群青に漂う (水沢)
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四海会合

世界に数人君臨する指揮官。

その内、組織に於いて統括する立場のものがここに集う。

詳しい場所は、国家の、もとい、世界の最高機密である。

【四海会合】とはまさしく、世界の海を守護する者達による会合、会談の場である。

 

 

『自由』と書かれた白い垂れ幕が、人一人が座るにはあまりに大きい椅子の背もたれにある。

そこへスキップでも踏みそうな軽やかな足取りで近づき、垂れ幕の僅かな皺を伸ばし、ゆっくりと座る。

ベネットは、ユニオンの女性指揮官で、階級は特務海将であるらしい。

その横には白銀の髪を揺らす美しい女性がいそいそと書類を彼女の前に並べる。

「ねー、ヨークタウン。今日の議題って何だっけ?」

「重桜とロイヤルの些細な軋轢が続いてますのでその仲裁と各国の近隣諸国への支援についてです。・・・ちゃんと資料読みましたか?」

「・・・てへっ☆」

「サンディエゴの真似ですか?」

「ざんねーん、サラトガちゃんでした!」

 

 

ユニオンが雑談している間に扉がゆっくりと開き、二人の男女が入室してきた。

それぞれ『帝国』の席と『混沌』の席に座した。

『帝国』に座すは重桜の男、名を白波と言う男。やや後ろで天城がいる。

向かって重桜の右、『混沌』に座したのは鉄血の指揮官フリードリヒという女性。横につくのは、アドミラル・ヒッパー。金髪を揺らし自らの指揮官と共に腕組みをする姿はやや背伸びしているようにも見える。

白波、フリードリヒは黙しており、一気に重々しくなる空気にベネットは苦笑いをして、持参したコーヒーを含んだ。

 

 

空席の『栄光』にはロイヤルの指揮官が座る。

未だ到着しない。

先にヨークタウンが示したように重桜とは現在折り合いが悪い。

自由アイリス教国、ヴィシア聖座に関してである。

鉄血が協力関係にいることは各国は敢えて触れない。

各国の力関係は実に微妙な均衡関係にある。

数ヶ月前にもユニオンとロイヤルが揉めたばかりだ。幸い戦闘事案にまで至らなかったのは、ただただその時の流れでしかない。

ようやっとロイヤルの指揮官、ロジャー・スウィフトが入室してきたのは約30分後だった。

 

 

「では、これから四海会合をはじめます。司会は持ち回りで私ベネットです!」

ベネットは思わず声を弾ませた。重い空気は性分に合わないらしかった。

「早速なんだけど、重桜とロイヤルには仲直りしてほしいんだよね。」

「僕は、重桜の方々が越権行為をやめてくれたら喜んで握手をしたいところですけど、」

早々にロジャー・スウィフトは白波を一瞥して、他3名に伝えた。

「アイリスとヴィシアに関してはロイヤルが担当のはずだよね、いくらレッドアクシズの同門とはいえ困るな。自分の管轄海域で他勢力の、しかも【四海】のうちの一勢力がいるのは・・・」

「白波君どうかな?私はロイヤルを支持したな。」

白波は目を瞑ったまま天井を仰ぎ、「そうか」と一言小さく呟き、

「ヴィシアは我が重桜にとって非常に大切な友好国であり、自国の海洋支援は貴国とアイリスに囲まれていているヴィシアを哀れに思う『カミ』の御慈悲でもあります。」

最もらしい意見を述べるのは白波の戦略ともとれるが、どうやら生来のもののようだ。

優秀が故なのか、他3名は彼を語るには足りず、ただそう一考するのみだった。

「答えはNoってこと?」

「何に対しての拒否返答かはわかりませんが、そうですね、敢えて言えばNoと言わざるを得ません。」

重桜はヴィシアと協力関係にある、いや、非常に強固な同盟関係にある。

(これは重桜のもう一人の指揮官黒河のお陰であるが)

重桜海軍の上層部にとってはロイヤルを牽制する意味合いの方が大きく、みすみす手放すという選択肢は専ら無い。

もちろん鉄血がヴィシアの背後に存在し支援を行っているが、敢えてロイヤルがそこをつかないのは、最早二国間が“そういう雰囲気”にあること示しているからかもしれない。

「白波君、もし、もしだよ?戦うなんて考えてないよね?」

「ベネットさん、それは、ロジャー・スウィフトさんがお決めになること。重桜としては一切の譲歩は考えておりません。」

「力尽くってことかな?」

ロジャー・スウィフトは静かにそう告げると、持参した紅茶を一気に飲み干し、黙って退室した。

 



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ユニオン執務室にて

ベネットは頭を抱えた。

なぜこうなるのかではなく、なぜこうしてしまったのかと自らを戒めた。

「ベネット、あまり気を揉まないで?」

「ありがとうヨークタウン・・・」

秘書艦が入れてくれたコーヒーは特別甘い。彼女専用の味付けだ。

 

 

結局四海会合はロイヤル指揮艦ロジャー・スウィフトの退席を以ておひらきとなった。

重桜の白波は「すみません」と一礼し、レッドアクシズ同門の鉄血女性指揮官フリードリヒに何やら耳打ちをしてし退室、続けてそのフリードリヒも席を立った。彼女がベネットに「気にしないで」と微笑んでくれたのは僅かな救いでもあった。

重桜とロイヤルの軋轢が軍事衝突にまで発展することは正直予測出来なかった事案ではない。故にベネットの胸中はとことん落ち込んでいた。

(もうちょっと和やかにいきたいよ~)

机に突っ伏すとヨークタウンは頭を撫でた。まるで子供が叱られた後に落ち込んでいるようだ。

「今回は仕方なかったわ、どうしてもそうなる時はそうなるものよ」

「でもさぁ~」

すると勢いよく執務室の扉が開いた。

「ようベネットー、今帰港したぜ!!」

「こらワシントン!ノックしなさい!」

声の主はノースカロライナとワシントン姉妹。二人はユニオン近海警備から戻り、報告書を携えてやって来た。

「なにしょぼくれた顔してんだ、ベネット?」

「ちょっと会合で失敗しちゃってね」

「うぅ~」

「あらあら」

ヨークタウンが代わりに事の顛末を伝える。

横で涙目になっている我等が指揮官の顔がノースカロライナにとっては可愛らしく思えた。

 

 

四海について触れておく。

【重桜】

指揮官が3人おり、先の会合に出席した白波、ヴィシアとの国交を強固にした黒河という男。そして桃瀬という女性指揮官がいるらしい。

ロイヤルとの関係悪化には、重桜とヴィシアの関係を問題視した背景がある。

【ロイヤル】

ロジャー・スウィフト、そしてアン・スウィフトの姉弟がロイヤルの指揮官の座についているが、ロイヤル海軍自体はQ・エリザベスを頂点としている。

現在アイリスはロイヤルの保護下にいるため、重桜とヴィシアが急接近したことに危機感を抱いている。

【鉄血】

フリードリヒとしか明かされていない女性指揮官。

他の指揮官より出で立ちは年上のようだ。

今のところ大きな諍いはない。

【ユニオン】

ベネット・クレア、ライト・リンカーンが指揮官の座につき、ユニオン海域を守護している。

アズールレーンを取り纏める中心的な役割をしている。

 

 

【四海】とは以上の主要4カ国が世界の最大戦力ともいえるところから制定されている。

セイレーンとの交戦が落ち着き、各国が内政外交ひいては海洋の通商ルートを存分に生かした交易が再開されて久しいが、それに伴い自国の力を見せつけようとする動きが出るのは仕方のないことなのかも知れない。

(鏡面海域の索敵、調査、敵勢力の排除には、全国家間での普遍的な協力関係にあることはわざわざ述べる程のことではない)

つまり“そういう雰囲気”だったというだけだ。

ベネットは基本的に友好を以て和となし、大同団結を掲げているが、それぞれの国の思惑に阻まれている。

それは勿論、ユニオンだけが正義と驕るわけではないが、少なくともベネット個人はそう思い続けている。

「みんな仲良くすれば、あの人にも会えるのに・・・」

「それが本音でしょ?」

「だな」

「ふふふ、そうね♪」

 

 

まぁ、一人の女性としての夢くらい抱いていても罰は当たらないものだ。

 

 

 



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風雲急を告げる

ロイヤル議会は上院、下院に分かれ様々な議論が行われる。

勿論首相もそこに混ざって議論を交わすのだが、海軍に於ける指揮官、更にクイーン・エリザベスは特別な立場におり、首相の発言権ですら覆すこともある。

そんなロイヤル議会では珍しく一つの提案が全会一致で採択されていた。

『重桜をたたきのめせ』

女性指揮官アン・スウィフトが錦の御旗を世界の海に掲げよと意気軒昂に訴えた。

国民の意欲向上も手伝って、議会での採決は史上最短であった。

しかし、どんな状況下でも意見は割れるものである。

声を潜め、時期尚早、もっと話し合うべきとの声もあった。ここにも・・・

 

 

Q・エリザベスの午後は一杯の紅茶と山盛りのスコーンから始まる。

さっき食べた昼食はどこへやら、あっという間にスコーン二つを胃に収めた。

戦艦は燃料を多く消費するらしいので、補給も多い、らしい。女性に体重を聞くのは御法度である。

「ねぇベル。」

「はい、何でしょう陛下」

「今度重桜と戦うんでしょ?」

「・・・ええ、陛下には詳細が明らかになり次第ご報告をと思っておりましたが」

「私の情報網をなめないでもらいたいわ、どんなことでもお見通しよ!」

「恐れ入ります。」

このベルファストというメイド長には心当たりがある。

作戦概要もなにも詳細が明確に決まってすらいないのになぜ陛下の耳に入ってしまったのか。

チラリと周りを見渡すとエディンバラの目が泳いでいた。

(仕方ありませんね)

ベルファストは一息ついて、

「陛下、黙っていたことは謝罪いたします、しかし本当にまだ詳細は決まっていないのです。アン様とロジャー様のお話では取り敢えずロイヤル進むべき道筋を示しただけとのことでした。陛下に曖昧な情報が伝わりお心を乱してはならないと私が判断し、皆に黙っているようにと指示いたしました。」

と、正直にそう告白した。

「まぁベルがそう言うなら信じてあげるわ!でも、やっぱり興奮するじゃない!ロイヤルネイビーの栄光を知らしめる機会よ!」

「へ、陛下あまり興奮されると紅茶がこぼれます!」

ウォースパイトの心配をよそにエリザベスは昂揚している。

しかしながら、感情こそ表には出さないが、同じく意気揚々としている面々は多い。

演習演習と言っていたレナウンやレパルス、フッド、Poウェールズ、Doヨークですらも今日は茶会に参加せず工廠に預けている砲身の具合を確認している。

茶会に同席しているイラストリアスやヴィクトリアスもどこか上の空。

シェフィールドに不用意に近づけば恐らく一瞬のうちに病院の天井を眺めることになるだろう。

きっとアンの秘書艦ロドニーも、ロジャーの秘書艦ネルソンもビッグ7として湧き上がるものがあるはずだ。

ベルファストは横で共に控えている小さなメイドと目が合った。

ベルちゃんは苦笑いを返すメイド長を不思議に思った。

(メイド長は、ノリノリではないのしょうか?)

 

 

ベルファストは茶会の片付けを済ませ、談話室に向かう。

元統括ニューカッスルに声を掛けられていた。

「すみません、遅れてしまいました。」

「いえ時間通りですよ」

ニューカッスルは微笑むとベルファストを招き入れる。

そこにはモナークとネプチューンが、そして、

「あら、ベルちゃん」

ひょこっとニューカッスルのそばから申し訳なさそうに顔を出した。

「メイド長、ニューカッスルさんに相談事があったのでお招きしてもらいました。」

「相談事?」

「まぁ今回私が貴女を呼んだ理由と一致するので同席させました。構いませんね?」

「ええ、勿論ですが・・・」

ベルファストの返答が少し淀んだ。

ニューカッスルやネプチューンは未だしも、モナークがいる。普段はあまり同席しない。

恐らく今回の一件に関してだろうが。

 

 

「先ず、私は今回の重桜との戦いには反対です。」

ニューカッスルが開口一番そう告げた。

「あら、ニューカッスルさん私も同じ意見でうれしいです~」

ネプチューンは同意した。普段自らの意見を口にしない彼女にしては珍しい。

「ベルはどうですか?」

「・・・・・・私も、そうですね、反対です」

「詳しく聞こう、メイド長」

モナークはベルファストを見据えたまま促す。

ベルちゃんは心配そうに見ている。

「先ず、今のロイヤルは雰囲気がよろしくありません。」

ベルファストは心に溜まった不安を吐き出し始めた。

この数日に及びロイヤルに漂った嫌な空気。

それは思えば、議会で重桜との決戦案が全会一致で決定されたことに端を発していた。

それは浮き足だっているようにも思える。

こういう時はまずい。ベルファストは数々の戦線を潜り抜けてきたからこそわかる。

目に見える戦力、数値、そんなことではないところに落とし穴がある。

「メイド長・・・」

「ベルファスト、貴様の話は我が心に響いたぞ。」

「モナーク様」

「実は私も、ニューカッスルに気づかされたのだ」

「え・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『緊急招集。緊急招集。ロイヤル艦隊はすぐに母港に集結せよ。重桜より我がロイヤルに向けて宣戦布告。本日よりロイヤルは重桜を敵国と認定。ロイヤルネイビーに栄光あれ。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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重桜の桜は冬に咲く

季節は春に差し掛かる。

重桜の桜は所によって銀花の化粧をしている。

黒河将源は東北の出身である。

今日帝都に降り積もる雪は故郷を思わせる。

午後から霙に変わるらしい。

ラジオから気象予報士がスラスラと原稿を読んでいる。

テーブルに置かれた焙じ茶は湯気を漂わせながら飲み手を待つ。

ヴィシアから友好の証にと送られたテーブルは重桜にないデザインをしており、焙じ茶よりも紅茶やコーヒーが似合いそうだ。

ノックの音がしたが無視した。

(眠い・・・)

自分がこの執務室に居座ることの出来る身分ではあるが、それに伴う責任、責務などどうでもよかった。彼は様々な事柄に縛られるのがなによりも嫌いだった。

ソファーに横になったまま目を閉じた。

三度ノックされた。

四度目。

五度目。

六度目で入ってきた。

「黒河さん失礼します!」

「・・・・・・」

「寝たふりですか?」

「・・・・・・」

「では、寝たまま聞いてください。」

我が可愛い秘書艦様は昼寝もさせてくれないらしい。午前中に演習をこなしてきた仕打ちがこれかと思った。

「軍の上層部は先の四海会合に出席された白波指揮官の報告を元に以下の事を決定されましたのでご報告致します。」

「・・・続けろ。」

仕方なく返事をした。

「我が重桜はロイヤルを敵国と認定し、宣戦布告を行うものとする。指揮官三名は至急作戦本部に来られたし。」

「・・・そうか。」

「指揮官、ご準備を。」

「わかったよ鳥海、今行く。」

起き上がり、湯飲みを手にした。まだ熱い。

 

 

重桜海軍本部には四つの棟がある。

第一棟には白波と彼の指揮下に入る艦船の生活する部屋と執務室、更に会議室が。

第二棟には黒河、第三棟には桃瀬と続く。

第四棟には大講堂、学術教室、補給場所、工廠等があり大規模作戦時等の際にはこの大講堂がよく使用される。

第四棟を囲うように建設されているため、それぞれの棟からこの第四棟に向かう廊下がある。その中を桃瀬七は三笠と共に歩く。

「いよいよか。」

「ええ、相手はロイヤルですからね、いろいろと準備が必要になります。」

「遠征か?」

「互いに出てくればそんなことはないのでしょうが。」

「ふむ、あのロイヤルのきかん坊がおとなしくしているとも思えんが・・・」

「何事も準備ですよ、三笠さん。」

七はあらゆる想定をしてみる。

自軍が攻めに行くなら、逆に攻めてきたのなら。

いや、広大な海のど真ん中で果たし合うか。

一の方針を定め、十を想定し、百案練って、千を予測し、万事に気を配る。

海軍学校で嘗て師事した上官の言葉を復唱する。決戦は近い。

 

 

