだもん。公平なジャッジとかいる?職権乱用して景品を『好きな願い叶える』にはしたけどさ』

「だからって、女神がそんなことしていいのかよ!」

『いいの良いの、私、神さまだもん。その青年はあれ、女神に選ばれたってやつ!』

「女神のくせに小生意気だ!」

 

しかし誰も手を上げない。

なぜなら、その分女神に助けて貰っているから。

 

「ったく気まぐれな女神だぜ……ほら、早く願い言えよ」

「あ、ああ」

「やれやれ。幸運だったな、お前も」

 

デキソガが舞台に上がって行く。

 

『さ、これが【願いの宝玉】だよ。これに願いを込めて』

「えー、俺の願い。それは……」

 

瞬間、漆黒の風が吹き荒れた。

禍々しい魔力が、デキソガに集まっていく。

 

「邪神の再臨!」

「バカかあいつ……っ!」

「すごい、こんな魔力見た事ない!邪神とはどんなもんkなのか、一度見てみたかった!」

『え、ちょ、バカなのぉぉぉぉ!?』

 

魔力の渦はどんどん濃くなっていく。

願いの宝玉が魔力の渦に飲み込まれ、急に渦が晴れた。

 

【人間。お前が我を呼び出したのか……?】

「ああ!邪神と呼ばれるお前がどのような姿なのか、見てみたかった!」

【ならば今のうちにとくと見よ。じきに太陽も見えなくなるのだから!!】

 

3本対の腕。鬼のような顔。獅子のようなタテガミ、理想的な筋肉。

阿修羅を思わせるその邪神こそが、300年程前に勇者と女神のタッグで封印された、邪神アストロボルグ・レオである。

 

【エリースよ。久方ぶりだな?】

『アンタにはこの先ずっと会いたくなかったけどね……!』

【辛辣だな?】

『普通の対応……さっ!!】

 

女神の姿が、幼いものからぐんぐんと大きくなる。

成長が止まった頃には、女神の名を冠するに相応しい姿になっていた、

 

【レオ。君は素晴らしい。人間から神格に成り上がったのだから、とても強い人間さ】

【お前だってそうだろう?アストロボルグ・エリース】

 

レオの合計六本の腕が、大砲の形に変化する。

その全ての砲塔が、獅子の形をしていた。

一本が、轟音を立ててエリースに向かって放たれる。

黒煙の立ち込める中、響く声は健在だった。

 

【まったく……君はやっぱり戦闘を楽しむ傾向にあるね】

【やはりこれくらいでは死なぬか……】

【当たり前だよ。これでも十二宮なんだ】

 

黒煙の中に堂々と立つエリースは、光り輝く鎧を身につけていた。

 

十二宮。砲のレオと、鎧のエリース。

かつての戦争とは真逆に、レオに愉悦が、エリースは冷や汗を浮かべた。

本気とばかりに放たれ続ける砲台を、エリースは鎧で防いでいく。

 

【果たして、お前に俺が倒せるか?】

【どういう意味かな、それは】

【力が衰え始めているお前と、封印された全盛期のまま復活した我。どちらが勝つか、わからないお前ではあるまい?】

【ぐっ……】

 

獅子と羊が見合っている間。

雲の上のステージでは、阿鼻叫喚の状態だった。

 

「押さないでくださーい!豆の木が潰れちゃいますー!!ああもう、お父さんはどこにいるのさ!」

「諸君!騎士である私のもと、順番に……だめ!ハク、収集がつかない!」

「オラこのっ!てんめなに呼び出してくれてんだ!「ああ、神々の戦い……美しい……!」だめだコイツいかれてやがる!」

 

ハクがさりげなく流れ弾を弾き、固めた雲の大地に穴が空く。

ひょんなことから復活した邪神と、ひょんなことから女神に昇格した巫女の、戦いが始まろうとしていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヤンデレと告白

なんか知らんけど続きモノになってしまいました。


 

「愛に終わりってあるのかしら」

「愛に終わり……?」

 

勇者は首を傾げた。

火の光に照らされた騎士は、同じ言葉を投げかけた。

 

「愛に終わりってあるのかしら?」

 

氷のような冷めた目つき。

ボサボサの長い髪が揺れている。

 

「無いんじゃないか」

 

勇者は言った。

 

「どうしてかしら?」

「昔、偉い人が言ったんだ。愛の反対は無関心だと」

「良い言葉ね。それが?」

「つまり、無関心の反対が愛なんだ」

 

何を当たり前の事を、と騎士は次の言葉を待った。

 

「お前、俺の事をどう思ってる?」

「……?どう、って?」

「俺の印象だよ」

 

