けものフレンズ2 リバース (てぃーえーけーえー)
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第1話 「めざめのたてもの」

考察動画見まくってできた思いつきを形にしてみました。まだまだ練り切れてない部分もありますが12話完結目指して頑張ります。


 

 

 天井がひび割れ、パラパラと瓦礫が落ちてくる。

 

 蓋の空いたカプセルの中、敷き詰められたキラキラとした物体の上にいたモノは、ムクリと体を起こす。

 

「うぅん……」

 

 凝り固まった体をほぐしながら、辺りを見回す。程なくして、ひびから差し込む明かりとは違った、一筋の細長い光に気付いた。

 

「あれは……?」

 

 自分と同じようにカプセルに入れられていたショルダーバッグを掴み、キラキラと光を反射する羽のついた帽子を被ると、カプセルから飛び降りる。そして、そのモノは誘われるかのように光の元へと歩みを進めた。自身の知識を頼りにドアノブを握り、重さを感じさせる扉を押し開けると、

 

「うわぁ〜」

 

 そのモノを光が包み込んだ。

 

 

 

 

 目覚めた理由は音だった。

 

 黒い大きな耳と橙色のリボンが特徴的な少女、カラカルは藍色の目を光らせる。

 

 寝そべっていた枝から音を立てずに起き上がると、自分を起こした足音の方向を見つめた。

 

 そこには、見たこともない変なフレンズ? が自身の下を歩いていくのが見えた。

 

「あんた……何のフレンズ……?」

 

 警戒心と、自身の縄張りに侵入されたことからくる不快感を声に乗せて、侵入者に問いかける。葉の作る暗がりに紛れているため、侵入者からはこちらを発見できないでいる様子が伺える。

 

「答えなさい! あんたは一体何の……」

 

 言い切ることはできなかった。

 

 突如侵入者は逃げ出したのだ。無論、それを許すカラカルではない。

 

「待ちなさい!」

 

 しなやかに枝から飛び降りると、侵入者へと飛びかかる。ひとっ飛びで侵入者へと追いつくと、その勢いのまま押し倒し、馬乗りとなって逃げることを封じた。

 

「もう逃げられないわよ! あんた、何のフレンズなの? 答えなさい!」

 

 自慢の鋭い爪を向け、敵意むき出しで問いかける。

 

 その問いかけに対して、侵入者は唐突に両手の平を頭上に挙げた。

 

「まいった! 降参!」

 

「はぁ?」

 

 

 

 

 

( よくわからない建物から出て、好奇心のまま森林を歩いてたら、上から声をかけられて、逃げたら押し倒された)

 

 相手の訝しげな目に冷や汗をかきながら、状況の分析に努める。が、分析してもどうにもならなそうだった。

 

「どういうことよ?!」

 

「だから、降参。次は僕が鬼だね」

 

「はぁ!? 何言ってんのよ!」

 

「何って、鬼ごっこ? ほら、僕捕まっちゃったから」

 

「じゃなくて! あんた何のフレンズなのかさっさと答えなさい!」

 

「やっぱり誤魔化されてくれないよね……」

 

 完全に火に油を注いでしまった状況に嘆息する。

 

 その時、自分の上にいる少女の耳がピクリ、と動く。

 

 少女は立ち上がると、茂みに向けて睨みつける。

 

「どうしたの?」

 

 遅れて立ち上がり、問いかける。その問いに答えるかのように、茂みはガサゴソと音を立て、青色のナニかが飛び出してくる。ソレ、は化け物としか形容できないものであった。

 

「思ったよりデカい! 逃げるわよ!」

 

「えぇ!?」

 

 一足先に駆け出した少女に、つられるように足を動かす。

 

「あれ何!?」

 

「あれはセルリアンよ! 早く逃げないと食べられちゃう!」

 

「どうにかできないの!?」

 

「石を攻撃すればすぐに倒せるわ! でもパッと見だと見えない! あとは光に誘き寄せられるらしいけど……来るわよ!!」

 

 反射的に横に大きくジャンプする。直後、数瞬までいた位置にセルリアンの勢いのつけた体当たりが襲いかかる。

 

「見えた! 石は背中ね!」

 

 体当たりを大きくジャンプすることで躱した少女の叫びを聞きながら、バランスを立て直し、再び足を早める。

 気付けば森林を抜け、平原に出ていた。

 

「デカい上に石が背中にあるなんて、やっかいね!」

 

「ねぇ!」

 

「何!?」

 

「背中が見えればいいんだよね!」

 

「そうだけど、どうするのよ!」

 

「えっへへ!」

 

 おもむろに帽子を脱ぐと、羽の部分が下に来るようにズボンに挟む。先端の羽が日の光を浴びてキラリと光る。

 

「尻尾取りでもしようかと思ってね!」

 

 

 

 

 

 平原の上を挟んだ帽子を揺らしながら、弧を描くように走る。

 

 ギョロリとした、大きな単眼が自分に釘付けになっていることを意識する。気を抜けば震えそうになる足を必死に動かす。

 

「ねぇ、知ってる?」

 

 セルリアンの大きな足が振り下ろされるのを間一髪で躱しながら、嘯くように口を動かす。

 

「『尻尾取り』の必勝法ってさ、誰かが囮となって逃げてる隙に、他の人が尻尾を取ることなんだよ?」

 

 セルリアンの背後に影がさす。

 

 飛び上がった少女は、眼前の『へし』に狙いを定め、

 

 勢いのまま、

 

 自慢の爪を叩きつけた。

 

 

 パッカーン

 

 

 そんな音とともに、セルリアンは小さく砕けた。そして、安堵と達成感が作った笑顔だけが残ったのだった。

 

 

 

 

 

「囮になるとかバカじゃないの!?」

 

 戦闘の後、カラカルは持っていた疑問をそのままぶつけた。

 

「アハハ、それしか思いつかなくって……」

 

「ハァ……そんなことして怖くなかったわけ?」

 

「怖かったよ。だから、助けてくれて、ありがとう」

 

 無邪気にかけられた感謝の言葉に、カラカルは完全に毒気を抜かれる。

 

「ハァ……もういいわよ。こっちこそ、助かったわ。ありがとう」

 

「どういたしまして」

 

「で」

 

 戦闘についてひと段落したところで、カラカルは切り出す。

 

「あんた、何のフレンズなのよ」

 

 どったんばったん大騒ぎしていて、有耶無耶になってしまっていた、最初の質問をカラカルは投げかけた。

 

「えーっと、それが実は……」

 

 

 

 

 

「わからない!?」

 

 元侵入者からこれまでの経緯を聞き、出てきた答えにカラカルは大きな徒労感に包まれる。ついつい、ガックシと肩を落としてしまう。

 

「アハハ、なんかごめんなさい」

 

 その様子に苦笑いとともに謝罪の言葉がかけられる。

 

「それならあんた、ど……」

 

 カラカルが新たな質問を投げかけた時、

 

 ぐ〜、きゅるるるるるる

 

 間抜けな音が鳴り響く。

 

「何よあんた、お腹空いてるの?」

 

 呆れたカラカルは半眼で視線を突き刺す。視線の先の本人は慌ててしまって、何も言えなくなってしまっていた。

 

「じゃあ、あんたの名前、キュルルね。はい決まり」

 

「えぇ!?」

 

「何よ、文句あるの?」

 

「いや、お腹の音を名前にされるのは不本意というか……」

 

「じゃあ、他に何か案があるっていうの?」

 

 現在進行形でお腹を鳴らしている身として、ぐぅの音も出なくなってしまう。お腹からならいくらでも出ているのだが。

 

 結局、肩を落とし諦めることにした。

 

 その様子を見たカラカルは踵を返す。

 

「付いて来なさい」

 

 

 

 

 

「これは……?」

 

 声をかけられた木の辺りまで来ると、丸いものを差し出される。

 

「ジャパリまんよ。さっきのお礼に一つあげる」

 

 そう言いながら、自身のぶんも取り出し、齧り付く。

 

「ありがとう! えーと……」

 

「そういえば自己紹介してなかったわね。カラカルよ」

 

「えっと、カラカル……さん?」

 

「カラカルでいいわよ」

 

「うん! ありがとう! カラカル!」

 

 その後は2人とも、ジャパリまんの味を楽しみ。無言となる。

 

 お互いジャパリまんを食べ終えた頃、カラカルは先ほど聞きかけた質問を改めて投げかけた。

 

「キュルル、あんたいったい、どこから来たのよ?」

 

「この向こう。そこにさっき話した建物があるんだ」

 

 キュルルが指差す先に小さく建物が見える。遠目からでも分かるほどに風化し、ボロボロだった。

 

「ふーん。じゃあ、次はあそこに行ってみましょ。あんたのこと、少しは分かるかもしれないし」

 

「じゃあ、あそこまで競争ね! お先に!」

 

 言うがいなや、猛スピードで駆け出すキュルル。そんなキュルルにカラカルは慌てる。

 

「ちょっ、待ちなさい! って、早っ! あ〜、もう!」

 

 背を追う形で駆け出すカラカル。変な奴、という印象は変わらないまま。しかし、その口元には確かな笑みが刻まれていた。

 

 

 

 

 

「あと! ちょっと! で、僕の! 勝ちだ!」

 

 息を切らして走るキュルルは、眼前でだんだんと大きくなる建物を見ながら期待に胸を膨らませる。もう少し、と建物の壁へと手を伸ばす。

 

 そんなキュルルを影が覆った。

 

 驚いたキュルルが頭上を見上げると、自分を飛び越すカラカルが見えた。そのまま壁に手をつけるカラカル。キュルルの負けである。

 

「ふふーん♪ 私の勝ちみたいね!」

 

「負けた──!」

 

 あと少しというところで逆転されてしまったキュルルは、服が汚れるのも厭わず仰向けに倒れこむ。

 

「でも、すごいよカラカル! 僕、ビックリしちゃった」

 

「フレンズによって得意なことは違うからね。私はジャンプすることがとっても得意なの」

 

 そう言いながら、手を差し伸べるカラカル。キュルルもありがたく、その手に甘える。

 

 立ち上がったキュルルとカラカルは微笑み合うのであった。

 

 

 

 

 

 早速とばかりに、2人は探索を開始する。『知らないものには不用意に近づくな』というアラートが、頭の中で鳴りっぱなしのカラカルはおそるおそる辺りを確かめていく。対照的にキュルルのフットワークは軽めである。キョロキョロとあちこちを見回して、気になるものを探していく。

 

 しかし、目につくものは瓦礫ばかりである。そこで、キュルルは自分の目覚めたカプセルの元へと足を運ぶ。

 

「何なの? コレ」

 

 遅れて来たカラカルが問いかける。

 

「僕、ここで眠ってたみたいなんだ」

 

「ここで眠ってたって……じゃあ、ここがキュルルの巣になるってわけ?」

 

「う〜ん、わかんない。でも……」

 

 言いながら改めて周りを見回し、苦笑いする。

 

「あまり、ここに住みたいとは思わないかな」

 

「それもそうね……」

 

「……ん?」

 

 部屋を見回していたキュルルはカプセルの側に置かれていたものを手に取る。

 

「何なの? それ」

 

「これは、スケッチブックだね。何も描かれてないや」

 

 一枚ずつページをめくり、確認するキュルル。最後のページをめくると、そこにタブレットがあることに気が付いた。

 

「これは……?」

 

 その言葉に反応したかのように、タブレットは突然光を放つ。突然変化した物体にカラカルは反射的に距離をとる。

 

「なんだろう? "どうぶつずかん"? えっと、"カラカル、大きな耳が特徴で音にとても敏感。とても警戒心の高い性格をしている。"……?」

 

 そこまで読んだところで、キュルルは後ろを振り向いてみる。そこには、小さな瓦礫の落ちる音に対して、全身の毛を逆立て、威嚇音をあげるカラカルの姿があった。その様子を見て、本当だ、と吹き出すキュルル。

 

「何笑ってるのよ」

 

「ごめんごめん。そうだ、これ、動物のことが分かるみたい」

 

 カラカルはまだ半信半疑なのか、眉をひそめる。この機械に関しては、これ以上は埒があかないと考え、キュルルは話を変える。

 

「これ以上は何も無さそうだね。ごめんね、カラカル」

 

「別にいいわよ。元々言い出しっぺはわたしなんだし」

 

「それにしても、僕がなんなのかわからないし、どこに住めばいいのかも……。これからどうしたらいいだろう?」

 

 悩むキュルルを見て、カラカルはあることを閃く。

 

「それなら、としょかんに行ってみればいいんじゃないかしら」

 

「"としょかん"?」

 

「わからないことがあったらとしょかんで聞くのよ」

 

「ふーん。どうやって行くの?」

 

「この近くにあるわよ。案内してあげる」

 

 その言葉にキュルルは目を見開く。

 

「え? いいの!?」

 

「別に。わたしも、としょかんに用があるから。たまたまよ」

 

 恥ずかしそう視線を逸らしながらカラカルは言う。そんなカラカルを見て、キュルルは満面の笑顔を浮かべる。

 

「ありがとう、カラカル! もうちょっとだけよろしくね!」

 

 そして、2人はとしょかんを目指し、建物を後にした。



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第2話「こーじょー」

優しい世界はけもフレRがやってくれるって信じてる。ここでは、けもフレ2の世界をどうにかしてあげたい。

そして、2話でやりたいことを詰め込んでたら前話の1.5倍近い文量になってたという、、、


 

 日が高く上り、チラチラと木漏れ日が瞬く。そんな道の中2人はとしょかん目指して歩いていた。

 

 ふと、カラカルが足を止める。

 

「だいぶ歩いてきたし、少し休憩にしない?」

 

「そうだね」

 

 そう言いながら、キュルルは木の幹に背中を預けて座り、カラカルもくつろいだ姿勢をとる。

 

「本当に結構歩いてきたね。ちょっとお腹空いてきちゃった」

 

「また? あんた、食いしん坊なフレンズなのね」

 

「アハハ、そうかも」

 

 笑って誤魔化すしかないキュルル。

 

「はぁ、まったく。そういえば、キュルルには話してなかったわね。ここ、ジャパリパークの掟は『自分の力で生きること』自分の身は自分で守らないといけないのよ。食べ物なんかも、自分で調達しないと」

 

「『自分の力で生きること』……」

 

「そう。特に食べ物に関しては自分で守らないと。最近は特に食べ物を手に入れるのが難しいんだから」

 

「えっ!? それじゃあ、あのジャパリまんも大事なものなんじゃ……」

 

 今さらながら大事なものを貰ってしまった罪悪感から、キュルルの眉尻が下がる。それに対して、カラカルは安心させるように笑顔を浮かべる。

 

「言ったでしょ? あれは助けて貰ったお礼。だからいいの」

 

 その言葉に、キュルルの顔も少しだけ和らぐ。

 

「でも! 次はないんだからね! これからはちゃんと自分の力で生きれるようになるのよ」

 

「そうだね……。カラカルはどうしてるの?」

 

「一日中歩き回って、食べられるものが無いか探してるわね。たまに見つからない日もあるけど」

 

「そういう時はどうしてるの?」

 

「どうしようもない時はとしょかんから貰っているわ。特にジャパリまんはとしょかんにしか置いてないの。中には蓄えているフレンズもいるらしいけど、わたしは知らないわね」

 

「そうなんだ……」

 

「食べ物に関して、ここしんりんちほーはまだマシな方。場所によってはケンカになってるちほーもあるそうよ。キュルルの住処がどのちほーなのかは知らないけど、ジャパリパークで生きていく上では、覚悟しとかないとダメよ」

 

「うん。わかったよ」

 

 食べ物を得るためにケンカが起こる。その事実に、キュルルは心に暗い雲を作らざるを得なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「これが、"としょかん"?」

 

 白い壁に赤い屋根の建物が見える。建物の中心を大きな木が貫いており、壁の一部がなくなっている。かなり特徴的な外観をしていた。

 

「そうよ。博士ー、邪魔するわよ」

 

 その声に本を読んでいた2人のフレンズが顔を上げる。1人はねずみ色をしており、もう1人は主に茶色で、ところどころに樹木のような模様があるのが特徴的である。両者モコモコとしたコートを着ているのが共通していた。

 

「どうしたですか、カラカル」

 

「食べ物でも貰いに来たですか?」

 

「それもあるけど、この子について知りたくてね」

 

「初めまして。僕、キュルル」

 

 遅れて入りながら、キュルルは自己紹介をする。その姿を見た灰色のフレンズは目を見開く。

 

「……博士……」

 

「……信じられないのです……」

 

 固まってしまった2人のフレンズにカラカルは困惑する。

 

「博士? どうしたのよ?」

 

「あっ、ど、どうも、アフリカオオコノハズクの、博士です!」

 

「どうも、助手のワシミミズクです」

 

「どうも! 灰色の方が博士さんで、茶色い方が助手さんだね!」」

 

「博士、キュルルが何のフレンズなのか分かる?」

 

「……それに答えるのは楽勝です……」

 

「ですが、その前にして欲しいことがあるのです!」

 

 唐突に条件を付けられてしまい、キュルルとカラカルは首を捻る。

 

「「して欲しいこと?」」

 

「我々のお願いをいくつか聞いてくれたら教えてあげるのです。……助手」

 

 助手は一旦席を外し、棚に置かれていたものを手にとって戻ってくる。

 

「まずは、これに声をかけてみて欲しいのです」

 

 助手が持ってきたものを目の前に差し出す。それは中央に丸いレンズがついた、正方形の物体だった。

 

「これに? えーと、じゃあ、こんにちは!」

 

 その声に反応して、レンズが緑色に発光する。

 

「コンニチハ。ボクハ、ラッキービーストダヨ。ヨロシクネ」

 

「「うわぁぁぁぁぁ!! しゃべったぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 突然声を発した物体に、キュルルとカラカルは仰け反って驚く。

 

「博士、ラッキービーストが反応したのです」

 

「これなら、もしかするのです!」

 

 確信を得た博士と助手は、未だ驚愕から立ち直れずに騒いでいる2人に真剣な目を向ける。

 

「キュルル! カラカル!」

 

 その言葉に2人は博士に注意を向ける。

 

「2人とも、よく聞いて欲しいのです! 今、パークでは……」

 

 その時だった、

 

 

 

 ぐ〜、きゅるるるるるる

 

 

 

 

 突然鳴り響いた腹の虫に、博士と助手は唖然と音の主を見つめる。カラカルにいたっては、付けた名前に恥じないわね、とでも言いたげな視線である。そんな三方向からの視線に対して、音の主は顔を赤くし、照れ笑いを返すのみだった。

 

 博士はクスリと表情を崩すと、入り口まで移動する。

 

「続きは食べながら話すのです」

 

 その後に助手も続く。

 

「キュルル、とっとと料理を作るのです」

 

「えぇ! 僕がやるの!?」

 

 突然"りょうり"というものを任されて、キュルルは慌てる。そんなキュルルに、博士たちは胸を張る。

 

「当たり前なのです! 我々は、火が怖いので!」

 

「お前にしかできないのです。我々は、火が怖いので」

 

「いや、誇らしげに言うことじゃないわよ……」

 

 カラカルのツッコミを無視して博士と助手はさっさと歩いていく。その様子に呆れながらも、キュルルとカラカルは後を追うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「2人は、パークの食糧難について知ってるですか?」

 

 四苦八苦の末に、どうにか料理を作り終え、ある程度食事が落ち着いてきたところで博士が問いかけた。

 

「うん、ちほーによっては食べ物のためにケンカが起こってるって」

 

「実は、前まではそんなことなかったのですよ」

 

「そうなの!?」

 

 カラカルが身を乗り出す。

 

「昔はラッキービーストによって各フレンズにジャパリまんが配られてたのです! ですが、ある日を境にラッキービーストが来なくなったのですよ!」

 

「先程見せたものもラッキービーストなのですよ。正確には、だったもの、ですが」

 

「そんな……」

 

「ジャパリまんって、としょかんにしかない貴重品じゃなかったのね……」

 

「我々も調査したのですが、"こーじょー"の扉をどうしても開けることができないのです!」

 

「ラッキービーストが反応したお前ならきっと扉を開けられるのです」

 

「なので、キュルルに"こーじょー"の調査を頼みたいのです!」

 

「そしたら何のフレンズなのか教えるですよ」

 

 頼まれたキュルルは俯く。キュルルがどのような返事をするのか、独特の緊張感に包まれる。

 

「キュルル、どうす……」

 

 心配になったカラカルが声をかけようとした時、

 

「"こーじょー"って何ー! 行きたい行きたい! 見てみたい!!!」

 

 ガバッと顔を上げたキュルルは目をキラキラとさせて質問を浴びせる。

 

 その姿にキュルル以外の3人は置いてけぼりである。その間にキュルルのテンションはどんどん上がっていく。

 

「ちょっ、キュルル! あんた何頼まれたか分かってんの!?」

 

 いち早く立ち直ったカラカルが、慌てた様子で問いかける。

 

「えっ? 何って、その"こーじょー"ってところに行って、開かないドアを開けて、中がどうなってるのか見てくれば良いんでしょ? なんかワクワクしてきた!!」

 

「そうだけど! そうだけど違う!!」

 

 自分でもわけのわからないことを言いながら、カラカルは頭を抱える。

 

「博士、博士! その"こーじょー"ってどう行くの!?」

 

「え、えぇと、"こーじょー"はあっちの山の麓なのです……」

 

 戸惑いながらも、博士は頂きがキラキラとしている、山の方を指差す。

 

「ラッキービーストを渡しておくのです。詳しい位置はガイドしてくれるはずなのです」

 

「うん! ありがとう! じゃあ、行ってくるね!!」

 

 ラッキービーストを腕にはめると、キュルルは嵐のように駆け出す。その後ろ姿を、残された3人は呆然と見つめる。

 

「カラカル、お前はどうするですか?」

 

「わたしも行くわよ。ジャパリまんのことなら、わたしたちフレンズみんなに関わることだし。それに……」

 

 少し言いづらそうに、キュルルの駆けて行った方を見つめる。

 

「……あの子1人じゃ何が起こるか分かったもんじゃないし……」

 

「……お願いするですよ。これも持っていくと良いのです」

 

 助手が差し出したものを受け取り、やれやれ、とカラカルはキュルルの背を追って走り出すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここが、"こーじょー"?」

 

 目の前には、自分が眠っていたところに似た、白くて大きな建物がそびえ立っていた。ただし、こちらは整備が行き届いているためひび割れてはいない。

 

 そんな"こーじょー"を見上げて、キュルルは感嘆する。テンションは先程よりも、だいぶ落ち着いているようである。と、いうより、後ろの目が怖くてはしゃぐことができないようだ。追いついたカラカルからたっぷりとお説教をもらったためである。怒ったカラカルの顔はキュルルのトラウマとして、頭にこびりついている。

 

「ソウダヨ。デンゲンガ オチテルミタイダネ」

 

「つまり、どういうこと?」

 

「コノママジャ ドアガヒラカナイヨ」

 

「じゃあ、どうするのよ」

 

 カラカルが困った顔でたずねる。

 

「リレキヲ カクニンスルネ」

 

 いくばくかの静寂が辺りを包み込んだ。そしてラッキービーストが緑色に発光する。

 

「カクニンカンリョウ。ナカカラ"キンキュウテイシ"サレテルネ」

 

「えっと、どういうことかな?」

 

「ナカデ キンキュウジタイガ ハッセイシタ オソレガアルヨ。ドアヲアケタラ スグニ デンゲンヲオトスネ」

 

 その言葉とともに緑色に発光すると、ドアが音もなく開き、静止する。陽の光に照らされ、"こーじょー"の中が露わになった。

 

「うわぁ〜」

 

「遊びに来たんじゃないわよ」

 

 "こーじょー"内で沈黙する機械に興味深々なキュルルに、カラカルは釘をさす。

 

 キュルルは一瞬ビクリと体を固めるも、分かってるよと返事をし、かわったところがないか探し出す。その姿にカラカルは溜め息一つこぼすと、自身も調査を始める。

 

 程なくして、カラカルがある場所を指差した。

 

「キュルル、あれじゃない?」

 

 指差した先を見てみると、機械の一部にバスケットボール大の青いものが挟まっていた。キツネのような耳が付いており、お腹辺りにはキュルルが腕に付けているものと同様のものをぶら下げている。

 

「アレハ、ラッキービーストダネ。ハズセバ サイカドウデキソウ ダヨ」

 

「でも、ちょっと高いところにあるよね」

 

「あれに乗れば手が届くんじゃない?」

 

 カラカルが指差す先にはジャパリまんを乗せるであろう、レーンが見える。レーンの幅はそれほど広くなく、1人ならば乗って、ラッキービーストを引っ張ることができそうだ。

 

 早速とばかりにキュルルはレーンの上に乗り、ラッキービーストを引っ張りに行く。

 

「う〜〜〜ん! ダメだ! かたくてとれないや」

 

「代わって。う〜〜〜! っはぁ! 1人の力じゃビクともしないわね」

 

 ガッチリとハマってしまい、ピクリとも動かないラッキービーストにカラカルは困りはててしまう。

 

「うん、そうだね。それじゃぁ、今度は2人で引っ張ってみよっか」

 

「どうやってよ」

 

 バッグを漁り出すキュルルに対し、1人分しか幅のないレーンを見ながらカラカルは言及する。

 

 目的のものを引っ張り出しながら、キュルルは答える。

 

「エッヘヘ、さっきカラカルに貰ったものを使おうかなーって!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「いくよー! せーの!!」

 

 キュルルがバッグから取り出したものはロープだった。ラッキービーストの耳と足の間からロープを通して、固く結び、そのロープを2人で引っ張ることにしたのだ。

 

「まだ抜けないの!?」

 

 後ろで力いっぱい引っ張るカラカルの、悲鳴のような質問を聞きながら、キュルルの自身の位置や角度を細かく微調整する。

 

「ちょっと待って。綱引きの時は、出来るだけロープが真っ直ぐになるように、そして、自分の体を倒すようにす、れぇ、ば!!!」

 

 

 

 ポンッ!!! 

 

 

 

 と、小気味好い音をたてて、ラッキービーストが抜ける。

 

「やったぁ!! 、って、うわわわわぁ!!」

 

 同時に、バランスを崩してしまったキュルルは後ろに倒れこんでしまい、カラカル、キュルル、ラッキービーストのサンドイッチができてしまう。

 

「う、う〜ん……」

 

 衝撃で目を白黒させていたキュルル、床に虹色に光る立方体を発見する。

 

「これって……」

 

 その時である、

 

「お、重い〜〜……」

 

「わ、うわわ! ご、ごめんね、カラカル!!」

 

 自身の下から発せられた苦しげな呻き声に、慌てて飛び起きる。そして、ゲッソリとしてしまったカラカルを助け起こすと、引っ張り出したラッキービーストの方を見つめる。

 

「タスケテクレテ アリガトネ」

 

「どういたしまして」

 

「またハマらないように気を付けなさいよね!」

 

 ラッキービーストはトコトコと歩いて行くと、レーンの側の台の上に飛び乗る。

 

「ソレジャ、ジャパリマンコージョー サイカドウスルヨ」

 

 建物内の電灯が一斉に点灯し、それまで眠っていた機械が唸りを上げて、稼働する。

 

 その様子を見て、一仕事終えたことを感じとり、2人は笑い合うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「すっかり日も暮れたわねー」

 

 ラッキービーストに解説してもらいながら"こーじょー"を堪能し、帰路に着く頃には辺りは茜色に染まっていた。

 

「うん! ちょっと遅くなっちゃったね。早く博士のところに戻らなくちゃ」

 

「そうね」

 

 たわいもない会話で笑い合いながら、2人は来た道を戻って行く。

 

「あっ、そうだ!」

 

 ふと、キュルルが足を止める。

 

 どうしたの? という顔でカラカルが見つめる先で、キュルルはバッグを漁り出す。そして、あるものを取り出した。

 

「はい。これ、お礼」

 

 差し出されたものはジャパリまんだった。

 

 カラカルがジャパリまんから、キュルルに視線を移す。

 

 その視線に、キュルルは笑顔で応えた。

 

「ジャパリまん。できたら1番最初にカラカルに渡したかったんだ! 今まで、一緒に来てくれたお礼! だから、受け取って!」

 

 その言葉にカラカルも口を綻ばせる。

 

「ふ、ふん! キュルルのくせに、生意気なことしてるんじゃないわよ!」

 

 顔に熱が登るのを、日が当たっているせいにして。

 

 赤くなった頬を夕日のせいにして。カラカルは言葉を紡ぎ出す。

 

「何が、今までのお礼よ。あんたまだ自分の縄張りも見つかってないじゃない! それまではわたしが面倒見てあげるわよ!」

 

 キツイ言葉に対しても、キュルルの笑顔は揺るがない。その笑顔に、カラカルもまた応える。

 

「まぁ、でも」

 

 大事そうに、本当に大事そうに、差し出されたジャパリまんを両手で受け取る。

 

「ありがとう、キュルル。これからも、よろしくね!」

 

「うん!!」

 

 差し込む夕日は、2人を祝福するかのように、いつまでも輝いていた。

 

 

 

 

 

 

 

「ダブルスフィア、報告のため帰還しました!」

 

「ご苦労様なのです! 何か分かったことはあるですか?」

 

「しんりんちほーにて、再び大型セルリアンの目撃情報があったようです。また、()()()()も出現したようです」

 

「そうですか。では、引き続き調査をよろしくです」

 

「「了解!!」」

 

 バタンッ

 

「……博士、問題は山積みですね」

 

「なんとかするしかないのです。我々は、長なのですから……!」

 

「……そう、ですね」




よし、これでいくらでもギスギスさせられるな!という冗談はさておいて。
今話からちょっとずつ伏線をばら撒いています。出来る限り皆さまの予想を上回るよう、そしてけもフレ2の世界を面白く見えるよう頑張っていきたいと思います。


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第3話「ちかとんねる」

皆さまの感想のおかげでグングンモチベが上がってます。今話はオリジナルフレンズを出しています。要望があれば絵も描いてみようかな?