「桃瀬来ました。」

「黒河来ました。」

二人揃ったのはちょうど大講堂の前、普段は黒河が遅刻常連なのだが今日は同着だった。

「お疲れ様、二人とも。では今回の経緯と今後の計画について説明します。」

白波は淡々と進行する。彼は3人の中では少し上の階級にあるためだ。

「先ずは先日の四海会合に関してですが、ロイヤルとの講和は決裂しました。そのことを上層部に伝えるとこれ以上ロイヤルの顔色を伺うつもりはないとのことです。」

「なるほど、ではこの招集は実質作戦会議と捉えてよろしいですね?」

「そうですね、はっきり言えば。」

「・・・なぁ良一。」

黒河は白波の名を呼んだ。彼が名字ではなく名前で呼ぶ時は腹を割ろうというサインだ。

「なんだ?将源。」

「早すぎねぇか?」

「え?」

声を漏らしたのは桃瀬だ。

白波はじっと黒河の言葉受け止めようとしていた。

「お前が帰って来たのは2週間前だ。こんなにすぐ宣戦布告の決定なんて、はじめからやる気だったとしか思えない。どういう会合だったかは知らんが、ユニオン、鉄血もいてそんな簡単に“艦隊決戦!!”なんて大見得きれるのか?」

確かにそうだ、桃瀬の胸中に重い何かが去来する。

白波は服従派と言われる派閥にいることを桃瀬は思い出す。

相対を成す懐疑派の自分がなぜこのことに気づけなかったか自戒した。

いくら何でも早すぎる。あらかじめ予測していたとしても。

重桜海軍上層部への報告、会合の内容を吟味、重桜議会での報告と戦争に関する案件の提出、採決、『カミ』や『神子』への報告と承認、宣戦布告文書の作成等など。艦隊を預かる指揮官達による作戦会議を除いたとしてもあまりに早い。

導き出されるのは、『上層部と白波は今回の戦争を画策し、事前準備をとうの昔から行っていた。』ということ。

「将源。」

「あ?」

「俺はお前や七にまで隠し事はしないよ。道は違えても。」

「良一君・・・」

「・・・」

「戦争の画策があったかどうかは俺は知らない。もしあったとしても俺は関与していない。」

「・・・」

「信じてくれないか?将源、七。」

「・・・わかった。無駄口きいてすまなかった白波。」

意外にも引いたのは黒河だった。

これ以上は無粋だと判断したのだろう。同期が、戦友が頭を下げたのだから。

 

 

外は不香の花が霏霏としており、まだまだ桜は春の日差しを拝めそうにない。

どうか重桜の若人が、己が信念を以て邁進出来るように、と三笠は思った。

『――現在の霙は深夜から夜明けに掛けて止み、爽やかな朝となるでしょう。』

消し忘れたラジオでは、気象予報士がスラスラと原稿を読んでいた。

 



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皇国と帝國

 

前述、ロイヤルと重桜の戦略に関して述べるが、その実、あまり多くの戦略を記すに値しない。

極、限られた条件下での海戦は、両陣営にとってかなりの制約を強いられる。

先ず距離である。

ロイヤルを例とするが、大きく分けて3つの航路がある。

1、ロイヤルに近接する大陸を陸伝いに通り、更に海を東西に分断する洋を越え、連なる諸島群を抜け、はるばる重桜に着く。

2、ロイヤルの支配する海域に存在する狭き海の門を通り抜け、上記と同じように連なる諸島群を抜けるルート。

3、死を隣に据えた極寒の北上ルート。

以上3つのルートが考えられるが、3に関しては奇をてらうに不足はないが、危険度がかなり高く、単純な肉体的疲労だけでなく、精神的な疲労も大きい。

自ずと1と2のルートに分かれる。

1のルートの場合、3程ではないにせよ大回りの道のりとなるため好ましくはないが、2の航路と合わせて考えると多方面からの強襲に有効であり、敵艦隊と遭遇しなかったとしても重桜支配海域での二段攻撃が可能である。

 

 

 

――――――――――――――

 

 

 

 

(皇国①) →→→→→→ 

             ↓

            (重桜)

             ↑

(皇国②) →→→→→→

 

 

※途中海域にて重桜艦隊と遭遇し、これを挟撃する場合。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

(皇国②) →→→→→  (皇国①) →→→→→  (重桜本営)

 

 

 

(皇国③) →→→→→  (皇国②) →→→→→  (重桜本営)

    

     ←←←←← (皇国①)

 

 

※重桜支配海域にて、重桜艦隊に対し連続して攻撃を仕掛ける場合。

 断続的に攻勢を仕掛けるため、攻撃→撤退→攻撃のサイクルを複数艦隊にて行う。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

(勿論、敵艦隊の数や戦法等に対して様々なことを考慮しなければならないことはある。)

 

 

 

 

 

 

 

これは重桜にも言えることではあるが、本陣で待ち構えるか、打って出るか、更に出るならどの地点で、どの艦隊と戦うべきか。

これを各陣営の指揮官達は精神をすり減らしながら熟慮するのだ。

皇国との開戦を前に重桜の海軍、指揮官、艦船達は意気揚々と決戦の時を待つ。

『彼を知り己を知れば百戦殆うからず。』

両陣営の戦力をよくよく見極めて、くれぐれも惨めな敗戦に陥る戦術だけは避けて頂きたい。

 

 

※今回は一般的な戦略航路を述べたが、今後の戦いでは各指揮官達が更に細やかな策を弄するだろう。大いに期待する。

 

 

 

 

 

             『帝都新聞 連載第伍回 “皇国ノ航路予測”』より抜粋。

 





『帝都新聞』見出し

【愈々開戦。我が方の指揮官、意気軒昂。】

【皇国に為す術なし。白波指揮官の戦術眼。】

【新連載 第一回 “新たな新鋭。吾妻、北風に迫る”】

【備えあれば憂いなし。今だからこそやっておきたいアレやコレ。】

【新刊『加賀(戦艦)と加賀(空母)』】

【今日の神子様占い。は休みました。】


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強襲

 

ロイヤルは既に、艦船を走らせていた。

海を切る風は心地よい。と見上げた空はまだ宵闇に包まれており、星は見えない。

薄暗い月明かりだけが仲間の位置を知らせている。

「気合いが入っていますね、アキリーズ。」

「勿っ論☆」

勢い良く返事をするのはロイヤルのリアンダー級軽巡洋艦二番艦のアキリーズだ。最近【改造】と言われる戦力増強を受けたばかりの元気な艦船だ。

その後ろから声を掛けつつ優雅に航行するのは今回のロイヤル第一艦隊旗艦フッド。

アキリーズの返答に優しく微笑む。

「でもさ~まさかフッドさんが先陣買って出るなんて、ビックリしちゃったよ!」

「そんなに不思議ですか?」

「不思議!不思議!だってフッドさんってドシッと構えてて、敵が来たらバァーン!!ってやっつけちゃうイメージだからさー。」

「ふふ、私だってたまにはやんちゃするんですよ?」

ロイヤル第一艦隊は旗艦にフッド、他主力にレナウン、レパルスがおり、前衛にはアキリーズ他、エイジャックス、ロンドンが続く。

ロンドンは周りを注視しつついるが、エイジャックスはどこ吹く風。例え重桜艦隊ではなくケラーケンが出ようが、とっ捕まえて見世物にしてやるといわんばかりである。

「レナウン、レパルス、疲れていませんか?」

「私は問題ありません。」

「私もだいじょーぶ!」

「そうですか、ではこのまま速度を維持したまま行きますよ。」

「了解。」

第一艦隊(以下フッド隊)が出港したのは約2時間前である。

彼女達は『地の海』を越え、『運河』を渡り、『紅く染まる海』を背に、今『海の道』の中でも大きな三大洋の1つに足を踏み入れたところであった。

フッド隊は東へすすんでいた。

どうもここ数十分で浪の高さが変わった様だ。

更にその5分とたたぬうちにロンドンが何かに気づいたらしかった。

(重桜艦隊・・・?)

フッドに報告しようとする間もなく、また、何かの影に目を奪われた。

「ロンドンより旗艦フッドに報告。敵影警戒。未だはっきりとした姿は確認出来ず。」

この時ロンドンは打電の手段を取らなかった。もし敵艦隊なら位置をみすみす知らせるだけの愚行であったし、口頭で伝えれば何より早い。幸い浪高く、遠くまで声は聞こえない。

ロンドンの声にフッド隊は一気に緊張感を高めた。しかしそれは戦闘前の緊張感ではなく、緊迫感と言った方が正しかったかも知れない。

敵影は未だ見えない。

 

 

フッド隊ロンドンより発せられた警戒態勢はその後約15分程続いた。

(敵影誤認?)

そう真っ先に思ったのはレナウンだった。ふと横を見るとレパルスは既に目標を切り替えたようだった。

(周囲の警戒、いや、飽きただけか・・・)

困ったことに我が妹は早々に警戒を緩めたようだ。しかし無理もない。

ロンドンからの報告以後敵影らしきものは一切の鳴りを潜めた。

フッドを見ると彼女はさすがに警戒を解いてはいないが、既に捜索範囲を狭めているような印象だった。

「レナウンより、旗艦フッド、ロンドンに意見具申。一時航行を中止し周囲の警戒をしつつ休息を取るべきでは?」

レナウンのその言葉をきっかけに艦隊の航行速度が緩んだ。

戦艦級3隻(巡洋戦艦も含め)の長距離航行に合わせ、警戒態勢を敷きながらではさすがに窮屈な思いがした。

 

 

その瞬間、フッドの目の前が弾けた。

水柱が上がり、飛沫は闇夜でも赤く飛んだ。

レパルスが被弾したのだ。

フッドが狼狽しなかったのは偉大なる艦歴によるところか、すぐさま周囲を見回した。

ロンドンにも被弾の痕がみえた。

アキリーズ、エイジャックスは敵との戦闘を既に開始していたが、隊列は乱れ、気づけば主力艦と前衛艦は分断されつつあった。

「ダメよ!!!すぐ戻って隊列を組み直しなさい!!!」

フッドは叫んだ。優雅さのかけらもなく。

『我会敵す。』フッドは本営と共に出撃している別働隊に打電を送信し続けた。焦りの表情を通り越し最早悲壮感すらみえた。

(艦隊の航行速度を緩めた一瞬を・・・)

敵の砲弾は激しくはない、しかし、それでいて正確にこちらを狙い撃ちしている。

ロンドンは自力での退避が可能なようであったが、レパルスの様子が見えない。

海原に伏せっているだろうか。

大きな叫声が聞こえた。アキリーズが被弾、続けざまにエイジャックスにも被弾したように見えた。

焦るあまりフッドとレナウンは自らの砲撃を失念していたことに今更気づいた。

主砲を唸らせ、続けて副砲を放つ。

黒煙が一瞬眼前に広がるが、最早標的を定めず放つデタラメな砲撃は敵を捉えられるはずもない。

それからフッド隊もとい第一艦隊が撃破され、救援に来た別働隊が到着したのは約20分後であった。

 

 



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東征

 

クイーン・エリザベスが凶報を聞いたのは重桜との一次海戦が終了してから約10分後。

本営で何やら慌ただしくしているかと思えば、フッド隊の壊滅と撤退が知らされた。

別働隊以下、プリンス・オブ・ウェールズが旗艦を務める部隊と共に撤退を開始し、母港に戻ったフッド隊の面々の損傷具合は痛々しい。

それでもフッドは気丈に「陛下に申し訳ない」と語っていたが、それを耳にしたエリザベスの肩に暗い想いがのし掛かる。

女王と言われ畏敬の念を持って接せられる彼女だが、反対に支えてくれる強き戦士達にも大きな愛を持っていた。故にこの痛恨の惜敗に悔しさを滲ませる。

「ベル!アンとロジャーを呼びなさい!」

「陛下、お二人は現在軍議のさなかにあります。もう少し時間を置かれてからでは、」

「何言ってるの!私の可愛い仲間を傷つけられて今更何が軍議よ!いいから連れてきて!」

「・・・畏まりました。」

ベルファストが立ち去った後、今にも泣きそうな顔をした。ウォースパイは優しく背中を撫でた。

 

 

アンとロジャーは第一艦隊の撤退を受け直ぐさま対策を練るため執務室へ秘書艦と共に入った。特にネルソンは悲痛な面持ちでいた。

「ロジャー、フッドさんをやったのは誰?」

「・・・すまない、分からないんだ。」

「はぁ?それをあらゆる角度から分析して敵を叩く策を考えるのがあんたの役目でしょうが!」

「・・・いいかいネルソン。今第一艦隊のみんなは休んでるんだ、まだ話せる状態じゃないんだ。」

「じゃあこのまま大人しくしてろっての!?」

「だから、それを今から話し合うんだろ?大きな声を出さないでよ。」

ロジャーはネルソンから顔を逸らした。これ以上は彼女の神経を逆なでするだけだと踏んで、強引に議論を打ち切った。

「・・・アン、ロドニー達は大丈夫なの?」

「大丈夫よ、私の可愛いお嫁さんが負けるわけないわ。」

ネルソンの妹でアンと【ケッコン】しているロドニーは既に出撃しており、現在はここにいない。

「姉さん、すぐ僕らも動くよ。取り敢えず今は主導権を取り返さないと。」

「ええ、だから現在は『紅く染まる海』で駐留中。後衛を待ってもらってる。」

フッド隊と共に重桜艦隊を撃滅又は海域を支配し、主導権を握ろうとしていたが、その作戦は水泡に帰した。

現在、第二艦隊(以下ロドニー隊)の航行を停止させ、後に続く第三艦隊と共に、再び会戦に挑もうとしていた。

その矢先、ベルファストが執務室のドアをノックした。

 

 

第三艦隊(以下ネルソン隊)が出撃した。この報を聞き、ロドニーは安堵した。うまく話がまとまり今回の敗戦を顧みて、ロイヤルの精神を無事踏襲し、更なる戦いに気を引き締め直したのだろうかと解釈した。

ロドニー隊には、自らを旗艦とし、ヴィクトリアス、アークロイヤル、前衛にオーロラ、ジャベリン、シェフィールドが隊列を成していた。

戦場では先ほどまで続いた雨も止み、日は頂点にある。

ロドニー隊はフッド隊の退避を知り、航路を変更。大陸ルートを通ってきた彼女達だったが、嘗てフッド隊が越えてきた航路をなぞるように現在は『紅く染まる海』と呼ばれる海峡に駐留していた。

次にやってくるネルソン隊はここを通るため、二個艦隊にて攻勢に出るためだ。

「ロドニーさん、お姉さん早く来るといいですね」

「ええそうね、ジャベリン」

「ビッグ7が揃えば怖いものなしです!」

「ありがとう、必ずロイヤルネイビー栄光を知らしめましょう!」

「はいっ!」

 

 

シェフィールドが敵を発見したのはそれからすぐだった。敵艦載機を東の空に捉えた。

シェフィールドは直ぐさま艦隊全体へ対空射撃とこれから迫る砲撃戦への警戒を知らせた。

先ず敵艦載機が大気を震わせながら最初の攻撃を仕掛けた。回避運動と対空射撃を同時に行う。

敵はまだ見えないが一瞬閃光したかと思えば彼女の頭上を大きく越え主力艦へ弾幕が炸裂した。

激しく海を轟かせる砲撃の行方を目で追う。幸い大きな被害はなかった。空母2隻は早々に距離を取って回避に徹しており、あと少しで味方の艦載機が発艦可能であった。

この時ようやっと敵前衛艦の姿を捉える。

「全艦に伝令。敵前衛艦を確認。重巡洋艦3隻。それぞれ最上、高雄、愛宕。」

「重巡が3隻!?」

「私たちの航行が鈍るこの瞬間を狙っていた様ですね・・・」

シェフィールドは淡々と眼前の仕事に向かっていた。当方に敵の猛将の名を聞いて狼狽する者はいなかった。

「旗艦ロドニーより全艦へ。これは命令です。一歩も退いてはなりません!我がロイヤルネイビーに栄光あれ!」

 

 



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夫唱婦随

第一次会戦。

第二次会戦。

それぞれを勝利で納めた重桜は更なる攻勢への準備に取りかかっていた。

「まだ出てきてない艦船が多いですね。これらを潰さずして勝利とは言いがたいです。」

「確かに。でも時既に遅しって所でしょうか。」

「なら、『紅に染まる海』まで海域を広げた訳ですし、一気に攻勢に転じてみますか?」

白波と桃瀬が机上にて今後の議論に熱を帯びさせるが、そこの場に黒河の姿はない。

第一次会戦にて、いや、今回の戦争に於いて最も功があると言っても過言ではない働きをしたのが黒河である。

指揮下の艦船より夜戦部隊を編成。敵艦隊を完膚なきまでに叩いた。旗艦に榛名、同艦霧島を主力に据え、前衛に川内、鳥海を編制していた。少数精鋭で迅速に攻撃を行う策は黒河自らが考えた策であるが、何より艦船達の実力に白波と桃瀬は脱帽した。

