五等分の一と厭世チックな転生者 (金木桂)
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1:カテキョーだけどヒットマンじゃない。

五等分の花嫁、いいね。
衝動書き。


 突然だけど自己紹介しよう。

 俺は転生者。名前と名字は合わせて6文字。少し長いかもしれないけどまあ一般的な名前のカテゴリからは外れてない有り触れた名前だ。

 死んで気付いたら中学生になっているのには驚いたけど世の中なるようになると思って生きてきたら実際なるようになった。具体的には自分のアイデンティティだとか、勉強だとか。いやそもそも勉強に関しては前世で良い大学に行ったのもあって苦労することは無かった。

 

「明日動物園行くわよ!言っておくけど拒否権は無いから」

 

 ともかく。

 転生した俺はそりゃまあ優等生だった。中高でトップの成績を叩き出して、予備校では付与型の奨学金が幾許かもらえる程度には優等生だった。

 

「ねえ。聞いてるんでしょうね?」

 

「あーうん。聞いてる。俺はポテチはカルピー派な。そこスカート解れてるぞ」

 

「やっぱ聞いてないじゃない!しかも解れてない!」

 

 だからなのか何なのか。

 高校生ながらあまりにも学力的に余裕で、有り余る時間と過小すぎる己の財布事情を見て家庭教師なんてものをしてたりする。

 つまるところ、その仕事が5っ子女子高校生に勉強を教えるバイト。

 ───よりによって、5等分の花嫁かあ。

 

「何よその目は」

 

「この世の不条理とか神とか呪ってたんだ」

 

「意味分かんない」

 

 転生出来るならもっとこう、ファンタジーな世界で戦ったりしたかった。

 なんて思ってしまうのは男のロマンだろうか。魔法とか剣とか超憧れる。超燃える。

 

「んで、動物園?そりゃまた何の勉強に?」

 

「せ、生物よ!と言うか聞いてたなら聞いてたって言いなさい!」

 

「んで、期末試験は?流石にお前ヤバイだろ、範囲広いぞ?」

 

「グッ……!」

 

 とにかくだ。

 恋愛漫画ってのはもうヒロインに対して主人公が決まってるじゃないか。しかもレールだってその為にお誂え向きの良いものが整備されしまっている。

 つまり、俺みたいなモブには舞台装置として何の役割も与えられていない。この世界の社会と前世と同じで、つまり流れるシーンは前世と大して変わらず。

 

「バッカお前。落第したらお前んとこの父親から何か言われるの俺なんだぞ?全力で面倒見るから赤点は頼むから取るなよ」

 

「……分かったわよ。やれば良いのよねやれば」

 

「そうだその調子だ。動物園なんて上手く行ったら百回でも万回でも行ってやる」

 

「一回でいいわよ!」

 

 強いて言うなら原作主人公が家庭教師になるまでの繋ぎ。

 それが俺に与えられたこの世界での役目なのだろう。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 中野二乃とは中学からの知り合いだ。

 高校は黒薔薇女子とかいう学校に行ったから学内での関係は消えたけど中学では何だかんだと勉強を教えていた。

 キッカケは覚えてないからどうせ大したことじゃなかったんだろう、それより重要なのは二乃相手に教鞭を執っていた事実だった。

 滅茶苦茶成績優秀という点を二乃の父親に知られてしまい、中学卒業と共に直々に家庭教師にスカウトされたのだ。

 

「何でこうなったんだかな」

 

 ボヤいてみるが何も変わらない。

 2月には似合わないじんめりとした空気が煙に巻かれたみたいに肌に纏まりつくだけだった。

 ペンタゴンという五人の住む超高級マンションに着くと、少し鬱になりながらセキュリティカードを通す。何故か俺はこのマンションのカードまで貸し与えられていた。理解出来ない、鍵を渡すなんて例え心許した親友でもやっちゃ駄目だろ。ラノベじゃあるまいし。まあ受け取った俺も俺だけど。

 

 30階までエレベーターで上ると、ドアの前でインターホンを押す。

 ガチャリと元気良く開く。

 

「こんにちは虎太郎さん!ささ、どうぞ入ってください!」

 

「おう、失礼します」

 

「今日も宜しくお願いしますね!」

 

 中野四葉に率いられながらリビングに着くと、既に四人が勢揃いしていた。

 一花、ニ乃、三玖、五月。そして前を歩いていた四葉で全員だ。

 改めて見ると髪以外に違いがほとんど無い。5つ子ってのは見れば見るほど不思議だ。

 試しにニ乃の顔と他の姉妹を比べてみる。こういう風に基準点をニ乃に置いても顔とか身体の造形の差異があまり見えて来ない。自然の不思議って凄いな、創作物の世界だけど。

 

「……そんなに固まってどうしたの虎太郎」

 

「あ、スマン。ちょっと見惚れてた。じゃあ教科書広げてくれ」

 

 三玖の言葉で正気に戻った。

 家庭教師だと言うのにこの失態。何処まで行っても借り染めの立場には変わりないのだろう。

 

「はいはい!早速分からないところがあるんですが!」

 

「四葉、申し訳ないけどそれは後でな。先に全体の復習やるから」

 

「分かりました!後でお願いしますね!」

 

 四葉は学ぶ意思が非常にあるからやりやすい。いやこの場にいるってことは一応全員にその意志はあるんだけど……何でそんな信頼されてるんだろうか俺は。

 

「んじゃまあ、今日学校でどこやったのか教えてくれ」

 

 一通り5人から聞いた範囲を授業し終えると、演習問題を解く時間になる。

 

 正直言うとこの5つ子の成績はあまり芳しくない。むしろ悪い。5人の通う高校である黒薔薇女子がレベルの高い学校なのもあるけど落第寸前だ。

 俺は原作を知らないから元の5人の成績がどの程度かも分からないけど、恐らく今と大きく変わることはないだろう。

 ただその成績にはバラツキがある。

 特にニ乃は昔から教えてる関係か、この五人の中で落第とは程遠い成績を取っている。学内では平均より少し下くらいとは本人の話だが十分だろう。得意科目は70点切らないとか言ってるし。

 つまりヤバイのはニ乃以外の他4人。

 

「どうしたのー?」

 

「いや、進捗を確認したくて。っても順調そうだな」

 

「ボチボチね」

 

 まずは問題児の一人目、一花。

 モチベーションは高くなさそうだけど何だかんだで問題を解いている……ノートの上にバツの花が咲き誇ってなければ俺も肩の荷が下りただろう。

 次に三玖は真面目に問題集とにらめっこしていて全くペンが進む様子が無い。まだ質問しないという事は何とか自己解決しようと試みてるんだろうけど……まあ無理そうなら後で聞いてみるか。

 四葉は学校公認の問題集だとキツそうだったので俺が更に難易度を下げた問題で編成し直した、いわゆる基礎問題集みたいなのを解いてもらってる。これに関しては教科書と照らし合わせれば一発で分かるような問題ばかりだ。

 

「虎太郎さん!これどうやってるのか分かりません!」

 

「……まあそうなるか。見せてみ」

 

 しかしそれでも難航するのは何となく分かっていた。本当ならその問題集、一週間で終えてほしいんだけどもう二週間経ってるぞ。

 その辺は完全に俺の教師としての力量が不足してるからかもしれない。確かに教師の真似事ならともかく家庭教師なんてやるのはこれが初めてだ。それも5人同時で80%は常に成績赤点すれすれ。無理難題だろ。その癖クライアントは全員赤点を回避させろとか無茶ぶりをしてくる始末。どうやって原作主人公はこの5人を教えきったんだか。

 

「すいません、虎太郎くん。これが分かりません」

 

「あー、うん。指摘するのも憚れる事この上ないけどそれさっきやったやつだぞ」

 

「え!ウソ!」

 

「ほら、これ見てみここ」

 

 五月はこの5人の中で一番真面目だ。真剣に向き合ってると言っても良い。

 だがそれが上手いこと成績表に直結しないのが本人には言えないながら不思議な事である。努力して平均点とかならまだしも、30点とか20点は可笑しい。勉強の才能とかそれ以前に勉強のやり方が間違っているんじゃないかってくらいだ。と、それはこの4人全員に言えることだけども。

 

 期末試験というのもあってここのとこは毎日夕方〜夜までみっちり勉強を見ている。だけどただの期末試験なら五月ならともかく、この4人は自主的にこんな勉強しないだろう。

 トリガーはもし誰か一人でも追試で赤点を取ったら全員転校させるというこの5人の父親の発言にあった。現状、水底を這うどころか埋まっていくような成績だとあのお嬢様学校では落第してしまうだろう。

