卑劣様IN宮藤芳佳 (古古兄(旧:フルフルニー))
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第一話

リハビリ兼ねて投稿。


蝉も煩い夏の暑い昼下がり。

扶桑国の女学生である宮藤芳佳は窮地に立たされていた。

 

事の発端は木の枝から降りられなくなった猫を見つけた事だった。

怯えたように体を丸めたその猫は今にも落ちそうであり、

見かねた宮藤が枝に縋るその猫を助けようとしたのだった。

 

「芳佳ちゃん、危ないよ」

 

身を案じる友人の声に大丈夫、と軽い声で返すが視線は猫から放さない。

今、この猫を助けることができるのは自分だけなのだから。

 

―――もう少し。もう少しであの猫を助けることが出来る。そうしたら……あれ?

 

宮藤はそこでふと思い返す。

このまま進めば猫を捕まえることが出来る。それはいい。

 

―――ど、どうやって降りるか考えてなかった!

 

今自分がいるのは木の枝の上。高さは学校の2階程はあるだろう。

猫を抱えると当然片手は使えない。

つまり上ることはできたが降りることが出来ないのだ。

 

とりあえずは猫を助けてから考えようと思考を放棄し、

ゆっくりと恐る恐る枝を伝い、ついに宮藤は猫を抱きかかえることに成功した。

 

ほっと一息を吐いたのも束の間の事だった。

猫と宮藤の重さに耐えかねた枝は悲鳴をあげて中ほどから真っ二つにへし折れたのだ。

浮遊感と合わせ頭が下となって落ちていく。

 

「ひゃあ!」

 

「芳佳ちゃん!?」

 

友人の悲鳴じみた呼び声が聞こえるが、重力に逆らう術は無い。

猫を庇おうと体を丸め、迫りくる地面に目を瞑り―――

 

 

「粗忽者。無事降りるまでが目的だろうに。お前は助けた猫を、自らの体で押しつぶすつもりか」

 

 

低く、呆れるような声が自分<<宮藤芳佳>>の口から洩れる。

宙に浮く体と右手に、何時もの違和感を右手に感じた。

恐る恐る顔を上げれば、両手で猫を抱えていた筈の自分の片腕は、確りと幹を掴んでいた。

 

「ふぇ?」

 

呆けた、声帯から気の抜けた音が口から漏れた。

それは確かに己の腕だったが、自分の意思ではない。

となれば誰か。宮藤には心当たりがあった。

 

感謝を述べるべく、その人物の名を口にする。

 

「あ、ありがとうございます、扉間さん」

 

内から響く声に宮藤が礼を述べる。

その声にやれやれと宮藤芳佳……否、千手扉間は内心溜息をつくのだった。

 

 

口口―――――――――――――――口口

 

 

宮藤家は小さな診療所を営む家系であるが、代々治癒の魔法を持つ魔女の一族である。

 

宮藤芳佳も例に漏れず、幼いながらも豊富な魔力から家族の手伝いをこなしている。

ウィッチであると言うことを除けば勉学に励みながらも将来診療所を継ぐことを

夢見るごく普通の学生である。

 

だが、そんな宮藤芳香にはある秘密があった。

 

『だから言っただろう、大人を呼ぶべきだと。

 運動音痴の貴様が猿<<マシラ>>の真似事など無理があるのだ』

 

下校の帰り道。スイカの荷を運ぶ友人の祖父が動かす荷車に揺られながら

宮藤は直接頭に響いてくる小言を前に体を丸めていた。

 

「ま、猿って……それに大人なら扉間さんが―――」

 

『ワシを勘定に数えるな、馬鹿者。文字通り手も足もないんだぞ』

 

「それはそうですけど、それじゃ先生たちに迷惑が―――」

 

『自らを危険にさらしている時点で既に教師たちは迷惑を被っているという事実に気がつけ。

 ワシが大人を呼べといったのは大人に全てを任せろという意味ではない。

 責任ある者たちに判断を仰げという意味だ。

 どの道お前に何かあれば、責任を取るのは彼ら教師たちだぞ』

 

「あ、あうう……」

 

思いつく限り反論を試みるが、その悉くを論破されればぐうの音も出ない。

事実、猫の救出劇の後に教師に呼ばれ、職員室でたっぷりと灸をすえられている。

相次ぐ指摘についには返す言葉がなくなり、宮藤は己の非を認める他なくなった。

 

「すみませんでした……」

 

『ワシに謝ったところで意味がなかろう。次はもう少し己の立場と状況を考慮してから行動するのだな』

 

しゅん、と非を詫びても扉間の小言は止まらない。

耳を塞いで逃れようにもそれは己の中から聞こえる為、逃げることもできない。

 

扉間と呼ばれる者はこの場にはいない。宮藤芳佳にのみ、その声が聞こえる。

宮藤芳佳が持つもう一つの魂。

それが千手扉間という存在だった。

 

今ではない何処か。忍と呼ばれた戦闘集団が殺し合いをしていた世に千手扉間は生を受けた。

魔法とは違う超常的な力を用いる忍の中でも強力だった千手という一族は、

志を同じくする他の一族と共に里を作り上げた。

扉間はその里の二代目里長として名を連ねるほどの男だった。

 

扉間は死後、他の忍が『卑劣な術』と忌諱する穢土転生の術により未来の世界に呼び戻され、

紆余曲折を経て忍界大戦と呼ばれた戦争を終わらせることに尽力した。

そして今生きている者達に後の世を託し、自身は浄土へと還る……はずだった。

 

しかし其れは叶わず、何故か宮藤芳香という少女の体に住み着く幽霊として彼は再び穢土にいた。

それも忍はおらず、代わりにウィッチと呼ばれる少女たちがいる世界に。

 

宮藤が扉間の存在に気がついたのは何時だったかは覚えていない。

物心つく頃には既にいたのだから、生まれた時からずっと一緒だったのだろう。

そんな奇妙な同居生活が、今の今までずっと続いている。

 

『お前の後先考えない猪突猛進振りは今に始まったことではないからその性格については

 最早何も言わぬが、傍で見ているワシの身にもなれ。

 今回の件、下手をすれば死んでいたのだぞ』

 

「そ、そうですよね。そうなったら扉間さんも一緒に死んじゃいますし」

 

『元々死んでいるワシの心配など必要ない。

 前に言っただろう。ワシは既に死人であり、お前に取り憑いている亡霊にすぎん。

 お前の体はお前の物であり、お前の人生もお前の物だ。

 口は出すが強制はせん』

 

「……勝手に体を動かした癖に」

 

『何か言ったか』

 

「いーえ。何も言ってませーん」

 

つん、とあさっての方向を向いて拗ねる宮藤に内心溜息を漏らす扉間だった。

数多くの忍を輩出してきた扉間であったが、戦争とは無縁の少女を育てるのはこれが初めてである。

 

蝶よ花よと育てるのは兄のほうが得意そうだなと考えたのも一瞬。

兄の孫娘の有様を思い出した扉間はそうでもないかと早々に否定するのだった。

 

「でも、ありがとう扉間さん」

 

ふいに、宮藤が表情を綻ばせて扉間に礼を言った。

 

『何がだ』

 

「私の事、心配してくれたんでしょう?」

 

『……』

 

皮肉に回る毒舌も、野花のような礼には弱い。

はにかみながら、嬉しそうに笑う宮藤に扉間は黙るしかなかった。

 

千手扉間は現実主義な性格である。

正しい事を是とし、夢物語は決して口にしない。

だが同時に、理想を求める事を否とすることは決してしなかった。

 

里の初代長であった扉間の兄は理想主義の気質があり、

現実主義である扉間とは幾度となく衝突していた。

だが、その考えを甘いと言いつつも扉間は兄自身の有り方を決して否定しなかった。

それは理想なくしては現実を正しく見ることはできないという考えと、

扉間自身がどこかでその理想を望んでいたからなのだろう。

 

宮藤は知っている。

だからこそ猫を助けようとする行動自体を否定はせず、私に任せ、

そして失敗して落ちる所を救ってくれたのだと。

自分が行うのではなく、私がやりたい事を見守ってくれたのだと。

 

そんな不器用な優しさに、宮藤はいつも助けられてきた。

自分の中に住むこの無愛想な住人は、

いつだって自分のことを心から心配し、声をかけてくれる。

それが宮藤はとてもうれしかったのだ。

 

宮藤芳佳に父はいない。彼女が6歳の時に家を出て、そして10歳の時に亡くなっている。

誕生日に父の凶報が届いた時、信じられずに布団の中で膝を抱えて宮藤は泣いた。

泣いて、泣いて、泣き叫んで。嗚咽で押しつぶされそうになった自分。

そんな自分を慰めるでもなく、扉間は言った。

 

―――泣くのは良いだろう。叫ぶのもいいだろう。

     その慟哭はお前の悲しみを薄れさせてくれるのだからな。

     しかし思い出せ。お前の父はお前にいつも何と言っていた。

 

厳しくも諭すように、自分の声は自分に向けて発せられていた。

その力を 多くの人を守るために。いつも父が自分に言っていた言葉。

 

だから宮藤は行動する。誰かを助ける為に。自分に出来ることを精一杯する為に。

 

『そしてその結果があの短絡的な救助活動か』

 

「だって……助けたかったんだもん」

 

『であればもう少し頭と体を鍛えるべきだな。

 お前の場合、行動にどちらも能力が追いついておらん』

 

「……扉間さん。遠まわしに私のこと馬鹿って言ってません?」

 

『やっと気がついたか、この馬鹿者』

 

「ちょ、直接言ったー! もー!」

 

父がいなくても寂しくない、といえば嘘になる。

だが自分は孤独ではないのだ。祖母がいて、母がいて、友人がいて。

そしていつも背中を押してくれる、厳しくも頼もしく、とても優しいもう一人の自分がいるのだから。

ふと気がつけば、隣で座る少女が自分の奇行を見てクスクスと笑っていた。

 

「あ……ごめんね、みっちゃん。話し込んじゃって」

 

「ううん。扉間さんにお説教されてたんでしょう? 本当に仲が良いよね2人とも」

 

「当然だよ。生まれた時からずっといっしょだもん」

 

誇るように胸を張る芳佳を見て、自慢の黒髪を風に揺らしながら

一層笑みを深くして少女は笑った。

 

共に荷駄に乗る少女の名は山川美千子。

扉間の存在を知っている只一人の人物である。

 

「調度良い美千子、お主からも言ってやれ。

 こう何度も無鉄砲に付き合わされてはお前も気苦労が耐えんだろう」

 

「へ? ……んー、私は心配してなかったよ?

 芳佳ちゃんには扉間さんがついてるの知ってるもん」

 

「お前もか……」

 

宮藤の口を借りて美千子に助力を要請するも、既に敵に回っていた。

美千子が己の存在を知ってから一年程でしかない筈だが、なぜこうも己の事を全面的に信頼しているのだろうか。扉間は不思議で仕方がなかった。

 

「扉間さんだって芳佳ちゃんが危なかったら助けるつもりだったんでしょう?

 止めるつもりなら猫を助け出す前に力尽くで止めてたもの」

 

「そもそもワシがやれば片手間で済むからな。

 尤も、こやつはワシの話を聞く前に木登りを始めおったが」

 

「え、扉間さんも助けようとしていたの? じゃあ私への説教って必要なかったんじゃ……」

 

「ワシがあの猫を助けようと考えたことと、お前が無鉄砲な行動に出たことは説教に関係が無い」

 

「み、みっちゃん助けてー! 扉間さんがいじめるの!」

 

「ダメだよ芳佳ちゃん。それにお説教を止めちゃったら私が扉間さんに怒られちゃうもの」

 

「止めてくれても良いんだよ? ……『ちなみにこやつの行動は止まらぬと分かっていたからこそ今説教をしているのだがな』 ……もう、扉間さん。私が話している途中にしゃべるとみっちゃんが混乱しちゃうよ」

 

視覚が無ければ本当に二人が会話しているように見えるだろうが、

同じ人物が口調を変えて話すその様は傍から見れば奇妙極まる光景だ。

 

事実運転をしている美千子の祖父は宮藤の事を変人認定している。

それでも荷台に乗せたり美千子との交友関係に口を挟まないのは

ひとえに宮藤の人徳なのだろう。

 

「大丈夫だよ。どっちが表に出てきているのかすぐ判るよ」

 

「すごいやみっちゃん! 何で何で?」

 

「2人とも言葉遣いが違うし、口調も違うから。

 それと……んー……ナイショ」

 

唇に人差し指を当てて微笑む美千子の艶やかさに宮藤は赤面し、扉間は黙り込むのであった。

その仕草は少し大人びたように見え、宮藤は自分が子供のように思えてしまう。

気恥ずかしくなった宮藤は目を背け、視線を移した先に見えるものがあった。

 

軍艦である。

 

砂利道を走る荷駄は小山の中腹を走っている為、大海原が一望できる。

海岸には扶桑海軍の基地があり、一隻の軍艦が停泊していた。

 

軍事基地が存在するこの地ではそう珍しいものでもない。

ただ、宮藤は軍艦があまり好きではなかった。

なぜなら父がいなくなった理由が戦争だからであり、

父を乗せて旅立ったのもまた軍艦だからである。

 

「戦争か……嫌だなあ」

 

吐露するように漏らした宮藤の言葉に扉間は何も返さない。

宮藤を通して巨大な軍艦……空母赤城を見ながら扉間は目を細めた。

港を歩く扶桑の軍人達はどこか慌しく、張り詰めた空気が漂っている。

出航が近いのだろう。

 

『何時の世も、戦いか』

 

世を愁う兄の口癖。

出港準備を進める彼らに戦いが近いことを、扉間は明確に感じていた。

 

 




堀内さんの声が脳内再生されたのならば幸いです。




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第二話

続けて投稿。絶対名前とか階級とか間違うゾ。


この世界では人類同士で戦争状態に突入しているという国は存在しない。

より正確に言えば『そんなことをしている余裕が無い』というのが正しい。

何故ならば現在人類は敵対する種族との戦争状態にあるからだ。

 

ネウロイ。

それが敵の総称である。

 

巨大な兵器の姿を模した化け物は突如として現れ、

我が物顔で世界を跋扈し人類の殲滅を開始した。

 

言葉も無く遠慮も無く容赦も無い。

感情も見せずただ蹂躙するネウロイに人類は苦戦を強いられており、

その生存圏を奪われつつあった。

 

彼らネウロイは主な兵装は赤みを帯びた光線であり、

その威力は駆逐艦程度ならば一撃で沈める程である。

 

しかし、それ以上にやっかいなのが再生能力である。

通常の兵装では穴を開けても直ぐに修復が行われ、

完全に破壊するにはコアと呼ばれる核を破壊する必要があるのだ。

 

そんなネウロイにも弱点があり、魔力を帯びた兵装によるダメージが

再生能力を大きく阻害する事が確認されている。

その為に魔力を持つウィッチは各国にて動員され、

人類は何とかネウロイに対抗できているのが現状である。

 

扶桑は極東に存在する小さな島国ながら、優秀なウィッチが多い。

故に、彼女が宮藤芳佳に目を付けたのは必然だったのだろう。

 

「あれが件のウィッチですか」

 

双眼鏡で砂利道を走る運搬車を見下ろしながら、扶桑海軍兵曹である土方圭助は

確認するように呟いた。双眼鏡から目を離し、車の助手席に座る上司へ振り返る。

 

「どこにでもいる、普通の学生にしか見えませんが」

 

「ああ。身体能力、思想理念、授業成績。どれも特筆するようなものはない。

 ごく一般的な家庭で育った普通の少女だ」

 

答えるのは軍の車両、その助手席に座る一人の少女だった。

まだどこかあどけなさが残りつつも、土方に接するそのあり方は自信と威厳に満ちていた。

 

坂本美緒。

扶桑皇国海軍に属する軍人である。

 

坂本は土方に返事を返しつつバインダーに綴じられた資料に目を通していた。

資料の内容は宮藤のプロフィールである。その中に、ウィッチとしての固有能力も含まれていた。

 

固有魔法。ウィッチの中でも少数が持つ特殊な力である。

雷を操る、敵を探知する等、その種類は多岐に渡る。

 

『固有魔法は治癒能力、若しくは身体能力の強化である』

プロフィールの最後。固有魔法欄に書かれていた調査内容に、坂本は訝しげに目を細めた。

 

―――治癒能力を明記するのはまだわかる。しかし何故身体能力強化をわざわざ挙げる?

 

ウィッチが持つ魔力は基本的に身体能力を強化するものだ。

わざわざ明記するような物ではない。

 

それを態々明記する理由が、宮藤にはある。坂本はそう感じた。

 

―――バルクホルンのような能力か?

 

同僚であるゲルトルード・バルクホルン大尉が坂本の脳裏に浮かんだ。

彼女の固有能力は怪力で、重さ100キロを超える兵器であっても

運用が可能な『怪力』の固有能力を有している。

 

彼女のような能力であれば記載されるのも頷ける。

身体能力向上の副産物が治癒魔法ならば。

坂本は車から降り、改めて眼下を走る運搬車に目を向ける。

荷台で笑う二人の少女。どうみても普通の女学生だ。

 

その二人が、唐突に体を揺らせた。

 

運搬車と荷台が くの字に曲がったのである。

道を横切る小動物をよける為、運転手が咄嗟にハンドルを切ったことが原因だった。

荷台は土手へとすべり、乗せていたスイカと共に2人は土手を滑り落ちていった。

 

「っ!」

 

まずい、と坂本は直感した。土手は急であり、落ちるスイカにあたれば骨折の危険がある。

それだけではない。運悪く土手の下には折れた木の根が生えており、

万が一あたれば大怪我を負ってしまうだろう。

 

 

―――しかし、次の光景に坂本と土方は驚愕することになる。

 

 

「な―――っ」

 

声を上げたのは果たしてどちらか。

その光景に坂本美緒と土方圭助は目を見開いた。

 

バランスを崩し道から落ちる二人。

突き出した幹に山川美千子の体が衝突する直前の出来事だった。

 

 

宮藤は投げ出された体を片手を地面に着けて体勢を整え、

次いで側転しながら大地を蹴り、転げ落ちるスイカを避けながら

美千子の体を両腕で抱きしめ地面に着地したのだ。

 

 

当然だが、身体能力を強化することは体を用いた行動が良くなることに直結するわけではない。

今の宮藤が見せた行動は体のバランス、地形の把握、山川美千子の位置を瞬時に把握し

予測から結果を導いた計算されつくしたとも言うべき動きだった。

だが驚いたのはそれだけではない。

 

―――耳が生えていない、だと?

 

基本的には魔力を用いる際には一般的に使い魔という

魔女の魔力行使をサポートする存在がいる。

そして魔力を用いた場合、ウィッチには契約した使い魔……動物の耳と尾が生えるのだ。

 

だが今の宮藤にその様子は見受けられない。

つまり、宮藤は先の一連の行動を、魔力を用いらずに行ったことを意味していた。

 

「えへへ、また助けられちゃいました」

 

腕の中ではにかむ美千子を宮藤はゆっくりと地面へ降ろす。

道路では散らばったスイカに目も暮れず、

彼女の祖父が血相を変えて土手を下っている最中だった。

 

「美千子!」

 

「大丈夫、無事だよおじいちゃん!」

 

無事を喜ぶ祖父と孫娘にホッとする坂本と土方。

何事も無くよかったと肩を降ろしたその時、宮藤が振り返った。

 

そう、二人へ振り返ったのだ。

 

「――― っ!」

 

それは冷たく、射抜くような視線だった。

先ほどまでのあどけない女学生はそこには存在しておらず、

観察する狩人のような、感情を伴わない静かな瞳が此方を見上げていた。

 

……だが、その凍てつくような視線を向けられた坂本は、笑みを浮かべる。

 

「行くぞ土方」

 

「了解です。宮藤さんの所へですか?」

 

「いや、自宅の方だ。どの道、宮藤の親族にも許可を頂く必要がある」

 

車に乗り込み、土方はエンジンを動かす。

揺れる車内とは別の力が、坂本を揺らしていた。

これはきっと、武者震いに近いものなのだろうと土方は思った。

 

「見たか土方。あの動き。凄いぞあれは。あの一瞬で宮藤の実力の一端を知ることが出来た」

 

坂本から発せられる声は、誕生日プレゼントを喜ぶ子供のようだった。

 

「戦闘中ならまだしも、あの突発的な状況であの判断と行動力だ。

 共にいたあの少女が大怪我を負うところだった手前、申し訳なくも思う。

 ……だが彼女のおかげで見ることが出来た。

 魔法を使わず『アレ』だ。ウィッチとして戦ったら一体どうなのだろうな」

 

興奮しながら息巻く上司に嫌な癖が出た、と運転する土方は苦笑いを浮かべながら同意する。

なぜならそれは土方も感じたからだ。宮藤芳佳という存在の大きさを。

戦争とは一人で行う物ではない。故に、たった一人が戦局を覆すのは不可能に近い。

 

「断言するぞ土方。『欧州が変わる』。どの程度時間が掛かるかは分からないが

 2、3年で戦局が変わる。あいつと一緒なら変えることが出来る」

 

しかし、ウィッチは。

特に空戦ウィッチの場合はこの限りではないのだ。

 

空は広いが、空の戦場は酷く狭い。

たった一人のウィッチが戦局を変えることを土方は知っていた。

それは上官である坂本美緒が嘗ての戦場で幾度となく証明させているからでもある。

 

強力な味方が現れた事を、同じ軍人の土方が喜ばないはずが無かった。

例え、本人に軍人になる意図が無かろうとも。

 

 

口口―――――――――――――――口口

 

 

扉間は時折宮藤に手を貸す事がある。

それは先の猫を救出する際や、今のような美千子の窮地のような場合に限るが

そういったときに限り宮藤芳佳が尋常ならざる動きをするのは学校でも知るものはいる。

 

調査を行った扶桑軍が、宮藤の固有魔法を

身体能力の強化と誤認したのも無理からぬ事だった。

 

小山の上を走り去る車を見上げながら扉間は小さく舌を打った。

 

―――見られたか。今の車、恐らく扶桑の軍人だな。

 

下校から先ほどの車が尾行していた事には気が付いていた。

何事も無く家まで着けば良いと考えていたが予想外の出来事だった為、

咄嗟に美千子を救出してしまった。

 

いや、救出自体は間違いではないと扉間は断言できる。

しかし考えればもっと穏便に行動できたはずだった。

 

『芳佳よ。少し厄介なことになったかもしれん』

 

「厄介って、どうしたの扉間さん」

 

『帰り道、お前を付けている奴らがいた。最初は物取りかと思ったがどうも違ったようだ。

 恐らく軍人だろう。そやつらに今の行動を見られた』

 

その言葉に宮藤は息を飲んだ。

扉間の存在を隠すという提案は他でもない扉間自身の案だった。

子供とは言えない発想、忍としての行動力。どちらを見ても常人には理解し難い物である。

 

そして人は未知を恐れる生き物だ。

扉間という人間が彼女の周囲に知れ渡ればどのような厄介ごとが

彼女に降りかかるか分からない。

十中八九、碌な目にあわないだろう。

 

扉間の世界には人柱力と呼ばれる存在がいた。

尾獣と呼ばれる巨大な獣を体内に封じた人間のことを指す言葉だ。

文字通り腹に一物を抱えた人間に降りかかった差別を、扉間は痛いほど理解していた。

 

それを知るからこそ、扉間は己の存在を秘匿するよう宮藤に子供の頃から提案していた。

 

『すまん。これに関してはワシの責任だ』

 

その提案を、扉間は今自ら否定する行動をしてしまった。

己の役割について必要な行動を取らなかった。

 

必要と有れば己すら犠牲にする覚悟。

それを生涯終えるまで決して曲げなかった扉間という男が、

今どれほど恥じているかはきっと本人しか理解できないだろう。

 

 

「その言葉は私怒るよ、扉間さん」

 

 

しかし。しかしである。

宮藤芳佳がその謝罪を許す理由にはならない。

宮藤は久しぶりに、本当に久しぶりに扉間に対して憤りを感じていた。

それは千手扉間という存在を他人に知られたからではない。

 

「扉間さんはみっちゃんを助けるのに全力だった。

 だって私が考える間もなく体が動いたんだもん。

 『そうしないとみっちゃんが危なかった』。 

 私に一言も言わないで扉間さんが行動するのは、

 決まって断りを入れる余裕が無いときだけだもん」

 

そう。宮藤は理解している。

あの扉間の咄嗟の行動がなければ友達が危なかったことを理解している。

だからこそ、宮藤は自分自身を責める扉間が許せなかった。

 

「だから扉間さんは何も悪くない。

 悪かったのは、うん。タイミングが悪かったの。きっとそれだけ」

 

たまたま誰かが私を観察しているときに、たまたま事故がおきた。

友達が悪いわけでもなく、友達の祖父が悪いわけでもなく、

此方を観察していた人たちが悪いわけでもなく、扉間が悪いわけでもない。

 

扉間のお陰で、友達が大怪我を負うところを防ぐことが出来た。ただそれだけなのだと。

なら、何も、誰も悪くはないのだと宮藤は笑う。

 

『……そうか』

 

宮藤の言葉に扉間はただ相槌を打つ。

他ならぬ宮藤自身がそういうのであれば、これ以上の言葉も不要だろう。

 

『芳佳よ』

 

「え、何?」

 

『道へ戻るぞ。探せば無事なスイカもあるだろう。さっさと片付けなければ日が暮れそうだ』

 

「……はい!」

 

嬉しそうに頷く宮藤に扉間は薄く笑みを浮かべる。そこに溜息はなかった。

友達が無事なら話は此処まで。

今後どうなるかは全く持って不明だが、一先ずスイカを片付ける為に運搬車に戻る二人だった。

 




爺ちゃんと孫。


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第三話

もうちっとだけストックはあるんじゃ。


扶桑は比較的強力なウィッチが輩出される国として知られており、坂本もその例に漏れず

数多くの戦いを生き抜いてきたベテランにしてトップエースの一人である。

 

そんな彼女が遠くブリタニア連邦から母国扶桑に戻っていたのは、スカウトの為である。

欧州では今でも人類による抵抗が行われているが、それでも戦況は芳しくない。

その為にまだ表に出てきていないウィッチを探し出し、軍に迎え入れることが坂本が帰国した理由である。

そして非軍人のウィッチを調査し、白羽の矢が立ったのが宮藤芳佳だった。

 

嘗て世話になった宮藤博士の一人娘。

どのような人物か期待していたが、第一印象は快い娘だった。

気立てが良く優しく、自らの危険を顧みず猫を救う少女。

加えて先ほど見せたあの身体能力。

情報にあった治癒能力と併せれば間違いなく強力な味方になるだろう。

きっと良い戦友になれる。

 

そんな期待を胸に秘め、坂本は宮藤に説得しようと宮藤診療所に訪れたのだが―――。

 

「…………」

 

今現在。真っ二つにされたスイカを茶菓子代わりに出された坂本は、

共に訪れた部下の土方と目を合わせていた。

 

半分。半分である。

4分割や8分割ならまだ分からないこともない。

それが半分。どうみても自分の胃袋のサイズ以上である。

 

――― 土方。これは新手のぶぶ漬けだろうか。

 

――― いえ、量が量なので長居しても良いと言う遠まわしな表現…かもしれません。

 