ところが、いよいよというところになって彼は軍議に参加していない。

彼の秘書艦鳥海によると体調不良らしい。

(どうせ、決戦時に“出たい”って泣きつくだろう。)桃瀬はそう思った。

佳境に差し掛かった戦局に於いて、白波の言うとおり一気に攻勢を仕掛けたいところだった。しかしながら、先日戦線に出た天城、赤城、加賀、最上、高雄、愛宕の6隻は長距離の航行と戦闘を行い、全員を疲弊させた。殊更天城の疲労度は高かった。今回は最大戦力を本営に置き、別の艦隊での決戦を強いられることになりそうだった。

「二航戦の出番ってわけね。」

「ええ、それに陸奥さんにも出撃をお願いしています。」

「長門ちゃんは?」

「やはり重桜の神子ですからね、そう簡単には・・・」

「そうですか・・・」

「ただ軍神がついていると思うと頼もしいです。」

白波が指揮する艦隊で出撃を予定されている二航戦とは蒼龍、飛龍の2人の艦船のことで【改造】という戦力増強を受けてからは一航戦にも迫る勢いで戦績を向上させてきた。更には桃瀬の指揮下には軍神を称する三笠がおり五航戦と共に出撃する予定だった。

 

 

前回の戦いから1週間が経つ。ロドニー隊は背水の陣の覚悟で挑んだ戦いも徐々に戦線を押し下げられ、ようやっと到着したネルソン率いる第三艦隊の救援を受け撤退。今やロイヤルはその栄光や力を示すどころか醜態を晒すに至る。

今や全世界の大半は重桜の勝利を予想している。

黒河は戦果報告書を読み、突然飽きたようにテーブルに投げ出した。

「気に入りませんか?」

「・・・んー。」

「今回は私達の夜戦強襲にて勝利から快進撃が始まりました。重畳だと思いますよ?」

面倒くさそうに報告書を手にし鳥海の前に放り投げた。

「川内の報告欄読んだか?」

「ええ、『皇国艦隊、我が方の夜戦部隊に及ばず。』でしたっけ?」

「ああ・・・いくら何でも川内がこんなこと言うなんて俺は信じられん。」

「ですが川内さんはじめ、私や、榛名さん、霧島さんもほぼ無傷で敵を撃滅しましたよ?」

戦果は十分過ぎる。味方の損傷は少なく敵の損害は大きい。それでも黒河には不満そうだった。

「川内は馬鹿だが、敵に最大限の敬意を持って接する。神通なら戦意向上のために、この一言くらい付け加えるかも知れんが。大事なのはこの一文のみだと言うことだ。」

(確かに。)鳥海はそう思った。そして勝利に浮き足立っていた自分に気づいた。

なぜ出撃させてくれないのだろう。

なぜ黒河は次戦に向けて、いつもの積極性を発揮させないのだろう。

なぜこんなにも面白くなさそうにしているのだろう。

鳥海は彼の目の前に座り真っ直ぐに見つめる。

「指揮官。私は、なぜ貴方が積極的でないのか今分かりました。ですが、皇国は優秀な艦船もいます。反撃は、」

「次だな。」

鳥海が言い終わる前に呟き、重い腰を上げて軽く背伸びをする。

「まだ出てきてないのがいるし、そいつは多分気づいて反撃してくる。」

「押し返されますか?」

「・・・良一と七は大丈夫だろ。俺は本国の警備に徹するよ。」

どうあっても今回ばかりはこれ以上の参戦はなさそうだと感じた。

黒河は戦場に於いて昂揚する異常者の看板を背負っている。本人は否定しないし、指揮下にある自分達も彼の性分を嫌ってはいないし、人柄に関しては好意的だ。だからこそ、ついてきたのだ。

彼が是ならば是であり、否なら否である。

鳥海はそう思った。

 



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雲は竜に従い風は虎に従う

 

嫌に晴れている。

運河を越えるのには少々時間が掛かったが無事に日がある内に戦えそうだった。

『決戦艦隊』を称されたロイヤルの艦隊は三度、東へ向かっていた。

作戦会議での落ち込み様は過去最大だったが、立ち直らせたのはニューカッスルとベルファストが煎れた一杯の紅茶だった。

特に深刻だったアンが指揮の座へ復活させたことに関しては、弟のロジャーが何らかの措置をとったのだろうが。

兎も角『決戦艦隊』と強気で重桜に挑むまでに至る。

「皆さん、重桜艦隊発見との報告です。」

イラストリアスが飛ばしていた偵察機から伝わった情報に艦隊の緊張度は一気に高まった。

「私とユニコーン先輩で制空値を上げておきますか?」

「ああ、頼む。」

モナークは泰然としていた。

「帝王よ、今回ばかりは貴女に気づかされた。私も命を賭けねばな。」

デューク・オブ・ヨークは「ハウスキーパーもな。」と謝辞を述べた。

今回の戦争では、ロイヤル艦船の多くが昂揚し過ぎていた。しかしまさか自分までと思う者も多かった。(秘書艦の二人は特に。)

「では皆様~、ここで携帯食をどうぞ♪腹が減っては戦はできぬ、ですよ?」

ネプチューンはあらかじめ用意していた携帯食料を皆に手渡した。

いつもより菓子の風合いが強く押し出されていた見た目は食欲をそそる。

ロイヤルの皆は決戦に向け、決意を固めた。

 

 

紺碧の蒼空に鉄の翼が響く。

重桜の航空隊は二航戦、五航戦により編隊されており前回以上の迫力を纏っていた。

ロイヤル艦隊はこれを徹底して対処している。今回対空射撃の指揮を執るのはニューカッスルだ。そのお陰もあり被害は極軽微であった。

「艦隊発見。目視が可能なギリギリの距離です。」

エクセターはそう告げた。いつの間にか互いの制海権が触れ合っていた。

「了解した。デューク・オブ・ヨーク、ネルソン砲撃準備。」

モナークは2人に指示し自身も準備に取り掛かる。

今回に関して主力艦と前衛艦はそれぞれ独立して戦闘を行う作戦を採用していた。指揮系統も二分している。つまりアンは主力艦をロジャーは前衛艦を指揮する。

第一艦隊、第二艦隊に分かれて指揮系統を振り分けなかったのは指揮官の性格やそれそれの想いを反映させている。

例えばアンは暴れん坊で派手さを好む、今回こそはという想いが特に強い。

ロジャーで言えば常に冷静で対空指示、戦艦の装填、空母の発艦準備を補助する役目に向いている。

旗艦を預かるモナークはすっと息を吸い、大きく号令した。

「ロイヤルの勇士達よ!“もしも”という言葉は許されない。我々はきっと勝つ。必ず勝つ。まちがいなく成功する。」

モナークは嘗ての英雄の言葉を口にした。

「ちょ、ちょっと!それは私の台詞でしょ!」

ネルソンは悔しそうに言った。

その砲撃はまるで八つ当たりするように轟いた。

 

 



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戦闘準備

 

(・・・おかしい)

蒼龍は自身の艦載機を指揮しながら疑念を抱いた。

敵主力、前衛の艦隊運動の連動性が妙に高い。偵察機の報告では二個艦隊を組み合わせた連合艦隊らしい。

ロイヤル陣営の指揮官は二人。姉弟とは言えここまで同調するものだろうか。

「飛龍。」

「何、姉様?」

「気になることがあるの、艦載機の指揮権を一時委譲してほしいのだけれど。」

「はい、構いませんよ。」

蒼龍は妹の飛龍より艦載機運用の指揮権を預かり敵の内情をより詳しく知ろうと動いた。

 

 

同じ頃。桃瀬隊。

瑞鶴は翔鶴と共にロイヤルから迫り来る航空戦を待ち構えていた。先ず先遣隊として白波隊の二航戦による航空攻撃を行う。続けて制空領域に敵が現れた場合、五航戦による迎撃措置を執る命を受けていた。

ところがこの瑞鶴、好戦的な戦乙女。自身も攻撃に加わりたくて仕方がない。

「ねぇねぇ翔鶴姉!」

「駄目です。」

「もう!まだ何も言ってない!」

「どうせ、出撃させろ。でしょう?」

「うぅ・・・そうだけどさ~」

「私たちの役目は確かに地味よ?二航戦の先輩の方が花形かも知れない。でもね味方をしっかり護ることは攻撃役より何倍も大切なことよ?」

姉に諫められ妹は俯き面白くない顔をする。精一杯の抵抗だ。瑞鶴も姉の言うことが理解できない訳はないし、自分に与えられた役目がどれほどのことかも分かっていた。

ただ、いかに正論でも、疼く闘志は簡単に抑えられるものではない。

「あっはっはっは!瑞鶴も姉には形無しだな!」

「もう!三笠様まで!」

豪快に笑う三笠は姉妹のやりとりを微笑ましく見ていた。一大決戦を前に少女の漲る闘志に触発されるところもあるが、そこは歴戦の艦船、取り乱したりはしない。故に優しく語りかける。

「瑞鶴、学ぶのだ。守りを知れば、今回の経験はいずれ与えられる攻めの機会に存分に生かされるはずだ。」

「学ぶ?」

「左様。どう守れば被害を最小限に出来るか。逆にどこを攻めれば最大限の戦果を得られるか。そう解釈できる。」

「・・・そっか!さすがは三笠様!!」

「瑞鶴ったら、私の話はまるで聞かないくせに・・・」

そんなやりとりをしていると、3人に伝令が入る。

『蒼龍より入電。敵指揮系統解析。恐らく前衛と主力を分けて、指揮しているものと推測。』

三笠は翔鶴と瑞鶴の顔を見渡し次の報を待つ。

『再び入電。五航戦に告ぐ。慌てず迎撃せよ。当方の策に死角はない。』

蒼龍の言うとおり、実際重桜艦隊に慌てて陣形を変更したり、指揮権を統一したり変容させる必要は全くない。なぜなら前出しているとおり二航戦が攻撃、五航戦が防衛と出撃前にしっかりと打ち合わせ済みだからである。今更になって慌てることはない。

つまり蒼龍がわざわざ伝令を送ったのは、『余計なことは考えず自らの責務を全うせよ』との意図が隠れている。

翔鶴は良くも悪くも細かいところまで気がつく。もし航空戦の迎撃中に戦艦による砲撃をあまりに的確な瞬間に受けた場合どう思うだろうか?恐らく相手の戦術に疑念を抱き、皆のためと無理にでも偵察機を飛ばすのではないか?蒼龍にはそういった心配もあった。

(飛龍や瑞鶴なら構わず回避運動を続け倍返しする算段をつけるだろうとの予想もあるが。)

兎に角、重桜艦隊は綿密な作戦立案と徹底した現場指揮を旨とする艦隊である故、今回はそういった重桜らしさを踏襲した蒼龍の現場指揮が光った。

 

 

戦地は戻って白波隊。

飛龍は姉より指揮権を返され再び自身の艦載機を発艦させた。

目を凝らすと大空の彼方でロイヤルとの激しい航空戦が見て取れた。

制空権はこちらにある飛龍はそう思って疑わなかったが蒼龍は未だ慎重を期していた。

些か慎重すぎではとも思ったが、敬愛する姉のことだからきっと何か思惑があるのだろうと、自分の意見は押し潰した。

このまま航行を続ければいよいよ陸奥、三笠の砲撃範囲内に入るため空母班は回避行動のい最中での発艦作業に追われるだろう。戦艦2人にしてみてもそれは同じだが堅牢な戦艦とは造りが違うと飛龍は一抹の不安をよぎらせていた。

「飛龍、大丈夫よ。守備は翔鶴と瑞鶴に任せてあるし、私達もそう簡単にはやられはしないわ。」

蒼龍は飛龍の表情から読み取り声を掛けた。

(やっぱり敵わないなぁ。)

飛龍は両頬をパシッと叩いた。

「大丈夫です姉様!この飛龍例えボロボロになっても勝利を掴んで見せます!」

「ええ、頼むわね。」

優しく微笑む姉に満面の笑みで応える妹はこの戦いに全てを賭けようと誓った。

 



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一将功なりて万骨枯る

 

会敵開戦。

ロイヤル陣営より。

ベルファストはシリアスと共に重桜艦隊へ突進を仕掛ける。

相対するは、神通と綾波。両者の戦闘は初手から混戦模様だった。

流石と言うべきか、ロイヤルの2人は劣勢を強いられる。突進の最中綾波と神通の迎撃射撃に2人の至近に多数の水柱が乱立する。

「シリアス!私はこのまま行きます、貴女は綾波さんをお願いします!」

「メイド長、了解!」

ベルファストの戦力分割は的確だった。自身は智将として知られる神通との戦闘を選択したのはここで彼女を叩いておけば後衛が楽になるとの思惑もあったが、シリアスは見かけによらず、駆け引きのない純粋な戦闘に向くからであった。この性分とも言うべきところを解せば自ずと彼女は綾波と戦った方が、艦隊的な(総合的な)勝算は高かった。

 

 

「誇らしきご主人様、ご指示を。」

『綾波ちゃんか・・・よし、無理に相手に合わせても疲弊してジリ貧だね。こちらは回避運動を行いながら適時攻撃。焦らないでね?』

「了解致しました。」

ロジャーからの指示を仰ぎつつ行動に移るが、シリアス自身個人で考え行動することも十分可能である。しかしここで敢えて指示を待ったのは戦闘に対する、決戦に対する不安があったのかそのことは誰にも分からない。

「主砲照準合わせ開始、対象重桜駆逐艦綾波。」

「そう簡単に合わせられたら困るのです。」

綾波はシリアスの砲口から逃れるように移動する。小刻みに移動しながら自分も砲撃、魚雷を放つ瞬間を狙う。

突き進む魚雷の群れがシリアスを襲う。回避を続けながら自らも攻撃の機会を窺う。

砲身が熱く弾け、火花が散り、互いの砲撃がうねりをあげる。

シリアスの側で砲弾が炸裂したかと思えば、続け様に綾波の周りには幾つもの爆裂が広がる。

(これが駆逐艦の火力?)

綾波との戦いで噂通りの火力と戦術をまざまざと見せつけられる。所謂初期艦と言われる綾波、ラフィー、ジャベリン、Z23の『改造』の強さは折り紙付きで一時期その話題にで持ちきりになったほどだ。

ただ対処できない程ではない。シリアスは比較的冷静に且つ詳細に分析した。腐ってもロイヤルメイド隊の一員。今はただ相手を見極め慎重に戦えば問題ない。そう感じた矢先。

「鬼神モード・・・!!!!!!!」

綾波の闘志や殺気、はたまたオーラのようなものだろうか、身体が真紅に包まれる。

刹那。

綾波は大剣を振るうと雲が晴れ、風と波がシリアスを激しく薙いだ。

「行きます。」そう呟いたかと思えば、綾波の姿が眼前に迫った。

「!!!!!」

「砲撃、放て!!!!」

咄嗟に構えた刀は無残にも柄が砕け、刀身が大きく削げた。その甲斐もあって綾波の砲弾はシリアスの腹部を掠めただけだった。

この時、シリアスは倉皇していた。(これほどのものなのか)と。

綾波から急いで距離を取る。それに呼応してすかさず2射目を放つ。シリアスはいくらかの余裕を持って回避出来たが、突然足下が爆裂した。

「がぁぁっ!」

吹き飛ばされ勢いよく海面に叩き付けられた。意識が朦朧とする。激痛のあまり立ち上がることすら困難になっている。

「終わりです。」

綾波は砲撃と雷撃の両方を構えた。

 

 

