このすば!ぐらんぱ! (星子)
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第一章 おじいちゃん最初の町へ
第一話 おじいちゃん、女神と出会う。


ーダスティネス邸 当主寝室ー

 

 この日、長年王家の懐刀として従えてきた大貴族の当主”ダスティネス・フォード・ヴァントゥス”が、ベッドの上で充実した生涯を終えようとしていた。

 穏やかな表情で辺りを見渡すヴァントゥスの周りには、専属のアークプリースト数人と彼の息子で現当主のイグニス、その妻のルーナが神妙な面持ちで事を見守っている。

 そんな少々重たい空気に思わず笑みを零したヴァントゥスは、力が入らなくなってきた腕を上げ、イグニスの名を呼ぶ。

 

「イグニス、当主とあろう者が…そんな顔をしてどうする。そんな様では愛すべき民を守れんぞ。…私は皆に支えられて十分に生きた…そんな顔で送り出されては逝くに逝けんではないか…。どうか笑って見送っておくれ。」

「…父上。」

 

 涙を堪え、無理に笑顔を作ろうとするイグニスの手を一撫でする。その顔にはダスティネス家当主としての威厳は無く、一人の父親としての表情しかなかった。そしてイグニスを下がらせ、彼の傍らで控えていたルーナを呼ぶ。

 

「お義父様…。」

「ルーナよ。イグニスは心配性が過ぎる所があるでな…。そなたが手綱を引き、どうか…夫婦で支え合って生きておくれ。」

「は、い…。」

 

 堪らず泣き出してしまったルーナの手を撫でると、彼女の膨らんだ腹部に目を移す。新たな生命を宿したその腹部を見ながら、ヴァントゥスは残り少ない言葉を紡いでゆく。

 

「泣く…なルーナよ。お腹の子…に障るであろう…。初孫を…拝めなかった…のは、残念でならんが…。これからも…ダスティネス家は…続いてゆく。これ…からは、エリス様の下で見守ると…しよう。」

 

 残り僅かと悟ったアークプリースト達は、エリス教の証を胸元で握りしめ静かに祈りを捧げる。イグニスとルーナは涙を流しながら不器用に笑い、精一杯送り出そうとしてくれる。そんな幸福な時間を味わいながら、ヴァントゥスは幸せそうに息を引き取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――ふと瞼に力が入るのを感じる。ゆっくりと瞼を開くと、眼の前には薄暗く霧に包まれた空間が広がっており、その空間に不釣り合いな純白の椅子と机が一組鎮座していた。

 

(ここは一体…)

 

 ヴァントゥス自身も簡素な椅子に座っており、席を立とうとする。しかし、なぜかその場から動いてはならないという感覚に陥り席を動けないでいると、眼前の純白の椅子の周りが眩い光を放ち始める。

 目を細めるヴァントゥス。そして眩い光が収まり目を開くと、先程まではこの場に居なかったはずの一人の美しい少女が純白の椅子に腰を掛けていた。

 驚きの余り無言になるヴァントゥスに少女は微笑みかけ、言葉を紡ぎ始める。

 

「私は女神エリス。ダスティネス・フォード・ヴァントゥスさん、貴方はその短き生を全うし、惜しまれつつも死後の世界へと導かれました。」

「貴女様が女神エリス様…なんとお美しい。…死後の世界、ここがそうなのですか?」

 

 ヴァントゥスの言葉に頷くエリスは、少々顔を赤らめながら小さな咳払いを一つすると、気を取り直して次の言葉を紡ぎ始める。

 

「こほん、貴方には2つの道が用意されています。一つはこのまま昇天され天国で穏やかに暮らす事。二つ目は、現在の記憶の一切を消去し、新たな生命として別世界に誕生する事。この場合は、ある程度の誕生条件は認められますので、ご希望があれば遠慮なくおっしゃって下さい。」

「ほう。2つとも好条件でございますな。これも生涯エリス様に従えてきた徳の為せる業ですかな!」

 

 快活に笑うヴァントゥス。そこでふとある考えが頭を過る。この考えを基準に道を選ぶのも悪くないと思ったからだ。

 

「エリス様。私の妻、テラはどの道を選んだのでしょうか?」

「ヴァントゥスさんの奥様ですか?奥様は天国への道を選ばれましたよ。今も穏やかに過ごされています。」

 

 その言葉を聞いたヴァントゥスは、安堵のため息と共に背もたれに身を預ける。生前の行いからして間違っても地獄には落ちていないと信じていたが、実際に聞くと安心感が湧いてくる。

 暫く余韻に浸ったヴァントゥスは、背もたれから身を起こし、自身のこれからの道をエリスに告げようとする。

 

「決まりましたエリス様。私は天国で妻と穏や――――」

「あ、あの!少々聞いてもらいたい事が!」

「!?は、はい!エリス様如何なされましたか?」

 

 意を決したように大声で話を遮ったエリス。突然の事に驚くヴァントゥスはエリスの話を聞く姿勢を取る。しかし、言い出し辛い事なのか、エリスは小声で何かを呟くばかりで一向に話が見えない。

 エリスの言葉を待つヴァントゥス。そんな彼を待たせている事に気付いたのか、エリスは意を決して言葉を発した。

 

「あ、あの!…貴方は生前の世界をどう思われていましたか?」

「……」

 

 ヴァントゥスは、エリスの唐突な質問に暫くの間思考が止まる。しかし真剣な様子のエリスを見て自身の考えを口にする。

 

「ふむ…そうですなぁ。死んでしまった今思うとすれば、色々な思い出の詰まった素晴らしい世界だったと思いますかな。はっはっは。」

「……日々悪魔共に脅かされる民が居た、あの世界でもですか?」

「っ!ううむ……。」

 

 生前を思い返し穏やかに笑うヴァントゥスだったが、エリスの一言に顔を顰めてしまう。彼は死して尚、民を守る大貴族、ダスティネス・フォード・ヴァントゥスなのだ。

 

「…意地悪な言い方でしたね。ごめんなさいヴァントゥスさん。貴方の信仰心を知った上での嫌な質問でした。」

「…エリス様が謝罪するような事では御座いません。いい事ばかりを思い出し語ってしまった私が悪いのです。はぁ、これではイグニスに笑われてしまうな。…話を戻しますが、エリス様が仰られた通り、生前の私は、悪魔共から民を十全に守れていたとは言い難いですな。しかし、何故そのような事をすでに死んだ身の私に問われたのですかな?」

 

 ヴァントゥスは素朴な疑問を投げかける。そんなヴァントゥスを正面から見据えたエリスは、真剣な表情をそのままに口を開いた。

 

「ヴァントゥスさん。貴方には天国でも別世界への転生でもない、三つ目の道を選んで頂きたいのです。」

「…ふむ。詳しくお聞かせ頂いてもいいですかな?」

「はい、実は――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――エリスが語る事情を頭の中で整理するヴァントゥス。

 まずここまでの二人の会話時間は、現世だと18年程時間が経っている事。そしてエリスの先達でアクシズ教の主神【女神アクア】が、ある若者の死後の選別中に思わぬ事故に見舞われ、先程二人して下界へ転送されてしまった事。普段の素行は良くないが若者の転生特典として転移してしまった為、こちらからでは連れ戻せず、余りにも不憫なのでアクアとその若者と一緒に魔王討伐を達成して、アクアを天界に帰還させて欲しいとの事だった。

 つまり先程、エリスが話を遮って提示した三つ目の道は、先達であるアクアを助けるための方便だったのだ。そう結論付けたヴァントゥスは思わず腹を抱えて笑い出す。

 

「はっはっはっはっは!エリス様もこういったお可愛い所があるのですな!」

「ヴァ!ヴァントゥスさん!?か、可愛いだなんて女神に対して不敬ですよ!私は真剣に頼んでいるのに!」

 

 恥ずかしさから顔を真赤にして抗議するエリスを見ると、年相応の少女にしか見えない。そんなエリスをひとしきり笑うと、徐に立ち上がりエリスの前に跪く。その騎士然とした行為にエリスは驚いている様子だが、ヴァントゥスは顔を上げエリスを見据えながら宣言する。

 

「我ら敬虔なるエリス教徒が主神、女神エリス様からの神勅、我が命に変えましても必ずや成し遂げてご覧にいれましょう。」

「ヴァントゥスさん…ありがとうござ…あ!ん、こほん!敬虔なるエリス教徒にして民の盾たる者、ダスティネス・フォード・ヴァントゥスよ。見事、神勅を果たしこの女神エリスにその信仰心を示しなさい。」

「ハハ!仰せのままに!」

 

 恭しく頭を下げるヴァントゥス。しかしその後エリスから具体的指示が一向に出されなかったため、疑問に思い顔を上げる。そこには恥ずかしさから俯き、頬を小さく掻くエリスがいた。

 

「あ、余り神託などを下す事がないので久々にやると…は、恥ずかしいですね。」

「ははは。やはりエリス様はお可愛い所が御座いますな。」

「!?も、もう!ヴァントゥスさんったら!」

 

 エリスに対しての信仰心は、誰よりも厚いと自負しているヴァントゥスであったが、実際に対面するとどうしても年相応の娘を相手にしているような気分になってしまい、再び現世へ転生するまでは偶像としてのエリスと、実際のエリスのギャップを楽しもうと思うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暫くして、エリスの羞恥心からくる怒りが収まったのを見計らい、今後の事を切り出すヴァントゥス。

 

「してエリス様。元の世界に転生するのは良いのですが、見ての通り私はこの老体。老いの概念が存在しない悪魔共には太刀打ちできませんぞ?」

「その辺りは心配しないで下さい。転送する際に、ヴァントゥスさんの肉体を全盛期まで巻き戻して送り出します。それと、急な転生案件だったので余り数は用意出来なかったのですが、いくつか転生特典を用意しました。この中から一つだけ選択する事が出来ます。」

「ほう。特典ですとな?」

 

 エリスから差し出された10枚程の羊皮紙を受け取り、内容を確認するヴァントゥス。その内容はどれ一つとってしても素晴らしいもので、この中から一つだけとなると中々に選び辛い内容ばかりだった。

 そして、最後の一枚を確認しその内容に目が留まる。

 

【女神エリスの使徒】

 

 名称からして惹かれるものがあったこの特典に、どの様な効果があるのかエリスに尋ねるヴァントゥス。尋ねられたエリスは微笑みながら切り出す。

 

「えと、それはですね。殆どヴァントゥスさん専用の特典みたいなものです。生前司祭クラスの信仰心を持ち続けたエリス教信者が祈りを捧げると、能力向上や状態異常への耐性を高めるなどの加護を受けられるのです。」

「ほほう。それは確かに私の為にある様な特典ですな。」

 

 自信満々に言葉にするヴァントゥスに小さく笑うエリス。そしてヴァントゥスは決意した表情でエリスに告げる。

 

「エリス様、私はこの特典を頂きたいと思います。」

「はい、分かりました。ではダスティネス・フォード・ヴァントゥスさん。貴方に女神の加護【女神エリスの使徒】を授けましょう。どうか、その信仰心をいつまでも忘れずにいて下さいね。」

「女神エリスの使徒として此度の神勅、必ずや達成へと導きましょう。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、遂に下界への転送の時が訪れようとしていた。エリスは最後に下界での注意事項を口にする。

 

「ヴァントゥスさん。下界での貴方の身分は一般市民となります。名前もそのままだと不都合があるので、簡易ですがこちらで改変した名前【ヴァン】と認識されるようにしています。そして件の二人ですが…。」

「…エリス様、どうかなさいましたかな?もしや、既に危機的状況に見舞われているのですか?」

 

それまで淡々と説明していたエリスが言い淀むのを見て、何か悪い事が起こったのではないかと心配するヴァントゥス。

エリスは頭を抱え口を開く。

 

「ハァ…現在は日銭を稼ぐ為に工事現場で働いています。…アクセル周辺は平和そのものですので仕方ないですが、アクア先輩が魔王討伐に向けて一向に動こうとしない上に、向こうの生活を楽しんでいるみたいで…。」

「ハハハ、そういう事でしたか。アクシズ教の教義には、その日その日を前向きに生きる為の教えがありますからな。主神たるアクア様自身がその様に生きるのは自然な事でしょう。」

 

 朗らかに笑うヴァントゥスをよそに深い溜息を吐くエリスは、気を取り直して話の続きを喋り始める。

 

「笑い事ではないのですけどね…。一旦この事は置いておきましょう。アクア先輩の特徴は美しい水色の髪ですのですぐに分かると思います。そして共に転生した若者の名は【サトウ・カズマ】さんといいます。165cmの中肉中背、短髪で年齢は17歳です。アクア先輩と同じく工事現場で働いています。転送後、冒険者登録を行い工事現場に足を運ぶと良いでしょう。それとこれは少ないですが支度金となります。」

 

 エリスが胸元辺りに手を掲げると、柔らかな光と共に掌を少しはみ出る程度の財布が現れる。

 

「冒険者登録料と一時的な生活費、武器や防具一式を揃える為に50万エリス入っています。有効に使って下さい。これ以降は冒険者稼業で稼いで下さいね。」

「お心遣い感謝致します。しかし冒険者稼業とは…、今から心が踊りますな!」

 

 新たな生活に夢を馳せるヴァントゥスに、エリスは意味深な笑みを浮かべる。

 

「ふふ。きっととっても楽しいですよ。…ではダスティネス・フォード・ヴァントゥスさん改め、ヴァンさん。貴方を下界へと転送致します。準備は宜しいですね?」

「勿論ですとも!」

 

 ヴァンの言葉を聞きエリスが指を弾き鳴らす。するとヴァンの周囲に青白い魔法陣が現れ、身体が浮き上がり始める。

 

(テラよ。お前とはもう暫く会えそうにない。が、必ずや会いに行こう。待っていてくれ。)

 

 

 

【エリス様からの神勅、立派にお果たし下さいまし。私は天国で貴方を待ち続けます。】

 

 

 

 

 頭に響く懐かしい声に驚くヴァン。エリスを見るとこちらを見上げ微笑みながらウィンクしていた。旅へと赴くヴァンへの最後の餞別として、粋な計らいをしてくれたのだろうと納得し微笑みを返す。

 徐々に眩い光に包まれていく。冒険者ヴァンは希望に溢れた表情で、2度目の世界へと転送されたのであった。

 

 

 

 



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第二話 おじいちゃん、少年と女神を助ける。

ー駆け出し冒険者の街 アクセルー

 

 

 暖かな風を頬に感じゆっくり目を開けるヴァン。周りにはレンガ造りの家が立ち並び、優しい川のせせらぎが耳に入ってくる。空を仰ぐと、青空を小鳥が優雅に舞っていた。

 

(本当に戻ってきたのだな…しかもおあつらえ向きにアクセルとは。)

 

 生前の風景と少しも変わらない、穏やかな町並みに思わず微笑むヴァン。そしてふと思い立ち自身の掌を見る。

 

(おお、若返っている!いくつの時分かは分からないが、相当若返ったに違いない!それと服まで。感謝致しますエリス様。)

 

 ついつい嬉しくなり、その場で自身の体を弄り始めるヴァン。そうして暫く体の調子を確認していると、ふと周りに視線を感じ顔を上げる。道行く住人が、身体を弄るヴァンを訝しげな目で見ていた。

 

「あ…あっはっは。皆気にしないでくれ。…おおっとそうだ!そこのお嬢さん、私は冒険者になりたいのだが、冒険者ギルドにはどう行けばいいのですかな?」

「あ、えっと…」

 

 誤魔化す様に捲し立ててきたヴァンに、詰め寄られた女性は一歩身を引いてしまう。慌てていたとはいえ、急に迫ってしまった事を後悔するヴァン。

 この後、落ち着いてギルドの場所を聞き直し、目的地へと向かう道すがら言い聞かせるように心の中で自分を戒める。

 

(いかんいかん。この街の大半の場所は知っておるのに、あの誤魔化し方はスマートではなかった。女神の使徒たる者、余裕を持って事に当たらねば。……ふむ。あの頃から増築したようだが門構えは昔のままだな。)

 

 気を引き締め直したヴァンの視界に入ってきた冒険者ギルドの組合旗。意を決して扉に手を掛けると、冒険者達が飲んでいるのだろうか、中の喧騒が耳に入り思わず笑みが溢れる。高ぶる高揚感を胸にヴァンはギルドの門を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ギルドに入ったヴァンは、微かな酒気を感じ左を見る。ギルド内に併設された酒場で、冒険者達が自身の武勇を語り合い笑い合っている。その光景を見ながら微笑んでいると、偶々目の前を通り過ぎようとしたウェイトレスを呼び止めた。

 

「ああ、済まないそこのお嬢さん。私は冒険者登録をしにきた者なのだが、受付窓口は右のあれで良かったかな?」

「はい!冒険者登録はあちらになります!」

「ありがとう。忙しい所呼び止めてしまって済まなかったね。これは心付けだと思って受け取っておくれ。」

 

 ヴァンは懐に忍ばせてあった1000エリスを取り出しウェイトレスに手渡す。

 

「…!?い、いいんですか?」

「ああ。私も冒険者になるからね。この酒場にも世話になるだろう。それはさっきの礼とお近付きの印だよ。」

 

 

 そう言いながら軽くウィンクをするヴァン。ウェイトレスは笑みを浮かべ小さく手を振ると、酒場の方が忙しいようで足早にこの場を後にした。

 手を振り返したヴァンは、登録窓口へと足を運ぶ。窓口の中には豊満な胸を扇情的な制服で包んだ女性が座っており、営業スマイルを振りまいていた。

 ヴァンは受付嬢に悟られない程のスピードでその豊満な胸を目測する。

 

(ほほう、これは…若い頃のテラ位あるか。)「済まないお嬢さん。私は名はヴァン。冒険者登録を行いたいのだが、受付をお願いしてもいいかな?」

「ご来店ありがとうございます。冒険者登録で御座いますね。それでは登録手数料として1000エリス頂きます。」

「ではお願いするよ。」

 

 受付嬢に1000エリスを渡すと、彼女は笑顔を携えたまま受付の奥へと姿を消した。ヴァンは思わず一息つく。どうやら生前、貴族仲間と鍛え上げた女性を不快にさせない視線術は衰えてはいなかったようだ。

 暫くその場で待っていると、受付嬢が大きな魔道具を手に戻ってきた。当時の物と少々形は違うが、それに見覚えのあったヴァンだったが、そんな事を知るはずもない受付嬢は丁寧に説明を始める。

 

「これは冒険者カードを制作する魔導具になります。人体から発せられる微弱な信号を摘出して、お客様の身体情報を数値化する事が出来ます。」

 

 そう説明しながら、ヴァンに一枚の手のひらサイズのカードを差し出す。このカードに各種パラメーター、職業、スキル項目、果てはモンスター討伐情報等が表示されるようになる、可視化魔法で加工された特殊なカードだ。

 

「まずはそのカードを魔導具の台にセットしてもらいまして、セット出来ましたら、次に魔導具上部の水晶に手を翳して下さい。その後は自動で各種パラメーターをカードに出力致します。」

 

 受付嬢の言う通りに魔導具の水晶に手を翳すと、魔導具が起動し淡い光が輝き始める。そしてヴァンの情報を数値化する為、水晶の周りに設置された計測器具が忙しなく動き、摘出された情報が魔力の雫となって魔導具下部の出力器に蓄積され、熱線の様に放たれる。

 

「ふむ、お嬢さん。こんな感じで宜しかったかな?」

「はい、問題ありません。後は冒険者カードが出来上がるまで暫くお待ち下さいね。」

 

 受付嬢の言いつけ通り暫く待っていると、カードに情報を刻んでいた熱線が止んだ。受付嬢がカードを手に情報を確認する。

 

「…筋力、器用度、敏捷性が平均値を上回っています。生命力、知力、魔力、幸運は平均値くらいですね。このパラメーターでしたらルーンナイト、ランサー、盗賊等に向いていますよ。ギルドとしてのお勧めはルーンナイトです。この職業限定のクエストも沢山ありますし。」

 

 そう伝えながらカードをヴァンに手渡す受付嬢。ヴァンはパラメーターの数値を見ながら自身がどのくらい全盛期に戻ったのか思案する。

 

(筋力、器用度、敏捷性が上回っている…か。昔のパラメーターをはっきり覚えている訳ではないが、この数値を見ていると、何故だか我武者羅に身体を鍛えていた事を思い出してしまう。……ああそうか、懐かしいな。社交界でテラと知り合った時の、確か25~6の頃の私か。)

 

 目を閉じ当時の事を思い出すヴァン。上流階級の出来事など上辺だけの些末な事が多く忘れがちだったが、共に魔王軍と戦った戦友、そして何より愛する女性との出会いを忘れる事はなかった。

 懐かしさから自然と笑みを浮かべるヴァン。そんな彼の表情を見た受付嬢は、パラメーターが思ってたよりも良く、その事に喜んでいるのだと勘違いをしていた。

 

「…おっと、待たせてしまって済まないねお嬢さん。なりたい職業が決まったよ。」

「はい。パラメーターも高いですしやはり引く手数多の…」

 

 受付嬢が会話を続けようとするのを手で止め、昔を思い出しながらヴァンは口を開く。

 

 

 

「私はランサーになる事にするよ。」

 

 

 

 そう言いながらヴァンは優しげな笑みを浮かべるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、勿体無いとルーンナイトを進められたヴァンだったが、丁重に断りを入れ武器を調達する為に武具屋へと向かう。長閑な町並みを堪能しながら歩いていると横目に見えたのはエリス教教会。ヴァンはふと足を止める。

 

(ふむ。私にはエリス様から直々に頂いた加護があるが、やはりエリス教の証がないと何とも締まらんな…)

 

 無いものを掴むように胸元に手を当てたヴァンは、武器を調達した後にエリス教の洗礼を受けようと思うのであった。

 そう決意した後、暫く歩みを進めていると武具屋の看板が見えてきた。特に気負いせず扉を開けると、鍛冶仕事で鍛え上げられた肉体が眩しい、肌の焼けた店主が威勢のいい声で出迎えてくれた。

 

「へいらっしゃい!ウチは色々揃ってるからゆっくり見ていきな!」

「ありがとう。そうさせてもらうよ。」

 

 軽く手を上げそう告げると、槍が立て掛けてあるスペースに足を運ぶ。色々揃っていると豪語するだけあって槍の種類も豊富だ。

 ヴァンは一つ一つ手に取り穂先の作りや柄を吟味していく。暫くそうしていると、それを眺めていた店主が声を掛けてきた。

 

「兄ちゃんランサーかい?どうよウチの武器は。この辺りじゃ一番を自負してんだけどよ。気に入ったものはあったかい?」

「ん?ああ、長々と済まないね。どれも作りが良くて迷っていた所だよ。…そうだ店主殿、私に合いそうな武器を見繕ってはくれないか?」

「あ?まあ別にいいけどよ。自分で選んだ方が手に馴染むんじゃねえか?」

「ふふ。ここに置いてある武器達はアクセル一なのだろう?だったらどれを使っても最高の戦果を上げられる。違うかな?」

「…けっ!言ってくれるじゃねえの。任せな!俺が直々によりすぐりを持ってきてやるぜ!」

「ああ、宜しく頼むよ。」

 

 決め倦ねていた武器選びを店主に任せ、ヴァンは防具選びに専念する事にした。そしてフルプレートメイルを目の前に顎に手を当て思案する。王国軍の槍兵は最前列で大盾を構え壁を作り、突き出した槍で敵を迎え撃つ戦法だったが、冒険者はそうは行かない。基本的に少数精鋭で行動する事を考えると重い装備は以ての外だった。

 ヴァンはフルプレートメイルの横に置いてある軽鎧に目を向ける。チェーンメイルに軽鎧が組み込まれており、動作を阻害せずに戦う事が出来そうだった。

 

「店主殿。防具はこれを頂いてもいいかな?」

「ああ?…おお、それな。分かった、後で採寸すっから待っててくれ。」

 

 防具も選び終え暫くの間店の中を見回っていると、どこからか金属同士が擦れる音が聞こえてきた。音の方に目をやると、店主がいくつかの槍を抱えカウンターに並べている最中だった。

 

「店主殿。よりすぐりは選んでもらえたかね?」

「おうよ!俺が作った槍ん中じゃこいつらが飛び抜けて出来が良い。信じてくれていいぜ!」

 

 満面の笑みでそう言う店主に、ヴァンは期待を膨らませる。そして件の槍達の中から一本を手に取りじっくりと眺め始める。

 ベルゼルグ領アクセルは、魔王軍という事柄から最もかけ離れた街、所謂辺境の街だ。しかし最もかけ離れた土地故に、魔王軍の侵攻を恐れた民草達が多く移住し、辺境の街とは思えない発展をしている。そして冒険者ギルドに至っても、この街を冒険者始まりの街と制定し、積極的に駆け出し冒険者への支援を行ってる。

 そしてそれに伴い武具屋が乱立し、安く質の悪い武具が駆け出し冒険者の手に渡り、十分に力を発揮できないまま、命を落としてしまう事も少なからずあった。

 ヴァンは軽装用のロングスピアの価格を見ながら、その価格に見合わない質の高さに驚く。決して駆け出し冒険者の手に届かない価格ではなく、それでいて素材に拘った一品に、思わず感嘆の息を漏らしてしまった。

 

「へへ、どうよ。駆け出しが買える武器にしちゃあ、上物だろ?」

「ああ、これは本当に素晴らしいね。穂先から石突きに至るまで、店主殿の拘りが感じられる。実に見事だ。」

「そうだろうそうだろう!昔の伝手で良い材料が比較的安く手に入るんだ。後は俺の腕でご覧の通り一級品の出来上がりってもんよ!…っと、それはそうとよ。兄ちゃんさっき軽鎧注文しただろ?てことは待ち構えて戦う戦法じゃないよな?」

「うむ、冒険者は軍隊じゃないからね。自分から攻めるくらいじゃないと意味が無いと思っているよ。」

「やっぱりか。だったらよ…」

 

 店主はよりすぐりの中からある一本を手に取りヴァンに渡す。それは一般的に総称される槍ではなく特殊な形状の斧槍だった。

 

「ふむ、斧槍か。確かにこれなら突き以外の攻撃でも使えるね。」

「だろ?兄ちゃんが軽鎧注文した時にピンときたんだ。こいつなら兄ちゃんの動きに付いて来れると思うぜ。」

 

 自信満々に親指を立てる店主。ヴァンは斧槍の作りに納得すると、店主にハルバードを渡し笑みを浮かべる。

 

「店主殿は商売上手だな。それに人を見る目もあるようだ。そんな店主殿に選んでもらったこの斧槍を買わない訳にはいくまい。これを頂こう。」

「へへ、毎度あり!軽鎧と斧槍合わせて8万エリスだ。」

「うむ。ではこれを…足りているとは思うがしっかり検めておくれ。」

 

 8万エリスを渡し金額が間違いない事を確認すると、すぐに軽鎧の採寸に入る。少々小さく作られていた軽鎧を調整する為、受け渡しは明日になるとの事だった。

 ヴァンはもののついでにと斧槍の柄に石突きの取り付けを依頼する。攻撃手段は多いに越した事はないだろうと、ふと閃いた案だったのだが店主は快く引き受けてくれた。

 そして採寸を終わらせ店主に一言礼を言うと武具屋を後にする。既に西日が眩しく輝いており、足早にエリス教会へと向かうヴァンであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日、宿で身なりを整えるヴァン。その胸には真新しいエリス教徒の証が輝いており、引き締まった気持ちのまま宿をあとにする。そして約束通り武具屋の前で開店を待っていると、開店準備に外に出てきた店主に、楽しみにし過ぎだと苦笑いをされた。

 そしてヴァンの為に調整された武具を着込み一言礼を言うと、意気揚々と武具屋を後にしようとする。

 

「頑張れよ。未来の勇者。」

「ああ。この店の武具を世界に轟かせてみせよう。」

 

 お互いに笑顔を交わし店を後にしたヴァンは、その足で工事現場へとやってきた。そして現場監督らしき筋骨隆々の男にサトウ・カズマとアクアの事を尋ねると、既にこの現場にはおらず冒険者としての生活を始めたとの事で、急いでギルドへと向かった。

 

「ルナ君!サトウ・カズマという少年と女g…アクアという女性がクエストを受けなかったかね?」

「あら、いらっしゃいませ。そのお二人ですか?…お二人でしたら一時間ほど前にジャイアントトードの討伐を受けて、既に出立されましたよ?」

「そうか、ありがとう!」

「あ!ちょっ!依頼地はアクセルの外れですからねえー!」

 

 焦った様にギルドを飛び出していったヴァンに、受付嬢ルナは二人の行き先を大声で叫び、走り去る姿を見送りながら首を傾げるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アクセル正門を抜け目的地まで走るヴァン。生前、身体が上手く動かなくなり始めた時期の悔しさは記憶に残っており、今の自由に動く身体に少なからず感動を覚えていた。 

 少しの間感動していたヴァンだったが、本来の目的を思い出し頭を振るう。そうして暫く走っていると、何処からともなく強大な神気がヴァンの身体を通り過ぎた。

 

(これは!エリス様とは性質が違うが、正しく神の力!)