 

 

 キラキラとした朝日が暗闇を吹き払う。多くの鳥のフレンズが活動を始め、静けさに満ちていたジャパリパークも活気に包まれてきた。

 

 欠けている壁から差し込む朝日に包まれて、クゥクゥと寝息をたてながら、キュルルは眠っていた。そんなキュルルに、2つの影がさす。影は手に持った鍵型のカラフルなものを掲げると、キュルルの顔に狙いを定める。そして、躊躇なく引き金を引いた。

 

「うわっ! 冷たっ! えっ? 何? 何!? 何!!?」

 

 突然顔が水浸しになり、キュルルは飛び起きる。そんなキュルルに対し、

 

「いつまで寝てるですか!」

 

「とっとと起きて、早くご飯を寄越すのです」

 

 犯人である2人のフクロウは、悪びれもせずにのたまうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 水鉄砲により強制的に起こされ、寝ぼけ眼をこすりながら作った朝食を4人で囲んでいた。ちなみに、カラカルは朝食完成まで寝かされており、起こしたのはキュルルである。起こされ方も寝ているところに冷水をかけられるという非常識な方法ではない。なかなかの扱いの差である。

 

「まず2人とも、"こーじょー"を調査してくれてありがとうなのです!」

 

「おかげで、サンドスター不足の問題は解決することができました」

 

「さんどすたぁ?」

 

 耳慣れない言葉に首をかしげるキュルル。

 

「サンドスターはジャパリまんの主成分の一つなのです! 我々はサンドスターがないと活動できないのですよ!」

 

「サンドスターはジャパリまんからでしか、摂取できないのです」

 

「へ〜。そうなんだ」

 

 自分がパークの危機を救ったことを、知ってか知らずか、呑気な様子である。

 

「約束通り、キュルルが何者か教えるですよ」

 

 ついに明かされる正体に、2人のフクロウへ注意が集まる。

 

「キュルル、お前は……」

 

 1秒が永遠にも感じる程、キュルルとカラカルの緊張感が増す。

 

「ヒト、なのです!」

 

「ヒト?」

 

「ヒトって?」

 

 明かされた正体は2人の知らない言葉だった。キュルルとカラカルは"ヒト"に関するさらなる詳細を求める。

 

「目立つ特徴としては、二足歩行、コミュニケーション能力、学習能力などがありますが、多様性があり、一言で言いにくい……とても変わった動物です!」

 

「また、群れる、長距離移動ができる、投擲ができる、それなりの大型、色々と特徴がありますが、我々が大変興味深いのは、道具を作る、使うことです。

 このパークにある様々な遺物は、全てヒトが作ったとされています」

 

「パークにある建物を、僕たちが……」

 

「我々フレンズは、動物がヒト化したものと言われているのです!」

 

「実感は湧きましたか?」

 

 助手の質問に対し、キュルルは少し困った顔をする。

 

「う〜ん、正直、よくわかんないや!」

 

「まぁ、突然知らないものが正体だと言われて、実感が湧かないのも無理ないのです!」

 

 正体に関してひと段落したところで、カラカルが新たな質問をする。

 

「それじゃあ、博士。その"ヒト"の縄張りってどこなの?」

 

 その質問に対し、今度は博士たちが困った顔となる。

 

「それは我々も知らないのです。我々もヒトに出会ったのは、ずっと前に一度だけ。そのヒトも自身の縄張りを探して、パークを出てしまったのです」

 

「そこから先どうなったのかは、我々もわからないのです」

 

「そうなの……」

 

 期待した答えを得られず、カラカルは落胆する。

 

「ところで、おふたりはこれからどうするですか?」

 

「もちろん、キュルルの縄張りを探すわ。キュルル、住むところがないみたいだから」

 

 でしょ? とキュルルに視線を送るカラカル。しかし、視線を送られたキュルルの顔は晴れやかでない。

 

「うん、それも大事だとは思うんだけど……、やりたいことなのかなって……」

 

「キュルル……」

 

 答えを出せずにいるキュルルを見て、博士は少し考え込み、あることを提案する。

 

「ならば、パークを回ってみる、というのはどうですか?」

 

「パークを、回る?」

 

「わからないなら探せばいいのです! パークを回って自分が本当にやりたいことを見つければいいのですよ!」

 

「ついでに、各地のフレンズにジャパリまんを届ければ、"いっせきにちょう"ですよ」

 

「縄張りのことも、各地のフレンズに聞いてみるといいのです! いろんな住処を知れば、もしかしたら手掛かりを得られるかもですよ!」

 

 その言葉を聞いて、キュルルは大きく頷く。

 

「うん、そうしてみるよ! 博士さん、助手さん、ありがとう!」

 

 そこでキュルルはカラカルの方を向く。その視線にカラカルも笑顔で応える。

 

「当然、付いていくわよ。昨日言ったでしょ? これからもよろしくって」

 

 キュルルは立ち上がると、愛用のバッグを肩にかける。

 

「パークを回るならば、この道をまっすぐ行けば、"えき"があるのです! ラッキービーストが反応するならば、きっと使えるはずなのです!」

 

「では、キュルル、カラカル、頼みましたよ」

 

 博士たちからたくさんのジャパリまんを受け取ると、キュルルとカラカルは意気揚々と出発するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 遠ざかっていくキュルルたちに手を振る博士と助手。ふと、博士がポツリと呟いた。

 

「……言えませんでしたね……」

 

「博士……、仕方ないですよ……」

 

「でも……、知れば2人はきっと怒るです……」

 

「それでも……、仕方なかったですよ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 日が天頂付近まで登り、陽光がサンサンと降り注ぐ頃、2人は切り株に座って休憩していた。先程からキュルルは"すけっちぶっく"に何かをしている。

 

「キュルル、何してんの?」

 

「ん〜? ちょっと待ってて」

 

 どうやら邪魔してはいけなさそうだ。少し退屈を覚えたカラカルは、別の話題を振る。

 

「そういえば、腕のやつ、"こーじょー"以来喋ってないけど、大丈夫なの?」

 

「そういえばそうだね。ラッキーさん?」

 

「キドウハシテルヨ。デモ、コノジョウタイダト、バッテリーガ スクナイカラ アマリシャベレナイヨ」

 

「そうなんだ」

 

「ゴメンネ」

 

「うぅん、大丈夫だよ。……よし、できた!」

 

「これって?」

 

 キュルルがスケッチブックを見せると、そこには青々と茂る森林と、一本の太い枝の上で眠るカラカルの姿があった。

 

「前に言ってた絵だよ! せっかくだから、みんなのお家を絵にしていこうかなって!」

 

「へぇ〜、すごいじゃない!」

 

「えへへ」

 

 褒められた嬉しさから顔を綻ばせると、キュルルは大きく伸びをする。が、バランスを崩し後ろに倒れこんでしまう。

 

「うわぁぁあぁぁぁぁ!!!」

 

 そのまま切り株の後ろに空いていた穴に転がり落ちてしまった。

 

「ちょっ、キュルル──ー!!?」

 

 突然視界から消えたキュルルを追って、カラカルも身を飛び込ませる。

 

「キュルル! 大丈夫?!」

 

 1人が通るのがやっとなトンネルの中、カラカルはキュルルの安否を確認する。

 

「痛タタ……、うん、なんとか」

 

 その時だった、

 

「おい……」

 

 背後から、声をかけられる。

 

「テメェら、誰に許可とって入ってきてやがる……」

 

 地の底から響くような声は、その内にかなりの怒りが込められているのが分かる。

 

 そんな言葉に対し、カラカルはムッとする。

 

「何よ。どうして許可なんか取らなきゃいけないわけ!?」

 

「ちょっ、カラカル……」

 

 持ち前の気の強さからカラカルは言い返してしまう。一触即発な状況に、挟まれたキュルルは戦々恐々としてしまう。

 

「……ていけ……」

 

 ポツリ、と呟かれた言葉にキュルルは振り向く。

 

「い い か ら 出 て い け ! ! !」

 

 ついに怒りを爆発させたフレンズは、大声を上げて、キュルルを追い回す。

 キュルルは、カラカルを押すような形で、慌てて引き返すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ったく、感じの悪いフレンズね!」

 

「アハハ、カラカルもあまり他人のこと言えないと思うけど……」

 

 どうにか逃げ切ったキュルルたちだったが、どうやらカラカルはまだ腹の虫が収まらないようだ。

 

 スケッチブックに付いているタブレットを見ながらキュルルは続ける。

 

「あれはアズマモグラさんみたいだね。巣に異物が入るのを嫌うみたいだよ。侵入者には噛み付いたりもするんだって」

 

「じゃあ、この穴はあのフレンズの巣ってこと? なんだか悪いことしちゃったわね」

 

 縄張りや巣に侵入されることの不快感には覚えがあるため、カラカルは今更ながら反省する。

 

「うん、そうだね。えっとなになに? 『モグラは大食漢で、数時間から数十時間何も食べないでいると死んでしまう』……?」

 

 その時だった、

 

 

 

 ぐぅ〜〜〜〜〜

 

 

 

「は、腹減ったぁぁ〜〜……」

 

 先程の威勢とは真逆の、なんとも情け無い音が後ろから響き渡ってきた。

 

 キュルルとカラカルは思わず吹き出すと、再び穴に足を踏み入れるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ〜、テメェらさっきは悪かったな! まさかジャパリまんを届けに来てくれたなンて知らなくってよ!」

 

 両手に持ったジャパリまんを貪りながら、アズマモグラはご満悦である。

 

「うぅん、こっちも悪かったわね。知らずに巣に入っちゃって」

 

「い〜や、悪かったのはこっちさ。っと、自己紹介がまだだったな! おれぁ、アズマモグラのマグラってぇンだ!」

 

「僕はキュルル」

 

「わたしはカラカルよ」

 

「おう! キュルルにカラカルな! 怒鳴っちまった詫びだ! できることだったら何でもするぜ!」

 

 ジャパリまんの最後の一口を放り込み、マグラは豪快に笑う。

 

「それじゃあ、マグラさんのお家について教えてくれないかな?」

 

「お安い御用だ! って言いてェとこなンだが、それが無理なンだわ」

 

「どうして?」

 

「ちっと付いてきてくれっか?」

 

 マグラに案内されてきた先には、トンネルが崩れて土の山と化していた。

 

「最近、セルリアンが増えてきてンのは知ってっか?」

 

 キュルルは首をかしげるが、カラカルは知ってると返す。

 

「ここにも入ってくることがあンだよ。まぁ、ここに入れる奴なンざ大したこたぁねェから、退治すンのは問題ねェンだが、戦っちまうとどうしても壊れちまってな……」

 

「それならマグラさん、僕たちも直すの手伝うよ」

 

 その言葉にマグラは豆鉄砲でも食らったかのような顔をする。カラカルも、笑顔で言外に付き合うことを主張していた。

 

「マジか! テメェらマジでいい奴だな! 恩に着るぜ!」

 

 3人で大きく頷き合うと、マグラの巣の修繕のために動き出すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 突然だが、アウシュビッツ強制収容所はご存知だろうか? ナチス・ドイツ時代の負の遺産であるが、そこでの強制労働の中に「午前に穴を掘り、午後にその穴を埋める」といったことを課せられることがあったそうだ。突然強制労働の話を持ち出して何が言いたいのかというと、掘るということはそれほどの重労働なのである。

 

 そんな重労働を身に染みて感じている2人がいた。

 

「つ、疲れた〜……」

 

「もう、腕がパンパンよ……」

 

 意気揚々とマグラの巣の修繕を手伝いだしたキュルルとカラカルだったが、あちこちで崩落している巣の修繕にすっかり疲れ果ててしまった。シャベルを持つ手にも力が入らず、座っている横に寝かせてしまう。

 

「テメェら、大丈夫か?」

 

「ちょっとダメそう。少し休憩するわね」

 

「マグラさんはいつもこんな大変なことしてるの?」

 

「まぁな。さっきも言ったが、ここ最近増えてきてやがる。せめて楽しくできりゃいいんだが。ま、テメェらのおかげで残りはこの休憩所の一山だけだ。あとはおれがどうにかすっさ」

 

 そう言い、マグラは作業に戻る。

 

「楽しく、かぁ……」

 

 座っていたキュルルはマグラに言われたことを考えてみる。そこで、ある閃きがキュルルの中で浮かび上がった。

 

「そうだ! マグラさん! シャベルってもう一本あるかな?」

 

「あァン? あるっちゃあるが、どうする気だ?」

 

 マグラの疑問にキュルルは不敵な笑みを返す。

 

「エッヘヘ、ちょーっとね!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、順番は、僕・マグラさん・カラカルの順番だね」

 

 キュルルは、マグラから借りたシャベルを土の山のてっぺんに深く突き立てると、マグラとカラカルにルール説明をし、順番を決めた。

 

「じゃあ、いっくよー! まずは僕から! ここから、ここまでとーっちゃお!」

 

 そう言い、キュルルは土山の一部を掘り崩す。

 

「そんな程度か? 次はおれだな!」

 

 と、負けじとマグラも大幅に掘り崩していく。

 

 キュルルの閃きとは『山崩し』だった。ルールを説明すると、砂山に一本の枝を挿し、砂をとっていって枝を倒した人の負けという遊びである。キュルルは、この山崩しを拡大し、崩落してできた土山で再現したのであった。

 

「わたしも負けてられないわね!」

 

 カラカルの番となり、カラカルもまた掘り崩す。3人が代わる代わる掘り崩していき、先程まであった山はみるみる小さくなっていく。

 

 勝負も終盤戦となりそびえ立っていたはずの土山は見る影もなくなっている。突き立っていたシャベルもかなり危ういバランスである。

 

「よし、僕の番だね」

 

 キュルルは慎重に掘り進めていく。瞬間、シャベルのバランスがぐらり、と傾く。が、倒れることはなく、傾いたまんま静止する。次はマグラの番である。

 

 ゴクリ、と唾を飲み込むとマグラは手にしたシャベルをそ〜、と土に差し込んでいく。その時だった。傾いていたシャベルは重力に従って角度を水平にしていき、カランッカランッ、と音を立てて地面に落ちる。マグラの負けである。

 

「やった〜! 僕たちの勝ちだぁ〜!」

 

「っだぁ〜! おれの負けかよ! チクショウッ!」

 

「ふふーん♪ ま、こんなものね!」

 

 両手を挙げて喜ぶキュルルに、その場に座り込むマグラ、ご機嫌に腕を組むカラカルと、勝負の結果に皆それぞれの反応をする。しかし、誰もが和やかな雰囲気を放っている。

 

「ヘヘッ! でもまァ、あれだけ大変だった山が片付いちまッた。2人とも、サンキューな!」

 

「僕も楽しかったよ!」

 

「わたしも、なかなか楽しめたわ!」

 

「おうッ! ンじゃ、おれン家を自慢してやんよ!」

 

 そう言い、笑顔でマグラは立ち上がる。そこで、そういえば、とマグラは切り出す。

 

「テメェら、ジャパリまんを配り歩いてるンだったよな? 次はどこ目指すとかあンのか?」

 

「僕たち、"えき"を目指して歩いてたんだ」

 

「"えき"? 何だそりゃ?」

 

「博士たちが言うには、ラッキービーストが反応するなら使える施設っぽいんだけど……」

 

「? よく分かんねェが、変な建物なら俺の巣穴の先にあるぜ! 案内してやんよ」

 

 疑問は残ったままであるが、3人はとりあえず歩き出すことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 マグラの巣は、いくつかの穴を細いトンネルが繋ぐような形をしていた。

 

「あっちが給水場で、あっちが寝室。そこのトンネルを真っ直ぐ行くといざって時の避難所になッてンだ」

 

「へ〜」

 

 マグラの説明を聞きながら、あちこちをキョロキョロと見回すキュルルとカラカル。

 

 ふと、カラカルがいくつものトンネルが掘られている部屋を見つける。

 

「この部屋はなんなの?」

 

「ここは食いモン探すための部屋だな。さっきまで俺たちが通ってたトンネルを本道つって、この部屋のトンネルを支道って呼んでンだ!」

 

「じゃあ、ここから一日中掘り続けるわけなのね。大変ね」

 

「おうっ! だからたらふく食う必要があンだよ。っと、そろそろ出口だな」

 

 久々に外に出ると、空はすっかり夕焼けに染まっていた。キュルルたちの目の前には、黄色いトラ柄のような模様の建物が鎮座している。

 

「ラッキーさん、これが"えき"?」

 

「ソウダヨ」

 

「ンじゃ、おれぁここまでだな!」

 

 そう言い、立ち止まるマグラ。

 

「うん! ありがとう、マグラさん!」

 

「お礼を言うのはこっちだろ。あと、山崩し、次は負けねェかンな!」

 

「うん! バイバイ! マグラさん!」

 

 手を振りながらマグラと別れる。"えき"に入り、ラッキービーストの誘導に従ってモノレールに乗り込んだ。

 

「シュッパツ、シンコーウ!」

 

 モノレール内にいた、海賊姿のラッキービーストが声を上げると、キュルルとカラカルは新たなちほーを目指して進んで行くのであった。

 

 




ということで、オリジナルフレンズのマグラちゃんでした。女性ヤンキーをイメージしながら書いてます。もし、キャラにブレ等を感じた場合、違和感を感じた箇所を感想で教えていただけると嬉しいです。

キュルルたちが「ヒトって?」と聞いた時に頭の中で鳴り響く「ああ!」という声を無視するのが1番難しかった。


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第4話「あしのくさむら」

作品捜索の中で、この作品を紹介していただいたようで、感涙してます。感想、評価、紹介、全部から本当に力を貰ってます。


 

 

 滑るかのようにモノレールは進んでいく。サーバルキャットをあしらったような、そのデザインは見るものに愛嬌を感じさせるようできている。……多少の古さを感じる、朽ちたような汚れは無視することはできないが。

 

 そのモノレールの中、たった2人の乗客は、各々気ままに旅を楽しんでいた。

 

 窓に張り付くようにして、流れる景色を瞳に刻みつけるのは、黒い大きな耳が特徴的な女の子、カラカルである。ずっと、しんりんちほーで過ごしてきたからか、小さな子どものように流れる景色を追う様は、見るものに微笑ましさを感じさせる。

 

 対して、大人しく座っている帽子の子、キュルルは一心不乱に色鉛筆を滑らせる。着色された鉛の先では、自身の思い出が『絵』という形となってスケッチブックに刻み込まれる。その優しいタッチから、思い出の楽しさが伝わるようである。

 

「よし、できた!」

 

 会心の笑みを浮かべると、キュルルは絵を描く手を止め、スケッチブックを掲げる。そこに浮かび上がるのは、地下に掘られたトンネルと様々な用途に分けられた部屋。そして、その中で豪快な笑顔を浮かべるマグラの姿。自分でも納得の出来である。

 

 そこで、キュルルは色鉛筆を片付けると、カラカルに倣って窓の外に目を向ける。窓の外では目も覚めるような平原が、猛スピードで視界の外へと駆け抜けていく。

 

「パイビーさん、このモノレールはどこで止まるんですか?」

 

「ツギノ テイシャエキハ、『コハンワキ』ダヨ」

 

 ふと、行き先が気になったキュルルは質問し、海賊姿のラッキービーストは機械的に答える。ちなみにパイビーとはキュルル命名である。理由はパイレーツラッキービースト、略してパイビーとか。命名された本人からはスキニヨベ、と若干諦め混じりの返事を貰っている。

 

 そんな会話をする内に、モノレールの前方に白い建物が見えてくる。デザインはしんりんちほーにあった駅に似通ったところが見受けられる。

 

「マモナク、コハンワキ、コハンワキ。テイシャジニ、コロバナイヨウ キヲツケテネ」

 

 モノレールは徐々に速度を落とし、動物をあしらった白い建物の、口に当たる部分に吸い込まれていく。そのまま内部を少し進むと、かすかな慣性を発生させて、停止するのであった。

 

 プシュー、という気の抜けた音と共にドアが開くのを待ち、キュルルたちはコハンワキ駅に降り立つ。

 

 駅を出ると、目の前にはたくさんの樹木が立ち並び、巧妙に駅を隠している。しんりんちほーの木とは違い、枝がそれほど太くなく、真っ直ぐなところが特徴的である。木々の先では何かが陽の光を浴びて、キラキラと瞬いていた。

 

「行ってみようか」

 

 キラキラと輝く光に魅了され、キュルルとカラカルは歩き出す。林を抜けると、そこには大きな湖が存在していた。

 

「うわぁ〜、すっごーい!」

 

「大きいわね〜」

 

 広大な湖に2人は感嘆の声を上げる。静かな水面と風に揺れる木々の音。遠くの方には立派なログハウスも見える。とても穏やかな雰囲気に包まれた場所である。この景色を見ただけでは、食糧難など無縁のようにも感じそうだ。

 

「さて、ここのフレンズたちを探さなくっちゃね」

 

「うん。ここにはどんなフレンズさんがいるんだろうね」

 

 しかし、実際はそんなはずはない。困っているフレンズは必ずいるはずなのである。景色を十分堪能した2人は、そんなフレンズを探して歩き始めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 しばらくアテも無くウロウロしていると、カラカルはかすかな物音を感じ取った。導かれるように後ろを振り向くカラカル。

 

「どうしたの、カラカル?」

 

 突然足を止めたカラカルに、キュルルは訝し気に尋ねる。

 

 その時だった、

 

 

 ガサッ、ガサガサッ

 

 

 確かな草の葉を揺らす音と共に、後方を黒い影が駆け抜ける。

 

「あっ、待ちなさい!」

 

 逃げる影をキュルルとカラカルは慌てて追いかける。しかし、そびえ立つ木々についには見失ってしまった。

 

「見失っちゃったね……」

 

「たぶんまだ近くにいるはず。もうちょっと探しましょう」

 

 意気消沈してしまったキュルルを元気付け、再び探そうとカラカルが足を動かしだした。その時、

 

 

 きゃ────ー!!! 

 

 

 突然響いた悲鳴に、カラカルは足を止める。

 

「今のは……?」

 

「行ってみましょ!」

 

 悲鳴が聞こえたのは湖の方向である。セルリアンに襲われているのかもしれない、そんな想像をしながら2人は駆けていく。水辺を進み、視界を塞ぐ背の高い葦の葉を掻き分けると、

 

「騙されましたね! ここの子をイジメるのは、このカルガモお姉さんが許しませんよ!」

 

 茶色い羽毛に、黄色いくちばしを持った、鳥のフレンズが仁王立ちしている姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 何が起こったのか、キュルルとカラカルの思いはその一言に尽きた。呆然とした目は、脳が事態の理解を示していないことを物語っているようである。そんな目の先では、カルガモと名乗ったフレンズが、1人息を巻いていく。

 

「このカルガモお姉さんがいる限り! この水辺の子は誰一人傷付けません!」

 

「……いや、僕たちは……」

 

「何ですか? ……はっ! 会話をして隙を突くつもりですね! そんな手には乗りませんよ!」

 

「そうじゃなくて……」

 

「さぁ! 早くここから立ち去りなさい! カルガモお姉さんの目が黒い内は、水辺での争いは許しません!」

 

「……あんた、これでも食べて落ち着きなさい」

 

「何ですかそのジャパリまんは! ……はっ! もしや、毒!? なんと姑息な手を! 絶対に許しません!」

 

「……どうしろってのよ……」

 

 ついにカラカルは肩を落とし、会話を諦めてしまう。カルガモの勢いに押されてもはや涙目である。

 

 カラカルは、どうする? とキュルルに視線を送る。当のキュルルは、先程から俯いたままだ。そのキュルルの口元が、突然グニャリと歪む。そうして浮かべられた不気味な笑顔を携え、キュルルは一歩前に出た。

 

「カルガモお姉さん、なら、僕と勝負しようよ」

 

「しょう、ぶ?」

 

「うん。カルガモお姉さんが勝ったら、僕たちは大人しく立ち去るよ。でも、僕が勝ったら僕たちの話をちゃんと聞いてもらう。どう?」

 

 不気味な笑顔で告げられたのは、カルガモに有利な話だった。カルガモが勝てば相手を退却させることができ、負けても話を聞くだけで、話の内容に従う必要まではない。そこまでを理解すると、カルガモは首を縦に振った。

 

「いいでしょう! カルガモお姉さん、受けて立ちます!」

 

 その言葉に、キュルルはより悪い笑顔を深くする。隣のカラカルなど、ドン引きするほどだ。流石に見ていられず、ジト目で大丈夫かと問いかけてくる。それでもキュルルは悪い顔を崩さない。

 

「エッヘヘ! まぁ、任せて!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「だ〜る〜ま〜さ〜ん〜が、ころんだ!」

 

 キュルルの持ちかけた勝負は、"だるまさんがころんだ"だった。キュルルが説明したルールは3つ。

 

 ①カルガモが木で視界を覆い、「だるまさんがころんだ」という言葉と共に振り向く。振り向いている間にキュルルが動けばカルガモの勝ち。後ろを向いている内に、カルガモの側のジャパリまんを取ればカルガモの負け。

 ②振り向く時は必ず「だるまさんがころんだ」を言い切らなければならない。

 ③フェイントなどもOK

 

 バッ! と振り向くカルガモの視線に、キュルルは固まる。動くか、動かないか、視線と視線がぶつかり、両者の間に火花を散らす。

 

 このまま視線をぶつけても動かないことを感じたのか、カルガモは顔を木の方向に戻した。それを確認し、キュルルは再び動き出す。

 

「だ〜る〜ま〜さんがころんだ!」

 

 勢いよく振り向くカルガモ。しかし、キュルルも慎重である。簡単には隙を見せるようなことはしない。

 

「だ〜る〜ま〜さ〜ん〜が、ころんだ! あ〜〜〜……」

 

 なかなか勝ちを譲らないキュルルに、カルガモは搦め手を用いてくる。ころんだ、の声と共に振り向くと思っていたキュルルは、不安定な姿勢で静止してしまう。しかし、カルガモはまだ声を伸ばし続けており、振り向かない。

 

 本気のだるまさんがころんだを行う2人の間に壮絶な心理戦が繰り広げられる。キュルルは視線だけを動かして、ジャパリまんを見つめる。あと一歩の距離である。

 

 ゴクリッ。キュルルの喉が鳴る。自分は不安定な姿勢である。このままではころんでしまい、そこを見られたらアウト。そのような思考がキュルルの頭を駆け巡る。

 

(賭けよう!)