坂本と土方の付き合いは長い。

故に互いに目を合わせればなんとなく言いたいことも分かるのだ。

困惑しながらもスプーンですくい口に運ぶ。

シャク、という音とともに口の中に甘い果汁が広がる。

良く熟れたスイカだ。味も文句なしに美味い。

 

「あ、お代わりありますので遠慮しなくても良いですからね」

 

まだ出すのか。

台所から覗かせる宮藤の天真爛漫な笑顔には裏があるようで、2人は固まる。

やはり後をつけていたのがばれていて、怒っているのだろうか。

内心冷や汗をかきながら宮藤の内心を窺うのであった。

 

宮藤の内心は、半分正解で半分誤りであった。

扉間のおかげで2人が自分を見ていたことは知っていたが、

2人に対して何ら憤りを感じているわけではない。

 

この状況を作ったのは美千子の祖父である。

 

危うく自分のせいで孫娘が怪我を負いかけた事に対し助けてくれた礼と

危ない目に会わせてしまったという謝罪の為、畑で取れたスイカを分けてくれたのだ。

それ自体はありがたい事なのだが、問題は量だった。

 

その数、箱3つ。大の大人が両手で抱える量のスイカが入った箱、3箱である。

狭い台所に積まれたスイカの山に、宮藤とその母、祖母は苦い笑みを浮かべるしかなかった。

 

スイカは嫌いではない。嫌いではないのだが……。

 

―――この量はちょっと多すぎかなあ。

 

お裾分けは有り難いけれど、何事も限度と言う物はあるのだ。

如何した物かと思案していたところに坂本と土方が現れたのだ。

 

『人数は2人だ。先の軍関係かも知れぬな』

 

などと、どういう仕組みか人数まで分かる同居人(肉体的な意味で)。

昔から扉間はこういった、見えない所にいる生き物の気配を探るのが上手い…というより、

この同居人は最早見えているとしか思えない。

仕組みは不明だが、扉間が来客の人数を間違ったことは一度も無いのである。

 

「せっかくですしコレ出しちゃいましょう。ここは豪勢に一人半分」

 

それは新手の嫌がらせではなかろうか。

扉間は時折この思い切りの良い宿主の行動に困惑するも

どの道このままでは腐りかねないスイカの山にまあいいかと自分を納得させる。

 

そして現在に至るのであった。

 

当たり障りの無い世間話をした後。

スイカを半分ほど食べ終えたところで坂本は来宅理由を宮藤に切り出した。

 

「私を軍に、ですか?」

 

「ああ。お前が学校から自宅へ帰るときに後を付けさせてもらった」

 

この人達だったのか。と、宮藤は納得する。

軍人関係という扉間の見解は当たっていたのだ。

 

「お前も知っての通り、欧州では現在ネウロイとの交戦状態にある。

既に奴らによって滅ぼされた国もあり、今も窮地にある。

だが、お前の力があれば欧州の戦況を変えられるんだ」

 

期待と確信、そして決意を秘めた瞳だった。

宮藤に力を借りても、自分自身もネウロイ打破に

全力を注ぐと挑む戦士の顔だった。

 

その顔が、少し眩しく見える。

前を向き、何かを成そうとする人というのは

こんなにも綺麗なのかと。

 

力になってあげたいと思う。

今も欧州では傷ついている人がいる。

医者の卵である自分にも、何かができるはずなのだ。

 

……それでも。

 

「……ごめんなさい。私は軍人にはなりたくありません」

 

それでも、宮藤の答えは決まっていた。

申し訳なさそうに、そして迷うように宮藤は答えたのだった。

 

 

その日の夜。

庭に住み着いた鈴虫の音が、やけに心臓に響く。

寝間着と布団を擦らせながら寝返りを打ち、

宮藤は昼間の事を思い出していた。

 

ーーー私たちは暫くは此処を離れるつもりはない。

気が変わったらいつでも来て欲しい。

 

快い人だった。

無理強いをしない坂本も、言葉少ないながらも

一礼をして共に帰っていった土方も。

 

笑顔が綺麗な人だった。

出来る事なら力になってあげたいと思う。

 

だが。

それでも、戦争は嫌いなのだ。

父を奪っていった戦争は、宮藤にとって嫌悪すべき悪なのだ。

 

「…何も言わないんだね、扉間さん」

 

『言っただろう。お前の人生だ。お前がそう決めたのならばワシは反対せん』

 

坂本たちに断りを入れる際、扉間は一言も言葉を発さなかった。

聞けば答えてくれただろう。しかし、宮藤が何か決断をするときに

扉間が言葉を挟むことは一度も無かった。

 

「…扉間さん。扉間さんって戦争をした事あるの?」

 

『……ある』

 

びくり、と宮藤の体が揺れた。

自我が芽生える前から共に過ごした扉間に

宮藤は少なくない衝撃を受けていた。

 

「扉間さんは……その、どうして戦争をしていたの?」

 

『世が荒れていたから、としか言えん。

降り掛かる火の粉は払わねばならん。己の身を守るにはな』

 

つん、と鼻の奥が滲みる。

扉間には否定して欲しかったのだ。

戦争なんかしたことがないと。

自分は戦争なんてものは知らないと。

身近に理解者が居ないと知って泣きたくなってきた。

 

『……そういえばお前は昼間に言っていたな』

 

「何が?」

 

『帰宅時に見えた軍艦だ。芳佳よ。お前はあれを見て

呟いていたぞ。戦争は嫌だと』

 

「……そうだよ。戦争なんて嫌だもん」

 

もう放っておいて欲しかった。

早く寝て忘れてしまいたかった。

 

 

『―――同感だ。戦争などというものは好んで行うものではない。

あれはな芳佳。人が最も嫌悪すべき事なのだ』

 

 

けれども、その言葉は先程以上に衝撃を受ける事で。

目を見開いて思わず後ろを振り返ってしまう。

そこに扉間が見えないとわかっていても、

振り返らずにはいられなかった。

 

なぜならば。

怒る声、呆れる声、楽しげな声は聴いたことがある。

だが、扉間の悲しみを帯びた声を芳佳は初めて耳にしたからだ。

 

『少し、ワシの昔話をしよう』

 

思えば、扉間が自分の過去を話すのは初めての事だった。

昔を懐かしむように、扉間は語り出した。

 

『ワシには兄弟がいた。千手という一族の出でな、

ウィッチのような力を持った一族だった』

 

「扉間さん、兄弟がいたの?」

 

『ああ。弟が数人と兄が一人、ワシは次男坊よ。

能天気さで言えば兄者はお前といい勝負だ』

 

「それはなんというか……」

 

苦労してそうだなあ、と宮藤は思った。

扉間か、それとも兄者殿か。どちらがとはあえて言わないでおく。

 

『実力に差異はあれど、兄弟は皆ワシのように力を持っていた。

力を持つ者が活躍する場というのはどうしても決まってくる。

……本当に、酷い時代だった』

 

吐露したその言葉が、扉間の世界を表していた。

 

『生きるには酷な世だった。

千手という一族に生まれ、人と殺しあうことが当たり前の世の中だった。

戦争中に弟たちが皆死に、終戦を迎えることができた兄弟は兄者とワシだけだった』

 

語る姿は見えずとも、それは疲れ果てた老人の独白のよう。

…いや、事実戦争というものに疲れているのだろう。

千手扉間が生き死にの2択を迫られた時間は

一生の中であまりにも長すぎた。

 

『戦争が終わっても次の戦争だ。

兄者も次の戦争で死に、ワシも戦時に命を落とした。

分かるな、芳佳。戦争は誰かを失う。失ってしまうのだ』

 

熱が篭る言葉に宮藤はコクリと頷いた。

理解できるからだ。他ならぬ戦争で父を失った自分には。

 

「扉間さんは、どうして戦えたの?」

 

『……戦争に己の意思は関係ない。自分が戦おうとも戦わなかろうとも仲間が死ぬ。

なら「俺」は戦って里を、兄者を、慕う仲間を俺が助けると決めたんだ』

 

リン、と鈴虫が鳴く。

普段冷静な扉間からは見ることができない、

静かな森のような心。その影に隠れた火の熱量。

千手扉間という人物の内を、宮藤は確かに見た。

 

『力を持つ者には多かれ少なかれ責任が生まれる。

 ウィッチとて同じなのだ芳佳よ。

 厄介なのはな、この責任というものは背負うにせよ逃げるにせよ、

 どちらかを選択するときはやってくるのだ。必ず、な』

 

それは力持つ者の使命と言い換えてもいい。

扉間は語る。力を持つことがイコール幸福であることとは限らないと。

 

『先に言った通りお前の人生だ。好きにせよ。

 だが忘れるな。己の信念を。戦争に立ち向かうにせよ逃げるにせよ、

 ”そこ”を忘れなければどちらをとってもお前は間違えないだろうよ』

 

話は終わりだ、と。その夜、扉間が言葉を発することはなかった。

扉間も睡眠をとる。肉体が無い彼がどのように休息するのかは分からないが

きっと幽霊も眠ることが必要なのだろう。

 

まるで突き放すようなそっけない言葉。

聞く者によっては、それは宮藤が戦場に向かおうが向わなかろうが

一切興味が無いと言っているように解釈するだろう。

 

―――ありがとう。扉間さん。

 

だが宮藤は間違わない。

扉間の言いたかった事。それは昔、父を見た最後の光景。

この気持ちさえ忘れなければ、私はきっと前に進める。

 

その夜、宮藤は父の夢を見た。

似合わないスーツを着込んで困ったように宮藤の頭を撫でていた。

父との別れの日の再現だった。

 

だが全く同じではない。

宮藤の背の丈。流さない涙。

そして別れの言葉ではない。

 

「行ってきます。お父さん」

 

父の手が離れる。その顔は微笑んでいた。

父に背を向けて走り出す。そこに診療所はなく光の道。

 

―――さあ。私にできる事を叶えに行こう。

 

 

口口―――――――――――――――――口口

 

 

宮藤家の朝は早い。

診療所の準備に加え、三人分の朝食を用意する為だ。

 

台所で大根を切る母の横で、宮藤は米を研いでいた。

何年も続けてきた何時もの光景だ。

そう思うと、今から切り出す話題も緊張する。

蛇口から流れる水で張り付いた米を流しながら、呼吸を1つ整える。

 

「お母さん、私ね、戦争は嫌なんだ」

 

母の包丁を持つ手が止まった。

 

「お父さんがいなくなったのも戦争のせいだもん。

戦争がなければお父さんとずっと一緒だった。

入学式で私の姿をお父さんに見てもらいたかった」

 

宮藤は視線を落としたまま自分の気持ちを母に吐露する。

それは、父が居なくなってから久しく伝えることのなかった己の気持ちだった。

 

「お父さんは出て行った。

それはお父さんしかできないことがあるから。

とても悲しかった。お父さんがいなくなったお家は寂しかった。

あの時はそう思ってた……ううん、今でもそう思ってる」

 

でも、と。

父が居なくなった時とは違う思いが芽生えている事。

それは母に始めて伝える、今の己の素直な気持ち。

 

「今は少しお父さんの気持ちが分かるの。

お父さんだってきっと行きたくなかったと思う。

けど、お父さんしかできないことがあるって分かったから行ったんだ。

……私は力がある。戦う力じゃない。誰かを助ける力が」

 

宮藤の持つ癒しの力。この力は傷ついた人を癒すことができる。

死に行く人を救うことができるのだ。

 

「だから私は―――」

 

「行きたいのでしょう? 欧州に」

 

顔を上げる。母は微笑んでいた。

困ったように、しかし誇るように。

菩薩の笑みのようだと扉間は思った。

宮藤の心を、母は正しく理解していた。

 

「やっぱりあの人の子ね。自分が出来る事が分かると

 ダメと言っても聞かないんだから」

 

困ったように、しかし嬉しそうに宮藤を撫でる手は慈愛に満ちていた。

夫は荒事を好まない優しい男だった。

彼の研究も時代が違えばもっと人の為になる仕事だったのだろう。

世界情勢はそれを良しとはしなかったのだ。

 

だが、それでも夫のあり方は変わらなかった。

欧州が危険と知りつつ向かったのも自分が行える事を成す為だった。

誰かのために。自分だけが出来ることを。

 

同じく欧州へ向かおうとする娘は名前も知らない誰かの為に向かうのだろう。

この夫に似た優しい娘は、今も欧州で苦しむ誰かの為になりたいと考えている。

戦地に赴く意思は悲しいが、それでも亡き夫の意思が宿る娘を誇らしく思う。

 

「……いい、の?」

 

悪いことをして怒られることを恐れる子供のように、宮藤は母に尋ねる。

微笑みを浮かべた母は、懐から一枚の封筒を取り出し、宮藤に渡した。

封筒を裏返し、差出人の名前に目を見開く。

そこには父の名前が記載されていた。

 

「これ、お父さんからの!?」

 

「今朝郵便で届いたの。これを見たら貴女が欧州へ行くかもしれないと

思っていたけど、手紙がなくても貴女は決めてしまったから

隠していてもしょうがないわ」

 

母は宮藤を抱き寄せた。

暖かく、甘い匂いが鼻腔を擽る。宮藤が大好きな、尊敬する母の匂いだ。

台所の奥に祖母がいた。困ったように笑っていた。

厳しくも優しい大好きな祖母の顔だった。

 

「約束して。必ず帰って来るって。私はあの人に続けてあなたまで失いたくないわ」

 

「……うん。絶対、絶対無事に帰ってくるよ、お母さん」

 

目を閉じ、母の背中に手を回して抱きつく。

母に抱きつくのは何時以来だろう。

父が出かけた夜、子守唄を歌う母の腕で眠ったのを覚えている。

泣き疲れて眠る自分を優しく包んでくれた腕だ。

 

少し、名残惜しく感じる。

だけど、いつまでも甘えているわけにはいかない。

 

―――子供は、親の背中を見て飛び立つ者なのだから。

 

 



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第四話

原作2話に入るか入らないか。


軍艦というのは狭い居住区である。

それが数十機にも上る艦上機を積んだ空母ならば尚更だ。

宮藤は母や祖母、友人に別れを告げて父の事を調べる為に欧州へと向っていた。

 

―――よく来てくれた!

 

港で出迎えてくれたのは眼帯をつけたウィッチ、坂本だった。

肩が外れんばかりに叩かれ、狼狽しながらも父の手紙の事を話したところ

非軍人としての乗船許可をもらう事ができた。

 

戦うことは嫌だが船内の雑務はこなす事が出来る。

扶桑を離れてはや一ヶ月。

欧州に同行する代わりに空母赤城での雑務を担当している。

 

艦内清掃から数千人分の食事と洗濯。

今まで家事をこなしてきた宮藤にとっても大仕事である。

しかし元々家庭的である宮藤はそれを大変だとは思えても、苦痛と思えるものではなかった。

むしろ欧州までの旅費をこの程度で済ませてしまい申し訳ないという

気持ちすら芽生えていた。

 

宮藤が乗艦してからというものの、出される料理の質が良くなったと下士官から好評だ。

また掃除をする元気な少女として赤城艦内ではちょっとした名物になっている。

男だらけの空間では砂漠の中のオアシスなのだろう。

 

『掃除、洗濯、料理と……雑事に対しては天才的だな、お前は』

 

「……それ、褒めてます?」

 

『無論褒め言葉だ』

 

「『雑事に対して』って、それ以外はダメダメだって口に出さずに言ってません?」

 

『……』

 

黙る扉間に、宮藤は呆れ顔を連想する。それは勘違いではないと確信して。

ぶう、とわざわざ口に出す抗議をして宮藤は手に持つモップの動きを再開させる。

扉間とのやり取りも平常運転だ。

 

昼食も終わり、後片付けも済んだ宮藤は次なる仕事として甲板の清掃を始めていた。

想定では本日中に欧州の一国、ブリタニア連邦に到着する予定である。

 

『宮藤』

 

一通りモップ掛けを行い さて次はどうしたものかと思案する宮藤に

スピーカーから声が聞こえてきた。それは坂本の声だった。

 

『精が出るな』

 

「はい! 天気もいいですし、風も気持ちよくて」

 

はにかむ笑顔は蒲公英のよう。

その表情から船での生活に不自由ない事が窺える。

 

『……そこで待っていてくれ。ブリタニアの基地到着まで時間がある。

お前に見せたいものがあるんだ』

 

「? …あ、はい。分かりました!」

 

スピーカーから声が途絶えて暫くたつと、甲板の昇降台から坂本が現れた。

ただし、いつもと違い耳と尾が身体から生えている。

ウィッチが魔力を行使する際に現れる使い魔の姿だ。

足は長靴を履くかのように太ももまですっぽりと覆う金属の兵装。

ストライカーユニットだ。

 

魔法陣が輝き、先端のプロペラが回り始める。

ゆっくりと、少しずつ加速する動きは飛行機の離陸動作そのものだ。

 

甲板から離れ、重力に従って見えなくなっていく。

そして風を切る音が次第に大きくなると、空へと向かっていく坂本が目に入る。

上下左右に緩急をつけて飛ぶ姿は自由自在。

時には重力すら味方につけた優雅な動作に、宮藤から感嘆の声が漏れた。

 

『見事なものだな。鷹ですら あれほど自由な動きはとれまい』

 

世辞でもなく、大空を自由に飛ぶ坂本を見た扉間は賞賛の言葉を口にする。

ウィッチは成人を迎える頃には魔力を無くし戦えなくなるものが殆どだと聞く。

宮藤博士と写る写真をみれば、坂本が幼少から訓練を続けてきた賜物であることを窺えた。

 

「すごいや、坂本さんっ」

 

『それだけではないぞ、芳佳よ』

 

「へ?」

 

『忘れたか。船に乗る前に受け取ったあの写真を。

 あれはお前の父が開発していた道具だろう』

 

その言葉にはっとなり、再び空を見上げた。

 

母から受け取った父の手紙。

その中には一枚の写真が添えられていた。

父と少女が写った写真。

少女が在りし日の坂本であることにはすぐに気付いた。

 

彼女が脚部に装着したストライカーユニット。

それはあの写真で父と坂本を挟んで写っていた装備だった。

 

「あれを、お父さんが……」

 

『『自分にだけ出来ること』。お前の父は己が信念を正しく貫いたということだ』

 

星が流れんばかりに目を光らせる宮藤に扉間は微笑む。

誰でも家族の成功を見るのは嬉しいものなのだ。

 

飛行機雲を作りながら空を舞う坂本を見ていただが、

雰囲気が変わったのは一瞬だった。

 

―――何だ、この気配は。

 

海の向こうには地平線。

青空に浮かぶ綺麗な雲の間に、扉間は不吉な気配を感じ取った。

それはチャクラにも似ていて魔力にも似ている。

しかし異なる力の塊。

 

―――チャクラでも自然エネルギーでもない、か。

 

『芳佳よ、気をつけろ』

 

「へ?」

 

『何か来る』

 

注意を促す扉間の言葉に首をかしげる。

その言葉の持つ意味を、次の言葉で理解することになる。

 

「敵襲!!」

 

それは上空を飛ぶ坂本の叫び声だった。

同時に流れるサイレンの警報音。

 

甲板で共に空を眺めていた軍人たちが、慌しく動き始めた。

扉間は目を凝らし、地平線を睨みつける。

黒い外装に赤いライン。

そんな特徴を持つ飛行隊はこの世界でたった一つ。

 

「ネウロイ……っ!」

 

悲鳴にも似た声が宮藤から漏れる。

それは父を奪った怨敵に他ならない。

 

『芳佳よ。部屋に戻れ』

 

「え、え?」

 

『部屋に戻るのだ。ここにいては軍人どもの邪魔になる。

今、お前がするべき事は彼らの邪魔にならない事だ』

 

扉間の言葉にあたりを見渡す。いつのまにか戦闘機に搭乗する

パイロットたちが目に入った。

ここは甲板の上。扉間の言う通り、このままでは邪魔になってしまう。

 

宮藤は辺りの怒号から逃げるように部屋へと走り出した。

―――戦いが始まったのだ。

 

 

口口――――――――――口口

 

 

何処をどう走ったかは覚えていない。

宮藤が気がついた時には部屋の中におり、

壊れんばかりに扉を閉じていた。

 

へたり、と尻餅をつく。

息は荒く足に力が入らない。

初めて経験する命の危険だった。

 

四つん這いになりながらベッドへ向かう。

ふと、見上げた窓に機影があった。

赤城からネウロイ迎撃の為に飛び立った戦闘機だ。

 

―――それが、炎に包まれて落ちていく。

 

「ああ、あああ……」

 

自分は戦争を知ったつもりだったのだ。

目の前で起きている現実に圧し潰されそうになる。

 

『呼吸を整えろ』

 

それを押し止めるように、巌のような声が響く。

嵐の暴風を物ともしない重い声だ。

 

『芳佳よ、深呼吸だ。大きく息を吸い、吐き出せ』

 

「はぁ……はぁ……スゥ…ハァー…」

 

『そうだ。それで良い。

 ……何、案ずるな。海上とは言え陸地はそう遠くなかろう。

 いざとなればワシが何とかしてやる』

 

「扉間さん……」

 

その言葉にどれ程助けられてきたか、扉間はきっと分からないだろう。

少し古い口調の威厳に満ちた声。

 

そうだ、扉間さんがいれば大丈夫だ。

私が今できる事はない。ここでおとなしくしていよう。

そうすれば、大丈夫。

 

―――本当に?

 

一度落ち着いたことで思考する力が戻ってきた。

そうして思うのは、本当に自分には何もできないのだろうかという思いだ。

ここでただ閉じ籠って戦いが終わるのを待てばいいのだろうか。

 

きっとそれが正しいのだろう。

戦うのは軍人である彼らの仕事で、私の出来る事じゃない。

しかし、宮藤は心の何処かでそれを否定する。

 

『芳佳、何をする気だ』

 

「戻ります。私にもできることがあるから」

 

『自分の言っていることが分かっているのか。

魔法で軍人を治療するか? ……止めておけ。

まだ未熟なお前の魔法では治療行為を行った方が早い。

今お前にできる事は、何も無いのだ』

 

扉間が言う事は正しい。

母に及ばない自分の魔法は人を癒すには力不足だというのは理解している。

自分が手当てをするくらいなら軍人である彼らの方が早い事も理解している。

 

「うん。私にできることはないかもしれない。

 ……でも、扉間さんにはあるんでしょ?」

 

それは確信だった。

扉間にはこの戦場で出来ることがあると。

自分ならばこの状況を変えることが出来るという自信が、

先の扉間の言葉から感じ取っていた。

 

―――それを使わないのは、きっと私を気遣っているから。

 

今、この場で扉間が力を使うということが

どういう結果を齎すか、宮藤でも朧気ながら理解できる。

扉間さんが戦えば、きっと坂本さんは私の力を期待する。

私は戦場に身を投じることになる。

 

それは怖い。悲鳴を上げたくなる。心が折れそうになる。

 

……だけど、皆を守りたい。

作った食事を食べてありがとうと言ってくれた軍人がいた。

訓練でできた擦り傷を魔法で癒してありがとうと言ってくれた軍人がいた。

甲板を掃除していると手伝ってくれた軍人がいた。

 

この船に乗る、色々な人達に助けられた。

その人たちが死ぬかもしれない。それは嫌なのだ。

 

『良いのだな?』

 

その決意を、扉間が気付かぬ筈がない。

コクリ、と宮藤が首を縦に振る。

 

『ワシを顎で使うとは、お前も偉くなったものだ』

 

「えへへ。だって私の体だし」

 

冗談を交えて呼吸を一つ。宮藤は体の支配を扉間に委ねる。

少女の目から忍の目に。戦う者の瞳が宮藤の両目に宿る。

 

扉を開けて廊下に出る。目指すは甲板である。

 

『戻るの? でも軍人さんたちの邪魔になるってさっき……』

 

「ここでは見通しが悪いからな。先ほど甲板から離れるように言ったのは

戦闘機部隊の発艦の邪魔をしない為だ」

 

空母の廊下は狭い。人がすれ違える程度の幅しかないのだが、

扉間はさも平然と廊下を駆ける。

重力に囚われず壁を、天井を、階段を音も無く走る姿は

すれ違う軍人たちは扉間が通り過ぎた後に気がついていた。

 

すごい、と宮藤は声を漏らした。

ここまで自分の体を操る扉間を、宮藤は初めて目にしたのだ。

 

「丁度良い機会だ。お前にワシの術を見せてやろう」

 

 

口口――――――――――口口

 

 

ストライカーユニットに回す魔力を増やし、坂本は速度を上げる。

追随するのは空母赤城から飛び立った攻撃隊。

扶桑が誇る戦闘機の部隊である。

 

軍人としてもパイロットとしても優秀な彼ら。

しかし、相手が悪かった。

 

「自己修復……コアにまで届かんか……っ!」

 

発射される弾丸はネウロイの鎧を容赦なく剥ぎ取る。……しかし足りない。

外装を破壊して露出したコアは、すぐに修復する外装に隠れてしまう。

 

ーーー語弊を恐れずに言えば、飛行型ネウロイの対空・対地戦闘能力は

人類のあらゆる兵器の追随を許さない究極の生物兵器である。

 

あらゆる物体を薙ぎ払う光学兵装、

不眠不休で活動できる継戦性、

そして極め付けがコアを破壊しない限り治る自己修復。

 

およそ兵器として必要機能が揃っているのだ。

戦闘機では……否、戦闘機ですら歯が立たない。

 

対抗できるのは唯一無二。ウィッチによるコア破壊。

光学兵装を魔力シールドで防ぎ、ストライカーユニットで接近し、

銃弾ないし固有魔法でコアを破壊する。

 

この戦法が現在においてネウロイを撃破する基本戦術となっている。

だからこそ、坂本は是が非にでも宮藤にウィッチとして共に戦って欲しかったのだ。

多少強引にでも付いて来てくれると聞いた時は本当に嬉しかったのだ。

 

「だからこそ、宮藤は絶対に死なせん!」

 

尽きた銃を投げ捨てて背中に背負った刀を抜く。

放たれる光線に突撃するべく前進した。

 

迸る赤い閃光。しかし狙いは坂本ではない。

坂本のはるか下。坂本が放つシールドに擦りもせずに後方へ飛んで行く。

ハッとして後ろを振り返る。

 

そこには扶桑の軍艦。空母赤城。

 

「―――狙いは空母か!

