ガーリー・エアフォース-カラフルアロウズ- (鞍月しめじ)
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太陽に集う翼
ALT.01『フランカー』


「随分な城築いてくれやがったな、ザイのヤツラ」

 

 某国空域。スカイグレイのSu-35Sが空を飛ぶ。同じ色の空は紫電を迸らせ、雷鳴を轟かせていた。

 機体のコックピットから少女が地上を見下ろす。ドーターと呼ばれる特殊な機体の特徴となる装甲キャノピーのカメラ越しに、敵性存在であるザイの前線基地が見えている。クリスタルのように綺麗な結晶体で形作られたそれは、見た目に反して凄まじい威圧感と緊張感で少女を見上げていた。

 

(ふうん……今のところは行けそうだけどな)

 

 少女に与えられた任務は偵察だった。最低限の武装と回避用のジャミングポッドを搭載するだけで、基地破壊は任務に入っていない。

 ザイの反応も無いまま、少女はただ前線基地上空を旋回し続ける。楽な仕事だと思った。しかし、少女は違和感を感じ始める。

 

「楽なのに越したこたぁないけど、あまりに無反応が過ぎるな」

 

 ザイが出てこない。通常の挙動であれば、少女は瞬く間に囲まれるだろう。特にジャミングを掛けている訳でもない。

 グレーフレームの眼鏡の向こうで、少女は目をしばたたかせる。彼女は少なからず困惑していた。

 

「おい、攻撃はしないのかよ。アタシがやるぞ」

〈基地攻撃用の装備じゃないだろう。暫く待機しろ〉

「むう……」

 

 空中管制機が少女を制止する。指示とあっては聞かないわけには行かない少女は口ごもった。

 早く吹き飛ばすなりすればいいのに、と少女は思う。ただ自身が所属する部隊でもザイの反応がない事に困惑しているのか、なかなかアクションが起きない。

 

(焦れったいな……)

 

 少女は燃料のデータを探る。アフターバーナーは控えているが、空域に留まってそれなりに経過していた。タイマーが無情に時を刻んでいた。

 彼女にとって、何もせずに燃料切れで去る事などあり得ない。ただ逃げ帰るような真似はしない。

 

(一機でもいい。出てこい、そうすりゃ飛び込んで――)

 

 とにかく防衛させるように祈った刹那だった。レーダーが複数の機影が上がってくるのを捉え、警告を鳴らす。

「ようやくか」と少女が呟く。浮かぶ笑みも隠す意味はなくなった。

 

「いいよな、行っても」

〈仕方ない……間も無く爆撃が始まる、恐らく奴等はそれに気付いていたか。制空権を確保しろ、フランカー〉

「ヘッ! リョーカイッ!」

 

 前線基地から上がってくる複数のザイへ向け、真っ直ぐに降下していくSu-35S。バレルロールで放たれる機銃を巧みにかわし、地上付近で急激に角度を変える。

 

「楽しくなってきた。もっと盛り上げなよ、てめぇらッ!」

 

 グレーの髪が強い光を帯びた。フランカー――Su-35S改めSu-35SKのアニマは稲妻を彷彿とさせる鋭敏な機動で大軍と化したザイを翻弄する。

 ミサイルアラート。フランカーがレーダーを見るまでもなく次の操作へと移る。

 

「ディセプションジャミング!」

 

 自機位置欺瞞が開始された。Su-35SKの位置が欺瞞され、本体から別な位置に自機がいるとザイに誤認識させる。『ドーター』となったSu-35SKのディセプションジャミング能力は、単なるレーダージャミングだけではなく対ザイにおいてより強力な欺瞞性能を持っていた。

 一種のEPCM発生器であり、ザイ本体ですら見破るのは難しい。機体とは真逆に誘導されたザイはその先でようやく「騙された」と気付く。網にかかった魚のように逃げ惑ったとしても、気付く頃には手遅れだった。

 

「ちゃんと上も見ときなよ、雑魚」

 

 フランカーが不敵に笑んだ。ザイが気付いた時には、機体はバレルロールと共に機銃掃射で降下してきていた。

 ザイの大軍を貫いた矢は再び角度を変え、硝子の建造物による谷間を切り抜けていく。

 

「いいね! 上から見てていい隙間だと思ったんだ!」

〈フランカー! 無茶はするな、機体を壊すぞ!〉

「あ、なんだって!?」

〈繰り返す、無茶をするな!〉

「無線不調だ、聴こえねーよ!」

 

 ぶつっとやや乱暴に通信が切れた。フランカーは相も変わらず機動を変えず谷をすり抜けて行く。

 背後にザイの群れが迫っている。谷は複雑な建造物の塊で構築されていて、自然のそれよりも歪に狭くなっていた。

 再びミサイルアラートが鳴り響く。回避するためのスペースもなく、背後からミサイルだけが迫っていた。

 

(考えたな。アタシと同じく追い込み漁のつもりかよ。あ、あれは誘い込みだっけ?)

 

「どうでもいいけどな」――呟いて、フランカーは笑った。

 ザイはとっくに離脱していた。フランカーは機体をさらに低く飛ばし、ミサイルを限界まで引き付ける。着弾まで時間はない。一発目が間も無くエンジンを捉える、というところでSu-35SKは急激に上昇する。

 ミサイルは数発が前線基地の建造物に突き刺さって損失、更に残ったいくつかは倒壊する建造物に巻き込まれた。だが無事だったミサイルは瓦礫を駆け上がるようにして、上昇を続けるフランカーを複雑に曲がりくねった機動で追い掛けていた。

 

「だよな。そうじゃなきゃ面白くない」

 

 フランカーは鳴り響くミサイルアラートにも眉ひとつ動かさない。機体はそのままクルビットで反転し、背後に迫っていたミサイルと正対。GSh-30-1機関砲が唸りを上げた。

 

「ヒュウッ!」

 

 機銃で撃墜したミサイルの爆発を置き去りに、Su-35SKはフランカーの操縦で再び谷へ戻っていく。落としきれないと判断したザイは追跡を再開し、狭苦しい谷底でドッグファイトを始めていた。

 

〈爆撃機が到着する。五分後! 制空権を確保しろ、フランカー!〉

(無茶すんなって言ったりコイツら五分で始末しろって言ったり、どっちなんだよ)

 

 様々な機動を駆使しながら戦ってきたフランカー。ミサイルは幸いまだ打っていないが、ザイ相手では後ろを取るだけ無駄だった。

 それならば、とフランカーはより狭い隙間を目指して谷を全速力で飛行する。複雑に入り組んだ谷は、ぶつからないように飛ぶだけでザイの射線から外れるほどに左右へ揺らされる。

 

(あった。上で見たエリアだ)

 

 迫り来るそれは、水平飛行では間違いなく主翼が引っ掛かる狭い隙間だった。機体を地面と垂直に飛ばさない限りは、確実に待っているのはクラッシュ。

 しかし、その奥はザイによる建造物が道を塞いでいるようでスピードを殺さずに飛べばどちらにせよ激突する。

 

(じゃあ、奥の手行くか!)

 

 間も無く“デッドエンド”に差し掛かる。気の向くままにテンションを上げるフランカー、合わせてコブラ機動で真上へ機首を向けるSu-35SK。刹那、機体がそのままロールする。

 エンジンを地面へ向けたまま、駒のように90度ぴったり回転したSu-35SKはそのまま隙間をすり抜け、建造物の寸前で垂直に上昇。ザイですらかわしようがないスピードで谷を抜け出し、退避する。

 フランカーが後ろを気にするが、ザイは建造物に激突。残ったザイも潰されたか、堪らず退避したかのどちらかだった。

 

「おせーよ! 行け行け、働け!」

 

 上昇を終えたフランカーとSu-35SK。その眼下を、爆装した複数の攻撃機が通過した。

 次の瞬間、基地が火の手を上げ崩壊し始めていく。フランカーの所属する部隊が持つ、大型爆弾の全弾投下だった。衝撃波に機体が揺らされ、フランカーは帰投していく攻撃機を睨み付ける。

 

「ったく、あっぶねーな!」

 

 攻撃機を見送るようにして、フランカーも帰投する。

 充分楽しめたのか彼女は何処か清々しい顔をしていた。無論戻った先ではこってり絞られたが、それでもフランカーは特に気にしていなかった。

 Su-35SK-ANMフランカー。とあるPMC基地で、彼女が胸に着けるネームプレートには『ルフィナ』と名があった。所属する民間軍事企業によって作られたアニマ、それが彼女という存在だった。

 腕は立つが無茶が過ぎて頭痛の種である。しかしザイが存在する間は、少なくとも『お役御免』は有り得ない。彼女はザイ相手の戦闘でPMCの数少なく収入を持って帰る事の出来る隊員であり、兵器なのだから。



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ALT.02『アニマたちの騒々しい一日』

 Su-35SK-ANMフランカーことカバーネーム、ルフィナが帰投してから社内は騒然としていた。

 主に機体への負担を考慮しないルフィナの飛ばし方に問題があるが、それ以上に彼女たちはPMCだ。傭兵であり、戦うことで金をもらう。今回のクライアントは特にいない、という現実が最大の問題だった。

 

「あーもう。うちらがザイのFOB見つけたのはいいけど、お陰で金にもならないのに無茶苦茶やってくれたわねぇ」

 

 気だるそうに頭を掻きつつ、廊下を歩く女が呟いた。

 上下ジャージ一式に、ぼさぼさとした長髪が屋内の明かりに照らされてヘルメスブルーの輝きを放つ。とにかく、その見た目は周囲からひどく浮いていた。

 

「頼む、ビゲン。ルフィナじゃ計算ごとは出来んし、クフィルは検査にいってるだろう?」

 

 ビゲンと呼んだ女の傍らを歩く社員らしい男が必死に頭を下げている。

 

「ギャラ以外の計算苦手なの知ってるでしょ?」

 

 ビゲンは呆れたような深いため息と共に目をつむる。社員の男は引きそうに無く、心底仕方なしであるが彼女も折れるしかなかった。

 

「しゃーないか……」

「助かる! 今はアニマの手も借りたいからな!」

「今度アイツに言っといて、次は手掛けんなって」

「お前が言わないのか? アニマとドーターの部隊統合で一緒に飛ぶんだろ?」

「冗談! 私はギャラ以外に興味ないの。あんなアドレナリン中毒と一緒にしないで」

 

 ふん、とビゲンは男からふて腐れたように視線を逸らせた。彼女も同じアニマとして空を飛ぶこともあるが、ドーター整備中につき専らデスクワークをこなしていた。

 ルフィナだけが空へ飛び立ち、ギャランティーも発生しない任務で乱暴に機体を痛め付けただけとあっては、何度考え直してもビゲンには腹立たしく思えた。

 しかしアニマとはいえ、立派な一社員である。ビゲンの仕事にも給料は発生している。無論、ルフィナにも。

 

(ったく! アイツが散々楽しんでるのにもサラリー払われてんのに! ちっと苦労する気にはならないのかしらね)

 

 ちくちくと今何処にいるかもわからないルフィナへ、ビゲンが恨み言を突き立てていく。

 

「じゃ、頼んだ! 計算終わったら、俺の端末まで見積もり送ってくれ」

「その前にグリペンに電話するわ。遅れたらキッチリ残業するから、残業代宜しくね」

「ちょ、オイ勘弁してくれ。Su-35SKの塗装がやり直しなんだぞ? 残業代出すくらいならキッチリ休ませろって上から言われてる」

「じゃあルフィナから引きなさいな。私はキッチリ貰うものは貰うわよ?」

 

 スマートフォンを取り出しつつ、社員の男を一蹴するビゲン。これ以上はビゲンも絶対に引かないと社全体が理解している。

 余計な事をすればビゲンがストライキを起こしかねない。実際何度か起こしたこともあって、その際は本当に“何もしなかった”。ザイが現れていれば大惨事になっていたかもしれないと叱責しても知らん顔で『払わない方が悪い』と言い放って見せる始末。

 ルフィナも厄介だが、そうなったビゲンも相当に厄介だった。しかしルフィナは戦闘において優秀で、ビゲンもまた戦闘と事務処理両面で会社に貢献しているのだ。

 廃棄しようにもするわけに行かず、国家プロジェクト単位でPMCに預けられた彼女たちにデータにならない行動をさせるわけにはいかなかった。

 ルフィナはPMCで生まれたアニマ。ビゲンはPMCで研究、製作され、適合機体がビゲンであると発覚したのちにスウェーデンからドーター用機体調達を行ったアニマである。勿論スウェーデンには常時データを提供している。

 

「あ、もしもーしグリペン? どう、上手くやってるー?」

 

 気楽に電話している彼女は、永世中立国家であっても重要なデータの塊なのだ。

 

『私は元気に日本で暮らしている。あまり頻繁に電話を掛けないでほしい』

「寂しいこと言わないでよー。ご飯は? ちゃんと食べてる?」

『……食べてる』

「グリペーン? もしかして、また際限無しに食ってないわよね?」

 

 沈黙。気付けばビゲンの周囲には誰もいなくなっていた。電話口には通じないだろうに、ビゲンは暗い笑顔で応答を待っていた。

 

『ち……ちゃんと言われたように――』

『グリペン! これで良かったのか? えーっと、ケンタッキーの……あ、悪いグリペン』

『け、慧!』

「ほー……」

 

 にわかに騒がしくなる電話の向こう。ビゲンの間延びした声が、グリペンと呼ばれた少女に突き刺さったようだった。

 

「いや良いんだよ。グリペンの給料だしね? たださ、彼氏の前で食いまくるのはどうよ」

『慧はそんな私でいいと言ってくれている。問題は起きていない』

「太ってない?」

『運動しているから大丈夫。問題ない』 

「じゃあ、慧に代わって?」

『う……』

 

 口ごもるグリペン。暫くしてから、慧と呼ばれた青年が通話を引き受けたようだった。

 

『ビゲンか?』

「おひさー。グリペン、最近また食べてない?」

『そうか? 俺は特に気にしてないけど……』

「甘やかしたら際限無く食うよ? たまにはそっちからビシッと言ってよね」

『ああ、了解。っと、そうだ。そういえばもう日本には来ないのか? 騒ぎになりそうだけど、仲間と一緒にさ』

「行きたいけど暫くはムリね。ウチのバカが盛大にザイと大立ち回りしたせいで、ドーターの整備も追い付かないの」

 

 廊下を歩きながら、ビゲンは慧との会話を続けていた。途中にあった窓の前で立ち止まった彼女は端末を耳に当てたまま、窓辺へ歩み寄る。

 曇り空はまだ続いていた。雨が降りだしそうで降りださない、分厚く暗い雲が頭上を覆っている。

 

『ビゲン?』

「あ? ああ、ごめん。暇が出来たら個人的に行くから。グリペンにはちゃんと言っといてねー?」

『わかったって。ビゲンは姉だしな』

「そうだよー? んじゃ、仕事戻るから。じゃねー」

 

 終話。待受画面に戻った画面を見つめつつ、本日何度目かのため息を漏らすビゲン。

 空を飛ぶこともなければ、今やっているのはルフィナの尻拭いにすら等しい。次に顔を合わせたら一発頬をはたいてやろうか。ビゲンはルフィナがどう言い返してくるか予測を立てつつ、今自分に任された仕事をこなすために歩き出した。

 

 □

 

 今日は社屋のあちこちが騒がしい。ザイにPMC一社単位でぶつかって、無事に済んだのは奇跡だった。

 無論、ルフィナというアニマとドーターSu-35SK-ANMの活躍あってのものだ。裏でビゲンたちが処理に悲鳴を上げることになっても、人死にが出なかっただけ奇跡なのだ。

 

「ありがとうございました」

 

 社屋、研究室の前で小柄な少女が深々と頭を下げる。切り揃えられた髪がさらさらと揺れる。カメリアの輝きを纏うようなその髪を軽く指で掻き分けて、少女は研究室の前から立ち去った。

 向かう先はハンガー。少女もまた、アニマだった。KFIR C7-ANM、ミラージュベースの戦闘機でドーター。イスラエルの協力で、クフィルは生まれた。

 40年以上使われ、今もなお改良の続く機体らしくルフィナともビゲンとも違って礼節を弁えた彼女はおとなしかった。

 

「クフィル! 少しいいか?」

 

 無言で歩いていたクフィルを、白衣を羽織った社員が呼び止めた。

 

「エイベルさん? まだ何か?」

「いや、クフィルには無い。問題はルフィナだ」

 

 語る研究員、エイベルは白衣のポケットに手を突っ込んでかぶり振る。

 

「相当暴れたようだというのは知っていますけれど……」

「ああ、まさしくだ。お陰でビゲンまで会計に駆り出されちまったからな。さっきも愚痴のメッセージ来ててな……」

 

 エイベルの話を聞いたクフィルは困ったように笑う。彼女にとってはいつもの光景であるものの、その度に会社単位で忙しくなるのだから他の部署は堪ったものではないだろう。

 

「ビゲンさんはまだ仕事を?」

「まだまだ掛かるだろうな……。とりあえず、ルフィナに会うことがあったらよろしく頼む」

「はい。あの人を抑えるのも、私の仕事だと思うので」

「本当にお前がいないと、アイツはどこまでも暴れるからな……」

 

「じゃあな」と離れていくエイベルへ小さく頭を下げて送るクフィル。研究室に戻っていく白衣を暫し見送って、彼女は再びハンガーを目指した。

 

 □

 

「げっ、クフィルかよ」

 

 ハンガーには三機のドーターが収められている。その中の整備員が群がるSu-35SKから少し離れた場所にルフィナはいて、クフィルを見つけると心底嫌そうな顔で憎まれ口を叩く。

 

「今日はずいぶん活躍されたそうですね?」

「なんだよ、聞いてる話だろ?」

 

 クフィルの存在が、少なからずルフィナを身構えさせる。恐いもの知らずのルフィナが唯一苦手とするのが、クフィルだった。

 

「ただ、むやみに暴れたのはいただけません」

「勝てばいいだろ? そりゃ、ビゲンが喜ぶような金にはならなかったけど……」

「それ以上にドーターは大事にすべきです。ビゲンも怒りますよ?」

「もう既にキレてんだろ、アイツ……」

 

 ルフィナの読みも鋭い。キリキリと痛む胃を押さえるクフィルはルフィナに聴こえない程度に小さく唸った。

 自分がいない程度でこんなに大事になるのか、と無力さを嘆く。

 

「会計、手伝いましょう」

「ハァ!? アイツの仕事じゃん!」

「じゃあ整備をやります?」

「む……」

 

 クフィルが提示するのは、ルフィナが嫌がる事ばかりだ。ふてくされたように口を尖らせるルフィナは下を向いて唸っている。

 どの選択肢も有り得ない。機嫌の悪さを体現するように、スカイグレイの髪もどこか光が無かった。

 

「まさか、嫌なんですか……?」

「まさかってなんだよ!? 普通イヤだろ!?」

「でも、迷惑はかけてますよね?」

「ザイ落としてなお責められる理由がわかんねぇよ」

 

 話はいつまでも平行線を辿りそうだった。とはいえ、クフィルも諦めて折れるほど優しくはない。彼女の任務にはしっかりと『ルフィナに仕事をさせること』というものも入っているのだ。

 アニマとは人間ではないが、少なからず彼女たちには仕事をする感覚が刷り込まれている。国単位で生まれていないがために、少々刷り込みも特殊だった。

 

「じゃあビゲンさんを手伝いに行きましょう。手伝っておけば、あとで叩かれる事も無い筈ですから」

「いやだから――待て! 離せよッ! テメエ、アタシの半分も飛べないクセに生意気だぞッ!」

「航続距離は地上では関係ないんですよ? ほら、行きに飲み物でも買って差し入れましょうね」

 

 嫌がるルフィナを引き摺ってクフィルはハンガーを出ていこうとする。必死に抵抗するものの、ルフィナはずるずると引き摺られていった。

 

「イヤだー! 頭使いたくない!」

 

 駄々をこねる様は小さな子供のそれである。クフィルの方が外観は幼いものの、精神年齢では逆転していた。

 ルフィナは戦闘のセンスはアニマらしくずば抜けているが、頭を使うことはからっきしである。直情型というべきか、ありのままの感情で考えたことがそのまま真っ直ぐ出てくるタイプである。

 憎まれ口も、彼女は一切感情を誤魔化さないからこそ出てくるもの。

 

「やっぱり一人の方が気が楽じゃねーか!」

「はいはい、行きますよ。飲み物はちゃんと私もお金出します」

「お、マジで?」

「あなたとビゲンの分はそちらで」

「半分おごりだろそれ!?」

 

「自分の分は自分で買いますから」とクフィル。暴れる犬のように必死に身をよじるルフィナは相も変わらず引きずられたままだ。

 どれだけ暴れてもクフィルは手を離さない。ビゲンのところに辿り着く頃には、ルフィナも疲れからかぐったりとしていた。

 

「いやいやクフィル、使い物にならないわよこれ」

 

 ビゲンも頭を抱えた。普段でさえ計算などろくに出来ないルフィナが、余計使えなくなったところで何の役にも立たない。魂が抜けきったようにぐったりと横たわるルフィナを眺める二人は、揃って今日一番大きなため息を漏らした。



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ALT.03『アニマたちの仕事始め』

 騒がしい一日もなんとか終わりを迎えた。クフィルに引き摺られて会計を手伝わされたルフィナは当然、処理を担当していたビゲンも一日が終わる頃にはぐったりと項垂れていた。

 三人がそれぞれ宿舎に戻って眠りについて、再び陽は昇る。

 

「んー……」

 

 鳥のさえずりが聴こえる寝室で、ルフィナはゆっくりと身を起こした。

 すっきりと心地よい目覚めとはいかなかったのか、ルフィナはぼさぼさで跳ね回った髪もそのままに、寝ぼけ眼をごしごしと手で擦る。

 クフィルたちとは相部屋だが、既にクフィルは居ない。ビゲンは掛け布団を抱き枕がわりに、射し込む朝陽も気にせず寝息を立てている。

 昨晩はルフィナにとって地獄と言っても間違いでなく、結局仕事終わり間近ではまともに意識すら保てなかった。ベッドに飛び込んでからは泥のように眠って、それでも疲れが取りきれない程だった。

 

「あれ……今日なんかあったかな」

 

 まだ頭が働かない。スケジュールもろくに思い返せない程度には、彼女もまだ眠ったままのようだった。

 

「……ヤバイ、そろそろクフィルが怒鳴り込んできそうだ」

 

 クフィルの世話焼きは尋常ではない。ルフィナ自身、あまりしつこく言われて行動するのが好きではなくむしろ反発したくなってしまう。それも深い意味も何もなく、単にクフィルとルフィナではまるで性格が合わないだけなのだが。

 とにかくクフィルがアラームがわりに飛び込んでくる前にと、ルフィナは後ろ髪を引かれる思いで重たい身体をベッドから引き剥がす。

 とにかく予定が欲しかった。出来るなら空に上がりたいとは思うものの、懸念がある。

 

(ドーターの修復、終わってねーよなぁ)

 

 盛大にドーターで暴れまわったのも、つい十数時間前になる。いくら彼女のいる『会社』が、周囲も驚くような技術を持っていたとしても流石に整備は終わりきらない。ドーターとは、そんなに簡単な物ではないのだ。アニマであるルフィナとの繋がりもある。

 ぼんやりとした目付きで歯を磨きながら、ルフィナは考えた。なんとしてでもスケジュールを入れなければ、間違いなく昨日のような雑務が待っているに違いないのだ。

 

(しゃーねえ。クフィル探すしか無いか)

 

 うがいを終わらせ、一度寝室へ戻る。相変わらずビゲンはまだ眠っていた。起きる気配も無いどころか、起こしたところで起きない雰囲気すら漂っていた。

 

「やっぱコイツはほっといた方がいいな……」

 

 起き抜けのビゲンは凄まじく対応が悪い。一度ルフィナが起こそうとした時は蹴り飛ばされた事もあった。それ以来、彼女を起こすのはクフィルの仕事である。

 そそくさと自室を出たルフィナは眼鏡を直しつつ、クフィルを探すため足を進めた。

 

 □

 

「ルフィナ、探しましたよ」

 

 なんとか朝食までを終え、社内を練り歩いていたルフィナを呼び止めたのはまさに彼女が捜していたクフィルだった。

 

「ちょうどいいや、アタシも探してたんだ」

「え? ……珍しいですね? てっきりまだ寝ているかと」

 

 少し怪訝そうに眉をひそめるクフィル。片手に持っていたスマートフォンには、ヘヴィメタルが選曲された音楽プレイヤーが最大音量で準備されていた。思いがけず画面を見てしまったルフィナの背に悪寒が走る。

 

「私はビゲンを起こしてきますので、ルフィナは先にブリーフィングルームへ行っていてもらえますか?」

「あ? ブリーフィングあんの?」

「というより、先の予定を共有する話でしょうか。仕事があるようですから」

「ふーん……まあ、了解」

 

 小さく頭を下げて去っていくクフィル。その小さな背中を見送って、ルフィナはブリーフィングルームへ目標を定めて再び歩き出す。

 会社はかなり広大な建物だ。航空機を多数扱う関係上、使われなくなった民間の飛行場を購入し改修したものを利用する。多数のハンガー、広大な敷地に広大な滑走路、そして広大な社屋。

 その中をひたすらブリーフィングルーム目指して練り歩くルフィナ。代わり映えしない廊下をいくつも曲がって、漸く目的地へ到着する。

 

「入るぞー」

 

 特に返事も待たずにブリーフィングルームへと立ち入ると、中で待っていたのは白衣の対アニマ研究員であるエイベルと数人のスタッフだった。

 それらの人物とは別で更に数人、彼女には見覚えの無い人物がいる。

 

「誰だ、コイツら」

 

 変わることの無い態度。ルフィナの警戒から生まれる無遠慮な質問には、一人の男がその中から抜け出して答えた。

 

「ロシア航空宇宙軍――いや、複雑な肩書きは無しにしよう。ロシアから来た、と言えば分かるかな“フランカー”」

 

 ロシアからの来客らしい男は、ルフィナをフランカーと呼ぶ。刹那、ルフィナの目付きが殺気をはらんだ。

 

「地上ではルフィナだ。よく覚えとけよ、でなきゃ次は殺す」

「ルフィナ! そこまでだ!」

 

 エイベルが声を張り上げて場を制する。ルフィナは舌打ちと共にロシア人の男へ早く行けと手を振りかけて、止めた。

 

「いや、ちょっと待て。さっき『ロシア航空宇宙軍』って言い掛けたか? なんであのバーバチカの関係者がここに来るんだ」

「鋭いな、ルフィナ。次の仕事はバーバチカと飛ぶ」

「冗談だろ。うっかり手が滑って撃ち落としかねないぞ」

「仕事だ。しがらみだなんだは割り切ってくれ」

「無理だっつーの!」

 

 いくらルフィナが突っぱねたとしても、会社側が折れる事もない。譲歩もなく、話は進んでいく。

 苛立つルフィナの元へ、ブリーフィングルームに到着したクフィルとビゲンが歩み寄る。

 

「おせーぞ」

「ごめん。クフィルにヘビメタ聴かされてたのよね」

「なかなか起きないので3曲ほど使ってしまいました……」

「ふーん、あっそー……」

 

 心底興味の無い話。ルフィナは退屈そうに顔を背けて溜め息を吐く。

 

「ロシアからだっけ? 話は粗方先に聞いてるけど、ザイの関係?」

「まあアニマの力が必要だとするなら、十中八九そうでしょうね」

 

 アニマである三人は部屋の隅で、スタッフとロシア航空宇宙軍関係者はスクリーン側で話を練っているようだった。

 ビゲンは心底嫌そうなルフィナに比べれば、かなり乗り気な方だ。クフィルは会社の方針に従うタイプ故、特に目立った変化はない。

 

「国が相手ってなれば、そこそこお金取れそうねー。支払いも悪くないでしょ」

「アタシとしちゃ、金も要らないから奴等とは働きたくねーな」

「ジュラーヴリクさんですか?」

 

 クフィルの出した名前にルフィナも静かに頷いた。Su-27M-ANMジュラーヴリク、ロシア航空宇宙軍のアニマ部隊『バーバチカ』の一番機。生粋のロシア機には、ルフィナの存在を素直に認めきれない物があったようだ。Su-35SK-ANMは量産輸出型のSu-35SKをベースにしていて、ロシア生まれでも生粋のロシアのそれではない。

 特にSu-35SKのアニマが生まれてしまった為に、事実上本国ロシアがSu-35Sのアニマを生み出せなくなった背景もジュラーヴリクには納得がいっていないようだ。

 定期的にロシア空軍はルフィナを頼りに来るものの、過去にバーバチカと飛行した際はルフィナもジュラーヴリクも互いに言い合いばかりで作戦遂行に支障も出ていた。

 

「冗談じゃない。アイツと飛ぶくらいなら金なんて要るか」

「えー、勿体無い。ていうかルフィナのドーター修理中でしょうに、もしかしてアンタ不参加じゃないの?」

「水を差すようですが、ルフィナも頭数には入っているようです。すぐに作戦開始とはなりませんし、ドーター整備はそれまでには間に合わせると」

 

 逃げ場は塞がれてしまった。先ほどよりもずっと大きい溜め息と共に、ルフィナはがくりと項垂れる。

 

(まあ、関わらなきゃいいんだけど……どうしても空じゃな)

 

 アニマ相手には、無線不調をでっち上げるのも無理な話だ。無関心を決め込んでいては、ジュラーヴリクもルフィナたちも仕事にならない。

 

「ビゲン! 話がある、来てくれ」

「おっ! ギャラの話?」

「お待ちかねだろ。まとめてくれ」

「オッケー!」

 

 スタッフに呼び出されてルフィナたちの元から駆け出すビゲン。

 遂に腕を組んで壁に寄りかかったルフィナは、面白くなさそうに膨れていた。

 

「まあ、今はとにかくビゲンが上手くやってくれることを祈りましょう? 逃げ道がないなら、貰えるものは貰った方がいいでしょう?」

「そりゃそうだけど……」

 

 言い掛けて、ルフィナは諦めた。報酬を貰わず、だが拒否出来ないのなら貰えるものは貰った方が良い。アニマといえど、このPMCに所属するアニマは比較的自由に買い物をしている。軍属となるアニマと異なり、その扱いはやや特殊だった。

 クフィルにも少なからず『金ありき』の精神はある。ただ他のスタッフより欲がないだけで。不平不満は漏らさないが、明細に記される額面が少なければ嫌な気持ちになるくらいには、彼女も『傭兵』だった。

 

 ロシアとの仕事が決まり、PMCスタッフたちもルフィナのドーター修復に本腰を入れる。

 任務中は会社からは離れ、ロシアの基地へ行くことに決まっている。ルフィナにとってはまず間違いなく、長く辛い期間になるだろうとはクフィルも懸念している。

 

(機動に影響は……まあ、彼女も空に上がれば性格は変わるけれど)

 

 ルフィナのフラストレーションは空に上がれない事からも来ている。仕事が決まれば、ドーターも動かせる。ルフィナのストレス解消も出来るはずだ、とクフィルは半ば強制的に自身を納得させる。

 仕事始めまではアニマ三人での飛行訓練が組まれる。今この瞬間からが、三人にとって忙しい時間の始まりだった。




皆様お久しぶりでう。
なんだか久し振りに物書いたので、なんとなく感覚が掴めずに困っております。

さてさて、既に三話まであるカラフルアロウズ。ツイッターのハッシュタグ企画のようなものがそもそもの発端でした。
楽しいんですよ……オリジナルアニマ。

話は戻しつつ、既にガーリー・エアフォースは三作品あります。なんとか色々やっていきたいなとは思うのですが、光る星を繋げては……ちょっと一旦休載で。
暫くはカラフルアロウズとカナリアを宜しくお願い致します。

またなんかオリジナルアニマでも考えましょうか……。


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ALT.04『スカイグレイの心』

 訓練飛行、とはいうもののルフィナのドーターは修復整備中。よって専用のシミュレーターによる、疑似戦闘訓練が一先ず行われる事となった。

 ルフィナにとっては楽しくもない、自身の『身体』であるドーターを模しただけの『データ』を操る感覚。シミュレーターではある程度の機動データを利用してはいるが、ルフィナが空で行うような超機動は想定していない。

 思うように機体を操ることが出来ない苛立ちは、なおさらルフィナを不機嫌にさせていった。

 

〈シミュレーション強制終了。無謀な機動をするな〉

 

 ルフィナの眼前で、モニターはシミュレーション終了を示している。勿論、強制終了させられたもの。

 エイベルによる解析で、機体限界に近い機動を行うよう操縦していたことが判明してしまっていた。

 

「うるせえな。アタシのドーターなんだ、アタシの身体だぞ。自分の身体にどうこう言われる筋合いはねーぞ」

〈それを直すのは会社だ。また飛べなくなるぞ?〉

「ナメんな!」

〈嘗めてない。ただ少しは会社の事も考えろって、一人で飛んでるんじゃないだぞ〉

 

 毅然とした対応でルフィナへ切り返していくエイベル。それが更にルフィナを苛つかせる。

 彼がルフィナたちに付いてそれなりに長いがルフィナはまだ認めきっていない。思うように飛ばさせない“意味”も、理解などしていなかった。

 

「……少し休む」

〈わかった。その方がいいな〉

 

 シミュレーターから降り、専用の研究棟を後にするルフィナ。直近の依頼では、間違いなくジュラーヴリクと当たる。敵が何であれ、規模はまだ分かっていない。

 彼女にとっては負けられない仕事になる。今さら普通の飛ばし方などかったるくて、とてもではないが出来なかった。

 

「ったく……」

 

 研究棟の近くには自販機がある。そこで飲料を買って乱暴に煽ったルフィナ。乱暴に握り締められてひしゃげたペットボトルが、彼女の苛立ちを偽ることなく真っ直ぐに現していた。

 

「イラついてるわねー?」

 

 そこへビゲンが通り掛かり、ルフィナの背後から声を掛けた。

 

「んだよ。見世物じゃねーぞ」

「怒んないでよ、仲間じゃない」

「あーもう、うぜえ……」

 

 ペットボトルを放り投げると、綺麗な弧を描いてゴミ箱に吸い込まれていく。

 

「ドーターを壊したのは自分でしょうに。何をイライラしてるの、アンタは」

「だー! もう、んなこたぁ分かってんだよ!」

「分かってるなら、何にイラついてるのよ?」

 

 ビゲンの問い掛けを耳にして、ルフィナの動きがぴたりと止まった。暫し俯いて、それからビゲンには何も答えず踵を返して歩み去る。

 答えられなかった。彼女には、何を理由に苛立っているのかうっすらとだが理解は出来ていた。

 

(わかってる。自業自得だってわかってんだよ。でも……アタシはもう、ああやって飛ばすしかないんだ。それがSu-35SK-ANMなんだよ)

 

 身体の動かし方をあとで直せと言われたところでどうしようもない。一方で、それが認められないことも分かってはいるつもりでいる。

 地上に下りて冷静になれば、ルフィナも多少は周りが見えた。ただ実際に空に上がった時は彼女自身もどうしようもない。首輪を外された犬とでも例えられるもので、自由に駆け巡り、飛び回るのが彼女だ。

 

(行くか。逃げてもいられないし)

 

 軽く眼鏡を直してから技術棟へ戻る。その日の訓練は、深夜まで続いた。

 

 ――それから更に数日。ドーターはようやく、飛行可能レベルに修復された。

 塗装の剥がれや、無理を越えた機動による細かい破損なども全て直されている。その上で、ルフィナたちのPMC『ソレイユ社』が専用の新装備をテストする為にステルスウェポンポッドを翼下ハードポイントに搭載した、異色の外観となった。

 

「なんだこれ、箱?」

 

 それを見たルフィナには、そのボックスが何かはよく分かっていなかった。既にフライトスーツを身に付けて準備万端ではあるものの、試験飛行前に新兵装の説明を受ける。

 単純にステルスを重視しながら搭載量を増やすものではなく、ドーターとしての改修を活かし多量のミサイルを搭載する目的のものである、とルフィナは説明される。実際の飛行時に出る影響を知るためにも模擬弾を目一杯に搭載、飛行することになっていた。

 

(不安だな……。つっても、確かにいつもの搭載数じゃ不安なのもある。ECMポッドなんて積んだら、なおさら積めなくなるしな)

 

 ルフィナにとって、ステルスポッドの存在は正体不明の重りを身体にくくりつけて走り回るのと変わりはない。正体不明の不安は解決しようもなく、とにかく飛んでみるしかない状態だった。

 

 機体に乗り込み、ダイレクトリンク開始。シールドと装甲キャノピーが閉じきると、外周カメラの映像がすぐさま投影される。システムチェック、兵装の確認を行う。特に異常もなく、ステルスポッドもしっかり認識可能で問題は何一つ無い。

 

「タワー、こちらフランカー。通信は?」

〈フランカー、こちらタワー。通信良好。オーケー、タキシングを許可〉

「了解。フランカー、タキシングを開始する」

 

 ゆっくりとエプロンから発進するSu-35SK。柔らかな揺れが機体を振動させ、荘厳な外観を持った戦鳥はソレイユスタッフの見守る先で滑走路へ向かっていく。

 滑走路に進入し、スタンディングテイクオフの為に一度停止。その間に動翼を確認する。ぱたぱたと上下する水平尾翼に合わせて、推力偏向エンジンノズルも動き回る。

 

〈大丈夫か、フランカー〉

「問題ないよ、人形遣い。ちょっと不安になっただけだ」

 

 通信を送ってきたエイベルに軽く返し、スロットルを開く。ブレーキが外れるとSu-35SKは弾かれたように加速し、ノーズを持ち上げた。

 

「よし。違和感無しだな」

 

 上昇。合わせてギアを格納し、更に加速していく。

 スロットル開度を調整しながらあらゆる速度域、旋回でステルスポッドの影響を確かめるがルフィナが感じる違和感もなく、順調に事は進む。

 コンテナ開閉も問題なく行えた。

 

「ん?」

 

 空を楽しむルフィナだったが、ふと自身の視線の先で何か空間の揺らめきのようなものを感じとる。

 刹那、管制塔からの連絡が彼女の耳を貫く。

 

〈EPCM確認! フランカー、至急着陸せよ! 現在そちらに対空装備は無い!〉

 

 その報告が示すのは、ザイの出現だった。管制官の言う通り、Su-35SKに武装はない。機関砲もエンプティ、ステルスポッドこそ着いているが、中身は全て模擬弾でザイに撃ち込む物としての効果はあまりに期待できなかった。

 しかし一方でルフィナは着陸を拒んでいた。降りるつもりなどないと、むしろザイに対する迎撃位置まで一気に加速していく。

 

〈フランカー! 指示に従え! いくらアニマでも、武装無しじゃ無理だ!〉

「じゃあどうすんだ! おとなしく爆撃でもされろってか!?」

()()()()を上げる! とにかく一度引き返せ!〉

「どのくらい掛かる!?」

〈……なんとか十分――いや、五分だ〉

「ダメだ。アイツらはそれより早くここを通る、基地が見つかったら襲われる!」

 

「時間を稼ぐ、だから早く上げろ」――そう言葉を繋いで、ルフィナは無線を切った。ドーターSu-35SKは突如現れたザイの飛行隊へ向けていっそう増速し、更に距離を詰める。

 機体は直ったばかりだが、ルフィナとしても退くわけには行かなかった。地上を守るために、彼女は決死の覚悟でザイと会敵。一瞬にして角度を変え、90度急上昇。

 発見したザイも追い縋ってくる。しかし、数日前の作戦と異なるのは武装していないこと。このまま切り返しても、ザイを武装で落とす事が出来ない。

 

(くっそぉ。どうしたもんかな……)

 

 ミサイルアラート。いつものように鋭敏な機動で回避し、とにかくザイをソレイユ社屋のある基地から引き離す。

 しかしながら、いくらドーターとはいえ落とせなければ機動性の高い航空機にしかならない。ミサイルをいくら引き付けても、一歩間違えれば被弾する。

 耐えしのげるのは、フランカーことルフィナの普段の戦い方があったからだった。

 

「くゥ!」

 

 ミサイルを機動だけで回避していく。ルフィナには最早言葉を発する余裕はなかった。

 

(あまりに確率が期待できねーからやめてたけど、こうなったら一発勝負だ)

 

 眼前のMFDが、ステルスポッドリリースの準備を開始した事を告げる。あとはルフィナが行動さえ起こせば、ステルスポッドをリリース出来るようになった。

 ザイを引き付けていたルフィナだが、ここで180度機体を翻し更にロール。ザイとすれ違うその瞬間、ステルスポッドを翼下ハードポイントから切り離した。

 未確認飛行体であるザイであっても、少ないながら各国で撃破を確認出来ている以上は物理攻撃も有効だ。重量物を仮にぶつけられたなら、バランスは間違いなく崩れる。

 結果として、ステルスポッドは制空型ザイ二機にヒット。攻撃を受けたザイは主翼をもがれ、成す術無く地面に叩き付けられた。

 しかし、まだザイは三機を残していた。Su-35SKには文字通り武装がなくなる。

 

(早く来い!)

 

 再びミサイルアラート。ロール、急降下で高度を落とし飛来するミサイルを回避しようとすると、背後のミサイルが爆発する。

 続いてスカイグレイのドーターを庇うように、カメリアレッドのクフィルC7とヘルメスブルーの輝きを放つJA-37がザイの進路を断ち切った。

 

〈オッケ! 間に合った! いいよフランカー、ここはうちらに任せなって〉

〈行ってください。三機程度、相手になりませんから〉

「……ありがと。あと頼んだ」

〈お? 今、レアな台詞聴けた? もっかいお姉さんに言ってみ?〉

「うるせえ! 来るぞ!」

 

 少なからず諦めていたルフィナのテンションが持ち直す。しかし武装がなくては手を出すわけにもいかず、着陸して様子を見ていた。

 場合によっては、Su-35SKも武装しなければならない。しかしそれも杞憂で、滑走路から待避していたルフィナの前でクフィルとビゲンは無事に帰投する。

 

「全く、肝が冷えたなぁ……久し振りに」

 

 非武装状態のままでいくら自分の意思だったとはいえ、敵中に突っ込んで無被弾だった安心感からかルフィナはドーターのシートに背中を預け深く息を吐く。

 本来ならば機体から降りるところではあるものの、なかなかルフィナはシートを離れる事が出来なかった。

 

 ややあって、バーバチカとの任務がいよいよ目の前に迫る。ルフィナのドーターも無事ダメージ修復を終えて、待機するだけとなった。

 格納庫に駐機するドーター三機は、次の任務を静かに待っている。騒がしめな自身の魂にかわって。




やや強引にステルスポッド。
ドーターって、そのままでカタパルト射出可能な程度には強化されてたりアニメじゃ瞬時に機首上げしたグリペンが一瞬の滞空と共に飛び上がったり(あくまでも、表現の一つなんだろうけど)するから多少離陸重量増えても誤差なのでは、と思ったりしてます。

ちょっと小説捻るには苦しい状態でしたが、


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ALT.05『天敵』

(どうして来て早々こうなったのでしょう)

 

 ロシアにてバーバチカと合流後、ザイの影響からすっかり寂れてしまった空港を利用した、臨時の作戦基地でクフィルは椅子に座って固まっていた。

 耳を澄ませる必要も無く、ブリーフィングルームはルフィナの怒鳴り声が反響してまわる。

 ビゲンは唯一仲良くやれているらしいパクファと共にその光景を微笑みながら見つめている。もっとも、ビゲンの方は少し含みのあるどこか嫌らしい笑みだったが。

 

「やっぱり気に入らねぇ! なんでアタシがテメーなんかと!」

 

 スカイグレイの髪が激しく揺れる。すらりとした白い指先は、クロームオレンジの光を湛える少女へまっすぐと向けられる。

 

「はっ! あたしこそ売国アニマなんざ居なくたって構わないからな。帰ってもいいんだぞ!?」

 

 クロームオレンジのアニマ、ジュラーヴリクは叫び散らすルフィナに臆することもなく、真っ直ぐに睨みを返していた。

 

「なんだと……!」

「おい! ジュラが百歩譲って受け入れたんだぞ! その口の利き方はなんだ!」

 

 アクアマリンのショートカットがジュラーヴリクを庇うように割り入る。

 まるで火に油、そしてルフィナとジュラーヴリク、更にアクアマリンの固有色を持つアニマ、ラーストチュカの関係は水と油そのものだった。

 当然のようにクフィルが口を挟む余裕も無く、彼女はただ黙って椅子に座っているしかない。ルフィナ単体なら抑えも出来たが、そこにジュラーヴリクが加わるとなると、もはやただただ胃に穴が空かないようひたすらに耐える以外無かった。

 

「ちくしょう。やっぱ後悔した」

 

 ブリーフィング後、ソレイユ社に割り当てられたハンガー内でルフィナはごちる。足下に転がる小さな石ころをひたすら蹴り転がしつつ、それでも小言はやめない。

 

「まあまあ、来ちゃったものはしょうがないって。帰ったらなんか奢ったげるから、今は――」

「割り切れるほど甘くねぇぞ?」

 

 割り切れ、と発言しようとしたビゲンを先回りするルフィナ。まさか先回りされるとは思わず、出掛けた言葉は飲み込んだ。

 しかし既に仕事が決まっている以上は、いつまでも駄々をこねる訳にもいかないのも事実で、それはルフィナも理解できない訳ではない。仕事が嫌なわけでもない。

 

「まあ、分かってるよ。大丈夫だろ……多分」

 

 納得がいかないながらも納得はせざるを得ないルフィナは視線だけをビゲンから逸らす。だがどこか息があがっているようで、興奮は覚めていない様子だった。

 

「釈然としないわねぇ……」

 

 跳ね回る髪を掻くビゲン。半ば疲れ気味に彼女は瞑目する。まだ到着して一日も経っていないというのに、このような調子で良いのか。否、良いわけは無い。

 なんとか調子を取り戻さねばと、身体的にも精神的にも姉を自負するビゲンは悩む。

 

「……いや、待って? そもそも仕事でしょうに。これって」

 

 しばらく悩んで、ようやく自分が妙な空気にあてられかけていたことを思い出すビゲン。

 旅行だったらどれほど楽かと思ったところで、時すでに遅し。結局は仕事で来ているにすぎず、今さら楽しむ余裕などあるはずもない。

 

「なんだ、もっとギスギスしてるかと思ったが」

 

 そこへやってきたエイベルは不思議そうに目をしばたたかせる。彼には少なくとも、バーバチカとの関係ですら悪くは見えていなかった。

 アニマであっても、好意の反対は無関心であり嫌悪ではないのだ。そういう意味では、ルフィナもジュラーヴリクを心底嫌いという訳ではない――と、そう考えている。

 

「くだらない世間話しにきたわけじゃねーだろ、エイベル。何か用か?」

 

 無論ルフィナにそういった精神的な話は通用する訳もなく、不機嫌そうにエイベルを睨む。

 刺さるような視線に困惑しながら彼はようやく敵の情報が出たと話を切り出した。

 

「ブリーフィングでは色々濁されたけどな。どうも今回は、でかい獲物みたいだぞ」

「どういうことです?」

 

 クフィルが首をかしげる。エイベルは会社の端末を操作してファイルを読み込むと、三人へ画面を見せた。

 表示されているのは図面めいたザイの情報ファイルだった。内容は『制空権維持型大型ザイ』とされ、少なくとも一般的な制空タイプの十数倍のサイズと記されている。

 

「冗談だろ。こんな巨体を撃ち落とせってか」

「あれ、ルフィナは自信無いのかしら?」

「うっせーぞ、ビゲン!」

「おー、こわ!」

 

 わざとらしく身体を震わせたビゲン。ルフィナの握った拳は震えていた。

 

「まあでも今回は単体じゃない、バーバチカもいる」

「私としてはそれが一番不安なんですが」

「なんでアタシを見ながら言うんだよ、クフィル」

「はいはい! 話が進まないわよ!」

 

 ビゲンが手を叩きながら声を張り上げると、ルフィナは心底機嫌悪そうに言葉を飲み込んだ。

 ブリーフィングを終え、改めて敵の情報まで出揃ったとなればあとは出撃指示があるまで待機しかない。

 にわかに騒がしさを増すソレイユ社ハンガーに、不意にクロームオレンジの光が射した。

 腕組みして立つジュラーヴリクを見つけたルフィナは、外敵を認識した猫のように睨みを利かせる。

 

「ジュラーヴリク、テメエ何しに――ぐえっ!?」

 

 つかつかとジュラーヴリクへ詰め寄ろうとしたルフィナの襟首をビゲンがひっつかで、軽く自身の後ろへ引き下げた。

 

「うちの一番機が失礼」

 

 制御しきれない一番機に代わり、小さく頭を下げたビゲン。少なからず意表を突かれたのか、ジュラーヴリクは静かに腕組みを解く。

 

「いや……まあ、別に良いけどよ。話は聞いたか?」

「ザイの話かしら?」

 

 隊の先頭に立ってジュラーヴリクと話すビゲン。その後ろで、ルフィナはじっと二人を睨んでいた。

 ふと、ハンガーに電子音が鳴り響く。

 

「おっと! すまない、続けてくれ。外に出てるよ」

 

 スマートフォンを片手に、エイベルは自分に向いた視線を振りほどくようにハンガーを後にした。去り行く白衣の背中を眺めながら、ジュラーヴリクから気を逸らしたルフィナは訝しげにエイベルをその視線で追う。

 

「なあクフィル」

「なんです?」

「嫌な予感がする」

 

 ルフィナの発言はあまりに唐突だった。呆気に取られるクフィルは、そう語る彼女へ返す言葉を見つけられずにいた。

 

 □

 

「んー……いくら仕事中とはいえ戦闘糧食かよ」

 

 今日に限ってしまえば、ルフィナは常に不機嫌だった。夕食としてレーションを食べている今でさえ、彼女はしかめ面を隠そうとすらしていない。

 火の気の無い屋外で小さな火を囲みながら、ソレイユのアニマたちはレーションを口にする。ルフィナのぼやきは日の沈んだ空にむなしく解けていく。

 

「どうせならロシア料理がよかった……」

「ボルシチとか?」

「それウクライナ料理じゃねえの……って、いやいや、なんでもいいんだよ!」

 

 ルフィナの発言を聞きながら、ビゲンが火の始末を行う。柔らかな灯りで三人を照らしていた炎は黒い煙へと変わり、そしてそれも消える。

 

「そういや、エイベルは?」

 

 周囲を見渡すルフィナ。三つ編みにしたうしろ髪が合わせて尻尾のように揺れる。

 

「そういえば見てないけど……クフィル何か知ってる?」

「んぐ……ん?」

「いや、ゴメン。食べちゃって良いわ、ソレ」

 

 とにかくありったけを頬張ろうとするクフィル。体躯で言えばもっとも小さいクフィルだが、食欲は三人に比べれば旺盛な方だった。

 リスのように頬を膨らませながら食べ、それを飲み込む。さらに水で強引に流し込むと、彼女はようやく質問への回答を行った。

 

「エイベルさんなら用事があると、こちらに来た人員へ仕事を引き継いで先に帰りましたよ」

「は? 用事?」

「はい。緊急で呼び戻されたみたいですね」

 

 放り込んだ糧食をけろりと平らげて、クフィルは何気なしに語る。

 

「ちくしょう、ズルいなエイベルのヤツ……」

 

 ルフィナが少し離れた場所で話をしていたバーバチカへ視線を巡らせる。自分の仕事はまだまだ終わらず、むしろまだまだ始まったばかりで。それでいて次の相手は天敵とも言える存在で、気はさほど休まらない。

 

(引っ込もう。空で決着着けてやる――それがアタシらっぽいだろ)

 

 ビゲンに荷物を押し付けられながら、ルフィナは静かにそう誓う。

 夜闇に染まった空に輝く月が綺麗に映った。まるでザイの存在など信じられない綺麗な空を見上げるルフィナ。

 

「置いてくわよ、ルフィナ?」

「あ、ワルい。すぐ行く」

 

 恐らく明日には騒がしい空に変わるのかと。そう考えようとして、両腕の重量物に気付いた。

 背中越しにバーバチカを見て、ルフィナはソレイユメンバー用のパーソナルスペースへと消えていった。




ボルシチってウクライナ料理だったんですね(

今回は食ってるだけでした。
しかしアレだぁ、こういう会話だけって苦手……アクションしたい。私の脳内はハクスラ。
でも物語では大事だし、やらなきゃならないよね。

クフィルに大食い属性が(


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ALT.06『二羽の鶴』

令和ですね。
しばらく体調崩しておりました……。


 夜が明け、昼を回ってからは哨戒を兼ねてルフィナたちは空に上がっていた。

 彼女の周りには不穏さをはらんだような鈍色の空が広がっている。聴こえる音も、今はドーターのエンジン音だけだった。

 

「何もないじゃねえか。綺麗さっぱりだ、つまんねー」

 

 装甲キャノピーのカメラ越しに空を眺め、ルフィナは何気なしに呟く。やる気の生まれない空、テンションの低下はダイレクトリンクの光が薄く点滅して知らせるようだった。

 

〈あんまり文句ばかり言ってんなよ、ソレイユ01。周りのやる気まで削ぐ気かよ〉

 

 スカイグレイの機体に並ぶ、良く似た形状のドーター。クロームオレンジに輝くSu-27Mは気だるげに飛ぶSu-35SKの横で機体を揺らす。

 

「よりによってテメーと二人きりとはな」

〈任務だろうが。諦めろよ〉

 

 分厚い雲はまだ晴れそうにない。BA01とソレイユ01――ジュラーヴリクとルフィナはロシアの広大な空を飛ぶ。

 

「あれは……」

 

 ふと、ジュラーヴリクが言葉を漏らした。分厚い雲を纏うように、巨大なガラス細工めいた飛行物体が飛んでいる。

 

「なんで気付かなかったんだ、レーダーイカれてたか!? ちくしょう!」

 

 悠々と雲を割き飛んでいる大型ザイを目に、ルフィナは発見の遅れに苛立ちを見せる。次いで直ぐ様に戦闘モードへ切り替わった。暗く明滅を繰り返していたドーターは明るい輝きを取り戻す。しかしそれを、不意にジュラーヴリクが制した。

 

「バカ! 二機で行って落とせるかよッ!」

 

 Su-35SKの進路を塞ぐSu-27M。ルフィナの視界に、クロームオレンジの大型戦闘機が飛び込んだ。慌てたように開いていたスロットルを絞り、エアブレーキを利用。水平尾翼のラダーが内向きに閉じる。

 

「あぶねーだろーがッ!」

 

 ルフィナの抗議の声はSu-27Mの高鳴ったエンジン音に掻き消される。互いのレーダーには遅れてやってくるバーバチカの二機とソレイユの二機が映っていた。

 

「あたしだってさっさと行きてぇけどな。手が無いまま行ったって、そりゃ自殺と変わらねえだろうが」

 

 ジュラーヴリクの抗議はルフィナの動きを止めるには充分過ぎるほどだった。次第にフレンドの表示は近付いていく。

 悠々と飛ぶザイ。だが、いつまでも気付かないわけはなかった。

 

〈レーダーブリップ! 大型ザイから来る!〉

 

 ビゲンからの交信は、ルフィナのドーターが表示しているオーディオスペクトラムの波形の揺らぎで表現される。ルフィナは完全に焦れていた。多数の敵機が映るレーダーを眺め、味方が寄ってきたのを確認した彼女はドーターのスロットルを一気に開く。

 双発のエンジンノズルは待ちかねたように排気炎を輝かせ、Su-27Mを押し退けてザイとの距離を詰めようと機体を加速させる。

 

「あンの……大馬鹿野郎ッ! 何のために攻撃を待ったと思ってやがる!」

 

 離れていくSu-35SKを睨み付け、ジュラーヴリクは毒づいた。ルフィナを一人で放っておく訳にもいかず、残されたアニマたちはドーターを加速させ追い縋る。

 空に散らばった制空型ザイは、さも親鳥を守るように大型ザイの周囲に展開、Su-35SK目掛けて攻撃を開始した。

 

「ハッ! アハハ! それでこそだよ、ザイ共ッ! もっと楽しませなって!」

 

 笑いながらザイを追い回すルフィナ。その声、そして機体が接触する寸前まで接近しては撃墜するその姿は、まるで狂人のそれだった。

 

「ソレイユ01! カバー出来ませんよ!」

「ダメだ、02。ああなったリーダーは私達じゃ止められない」

 

 完全に隊列などはルフィナの前には意味がない。熱しきった頭には2番機であり彼女のブレーキ役であるクフィルのカバーなど届くわけもなく、ビゲンは既に各個戦闘状態に入っている。

 

(エイベルがなんでアンタの言う通りに飛ばさせないか、まだ分かってないのね)

 

 ビゲンがミサイルを一発消費してザイを撃墜。Su-35SKを眺め、眉根を潜めた。

 限界など知らないふりをするような鋭敏なターンを繰り返し、バーバチカと共闘する間にもルフィナのドーターはまたその寿命を縮めていく。

 ドーターはアニマの肉体で、アニマは魂である。戦闘のために生まれてきた彼女たちでも、戦闘の度に()()()()()のとは意味が違う。

 ザイを撃墜出来たところで、次に死んでいるのでは結果としてはマイナスにしかならない。ある程度国家間の支援があるとはいえ、その国家単位ですら維持の難しいものを民間軍事企業で持っているのなら尚更だった。

 

(アンタは強いかもしれない。でも、危うすぎるのよ)

 

 ビゲンの視線の先でザイが一機弾けた。ガラス細工を吹き飛ばすように飛び去ったのはSu-35SKだ。制空型ザイはほぼ駆逐出来ている。

 

「おいソレイユ01」

〈なんだよ、BA01〉

 

 ザイはまだ二機、制空型を残している。

 ()()()()()()()()()()はお互い真っ正面から機体を進めていた。真っ直ぐ、滑らかに衝突コースに乗っている。

 

「Su-27M、もう一つ呼ばれ方あるの知ってるだろ」

〈ああ。Su-35、アタシと被る〉

「そっちが被ったんだろが……まあいい。いいか、ソレイユ01。あたしはお前で――」

 

 互いの機体が、それぞれにロックオンカーソルを重ねた。

 ジュラーヴリクの交信を聞いて、ルフィナは先程の戦闘モードから覚めていた。柔らかく微笑み、彼女へ言葉を返す。

 

「お前はアタシか、ジュラーヴリク」

 

 ロックオンアラート。Su-35SKのコックピットが警告音の響かせる。

 スカイグレイとクロームオレンジが同時にミサイルを放つ。ランチャーからミサイルが打ち出される瞬間、二機は鏡合わせに擦れ違った。

 互いのミサイルが撃ち抜いたのは、それぞれの背後から狙いを定めていたザイ。

 

(やっぱ素は単なる戦闘馬鹿じゃねぇのか、あいつも)

 

 咄嗟の機動、アドリブにルフィナは対応してみせた。真正面から衝突を避けてのミサイル発射は、あたかも洋画の銃撃シーンめいていた。

 

「ソレイユ全機、アタシに続け!」

 

 先程のコンビネーションから、ルフィナの頭は冴え渡っていた。無謀だった機動は的確に大型ザイを狙い、クフィルやビゲンのカバーにも素早く入り込む。

 

〈何があったのよ、いきなり人が変わっちゃったみたいに〉

 

 ビゲンが問うと、ルフィナからは間の抜けたような声が返ってくる。その反応からして、本人はまるで理解していないらしかった。

 だが少なくとも現在は、コンビネーションが比較的成り立っている。ビゲン、クフィルもこの期を逃すつもりはなかった。ミサイルの数を減らしたルフィナは主にカバー、ビゲンも間も無く機銃以外の兵装がなくなる。

 大型ザイの美しく見えた機体は六機のドーターによる攻撃を受け、その図体に似合わず瞬く間に変わり果てていく。

 

〈取った!〉

 

 BA02、ラーストチュカのミサイルが大型ザイに突き刺さった。爆発によって破損部分から崩壊していく大型ザイ。

 しかし、高度を下げていくその姿を眺めて任務終了とは行かなかった。

 

「またザイが……!? 全機、ザイが12時方向より接近! 機数は……8機!」

 

 クフィルの声がバーバチカ、ソレイユの特別編成飛行隊の全てに刺さった。大型ザイから飛び立ったザイの処理が尾を引いて、全機が消耗している。

 まだ比較的余裕があるとすればバーバチカではBA03、パクファ。ソレイユ側ではクフィル。

 しかし、クフィルがドーターの燃料計を確認して眉を寄せた。

 

「燃料が無い……」

 

 まだ飛べなくなる程ではない。しかし、このままザイを相手に格闘戦を繰り広げるには不安な量だった。

 元々クフィルC7は、ソレイユの機体の中では最も航続距離が短い。武装を優先して増槽も胴体下部に一基を積んでいただけで、当然投棄済み。

 

〈ソレイユ02、燃料無いんだろ〉

 

 クフィルの耳にジュラーヴリクの声が届いた。応答を待たずに彼女は更に続ける。

 

〈ソレイユ、もういい。目的は果たした、撤退だ〉

「なに!? ザイは!?」

 

 ルフィナがいくら平静になったとて、戦闘狂の側面は変わらない。何か大きな出来事が起きない限り、精神面は変わりようがない。

 

〈バーバチカがお前らの離脱まで引き受ける。あたしたちが落ちる前に、早く空域から出ろ〉

「オイ、冗談じゃねーぞ!」

〈いいから行けっ! あんたを見直しかけたあたしを失望させんなっ!〉

「ンだと――っとと!?」

 

 またいつもの口論が始まろうとして、ビゲンがSu-35SKの操縦を奪った。機体の揺れに驚きながら、自分の望み通りに飛ばないドーターの中で彼女は操縦を返すように喚いていた。

 

 □

 

 空域を離脱するためバーバチカから離れた三機。まだ機体のコントロールはビゲンが持っていた。

 ほんの数分前には絶えず飛び込んできていたルフィナからの交信はぷっつりと途切れ、呼び掛けにも答えようとしない。

 

「おーい、いじけてんのかー?」

 

 ビゲンがからかうようにどれだけ呼び掛けても、彼女の横を飛び続けるドーターからの応答は無かった。

 

「まあ、クライアントから引き揚げろと言われてしまえば仕方ありませんよ」

 

 クフィルのフォローにもまた、何も返っては来ない。

 気付くと沈みかけの太陽が三機を正面から照らしている。橙色の灯りが帰り道を示す。

 

〈イヤだ……〉

「ん? どーかしたの? ソレイユ01?」

 

 交信はノイズだらけでビゲンにはよく聞き取れなかった。代わりに、彼女は頭に電流めいたものが走ったように感じる。ぴくりと指がNFIパネルの上で震えた。

 

(……!? あの馬鹿っ! コントロール奪い返そうとして――)

 

 奪われたコントロールを取り返そうと、ルフィナが一瞬にして何百万ものアクセスを試み始めている。ビゲンが必死に止めようとするが、全く勢いが衰えない。

 

「やっば、焼き切れる……!」

 

 行かせるわけにはいかないと、限界まで抵抗した。しかしルフィナはそれ以上にごり押してくる。気付けば、ビゲン自身の処理能力すら軽く上回っていた。

 このままでは脳が焼かれかねない。ちらつく視界に揺らぐ感覚を必死に押し退けていたが、ビゲンも耐えきれずにとうとうコントロールを返さざるを得なくなる。

 

〈悪い、ビゲン! クフィル、代わりに頼むッ! アタシの事はほっといて空港戻れ!〉

 

 ふらつくJA-37の横でSu-35SKが180度反転、一瞬にして飛び去っていく。

 眠りかけたビゲンのカバーに、すかさずクフィルが入る。

 

「そんな……そちらにももう燃料は無いはずですよ!? それで一体何を――」

 

 橙色の空に消えていくSu-35SKを見送ることになった彼女も、やはりルフィナを止めることは叶わなかった。

 

 残ったバーバチカは、まだ戦闘行動中だった。ラーストチュカが機銃でザイを一機砕く。

 

「ちっ……流石に武装無しじゃそろそろキツいな」

 

 ジュラーヴリクの弱った声がコックピットに溶ける。

 あれからザイの撃墜のためパクファも兵装を使いきった。それでも消耗した状態から、ジュラーヴリクたちは5機のザイを撃墜している。

 

〈BA01、撤退した方が……〉

「向こうに退く気がない以上は、止めておくしかない。撤退する気が無いなら、無理矢理撤退させるまで――」

〈待ってください、ボス〉

 

 パクファが唐突にジュラーヴリクとラーストチュカの交信に割り込んだ。バーバチカへ接近中の機体がある、と彼女は警告する。

 ジュラーヴリクがレーダーを確認すると、それは間違いなく友軍だった。それも猛烈なスピードでバーバチカの飛ぶ位置へ向かっている。ザイの真っ只中に単機、それもこのタイミングで現れる友軍など、ジュラーヴリクの思い付く限り一人しかいなかった。

 

「あの馬鹿がっ! どうして戻ってきやがったんだ!?」

 

 何度も顔を突き合わせ嫌でも焼き付いた自分のドーターと全く同じ姿。少し違って、だが同じ。

 スカイグレイの機体は夕陽に照らされ現れる。ジュラーヴリクのグリーンの瞳に、自身と良く似たオレンジ色が突き刺さって思わず目を細める。

 

〈機体はアタシの身体だ。自分の身体をどう使おうが、アタシの勝手だろ!〉

 

 バーバチカを割って飛び込むSu-35SK。ザイは動きの鋭い闖入者であるルフィナを狙い、動きを変えた。

 ザイからミサイルが放たれ、スカイグレイのドーターを追跡。対するルフィナは急上昇と共にチャフを展開し、ミサイルを回避した。

 金属片の舞う空に向かって一瞬にして姿勢を変えたドーターは、錐揉み回転と共にチャフにまみれるザイへと突っ込んでいく。

 

「ッらァァァ!」

 

 慣性を無視して退避するザイへ、ルフィナは機銃弾を射ち下ろして撃墜。残り二機がミサイルを放った。

 

(チャフを……!)

 

 今まで機動でミサイルを回避してきたルフィナも、今回ばかりは防御装置を併用せざるを得ない。

 咄嗟にチャフを展開しようとして、だがエラー音に阻まれた。

 

『Chaff/Flare 0』

 

 LCDの表示を見て、ルフィナは息を呑む。ミサイルは既にロックを外せない距離にまで迫っていた。

 

(くっ……!)

 

 バーバチカの退避が進まない。ルフィナの思う通りには、彼女たちも動かなかった。発射後に退避したザイを追い立て、撃墜している。

 残り一機は明後日の方角へ退避し始めた。ドーターには既に武装は無く、ルフィナは自身の力では撃墜できない。

 

(逃がすか……! ここまでやったんだ、落とされるだけじゃ終わらねーぞッ!)