 

 確かな緊張感の中、キュルルは勇気の一歩を踏み出す。しかし、背中に全神経を集中させたカルガモは、その動きをも感知する。この勝負にケリをつけるため、己の最速をもって振り向く。

 

 ザッ

 

 カルガモが振り向いた直後、確かな足音が鳴り響く。コンマ1秒の差。しかし、カルガモは確かにキュルルが足を踏み出すのをその目で捉えた。会心の笑みをその顔に浮かべると、キュルルに向けて宣告する。

 

「動きましたね。カルガモお姉さんの勝ちです!」

 

「あ〜〜! 負けたぁ〜〜!」

 

 熾烈を極めた2人の戦いは、カルガモの勝利で閉幕を迎えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでは、約束通り立ち去って貰いますよ!」

 

 勝者の特権とばかりに、尊大な態度でもってカルガモはキュルルたちに言い渡す。

 

 その言葉に対して、そうするよ、とニコニコするキュルル。そんなキュルルを、カラカルは嘘臭い、という瞳で見つめていた。なぜ、と聞かれると返答には困る。しかし、キュルルの態度の演技臭さに、カラカルは確信めいたものを感じていた。

 

 そして、その感覚は間違いでなかったことが証明される。

 

「でも、これでわかったでしょ? 僕たちに敵意が無いって」

 

 は? 、とカルガモの目が点になる。

 

 そんなカルガモに、キュルルはまるで勝ち誇るかのように続ける。

 

「だって、敵意があるなら、カルガモお姉さんが後ろを向いている間に襲っちゃえばいいんだもん」

 

 でしょ? と同意を促すキュルル。カルガモの中では、理解が進むと共に、嵌められた! という思いが大きくなっていく。

 

 背後の動きに警戒はしていた。しかし、背を向けている間、隙が生じていたのは紛れもない事実である。

 

 キュルルはだるまさんがころんだの勝敗など、どうでもよかったのだ。カルガモが自身の提案に乗った、その時点でキュルルの目的は達成していたのであった。

 

 当然、釈然としないカルガモ。そんなカルガモにカラカルは溜め息をこぼす。

 

「諦めなさい。してやられたあんたの負けよ。それに、周りはあんたとは反対の意見みたい」

 

 言われて、カルガモは周りを見回す。カピバラが、バンが、オシドリが……、自身が守ると誓った子たちが、興味深々な目でキュルルとカラカルを見ていた。

 

 そんなフレンズたちを見て、キュルルは空に人差し指を突きつける。

 

「一緒に遊ぶ子、この指と〜まれ!」

 

 わっ、とキュルルの周りにフレンズが集まる。その姿を見て、カルガモは力を抜いて笑うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 みんなで"だるまさんがころんだ"をしている内に、すっかり夕暮れとなってしまっていた。共に遊んだフレンズへ笑顔で手を振るキュルル。そんなキュルルにカルガモは近づいた。

 

「キュルルさん、カラカルさん。ご無礼を働いてしまい、申し訳ございませんでした」

 

 敵意があると決めつけ、疑心をそのままぶつけてしまった。そんな態度を取ってしまったことについてカルガモは謝る。そんなカルガモに2人は笑顔を向けた。

 

「気にしてないよ。今更だし、楽しかったし!」

 

「それに、こんなご時世じゃ仕方ないわよ」

 

 2人は許すが、それでもカルガモは腑に落ちない様子である。

 

「いーえ、このままではお姉さん失格です! お詫びに何かさせてください!」

 

「それじゃあ、カルガモお姉さんのお家のことを教えて! 僕たち、いろんなお家を調べてるんだ」

 

「お家、ですか。勿論です! ついでにもう時間も遅いですし、一泊いかがですか?」

 

「そうね。お言葉に甘えるわ」

 

 沈む夕日に背中を押されるようにして、3人はカルガモの家へと歩き出すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 穏やかな湖のすぐ側、背の高い葦の葉に隠れるようにして、カルガモの巣はあった。

 

「さぁ、どうぞ。ゆっくりしていってください!」

 

 巧妙に草に紛れるカルガモの巣。キュルルたちも案内されなければ見つけることはできなかっただろう。

 

「うわぁ、カルガモお姉さんのお家は丸いんだね!」

 

「ええ、どこから敵がやってくるか分かりませんからね。心配しながら巣を作っていたら、ついついお椀型になっちゃって」

 

 感心しながらキュルルとカラカルは、カルガモの巣に踏み入れる。すると、自身の重さで僅かに体が沈み込んだ。

 

「うわっ! 何これ! ふわふわ!」

 

 驚いたキュルルは大声を上げる。カラカルはふわふわが気に入ったのか、足踏みを繰り返す。

 

「うふふっ、良い絨毯でしょう? 全部カルガモお姉さんの羽なんですよ〜」

 

 その言葉にキュルルとカラカルは目を見開く。

 

「えっ! これ全部あんたの羽なの!?」

 

「すごいや!」

 

「こうして、床をふわふわにしておけば、子どもたちが転んでも安心ですから」

 

 なるほど、と得心し、その想いを詰め込むために、キュルルはスケッチブックを取り出す。目を輝かせて、筆を走らせるキュルルをカラカルとカルガモは、微笑ましく見守るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、カルガモ。あんた、いつも囮になったりしてるの?」

 

 キュルルが絵を描いている間に、カラカルは疑問をぶつけてみる。自分たちが聞いた悲鳴の演技、それはかなりやり慣れたものだとカラカルは感じていた。

 

 カラカルの指摘に、カルガモは眉尻を下げる。

 

「ええ。この湖畔は、良くも悪くもフレンズたちが集まります。みんなを守るために、得意な演技を活かすしかないですから」

 

「守るため……。じゃあ、この辺も強いフレンズで争いが起こってるのね」

 

 その言葉に、カルガモははっきりと頷く。

 

「この一帯は、ワニガメとイリエワニにほとんど二分割されているんです。臆病な子たちが巻き込まれるのは、お姉さんとして見過ごせませんから……」

 

「あんたも大変だったのね」

 

「うふふっ、悩みを聞いてもらうだなんて、お姉さん失格ですね」

 

 そんなことないよ、と横から励ましの声がかけられる。声をかけたのは、スケッチを終えたキュルルだった。

 

「カルガモお姉さんはみんなを守るために真剣だった。それだけでもすごいよ!」

 

 思い起こされるのは、"だるまさんがころんだ"をした時のこと。ただ、みんなを守るために、そのためだけに勝利を目指した心情を思い出し、カルガモの顔は安らいだものになる。

 

 その顔を見て、笑い合うキュルルとカラカル。

 

「キュルル、これからどうする?」

 

「もちろん! イリエワニさんとワニガメさんに会いに行く! やっぱりケンカは放っとけないよ!」

 

「決まりね!」

 

 前に聞かされていた、ケンカの存在。その時に残ったモヤモヤを解決するためにキュルルは決心する。その姿にカルガモは感謝の言葉を述べるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ダブルスフィア、報告します。()()()()が、へいげんちほーにて目撃されたようです」

 

「セルリアンはどうですか?」

 

「セルリアンについては目撃情報は上がっていません」

 

「……わかったのです。引き続き、追跡をよろしくです」

 

「「了解!」」

 

 バタンッ

 

「ふぅ、どうしてこんなことになってしまったのか……」

 

「諦めるには早いですよ、助手」

 

「しかし、どのような手を打てば良いのか……。新たな被害者が出る可能性だってあります」

 

「わかっているですよ。でも、それでも探すしかないのです……」

 

 




今話はちょっとキュルルがクソガキっぽかったかも?カルガモお姉さんについてもキャラにブレがないかかなり不安。違和感を感じたら感想で教えてください。

ちなみに、けものフレンズ既登場キャラは、基本アプリ版の性格にしています。むしろなんでアプリ版のキャラ設定そのまま使わなかったんだKFP・・・


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第5話「みずべのあみかご」

全話でなるべくアプリ版のキャラを利用して、とか言いながら、今回口調を変えてしまった。今話は計画変更があったので許してください(土下座

河内弁がわからなすぎて無理だった。知ってる方、直していただけると嬉しいです。


 

 

 思い立ったが吉日、とはいかなかったものの、翌日にキュルルとカラカルは動き出した。もちろんイリエワニとワニガメの争いを止めるためである。

 

 カルガモの案内を受けながら、2人はひとまずワニガメを探して練り歩いていた。

 

「カルガモお姉さん、イリエワニさんとワニガメさんがケンカしている原因って分かるかな?」

 

 もしかしたら、食べ物の奪い合いではないのかもしれない。そんな可能性も視野に入れて、キュルルは情報を集める。

 

「食料じゃないの?」

 

 原因をほとんど決めつけていたカラカルは、不思議そうな顔をする。カラカルから受け取った視線を、そのまま横にスライドするキュルル。しかし、2人の視線に晒されたカルガモは、困惑していた。

 

「それが、わからないんです……」

 

「わからない?」

 

「どちらのフレンズも生きるのに必死であることは間違いないはず。でも、必要以上な気がして……」

 

「どうしてそう思うのかしら?」

 

「2人は周りのフレンズが巻き込まれるのもお構い無しなのですが、食べ物などを独占しようとしたところは見たことがないので……」

 

 自信なさげに放たれる言葉に、ますます混乱するキュルルとカラカル。3人とも頭を捻らせてみるものの、やはり情報が少なすぎる。

 

「やっぱり、本人たちから直接話を聞かないと、かなぁ……」

 

 諦めたようにキュルルが呟く。その時、

 

 

 チャポッ……

 

 微かな水音。カラカルが反応するのと、黒い影が飛び出すのは同時だった。影はそのままカラカルに組みつき、押し倒してしまう。

 

「隙ィ見したな、イリエワニ! おんどれもこれで終いじゃ! ってあん?」

 

 ひたすらに勝ち誇ったのち、初めて自分が組みついている相手と目が合う。

 

「なんじゃ、ワレ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誤解が解けたところで、襲撃者はドカッと座り込む。

 

「ったく、気ぃつけぇ? この辺ホイホイ歩いとったら危ないで」

 

 襲ってきたのは、黒いビキニのような服装に、ところどころに甲羅のようなアーマーを施した、短髪のフレンズだった。キリリッと吊り上がった目尻は、好戦的な性格を伺わせる。

 

「危ないのは、相手を確かめないで不意打ち上等なアンタの方よ」

 

 今回の被害者カラカルは、ジト目で講義の声をあげる。その言葉にも、どこ吹く風と応える。

 

「スマン、スマン。堪忍してや」

 

 やれやれと、とりあえず怒りを収めるカラカル。そんなカラカルを横目に、キュルルは疑問を口にする。

 

「あの、ところであなたは……?」

 

「キュルルさん、この人が探してたワニガメさんなのですよ」

 

「お? なんじゃワレ? 俺様んこと知らんのけ?」

 

 ワニガメと紹介されたフレンズは、訝しげに片目を細める。そんな視線に、カルガモの喉は干上がり、カラカルはキュルルを守るかのように身体を割り込ませる。

 

「ま、ええわ。んで、おんどれらなして来たんけ?」

 

 大して興味も無さげに、ワニガメが問う。

 

「ちょっと話を聞きたくて」

 

「話?」

 

「はい。えっと、なんでワニガメさんはそんなに戦おうとするんですか?」

 

 その質問に、ワニガメは盛大なため息を吐く。言外に、何言っているんだ、という呆れがありありと伝わる。

 

「あんな、どうあがいても世界は弱肉強食。生き残るんには強くないとあかん。強くあるために強いヤツ倒す。ちゃうんけ?」

 

 ワニガメの目に強い光が宿る。その瞳は、絶対に生き方を変えないことを伝えていた。

 

「それで周りが巻き込まれても良いっていうの?」

 

 探るようにカラカルが追及をする。その言葉により気怠げになるワニガメ。

 

「ワレ、話聞いとったんけ? 弱肉強食。あかんたれんこと気にしとってどないすんねん」

 

 弱いヤツが悪い、そんな言い分にカルガモが激昂する。

 

「そんな! あなたのせいで……」

 

 言い切る前に、激情したカルガモをカラカルが制した。カルガモはカラカルの目を見ると、ガックリとうなだれる。

 

「話は終いか。ならもういにしなやで」

 

 帰った帰ったと手を振るワニガメ。大した成果を出せなかった3人は、不安げな顔を突き合わせるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ワニガメの説得に失敗した3人は、今度はイリエワニを探して歩いていた。しかし、先程説得に失敗したことが響いているのか、3人の顔色はすぐれないでいる。

 

「大丈夫なんでしょうか……」

 

「不安がっても仕方ないでしょ」

 

「とりあえず、イリエワニさんに会わないとだよね」

 

 仕方ない、そう思ってはいても3人の口数は少ない。重い空気を引きずりながらも、3人はイリエワニの住処とされている地点に辿り着いた。

 

 そこにいたのは、ウェーブのかかった緑色の髪をポニーテールにまとめたフレンズだった。着ているジャケットの胸元を大きくはだけさせ、巨大な尻尾を引きずっているのが特徴的である。

 

「あなたが、イリエワニさんですか?」

 

「そう言うあなたはどちら様? 端っこの小鳥ちゃんはわかるけど」

 

 妖艶な笑みがキュルルを突き刺す。まるで食虫植物かのような雰囲気に、カラカルが警戒度を上げる。

 

「えっとキュルルです」

 

「……カラカルよ」

 

「イリエワニよ。ふふっ、可愛い子じゃない」

 

 食べちゃいたい、とでも言うかのように舌舐めずりをするイリエワニ。細まった瞳孔にはキュルルの顔が映る。

 

「で、あなたたちは何しに来たのかしら?」

 

「……できれば、ワニガメさんとのケンカをやめて欲しいのですが……」

 

 その時、一瞬でイリエワニの目から興味が消える。期待外れ、つまらない、そんな言葉が聞こえてきそうな雰囲気である。

 

「じゃあ、あなたは私に大人しく潰されろって言いたいのかしら?」

 

「え?」

 

「あっちはそんなの聞く耳持たないでしょう? 私は全力で自分の身を守るだけ。自分の安全を脅かすものは全力で潰す。それの何が悪いのかしら」

 

 3人は言葉を失う。イリエワニもイリエワニの生き方を確立してしまっている。きっとその生き方を変えることはない。そのことを3人はわからされてしまった。

 

「用はそれだけかしら? だったら、私が機嫌を悪くする前に出ていくことね」

 

 3人には、重い足を引きずって、引き返すしか選択肢は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 再びカルガモの巣に戻った3人。やるせない心をひきずって、無為に時間が過ぎていくばかりだった。ふと、カルガモがポツリと呟く。

 

「もういいですよ、おふたりとも。関係ないのにここまでしていただいたのですから、十分です。湖畔のことは、カルガモお姉さんが頑張ればいいだけですから、これ以上付き合わずとも……」

 

 弱々しい笑顔を向けるカルガモ。その顔にキュルルとカラカルはどうしようもない無力感を感じてしまう。

 

 何かないのか。彼女らの生き方を変えることなく、周りのフレンズたちに迷惑をかけない方法は。回らない思考を自分の心にぶつけるようにして、答えを探っていく。

 

 ふと、キュルルは自分の足元を見つめる。そこにあるのはふかふかのカルガモの巣。そして、キュルルの頭の中で急速にアイデアが組み上がっていく。

 

「諦めないで、カルガモお姉さん」

 

 顔を上げて、カルガモに笑顔を向けるキュルル。カラカルもまた、いつものやつねと安心する。未だに不安げなのはカルガモだけだ。

 

「どうするんですか?」

 

「エッヘヘ、いーこと思いついちゃった!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、柔らかな風の流れる湖畔の一角、睨み合うイリエワニとワニガメを含めた5人が集っていた。

 

「決着を付けて欲しいって言われて来たけど、何をさせようっていうのかしら?」

 

 巻き込まれても知らない、イリエワニの冷淡な目が語りかける。それにキュルルは笑顔で返した。

 

「2人には、力比べ、つまり相撲をして欲しいんだ!」

 

「「すもう?」」

 

「うん! ルールは簡単。相手の腰から上が地面に着くか、相手をコレから外に出せば勝ち」

 

 そう言ってキュルルが指差したのは、できたばかりであろうカルガモの巣だった。しかし、中に羽毛は敷いていないようである。

 

「ほーん、力あんのが強いのは道理。なかなか考えられとるやんけ」

 

「それほど大きくないから、打撃戦よりも無理矢理押し出す方が早いと、なるほどね」

 

 2人の同意を得られたことに、キュルルはホッとする。キュルルとしても、この部分だけは賭けだった。

 

「ほなら、とっととケリぃ付けよっか」

 

 2人の闘志が一気に燃え上がる。視線は火花を散らし、敵意がプレッシャーとなって辺りを支配する。

 

 2人が位置に着くと、審判のカラカルが合図をとった。

 

「はっけよーい」

 

 速攻で勝負をつける、この時だけは2人の意思が重なった。

 

「のこった!」

 

 カラカルの合図と共に2人は動き出す。

 

 瞬発力はワニガメが上だった。いち早くイリエワニに組みつくと、余勢を駆って押し出しに入る。

 

 態勢をうまいこと立て直せず、イリエワニは防戦一方となる。このまま決まるか、そう思われた時ピタリと2人の動きが止まる。いや、ワニガメは押し出そうとするが、動かせずにいるようである。

 

 イリエワニを支えるもの、それは巨大な尻尾であった。尾が地面に噛みつき、丸太でも存在するかのように支えているのだ。

 

 そして、イリエワニの逆転劇が始まる。尾の力のみで態勢を整えると、そのままワニガメを押し潰しにかかる。

 

「チッ!」

 

 このまま組みついているのは不利と悟ると、強引に引き剥がし距離を取るワニガメ。そんなワニガメに対し、イリエワニは余裕の表情である。

 

 一泊の呼吸を置き、再び両者がぶつかる。今度は確実にイリエワニの優勢だった。ワニガメを土俵際まで運び、そのまま押し出しにかかる。

 

 しかし、ワニガメは勝負を捨ててはいなかった。押す力を急速に引っ込める力に変換すると、イリエワニの力を利用するように受け流しにかかる。

 

 これにはイリエワニも予想の外だった。完全に不意を突かれ、勢い余って身体が宙を浮く。

 

 会心の笑みを浮かべるワニガメ。イリエワニは完全に態勢を崩してしまい、前方に倒れていくため尾で無理矢理に起こすこともできない。勝った、という思いが駆け巡る。

 

 態勢を立て直すことは不可能。すでに勝利はありえない。それでもイリエワニは諦めなかった。今一度ワニガメを掴み直すと、宙に浮いた身体を捻りこむ。

 

「なっ!?」

「ぐっ!」

 

 面食らったのはワニガメだ。油断していたところで、イリエワニの一回転に巻き込まれる。そのまま2人身体は宙を舞い、ドサササッ! という音とともに着地する。

 

「引き分け!」

 

 着地したのは同時だった。カラカルの判定に、ワニガメは悔しそうに呻く。

 

「ここまでやっても勝てんのか。やるやんけイリエワニぃ」

 

「あなたもね。でも、決着はまだね」

 

 2人が再び土俵に上がった時だった、

 

 

 ズンッ!!! 

 

 

 辺りに地響きが伝わった。

 

 背の高い針葉樹林がガサガサとかき分けられ、大型のセルリアンが顔を出す。

 

「なっ、デッカ……」

 

 あまりの大きさに目を見開くカラカル。

 

「ワニガメ」

 

「あぁ、一時休戦や」

 

 自身らの戦いを邪魔するものを排除するため、湖畔を統べる2人の爬虫類が闘志を燃やす。

 

 そんな2人の目の前で、

 

 

 パッカーン!! 

 

 

 突然セルリアンが砕け散った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 何が起こったのか。そこにいたフレンズの全てが状況を理解できないでいた。キラキラとセルリアンの破片が飛び散る中、残っていたのは地面に突き刺さった鉄製のフラフープのみである。

 

 ザッ、と一拍遅れてフレンズが降り立つ。大きなフサフサとした頭、特徴的なトラ柄。学校の制服のようなものを着たその襲撃者は、新たな標的をその目に宿した。

 

「UGAAAAAAAAAAAAA!!」

 

 危険を察知したカラカルたちは、反射的にその場を飛び退く。直前まで自分たちのいた地点をなぞるようにフラフープが振り回され、辺りに衝撃波が飛ばされた。

 

 葦が荒ぶり湖が波立つ中、襲撃者は散り散りになった標的を目で追う。選ばれたのは、呆然と立つキュルルだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんだろう……

 

 自分が立っているのか座っているのかもよくわからない……

 

 頭に砂あらしが渦巻いて、まともな思考ができない。

 

 

 

『よーし、みんなで_』『あしたまた_』『ねぇねぇ、次は何して_』『ルールはね、ここから_』『君も一緒に_』

 

 

 

 わからない

 

 

 

『よーい、ど_』『えー、遊びた_』『エッヘヘ、こうすれば_』『いっくよー、そ_』『何それ、すごいすご_』『みーつけた、じゃあ_』

 

 

 

 こわい

 

 

 

『ねぇねぇ、今日さ_』『楽しそー! 僕も_』『ちょっ、タンマタン_』『やったー、だまされ_』『負けたー、もう_』『ねぇねぇ、今度はなに_』『アッハハ、変なか_』『いーなー、それ、僕も_』『エッヘヘ、ってうわ_』

 

 

 

『僕の勝ち』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気付くと、襲撃者は目の前にいた。

 

「……あ」

 

 風を唸らせ、フラフープが振り下ろされていく。

 

「キュルルさん!!」

 

 カルガモが悲痛な叫びをあげる。間に合わない、そう思った時、高速で駆け抜けた橙の光がキュルルを弾き飛ばした。

 

 フラフープの衝撃に吹き飛ばされ、その橙色の塊はゴロゴロと転がる。直撃は避けたものの、ダメージが無いとは言い切れない。

 

「カ、カラカル……?」

 

「キュルル、下がってて! イリエワニ、ワニガメ、協力するわよ!!」

 

「しゃーないわな。ついて来れっか、イリエワニぃ?」

 

「ふふ、笑えない冗談、ね!!」

 

 3人の目がそれぞれの色に輝き、体からサンドスターの光が散りばめられる。

 

 

「「「 野生解放!!」」」

 

 

 先鋒はもっともスピードに優れたカラカルだった。襲撃者に高速で接近し、鋭い爪を振るう。

 

 襲撃者はその攻撃をやすやすと躱すと、がら空きとなった横っ腹に一撃を与え、吹き飛ばす。

 

 その間に接近したイリエワニとワニガメが、挟み込むように牙を振るう。

 

 その攻撃も、一回転しながら振るわれたフラフープに、全て弾かれてしまった。

 

「ぐっ、あん敵なんちゅー力や」

 

「来るわよ!」

 

 お返しと振るわれる一撃をそれぞれ躱し、距離を取る。一拍呼吸を整えると、再び襲撃者と相対する。

 

 やはり先に敵に襲いかかるはカラカルである。俊敏性を最大限に生かし、敵を撹乱する。ヒットアンドアウェイを中心として、敵のスタミナを削る作戦である。

 

 カラカルに注意が逸れた相手をめがけ、爬虫類2人が走る。必殺の意思を牙に込め、宙にサンドスターの残光が走る。

 

 カラカルの方を向いて、がら空きとなった背中めがけてその牙が振るわれた。

 

 

 ガキィッ!! 

 

 

 鈍い音が鳴り響く。直前で襲撃者はカラカルを弾き飛ばし、ガードに成功していた。そのまま、凄まじい力でイリエワニとワニガメを押し返しにくる。

 

「ぐぅ」

 

 弾き飛ばされそうになった、そのとき、

 

「2人とも、頑張って!!!」

 

 悲痛なカルガモの叫びが響き渡る。その声に呼応するかのように、イリエワニとワニガメは、体の中から力が湧いて出るのを感じた。

 

「「うらぁぁぁぉぁぁああああ!!!」」

 

「!?!?」

 

 ガードを貫くがごとく、2人の牙が振るわれる。そしてそのまま、襲撃者を大きく吹き飛ばした。

 

 全力以上を発揮し、肩で息をする2人。その目の先では、襲撃者がゆらりと立ち上がった。

 

 ダメか、と臍を噛む。その時、カクンと、襲撃者の膝が折れた。このまま戦闘続行は不可能と判断したのか、襲撃者は針葉樹林へと飛び退く。その姿を、カラカルたちは見送ることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぷはー、なんとか引いてくれて、助かったわ」

 

 戦闘が終了し、すっかり疲れ果ててしまった身体を各々休める。危ない戦いであった。3対1でありながら、あそこで引いてくれなければ、負けていたのはこちらかもしれない。

 

「みんな、ごめんなさい」

 

 5人の中で、もっとも足手まといとなってしまっていたキュルル。特に、キュルルをギリギリで救ったカラカルなど、一歩間違えれば大怪我だった。自然とカラカルに視線が集まる。

 

「あんたが戦いが得意じゃないフレンズ、っていうのは知ってるわよ。いいわよ、別に」

 

「うん、ありがとう、カラカル」

 

 カラカルの言葉にキュルルは少しだけ元気を取り戻す。

 

「んにしても、さっきのは何や? そこんの鳥の声聞こえたら、ばーって力湧いて来たんやが」

 

「そういえば、私もね」

 

 いつもの全力以上を発揮できた。その事実に爬虫類組は驚きを隠せないでいた。

 

「あれは、"応援"だね」

 

「「"おーえん"?」」

 

「うん。頑張っている人を励ますこと。誰かのために声をかけてあげること。それを"応援"って言うんだ」

 

 ワニガメはおうえん、と一言呟くと、自身の握りこぶしを見つめる。何かを探るようにじっと見つめ、へへっと笑いをこぼす。それは、自身の中に新しい何かが芽生えたようだった。それはイリエワニも同様である。

 

「イリエワニ」

 

「何かしら」

 

「すもうの決着、必ずつけさってもらうで」

 

「ふふっ、こちらこそ」

 

 ワニガメから差し出された手をイリエワニはしっかりと握る。その目からは敵意だけではない何かが宿っていた。

 

「そのときは、カルガモお姉さんも応援しに行きますね! もちろん、たくさんの子を連れて!」

 

 そこにカルガモが笑顔で入ってくる。その言葉に笑顔で応えるワニガメたち。湖畔に続いていたケンカは、和やかに収束していったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「さっ、そろそろ次のちほーに行きましょう」

 

 カラカルの言葉にそうだね、と首肯するキュルル。そんな2人を、湖畔の3人は笑顔で送り出す。

 

「ほな、元気でな!」

 

「いつでも来なさい。歓迎するわ」

 

「キュルルさん、カラカルさん。本当にありがとうございました!」

 

 温かい言葉に、バイバイと手を振りながら2人は歩き出す。次はどんなちほーで、どんな出会いがあるのか。期待に胸を膨らましながら、モノレール駅を目指して行く。

 

 ふと、キュルルは立ち止まった。そして、襲撃者が去って行った森をじっと見つめる。

 

 あの時感じた違和感。その正体をキュルルはどうしても掴めないでいた。

 

 




どうでもいい自分語り
投稿主のアニメの趣味は、けものフレンズの他
・新世界より
・氷菓
・獣の奏者エリン
・俺ガイル続
みたいな感じです。鬱々としていて、ドロドロとしたもの大好き(じゅるり


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第6話 「がっこう」

大変お待たせしました!大ヴァンガ祭行ってたりしばらく死んでたりしてました。ちょっと難産ではありましたがなんとか更新です。
そしてまた増える文字数……


 

 

「マモナク、サバクチホー、サバクチホー。テイシャジニ、コロバナイヨウ キヲツケテネ」

 

 淀みない動きでモノレールが停車すると、気の抜ける音と共に扉が開く。仕切られていた空気が混ざり合い、乾いた風が車内を席巻した。早朝の砂漠を包む冷えた空気は、まるで生き物を拒むかのようである。

 

 そんな空間にキュルルは迷いなく飛び込む。冷たい風を浴びるかのように全身を伸ばし、新鮮な空気をめいいっぱい吸い込んだ。

 

 ふと、自分を呼ぶ声が聞こえ、キュルルは振り返る。

 

「パイビーさん、どうしたの?」

 

 ポテポテと歩み寄るラッキービーストにキュルルは目線を合わせる。

 

「キュルル、コノサキノ センロガ イチブホウカイ シテイルミタイ。コレイジョウ サキハ モノレールデ イケナイヨ」

 

「え!? そうなの!?」

 

「どうしたっていうの……」

 

 キュルルの大声で目覚めたのであろう、カラカルが目をこすりながら近寄ってくる。キュルルから事情を説明されるとカラカルは少し考え込んだ。

 

「……キュルル、ジャパリまんってあとどれくらい残ってた?」

 

「え? あっ! もう少ないや!」

 

「じゃあ、ここで配ったらとしょかんに戻りましょ。ちょっと博士たちに聞きたいこともあるし」

 

「そうだね。パイビーさん、モノレールを反対に進ませることってできる?」

 

 パイビーの方を向き直ると、パイビーは頷くかのような動作をする。

 

「マカセテ」

 

 ピョッコン、ピョッコンと跳ね進むラッキービーストに安心したように頷くと、キュルルたちは駅から出るために歩を進めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 駅から出ると、一面に砂の海が広がっていた。太陽はすでにかなりの熱量を伝え、乾いた風が喉を干上がらせる。未だに周りの空気は冷えているのが比較的幸いといったところであろうか。

 

 そんな中をキュルルたちはタブレットの動物図鑑を頼りに歩いていた。

 

「キュルル、前見て歩かなくて大丈夫なの?」

 

「うーん、でも、こんなに暑いならフレンズさんも穴の中とかにいそうだから……って、うわわっ!」

 

 思わずつまづくキュルル。が、カラカルに支えてもらうことで事無きを得る。カラカルは言わんこっちゃない、と呆れ顔である。

 

「まったく、気をつけなさいよね」

 

「アハハ、カラカルありがとう」

 

 その時、ポーンとタブレットが反応し、光を放つ。すぐさまキュルルが確認すると、そこには『ミミナガバンディクート』と記されていた。

 

「何かいたの?」

 

「えっと、『ミミナガバンディクート』さんが近くにいるみたい。他に何か書かれてな……」

 

 ふっ、とキュルルに影が差す。反応する間もなく、影はキュルルにのしかかり、キュルルは顔面から砂山にダイブしてしまった。

 

「キ、キュルルーー!?」

 

 カラカルの目線の先には、灰色のオーバーオールを着た、大きなウサギを思わせる耳を持ったフレンズがいた。そのフレンズはキュルルを下敷きにしたままニヤリと笑う。

 

「ふっふっふー。不審者撃退なのです! やはり! 時は金なり! 速攻は正義なのです!」

 

 キュルルに手を出し、それを手柄のように誇る。そんな振る舞いがカラカルの堪忍袋の尾を音を立ててぶっちぎった。

 

「……アンタ、早くそこから退きなさい」

 