「おや?あちらは終わったようですね。」

神通は扇子を畳みふぅと一息吐く。

「おっと、」突然の砲撃を優雅に翻し躱す。海面が静かに揺らめく。やれやれと言ったように相手に向き直る。

神通を相手にするベルファストは息を荒くして敵を見据えていた。

「ベルファストさん、諦め退くのも戦術です。よく言われますが勇気と無謀は違いますよ?」

「・・・申し訳ございません。このベルファスト、命を賭けて決戦に臨んでいますので。」

「ふむ、頑固というか、狷介?子供っぽく言えば意地っ張りですかね?」

「では貴女は、頑冥でしょうか?」

「あら、頑冥は道理が分からないと言う意味で、考えに柔軟性がないさまと言うようですが。」

「まさしく。だと思いますが?」

「・・・あらあら。」主砲を構え打ち抜く。

ベルファストは回避し、反撃に転ずるが神通の姿がない。背後から後頭部と右腕を掴まれ、組み伏せられた。

「ぐぅっ・・・!」

「私も些か高ぶってますね。こんな子供の様な言葉遊びで手を上げてしまうとは。」

「神通お嬢様、とお呼び、致しましょう・・か?」

「・・・煽って時間稼ぎというわけでもなさそうですね。」

神通は意識を集中させ周囲の気配を探る。伝わるのは、砲撃の轟きと艦載機の飛行音、あとは鬼神の闘志。

「助っ人が来る様子もない、しかしこのまま終わるとも思えませんし・・・」

「そうですか、ではっ!!」

ベルファストは身体を一気に沈め、神通を海の底へ引きずり込んだ。

慌てず手を離し、浮上しようとした途端ベルファストは両手で拘束した。

「海の藻屑までご一緒しましょう。」ベルファストは自身に装備された魚雷の起爆装置を叩いた。

「・・・必死、ですか。」

「ええ、ここだけの話。我がロイヤルと重桜にこれほどまでに差があろうとは思ってもみませんでした。」

ベルファストの悲痛とも言える胸中を明かされた神通は諦めるように身体から力を抜いた。

魚雷がそれぞれを屠り去ったのはそれからすぐだった。

 



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帝王と軍神

 

戦いは苛烈を極めた。

ニューカッスルと江風が凌ぎを削り合い、ネプチューン、ヨーク、エクセターは摩耶、阿武隈、雪風と己が才を遺憾なく発揮し武功我先にと戦っていた。

その戦いとまた一線を隔し、まさに艦隊決戦を象徴していたのが主力艦同士であった。

重桜方の蒼龍指揮の下、飛龍、翔鶴、瑞鶴がイラストリアス、セントー、ユニコーンと。

陸奥と三笠は、モナーク、デューク・オブ・ヨーク、ネルソンと。

両陣営一歩も譲らぬ中、突如として均衡は崩れた。

 

 

黒煙棚引く御旗が大きく鬨の声を上げる。

Z旗。

意味は『皇国ノ興廃此ノ一戦ニ在リ、各員一層奮励努力セヨ。』

かの海将が掲げた大いなる意思。その意思は1人の艦船に引き継がれ重桜の胸を熱くさせる。

「さあ瑞鶴!!翔鶴!!波頭を越えよ!空を翔よ!決戦とはこれだ!!」

両の砲身が戦慄き、黒煙を振り払い、轟音と共にロイヤル主力艦隊を襲う。

「くっっ!何なのよあいつ!」

「ネルソン!無闇に反撃しようとするな!彼奴は此方を揺さぶっているだけだっ!」

「これが軍神の熱き血潮の狂騒か・・・退くわけにはいかないわ。」

「あはははははははははははは!!!!!!!!!!!!!!!!!これぞ艦隊決戦也!!!!!!!!!!」

三笠は華麗に舞い、対極するように砲弾は凶暴に、軍神はまさにここに来て最盛期だった。

ロイヤルの3人に慢心はなかった。ここまで敗戦を重ねてきて何も学んでいないと言うのなら最早馬鹿以下の誹りを避けられない。しかし、どこの世界に旧型の戦艦が、今をひた走る新時代の戦艦3隻を相手に奮闘、いや善戦、いやいや圧倒出来ようか。

これは戦術的ではなく、至極常識の感性を持っていれば辿り着く、常識の思考。

三笠の周囲に砲撃が着水し海面に波紋を生じさせる。波は荒く、風も五月蠅い。

ネルソンがモナークの忠告通り照準を定め、冷静に、しかし心は熱く自慢の砲撃を繰り出しても、砲弾はただ無残に海の藻屑となって消える。

「いいぞ!いいぞ!死が隣に在ってこそ戦闘!決戦!血を流さずして!恐怖を抱かずして!何が決戦か、何が闘争か!!!!」

三笠の声が海鳴りと共鳴して耳に木霊する。

「なによ、あの人・・・頭おかしいんじゃない!?」

「流石、軍神の名を冠すだけのことはある。」

 

 

モナークは一考する。

果たしてロイヤルは勝利を手に出来るだろうかと。

答えは否。と以外にもすんなりと導き出せた。

想いを馳せるはロイヤルの日常。優雅さを孕んだ日々の訓練に誰が本腰を入れていただろうか。

恐らくロイヤルメイド隊までも毒されてはいなかっただろうか?というところまで考える。

いや、下の者ばかりではない。陛下はどうだった?帝王を称する自分は?

後ろ向きな感情が罅から漏れ出すようにモナークの心を侵食していく。

辿り着いた先で、敗北に自身が溺れている。

「これが慢心か・・・これが因果応報か・・・これが・・・敗北か。」

溜息のように吐いた言葉に、デューク・オブ・ヨークはいち早く反応した。

全てを察したような双眸から溢れ出るのは悲哀か、はたまた絶望か。

「全艦に通達。速やかに撤退せよ。」

「はぁ!?」

「・・・・・・」

「ネルソン、お前が皆を護れ。必ず本国の海へ。」

「ちょっと!なに言ってんのよ!!まだ私たちは『ネルソン』―――

言葉を遮ったモナークの表情はどこまでも優しい表情だった。

「私はここで重桜の相手をしよう。お前達は振り向かずただ走れ。」

「・・・」

「旗艦ネルソン。モナークからの意見具申。どうする?」

「・・・っ・・・分かったわ。」

デューク・オブ・ヨークに促され言葉を絞り出す。

ここで駄々を捏ねても自体は好転しない。何より重桜との戦力差は明白だ。それから目を逸らし、意気軒昂に自らを奮い立たせていた。しかしそれも折れた今、自分に与えられた責務を果たさなければ、ビック7の名折れ。泣きそうになる自分を無理矢理引っ張り起こす。

「全艦に通達。即時撤退せよ。一心不乱に本国の海を目指しなさい!殿はモナークが、撤退支援は私と、貴女も付き合ってくれる?デューク。」

「もちろんだ、旗艦ネルソン。」

「最後に、モナーク。命令よ。」

「なんだ?」

「死ぬな。なんて在り来たりのことは言わない。―――――ロイヤルネイビーの栄光を魅せてやりなさい!」

「ふっ当然だ!」

 

 

立ちこめる血煙は躯を軋ませる。

息が荒くなる。肺が押し潰されそうになる。

膝を水面に着き、主砲を傾かせ、副砲は既に壊れた。

「・・・・・・あれだけ攻撃を受けて、まだ息があるか。」

「・・・軍神、っの、名は・・だ、伊達ではない、か・・・」

「私だけではない、これが重桜だ。」

「・・・戦う前から崩れていた我等に、勝利はない、か。」

 

 





【戦果報告書】
重桜連合艦隊はロイヤル・ネイビー艦隊を相手に戦闘を開始。
空母による先制攻撃を行う。
前衛隊と会敵後、綾波が敵戦力を撃滅するも、神通が敵と共に撃沈。
その後主力艦隊も会敵。
三笠が戦線にて奮戦。
ロイヤル・ネイビー艦隊を撤退させるに至る。

・捕縛艦
 軽巡洋艦 ベルファスト
  戦艦  モナーク


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勾留

 

拘束衣と言えば大体の想像はつくかと思う。

一般的には袖が長いジャケット状で、着用者の手を腹側にまわして袖を結び、上半身の自由を奪うものが知られている。

精神科病院や刑務所などで、自傷行為を起こす閉鎖病棟の入院患者や、暴れる受刑者に着せられたりする。

しかし、近年『患者に対する人権侵害』という批判が根強いため『人』への使用はされていない。『人』には。

 

臨時艦船勾留所が重桜母港より北に数十キロ離れた所に設けられているのは、艦船が何らかの形で施設外へ出た際、陸地から海原への逃走を防止するためである。(より遠い区域への建設案も在ったが、近隣住民への安全性を考えて白紙になっている。)

現在ここに収容されている艦船は、ベルファスト、モナークの2人。

ロイヤルからは返還要求が出されているが、重桜との戦後処理に於いて非常に不利な立場にあるため『四海条約審査会』での発言権も殆ど無いに等しい。

今日も海軍省より派遣された監査官、精神科医、心理カウンセラーが彼女らから少しでも情報を聞き出そうと必死だった。

しかしいつもと少し違ったのは、戦争から2週間後の今日から調査並びに監査の権限が自動的に指揮官職にある3人に降りたため、白波、桃瀬の2人が逢いに来たことだ。

先ずモナークとの対話は午前中に行われた。

拘束衣のままのため2人がモナークの勾留室に足を運ぶ。

「こんにちは、モナークさん。」

「これはこれは、噂に名高い白波指揮官殿。」

「あまり良い噂じゃなさそうですね。」

「いや、アンもロジャーも褒めていたよ。」

「はは、嬉しいです。」

「桃瀬指揮官殿。貴女も素晴らしい戦術眼をお持ちだ。」

「ありがとう。帝王に逢えて、その、畏敬の念ってやつかな・・それを感じてる。」

「お褒めに与り光栄だ。2人ともこんな姿で申し訳ない。」

「いえ、こちらがしてることですから。」

対話は至極落ち着いた中で始まった。

 

この時のことを側で筆記役を買って出た比嘉静香監査官はこの時のことをこう回想する。

「私たち海軍省からの派遣組は相手が艦船で在っても女性と言うことも考慮して全員女性で行きました。しかし、どちらの子も会話すらしてくれませんでした。ずっと黙ったままで・・・ベルファストの様にじっと私の手元を見て、目を伏せているだけならまだしも、モナークは私の目をじっと見つめ続けるんです。正直怖かったです。いくら特殊な拘束衣だって言っても相手は艦船ですから。それから何の進展もなかったんですが、指揮官2人が来た途端、急に饒舌になったんです。―――これは何の根拠もない話ですけど、やっぱりキューブに選ばれた『ニンゲン』は違うんだなって素直に感じました。」

 

「ところで、」

モナークはふと思い出した、と言ったように話を切り出す。

「初戦で我が軍を破ったのは、どなたか?」

「初戦・・・あぁあの夜戦か・・・黒河指揮官ですね。」

「やはりそうか。あの奇襲は彼だろうな。」

「思い当たることが?」

「いや、報告書しか読んでいないが、あれだけ戦力を傾け、アンが指揮したのに一挙に撃退させられた。それも極僅かな戦力で、だ。」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

モナークが天を仰ぐと、2人は顔を見合わせた。

それは驚くと言うより、あれでは当然かと言うように呆れた顔をしたのだった。

「白波指揮官、桃瀬指揮官。お2人ならこんな無茶苦茶な戦いはしない。」

「・・・ええ。」

「だからこそ我等は負けたのだ。」

「そんなことは在りません。僅かな差です。」

「重桜は、人材の宝庫だな。」

モナークが何を言いたかったのか、2人は直ぐに察した。

(彼に会いたい?まさか。)

桃瀬はそう考えたがそんな考え黙殺した。帝王と暴れん坊。考えただけで胃が締め付けられる気がした。

 

 

所変わって重桜海軍本部第二棟。執務室のドア。

ノックの音がして「ぁ~い。」と間の抜けた返事がした。

鳥海は「失礼します。」と中に入った。ふわっと紅茶の香りがした。

「指揮官、こちら黒河隊に新規参入した吾妻さんの資料です。」

「はいよ。北風は?」

「北風さんは桃瀬指揮官の部隊に配属されました。」

「白波はなんも言わなかったのか・・・」

「まぁ、白波隊は全力が充実してますし。」

「失礼します、こちらはダージリンです。お口に合えば良いのですが。」

鳥海の目の前に紅茶が運ばれた。

「・・・ん?」

「あ?」

「はい?」

「ぅぅぅんんん?」

そこにはベルファストがいた。鳥海は心臓の奥からうねり声を上げた。

「ちょっと、指揮官!なぜベルファストがっ!」

「うるせぇな、紅茶飲んで落ち着けや。」

「いやいや、勝手に連れてきたら駄目に決まってるでしょう!」

ベルファストはメイド服ではなく割烹着を着ていた。

「いいか鳥海、適材適所って言ってな「駄!!目!!で!!す!!」・・・はい。」

黒河が鳥海に叱られている。重桜にとって日常茶飯事。しかしベルファストにとって初めて目の当たりにした他国の艦船と指揮官のやりとり。

(変わらない、ロイヤルも重桜も・・・)

ベルファストは静かに微笑んだ。

母国を思いながらも、なぜか居心地が良い。なぜだろう。取り敢えず今は紅茶の香りに誘われただけだと解釈しよう。

 



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閑話休題

 

昔むかし、一組の恋人がいました。

 

朝顔が咲く頃、二人は仲睦まじく日々を過ごしていました。

 

ところが突然、2人のいるクニに5匹の鬼がやってきました。

 

男は鬼退治のため、海へ向かいました。

 

女は男に紅姫竜胆を、男は女に白い蝦夷菊を贈り合いました。

 

男は鬼と戦いました。

 

とても厳しい戦いの中、男は勇敢に戦いました。

 

 

 

 

___________________________

 

 

 

 

 

「いいね!いいね!!お前名前は?」

 

「ヴィルツナー・アウグスト。」

 

「俺は黒河将源。心おきなく死んでいけ!!!!!」

 

「お前がな!!!!」

 

 

 

 

___________________________

 

 

 

 

 

「ビスマルク!!!俺に力を貸してくれ!!!!」

 

「勿論よ!勝利でしか、先へ進めない!!!」

 

「・・・愛してるぜ、ビスマルク!」

 

「イルザに怒られそうね・・・」

 

「・・・・・・内緒にしてくれ。」

 

 

 

 

___________________________

 

 

 

 

 

;懐かしいですわ。あの頃はこの栄光たる金剛型が第一線にいましたのに。

 

;最近、指揮官がやる気無いですからね。

 

;あの方が亡くなってから、指揮官は意気消沈していますから。

 

;しかし、そろそろ気合いを入れ直してもらわないと。

 

;あら、ようやっと出番ですの?

 

;暁からの報告です。鉄血が妙な動きをしているようで。

 

;ふ~ん、ま、久々に暴れたい気分だったし誰で在れ関係ない!

 

;ふふふ、油断せずにいきましょう。

 

 

 

 

___________________________

 

 

 

 

あの人はもういない。

 

あの人はもういない。

 

あの人はもういない。

 

さようならと言えぬまま。

 

お帰りなさいと言えぬまま。

 

もう一度会いたい。

 

もう一度会いたい。

 

もう一度会いたい。

 

 

 

 

【鉄血悲哀の詩】_______________________

 

 

 

 

 

ああ、何度貴方の名前を呼んだだろうか?

何度呼んでも返事は無い。

声が嗄れるほど。

涙は枯れ果てた。

突き立てた刃は私の手を貫通させ、鮮血が溢れ出る。

彼も痛かった?

赦さない。

復讐のために力を受け入れた。

復讐のために魂を売った。

 

 

私はフリードリヒ・イルザ。

 

いや。

 

我が名は、フリードリヒ・デア・グローセ。

 

 

鉄を血に染め、桜を血に染め、彼の敵を殺す。

それだけを生きる贄にしてきた。

必ず殺す。

たったそれだけ。

それだけを思って生きてきた。

仇討ちの準備は整った。

旗を掲げよ。

鉄十字を掲げよ。

開戦はもう、直ぐそこまで。

迎えに行こう。

血の決戦を。

 

 

 

 

___________________________

 

 



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......110

 

 

セカイノ“イシ”

セカイノ“チツジョ”

 

ワレハ、コノセカイノ“シュゴシャ”

 

 

 

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...0

 

 

......101

 

...

 

...

 

..

 

 

.

 

 

 

 

我はこの世界の守護者。

我はこの世界の秩序を護り、保持する者。

均衡を保ち、混沌を避ける。

二つの世界に依存せず、唯一無二の世界。

 

守れずとも護り、護れぬとて衛る。

 

世界に現れた我等は、敵で在り、味方で在る。

 

 

 

.

 

..

 

..

 

...

......

 

...

 

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2?

 

 

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......................000002

 

 

2?