 落第、即ち留年。もう一回遊べるドンなんて冗談じゃないわ!とは俺の軽口に対するニ乃の弁だ、まあお前だけは落第なんて絶対しないだろうけど。てかお前も教える側回ってくれよ、何で5人の中で一番積極的に教わりに来てるんだよ。効率考えてくれマジで。

 これは5人には言っていないが落第が確定した時点で俺はお役御免らしい。そりゃそうだろ、落第って事は俺は点を上げる事に失敗したってことだしな。

 一個前の中間試験だって騙し騙しやって何とかその場しのぎで赤点回避は出来たけど、今回ばっかりは俺の手には余りそうだ。何せ試験範囲が広い、この前みたいにヤマを絞りきれそうにない。

 そうなるともう純粋な学力勝負になる。つまりとても不利だ。泣ける。

 四葉の唸る様な、或いはオーバーワークしてショートしたコンピューターみたいな声を聞きながら、俺は自分の勉強を始めた。

 

 

 

 

 




タグに5つ子の全部の名前を5つ子の家庭教師になりたい人間には見えない文字で書いておきました。
因みに僕にも見えません。


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2:バカとテストはあるけど召喚獣はいない。

1話、たった3000字の短編だったのにここまで読んでいただけるとは思いませんでした。感謝です。
と言う訳で今回は分量2倍です。
ついでにバカテス風味です。
どうぞ。


 案の定と言うべきか。

 ニ乃以外の全員がやった。やりやがった。

 

「行けると思ったのに……」

 

「はい……手応えはあったのですが……」

 

「思ったより出来てませんでした!でも見てください虎太郎さん!何時もの小テストみたいに10点代じゃないですよ!」

 

「まあ追試頑張るしかないね」

 

 落ち込んでるのが二名。ポジティブなのが二名。丁度1:1でスマブラが出来るな。いや遊んでどうする。

 イカンイカン。俺まで現実逃避したらもう終わりだぞ。

 妙に暗い雰囲気を醸し出す自分の家族が見てられないのかニ乃は立ち上がった。

 

「三玖。五月。落ち込んでてもしょうがないでしょ、追試までもう2日しかないんだから詰め込むだけ詰め込むわよ。私も手伝うから」

 

「……え?ニ乃も教えるの……?」

 

「何その意外そうな表情。今回は私良かったのよ?」

 

「じゃあニ乃テスト見せてくださいよ!」

 

「そうだそうだー。私も勉強教える側に回りたい」

 

「一花は赤点でしょ!まあ良いわ、私の権威を見せてあげる」

 

 そう言うとニ乃は懐から解答用紙を取り出した。

 何でそこに仕舞ってたんだよ。

 

「……ん?英国数で62点、88点、71点ってお前凄いな!」

 

 やけに自慢そうにすると思ったら予想外に良い成績だった。

 全部平均より上で80点後半が一科目。中学時代のニ乃じゃ考えられない点数だ……そう考えるとかなり泣きそうになる。

 

「こんなの当然よ!……って何で瞼抑えてるのよ……」

 

「昔は堂々と答案白紙提出してたお前がなぁ……立派になったなぁ……」

 

「うわ気持ち悪っ」

 

 俺でも傷つく時は傷つくからな?

 なんて思っていれば四葉は何か聖なる光でも見るかの如く目を細めると蹌踉めきながら1歩、2歩と後退る。

 

「は、は、88点ですか!?88ってことはつまり8と8が合わさってゾロ目だから……」

 

「落ち着いて四葉、ただの数字の羅列だよ」

 

 確かにこの4人からすれば埒外の点数かもしれない。30点を下るような点ばっか取ってるから仕方がないか。

 4人もニ乃の点数が高校の時から5つ子の中では頭1つも2つも抜けているのは承知している。だから教師側に回ることにはすぐに同意した。

 これで遂に教師と生徒の比率が2:4。俺の負担が格段に減った、万々歳!

 しかし手放しで喜んではいられない。

 何せ生徒側4人は今回の定期試験で全員漏れなく赤点なのだ。油断とか出来るはずない。

 でも何でだろうか。もしかして原作がそういう流れなのを俺が直感的に理解しているからだろうか。

 

「ともかく勉強しましょう。ここままだと私たち全員転校です……!」

 

「頑張りましょうー!おー!」

 

 ───どうにも、俺にはこの四人が同時に赤点を回避するビジョンが見えなかった。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 懸念していた事が予想通り起きてしまった。

 満を期して行われた追試、そこで四葉が赤点を取ったのだ。

 妙な空気の流れる何時もの高級マンションの一室。

 5つ子+俺で緊急集会が始まっていた。

 

「……私のせいでごめんなさい!」

 

 ダムが決壊したみたいにボロボロと涙を流しながら、四葉は頭を下げた。

 俺は四葉の努力を知っている。

 期末試験までの2週間、追試までの2日間。生涯で一番勉強した期間だっただろう。ペンに力が入らなくなるまで書いて、握れなくなったら教科書を読んでいたのをここにいる全員は皆知っている。

 

 ───だからこそ俺は声を掛けられない。

 何と言えばいいのだろうか。残念だったね、なんて言葉は歯に浮いてしまうだけだ。

 真剣に本気で努力していたのを間近で見ていたからこそ、俺は喉まで出かかった何かを言語にすることが出来なかった。

 

 所詮俺は主人公ではない。何者でもない。

 そんな事は中学生の時から知っていた。

 きっと俺はここが創作物の世界で、その登場キャラと関わり合いのある立場になって勘違いしていたのだ。

 俺なら出来ると。何かを変えられると。

 原作の中身すらロクに知らない癖にだ、馬鹿野郎が。

 

 無言の空間を打ち破ったのはニ乃だった。

 

「大丈夫よ。別に転校するだけじゃない」

 

「そうですよ。転校するのは残念ですけど……でも私は新しい学校楽しみですよ」

 

 そう言って微笑む五月が空元気なのは誰が見ても明らかだった。ニ乃もそうだ。視線は下に下に、俯いてしまった。

 

「友達とは携帯で連絡取れるから大丈夫……私も問題無いよ」

 

「私もあの追試をもう一回やったら赤点取るだろうしー、それにお互い様でしょ?私たち5つ子だもん」

 

「でも……!でも……!」

 

 四葉に対して掛けられる慰めの言葉。

 しかしどれも四葉の感じている責任を考慮したら的外れだ。

 だから、ここは俺が言おう。

 

「いいや違う。大ハズレだなお前ら、だから赤点なんて取るんだよ。正解は"全ての責は虎太郎にある"だ」

 

「虎太郎さん……!?」

 

 俺はこのマンションのセキュリティーカードをテーブルに置きながら思い出す。

 この5人の成績を何とかしようとしたのは俺だ。更に期待させて努力させたのも俺だ。最大限けしかけて、その上で失敗だった。

 なら全責任が俺に集約するのは自然の帰結だ。

 

「四葉にはなんの責も無い。何故なら俺が提示した学習方法で精一杯やってもらったからな。つまり努力足らずなのは俺。んで家庭教師も辞める」

 

「虎太郎くん!?」

 

「突然なんかじゃないさ。そろそろ始まるだろうしな」

 

 確か物語の最初は原作主人公がこの5人の家庭教師になることから始まる。

 ここらが引き際だろう。

 それに、一人でも落第したら家庭教師を辞めさせられるという彼女達の父親との契約もある。

 

「点数良く出来なくてごめんな。次こそは俺なんか足元に及ばないほど凄腕の天才家庭教師が来ると思うから邪険にしないでくれよ」

 

 俺は背後から響く声を無視して、その一年間通ったマンションの一室を後にした。

 原作主人公が誰なのかは知らないけど、彼女達をマトモな成績にするなんて所業が出来る以上相当優秀な男なのだろう。

 俺はその面白そうな光景を遠くから見ることにしようと思う。頑張ったんだ、そのくらいの権利はあると思いたい。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 ───とか、最初で最後の見せ場と思ってカッコつけて言ってから時間も流れて季節は春になった。

 今春も桜が見事に咲き誇り、それを眺めつつ道すがら信号に一回も引っ掛からなかった事に小さな幸せを感じながら学校まで来たのだ。今年度は運が向いてると思いながらルンルン気分で登校したのである。

 

 いや、登校したまでは良かった。

 けど今はみっともなく冷や汗を額に浮かべながら、俺は頭を抱えてる。

 嘘だとしか思えない光景がまさに今、眼の前で繰り広げられちゃっている。

 長い赤髪を靡かせ、まるで他にも後五人は居そうなほど印象的な顔立ちには見覚えしかなくて。

 

「じゃあ転校生、自己紹介しろ」

 

「始めまして、中野ニ乃です。宜しく」

 

 コ・タ・ロ・ウ?