 

 歯を食いしばり、再び急上昇。ミサイルもすかさず後を追った。ルフィナには一つ、残ったザイを落とすという目的だけが意識に焼き付いた。

 ミサイルアラートは鳴り止まず、警告ランプはチカチカと赤く明滅する。

 逃げるザイに接近し、ルフィナはドーターのスロットルを一気に閉じると共にエアブレーキを展開。若干の慣性を残してザイを追い抜き、その前方で宙返りする。

 大柄の機体に阻まれたザイはやむ無く進路を変更しようと直角に曲がったものの、すぐにSu-35SKを近接信管の作動距離に捉えたミサイルが、退避しようとしたザイを巻き込んで自爆する。

 爆発に同じく巻き込まれる形となったドーターは、ミサイルの直撃こそ免れたものの左エンジンから黒煙を上げながらその高度を下げていた。

 

「おい! おい、起きてんだろ!?」

 

 ジュラーヴリクの見つめる先で、Su-35SKはダイレクトリンクの光を失い滑空している。

 交信を待ってみても、ルフィナ側の通信機に異常が起きたのかノイズ以外は返ってこなかった。

 

〈目を醒ませ! 墜ちるぞっ!〉

 

 ルフィナの意識は無かった。爆発の衝撃で強く頭を打ち付け、鮮血がコックピットに散っている。

 ジュラーヴリクの声にも答えること無く、長い睫毛は伏せられたままだった。

 

〈起きろ! こんな死に方だけは絶対許さねぇ! 勝手に来て勝手に死んで、満足してんじゃねえ!〉

 

 ルフィナはまだ目を覚まさない。既に戦闘空域を外れ、森が迫っている。

 カメラがオフになり、闇に染まったコックピットにジュラーヴリクの怒鳴り声だけが響いていた。

 

〈ダメだ、ジュラ! 彼女は墜ちる!〉

〈ふざけんな! お前はあたしなんだろ!? 目を醒ませよ――ルフィナッ!〉

「――ッ!」

 

 声に漸く応えられたのか、びくんと身体を跳ねさせてルフィナが覚醒した。既に森に近付いていた機体にダイレクトリンクの光が戻り、エンジンに火が入る。

 機体が上昇姿勢に入り、既に胴体を擦りそうなほどに接近していた木を揺らした。高度を落としていたドーターは、墜落寸前でコントロールを取り戻し安全高度まで戻っていく。

 

〈ヒヤヒヤさせやがって……おい、大丈夫か?〉

 

 ジュラーヴリクの声には、やはり応答はなかった。しかし、ドーターとアニマはダイレクトリンクを再開し飛行も出来ている。

 ただ、コックピットカメラが破損により景色を撮せていなかった。真っ暗の操縦席で、消えかける意識を繋ぎ止めるので精一杯だった。

 虚ろな彼女の瞳には、既にコックピットの計基盤すら映っていない。今はドーターから得られる感覚だけで、なんとか空港に向かっている。

 

〈待ってろ!〉

 

 ジュラーヴリクの目の前でがくりとSu-35SKがバランスを崩す。バーバチカで機体を囲み、ジュラーヴリクがSu-35SKのコントロールを一部受け持って一路空港を目指す。

 

(本当にコイツ、いつか自分で自分を殺しかねないな。それにしてもなんなんだよ、コイツの考えが分かりゃしねぇ)

 

 自分とルフィナは案外似た者同士である、とは分かっていた。ビゲンたちにも過去に言われたことがある。

 それでも、拒絶したかと思えば受け入れるような行動をしたりと、一貫性がない。

 

(なんていうか、良くわかんないけど……)

 

 今はまだ、ルフィナはそれでいい気もしていた。まだ純粋な気持ちで空を飛べているように見えた。

 ルフィナの精神はまだまだ子供のそれなのだろうと、彼女は一人納得する。




なっげぇ……(当社比)
久々に少し興が乗った感じでした。

ルフィナは本当に空を飛ぶだけに存在してザイを落とすためにがむしゃらなキャラとして動きつつあります。
本当にツイッターハッシュタグ企画のものだった頃からはビックリするくらい、ルフィナもビゲンもクフィルもキャラ変わりました。

しかしバーバチカもうちょい活躍させたかったかも。ちょっと目立たなすぎでした。反省。

次回もまたどうか、宜しくお願い致します。


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ALT.07『フライトリード』

 ルフィナは空港から少し離れた病院のベッドで目を覚ました。

 痛む身体に顔を歪めつつ、周囲を見渡す。水中にでもいるかのように滲んだ視界に、ヘルメスブルーの色を見つけて声を上げた。

 

「ビゲンか……?」

 

 消え入りそうな声に振り返り、ルフィナのいるベッドへ歩み寄るビゲン。枕元に顔を寄せると、彼女は囁いた。

 

「やっと起きたか、大馬鹿野郎」

 

 ルフィナの意識がはっきりと鮮明になっていくと、ビゲンもまた病衣である事がわかった。

 

「……ここ、普通の病院だよな」

「そう。バーバチカ側が上手いことやってくれたのよ。ロシアに借り出来たわね」

 

 ビゲンはベッドの傍に椅子を置いて寄り掛かる。きしり、と少し古びたパイプが小さく軋んだ。

 少し褪せた白色の壁は年代を感じさせたが、強い消毒液の匂いがはっきりと伝わる。

 

「アイツらが……」

 

 ジュラーヴリクたちが手を貸した。それが少なからず、ルフィナの心を揺らす。しかしまずは、傍らで椅子に腰かけた友人についてだった。まずは、彼女に謝罪をしなければ。意を決して、言葉を紡ぐ。

 

「なあ、ビゲン」

「なに」

 

 ビゲンの口ぶりには明らかな刺があった。ルフィナの経験からして、こういう時の彼女は本気で怒っている。怒鳴り散らしたりこそしないが、他者を突き放すような冷たい語調だ。

 

「その……ワルい。本当に」

「……何があったか、アンタ分かってる?」

「アタシのせいだろ、お前までそうなってるの」

 

 作戦復帰を強行し、無理矢理ビゲンからコントロールを取り返した時のことは忘れていない。一瞬やけに冴え渡った瞬間はあったが、本当に一瞬でしかなかった。

 ルフィナはコントロールを取り戻すことしか考えずに、半ば攻撃同然にビゲンを苦しめた。

 目を伏せ、彼女は静かに謝罪を口にする。

 

「本当にゴメン。助けてくれてたのに、無理矢理――」

 

 続く言葉は出てこなかった。病室に乾いた音が響く。ビゲンがルフィナの頬を叩いていた。ルフィナを睨めつけるビゲン。

 

「アンタは、私のこといってんの!? 本気で私から強引に操縦取り返した事を謝ってんの!?」

 

 絶対に怒鳴らないはずのビゲンが声を荒げた。だがルフィナにはなぜ怒鳴られるのか全くわからなかった。怒鳴り返す気など勿論無いが、静かな反論だけは出来た。

 

「当たり前だろ。アタシのせいでお前が……」

「その程度で私は死なない。アンタのせいで死にやしない。あんまりバカにすんなよ、じゃじゃ馬娘」

「なっ――」

 

 なんでそこまで言われる? ルフィナはビゲンの態度に理不尽さを感じ始めていた。

 一方でビゲンの考えはまるで違っていた。まるで湧き出る湯水のように、ルフィナの反論も待たずに彼女はひたすらに責め立てる。

 

「私が怒ってんのは、ルフィナ……アンタが死にかけたこと! 一番機を、リーダーを失うことが私たちにとって一番の屈辱なのよ!」

「は、ハァ……? なんでアタシ――」

「当たり前でしょうがッ! アンタを守れなかった私達が惨めで仕方ないのに、アンタは私を心配してた。余計惨めになったわ。助けるべき相手に心配されてたなんて」

 

 まるで感情の泉だった。あたかも今まで抑圧していたかのように、心中の思いが口を衝いて出ていた。固まるルフィナ、肩を揺らして息を整えるビゲン。

 

「……ゴメン。でも分かって、アンタは一番機なの。何があっても私達はアンタを守る。だけどね、守られる気の無いヤツは守りきれないのよ」

 

 声を上げたのがビゲンなら、それを締めるのもビゲンだった。

 彼女はルフィナの手を取り、自身の額を近付ける。

 

「頼むからさ、もうムチャしないでよ……。あれがルフィナなのもわかる。でも、アンタは確かに利かないけど……本当のバカじゃないんだから」

「ビゲン……」

 

 ビゲンの手は微かに震えていた。強く握り締められるルフィナの手。ルフィナには彼女の手は温かく、だが何処か必死なように感じられた。

 

「お前……泣いてる……?」

 

 ルフィナが問うと、ビゲンがギリギリと握り締めた手を締め付けた。

 痛みに声を上げようとするが、それよりも手を振りほどくのが先だった。

 

「離せ! いってぇ! いててて!」

「私は泣いてない! ホラ、復唱しろホラホラ!」

「わ、分かった! ビゲンは泣いてない! 離せって、痛い!」

 

 ぱっとルフィナの手が解放される。手を振り回して気を紛らせていると、ビゲンは椅子から立ち上がった。

 もう冷たい雰囲気は感じられず、いつもの様子に見えた。ただ、少しだけ潤んだ瞳を除いては。

 

「分かればいいのよ。まあもう少し寝てた方がいいわ、ドーターの修理も出来るだけやるらしいけど万全じゃないでしょうね」

「そっか……」

「最悪片肺で飛ぶくらいは覚悟しなさいな。自分で壊れにいったようなモンなんだから」

 

 それだけを告げて、ビゲンは病室を後にする。ほんの数分前とはうって変わり、しんと静まり返る。聴こえるものと言えば、遠くの医師らしき声とそれを除けば時計の秒針が時を刻む音くらいだった。

 窓の向こうには、晴れ渡った空が見えている。最近はずっと天気が悪かったように思えたが、ようやく晴れたらしい。

 

(守られる気のヤツは守りきれない、か)

 

 ルフィナは手で目元を覆って、ゆっくりと呼吸する。落ち着いてくると思考も回りやすかった。

 自分にはドーターを限界まで飛ばすしか能がないと思っていた。実際それでザイを落としてきた。しかし、仲間から見ればそれは違った。

 一人で飛んでいる訳ではない、というエイベルの言葉も、今なら理解できた。それもあまりに遅すぎたが。

 

(泣いてまで心配してくれるヤツも居たんだな……)

 

 ビゲンは否定したが、ルフィナには彼女の小さな嗚咽が、手の震えと共に聴こえていた。

 途中まで意識はあった。ザイに集中しすぎて、彼女は死すら認識していなかった。

 

「少し休むかな……」

 

 まだ起き上がるには少し頭が痛かった。触ってみると包帯が巻かれているのが判る。頭を打ったような鈍い痛みがまだ残っている。

 彼女は少し悩むように視線を泳がせてから目を瞑り、再び眠りについた。

 

 □

 

「なんなんでしょうか」

 

 カメリアの髪が風に揺れる。クフィルは引き上げる準備を手伝うために、空港に戻っていた。

 元々は民間のものだ、長く居座るわけには勿論いかない。バーバチカ含むロシア航空宇宙軍のスタッフは既に引き上げ、残された軍用機はソレイユの物だけだった。

 ジュラーヴリクたちはルフィナとビゲンを気にしていたが、上には逆らえない。何かあれば連絡するように言って、空へ去っていった。

 それから少しして、謎の通信らしいものがドーターに届き始めたのだ。応答しても、誰かの話し声であるらしいことがかろうじて理解できるだけで内容は一切不明。

 それが何度も。クフィル、ビゲン、ルフィナとそれぞれのドーターへ代わる代わる通信が入る。応答すべき主がいるのはクフィルとそのドーターだけだったが、どれだけノイズを除去しても、話し声が小さすぎて結局は聞こえなかった。

 

「通信を遡ろうにも、私はあまり得意ではないですし」

 

 クフィルは小首をかしげる。意外にも通信系などはルフィナが強い。ECMやEPCCM、ディセプションジャミングといった電子戦にも秀でているのが彼女だった。普段は滅多にやらないが。

 ルフィナならば、或いは判るかもしれない。クフィルは何度もそう思い至っては、その場に彼女がいないという考えに立ち返る。

 

「ルフィナ、嫌な予感がするとは言っていましたけれど……」

 

 ざわつく心。スタッフたちの喧騒に紛れて、またノイズを含んだ小さな通信が入る。

 綺麗に晴れ渡った空の下で、クフィルの心に不安という影が差していた。




ふう、なんとか書けまして。

私事ですが、ルフィナのドーター立体化計画が始まりました。
いや、航空機プラモデル初なんで戦々恐々としてるんですが。穴自分で空けるんやって(
私、FAガールしか組んだこと無いんですよ……。

はてさて、ロシア編は実はこれで終わりなんですよね。
次章に続きます。よろしければ、また次回も来てくださいね!


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落陽
ALT.08『ブラックアウト』


 仕事で訪れていた空港から撤収するソレイユ隊。研究スタッフ、機材を運ぶ貨物機を中心にしてドーターは空を飛んでいた。

 

「フランカー。おーい01、聴こえる?」

 

 JA-37、ビゲンが後方を飛ぶSu-35SKへ交信する。すぐに「なんだよ」と機嫌の悪そうな声が届いた。

 護衛任務めいた配置ではあるものの、ルフィナのドーターであるSu-35SKはとてもではないが戦闘を行えない。エンジンは破片を吸い込んだ左エンジンを使えず、旋回も慎重に行わなければ空中分解すら有り得る損傷。

 現在の護衛も半ば形式のみでしかない。妙な気さえ起こさなければ、特に問題の無いものではあった。

 

「変な機動はしないでください。空中分解は大袈裟ではありませんから」

〈わーかってるよ。先頭切れないのがもどかしいな〉

 

 ビゲンの本音に触れてか、クフィルの話にも多少は素直な反応を見せるルフィナ。

 彼女がリンクするドーターからのレスポンスは明らかに悪化していた。

 上手く身体を動かせない感覚。人間であれば大問題になるような、麻痺めいた感覚。それが接続と共にアニマにも伝わる。

 

(気味わりーなぁ)

 

 こきこきと首を鳴らして、ルフィナは言うことを利かないドーターに鞭を打つ。

 まもなくソレイユの基地にアプローチも始まるというときだった。

 

〈ん。なんか通信来てない?〉

 

 ふと、ビゲンがソレイユ隊へそう訊ねた。しかし特に何が来ているかもわからないまま、当のビゲンにすら何の通信かすら理解できない有り様だった。

 

(謎の通信? まさか)

 

 カメリアのおかっぱ髪がコックピットの中で揺れた。クフィルは暫し考えて、前方を飛ぶヘルメスブルーのドーターに視線を向ける。

 

「ビゲン、その通信……ノイズだらけだったりしませんか?」

〈だねぇ。ろくに聞こえやしないんだけど、弾いて良いかしらねコレ〉

 

 返ってきた答えを聞いて、クフィルの背筋に悪寒が走る。

 ルフィナに同じ質問を振ろうとしながら、だが違和感が拭えなかった。アプローチを始め、貨物機は専用の滑走路へ。ビゲンを先頭にした飛行隊は同じ滑走路へ降りて行く。

 

「なんだよ、ずいぶん閑散としてねーか?」

 

 ギアから異音こそさせたものの、ルフィナは無事ドーターを着陸させた。しかし、いつもは迎えに来るはずのスタッフの姿がなかった。

 

「イヤに静かだ……」

 

 ルフィナは周囲に映る映像を見回す。不安感のまま呟いた。

 

「まるで使われてないみたいだぞ……」

 

 三色のドーターは機体をエプロンに退避させたが、スタッフの姿が無い。

 普段は機体整備等で少なからず人の姿があるはずなのにである。タラップが用意されないとなれば、機体を降りる事すら難しい。

 

「タワー、もう着陸したぞ。見てないのか?」

 

 ルフィナの交信に管制塔は応えなかった。疑念がより一層膨らむ。あまりの人気の無さにコックピットカメラの異常すら疑った。

 キャノピー開放、飛び降りるには勇気のいる高さを見下ろして嘆息する。

 

「マジで誰もいないのかよ」

 

 シートに寄り掛かり、風に身を任せる。静かながら、優しい風がキャノピーを走り抜けた。

 ビゲン、クフィルもキャノピーを開けたようで、二人もまた状況を掴めていなかった。非常用タラップで降りるしかないとルフィナが動いたその瞬間、キャノピーで火花が散った。

 

「なっ!?」

 

 驚いて座席に逆戻りしたルフィナが次に聴いたのは、風に乗る銃声だった。

 

「マズイ、狙われてる! ルフィナ、出ちゃダメ! 一旦閉めて!」

 

 ビゲンの言葉を聞き、ルフィナも慌ててキャノピーを閉めた。再び風を遮られる。

 コックピットカメラを起動、周囲を見渡すと社屋建物の窓で小さな光が煌めいた。

 

「スナイパー!? なんでウチの会社にそんなもん張ってんだよ!?」

〈わかんないけど味方なら私たちは分かってるハズ。つまり――〉

〈何らかの理由により()()()()()ですか……〉

 

 自陣に帰ってきながら、味方がいない。クフィルの出した答えは恐ろしいものだった。

 

〈待てよ、それじゃ貨物機は? ありゃ味方だろ?〉

「……!?」

 

 ビゲンが驚愕する。すぐに機体を揺らすほどの轟音が響いて、衝撃がカメラの映像を乱した。

 カメラが映し出した炎上する貨物機に、三人は息を呑む。

 

「そんな……」

 

 着陸が完了してさほど時間は経っていなかった。スタッフが間違いなく降りていると言うには根拠が足りず、むしろ全員が爆発に巻きこまれたと思う方が確かだった。

 クフィルの手が、確かな怒りに握り締められる。

 

 一体誰が? なんの目的で? 様々な疑問と憶測が巡っていく。しかし、更に重大な問題をクフィルは思い出した。

 エイベルは早々に社に戻っていた筈。では、味方が居ない中彼はどうなったのか?

 

「……エイベルさん!」

 

 考えるより早く、クフィルはキャノピーを開いていた。

 

〈バカ! 何やってんだ!〉

 

 ルフィナの声も聴こえなかった。クフィルにとって言えば、エイベルの存在は仲間とは違った方向で大きなものだった。どちらかを比べようはないが、欠けてはいけないものだった。

 非常用タラップを落ちるように駆け抜けて、足が引っ掛かりそうになるのも気にせずクフィルは走った。

 

〈あのバカ! アタシ以上にバカ!〉

「でも撃たれなかったわね。撃てなかった……?」

 

 ビゲンが小さくなっていくクフィルの背中を目で追いつつ、そのルートを辿る。

 途中には爆発炎上した貨物機があった。狙撃手はもしかすると立ち上る炎によって、視界を遮られたのではないか。ビゲンが考えを纏めるには時間が残っていない。

 

「ルフィナ、狙撃手から見えてない。私は別ルートと陽動やるわ。アンタ、クフィル追える?」

〈マジ? ……やってみる。自信ねーけど〉

 

 ソレイユのアニマ三人で、唯一戦闘の心得があるのはビゲンだけ。ルフィナは普段の態度からは想像もつかないほどに引け腰だった。

 キャノピーを再び開け、二人はドーターを降りる。アイコンタクトの後、頷いたルフィナはクフィルの後を追って駆け出した。

 

「まずは敵を把握しないと……」

 

 移動しつつ装備品の拳銃を準備したビゲン。彼女の役割はアニマとしての能力だけでなく、戦闘技能学習によって戦闘能力のないクフィルやルフィナを守ること。

 拳銃の扱いは、アニマとしては異常なほどに手慣れていた。

 

 □

 

「クッソ……! アイツ、どこ行った?」

 

 社屋に飛び込んだルフィナはクフィルを探すが、すぐには見当たらない。

 ビルの電源も落ちているのか、周囲は辺り一面暗闇に包まれていた。彼女の柄にもなく、とてつもない不安が襲いかかった。足を先に進める事すら恐ろしい。

 

(落ち着け……大丈夫、アタシは隊長だぞ。やれる)

 

 自分を鼓舞しながら進める重い一歩。曲がり角や部屋の入り口が見える度に、震え上がりそうになるのを押さえ付けるので精一杯だった。

 

「うわっ!?」

 

 不意になにかを踏んだ。足を滑らせて転んだルフィナは盛大に尻餅をつく。鈍い痛みに顔を歪めつつ、足元を転がった小さなものを拾い上げる。

 僅かに残った明かりで煌めくそれは薬莢だった。

 

(ビゲンなら分かるのかな、コレ)

 

 残念ながら、ルフィナにはそれが火器に使われるものだということしか分からない。クフィルを追う手がかりになる訳でも無く、置いていくしかなかった。

 立ち上がろうとしたその時、今度は左手が何かに触れた。金属ではないが、ひやりと冷たい少し柔らかい何か。

 理解できた。傍らになにか()()()()()()()()()()が転がっていると。だがどういうわけか、恐怖が増すと同じくらいの好奇心が湧いた。

 

「あ……」

 

 ぴちゃり、と水のような何かの音がした。水溜まりに手を突っ込んだようだ。

 視線だけを、左手のほうへ向ける。倒れている何かと視線が合った。焦点の合わない目と、真っ直ぐに向き合う。

 

「――ひっ!」

 

 悲鳴は途中でかき消えた。声がでなくなって、ただ固まる。

 横にあるのは間違いなく亡骸だった。触れたのは、その亡骸の手。血溜まりに沈んだそれは、社内で戦闘があったことをありありと示している。

 ライフルを投げ出し、苦悶の表情をルフィナへ向ける亡骸。彼女は慌てて立ち上がり、行き先も考えず走った。

 

(クソッ! なんなんだよ!? アタシは――帰ってきたんだよな?)

 

 壁に手をつき、立ち止まって上がった息を整える。現実味の無い光景ばかりを目に焼き付けてしまった。

 しかし暗闇に慣れた目は更に残酷な現状を見せ付ける。

 

「あっ……」

 

 人が倒れている。一人ではなく、何人も。恐らくはルフィナも会話した人物がいるだろう。普段娯楽で観ていた戦争映画や、アクション映画でしか見なかったような光景が、現実に広がっている。

 壁に飛び散った血飛沫が鈍く輝いていた。それが放つ鉄錆のような匂いが、ルフィナに現実逃避すらさせない。

 

「あぁ……!」

 

 ついに彼女は立っている事すら出来なくなった。膝をつき、頭を抱えて叫ぶ事しか出来なかった。

 

「あぁぁぁぁ!」

 

 暗く冷たいソレイユ社(我が家)に、ルフィナの悲痛な叫びが反響した。

 

 □

 

「エイベルさん……」

 

 クフィルは真っ先にエイベルの居室に来ていた。ルフィナがたどり着かなかったエリアにその居室はあった。

 そこで彼女は、血にまみれた彼の白衣を抱き締めていた。

 

(……そんな)

 

 遺体はない。しかしポジティブに考える余裕がない。

 血のついた白衣には間違いなくエイベルの名前があって、彼は居ない。それだけで絶望するには充分だった。

 何も考えられなかった。しかし白衣に視線を落とすと、頭の中にまるで彼が語りかけるような感覚が突き抜ける。

 

(ルフィナと行動しなければ……。恐らく私を探している筈)

 

 クフィルが立ち上がると、白衣は何かの重さにつられて地面へ叩き付けられた。

 重い鉄が落ちたような音。白衣のポケットを漁ると、小型の拳銃がクフィルの手に収まった。

 

「撃ったことは無いけれど……」

 

 現状が分かっていない今は、武器があった方が有り難かった。拳銃を手に暗い社屋の探索に出ていくクフィル。

 不安以上に、彼女には使命感があった。ルフィナを探さなければ。それが自身の役目であると。

 

 □

 

「陽動とは言ったけど、なかなかキツそうじゃない」

 

 ルフィナと別れたビゲンは真っ直ぐに格納庫へ向かっていた。ソレイユ社には一棟、使われていない格納庫がある。

 内部には趣味で車やバイクを仕舞うスタッフが居たが、ビゲンもその一人だった。アニマとしてはやはり異例だったものの、戦闘機としてでなく、人として扱うスピードは楽しいものだった。

 それ故、彼女は社内でも最高額の車を持っていた。

 陽動にその車を使うため格納庫の様子をうかがっているが、到底味方とは思えない人影が巡回していて、思うように近付けない。

 

(どうするか。入れれば終わりなんだけど)

 

 近くにあったコンテナの陰に場所を移し、暫し悩む。

 車にさえ乗り込めれば、振り回せる自信はあった。鍵も格納庫内の指定の場所に隠してある。

 しかし、気付かれれば銃撃戦は避けられない。最悪はそれを陽動としても悪くはなかったが、あいにくとビゲンには拳銃一挺しか武器がない。航空機に乗る関係上、予備の弾薬も満足ではなかった。

 

(いこう)

 

 悩んでいては時間ばかりが過ぎていく。ビゲンは足音を立てないように、静かに格納庫へ近付いていった。

 

 大きく口を開けた格納庫の中は遮蔽物も少なく、隠れるのは難しい。なんとか巡回の隙を突いたが、以降は時間との勝負だった。

 大袈裟な格納庫とは反対に、鍵は安っぽいブリキ缶に仕舞われている。音を立てないように鍵を取り出し、スイッチボタンを操作。

 近くに停められていた黒いスポーツカーのドアが音もなく開いた。

 

(よしよし!)

 

 素早く愛車に乗り込み、エンジンを掛ける。

 ビゲンの身長よりも圧倒的に低い車体はまるで地面を這うように走り出す。リアタイヤを鳴らし、踏みつけたアクセルペダルの分だけ誤差もなく車は加速していった。

 値段にして190万米ドル。走る不動産とも呼べるビゲンの愛車は、銃弾に追われながら滑走路をひた走る。

 

 □

 

 同時刻、混乱のソレイユ社へ一機の戦闘機が近付いていた。

 

〈ステラ01、状況報告〉

 

 敷地の上で周回を始めた戦闘機は地上の状況を告げる。炎上する貨物機や、色とりどりの戦闘機がパイロットにも見えていた。

 

〈なるほど。もう始まってたか〉

「どうする、アルナスル」

 

 パイロットが応答を待つ。一拍置いて、通信が返ってきた。

 

〈チャンスだろう。行け〉

「了解」

 

 戦闘機は大きく旋回し、滑走路へアプローチを開始した。

 バレヌブルーの深く暗い青を纏ったF-14は、槍のようなシルエットを変化させながら滑走路へ降り立つ。

 

「ん?」

 

 滑走路に降り立った段階で、注意を引くのはパイロットも覚悟の上だった。指示を出した人物も同じく。

 しかし、想定外に何もない。首をかしげるパイロット。外を見回して、その理由がすぐに理解できた。

 どういうわけか、漆黒に包まれた自動車が滑走路を走り抜けていく。銃撃はその後を追っていた。

 

(チャンスは今しか無さそうだ)

 

 キャノピーを開けて、パイロットは機体を降りる。機体と同じ色の髪を靡かせながら、まっすぐ自分めがけて疾走する自動車と正対した。

 獰猛なエンジン音を高鳴らせたかと思えば、タイヤを激しく鳴らしながらパイロットの寸前で車は停止する。

 

「まさかキミから来てくれるとは、探す手間が省けた」

 

 フロントウインドウの向こうに見えるビゲンを真っ直ぐに見つめ、パイロットは告げる。

 

「アンタ、まさか!?」

 

 ドアを開いて身を乗り出すビゲンは、その姿を知っていた。遠くに見える機体も。

 バレヌブルーのF-14、そのキャノピー部分はドーター化の特徴である装甲キャノピー化が為されていた。

 

「時間がない。他のアニマは?」

「中よ。捜さないと無理!」

「わかった、一緒に行こう。その方が早い」

 

 ドーターパイロットは車の助手席に乗り込んでドアを閉める。

 

「しっかり掴まりなさいな、ステラのトム猫!」

「ラジャー、ビゲンさん。やってくれ」

 

 ホイールスピンしながらバック、すぐにステアリングを一杯に切って車を滑らせながら前後を反転させて前進する。

 瞬く間に時速は200キロを超過する。ビゲンは刹那の反応でステアリングを操りながら、社屋めがけて車を向かわせた。




二章。

ぶち壊しにかかってる?
はは、さて何のことやら。

次回もよろしくお願いいたします。
ていうか次回無いと最悪な終わりっすね()


調べる人/わかる人用作中資料

ビゲンの銃
ベレッタPx4サブコンパクト

エイベルの白衣にあった銃
ワルサーPPK/S

ビゲンの愛車
ケーニグセグレゲーラ


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ALT.09『星の光』

 ソレイユ社屋に普段の喧騒はない。しかしそれが味方であるかは別としても、人の気配だけはあった。

 電源が復旧されないままの真っ暗な廊下を歩くクフィル。右手には鈍い輝きを放つ拳銃がしっかりと握られていた。

 幸いにしてまだ引き金を引いてはいない。人間を救う使命を持ったアニマが人命を奪ってはいけない――それがクフィルの考えでもある。

 靴音が気味悪く反響する廊下の曲がり角を曲がって、また歩く。何度もそうして進んだ。

 

(本当に広い。今は少し、それが憎いけれど)

 

 普段は広さも比較的有効に使えた。今となっては、逆にそれが煩わしかった。

 ふと足を止める。話し声が彼女の耳に届いた気がした。ぼそぼそと小さいものだが、遠くはないように思える。

 足音を潜め、静かに発生源に歩み寄る。敵の可能性も捨て去らず、最悪は拳銃を使うことも想定し準備しておく。

 

 声は備品室からだった。小さく扉が開いていて、覗く事も出来た。そっと覗き込むと、段ボール箱が高く積まれた部屋にスカイグレイの影。

 ゆっくり扉を開き、クフィルはその影に声を掛けた。

 

「ルフィナ? そうですよね?」

 

 ゆらりと動いた影。クフィルは正体を確信し歩み寄る。不意に重く風を切る音がした。

 ルフィナはスタッフの一人を庇うように立ち、バールを手にクフィルを睨んでいた。その手は震えていて、クフィルを認識するなりバールは手から滑り落ちた。

 

「クフィル……」

 

 緊張が一気に解けたのだろう。崩れ落ちたルフィナは、弱々しくクフィルを呼んだ。

 クフィルは横たわるスタッフを確認するが、意識は残っていた。生きている。これだけの殺戮を生き延びていた。

 

「アタシが運んだんだ……」

「ルフィナが?」

 

 ルフィナは小さく頷く。彼女は力無い笑みを浮かべ、語った。

 

「アタシさ、動けなくなってたんだ。恐くて。その時、助けてくれたんだよ。でも傷すごくてさ……ここまでなんとか運んだんだ」

 

 ルフィナは状況を語り、だが次にはクフィルに訊ねていた。

 

「エイベルは?」

 

 問われて、クフィルは斜を向く。長いまつげを伏せて、彼女は静かにかぶり振った。

 

「少し、いいか?」

 

 スタッフが痛みに顔を歪めながらも身を起こし、二人のアニマへ語る。

 

「エイベルは生きてる。上手く行っていればだが……俺も行く筈だったけどな。アニマの航空管制が出来る味方が――俺しかいなかったんだ」

「だから残った、と?」

 

 クフィルの問いにスタッフは頷いた。航空管制のために残って、だが負傷して管制塔には居られなかった。

 何があったのかはともかく、人間の悪意が働いているのは間違いなかった。

 

「動くな」

 

 冷たい声と共に扉が開かれた。慌てたクフィルとルフィナがそれぞれ武器を構えたが、そこに居たのはビゲンと暗いブルーの髪色をした少女だった。

 

 □

 

「なるほど。エイベルたちは脱出済み、トムはその関係で援護のためここに来たと?」

 

 真っ暗の食堂に集まったアニマ達と生き残った管制スタッフはF-14のアニマ、トムキャットの持つ無線機でアルナスルと呼ばれる人物と会話する。

 ビゲンが問うと、アルナスルは無線機の向こうで確かに肯定した。

 

『トムキャット先導でウチのオペレーターがそっちに向かってるから、間違いなく突入準備をしている頃だろう。外にいる奴等は任せていい』

 

 場馴れしているのか、それとも冷静を作っているのかアルナスルは淡々と述べていく。

 それよりも、とアルナスルは話を切り替える。

 

『ルフィナは大丈夫なのか。状況を聞くに、相当ショッキングな光景にやられたみたいだが』

「正直危ないかと」

 

 クフィルは横でうなだれるルフィナの背中を優しく撫でた。何一つ反応がないが、眠ろうとすると飛び起きる。

 今までの強気さなど微塵もなく、今の彼女は誰よりも小さく、壊れやすい存在だった。

 

『なるほどな……』

 

 ふむ、と小さく唸るアルナスル。彼は暫し悩んだ後、静かに切り出した。

 

『本当に辛かったら、メモリキャッシュ削除って手もある。正直こんな事は言いたくないけどな』

「アルナスル――いや、セイイチ。それはキミの考えに反するんじゃないのかい?」

『当たり前だ。アニマが単なる機械やロボットなんて思っちゃいないさ。ただ、最悪はそうした方が本人も辛くないと――』

「待てよ……」

 

 アルナスルが言い切る前に、ルフィナは消え入りそうな声で割り入った。

 しん、と静まり返る食堂。アルナスルも、その場にいる全員がルフィナの発言を待っていた。

 

「これを忘れたら、アタシは単なる機械に成り下がる。あの光景を忘れるってことは、この会社のために倒れたアイツらを忘れるって事だろ?」

 

 ルフィナは手で目元をぬぐうと、ゆっくりと起き上がり無線機を睨む。

 

「それはアタシ的には無しだ。ツラくても、背負っていく」

『わかった。じゃあ俺から言うことは何もない。まもなく此方の部隊が突入するから、トムから離れるな。出来るなら現在位置に留まれ』

 

 それぞれがアルナスルへ了解の意を返す。

 それから長く待つこともなく、銃声が遠くで響いた。どかどかと靴音が押し寄せて、食堂のドアが勢い良く開かれる。

 ライフルを構えたオペレーター達はトムキャットの姿を確認し、頷くと去っていった。

 

「直に電力も戻るだろう。アルナスルの話では、明日にはここを出られる。エイベルにも会える」

「本当ですか?」

 

 クフィルの顔に、微かな安心が浮かぶ。

 

「ああ。詳しい話は、向こうでしよう」

 

 拳銃をしまいながらトムキャットが言うと、ビゲンがすかさず訊ねた。

 

「向こうって?」

 

 突然に電力が復旧する。音を立てて電気が点き、明るくなっていく食堂でトムキャットは髪をかき上げつつ語る。

 

「アメリカだ。次はキミたちもアメリカに行く」



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ALT.10『星の集う場所』

「やあやあ、こっちこっちー!」

 

 太陽のように明るい声が響く。

 ソレイユ部隊の緊急避難としてアメリカへやってきたルフィナ達。

 補給こそ出来たが、整備は漸く行われるところだった。Su-35SKに関してはエンジンオーバーホールで済むかすら分からない。

 ひとまず機体を整備員に預けた三人は、トムキャットいわく事務員の補佐であるらしい少女に連れられて検査へ向かっていた。

 

「それにしても災難だったねぇ。原因は今、社長達が調べてるらしいけど。危うく殺されかけたんでしょ?」

 

 興味深々に目を輝かせる少女。ワイシャツの襟でサジタリウスのピンバッジが金色の輝きを見せた。

 ビゲンは少々訝った目で彼女を見ていた。ざっと歩いただけで、会社はソレイユ部隊のあったロシアより遥かに活気があった。規模も大きく、道楽や人付き合いで人を使えるとは思えない。

 つまり、ミドルティーンかそのくらいの少女が『事務員補佐』という役職に就けるとは考えにくかったのである。

 

「なぁに、その目? もしかしなくてもあたしの事疑ってる?」

 

 むぅ、と膨れた少女は黒いショートカットを揺らしてビゲンを見上げた。

 

「そりゃあね。ステラとは知らない仲じゃないけど、アンタの事は知らないわけだし」

「あー、そっか。そうだね! じゃ、名前教えたげる! ジェーンだよ、よろしくー!」

 

 まるでマシンガンだった。次々に畳み掛け、名乗ったかと思えば満面の笑顔で手を差し出している。

 白けたような目でその手を見つめるビゲン。ジェーンはその手を奪い取ると、強引に握って上下に振り回した。

 

「よろしくね! そっちの子たちも!」

「え、ええ。よろしくお願いいたします、ジェーン」

「よろしく」

 

 ルフィナはやはり、眉根を寄せてジェーンを睨んでいた。先の虐殺めいた現場を見てしまった時から、驚くほど平静を取り戻した彼女だったが、休めていないのか目にはクマが出来ている。

 しかしそれもジェーンからすれば何の障害にもならなかった。ビゲンにそうしたように、ルフィナの手を取って振り回す。

 

「何かあったら相談して! あたしはずっと出てるから」

「考えとくよ」

「おっと、ここだよー。ソレイユの――エイベルか。彼と社長いるから、あとは引き継ぐねー! またね、アニマのみんな!」

 

 オーバーアクションぎみに手を振って、ジェーンは走り去っていった。

 嵐のような少女と言うべきか、圧倒的なパワーはソレイユのアニマには無かったものだ。三人はそれぞれの顔を見合わせて、首をかしげる。

 今はまだ、テンションの上がる頃ではなかった。

 

 □

 

「よう、ルフィナにクフィルにビゲン。心配掛けたな」

 

 研究室で、見覚えのある白衣が三人を出迎えた。少しぼさついた髪に、眠たげな目がアニマ達をまっすぐ見つめている。

 

「エイベルさん……!」

 

 部屋に入り、真っ先にクフィルがエイベルの元へと駆け寄る。彼を呼ぶ声は少しだけ、上ずっていた。

 

「おう。悪かった、ずっと通信入れてたんだがな……」

「通信? そんなもん来てねーぞ」

 

 ルフィナが口元に指を当てて天を仰ぐ。通信と言われると、ビゲンには心当たりがあった。暫し唸って、彼女はエイベルへ訊ねた。

 

「通信って、もしかしてずっとノイズだったあれ?」

「ノイズ? まあお前らに直接通信寄越すのは、ソレイユか俺かだが……タイミング的にそれか?」

「なんて送ったの?」

「『帰ってくるな、ソレイユは攻撃を受けた』みたいな感じだ。ソレイユについたらしいって聞いた時は、どうなるかと」

 

 検査器具を準備しつつ、エイベルは語る。彼はずっと警告していたようだった。

 だが伝わることはなかった。何かが原因で、三人には届かなかった。

 

「恐らくは、ソレイユ側の反抗だろうな。クーデターみたいなモノだ」

 

 機材の影から、また別な男が現れる。年はまだ若く見えるが、ひどく落ちついた雰囲気も同じく持っている。

 その声に三人は聞き覚えがあった。

 

「もしかして、あなたがアルナスル?」

 

 クフィルが問うと、男は頷いた。

 

「紹介が遅れたな。民間軍事企業ステラ、社長のセイイチ・ミキだ。TACネームは『アルナスル』――そのままコードネームにもなってる」

「日本人?」

「一応な。アメリカに来て長いが」

 

 セイイチは軽く息を吐いてビゲンの問いに応える。

 

「あー、そろそろ検査始めてもいいかな? そろそろ限界な筈なんだよ、みんな」

 

 申し訳なさげに話に割り入ったエイベル。セイイチはすまないと一言謝罪し、部屋の外に出ていった。

 

 □

 

 先に検査を終えたルフィナはあとでステラの寮に案内される事になり、クフィルとビゲンが終わるまでは敷地内を回れる事となった。

 トムキャットの姿は見かけないが、ふとドーターが気になって駐機したエプロンを目指す。

 

「すげえ」

 

 広大な飛行場はソレイユのそれと違い、完全に一から作られている。元民間のような痕跡は何一つ無く、軍用飛行場めいた光景が広がっている。

 戦闘機も様々で、米国機を中心にロシア機からヨーロッパ、果てはイスラエルなどの中東系の機体もある。

 クフィル-ANMのベースである、通常機クフィルも見かけた。

 今は特に動きがないのか、近くで機体を観ることも出来た。ふと、その中に自分と同じように機体を見上げる少女の姿を確認する。

 

「ジェーン?」

 

 ルフィナが名を呼ぶと、少女は振り返って手を振った。

 

「検査終わったのー?」

「ん、まあな。アンタは何してんだよ」

「んー、なんだろ。わかんないや!」

 

 にこやかに答えたが、ルフィナにははぐらかされたように感じた。ジェーンの居た位置に近付くと、一機の戦闘機が佇んでいた。

 左右に開いた垂直尾翼が良く見える。大柄なLERXがエラのように張っていて、四角形のインテークが口を開いていた。

 

「F/A-18Eだよ。アメリカはボーイングの艦上戦闘機。ステラにこれは一機しか無いんだよ」

「ふーん。なんでコイツをみてたんだよ。他にもいっぱいあるんじゃねーのか?」

 

 腕を後ろ手に組みつつ、ルフィナは右手側にいるジェーンに視線を合わせる。

 んー、と暫し悩んで。

 

「憧れだから、かな」

 

 ジェーンは少し強くなった風に髪を靡かせ、目を細める。

 ルフィナには眠そうな目が、少しだけ寂しそうに見えた。

 

「憧れね。戦闘機に乗れる一般人はそういねーよな。特にこの時勢じゃな」

 

 ザイ。空を脅かす存在。彼らが空を飛ぶ限り、安全はない。ただでさえ危険と隣り合わせだというのに、ザイのせいでいつ死ぬかも分からない状態になっている。

 アメリカはザイの前線からは遠く、ルフィナが昔話を軽く聞いた所に依れば、録な準備も出来ていないという話らしかった。

 その割りには、単なる民間軍事企業が万全の準備を整えているのには少々違和感を覚える。

 

「なあ……あれ?」

 

 ジェーンが消えた。辺りを見渡しても、姿がない。

 帰ったのか。特に気にするわけでもなく、ドーターを見に行こうと再び歩みを進めた矢先だった。

 

「おーい」

 

 ジェーンの声が、再びルフィナを呼び止める。

 

「なんだ――って、なんだそりゃ!?」

「えー? 今お昼でしょ? だから、ピザとかフライドチキンとかーあと、フライドポテトもあるよ」

「一人で食う気かよ?」

「イヤだなー。食べれないこともないけど、それならわざわざ持ってこないよ。一緒に食べない?」

 

 ジェーンが抱えるジャンクフードの山。軽い胸焼けを覚えながら、しかし空腹であるのも事実で。

 仕方なくルフィナはその誘いに乗った。食べれば気も紛れるかもしれなかったし、いざとなったらクフィルが喜んで食べるに違いなかった。




10話!

今回の章は『光る星を繋げて』を読んでいただけると、少し楽しめるかもしれません。
ただし、読まなくても楽しめるように向こうであった設定などはまた説明しますし、クロスネタはやりません。
登場人物と組織のリサイクル的なヤツです。

次回もまたよろしくお願いいたします!


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ALT.11『星たちのその一日』

 アメリカ、PMCステラ航空隊基地。

 ブリーフィングルームに、ソレイユのアニマは集められていた。

 

「まず改めて、ステラ社社長のセイイチ=ミキだ。空ではアルナスルと呼んでくれ」

 

 椅子が並べられ、そこに座るスタッフたち。その前で、ジェーンを傍らに控えさせてセイイチは名乗る。続いたのは、黒髪の少女ジェーン。

 

「ついさっきも話したアニマはいるけど、あたしはジェーン。よろしくねー!」

 

 両手をぶんぶんと振り回す、変わらずのオーバーアクション。彼女の強烈な馬力には誰もついていこうとはせず、しんとした静寂が広がる。

 

「それから、うちのアニマのトムキャットだが……検査中だ。挨拶は各自で済ませてほしい。こっちも話を先に進めたい」

 

 セイイチが指示を出すと、ステラのスタッフの一人が部屋の照明を落とした。

 暫し暗闇が辺りを包み、続いて部屋の壁に掛かっていたスクリーンが輝いた。

 

「まずソレイユについてだが、君たちが居たロシア航空基地は完全に使えなくなったと見ていい」

 

 彼の言葉に合わせて、恐らくソレイユ基地へ突入したであろうステラ社オペレーターのヘッドギアカメラの映像がプロジェクターに流される。

 電力が復旧しているが、やはりスタッフは誰一人生存していないようだった。

 そこでビゲンが挙手する。

 

「なぜ、何のために、誰がソレイユを皆殺しに?」

 

 彼女は噛み潰すようにして問う。家を焼かれ、家族を殺されたのと何も変わらない。ビゲンたちにとっては、何よりも重要な事だった。

 セイイチは悩む素振りもなく、語った。

 

「内部だ。さっきアニマたちには軽く話したが、あの会社が外から襲われるとは考えにくいし、やり口的にクーデターの可能性が高い」

「何のためにクーデターなんて起こすんです?」

 

 クフィルが問う。膝の上に置いていた手を、力強く握った。

 

「どうして皆殺しになんてする必要があったんですか?」

 

 ソレイユ社ロシア航空基地から来た数少ない生き残りとなったスタッフたちは、揃って顔を伏せる。クフィルの言葉には、どこか必死さがあった。

 

「細かい原因については調査中だ。今はすまないが、それしか言えない」

 

 対したセイイチは、申し訳なさそうに小さく頭を下げる。

 プロジェクターは映像を切り替え、一度スクリーンに空白を映した。

 

「おとと! スライド間違っちゃったよ!」

 

 ジェーンがプロジェクターに繋がったノートパソコンを操作するためにアニマたちの横をぱたぱたと走っていく。

 その姿をルフィナが追う。彼女の目は、どこか訝しむようにジェーンを見ていた。

 

 □

 

 それから数時間が経過した。

 結果として、ソレイユ社ロシア航空基地所属スタッフおよびアニマ、航空機はステラ社に指揮系統が委譲される事となったこと。事件に巻き込まれることのなかったソレイユ社社長もまた、今回の事件について哀悼すると共に、セイイチの提案を呑んだことがブリーフィングルーム内で説明がなされ、解散となった。

 

 アニマには休み無く、クフィルがシミュレーターを利用した飛行訓練を行う。

 

〈用意はいいか、クフィル〉

 

 シミュレーター内に、担当のエイベルの声が反響した。すぐに応答し、ダイレクトリンク。

 作戦内容は、ソレイユ製アニマを指す機動データ『ANM-S』を使用する、Su-35SKの撃退。ルフィナとの、実質敵対シミュレーションだった。

 疑問が湧く。なぜこんなシミュレーションを? 思うと、問わずにはいられなかった。

 

「どうしてSu-35SKを敵として戦わなければならないのですか? ソレイユ02から、アミュレットへ返答を求めます」

 

 アナウンサーのように明瞭で、かつハッキリとした語調。クフィルの問いに、ルフィナが人形遣いと呼んだ『アミュレット』――エイベルはすぐに答えを返した。

 

〈DACTだよ。だけど、アイツの機体はボロボロだし、それにアイツに振り回されるだけっていうのも非効率だ〉

 

 確かにルフィナを変えた方が早い、とエイベルは告げながらも、それでもと続けた。

 

〈お前たちにもルフィナについていく力が必要なんだ。理解してくれ〉

 

 懇願にも似た話だった。シミュレーター内のクフィルは暫し悩む。だが、拒否する理由もなかった。

 レーダーに映し出されたエネミー表示のSu-35SKへ、機体を前進させる。

 見えてくる機影は何処かクフィルには大きく見えた。毎回機体を損傷させるソレイユの金食い虫と言われたルフィナ。

 だが、それは転じて『ドーターの限界を常に最大まで引き出してくる』ということに他ならない。

 

「ソレイユ02、エンゲイジッ!」

 

 眼前に迫ったSu-35SKが急激に角度を変え、上昇する。クフィルも後に続くが、パワーがあまりにも違った。

 ガタガタと軋み、揺れる機体。それでも前方のSu-35SKは離れていこうとする。

 ふと、クフィルの脳裏にルフィナの機動の癖がよぎった。

 

(急上昇。そこからの急降下――!)

 

 一瞬の判断で機体を逃がすと、次の瞬間にはSu-35SKがクルビットと共に転進し、クフィルのテールに食らい付いてきた。

 左右に逃れながら、放たれる機銃弾をかわす。凄まじい反応速度だった。ルフィナの単なるデータコピーでありながら、クフィルを追って痛め付けようとする。

 

「フッ……!」

 

 ドッグファイトで前を飛んでいては不利。クフィルは左右に逃れるタイミングで一気に右へ機体を方向転換させ、急激にブレーキを掛ける。

 空中を滑るように飛んだドータークフィルは、その前方にオーバーシュートさせたSu-35SKを捉え、DEFA-552機関銃で撃ち抜いた。

 ドッグファイトの決着はいつも一瞬。黒煙を上げながら飛んでいくSu-35SKを視界に捉え、残心。

 機体は最後の抵抗とばかりに甲高い雄叫びをあげ、クルビットでクフィルへ機種を向けた。

 

「ルフィナ……!」

 

 ミサイルロックオン完了、あとはレリーズすればいい。それでクフィルのシミュレーションは成績良しに終わる。

 だが、向こうにルフィナがいると思うと、彼女はミサイルを撃つのを躊躇った。

 反対にミサイルアラートが鳴り響き、一瞬の後に画面が暗転する。

 

「ん……」

 

 シミュレーション終了でクフィルは疲れ気味に頭を押さえた。

 

〈どうして撃たなかった?〉

「撃てませんでした……躊躇ってしまったんです」

 

 シミュレーターが開く。施設に回った空調が、クフィルの身体に涼しい風をやさしく運んだ。

 シミュレーション終了。エイベルは情報をまとめるためにクフィルを退室させ、彼女はそれに従った。

 ステラ社を歩いていると、トムキャットの姿が見えた。何をしているのか、セーラー服めいた私服の脇に日本刀を差して、ベンチに立てた空き缶を睨んでいる。

 

「てやぁっ!」

 

 威勢の良い掛け声と共に抜刀。居合い抜きされた刃は空き缶を切り飛ばし、トムキャットは満足げに納刀する。

 クフィルが声をかけたのは、そのあとだった。

 

「何をしているんですか?」

 

 トムキャットの出で立ちに、クフィルは折れんばかりに首をかしげつつ。

 

「そんな、刀なんて持ち出して」

 

 脇に差した立派な日本刀を視線で示しつつ問うと、トムキャットは軽く笑いながら語る。

 

「鍛練だよ。セイイチは日本とも繋がりがあると聞いたから、もしかしたら日本のサムライと一太刀交えるかもしれないだろう?」

「……は?」

 

 全く意味がわからなかった。日本に行ったことはないクフィルでも、侍など居ないことはビゲンが教えてくれている。

 しかしトムキャットの目はきらきらと輝いていて。そこに水を差すのは憚られた。

 

「セイイチがいつか日本に連れていってくれる。日本のアニマにも会えるし、サムライにもニンジャにも……あ、そうだ! クフィルも一緒に、スシを食べよう!」

「それは魅力的な提案ですね、トムキャット」

 

 サムライだとかニンジャだとか、そういったものよりクフィルは寿司に反応した。やはり本場の寿司は食してみたいものだと、ソレイユの食堂で刺身を目にする度思っていた。

 日本人スタッフいわく、本場より味は落ちていたらしかったから、余計にその提案は魅力的だった。

 

「必ず、お寿司をいただきましょう」

「ああ、必ず。共に百人斬りを達成しよう」

「それは捕まりますよ」

 

 比較的、クフィルとトムキャットの関係性は悪くなかった。

 むしろ目的が違えど、日本に憧れるものとしては変わらないのかもしれない。

 

 □

 

「やあ、ルフィナ。また来たんだね」

 

 ジェーンが目を細め、再びの訪問者を迎えた。

 

「アンタ、本当に人間か?」

 

 唐突で、そしてあまりに前触れの無い質問。ジェーンは少し呆気に取られてから、すぐにいつもの柔らかな笑みを取り戻す。

 

「何言ってるんだよ。あたしは人間だよ、人間。もー、イタズラとかそういうのはあたしの本分なんだよ?」

「……そっか。悪い、忘れてくれ。アタシはドーター見てくるから」

 

 訊ねるだけを訊ねて、ルフィナはあっさりと引いた。ドーターが駐機するハンガーへ歩いていくルフィナの後ろ姿を眺め、ジェーンはその表情に小さな陰を落とした。




だいぶ間が空いてしまいましたゆえ……。
またゆっくり書いていきますよ。

早く12巻読みたいんだけどなぁ。


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ALT.12『小さな小さな星の言葉』

 しばらくザイの発生もなく、少なくともアメリカは平穏だった。

 なぜアニマに対して理解がないのかが判る程度には、ザイの脅威がない。日本では厳戒体制でも、アメリカはそういうわけではないらしかった。

 ソレイユ社のアニマ、ビゲンは珍しく社内を散歩している。ヘルメスブルーのロングヘアーが、歩く度にさらさらと揺れた。

 特に目的の無い散策であったが、彼女がふと外へ出た時だった。

 

(……騒がしいわね。なにか問題?)

 

 入り口ゲートに、白衣の男性を先頭にした数名の人間たちが足止めされている。

 ただ、それを止めているのは歩哨のオペレーターだけでなく、セイイチの姿もあった。社長自ら歓迎しない相手となると、よほど厄介な相手か。興味を抱いたビゲンが足を一歩踏み出すと、力無く何かが彼女のジャージの裾を引っ張った。

 振り返った先に居たのは、真っ白な肌をした小さな少女。サスペンダースカートに、肌と同じくらい白いブラウス。胸元の赤いリボンがアクセントになっている

 何より特徴だったのは、梅紫色の髪だった。地面まで届くような長い髪をポニーテールに結っているから、手入れしていない訳ではないのだろうとビゲンは推測する。

 少女は光の無い瞳でビゲンを見上げ、無表情のままジャージを引っ張り続けていた。

 まるで『行くな。早く場を離れろ』とでも言いたげだが、彼女は一切声を発する事はない。

 

「……まさかアンタ、行くなって言ってる?」

 

 意思を汲み取るようにビゲンが問う。目の前の人形のような少女は、小さく頷いた。

 少しだけ引っ張る力を強めた少女はビゲンを連れ、その場から離れた。ふと、ゲートから男の声が聴こえる。

 

「早くF/A-18E-ANMを渡せ! でなければ、会社ごと始末してもいいんだぞ!?」

 

 ビゲンに、その怒声が聴こえる事はなかった。

 

 □

 

 少女に連れられ、ビゲンはステラ社敷地の端にあるくたびれたハンガーにいた。

 すえた匂いがして、天井は崩落したのか陽光が射し込んでいる。だが、間違いなく少女とビゲン以外に人の気配は無かった。

 そもそも、こんなところには誰も近付かないだろう。なぜステラがこんな危険な建物を放置するのかは、ビゲンには知るわけもなく。

 それよりも疑問は目の前の少女だった。民間軍事企業に出入りするには、あまりにも幼いように見える。いや、その常識が通じていない理由はビゲンには分かっていた。

 

「アンタ、アニマなの?」

 

 古びたカーペットの上で、スケッチブックにぐりぐりと絵を描いていた少女はビゲンの問い掛けに、顔を上げただけだった。

 否定の声をあげる事も、ましてや首をかしげもしない。眉一つ動かさないどころか、表情筋一つ動かない。

 

「アンタから連れ出しといて、訊かれた事を話す気も無いってワケね」

 

 苛立ちも隠さずビゲンは語気を強めた。少女は少しの間真っ直ぐにビゲンを見つめて、すぐにスケッチブックに視線を落とす。

 握ったクレヨンで描いているのは絵ではなく、文字だった。

 

『Je suis Super Etendard. Je ne peux pas parler parce qu'il n'y a pas de corde vocale』

 

 フランス語らしい文字。ビゲンは目を細め、唸りつつ意味を読み解いていく。

 

(『私はシュペルエタンダール。声帯が無いから声が出ない』って……? 確かに、人間らしくはないから、アニマだとは思ったけど)

 

 ビゲンが空を仰いだ。「一体ステラはどれだけアニマを維持しているのか」と、もはや変な笑い以外出るものがない。

 シュペルエタンダールと名乗った少女は、天井を見上げるビゲンのジャージをくいくいと引っ張って注目を引く。

 スケッチブックには、更に別な文字が記されていた。

 

『Dans diverses circonstances, je suis né ici en France. Mais je ne retournerai jamais dans le pays』

 

 またビゲンが頭を悩ませる。ソレイユでは事務仕事もやっていた関係で、多言語エンジンは有しているものの、母国語と英語、日本語以外を続けて訳すはめになるといささか頭も疲れてきた。

 

「『諸事情あってフランスで生まれて、ここにいるけど国に帰る気はない』ってトコか……なんで?」

『Je ne peux pas expliquer. Je ne connais pas les mots pour expliquer』

 

 またスケッチブックに新しい文字が綴られた。さすがのビゲンも疲れからか眉間を揉んで、深いため息をつく。

 

「説明できないって、なんで? 説明する言葉が無いって意味わかんないわよ。声が出ないだけなんじゃないの?」

 

 シュペルエタンダールは何も答えない。スケッチブックも元々枚数が少なかったからか、新しく文字を綴るページも無いようだった。

 代わりに、小さな手はスケッチブックの最初のほうのページを切り取って、ビゲンへそれを差し出した。

 受け取り、綺麗に切り取られたページを見るビゲン。文字ではなく、絵だった。クレヨン絵の割には、比較的繊細で解りやすいように描かれている。とはいっても、多少の推理が必要なことに変わりはなかった。

 

「人がたくさん……向かい合ってる?」

 

 シュペルエタンダールが差し出したページには、人が何人も描かれている。ただ、一人は他の人間と対するように描かれていて、その後ろにいる小さな人物を庇うようだった。

 ページの隅には『Pourquoi?(どうして?)』と、既に見慣れた書き文字がある。

 まるで意味が分からない。ビゲンも質問を投げようとは試みるが、シュペルエタンダールは大きく吸い込まれそうな紫色の瞳を向けるだけで、何もアクションは起こそうとはしなかった。

 

 仕方なく廃ハンガーを出ると、ちょうど良くトムキャットが待ち構えていた。

 腕組みして足を鳴らす様子を見るに、相当気を張って待っていたようだ。

 

「シュペルエタンダールに会ったみたいだね、ビゲン」

「やっぱりアンタは知ってたのね。で? あれは何なの?」

 

 シュペルエタンダールは答えなかったが、トムキャットならば受け答えは出来る。

 暫し顎に手を当て悩むしぐさを見せるトムキャットは、絶対に口外しない事を条件に口を開いた。

 

「EU流のアニマの作り方を知ってるかい、ビゲン」

「まあね。一機のドーターに、サブのアニマを複数用意する使い捨て。理には叶ってるかもしれないけど、人道的とは言えないわね」

「私たちは人か? ザイの部品が人道を語っても仕方ない」

 

 トムキャットは自嘲気味に笑って、それから真っ直ぐにビゲンを見据えた。

 

「EUの成功例はラファールMだけだ。タイフーンはやられたらしい。で、ラファールのアニマを大量生産したはいいが、その中に彼女は居たんだ」

「まさか。奴等だって反応すれば気付くでしょ」

「フランスはラファールのドーター化に注力していた。そんな中、事故で生まれた退役機の反応をチェックすると思うかい?」

 

 やれやれだな、とトムキャットは深いため息と共にかぶり振る。

 

「ラファールに反応しなかった彼女は、声も感情を表現する術も与えられず、廃棄待ちの存在になった」

「それが、どうしてPMCに?」

「脱走したんだ。廃棄寸前に、“工場”からな。手引きがあった、とは聞いている。会社にあったシュペルエタンダールが反応を示したのを知っていたのは、セイイチだ」

 

 まさか、とビゲンが眉を潜める。しかしトムキャットはあくまでも確定的でない、と切り捨てた。

 

「とにかく、セイイチはシュペルエタンダールを社に迎えドーターオペレーターとして働かせている。フランスの工場で破壊されるのを待っていた彼女を救った、と言えば聞こえはいいな」

「でもそれじゃあ、フランスからの信用は……」

 

 ビゲンの問いに、トムキャットは迷わず頷いた。フランスへの直通はすでに不可能であると。

 しかし、セイイチには別な繋がりがあるとも彼女は語った。

 

「ラファールのアニマが、どうも彼と連絡しているらしくてね。シュペルエタンダール関連は、ラファールが隠匿している――って、噂だよ」

「わかんないわね、この会社」

「だろう? でも、アニマである私たちも平等に立場があるんだ。ザイの部品だとか、彼らは気にしない」

 

 それよりも、とトムキャットは切り出す。彼女が指したのはビゲンが持つスケッチブックのページだった。

 そもそもビゲンにも良く分からないもの故、トムキャットの知恵も借りようと手渡してみると、彼女の表情はすぐに険しくなっていった。

 

「シュペルエタンダールがこれを?」

 

 そう語るトムキャットの言葉には、緊迫感があった。

 

「どうして彼女がビゲンにこれを……。ビゲン、このページを借りるよ。セイイチに訊きたいことが出来た」

「良いけど、答えわかったら教えてよ?」

「ソレイユを巻き込む問題になるなら、ね」

 

 すぐに踵を返し、駆け出したトムキャット。残されたビゲンの後ろで、シュペルエタンダールは強まった風に長い髪を揺らして、無表情に立っていた。

 文字を綴るのに使ったスケッチブックの裏面が、風で捲れて露になった。

 トムキャットとシュペルエタンダール本人と、セイイチ。そしてもう一人、明るい青で髪を塗られた少女が仲良く手を繋ぐイラストが、そこには描かれていた。

 ページにはこう綴られている。

 

Un jour je veux rire avec tout le monde(いつか私も皆と笑いたい)




シュペルエタンダールちゃん。
昨日か一昨日かにイメージをつくって、ようやく出せました。
出したかったんです、シュペルエタンダール。


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ALT.13『家族のために』

 また今日もステラ社は外部の人間たちにより騒々しさに包まれていた。

 それでも、ザイによる脅威が近付いているとなれば作戦を放棄するわけにはいかなかった。

 日本を最終防衛ラインに押し留められているザイではあるが、大規模な前線基地構築により小松航空自衛隊基地に本拠を置く独立混成飛行隊、通称『独飛』から、友好関係にあるステラ社社長直通で攻撃参加依頼が舞い込んだ。

 Su-35SK-ANMもようやく修復されたが、前線基地攻略のために一度実機訓練が必要という話になり、まずはシュペルエタンダールの対地攻撃観測のため、ルフィナも空に上がることになった。

 

「よりにもよって言葉通じないとか、有り得ねーだろ」

 

 ドーターのコックピットに背中を預け、カメラ越しに映る少々小型の単発機を眺める。

 垂直尾翼の根元あたりに直接据えられた水平尾翼が上下に動いていた。

 

『Ne t'inquiète pas. En regardant l'indicateur(心配しないで。インジケータの確認を)』

 

 声の無いメッセージがSu-35SK-ANMのLCDに届いた。アニマ当人は首を捻る。なにしろ全く理解できないのだ。仕方なく機体経由で無理矢理メッセージを翻訳させる。

 アニマ当人は理解できないが、それを受け取る機体は文字を理解できているのだから、ニュアンスくらいはつかむのに充分だった。

 

(ったく、次はエイベルにフランス語でもインストールしてもらえねーかな)

 

 心中でごちりつつタキシング開始。動翼良好、エンジンの調子もいい。ソレイユでの整備以上と言えなくないほどに、よく回る。

 マリーヌ・ディヴェールの濃い紫に輝くシュペルエタンダール-ANMは排気炎と共に蒼天の空へ舞い上がっていく。

 

「よっしゃ! ソレイユ01、いくぞ!」

 

 久しぶりの空、自らの帰る場所。それを目の前にしてルフィナの心は激しく昂っていた。エンジンも甲高い音を上げ、回転数を上げる。

 ブレーキを外すと、ドーターは勢いよく加速し地面から離れていった。空。白い雲の少ない、快晴とも言える空はルフィナの帰りを歓迎するようだった。

 自然と笑みがこぼれる。笑いがもれる。それを聞いてか、シュペルエタンダールは機体をロールさせて、あえてSu-35SK-ANMの横へドーターを並べる。

 彼女も事情は知っているらしく、刹那にメッセージがルフィナへ送られた。

 

Bon retour(おかえりなさい)

 

 ただ、それだけのメッセージ。だが受け取ったルフィナには、とても大きな意味のあるメッセージだった。

 自分を歓迎してくれるのは空だと。並んで飛ぶシュペルエタンダールも、そう言っているようだった。

 

「よし、やるか!」

 

 一気にやる気が湧いてきた。まるでエネルギーの塊。声を張り上げると、シュペルエタンダール-ANMは機体を左右に振った。

 準備はいいぞ、とでも言いたげだった。

 

〈こちらソレイユのアミュレットだ。いいか、ステラ02にソレイユ01。もうじき、ダミーの爆撃目標が見えてくる。ソレイユ01は現地観測を頼む、テンション高いのはわかるが、遊ぶなよ〉

 

 アミュレット――エイベルの声がルフィナに釘を刺した。図星だったのか、彼女は小さく唸る。

 機体サイズもパワーも上のSu-35SK-ANMでシュペルエタンダールの後をゆっくりと追う。少し前のルフィナなら、すぐに放棄していたかもしれない。

 

「来たか」

 

 今はただ、指示に従う。そうした方が良いと今更ながらに気付いた。

 コックピット内の全周囲カメラに、シュペルエタンダールからの情報が次々に送られてくる。攻撃予定目標、座標、使用武装、目標到着予定時刻(ETA)まで。

 

『Point cible atteint. Début d'attaque(目標地点到達。攻撃開始)』

 

 シュペルエタンダールからのメッセージからすぐに、翼下パイロンの爆弾が切り離された。

 投下地点を見逃さないよう、ルフィナは機体を旋回させて待機する。

 安定軌道で投下された爆弾は目標地点へ真っ直ぐに落ちて、すぐに爆炎を上げた。

 

「こっちは命中確認。もう一発やるか?」

 

 機体を旋回させながら、ルフィナはエイベルへと連絡を取る。

 

〈そうだな、もう一発――〉

 

 ふと、エイベルが言葉を切った。シュペルエタンダール-ANMが、ステラ飛行場一部の爆撃訓練空域から離れ、社屋へ向けて飛行を始めていた。

 

〈ソレイユ01、まだRTBには早い筈だ。止めてくれ〉

「やってみるよ」

 

 エイベルへ返し、すぐさまシュペルエタンダールへ呼び掛ける。しかし返ってきたのは、さっぱり会話にならないメッセージの一つだけ。

 

『Fermez vos oreilles maintenant(今すぐに耳を塞いで)』

 

 ルフィナの前方を飛んでいたシュペルエタンダール-ANMはわずかに機首を下げた。

 その更に前方では、集団が何かの言い争いをしている。白衣の男はジェーンとトムキャットを指し、なにかを叫んでいたが、ドーターが訓練空域からこちらへ向かっていると気付いてか、慌ててしゃがむ。

 セイイチ、ジェーン、トムキャットも耳を塞ぎ、姿勢を低く取る。戦闘機のエンジン音など、間近で聴いてしまえば聴力は瞬く間に奪われる。

 

「おい、よせシュペルエタンダール! 戦闘機の音で人間がどうなるか分かるだろ!?」

『Pourtant, je dois l'arrêter. Ils doivent arrêter de faire ça(それでも、止めなきゃいけない。彼らはこうしなきゃ止まらない)』

 

 シュペルエタンダール-ANMが、Su-35SK-ANMからわずかに離れていく。追うのは簡単だ。パワーも何もかも、フランスの単発機に負けるような機体ではない。

 しかし人がいる真上でドッグファイトなど、行うわけには当然いかない。流石に、シュペルエタンダールが機体を人だかりに突っ込ませるとは思えなかったが、人の真上を通過する事態は、どちらにせよ避けねばならなかった。

 

「クッソ! ムリだッ!」

 

 彼女を止めに入るには、あまりにリスキーで時間が無さすぎた。ルフィナは慌てて機首を引き上げ、人体に極力影響がでない高度を目指して上昇を開始。ついで、シュペルエタンダール-ANMもまた急上昇を始めていた。

 エアショーなどとは言えない近距離飛行。シュペルエタンダールへ、ルフィナの叱責が飛んだ。

 

「テメー、なに考えてる!? あそこにゃアンタの仲間も社長も居ただろ!?」

 

 応答は無く、機体はアプローチに向けて方向を変えていた。

 なんなんだ、アイツは。

 呆れながらもルフィナは静かに毒づいた。

 間も無く着陸する。騒ぎにはなったが、許可も出ている。ゆっくりとランディングアプローチするシュペルエタンダール-ANMのテールを睨むルフィナへ、一通のメッセージが送られた。

 

『Rhino ne le quitte pas. Je ne peux pas vous laisser prendre une famille importante(ライノは渡さない。大事な家族を連れてはいかせない)』

 

 単なるメッセージに過ぎないもの。しかし、ルフィナはそこから尋常ではないほどの、執念のような物を感じ取った。

 知らない名前も出てきていた。機体をタッチダウンさせながら、ルフィナは小さく首をかしげた。

 

「ライノって、なんなんだ?」

 

 ライノという単語だけは唯一、フランス語に訳されていない。つまりサイではなく、固有の名詞なのかと彼女は考える。

 ダイレクトリンクの解けたシュペルエタンダールを眺めるルフィナの心に、より深い疑問が植え付けられる。

 大規模作戦で日本へ行く前に、より大きな問題が待っている。ルフィナにはそんな気がしてならなかった。




ツイッターにシュペルエタンダールちゃんのイメージがございまする。
結構可愛くできてます(

例のあれはもっと引っ張って驚かせるつもりが少なからずあったんですが、半分バレバレだし少し予定を早めました。


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ALT.14『星との別れ』

 “それ”は、ソレイユ隊が緊急的にステラ社へとやってくる以前から、何度となく起きていた。

 

「ふざけるな!」

 

 応接室の豪奢な造りのテーブルが、セイイチの拳で殴りつけられた。あまりの怒気に同席していたスタッフの顔が一瞬強張る。それに対して、痩せぎすの白衣の研究員はあまりに余裕の表情を見せている。

 

「ふざけてなどいない。そもそも、この会社に反応したF-14とアニマのノウハウの一部を渡したのは私たちだろう?」

 

 元DARPAの研究員、ウィリアム・シャンケルがにやりと意地の悪い笑みを見せる。

 

「君が隠した気になっているF/A-18E-ANMライノか、それともF-14D-ANMトムキャットか。それとも両方を我々に引き渡すか。何も迷う話じゃない」

 

 そうだろう?

 ウィリアムはそう問いかけて、テーブルの上のコーヒーを静かに口元へ運んだ。

 

「あんたらはアニマを単なる操縦機械程度にしか見てない! ライノの過去のデータがどうなってるか、さすがに俺でもわかってるぞ。めちゃくちゃなプロテクトかけやがって、彼女の意思は!?」

 

 意思? とウィリアムはオウム返しに訊ねる。

 

「彼女たちはいくら人の姿をしていても、所詮はザイのパーツだろう。プログラムで動いている。そんなものに意思や個人での決定権が必要だと言うのかな?」

「あんたらは何も分かってない。アニマも、ザイも」

「君もだろう? 今の立場を何も分かっていない。一国が持つべきドーター、アニマを単なるPMCが持つべきではないんだよ」

 

 話はいつまでも平行線だった。何時間かかって話をしても、ウィリアムはアニマとドーターを渡せとしか言わないし、セイイチは渡さないの一点張り。

 それがそのまま数週間続いて、ステラ社はロシアでクーデターを起こされ逃げたソレイユ社を受け入れ、今に至っている。

 シュペルエタンダールは全てを知っていた。ずっと物陰から口論を見ていたし、何が起きようとしているかもわかっていた。そこに現れたのが、まさしくソレイユのアニマたちだったのだ。

 

 □

 

「ねえルフィナ」

 

 ある日のハンガーで、ジェーンは自身のドーターを眺めるルフィナに声をかけた。

 あん? といつもの調子で振り返る。珍しく、ジェーンはどこか落ち込んでいるような雰囲気を纏わせて、それでも気丈に振る舞おうと無理な笑顔を作っている。

 

「夜さ、少し星を見に行こうよ」

「星? なんだってそんなつまんねーことをアタシが……」

「いいからいいから! キャンプしようなんて言ってないでしょ~? 少し、夜に空を見上げるだけでいいから」

 

 ね? お願い!

 ジェーンは両手を合わせて、その陰からちらりとルフィナを見つめる。突然何を言っているのか、ルフィナ自身にもさっぱり理解はできないが、断る意味もなかった。空を眺めるのは好きだったし、それが昼から夜になるだけだった。

 緊急で仕事でも入らない限りは、明日もまた待機のはずで、予定も問題はなかった。

 

「わかったよ。あとでまた呼びに来な、付き合ってやる」

「やった! あ、これ内緒にしてね? ちょっとあまり知られたくないんだ」

 

 内緒にしろとはどういうことか。あまり騒がしいのは好まないのか、とにかくそれも無暗に突っぱねる理由があるわけでもなく、承諾する。

 ジェーンはその話だけを終えると、ぱたぱたと走り去っていってしまった。何だったんだろうかと首をかしげていると、今度はトムキャットが辺りを見渡しながらハンガーへやってきた。巨大なシャッターの入り口で立ち止まって、暫し立ち止まる。

 

「いないか……」

 

 トムキャットはそう呟くと、踵を返す。今日のステラ社は妙な雰囲気だった。

 それもシュペルエタンダールがアニマへの接触を図り始めてから、一気にステラ社で起きている事象が目に付くようになっていった。

 何が起きていて、この先何があるのか。誰にもわからないまま、時間はただ無情に過ぎていく。

 

 日は沈み、ステラ飛行場も静かになった。唯一多数あるハンガーがいまだに整備中の戦闘機のために明かりを発しているだけで、すでに航空機の離着陸はない。滑走路からは誘導灯も消えていた。

 スカイグレイの髪色が暗闇の中で光っている。ルフィナはジェーンを捜して、飛行場を歩いていた。いつもの黒髪を探すのは、この暗闇では骨が折れる。そう思っていた矢先、視界にサファイアブルーの灯りが飛び込んだ。夜風にさらさらと揺れされて、青い光は優しく夜に溶けていく。

 

「ジェーン……か?」

 

 サファイアブルーの髪。その持ち主である少女に、ルフィナは恐る恐る声をかけた。

 くるりと振り返って、少女はぺろりとお茶目に舌を出す。まるで悪戯をしたような雰囲気で。

 

「そだよ。本当の名前はね、ライノ。F/A-18E-ANMライノっていうんだ」

「ライノ……!」

 

 “ライノ”――シュペルエタンダールが攻撃訓練の終わりに送ってきたメッセージに含まれていた名称だった。

 少女はそう名乗っている。今までの黒髪でもなく、だが特徴は間違いなくジェーンと同一だった。

 

「アニマだったのか、お前も……」

「そだよ。ジェーンは偽名で、髪も染めてただけ」

「なんでそんな……」

「セイイチが、あたしをアメリカから隠すため。なんでも、アメリカのやり方だとあたしはすぐにダメになるみたいでさ。使い捨てになんてさせたくない、生まれてきたなら権利があるって必死に言い寄られちゃってさ」

 

 ジェーン――否、ライノは哀しげに笑う。

 

「結局その話に乗っちゃったから、今度はセンパイに迷惑が掛かってる」

「センパイ?」

「F-14D-ANMトムキャット。今ここは、アメリカからあたしかセンパイを引き渡すか、それとも両方引き渡して会社を潰すか、その選択に追われてる」

 

 たくさんの戦鳥が明日に備え眠りにつくその敷地の中で、ライノは満天の星空を見上げた。今日は天気にも恵まれて、綺麗な星が漆黒の空で瞬いていた。

 

「社長はどうするって言ってんだよ、ソレ」

 

 すでに国際問題ではないのか。ルフィナはそれをなんとか心に押しとどめて、横で星を見るライノへ訊ねた。

 

「『どっちも渡さない。アメリカの運用方法はアニマの寿命を激しく縮める』っていうのが、セイイチの答え。要するに、彼はあたしたちを人間と変わらなく見ちゃってるってこと」

「いいじゃねえか。アニマ好きが増えれば、アタシらもやりやすくなる」

「それで彼や仲間が不幸になっちゃいけないでしょ? 今回は、あたしが行かなければ、センパイが連れていかれる。あの人は断らないだろうしね、社の危機ってなったら」

 

 それにさ。

 ライノはルフィナへ向き直って、更に続けた。

 

「シュペルエタンダールは、あたしも含めて家族だって言ってくれてる。ルフィナも見たでしょ、彼女が攻撃訓練の時に何をしたか」

 

 ルフィナの脳裏に、訓練時のシュペルエタンダールがフラッシュバックする。

 静止も何もかもを振り切って、ただ『家族を奪うものを許さない』とばかりに攻撃的になった彼女。

 もしライノか、トムキャットか、そのどちらかが失われれば、彼女はいったいどうするのだろう?