 

 アクアが近いと悟ったヴァンは、小高い丘を駆け抜け眼の前の光景に息を呑んだ。

 

 

「ゴーーーッド!ブローーー!!!」

 

 

 そう叫びながら、一匹のジャイアントトードに果敢に立ち向かう少女。アルカンレティアで見た女神アクアの像と姿形が大分違うが、この世界では珍しい水色の髪は、正しく女神アクア足らしめる要素であった。

 そしてその傍らで、神の力に圧倒され立ち尽くしている見慣れない服を着た少年。エリスからの情報を照らし合わせても、彼がサトウ・カズマで間違いないようだ。

 再びアクアを見ると敵との距離はあと僅か。その間にも何やら叫んでいるが、その拳に纏った凄まじい神の力に敵は一撃の下に沈むだろう。そう安心しきって事の成り行きを見守る。しかしヴァンはふと思った。ジャイアントトードは打撃攻撃には強いのではなかったかと。

 そして神の力を纏った拳が、あらん限りの勢いでジャイアントトードに打ち込まれる。が、何事も無かった様に波紋を立てるジャイアントトードの腹、霧散する神の力、そして盛大に捻ってしまった手首。アクアの瞳から大粒の涙が溢れる。

 

「いったあぁーーーい!!!なあぁーんで効かないのよー!私女神なのにぃ!怒りと悲しみもちゃんと乗せたのにぃー!相手は死ぬのにぃー!」

 

 ヴァンとカズマが唖然としながら、草原をのたうち回るアクアを見つめていると、二人はジャイアントトードが動きだした事に気付いた。しかし数瞬の間気が抜けていたせいで間に合わない。その間にゆっくりとした動作で頭からアクアを咥えるジャイアントトード。

 焦ったカズマはアクアの名を叫びながら走り出す。しかし身体能力が低めなのか、あの速度では討伐は間に合っても、アクア自身の大惨事は免れそうにない。

 斧槍を構えるヴァン。そして心の中で槍スキルを発動させる。

 

(突撃!)

 

 【突撃】スキル発動後の方向転換は不可能だが、大地を踏み抜き、一歩目から最高速度で走り出せるランサーのスキルで、敏捷性が高い程その速度も変わる。 

 

 槍を構えたまま風の如く駆けるヴァン。アクアまでの最短距離はカズマの走っているルートなのでカズマに構わず横を通り過ぎる。

 

「ぶわあ!…あぁもう!次から次へと何だってんだよー!」

 

 ヴァンが通り過ぎた風圧でその場に転げてしまうカズマ。初日から散々な目に合う不条理に叫ばずにはいられなかったようだ。

 そんな彼に心の中で謝りながら斧槍を突き出したヴァン。槍先はジャイアントトードの腹に抵抗無く突き刺さる。その余りの衝撃にジャイアントトードは吐き気を催し、捕食中のアクアが太もも辺りまで姿を表した。

 すかさず斧槍を引き抜いて距離を取り、立て続けにスキルを発動する。

 

(頭蓋砕き!)

 

 【頭蓋砕き】元は戦士職で大槌を扱う者達のスキルであったが、斧槍が武器として認められた際に、同じ攻撃が可能という事で斧槍使いのランサーに追加されたスキル。元来のスキルより威力は劣るものの、穂先に付けられたピックにより威力を増幅させている。

 

 柄を回しピック部分をジャイアントトードに向ける。そして勢いをつけて飛び上がり、身体を軸に斧槍を一回転させ、その勢いのままジャイアントトードの頭に叩きつけた。

 枯れ枝を割るような音が聞こえた。どうやら頭蓋骨を叩き割れたようだ。斧槍を引き抜きその場に着地して様子を伺う。アクアは更に姿を表しており、今は腰の部分まで見えている。

 その後、少しの間痙攣していたジャイアントトードは、力無くその場に倒れ込んだ。そしてその勢いで吐き出された粘液塗れのアクアを見て、ヴァンはアクセル近郊の農場視察で、牛の出産に立ち会った事を思い出したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーい、あんたー!大丈夫かー!」

「…ん?ああ、私は問題無いよ。」

 

 覚束ない足取りでこちらに向かってくるカズマ。そんな彼に軽く手を上げると、二人で粘液塗れで蹲っているアクアを見下ろす。

 

「う、うっぐ…に゛、二度も穢ざれ゛だ…。女神な゛の゛に゛!わだじ女神な゛の゛に゛ーーー!!!」

「うお!こっち来んな!は、離れろ!くっつくんじゃねえ!おえ!くっさ!生臭っ!」

「なぁんで私がこんな目に合わなくっちゃいけないのよぉ!うわぁーん!」

 

 必死にしがみつき自身の不遇を訴えるアクアを、鼻を摘みながら引き剥がそうとするカズマ。その間ヴァンは二人との距離をそっと開け事の次第を見守る。

 

「ちょ!あんたも…って何で少し距離開けてんだよ!ああもう!見てないでこいつをどうにかしてくれ!くっそ!はな、離れろぉ!!!」

 

 全力でアクアを引き剥がそうとするカズマの服は色々な液体に塗れ、手を押し付けられたアクアの歪んだ顔も涙と鼻水と粘液に塗れ、流石に見ていられなかった。

 

「アクア様、これをお使い下さい。そしてどうか彼を離してやって下さい。」

 

 突然差し出されたハンカチに驚くアクア。そして粘液塗れの顔をハンカチで拭き取ると、未だ流れる涙を拭い口を開く。

 

「うっぐ…このひとはだれ?」

「はあ…この人は食べられそうになったアクアを助けてくれた人だよ。」

「ぐす…そうなの?」

 

 アクアが舌っ足らずな喋り方でそう聞いてくる。ヴァンはその事に頷くとアクアの前で跪いた。突然の行動に驚く二人を尻目に口を開く。

 

「私の名はヴァン。女神エリス様の神勅により、女神アクア様の天界帰還までの助力になるようにと、仰せつかりました。そちらのサトウ・カズマ少年共々、魔王討伐までの旅にお供致します。」

 

 

 

「「………へ?」」

 

 

 

 突然の宣言に、二人は呆けた顔をヴァンに向ける。そんな二人を見た本人は首を傾げるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アクセルへの帰路の途中、ヴァンとカズマはお互いの事を打ち明け合っていた。

 

「成る程。ヴァンはこの世界で寿命を迎えて、そのエリス様って女神に転生させてもらったのか。」

「そう、本来は妻の向かった天国に行きたいと願ったのだがね。エリス教徒の一人として、エリス様直々の頼みとあらば、拝命しない訳にはいかなかったのだよ。」

「ふ~ん…。」

 

 そう言いながら快活に笑うヴァンを見て、カズマは自分の置かれた境遇を恨み、前を歩くアクアを睨みながら唇を噛む。

 

(……くっそ羨ましい!方や転生特典有りで支度金付き?こちとら使えない女神と無一文だったんだぞ!あ~、あれもこれも全部アクアのせいだ…。あいつを女神と呼ぶのは金輪際止めよう。そうだ駄女神だ、駄女神で十分だ。)

 

 怨嗟の念をアクアに浴びせながらそう誓うカズマ。そんな事など知らないアクアは笑顔で振り向き、ヴァンに声を掛ける。

 

「ねえ、ヴァン。」

「はい、アクア様。どうかされましたかな?」

「えへへ、呼んでみただけ。」

 

 はにかみながら、再び前を向いて歩き始める上機嫌なアクアと、それを見て微笑むヴァン。その恋人のような応酬に、カズマはこめかみに青筋を立てる。

 

「こんの駄女神!様付けされて浮かれてんのなんてお見通しなんだよ!いい加減鬱陶しいわ!」

「な!?何よ突然!っていうか駄女神?!このアクア様に向かって駄女神ですって!訂正しなさいよカズマ!今すぐ訂正しなさいよぉ!」

「いーやーだーね!訂正してほしかったら、女神としてそれなりに振る舞いやがれってんだ!ヴァンからもこいつに言ってやってくれよ!」

「残念でしたー!ヴァンは私の味方ですぅ!という事でヴァン!一緒にカズマを懲らしめるわよ!」

「はっはっはっは!二人の相性は抜群みたいだ。」

 

 

 

「「んなわけあるかぁー!!!」」

 

 

 

 正門前で騒ぐ三人を夕日が照らす。ヴァンは傾いた夕日に目を細めながら思う。楽しい冒険になりそうだと。

 

 

 




天国にいるテラよ、穏やかに過ごしているだろうか?
再び現世に舞い戻った私は元気に過ごしているよ。
そうそう、サトウ・カズマ君とアクシズ教の女神アクア様にも無事会えたんだ。
しかし、エリス様の時も思ったがやはり女神というのは年相応の少j――――


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第三話 おじいちゃん、訳有り少女の愛を知る。

私の一万文字超に耐えられるかぁー!
ぺっ!(アクシズ教徒)な方は、星印から読むと、さっと読めます。



ー冒険者ギルドー

 

 カズマとアクアの二人は設置されたベンチに座り、クエスト掲示板を真剣に眺めていた。

 

「…来ないわね。」

「…なぁ。いくらなんでも募集条件が上級職だけってのは無理があるだろ。ちょっとは現実見ようぜ。」

「…何よ、美しく気高きアークプリーストのこの私が居るのに、これ以上の募集条件があると思ってる訳?」

「……思ってるよ駄女神。」

 

 カズマの一言に暫しの静寂が訪れる。そしてお互いの胸ぐらを掴み上げ、取っ組み合いの喧嘩が始まってしまった。

 突然暴れだした二人を止める為、ギルド職員数名が必死に止めに入ろうとする。しかしお互い、中々相手を離そうとせず止め倦ねていると、ギルドの扉が音を立てて開き、笑顔を携えたヴァンが入ってきた。

 

「ははは。外にまで中の喧騒が聞こえてきたよ。今日も何やら賑やかだね。」

「あ、ヴァンさん!どうかこの二人を止めて下さい!突然暴れだして困っているんです!」

 

 ルナが駆け寄ってきて、ほとほと困った表情をヴァンに向ける。ヴァンが件の二人に目を向けると、膠着状態に入っているのか両手をしっかりと組み合い、お互い一歩も引かない姿勢を取っていた。そんな二人がヴァンを確認すると、どちらからともなく喋りだした。

 

「ね、ねぇヴァン。貴方なら私の凄さ、分かっているわよね?女神たる私に相応しいのは、上級職の冒険者だって。決して高望みなんかじゃないって事、分かってくれるわよね?」

 

 力を入れカズマの腕を押し返すアクア。カズマは苦しげな表情で耐えながら鼻を鳴らす。

 

「…は、はん!その自己評価がおかしいっつってんだ、この駄女神が!ヴァン、お前も昨日見ただろ?こいつのへっぽこっぷりをさ!こんな猪女に付いてくる上級職のやつが居るかってんだ!…ふんぬぅ!」

 

 カズマが押し込まれた分を渾身の力を込めて押し返し、二人は元の均衡状態に戻ってしまった。ヴァンは何故二人がこの様な状況になってしまったのかを思い返す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ー前日の冒険者ギルドー

 

 ジャイアントトード討伐から一時撤退した三人は、銭湯で汗を流し酒場で夕食を取っていた。養食肉には無い、自然身溢れるカエル肉の食感に舌鼓を打っていると、アクアが思いついたかのように喋りだそうとする。

 

「んぐんぐ…あにょクエシュトにぇ、わはしちゃちには――」

「飲み込めぇ!飲み込んでから喋れ。」

「…アクア様。カズマ君の言う通り、少々お行儀が悪いようですな。」

 

 口一杯に食べ物を詰めたアクアは、口の中のものをクリムゾンビアで胃に流し込み、豪快に喉を鳴らすと人差し指を立て宣言した。

 

「このままじゃ、何時まで経っても魔王討伐の旅に出られないわ!仲間を募集しましょう!」

 

 カズマもクリムゾンビアを一口飲むと、困った表情で自分の考えを口にする。

 

「募集っていってもよ、もう既にヴァンが入ってくれたじゃないか。戦い方を見る限りめちゃくちゃ強そうだし、当分はこの面子で良いんじゃないか?」

「なあーに言ってんのよ!バランスよ!バランスの問題なのよ!ヴァンはランサーなのよ?後衛職が一人もいないじゃない。散々ゲームやってきたくせに、そんな事も分からないのこのヒキニート!」

「ヒキニートは余計だろ!てかそもそも、こんな駆け出しパーティーに入ってくれる奴が居るのかよ?」

 

 その言葉を聞いたアクアが急に立ち上がり、待ってましたと言わんばかりに笑みを作ると、自信満々に語りだした。

 

「馬鹿ねカズマ!あんたのパーティーにはこの私、最高のアークプリーストであるアクア様が居るのよ!募集をかけた瞬間、誰もが私の前に跪いて『アクア様のパーティーに是非私を!』って言うに違いないわ!さあ!そうと決まれば早速募集のチラシを書くわよ!ヴァン!貴方は誤字脱字の訂正をお願いね!」

「はっはっは。承りました、アクア様。」

 

 カズマは朗らかに笑うヴァンの肩を強引に引き寄せ、アクアに聞こえない声量で話し掛ける。

 

「なあヴァン。応募しただけで本当に人が来ると思うか?」

「…カズマ君の考えている事は分かるよ。何の功績も無いパーティーに、人が集まるとは思えないという事だろう?」

「正にその通りだよ。俺達が強くなったら相手の方からこっちに来る事くらい、あんたにだって分かってるだろ?それを分かってて、何でアクアを甘やかすような事するんだよ。」

 

 ヴァンは組まれた腕をそっと離すと、カズマの肩を叩きながらぽつりと語りだした。

 

「深くは語らないが、生前の私は余り自由が効かない身分だったのだ。それがエリス様の計らいで、今はこうして自由を謳歌している。再びこの地に降りたった時は、全てから開放された気分だったよ。」

 

 そして一生懸命募集チラシを書いているアクアに、慈愛に満ちた微笑みを向ける。

 

「…だからねカズマ君。今生の私は、命に関わる決断以外は、笑って見守ろうと心に決めたのだ。それに…」

 

 ヴァンは、次の言葉を紡ぐ前に、カズマに向けて悪戯っぽい笑顔を向けた。

 

「こういう行き当たりばったりな企画も、楽しそうだとは思わないかね?」

「…最後ので台無しになったよ!……ああ、もう!俺はい・や・な・のー!もっと堅実にい・き・た・い・のー!」

 

 ヴァンは、喚くカズマの肩を叩きながら快活に笑う。

 

「はっはっはっはっは!カズマ君!堅実なんて言葉、冒険者に一番似つかわしくないな!」

 

 

 

「うるさーーーい!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昨日の事を思い返してみても、アクアを甘やかし、カズマを半端に説得してしまった自分が、この喧嘩の発端ではないかと思い始めてきたヴァン。

 

「…済まないルナ君、迷惑を掛けたね。この喧嘩は私が原因みたいなものだったよ。ここは私が責任を持って仲裁しよう。」

 

 そう言って二人に歩み寄り咳払いを一つすると、まずはアクアに向けて語りかける。

 

「アクア様、宜しいのですかな?この様な些細な事で感情を顕にしていては、信者の皆に示しが付きませぬぞ。」

 

 その言葉に、はた、と冷静になるアクア。そしてカズマを追い詰めようとしていた力が弱まっていく。これを勝機と見たカズマが、一気に攻勢に出ようとするが、間を開けずに小声で囁いた。

 

「カズマ君。誰とは言わないが、君が女性に手を上げようとしている所、見られているよ。いいのかね?」

 

 カズマもぴたりと動きを止め、冷や汗を流しながら辺りを見回す。ルナ率いるギルド職員と酒場のウェイトレス達、果ては数名の女性冒険者が、総出でカズマに疑いの目を向けていた。

 二人は一度目を合わせ、場の雰囲気が悪くなっていると悟ると、何方からともなく手を離した。それを見ていたギルド職員一同は、その手際良さに思わず拍手を送るのだった。

 

 

 

 その後、ギルド内にいる人々に謝りながら、酒場の一席に腰を下ろした三人。

 

「二人共。今回の件は、年甲斐も無く浮かれてしまっていた、私に非があったようだ。済まないと思っている。」

「ちょちょ!暴れてたのは俺達なんだし、別に頭を下げなくてもいいって!」

「そ、そうよ!女神たる私ともあろう者が、あんな事で怒ってしまうなんて!それに今回は募集のチラシの出来が悪かったんだわ!うん、きっとそのせいよ!だからまた新しいの考えましょう!」

 

 お互いがお互いを許しあい、次はどうするべきかと頭を捻っていると、幼さを残しながらも自信に満ち溢れた声が聞こえてきた。

 

「募集の張り紙ぃ…、あ~、拝見させて頂きましたぁ。」

 

 その言葉を聞き、急いで声の主へと顔を向ける三人。その時の三人の顔は、あの出来の悪いチラシでよく声を掛ける気になったな、と言う驚きの顔だった。

 小柄な少女は帽子を深く被り、そんな三人を無視して語り始める。

 

「ふっふっふ…。あの張り紙は普通の者…いや、人間には気付けない、微弱な時の歪みが組み込まれていました…。この私以外には共鳴せず、解読するのは不可能だったでしょう。」

 

 そう言いながら纏ったマントをはためかせ、深く被った帽子を持ち上げ名乗りを上げた。

 

「我が名はめぐみん!!!最強のアークウィザードの力をこの身に宿し、万象を屠る最強魔法【爆裂魔法】に見初められし者!……ふふ、私は貴方達の様な者の出現を、心待ちにしていた。」

 

 少女は帽子を胸元に寄せ、女性であるにも関わらず、紳士然とした会釈をすると、顔を上げ意味深な笑みを浮かべた。

 

「「「………。」」」

 

 三人は無表情になりその場に固まる。そして徐に身を寄せ合い小声で会議を始めた。

 

「おいアクア。お前あのチラシに、と…時のなんちゃらってのを施したのか?」

「そんなの知らないわ。普通の紙に普通のペンで文字を書いただけよ。それはそうとあの子の瞳、多分紅魔族の子よ。」

「紅魔族?なんだそれ、魔族か何かか?」

「紅魔族とは高い魔力を持って生まれてくる、れっきとした人の一族だよ。その里の民達は、ほぼ全てがアークウィザードになれる素質を持っている。それとあの難解な言動だが、あれは紅魔族の特徴のようなものでね、出会った時の挨拶は、大体今のように行われるのだよ。」

「…ただの厨二病患者の集団じゃねえか。」

 

「お、おい!人の話はちゃんと聞いてもらおうか。」

 

 めぐみんと名乗った少女を放置して少しの間会議をしていた三人は、めぐみんの声に意識を戻す。そして慌てて取り繕うカズマは、少女に声を掛ける事にした。

 

「ああ…ええっと…”めぐみ”ちゃん、だっけ?俺達に何か用かな?今ちょおっと忙しいんだよね。」

「ふ…。人の事を無視して名前まで間違えるとは…。聞き取れなかったと言うなら、もう一度名乗らせてもらいましょう!我が名はめぐみん!何れ世界の理に到達し、その真理を究明するも・の!!!」

 

 と言いながら、両手を広げマントを翻し、目元を手で隠し指の隙間からこちらを覗き、意味深な笑みを浮かべた。

 

「……やっぱ馬鹿にしてんだろ。」

「ちっ!違わい!」

 

 いきなり素を出して抗議するめぐみんだったが、どうしてか足が覚束ない。それに気付いたヴァンは、めぐみんに向き直り事の次第を見守る。すると案の定めぐみんはヴァンに倒れかかり、ぐったりしてしまった。

 胸元の鎧を力無く掴み、呻き声を上げるめぐみんは、見るからにやつれていた。それを見たヴァンは一つの考えに行き当たる。

 

(もしや、まともに食事をしていないのか…?)「…ふむ、めぐみん君。私達はこれから昼食を頂こうかと思っていた所でね。これも何かの縁だ。一緒に食事でもどうかな?」

「……誘ってもらって有難うございます。しかし、現在私はお金を持っていませ――」

 

 ヴァンは残念そうにしているめぐみんの口に、そっと人差し指を当て言葉を遮る。

 

「めぐみん君、お誘いしたのは私の方だ。レディーに支払いを要求する訳がないだろう?」

 

 そう言いながらウィンクするヴァンに、涙や鼻水を流しながら頷くめぐみん。彼は泣き続ける彼女の顔を、ハンカチで優しく拭うのであった。

 

「…こういう所よ、カズマ。」

「…うるせえ。とっさに出来るヴァンがおかしいんだ。」(後でそれとなく教えてもらお。)

 

 

 

 

 

 

 

 

「凄いわカズマ!この子本当にアークウィザードよ!」

「マジかよ…。人は見かけによらないな。…あ!てめえ!しれっと人の肉取ってんじゃねえ!」

「…二人共、食事中は静かに。」

 

 四人は卓を囲み早めの昼食を取っている。めぐみんの冒険者カードを眺めながら、カズマの皿のものを奪うアクア。それを奪い返そうと躍起になるカズマ。そして騒がしい二人をやんわりと諌めるヴァン。めぐみんはそんな三人を見ながら思わず笑ってしまう。

 

「楽しそうだね、めぐみん君。元気になったようで何よりだよ。」

「ヴァン…本当に有難うございます。冗談抜きで、志半ばにして餓死する所でした。」

「なあに。あの募集を見て声を掛けてくれた事は、本当に縁だと思っているからね。これもエリス様のお導きと思って、手を差し伸べたまでだよ。」

 

 ヴァンはそう言いながら笑うと、互いの皿のものを奪い合っている二人に声を掛ける。

 

「二人共、そろそろ予定していた出発の時間なのだがね。暴れてないで早く食べてくれるかな?」

 

 ヴァンの威圧の籠もった一言に、大人しく食事に戻る二人。そんな三人を見ながら、めぐみんはまた一つ小さな笑みを零すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼過ぎにアクセルを出発し、昨日と同じ地域まで舞い戻ってきた四人。既に一匹地上に出てきており、急いで準備を整えると、先頭に立っていためぐみんが話し始めた。

 

「爆裂魔法は、現存する攻撃魔法の頂点に君臨する魔法。その分詠唱に時間が掛るので、それまでの時間稼ぎをお願いします。」

 

 めぐみんの言葉に無言で頷く三人。そしていざ駆け出さんと武器を構えると、遠くの小高い丘から、もう一匹のジャイアントトードが姿を表した。

 

「ちょ!カズマ!もう一匹出てきたわよ!どうするの!?」

「はあ?マジかよ!ん~…よし!めぐみんは遠い方のカエルを攻撃してくれ!俺とヴァンはもう一匹を仕留めてくる!」

「わ、私はどうすればいいの?!」

「お前はめぐみんの補助だ。一応元なんたらなんだから、それくらいは出来るだろ?頼むから今日くらい役に立ってくれ元な・ん・た・ら。」

「元って何よ!私は現在進行系で女神なんですけど!」

 

 まだ遠いとはいえ、ジャイアントトードが着実に迫る中、言い合いを始めてしまった二人を眺める。めぐみんは先程の会話の中に出た、女神という言葉に疑問符を浮かべる。

 

「ヴァン。先程彼女の言った女神とは何の事ですか?」

「ん?……う、うむ。あの方は、あぁ、そうだな…ある宗教の信者でね、大司教以外で唯一、神からの啓示を授けられる事を許された、徳の高いお方なのだよ。」

「成る程、アクアはそんなに凄い人だったんですね。」

 

 何とか誤魔化せたヴァンは思わず息を漏らす。が、その話が聞こえていたのか、アクアが鬼の形相でこちらに歩み寄ってきた。

 

「ちっがうでしょヴァン!何でそんな濁した言い方するのよ!正直に言ってよ!『この御方こそ、アクシズ教の御神体であらせられる、女神アクア様なのだよ』って!そう言ってよ!!!」

「ア、アクア様。そうは言われましてもな…。あ、あの、鎧が体中に当たって痛いので、余り身体を揺らさないで頂けますかな…。」

 

 目に涙を溜めながらそう訴えるアクアを、どうにか落ち着かせようとするヴァン。そんな二人を見ていためぐみんは、アクアにとどめを刺す一言を口走ってしまった。

 

「…あの、アクア。貴女が凄い人だというのは分かりましたが、流石に自分から女神を名乗るのは、どうかと…。紅魔族でもそれだけはやりませんよ?」

 

「うぅ…うっぐ…。なあんで誰も信用してくれないのよーーー!!!」

 

 とどめの一言に、遂に泣き出してしまったアクアは、拳を握りカズマとヴァンが対処するはずだったジャイアントトードに向かって、凄まじい速度で突進していった。

 

「あんの馬鹿!作戦が台無しじゃねえか!あ~…よし!悪いヴァン!俺じゃ追いつけないからアクアの事頼む!」

「あ、ああ。任せてくれ。」(この一瞬で的確に指示を出すとは。彼はもしや…。)

 

 そう考えながら、スキル【突撃】を発動させアクアを追いかけるヴァン。しかし、さすがは女神。力に制限を掛けられているとはいえ、その身体能力は凄まじく、スキルを使用したヴァンでも追いつけない程の速度だった。

 そうしている内に、前を走るアクアは、拳に神の力を纏わせジャイアントトードに接敵する。

 

「見てなさい!皆があっと驚く女神の力!今度こそ見せ付けてあげるわ!ゴーッド!レクイエーーーム!!!」

 

 神の力を纏った手を広げ、ジャイアントトードに飛びかかるアクア。その間にも何やら叫んでいたが、スキル発動中のヴァンには風を切る音しか聞こえなかった。

 そして、敵とアクアの手の距離も、残り僅かという所で、徐に口を開けたジャイアントトード。吸い込まれるように口に入るアクア、その口を閉じるジャイアントトード、口の隙間から頼りなく漏れる神の力。

 昨日と違う所と聞かれれば、咥えられたアクアが腰までと、若干被害が少なく済んでいる所だった。

 

(アクア様!今助けますぞ!…首折り!)