 

 

 

 

 

 

排除しなければ。

作り直さねば。

世界の秩序を。

世界の均衡を。

 

 

守れずとも護り、護れぬとて衛る。

 

 

全ての流れを操らねば。

全ての結果を操らねば。

 

我等は世界を征さねば。

 

 

 

 

 

守れずとも護り、護れぬとて衛る。

 

 

 

 

 

 

鉄を血で染めねばならぬ。

 

桜に重しを掛けねばならぬ。

 

鷹を清め白くせねばならぬ。

 

皇帝の家を崩さねばならぬ。

 

 

鉄血にせねばならぬ。

 

重桜にせねばならぬ。

 

白鷹にせねばならぬ。

 

皇家にせねばならぬ。

 

 

 

 

 

 

 

守れずとも護り、護れぬとて衛る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

...0000

 

 

 

...........000000010000100011111110000001

 

 

 

 

 

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我等は世界の意思。

 

我等の砲撃は世界の慟哭。

 

我等の砲撃は世界の息遣い。

 

ヒトが、

 

KAN-SENが、

 

息をするように、

 

優しく、

 

自然に、

 

当たり前のように、

 

我等は駆逐せねばならない。

 

世界の安寧。

 

世界の秩序。

 

 

 

 

 

守れずとも護り、護れぬとて衛る。

 

 

 

 

 

我等に棚引く錦の御旗。

 

旗生地に黒々と。

 

【破邪顕正】

 

【天網恢恢】

 

【撥乱反正】

 

 

天の意思は世界の意思。

 

世界の意思は我等の意思。

 

 

 

 

 

守れずとも護り、護れぬとて衛る。

 

 

 

 

 

 

 

 

幾重にも積み重ねた未来の分岐を除かねばならぬ。

 

世界に在るのは一つの結果のみ。

 

世界が辿るのは一つの結果のみ。

 

世界を征すのは一つに結果のみ。

 

 

 

 

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守れずとも護り、護れぬとて衛る。

 

 

 

 

 

除かねば。

 

 

“異分子”を。

 

除かねば。

 

 

 

 

守れずとも護り、護れぬとて衛る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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白波良一という男

 

重桜指揮官3名の内、筆頭とも言えるのは白波良一という男である。

彼の来歴はごく一般的である。

地元は横須賀にあり、父は当時交易会社の社長で、母は高校の教師だった。

彼は黒河の1つ上で、桃瀬と同い年である。

重桜の【キューブ適性検査】を受けたのは高校2年の夏である。

この年代で合格通知を受け取ったのは白波と桃瀬のみであった。

それからの指揮官育成計画はおよそ1年しか要しなかったが、戦局は悪化の一途を辿っており、火急の事案であったため短いとの認識はあれど、現場での艦隊指揮を優先させた結果だ。

かくして、白波と桃瀬は指揮官職に就く。

白波の就任初期を支えたのは綾波が、桃瀬には江風が、それぞれの任務の補佐を務めた。

(後に白波に天城が、桃瀬には三笠が秘書艦として就任する。尚黒河の初期には夕立が就き、現在は鳥海が秘書艦になっている。)

初期の業務はどうあれ現在は重桜海軍最強の呼び声も高い。

 

 

そんな彼には1人の思い人がいる。

 

 

鉄血のフリードリヒ・イルザ。

深淵のように長く美しい黒髪、凜々しい佇まいは歴戦の女傑を思わせる。

彼女は各国の指揮官の中でも年長者であり、白波より2つ上になる。

彼女に会ったのは約2年前。

 

 

 

___________________________

 

【四海会合】第一回。

 

 

某日某所。

鉄血代表フリードリヒ・イルザ、ヴィルツナー・アウグスト。

重桜代表白波良一、桃瀬七。

ユニオン代表ライト・リンカーン。

ロイヤル代表アン・スウィフト。

 

「我等は各国の同盟を今一度再構築し、世界の海を制さねばならん!」

早速口を開いたのはキング・ジョージ五世だ。ロイヤル代表の彼女は意気揚々と円卓を叩いた。

その後ろにはニューカッスルとプリンス・オブ・ウェールズがいる。

「まぁまぁそう声を荒立てずに。」

静かに諫めたのはサウスダコタ、その隣にはマサチューセッツが控える。

両者に諍いはあれど戦意はない。挑発かはたまた揺さぶりか。

「両陣営、公の場で睨み合うのはやめて頂きたい、特に、マサチューセッツ殿・・・」

マサチューセッツはサウスダコタの真横を通り越して身を乗り出しており、今にも拳を振るいそうだった。

両者へ忠告を行ったのは、ビスマルクだ。当時は鉄血の指導者として旗を振るっていた。

「すまぬな、ビスマルクよ。」

「気にしないで長門、折角の場が台無しになる方が辛いわ。」

隣の席から重桜の長門が労う。白波はこの時長門のやや後方にいる。

海軍省の報告によるとこの第一回目の【四海会合】では長門が直々に参列していたらしい。

「白波よ。」

「はい。」

「お主には期待しておるぞ、この勇猛果敢なる指揮官達の中で張り合っていかねばならん。」

「はっ、重々承知しております。」

「ま、お主には日々の戦闘から指揮を任せておるゆえ信頼しておるがな。」

「・・・ありがとうございます。」

初々しい面々が顔を揃える中、一際落ち着いていて、議場を操っていたのは鉄血の2人だった。

「ははは、ビスマルク。気負いすぎだ。」

「そうよ、ほら鉄十字章が曲がっていますよ?あ、帽子から髪の毛が飛び出てますよ。全く・・・」

「ふ、2人とも!余計な気遣いだ!」

「何言ってんだ、お前は俺ら2人の家族も同然だ。」

「そうよ、身嗜みはしっかりとね。」

イルザには恋人がいた。アウグストという。

広い肩幅に快活な性格、豪胆で男気があるようだ。いつも笑顔で愚痴を溢していたビスマルクもつられて笑顔になっていた。

鉄血は皆が家族の様に暖かい。

この時白波は長門と話をしながらも、ビスマルクに優しく微笑むイルザに目を奪われていた。

「では、これで【四海会合】を終了とする。セイレーンを完全に排除するためにも各国の惜しみない協力を期待する。」

最後までジョージは不遜な態度であったが、無事会合は終了した。

「ダンケ、長門。白波。貴方たちがいてくれて心強かったわ。」

「これからもレッドアクシズの誼みで頼むわ!」

「ええ、こちらこそ。」

「何かあれば力になる故、この男を頼ると良い。」

白波の背中をポンっと長門が叩く。

少し照れたように会釈をした。

「頼りにしてますよ?」

白波はイルザに心を掴まれてしまった。

 

 

___________________________

 

 

 

「・・・そんなこともありましたね。」

「そう昔でもないだろう?」

「ええ、ただもう・・・」

「ほほう、本当か?」

「・・・・・・」

重桜第一棟。談話室にて。白波は長門とゆったりとお茶を嗜んでいた。

「長門姉ぇー、どーこー!!」

陸奥の声が聞こえる。

「陸奥ー、待ってー。」

後ろから追いかけてくるのは桃瀬だ。

「あ、長門姉、白波指揮官も!」

「やっと追いついたぁ・・・長門ちゃんに白波さん、お疲れ様です。」

「桃瀬さんも飲みますか?」

「あ、頂きます。」

鹿威しが風流に拍車を掛ける空間でほっと一息つく。

甘みが強い様に感じる。

「先日の戦役では、上々でしたね。」

「ええ、桃瀬さんの助力もあってです。」

「ロイヤルを下し、次は次はと民心は乱れておる。ここが指揮官筆頭の腕の見せ所だな。」

「はい、尽力します。」

「あとは重桜の羅刹がどう動くか・・・」

長門の言葉に指揮官2人は答えに窮した。

あの男の手綱をどう握り、操るか。重桜の今後はそこにつきる。

 

 

翌日早朝。

重桜海域に鉄血の連合艦隊が襲来。

緊急招集が鳴り響く。



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逢魔

 

午前7時20分。

重桜領海にて鉄血艦隊来襲。

その黒鉄の艤装と血を食らったような様相は、北の凶獣を思わせる。

迎撃したのは黒河隊第一小隊。旗艦霧島。前衛暁、雷、電。

午前7時43分。

同小隊は鉄血プリンツ・オイゲンを旗艦とする四隻と交戦を開始。

敵は他、ドイッチュラント、アドミラル・グラーフ・シュペーと断定。

霧島の号令と共に迎撃を行う。

霧島の三式弾はが大きく唸る。

暁達前衛部隊は重巡を攪乱しつつ、その破壊力を分散させていった。

遡って午前7時36分。

暁より伝令を受け、夕立、鈴谷、川内、榛名、比叡の第一中隊が鉄血側面より強襲を狙い出撃を開始。

午前8時1分。

第一小隊と第一中隊が合流し、両側面からの挟撃作戦を開始。

同時刻。

鉄血艦隊旗艦並びに指導者フリードリヒ・デア・グローセが重桜母港に強襲を行う。

クラーフ・ツェッペリン、ローン、アドミラル・ヒッパーを帯同。

黒河航空支援並びに迎撃部隊はこれを迎撃。

伊勢改、日向改、扶桑改、山城改、宵月、春月、新月により、敵航空戦力による被害を最小限にする。

尚、同時に吾妻を対ローン超巡として投入。

更にフリードリヒに対しては鳥海が斥候として金剛との決戦に臨ませるため誘因を開始。

 

 

「全艦に告ぐ、久々の戦闘だ。総員、暴れろ!!!!!!!!」

「「「「了解!!!!」」」」

 

 

 

 

___________________________

 

 

 

第二次鉄桜大戦。

嘗て【四海】結成の引き金にもなったと言われる第一次を踏まえてそう呼称する。

「霧島、くるぞー」

「ええ、シャルンホルスト、グナイゼナウを補足。ご指示を。」

「想定内だな、引き続き第一中隊と共に討て。」

「了解。」

「指揮官、通信失礼。」

「金剛通信了解。なんだ?」

「現在鳥海がフリードリヒの誘因に成功。決戦のご準備を。」

重桜領北信越、迎撃戦用作戦本部母港司令室にて、黒河は各方面より寄せられる通信や情報の統合、共有を行っている。

鉄血が重桜領海に差し掛かる辺りで既に迎撃の布陣は展開済みで、黒河本人もこの司令室にいた。

先だって、暁、雷、電の独立第零諜報部隊による緊急報告により本作戦は実行されている。

黒河艦隊の特色を上げるとするならばその情報網の広さであろう。

現在世界全土の情報は彼に集まると噂する者もあれば、実はセイレーンとも繋がっているとの噂も囁かれる程。

現在、金剛の報告通り鳥海がフリードリヒを連れ母港へ向かっている。そこにはグラーフ・ツェッペリンがいる。

黒河艦隊に航空母艦は存在しない。航空戦艦と対航空戦支援、処理能力が高い者はいるが一般に“空母”と言われるKAN-SENは在籍していない。一航戦は白波が、二航戦は桃瀬が指揮をしており、残る大鳳や“軽空母”と括られるKAN-SENに関しては両名にそれぞれ割り当てられている。

(大艦巨砲主義の思想が崩れ去る中で、なぜ彼は空母の在籍を固辞したかは現在不明である。)

兎も角、鉄血戦に於いて航空戦力を争う必要性は薄いように見えた。それは敵空母が1隻しかいないことにのみ偏ったことでは無い。なぜなら鉄血艦隊の指揮指導を行っているのは他でもないフリードリヒだからと推察していた。

後に彼はこう語る。

『先ず、あいつは俺を殺したくて仕方が無かった。それもフリードリヒ本人の手で。となると航空戦力による爆撃、前衛艦隊による砲撃・雷撃で終わりなんて結果にはしたくないはずだ。となると表面的な所を見ればフリードリヒが作戦指揮まで行っているように見えるが、戦中の作戦行動は全て他の誰かに指揮権を委譲していたはずだ。』

こういった黒河の推察はまさしく当たっていた。この時、実質的な作戦指揮を行っていたのは、ケーニヒスベルク級の3人とライプツィヒで、臨時指揮系統を構築し艦隊行動を統率していた。

「指揮官、金剛です。敵艦を目視確認。これより戦闘に移りますわ。」

「了解。こっちも出る。」

「指揮官、その、く、くれぐれも無理の無いように!」

「へいへい。」

金剛が鳥海並びにフリードリヒを目視で確認したところで通信を行い、自身も戦闘の準備に取り掛かる。

手袋を嵌め直し、風に揺らぐ金色の髪を梳く。

高揚感は無い。ただあるのは、静かな怒り。

「私の指揮官を殺す?ふふっ、身の程知らずの鉄屑。徹底的に潰してスクラップにしてや・・・して差し上げますわ。」

金剛の依存性は強い。いや“金剛型”全員のである。

 

 



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亡国の姫は暴勇に心を委ねる

 

紺碧の海に漂う黒い煙は、血を孕んで天を覆う。

波を切り裂き進んでくる鉄血の戦姫はこれから始まる蹂躙に心を躍らせているのだろうか。

 

眼を閉じよう。

 

心は澄んでいる。

あるのはただ赤心を抱きし男を侮蔑された怒りのみ。

金色の髪を揺らし、すっと身構える。

旧世代の弩級戦艦が、ビスマルクの強化型とも言える超弩級戦艦に挑む?1隻で?

無謀か、玉砕か。

 

「・・・勝てないなど、小市民に言わせておけ、我が主は私に言った。戦いに命を差し出せと。その言葉に是非は無く、その行動に是非は無い。」

 

「我等金剛型は、我が主に身体と心と魂、全てを捧げる。」

 

「我が主の手となり足となり、血となり肉となり、細胞の1つに至るまで我が身を捧げる。」

 

「ただ狂者の如く敵を屠り、敵の血の一滴、肉の一片に至るまで遺さず殲滅す。」

 

 

思えば、我等の存在が忘れ去られゆく中、あの方だけは私たちに、私に手を差し伸べてくださった。

 

ならば我等も忘れず、身を粉にして、恩を返そう。

 

 

 

 

 

 

 

 

___________________________

 

 

 

 

海鳴りが潜める。

目の前には黒鉄のケモノ。

「こんにちわ。重桜の指揮官。黒河将源。」

「よう、久々だな。」

2人の周囲には浮桟橋が張り巡らされ彼が足場としていた。

「・・・この時を待った。永久にも思えるほどの時間を。」

「へぇ、で?」

「あの人の仇を討つ、それだけ。」

「あの人は強かった・・・そんなことしなくてもな。」

ヒトがキューブを使い、自身の潜在能力を引き出し、更に歴戦の軍艦の能力まで集約し、KAN-SENに限りなく近づく方法。

フリードリヒ・イルザは、フリードリヒ・デア・グローセとして新たな生を得た。

「貴方を確実に殺すため、徹底的に叩きのめすためにね。」

「来いよ、お前の思いも、あの人への想いも、何もかんも踏みにじってやる。」

「ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ・・・・・・殺す。」

刹那。

轟音が響く。砲身が燃える。黒煙は大気を揺らし天を穿つ。

「はははははは!!!!!!久々の昂揚だ!!!!戦いに命を差し出せ!!!!死線を我が物としろ!!!」

黒河が抜いた日本刀。

黒塗半太刀拵・重花丁子“桜戀”。

鳥海から借り受けた、対セイレーン及び対KAN-SEN用太刀。

その刀身は砲弾を切り、艤装を分断し、波頭をも割る。重桜屈指の業物だ。

そこへ劇砲が謳う。「あらあら、」と口にしながら金剛が戦闘に参戦する。

「指揮官を狙う輩は、私が葬って差し上げますわ。」

「・・・金剛、貴女たち姉妹のことも忘れてないわ。」

返事の代わりに金剛は砲弾を見舞う。

「おい、金剛。邪魔すんなら消えろ。」

「指揮官。ニンゲンがKAN-SENに勝てると思わないことですわ。」

「ああ!?」

「ですから、止めはその刀で。屈伏させるまでは加勢致しますわ。」

異論は認めない、そういった強い語気に黒河は渋渋意見を退いた。流石に実力差というか、生物としての力の差を計り損ねる程阿呆ではない。(戦闘に関しては、だが。)

「・・・だったら俺に合わせろ!!!」

「勿論ですわ!」

激しくぶつかり合う。

フリードリヒが砲撃を行えば、金剛と黒河は察知し回避。態勢を立て直しざまに放つ斬撃はフリードリヒの艤装に防がれる。

金剛は直ぐさま黒河の行動に合わせ砲撃、そして刀剣を抜き攻撃を行う。

フリードリヒの艤装が独りでに動き出し、その不気味な生き物が金剛の攻撃に応戦する。が、黒河の刃が艤装の頭上から下顎に書けて貫通させた。

「金剛!!!」

「指揮官!!!」

2人の同時攻撃にフリードリヒは、「笑止。」と呟き轟音を以て応えた。

「がっっっ!!!!!」

「しきか・・っ!!がふっ!!!」

2人は吹き飛んだ、特に顕著だったのは黒河が大きな弧を描いて遙か海の彼方に叩き付けられた。

「くっ・・し、指揮、官・・・」

「脆い、あれほど望んだのに、こんな簡単に崩れるなんて。」

フリードリヒは、悲哀を込めた眼で黒河の方へ目を向けた。

ゆっくりと近づく。金剛に抵抗の様子はない。彼女も相当なダメージを受けているのか。

かろうじて浮いていた黒河の首を後ろから掴み、持ち上げる。服は焼き爛れ所々煤がかって炭化していた。

脆い。ニンゲンとは斯くも脆いモノなのか。

「ごめんなさいね?こんなにも差がつくなんて。」

「・・・・・・」

「せめて一撃で、とはいかないようね。」

フリードリヒは周囲へ目を向ける。そこには比叡、榛名、霧島が揃う。

比叡は金剛を片腕に抱き、榛名は激高を込めた表情を浮かべ、霧島だけは3人と反対の方面にいた。

「囲まれた、この人は人質ってところ?」

「直ぐに奪還する。手は出させない。」

「こんなにも近くで、今すぐにでも葬れそうよ?」

「あんたの意見なんて聞いてない、やると言ったらやる。」

榛名が四つ足の獣を思わせる姿勢を取る。それに合わせ霧島も刀を抜く。

「ふふっ、さぁやってご覧なさい。」

 

 

「おい」

 

 

声を聞いて直ぐ、フリードリヒの胸に違和感がこみ上げる。それは徐々に熱を帯び、脳へ痛みを伝達させる。

右脇から胸に掛けて、浅くはあったが、折れた刃が突き刺さった。

 

 

「・・・やっぱり、貴方は簡単には死なない。でもこれじゃあ・・・

 

 

 

 

!!!!!!!!!