 想像など出来ようもなかった。下手をすれば、人間に反旗を翻しかねない。それではザイと変わらない、間違いなくシュペルエタンダールも処分される。

 

「だからね。あたしは、黙って行こうと思うんだ」

「全員がお前を捜すぞ。そこまでやってきて、みすみす手放すと思うか? 大事な家族を」

「うん。だから、センパイも呼んだんだ」

 

 ライノが言うと、暗がりからバレヌブルーの灯りが交じる。トムキャットはひどく不機嫌だった。

 

「キミがそういうと思ったから、私はずっと探していたのに」

「あはは! ごめんごめん、でもウィリアムは君よりまずあたしを欲しがるだろうし、そうすれば暫くはここに彼らも来ない。成果を出せば、ここのことも忘れるでしょ? きっとね」

「だが、奴らは間違いなくキミを今の状態のまま運用はしないぞ。もっと厳重にプロテクトをかけられる、感情を封印される」

 

 トムキャットの言葉に、ライノはハッキリと頷いた。

 

「忘れるなんて思いたくないけど、でもあたしはこの選択に後悔はしない。向こうには連絡したんだ、『あたしが行くから、社には手を出さないで』って条件を付けてさ」

「奴らがそんな口約束を守るとでも!? 考え直せ、セイイチのやってきたことを無駄にしちゃ駄目だ、ライノ!」

 

 否定。ライノはかぶりを振って、トムキャットの言葉を否定した。考え直す気はないと言葉も無しに頑なになった。

 ライノのスマートフォンがバイブレーターの音を鳴らす。メッセージを受信したらしく、彼女はそれを確認すると、小さな笑みと共にルフィナとトムキャットを見回した。

 

「お呼びだってさ。じゃあね。最後に、ここで星が見れてよかったよ。『ステラ』を見れた、一人じゃなくてルフィナ達とさ」

 

 ルフィナ達に背を向け、ライノは歩き出す。彼女を呼び止める言葉など、ルフィナには出てこなかった。単なる部外者である自分になぜそこまで話したのかもわからないまま、暗がりに消えていくライノを、彼女はただ見送っていた。

 

 □

 

「ライノが……?」

 

 社長、セイイチ・ミキは全てを喪失したような、絶望に満ちた表情で問う。対面にいるのは、ルフィナだった。

 伝えれば絶対に彼は動く。だが、伝えないままいれば間違いなく事態はもっと重くなる。だからこそ、彼女はセイイチへライノがなぜ、自らステラを出たのか伝えねばと考えた。

 

「すぐに助け出したくなる気持ちはわかる。シュペルエタンダールだって、下手すりゃペンタゴンに爆弾落としに行きかねない。けどな、社長。ライノは間違いなく、アンタらのために選んだんだ」

「だけどな……」

「ライノの選択だけは、無駄にしないでやってくれよ。アイツだって、簡単な気持ちで選んだわけじゃないハズなんだよ。人の気持ちはわかんねーけどさ、メモリを消されるかもって……忘れるかもって、アイツだって考えてるはずなんだよ」

 

 ルフィナは真正面のセイイチへ身を乗り出しつつ、必死に説得していた。目元を手で覆って、嘆息するセイイチ。ライノは確かにそう考えていたのか、ルフィナの言葉だけでは確信することができない。

 ライノの覚悟は確かにあったのだろう。彼のスマートフォンにも、ライノからのメッセージは届いていた。ただ一言『ありがとう』と。ネガティブな感情はほとんどなかったのだろうと思うには充分だった。

 

「わかったよ。ただ、少し一人にしてくれ」

「……わかった。アンタはここの社長なんだ。アタシが言えたことじゃないんだけどさ、自分だけだと思うなよな」

 

 ルフィナはそれだけを言い残して、セイイチの部屋を後にする。

 扉が背後で閉まって刹那、何か叩きつけられて割れたような音がした。

 

(後味はよくねえよ、ライノ。こんなのって、やっぱ無いよ……)

 

 社屋の廊下を歩く。まるでまっすぐ歩けない。ふわふわとした感覚で、意識が定まらなかった。

 心が焦って、穴が開いたような感覚が急に襲ってくる。ライノとしての交流は無かったばかりか、ジェーンとしてもさして付き合いが深かったわけではない。しかし、あんな風に別れられては気分も晴れやかに、とは行かなかった。




今回はPC使いました。いつもはスマホから入力してるんですが、やっぱりはかどりますね……。ちょっと腕つかれるけど。
次からはこっち使おうかな……。

さようなら、ライノ……。


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ALT15『この空はどこまでも』

前回のバッドエンド?
はて、なんのことやら?(


「あれ? ビゲンはいねーのか」

 

 ライノがステラ社を離脱してから数日。ルフィナはふと、いつもはどこかには必ずいる仲間の姿がないことに気が付いた。

 ライノがいないと知られてから、シュペルエタンダールを始めとして社の雰囲気は最悪ともいえた。家族として、米軍に引き渡すまいとしていたシュペルエタンダールの願いも叶わず、ライノは社のために自ら米軍へと戻って行ってしまった。

 そのことを彼女が知るわけもなく、私室に籠ったまましばらく出てきていない。セイイチは状況を理解しつつ、だがシュペルエタンダールの気持ちも痛いほどにわかっていた。だから、強く出ることは出来ずにいた。部屋から無理やりに引っ張り出して、仕事をさせるのは酷だと考えていた。

 ただ、検査にも非協力的となれば話は別だ。アニマは定期的な検査と投薬が無ければ一月も生きられない、デリケートな存在であるが故、放っておくわけにはいかなかった。

 

「ビゲンなら、先ほど社長に言われてどこかへ出かけましたよ?」

 

 ふと、クフィルがルフィナへ声をかけた。

 出かけた? このろくに知らない土地のどこへ行くんだ?

 ルフィナの問いは言葉にならず、そのまま呑み込まれた。

 

 □

 

「社長様が直々に私に何か用事?」

 

 ビゲンの姿がない、と話題に上がる数時間前。彼女はセイイチの執務室に呼ばれて、ソファに腰かけていた。

 コーヒーカップを片手に、彼女はあくまでも余裕を見せつつ眼前の男を見据えている。

 

「ライノについてだ」

「あら、まだ彼女自身の決定に心残りが?」

 

 ビゲンが問うと、セイイチは『いや』と素直に否定する。そうではない、と。

 

「シュペルエタンダールから、何かもらったんだろ? トムキャットが言ってたぞ」

「ああ、あれ返してもらってなかったけど……」

「悪いな。ただまあ、あの絵は彼女の願いそのものだった。ライノと、トムキャットと、俺と彼女と。皆で、笑ってみたいって」

 

 小さく息を漏らしつつ、セイイチはソファの背もたれに背中を預けて語る。

 

「だけど、そんな夢が叶う前にライノは離れちゃったからな」

「まどろっこしいわ。わざわざ()()()()()理由を話しなさいな、ソレイユの仕事ならまずはソレイユリード――ルフィナからでしょうに」

 

 ビゲンはあまり長ったらしく話をされることは好まない。物事は簡潔に分かりやすく、それが彼女だった。

 そんな彼女にセイイチは笑いで返す。見込んだだけはある、と。彼は一つの端末をテーブルに滑らせると、ビゲンへ手に取るように促した。

 

「マクラーレンのキー? アニマに車運転しろって?」

 

 鍵、と呼ぶにはいささか未来的なデバイスとなっているそれを怪訝そうに眺める。セイイチは迷うことなく肯定し、今度は手早く仕事の説明へ移った。

 

「ライノを少しでいい……連れ出してほしい。シュペルエタンダールに、せめて別れじゃないんだって彼女から伝えてもらうべきなんだ」

「厳重な米軍基地に車で乗りこんで? 配属空母が決まってたら?」

「いや、ライノには連絡をして、まだテスト段階で艦載はされてないって聞いてる。それに怪しまれない時間帯も聞いてある。いなくなったと奴らに気付かれる前に、彼女をここから基地に送り返す。その為には、ぶっ飛んだ運転ができる人間が欲しいんだが……」

 

 セイイチは語る。「あいにくと、そんな輩はアニマにしか思い当たらなかった」と。

 彼は少なからず、トムキャットからの報告でソレイユ社での彼女を知っている。銃撃の気を引くために車を使ったこと、大の車好きで、アニマにしては異常なほどの運転技術もあること。

 どこで習ったのか、それもわからないままだが適役はビゲンしかいないとセイイチは考えていた。

 

「時間なさそうね、ギャラは後で――いや、これはあんたの為だけじゃない。シュペルエタンダールの為なのよね?」

 

 立ち上がったビゲンの問い掛けに、セイイチは確かに頷いた。

 納得したように声を漏らすビゲン。部屋を出るために踵を返し、背中越しに彼女は言った。

 

「家族の為なら、ギャラのやり取りはナンセンスだわ。ただ、危険手当くらいはもらうからね」

 

 執務室を後にして、車の置かれているらしい格納庫へ向かう。戦闘機用では無いようだが、ついてみればそこは広大なショールームのようだった。

 ヒュウ、と口笛一つ吹いて並ぶスーパーカーの数々を眺めていくビゲン。借りたキーを操作すると、一台が甲高い警告音と共にアニマの女を迎え入れた。

 戦闘機とは違う進化を遂げたスピードへの答えがそこにあるようだった。RCS低減や、空中機動性向上の為とは違う、丸みを帯びたデザイン。エンジンやブレーキを冷やすための多数の空気取り入れ口がボディのそこかしこに空いている。

 

「やりますかね、それじゃ」

 

 斜め上に開いたドアから運転席に座り込み、エンジンスタートボタンを押す。これも戦闘機とは違ったものだった。通常の戦闘機でも無ければ、ダイレクトリンクのような複雑さとも違う。ただボタンを押すだけで、背後から獰猛な唸りと振動が返ってくる。

 紺色のボディは格納庫の灯りに照らされ、ビゲンのスイッチ操作で、平たいボディラインに一体化していたリアウィングがフラップのように跳ね起きる。

 数回エンジンが吹かされ、車はリアタイヤを滑らせながら発進した。シュペルエタンダールの願いを乗せるために。家族をもう一度、たとえほんのひと時でも揃えるために。

 

 □

 

 数時間後、紺色のスーパーカーは助手席にサファイアブルーの輝きを持った少女を乗せたまま、ゲートを猛スピードで通過し、スピンターン。180度正反対を向いて停止した車から、焦り気味にビゲンが這い降りる。

 

「急ぐわよライノ!」

「わかってるけど、ちょっとこれはクレイジーすぎない? 大作カーアクションに参加させられてる気分だったよ」

 

 思いの外時間が経過していたのか、ビゲンは頻りに時計を気にしつつ、ライノを宿舎へ引っ張る。

 向かった先はもちろんシュペルエタンダールの私室だった。閉じこもるシュペルエタンダールをなんとか外へ呼び出そうと四苦八苦する研究スタッフたちをかき分け、ビゲンはサービスドレス姿のまま連れてこられたライノを部屋の前へ案内する。

 

「シュペル……いるんだよね?」

 

 静かなノックと共に、ライノは部屋の内側へ呼びかけた。ドアに耳を当ててみると、物音はしている。逃げ出したり、倒れたりはしていないようだった。だが、まだ紫色の輝きは姿を現さない。

 ドアに手を添えて、ライノは俯き加減で語った。

 

「ごめんね。本当は、ちゃんとシュペルにも相談すべきだったんだよね」

 

 固唾をのんで見守る研究スタッフたち。ただ、その心中も穏やかではない。米軍に籍を移したライノを連れ出した事もそうだが、シュペルエタンダールのバイタルもまた、危険かもしれないのだ。

 米軍が乗り込むのが先か、シュペルエタンダールがライノの言葉を聞き入れるのが先か、宿舎の廊下には一種の緊張が走っている。

 

「あたし、少し勘違いしてたみたい。皆に言わないで出た方が、きっと混乱しないって……そう思ってたんだけど。違ったね。もっとしっかり話をして、みんな――みーんなと! 思い出作ってさ、それから行くべきだったんだ」

 

 ドアに添えられた手が、小さく握られる。まだシュペルエタンダールはドアを開けようとはしていないようだった。

 

「もうあたしはここにはいられないけど、それは別れじゃないんだよ。あたしたちは、同じ空でずっと、ずぅっと! 繋がってるの! ねえ、あたしはもう向こうに行って何日かしたけど、皆のこと、忘れてない。でもシュペル、もう意地を張っちゃダメだよ。君が倒れたら、今度はあたしが怒る」

 

 がたん、とドアの向こうで何かの物音がした。研究スタッフがざわつき始める。よもや倒れたのではないか? 最悪の事態まで想定に入り始めていた。

 

「開けて、シュペル。お願いだから……」

 

 願うように瞳を閉じたライノ。不意にその扉が開かれて、ライノがバランスを崩す。慌ててバランスを取ろうとすると、彼女は部屋の主であるシュペルエタンダールに抱き留められた。

 まるでずっと待ち望んでいた家族を離すまいと抱きしめる子供のように、その小さな両腕でライノを全力で抱きしめている。

 

「せめて記念写真くらい撮って、シュペルに渡したら? また会えるんでしょ? 一段落したら」

 

 一連の出来事にも口を挟まず眺めていたビゲンが、ようやく口を開いた。時間がない。邪魔をすべきではないと分かっていても、半ば誘拐同然にライノを連れ出しているとあっては、猶予は無かった。

 ならばせめて、形に残せるものを。ライノは「それでいい?」とシュペルエタンダールへ問い掛ける。小さく悩むようなそぶりを見せて、彼女はうなずいた。状況が理解できないほど、彼女も子供ではなかった。

 ただ少し、わがままになりすぎただけだった。本当は部屋から出なければいけない、ライノがいない事実を受け止めなければならないと分かってはいた。

 まさか、ここまで事態が大きくなるとはシュペルエタンダール自身考えてすらいなかっただろう。

 

「はいはい! 研究スタッフのみんなは一旦、はける、はける!」

 

 しっしっとスタッフたちを手で払いながら、ビゲンも共に離れようとすると、シュペルエタンダールはその服の襟をいつかのようにつかんで引き留めた。そしてかぶりを振る。『みんな一緒』だと言いたげに、スタッフにも手招きして、呼び寄せていた。

 シュペルエタンダールの生活感がまるでない部屋に押し込められたスタッフたち。カメラはデジタルカメラを用意して、タイマーと共に棚へ置いて高さを合わせた。

 みんなで集まり、ライノはシュペルエタンダールに肩を寄せて満面の笑みを見せた。

 

 写真撮影のその後、再びビゲンはライノを車に押し込めて走り去っていった。その車の後ろ姿を、シュペルエタンダールは少し見送ってから、研究スタッフの誘導に従って検査へ向かった。

 

 □

 

 ライノのフォローもあったのか、一連の騒動でステラ社が米軍と問題になることはなかった。ただ、紙一重だったのは言うまでもなく、間違いなくビゲンの働きあってこそなのは間違いなかった。

 蒼天を、スマートなシルエットの単発機が飛んでいく。マリーヌ・ディヴェールの濃い紫が輝くシュペルエタンダール-ANMは元気よくロールし、上昇していく。

 ドーターのコックピットには、先に皆で撮った写真が大事そうに貼り付けられていた。ライノに頬を寄せ、カメラを見ているアニマの少女はどこか小さく微笑んでいるように見えていた。

 写真には目立たないように、文字も添えられていた。シュペルエタンダール当人の文字だ。

 

La prochaine fois ensemble(今度はみんなで)

 

 その写真に少し視線を配らせて、シュペルエタンダールはドーターを旋回させる。その機動には、いつも以上のキレがあるように見えた。

 まっすぐ、青い空を見る。その空のどこかに、きっとライノもいるのだと彼女は信じて、機体を加速させた。家族のサファイアブルーを想起させる、青い空めがけて。




と、いうわけで。15話です。
半分車小説に化けそうになったのをなんとか抑えつつ……。
分かる方向けにお話しすると、今回出てきたのは720Sというスーパーカーです。かなり好み分かれる形してますけど……。

いやいや、車の話しに来たんじゃないんだよ。
バッドエンドになってしまったお話を目にしていない方がいる方を祈りますが、あれは個人的にも投稿後に「やべえ、やりすぎた」と思う話でして……。
多分、あの話からしたら200パーセントくらいハッピーエンドです。これ。

ライノは離脱、ただしシュペルエタンダールへの思い出も残して、アメリカ編は実はこれで終わりです。
次は――みんな大好き日本、つまり独飛編でございます。まだクーデターには触れないのよ……。

次回もぜひ、楽しみにしていただければな……と思います。
あと、からふる☆でいず!もまだネタが一つあるので、そっちもちゃんと書きたいと思っておりますよ。
では皆さま、また次回お会いしましょう。


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薄明に集う星々
ALT16『最前線へ』


 小松駅。

 アメリカでの騒動からまた二週間ほどが経過し、ソレイユ隊とステラ隊の新たな依頼はザイ最終防衛ラインである日本で発生しつつある、新たなザイの前線基地および確認された空中空母型の撃墜。

 特に空中空母を見失えば、ザイの攻撃はアジア圏から更に広がることになる。なんとしても阻止しなければ。

 前線基地も以前ルフィナがかく乱し、破壊したものとは比べものにならない規模のものが作られているのだという。

 そのブリーフィングを、ビゲンは一足先に日本で聞いていた。ビデオ通話が終わったのを確認し、スマートなスーツ姿に身を包んだビゲンはレストルームへ向かう。

 

「久々の日本かぁ。グリペン元気かなー?」

 

 鏡を眺めて、跳ねた髪を指でちょいちょいと直しつつ意気揚々と呟く。

 髪色をごまかしたりは特にしてない。青藤色の髪は注目を浴びるが、少し特殊な髪色をした輩程度にしか思われていない。最近の髪色事情は、アニマの固有色程度には複雑らしい。

 黒いスーツに少しばかり浮く、輝くような色を湛えたロングヘアー。その姿を暫し見つめて、ビゲンはその場を立ち去った。

 

 グリペンの調子を気にかけてはいるが、JA-37-ANMはすでに小松基地入りを果たしている。さすがにドーターを置いてこんな極東には来ない。ただ、基地では検査関係で時間も合わず、更にはブリーフィングを別に行うとあってはグリペンを探す暇もなかった。

 全機揃い次第、再び最終確認を行うらしい。

 スラックスのポケットから、車のキーを取り出して握る。先に日本に来た幾つかの理由の一つがこれだ。

 ロシアで半分乗り捨て同然だった彼女の愛車は、制圧されたソレイユ社からアメリカへ空輸され、修理。どうしても自分の車に乗りたがったビゲンが無理を言って、ドーターと共に日本へ持ち込んだ。

 車検は通過、ナンバー取得済み。といっても、任務が終わればまた次の国でライセンスプレートは取得しなおしなのだが。

 駐車場に停めた、愛車であるケーニグセグのドアを遠隔で開けてやると周囲からは少なからず驚きの声が漏れた。颯爽と運転席へ乗り込んでエンジン始動。ライノの一件で乗った車とは、一味違った咆哮が周囲に響き、車はゆっくりと走り出した。目指すは航空自衛隊小松基地だ。

 

 □

 

 入構許可証を受け取って車を乗り入れると、滑走路にアプローチを始める四つの機影が少しだけ見えた。ちょうどよく、仲間たちも到着したようだった。

 半回転するように開いたドアから降車して、再び自動でドアを閉める。セキュリティもかけて、ビゲンはさも自分のテリトリーであるかのように颯爽とエプロンを目指した。

 

 見慣れたスカイグレイ、カメリアレッドのドーターにバレヌ・ブルー、マリーヌ・ディヴェールのドーターが着陸していくと、小松基地は次々に色彩豊かになっていくようだった。

 腕を組みつつ、タキシングする四機を眺めるビゲン。

 

「お前さんのお仲間を見るのは初めてだな」

 

 気づけば、横にはなまず髭の整備員が立っていて、ビゲンと同じようにドーターを眺めていた。船戸整備員――ほぼドーター専門の整備員だ。通称『フナさん』で、互いに知る顔であるビゲンも『フナ』と呼んでいる。

 

「なかなか良い奴らよ。リーダーはまだ、安心して任せられないけど」

「オイオイ、そりゃ大丈夫なのか。リーダーに不安があるとか、あり得んだろう」

「ロシアに出来たザイの前線基地に、ほぼ単機で攻め入るような馬鹿よ? 不安にもなるでしょうに」

 

 船戸はその話を聞いて少し髭をいじり、「あの話か」と悩ましげに語った。

 日本、特に小松の技術研究本部特別技術研究室、通称『技本』ではザイの最新情報は毎日のように飛び込んでくる。ロシアの前線基地も、もちろん警戒対象に入っていたのだが。

 

「どこぞの民間軍事企業が、ザイで遊んだ挙句に前線基地を吹き飛ばすとはな。室長も驚いてたぞ。だからこそ、お前さん方にも声がかかったのかもな」

「ま、仕事になるのなら断る理由もないしね。問題は……」

 

 タキシングを終え、駐機されるドーターから視線を移して、ビゲンは格納庫に収められた別なドーターへ振り返った。クリムゾンレッドのグリペンはともかくにして、サンライトイエローのF-15J、エメラルドグリーンのRF-4EJ。彼女にはここのアニマがどれだけの曲者揃いか理解できている。

 クフィルはともかく、ルフィナがどう出るか。それは全くの未知数だった。

 極東の島国、そして最終防衛ラインに揃うアニマたち。ビゲンのシミュレーションに、ルフィナの制止が加わるまでさして時間はかからなかった。




かなり短いのですが、日本編導入としてこのまま掲載いたします。
今度はレゲーラに乗ってるビゲンさん、しかもスーツ!珍しい!

と、独飛のアニマたち登場はまた次回に持ち越しです。本当にすいません。

また次回もどうかよろしくお願いします。


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ALT.17『蒼空の覇者』

「Su-35ぉ?」

 

 日本についたソレイユ、ステラのアニマたち。そして遂に独飛のアニマとも合流し、リーダーとしてルフィナが名乗った直後だった。金髪碧眼の少女が、ルフィナを眺めつつ眉をひそめる。

 はん、と心底馬鹿にしたように鼻で笑いつつ。

 

「ロシアって本当に成功したものを大事にするよね。スホーイ27ベースだけで何機あるのかわかんない。どれもこれも同じでしょ? 低速機動性がすごいって、実戦で使えもしない曲芸用じゃん」

「アンタはF-15Jか。アメリカに買わされた戦闘機の改良型でしかない。オリジナリティは無いのかよ」

 

 F-15J-ANMイーグルの売り言葉に買い言葉で口論が始まる。頭を悩ませるソレイユ隊。独飛もまた、一部は同じようだった。代表の一人として出てきていた青年が、イーグルとルフィナの間に割って入る。

 

「よせよ。こんなことしてる場合じゃないだろ? すまん、えっとルフィナか」

「アンタは?」

 

 ルフィナはイーグルに向けていた視線をそのまま青年へ向ける。睨むような視線を受けつつ、青年は名乗る。

 

「鳴谷慧。バービー01、グリペンのパイロットだ」

「前に話したでしょ、グリペンの彼氏よ、彼氏」

 

 ビゲンはからかうような笑みを見せながら、慧を指した。もちろん、話には聞いていた。だがルフィナには、まさか自分と大して年の変わらない見た目の男だとは思っていなかった。

 

「お、おいビゲン!」

「本当のことでしょー」

 

 慧がビゲンに抗議しようとするが、それもまたのらりくらりとかわされる。事実なのだから、とはいっても気恥ずかしいものがあるようで、慧は耳まで真っ赤に染まっていた。

 おい、と声を上げたのはルフィナだった。まだ納得がいっていない。出迎えの挨拶が挑発とはどういう了見なのか、と。

 

「それに関しては、うちのイーグルがすまない。俺は八代通遥、特別技術研究室室長だ。PMCの手も借りたいって依頼を出したのは、他でもない俺だ。突然の無礼を謝罪させてくれ」

「お父様は謝ること無いよ! 次の作戦だって、イーグルがいれば全然問題無いんだから!」 

「前に説明しただろ、手が足りないんだ。お前の実力は理解してるが、それだけじゃ足りん」

 

 とはいえ、と八代通は切り返す。

 

「君たちPMC飛行隊の実力がわからないのも事実だ。実機による戦闘訓練の予定を入れてある、ソレイユ01、どうだ? イーグルとやりあってみる気はないか? さっきの話もあるしな、今回は特別にタイマンで」

 

 八代通の提案は渡りに船だった。上等、とルフィナは答える。

 

「アタシはいつでもいけるぜ。そっちはどうよ、F-15J」

「イーグルだってすぐに行けるよ! どかーんとやっちゃうから!」

「どかーんとやられたら困るんだがな……」

 

 船戸が苦笑しつつ額を掻いた。

 ビゲンもクフィルも、ただただそれに同情するしかない。だが自分のリーダーが嘗められて黙っていられるほど、彼女たちは優しくできていない。ビゲンはルフィナの耳元に口を寄せ、ささやいた。

 

「ステラで機体直してから調子いいんでしょ? 久々に全力でやんなよ」

「全力なんざ出さねーよ。本気で相手にしたら、それこそアイツの実力を認めることになる」

 

 ビゲンにそう吐き捨てて、燃料補給中のSu-35SK-ANMへとルフィナは向かう。イーグルもまた、格納庫からトーイングカーで引き出されようとしていたF-15J-ANMに乗り込んで、準備を始めていた。

 着陸後のままだったこともあって、スカイグレイの輝きはF-15J-ANMより先に発せられた。

 

視覚接続(アイリンク)

 

 ルフィナの言葉に反応して、キャノピーのカメラが一斉に作動する。高解像度カメラは閉鎖空間のコックピットでも、外と然して変わらない綺麗さに映っていた。問題なし。視界の端に、エンジン始動を開始するサンライトイエローのF-15Jが見えた。アニマは能天気な雰囲気でしかなかったが。

 ただ、ルフィナには一種の勘のような、何かがあった。独飛、という名前は何度か耳にしたことがあった。ザイの最終防衛ラインを守り続ける守護者たち。自分たちもそうであるのは間違いないが、V字型に変更され、通常機とは異質な雰囲気を醸し出すテールも、何もかもが只者ではないように見せていた。

 機動はアニマに依らない。いや、飛ばすアニマの性格は出るが、戦闘モードと通常モードでは性質も異なってくるだろう。ルフィナはモニターに表示されたエンジン回転計を確認しつつ、イーグルから、先ほどの態度とは一転して強敵のオーラを感じていた。

 本気など出さない、と宣ったはいいが、もしかするとそうはいかないかもしれない。

 モードをシミュレーションへ。 突貫ではあるが、そのデータを技本のデータベースにつないでおく。

 

「暫く抑えつけられてたからな。相手が強敵なら、それはそれで好都合だ」

 

 タキシング開始。イーグルの到着を待って、離陸する。

 サンライトイエローのドーターはすぐに追いついてきた。パワーはある。ルフィナはまずエンジンパワーを目測で測っていた。

 回すだけ回す、というような飛び方はまるで昔の自分を見ているようだった。いや、もしかすると今も自分はそうなのかもしれない。

 モニターに表示された、自身を囲うような円形の地平線マーカーをぐるりと見まわして、戦闘開始が告げられた。

 

 F-15J-ANMが急激に上昇、視界から消えていく。今日は雲が多く、サンライトイエローの輝きは雲に隠れてすぐに見えなくなった。

 ロックオンアラート、ルフィナは冷静に機体を左バンクさせ、旋回する。続いてミサイルアラートが鳴り響いた。モニターに機体図が表示され、上空から左前方に向かって飛翔していると知らされる。方向が変わり、次は左真横に接近している。

 

「オーケー、ビゲン。わかったよ。全力見せた方が、あのオッサンもわかりやすいだろ!!」

 

 ルフィナは刹那、機体を上下反転させ、高度を落とす。ミサイルアラートは限界まで脅威の接近を知らせている。時間はない。

 チャフフレアを展開、ミサイルがレーダーから逸れていく。続く行動でルフィナはドーターの機首を上げ、その先にいるF-15J-ANMを狙った。その間も上昇を続けていく。

 雲海に飛び込み、さらにその先へ。途中、仮想敵機であるF-15J-ANMとすれ違ったらしい。方向を変え、ルフィナの後を追ってきているようだった。

 すぐさま、今まで封印してきたシステムを開放する。EPCMの応用である電子戦装備。イーグルの周波数やリンクコードはすでに解析できている。あとは、発動するだけだ。

 

「ジャミング開始」

 

 ディセプション・ジャミングが開始される。ドーターのHUDにも『Jamming Start』の表示が出ていた。イーグルの向きが、欺瞞方向へと変わっていく。視界不良の雲の中、レーダーに映っていたところから少し離れた位置に自機を表示すれば、疑いようはない。

 多少手練れでも、見極めるのは簡単ではないだろう。だが、ルフィナはそれで決着することを望んではいなかった。雲海を突き抜け、ジャミングを解く。レーダーの敵機はルフィナを見つけると、瞬く間に高度を上げてくる。

 

「さあ、雲の上なら邪魔者はいねーし……やるか」

 

 前方に現れたサンライトイエローの猛禽へ、スカイグレイのドーターはまっすぐ向かっていく。ヘッドオン、イーグルもそれに応じるかのように真正面から突っ込んでくる。

 交錯する機影、稲妻のようにF-15J-ANMが方向転換すると、Su-35SK-ANMはスケードボードのトリックめいたフラットスピンで転進、正面にF-15特有のインテーク類を捉える。双方が同時にロックオンを開始、ミサイル発射。

 イーグル側は発射してすぐに離脱したが、ルフィナはそのまま直進する。ミサイルは瞬く間に彼我の距離を詰めてくる。金髪のアニマが勝ち誇った顔で鼻を鳴らしているのが目に浮かぶようだった。

 機体をロールさせ、機関砲を放つ。シミュレーション結果はエラー。ルフィナには命中せず、ミサイルは途中で爆発したことになっていた。

 

 呆気にとられたように緩慢な機動を描いたF-15J-ANMへ、Su-35SK-ANMが急速接近する。逃げるイーグル、追うルフィナ――否、彼女は空ではフランカーだ。

 高鳴るエンジン音が共鳴し、左右に揺さぶろうとルフィナは速度を合わせ、オーバーシュートなどしなかった。さらに出力を上げ、今度はあえてF-15J-ANMをオーバーシュート。その前方で一気に機首を上げる。

 コブラ・マニューバ。ロシア機のお家芸。更にクルビットの寸前まで機体を倒し180度反転状態へ、続く機動でロール。一瞬にして再びヘッドオンの状況を作り出したルフィナは、機関砲のトリガーに指をかけた。

 

〈バービー02、戦闘継続不能。状況終了、帰還せよ〉

 

 機体接触寸前で交差する中、事務的な無線が飛んだ。今回はソレイユ01――ルフィナの勝利だった。

 

「手は出し尽くしたからな……。これで負けてたら、仲間に会わす顔がねーよ」

 

 小松基地へ転進しつつ、ルフィナは深いため息をついた。ただ、久々に楽しめた。彼女は妙な高揚感と共に、地上を目指していた。不機嫌そうなサンライトイエローの光を引き連れて。

 

 □

 

 地上で、さっそくルフィナはイーグルに絡まれていた。ズルだとか、イーグルが負けるはずがないだとか、機体から降りるなり詰め寄られていた。

 

「まー今回はアンタの負けだって。ただ、アンタ――強いな。なんとなくそれはわかったよ」

「え? イーグルが? 強い?」

 

 オウム返しに訊き返すイーグル。ルフィナは黙ったまま頷いた。

 ぴくりとイーグルの鼻が動いた。むふふ、と押し殺すように笑っているようだ。

 

「イーグルが強いのは当然だもんね! そっちももっと無駄のない機動をすれば、イーグルまでとはいかなくても強くなれるよ!」

「む……」

「あっはははははは! 図星突かれてやんの、ルフィナ! 空じゃ勝っても、地上じゃ負けたみたいね」

 

 気付けばビゲンがいて、会話を聞いていたらしい彼女はけらけらと大笑いしている。

 ルフィナは半目気味にビゲンを睨みながら。

 

「普段着もしねースーツをかっこつけて着てるやつに、何言われても悔しくねーな」

「あらら? 無関係なところ攻めるのは敗者のやり方よ? あんたもスーツの似合う女になりなさいな、とっととね」

「るっせー。そんな動きにくそうな服着たくもねーよ!」

 

 小松基地に、少女たちの声が響く。それは小松に集う守護者たちの声で、その声はどこか楽しげだった。

 夕暮れに染まる町で、PMC隊の一日は終わりを迎えようとしている。残すはもう一度、しっかりと顔合わせをするだけだ。




今回は二次での定番、オリジナルキャラと原作キャラとのバトルでした。
ただイーグルって弱いわけじゃないんですよね。能天気ってだけで。
実際彼女普通に強い……。

もう一回ルフィナと戦っていたら、おそらく彼女が勝っていたと思います。

ルフィナのコックピットモニターに関してはACE3のCOFFINをそれこそ意識してもらえれば……。あんな感じです。


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ALT.18『カルチャーショック?』

 顔合わせもほどほどに、技本棟の会議室では挨拶も終わったところで真っ先に小さな手が上がった。

 

「一つよろしいですか?」

 

 緑髪の少女が問う。眉根を寄せ、怪訝そうに細めた目をルフィナへ向けた。

 

「偽名を使うような者と、翼を並べろと?」

 

 少女――RF-4EJファントムⅡこと、ファントムはそう言って、鼠色の髪を指さした。

 

「アタシのこれはPMC用のカバーネームだよ。最近空でもこう呼ばれるようになってっけど、フランカーでいい」

 

 指し示された当人であるルフィナは、特に何を考えるでもなく返すが、ファントムを納得させるには至らない。

 

「人に本名を伝えられない事情のある者に、背中を預けることが問題だと言っているんです」

「ファントム、ストップ」

 

 ファントムは冷静に、熱くなることなくルフィナの名前に苦言を呈していたが、ビゲンが唐突に止めに入った。

 

「カバーネームって、PMC流儀でね。クフィルはそういうことなかったんだけど、アイツも地上の仕事手伝う時の名前で『ルフィナ』って呼ぶようになってるの。まさか『私はフランカーです』なんて、一般人に言えないでしょ?」

 

 それに、とビゲンは呟くと席から立ち上がって、ファントムのもとへ歩み寄った。

 

「リースベット・アルヴェーンでっす。よろしくってな具合で、私にもあるのよ。偽名」

 

 ビゲンがファントムに差し出したのは名刺だった。ぱちり、と可愛らしくウィンクを一つ飛ばすビゲンにファントムの表情は確かに凍っていた。

 

「まあ、これで一つは解決か。呼称に関しては、どちらにせよ空じゃ編隊名で呼び合うんだ」

 

 紫煙をくゆらせて、事の顛末を傍観していた八代通は灰皿にたばこを押し付けつつ語る。

 

「問題はシュペルエタンダールだが……」

 

 八代通の小さな目が、小さな身体を見つめる。見透かすような視線に、シュペルエタンダールは傍らに座っていたトムキャットの袖をつかんむ。

 

「意思疎通にワンクッション挟むのは面倒だ。しかも向こうはフランス語でしか意思を示さないと来た。バイパーゼロ以上の厄介娘だが……なんだって、こんな状態で生成されたんだ?」

 

 声のない少女。八代通の脳裏に浮かんだのは、似たような紫色を持つアニマだった。現在も所属基地で防空にあたっているためこの場にはいないが、シュペルエタンダールの存在はまるでそのアニマそのもので、それ以上に厄介だった。

 

「技官、それ以上は」

 

 トムキャットが八代通のぼやきに制止をかけた。彼ははっとした様子で「すまん」と一言返し、シュペルエタンダールに小さく頭を下げる。それでも、とうの彼女はまだ警戒している様子だった。

 

 色とりどりに彩られた会議室。バービー01『JAS-39Dグリペン』、バービー02『F-15Jイーグル』、そして先ほどの一件からルフィナを見る目が厳しいバービー03『RF-4EJファントムⅡ』。八代通いわく、まだ手は欲しいらしい。

 そして、その手は新兵器の実地試験を含めたアメリカ海軍がすぐに反応をしたという。そう言われて、皆に真っ先によぎったのはライノの姿だ。間違いなく、彼女が来る。

 だが迷ってもいた。再会を喜ぶべきか、どうなのか。『同じ空で繋がっている』とは言ったものの、果たしてそれをおおっぴらにしてよいものか? 逆に、覚悟を決めて出ていったライノを不安にさせないだろうか?

 一番複雑なのはトムキャットだった。ライノは彼女を庇うために出ていったのと変わりはなく、もう一度会うとなると声のかけ方もわからない。

 

「えっと……トムキャット、だよな? 大丈夫か?」

 

 ふと視線を上げると、目の前に青年が立っている。バービー01パイロット、鳴谷慧。優しい目をしていた。アニマだと知っても、何も特別な感情を抱いていない――同じ存在として扱っている。

 

「ああ、うん。少し米海軍とは訳アリでね」

「F-14っていったら、有名な海軍機だもんな。その辺か?」

「それだけじゃない。――まあ、時期にわかることを話してもしょうがない。ナルタニ君だったね?」

「ああ。気軽に、慧でいいぜ?」

「じゃあ、ケイ。この辺りに、腕の立つサムライは居るかい?」

 

 会議室はすでに自由な空気に包まれていたとはいえ、トムキャットの発言に場が再び凍った。アニマの付き添いで参加していた船戸は、笑いを堪えきれずに後ろを向いてしまっている。

 八代通もどこか面白いものを見るような目だった。

 

「あっ! スシ! スシですよ! トムさん!」

 

 会議にはまじめに参加していたクフィルが、弛緩した空気になだれ込む。アメリカで話したことを、しっかりきっちり覚えている。

 む、とトムキャットが唸る。

 

「そうか、スシ屋に行けば居るかもしれないな!」

「いやいやトムキャット、いないからな? サムライはいないからな?」

「すまないな、ケイ。私はこの目で見るまで信じられない質なんだ」

 

 にわかに騒がしくなる会議室。ファントムはその光景を後目に、ぽつりとつぶやいた。

 

「これでは先が思いやられますね……」

 

 スマートフォンを取り出し、操作を始めた彼女。様々なセキュリティをくぐり、開いたページはソレイユ社の社員用個人端末だった。

 

 □

 

「信じられない!」

 

 回転寿司屋の自動ドアを出て、トムキャットは開口一番に叫んだ。

 彼女が信じていたのはいわゆる『回らない寿司屋』で、100円寿司ではなかった。端末で注文をして、少しすると自動的に運ばれてくる。しかも侍も忍者もいない、一般人ばかりだった。

 

「今のニッポンはこんなに進歩していたのか……」

「これでわかったろ? しかし八代通さんも無茶いうぜ……」

 

 慧の脳裏に、数刻前の八代通の言葉がよぎる。

 

『ちょうどいいから、親睦会を兼ねて寿司屋に連れて行ってやれ。回転寿司ならあいつらも面白がるだろう、金はこっちが出すから心配はいらん』

 

 実際は面白がるどころではなかった。イーグルは騒ぎ、トムキャットは侍を探す、クフィルはひたすら注文してグリペンと張り合う。ビゲンが足りない分を出してくれなければ、無事に店からは出られなかっただろう。

 慧の横を涼しげな顔で歩くビゲンへ、彼は礼の言葉を述べた。

 

「ありがとな、ビゲン。助かった……。正直、八代通さんになんて言い訳すればいいのかわかんないけど」

「別にいいわよ。グリペンも幸せそうで、楽しそうだったしね。最近こっちも嫌なこと続きだったから、気が紛れたわ」

 

 スラックスのポケットに両手を入れつつ、ビゲンは返す。夜の小松にアニマの声が響きわたる。

 夜の帳はすっかり下り、時間は過ぎていく。ザイ基地及び空中空母型への攻撃まで、時間は然して残されていない。ここから先は休み無しの調整が繰り返される。

 楽しめるのは、今日が最後だった。ビゲンの運転するワンボックスに乗るころには皆静かになって、ドライバーであるビゲンも最後のナイトドライブを楽しむ。少なくとも、ケーニグセグ レゲーラを乗り回す暇など無いだろう。何であれ、窓を開けて涼しい風に髪をなびかせていれば、彼女は満足だった。




あれ……また字数いってないな。
まあ、そこまで引き延ばすようなものでもないからあれかな……。

次は……飛ぶ!
次回もよろしくお願いします。


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ALT.19『ビゲン』

 それは、突然のアラートから起きた。

 ザイの接近を報せる緊急警報が鳴り響く。スクランブルにはファントム、グリペンが上がった。それから通常のF-15J。

 日本へやってきてほんの数日であるソレイユ、ステラのアニマ両者にも日本という地がいかにザイの脅威に近いものなのか、現実味を帯びて理解出来てきていた。

 

「くそ……相手もかなりの数をそろえてやがるな。こっちが作戦に出る前に潰す算段か」

 

 管制室から戦闘をモニターする八代通は唇を噛んだ。

 モニターには、十を超えるザイが映っていた。ドーターは二機、通常機では相手にならない。ドーターとの連携でも難しい数だった。

 考えに考えて、後ろを振り返った。ヘルメスブルーのロングヘアが揺れる。クフィル、ルフィナ、トムキャット、シュペルエタンダールは調整、都合がつかない。そして、残されたのはビゲンだけ。

 

「ビゲン、頼めるか。仕事だ」

 

 絞り出すように、八代通は残されたビゲンに声をかけた。

 仕事とあっては、ビゲンは一切の手抜かりは無い。追加の請求でもされるかと八代通は心中身構えたが、ビゲンは小さく笑みを漏らす。

 

「私一人でいいなら」

 

 意外にも、要求はそれだけだった。追加の金銭も要求されず、ただ『単機』で出撃するだけ。

 

「正直、金に触れられると思ってたんだがな。だが、いいのか?」

「すでにファントム、グリペンが落とし始めてるし、あの二機を陸地近くまで下げて。あとは私がその向こうにいる奴らを落とす。味方から敵をかすめとる真似して、追加料金なんて取らないわよ」

 

 そう言い残して、アニマの灯りは管制室から去っていく。

 管制室はいまだ、騒然としていた。

 

 技本棟から、それもスクランブル用ハンガーでないJA-37-ANMのおさめられた格納庫へは相応の距離がある。

 すでにドーターは格納庫から引き出されて、準備されつつあったが歩いて渡るには遠すぎる。着替えを終えたビゲンが走ったのは、駐車場だった。誰かの助手席に、など考えられない。端末でドアを開け、エンジンをかける。

 走り出した愛車の向かう先は、そのドライバーの器。ドーターの足元だ。

 

 □

 

 既に発進準備直前までの工程は終えられていた。エプロンを走り抜けたレゲーラはフルブレーキングと共に、JA-37-ANMのノーズギアめがけてまっすぐ滑り込む。

 

「遅れ無し!」

 

 時計を確認しつつ、整備班に許可を取り特別に車を格納庫へ。ロックをかけて、今度はドーターを駆け上がる。

 コックピットに飛び込んで、座席に背中を預ける。ドーターでありながら、一部に一般機の面影を持った計器盤を残す機体。特異なカナードと、同じような形をした巨大なデルタ翼。機体にはソレイユ社のマーキングである、太陽を横切る戦闘機のロゴだけでなく、スウェーデン空軍のマークも残されている。インテークには、スウェーデン語の『FARA(危険)』というマーキングも施されたままだ。

 HiMAT改造、装甲キャノピー以外はスウェーデン機のそれと差は無い。

 ダイレクトリンク、エンジン始動。現実的な計器盤も動き出しはするが、ビゲンは見ない。全周モニターが情報を表示してしまうためで、計器盤のメーター類はあくまでも『機体提供側の条件』で、改造が許されなかった部分でしかないのである。

 システムオールグリーン、管制塔からもタキシングの許可は出ていた。というよりは、早く飛び立たなければビゲンの目論見自体がふいになる。

 モニターにタイマーセット。5分で到着出来るよう、セットする。武装は問題なし。昇降舵、方向舵問題無し。

 

〈ソレイユ03、クリアード・フォー・テイクオフ〉

「ラジャー。ソレイユ03、クリアード・フォー・テイクオフ」

 

 スロットルを開いて、ブレーキを外す。エンジンの改良も施されたJA-37-ANMは、単発とは思えないほどの加速力で滑走路を駆け抜けて、空へ舞い上がった。

 ギアを上げ、戦闘空域へ向けて機体をバンクさせる。

 

〈頼んだぞ、ソレイユ03。久しぶりにお前の実力も見たい〉

 

 小松基地から離れる間際、八代通がビゲンへそう呼びかけた。

 

「似合わないわよ、おじさま。私が出るのは、次の作戦の前の損耗を減らすため。久々に編隊飛行外れたかったしね」

〈上手くやってくれれば、こちらとしては何も問題は無い。アイツらは下げても大丈夫か?〉

「あと1分待って。まだ到達すらしてない」

 

 全速力で飛んでいる、とはいっても距離はある。速度はみるみる増していくが、それでもすぐに迎撃機が離脱すれば戦域はそれだけ本土に近づく。

 八代通は「急げ」とだけ語り、以降は静寂に包まれた。

 

(さて。最近ルフィナばっかり目立ってるし、私も暴れますか――私らしくね)

 

 レーダーに味方の表示が現れる。向こうにも伝わっているだろう。

 

〈あら、援軍はあなただけなんですね〉

 

 到着早々、飛んできたのはファントムからの冷たい一言だった。

 

「はーいはい、いいから。バービー各機、後退せよ。ここは私が引き受けた」

〈こちらバービー01。まだ四機のザイがいる。単機では攻略不可能〉

「そこはほら、私だから。とにかく下がって! この先の作戦に、機体の損害は出せない。通常機のイーグルさん、少し手伝ってくれるだけでいいわ。もう少しだけ残って」

〈おい、奴らは逃がして俺たちに残れと!?〉

「大丈夫。死なせはしないわよ。おとりにも使わせない。ただ、ミサイル何発か残した機にはいてほしいのよ」

 

 無線が暫し騒がしくなった。だが少しして、了承の言葉が返ってくる。引き換えに、兵装を使い切った機は逃がすよう提示してきた。ビゲンはそれを了承し、戦闘行動に入る。

 その機動はまさに稲妻だ。ザイの直角機動にすら、微塵の遅れもなくついていく。通常機時代の計器盤が想定外の機動に暴れまわっても、ビゲンはもちろん知らん顔だった。いくつかの計器は既に狂ってしまっているが、ドーターには必要のない機材故すでに直されてすらいない。

 その存在は、あくまでも『機体提供側へのポーズ』に過ぎないものだった。

 

「フォックス2」

 

 JA-37-ANMの翼下からミサイルが撃ち出された。ほうき星めいた軌跡を複雑に描きながら、ザイを撃破。刹那、カウンターを行うかのようにミサイルアラートが響いた。

 レーダーでミサイルの位置を確認、真正面から突っ込む。機銃を使おうとビゲンは用意するが、寸前でやめた。ミサイル着弾直前、JA-37-ANMが大きく右にバンクした。ザイのミサイルはその持ち上げられた翼の下を抜けて、通り過ぎて自爆する。残された通常機パイロットたちも思わず目を疑った。近接信管があるだろうに、ミサイルは目標で炸裂しなかったのだ。

 

「ふう、久々に頭使ったわ」

 

 ザイのミサイルが飛来する直前、ビゲンは機銃の異常に気付いた。発砲に頼ると被弾する。代わりにザイのミサイルへアクセス、侵食を承知でミサイルの近接信管を潰してかわした。

 アニマ自身もルフィナのアクセスブロックで意識を飛ばしてから、長らく複雑な演算は行っておらず、このまま作戦に投入されては不安も残ると、実戦で試験的に演算したのが事実だった。

 

「通常機パイロットへ、ミサイル借りるわ。対ザイ用にはなってるでしょ?」

〈なってるが……。借りるってどうするつもり――!?〉

 

 パイロットの一人が言い切る前に、F-15Jのミサイルが次々に発射されていく。操作などしていない。

 ミサイルはJA-37-ANMを通過、ヘルメスブルーの輝きを得て、あたかもUAVのようにザイをそれぞれ狙って飛翔する。

 蛇のように複雑な軌跡を交差させながら、瞬く間に残された三機が堕ちる。レーダーを確認、さらに広域レーダーへ。ビゲンが確認した限り、異常は無かった。

 

「っ! ザイのミサイルにアクセスしたのはやりすぎたか……」

 

 ダイレクトリンクが強まる。妙な感覚だった。モニターに映し出された味方機が敵と識別され、再び戻る。ノイズだらけのHUD。

 

「私はこんなところで、アンタたちに戻ってやる気はないのよ……」

 

 目を瞑る。ぎゃんぎゃんとうるさいルフィナが初めに浮かんだ。次にそれを制するクフィル。

 トムキャットは相変わらずサムライを探して、シュペルエタンダールはいつかのように、自分の服の裾を引っ張ってくる。

 だが、それよりも強い思いを乗せた声がビゲンに届いた。

 

〈ビゲン。そっちに行ってはダメ、まだ私たちにはやるべきことがある。だからあなたも出てきたはず〉

 

 クリムゾンレッドのJAS-39D-ANMが横に並んだ。ノイズのように輝きを明滅させるビゲンが、その声で覚醒。同時に侵食地点を発見、ブロッキングする。

 

「はぁっ! はぁっ――! バービー01、サンキュ。敵の反応無し、RTB。基地に精密検査の用意をさせて。今はあいつらの侵食はブロックしてあるから」

〈わかった。飛べそう?〉

「モチよ。任せなさいな、私はあなたのお姉さまですから」

 

 脂汗を流し、苦痛に顔を歪めながらもビゲンはグリペンへ気丈に返していた。

 二機のサーブ製戦闘機は、極東の基地へと引き換えしていく。

 

 □

 

 夕日に染まった小松基地。技本棟の休憩室で、ビゲンはグリペンに勧められた飲むヨーグルトを片手に黄昏ていた。

 彼女いわく、『これでモテモテのダイナマイトボディになる』らしいが、ビゲンがそんなもの必要と思うわけもなく。しかし妹に勧められては飲まないわけにもいかず。

 

「ザイの侵食部分は何とかなったからよかったけど……」

 

 ストローに口をつけ、ヨーグルトを飲む。気付けば、その傍らにはシュペルエタンダールがいた。

 ビゲンと共に夕日を眺めて、スケッチブックに何か絵を描き始めていた。

 

「何かいてんのよ? また夢か何か?」

 

 ビゲンの言葉に、シュペルエタンダールはかぶりを振った。そうじゃない、と。

 まだ途中であろう絵を、彼女はビゲンへ差し出した。今度はクレヨン画ではない。色鉛筆で繊細に描かれていた。

 それは、今まさに自分が見ている景色。夕日に染まる小松基地――その滑走路と、空だった。

 

「綺麗に描けてるじゃない。続き、頑張んなさいよ? じゃ、私は遥に会ってくるから」

 

 片手を振り上げて、ビゲンは去って行った。その背中をシュペルエタンダールはじっと見送る。

 相変わらず表情は無いが、どこか安堵したような雰囲気を漂わせて、彼女はまたスケッチブックへ視線を戻す。

 明日には米海軍との打ち合わせも控えている。大規模作戦まで、ほんの数日と迫っていた。




今回は19話にして、初めてビゲンメインの空戦でした。
彼女もやるのよ? どちらかというとお金が好きなだけで。

それから、明後日より一か月ほど諸事情で更新ができないかもしれません。
スマホは使えるので、そこから更新かな……。

どうか次回もまた、よろしくお願いします!


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ALT.20『新たなる星々より』

 米海軍との打ち合わせを控えたその日に、ソレイユのアニマたちの専用端末に連絡が入った。

 全員共有のテレビ電話で、発信者は『社長』とある。

 ルフィナたちは顔を見合わせ、頷くと通話開始ボタンをタップした。

 

『久し振りだね、皆。無事で何よりだ』

 

 画面に写し出されたのは、初老の男性だ。優しげな瞳が、画面の向こうから小松にいるソレイユ社のメンバーを見つめている。

 

「なんか用か? おっさん。アタシたち、これからアメリカと――」

『それなんだが、ルフィナ。いや、皆も聞いてくれ。戦力を拡張できる見込みが出来た。ミスター八代通にも、既に連絡は通してある』

 

 戦力を拡張? ルフィナは首を折れんばかりに傾げた。

 ロシアのソレイユ社がどうなったかは知っているだろうに、何を言っているのかと彼女は頭を抱える。

 

『私達は今、ソレイユ北米本部にいるんだ。ようやく、アニマ三体の作戦遂行能力が認められてね』

「待ちなさいな。アニマを六体も維持する気でいるの? 維持費だけで会社が潰れるわよ」

 

 ビゲンが噛みつくと、ソレイユ社長は小さく笑む。

 

『ならばその分、稼ごうじゃないか。それが傭兵というものだ』

「機種は? ドーターのベースは何になるんです?」

 

 クフィルの問いに、社長は傍らに二人の少女を呼び寄せる。

 片やレイヴン・ブラックの黒髪を伸ばし、襟足を跳ねさせたセミロングヘア。目付きはキツく、眼をカメラ越しに合わせただけで凄まじい威圧感を感じるほどだった。

 もう一人は綺麗なコメットブルーのロングヘアを綺麗に整えた、礼儀正しそうな少女だった。

 

『レイヴンの固有色を持つアニマはF-4。中でも、F-4X相当の改修機だ。日本のRF-4Eとは運用思想が違う。君から、何かあるかね?』

 

 少女に社長が問うと、レイヴンの少女はカメラに顔を寄せて。

 

『期待は出来そうだな。せいぜい稼ぐとしよう』

 

 あまりにハスキーな声が、日本にいるソレイユメンバーの耳に突き刺さる。

 冷たく突き放すような、それでいて戦闘経験を感じさせる自信を見いだすには充分だった。

 

『お前からは無いのか、ヴィゴラス』

『私からは特にありませんわ。作戦開始までに日本へ向かわねばなりませんし、支度して参ります』

 

 F-4Xから呼び掛けられると、ヴィゴラスと呼ばれたJ-10のアニマはツンと顔を背けて立ち去っていく。

 

『ハッ……まあ、こういうヤツだ。宜しく頼むぞ』

 

 F-4Xからの話は終わったらしく、一歩下がって社長の後ろに立つ。

 しかしここで違和感を皆が抱いた。

 

「そういえば、三機って言ってなかったか? もう一機は?」

『あ、あぁ……彼女はMiG-35ファルクラムだ。ただ、当人がな……』

 

 言い淀む社長。すると、通話に突如割り込んでくる通信が入った。なぜか、ルフィナにだけ。

 怪しく思いながらも、通信を開く。

 刹那、画面一杯に藤色が映し出された。

 

『おっねえさまぁぁ!!!』

 

 あまりの大音量に端末のスピーカーがビリビリと音を立てる。

 

『あぁ! ルフィナお姉さまだぁ! 本物がもうすぐそこにいる!』

「待て待て! お前は何者だ!? アタシはお前を知らねーぞ!」

 

 鼻息も荒めに捲し立てていた藤色の髪をした少女は、ルフィナにそう制されてカメラから離れ、座席に深く寄り掛かった。

 ドーターの中にいるらしい。少女は今度は荒い息を必死に抑えながら、自己紹介を始める。

 

『私は、MiG-35-ANMファルクラム。お姉さまにお会いするのを、ずっっっと! 楽しみにしてて、いよいよ出られるって聞いたら居ても立っても居られなくて、もう日本の領空に入った所なんです!』

「ちょ……おまっ!」

 

 言うまでもなく、小松基地のSCが喧しく上がっていく。

 撃墜される事はないだろうが、これでは領空侵犯者だ。

 

『あーもう! せっかくお姉さまとお話してるのに! なんかいっぱい上がってきたー!』

「あたりめーだバカ! お前は今領空侵犯してんだっつーの!」

 

『えー!』っと騒ぐファルクラムの声。全くそう言ったことは頭に無かったらしい。

 唸りつつ両手で頭を抱えるルフィナに、ビゲンはそっと背中に手を添えた。面白くなりそうだ、とでもいいたげな笑みを見せながら。

 

「ちょっとちょっと、もうすぐ作戦なんだからあんまり雰囲気乱さないでよ?」

『うるせぇんだよ、ババァ』

「アア!?」

 

 あまりの態度の急変にも驚いたが、何よりビゲンへの罵詈を、受けた当人は目を見開いてルフィナの端末を引っ付かんで、噛みつかんばかりに画面を睨み付けた。

 

「ファルクラム、仲間にそんな口を聞くんじゃねー。いいか?」

『はーい。ごめんなさい、仲間だと思わなくて』

「チッ……。まあ、分かったならいいわ」

 

 端末をルフィナに渡して、ビゲンは椅子に座り込む。

 画面に映るファルクラムの顔にはどこか影が落ちていたが、すぐにそれも無くなった。

 

『じゃあお姉さま! 待っててくださいね!』

「待たねーよ。これから米国様と会議だ」

『えー!? やだやだ! 私も一緒に行きますぅ! コイツら全部落としてすぐに着陸しますから~!』

「バカ! んなことしたらアタシらまで日本追い出されちまうよ! 呼び掛けてるスクランブルに、丁重に応えて従え! あとは八代通のおっさん通じて何とかしてくれる」

『はーい。それじゃああとで、お姉さまー』

 

 ファルクラムはウィンク一つ、ルフィナへ飛ばして通信を切った。

 

『やはり、先に日本へ向かってしまったか……。話してみて分かったと思うが、彼女が一番の曲者だ。レーベン……すまない、F-4Xらが到着するまで、上手く受け流してくれ』

「嫌な予感しかしねーけど、もう出掛けていいんだな? アタシらは」

『もちろんだ。向こうもお待ちかねだろう、ゆっくり話してくるといい』

 

 通話終了。深いため息と強い疲労感がソレイユ一同を襲った。

 しかし休んでいる暇もない。次に向かう場所は、厚木基地だ。ソレイユメンバーも八代通らの案内で飛行機に乗り、一路神奈川県へ向かう。

 綾瀬市、大和市を跨ぐ巨大な敷地を持つ米軍厚木基地、米海軍厚木飛行場が次の目的地だ。

 

 □

 

 アイリスパープルのMiG-35-ANMは多数のSC機に追われていた。

 通信の終わったモニターは、もはやなにも面白いものは写していない。

 

「お姉さまとはまた後で、かぁ」

 

 背後に接近するイーグル一機。

 ファルクラムは機首を上げ、気だるげな表情を変えずにクルビットを決める。

 推力偏向ノズルが動き、動きがずれる。まるで滑るようにSC機をオーバーシュートさせたファルクラムは、玩ぶようにドッグファイトを開始。

 シザースで必死に逃げ惑うイーグル一機を相手に、ファルクラムは余裕の機動で追い掛け回す。ギリギリまで機体を寄せ、衝突寸前まで近付けては離れる。

 ドーターに追い掛けられるなど、一般のパイロットでは相当なプレッシャーに違いない。だが、ファルクラムにはそんなもの関係なかった。

 

〈これ以上の敵対行動を取れば、貴機を撃墜する! 至急ギアダウンし、我々の誘導に従え!〉

 

 仲間を追い掛け回され、SC機のパイロットたちの語気が強まっていた。

 だが総じてファルクラムには喧しく、同じことばかりを繰り返しているようにしか聴こえない。

 ファルクラムは心底つまらなさそうに座席に体重を預けたまま、ギアダウン。戦闘機動を止めた。

 

「めんどくさいなぁ、こういうしがらみは。国なんて面倒くさいだけだ」

 

 SC機のF-15Jに引き連れられ、アイリスに輝くMiG-35-ANMはゆっくりと小松基地へとアプローチしていった。



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ALT.21『問題児の正体』

 小松で飛行機に乗り込んだソレイユ隊は、独飛メンバーらと共に厚木基地へ降り立つ。

 接続されたタラップの下で、迷彩服の米兵たちが睨みを利かせている。気分良く旅行、とは行かないようだった。

 そして、白衣を着た痩せぎすの男と共にルフィナたちには見慣れたサファイアブルーの輝きが近付いてくる。

 真っ先に駆け出したのはシュペルエタンダール。米兵が止めようとしたのを、白衣の男が手を上げて抑えた。

 

「久しぶり、シュペル」

 

 何度も聞いた声、何度も見た笑顔。シュペルエタンダールは小さく頷いて、だが身に付けるバッジにステラ社のサジタリウスが無い事に気付いて、下を向く。

 

「久しぶりだな、ライノ。上手くやってるか?」

 

 ふて腐れぎみなシュペルエタンダールを優しく引っ張りつつ、ルフィナはライノへ訊ねた。

 彼女は笑顔で答える。

 

「勿論。選択はまちがってなかったよ!」

 

 トムキャットだけは、その表情に違和感を抱くが、隣の研究者が離れない限りはまずいと、そこにはまだ触れない事にする。

 研究者は飛行機から降りてきたメンバーを見回して、頭を下げた。

 

「わざわざすまない。き、来てくれて光栄だ。私はDARPAのウィリアム・シャンケル、宜しく頼む。そ、それから貴様もな」

 

 シャンケルの視線は八代通へ向いたが、当の八代通は軽く手を振り上げただけで応えた。

 どうやら良好な仲とは言えないらしい。

 

「じゃ、改めてあたしも。米海軍、太平洋艦隊所属、F/A-18E-ANMライノだよ! 宜しくねー!」

 

 眩しいばかりの笑顔と共に、芝居がかった敬礼。ステラに居た頃の空気とは似たようで、少し違っていた。

 

「まだ打ち合わせには少し、じ、準備があってね……。もう少し待ってもらうことになる。ライノ、任せたぞ」

「ラジャー! みんな、ついてきてー!」

 

 シャンケルとは別な方向へと皆を誘導するライノ。

 ファントムは怪訝そうにシャンケルの背中を眺めつつ、静かに笑みを浮かべる。冷たく、全てを見下すような笑みだった。

 

 □

 

 カフェテリアに案内されたメンバーは、それぞれベンチに腰を下ろす。

 八代通は途中、シャンケルの部下に呼ばれ居なくなってしまった。

 それぞれがソフトドリンクやエナジードリンクを買って飲む中、ライノは鼻唄交じりにコーラに口をつける。

 

「ライノ」

 

 ふと、傍らに座っていたトムキャットがライノの顔をまっすぐに見つめ訊ねる。

 

「君は、一体ここで何をされた? まるで笑顔の仮面だぞ」

 

 コーラを飲んでいたライノの視線が、トムキャットへ向けられる。

 不穏な空気が走り抜け、トムキャットの視線はよりきつくなる。

 

「何にもされてないってば! センパイも大袈裟だねぇ」

「じゃあその笑顔はなんだ!? シュペルエタンダールを部屋から出した時のお前とは違う。あのウィリアムとかいう男かい?」

「何が?」

「君を変えたのが、だ」

 

 ライノは少しあきれたようにかぶりを振りつつ、「そんなんじゃないよ」と笑って返す。

 やはり、笑って返した。トムキャットの疑念は余計に膨らむばかりだ。

 そんな中、持ち込んでいたソレイユの端末が通信を知らせる。また、ルフィナにだけだった。

 

「出てはいかがです?」

 

 ファントムに言われ、通信画面を見るとやはり航空機無線の周波数だけが表示されている。

 嫌な予感に押し潰されかけながら、ルフィナが通信開始をタップ。同時に厚木飛行場が一気に騒がしくなった。まるでルフィナが何かのスイッチを押したかのように、突然。

 

『お姉さま! 出てくれないかと思いました!』

「お、おう……。小松着いたんだろ? 今は何してる?」

 

 相手は勿論ファルクラム。彼女は『コマツ?』とおうむ返しに訊ね、小首をかしげる。

 

『フナトっていう整備員から、皆はアツギにいるっていうからアツギに来ちゃいました!』

「ハァァァァ!?」

 

 この騒ぎの原因は、やはりファルクラム。悲鳴にも似たルフィナの叫びがカフェテリアに響き渡った。

 

「おま、オマエは一日に何回領空侵犯する気だ!?」

『えー!? 日本じゃないですか!!』

「横田空域だ! そこは米軍が管制を行ってる、日本の旅客機だって迂回する空域だぞ!」

『よ、ヨコタクーイキ? うわわ! なんか怒られてる!』

「早く引き返せバカッ!」

『やーです! 強行着陸します!』

「バカッ! やめろ!」

 

 通信終了。ルフィナは魂が抜けたかのように、ぐったりとしてしまった。

 シュペルエタンダールが優しく彼女の背中を撫でるが、もはや手遅れに近かった。

 

「アタシら、追い出されねーかな」

「まあ、追い出されたとしたら私たちから情報は共有致しますよ。それにしても、騒々しい妹さんですね?」

「まだ実際会ってすらいねーけどな。それより……」

 

 ファントムと共に、ライノへ視線を向ける。

 やはり彼女はどこか違ってしまっている。データ抹消等はされていないようだが、雰囲気に自身の感情を感じられない。

 セイイチたちが恐れていた事が彼女に起きたのか、シュペルエタンダールが買ってきたフライドポテトをライノに食べさせる姿を眺めつつ、ルフィナは一時的にファルクラムの存在を忘れた。

 

 かと思った次の瞬間だった。

 

「おっねえさまー!!」

「ぐっえ!?」

 

 ルフィナを吹き飛ばす勢いで、藤色の光が彼女に飛び付いた。

 押し倒した体勢のまま、端末越しにしか見たことのなかったファルクラムがルフィナを真っ直ぐに見下ろしている。

 ふわふわとしたショートツインテール、黒のパーカーにヘソ出しのインナー、ショートパンツとニーハイソックスは少し過激な印象を与える。

 

「オマエ……なんで……」

「シャンケルって人が、出してくれたんです! 帰りの燃料も保証してくれるって!」

「そうか……お前らも次の任務には参加するんだもんな……。取り敢えず、下りてくれよ」

「やーです! やっとお姉さまの匂いを直に……」

 

 すっと、ルフィナの首筋に顔を寄せるファルクラム。

 身体をわななかせながら、全力で首を振るルフィナ。流石のクフィルやビゲンも、こんな彼女を見たことはなかった。

 

「やっ! やめろォッ! てかオマエ、マジで何しに来たんだァ! ……ンンッ!」

「フフッ、可愛い声ですよーお姉さまー。あ、目的ですか? 勿論、お姉さまに会うためです。作戦の打ち合わせはついでですよ」

 

 びくびくと身体を強張らせるルフィナに、ファルクラムが艶っぽい笑みを浮かべる。

 ただ、時間は時間だった。ビゲンに半ば強引に引き剥がされ、慧に助け起こされるルフィナ。

 

「また時間が出来たら続きをー!」

「イヤだッ! 絶対にイヤだからなッ!」

 

 慧たちに保護される形でシャンケルに呼ばれ、ブリーフィングルームに向かうメンバー。

 ファルクラムという新たなアニマを増やし、打ち合わせへ向かう。

 問題があるとすれば、ライノとルフィナのオーバーヒートしかけた頭だった。

 

 □

 

「こ、これは……説明を始めても大丈夫なのかな?」

 

 飛び掛かろうとするファルクラム、怯えるルフィナ。二人を見てシャンケルは打ち合わせを始めるタイミングを図りかねていた。

 

「構わん、あとで俺からも情報を共有する。さっさと始めてくれ」

 

 八代通がぶっきらぼうに言うと、シャンケルは少々気分悪そうに眉を潜めつつ、スライドを指した。

 その間にファルクラムは素早くルフィナの横へ移動、パイプ椅子を半分使って彼女の腕にしがみつく。

 

「我々が観測した、ザイの前線基地だ。全長は15キロほど、かなり広大な基地だな」

 

 ルフィナが近くにいるからなのか、ファルクラムは比較的真面目に話を聞いている。自身の足をルフィナの足に絡める以外は。

 

「問題なのはこの先なんだー。UAVが撮影した映像には、何かの発射器が映ってたの」

「まさか……」

 

 慧にはひとつ、覚えがあった。

 海鳥島に作られたザイの前線基地。そこで使われた、敵味方無視の空間制圧兵器である地対空クラスター弾。

 

「あれがあるのか……」

「可能性は高そう」

 

 慧の考えに、グリペンが静かに同意した。

「さらに」とシャンケルがスライドを切り替えた。

 

「ここに塔のようなものが見えるかね? が、画像測定の結果では……こ、この塔が前線基地で一番高いものになる」

「問題はその塔が何か、ですが。単なるオブジェを彼らは作りませんよね?」

 

 ファントムの疑問に、シャンケルは頷いてから答える。

 

「これは、先行して前線基地に飛んだパイロットが、最後に見た光景だ。命を懸けて、か、彼らは情報を遺してくれた」

 

 次いで再生された動画はパイロットの視界カメラ。

 

〈What is that tower?(あの塔は一体なんだ?)〉

 

 視界にはっきりと、ガラスで出来た垂直の塔が映し出されている。

 瞬間、空が光った。編隊僚機が爆発四散する。

 

〈Griffon02! Damn! What happened!?(グリフォン02! クソッ! 一体何が起きた!?)〉

 

 再び空が瞬く。次はカメラ機の背後の機体が吹き飛んだ。

 

〈Damn it! This is not the cluster bullet that was supposed!(畜生ッ! これは想定されていたクラスター弾とは別物だ!)〉

 

 叫ぶパイロット。刹那、塔が光る。

 青い稲妻を帯びた光線が、真っ直ぐに左側を飛んでいた僚機を捉え、突き抜けた。

 破片にすらならずに落ちていく火の玉を眺め、パイロットは絶望ぎみに呟いた。

 

〈I've had enough of it ..... it's enough!(もうゴメンだ……もう沢山だッ!)〉

 

 だが、彼は最後のレーザーがチャージされる瞬間、己の任務を思い出したように呟いた。

 

〈It's a laser weapon. Beware of laser weapons. I asked for the rest……(レーザー兵器だ。レーザー兵器に注意しろ。あとは頼んだぞ……)〉

 

 閃光がカメラを覆い、刹那映像は途切れた。

 なんとも言いがたい空気が一同にのし掛かる。

 

「つ、つまり、あの塔は航空機を狙うレーザー兵器の塔だ。あれも破壊しなければ、接近すらこ、困難だろう……。空間制圧兵器を二つも用意されては……」

「では、シュペルエタンダールにFAEBでも装備させるかい? 一瞬で発射器だけは潰す、そうすれば、あとはレーザーだけになる」

「駄目だ、レーザーの加害範囲が分かっていない……。あ、足元が平気なら問題ないが……」

 

 シュペルエタンダールがトムキャットを振り返りつつ、だがトムキャットの案はシャンケルに否定された。

 

「それよりも、空中空母型ザイはどうした。ザイ前線基地の破壊、さらに上がってきたインターセプトの相手、そして空母型。いくら俺達にアニマの味方が大勢居てくれているとはいえ、基地だけであの防衛力だ。到底足りんだろう」

 

 八代通の意見に、全員がため息をつく。事実、敵は基地だけではないのだ。

 すると、相変わらずルフィナに絡み付いていたファルクラムが手を上げる。

 

「レーザーの加害範囲が知りたいんですよね? 私が調べてきますよ、お姉さまと一緒に」

「おい、テメー! 勝手に……まあ、いいか。どの程度飛べるか見てやるよ」

「ふふっ! お姉さまを危ない目には遇わせませんよ」

 

 ファルクラムの案を、だがシャンケルが声を張り上げて制止しようとした。

 

「き、危険すぎる! クラスターミサイルの存在も排除できた訳じゃないんだ! そ、そこにたった二機で乗り込むなんて、死ぬ気としか思えない!」

「そうですね。確かに、普通の二機なら死ぬ気でしょう。ですが……」

 

 ファントムの視線がちらりとルフィナたちへ向けられた。

 

「彼女の噂を調べました。ロシアに発生したザイ前線基地に単機で突入、壊滅的被害を与えた後、空爆により破壊。これが事実なら、前線基地を偵察するアニマとして最高のメンバーはいません」

「ファルクラム次第だけどな」

「私は大丈夫ですー! お姉さまパワーさえあればー! んー!」

 

 キスをせがむファルクラムの顔を押し退けつつ、ルフィナはザイ前線基地偵察という大任を引き受けた。

 何度もシャンケルからは自殺行為だと言われたが、それでも誰かが解明すれば作戦も立てやすくなる。

 八代通からは特に止められることはなかった。

 

 □

 

 空中空母型に関しては、まず基地攻略によって補給を断つ事を前提に情報をそれぞれの部隊に共有する事で終わりとなった。

 

「じゃあお姉さま! コマツでお会いしましょ!」

「アタシは会いたくないけどな……」

「大丈夫です! お姉さまの乗る飛行機には鳥一匹近付けさせませんから!」

 

 ルフィナの肩をクフィルが同情ぎみに叩く。

 

「大変ですね、ルフィナ」

「ああ……」

 

 次の瞬間、目を剥いて激情を露にしたファルクラムが、ルフィナに乗せられたクフィルの手を払い落とす。

 

「お姉さまに気安く触んな」

「おい、ファルクラム!」

 

 ルフィナの反応も気にせず、ファルクラムはドーターに乗り込んでいった。

 他のメンバーも飛行機に乗り込み、厚木基地を飛び立つ。

 

 □

 

「お姉さまはどうしてあんなに心が広いの。私だったら絶対に許せない」

 

 離陸前に、ファルクラムは親指の爪を噛む。クフィル。あの赤い髪が頭から離れない。

 ダイレクトリンクが中途半端なまま、管制塔に急かされる。

 

「Shut up! Don't disturb!(黙ってろ! 邪魔をするな!)」

 

 怒鳴り散らしてダイレクトリンク再開、やや乱暴ぎみにスロットルを開き、離陸していく。

 その機動は荒く、彼女の荒んだ気性をそのまま表したように鋭敏だった。




ツイッターにファルクラムちゃんのイメージ、用意してあります(

ヤンデレというか、もはやメンヘラなのでは……??
ファルクラムちゃんはこのくらいやべーやつです。ソレイユ、なんでこんな風にしちゃったんでしょう。
早々にブレーキ役の到着を望むばかりであります。

次回も宜しくお願いします!