 顔を俯かせ、静かに怒りを滾らせながら警告する。そんな言葉への返答は、胡乱気な視線だった。

 

「なんなんなのですか? 不審者ごときが偉そうに。お前もこのミミナガバンディクートが成敗するのです!」

 

 警告終了とばかりにカラカルは顔を上げる。手を出したことを後悔させるため、全身に力を漲らせる。と、そこでカラカルの動きが止まった。

 

 カラカルの目線はミミナガバンディクートの奥、ドヤ顔する有袋類の背後に立つフレンズに向けられていた。そのフレンズは、としょかんで見る"ほん"と呼ばれるものを高々と上げると、迷いなくミミナガバンディクートに振り下ろした。

 

「ミミディさん! また言うこと聞かずに飛び出して! 危険なことはやめなさい!」

 

「え、えーと、あなたは……?」

 

 突然現れた眼鏡が特徴的なフレンズ。その存在に困惑したまま、カラカルは対話を試みる。が、

 

「不審者にする自己紹介などありませんわ。では、わたくしは授業がありますので」

 

 にべもなく断られ、ミミナガバンディクートを引きずってさっさと歩き出す。

 

「……キュルル、大丈夫?」

 

「う、うーん、なんとか。それにしても、残念だね。ジャパリまんもだし、いろいろ教えて欲しいし。どうしよっか?」

 

 その時、歩いていた眼鏡のフレンズが足を止める。凄まじい速さの早歩きでキュルルたちに接近すると、ガシッとキュルルの手を鷲掴みにする。

 

「今、わたくしに教えて欲しいと言いましたか?」

 

「え? えっと……」

 

「今、このミーアキャットに"教えて欲しい"と言いましたよね?」

 

「そ、そうだけど……」

 

「うっふっふ、キマシタわーー!!」

 

 不気味な笑顔でテンションを上げる眼鏡のフレンズ。あまりの勢いにキュルルもタジタジである。

 

「え、えーっと……?」

 

「なんか怖いわよ……」

 

 ドン引きするキュルルとカラカル。しかしミーアキャットは意にも介さない。

 

「こうしてはいられませんわ! さぁ、すぐに授業ですわよ!」

 

 言うがいなや、握った手を引っ張りミーアキャットは歩き出す。目を回しているミミナガバンディクートと共にキュルルは引きずられていくのであった。

 

「……って、ちょっと待ちなさいよーー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 キュルルたちが引っ張ってこられたのは一つの巣穴だった。入り口が複数あるためか、中にも明かりが差し込み見回すことができる。

 

「そういえば、何について教えて欲しいのか聞いていませんでしたわね。わたくしがなんでも教えて差し上げますわよ? 『砂漠の日向ぼっこ論』? 『穴掘り講座』? それとも、『サソリ食育学』?」

 

「えっと、僕たちミーアキャットさんのお家について知りたいんだ」

 

「あら、そんなことですの? まぁ、お安い御用ですわ。では、この後の授業は『ミーアキャットのお家論』にいたします。さぁ、あなたたちも席に着いて」

 

 案内されたのは机とイスがたくさんある部屋。カラカル、キュルル、ミミナガバンディクート、そして元から部屋にいた2つのシニヨンが特徴的なフレンズがそれぞれ座る。

 

「ではこれから、『ミーアキャットのお家論』について講義を始めます。ミミディさんもフタコブさんもたびたび迷子になるのですから、しっかりと聞くこと!」

 

 ミミナガバンディクートは不満気に、フタコブと呼ばれたフレンズは呑気な返事を返す。その反応を受けて、ミーアキャットは授業を開始した。

 

 

 

 ——30分後——

 

 

 

「と、いうわけで……」

 

 キュルルは必死になってスケッチブックにメモをとる。最初はミーアキャットのことをジッと見つめていたカラカルも、興味を失ったのか机で爪とぎを開始していた。ミミナガバンディクートは後ろ足で砂を掘り始め、フタコブにいたっては寝はじめている。

 

 

 

 ——60分後——

 

 

 

「それから……」

 

 ミーアキャットの止まることない話にキュルルもメモを諦めてとりあえず話だけでも聞く。他の3人はとっくに脱落してほとんど熟睡である。

 

 

 

 ——90分後——

 

 

 

「このようにして……ってみなさん! 何寝ているんですか!」

 

 遂にはキュルルまでも頭から煙を上げていた。その様子にミーアキャットは嘆息すると、休憩を言い渡す。

 

「〜〜、キュルル、大丈夫?」

 

 目覚めたカラカルがあくび混じりに聞くと、キュルルはフラフラと立ち上がる。

 

「うん……ちょっと、行ってくる……ね……」

 

 フラフラと歩き出すキュルルを見かねて、カラカルも付いて来る。その先では、気落ちしたように俯くミーアキャットの姿があった。

 

「ミーアキャットさん」

 

「えっと、キュルルさん、とカラカルさんでしたか? なんでしょう?」

 

「えっと、話だけだと分からなかったから、直接案内して欲しいんだ」

 

「……分かりましたわ」

 

 爆睡している2人のフレンズをチラリと見ると、ミーアキャットはキュルルたちを伴って部屋を出るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミーアキャットに案内してもらったことにより、キュルルのスケッチブックにはみるみる絵が描かれていっていた。

 

「ミーアキャットさんのお家ってすごく広いんだね。いろんなお部屋かあるし。前に同じようなお家にモグラさんのがあったけど、それよりも大きいや」

 

「ここはわたくしのお家ですが、同時にみんなの学校としても使っておりますので」

 

「"がっこう"?」

 

「ヒトが昔営んでいた、子どもに何かを教える機関ですわ。わたくしも真似したい、と。けど、もしかしたら向いてないのかもしれませんね」

 

 落ち込むミーアキャットにより、辺りに沈痛とした空気が流れる。そんな空気を断ち切らんと、キュルルは別の質問を投げかけた。

 

「ねぇ、ミーアキャットさん。ミーアキャットさんはミミディさんと、えっと……」

 

「フタコブラクダさん……ですか?」

 

「そう! フタコブさん。その2人とどう会ったの?」

 

「まず会ったのはフタコブラクダさんでしたわ。あの子、身体は丈夫なのですが、すぐに寝てしまって。こんなご時世だと危ないから、身を守れるようになって欲しくて」

 

 昔の心情を思い出したのか、ミーアキャットの顔がだんだんと穏やかなものになる。

 

「ミミディさんは直接わたくしの元を訪ねてきましたわ。あなたたちは"ミミナガバンディクート"についてどれくらい知ってますの?」

 

「ずかんでは、たしか"絶滅危惧種だ"って……」

 

「そうですわ。そのせいか、わたくしの元に来たときも、"何があっても生き残れる方法が知りたいのです! "って」

 

「そんなこと……」

 

「ええ、誰にもわかるわけないですわ。でも、わたくしは応援したくなった。わたくしの持っているものをできる限りあの子に伝えて、あの子が生きる力になれれば、と。けど……」

 

 少し物悲しい雰囲気があたりに漂う。うまくいかない、そんなミーアキャットの気持ちがキュルルには伝わったのだ。言葉を見つけられないキュルル。しかし、

 

「なら、"向いてない"っていうのは違うんじゃないかしら?」

 

 カラカルは違った。唖然としたミーアキャットにカラカルはさらに言葉を重ねる。

 

「わたしは正直キュルルを誘拐したアンタのこと警戒してたけど、アンタがあの2人のことを大切に思っているのは伝わったわ。教えたい、伝えたいって気持ちは確かなんじゃないの?」

 

「それは……。いえ、そうですわね。お二人とも、感謝しますわ」

 

 ミーアキャットの眼鏡の奥の瞳に力が戻る。その様子にキュルルとカラカルは微笑みを浮かべた。

 

「ねぇねぇ、ミーアキャットさんはいつも何教えているの?」

 

「とりあえず文字を。文字が読めないと授業がしにくいので。でも、一通り読み上げますとフタコブさんは寝てしまって、ミミディさんは待っていられなくて」

 

「もっと動けたらいいんじゃない?」

 

 カラカルの言葉にキュルルは少し思案する。なんとなく目を落とすと、そこには先程まで自分が描いていた絵があった。その時、キュルルの頭の中で急速にアイデアが固まる。

 

「そうだ! ミーアキャットさん。これ使おうよ!」

 

 キュルルが掲げたスケッチブックを見て、ミーアキャットは訝しげな目を向ける。

 

「それは……?」

 

「キュルル、その絵をどうする気?」

 

「エッヘヘ、これ、やぶいちゃおーって!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「では次! "食事をするときに使う部屋"!」

 

 カラカル、ミミナガバンディクート、フタコブラクダの3人が床に散らばった紙片に目を凝らす。瞬間、目的のものを見つけたフタコブラクダがその紙片を取った。

 

「うふふ〜、これですね〜」

 

「その通り! その部屋を、"しょくどう"と言います。言ってみて」

 

「しょくどう……。分かったもん!」

 

「はい! それでは、フタコブさんに+1ポイントですわ」

 

 キュルルが提案したことはカルタ取りのようなものだった。キュルルは自身の絵を部屋ごとにバラバラにし、それぞれに部屋の名前を書き添えたのだ。それらを取り合い、書かれた文字を読む練習をするわけである。

 

「むぅ、負けたくないのです!」

 

 残った枚数も僅かで、勝負はドンドン白熱する。そして、

 

「今回の勝者は、フタコブラクダさんです!」

 

「エヘヘ〜、フタコブラクダが1番だもん!」

 

「むぅ、届かなかったわね〜」

 

 ほんわかと喜ぶフタコブラクダに、多少の悔しさを滲ませるカラカル。一方、ミミナガバンディクートはというと、

 

「〜〜、悔しいのです! もう一回! もう一回なのです!」

 

 ふくれっ面で再戦を挑んでいた。そんな様子にミーアキャットは微笑む。

 

「もちろんですわ。さぁ、みなさん持ってる絵をバラバラに置きましょう」

 

 そうして第2回戦が決定した。準備ができたのを確認するとミーアキャットは張り切って問題を出し始める。

 

「それでは! "エサを捕まえるため……」

 

「これなのです!」

 

 ミーアキャットが読み終わるのを待たずにミミナガバンディクートは絵を拾い、自慢気にミーアキャットへ見せる。

 

「そうです! その部屋は……」

 

「"くんれんじょ"なのです! さっき覚えたですよ!」

 

 被せるように発せられたミミナガバンディクートの言葉に、ミーアキャットはハッとする。その他の3人がミミナガバンディクートを褒め称える中、ミーアキャットは感動のあまり涙を零した。やっとちゃんと教えることができたのだ、と。そんな想いでミーアキャットの胸はいっぱいになる。

 

「先生〜、大丈夫〜?」

 

 動かないミーアキャットにフタコブラクダが声をかける。ミミナガバンディクートにいたっては次の問題を急かしてさえいた。

 

 笑顔で学ぼうとする生徒たちの姿に、ミーアキャットは涙を拭いて、満面の笑顔になる。

 

「はい! では次ですわ! ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「キュルルさん、カラカルさん、お手伝いいただきありがとうございましたわ。そして、出会った当初のご無礼、謝罪申し上げます」

 

 ミミナガバンディクートとフタコブラクダがそれぞれ"がっこう"内の自室に帰った後、ミーアキャットはキュルルたちに頭を下げていた。

 

「謝らなくてもいいわよ。今更気にしてないし」

 

「しかし……」

 

 カラカルの言葉にも、ミーアキャットは渋る。どうやら、どうしても罪悪感が消せないようだ。その様子にキュルルは少し考えると、バッグからあるものを取り出した。

 

「じゃあ、これ受け取って。僕たちが持ってても邪魔だから」

 

 キュルルが差し出したものは授業で使用したカルタだった。ミーアキャットはしばらく呆然と見つめると、ゆったりとした動作でカルタを受け取る。屈託無く笑うキュルルを見て意図を察し、ミーアキャットは泣きそうな笑顔で胸ポケットにカルタをしまった。

 

 その時、手に引っかかったのか一枚の紙が落ちる。キュルルが拾うと、それはカルタの一枚ではなく、黒い髪に白衣を着た女性の写真だった。

 

「これは……?」

 

「"しゃしん"。カコ博士の写真ですわ。わたくしのお守りですの。キュルルさんと同じヒトで、わたくしが最も尊敬する科学者ですわ」

 

「カコ……博士……」

 

「気になりますの?」

 

 カコ博士の写真から目が離せなくなるキュルル。そんな様子にミーアキャットはあることを閃く。

 

「そうですわ! その写真、キュルルさんに差し上げますわ」

 

「えっ? でも……」

 

「構いませんわ。是非もらってください。よければ、わたくしのカコ博士グッズの部屋も見ていきますか?」

 

 その問いにキュルルはチラリとカラカルの反応を伺うと、大きく首肯した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 通された部屋には白衣やガラスの筒など様々なものがごっちゃに飾られていた。

 

「事実かはわかりませんが、全てカコ博士が使っていたとされるものですわ」

 

「うわぁ〜、こんなにたくさん」

 

「すごいわね……」

 

 2人であちこち見回っていると、一つの直方体の機械と、それと繋がったモニターを発見する。

 

「これは……?」

 

「これは、カコ博士の研究所にあったとされる"ぱそこん"というものですわ。一説によると、これに自身の研究を記録していたとか」

 

 その時、キュルルの右腕のラッキービーストが発光する。

 

「キュルル。コノパソコン、キドウデキルヨ。ドウスル?」

 

「本当!? ラッキーさん、お願い!」

 

「あの……。それは……?」

 

「うん? ラッキービーストっていうんだよ」

 

「ラッキービースト、わたくしの記憶にあるものとは違う形をしておりますが……」

 

 困惑するミーアキャットだが、注意を起動したパソコンの方に戻す。

 

 そこには、何かの文章を記したページが表示されていた。

 

 

『5/26

目覚めてから6ヶ月弱、ようやくわたしの研究が前進した。新しいタイプのフレンズを生むことに成功。まだまだ不安定であるため、これから経過観察と研究の発展をしなくてはいけない。

 

 5/27

わたしの仮説が正しければ、このフレンズは個体によって姿形が異なったものが生まれる可能性がある。被検体を増やすかはまだ未定だが、いつまでも被検体1と呼ぶのも薄情である。便宜上、この被検体の名前を[クキ]と名付ける。

 

 5/28

クキを研究所から出して観察していくことにする。何が影響しているのか、クキは遊びに対しての適正がかなり高い。周りの遊びをみるみる吸収していく様子が見られる。特に、フリスビー遊びが気に入ったのか、何度もせがまれることとなった。暇な時にでも遊んでやろうと……』

 

 そこまで読んだ時だった。

 

 

 プツンッ

 

 

 突然画面が暗転してしまう。途中で遮られてしまったことに驚き、キュルルはラッキービーストに声をかける。

 

「デンチギレダヨ。ボクモソロソロ アブナイカラ、スリープモードニハイルヨ」

 

「そっか、ありがとう。お疲れ様、ラッキーさん」

 

 ラッキービーストをねぎらうと、キュルルは先程まで光を灯していたモニターを見つめる。

 

「ミーアキャットさん、さっきのって……」

 

「おそらく、カコ博士の研究日誌、ですわね。『クキ』というのは初めて聞きましたが……」

 

「ミーアキャットさんでも知らないの?」

 

「ええ。カコ博士は助手にイヌのフレンズを連れていたそうなので、もしかしたらその子でしょうか?」

 

 議論する2人だが、当然答えが出るはずがない。そんな様子を見て、カラカルが声をかける。

 

「キュルル、そろそろ日も暮れるし、行きましょう」

 

「あっ、うん。そうだね。じゃあ、ミーアキャットさん、ありがとね。バイバイ!」

 

「ええ、こちらこそ感謝申し上げますわ! またいつでもいらしてください!」

 

 胸ポケットに入れたカルタに温かみを感じながら、ミーアキャットは去っていくキュルルたちに手を振り返すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっけよーい、のこった!」

 

「「ふぅん!!」」

 

「2人とも、今日もいい勝負ですね」

 

「あの〜」

 

「どうしました?」

 

「私たちは"ダブルスフィア"と言います。制服を着て、トラ柄の髪をおさげにしたフレンズについてもし知っているならば、お伺いしたいのですが」

 

「トラ柄? なんじゃワレ。あん敵んこと知っとるのか?」

 

「センちゃん!」

 

「ええ、知っているみたいですね。ちなみに、そのトラ柄のフレンズが現れる前後に大型セルリアンは見ませんでしたか?」

 

「見たわよ。ちょうどそのフレンズが現れる直前に。あなたたち、一体何を知ってるのかしら?」

 

「やっぱり見たんですね! 初めてしんりんちほー以外で目撃情報が。いったいなぜ……。それに、側で見つけたこの機械も……」

 

「ごめんなぁ、センちゃん思考タイム入っちゃったから、私から話すわ。あなたたちが見た、『ビースト』について」

 

 




そろそろ自分のやりたいことがだいぶバレてるんじゃないかと本気で心配になってきてる。自然な伏線の張り方ってやっぱり難しいですね。


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第7話 「びーすと」

お待たせしました!何やらけもフレわーるどで明かされた設定が騒ぎになっていますが、当然この作品では無視していきます。とはいえ、予定していた設定と被る部分はあるので、そこはご了承ください。

本編前に謝っておきます。セルリアンハンターファンの皆様、博士助手ファンの皆様、本当に申し訳ございませんでした(土下座


 

 

 今までみてきたものが逆再生されるかのように景色が流れていく。砂だらけの砂漠から湖畔へ、そして平原へと差し掛かる。

 

 キュルルたちは、としょかんを目指してしんりんちほーへとモノレールを走らせていた。今までの観光用低速モードとは違い、高速での旅となっている。流れる景色を見つめていると、キュルルの右腕のラッキービーストが発光した。

 

「ジュウデン カンリョウ。キュルル、トチュウマデニ シチャッテ、ゴメンネ」

 

「ラッキーさん! 仕方ないよ。最後まで読めなかったのは残念だけど」

 

 ピピッと光ったかと思うと、シュンとしたかのようにラッキービーストから光が収まる。落ち込ませてしまったかとキュルルは頬をかき、かける言葉を探した。そんなキュルルにカラカルは助け船を出す。

 

「よくわかんないけど、あの"ぱそこん"ってやつ貰えばどうにかなったんじゃない?」

 

「うーん、どうなの? ラッキーさん」

 

「ムリダヨ。パソコンニデンゲンガ ツナガッテナイカラ、デンチガキレチャウヨ。デンゲント ケーブルガミツカラナイト、サイキドウデキナイネ」

 

「そっかぁ。ちょっと気になるんだけどな……」

 

 言いながらキュルルはカコ博士の写真を取り出す。自身と同じヒトへの期待か、どうしても胸に引っかかったものが取れないでいた。

 

 そんなキュルルに不思議そうな目を向けつつも、カラカルはキュルルの肩を叩く。

 

「ま、そのうち見つかるんじゃない? もしかしたら博士たちも何か知ってるかもしれないし」

 

「うん、そうだね」

 

 カラカルの励ましでキュルルも少しだけ笑顔になる。これ以上考えても仕方ないと、キュルルは写真をバッグにしまった。その様子に安心し、カラカルはそういえばと切り出す。

 

「キュルル、あんたのやりたいことは見つかったの?」

 

「んー? まだいまいちかなぁ」

 

 煮え切らない態度のキュルルにカラカルは首を捻る。そんなカラカルにキュルルは苦笑で答えた。

 

「まだはっきりとはしてないけど、でもいろんなフレンズさんがみんなそれぞれのやりたいことを精一杯頑張っててさ、僕もああなりたいって思うんだ」

 

 窓の外へと視線を移すキュルル。その先には景色しかないが、キュルルの顔は今まで会ってきたフレンズたちの姿が見えていることを表していた。

 

「でも、今はカコ博士について知りたい! カコ博士のことを調べたら、きっと何かが分かりそうな気がするんだ!」

 

 キュルルはカラカルに満面の笑顔を向ける。その笑顔に真顔となったカラカル。しかし瞬き一つした後、ゲンナリとした顔に変わっていた。

 

「あんた一人じゃ不安ね……」

 

「えー! なんでー!?」

 

 涙目で抗議するキュルル。そんなキュルルにカラカルは引きつった顔を向ける。

 

「だってあんた、夢中になったら暴走するし」

 

 脳裏にトラウマが呼び起こされ、ぐぅの音も出なくなるキュルル。そんなキュルルから視線を外し、正面の窓の外を見ながらカラカルは続ける。

 

「だから、わたしも付いて行くわよ。あんた一人じゃ不安だから、わたしが一緒にいてあげる」

 

 真剣な顔をしたカラカルに、キュルルは何も返せずにいた。口が開いては閉じるを繰り返すばかりで、なんと返すべきかわからないでいる様がありありと読み取れる。

 

 モノレールが揺れる音だけが空間を支配する。しかし、ついに静寂は破られた。

 

「マモナク、シンリンチホー、シンリンチホー。テイシャジニ、コロバナイヨウ キヲツケテネ」

 

 気がつくと、眼下には青々とした森林が広がっていた。数日前に、気持ち的にはもっと昔に出発した駅へと滑り込んでいく。

 

「さ、降りるわよ。早くとしょかんへ行きましょ」

 

「えっ? あ、うん」

 

 カラカルに促され、キュルルもぎこちない笑顔で返すものの、その表情もすぐに消え去る。何か得体の知れないモヤモヤは、キュルルの中に残るばかりであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 駅を降り、たくさんの木々が影を作る中、キュルルとカラカルは無言で歩いていた。黙々と歩を進めるカラカルに対し、キュルルはどこかそわそわとし、チラチラとカラカルに視線を向けている。その姿はまるで怒られた後の犬のようである。

 

「えっと、カラカル」

 

 沈黙に耐えきれなくなったのか、ついにキュルルは声をかける。

 

「? どうしたの?」

 

「あっ、えっと……その、カラカルはやりたいこととかないの?」

 

 ふい、と向けられた視線にキュルルは戸惑う。消えてしまった言葉の続きを無理やり繋ぎ合わせ、何か会話しようと紡いでいく。

 

 必死なキュルルに、カラカルは苦笑した。そんなことが聞きたかったの? と目が語り、しかし何も答えずキュルルに背を向ける。

 

「カラカル?」

 

 キュルルの声にも振り向くことはない。怒らせてしまったのだろうか、と不安になるキュルルに、カラカルは背を向けたまま答えを口にした。

 

「わたしは、もうやりたいことをやってるわよ」

 

 たった一言、今度は顔も見えない一言に、キュルルはモノレールで言われたことと同じものを感じ取る。その"何か"の力強さに、またキュルルは口を噤んでしまう、

 

「……」

 

 何も言えない自分を認めたくなくて、キュルルは何か言おうと口を開く。

 

 その時だった。

 

 

 

 ズゥンッ!! 

 

 

 

 唐突な地響きが辺りを包み込む。森がざわめき、道の先ではコウモリのフレンズが飛び立つのが見えた。

 

「行ってみましょう!」

 

「うん!」

 

 何かしらの異変を感じ取ったキュルルたちは、一目散に駆け出すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヤバイです、ヤバイです、ヤバイですよぉ! お、オルマーさぁん!」

 

「ちょっち待ってセンちゃん。もう少し頑張ってぇ」

 

 駆けつけたキュルルたちの目の前にあったのは、3体の中型セルリアンと、それらに対して防戦一方な2人のフレンズだった。

 

 円筒型のたくさんのセルリアンが輪っか状に繋がったセルリアン、卵型のボディに紐状の二本足、体の下に円筒型の突起と石を持ったセルリアンの2体の攻撃をオルマーと呼ばれたフレンズがどうにかガードする。その間に、残りの球体のセルリアンが動いた。足元にあった、黒い鍵型の物体に触れると、その物体は消え去り、形をコピーした二本足のサソリのような形となる。新しいボディを得たセルリアンはまっすぐ"センちゃん"へと突っ込んだ。

 

「危ない!」

 

 キュルルが声を上げる間にカラカルが動く。涙目で丸まる"センちゃん"に覆い被さるセルリアン。間に合わない。

 

「野性解放!!」

 

 カラカルは音速でセルリアンの元へ駆け抜ける。そのスピードで高まった力を爪にこめ、背中の突起物についていた石へ叩き込んだ。

 

 

 パッカーン

 

 

 間一髪"センちゃん"はピンチから脱出する。しかし、まだ戦闘は終わりではない。今度は卵型のセルリアンが紐状の足を叩きつけにきた。

 

「センちゃんさん! その場で一回転して!」

 

 背後から投げかけられた声に、"センちゃん"は反射的にコマのように回る。すると、遠心力によって持ち上げられた尻尾が、鋭利な刃となり、セルリアンの足を切り裂いた。体勢を崩すセルリアン。その間にカラカルがセルリアンの下部にある石を破壊する。

 

 上手くいったことにキュルルはホッとする。その手には"どうぶつずかん"が握られていた。そこには『オオセンザンコウ。体の鱗はふちが鋭い刃になっている』という文字。図鑑からこの情報を得たキュルルは、咄嗟にこの作戦を思いついたのだった。

 

 

 トサッ

 

 

 卵型のセルリアンに飲み込まれていたのであろう、フレンズが撒き散らされた破片と共に地面に落ちる。そちらには"センちゃん"が駆け寄った。

 

「助けてくれて、あんがとね〜。さてさて、厄介なのがあと1匹、どうしたものかなぁ」

 

 石の見当たらないセルリアンを前に、"アルマー"を始め全員が途方に暮れる。激戦に備え、カラカルも野性解放を再度使用した。次の一手は、キュルルが頭を回転させたとき、

 

 

 ふわっ

 

 

 体が宙へと浮かび上がるのを感じた。

 

「撤退です! このまま図書館に行くですよ!」

 

 自身の身体を抱えるアフリカオオコノハズクこと博士が一声上げる。周りを見渡せば、助手に2人のコウモリのフレンズがそれぞれカラカルたちを抱え上げ、空を飛んでいた。先ほどセルリアンから吐き出されたコウモリのフレンズも、よろめきながらも飛んでいる。

 

 キュルルたちは大空を散歩しながら、どうにか戦域を撤退するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 中型セルリアン3体を切り抜け、キュルルたちはキャンプ場で一息ついていた。カラカルは疲れてしまったのか道中で気を失ってしまったため、図書館で休んでいる。

 

「ご紹介が遅れました。何でも屋『ダブルスフィア』を営んでいます。オオセンザンコウです。先ほどは助けていただき、ありがとうございました」

 

「やっほー、わたしはセンちゃんのお供のオオアルマジロだよ。オルマーって呼んでね」

 

「自由気ままにパトロールし隊のテングコウモリよ。テンコでいいよ」

 

「同じく自由気ままにパトロールし隊のウサギコウモリでしゅ。ウサコって呼んでくだしゃい。あなたは命の恩人でしゅ!」

 

「右に同じでカグヤコウモリでございます。カグコと呼んでくださいまし。博士、私、もう寝てもよろしくて?」

 

「空気を読めなのです」

 

 助手の白けた視線を無視して欠伸をするカグコ。気の抜けた空気もなんのその、である。

 

「仕方ないですよ! ご苦労なのです!」

 

 その言葉を受け、図書館に引っ込むカグコ。入れ替わるようにカラカルがこちらへ向かってくる。

 

「ちょうどいいのです! こちらが……」

 

「僕はキュルル!」

 

「カラカルよ。よろしく」

 

「あなたたちが……」

 

 得心のいったような顔をするオオセンザンコウに、キュルルとカラカルはハテナマークを浮かべる。

 

「いつの間に知ったですか?」

 

「そのことについては、報告と共に」

 

「わかりました。先に報告を聞かせるですよ」

 

「湖畔にてビーストの目撃情報が得られました。そこにいる、キュルルさんたち及びイリエワニ、ワニガメと戦闘になったそうです」

 

「"びーすと"?」

 

 初めて聞く言葉をキュルルは反復する。カラカルも首を捻っており、思いつかずにいるようだ。

 

「湖畔であなたたちに襲いかかってきたフレンズがいたはずです。そのフレンズのことですよ」

 

 その言葉にカラカルの目の色が変わる。

 

「ちょっと待って! じゃあ、あんたたちはずっと前からアイツのとこを知っていたってわけ!?」

 

 カラカルの指摘に視線を外す助手。一方博士は明確に頷く。

 

「なっ、あんたたち! なんであんなのを放置してるのよ!」

 

ビースト(あの子)もまたフレンズなのです!」

 

「それでも危険なヤツじゃない!」

 

「言い訳にしかならないとは分かっているのです! それでも、事情があるですよ」

 

「何なのよ、その事情って!」

 

「それは……」

 

「博士」

 

 説明を始めようとした博士に被せる声があった。

 

「博士」

 

 助手だった。何かを止めるかのように博士の肩に手を置いた助手が次なる言葉を紡いだ。

 

「お腹が空きませんか?」

 

 博士を除き、一同唖然とする。誰もが発言の意図を理解できていないようである。しかし、博士だけは動揺がない。博士は静かに首を横に振ると、優しく手を取り去った。

 

「助手……。そういえば、ビーストについての記述はどこにあったのでしたっけ? 助手、少し調べてきてくださいませんか?」

 

 助手は一瞬驚いたような顔をするが、すぐに悔しそうな顔となる。そのまま、音も無く図書館の方へと飛び去ってしまった。

 

「……カラカルたちに伝えずにいたことは本当に申し訳ないのです。でも、どうしても話せなかったのですよ……」

 

「それで、結局ビーストって何なのよ」

 

 震える唇を無理矢理こじ開けて、博士は全てを話し出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 全ての始まりは、ラッキービーストからジャパリまんの供給がされなくなってからでした。

 

 ジャパリまんが我々にとって唯一のサンドスター供給方法だということはわかってますね? このサンドスターは、野性解放の燃料としても必要なのです。

 

 それが、補給できなくなっちゃったってこと? 