 

 声には出さず、しかし唇は確かにそう言っていた。

 俺の名前を。

 

 

 

 

 

 ホームルームが終わると、転校生に興味津々なクラスメイトを掻き分けてニ乃は俺の席へと来た。

 自然とこちらに注目が集まる。

 

「おはよう"元"家庭教師くん?」

 

「……お前さっき俺の名前言ってたろ」

 

「さあ?なんの事かしら?」

 

 ニ乃と直接会うのは最後に家に行った時っきりだ。

 様子を見る限りはそれから変わりはないみたいだ。

 いや、変わりがあるとすればそれはニ乃ではなく───────。

 

「……それでどうしてここに?」

 

「はぁ?決まってるじゃない、ここが転校先よ」

 

「いやそうじゃなくてだな」

 

「知らないわよ。偶然だわ。私達が転校する高校を決めた訳じゃないし、クラスだって同じ。偶然よ偶然」

 

「三回も言われると心の中のシャーロック・ホームズがお前を疑えと囁いてくるんだけど」

 

「……じゃあ疑ってみる?」

 

 ニ乃は意味深に言うけど、そういう仕草をするときは大抵ブラフだ。

 

「はっ、バカ。俺がお前の事を疑う訳ないだろ?信じてるよ」

 

 違うか?というニュアンスを込めて言う。

 本当に偶然で転校してきたと言う事を知ってる以上疑うだけ時間の無駄だ。

 しかしニ乃は何故か積もった新雪みたいに白い肌を赤く染めた。

 

「……ば、バカ!虎太郎の方が馬鹿よ!」

 

「お、おい?ニ乃?」

 

 声を掛けてみるけど言うだけ言ってニ乃は教室を出てどっか言ってしまった。

 何だったんだ今の。

 タダでさえ今の中野家5つ子は少し不安定だ。この事でニ乃を刺激してなければいいんだけど。

 とか思っていたら後ろから肩を叩かれる。

 

「えっと、秦野だっけ?なんか用か?」

 

「いいか?この質問次第でお前を殺すから心して聞くように」

 

「はぁ?」

 

「何時からだ?何時から中野さんと知り合いなんだ」

 

 ギラギラと、まるで怨敵を目にした復讐者みたいに鋭い相貌でこちらを睨む秦野。気付けばクラスメイトの男共が囲むようにコチラを観察している。何なんだ一体。

 んで、中野さん?

 中野さんって……ああ、ニ乃のことか。このクラスだと中野はニ乃しかいないんだっけか。

 5つ子相手に家庭教師やってると名字なんて使ってられないし毎回名前で呼び分けてたから一瞬気付かなかった。

 

「中学の頃だな。よく勉強を教えてた」

 

「良く言った五竜寺」

 

 ガシャリと、囲んでた男共の手にはいつの間にか各々に武器が握られていた。

 

「え?」

 

 

「有罪だ!コイツを囲め!」

 

「……はあっ!?」

 

 

『コロセ!コロセ!』

 

「裏切り者には死を!」

 

『ゴミクズモテ野郎にも死を!』

 

 何故か背後に黒く燃えるようなオーラが見える。

 待て待て!何で鋭利なペンとかコンパスとか箒とか携えてんだこいつら!何だこの状況は!三叉なんてどっか持ってきたお前!

 とにかく捕まったらマズそうだ。何をされるか分かったもんじゃない。毎日同じ教室で授業受けてたけどコイツらこんなヤバい奴等だったのか……!

 必要なのは逃げ道だ。既に教室の出入り口は囲まれていて逃げることは不可能……ならば!

 

「おい!ここ二階だぞ!」

 

 窓を開けて何も考えず飛び降りる。

 大丈夫だ、よく人の身体は脆いとか言ってるモンスターがファンタジー小説にいるけど人間そう簡単には死なない。実際一度死んだ俺が言うのは間違ってるけど今なら言える。ましてやスピード違反&信号無視しながら突っ込んできた20tトラックに跳ねられるよりは遥かに安全だ……!

 

 浮遊感を味わながら何とか空中で体勢を整えると、着地した瞬間ゴロンと前周り受け身を一回。

 痛いは痛いが何とかなったみたいだ。傷も足や手の擦り傷のみ。ただ二度としたくない。

 

「おい生きてるぞ!迂回して追え!着実に確実に死にたいと思っても死ねないくらい痛ぶって苦痛を与えてから殺すぞ!」

 

『コロス!コロス!』

 

 だから何なんだこの明確な殺意は!?俺何もしてないだろ!?

 このままじゃ危険だ。とにかく安全な場所に移ろう。

 もう後五分で一時間目が始まるのを考えると近場で身を潜められるところが良いだろう。なら……校舎裏だな。

 

 走って校舎裏まで来るのは容易だった。

 

「どこにも居ないぞ!」

「奴は何処かにいるはずだ、炙り出せ!」

「羨ましいんだよ俺の手に掛かって死ね!」

「やっと合法的に新品カッターの切れ味を試せるよ……待ってろよ五龍寺?(カチカチ」

 

 ───背後から聞こえる物騒な会話に肝を冷やしながら、というのを除けばだけど。つか最後のサイコパス誰だよ、カッターは駄目だろカッターは。

 

「……虎太郎!?」

 

 校舎裏にある3つの逃げ道を真剣に確認していると、そう声を掛けられた。知ってる声だ、てかさっき聞いばっかの声だ。

 

「ん……ニ乃?」

 

「何でここにいるのよ!」

 

「おう、何だかさっきとは逆の状況だな」

 

「はぁ……まあいいわ」

 

 凶器と狂気を手にしたヤバい奴らに追われてきた、なんて言えないから正直助かった。つかあんな奴らが徒党を組んで構内を闊歩しても教師は注意しないし改めてどうなってんだこの学校は……!

 それより、これはいい機会なんじゃないだろうか。

 教室じゃ人目もあるから言えなかったけどここなら多少立ち入った話をしても聞かれない。

 ニ乃に話す良い機会だ。

 

「……正直、すまなかった」

 

「……何がよ」

 

「匙を投げるみたいに家庭教師辞めたのを少し、後悔してるんだ。もうちょい方法はあったはずだって」

 

 本心だった。

 辞めたことは後悔していない。それがきっと物語の筋だからだ。あのままやっていても、それは多分良くないことである。

 だからと感情的に、辞表を投げつけるみたいに責任を放棄するのは間違っていたと思う。

 

「今更なにを……」

 

「四葉。どうしてるんだ?」

 

「……アンタがそれを知る権利、あると思う?」

 

 分かりやすいな、ニ乃は。いや5つ子全員に言えるかもしれないけど。

 その返答をしてる時点であまり良くない状況なのは分かる。

 でも俺は、ニ乃の口からそれを聞きたい。

 

「……無いな。家庭教師としての俺には無い。だから俺個人として、中野四葉の友達として知りたい。……駄目か?」

 

「……3人には黙ってなさいよ」

 

「ありがとう」

 

 何だかんだニ乃は甘い。いや、優しい。

 この場では唯一の親友と言っても過言じゃないだろう。感謝の気持ちしかない。

 少し周りを見渡して、誰もいない事を確認するとニ乃は口を開いた。

 

「……今は家に引きこもってるわ。部屋からも出ないから毎日ドアの前にご飯を置くんだけど食欲が無いとか言って少ししか手を付けないの。転校したのも虎太郎が家庭教師を辞めたのも四葉のせいじゃないと幾ら説得しても自分を責めてる」

 

「……そうか」

 

「勘違いしたら困るから釘をさすけど、アンタは口を出さないでよね。アンタは逃げたの。私たちの家庭教師という立場から」

 

 だよな……

 俺には何も出来ない……。出来なかった……。

 逃げたのもそうだ。俺ではきっと成し遂げることが出来ないと思ったから辞めた。それは根気や精神の問題じゃなく、この世界の運命が台本という鎖に束縛されているから本質的に不可能なのだ。

 それに落第を防げなかったら家庭教師をクビにするというオーナーの意向もあった。

 ハッ。

 どっちにしろ、無理だったわけだ。情けない。

 

「……あとこれも勘違いして欲しくないんだけど、だからって私とか他の姉妹たちと距離を取るのは違うから!」

 