 

【首折り】斧を振り下ろす力を増幅させ、首を叩き折るスキルで、元は斧を操る戦士のスキルを、斧槍用に追加したもの。その威力は斧に比べて激減してしまうが、正しく内部構造を把握していれば、頚椎を損傷させる事も可能である。

 

 突撃の勢いのまま飛び上がり、アックスブレードでジャイアントトードのうなじを叩き切る。そして大きく痙攣しているジャイアントトードの上に乗り、もう一つのスキルを発動させる。

 

(肋砕き!)

 

【肋砕き】柄尻に組み込まれた、石突きによる打撃力を増幅させ、体内部を破壊するランサーのスキル。名称は肋骨を指しているが、打撃が有効なら、骨から内蔵に至るまで破壊する事が可能。

 

 先程切り開いたうなじに、石突きを叩きつける。その衝撃で思わず首が反り返るジャイアントトード。大きく口は開かれ、反り返った勢いで体外に放り出されたアクアは、力無く地面に叩きつけられた。

 敵が力尽きた事を確認したヴァンは、ぐったりとしたアクアを抱えると、カズマとめぐみんの心配をする。カズマが周りを警戒し、めぐみんが詠唱をしている最中であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「め、めぐみん、まだか?もう結構近付いてきてるんだけど…。」

「焦らせないで下さい。今、魔力を爆裂魔法に構築している所なんです。」

 

 地面に浮かび上がった魔法陣の上で、静かに目を瞑るめぐみん。暫くすると、地面の魔法陣がその難解な紋様を広げ、範囲を拡大させた。

 

「出来ました!それでは最後の詠唱に入ります!」

「おお!遂にか!!!」

 

 カズマは、今から繰り出されようとしている魔法の頂点、爆裂魔法【エクスプロージョン】に、多いに期待してしまう。

 

 めぐみんは杖を体の前に突き出し、静かに詠唱を始めた。

 

「我が内に宿りし破壊の魔力よ、今こそ!真の力を示す時!全てを見下す紅蓮の瞳で、怯える者を嘲笑え!頂きを犯そうとする愚者を、その滅殺の抱擁で抱きしめろ!」

 

 詠唱が進むに連れ、ジャイアントトードの上空に、大小様々な魔法陣が展開されていく。魔力は渦を成し大気を震わせ、展開された魔法陣へと収束していく。一瞬の静寂、めぐみんは杖を高々と掲げ、その真紅の瞳を怪しく光らせた。

 

 

「降臨せよ!エクス!プロージョン!!!」

 

 

 無音で降り注ぐ、光り輝く魔力の柱。次の瞬間、柱が突き刺さる地面を軸に、灼熱の爆炎が吹き上がった。

 

「う、うおぉーーー!!!すすす、すげえぇーーー!!!」

 

 爆裂魔法の熱風に耐えながら、カズマは心の底から感動し、未だ吹き上がる爆炎に目を輝かせた。そして爆炎が止むと爆心地に駆け寄り、その威力に二度目の感動を覚える。

 

「す、すげえ…、これが魔法かよ。正に異世界!これぞファンタジーって感じだな!…おーい、めぐみん!凄いじゃないか!こんなにすげえ魔法使えるんだったら、こっちからパー…ティー…にぃ……。」

 

 カズマは、興奮冷めやらぬ表情で振り返ったが、力無く倒れているめぐみんを見て、その表情を最後まで維持する事が出来なかった。

 訝しげな目で見つめるカズマに気付いたのか、めぐみんは力無く首をもたげる。

 

「ふへ…。言ったではないですか…爆裂魔法は最強魔法、と。威力が絶大な分、消費魔力もまた絶大なのです。…あの、もう身動きすら取れないので、街まで運んでぁ――」

 

 言い終わる前に桃色の何かに絡め取られ、そのまま攫われためぐみん。カズマは驚き、めぐみんが攫われた方向に目を向ける。そこには、伸ばした舌を器用に口に収め、そのままめぐみんの捕食に入るジャイアントトードの姿があった。

 

「な、何やってんだお前はー!そういう事は先に言えーーー!!!」

 

 カズマはジャイアントトードに飛び掛かり、剣でひたすら攻撃を与えていく。自身の力が低いせいで、また時間が掛るんだろうなと辟易していると、遠方からこちらを呼ぶ声が聞こえてきた。

 

「おーーい!カズマ君!今から私の斧槍をそいつに投げるから、一旦下がってはくれないかねーー?」

「?。お、おーー!分かったーー!」

 

 カズマはヴァンに言われた通り、一度距離を開け手を挙げる。その事を確認したヴァンは、斧槍を肩で構えると、突撃で走り出す。そしてその勢いのまま一度ステップを踏んで、ジャイアントトードめがけ、力一杯斧槍を振り投げた。ランサーのスキル【投擲】である。

 風を切る斧槍は、カズマの前を高速で過ぎ去ると、ジャイアントトードの腹部に突き刺さる。そして斧槍の突き刺さった勢いで、ジャイアントトードは仰向けに倒れた。

 

「……。」

「カズマ君!おそらく、そいつはまだ息がある!私は置いてきたアクア様を回収しないといけないのでね!とどめは任せたよ!」

 

 そう言いって手を挙げながら、アクアの下へ走り去っていくヴァン。カズマは無言で手を挙げると、ジャイアントトードの下へ歩み寄り、注意深く観察する。胸を張るような姿勢になっており、心臓の脈動が手に取るように分かる。心臓の鼓動は弱く、特に何もしなくても力尽きそうだったが、カズマはそっと心臓に剣を突き立てて、ジャイアントトードにとどめを刺した。

 

 その後、めぐみんを引きずり出しながら、晴れ渡った空を見上げる。まだまだ日は昇っており、初秋の爽やかな風が、心の汚れを洗い流してくれる様だ。カズマは自然と穏やかな笑みを作り、アクアを抱え、こちらに向かってくるヴァンを見ながらこう思った。

 

 

 

(もう、あいつだけで良いんじゃないかな…。)

 

 

 

 こうして、カズマ一行の初クエスト、ジャイアントトード討伐は幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、アクセルに帰ってきた四人は、大衆浴場までの道のりを歩いていた。カズマに抱えられためぐみんは、会話が出来るくらいまで回復しており、カズマは今後の事について、めぐみんに話し始める。

 

「めぐみん。爆裂魔法は緊急時以外、使用禁止な。…まあ、あの威力だったからな。他の魔法も期待してるよ。」

 

 粘液でずり落ちそうになっためぐみんを抱え直し、カズマはそう淡々と口にする。しかしめぐみんの雰囲気は何処か暗く、一向に返事が帰ってこない。カズマは疑問に思いめぐみんの方に顔を向ける。

 

「おい、どうしたんだよ?返事くらいしてくれよ。」

「その……使えません。」

「…は?」

「だから使えないんです。…爆裂魔法以外。」

 

「……はあああ?」

 

 カズマは驚きの余り、その場に立ち止まって大声を挙げてしまう。後ろを歩いていたヴァンとアクアも、その声に何事かと駆け寄ってきた。

 

「何々?いきなり大声出してどうしたのよ?周りの人もびっくりしてるじゃない。」

「い、いやこいつが!爆裂魔法以外使えないとか言い出して!」

「……。」

「え…?貴女、アークウィザードなんでしょ?それなのに何で…」

 

 流石のアクアも、爆裂魔法以外の魔法を覚えていないという奇特なめぐみんに、一歩引いてしまった。ヴァンは雰囲気が重くなった三人を見ながら、顎を指で擦り口を開いた。

 

「ふむ。何かあるとは思っておったが、まさかそういう事だったとは…」

「ど、どういう事だよ?……あ、こいつが腹減ってたのって!」

「うむ。めぐみん君の偏ったスキルが原因だろうね。そのせいで、今まで碌にパーティーを組めず、今回募集を掛けていた私達に、声を掛けたのだろう。」

 

 カズマは、落ち込んでいるめぐみんを一目見ると、彼女の処遇をどうするべきか考え始める。

 

(…多分、いや間違いなく、今も俺とアクアだけだったら、無理矢理にでも引き剥がして、今後一切関わらないようにしているな。うん、それは間違いない。俺達だって生活があるし。けど今はヴァンが居る。まだ出会って2日だけど、こいつには助けられてばっかりだ。戦力としては今の所、全く問題無い。うん、これも間違いない。そんな今の俺達にめぐみんは必要か?………んああ!こいつが日に日に痩せ細っていくと思うと、俺の少ない良心が痛む!けど、狭い所とかじゃ、間違いなく使えない子だし!毎回毎回抱えて帰るとか、怠すぎてやってられないし!)

 

 頭を掻きながら、ああでもないこうでもないと唸るカズマ。アクアはどうすればいいのか分からず、おろおろしている。そんな二人を尻目に、ヴァンはめぐみんを見ながら、爆裂魔法の事について考えていた。

 

(ふむ。爆裂魔法しか使えないのは些か…いや、非常に厄介だな。しかし折角出会ったのだ、何とかしてやりたいものだが。うーむ……爆裂魔法だけで、遠方の紅魔の里からアクセルまで来たのだ、その執着心たるや凄まじいはず。今更、他の上級魔法を覚えるとは思えん。爆裂魔法…爆裂魔法……。そうだ!)

 

 ヴァンは何かを思い出したのか、明るい表情になる。そして、カズマの背中で、暗い覚悟を決めためぐみんに歩み寄った。

 

「あ、あの!やっぱりご迷わk――」

「おっと、その先は少し待ってくれるかな?…めぐみん君。君は、爆裂魔法は好きかね?」

「…は、はい。爆裂魔法と心中出来ると言っても、過言ではありません。」

「ふふ、そうかそうか。…知っての通り、私達は駆け出しパーティーでね。正直に言ってしまうと、自分達の事で精一杯なのだ。そんな状況で、エクスプロージョンしか使えないアークウィザードを、仲間に入れる価値は無い。ここまでは分かるね?」

「う…う。ぐす…うっぐ…はい…。」

「お、おい!ヴァン!いくらなんでも言い方があるだろ!」

「そ、そうよヴァン!いつもの紳士な貴方はどうしちゃったの!?」

 

 自分でも分かっている事を、他人に改めて突きつけられて、思わず泣き出してしまうめぐみん。カズマとアクアは、ヴァンのらしくない言葉に、怒りを顕にしてしまう。そんな二人を手で遮ったヴァンは、未だ怒るカズマに一声掛けた。

 

「カズマ君。めぐみん君の処遇は、私に任せてもらえんかな?なに、決して悪いようにはしないよ。それは誓おう。」

「お…おう。」

 

 ヴァンの言動に戸惑ってしまったカズマは、思わず頷いてしまう。ヴァンは、泣き続けるめぐみんの頭を撫でると、続きを話しだした。

 

「めぐみん君。こんな駆け出しパーティーに、居続けたいと思うかい?」

「は…い。…皆さんと…一緒に…居たいです。」

「…分かった。では、君にはある魔法を習得してもらおうと思う。これが条件だ。」

 

 めぐみんはその言葉に驚いてしまった。この会話で、自分の爆裂魔法に対する気持ちは、間違い無く伝わっていると思ったからだ。

 驚愕の表情を浮かべるめぐみんに、ヴァンはウィンクをする。

 

「めぐみん君、心配しないでおくれ。君が上級魔法を覚えたくないのは重々承知だよ。君に覚えてもらうのは、【爆裂魔法】だ。」

 

 

「「「 !? 」」」

 

 

 三人が驚く中、ヴァンは少し距離を取ると、件の説明を始める。

 

「めぐみん君。君は若いから知らないと思うが、爆裂魔法は複数存在する。とはいっても、発動の仕方の違いなのだがね。」

「発動の仕方…。」

「そう。随分昔に行われた、大規模な悪魔殲滅作戦の折に、あるアークウィザードの娘が使った、爆裂魔法の亜種だ。触れたものを塵も残さず大爆散させる無属性魔法。その名も【エクスプロージョン・レイ】」

「エ、エクスプロージョン…レイ。」

 

 その名を聞いためぐみんは目を輝かせ、カズマの背中で続きを急かすように上下する。カズマは暴れるめぐみんに辟易し、近くにあったベンチに降ろした。

 

「その時彼女は言っていたそうだ。この私が、一々ゴミ虫を相手にする訳ないじゃない。マナタイトも安くないし、面倒だから超広範囲を薙ぎ払えるようにした。とね。」

「す、凄いです!そんなアークウィザードが居るなんて!」

 

 はしゃぐめぐみんに、気分を良くしたヴァンは、悠々と話の続きを聞かせる。その光景を見ていたカズマとアクアは、二人してこう思った。昔話をする好々爺と、それを聞く孫娘だと。

 そして、暫くの間語り聞かせていたヴァンは、本来の目的を思い出し、はっとする。

 

「おっと、私とした事が、少々饒舌になってしまっていた。…要するにだ、このエクスプロージョン・レイの出力を落とし、最終的に通常戦闘でも使えるようになってもらうのが、パーティー加入の条件と言う訳だよ。どうだい?出来るかい?」

 

 そう言って微笑みかけるヴァン。当のめぐみんは、新たな爆裂魔法の可能性に、瞳を怪しく光らせた。

 

「…ふっふっふ。ヴァン。我を余り見くびらないでもらいましょう。我は紅魔族随一の魔法使い!めぐみん!この程度の試練!直ぐに乗り越えてみせましょう!ぬぁーっはっはっは!」

 

 高笑いをするめぐみんを見ながら、満足したように頷くヴァン。アクアも、暗い雰囲気が収まった事に安心し、満面の笑みでめぐみんを見つめる。そんな三人を見て、カズマも気が抜けたように笑みを零した。

 

 夕日に照らされ、物理的に輝く四人は、足並みを揃えて歩き出す。向かう先は大衆浴場だ。心を通わせた四人は既に以心伝心の仲間、そんな仲間達は同じ事を思う。【生臭い】と。

 

 

 

 こうして、三人に新たな仲間、紅魔族随一の魔法使いを名乗る、めぐみんが加入する事となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 月が顔を覗かせ始める少し前、仲良く大衆浴場に向かう四人を、じっと見つめ続ける怪しげな影。その血走った瞳に映るのは、沈む夕日に照らされた四人の絆か、それとも…

 

 




天国のテラへ。

この地に降り立って2日が経ったよ。
そうそう。今日は新たに、紅魔族の娘さんが仲間に加わってね。爆裂魔法だけしか覚えないという尖った少女だったよ。
昔出会った彼女もそうだったが、やはり紅魔一族の人間は面しr――――


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第四話 おじいちゃん、荒ぶる騎士に翻弄される。

今回も長いので、気が向いた時にちょっとずつ読んで頂ければと思います。


ーアクセルの宿屋ー

 

 「くぁ…はあ。」

 

 朝日が登る前に目を覚ましたヴァン。若い身体ではあるが元は老人だった為、自然とこのような時間に起きてしまうのだ。

 

(…自由を謳歌しようと決意したつもりだったが、完全な自由というのは、存外手に余るものだな。)

 

 ヴァンは一先ず服を着替え、散歩にでも行こうかと考えていると、ふと、添え付けの机に置いてある物を見る。昨日、大衆浴場からギルドに向かう際、暇つぶしになるかと思い購入した、この世界で親しまれているボードゲームだった。

 

(…カズマ君達が来るまで何の道暇なのだ。ギルドでゲームに興じるのも一考か。)

 

 そうと決まればと、ヴァンは武具を着込みボードゲームを手に宿を後にした。

 

 

 

 ギルドに行く道すがら、顔見知りの住民に挨拶を交わしていく。そしてギルドももう間近という所で、一人の少女が目に入った。

 その少女はギルドの扉をじっと眺めており、はたから見ると不審者のそれだ。ヴァンは少女に近付き声を掛けた。

 

「やあ、おはようお嬢さん。こんな朝早くギルドの前でどうしたのかな?」

「え?……!?、あ、あの!私冒険者で!って、違う!名前はゆんゆんです!冒険者で、ギルドが開くのを、その、待っているんです!!!」

 

 早朝の街に響き渡るゆんゆんの声。矢継ぎ早に喋ったせいか、彼女の息は荒い。ヴァンはそんな彼女に驚くが、気を取り直して微笑み掛ける。

 

「おお、そうかそうか。ゆんゆん、という名前なんだね?こちらも紹介させてもらおう。私の名はヴァン。同じく冒険者を生業としている者だよ。宜しく、ゆんゆん君。」

 

 ヴァンが握手を求めると、おずおずと握り返すゆんゆん。その瞳には困惑の色が見える。

 

「あ、あの。私の名前、変に思わないんですか…?」

「ん?愛嬌があって可愛らしい名前だと思うがね?」

 

 ヴァンは、ゆんゆんに目線を合わせて微笑む。彼女はそんなヴァンの視線に恥ずかしくなったのか、顔を紅潮させ俯いてしまった。

 恥ずかしさで俯いたままのゆんゆんの目に、ヴァンが持つ折り畳まれたボードゲームが映る。彼女は顔を上げると、遠慮気味に口を開いた。

 

「あ、あの…。ボードゲーム、お好きなんですか?」

「ああ。昔から暇が出来た時は打っていたね。ゆんゆん君も好きなのかい?」

 

 そう問いかけると、興奮したように頷くゆんゆん。そして、今か今かと次の言葉を待つ彼女に、ヴァンは笑みを零しながら口を開いた。

 

「丁度良かった。私も相手を探していた所だったのでね。ゆんゆん君さえ良ければ、一局お手合わせ願えないかな?」

「は、はい!喜んで!!!」

 

 嬉しそうに笑うゆんゆんを見ながら微笑んでいると、ギルドの扉が徐に開く。奥から顔を出したのは、開店準備中のルナであった。ルナはこちらに気づくと、微笑みながら話しかけくる。

 

「あら?お二人ともお早うございます。ゆんゆんさんは今日も早いですね。それにヴァンさんと一緒にいるなんて。一体どうされたんですか?」

「お、お早うございます!ヴァ!ヴァンさんとはさっきお、おお友達になって!これから一緒にボードゲームをやるんです!!!」

「お早うルナ君。ゆんゆん君の言う通りでね、お互いボードゲーム好きという事で意気投合したのだ。ルナ君、開店準備中申し訳無いのだが、ゲームを打つ席を一つ、貸してもらえないかな?」

 

 ルナは興奮しているゆんゆんを見つめる。彼女は、ゆんゆんを取り巻く生活環境を生で見続けてきた。

 ある時は、言葉巧みに騙されそうになるのを阻止し。

 またある時は、臨時パーティーのお礼にと、報酬の大半を使った贈り物の相談され、それを阻止し。

 …等々、日に日に我が子の一挙手一投足を案じる、母親の様な気持ちにさせられていた。

 

「あの、ヴァンさん。他意は…無いですよね?」

「?。ああ。ボードゲームを打つだけだよ?ルナ君が心配する事でもあるまい?」

 

 ヴァンは、そんな彼女の心境や、ゆんゆんの生活環境など露程も知らない。従って、思った事を素直に口にする事しか出来なかった。

 そしてルナは開店準備中にも関わらず、酒場の一席を貸してくれた。…のだが、何故か箒を持ったまま、こちらをじっと見てくる。気にしてはゲームが始められないと、ヴァンは気を取り直してゆんゆんとの対局に臨んだ。

 

 

 

「はい、王手だよ。」

「え!?えー!なんで!?今度はしっかり王様守ってたのに!…ああん!ヴァンさん!もう一戦!もう一戦だけ!」

「ははは!いいとも、何戦でも――」

 

 それから約一時間後。ヴァンはこの一局で、早くも三連勝目を飾った。ゆんゆんの駒の進め方は独特で、守るべき王様も含め、ある程度纏めて動かす癖があったのだ。何故この様な動かし方をするのか。と聞くと、一人じゃ寂しいじゃないですか。と、初心者でも言わない台詞が飛び出し、ヴァンを大いに驚愕させた。

 

 

 

「ゆんゆんさーん?臨時パーティーの方がお見えになりましたよー。」

 

 

 

 一度負けてあげようと思い始めた四戦目。唐突に、ゆんゆんを呼ぶ声が聞こえてきた。臨時パーティーの募集をしていたゆんゆんは、その事をすっかり忘れていたのか、はっとした顔で受付窓口に顔を向ける。そこには四人組のパーティーが待っており、ゆんゆんに向かって手を振っていた。

 

「ご、ごめんなさい…。クエストに行かなくちゃ…。」

「ん、そうなのかい?中々に面白いゲームだったのだが…、長く引き止めても相手に悪いね。今日の対局はこれで終わりにしよう。」

「ほ、本当にごめんなさい!この埋め合わせは、必ずするから!」

「埋め合わせ?……成る程。ゆんゆん君。そんな大仰に考えなくてもいいのだよ。次も気軽にボードゲームを楽しもうじゃないか。ゆんゆん君の挑戦、何時でも待っているよ。」

「!。ぜ、絶対だからね!次は負けないんだから!」

 

 そう言いながら、パーティーメンバーが待つ方に駆けていくゆんゆん。そして一通りの予定を決め、彼女を除く正規パーティーの面々は扉を潜り出発する。最後まで残ったゆんゆんは、ヴァンに小さく手を振ると、急いでパーティーの後を追うのであった。

 

「…いやはや、何とも危なっかしい子だね。そう思わないかい?ルナ君。」

「あ、あはは。気付いてらしたんですね。その、監視するような真似をして、申し訳ありませんでした…。」

「なに、幼気な女性冒険者の味方をするのも、ギルド職員の役目。君は職務を全うしていると思うよ。」

 

 

 

 

 

 ゆんゆんが去った後、ヴァンは閑散としたギルド内でルナと雑談に興じていた。そして暫く話し込んでいると、冒険者の笑い声でギルド内が賑わい始めてきた。

 

「…そろそろ忙しくなってきましたね。ヴァンさん、楽しいお話有難うございました。機会があればまた是非。」

「ああ、私も楽しかったよ。次の機会のために別のネタを仕入れておくよ。」

 

 互いに微笑み合い、ルナは足早に受付へと入っていく。そこに、朝食の注文を終えたカズマとめぐみんが、挨拶と共に声を掛けてきた。

 

「何さっきの?ルナさんと仲良くなったのか?」

「いやいや、そうではないよ。少し相談を受けてね。私なりに助言していたのだ。」

「その相談とは何だったのですか?」

「彼女自身の問題だからね。誰しも、人に知られたくない事の一つや二つあるだろう?」

「確かに。……っは!。我の身体に刻印されし紋章の場所は、力無き者が知ると、その者に災いが起こりますから、ね!」

「……はいはい、めぐみんかっこいい。」

「んな!」

 

 めぐみんは、即興で思いついた渾身の決め台詞を聞き流され、カズマの肩を揺らす。カズマはめぐみんの嫌がらせもどこ吹く風で、自身の冒険者カードを眺めはじめた。

 

「おいめぐみん揺らすな~…なあ、ヴァ…めぐみん止めろ~……しつこい止めろ!」

「ふん!私のかっこいい台詞を聞き流すからです!」

「こ、こんの…。面倒臭え。」

「ははは。二人共、今日も元気そうだね。それはそうとカズマ君、スキルポイントが溜まっているようだが、君はスキルを覚えようとは思わないのかな?」

「スキル?…ああ!そうそう!この謎の数字の所だろ?ルナさんも言ってたんだけどさ、どうにも使い方が分からないんだよ。」

 

 カズマは、カードの裏表を交互に見ながら、首を傾げて難しい顔をする。そんなカズマに、配膳された朝食を食べていためぐみんが、口を開いた。

 

「…んく。冒険者は、誰かにスキルを教われば、スキル項目に表示されますよ。」

「うむ。専門職よりポイントの消費が高く、その効果も低いという欠点があるがね。」

「へえ~。ヴァンの【投擲】や、めぐみんの【爆裂魔法】なんかも覚えらるわけだ。」

「そういう事だn――」

「そうですカズマ!そうなんですよ!!!何ですか?何ですか?覚えたいんですか?ん~仕方ありませんねえ。カズマがそこまで言うのなら教えてあげましょう!そして共に、爆裂魔法の全てを解明しようではありませんか!!!」

 

 机を跨ぎ、カズマの肩を力強く掴むめぐみん。はたから見れば、後少しで鼻先同士が触れる嬉しい状況なのだろうが、カズマの好みは色香漂うお姉さんなのだ。

 カズマは、めぐみんの服の隙間から覗く、全く興奮しないチラリズムにがっかりしながら、溜息とともに彼女を押し退けた。

 

「はあ…。落ち着けロリっ子。ヴァンが凄い目で見てるぞ。」

「ロ、ロリっk!?……す、済みません。興奮していました。」

 

 ヴァンに睨まれ、少しずつ食事を再開しためぐみん。カズマはそんな二人をよそに食事を取りつつ、スキル取得をどうするか考えていた。

 そんなカズマに、おずおずとした少女の声が聞こえてきた。

 

「あ、あの~。あんた達、ちょっといい?」

「?。えっと、どちら様ですか?」

「わ、私はクリス。そんで後ろの子は……ダクネスね。スキルの話が聞こえてさ、盗賊系のスキルなんてどうかな~なんて…。」

「盗賊系のスキル?ヴァン、盗賊スキルってどんななんだ?」

「ふむ…。戦場では索敵や諜報、敵の捕縛などに特化したスキルだったね。ダンジョンでは、罠やアイテムの感知も出来るから、探索には重宝される職と聞くよ。」

「へえ、便利そうじゃん…。よし!クリスさん、でしたっけ?俺の名前はカズマ!俺にスキルを教えてもらえませんか?」

「う、うん!教える教える!何ならタダで教えるからさ、早く!早く外に出よう!!!」

 

 クリスは何故か急かすように外に出ようとする。三人はそんな状況が理解出来ず首を傾げていると、クリスの後ろで黙っていたダクネスが、慌ててクリスを引き止めた。

 

「お、おいクリス!話が違うではないか!私がパーティー加入の話を切り出すまで、この人達との会話を繋いでくれる手筈だっただろう!?」

「うぇ?!…あ、あはは。私そんな事、言ったっけ?」

 

 ダクネスは、惚けようとするクリスを睨みつける。苦笑いで何とか誤魔化そうとするが、怒った彼女には通用しないようだ。クリスは観念したように肩を落とす。

 その際、ヴァンは肩を落としたクリスと目があった。その表情は後ろめたさで満たされており、状況を理解出来ない彼を、更に悩ます事となった。

 

「はあ、分かったよ。後で取り持ってあげるから…。今はカズマにスキルを教えるから、一旦外に出るよ。あ、カズマ。スキル一個に付きクリムゾンビア一杯ね。」

「はあ!?タダじゃなかったのかよ?!」

 

 そんなやり取りをしながら外に出ていった三人。ヴァンとめぐみんが唖然としていると、今まで何処に行っていたのか、頭にコップを載せたアクアが器用に走り寄ってきた。

 

「何々?私の宴会芸スキルも見ないで騒いでたけど、一体どうしたの?」

「これはこれはアクア様。いや、妙な少女に話し掛けられましてな…。つい今しがた盗賊スキルを教えるために、カズマ君と一緒に外へ出ていったのです。…………アクア様?宴会芸スキルとは?」

 

 アクアは宴会芸スキルと聞いて、二人から距離を取ると、二本の扇子を広げ高らかに叫んだ――

 

 

 

 

「きゃーーー!!!パンツ返してーーー!!!」

 

 

 

 ギルドから少し離れた路地裏で、聞き捨てならない叫びが響き渡った。

 羞恥に顔を歪め、内股になり股間を押さえたカズマの悲痛な叫びだった。

 

「ぎゃーーー!!!ばっちいーーー!!!」

「ばば、ばっちいとはなんだあ!訂正しろ!って放り投げんなー!」

 

 カズマのパンツが、宙を舞う事になってしまった経緯はこうだ。

 スキル【敵感知】【潜伏】を習得したカズマは、クリスに最後のスキルを教わろうとしていた。

 窃盗スキル【スティール】。使用者の幸運値次第で、奪い取れるものや確立などが変動する、盗賊の代名詞とも言えるスキルだ。

 クリスは自信有りげにスキルを発動する。一瞬の閃光を経て成功した事を確信したクリスは、自身の手の中に有るであろう、妙な温もりを持ったカズマの財布を、ひけらかそうとする。

 しかし、手に固く握られていたのは、嫌な温もりで湿った使い古しのパンツだったのだ。

 

「うえ~んダクネス~、手が気持ち悪いよう~。」

「お、おいクリス止めてくれ。…んん!そんな汚らわしい物を触った手で…っあ!私にさ、触りゅな!