赤い髪の勇者は笑った。

裏に何かあるのは分かる。だが読めるわけもないので思った事を呟いた。

 

「かっこいいわ。世界で一番」

「そっか。それはサンキューな」

「……お世辞ではないのよ?」

「どーも」

 

勇者は再び笑った。

もちろん、自分が好意を寄せられているとは微塵にも思っていない。だって非リアだもん、しかたないじゃん。

 

「んでな、それが『愛』だ」

「あい?」

「お前の俺に対する印象。それを考えるだけでも、無関心ではなくなったんだからさ。嫌いであれ好きであれ、それは『愛』だ」

「愛……」

 

騎士は皆無と言っていい胸に手を当てて考える。

彼の言った愛とやらが、自分にもあるのかどうか。自分の愛とはなんであるか。

そしてそれは───

 

 

 

 

───終わりの世界で、ようやく自覚することになった。

 

「ハク!」

「フィリア!?」

 

ハクはレオによる流れ弾を防ぎながら冷や汗を流す。

 

「お前はいい!地上に戻って交通整理だ!」

「私も連れて行って!」

「はぁ!?何バカなことを言ってるんだ!」

 

神々の戦争が頭上で展開される中、フィリアはハクに駆け寄る。

レオはエリースに神力弾を放ちながら、六本ある中の一つの腕で、フィリアを狙った。

 

「……ッ!!」

「させるかバカ!」

 

放たれた弾。

跳躍したハクが剣の横で叩いて落とし、また一つ、雲のステージに穴が開く。

 

【ほぉ……?人間、強いな】

「そりゃどうも。……俺の仲間に手を出したんだ、もう許さねえからな」

【やってみるがいい!】

 

怒りに拳を握ったハク。

その服を、フィリアが掴んだ。

 

「私もいくわ」

「わがまま言うな!こっから先の戦いが、お前に付いていけるものか!」

「いけるわ!付いていける!」

「冗談も大概にしろ!今は付き合ってる暇は無い!」

 

勇者は吠えた。

平和ボケしたこの身体を、もう一度戦闘に引っ張り出すために。

手に持つ亜空聖剣の輝きを目にして、レオが目を細める。

 

【そこの人間、もしやとおもったがまさか……?】

【させないよ!】

【ぐおっ!?お前……】

【彼には、自分の意思以外では戦わせない!もう、他人の意思に振り回されないで欲しい!】

【やはり勇者か!忌々しい!】

 

神は鳴いた。

他人の勝手な事情で異世界に呼ばれ、他人の勝手な事情で国の戦争に巻き込まれた彼を、戦場に呼び戻さないために。

 

【封印されてからというもの、勇者が嫌いになったのだ!】

「知らねぇよバーカっ!勇者ってのに選ばれたからにはな、お前みたいなやつをぶっ倒さなきゃいけないんだよ!」

「ハク!」

「フィリア……」

 

フィリアは俯いたままハクの服を掴んで離さない。

 

「離してくれ」

「嫌よ」

「大丈夫だって。ちゃんと帰ってくるから」

「でも!」

「俺は勇者だぞ?受けた傷はすぐ治るし、攻撃力も文句なし。……お前は、巻き込まれないようにしとけ」

 

デュランダリアが光る。

所持者の自動回復。海を割り、空を破る攻撃力。

それを付与する亜空聖剣と、亜空聖剣を常に持っていても体が壊れない勇者という桁違いの力。

 

「お前は、一般人であってくれ」

「ッ……」

 

不意に、ハクが右手を横に突き出した。

瞬間、右腕が砲弾にあたって砕け散る。

デュランダリアが眩い光を放ち、収縮した光はハクの肩から先で新たな右腕となった。

 

「俺は今なら、痛みも感じない」

 

フィリアは息を飲んだ。

一歩踏み出せば、そこが神々と勇者の戦い(別の次元)であることはわかっていた。

もちろん、今すぐにでも足を踏み出したい。

しかし、震えた少女の足は、それを良しとしなかった。

 

動かない。

恐ろしく怖い。

 

「ハク……」

「フィリア。何度も言うけど───」

「愛してるの」

 

ハクは、目を見開いた。

 

「こんな時に冗談は」

「自覚したわ。ようやく。私は、貴方を、愛している」

「……それにしては、愛が重い気がするが?」

「……それはごめんなさい」

 

勿論のことであるが、今までの愛が重いなどフィリアは微塵も思っていなかった。

しかし、心優しい勇者はなおのこと、

 

「俺を愛してるなら、地上に戻って俺を出迎えてくれよ」

「……」

「フィリアを、巻き込むわけにはいかないんだ」

「……強情なのよ、あなた」

「お前が生き残ってくれるなら何を言われてもいいさ」

「……私を巻き込みなさい。一人で背追い込まない。いい?貴方が死んだら───」

 