「分かってる、本当にありがとうなニ乃」

 

「と、当然だから!だから今後も個人的に教えなさい!」

 

「はいはい、オッケーだニ乃」

 

 ……そう言えば、俺って依願退職じゃなくてクビになったって話はしてなかったよな?破格の雇用条件の代わりに赤点を取らせて落第したらクビって事もしてなかった気がする。

 もう辞めてるんだし話すか。

 

「そう言えばなニ乃、実は───」

 

「見つけたぞ五竜寺ッッ!!」

 

 …………………あ、やっべ。

 

「ヒュー……殺す……ヒュー……殺す」

「ウヘ!カッターの試し切り!ウヘウヘ!カッターの試し切りィ!」

 

 こうしちゃいられない。

 俺は人生最高の反射能力で動いた。

 

「ニ乃スマン!後で何か奢る!」

 

「えっなに───キャアッ!」

 

 ニ乃にもしもがあったら大変だ。こんな危険人物たちの前じゃどうなるか分からない。

 若干の申し訳なさと後でニ乃からどんな仕返しをされるか分からない恐怖感を心に抱えつつ、俺は彼女をヤブの中に押し倒した。

 

「少しで良い、動かないで」

 

「それってどういう」

 

 俺自身はすぐ立ち上がり、スーッと深く酸素を吸い込んで。

 

「五竜寺虎太郎はコッチだ!!ま、誰も捕まえられないだろうけどな!!」

 

 これで連中の注意はこっちに向くだろう。ニ乃は心配要らない。

 こっからは逃げるだけだ……!

 

 俺は校舎裏の開いていた窓に飛び込んで、校内を走り始めた。

 

 




多分、読者の皆さんが思ってた方向とは斜め後ろに爆走してると思いますこの小説。ごめんなさい。


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3:僕は勉強が出来ない訳じゃないけど彼女たちは出来ない。

目指すルート分からないけどニ乃がヒロインなのは確定してます。
ゴールポストは決まってるのに何でこんな蛇行してるのか。


走りまくり、汗と疲労に包まれた放課後。

 また襲われたら堪らないと思って一目散に教室を出ようとしたら手を掴まれた。

 柔らかい、ニ乃の手だ。

 

「何処に行くのよ」

 

「……いや帰るんだけど」

 

「勉強、教えてくれるんでしょ?図書室に案内してよ」

 

「はぁ?これから?」

 

「そりゃそうでしょ。それともアンタ、さっきの事を言い触らされる方が好みなの?」

 

 さっきの事……茂みに押し倒したことだろうか。

 もし他の人間、主に姉妹、がこれを聞いたら誤解は免れない気がする。ここは大人しくニ乃に従っておこう。

 

「……分かった、オーケー。行こう」

 

「最初からそう言えばいいのよ」

 

 横暴だ、とか思っていると握られていた右手が、互いの指が絡むように優しく繋がれた。

 ……恋人繋ぎ?

 でもなんでニ乃が……しかもニ乃の顔をチラリと見たら上気するみたいに頬が赤くなっている。視線も虚空に逸れて何とか誤魔化そうとしているのがバレバレだ、気恥ずかしいなら止めればいいのに。

 

「アイツまた中野さんと……!」

「何であんな成績しか取り柄のないゴミと中野さんが……」

「夜道は背後に気を付けろよ?心臓にカッターが刺さるかもしれないからな」

 

 でも効果は抜群のようだ。

 おかげで奴らの殺意がグンと上がって犯罪秒読み集団と化している。

 ともかく、また二階から飛び降りるなんてしたくない。

 早々にこの場を離れよう。

 ニ乃の手を軽く引っ張りつつ、急ぎ足で人疎らな廊下を歩く。

 

「そう言えばさっきのは何だったのよ」

 

「さっきの?」

 

「まるで捕まったら殺される、みたいな勢いでクラスメイトから逃げてたじゃない」

 

 ふと思い出したかのようにニ乃は小首を傾げた。

 殺される、というよりきっとその先に待っているのは拷問だと思う。追われた時は分からなかったけど冷静になった今なら分かる、美少女と会話してる俺に嫉妬したんだアイツら。

 その癖自発的に話しかけることはせず常に受け身……そりゃそんな機会中々恵まれないだろうよ。

 ともかく、ニ乃をこんな男同士の下らない事に巻き込むわけにはいかない。

 

「ああ。アレはそういう鬼ごっこだ」

 

「お、鬼ごっこ?高校二年にもなって?」

 

「童心忘れるべからずって言うだろ?そのフィールドワークとして知的に実践してたんだ」

 

 自分で言って思うけど理由がキツ過ぎる。

 何だ鬼ごっこのフィールドワークって。もっと上手く誤魔化せよ俺。

 ニ乃だって馬鹿じゃない、こんな稚拙な嘘じゃすぐ見抜かれて───

 

「そうなのね。まあ、虎太郎らしいわ」

 

 馬鹿だった。成績上がっても馬鹿だったこの5つ子。

 俺らしいという発言にはにわかに引っ掛かりを覚えるけど、態々話を蒸し返す必要もないだろう。

 俺は素直に頷いておく。

 

「そうだ。勉強教えるってお前だけでいいのか?」

 

「いいわ。でも呼んでもどうせ私以外来ないわよ」

 

「………………………………マジ?」

 

「大マジ」

 

 あの4人に何とか勉強習慣を付けさせた俺の苦労は何処へ…………。

 

「いや待て、五月はどうなんだ。勉強に対してはニ乃以外で唯一根が真面目だろ?独学で四苦八苦してるんじゃないか?」

 

 すると、ニ乃は苦虫を潰したような表情で一瞬動きが辿々しくなった。

 

「……………………チッ」

 

「えっ?今舌打ち」

 

「分かったわよ!誘えばいいんでしょ!呼ぶわよこのアホ太郎!」

 

 言いながらニ乃はスマホのチャットアプリを開く。

 ……なんで不機嫌になったんだ。

 ヒステリックになられても困るんだけど……うん。

 よく分からないけど一応謝っておくか。

 

「なんかゴメンな」

 

「うるさいアホ!多浪!アボカド!」

 

「アホでも多浪でも無いけどな」

 

 てかアボカドってなんだ。俺の知らないところでJK用語でそんな罵倒があるのか。

 連絡を取ったのか、スマホを仕舞うとか〜なり不満そうな相貌でポツリと呟く。

 

「2人きりだと思ったのに……」

 

「マンツーマンが良かったのか?なら言ってくれればそうしたけど」

 

 だから不満そうだったんだな。またニ乃検定の段位が上がってしまった……。 

 

「うわっ!?聴いてたの!?」

 

「バッチシな」

 

「信じらんない!キモッ!」

 

「酷ない?」

 

「冗談は成績だけにしなさいよ!」

 

「はっはっはー。全試験全科目満点で悪いなニ乃」

 

「それはそれで超キショいんだけど!?」

 

 余談だけどこの成績なのにほぼ何時も試験結果は1位タイである。2回くらい純粋に1位だった時もあるけどそれでも転生もしてないのに世の中にはヤバイ奴が居るものだ。

 ……もしかしてそいつが主人公だったり、何ていうのかは流石にナンセンスか〜。

 

「え、じゃあなにアンタ。この学校でずっと主席だって言うの?」

 

「どうも、オールウェイズトップです」

 

「キモ」

 

「酷ない?」

 

 しかも無感情で罵倒してくるのは本当に止めてほしい。俺の性根が腐ったらどう責任付けるんだ。

 とか言ってると先程の返信が来たようでニ乃はスマホを見る。

 

「……五月も来るって」

 

「そうか、了解」

 

「了解すんな」

 

「理不尽か」

 

 軽口を叩きながら図書室に入る。

 図書室特有の微かな本の香りにほんわりと暖かい室内、一回寝たら暫くは起きれなそうだ。

 

 自習席は大量に空いているのでその一つに徐に腰を掛けた。

 これが定期試験前になると普段来ない人間まで押しかけて激込みな超大人気スポットになるわけだけど、4月の上旬なんかに来るのは本好きかガリ勉の二択なのだ。悲しきかな、俺とニ乃は後者に当たってしまうだろう。少なくとも俺に関しては間違ってないし。

 さて教材でも広げるか、とバッグを弄ってると肩をトントンと叩かれた。

 

「お久しぶりです虎太郎くん」

 

「お、五月。壮健そうで何よりだ」

 

「虎太郎くんもいつも通りですね」

 

 そう言って五月は微笑む。

 呼ばれて来たというのには少し早すぎる、多分最初から図書室で勉強してたんだろう。流石五月、尊敬するくらい勤勉だ。

 ……なのに何で成績だけは上がらないんだ。

 もしかして呪われてたりするんだろうか。だったら許せ神。拝んでやるから、ホラ。

 

「……?何で手を合わせて頭を下げるんです?」

 

「どうせ馬鹿やってるだけよ、無視無視」

 

「バカ言え。今この瞬間キリスタンになってるんだよ俺は。エクソシストでゴーストバスターズなんだよ」

 

「……何もわからないです」

 

「五月、勉強しましょう」

 

「そうですね。やりましょう」

 

 そんなさも「あ、いつもの発作ですね」みたいな無味乾燥なスルーをされると泣きそうになる。

 俺が悪いのか?