 

 クリスは彼女に縋り付き、重鎧にパンツを触った感触を擦り付け、この感触を忘れようとしている。

 ダクネスも相当嫌がっているのだろう。クリスを引き離そうと抵抗するが、男のパンツという、汚物を触った手を擦り付けられる不快感に、力が入らないようだ。

 

「て、てめえら!人のパンツを何だと思ってやがる!こいつはな!ここに来る前からずっと過ごしてきた相棒なんだぞ!相棒に謝れ!」

 

 カズマは、乱雑に積み上げられた木箱の影で急いでパンツを履くと、散々こき下ろされている相棒に代わり、謝罪を要求する。

 

「何が相棒だ馬鹿!私だってこんなはずじゃなかったんだよ!……もう!あったま来た!カズマ!スティール勝負だ!さっさと覚えて!」

「はあ!?何だよ突ぜn――」

「いいから!!早く!!覚えろ!!」

「は、はい…。」

 

 カズマは、得も言われぬ威圧感に負け、大人しくスティールを習得する。それを確認したクリスは、勝負の内容を話し出した。

 

「内容はこうだ。今からお互いが同時にスキルを使う。手に入れた物はその人の物になる。どうだい?単純だろ?」

「た、確かに単純だな。………よし乗った!何取られても恨みっこ無しだからな!」

「ふん!次こそは絶対泣かしてあげるよ!」

「行くぜ!」

 

 

 

「「 スティール!!! 」」

 

 

 

 一瞬の閃光の後、お互いのスキルが成功した。

 カズマは手の中の物を確認するとニヒルに笑う。そして、それを宙に放ると素早く掴みポケットの中に仕舞った。

 

「ふっ…クリス。お前との勝負楽しかったぜ。もう会う事は無いと思うが、こいつは後生大事に使わせてもらう。あばよ。」

 

 ポケットの中で大事に握られた物…そう、クリスのパンツである。

 

 

「うぎゃーーー!!!またパンツだーーー!!!って、待って待って!ちょっと待ってーーー!!!私のパンツ返してーーー!!!」

 

 カズマのパンツを放り投げ、慌ててカズマにしがみ付くクリス。互いに激しいパンツ攻防戦を繰り広げている中、ダクネスは驚愕の顔でカズマを見つめる。

 

「そ、想像していた以上ではないか…。…んん!これは何としてでも!」

 

 彼女は身震いを一つさせ、カズマを見つめながら下卑た表情を顕にしたのだった。

 

 

☆☆

 

 

 その後、ギルドに帰ってきた三人に気付いたヴァン。

 

「おお、カズマ君。遅かったじゃないか?盗賊スキルは…ん?彼女は泣いている様だが、一体どうしたんだい?」

「い、いや、ちょっとn――」

「私が説明しよう。クリスはカズマとのパンツ争奪戦で敗れてな。縋り付くクリスを無理矢理引き離し、こう言ったのだ。『クリス。これはお前から仕掛けてきた勝負だ。これは既に、俺にとって超レアアイテムなんだよ。そんな大切な物をタダで!返せなんて、虫が良すぎると思わないか?ん?どうなんだ?返してほしかったら、分かるだろ?全部出せよ。』とな!」

 

 悠々と語るダクネスの言葉に、ギルドに居た全ての女性が、蔑んだ目でカズマを凝視する。

 

「て、てめえ!パンツ争奪戦って何だ!唯のスティール勝負だったろうが!つうかなに一言一句間違わずに喋ってやがるんd…あ。」

 

 カズマは焦りから、自ら白状してしまった。周りの女性からはカスだのクズだのキモいだの、自害したくなるような言葉が次々と向けられる。

 カズマは涙目になり、縋るように愛するパーティーメンバーを見つめる。

 

「カ、カズマあんた…。女神である私でも擁護出来ない事はあるのよ…。」

「盗賊スキルを覚えて、冒険者から外道にクラスチェンジしたんですか…。」

「カズマ君…。私は命に関わる決断以外は笑って見守ると言ったが、婦女子を暴行するとは何事か…。」

 

 だが、そんなカズマを擁護する様な、愛するメンバーは存在しなかった。とうとう泣き崩れてしまったカズマに、ニヤついたダクネスの追い打ちが浴びせられる。

 

「ああー!カズマのパーティーには、婦女子が二人も居るではないかー!この二人にもスティールを使う気だろー!はぁはぁ…そ、そうはさせるかー!この二人にはスティールを絶対使わせんぞー!私がパーティーに入って絶対に…んん!食い止めてやるー!…くぅ、ん!け、決して屈しはせんぞー!」

 

 鬼気迫る棒読みで、カズマと二人の間に割って入るダクネス。カズマはゆらりと立ち上がり、スティールの構えを取った。

 

「てんめえ…さっきから有る事無い事言いやがって…。お望み通り全部ひん剥いてやる…。もうどうなっても知った事か!喰らいやがれ!――」

「ちょ!ちょっとストーっプ!!!お、落ち着けってカズマ!アクセルに居れなくなるよ!」

「……ぐ、わ、分かったよ。」

 

 カズマを慌てて鎮め、ダクネスに向き直るクリス。そして興奮状態のダクネスを宥めるように語り掛けた。

 

「ね、ねえダクネス。もう諦めようよ?今まで通り私とタッグ組んで一緒に冒険しよう?」

「……クリス。私と初めてパーティーを組んでくれたのはお前だった。その時からこんな私とずっと組んでくれた事には、感謝してもしきれない。友達だと…私は思っている。だが知っているんだぞ!私との冒険じゃ稼ぎが少ないからと、一人で!臨時パーティーに募集している事は!!!」

「え、ええ!?どうしてそんなk…あ。」

 

 泣く泣く吐露されるダクネスの心情に、周りの皆はクリスに非難の目を浴びせる。すっかり忘れられたカズマでさえクリスから身を引き、引き攣った顔をしている始末だ。

 

「み、皆!違うから!臨時パーティーに入ったのはお金目的じゃないから!ああん!信じてよ!―――」

 

 

 

 

【緊急クエスト!緊急クエスト!冒険者各員は至急、正門前に集まって下さい!繰り返します!――】

 

 

 

 

 緊急クエストを知らせるルナの声に、クリスの言葉は掻き消された。カズマ以外の冒険者が、この時期の緊急クエストに当たりを付けると、一斉に準備に入る。

 カズマは慌ただしくなったギルド内で狼狽えながら、近くに居たヴァンに目を向ける。

 

「何だ何だこんな時に!?き、緊急クエストって何だよ!?」

「…うむ。この時期だと恐らく【キャベツ狩り】の事だろう。今年の出来は如何なものかな。」

「狩り?!キャベツは収穫するもんだろ?」

 

 カズマが頭に疑問符を浮かべていると、大きな籠と虫網を持ったアクアが、足踏みしながら話し掛けてきた。

 

「そういえばカズマには言ってなかったわね。この世界のキャベツはね、収穫期になると食われてたまるかと、空に飛び立つのよ。そんな折角育てた野菜を無駄にしない為に、この時期になると各地でキャベツ狩りクエストが発生するって訳。」

「アクア様の言う通りだよ。君の世界では、キャベツをどの様に収穫していたかは分からないが、これがこの世界のキャベツの収穫なのだ。慣れておくれ。」

「ええ~…。」 

 

 ヴァンはアクアに渡された籠を持ち、アクアの掛け声と共に外に飛び出す。未だ呆気にとられているカズマに、めぐみんが声を掛けてきた。

 

「カズマ。早くしないと皆に先を越されますよ?捕まえたキャベツは換金対象なので、捕まえた分お金が貰えます。良いんですか?」

 

「べらんめえ!それを早く言えってんだ!めぐみん!ちんたらしてねえで出発するぜい!」

「あ、待って下さいよカズマ!」

 

 ジャージの片袖を上げ、掌で鼻を掻いたカズマは、めぐみんを連れて飛び出していった。

 カズマ一行に取り残されたクリスとダクネスは、唖然とした顔を突き合わせるのであった。

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 カズマが急いで正門前に向かうと、既にキャベツ狩りは始まっており、冒険者総出で、空を舞うキャベツを捕まえていた。

 

「何だこの状況…。」(マジで飛んでんじゃん。気持ち悪!)

「キャベツは傷つけると買取価格が下がりますから、気をつけて下さいね。では私も、程良く狩ったらぶっ放しますので、その時会いましょう!」

「いやぶっ放すなよ…。」

 

 走り去るめぐみんを見送ると辺りを見渡す。剣で斬る者、弓で射る者、それぞれがスキルを使いキャベツを狩っている。盗賊スキルを操る者達も、スティールでキャベツ達を生け捕りにしていた。

 

(あ、キャベツって物扱いなのね。)「………スティール。」

 

 目の前を通り過ぎようとしていたキャベツに、スティールを使う。すると今まで飛んでいたキャベツが力無く地面に落ち、とても虚しい気持ちに苛まれるカズマ。

 溜息を吐きながらそれを籠に入れていると、斧槍の柄でキャベツを叩いていたヴァンから声が掛かる。

 

「おお!早速スキルが役に立っているようだね!今年のキャベツは出来が良くて、一玉1万エリスらしいから、お互い頑張ろうではないか!」

 

「あたぼうよ!俺っちに任せろってんだ!」

 

 もう片方のジャージの袖を上げ、掌で鼻を掻いたカズマは、盗賊スキルを使って次々とキャベツ達を狩っていった。 

 そうしたキャベツ狩りがまだまだ続く中、カズマは休憩の為、地面に座り込んだ。そこに、先程カズマに無実の罪を着せようとしたダクネスが姿を現した。

 

「カズマ…そ、その、先程は済まなかった!」

「………ッチ!どっか行けよ。」

「…く、んん!はぁはぁ、謝罪を聞きもしないばかりか。し、舌打ちまでされるとは…。」

(えぇ…何この人?悶てるんだけど。こ、怖い!)

 

 カズマは、予想した反応とは違う、不可解な行動を取ったダクネスに驚愕する。その後も恍惚とした表情を崩さない彼女から、カズマが少しずつ距離を取っていると、前方から三人が歩いてきた。

 

「カズマカズマ!聞きなさい!私はキャベツ80玉は取ったわよ!」

「私は50玉くらいですが、これくらいで十分ですね。後はぶっ放しますよ。」

「ははは、人が居ない所に撃つんだよ。私もめぐみん君と一緒で、50玉前後といった所だね。」

「何よ皆、結構な収穫量じゃない。これはあれね!報酬は別々でいいんじゃないかしら!」

 

 三人でああしようこうしようと話している中、ヴァンは、先程から会話に入ってこないカズマに気付いて声を掛ける。

 

「カズマ君、どうしたのかね?余り顔色が良くないようだが?」

「………ん」

 

 カズマは一言だけ唸ると、ダクネスの方向に親指を向ける。ヴァンがそちらに顔を向けると、未だ怪しげな表情をしている彼女が目に入った。

 

「あれは…何をやっているのかな?」

「俺が聞きたいよ。顔見てさっきの事思い出して酷い事言ったら、ああなったんだ…。」

「…ふむ。分かった、私が話をしてみよう。」

 

 ヴァンは小刻みに震えるカズマの肩を叩くと、ダクネスの下に向かい一声掛ける。

 

「君は、ああ…ダクネス君だったかな?ウチのリーダーに何か用かね?」

「…っはうあ!…こほん、貴方はカズマのパーティーの人だな。改めて紹介させてくれ。私の名はダクネス。冒険者でクルセイダーを生業としている者だ。」

「ほう、クルセイダーとは。こちらも自己紹介させて頂こう。私の名はヴァン。冒険者でランサーを生業にしている者だ、宜しく頼むよ。」

 

 ヴァンは差し出された手を握り返す。そして、数回手を振った所で、ダクネスがヴァンを見て頭を振った。

 

「?。ダクネス君、どうしたのかね?」

「あ…ああ、済まない。よく見ると親しい人と顔が似ていたものでな。一瞬その人と間違ってしまったのだ。気にしないでくれ。」

「ふむ、そうかい?そういう事なら気にしないでおこう。…して、本筋に戻るのだが、カズマ君に何か用なのかい?」

 

 ヴァンが聞き直すと、ダクネスは申し訳なさそうにカズマに目をやった。どうやら先程の事を悔やんでいるようだ。

 

「ギルドでカズマに酷い事を言ったしまったので、それを謝罪したいのと。そ…その、わ、私をカズマのパ、パパ!パーティーに、い、入れても、もらいたくて!」

「……ああ、その…間違っていたら済まない。もしや、カズマ君にあんな事を言ったのは、彼の気を引いてパーティーに入るためだったのかい?」

「う…お、概ね正解だ。それ以外にも理由はあるのだが…はぁはぁ…」

「………。」

 

 ヴァンは、転生して初めて頭を抱えた。たかが駆け出しパーティーに入る為だけに、大切な仲間を陥れようとしたのだ。

 本当なら説教の一つでもしてやりたい所だが、あの時のダクネスは明らかに可怪しかった。ヴァンは一つの推察に行き当たり、ダクネスの耳元で囁くように呟いた。

 

「…ダクネス君。この質問には頷くだけでいい。…君はその、被虐嗜好…などを嗜んでいたりするかい?」

「んん!…あ、敢えて小声で囁くとは。『お前が直隠しにしているその汚らしい趣味。暴露されたくないだろ?…クエストが終わった後俺の部屋に来い』と、要求する気だな!」

(この程度の受け答えで、ここまで妄想するとは…。相当深いご趣味のようだ…。)

 

 

 

「ぐあぁーーー!!!」

 

 

 

 ヴァンがダクネスの対応に難儀していると、何処からか叫び声が聞こえてきた。何事かと声の方へ振り向くと、男がキャベツに激突されその場に倒れ込んでいた。

 その男は素早く立ち上がろうとするが、狙いを定めた大量のキャベツが押し寄せて来ており、回避は間に合わない。

 ヴァンは咄嗟に走り出そうとする。が、ヴァンよりも早くダクネスが駆け出し、男を庇うようにキャベツの前に躍り出た。

 

「ダクネス君!?下がりなさい!いくらクルセイダーでも、その量のキャベツの体当たりは危険だ!」

「ヴァン!私はクルセイダーだ!傷ついた仲間や!力無き民の盾となるのが本懐!それすら出来ないようなら、私の存在理由など最早無い!」

「ダクネス君…。」

 

 ヴァンは、先程までのダクネスとは打って変わった、騎士然とした彼女を目の当たりにする。

 そんな彼女の真剣な横顔に、一瞬二人の幻が被った。

 

(イグニス!違うルーナ!?……い、いやいや有りえん。既に生まれて大きくはなっているだろうが。由緒あるダスティネス家の者が、冒険者に身を費やすなど。…だがあの横顔は確かに。)

 

 ヴァンは頭を振る。そして、キャベツの大群が迫りくる中、彼女が放った言葉に、ヴァンの心の奥で渦巻いていた疑心が、確信へと変わった。

 

「うぇへへ…。こ、こんな大量のキャベツに、一斉に蹂躙され…じゅるり!ああ、私は無事に立っていられるだろうか…。さ、さあキャベツ共!私を狙え!この男には、指一本触れさせんぞ!」

 

(…テラよ。私の人生の中で、これほど安心した事はないよ。うむ。彼女は我が家系と顔が似ているだけの、特殊嗜好を嗜んでいる少女だ。)

 

 心を覆っていた雲は次第に晴れていき、ダスティネス家と全く関係ない事を確信したヴァンは、数瞬の間放心してしまった。

 そんな彼の耳に、ダクネスの苦痛の叫びが木霊した。

 

「ダ、ダクネス君!!!今助けるぞ!!!」

「ぐぁ!ぐぅ!…く、来るな!ヴァンではこの猛攻に耐えられない!大人しくみていろ!私の力!貴方に見せてやる!」

 

「!?」

 

 ダクネスは、キャベツの猛攻が一瞬止んだ隙きに両手剣を構えた。そして第二波に向かって、その両手剣を横薙ぎに振り払った。

 

「……どうだ!!!」

「…ど、どうだと言われても。あの密集したキャベツ達に、掠りもしないとは…。」

 

 両手剣を薙ぎ払ったままの姿勢で、顔を真赤にして問いかけてくるダクネスに、ヴァンは困惑の色を隠せない。

 因みにこの時のダクネスは、絶え間無くキャベツ達の突進に晒されていた。

 

「…っは!き、君の力量より、早く守りに入るんだ!耐えられなくなるぞ!」

「ぬははぁん!あ、安心しろヴァン!これしきの突進!んん!!爪先立ちでも受け止められるわんん!!!」

(ぼ、防御もしないでキャベツ達の猛攻に耐えている?!なんて馬鹿げた防御力なのだ!)

 

 ダクネスの防御力に驚愕するヴァン。しかし、痛みによる快感を一身に受け、次第に顔が蕩けだしてきたダクネスを見て、ヴァンは表情は引き攣ったものに変わった。

 それを見た彼女は、その顔をどう勘違いしたのか、更に顔を紅潮させ、嬌声にも似た叫びを上げた。

 

「ああんヴァン!そんな下卑た表情で私を見るな!カズマだけではなく、貴方にまで責め立てられたら!ああ、もう駄目だ!もう足腰に力が入らない!…くっ!くやしい!私はこのまま”い”ってしまうのか!ヴァン!カズマ!私は!このまま!”い”ってしまうのかあぁーーー?!!!」

 

「き、君は何を叫んでおるんだーーー!!!」

「てめえ!しれっと俺を巻き込むなーーー!!!」

 

 ヴァンとカズマは、ダクネスの誤解を招く叫びに我を忘れ走り出し、迫りくるキャベツ達を一心不乱に狩り尽くした。

 そして、艶のある吐息を吐きながら、力無く座り込んでいたダクネスを引きずり、周りに話が聞かれない所で放り投げた。

 

「はぁはぁ…。ふ、二人共、助かった…。あのままではどうにかなりそうだったよ。」

「「………。」」

 

 ダクネスの言葉を無視して、無言で睨む二人。彼女はキャベツ達の突進で満足していなかったのか、そんな二人の視線に身を悶える。

 

「…んん!こんなになった私を、まだ開放してくれないのか。…ふふふ、やはり私の見込んでいた通りだ!カズマ!ヴァン!剣も碌に扱えない、身体が頑丈なだけの私だが!ぜひとも貴方達のパーティーに入れてくれ!!!」

 

 二人は深い溜息をつく。そして、声を合わせてこう叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「 断わーーーる!!! 」」

 

 

 キャベツが舞う暖かな昼間時。収穫も終盤に差し掛かろうというアクセル正門前に、二人の男の断固とした決意が響き渡った。

 

 

 




天国のテラへ。

今日はとんでもない騎士の少女に出会ってしまったよ。
とても【 塗り潰されている 】うん…とても疲れた。
…今日はペンが進まないな。
また明日、楽しい事を書こう。…本当につかr―――


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第五話 おじいちゃん、荒ぶる騎士と共闘する。

オリジナルだし5000文字くらいで終わるだろ。
…当然そんな事はなかった第五話目。


ーアクセルー

 

 分厚い雲が空を覆う朝、ヴァンは溜息を吐きながらギルドに向かっていた。

 

(この様な時間まで寝てしまったのは何時ぶりか…。)

 

 キャベツ狩りの折、ダクネスの暴走で必要以上にキャベツを狩ったヴァンは、宿に戻るとベッドへ潜り熟睡してしまった。

 

(…クリス君がダクネス君を回収してくれたから良かったものの、そのままだったらどうなっていたことか。)

 

 パーティー加入を断った後も、何とか加入しようと縋り付くダクネスのその執念には、ヴァンとカズマも困惑と驚愕を隠せないでいた。

 ヴァンが疲れの取れない頭でそんな事を考えていると、いつの間にかギルドに到着していた。

 

(…おっと、考え事をすると時間が経つのが早い。そう言えば、キャベツの買い取り報酬は時間が掛かると言っていたな。気を取り直して、今日もクエストを頑張ろう。)

 

 頭を振って扉を潜る。最初に目に入ってきたのは、カズマ達三人と、辟易するカズマの手を掴むダクネス、それを引き離そうとするクリスだった。

 昨日の事で諦めた様子も無く、輝いた瞳でカズマに懇願するダクネスを見て、ヴァンは肩を深く落とした。

 

「やあ…皆、遅くなって済まないね。」

「おお、ヴァン!遅かったではないか!今カズマを説得していた所なんだ!ささ、貴方も座って私の話を聞いてくれ!」

「ダクネスいい加減にしなよ!昨日断られたでしょうが!諦めなって!」

「何を言っている!たかが一回断られて、しかもあんな目に合わされて、諦めるわけにはいかないだろう!」

「もう!何言ってんのよこの子は!!!」

 

 何を言っても諦める様子の無いダクネスに、彼女の腕を引っ張りながら嘆くクリス。

 ヴァンは席に着くと、アクアとめぐみんに事の次第を聞く事にした。

 

「私達がギルドに来た時には、既に張り込んでいたわよ?」

「ええ。それで、そのまま待たせるのもあれだったので話を聞いていたら、カズマがやってきてこんな感じになりました。」

「…成る程。カズマ君、君は……いや、敢えて聞くまい。」

「…聞かないでくれてありがとう。ついでに、この変態の腕を取ってくれると助かる。」

 

 カズマの腕をがっしりと掴んだダクネスは、変態という言葉に顔を紅潮させ身震いを一つさせる。その行動に困り果てたヴァンに、あるアイディアが降りてきた。

 

「ごほん…ダクネス君。昨日も言ったが、君はこのパーティーに是非とも入りたい、そう思っているのだろう?」

「ああ!私にはこのパーティーしか無い!もしや入れてくれる気になったのか?!」

「まあ、落ち着き給え。…君には、加入を掛けたクエストを受けてもらう。」

 

 その言葉に、机を囲んだ者の視線が一斉に彼に向けられる。そしてヴァンは、クエスト掲示板から一つのクエストを取ってきた。

 

「君に受けてもらうクエストはこれだ。一撃熊の討伐。これを君一人で成功させてみ給え。」

「い、一撃熊の討伐!?ヴァン!君は何考えてるのさ!ダクネスにそんな事させるなんて!こんなの低レベルが相手出来るモンスターじゃないよ!」

 

 ヴァンはクリスの怒声を敢えて無視し、ダクネスを挑発的な目で見る。ヴァンも討伐出来ない事は分かっていた。このクエストを提示したのは、ダクネスの希望を削ぎ、加入を諦めさせる為の方便だったのだから。

 

「どうだい?受けてみる気はあるかな?」(ダクネス君…済まない。)

「ヴァ、ヴァン…。貴方はそこまで私を……」

 

 ダクネスは、俯き身体をわなわなと震わせる。それを見ているヴァンの心は、針を刺されるような痛みを感じていた。

 そして暫くの膠着状態を脱し、ダクネスは勢いよく顔を上げた。

 

「そこまで私を!分かってくれているのか!!!」

「……な、何っ?!」

 

 ヴァンはダクネスの予想外の反応に、上ずった声を出してしまった。そしてダクネスは、ヴァンが呆気に取られている間にクエスト広告を奪い、受付へと走り出そうとしていた。

 

「と、止まりなさいダクネス君!…ぐ、なんて力だ!…君は分かっているのか!一撃熊だぞ?!駆け出しレベルじゃ束になっても敵いっこない!」

「ふふふ…貴方が何をしたかったのかは分かっている。だが提示したクエストが悪かったな。私は一撃熊の攻撃を、じゅるり…じゃない、絶対に貴方達のパーティーの一員になりたいのだ!」

 

 ダクネスは、ヴァンを引きずりながら着々と受付へ歩を進める。そして受付に到達したダクネスは、ルナの前にクエスト広告を叩きつけた。

 

「ルナ嬢!このクエストを受注したい!承認してくれ!」

「ル、ルナ君!絶対に承認してはいけないよ!無謀過ぎる!」

「え、ええ、勿論です。駆け出し冒険者に高レベルクエストの受付は行っておr―――」

「待ってくれ。これを見てから承認の可否を判断してくれないか?」

 

 ダクネスの懐から出される冒険者カード。受け取ったルナは、内容を確認すると思わず声を上げてしまった。

 

「な、何ですかこの馬鹿げた各種耐性は!低レベルでこんな数値、いや!熟練でも有りえませんよ!?」

「ル、ルナ君?一体どうしたというんだい?」

 

 ヴァンは驚愕したままのルナに冒険者カードを渡される。そして訝しげに内容を確認したヴァンも、ルナ同様、各種耐性の数値に度肝を抜かされた。

 

「ひ、一つ一つが平均を越えている!?何なのだこの数値は!」

「ふっ。耐性スキルの特性でな。生命力が高いとスキルに補正が掛かるのだ。クルセイダーになった時のポイントと、地道にレベル上げをしたポイントは全てつぎ込んである。」

「そ、そこまでして君は……」

 

 得意気に胸を張るダクネスを見て、ヴァンは戦慄する。そんな二人を見ながら困惑していたルナは、おずおずと口を開いた。

 

「あ、あのぉ。一応、受注条件を満たす防御力ではあるんですが…受注は見送りますか?」

「…っは!も、勿論!―――」

「勿論!受注させてもらおう!私名義で頼む!」

「ダ、ダクネス君!」

 

 ダクネスは、受付に飛びかかろうとしたヴァンを仁王立ちで遮り、承認までの時間を稼ぐ。そして間もなく、一撃熊のクエストはダクネス名義で受領され、彼女の手に承認されたクエスト広告が握られた。

 

「ふふ…ヴァン。これで私がリタイアしない限り、このクエストは有効だ。約束は果たしてもらうぞ?」

「!?あ、ああぁ…。私はなんて事を…。」

 

 ヴァンは急場しのぎとは言え、取り返しの付かない事をしてしまったと悔み、膝を付いてしまった。

 

「…なあアクア。一撃熊って…まあ名前からして絶対関わりたくないけど、実際どんなモンスターなんだ?」

「一撃熊はね。狙った獲物を一撃で仕留める事に生涯を懸けた、凶暴な熊と言われているわ。その前脚は筋肉で肥大化していて、その豪脚で薙ぎ払われると身体が真っ二つになる、とも言われているわね。」

「私も噂程度ですが知っています。一撃熊は相手が攻撃に耐えたと分かると森へ帰り、その相手を一撃で倒せるまで修行するそうです。なので、一度逃してしまうと、更に凶暴になって帰ってくるとか。」