まずい……宮藤ィ!!」

 

あそこには軍人だけではない。宮藤がいる。

坂本は叫ぶが行動は間に合わない。

光線の軌道は既に赤城を捉えている。

 

坂本は閃光に両断され、爆発炎上する赤城を幻視する。

赤い奔流に飲まれ爆発炎上する赤城の未来―――。

しかしそれは、突如上昇した海面によって防がれた。

 

「何!?」

 

噴火する土砂の如く。

赤城を覆うように登る海水は、ネウロイの光線を完全に防ぎ切った。

 

坂本は目を凝らす。その先は赤城甲板の昇降口。

仁王立ちする宮藤芳佳が、睨みつけるようにネウロイを見上げていた。

 

風に揺れる宮藤の髪。

その間から覗く両目には、侮蔑が含まれていた。

腕を組み、宮藤は別人のような冷たい声で一言だけつぶやいた。

 

「微温い。その程度か化け物」

 




次に貴方は『海の上でこれ程の水遁を』と言う。




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第五話

短め申し訳なく。どうしても最後の一文で締めたかったのです。
感想頂きありがとうございます。大変励みになります。



忍という存在は魔力に似た力『チャクラ』を使うことで

ウィッチの固有魔法に似た現象を発動させることが出来る。

発動された術は様々な結果を生み出すが、その事象には性質が伴う。

 

即ち、火・水・雷・土・風の五種類である。

これらは五大性質変化と呼ばれ、

基本的に忍はこれらの内先天的に合う属性を主に使いこなす。

 

より強力な忍になると複数の性質変化を用いることが出来るが、

扉間は五大全てに通じる忍だった。

 

その五大性質の中、扉間が好んで使用する術が水遁である。

文字通り水を用いる水遁は、水場であれば無類の強さを誇る。

奇しくも現在いる場所は空母の上であり、四方は見渡す限りの大海原。

つまり、水遁を最大限に発揮できる場所である。

 

 

―――― 水遁・水陣壁。

 

 

両手で組まれた印により、その術は発動した。

空母赤城を守るように海水が間欠泉のように噴出する。

ネウロイから放たれたレーザーは海水の壁に激突するが、

赤城に損傷を与えるまでには至らない。

 

『い、今の扉間さんが!?』

 

「ワシの術だ。お前に忍術を見せてやるのはこれが初めてだったな」

 

宮藤が驚愕の声をあげると同時、再度ネウロイの砲撃が迫る。

しかし破ろうにも、盾に使うのは所詮海水である。

いくら閃光を放とうとも、無尽蔵に競り上がる水の壁を超えることはできない。

 

「何度放とうと無駄よ、何せ海水は無限にある。

水上で水遁使いを相手取るのは下策の中の下策だ」

 

迫り上がる海水の壁に、いつも通りの静かな口調。

三度閃光が放たれる。数は増え、計四度の赤い閃光。

しかし、それでも水の壁を穿つには至らない。

 

甲高い音が、ネウロイから響く。

それは感情があるのならば憤怒の表れなのだろう。

ついには暴風雨のように乱射されたレーザーを、扉間は事も無げに防いでいく。

 

「他里のワシがあえて言おう。地の利を得た霧隠れの十八番、そう易々と破れると思うな」

 

上空を飛ぶ坂本はこちらが安全であると悟ったのか、

空母赤城へ向かう進路を変更し、弧を描いてネウロイの攻撃へ転じた。

 

坂本の動きが明らかに変わった。

先ほどまでの赤城を守る動きから、敵を倒す攻撃の姿勢に。

 

閃光を避け、あるいはシールドで防ぎながら

ネウロイの外殻を破壊していく。

 

―――判断は的確かつ迅速。

成る程、扶桑有数の空戦ウィッチに偽り無しか。

 

しかし、それでも倒すには至らない。

破壊された黒色の外殻は、時間と共に修復されていく。

顰め面を崩さずに舌打ちを一つ。

 

――――止めを刺すには手数が足らんか。……それにしても厄介だな。

地に足を着けぬ敵というのは。

 

世界が違えば戦いも違う。

当然ながらと理解していた扉間だったが、実際に目の当たりにすると非常に厄介だった。

長距離攻撃は嘗ても経験していたが、雲の上程の高さからの長距離は

さすがの扉間も過去経験が無い。

 

忍が相手ならば規格は違えど、相手は人間。

どれほど巨大な口寄せを使おうとも、距離を詰める事は難しいことではなかった。

 

――― 海水を空中に固定して進むか? いや、それでは時間が掛かりすぎるか。

 

戦術を練る思考の中、ネウロイの砲撃が突然止んだ。

否、他の船へと狙いを変えたのだ。

赤い閃光が護衛艦に直撃し、爆音と共に煙を上げる。

 

「奴め。この船を破壊できんと踏んで他を狙い始めたか。

 ……フン。考える知性はあると見える」

 

『ど、どうするの、扉間さん!』

 

「現状、問題点は3つだ。

 一つ、敵は高所かつ遠方にいる為有効な攻撃手段が今のワシには無い。

 二つ、この船の軍人たちを逃がそうにも水陣壁で壁が出来ている為、奴らの逃げ場がない。

 三つ、この船は守れているが他の船までは守りきれん。

これら三つの共通点として、解決するには水陣壁を解く必要がある」

 

『それで、対策は!?』

 

「消極的な手段になるが、このまま赤城だけを守りきることだ。

こちらに気を遣わないならば坂本美緒はやられはせん。

ブリタニアにも既に襲撃報告は出ているから、援軍が来るまでもう少しだろう」

 

すなわち、持久戦。

味方救援まで水陣壁を張り続け、空母赤城を守り抜く事である。

扉間は自分の術と相手の攻撃手段から、守り切ることは十分可能だと判断する。

……だが。

 

『でも、それじゃあっ』

 

「ああ。赤城以外の船を見捨てることになる。故にこの手は使えん。

いくら美緒が強くとも、攻撃手段を持つウィッチが守りに回っては返って不利になる。

状況を打開するには此方から攻めねばならん」

 

攻勢へ転じる手段に扉間は心当たりがあった。

しかしそれは水陣壁を解く事であり、空母赤城の軍人たちを守る選択を捨てる事になる。

自分一人であったなら扉間は迷う事なく選択していた外的排除優先という判断を、

今の扉間は取らなかった。

 

―――何故ならば、それは最悪の選択だからだ。

他でもない自分の宿主にとって。

今生、自分が現世にいる間は宮藤の意思を第一とする。

それが扉間が己に課した制約だった。

 

故に扉間は手段を模索する。

軍人たちの命を優先に手段を取るにはどうするべきかと。

 

宮藤は考える。自分に何ができるか。何をするべきなのか。

あたりを見渡し、ふと昇降口の穴を覗きこんだ。

 

『あれは……ストライカーユニット?』

 

そこには先程見た、機械が一つ配置されていた。

恐らく宮藤用に用意されたものだろう。

 

思い浮かぶのは父の顔。

優しく大きな手のひらは、日向を浴びる樹木のよう。

……考える時間は1分にも満たなかった。

 

『……扉間さん。もしネウロイに攻撃を仕掛けるウィッチが増えたら

攻撃が船に向かう事はない筈だよね?』

 

その言葉の真意を、聴き違える扉間ではない。

 

「飛ぶ気か、芳佳よ」

 

声は冷静そのものだった。

いつも通りの扉間の声。

焦りも驚きもなく、淡々と確認事項を述べる声。

それが返って宮藤の心に安心感を生み出していた。

 

「理解しているな。飛ぶということは『戦う』ということだ。

お前の大嫌いな『戦争』に身を投じるということだ」

 

『戦うことは嫌ですよ。

だって死ぬかもしれないし、死ななくても怪我をするかもしれない

……けれど、何もしなかったら誰かが死んじゃうかもしれない。

ううん。こうしている間にも皆が傷ついている』

 

握る拳に力が入る。

そうして少女は、男に決意を伝える。

それはきっと、悲しい決意なのだろう。

 

『覚悟なら部屋を出るときにもう決めたの。

扉間さん、私戦うよ。私にしか出来ないことをする為に』

 

声に震えはない。成すことを決めた者の声と、決意を秘めた瞳。

彼女の父が出ていくときに宿していた瞳だ。

それが少し、扉間の感情を揺さぶる。

 

「私にできること、か」

 

かつて宮藤博士が贈った言葉。

宮藤博士が家を出る最後の瞬間を、扉間も居合わせていた。

泣きじゃくる宮藤を困った顔で宥める姿は戦いとは程遠い、

戦争とは無縁であろう男だった。

 

力が強いわけでもなく特別な力を持っているわけでもなかった。

しかし、人の為に何かを成す意思を持った父親だった。

扉間をして尊敬に値すると言える男だった。

 

―――やはり血は争えんな。芳佳よ。

 

扉間は甲板から中央エレベーターの穴から飛び降りる。

高さは優に五メートル以上。しかし難なく着地し、立てかけられた銃を背負い

設置されているストライカーユニットに両足を通す。

 

そうして身体の操作を宮藤に返した。

ストライカーユニットを履いた宮藤の頭に動物の耳が、お尻に尾が出現する。

扉間には現れない身体変化。

ウィッチが力を使うときに起きる現象だ。

 

瞳には決意。

戦うと決めた意思がある。

 

甲板へ上がり、ストライカーユニットに魔力を回す。

宮藤を中心に出現したサークルは、赤城の幅を覆う程巨大である。

それは保有魔力に比例する。

ウィッチとしての宮藤の才能を表すものであり、坂本の見立ては間違っていなかったのだ。

 

『芳佳。ワシはネウロイとの戦いは素人だ。

奴の攻撃パターンは今ので解ったが、それ以外は何も知らん。

まずは先に飛んだ美緒と合流しろ。奴はワシとは違い玄人だ』

 

「はいっ」

 

『合流したら奴に指示を仰げ。『何をすれば良いのか』。

 出来ることをやり遂げ、出来ないことはするな』

 

「はい!」

 

『よし、行け!』

 

「行きます!」

 

水の壁が消えると同時、大空を駆るウィッチが征く。

内には決意。守護するは2代目火影。

 

―――宮藤芳佳、初陣である。

 

 

 




卑劣様が表に出ているときもCVは同じく福圓さんの設定です。
……なのですが、どうしても堀内さんがでてきてしまう。




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第六話

マイペース投稿。


ストライカーユニットに魔力を回し、宮藤は大空へ飛び立った。

風を受け、重力に逆らいながら自由に触れる感動がここには在り、

その感動を、宮藤はあますことなく同居人に伝えた。

 

「と、飛べた! 扉間さん、私飛べたよ!」

 

思わず後ろを振り返ってしまうのは内から聴こえる扉間の声が、

後ろから聴こえるように感じるからなのだろう。

 

『馬鹿者、前だ! 前を見ろ!』

 

へ、と気の抜けた声を出した次の瞬間、

ネウロイから多数の光線が宮藤に向かって放たれていた。

宮藤はとっさに正面へ両手を突き出し、シールドを発生させる。

 

青白く光る円のサークルは通常のウィッチと比べて二回り以上に巨大だ。

それは宮藤の潜在能力を表していた。

 

「うひゃぁ!」

 

『自分が飛べば的になるとお前自身が言ったであろうが!

まったく、ぶっつけ本番で大成功したことを誉めてやろうと思えばこれだ』

 

宮藤と共に初めて出る戦場で、まさか最初に肝を冷やす理由が

ネウロイからの攻撃ではなく宮藤からとは思わなかった。

扉間は盛大にため息を吐き、しかし内心で宮藤の成果に笑みを浮かべる。

 

―――訓練も無しに良くやるものよ。お陰で練ったチャクラが無駄になったわ。

 

もし宮藤が飛ぶことができず海に落ちるようなら、扉間は水遁でフォローをするつもりだった。

魔力を動力にストライカーユニットのプロペラは力強く回転し、身体を上へ上へと押し上げていく。

 

『まずはストライカーユニットに魔力を回す事に集中するのだ。

敵の攻撃が飛んでくる瞬間だけシールドを張れば良い』

 

「そ、そんな器用な事っ」

 

『奴の攻撃には予備動作として身体の赤いラインが光る。

それをワシが見て攻撃が来る前にお前に伝える。それならばできるだろう?』

 

「それなら……うん、それなら多分大丈夫!」

 

シールドを解除し宮藤は坂本と合流する為に魔力の出力をさらに上げた。

空でネウロイに切りかかっていた坂本もこちらの動きに気が付き宮藤へ近づこうとするが、

妨害せんとネウロイの身体が淡く光り始める。

 

『来るぞ、芳佳!』

 

「っ!」

 

扉間の声から宮藤がシールドを張るまで1秒も要らなかった。

赤く細い幾つもの閃光が、青く巨大な円を撃ち抜くために殺到する。

その手数のあまりの多さに宮藤はたたらを踏むように押し下げられた。

……しかし、シールドを貫くには至らない。

 

『己の魔力に自信を持て!

海水程度で防げたのだ、お前のシールドのほうが硬い!

ならば、防げぬはずがない!』

 

「はい!」

 

扉間の激励に力が籠る。

事実を並べただけの言葉だが、それは宮藤にとって何よりも勇気が出る言葉だ。

希望的や楽観的とは無縁である扉間であることを宮藤は知っている。

 

―――なら、絶対に防げる! 怖いけれど、逃げる必要なんかない!

 

宮藤がネウロイの攻撃を凌ぎ切る姿を、坂本は見た。

凄まじい。坂本の感想はそれに尽きる。

訓練も無しにストライカーユニットで空を飛ぶなど前代未聞。

あの強大な魔力だ。固有魔法を抜いても今後が十分に期待できる。

 

しかし坂本は気になることがあった。

先ほどの水を操る魔法は十中八九、宮藤の魔法だろう。

 

―――あいつの魔法は治癒魔法と身体強化だったはずだが……

 

不思議な奴だ、と坂本は笑みを浮かべる。

扉間が危惧していた宮藤への嫌悪感を、坂本は全く有していなかった。

たとえ能力が不明でもウィッチとして将来有望。

性格は天真爛漫で料理炊事洗濯を好み、しかし自分の意志を確りと持つ。

坂本が気に入らないはずがなく、むしろ宮藤が周囲から嫌悪の対象になるようならば

自ら盾になる事も厭わないつもりでいた。

 

……そして、それを見越して扉間が本格的に行動をするようになったことを、坂本は知らない。

言わぬが花だろう。

 

「坂本さん、私も手伝います!」

 

合流するなり告げた宮藤の言葉に、坂本はきょとん、と一瞬目を丸くした。

先ほどまで水の壁で空母一隻を守り抜いていた者には見えない。

この、あどけなさの残る少女にいったいどれだけの秘密が隠されているのか。

 

「先ほどの水の壁はお前の能力か?」

 

「へ? あ、えっと……」

 

「いや、今は良い。先にあいつを片付けるぞ」

 

坂本は刀の切っ先をネウロイに向けた。

ネウロイはエイのような形をしており、切っ先は尾の付け根当たりを指している。

宮藤は扉間の術を追及されなかったことに、ほっと胸を撫でおろした。

だが自分は今戦場にいることを思い出し、真剣に坂本の言葉に耳を傾ける。

 

「先ほどから見ていたと思うが、ネウロイを倒すには外殻をいくら攻撃しようが無駄だ。

コアがある限り外殻は直ぐに修復されてしまう。……逆に言えば、コアを破壊すれば

どの様な巨大なネウロイでも一撃で破壊することができる」

 

ウィッチがロッテ……二人組を組む時に使う戦法はいくつかある。

宮藤が初の実戦だという事を考慮し、坂本が選んだ戦法は一人が囮に、

もう一人が止めを刺すオーソドックスなものだった。

自分が囮になることで、宮藤の負担が少なくすることが理由である。

 

彼女が身を呈しウィッチとして空に上がったため、軍艦を狙ったネウロイの攻撃は

完全に停止し、坂本と宮藤を狙った攻撃が主体になっていた。

 

坂本が所属する第501統合戦闘航空団はブリタニアの最前線だ。

既に援軍要請も出しているため、到着までもう少しのはずと坂本は踏んでいた。

そこまで持ちこたえられるかがカギだったが、それも宮藤がいるお陰でかなり余裕が持てる。

 

だが、どちらかといえば好戦的な部類に入る坂本である。

攻勢を続けることで軍艦から遠ざける狙いも もちろんあったが、

可能であるならばここでネウロイを破壊したいとも考えていた。

 

「了解です。……あ、坂本さんこれ、予備の銃です」

 

「ありがとう。だが私にはコレがある。銃はお前が使え」

 

既に弾切れを起こしていて銃は無いが、坂本は戦闘継続が可能だった。

それは坂本の基本戦闘スタイルが銃と刀を使用した独特な形だからである。

 

「では、行くぞ!」

 

「はい!」

 

ストライカーユニットへ通った魔力が激しくうねり、坂本はネウロイを肉薄する。

閃光を避け、あるいは防ぐその姿は空戦ウィッチの理想の動きだ。

 

刀の切っ先を撫でるようにネウロイに当てる。

互いの速度が乗ればそれは腕を振るわなくても十分な威力になる。

そして削るように砕けた外殻からネウロイのコアが現れた。

 

赤く淡い光を帯びた、宝石のような物体。

宮藤はどこか人を魅了するような、不気味な印象をコアに持った。

 

「―――っ!」

 

呼吸を止め、狙いを定めて宮藤は引き金を引く。

乾いた音が連続して生まれ、弾丸はネウロイに向かって進んでいく。

それは外殻にいくつも当たり、新たな破片が生み出される。

 

コアに当たらないことに宮藤の顔に焦りが浮かぶが、

対して坂本は穏やかな表情だった。

 

「いいぞ、良い腕だ。……宮藤、焦るな! 標的に当たっている!」

 

それは鼓舞の為でも慰めの為でもなく、坂本の賞賛だった。

身体が不安定なストライカーユニットで照準を付けて狙うのは難しい。

ストライカーユニットで空を飛ぶことはおろか、銃すら撃ったことが無い

ウィッチとしては上出来な成果だった。

 

―――宮藤をスカウトしたのは大正解だ。ミーナ、これはとんだ拾い物だぞっ。

 

同僚のウィッチに早く伝えてやりたい。

今だネウロイとは戦闘中であり、劣勢であることには変わりがないとしても

これから宮藤がどれほど活躍してくれるのかに思いを馳せる坂本だった。

 

 

口口――――――――――口口

 

 

「どうしよう扉間さん、全然当たらないよ!」

 

『落ち着け。坂本が言った通り、初めてにしては上出来だ』

 

坂本が外殻を削り、宮藤が狙う。しかし、弾丸はコアの周囲の外殻へ逸れていく。

焦りが焦りを生む。坂本の言う通り、腕は悪くないのだ。

ストライカーユニットの操作も、魔力保有量も並みのウィッチの比ではない。

宮藤が将来、トップエースの一人に数えられることは間違いないのだろう。

 

だが往々にして、能力向上が現実に追いつけない例は存在する。

戦場などがその典型的だ。

将来有望な若者が芽吹く前に消える姿を扉間は何人も目にしている。

 

空戦ウィッチとしての時間。

宮藤に足りないのはただそれだけだった。

 

―――坂本さんに手伝ってもらってるのに、扉間さんに助けてもらってるのにっ。

 

自分のふがいなさに思わず下唇を噛み締める。

そんな宮藤の心に、さらに負担となる出来事が生じる。

赤い閃光が、坂本に直撃したのだ。

 

「坂本さん!」

 

『いや、大丈夫だ。シールドで防いでいる』

 

悲鳴のような呼び声が、宮藤から漏れた。

安心するよう伝える扉間だったが、坂本の状態が決してよくない事は直ぐに解った。

 

―――まずいな。美緒に疲弊の色が見えてきている。

 

坂本はここまで友軍機部隊と発艦してから戦闘状態が続いている。

普段ならば坂本にこれほど疲れが見えることはない。

しかし今回は単独のウィッチで戦闘を行い、墜落する戦闘機の追撃防止、

軍艦の防衛に囮としての行動と、ウィッチ一人が行うには明らかにオーバーワークである。

 

特にシールドの連続使用が坂本の魔力消費に拍車をかけていた。

遠因の一つは、扉間が空母を水陣壁で守り抜いた事だった。

攻撃が空母赤城に集中した結果、護衛艦への被害は数隻で済んでおり、

その大半は未だネウロイへの攻撃を中止し撤退行動に移っている。

 

残存する艦隊が多い為、坂本は護衛艦へ向かう攻撃を防いでいた。

そう、防いでしまっていた。

 

もし、軍艦の数が少なければ坂本も最低限のシールドで済ますことができただろう。

しかし、坂本は全艦の被弾軽減を選択した結果、魔力限界が近くなっていたのだ。

 

その判断を扉間は愚かと断じることはない。

 

確かに場合によっては仲間を切り捨てる覚悟が必要になる場合はある。

小を切り捨て大を助ける選択。

何かを犠牲にしなければ事をなすことが出来ない状況。

戦時ではよくある話だ。

宮藤は知らないが、扉間はかつて自ら『切り捨てられる側』に立つことを選んだ男だった。

 

その扉間が思うのは、『今ではない』という考え。

坂本の消費は激しいが、それは援軍が確実視されているという状況からの判断。

たとえ自分が力尽きたとしても仲間が必ず駆けつけてくれるという確信からだ。

かつて扉間が生きた時代を考えればこの程度の劣勢、幾度となく経験済みである。

 

『芳佳よ、ワシに一つ案がある』

 

 

口口――――――――――口口

 

 

眩い赤い閃光を、青いシールドが防ぐ。

坂本の身体は流れるようにネウロイの攻撃から身を守る。

幾百幾千と繰り返した行動だ。頭で考える前に体が動く。

 

「―――っ、さあて、どうしたものかな」

 

汗を拭いながら苦笑いを浮かべ、坂本は次の一手を考える。

 

宮藤の攻撃がコアに直撃しないのは、外殻が破壊されコアが露出すると

ネウロイが身体をひねる事も理由の一つだった。

 

ネウロイは無機物だが、学習能力はある。

パブロフの犬のように同じパターンの攻撃を繰り返した結果の条件反射だ。

これ以上は同じ結果しか得られないと判断し、仲間の救援を待つ形へと作戦を切り替えていた。

 

幸い、扶桑の軍艦は撤退が完了している。

これならば最悪被害は最小限に止めることができる。

その最小限の被害に、坂本は自身を含めていた。

そうなると問題は宮藤をどう説得するかだ。

 

―――あいつのことだ。一人で逃げろと言って聞きそうにないな

 

その考えは正解である。

宮藤芳佳は一度言い出したことを簡単に撤回するような人間ではない。

それは扉間相手でも同じであることが、いかに頑固であるかが伺える。

 

そしてふと気が付いた。

 

「宮藤?」

 

宮藤がいない。

つい先ほどまでは飛んでいたはずだ。

シールド防御と周囲確認に一度視界から外した程度の時間。

 

流れ出る汗が、急激に冷えていく。

嫌な考えが頭によぎる。まさか、目を離した隙に撃墜されたのか。

 

耳につけたインカムで宮藤に連絡を取ろうとして、思い出す。

宮藤にインカムは渡していないのだ。

ネウロイの閃光を避けつつ空を、海を見渡し宮藤の姿を探すが見当たらない。

 

「宮藤、どこだ……宮藤ィ!」

 

大声を上げて空を見上げる先に、ネウロイの姿があった。

外殻の赤いラインが淡く光る。それは攻撃のサインである。

だが坂本が眉をひそめたのは、それが理由ではなかった。

 

「なんだ……?」

 

ネウロイの背後。太陽の横にキラリと光る物体がある。

それは徐々に大きくなっていき、落下してきていることが良くわかった。

轟音が発生したのはその次の瞬間である。

 

――――――隕石が、ネウロイに直撃した。

 

「なぁ!?」

 

らしからぬ素っ頓狂な声が、坂本から漏れた。

それは隕石だと思った物体が、先ほどまで探していた人物だったからである。

 

隕石などではない。

シールドを張った宮藤が、上空からネウロイに向かって一直線に突撃したのだ。

坂本が間違うのも無理はない。

彗星が落ちてきたと見間違えるばかりの速度だったのだから。

 

外殻は一瞬でヒビだらけになり、たまらずネウロイからも甲高い音が鳴り響く。

それは悲鳴なのだろう。

 

―――重力と推進力を乗せたシールドバッシュ。

それが扉間の考えた戦法だった。

 

無謀に思える案だったが、扉間は一発逆転の可能性だけで提案したわけではない。

 

宮藤のシールドは巨大なことに目が行くが、その守りについても

他のウィッチと比べ非常に強固である。

 

ならば攻撃に転用できるという考えに至るまで時間はそう必要なかった。

 

それらに加えネウロイの攻撃による水陣壁の疲弊具合、

防御によるシールドの強度、

そして弾丸による外殻強度。

 

全て確認した上で可能だと判断したからこその攻撃方法。

しかも難しい操作を一切省き、シールドとストライカーユニットの出力のみに限定することで

シンプルに行動を纏めることができ、経験が浅い宮藤でもその身に持つ強大な魔力を

最大限に活用する事ができる。

 

問題はネウロイに直撃させるための角度だが、扉間がネウロイの飛行速度と

宮藤の落下速度から方向を計算し、宮藤に伝えることによって補う事ができる。

 

扉間を知る者は言う。他の忍に追随を許さない忍術の使い手だと。

しかし真に扉間を知る者は言う。

冷静な判断力と大胆な行動力。術ではなくその思考こそが千手扉間が千手扉間たる所以であると。

 

『ようし、手ごたえありだ! 小細工はいらん! 

お前の盾は巨大な鎚でもある、推進力とシールドの維持に全魔力を回せ!

今や重力すらお前の味方だ!』

 

「うあぁぁーーーーっ!!」

 

裂帛の気合を以て、宮藤は出力をさらに上げる。

その威力に外殻はヒビだらけになり、ネウロイの巨体はくの字に折れ曲がる。

 

「何て奴だ、シールドをネウロイに叩きつけるとは……」

 

感嘆の声が、坂本の口から漏れた。

理論上は可能であるし、ウィッチで実践した例も存在する。

だが、普通の感覚では実践しようとは思わない。

シールドとは攻撃から身を守る文字通りの盾なのだ。

 

「いっけええええええぇぇぇーーーーー!」

 

宮藤のシールドがネウロイを貫く。

左翼の付け根部分に直撃した為、ネウロイの身体を構成する外殻の大部分を破壊した。

 

破壊した外殻は7割以上。ネウロイの身体の殆どが形を成していなかった。

宮藤は推進力を失い、重力にひかれて落下していく。

見上げれば、コアが鈍く光っているのが見える。

 

「ダメ、コアが壊れてないっ。これじゃあ……」

 

コアを破壊しなければネウロイは倒せない。

たとえ外殻の全てを破壊されようとも、ネウロイはコアがあれば復活する。

 

『―――いや、詰みだ。よくやったぞ、芳佳』

 

外殻で防いでいたコアが露出する。

修復は始まっているが、時間がいる。

 

―――その絶好の機会を、坂本が見逃すはずがない。

 

一直線にネウロイへと吶喊した坂本は外殻を攻撃していた時と同じように刀を振るう。

違うのは、これが勝負を決める最後の一撃であること。

扶桑刀がコアを滑り、真っ二つに切り裂く。

 

キン、という金属音が一つ。

二つに割れたコアは四つ、八つと割れていき、光の破片となって砕け散った。

その光景を、重力に引かれながら眺める宮藤は、綺麗、と吐露するように呟いた。

ネウロイの欠片は光を反射し、空を見上げているのにまるで海を眺めているようだった。

 

『絶景を楽しむのは構わんが、そろそろ足に魔力を回せ。

この高さから落ちると痛いではすまんぞ?』

 

「……へ? え? あ、わわわっ!」

 

我に返った宮藤はジタバタと身体を揺らしながらストライカーユニットに魔力を回す。

重力落下が止まり、ホッと胸を撫でおろす宮藤に、いつもの扉間の小言が始まる。

 

『全く。最初は無様を晒したのだ。最後くらい気を引き締めることができんのか、お前は』

 

「う~……ごめんなさい」

 

せっかく頑張ったのにお説教がはじまっちゃった、と肩を落としてため息をひとつつくが、

続く扉間の声は宮藤が思っていたものではなかった。

 

『だがまあ、よくやった。目標は撃破、お前が出撃してからの味方損害はゼロだ。

初戦闘にしては十分すぎる成果だろうよ』

 

見ろ、と言う言葉に宮藤は視線を向ける。

眼下には、戦線を離脱していった軍艦が幾つも見えた。

先に撃ち落とされた戦闘機部隊を回収したのだろう、空母赤城には毛布に包まった

軍人が幾人も見える。そんな彼らが、手を、あるいは帽子を振りながら

宮藤の健闘を讃えていた。

 

『誇れ。そして手を振ってやれ。お前が守った者たちだ』

 

もし扉間に身体があったのならば頭を撫でられる自分を、宮藤は幻視した。

それはきっと、整えた髪の毛が乱れるような乱暴な手つきで。

 

「私が……」

 

『お前は戦う道を選んだ。逃げる道もあっただろうが、お前は進むべき道を選んだのだ。

どちらを選んでも苦難がある。ならば、この程度の報酬があっても罰は当たらんだろう』

 

「……はい、はいっ!」

 

形に残らない無形の報酬。

それでも、選んだ道は間違いじゃないと宮藤は目を潤ませて返事をした。

 

 




フォローに回った卑劣様は木の葉にて最強……っ!