 

 

 

 

───私は間違いなく喉にナイフを当てるわ。

 

 

 

 

 

「……そうだった、コイツは愛が重いんだったな」

「えぇ」

「何を言っても付いて来たがる」

「愛してるもの」

 

ったく、とハクはため息をこぼす。

 

「わかった、わかったよ。でも、絶対に死ぬなよ。神ってのは多分、今までの何よりも強いぞ」

「わかってるわ。それに……」

「おぉぉぉぃい!!」

 

雲を突き抜け、魔力で形成された若草色のバリアが飛来した弾丸を包み、防いだ。

しなやかな脚。健康的な肌。溢れ出る魔力。膨れた頰。

 

「ボクを置いてくなんてひどいじゃないか!」

「あら、いたのね」

「いたよぉ!さっきからどのタイミングで飛び出そうか待ってたもん!ってか気づいてたんじゃないの!?」

「気づいてたわよ?」

「もぉ〜!!」

 

唖然とするハクにブイサインを押し付ける魔王の娘。

いずれ世界を担う重鎮の存在が簡単に命を投げ出す状況に、ハクは舌を巻いた。

 

「なんでお前まで?」

「いや〜……その、ね?さっきの後に言うのも何だけど、さ?ボクも、は、ハクが好き……みたいな?」

「……………」

「だからその、一緒に戦いたい的な……?」

 

修行一筋で恋愛なんてやってる暇がなかった勇者が、今、騎士と魔王の娘に告白された。

脱力した腕をいたわりながら、ハクはなんとかこの状況を打破する方法を考える。

イヴを地上に返すことはほぼ不可能。

むしろイヴが来たことで『いざとなったらフィリアを空からぶん投げてイヴにキャッチしてもらう案』がなくなってしまったのだ。

 

「はぁ……わかった、3人で……」

【何言ってるのハク君!?君は戦うべきでは無い!】

「いや、4人で戦おう」

「「了解!」」

 

ハクはデュランダリアを掲げた。

この世界の来て、これ以上の武器は持ったことがない。

ハクは、ずっと考えていた。

この世界の魔力について。

ハクはずっと考えていた。

この世界の大陸について。

 

「デュランダリア、能力解放」

 

───この世界、なんてわがままは言わない。俺が救いたいのは……

 

「えっ?」

「力が溢れてくる……前にデュランダリアを持った時みたい」

 

───この大陸!この笑顔!

 

「もう何でもいい!行くぞお前ら!」

「「応ッ!!」」

 

今、神話に残る戦いが始まる。




なんか最終回行きそうですね。
行けるならいこうかな


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最終話 ヤンデレと終焉。

レオが砲塔を向けた瞬間に、その腕が神速を以って切り捨てられた。

即座に腕を生やしたレオが視線を向けると、そこには抜き身のデュランダリアを地面に突き刺しているハクの姿。

 

「勇者ハクの再臨だ……。この俺が来たからには、もう誰も傷つけさせない」

 

紅蓮色の風が吹き荒れ、ハクを含めた4人の体を包んだ。

 

「無敗、無敵、無情の勇者様のご加護だ……しっかり受け取れ」

「この力は……さっきのとは違うの?」

「そりゃあ違うさイヴ。さっきのはデュランダリアの加護。そして、今回のは俺の加護」

 

デュランダリアは超回復。

ただ持つだけで所有者の再生能力を高め、勇者が解放したときにはその力は周りの者にまで加護を授ける。

そして、勇者だけに与えられた、他者と繋がる加護。

 

一年足らずで魔王を倒した【暁の天剣】、万を記し魔法を想像する【退魔の華】、あらゆる光をエネルギーに変える【閃光の申し子】など、様々な勇者が加護を有する中で───。

 

「地を割り、世界を穿て」

 

【国殺し】の加護は、神を超える破壊力にあった。

ハクの胸に、ぽっかりと穴が開く。

髪の毛は炎のように燃え上がりたなびいた。

 

フィリアが軽量長剣を振る。

大地は呻き、雲のステージはモーセが杖を振りかざしたかのように二つに割れた。

 

【バカなっ!?】

【これが、勇者の力……!?前より強くなってない!?】

「マァ基本、勇者はソロ活動するらしいからな……。加護にも相性があるんだろ」

 

イヴが翼を広げる。

漆黒の翼は紅蓮の光をその内に宿し、その瞳はらんらんと輝いていた。

 

「ボク……魔王の娘なのに!勇者の力が、とっても気持ちいい!」

「……どうやら、フィリアよりも加護の相性が良いらしいな?」

【……ッ!!所詮は小娘よ!】

 