 

 

 

 

 

っっっっっ!!」

 

 

 

 

 

刺された。

 

 

深く。

 

 

心臓を抉られた。

 

 

金剛型ではない。

 

 

 

 

 

 

刺したのは、鳥海。

 

 

 

「私の旦那に、なしてんだ、おい・・・!!!!!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

『戦慄した。』

 

後に語られる戦役資料の最後はこの一文で締めくくられる。

 

 

 

 

 

 



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風荒れて、花散る

 

時と場所は変わって重桜領。ここはとある有名な秘境の温泉宿。

退院から数週間後、黒河はこの宿『望月』にいた。

鉄血との戦役からおよそふた月。

その間に多くのことが目まぐるしく過ぎていった。

先ず戦後処理で。

仲裁に入ったのはユニオンのベネット・クレアと秘書艦のヨークタウン、更にはその妹全員が一堂に会した。

今回重桜は、『戦闘をふっかけてきたのは鉄血であり、あくまで防衛に徹した。』との姿勢を崩さなかった。ユニオンのみならず、当然ながら重桜の国民、ロイヤルまでもが今回は重桜に否はなしとの意見を持っていた。

ところが、ベネットと同じユニオンのライト・リンカーンが異議を唱えた。

『そもそも以前争った経緯を鑑み、鉄血のみに問題を押しつけるのはいかがなものか?』と重桜の黒河の過去の遺恨も引き合いに出した。

ここで更に驚いたのは、意外にも重桜海軍上層部がすんなりと黒河の処分を決めたことだ。

『【四海】の指揮官方や各国の意見を受け、重桜指揮官黒河将源を無期限謹慎とする。』

無期限謹慎の処分は、敵からの侵攻作戦に応戦し、見事本国を守り抜いた功績ある彼に対し、やや重すぎる処分であるとの意見も多かった。

特に反発したのは彼の下に所属するKAN-SANと意外にも桃瀬だった。

(白波が無言を貫いたことに対し、黒河との関係悪化が噂されたのは別の話。)

 

ともかく、ここは温泉宿。

 

 

「あああああああああああああああああ~~~~~~~~~~~~~。湯治ってのは中々いいもんだなぁ~~~~~~~~~~。」

大きく手足を伸ばし、谿谷を目の前に露天風呂を満喫していた。

「・・・」

「・・・まだ怒ってんの?」

隣には鳥海がいる。

「・・・。」

そっぽを向いている。喧嘩した時はいつもこうだ。

「悪かったよ、先走って。久々だったから抑えられなかった。」

「戦闘に関しては本当に向こう見ずな貴方のことですから、まぁ、その、予測はしてましたけど。」

フリードリヒの誘因に成功した鳥海は、手はず通り母港近くまで下がり戦闘を見守っていた。しかし、黒河の危機に際し飛び出してきた。そのお陰で彼は救われた。

「荊妻の言葉もたまには聞き入れて欲しいです。」

「自分で荊妻って言うな、年寄りの謙譲語だろ?」

2人が揃って同じ景色を見るのはかなり久々のこと。休みを取ったらという言葉がいつの間にか宙ぶらりんになっていたところだ。

「まぁ、療養、謹慎のみではあるが、こういうのも悪くないな。」

「・・・それは、そうですけど。」

認めたくは無いが、嬉しい自分もいる。鳥海の反応に黒河が、「鳥海。」と呼び寄せた。

「・・・将源さん。」

何かを察し、鳥海は眼を閉じた。

 

 

 

____________________________

 

 

 

 

「納得いかないっ!」

桃瀬は声を荒げた。

苛立ちの矛先は海軍上層部と白波だ。

「無期限謹慎!?じゃあ鉄血にあのままやられてろっての!?」

「七、落ち着くのだ。」

三笠はお茶を桃瀬の前に差し出した。

「だって、こんなのっておかしいじゃない!それに白波・・・良一も良一よ!!」

「白波指揮官か?」

「そうよ、戦友が不当な扱いを受けてるのに、なにも言わないなんて!」

「まぁまぁ七、白波指揮官にも何か思うところあってのこと。真意が分からぬうちは如何なる賛否も意味をなさんぞ?」

三笠の言葉に「うっ」と言葉を詰まらせた。そんなことは分かっている。桃瀬が言いたいのは本来はそんなことではない。なぜ自分にも何も言ってくれないのだろう。といったところだ。

かつての戦友、現在は恋仲でもある彼の行動は到底看過出来るものでは無い。

どうやら上層部と話し合ったらしいが、内容や彼の思いは全く伝わってきていない。

彼はいろいろなものを1人で抱え込もうとする性格で、桃瀬や黒河にすら真意を打ち明けないこともしばしばあった。が、今回はどうも許せない。あまりにも多くのことが、知らない間に、いつの間にか突き抜けていった。

 

 

溜息を吐く。

どうにも分からない。どうせ白波に聞いても答えは返ってこないだろう。

なら。

「三笠さん。」

「ん?」

「黒河の、独立第零諜報部隊を招集できる?秘密裏で。」

「・・・多分な。」

「ここへ呼んで、仕事を頼みたい。」

「彼女達がすんなり受けるとも限らんが?」

「大丈夫、部隊長が霧島なら必ず食いつく話。」

「分かった、声を掛けてみよう。」

三笠はそう言い茶を飲み干し、執務室を出た。

桃瀬は思う。白波は今、誰と戦っているのか。

いつかの記憶を辿る。

3人が1つの強大な敵に対し策を出し合い、列強にも負けぬ艦隊を組織していた日々。

年のせいかなんて言うと先輩方に怒られそうだが、思い出に涙するのは年のせいにしておこう。雫は溢れなかったが瞳を濡らした。

まだ泣かない。

そう決めた。

女傑はペンを握り、紙に書く。

 

 

『重桜、3指揮官、仲良し計画案。』

 

 

 



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分断

 

ユニオンが世界の主要国に成り得たのは、単に戦力的な方面ばかりでは無い。

優秀な政治力や組織力は勿論のこと、何より指揮官たる2人の人間性に寄る部分も大きい。

ベネット・クレアはユニオンの特務海将であり、現在ユニオン連合艦隊の総督でもある。

戦術的なところのみならず、KAN-SENからの信頼度が人一倍高い。

これまで彼女には誇れる戦績は無い。実は彼女が総督になってからユニオンは戦闘を殆ど行っていない。彼女の得意とするのは所謂“調略”である。いかに危機を回避し、戦わずしてその場を収めるかを重要視してきた。

いつしか彼女を臆病者と罵った声は『戦わない常勝将軍』と言わしめるまでに至る。

その彼女の元に所属するKAN-SEN達は今日も演習や戦術教室にて己を高めていた。

「・・・・・・以上のことから、本仮想作戦において、この空母運用、それに共なった駆逐艦、軽巡洋艦の艦隊行動が合理的であると言えます。」

「待てヨークタウン、この場合戦艦だって!」

「いやここでは、」

「何を言ってるんだ!姉貴が出れば全て解決だ!!」

「重巡こそ艦隊決戦では、」

「いや!重桜が相手なら、」

「ロイヤルでもこの場合、」

白熱する机上演習、熱を帯びる議論のぶつけ合いをジョージアとノースカロライナは少し離れた所から見守っていた。

「ワシントンは所々戦略をはき違えている節があるな。」

「ええ、勇猛果敢なだけでは良い軍人にはなれないと、口を酸っぱくしているのだけれど。」

「まぁ何事も経験だ、その証拠に対空戦闘での指揮は素晴らしいぞ。」

「それもようやっと、ですけれどね。」

「はじめから一人前の奴なんていないさ。」

ジョージアは新参者ではあったが、長い軍事研究の期間を経て加入しているため、戦術的な所は勿論、実際の戦闘に関しても申し分なかった。レベルの差を危惧されていたこともあったが地道にだが着実に力をつけ、現在では旗艦を任されるほどになっている。

ノースカロライナも個性が無いなどと自己評価を低くしているが、周囲の評価は打って変わってかなり高い。特筆すべきは先見性である。今何が必要で次に繋がる最良の判断を下せる彼女は妹のワシントンだけで無く、艦隊のお姉さんとして地位を確立していた。

「ところで・・・」

「はい。」

「ライト・リンカーンの動きはどうだ?」

「・・・依然として動きはありません。」

「そうか、何分不安定な時期だ、余計な事を起こさなければ良いが。」

「サウスダコタ、マサチューセッツ、ペンシルベニア、アリゾナ、それにエセックス、シャングリラ、バンカー・ヒル、インディペンデンス。ユニオンの実力者がリンカーン指揮官を頼っています。ベネットを嫌っている訳ではなさそうだけれど・・・」

 

ライト・リンカーン。

ユニオン艦隊の初代総督。海軍将校出身で大佐であったがキューブに選ばれ、一気に昇進した男。全指揮官中で一番年上にあたる。

その性格は常に冷静沈着でどんな任務でも全うする。やや冷徹な部分もあるらしいが詳細は誰も知らない。実はベネットが指揮官職に就く際、ある程度のことを教え自身は早々に後方支援に回る言い、総督の座を彼女に譲っている。

その分ベネットですら、彼の性格を理解しているとは言いがたい。

 

「後方支援に徹しているはずが、各一大戦力が彼の元に集まっている。これをどう見るか。ヨークタウン級とエセックス級、ノースカロライナ級とサウスダコタ級。大変な事になりそうだな。」

「派閥闘争と言うわけでもなさそうですが。」

「そこはなんとも言えないな。彼の行動が読めない限り、せめて彼を慕うKAN-SEN達の行動に眼を光らせておくしかあるまい。」

かつては最強の名を冠したユニオン艦隊。

外敵に際しては結託するが、こと内部に於いては大同団結とまでは言えない。

曹操に当たって結託した孫劉同盟の様な、薄氷の関係。

そんなまさか、とこの時2人は僅かな希望を捨てきれずにいた。



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海の歌謡い

 

世界の情勢は極めて不安定である。

先の鉄血と重桜の戦闘やロイヤルと重桜の戦争。

いずれも重桜が絡んだ戦いであったが、ユニオン以外の国々が一様の戦闘を行った。

この時勢にユニオンでは我も続けとばかりに世論は好戦ムードに沸いたが、その都度諫めていたのがベネットだ。戦いを自ら招くことに意味は無いと説き辛うじて国民の安定を図ってきた。

 

 

 

しかし、

 

 

 

 

「エセックス。」

 

「はい。」

 

「世は混迷に在る。私はそれが嘆かわしい。」

 

「仰るとおりです。」

 

「私は、世界を統べたいと思っている。」

 

「統一国家ですか?」

 

「そうだ。私の元に全てを集約させ、争いの無い世界にする。」

 

「ですが、一筋縄では行きますまい。このユニオンにもベネット・クレア指揮官がおります。」

 

「だからこそ、お前を頼りにしている。エセックス、お前が“予”の覇道を補佐せよ。予はこれより覇王となりて、世界を混迷から救済する。」

 

「仰せのままに。リンカーン様。」

 

 

 

 

 

 

また1つ。争いの火種が燻りだした。

 

 

 

 

 

___________________________

 

 

 

 

 

 

「リンカーンさん、貴方は間違っている。それは平和からかけ離れたものよ。」

 

「ベネット。お前なら予の考えを理解できると思っていたが、残念だ。」

 

「覇道なんて、分かりたくも無い。私は多少不安定でも、何か問題があるたび、みんなで解決策を話し合う様な、そんな世界がいい。」

 

「それでは足りんのだ。既に重桜を筆頭に暴れ続け、世界は歯止めの効かぬ所まで来た。今こそ絶対的な力が必要なのだ。」

 

「リンカーン・・・貴方は、ただの独裁者だ。」

 

「理解できぬならば消えろ。予の精鋭が貴様の全てを倒して進む。」

 

「みんな、私に力を貸して!!!!!」

 

「ユニオンを蹂躙せよ。これは命令だ。」

 

 

 

 

 

__________________________

 

 

エセックス級が襲いかかる。ヨークタウン、エンタープライズ、ホーネットはその全てに応戦する。

「エセックス!!!これは貴女の意思なの?」

「ヨークタウンさん、いえ、ヨークタウン。貴女には関係の無いこと。我らの王が決めた事は如何なる命令でも是とする。」

「それが間違った道でも?」

「これより先、リンカーン様の思想が理解できないなら生きる価値はない。消えろ。」

その時無数の艦載機がエセックスの攻撃隊を阻む。

「エセックス、お前の相手は私がしよう。」

「・・・エンタープライズ!!」

エセックスは驚愕した。なぜならバンカー・ヒルに任せていたはずの敵が眼前にいるのだから。

「彼女なら今頃休憩中だ。」

「驚いた。まさかこんなに早く。だがあの子じゃ無理だと思っていた。だから、後詰めを用意してある。」

エセックスの後ろから放たれる攻撃隊。その主はボーグ、レンジャー、ワスプ、そしてレキシントン。

「エンタープライズ!防衛指揮を!」

「了解!くっまさか、彼女達まで!?」

空母の数を抑えた。見たところリンカーンの艦隊の航空戦力は既にこちらを超えている。

防御を強いられる中、またヨークタウン、エンタープライズの危機を救う機体が。

「大丈夫!?2人とも!」

「幽霊さんは寝てたいんだけど、今回は流石にねぇ~」

サラトガとロング・アイランド。2人は軽口をたたいているものの、いつにも増して真剣な眼差しをしていた。

「サラトガちゃん・・・」

「ごめんなさいお姉ちゃん。私ベネットを裏切れない。」

「そう。でもこれは必要な犠牲なの。だからサラトガちゃん、ごめんね。」

レキシントンは構える。両者は覚悟を決めた。

身内で争うことになろうとも、自身が信じた正義を貫く。

 

 

だからこそ、

 

 

ホーネットは、ヨークタウンとエンタープライズを攻撃した。

 

 

 

 



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君子、亡国に際して、瑞獣を逃す。

 

『ユニオンの指揮官ライト・リンカーンが、国家を掌握し、軍政を築いた。』

この報は全国家に伝えられた。ベネット・クレアの安否は不明である。更に言えば彼女の元に所属するKAN-SENの詳細も不明だ。

重桜はロイヤルとの軍事協定を再締結。

ヴィシア聖座と自由アイリス教国は軍事協定を締結。

鉄血、東煌、北方連合の返答は無い。

よって重桜、ロイヤル、ヴィシア、アイリスによる【新・四海同盟】を制定。

世界の情勢は現状2つに割れていた。

 

 

 

 

某日。ロイヤル領。___________________________

 