「修行って……なんて迷惑な熊だ。」

 

 こうして、ダクネスのパーティー加入を掛けた、一撃熊の討伐が開始された。

 

 

 

 

 

 

 

 

う、うう…。―――ゥスさん、ごめんなさい。私が…私が不甲斐無いばっかりに…。

 

 鬱蒼とした深い森の中を進む六人。その道中、最後尾のクリスは、か細い声で誰かに謝り続けていた。

 

「お、おい…出発してからずっとめそめそ呟いてるけど、誰か声掛けてやれよ。」

「私は無理です。めそめそしている人に構うと、どうしてもある人物を思い出して怒鳴ってしまいそうで。モンスターを誘き寄せていいならやりますが。」

「わ、私も…こんなおっかなそうな所じゃなかったら、…ッヒ!ざ、懺悔の一つや二つ聞いてやるんだけどね…。そこまで気にするんだったら、あんたがやりなさいよ…。」

「童貞なめんな………。凹んでる女の子なんて対処しきれねえよ。」

 

 困ったカズマは前方のヴァンを見る。彼は一見、しっかりと歩いているように見えるが、その目は後悔の念を孕んでおり、すっかり歩くポンコツと化していた。

 

(怖いんだよ!空は曇っている上に薄暗い森の中で凹んだりビビったり…後、興奮した奴が居ると、不安になるんだよ!…ホントもうなんでこんな事に………!?。スキルに反応!)「おい、お前ら!敵感知に何か引っ掛かったぞ!で、でけえ…もしかして一撃熊か…。」

 

 カズマは発動していた【敵感知】でパーティーの前方、森の中にぽつんとそびえ立つ、切り立った岩山に何かが居る事を察知する。カズマの声に気を引き締めた五人は、【潜伏】を発動させたカズマとクリスを先頭に、音を立てないよう岩山近くの茂みへと身を隠した。

 

「め、滅茶苦茶でけえ。五メートルはあるんじゃないか…てか辺りに骨やら死体転がってんぞ!?」

「…この辺りを縄張りにしているのだろうね。以前討伐された個体と似ている…間違いなく一撃熊だ。」

「あ、あああわよくば爆裂魔法を、と思っていましたが。い、岩肌を削っている腕が見えませんよ…詠唱中に肉塊にされちゃいますよ、あれ…。」

「ね、ねえ。熊には死んだふりって有効だったわよね…?わ、私は役に立ちそうにないし、後ろで死んだふりしててもいいかしら…?」

「…お前は大分落ち着け。死んだふりしても、お前のド派手な色はすぐバレる。結局食われるのがオチだ。」

 

 カズマの死の宣告で絶望するアクア。その横で、クリスは焦燥した表情でダクネスに話し掛けた。

 

「…ダクネス。ねえ、冗談抜きで死んじゃうって。あんなのと戦えるわけないよ…。」

「クリス、まだそんな事を言っているのか?私の冒険者カードは見せただろう。奴の攻撃に耐えうるだけの防御力は備わっている。持久戦に持ち込んで、疲弊した所を剣で貫けば勝てるさ。」

 

 流石のダクネスも、普段の嗜好的な表情は鳴りを潜めており、一撃熊を見据えながらそう答えた。

 そして、一撃熊への勝算を語ったダクネスは、自身の言葉を胸に刻み覚悟を決める。

 

「皆、聞いてくれ。私は今から一撃熊に攻撃を仕掛ける。何が起こるか分からないから、直ぐに逃げれられる位置まで下がっていてくれ。…それと男衆は、死んでも彼女達を守ってやってくれよ。最後にアクア。私に【ディフェンシブ】を。自前の防御スキルだけじゃ心許ないのでな。」

 

 その真剣な表情に、この場にいる全員が息を呑む。そしてダクネスは徐にヴァンを見る。

 

「ヴァン。貴方は必死に止めてくれたのに、私が無理を言ってしまって申し訳無いと思っている。だが私は負けない。…見届けてくれ。何故か貴方にはそうしてもらいたいのだ。」

「ダクネス君……分かった。だが君が危なくなったら助けに入る。死なば諸共だ。」

 

 ダクネスはヴァンの言葉に一瞬驚くが、直ぐに苦笑いを零し握手を求める。ヴァンは真剣な表情でそれを握り返し、力強く頷いた。

 

 

 

 

 

「【ディフェンシブ】!」

 

 アクアは防御魔法【ディフェンシブ】をダクネスに施す。効果を実感したダクネスは、茂みから勢いよく飛び出し、一撃熊の前に躍り出た。

 

「おい一撃熊!獲物が来てやったぞ!お前の腕力と私の防御力、どちらが勝っているか勝負だ!【ハードスキン】!!!」

 

「……Guruuu!」

 

 

 一撃熊を煽り、クルセイダーの防御スキル【ハードスキン】を発動させたダクネス。大声に気付いて振り向いた一撃熊は、唸り声を上げ彼女を威嚇し始めた。

 

「…くっ。これが強者の威圧感か…。なんて鋭く、なんて重々しいのだ…いかん!ぞくぞくしっ!?――――」

 

 ダクネスが一瞬、ほんの一瞬その性癖を顕にした隙きを付き、一撃熊は強力な前脚で急接近し、その豪脚をダクネスへ叩きつける。

 完全に無防備だったダクネスは、その衝撃に連れ去られ、木の幹に身体を激突させ気を失った。

 

 【一撃熊】相手を一撃の下に葬るその姿になぞらえて名付けられた。と、言われている。だがそれは、この巨大な熊と相対していない者が、想像の範疇で作ったお伽噺だった。

 本来のこの熊は、相手の呼吸や動き、感情の機微に鋭敏で、ほんの僅かでも気を逸らそうものなら、その隙きを突いて豪脚を振るう。

 例え人数を揃えようが、動揺を見せた者から徹底的に血祭りに上げていき、瞬く間に全滅させるのである。

 つまり一撃熊とは、油断した者の息の根を確実止める、その戦い方になぞらえた名前だったのだ。

 

 余りの呆気なさと、鎧を着込んだダクネスを軽々と吹き飛ばした豪脚に、身を隠していた五人は、声を上げる事すら忘れ愕然とする。

 一撃熊は、ダクネスに止めを刺す為に彼女に近づく。そして未だ気を失ったままの彼女に、その豪脚を振り下ろした。

 

 

 

 

☆☆

 

 

 

 

 辺りに響く轟音。五人はその音に思わず目を伏せてしまう。その間、一撃熊は前脚の爪をダクネスに引っ掛け、死体の山がある方向、五人の目の届く所へ放り投げた。力無く地面を転がったダクネスは既に死に体、新鮮なまま喰らうつもりなのだろう。

 

「一撃熊め…。我々に気付かぬ振りをしているだけだとしたら、何と悪趣味な事を…。」

「ヴァン!落ち着け!どう見ても今の俺達じゃ勝てっこない!皆で撹乱して、その隙きにダクネスを回収して逃げよう!」

 

 カズマは、怒りで今にも飛び出していきそうなヴァンを抑え、ダクネス回収作戦を練り始める。そして粗方の方針を決めたカズマは、皆に内容を伝えようと口を開こうとした。

 

「み、見て下さい!ダクネスが、ダクネスが立ち上がろうとしてますよ!」

 

『!?』

 

 しかしその口から作戦が語られる事は無かった。めぐみんの歓喜にも似た小さな叫びに、一同がダクネスを見遣る。

 ダクネスは上手く力が入らない腕で上半身を起こす。そして、僅かな血を吐き出した口を拭うと、不敵に笑った。

 

「ぐぅ…ごは…!く、くひひ…。流石は噂に名高い一撃熊。さっきの一撃で色々とぐちゃぐちゃになる所だったぞ…。だが耐えられない程ではない。まだまだ私を楽しませてくれよ…。」

 

『………』

 

 何とか立ち上がったダクネスの顔は不敵な笑みではなかった、いつもの下卑た笑みだった。

 

「…Guruuu!」

「ふふ、ムシャクシャしているようだな。今までの獲物は簡単に殺せてきたかもしれんが、私はそうはいかんぞ!!!」

「Guooo!」

「おっと、そういきり立つな。だが分かる、分かるぞ!自分の誇ってきたものを覆される…んん!き、気持ちはな!」

 

 

 

「おい…。あのドM、一撃熊と会話してんぞ…。」

「違うわカズマ!あれは戦いを通じて心が繋がったのよ!そうに違いないわ!」

「……お前は黙って死んだふりしてろ。」

「し、しかし、あんな…無防備なのにどうして攻撃されないのでしょう?」

「ふむ。恐らくだが、今の彼女には隙きが無いのだろう…別の意味で…。」

「あ、ああ…。そういう事ですか…。」

「…あの子は本当にもう!」

 

 身を隠す五人は、ダクネスが思いの外元気な事に安堵したのか、いつもの調子で話をしていた。しかしそれも束の間、ダクネスと一撃熊の間で空気が張り詰める。

 

「Guruuu…」

「さあ!お前の誇りで、私の誇りを蹂躙してみせろ!どんと来ーーーい!!!」

 

 ダクネスの挑発に勢い良く駆け出した一撃熊は、その豪脚でダクネスを殴りつける。が、今度は先程のようにはいかず、しっかりと受け止めたダクネスと目が合った。

 その目に宿る強烈な劣情を感じ取った一撃熊は、思わず後ずさってしまう。そして初めて感じた恐怖の感情を制御出来ず、形振り構わずダクネスに襲いかかった。

 

「くははははは!!!そうだいいぞ!どんどん打ち込んでこい!お前の本気を私に全て向けろ!」

「Guraaa!!!」

 

 ダクネスはそういいながら、一撃熊の連撃を全て受け止めていく。その攻撃は最早常人には見えないスピードになっており、それを受けるダクネスも鎧を破壊され、次第に宙に浮き始める。

 

「す、すげえ…。これじゃバトル漫画じゃねえか…。」

「バトル漫画?まあ、よく分からないが、あのままではまずいね…。」

「何でだよ?ダクネスも平気そうだし、このまま相手のスタミナ削っていけば、そのうち疲れて止め刺せるだろ?」

「…カズマ君。君は野生動物…いや、一撃熊を甘く見ているよ。普通の肉食動物だったらそこまでスタミナは無い。君の言う作戦でもいいだろう。だが相手は普段から岩肌を削って鍛えいるんだ。そのスタミナは計り知れない…。」

「……じゃ、じゃあダクネスは…」

「ああ、間違いなくあのまま死んでしまうだろう…。」

 

 深刻な表情でそう言ったヴァンは徐に立ち上がる。その場に居た四人は突然の行動に目を丸くした。

 

「ヴァン!な、何やってるんだよ!ばれちまうぞ!?」

「…一方的な約束だったが、彼女の危機には助けに向かうと言ったからね。」

「…ヴァン、君は…。」

 

 クリスはヴァンを見上げ何かを言いたげにしていたが、言葉が出ないのか俯いてしまう。それを見たヴァンは微笑み、彼女の頭を優しく撫でた。

 

「クリス君、そんな顔をしないでおくれ。君の友達は、私が必ず生還させてみせよう。」

 

 黙って頷くクリスに満足したのか、ヴァンは今まで見せた事のない真剣な表情で一撃熊を見据える。

 

「では行ってくる。カズマ君、彼女達を頼んだよ。」

「た、頼んだよって!?お前も駆け出しじゃないか!行って何が出来るってんだよ!」

「カズマ君。君にはアクア様が、私にはエリス様の加護が付いているじゃないか。」

「…!。特典!」

 

 感付いたカズマに微笑むと、ヴァンは目を瞑りエリス教の証を握りしめる。

 

(エリス様。今この時こそが、貴女様の力を行使する時!どうか私に、彼女を救う力をお授け下さい!)

 

 そう願ったヴァンの身体から青白い光が漏れ出す。そして目を見開いたヴァンの瞳は、エリスと同じ紫色に輝いていた。

 

(突撃!!!)

 

 【女神エリスの使徒】の力により、身体能力が大幅に向上したヴァンは、スキルを発動。それまで立っていた場所から、一瞬で消えたかのようなスピードで一撃熊に接敵する。

 

「一撃熊!それ以上彼女はやらせん!大人しく討伐されろ!」

「Ga!?」

「ヴァ、ヴァン…!」

 

 飛び掛かったヴァンは、敵の背中に斧槍を突き立てる。一撃熊は深く突き刺さる斧槍に、思わず唸り声を上げ攻撃の手を止めた。

 その隙きにダクネスを抱え後方へと飛び退いたヴァンは、その場に彼女を降ろす。

 

「…くっ!貴方は何をしに来たのだ!見届けてくれといっt―――」

「ダクネス君!…私も言っただろう、危なくなったら助けに入ると。それに…」

 

 ヴァンは一度言葉を止めダクネスを見る。その真剣な表情にダクネスは目を奪われた。

 

「男衆は死んでも彼女達を守ってくれ。そう言っただろう?その中に君は入っていないと誰が言った?」

「!!!」

 

 その言葉にダクネスは顔が熱くなってしまう。恥ずかしさから俯いていると、ヴァンから一本の小瓶を渡される。

 

「こ、これは…?」

「ポーションだ。少しでも体力を回復してくれ。それとダクネス君、君はどうやっても止められそうにない。私はもう君のパーティー加入を止めないよ。その代わり、カズマ君とアクア様に君の力を貸してやってくれ。その為の力は、私が引き出してやろう!」

「…ああ、ああ!任せてくれ!騎士としてあの二人を、いや!貴方を含めた四人共を守り抜くと誓おう!」

 

 そう言ってポーションを一気に煽ったダクネス。そして勢いよく小瓶を投げ捨てた彼女は、ヴァンの横に並び立つ。ここに、二人の高潔な騎士が誕生した。

 

(ああ、見ていますかテラさん。お二人が、あんなに輝いていますよ。)

 

 その光景を見た女神エリスが静かに涙を流した。

 

 そして再開される一撃熊との戦闘。件の敵はヴァンの只ならぬ気配、女神の気に当てられ攻めるのを躊躇っていたようだ。

 

「モンスターでもこの気配を前にしたら攻めるのを躊躇うか。流石エリス様の御加護だ。よしダクネス君!戦闘再開だ!奴に向かって走れ!」

「あ、ああ!任せろ!」

 

 ヴァンの指示通り走り出したダクネス。それに気付いた一撃熊は前脚を広げ迎撃体制を取った。そして間合いに入ったダクネスに、その豪脚を振り降ろす動作に入った瞬間ヴァンが叫んだ。

 

「ダクネス君!拳で “受け止めろ” !そしてそのまま振り抜くんだ!」

「うおおお!!!」

 

 豪脚と豪腕が激しくぶつかる。そしてダクネスは指示通りにそれを振り抜いた。大きく弾かれる一撃熊の豪脚、その隙きを突いてヴァンが突撃を仕掛け、敵の腹に斧槍を突き立てた。

 内蔵まで響いたその突きに、一撃熊は蹲る。二人はすかさず後ろに下がった。

 

「ダクネス君、“攻撃が当てられる”ようになったじゃないか。」

「!? は、ははは…本当だ!私の攻撃が当たったぞ!」

 

 ダクネスは拳を見つめ感動する。そして更に自信が付いたのか、力強い瞳で一撃熊を見据えた。

 それを見て微笑んだヴァンは、ダクネスに更にアドバイスを送る。

 

「拳でも体当たりでもいい、まずは“受け止めて”そこから押し切るんだ。」

「分かった!受け止めるのは大の得意だ!」

 

 ダクネスは再度走り出す。先程の力勝負に負けた一撃熊は怒りの余り咆哮し、力任せに前脚を振り抜いた。だが、要領を得たダクネスは敵の攻撃を受ける寸前に、相手の胴体に身体をずらす。すると胴体に体当たりする形となり、一撃熊を吹き飛ばす結果となった。

 

「ヴァン見たか!また当たったぞ!」

「ダクネス君!それは後で語り合おう!今は奴の息の根を止める!めぐみん君!」

「へ、へぁ!?ここに来て私ですか?!」

「急いでいるんだ!直ぐにエクスプロージョンの準備を!」

「わ、分かりました!」

 

 突然指示されためぐみんは慌てて詠唱に入る。その指示を不服に思ったダクネスはヴァンに抗議した。

 

「ヴァン!何故ここでめぐみんなのだ?!私と貴方でもこいつは仕留められるだろう!」

「ダクネス君!状況をしっかりと見ろ!君と私の武器ではこいつを仕留めるのは無理だ!」

「な、なにを…!?」

 

 ダクネスはヴァンの武器を見て目を見開く。彼の武器は能力向上と一撃熊の分厚い体表のせいで、既に柄や穂先にヒビが入っており、使い物にならなくなっていたのだ。

 そう問答をしている間に一撃熊が起き上がってきた。が、ダクネスに浴びせた連撃からくる疲労、そして彼女から受けた思わぬダメージに未だよろけている。そこに丁度良くめぐみんの声が響き渡った。

 

「ヴァン、ダクネス!急拵えですが準備が出来ました!離れていて下さい!」

「よし!遠慮なく撃ち込んでくれ!」

「最後の詠唱が無いのは締まりませんが、これは貸しにしておきますよ!エクス!プロージョン!」

 

「………!!!」

 

 一撃熊の頭上に展開される幾重にも重なる魔法陣。静かに放たれるその眩い光を浴び、一撃熊は死を予感した。

 慌ててその場を離れようとするが時既に遅く、一撃熊に背を向け帽子を深く被っためぐみんが、終わりの言葉を呟いた。

 

「爆ぜろ…」

 

 その言葉と同時に、一撃熊を中心に巨大な爆発が起こる。爆発の衝撃で地面に叩きつけられた一撃熊は、次々と押し寄せる爆風に為す術もなく、爆裂魔法の中で息絶えた。

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 爆発が収まり辺りに静けさが舞い戻ると、ヴァンは気が抜けたように深い息を吐いた。隣に立つダクネスはまだまだ興奮が収まらないようだ。

 そんな二人の元へ、めぐみんを背負ったカズマと、生き残った事に感涙するアクアが駆け寄ってきた。

 

「二人共すげえじゃねえか!あんな強そうなの倒しちまったぜ!」

「ヴァ~ン!ダクネス~!あ゛り゛が ど う!本当にあ゛り゛が ど う!生ぎだ心地じながっだよ~。」

「カズマ、アクア…一撃熊に“止め”を刺したのは私です。そこは間違えないで下さいよ。」

「ふふ。めぐみん君、急な指示に良く対応してくれたね。爆裂魔法、見事なものだったよ。」

 

 一撃熊という強敵を倒した事により、いつもより気分が高揚している四人。ダクネスは互いに喜び合っている四人に、羨望の眼差しを向ける。

 

「………」

「 ? ふむ。…ダクネス君。私はもう止めないと言っただろう?後は君次第なんだよ?さあ、勇気を出して言ってごらん。」

「ヴァン…。すう~はあ~。…カ、カズマ!それに皆!い、一撃熊は倒せなかったが、私には皆を守り切るこの身体がある!そ、それで、その…あの…」

 

 ダクネスは肝心な所で言い淀んでしまった。しかし四人の中に、ダクネスの言葉を遮る者は居ない。互いを見遣って苦笑いを溢すと、ダクネスの言葉を優しげな眼差しで待つ。

 

「えっと…こ、こんな私で良ければ!ぜ、是非!貴方達のパ、パーティーに入れてはくれないだろうか!!!」

「……仕方ねえな。パーティー入るの認めてやるよ。けど前みたいに暴走してみろ?即クビだからな?」

「ふふふ。私達のパーティーも大分充実してきたじゃない。この調子で魔王討伐まで行きましょう!」

「最硬の盾を得た事により、我の爆裂魔法も更に洗練される事となる。…これからが楽しみですね。」

「はっはっは!頑張ったねダクネス君。こんな凸凹パーティーだが、これからも宜しく頼むよ。」

 

「皆…。ああ!このダクネス、必ず皆を守り通す事を誓おう!」

 

 ダクネスの言葉に、カズマは困ったように笑い、アクアは意気揚々と笑う。背負われためぐみんは力無く笑うが、その顔は喜色で満ちていた。

 ヴァンは、ふいにダクネスと目が合う。そして何故かその事が可笑しくなり、どちらからともなく笑顔が溢れる。その笑顔は、まるで鏡写しのようにそっくりだった。

 

 

 

 こうして荒ぶる騎士、クルセイダーのダクネスが新たな仲間に加わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「二人共無事で良かった。生命力を使って力を貸した甲斐がありましたね。……うう、けどすっごい疲れた。祝勝ムードの所悪いけど、そろそろ私に気付いてほしいなあ~…。」

 

 木陰で休むクリスは、ふいに顔を照らした眩しい光に目を細める。今朝あれだけ分厚かった雲の割れ目から、光が差し込んでいた。その光は徐々に広がり、笑い合う五人も別け隔てなく照らしていく。

 

 これからの彼らの旅路を祝福するかのように―――

 

 




天国のテラへ

今日はとても充実した一日になったよ。
昨日書いた騎士の少女が、なんと仲間に加わる事になったのだ。
落ち着いて話してみると、とても良い子でね。
髪も瞳の色も一緒だから、何だか他人には思えn―――


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第六話 おじいちゃん、旧友と再会する。

前半長~~い。
後半短~~い。

一万文字になるのはもう諦めた。


ー冒険者ギルドー

 

 

「【クリエイト・ウォーター】!」

 

 カズマが掌を前に突き出し高らかに叫ぶ。すると魔力を帯びた水が掌に集まり、机に置かれたコップめがけ勢いよく…とは行かず、蛇口を軽くひねった程度の勢いで水が注がれた。

 

「おお!カズマ君、初級属性魔法を覚えたのかね。」

「まあな。俺、一撃熊の時は何も出来なかっただろ?少しでも役に立つかと思って教えてもらったんだよ。ま、威力はお察しだけど、これはこれで色々使えそうだし後悔はしてない。」

 

 対面に座っていたヴァンは、カズマのパーティーを第一に考える心掛けに関心し、何度も頷く。

 

「威力なんて関係ないさ、その心掛けが素晴らしい事なのだよ。いやはや、伸び代が有るというのは若者の特権だね。羨ましい限りだ。」

「ヴァン。何か言ってることが爺臭いぞ。」

「ん?…はっはっは!カズマ君!私はこんな成り様でも爺だよ。」

 

 件の一撃熊討伐から数日が経っていた。ヴァンはあの時の思い出に耽る。

 一撃熊を討伐し、正式にパーティー加入と相成ったダクネスは、気が抜けたのかその場に崩れ落ちた。凄まじい防御力のお陰で外傷などは殆ど見られなかったが、上手く立ち上がれないとの事で、ヴァンに背負われてアクセルまで戻る事に。その後、念の為ダクネスには安静にしてもらい、しっかり養生してから合流する事となったのだ。

 

「しかし、ダクネス君の防御力は圧巻だったね。あの防御力があれば、君の戦闘にも余裕が出来るだろう。…ああカズマ君。申し訳ないが、このジュースにフリーズを使ってくれないかね?」

「はいよ【フリーズ】。…いやいやヴァン。まだ油断出来ないぞ?あいつの性格とスキルを考えてみろよ?今後どうなるかなんて… 「かっ!…」 …ん?おお、めぐみんじゃないか。ってどうしたんだよ?」

 

 

 

「かかカズマが…ま、魔法を…!わわわ私を解雇する気ですか!?」 

 

 

 

 朝から響くめぐみんの悲痛な叫び。その叫びを聞いたギルド内の人々は、何事かとカズマとめぐみんを見遣る。

 

「お、おい!いきなり何言ってるん『そ、そんなのあんまりですよ!ダクネスが入ったからって、まともなウィザードを入れ直そうとするなんて!』って話を聞けえ!」

「………ふふ。」

「 『………ふふ。』 じゃねえよ!ヴァンもこいつの勘違いを 『何でもしますから!荷物持ちでも何でもしますから!あのヌルヌルも耐えますからー!』 あ、あのヌルヌルってなんだーーー!!!誤解を招く言い方はよせーーー!!!」

 

 カズマは、尚も喚くめぐみんに駆け寄り急いで口を塞ぐ。だが、ここまで大声で叫んで気にしない人間など居ない。現にダクネスの時と同じ様に女性陣がカズマの事を白い目で見始め、小声で、しかしカズマに聞こえるように囁きだした。

 

「うっわ…。あいつまた女の子虐めようとしてるわよ。流石カスマね…。」

「え?ヌルヌル?ヌルヌルって言った?クズマの奴またHな事しようとしてるの?…ホンット最低ね。」

 

 そんな囁きを直接聞かされた本人はたまったものではない。彼の心は彼女達の鋭い言葉で千切りにされ、立っているのがやっとだった。

 

(…どうもうちの子達は早計が過ぎるきらいがあるね。少々きつく言わないとカズマ君の心が保たないかもしれん。)「…めぐみん君。いつまでも喚いてないでこっちに座りなさい。」

「もごもご?…っぷはぁ。な、何ですかヴァン?そんな怖い顔して…?」

「いいから、す・わ・り・な・さい。」

「は、はひぃ!」

 

 ヴァンはめぐみんに解雇の件は早計だと諭した。事情を知って反省しためぐみんは、恐る恐るカズマに謝罪しようとする。が、既にカズマは俯き静かに泣いていた。声を出さず泣いているのは、僅かに残った男のプライドだろう。本当に悲惨である。

 

「ど、どうしましょう…カズマが見たこともないくらい本気で泣いてます…。」

「これも君の早とちりと誤解を招く言い方が原因なんだよ。さあカズマ君に…いや、カズマ君は少しあのままにしてやろう…。まずはギルドの皆の誤解を解こうか。」

 

 めぐみんは申し訳なさそうに頭を下げた。そしてヴァンも、蔑称での呼称は控えて欲しいと一緒に頭を下げる。その謝罪の意を汲み取った人々は、バツが悪くなったのか口々に言葉を発した。

 

「わ、私も言い過ぎたわ。今度から、もう少し様子を見てからにする…ごめんね。」

「私も軽いノリで言っちゃってごめんなさい!そうだよね。自分の名前を侮辱されるのなんて嫌だよね。」

「…皆ありがとう。今後、出来るだけ皆を惑わせないように注意するよ。これからも私達を宜しく頼む。」

 

 ヴァンの真摯な態度に、ギルド内はカズマパーティーの評価を改める。そして件のカズマは、ヴァンとめぐみんの謝罪を聞いて少し立ち直ったのか、涙を流すのを止め元居た席に座った。

 

「ほら、めぐみん君。」

「か、カズマ…。先程は勝手に取り乱してしまってすみませんでした。私も、その…不安だったもので…。」

「…さっきの謝罪は聞いてたし、もういいよ…。」

「良かったねめぐみん君。今後は 『ヴァン…。』 ん?何だいカズマ君?」

「俺さ、『………ふふ。』って笑った時点で止めてくれれば、そもそもこんな事にはならなかったと思うんだ…。」

「…す、すまない。めぐみん君があんな事を言うなんて思いも寄らなかったのだ……カズマ君!本当に済まないと思っている!不甲斐無い私を許してくれ!」

 

 ヴァンの謝罪に気が抜けたのか、カズマは浅い溜息を一つ吐いて口を開こうとする。しかし、言葉を発しようとした瞬間、ギルドの扉が勢いよく開かれた。現れたのは瞳に大粒の涙を溜めたアクアだった。

 アクアはカズマの腰に縋り付き大声で叫んだ。

 