 

 そうなのです。つまり、野性解放を多く使う者ほど、大量のサンドスターが必要になるのです。……最初の犠牲者は、セルリアンハンターでした。

 

 セルリアンハンター? 聞いたことないわね。

 

 昔はいたのですよ。ビースト、アムールトラも元はセルリアンハンターの新人でした。彼女たちは、役回り上短期間に何度も野性解放を使うこととなります。しかし、パーク全体でサンドスターが減少していて、ほぼ全てのフレンズのサンドスターバランスが崩れている状態なのです。

 

 そんな中でも、セルリアンハンターの3人は野性解放を使いながら戦ってたのです。我々が優先的にジャパリまんを渡そうとしても、受け取りませんでした。

 

 そのうち、最初はリカオン、次はキンシコウと体内のサンドスターバランスが崩れ切ってしまい、フレンズとしての輝きすらも消費する野性解放状態、すなわちビースト化が起こったのです。そして、ヒグマまでも……

 

 そのフレンズさんたちはどうなったの? 

 

 ビースト化はセルリアンに捕食された状態とほぼ同じです。すでにフレンズとしての輝きを消費し尽くして、元の動物に戻ったか、あるいは……消滅か……

 

 元に戻してあげることはできないの? 

 

 その方法はまだ見つかっていないのです。このままだと、アムールトラの命も危険でしょう。でも、我々には打てる手がないのです……

 

 

 

 

 

 

 

 

 博士が語り合え、辺りは静寂に包まれた。誰もどんな言葉をかければよいのか分からなかったのだ。

 

「助手を……」

 

 そんな静寂を破ったのは、博士の弱々しい声だった。

 

「助手を責めないであげて欲しいのです。セルリアンハンターの3人との離別は我々は過去のことにできていません。なので……」

 

「いいわよ、もう」

 

 噛みちぎらんばかりの強さで唇を噛む博士に、カラカルは静止をかけた。

 

「わたしの方こそ悪かったわ。博士たちに、何があったのか知らずに怒っちゃってごめんなさい」

 

「カラカル……」

 

「本当に……申し訳ないのです……」

 

 それでも謝り続ける博士に、カラカルは困ったような笑顔となる。そして、何を思いついたのか、手を叩いた。

 

「博士、そろそろお腹も空いてきたし、ご飯にしましょ。おいしいものを食べる時まで、そんな顔引っさげないでよね」

 

 その言葉に博士はカラカルをまじまじと見つめると、ようやく笑顔を取り戻す。

 

「……まったく、こちらが下手に出ていると、言いたい放題ですね! 提案には同意なのです! キュルル、お願いするですよ」

 

「うん!」

 

 博士の言葉にキュルルは元気に頷くと、早速料理に取り掛かる。

 

 その後ろ姿を見送り、博士はカラカルのことを見つめた。その目は日の光を反射して、爛々と輝いている。

 

「カラカル」

 

 博士の真顔を横目でチラ見するカラカル。カラカルもまた真顔となり、博士から視線を外す。

 

「大丈夫よ」

 

「……そうですか。好きに……するのです……」

 

 何かを隠すように目を閉じ、博士は後ろを向く。

 

「助手を呼んでくるのです。ダブルスフィアの2人や、パトロールし隊も手伝うですよ」

 

 そのように言い残すと、博士はふわりと飛び去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱり、ここにいましたか」

 

 博士が来たのは図書館の裏だった。そこには3つの木組みの十字。その前で、助手は震えながら泣いていた。

 

「ごめん……なさい、博士。は、博士に辛いこと、全部押し付けて……うぐっ、……助手、失格なのです……」

 

「良いのですよ、助手。困難は群れで分け合え、なのです! 助手が辛いことを請け負うのが博士の役割ですから」

 

 そこで、チラリと3つの十字を見つめる。幾度となく見ていながら、張り裂けそうな胸の痛みがそこにはあった。

 

「……さぁ、顔を洗ったらご飯なのです! キュルルが今作ってるですよ!」

 

「……はい、博士」

 

 

 

 

 

 

 

 

「キュルル、カラカル。今回の件のお詫びと、仕事を請け負ってくれたお礼なのです! 受け取ってください」

 

 食事の最中、博士はキュルルとカラカルに2枚の紙を渡した。ちなみに本日のメニューは酢豚ご飯。使っているのがジャパリまんのナゾ肉のため、酢豚と呼べるかどうかは不明だが。ウサギコウモリが酸っぱそうに食べ、パイナップルに目を輝かせるということを永遠と繰り返している。

 

「これは?」

 

PPP(ペパプ)のライブチケットなのです!」

 

「我々が騒がしいところは好きでないと言っているのにもかかわらず、マーゲイが押し付けてくるのですよ。まったく、困ったヤツなのです」

 

「気分転換に2人で見に行くと良いのです!」

 

 差し出されたチケットに、カラカルはキュルルの方を向く。

 

「どうする、キュルル?」

 

「せっかくだし行ってみようよ! 博士さん、助手さん、ありがとう!」

 

「お安い御用なのです!」

 

「我々は、親切なので」

 

 誇らしげに胸を張る博士と助手。そんな2人に、意外な方向から声が上がった。

 

「ええなぁ、PPP(ペパプ)のライブ。博士、博士。わたしたちにも何かない〜?」

 

「こらっ、オルマーさん!」

 

「博士、博士! わたしたちも欲しいでしゅ!」

 

「おまえたち……」

 

「良いじゃないですか、助手。お前たちにも何か考えておくのです!」

 

「そのぶんキリキリと働くですよ」

 

「「やったぁ!」」

 

 ハイタッチをするオルマーとウサコ。そのまま、喜びを全身で表現するように、ウサコは舞い飛ぶ。その様子がどうにもおかしくて、キュルルは吹き出した。キュルルに釣られたように誰もが笑い声をあげる。

 

 食事は和やかな空気に包まれながら、進んでいくのであった。

 

 




今回出したセルリアンには一応モチーフがありますが、伝わるのかなこれ……。モチーフの名前出すと、ちょっと世界観の破壊に繋がりかねないので、よくわからないって意見が多い場合は挿絵描きます。

けもフレ二次創作を動画で作っている方がちょっと羨ましい今日このごろ。動物紹介ページ入れられるのって動画ならではだと思うんですよね。あそこで小ネタを説明できるのは、動画の力って気がしてます。


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第8話「しんきょくライブ」

お待たせしました。今回はアニメだったら絶対入れられたであろうライブ回!文字じゃ表現しきれないので本来なら軽めになるはずが、なんだかんだ6000文字超えてました笑
軽めとはいったい……笑


 

 

 爽やかな風が吹き抜け、波飛沫に陽光がキラキラと踊る。温かくて、なのに涼しさを感じることができ、その気候は楽園の2文字を連想させる。キュルルたちはここ、みずべちほーへと来ていた。

 

「うわぁ〜、すっごいね〜!」

 

「パークにもこんなところがあるのね」

 

 見渡す限り、どこまでも水が広がるその光景。2人はすっかり圧倒されていた。穏やかな波はとても平和な気持ちをもたらしてくれる。事実、博士たちによると、アイドルユニットPPPの拠点となるここみずべちほーは、他のちほーより諍いは少ないそうである。

 

「〜〜!!」

 

 居ても立っても居られなくなったのか、キュルルはズブズブと足首まで水の中に入っていく。

 

「カラカル、カラカル〜」

 

 呼ばれてキュルルの方を向くカラカル。すると、ピュッ、とキュルルの合わせた手から、一筋の水が噴き出した。

 

「エヘヘ〜、ビックリした?」

 

 笑顔のキュルルに対し、水を顔面で受け止めたカラカルは、無言で両前足を使ってコシコシと水滴を拭う。それが終わると、これまた無言で近づいてきた。

 

「えっと、カラカ、ル?」

 

 俯き、表情を見せないまま、キュルルと同じ深さまで辿り着くカラカル。キュルルは恐怖で動けない。

 

「キュ・ル・ル〜〜〜!!」

 

 顔を上げると、目を吊り上げたカラカルが。

 

 そしてカラカルはキュルルに背を向けて四つん這いになり、後ろ足で大量の水を巻き上げた。

 

「ちょ、ごめんカラカル! 待って、タンマタンマタンマ! うわぁ〜!!」

 

 抵抗虚しく、キュルルはカラカルの上げた水飛沫に飲み込まれていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぅ〜、酷いやカラカル〜」

 

 ちょっとしたイタズラで手痛いしっぺ返しをくらい、全身ビショビショなキュルル。カラカルは、自業自得! とでも言いたげな顔である。

 

「ったく、バカなことしてないで、ライブ会場を探すわよ」

 

「はぁい」

 

 促されながらも、涙目を向けるキュルル。その視線に耐えきれなくなったのか、カラカルも悪かったわよ、と謝る。

 

 幸いみずべちほーは温暖である。ほっとけば乾くか、とキュルルたちは探索を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、あれじゃない?」

 

 キュルルの服がある程度乾いてきたところで、カラカルが声を上げた。指差す方向にあるのは、桟橋で繋げられた半円状の広場。ようやく見つけた目標に、キュルルたちの足取りも軽くなる。

 

「ん? あれ……誰かしら?」

 

 言われてキュルルも足を止める。半円状に展開された座席の中に1人、ポツンと座るフレンズがいた。暖かな空気に包まれた周囲とは正反対に、そこだけ色を失ったかのような雰囲気を漂わせている。

 

「なんだろう。落ち込んで、る?」

 

「行ってみましょう」

 

 言うが否や走り出すカラカル。キュルルは1人取り残されてしまう。

 

「……カラカル?」

 

 首を傾げた呟きは、照りつける太陽に消されていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 胸いっぱいに息を吸い込み、溜まったものと一緒に吐き出す。わざとらしいその行動が、何の成果も挙げていないことは、その表情から明らかだった。黄昏に沈むフレンズ。そんなフレンズにカラカルは横から声をかけた。

 

「となり、良いかしら?」

 

 かけた黒縁眼鏡が特徴的なそのフレンズは、不思議そうにカラカルを見上げると、コクリと頷く。カラカルは満足気な笑顔を浮かべると、せっかくとばかりに寝そべる。同じネコ科のフレンズとしてその気持ちは理解できるのか、クスリ、と笑顔を溢した。

 

「えっと、あなたは?」

 

 カリカリと座席で爪研ぎを始めるカラカルにフレンズは問いかける。

 

「カラカルよ。そんで……」

 

 ふい、と視線を上げるカラカル。その先には息を切らしたキュルルがいた。

 

「はぁ、はぁ、速いよカラカル……」

 

「ま、ちょっとね。それより、自己紹介しときなさい」

 

「え? あ、えっと、僕はキュルル。よろしくね」

 

「わたしはマーゲイです」

 

 自己紹介を終え、キュルルもくたびれた脚を休めるため、寝そべるカラカルの隣に腰を下ろす。

 

「マーゲイ、わたしたち、PPPの新曲ライブを観に来たのだけど、ここで合ってる?」

 

「……ええ、間違いありません。一週間後ですが」

 

 PPP、その言葉に反応したのか、マーゲイの顔に再び陰が差す。その反応をカラカルは見逃さなかった。

 

「……何かあったの?」

 

 射抜くような視線を投げかけるカラカル。その視線からマーゲイは逃げるように顔を逸らしてしまう。しかし、チラリと横目でキュルルを見ると、意を決したように口を開いた。

 

「実はわたし、PPPのマネージャーをやっているんです。次のライブで、サプライズイベントにお芝居を計画していたのですが、プリンセスさんから『新曲に集中したいから、今回は必要ないかも』と言われちゃいまして。こんなではマネージャー失格ですよね……」

 

 無理な笑顔でマーゲイは、同意を求めるように2人を見る。しかし、そんなマーゲイへの返事はポカンと呆けた顔だけだった。その顔にマーゲイは一層心を曇らせる。

 

「……すいません、突然こんな話をされても困りますよね。忘れてください……」

 

「あ、いや、そんなんじゃないわよ」

 

「う、うん、ちょっと驚いちゃっただけ。気にしないで」

 

 思わぬ誤解に両手を突き出して否定するキュルルたち。どうにか意は伝わったようで、マーゲイは気持ちを持ち直す。

 

「それにしても、今回だけでマネージャー失格は言い過ぎなんじゃない?」

 

「いえ、マネージャーならばPPPのみなさんのことを第一に考えなきゃ。なのに……」

 

「……ねぇ、マーゲイさん」

 

 沈み込むマーゲイに、それまで考えこんでいたキュルルが口を挟んだ。

 

「マーゲイさんはどんなお芝居をしようとしてたの?」

 

「えっと、こちらの絵本です」

 

 キュルルの質問に、マーゲイはそれまで抱えていたもの差し出す。それは、『ペンギンの勇者たち』と題された一冊の絵本だった。

 

「ちょっと読ませてもらっていい?」

 

「えっと、読めるんですか?」

 

「えっへへー、まぁね」

 

 マーゲイから了承をもらい、早速絵本の中身を確認してみる。そこに描かれていたのは、争いやセルリアンに苦しめられたフレンズのために戦う5人のペンギンの物語だった。

 

「博士からこのお話を紹介してもらったとき、思ったんです。PPPはここに描かれる勇者たちみたいだ、って」

 

 キュルルが読み終えたことを確認して、マーゲイは語り出す。

 

「お客さんたちにも感じて欲しかったんですよ。今、勇者はここにいるって。わたしたちを助けてくれる存在がいるって。でも、独りよがりでした……」

 

 顔を伏せるマーゲイ。そんなマーゲイに、キュルルは真剣な目を向けた。

 

「マーゲイさん。やろうよ、お芝居」

 

「えっ?」

 

「僕たちはマネージャーとかってよくわからないけどさ、マーゲイさんの気持ちは間違ってない気がする。だからやろうよ、お芝居。PPPのみんなを勇者にしちゃおうよ!」

 

「でも、PPPのみなさんは必要ないって……」

 

 助けを求めるようにカラカルを見るマーゲイ。そんなマーゲイに対し、カラカルは呆れた顔で首を振る。

 

「安心なさい。コイツがこんな顔してる時は、なんか思いついたときだから」

 

 その言葉に違わぬ笑顔を携え、キュルルはマーゲイに言い放った。

 

「エッヘヘ、一緒にPPPにサプライズしちゃおうよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ── 一週間後 ──

 

 

 

「ど、どうしよう。始まっちゃう……。大丈夫でしょうか。怒られるんじゃ……」

 

 ライブ直前、キュルルたちは震えるマーゲイとともに舞台裏にいた。緊張からくる不安により、マーゲイの頭には悪い未来ばかりが浮かび上がる。しかし、そんなマーゲイにキュルルたちは笑顔を向けた。

 

「大丈夫だよ! マーゲイさんの気持ちはきっとPPPのみんなに伝わるよ!」

 

「それに、もし怒られたらわたしたちが謝るわよ」

 

「うん! だから、安心して!」

 

「キュルルさん……カラカルさん……」

 

 2人の笑顔に目配せし、落ち着こうと目を瞑るマーゲイ。そのまま何かを確かめるように頷くと、ゆっくりと目を開けた。

 

「2人とも、ありがとうございます。お芝居、絶対成功させましょう!」

 

「おー!」

 

 握り拳を上げて応えるキュルルに、マーゲイは笑顔を浮かべた。

 

「じゃ、わたしは反対の方行って、PPPの誘導をするわね」

 

「はい! お願いします!」

 

 カラカルのその言葉を皮切りに、各々最後の準備を始めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、開始時間になったわね。みんな、行くわよ!」

 

 ステージに設置された日時計で時間を確認し、プリンセスが緊張に震えるメンバーに声をかける。

 

「うぅ、大丈夫でしょうか……」

 

「よ、よし! ロックに行くぜ!」

 

「ねぇねぇ、コウテイが固まってるよ〜」

 

「まったく、安心なさい! あれだけ練習したんだから大丈夫よ!」

 

 プリンセスの言葉に決意を固めるペンギンたち。しかし、そんなPPPたちを止める声があった。

 

「ちょっと待って!」

 

「あなたは?」

 

「わたしはカラカルよ。今は訳あってマーゲイに協力しているの。出場のタイミングなんだけど、わたしの指示に従ってもらっていいかしら?」

 

「? どういうことだよー?」

 

「できれば事情については聞かないで欲しいの。お願い」

 

 必死で頭を下げるカラカル。そんなカラカルの目をプリンセスは覗き込む。

 

「……あなた、マーゲイに協力しているのよね」

 

「ええ。そうよ」

 

 カラカルもまた、プリンセスの視線に目を逸らさない。その目に、睨みつけるようにカラカルを見ていたプリンセスの顔がふっと緩んだ。

 

「わかったわ。あなたのこと、信じるわ。みんなもそれでいい?」

 

 プリンセスの言葉にPPPの皆は各々の返事を返す。その温かさにカラカルの胸は熱くなった。

 

「ありがとう!」

 

「その代わり、バッチリ決めさせてよね!」

 

「任せて!」

 

 そんな会話の横でステージは動き出す。ステージの左端に登場したキュルルを見ながら、カラカルは呟いた。

 

「マーゲイ、このお芝居、きっと上手くいくわよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 PPPの新曲ライブを見に来ていたお客たちは、突然登場した見たこともないフレンズに一同困惑していた。中には、PPPはー? などの声を上げる者もいるほどだ。ざわめく場内、しかしその中でも冷静な者はいた。

 

「この……匂い。もしかして……」

 

 1人のお客の変化など知る由もないキュルルは、会場のざわめきに負けないよう、大きく息を吸い込む。

 

『それは、遥か昔のことでした』

 

 マイクとスピーカーにより音量の上げられた声に、お客たちの好奇心が揺さぶられた。目の前で何が行われるのか目を向けてみよう、というような空気が出来上がる。

 

 少しだけ手応えを感じたキュルルは、強くスケッチブックを握りしめた。この台本に書かれている物語が全ての鍵である。プレッシャーに負けないよう、ゆったりとキュルルは語り出す。

 

『パークは争いで満ちていました。食べ物はなく、セルリアンはいっぱいで、誰も味方なんていない、そんな想いで溢れていました』

 

 少しずつざわめきは収まっていく。会場の誰もが物語の世界に引き込まれ、その物語を他人事のようには感じられなくなりつつあった。

 

『しかし、誰もが憎み合う世界の中、世界を救うために立ち上がる、5人の勇者がいました』

 

 次第に静まっていく会場とは裏腹に、ステージ裏は大混乱だった。

 

「ちょっと! わたしたち、お芝居の練習してないわよ!」

 

「ど、どうしましょう」

 

「とりあえず入場しねぇと」

 

「待って!」

 

 慌てるペンギンたちをカラカルが制止する。こんな状況でお客を待たせる事態にPPPたちは目を白黒させた。しかし、カラカルは落ち着いたままである。

 

「もうちょっと待ってて。きっとなんとかするから」

 

 その時、ちょうど良いタイミングでスピーカーから声が張り上げられた。

 

 ジェーン『みなさん! 今、パークはとても大変なことでいっぱいです!」

 

 イワビー『セルリアンは出るわ、腹は減るわで、ロックに行けねぇ時だってある!」

 

 突然上げられたジェーンとイワビーの声に、舞台裏はさらに混乱が深まっていく。

 

「イワビー、急に何言っているの〜?」

 

「いや、俺は喋ってねぇぜ」

 

「いや、違う。これは……」

 

「「マーゲイ!!」」

 

 その間にも、《PPP》の演説は続いていく。

 

 フルル『でも〜』

 

 プリンセス『みんな安心して! ここにはわたしたちがいる! もう誰かを傷つける必要なんてない!」

 

 コウテイ『みんな立ち上がってくれ! ここには敵なんて誰一人としていやしない! 私たちは……』

 

 もうステージにも、舞台裏にも、言葉を発する者は誰一人としていなかった。誰もが言葉の続きを待ち、誰もが心を一つにしていった。そして、マーゲイは最後の一言を発するため、大きく息を吸い込む。

 

『私たちは、フレンズだ!!』

 

 その一言と共にキュルルは袖のカラカルに視線を送る。その視線を受けて、カラカルは待ちに待った一言を言い放った。

 

「入場よ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 カラカルの合図と共に、腹でステージを滑るようにPPPが入場する。統制された見事な動き、そして完璧なタイミングでの起き上がりを見せる。

 

 もう、緊張の色は消えていた。自分たちがステージと溶け合ったかのような錯覚が生まれ、自然と身体が動いていく。喉を震わせていく。

 

「おっしゃぁ! 全員、準備はいいかぁ!? ロックに行くぜー!」

 

「早速新曲いくわよ! 『アラウンドラウンド』!」

 

 音が爆発した。熱が渦を巻き、光は踊り狂った。会場が一つのうねりと化し、その場の全てを巻き込んでいく。

 

 怒号と化した歓声は、まるで終わりを知らぬかのように鳴り響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 新曲ライブが大成功に終わり、観客が笑顔で帰っていったステージ上、PPPは全ての力を絞り出し、へたり込んでいた。

 

 そこに、キュルル、マーゲイ、カラカルは近づいていく。

 

「みんな、お疲れ様!」

 

「ライブ、凄かったわよ」

 

 キュルルたちの声かけに笑顔で応え、そしてPPPの視線はマーゲイに集まる。

 

「マーゲイ……」

 

「あ、えっと、ごめんなさい! 必要ないって言われたのに勝手にお芝居しちゃって、それに勝手にみなさんの声で……」

 

 視線と声に怖くなってしまったのか、マーゲイは必死に謝り倒す。そんなマーゲイにプリンセスは不穏に近づいていった。

 

「えっと、それに、それに……」

 

「マーゲイ……」

 

 プリンセスはマーゲイの手をガシッと掴む。

 

「今日のお芝居、凄かったわね! 次回も同じようなこと、できないかしら!?」

 

 予想外の言葉にマーゲイの目が点になる。

 

「お、怒ってないんですか……?」

 

「何を怒ることがあるのよ。いつもライブが大成功に終わるよう、工夫してくれてるのはマーゲイでしょ?」

 

「で、ですが、わたし、PPPのみなさんに迷惑かけて……。独りよがりに巻き込んで……」

 

「何言ってんだよ。マーゲイ以外、誰がマネージャーやるんだよ」

 

「マーゲイさんにはわたしたち、いつも助けられているんですよ?」

 

「マーゲイ、ご飯まだ〜?」

 

「マーゲイ。ステージに立つのはわたしたちだが、マーゲイだってPPPの一員なんだ。『PPP』は6人のユニットだ」

 

 みんなから寄せられた温かな言葉に、浮かべられたその笑顔に、マーゲイの涙腺は容易く決壊する。

 

「う、ゔぅ、ゔぁ、みなざぁ〜ん!!」

 

「まったく、泣き虫なんだから」

 

 プリンセスの胸の中、マーゲイの泣き声は響き渡るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それにしても、君、ヒトだろ?」

 

 マーゲイの涙がだいぶ落ち着いてきた頃、コウテイはキュルルに確信の問いをかけた。

 

「え? うん、そうだけど……」

 

「ふふっ、懐かしいですね」

 

 コウテイに同調するように、ジェーンは懐古の笑みを浮かべた。

 

「え!? ヒトを知ってるの!?」

 

「あぁ、PPPができたばっかの頃、助けてもらったことがあるんだよ。ロックな奴だったぜ」

 

「そのヒトはどこに!?」

 

「ヒトの縄張りを探して海を渡っていってしまったんだ」

 

「それって……」

 

「前に博士たちが言っていたヒトと、同じヒトっぽいわね……」

 

 目新しい情報ではなさそうなことに、キュルルとカラカルは落胆する。

 

「何? あなたたちもヒトの縄張りを探しているの?」

 

「僕たちの場合はついでだけどね」

 

 キュルルが苦笑で答えたときだった。

 

「あの!」

 

 横からキュルルたちへ声がかけられる。

 

「今、『ヒト』って言いましたか?」

 

 キュルルが振り向くと、青と黄色のオッドアイがまっすぐこちらを貫いた。

 

 




最近、お気に入り登録していたけもフレss作家さんたちの更新が停止していてちょっと悲しめ。まぁ、それで自分の執筆意欲が低下しているのは言い訳にもならないのですが……
けどなんだかんだでもう8話!1番書きたかった10,11,12話まであとちょっと!完結目指して頑張ります!


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第9話「ヒトのおうち」

お待たせしました!
思いつきで色々仕掛けを入れていたら、結構時間がかかってました。
そして今回の発見は、ラッキービーストを上手くつかうのって難しい!機械らしさと魂を込めることのバランスはかなり苦心しました。では、本編どうぞ!