埠頭にニューカッスル、シェフィールド、シリアスがいる。

3人は海の向こうを見つめる。

「統括、見えました。」

「ええ。シェフィ、お出迎えの準備を。」

「畏まりました。」

「統括、私は打ち合わせ通りに。」

「お願いしますね。」

3人は客人の来訪に合わせ行動を開始する。シェフィールドは本部へ連絡をし、シリアスは母港の周囲に警戒態勢の布陣を敷くメイド隊の元へ駆けていく。

来客したのは重桜の桃瀬、蒼龍、那珂、そしてベルファスト、モナーク。

「ベル、お久しぶりね。」

「ニューカッスルさん、私が不在の間、ご面倒をお掛け致しました。」

ベルファストが頭を下げようとした時、ふわりと優しい香りと共に柔らかい感触に包まれる。

「貴女が無事で良かった。」と抱きしめられた。

「あ、あの、と、統括っ///」

「【元】ですよ?」

そんなロイヤルの面々を微笑ましく見守る桃瀬達の元にシェフィールドが駆け寄る。

「重桜の桃瀬指揮官。戦時以来ですが、お目に掛かるのは初めてですね。サウサンプトン級5番艦シェフィールドです。本日より案内役を務めさせていただきます。」

「ご丁寧にありがとう。重桜指揮官桃瀬七です。よろしくね。こっちは付き添いの蒼龍と那珂。」

「よろしくお願いします。」

「よ、よろしくお願いします!」

蒼龍、那珂が共に挨拶を交わし、後ろで無言のまま控えていたモナークも共にロイヤル海軍本部へ向かうことにした。

 

シェフィールドに連れられ母港を発つと城に似た様な建物が眼をひく。【Royal Navy】と書かれた門をくぐるとロジャー・スウィフトが出迎えに来ていた。

挨拶もそこそこに応接室へ通される。

ドアを開けると、アン・スウィフト、クイーン・エリザベスが座しており、エリザベスの横にウォースパイト、秘書艦としてアンの隣にネルソン、ロドニーが立っているのが眼に入った。

「ようこそ、重桜の桃瀬指揮官。私はクイーン・エリザベスよ!」

立ち上がってふふん息を鳴らし、胸を目一杯張り桃瀬へ挨拶すると、桃瀬はカーテシー(跪礼)と呼ばれるロイヤルの女王への最敬礼を行った。

「目通り感謝致します。重桜海軍桃瀬七にございます。畏くも陛下に於かせられましては、ご健勝のこととご拝察申し上げます。」

不意に食らった最敬礼にエリザベスは困惑した。あまりに唐突で。(これが白波や黒河なら会合の円卓を優位に進めるためにこのくらいやりそうだが・・・)

「あ、あの、ええっと・・・まぁまぁね!」と訳の分からぬ挨拶にウォースパイトやネルソンは頭を抱えた。

「あの、桃瀬指揮官。どうぞ楽に。陛下は、その、堅苦しい言葉遣いは好まれません。」

ロドニーが苦笑いしながら促すと桃瀬はパッと笑顔になり「分かりました。」と一言。

桃瀬は蒼龍に目配せすると、ベルファスト、モナークを自分の隣に歩み寄らせた。

「陛下、アン指揮官、ロジャー指揮官。ベルファストとモナークを連れて来ました。もう既に重桜の監理下を出ました。白波指揮官より、どうぞご帰還後も変わらぬご寵愛をとのことです。私からもお願いしま「べルゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

桃瀬が言い終わらぬ間にエリザベスはベルファストに飛びついた。顔は涙と鼻水でグチャグチャだ。

「陛下、ご心配をお掛けしました。」

「いいのよ!!いいのよ!!無事に帰って来たじゃない!!」

「・・・モナーク、お帰り。」

「アン。すまない。私がいながらロイヤルの栄光を・・・」

「気にすること無いわ。死んで終わった訳じゃないし。」

アンはモナークに歩み寄り肩に手を叩いた。良かったと。無事で良かったと。また次だと。叩かれた分だけモナークの心にアンの感情が流れて来る気がした。

 

 

その後、ヴィシア、アイリスの大使が続けて訪れ、会談に入る。

ユニオンに対する危機管理態勢。最悪の事態を含めどう動くかを密に話し合う。

未曾有の激戦に向け、【新・四海同盟】は覚悟を心に宿す。

 

 

 

 

 

 

 

___________________________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・まじかぁ。」

 

 

「・・・すまない。」

 

 

「謝んなよ。俺がそうしてきたように、お前も思うことがあんだろ?」

 

 

「僕は、世界をいや、重桜を護りたい。」

 

 

「なら、俺1人にここまで構う必要はねぇよ。」

 

 

「君は戦友だ。特別だよ。」

 

 

「俺には、こいつらがいる。だから、気にすんな。」

 

 

「・・・・・・君は強いな。」

 

 

「ばか言うなよ。お前の方が頭良くて、演習でもほぼ負けなし。お前の方がよっぽど強い。」

 

 

「・・・・・・」

 

 

「泣くなよ。タマシイ売ったんだろ?鬼になるんだろ?泣くな。」

 

 

「・・・・・・」

 

 

「・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕は鬼になるよ。

 

 

重桜を護りたい。

 

護るんだ。

 

 

この角も。この耳も。牙も。爪も。

 

重桜のために僕は、鬼になるよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「七は赦してくれるかな?」

 

 

「あいつは、どんなお前も許してくれるよ。」

 

 

「ありがとう・・・・・・じゃあね。将源。」

 

 

「ああ、良一。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「天城、赤城、加賀。我等白波隊はこれより軍部を掌握し、重桜の実権を握る。」

 

「その後は?」

 

「ユニオンと同盟を結ぶ。全ては重桜が世界で生き残るためだ。」

 

「黒河と桃瀬は?」

 

「きっと分かってくれるさ。今は道を違えても、その先できっと会えるはずだ。」

 

「了解したよ白波指揮官。」

 

 

 

 

 

 



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愛してその悪を知り憎みてその善を知る

 

後悔なんて何度してきただろう。

止められなかった争いに、いつも心を焦がされる。

いつもそうだ。

『一の方針を定め、十を想定し、百案練って、千を予測し、万事に気を配る。』

先生から受けた訓示。

私は1つも出来なかった。

口だけだと揶揄されたことだってある。

でも、今だけは。

神様、お願いします。

今だけは、あの人を止める力をください。

もう後悔なんてしない。

幾つもの戦いを乗り越えて、なんて言えないけど。

今だけは、勇気をください。

 

 

 

 

___________________________

 

 

 

 

 

 

「良一。どうして、なんてもう遅いね。」

「ああ、七。これは重桜の、俺たちのためなんだ。」

「・・・その耳、似合わないよ?その尻尾も、角だって・・・似合ってない。」

「・・・・・・」

「貴方は、私が止める!」

 

 

海は荒れている。

戦いの予感に波は高く、風は躯を刺す。砲身に反射する日の光は2人の譲れぬ境界線に線を引くように輝く。

ロイヤルでの会合中、知らせを受け取って駆けつけると、五航戦は既に倒れ、三笠は刀を杖にようやっと軍神の風格を保に至る。

「赤城さん!加賀さん!何故貴女たちが!」

「天城さん、出雲さん、貴女方も・・・」

飛龍は狼狽し、蒼龍は半ば諦めたように眼を細めた。

「全ては指揮官様のご意志。」

「我等は臣下としてお支えするのみ。」

この時、三笠の指示は的確だった。

外へ出ている蒼龍。姉がいなければ飛龍の戦闘能力は半分以下になる。無理に一航戦と戦えば桃瀬が帰還した時に反抗戦力はほぼ瓦解したと言える。

ならばと自らを盾に、五航戦を中心に反撃指揮を執ったが、不意打ちもさることながら、流石は一航戦。心は堕ちても鉄の翼は墜ちず。僅かな時間で悉くを凌駕された。

三笠を支えたのは軍神の意地か、はたまた、敵の情けか。

「三笠さん、長門ちゃんは?」

「陸奥と江風と共に戦闘中のこの海域から出た。お前が来なければ、叩かれていたやもな。」

「他のみんなは?」

「案ずるな、戦力は残してある。私はお前に賭けたのだ。」

黒河の姿が無い。既にやられたか、いや、白波についたか・・・彼に限ってそれはないだろう。桃瀬は溜息1つ吐き白波艦隊を睨んだ。

足場は海に浮かぶ浮桟橋は、指揮官が前線に出る際に使われる明石の特製品だ。

波の飛沫を感じながら、すーっと潮風を肺に吸い込んだ。

そして叫ぶ。

「二航戦!!戦闘準備!!!」

「大鳳!!お願い!!力を貸して!!!!」

「摩耶!!!!伊吹!!!!北風!!!!貴女たちもお願い!!!!!!!!」

 

叫んだ後一瞬の静寂と共に、現れる。

現反抗戦力最強の桃瀬艦隊。

「飛龍!!兎に角やるしかないわ!!!」

「はいっ!!!!」

三笠の推察は当たった。飛龍の迷いは消えた。姉の鼓舞?いや、最早桃瀬に託すしか無いと開き直った顔つきだ。信頼とも言える。

「七、遅かったな。ぼくはいつでもいけるぞ!!!!」

「ふふ・・・七を虐めるのはどこの狐さんかしらぁ・・・?」

「主殿、前衛はお任せを。敵の全てを一刀の錆にしてご覧にいれましょう!!」

「指揮官よく戻った・・・会心の一撃受けてもらおうぞ!!!」

他の面々も士気を上げ突撃を仕掛ける。

白波艦隊のKAN-SENも迎撃の態勢に移る。

しかし、どこか余裕そうなのはなぜだろう。

三笠と桃瀬は一考した。

他のKAN-SENの子達が見えない。それは黒河の部隊に所属であったり、混乱して動けない者もいるだろう。桃瀬はそう考えるにあたり、三笠を見る。三笠は全てを察し首を横に振った。(実はこの時、長門が暴走する重桜艦隊を沈めていたが、桃瀬や三笠はまだ知らない。)

白波の表情からは察することが出来ない。

悲哀のような、かと思えば全てを諦めているような・・・

ここで桃瀬と三笠に唐突に答えが明かされた。

海の向こうから煌めいた砲撃。それは鉄血、東煌、北方連合の艦隊からのものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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運命

 

「東煌、北方連合に鉄血、か・・・。」

「七、かなりまずいな。」

「一航戦に出雲さん、天城さん、それに高雄ちゃんに愛宕ちゃん。」

「神通と鬼神もおるなぁ。」

「手負いの軍神では、手助けどころか足手纏いだな。」

「いえ、三笠さんは十分すぎる程やってくれました。」

二航戦と大鳳をもってしても、一航戦の強力な航空戦力に及ばない。既に数値でしか計れない戦力など意味を成さず、その意思の堅さ、信念の強さがモノを言う場面。

桃瀬隊に勝機は未だ見えず。白波の部隊は重桜の顔役だっただけに精強で、屈強で、異常なほどの力を発揮している。

「敵影は、東煌が寧海、平海、逸仙のお決まり編制。」

「北方はアヴローラ1人、鉄血は・・・フリードリヒ、ティルピッツ、グラーフにシャルンホルスト、グナイゼナウ。」

「前衛はヒッパーにオイゲン、ドイッチュラント、シュペー、ローン、Z46までいる。」

「絶望的ね。」

戦いに於いて最も原始的な優劣は数である。既に桃瀬隊はその優劣の判定に於いて敗北している。勿論命を賭して戦えば一矢報いられよう、しかしその後はどうするのか。桃瀬に去来した絶望と不安は指揮を鈍らせる。

「・・・七、逃げよ。」

三笠は彼女の傍に寄りそう告げた。

「この程度の傷で、軍神は退かぬ。」

ニッと笑った表情はいつもより大げさに見えた。三笠は絶望的な状況に際し、自らは何をすべきかをしっかりと理解していた。

「・・・駄目。」

「ん?」

「今回は、逃げない。絶対に。」

「七。」

白波良一は桃瀬七と恋仲であるが、それ故に、そんな間柄だからこそ、この戦いにけじめをつけなければという決意だけが彼女を支えていた。

 

 

 

___________________________

 

時間は少し遡って【ヴィシア】

 

 

「おかしい。」

「どうしました?ガスコーニュ。」

「主の反応が、薄い。」

「え?」

「ここ数日、主の生命反応が薄い。上手く感知できない。」

「主・・・ああ、重桜の方の?」

「?・・・主は黒河だけ、ダンケルクは頭がおかしくなった?」

いやいや、お前だ。とダンケルクは心の中でツッコんだ。

彼女はどうも、自らの指揮官を重桜のあの人だと思っているらしい。

まぁ、彼は同じレッドアクシズで、交流もあって、時代遅れの大艦巨砲主義者だし、ちょっと抜けてるけど演習の時の活き活きしてる子供っぽい感じは可愛いし、お菓子もらってくれたし、頼りにしてくれてるし、寧ろこっちが頼りにしてるし、」

「ダンケルク、全部声に出てるぞ。」

「!!!!!!!!」

苦笑いしながら声を掛けたのはジャン・バール。

顔から火が出ているダンケルクをよそに、ジャン・バールはガスコーニュに問う。

「あいつに、何かあったのか?」

「分からない。でもこんなこと今まで無かった。彼の生体反応は全て記憶しているのに。」

「う~ん、風邪?」

「波長は掴み辛いけど比較的安定している。ただ、遠くて薄い感じ。」

ジャン・バールとダンケルクは悩んだ。どうするべきかと。

意外にこのガスコーニュ、頑固なところがある。特に彼のこととなると一入だ。

「行くか。」

「は?」

「いや、だから重桜に。」

「いやいや、待って待って。いい?ここから遠いし、それに大戦を控えての遠征なんてするべきじゃない。」

「なら、私たち2人だけで行く。それならいいだろ?」

「何言ってんの?守りはどうなるの?」

「今は、アイリスとも同盟関係にある。大丈夫だよ、リシュリューには私からいっとくからさ。」

う、とダンケルクは言葉を詰まらせる。

確かに、周囲には同盟国のアイリス、ロイヤルしかいない。

留守の間を急襲なんて事は・・・ないとも言い切れないが、限りなくゼロ。

加えてリシュリューに話を通すとあれば更に安心感は増す。

何より、ダンケルクも(ちょ~~~~~行きたい!!!!)と思っている。

 

 

かくして、ジャン・バール、ダンケルク、ガスコーニュの3名は重桜へ向かった。

 

 

 



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旗を翳し波頭を越えよ

 

「こりゃあ、一大事だ。」

ジャン・バールは、自らの砲身を動かしながら呟く。

目標は、重桜KAN-SEN以外の敵艦。

彼女がそう認識するのに時間は掛からなかった。既に圧倒的不利の立場に立たされた重桜の面々は疲労困憊の様相だった。

しかし、困ったことに重桜と重桜が対峙している所も見てとれた。

「ガスコーニュ、捕捉出来るか?」

「・・・桃瀬七は無事。他の子もなんとか。」

この場面で彼の名を出さなかった彼女に称賛を覚えた。この危機的状況で既に戦況と被害状況の把握を一瞬で行い、攻撃準備も黙々と進めている。

「ここまで来たら、やるしかないわ。」

「ああ、俺たち3人ならなんとか。」

「問題は航空戦力が皆無ってとこかしら?」

「・・・ガスコーニュお前はどう思う?」

「問題ない。羽虫が飛ぶ前に叩く。」

ジャン・バールとダンケルクは見合わせ。思わず吹き出した。

「ははは、そうだ。俺たちにはそれしかない。いや、それが出来る。」

「ええ、やるわ。」

「目標捕捉完了。ガスコーニュ、いける。」

「よしっ!全艦突撃!!!」

「「了解!!!」」

 

 

___________________________

 

 

ヴィシアの砲弾は重桜の海を激しく叩く。

白波は直ぐさまフリードリヒに合図を送りこれを迎撃せんとし、自身の艦隊は桃瀬隊に最後の攻撃を仕掛けようと動いた。

[桃瀬指揮官、聞こえる?こちらはダンケルク。応答願います。]

「ダンケルク!?どうして!?」

先の会合にて、ロイヤル、ヴィシア、アイリス、重桜は、有事の際に一時的に通信を行えるよう緊急用の暗号を無視した無線を示し合わせている。

[こちらはダンケルクとジャン・バール、ガスコーニュの3名が救援に来たわ。]

「・・・ありがとう。正直駄目かと思ってた。」

[・・・黒河指揮官は?]