 あ、俺が悪いのか。

 

「んで、何やるんだ?」

 

「どうも来週数学のミニテストをやるみたいだから教えてくれないかしら」

 

「あ、私は英語をお願いします。分からないところがあって」

 

「りょーかい」

 

 英語も数学も教えられる。

 てか一般教科なら大体教えられるしな。選択してない科目はともかく。

 久々に勉強を見るけど、ニ乃は俺が辞めた後もそこそこ続けていたみたいで学力について懸念点は無い。寧ろ次は全教科八割取るんじゃないかと思うほど出来が良い。俺要らないだろこれ。ニ乃に関してはもうお役御免だろ。

 

 まあいいか。

 予想通りというか、問題は五月だった。

 

「すいません虎太郎くん……。もう家庭教師でも無いのに手間取らせてしまって」

 

「いや良いんだ。ニ乃より教え甲斐があるしな」

 

「もしも〜し。私目の前にいるんですけど」

 

「すまん五月、幻聴が聞こえてきた。少し休ませてくれ」

 

「ふ〜ん?あんたがそういう気ならこっちだって幾らでも対処のしようは」

 

「ごめん許してニ乃様」

 

「………………プライド、無いの?」

 

 長い付き合いだ。ニ乃に握られている弱みなんてぶっちゃけ何個もある。

 

 ここは秒で頭を垂れる。一択だった。

 

 いつぶっ放されるか分からない俺の弱みにヒヤヒヤとしていると、五月は楽しそうにふふっと笑った。

 

「虎太郎くん、本当にニ乃と仲良いですよね」

 

「ちょ!?突然何言ってるの五月!?」

 

「ああ。掛け値無しに良い関係だ」

 

「アンタも何言ってるのよ!?」

 

 本当のことだしなぁ。

 事実、親友としてはこの上無いだろう。

 

「だって羨ましくなるほど仲良いじゃないですか。私は応援してますよニ乃。虎太郎くん、ニ乃を末永くお願いしますね」

 

「ああ、任された」

 

「何なのもう…………!」

 

 頬を真っ赤にしながらニ乃は俯いてしまう。そんな恥ずかしがることでもないだろうに。

 何だかんだ初心だから仕方ないか。

 

「お。ここの文、過去形にし忘れてるぞ」

 

「ホントですね。ありがとうございます虎太郎くん」

 

「細かいミスは勿体無いからな、気を付けろよな」

 

 基本的な理解は出来ている箇所すらポロポロと落としてしまうのは五月の勿体無いところだ。

 根本から勉強が苦手なのだ。これに関しては俺としてもどうしようもなかった。対策だってとにかく勉強するしかない。

 

 ふぅ、と気を取りなすと俺はペンを握った。

 

 




風太郎目線もその内上げると思います。
原作と大きく乖離しちゃったんで。


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4:裏切り者は僕の名前を知らないけど5つ子は何故か知っている。

感想と評価ほしいです。あとお金と時間と安定した人生。


 結局図書館でニ乃と五月の勉強を見て終わった翌日。

 今日は新しい家庭教師が来るから、と少し顔を顰めながらもニ乃は他の姉妹と直帰してしまったので特に予定は無い。

 つまり普段の放課後だった。

 

「普段の放課後、なぁ……」

 

 思わず溜息が出る。

 普段なんて勉強しかしてない。

 思い返せば俺の転生してからの余暇の過ごし方なんて語れば三行で済む。

 まず授業後の復習。

 気晴らしの散歩。

 それに趣味ついでの料理。

 

 …………まるで定年後のサラリーマンみたいだ、なんて思ってしまった脳内回路を殴り捨てるついでに路傍の石を蹴り飛ばす。

 折角の二周目の人生。二度目の高校生活。

 だと言うのに主だってやったことと言えば勉強を教えることだけ。スポーツに青春を費やすことも、恋愛に一喜一憂することも、友人と青春らしい事をした覚えも無い。前世と同じく、言葉だけつらつら並べると無味乾燥とした印象しか受けない虚しいライフサイクルに思える。

 

 ……何か、初めてみるのも悪くないのかもしれない。

 スポーツとか、あるいは新しい趣味とか。

 

 ───駄目だな、全くそれに興じる自分の姿が想像出来ない。

 

「こりゃ筋金入りだな……」

 

 なんて、誰に言うわけでもなく浮き出たボヤキは4月の暖かな空気に溶けて消える。

 勉強をしているからとは言っても別に将来の夢は無い。強いて言うならば昔は法曹で弁護士を目指していた。今じゃそんな気も無いけどな。

 なら勉強を続けた先に何があるのかと聞かれると何も答えられない。結局は惰性で勉強しているだけで何も実は伴っていない。大学に行くかも決めてない。無い無い尽くしの二周目だ、我ながら呆れるくらい何も無い。

 結局は人生なんて、それでもどうにかなってしまうのだけど。

 

 ……憂鬱だ。

 こういう時は甘い物を食べに行くに限る。

 俺は方向を変えて駅前へと歩き始めた。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 上杉風太郎は現在、真っ昼間の商店街の人並みに紛れるように尾行をしていた。

 別に恋慕している相手が居てその動向を知りたいから、とかでは別にない。

 ただ中野五月の家庭教師にならなくてはならない事情があるのだ。

 

 風太郎の家には高校生の身からすればかなり大きな借金がある。それを返済しないことには晴れやかに日々を暮らすことは不可能なのだ。妹のらいはの将来のためにも早々に返済はしたいところ。

 そんな状況下で舞い込んできた1日25000円の破格過ぎる報酬のバイトは風太郎としても受けざるを得なかった。一般的なバイトの5倍、断る理由も無ければ断れる理由もない。

 風太郎自身のコミュ力的な不安さえ無視すれば特に懸念点は無い───

 

「───無ければ、良かったんだが」

 

 溜息交じりに呟いた。

 これから家庭教師をする予定になってる中野五月とは彼女の転校初日(きのう)から因縁がある。

 風太郎の成績を知った五月が勉強を教えてほしいと言ったところを年甲斐もなくバカにしながらにべもなく却下したのだ。正直こうして会うのも気不味いがそれはそれと風太郎は割り切っていた。

 

 とにかく、謝るのだ。

 完璧に昨日の非が風太郎にある。断るにしても馬鹿にする必要は無かった。無駄な言葉がこうして後に厄災として降り掛かるとは、と考えつつ電柱の後ろに全身をスッポリ隠しながら様子を窺う。

 実際には隠れるのは成功していても、傍から見れば360度不審者だった。

 

「ちょっと、そこのアンタ」

 

 ビクッと静電気が起きてしまったみたいに風太郎の肩が揺れる。

 後ろから声を掛けられた。しかも尾行してる最中に。

 内心とんでもなく冷や汗をかきながらも、そんな素振りは見せないように振り返る。

 

「……この電柱は素晴らしい年季の入り方をしてるな、このコンクリートの痛み具合なんて最高だ」

 

「アンタ、五月のこと見てたでしょ」

 

 …………バレてるー。

 電柱に手を付きながら風太郎は肩を落とした。

 この風太郎と同程度の年齢の女の子は既に確信を持ってるようで、何故か溜息をついた。

 

「……そんなんでどうすんのよ。あの子たちの家庭教師よね?」

 

「ああ、って待て。何でその事を知ってる?」

 

「そりゃ私、五月の姉だし」

 

 あ、姉?