ツイッターに載せていたファルクラムちゃんのイメージはこちら↓

【挿絵表示】

カスタムキャスト使用。


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ACT.22『硝子の大剣』

 たった二機で、ザイ前線基地の偵察に赴くとあって、PMCからやってきたアニマたちは揃って不安な顔を見せていた。

 離陸するSu-35SK-ANMをじっと見守る仲間たち。すぐにそれを遮るようにMiG-35-ANMが並んだ。

 

〈いきますよ、お姉さま〉

 

 どこか不機嫌なファルクラムの声が響く。先日クフィルに見せた冷たさすら感じさせた。

 

「コールサインは」

〈ソレイユ06です〉

「了解06。ソレイユ01、離陸する」

 

 アフターバーナーの炎を軌跡として残しながら、スカイグレイのドーターは空へ上がっていく。

 次いでMiG-35-ANMも離陸。ギアが地面から離れるとすぐにギアアップし、Su-35SK-ANMに追従するようにピッチアップした。

 小松基地で自分達を見上げるアニマたちをフライパスし、二機は一路、目的地へと向かっていく。

 

 □

 

〈ふむー……〉

「なんだよ、ソレイユ06」

 

 飛行開始から数十分。まだ前線基地までは遠く、辺りは見渡す限りの海だ。

 ルフィナに届くのは、息の荒いファルクラムの交信だけ。むしろなぜ回線を開けているのか気になって仕方ないが、それよりも今のファルクラムの状態だ。

 Su-35SK-ANMに寄り添うように飛ぶMiG-35-ANMは、ゆらゆらと舞う。危なっかしくも、しっかりぶつからないように飛んでいた。

 

〈いえ、今お姉さまと空を飛んでるんだなって思ったら身体が熱くなってきて……〉

「なに言ってんだ、お前」

 

 憮然とした表情で一蹴するルフィナ。

 

〈だって、あんなに憧れたお姉さまと一緒に空を飛べるなんて……んん、あっ――〉

 

 ブツン。

 半ば強引にルフィナが回線を閉じた。危ない予感がした。巻き込まれると大変な事になりそうな、そんな予感が。

 

〈酷いです! 無線封止しようとするなんて!〉

「むしろなんで封止を抉じ開けられたんだよ、オマエ……」

 

 背中に寒い何かを感じながら、ルフィナは今、目的地だけを見つめて飛んでいる。

 そうしないと、ファルクラムのペースに呑まれれば、大変な事になりそうだと。

 ルフィナが考えるのも束の間、異形の建築物が視界に入った。緩みかけていた気が、一気に引き締まる。

 

〈ソレイユ06、ザイ前線基地までの距離を計測しろ。アタシも測る〉

「了解です、お姉さま」

 

 鼻唄交じりにHUDの表示を切り替えるファルクラム。既に視界には米軍機を食い散らかしたレーザー塔が映っている。

 

「ふふっ。おっきぃ……」

 

 前方を飛ぶSu-35SK-ANMのテールを眺め、彼女はまた艶っぽく舌を舐めずる。

 レーザー攻撃範囲はまだだ。まだ近づけそうだと、そう思った刹那に空が光る。

 

〈まずい! ブレイクブレイクッ!〉

 

 ルフィナの指示で二機は直ぐ様その場を離れた。次の瞬間、青い光が縦に薙ぎ払われる。

 危うく攻撃範囲から逃れ、更に距離を詰める。

 

〈攻撃開始範囲、基地から約10キロ。上下への回避は危険。ファルクラム、お前もレポート頼む〉

「はい、お姉さま」

 

 ファルクラムはルフィナに言われた通り、データを作成。保存する。

 レーザーを回避しながら、なおもデータを収集していく二機。インターセプトのザイをかわし、今度はレーザー塔が放つレーザーの角度限界を調べる。

 塔の近くは危険だが、下を狙えないならば待避エリアにもなりうる。今回はそのチェックも含めていた。

 

「ソレイユ06、花火の中に突っ込むぞッ!」

「はいッ!」

 

 二機のエンジンが共鳴し、ノズルが開く。アフターバーナーの軌跡を残し、二機は基地へ向けて増速した。

 響くアラート音、二人のアニマは揃った動きでその正体を確認する。

 

「地対空クラスターミサイル! 来るぞ!」

〈安全高度不明、地面に向けて飛びます? お姉さま〉

「もうすぐ塔だ、攻撃可能範囲を確認したら引き返すぞッ!」

〈ラージャー!〉

 

 コックピットにレーザー塔の攻撃予測を表示、一気にMiG-35-ANMと共に高度を下げて塔の根元に飛び込んだ。

 レーダーが赤く染まる。だが、根元は狙えないようだった。レーザー発射装置自体に可動範囲は無い。あるのは回転のみと理解した。

 あたかも二機を見失ったようにレーザーを放ったザイのレーザー塔は、ルフィナたちによってその安全圏を見破られる。

 

〈お姉さま! ミサイルがッ!〉

「ザイ放って逃げるしかねー! 奴等は深追いはしないからな!」

 

 クラスターミサイルの衝撃波が激しく双方の機体を揺らす。

 

「キャア!?」

〈食らったか!? 06!〉

「い、いえ……。揺れに驚いて……」

 

 ルフィナが横に並ぶMiG-35-ANMを眺めるが、傷は見あたらない。

 ザイも敵性反応が遠く離れたからか、再び基地防衛へと引き返していった。

 レーザー塔の攻撃開始範囲も越えた。あとは小松に帰るだけだ。

 

 夕日に染まる海の上、その遥か高くを飛ぶ二機のドーター。カメラが夕日を取り込んで、ファルクラムの表情に哀愁めいた影が浮かぶ。

 

「お姉さま」

〈なんだ?〉

「これだけは本当です。私はずっと、この身体を得る前からずっと……私に勝ったSu-35という機体を気にしていました」

 

 ファルクラムが語り出したのは、ロシアにおけるMiG-35とSu-35の採用状況についてだった。

 現状、MiG-35スーパーファルクラムはロシア空軍においてごく少数の納入しか無く、空軍自体もSu-35Sスーパーフランカーに興味が寄っているという。

 彼女はまず、そこから切り出していた。しかし、次に紡いだ言葉は勝ち負けや憎しみなどではなかった。

 

「それからずっと、そのSu-35Sを原型にしたアニマを調べ続けていたんです。機体の勝ち負けから、気付けばアニマとして……人の身体を得たものとして、貴女を気にしていました」

〈……ファルクラム〉

「女の子同士なのに、なんていう常識はありません。私は人間と同じように、Su-35SK-ANMフランカー、ルフィナを愛しています」

 

 寄り添うように飛ぶSu-35SK-ANMに視線を向けるファルクラム。夕日を背負ったその機影は、いつもよりずっと幻想的で、儚く見えた。

 

「MiG-29SMT-ANMのものとは違う。私は必ず、あなたを守り抜く。あなたが許してくれるまで、アプローチを続けます」

〈……〉

「私には、あなたしか要らないんです。ごめんなさい、今の話は私らしくないですけど……心に留めてください。ルフィナお姉さま」

 

 交信が終了する。静かな帰還。ルフィナはファルクラムの語調が、ふざけたものとは到底考えていなかった。

 きっと彼女の本心なのだと。しかし、周囲に見せる冷酷さにはきっと何かあるとも感じる。

 小松基地にランディングアプローチしながら、ルフィナは暫くファルクラムの声が頭から離れることが無かった。

 

 機体を降りて、ファルクラムはルフィナの前へ躍り出る。

 身体を前のめりに、手は後ろ手に組んでルフィナを見上げた。

 

「私、絶対に諦めませんからね!」

「でも、アタシは……」

「やーです。その先は聞きません。じゃあ、先に検査行ってますね」

 

 くるりと軽やかにターンして去っていったファルクラムを、ルフィナはどこか呆けた頭で見送っていた。

 良く分からない。だが、ルフィナはファルクラムの想いには応えられない。それでも彼女は諦めないのか。

 ゆっくり歩き出したルフィナ。すっかり暗くなった小松基地には、少し冷えた風が吹き抜けていた。

 彼女の表情は複雑で、憂いを少し帯びていた。




まあ、お察しの通りです。
エクスキャリバーです。

いや、ばらしちゃダメじゃん!とは思うんだけど、ね?(
間もなくレーベンやヴィゴラスたちも到着し、いよいよ攻略作戦が始まります。

次回もまた、よろしくお願いいたします!


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ALT.23『代償』

「すまないな、ソレイユ」

 

 作戦決行前、八代通はルフィナたちに頭を下げた。そんな質ではないだろうに、彼は深々と頭を下げる。

 F-4X-ANM、J-10-ANMの到着を待つ余裕が無くなったと八代通から聞かされたのはそのほんの数分前だった。

 というより、ファルクラムの到着すら想定外だったのだ。ヴィゴラスは『作戦開始に間に合わせる』と支度をしていたようだったが、離陸前点検でドーターに異状が認められ出発が見送りになった。

 レーベンだけは向かっているが、ザイ前線基地の動きを観測した小松基地が作戦開始を早める決断をしたのはつい先ほど。

 

「戦線が混乱するが、まーしゃあない。不調機出されて堕ちたんじゃ寝覚めもわりーしな」

「あんだけ大口叩いてたくせに、ヴィゴラス来れないんだ。ざまーないっての」

 

 ルフィナの傍らから離れることもなく、ファルクラムはいつも通りの恨まれ口を叩く。

 ルフィナに後頭部を叩かれながら、だが作戦開始は押している。米海軍が用意するF/A-18E-ANMとは、途中で合流。そのまま基地へ向かう算段になっていた。

 

「まあ、これだけアニマが出るんだから大丈夫じゃない? いくわよ」

 

 ビゲンは既に離陸準備に入り始めたドーター達を眺め、自らもまたJA-37-ANMへと向かっていく。

 確かに、独飛からすればかつてないほどに大勢のアニマが集まった。対地を得意にするアニマも、対空に秀でたアニマも全てが揃った。

 不安は抱くものではないと、八代通も考えてはいた。しかし、胸中のざわめきが消えない。この作戦は成功するかもしれない、だが何かを失う。

 彼にはそんな気がしていた。だが、それだけで作戦の延期は出来ない。むしろ前倒しだ。

 今はただ、空へ上がっていくアニマ達を彼らしく見守る。ただそれだけしか、出来ることはなかった。

 

 □

 

〈ハイ! サフィール01、合流するよ!〉

 

 独飛、ソレイユ、ステラ。そしてそこへサファイアブルーのドーターが滑り込む。

 これで11機。アニマを使用した作戦としては、最も大規模と言えた。

 

「よし。ソレイユ06、そろそろラインを超える。全機、ザイタワーからのレーザー照射は10km圏内に入った飛行物体に行われる。アタシとソレイユ06で、レーザーの軌道をシミュレートしたデータを送信する。発射確認はアタシが取る、合図したら全機ブレイク」

 

 ルフィナの言葉に、次々と了解の返答が飛び込む。

 データリンク開始、レーダーマップの表示がルフィナ、ファルクラムのものと全機のものが同期する。そこから自機位置情報などを引き抜き再計算、攻撃目標と共に広域マップには安全圏も表示された。

 強行した偵察でルフィナ達が見つけた、ザイタワーの根本――レーザーの届かない唯一のエリアだ。

 

「レーザー始動準備を確認! まもなく発射される、全機赤いラインからすぐに離れろ!」

 

 まるで境界を作るように、全機のレーダーマップに赤い線が走る。全機それぞれ散開し、レーザー予想地点から離脱する。

 青白いレーザーはすぐさま海を割り、走った。被弾した機は無し。だが、このままでは到着も遅れる。

 

〈こちらバービー03。ミサイル発射器がある以上、たどり着いても安全が確保できませんよ。攻撃機を先に行かせますか?〉

 

 ファントムの声はルフィナに届いていた。素早いロールから海面近くで姿勢を戻しつつルフィナは答える。

 

「そうしてーのはやまやまだけどな……。ステラ02、確か今日の作戦に合わせてなんか積んでたよな? 共有してくれ」

 

 レーザーをかわしつつ、マリーヌ・ディヴェールのシュペルエタンダール-ANMへ視線を向ける。胴体下に吊り下げた巨大な爆弾が明らかに機動を制限している。

 

『C'est une sorte de bombe souterraine. Avec bunker buster(これは一種の地中貫通爆弾。バンカーバスターとも)』

〈すまないな、こっちも後手後手なんだ。武装については今日ぎりぎりに装着が完了した。あとはステラ02が撃てるかだが、私も保証はできない〉

 

 トムキャットの謝罪が飛ぶ。すでにザイ前線基地は見えていた。共有が無かったことを責めている場合ではなくなった、破壊できる手があるならそれに賭けるしかない。今回はバービー04、バイバーゼロも爆弾を装備してやってきている。

 攻撃機二機が、それぞれアプローチに入る。さらにエスコートのグリペン、イーグルが先行。

 上がってきたザイをライノ、トムキャット、ビゲンで迎撃しつつ、入れ替わるようにクフィル、ファントムも参加していく。

 

「レーザー塔が邪魔だ……。手の空いた機はアタシを援護してくれないか? 天辺にレーザーの発射器が見える。あれをぶち壊しに行く」

〈私が行きます、ソレイユ01〉

〈06、あなたの機体は空戦により向いています。私と変わってください、02が行きます〉

 

 交わるカメリアレッドとアイリスパープル。どこか威嚇しあうような雰囲気。

 

「あーもう! こんなことしてる場合じゃねーだろ!? とにかく上る、ついてこれる奴は頼むぞ! いがみ合いで作戦を潰すな!」

 

 レーザーを根元でやり過ごし、そこから直角に機首を上げる。垂直上昇するSu-35SK-ANM、そのコックピットから見える視界の先に、レーザーを発射する出力結合鏡がある。近づけば近づくほどに巨大なそれは、ルフィナの接近に気付き方向を変える。

 

「ちっ! ロックオンは難しいか?」

 

 油断すればすぐさまレーザーが飛んでくる。そうなる前に、発射自体を止めなければ。

 短射程AAMを準備し、ロックオン。そのあとに、MiG-35-ANMが続いていた。クフィルはザイとの交戦を続けている。結果として、素直にルフィナに従った形だった。

 

〈行けます! あの部分は激しい衝撃を受けることを前提としていない。ミサイルの爆発を受ければ、破壊できるはずです〉

 

 証拠を見せようとしたのか、ファルクラムが機体を塔の天辺に向かわせる。機銃で鏡を打ち抜き、すぐさまクルビットで下降、安全圏へ離脱。

 少なからず正しくレーザーを出力できなくなったのか、ルフィナに狙いを変えていたレーザーは途中でかき消える。

 

〈レーザー発射器は基本的にデリケートだと調べました、ミサイルを撃ち込めば、間違いなく停止させられます! お姉さま!〉

 

 ファルクラムの言葉を信じるか、迷っている場合ではなくなった。機体を上昇させ、クルビットで反転。スライドするテールを推進力で無理やり前へ進めながら急降下する。

 ロックオンカーソルに鏡が収まった。まだ発射の合図はかからない。射程が足りない。

 

「うぉぉ!」

 

 衝突寸前、ルフィナは発射と共に機体をひねる。

 ミサイルは鏡に突き刺さり、塔に激突しかけたドーターはロール操作によって軸をずらされ、主翼をこすりそうなほどの近距離を下る。

 

〈レーザー沈黙! 残りはクラスターミサイ――〉

 

 ルフィナが体勢を立て直すのに合わせ、ファルクラムが機体を並べた。刹那、彼女は言葉を途切れさせる。

 ずずん、と地鳴りがした。瞬間、島の中央部付近から巨大な土埃と共に爆炎が上がる。

 

『STELLA02 détruit la cible. La bombe explose en toute sécurité(ステラ02、ターゲット破壊。爆弾の起爆も確認)』

『BARBIE04, target destruction complete. Redo the threat assessment(バービー04、ターゲット破壊完了。脅威査定のやり直しを求める)』

 

 主に爆撃を担当していた二機からも、爆撃完了のメッセージが全機に届けられる。

 では、今の地鳴りは爆撃によるものか。ルフィナがそう考え、だがやめた。

 

〈EPCM濃度急上昇! 全員、シールドを!〉

 

 ファントムの声と共に、全てのドーターがバランスを崩す。苦しみにうめく声が無線を走り抜けた。

 EPCMシールドを張りなおした機体はバランスを取り戻したが、ビゲンとライノのドーターだけは様子がおかしかった。ダイレクトリンクの光はぼやけ、明滅している。

 

「う……冗談じゃない――トドメがこれなんて」

 

 LEDモニター、HUDの表示がJA-37-ANMの中で乱れていた。F/A-18E-ANMでも同じだ。

 周囲の味方を敵と認識しながら、また表示は味方に戻る。それを幾度か繰り返す。ビゲンにとっては、内側に抑えていた何かがいよいよあふれ出ようとしている感覚。

 

〈ソレイユ03、サフィール01! まさか、ザイに!?〉

 

 気づくのはルフィナが早かった。スカイグレイのドーターは二機の合間に入り込み、ビゲンとライノの内部データへアクセスを開始する。

 そんな危険な手段を講じたのに真っ先に気付いたのは、ファントムだった。

 

「何をしているんです!? ザイに侵食されたアニマのデータに入り込むなんて――あなたは一体、どういう神経を!?」

〈うるせー! アタシはどうとでもなる。でも、ビゲンはアタシのために泣いてくれた。ライノを死なせると、シュペルが悲しむ。少なくとも、侵食は止めて見せる!〉

「無理です! あなたまで侵食されますよ!?」

 

 ファントムがどれだけ怒鳴ろうと、叫ぼうと、最早手遅れだった。どうやって止めるのか? そんなことすら想像もつかない。

 今のビゲン、ライノにはリンクするだけで()()()()()()危険すらあるというのに。

 だが何より、この強烈なEPCMはどこから来ているのか。ファントムは自らの頭脳を働かせる。

 

〈ザイの大剣だ。レーザーが機能しなくなった際、EPCMで妨害するようにできている。あれはレーザー防衛システムを持った、大規模EPCMアンテナだ〉

 

 ファントムが結論を出すより早く通信に割り込んだのは、ハスキーな女性の声。EPCMの妨害すらかいくぐり、黒い鴉は超高速で空域に迫っていた。

 ファントムが見たのは、自らの器と同じF-4の姿。だが、漆黒のそれは自分のとは違う。

 

〈到着が遅すぎた。謝罪する。だが話は聞いている――ソレイユ01、何をしている!〉

 

 漆黒の亡霊――否、鴉。F-4X-ANMレーベンはソレイユ01へと無線を飛ばす。だが、何も返ってはこなかった。チャンネルウィンドウもオフラインになっている。

 結晶を纏うSu-35SK-ANM。引き換えに、JA-37-ANMとF/A-18E-ANMには弱弱しいながらもダイレクトリンクの光が戻りだしている。

 

「お姉さま……まさか――」

 

 ファルクラムの目が驚きに見開かれる。

 Su-35SKはその場でクルビットし、仲間の機体をスルーしてレーベンが『ザイの大剣』と呼んだレーザー塔へとその機体を飛ばす。

 その瞬間、一瞬だけ、ソレイユ01――ルフィナと思しき少女から無線が入った。

 

〈……コイツのEPCM発生源がわかった。地下、だ。上等だよ――飛び込んでくる。ビゲンとライノは退避させるんだ〉

「お姉さま、何を!?」

 

 Su-35SKの飛行するルート上には、巨大な地中爆発で地形が変わり、基地内部に向けて開いた穴があった。ちょうどザイの大剣の根元から飛び込む形だ。

 ファルクラムが後を追おうとするが、レーベンが機銃を撃って彼女を止める。

 

「何すんだクソカラス! お姉さまが!」

〈お前まで行ってどうする。ルフィナには、アニマを繋ぐ機能がある。その機能で二機を救った。引き換えにどうなるか、彼女もわかっているんだろ〉

「やっと会えたんだぞ! 死なせるわけにいかないんだよ!!」

 

 言い合いもむなしく、Su-35SKが地中に消える。

 数十秒後、ファントムが告げた。

 

「EPCM、消失。前線基地はまもなく崩壊します。行きましょう」

 

 無情な帰還宣言。ファルクラムだけは、納得がいかない様子で反論する。

 

「お姉さまがいるんだよ! まだ中にいるんだよ! みんな助けてもらったのに、見捨てるっての!? もういい!」

〈ファルクラム、あなたはまだルフィナの選んだ結末がわかっていないようですね〉

「あ!?」

 

 ファントムは叫び散らすようなファルクラムへ、ただいつもの冷静さを保ったまま語る。

 

〈彼女は、ザイとして死ぬ運命ではなく、アニマとして我々を逃がすために命を捨てたんです。あなたまであの穴倉に飛び込んで、死ぬ。それは勝手ですが、間違いなくあなたの『お姉さま』は望んでいませんよ〉

「くっ……」

 

 MiG-35-ANMの動きが鈍る。崩れ始めた前線基地上層部分を見下ろして、作戦参加メンバーは口数少なく帰還した。

 

 □

 

 EPCM停止数分前。基地地下へ飛び込もうとした時だった。すでに半分自我がない。まるで巣穴に戻るような気分すらあった。

 ルフィナは誰に宛てるでもなく呟く。

 

「ちょうどいい……隙間だったんだ」

 

 ザイの大剣、そのコアをミサイルが認識する。

 発射すれば終わる。戻り道などあるかわからない、いや戻れない。ルフィナはミサイルをリリースしてコアを破壊、続いてその横にあった空間に逸れ、さらに奥へと飛行する。

 

〈堕ちるなんて許さねえぞ、ルフィナ〉

 

 突如、不通の筈の無線に聞き覚えのある声が割り込んだ。

 

「あん……? あんた、ジュラーヴリクか? 作戦には――」

〈わりい、作戦とはハナから関係ねえんだ。一度死んだことにしてもらう。いや、なんにせよこのままじゃ死ぬけどな〉

「ハッ、ザイになりかけのアタシでなにがしてーやら……。コアの再利用か何かか」

〈あたしはお前で、お前はあたしだ。ロシア政府がそれに気づいて、開発を進めてるんだよ。Su-30SM-ANMをな。勿論、今までのドーターとの関係はそのままであたしらを乗せようとたくらんでる〉

「何考えてるか知らねーけど、もう無駄だ。こうして話してるのも難しい」

〈なるほど。お仲間は全員帰投したらしい。今から引き揚げに行く〉

「出来るモンならやってみなよ、マヌケ」

〈ああ、やってやるぜ売国奴。そう簡単に死ねると思うなよ〉

 

 コックピット内に、ルフィナの渇いた笑いが漏れる。タダでは死ねない。だが、逃げ場はない。じきに基地も崩落する。

 そんな中奇跡でも起こして、自身を助け出せたのなら。その時はジュラーヴリクの話に乗ってもいいとは思った。だが、それだけだった。

 彼女が意識を保っていたのは、その時までだった。暗闇に沈むその瞬間、彼女が見たのはクロームオレンジの閃光だった。



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ヘルファイヤ
ALT.24『北へ』


 色味の無いソレイユ基地に立って、辺りを見渡す。

 いつも見た喧騒も、仲間の声もない。

 Su-35SK-ANMフランカーこと、ルフィナはハッカのように綺麗すぎる空気に違和感を覚えた。だがそれもすぐに消え去り、脳内を一つの単語が過る。

 

「……使命」

 

 頭の中で、何かに問い掛けられた気がした。

 人類の、救済。それが使命。だから、今は人間を間引くしか……。

 

(違う、違う違う!)

 

 ぶんぶんと頭を振って、アタシを呼び掛ける何かを振り切る。

 いや、覚えている。覚えているんだ。アタシは死んでいる筈だ。

 Su-35SK-ANMフランカーは、ザイ侵食直前に自身を使って『ザイの大剣』が発するEPCMを止めた。

 あれからどうなった? 空中空母型は? 知る由などあるものか、自分はもう退場したんだから。

 

「アタシの世界、か……」

 

 呟いて、目を瞑った。なぜ自分のだと思ったかはわからない。

 けれどなんとなく、この空間は居心地がいい。溶けていきそうな、何もかもに身を任せてもいいような感じだ。

 ここはアタシの世界なんだ。好きにしても、いいよな。

 

「駄目だ。そんなのあたしが許さねえ」

 

 よく聞いた声が響いた。振り返ると、クロームオレンジの輝きを纏うアニマがいた。

 ジュラーヴリク。Su-27M-ANM、ロシア一番最初のアニマで、恐らくアタシの半分。

 彼女はつかつかとこちらへ歩み寄ると――

 

「フッ!」

 

 ――アタシの頬を盛大に張った。

 痛いなんてモンじゃない。危うく首が吹っ飛ぶかと思った。

 

「いいか! あたしが倒すまで、お前は死なせない。思い出せよ、ついさっきのことだ」

「助け出した、か? ザイになったアタシを?」

「ああ。不思議だなぁ? お前、どうやって侵食を抑えた? いや、うちのスタッフすら分かってねえ。お前なんなんだ」

 

 なんなんだ、とは失礼なヤツだな。

 しかし侵食を抑えた? そんなことはしていないし、もう死ぬ気でいた。だから突っ込んだのに。

 しばらく悩んで、昔エイベルに言われた事を思い出した。

 

『お前はうちが作った、特別なアニマだ。アニマとアニマを繋いで、深く深く溶け込めるんだ』

 

 何を言ってるのかさっぱりだった。

 だから右から左に聞き流して、とにかく機動を究めた。最近はからっきしだったけど。

 エイベルの言葉通り、ビゲンとライノに繋げて、アイツらを助けられたなら良かったが。

 ああ……そういえばファルクラム。アイツ、『ザイの大剣』を上った時、似た機動をしてたな。

 今、アイツはどうしてるんだろう。次々と仲間の顔が浮かぶ気がした。クフィルもきっと、今まで通り食えてないかもな。

 

「戻ってこい、ルフィナ。お前が必要なんだよ。あとMiG-35-ANMとやらが、やたらうるせえ」

 

 ジュラーヴリクが口を尖らせる。

 

「ハッ! ハハハ!」

 

 ファルクラムには、流石のジュラーヴリクもお手上げか。アタシも思わず腹を抱えて笑った。

 だけど、必要とされるのは悪くない。どういう風の吹き回しか……それはあとで訊くとするか。

 

 □

 

 一定のタイミングで、電子音が鳴っている。

 何かに座っている感覚と、機械に繋げられた感覚。気持ちがわりーったらありゃしない。

 

「目が覚めたかよ、売国野郎が」

 

 薄目を開けると、ジュラーヴリクが前屈みになってこっちを覗き込んでそんな事を言ってくる。

 体にろくに力は入らないけど、これだけは出来た。

 ヤツに中指を突き立てて見せる。

 

「Su-35SK-ANM、覚醒しました……。異常無し、意識の混濁はありますがザイ化の傾向はない……奇跡だ」

 

 男の声がする。研究員だろうか?

 

「当たり前だろうが。あたしのライバルが、こんなんでくたばるかよ」

 

 ジュラーヴリクは得意気に返した。

 ライバルねえ。まだ決着は着いてないが、今やっても勝てそうに無いな……。

 

「おい、機械外せよ……気持ちわりー」

 

 意識がはっきりしてくると、余計に自分を繋ぐ医療機器のケーブルが鬱陶しくなってきた。

 座っているのは車椅子。ずっとこのままモニターされてたのかと考えると、もっと待遇を考えろと言いたくなる。

 

「今やってやるから待ってろ。ったく、減らず口ばかり叩きやがって」

 

 文句もそこそこに、ジュラーヴリクと入れ換えに研究員たちが医療機器を取り外しだす。

 あんまり気にしたことはないけど、一応アタシも女なんだけどな。容赦なく男どもが心電図のパッチだのに手を掛けて外していきやがる。

 

 そうして医療機器から解放された頃に、ジュラーヴリクは戻ってきた。

 

「本当なら今すぐ話を進めたいんだがな。本調子じゃないお前には出来ない実験でな、一日休め。世話はベルクトに頼んでおく」

「待てよ、オレンジ。ここは? アタシは小松から出たんだぞ?」

「いつかお前を回収、もしくは金払って借りるつもりだった。それがPMCだろ? あいにく、死にかけのお前を引っ張る形になったがな。ここはノヴォシビルスク、お前の本当の生まれ故郷だよ」

 

 ノヴォシビルスク……またロシアか。

 アタシの生まれ故郷、分からなくはない。スホーイの工場がある。

 PMCの生まれでも、ドーター候補機までもがそのPMCで作られる訳じゃない。しっかりと工場でロールアウトしたものが入ってくる。軍隊から買うにしたって同じだ。

 アニマとしてのアタシは確かにソレイユの生まれだけど、ノヴォシビルスクは言うなれば実家というべきかな。ソレイユにいるアタシはさながら、親戚の家にいるかそんなところだろう。

 

「車椅子、押しますね?」

 

 ふと、別な女の声がした。

 柔らかくて、優しそうな声だ。ゆっくりしていて、でも芯はある。ジュラーヴリクとは真逆だな。

 車椅子のロックが外される時に、その姿が見えた。

 スノーホワイトの髪、真っ白な肌。こっちをちらりと見遣った時に見えた紅い瞳。アルビノってやつか。

 

「Su-47-ANMベルクトといいます。お気軽に、ベルクトと呼んでくださいね」

「う、うん?」

 

 なんだか調子が狂う。いつもなら何かしら反抗したくなるけど、そんな気が起きない。

 ベルクトはゆっくり、振動も起こさず車椅子を押し始めた。ある意味不思議な感覚だ。そりゃ、ビゲンのスーパーカーに詰め込まれて走り回られた事はあるけど、地上をドーターへのダイレクトリンク無しに、自分の足で移動しないのはちょっとした不安を感じた。

 

「意識不明のまま、一週間昏睡していたんです。そのまま侵食が放置されれば、廃棄すらされる可能性もあって」

 

 ベルクトが心配そうに語った。

 待てよ? 一週間? アタシはそんなに寝てたのか?

 じゃあ戦線は? それこそ空中空母型はどうなった?

 それに、ジュラーヴリクは『ついさっき』と言っていた筈なのに。現実じゃないからか? アレはアタシの夢なのだろうか?

 

「空中空母型ザイに関しては、まだ脅威ではないようです。ただ、独飛の皆さんもルフィナのお仲間も、出撃は明らかに増えていると、ステラ社の御木さんから聞いています」

「あ? 何であの社長の名前が?」

 

 純粋な疑問だった。確かにステラもPMCだが、ロシアと関係があるのか?

 

「私たちバーバチカとは、何度かお仕事をしているので。姉様方も、あの方とは知り合いなんです」

「そりゃ初耳だ。ベルクト、ひとつ訊いていいか」

「はい?」

 

 車椅子はゆっくりと進む。ベルクトはいつ問いが来ても良いようにか、話を止めている。

 

「ジュラーヴリクの言う実験ってなんだ?」

 

 最大の疑問だ。あんな極東で散りかけたアタシを助け出して、奇跡みたいな確率に賭けてまでやりたい実験ってのはなんなんだ?

 それをハッキリさせたかった。

 

「Su-30SM-ANM――貴方の存在と、ジュラーヴリク姉様の関係、リンク率を知った政府が開発した試験ドーターです。コアの適合は関係なく、姉様とルフィナ、二人のデータを取るために実験を立案したんです」

 

 ベルクトはハッキリと答えていく。

 確かにアイツはアタシで、アタシはアイツだ。どこか同じところはある。

 だからってなんでタンデムする必要があるんだ? どちらにせよ、アタシのドーターは無事とは言えないだろうから、帰るにも帰れないけど。

 

「その実験で、納得いくデータが取れりゃ帰れんのか? アタシは」

「はい。いえ、それよりも先にファルクラムが乗り込んできそうですけど……」

「ちげーねー。って、いやいや。いくらなんでもそれは……」

 

 ――無いとは言い切れない。

 アイツならやりそうだが、居場所を掴むなんて流石に無理だろう。高を括っていると、ベルクトが告げる。

 

「それが、ルフィナのバイタルサインがずっと追跡されているんです。無事だと言うことは、もうわかっていると思います」

「冗談だろ……」

「それから、何度かドーターが日本からロシア領空を……」

 

 頭痛がしてきた。

 ファルクラム。アイツがアタシを気に入ってくれてるのは知ってる。想いも聞いた。

 応えられない、って言った筈なんだけど諦めていないのは明らかだった。

 一日に二回も領空侵犯するようなヤツだし、そのうちマジで押し掛けてきそうだな。

 

「まず、こっちがお部屋です」

 

 気づけば、宿舎に案内されていた。

 二人部屋……なのか? ベッドが二つある。

 殺風景なようで、生活感はありつつ物はきっちり整頓されていた。ベルクトが全部やったのか?

 

「暫くは私が、貴方の看護担当です。何かあったら、言ってくださいね」

「待った」

「はい?」

 

 待ったを掛けて振り返ると、ベルクトが小首をかしげている。

 

「アンタは迷惑じゃないのかよ? こんな満足に歩けもしないヤツの世話係なんて」

「全然」

 

 即答かよ。むしろちょっと嬉しそうだったぞ。

 駄目だ、調子が狂わされる。

 

(そうだ)

 

 無事じゃないのは知ってる。だけど、確かめなきゃいけない。

 ベルクトへ振り返り、告げる。

 

「アタシのドーターは?」

「見に行きますか?」

 

 軟禁、という訳でもないらしい。ハンガーに行かなきゃならない筈の提案に、ベルクトはあっさりと応えた。

 車椅子は部屋を出て、そして建物を出る。コートは着せられたが、身を切るような寒さだった。

 

「ここですよ」

 

 巨大な格納庫は、その口を開けている。

 車椅子が止まって、その中身がハッキリと見えた。

 スカイグレイ……アタシの器で、身体で、自身で。

 

 車椅子を押されて、機体の周りを回る。

 墜落した訳じゃないようだ。不時着程度の損傷だろうが、自分で見て後悔した。

 右から堕ちたのか、右主翼は無惨に叩き折られたように削げ落ちている。水平尾翼も無い。

 衝撃か、他の場所に当たったのか、垂直尾翼は根本を残して損失。エンジンも抜かれたのだろう、何もない。

 左主翼も無事という訳じゃなく、折れかけていたものを、外したような跡だ。

 アンテナ類は全滅、ギアも。ノーズコーンは無く、レーダーは外されていた。身体をバラバラにされた現場を、自分で見てしまうなんて。

 

「いよいよビゲンたちに顔向け出来ねーな……」

 

 いや、ビゲンはこれで怒ったりはしない。自分を助けた方に怒る筈だ。

 リーダーが犠牲になることに、彼女は否定的だった。飛行隊の在り方、商売のやり方をよく分かってる。

 一番機を失えば、隙を見せる。ビゲンはそれを由としないんだろう。

 

 自分の機体はわかった。これでは当面、帰れないことも。

 次にアタシが気にしたのは、その横に並んだフランカーだった。ドーターらしいが、ジュラーヴリクのものではない。

 全体は黒だが、翼に明るいオレンジ。実験機めいた、目立つカラーリングだ。

 

「ベルクト、アレか?」

「はい。アレがSu-30SM-ANM――ジュラーヴリク姉様と貴方が乗る、実験機体です」

 

 ベルクトに告げられて、改めてその存在を強く意識した。

 新しい器じゃない。ロシアが何を企んでいるかは知らない。興味もない。

 助けられて感謝はしている。だが、それなりの物は貰う。アタシはまた、ベルクトへ振り返っていた。

 

 アタシはロシアの軍隊所属じゃない。金次第で動く、傭兵だ。民間軍事企業といえば聞こえはいいかもしれない。

 だがソレイユは、それ以前に傭兵だ。助けられて感謝はする。だが頼んでもいない。

 だからアタシはベルクトに告げた。

 

「実験の主導者に会わせろ。ここからは、感謝云々は抜きにする。アタシはPMCソレイユ所属、アニマ飛行部隊ソレイユ01、Su-35SK-ANMフランカーとして、報酬の交渉を行う」




自分でつくっといてなんだけど、ファルクラムちゃんが恐いです(


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ALT.25『自らの価値』

「はい! では、まずは身体を洗いましょう!」

 

 Su-47-ANMベルクトは、ぱんっと両手を合わせて語る。

 

「話聞いてたか? 主導者に会わせろって……」

「だからです!」

 

 思わず首をかしげた。Su-35SK-ANMことルフィナは、いまいち納得のいかない様子で眉を潜めた。

 

「要するに、まずは身体洗えと」

 

 アタシの問いに、ベルクトは「はい!」と明るく答える。

 まあ確かに、一週間寝てたんだから最低限身体拭かれてたりしかされてないだろうとは思う。

 いや待てよ、それはそれで何だかダサいな。思わず顔を手で覆った。意識もせずに溜め息が出る。

 

「まだ歩くのは難しいでしょうし、身体を拭きましょう」

「いや、大丈夫だ! もう歩ける!」

 

 冗談じゃない。そこまで露骨な介護サービスを受ける気は、アタシにはない。

 歩けると思って両手に力をかけ、ステップから脚を下ろす。腰を浮かせた瞬間、アタシの身体は車椅子に引き戻されていた。

 

「あれ?」

 

 足に全く力が入らない。何度試しても駄目だ。

 恐る恐る振り返ると、ベルクトははらはらとした顔でアタシを見ていた。そして遂に痺れを切らせたのか、肩を押さえ付ける。

 意外と力あるぞ……。いや、多分ベルクトの押さえ付けに抗う体力がアタシに無いのも原因だろう。

 

「無理しないでください。私は姉様方から任される以前に、ルフィナのお姉さんなんです。危ないことは許しません」

「お姉さんって……」

「実際そうでしょう?」

 

「ね?」とベルクトはこちらに問い掛ける。

 確かに間違ってはいない。アタシはフランカーファミリーでは末も末だ。同じスホーイで、第5世代を目指して作られた試作機、Su-47よりも新しい機体になる。

 要するに、末っ子ってことなんだが。

 

「まずは部屋に戻りますよ」

「むう……」

「はい、ふてくされない!」

 

 初めてベルクトが声を張った。優しいイメージから一転して声を張られると、思わず身が引き締まるような感覚に襲われる。

 もう言い訳はできなさそうだ。諦めるしかない。

 

 □

 

「流石に全部脱いでくださいなんていいませんから、協力してください。ルフィナ」

 

 部屋に連れ戻されて、ベッドに座らされる。

 タオルを絞るベルクト相手に、アタシは必死のガードだった。女同士とはいえ、嫌だ。

 コイツ、意外とスタイル良いし。劣等感が湧いてくる。

 

「手は動くから……」

「背中は?」

「う……」

「大丈夫ですから、ね?」

 

 優しく微笑むベルクトが、今は全くそうは見えない。

 上着を脱がされつつ、アタシは心底今の状況を恨んだ。

 

「もう、ルフィナはもう少し自分を大事にしないと駄目ですよ」

 

 優しく、だけどほどほどに力強くベルクトは背中を拭いている。不快感は無い。むしろマッサージされてるようで、気持ちが良かった。

 

「こんなにお肌も綺麗なのに、自分はどうでもいいなんて考えはダメです」

 

 気持ちはいいが、こんこんと説教が続く。

 恥ずかしいやら気持ちいいやら、反抗したくなるやら。まあ、四面楚歌じゃないだけ増しも増しだろうが。

 

「前は拭けるんですよね?」

「ん、うん。ていうか、それは同性でも恥ずかしいからな」

 

 ベルクトが濡らし直したタオルを受け取って、唯一自由の利く両腕で身体の前面を拭いていく。

 このあとにはそこそこ気合いのいる交渉が待っている筈なんだが。なんとも言えない感覚だった。

 

 身体も清め、次は主導者に会いに行く。既に覚醒から半日は経過している筈だが、変わらずベルクトは車椅子を押してくれていた。

 主導者……いや、第972親衛航空戦隊『バーバチカ』の副官であるらしいが、ほぼ実権を握っているようだ。

 名はニキータ・カジンスキー。階級は中佐。

 

「無事目が覚めたようで、何よりです。フランカー……いえ、ルフィナですか?」

 

 小柄な年老いた男は杖を鳴らして立ちはだかる。

 ちょうどいい所に、というよりは先回りされたように感じた。気味すら悪く思える。

 

「カジンスキー中佐、こんばんは」

 

 ベルクトも佇まいを直しつつ、彼へ挨拶していた。

 実権が彼なのは間違いないらしい。カジンスキーも、ベルクトへ挨拶を返す。

 

「こんばんは、ベルクト。休んでいいですよ」

 

 カジンスキーが言葉を掛けると、ベルクトは再び車椅子に手を掛けたらしい。小さな振動を感じた。

 カジンスキーは言葉遣いこそ優しい感じだが、アタシにはよく見てきたタイプだった。

 こういうヤツほど、組織としての在り方を重視する。情というものは持ち合わせず、必要としない。

 

「話がある、カジンスキー」

「そのようですね。交渉ですか? PMCらしく」

 

 カジンスキーは杖をかつん、と鳴らしてアタシを見つめる。

 危うく畏縮しかけた。相応に雰囲気はあるらしい。

 だが、考えろ。ビゲンならこういう時、どう条件を持ち出す? 利益か? それとも融通を利かせるか?

 

(クソッ! 交渉なんてからっきしだからな)

 

 どうすればいいか纏まらない。カジンスキーも時間は取れない、と言いたげに圧力を掛けているように見えた。

 アタシがここを出るのは間違いない。皆に金を持ち帰ればいいのか? いくら? いや、違う。アイツらは、アタシに関して金じゃ納得はしてくれない。

 なら、アタシはアタシの願いを告げればいい。

 

「交渉じゃない。アタシを使う条件だ」

「ほう? なんですか?」

「まず、Su-35SK-ANMの修繕を急ぐこと。それから、アンタのコネでロシアの特殊部隊教育隊でも動かしてくれ」

 

 二つ目の要求を述べた時、カジンスキーは明らかに首をかしげた。

『なぜ、特殊部隊?』と言いたげだ。

 

「アニマは戦闘機から降りれば無力だ。そのせいで、アタシは仲間が何千人と殺されても震えてるだけだった。少しでいい、護身術を知りたい」

「……それは、あなたにとって重要なのですか? ルフィナ」

「まだソレイユを襲った奴等にはたどり着いていない。この先、ビゲンだけに頼るわけにはいかねーんだ」

 

 真っ直ぐ。カジンスキーから一切目を逸らさない。

 意思を伝えて、彼の反応を待つ。

 答えはすぐに返ってきた。こつん、と杖が床を叩く。佇まいを直し、彼は語る。

 

「わかりました。では金銭の要求はないのですね?」

「それは実験の成果が出た時の、そっちの誠意だな」

「なるほど。傲慢なPMCらしい。当たっては見ましょう。ただし、あなたの足が動くようになり次第、すぐ実験を開始しますよ」

 

 上等だ。アタシはカジンスキーにそう言い放って、笑って見せる。

 要求はとにかく伝えた。カジンスキーは忙しいらしく、杖をならしつつ立ち去る。

 気付けば、外はもう暗い。夜が来た。

 

「そろそろ夕食ですね。食堂に行きましょうか?」

「バーバチカの奴等も来るな」

「勿論……というか、私もですよ?」

 

 忘れてました? とベルクトがアタシの顔を覗き込む。

 綺麗に透き通るような肌、飲み込まれそうな紅の瞳。思わず目を背けた。

 

「わりー。アンタは、アイツらとは違う気がしてな」

「いえ。最初は私も困ってましたから」

 

 困惑ぎみにベルクトは笑った。コイツ、苦労してるな。

 まあバーバチカも癖は強い。ベルクトと出会ってまだ数時間だが、真っ直ぐに素直すぎるベルクトでは少し相性も悪いか?

 それでも上手くやってるんだから、流石姉妹だとアタシは感心する。

 車椅子は食堂に向かって進む。そろそろ自分で動かせそうだったが、ベルクトが頑なに押し続ける。助かるけど、あまり迷惑も掛けられないような。

 

(アタシらしくねーな)

 

 ベルクトの前では、いつものアタシではいられない気がする。

 我ながら気持ちが悪いのは分かっていても、癒されるのがわかる。全く気持ちを急く必要がないからか、安心出来た。

 

「ここが食堂です。車椅子から降りたら、ルフィナも一人ですから道に迷わないように気を付けてください」

「はいよ。で? 席は決まってるのか?」

 

 問うと、ベルクトは一直線に食堂を突き進んだ。

 一ヶ所、椅子がない場所がある。車椅子はそこに止められ、タイヤロックが掛かった。

 

(なるほど、用意が良いな)

 

 ベルクトは食事を取ってくる、とだけ言って離れていった。

 次第に騒がしくなっていく食堂。ふと、前の席の椅子が引かれた。座ったのは、クロームオレンジの色を放つアニマ。ジュラーヴリクだ。

 その隣にすかさず座ったのはラーストチュカ。眉無しのヤンチャしてそうな顔が、警戒心最大の様子でこちらを睨んでいる。

 ジュラーヴリクを挟んで反対に座ったのはパクファ。相変わらずどこでもエプロンドレス姿で、微笑んでいやがる。

 ジュラーヴリクを壁にするようにしながら、全く正反対の反応がアタシに向けられていた。

 

「調子はどうなんだ? まだ足は動かねぇか」

「わりーかよ」

 

 不機嫌も隠さずに返すと、ジュラーヴリクはくすりと小さく笑って。

 

「いや? 実験について、上からせっつかれてるからな。これ以上抑えが利くか分からなくてよ」

 

 笑いながら言うことじゃない気もしたが、とにかく圧力は掛かっているらしいことは分かった。

 

「実験、実験。ドーターは見たけど、結局アンタらは何をさせたいんだよ」

 

 アタシが問うと、ジュラーヴリクは呆気に取られたように目をしばたたかせる。

 まだ分からないのか、と言いたげな空気が彼女を包んでいた。

 

「あの機体で色々データを取るんだよ。何せ、あんたはアニマのルールから少し外れた生まれ方をしてるからな。Su-27派生でありながら、あたしがいても何も異常が起きない」

「そりゃ、35Sじゃ中身はほぼ別だからな。アンタとは違うさ」

「だからだよ。直接的な姉妹を乗せて、そのデータを取りたいのさ。お上は。こんな機会、今を逃したら来ねえからな」

 

 なるほど。

 フランスはバックアップにアニマを搭乗させる予定だったと聞いたけど、ロシアはそんなアプローチを取る必要はない。

 単純にアニマの研究と考えるべきだろうか。ジュラーヴリクは軍属だし、上からの命令には逆らえない。アタシも条件を突きつけた以上、今さら引くわけにはいかない。

 

「分かったよ。なるべく早く身体は治す」

「そうしてくれると――」

 

 ジュラーヴリクが言い掛けたその刹那、工場内に放送が流れた。

 かなり焦った様子で『領空侵犯機確認、バーバチカ隊は至急集合』と叫んでいる。

 単なる領空侵犯機に、アニマ部隊を出すだろうか。いや、必要ない筈だ。

 

(冗談だろ……)

 

 嫌な予感が止まらない。食事も途中のまま、ジュラーヴリクたちは走り去る。

 ベルクトもアタシへ食事を持ってくると、集合に応じるために駆けていってしまった。

 

(ヤバイ)

 

 アタシの読みが当たれば、領空侵犯機は間違いなく『ヤツ』だ。

 未だに実力を読みきれていないが、ザイ前線基地戦ではアタシにきっちり付いてきた。

 本気でやりあえば、双方被害ゼロでは済まない。

 

「クソッ!」

 

 車椅子のタイヤロックを外し、自分も食堂を後にする。必死にタイヤを回しながら向かったのはハンガーだ。

 自分のドーターは駄目だ。だが、実験に使うSu-30なら?

 

(動かせなかったら、地上からチャンネルに割り込むしかねー)

 

 今はバーバチカにも、そしてヤツにも被害を出すわけにはいかない。

 ハンガーは騒がしい。ドーターが空を飛び回っていると、整備員が騒いでいた。

 間違いなく、ファルクラムだ。既に二機、スクランブルした通常機が損傷して戻ってきたとも言っている。

 

 行かないと。あの空へ。

 例え目の前に佇むのが自らの器じゃなくても、血は変わらない筈。多少無理してでも飛ばなくては。



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ALT.26『ずっと会いたかった』

 ロシアの空は騒然としていた。いや、厳密には空だけではなかった。

 地対空ミサイル(SAM)は常に上空へ向けられ、空域の管制官は侵入してきた敵機を怒鳴る。

 アイリスのドーター、MiG-35-ANMは舞う蝶のようにふらふらとした機動で背後のスホーイを追い抜かせると、転じて刀を思わせる鋭い軌跡を描いて追撃、機関砲で撤退に追い込んでいく。

 

「……」

 

 ミサイルアラートを認識し、ファルクラムは瞬時にレーダーを認識。背後から迫るミサイルに対し急降下する。

 追尾してくるミサイルに、追われる機体。間も無く近接信管も作動するかと思われる距離で、機体は突如稲妻めいて角度を変え、水平飛行へ切り替わる。

 航跡雲すら直角を描くその機動にミサイルはついていけず、地面に叩き付けられた。

 更に急上昇、続く機動で二機のスホーイの間をロールしながら抜け、上方向への慣性は残したままクルビット。くるりと翻ったその流麗な機体側面から、発砲炎が上がった。

 

 既に迎撃機を撤退へ追い込んだ数は五機を数えようとしている。そうでありながら、まだ翼下にはミサイルを満載したままなのだ。

 バーバチカ隊に話が回るのも、考えるには難しくない話。実際、彼女たちはすぐにやってきた。

 クロームオレンジのSu-27M-ANM、アクアマリンのMiG-29SMT-ANM、そして第5世代機――『対アニマ特化』のアニマの器、フレンチベージュのPAK FA-ANMが綺麗な航跡雲を引きつつ、MiG-35-ANMと対峙する。

 

「アレがアイツの仲間か」

 

 通常機をまるで玩具を追い掛ける子供のように無邪気に、そして容赦無く撃破するMiG-35-ANMを見たジュラーヴリクは呟いた。

 その言葉に恐怖こそ有りはしないが、撤退したパイロットから報告は既に上がってきている。

 

『あのアニマはマトモじゃない。まるで何かに取り付かれている』と。

 ふん、とジュラーヴリクは不敵に笑った。眉尻を吊り上げ、アイリスのドーターを見据える。

 

「上等だ。ヤツの妹ってんなら、丁重にもてなさねえとな! 各機、単独戦闘は禁止する! 適宜サポートを受けながら戦え!」

〈了解〉

〈了解しました、ボス〉

 

 バーバチカの機体が二機一対でジュラーヴリクのレーダーから離れていく。

 いくら最新型とはいえ、MiG-35-ANMの扱いは第4.5世代。まだパクファにマージンはある。

 ラーストチュカも、自身の新型に負けるような半端な実力はしていない。

 

(よし、追い込めてる。悪いな、ルフィナ――祖国ナメられて、あたしは黙っていられるほど甘くはねえんだ)

 

 MiG-35-ANMは二機のドーターに撹乱され、機動こそ相変わらずのデタラメだったが攻撃の手は緩んでいる。

 ここぞとばかりにジュラーヴリクは指示を飛ばした。

 

「空対空ミサイルを使え。ただし、爆散させるな。不時着程度は出来るように――出来るな、02、03?」

 

 たった数分の戦闘。その中で、ジュラーヴリクはただ見ていた訳ではない。

 MiG-35-ANMの機動、実力、回避への反応。全てを計算しつつ、同時にバーバチカ隊の戦闘力で可能な判断を下した。

 MiG-29SMT-ANMの翼下からアクアマリンに輝くミサイルが放たれる。アニマの制御下で誘導されるミサイルは、通常機のミサイルとは全く挙動が異なる。単なる機動回避は不可能に近い。

 だが同時に、MiG-35-ANMの翼下からもミサイルが放たれた。しかしバーバチカ隊のどのアニマも、アラートは聞いていない。

 

 ミサイルは、真っ直ぐに()()()()()()()()()()()()()()()()と突っ込んだ。

 空中で花が咲いたように、爆発が起きる。どちらのミグも、その圏内にはいなかった。

 

「ミサイルでミサイルを撃墜した……? 何者なんだ、あいつは……?」

 

 正気じゃない。アクアマリンのショートカットを輝かせ、ラーストチュカは目を驚きに見開かせる。

 バーバチカ隊にとって完全に想定外。明らかに異常ななにかが、アイリスのドーターを覆っている。

 

〈私が行きます〉

 

 動いたのはパクファだった。色覚ステルスによる『ニンジャ戦法』ならば、裏をかける。彼女はそう判断していた。

 姿が消える。EGGの反応もなくなった。クロームオレンジとアクアマリン、相反する色調の二機が交差しながらMiG-35-ANMを捉え続ける。

 だが、突如ターゲットはその機首を背後へ向けて機体を翻すと機関砲弾を虚空へ放つ。

 

〈うっ!?〉

 

 虚空へ放たれたはずの機関砲弾は空中で火花を散らし、バーバチカ隊の無線にパクファの呻く声が飛び込む。

 色覚ステルスが一瞬解かれ、大柄な機体はMiG-35-ANMの上を飛んで離脱。ジュラーヴリクが舌を打った。

 

(なんでだ、なんでパクファのステルスを――まさか)

 

 さぁっとジュラーヴリクの血の気が引く。

 彼女はもっと違うものを見ている。パクファのEGGはシールドされているし、レーダーにも映らない。ならば、あのミグは何を見ていた?

 

(あいつまさか……IRSTとFLIAの情報からパクファを見つけ出しやがったってのか……!?)

 

 疑念ではなかった。それしか有り得なかった。戦闘機のアビオニクスそのものであるアニマが使えない手では確かに無い。

 だが、まさかアニマに備わるEGG探知やレーダー情報を捨て、色覚ステルスの弱点であるともいえる熱放射を探し当てるとは、よもや思わなかった。

 周囲に熱源はたくさんある。その中で、的確に背後を狙ってきたパクファにカウンターを決めるなど、少なくともジュラーヴリクは見たことの無い相手だった。

 確かに色覚ステルスを破った相手は一人いる。それにしても、予想は出来なかった。

 

(マズいな)

 

 短期決戦を決めていたジュラーヴリク。しかし、相手に手の内を晒しすぎた。

 退くべきか? 思考する。ラーストチュカも、パクファも、そして自らですら弄ばれている。

 だが退けば、相手により深くへの侵入を許す。なんとか撃退しなくては。しかしどうやって?

 

 完全に手詰まりかと思えた。しかし、間髪入れずに全ドーターの無線がハウリングを起こす。

 きぃん、と耳をつんざく音に身体を縮こまらせ、ジュラーヴリクはレーダーに目を向けた。

 

〈アンノウン接近! いや、この方角は……〉

 

 ラーストチュカの声に、ジュラーヴリクはレーダーを確認する。IFF応答無し。だが、アンノウンが来ている方角は()()()()()からだった。

 今飛べる機体は通常機しかいないはず。しかしあれだけ撤退に追い込まれ、ジュラーヴリク達を送り込んだ。今更通常機を送るとは考えにくい。

 考えられる可能性は、一つに収束した。

 

「Su-30……! ソレイユ01、お前!」

 

 機体が見えた。全体的に丸みを帯びた、フランカーシリーズそのものの機体。だが複座故に、コックピット周りは少しずんぐりとしている。

 スカイグレイに輝くSu-30SM。翼端には塗装のオレンジがうっすらと見えている。

 

〈なにやってんだ! ソレイユ06!〉

 

 Su-30SM-ANMはバーバチカ隊をカバーするように機動を変えたかと思うや否や、オープンチャンネルで激を飛ばす。

 

「お姉さま……?」

 

 聞きなれた声を聴いた。ファルクラムが正面を飛び回るスカイグレイのドーターを視認する。

 そして、すぐに彼女は考えを改めた。

 

「お姉さまはもっと鋭く飛ぶッ! 名前を騙るなッ! クソ野郎がァッ!」

 

 MiG-35-ANMの敵意が、武装さえしていないSu-30SM-ANMへ一気に向けられた。

 

(ダメかよ。アイツ、どんだけ我を見失ってんだ……)

 

 操縦するのは確かにルフィナだった。しかし、本来は自らの器とは違う機体。まるで身体の感覚が変わってしまい、思うように飛ばせない。

 

〈ソレイユ、足はいいのかよ〉

 

 ジュラーヴリクの声がした。心配する素振りはないが、気にはかけているらしい。

 ルフィナは小さく笑う。

 

「ダイレクトリンクしちまえば、肉体の感覚はどうとでもなる。この足じゃ機体に乗るのも一苦労だったんで、BA04はまだ暫く掛かる。――だが」

 

 ルフィナは自らを追い掛けるアイリスのドーターをバックミラー越しに視認する。

 

「アイツにまで手間はかけさせねー。ファルクラムは、アタシがやる」

 

 巨大な機体を翻し、MiG-35-ANMと前後を入れ換える。近年まれに見る、見事なドッグファイト。

 左右に揺さぶられようが、Su-30SM-ANMは適切な距離感と判断で追尾していく。

 

「ソレイユ06! ファルクラム!」

〈黙れッ! お姉さまの声で私を呼ぶなッ!〉

「そうかよ。ならアタシを殺すか、ファルクラム!?」

〈言われなくても!〉

 

 MiG-35-ANMがクルビットで前後を入れ替え、再びSu-30SM-ANMを追う。

 ルフィナは機体をほぼ直角に急上昇させ、MiG-35-ANMを誘い込んだ。続き、急降下。速度計は瞬く間に数字を増やしていく。

 

「お姉さまの声、お姉さまの機動……! お姉さまを、返せッ!」

 

 背後からルフィナに突き刺さるのは殺意だ。冷たく、どんなナイフよりも鋭い殺意。

 

『Предупреждение о высоте(高度に注意せよ)』

 

 Su-30SM-ANMが警告音声でもってアニマへ告げる。

 地表まで時間は無い。上空で見守るジュラーヴリク達でさえ、ソレイユ二機の急降下には冷や汗が止まらなかった。

 ルフィナが小さく息を吐いた。刹那、彼女の周囲から音が消える。

 

 あるのは、Su-30SM-ANM (今の自分)の感覚だけだ。

 急降下していた機体はその場で180度反転し、推力を全開にする。高度は下がり、速度はそれでも低下していく。

 だがまっすぐ、ルフィナはファルクラムに向き合った。

 

「いいぜ、撃てよファルクラム。それでお前が満足するなら」

 

 ロックオンアラート。すぐにそれはミサイル警告へと変わる。

 コックピット内のHUDが赤く明滅した。

 

「うらぁッ!」

 

 推力全開のまま後退しながら高度を下げていたSu-30SM-ANMは機首を引き上げ、ミサイルを誘導限界へ誘う。

 ミサイルは背面飛行するドーターのエンジンを掠めるように飛び、真っ直ぐに地面へ突き刺さり爆発した。

 

「ファルクラム」

 

 ルフィナが今度は優しく、名を呼んだ。

 

「敢えて誘導をそらしたな?」

〈……〉

「ずっとアタシを捜してたんだよな」

 

 バランスを取り直したSu-30SM-ANMは、戦闘機動を止めたMiG-35-ANMへ寄り添うように飛ぶ。

 

〈お姉さま……私は、本当にあなた以外要らないんです〉

「覚えてる。だけど今回は限度を超えすぎだ、わかるな?」

 

 ファルクラムからの返答はないが、高度を上げジュラーヴリクたちに帰順するような機動を描く。

 

〈肝が冷えたぜ、ソレイユ01〉

「アタシもだよ。機体はなんとか飛ばせた、もうすぐ実験出来る。ファルクラムは任せた」

〈ああ、言われなくても。機体は無傷で持ち帰れよ?〉

「遊びたくても遊べねーよ。自分の身体じゃねーからな」

 

 Su-30SM-ANMも一気に高度を上げ、バーバチカ隊の編隊に加わる。

 騒がしかった無線は一転して静かになっていた。ファルクラムは投降したと、ジュラーヴリクが告げていた。

 五機のドーターは見事に揃った航跡雲を引きながら、ノヴォシビルスクの工場へと戻っていく。

 

「お姉さま……」

 

 ファルクラムが自分の背後を飛ぶSu-30SM-ANMを振り返る。

 すっかり冷めた頭は、背後の機体を姉と認識している。実際、HUDに備え付けられたルフィナのバイタルサイン発信源は背後からだった。

 彼女はぽつりと呟く。

 

「私は、ちゃんとあなたに会いに来ました」

 

 彼女の声は、凶暴なジェット機のサウンドにかき消された。




今回は三人称です。
次はまたルフィナ視点に戻ります。

ファルクラムちゃんのデタラメさをちょっと強めに描きました。
……大変だな、これ。

次回もまたよろしくお願いいたします!


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ALT.27『ファルクラム』

 久し振りの空戦に、アタシの身体はガタガタだった。身体的な疲れはないが、精神的に色々無茶をやった気がする。

 一週間ぶりの空中戦の後、アタシ――Su-35SK-ANMルフィナは帰ってきた。

 いや、厳密には()()Su-30SM-ANMだ。ダイレクトリンクするのに大変だったったらありゃしない。

 具合は悪くなるし、感覚は狂うし、しまいには『拒絶反応を起こさないだけマシ』とまで言われた。

 それでも飛ばして見せた。それが、仕事だからだ。

 

 開放されたコックピットからハンガーの天井を見上げる。

 アタシを乗せたまま整備のためにハンガーへ入れられて、空は見えなくなって、無骨なライトが昼間みたいな明るさでこちらを照らしていた。

 

「大丈夫でしたか?」

 

 ベルクトがまず出迎えてくれた。ジュラーヴリクたちはロシア空軍の連中とファルクラムを連行している途中だ。

 一応彼女はアタシ側のアニマだ、妙なことをすれば考えがあるとは告げてある。

 まあ、あのリーダーがそんな卑怯者だったとしたなら、アタシは今頃アイツを撃ち落として、唯一無二のフランカーになってるだろうが。

 

「あの、ルフィナ?」

 

 不安そうにベルクトが呼び掛けてきた。

 

「わりー。クルー呼んでくれるか、降りれそうにない」

 

 機体の足下――眼下のベルクトへ、アタシは呼び掛ける。

 ダイレクトリンクしてしまえば、身体の感覚はドーターに行く。だから足が動こうが動くまいが関係ないが、リンクを切れば別だ。

 またさっきまでの不自由生活に逆戻りする。

 

「わりーな、ベルクト」

 

 クルーたちの手を借りて降り立った。アタシはまずベルクトに謝罪する。

 アタシが余計な意地を張ったから、彼女は任務に参加する事が出来なかった。

 だけどベルクトはかぶりを振って、気にしないように言った。

 

「すっかり夜だな」

「そうですね……」

 

 少しばかり寒いか。

 ようやく足も言うことを利くようになってきた。ベルクトには車椅子でなく、杖を借りれないか訊ねる。

 言うが早いか、ぱたぱたと駆けていった彼女は松葉杖を手に戻ってきた。早いな、おい。

 

「本当に杖で大丈夫ですか?」

「大丈夫だよ。明日には実験も始める。ただ、ファルクラムに一度会っておきたいんだ。出来るか?」

 

 ベルクトは少し悩むような動作を見せたが、すぐに「やってみます」と前向きな返答をくれた。

 ファルクラムからも、仲間たちの状況を訊いておかないとならない。このまま別々に話を進めていくわけにはいかないんだから。

 ベルクトはどこかへ電話を掛けるようなそぶりで端末を操作すると、少しアタシから離れて話し始めた。

 

 聞こえてくる受け答えからするに、ファルクラムと会うのは前向きに進んでいるらしい。

 それからすぐに、『今から』という話に転がった。

 

「ジュラーヴリク姉様が待っているそうです。ゆっくりで良いですから、歩けますか?」

「だいじょーぶだいじょーぶ。こういうときは、気楽に行けってビゲンが良く言うからな」

 

 ビゲン。アイツは事態が複雑になればなるほど、一度楽観的に物事を見直す事が多い。

 基本的におちゃらけたような態度は、アタシたちを和ませたりするため――らしい。少なくともエイベルはそう言っていたが、本当なんだろうか?

 とにかく、今はそんな彼女の教えを守りつつ、かつんかつんと松葉杖を突く。まだ左足に力が入りやすいのが救いだった。

 さほど動きに支障は出ない。ようやく車椅子を降りられて嬉しく思うが、合わせて歩くベルクトは何か手を貸したそうにそわそわしている。

 

 広大な工場を歩くと、次第にクロームオレンジの輝きが目に入るようになった。

 何人か見張りも立たせているようだったが、ジュラーヴリクはアタシたちを見つけると見張りを払ってくれた。

 

「大丈夫か、ルフィナ」

「オメーからそういう言葉聞けるとは、生きてみるもんだな」

「当たり前だ。実験じゃ、あんたもあたしも互いに心を開かなきゃならない。隅から隅まで見せ合って――でなきゃ、成功もねぇからな」

 

 次の実験はいよいよジュラーヴリクと共にダイレクトリンクを行うことになる。

 それも、別々にじゃない。アタシたちは文字通り()()()()()()()()として、空を飛ぶ。

 心の奥底から、概念から交じり合い、そして二人を一人としてあの機体を飛ばす事になるんだろう。

 そうした時、互いの精神がどうなっているかは……考えるだけ無駄だろう。ロシアにとって、ジュラーヴリクは失うわけにはいかない戦力だ。

 それを潰してまで無理にタンデムドーターのデータを取るくらいなら、今のままやればいい。それで奴等は困っていないんだから。

 つまり、少なくとも正気を失うだとか、そういうエンディングは待っていないだろうということ。

 

「ファルクラムについてだが、あいつやっぱり撃墜は避けてたらしい。お前に迷惑が掛かるからってな」

 

 壁に寄りかかりつつ、ジュラーヴリクは閉まりきったドアを親指で指し示す。

 意外と出来てるお仲間じゃねぇか。彼女はそう言うと、そのまま手の甲でドアをノックする。

 

「それからな。ルフィナ、お前のことも半分は理解してた」

 

 ノックの返答がないが、ジュラーヴリクは気にせず話を続ける。

 静かな廊下に、ジュラーヴリクの声と何か金属が軋むような音が聴こえていた。

 この音は室内からだ。ファルクラム、何をしてるんだ?

 

「半分は理解して、でも半分は勘違いしてた。色々働きかけて、取り敢えず軟禁で済ませてあるよ。入んな、許可は出てる」

 

 ジュラーヴリクが改めて扉を顎でしゃくって示す。

 遠慮なくドアを開け放つと、軋む音の正体が分かった。

 基本的に軟禁状態のファルクラムに用意された部屋には、簡素なパイプベッドがひとつ。トイレは無いから、必要なら見張りを付けて出られるんだろう。

 そのパイプベッドはマットレスを無造作に床へ下ろされた上で壁に立て掛けられ――

 

「あっ、お姉さま!」

 

 ――そのベッドの足が、ファルクラムの懸垂に使われていた。

 ぎしり、ぎしりと音をたてる度に、ファルクラムは細い腕で自分の身体を持ち上げる。

 

「お前はサラ・コナーかよ……」

 

 昔ソレイユで見た映画を思い出した。場所が精神病院でないことを除けば、ほぼ同じ様相だったが。

 汗に濡れた白い肌が運動の負荷を物語るようだったが、ファルクラムは至って普通にこちらへ向き直る。

 

「あっ! 汗くさいのに、私……」

「今はそういうのいいから……」

「え? そっちの方がお好きなんです?」

「ちげーよ、色ボケ」

 

 駄目だ。色ボケ入ってるファルクラムとは会話にならない。

 だけど、話に入れば変わるのも彼女だ。突っ込みはそこそこに、本題に入る。日本から来た彼女には、いくつか訊いておくことがあった。

 

「向こうの状況は? 空中空母型はどうなった?」

 

 セイイチの話をベルクト越しに知ってはいたが、改めて現場のアニマに問う。

 ファルクラムは近くに掛けていたフェイスタオルで汗を拭うと、答えた。

 

「反応無し、です。今は空中空母型を捜索、侵攻するザイを迎撃しながら様子をうかがってます」

 

 そうですね、とファルクラムが天井を仰いだ。

 

「事態は深刻だが、同時に緩慢である。というべきですか」

「なるほどな」

 

 危険は去っていない。最大限に警戒しながら、だからといって無闇に焦るものでもないと受け取って良さそうだった。

 だが、まだまだ訊くことはある。

 

「アタシが生きてるの、皆知ってるのか?」

「私がどういうアニマか、知ってるでしょう?」

 

 ぞくりと寒気のする、冷たい声だった。

 フェイスタオルから覗く目は、アタシを見透かすように真っ直ぐに向けられている。

 

「バイタルを追っといて、伝えてないのか?」

「ご想像にお任せします。ただ、私もお姉さまが死んだと言われ続けるのはイヤですし、作戦中行方不明(MIA)になるようには周りに話していたつもりですが」

 

 独占欲か。それを向けられているであろう自分がそう考えるのは憚られるが、クフィルたちに向けるあの敵意を見てはそう思うしかない。

 アタシが生きてるのを知っていて、それを周りが知らない。彼女にとっては都合が良い話になる。だから話さない。行方不明程度に、周りを動かしている。

 

「まあ、今は不安がる必要はありませんね。ドクヒ側もアニマ過多ですし、私一機抜けても穴は埋まりますよ」

「だからってな」

 

 勝手に部隊を外れて良いわけがない。組まれていたスケジュール全てがまとめて狂う。

 そうなれば、敵に準備する時間を与える。こいつはそれさえ関係ないと?

 ファルクラムに詰め寄ると、彼女はアタシの松葉杖を足で小突いた。石突が滑り、力の入らない足が身体のバランスを崩させる。

 

「わっ……!」

 

 転びそうになったアタシを、ファルクラムは力強く抱き寄せた。汗の匂いがする。けれど、不快感は無い。

 

「私、言いましたよね?」

 

 アタシの耳元で、ファルクラムは吐息を吹き掛けるように囁く。身体に力が入らない。

 抵抗したくても、彼女の力はあまりに強かった。

 

「お姉さま以外要らないんです、って。今回はお姉さまの言うことも利きません」

「どういうことだ?」

「お姉さま無しでは帰らない、ってことですよ」

 

 耳元で背筋が凍るような声がした。

 それから何事も無かったように松葉杖を直すと、ファルクラムは笑顔でアタシを立たせる。

 

「ここは私にとっても故郷ですから。末妹として、暫くお邪魔しようかと」

「駄目だって言ったら?」

 

 ファルクラムはくすくすと笑って。

 

「やーです、って言います。分かるでしょう?」

 

 やっぱりコイツはおかしい。何かが狂っている気がする。

 常識外れは見慣れたが、何かたまに猟奇的なものを感じる。

 

「悪いな、入るぞ」

 

 ノックと共に、ジュラーヴリクが部屋に入ってくる。

 暫く部屋を見渡して、それでも何もなかったようにファルクラムを正面に据えて口を開く。

 

「お前のあの機動、ルフィナと同じだな」

「当然だけど?」

「あんな綺麗に、コイツの機動に合わせられるのか? お前は」

 

 そういわれればそうだ。前線基地作戦、そしてロシア迎撃戦でも。

 ファルクラムはまるでアタシの機動をコピーしたかのように付いてきた。いくら自分の本来の器ではないとはいえ、七割は力を出せた筈だ。

 それに対しても、ファルクラムは敢えてアタシと同じ機動を選んだ。

 

「……ソレイユ初のアニマ、Su-35SK-ANM。お姉さまのデータは、アニマの訓練シミュレーターや、パイロットの対ザイ戦のシミュレーションに使われてる」

 

 アタシに語る口調とはまるっきり違う。敬語と言うものが、一気にファルクラムから消えていた。

 

「そのシミュレーションデータを利用して作られたのが私。プロジェクト『ANM-S2』、MiG-35-ANMファルクラム」

 

 ANM-S……確か、クフィルたちもシミュレーションで使ってるって話のデータだ。

 SはSoleilの頭文字になる。つまり、ソレイユのアニマ。そのデータ、ということになるらしい。

 そしてそれは、アタシが飛べば飛ぶほどに情報を更新、進化させていく。

 

(なるほど……)

 

 ロシアの奴等がまるで相手にならないのが分かった。

 ファルクラムの根本的な機動は、アタシの()()()だ。

 正直、まだバーバチカ隊と引き分けるのが精一杯なアタシだ。更に強化したデータを利用すれば、上回れる。あとは機体の最適化と、アニマの安定化だ。

 ファルクラムはビゲン、クフィル。そしてまだ見ぬもう二人とも違う。

 

(ソレイユは、アタシを量産しようとしたのか)

 

 愕然とした。いや、納得は出来る。軍ですら容易には製造出来ないアニマの完成例が、アタシだ。

 そのデータを大事にしたいのも分かる。複製したくなるのも分かる。何も間違っちゃいない。

 ただ、いずれ体制が変わるようなことがあれば、ファルクラムかアタシ――どちらを切っても問題ない存在になる。

 必要とあらば設備やデータ、ビゲンたちを売り払ったっていい。今の社長はそういったことはしないだろうが……。

 

(いや、待てよ)

 

 ファルクラムとジュラーヴリクが話すのも聴こえなくなっていた。

 ソレイユはクーデターに遭ったばかりだ。体制を崩そうと目論んでいる人間がいる、ということになるんじゃないか?