「分からない。」

[そう。一先ずこの戦局をどうにかする。]

ダンケルクは一方的に通信を打ち切った。通信中の声から戦闘に早く参加しなければとの心境が窺える。

「大鳳!」

「はい!」

「貴女はヴィシアの航空戦に参加して。むこうは布陣的に鉄血や東煌、北方を相手取る。貴女ならグラーフ1人、勝てる。」

「了解!」

瞬時に桃瀬は戦局、布陣展開を考え戦力の振り分けを行う。三笠は口を挟まなかった。この状況で指揮官の指示に口を出せば余計な混乱と指揮を下げてしまう。

「瑞鶴、翔鶴、ごめんね。貴女たちにも死力を尽くしてもらわないといけないみたい。」

桃瀬の側でへたり込んでいた2人に声を掛けた。振り向かず。冷静に。狡猾に。嘗て中華全土に名を馳せた軍師が無情に非情に策を練ったように。

もはや事態は一切の猶予も無い。好機は今。今しか無い。

「二航戦、五航戦に命令。一航戦を超えなさい!」

倒すでもなく、勝つでも無く、超える。果たしてそれは意図的かどうかなど、誰にも分からないが、幸いにもその言葉はプラスに作用した。

五体は未だ健在、四肢に血が蠢き、五臓は躍動し、六腑は滾る。

蒼龍、飛龍、翔鶴、瑞鶴。4名に覚悟が宿った。

「・・・良い眼だ。我も続かねばな。」

三笠は軋む身体を無理矢理引き起こす。あの時もそうだった。決死の丁字戦法は身を晒してこそ後に意味を成した。

「七。これを。」

「・・・うん!!!」

三笠の刀剣の鞘に括られたZ旗。

桃瀬七は民衆を導く自由の女神となれるのか。三笠は思わず笑った。大いに。ここまで戦歴を重ねてきて、最後に頼ったのは鼓舞するための演出。

(それも良かろう。最後まで精神論とは、重桜らしかろう・・・)

 

「皇国ノ興廃此ノ一戦ニ在リ。各員一層奮励努力セヨ。」

 

天気は晴朗であるが、浪は高い。

 



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紫煙潜りて、空は遠く。

 

死を本当の意味で覚悟した者は厄介だ。白波はそれをよく知っている。

死を本当の意味で享受した者も厄介だ。白波はそれをよく知っている。

その3人をよく知っている。

 

1人は故郷を護ろうと命を捧げた真の勇士だった。

1人は恋人の死を受け入れ復讐を誓った女傑である。

1人は数奇な運命に身を委ね戦闘に命を差し出した友だ。

 

白波は3人をよく知っているし、その決意に憧れた。

 

ここにもう1人、白波のよく知る女性が、死を、本当の意味で越えようとしている。

 

言うは易し、行うは難し。

 

これまでそんな言葉を口にするまいと思っていたし、実際口にしなかった。

 

しかし、彼等は、彼女等は違う。

 

 

『命を賭して、故郷を護る!!!!』

 

『復讐こそが、私の心の安らぎ・・・』

 

『いいねぇ・・・俺を殺してみろ!!!』

 

 

 

「みんなで、乗り越えよう!!私たちは逃げない!!!!」

 

 

 

___________________________

 

 

 

ガスコーニュはフリードリヒを相手に立ち回っていた。

呆れるほど強い火力に意気を巻く。

彼女も負けじと、パルチザンやハルバードを連想させるような大きな武器を手にフリードリヒに襲いかかる。

その全てを怪物染みた艤装が応戦し、フリードリヒ本人は砲撃行う。

「・・・強い。」

「貴女では、敵いませんよ?」

「む・・・やる。」

「ふふ、あらあら。」

ガスコーニュが乾坤一擲の攻撃をしたその刹那、フリードリヒは慌てて回避した。

「後ろから狙うなど、騎士道に反するのでは?」

「俺は海賊、だからなぁ~、騎士道なんて持ち合わせていないよ。」

振り返るとジャン・バールが不適に笑っていた。

「ジャン・バール、首尾は?」

「こっちは終わったよ。」

「ダンケルクは?」

「妙な真似しないように見張ってるってさ。加勢に来た大鳳も直ぐ向こうへ蜻蛉返りしてったよ。」

「はぁ・・・予想外ね。」

ジャン・バールとダンケルクは大鳳と合流後、瞬く間に敵勢力を撃破していった。

回避に優れる?当たるまで撃て。

耐久に優れる?倒れるまで撃て。

対空戦がある?艦載機ごと撃て。

悉くを凌駕し、悉くを打ち砕き、その砲撃を以て全てを打ちのめした。

「ローンやティルピッツ、貴女達では無理だと思ったけど。」

「まぁ加勢もあった。」

「大鳳?あの子はグラーフへの対抗でしょう?」

「いや、その子達だ。」

ジャン・バールが指を指したのはフリードリヒの足下。

その時得も言われぬ衝撃が襲う。

「っっっ゙ぁ゙ぁ゙あ゙あ゙ああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」

艤装を掻い潜って襲う痛みは、疼みとなって、傷み、熱さを帯び、熱を通り越した部位は一気に冷えたような錯覚に陥り、脳と神経が耐えられぬ感覚を遮断するため、身体の全組織が目まぐるしく駆動する。

(いたいいたいいたいいたいいたいいたい!!!!!!!!!!!!)

(いつ?いま?だれが?ぎそうは?あつい!?あし?うでも!?)

(いたいいたいいたいいたいいたいいたい!!!!!!!!!!!!)

眼球が跳ねる。心臓が出そうだ。肺が焦げる。喉は叫び散らしたせいか声は血を帯び、髪が逆立つ。ようやく感じる。地獄に続く次の地獄の痛み。限界なんてとうに越えた痛みだ。経験したことの無い痛み。

 

「あらあら?」

「あれあれ?」

「キューブを取り込んだはずなのに。」

「キューブを取り込めたはずなのに。」

「KAN-SENのはずなのに。」

「KAN-SENになったのに。」

「後悔してる?」

「後悔したの?」

「所詮は不完全体。」

「所詮は非艦船体。」

「あ、電。今の上手い!」

「降りてきたv(^^)v」

「それがしも忘れないで欲しい・・・」

 

重桜の駆逐艦にして言わずと知れた独立第零諜報部隊。フリードリヒを襲ったのは彼女達の雷撃。

「至近距離でこの威力か。流石黒河指揮官。よく訓練されている。」

「いえ、フリードリヒにだけ有効な策なんです。」

「?」

「ま、それは後ほど。相手は腐っても戦艦。今はくれぐれも油断無きよう。」

暁に諭されジャン・バールも構える。

が、フリードリヒは虫の息だった。ガスコーニュは既に警戒していないようにも見受けられた。

「・・・は・・・は・・・は・・・っ」

(これほどまでに?)

ジャン・バールも何度も魚雷の威力をその身で味わってきた。だが、ここまででは無かった。こんなことを言っては失礼だが、雷撃の威力がこの3人よりずっと高いKAN-SENにやられたことだってある。それでもここまでやられることは無かった。

「・・・そうか、アナタは・・・」

ガスコーニュは憂いた眼で見つめてた。

 

 



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秩序に抗うな、黙って従え

 

一航戦は昂揚していた。

よもや後進の諸将がこれほどまでに成長していたとは。

二航戦が我が軍の艦載機を撃墜し、五航戦が本陣に噛みついてくる。

鶴?いやいやまさしく鷹や鳶。いや、狐に群がる煤の染みついた羽根から思わせるのは獰猛で狡猾な鴉か。

2匹の龍と2匹の鴉。

その強さに見惚れた。赤城と加賀は思わず表情を綻ばせる。

 

(可愛い後輩達、よくぞここまで。)

 

赤城は加賀を押しのけ、4体の空の守護神の攻撃を1人で受けた。

 

 

___________________________

 

 

 

 

同士諸君!

 

今が好機だ!

 

明日に続く戦禍を謳おう!

 

最早、血で血を洗う争いに終止符を打つべき刻だ!

 

我等の明日は、闘争に委ねられた!

 

武器を持て!

 

決意の弾丸を!

 

決心の刃を!

 

今こそ立て!

 

自由の白鷹が、諸君を導くだろう!

 

勝利の凱歌が、諸君を導くだろう!

 

いざ行かん!

 

目指すは東の海!

 

同志諸君!

 

賽は投げられた!

 

ユニオンの栄光に!

 

ユニオンの未来に!

 

いざ!!!!

 

 

 

 

___________________________

 

 

 

 

「指揮官。来るよ。」

 

「そうか。意外と早かったな。」

 

「さぁ戦闘準備ですわね。」

 

「いいか、思い切り暴れろ。遠慮すんな。」

 

「ここまで待ったんだ、言われなくても。」

 

「もう、指揮官も皆さんも。桃瀬指揮官にどれほど迷惑を掛けたか。」

 

「だが、これがあいつの最後の策だ。託されたんだよ俺達は。」

 

 

 

 

___________________________

 

 

 

 

秩序を護らねばならぬ。

 

世界を形成するために必要な絶対の秩序は、

 

必ずしも全てにとって善では無く、

 

全てにとって悪では無いのだ。

 

一重に世界の成り立ちを護るためなのだ。

 

真理は二律背反の上に成り立っている。

 

秩序とは、誰かのためでは無く、

 

世界の成り立ちに於ける、

 

必要最低限のものだ。

 

秩序を乱してはならない。

 

何故犯罪がある?

 

何故犯罪は無くならない?

 

秩序とは、

 

全てにとって善では無く、

 

全てにとって悪では無いのだ。

 

悪が無ければ善は無く、

 

善が無ければ悪は無い。

 

秩序を乱してはならぬ。

 

それはつまり、

 

秩序という世界の枠組みを超えてはならぬ。

 

秩序の境界を越えてはならぬ。

 

 

ヒトに赦されたチカラを越えてはならぬ。

 

 

チカラを欲してはならぬ。

 

 

排除せねば。

 

 

秩序の崩壊は、

 

世界の崩壊。

 

護らねば、

 

世界を護らねば。

 

排除せよ。

 

欠片も残さず。

 

 

 

秩序とは、

 

全てにとって善では無く、

 

全てにとって悪では無いのだ。

 

 

我はこの世界の力。

 

われはこのせかいのちから。

 

ワレハコノセカイノチカラ。

 

我らハ、此のセ界の秩じョ。

 

 

 

 

 



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喧噪の随に一息ついて。①

【白波】

机に向かい、日がな一日を事務処理に費やして過ごす。

遠征、演習や戦術教室への指示。その他戦果報告書に目を通したり、強いて身体を動かす機会と言えば帰港した部下達への出迎えくらいだ。

背もたれに身体を預ける。

「ふぅ」と息を吐くと秘書艦の愛宕が見計らったようにお茶を差し出した。

「お疲れ様です。」

「ああ、すみません。出させたみたいで。」

「気にしないで、指揮官のお世話をするのはお姉さんの役目だから♪」

耳を弾ませ、笑顔を綻ばせる愛宕。

お茶に口をつけると丁度いい温度だった。

外から声が聞こえた。なんと言っているか聞き取れないが桃瀬と黒河だろう。どうやら何か言い合いをしているみたいだ。

思わず笑った。あの2人は昔から変わらない。それが少し羨ましいと思う。

(仕事が仕事だから・・・)と自らが重桜の要職である総指令の立場にあることを言い訳にした。

「しかし、この書類の量は以上ねぇ・・・ま、指揮官だから処理仕切れるんだろうけど♪」

しまった。

どうやら顔に出てしまっていたらしい。愛宕の言葉には、あの2人には同じ仕事は出来ないだろうと励ましてくれているようだ。

「愛宕さん、仕事の量のこと、上に掛け合ってみます。」

「ふふ、あらあら、指揮官がそんなこと言うなんて珍しいわね。」

「たまには僕も身体を休ませたいですし。」

「そうね。じゃあ張り切って今日の分をささっと終わらせましょう!」

「はい!」

珍しく胸が躍った。

この仕事が終わったら休暇をもらおう。しばらく働き詰めだったのだ。少しくらいわがままを言っても罰は当たるまい。

お茶を飲み干して、姿勢を正す。

今日も今日とて仕事を終わらせよう。

 

 

 

 

 

【桃瀬】

ジリリリリリリリリリリリ!!!!!!!!!!!!!!!!!!

「・・・んむぅぅ。」

寝起きはいつもこう。最近になってようやく1度で起きられるようになった。

軍人の朝は早い。

現在四:三○。

通常勤務のKAN-SENは七:○○起床。これは普段から戦闘に身を投じる身体を気遣ってのことである。因みに秘書艦に関しては五:○○起床であるが三笠さんはへっちゃららしい。執務室への集合時間は五:三○。

身嗜みも整えず秘書艦に会うわけにもいかないし、良一ほどでは無いが、仕事量が仕事量なので早めに起床して今日の予定をしっかり把握しておく必要がある。

ゆっくり起き上がり、ゆっくり伸びをする。常夜灯を頼りに、ゆっくりと目を慣らしていき、化粧台に於いてある櫛を探し取り敢えず適当に梳いていく。

そのままカーテンを開け、鏡の前で髪を梳き直し、頭の後ろで結ぶ。

寝間着から白のワイシャツ、軍服を下上の順に着る。

部屋を出る頃には五:一五を指していた。

私室から執務室に向かうと三笠さんに会った。

「おはよう桃瀬指揮官。」

「おはようございます、三笠さん。今日もよろしくお願いします。」

「ああ」

すると三笠さんは私をぎゅっとした。恒例行事だ。

最初にしてくれたのは私が初めて負けた日。

三笠さんを大破させ、他のみんなもボロボロにやられた日。

(良一に後処理任せて、将源に散々バカにされたっけ。)

彼氏の良一は「大丈夫だよ」と肩に手を添えて言ってくれて、夜中まで慰めてくれた。

バカにしてきた将源に私は怒鳴った。ただの八つ当たり。その相手役をしてくれた。

恋人と親友の暖かい励ましがあったけど、私は次の日艦隊のみんなに会わせる顔がなかった。そんな私に三笠さんは部屋まで来て、優しく抱きしめてくれた。「大丈夫。次がある。」と言ってくれた。

それ以来、私たちの恒例になった。

あの悔しさを忘れないために、仲間のことを胸に刻むために。

「さ、今日も頑張ろう♪」

「ああ♪」

この絵顔に何度も救われてきた。

もう二度と、泣き顔は見せない。

登る朝日に今日も誓う。

 

 

 

 

 

【黒河】

影が見える。

奴だ。

その影は通常の奴よりでかい。

最近この母港近海に巣くっているらしい。

俺の目の前で好き勝手はさせねぇ。

そっと近づくのは伊19だ。

こちらの包囲網は完璧だ。あとは餌に食いつかせるのみだ。

その餌が地獄への通行手形とも知らずにな。

「おっしゃああああ!!!!!!捕ったぁぁあああああ!!!!」

「やったやったぁ!!」伊19は浮上し雄叫びを上げる俺と共に声を上げ、

「指揮官様やりましたね!!」宵月の目は輝き、

「ほらほら新月姉さん、すごいですよ!」春月は姉と共に近づいて来て、

「ううう、お、おっきいよぉ・・・」新月は獲物を見て感想を漏らす。

「はっはっは、この近海のヌシって奴か、案外あっけなかったなぁ!!」

「わたし頑張ったよ!頭なでなでして~」

「おう!ありがとな!」

興奮のあまり乱暴に頭を撫でてやると「きゃあ~」と嬉しそうに笑う。

今日は刺身だな、いや焼いてもいいか。なんならこの身の量だ、両方ってのもいい!

「指揮官。」

「・・・・・・・・・・・・あ」

呼びかけられた方向を見ると、鳥海が冷笑しながらこちらを見ていた。

「今日こそ一緒に仕事するって言いましたよね?」

「あ、えっと、まぁ休憩がてらに、さ。」

「へぇ、指揮官の休憩は3時間にも及ぶのですか?」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「逃げろっ!!!!!!!!」

「なっ!この往生際の悪いっ!!」

駆けろ。

後ろは振り返らず。

悪魔を振り切るまで、走れ。

 

「指揮官行っちゃった。」

「ところでこれどうしましょう?」

「あ、あの、可哀想だし・・・に、逃がしてあげようよ。」

「そうですね、新月姉さんの言うとおりですね。」

「でも、指揮官に怒られちゃうかなぁ・・・」

「大丈夫、指揮官様は多分、しばらくは戻って来られない。」

近海のヌシは4人の天使に命を救われたとさ。

 




【白波良一】
好きな食べ物:里芋、メロン、ビーフシチュー
嫌いな食べ物:茄子
好きな場所:執務室のソファー
趣味:軍記物を読むこと。最近は水滸伝に凝っている。

【桃瀬七】
好きな食べ物:苺、オムライス
嫌いな食べ物:辛いもの
好きな場所:布団の中
趣味:剣道(四段)

【黒河将源】
好きな食べ物:特になし(バカ舌なので大体美味しい)
嫌いな食べ物:トマト
好きな場所:居酒屋
趣味:KAN-SENと遊ぶこと


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