「酷いわカズマさーーーん!!!昨日の夜!一緒に“い”こうねって言ったじゃない!何で先に“い”っちゃったのよー!お互いこっちに来て、これだけ盛り上がった事無いねって喜んでたじゃない!私達の関係はその程度だったのー?!」

 

 一難去ってまた一難。カズマは諦めたように脱力し、涙を流しながら揺すられている。ヴァンは事情を察して『また謝罪か…。』と深い溜め息を漏らし、その他の年頃の娘達は、顔を真赤にして軽蔑の目でカズマを睨みつけるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 アクアをどうにか諭したヴァンは、先程と同じ工程を繰り返し何とか場を収めた。しかし被害にあった当人は、生気のない目でアクアの見ながら『主語を言えよ。主語をよ…』と呟きながら食事を始めている。

 

「ね、ねえカズマさん?私謝ったじゃない。なのに何でそんな目で私を見るの?怖いんですけど、すごく怖いんですけど…。」

「アクア様…、これが理不尽に神経を擦り減らされた男の顔です。以後、軽率な言動は控えて下さいますようお願いします。」

 

 ヴァンは例え女神であろうとも、毅然な態度で語る。その静かな圧力に気圧されたアクアは、思わず怖気づいて頷いた。

 

「わ、分かったわ。女神である私が取り乱してしまうなんて、どうかしていたわね。…カズマ、ごめんなさい。許してくれるかしら?」

「………。」

 

 無言で目を逸らすカズマ。アクアはその事を勘違いして涙目になってしまう。ヴァンはそんなアクアの肩にそっと手を置き微笑んだ。

 

「アクア様、心配召されるな。カズマ君は私達のリーダー、いつまでも引きずるような事はしますまい。」

「…ヴァン、ずるいぞ。そういうのは本人の居ない所で話すもんだろ。…ったく、分かったよ。もう許すから泣きやめ。おちおち食事も出来ねえよ。」

 

 カズマは、ヴァンを恨めしげに睨んだが笑みを返され、観念したかのように肩を竦める。

 アクアが涙を拭い四人がいつもの調子に戻った頃、扉を潜ってダクネスが入ってきた。

 

「や、やあ。先日は色々と迷惑を掛けて済まなかった。待たせてしまったが、今日から合流させてもらう。皆、これから宜しく頼む。」

 

 丁寧に頭を下げたダクネスの挨拶に、各々が彼女を歓迎する言葉を口にする。そして頭を上げたダクネスは、アクアの目が真っ赤になっている事に気付き口を開いた。

 

「む?アクア、目元が真っ赤になっているぞ?…っは!まさかカズ !『黙れ!…黙らないと解雇した上に、お前の性癖に尾ひれ付けて言いふらすぞ…。』 …んっ!くぅ!…はあはあ。病み上がりの私に早速容赦ないな…。流石カズマだ。ふへへ…」

 

『………。』

 

 ダクネスも早速調子に戻ったようで、四人は目を逸らしてしまう。

 ヴァンも既に気疲れを起こしており、三度目は勘弁と無理矢理話題を逸らす。

 

「よし!ダクネス君が来たことだし、キャベツと一撃熊の報酬を受け取りに行こうじゃないか!」

「すっかり忘れてたわ!今日の目的はダクネスの歓迎と、報酬の受け取りと、壊れた武具の新調だったわね!そうと決まれば行くわよ!キャベツの報酬おいくら万円かしら~、楽しみだわ~!」

 

 アクアは、四人に先んじて浮かれたように駆けていく。四人もその後を追うように受付へと足を運んだ。

 

「やっほ~ルナ!キャベツと一撃熊の報酬受け取りに来たわよ~。」

「お早うございますアクアさん。それにみなさんも。報酬の方は既に用意できていますよ。少々お待ち下さいね。」

 

 そう言って報酬を取りに行ったルナは、暫くすると大きなトレイを持って戻ってきた。五人はトレイに積まれた硬貨袋を目にして目を輝かせる。

 

「おお!でっかい袋が山積みだぜ!これは皆期待できるんじゃないか?!」

「ふむ。今まではジャイアント・トードの報酬だけだったからなあ。こうして袋で見ると冒険者をやっていると実感してしまうね。」

「この一番大きい袋は絶対私のね!あれだけキャベツを収穫したんだもの!間違いないわ!」

「わ、私のはどれでしょうか?は、早く報酬を貰ってマナ、マ、マナ…じゅるり、マナタイトロッドを……」

「お、おいめぐみん。興奮しすぎで涎が出てるぞ。」

 

 五人共、自分の取り分に期待を膨らませながらルナの分配を待つ。しかし、当のルナは何故か若干の苦笑いを零し口を開いた。

 

「そ、それでは報酬を分配しますね…。まずはカズマさんから、カズマさんの収穫したキャベツは大変活きが良かったので、報酬額が180万エリスとなります。」

 

『 ひゃ!180万!?』

 

 カズマ含むメンバーは、提示された金額に度肝を抜かれる。カズマはダクネス暴走事件の際、我武者羅にスティールを使ったのだが、そのほぼ全てが高品質なキャベツという、彼の幸運値に物を言わせた結果になったのだ。

 そして、何故かそれに張り合うかのようにアクアが胸を張る。そんな中、ルナは次の分配者の名前を呼ぶ。

 

「え~、続いては…ダクネスさんですね。一撃熊の討伐本当にお疲れ様でした。我々、アクセル支部も鼻が高いです。それでは報酬金100万エリスとなります。お受け取り下さい。」

 

 恥ずかしそうに報酬を受取るダクネス。四人はダクネスに拍手と賛辞を送る。

 拍手を送った後、何故かアクアはダクネスをライバル認定し、腰に手を当て鼻を鳴らした。

 

 そして続いてはヴァンが呼ばれた。キャベツの報酬は80万エリスで、彼は満足そうに受け取る。

 『 ふ…ふ~ん、やるじゃないのヴァン!』と一筋の汗を流すアクア。

 

 更に次の分配者を呼ぼうとするルナの声に、『 大きい方が私!大きい方が私!』と呪いを被せるアクア。

 ルナは申し訳なさそうに続きを喋りだした。

 

「…本当に申し訳ありません。めぐみんさん報酬60万エリスです…。」

 

「なあーんでよーーー!!!あんなに収穫したのにーーー!!!たったのこれっぽっちなんてありえないでしょうがーーー!!!」

 

 ルナの胸ベルトを思いきり掴み上げ、受付窓口から引っ張り出す勢いのアクア。カズマは押し上げられた豊満な胸を食い入るように見つめ、鼻の下を伸ばしている。

 ヴァンは四人が慌ただしい中、トレイに残った小さな袋を見てルナに話し掛ける。

 

「ルナ君。アクア様の言う通り、いくらなんでもこの報酬額は少なすぎると思うのだが。一体どういう事なんだい?」

「じ、実は…アクアさんが収穫したキャベツは殆どがレタスだったんです。キャベツもそれなりにあったのですが、どれも低品質で…」

 

 ルナは、絶望しているアクアにそっと8万エリスの入った小袋を渡す。それをじっと見つめたアクアは、小金持ちとなった四人に向き直り、力の無い声で呟いた。

 

さ…酒場に借金が有るんです…。どうか皆様のお力添えを賜りたく…。

 

 ここで喚かなかったのは、ヴァンの賢明な説得による賜物か。頭を下げたアクアは小さく体を震わせて、拳を固く結んでいた。

 

 

 

 アクアが四人から借金しツケを払い終えると、一行は次の目的である武具の新調に向かう事に。だが、武具屋に向かう道のりで、めぐみんのマナタイト愛が暴走してそれを皆で止めたり、ふらふらと別の店に行こうとするアクアを止めたりと、騒がしい雰囲気のまま武具屋に向かうことになってしまった。

 店に到着したヴァンは、約一週間ぶりとなる店の扉を開ける。そこには相変わらず良い体をした店主がおり、ヴァンに気付くと豪快に笑いながら手を振ってきた。

 

「おお、兄ちゃんじゃねえか!あれから斧槍の調子はどうよ?ちゃんと兄ちゃんの役に立ってっか?」

「ああ。しっかりと役に立ってくれたよ。…その話は後で改めて話すとして、まずはこの子達の武具を新調したいんだ。要望に沿うような品を見繕ってくれないかい?」

 

 カズマ、めぐみん、ダクネスの背中を押して店主の前に立たせる。三人はお辞儀を一つすると自分の希望を口々に話し出した。

 

「俺は、そうだな…服もこれ一着しか無いし、服みたいな防具が欲しいかな。」

「私が提示する額で最高のマナタイトを下さい!」

「私は、物凄く固くて、物凄く重いヘビーアーマーを頂きたい。あ、防御面積は少なくて構わないので…構わないので!」

 

 めぐみんとダクネスの要望に苦笑いを零した店主は、三人の要望を精査する。そして心当たりがあるのか、店の奥に向かって大声を上げた。

 

「母ちゃーん!女物の採寸と男物の魔法服見せたいから、ちょっと来てくれー!」

 

 店主がそう叫ぶと、店の奥から店主の妻が顔を出して、詳しい説明を受ける。そして人当たりの良い笑顔でカズマとダクネスを連れて行った。

 

「あっちは嫁に任せとけば大丈夫だ。次は魔法使いの嬢ちゃんだな。金はどんくらい出せるんだ?」

「60万です!!!」

「…め、めぐみん君。食事と寝床はどうする気なんだい。」

 

 ヴァンは何の迷いもなく全財産を投入してきためぐみんに困惑する。少々暴走気味だっためぐみんも私生活の事を指摘され目を覚ましたようだ。

 

「じょ、嬢ちゃんは羽振りがいいな。だが残念、うちには最高でも50万エリスのマナタイトしか置いてねえよ。『じゃあそれで!!!』 お、おう…。あっちに値札掛けてあっから俺んとこ持ってきな。」

 

 めぐみんはマナタイトが置いてある棚から50万のマナタイトを引っ掴むと、店主の前に杖とそれを置いて、50万エリスを何の躊躇いもなく差し出した。

 店主は、再び興奮し出しためぐみんに苦笑いを零しつつ、めぐみんの杖に装着してあった安物のマナタイトに手を翳す。すると、それまで宙を浮いていたマナタイトが、浮力を失い店主の手に落ちた。その後、高価な方のマナタイトを杖に添え、定着した事を確認すると、待ちきれない様子のめぐみんに手渡した。

 

「おお~!これが安物じゃないマナタイトロッド!な、なんて魅惑的な魔力なのでしょう!それにこの色艶…はあ…はああ!」

「こ、こらめぐみん君!人前で端ない姿を見せちゃいけないよ。」

「ははは!兄ちゃん面白おかしくやってるようじゃねえか!」

「て、店主殿!からかわないでくれ!ア、アクア様!この子を見てやってはくれませんかな?」

「ん~?…あらあら、めぐみんたら。こんなにはしゃいじゃって。分かったわ。めぐみんは任せなさい。」

 

 めぐみんはアクアに連れられ店の外に出ていった。店の外はもっとまずいんじゃなかろうかと心配になっていると、店主が話し掛けてきた。

 

「最後は兄ちゃんだな。この斧槍はしっかり作ったはずなんだが、一体何があったよ?」

「あ、ああ。実は―――」

 

 ヴァンは一撃熊相手に大立ち回りをした事を話す。そして一撃熊との戦闘を戦い抜いたこの斧槍で、まだまだ戦いたい、との旨を店主に伝えた。

 

「いいねえ~。兄ちゃんのその考え嫌いじゃないぜ。分かった!ピッカピカに鍛え直して補強もしてやんよ!」

「そう言ってもらえると助かるよ。そうだ、私も報酬が入ったから更にいい素材で鍛え直してくれ。」

「へへ。毎度あり!」

 

 初めて会った時のようにお互いに笑い合っていると、カズマとダクネスが戻ってきた。妻からダクネスとカズマの採寸を聞いた店主は、明日の昼には仕上げると意気込んでいる。ヴァンはまたよろしく頼むと告げると、店を後にした。が、

 

「わわ、私は止めたのよ!けどめぐみんが止まらなくて!」

「ああ!早く放ちたい!ぶっ放したい!私のこの猛り!早く開放したい!」

 

『 ………。』

 

 めぐみんが杖を抱きしめ地面を転がっていた。勿論、遠巻きに見られていた。

 

 

 

 

☆☆

 

 

 

 

「服が変わっただけなのにカズマが冒険者らしく見えます。」

「うむ。カズマ君よく似合っているじゃないか。」

「まあ、ジャージのままじゃファンタジー感無いし、いい買い物だったんじゃない?」

「ファンタジー感?」

 

 翌日、注文品を受け取り、一旦解散した後ギルドに集まった五人。そこでカズマはいつものジャージではなく、魔法服に着替えて登場した。魔力の糸で編まれた防御効果を持つ服だ。

 

「へへ。鎧もかっこいいって思ったけど、動き辛くなりそうだしな。魔法も覚えたし、テクニカルな戦い方をしようと思うぜ。」

 

 カズマはそういいながら、魔法を放つポーズをとる。カズマ以外も武具を新調し、冒険への士気が高まっている。

 

「うむ。私の斧槍も更に硬く、鋭くなった。前回のような失態は晒さないよ。」

「私の鎧も同じだ。この鎧で皆を守りきってみせよう。」

「いいわねいいわね!最強のパーティーっぽくなってきたじゃない!そうと決まれば早速クエストよ!皆ばっかり良い物買って羨ましいのよ!」

 

「…理由が不純すぎるだろ。嘘でもいいからもっと立派なこと言えよ。」

 

 

 

 掲示板の前にやってきた一行は、ぽつぽつと張り出してあるクエストを吟味していた。

 

「カ、カズマ!巨大熊の討ば!『 却下!』」

「これなんてどうでしょう?ホワイトファングの群れの討伐です。」

「どれどれ…うん。食い散らかされるのがオチだ。却下。」

「カズマカズマ!迷いの森に住み着いた死霊王の討伐ですって!私にうってつけだと思わない?!」

「…一人で一生迷ってろ。却下だ!」

 

 皆、自分の欲求を満たす為だけに高難易度のクエストを選んでいく。カズマは、装備を一新しても纏まりの無いパーティーにげんなりしていると、隣で掲示板を見ていたヴァンが声を掛けてきた。

 

「カズマ君。ゾンビメーカーの討伐なんてどうかね?初心者向けのクエストらしいよ。」

「ゾンビメーカー?…へえ。低級悪霊の類なのか。あ、街にも迷惑掛けてるな。…レベル的にも丁度良いし、これにするか。」

 

 女性陣はその決定に文句を言うが、カズマは一々聞いてられないと、その一切を無視した。

 

 

 

 そして夕刻。件の敵が現れるまで、町外れの丘の上で夕食を取りながら待機する一行。丘の頂上には身寄りのない人達の共同墓地があり、そこが今回のクエストの目的地なのだ。

 

「あ、カズマ!それは私の口に入るために焼かれたお肉よ!あんたはさっきまで活きの良かった野菜でも食べてなさいよ!」

「うるさい駄女神!今日の食材費、誰が殆ど出したのか忘れたか!てめえは俺の許可無く肉を食うことを禁じる!」

「う…うわ~ん!そんな~酷いよ~!私だって少し出したじゃな~い!」

「二人共食べないのかい?せっかく焼けた肉がかわいそうだね。これは私が頂こう。」

 

『 ああ!』

 

 ヴァンは、二人が争っている間に焼けた肉を頬張り幸せそうな表情になる。何とも騒がしい食事だが、ヴァンはこういう野外での食事も悪くないと思った。

 ふと、共同墓地入り口に目が行く。目に入ったのはフードを被った女性で、墓地内に入ろうとしている最中だった。

 

(こんな時間に墓参り?…ふむ。)「カズマ君。私は少しこの辺りの見回りをしてくるよ。皆はそのままゆっくり食べているといい。」

「? お、おう。何かあったらすぐ呼べよ?」

 

 ヴァンは食事中の四人に手を挙げると、一人先程の女性の後を追う。

 そして墓地内に入り辺りを見回すと、先程の女性が墓地の一角で祈りを捧げていた。ヴァンは近くの茂みから様子を伺う。

 

(特定の誰かに祈りを捧げている様子もない。彼女は一体…しかし今日は一段と冷え込むな。まだまだ冬も来ていないというのに…!?)

 

 ヴァンは目の前を通り過ぎた白い結晶に目を見開く。

 

(この季節に雪が降るだと!?あ、有りえん!一体どういう事だ!)

 

 ヴァンが困惑する間にも気温は更に下がっていく。そしてこんこんと雪が降る中、フードの女性が腕を広げ語りかけるような声を出した。

 

「…不死の王が命ずる。行き場の無い彷徨える魂達よ。我の命に従い、この場に集え。」

 

 すると、彼女が刻んだのであろうか、彼女を中心に大きな魔法陣が淡い光を帯びて現れた。

 

(不死の王!?彼女はリッチーだというのか!…ちっ!魂が集まりだした!このままではアクセルが危ない!)

 

 リッチーに普通の攻撃が効かない事は分かっていたが、ヴァンはそうも言ってられないと、斧槍を構え勢いよく飛び出した。

 

(アクア様が魔法の気配を感じ取って来て下さるはず!)「そこまでだリッチー!何を企んでいるかは分からんが、思い通りに行くと思うな!」

「え?あ、あの何でここに人が?ってぶ、武器を下げて下さい!私は悪い事はしていません!」

「ふん!大魔導師の成れの果てが、随分と幼稚な言い訳だな。そんな言葉に騙されるか!目的を言え!」

「ほ、本当ですって!私は管理人さんに頼まれて定期的に浄化しに来てるだけで…あ、そうだ!私この街で魔道具店をやっているんです!ほらこれ証明書です!」

 

 幼さの残る笑顔で徐に近付いてくるリッチー。ヴァンは斧槍を構え直しリッチーを牽制した。

 

「それ以上近付くな!…その証明書とやら、その場に置いて後ろに下がれ。」

「わ、分かりました。………ど、どうぞ。御覧下さい。」

 

 リッチーが後ろに下がった事を確認すると、ヴァンは牽制しながら証明書拾う。

 

(…ふむ。確かに出店証明書のようだな。ウィズ魔道具店、提出人ウィズ………はて、ウィズ?)

 

 ヴァンはウィズという言葉に何かが引っ掛かる。なんとか思い出そうと首を傾げていると、リッチーがおずおずと声を掛けてきた。

 

「あ、あのう…信用して頂けましたか?」

「………リッチーよ。今からいくつか質問をする、正直に答えよ。このウィズというのはお前の名前か?」

「は、はい。そうですけど…」

「年齢は20歳となっているが、これも本当か?」

「そ、そこはその…ちょっと誤魔化してます。」

「爆裂魔法はいくつ使える?」

「確か、5つくらい開発したよう………ん?」

「…現役時代と比べて、随分と丸くなったようだね。」

「え、ええ、色々ありまし…って!な、何でそんな事知ってるんですか!?」

 

 ウィズはヴァンの質問に驚きを浮かべる。ヴァンは武器を下げ、最後の質問を投げかけた。

 

「ダスティネス・フォード・ヴァントゥスという名前に聞き覚えは?」

「は、はいあります。随分前にお世話にな………っえ?あれーーー!!!もももしかして!ヴァントゥスさん!?え、嘘!?最近亡くなったって聞いたのに!けど若い時のお顔にそっくりだし!え?え?」

「やはり、あのウィズだったか…。」

 

 ヴァンはウィズに近付き証明書を手渡す。そして未だに驚いているウィズに苦笑いを零していると、遠くからアクアの叫び声が聞こえてきた。

 

「あーーー!なめくじリッチーがこんな所で何してんのよ!悪事なんて許さないんだからね!」

「え、ええ?な、何あの人?あ!ちょ!?私の魔法陣を壊さないで下さい!浄化してる魂達が散ってしまいます!」

 

 アクアは魔法陣の一部をこれでもかと踏み荒らしていく。カズマは必死に止めようとするが力が強いアクアを止めきれないようだ。そこにヴァンも助太刀に入る。

 

「ア、アクア様!少し落ち着いて下され!この者は私の旧友でして、決して悪い事は致しません!」

「ヴァン!何言ってるの!相手はリッチーなのよ。騙されているだけかもしれないじゃない!」

「そ、その辺りも既に確認致しました!間違いなく私の友です!」

 

 アクアは、そこまで聞いてやっと踏み荒らすのを止めた。しかし、その視線は冷ややかで、ウィズに至っては完全に縮こまっている。

 

「んで?その旧友とやらが何でこんな所にいるのよ?さっさと答えなさい。」

「っひ!」

「アクア様、ウィズが怯えております…。ここは私が説明致しましょう―――」

 

 ヴァンはウィズの過去に触れないように、現状だけを切り取って話し始めた。

 

「―――と、いう訳で定期的に除霊を行っているのです。ウィズはリッチーですが、元冒険者で人間の街に長年店を構えている事から、害をなす存在ではないと進言致します。」

「………はあ。分かったわ。ヴァンがそこまで言うなら、今日!だけは見逃してあげる。けど少しでも害をなすような真似をして御覧なさい。容赦なく浄化するんだからね!」

「ひ、ひぃ!わわわ、分かりました~…」

 

 旧友が浄化されるのを何とか防いだヴァンは、安堵感から息を漏らす。それを見計らってカズマが口を開いた。

 

「ああっと、ウィズさんだっけ?浄化してたって言ってたけど、俺達もゾンビメーカーを退治しに来たんだ。何処かで見なかったか?」

「え?ああ、あの子の事かな?あの子ならふらりと私の所に来たので、一緒に浄化してあげましたよ?ふふ、幸せそうにしていました。」

 

『 ………。』

 

 微笑むウィズを見ながら、一行は真顔になる。今回のクエストはゾンビメーカーの討伐。パーティーの誰かが討伐しないと依頼達成とならない。よって今回のクエストは失敗となったのである。

 

「わ、私に害を成すなんて恐れ入ったわ…。こんのなめくじリッチー!いい度胸してんじゃない!宣言通り塵も残さず浄化してあげるわ!【ターンアンデッド】!!!」

「え?え?わ、私なにかいけない事しちゃいま……きゃーーー!あ、熱い熱い!身体が消えちゃう!私リッチーなのに浄化されちゃうーーー!!!」

 

 ウィズは見る見る内に身体が薄くなっていく。アクアの神聖な浄化魔法は、不死の王をも容易く浄化してしまうのだ。

 消えゆくウィズを見ながら狂気の笑みを振りまくアクアの頭に、カズマの拳骨が振り下ろされる。

 

「あいた!ちょっと何してくれてんのよカズマ!リッチーを浄化出来ないじゃないのさ!」

「いい加減にしろ!何も浄化しなくてもいいだろうが!」

「ウィ、ウィズ!大丈夫か!身体はまだ見える!まだ助かるぞ!」

 

「ヴァンも大分落ち着け!!!」

 

 

 

 その後、浄化されてしまってはどうしようもないと、大人しくギルドに報告に向かう一行。最後尾のヴァンとウィズは、四人に聞こえないように話をしていた。

 

「ウィズ、済まなかったね。」

「いえ、私が悪いんですから気にしないで下さい。それよりも驚きましたよヴァントゥスさん。貴方もリッチーになったんですか?」

「いやいや、私に儀式を行うだけの知識なんて無いよ。…まあ、その事は追々話していこう。ああ、それからウィズ。私の今の名前はヴァントゥスでは無く、ヴァンと名乗っている。今後はそう呼んでもらってもいいかな?」

「え、ええ。それは構いませんけど。…そうだ!積もる話もありますし、何時でもいいのでうちの店に来て下さい!おもてなししますよ!」

 

 ヴァンは笑顔を振りまくウィズを見て苦笑いを零す。思いついたように誘ってきたのは、商売半分、昔話半分なのだろう。

 ヴァンはウィズに手を差し出す。彼女は微笑みながらその手を握り返した。

 

「まさか知己に出会えるとは思ってもみなかった。これからも宜しく頼むよ。ウィズ。」

「ええ、こちらこそ。沢山話したいことが有るんです。何時でもお待ちしていますね。ヴァンさん。」

 

 

 

 手を握ったままお互いに微笑み合う。済んだ夜空に、一筋の流れ星が尾を引いた。一度途切れた繋がりを、再び繋ぐように―――

 

 

 

「けど、最初に武器を向けられた時は驚きましたよ。話くらい聞いてくれても良かったじゃないですか?」

「ぐ…済まない。相手が相手だったからね。気が動転していたのだよ…。」

 

 これではめぐみんやアクアの事を言えないな。とヴァンは深く反省するのであった。

 




天国のテラへ

昨日ダクネス君が合流したのは書いたね。
何と今日は懐かしい友人に再会したのだ。
憶えているかい?以前屋敷に招待したウィズだよ。
昔と違って、とてもお淑やかになっていた。昔はあれだけ暴れ―――


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第七話 おじいちゃん、心を鬼にする。

ー冒険者ギルドー

 

 

 

「お、ゾンビメーカーよりトロいやつが来たぞ!」

「ぎゃはは!ゾンビメーカーにゾンビにでも変えられたんじゃないか!」

 

 酒場内に嘲笑が沸き起こる。ウィズの件以降、クエスト失敗の報告が広まったのか、連日カズマに向けられるのは不愉快な視線だった。

 一行はそんな中、新たなクエストを求め、掲示板の前に陣取っていた。

 

「そろそろ我慢の限界なんですが?ギルドを粉微塵に吹き飛ばしてもいいですかね?」

「大概の事では怒らないと自負していたが、連日ともなるとな…。よし片っ端から腕相撲を挑んで、笑っていた連中の腕を、再起不能になるまで砕いてこよう。」

 

 真紅の瞳を怪しく光らせるめぐみんと、拳を鳴らすダクネス。カズマは溜息を一つ吐いて二人を止めた。

 

「…二人共ほっとけ。その内飽きて言わなくなるだろ。」

「そうよ二人共。カズマの国にはこういう言葉があるわ。因果応報。自分のやった行いは悪行、善行に関わらず、全て自分に返ってくるって意味よ。その内あの酔っぱらいには、手痛いしっぺ返しが下されるわ。」

「…よく知ってんな…馬鹿なのに。」

「ちょっとあんた!折角フォローしてあげたのにその言い方は何よ!」

「…まあまあアクア様。カズマ君も少なからず気が立っているのでしょう。先程の言葉通り、我々は我々の出来る事を、コツコツとやって行こうではありませんか。」

 

 カズマに突っかかろうとしたアクアを抑え、何とか宥めたヴァンは苦笑いを零す。しかし、ヴァンも少なからず苛ついており、平静を保つのに苦労していた。

 そこに、カズマ一行の平静を脅かす存在が、覚束ない足取りで現れた。

 

「おいおいゾンビ君~。ひっく!クエスト失敗するから難しいクエストはよした方が良いんじゃないの~?ぎゃははは!」

「…はいはい、ゾンビゾンビ。あっちで大人しく酒でも飲んでろよ。」

 

 軽くあしらわれた酔っぱらいは一瞬眉をひそめ、更に突っかかってきた。

 

「ああ?てめえ、上級職に負んぶに抱っこのくせに随分と偉そうじゃねえか。何々?最弱職の自分が偉いって勘違いしちゃってんの?ぎゃはは」

 

「…これなんてどうだ?」

「ふむ…ほう、ゴブリンの討伐か。アクセル近辺に出るとは珍しいね。うむ、これなら我々でも出来そうだね。丸一日掛かりそうだ。しっかり準備していこう。」

 