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第七話

こっそり投稿。まったり更新。
……魔法の解釈、間違ってないか心配です。

2019/11/11追記:
誤字報告ありがとうございます。機能の使い方を理解しました。
とても便利な機能です。……というより、多くの人に指摘いただいた事を
今の今まで放置していたことが大変申し訳なく思います。



「お疲れ様。散々な帰郷になったわね」

 

第501統合戦闘航空団司令部で、ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ中佐は

部下であり親友でもある坂本の帰還を冗談を交えて労った。

 

ブリタニアのドーバー海峡に作られたこの基地は欧州最前であり、

ネウロイ相手の出撃には事欠かない。

この程度の緊急出動は日常茶飯事だ。

 

「全くだ。だが、あの襲撃で宮藤の力量も確認できたからな。悪いことばかりでもなかったよ」

 

肩をすくめて笑う坂本に、ミーナもつられて笑みを返す。

意識を切り替えるように紅茶で口を湿らせた後、手元に用意された資料に目を落とした。

 

それは宮藤の経歴書だった。

生まれ、年齢、所属といった内容が羅列されており、固有魔法の項目に目が映る。

 

「治癒魔法もしくは身体強化、ね」

 

「ああ。最初はバルクホルンに近い能力かと思ったんだがな」

 

「違うの? 扶桑軍の調査班が間違えるとは思えないのだけど……」

 

「いや、そこは合っているのだと思う」

 

言葉を濁す坂本だが、それは不信感からではなく表現に困っているからなのだろう

苦笑いを浮かべていた。

 

「身体強化を第三者にも行うことで治癒が発動している、というのが私の見解だった。

そう考えればあいつの身体能力も納得ができる……はずだったんだがな。

先のネウロイの戦闘であいつは海水を操ったんだ」

 

「海水? 宮藤さんが?」

 

「ああ。それもネウロイの攻撃を防ぎきるほどの、な。

 そっちの報告書を見てくれ。今回の戦闘の報告書だ」

 

ミーナ達 第501統合戦闘航空団が現場に駆け付けた時にはすでに戦闘は終了していた。

危ういながらもストライカーユニットで空を飛ぶ宮藤を見て驚きはしたが、ネウロイを撃破したウィッチは坂本であると口頭での報告が上がっていたため坂本がほぼ単独で撃破した、というのがミーナの予想だった。

それは宮藤が初戦闘であり、実戦経験がないためでもある。

 

手に持った紅茶を落とさなかったのは、先に坂本から話を聞いていたからだろう。

 

報告書にはネウロイの攻撃を巻き上げた海水で防ぎ、

初飛行からシールドで突撃して外殻を剥がすというベテランのウィッチでもそうは見ない、豪快な戦果が記録されていた。思わず坂本へ顔を向ける。

 

「事実だ。私を始め扶桑海軍の軍人多数が目撃している」

 

悪ふざけが成功した子供のように、口元に手を当てて笑みを浮かべる坂本に恨めしそうに目を細めるが、ミーナは改めて報告書に目を向ける。

 

「でも、あり得るのかしら……。固有魔法を複数持つウィッチなんて」

 

固有魔法を持つウィッチは主に念動系、感知系、攻撃系の3つに分類される。

例えば、坂本は右の魔眼でネウロイのコアの位置を特定することができる感知系であり、

同僚のエーリカ・ハルトマン中尉は大気を操ることができ、これは攻撃系に分類される。

 

宮藤の治癒魔法・身体強化は念動系だが、水を操ったのならば攻撃系に分類される。

 

「あり得るのだろう。事実、宮藤が行っているからな。

宮藤の家系は代々治癒魔法を使える一族だ。それも生涯な。

もしかすると治癒魔法は宮藤家系の能力で、水を操る能力は宮藤自身の能力かもしれないな」

 

暴論かもしれないがそれも一つの論か、と吐露を一つミーナは吐く。

 

実際は宮藤の固有魔法が治癒魔法であり、扉間が操った水は厳密には魔法ではなく

忍術であり、身体強化は扉間の動きが速すぎるため扶桑軍の調査班が見誤ったからだ。

しかし、調査班の落ち度にするには無理がある真実だった。

 

「どうだ、面白いだろう?」

 

「貴女ね……」

 

ミーナの反応が心底楽しいのだろう。読み終えたミーナに駆け寄った坂本は

報告書を奪い取って目を通し始めた。

普段ならば報告時にここまでの態度を、坂本はとらない。

 

「困ることはないだろう。初戦であれほど戦えたウィッチが仲間になるんだ。戦力強化は間違いないぞ?」

 

「それは、そうだけど……」

 

坂本のお墨付き、というのはミーナからすればこれ以上ない信頼である。

事実ミーナとしてもうれしい限りなのだ。強力なウィッチが配下に加わるというのは。

 

「では私はこの辺で失礼する。宮藤に入隊について説明をしてやらないといけないからな」

 

「へ? あ、ちょっと美緒! お願い彼女の事をもう少し詳しく―――」

 

言うが早く、無情にも閉まる扉。止めようと伸ばした手は宙に浮き、力なく机に着地した。

後には静寂。積もり積もった書類の一部が倒壊し、ミーナの手を覆う。

 

「宮藤さんの報告書、上にあげるの私なのよ……」

 

こんな情報、どう纏めろっていうのよ。

素直に宮藤の配属を喜べない理由が書類にある。

親友のマイペース振りに本日何度目かわからないため息が、

基地司令ミーナ中佐の口から洩れるのだった。

 

 

 

口口―――――――――――――――口口

 

 

 

翌日。

改めてストライクウィッチーズの編入挨拶の為、宮藤は会議室の席の前に立っていた。

机が皆同じ方向に並び少女たちが座る光景は教室のようにも見える。

まるで転校してきたみたいだなあ、と宮藤は呑気な考えをしていた。

 

―――皆、年端もいかぬ娘ばかりか。難儀なものよ。

 

魔女として力を使えるのは若い少女だけであり、歳を重ねるにつれて衰えていく。

老いてもなお魔力を扱える宮藤の家系が稀有なのだ。

話では聞いていたが、いざ目の当たりにすると物言わぬ嫌悪感が扉間を襲う。

その正体は不甲斐なさ。他の誰でもない、扉間自身に対しての感情だ。

戦場に身を置いていた者の感傷か、と内心で溜息を吐く。

 

席に座る少女たちを見れば、様々な人種のウィッチがいた。

興味深そうに見つめるリベリアンのウィッチ。

どこか思いつめた表情で目を背けるブリタニアのウィッチ。

親の仇を見るように親指を噛みながら睨むガリアのウィッチ。

 

『…………』

 

睨まれている。何故か睨まれている。

金糸のような綺麗な髪が整った顔<<かんばせ>>に映える見目麗しい少女なのだが、表情としぐさが見事なまでに全てを台無しにしている。

なにせ、扉間が軽く引くレベルの眼力で睨みつけているのだから。

 

「睨まれてますね」

 

『睨まれているな。……芳佳よ、何をやらかした』

 

「いつも一緒なんだから解って言ってるよね。扉間さんじゃないの?」

 

横にいるミーナに聞こえない程度の小声で宮藤は抗議する。

 

『心当たりが全くない。何故だ……何故睨まれるのだ』

 

うーん、と首をかしげる祖父と孫だった。

切り替えるように乾いた音が二つ鳴る。ミーナが手を叩いた音だ。

 

「はい、それでは皆さんそろったところで新人の紹介に入ります。

坂本少佐が扶桑皇国から連れてきてくれた宮藤芳佳さんです」

 

「宮藤芳佳です!よろしくお願いします!」

 

勢いよくお辞儀をする宮藤に対しての反応は十色だが、学校のように拍手はされなかった。

501統合戦闘航空団の面々がマイペースの塊であることを知るのは暫く先の事である。

 

「はい、宮藤さん」

 

「ミーナ中佐、これは?」

 

手渡されたのは一つの箱だった。

両手で抱えられる程度の茶色の箱で、宮藤の名前が記載されている。

 

「書類、階級章、認識票はこの中に入っています。書類は記載し終えたら私の所まで持ってきてください」

 

「は、はい……」

 

返事を返した宮藤は、箱の上に置かれた拳銃に目を向けた。

徐に手に取り一通り眺めた後、扉間に小さく声を掛ける。

 

「使います?」

 

『要らんな。ネウロイ用ではなく、対人用の護身……というよりは牽制用だろう。手慣れた者ならば有用だろうが、ワシならまず相手の意識を刈り取るな』

 

「……」

 

『冗談だ』

 

冗談には聞こえないんですけど。時折真顔で言う冗談をここで言わなくてもいいのにと、宮藤はため息をついた。しかし、確かに考えれば宮藤が拳銃を相手に向けるより扉間が相手を制圧する方が早い。もし相手が銃を持っていたとしてもそもそも宮藤のシールドは貫通できない為、やっぱり要らないかという結論が宮藤の中で出来上がっていた。

 

「宮藤さん?」

 

「大丈夫です。使いませんから」

 

「でも、何かあったときには必要よ?」

 

「いえ、倒す方が早いみたいなので」

 

扉間さんが、という言葉を続きそうになり思わず口に手を当てる。

ミーナが口をぽかんと開けたまま受け取った拳銃を落としかけていた。

目線で辺りを見渡せば、他のウィッチ達が目を丸くして此方を見つめていた。

 

『……今の言い方だとお前が暴徒を鎮圧するように聞こえるな。まあ、ワシがやったところで評価は変わらんから別に良いだろうが』

 

「よくないです! えっと、違います! 今のは違うんです!」

 

自分が口走った言葉がどう捉えられたのか理解した宮藤は弁明に声を荒げるが、それは坂本の笑い声にかき消されるのだった。

 

「さて、宮藤。施設案内もいいがその前に行くところがある。ついてきてくれ」

 

「行くって……どこにです?」

 

一頻り笑った坂本が今だ抗議を続けている宮藤に声を掛ける。

哀愁を漂わせながら、何処か言い難そうにしている。ここ数カ月船の上で坂本と過ごしてきたが、それは珍しい表情だった。

 

「ああ。――――――博士の、墓だ」

 

 

口口―――――――――――――――口口

 

 

坂本に案内された宮藤博士の墓はブリタニアの海崖に立てられていた。

簡素な西洋式の石造りで、あまり清掃はされていないようで少しだけ草木が覆っていた。

人里離れた研究所はネウロイの攻撃で既に土台の煉瓦しか残っておらず、

そもそも戦災で行方不明になった宮藤博士は死亡扱いとされている。

 

つまり、遺体はこの墓の下にはないのだ。

それでも墓が建てられたのは、人々が彼の死を悼んでのことなのだろう。

自分の父親が慕われていたことに、宮藤は少しうれしくなった。

 

「お父さんが家を出たのが小学校の入学式で、連絡が来たのが10歳の誕生日。それで手紙が届いたのが2ヶ月前かあ。……間が悪いなあ、お父さん」

 

『昔から少し間が抜けたところがあったからな、お前の父は。親子だからお前もよく似ている』

 

「えへへ……」

 

馬鹿にした言い方だが、それが扉間なりの励ましなのだということは直ぐにわかった。

しかし父の死を実感してしまったからだろう、その笑い声には力が無い。

 

「お父さん、やっぱり死んじゃったんだね」

 

『ああ。遺体が見つかっていないとはいえ、5年近く生存報告がない以上は亡くなったのだろう』

 

下手な慰めはかえって傷つける。扉間なりのやさしさだ。

そっか、と返事をして石に指を走らせる。墓を前にして、改めて父の死を理解した。

扉間が以前言ったことがある。墓は死者の為の者ではなく、残されたものが心の区切りをつける為のものなのだと。

 

『泣きたければ泣け、芳佳。慟哭は心の安定に繋がるからな。親しい者を亡くして泣く事は悪いことではない』

 

それは扉間を知る者からすれば意外な言葉だったかもしれない。

戦場では仲間の死に嘆く事すらできなかった。弔えるだけ上等なのだ。

しかしそれは扉間の生きた世界の話だ。宮藤が習うには酷すぎる。だからこその言葉だった。

 

「扉間さん、覚えてる? 10歳の誕生日のときも同じ事言っていたんだよ?」

 

『む、そうだったか? ……いや、そうだったな。お前とも長い付き合いになったものだ』

 

右手が宮藤の意思に反して動き、乱暴に頭を撫でた。

普段は危険が迫らない限りは取らない扉間の手だ。

自分の手なのに宮藤にはとても大きく感じられた。

 

『泣け芳佳。お前は忍びではない。耐え忍ぶ必要は無いのだ』

 

両手で身体を抱きしめて、宮藤は泣いた。

それはきっと、自分の中にいるもう一人の家族に抱きつきたいが為の抱擁だった。

 



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第八話

大体原作三話あたり。



いつも通りの日常だった。

朝起きて、当番だった朝ご飯の用意をして、訓練をして。

違うといえば坂本少佐が戻られる事を知ったペリーヌさんが嬉しそうにしていたことくらい。

それが主人を待つ子犬みたいだな、と私はちょっと失礼なことを思っていた。

 

そうして流れる警報のサイレン。

ネウロイが坂本さんが乗る扶桑の軍艦に現れたと聞いて、私たちは出撃した。

これもまた私の日常だ。

 

現場に到着すると、ネウロイはもう倒し終わった後だった。

坂本少佐と一緒に初めてみるウィッチの女の子が飛んでいる。

新しい仲間だ、と少佐は紹介してくれた。

 

詳しい挨拶は基地に戻ってからだと言っていたけど、訓練無しで飛ぶことができたと聞かされた。

すごいな、と思う私に向かってその子は挨拶をしてくれた。

会釈だけで終わってしまった初めての挨拶だったけれど、笑顔がとても似合う女の子だ。

 

あの子はきっと、すぐに私を追い抜いていくのだろう。

ううん。もう追い抜かれているかもしれない。

本番に実力を出せない落ちこぼれと、訓練無しに飛べた天才。

どちらが優秀かなんて比べる必要は無いと思う。

 

―――そこに恨みはないけれど。

向日葵みたいに笑うあの子が、私はとても羨ましかった。

 

 

 

口口―――――――――――――――口口

 

 

 

 

体内時計というものは人が考えているより正確で、就寝時間が同じであるとほぼ同じ時刻に目が覚めるものだ。

幼いころから朝食を母や祖母と共に作っているため、宮藤にとっての目覚めは夜明けである。

 

「……」

 

上半身を起こしてぱちぱちと二度ほど瞬きをした宮藤は大きく欠伸をする。

第501統合戦闘航空団作戦基地で迎える2度目の朝だ。

空母赤城での2ヶ月は波打つベッドだった為か、身体が陸の寝具に馴染むにはまだ時間がかかりそうである。

 

「おはよーございます、扉間さん」

 

『ああ、おはよう』

 

背伸びをしてから身体を前に倒す。

柔軟をしながらの挨拶も、もう十年以上経つ。

宮藤の身体に居ついているため朝の挨拶は扉間が最初である。

 

「そっか……。ブリタニアに着いたんだっけ」

 

窓の外を覗けば小鳥が群れを成して飛んでいるのが見える。

海の上では地平線がいつもの光景だったため久しぶりの光景だ。

波に揺られている期間が長かったためか基地に到着して早2日だというのに身体が未だ慣れていない。

短いようで、長い2ヶ月間だった。

 

「あ、朝食の準備……」

 

『当番制と説明を受けただろう。お前の出番はまだ先のことだ』

 

「そーでしたー……」

 

目を擦りながらベッドからおりてスリッパを履く。

朝食は朝七時。まだまだ時間はあるだろう。

かといって日は出ているし、二度寝するには時間が足りない。

 

そこで宮藤は当番制という扉間の言葉を口の中で反復する。

自分の担当日以外は他の隊員が料理を作っているという事だ。

扶桑の学校では弁当製だったので、家族ではない者の料理を口にするのは結構久しぶりである。

 

「んー」

 

だが病気などで自分が作れない場合はいざ知らず、誰かに作ってもらうと言うのは宮藤にとっては気が引けた。何より、料理は自分のライフワークなのである。

 

『芳佳、どうした?』

 

「手伝いに行きます」

 

『は?』

 

「これからお世話になるんだし、今日の当番の人の朝ごはんの手伝いに行こう、扉間さん」

 

『……自ら率先して苦労を買う必要も無いというのに』

 

それは呆れた声ではなく、宮藤の答えに納得がいったという返事だった。

顔が見えればきっと苦笑いしているんだろうなあ、と宮藤は思う。

手早く着替えて部屋を出た宮藤は、足取り軽く食堂に向かう。

 

「よく考えたら坂本さん以外501の皆さんって海外の方なんだよね。普段どんなものを食べてるんだろう?」

 

『扶桑では米が主流だったが、確か欧州は麦だったか。ワシもお前と同じで海外は出たことが無いからな。ついでだ、扶桑食以外の献立を学んだらどうだ』

 

「えへへ、実はそれが狙いだったりして。そういえば扉間さんってお魚が好きだったよね?」

 

『ああ、川魚は特にな。……よく解ったな? 確か好物の話題を口にした覚えはないはずだが』

 

扉間が宮藤に対して料理に文句を言ったことは、実は無い。

生前、食事に窮したことは一度や二度では無い。遠征中ならば食事が摂れない時すらあるのだ。

余程の事でも注文を付けることは無かった。

そんな扉間が好んで食べるのが現地調達が可能な川魚だ。

幼少の頃から口にしていることもあり、気が付けば好物になっていた。

 

「だって料理でお魚の話題になると口数が多くなるもん、扉間さん」

 

『ぬ……』

 

十年以上ともに暮らしているのだ。機微な感情だとしても扉間の事ならば宮藤は気が付く。

妙な屈辱感に扉間は苦虫を嚙み潰したような顔で声を漏らしていた。

 

普段表に出ているのは宮藤の方だ。

下がっている扉間は意識しない限り、痛覚や味覚といった五感は閉じている。

これは時折扉間が表に出てきた際の宮藤も同じ事だが、二人は周囲を把握するために視覚と聴覚はいつも共有している。

閉じるのは風呂や寝るとき程度だろう。

 

「もう、たまには食事の時くらい表に出てもいいのに」

 

『食事は人生の楽しみの一つだろう。ワシのことは気にせんでいい、お前が楽しめ』

 

「……意地っ張り」

 

『何か言ったか?』

 

「いーえ、別にー?」

 

扉間の恫喝じみた問いも暖簾に腕押し。宮藤の惚け振りも手慣れたものだった。

 

そうして足早に到着したのは、基地一階にある食堂だ。

ウィッチ専用に用意された食堂は簡素ながら清潔感漂う広間だった。

中央には十数人程度の大きめのテーブルが置かれており、壁の暖炉には西洋風の調度品が飾られている。

扶桑の、それも片田舎が生まれ故郷の宮藤には目にする機会もなかった物ばかりだ。

 

『料理を手伝うのではなかったのか?』

 

「……は! そうでした!」

 

調度品に目を奪われていた宮藤に、呆れながら目的について扉間は確認をした。

厨房からは小刻みに木材に何かが当たる音が聞こえてくる。包丁の音なのだろう。

顔をのぞかせればそこには長い髪の毛を三つ編みにした少女が下ごしらえをしていた。

 

――――この人は確か……。

 

厨房に立っていたのは昨日の自己紹介の時にいたウィッチの一人だった。

歳は宮藤と同じか少し上くらいだろう、大人しそうな少女だ。

 

リネット・ビショップ。

ブリタニア出身のウィッチで階級は軍曹。

宮藤より配属は早いものの、実戦経験は浅い新人のウィッチである。

 

「おはようございます!」

 

「ひゃ!?」

 

宮藤の挨拶は決して大きな声ではなかったが、リネットを驚かせるには十分だったらしい。

ビクリと身体をすくませたリネットは手に持っていた包丁を落とし、慌てて拾おうとしてまな板に頭をぶつけていた。

 

「い、痛い……」

 

「わあ! ご、ごめんなさいリネットさん!」

 

大丈夫、と片手で制しているが随分と大きな音だった。とても大丈夫には思えない。

少しばかりドジなところがあるな、と扉間が漏らした声に苦笑いを浮かべるしかない宮藤だった。

 

「おはようございます、宮藤さん。改めましてリネット・ビショップです。よろしくお願いしますね」

 

「宮藤芳香です。こちらこそよろしくお願いします、リネットさん!」

 

鼻を摩りながら頭を下げて挨拶をするリネット、そしてリネットより深く頭を下げる宮藤というよく分からない構図ができあがっていた。何をしとるんだこいつ等は、と吐息を一つ吐く扉間。

 

「ごめんなさい、まだ朝ごはんは出来上がっていないんです」

 

「違うんです。私もお手伝いに来ました。何かやれることはありませんか?」

 

目を丸くし、パチパチとリネットは瞬きを二回。ついで右往左往と目線が泳ぎ始めた。

どう見ても予想していない返答に軽く混乱状態に陥っている。

 

「あ、えと……。それじゃあスープをお願いします。

 あとは具材を入れて弱火で煮込むだけなので」

 

「任せてください! わあ、私はいつもお味噌汁だったからすごく新鮮!」

 

宮藤は料理が好きである。

それは物心付いた頃から母や祖母の手伝いをしていたからでもある。

扶桑の空母である赤城に乗船しているときも変わらなかったが、日本料理が主だったので

外国の料理は新しい発見が多いと考えていた。

 

「リネットさん、私もまだまだ分からないことだらけで迷惑を掛けちゃうかもしれないけど、どうぞよろしくお願いします!」

 

にこやかに笑みを浮かべる宮藤は、リネットが挨拶を返してくれるだろうと思っていた。

しかしリネットは目を逸らし、少し悲し気に下唇を噛むのだった。

 

「……よろしく、お願いしますね、宮藤さん」

 

嫌われている訳では無いのだろう。侮蔑や嫌悪といった感情は窺えない。

ただ、なぜか辛そうなリネットの表情に、少し悲しくなる宮藤だった。

 

 

 

口口―――――――――――――――口口

 

 

 

宮藤は新人とはいえ軍人である。

空戦ウィッチは希少である。それも訓練無しに飛べるとなれば将来が期待されるのも無理はない。

元々軍人になるつもりはなかったのだが、それでも誰かが救えるのならば、という宮藤の決意に喜ぶ坂本だった。

 

さて、朝食を終えた軍人が何をするかと言えば訓練だろう。

厳密に言えば501統合戦闘航空団の面々が訓練をする風景は、一部を除きあまり目にする機会はない。しかし、戦闘がない日は訓練を行っている、というのが宮藤が持つ軍人のイメージだった。

 

欧州に到着してから早二日。本格的に訓練が始まるんだろうなあ、と漠然とした認識こそしていたものの、二日目からここまで狼狽する事になるとは予想していなかっただろう。

 

「上達が早いな」

 

そんな宮藤を意に介さず、まるで実験結果を吐露するように坂本が感想を漏らした。

言葉の向き先は共に双眼鏡で観察していたミーナに対してである。

訓練としては初日であるにも拘らず、宮藤は既にストライカーユニットに乗っての訓練に入っていた。

 

ここは既に最前線であり、周期的にネウロイの襲撃が発生している。

実践は既に経験済みであることから飛行訓練に入ってもよいだろう、というスパルタじみた考えが坂本にはあった。

飛行訓練に合わせて射撃訓練も行うため、バルーンを複数飛ばしての模擬弾での訓練を宮藤に課していた。そしてこの訓練は他の隊員達にも現在の宮藤の実力を理解させるためでもあった。

周りを見れば、他のウィッチ達も興味深そうに宮藤の飛行訓練に目を向けている。

 

「ええ。飛行はまだまだ未熟だけど……」

 

ミーナは初日からの飛行訓練に当初こそ懸念を示した。しかし、宮藤の訓練風景を見て坂本の判断が正しかったと実感する。

速度・安定性にまだ難があるものの、飛ぶことができているだけで上出来な仕上がりだ。

射撃に関しても機銃の命中率はそれほど高くはないが、ついこの間銃を初めて撃ったことを考慮すれば十分だろう。

……そして上達が早いのは、飛行でも射撃でもなかった。

 

「ああ。行動の取捨選択が恐ろしく早い。しかも的確だ」

 

坂本が感嘆の声を漏らしたのはバルーンの破壊ではなく、バルーンを狙う順序や飛行経路といった、訓練評価外の項目だった。

 

今回の訓練に当たり、坂本は宮藤にバルーンの全破壊を指示したがその順序までは決めていない。

風に流され不規則に動くバルーンに銃弾を当てるのは決して簡単ではない。

1つ目のバルーン破壊まで時間こそ要していたが、宮藤は飛行方向の直線上にバルーンが複数個並ぶよう飛び方を工夫していたのだ。

視界に常に狙うバルーンを捉えておくことで、次のターゲットに最低限の動作で移ることができる。

二人が驚いたのは、ある種教本通りとも言えるセオリーを初心者である宮藤が実践していたことだった。

 

「素人にありがちな空撃ちもない。……凄いな、あいつ13mm機銃の弾数を把握しているぞ」

 

「ねえ美緒、あの子ここに来るまで本当に民間人だったのよね?」

 

「見ての通りだ。ほら、空中でのリロードに手間取っている」

 

「見ての、って言われても……ねぇ?」

 

銃器やストライカーの扱いは完全に素人の行動だ。しかし、状況判断は玄人の思考である。

ここまでチグハグなウィッチを、ミーナは見たことが無い。

 

「そういえばミーナ、新人紹介のときに宮藤が言った事を覚えているか?」

 

「昨日の事?」

 

「ああ、護身用の拳銃を渡そうとしたお前に言っただろう。『倒す方が早い』と」

 

「そういえば……言っていたわね」

 

あどけなさが残る少女から出た言葉にしては驚きで、記憶に残っている。

しかし本人が赤面で否定していたから言葉の綾だろう、とミーナは片付けていた。

 

「あれな、多分事実だ。こと対人戦闘なら宮藤は恐らく私やバルクホルンより強い」

 

「え?」

 

双眼鏡から外したミーナが横を見れば、口元に笑みを浮かべた坂本が此方を見ていた。

強い? あの少女がベテランの軍人である二人より?