レオがすべての砲塔をイヴに向ける。

もちろん、誰も動かない。

レオ以外、この場の全員が知っているのだ。

 

───勇者ハクが来て、負けるわけがないことを。

 

イヴは翼をうんと広げ、自身の身を包んだ。

次々と砲弾が着弾し、黒煙が吹き上がる。

……無論、イヴは傷ひとつついていなかった。

 

【どういうことだァ!?】

「翼だよ。翼の一枚一枚が、君の砲弾を『攻撃』したんだ」

 

そして、全ては破壊された。

砲弾も。衝撃も。ダメージも。威力も。

……そこに砲弾が放たれたという結果さえ、勇者の加護は『攻撃』し、破壊した。

 

【ごめんね。君には二度と戦って欲しくなかったんだけど】

「いいっていいって。こんなやつは、俺がいねえと倒せねえんだから」

 

エリースの頭部にあった巻き角がぐんぐんと大きくなる。

やがてそれは鋭利になり、凶器となった。

 

【……っ!!次は貴様か!】

【ハアアアアア!!】

 

エリースがレオに突撃する。

咄嗟に重ねたレオの六本の腕は、全て一直線に貫かれていた。

狼狽するレオ。

エリースの後ろから、人影が飛び出す。

 

「……あなたは、殺すッ!!!!」

 

フィリアであった。

フィリアが手を振り下ろすと、どこからともなく澄んだ水色の鎖が飛び出した。いつぞやのアダマンタイトである。

アダマンタイトの鎖は意思を持つかのようにレオの腕に巻きつき、それを一本に纏めた。

 

あとは、切り落とすだけ。

フィリアが手を軽く振るうと、轟音と共にレオの腕が切り落とされる。

 

【……ハハ!何をするかと思えば、腕くらいくれてやる!どうせいくらでも再生でき……。……ッ!?】

 

いくらレオが力を込めようとも、レオの腕は新しく生えることはなかった。

フィリアの『攻撃』は、あらゆるものを縛り付ける『束縛』であった。

 

「『ラヴ・チェーン』。今名付けたの」

【貴様ァアアアアアアアアアッ!!!!】

 

レオは腕をフィリアに向ける。

しかし砲弾は出ない。腕が無いのだから。

フィリアは涼しい顔でとある一点を指差す。

 

そこでようやくレオは。

自身をみつめる、異質な存在に気が付いた。

 

「ははは……オーバーホールって、普通の人が受けるとこんなんなんだなぁ……」

【……貴様、その力はどこで手に入れた?それにオーバーホールだと?どこまで知ってる!?】

「知ってるさ。全部な。オーバーホールの力も、勇者という存在も、この世界の因果も、なにもかも!」

【どこで知った!?貴様は何を見ている!】

「この脚で、全部の大陸を回った。そして知った。だからこそ、【十二宮】のお前には、死んでもらわなければならない!」

 

先祖から受け継ぎ、蓄積された力をたった一人の体に流し込むオーバーホール。

【破】の言葉の力を使って【世界の記憶】のプロテクトを破壊したハクには、全てが見えていた。

 

「これは系譜だ……全てを、終わらせる始まりだ!」

 

そこで初めて、ハクはデュランダリアを正面に構えた。

オーバーホールのによって生み出される【破】の加護が、デュランダリアに集中する。

やがてデュランダリアの容貌は真紅の剣から紅蓮の翼となり、空へ、空へと吹き上がる。

そしてそれが、なんの前触れもなく振り下ろされたとき───。

 

 

 

 

 

【ウソだァアアアアアアアアアアアアaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!】

 

 

 

 

───獅子神の咆哮と一緒に、全てが消え去った。

 

 

 

 

これは、とある最強の勇者と。

 

「ん〜〜〜〜イイ朝!」

 

とある救われた女騎士と。

 

「おはようハク。朝ごはんできてるわ」

 

とある憧れた魔王の娘の。

 

「エグみがすごい。フィリアちゃんこれなに入れたの!」

 

愛をモチーフにした、小さな小さな大陸の物語。

 

「惚れ薬よ?男の人にしか効かないの」

「え?これ対象人数は?」

「一人よ」

「ズルイ!」

「ずずず……」

「あっちょ、吐いて!吐いてよ!」

「ハク、ねぇどうかしら?」

「なにも感じないけど?」

「ええっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

の、はずだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




coming soon……?(ヤンデレは帰って来る)




【ヤンデレに愛される最強】は今回で連載の終了となります。
長いこと愛してくださり、ありがとうございました。
できれば感想など、書いてくださると幸せです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。