 

 

「う、う〜ん、あれ?」

 

 目が覚めたキュルルは、伸びをした後辺りを見回す。モノレールでの帰り道、辺りはまだ真っ暗である。

 

「オハヨウ、キュルル。ゲンザイジコクハ、ゴゼン4ジ19フンダヨ」

 

「ラッキーさん!」

 

 キュルルの疑問に答えるかのように、右腕のラッキービーストが発光する。

 

「シンリンチホートウチャクマデ、マダ2ジカンホドアルヨ」

 

 暗に、まだ寝ていられることを示すラッキービースト。しかし、キュルルは首を横に振った。

 

「大丈夫。なんだかあまり寝付けそうにないんだ」

 

 意を汲み取ったのか、ラッキービーストの光が収束する。それを確認すると、キュルルは窓ガラスに映る自分を見つめた。

 

「おうち、か〜」

 

 キュルルは呟くと、隣でスゥスゥと寝息をたてる灰色のフレンズを見る。

 

 今、キュルルは"おうち"を目指してしんりんちほーへと向かっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は10時間ほど前まで遡る。

 

 

 

 

「今、『ヒト』って言いましたか?」

 

「え? えっと、うん……」

 

「あなた、ヒトなんですね!」

 

 特徴的なオッドアイをズイズイと近づけて、灰色のフレンズは前のめりに質問を重ねる。

 

「そ、そうだけど……」

 

 一方、迫られるキュルルはタジタジである。

 

「あ、」

 

「「あ?」」

 

「会いたかった〜! この日をどれほど待ったことか〜!!」

 

 オッドアイのフレンズは、突然キュルルに飛びつく。尻尾は高速のメトロノームと化し、傍目にも喜びの感情は露わになっている。

 

「うわわっ! え? え!?」

 

 目を白黒させるキュルル。一方抱きついてきたフレンズは、キュルルの首筋に鼻を埋め始める。

 

「はぁ〜、この匂い! 懐かしいなぁ〜」

 

「あんたちょっと落ち着きなさい」

 

 ほとんどトリップしてしまっているフレンズに、カラカルは軽めのチョップをお見舞いした。

 

「あ痛っ! ……ハッ、スミマセン。取り乱してしまいました」

 

 現実に戻ってきたフレンズは、今更感がありながらも居住まいを正す。

 

「私はイエイヌと言います。ずっとヒトのことを探してました」

 

「ずっと!?」

 

「はい! だからもう嬉しくって嬉しくって……。わぁ〜」

 

 再びキュルルに飛びかかるイエイヌを、カラカルがどうにか制する。

 

「す、スミマセン……。えっと、そうだ! おうちを探しているんですよね!」

 

「う、うん。まぁ、一応」

 

「私、おうちの場所知ってますよ!」

 

 一瞬、誰もがイエイヌの言ったことがわからなくなる。そして、ようやく理解が進んでいくと、溜めてた感情は爆発した。

 

「「「えーーー!?」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 キュルルは再び窓の外へ視線を移した。

 

「ラッキーさん、おうちに帰るのって、どんな気持ちなんだろう」

 

 ラッキービーストは答えない。答える言葉を持ち合わせていなかった。

 

 そのことを、貫かれる無言からキュルルも感じ取る。

 

「そんなこと聞かれても困っちゃうか。ゴメンね、ラッキーさん」

 

 キュルルは苦笑する。それでも、湧き上がるナニカはまったく解決していない様子だ。それをラッキービーストに聞いても仕方のないことである。しかし、右腕のラッキービーストは発光した。

 

「キュルルハ、ドコニイキタイ? ボクガアンナイスルヨ」

 

 その言葉にキュルルは驚いた顔になる。しかし、すぐに柔らかな笑みを戻した。

 

「どこだろうね。……わかんないや」

 

 明るみ始めた空の中、キュルルたちを乗せたモノレールは、ゆっくりと進んでいくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここは……」

 

 しんりんちほーの奥の奥、駅から山とは反対側に進んだ先、森の中に隠れるようにそれらは存在していた。パステルカラーで塗られた、たくさんの半球体状建造物。ところどころには、動物をモチーフとした耳や口があしらわれている。

 

「はい! ここが、"ヒトのおうち"です!」

 

「ココハ、ショクインノ シュクシャダネ。イマハモウ ツカワレテナイハズダヨ」

 

「ラッキーさん!?」

 

「あんた、モノレール以外で話すなんて珍しいわね」

 

 突然発光したラッキービーストに、キュルルは驚きの声を上げる。しかし、ラッキービーストは意にも介していないようである。

 

「ココハマダ デンキガトオッテルミタイダネ。パークノショクインハ ミンナココデセイカツシテイタヨ。ナカニハ、フレンズトトモニ セイカツシテイタヒトモイタヨ」

 

「つまり本当にここにヒトが住んでたってわけ?」

 

「うん、そうみたいだね」

 

 キュルルたちは見るも無残に塗装が剥げている建造物を見渡す。外から見てると、ここで生活していたというのは信じられないものである。

 

 その中の1つにイエイヌは近づくと、無造作に戸を開いた。

 

「どうぞ入ってください! ここはずっと私が使ってきたんです!」

 

 ボロボロな外見と反して、中は綺麗に掃除されていた。ベッドやテーブルなど家具一式は揃っており、少し古びているものの、どれも丁寧に使われていることが伺える。

 

「ここはずっと昔、何人ものヒトがいたんです。私もよく一緒に遊んでいました」

 

 話しながら、イエイヌはキュルルたちに座っていいよと席を引く。キュルルたちもお言葉に甘え、腰を下ろした。

 

 イエイヌは窓から空を見上げる。

 

「でも、ある日みんないなくなってしまいました」

 

 キュルルたちからはイエイヌの表情を見ることはできない。憂いを帯びた声だけが鳴り響く。

 

「その時、確かに約束したんです。『きっとあの子はこの家に帰ってくる、だからそれまでここを守って』って。もうその人の顔も思い出せないけど、約束、したんです」

 

 朧げながら、それでも確信の色を含ませて、イエイヌは語る。

 

「オソラク、イチドフレンズカガ カイジョサレテルヨ」

 

「フレンズ化解除?」

 

「フレンズカガカイジョサレルト、ソレマデノキオクヲ ウシナッテシマウンダ」

 

「じゃあ、イエイヌはそれでも約束を覚えていたってわけ?」

 

 カラカルは、一種の尊敬にも似た視線をイエイヌへ送る。イエイヌは苦笑と共に振り向いた。

 

「でも、待ちきれなくて探しに行っちゃいました。風の噂で"PPPがヒトを知っている"って聞きまして。ライブに行ってみたら、ちょうどあなたたちがいましたから!」

 

 笑顔で両手を広げるイエイヌ。しかしそんなイエイヌに、キュルルはふと湧いて出た疑問を口にした。

 

「あれ? でも、イエイヌさんの言うヒトの"あの子"って、本当に僕のことなのかな?」

 

 室内に冷風が吹き荒ぶ。

 

「も、もしかして、ヒト違い、ですか……?」

 

「キュルル、あんた空気を読みなさい……」

 

「え!? 今の僕が悪いの!?」

 

 笑顔の凍りついたイエイヌと、呆れ顔のカラカルに指摘され、涙目のキュルル。カラカルは、他に誰がいるのよと言わんばかりの半眼である。

 

 せっかくの感動エピソードが台無しになった中、まるで助け舟かのように、キュルルの右腕が発光する。

 

「キュルル、ココニ カコハカセノパソコンガ アルミタイダヨ」

 

「ラッキーさん、本当!?」

 

「じゃあ、ここはカコ博士のおうちってこと?」

 

「イエイヌさん、何か覚えてない?」

 

「わ、わかりません。でも知ってるような、知らないような……」

 

 ラッキービーストの爆弾発言により、またまた空気は一変した。

 

 キュルルはあたりを見回してみる。程なく、黒くて平べったい機械を発見した。開いてみると、真っ暗なスクリーンとたくさんのスイッチ。ミーアキャットのものとは違うが、キュルルはこれがパソコンだと確信する。

 

「ラッキーさん、どうしたらいい?」

 

「ボクガキドウスルヨ。チョットマッテテネ」

 

 スクリーンが光を放ち、画面に様々な情報が次々とポップアップしていく。それらが収まると、ラッキービーストはカコ博士の日誌ファイルにアクセスを始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『5/29

今日はクキの身体能力を測ってみた。結果としてはクキの身体能力は平均的なフレンズと呼んで差し支えないだろう。もちろん、元の動物から考えると大きな変化と呼べるのだが。しかし、興味深い発見があった。クキにせがまれて非公式に再度計測を行ったところ、どの種目においても大きな伸びを見せていた。この対応力、成長性はサンドスターの保存性と真逆の反応である。これは、種族的な特徴なのだろうか? それとも、クキの個人的な特徴? 

 

 5/30

クキが「パークガイドになりたい」と言いだした。話を聞いてみると、パークガイドに憧れを覚えたようである。フレンズがガイドを行うというのはそれはそれで面白いが、さすがに無理があるだろう。しかし、クキにしては珍しいことに駄々を捏ね出した。とりあえず落ち着かせるために、ガイドになるための勉強を約束する。クキが2つの羽がついたサファリハットを被る時が来るのかどうか。ミライにこの話をしたらどんな反応をするだろうか。

 

 5/31

約束通りクキに勉強を教えてみる。ひとまず文字から教えることにしたが、クキは勉強は苦手としているのか、なかなか身に付かずにいた。文字の読み書きができるようになったフレンズは、いくらか発見されているため、おそらくクキが適正が低めなだけであろう。工夫が必要と見られる。

 反面、絵画に対する適正はかなり高いところが発見された。私のスケッチブックの模写ではあるものの、絵を初めて描いたとは思えない完成度である。いったい、何が作用したのだろうか? 

 

 6/1

クキが私の持つスケッチブックをせがんできた。クキが話すには、「後ろに付いている動物図鑑がカッコイイ」とのこと。ラッキービーストではダメなのか聞いてみると、「ラッキービーストだとお母さんみたいにできない」と言い返されてしまった。……私の所持するラッキービーストが拗ねてしまうので、勘弁してもらいたい。喜ぶべきか窘めるべきか……。その場は、ガイドになることができたらプレゼントすることを約束して収めることにした』

 

 

 

 

 

 

 

 

「これが……ヒト……」

 

 日誌に記されたカコ博士の生活に、キュルルは感嘆の声をあげた。笑って、困って、驚いて、また笑って。キュルルにはそんな()()()()()が見えるようだった。ヒトの生活の全てが詰まっているようだった。

 

「私も、なんとなくですが覚えています。この家にも、ヒトの笑い声で溢れていました」

 

 横ではイエイヌが遠くを見るような笑顔を浮かべる。

 

「イエイヌ、あんたも文字が読めるの!?」

 

「はい。いつからだったかは忘れましたけど、読めます」

 

 イエイヌはカラカルからスクリーンへと視線を戻す。

 

「ここに書かれているカコ博士とクキの思い出、なんだかとても懐かしいです。もう覚えていない"幸せ"が戻ってきてくれるような、そんな気がします」

 

 頭で覚えていなくとも、魂は覚えている。目を閉じて胸に手を当てるイエイヌの姿から、そんな言葉を感じ取ることができる。

 

「うん、ぼくもそう思う」

 

 キュルルもまた同意する。

 

「ねぇ、カラカル。もしかしたら、ヒトのお家ってこういうものなのかもしれない。あったかくて、たくさんの笑い声で溢れてて、みんなが安心できるような場所。そんな気がするんだ」

 

 キュルルの目に温かな輝きが散りばめられる。キュルルはその目のまま、困ったような表情でカラカルに向き直った。

 

「見つかるかな? ぼくのお家」

 

 ただの理想であることは、キュルルもよくわかっていた。でも、それでも、そんな場所がいいから、キュルルは質問する。

 

「今さら心配になったの? ったく、ホント頼りないわね」

 

 一方、カラカルの口をついて出るのは憎まれ口。

 

「見つかるまで、あんたの世話はわたしが見るわよ。だから、安心なさい」

 

 お家が見つかる。その意味はしっかりわかっている。それでも悲しませたくないから、カラカルは後ろを向いて応援する。

 

「続き。まだあるんでしょ? ちゃっちゃと読んじゃいなさい」

 

 首だけを巡らしたカラカルの言葉にキュルルは無邪気に頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『6/2

初めてクキが大泣きした。原因は、トランスバールライオンと狩りごっこをし、ボロ負けしたからである。フレンズによって得意なことは違う、これはすでにジャパリパークにおいて常識となっている。しかし、クキは勝てるようにした工夫をことごとく破られて負けた。惜しいところにまで届くことすらできなかった。それは、クキの根幹をぐらつかせるものだろう。これからのクキの様子を、注意深く観察する必要がある。……私はクキに何をしてやれるのだろうか。

 

 6/3

クキが《野性解放》を発現した。いや、あれを《野性解放》と称していいのだろうか。理性が完全に消えたあの状態、まさしく(ビースト)である。本来ならばこんなことをしている場合ではない。現在、対クキの手続きが進行しているはずだ。明日には命令が発令され、何かしらの手が打たれることになる。……クキを助けなくては』

 

 

 

 

 

 

 

 

「そ、そんな……」

 

 イエイヌは目を見開いてわなわなと震える。

 

「どうしたってのよ、イエイヌ!?」

 

「クキが、野性解放で暴走したそうなんです」

 

「それって、クキが最初のビーストだったってこと!? どうなの、キュルル!?」

 

 カラカルがキュルルに目線を送り、ハッとする。

 

「読まなくちゃ」

 

 キュルルは完全に真顔だった。言葉に反してピクリとも動かない身体は、まるで拒絶を表しているかのようである。

 

「僕は、この続きを知らなくちゃいけない」

 

 キュルルの中で何かが動き出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

『6/4

クキの捕獲に成功した。クキに起こった暴走状態は正式に《ビースト》と呼称されることとなった。原因はクキが被検体であるがゆえのサンドスターバランスの悪さにあると考えられる。その状態での無理な《野性解放》は、クキの《輝き》を食い潰してしまったのであろう。

 現在、クキは私の研究所で休眠している。クキを産んだカプセルにて、サンドスターの保存性を利用することによって、どうにか消滅を免れている。いつ目覚めるのかは誰にも分からない。きっと目覚めても、《輝き》を爆発させてしまったクキは、それまでの記憶を失うであろう。

 

 6/5

何がいけなかったのか。どうすればよかったのか。いくら考えても答えは出ない。いや、そもそも今はそんな思考をするべきではない。すでに新たな異変は起こっている。大型セルリアン事件。ミライたちが抵抗しているものの、おそらくジャパリパークの崩壊は目前であろう。今に完全撤退命令が下ってもおかしくはない。「今はクキちゃんのことを考えてあげて」と言ってくれたミライには感謝しなければな。

 

 6/6

パークから完全撤退することが決定された。ミライの奮闘によって大きな異変は解決したものの、一手遅くなった形となる。クキを連れて行くことはできない。私の研究施設をそのまま運ぶような余裕はもうない。出発は明日。その後は軍が介入することになるだろう。もう時間は残されていない。

 

 6/7

《輝き》とは何か。フレンズの存在が常識となった今でも、その答えを知るものは誰もいない。空想の生物をフレンズ化することに成功した私ですら、《輝き》を定義するにはいたっていない。しかし、仮説はある。それは、フレンズがヒトを模していることが鍵となるだろう。

 もう出発の時間となる。これ以上書く時間は残されていない。しかし、あの子ならきっと答えに辿り着けると信じている。なぜなら、あの子は私の子なのだから。

 最後に、私の残したものを金庫にしまっておいたことをここに記す。パスワードは5102 6265』

 

 

 

 

 

 

 

 

 2週間分にも満たない日記。その内容が、キュルルを大きく揺さぶった。キュルルには側で話すカラカルとイエイヌの言葉は聞こえない。

 

 まだ疑惑でしかない。直感的なナニカに導かれて、キュルルは呟く。

 

「イエイヌさん。金庫って、どこ?」

 

 キュルルの様子を不思議に思いながら、イエイヌは部屋の隅を指差した。その先へ、キュルルはゆっくりと近づいて行くと、震える指でパスワードを押していく。

 

 一つ一つ、ゆっくりと押されていくボタンの音が、まるでカウントダウンのように過ぎていく。最後のボタンが押され、金庫は長年の眠りから覚めた。

 

 その中の一つ。二つ折りの画用紙を、キュルルは迷いなく手に取る。

 

 開かれる画用紙。それを目にした時、キュルルの中で疑惑は確信に変わった。

 

「キュルルさん!?」

 

「キュルル!? あんた、どこか痛いの!?」

 

 カラカルとイエイヌが悲鳴にも似た声を上げる。その声に、キュルルは自分が涙を流していることに気がついた。

 

「ううん、違うよ」

 

 涙の意味も分からぬまま、キュルルは立ち上がる。

 

「たぶん」

 

 そして、優しい笑顔で振り向いた。

 

「早起きしたからだよ」

 

 そこに描かれていたのは、笑顔で手を繋ぐ2人の人物。1人は白衣を着た黒髪の女性。そして、その隣には、青を基調とした服を着た、片方に羽のついた帽子を被った子ども。その絵には、拙い文字で『お母さん』と題されていた。

 

「だから、大丈夫。……あっ! そうだ!」

 

 涙を手で拭き取ると、キュルルはイエイヌに向き直った。

 

「ただいま、()()()()

 

 その言葉に、イエイヌは一瞬驚いた顔をする。しかし、すぐに立ち直ると、笑顔でキュルルに応えた。

 

「はい! おかえりなさい!」

 

 2人の間に和やかなムードが漂う。

 

 しかし、神は余韻を許しはしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「UGAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」

 

 




と、いうことで、日記回でした。日記は小説でないと十全には表現しきれないので、個人的にはかなり好きな表現です。
この日記要素を映像記録に変えて映像表現で十全に表現しきるたつき監督は、ちょっとなに言ってるかわかんないって感じです笑

ちなみに、本編の4時19分のところと、パスワードの数字にはそれぞれ意味を込めています。特に、パスワードの数字はほとんど暗号です。ヒントはノートパソコンのNumLk機能。よかったら考えてみてください。


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第10話「いへん」

お久しぶりです。お待たせしすぎました。ちょっと色々あって放置しすぎました。なんとか第10話更新です。


 

 

「UGAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」

 

 地面をも揺らすような怒号が響き渡る。キュルルとカラカルは、その声の持ち主にすぐさま見当がついた。ビーストである。

 

「こっちだったよね!?」

 

「ええ!」

 

 声のした方向の窓へと齧り付くキュルルとカラカル。その先には、猛スピードでこちらへ駆け寄る影があった。

 

「あれは!?」

 

 声を上げる間も無く、カラカルは飛び出す。ワンテンポ遅れて、キュルルもカラカルに続こうとする。それを止める声があった。

 

「ちょっと待ってください! 外は危険です!」

 

「うん、分かってる。でも、ほっとけないよ!」

 

 イエイヌの制止を振り切り、駆け出すキュルル。ドアから飛び出すとともに、先ほどの影の方向へと視線を走らせる。

 

 視線の先、影の方もこちらに気付いたようである。

 

「やっほー、キュルルさん。珍しい所で会うねえ」

 

「オルマーさん、話してる場合じゃっ! お、追いつかっ!」

 

 呑気に挨拶をするオルマーに、焦りで目を回すセンちゃん。その背後から、不気味に目を光らせたビーストが迫っている。

 

「加勢するわよ!」

 

「りょーかーい。っじゃ、センちゃんはちょっと下がっててねー」

 

 オルマーとカラカルは、キュルルの元へと退避したオオセンザンコウを確認すると、ビーストへと向き直る。

 

「「野性解放!」」

 

 言葉と共に、空色と海色の瞳が輝きを爆発させた。

 

 先行して地を蹴るは空色の光を宿したカラカル。素早い身のこなしを遺憾なく発揮し、ビーストの撹乱に走る。

 

 右に左にと動くカラカルに、流石のビーストも面食らった。しかし、それは一瞬のことである。すぐさま態勢を立て直すと、ビーストは完璧なタイミングでフープを振るう。

 

 

 

 ガキィッ! 

 

 

 

 鈍い音が辺りに木霊する。フープは確実にその先で茶色の物体を捉えた。

 

 しかし、その物体は不敵に笑う。

 

「ざーんねん、ハズレ」

 

 海色の瞳が上げるは余裕の声。ビーストの強力なフープの一撃は、オルマーの籠手となっている部分によって、完全に受け止められていた。

 

「こっちよ!」

 

 一瞬気が逸れた隙を見逃さず、カラカルはビーストの横っ腹に全体重を乗せた突進を叩き込む。不意を突いた一撃に、流石のビーストも吹き飛ばされ、両者距離を開けて睨み合いとなった。

 

「どだった?」

 

「ダメね、浅い。たぶんほとんど効いてないわ」

 

「う〜ん、火力不足か〜。どうしよっか〜」

 

 カラカルの言う通り、ビーストはほとんど堪えた様子がない。より不気味に光る眼光は、同じ手は喰らわない意志を表しているかのようである。

 

 決め手の無さはキュルルたちにも伝わっていた。

 

「ど、どうしましょう。全然効いていないみたいですよ!」

 

「うーん、ちょっと待って。……ん? これ……」

 

 ダメージを与えられない焦りから、オオセンザンコウはキュルルに縋り付く。一方、切り抜ける方法を探して動物図鑑にかじりついていたキュルルは、ある記述を見つけた。

 

「行こう! イエイヌさん!」

 

「へ? なぜ今更家に……?」

 

「今のアムールトラさんには撹乱しかできないから。だからもっと撹乱しちゃおうよ!」

 

 ずっと金庫にしまわれていた()()()()。その大切なものを脳裏に浮かべ、キュルルは駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、カラカルとオルマーは消耗していた。こちらの攻撃は通じず、向こうの攻撃は一撃必殺の威力を持っている。そんなジリ貧の状況に、消耗しない方がおかしいというものである。

 

「いやぁ、キッツいねぇ。カラカルさんは大丈夫?」

 

「平……気よ……、ハァ。こんなところでくたばって溜まるもんですか!」

 

 そうは言うものの、口は荒い息を吐き、野性解放はすでに解けてしまっている。撹乱兼攻撃役として最も動き回っていたのがカラカルである。体力の消耗は他のフレンズの2倍以上はあるであろう。

 

 しかし、カラカルは退かない。そんな意志を見て取ったオルマーは、再びビーストに向き直る。

 

 そこにビーストはいなかった。

 

 ビーストがいたのは……

 

「よ……こ……」

 

 オルマーの横。カラカルの目の前。

 

 フープが振り上げられる。

 

 間に合わない。

 

 オルマーが目を見開いたときだった。

 

 

 

 ピタッ

 

 

 

 ビーストの動きが止まった。理由は明白である。

 

「ワフゥ」

 

「ナイスキャッチ! イエイヌさん!」

 

 ビーストの目の前を横切るフリスビー。その存在にビーストは完全に視線を誘導されてしまっていた。

 

 その間にカラカルとオルマーは距離を取る。

 

「カラカル! オルマーさん! まだいける!?」

 

「や〜、助かったよキュルルさん」

 

「キュルルのくせにバカにするんじゃないわよ! まだまだ余裕よ!」

 

 その声と共に、再度空色と海色の光が宿る。

 

「よし! じゃあ4人でいくよ!」

 

 キュルルの一声と共に、4人は一斉に駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ビーストは戸惑っていた。それはキュルルの目から見ても一目瞭然だ。

 

 今もまた、ビーストの攻撃が空振りに終わっている。先ほどからビーストの攻撃は当たる気配すら見せない。

 

 不思議そうな顔をするビーストの攻撃を躱しながら、キュルルは余裕の笑みを浮かべた。

 

「ねぇ、狩りごっこで足の速い子に勝つにはどうしたらいいか知ってる?」

 

 キュルルが見つめるはビーストの視線。忙しなく動いている視線からは、ビーストの混乱が見て取れる。

 

「隠れたり、障害物とかを利用する方法もあるけれど、1対多人数なら他の方法もあるんだ」

 

 カラカルとビーストの間に割り込むように動き、そのままカラカルと交差するように走る。たったそれだけの動きで、ビーストのタイミングは外されてしまった。

 

「それは、ターゲットを絞らせないこと。誰を狙うか一瞬でも迷わせれば、その隙が逃げ切る時間を作るんだ」

 

 無論それは簡単なことではない。それを成すには高度な連携が必要となる。しかし、キュルルとカラカル、キュルルとイエイヌ、どちらも長い時間を共にしたコンビである。キュルルを間に挟んだ3人のコンビネーションは、その戦法を可能としていた。

 

 またも攻撃は空振りに終わり、焦れたビーストは1人狙いに移行する。しかし、それもまたキュルルの手の平の上である。

 

「ふっふーん。1人狙いするなら守りやすくて助かるよー」

 

 ビーストの視線をしっかりと追っていたオルマーが、ビーストの攻撃を完全にガードする。その間にも視界をちょろちょろと動き回る3つの影。ビーストは声無き雄叫びをあげると、大振りな攻撃を繰り返した。

 

「(もうちょっとかな)」

 

 怒りに任せて身体を大きく振るうビーストの様子を見て、キュルルは呟く。決定打がないのは、こちらは変わっていない。キュルルの狙いは別にあった。

 

 あとちょっと、もう少しで状況が変わる。

 

 撹乱役が3人である利点を活かして小休止を挟みながら、キュルルは足を動かしていく。

 

 しかし、全てが計画通りに進むことなんてありえない。

 

「あっ」

 

 気付けば、地面の窪みに足を引っ掛け、キュルルは倒れこんでしまっていた。

 

 考え事をしていたから、注意が足元にいっていなかったから。原因はあれこれあるだろう。しかし、今問題なのは別にある。

 

 音も無くビーストはキュルルの前に足を進める。

 

「「キュルルさん!!」」

 

 オルマーとイエイヌが叫ぶ。しかし、キュルルにはもう聞こえていなかった。

 

 まるで時間が止まったかのように、ビーストの動きがスローモーションで見える。それなのに身体は動かない。

 

 もう誰も間に合わない。そう思った次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 橙色の弾丸が音速を突き破った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ビーストが消えた。一瞬キュルルは本気でそう感じた。遅れてやってきた衝撃音に、視界をスライドさせる。そこには吹き飛ばされたビーストと、悠然と佇むカラカルがいた。

 

 警戒し、すぐさま立ち上がるビースト。モクモクと立ち昇る砂埃の中、カラカルを睨みつける。しかし、そこにはもうカラカルはいない。

 

 

 

 ゴッ!! 

 

 

 

 後ろからの衝撃。遅れて鈍い音が響き渡る。まったく目の追いつかない攻撃に、ビーストは目を白黒させるのみである。

 

 そこでカラカルの攻撃は終わらない。突進の勢いを利用し、ビーストを空へとかち上げる。自らもまた得意のジャンプで空へ浮くと、全体重を乗せた鋭い爪で、ビーストを叩き落とした。

 

 だが、それでやられるほどビーストは甘くない。またも立ち上がり、カラカルへより強い警戒を向ける。

 

 ふと、カクンッ、とビーストの膝が折れた。

 

「今だ! みんな逃げるよ!」

 

 キュルルの声と共に、5人は森へと駆け出す。『アムールトラは長距離走が苦手』、動物図鑑の記述から、キュルルはアムールトラの体力が消耗するのをずっと待っていた。そして、安全に逃げ切れるチャンスがやっと来たのである。

 

 カラカルの攻撃と、極度の疲労によって動けなくなったビーストは、5人を見逃すしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「とりあえず、逃げ切れたみたいですね」

 

 オオセンザンコウが後ろを確認して、全員に声をかける。かなり危ない綱渡りをしていたため、その場の誰もが疲れ切った顔をしていた。一番の功労者であるカラカルにいたっては気を失ってオルマーに背負われている。

 

「いやはや〜、助かったよキュルルさん。ごめんね〜、ちょっとドジって見つかっちゃってさ〜」

 

「ホント勘弁してくださいよオルマーさん! というかちゃんと謝ってください! キュルルさん、本当に申し訳ございません」

 

 のほほんとした顔で謝るオルマーに、90°に頭を下げるセンちゃん。どこかちぐはぐな様子にキュルルも苦笑いである。

 

「ア、アハハ、まぁ、みんな無事に切り抜けられたんだからとりあえずは気にしないで。それに」

 

 キュルルはカラカルをジッと見る。

 

「ぼくもカラカルに助けられちゃったし」

 

 キュルルの言葉にオオセンザンコウもやっと顔を上げた。が、オオセンザンコウの表情が申し訳なさそうなものから不思議そうなものに変わる。オオセンザンコウが口を開こうとしたとき、

 

「それにしても、これからどうしましょうか?」

 

 イエイヌが話を変えてしまった。

 

「わたしらはとしょかんに一度戻るよ。で、いいよね、センちゃん?」

 

「え? あぁ、はい。それでいいと思います」

 

 気になることはあるといえど、ゆっくりできる安全な場所の確保は急務である。気になることは置いといて、オオセンザンコウは返事をする。

 

「キュルルさんはどうする〜?」

 

「としょかん……、うん、そうだね。イエイヌ、ぼくらも一度としょかんに行こっか」

 

「はい! キュルルさんが言うならば!」

 

 キュルルの言葉にイエイヌは元気に頷く。側から見ててもわかりやすいほどの忠犬っぷりである。

 

「決〜まり! そんじゃ、さっさと行ってさっさと休もう!」

 

 意見が満場一致したと見るや、オルマーはスタスタ歩き出す。後を追うように、イエイヌとキュルルも続いた。

 

「あの、キュルルさん」

 

「どうしたの、センちゃんさん?」

 

 オオセンザンコウに呼び止められて、キュルルは振り向く。キョトンとした顔は心底不思議そうである。

 

「えっと……、いえ、なんでもありません」

 

 その顔にオオセンザンコウは何も聞けなかった。

 

「? 変なセンちゃんさん。ほら、早く行こうよ」

 

 少し先で待っているイエイヌたちの方へキュルルは小走りで向かう。その後ろにオオセンザンコウも続いた。

 

「気のせいだったのでしょうか……」

 

 オオセンザンコウの呟きは木漏れ日に溶けるだけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 道中何事もなく、無事としょかんに辿り着くキュルルたち。そこではパトロールし隊と博士たちが何やら話していた。

 

「ダブルスフィアにキュルル。お前たち、ちょうどいいところに来たのです」

 

 助手がキュルルたちに気付き、呼び寄せる。

 

「? どうしたの?」

 

「博士、キュルルさん、ちょっちタンマ。先にカラカルさんを寝かさせて」

 

「奥に寝かせるといいですよ! 少しマズイ事態が起こったのです!」

 

 博士の言葉にオルマーは急いでカラカルを寝かせに行く。

 

「それで、何が起こったの?」

 

 オルマーが戻るのを待って、キュルルが切り出した。

 

「しんりんちほー、セントラル火山方面で大型セルリアンが大量発生したのです!」

 

「パトロールし隊によると、すでにいくつか被害が出ています」

 

「そんな! なんで!?」

 

「わからないのです……。そもそも本来なら大型のセルリアンが発生することなんてないはずなのですよ! それが大量にだなんて……」

 

「セルリアンの発生にはサンドスターロウが関わってくるのです。サンドスターロウの源泉である火口は、過去にフィルターをかけているのです。中型以上のセルリアンだなんて、本来はありえないのです」

 

 話を引き継ぐようにオオセンザンコウが口を開く。

 

「中型セルリアンの発生元は私たちもずっと探していました。目撃箇所からしんりんちほー近辺ということはわかっているのですが、それ以上は……」

 

 沈痛な面持ちで、オオセンザンコウは言葉を濁した。澱んだ空気を変えるよう、オルマーがいつもより真剣な顔で意見を口にする。

 

「原因も気になるけどさ〜、今は大型セルリアンをどうにかする方が先なんじゃない?」

 

「それもそうなのです! とにかく……」

 

 オルマーの言葉に博士が賛成したとき、

 

「ちょっと待って!」

 

 博士の言葉に被せて、キュルルが大きな声をあげる。

 

「博士、セルリアンの発生元って火山の方なんだよね。その、サンドスターロウってどんなものなの?」

 

「サンドスターロウはサンドスターをフィルターに通す前の物質なのです! なので、見た目としてはサンドスターとほとんど変わらないですよ!」

 

「火山のてっぺんにキラキラしたものが見えますか? あれとほとんど同じなのです」

 

 その言葉にキュルルの顔がサーッと青くなる。身体はガタガタと震え、歯はカチカチと音を鳴らしていた。

 

「キュルルさん大丈夫ですか?」

 

 急変したキュルルの様子にイエイヌが声をかける。しかし、それすらキュルルには聞こえてないようだ。

 

「ぼく……」

 

 全員の注目の中、やっとのことでキュルルが声を絞り出す。

 