 だとすれば不味い。今の仕事を早く終わらせて、クーデター連中の根城を明かさなければ――

 

「って……」

 

 ――考えに耽っていて気付かなかった。

 ふと意識をファルクラムへ向けると、綺麗な背中が見えた。汗をかいて、着替えているらしい。

 下着も外してる。上半身には何も纏っていない。

 

「ジュラーヴリク」

「あ? なにキョドってんだ、女同士だろ?」

(違うんだよォッ!)

 

 そうだ、ジュラーヴリクは普通だった。そしてアタシの状況も理解してない。

 

「どうしたんです? もしかして、気になりました?」

「振り向くな! もう一つ訊く!」

 

 右手の松葉杖でファルクラムを押さえ付けつつ、顔を背ける。

 冗談じゃない。ジュラーヴリクは知らなくても、ファルクラムは()()()なんだ。

 偏見はないが、応えられないんだから仕方ない。

 とにかく、最後にもう一つ気になったことを訊ねよう。

 

「ライノ。アイツの様子は?」

「相変わらずです。F-14D-ANMも疑ってますよ。『アメリカで何かされた』って」

 

 やっぱりか、といった感想の返答だった。

 問題は山積みだが、一つ決意した。

 

「“ジュラ”、ハサミあるか」

「今、なんつった?」

「ハサミ」

「違う、その前」

「ジュラ」

 

 アタシが彼女を愛称で呼んだのを聞いてか、ジュラーヴリクは目を真ん丸に見開いていた。

 

「アンタが言ったんだぞ、心の奥底から繋がらなきゃならないって」

「い、言ったけどよ……」

 

 一瞬、ファルクラムの方から殺気を感じたが気にしない。

 

「だから、まずはここからだ。で、ハサミは?」

「ちょっと待ってろ」

 

 ギクシャクとした動きで部屋を出るジュラーヴリク。

 少しして、彼女は戻ってきた。ハサミを受け取り、アタシは壁に寄り掛かる。

 

「お姉さま、何を……」

「ちょっとした、決意表明だ」

 

 松葉杖を倒し、体重は壁に預ける。

 左手で後ろの髪をかきあげ、そして右手でハサミを入れた。一息に、躊躇うことなく。

 アタシの色が、床に散らばった。

 

「横もやるか……」

「お姉さま!」

 

 長い横髪にハサミを入れようとした刹那、血相を変えたようにファルクラムがアタシからハサミを取り上げた。

 

「女の子の髪は、命と同じなんです。容易く切ったりなんてしないで……」

「ファルクラム……?」

「もう、居なくならないで。お姉さま」

 

 ファルクラムの手が、アタシの左ほほの近くに押し付けられる。

 ハサミが左手に握られていて少し恐いが、ファルクラムの雰囲気は違っていた。

 ああ……。

 

(またアタシ、仲間を泣かせた)

 

 ビゲンが。そして今度はファルクラムが、アタシなんかのために涙を流してくれた。

 

「わかった。これ以上は切らないし、居なくなったりしない。約束する」

「……」

「今回で良く分かったよ。アタシは死ねないんだな。だったら、生きてやる。アタシの使い途を、アタシが捜してやる」

「はい」

 

 ファルクラムからの返事はただそれだけで。代わりに返ってきたのは、口づけだった。

 感覚を得る前に終わった、短いキスだった。映画じゃ良く見ていたけど、まさか自分がされるなんて思わなかった。

 

「今日はごめんなさい。また明日、お姉さま」

「う、うん。またな、ファルクラム。ちゃんと言うことは利けよ」

 

 なんだかギクシャクしてしまう。歯車が噛み合わなくなるような、そんな感覚。

 ファルクラムの想いには応えられないのに、なんで彼女は諦めないんだろう。

 ジュラーヴリクとは違うベクトルで()()だから? いや、きっとそれ以上だ。

 彼女の意志は尋常じゃない。

 ベルクトと共に部屋へ戻る途中、後ろを振り返る。ファルクラムの部屋には、また見張りがついていた。

 

「大丈夫ですか? ルフィナ」

「ああ。明日から本格的にやろう」

「無理はしてませんよね?」

「当たり前だろ。まずはドーターに乗るより先に、ジュラとダイレクトリンクしなきゃな。そのテストなら、まだ足が不完全でも迷惑は掛けねーよ」

 

 スノーホワイトの髪が揺れる。ベルクトはアタシが切った後頭部の髪をさわる。

 

「もう。無理矢理にハサミを入れるから、変になってますよ?」

「仕方ねーだろ。切り方なんて知らないし」

「私が切ってあげますから、早く戻りましょう」

「いや、それは……」

「いいですから、行きますよ」

 

 ベルクトに急かされながら、アタシは彼女との部屋へ向かった。

 明日。いよいよ実験を開始できる。ドーターの修復も始まる筈だ。

 ファルクラムがここに来てしまったのは想定外だった。どこまで本心を、真実を語っているかもわからないが、今は彼女を信じるしかない。

 先を行く雪のように白い輝きを追って、アタシは松葉杖に力を込める。




久々に長々書きましたゆえ……。

次回からSu-30SM-ANM計画の始動になります。
またよろしくお願いいたします!


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ALT.28『収束』

「準備は出来たのか?」

 

 昼、研究室でアタシはジュラーヴリクにそう声をかけられた。

 予定通り、Su-35SK-ANMフランカーはジュラーヴリクとのリンクに挑む事になった。

 周囲の視線が突き刺さるようだ。見張りをどうやって取り込んだのか、ファルクラムまで試験を見に来ている。

 

「いつでもいい。やるぞ」

 

 アタシは少し、視線を落とす。ジュラーヴリクとの間にはNFIパネルがある。

 まるで足か触手のように伸びる複数の太いケーブルは、研究員の端末に繋がっていて準備も万端のようだった。

 

 ドーターに一緒に乗り込む前に、まず彼女と行うのは『同期』だ。

 いくらフランカー同士でも、その本質は違う。いきなりドーターに乗り込んで問題を起こす前に、軽いテストということらしい。

 

「いいんだな? あたしとはずっと敵だった。その相手に、本当に心の奥底から何から何まで見せても」

 

 くどいくらいにジュラーヴリクはアタシに確かめる。

 ダイレクトリンクしてなくたって、彼女のちょっとした不安は伝わってきた。ジュラーヴリクに繋がるということは、向こうの全てをアタシは知ることになる。

 文字通りに、何もかもを。だけどアタシは彼女の問いを笑い飛ばした。

 

「今更だよ。ここまで来たんだ、敵と手組んで、本当の敵に挑むなんて展開もいいだろ?」

「……そうか、わかった。やるぞ」

 

 彼女の返答は意外にもあっさりとしていた。先程までの、しつこく確かめるような雰囲気はない。

 NFIパネルに手を置いて、正面のアニマに視線を合わせる。ジュラーヴリクも真っ直ぐにアタシを見つめていた。目を逸らすことなく、真っ直ぐに。

 

「ダイレクトリンク」

「収束モード」

 

 目を瞑る。感覚が解ける。クロームオレンジの輝きが、陽光のように走った気がした。

 向こうも同じだろう。アタシにも分かる。ジュラーヴリクが背負う、ロシアに対する忠誠も責務も。

 

(ああ……)

 

 向こうもアタシを見ている。見るがいいさ、アタシの見てきた地獄も、楽しい時間も。

 だからアタシも、ジュラーヴリクの小さな身体にのし掛かる重責を見せてもらう。二人で半分にしよう。

 願いに救い、痛みも恐怖も。何もかも、二人で半分に。ネガティブもポジティブも分け合おう。

 

「う……」

 

 ダイレクトリンクが切れた。目の前でジュラーヴリクが呻いている。

 額を右手で押さえ、肩で息をして。

 

「とんでもねーモン背負って、そして見てきたんだな」

 

 アタシを見る目が、少し揺れていた。直視出来ていないようだった。

 

「ああ。アタシには国はないが、ソレイユの為にアタシは作られたんだからな」

 

 違う。ジュラーヴリクはすぐにかぶり振った。

 

「確かに、ANM-Sとやらもヤバイさ。だけどもっとヤバイのが見えた。ロジックコアに刻まれるほど、トラウマなのか」

 

 ラーストチュカに支えられるジュラーヴリク。彼女は小さく息を吐いた。

 

「ソレイユのクーデター。家族が皆殺しか」

 

 ああ。彼女は『アレ』も見てしまったのか。シールドなんてしないから、当然アタシに刻まれた全てを見るのか。

 

「その為に力が欲しいってんなら、あたしも力になるよ。中佐にも頼んでんだな? なら、あたしも個人的にな」

「ジュラ!? そんな……」

 

 ラーストチュカがこの世の終わりみたいな顔をしている。よほどアタシに寄っていくのがショックらしい。

 

(あれ?)

 

 この状況、上手く使えばラーストチュカとファルクラムで上手いことやれるんじゃないだろうか?

 まだ状況はシリアスだったが、ふとそんな事を考えてしまう。

 

「それにしても、クソ生意気なお前にそういう使命がねぇ」

「だったらそっちの解決も手伝えよ」

「そうしたいが、ちょっとばかしヤバイ匂いもするしな」

 

 ラーストチュカの手を退かしつつ、ジュラーヴリクはこちらへ歩み寄る。

 

「ツラ貸せ、ルフィナ」

 

 アタシの手を取ったジュラーヴリクは、松葉杖を渡しながら言う。

 今更なにをしようというのか。ただ、彼女は他のアニマや人間たちにも付いてこないように言っている。

 流石、信頼はあるのだろう。試験を見守っていたカジンスキーからは30分まで、という条件こそ出たものの、見張り無しでジュラーヴリクと二人きりになる。

 研究室を出て、更に工場を練り歩く。

 

「よし……」

 

 きょろきょろと周囲を見回して、改めてジュラーヴリクは尾行がないかを確かめた。

 ちょっとした休憩所なのか長椅子があって、ジュラーヴリクはアタシにそこへ腰掛けるように言った。

 歩きずくめで少々疲れたところだ、遠慮無く腰掛ける。転ばないように、慎重に。

 

「アニマにアクセスする機能か。お前、もしかしてあの試験さえ必要無かったんじゃねぇか?」

 

 ジュラーヴリクは乱暴に長椅子へ腰を下ろすと、唐突にそう切り出した。

 ANM-Sはファルクラムから聞いていただろうが、確かにその機能については話していない。

 だから人目を避けたのか。

 

「アタシにはなんでこんな力寄越されたのか、わかんねーよ。ジュラの質問に答えるなら、これはアタシからしか対象にアクセス出来ない。相互間は無いし、逆もない」

 

 壁に背中を預けつつ、足を伸ばす。

 ジュラーヴリクはアタシの顔を不思議そうに眺めていた。

 

「それで仲間を助けたわけか。ザイの侵食の盾になって」

「まあな……。死に損なったけど」

 

 アタシが自嘲気味に言うと、ジュラーヴリクは強めに頭を叩いてくる。

 

「死ねないんだよ、あんたは。あたしが見たのはお前のロジックコア――いっちまえば、心の中だ」

 

 ジュラーヴリクも自分と同じように壁に背中を預けると、足を大きく伸ばす。

 

「だから未来のことはわからねぇ。だけどさ、前も死にかけて今回も……それで死ねないんだ、きっとルフィナには何か役目があるんだよ」

 

 そう語りかけてくるジュラーヴリクの眼差しは、いつもとは違って優しく見えた。

 言葉の雰囲気も不思議と柔らかく感じる。

 

「役目、ねぇ」

「PMC初のドーターだ、同じ国無しアニマどもの灯火にでもなるんじゃねぇか? なんてな」

 

 なんだかジュラーヴリクらしくない気がする。いつもの彼女は自分に対して敵対的で、高圧的で。

 でも、ここに来てから妙に気に掛けてくれている気がする。

 

「あー! もう、あたしらしくねぇ。研究室もどんぞ、銀色」

「おーよ、オレンジ。アタシが前席だったら、振り回されて狙い外さないように今から練習しとけ」

「はっ! なら、お前が後席に決まった暁には、ミサイル一発外す毎にウォッカ奢りだからな」

「出たよ、ロシアのウォッカ好き。ま、有り得ねーけどな!」

 

 工場の来た道を戻る。気付いた時には、席での役割分担くらいは決まっていた。

 いつもの下らない言い合い。でも、不思議と悪い気がしなかった。楽しくてどんどん言葉が出てきて、高揚する。

 多分これが、ジュラーヴリクというアニマなんだろう。ラーストチュカがご執心なのも分かる気がした。

 

 □

 

「……」

 

 研究室はジュラーヴリクら不在の間、休憩時間として緩やかな時間が流れていた。

 見張りがついていながら、椅子に座るファルクラムは珍しく静かで、じっと目を瞑っていた。

 ふと、彼女はそっと右耳を押さえる。

 

(……お姉さま)

 

 右耳には無線式のイヤホンが嵌められていた。ファルクラムが聞いているのは、ジュラーヴリクと部屋を出たルフィナの声だった。

 

(アニマに繋ぐ力……か)

 

 先日、彼女の松葉杖を蹴って抱き寄せた拍子につけた盗聴器が会話を全てファルクラムに届けていた。

 ただでジュラーヴリクに彼女を渡すつもりはないと、ファルクラムは自由にしていた左手を握り締める。

 

「遅いな、ジュラ……。まさか、あの銀色に何かされたんじゃ……」

「大丈夫ですよ、ラーストチュカ姉様。ルフィナは悪い人ではありません」

「いや、もしかしたら本性を隠しているかもしれないだろ!」

 

 ファルクラムの視界がアクアマリンのアニマを捉える。

 彼女は見張りの肩を叩き、ラーストチュカとの会話を希望。そのまま歩き出す。

 

「ラーストチュカさん」

 

 彼女はにこやかにラーストチュカとベルクトの輪に飛び込み、弾むような調子で語った。

 

「ジュラーヴリクさんが気になるんでしたら、よかったらお手伝いしますよ」

 

「は?」とラーストチュカが目をしばたたかせる。

 手を後ろに組んで、ファルクラムは満面の笑顔を浮かべた。

 ファルクラムの様子を横で見ていたベルクトだけが、彼女に違和感を感じていた。




さて、いよいよSu-30SM-ANMが飛ぶ……はず!


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ALT.29『本心』

「ルフィナ、これはあたしらだけの話だ。いいか」

 

 間も無く試験も始まるだろうに、ジュラーヴリクは自身のドーターをチェックし終えるなりアタシにそう声を掛けた。

 隣のハンガーでは、アタシのドーターが修復中になっている。Su-35SK-ANMが直されていく。

 それをまるで遮ろうかとするように、目の前のジュラーヴリクは真剣な眼差しで歩み寄る。

 

「お、おい……」

 

 アタシに抱きつかんばかりの距離まで来ると、彼女は背中に手を伸ばし、アタシの服から何かを取った。

 摘ままれるようにして取られたのは、妙に小さい虫……にしては機械的だ。足も見当たらない。

 ごくごく小さな集音マイクのような形に見える。

 

「……」

 

 ジュラーヴリクはそれを床に落とすと、足ですぐさまに踏みつける。

 ばり、と固いものが砕ける音がした。地面を擦るように入念に破壊する。

 足をどけると、砕けたパーツに基盤らしいものの破片が見えた。

 

「盗聴器だ」

 

 憎々しげに破片を見つめるジュラーヴリクが言う。

 

「は? 盗聴器って……」

 

 そんなもの、一体いつ付けられる?

 付けられる道理もない。アタシの話を盗聴して何が楽しい?

 

「さっきドーターの調子見てる時に緑色から秘匿で連絡があった。ルフィナには関係ある話だ、もっと厳重な場所で――」

 

 ジュラーヴリクがアタシを――いや、その視線は自分より後ろだ。

 振り返る。資材の陰から、ファルクラムが此方を覗いていた。見張りがいない。一体どうやって出てきたんだ?

 それよりも、ファルクラムがアタシたちに向ける視線。それは何よりも強い、憎悪だった。

 

「嗅ぎ付けやがったか」

 

 身構えるジュラーヴリク。

 だが、瞬きする間に藤色の輝きは消えていた。

 なんだったんだ? 理解を拒む以前に、理解が追い付かない。

 

「もうバレてる。ここで話す」

 

 ジュラーヴリクはアタシの肩を押さえ付け、真っ直ぐに視線を向けた。

 吐息を感じる距離。彼女の大きな緑色の瞳に、自分の姿が映っている。間抜けな顔をさらしていた。

 

「ソレイユはクーデターによって窮地だったな? 緑色が警戒してお前らを調べたらしいが、その時にクーデター連中のデータを追えたらしい。何が見つかったと思う?」

 

 頭が理解を拒んでいる。半分答えのようなものじゃないか。嘘だ、嘘だと頭では怒鳴っている。

 アタシを捜して一日に二回も領空を侵犯して、抱き付いてきて……。

 ジュラーヴリクは自分の両頬を手で挟み、自身と無理矢理に視線を交わさせる。逃げ場がない。

 

「ファルクラムはクーデター連中にコアデータを改竄されてる。いや、厳密には『目標から逸らされている』か」

 

 頭が真っ白になるような感覚がした。だけどすぐにそれがアタシの想定した事態ではない事に、笑いがこみ上げてきた。

 

「は、ははは!」

「なに笑ってんだよ!? あいつは、お前らの敵だったんだ。スパイだ、わかるか!?」

「はははは! 分かる、分かるさジュラ。アイツはスパイだ」

 

 ジュラーヴリクの両手を振り払う。気付けば松葉杖無しに自立出来ていた。

 彼女は言った『ファルクラムはデータを改竄されている』と。目標から逸らされている、と。

 つまり根っからクーデターを起こした側に付いている訳ではないということになる。

 ファルクラムの想いがクーデター連中に歪められたものなのか、それとも本当に心の奥底から改竄を乗り越えて溢れ出すものなのか。それはわからない。

 今が危険なのも同じだ。それは変わらない。でも手がない訳じゃない。彼女は根っからのスパイじゃないんだから。

 

「ジュラ、ビゲンに連絡を取りたい」

「ダメだ。いや、許してやりたいが、あたしも上からあんたの味方には連絡させるなって通達されてるからな。流石に逆らえねぇよ」

 

 ジュラーヴリクは機嫌悪そうに地面を蹴った。

 こういう時に手を借りたいのはビゲンだ。ザイ前線基地戦最後の通信に紛れた、妙な女も味方の気配がするから話を聞きたかったが。

 

(自分でなんとかしなきゃな)

 

 心に決めた。ここで実験に協力するのは、自分をより強くするためだ。のんきに休んでいる為じゃない。

 なら部下の不始末をなんとかするのも、アタシの役目だろう。

 

「ジュラ、アタシが前席。いいか」

「今実験の話すんのかよ? 仲間がスパイだったんだぞ?」

「いいのか? アタシが前席で」

 

 ジュラーヴリクの視線が険しくなっていく。『現実から目を逸らしやがった』とでも言いたげな目だった。

 

「好きにしろ。いつ飛ばせるんだ」

「いつでも。ファルクラムの監視も解いてくれ。泳がせたい」

「テメェ、血迷ったのか!? クーデター連中の手先が、今にもナイフの切っ先が届くような距離から見てるんだぞ!?」

 

 かっと目を見開いたジュラーヴリクが、勢いよく掴みかかった。

 今度は彼女に無理矢理させられるでもなく、真っ直ぐに見つめる。

 

「殺すチャンスだけなら何度もあった。ファルクラム自身に何かある。それを空で調べたい」

「……お前、まさかあのイカれたミグを空に炙り出すってのか?」

 

 ジュラーヴリクの怒りが驚きに変わった。信じられないそんな危険人物を、とでも言いたそうに見える。

 

「アタシの機能、もう分かってるだろ」

 

 告げる。ハッキリと、作業音に負けないようにしっかりとジュラーヴリクに告げる。

 

「アニマを繋ぐ力……。ザイ侵食さえ移したお前なら、確かに多少のウイルスやらブロックは直接取っ払えるかもしれねぇけど……」

「けど?」

 

 問うと、ジュラーヴリクはゆっくりと視線を落とす。

 

「ザイの侵食を消した訳じゃない。自分に移しただけだ。もしヤツが本当に手を加えられてるなら、ファルクラムを元に戻したらお前が……」

「無い。あんなクソどもには絶対に負けねえ。手先になってやるつもりもない」

「言うだけは簡単だろうが! 実際は!? 実績はあんのか!?」

「ねーよッ! 突貫だ! いつもアタシはそうやってきたッ!」

 

 互いに声を張り上げる。気付けば、整備員たちの気すら引いていた。

 作業音が減っている。少しの静寂の後、音はまた増えていった。

 

「協力してもらえないなら、それでもいい。一人で考える」

「いや、駄目だ。もうあたしとお前は繋がった仲だ。ダイレクトリンク中に伝わったよ、『願い、救い、痛み、恐怖全部分け合う』って」

 

「だから」ジュラーヴリクは続けた。

 

「やるなら一緒だ。あのピンク色共以来だよ、バーバチカの奴等以外にここまで入れ込んだのは」

「よし。早いうちに飛ぼう、連絡は頼んだ」

 

 ジュラーヴリクはこくりと頷くと、ハンガーの外へ駆けていく。

 

「私を落とすつもりですか? お姉さま」

 

 ジュラーヴリクの姿が消えると、今度は冷たい声が自分を呼んだ。

 腰に硬い何かが当たって、左からファルクラムが自分の横顔を覗き込んでいた。

 思わず背筋が伸びる。冷や汗が頬を伝った。

 

「私はお姉さまを愛してます。例え殺しても、ずぅっと傍にいます」

 

 突き付けられているのは拳銃だ。どこから調達したんだ?

 いや、見張りも無しに出歩いてる時点で確定している。恐らく、抜け出した時にどうにかした見張りから拝借したんだろう。

 

「アタシをここで殺すのはお前の本意か、ファルクラム」

 

 敢えて彼女の顔は見ない。ハッキリ言ってしまえば、今にも崩れ落ちそうなほどに怖かった。

 だから顔は見なかった。アニマとして――ただアニマとして話をしていくしかなかった。

 

「……」

「空でザイを落とすのが使命だ。それは変わらないんだろ。アニマとドーターは空に在るべきだ」

 

 静かにだが、撃鉄が起きた。周りが気付く筈もない。ここは作業中のハンガー、些細な音は何一つ周りに聴こえやしない。

 

「地上のイザコザで自分を見失って本望なら、引けよ」

「お姉さま……」

「殺せって言ってるんだ」

 

 垣間見える猟奇的な雰囲気からいって、引き金を引く可能性は充分にあった。

 都合良く銃を下ろす展開の方が、確率が低い。

 時間はどれだけ経った? 一秒? 一分? それとももっとか。

 

「強気なお姉さま。私、大好きですよ」

 

 ぐりっと腰に強く銃が押し付けられる。

 目を瞑る。いつ銃弾が体内を突き抜けてもいいように、歯も食いしばって。

 

 ――パチン!

 

 そんな気の抜けるような音がした。

 異物感が腰から消えている。ファルクラムは笑いながら――

 

「弾なんて入ってませんよ。でも、そうですね。空で会いましょう、お姉さま」

 

 ――そんな風に言うと、彼女の気配は煙のように消えてしまった。

 

「ああ。アタシ達が相手だ」

 

 いるかも分からないファルクラムに、アタシはそう告げた。と、同時に身体から力が抜ける。

 

「ルフィナ!」

 

 入れ替わるようにやって来たのはベルクト。傍らには珍しく、パクファがいた。

 床にくずおれたアタシに、ベルクトは優しく手を差しのべてくれた。いつも笑顔のパクファも、眉尻を下げて何処か心配そうにしている。

 

「何があったんですか? 今日いきなり試験飛行が決まったと、ジュラーヴリク姉様も言っていますし……」

 

 話は纏まっていたらしい。そうとなると、ファルクラムも気付かれないように支度している筈。

 ベルクトの手をとって、アタシは少しふらつきつつも立ち上がった。

 

「悪いな。ここにもウチの問題を持ち込んじまった」

 

 ぽん、と軽くベルクトの肩を叩いてすれ違う。

 エプロンには、既にSu-30SM-ANMが用意されていた。ファルクラムの姿はないが、必ず後を追うだろう。

 アタシはパイロットスーツに着替えるため、建物へ戻った。

 

 □

 

「おせぇぞ!」

「わりー! 手間取った!」

 

 Su-30SM-ANMの後席に腰掛けるジュラーヴリクは、ルフィナがタラップを駆け上がるのを見て怒鳴る。

 まだダイレクトリンクは行われていない。機体にはハッキリとウィングのオレンジ色が見えていた。

 

「よし、アタシお得意のぶっつけ本番だ。行けるか、ジュラ」

「おうよ! 祖国の実験ついで、ってのは納得がいかねぇが……ついでに助けてやるよ、お前の会社――家も!」

 

 二人は目を瞑り、NFIパネルに手を置く。

 ドーターのシステムは、二体のアニマをしっかり一体として読み取った。

 機体にハニカムパターンが浮かび、そして二色の発光現象が起きる。スカイグレイとクロームオレンジ――敵同士だった二体のフランカー。

 固有色は混じり合い、そしてドーターのカラーパターンに合わせるようにして変化する。スカイグレイのメインカラー、クロームオレンジのウィング。

 

「具合はどうだ、ジュラ」

「すこぶるいい感じだな。具合が悪い感じはない」

「アタシもだ。一人で飛ばした時より、ずっといい」

 

 キャノピーが閉じ、すぐに全周モニターが景色を映す。

 メインの操縦はルフィナが担当する。ジュラーヴリクは武装の管制に全力を注ぐ。

 左エンジン始動。電力が行き渡り、垂れ下がっていたエンジンノズルが起き上がる。右エンジン始動、左エンジンの排気音に共鳴して甲高く凶暴な音が響き渡った。

 

「よし、システムオーケーだ。まさかあたしが、こんな地味なことやるとは思わなかったよ」

「何事にも初めてはあるさ。アタシもそうだ」

 

 くすりとルフィナは笑って見せる。

 各動翼が上下に動き、エンジンノズルも合わせて生き物めいて動いた。

 エンジンノズルがしぼられ、そして開く度に鈍い動作音が鳴る。

 エンジンチェックも完了、ルフィナとジュラーヴリクはもはや会話すら交わしていない。一機のSu-30SM-ANMとして、ただ繋がっている。それだけで二人は全てを理解できた。

 

(来い、ファルクラム)

 

 空を見上げ、目指す先を確認する。

 管制官からの指示と共に、機体はゆっくりと進み始める。

 にわかに無線が騒がしくなる。タキシングするSu-30SM-ANMの後を追うように、アイリスのドーターが付いていた。

 動翼をチェックしながら、ぴったりと彼女は後をつけている。

 

〈今まで私はお姉さまを超えたくなかった。でも今日でおしまい。ANM-S2、ファルクラム――任務の障害と判断しフランカーを撃墜する〉

「飛んでから言いなよ、ファルクラム」

「地上で粋がるアニマは単なる負け犬だ。粋がるなら、空でも強くないとな」

 

 二機のスロットルがほぼ同時に全開に開かれる。

 排気炎を引きながら、二機のドーターは蒼空へと舞い上がった。




やっとSu-30SM-ANMが飛んだ……。
ひとつの決着を着けるため、もっと強くなるため、ルフィナは『フランカー』として空へ向かいます。


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ALT.30『空へ』

「来たぞ、イカれ野郎が」

 

 空に上がってすぐ、Su-30SM-ANMへ向けてMiG-35-ANMはヒートシーカーを向けていた。

 ミサイルアラートが鳴り響く。蛇のようにうねった煙を引きながら、短距離空対空ミサイルはSu-30SM-ANMを追尾していた。

 

「武装無しか」

「わりぃ。今回のスケジュールは、あくまで飛行試験だからな。的当てすらありゃしねぇ」

「いや」

 

 ルフィナはミサイルに追われながらも、笑って見せる。

 

「機体が軽くてマニューバも楽だ! ヤツを見失うなよ、ジュラッ!」

 

 Su-30SM-ANMが突如180度ロール、一気に降下していく。無論、ミサイルが後を追った。

 空域下には森が広がっている。木々を掠めるほどの高さで直角に水平飛行を開始、速度差からミサイルが木に突っ込み、爆発する。

 

「よしッ!」

「もう一発来る!」

 

 今度は上から撃ち下ろされるレーダー誘導ミサイルだ。下に逃げ場は無く、上はファルクラムが張っている。

 MiG-35-ANMにはノヴォシビルスクに来たままの武装が満載されている。反対にSu-30SM-ANMには一切搭載されていない。

 フランカーたちに、ファルクラムへの攻撃手段は無かった。

 

〈まさかもう終わりなんて言わないよね、お姉さま〉

 

 無線から冷たい声が響いた。フランカーたちは揃って空を見上げる。

 繋がっているからか、それとも偶然か。ルフィナにもジュラーヴリクにも、絶望の色は見えなかった。

 

「手が自由ならミドルフィンガー立ててるよ! そっちの土俵まで上がってやる!」

 

 今度は機体が急上昇する。アイリスのミサイルに追われながら、Su-30SM-ANMは真っ直ぐにMiG-35-ANMを目指した。

 機体を退避させようとするファルクラムよりも更に早く、ドーター同士が交差する。

 

「前は自滅技だったが、今回は行ける!」

 

 Su-30SM-ANMのカナード、エアブレーキが全て立ち上がった。壁にぶつかったような急制動と共に、ミサイルは距離を詰める。

 制動、そして一気に加速。

 

〈なっ……!?〉

 

 ファルクラムからも驚愕の声が漏れる。刹那、アイリスのドーターの至近距離で近接信管を作動させたミサイルが炸裂、破片がMiG-35-ANMを襲った。

 急上昇したSu-30SM-ANMは衝撃を受けただけで、今度は逆に高度を取り返す。

 

〈失敗した筈の手を……!〉

 

 恨めしそうにファルクラムが呟いた。

 

「そりゃあ失敗したからな。使うのは二度目。成功例なんて、ANM-Sには入ってねーだろ!」

 

 機体を翻し、更に増速するSu-30SM-ANM。フランカーたちの後方に、ファルクラムがついた。

 

「まただ! アイツ、相当ムカついてんぞ」

「上等だ!」

 

 三度目のミサイルアラート。間髪入れずにレーダーが二発目のミサイル発射を知らせる。

 

「二発来る! さっきの機動じゃ賭けだな。どうするよ!」

「前見ろ、ジュラ!」

 

 ルフィナに言われて、ジュラーヴリクは一瞬後方警戒を解く。目に突き刺さるような光を放つ空――太陽に向かって、ドーターは飛んでいた。

 陽光に目を細めると、すぐさまドーターは急上昇する。ミサイルの一発は逸れ、太陽へ向かう。

 

〈太陽の熱……! でも、まだ一発ある!〉

 

 ミサイルに追われるSu-30SM-ANM。ファルクラムが管制により集中を深める。

 ミサイルの機動に鋭さを増す一方、機体の機動は緩やかになっていた。

 

「ちょっと無茶だが、この隙を逃す手はねーか」

「お前、まさかアイツに繋ぐ気か!?」

 

 ジュラーヴリクが思わず身を乗り出す。

 ベルトに拘束されているのも忘れ、ルフィナが無理矢理に預けたコントロールを受け取りながら暴れる。

 ドーターはスカイグレイの輝きを失い、クロームオレンジ一色へと変わる。

 

「今助ける、ファルクラム」

〈ミサイルに追われながら、何を――〉

 

 無線にノイズが走った。一瞬だが、Su-30SM-ANMの全周モニターにさえノイズが発生。がくん、とルフィナの意識が失われる。

 

「チキショウ! 失敗しやがったのかよ、なあ!」

 

 今、ジュラーヴリクはルフィナとも接続出来ていない。彼女の考えも読めず、完全に一人でSu-30SM-ANMという機体を飛ばしていた。

 ミサイルに追われ、逃げ回りながら彼女はルフィナの覚醒を待つ。追ってくるミサイルの推進剤も無限ではない、当然戦闘機より早く尽きる。

 

「んっ……!」

「ルフィナ!」

 

 前席で声が上がった。力無く項垂れていた身体が、再びシートに寄り掛かる。

 追ってきたミサイルは自爆し、二機のドーターは至近距離で上下に交差する。

 Su-30SM-ANMの垂直尾翼とMiG-35-ANMの機体下部が擦れ、火花が散った。

 バランスを失い、ふらふらと飛ぶファルクラムのドーター。アイリスの輝きは不安定に明滅していた。

 

「成功したのかよ、ルフィナ」

「……やれるだけはやったさ。あとはアイツ次第だな」

 

「なんだよ、それ」ジュラーヴリクは心底呆れたように吐き出した。

 

〈お姉さま〉

 

 無線が復旧する。操縦が再びルフィナに戻り、ドーターには彼女の固有色が戻っていた。

 警戒は解いていない。フランカーたちのドーターはMiG-35-ANMの背後につけ、最大の警戒と共に威嚇する。

 

〈私、なんであんな命令を聞いていたんですか? ソレイユを潰せって……〉

「本心か?」

〈え?〉

 

 ルフィナの疑念の声に、ファルクラムが間の抜けた声を上げる。

 

「今、アタシたちはお前のすぐ後ろだ。お前の機動力なら、少し増速してクルビットすれば機関砲で始末出来るぞ。チャンスだ、ファルクラム」

〈お姉さま、私は!〉

 

 ファルクラムが発したのは、否定だった。

 

〈違う、違うんです。私も何がどうなっているのか分からなくて……こんなに大好きなお姉さまを殺す……え? どうして、なんで!?〉

 

「終わった」ルフィナがジュラーヴリクへ静かに告げた。

 混乱するファルクラム。機体も彼女の意志を体現するようによたよたと揺れている。

 彼女には既に攻撃の意思は無く、あるのはただただ混乱のみ。

 

「ファルクラム、逃げた方がいい。次は連中、軟禁じゃ済ませないぞ」

〈分かってます。殺してはいませんが、そろそろ怪しまれる頃でしょうし……〉

 

 ファルクラムは「んー」と悩む。機体を翻し、Su-30SM-ANMと翼を並べた。

 フランカーたちのレーダーが更新され、ウェイポイントが登録される。

 

「なんのポイントだ? こりゃ」

 

 ジュラーヴリクが訝しげにレーダーの光点を眺めた。

 レーダーマップの拡大を繰り返し、光点を中心に再び縮小する。

 

「待てよ、これ……ソレイユ社じゃねぇのか!?」

「らしいな。来いってことか」

〈まもなく空域に入ります。私に付いてきて。――そこで、話があります〉

 

 ファルクラムのドーターが前に出る。航跡雲は機体のロールと共に捻れ、そして右へ旋回する。

 

「悪い、ジュラ。付き合わせる」

「今更かよ。好きにしろ、もう予定空域からだいぶ来てる。なんにせよ始末書だ」

 

 ジュラーヴリクからは反論の意志を感じない。既に諦観しているようだった。

 

「手伝うよ、書くの」

 

 ファルクラムのドーターへ追随するように、Su-30SM-ANMも右へターンする。

 導かれ向かう先は、全ての始まりの地。ジュラーヴリクと二人で、ルフィナはクーデターによって閉鎖された筈のソレイユ社へと向かった。




祝、ALT.30!
まあ、そのわりに短くなってしまいましたがキリがいいので次話に続きます。

ルフィナは再び始まりの地へ。
ファルクラムは本当に元に戻れたのか?

次回もよろしくお願いいたします。


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ALT.31『灯火』

 ロシア、ソレイユ社ランウェイ。

 MiG-35-ANMファルクラムに引き連れられて、Su-30SM-ANMに接続したアタシ――ルフィナと相棒であるSu-27M-ANMジュラーヴリクはランディングアプローチに入っていた。

 

(おかしい)

 

 モニターから見えるソレイユ社の飛行場は、クーデターに巻き込まれたあの時から綺麗になっている。

 制圧したステラ社が掃除する訳もない。あれからどれだけ経ったか。無人になるはずであろう敷地は、不気味なほど綺麗だった。

 

「まずいんじゃねえか、こりゃあ」

 

 ジュラーヴリクが周囲を見渡しているのが感覚として伝わる。

 前方で停止するMiG-35-ANMに合わせて、機体を停める。エプロンに運ぶ必要もない、というのだろうか。

 

「ルフィナ、下だ。歓迎パーティーでも開いてくれるかな」

 

 ジュラーヴリクに言われて足元を見渡す。

 小銃を構えた男が六人ほど、機体左右から挟み込むようにこちらを狙っていた。

 

「ファルクラム……」

 

 戻らなかったのか? 奴はアタシ達を嵌めたのか? 疑念が湧いては消えていく。

 無駄だったとは思いたくない。でもこの手際は、まるでファルクラムが手土産を持ち帰ったかのように思えた。

 

〈降りてください。タラップを用意します〉

 

 無線から聴こえるファルクラムの声からは、先程の狼狽が消えていた。

 冷静で、有無を言わさぬ雰囲気がある。機体を止められた以上、従うしかない。装甲キャノピーとはいえ、ビゲンのドーターであるサーブ37と違ってコイツは逆噴射なんて器用な真似は出来ない。

 撃たれながら逃げようにも、既に退路は絶たれている。

 

「ルフィナ、もう諦めろ。どこかでヤツを始末するしかねぇ」

「クソッ……」

 

 悪態ついても無駄か。

 ダイレクトリンクを解除、両手を上げつつキャノピーを開ける。懐かしい風も、今はそれを堪能する余裕が自分にはない。

 

「歩け」

 

 コックピットから地上に下りるなり、小銃の銃口を向けられてアタシとジュラーヴリクはそう指示された。

 ファルクラムも下りてきたが、拳銃を手渡された以外は見張り無し。その様だけなら、完全にクロだった。サプレッサーの装着までひどく手慣れている。

 

「ファルクラム、後ろから来い」

「了解」

 

 無駄だった。こんなに悔しい思いをしたのに、怒鳴り、喚き散らす気力すら湧かない。

 仲間は本当にスパイだったのか。その事実で頭が一杯だった。

 翼を並べて飛んで、想いを告げられて。あれも嘘だったのだろうか?

 改竄が解けないとなると何処からが嘘だったのかすら、もう分からない。

 

「処分するの? そのアニマ」

 

 後ろからファルクラムの声がする。

 

「処分だと? コケにしやがって……」

 

 ジュラーヴリクの恨み言が聴こえる。

 幸い、周囲には単なる負け犬の遠吠え程度にしか思われていないらしい。暴行を受ける事もなかった。

 ドーターから離れて、しばらく歩いたその時だった。

 

 カメラのシャッターを切ったような、カシュッという軽い音が聴こえた。

 次に何かが倒れたような重い音。軽い噴射音のようなそれと共に、アタシ達を囲んでいた屈強そうなオペレーター達は頭から血を吹き出して倒れた。

 次々と、瞬く間に。

 

「ごめんなさい、お姉さま。ジュラーヴリク。どうしてもすぐには助け出せなくて」

 

 振り向いた先に、硝煙を上げる拳銃を構えたファルクラムがいた。

 彼女の足下には金色に輝く薬莢が転がっている。

 

「お前がやったのか、ファルクラム?」

 

 思わず問い掛ける。ファルクラムは静かに頷いて、小銃を一挺拾い上げた。

 

「詳しい話は安全を確保してから。ジュラーヴリク、銃の扱いは?」

「AKなら多少はな」

 

「よし」ファルクラムは確信したように頷いて、小銃をジュラーヴリクに手渡す。

 

「AK-12自動小銃。使い方は古いAKと同じ、これは替えのマガジン……」

「待て待て! 本当にお前、信用していいのか?」

 

 倒れたオペレーターから弾倉を奪って押し付けるファルクラムの手を、ジュラーヴリクは押し返す。

 彼女の問いは尤もだろう。ついさっきまで敵のように振る舞っていて、しかもスパイの事実まである。

 アタシのコネクションが上手くいったかも確認のしようがない。

 

「仮に敵だとして、今一番私を撃ち殺すのに抵抗がないアニマに銃を渡すと思う? それに、敵ならあんた達ごと撃ってるっての」

 

 口を尖らせながら、ファルクラムは押し返すジュラーヴリクよりも更に強く弾倉を押し付けて渡すと、自身の拳銃のチェックを始める。

 弾倉を抜いて、また戻して。その行動もビゲンなら意味がわかるんだろうが、アタシには理解のしようがなかった。ただ、ひどく手慣れている印象だけが焼き付けられる。

 

「ジュラーヴリクは後ろ、私は前。お姉さま、間に入ってください。お守りします」

「え?」

 

 一瞬間の抜けたような声が漏れた。

 守られるだけなのか? ただ、何もせずに歩くだけ?

 

(……)

 

 強くなりたい。だからノヴォシビルスクの工場では色々やってはみた。

 なのに、また守られるだけ? アタシの行動はことごとく自分を犠牲にするしかない。

 

(そんなの、イヤだ!)

 

 眼前に聳え立つソレイユ社屋が嫌でも思い出させる。

 味方一人守るのに精一杯で震えていた自分が蘇る。普段は強気に振る舞って、少し命の危険を感じれば自分で死ぬか、怖くて震えてるしかない。

 

(アタシは弱い……)

 

 空で強くあるのがアニマだ。だけど、地上で震えていては意味がない。

 アニマの使命はザイの殲滅。そして、人類を救うこと。人という種を守ることだ。

 

「ッ!」

 

 地面に転がっていた小銃を拾い上げる。

 引き金に指をかけないことくらいは初心者でも理解は出来る。慌て食ったようにファルクラムが止めに来たが、アタシはそれを手で遮った。

 

「アタシも、少しくらいは役に立たせてくれ。地上に降りたら足手まとい、なんてゴメンだからな。ジュラ、コイツの使い方と注意点はあるか?」

 

 ジュラーヴリクも少し迷ったように視線を泳がせて。だが決心したのか、歩み寄ってくる。

 

「引き金に気を付けろ、もう撃てる状態になってるからな。弾が切れたら根元からパドルを押しながら弾倉を前に抜き取れ。AKはずっとそうだ――ほら、こんな感じ」

 

 ジュラーヴリクも同じ銃で助かった。彼女は自分で実演しながら、この小銃の最低限の操作を教えてくれる。

 

「お姉さま、本当に……危なくなった時だけですよ」

「わかってる。アタシも、なるたけ殺したくはない」

「バカか、お前は。初心者が人に当てられる訳無いだろ? あたしも小銃はからっきしだ、適当に弾をばら蒔いてヤツを援護してやればいい」

 

「敵に会わないのが一番だがな」ジュラーヴリクは小銃を抱え直しつつ、呟いた。

 前進開始。ファルクラムは正面から乗り込む気は無いらしく、社屋の地下入り口へと向かう。

 

「ソレイユ社屋地下には、この施設を維持するため広大なパイプラインが走っています。要は地下トンネルなんですが、お姉さまはそこの地理には?」

「わりー。地下なんて、アタシは行ったこともない」

 

 存在は勿論知っていた。一種のメンテナンス区画もあるし、かなり広くて骨が折れると愚痴る社員の話は聞いたことがあった。

 ただ、メンテナンスの雑用よりもアタシ達アニマにはやることがあったし、立ち入った事は数年ここで暮らしてきて、一度もない。

 

「外から中へ通じる入り口がひとつあります。そこから侵入、社長室に行きましょう」

 

 社長室?

 ファルクラムの提案に、思わず首をかしげる。そもそも彼女は自分達に話があるからここに呼んだのではないのか。

 それなら中に入る必要すら無い。それが社屋一番奥の社長室まで、なぜ行く必要があるのか分かりかねた。

 

「私はずっと彼らの指示に従っていましたが、リーダーのことは知らされていません。社長は私がスパイだとも知らなかった筈です。あの人のパソコンを使って、その事実を通達します」

「なんだって!?」

 

 敵がいるかもしれない中で、思わず声が漏れた。慌てて口を塞ぐ。

 ファルクラムの事実を社長に伝えたら、彼女は一体どうなる? リセットか、最悪廃棄。それこそANM-S2最悪のシナリオ、『Su-35SK-ANMもしくはMiG-35-ANMどちらかの破棄』だ。

 

「ルフィナ、ヤツの提案にノーは無い。正直、廃棄のカードを切られても仕方ねぇ事をコイツはやったんだからな」

「その通り。でも、私にはまだ記憶がある。出来うる限りの情報を、社長に伝える」

 

 決意したファルクラムの表情は、普段自分に構ってくる彼女とは真逆で、とても凛々しく見えた。

 

「中に入ります。全員警戒、静かに動くように」

 

 ファルクラムがこちらを振り返る。ジュラーヴリクと共に頷いた。

 ソレイユ地下への入り口が、ゆっくりと開かれた。

 

 □

 

「地下は抜けたな」

 

 ソレイユ社内に上がって、ジュラーヴリクは構えていた小銃を下ろしつつ呟く。

 地下に敵は居なかった。かなり慎重に進んだから時間は掛かったが、おかげで一度も引き金を引かずに済んでいる。

 

「ここはステラ社が制圧したあと、無人になってソレイユ社が権利を有したまま、立場を利用したクーデターチームが占拠、以降は本拠地になってるの」

 

 見慣れた廊下を歩きながら、ファルクラムは現状を説明してくれた。

 外も中もやけに綺麗な理由はそれか。ずっと無人だった訳じゃない、アタシ達が戦ってる間ずっと彼らは居座っていたらしい。

 

「アニマの研究チームにも、裏切り者がいる。だから私を改竄できたの」

「セキュリティ甘過ぎだろ、この会社」

 

 ジュラーヴリクの言葉にはぐうの音もでなかった。不穏な動きを一切察知出来ずに、結局反乱を許した。

 だけど目的は何なんだろう。反アニマなら、アニマを利用してアニマを殺すとは考えにくい。

 手としてはありだろうが、もっと直接的に殺した方が確実だ。専門の研究者だろうが手に余る部分が多分にあると、皆が口を揃えていた。

 

「ファルクラム」

「なんです?」

 

 分からないなら、素直に疑問を彼女にぶつけるしかない。

 今彼女がどうなっているかはともかく、クーデターチームの内情を知る唯一の手懸かりだ。

 

「奴等の目的はなんなんだ? アンチアニマでも無い、アタシには奴等が何かの理由を持ってお前を利用した気がしてならない」

 

 そうだ。アニマは他にもいた。レーベン、ヴィゴラスが。

 彼女達はANM-Sプログラムを取り込んでいないような口振りをファルクラムはしている。『ANM-S2』とまで銘打たれた機動データを利用したファルクラムだからこそ、奴等は利用したのではないか? そんな気がした。

 

「単純、単調。人間の本質そのものです」

「なんだよ」

 

 勿体振るファルクラムに、アタシは少し苛立ちぎみに返した。

 

「金です。アニマを間引いて、本当に強い者だけを残す。それを商品に今度は人間の争いにアニマを高値で貸し出す。その為に、なんでも屋状態の現状は邪魔だった。それだけです」

 

 愚かとはこういうことか。ファルクラムの口から出た言葉には、ただただ馬鹿らしいと思うしかなかった。

 そしてその為に、わざわざこの会社に身を置いていた人間達を殺し回ったことに怒りが沸き上がる。

 結局、人間は人間相手にしか争わない。ザイの恐ろしさを目の当たりにしてもなお、財や地位が手に入ればそれで良しとする。

 

「クズだな。生かしとく価値もねぇ」

 

 ジュラーヴリクが舌を打つ。その気持ちは良く分かった。

 人間の本質は一言では語れない。社長やエイベルのように、信頼できる人間もいた。今回はその悪い面にぶち当たった、ということか。

 

「待った」

 

 不意にファルクラムがアタシ達へ手をかざし、動きを止める。

 耳を澄ませると、騒がしい声と重々しい靴音が複数近付いていた。

 銃を握る手に力が入る。身体が一気に緊張する。

 

「力抜け。それで撃ったら身体痛めちまうからな」

 

 ジュラーヴリクが優しく、アタシの肩に手を置いた。

 微かに彼女も震えている。実戦が近い。空でならともかく、地上ではただの女と変わらない。

 操縦装置といえど、ターミネーターのようなロボットじゃない。撃たれれば死ぬし、人並み外れたパワーもない。手に持っている小銃さえ重くて、腕が上がらなくなってきている有り様だ。

 ビゲンや、今目の前で敵を待ち構えるファルクラムのように、まるで映画のヒーローのようにスマートに戦うことなんて出来やしない。

 

「ギリギリまで出てこないで。姿勢は低く」

 

 ファルクラムに言われ、頭を下げる。

 彼女は一度振り返って確認すると、廊下の角から屈んだまま飛び出し、二発撃った。

 呻き声と共に、足並みが崩れた音がする。

 

「アイツ、当てたのかよ? まだ結構な距離あるぞ」

「地上戦、ビゲンとどっこいかそれより上か――」

 

 激しい銃声が声を掻き消した。銃弾の嵐に、ファルクラムもこちらの壁に隠れる。

 壁に背中を預け、祈るように拳銃に額を寄せる彼女は何処か儚く映った。

 靴音が更に近付く。どちらも攻撃が止んでいる。ジュラーヴリクは挟み撃ちを警戒し、後ろへ小銃を構えていた。

 ただそれを見ているしかない自分に苛立つ。靴音はすぐそこだった。

 

「フッ!」

 

 カーゴパンツがちらりと角から見えると同時に、ファルクラムが躍り出た。

 左手で小銃を自身から逸らし、顎下から銃口を突き付け敵を撃ち抜く。

 崩れる男をかわし、更に四発。二人が床に崩れ落ちた。

 

(すげえ……)

 

 思わず見入るような戦い方。

 ナイフで掛かってきたオペレーターの腕を掴み、銃口で喉を突いてから更に頭に一射。

 身を翻し、ファルクラムの左の敵へ一発。敵を正面に捉え直してから、更に頭に二射。

 鮮やか、としか言いようがない手際だった。ビゲンがいればなんて言っただろう?

 重たい小銃を持ち上げつつ、自分も用意はしておくものの、ファルクラムは敵を仕留め損なわない。二射一殺、必ず敵に致命傷でも二発は撃ち込んでいる。

 低いところから順に、最後は頭。

 

「ファルクラム!」

 

 ファルクラムの拳銃が弾切れを起こした。弾の切れた自動拳銃がどういう状態になるかくらいは知っている。

 自分の叫び声と共に、ファルクラムは転がった死体からナイフを抜き取ると、敵の下から腹を目掛けて突き刺しに掛かった。敵も同じだった。

 ナイフは双方とも、空いた腕に止められる。

 

(クソッ)

 

 小銃を構え、動きの止まった敵へ銃口を向ける。ダメだ、手振れが大きすぎてファルクラムまで撃ちかねない。

 下からナイフを振り子のように振ったファルクラムは、力が入りにくいようだった。

 しかし、小銃を軽く扱う敵と対等にやりあっている。ノヴォシビルスクでも彼女は自主トレーニングをしていた。筋力はそこそこあるのかもしれないが、敵のナイフの切っ先がぐっと彼女に近付いた。

 

(収まれ! 震えるな!)

 

 焦れば焦るほど、余計に狙いが定まらない。

 ファルクラムが動く。自分の右腕を右膝で蹴り上げ、強引に敵の腹にナイフを突き入れた。

 後ずさるオペレーターから飛び退いて、ファルクラムは構える。

 

(今だ! 当てなくたっていい!)

 

 距離が離れた今ならファルクラムを巻き込まない。

 引き金を思いきり引き絞る。頭を殴り付けるような銃声と、肩に強く銃がめり込むような痛みが走る。

 

「ナイスアシスト、お姉さま!」

 

 弾の切れた拳銃を拾い直し、弾倉を入れ換えてスライドを引くファルクラム。

 銃口は真っ直ぐに敵へ伸び、眉間に弾丸は撃ち込まれた。

 

 ――静寂。

 五人か、六人はいた敵をファルクラムはたった一人で倒した。

 全員、死んでいる。見ることさえ出来ないが、あの撃ち方をされれば助かりはしないだろう。

 

「社長室に急ぎましょう! 弾が幾らあっても足りなくなります!」

「わ、わかった! ジュラ!」

「おう!」

 

 三人で駆け出す。道中迫る敵を、ファルクラムは確実に仕留めていった。

 まさに映画のような世界、映画のような動きだった。

 

「後ろ!」

 

 背後から銃声。ジュラーヴリクが小銃で追ってきた敵を無力化している。

 生死は不明だが、動けなくはなったらしい。敵影が消える。

 

「何が『小銃はからっきし』だ! きっちり当ててるじゃねーか!」

「これでもこちとら軍属だぞ! 慣れてないが、撃ったことがない訳じゃねぇ! 的に当てるくらいは出来る!」

 

 社長室は目の前。ファルクラムが扉を蹴り開け、中で更に数発発砲した。

 

「お姉さま、ジュラーヴリク! そこのソファでバリケード!」

 

 ファルクラムに従うまま、二人でソファを移動させ扉に立て掛ける。

 ついでにテーブルで押さえ付け、ドアから離れた。

 

「あった……。少し待って」

 

 ファルクラムはパソコンを操作すると、拳銃をチェックして何かを待っていた。

 

「やべえな、外から狙われてるぞ」

 

 ジュラーヴリクに言われ、遠くから外を見る。

 ドーターからは離れていたが、何台か重厚なSUVが停まっている。仮にロケットランチャーでも持ち出されたら、ひとたまりもない。

 

「よし! 出来うる限りのファイルは社長に送れた! さて、お姉さま」

 

 ファルクラムはアタシを呼ぶと、拳銃を置いて代わりにその手を突き上げる。

 意味がわからない。彼女が何を考えているのか、突拍子も無さすぎて分からなかった。

 

「敵さん消失マジックです」

 

 ぱちん。

 突き上げた右手で、彼女は指を鳴らす。

 同時に甲高いエンジン音が響いた。

 

(これは……)

 

 間違いなく、ジェットエンジン。次いで、立っているのも難しいほどの揺れと耳を突き破らんばかりの爆風が襲った。

 窓ガラスが何枚か割れ、破片が散らばる。

 

「爆弾か!?」

 

 ジュラーヴリクの声さえ、耳鳴りがして聞き取りにくかった。

 ファルクラムはパソコンの画面をこちらに向ける。画面には、見覚えのある言語の文章が綴られていた。

 

『Aidez à protéger votre famille/STELLA 02(家族を守るよ)』

 

 窓の外に見えたのは、マリーヌ・ディヴェールの高貴な輝きに包まれた、痩身の後退翼機だ。

 

「シュペルエタンダール!?」

 

 思わずその名を叫ぶ。間違いなく、彼女の爆撃だ。

 爆発に巻き込まれた敵は、残らず消えていた。まるで、包囲など無かったかのように。

 

「待て、アイツらまで来たのか!?」

 

 高貴なブルーに交差して、フレンチベージュのなだらかな大型機が飛んでいる。

 平たく、突出部分がないステルス機特有のデザイン。あの常にニコニコ微笑んでいた、パクファの固有色だ。

 更にアクアマリンのMiG-29。ファルクラムと瓜二つの流麗な戦闘機が旋回し、スノーホワイトの前進翼機が稼働中のレーダーを破壊。Su-47-ANMベルクト、彼女のドーターを見るのは初めてだ。

 バーバチカ隊が全機揃っている。いや、それは納得できた。Su-30SM-ANMから反応が消え、無線にも応答がないとなれば航空宇宙軍は血眼で探すだろう。それは想像に難しくない。

 ドーター、アニマの確保のためバーバチカ隊をフル稼働、障害があれば排除する。いかにもロシアらしい。

 だが、シュペルエタンダールは何故来たのだろうか。まだ彼女たちは日本にいるはずだし、仲間には連絡出来ていない。

 

「唯一、あの子だけは純粋に私を信用してくれそうだったんです」

 

 ファルクラムが轟くジェットエンジン音が遠くなったところで呟いた。

 

「本当に来てくれた。純粋です、あの子は。唯一敵意も湧きませんでした」

「いつ連絡を……」

「ここに向かっている間に。『きっと敵が沢山いるから、助けて』と」

 

 ファルクラムは目を伏せ、力無く笑った。全て諦めたような――そんな表情だった。

 

「ここがゴールです。社長が、あとは奴等について調べてくれる筈。私の役目もここまで、あとはバグを排除するだけ」

 

 ファルクラムの手が拳銃に伸びた。グリップを握り締め、そしてその銃口はあろうことか自身の口の中へ入れられる。

 

「ケジメ付ける気か、紫――ややこしいな。ファルクラム、か」

 

 ジュラーヴリクが囁いた。彼女に止める気はない。

 だけど、自分は嫌だ。ここまで来た彼女は間違いなくもう敵ではない。接続はあの時に上手く行っていた。

 

「やめろって言われてやめないよな、お前」

 

 自分も、持っていた小銃を顎下に突き付ける。

 引き金には親指を乗せる。

 

「お前が引き金を引いたら、アタシも引く。前に言ったよな、ファルクラム。アタシが死んでいようが、傍にいるって」

 

 真っ直ぐに、ファルクラムと視線を交わす。

 

「アタシ達は人間じゃない。一緒に死んで、来世に期待だとか天国で会おうとか、そんなものない」

 

 アタシ達アニマは、単なる操縦装置。

 いくら人の姿をしていようが、結局成り立ちは人工のそれだ。ロボットと変わらない。

 無機物が壊れて天国に行くとか、人間は言わない。

 

「あるのは無だ、ファルクラム。永遠の別れだ」

「……」

「よせよ、ルフィナ。お前まで付き合うことはねぇ」

 

 冷静に、だが力強くジュラーヴリクが声をかけてくる。

 絶対に離さない。少しでもファルクラムから目をそらしたら、彼女は躊躇い無く引き金を引く。

 

「頼むよ、ソレイユ06。一緒に行こう」

「無駄だ、アイツはやる気だぞ」

「それでも! やる気でも、アタシはファルクラムと一緒に――みんなで飛びたい!」

 

 ファルクラムが目を丸くする。

 瞳が潤んでいるように見えた。

 

「頼む……一緒に来てくれ。一度だけでいいなら、デートでもなんでもするからさ。死ぬなんて言うなよ」

「……!」

 

 ――カシュッ!

 引き金が引かれた。銃口は床に向いていた。

 ファルクラムは直前に口から離して、床を撃っていた。

 

「ズルいですお姉さま。私の想いには応えられないって言っておきながら、こんな時にそんな条件出されたら……死にたくなくなっちゃうじゃないですか」

 

 ファルクラムの目頭から、涙がこぼれた。

 思わずこちらの目頭まで熱くなる。小銃を下ろし、ファルクラムに向き合う。

 ファルクラムは拳銃を捨て、静かに敬礼した。

 

「MiG-35-ANMファルクラム。これよりソレイユ社アニマ飛行隊、ソレイユ06として復帰します……!」

「ああ。ソレイユリード、了解した。頼んだぞ、六番機」

 

 今までのファルクラムからは想像もつかないような、柔らかな笑みを見た。

 呆れたように肩をすくめながら、でもジュラーヴリクも何処か安心したようにため息をついていた。

 綺麗な夕陽が、四機のドーターと共に見えた。

 

「ジュラ」

「あん? なんだよ」

「アンタ言ったよな。アタシが国無しアニマの灯火になるかもって」

「ああ……まあな」

「何となく、意味分かったよアタシ」

 

 傍らに寄り添うファルクラムに視線を向ける。

 彼女はまるで甘える猫のように、アタシの右腕に絡み付いてくる。

 

「アタシは弱いけど、アタシにしか導けないものもきっとある。多分、アタシは地上じゃ弱いままだ。だけど、この『力』とアタシなりの考えで、コイツらを引っ張っていくよ。ソレイユ――アタシは、太陽なんだ」

「カッコつけてるけどよ、まだドーターも直ってねぇし実験は続いてるぞ? これから帰ったら取り調べと始末書の山だ。付き合ってくれるんだよな?」

 

「うっ……」自分の軽い口を今、少しだけ後悔する。

 締まらないグッドエンドはきっとあってもいい。後悔する反面、少し晴れやかな気持ちだった。

 仲間に合流出来たなら、ライノも導ければいいが。

 

「そういや、ファルクラムはどうするんだ? 今日本に戻っても、正直肩身狭いぞ」

「だろうな。よりによって、緑色にバレてるしな。実験に付き合うって言うなら、あたしから上手くやってみるぜ? どうするよ」

 

 ファルクラムは少し悩んで、そして笑顔で答えた。

 

「付き合いますよ! お姉さま無しでは帰りません。私は、()()()()0()1()()ついていきますから」

「分かった。まあ工場でも結構やってくれたから立場は保証しねぇが、少なくともあたしの仲間からとやかく言われることはねぇだろ。そうと決まりゃ、とっとと帰るぞ」

 

 バリケードをどかし、社長室を後にする。

 奴等はどうやら撤退してしまったらしい。また社内は無人に戻っていた。

 ランウェイに停められたドーターを見守るように、上空を旋回するドーター四機。

 離陸してバーバチカに合流するアタシ達と、日本へ向けて旋回するシュペルエタンダール。

 帰り際、彼女からメッセージが送られてきた。

 

『Reviens tôt. J'attends(早く帰ってきて。待ってるから)』

 

 そのメッセージに目を通し、去っていくシュペルエタンダールのテールを見送る。

 

「もう少し、凌いでくれよ。アタシも必ず帰るから」

 

 バーバチカ隊、そしてファルクラムと共にノヴォシビルスクの工場へ向かいながら、アタシは極東の仲間たちへ誓った。




スマホで9600文字も書いたの久し振りですね。
銃撃戦やっちゃったけど……うちの二次は大体こんなんです。うちのガリエアでは、あるんです!((
ファルクラムの戦い方を描写するの、かなり大変でした。しかもルフィナ視点から。

まだまだ、ロシア編は終わりません。
これからもどうかよろしくお願いいたします!


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ALT.32『ロシアにて』

「今からお姉さまに教えるのは、護身としての銃の扱いですからね!」

 

 ノヴォシビルスクに戻ってから数日。

 戻ってからはアタシも大変な目に遭った。Su-35SK-ANMとして同じモノであるジュラーヴリクを裏切る訳にもいかず、気が遠くなるような始末書の山と眠くなるような取り調べの連続。

 主に無断訓練空域離脱と、実験機損傷の始末だ。まともに寝たのは果たして、帰ってきてから何日経ってからか。

 

 ファルクラムについては、軟禁時における脱走行為としか工場内では広まっていないらしい。

 それから滑走路の無断使用。彼女とのドッグファイトは、カジンスキー自ら『データ取り』として扱ったらしい。

 実際、あのMiG-35-ANMと飛んだデータなら試験飛行としては十二分なものが取れただろう。戦闘機動まで披露したわけだし。

 その後は監視が少し強化されはしたが、アタシの訓練教官代わりになることで定期的に外に出ている。

 彼女の戦闘能力には、ロシアの特殊部隊ですら何人かは驚きの声を漏らしていた。

 まあつまり、カジンスキーが手配してくれた護身術の訓練に、彼女は特殊部隊に交ざりながら教官をやるという結果になっている。

 

「敵を殺すことは考えず、無力化だけに主眼を置きます。返事!」

「は、はい!」

 

 そしてもう一つ、ファルクラムについて分かった。

 彼女は上に立つとがらりと態度が一変する。態度こそ然して変わらないが、訓練となれば容赦無しに怒鳴りつけてくる。

 

「マガジン、マガジン! 遅いッ!」

 

 正直、地上戦で強くなりたいという願いを口にしたのは間違いだったと思う。

 時既に遅しではあるが。

 

 それから空。Su-30SM-ANMは幸いにして軽い傷と点検で済むレベルだった。

 飛行試験と機動試験を纏めて行った扱い故、次は兵装を搭載しての実験。

 

「敵機、方位0-3-0! 間も無く捕捉する!」

「任せろ!」

 

 ヒートシーカーがトーンを高ぶらせる。

 ゴン! とランチャーが音を立ててミサイルを打ち出す。クロームオレンジに染まったミサイルは、標的を撃ち抜いて爆発。

 ロシアでの仕事は、正直怖いくらい順調に進み始めていた。

 Su-35SK-ANMの見た目も、エンジンが抜かれている以外は元に戻りつつある。

 

「やっぱり落ち着くな、自分の機体は」

 

 コックピットにもいよいよ座れるようになった。試しにダイレクトリンクを試みる。

 電源が入らない。繋がろうとして、無理矢理切断されるような感覚。拒絶感は無い。エンジンには更に強化を加えると話をされたため、また慣れていくには時間が掛かるだろう。

 もう少し。もう少しで、極東での戦線に復帰できる。そう考えて、アタシは機体を下りた。

 

 □

 

 訓練、実験と何度も繰り返して二週間。

 ドーターの修復はもはや異常な勢いで進んでいる。

 ある日、アタシはファルクラムから呼び出され彼女の部屋へと向かった。厳密には彼女を閉じ込めている部屋、だが。

 見張りに許可を取って、中に入る。彼女はいつもとは違った、深刻そうな表情で出迎えた。

 右手に握られているスマートフォン程度のサイズの端末は、ソレイユの携帯用連絡端末だ。自分達が使うのはタブレットサイズだが、非常用連絡程度に機能を限定した小型端末がファルクラムが握るそれだった。

 それこそ携帯電話と出来ることはさして変わらないレベルだが、それをどうして持ち出すのか分からない。

 

「向こうが少し、ごたついているみたいです」

 

 ファルクラムはそう言って、携帯端末を指先で操作してから画面をこちらへ差し出した。

 緊急連絡用とはいえ、連絡先さえ分かれば外部の人間でも送信は出来る。送り主は八代通だった。

 

『ビゲンの行方が分からなくなった。車も消えている。ソレイユリード、生きているなら至急連絡されたし』

 

 焦りというよりは業務連絡。

 だが、内容が尋常ではなかった。

 

「ビゲンが行方不明!? 本気でいってんのか、あのオッサン!」

 

 画面に顔を寄せ、間違いがないことを確かめる。確かに文面に間違いはない。

 ビゲンが仕事の途中で消えるなど、絶対に有り得ないことだった。彼女は仕事人間――いや、アニマであり、受けとる金をふいにするなど絶対に有り得ない。

 これは断言できることだ。それに、車ごと消えたというのも気になる。突然彼女だけ消えたのなら、拉致なども考えられなくはない。

 拉致されるほど軟弱ではないにしろ、車が残っていたなら考えられただろう。

 

「なんでビゲンが消えるんだよ……」

「さあ? 逃げる方とは思えませんが、何か事情があったのでは」

 

 ファルクラムの言葉はあくまでも『余所で起きた事象の一つ』程度の無関心さを感じさせる。

 

「端末貸してくれ、ファルクラム。ビゲンに連絡してみる」

「そちらからキスしてくれたら貸します、といったらどうしますか?」

 

 意地悪く、彼女は端末を自身の後ろへ隠してしまった。

 そんなことをしている場合じゃない。

 

「貸せッ!」

 

 ファルクラムをベッドへ突き飛ばし、組み敷いて背中を探る。端末が手に触れた。一息に取り上げる。

 少し上がり気味の息を調えつつ、ビゲンの持っている端末に連絡。

 彼女の返事は基本的に早い。業務に関わるとあっては、秒速で返事を寄越すくらいだ。

 

 一分、二分。返事は無い。都合が悪いのか?

 

(クソッ! なんだってこんなときに!)

 

 これ以上は無駄なような気がした。ベッドに押し倒したままの体勢で横たわるファルクラムへ、携帯端末を返す。

 

「まあ、ビゲンは頭が働きますから。私が裏切ったことを知ったクーデター側が日本に潜伏して期を狙っている事に気付いた……とかでは?」

「日本に? なんでそんなに展開が早い?」

「そりゃ、ソレイユを離脱してから向こうだってどんどん規模を広げているんです。最終的にはソレイユすら呑み込むPMCを立ち上げるのでは?」

 

 衝撃が収まらない。焦燥感に襲われる。

 今すぐ日本に駆け付けたいが、ドーターが無い。Su-30SM-ANMで向かえば、間違いなくロシアに勘づかれる。

 ジュラーヴリクも認めないだろう。アタシが戦線離脱して長い、それでも彼女は平気な顔をしている。実験に付き合うと言った以上、出来るならこちらも途中で投げ出したくはない。

 

(と、なると……)

 

 ファルクラムに視線を向ける。スマートフォンを指先で弄びながら、何かを見ているようだった。

 彼女に偵察を頼むか? ロシアから出られなくとも、ファルクラムがひそかにソレイユとの連絡手段を隠している事が分かった。頼れるのは彼女だけか。

 

「ファルクラム」

「なんですー?」

 

 興味無さげに、スマートフォンから視線を逸らすことなく彼女は返した。

 いや、ファルクラムらしくない反応だ。いつもはすぐに飛び起きるなりするのに、この反応は妙だった。

 

「仲間に連絡をとってくれ。ビゲンが消えた理由を探るぞ」

「私に何の得があるんです? 私はお姉さまだけが欲しい。マインドコントロールを外してもらっても、これは私の本心です」

 

 ファルクラムはやはり動こうとはしなかった。

 

「リーダーの命令でもか」

「それ、命令なんです?」

 

 ああ言えばこう言う。

 しかし分かった気がする。彼女は待っているんだ。アタシがリーダーとして、ファルクラムへ命令することを。

 初めから興味がなければ聴こえないふりなり出来たろう。返答があるのは、何かを待っている証拠な気がした。

 

「ファルクラム、ソレイユのアニマに連絡しろ。ビゲンに何があったか調べるんだ」

「……それで、命令なんですか?」

「……やれ。命令だ、ファルクラム」

 

 ついついとスマートフォンの画面の上を滑っていた指がピタリと止まる。

 身体を跳ね起こして、ファルクラムはこちらを真っ直ぐに見つめて言った。

 

「了解しました、お姉さま。少しだけ不本意ですが、調べてみますよ。リーダーからの命令ですから」

「頼む。もうすぐ次の実験だ、あとは任せる」

「お任せを。どちらにせよ、デートはロシア以外がいいですし、なるべく実験は早く終わらせていただきたいので」

 

 デート?

 そういえば、ソレイユ社屋で口を滑らせた事を思い出す。彼女を救えたなら、自分の時間など安いくらいだが。

 どちらにせよ、今は彼女を信じて任せるしかない。焦ったって事態は好転しないし、むしろ失敗が増える。それではいつまでも戦線復帰など不可能だ。

 

(今は目の前の事に集中だ、アタシ。よし!)