 思わず風太郎はその自称姉の顔を見る。

 ……確かに似ている。先程怒らせてしまった五月の顔と良く似ている。姉と言われれば……。

 ……いや、違う。

 これは最早似過ぎている。髪や服装はてんで違うがそれ以外の要素は五月との相違点を見つける方が難しい。

 顔も、体型も、身長も、その姿は視線の先で歩く五月と変わらないように見える。

 

「……もしかして双子か?」

 

 少し悩むと風太郎はそんな予想を口にした。

 一卵性双生児、珍しくはあるがいない訳じゃない。

 だがその言葉に惜しいわね、と首を横に振る。

 

「まだ名乗ってなかったわね。私は中野ニ乃、5人姉妹の二番目よ。教える相手の情報すら把握してないなんてガッカリね……まあいいわ。役に立たなかったら容赦無くお父様に言うつもりだからそのつもりでいなさい」

 

「5人姉妹……5つ子!?」

 

 ありえねえよと風太郎は思う。どんな冗談だ、と。

 しかし自信満々に言うニ乃にふと思い出すのは家庭教師の報酬。

 25000円。一人頭だと確かに超高額だが五等分にすれば5000円、高いとは言え理解の出来る金額になる。

 5つ子というのはともかく、教える相手が何も一人とは言われていなかった。つまり5人いるということじゃないだろうか。

 

「……つまりなんだ、俺は中野にも勉強を教えるのか」

 

「ちょっと癪だけどニ乃って呼んで。名字じゃ私たちの判別付かないでしょ?」

 

「なるほど……分かったニ乃」

 

 確かに5人姉妹に教えるのに名字じゃ個人が分からないか、と風太郎は見失ってしまった五月に内心落ち込んだ。

 

「それでいいわ。あと私には勉強教えてくれなくて結構だから」

 

「そうは行かない。俺の仕事は5人に教えることなんだろ?ニ乃だけ除け者にするわけに行かない」

 

「そういう理由じゃないのよ……まあ、追々分かるわ」

 

 意味深なことを呟くとニ乃は歩き始めた。

 どこへ行くのだろうかとぼーっとしていると、ニ乃は突然立ち止まって。

 

「何やってんのよ。ウチ来るんでしょ?」

 

「あ、ああ。案内してくれるのか。ありがとうニ乃」

 

「べ、別に本当は入れたくないけどお父様の付けてくれた家庭教師だし……彼も邪険にするなって言うから仕方なくよ!」

 

 彼?一体誰のことだろうか?

 風太郎はそんな疑問を抱えつつニ乃と歩き始めた。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 

「ここがウチよ」

 

「……本当に金持ちだったんだな」

 

 上京したての田舎者みたいに目の前に聳える高層マンションを見上げながらポツリと言う。

 見るからに高級感が溢れている。もし住むとなったら月幾ら掛かるのか、風太郎には全く予想も付かなかった。

 

 ニ乃は風太郎を無視して慣れた様子でマンションのエントランスに入ると機械にカードを翳した。

 すると、自動ドアが開く。

 

「何だコレ……最近は進んでんだな」

 

「セキュリティカード知らないの?最近のマンションはだいたいこんな感じよ」

 

「そうか」

 

 それは絶対違うと風太郎は感じたが口には出さなかった。

 

 ドキドキしながらエレベーターで最上階に上ると、また豪華な廊下が出迎える。

 このカーペットとか本当に土足で踏んでいいのか、とか冷や汗をかきながら踏み入り目の前のドアを見遣る。

 

「ここがニ乃の家か」

 

「ええ。私たちの家よ」

 

 カチャリと解錠して扉を開けば、これまた広い空間が視界に現れる。

 本当にマンションの一室なのかとも思える部屋にほんの少しビビりながら風太郎は靴を脱いで上がった。

 

「お帰りニ乃ー。アレ、その人もしかして新しい家庭教師?」

 

 また五月によく似た女の子が、制服のままリビングのソファーの上でだらし無く寝っ転がっていた。

 生活力無さそうだなとか考えているとニ乃が小声で「長女の一花よ」と囁く。

 これが長女なのかと風太郎少し呆れながら一歩前に出た。

 

「これから家庭教師になる上杉風太郎だ。宜しく」

 

「うーん、こういう感じかぁ」

 

 何かに納得するように言う一花に風太郎は首を傾げているとニ乃が口を開いた。

 

「らしいわよ。それで他のみんなは?」

 

「みんな部屋に居るんじゃないかな?」

 

「そう。上杉、一つ言い忘れてたわ」

 

「な、なんだ?」

 

 真剣な相貌でこちらに向き直るニ乃にたじろいでしまう。

 これで私たちには家庭教師なんて要らないから帰れ、とか言われた日には困ったことになる。風太郎としては辞める気は塵ほどもないから多少強引な手を使ってでも家庭教師をやることになるだろう。

 しかし風太郎の懸念は外れる。

 

「四葉には繊細に接しなさい。あの子、勉強がトラウマなのよ」

 

「勉強がトラウマ?」

 

「そうよ。あの子───」

 

「辞めときなよニ乃。それはフータロー君が四葉から聞くべき内容だよ」

 

 ピシャリと一花はニ乃に言い放つ。

 ニ乃は途中まで出掛かった、開いた口を一回閉じた。

 

「───その通りね、一花。けど上杉これだけは覚えておきなさい」

 

 ───四葉は部屋に引きこもって徹底的に勉強から遠ざかろうとしてるわよ。

 そんなこれから家庭教師をする風太郎にとって不穏な言葉が紡がれた。

 

 始まる前から前途多難過ぎるが、風太郎も引くに引けない事情がある。

 勉強でトラウマを抱える、なんて風太郎には経験は無い。元から勉強が出来たわけじゃないがそれでも風太郎はそこに多大な苦手意識があったことも無い。

 真剣な眼差しに押されて無言で頷くのみだった。

 

 



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5:モンスター娘のいる日常ではないけどモンスターみたいな成績を取る女の子はいる。

評価と感想いただいて嬉しいです、まだ24時間随意お待ちしております。

あと風太郎視点を終わらせようと思ったら少し長くなりました、めんご。


 

 取り敢えずニ乃と一花以外の姉妹が部屋に籠もってるとなれば直接出向くしかないだろう。年頃の女子高生の部屋に行くのは気が引けるが、仕方ないと風太郎は気分が重くなるのを感じながら立ち上がる。

 

「あ、じゃあフータロー君は私が案内するよ。お姉さんだからね」

 

「そう?じゃあ一花に任せるわ。……上杉、変な気を起こしたら電話するから」

 

 電話ってどこに……、と風太郎が疑問を口にする前にニ乃は水戸黄門が印籠を見せる時みたいにスマホの電話帳を掲げた。風太郎は目を細める。

 ───警察。110番。

 ある種、ニ乃という少女の風太郎に対する信用度がはっきり現れていた。

 

「そ、そうか。まあ頼む一花」

 

「任せてセンセー」

 

 ……何でそんなの態々電話帳に登録してんだよ、と風太郎は内心顔を引き攣らせながらも適度に無視して一花の後を追った。

 

 姉妹の部屋は当然だが5つあった。

 一花は一番手前にある部屋の扉……五月とプレートが書かれたドアをコンコンとノックする。

 

(早速正念場かよ…………!)

 

 思わず頭を抱えそうになる。

 四葉が何だか物凄く面倒なことになっているとニ乃から忠告された風太郎ではあるが、それと同程度に五月との関係も厄介なことになってしまっている。

 しかし第三者がこの事を知っていたとしても100%風太郎の身から出た錆だから諦めて去ねと言うだろう。先に口を滑らしたのは風太郎である。

 ともかく。

 風太郎の事情など知らない一花はドアの向こうに聞こえるように声を張った。

 

「五月〜新しい家庭教師の人来たから出ておいで〜」

 

「あ!はい!今開けますね!」

 

 足音と共に、ガチャっと扉は開かれる。鍵は掛かっていなかったみたいで、開いた瞬間風太郎の眼前に今日学校で見たぶりの女の子が現れる。

 中野五月、その人である。

 

 出来るだけ爽やかに、悪印象を与えないような挨拶を……!