「ぼく、そのサンドスターロウ、見たことあるかもしれない……」

 

「そんな! どこで!?」

 

 博士の目の色が変わった。キュルルの震えは収まらない。

 

「……じょー」

 

「え?」

 

 呟くようなキュルルの言葉に、一瞬誰もが聞き逃す。

 

「ジャパリまんこーじょー。あそこで、あんな感じの立方体が落ちてたんだ」

 

 みんなの間で波紋のように動揺が連鎖する。こーじょー内、そこは今までキュルルとカラカルしか立ち寄ったことのない場所だ。誰も気付けなくて当然である。

 

「こーじょー内にはサンドスターロウ収容装置があるんだ。もしかしたらそこに穴が空いちゃっているのかも……」

 

「そんな……、つまりセルリアンはこーじょー内から発生していたというのですか……」

 

「待つのです博士。セルリアンがこーじょー内で発生したとして、外に出る手段がないはずです」

 

「そ、それもそうなのです! こーじょーの建物に破損は確認されてない今、扉が開かなければセルリアンは出てこれないはずなのです」

 

 やはり原因は違うのではないか、そんな空気が漂い始める。

 

「う〜ん、ボスだったら開けられるんだけどねぇ〜」

 

 ふと溢したオルマーの言葉に、反応した者がいた。

 

「それですよ、オルマーさん! セルリアンはおそらくボスを使ったんです!」

 

 オオセンザンコウである。突然大きな声を上げたオオセンザンコウに注目が集まる。

 

「博士、私たちがいくつか拾っていた四角い機械、あれはラッキービースト、私たちがボスと呼んでいるもので間違いありませんよね?」

 

「はい、間違いないですが……」

 

「ずっと不思議だったんですよ。ボスがなぜあのような状態になっていたのか。みなさんご存知の通り、セルリアンは物をコピーすることができます。ボスもまた物です。()()()()()()()()()()()()()()のではないでしょうか?」

 

 オオセンザンコウの推理に熱がこもり、口調が少しずつ早くなっていく。

 

「セルリアンに形をコピーされたものは消滅します。セルリアンがボスをコピーし、コピーしたボスの機能を使って扉を開け、また別の物質をコピーする。そして」

 

「ラッキービーストのレンズ部のみが残った……というわけですか……」

 

 理解が及んだ助手の顔もすでに真っ青である。

 

「今までラッキービーストを拾った場所は!?」

 

「ほとんどしんりんちほーだったね〜、例外はあるけど。で、その全部で付近に中型セルリアンが発見されてたよ」

 

 決定的とは言えない。しかし、状況証拠としては十分なものが揃っていた。

 

「……どうにかしないと」

 

 衝撃の事実にシンと静まり返る中、キュルルの声が染み渡った。

 

「どうにかって……どうするつもりなのですか?」

 

「ラッキーさん、サンドスターロウが漏れちゃってるのなら、どうにかして塞げないかな?」

 

「ムリダヨ」

 

 右腕のラッキービーストに問いかけたキュルルに、右腕の機械は絶望的な一言で答えた。

 

「無理って……どうして!?」

 

「サンドスターロウ ホカンソウチハ、サンドスターガ ハンノウシナイ、トクシュナザイシツデ ツクラレテルヨ。サッキケンサクシタラ、ザイコガモウナイヨ」

 

「そんな……」

 

 全員が絶望に染まりかける。しかし、

 

「待ってください! なんとかならないんですか! どっかから引っぺがすとかして!」

 

 イエイヌだけは違った。今にも噛み殺さんばかりに、ラッキービーストに吼えたてる。しかし、ラッキービーストはそんなイエイヌにうんともすんとも言わない。

 

 グルルと唸るイエイヌを宥めながら、キュルルは諦めにも似た思考をしていた。

 

 サンドスターに反応しない使っていない機械のアテなど……

 

「ある!」

 

 突然大声を出したキュルルに、全員が驚きキュルルを見た。

 

「あるよ、今は使ってないサンドスターに反応しない機械! そこから一部剥がして直すのに使おうよ!」

 

「なんなのですか、その機械とは?」

 

「ぼくが眠っていた装置! あれにはサンドスターが敷き詰めてあったから反応しないはずだし、もう使ってない!」

 

 みんなの顔に希望が戻ってきた。

 

「話は聞いたわ」

 

 そんなキュルルたちの背後から、声をかける者がいた。

 

「おー、カラカルさん。目覚めたんだねぇ、よかったよかった」

 

 カラカルである。助手もまた目覚めたカラカルに安心したような顔をし、口を開く。

 

「カラカル、今……」

 

「状況はだいたいわかってるわ。なんか大変なことが起きていて、カコ博士の研究所、になるんだっけ? キュルルの眠っていたところに行かなきゃいけないんでしょ?」

 

 一刻を争うときであると理解している。カラカルの顔はそう言っているようであった。

 

「さ、行きましょ、キュルル」

 

 キュルルに声をかけ、早くも歩き始めるカラカル。そんなカラカルに、

 

「嫌だ」

 

 キュルルは拒絶の返事を放った。

 

「カラカルとは、もう行けない」

 

 




と、いうことでバトル回兼伏線回収回②でした。バトルを描くのなかなか難しくて四苦八苦しました。twitterの方で参考資料を下さった方々や、参考になりそうな資料を紹介して下さった方々、本当にありがとうございます!うまく活かせたかはわかりませんが、おかげで第10話を完成させることができました。
そうそう、読んで下さっている方にずっと言い忘れていたことがありました。作者は結構性格悪いです(激遅注意喚起


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第11話「さよなら」

どうにかこうにか11話!完結まであと1話まで来ちゃいました。ラストスパート頑張ります!


 

 

「カラカルとは、もう行けない」

 

 一瞬、カラカルは自分が何を言われたのかわからなかった。何を言われた? なぜ? そもそも、今そんなことを言ったのは誰? 考えれば考えるほどに混乱は増長していく。

 

「……どういうことよ……」

 

 ワナワナと震える口から、ようやく絞り出せたのはたった一言だけだった。しかし、その一言からカラカルの混乱が手に取るようにわかる。

 

「言ってるでしょ? カラカルとはもう行けない」

 

「それがどういうことって聞いてるのよ!」

 

 ついにカラカルは怒号を上げる。混乱は増すばかりで、ぐちゃぐちゃになった感情はそのまま口をついて出る。

 

「それをカラカルに話してどうなるのさ。話しても結果は変わらないよ」

 

 対して、キュルルはどこまでも冷淡であった。カラカルに顔を向けることすらせずに、淡々とカラカルを拒絶していく。

 

「っ! あんた、今までわたしが何のために……」

 

 返す言葉が無くなり、カラカルが苦い顔をする。そんなカラカルに援護の声があがった。

 

「ちょっと待ってください。キュルルさん、突然どうしたんですか!? あんなに仲が良かったのに」

 

 オオセンザンコウである。隣のオルマーもオオセンザンコウに同意するかのようにキュルルに視線を向けている。

 

「別に、どうもしてないよ。ただ、ぼくはもうカラカルとは一緒に行けなくなっただけ」

 

 行こうイエイヌ、とキュルルはイエイヌを伴ってとしょかんを出て行こうとする。イエイヌは困惑した顔をしながらも、キュルルについて行く。

 

「……あっそう! そういうこと!」

 

 怒りをぶちまけるように、それでありながら何か縋るように、カラカルは声を荒げる。

 

「自分がクキって分かって、昔のパートナーと再会して、それでわたしとはサヨナラってわけ? あんた、そういうヤツだったのね!」

 

 カラカルの言葉に足を止めていたキュルルは何も答えない。身動きせず、ただジッと立ち止まっていた。

 

 しかし、何かを振り切るように歩を進めると、そのままとしょかんを出て行ってしまった。

 

「なんだっていうのよ……」

 

 残されたカラカルは、ただただ崩れ落ちるのみである。

 

「カラカル……」

 

 それまで静観していた博士が、初めて口を開く。しかし、カラカルは声をかけた博士の方を見もせずに、としょかんの出口に向けて歩き出した。

 

「カラカル、どこへ行くですか?」

 

「帰るのよ、わたしの縄張りに。大変だった誰かさんのお守りが終わったからね」

 

 それだけ言い残して、カラカルも出て行ってしまう。としょかんにはなんとも言えない、気まずい空気のみが残された。

 

「博士〜」

 

「わかってるですよ。お前たちも行くのです」

 

「「了解!」」

 

 その言葉と共に、カラカルの後に続くようにダブルスフィアもとしょかんを出て行く。そして、後には博士と助手のみが残された。

 

「博士」

 

「ええ、助手。我々もいつまでも引きこもってるわけにもいきません。すぐにでも出れるように準備をするですよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、キュルルとイエイヌは旧カコ博士の研究室へ向けて、最短距離の道を歩いていた。

 

「キュルル、サギョウヨウニ、ラッキービーストヲ イッキムカワセタヨ。ツイタラ、スグニサギョウヲ ハジメルヨ」

 

「うん、ありがとう、ラッキーさん」

 

 キュルルは右腕のラッキービーストにも淡々と返す。そのことが、イエイヌにはどうにも気がかりであった。

 

「キュルルさん、いいんですか?」

 

 堪え切れなくなり、イエイヌはキュルルに問いただす。

 

「何が?」

 

 それに対するキュルルの返答は、すっとぼけるようなものだった。

 

「カラカルさんのことです。あれは、キュルルさんの本心ではないでしょう?」

 

「……なんでそう思うの?」

 

「さっきからキュルルさん、まったく笑顔でないです。ボスにも冷たいですし。カラカルさんのこと、気にしてるんじゃないですか?」

 

 キュルルは視線をイエイヌから前へと戻す。その物憂げな目にイエイヌは確信を持っていた。

 

「……別に。ただ、今は笑ってられるような状況じゃないだけだよ」

 

 しかし、キュルルはまるで誤魔化すように言葉を紡ぐ。

 

「カラカルのことだって、あれでいいんだよ。ああしなきゃ……いけないんだ」

 

 あれでいい、ああしなきゃいけない、とキュルルは繰り返す。それは、イエイヌには自分に言い聞かせているようにしか聞こえなかった。

 

「ですが! キュルルさん、それで後悔しています! そんなの、悲しいじゃないですか……」

 

 だからイエイヌは声を上げる。"ヒトを守るのが自分の使命"。ここでキュルルを後悔させたままにすることは、自分の使命に反するような気がするから。

 

「うん、そうかもね。でも、こうしなかったらきっと、もっと後悔する」

 

 しかし、そんな言葉もキュルルには届かなかった。

 

「イエイヌさんも知ってるでしょ? パークの掟」

 

 "自分の力で生きること"。カラカルから聞かされた掟。それは、キュルルの中でどこかに染み付いていた。

 

「いつまでも、カラカルに頼るわけにはいかないから」

 

 早いか遅いかの違いでしかない。キュルルは言外にそう語っていた。

 

 その態度にイエイヌは言い返すことができなかった。おそらく、キュルルの言葉はどこまでも正しい。しかし、だからこそ、

 

「……そんなの、やっぱり、悲しいですよ……」

 

 呟くように放たれた言葉は、キュルルには届かない。キュルルの言葉は正しくて、そしてどこかが間違っている。しかし、何が間違っているのか、それはイエイヌには分からなかった。

 

「(私に、いったい何ができるでしょうか……。また、キュルルさんが笑顔でいられるように、何が……)」

 

 イエイヌは思考を沈みこませる。はるか昔のヒトとの記憶。そこに何か手がかりが無いかを探して。

 

 どこかぎくしゃくとしたまま、キュルルたちは進んでいくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 キュルルに関して悩んでいるものは、イエイヌだけではなかった。

 

「キュルルさん、突然どうしたんだろうね〜」

 

 トボトボと歩くカラカルの後を尾けながら、オルマーはオオセンザンコウに話しかけた。

 

「分かりません。あまりにも手掛かりが少なすぎます。そもそも、あの言葉はキュルルさんの本心だったのかも判断しかねますね」

 

「どうして?」

 

「としょかんに向かう前にキュルルさんたちと少し話したじゃないですか。あの時、キュルルさんがカラカルさんを見る目が、なんだか悲しそうに見えて」

 

「ん? ビーストと戦っているときはキュルルさん、普通だったよね。その間になんかあったってこと?」

 

「おそらくは」

 

 2人して再会してからとしょかんに行くまでに、何があったか思い返してみる。しかし、心当たりとなるものは何もない。

 

「うーん、ダメですね。オルマーさんは他に何か気付いたこととかないんですか?」

 

「気付いたことね〜。あっ、そういえば」

 

「そういえば?」

 

「キュルルさんがカラカルさんと行けないって言ったときさ〜、博士たちがあまり驚いてなかったように見えたんだよね〜」

 

 その言葉に、オオセンザンコウは猛スピードで振り向いた。

 

「本当ですか!?」

 

「う〜ん、たぶん。私からはそう見えたな〜」

 

「だとすると、博士たちはキュルルさんがそう言いだすのを予測していた?」

 

「そうなると?」

 

「キュルルさんが突然あのようなことを言ったのは、博士とキュルルさんしか知らないことが理由になるんですよ」

 

 そこで2人して頭をひねってみる。

 

「……オルマーさん、何か心当たりあります?」

 

「ん〜、"りょうり"とか?」

 

「さすがに今回の件でそのことは関係ないでしょうね……」

 

 博士とキュルルしか知らないこと、簡単そうで案外難しい問題に2人して突き当たる。オルマーがどうにかして捻り出した、トンチンカンな答えにはオオセンザンコウも苦笑いである。

 

 状況はそこで動いた。

 

「センちゃん、ストップ」

 

 オルマーの声にオオセンザンコウは立ち止まる。促されて前を見ると、カラカルが立ち止まっていた。

 

 前方のカラカルは左上を見てとても驚いたような顔をしており、よく見ると何か呟いているようである。

 

「う〜ん、さすがにこの距離じゃ聞こえないか」

 

「ちょっと待っててください。今唇を読みます」

 

 オルマーに一声かけると、オオセンザンコウは目を凝らす。

 

「え、っと、"……リアン、なんでこんなところにまで……"。セルリアン!?」

 

 博士たちの言っていた大型セルリアンが出現したのかと、オオセンザンコウとオルマーもカラカルの見ていた方向を向く。

 

 そこには……

 

「何も……いない……?」

 

 セルリアンらしき影はなく、ホッとしてまた前を向く。

 

「オルマーさん! 大変です! カラカルさんがいません!」

 

 オオセンザンコウの声に、オルマーはハッとする。前方からカラカルは消えていた。オルマーたちが視線を逸らした一瞬のうちに、どこかへ移動したのだろう。

 

「カラカルさん……いったいどこに……」

 

「センちゃん、私ら、しくったかも」

 

「へ?」

 

「カラカルさん、耳、良いよね?」

 

 そこでオオセンザンコウも失念していたことに気が付く。尾行はバレバレであり、先程までの会話も筒抜けであったと考えるのが自然であろう。

 

「たぶん、キュルルさんの元へ行ったよね。でも、なんで突然……」

 

「こうは考えられないでしょうか? 私たちは先程まで、キュルルさんと博士しか知らないことがあったと話してました。カラカルさんはそれに心当たりがあったのでは?」

 

「カラカルさんはキュルルさんがあんなことを言った理由に気付いたってこと?」

 

「おそらくは。何にしても、放っておけません。急ぎましょう」

 

 そう言いながら、オオセンザンコウは走り出す。

 

「センちゃん、どうするん?」

 

「一度としょかんへ。博士がキュルルさんの言動を予測していたのであれば、この展開も予測している可能性が高いです。その場合の行動も何か用意しているかもしれません」

 

「りょーかい!」

 

 ダブルスフィアはとしょかんを目指し、ひた走る。しかし、どこか不安めいたものが胸をチラついて離れないのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そのころ、キュルルたちは旧カコ博士の研究所へと到着していた。

 

 自身が2度目覚めた地。文字通り始まりの場所とも呼べる建物には、どこか懐かしさのようなものを感じる。それが、一目で廃墟とわかる建物でもである。

 

「ここでキュルルさんが……」

 

 隣でイエイヌもどこか感嘆めいた声をあげる。イエイヌ自身出入りはしていたはずであろうが、それは遠い昔のこと。現在はむしろ新鮮味を感じるのであろう。

 

 立ち止まってなどいられない、とキュルルは戸に手をかける。思い出深い重さと共に、ギィーッと音を立てて扉は開いた。

 

「……無くなってる」

 

「どうしたのですか?」

 

「ぼくの眠っていた装置に敷かれていたサンドスターが無くなっているんだ」

 

 キュルルに続いて、イエイヌも研究所に入る。引き抜かれたコードや積み上がったガレキからは、昔の姿は想像することすらできない。

 

 その奥、キュルルの視線の先には、ゆりかごのような機械があった。中が虹色に輝いていたはずのそれは、今は冷たい鉄灰色に変わっていた。

 

「たぶん、ぼくがいなくなった後、セルリアンのエサ場になったんだろうね」

 

 ぼくのせいだ、とキュルルは呟く。イエイヌが、そんなことないと反論するものの、キュルルは何も返さず困ったような笑顔を浮かべるのみだった。

 

「とにかく、早くしないと。ラッキーさん」

 

「イマ、ホカノラッキービーストガ トウチャクシタヨ」

 

 ラッキービーストの言葉に入口側を見てみると、マカセテマカセテと飛び跳ねてくる、青色のロボットがいた。その頭の上には、何かしらの機械が乗せられている。

 

 目の前にラッキービーストが辿り着くと、キュルルは軽く身を屈めた。

 

「どうしたらいい?」

 

「コンカイハ、ジカンガナイカラ、コレデヤキキッチャウヨ」

 

 ラッキービーストが頭の上にある機械を差し出してくる。拳銃型をしたそれには、手に持つ部分にスイッチと思しきものが付いていた。先端には小さな穴が空いている。焼き切るということは、おそらくここから熱を放射するのであろう。

 

 キュルルの右腕が発光する。

 

「ツカイカタハ、ボクガ ガイドスルネ。ナオストキニモツカウカラ、タイセツニツカッテネ」

 

「うん、わかった。急ごう。イエイヌ、周囲の警戒をお願い」

 

「任されました!」

 

 イエイヌは、自身の五感をフルに使って索敵を行う。その姿を確認し、キュルルは機械を握る手に力を込めた。

 

 

 

 

 

 

 

「……ふぅ」

 

 慎重になっていたが故に止めていた息を吐き出す。ラッキービーストの指示に従い、何枚かの鉄板を入手することに成功していた。これだけあれば今回の修復には十分すぎるほどであろう。

 

「イエイヌ、こっちは終わったよ。こーじょーへ急ごう」

 

「キュルルさん、ちょっと動かないでください!」

 

 キュルルがイエイヌに声をかけるが、イエイヌの様子はおかしかった。目は釣り上がり、喉からは低く唸り声が漏れている。

 

「(なにが来た?)」

 

 その様子に、キュルルも危険を察知する。ラッキービーストを抱えてソロリとイエイヌの元に近づくと、ヒソヒソ声でイエイヌへと話しかけた。

 

「(おそらくセルリアンです。だんだんこっちへ近づいてくる)」

 

 イエイヌの言葉を証明するかのように、ガサガサと植物をかき分ける音が聞こえてきた。だんだん大きくなっていくその音に、2人は息を潜める。音がやみ、辺りが静けさに包まれる。そして、暗闇に身を隠す2人を嘲笑うかのように、大きな単眼が研究所を覗き込んだ。

 

「なっ!?」

 

「なんで、バレて!?」

 

 完全に捕捉されてしまった2人は慌てて退避を試みる。しかし、ここは逃げ場のない建物内。キュルルたちはあえてセルリアンの方へと走り出した。

 

 セルリアンの大きな足の振り下ろしが、建物ごとキュルルたちに襲いかかる。老朽化した建物は簡単に崩れ去り、膨大な砂埃を巻き上げた。

 

「ップハァ!」

 

 間一髪、キュルルたちはセルリアンの攻撃を躱すことに成功していた。

 

「とにかく、今はこの状況をどうにかしないと!」

 

 まるで最初から居場所が分かっていたかのようなセルリアンの行動には疑問が残るものの、キュルルは切り替えてセルリアンと対峙する。とにかく石を見つけなければ話にならない。

 

 石を探すため、動き回ろうと身体に力を込める。その時だった、

 

 

 

 パッカーン! 

 

 

 

 大型のセルリアンは砕け散る。

 

「えぇ!?」

 

 驚くイエイヌ。対して、キュルルは歯噛みした。突然出てきた大型セルリアン、そして一瞬後に起こる虹色の爆発。キュルルはそこに既視感を感じていた。それを証明するかのように、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「どうして……」

 

 キュルルは苦々しげに呻く。

 

「どうして、こんなときに……!」

 

 そして、キュルルたちの目の前に、ビーストは降り立った。

 

「そんな……なぜここにビーストが……」

 

 イエイヌもまた呆然とする。先程、4人でどうにか渡り合えた相手である。2人ではどうにもならないのは必然である。

 

 どうする? 逃げる。でもどうやって? 逃げ切るためには? キュルルの頭で様々な思考が巡る。しかし、全てのシュミレーションにおいて、失敗の最後に行き着いてしまう。

 

 ここまでか、諦めかけるキュルル。そんなキュルルに、

 

「ったく、ホント頼りないわね」

 

 聴き馴染んだ声がかけられた。

 

「……カラカ……ル?」

 

「まったく、アンタがわたしの心配をしようなんて100年早いのよ。ホント手間かかるんだから」

 

 キュルルたちとビーストの間に降り立ち、カラカルは冗談めいた調子で話す。その言葉に、一瞬思考停止に陥りかけるキュルル。しかし、すぐさま立ち直る。

 

「なんで来たのさ、カラカル!」

 

 助けに来たカラカルをキュルルは拒絶する。先程のシュミレーションにカラカルを加えても、結果は変わらないことをキュルルは分かっていた。

 

 あと1ピース足りない。これで立ち向かったとしてもやられるのが3人に増えるだけである。キュルルはそう確信していた。

 

 しかし、カラカルは違った。

 

「行きなさい」

 

「え?」

 

「ここはわたしに任せて、アンタたちはこーじょーに行きなさい」

 

 その言葉に、キュルルは全てを悟った。

 

「ダメだよ!」

 

 だからこそ拒絶する。

 

「そんなこと、ダメに決まってるじゃん! 何言ってるんだよ!」

 

 怒鳴るように声を出すキュルル。隣のイエイヌは訳が分からず、2人を見守ることしかできずにいる。そんなイエイヌの姿すら、キュルルには見えない。

 

 そんなキュルルに、カラカルは振り返って笑った。

 

「ねぇ、キュルル」

 

「?」

 

「わたしは、アンタと旅ができて、楽しかったわよ」

 

 それは、まるで散る寸前の花ような、とてもキレイな笑顔だった。キュルルは目を見開く。

 

「今まで、ありがとね」

 

 ダメだ、キュルルの頭の中にはそれしかなかった。うまく動かない身体を無理矢理動かして、カラカルに手を伸ばす。

 

さよなら

 

 最後の言葉はもう聞こえなかった。

 

 

 

 バリンッ

 

 

 

 何かが割れる音がした。その音とともに、キュルルの身体は宙を浮く。

 

「……遅かったのです!」

 

 キュルルの身体を抱える博士が、苦渋の声を上げる。隣でイエイヌを抱える助手もまた険しい顔つきとなっていた。

 

 しかし、そんなことはキュルルの意識の外であった。

 

 キュルルの目線の先、カラカルに変化が訪れる。身体の周りをサンドスターの輝きが散り、瞳はどこか暗い輝きを灯す。

 

「HUSYAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」

 

 その様は、対面するアムールトラ(ビースト)にそっくりであった。

 

「一度、としょかんに退避するですよ!」

 

 言うがいなや、博士と助手は動く。博士に抱えられたキュルルもまた、その場を後にしていく。

 

 キュルルは、遠ざかっていくカラカルに、もう届かない腕をがむしゃらに伸ばした。

 

「カラカルーーーーーーーーーー!!!」

 

 悲痛な叫びは、山に吸い込まれて消えていくだけだった。

 

 




さぁ、キュルルよ。楽しいだけの時間は終わりだ。
やっぱり、悩んで苦しんでってしてもらわないと主人公じゃありませんよね!(ドS
なんかキュルル君の心がポッキリ折られちゃった感じもしますけど、その時はその時でパークの終焉なんでいいんじゃないかな(投げやり


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第12話「ぼくのやりたいこと」

お待たせしました!いよいよ完結!
ここまで書き上げることができたのは、みなさんの応援のおかげです!
感想・評価お願いします!


 

 

 としょかんへと辿り着き、キュルルは崩れるように着地する。小脇に抱えていたラッキービーストも放り出されてしまった。突然吹いた強風で、キュルルの帽子が吹き飛ばされる。

 

 しかし、そんなことに構っていられる余裕は、キュルルにはなかった。

 

「何……してんのさ……」

 

 震える声が溢れ出す。いや、声だけではない。全身が震え、キュルルはまともな思考すらもできずにいた。キュルルは震える足で立ち上がる。

 

「なんでこんなところに来てるの!? カラカルがビーストになっちゃったっていうのに!!」

 

 沸き上がる激情をそのまま博士へぶつける。あんまりな物言いに、助手が少しムッとするが、そんな助手を博士が手で制した。

 

「あの場にいて、お前に何ができたというですか?」

 

「だからって! 逃げ出したらもっと何もできないじゃないか!」

 

「変わらないのです! ビーストを元に戻そうと試みたのがお前だけだと思っているですか!?」

 

「だからなにさ! あのまま放っておくのがいいはずないじゃん!」

 

「あの場には2体のビーストがいるのです! お前を失ったら、誰もパークを救えないですよ!」

 

 2体のビースト、その言葉はキュルルを逆上させる。しかし、キュルルが何か言い返す前に、博士は言葉を叩きつける。

 

「お前はカラカルの意思を無駄にする気ですか! カラカルはビーストになる覚悟をしてまでお前を守ったのです! お前はそれを水の泡にするのですか!?」

 

「知らないよそんなの! そんなこと、どうだっ……」

 

 その時だった、

 

 

 

 ガブッ

 

 

 

 ふいに腕に走った痛みに、キュルルは言葉の続きを飲み込む。

 

「何するのさ……イエイヌ……」

 

 痛みの正体はイエイヌだった。イエイヌは、キュルルが後ろに振りかざした腕に噛みついていた。噛みつきながら、泣いていた。

 

「おかしいですよ……キュルルさん……」

 

 イエイヌは口を離すと、キュルルの正面に回り込む。

 

「カラカルさんと行けないって言ってから、キュルルさん、ずっとおかしいです。今のキュルルさんは、何も大切にできてないです……」

 

 イエイヌはキュルルを抱きしめる。

 

「キュルルさんにとって、パークも、フレンズも、みんなみんなどうでもいいものなんですか……? 私の知っているヒトは、みんないろいろなものを大切にしていました。これじゃキュルルさん、」

 

 まるでヒトじゃないみたいです……、イエイヌはついに崩れ落ちる。

 

 一方、イエイヌと一緒に座り込んだキュルルは、イエイヌの言葉について考えていた。

 

「(ヒトじゃないみたい? それじゃあ、ヒトってなんなのさ。大切にするってどうすればいいのさ。わかんないよ。未完成品のぼく()には、わかんないよ……)」

 

 キュルルが絶望に沈んだ時だった、

 

 

 

 ポテポテポテポテ

 

 

 

 独特な足音が、こちらへと近づいてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 足音の方に目を向けると、そこにはラッキーさんがいた。頭には、ぼくの帽子が引っかかっている。たぶんさっき飛ばされたのが、引っかかったのだろう。

 

 でも、そんなことはどうだっていい。何も守れなかった、何も大切にできなかったぼくには、そんなの関係ない。

 

 ふと、ラッキーさんの目が光った。ラッキーさんの目から、一つの立体映像が投射される。

 

 そこに映し出されたのは、一人のヒトだった。

 

 赤いシャツに白い半ズボン。足はタイツで覆われていて、手にも黒いグローブがつけられている。

 

 なによりも特徴的なのは背中に背負った大きなカバンだろうか。

 

 博士たちが、"かばん、なぜここに……? "なんて騒いでいるけれど、ぼくの注意はそこに向いてはいなかった。

 

 映し出されたヒトの頭の上。2つの羽がついたサファリハット。

 

 それは間違いなく、パークガイドの証だった。

 

 程なく、そのヒトが口を開く。

 

『ええっと……これ、もう大丈夫なんですか? ラッキーさん』

 

『バッチリ トレテルヨ。マカセテ』

 

『それじゃあ、その……えーと、初めまして。僕はかばんって言います』

 

 気弱な、でもどこか芯の通った声が響く。

 

『この映像が流れているってことは、またパークに危機が訪れているんだと思います。まずは、それに何もできないことを謝らせてください。僕の身勝手で、パークを離れてごめんなさい』

 

 ペコリ、とヒトは頭を下げる。

 

『でも、』

 

 頭を下げたまま、ヒトは続ける。

 