 

坂本は銃器だけでなく扶桑刀を操る為、魔力抜きにしても男性軍人相手でも引けを取らない。魔力を込めたのならば勝敗は言うまでもないだろう。

同僚であるゲルトルート・バルクホルンに至っては固有魔法は怪力である。軍人一人どころか一個小隊でも勝てる見込みは少ない。ウィッチという存在はそれほど強大な力を所持している。

 

そんな二人より、今だあどけなさが残るあの少女の方が強いと、坂本は言ったのか。

 

「直接殴り合いの訓練をしたことはないんだがな。宮藤の身体能力を目にする機会があったんだ。

すごいぞアイツは。坂の障害物を避けながら同い年の少女を抱えて飛び降りたんだ」

 

「え? でもウィッチの魔力を使えば可能じゃない?」

 

ミーナに渡された宮藤の経歴書に書かれていた固有魔法は『固有魔法は治癒能力、若しくは身体能力の強化』だ。

つまり、先の水を操る力はともかく身体能力強化が固有魔法ならば可能だろうとミーナは考えていた。

 

「いや、固有魔法無しでだ。アイツは魔力を使わずに人一人を抱えて坂を降りたんだ」

 

一瞬、隣にいる親友が何を言っているのか解らなかった。

理解するまで数秒を要し、固まっていたミーナに坂本は笑みを深くする。

いたずらが成功した子供のような顔だった。

 

「美緒、貴女ね……昨日から思ってたけど、宮藤さん関連で私をからかうの楽しんでるでしょう?」

 

「はっはっは。……だが事実だ。お前の反応を楽しんだことは詫びるが、奴の身体能力は見事な物だったぞ」

 

笑ってごまかす扶桑軍人が、そこにはいた。

非難の目を坂本に向け、訝し気に双眼鏡を使い空を見上げる。

そこには慌てた表情で訓練に臨む新人のウィッチ。

 

「貴女が言う事が本当ならあの子、とんでもない身体能力と反射神経の持ち主よ? とてもそうは見えないけれど……」

 

冗談というわけでは無いのだろう。これでも坂本とは幼馴染というほど長く過ごしてきたわけではない。しかし坂本美緒という親友の言葉が冗句か、真実かを判断できる自信はある。その自信が、彼女は真実を告げていると言っている。

 

「大丈夫だミーナ。あいつは強い。きっと私たちの、人類の力になる」

 

「ふぅん……あの子が、ねえ?」

 

ミーナが宮藤の……否、千手扉間の実力を目にするのはもう少し先の話である。

 

 

 

口口―――――――――――――――口口

 

 

訓練を終え、日も陰れば夕食となる。

当初は晩御飯も作ることを考えていた宮藤だったが、訓練を終えたころには料理を作る力が残っていなかった。

気力だけではどうしようもない、という経験は病気で床に臥せていた時以外では初めての経験である。

 

早々に食事を終えて風呂に入り、残りは自由時間である。

ベッドに倒れこむ宮藤を後目に、扉間は今後の自分の在り方について考えていた。

 

即ち、自分を表に出すか否か。

もし宮藤に危険が迫れば自分が表に出る事は是非もない。

しかし、だからといって普段から自分が表に出て行動しようとは全く考えていなかった。

 

自分は存在だけでなく、思考・思想についても常識的ではないと扉間は理解している。

為政者としては正しくても個人としては受け入れ難い考えというものは得てして存在するものなのだ。

あくまで身体は宮藤芳香のものであり、自分が主となって行動する事は間違っている。

忍として生き、人として死んだ身。

ならば己が宮藤の人生を邪魔するべきではない。

 

―――やはり、極力表に出るべきではなかろう。

 

扶桑にいた頃と同様の結論となった。

とはいえ、ここは最前線の基地。何が起こるかは予知能力を持たない扉間には判らない。

しかし、備えることは可能なのだ。そして考えを提案し、宮藤が是とするならば己が行動することに否はない。

 

『芳佳よ。この後1時間程で良い。寝る前にワシが出ても良いか』

 

「ふにゅー?」

 

疲労によりベッドにうつ伏せで倒れこむ宮藤から動物の鳴き声のような音が返ってきた。

人が真面目な考えをしているのにこの娘は、と扉間はため息をつく。

 

『……変な声で返事をするな。此方まで気が抜けてくる』

 

「もうくたくた。坂本さん厳しすぎるよー……。

 この後って言っても、もう消灯時間だよ?」

 

時刻は夜9時を回っている。

既に消灯時間は近い。自由時間とはいえ、廊下の電気も間もなく消えるだろう。

 

『一度この辺りの地形を把握しておきたい。建物内については内側からでも見えるのだがな』

 

「地形把握って、何の為に?」

 

『基本、敵であるネウロイは海を渡って攻めてくる。坂本やあのミーナというお前の上官の

 固有能力で事前に襲撃を察知できる関係上、奇襲を受ける確率は低いかもしれんがな。

 最悪この基地が襲撃された場合の逃げ口は知っておくべきだろう』

 

「え、縁起でもないこと言わないでよぅ…」

 

『無論、先の戦いを見ればお前たちがそう易々と負けるとは思えん。

 だが何事も万が一と言う場合はある。いいか芳佳、戦争というのは何が理由でひっくり返るかわからんのだ。

 命が掛かっている以上、用心に越したことは無い』

 

そこまで言われてしまえば否もない。

命の危険は先の戦いで経験済みなのだ。扉間のアドバイスを聞かないと言う選択肢は

宮藤には存在しなかった。しかし懸念があることも事実だ。

 

「替わるのは全然良いけれど、でも扉間さん。消灯時間もう直ぐだよ?

 坂本さんやミーナさんに見つかったらお説教されちゃうと思うけど」

 

あの厳しい上官達のことだ。

夜間無断外出などした場合どのような仕置きが待っているか判らない。

 

『少し替われ』

 

意に介さない扉間に訝しげに首をかしげつつも、宮藤は体の操作を委ねる。

人懐こい雰囲気は鳴りを潜め、鋭い気配が宮藤から発せられる。

入れ替わった扉間は床に指を置き、目を瞑って意識を集中させた。

 

「……足音と呼吸音、魔力の気配から坂本は自室だな。

 ミーナという娘は先の事務室だ。筆記音からして事務処理の最中だろう。

 夜遅くまでご苦労なことだ」

 

『……』

 

人数だけじゃなくてペンの音までわかるんだー、この人。

扉間のびっくり人間ぶりは今に始まったことではないので

呆けた感想しか浮かばない宮藤だが、驚くのはまだ早かった。

 

「では行くとするか」

 

『へ? 行くって扉間さん、そっちは窓……ちょ、飛び降りる気なのっ?

 ここ一階じゃないんだよ!?』

 

「問題ない。まあ見ていろ」

 

窓を開けて縁に足をかける扉間に宮藤は焦るが、扉間が意に介した様子は無い。

まさか飛び降りるのかと思いきや、扉間は雨どいに飛び移った。

そして上の階の窓枠に手をかけ、さらに勢いをつけたまま屋上までするすると登り始める。

 

「一番高い建築物は……あれだな」

 

『屋上に着いたのは良いけれどこれからどうす……え、ちょちょ、今度は跳ぶのぉ!?』

 

屋上に到達するや否や、今度は30メートル程距離が離れた建物に助走もなしに跳び移り、そのまま壁を駆け上がる。

本来ならば落下をするところだが、足の裏はまるで壁に吸着するように張り付いている。

 

扉間の扱う力はチャクラといい、魔力とは似て非なる性質を持つ力である。

その応用は様々で、水を操る事もあれば瓜二つの分身体を作ることもできる。

壁に張り付くのもチャクラコントロールの応用なのだが、もちろん宮藤が知る由も無い。

 

 

――― 戦艦での戦闘以来、加減しなくなってきたなー、扉間さん。

 

 

自分の事を思って行動してくれる為、喜ぶべきか呆れるべきか。

昔から己の体で規格外なことをやらかす同居人だったが、最近それが顕著になってきたのを感じる宮藤だった。

 

監視塔の天辺まで上り詰めた扉間は辺りを見渡す。

周囲を海に囲まれた天然の要塞。

ドーバー海峡に設置された人工の小さな島に佇み、ネウロイに占拠されたガリアを望むことができる。

遠く対岸に見えたであろう人の営みを示す明かりは、今は無い。

 

『本当に誰もいないんですね……』

 

「向こうはネウロイのテリトリーだからな。最早生活する人間は居ないだろう」

 

悲し気な声を漏らす宮藤に、扉間は事実だけを告げる。

しかし、あえて扉間は「死」を連想する言葉は使わないでいた。ネウロイの襲撃にあった街や村は悉くを焼き払われたのだ。死者は大勢いるだろう。しかし、それは宮藤が持つべき苦痛ではないのだ。

 

『あれ?』

 

ふと、目を伏せた先に見えるものがあった。海へと突き出た滑走路、その先端だ。

人工の崖に腰掛ける一つの影があった。よく目を凝らしてみれば、それは宮藤が知る人物の一人だった。

 

『あれは……リネットさん?』

 

 




Q.人を抱えたままこれほどの体術を、いったいどうやって!?
A.体術。……体術とはいったい…うごごご!


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第九話

明けましておめでとうございます。


リネット・ビショップには姉がいる。

同じくブリタニア空軍に所属しているが、表彰されるほどの目立つ戦果は出していない。

しかし、バイタリティの高さは突出しており誰とでもすぐ仲良くなれる部隊のムードメーカーの役割を果たしている。

これは戦績として残る事はないが、非常に有用な能力である。

内気な自分とは正反対だ、とリネットは思う。

 

姉の事は大好きだし、誇りに思っている。

姉妹の仲も良く、文通も行っているし互いの基地がそう遠くない事もあり時間があれば会いに行くこともある。

それでも、やはり劣等感は感じてしまうのだ。

 

吐息を一つ吐いて夜空を見上げる。

501統合戦闘航空団が属する基地の滑走路は南に伸びており、その先には欧州が広がっている。

その先端、崖に位置する滑走路先でリネットは座りながら空を見上げていた。

夜空と海の境界に欧州の陸地が映える、お気に入りの場所だ。

 

空は雲一つない星空なのに、自分の心には暗雲が立ち込めている。

置いていかれるような焦燥感。どうしてこう自分はドジなのだろうか。

 

「あの子みたいな才能があれば……」

 

思うのは新人のウィッチ。

訓練無しでストライカーユニットを動かし、実践まで行えた天才少女。

 

昼の訓練でもそうだ。

バルーンを用いた模擬戦闘の訓練など、自分の時はストライカーユニットを履いてから一ヶ月は要している。

大空を自由に翔ける他の先任ウィッチ達から見ればその飛行は未熟であるが、リネットからすれば十分衝撃な光景だった。

虚しさから膝を抱えた両手に力が入る。

 

「リネットさん、こんばんは!」

 

そんな、暗い気持ちが立ち込めたときだった。闇夜に良く通る明るい声がリネットの耳に届く。

振り返ると、そこにはリネットの心をかき乱す渦中の少女が立っていた。

 

「宮藤さん?」

 

えへへ、と笑いながら駆け寄ってくる。

リネットは頭を振って呼吸を一つ。暗い気持ちを心奥にしまい込んで宮藤へと向き直った。

 

「今日の訓練、お疲れ様でした」

 

「宮藤さんこそ……その、お疲れ様です。身体は大丈夫ですか?」

 

「あはは……実はその、結構くたくただったりします…」

 

宮藤は両手を広げて大の字に寝転がる。ペタリ、と掌が鳴らす音が可愛らしく見え、リネットはくすくすと笑う。

宮藤の才能に劣等感は抱いても、宮藤芳香という人物をリネットはとても好ましく思えていた。

 

「うわぁ、雲一つない。とっても綺麗……」

 

「ここは私のお気に入りなんです。見上げれば一面の星空、見下ろせば海に浮かぶお月様。

そして光にはさまれた欧州大陸……本当なら、欧州にも光が灯るはずなのに」

 

「ネウロイに占領されちゃったから、見えないんですね……」

 

暗い話題に会話が途切れる。少しの間の後、話題を切り出したのは宮藤だった。

 

「リネットさん、いつも今日みたいにいっぱい訓練してるんですね。すごいなぁ……」

 

「私なんて、全然すごくないです。ストライカーユニットに訓練なしで飛べた、宮藤さんの方がすごいですよ」

 

「でも昼間の訓練で見せてもらった狙撃、とてもすごかったですよ。私なんて―――」

 

それは励ましの言葉だった。事実、武器が狙撃メインのライフルであることを除いても部隊内でリネットに勝る狙撃手はいない。

しかし追い詰められたリネットにとって、それはとても軽はずみな言動に聞こえた。

 

「訓練も無しに飛べた宮藤さんには分からない!」

 

徐に肩に置かれた宮藤の手を、リネットは腕を振るって叩き落とす。

反射的なものだった。宮藤に非がない事はリネット自身が理解している。

だが皆より劣っているという『誤った』認識は宮藤が来る前から持っていた思いである。そこに現れた、訓練無しで空を飛ぶ天才ウィッチ。

心にたまった鬱憤は宮藤に触発され、ついに爆発したのだ。

 

―――悪かったとすれば、爆発するタイミングだろう。

 

「―――え?」

 

宮藤を払いのける事で身体を重心が崖側に移ってしまい、リネットは浮遊感に包まれる。

落ちる感覚だということは直ぐに理解できた。

人工的に作られた誘導路は海の上に立っているとはいえ、岩肌が所々で露出している。

しかも高さは数十メートルもあるのだ。落ちてしまえば助からない。

 

ストライカーユニットを持たずに飛ぶ術をまだ知らないリネットは、重力に逆らう事はできないのだ。

 

「リネットさん!」

 

宮藤は咄嗟に手を伸ばす。が、間に合わない。宮藤の叫び声が、リネットの耳に響く。

数秒後の死を予期した心は、リネットの身体の動きだけでなく思考さえも奪っていた。

 

自分はあまり社交的ではない、という自覚はある。

内気で相手の顔色を伺い意見の一つも言えやしない。

軍人としても運動能力が高いとは言えず、魔力も空戦ウィッチとしてなんとか皆についていけるくらい。

唯一取柄の狙撃も、実践では緊張して役に立つことができないでいる。

 

……そんなリネットだからこそ、宮藤が羨ましかった。

無邪気の体現が同僚のフランチェスカ・ルッキーニを表すならば、天真爛漫という言葉は彼女の為にあるのだろうとリネットは思う。

明るく元気で、誰に対しても優しくて。ウィッチとしても才ある彼女。

見上げれば、そこには宮藤の顔。狙撃手として培った瞳が、驚愕と動揺で眼を見開いている彼女の表情を捉えていた。

 

―――その宮藤芳佳の表情が、一瞬で狩人のように変化した。

 

「え?」

 

リネットが驚いている時間は、迫る地面との衝突よりも少なかった。

宮藤があろうことか、リネットを追って飛び降りたのだ。

そして両足で滑走路の壁を蹴り、落下速度を超える速さで駆け降りる。

コンクリートの崖は大地となり、重力がまるで垂直になったようにリネットは錯覚する。

 

追いついた宮藤はそのまま両腕でリネットを抱きかかえ、地面の岩肌に激突……することは無かった。

海水が意思を持つようにせり上がり、足場となって宮藤を助ける。

 

そして海面を蹴りあげた宮藤は、今度は崖を蹴り上っていく。

見上げれば水面の水平線と欧州が目に映る。

 

宮藤の動作からは足音はおろか、物音一つ生まれない。舞い降りる木の葉のように、静かに滑走路に降り立った。

地面に降ろされたリネットはペタリとへたり込む。突然の命の危機に直面したことから腰が抜けてしまったのだ。

危機が去れば思考も戻ってくる。助けてもらったことを冷静になった頭が思い出し、リネットは口を開こうとした。

 

「あの、ありが―――」

 

「この莫迦者」

 

「と……え? いたっ」

 

しかし、礼を言い終える前にコツリという音が、さざ波の音に紛れて鼓膜に響いた。

宮藤に額を軽く小突かれたのだ。額に手を当て、宮藤を見上げる。

 

そこに先ほどまでの少女は存在しなかった。

腕を組みながらリネットを見下ろす姿は自信にあふれ、睨まれると身体がすくむ。

ネウロイと対峙した時の恐怖とは違う感情に、リネットは即座に気が付いた。

これは畏怖だ。坂本美緒やゲルトルートといった、軍人との初対面で感じたものだ。

 

「自信というものは戦場に出始めたばかりの新米が持つものではない。

順序が逆なのだ、お前は。自信というものは言い換えればただの『慣れ』よ。

戦場に立って幾ばくも無い小娘が持つには分不相応というものだ」

 

容赦ない指摘。だが、そこに憤りや侮辱は含まれない。まるで教官のようだと、リネットは思った。

 

「不安はあるのだろう。国の期待に応える為の焦燥感、優秀なウィッチ達と比べた劣等感、そして死への恐れ。

それは誰しもが抱えているものだ。お前だけではない」

 

リネットの瞳が驚愕に開かれる。

その感情は、まさしく自身が抱いていた負の感情だったからだ。

誰にも悟られないように心の奥にしまい込んだ思いを、数日過ごしただけの少女に暴かれるとは思っていなかった。

だが不思議とリネットは怒りの感情は芽生えなかった。それは言葉の端々に、此方を慮る意思が見えるからだろう。

 

「なまじ芳佳の奇行を見た事で己の劣等感を加速させてしまったようだが、ワシから言わせればどちらも雛鳥の様なものだ。戦力差、地形、彼我の力量を考慮することをまず仲間から学び――――」

 

パチン、と。乾いた音が宮藤の言葉を止める。良く響く音は、宮藤の右手が自らの頬を叩いた音だ。

それは蚊を叩く行為によく似ていたが、当の本人は痛がる様子もなく目を細めてため息をついていた。

 

「……芳佳よ、何をする」

 

叩いた右手を睨みつける。言葉には怒りではなく呆れが多分に含まれていた。

混乱するリネットを他所に宮藤は独り言を続ける。それはまるで電話を掛けているようだ。

 

「そも事実だろうが。後先考えずに行動するお前の後始末をするのは周りの人間だぞ。

先のネウロイとの戦いで美緒がどれほど心を砕いていたか理解をする事だな、この馬鹿者。

遠く扶桑から離れてもお前の心変わらずか。……言葉が冷たいのではない。お前に対しては遠慮をする必要を感じぬだけの事よ」

 

おや、とリネットは首を傾げた。……何故だろう。リネットに対しての指摘のはずが途中から自身の罵倒に変わっている。

 

「しかしな、ワシが出ていなければ こ奴は死んでいたぞ? ……言い方といってもな、口を出さずにはいられん。才ある者が劣等感で潰れるのはお前も本意ではあるまい。……いや待て、何故そこで美千子が出てくる」

 

電話越しの親子喧嘩みたい。

宮藤をみていたリネットは、そんな失礼ながらも言いえて妙な感想を抱いていた。

 

「わかったわかった。ワシは下がる。後はお前たちで好きにせい」

 

独り言を終えた宮藤はリネットに視線を向けた。

その瞳は静かで鋭い視線だったが、どこか暖かみを感じる。

少なくとも、リネットに恐怖を感じさせる目ではなかった。

 

「自信が無ければ場数をこなせ。叱られる事を恐れるなど以ての外だ。

失敗を恐れるのならば、失敗をした場合の対処を考慮すればよい。戦いとは、戦術とはそういうものだ。

……尤も、この『なり』で説教など受けても取るに足らぬ戯言かもしれんがな」

 

目を瞑り、宮藤の肩から力が抜ける。脱力するように揺れながら一歩、前に出た宮藤は次の瞬間、リネットの両肩を掴んでいた見開いた両目はリネットを凝視している。

 

「―――リネットさん、ケガはない!? 大丈夫だった!?」

 

「……え? へ? え?」

 

まくし立てるように、矢継ぎ早に宮藤は喋る。

先ほどまでの氷のような冷たさはそこにはなく、自分を心配する宮藤芳佳がそこにいた。

まるで人が替わったような切り替えぶりにリネットは困惑を隠せないでいた。

 

「ごめんね、扉間さん口が悪いけどリネットさんのことを思って言ったことだから許してあげて!」

 

「え? 扉間さ……ふえ?」

 

訳が分からずがっくんがっくんと揺れる頭で思考をする。

この状態で考えがまとまるはずもなく、宮藤が落ち着くまで頭を揺さぶられるリネットであった。

 

 

口口―――――――――――――――口口

 

 

先ほどと同じように滑走路の崖に座る二人の間には、沈黙があった。

それは気まずさからではなく、互いに呼吸を整える為である。

 

「私の中には『もう一人の私』がいるんです」

 

互いにしばらく雲一つない夜空を見上げている中、沈黙を破るようにぽつりと宮藤が呟いた。

 

「それって、さっきの宮藤さん?」

 

「うん。扉間さん。普段は内緒にしてろーって言って表に出てこないから皆さんには内緒にしているんですけどね」

 

照れるように宮藤は髪の毛を弄る。

リネットは似たような存在を、以前小説の登場人物で見たことがあった。

薬を飲んだことで善と悪の人格に分かれたある男の物語。

 

―――悪というよりは軍人さんと女の子だけど。おかしいな。宮藤さんが軍人な筈なのに。

 

そんなアンバランスな考えが思い浮かび、リネットはクスリと笑う。

 

「水を操ったりできるって坂本さん達には誤解されちゃってるけど、あれは扉間さんの力なの。私の固有魔法は治癒魔法だけ。リネットさんは本番だとダメになっちゃうって言ったけど、私も一緒なんです。扉間さんがいなかったら、私なんて本当に何もできないから」

 

自嘲気味に笑う宮藤に、それは違うとリネットは思う。

宮藤の始めて自己紹介を終えた後、501統合戦闘航空団の面々と話す姿をリネットは見ている。

まだ名前も満足に覚えていない中でも宮藤は一生懸命相手の事を理解しようと色々と話をしていた。

 

今日の朝だってそうだ。

当番制の朝食作りを担当ではないのに手伝いに来てくれた。自分が同じ状況だったとしても、人見知りな自分はそんなことは出来ない。

 

「それでも、やっぱり宮藤さんは才能があります。ストライカーユニットを飛ばしていたのは宮藤さんなんでしょう?」

 

「それは、そうですけど……」

 

「だったら、やっぱり宮藤さんはすごいですよ。もう一人の宮藤さんが出来ない事を、宮藤さんは行う事ができるんですから」

 

「そ、そうかな。えへへ……『あまりこやつを褒めるなリネット・ビショップ。木を登る猿のように調子に乗るからな』」

 

同口異音が宮藤の口から生まれる。

もう一人の宮藤……扉間が話に割り込んだのだろう。

その言葉に頬を膨らませてぶぅ、と遺憾の意を示す宮藤。

それがおかしくて、リネットはくすくすと笑いを堪えることが出来なくなっていた。

 

「もう、みっちゃんといいリネットさんといい、なんで私と扉間さんの会話を見て笑うんだろう?」

 

「どうせお前の百面相にだろうよ」

 

「……百面相は扉間さんも含む癖に」

 

「何か言ったか?」

 

「いーえー。何も言ってませーん」

 

ぷい、っと明後日の方向を見る宮藤だった。

ただ、リネットには美千子という友人の気持ちが少し理解できる。

この二人は口喧嘩をしているというのに、そこには信頼が見えるのだ。

互いに軽口を言っているのに、互いの心を認めている。だからこそ、先ほど扉間から宮藤に変わったときに、宮藤は言ったのだ。

扉間の言葉はリネットの事を思っての事であると。

 

「リネットさん。扉間さんの言い方は厳しかったけど、間違ってないと私も思うんだ。だってリネットさんは訓練であれだけ凄い狙撃が出来てるんだもの」

 

憧れの眼でリネットを見つめる宮藤に、一瞬呼吸をすることを忘れる。

自分はそういった尊敬の念を抱かれる人間ではないと、リネットは思っていたからだ。

 

「一緒にがんばろう、リネットさん! 私たちにできることを精いっぱいやっていこう!」

 

劣等感が無くなったわけではない。自信が持てるようになったわけでもない。

しかし、宮藤への苦手意識は薄まっていた。

 

そして、リネットはもう一人の宮藤の言葉を思い出す。

自信が無ければ数を熟せ。叱られる事を恐れるな。

それはとても厳しい言い方だったが、リネットの心に深く残る言葉だった。

 




扉間偉業布教委員会 会長M・Y氏「芳香ちゃんが仕事している気がする……っ」



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第十話


コッソリ投稿



軍人たるもの常在戦場の心構えを忘れるな、とは同僚であるゲルトルート・バルクホルン大尉の言である。

501統合戦闘航空団の基地は前線であるのだから当然ではあるのだが、軍人となって数日程度の宮藤なので、まだまだ心は一般市民の意識から抜け出せていない。

 

一に訓練、二に訓練、三四以降は言わずもがな。

午前の基礎訓練を終え、午後は滑走路上から沖合に設置された漂流する的に当てる狙撃訓練だ。

 

「うーん、当たらない……リネットさんみたいに上手くいかないなぁ」

 

逸れた弾丸は的へ掠りもせずに水面に消えていく。

銃口を降ろして隣を見れば、匍匐姿勢で照準を覗き込むリネットがいた。

呼吸を止め、数秒。重い爆発音と共に放たれた弾丸は、的の中央を見事に撃ち抜いていた。

 

その光景を目にした宮藤は感嘆の吐息を漏らす。百発百中の腕前は昨日見たばかりだが、驚きは未だ尽きないでいる。

 

「扉間さん、何かアドバイスない?」

 

『そうだな……ワシはライフルを直に見るのは初めてだから助言できることはあまり無い。

精々ターゲットの距離に加えて風の向きと重力を計算に入れろと言うところか。銃の特性や気温など、細かく挙げれば切りが無い』

 

「え、狙撃に気温が関係するの?」

 

『忘れろ。小難しい事は素人であるお前が覚えるには早すぎる。まず銃を構える、照準を合わせる、引き金を引く一連の動きを身体に覚えさせるのだ。今回の訓練はそれが主な目的だろうからな』

 

「う、うん……」

 

『なに、時間が経てば自ずと理解出来る。足りないのは経験だ。こればかりは数をこなすしかあるまい。まずは焦らぬ事だ。良いな?』

 

「うん!」

 

頷きは二度。一度目は落胆と戸惑い。二度目は喜びの感情が見て取れる。

その光景を見ていたリネットは小さく笑みを浮かべる。扉間の存在を知るリネットは宮藤の表情から扉間に助言を貰っているのだろうと直ぐに気が付いたのだ。

 

「リネットさん、どうしました?」

 

「ううん、何でもないですよ。もう一人の宮藤さんとお話していたんですか?」

 

「はい。私の銃弾、全然的に当たらなくて……」

 

「焦らなくていいんですよ。銃を構えて、引き金を引いて撃つ事。まずはそこから覚えていきましょう」

 

「あ、すごいリネットさん! 扉間さんと同じこと言ってます!」

 