 風太郎は妙な緊張感を前に、乙女漫画のイケメンキャラを意識して手を上げることにした。

 

「や、やあ。これから教えることになる上杉風太郎だ」

 

 先手必勝とばかりに声帯を震わせる。

 イケメンを意識したまでは良かったが、手をあげようとすると風太郎の意思とは反してガクガクガクと壊れたロボットみたいな動作になってしまった。

 それから声ものっぺりと、素人声優みたいな棒読み。

 首筋とか背筋とか、湿っぽくて気持ち悪いが我慢するしかない。

 ヒヤヒヤとして見ている風太郎を他所に、五月は件の風太郎の顔を見るや否や眉をひそめた。

 

「…………なんでその人がいるんですか、一花」

 

 五月はすぐに目線を外し一花に問い詰める。

 無視である。

 完全に風太郎の存在を空気中でふわふわしている二酸化炭素か何かと同列に見ている。

 温室効果ガスと同等扱いに風太郎の心はちょっと折れそうになった。どう考えても自業自得だった。

 

「フータロー君が家庭教師だからに決まってるじゃん」

 

「……そうですか、そうですか」

 

 再びギロリと風太郎に鋭い眼差しを向ける。

 

「上杉君、私には勉強を教えないと言っていましたよね」

 

「い、いやそれは事情が変わってだな」

 

「なので結構です。私は上杉君の施しは受けません!」

 

 バタン!と、怒りのボルテージの高さを表すような大きな音を立てて扉が勢い良く閉まる。

 早速失敗した。野球で言えばワンアウト。

 思考がオーバーフローして固まってしまった風太郎に一花は「だ、大丈夫だよ。次の三玖は話聞いてくれるって!」と同情しながらフォローするが、何となくそんな上手く行く気はしなかった。

 

 しかし、ここで落ち込んでても時間は過ぎるのみだ。

 今のは最初からデカいハードルでコケてネガティブになってるだけだ。

 

 気を取り戻そう、と風太郎は一花に礼を言うと二つ隣の部屋の前に立つ。

 三玖と書かれたプレートが下がっている。彼女については現段階の風太郎の手札で唯一情報が無い。

 どんな5つ子が出てくるんだか、なんて風太郎は少々の不安を胸に抱きつつ見守る。

 

「三玖ー、いるー?」

 

「うん。……もしかして家庭教師の人?」

 

 一花の呼び掛けに直ぐ様返事自体は帰ってきた。

 

「……分かった。今開けるね」

 

 言うと、三玖と呼ばれた女の子は扉を開ける。

 今まで見てきた姉妹と比べると前髪が長いのと、ヘッドホンを肩に掛けてるのが特徴的だ。第一印象として他の姉妹と比べて一番温厚で大人しそうだな、と風太郎は若干の安心感を得つつホッと一息付く。

 

「……フータロー、だったよね?私は中野三玖……宜しく」

 

「そうだ。俺は上杉風太郎、今日からお前たちの家庭教師をすることになった。これからバシバシやってくつもりだから宜しく」

 

「……こちらこそ、フータロー」

 

 良かった。三玖とはかなり良い関係を築けそうだ。

 一花はそんな二人を見て、不思議そうに首を傾げた。

 

「アレ?三玖も勉強嫌いだったよね?」

 

「うん……。でももうあんな結末、イヤだから……」

 

「あんな結末?」

 

「あーコッチの話だから気にしないで!」

 

「逆に気になるが……まあいいか」

 

 家庭教師が興味本位で生徒のプライベートに踏み込むのは宜しくない。それにモチベーションがあるなら何よりだ。

 

「じゃあ今からリビングに来てくれるか?」

 

「え?今日から始めるの……?」

 

「ああ、俺はお前たちの学力も知らないからな。先に行っててくれないか、三玖」

 

「……………………分かった」

 

 数秒くらい大きな葛藤があったのだろう。風太郎の言葉にたっぷり時間を使って返事をすると三玖は僅かに嫌そうな表情をしながらもリビングに向かった。

 

「フータロー君のイケず!」

 

「何がだ?」

 

「初日くらい顔合わせでいいじゃん。学校だって初回授業はガイダンスだよ?」

 

「残念だな、上杉風太郎式学習法の基本は量的学習だ。沢山勉強すればそれだけ成績が伸びるからな」

 

「鬼!スパルタ!セクハラ家庭教師!」

 

「止めろ!ニ乃に聞かれたらどうする!」

 

 セクハラ家庭教師はマズイだろ!

 思わず辺りを見回す風太郎。

 隠れてニ乃がこちらの動向を探っている、なんて事は無いようだった。

 

「おい一花、マジで警察呼ばれたらどうする……!?」

 

「大丈夫、ニ乃だって本気で言ってる訳じゃないよ。そもそも本気で言ってたら今頃フータロー君、この家から追い出されてるんじゃないかな?」

 

「…………そうだな」

 

 言われてみれば、口こそ厳しいもののその行動自体は風太郎の手助けに終始完結している。

 初めに5つ子の情報を提供してくれたり、家へ案内してもらったりと寧ろ五月と比較すれば涙が出るくらい好意的だ。

 ただ、そうなってくると次はその理由が気になる。

 風太郎とニ乃に面識は無い。

 だが親切心故に、とかいう理由でニ乃が見ず知らずの風太郎に優しくするほど懐が深い少女にも見えない。

 だからと言って勉強が好きで、風太郎が家庭教師だから色々と融通しているという線も無いだろう。だって見た目も言動もギャルだし勤勉そうにはとても見えない。何ならこの5つ子の中で一番酷い赤点を取ってそうだな、とか間逆な事さえ風太郎は考えていた。

 

 そんな中一つ、風太郎には気になることがあった。

 

(彼も邪険にすんなって言ってたし……とか言ってたよな。その彼って言うのは誰だ?)

 

 彼……順説的には彼氏のことだろうか。

 だがニ乃の彼氏なんて知らない。

 クラスメイトさえ顔と名前が一致していない風太郎がニ乃の彼氏とかいう何だか想像するだけでチャラそうな男と知り合いであるはずがない。

 

「フータロー君?どうしたのそんな難しそうな顔して」

 

「…………はっ!」

 

 一花の言葉に風太郎は現実に戻る。

 今はニ乃が協力的なのはとても喜ばしいこと、それでいいじゃないか。

 引っかかりさえあれどニ乃の動機については悩むほどでもない、それより勉強がトラウマらしい四葉の方が大事だ。

 

「悪い、ちょっと耽ってた。一花、四葉の部屋はどれだ?」

 

「隣だよ?」

 

 ほら、コッチ!と扉に向かって指を指す。五月と三玖の部屋の間だ。

 扉は他の2人と同じように、四葉と書かれたプレートが掲げられていた。

 一花は小声で、「四葉はニ乃の言うとおり今塞ぎ込んでるからさ。優しく接してあげて」

 

「……分かった」

 

 ゴクリと唾を飲み込むと、風太郎はコンコンコンとノックを三回する。

 ……………………返事は無い。

 

「四葉ー!新しい家庭教師の人来たから一旦出てきてー!」

 

 一花もフォローする形で呼び掛けるが返答は静寂だった。あはは、と誤魔化すように苦笑いを浮かべた。

 

「こりゃ駄目かなぁ……」

 

 ポツリと落ちる一滴の水滴みたいに一花が呟いた瞬間、ドアが音を立てずゆっくり開く。

 

「……何でしょうー花。今あまり人と話したい気分じゃないんですけど……」

 

 発言の内容までは聞こえてなかったのか、扉からゆらりと出てきた四葉は一花に聞き返した。

 風太郎は反射的に四葉と思われる少女の姿を確認する。

 

 まず目に行ったのはウサギの耳みたいに結ばれた緑色のリボン。しかしクシャクシャに丸めた新聞みたいにシワシワで、もう何日も洗濯してないのだろうと予想が付く。

 それに伴って髪もボサボサであっちこっちに寝癖みたいなのが飛び跳ねている。全く整えてないのだろう。

 白粉を塗ったように白い肌で、やっぱり5つ子みたいで4人と同じように可愛らしい顔立ちだ。その目の下にはそれに似つかわない濃い隈が見え、なまじ美少女だからか不健康さが際立っている。十分な睡眠を取れていない証だ。

 加えて服から覗く手首が明らかに細い、容易く手折れてしまいそうに見える。この文だと食事もマトモに摂ってない可能性もある。

 

 ───どう見ても勉強とかそれ以前の精神状態だ。

 

 風太郎は四葉の状態を確認すると、コホンと一度息を吐いて覚悟を決めるように柔和な表情を作った。

 

「初めまして、俺は上杉風太郎。四葉とは同じ学校のクラスメイトになるな!」

 

「そう、ですか……」

 

 当然ウソだ。

 5つ子の中でクラスメイトなのは五月だけだ。

 

「それで上杉さんは何の用ですか?」

 

「実は俺、学級委員長でな。転校したきり登校してこないクラスメイトを訪ねに来たんだ」

 

 更に嘘を倍プッシュ。

 学級委員長なんて器用な真似、人間関係ボロボロな風太郎に出来るはずもない。

 四葉は風太郎の言葉に俯く。

 

「……私、学校に行きたくないです」

 