『僕は信じています。パークのみんななら、きっと乗り越えられるって』

 

 ヒトが顔を上げる。そこには、自信に満ちた、笑顔が広がっていた。

 

『ジャパリパークはとても怖いところです』

 

 その通りだった。最初はカラカルに襲われた。その後出会うフレンズたちも、みんな最初は敵意を向けてきていた。

 

『でも、ジャパリパークはとても優しいところです』

 

 その通りだった。いろんなことがあって、最後にはみんなと笑顔でお別れしてた。……でも、1人だけ笑顔でお別れしていない……。

 

『僕は、そんなジャパリパークが大好きです。みなさん、お願いします。どうかそんなジャパリパークを守ってください!』

 

 ヒトが再び頭を下げる。

 

『かばんちゃん! 何やってるの?』

 

『アライさんも混ぜるのだ!』

 

『わぁ! アライさん! ちょ、ちょっと』

 

『やってしまったねぇ〜、アライさ〜ん』

 

『ロクガヲ、シュウリョウ スルヨ』

 

 こうして映像は消えていった。

 

 でも、確かな印象は根付いている。

 

 なんでそんなに強いんだろう。

 

 なんでこんなにすごいんだろう。

 

 わかった気がする。なんで僕がパークガイドを目指したのか。

 

 ぼくは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 船がだんだん島を離れていく。そんな船の上、ゆったりとした黒髪を束ねた白衣の女性が、離れていく島を見つめていた。

 

 そんな女性に近づく影があった。

 

「お別れは済んだのですか?」

 

 淡い緑の髪に眼鏡の女性。

 

「ミライか」

 

 気のおけない人物と確認し、白衣の女性は笑みをこぼす。

 

「……残念でしたね。クキちゃんを連れて行けなくて」

 

 眼鏡の女性は、白衣の女性に倣って島を、否、島で眠る1人のヒトを見つめる。

 

「仕方がないさ。クキはあのまま寝かせなければならないし、装置を移動させる時間はもう無いんだから。やるべきことはやったよ」

 

 それに、と女性は続ける。

 

「これでお別れにするつもりはないさ。ミライ、お前もラッキーと約束したのだろう?」

 

 白衣の女性はどこかイタズラっぽい笑みを向ける。

 

「そう、ですね……」

 

 その笑顔に眼鏡の女性も自身の不安を自覚したように頷いた。

 

「また、会えますよね」

 

「必ず会うさ。なんとしてでも」

 

「ふふ、ありがとうございます。私は戻りますね。カコさんは?」

 

「私はもう少しここにいるよ」

 

「そうですか、では」

 

 眼鏡の女性が歩き出す。それを見送った後、白衣の女性は再び島へと顔を向けた。

 

「なぁ、クキ。お前になら分かるだろう?」

 

 

 

 

 

 

 

「……想い出……」

 

 キュルルは呟く。未だにキュルルを抱きしめて泣きじゃくっていたイエイヌは、えっ、と顔を向けた。

 

「イエイヌ、ありがとう。もう、大丈夫」

 

 そんなイエイヌに、キュルルは優しくポンポンと背中を叩く。イエイヌが身体を離すと、キュルルはバックを開いた。

 

 中から取り出したのは、一つの封筒。"いつかの君へ"と題された茶封筒。

 

 キュルルはそれを迷いなく開封する。

 

『私はずっと考えていた。フレンズがヒト化する理由。そしてヒトのフレンズが持つ《輝き》とは何なのかを』

 

 中に入っていたのは一枚の羽だった。

 

 それは先端に赤のグラデーションのかかった羽。

 

 パークガイドを示す物。

 

 パークを守る者の証。

 

『なぜフレンズはヒトの形を模すのか。それは、記憶と願いが関係しているのではないだろうか? 面白いことに、ヒトという生物は、一部の記憶にある特別な名前を付ける』

 

 キュルルは右手に握った羽をジッと見つめる。

 

「そうだ。記憶じゃない、想い出なんだ」

 

『"想い出"。もしも、けものたちがそれを願ったのだとしたら? もしも、ヒトがけものとそれを共有することを願ったのだとしたら? フレンズの存在はそれを叶えたものではないかと思う』

 

 あたたかい。キュルルは羽を握る右手をそう感じた。

 

 お母さんが、さっき見たヒトが、いや、それだけじゃない。もっと大勢のヒトたち、フレンズたちが自分の右手を包んでくれているような。

 

 そんな感覚が、キュルルには伝わっていた。

 

『だとしたら、ヒトのフレンズが持つ《輝き》とは何か』

 

「(ぼくはまだ弱いから、だからみんなの力を貸してください)」

 

 キュルルは目を瞑り祈る。そんなキュルルの祈りが聞き届けられたかのように、キュルルの右手は勝手に動いていく。

 

『それもまた、"想い出"になるのだろう』

 

 そして、キュルルの帽子に羽は刺された。

 

「(ありがとう、みんな)」

 

 キュルルは帽子を被り、顔を下げて立ち上がる。

 

「ねぇ、博士。ぼく、まだ伝えてなかったことがあるんだ」

 

『クキ、ヒトのフレンズであるお前にとっての《輝き》は"想い出"なんだ』

 

「カラカルに、伝えに行かなくちゃ!」

 

『"想い出"こそが、お前の力だ!』

 

 キュルルは顔を上げる。その瞳には、翠色と海色の輝きが灯されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは……」

 

「野生解放……」

 

 右目に海色、左目に翠色の輝きを灯したその姿はまさしく野生解放であった。

 

「博士。それじゃあ、ぼく、行ってくるね」

 

「待ってください、キュルルさん! いったいどこに!?」

 

「カラカルのところ。イエイヌはここで待ってて。カラカルと、1対1で話したいんだ」

 

「そんな……!」

 

 キュルルの言葉にイエイヌは愕然とする。そこに、博士が割り込んだ。

 

「キュルル、何か考えはあるのですか?」

 

「ううん、はっきりとしたものはない」

 

 でも、とキュルルは右手を握る。

 

「カラカルにはいっぱい想い出を貰ったから、だから伝えなくちゃ」

 

 キュルルは博士の顔を真っ直ぐに見つめる。その瞳に、博士は溜め息を一つこぼした。

 

「まったく、本当にわがままでめんどくさいヤツばかりなのです」

 

 行くですよ、と博士は許可を出す。

 

 キュルルはありがとうと返事をし、すぐさま駆け出した。

 

「博士、いいのですか?」

 

「なぜでしょうね、助手。なんだか、かばんが復活した時のような、奇跡がまた起きてくれるような、そんな気がしたのです」

 

「でも、私たちはどうすればいいのでしょうか?」

 

 穏やかな顔をした博士に、イエイヌが話しかける。お留守番を命じられてしまったせいか、耳はぺたんと寝てしまっている。

 

「"こーじょー"のセルリアンの脅威はまだ続いているのです! 我々はキュルルのために、道をつくってやるですよ!」

 

 博士の言葉にその場の全員が頷く。その時だった、

 

「パークの危機ってェのは本当かィ?」

 

 博士たちの後ろからかけられる声があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キュルルは研究所まで戻ってきていた。辺りは穴ぼこだらけになり、いくつかの木は傾いてしまっている。そこで起こった戦闘が、どれほど激しいものだったのかを物語るようである。

 

 しかし、今はもう音はしない。

 

 キュルルは研究所の中に、橙色の影を発見した。迷わずキュルルは研究所内に足を踏み入れる。

 

「カラカル」

 

 キュルルは声をかける。その返事は、カラカルの襲撃に取って代わられた。

 

「HUSYAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」

 

 カラカルはキュルルを硬い床に押し付け、鋭い爪を喉元に突きつける。

 

 しかし、キュルルは笑顔を崩さない。

 

「ごめんね、カラカル。ぼくが何もできないばかりに、そんな状態にしちゃって。」

 

 穏やかに、どこまでも穏やかにキュルルは語りかける。

 

「それに、ありがとう。今まで守ってくれて。今まで一緒にいてくれて。もうカラカルだけに頑張らせたりしないから。ぼくも頑張るから。だからこれだけは言わせて」

 

 キュルルは一度言葉を切る。届くかどうかはわからない。でも、伝え忘れたことがあるから、伝えたい言葉があるから、キュルルは言葉を紡ぎ出す。

 

「いっぱい、いっぱい想い出をくれて、本当にありがとう」

 

 その言葉に、

 

 カラカルは微動だにしない。

 

 しかし、いつしか唸り声も消えていた。

 

 その様子に、キュルルはおかしさを感じて笑いだす。

 

「アハハ、想い出といえば、カラカル、覚えてる? ぼくたちが初めて会った時、こうやってカラカルが馬乗りになってきてさ、『アンタ、何者?』って」

 

 キュルルはもう一度、カラカルの顔を見つめる。

 

「ねぇ、カラカル」

 

 できる限りカラカルへと手を伸ばす。

 

「ぼくは、キュルルだよ。大切なともだちに名付けて貰ったんだ。ぼくはクキじゃない、キュルルなんだよ」

 

 その時だった、

 

 

 

 ポタ、ポタタッ

 

 

 

 キュルルの顔に水滴が降り注いだ。

 

 雨などではない。水滴は、カラカルの頬から流れ落ちていた。

 

「知っでるわよ、ばがギュルル!!」

 

「カラカル!?」

 

「っだぐ、わたしもヤキが回ったものね。まさかキュルルに助けられるなんて」

 

 涙を拭きながらカラカルは身を起こす。そのままキュルルも助け起こした。

 

「ねぇカラカル」

 

「なによ」

 

「行こう」

 

 泣いているところを見られた恥ずかしさからか、一度顔を背けるカラカル。しかし、キュルルの言葉に確かな笑顔を浮かべた。

 

「ええ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつからだっただろうか。

 

 もう一つのことしか考えられなくなっていた。

 

 みんなを守る。セルリアンを倒す。

 

 それがハンターの使命なのだから。

 

 倒す倒す倒す。

 

 倒す倒す倒す倒す倒す倒す倒す倒す倒す倒す。

 

 今も、目の前には大量のセルリアンがいる。

 

 いつまでやればいいんだろう? いつになったら終わるんだろう? 

 

 そんなことはもうどうだっていい。

 

 ただ、倒す。

 

 そのために、わたしは全身に力を漲らせる。

 

 そんなわたしの肩に、ポンと誰かの手がかけられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう、いいんだよ」

 

 キュルルは目の前のフレンズに話しかける。

 

「もう一人で頑張らなくていいんだ。今度はぼくたちも戦うから。今度はぼくたちも頑張るから。だから、」

 

 キュルルは肩にかけた手を後ろに送るように、前へ踏み出す。カラカルもキュルルと同じように動いていく。そして、2人はビーストとセルリアンの間に立ち塞がった。

 

「今は、ぼくたちの番!」

 

 目の前に数十はいるであろうセルリアンで覆い尽くされている。しかし、2人に恐怖はなかった。2人は目の前のセルリアンを、そして"こーじょー"を睨み据える。

 

 その時だった、

 

「おィおィ、2人だけでやるつもりかァ?」

 

「こういうときに頼ってくれないのは、お姉さん、悲しくなりますよ?」

 

「なんでこないなおもろそうな場所に呼んでくれんのけ? ワレェ」

 

「すぐに無茶する生徒にはお説教、ですね」

 

 マグラが、カルガモが、ワニガメが、ミーアキャットが、いや、それだけじゃない。今まで出会ったたくさんのフレンズたちが、駆けつけてくれていた。

 

「さぁ、お前たち。やることはわかっているですね!?」

 

「我々の勝利条件はキュルルを"こーじょー"に送ることです! どでかい道を、開けてやるですよ!」

 

 

 

「「「「「「野生解放!!」」」」」」

 

 

 

 みんなの目がそれぞれの輝きを帯びる。

 

 先行したのワニガメとイリエワニだ。力を存分に発揮して、次々とセルリアンを爆散させていく。

 

「おっしゃぁ、イリエワニィ。どっちが多く倒せるか競争じゃい!!」

 

「あらぁ、あなたが私について来れるのかしら?」

 

「言っとれぇ!!」

 

 フルル、ジェーン、イワビーが高速で地面を滑り、セルリアンの足を破壊する。その隙に、プリンセスとコウテイがペンギンチョップをくらわせた。

 

「マーゲイの頼みなら、断るわけにはいかないわね!」

 

「随分と懐かしい顔も見れたことだしな!」

 

「やっぱり、ロックなヤツらだよな!」

 

 セルリアンの足元に突然大穴が空き、セルリアンは落ちていく。そして、穴から虹色のカケラが溢れ出した。

 

「悪ィな、アイツらとは再戦の約束があるンだわ。手ェ出してもらっちゃあ、困ンだよ!」

 

 フラフラと飛ぶフレンズをセルリアンは発見する。攻撃のために足を振り上げた時、フレンズは急加速して、一息に石を貫いた。

 

「カルガモお姉さんだって、やる時はやるですよ!」

 

 ミーアキャットとミミナガバンディクートが、見事な連携を発揮し、セルリアンを制圧する。

 

「授業通りですわ!」

 

「先生! 次いこ! 次!」

 

 ダブルスフィアは、のんびりと眺めていた。

 

「いやぁ、すごい数だねぇ」

 

「オルマーさん! 何のんびりしているんですか!?」

 

 そこを好機と見たセルリアンが遅いかかる。全体重を乗せた踏みつけ。モクモクと土煙が立ち昇る。

 

「ふっふーん、そんな程度じゃわたしの防御は、」

 

 左手の手甲で受け流すオルマー。一瞬、目が釣り上がる。

 

「抜けないよ」

 

 炸裂音が響き渡る。オルマーの一回転を伴った裏拳がセルリアンの足を叩き折った。セルリアンがバランスを崩した隙に、オオセンザンコウが石を破壊する。

 

「さーて、何匹やれるかな?」

 

「オルマーさん! 次、来てる!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「みんな、すごい……」

 

 キュルルは集まってくれたフレンズたちの大乱闘に圧倒されていた。そこにかけられた声があった。

 

「キュルル、忘れ物ですよ!」

 

 キュルルに何かが放られる。右手でキャッチするとそれはラッキービーストだった。

 

 おそらく放ったであろう博士と目線を交わす。

 

「カラカル、ぼくたちも行こう!」

 

 言いながらキュルルとカラカルは走り出す。その目の前には何体かのセルリアンが迫っていた。

 

 そのセルリアンを見据えて、キュルルはニッと笑う。

 

 目の前に大写しとなったセルリアン。その前で、キュルルは一瞬ブレーキを踏んだ。それと同時に背中越しに何かを放る。

 

 投げられたのはラッキービーストであった。

 

 セルリアンの目線が一瞬ラッキービーストへと誘導される。

 

 その一瞬をキュルルは見逃さない。

 

 ラッキービーストをキャッチしつつ、一瞬での加速。急激なチェンジオブペースによって、キュルルはセルリアンを抜き去った。

 

 しかし、セルリアンは一体ではない。

 

 次なるセルリアンが踏み付けと共に襲いかかってきた。

 

 しかしキュルルは、今度は足を緩めない。

 

 頭上に足が迫る一瞬、キュルルの足が不規則なステップを刻む。

 

 キュルルの身体が一回転する。トップスピードのまま行われたスピンにより、また一体セルリアンを躱していった。

 

 続けて現れる3体目。

 

 今度は巨体を存分に活かした突進を狙っている。

 

 そんなセルリアンを見据え、キュルルが進むは真正面。微塵も臆することもなく、キュルルはトップスピードで突っ込んでいく。

 

 当たる、そう思われた時、キュルルの身体が沈み込んだ。

 

 ハイスピードで行われたスライディング、そのままキュルルはセルリアンの下を駆け抜ける。

 

 そして、キュルルは笑う。

 

「ねぇ、カラカル、覚えてる? しっぽ取りのコツは!」

 

「誰かが囮になっている隙に!」

 

「「他の人がしっぽを狙うこと!!」」

 

 

 

 ぱっかーん

 

 

 

 キュルルの背後で虹色の爆発が巻き起こる。カラカルの一撃がセルリアンの石を捉えたのだ。

 

 しかし、喝采を上げる暇は無かった。

 

 キュルルの頭上に影が射す。

 

 スライディングから起き上がり、若干体勢を崩したキュルルに、2体のセルリアンによる踏み付けが襲いかかろうとしていた。

 

 ダメか、そう思われたとき、

 

 

 

 ぱっかーん

 

 

 

 セルリアンは虹色に弾ける。

 

「ヒトをお守りするのが、私の使命です!」

 

「みんなが戦っているんだ。ハンターの私が、いつまでもボーとしているわけにはいかないな!」

 

「イエイヌ! アムールトラさん!」

 

 助けてくれた2人目のパートナーに、そして一緒に戦ってくれる新たなともだち(フレンズ)にキュルルは喜び声を上げる。

 

「キュルルさん! いまのうちに"こーじょー"へ!」

 

「うん! ありがとう!」

 

 そして、ついにキュルルは"こーじょー"へと辿り着いた。

 

「ラッキーさん! 場所はどこ!?」

 

「スキャニング……ミツケタ。キュルル、アソコダヨ」

 

 ラッキービーストに誘導された場所はおそらく外の火山に繋がっているであろう、太いパイプであった。パッと見では分からない場所に、大きなヒビ割れが出来ている。

 

 見つけるやいなや、すぐさまキュルルは修復作業に入る。

 

 完全に立ち止まり、数分間集中してでの修復作業。

 

 もしも今襲われたりしたら、キュルルはひとたまりもないだろう。

 

 しかし、キュルルに恐怖はなかった。

 

「みんなが戦ってくれている。ぼくはみんなを信じてる」

 

 機械を両手で握り、逸る気持ちを抑えながら手を動かしていく。

 

「みんなが守ってくれるから、ぼくはみんなを守るんだ! ぼくはみんなを守りたいんだ! だから!!」

 

 あと少し。キュルルの顔に汗が浮かぶ。

 

「これで、終わりだぁぁぁああ!!!」

 

 そして、鉄板は繋ぎとめられ、ヒビは完全に塞がった。

 

 一瞬、キュルルは完全に脱力する。

 

 しかし、まだである。

 

 キュルルは外へと飛び出した。

 

 そして、大きく息を吸い込んで、喉が張り裂けんばかりに声を張り上げる。

 

「みんな──ー! 直った──ー!!」

 

 その声は、戦っている全てのフレンズに届いた。

 

「吉報なのです!」

 

「さぁ、お前たち。我々もお掃除を終わらせるですよ!」

 

「「「「「「お──ー!!!」」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぱっかーん

 

 

 

「お、終わった──……」

 

「無理、もう動けない……」

 

 最後のセルリアンが砕け散り、キュルルとカラカルは頭が向かい合わせになるように倒れこんだ。その90度隣では、イエイヌ、アムールトラも倒れ込んでいる。ちょうど、キュルル、イエイヌ、カラカル、アムールトラで十字を作るような形である。

 

 キュルルたちだけではない。周りを見れば、皆疲れ切って倒れ込んでいた。

 

「あれ? 博士たちは?」

 

 キュルルが見回すと博士と助手の姿が見えなかった。

 

「フクロウの2人なら、けもハーモニーの新事例がどうとか言いながら飛び去ってたぞ」

 

「なんで元気なのよ。あの猛禽類……」

 

 げんなりとしたカラカルの言葉に、3人は苦笑で応える。

 

「あっ、そういえば、」

 

 思い出したようにキュルルが話題を振る。

 

「アムールトラさん、ありがとう。助かったよ」

 

「それはこちらの言葉だよ。君には助けてもらった。本当にありがとう」

 

「アムールトラさんは、これからどうするんですか?」

 

 ふと、気になったイエイヌが質問をする。

 

「……ハンターを続けていくさ」

 

「しかし……」

 

「ああ、この時代のフレンズたちには必要ないのかもしれない。でも、だからこそ皆を守りたいんだ。もう、一人じゃないと知ったからな」

 

 心配そうなイエイヌにアムールトラは穏やかな顔で答える。その様子にキュルルも笑顔になった。

 

「そっか。それなら、ぼくも応援するよ」

 

「ふふ、応援か。これは張り切ってしまうな」

 

 動けない身体で、和やかな会話が進んでいく。そこに、カラカルは割り込んだ。

 

「キュルル、アンタは他人のことどうこう言える立場じゃないじゃない」

 

「へ?」

 

「やりたいこと、まだ決まってなかったでしょ? アンタはどうするのよ?」

 

 カラカルの言葉に、キュルルは空を見つめる。

 

「やりたいこと、決まったんだ。ぼくは、パークガイドになるよ」

 

「それって、クキさんの……」

 

「うん。影響はあるかもしれない。でも、ぼくが考えて、なりたいって思ったんだ。パークガイドとして、みんなを守れるようになりたいんだ!」

 

 それはまるで神に誓うかのように、キュルルは空へと声を上げる。その言葉に、カラカルは目を瞑った。

 

「そう。……なれるわよ、アンタなら。立派なパークガイドに」

 

 ただの子どもだったキュルルは、一人のヒトとしてパークを背負おうとしている。

 

 それが分かったから、カラカルは背中を押そうと思った。もしかしたら、自分の役目は終わりであることを予感しながら。

 

 カラカルの言葉に、キュルルは再び口を開く。

 

「でも、今回のことで分かったんだ。一人でやろうとしたらきっと何かが間違っちゃうんだ。だからさ、」

 

 そしてキュルルは精一杯首を反らし、満面の笑顔を向ける。

 

「カラカル、イエイヌ、これからもよろしくね!」

 

 




あとがきにもうちょっとだけ続くんじゃ


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あとがき

※こちらはあとがきとなります。第12話のネタバレを含みますので、12話を読んでいない方は、先にそちらを読むようお願いします。


 

 

 終わった……

 

 長かった……

 

 まさか半年かかるとは……(サボりすぎ

 

 

 と、いうことで、どうもみなさん初めまして。てぃーえーけーえーです。

 

 今回は「けものフレンズ2リバース」に最後までお付き合い頂きありがとうございました! 紆余曲折ありながらもなんとか完結まで書き切れたのは、ひとえにみなさんの応援があったからだと思います。

 

 4月にプロットを考えて、「春アニメと同時に完結を目指そう」と考えながら書いていくこと早6ヶ月弱。気付いたら夏アニメが終わってました。どうしてこうなった? (自業自得

 

 まぁ、こういったことをグダグダ話してても仕方ないので、制作秘話や裏話など、ちょいちょい語っていこうかと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◾️キュルルについて

 

 みなさんお馴染みキュルルちゃん。この作品だとクキという前世(?)を持っています。世間じゃ嫌われ主人公筆頭候補となっていますが、こちらの作品では性格を大幅に改変しました。基本的には小さい子のように無邪気で純真わんぱく坊主。でも、最終回付近ではちょっとだけ成長した感覚を味わえていたら幸いです。まぁ、精神年齢幼くしすぎたせいで、おねショタ感に深みは出せなかったのですが……

 

 キュルルの正体は、本作では「人工的なヒトのフレンズ」となっています。かばんちゃんを「天然のヒトのフレンズ」とみなした場合、対の存在となりますね。けものフレンズではカコ博士が絶滅動物やら、空想上の動物のフレンズを生み出しているので、カコ博士を絡めればありえるのではないかと思います。カコ博士様様や。ちなみに、キュルルは作られる上で、カコ博士のDNAも使われています。だから、キュルルとカコ博士の髪色が一致するとこじつけつつ。

 

 なんていろいろ語っていますが、実はキュルルの正体については最初は無かったんですよね。最後に野生解放してビースト問題解決という構想はあったので、ヒトのフレンズということは決定していたのですが、それ以外はただの子どもでした。

 4話あたりから、「やはりキュルルの正体の設定はあった方がいいかも」と思い始め、ただのヒトのフレンズじゃつまらないという理由から「人工的なヒトのフレンズ」が完成しました。けもフレ小説はそれほど数読んでいるわけではないけれど、人工的なヒトのフレンズは独自のものではないかと思っています。

 

 ちなみに、キュルルの前世「クキ」という名前は、ブラフとして付けたものでした。クキの名前が出た辺りは、キュルル=クキの伏線をかなり露骨に出していたため、バレないように影武者が欲しいと思い、既に過去にクキとイエイヌが一緒に過ごしていた設定はあったので、イエイヌが身代わりになるようにしました。けもフレ2のイエイヌが雑種であるという情報から、雑種の雑の字、九木→クキですね。同じカ行ということもあり、カコと響きが似ているため、実は気に入っていたりしています。(笑)

 菜々ちゃんよろしく漢字表記にするのであれば、おそらく久記と変えていたんじゃないかな。

 

 

 

 ◾️かばんちゃんについて

 

 本作で、結構かばんさんの登場が期待されていてビックリでした。なかなか出せる立ち位置にいなかったので、最終回まで引き延ばしてしまったことは本当に申し訳ないです。(泣)

 ただ、その分しっかりとかばんちゃんからキュルルへとバトンパスができたのではないかと思っています。

 

 

 

 ◾️ダブルスフィアについて

 

 本作で、原作との扱いの違いで1、2を争うのは、ダブルスフィアの2人だと思います。それぞれ共に輝く場面を用意したので、ダブルスフィアファン(いるのか?)の方にはご満足いただけたのではないでしょうか。

 それもこれも、実はオルマーさんが1期に出演していることが原因でした。

 オルマーさんがヘラジカ軍下で戦いの練習をしていたという過去があるために、オルマーさんは用心棒のような立ち位置になってもらい、最終回などでの見せ場が用意されてました。しかし、それだと相方のセンちゃんがポンコツすぎたので、何かしら見せ場を作ってあげたいなと考え、推理パートを担当してもらいました。本来ならあそこは博士、助手、キュルルで分担するはずだったので、博士、助手の有能シーンを削ることになってしまったことは、若干今でも後悔があります。

 しかし、ただの暴力のフレンズだった2人が、ここまで輝いてくれたことには、2人の可能性を見せてもらえた気がします。

 え? 1期補正があるならカピバラはどうなのかって? 

 すみません。カピバラは本気で存在を忘れていました(土下座)

 あと、湖畔に住んでそうな、おとなしめの動物が、意外と見つからなかったので仕方なく、という面もあります。いや、本当に。

 

 余談ですが、けもフレ3にてオルマーがアルマーに変わった裏話が公開されていますが、作者はあれは嫌いです。最初からオルマー統一でよかったように思えることと、後付け設定の匂いがしてたまらないからですね。

 

 

 

 ◾️その他の小ネタ・裏話

 

 5話の冒頭で語っていますが、実は5話は当初の予定では別のお話だったんですよね。本来ならば、カヤネズミをゲストにわちゃわちゃしてもらう予定でした。それが、4話であんな流れになってしまったせいで、丸々1話を作り直しという目に遭いました。5話がおうち要素が薄いのは、それが理由です。

 

 計画変更といえば、キュルルの目的も、最初はけもフレ2に倣っておうち探しをさせるつもりでした。しかし、それをさせるとキュルルがかばんちゃん追ってパークを出ちゃうなって予感がしたため、目的も急遽変更することになりました。そのため、旅での行動とキュルルの目的が若干一貫性がなくなっちゃったな、って気がします。物語序盤は、作者がかなりキャラの暴走に巻き込まれたため、コントロールするのがなかなかにたいへんでした(笑)

 

 感想の方では答えが出なかったため、9話におけるパスワードの暗号の答えを載せておきます。

 

 ヒントは前に話したようにナムロックが鍵となっています。ナムロック機能のあるキーボードには、数字キーではなく、通常の文字キーを数字キーに変えるものがあります。それに照らし合わせると、

 

 5102 6265

 IまもK OKOに

 

「今もここに」となります。ちょっと無理矢理すぎたかな? 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さてさて、けものフレンズ2リバースはこれにて完結となります。これからけものフレンズmaliceに着手しても良いのですが、12話を再び構成しなおすのが大変なこと、序盤の方はよくある原作再構成になってしまい、(主に作者が)面白くないこともあるので、着手しないorするにしてもかなり先になるかと思います。楽しみにしてくださっていた方々、本当に申し訳ないです。

 

 そして、けものフレンズ2リバースを応援してくださった方々、重ねてお礼申し上げます。

 本当にありがとうございました! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〜Cパート〜

 

 

 ピピッと腕につけたラッキーさんが発光した。

 

「ラッキーさん、どうしたんですか?」

 

「ガゾウガ テンソウサレタヨ。イマ ヒョウジ スルネ」

 

 いうがいなや、ラッキーさんは空中に画像を投影する。

 

 これは……

 

「ん〜、これはなんだ〜い?」

 

「アライさんにもよく見せるのだ!」

 

 それほど広くはない車内。突然現れた画像に大騒ぎになる。

 

 そこに写されていたのは一枚の絵だった。

 

 そこには見知ったフレンズさん、知らないフレンズさん、たくさんのフレンズさんが描かれている。

 

 そして、その中央で笑っているのは……

 

「かばんちゃん! これ、すっごいね!」

 

「うん。素敵な絵だね。サーバルちゃん」

 

 

 




これにてけものフレンズ2リバースは完全に完結です。今までご愛読いただき、本当にありがとうございました!
感想・評価の方よろしくお願いします!


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