 

 少し、気を入れ直す。

 ファルクラムの部屋を後にして、アタシは研究室へと向かった。




色々あって更新予定のものを放置していたら大変なことに。
今回はロシアでの色々と、また起きる事件の話です。

時間もまた宜しくお願いします。


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ALT.33『血塗れの重要機密』

「ふぅん……」

 

 ルフィナたちの乗った機体が離陸していくのをハッキングした監視カメラから眺めつつ、ファルクラムはマルチタスクでビゲンについて調べる。

 彼女がビゲンについて知ることは多くないが、様々な依頼の結果を見ていくうちにルフィナの考える通りの人物だと悟り始める。

 

「頭はやっぱりよく回る。向こうももう気付いたとは思ってたけど、ビゲンは更にその奥を調べてる……」

 

 Su-30SM-ANMが離陸したのを確認して、別な監視カメラに接続。

 接続先は小松市だった。

 

(ケーニグセグは日本で三台くらいしか走ってないはず。レゲーラなんて一台も走ってない)

 

 道路監視カメラやコンビニ入口監視カメラと、時間を遡りながら確認する。

 ふと、日本では馴染みの無い丸みを帯びた平たいボディの車が横切る映像が流れた。

 

(ビゲンは拉致られた訳じゃないか。やっぱり何か突き止めてる)

 

 猛スピードで走り抜けたビゲンの愛車、レゲーラを確認しつつ最近の事件や事故を調べ上げた。

 少なくとも、消えた段階でビゲンが危険な目に遭った訳ではないとルフィナには伝えられそうだった。ルフィナにしか興味の無いファルクラムにとって、この作業も不本意ではある。

 しかしここで役に立つこともアピールしたいし、何よりルフィナに命令されるのも悪くないと気付いた自分がいた。押し倒されるのも悪くはないと思った自分がいた。

 

 少し考えがぶれてしまったが、それでも手は動く。日本、小松でのスピード違反を調べると興味深いものが目に入った。

 

「ホク、リク……? 自動車道、小松インターチェンジ、オービスに時速340km/h……車体は黒、車種は不明」

 

 恐らくは日本でぶっちぎりの速度違反が記されていた。ナンバープレートは撮影されたものの、はっきり映らなかったとも追記されている。

 状況としては、あまりにピンポイント過ぎた。

 

「カーボンブラックに、馴染みの無い車種……。チェック」

 

 画面データを保存し、次に進む。空は少々騒がしいが、彼女には関係ない。

 問題はビゲンが何を考えたかにシフトする。

 ビゲンはファントム経由なりでファルクラムが『クーデター側のアニマ』であったことを知り、そして更にその先を調べている。

 日本にも伏兵がいる事に気付いていると仮定すれば、彼女がやりそうなことは一つだった。

 

「まさか、直接乗り込んだ? うーん、でもアクセス先が分からないし……」

 

 元々クーデター側に操作されていたファルクラムでも、日本に伏兵がいると知りこそしても何処にいるかなどは知らされていない。

 あくまでも、全体の状況として漠然と知っていただけだった。

 クーデター側の現在の戦闘理由は一つ。『アニマを間引く』こと。それは軍属、自衛官関係なしだ。

 最強のアニマだけを残し、手に入れ、莫大な金にする。それが目的だ。小松基地の状況を知ることが出来る位置には潜伏しているのだろうが、やはり場所は分からない。

 

「……」

 

 ファルクラムの指が携帯端末のアドレスを呼び出した。とはいえ、彼女の持っている他者のアドレスといえばルフィナとシュペルエタンダール、そして社長だけ。

 ビゲンの状況を把握出来、且つ素直に反応を示すのは恐らくシュペルエタンダールだけだろうと推測する。

 

「『ビゲンの状況は?』……っと」

 

 メッセージを打ち込み、シュペルエタンダールの端末へ送信。

 直接通信などはルフィナの持つようなタブレット側の端末に頼るしかない。ドーターとのアクセスも制限された今、隠し持ったこの端末だけが外部連絡手段だった。

 返信はすぐには来ない。一旦調べ物を切り上げ、ベッドに倒れ込む。

 

「うーん……!」

 

 身体を伸ばすと、関節がくきくきと音を立てる。

 今日はルフィナの訓練課程が無い。ファルクラムもゆっくり出来る。

 そこへ、ノックの音が飛び込んだ。

 

『少しいいか?』

 

 聴こえたのは珍しい声だ。接触を一度図ってからはジュラーヴリクに警告でもされたのか近寄ってすら来なかった、ラーストチュカの声。

 

「殺す気がないならどうぞ」

 

 ベッドから身を起こしつつ、ラーストチュカを呼び入れる。

 武器は無いが、もし暗殺でも目論むなら体術で何とかする。ファルクラムは油断することなく、アクアマリンの少女を受け入れた。

 

「何? 私の正体知って、ジュラーヴリクから警告されてたんじゃないの?」

 

 ラーストチュカがファルクラムの正面に椅子を置き、座ったのを確認しつつ彼女はラーストチュカへ問う。

 眉の無い少女の眉間に、しわが寄った。

 

「された。でも戻ってきたんだ、ジュラにも認められたんだろ? じゃなきゃ、お前はジュラに殺されてる」

 

 殺される? ジュラーヴリクに? ファルクラムは心中で笑う。

 ソレイユで先陣を切ったのはファルクラムで、ジュラーヴリクが援護だった。

 ファルクラムが得た印象では、ジュラーヴリクはあれでも喧嘩慣れしていないだろうといった雰囲気。

 

「まあまあ、随分と盲信されていること」

 

 嘲笑うように言い放つ。だが、ラーストチュカは同じように返した。

 

「お前もあの銀色を盲信してるだろ」

「違います。私は彼女を愛してます、ただ信じるだけじゃないから」

 

 む、とラーストチュカが唸る。

 椅子を鳴らして立ち上がると、ベッドに腰かけるファルクラムへ詰め寄った。

 

「私だってジュラが好きだ! ジュラ以外に何もいらない! 私の行動、私の時間全てジュラの為にあるんだ! 同じだろ!」

「ならパクファを殺せますか?」

 

 即答かつ冷たい返し。ラーストチュカは虚を突かれたように押し黙る。

 

「二人きりになるにはバーバチカを破壊するしかない。ベルクトを殺し、パクファを殺し、基地を破壊し尽くす。貴方にそれが出来ると?」

「お前だって……。お前だって、ソレイユの部隊を破壊しなかった! アイツと一緒になるなら、お前こそ仲間を殺すべきだ!」

 

 ファルクラムを指差し、叫ぶラーストチュカ。

 ラーストチュカを見上げつつ、彼女は語った。

 

「結局同じ結果ですよ。私も、貴方も、『好きな者が望む、今ある何かを壊せない』――それだけで、全部一緒」

 

 結った髪を下ろしつつ、ファルクラムは自分を指差すラーストチュカの手を右手で掴む。

 

「本当に必要なのは、もし望まれたなら本当に破壊できる覚悟。私にはありますよ、元より他に興味など無い」

「わ、私だって……ジュラさえ望めば……」

「本当に?」

 

 掴んだ手に力が入る。

 

「貴方が武器を取り、驚くままに血を吹き出して倒れていく家族を想像しても、それが出来ます?」

「くっ……!」

 

 ラーストチュカがどれだけ逃れようと手を振っても、ファルクラムがしっかりと繋ぎ止めた手は離れなかった。

 

「まあ、そんな血生臭い話を今したって仕方ありません。要は、アプローチが弱いんです。もっとグイグイいって、ジュラーヴリクに印象を残すべきですよ」

 

 ぱっと手を離し、威嚇したラーストチュカも気にせずにあっけらかんと話すファルクラム。

 

「例えば押し倒してみたり、壁ドンしてみたり。少しでも意識させるんです」

「意識……」

「傍を彷徨いたって、戦闘でカバーに回ったって、向こうからすれば『良い戦友』の域を出ませんから? もっと本能に語りかけるんですよ」

「本能」

「そう、本能。キス出来ないなら、もっと簡単で意外なアプローチをするんですよ。『まさかお前が……!?』って、思わず記憶に焼き付けてしまうようなアプローチを」

 

 髪を直しつつ、ファルクラムは立ち上がりラーストチュカを壁へ追いやる。

 

「どれだけメッセージを送ったって、どれだけ長く話したって、意識が変わらなきゃ単なる家族です」

「お、おい……」

 

 ラーストチュカの背中が壁にぶつかる。もはや逃げ場など無いのに、ファルクラムは少しずつ歩み寄ってくる。

 

「だから、意識改革をするの」

 

 ファルクラムの右手が、ラーストチュカの顔の横で壁をつく。

 思わず身を縮こまらせるラーストチュカ。少なからず高鳴る鼓動が、恐怖か興奮かすら分からない程度には彼女は混乱していた。

 

「や、やめ……」

「同じミグ同士、いいじゃない?」

 

 ファルクラムの左手が、怯えるラーストチュカの頬を優しく撫でる。

 

「まあ、随分とうぶだこと……」

 

 くすりとファルクラムは笑った。

 震えるラーストチュカから離れ、ファルクラムは肩を竦める。

 

「今のは冗談。こんなこと他人にやったなんて、お姉さまに知られたくないし。ともかく、こんな感じでジュラーヴリクにも――」

 

 言い掛けて、ファルクラムは止めた。ベッドの上に放ったままの端末がメッセージ受信を告げる。

 

「シュペルエタンダール……」

 

 固まったままのラーストチュカを放って、メッセージを確認するファルクラム。

 送り主はシュペルエタンダール。内容に目を通す。

 

『Viggen est de retour avec du sang. Elle ne se réveille pas. Pourquoi(ビゲンが血塗れで帰ってきた。まだ目を覚まさない。どうして)』

 

 少なからず衝撃を受けるファルクラム。興味がないとはいえ、もはや他人とは考えていない。

 クーデター連中には少なからず恨みがある。何かあるとすれば、許すことは出来ない。

 

『冷静に。彼女は何か持っていなかった?』

 

 感情という機能を持ち合わせないシュペルエタンダールにとって、向こうで起きた事件は彼女にも分からない不思議な感覚だろう。

 焦りながら、でも理解出来ない。文章からそんな雰囲気が伝わって、ファルクラムは努めて冷静に且つ短文で返す。

 

「何やって……まさか、仲間に連絡を!?」

「黙って! 大丈夫、向こうももうロシアがお姉さまを確保したのは知ってるから」

 

 返信を待ちながら、ラーストチュカを押し留めるファルクラム。

 次の返信は早かった。

 

『Elle tenait un périphérique USB ensanglanté. Maintenant, d'autres personnes étudient le contenu(血まみれになったUSBデバイスを握っていた。今は他の人が内容を調べている)』

 

 ファルクラムが舌を打つ。思わぬところで自分の被害が出てしまっていた。

 油断していた。まさかビゲンが勝手に調べあげ、日本に潜んだソレイユクーデター連中の居場所へ乗り込むなど想像もしなかった。

 ルフィナに伝えるなど、ファルクラムにはとても出来ない。

 

(どうする……。ビゲンが重傷だとすれば、お姉さまは実験さえ放棄しかねない。それは不味い、自分のドーターがないのに……。空で最初にアレと対峙して分かった、一人でアレを飛ばしちゃいけない)

 

 親指の爪を噛む。今さら仲間の窮地だと言っても、ファルクラムでは信用がない。

 どちらにせよロシアから出る手段がない。

 

(そうだ)

 

 送られたままの八代通のメッセージには、向こうが使用した端末のアドレスが残っている。

 恐らく、疑われているであろうソレイユの端末ではない。

 推測の粋は出ないが、燻っているよりましだとメッセージを打ち込んだ。

 

『ビゲンが持ち帰ったデータの内容は?』

 

 同じ内容をシュペルエタンダールにも送った。どちらが早いか。

 八代通が隠し通す可能性もあったが、ビゲンの蒸発を迷うことなくファルクラムへ送った彼のことだ、突っぱねはしないだろう。

 

『ヘリオスについて知っていることは?』

 

 返ってきたメッセージに、ファルクラムが疑問符を浮かべる。

 まず浮かんだのはギリシャ神話だったが、八代通がこんなときに謎掛けをするような人間とは感覚的に考えられなかった。

 

『知らない。私はそこまで知らされていない』

 

 八代通に送ると、すぐさま返信があった。

 

『出てきたのはY-1戦闘機、コードネーム“ヘリオス”。見たこともない戦闘機の三面図と、ドーターとしてのデータだ』

「ドーター!?」

「な、なんだいきなり!?」

 

 まだ部屋に残っていたラーストチュカが驚いて後ずさる。

 

「有り得ない……。ザイのコアが自作の戦闘機に反応するなんて、ある筈がない」

 

 ファルクラムの視線が泳ぐ。動揺を隠しきれない。

 仮にクーデター連中が戦闘機を作ったとして、それにザイのコアが反応する訳はない。だからこそ、自身のデータを弄ったのではないか。

 ファルクラムは髪をくしゃりと掴み、歯噛みして悩む。

 

「何が起きたんだ?」

「ラーストチュカ……。貴方は、有り得ない戦闘機にザイのコアが反応すると思う?」

「なに? 有り得ない戦闘機って?」

「いや、なんでもない。さっきのアドバイス、大事にして。少し集中したいから、見張りするんじゃないなら出てってくれない?」

 

 ファルクラムに言われ、小首を傾げつつラーストチュカは部屋を出る。

 ぱたん、と音を立ててドアが閉まり鍵が掛かる。

 無音。戦闘機のジェットエンジン音が近付く以外に、音はない。

 

『何も分からない。ソレイユを占拠していた奴等以外は何も』

 

 八代通に送信し、すぐに社長へ宛ててメッセージを打ち込んでいく。

 戦闘機など、一朝一夕で出来上がるものではない。何十年もの研究開発から、更に何年間、何千回にも及ぶ飛行試験や改良を経て、完成に至る。

 あるとすれば、本社側が何かを開発していて、それをクーデター側が盗んだパターン。

 

『実験戦闘機Y-1、コードネーム“ヘリオス”について何か分かりますか?』

 

 社長からの返信も早い。

 

『昔、ルフィナが完成しなかった可能性を視野に入れ、自社で補おうとして飛行試験まで漕ぎ着けた機体だ。クーデター後に盗まれていたが、まさか何か分かったのかい』

 

 予想が的中する。

 ヘリオスは既に飛行試験に漕ぎ着けていると判明した。一応は飛行可能な実機があると分かった。

 だとすれば、まだ訊くことがあった。

 

『ドーター化は?』

『有り得ない。ザイのコアが反応する筈がない。あるとするなら、既存のアニマを改変して無理矢理乗せるくらいだろう』

『使いきり?』

『もし向こう側が、専用にアニマを仕立てでもしない限りはね』

 

 社長へは礼のメッセージを送信し、八代通へ社長に聞いた内容を送る。

 アニマ研究の専門家なら、何か分かるかもしれないともファルクラムは考えた。

 

『不可能だ』

 

 返ってくる返事は社長とほぼ同じ。だが、すぐにメッセージが更新される。

 

『自作の戦闘機にコアが反応するとは思えないが、逆にいえば研究の自由度がある。万が一、それをねじ曲げられるなら可能性はゼロじゃない。もっとも魂を創造するなんて出来れば、我々も苦労はしないが』

 

 内容が重大だから故か、八代通からのメッセージも長文になっていく。

 

『とにかく、これで空中空母型を落として終わりじゃないことは分かった。協力感謝する。リーダーには早めに実験を終わらせるよう伝えておくように』

 

 メッセージはぱったりと止んだ。

 シュペルエタンダールからの返信は止まったままだ。恐らく、緊急で会議でも行われているのだろう。

 再び、ドアがノックされる。

 

『ファルクラム。何か分かったか?』

 

 一番来ることを望んで、それでも今は一番来てほしくなかった人物。ルフィナが扉の前にいた。

 ビゲンが無事だと少々事実を隠し、綺麗に伝えるべきか? 今ある事実をそのまま告げるべきか?

 少なくとも、ヘリオスはルフィナの製作とほぼ同時期か前に作られている戦闘機だ、彼女が知るとは思えない。

 ビゲンが重傷で帰ってきて意識不明などとと伝えれば、ここまでやってきたことも意味がなくなる。

 

「ビゲンは帰還して、取り調べ中だそうです。今は連絡も出来ないと」

 

 ファルクラムは静かに、嘘をついた。

 ルフィナの今を守るしかないと考えた。仲間が傷ついたと知れば、彼女はどこか壊れると。

 また自分を責めだすだろうと思った。

 

『無事なんだな。分かった、ありがとうファルクラム。少しアタシは休む』

「はい、お姉さま」

 

 足音が遠退いていく。

 扉についた右手を握り締めるファルクラム。足音が消え、ルフィナの気配も消えた。

 

「アァッ!」

 

 扉を殴り付け、叫んだ。普段の自分は何処にいったのか。

 ルフィナ以外はいらないと言った自分が、こんなにも気持ちを揺すられている。

 

(お姉さまと会って、私は変わったの?)

 

 そう考えて、すぐに否定する。

 行動の根幹はルフィナだ。事実を伝えられないのも、ルフィナの為。

 彼女を壊さないように、ファルクラムは事実を伏せたにすぎない。

 

「とにかく、実験を急がせないと……」

 

 ファルクラムは呟いて、ベッドに再び腰掛ける。

 工場に灯りが点くのを眺めながら、彼女は唯一外に出られる食事の時を待つ。




お久しぶりです。
RINAさんがウィークデーライブに出ると聞きつつ、朝にガリエア二次を書くスタイルです。
もちろん聴きに行きますです。

今回も少し空の要素は少ないですね。
いよいよ自分でも封印していた『オリジナル戦闘機』を解禁しました。一応まだ出ていないですし、不明点なのでタグ追加はお待ちください。
まあ、原型の元はあるんですけど。
『いやいや、そもそも歴史から外れた戦闘機に魂があるわけないやん』ってのはもっともなんですが、じゃあザイと共に繰り返した歴史の中にそいつが飛んだ時間がなかったのか?となれば、また少し面白いですよね。
XF-108なんて実機が無いのに、強い意思だけで具現した訳ですし。
コードネームは『イカロス』と悩みましたが、クーデター側がルフィナを太陽と認めたくないなら太陽にするかな?ということで『ヘリオス』になりました。

八代通ボイスでヘリオスっていうと、どうしてもACE7 M19の無線ですけど。

時間が無いのに時間をそこで消費するしかないアニマたちの苦悩と、ちょっとしたファルクラムのやり手っぽさを記しつつ次回に続きます。
またよろしくお願いいたします!


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ALT.34『蘇る太陽』

 ファルクラムが見上げる先に、完成したSu-35SK-ANMが堂々とした佇まいで駐機していた。

 スカイグレイの機体はより綺麗に、そしてより攻撃的な構造変更が行われた。垂直尾翼にV字型に角度を付け、エンジンTVCノズルはヨー方向にも対応したという。

 水平尾翼の下部にはベントラルフィンが追加されていて、後部から見た際の攻撃性はより増していた。

 

「今日で実験は終わる」

 

 自分が姉と慕うアニマは、今日もまた空へと上がっていった。

 より実戦的な試験を終え、結果次第で解放される。それが今日という日だった。

 ファルクラムが本当の事を告げなかったために、ルフィナは特に何も気にしない様子でドーターに乗り込んだようだったが、それが尚更ファルクラムを苦しめる。

 戻った先で彼女に嫌われたら、いよいよファルクラムに居場所は無くなる。だがなにより、ルフィナが壊れてしまうのではないか? そう思うと、妙な焦りが生まれる。

 

 自身につく見張りに許可を取りつつ、ハンガーの外から空を見上げた。航跡雲が複雑に絡み合い、空で糸が絡むような模様を作り上げていた。

 

「お姉さま……」

 

 藤色の髪色は、祈るように手を握った彼女の心を写すように輝きを増したようだった。

 

 □

 

「よーし! 終わった終わった! 終わりだー!」

 

 Su-35SK-ANM改めアタシ、ルフィナは長い長い永遠に続くかのような実験を乗り越えた。

 ロシアには相当な成果を見せた筈だ。カジンスキーのしけた顔も少しは増しに見えた。

 

(しっかしまぁ……)

 

 完成した、と聞いていたドーターを見上げる。

 大きく見れば然程違いはないが、垂直尾翼がV字型に開いて、少々スホーイのフランカーシリーズとは違った印象にこそなった。

 水平尾翼の下にも無可動の安定翼が増えている。まるで水平尾翼が四枚あるようだ。

 ここまで気軽に変えられると、今度は上手く繋がれるか不安になる。とはいえ、大まかな中身はそのままだ。

 サイズを変えたとか、設計思想を新たにしたとか、そういうことじゃない。元あるドーターを、よりドーターとして活動しやすくする『改良』だ。製造でも、ましてや改装でもない。

 

(今思うと、機体残るように落ちたのは奇跡だな)

 

 死ぬ気であそこに突っ込んで、ドーターが形を残したのは運が良かった。爆発炎上して木っ端微塵になった挙げ句に生き残っていたら、それこそ生き残った意味がない。死んだ方がマシというヤツだ。

 だからといって大破した機体をそのまま修復するのも本来は不可能だ。叩けばパーツの出る、本家であるスホーイの工場を抱えたバーバチカに拾われたのはそれを含めて奇跡だろう。

 

(やっと、空いた穴が塞がったみてーだよ)

 

 掛けられていたタラップからコックピットに駆け上がり、腰かけた。

 一息ついて、NFIパネルに触れる。呼吸を止め、ドーターからの一種の“波”を捉える。

 

(ダイレクトリンク)

 

 次は繋がった。違和感もない。ドーターが、全部でアタシを迎え入れてくれる。

 電源類も異状無し、ソフトウェアバージョンは置き換えられたらしい。文字化けしていた画面がずっとあったが、『Su-35SK-ANM ver3.50』の表示に変わっていた。

 エンジンチェックと行きたいが、まだ火を入れる訳にはいかない。格納庫から出てから、新しいエンジンとやらも存分に回してやろう。

 

「ん?」

 

 ふと、システムに奇妙なログを見つけた。

 勿論表示されている訳ではなく、繋がってデータの中に入り込めるからこそ判明した事だが。

 

(え……)

 

 内容はメッセージ。あの緑色、ファントムからだった。

 内容を知って、絶句する。

 

(ビゲンが重傷? どういうことだよ。だって、ファルクラムは……)

 

 ファルクラムは『ビゲンは無事に帰還し、取り調べのため連絡は出来ない』といった。

 しかし、ファントムはメッセージ中で『どうせ後で嫌でも知るのだから』と前置きした上で、ビゲンは重傷で意識不明であると送ってきていた。

 

「ウソだ」

 

 口が乾く。早く確かめなくては。

 この真意がどちらなのか、アタシは確かめなくてはならない。

 

「おーい、ルフィナ!」

 

 固まったアタシの名前を、ふと誰かが下から呼び掛けた。

 はっとなって身体を動かすと、ジュラーヴリクがタラップを上がってきていた。

 手摺に手を掛けたままこちらを見つめる彼女は首をかしげ、不思議そうにしている。

 

「どうしたんだよ、世界の終わりでも見たみたいな顔して」

 

 怪訝そうな瞳がこちらを射抜く。

 世界の終わり、世界の終わりか。

 

「本当にそうかもしれない。すぐに日本に帰る」

「あ? オイオイ、実験が終わったんだぞ? 祝杯くらい上げようや、ウォッカ辺りでさ」

 

 ジュラーヴリクはまだ状況を知らないのか。

 ファルクラムが自分に隠したのだから、部外者が知る筈もないのか。しかし、冗談でもジュラーヴリクの誘いに乗ることは出来なかった。

 

「わりー。それは次に回してくれ、今は一刻も早く帰りたい。実験は終わりなんだよな?」

「ああ。中佐も満足してた。けどよ、何を急いでるんだよ?」

 

 タラップを上りきって、ジュラーヴリクはコックピットを無理に覗いてきた。

 メッセージはコックピット内に表示されている。それを目にしたのか、ジュラーヴリクはアタシに頬を寄せたまま固まった。

 

「ビゲンって……あの青色だよな。何したんだ、アイツ」

「アタシが知りてーよ。ただ、ファルクラムが何か知ってる。だから聞きに行く」

「途中まで付き合うぜ。そういうことなら、あたしもお前を長く拘束したくはない。そっちの仕事は終わってるしな」

 

 ジュラーヴリクがタラップを下りていく。続けざまにタラップを下り、工場へ戻る。

 途中でジュラーヴリクと別れ、アタシはファルクラムの部屋へと向かった。

 

 □

 

 見張りはいなくなっていた。実験終了で彼女もまた、閉じ込めておく理由が無くなったんだろう。

 だが気配はある。ドアをノックして声をかけると、一瞬の間を置いてからファルクラムがドアを開けた。

 

「あ、お姉さま。実験無事終了、お疲れ様――」

「ビゲンが重傷ってどういうことだ」

 

 いつもの調子で接してきたファルクラムに、有無を言わさず切り込んだ。

 彼女はしばらく目を丸くして、それから下を向く。

 

「ビゲンに何があったんだよ。知ってるんだよな? 知ってて嘘ついたんだよな?」

「嘘だなんて! いえ、確かに嘘はつきましたけど……。でも、これはお姉さまのために!」

「アタシの!? 仲間が死にかけで、アタシは呑気に空を飛んでた! 駆けつける筈のリーダーがこんな有り様で、何が――」

「じゃあお姉さまは!」

 

 とにかく責め立てた。それを、ファルクラムは声を張り上げて遮る。

 

「じゃあ、お姉さまは……ビゲンが重傷だって知ったら冷静でいられましたか? 今ここにいるのは、貴方がカジンスキーと契約したからです。それを満了してから日本に帰ることが出来たんですか? ソレイユのオペレーターとして!」

 

 誰もいない廊下に、ファルクラムの悲痛な叫びが反響する。

 

「ビゲンには確かに、私もお姉さまが生きていたとは伝えていません。クフィルにも、他のアニマにも。けど、ファントムが突き止めたはず。シュペルエタンダールが知っていたように」

 

 ねえ、とファルクラムは続けた。

 

「貴方は、貴方の職務を全うできましたか? ビゲンが自分に課した任務を全うしたなかで、貴方は!?」

「アタシは……」

 

 言葉につまる。確かにビゲンは無駄なことはしない。特に今は自衛隊で仕事の真っ最中だ。

 彼女は仕事に対して手抜きはしない。そんな彼女が、わざわざ自分が任務に出られなくなる可能性を踏まえて危険を冒すとは確かに考えられなかった。

 彼女は、彼女に必要な事をした。じゃあアタシは? ビゲンが重傷だと知らされたら、冷静に仕事が出来たか。

 

(ムリだ。出来っこない)

 

 今知ってすら、すぐに飛び立ちたい気持ちに駆られているのだから絶対に出来ない。

 人間にはついていい嘘と、いけない嘘があるらしい。優しさの嘘とその逆の嘘だ。

 

(コイツは……)

 

 目の前で涙を溢しながらこちらを睨み付ける小さな同僚は、妹は、アタシに優しい嘘をついたのかもしれない。

 もしかしたら死ぬほど悩んだのかもしれない。でも、それでも嘘をついた。

 確かにファルクラムは嘘だらけだったけど、からかう嘘は分かりやすい。

 

(コイツは……)

 

 ファルクラムはビゲンと天秤に掛けるまでもなく、アタシを選ぶかもしれない。それでも泣いている。

 少なくともバカなアタシにも分かるとすれば、迷いなくビゲンを切るならこんな本音は必要ない筈だということ。

 

「ビゲンは、何の目的で?」

 

 訊くことは決まっている。『ならば、何故?』だ。

 

「日本にいるクーデターチームのセーフハウスに単身乗り込んだようです。お姉さま、貴方にいた腹違いの姉妹の情報を持ち帰ったと」

「は?」

 

 腹違いの姉妹、と聞いて間の抜けた声が出てしまった。

 ファルクラムはソレイユの携帯端末を指先で弄ると、メッセージを呼び出した。

 八代通や社長のメッセージが目に入る。

 

「Y-1? ヘリオスって、なんだよコレ」

 

 謎の戦闘機、ドーター。オリジナルのドーターなんて信じられない。

 いや、それよりもその戦闘機がもしかするとアタシの代わりだったかもしれないということ。

 とっくに盗まれて久しいこと、大体の状況は理解できた。

 空中空母型ザイも気にはなるが、それを落としたから終わる話でもなさそうだった。

 

「……とにかく皆のところへ帰らないと。ファルクラム、出られるか」

「はい、私はドーターの燃料さえあればすぐに」

 

 ロシアに運ばれてロシアで過ごして、まさか今度はさっさとロシアから立ち去らなければならないとは。

 ファルクラムの手を取って、アタシはドーターの元へ駆けた。

 

 □

 

「よう、急ぎなのは分かってる。機体出すまでに聞いてくれ」

 

 ハンガーに居たのは、バーバチカのメンバー。ジュラーヴリクからベルクトまで勢揃いだった。

 

「あたしたちは手を貸せないが、今回の実験の報酬でいくらか資金は渡した。振り込んである。それと――次会うときはライバルか、もしくはまた翼並べよう。ルフィナ」

 

 ジュラーヴリクが珍しく手を差し出した。

 アタシはその手を取って、固く握り締める。

 

「そっちも頑張れ。空中空母も、こっちの問題も飛び火はさせねーから」

「もう、またルフィナは無茶をしようとしてますね」

 

 頬を膨らませ、珍しく眉尻を吊り上げるベルクト。

 相変わらずラーストチュカはそっぽを向いているが、ファルクラムをちらりと見遣ると呟いた。

 

「アドバイス、大事にする」

「ええ、頑張って。ラーストチュカ」

 

 何があったかは知らないが、仲良くはなれたのだろうか。ミグ同士だし、どこか波長は合うのかもしれない。

 相変わらずパクファはニコニコ微笑んでいるが、少々心配してそうな雰囲気があった。

 

「頑張れよ、パクファ」

「はい、ありがとうございます」

 

 アタシの声には、彼女も控え目に答えてくれた。

 ハンガーから引き出されたドーターへ駆け、タラップを上がる。コックピットに腰掛け、続いてダイレクトリンク。

 今度は迷いなくエンジンに火を入れた。ファルクラムも自身のドーターとリンクしたらしい、遠くのエプロンにアイリスに輝くMiG-35-ANMが見える。

 

「よし、エンジンも良く回るな」

 

 今までのエンジンが悪かった訳じゃない。それでも、かなりスムーズに回転が上がっていく感じだった。

 ランウェイにファルクラムと機体を並べ、見送るバーバチカ隊に視線を向ける。

 

〈よう、ソレイユ01。ろくすっぽ訓練できなかった詫びって訳じゃないが、空中給油機を回す。奴等の基地まで燃料の心配いらねぇから、直したドーターを思いきりブン回してやれ!〉

 

 ジュラーヴリクからの無線に、アタシは笑いながら答える。

 

「ラジャー、BA01! 感謝する、またな!」

〈次は落ちんなよ! 代わりはいねぇんだからな!〉

「任せろ、テメーとSu-30を飛ばすにはアタシが必要だからな!」

 

 ファルクラムが先に機体を発進させた。離陸していくアイリスの輝きを追うように、こちらもブレーキを外す。

 勢い良く加速していく。よく伸びるエンジンだ、不具合も無い。

 離陸も非武装故かもしれないが、気持ち早くなったような気がする。

 

「機体が軽い。やっぱり最高だな」

〈こちらソレイユ06、ラジオチェック〉

「オーケー。聴こえてる」

〈空中給油機まで距離は然程ありませんが、燃料も半分程度しか入れていません。まだスロットルは控え目に〉

「わかってるよ。下手打って、起きたビゲンに笑われたくねーしな」

 

 空中給油はどうあれ、とにかくまずは日本に帰る。

 小松基地にいる仲間たちへ交信を試みながら、アタシ達は空を進んでいった。




ロシア編ラストは嵐のように。
次は新章、いよいよ空中空母型とY-1の話になっていきます。

次回もまたよろしくお願いいたします!


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神域の戦い
ALT.35『死神』


 小松基地、ブリーフィングルーム。

 そこにアニマたちの姿があった。ルフィナ、ファルクラム、ビゲンの姿だけがそこにはない。

 

「よし、想定外のダメージだが揃ったな」

 

 八代通は眼前に並ぶアニマ、そしてドーターパイロットの慧らの姿を見て声を上げる。

 照明が落ち、彼の背後にあったスクリーンに情報が表示される。

 大きな図体をスクリーン脇に退かし、表示される衛星画像を指した。

 

「本日より、ソレイユ01および06が作戦に復帰する。中には06へ不信を抱くものもいるが、まだ01が生きているということは06が作戦を諦めたことと考えよう」

 

 衛星画像には、洋上を飛行する二機のドーターが鮮明に撮されている。Su-35SK-ANM、そしてMiG-35-ANMの二機だ。

 八代通は更に続ける。

 

「二機はロシアから既に離陸、間も無く到着する。問題なら仕事が終わってから起こしてくれ。それから、空中空母タイプザイ以外に敵がいることも改めて伝える」

 

 ズームしていた衛星画像がスライドし、次にはビゲンが命懸けで手に入れた機体の三面図が表示される。

 

「YR-29ヘリオス。この図の中ではY-1となっているが、既に飛行可能であるとソレイユ社社長からの聞き取りで判明した。本来は第五世代級対ザイ用有人戦闘機で、突出した性能も、お前たちに比べれば大したことの無いものだ」

 

 ファントムが八代通の指す三面図を睨む。

 

(限りなく機体後部に配置された前進翼にカナード。水平尾翼の無い機体。人間の考えうる限界……といったところか)

 

 彼女の考えうる限り、とても実用的ではない。

 極論で、机上の空論だけで武装し、設計図の中で生きるような機体だった。

 

(それでも飛行に漕ぎ着けていたのなら……)

 

 ファントムの脳裏を、ソレイユのアニマたちが過る。

 

(あの会社の技術力は、並大抵ではありませんね)

 

 暫し考えて、再び彼女は八代通の言葉を聴き始める。

 

「信じられん話だが、試験機にも関わらず、コイツはドーター化されてる。アニマがいるということだ」

 

 八代通は「更に悪い話がある」と続ける。

 

「コイツの武装は何一つ情報がない。通常のミサイルは搭載するだろうが、アニマをソレイユからの独立後に実用配備するような技術屋連中でもある。他にどんな試験兵装を搭載してくるか、どんな機動をするかの予測も一切立たん」

 

「何しろ今までの常識からあまりにもかけ離れてるからな」八代通はため息交じりに語る。

 不意に、慧が手を上げる。

 

「えっと……『R』ってことは、偵察機なんですか? ファントムみたいな」

 

 慧の問いに、八代通はかぶり振って答えた。

 

「対ザイ用だ。現用機的な付け方をすれば、スウェーデンの『JAS』に匹敵するマルチロール機になるとソレイユ社社長は言っていた。正直、反則級だな」

「ヴィゴラスはどうだ? レーベンも社長の傍にいたんだろ?」

 

 慧は後ろを振り返り、コメットブルーの輝きを持つアニマへ問う。

 

「私は後に生まれましたから。レーベンも同じ。なのでルフィナと同時期生まれで開発が停止していた戦闘機なんて、知りもしませんわよ?」

 

 ヴィゴラスはまるで他人事のように返す。

 ついで、漆黒の髪を右手でかきあげつつレーベンが答えた。

 

「残念ながら、同じだ。ファルクラムも知らなかっただろう。社長はY-1……いや、YR-29については何も語ったことはない」

 

「ただ」とレーベンは続ける。気付けばブリーフィングルーム全体が彼女の言葉に耳を傾けているようだった。

 

「元々が対ザイ用だ、それに相応しい装備は考えていた筈だ。曰くの話も、問い詰めたら聞けた。室長、社長に聞いたんだろ?」

「ああ、確かに聞いた。共有しておくか……危険度くらいはアタリがつくかもしれん」

 

 YR-29の設計図がスライドしていくのを背に、八代通はその機体の危険度を語る。

 

「既に飛行可能なのは当然だが、機動試験で三人のパイロットが死亡している。死因は内蔵破裂、頸椎骨折、その他諸々。計測したGは、有人操作下にありながら15から20G以上。有人機でありながら、アニマのフルパワーに匹敵する機動を見せたらしい」

 

 八代通の言葉に、慧が息を呑む。そんな死神のような機体が、仮にGを掛け放題のアニマが本当に操縦したら?

 そんなものを問うことすら、恐ろしくなる。無意味に思えてしまう。

 

「既にこの話で危惧したと思うが、人間が操ってドーター並みの機動を見せたヘリオスが本物のドーターとして運用されているとすれば、ザイよりも恐ろしい存在になりかねない。ザイはまだ効率重視で動くが、ヘリオスはソレイユ、ステラを含むお前達を全力で殺しに来るぞ」

 

 八代通の声は真剣だった。誇張、過大何一つ含めず本気でYR-29という機体を警戒している。

 ブリーフィングを進めようとした八代通だったが、不意に横から研究スタッフが近付いて彼に耳打ちする。

 

「なんだと?」

 

 ただでさえつり上がり気味にしていた眉が、なお険しくつり上がる。

「最悪だ」八代通は噛み締めるように呟いて、皆の前へ向き直り告げた。

 

「ソレイユ01、06共にヘリオスと交戦しているらしい。ヤツは既に日本領空内にいる。我々は航空自衛隊としてヘリオスを迎撃、ソレイユ01、06をエスコートしなきゃならん。バービー隊、至急離陸準備だ」

 

 八代通が告げると、バービー隊各員が立ち上がる。

 慧が、グリペンが、ファントムにイーグルも。

 PMCアニマたちには、入れ替わりでの待機が命じられ空を飛ぶことは叶わなかった。

 

「まさかPMCが先に潰しに来るとはな……」

 

 八代通は眉根を寄せつつ呟いた。

 ブリーフィングルームはすっかり静かになって、代わりに外が騒がしくなっていた。

 

 □

 

「クソッ! もう基地は目の前だってのに!」

 

 日本領空内で、Su-35SK-ANMとMiG-35-ANMはたった一機の戦闘機に追い回されていた。

 シトロンミストの薄まった肌色の輝きを放ち、そして装甲化されたキャノピーはまさしくドーターのそれだった。

 機体形状は角張った面を張り付けたようで、しかし流線型もしっかり持った現代におけるステルス機のような形。

 水平尾翼は無く、時おり見せる上昇機動で角張った前進翼を持ったカナード付の機体であることも分かった。

 

〈――〉

 

 交戦する機体からは絶えず何かのノイズが流れている。何かを語ろうとして語ることが出来ないのか、ルフィナたちに話し掛けているようにさえ思えた。

 

〈クッ! 何なの、この機動!?〉

 

 ルフィナを超える機動を持つよう作られたファルクラムですら、全く追従できていない。

 あらゆるアニマの機動、クセを集めて状況に応じて解放するような、読めない機動に二機は苦戦していた。

 

〈『System booting』〉

「なんだ?」

 

 ルフィナの耳に、コックピットからの機械音声らしきものが飛び込んだ。

 前方を飛行していた戦闘機は苦もなさげにトリプルクルビットを繰り出し、ルフィナをオーバーシュートさせ、その後ろについた。

 

(さっき、機体の下に稲妻が……まさか)

 

 ファルクラムが更に下を飛び、上空のルフィナ達を見上げる。

 不明機の腹下には、青い稲妻を煌めかせる長大な砲身が見えていた。

 

〈お姉さまッ! すぐに離脱を!〉

 

 ファルクラムが叫ぶ。ルフィナは言われるまでもなく回避行動に移っていたが、まるで敵が離れない。

 機動をコピーしたかのように、不気味なほどピッタリと付いてきていた。

 

〈『System power at fifty percent』〉

「なんだ、この音声は……」

 

 無線に入る音声に交じり、ジリジリとした奇妙なノイズが更に大きくなる。

 付いてくる不明機下部が不気味に輝くのを見た刹那、ファルクラムの叫びが届いた。

 

〈レールガンですッ! 喰らったら木っ端微塵になりますッ! お姉さまッ!〉

〈『Ready to fire』〉

 

 ファルクラムの声に、機械音声による射撃準備完了の宣告が交じり込んだ。

 

「ふっざっける――なァッ!」

 

 急速な機首上げから、コブラフラットスピンで衝突を回避しつつ離脱。次の瞬間、クルビットで後ろを向いた不明機の機首がルフィナを捉え、落雷めいた発射音が機体内部をすら揺らす。

 飛翔体は衝撃波だけでルフィナの駆る機体を激しく揺らし、雲を割った。

 

「ヤバイ。ヤバイ、ヤバイ!」

 

 あんなものに撃ち抜かれればファルクラムの言う通り、バラバラになる。ルフィナの生存本能に似た何かが危険信号をより強めていく。

 こんな所で散るわけにはいかない、だからロシアからも生きて戻ったのだと。

 

(どうやって逃げる? こんなバケモノから……)

 

 編隊を組むわけにはいかない。未だ不明機はレールガンでルフィナを追っている。

 増速して引き離すと、直ぐ様不明機が差を詰める。それは、凄まじく奇妙な加速だった。

 瞬く間に加速して追い付いてくるそれは、まるでロケットブースターを点火させたようなものだった。

 

「06! まさか、コイツがヘリオスか!?」

〈機体形状的に間違いありません。いよいよ私たちを潰しに手を打ってきた、ということですね〉

「笑えねえ……! こんなバケモノッ!」

 

 玩ぶように飛び回る不明機改めヘリオス。

 ドーター化によるHiMAT機化の効果や、機体強度の向上が凄まじく効果を発揮しているのか、その機動はルフィナの見てきたあらゆるドーターを凌ぐ。

 

〈『System power at one hundred percent』〉

「ちっ――きしょォッ! いい加減にしやがれッ!」

〈『Ready to fire』〉

 

 機械音声が、まさしく機械的にルフィナへ死の宣告を突き立てていくようだった。

 今度は避けられない。ヘリオスはルフィナの機動を封じるように、わずかに上空を飛んでいた。機体を上げれば激突、下げれば急激な降下に合わせてレールガンで撃ち抜かれる。

 

〈……!〉

「なんだ!? なんの警告だ?」

 

 ヘリオスがレールガンを発射しない。代わりに、ルフィナの耳にビープ音が遠く響くのが聴こえた。

 

〈不明機を確認。バービー01、フォックス2〉

〈02、フォックス2!〉

〈03、フォックス2〉

 

 レーダーに新たな反応。そして聞こえてきた無線は、独飛のものだ。

 レールガンの砲口がバービー隊へ向けられる。

 

「やべー、全員避けろッ! レールガンがそっちに向いてるぞ!」

 

 ルフィナの声に反応してか、バービー隊各機は編隊を解いてブレイク。飛翔体は三機がいたその中心を、真っ直ぐに突き抜ける。

 

〈これが、ヘリオスか……!〉

 

 バービー01、慧の声が驚愕に染まる。

 急加速しバービー隊を分散させるヘリオス。その機動性はバービー隊三機がかりでも、苦しめられるものだった。

 

〈イーグルがついていけてない!? 有り得ないー!〉

〈クラックやハッキングの類いも完璧に防御ですか。何者です? YR-29ヘリオス、貴方は何なんですか〉

〈……〉

 

 ファントムが意外にも直接語り掛けた。

 相変わらずの機動を見せながら、アニマたちは各々の無線に少女の吐息のような音が入ったのを聞き逃さない。

 

〈私が見たいのはこんなものではない。折角出てきてあげたのに、こんなものではつまらない〉

 

 ルフィナにも、そしてヘリオスを囲うアニマたちにも聞き覚えの無い少女の声がした。

 

〈私はYR-29-ANM、ヘリオス。仕事だったのに、少し冷めたわ。また今度やりましょう〉

〈逃がすとでもお思いなんですか、ヘリオス。私たちがどういう組織か、国がなくともご存知でしょうに〉

〈貴方に私は撃墜不可能。RF-4EJ-ANMファントムⅡ〉

 

 ファントムの威嚇にすら、ヘリオスは全くの反応無しだった。

 機体は攻撃を止めると、レールガンの砲身を畳んで中国大陸方面へ離脱する。

 

〈逃がすとでも? と、私はそう言いましたよ〉

 

 ファントムがミサイルをロックオン。ヘリオスのテールをまっすぐ撃ち抜くコースで、レリーズする。

 

〈撃墜不可能。私はそう言ったわ〉

 

 ファントムの宣言に対する、ヘリオスの応酬。

 機体後方上面のインテークがせり上がり、更に機体下部からは埋め込み式のロケットブースターが顔を出す。

 一瞬にしてロケットブースターに火が入り、急加速。逆V字型に垂直尾翼を変形させ、更にエンジンが大きく火を吹く。

 チャフフレアを残し、瞬く間に五機を置いていくヘリオス。

 

「何キロ出してんだ、アレ」

 

 レーダーから消える度に、次現れる頃には遠い地点を指している。

 

〈一瞬にして、マッハ4あたりまでは加速していそうですね。ミサイルがフレアを抜けても、置いていかれています〉

〈冗談だろう? 機体がバラバラになるぞ〉

「バラバラにならない自信があるから、あそこまで馬鹿げた速度を出せるって事かもな。とにかく、助かったぜバービー隊。それにソレイユ06もな」

 

 ロシアからの帰還を果たした二機は、独飛のドーターに引き連れられ、小松基地へ向かう。

 最中、ルフィナはヘリオスの消えていった方角を振り返る。

 

(アイツが、アタシの代わりだったハズの戦闘機……か)

 

 ルフィナが完成しなければ、あの機体が世に放たれていたのかもしれない。

 しかし、完成すればしたでファルクラムのようなアニマも現れてしまった。

 どちらにも良い結末は待っていない。しかし今を受け入れるほかにもない。

 空中空母型ザイ撃墜任務が、想像以上の危険性を孕んだ任務に置き換わるのが彼女にも良く分かった。




ここからタグ追加です。
色々ぶっ飛んだドーターの登場と共に、ルフィナたちは日本へ帰還。次はビゲンに会いに行きます。

次回もまた、宜しくお願い致します。


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ALT.36『小松基地にて』

「ビゲン……」

 

 日本にようやく帰ってきたルフィナたちが、まず最初に立ち寄ったのはビゲンの病室だった。

 いつもなら彼女の不始末にビンタ一発は張ってくるであろうビゲンは、今や医療機器に繋がれて眠りについている。

 ルフィナが名を呼んでも、彼女が応答することはない。拳を握りしめ、だがルフィナは弱音を呑み込む。

 

「ありがとな、ビゲン」

 

 無機質な機械音の中、まるで不釣り合いな礼が述べられた。だが一方で、ルフィナが握る拳はぎりぎりと握る力を増す。

 

「役に立ちそうだぜ……アンタの情報。だから……今は休め。アタシも仕事終わったから、起きたら通帳でも見なよ。きっと笑えるからさ」

 

 ぐっと握った拳に更に力を込め、そして手を開く。

 ルフィナはビゲンの顔をしばらく眺めると、病室を後にした。

 

 □

 

「もういいんですか? ルフィナ」

 

 自衛隊病院前で待っていたのはファントムだった。意外にもファルクラムは見当たらなかった。

 夕陽の灯りを背に、ファントムはただルフィナを待っていただけのようだった。何も裏はなく、ただ待機する。

 それでも会ってしまえば、ただ共に戻るだけではないのもファントムだった。

 

「大丈夫なんですか、ファルクラムを再編入させて」

 

 並んで歩く二人。ファントムは横目にルフィナを見遣りつつ問う。

 

「アイツはもう心配ない。多少メンタルが不自然な気はするけどな。メンバーについて不満があれば言ってくれていいぜ、それは依頼者の当然の権利だからな」

 

 ルフィナはただ、何の気なしに語る。

 では、とファントムが呟くと立ち止まった。

 

「ファルクラムは外すべきです。彼女を信頼するには不確定要素が多すぎます。いきなり背中を撃たれたらどうするんです?」

 

 遠慮無し。それがファントムであり、彼女の思考であり、比較的まともな思考であればそう考えるのも致し方無しだった。

 限りなく100パーセントの確定要素が無い限り決定しない。それが、RF-4EJ-ANMという存在だった。

 

「なるほど」

 

 ルフィナは立ち止まると、続いてファントムへ歩み寄る。

 真っ直ぐに、ファントムの冷酷にも見える鋭い瞳に彼女は向き合った。

 

「メンバーに不満があれば言ってくれていい。だが、拒否出来るとは言ってない。それは此方の権利だ。文句があれば、アンタらだけで空中空母型をやってくれ。ヘリオスだけはこっちでやる」

「そうしたいところですよ。あなた方を引き入れたが為に、とんでもないオマケまで付いてきたんですから」

 

 ですが、とファントムが続ける。

 

「今はあなた方が居なくては困ります。先程の不満は私個人のものであり、独飛の総意ではありませんから。お父様は少なくとも、彼女も共に飛ばす気でいます」

 

 微風だった小松基地に、一瞬の強い海風が流れる。

 二人の少女の髪を靡かせ、冷たい風がその頬を撫でていく。

 

「そうか」

 

 ルフィナは下へ視線を移しつつ小さく笑う。

 

「まあ、よろしく頼むよ」

「ええ。ただ、何かあればの忠告はしましたよ」

 

 ファントムはそれだけを告げると、コルセットスカートを靡かせて去っていく。

 その背中を眺め、ルフィナは小さく息をつく。強気に出てはみたが、彼女には未だに馴れないものだった。

 少し気が引ければ、圧されてしまいそうだった。冷や汗とまではいかないが、少しだけ鼓動が早くなる。

 

「ルフィナ」

 

 病院から、見馴れたカメリアの輝きが射した。

 二番機であるクフィルの声は、ルフィナにどこか安心感を与える。

 

「久しぶり、クフィル」

「ええ。すっかり大人びましたね」

「そうか?」

「そうですよ」

 

 くすくすとクフィルは口元に手を当てて笑う。

 

「ずっと私がいなきゃダメだと思ってましたけど、改めて思いました。私は、あなたについていく存在だと」

「……? 当たり前だろ。頼むぜ、二番機なんだからな」

 

 目を細め微笑むクフィルを目にして、首をかしげつつルフィナは言う。クフィルは頷き、そしてビゲンの病室であろう窓を見上げた。

 

「次の空、彼女が居ないのが不安ですが」

「だけどずっと働きづめだ。休ませてやろう」

 

 ルフィナの言葉に静かに頷いたクフィル。

 不意にルフィナのスマートフォンが着信を告げる。ポケットから取り出して画面を見れば、そこにはファルクラムの名前があった。

 クフィルは場を読んで距離を取り、ルフィナが受話ボタンをタップする。

 

『お姉さま? 室長が次はあなたを呼べと』

「ヘリオスか?」

『恐らくは。私も聞かれましたけど、お姉さまのほうが時間はかかるでしょうね。私より信用が出来ますし』

「お前な。あまりいじけるなよ……ファントムももうあまり気にしてねーから」

『だったら、明日デートしてください。二人きりで』

 

「ん?」と、疑問と共にルフィナの頭の中でクエスチョンマークが跳ね起きる。

 話が飛躍している気がした。なぜデートに行くのか理解できなかった。とはいえ、約束自体は前からしていたものだ、無下には出来ない。

 

「分かったよ。アタシも約束は守る」

『やったっ! じゃあ時間は空けておいて、誰にも伝えちゃダメですよ?』

「まだライノのこととかあるけど……まあ、なんとかやるよ」

 

 終話。スマートフォンをポケットにしまい、クフィルへ視線を向ける。

 空気を読んだらしい彼女は全く目が笑っていない笑顔で手を振っていた。

 

(忘れてた。コイツ、なんかファルクラムに対抗心抱いてんだよな……)

 

 黒いオーラすら見えるクフィルに見送られ、ルフィナは八代通の元へ向かう。

 その道中、再びスマートフォンが鳴動した。

 

「またファルクラムか?」

 

 困惑気味にポケットを漁りスマートフォンを取り出して画面を眺める。

 しかし電話着信ではなくメッセージの受信を知らせていたらしく、待ち受け画面にはメッセージがそのまま表示されていた。

 

「……!」

 

 メッセージを見て固まるルフィナ。

 だがすぐに画面を消し、研究棟へ向けて歩き出した。

 

 □

 

「ずいぶん掛かったな、道に迷ったか?」

 

 聞き取りは八代通本人が行うらしい。

 横に幅を取る身体で缶コーヒーをルフィナの前へ置くと、彼女の前へ腰掛けた。

 

「アタシ、コーヒー好きって言ったか?」

「いや? すまんな、ポーズだけだ。必要なら出すから、あとで買ってくれ」

「必要ねーよ。コーヒーも……微糖ならまあ飲める」

 

 缶に記された『微糖』の文字を眺めつつ、ルフィナはプルタブを引き起こした。

 

「それなら良かった。さて、機嫌取りはいいだろう。呼び出した理由は分かるか」

「ヘリオスだろ」

「ああ。あとは、ロシアの話が聞きたい」

 

 ルフィナは暫し天を仰ぎ、悩む。

 なにか話すことはあっただろうか、と。

 

「悪いな。穴は空けて申し訳ないとは思うが、ロシアもクライアントだったんだ。そこは話せねーよ」

 

「ほう」と八代通は少なからず驚いたような反応を見せる。

 ルフィナの目に、今までのような虚勢は見当たらない。強気なだけではなくなっていた。

 

「顧客情報は秘匿する……か。それなら構わん、俺が聞きたいのはどちらかといえばヘリオスとの戦闘データだからな」

 

 ぎしり、と八代通の座った椅子が苦しそうに軋む。

 

「情報は独飛のメンバーからも聞いてるが、対峙してどうだ?」

「どうだ? ってな……化け物過ぎてなんとも言えねーよ」

 

 ぐいっと缶コーヒーを煽りつつ、ルフィナが八代通を睨み付ける。

 

「それはアンタだって百も承知だろ?」

「まあな。多少の弱点でもあれば、とは思ったが……正直なところあんな超兵器は俺も考え付いた事すらない。言うならオーバーテクノロジーだ」

 

 自嘲気味に八代通は笑う。

 

「俺たち人類にとってしまえば、アニマとドーターですら超兵器なんだ。その上を来るとは思ったこともない」

 

 タバコに火を点けつつ、八代通は語った。

 紫煙を燻らせながら、その中で視線はルフィナへ向けられる。彼女からの発言を待つように、八代通は以降の発言を止めていた。

 

「……まあ、あれだけごちゃごちゃ付いてるんだ。完全無敵なんてありゃしねー。絶対に何処かに弱点はあるさ」

「しかし、今回交戦したことで向こう側に情報を与えたのも事実だ。お前の機動、ファルクラムの解放に俺たち独飛の存在も」

 

 ぐ、とルフィナが口ごもる。

 

「向こう側がそれで対策を取るのも確実だ。空中空母型を落とせない訳でもないだろうしな。ルフィナ、奴等の目的はなんだ?」

 

 タバコの灰を落としつつ、八代通は眼前のアニマに問い掛ける。

 

「今のところは『アニマをふるいにかけて金稼ぎ』程度にしか分からねーよ。ヘリオスが役に立てば、それこそ自由にならないアニマは全部消し去りに来るかもな」

「なるほど。人類最後の盾をずいぶん安く見た物だ。ただ、理解は出来る。アニマを作り出せない小国からしてみれば、たった一機で戦争もひっくり返るからな」

 

 パワーバランスの崩壊、という点に関してしまえば八代通もよく理解している。

 一瞬の静寂。時計の音だけが喧しく聴こえるほどの静かな時間が過ぎる。

 それから八代通はタバコを灰皿に押し付けて消し、語り始めた。

 

「これは明日朝のブリーフィングで共有する予定の話だ。――あれから、ビゲンが持ち帰ったデータを更に解析した。幸いファーストコンタクトでは使わなかったようだが、ヘリオスには多数の武装UAVを管制する能力があるらしい」

 

「まあ、それだけならアニマにとって珍しいものじゃない」八代通はそう付け加えつつ、更に続ける。

 

「ヤツには武装UAVに搭載した兵装を使用する能力があるようだ。着陸し、システムを切る手間もなく、空中で次々に武器を変える……UAV自体も攻撃を仕掛けてくる筈だ。どんな武器を使ってくるかもまだ不明だが、大柄な武装もあるだろう」

「待てよ、じゃあUAVを破壊できれば……」

 

 ルフィナの言葉に八代通は頷くが、その表情は芳しくない。

 

「確かに叩けばヤツの武装を無くせるだろう。だがUAVが何機出てくる? こちらだってミサイルは無限じゃない、数十機単位で出てこられでもしたらとてもじゃないが足りないぞ」

「でも、やっぱり完全無敵なんてありゃしねーってことが分かったよ。ヤツをクーデター軍に置いとくわけにはいかない。――だけど、アタシはヤツを破壊しない」

 

 真っ直ぐに八代通を見つめ、ルフィナははっきりと宣言する。

 

 ――YR-29-ANMヘリオスを、ソレイユは撃墜しない。

 

 ソレイユクーデターチームから、彼女をすら解放する。

 それが、ルフィナが八代通との会話の最後に言い放った言葉だった。




長らく掛かってしまいましたが、ようやく更新です。
なんだか最近小説を書く頭でないのがツラい……。

まあなにはともかく、第一幕最終話に向けて突っ走っております。

次回もどうかよろしくお願いいたします!


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ALT.37『デュアルバード』

 小松駅前。決して少なくない人通りの中に、藤色の輝きを持った髪色の少女がそわそわと落ち着かない様子で腕時計を確認していた。

 

「待ち合わせ五分前……お姉さま遅いなぁ」

 

 待ち合わせは正午。小松基地もちょうど昼食の時間帯に差し掛かる辺りに二人は約束をしていた。

 目立つ髪色に、目立つ服装。本人にそのつもりが無くとも、事情を知らぬ一般人が見れば()()()()()ようにも見えるだろう。

 しかし好奇の視線もファルクラムは気にすることなく、ただただ“有象無象”である人間には目もくれずに銀色の輝きが射し込むのを待つ。

 

「わりー……! ま……迷っちまった……!」

 

 声が聴こえたのは背後からだった。

 ファルクラムが振り返ると、膝に手をつき、息を切らせたルフィナがいた。

 相当走ったのか、普通に話をするのも苦しそうだ。

 

「良かった! まだ五分前ですし私はいいですけど、そちらこそ大丈夫ですか?」

 

 心配する一方、悩みに曇っていたファルクラムの表情がどこか晴れやかに変わる。

 

「も、問題ねー――いや、どっか喫茶店とかないか? ファーストフードでもいい。や、休みたい……」

 

 ルフィナは一瞬強がるも、すぐにギブアップしてしまった。

 今にも崩れ落ちそうな彼女へ、ファルクラムは笑顔で右手を差し出す。

 純粋な――今までのように裏を感じさせない、本物の笑顔がそこにはあった。

 

「ありがと、ファルクラム」

 

 しっかりとその手を取り、疲労にぐらつく身体を支えるルフィナ。彼女もまた、同じような明るい笑顔で応える。

 

「……!」

 

 意外な反応に、ファルクラムが目を丸くしつつ頬を染めた。

 

(ずるくないですか、お姉さま。絶対イヤイヤ来ると思ってたのに、なんでそんな眩しい笑顔見せるんですか。ヤバい、私ヤバい……!)

 

 思いがけない反応、右手に感じる感触と温もりにファルクラムの思考が乱れた。

 表情を取り繕うのに必死になる。

 すぐ目の前で、ルフィナは固まってしまったファルクラムに手を振っている。

 

「ハッ! ご、ごめんなさい! どこかお店探しましょうか! たしか近くに何軒かありますよ」

「わりーな。てか、調べてんのか?」

「昨日のうちに、幾つかは。私もここの地理はありませんから、今日はスマホのナビに頼りきりですね」

 

 行きましょう、とファルクラム。

 二人は並んで小松駅から離れた。まだ正午を回って何分も経たない。デートとしてなら、まだまだ時間は充分に残されていた。

 

 □

 

「そういやファルクラム、次の作戦――」

 

 喫茶店で休み始めてすぐ。ルフィナがビジネスな話を持ち出すと、ファルクラムは彼女の口へ人差し指を当てて言葉を遮った。

 

「今はデート中ですよ。仕事の話は禁句です」

「む……悪い。空気読めなかったな」

 

 素直なルフィナ。ファルクラムはそこに違和感を覚えた。

 いつもなら何かしら口では反抗する彼女が、妙に素直だと。

 

「いやに素直ですね? 何かありました?」

 

 少しだけ怪訝そうにファルクラムはルフィナを見つめる。

 

「え? あ、いや……。てか、お前はアタシをなんだと思ってんだよ」

「素直じゃない、優しいリーダーです」

「一言余計だ! バカ!」

 

 ふてくされてそっぽを向いたルフィナ。

 対面に座るファルクラムはその頬へ手を伸ばし、人差し指でつついた。

 

「なんだよ」

 

 ルフィナがファルクラムへ向き直る。頬杖をついて、微笑むファルクラムがそこにいる。

 ロシアではやはり見られなかった、心の底からの笑顔だった。

 

「いーえ! やっぱりお姉さまだなって」

「なんだ、気持ちわりー。アタシはアタシだぞ?」

 

 周囲から刺さる視線は一部察したような目もありつつ、端から見れば仲の良い友人同士か。暖かい視線がいくつか注がれていた。

 

 それから喫茶店を後にした二人。ルフィナは横にいるファルクラムへ視線を配らせると、彼女へ問う。

 

「何処にいく?」

「んー……よかったら、少し見て回りませんか? 次日本にくるの、いつになるか分かりませんし」

「お前、仕事的な話NGじゃなかったの? ……まあ、確かにそうだな。行くか」

「はい!」

 

 二人、再び足並みを揃えたところで着信音がそれを崩した。

 

「わり、アタシだ」

 

 片手を挙げて謝罪しつつ、ルフィナはポケットに入れたスマートフォンの端末を引っ張り出す。

 

(やっぱりお姉さま、スカートよりパンツルック似合うなぁ! でもちゃんと女の子させてみたいし……そうだ、洋服屋行こう!)

 

 じっと手を揃えて待つファルクラム。思考は全く健全的ではないが外から見る分には、にこやかに連れ人を待つ少女だった。充分に。

 

「またかよ……」

 

 ふと憎々しげに画面を見つめるルフィナが呟いた。

 

「何がです?」

「えっ? あ、いや……単なるイタズラだよ。前も来ててさ」

 

 問い掛けに慌てて取り繕ったルフィナへ、懐疑的な視線を投げ掛けるファルクラム。

 しかし、指示がある以外に個人的な部分には意外と触れないファルクラムは言う。

 

「まあ、それなら良いですけど……。メアドとか考えた方がいいですよ?」

「そうだな。……で、どこ行く?」

 

 ルフィナに問われて、藤色の髪色が輝きを気持ち程度に増す。ファルクラムは「待ってました」と言いたげに、前のめり気味にルフィナへ詰め寄って叫ぶ。

 

「服屋に行きましょう。洋服屋です!」

「服ぅ? 替えならあるだろ?」

「いいから行きますよ!」

 

 ぐいぐいとルフィナの腕を引きながら、ファルクラムは鼻息も荒く歩き出す。

 困り果てるルフィナも、仕方なしに付いていく他無かった。

 

 □

 

「なあ、オイ」

 

 心底機嫌悪そうに目を細めたルフィナが、地の底の底から響く唸りのような声色と共に睨む。

 彼女の眼前にいるのはルフィナとは正反対に、目をキラキラと輝かせるファルクラムだ。彼女の目に映るルフィナは今やファルクラムの思う通りにヒラヒラとしたスカートに、あれやこれやと合わされ続けた挙げ句に着せられたきらびやかでカジュアルなジャケットで身を包んでいる。

 普段ルフィナが好む、暗い色で性別を感じさせないものとは真逆だった。

 

「やめてくれって言ったよな、アタシ」

「やーですって返しましたよ? 私」

 

 秒速の反論に、ルフィナが舌を打つ。

 

「着替える」

 

 すっかりいじけたルフィナが、試着室のカーテンを乱暴にひっつかむとファルクラムがそれを止めた。

 

「待って! せめて写真、写真を……!」

「その辺のポップ見てこいよタコ。『写真の撮影はご遠慮ください』だ、ボケナスビ」

 

 ルフィナの罵倒がいよいよ妙な方向に舵を切っていた。

 

「私こんな色の髪ですけど、ナスビはあんまりじゃないです!?」

「うるせーよ。あっち行ってろ、少し怒った」

「素材良いのにぃ……」

「だーから、アタシみたいなガサツなヤツの着る服じゃねーよ。こういうの、ビゲンとかシュペルエタンダールとか……あと、あのヴィゴラスだっけ? ああいうのに似合うヤツだよ」

 

「一回だけもダメですか?」ファルクラムが祈るように懇願するも、問答無用で閉められたカーテンによってそれは拒絶された。

 

「まあ、あんなお姉さまめったに見れないし役得といえば役得よね。あー、でもやっぱり写真くらいは……」

 

 帰る為と店の前で待つファルクラム。日本の風にはまだ慣れない。

 見知らぬ土地に彼女たちはそこそこ長く滞在していた。見知らぬ車が走り、見知らぬ人種が行き交い、そして見知らぬ街と建物がある。

 

(私は、お姉さまが居なかったらどうなってたんだろ)

 

 ファルクラムが夕暮れ時の空を見上げる。楽しい時間はあっという間に過ぎ去り、気付けばそんな時間だった。

 小松の街が対ザイの最前線だとは微塵も気付かない。ファルクラムは改めて、技本の人間たちの能力に驚かされていた。

 だからこそか、気になっていた。ルフィナという、Su-35SK-ANMのアニマ――フランカーがいなければどうなっていたのか。

 

(そもそも、私は生まれていないか。私は彼女の影、彼女のデータ的バックアップに過ぎなかった。絶えず経験を積んだ“オリジナル”とは違う)

 

 右手を眺め、それを空へ翳す。

 オレンジ色の光が指の間をすり抜けて、ファルクラムの目を突く。

 

(ジュラーヴリクの言うことは多分正しい。あの人はきっと、本当に灯火になれる人)

 

 目を細めて、思案に暮れるファルクラム。

 そんな彼女を再び背後からルフィナが呼んだ。

 

「お、おい。もう行くぞ」

「あ。すみません、少し考えご……と……」

 

 振り返ったファルクラムの語尾が消えていく。

 そこにいたのは、拒絶した筈のスカートルックのルフィナだった。見間違えじゃないか? ファルクラムが頭を振っても、それは変わらなかった。

 

「外なら……写真も撮れるだろ。とにかく行くぞ」

 

 心なしかルフィナの頬が紅い。夕日のイタズラではないとファルクラムには思えている。

 とにかく、想い人からのサプライズにファルクラムの思案は一気に吹き飛んでいた。

 

「お姉さま……わざわざ、買ってきたんですか」

「文句あんのか? 返品してもいいんだぞ?」

「いえ! 着てしまったのでタグも切られて無効です! いえ、無効ということにしてください! ここじゃアレだな……この先にちょっと静かなエリアがあるんですよ、住宅街ですけど……行きましょう!」

「はあ!? いや、ファルクラム手を離して……引っ張るな! 痛い痛い! いてて!」

 

 またテンション最高潮のファルクラムに、半ば無理矢理腕を引かれルフィナは歩き出す。

 着なれないスカートが風にはためく度に、ルフィナは年頃の少女らしい見た目相応に気にする素振りを見せていた。

 

 それから場所を移動して、散々ファルクラムに写真を撮影されたルフィナ。ポーズの指定などもあったが、何一つ応えはしなかった。

 ただでさえ慣れない服装で恥ずかしいのに、ファルクラムを抑えなければ彼女はいよいよレフ板だのと調達しかねない勢いだった。

 

「んー……」

「あんだよ……まだなんかあんのか?」

 

 ちらちらとルフィナを見やるファルクラム。言おうとして言えないという考えが透けるどころか丸見えな様子を見ては、訊ねない訳にはいかなかった。

 

「お姉さま……」

「あ?」

「キスしません?」

 

 後悔した。ルフィナは彼女の発言直後にそう考えると共に、せめてもっと雰囲気のある場所でと考える自分がいることに苛立った。

 そんな自分を殴り倒してやりたいとまで思った。とはいえ、眼前にいる少女――ファルクラムは珍しく真面目だった。からかっている雰囲気ではない。

 前も時折垣間見えた、真面目な想いを告げる彼女の雰囲気があるように見えるのは夕日のイタズラだろうか? それとも、少なからずロシアで散々な目に遭ってから楽しい時間を過ごせていることで、気分が浮わついているのか。

 

「……わかった」

 

 気付いた時には、ルフィナは既にそう答えてしまっていた。

 

「ふえ?」

 

 意外な返答に、ファルクラムが間抜けな声を上げて固まった。

 よもや了承が返ってくるとは、彼女も思っていなかった。

 

(あああ! 私のバカ! こうなるなら、もっと雰囲気のある……てかドラマチックな場所選べよ! やっぱり私ボケナスビなのでは? いやいや、待て落ち着け私)

「行くぞ」

「は?」

 

 ファルクラムが思考を巡らせるよりも早く、ルフィナは唯一ロシアで切ることの無かった横髪を左手でかき上げて顔を近付けていた。

 一瞬。ファルクラムが感じたのは、想い人の吐息とすぐに触れあった唇の感触。夕日に伸ばされた二人の影は、一つに重なりあっていた。

 

「……もうワガママには付き合わねーからな」

「あ、え? はい?」

 

 余韻を感じさせるように薄目を開け、静かに離れるルフィナ。

 混乱するファルクラムが自身の唇に触れる。

 そうする間に、ルフィナは完全にそっぽを向いていた。

 

「あれ? お前ら……」

 

 余韻らしい余韻ではないが浸るファルクラムといじけたように視線を逸らすルフィナを、不意に少年が呼んだ。

 

「あ? お前、鳴谷……」

 

 声に気付いたルフィナが答え、すぐに自身の格好に気が付いてファルクラムの後ろに隠れた。

 

「見るな鳴谷! アタシを見るな!」

「な、なんだ? 何が……」

「そうだ鳴谷! 家! 家、少し貸してくれ!」

「はあ!? 何でだよ!?」

 

 突飛な懇願に、少年――鳴谷慧が叫ぶ。

 全く意味がわからない、と。

 

「頼む! このままじゃ帰れねー!」

「い、いや……なあファルクラム。コイツ一体……」

「あー、そうですねー」

「お前もダメなのかよ……どうしたんだ、お前ら……」

 

 完全に心ここに在らずなファルクラムに必死にしがみつくルフィナ。

 とにかく、理由を訊こう。慧は視線を合わせようとしないルフィナへ問いを投げる。

 

「なんで着替えたいんだよ? 汚れてる訳でもないだろ?」

「この格好が問題なんだ!」

「格好? なにも変じゃないだろ?」

 

 慧が見る上で、ルフィナの見た目には何ら異変はない。むしろ正常も正常だった。

 

「アタシには大問題だ! 頼む! 口裏とか、そういうのはなんでも合わせるよ! なんだったら着替えたらすぐ出てくから!」

 

 ファルクラムの肩越しに手を合わせてまで懇願する女性を見捨てるほど、慧も外道ではなかった。

 幸い、ファルクラムが洋服店の名前が入った袋を持ったままだった。着替えがあるのは事実だと確認するには充分だ。

 

「わかったよ。ただ、もしかすると親戚がいるかもしれないから、その時は頼むぞ」

「任せろ! アタシだって、伊達にずっとカバーネームなんて名乗ってねーからな! 偽装はそこそこ得意だ!」

 

 ファルクラムの肩からサムズアップを見せるルフィナに一抹の不安こそ抱いたものの、慧はルフィナ達を連れて案内を始めた。

 夕日も沈みかけ、辺りの電灯が点り出していた。

 

 □

 

「ふー! やっぱいつもの服が落ち着くよ、サンキューな鳴谷」

「いや、それなら良いけど。そんなにああいう服装しないのか? ルフィナは」

「しないしない! アタシにゃ似合わねーからな」

 

 慧の親戚の家だという民家に、人の気配は無かった。

 皆都合よく出払っていたようで、かなり余裕をもってルフィナは着替えを行えた。

 

「そうだよ。お姉さまのあの格好拝めるなんて、多分ソレイユの本隊にも居ないから」

「そ、そんなにか……あんなに似合ってたのに」

「そりゃあ、お姉さまの為に私がお姉さまに似合い且つお姉さまの良さを最大限に引き出し、そしてお姉さまの良さを打ち消さない服装を選んだんだから」

 

 気付けばファルクラムも帰ってきていた。

 さも当然のように出された麦茶を飲みつつ、彼女は得意気に胸を張る。

 

「それってどうなんだ……」

「暗に『アタシが服に着られるようなのは避けた』って言いてーように聴こえるよ」

 

 麦茶をゆっくり飲みながら、憮然とファルクラムを睨むルフィナ。

 

「あ、あはは。しかし、PMCなんていうから最初身構えてたけどな。お前達も、やっぱり女の子なんだな」

「よせよ鳴谷、戦闘機相手に」

「ま、彼はグリペンと深い関係みたいだし常識で語るだけムダですよ」

「変人みたいに言うなよ……ずっと同じ戦場を潜り抜けて、アイツの良いところも悪いところも見つけて……なんていうか、お前らアニマも人間と同じだって分かってるんだ」

「ほーかい。まあ、アタシらはいっちまえば渡り鳥さ。他のヤツらとはそこが違う。この依頼が終わればさよならだし、次は敵かもしれない。覚えときなよ、ジャパニーズ」

 

 コップの中の麦茶を飲み干すと、ルフィナは立ち上がる。

 そろそろ家を出ようとしたまさにその時、玄関の開く音がした。

 

『ただいまー。慧、帰ってるの? なんか靴多いんだけどー?』

 

 慧の顔が見る見るうちに青ざめる。

 

明華(ミンホア)だ! ヤバイ、もう上がってきた! 頼むぞ、ルフィナ!」

「最初の言い訳はそっちから切り出しな。アンタのキャスティングに合わせて切り替えてやる。ファルクラムも、麦茶の礼だ……乗ってやれよ」

「勿論です、お姉さま」

 

 どすどすと床を踏みつける音がする。

 次第に近寄ってきたそれは、扉をやや乱暴に開いた。

 

「けーいー? 話は聞いたからあたしも諦めたんだけど。また知らない女の子を連れ込むなんて、いーい度胸よねぇ?」

「違うんだよ、明華! バイト先の後輩でさ、色々仕事で悩んでたらしくて……」

 

 訝しげにルフィナ達を見つめる少女。明華というらしいその少女に、ルフィナは語った。

 

「ごめんなさい。あまり長居するつもりじゃなかったんですけど、最近色々失敗が多くて……」

「センパイ、職場だとスゴく頼れるんです。けど、気付いたら世間話の方に行っちゃって……」

 

 あはは、と苦笑交じりにファルクラムが語る。

 あまりの変わり様に、慧はその心中で驚いていた。今まで渦巻いていた雰囲気が消えていた。

 ルフィナの強気な口調も、ファルクラムのルフィナへ抱く熱も全て消え失せている。

 

「へー。……慧に変なことされなかった?」

「は!? 流石にそれはあんまりだろう!?」

「はい、慧は黙ってる!」

 

 びしり、と明華に指差される慧。

 ルフィナは慌てたように両手を振って否定した。

 

「とんでもないです! 私の話をこんなに聴いてもらえるなんて思わなかったので、凄く助かりました!」

「本当ですね。私たち、もう帰りますから大丈夫ですよ。あまりセンパイを責めないでくださいね」

 

 買い物袋を手に、ファルクラムはルフィナを連れ立って玄関へ向かう。

 

「玄関先まで見送ってくる! すぐ戻る!」

「夕飯の支度しちゃうから、戻ったら手伝ってよ?」

「おう!」

 

 慧が駆け足ぎみに居間を出る。

 ルフィナたちはもう靴を履いて挨拶を済ませた所だった。

 

「……驚いたよ。キャラ、ガラッと変わるな」

 

 明華が食事の支度を始めた音を聞きつつ、慧は背後を気にしながら囁いた。

 

「まーな。言ったろ? 慣れてるって。ビゲンはもっとスゲーけどな」

「そういうこと。明日もよろしく、鳴谷慧センパイ」

「おう。明日な、二人とも」

 

 慧が見送る中で、二人は手を振りつつ扉を閉める。

 外はすっかり夜の帳が下りていた。確かに長居し過ぎたかもしれない、とルフィナたちは考える。

 

「帰るぞ、ファルクラム」

「ええ。なんだかあっという間でしたし、あの姿のお姉さまを独占出来なかったのは悔しいですが……」

 

 夜の小松の空を見上げ、ファルクラムが呟く。

 

「まあ、また忙しくなるんですからアリでした」

「そうだな……。頼んだぜ、ファルクラム」

 

 肩に手を載せ微笑むルフィナ。ファルクラムは街灯の灯りなど比にならない明るさで応える。

 

「はい! お姉さまの命とあらば、どこまでもっ!」




デュアルバード、戦闘機を鳥に例えたタイトルです。
決して某オンラインゲームの武器でも武器迷彩でもないですよ?