「どうしてだ?楽しいところだぞー学校は」

 

「勉強が、嫌なんです……もう……!」

 

 それだけ言うと、ごめんなさい!と言って四葉は扉を閉めてしまった。

 

「……ありがとねフータロー君。ウソ吐いてまで四葉に近寄ろうとしてくれて」

 

「いや、感謝するのはまだ早いぞ一花」

 

「え?」

 

 風太郎は拳を握る。

 ───確かに厄介なバイトだ。

 1人に家庭教師するだけで最初は25000円貰えると思ってたら5人に増えるし、その内2人とは問題があるし。

 だがそれは辞める理由にはなり得ない。辞めるなら全力で取り組んで、それでも駄目だったときだ。

 

「俺は絶対に四葉に勉強を教えるのを諦めない。先ずはあの引きこもりを学校に引っ張り出してやる……!」

 

「……期待して、正解だったみたいコタロー君」

 

 一花がボソッと、何かを言ったような気がしたが風太郎には聞きとることが出来なかった。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

「じゃあ、集まれるだけ集まったな。これから初回授業を行う」

 

 風太郎はリビングテーブルを見回して満足げに言う。

 右から一花、ニ乃、三玖。

 5人中3人。まあ最初だしこんなもんだろう、と風太郎は頷く。

 ニ乃がそんな風太郎に手を上げた。

 

「はい。私、ここで勉強する必要ないと思うんだけど」

 

「勉強が嫌いなのは分かるが最初くらい我慢してくれ。じゃあそうだな……三玖!」

 

 風太郎のレスポンスにニ乃は不満そうな表情をするが、口を尖らせるだけで堪える。

 

「は、はい……!」

 

「前の学校ので良い、定期試験は何点くらいだった?」

 

「……赤点をギリギリ取るくらい?」

 

「……何教科だ?」

 

「日本史以外……かな?」

 

 マジかお前。

 風太郎は頭を抱えそうになる。一人、相当な問題児がいたようだ。

 と、風太郎は次に夕焼けが広がりオレンジに染まった空を眺めて……もとい視線を反らしている鮮やかなピンク髪の少女に狙いを定めた。

 

「…………一花は?」

 

「あははは……数学以外だね」

 

 数学以外が赤点と言うことだろうか。

 絶望的だった。最早赤点を取っていない教科が砂漠のオアシスみたいに見えてくる。

 風太郎は最後にニ乃の方を見ると───再び正面に首を戻して。

 

「最初にテストをやろうと思う。ある程度出来ないのは分かったが一応この目で確認しておきたいからな」

 

「ちょっと待ちなさい!何で私だけ聞かなかったのよ!」

 

「……フータロー、ニ乃の言動を見たんだと思う」

 

「ニ乃って見た目勉強出来そうじゃないもんね」

 

「アンタたちに言われたく無いわよ!?」

 

 良く分からないが勉強の出来ない馬鹿と思わたくないのだろうか、と風太郎は推測する。

 とは言えこの流れだとニ乃も一花や三玖と同様、赤点パレードを自主開催してるに違いない。

 

「静かにしてくれ、コレがテストだ」

 

「え〜」  

 

 一花の嫌そうな声を無視して風太郎はピラリと、バックから三枚テスト用紙を取り出す。

 一応今日のために作っておいた問題だ。百点満点の簡易的なテストではあるがこれで大体の傾向は掴めるはずだ。

 風太郎は喋りながら配る。

 

「まあそうだな……50点。いや40点取れたら俺の授業は免除でいいぞ」

 

「言ったわね?言質は取ったわよ」

 

「フータロー、後悔しないでね?」

 

「フータロー君には申し訳ないけど家庭教師は今日で終わりだね」

 

 赤点ギリギリとか自己申告していた人間の言葉じゃないんだが。

 それとも本当は今の発言は嘘で、実際にはそれ程点数が取れる自信があるのか……?

 5つ子の真意に首を捻りながらも、試験は始まった。

 

 

 

 

 

 風太郎は自分の勉強をして時間を潰すとスマホの時間を見る。

 これで50分だ。あのくらいの難易度の問題なら丁度良い頃合いだろう。

 確認すると、風太郎は息を吸った。

 

「終了だ、解答用紙を渡してくれ」

 

「はぁ〜疲れたよ〜」

 

 一花がグダっと机に伏すのを尻目に3人からテストを受け取ると赤ペンを筆箱から取り出した。

 最初に三玖。

 シャッシャッと、赤ペンを動かす音が部屋に響く。

 

 ……34点だ。

 赤点ギリギリというのはどうやら本当らしい。

 日本史は良く出来ているが、他がてんで駄目だ。ケアレスミスも多ければ知識不足も多い。

 やはり先程の大言壮語は完全なるコケ脅しだったようだ。

 

「三玖、日本史ばっか勉強してたな?」

 

「……良く分かったねフータロー」

 

「そりゃ分かる、極端過ぎるほど点を取ってる分野が偏ってるからな」

 

 しかし悪いことではない、反対だ。

 得意科目があるというのは勉強する時にモチベーションの一端になったりする。一科目とは言えこれだけ出来るのなら他にも芽はあるだろう。

 そうして何とか希望を見つけた風太郎は一花の答案に目を映らせる。

 

 ……35点。

 三玖とどっこいどっこいの点数ではあるが、違うところもあった。

 

「一花は数学が相当良いな。それ以外は赤点なのを除けば、だが」

 

「それほどでも〜」

 

「いや、そんなに褒めてないから」

 

 何なら数学以外も勉強してくれと思う今日この頃。

 

 次にニ乃のテストの採点をし始める。

 ここまで日本史、数学と一科目集中得点型が続いたのもあって風太郎はニ乃もそうだと思っていた。

 順当に英語とか現代文だろうか、と丸を付けながら思う。

 ………………いや、待て。

 数学も良い。英語も良い。現代文も良い。かと言って社会も理科も良い。

 

「……94点、だと!」

 

「ちぇっ。満点狙ってたのに……」

 

 不満そうに呟くニ乃だが、そのミスは全てケアレスミスだ。見直しを徹底すれば満点を取っていただろうと風太郎は確信する。

 見た目によらずコイツ……勉強が出来る!

 

「流石ニ乃、相変わらずだね」

 

「でも94点は凄い……」

 

「当たり前じゃない、こんなの当然よ」

 

「一花も三玖も知ってたのか?」

 

 思わず聞いてしまう。

 試験中、念の為に風太郎はカンニングしないかと見張っていたが一花と三玖は真剣に問題を解いていた。

 つまり故意的に点を落とした訳では無さそうだ。

 ニ乃だけが飛び抜けて成績優秀ということになる。

 一花は誇らしげな笑みを浮かべると。

 

「当たり前だよ、だって私たち5つ子だもん」

 

「……まあそれもそうか」

 

 姉妹ならそれくらい知ってても可笑しくない。というか普通だ。

 納得した表情の風太郎に、それより!とニ乃は話しかける。

 

「40点以上取ったら免除って話。忘れたとは言わせないわよ?」

 

「当然だ。それだけ取れるなら何の問題も無いだろうし別に良いぞ」

 

 本音だった。

 何せそもそもこの風太郎、依頼主からは5つ子の赤点を無くせと言われている。そんな補修授業みたいなものをニ乃に受けさせても楽しくないだろうし、成績も変化しないだろう。

 

「じゃあ私は部屋に戻るわ、後は頼んだわよ」

 

「あ、ずるーいニ乃!私も部屋戻るー!」

 

「私も…………!」

 

「アンタたちは赤点でしょうが!上杉にちゃんと教えてもらいなさい!」

 

「いや、俺今日はもう帰るぞ」

 

「はあ!?」

 

「妹が夕飯作って待ってるんだ。また明日来るから今日の見直しはしとけよ」

 

「……い、妹の為ならまあ仕方ないわね」

 

「悪いな。それじゃ」

 

 風太郎はそれだけ言うと立ち上がって玄関へと向かった。

 ……想像の五倍賑やかな家庭だった。

 まず3人に関しては何とかなりそうだ。一花も三玖も何だかんだで授業を受けてくれそうな雰囲気がある。ニ乃なんか十分以上の成績だ。

 だが残りの2人───五月と四葉───に関してはまた何か考えなくてはならないだろう。

 特に五月など取り付く島もない。

 

「……疲れたな」

 

 重い身体を引きずって歩く風太郎は溜め息を吐きながら、グルグルと2人のことを考え始めた。

 

 




長くてごめん。

PS.実はW主人公みたいにするつもりだったりする。


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