お互いの顔を見て笑いあう少女が二人。漂う硝煙の匂いと手に持った銃器を除けば、それは年相応な女学生達の会話風景だった。

 

―――昨日の一件が功を成したのだろう。今日はリネットが宮藤に話しかける事が多い。

元々内気なリネットは他人と話したがらない性分ではあるが、姉妹が多い家柄である。

本来の面倒見が良い面が宮藤にも向けられるようになり、同じ気質の宮藤と意気投合することに時間は掛からなかった。

 

「偉そうに言ってる私もまだまだ未熟なんですよ。実戦の事を考えると上手く行く気がしなくて……」

 

「よし、困った時の扉間さん、出番だよ?」

 

「ワシは知恵袋か何かか?」

 

思わず口に出す二代目火影がそこにいたが、宮藤は答えの代返と言わんばかりに身体の操作を扉間に預ける。

おい、という扉間の抗議にどこ吹く風。行動を始めた宮藤を止める事は大体無理だと長年の付き合いで悟る扉間であった。

 

『みっちゃんに続いて漸くできた二人目の友達なんだよ扉間さん? せっかくなんだから仲良くしないと』

 

「孫の世代の友人を持った覚えはないのだが……ふむ」

 

宮藤の雰囲気が変わりリネットは扉間が表に出たことを察する。

唇に指の関節を乗せて思案をする扉間は、ライフルの扱いに『助言はできない』と結論付けた。

 

元々扉間は生前の世界・時代で銃を使う機会は訪れなかった男だ。

何せチャクラという魔法に似た超常現象を発生させる力があるのだ。火薬で鉛玉を飛ばすより余程強力である。

中には術で地形どころか地図を書き換える程に強力な術者もいたほどなのだから。

 

さらにいえば、ライフルの扱いについてはリネットの方が確実に上だ。

固有魔法が射撃弾道の安定という補助を抜いてもその腕前は確かなものだからだ。

ならばリネットに掛ける言葉は何か。

 

「……そうだな、戦術面での助言はできるだろう」

 

「戦術面?」

 

こてん、と首を傾げる可愛らしい動作に宮藤は赤面するが相槌を打つ扉間は動じない。

 

「リネットの武器は芳佳が持つ銃より遥かに強力だ。射程も長い。欠点としては単発式のため弾を込めるのに時間を要してしまうことだろうな」

 

扉間の言葉はリネットへの確認に合わせて宮藤に違いによる利点・欠点の説明を兼ねていた。

内側で相槌を打つ宮藤に理解をしたと判断し、扉間は言葉を続ける。

 

「ならばネウロイの攻撃が届かない場所から狙うのが良いだろう。ネウロイに見つかっていないのならば尚良い」

 

「でも私たちが戦うネウロイって基本的に空だよね扉間さん? 昨日の座学でも言ってたし」

 

声に出して宮藤は扉間に確認する。リネットとの会話に齟齬が発生しない為だ。

互いに思念会話をしていた事が元で『みっちゃん』こと山川美千子が会話中に混乱が生まれた過去から既に学んでいる。

 

「芳佳の言う通り、ストライカーユニットで飛行している戦闘状態では隠密とは殆ど無縁だ。となると獲物から近づいてくるのを待つ狩人ではなく、獲物を追い込む猟師のような戦い方が主となるだろう」

 

「と言いますと?」

 

「例えばだ」

 

扉間は徐に石を地面に置く。数は三つで、それぞれを線で結ぶと三角形になる。

そして一つ目の石を二つ目の石が追いかけるように動かした。

 

「ストライカーユニットでの空戦では追撃・迎撃の形は違えど基本的には一方が相手を追いかけ、一方は逃げる構図が主となる。ならばそれを逆手にとり、進行方向を仲間に固定してもらい止めを狙う。扶桑で犬を用いた猟師をお前も見たことがあるだろう? 基本的にはあれと変わらん」

 

扉間は三つ目の石を人差し指で弾き、二つ目の石に当てる。

 

「交戦状態となっても敵の虚を突く事はできる。ならばリネット、お前が仲間を指揮し囮役を任せるのも―――」

 

扉間がリネットを見ると、眼を見開きながら唇を波打たせた少女がそこにはいた。

仲間を指揮する、という言葉がプレッシャーになったのだろう。扉間の助言を聞くリネットはガチガチに固まっていた。

 

「……人見知りにはちと難しい注文だったか」

 

「す、すみません。私なんかが指図して不快に思われたらどうしようかと考えたらと頭の中がいっぱいいっぱいになってしまって……」

 

「お前は周りの評価を意識しすぎだな。一の失敗から百を学べ。そして失敗を恐れるのならば周りを頼れ。お前の一歩は『そこ』からよ」

 

顔を椿色に染めて俯くリネットに扉間は吐息を一つ。

あがり症なのは頂けないが、その力量は申し分ないのだ。

自己評価の低さも正しく育てればやがて自信に変わるだろう。

 

―――だが、ここは最前線。そんな時間も許されない。

 

「……え?」

 

けたたましい音が、あたりに鳴り響きリネットは顔を上げた。

それは宮藤が空母赤城の上で一度だけ聞いたことがある音だ。

しかし、忘れられるはずもない。緊急事態を宣言するサイレンの音。

即ち――――

 

「……ネウロイ!?」

 

悲鳴にも似たリネットの声。

宮藤は息を吞む。そして扉間は眼を細め、遠く欧州の空を睨みつけていた。

 

 

 

 

口口―――――――――――――――口口

 

 

 

 

サイレンから数分足らず。作戦室には501統合戦闘航空団のウィッチ達が揃っていた。

席の前に立つミーナは壁に掛けられた地図を指し棒で示す。そこはガリアとブリタニアの中間の海上。

 

「観測班よりネウロイ進行が確認されました。場所はグリット東1・1・4。ガリアから一直線に此方に向かってきているわ」

 

「狙いは此処……直接基地狙いか?」

 

坂本の問いにミーナは頭を振る。

互いに親友の間柄だが、軍属としては部隊指令と戦闘隊長だ。

そこに妥協や遠慮は伺えない。

 

「首都ロンドンの可能性も捨て切れないわ。いずれにしても迎撃に出る必要があります。

ここはブリタニアの最前線基地にして欧州最後の砦です。突破されることは首都空襲を許す事になります」

 

席に座るウィッチ達を見回しながらミーナは言う。それは全員に再認識を促している。

恐らく新人配属となった宮藤に向けた意味合いが強いのだろう。

自分が戦争の真っ只中にいるのだという事を、宮藤は改めて実感する。

 

「出撃は坂本少佐、バルクホルン大尉、ハルトマン中尉、ペリーヌさん、シャーリーさん、ルッキーニさん。

他メンバーは私と基地待機とします。坂本少佐、あとはお願いしても良いかしら?」

 

「任せろ。……では皆、直ぐに出撃だ! 詳細については戦闘空域までに追って伝える!」

 

了解、という言葉と共に出撃メンバーが席を立つ。

張り詰めた空気が薄れていくのを感じた宮藤はほう、と肺に溜まった空気を吐き出した。

 

「緊張したぁ……」

 

『まあ、お前の出撃は無いだろう。出撃までの流れが学べたと思っておけ』

 

「で、でも私だって戦えるよ?」

 

『馬鹿者。まだ訓練中の半人前が前線に出ようとするな。空母での戦いが異例なのだ』

 

むー、と唸り声を上げる宮藤だったが、納得できる部分が扉間の言葉にあった為それ以上の反論は出なかった。

基本的に扉間のいう事は正論である為、宮藤が従わない事はあまり無い。

 

『本来なら数ヶ月は訓練に費やすところだろうが、何分戦時だ。あと数週間も行えば否が応でも前線よ。今のうちに学べるだけ学んでおけ』

 

「はぁーい……」

 

両手を机に投げ出し顎まで乗せる姿は猫のよう。

ふと目を横に向ければ、少し顔色が悪いリネットが目に映った。

 

「リネットさんも緊張してるね、扉間さん」

 

『ああ。だが あ奴の場合はお前より度合いは高いだろうがな』

 

「……それって私が能天気ってこと?」

 

『違う。忘れたか、リネットの生まれはどこなのか』

 

「どこって……あ」

 

扉間の問いで、リネットの生まれがここブリタニアだという事を思い出した。

海を隔てた欧州ではガリア、カールスラントと多くの国がネウロイによって甚大な被害を出している。

もしこの基地が抜かれたのなら次はブリタニアが同じ事になってしまうのだ。

 

―――そっか。リネットさんは自信がないのは失敗したら、負けたら故郷が襲われちゃうからなんだ。

 

それは一体どれほどのプレッシャーなのだろう。

海を隔てた扶桑は主戦場である欧州から遠く離れている。

自身に命の危険はあるが、扶桑にネウロイの傷跡は未だ無い。

 

『あ奴も必死なのだ。国からの期待を一身に受けて世界各国のウィッチと共に戦場に出る。

奴自身の性格もお前同様、本来は戦い向きではない。料理をしていた方が余程似合うだろう』

 

芳香は青ざめた顔をしているリネットを見た。

食事を作るリネットは楽しそうに見えた。

今日も訓練の間にリネットと話した内容も家族や故郷の事といった、他愛のないことだった。

そんな小さなことでも笑いあえる時間を、芳香は快く思っていたのだ。

 

―――やっぱり、戦争って嫌だな……

 

気分が落ちてくると、周りの音が大きく聞こえる。

それは時計の針が動く音と、固い紙が重なる音だ。

音の方を見れば、長い髪の少女が札を混ぜながら何度も並べ直していた。

 

何をしているのだろう、と宮藤は彼女が挨拶で名乗った名前を思い出す。

 

エイラ・イルマタル・ユーティライネン。

スオムス出身のウィッチで、階級は少尉。

 

タロットカードによる占いを行っているのだが、扶桑の文化以外は疎い芳香にとって

それはお札による厄除けのように見える。

だが宮藤が気になったのは、エイラの表情が少し険しく見えたことだった。

 

『しかし自覚があったのだな』

 

それは軽く、いつかの下校時に友人と一緒にいるときのような声色だった。

扉間が何時もの雰囲気に戻ったことに少し安堵を覚えつつ、宮藤は尋ねた。

 

「自覚って、何が?」

 

『いや何、まさかお前から能天気という自己評価の言葉が出てくるとは思わなかったぞ』

 

「……ぐぬぬ」

 

扉間の言葉に苦虫を噛み潰したような表情で顔をそむける。

しまった、藪蛇だった。失言に後悔しても時はすでに遅しである。

 

「いつも扉間さんが私の事馬鹿にしているから、今回もそう言ったと思ったんだもん」

 

『ワシは事実しか言わん。……だが、国を背負うなどと大それた考えは捨てておけ。

 扶桑のウィッチならば美緒を始め大勢いる。お前はその中の新米一人でしかない。

 己が心に決めたことを果たすことのみを目標とせよ』

 

「決めたこと?」

 

『己だけに出来る事を。お前の口癖だろうが』

 

「……あまり口に出した覚えはないんだけどなぁ」

 

にへら、と頬が緩む。

どうしてこの人は、幼かった自分の決意表明を今の今まで覚えていてくれるのだろう。

 

『大義を掲げたところで大抵は上手くいかないものだ。芳佳には分不相応などと貶めるつもりもない。

だが……お前のことだ、何もかも背負いすぎて圧し潰されるのは目に見えている。

そういった大きな事は今の大人達に考えさせれば良いのだ』

 

思い出すのはかつての部下。

戦争が無ければもっと良い人生を送れたであろう次代の里長。

後を任せられる男だった。しかし、後を任せるには心苦しい役だった。

宮藤に大きな物を背負わせまいとする扉間の姿勢は、思えば嘗ての男を想ってなのかもしれない。

 

「ん……大丈夫。解ってるよ扉間さん」

 

強大な魔力、稀有な治癒魔法。他の人々が英雄視しようとも宮藤の自己評価は変わらない。

身体に居候がいる事以外は、何処にでもいる田舎診療所の一人娘。

そんな自分の人生を、宮藤は劣等を抱くどころか誇りに思っている。

 

優しく抱いてくれる母がいる。

笑いながら撫でてくれる祖母がいる。

……誰かの為に立ち上がれる父がいた。

そして何より、自分を支えてくれる己がいる。

 

まだ十四年程度だが、一体どこに不満があるのだろう。

自分には勿体ないくらいの人生だ。

 

『そうか、ならば良い』

 

「うん。だからこれからもよろしくね、扉間さん」

 

『ならばもう少し自重という言葉を身に着けろ。お前の行動は危なっかしくて見ていられん』

 

「えへへ」

 

『……芳佳よ。何故そこで笑いが出るのだ』

 

小言に対し笑みを浮かべる宮藤に、扉間は目を細めて睨む。

自分の返答の意味に、恐らく扉間は気づいていないのだろう。

本当に助けが必要な時はいつでも手伝おうと、あの二代目火影が言っていることに。

 

宮藤がその思いに感謝していると遠くから足音が近づいてくる。

それは早足をこえて駆け足に近く、急いでいることは明白だ。

 

「エイラさん、いるっ?」

 

慌ただしく作戦室に入ってきたのは部屋を出ていった基地司令であるミーナだった。

その表情は険しく、ただ事ではない事態が起きたことは宮藤でも理解できた。

思わず姿勢を正して注視する。

 

「いるぞ中佐。占いの結果が良くなかったからな、待ってたぞ」

 

「ありがとう。……サーニャさんは飛べそう?」

 

「無理だな。夜間哨戒で魔力を使い果たしてる。今は部屋で寝てるぞ」

 

人差し指を交差してエイラは答える。

そう、と相槌をうつミーナの顔は苦しく、重く、そして短く事態を部下たちに告げた。

 

「坂本少佐から連絡がありました。敵ネウロイは囮よ。突破した小型の本体が基地に向かって北進中です」

 

背中に刃物を突きつけられたような寒気が、宮藤を襲った。

 




原作との相違点:芳香ちゃん(まだ訓練兵なので)飛ぶつもりがない【悲報】
あとムリダナは絶対言わせるべきだと思った




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第十一話

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|つ【第十一話】

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「と、扉間さん。大丈夫だよ……ね?」

 

『……』

 

険しい表情で方針について協議を始めた二人に対し不安を隠せない宮藤が問う。

しかし扉間の無言が、状況が悪化の一途をたどっていることを表していた。

リネットの方を見ると同じように宮藤を見ていた為、目が合う。同じく不安の色が見て取れた。

 

『芳佳よ、前言を撤回する』

 

普段軽口を叩き合うもう一人の自分が、いつもより重苦しい声で言葉を話す。

それは否が応でも事態が芳しくないことを宮藤に伝えていた。

 

『戦う覚悟だけはしておくのだ』

 

それは赤城でネウロイが出現したときと同じ感覚が襲うには十分な言葉だった。

あの現実主義の扉間が言うからには間違いないのだろう。

 

気を紛らわせるために窓から空を見上げれば、雲一つない綺麗な青空が広がっていた。

その先で戦う坂本や仲間たちに思いを馳せる。何故みんな戦う事が出来るのだろうか。

 

空母赤城での戦いは数ヶ月程度とはいえ生活を共にした軍人たちに傷ついて欲しくないが為の必死の行動だった。

しかし、この押しつぶされそうな心境からか、ふと思ってしまうのだ。

皆戦う事が怖くないのかと。

 

自分には扉間がいる。

絶対的な安心感を与えてくれる、信頼できる人間が。

けど、そんな自分が特殊なのだと宮藤は理解している。

 

たとえ家族がいる人でも、状況によって一人になることはある。

その不安感を、恐らく自分は一生味わうことは無いのだろう。

そんな自分でも、赤城での戦いは不安で圧し潰されそうだったのだ。

だからこそ、第501統合戦闘航空団の皆は怖くないのかと宮藤は思う。

 

先ほどの忠告を最後に扉間は一言も発していない。

宮藤もまた扉間に声を掛けない。それは事態が深刻であることを理解しているからだ。

 

そんな不安な気持ちを和らげるように暖かい感覚が宮藤の右手を包んだ。

 

「リネットさん……」

 

「大丈夫、宮藤さん。大丈夫だから……」

 

それはリネットの両手だった。

言い聞かせるように微笑みながら握られたリネットの両手は、小さく震えていた。

リネットも怖いのだ。怖いのを我慢してまで自分を励ましてくれているのだ。

 

そうか、と宮藤の心にストンと落ちるものがあった。

誰もが怖いのだ。自分のように怖いのだ。

それでも戦うのは、きっと何か守りたいものがあるからなのだろう。

 

―――そうだ、私だけじゃないんだ。しっかりするんだ宮藤芳佳。怖いのは私だけじゃないんだから。

 

奮い立つために自分に言い聞かせる。しかし、やはり恐怖は拭えない。怖いものは怖いのだ。

死ぬかもしれないという可能性は捨てきれない。

そう考えると足がすくんで動けなくなる。あまりの臆病さに下唇をかみしめて涙を堪えた。

未だ震えるとリネットの両手。そして包まれる自分の右手。

 

 

『任せよ、芳佳』

 

 

―――それを、力強い己の左手が覆った。

 

ぱちくり、と瞬きを二回。

それは自分の左手にしては雄々しく、しかし普段からよく知る感触だった。

後ろを振り返るが、やはり姿は見えない。

返事の主は己の中にいるのだ、目に映るはずはなく……しかし、その顔はきっと頼もしい笑みを浮かべている自信が宮藤にはあった。

 

「お願いしても、いいの?」

 

『おかしな事を聞く奴よ。己が身体なのだからと軍艦でワシをこき使った小娘が、今更何を遠慮するのだ』

 

恐る恐る問う声に、おどける様に返す声が自身の内から聞こえる。

先ほどまでの重苦しさは無く、普段通りの声色だ。しかし長い付き合いから宮藤は朧げに理解できた。

きっと、自分の不安を紛らわせるために普段通りに努めてくれているのだと。

 

「………」

 

『戦いに身を置くと決めたならば泣き言を言うなと叱りつけてやるところだが、今回は例外よ。ここが戦場となる可能性があるならば流石に素人二人を放り出す訳にもいくまい』

 

泣きそうになるのを堪え、涙ぐむ瞳を袖で拭う。

恐怖からではなく、嬉しさからだ。

 

『芳佳よ。先程も言ったが戦う覚悟だけはしておくのだ。この程度の危険は戦場ならばよくあること。ならばまずはこの緊張に慣れよ。慣れれば心は張り詰めるだろうが狼狽えることはなくなる。そして考えるのだ。己がするべきことは何かを。良いな?』

 

「はい、……はいっ」

 

小さく、しかしはっきりと返事をする。

厳しい言葉だが頼もしい助言だった。

戦うと決めたのは自分。私だけにできることを。

 

「宮藤さん。……その、扉間さん?」

 

覗き込むようにリネットが問う。

そこには幾ばくかの安堵の感情が伺える。

リネットも扉間に対して信頼を持っているのだ。

 

「ん…任せろだって」

 

ごしごしと涙を拭って笑みを返す。もう、涙は流れなかった。

 

 

口口―――――――――――――――口口

 

 

「案ずるなリネットよ。お前にも手伝ってもらう」

 

「ふぇ?」

 

待って、それは聞いてないよ扉間さんという宮藤の抗議は敢え無く却下されるのだった。

 

 

口口―――――――――――――――口口

 

 

「出られるのは私と……ミーナ中佐だけか」

 

一通りの状況をミーナから聞いたエイラは宮藤とリネットを横目に呟いた。

その言葉は正しい。既に主力部隊は抜かれているのだ。新人二人を抱えて戦えるような状況ではない。

 

国家の軍事組織に所属し、階級を与えられることにより個人は軍人と見なされる。

その認識でいえば、宮藤芳佳は間違いなく軍人なのだろう。

 

だが当の本人は己が軍人であるという意識は無い。

軍に属したといっても戦争嫌いの宮藤だ。

意識は戦う軍人ではなく、戦いから逃れるべき市民である。

ネウロイ襲来の報に対してミーナとエイラが責任感を、しかし宮藤は恐怖の感情に襲われるのはある種当然のことだった。

 

たとえ戦場を経験したとしてもたった一度、しかもぶっつけ本番の実戦だ。

先ほど見た宮藤の怯える表情から、彼女が戦える状態ではないと判断したミーナは正しい。

 

そしてリネットも同様だった。

リネットに待機命令を出したのは宮藤を守ることに加えて

非常事態からの緊張感で満足に戦える状態ではないとミーナは考えていた。

 

「仕方がありません。私とエイラさんだけで出撃します。

 リネットさん、宮藤さんは引き続き待機。

 ……場合によっては避難も考えられます。連絡には十分に注意してください」

 

坂本からの通信から十分程度。

迎え撃つには十分な時間はある。

幸い自分もエイラも固有魔法は感知タイプである為、見逃すこともないだろう。

 

「ヴィルケ中佐」

 

宮藤が口を開く。

おそらく自分も出撃すると言うつもりなのだろうが、許可はできない。

新人を抱えて戦うには状況が悪すぎる。

 

宮藤の第501統合戦闘航空団としての初陣は、このような緊急事態ではなくもっと飛行訓練を積んだ後、坂本かゲルトルート・バルクホルン大尉のどちらかにロッテを組ませるべきとミーナは考えていた。

 

「ごめんなさい宮藤さん。あまり時間がないの。言いたいことはネウロイを倒してから―――」

 

「ネウロイの狙いは我々との交戦を極力避けた上での基地破壊、もしくは後方市街の破壊活動が目的と思われます」

 

―――だからこそ、その言葉には思考に一瞬の空白を生むほどの衝撃をミーナは受けるのだった。

足を止めるには十分な内容である。ミーナは宮藤へ振り返った。

 

「……宮藤さん?」

 

「おそらく501の皆さんが到着するまでは進行速度をあえて他ネウロイと同程度にしていたのでしょう。そして501部隊到着後、外装を囮に最高速度で先発の皆さんを振り切ったのだと思われます。おそらく追撃は難しいでしょう」

 

淡々と話す言葉には感情の一切が乗っていなかった。

極めて冷静、理性的な内容が少女の口から発せられる。

それは軍属1ヵ月も経っていない新人が話すものではなく、まるで何十年も戦争に身を置く経験豊富な老兵を彷彿とさせる。

 

そして宮藤の推測は正しい。

今回のネウロイは複数体に分裂した後、コアが見つからないことに疑問を覚えた坂本が無線でミーナに伝えた推測と一致している。

だからこそ、ミーナは疑問だった。

 

「待って宮藤さん。501部隊が突破はされましたが追撃を開始しています。

私とエイラさんが出撃することで挟み撃ちにすることも可能です。

それに先ほど私は敵ネウロイが速度に特化したネウロイとは伝えていません。……何故そう思ったのかしら?」 

 

そう、宮藤は敵が速度特化の個体だということを言い当てた。

ミーナは『戦闘中のネウロイは囮であり、突破した本体が基地に向かって北進中』としか伝えていない。

だというのに宮藤は敵の特徴、目的をほぼ正確に推測していた。

 

「シャーロット・イェーガー中尉が突破されているからです」

 

その答えは文字通り疑問を切り捨てるような断言であった。

目を見開き、ミーナは息を飲む。

 

「空母で移動している間に今までのネウロイに対する戦闘資料は読ませていただきました。

その兵装は多種多様であるものの、一元特化した個体は必ず他の機能を犠牲にしています。

恐らく外装を囮として切り離し、火力・装甲を極限まで減らした速度特化の個体なのでしょう。

でなければイェーガー中尉程の速度に特化したウィッチが追いつけない筈がありません」

 

魔力保有量は目の当たりにしたから理解できる。

身体能力も坂本美緒という仲間からの情報だから信じられる。

しかし、この推察には目の当たりにしても信じがたいものだった。

 

―――戦闘資料と先ほどの私の発言だけで推測したというの?