今回で、平和は見納めかな……しばらくは。

文中に『深い関係』という文が出てきますが、スマホのイタズラから『不快感慧』というミスを同じ場所で三回やらかしました。
慧に恨みでもあるのかしら、この機種。


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ALT.38『流星』

「よし、ここにいる全員が出撃可能要員だな」

 

 ブリーフィングルーム。八代通は席についたパイロット達を見渡して語る。

 アニマたちは勿論のこと、いよいよ差し迫った空中空母型ザイ撃墜作戦の頭数合わせとして、通常機のパイロットも混じっている。

 

「随分日が経ったが、今度は逆に時間が無くなった。今まで姿を消していた空中空母型が、まもなく小松に飛来する」

 

 プロジェクタースクリーンに表示されるデータを次々に指しつつ、彼は手早く説明を済ませていく。

 空中空母型こそ撃墜すべき敵であるものの、それ以上の危険目標が控えているのも忘れてはいない。

 

「YR-29-ANMヘリオスも、恐らくは我々が飛び立てば勘づく。襲い掛かってきた場合は、相手にせず逃げろ。あくまでも、我々航空自衛隊の相手はザイだ。ドーターじゃない」

 

 あらゆる性能が未だアンノウンとされるYR-29-ANMとの邂逅の危険がある任務。だがしかし、怖れて逃げているのでは守護者として意味がない。

 ザイが現れて以来、航空自衛隊小松基地とは日本だけならず世界を守るための重要拠点なのだから。

 

「いよいよかー」

 

 ブリーフィングを終えて伸びをするライノ。米海軍に指揮権があるとはいえ、彼女も参加パイロットの一人だ。

 長らく駐機していたサファイアブルーのF/A-18は、目撃した一般人から注目の的だった。

 

「本当にキミは、大丈夫なんだね。ライノ」

 

 その隣に座るトムキャットは相変わらず、ライノの状態には懐疑の目を向けていた。

 

「大丈夫だよ、もう。確かに最近妙にふわふわしてたけど、ルフィナを見たんだ。あの――基地攻略の時にさ」

「彼女も出撃していた、当然だろう?」

 

 トムキャットの言葉に対して、ライノは手を振りつつ「違うよ」と否定する。

 

「あのEPCMアタックの時、なんていうんだろうね……凄く眩しかった」

「眩しかった」

「そう。あたし、きっと()()()()()んだ。でも、眩しい光を見て……無性にその光を追いかけたくなって……。でも行けなくて。そうしたら、ルフィナが手を引いてくれたんだよ。うーん、うまく言えないなぁ」

 

 ライノも言葉をうまく引き出せないらしく、どこか物語を語るような曖昧な説明ばかりが飛び出す。

 トムキャットは前方に座るスカイグレイの髪へ視線を配らせた。

 

「灯火の案内人、か……」

 

 クフィルやファルクラムたちと会話するルフィナを眺め、トムキャットはそう形容する。

 

「ルフィナ、ビゲンの分も働いて帰りましょう」

 

 トムキャットたちが後ろで席を外す。クフィルの紅い髪は彼女たちをルフィナから遮るようだった。

 

「当たり前だ。レーベンにヴィゴラスも、宜しくな」

「昨日は随分とファルクラムとはお楽しみだったらしいが、まあいい。ヘリオスが現れたらどうする」

 

『航空自衛隊の相手はザイ』であるが、PMCソレイユの相手はそれだけではすまない。

 レーベンが問うと、ルフィナは一番機として隊へ通達する。

 

「指示あるまで攻撃は無し。……使い捨てるようだが、自衛隊じゃヘリオスを落とすのは無理だからな。利用しつつヤツと話す時間を稼ぐ」

「やはりお前は落とさないか。ヴィゴラスはどうだ」

 

 レーベンがコメットブルーの髪色を持つ少女へ視線を投げた。

 ヴィゴラスは明るい色の髪をかきあげつつ、毅然とした口調で言い放つ。

 

「無理ですわ。あのバケモノが、素直に話し合いのテーブルにつくとは到底思えません。自殺行為ですわ」

「テメェ、ヴィゴラス。お姉さまの指示に従えないっての?」

「従わないとは言ってませんわ、ファルクラム。無理だと――ただそう言っているに過ぎません」

 

 にらみ合うファルクラムとヴィゴラス。ヘリオスを説得するというルフィナの提案に、ソレイユ飛行隊は概ね賛成ではあったものの、ヴィゴラスのように『不可能だ』として乗り気でない者もいた。

 ブリーフィングルームを後にしつつ、ステラ飛行隊と共に研究室へ向かう。アニマ用のパイロットスーツは研究室に保管されている。

 その道中、シュペルエタンダールがルフィナに並ぶ。手元のスマートフォンに文字を打ち込むと、彼女はそれをルフィナに向けてかざした。

 

『Je crois en toi(私はあなたを信じる)』

 

 相変わらず表情はないが、ルフィナには言葉の意味が通じていた。

 梅紫の髪に手をのせると、シュペルエタンダールの髪を撫でつつルフィナは「ありがとな」と優しげに微笑みながら語った。

 

 

 

「よし、システムはオールグリーン」

 

 次々と離陸していく自衛隊機を眺めつつ、ルフィナは次々とシステムチェックを終わらせた。

 TVCエンジンノズルも、各動翼も異常無し。

 視線を格納庫へ向ける。唯一残されたJA-37-ANMのドーターだけは留守番だ。ダイレクトリンクの輝きを纏い、空を舞うことはない。

 

「さあ、行くか」

 

 ランウェイにて、いよいよ離陸許可が下りる。後には仲間たちが離陸を待っている。迷うことなくスロットルを開き、ブレーキを外した。

 ロシアで交換されたエンジンはやはり当初のエンジンとは性能を比べるまでもなく、フル武装状態である現状でも気持ち程度に離陸距離は縮まっていた。

 

「これでヘリオスとの戦いを終わらせなきゃ……アタシたちにも先が無い」

 

 ルフィナを筆頭に、空へ上がるソレイユのドーターが色とりどりの矢じりのように、何事も無いような青い空を飛んでいく。

 この先に待つのは恐らく地獄絵図なのだろう。ザイだけならばまだしも、ヘリオスまで出てくれば一般機のパイロットの命はない。

 何機生きて帰れるか――人間たちのみならず、それはアニマたち皆も考えている。

 

 □

 

 飛行開始からさほど時を待たず、ファントムが周囲を飛ぶ味方機達へ告げる。

 

「視認範囲に入りますよ。随分とまぁ……」

 

 空中空母型ザイ。空母となれば無論、護衛機がいるのが一般的で今回も例に漏れることはなかった。

 ファントムの嘆息はそういった事ではなく、そのサイズだった。

 

「随分とデカイな……こんなのが今まで消えてたのか?」

 

 先頭を飛ぶ慧も、そのサイズ感に圧倒される。

 ほんの小さな山程度であれば、その機体を隠すことは出来ないほど。『空中空母』というよりは『移動要塞』とでも称して然るべきの重武装と、他を圧倒する巨体が悠然と空を舞っている。

 周囲を護衛する制空タイプのザイが、ちょっとした鳥程度に見えるほどのサイズだ。操縦捍を握る慧の手に、知らず知らずと力が入る。

 味方にも今までとは比にならないドーターとアニマがいて尚、彼の生存本能が『逃げろ』と叫んでいた。

 

「今さら恐がってる場合じゃない! 行くぞ――」

〈待ってください!〉

 

 スロットルを開こうとした慧を、ファントムが制止した。

 刹那、レーダーに光点が現れる。

 

「なんだ? ザイに重なってる……? だけど、高度がずっと上だ」

 

 レーダーに現れた不明機。その高度は遥か上空、ザイの真上だった。

 レーダーに記される不明機高度はみるみる内に下がっていく。

 

「まさか……!」

 

 ルフィナがレーダーを横目に叫んだ。

 

「バービー隊、近すぎるッ! ソイツから距離を取れ、早くッ!」

 

 バービー隊三機がルフィナの声に反応するその一瞬の間に、レーダーは真っ赤に染め上げられた。

 

「レーダーに多数のブリップ……! ザイじゃない……! 慧!」

「分かってる! うち一機がヘリオス、残りはなんだ!?」

 

 グリペンの叫びに反応しつつ、慧が操縦捍を倒す。右バンクからターンし、バービー01であるJAS-39D-ANMが離脱。ついで、同隊02と03が離脱した。

 離脱完了を待つこと無く、空中空母という『要塞』が突如大爆発を起こし真っ二つに折れる。

 

「ヘリオス……!」

 

 ファルクラムがザイの破片を、ほうき星めいて駆け抜けた機影を睨み付ける。瞬間、不明機の反応が敵機と変化した。

 ファントムが一足先に気付き、レーダーを更新。なんとか間に合った形だ。

 

「空中にいるのはUAVです! 今の爆発については説明が付きませんが……」

 

 ファントムの視界には既にシトロンミストの機体が海面で翻る姿が見えている。

 角張った後退翼に更に翼を付け足したような前進翼、上反角の付いたカナードも確認できた。YR-29-ANMヘリオスが、一瞬にして山のような巨体を屠り、そしてバービー隊、ステラ隊、ソレイユ隊へと向かってくる。

 

〈なんだ……!? UAVが纏わり付いて……!〉

 

 不意に、通常機のパイロットからの無線が入った。

 F-15Jの周囲を数機のUAVたちが囲んでいた。

 次第にグレーの機体には不釣り合いな紫電が纏わり付いていく。

 

〈くっ……! なんだ、これは!?〉

 

 必死に回避機動を取っても、稲妻が剥がれる事はなかった。

 パイロットは計器へ視線を配らせ、そしてある一点の異常に気付く。

 

「エンジンパワーがおかしい……。 まさか、コイツ――」

 

 シトロンミストの輝きがF-15Jを真っ直ぐに横切った。

 まるでそれを幕引きにするかのように、F-15Jはあまりに唐突に爆発、炎上。空でのそれは、すなわち死を意味する。

 

「先程の稲妻と、最後の無線……嫌な予感がします。空想の世界から出てきたような――」

〈マイクロウェーブ〉

 

 ファントムの疑惑を、意外な人物が決定付けた。

 

〈私が利用したのは、マイクロウェーブ。不意討ち程度にしかならないようね。不要、他のリソースに回した方がマシ〉

 

 答えたのは、他ならないヘリオス本人。自爆するマイクロウェーブUAVを背に、YR-29-ANMが隊列に割り込んだ。

 

〈もう準備はいいでしょう? 私が学んだドーターの力、貴方たちは上回る事が出来るのか……見せて〉

 

 ヘリオスはミサイルロックされる直前に隊列から逃れ、UAVをまるでシューティングゲームのオプションのように自機の周りに配置する。

 残された通常機めがけてコブラマニューバによる急減速を掛け、背後に回り込む。

 

〈あなた方には退場してもらいましょう。人間に用はない〉

 

 UAVがYR-29-ANMの主翼に潜り込む。二機が兵装ステーションに固定されると、UAVに搭載された大口径キャノンが発射される。

 散開して回避機動に移る一瞬を狙い撃つヘリオスに、通常機では相手にならなかった。

 

「ヘリオスッ! アンタの相手はこっちだッ!」

 

 Su-35SK-ANMが機体を反転させ、真っ直ぐに向かっていく。

 

〈ソレイユ01! 待ってください!〉

 

 クフィルが叫ぶのも待たず、ルフィナはひたすらにドーターを向かわせる。

 

〈クスッ〉

 

 YR-29-ANMの無線から、愚直なルフィナを嘲笑うような声が聴こえた。

 Su-35SK-ANMのヒートシーカーが、ヘリオスを捉える瞬間にルフィナが視界リンクするモニターに映し出されたYR-29-ANMが複数に増える。

 

「なにっ!?」

 

 レーダーにはUAVを除いても、YR-29-ANMが六機に増えている。ロックオンまでも逸らされていた。

 ミサイルを打ち出す手を止められ、Su-35SK-ANMはただ真っ直ぐに向かうだけの時間が出来てしまっていた。

 

「ソレイユ01!」

 

 スカイグレイの背後から、クリムゾンレッドの灯りが差した。

 JAS-39D-ANMがミサイルを打ち出し、離脱する。

 

〈まだ人間が居たのね。でもちょっと予想外かしら〉

 

 YR-29-ANMは回避機動を取ること無く、迫るミサイルと自機の間に別なUAVを割り込ませると、UAVに搭載された大型散弾砲の弾丸でミサイルを撃ち落として見せた。

 

「予想外? 何がだ?」

 

 慧はYR-29-ANMの双発エンジンを追いつつ、問う。

 逃げるヘリオスは笑いを含みつつ、慧へ返した。

 

〈いえ、人間は脆いと教わっていたから。まさかドーターパイロットの人間がいるなんて思わなかった……〉

 

 YR-29-ANMは直後、クルビットでJAS-39D-ANMと前後を入れ換える。

 

「慧! 回避を!」

「分かってるけど、離れない……! だけど食い付かせれば、皆も狙いやすいはずだ。耐えるぞ、グリペンッ!」

 

 慧たちバービー01をもてあそぶように追いかけ始めたYR-29-ANMには、当然のように機動制限が生まれていた。

 まさに、慧たちが命を懸けて味方にチャンスを作る状態。バービー隊は後を追うが、PMCの飛行隊はまだ後を追えなかった。

 ステラはともかく、ソレイユはルフィナの指示に従う。ヘリオスを撃墜することはない。

 

〈どうするんだ、ソレイユ01……いや、フランカー〉

〈あたしも知りたいかな。ソレイユは撃墜しないんでしょ? じゃあ、君はどうするの?〉

 

 ルフィナへレーベン、ライノからの問いが掛けられる。

 

「任せな。ちょっと席外すから、周り頼む」

 

 ルフィナの眺めるHUDには『System Complete』の表示がある。

 一回、二回、三回――右手の指をNFIパネルの上でノックさせると、彼女はがくりとその意識を失った。

 機体のHUDにはただ『Auto Pilot』と表示されている。ルフィナにはもはや、周囲からの戸惑いも何もかも届いていない。

 

 ただ彼女が感じるのは深く、深くヘリオスの意識に沈み込む感覚だけだった。




やっぱ頭いっぱいいっぱいです(


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ALT.39『ヘリオス』

 しっかりと色付き、人の行き交う格納庫。

 そこにSu-35SK-ANMフランカーこと、ルフィナの姿があった。

 見渡してみれば見覚えのない場所。だが、行き交う整備員のジャケットには自身の所属するPMC『ソレイユ』のロゴがあった。

 

「なんだ、こりゃ……」

 

 出入りした記憶の無い場所。どれだけ首を捻り考えたところで、答えなど出なかった。

 先程から視界に入り込む異形の戦闘機へ意識を向ける。上反角付きのカナード翼が良く見えた。

 角張った前進翼にも見覚えがある。先程まで空にあった機体、YR-29――その原型だろう。

 シトロンミストの塗装はなく、通常のロービジ塗装。垂直尾翼はNASAトリコロール風で、カラフルに塗られている。

 

「これがアイツか……」

 

 まだドーターではないのだろう。柔らかな曲線を描く機首から胴体を遡ると、クリアキャノピーが後部ヒンジで開かれている。

 

(イマイチすっきりしねーが、要するにここは過去のソレイユ本社か?)

 

 順応が早いのも困りもの。しかし格納庫にいる関係者は、明らかに場から浮いているルフィナに目もくれず通過していく。まるで彼女などいないかのように。

 ルフィナの見ているものがヘリオスのデータならば、それもまだ納得は出来た。

 アニマとは戦闘機の魂である。ならば、『Y-1』時代の記憶があってもおかしいものではない。

 

『よう、聞いたか。カールのヤツ』

『ああ。コイツのテストパイロット、名乗り出たってな。こんな訳の分かんない機体になぁ……死ぬかもしれんぜ、いよいよ』

 

 整備員の会話が聴こえてきた。Y-1の評判はあまりいいものではなかったらしい。

 ルフィナは腕を組みつつ、談笑する整備員の話に耳を傾けた。

 

『そういやよ、肝心のアニマは? スホイの35SKで作れそうなんだろ?』

 

 自身の話だ。ルフィナの身体がぴくりと震えた。

 

『いんや、あまり芳しくないらしい。だからY-1も平行なんだ』

『アニマなんかに頼り出したら終わりだぜ……』

『あの米軍でも上手く行ってないらしいからな。民間で成功なんてしたら、国から圧かかって俺たちゃ食いっぱぐれちまうかもしれねぇ』

『再就職先探さなきゃかもなぁ』

 

 大きな笑い声と反対に、ルフィナは唇を噛み締める。

 何年前かなど知る由もないが、元々のアニマに対する反応などこんなものだ。分かってはいたが、悔しかった。

 

「結局、上手くいったのはアタシの方だったのか」

 

 誰一人気付かない、単なる過去の映像を見るだけ。だが、ルフィナの記憶には残される。

 

「他になんか無いのか」

 

 格納庫の扉は開いている。だが景色がない。本来そこから見えるであろうものは無く、白いもやのようなものが視界を塞いでいた。

『出るな』というものにも見えたが、ルフィナはゆっくりと、もやに手を伸ばす。

 

「うわ……気味悪いな……」

 

 ずず、ともやに手が飲み込まれていく。もしその先が無ければ? 何かに巻き込まれば、現実の自分は目が覚めるのか?

 過る不安は、今も戦っている味方の姿がかき消してくれた。早く何かを探さなければ。なんでもいい、ヘリオスを止める手段を見つけなければと。ルフィナはもやの中へ進んでいった。

 

「ん?」

 

 もやの先は、慌ただしい滑走路だった。

 先程格納庫にあった筈のY-1試作戦闘機が滑走路にあって、救急車が停まっている。

 ソレイユのジャケットを着た人間たちが機体の周りに集まって騒いでいた。

 

「……」

 

 担架に載せられた人物には、すでに生気はなかった。状況に反して、救急隊員の仕事もゆっくりとしている。

 既にその主が死んでいる、と理解するのに然して時間は要さなかった。

 

『オートパイロット無かったら墜落だったって?』

 

 スタッフの一人が口を開いた。

 

『機動試験で一気にとんでもないGが掛かったらしい。一回目は応答あったが、二回目にはな……』

『ひでえ……』

『いくら対ザイ用って言っても、限度があるだろ。限度が……』

『こんなの見せられるくらいなら、アニマに賭けるぜ俺は』

 

 また日が進んだらしい。Y-1は飛行試験中に事故を起こし、それは瞬く間に本社中に広まった。

 少なくとも、ルフィナにはそう思えた。

 

「キツいな……こりゃあ」

 

 ぽつりと呟き、機体を取り巻く人々から離れる。

 Y-1はスタッフらの反応とは正反対に、威風堂々と鎮座している。まるで自らのすさまじさを見せつけるように。

 

 ぱきり。

 不意に“世界”が妙な音を立てて止まった。

 空も風も、人も。時ですら止まった。

 

「なんだ?」

 

 出口など無い。ただルフィナはその世界に取り残される。

 頭を締め付けるような痛みが不意に走り、彼女は地面に崩れ落ちた。

 耳鳴りに似た音の中に、囁くような言葉が入っていた。

 

『勝手に見ないで』

「くっ……ヘリオスか……? お前がやったのか!?」

 

 叫んでも反応はない。頭痛が収まってきたのを見計らって立ち上がるが、やはり覚醒する手段がない。

 足掻こうにも何も出来ない。先程可能だったような移動も出来そうに無い。

 

(くそっ! ヘリオスの方にアクセスがバレたな……。プロテクトか何か掛けられたんだ、このままじゃ多分こっちが潰される)

 

 何もかもが止まった世界で足掻くルフィナ。

 次第に焦りが出始める。絶望感が自身を塗り潰し始めた。

 

「何が『任せな』だよ……。ちくしょう、こんなとこで――」

「なーに諦めてんの、バカ娘」

 

 ルフィナの弱音を、聞き覚えのある声が遮った。

 何も動いていない世界で、暖かな手が肩に乗せられた。

 停止した世界に、ヘルメスブルーの輝きが射し込む。

 

「ビゲン、お前……!?」

「ついさっき目が覚めたの。ハルカに頼んでドーターにだけ繋がったわ」

 

 ヘルメスブルーのアニマ、JA-37-ANMビゲンは自らの手を握り締めつつ語る。

 調子を確かめるように動くと、彼女は「うん」と一人納得したように頷いた。

 

「どうやってここに?」

「分かんない。ルフィナへ通信を繋いだら、ここに飛ばされたわ。でも何となく分かった、これがアンタの見る“世界”ね」

「……そうだったんだけどな」

 

 ルフィナは後ろへ振り返る。

 止まっていた筈の人々は動いていて、いつの間にか散り散りになっていた。

 

「あれ……?」

「今なら分かる。二人分の演算に増えて、ヘリオス側のプロテクトも超えられたんじゃない? 要するに、アンタ一人いい格好は出来ないってこと」

「……都合いいな」

 

 呆れたように笑うルフィナへ、ビゲンは笑顔で返す。

 

「そうよ。心象空間なんて、常に都合良く出来てるの。とにかく、もっと進むわよルフィナ」

 

 手を差し伸べるビゲン。その手を、ルフィナはしっかりと握り締めた。

 世界は闇に染まり、そして再び光に包まれる。

 

 

 今度はビゲンと揃って格納庫に戻されていた。

 Y-1のある格納庫だが、整備員たちの距離は気持ち程度に離れて見えた。まるで忌避するかのように、誰もそこにある戦闘機には触ろうとしない。

 

『そういや、JA-37はどうなんだ。フランカーなんかより、よっぽど上手くいきそうなんだろ』

『フランカーもいい感じらしい。このまま行けば、この死神ともおさらばできるぜ』

 

 整備員の一人が、Y-1を親指で指し示した。

 

『やめて』

『全くだ……もう二人死んだ。次の“死刑”は誰になるんだろうな。賭けねーか?』

『やめて……』

『バカ! 流石にそんなゲス野郎じゃないぞ、俺は』

 

 整備員の話の合間に、少女の声が紛れていた。

 ビゲンへ振り返るルフィナ。ビゲンも頷いて返す。

 

「今アタシがいるのは、ヘリオスの記憶だよな」

「そうね。私もスウェーデンにいた記憶はあるつもりだし、もしこれが正しいデータなら……」

 

 二人は佇むY-1の機首を見上げる。

 照明に照らされる機体は、どこか塗装がくすんでいるようだった。

 

「存在が否定されるのを、無理矢理聴かされる気分か……」

「いい気分じゃないわね」

 

 ため息を漏らすルフィナ。そのまま天井を見上げるが、照明が消えていく。

 闇が降り注いでくる。世界がまた黒に染まった。

 

「どうだったかしら」

 

 少女の声に、ルフィナとビゲンが反応する。慌てて振り返った先には、シトロンミストのロングヘアーを揺らす少女がいた。

 

「見るなって言ったのに。見ちゃったのね」

 

 哀しげに笑う少女――YR-29-ANMヘリオス。

 真っ暗な世界で、小さな灯りが揺れる。

 

「貴方には分からないでしょう。作っておいて『死神』だと、乗るのを『死刑』だと言われる気持ち」

 

 ルフィナはヘリオスを睨みつつ、はっきりと頷く。『分かるわけはない』と告げる。

 

「わかんねーよ。アタシはアンタじゃないからな。けどよ、アンタがアタシに見せなかった記憶――カールってパイロットは、そうだったのか?」

「……!」

 

 ヘリオスの視線が動揺に揺れ動いた。

 ビゲンはひとまず場を静観しつつ、腕を組む。

 

「最初から不気味がられるのは分かる。アタシもそうだろうしな。だけど、最初に死んだパイロット……カールって人間は、そうだったのか? 最初から『嫌い』って感情はないだろ」

「関係ない。人間はみんな自分勝手で――」

 

 闇に染まっていた景色に、Y-1のコックピットが映し出された。映写機で壁を映したように、フィルムめいて再生されるのは明らかに過去の記憶のそれだった。

 

『明日は飛行試験だとさ。頼むぜ、Y-1。良いトコ見せて、皆の評判変えてやらなきゃな』

「やめて……」

『今はみーんなボロカスに言ってやがる。だから、明日着陸した時には拍手喝采で出迎えさせてやろう』

「やめろ」

 

 ヘリオスの制止も無視して、記憶は再生され続ける。

 パイロットとおぼしき男は計器を軽く撫でると、シートに深く腰掛け直した。

 

『お前なら人間でもザイを倒せるんだろ。手伝ってくれよな、Y-1』

「やめろッ!」

 

 ヘリオスの怒声が映像をようやく止めた。それからは、まるで溢れる水のようにヘリオスは叫び続けた。

 

「都合のいい映像に差し替えるな! この男だって、突然乗せられただけのなんでも無いパイロット! 最後には恨んで死んでいった!」

「恨み言なんて言う前に死んでるさッ! みんな、コックピットで死んでいった。そうだろ?」

「そうよ。みんな死んだわ。誰一人不平不満言わずに、みんな『ザイを倒せる』と信じて死んだの!」

 

「チェック」ビゲンが不意に言葉を挟んだ。

 かつん、と彼女の靴が鳴る。

 

「不満を吐かないで死にたがる人間なんて、自殺志願者だけでしょうに。ソレイユのスタッフデータには何回も触ったけれど、そんなヤバイ人間雇うようには見えなかったわ。金にならないしね、そんなの」

「データなんて、改竄できるわ。幾らでも」

 

 ビゲンを睨み、ヘリオスは語る。

 

「みんなそう、都合良く書き換えるのよ。自分が操りやすいように、弱いところを狙って」

「お前はどうなんだ」

 

「私?」ルフィナの問いに、ヘリオスが返す。

 スカートを揺らし、一転して楽しそうに笑っていた。

 

「私は人間を利用しているの。同じ目標を提示し、同じ目標へ向いたと思わせて」

「じゃあ訊くぞ。アンタの雇い主、なんて言ってたんだ」

「ソレイユを乗っ取る。近い内に、本社の襲撃も――」

 

「いいや」ルフィナがかぶりを振った。

 

「奴等は金の事しか考えてない。突き詰めて人間の単純な欲求さ」

「関係ない。私は奴等と一緒にソレイユを破壊する! ああ、Su-35SK-ANM……今貴方がアクセスしているのは私の記憶。なら、これを見せてあげる」

 

 再び、記憶の再生が始まる。

 今度はルフィナにもビゲンにも見覚えのある建物の中だった。

 暗闇に激しい銃火がちらつく。血が流れ、オペレーターたちは亡骸に銃弾を叩き込んでいった。

 

(ソレイユ、ロシア飛行場……。あの襲撃にヘリオスも居たのね)

 

 映像を眺めつつ、ビゲンは苦虫を噛み潰したような表情を見せる。

 

『ヘリオス、コイツだ。あの整備員……間違いない』

 

 映像に向けて、バラクラバに暗視ゴーグルという不気味な出で立ちの男がピストルを差し出しながら語る。

 口元が塞がっているためか、声も籠っていて余計に気味が悪く映る。

 

『お前の悪口を叩いたのはまずコイツだ、好きなだけ撃ち込め』

 

 驚愕に染まる表情に、ヘリオスは静かに銃口を向ける。

 

『まっ――』

 

 整備員は声を上げようとした。助けを求めようとして、16発分の銃弾を受けて絶命した。

 

『何名かは退社したが、中にまだいるぞ。楽しみにしとけよ』

 

 弾切れのピストルを眺めるように視界が動く。それから整備員の亡骸を一瞥し、クーデター軍の背中をゆっくりと歩いて追っていく。

 

「私も復讐したわ。たくさん」

「……悪趣味だな」

「意外と驚かないのね。私が見られるデータとしては、精神崩壊級のダメージを受けたようだったと……そうあった気がしたのに」

「まあ……気分は良くない。でも、アタシはもう背負ってくって決めた。過去に縛られたアンタとは違う、引き摺ってでも前に進むと決めた」

 

 つかつかとルフィナはヘリオスへ詰め寄り、右手を振り上げた。

 頬を張るつもりの一撃は、何処からか聴こえた声に止められる。

 

『ヘリオスではこんなものか……。まさか日本のエアフォースと、現用機体ベースのドーターにここまで時間が掛かるとは』

「なに? なんの声?」

 

 戸惑うヘリオス。ルフィナも辺りを見渡して、だがすぐに気づいた。

 

「ああ。機体に繋がったままではあるから、無線そのまま入ってくるのか……」

「そういうシステムだったの? アンタ……」

「いや、だってアニマって機体のアビオニクスそのものだろ。これがアニマの精神の中――つまり、システム上での話なら理論的に有り得なくはない。……締まらねーけど」

 

 肩を竦めるルフィナに、呆れぎみのビゲン。だが、ヘリオスだけは深刻そうに虚空を睨む。

 

『ソレイユ隊、驚いたよ。まさかヘリオスのデータにアクセスしてくるとは』

「これ、アタシのことか」

「当たり前でしょ。返事できないの?」

「現実じゃ意識無いからな。データとして受ける分にはいいが、返すのはムリだよ」

「文字データは!?」

「そこまでリソース回せるか! 今はヘリオスに弾き出されないようにするだけで精一杯だっつーの!」

 

「つっ――かえねぇ!」ビゲンが珍しく声を張り上げたところで、ヘリオスの姿がかき消えた。

 周囲をくまなく探しても、その姿はない。

 

『どういうこと?』

 

 今度は虚空からヘリオスの声が聴こえる。どうやらルフィナへの対抗を止めたらしい。

 

『要するに、ソレイユ01を雇い入れたいってことだよ。ヘリオス』

「なんか勝手に雇われる事になってるわよ、アンタ」

 

 ビゲンが呆れきったようなため息と共にルフィナへ問うが、今度はルフィナの姿がない。

 

「あー、そう。分かったわよ。私も上がるから待ってなさいよ!」

 

 ビゲンの叫びと共に、世界は光の奔流に呑み込まれて消えた。

 

 □

 

「あぶねー。燃料は……よし」

 

 覚醒したルフィナ。すぐさまレーダーチェック、燃料チェックを行い異状が無いかを確認した。

 幸い、ハック前と状況は変わっていない。ルフィナ含め12機のアニマたちと、ヘリオスという敵対アニマとドーターの一機。

 

〈ヘリオスのFCSをロックした。ソレイユ01、彼女を撃墜してくれないか。勿論、金は払おう〉

 

 先程の空間で聴こえた声が、今度はちゃんとした無線としてルフィナの鼓膜を叩く。

 

「なんで撃墜する必要がある。ヘリオスも連れて帰ればいい」

〈UAVが……〉

 

 グリペンの声が割り込む。

 ルフィナがモニターを見渡せば、まるで揚力を失った紙飛行機のようにひらひらと落ちていくUAVが視界に入る。

 ヘリオスも攻撃を仕掛けてこなかった。

 

〈出資者が納得しないんだよ。また新しくアニマを雇いました、では〉

「……なるほどな」

〈01? 何をするつもりですか、フランカー〉

 

 クフィルのその前方を飛んでいたSu-35SK-ANMが急激に速度を増していく。

 すぐさまに反転し、翼下に吊り下げた使わずじまいのミサイルを打ち出す。

 

〈……!〉

「わりーな、ヘリオス……!」

 

 空中で炸裂したミサイル。被弾したヘリオスの機体は煙を上げ、高度を下げていく。

 空がざわめいた。だが、間違った判断ではない。ヘリオスは敵勢力にある『兵器』であり、無力化することはミスではない。

 問題なのは、ソレイユの総意として『撃墜しない』としていたルフィナ本人が撃墜したこと。

 しかし、ミサイルが残した爆炎を掻き分けてシトロンミストの前進翼機はほぼそのままの状態で姿を見せる。

 

〈いや、待って! まだ飛んでる! お姉さまは彼女を殺してない!〉

 

 MiG-35-ANMが機体を翻し、ゆらゆらと飛行するYR-29-ANMの傍へ下降する。

 自動消火などは行われたらしい。煙の帯を引きながらも、異形の機体はまだその空に在った。

 

「オイ、ヘリオスは落としたぞ。暫く悪さは出来ない」

〈ああ……それが君だったな、ソレイユ01。まあいい、ヘリオスが活動不能になればな。近い内に連絡する、いい返事を期待するよ〉

 

 無線が切られる。

 ルフィナもまたヘリオスの傍へ機体を寄せ、操縦の一部を受け持った。

 

「どうして落とさなかったの……。途中でミサイルを自爆させなければ、致命弾だったのに」

 

 ヘリオスは疲れきった表情で、傍らを飛行するスカイグレイのドーターに視線を配らせる。

 FCSはロックされたまま。ここで転じて攻撃することは出来ないし、今まで抑え込んでいた記憶を無理に引き出され、精神的にもヘリオスは限界だった。

 

〈お前を連れて帰るってそう決めたからだよ。異論は許さない。仮にあるなら――〉

 

 前方からヘルメスブルーのドーターが接近し、機体を反転させた。続いてカメリアレッドのクフィルが並ぶ。

 さらにアイリスのMiG-35-ANM、レイヴンブラックのF-4X-ANMにコメットブルーのJ-10-ANMが周囲を囲む。

 そこへステラのF-14D-ANM、そしてシュペルエタンダールまでも加わり、9機もの大編隊が瞬く間に完成した。

 それを先導するのは航空自衛隊、小松基地のアニマたち。後ろを受け持ったのは、米海軍の誇るアニマ、F/A-18E-ANMだ。

 

〈――文句があるなら、コイツら全員今すぐ納得させろ。異論は?〉

「……無理よ。――今の私には、それを行う気力すらないわ。操縦を預ける……撃墜するなら、お好きに」

 

 意識を失うヘリオス。操縦はオートパイロットに切り替わり、揺れたYR-29-ANMをルフィナたちが支えた。

 

 小松基地に降り立つ13機もの戦闘機は瞬く間に地域の噂に持ち上がり、その中心で輝くシトロンミストの異形の戦闘機はソーシャルネットを一晩中騒がせることになるが、それは別な話である。




まさかめでたしではあるまいな?

って、まだ話あるし、第二幕もあるのでご安心下さい。
ちょっと書いてるうちにずれちゃったせいで、ライノ問題少し引きずりそうですがまだまだ続きます。
そう簡単にガリエアからは手を引かんぜ……。
かわいい! かっこいい!
こんないい世界があるものか。


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ALT.40『カラフルアロウズ』

「航空自衛隊、独飛との依頼は『ザイの撃破』をもって完了……とはいえ」

 

 すっかり身体の調子を取り戻したビゲンは、個人売買で手に入れた乗用車のボンネットに腰掛けて空を仰ぐ。

 任務は完了。構うことはない。まだライノの問題はあるが、ルフィナ単体ではどうしようもないのが現実である。ゆっくりとやっていく、とルフィナ自身語っていた。

 

「こっちは車も失ったし、妙ちくりんを拾うし……あの社長にどう説明すりゃいいのかしらね」

「私の事かしら。妙ちくりんというのは」

 

 語りかけてくるシトロンミストの髪色の少女をビゲンは横目に見遣りつつ、「他に誰がいるのよ」と声を低めた。

 

「アンタの機体パーツはアメリカ行かないと出ないから、また長旅になるわよ。まあ、ライノの働きかけで米海軍様が気ぃ利かせて、給油タンク積んだF/A-18回してくれるみたいけど」

「空中給油プローブを搭載していて正解。今はあの会社に感謝しなくては」

 

 くすくすと笑う少女――YR-29-ANMヘリオス。

 ドーターは比較的軽傷だった。先日の空戦でルフィナが放ったミサイルは直前で自爆した。YR-29-ANMのエンジンが少々破片を吸い込み、パネルに破孔がいくつか出来はしたものの、戦闘機動を取りさえしなければ持つと判断出来るものだった。

 勿論常時システムチェックを行い、些細な異常も探し続けての飛行になるが、元々が対ザイ用有人機。並大抵の耐久力ではなかった。

 

「フランカーは行ってしまったのね」

「ええ。……多分、アイツなりに考えはあるはず」

 

 ビゲンが携帯端末を取り出し、メッセージを開く。

 ルフィナの残したメッセージが画面に表示された。

 

『ヘリオスのいた会社に行ってくる。暫くソレイユを頼んだ』

 

「ホント、バカね」ビゲンはメッセージを閉じつつ、嘆息する。

 突然吹いた強い風に目を細めつつ、ボンネットに寝転んだ。ボディから投げ出された足を揺らして、空を見つめる。

 

「もっと頼れって言ったつもりだったけど」

 

 身体を起こしつつ、ビゲンは首を鳴らす。

 悩んでいても仕方ない。とにかく今は帰らなくては。車はまた空輸するはめになるだろう。

 端末でスタッフに連絡を入れ、ビゲンは基地内部へとヘリオスを連れて戻っていった。

 

 □

 

「あ、ビゲン。探しましたよ。基地側は、出発はいつでも可能だと言っています」

 

 ちょうど滑走路が空く時間だったのか、クフィルが二人の目の前に現れて告げる。

 

「そっ。なら、最後にグリペンたちに挨拶してくるわ。……ファルクラムは?」

「あからさまにうつ状態です。飛行は可能でしょうけど、問い掛けにもろくに反応しません」

「彼女がフランカーを気に入っているのは知っている。自分を操っていた組織に行ったとなれば、不安定にもなるでしょう」

 

 髪をかき上げつつヘリオスは語った。

 現在の実質一番機であるクフィルも、どこか表情は沈んでいた。

 

「アイツがいないと、案外寂しいモノね」

 

 いつもある喧騒。スカイグレイの輝き。

 日本での仕事終わりに、欠けたものは大きかった。

 

「ヘリオス、アンタは大丈夫なのね?」

「貴方も“私”を見た筈でしょう。誰一人、私のテストパイロットは『死にたくない』と言わなかった……私を最後に人類の側へ繋ぎ止めた彼等のため、また私は飛ぶだけよ」

 

 また後で。ヘリオスは手を振り上げ、ビゲンたちから離れていく。

 

「ルフィナのヤツ。せめてアイツをなんとかしてから部隊空けてほしかったわ」

「同意見です。今は早く、そして無事に戻ってきてもらえるように祈りましょう」

 

 クフィルに同意しつつ、重たいため息がビゲンから漏れた。

 これ以上は長居できない。ファルクラムに異常があるなら、誰かが操縦を受け持つしかない。

 クフィルとビゲンは二人並んで、着替えに向かう。

 

 

 小松基地滑走路に、再び色とりどりの機体が並んだ。

 スカイグレイのSu-35SK-ANMに代わり、カメリアレッドのクフィルANMが先頭に立っていた。

 

「帰るまでが任務です。我々ソレイユは一度ステラ社飛行場に着陸、社長からの指示があり次第ソレイユ本社飛行場に向かいます。ランウェイで訊き直すのもなんですが、異議はありませんね?」

 

 整然と並ぶドーターを見遣りつつ、クフィルは無線に投げ掛ける。

 異議無し。少なくとも、目立った反論はクフィルの耳に届く事はなかった。

 

「今度は騒がしい彼女(ルフィナ)も一緒に、翼を並べたいものだわ」

 

 YR-29-ANMのコックピットでヘリオスは呟く。

 Su-35SK-ANMに良く似た全周モニターには、常時システムチェックのログが流れ続けている。

 前方でクフィルANMが加速していく。次いでJA-37-ANMが。F-4X-ANM、J-10-ANMと離陸し、少し置いてMiG-35-ANMが加速していく。

 

「これから見られる世界は、どんなものか……」

 

 呟いて、ヘリオスはドーターのブレーキを外す。

 パワーダウンこそあれど、全くの新造エンジンであるYR-29-ANMのパワーユニットは凄まじい勢いで機体を前進させた。後ろで待機していたF-14D-ANMたちは瞬く間に小さくなっていく。

 

「フランカー……いえ、ルフィナ。早く戻ってきて。貴方がいなければ、私もここに来た意味がない」

 

 小松の街が眼下に消えていく。

 色とりどりの戦闘機たちは、雲一つ無い青空へと羽ばたいて行った。




短いながら、二幕へ続く。
ルフィナは一旦離脱しますが、すぐ戻るんじゃないですかね(?)

二幕はこのまま、新章として書き続けます。
以降もどうかよろしくお願いいたします。


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新たなるスタート地点
ALT.41『漆黒の太陽』


第二幕タイトル『カラフルハーツ』


 フランス、某所。

 オフィスビルの地下駐車場から、一台のセダンが飛び出してきた。

 ギャップで小さくジャンプしながら走るセダンを追うのは、銃撃を伴った複数のSUV。

 

「うわわっ!」

 

 必死の様相でステアリングを回すのは、スカイグレイの髪色をした少女。

 リアガラスを貫通してくる銃弾を伏せてかわしながら、ただ無我夢中にアクセルペダルを踏み込む。

 

(うひい! たかだかコンピューターハッキングして、社長にデータ流しただけだってのに戦争かよ……!)

 

 非現実的な速度で車窓の景色は流れていく。事情を知るよしもない一般車のクラクションに晒されながら、少女はただ必死にステアリングを振り回す。

 市街地では流石に銃撃は無かったが、不意に後ろから追っ手の姿が消えた。

 

「ふー……」

 

 逃げ切ったか。少女はもとより運転に慣れているわけではない。何度物にぶつかったかもわからないが、車の持ち主はあのMiG-35-ANMを操り、YR-29-ANMヘリオスでアニマの選別を図ろうとした男が持っていたPMCのものだ、気になどならない。

 警察に追われることになろうと、とにかく身を隠すだけ。

 

 アクセルペダルから足を離し、交差点を走り抜けようとしたその刹那だった。

 追っ手のSUVはセダンのドアめがけて、少女の左手側から全速力で突進してくる。

 

「うっ……」

 

 ひしゃげるボディパネルに弾け飛ぶガラス。少女は頭を伏せながら、しかしどうすることも出来ずに二転三転と横転する車の中でもがいた。

 遠くにパトカーのサイレンが複数に重なって聴こえていたが、それよりも追っ手が早い。

 

「くっ……」

 

 頭がぐらぐらする。シートベルトを外す余裕すらない。

 車は上下逆さになってしまっていた。白煙が車内に流れ込む。

 靴音と共に、少女の視界に黒いブーツが入り込む。じゃきりと重い金属音が聴こえて、軍用ピストルがひしゃげた窓枠ごしに見えた。

 

(ヤバイ……)

 

 身動きが取れぬまま、このままでは撃たれて死ぬまで何も出来ない。

 まだパトカーのサイレンが遠い。とてもではないが、地元警察は間に合わない。それよりも早く銃口は少女へ向けられるだろう。

 ここまでか。少女には、諦めるしかなかった。PMCを破滅に追い込めるだけのデータは、少女のいるPMC『ソレイユ』へと送信が完了している。

 それを使ってくれると信じて、少女は目をつむる。

 

「……?」

 

 銃声も、衝撃も無い。待てども痛みはなく、反対に車外で武装した人間たちが倒れていく。

 風を切る音と、微かな吐息。それだけが少女には聴こえた。

 

『これで全員?』

『全員な訳あるものか。だが、少なくとも追っ手は片付いた。すまないが私には立場がある。先に行くから、地元警察が来る前に助け出してくれ』

 

 声も聴こえた。片や聞き覚えのある声だった。すぐにひしゃげたドアが外され、アイリスの輝きが少女の目に飛び込む。

 

「見つけた、お姉さま!」

 

 満面の笑顔と共に、藤色の髪の少女は車内へと手を差し伸べた。

 

 □

 

「なんだってファルクラムがここに……」

 

 地元警察から姿を隠す形で、ファルクラムがとある人物の手引きで用意していたというアパートに逃げ込んだ二人。

 すっかり日が暮れたにもかかわらず、部屋の明かりは最小限だった。リビングのライトもつけられてはいない。

 その薄暗いリビングでSu-35SK-ANMフランカーことルフィナは、車内でぶつけた頭をタオルで冷やしつつ、スカイグレイの髪に触れる。

 

「前だってそうです。私、お姉さまのバイタルを追跡してるんですよ? 一度欺瞞されて見失ったので、本気で落ち込みましたけど」

 

 窓の傍に背中を預け、手に持ったピストルをチェックする少女。MiG-35-ANMファルクラムは外の喧騒から、リビングに座るルフィナへ視線を移して語った。

 

「ソレイユは頼むってメッセージ残したろ……」

「それはそれ、これはこれです。お姉さまのいない部隊に用はないですから」

 

 まるで話にならない。

 ファルクラムは元々我の強いアニマ故、話をして聞くタイプではないが。

 

「お姉さま。そこにある銃っぽいパーツ取ってもらえます?」

「これか? また大袈裟な……」

 

 テーブルの上に投げ出されていたピストルカービンキットを手にとって、ルフィナはファルクラムへ手渡す。

 渡されると、ファルクラムはピストルからスライドを手早く取り外してカービンキットへと移し変えた。

 スライドを何度か引いて作動を確かめ、弾倉を押し込み初弾を籠める。

 

「戦争でもやる気かよ、お前」

「お姉さまの為なら戦争でもなんでもしますよ? もしあなたが望むなら――」

 

 ファルクラムが言い掛けると、玄関のドアがノックされた。素早い反応でピストルカービンの銃床を展開し、覗き穴へと向かう。

 ルフィナがその背中を追う。左手は腰に着けたナイフの柄へ添えつつ、ファルクラムは足音を立てる事無く玄関先に立つ。

 

「……」

 

 ピストルカービンをドアに突き付け、だが正体がわかったのか鍵を開ける。

 

「銃を下ろしてくれ、ファルクラム。尾行はいない」

 

 ファルクラムに警戒されながら部屋へ入ってきたのは、一人の女だった。

 眼鏡に綺麗な黒髪。黒いスーツを華麗に着込み、良く似合っている。ルフィナは女の姿に、ビジネスモードのビゲンを重ねた。

 良く似た黒だが、ソレイユ隊のレーベンではなかった。

 

「間一髪だったな、Su-35SK-ANM……いや、ルフィナか」

「アンタは?」

 

 ソファに寄り掛かりつつ、ルフィナは女へ問う。

 

「ブーランジェだ。DGSE所属、階級は中尉――」

「お姉さまを信用しないの?」

 

 ファルクラムが女の後ろで銃を鳴らす。威嚇するだけなら、それだけで充分だった。

「そうだった」ブーランジェは大きくため息を吐き、語る。

 

「ラファールANMだ。ステラではシュペルエタンダールが世話になった」

「ラファール……そうか、アンタがラファールのアニマか」

 

 ルフィナの脳裏に、一切感情が無いものの気付けば傍にいたマリーヌ・ディヴェールのアニマが過る。

 シュペルエタンダールANM――フランスが大量のラファール用アニマを生産する過程で『事故』として生まれたアニマ。

 彼女の大元である『ラファール』が、今ルフィナの目の前にいた。

 

「彼女は元気にしていたか?」

「まあな。今はわからねーけど、まあ元気なんじゃねーか?」

 

 そうか、とラファールは安堵のため息を漏らす。

 地元警察のサイレンが響く中で、三人のアニマはそれぞれソファに腰掛けた。

 

「結論から言って、まだ動くのは危険だ。会社にも捜査が入るし、飛行場にも少なからず手が入る筈だ。そこでドーターが見つかった時は、少々恐ろしいがな……」

「まさか、バラされるとか言わねーよな」

 

 冗談めかして言ったつもりだったルフィナだが、ラファールの表情は芳しくない。

『有り得る』とでも言いたげだった。

 

「元々、我がフランスもアニマ開発の失敗国だ。今は私というアニマがいるが、それも非人道的と言わざるを得ない状況の上に成り立っている。シュペルエタンダールはまさに、その負の象徴の一つだ」

 

 こつん、とテーブルをすらりと細い指でノックしながらラファールは続ける。

 

「正直、研究目的で軍が接収する可能性は充分にある。私も流石に、軍を押さえられる自信はない……だが、今動くのも危険だろう」

「ならどうする? 夜中のうちに飛行場潜り込んで、無理矢理離陸するか」

「アメリカまでどうする気だ? 燃料満タンに増槽を目一杯取り付けても、北大西洋で海水浴する羽目になるぞ。フランス空軍は手を貸せないからな、空中給油機も無い」

 

 重たい空気に、ルフィナが天を仰ぐ。せめて帰れるように会社を利用すべきだった、と心底後悔した。

 

「じゃあファルクラムは? どうやって来たんだ?」

「飛行機です」

「いや、戦闘機だろ?」

「旅客機です」

 

「は?」ルフィナから間の抜けた声が漏れた。

 

「だから、航空券を取って普通に来ました。ドーターじゃないです」

「……バカじゃねーの!?」

「バカで結構ですよ! お姉さまの為なら、いくらでもバカになれますから!」

「帰りどうすんだ!? アタシのドーターは二人乗りじゃねーぞ!」

 

 とんとん。ルフィナとファルクラムの言い合いを止める咳払い代わりか、ラファールが二回テーブルをノックする。

 

「最悪はドーターを分解、船に乗せアメリカで再度組み立てる。軍を動かせれば、多少は楽になるが……」

「とにかく、暫くは動けないんだな?」

 

 ルフィナの問いに、ラファールが頷く。

 Su-35SK-ANMの分解に関して言えば、ソレイユであれば組み立てられる。問題は輸送だ。

 ラファールの言う通りならば、まだ動くべきではない。

 ステラとソレイユに連絡を取り、連携するしかない。ルフィナは端末を取りだし、双方へと連絡する。

 

「連絡した。あとはどっちか――もしくは両方が良い考えをアタシより先に出してくれれば、フランスとはおさらばだ」

「私の方からも、なるべく良い方に事が転がるように動いてみよう。――あまり長居すると疑われるな。今日は失礼する」

 

 ラファールが立ち上がり、部屋を出ていく。

 ファルクラムがピストルカービンを手に後を追うと、鍵を閉める音がルフィナの耳に届いた。

 まだ電気はつけられない。暗い部屋は、まるでルフィナの今の心境のようだった。先も見えず、動けば何かにぶつかってしまう。

 だがじっとしていては、いつか限界が来る。ファルクラムも同様に、検査が受けられないとなれば『アニマ』としてはあまりに危険といえた。

 

「どーすりゃいいんだ……」

 

 大きなため息をついて、ルフィナはソファに身体を預ける。

 するりと背もたれから崩れ、身体を横たえる。

 考えようとすればするほど、沼に足を取られるようだった。事の重大さに反して、眠気が襲い来る。ファルクラムを放って、ルフィナはその意識を手放してしまった。




二幕!
まさかの絶望スタート。
まだまだ書いていくので、どうか宜しくお願い致します!

マニア向け

ファルクラムのピストル:シグザウアーP320(アンチソレイユPMCの物)
アパート内にて:P320+フラックスディフェンスMP17ピストルカービンコンバージョンキット


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ALT.42『嵐の幕開け』

「やべえ、寝ちまったか」

 

 窓の外から射し込む明かりに目を細め、ルフィナの意識が覚醒する。

 モダンな作りのアパートは柔らかな色使いだったことに、今更ながら気付かされる。とても『一時的な避難場所』として扱うには豪華すぎる家だった。

 辺りを見渡していると、不意にするりと掛け布団が身体から滑り落ちる。

 

「え……」

 

 自分の身体を見て驚愕する。服は着ていた筈だし、脱ぎグセもない。しかし今ルフィナが纏うのは下着だけだ。

 誰が脱がせた? そんなもの、一人しか浮かばなかった。次の瞬間、その人物の名前を叫ぶ。

 

「ファルクラムッ! テメーッ!」

 

 空虚なアパート。その寝室の壁にルフィナの声が、がんがんと反響する。

 

「あ、起きましたか。お姉さま」

 

 呑気に扉からひょっこりと顔を出すファルクラム。藤色の髪はアパートの色使いから少々浮いていた。

 しかしそれより、ルフィナの怒りが収まらない。

 

「『起きましたか?』じゃねー! アタシに何した!?」

「何もしてませんよ。窮屈そうだったんで脱がせたんです!」

「テメーなぁ……」

「そんなことしてる余裕なんかありませんよ! 早く服着て出てきてください、やることありますから」

 

 ぱたんと音を立てて寝室の扉が閉まる。珍しくファルクラムがからかってこない。

 ルフィナは首を折れんばかりにかしげつつ、だが自供を引き出せないとあっては無駄と諦めざるを得なかった。

 

(そりゃあ、無防備なお姉さま見つけた時は考えたよ。『チャンス!』ってさ)

 

 まだルフィナが出てくることはなく、ファルクラムはピストルカービンを片手にソファに座っていた。

 

(いざとなったら『意識無いお姉さまをそうしても』――なんて浮かんだんだから、ホント私ヘタレ……)

 

 深いため息と共に、柔らかなソファに背中を預ける。

 ソレイユの端末を掲げ、画面を開いた。そこには『フランス軍より依頼あり』との文字が綴られている。

 送り主は社長。そして連名でステラ社社長、セイイチの名前もあった。

 

「S.I.A.S.か。いよいよそんな堅苦しい名前背負うのね」

 

 文頭にある略字。『Soleil International Anima Squadron』――要するに、ソレイユが国際的にアニマを飛ばすための飛行隊。

 今まではそういった飛行隊名も無いままだったが、機体数が増えたことで一纏めにしたようだった。

 ともかく、憂いつつ画面を眺めるファルクラムはまたため息をつく。

 

「わりー、ファルクラム」

 

 寝室の扉が開いて、申し訳なさそうに縮こまったルフィナが姿を見せた。

 

「別に良いです。私も、そういったことしたくなかった訳ではないので」

「……で、やることって?」

 

 ルフィナが訊ねるとファルクラムは身体を跳ね起こし、テーブルの上に端末を滑らせた。見るように促すと、ルフィナはそれを手に取る。

 

「フランス軍の依頼って、随分タイムリーだな。――これ、なんか関係あんのか?」

「……まあ、普通はそう思いますよね」

 

 ルフィナが放った端末をキャッチしながら、ファルクラムは首を鳴らす。身体もそろそろ限界が近い。ファルクラムがフランスに来てから、半月の時間が立っていた。

 アニマへの投薬用薬剤など、すでに切れかかっている。

 

「このタイミングで私たちソレイユ――折角ですし、S.I.A.S.と呼んでおきましょう。そこへフランス軍からの依頼が来た。お姉さまを逃がさなきゃいけない、このタイミングで――です」

「軍からの依頼なんてマトモな使いっぱしりじゃねーが、確かに話は出来てる。ラファールも『軍を動かせれば』って……まさか」

 

 ルフィナはなにかに気付いたように目を見開く。

 

「ラファールが動かしたのか?」

「もしくは、ラファールが動かせるだけの理由があったか――です」

 

 ついつい、と端末の画面で指を滑らせるファルクラム。

 一つのデータを開き、それをルフィナへ見せた。

 

「EF2000、タイフーンドーター化計画……」

「失敗したそうですが。そして成功したのは、ラファール」

 

「で?」ルフィナは端末を押し返して問う。

 

「どうしろって? 見る限り基地ごと吹っ飛ばされたらしいが、まさか作れって?」

「厳密には再現だ」

 

 昨日聞いたばかりの声が割り込んでくる。ラファールは「勝手にすまないな」と謝罪しつつも、壁に寄りかかり腕を組む。

 

「ルフィナの答えは合っている。S.I.A.S.に依頼した際、軍部は君ならばアニマに深く干渉出来る点に目をつけた」

「あのなぁ……ゼロから作るなんてのは、ムリだぞ」

「そこは問題ない。――工場からタイフーン用の素体をロールアウトする。問題は、データをかき集めてもタイフーンをどうにかは出来ない」

 

 だから、とラファールは言う。

 

「だから、ルフィナの出番なんだ。タイフーンに干渉し、安定させる。軍部の狙いはそれだ」

「……何年かかる話だ、そりゃ?」

「いや、素体はあるらしい。私もいい気分はしないが、何しろあの『工場』だからな」

 

 タイフーンに適合するコアを持ったアニマ。それはもう既に存在している、とでもラファールは言いたげだった。

 

「まあ失敗にせよ何にせよ、フランス軍が動いたんです。貴方を万全にするためなら、フランシュ=コンテだろうと動きますよ」

「輸送飛行隊か……」

「それにステラ機、ソレイユ機であれば空域を通せるようになる。それで北大西洋を渡る難易度は格段に下がる」

 

 今までの問題は空域だった。軍がソレイユ社やステラ社を許可していない時点では、フランス空域にかかる部分に戦闘機や空中給油機を飛ばすことは出来なかった。

 しかし、今は話が別になる。ルフィナを一度アメリカへ帰還させるのも容易になるし、再びフランスへ飛ばすことも簡単になる。

 ザイの危険が少ない地域だからこそ出来る技でもあった。

 

「ただ――Su-35SK-ANMのドーターについては、『失われた』と言っている」

 

 ラファールの発言に、ルフィナは目を丸くした。

 

「失われた?」

「軍部はソレイユを味方に率いれつつ、だが君のドーターは分解する気でいる。だから失われたと言っている」

「ふざけるなよ……!」

 

 激昂したルフィナが拳を振りかぶるも、ラファールは涼しい顔でそれを受け止めてしまった。

 力を掛けても、ラファールは動かない。

 

「無論、嘘だ。個人的な調べで、まだ例の飛行場にあることが分かっている。取りに行くなら今日だ。明日には軍が入るぞ」

「……どっちの味方だよ、アンタ」

 

 拳を下ろし、ルフィナはラファールを睨みつつ問いかける。

 

「私はみっともない謀略の敵で、愚かなほど真っ直ぐな者の味方をする。ファルクラム、これを。この近くに車庫があるだろう? そこの24番だ。ドーター回収に必要になる」

 

 ラファールが放り投げた鍵をキャッチするファルクラム。

 

「カーチェイスしろと?」

「警察の検問を突破しつつ、ドーターまで駆け抜ける車が必要なんだ。私は行くが、あまり時間は掛けないほうがいいだろう」

 

 軽く手を振り上げて、ラファールは部屋を出る。

 日本での仕事と同じくまた一転して時間がなくなった。ルフィナとファルクラムは顔を見合わせ、そして互いに頷いた。

 ラファールやフランス軍が何を考えているにせよ、やらなければならないと。そうしなければ、ルフィナは身体を奪われるのだから。



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ALT.43『テイクオフ』

 車庫を捜し、歩き回るファルクラムとルフィナ。ラファールから指定を受けた車庫を開けると、紺色のスポーツサルーンが姿を見せた。

 一目見ただけでは、どちらかといえば『高級車』と言われるようなセダンめいた車体。ファルクラムがデバイスのスイッチを押すと、解除アラームと共にドアロックが解錠される。

 

「運転出来んのか、ファルクラム」

 

 肝心なところをルフィナはよく知らなかった。ファルクラムとは徒歩の付き合いしかしていないし、出会った時期は車に乗る用事どころではなかった。

 車の様子を探りながら、ファルクラムが答える。

 

「ビゲンほどじゃありませんが、多少は」

 

 車体下部、エンジン内部に至るまで彼女は探りを入れていた。ラファールとは互いに協力関係ではあったが、ファルクラムは彼女を信用していなかった。

 一通り探り、爆弾などトラップの異常が見当たらなかったのか、ファルクラムは助手席のドアを開けてルフィナを誘い入れる。

 

「頼むから厄介ごとは起こすなよ。アタシが言えたことじゃねーけど」

「それは向こうの出方次第ですよ、お姉さま。パーティーになるか、大人しく出国か――ドーターを欲しがる側と、ただ私たちを使いたがる側か」

 

 まるでつい先日のソレイユだ、とファルクラム。

 一歩間違えば軍部が一気に混乱する。あとはラファールの動きに期待しつつ、ファルクラムは北極星の名を持つセダンに火を入れた。

 荒い唸りに反して、車内は豪華。シャンパンクーラー等こそないが、ちょっとしたリムジンのような乗り心地。

 

「行きましょうか」

 

 ドライブレンジにギアを入れ、ファルクラムはアクセルを踏み込んだ。車体は四輪で駆動し、車庫からロケットめいて飛び出した。

 

 □

 

「余計なことするなっていったろ!」

 

 数分も車を走らせると、ファルクラムの車をアンチソレイユの追っ手と地元警察が追跡し始めていた。

 ルフィナが珍しく悲鳴をあげている。運転席では銃撃をかわすためにファルクラムがステアリングを回し続ける。

 

「飛行場には軍が張っています。少なくとも、反ソレイユだけはそこで足止めです」

「それまで車が持つのかよ!?」

 

 銃撃を受け、リアガラスが飛散した。身を縮こまらせて、ルフィナはただ頭を低くする以外に無い。

 

 暫く車を走らせ、車は封鎖されてる飛行場へ全速力で向かっていた。

 立っていた歩哨が慌て食った顔で停止を呼び掛けるよりも早く、車は段差でジャンプしながら飛行場へ文字通りに飛び込んだ。

 リアタイヤを滑らせ、一直線にSu-35SK-ANMの元へ。しかし刹那、車のエンジンが停止する。電力が無くなり、ブレーキが踏み込めなくなる。

 

「くっ……! お姉さま、掴まってッ!」

「マジかよォ!」

 

 時速160km/hを超えるスピードからファルクラムはパーキングブレーキを踏み抜いた。

 パーキング用のブレーキならば電力が無くとも人力で作動できる。しかし、構造は単純にリアタイヤを固定させるだけのものでしかない。

 容易くスピンした車体はルフィナの悲鳴を引き摺りながら格納庫へ向かい、Su-35SK-ANMのノーズギア直前で停止する。

 

「フゥ……」

 

 危うく大事故だ。流石のファルクラムもシートに深く寄りかかり、息を吐く。

 

「よし、動くなよ」

 

 だが、事態は待ってなどくれなかった。

 車両を囲むフランス軍。運転席へはラファールが自ら拳銃を構え、二人を牽制している。

 

「ラファール……」

 

 車内からファルクラムが、恨めしげに銃口の向こうにいる女性を睨み付けた。

 

「今はブーランジェと呼べ。車から降りろ、私が連行する」

 

 周囲を小銃を構えた軍人に囲まれ、更にラファールまで銃を向けている。ファルクラムにさえ状況を脱する手段が見当たらないのだ、ましてやルフィナに脱出出来るわけもなく。

 両手をあげて車を降りた二人は、ラファールに連れられて、PMC基地内の一室を利用した取調室へと移動する。

 

 質素な部屋だ。テーブルに椅子。それ以外は出入り口しか見当たらない。

 二人の前で椅子を引き、腰を下ろしたラファールが最初に口にしたのは意外にも謝罪だった。

 

「すまないな。軍で私に、君たちを匿っていたと嫌疑が掛かり始めていて、君たちを捕らえたという事実が必要だったんだ」

 

 金属製のチープな机の上を、ラファールは指で叩いて音を鳴らす。

 ルフィナは不機嫌さを隠すこともなくラファールを睨み付けた。

 

「テメーのショーに付き合ったせいで作戦が台無しだ。ドーターに近付けたのに」

 

 そんなルフィナの抗議を、ラファールはたった一言で否定する。

 

「いや、あのままではどちらにせよ始動までは無理だ」

 

 どれだけの見張りがいたと思う、とラファール。

 

「今、軍側でも二つに割れている。ドーターを返し、素直に協力を仰ぐべきだとする側」

 

 ラファールの語りを引き継ぐように、ファルクラムが口を挟む。

 

「あくまでもドーターは無いとして、アニマを使うだけ使おうという側……でしょう?」

 

 ファルクラムの問いに、ラファールははっきりと頷いて見せた。

 やはり同じ軍内部でも意見の相違があるらしい。ファルクラムの読みは大まかに当たっていたようだ。

 しかし、やはり時間は残されていない。ドーターは間も無く軍に接収される。ラファールはどうする気なのか、ルフィナが彼女へ訊ねた。

 

「どーする気だ? アタシらを閉じ込めたって、これじゃドーターに近付けないだろ」

 

 問い掛けに対し、ラファールは壁にかけられた質素な時計を眺める。

 十秒ほど眺め、腕時計と比較。それから彼女は問いに答えた。

 

「間も無く交替時刻だ。一部の見張りを除いて、歩哨の数が減る。そこを突く」

 

 空気が一気に凍りつくようだった。

 強行突破よりは気が楽かもしれないが、時間との戦いは少なからずプレッシャーを増大させる。

 ラファールを先頭に部屋を出るルフィナたち。途中歩哨の一人とすれ違うも、ラファールやアニマ側に与する側であるようで、見ない振りをして歩き去っていった。

 

「本当に割れてんのか、内部で」

 

 すれ違った歩哨の背中を眺めつつ、ルフィナは語る。

 制服が違うわけでも何でもない。それが本当に意見の相違で割れているのか、不思議でしようがなかった。

 

「まあアニマ本体にはどっちだって手は出さんさ。ドーターに手を出さないよう、閉じ込めはするだろうが」

 

 語りながら、ラファールは手を挙げる。間も無く格納庫だった。

 三人は寄り集まり、段取りを確認する。

 

「歩哨は減っているが、機体付近にはそれなりの人数が張っている。Su-35SにAPUが搭載されているのは救いだ、始動さえ出来れば手出しは出来ないからな」

「どうやって近付く?」

 

 ファルクラムが格納庫へ身を乗り出すが、ドーターは囲まれている。先程の騒ぎもあってか、機体周辺への警戒は強められているようだ。

 それでも、減っている方なのだろう。やり方次第ではルフィナをコックピットに送ることくらいは出来そうだった。ドーターはフランスにとって研究対象。破壊しようとするとは考えづらく、ドーター特有のアーマーキャノピーさえ閉塞すれば、仮に銃撃されたとしても問題ない。

 

「ラファールは立場があるでしょうから、ダーティな手段は私がやる」

 

 ピストルを抜き取り、素早く翻しつつファルクラム。

 銃身を堅く握り、打撃武器として使うように構える。

 

「私は出来るだけ注意を逸らすが、タラップはどうする?」

 

 ドーターには昇降用タラップなど掛かっていない。元より誰かが操縦する予定がないものだったのだから当然か。

 

「それはそちらの軍人さんに動いてもらいましょう?」

 

 ファルクラムの視線が数人の整備員に向けられた。敵意はなく、たまたま話を立ち聞きしてしまったようだった。

 協力も惜しまないようで、ソレイユのアニマとラファールはそれぞれ格納庫へと入り込む。

 

 タラップを連結する前に、ラファールが数人の歩哨を集め気をそらす。残された人間は乱暴ながらファルクラムが拳銃殴打で気絶させると、意外にも危なげなくタラップは掛けられた。

 次はルフィナだ。素早くそして静かにコックピットへ掛け上がると、整備員がタラップを外した。音に気付き、軍人たちはたちまち機体を囲む。だが既にキャノピーは閉鎖され、ダイレクトリンクも直前だ。

 

「よし。燃料はラファールに賭けるしかねーが、状態は大まかに以前のまま」

 

 ダイレクトリンク。機体が発光し、APUが燃料を巡らせる。だらしなく垂れ下がっていた推力偏向エンジンノズルはまっすぐに持ち上がり、狭い格納庫内で爆音が共鳴した。

 既にラファール、ファルクラムと整備員は外にいた。巻き込まれたのは尚も囲み続けたフランス兵たち。

 

「わりーな。利用されるのは慣れてるが、やられっぱなしってのはキライなんだ」

 

 トーイングカー無しでは格納庫内でエンジン出力を上げるしかない。フランス空軍の施設なら問題もあったろうが、ここはソレイユの敵地に過ぎない。

 出力を上げてやると、ジェットエンジンは格納庫内の機材を次々に吹き飛ばしながらドーターを滑走路へと推し進めていった。

 時間は夜。漆黒の闇に染まる飛行場に誘導灯の灯りは無い。

 