 酔っぱらいは、自分の話を無視してクエストを吟味する一行に苛立ち、尚も叫び続ける。

 

「何だあ?ゴブリン狩りかあ?止めとけ止めとけ、どうせ失敗するのが……あ~、分かったぞ~。」

 

 酔っ払いは下卑た笑みを浮かべ、カズマとヴァンに絶対に言ってはならない事を口走ってしまった。

 

「お前らあれだろう~?上級職にゴブリン狩りやらせて、その後三人としっぽりやるんだろう~?ひゃひゃひゃ!いや~、羨ましいねえ。俺とパーティー交換してくれよ~。ぎゃははは!」

「………。」

「………あ~、君は名前は何というのかね?」

「ああ?俺は~ダストだ。何だ?酒でも奢って!―――」

 

 ヴァンは、ダストが言い終わる前に、腕の関節を決めて床に組み伏せる。その顔は怒りに満ちており、彼の事を知る人々は驚きを隠せないようだ。

 

「この愚か者が!私とカズマ君だけなら見逃してやろうと思ったが!女性に対して言っていい事と悪い事も分からんのか!」

「いでででで!て、てめえ!こんな事して唯で済むと…いだだだだ!」

 

 ヴァンは、ダストの反抗的な態度に更に腕を締め上げる。そこに、ゆらりとした足取りでカズマが近付き、ダストの顔の前でしゃがんだ。

 

「おいダスト…。俺の名前はカズマだ。お前はあいつらとそんなにパーティー組みたいか?」

「は、はあ?んなの当たり前だろ!三人共上級職なんて最高のパーティーじゃねえか!」

 

 ダストの言葉に、カズマは笑顔を作り、ヴァンに聞こえないようダストの耳元で囁きかける。

 

「………ぐ、ぐへへ 。ほ、本当にいいのか?じゃ、じゃあ取り敢えず一日だけ交換しようぜっひっひっひ。」

「ああ、お前がそう言うならそれでいい。これはお前の、お前だけの物語なんだから。」

 

 カズマはダストにそう告げると、ヴァンの肩を叩き、一つ頷く。

 

「ヴァン。離してやってくれ。こんなに代わって欲しいっていうんなら、一度交換してみようじゃないか。」

「カズマく…」(…待てよ。そういう事か。…ふ、やるじゃないかカズマ君。やはり君は指揮官としての才能がある。)

 

 カズマの意図を汲んだヴァンは大人しく拘束を解く。ダストはだらしない顔のまま、自分の仲間達の下へ事情を説明しにいった。

 カズマとヴァンも女性陣達の下へ戻り、事情を説明する。

 

「―――つう訳だ。このままじゃ噂が無くなっても、ダストとその仲間達とギクシャクするだけ、それは嫌だろ?」

「ま、まあそれはそうだが…。」

「悩むなって。お前の防御力、あいつに見せ付けて来い。」

「い、一日だけなんですよね?そうすればまた元通りなんですよね?」

「ああ。ダストがそう言ったんだ。あいつが気に入らない限りはそれっきりだよ。」

「仕方ないわね。これを期に、私達の存在がどれだけ偉大か、カズマに分からせてあげるわ。」

「お前はさっさと俺に回復魔法を教えて、一生帰ってくんな。」

「うう…うわ~ん!酷いよ~!」

 

(うむ。彼女達を利用するのは良心が痛むが、時には非情になる事も必至。よく分かっているじゃないか、カズマ君。)

 

 ヴァンは、カズマを見ながら感心するように何度も頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、ダストのチームメンバーとカズマがクエストを受注していた。色々と馬鹿にされているがカズマの表情は何故か明るい。

 そしてダスト率いる女性陣達もクエストを吟味していた。

 

「おいダストとやら!私のクルセイダーの力、お前に示すためにはゴブリンなどでは生ぬるい!ここは巨大熊の討伐を受けるぞ!」

「む、無理無理!俺殺されちゃうって?!」

「おい、ゴブリンなんて雑魚じゃなくて、これくらい凶悪なモンスターを選んでくれませんかね?」

「………は、はあ!?ホワイトウルフの群れの討伐!?だ、駄目駄目!対処しきれないって!」

「はあ…あんたさっきから無理無理、駄目駄目言い過ぎよ。私はカズマ如きに蔑ろにされて苛立ってんの。カズマが思わずアクシズ教に入るくらいのクエストじゃないと、私は受けないわよ。」

「ちょ!我儘言わないでくれよ!あんたらが凄いのは分かってるが、それじゃ俺が追いつけねえって!」

 

 カズマは、女性陣に振り回されているダストと肩を組み、小声で語りかける。

 カズマの囁きに耳を傾けたダストは鼻の下を伸ばした。しかし彼女達が選んだクエスト内容を思い出し、直ぐに表情を戻す。

 

「し、しかしよカズマ。流石に高難度クエストは厳しいって。お前からも何か言ってくれよ。」

「そのくらいなら任せとけ。」

 

 カズマが女性陣の下へ行く。そして少しの会話の後、勝ち誇った表情で戻ってきた。

 カズマの囁きに更に鼻の下を伸ばしたダストは、下卑た笑みを浮かべたまま女性陣の下へ戻り、クエストを受注し始めた。

 それを見届けたカズマは、ヴァンの下に向かう。

 

「ヴァン。お前は俺と一緒に―――」

「ああ、その事なんだがね。私は女性陣に付いて行こうと思うよ。なあに大丈夫、君の考えは分かっておるよ。私は一切手出ししない、見ているだけだ。」

 

 カズマはヴァンの提案に汗を一筋垂らし、驚きの表情を見せる。その表情を見たヴァンは、微笑みながらウィンクをした。

 

 

 

 ダスト達が受けたクエストは、森の一角を住処にしたゴブリン達の討伐だ。ダストと女性陣、それにヴァンを加えた五人は目的地へと向かう。

 

「ちっ!野郎はお呼びじゃないんだけど。」

「はっはっは。私の事は気にしなくていいよ。私は唯の監視役だ。一切手出しせんよ。」

「は?お前そういう趣味なのかよ。ま、まあ別にいいけどよ。」

「趣味?何の事かね?」

 

 彼らの話がいまいち噛み合わない中、ダクネスが手を挙げ四人の足を止める。一行は茂みに身を隠し、様子を窺った。

 

「この先の開けた所にゴブリンが居るな。40匹くらいか、滅茶苦茶多いぞ。」

「何を怖気付いているのですか。あんな連中、私の爆裂魔法で一網打尽ですよ。」

「え?君、爆裂魔法なんて使えるのか!すげえ!これなら一瞬でクエストクリアだぜ!」

 

 ダストはめぐみんの力を褒め称える。それに気を良くしためぐみんは胸を張って偉ぶった。しかしダクネスが待ったを掛ける。

 

「めぐみん。爆裂魔法は撃って構わない。構わないのだが、出来れば20匹程残してはくれないだろうか。私の力をこいつに知らしめる為に必要なのだ。」

「ダクネス、それじゃ私が満足出来ないじゃないですか。10匹残します。それで手を打ちましょう。」

「10匹か…。分かった。それで我慢しよう。」

 

 交渉が成立すると、めぐみんが徐に立ち上がる。そしてヴァンに向かって意味深な笑みを浮かべた。

 

「ヴァン。我に課せられた使命、憶えていますか?」

「ん?…ああ、エクスプロージョン・レイの事かな?…まさかもう形になったのかね!?」

 

 ヴァンが驚くとめぐみんは得意気に鼻を鳴らす。

 

「我は紅魔族随一の魔法使いなのですよ。爆裂魔法と名の付くものは、等しく我の手中に収まるのです。」

「おお、流石はめぐみん君!君が仲間に入ってくれたのは正解だったようだね!」

 

 めぐみんは反り返りそうな程胸を張った。そして一通り偉ぶると、杖を構え爆裂魔法の構築を開始する。 

 集中するめぐみんの足元に魔法陣が展開される。そして杖を高々と掲げると、その頂点に一枚、また一枚と精巧な魔法陣が現れ、それらが連なるとめぐみん大の球体状の魔法陣が完成した。

 

「ど、どうですかヴァン!はあ…はあ…。完璧な球体でしょう?」

(ふむ。ウィズが使っていたレイは掌に収まるくらいの大きさだったが…まあ初めてにしては恐らく上出来なのだろう。後でウィズの所に行って聞いてこよう。)

 

 ヴァンは笑顔で頷く。それを見ためぐみんは、大粒の汗を流しながらゴブリンの群れに球体を向けた。

 

「くっ!…はあ、はあ…。維持するので精一杯です!もう撃ちますよ!これがもう一つの爆裂魔法!【エクスプロージョン・レイ】です!」

 

 めぐみんがそう叫ぶと、球体の魔法陣が輝き出す。そしてその光は一点に収束していき、全てを爆散させる無音の光を解き放った。

 放たれた光を仰ぐ一行。その光は雲を突き抜け、静かに消えていった。

 

『 ………。』

 

「そ、そんな…ぷへ…」

「お、おい!大丈夫か!?」

 

 全魔力を球体の維持と射出に使っためぐみんは、その場に倒れてしまう。慌てて近付いたダストにヴァンは声を掛ける。

 

「ごほん…これで脱落者は一名だ。さあダスト君、皆に次の指示を出し給え。」

「だ、脱落者ってなんだよ!?『めぐみん、よくやった!後は私に任せろ!』ってあんた!勝手に動くな!」

 

 めぐみんが失敗した事により、劣情のボルテージが最大に達したダクネスは、ダストの言葉など聞きもせず単身ゴブリンの群れに突撃していった。

 そして群れの前に躍り出たダクネスは、息を荒くして大声で叫んだ。

 

「はあはあ…見ていろダスト!これが私の力だーーー!!!」

 

 両手剣を構えたダクネスは、ゴブリンの群れに斬りかかるも全く当たらず、飛び掛かってきたゴブリン達に集られ、姿が見えなくなってしまった。

 

「ああ!あのままじゃやられちまう!お、おいアークプリーストのあんた!彼女に支援魔法を!」

「………話し掛けないで。今、働き蟻を数えてるんだから。」

「そんな事どうでもいいだろう!?」

 

 アクアが頼りにならないと悟ったダストは、腕を組んでゴブリンの群れを眺めるヴァンに目を向ける。

 

「…ん?どうしたんだい?早くしないと、ダクネス君がやられてしまうかもしれんよ?」

「お前は何でそんなに冷静なんだよ!死んじまうかもしれないんだぞ!?」

「その時はその時さ。来る時にも言ったが、私は一切手出しせん。君でなんとかし給え。」

 

 ダストは自分の言う事を一切聞かない四人を見て、思わず頭を掻き毟る。

 

 

 

「ああ、もう!何なんだよこのパーティーはーーー!!!」

 

 

 

 

☆☆

 

 

 

 

 一方その頃。カズマ達のパーティーは、彼の機転により実に好調なゴブリン狩りを行っていた。

 

「うひゃひゃひゃひゃ!こんな簡単な狩り初めてだぜ!おらおらー!避けれるもんなら避けてみやがれー!」

「キースにばっかり格好付けさせないよ!私だって魔法ばんばん使っちゃうんだから!」

「リーン、キース!俺の分も残しておけよ!よっしゃ来いやー!このテイラー様に近付いてきたやつは、もれなく真っ二つにしてやるぜ!」

 

 三人は余りにも順調すぎて、全てを支配する絶対者のような気分になっていた。そんな彼らを見たカズマは、口元を歪ませ、意味深な笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 山の上で絶対者達が猛威を奮っている頃、絶賛絶不調のダスト一行はというと。

 

「ぬあーーーんん!おのれゴブリン共め!その汚物に塗れた武器で私を汚す気か!そして私が弱った所を巣に連れ帰り、慰みものにして孕ませる気だろう!負けない!私は負けないぞーーー!」

「あんたは一体何を口走ってんだー!頼むからいい加減に下がってくれー!」

 

 この世界のゴブリンはメスもしっかりおり、同族同士で繁栄している。ダクネスが連れ去られても食べられるだけなのだが、彼女の中ではそうではないようだ。

 ヴァンはふと森の奥に目を向ける。何かがこちらを見る気配があったが、その姿は何処にも見えない。気の所為かと、ゴブリンの方に意識を戻そうとすると、アクアが声を掛けてきた。

 

「ヴァン、気の所為じゃないわよ。」

「む、アクア様。さっきの僅かな気配を感じ取られましたか。流石でございますな。」

 

 ヴァンは、時折見せるアクアの女神らしい力に改めて敬服する。

 

「ええ、あのゴブリンの中にじっと私を見てくるやつがいるわ。この女神である私を食べようだなんて不届き千万ね。」

「………流石でございます。アクア様。」

 

 見当違いの女神の力に脱帽するヴァン。そこで、先程こちらを見ていた気配をまたも感じた。

 

(ふむ。やはり気の所為では無いな。…ダスト君もダクネス君に気を取られて気付いてないか。ここは手助けしてやろう。)「ダスト君。」

「下がれっつってんだろうが!…ああ!?何だよ?今忙しんだけど?!」

「うむ。ゴブリン以外にこっちを見ているものが居る。気を付け給え。」

 

 ヴァンの助言を訝しげに聞いたダストは、一旦ダクネスから意識を離し、辺りに気を配る。

 

「………嘘だろ。マジじゃねえか。狙ってんのはダクネスって子か。いや、まずは女からって所か…」

「ほう、そこまで分かるのかね。…む!来るか!」

 

 ヴァンが警戒を強めると、ダクネスが戦う場所より更に奥、その茂みから一匹の巨大な獣が飛び出してきた。

 

「しょ!初心者狩りだ!ああ、俺の馬鹿!ゴブリンなんて旨い獲物、ここらに出るなんておかしいと思ったんだ!」

 

 ダストが悔やんでいる中、初心者殺しが現れた事により、ダクネスに集っていたゴブリン達が一斉に逃げ出した。

 

「ああ!何処に行くんだお前達!まだ私の熱は冷めていないのだぞ!………ん?おお!も、もしや初心者狩りか?!ぐ、ぐへへ…ゴ、ゴブリンより大物が来たか…じゅるり。」

「ば、馬鹿かてめえは?!敵いっこねえ!逃げるぞ!」

 

 必死に止めようとするダストの横を、青い長髪が横切る。段々と表情を歪めるダスト。アクアは彼の嫌な予感を見事に表現した。

 

「やっと出てきたわね!このアクア様に相応しい敵が!」

 

 拳を鳴らしながら怪しく目を光らせるアクア。そしてその拳に神気を纏わせ、威勢よく飛び出していった。

 

「私は女神アクア!あんたみたいな大きな猫は猫用おやつでも舐めてなさい!ゴーーーッド!ブローーー!!!」

「や、やめろ!行くんじゃねえーーー!」

(いかん!ダスト君のお仕置きもここらで終わりか!)

 

 初心者殺しの顔面めがけ、ゴッドブローを放つアクア。その速度は凄まじく、常人には目で追うのがやっとだった。そう、常人には。

 初心者殺しは殴られそうになる寸前に首を傾け、アクアの攻撃を難なく避ける。そして横切ってきたアクアの頭に思いきり喰らいついた。

 

「ぎゃーーー!痛い痛い!お、お願いー!誰か助けてー!ちょ!?揺さぶらないで!折れる!折れちゃうからーーー!」

 

『 ………。』

 

 首の骨を折ろうと身体を揺さぶる初心者殺し。それに抵抗するように敵の鼻先を掴んで必死に堪えるアクア。普通なら噛まれた時点で頭を砕かれるはずのアクアに、ダスト達は驚愕の表情を隠せなかった。

 

「な、何なんだよあの女…初心者殺しに噛まれて死んでねえぞ…」

「…う、うむ。」(そう言えばカズマ君が、アクア様の羽衣は神器で凄い力があるかも、と言っていたな。まさか、ダクネス君並の防御力が備わっているとは。)

 

「ぎゃーーー!額からちょっと血がーーー!うわ~ん!痛いよー!」

 

 アクアは何度も首を振られて、泣きべそをかき始めた。そんなアクアを助けるかのように、ダクネスの手が初心者殺しの頭を掴み、その動きを止めてみせた。

 

「アクア!大丈夫か!」

「ダ、ダクネス~、痛いよ~助けて~。」

「今こいつの口を抉じ開けてやる!その内に逃げるんだ!…ふん!」

 

 上顎と下顎に手を入れたダクネスは、力を込めて初心者殺しの口を開いていく。アクアはその内に脱出し、その場に座り込んで本格的に泣き始めてしまった。ダストはその光景を見て、開いた口が塞がらない様子だ。

 

「あ、あ、あ…」

「うむ。あれは想定内だ。」

「そ、想定内なのか!?恐えよ!!!」

 

「はあ…はあ…。アクアばかりずるいぞ。…んん!初心者殺しの強力な咬合力。噂には聞いているが一体どれ程のものなのだ。フヒヒ…」

 

 ダクネスは、開いたままの初心者殺しの口に自分の頭を入れ手を離した。自由になった初心者殺しは、仕返しとばかりにあらん限りの力でダクネスに噛み付いた。が、ダクネスは叫ぶこともせず、腕を組んで分析を始めた。

 

「ふむ。中々の力だがいまいちだな。頭の角度が悪いのだろうか?…お、おい。暴れるんじゃない。今良い位置を探しているんだ。大人しくしろ。」

 

 初心者殺しは、身体を揺さぶってダクネスの首を折ろうとするが、当のダクネスはピクリとも動かない。ダクネスは先程と同じ様に口を抉じ開けると、今度は顔を横向きに入れ直し手を離す。

 そして、また思いきり噛まれ始めたダクネスは、目を見開き恐るべき分析結果を出した。

 

「む!これだ!横向きの方が僅かばかし痛みが強い!よーし、噛め!どんどん噛んでこい!お前の力!私に見せてみろ!!!」

 

 初心者殺しは、肉を噛みちぎるような生易しい力では無く、鉄でも砕くのではないかと思わせる力で、ダクネスを噛みしめる。だが、ダクネスは力を入れられる度に顔を劣情に歪ませ、全く堪えている様子がない。

 そんな気が狂いそうな場面を見たダストは、その場に力無く膝を付いてしまった。

 

「な、何なんだよこいつら…こんな馬鹿げたパーティー…やってられっか。こんなはずじゃなかったのに…俺の秘密の園計画が…。」

「ん?ダスト君、秘密の園計画とは何の事かね?」

 

 ダストは、ヴァンの言葉に訝しげな顔をする。

 

「はあ?何って、クエストさっさと終わらせて、三人としっぽりやるって事だよ。お前はそれを見たいからこっちに来たんだろ?カズマから言ってきたんだぜ?聞いてないのかよ?」

 

 ヴァンはその言葉を聞くと、ダクネスに向き直り大声を上げた。

 

「ダクネス君!もう遊びは終わりだ!こっちに来てくれないか!」

「え、ええ!?も、もう少しだけだけ―――」

「ダクネス君!」

「わ、わわ分かった!」

 

 ヴァンの威圧に負けたダクネスは、後ろ髪引かれる思いで初心者殺しの喉元に拳を打ち上げる。その強烈な一撃で呼吸が出来なくなった初心者殺しは、その場で酸欠状態となり気絶してしまった。

 

「う、嘘だろ…初心者殺しに勝ちやがった… 『さて、ダスト君。』 ひ、ひい!」

 

「秘密の園計画。その詳細を聞かせてもらおうではないか。」

 

 ダストは、圧倒的な雰囲気を醸し出すヴァンに悲鳴を上げてしまう。そこに、アクアを回収したダクネスも加わり、見下ろされながら尋問を受けるのであった。

 

 

 

 

 

 一方カズマ達は。

 

「いやあ、こんなにさくさく終わるとは思ってもみなかったぜ!カズマ様様だねこりゃ!」

「本当よね~。ねえカズマ、このままこっちのパーティーに入っちゃいなよ。」

「こら、カズマには帰るべき場所があるんだ。無理に引き止めるな。…けど、カズマの才能を手放すのは本当に惜しいな。………いっそダストを解雇しようか…」

 

『それ、いいね!』

 

 ダストが聞けば、何処までが嘘で何処までが本当かも分からない、そんな恐ろしい話をし始めた三人。

 

「ニィヒ!」 

 

 カズマはそんな三人に聞こえないように、静かに、それでいて悪魔的に笑った。

 

 

 

 

 

 自分が解雇の危機に瀕しているなど、露程も知らないダストは、正座で尋問を受けている最中だった。

 

「それで?一体カズマ君は、何と言って君を誑かしたのかね?」

「そ、それは―――」

 

 ダストは昨日の事を思い出しながら語りだした。

 時間は、ダストが組み伏せられ、カズマが耳元で囁く所まで戻る。

 

『「そうか…。ダスト、パーティー交換受けてもいいぜ。あいつらの事は好きにしていい。どんな事でもやっていいぞ。……おおっとダストさん、今お前の頭の中で、あ!んな事や、こ!んな事が繰り広げられているな? 交換を受けてくれたら、それが全て現実のものになるぞ? ダスト、お前は勇敢な戦士だ。今お前の目に映っているのは、勇敢な戦士に相応しい、最っ高!の女達だ。このまま、永遠に、秘密の園で戯れていいんだよ?何も遠慮することはないんだよ?」』

 

「―――って感じで囁かれました…」

 

 アクアとダクネスは、話し終えたダストを軽蔑の目で見下し、めぐみんは倒れた状態でぶつぶつと爆裂魔法を詠唱しだした。

 

(あの子も愚か者、いや、悪知恵が働く子と言った方がよいか。…私が先に怒ったせいで、彼に考える時間を与えてしまった、と言う事になるな。)

 

 ヴァンは頭を抱えながら溜息を吐く。ダストは、そんなヴァンに恐る恐る口を開く。

 

「な、なあ?俺はあいつに誑かされただけなんだ?ゆ、許してくれるよな?」

「馬鹿者、それとこれとは話が別だ。クエストが成功したら、彼女達に乱暴する気だったのだろう?同意もないのにそんな事をして、許されるとでも思っておるのか。」

 

 ダストは観念したかのように肩を落とす。ヴァンは腰を落としダストの肩を叩くと、真剣な表情で話し出した。

 

「今日一日、このパーティーで戦う事の大変さは判ったかね?」

「…それは身を以て分かった。カズマの事、負んぶに抱っことか言って悪かったよ。」

「分かってくれればいいよ。…ではこの件はこれで終わりにしよう。」

「はあ。やっと開放された…もう懲り懲りだぜ…『何をやってるんだい?まだ終わっておらんよ?』…え?え?」

 

 膝を崩そうとしたダストの前に、アクアとダクネスが立ちはだかった。二人共拳を握り、ダストを睨んでいる。

 

「お、おいあんたら…」

「これ以降、こいつの毒牙に掛る女性冒険者が出てくるとも限らん。そもそも私の趣味に合わんのだ!このクズが!」

「あんた、女神である私を犯そうと思ってたわけ?そんなの天罰以上の地獄行きよ?私が直々に送ってやるわ。泣いて喜びなさい。」

 

 ダストは泣き出しそうになる。方や、初心者殺しに噛みつかれても、少しの出血で耐えた女。方や、その初心者殺しを一撃で気絶させた怪力の女。どんな屈強な男でも泣き出さない訳がない。

 ダストはヴァンに助けを求める。ヴァンは微笑んで彼に死刑宣告を言い渡した。

 

「ああ、めぐみん君は倒れておるから…そうだな。ダクネス君。もう一発頼んだよ。」

「心得た。めぐみんの無念、私が晴らしてやる。」

 

 じりじりとダストに近寄ってくるアクアとダクネス。彼は涙を流しながら震えだした。

 

「あ、あの。本当に、す、すみませんでした!かか勘弁して下さい!!!」

『 …死刑!』

 

 

 

「ぎゃあーーー!!!」

 

 

 

 一方その頃、カズマ達は。

 

「アクセルと~ちゃ~く!ん?雨降ってきたな?…まあいいか!初心者殺しにも出くわさなかったし、今日は最高の一日だったぜ!これからも宜しくな!カズマ!」

「うんうん!私は最初からカズマの事信じてたからね!それにしてもいい汗掻いた~!今日のクリムゾンビアは最高だろうね!」

「ああ!今日はカズマのパーティー加入祝いだ!パァーっと行こうぜ!」

 

 テイラー達三人は何処か様子がおかしい。皆、カズマのパーティー入りを最初から決めていたかのような口ぶりだ。最後尾のカズマは、心の中で全てが終了した事を確信した。

 

(…ミッションコンプリ~ト~っひっひっひ!ヴァーーーカダストめ!もうこのパーティーにてめえの席ねえから!!!不良品を押し付けられたとも知らず、俺のハイエンドな口車に、まんまと乗せてやったぜ!ケケケ!ヴァンがあそこで怒ってくれたお陰で、考える時間が出来た!そう!へっぽこ娘お引取り作戦をな!)

 

 下卑た表情を浮かべるカズマの心の中は、天使のカズマなど既に出ていっており、悪魔のカズマが我が物顔で居座っていた。

 

(けど、ヴァンがあっちに付いて行くのは予想外だった。…まあ、俺にはプランBがある。心配することはねえ…それにしても、ヒヒ!やっとまともなパーティーになったぜ!俺の冒険はここから再スタートだ!!!)

 

 カズマは、ヴァンが既に事情を聞いて静かに怒っているとも知らず、新生カズマパーティーの今後について、思いを馳せるのであった。

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 カズマ達一行よりも暫く後、土砂降りの雨の中、ダスト達もアクセルに到着した。アクアとダクネスの拳骨を喰らったダストは、そのまま気絶してしまいヴァンに背負われている。静かに怒りを燃やすダスト以外の面々は、黙々とギルドに突き進んだ。

 そしてギルドに到着した一行は、ギルド正門以外に逃げ道が無い事を確認すると、酒場にカズマが居ないか耳を研ぎ澄ませる。案の定、酒を飲んで気分を良くしたカズマの叫び声が聞こえてきた。

 

「…では皆の衆。準備はよろしいですかな?」

 

『 ………。』

 

 女性陣は静かに頷く。そしてヴァンが扉を開くと、テイラー達と楽しく酒を飲んでいるカズマの声が、耳に入ってきた。

 

「ぐへへ~。おいリーン。その尻尾のアクセサリー、本当にアクセサリーなのか~。ちょっと確かめるから、その可愛らしいお尻触らせろよ~。」

「いや~ん、止めてよぉ~。カズマがもっと活躍してからじゃないと駄目ぇ~。」

「ぐへへ~、ほんとに~?よ~し、おじさんもっと頑張っちゃうぞ~!」

 

『 ぎゃははははは!!!』

 

 そこには唯のセクハラオヤジが居た。ヴァン達四人が、こめかみに青筋を立てていると、ダストが大きな笑い声に意識を取り戻した。

 

「っは!ここは…ギルド?………!?あ!て、てめえカズマ!よくも騙してくれたな!こんなおっかねえパーティーどうにか出来るわけねえだろ!こんなパーティーこっちから願い下げだ!」

 

 ヴァンから無理矢理降りたダストは、つかつかとカズマ達の下に近寄る。そして胸ぐらを掴み上げ、彼を睨みつけた。

 

「お、おいおいダスト君。止め給えよ。僕達は今、今後の冒険者稼業について話し合っているんだ。なあ、みんな?………あれ?み、みんな?」

 

 カズマは新たな仲間に同意を求めるが、その仲間達は、普段おちゃらけた態度のダストが、物凄い剣幕で怒っている事に驚きを隠せないでいた。

 そしてダストは、カズマを持ち上げたまま、ヴァン達の方へ思いきり放り投げた。

 

「お、おわぁーーー!っいで!っつ~………て、てめえ放り投げることねえだろ!『やあカズマ君…随分と楽しそうだったね。』ひっ、ひい!」

 

 カズマは、底冷えしそうな声で語り掛けてきたヴァンに、言い知れぬ恐怖を感じる。恐る恐る顔を向けると、四人は笑顔を携えたままカズマを見下ろしていた。

 

(ま、まさかダストのやつ、ばらしやがったのか!?あんの野郎。…っち!仕方ねえ。皆の前で恥ずかしいが、プランBに変更だ!)