……ううん、そうじゃない。この子、欧州に来るまでにネウロイや仲間のウィッチについて事前に調べていたんだわ。

 

『宮藤芳佳』ならばそんなことはしない。

彼女にとって戦うことなど二の次でであり、軍人達の役に立てることは炊事洗濯だと考えている。

どれほど魔力量が高くても宮藤は戦争嫌いの子供なのだ。

だからこそ空母赤城で料理や掃除をする宮藤の姿は共に乗船した軍人たちにとって快く映っていた。

 

しかし。しかしである。

『宮藤芳佳』はそうであっても、『もう一人の宮藤』は百戦錬磨の英雄である。

この男が。千手扉間が。二代目火影と呼ばれた現実主義者の塊が敵や共に戦う仲間について調べないはずがない。

 

「ヴィルケ中佐の仰る通り、私やビショップ軍曹はストライカーユニットでの飛行に不慣れです。仮に出撃したとしても迎撃に失敗し抜かれた場合に追いつける可能性はゼロでしょう」

 

「……ええ、その通りよ」

 

状況と自身の能力を良く理解している、とミーナは内心で舌を巻く。

どれほど状況分析に優れていてもまだ未熟な新人だ。

飛行訓練でも満足に銃を狙えないのならば足手まといになる。

 

「単刀直入に申し上げます。『次点対策』として基地滑走路先端からの狙撃を、私は提案します」

 

「―――っ」

 

その作戦に、息を吞んだ。

反射的に却下の言葉を口に出しそうになり、指を唇に当てて思案する。

それはミーナにとって十分考慮に値する作戦だったからだ。

 

高速で飛行するネウロイにピンポイントでコアを狙撃する。

ベテランウィッチであっても可能な人間は片手で数える程度だ。

 

しかし、リネットは。

リネット・ビショップ軍曹の狙撃の腕は、基地部隊の追随を許さない。

基地部隊だけではない。全世界のウィッチでも確実に指折りの狙撃手だ。

それをミーナは知っている。

 

宮藤が立案した作戦の利点に行きつく事に、そう時間は掛からなかった。

 

「リネットさんのストライカーユニットへの魔法コントロールを全て狙撃に向ける。そういうことね、宮藤さん」

 

「はい」

 

肯定は短く、しかしはっきり聞こえる声だった。

 

「ご存知の通り、ビショップ軍曹の固有魔法は射撃弾道安定です。私や軍曹はまだ安定した飛行ができない。ならばいっそ、飛ばないという選択肢があります」

 

基地上から空中を飛ぶネウロイの狙撃など前代未聞である。

狙撃が可能だという事はネウロイが基地の目前にいるという事なのだ。

しかし、自分たちが突破された場合は既にネウロイは基地目前に迫っているということ。

説明を聞いたミーナの判断は早かった。

 

「許可します」

 

おい、とエイラ・イルマタル・ユーティライネン少尉が抗議の声を上げる。

だがミーナの意志は変わらない。エイラに目を合わせた。

 

「私たちが突破された場合、最終的な戦力は彼女たちと疲労しているサーニャさんだけです。

そのことを考慮すれば宮藤さんの案は最終的な対抗策としてこの上なく有効です。リネットさんの狙撃の腕前はあなたも知っているでしょう。

……待機の他に彼女たちへの有効な命令があるならば聞きます、少尉」

 

返答は無言。それがエイラの答えだった。

エイラもその作戦が効率的であることは理解している。しかし思うのだ。もし自分たちが対処できなかった場合は彼女たちに任せるということ。ならば、それも失敗したときに彼女たちはどうなるのだろう。ストライカーユニットを履かない人間が、ネウロイから逃げ切れるとは思えない。ならば彼女たちはどうなってしまうのだろう。

 

「私たちが突破されたら彼女たちが頼みなのはどちらも同じ。ならば確率が高い方を選びましょう。リネットさん、聞いていたわね」

 

「は、はい!」

 

「宮藤さんの作戦を採用します。リネットさんは滑走路先端で狙撃準備のまま待機を」

 

「中佐、サーニャ・リトヴャク中尉は如何しますか」

 

「……出撃待機状態とします。夜間哨戒で疲弊している状態で戦わせたくはありませんが、万が一を考慮します。リネットさん、すみませんがサーニャさんに伝えてください」

 

「りょ、了解です! 即時準備にとりかかります!」

 

「お願いします。宮藤さんはストライカーユニットを装着後にリネットさんの護衛を。貴女のシールドは私たちの誰よりも強いの。守ってあげてね」

 

「了解しました」

 

ミーナの指揮に各自が慌ただしく部屋を後にする。

ふと宮藤を見ると、並走するリネットと共に不安げな表情を浮かべている。

先ほどまでの作戦立案を行っていたウィッチにはとても見えない。

 

不思議な子。

心で吐露した所感に頭を振り、ミーナは意識を戦いに戻す。

彼女の案を実行させるわけにはいかないのだ。それはあの新人二人を危険な目に遭わせてしまうということなのだから。

 

ミーナが宮藤芳佳という少女の正体に行き着くのは、まだまだ遠い。

 

 

 



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第十二話

(´・ω・`)「卑劣様格好いいやん?」
友人「うん」
(´・ω・`)「芳佳ちゃんかわいいやん?」
友人「うん」
(´・ω・`)「合わせたら最強やん?」
友人「頭デイダラかお前は」
(#^ω^)「なんでや」


女学生が持つには似つかわしくない対装甲という物騒な名前を持つライフルを滑走路先端で抱える。

それは民間人からすればアンバランスな光景だが、軍人には見慣れたものだった。

少し冷えた両手に息を吹きかけ、リネットは摩擦で両手を温める。

 

空は快晴。肌寒い空気を太陽が照らし、風はもうすぐ春を迎えようとしている。

夜空を眺めるリネットのお気に入りの場所は、今や彼女の戦場と化していた。

 

「それじゃあ宮藤さん。私は非戦闘員の皆さんの避難を確認してくるね」

 

「あ、サーニャちゃん私も……」

 

「ううん、リーネさんの傍にいてあげて。それじゃあ、行ってきます」

 

眠い目を擦りながらサーニャ・V・リトヴャク少尉は滑走路から飛び立っていった。

彼女は夜間哨戒で消費した魔力が回復しきっておらず、睡眠不足も合わさり自分が満足に戦うことは難しいだろうと考えていた。それでも自分にできる事をと、避難誘導をかって出てくれたのだ。

 

三人の間に沈黙が降りる。

リネットは銃の最終点検を行い、扉間は目をつむり言葉を発することはない。

そんな空気にいたたまれなくなったのか、宮藤が励ますように呟いた。

 

『扉間さん……だ、大丈夫だよ。ネウロイはきっとミーナ中佐たちが』

 

「恐らく無理だろう」

 

リネットには聞こえない程度の小さな声で、遮るように発した扉間の言葉には確信があった。それは第六感。長い戦争経験に基づいた推察である。

 

「相性が悪すぎる。ミーナは三次元空間把握能力、そしてエイラは未来予知だ。

この能力はどちらも支援型でな、集団戦……特に互いにパートナーがいる戦場であれば無類の力を発揮するだろう。しかし今回のような直線的速度を持つ、文字通りの直球型には不向きなのだ」

 

待機をしていたウィッチが速度特化のシャーリーや攻撃特化のバルクホルンならば別の手段があっただろう。だが相性の有利不利は往々にして存在する。今回はそれが不利な状況での戦いになっただけだ。誰が悪いというわけではなく、状況が悪かった。それを『良くある事』と扉間は一蹴する。

 

「さて」

 

振り返った宮藤は腕を組み、空を睨みつけながら呟く。

そこには申し訳なさそうにサーニャを見送った宮藤は鳴りを潜めていた。

表に出た扉間は戦いに思考を巡らせる。任せよと言った以上、千手扉間に妥協は無い。

しかしそれとは別に扉間にはもう一つの考えがあった。

 

「リネットよ。お前ならばこの戦局、どう戦う」

 

「どう、と言いますと?」

 

問い返すリネット。扉間の言葉の意図が分からなかった為だ。

銃の最終点検をするリネットに目を向けず、言葉だけを伝える。扉間の表情に不安や緊張を見受けられない。

 

「防衛ラインは突破され、基地襲撃は目前。戦力は狙撃手1名、遊撃が2名、うち1名は夜間哨戒で疲弊している。敵は上空を超高速で接近中だ」

 

「でも今はミーナ中佐やエイラさんが迎撃に……」

 

「その通り、ネウロイを撃破する為に出撃している。しかし可能性として二人とも突破されるかもしれぬ。信頼ではなく、最悪は常に想定せよ」

 

それはある種、宮藤とは真逆の考えだろう。

しかしそれは501統合戦闘航空団を侮ってのことではない。

 

「あの者たちが只の小娘ではないことはワシも理解している。だが奴らとて人だ。お前と同じなのだ」

 

「わたしと?」

 

首をかしげるリネットに対し、ああ、と短く扉間は肯定する。

 

「お前は自己評価が極端に低いが、お前が劣っている訳ではない。お前も芳佳も半人前。一人前の奴らと比べるのは苗木と大樹のどちらが大きいか問うのと同じよ」

 

まだ数度しか話したことはないが、リネットは扉間が笑みを浮かべた姿を見たことがない。

言葉を発する姿は常に冷静で、指摘としては過去の教官の誰よりもリネットの心に響いていた。慰めとは無縁の台詞の中に、リネットの成長に繋がる助言がいくつも散りばめられている。

 

扉間のもう一つの考えはリネットの殻を破ること。

前に進むことに怯えているこの若者を、一歩だけ進ませることだった。

 

「難しく考えることはないのだ。『自分が解決しなければ』ではない。『今の自分ができること』を考えよ。狙撃はお前の十八番。それは501部隊の誰もが認めていることであろう」

 

「私は……」

 

言葉は続けず、リネットは俯いてライフルを抱きかかえる両手にぎゅっと力を入れる。

やはりきっかけが必要だな、と扉間は心の中で呟く。

リネットの自己嫌悪は失敗を繰り返した人間が陥りやすい精神状態だ。扉間は過去に何度か見たことがあり、この手の者は言葉で言っても伝えることが難しい。

一番効果的な解決策は行動に対してのリアクションが成功を伴うこと。すなわち、自信を持たせることだろう。

 

扉間はリネットに才能が無いなどとは微塵も思っていない。

狙撃に関してストライクウィッチーズの面々が認めていると言ったが、それは他ならない扉間自身がリネットのその命中率に舌を巻いていたのだ。

直径僅か10cm程度の的の中央に当てる的確さ。忍界大戦とまで呼ばれた嘗ての戦争にもしリネットがいたら……扉間は頭を振ってその考えを霧散させた。

 

悪い癖だ。長く戦争に身を置いたからか、どうしても人を殺す効率性を思案してしまう。

そんなものは宮藤芳佳の付属品である自分には必要ないのだ。

リネットも宮藤も戦う力は人を守るもの。他ならぬ宮藤が決めたことなのだから自分はその方針に従うだけ。

扉間自身はその考えを甘いと思うが、それで良いとも思っている。

 

「リネット。具体的に質問するぞ。ネウロイをどうやって倒す? 敵にも思考がある。攻撃をすれば回避もするだろう。避ける相手にどうやって当てるつもりだ。間違っていても構わん。言ってみろ」

 

「で、でも」

 

―――考えは、ある。短いながらも狙撃手としての訓練を続けてきたリネットだ。

教官の中には狙撃を得意とした退役ウィッチもいる。そういった人々から教えられた助言の中に今回のケースに対応できる戦法もある。だがそれをいざ実行するとなると恐怖が先にきて言葉が詰まる。本当に正しいのか、正しくても行動に移せるのか。グルグルと考えが巡り貧血のような眩暈がリネットを襲う。

 

「考えを口に出すのだ。相手に伝えぬ意見など置物と変わらん。リネットよ、部下の意見を否定するのではなく聞かぬ上官は無能を通り越して害悪ですらある。何、叱りはせん。間違っていたのならば指摘をするから次に活かせばよかろう」

 

それを遮るのは扉間の声。静かで落ち着いた口調は良く伝わる。

凄い自信だ、とリネットは息を漏らす。

『今回は失敗でも次がリネットにはある』と扉間は言った。

それは先ほどミーティングルームで任せろという言葉を有言実行する覚悟だろう。

失敗を恐れているのではない。成功させるという頑なな意志。

 

リネットは意を決して考えを――――

 

「扉間さん、リネットさんの方が先任なんだから、上官はリネットさんじゃあ……」

 

―――述べようとした矢先。言葉を発したのはリネットではなく宮藤だった。

リネットは思わずパチパチと瞬きを行い、宮藤の目を見つめる。それはあるいは扉間に対して。

 

宮藤は軍規を全て把握しているわけではない。しかし、少なくとも立場が上なのはリネットであるという事は理解していたが故の指摘だ。

聞いた扉間の第一声は、盛大なため息。訂正しよう、声ですらなかった。

 

「芳佳よ、お前な……言葉の綾ではあったが、今それは口にする場では無かろうこの馬鹿者が」

 

「い、意見言わない相手は置物って言った癖にぃ!」

 

「だまれ馬鹿者。ワシが言いたいのは作戦立案・行動決定における判断材料を仲間に伝えろということだ。それに歳ならばワシのが上よ。お前が生まれてからを数えるならばもう70は超えている」

 

「上官と部下の話だったよね今!? 身体の年齢なら私と一緒で14歳じゃない!」

 

「だまれ大馬鹿者」

 

「大の字ついたー!? なんでー!?」

 

同じ口で喧嘩が始まった。

宮藤の姿を視界に入れていなければ、二人の人物が実際に口論しているように見えただろう。

同じ感想を、扶桑の友人が持っていたことをリネットは知らない。

表に出た宮藤が笑みを浮かべながらリネットを見た。その表情には強い信頼の意思が見える。リネットならばやれると信じているのだ。

 

「大丈夫、教えてリネットさん。扉間さんは口は悪いけど、相手の意見を無下にするような事は絶対しない人だから」

 

不思議な人たちだとリネットは思う。

先ほどまで口喧嘩をしていたのに宮藤は十全の信頼を扉間に置いている。

そこまで誰かを信頼ができる宮藤が、少しうらやましかった。

 

改めてリネットが口を開こうとした瞬間だった。

インカムから悲鳴に近い声が聞こえてくる。

それは先程、迎撃に出発したミーナからの無線通話だった。

 

『ごめんなさい二人とも、突破されたわ!

ネウロイはやはり高速個体! シャーリーさん程の速度で進撃中!』

 

リネットと宮藤の間に緊張が走った。

それは、リネットが最後の頼みになったということを意味する。

扉間の推察が的中したのだ。

 

『最終案を取るわ! リネットさん、狙撃準備をお願いします!』

 

追撃に集中したのだろう。ミーナからの通信は短かかった。

インカムからの無線が終わるとリネットは宮藤を見た。

表に出ているのは扉間だ。顔だけを海へ向け、雲の先にいるであろうネウロイを睨みつけている。

 

『扉間さん!』

 

「狼狽えるな。リネット、お前の考えを聞こう」

 

凶報に戸惑う宮藤に対し、扉間はどこまでも冷静だった。

この緊迫した状態でも扉間は変わらない。先ほどと同じ表情でリネットに問いかける。

すぅ、と深呼吸を一つ。

 

考えならば先ほどまとめた。それを実践することになっただけ。

宮藤がいる。サーニャがいる。そして目の前にはもうひとりの宮藤がいる。

自分は一人じゃない。リネットは心を落ち着かせて自身の考えた案を、小さく、しかし聞き取れる声で口に出した。

 

「その、避ける位置が予測できれば当てられます。

一発一発なら避けられてしまうかもしれません。でも避けた方向を固定することが可能ならば確実に撃ち抜けます」

 

確実、ときたか。

扉間は声には出さずに笑みを浮かべる。

 

「成程な。わざとネウロイに避ける方向を制限して二発目で仕留める……一撃必殺ならぬ二撃確殺の考えか。良い案だ」

 

考えとしては悪くない。

どれ程の速度を出そうとも方向性さえ制限してしまえばリネット・ビショップにとっては止まった的と変わらない。

目の前のウィッチの固有魔法はそれほど強力なのだ。

 

やればできるではないか。

自分から意見を出す。それはリネットにとって、もしかすると実践より意味のある行為だったかもしれない。

 

この臆病な娘の出した案だ。ならば応えなければ火影の名が泣く。

扉間は不敵に笑い手のひらをリネットに向けた。

 

「ならば一手、加えよう。一発目用の弾丸を貸せ、リネット」

 

 

 

口口―――――――――――――――口口

 

 

 

空高く、大海原を黒い塊が飛翔する。

漆よりも黒く金属製の光沢を放つネウロイに凡そ人間らしい感情はない。

コアに刻まれたプログラムに従い人を、文明を滅ぼすその姿は機械というより昆虫に近いだろう。

 

外殻を囮にしたウィッチの攪乱。高速飛行による追撃の突破。

すべてが順調だ。

 

後方から追いかけてくる2体の人間はもはや見えない。

他の個体のように火力はないが、速度に特化した自身に追いつくことは不可能だろう。

 

感情が無いのでプライドや傲慢とは無縁のネウロイは、その事実を客観的に評価していた。

陸地が見えてきた。敵個体の巣がそこにはある。

目的であるその先―――敵群体はロンドンと称している―――へ到着後、次の行動は可能な限りの破壊工作である。

 

油断はできない。

囮として切り離した外殻には敵の第一次部隊は引っ掛かったが第二次部隊には追撃を受けている。

速度を落とすことはできない。思いのほか攻撃の命中精度は高く、足を落とせば釣る瓶打ちで外殻ごとコアを破壊される危険がある。

それらを考慮して尚、行動に支障はないとネウロイは判断を下す。敵が追いつく前に破壊目標地点へ到達することが可能だろう。

 

順調な飛行から次の行動をプログラミングしていたネウロイは、前方の人間の巣に2つの個体を認識した。

その内の一体は射撃体勢に入っており、気が付いたときには発射された物体を観測していた。

先ほどの個体群から放たれた弾丸より大きい。外殻では防げず、コアに当たればひとたまりもないだろう。

 

しかしネウロイは狼狽えなかった。距離はある。回避行動は十分可能。

昆虫のような思考が、機械のような精密な動作をはじめる。

自身と飛来物の速度を計算。風速、地球の自転、気温、重力の値を計測したネウロイはその小さい体を右へと逸らし、弾丸を回避―――――

 

 

「対象側面に寸分違わず。見事な狙いだ、リネット・ビショップ」

 

 

――――――陸地にいた人間が、己の真横にいた。

 

弾丸回避の計算を実行していたネウロイに、横合いからの攻撃など避ける術はない。

その人間が捻った身体から放たれた回し蹴りが、ネウロイに叩きつけられた。

凡そ少女の力ではない。小型とはいえネウロイの外殻を破壊する程の強力な一撃は、脚力だけでは決して出すことはできないだろう。

 

速度を速める為に外殻を最低限にしたことが、此処に至り仇となる。

突き抜けたネウロイのコアは外殻を離れ、速度を失い宙を舞った。

 

「今だ、やれいリネット!」

 

インカムを通して叫ぶ声に遅れて数舜。

ネウロイのコアを一つの弾丸が撃ちぬいた。それはコア中央を狙った正確な一撃。

 

―――なぜ。なぜ、何故、ナゼ。

 

何故、弾丸は避けたはずだ。

何故、このような矮躯に外殻が剥がされる。

何故、コアが砕かれている。

 

いや、そもそも――――――先ほどの弾丸には、何が描かれていた!?

 

このネウロイに感情というものが理解できたのならば、それは驚愕と恐怖だろう。

もしかしたら意思を持っていたかもしれないネウロイは、誰にも悟られず終わりを迎えるのであった。

 

 

 

口口―――――――――――――――口口

 

 

 

ネウロイのコアが破壊される数分前のことだ。

リネットからライフルの弾を受け取った扉間は軽く握り、再び拳を開く。すると弾丸には印がつけられていた。

それはどこか、扶桑の仏僧が持つ仏具によく似ていた。

 

「弾丸に、模様が…?」

 

「ワシの術は水を操ることだけではない。あれは魔力に似た力を加工して水を操っているにすぎん。

同じように弾丸にワシの力を加工した印をつけた」

 

『ちょっと扉間さん、なんか凄い事言ってません?』

 

「どちらかと言えば、ワシはこちらの術の方が主でな。……いや、厳密にはワシ以上の使い手がいたが、そこは一旦置いておくぞ」

 

『無視!?』

 

「技の名を飛雷神の術と言う。印をつけた箇所に瞬時にして移動する術だ。

初撃の弾丸に飛んだワシがネウロイの動きを止める。コア破壊は任せたぞ、リネット」

 

……即ち、弾丸を用いた飛雷神の術による瞬間移動。

リネットの弾道安定の固有魔法が加わった弾丸は、扉間を寸分違わずネウロイの横へと運んでいた。

 

「―――中った……?」

 

そして、その結果が此処にある。

ライフルのスコープから覗く窓には砕け散るネウロイのコアが映っており、作戦成功であることが伺える。

自身の行動の結果であるのに、未だリネットは信じられないでいた。

 

それはそうだろう。初の戦闘から何度も足手まといと思っていた自分。

初星を挙げたのがこの土壇場、窮地からの起死回生の一発となったのだから。

 

「周囲にネウロイの気配はない。リネットよ、策は成功ぞ」

 

声に振り返れば、いつの間にか扉間が戻ってきていた。

昨日、ここで助けられたときと同じく音は無い。リネットにとって飛雷神の術も驚きだが、扉間の身のこなしも十分驚愕に値するものだった。

 

「よくやった。針穴を通すような一撃、さぞ繊細な操作が必要だったろう。本来ならもう少し褒めてやるところだが……」

 

はあ、と扉間はため息をついた。リネットは至らぬ点があったのかと不安になるが、扉間の顔に怒りはなく、呆れ顔が浮かんでいた。

 

「すまん、こやつが先ほどから煩くて敵わん。ワシはさがるから勝利の余韻はお前たちで分かち合うが良い」

 

ふぇ、というリネットの疑問の声も一瞬のこと。

扉間の物静かな雰囲気が消え、浮かんだ顔には笑みと爛々とした瞳がリネットを見ていた。

あ、宮藤さんだと思った時には既にリネットは宮藤に抱きつかれていた。

 

「リネットさん、すごい! すごいよ!」

 

無邪気な宮藤の喜ぶ顔を見ていたリネットに、ようやく自分が成し遂げたことに実感が湧いてきた。

 

 

―――役に、立てた。私が、皆の役に立てたんだ!

 

 

「やった、やったよ宮藤さん! 私、私やれたんだ!」

 

「うん! うん!」

 

感極まったリネットは抱きついた宮藤を離さないよう抱き返す。

そのまま二人は滑走路で跳ね回り、疲れて倒れこんでしまった。そんな自分たちがおかしくて、互いに笑い合う声は高く空に響きわたった。

 

扉間は奥へと引っ込み、そんな二人を見守っていた。少女が成し遂げたことを喜ぶ姿に水を差すのも野暮であろうと。

自分だけが出来ることを、精一杯やりとげる。自信の無かったリネットだが、これは良い切っ掛けとなるだろう。

そう思えばこの窮地もそう悪いものではない。近い将来、エースと呼ばれるウィッチが産声を上げた瞬間となったのだから。

 

扉間は小さく笑みを浮かべた。

若輩を育てる者にとって、若者が壁を乗り越える瞬間に立ち会えることは無上の喜びなのだから。

 



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第十三話~挿話~

( ´ºωº`)ノ【挿話】
卑劣様も芳香ちゃんも出ないので挿話となります。



広く、厳かな雰囲気の中でミーナは資料を読む男たちをじっと見つめていた。

部屋の中にはミーナを含めて四人。初老の男が二人と妙齢の女性が一人だ。

この中で佐官階級であるミーナが一番低いという状況を見れば、他の三人がいかに高い地位に就いているかは言わずもがなである。

 

資料を一通り読み終えた男はため息を着き、資料を机に放り投げた。

 

「失態だな」

 

その言葉にミーナは何も言わない。

怯えも狼狽えもなく、目を伏せてその言葉を甘んじて受け止めていた。

 

「敵戦力を見誤り主力部隊を突破され、増援として駆けつけるも迎撃に失敗。最後は訓練兵がかろうじて撃破……これが世界有数のウィッチ達が集まった成果かね」

 

「返す言葉もありません。お叱り、処罰は甘んじて受け入れます」

 

今回の戦闘では危うくブリタニア首都への侵攻を許す直前まで行ったのだ。

外ならぬミーナ自身が今回の一件を重く受け止めていた。責任感が強いミーナである。前線指揮に後方の人間が口を挟むことに難色を示すが、逆に作戦行動に失敗があればそれは指揮官たる自分の責任である。そう考えているからこそどのような処罰が下ろうとも当然であると考えているのだ。

 

「中佐、君は……」

 

「まあ待ちたまえ大将。若い者を頭ごなしに怒るものではないよ」

 

その重苦しい声を咎めたのは、正反対の明るい声。喉の振動が少し残るその声は処罰の場では不釣り合いな、紳士的な声だ。

言葉を止められた大将、トレヴァー・マロニーは横に座る恰幅の良い男に対し反論する。

 

「頭ごなしとは異なことを仰いますな、閣下。中佐は私の指摘に異を唱えておりません」

 

「異を唱えないから自分の言葉を全て相手が肯定していると断ずるのは、涙ぐむ子供に親が叱りつけるのと同じだよ、大将。少しは中佐の行動についても考慮してやらんとな」

 

読み終えた資料は後ろに佇む女性に渡し、組んだ両手を顎に当てる。

その表情は柔和な紳士そのものだが、ミーナは呼吸を落ち着かせて沙汰を待つ。先ほど受けたマロニーの叱責以上の緊張だ。

目の前の人物が、ただの男ではないことをミーナは十分理解していた。

 

ブリタニア首相、チャーチル。政治家のトップであるが、元は海軍大臣と軍を率いたこともある傑物である。

 

「まず、私から言葉を送ろう。『見事な指揮だ中佐。よくやってくれた』」

 

その言葉にマロニーだけでなく、ミーナまでもが眉をひそめて訝しむ。

当然だろう。この場はミーナの処遇について話す場であったはずだ。まかり間違っても賞賛を受ける場ではない。

 

「お言葉ですが首相閣下。私は采配を誤り、危うく貴国の防衛に重大な懸念を生むところでした。マロニー大将閣下の叱責は御尤もです」

 

「いいや、違う」

 

先ほどまでの優しい声色はなかった。

チャーチルは笑みは絶やしてはいないが、その目には有無を言わさぬ圧力がある。

 

「君は超高速の敵と交戦し、現戦力では対処が難しいと判断した。そして狙撃に対する固有魔法を持つが未だ空戦が満足に出来ないリネット・ビショップ軍曹に対し、あえて地上からの狙撃を命じるという英断を下したのだ。そして彼女は見事ネウロイを撃破した。初撃破という大成果を挙げて、な」

 

チャーチルの言葉はミーナが纏めた報告内容から脚色、誇張は一切していない。

ただありのままの結果を口に出しているだけだというのにマロニーの叱責とはまるで逆に聞こえてしまう。物は言いようとは良く言ったものだ。

 

「改めて言わせてもらう。見事な指揮だ中佐、良くやってくれた」

 

拍手まで送り出したチャーチルに対し、成程とミーナは納得した。

そう、納得だ。チャーチルが言いたいのは納得しろということだ。

現状、世界有数のウィッチを集めた501統合戦闘航空団は世界各国からウィッチが集まればネウロイに対抗できる一種のモデルケースだ。

その最終的な許可を出したのは外ならぬチャーチルである。その航空団を罰せられる事はチャーチルの政治的な弱みに繋がる。だから罰するなど以ての外なのだろうとミーナはとらえていた。

 

チラリと横目で目配せするチャーチルに、マロニーはため息を付いた。

マロニーとしては不服である。元々ウィッチという存在に良い感情を持っていない彼である。……だが、だからと言って今501統合戦闘航空団をブリタニア防衛から外すのはまずい。感情では排除したいが戦略面でそれが不可能だということはマロニーも十分承知している。

これを機にあわよくば501を……とも思っていたが、首相と政治的に敵対することは今はまずい。

 

「……ミーナ中佐。今回の失態はともすればブリタニア国民への不安を煽ることに繋がりかねない。しかし最終的には君の部下が損害を出さずにネウロイを撃破した。部隊の成果は上官の成果でもある。この結果を以て君への処罰は不問とする」

 

「は。寛大な処置、有難うございますマロニー大将」

 

「下がってよろしい。ブリタニアの守りは君の双肩に掛かっている。引き続き君の……いや、501の奮闘を期待する」

 

「は! 失礼します」

 

敬礼をし、踵を返して退出するミーナは軍人のお手本と言えるだろう。

胸を張って何一つ陰りを見せることもなく退出した軍人に、マロニーは柄にもなく部下たちに見習わせたいと思うほどだ。

 

「……よろしかったのですか、首相」

 

「何がだね?」

 

だがそれも一瞬の事。直ぐに一軍を預かる大将としてマロニーはチャーチルに問いを投げかける。理解をしているというのにあえて聞き返すチャーチルの心情を、マロニーは分からない。元々『三枚舌のチャーチル』とまで呼ばれた弁舌の天才だ。そう簡単に彼の心中を伺い知ることをマロニーは出来ないだろう。

 

「中佐の件です。最終的には防げたものの、罰則なしというのは些か……」

 

「ああ、構わんよ。今回、中佐はとても良いニュースを届けてくれたからね」

 

「ニュース?」

 

訝しむマロニーに対し、悪戯が成功した子供のようにチャーチルは笑う。

好みの葉巻に火をつけて、一息入れ、ああ、と相槌を着いた。

 

「忘れたのかね我がブリタニアの軍人、トレヴァー・マロニー大将。リネット・ビショップ軍曹はどこの国のウィッチかね?」

 

「……成程、そういうことですか」

 

自分が所属する国、そして今回活躍したウィッチ。

ここまで言われれば政治面に疎いマロニーでも理解できた。

 

今回の戦いで活躍したのは誰かと言われれば、リネットである。もう少し大枠で言えばブリタニアの新米ウィッチが名だたる世界のエース・ウィッチが集う501戦闘航空団の中で一番の目覚ましい活躍をしてみせた。

 

つまり、この話題はブリタニアにとって新聞紙がトップを飾る程の話題なのだ。

 

「真実を覆い隠すのではなく、事実を好意的に公表する。貴方の得意分野ですな」

 

「人聞きの悪いことを言わないでくれ。部下の評価は上司の評価……だろう大将?」

 