〈お姉さま、機首向きを右に10度修正してください〉

「見えてるよ。アタシはドーターの本体だぞ、感覚で分かる」

 

 強がってはみたが、ファルクラムの指示も間違ってはいなかった。ラダーを動かし、機体向きを調整。ギアのタクシーライト、機体各部で点灯する灯火類が幻想的に見える。

 出力を上げると、灯りにジェットエンジンの灯火が加わる。排気炎を引きながらSu-35SK-ANMはようやく、フランスの地を離陸した。

 

「問題なし。ギアアップ」

 

 ギアが仕舞われ、左バンクと共にドーターは夜闇の向こうへと消えていく。

 それをファルクラムたちは見上げ、そして同時に抵抗した歩哨たちへ銃を向け威嚇する。

 太陽は昇る。再びアメリカの地へ向け、ルフィナは飛んだ。途中、空中給油機が待機すると話を聞き彼女もほっと胸を撫で下ろす。海水浴はせずに済みそうだと。

 

 しかし、全てはまだ始まってすらいなかった。

 ルフィナは感覚的に感じ取った。空中給油機まで距離はないが、ドーターに戦闘機が近付いている。

 レーダーとは神経、感覚だ。ルフィナの感覚、レーダーが戦闘機の接近を告げていた。方位はまっすぐアメリカの方向。

 

 次第に機影が見えた。ペールブルー、フェニックスレッド、カナリアイエロー。夜の空には目立ちすぎる光。ドーターを意味する色彩豊かな輝きが、三機編制でまっすぐにルフィナの元へ向かう。

 

 IFFの応答は、一切無かった。




やっと年を越したカラフルシリーズです。
お待たせしました……。まあ、その間に何作書いてんだって話なんですが。

やっとややこしい部分も終わり、次はちょっとした新キャラと新部隊が登場です。
次回もまたどうか、長い目でゆっくり待っていただけたらと思います。


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ALT.44『北極星』

 Su-35SK-ANMのレーダーに、IFFへ応答の無い不明物体が映し出される。

 じきにそれは戦闘機で、しかもドーターであるということをルフィナは目視で理解した。

 

「冗談だろ……」

 

 まだアメリカまで程遠い。フランス空域の中で空中給油機までたどり着いていないのに、誰かがルフィナへ向かっている。

 固有色に見覚えは無く、少なくとも援軍とは思えなかった。

 

〈あれがSu-35SK-ANM? 大したこと無さそうだね〉

 

 無線から少女の音声が流れた。まるでルフィナを挑発するように、わざわざ回線をオープンにしているらしい。

 

「F-16? アメリカか」

 

 真正面から向かってくる三機のドーター。うち二機はアメリカの機体だった。

 不死鳥のように強く輝く真紅のF-16、夜闇に解ける淡藤色のF-15。少なくとも一機、既に存在しているドーターがあった。

 

「F-15がなんで……」

 

 ルフィナが声を震わせた。アニマとは戦闘機の魂である。一つの戦闘機からは基本的に一つの魂しか生まれない。

 Su-27M-ANMであるジュラーヴリクや、MiG-29SMT-ANMであるラーストチュカが存在しながら、ルフィナやファルクラムという存在が生まれたのは、人間で言う双子や本物の姉妹という関係といえる。

 日本にF-15Jというアニマがいるなら、通常のF-15からアニマは誕生しない。もっと根本から違うバリエントである必要がある。

 

〈知りたいか、渡り鳥〉

 

 先ほどの挑発とは別な声が、ルフィナへきっぱりとした語調で応えた。刹那、先頭のF-15がバレルロールしながらSu-35SK-ANMへ接近する。

 全周モニターに大写しになった巨体の戦鳥。それをルフィナは目で追った。

 F-15には本来備わらない、槍のような長いピトー管はともかく、上反角付の巨大なカナードが主翼の前方に備わっている。エンジンノズルはF-22ステルス戦闘機を想起させる、箱型の推力偏向ノズル。

 

「F-15アクティブか!?」

〈惜しいな。私はF-15S/MT-ANM……その名前に変わる前さ〉

「じゃあF-15S/MT“D”だろ。アルファベット忘れてきたのか、デカブツ」

 

 強がってはいるが、ルフィナは絶えず計器類に目を配らせている。

 既に三機ともに背後についているが、とても機体を翻し交戦するだけの燃料は無い。

 

〈01はデモンストレーターじゃないの! 覚えといてよ〉

〈02、問答はいい。Su-35SK-ANM……フランカー、今回の任務からは降りろ〉

 

 F-15S/MT-ANMだと名乗る少女の声が、ルフィナへ任務の中断を促した。無論、なぜ他人にそんな指示をされなければならないか理解など出来ない。

 

「わりーな。一見からの意見は訊かないことにしてる」

〈タイフーンは起こすなって話をしてるだけさ。これはアンタらの為でもあるんだけどな〉

〈いきなり話しても理解は出来ないでしょう。フランカー、私たちは貴女に敵意を持っている訳ではないんです〉

 

 F-16、F-15S/MTとも違う、優しげな少女の声がルフィナを宥めた。金糸雀色の大型戦闘機がF-15S/MTと入れ替わる。

 

「1.44。ロシア生まれが、なんでそこにいる」

〈私のことは気になさらず。ただ敵意が無いことを理解してください〉

「あのな。いきなり戦う気全開で出てきておいて、依頼を蹴れだの戦う気はないだの言われたってアタシは混乱するだけだぞ」

 

 巨大なクローズドカップルドデルタの概念実証機、1.44はルフィナの言葉を受けて困惑するように機体を揺らした。

 

〈すみません。ただ、事態が急で……〉

「このまま黙って帰ってくれるっていうなら、あとでアメリカのソレイユ本社を通して連絡してきてくれると有り難いんだが?」

〈そうだな。我々ポールスター隊としても、手負い一機を三機で追い回しても楽しめやしない〉

 

 事実だ。だが、ルフィナは悔しげに顔を歪める。

 

〈それに、私たちは人類守護の盾だ。その為に東西の隔たりを越え、手を組んだんだからな〉

「いきなり何を……」

 

 Su-35SK-ANMのレーダーが不意に、敵飛行体の接近を告げる。ルフィナが問答無用に敵反応に変える相手など、ザイしか存在しない。

 

〈行けよ、フランカー。願わくば……今の話で納得してくれる事を祈るが〉

 

 Su-35SK-ANMを囲む編隊から、真紅のF-16が離脱した。アフターバーナーの炎が、微かに方向を変えている。推力偏向ノズルを使用しているとルフィナは推測した。

 純粋なファイティングファルコンではない。NF-16だ。

 

「F-16もビスタ型かよ……」

〈フランカー。最近ザイの動きは極東だけに留まらない。私たちはそれから人類を守るためにいる〉

「何が言いたい」

〈タイフーンがどうして消されたかを調べるといい。早く行け、イーグルプラスとしての私は、お前にチープな死に方をされちゃ困ると言ってるんだよ〉

「燃料満タンなら追っ掛けたがな。まあせいぜいアンタらも海水浴を楽しみな」

 

 ルフィナはドーターの進路を維持。イーグルプラスと名乗りを改めたF-15S/MT-ANMに続いて、1.44-ANMも包囲から離れていく。

 

「ったく。いったい何が絡んでるのか、本社行ったら聞いてみなきゃな」

 

 燃料ビンゴ。警告がルフィナを急かすがスロットルは維持し、操作しない。

 まもなく空中給油機の座標だ。そこまでは何とか飛行できそうだった。

 

 □

 

「ポールスター各機、フランカーは離脱した。ザイを叩くぞ。数は少ないが使える燃料が限られてる。油断するなよ」

〈02、リョーカイ〉

〈03了解です。スターリーダー、貴女は?〉

 

 F-15S/MT-ANM機内。全周モニターを眺め、ペールブルーの髪を揺らす少女は暫し悩んだ。

 それも一秒に過ぎず、彼女はすぐに問いに返した。

 

「折角気になってる相手に会えた私たちを、わざわざこんなところまで追っ掛けてきてくれたんだ。ラブコールには応えなきゃならないだろ?」

〈では、各機個別警戒で〉

「頼む。一丁見せてやるか、ザイの分からず屋どもに――北極星の力をな」

 

 コックピットは比較的簡素だった。必要な情報が素早くアニマにフィードバックされていく。ただそれだけながら、無駄が一切無い。余計な演算は必要無かった。

 故に、彼女は編隊の中でもずば抜けた機動を見せた。

 

 素早く編隊を解き、制空型ザイを引き付けた少女。背後からのミサイルロックによるアラートさえ無視し、一気にクルビットで前後を入れ替える。

 ザイ側からの反撃はない。カウンターマニューバーすら仕掛けては来なかった。

 

「エンジンパワーの低い、ビスタ狙いか」

 

 F-15S/MT-ANMが背後にいる状態から、ザイは複雑にドーターを振り切ろうと左右へ揺さぶる。

 ミサイルロックが上手く行かないが、彼女にはさほど関係なかった。胴体下部中央に据えられたM12ガンポッドが吼える。

 内蔵されたM61ガトリング機関砲から発射される20mm砲弾が、飛行するガラス細工をいとも容易く食いちぎった。

 

「撃破。02、狙いはお前だぞ」

〈はいはーい!〉

 

 NF-16-ANMの機内。追い掛けてくる二機のザイを相手に、単発機の軽量さを生かしたドッグファイトを演じつつ、フェニックスレッドの髪を軽く振り上げて、アニマは余裕を見せていた。

 不意に真紅の機体が急上昇する。暗闇の中へ吸い込まれるように飛行し、続く機動で縦フラットスピン。まるでルフィナが見せる機動。それをそのまま利用し、後部に張り付いていたザイ二機を同時にロックオン。

 バレルロールですれ違いざまにミサイル二発をレリーズし、同時に撃破してみせる。

 

〈ふふーん。太陽なんて言われてるけど、案外ラクショー!〉

 

 炎に包まれ散り行くザイを置き去りに飛ぶ真紅のドーターを眺め、F-15S/MT-ANMのアニマは直ぐ様に下へ目を配らせる。

 

「最後だ。残り物には福があるって日本じゃ言うらしいぞ? いるか、ミグ」

〈では、お言葉に甘えます〉

 

 海面付近で逃れようとしたザイを、今度はカナリアイエローのドーターが捉えた。

 前方宙返りの出鱈目な機動から急降下、GSh-30-1航空機関砲の唸りが止むと、今度は空に静寂が訪れた。

 

「反応無し。武装は積んでおいて正解だったな」

〈もちろん! いつだって臨戦態勢だし?〉

〈話がわからない相手ではない筈ですが、フランカーが反撃する可能性もありました〉

 

 F-15S/MT-ANMことイーグルプラスは周囲に再集結した僚機を見渡し、頷いた。

 NF-16-ANMビスタ、それに1.44-ANMミグも無傷。

 

「全機帰還するぞ。作戦時間三秒オーバー、これ以上飛ぶと本当に海水浴する羽目になる」

〈リョーカイ、スターリーダー! 今度はワイキキビーチがいい!〉

〈海へは皆さんで来たいですね。叶うなら、渡り鳥の皆さんも〉

 

 ミグは言う。PMCとも仲良く出来れば、と。

 確かに敵ではない。彼女たち『先進飛行実験部隊』からすれば、PMCはむしろ取引先にもなりうる。

 ただ、今はそうなれない。イーグルプラスは、ルフィナへの説得に手応えを感じていなかった。

 恐らくはまだ動く気だと彼女は考える。そうある限り、止めなければならない。

 

(フランカー、タイフーンはダメなんだ。彼女はもうライノのようには行かない)

 

 誘導するものもない暗闇を、イーグルプラスたち『ポールスター隊』は飛ぶ。

 その闇を見つめる彼女の目は、憂いに満ちていた。




今回は比較的短いスパンでガリエアを更新いたしました。
というのも、新しい部隊のお披露目を引っ張る意味もないな……と。

F-15S/MT-ANMはツイッターのフォロワーさん、そしてそのご友人が考えられたオリジナルアニマを許可を得た上で、カラフル世界線に合わせて設定を付与、一部変更し、登場させています。
カナードイーグルカッコいいよね……!
本来はエースコンバット世界ベースであったようで、3のS/MT名称のようですが、現実世界に合わせて『デモンストレーター機ではなくなったから』という理由付けでS/MT名称にしました。
アクティブなどへの名称変更は、考案元を尊重して行っていません。

ミグも私の『カナリアは大空を夢見る』からの出演です。こちらではがらりと設定が変わっていますので、そちらを見るお手間は煩わせません。
もし気になったらエタっていますが、見ていただけると嬉しいです。

つまり、この中で新造したのはビスタちゃんだけです。
ちょっと派手めな現代っ子な雰囲気が出せるように描きたい……。

次回もカラフルな空を。またよろしくお願いいたします!


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ALT.45『カムバック・トゥ・ホーム』

「ポールスター、か」

 

 ソレイユ本社では、早速ポールスター隊が所属する『先進飛行研究所』からの通達により、三体のアニマの存在が明らかになっていた。

 ルフィナがフランスへ行っている間に、個人売買でのハイパーカー購入と納車を終えたビゲンが、新車のフロントノーズを撫でつつ呟く。

 

「横槍が入るとは思わなかったわね」

 

 フランス軍からの依頼は、難しいが単純。そう思われていた。だが、ポールスター隊の介入と通達で、そうではないことを知る。

 日本で大破したレゲーラに代わり購入した新型ハイパーカー、ケーニグセグジェスコの様子もそこそこに、ビゲンは滑走路へ視線を配らせた。

 

「まあ、アイツが一番混乱してるでしょ」

 

 着陸体制に入るスカイグレイのドーター。Su-35SK-ANMフランカーこと、ルフィナの帰還だ。

 日本での任務後にすぐ姿を消した彼女の帰還に、仲間たちはこぞってエプロンへ飛び出していく。クフィルにヘリオス、クールなレーベン達でさえ例外ではなかった。

 

 

「ふう……なんとか見慣れた場所に帰ってきたな」

 

 機体を停止させ、飛行場を見渡すルフィナ。見慣れた景色に、見慣れた顔が向かってきている。

 格納庫にも、彼女と翼を並べたドーターが眠っていた。

 

〈ルフィナ、検査をさせてくれ。なにせ空けて長いからな〉

 

 無線で聴こえたのは彼女たちに付く代表研究員、エイベルの声。かなりの長期間、ルフィナは安定剤などの投薬が無いと考えられた。

 実際そうだ。薬が切れたとしてもすぐに影響は無いだろうが、身体に負担がかかる。アニマは人工物だが、心は確かに存在する。綱渡りをするように儚く崩れやすい存在を繋ぎ止める手段が、今の人類には投薬しか無かった。

 

「了解だ。……休みてーけど」

 

 キャノピーを開放すると、嗅ぎ慣れた空気がルフィナを取り巻いた。フランスの飛行場とは比べ物にならない、オイルの匂いもする。

 検査は覚悟していたが、この後にやることとなると身体が重くなるようだった。間違いなく、ポールスター隊に関する聞き取りと書類整理。最悪は部隊を空けたことで始末書かもしれない。

 タラップを降り、駆け寄ってきたクフィルへルフィナは問う。

 

「ポールスター隊って、わかるか?」

 

 問いに、クフィルは頷いてから答える。

 

「本社に連絡がありました。フランス軍からの依頼を、破棄するようにと」

 

 ルフィナが頭をかきむしる。イーグルプラスへ冗談めかして語った言葉も、どうやら本気にとられたようだった。もしくは、初めからそうする気だったのか。それは分からない。

 研究棟に向かいつつ、ルフィナは空を見上げた。ポールスター隊は必ずまた来るだろう。敵意は無いと1.44-ANMミグは語っていたが、それも何処までが境界かなど分かりはしない。

 

「タイフーンを起こすな……か」

「え?」

 

 ルフィナの呟きに、クフィルが反応を示した。何気ない独り言。それでも、彼女が呟いた言葉は興味深いものだった。

 

「次の依頼内容はEF-2000-ANMの復旧再構成でしたね。それをポールスターは知っているんですか?」

「らしいな。タイフーンを起こすな――リーダー機らしいアニマはそう言ってたが」

 

 それから、それがソレイユの為だとも。ルフィナがクフィルへ告げる。イーグルプラスの語った言葉を。

 飛行場を重たく風が吹き抜けた。一体何があるというのか、クフィルが頭を悩ませる。

 

「実質提携先のステラ社は既にシュペルエタンダールに話をしているそうです。何か知っているかも、と」

「用があるのはアタシの力だろ? なんでシュペルに……いや、後にしよう。エイベルに呼ばれてる」

 

 やや強引ながら話を切り上げるルフィナ。研究棟へ消えていく彼女と入れ替わりに、ヘリオスがクフィルの傍らに立った。

 

「少々面倒な話になってきたわね。やっとルフィナと空を飛べると思っていたけれど、そうもいかない」

「そうですね。まだ当面は動けないかと」

 

 あいにくの曇り空を見上げ、クフィルは先を憂いた。何もかもが混乱以外なにも呼び込まない。

 空に広がる分厚い鈍色の雲。まるでその空に飛び込んでしまったように、今は何も見えないのだ。

 タイフーンというアニマに何があるのか。ポールスターが教える情報にも、まだ謎が多く付きまとっていた。

 

 □

 

「全く。身一つとドーターで敵地に乗り込むなんて、バカだバカだと思ってはいたが、本当にバカだったのか? ルフィナ」

 

 検査の最中で、エイベルは心底呆れたようにルフィナへ投げ掛けた。予防接種を終え、薬剤注射へ。

 投薬だけではすまなかった。それほどまでに、Su-35SK-ANMという存在には限界が近かった。

 

「バカバカうるせーなぁ。しゃーねーだろ。あっちじゃろくすっぽ検査も無しだ……いてて」

 

 注射針が白く細い腕に突き刺さる。腕から視線を逸らしながら、ルフィナは痛みに顔をしかめた。

 

「そういや、ヘリオスもかなり限界だったな。お前のメンタルアタック以上だった……もう一本行くか」

「そりゃそーだ。向こうの研究員はアニマの維持なんて、ろくすっぽ知識がありゃしねー。創るだけなら天才かもだが……それは液が痛いんだよな」

 

 他愛の無い会話に、アンチソレイユの話題が詰め込まれる。結局まともな名前など分かりはしなかった。

 別な注射針が腕へ狙いを定める。血管へ一息に突き刺さり、薬液を流し込んでいった。

 

「あ……いってて!」

「我慢しろ。あまり言いたかないが、お前らも……まあ……なんだ」

 

 言葉につまるエイベル。ルフィナはそんな彼へ視線をくれて、助け船を出すように呟いた。

 

「アニマは作り物だ。メンテナンスしなきゃ、その分やらなきゃならないことも大きくなる……アタシには別に、そう言ってくれていいよ」

 

 ルフィナは弁えていた。自身が何であるかを。人間のようにロマンチックな思考回路は頭から外して語ることが出来た。

 しかしエイベルは彼女たちの製造に関わった人間として、それは許せなかった。フランスのアニマ製造方式に難色を示してもいる。アニマを人間と同列に捉えられる。それが彼だった。

 

「終わったぞ。頼むからあんまり、自分を作り物だとか言わないでくれよ」

 

 使用済み注射器を専用のゴミ箱に捨てつつ、エイベルは椅子から立ち上がるルフィナへ視線をくれる。

 

「わりー。でも、たまには割り切れよ。でなきゃ、誰か助かる作戦もふいになる」

「そんな作戦、ありはしないさ」

 

 静かな否定だった。エイベルの言葉に、ルフィナは小さく笑う。

 彼女は小さく手を振ると、医務室を後にした。薬の効きは早くない。まだ実感できる効き目はないが、あとはファルクラムが同じ治療を受ければ終わりだ。

 反省文も何もなくて良かった。自身の髪色を写したような空を窓から見上げて、ルフィナは呟く。

 

「イーグルか」

 

 日本で出会った、パワー馬鹿で天真爛漫なF-15J-ANMイーグル。少なくとも、フランスからの帰路で出会ったイーグルプラスというアニマが同機種系統つまり、真の意味で姉妹とは思えなかった。

 自身とジュラーヴリクという存在には、少なからず共通点を見出だしていたから尚更だった。

 

「まあ、味付けは製作者次第ってか」

 

 まだアニマ本人すら見ていない。今そこを深く考えたところで、時間の無駄だった。

 まずやらなければならないのは、彼女たちに従うのか否か。だが少なくとも、訳のわからない組織からの戯れ言として切り捨てるという考え以外は無かった。

 それだけ今回の依頼主は強大な存在だ。

 

(……お前らが言ったんだぜ。アタシたちは渡り鳥さ、金さえくれりゃ何処にだって飛んでいく――世間的にはクズみたいな鳥だがな)

 

 ルフィナは改めて、自身の立場を思い改める。彼女たちがいるのは単なる警備会社程度ではない。金次第で戦地に赴く傭兵である。

 渡り鳥と呼ばれ、後ろ指を差されるのにももう慣れた。というより、何かを感じることもない。少なくともルフィナとヘリオスは、完全にPMC産なのだから。

 だから外部の指図を受ける気はない。

 

 それがソレイユ01、Su-35SK-ANMの答えだった。

 

 □

 

 旅客機でアメリカへ向かうMiG-35-ANMファルクラム。彼女はWi-Fi接続した端末から、タイフーンの情報を探っていた。

 姉と慕うルフィナの交信を盗み聴いて知った、『タイフーンが何故消されたか』を調べるために。

 

「タイフーンは肉体すら持つ前に消された。ラファールはそれを知っているハズ」

 

 機密文書では、タイフーンを試験していた基地ごとザイの攻撃で消し飛んだという。

 そのザイは航空自衛隊、独立混成飛行実験隊――独飛によって撃破された。危機が去ったなら、確かに再開発はしたいだろう。至極当然の運びに見えた、違和感はない。

 

「んー……。どうして邪魔をするんだろ」

 

 ファルクラムの手には、既に先進飛行実験隊のデータはある程度揃っていた。新たに端末を用意し、ハッキング対策にネットワークから断絶したそれにデータを移してまで。

 ポールスター隊には一人、ハッキングが可能なアニマがいるようだった。専門ではないが、腕は立つらしい。ファルクラムの端末も、一台はウィルスによりデータを消去された。

 だから必要なデータはネットワークから切り離したのだ。

 

「あとは本社に帰らなきゃダメか」

 

 旅客機の窓から外を見つめる。巨大な主翼が雲を割り、飛んでいる。

 不意に彼女をひどい目眩が襲った。動悸がひどい、思わず窓枠に体重を預けた。

 

「まずいな……薬切れてるか」

 

 間も無くアメリカに到着する。ファルクラムの意識はただその一点に向けられ、保たれていた。

 荷物にはなりたくない。ロシアでさんざん足を引っ張ったからこそ、次はルフィナの役に立って見せる。

 乱れる呼吸を整えつつも、ファルクラムは固く誓っていた。誰に話した訳でもないが、それは変わらない。




アメリカに戻ってきたルフィナたちの一幕でした。お疲れ様です。
まあ、そりゃ話し合うまでもなく依頼は続行しますよね普通。

注射って、薬液によってマジで痛かったりします。
注射嫌い。パクファの気持ちめっちゃわかります((


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ALT.46『アイギス』

 アメリカにはステラ社、ソレイユ社というPMCが所有する飛行場以外にもう一ヶ所、アニマ専用とも言える飛行場が存在していた。

『先進飛行実験研究所』と名乗られれば堅苦しくも感じるが、要するにルフィナたちの前へ立ちはだかったイーグルプラスたちの所属組織で、その飛行場だ。

 東西の隔たりも捨て、全てをザイ撃滅のためと手を組んだ人類の二つ目の盾。しかし、国際的な問題により、つい最近までこの研究所の活動は露呈していなかった。

 

 誰かは言う。所詮ザイの脅威に直面していない者にとっては、アニマとドーターさえ自身の卓に配置した駒に過ぎないのだ、と。

 

 研究所の活動表面化にはロシアからの口添えが主だった。一体の試作アニマのデータをアメリカに渡し、アメリカはそれでライノに続く自国産アニマを製造すれば良いと。

 実際、民間軍事企業に先を越され面子を潰されていた米国にとって、それは願ってもない申し出だった。だが、送られてくるアニマのデータにはとてつもない要求が幾つも記されていて。

 F-22-ANMプロジェクトなども発足はしたが、結局機体数が満足に揃わず凍結。その間も、PMCはなおも国に構わずザイを撃墜する。

 ちょうどアメリカにやってきていたザイを撃墜され、米空軍研究部は二つのコアを回収した。PMCにはその事実は知られず、そしてそれがF-15S/MTDとNF-16という機動実験機に適合、ロシアの試作アニマに記された要求も満たしていた。

 そうして生まれ、デモンストレーターを脱したのがF-15S/MT-ANMイーグルプラス。それから、NF-16-ANMビスタという存在だ。

 データとして米国と接していた試作アニマ、1.44-ANMミグもこの研究所へ身柄を渡された。ここにはロシア人もいれば、アメリカ人もいる。皆が同じ目的のために戦っている。

 

 

 研究所の外周。並木道になっている通路は、絶好のランニングスポットだ。

 早朝の涼やかな風の吹く中を、一人の少女が走っていた。

 

「だいぶ走ったか」

 

 足を止めると、ペールブルーの髪から汗が滴った。フェイスタオルで汗をぬぐい、F-15S/MT-ANMイーグルプラスは研究所へ視線をくれる。

 彼女はアクティブなタイプだ。姉妹ともいえるF-15J-ANMとは別な方向性でも、そこはやはり同じ『F-15』なのだろう。

 

「ミーティングまで時間はあるな」

 

 腕に着けたタグホイヤーのクロノグラフを見つめ、イーグルプラスは呟く。

 ストップウォッチを止め忘れていた。スイッチを押し、更にリセット。文字盤の上でニードルが踊る。

 呼吸を整えつつ、腰に取り付けたホルダーからスポーツドリンクを取り出して喉を潤した。

 

「今日は何だったか……。全く、あちらこちらで問題が起きすぎだ」

 

 左こめかみを人差し指で押さえ、悩ましげに唸る。タイフーンはともかくにしろ、PMCまで絡むとは思っていなかった。だがSu-35SK-ANMという存在を、ずっと気にしていなかったのかと問われると、肯定はできない。

 だからこそ、悩ましい。

 

「全く。とにかく、煮詰まったら走るに限るな」

 

 イーグルプラスは再び駆け出した。とんとんと跳ねるような足取りで、彼女は薄明かりの並木道を走り抜けていった。

 

 □

 

「疲れたー……!」

 

 真紅のサイドテールを揺らし、部屋に籠ったままのビスタはゲーミングチェアに腰掛けたまま大きく伸びをした。

 彼女の視界には立派な水冷式ゲーミングPCが威風堂々と鎮座する。サイドパネルをクリアボード化し、グラフィックボードやタワーにLEDを配して見た目にも気を配った、超強力モンスターPCだ。

 大半のPCゲームなら最高画質で苦なく動かせる。つい先程まで、対戦型FPSに熱中していた彼女も、いよいよ休憩タイムだ。

 

「ふぁ……やっばー、今日朝からミーティングだっけ。完徹しちゃった」

 

 眠たげに目をしばたたかせるビスタ。座り心地に優れるゲーミングチェアに深く身体を埋めると、程好い眠気が彼女を迎え入れようとする。

 眠っちゃってもいいかな。ビスタはそんな風に思考を走らせ、そのまま身を任せようとする。そんな折、ミグがノックの後に部屋へ入り込んだ。

 

「ビスタ、また徹夜しましたね?」

「うぇ。仕方ないじゃん。ザイも出てない、研究所としての方針も出せないんじゃ、私たちなんてゲームか自主トレくらいしかすることないもん」

 

 詰め寄るミグから逃げるように、ビスタは足でゲーミングチェアを回す。勿論そんな小細工など意味もなく、背もたれごと押さえつけられて止められる。

 ビスタには少々眩しい明るい黄色の髪をした少女は、くどくどとすっかり説教モードだ。

 

「研究所の方針を決めるのがこの後なんです。ビスタには居てもらわないとダメなんですよ」

「めんどくさーい。あとでメッセンジャーに連絡してよ、逆らう気はないし」

「だ、め、で、すっ!」

 

 ビスタの正面にまわったミグは相手の限界まで顔を近づけ、全力で拒否する。

 

「あーもうだるいだるい! 分かったって! イーグルプラス戻ってきたら行くから、少し休ませてよ。頭疲れてるの」

「自業自得でしょう? 水とチョコレートバーを買ってあげますから、行きますよ。このまま放置したら、どうせ寝るんだから」

 

 ぎくり。ビスタが身体を強張らせる。

 どうやらミグにはお見通しだったようだ。確かに寝落ちしてしまう気でいた。鋭い読みに、ビスタは頬をかいて視線を明後日へ向ける。しかしそれを先回り。

 ミグの整った顔立ちも、ビスタの往生際の悪さには少々苛立ちに歪んでいる。

 

 結局、ビスタはミグに引っ張られ、自室を後にする他無かった。

 

 □

 

 意外にも外をランニングしていたイーグルプラスがビスタ達よりも先に、会議室で腕を組んで壁に寄りかかっている。

 

「遅いぞ、ビスタ」

「ごめん……って、私だけ!?」

 

 抗議の声をあげるビスタ。しかし、その声はあまりにも脆く切り捨てられる。

 

「ミグが遅刻するなんて、それこそ大問題だからな。ビスタを起こしにいくとは言っていたし」

 

 片目を瞑りながら、怪訝な瞳をビスタへ向ける。

 

「でも遅刻は遅刻だよね!?」

「お前は言うな」

 

 イーグルプラスのチョップがビスタの脳天に突き刺さる。

 次第に場が騒がしくなってきた。所員も集合し、次第にビジネスムードが漂う。

 椅子に身を投げ出したビスタ。軋んだ椅子の音が、ある意味スタートの合図だった。

 

 議題は実に簡単。ソレイユ、ステラ各社の反応だ。

 結果として、両社ともに従うことはないというものだった。

 

「タイフーンについてのデータは送ったのか? ヤツが今どうなっているか」

 

 イーグルプラスが議長へ問いを投げる。

 

「無駄だ。向こうには何らかの手段があるらしい。助かる命があるなら、助けて見せると突き返された」

 

 手指を絡ませ、悩ましげに議長は語った。

 詰みだった。話を素直に聞かないのなら、最早やることはない。

 手段を切り替えるか。議題はそちらへずれ込む。

 

「タイフーンのデータや、ドーターを先回りして破壊すべきでは」

 

 当たり前の意見が会議室に響く。しかし、それはイーグルプラスが遮った。

 

「私は反対だ。それこそ国際問題になる」

「しかし……」

 

 返す言葉に詰まるスタッフへ、イーグルプラスは真っ直ぐ視線を結んで答えた。

 

「二社は何とかする。その為の私たちだ、そうだろ?」

 

 確かに。肯定のムードが会議室を包んだ。

 実力誇示も出来ている。次はSu-35SK-ANMも警戒するだろう。簡単には行かないのは間違いない。だが、それがなんだ。

 彼女たちを超えるために、イーグルプラスたちは居るのだ。渡り鳥(PMC)とは違う。この世界を護る、第二の盾として存在しているのだ。

 

「……致し方ないな。ポールスター隊、任せるぞ」

 

 議長のスタッフはイーグルプラス、ビスタ、ミグへそれぞれ視線を投げる。

 三人はそれに合わせ、敬礼で返した。




 今回はポールスターを少し掘り下げました。
 とはいえ、本来はライバルなのでここまで。彼女たちがいよいよ始動する話になります。

 次は緋弾、神姫の更新後になると思いますが、どうかよろしくお願いいたします。


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ALT.47『欠けたピース』

 ソレイユ本社、入り口前は騒然としていた。

 MiG-35-ANMファルクラムがタクシーで乗り付けて、停車するなりそのまま車外へ倒れたのだ。

 ストレッチャーで運ばれるファルクラムに意識はなく、ルフィナが後を追おうとも彼女はなんら反応を示さない。ただ人形のように、ファルクラムは横たわっていた。

 すぐに研究室に運ばれ、人払いがされた。ルフィナたちでさえ立ち入りは制限され、やきもきとする彼女は、廊下でかつんと音を立てて床を蹴飛ばす。

 

「止めなさいな。向こうじゃ薬も検査も無しでしょう? 限界が来るのは見えてたわよ」

 

 同じ廊下の壁に寄りかかったビゲンは腕を組み、淡々と告げる。

 

「けど……!」

「いや、ビゲンの言う通りだ。そしてルフィナ、お前もああなる可能性があったことを忘れるな」

 

 言葉を返す前に、レーベンがルフィナへ釘を刺す。それは少なからずヘリオスにも言えたことだ。

 検査もなく長期間いれば、いつ拒絶反応を起こしドーターとさえ繋がれなくなるか分からない。

 

「あー、もー!」

 

 気持ちのぶつけ処の無いルフィナは髪をかきむしる。

 ファルクラムがダウンしていても、作戦開始は決まってしまったのだ。じきに彼女たちはフランスへ旅立つ。

 ファルクラムを欠いた作戦になるかはまだ決まっていないが、このままではすぐに戦線復帰するのは不可能だと判断せざるを得ない。

 

「本当、あの子は猪突猛進ですわね。私でさえ、止めようがない」

 

 コメットブルーの髪をかきあげつつ、ヴィゴラスが呟く。元々ファルクラムとは僚機で、同じ編隊で飛んだ時間はルフィナよりも長い。

 素直でないのは彼女らしさで、ヴィゴラスはヴィゴラスなりにファルクラムを気にかけている。

 

「ファルクラムのことは、スタッフにお任せしましょう。私たちに手伝えることはありませんし……。ブリーフィングを始めましょう?」

 

 クフィルはクフィルなりに、先を見据えた提案を持ちかける。

 その通り。その通りなのだ。皆にファルクラムを救うことは出来ない。スタッフに任せるしかない。だから、今は依頼契約の確認と段取りの話し合いを詰めるべきだと。

 クフィルはそう考えていた。

 

 ルフィナは心底悔しそうではあったものの、切り替えてブリーフィングルームへ向かう。

 ソレイユ隊改め、S.I.A.S.はルフィナを先頭に、廊下を移動する。

 

 □

 

 ブリーフィングルーム。メンバーは飛行隊メンバーと、社の人間だけだ。

 研究員は手の空いた数人だけ。

 

「まずフランスへ向かう。それはともかく、その後は?」

 

 レーベンが椅子に背を預けつつ、語りかける。

 

「DGSEの人間が出迎えらしい。らふ……わりー、ブーランジェはちょっと手が空かないらしくてな」

 

 テーブルに置かれた缶ジュースを飲みつつ、ルフィナが問いに答える。

 

「つまり、我々は見張り付って訳ね」

 

 肩を竦めつつビゲン。

 

「ソレイユ07、ヘリオスからはなにか無いのか?」

 

 研究員がヘリオスに話を振るが、彼女は静かにかぶりを振る。

 彼女が主張したことは今まで無い。まるで周りを査定するようにだが、ただただ周囲に従っている。

 

「待った、メッセージだ」

 

 研究員の言葉と共に、全員の端末が小さな着信音を上げる。

 その中身は、皆が少々重くなっていた腰を上げるには充分だった。

 

 □

 

「結局、避けられないのか」

 

 アメリカ、ソレイユ社でフランス行きの準備をしながらルフィナは呟く。

 数刻前のブリーフィングでメッセージを送ってきたのは、例のポールスター隊だった。

 

『手を引かないならば、我々は全力を以て破談にさせるまでだ』

 

 強気な文面からは話し合いの姿勢など感じられず。

 要するに、完全にPMCとの対決姿勢が作られてしまったのだ。

 仕方ないとは思いつつ、自室の荷物をまとめながらルフィナは物憂げに嘆息する。

 

「戦闘、戦闘、また戦闘だ。最近ザイと戦ったか? アタシ」

 

 他のアニマたちはすでに準備を終えている。残されたのはルフィナだけ。

 ただ一人ぼやいても、相槌すら返っては来ない。それにファルクラムだって、まだ目覚めてはいないのだ。

 仲間を一人欠いての出撃は、得体の知れない不安があった。

 

「……とにかくとっとと行って、タイフーンとやらを拝むか」

 

 ボストンバッグを片手に、部屋を見渡す。忘れ物は無し、火の始末なども問題無しだ。

 全飛行隊員アニマの私物は研究員が旅客機に持ち込む手はずになっている。タイムラグを考慮し、エイベルたちは先に出発している。

 ルフィナもエプロンへ向かい、自身の機体に乗り込んだ。何度も見慣れた光景だ。

 全周モニターには味方機の姿がある。彼女にとって今回初めてなのは、YR-29-ANMヘリオスが滑走路待機していること。

 各部機体にデチューンを加えた代わりに、完全なるS/VTOL機へと変貌したその異形と飛ぶのは、ルフィナにとっては初めてだ。

 

「だいぶ酷かったらしいな、ソレイユ07」

〈ええ。でももう大丈夫、ドーターとのリンクも今まで以上。オールグリーン〉

 

 ヘリオスはヘリオスで高い適合率を保ったまま、新しいYR-29-ANMへの接続を果たしており、水平尾翼の代わりとなる二段式の大型主翼フラップがパタパタと上下する。

 

「よし、ソレイユ全機。ファルクラムを欠いた作戦になるが、まずはフランスへ向かうぞ。途中空中給油がある、装備に問題ないな?」

 

 ルフィナの機体が前へ出ると、その後ろへ互い違いにドーターが並んでいく。

 問いかけにノーは返って来なかった。

 Su-35SK-ANMはエンジンを回し、前進していく。少ししてクフィルANM、JA-37-ANMと続いて、YR-29-ANMが最後に空へと飛び立った。

 

「ソレイユ01だ。全機レディオチェック」

〈02、オーケー〉

〈03問題なしよ〉

〈04、いつも通りだ〉

〈05も問題はありませんわ〉

〈07、異常無し〉

 

 無線異常は無し。しかし、06のナンバーが飛んでいる。ファルクラムは今回の作戦には恐らく参加できない。

 もしかするとそれでいいのかもしれないが、ルフィナにはどこかそわそわとした焦燥感のような物があった。落ち着かない。

 ふと、レーダーに味方が二機編隊でやってくる。

 

〈ステラ01、ソレイユ隊へ合流する〉

『Stella 02, Rejoignez-vous là-bas(ステラ02、そちらへ合流する)』

 

 大型の可変翼機、ST-21-ANMトムキャット、そして痩身の後退翼機、シュペルエタンダールも編隊に加わって、ソレイユは海を渡る。

 念のためポールスター隊の追跡も警戒したが、あちらが手を打つ前にソレイユ、ステラ共に動けたようだ。追撃は無い。

 

 曇天を紫電が迸る。天気としては最悪だが、視界の数キロ先には晴天が広がっている。

 ドーターはそこを目指し、編隊を保ったまま空を行く。空中給油機まで距離はあったが、邪魔は入らなさそうだった。



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ALT.48『太陽が昇る、その前に』

 先進飛行実験研究所。荘厳なその巨大な建物は、今まで姿を見た者に何も伝えることはなかった。人々が気付けばそこに在り、気付けば極東に続く第二の盾と名乗っていた。

 ソレイユ、ステラの両PMC――S.I.A.S.がアメリカを飛び立つほんの数時間前、この第二の盾は騒々しく内部の人間が行き交っていた。

 

「フランカー……」

 

 F-15S/MT-ANM、イーグルプラスはタブレットに表示された画面をノックする。

 PMC両社は書面で研究所へ通知を出したが、ソレイユ側は更に遭遇した者としてアニマ側へメッセージを残していたのだ。

 小難しい字面の否定、拒否。それらが踊ったのち、明らかにルフィナの個人的メッセージとしてイーグルプラスらへの文章が記されていた。

 

『Fuck you』

 

 画面の最後に記されていたのは、そういった口汚い言葉、文字。彼女らしいと言えば彼女らしい。イーグルプラスにも納得は出来た。納得をしたら負けだと思ったが、彼女は無理矢理飲み込んだ。

 S.I.A.S.の飛行プランを取得したのがつい先程。勿論、イーグルプラスたちポールスター隊に命ぜられたのは追跡だ。今はクルーたちがあちらこちらと走り回り、ドーターの整備完了を急いでいる。

 太陽が昇るのだ、夜である彼女たちも飛ばない理由は無い。まだPMCは気付いていない、タイフーンの危険性に。

 

 アニマ用のパイロットスーツの具合を確かめ、靴紐を結び直す。ミグ、ビスタとも準備は出来ている。あとはドーターだけ。

 そんな最中、タブレットがメッセージの受信を告げた。

 

「なんだ? リースベット……?」

 

 宛名にはただ、リースベットと記されている。内容を読むべくメニューをタップして、イーグルプラスは目を丸くした。

 

『タイフーン計画にSu-35SK-ANMを利用するのであれば、それは彼女の破滅を意味する。こちらも警戒はしておく』

 

「これは……。ビスタ!」

「ん? なになに?」

 

 メッセージの内容は不可解だ。まるでPMC内部からのメールであるかのような振る舞いが見受けられた。

 ビスタへ画面を見せると、彼女は鼻息も荒く、いそいそとUSBデバイスをタブレットへ突き入れた。

 

「どうだ?」

「今すぐはムリっぽい。めちゃくちゃ厳重な暗号化だねー。機体側のコンピューター通せば秒で解けるけど、これたぶん字面通りだよ」

 

 ハッキングも進まない画面に苛立ち半分でデバイスを引き抜き、ビスタはパイロットスーツのポケットにそれを押し込んだ。

 上手く役に立たなかったのが気に食わないのか、不機嫌そうに口をへの字に曲げている。

 

「まだ機体掛かるかな……最悪ダイレクトリンクだけでも……」

 

 前のめりになりかけたビスタを、イーグルプラスが肩を引いて止めた。

 

「いい。字面通りということは、奴等の内部に話の分かる誰かがいるってことだろう?」

「まぁ、ね。隊に付いてるのかは別にして」

 

 話が分かるだけ良いさ。イーグルプラスはタブレットの画面を消灯し、準備が出来たドーターへと歩み寄る。

 タラップを上がり、コックピットへ腰を下ろす。手持ちのタブレットをホルダーに差し込み、NFIに両手を置いた。

 

「ダイレクトリンク」

 

 イーグルプラスの落ち着いた声音と共に、ドーターは青い輝きを放つ。電源が入り、専用の計器盤に交じってタブレットも起動した。

 研究所のタブレットはメッセージをやり取りするための端末で、機体接続時は電源を利用して計器の補助機となる。

 

〈すみません。03、トラブルです〉

 

 まさにこれからタキシングというところで、カナリアイエローのドーターがその輝きを失った。

 離陸中止。ポールスター隊全員へ向け、離陸を止めるよう指示が下る。整備完了とはいえ、一機がトラブルを起こしたのだ。内部構造の丸っきり違う機体とはいえ、F-15S/MT-ANMもNF-16-ANMも何かトラブルを起こさないとも限らない。

 それに、今回は少々場所が遠い。別々に送り出せばタイムラグが大きくなるし、何より研究所も多額の金を払って飛行する。何度も飛ばすより、もう一度チェックをやり直した方がいいという判断だった。

 

「……全く。また待機かよ」

 

 クールを決め込んでいたイーグルプラスにも、少々苛立ちが見え始めている。

 機体から下りるためにタブレットを取り上げる動作も、少々乱暴だった。タラップをわざとらしく音を立てて下り、クルーに目もくれず待機室へ向かった。

 

 結局各機のチェック、特にトラブルを起こした1.44-ANMの機体検査に時間がかかり、彼女たちが空へ飛び立ったのはS.I.A.S.がフランスへ向かった約二時間後だった。




久々だとジェネレーションギャップ来ますね……。
今回は幕間の48話です。
スト魔女二次更新後、49話を書いて参りますので暫しお待ちを……。


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ALT.49『不穏なスタート』

 フランスへやってきたS.I.A.S.のアニマたち。

 旅行などする暇があるわけも無く、彼女たちが真っ先に車で連れられていかれたのは研究所だった。

 外の出で立ちは何の変哲もない、単なる研究施設だ。門があり、守衛が立っておりアポイントの確認を取る。至って()()()()()()施設、それがアニマたちの抱いた印象だった。

 

「で、タイフーンとやらはどこにいんだよ」

 

 堅苦しい契約だとかそういったものに興味の無いアニマ、Su-35SK-ANMことルフィナは退屈そうに吐き捨てた。

 アニマらしい姿は見当たらない。

 

「そう簡単に姿を現すとは思えないけどね。取り敢えず、仕事の内容を訊きましょ」

 

 ビゲンは軽く髪をかき上げると、つとめてクールに言い放った。ビジネスモードのビゲンだ、ルフィナでは彼女を言い負かせない。

 とにかく、急ぐに越したことはない。いつポールスター隊が妨害に入るかも分からない以上、今は一秒ですら惜しい。

 所員の案内で、S.I.A.S.のメンバーはそのまま会議室へと通される事となった。フランス対外治安総局の人間は、そこで待っているのだと言う。

 

「お待ちしていました、PMCの皆様」

 

 スーツ姿の女が一人、ブリーフィングルームに入室するルフィナたちへ声を掛けた。

 少々明るい黒髪――というよりは茶髪に近いセミロングの女は座席から立ち上がると、深々と一礼する。

 

「DGSEのフランシーヌです。会えて光栄です、あー……ルフィナさん」

 

 フランシーヌと名乗る人物は、何より真っ先にルフィナへ手を差し出した。

 妙な違和感を感じはしたが、ルフィナはこの部隊の代表だ。そう考えれば、彼女に真っ先に取り入ろうとするのも間違いではない。

 

「ま、よろしくな」

 

 差し出された手を取り、交わす。

 別に化物を相手にしている訳ではない。先出しの情報が物々しく、警戒はしていたが特段意味は無いようだった。

 

「皆さんも、長旅ご苦労様です。まずは当施設の居住スペースへ。ブリーフィングはその後にしましょうか」

 

 荷物を抱えたままのアニマたちへ、フランシーヌは苦笑を交えて伝えた。

 対外治安総局などと堅苦しい肩書きがあるが、彼女はどこか物腰柔らかな女性だった。ラファールとはある意味、対極と言える。

 

 それから案内を受けて居住スペースへ。物々しい研究所ではあったが、居住スペース――宿舎は比較的モダンで綺麗な造りだった。通り道さえ見なければ、ちょっとしたビジネスホテルくらいには見えたろう。

 

「さて、荷物は……」

 

 部屋は全員が別室。不自然に余裕のある作りだとは思ったが、ルフィナは孤独に荷物を部屋に置きながら鞄を確かめる。

 忘れ物は無い。着替えから何から何まで、きっちり揃っている。

 だが、妙な無機質さを感じる。とはいえ実験施設だ、相応の雰囲気はあって然るべきだろうが。

 

「なんだろうな、この感覚」

 

 ルフィナは部屋を見渡した。まるであちらこちらから自らを呼ばれているように彼女は感じていた。不気味な事この上無い。

 まさか幽霊じゃないだろうな。ルフィナはぶるりと身体を震わせる。

 

「縁起でもねー……。早く集合しちまうか」

 

 恐怖、不安は心を許した仲間や家族の元で打ち消される。ルフィナは荷物を一瞥すると、やや足早に自室を後にした。

 

 □

 

「ぶっ……! あっはっはははは! それで逃げてきたんだ。案外怖がりよね、アンタも」

 

 ブリーフィングルーム。ルフィナが話をすると、待っていたのは腹を抱えて笑うビゲンの言葉だった。

 

「うるせーなぁ。逃げてねーし、聴こえたんだっての! ホントに!」

「あははっ! いや、ムリ……! 腹筋つりそう……!」

 

 机に突っ伏して腹を抱え、ふるふると肩を震わせるビゲン。対するルフィナは怒りに拳を震わせていた。

 関わるとろくなことにならない。アメリカのソレイユ隊であるレーベンたちはそれを分かっているのか、着席姿勢のままブリーフィングの開始を待っている。

 

「失礼。お待たせ致しました」

 

 ブリーフィングルームの扉を開け、入ってきたのはフランシーヌ。颯爽と部屋の奥へ進むと、部屋の照明を落としてスクリーンを下げた。

 

「他の方々は?」

 

 研究者や関係者らしい姿はない。クフィルは不審に思い訊ねる。

 

「今回はアニマの作戦です。ここにはあなた方を道具としてしか見ていない者もいる。なので、今回の指揮は大まかに私が。細かい指示は研究員に」

 

 ブリーフィングに他の関係者が不在の理由は、フランシーヌがつらつらと述べていった。

 

「まず、事情は皆様の会社にも相談した通り。EF-2000-ANMについてです」

 

 スクリーンに映し出されたのは、通常機タイフーンのデータだ。

 

「我々には既に、ラファールANM――厳密には、艦載仕様のラファールMのアニマが存在しています。それに続くため製造していたのが、ユーロファイタータイフーン……EF-2000-ANMです」

 

 続いてフランシーヌの操作により、地図とドーターのデータがスクリーン上に現れる。

 スクリーンの斜め前方へ出ると、レーザーポインターを用いてフランシーヌはまず地図を示した。

 

「テストを行っていたのはイギリス空軍、ベンベキュラ空軍基地。ラファールに続く、ユーロファイターのドーター化を必死で研究していたようですが……」

 

 フランシーヌは一息ついて間を空けると、少々感情を抑えるように語る。

 

「ザイの空襲により、消し飛びました。基地ごと、機体のデータも何もかも」

 

 地図上に記されたベンベキュラ空軍基地のマークが黒く塗り潰される。

 そこまでフランシーヌが語り終えて、クフィルが不意に挙手をした。フランシーヌがクフィルを指し示し、言葉を待つ。

 

(クフィル)のベース、ミラージュなら大元はフランス機です。ですが、タイフーンの製造国にフランスは含まれていない筈。それが何故フランスで再現を?」

「それの説明がまだでしたね。失礼しました、少々複雑ですが、分かりやすく共有致します」

 

 フランシーヌが再びスクリーンに映す画面を切り替える。

 今度は真っ暗だ。何も表示されない。

 

「一つ、EF-2000-ANMが最後に残したメッセージがラファール――つまり、フランス宛だったこと。二つ、イギリス空軍ではもうアニマを製造する資金も機体も回せなかったこと。三つ、フランスには工場(ユジーヌ)の存在があることです」

 

 工場と聞いて、トムキャットの肩が微かに揺れた。視線は傍らに座るシュペルエタンダールへ向く。

 

「フランス国内に“特異点”、フランカーの存在があったことがなお、彼らを急かしたようです。結局、第三国にあたる我々に、イギリスはタイフーンの再現を依頼しました。そして、フランカーに協力させるようにと」

 

 淡々とした語調で語るフランシーヌ。槍玉に挙げられるフランカーこと、ルフィナは苦虫を噛み潰すように眉根を潜めた。

 

「完全再現されれば最高ですが、目的はあくまでタイフーンのデータのサルベージ程度だと考えてください。ルフィナさんにタイフーンの残されたデータを繋ぎ合わせてもらい、そして復旧する。それが今回、我々があなた方へ依頼する内容です」

 

 フランシーヌの言葉には感情が無い。ただ告げるだけの機械のように、彼女は言い終えると真っ直ぐにアニマたちを見つめた。

 ずいぶん簡単に言ってくれる。ルフィナは少々呆れ気味にかぶりを振ったが、既に契約は成立だ。断る選択肢は無く、ブリーフィングはそのまま終わりを告げた。

 

 部屋を出るアニマたち。ルフィナも少々遅れてブリーフィングルームを出ると、トムキャットとシュペルエタンダールが彼女を待ち構えていた。

 

「少し付き合ってくれ。話があるんだ」

「ライノの事ならまだ分かってないぜ?」

「それも気にはなるけど、そうじゃない。良いから付き合ってくれ」

 

 首をかしげつつ、ルフィナはトムキャットの後をついていく。人気の無い通路の隅に着くと、トムキャットは背後のルフィナへ振り返って語る。

 

「妙だとは思わないかい? 目の前にフランス機のアニマ、シュペルエタンダールが居た。なのにあのフランシーヌとかいう女、名前すら挙げなかった。機体もあるのにだ」

「知らなかっただけじゃないか? アニマなんて、その辺でベラベラと喋るモンじゃないんだろ」

 

 だといいが。トムキャットは口許に手を当て、悩むような仕草を見せた。

 

「彼女の生まれには、工場が絡んでる。フランシーヌも工場は知っていた。何か隠しているか、知らないだけか……いずれにせよシュペルエタンダールを少し気に掛けて欲しいんだ。調子も悪そうだしね」

 

 シュペルエタンダールを見遣るトムキャット。心配そうな瞳を真っ直ぐに見つめ返すが、やはりシュペルエタンダールは言葉を発することはない。

 

「……分かったよ。こっち側でも話しとく」

「すまない。怪しまれないうちに行こうか。とにかく、この仕事にはかなりの確率で何かある。気を付けていこう、ソレイユリード」

 

 トムキャットの言葉に頷くルフィナ。彼女の脳裏に、イーグルプラスの言葉がよぎった。

 

『タイフーンは起こすな――』

 

 彼女たち『ポールスター隊』がどうしてタイフーンに拘るのか。それを知るためにも、ルフィナはやはり仕事を進めるしかない。

 しかし、初日からやや不安の残るスタートとなったのは間違いない。ルフィナの左前方を歩くシュペルエタンダールが、ちらりとルフィナを振り返っていた。

 

「心配すんなよ、シュペル。アタシも見ててやる」

 

 ルフィナが言うと、シュペルエタンダールは小さくこくりと頷いてみせた。



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ALT.50『ディープダイブ』

 研究所に来てまだ数時間。しかし、アニマたちに休む時間はそれほど与えられない。

 自室に戻る暇もなく、フランシーヌと交代した研究員によって皆は現在地点からエレベーターに乗り、下へ下へと下っていく。

 

「う……。なんだ……? 随分冷え込むな」

 

 寒さに身体を震わせるルフィナ。単なる寒さだけではない、何かに呼ばれる感覚もエレベーターが下れば下るほどに強くなっていく。

 

「薄着というわけじゃないですよね?」

 

 ルフィナを見つめつつクフィル。

 勿論、環境に合わせた服装で揃えている。着飾らないルフィナの数少ない上着の一着であるソレイユ社のジャケットには、それ相応の保温性が確保されている。

 それに何より、ルフィナが見る限り寒さを訴えているのは彼女自身だけのようだった。

 

「風邪でも引いたのですか? 是正すべきですわね」

 

 ヴィゴラスは呆れたようにルフィナを見つめるが、現実問題寒気がするのだ。彼女には珍しく、噛みついてまで否定することは無かったものの、視線では訴えかける。

 

「どうぞ、こちらです」

 

 チャイムと共にエレベーターが停止、ドアが開くと研究員が手で示しながら先導する。

 ルフィナがS.I.A.S.では先頭で、アニマたちを引き連れながら後に続いた。

 物々しいセキュリティを抜けてしまえば、あとは良くある研究施設のようだ。しかし、そうではないとルフィナたちを案内する研究所は言いたげに、通路にあるドアの前に立つ。

 厳重な電子ロック端末が目についた。研究員の手にはプラスチックカード。端末にはカードスロットがあり、そこへ読み込ませるようになっているようだった。

 

「皆さん、これから目にすることは内密に。あなた方はフランス軍でもなければ、イギリス軍でもない。他国に漏らされれば大変だ」

「いいから見せろよ。これでも傭兵稼業で食ってきて長い。多少の常識は知ってるさ」

 

 少々過剰とも言える警戒をする研究員に対し、ルフィナが吐き捨てる。信用されない職に就いてはいるが、仕事に関して信用されないのは癪だった。仕事に対しての責任感くらい、渡り鳥である傭兵にだって存在する。

 

「では……こちらが、アニマ研究室――我々の仕事場です」

 

 物々しい自動ドアが開き、内部が明らかになる。

 

「これは、また……」

 

 ビゲンが真っ先に嫌悪感を露にした。

 内部は薄暗く、カプセルの中で液体に浮かぶ()()を取り囲む研究員が複数。しかも、一つではない。

 

「マジかよ……」

 

 ルフィナが一つのカプセルに視線を結び、固まった。

 中に入っているのは、間違いなく少女だ。眠っているようだが、服も着せられずにただ研究員の観察対象になっている。

 ふと、不意に彼女の上着の裾を何者かが引っ張った。思わずルフィナが飛び上がる。

 

「……! なんだよ、シュペルか。どうかしたのか?」

「……」

「どうした?」

 

 シュペルエタンダール。梅紫色の髪をした少女には声を出す手段がない。

 今まで感情さえ露にすることがほぼ無かった彼女だが、今回は様子が違っていた。

 頻りに辺りを見回して落ち着かず、ルフィナから見ても、明らかに何かを気にしていた。

 彼女はラファールのアニマ製造過程での事故により生まれたアニマだから、もしかするとこの光景にも見覚えがあるのかもしれない。

 

「気分悪いか?」

 

 ルフィナが問うと、シュペルエタンダールは首を振って否定する。否定はするが、いつもは無感情な彼女が、脂汗をかいて苦しげにしている様子は、明らかな異常と言えた。

 

「クソ……アタシは気分最悪だ。誰が叫んでやがる?」

 

 ルフィナに聴こえるのは、助けを求める声。

 助けて。気付いて。ここから出して。幾重にも、幾重にも重なってルフィナには聴こえていた。他のアニマには聴こえていないようだが、シュペルエタンダールの異常といい、明らかに気のせいではすまないものだった。

 

「まぁ、我々の研究はこういうものだと、ご理解頂ければ幸いです」

 

 案内役の研究員がアニマたちへ振り返って説明すると、これ以上この部屋は見せられないと言って今まで来た道を引き返す。

 

(フランスはアニマの製造に対して非人道的、か。間違ってねーようだな)

 

 研究室を出て、案内に従いつつルフィナは思案する。

 シュペルエタンダールも元々は廃棄される予定のアニマだった。ラファールプログラムの為に産み出されたが、肝心のラファールには適合しなかった為だ。

 結果、彼女は中途半端に姿は与えられたがそれ以外は放棄されていた。だからシュペルエタンダールは喋れず、感情さえ理解できていない。ただ自身が何かに突き動かされて行動することはあるにせよ、だ。

 もし見たものがシュペルエタンダールの異常と関係あるのなら、彼女が感じたものは恐怖だとかそう言ったものを超越している。

 ルフィナが聴いた声にも、ただならぬ恐怖が込められていた。シュペルエタンダールもまた、同じかも知れなかった。

 

「ルフィナさんにはすぐに仕事に取りかかってもらいます。それから、シュペルエタンダールにも」

 

 研究員が告げる。何にせよ彼女たちも仕事なのは間違いなく。しかし、何をするのかはハッキリとしていない。

 そうとなると、残されるのは他のアニマだ。ルフィナとシュペルエタンダールに用があるなら、そもそも二人だけでよかったのだから。

 

「他のアニマの皆様には、飛行データ収集に協力してもらいます。ああいった研究ですから、実戦に近いデータに興味がありまして」

 

 聞けば、やることは大して変わらない。シミュレーターを使い、ビゲンたちはフランス軍のアニマ研究所にデータを渡す。アニマがどういった挙動を示すのか、それが彼らにとって大事なのだろう。

 無論だが、既に契約済みである以上拒否権は無い。拒否はイコール契約破棄になる。そうなれば、S.I.A.S.加盟のソレイユとステラ各PMCの評判は地に落ちる。

 

「行ってこい。アタシらは上手くやってみるからさ。何にせよ、こりゃ仕事だからな」

 

 ルフィナはそう諭して、シュペルエタンダールと共に別な研究員の後に続いた。

 残されたクフィルたちはそのままシミュレーター室行きだ。彼女たちには少々退屈な仕事が始まる。

 

「さて、ルフィナさん方にはまずNFIを利用したダイレクトリンクをお願いしたい」

 

 クフィルたちが去り、残されたルフィナとシュペルエタンダール。研究員は二人に告げると、再び案内を開始する。

 初っぱなからダイレクトリンクの任務とは気分は良くない。航空機に繋がる機材があるとは思えず、ルフィナにはロシアで行った、アニマ同士のダイレクトリンクが思い返された。

 

「何をするんだ。アタシが必要だって話は聞いてるけどさ」

「いえ、大したことでは。ルフィナさんの特殊なダイレクトリンクにシュペルエタンダールを巻き込み、そして研究室のアニマたちに話を訊きに行って欲しいのです」

 

 単純明快、お使いですよ。研究員はルフィナへそう言った。だが、当のアニマからすれば、当然そんな単純な物ではない。言うは易しと言ったところか。

 シュペルエタンダールも怯えているのかどうか、ルフィナにピッタリとくっついたままだ。

 

「タイフーンのデータを捜すんだよな。なんでアイツらに話を?」

 

 依頼内容を確かめるルフィナ。今回の依頼は『EF-2000-ANMの残されたデータの集積、載せ換え』――つまり、アニマのデータをフランスが作ったアニマのコアに無理矢理詰め込むといったものだ。可能かどうか、それはこの際気にしない。

 どちらにせよ、その後はフランス軍からイギリス軍に売りでもするのだろう。EF-2000ことタイフーンはフランス機ではない。仕事に関しては、ラファールが根回ししたと考えるのが現状だった。しかし、そこはS.I.A.S.の任務ではない。彼女たちの知るところではない。

 

「それを知るのは仕事ではないでしょう? さぁ二人とも、こちらへ」

 

 研究員に案内されたのは、仰々しい機械が繋がれたモニタールームだった。ドーターのシートに似た椅子、配置されるNFIパネルの位置も似た雰囲気だ。安楽椅子とでも言うべきだろうが、物々しい雰囲気は、椅子をまるで処刑用の電気椅子のように見せる。

 

「椅子に座って、ダイレクトリンクを。シュペルエタンダールを受け入れたら、あとはあなた次第です」

「あいよ」

 

 ルフィナは気のない返事を一つ返し、椅子の一つに腰かける。物々しさの通り、座り心地はお世辞にも良いとは言えなかった。クッションはあるのだろうがやや硬く、身体のやり場に困る。

 幸いなのは、ルフィナの特殊ダイレクトリンク発動中は少なくとも当人の意識がなくなること。眠ってしまえば、座り心地など関係ない。

 シュペルエタンダールも椅子に座り、ルフィナと視線を結んで頷いた。

 

「ダイレクトリンク」

 

 NFIパネルを通じ、接続機器の電源が次々に入っていく。ルフィナのスカイグレイの髪は発光し、シュペルエタンダールの長い髪にも輝きが差した。

 

「接続モード」

 

 ルフィナの言葉と共に、まずシュペルエタンダールが意識を失った。まさか失敗したのか。しかし、刹那にルフィナ自身も意識を刈り取られる。

 

 □

 

「なんだコリャ」

 

 次にルフィナが見たのは、輪郭の曖昧な世界だった。

 建物の体を成していることだけは分かるが、触れようとすると、まるで避けるかのように構造体が動き回った。

 周囲は真っ黒で、構造体が作り出す道を辿る事さえ難しい。こんな世界はルフィナも見たことはなかった。ザイが作り出す世界とは違う。明確なサイバー空間と言える。

 

「シュペル? 来てないか?」

 

 もし上手く行っているなら、シュペルエタンダールの意識もある筈だ。ルフィナは声を上げるが、無常に声が反響するだけだった。

 リンクに失敗しているのかもしれない。そうであれば、この接続行為自体に意味がない。一度覚醒すべきなのだろうが、問題は覚醒の仕方が分からない事だった。

 どこに歩けばいいのか。そもそもシュペルエタンダールをどうすればいいのか。そして、他のアニマはどこなのか。ルフィナには何もかもが分からない。由々しき事態だ。思わず頭を抱える。

 

「ルフィナ」

 

 不意に、紫色の光が射した。ルフィナが顔を上げると、そこに居たのは間違いなくシュペルエタンダール。しかし、明らかに現実で出会った彼女ではない。

 明確な身体的成長が認められ、彼女は少々ミステリアスな雰囲気を持った立派な女性に姿を変えていた。

 

「お前、シュペルだよな」

「うん。ただ、私は声の出し方も知らないから……この声はきっと、貴女のイメージなのね」

 

 鈴の鳴るように静かながら、どこか凛とした声。静けさなら確かにルフィナもイメージしていたが、予想外でもあった。

 

「ていうか、お前そんなにデカかったか?」

「現実での身体的成長は無い。アニマのルール。だけど、本来の私はこっち。現実の私は、きっと不完全」

「マジかよ……。ビゲンもビックリだな」

 

 まじまじとイメージ体のシュペルエタンダールを眺めるルフィナ。ビゲンほどグラマラスな雰囲気ではないがスマートでいて、しっかりとバストもヒップも主張があった。現実の少女の身体とは全く逆だ。

 服装はハッキリとしない。恐らくはワンピースだろうが、やはり全景がぼやけて掴めない。

 

「とにかく、研究室のアニマに話を訊かないと。これはルフィナにしか出来ない」

「タイフーンのデータを集めるのに、なんでヤツラに訊く?」

「……この行動に、クライアントから交わされた依頼内容は含まれていない」

 

 ルフィナを僅かに見下ろしつつ、いつもの無表情のままシュペルエタンダールは告げた。

 

「と、いうと?」

 

 当のルフィナは彼女の伝えようとすることが理解できないらしく、首をかしげる。

 シュペルエタンダールは少々視線を真っ暗な空へ向けて泳がせると、静かに語る。

 

「利用された。フランスのアニマ製造に関するデータを取るために」

「ハァ!? 冗談じゃねーぞ! 仕事にならねーじゃねぇか!」

「そう。仕事じゃない。でも、こなさなければ覚醒も出来ない」

 

 シュペルエタンダールはそう言って、暗闇の向こうまで広がる構造体の通路を眺める。行くしかない、とでも言いたげだった。

 

「閉じ込められたってワケかよ。上等じゃねーか。だったら、フランス軍がなに考えてるか徹底的に炙り出して帰るぞ」

 

 ルフィナは自身の平手に拳を打ち付け、気を張り直す。

 何が待ち構えているか分からないが、やるしかない。シュペルエタンダールの案内と共に、ルフィナによる対話作戦が開始された。




久しぶりの更新です。
ガリエア、忘れてないよ……!

今回からまた会話のテンプレートを昔に戻し、行間を詰めました。
以前のものに関しては随時修正して参ります。


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ALT.51『ダイブアウト』

 ルフィナが歩く先は、どこまで見ても漆黒だ。建物を思わせる青白いドット状の構造体が道を作っているが、輪郭がはっきりせずに真っ直ぐ歩いているかすら分からない。

 傍らを歩くシュペルエタンダールに視線を配らせるが、彼女は意に介することなく歩みを続ける。

 

「なぁシュペル」

 

 ルフィナがシュペルエタンダールを呼ぶと、彼女は音もなくルフィナへ顔を向ける。

 

「この先に何がある?」

 

 漆黒の闇。不気味な輝きだけが見える空間に、ルフィナは少なからず不安を覚えている。

 何が待っているのか。シュペルエタンダールは知っているように振る舞っている。

 

「この先はユジーヌ。工場と呼ばれる場所、その概念のようなエリア」

「噂に聞いた、あの『工場』か」

「そう。ラファールの誕生で体制は少し変わって『研究所』と呼ばれている。皆が見たあの場所――そこが、私たちの居た場所」

 

 自身の辛い生い立ちもあるだろうが、シュペルエタンダールは気にする素振りもなく話し終えた。

 ラファールが生まれ、そしてその事故でシュペルエタンダールが生まれた場所。そう聞けば、あの研究所の怖じ気立つような雰囲気にも合点が行った。

 人の形をした何か、人の形すらしていない何かがいたあの空間がそこなのだ。

 

「つまり、あのアニマ共と話すのか」

 

 そして、これからそのアニマたちと話をしなければならない。平静を装うが、ルフィナの頬を汗が伝う。

 

「そう。それがルフィナの役目。私は案内役にされただけだから、干渉できない」

 

 でも、やるしかない。シュペルエタンダールは淡々と告げる。

 逃げ場はないのだ。ルフィナは固唾を飲み込み、果てなく広がる空間を見据えて拳を握る。それから重たく、一歩を踏み出した。

 

 □

 

 暫く歩むと、不定形の人形が視界に映った。周囲の構造物と同じく、ぼんやりと形が分かるだけだ。

 

「アンタ、アニマか?」

 

 人形に問う。脳内に肯定が返ってきた。どうやら喋ることはできない個体のようだ。

 

「色々あって、話を聞きに来た。タイフーン……EF-2000-ANMについて何か知らないか?」

 

 良く分からない。否定にも困惑にも似た返答が、ルフィナの頭を過る。

 この不定形のアニマはタイフーンを知らないようだ。先に進んでも良いだろうが、ふとアニマはルフィナを呼び止める。

 

 ――空を飛びたい。

 

 ただその願いをルフィナに託し、アニマは姿を消した。

 

「反応消失。異常に気付いた研究員が接続を切断(シャットダウン)したか、そもそもアニマ自体が消失した」

「クソッ! 空を飛びたい……か。気持ちはいてーほど良く分かるけどな」

 

 どうにもしようがない。ルフィナは姿を消したアニマの意思を背負い、更に工場の奥深くへ進む。

 また少し歩くと、アニマとおぼしき人影がさ迷っているのを見つけた。

 

「なぁ、そこのアンタ」

 

 ルフィナが声をかけると、アニマは少々驚いたように体を仰け反らせた。

 

『誰……? どうやってここに?』

 

 今度は話が通じるようだ。少々ぼんやりとした声ではあるが、言葉はわかる。

 

「それについては後だ。EF-2000-ANMについて分かることがあったら話してくれ」

 

 ルフィナの問いに、アニマは少々戸惑い気味に右往左往した。

 十秒ほど迷うような素振りを見せて、アニマは語りかける。

 

『もう、彼女は起きてる。もっと近くにいる。貴方を見て、貴方を探ろうとしてる。彼女は何も知らないから』

「なんだって? どういうこと――」

『ごめんなさい。私は消えたくないの。どんな形でも、私は空に居たい。だからこれ以上、研究員にイレギュラーを見せる訳にはいかない』

 

 頭を下げて、アニマは逃げるように走り去っていく。ルフィナが手を伸ばすが、届く事はなかった。

 

「……反応消失。恐らく、バイタルの変化によって気付かれた」

「クソが……! アニマたちを飛ばしてやれって伝えるために、どうやって帰る?」

『少し待ってください。()()()()()()

 

 帰る方法もわからずに燻るルフィナに、声が語りかけた。空間中に響き渡るような声は、優しい語調で二人を待機させる。

 すぐに、ルフィナの意識は概念の海から引き上げられた。

 

 □

 

「う……。戻ってきたか?」

 

 周囲を見渡す。椅子に座った自分自身、モニタールームの景色が広がっている。

 シュペルエタンダールが座っている機材へ目を向けるが、彼女はまだ目を覚ましていなかった。

 

「……シュペルはどうした?」

「現在反応を探っていますが、戻ってきません」

 

 傍らにいた一人の研究員にルフィナが訊ねるが、研究員自身困惑しているようだった。

 

「不正なアクセスを検知したのちに、シュペルエタンダールANMの反応をトラッキング出来なくなりました。……疑似空間からのサルベージ、不可能です」

 

 シュペルエタンダールが帰ってこられなくなった。ルフィナの身体を、冷たい何かが走り抜けた。

 

「どうにかなんねーのか?」

「ムリです。反応が……」

「反応反応うるせーんだよ! どうにかしろッ!」

「やってますよ! とにかく、貴方は一度休んでください。じきに次の仕事があります」

「クソッ! 一刻も早く助け出せ。じゃなきゃ契約は破棄だッ!」

 

 手近にあったNFIパネルを殴り付け、ルフィナは椅子から立ち上がる。

 安らかな寝顔を見せるシュペルエタンダール。死んだ訳ではない。バイタルを示す心電図などは正常を示しているようだった。

 だが、仕事が終わった訳でもない。シュペルエタンダールを置いてはいけない。ルフィナは通りすがりにあったモニター台を蹴りつけ、モニタールームを後にする。

 仲間に会わせる顔が無い。ルフィナは右手で目元を覆い、背後で閉まったドアに力無く背中を預けた。




久々に文章書きました……。
ちょっと短いですが、今回はここまで。


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