言葉尻を捕らえて良く言う、とマロニーは内心で笑う。

501統合戦闘航空団の司令官はミーナだが、その上官はマロニーである。

つまり自分の評価を上げる好機に態々下げる必要があるのかとチャーチルは言っているのだ。

 

だが、外ならぬ501統合戦闘航空団の活躍は結成を許可したチャーチルの手柄にもなる。

暗にチャーチルは「俺の評価を下げるな」と言っているのだとマロニーは『勘違い』をした。

 

「では私も此処で失礼します。首相閣下は如何されますか」

 

「ああ、一本くらい吸わせてくれたまえ。最近は何かと忙しくて一息つくこともままらないからね」

 

「左様ですか。それは、私はここで」

 

ああ、と手をひらひらさせながらマロニーを見送る。

敬礼をした後、マロニーも会議室を出て行った。

深呼吸をするように葉巻を味わうチャーチルは背もたれに体を預けながら一息をつく。

 

「…………」

 

そして徐に葉巻を灰皿に置き、秘書と共に小走りで会議室の大きな扉から顔を覗かせる。

妙齢の女性と年配の男がそろって顔だけ廊下に顔を出す光景は奇怪この上なかった。

 

「行った?」

 

「行ったみたいですね」

 

マロニーが廊下からも見えなくなったことを確認した二人は顔を引っ込める。

部屋に戻り椅子に腰かけるチャーチルに先ほどまでの政治家としての顔はない。

親しい者にのみ向ける、柔和な老人がそこにはいた。

 

「ああもう、無理を通してでも来て正解だったよ。あのまま行けば折角の混成部隊が解散になりかねなかった」

 

「いくらウィッチ嫌いのマロニー大将でも流石にそこまでは……」

 

「しない、と君は言い切れるかね?」

 

「……申し訳ございません、閣下」

 

「その言葉は相手に対し迷惑をかけた時に使うべきだね。今じゃあないよ」

 

苦労を掛けるね、と労うチャーチルに小さく首を垂れる。

秘書である女性は元々チャーチルの軍人時代の部下だ。ミーナのように事務仕事に長け、政治面にも精通していることからウィッチとしての軍属を終えても尚チャーチルに付き従っている。

それはチャーチル本来の性格を秘書が好ましいと思っているからに他ならず、素のチャーチルを知る数少ない人物である。

 

「あんの石頭め……カールスラント軍人の処罰だと? それこそ国際問題に発展するわ馬鹿が!」

 

「閣下、声が大きすぎます」

 

火を消した葉巻を地面に叩きつけて憤る姿を、秘書が咎める。

 

……そう、チャーチルがミーナをかばった理由。

それは己の評価の為などではない。他国との摩擦が生まれることを懸念した、政治家として至極真っ当な理由からである。

 

カールスラントという大国はネウロイの占領下にある。そしてその国民の殆どがブリタニアに避難している。この状況で国の希望であるウィッチを、しかもエース・ウィッチとして名高いミーナを罰するとどうなるか。

 

「もし中佐を罷免したことがカールスラントの避難民に知られてみろ。どのように暴発するかわかったもんじゃない! ウィッチ嫌いなのは構わんが己の感情で国際社会に波風立てようとするんじゃあない!」

 

ここでポイントとなるのはミーナの作戦行動が失敗だったか否かではない。

カールスラントの軍人を他国であるブリタニア軍部が裁くという事にある。

 

だからこそ、チャーチルは『国内・国際での自国評価の向上』という名目でミーナの罰則免除をマロニーに納得させることにしたのだ。

 

「ああもう、ウィッチを守ればマロニーが暴走するかもしれんし、マロニーに賛同すれば国家間の問題に発展しかねないし……」

 

「その辺を舌先三寸でどちらも納得させるあたり、お見事です閣下」

 

「それ褒めてる?」

 

「はい。心の底から」

 

実際、チャーチルのバランサーとしての能力は見事なものである。

マロニーも大将として配下の軍人達に慕われている男だ。下手に反感を招いてはそれこそ軍の一部まるごと反ウィッチになりかねない。

各国の虎の子ともいえるウィッチ部隊を、モデルケースというガワで包んで自国の防衛に配置するという図式を現実に落としこむことが出来たのはチャーチルの手腕があってこそだろう。

 

なおチャーチル自身は「やらなきゃ国が滅ぶ」という未来予想からこの多国籍ウィッチ部隊の創設に即刻許可を出している。

優雅にサインをするその姿と慌てふためく内心が、必死に水辺を泳ぐ白鳥の如き姿だったと後日秘書は語っている。

 

チャーチルの政治家としての本領は三枚舌ではなく、三枚舌を用いる為のバランス感覚にこそあるのだ。

 

「疲れた……首相辞めたいねぇ」

 

「辞めないでください。割と冗談抜きで国が滅びます」

 

「分かっているさ、それこそ冗談だよ」

 

チャーチルは再び資料に目を通す。

事の顛末だけではなく高速型ネウロイに対してのミーナの見解が記載されており、そこには弁明の一切が記述されていない。チャーチルは思わず苦笑いを浮かべてしまう。

 

「中佐も責任感が強すぎるな……わざわざ『部下の進言で事無きを得た』などと言わなくても自分の発言ということにしておけばマロニーの奴も納得しただろうに」

 

「その性格も考慮して彼女を基地司令としたのでしょう、閣下?」

 

「まあ、ね」

 

政治家として狡猾な面こそあるものの、チャーチルがミーナ個人に対し含むところはない。むしろ若いながら上官として良く動けていると感謝状を贈りたい気分だ。

そして、この作戦を思いついたウィッチにも。

資料の最後には一枚の経歴書とともに、少女の写真が送付されていた。

それは彼の有名なストライカーユニットを制作した偉大な博士の一人娘。

 

「宮藤軍曹か。……方向性は違っても天才の子供は天才ということかな。

一度会って話をしてみたいものだ」

 




ミーナ「自分の評価を落とすなということね。強かな人だわ」
マロニー「自国の評価を下げるなということか。狸爺め」
しゅしょう「(おなか痛い)」
ひしょちゃん「(首相の狼狽で飯が美味い)」


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第十四話


(゚ω゚)<お姉ちゃんの時間だぁぁぁぁぁ!!



夢を見た。

冷たい風に乗る煤の匂い。

眼下の都市は炎が広がり、空の雲はまるで煙のよう。

 

粘りつくような熱さを堪えながら敵を撃ち落とす。

一機、また一機。

 

絶え間なく押し寄せる奴らは恐れを知らない。

作業のように閃光を放ちながら祖国を破壊していく。

 

そうはさせないと私は戦う。

祖国の為、仲間のため、そしてーーーー。

 

ーーーーそうして私は失敗する。

最愛の妹を守れない悪夢を見るーーー。

 

 

 

口口―――――――――――――――口口

 

 

 

空母赤城での戦闘から1ヵ月以上が経過した。

宮藤は短い訓練期間を終え、501統合戦闘航空団の一員として前線で戦うようになっていた。

 

ブリタニアへのネウロイの襲撃は凡そ週に1度のペースで発生している。

そうして今日も敵影を確認したストライクウィッチーズのメンバーは迎撃のため出撃となった。

相手は大型のネウロイ。鈍重ながらもその巨体を活かした多数のレーザーはウィッチにとっても脅威である。

先の高速飛行型ネウロイが首都進攻に失敗したため、真逆の兵装をとったのだろう。

 

しかし、相手が悪かった。

501統合戦闘航空団は各国有数のエースが揃う対ネウロイ戦のエキスパート達だ。

ミーナが放つ牽制の銃弾が、ネウロイの体に幾つもの穴を開け、ヒビが入る。

 

「足が止まったわ……っ、今よ宮藤さん!」

 

『はいっ!』

 

インカムに手を当てながらミーナが叫ぶ。

宮藤がいるのは戦闘空域のはるか上空だ。

 

その合図に最大速度を出した宮藤が、雲を吹き飛ばしながら落下する。

衝撃から雨粒となって放射状に広がる雲海を背にした宮藤が巨大なネウロイに衝突し、外殻を穿つ。

 

だが、コアの破壊には至らない。

宮藤のシールドバッシュはその破壊力こそ絶大であるものの、ある程度ネウロイの巨体があってこそ命中する。扉間の助言があっても体を操るのは宮藤だ。まだまだ訓練が必要である。

命中率は百発百中ながら、コアを巻き込むことが難しいのだ。

 

しかし、それで十分だった。何故ならば宮藤は一人で戦っている訳ではないからだ。

コアが見えており、動きが止まったのならば……リネットの銃弾は避けられない。

 

「…………っ!」

 

リネット特有の固有魔法である弾道安定。

針穴さえも射通すその一撃は、正確にコアの中央を撃ち抜いたのだった。

 

 

 

口口―――――――――――――――口口

 

 

 

「いやぁ、楽勝楽勝。坂本少佐も良い新人を拾ってきたもんだ」

 

「そんな、私なんかまだまだで……」

 

「謙遜しなくてもいいわよ宮藤さん。貴方とリネットさんのコンビネーションは見事なものでした。これからもよろしくお願いね」

 

照れて縮こまってしまった宮藤の肩を笑いながらシャーロット・イェーガーが叩く。

豪快な笑い声と口元に浮かべた柔和な笑みが、シャーリーが宮藤の配属に心から喜んでいることが分かる。

 

「しっかしずるいよなぁ、二人のコンビ技。足が遅いネウロイなら殆ど無敵じゃないか」

 

「そうね。戦法として非常に強力だわ。宮藤さんの魔法力があってこそだから、他のウィッチには真似できないのが難点ね」

 

茶化すように笑うシャーリーにミーナが同意する。

他のウィッチでは落下中にネウロイのレーザーに撃墜されてしまう可能性があるが、宮藤の強力なシールドを撃ち抜けないことは立証済である。まさに宮藤だからこその攻撃方法だ。

それもコアが破壊できなければ外殻を修復されてしまうため無意味となるが、ここにリネットという決め手役がいることで一気に有用な戦法となっていた。

 

発案はもちろん、宮藤のシールドバッシュの威力を目の当たりにしている坂本である。

接近戦に持ち込む自分より長距離から正確に撃ち抜くことが出来るリネットであれば有効性も上がるだろうと判断しての指示だ。

その考えは的中し、自信の無さも解消したリネットは順調に撃墜数を増やしている。

 

宮藤は戦績を家族に報告できるようになったリネットを我が事のようにうれしく思っていた。

宮藤もリネットも戦争嫌いではあるが、戦績に興味を持たない宮藤と異なり元々家族のウィッチに対するコンプレックスを持っていたリネットだ。

姉宛ての手紙に自分の事を書かれたときは面映ゆくなったことは記憶に新しい。

 

「じゃ、今日も美味しいの頼むよ~宮藤」

 

「はい、シャーリーさん。任せてください!」

 

胸を張る宮藤にひらひらと手を振りながらシャーリーとミーナは食堂を去っていった。

 

宮藤の料理は扶桑の家庭料理である。

料亭のような華やかさこそ無いものの、その味はウィッチ達に大変好評である。

なにせ物心つく頃には家庭の手伝いをしていたのだ。料理についても他のウィッチに比べ一日の長がある。

 

501のメンバーが時折自分たちの郷土料理を振る舞うこともあり、それが宮藤のやる気を引き出していた。

 

「ど、どうかな。リーネちゃんの口に合うかな?」

 

『好みはあるだろうがな。お前の手料理ならば問題なかろう』

 

料理について扉間が口を出すことはあまり無い。

五感を共有している事からアドバイス位は出せるだろうが、男の自分にあまり口出しされても嬉しくは無いだろうと考えていた。

 

料理について相談が出来る友達もできた。

リネット・ビショップ。ブリタニアの若きウィッチ。

味を確かめるように目を瞑り、リネットは口に含んだスープを飲み込む。

 

「……うん。美味しい!  やっぱり芳佳ちゃんの作る料理はどれも美味しいね」

 

「ええ〜? そ、そんな事ないよぉ」

 

頭を抑えながら緩む頬を指摘する程、扉間も野暮では無い。宮藤が談笑する際は基本的に黙っている。

リーネと愛称で呼ぶようになった宮藤を、扉間は孫娘を見るように眺めていた。

 

「……扉間さん、随分静かだよね?」

 

『何だ。照れを隠すのなら、そのだらしなく緩む頰を何とかしろとでも言えば良かったか?』

 

但し話しかけられない場合に限る。

周囲に聞こえないように問う宮藤に、いつも通りのやや辛辣な言葉を返す扉間だった。

ぶぅ、と頰を膨らませて抗議を示す宮藤だが、このやり取りも平常運転である。

 

「じゃあ次は私の料理だよ。はい、芳佳ちゃん」

 

パンに挟む具材を小皿に乗せ、リーネは宮藤に手渡した。

受け取った小皿を箸でつまむが、何かを思案するように宮藤は顔を上に向ける。

 

「芳佳ちゃん?」

 

「そうだ、せっかくだから扉間さんが味見してよ!」

 

『は?』

 

言うや否や、宮藤は身体の操作を扉間に委ね引っ込んでしまった。

浮遊感に包まれる宮藤の身体を扉間は慌てることなく操作する。

 

「おい芳佳……」

 

『だって扉間さん、普段私の料理しか味見しないでしょ?』

 

「それはワシが料理人ではないからだ。リネットもワシなどが味見するよりお前の方が喜……」

 

ちらりとリネットを横目で見た扉間の声が、止まった。

そこには握りしめた両手を胸に当て、じっと扉間を見つめるリーネがいた。

言葉を聞かなくてもわかる。扉間に味の感想を求めている目だった。

 

「……。」

 

特に断る理由も無し。扉間は吐息を一つ着いて箸で摘まんだ料理を口に運ぶ。

ゆっくりと咀嚼し、喉へ押し込んでいく姿を宮藤とリネットは固唾をのんで見守る。

 

「……美味いぞ。しかしリネットよ、ワシはそれくらいしか言葉の表現が―――」

 

『やったねリーネちゃん!』

 

なぜかリネットではなく諸手を上げて喜びを表す宮藤に、扉間は目を丸くする。

思わず体の操作を委ねると、二人は両手を合わせながらピョンピョンと跳ね始めた。

扉間が見えている第三者がいれば、その光景は父の日に出した料理を褒められる娘のようだと表現するだろう。

 

―――まあ、こ奴らが良しとするならば別に構わんか。

 

特に指摘する事もなく、こうして今日が始まったのであった。

 

 

口口―――――――――――――――口口

 

 

「そういえば本当に良かったの、芳佳ちゃん?」

 

「良かったって、何が?」

 

持ったパンを口に運ぶ手を止めて、宮藤はリネットの問いの意図について確認をする。

並べられた料理を食べるウィッチの態度は様々だ。黙々と食べる者もいれば味の感想を言い合う者、先の戦いの感想について述べ合う者もいる。宮藤とリネットも談笑に興じるグループだ。

 

「この前のネウロイだよ。基地から狙撃して撃破したネウロイの戦果、私が単独で落としたことになっているでしょう?」

 

リネットが自信を取り戻す切っ掛けとなった戦い。

扉間は飛雷神の術を行使した事を隠すため、その戦績をリネットが単独で行ったことにするよう口裏を合わせるよう指示していた。

幸い突破されたミーナやエイラはネウロイの外装を破壊する宮藤の姿を目撃してはいないからである。

 

「うん、気にしないで! その……自分の説明しなきゃいけなくなるから、逆にリーネちゃんに感謝してるの」

 

自分、というのは扉間のことだとリネットはすぐに察した。

扉間は今後、己のことを隠し続けることが難しくなるという予感はある。

だが、隠すことが出来るのならばそれに越したことはないとも考えていた為の処置だ。

 

「……あれ?」

 

ふと視界に入ったのはテーブル。半分ほどしか減っていない料理に首を傾げた。それはいつもの彼女らしくない。

ゲルトルート・バルクホルン。階級は大尉。

軍人たる者斯くあるべしとは彼女のことを言うのだろう。

戦争という行為が元々好きではない宮藤にとって、少し苦手意識を持ってしまう相手であった。

 

「あ、あの。お口に合いませんでしたか?」

 

「……ご馳走様」

 

控え目に伺うが、膠も無く席を立ったバルクホルンは足早に食器を片して食堂を去っていく。

食堂を出る直前に宮藤とバルクホルンの目が合った。宮藤の瞳が悲しそうに揺れている。

その姿に、バルクホルンの胸が痛む。

 

―――やめてくれ。お前は何も悪くないんだ。

 

そう。避けているのは私の方。

悪いのは私の方だ。

その自覚があっても変えられない。

 

彼女を見るのが、辛い。

戦う姿を見るのが、辛い。

 

宮藤芳佳という人間はゲルトルート・バルクホルンにとって直視することができない人物である。

 

「扉間さん。もしかして扶桑の料理ってカールスラントの人には合わないのかな?」

 

『それは横で頬を緩めている奴を見ればわかるだろうよ』

 

小さく周りに聞こえないように呟いた宮藤は、扉間の言葉で視線をバルクホルンの横の席に向ける。

そこにはフォークを片手に、栗鼠の如く頬が膨れたエーリカ・ハルトマンがご満悦で宮藤の料理に舌鼓を打っていた。

 

最近の彼女のお気に入りなのだろう。

時間にルーズであるエーリカだが、宮藤が料理当番の日は必ず時間厳守で席についている。

 

「私、もしかしてバルクホルンさんに嫌われてるのかな?」

 

『それは無かろう。まあ気にするな。そのうち解決するだろうよ』

 

扉間にしては曖昧な答えに訝しく思う宮藤だったが、リネットとの会話を続ける事にした。

トレーを片づけるバルクホルンを眺めながら、扉間は彼女の心境を何となく察していた。

 

―――青いな。亡くした身内に芳佳を重ねたか。

 

トゥルーデが抱える心の傷。扉間の推察はその核心を捉えていた。

それは長く戦場に居た扉間だからこそ気が付けたトゥルーデの心情だった。

喪った者に重ねてしまうことは良くある事だ。

 

そういった相手に対して大概の人間は距離を置こうとする。

誰でも親しい者が死んだ事実を再確認することは辛いのだ。

 

『青い、か』

 

「え、何? 扉間さん」

 

『いや、何でもない』

 

呟いた己を嘲笑する。何を偉そうにと。

誰かを喪ったことに苦しむ彼女と、己の敬愛する兄が死んだときも涙一つ流せなかった自分……どちらが精神的に健全であるか。

それは考えるまでもないと思う扉間であった。

 

 





くりすちゃん(昏睡)「死んでない! 私死んでないよ!」



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第十五話

(`・ω・´)<お久しぶりです!
 く く
=====
図  調子


 

 

「トゥルーデ、ちょっといいかしら?」

 

朝食を終え、そそくさと自室へ戻ろうとするバルクホルンを止めたのは基地司令でもあるミーナだった。

二人は同じカールスラント出身であり、ベルリン脱出から共に戦い抜いてきた旧知の仲でもある。

 

「ミーナか。どうした、何か用か?」

 

「最近元気が無いみたいだけど……大丈夫? 訓練に人一倍 力を入れている貴女にしては朝食の取った量も少ないみたいだけど」

 

「ああ、その事か……気にしすぎだ。今日はちょっと食欲が湧かなくてな。まあ昼夜には気分も落ち着くさ。気にするほどじゃ無い」

 

ならいいのだけれど、と。

早々に話を切り上げるバルクホルンを訝しげに見送る。

 

―――やっぱり宮藤さんを妹に重ねているのね。

 

バルクホルンには妹がいる。

明るく元気な少女であり、軍人気質なバルクホルンと性格は違うがとても仲の良い姉妹だった。

 

そんな彼女は現在ロンドンの病院で昏々と眠り続けている。

カールスラントの首都、ベルリンを脱出する際に負った怪我が原因だ。

その怪我の理由がバルクホルンが撃破したネウロイの破片によるもの、という事実がバルクホルンの心を追い詰めてしまっている。

 

良くも悪くも純粋な性格であるバルクホルンだ。

規律正しい軍人という面こそあるが、その精神はひどく脆い。

だからこそ、宮藤が妹と重なって見えてしまうと平静を保っていられなくなる。

そうは見せまいと振舞ってはいるが、旧知の仲であるミーナやエーリカ・ハルトマンからすれば宮藤への接し方を見ていれば直ぐに気が付く。

 

指を顎に当て、一つの案がミーナに浮かぶ。

それは可能性に過ぎない。しかし、可能性はある。

 

「……時期としても悪くないわね」

 

そろそろ定期報告の時期だ。ロンドンに向かう理由としても都合が良い。

考えを纏めたミーナは踵を返し、目的の少女の下へと向かうのだった。

 

 

口口―――――――――――――――口口

 

 

訓練や座学といった軍人としての時間外。

宮藤のルーチンワークは基本的に炊事・洗濯・掃除である。

元々娯楽に乏しい田舎の診療所が生家の宮藤だ。生活に必要な行動は祖母と母から学んでいる。

そのため趣味が生活に直結している宮藤にとってそれらは何の苦にもならないのだ。

いつものようにバケツとモップを持ち出し廊下の清掃を行っていた宮藤は現在……

 

「もう我慢できませんわ!」

 

ペリーヌ・クロステルマン中尉にキレられていた。

 

両の眉が引っ付かんばかりに眉間に皺をよせ、歯ぎしりをしながら宮藤に詰め寄る。

積もり積もった怒りが噴火したペリーヌの口から生まれる罵詈雑言は収まる気配がない。

 

「紅茶は音を立てて飲むわ腐った豆は食事に出すわ少佐をさん付けで呼ぶわ……挙句にこの始末! 貴女わたくしに何か恨みでもありますの!?」

 

ペリーヌは自分の頭に乗る物体を指さした。

そこには水分補給をしっかり行ったモップが、ペリーヌの頭の上で休息を取っている。

 

「そんな……私そんなつもりじゃ……」

 

『詫びを入れながらモップを相手の頭に叩きつけておいて弁明できる立場ではないと思うがな』

 

扉間さん黙って、とペリーヌに聞こえないよう呟く。

呆れる様に吐息を一つ吐く扉間はペリーヌの言い分に私怨が混じっていることは認めるが、宮藤にも非がある事を知っている。何せ四六時中一緒なのだから客観的に状況が見えるのだ。

 

「……さては扉間さん、後ろからペリーヌさんが来ているの知ってて黙ってたでしょ?」

 

『ああ。周囲の足音くらい気を配っておけ』

 

「ちょっと宮藤さん!聞いてますの!?」

 

ぶぅ、と下げた頭で頬を膨らます宮藤だった。

きっと扉間さんは「周囲に気を配らないお前が悪い」とでも思っているのだろう、と宮藤は考える。

そこは流石に扉間との付き合いが長い宮藤だ。大正解である。

が、いかに気配察知に長けた扉間もまさか肩に背負ったモップを後続の人間の頭に叩きつけることは予想できなかった。

その後詫びの言葉と共に頭を下げながら再度モップを叩きつける行為を目にすれば開いた口も塞がらないというものだ。

 

ぐぬぬ、とペリーヌの罵倒を甘んじて受ける宮藤。

悪いのは自分だし仕方がない、と半ば反省しながらため息を一つ吐くのだった。

 

「とにかく! わたくしは貴女の事を絶対、ぜえっっったいに認めませんからっ。戦場ではいつ命を失うかわからないのです、とっとと田舎にお帰りなさいな!」

 

ふん、と踵を返したペリーヌは肩を怒らせながら去っていった。

角を曲がり見えなくなったことを確認し、宮藤は吐息を一つ吐く。

 

「はあ…怒られちゃった」

 

『仕方が無かろう。今のは全面的にお前が悪い。今回ばかりは言いがかりという訳ではなかろう?』

 

「それは……そうですけど」

 

『まあ、お前の立ち位置が奴の心情を悪くしている箇所はあるから仕方がないという面もあるがな』

 

「私の立ち位置?」

 

ああ、と扉間は相槌を打つ。続く言葉は短い間ながら観察した、ペリーヌ・クロステルマンという人物の考察だ。

 

『美緒の肝煎りとして紹介されたお主が余程気にくわないのだろう。一ヵ月も経てば部隊の者たちが互いにどのような感情を持っているのか自ずと解る。

嫌がらせなどではなく、文化の違いや礼儀作法といった所でしかお前を非難をしない所をみるとあの娘、根が真面目なのだろうよ』

 

ペリーヌ・クロステルマンという人物を、そう扉間は分析した。

その推測は正しい。本来のペリーヌは子供好きであり面倒見が良く、坂本の推薦ウィッチという第一印象さえ無ければ宮藤の事を好意的に受け止めていただろう。

それが一気にマイナスに振り切れる程、坂本美緒という人間に傾倒しているだけで。

 

事実、宮藤の力量を目の当たりにしたペリーヌは自身の訓練量を増やしている。

他者への負けん気を自身の成長に繋げられる人間は長じて伸びやすい。

一ヵ月も生活を共にしていれば、出会い頭の歯ぎしりも納得がいく扉間であった。

あの贔屓の理解には苦しむが、それとして悪い娘ではないというのが扉間の総括だ。

 

『あの娘の罵倒の中にお前の実力を疑う言葉はあったか?』

 

「え? ……そういえば無かったよね?」

 

『お前の力量は奴も認めてはいるのだ。だが心情がそれを許容できない。結果、あのような表現になってしまう。難儀な事よ』

 

あのシールドバッシュを目にすれば宮藤の実力を認めないウィッチはいないだろう。

高火力故に大多数のネウロイには効果的であり、コア破壊に至らなければ周囲のウィッチが止めを刺す事が可能。宮藤のシールドバッシュから止めを刺したウィッチの中にペリーヌも含まれる。ならばその実力をペリーヌが疑うはずが無い。

 

「でもペリーヌさん、何もあそこまで怒らなくても良いと思うんだけど……」

 

不満げにつぶやく宮藤に、扉間は珍しく引きつった目で睨みつけた。即ち、こいつ正気かと。

 

『……芳佳よ、一つ教えてやる。詫びながら相手の頭にモップを叩きつけるという行為はな、世間一般的に”煽る”と言うのだ』

 

それも二度。あそこまでやられて憤りを感じないのならもはや聖人君子の類である。

はうあ、という少女らしからぬ悲鳴が宮藤から漏れた。

 

「宮藤さん」

 

思いは違えど、互いに頭を抱えた祖父と孫に第三者の声がかけられる。

振り返ればそこには自身の上長であるミーナが柔和な笑みを浮かべて立っていた。

 

「ミーナ中佐、お疲れ様です」

 

「お疲れ様、宮藤さん。ここの生活には慣れた?」

 

「はいっ。皆さんとってもいい人で、リーネちゃんともお友達になれましたし」

 

『先ほどまで叱られていたがな』

 

扉間さん黙って、と再び聞こえないように呟く宮藤。

実際聞こえていないのだろう。ミーナは話を続ける。

 

「そう、良かった。今日の訓練は中止よ。ちょっと私に付いてきて貰ってもいいかしら」

 

「?」

 

首をかしげる宮藤にミーナは微笑みながら手招きをする。

それは宮藤にとって長い一日の始まりの合図となるのであった。

 

 




友人「何で君マロニーとロマニー間違えるん?」
(´・ω・`)「ゼルダの伝説のとある作品にロマニー牧場ってのがあってだな」
友人「アブダクションされるのかマロニー……」


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