 

 カズマは四人の前で正座をし、それは見事な土下座を披露した。

 

「うう…ほ、ほんの一瞬んん、魔が差したんですうう!!!あの時の俺ええ、イライラしててさああ!皆を利用したのはああ、悪かったと思ってるよおお!許して下さいいいいうわ~~~ん。」

 

 カズマは涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにして、ヴァンに懇願する。その迫真の演技こそ、カズマの考えたプラン【泣き土下座のカズマ】であった。

 

(くっ…恥ずかしい!けどヴァンのやつは、何だかんだで俺に甘い!ここまで無様な格好晒せば、あいつの事だ、許してくれるはず!)

 

「カズマ君…もう謝らないでくれ。(きたきたー!俺の演技はヴァンだって見抜けないぜー!)…君は、根本的に勘違いをしておるようだね。『 …へ?』」

 

 思わず顔を上げるカズマ。そこには未だ笑顔を携えたヴァンがいた。ヴァンはその場にしゃがみ、カズマの肩を思いきり掴んだ。

 

「カズマ君。君は、私の目的を忘れておらんかね?私がこの地に来たのは、“アクア様”を無事天界に帰還させる為なのだよ?決して君の為だけに、このパーティーに入った訳ではない。…お仕置きだ。」

「あ、ああ、あああ…。」

 

 カズマは出会った時の事を思い出し身体が小刻みに震えだす。そこにダクネスと、少し魔力が回復しためぐみんがしゃがみ、カズマの耳元で地獄へと誘う言葉を囁いた。

 

「カズマ。私、歩けるくらいには魔力が回復してるんです。それはそうと、私の杖の先をお腹に当てておいてくれませんか?今日は何だか…色々と発散したい気分なのです。」

「め、めぐみん。そ、それはお腹に穴が『 カズマ。』は、はひい!」

「私はな…こんな趣味ではあるが、攻める方もそんなに嫌いではないんだ。…いい声で泣いてくれよ?」

「あ、あが…が…」

 

 カズマは、これから行われる地獄の拷問を想像して、口から泡を吹き出し始めた。そしてそこに、止めとばかりにアクアが囁く。

 

「勇敢な戦士カズマよ。貴方はどうして私達を置いていこうとするの?勇敢な戦士に相応しい、最高の女達なんでしょう?私達とっても悲しいわ…」

 

 怯えるカズマの頬に、撫でるように指を這わせるアクア。そして、艶かしく歩いて反対の耳元に口を寄せると、全てを凍りつかせるような声でカズマに引導を渡した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うふふ…絶対に、逃さないんだから。」

 

 

 

 

 

「いいい、いやあああーーー!!!た、助けてーーー!!!誰か助けてーーー!!!お願いします!何でもしますからーーー!!!」

 

 カズマは形振り構わず暴れだす。しかしダクネスとヴァンにがっしりと固定されており、全く意味をなさない。

 そして、抵抗虚しくギルドの外に連れ出されたカズマは、アクセルの街に凄惨な叫びを響かせた。

 

 

 

 土砂降りの雨の中、雷鳴が轟いた。そのけたたましい音は、カズマの叫びを掻き消すように、次々と鳴り響く。

 彼の悪行を、決して許さないかのように―――

 

 




天国のテラへ

今日は私がカズマ君に甘いせいで、パーティー離散の危機に陥りそうだったよ。
何とか危機は免れたが、彼の思考速度には驚かされた。
皆でお仕置きもしたし、もう馬鹿な事は考えないと思うが…
彼はこの世界の住人じゃない。油断は出来な―――


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第八話 おじいちゃん、勘違い青年にお灸を据える。

チート主人公と戦う普通の敵の気持ちが分かりました。文章が全く思い浮かばず凄く簡素な戦いになってしまうんですね。



ー冒険者ギルドー

 

 

 

「これで【狙撃】と【千里眼】は覚えられるようになったぜ。」

「キース、ありがとうな。」

 

 カズマは数日前にパーティーを組んだキースに、アーチャースキルを教えてもらっていた。

 

「にしても、何でも覚えようとするなお前。何に成りたいんだよ。ひゃっひゃっひゃ!」

「…正直俺にもよく分からん。冒険者って決まりがないからな。案外難しいんだよ。」

 

 困ったように肩を竦めるカズマ。その後も雑談に興じていると、ダストが割って入ってきた。

 

「何だ何だ?スキル教えてたのかよキース?」

「おう、どうしてもっつうからな。ゴブリンの時は稼がせてもらったし、礼だよ礼。」

「ゴ、ゴブリン…うう…ううう…カズマああ!お前苦労してるもんなあ~!その気持ち、よーーーっく分かるぞ!俺達はダチだからなあ!俺に出来ることがあったら何時でも頼ってくれよおお!」

 

 ゴブリン騒動の後、お互いに謝罪した二人。わだかまりが消えた二人に残ったのは、へっぽこ娘達への気苦労の共有だった。そんな事もあり、この二人は今では友人関係にまでなっていた。

 

「お、おう。そん時は頼む。んじゃ、そろそろ戻るわ。」

「ああ?まだいいじゃねえか。…ぐへへ。さっき耳寄り情報をゲットしたんだ。聞いて『 ………ッチ!』ひぃ!!!」

 

 何処からともなく聞こえてきた舌打ちに、ダストは身を縮みこませる。舌打ちをした方を向くと、件のへっぽこ娘代表のアクアが、ダストにガンを飛ばしていた。

 

「あ、あわわわわ…。は、早くあっち行け!俺に近付くな!!!」

「…お前、ぶれっぶれだな…。」

 

 友人関係とは何だったのか。頭を抱え身震いを起こし始めたダストは、カズマを追い返そうとする。そんなダストは放っておき、キースに礼を言ったカズマは四人が座る席に戻ってきた。

 

「…随分楽しそうだったじゃない、勇敢なヒキニート様。」

「ヒキ!?………はあ。もう散々謝ったし、拷問だって受けた。いい加減許してくれよ…。」

 

 カズマはあの時の事を思い出し、身震いを起こした。

 傷付けられては治療され、気が狂いそうになれば治療されの繰り返しで、肉体的にも精神的にも折れることが許されない、生き地獄を味わったのだ。

 

 カズマはそっと涙を流す。

 そこに、紅茶を飲んでいたヴァンが仲裁に入ってきた。

 

「アクア様。カズマ君には十分過ぎる程の折檻を行いました。そろそろ許してあげても宜しいのではありませんかな?…ほら、めぐみん君もダクネス君も…ダクネス君、何で笑っておるのかね。」

「ふ、ふひ?なに、これが噂の寝取られかと思ってな…カズマを私に置き換えて想像していたのだ。」

「わ、私は別に怒っていません。ただ、向こうでのカズマが楽しそうにしてたのが…少しムカついただけです。」

「ヴァン!カズマを甘やかし過ぎよ!こいつはね、悪知恵だけはいっちょ前に働く狡賢いやつなのよ?私達が手綱を握ってやらないと、また暴走しちゃうわ!」

 

「てっめえ!何が手綱を握るだ!お前らの暴走を今まで食い止めてきたのは誰だと思ってやがる!手綱を握ってるのはこっちだ駄女神!」

「何ですってー!カズマのくせに私を制御しようだなんて生意気よ!」

 

 カズマとアクアが取っ組み合いの喧嘩を始めた。その光景を見ていた酒場の冒険者達は、見世物のように盛り上がっている。その中にはダストもおり、カズマの事を応援していた。

 ヴァンは頭を抱える。カズマには紳士的であってほしいと思い、それとなくお手本のような事をしてきたつもりだったが、日に日に冒険者らしくなっていくカズマに、半ば諦めの様なものを感じ始めていたのだ。

 

 

 

 

 その後、カズマのえげつない口撃にアクアが泣き出してしまい、喧嘩の幕は閉じる。

 

「二人共、気は済んだかな…そろそろクエストを見に行こう。…アクア様、お立ち下さい。その悲しみ、クエストにぶつけてしまいましょう。」

 

 

 

 カズマ一行は掲示板の前に赴くと、張り出されているのが高難度クエストばかりで、低難度クエストが無い事に気付く。

 

「低難度クエストが一つもないぞ?どうなってんだ?」

「…珍しい。こんな事も起こるのだな。」

 

「あ、クエストをお探しなんですか?…大変申し訳ありません。現在、北の廃城に魔王軍の幹部らしきものが入り込んでいる、との情報が飛び交っていまして。そのせいか、討伐対象の野生生物が軒並み逃げ出しているみたいなんです。」

 

 ルナは申し訳なさそうに腰を折る。それを聞いたカズマ一行は、お互いの顔を見遣ってどうしたものかと思案する。

 

「冬になる前に出来るだけお金貯めたかったのに、何でこんな辺境に来るんだよ。迷惑な奴だな。」

「全くだ。今から殴り込んで串刺しにして、その首晒してやろうか。」

「ど、どうしたんだよヴァン。何時になく発想が怖えよ。」

 

 前世のヴァンは、青年期には武器を取り、壮年期には指揮を取って魔王軍相手に大立ち回りを繰り広げていた。その時に部下も多くやられており、ヴァンの魔王軍に対する怒りは、計り知れないものになっているのだ。

 

「あ!これなんてどう?私にピッタリのクエストじゃないかしら?」

 

 アクアが手に取ったのは、汚染された湖の浄化という危険度の高いクエストだった。カズマは訝しげな表情でクエストの内容を確認する。

 

「浄化すれば敵は居なくなる、ねえ。…おいアクア。浄化なんて出来るのかよ?あんまり自惚れてると痛い目見るぞ?」

「あんた、今日はやけに絡んでくるじゃない。ふん、まあいいわ。私が何を司る神様か言ってご覧なさい!ヒントはこの美しい髪と瞳よ!」

 

「………聖人君子も真っ青の疫病神?」

 

 ふざけたカズマに飛び掛かろうとするアクア。ヴァンは慌ててアクアを止めると、口早に話を進める。

 

「こら、カズマ君!…アクア様!水の女神たるアクア様にうってつけのクエストで御座いますな!我々は浄化している間、敵の露払いを行えば宜しいのですね?…して、浄化には如何程の時間を要されるのですかな?」

「う~ん…半日くらい?」

「掛かり過ぎだろ!露払いじゃなくて殲滅になっちまうわ!」

 

 カズマは広告を掲示板に叩きつけ、アクアを怒鳴り付ける。アクアは涙を溜め俯いてしまった。

 

「そ、そんなに強く言わなくてもいいじゃない…私だって…役に立ちたいのよ。」

「………あ、ああもう、わあったよ。そこまで言うならやってみろよ。けど、浄化なんてどうやってやるんだ?魔法か?」

「…私クラスの女神になると、身体が触れてるだけで浄化出来るわ。」

「………アクア。要のお前が逃げ回らずに、安全に浄化出来そうな策が有るんだが乗るか?」

 

 ヴァンは、何だかんだで仲間の安全を考慮する、カズマのその性根に苦笑いを零す。

 こうして、カズマ一行の高難度クエストが始まるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ね、ねえカズマ。私、売られる牛の気分なんですけど。本当に大丈夫なんでしょうね?」

 

 カズマの考えた策。それは安全な檻の中からアクアに浄化してもらおうというものだった。荷馬車に牽かれた檻の中で、アクアが不安そうな表情を見せる。

 

「頑丈な檻借りてきたから大丈夫だ。浄化してる間は俺達でモンスターを引き付けておくから、安心して浄化してろ。」

「わ、分かったわ。けど余りにも原始的過ぎて不安だから、魔法も使ってさっさと終わらせるわね。」

「…はあ。お心遣い感謝しま~す。」

 

 カズマは、一言多いアクアに辟易しながらも目的地を目指した。そして到着後、檻を下ろす前に陽動組に今回の作戦を告げる。

 

「よし、陽動組の作戦はこうだ。俺とヴァンとダクネスで、アクアに襲いかかってくるワニを引きつける。めぐみんはやること無いから座っててよし。以上。」

「な!?何故私が待機なのですか!私だって爆裂魔法で敵を減らす事は出来ます!」

「爆裂魔法なんて撃ったら湖の浄化どころか、湖の蒸発になっちまうだろうが!それにヴァンから聞いてるんだぞ?レイの制御、まだうまく出来ないらしいじゃないか。うっかり俺達に当たったらそのままドカン!なんだよ。今日は大人しく見てろ。」

 

 額を指で弾かれためぐみんは、不満から不貞腐れてしまう。そんなめぐみんを放って作戦を纏めた所で、アクアの入った檻を湖に浸ける作業に入る。

 そして湖に浸けた檻を鎖で繋ぎ、近くの大岩に括り付けた。

 

「アクアー!何かあったら遠慮なく言えよー。」

「分かったわー。んじゃ始めるわねー、ちゃんと見といてよー。」

 

 アクアはそう言うと浄化魔法【ピュリフィケーション】を唱え始める。それを見ていた四人はアクアの浄化魔法の威力に目を丸くした。

 

「ほほう。唱えたそばから水が澄んでいくとは。流石はアクア様。素晴らしいお力だ。」

「確かに綺麗になっていくのを見ると感動するな。」

「うむ。アクアのアークプリーストの力は本物だな。まるで水の女神アクア様のようだ。」

 

 その言葉に顔を逸らす二人。ヴァンは不憫なアクアに同情し、カズマはアクアを馬鹿にする様に肩を震わせる。

 

「まあ、アクアはやる時はやりますからね。このまま浄化するのを見守りましょう。」

「ぷふ…。め、めぐみん。それフラグだから…」

 

 そんな暢気な四人の耳に、アクアの叫び声が入ってきた。

 

「ぎゃ、ぎゃーーー!!!来た!来た来た!何かいっぱい来たーーー!!!たた助けて皆あーーー!!!」

 

 汚染された湖に住み着いた巨大ワニ、【ブルータルアリゲーター】が、枚挙に暇がない程押し寄せてきた。

 

「ど、どんだけ住み着いてんだよ!?くそ!ヴァン、ダクネス!直ぐに向かうぞ!」

「うむ!」

「任せろ!」

 

 急いでアクアの下に向かう三人。そして檻をかじられ怯えている彼女に、大声を掛ける。

 

「アクア!ワニ共はこっちで引きつける!お前は浄化をさっさと終わらせろ!ダクネス!【デコイ】だ!」

「分かった!【デコイ】!!!」

 

 水際でダクネスが囮スキル【デコイ】を発動させる。スキルの気付いた数匹がダクネス目掛けて襲いかかろうとする。だが、湖を浄化しようとするアクアが最優先なのか、途中で引き返してしまった。

 

「くそ!デコイが効かないなんてどうなってんだ!」

「カズマ君!デコイが効いたとしても三人で複数の相手は無理だ!一匹ずつ誘き出す方が良いだろう!」

「ええっと…よし!ダクネス!もう一回デコイだ!」

「任せろ!」

 

 ダクネスはもう一度デコイを発動する。ワニ達は先程と同じ様に、一度こちらに襲い掛かろうとするが、またアクアの下に戻ろうとする。

 そこでカズマは、戻ろうとする最後尾のワニを指して、ダクネスに指示を出した。

 

「ダクネス!一番後ろのワニの尻尾掴んで、こっちに引っ張ってこい!」

「そういう事か!」

 

 ダクネスは尻尾を掴むと、岸へ岸へと引っ張り上げていく。それに怒ったワニは、身体を捻らせダクネスに噛み付いてきた。それを咄嗟に受け止めたダクネスは、その力に身体を押し潰されそうになる。

 

「ぐ、ぐぅ!なんて顎の力だ!初心者殺しなんて比じゃないぞ!…良いなこれ!凄く良いぞカズマ!」

「黙れ!そのまま抑えてろよ!【ティンダー】ーーー!!!」

 

 カズマはワニの喉に手を突っ込んで、着火魔法【ティンダー】を放つ。多めに魔力を注ぎ込んだティンダーは、小さな火炎放射となりワニの内蔵を焼いていく。そして内蔵を焼き切られたワニはその場で力尽きた。

 

「おお!初級魔法をそうやって使うとは!凄いじゃないかカズマ君!」

「へへ!意外と馬鹿に出来ねえだろ?よしダクネス!どんどんやるぞ!」

「ふぅ…落ち着くんだ私。まだあんなに居るんだし、じっくり味合わなくても良いんだ。一瞬一瞬を大事にしよう…。」

「このド変態が!早くしろ!!!」

 

 その後、四匹のワニを同じ方法で討伐したカズマであったが、遂に魔力が尽きかけてきた。肩で息をするカズマは、ヴァンの肩を叩く。

 

「ぜえ…ぜえ…。もう無理、交代して…。」

「ああ、ゆっくり休むと良い。後は任せ…」(そうか。先に身体の中に突っ込んでおけば、敵も倒せるな。)

 

 ヴァンはめぐみんに向き直ると、急いで来るように声を掛ける。

 

「めぐみん君。レイを撃ってくれるかな。」

「レイですか?けど、何処に飛ぶか分からないんですよ?」

「うむ。だから練習するのだ。さっきのカズマ君の戦法を見ておったかな?」

 

 頷くめぐみんの肩を叩くと、ダクネスに喋りかける。

 

「ダクネス君、今度はめぐみん君で行くよ。少し時間が掛かると思うが耐えられるかな?」

「愚問だなヴァン。じっくり味わえるなら私はずっと味わう女だ。永遠でも耐えてやろう!」

 

 最初の台詞以外を聞き流したヴァンは、作戦を再開する。レイの構築を始めためぐみんを合図に、ダクネスがワニを引っ張ってきた。

 

「よしいいぞめぐみん君。練習だからね、全力を出してはいけないよ?」

「はあ、はあ…。分かって…ますよ。」

 

 めぐみんは少ない魔力で魔法陣を維持しようと必死だ。そのせいか、魔法陣の枚数も少なく、維持出来ない何枚かが、今にも消え入りそうになっている。そこにワニの噛み付きに耐えるダクネスから声がかかった。

 

「めぐみん!こっちは何時でも良いぞ!…遅れてもいいぞ!!!」

「い、今行きます。」

 

 魔法陣を壊さないように、ゆっくりとワニの喉に杖を押し込むめぐみん。そして真っ直ぐ飛ぶように心の中で念じ始める。

 

(真っ直ぐ飛べ!真っ直ぐ飛べ!……あわよくばアクアの方に居るワニも…)「…っあ。」

 

 欲の混じったレイが放たれる。直接体内に射出されたワニは喉元から爆散したが、それは真っ直ぐ飛ばず、木陰でぐったりしていたカズマの眼の前を通り過ぎた。彼の脳はその恐怖の光に警鐘を鳴らし、そのまま意識を切ってしまった。

 

「すすす済みませんカズマあ!!!」

 

 めぐみんは顔面蒼白になり、覚束ない足取りでカズマの下へ駆け寄ると、気絶した彼を揺さぶる。

 

「…ヴァン。これは済みませんで済む威力じゃ無いと思うぞ…やはり人の居ない所で練習した方が良いのではないか…?」

「う、うむ…百の練習より一の実戦と思っておったのだが。こうも虐殺的だと人前で使うのは止めた方がいいな…。」

 

 ダクネスとヴァンは首が千切れたワニを見る。そしてこれがカズマに、と想像して戦慄するのであった。

 

 

 

 

☆☆

 

 

 

 

 めぐみんの誤射から数時間が経った。湖の浄化がほぼ終わりに近付く中、ヴァンとダクネスも黙々とワニを討伐しており、気付けばその数も残り僅かとなっていた。

 

「よし、後少しだ!アクア様、もうすぐ片付きますぞ!」

ピュ、ピュリフィケーション…ピュリフィケーション…ピュリフィ…ピュリ…

「アクアのやつ相当参っているな…。檻を攻撃されても反応してないぞ。」

 

 アクアはこの数時間、恐怖心を刺激され続けたせいか、途中から浄化魔法を使うだけの木偶人形と化していた。

 そして何百回目の詠唱か、残ったワニ達は何かを感じ取り檻から離れ始める。

 

「ふう…どうやらクエスト完了のようだね。直ぐにアクア様を回収しよう。」

「…嗚呼、この楽しい時間も終わってしまうのか…。奴らはこれから何処に向かうのだろう…追いかけても 『 駄目に決まっておるだろう?』…くぅん!お、お預け!」

 

 ダクネスには木陰で休む二人を呼びに行ってもらい、ヴァンは一足先にアクアの下へ向かう。彼女は虚ろな目で淡々と浄化魔法を唱えており、澄み切った湖を更に綺麗にしようとしていた。

 

ピュリフィケーション…ピュリフィケーション…

「くっ…お労しやアクア様!」

「ヴァン、お疲れ~…って、アクアのやつ流石に駄目になっちまったか。」

 

 カズマは腰に手を当て肩を落とす。そして四人で暫く考えた結果、帰り道でアクアを説得しようという事になり、そのまま帰路に着くのであった。

 

 

 

 アクアを説得しながらアクセルに辿り着いた一行。しかし彼女は檻から出てこず、未だに浄化魔法を唱え空気を浄化していた。

 

「はあ。こりゃ一日二日はこのまんまだろうな。」

「うむ。あれ程の数のワニを目の前にしたのだ、その心労は計り知れないものだろう。早く強くならないといけないな、カズマ君。」

「………まあ、そうだな。」

 

 

「ア、アクア様あ!?」

 

 

 突如として轟いた叫び声に一行は振り返る。そこに居たのは、立派な鎧を身に纏った一人の青年だった。

 その青年は檻に駆け寄ると、腕力だけで格子を圧し曲げ一行を大いに驚かせた。

 

「こんな所で何をしているのですかアクア様!」

「おい無礼者が。いきなり現れて私の仲間に何の用だ。名を名乗れ。」

 

 ダクネスが睨みを効かせて青年を抑える。その間にカズマはアクアに近寄り小声で話し掛けた。

 

「お、おいアクア!何かお前の事知ってる奴が来たぞ?何とかしろよ!」

「…?ピュリフィケーション?」

「うお!眩し!!!って馬鹿やってないでいい加減戻ってこい!この駄女神!」

 

 アクアは駄女神という言葉に肩を跳ね上げる。そして見る見る内に瞳に生気が宿り、檻の中からカズマの服の襟を掴み上げた。

 

「あ、あんたね!檻の中でどれだけ怖い思いしたと思ってんのよ!謝って!謝ってよ!」

「ぐ、ぐええ!や、止めろ、首が絞まる…。」

「き、君…まさかアクア様を檻に入れたのは君なのか!?」

 

 駆け寄ってきた青年が二人の会話に割り込んできた。カズマを掴み上げたままのアクアは、突然話し掛けてきた青年を訝しげな表情で眺める。

 

「………あんた誰?邪魔しないでくれるかしら?」

「ぼ、僕です!ミツルギ・キョウヤですよ!貴女に魔剣グラムを頂いたミツルギ・キョウヤです!」

「…へ?ミツルギ?魔剣グラム?」

 

 アクアは心当たりの無い単語に疑問符を浮かべる。その間に拘束から抜け出したカズマは、ミツルギが持っている剣を眺めながらアクアに話し掛けた。

 

「…こいつ、お前がこの世界に送った奴じゃないのか?てかお前、自分が送った人間と特典も覚えて無いのかよ。ホント馬鹿だな。」

「な、何ですってえ!カズマこっちに来なさい!その首絞め落としてやるわ!」

 

 格子の間から腕を伸ばすアクア。しかしカズマは少し離れてそれを避ける。先程ミツルギが抉じ開けた所から出ればいいだけなのだが、そこは流石のアクア、期待を裏切らない。

 ミツルギはそんな二人に唖然としていたが、はたと意識を取り戻しカズマの肩に掴みかかった。

 

「き、君!何でアクア様がここに居るんだ!というか何で檻の中に居るんだ!説明しろ!」

「…え?転生特典で持ってきたんだよ。んで今まで湖に浸けてた。」

「は、はあーーー!?君は一体何をやっているんだ!」

 

 ミツルギは胸ぐらを掴みカズマを持ち上げようとする。剣呑とした雰囲気に変わった事を悟ったアクアは、ミツルギを落ち着かせようと身振り手振りを交えて説得を試み始めた。

 そんな雰囲気の中、怒り心頭のミツルギにヴァンが待ったを掛ける。

 

「おい君。カズマ君を放し給え。先程から何の用だと聞いておるのだがね?用が無いのなら立ち去ってはもらえないか?」

「貴方は誰ですか?これは僕とこの男の問題なんです。邪魔をしないで下さい。」

 

 ヴァンは一向に話を聞かないミツルギに困り果てるが、尚も話し掛ける。

 

「私はカズマ君のパーティーの一員で、ヴァンという者だ。彼の問題は私達パーティーの問題、無関係では無いよ。」

「………アクア様をこの様な境遇に追いやった彼を許せないのと、アクア様をこの状況から救って差し上げたいと思っているだけです。」

 

 それを聞いたヴァンは、檻の中のアクアに目配せする。アクアはそれに気付くとミツルギに向かって話し出した。

 

「私としては楽しい日々を送ってるし、まんざらでもないわよ?連れて来られた事だってもうどうでもよくなったし。心配し過ぎよ…グ、グラムの人。」

「という事らしい。直々のお言葉だが、納得してくれたかね?」

「…まだです。僕はまだ納得出来ない。女神であるアクア様が、こんな境遇に置かれる事などあってはならないんだ!アクア様、僕と一緒に来て下さい!最高の待遇でお迎えします!」

 

 アクアは、強引なミツルギに身を引く。他のメンバーも余りにも強引な勧誘に嫌悪感を顕にした。

 

「おい、ミツルギ…だったか?お前は人の話を聞いていたのか?アクア自身が問題無いと言っているのだ。いい加減立ち去れ。」

「まだ余力はあります。撃っていいですか?」

「止めろ、死ぬ。」

「この根拠のない自信は何処から来るのか。呆れてものも言えん…。」

 

「君達はさっきから…へえ。クルセイダー、アークウィザード、それにランサーですか。どうです?貴方達もソードマスターの僕の所に来ませんか?高級な装備を買い揃えてあげますよ?」

 

 その言葉に三人は頭を抱えた。状況を悟ったカズマはミツルギの下から立ち去ろうとする。

 

「あの、ウチのメンバーは満場一致で行きたくないそうなので、これで失礼しますね。それじゃ今後も頑張って下さい。」

「ま、待て!アクア様だけでもこちらに引き渡してもらう。勝負だ。僕が勝ったらアクア様を、君が勝ったら何でも一つ言う事を聞こうじゃないか。」

 

 カズマはミツルギの話に乗ろうとする。目的は戦力強化が期待出来る魔剣グラムだ。

 カズマは、油断しているミツルギの意表を突こうとするが、ヴァンとダクネスに止められてしまった。

 

「何だよ二人共、勝負出来ないじゃないか。」

「なに、彼の魔剣に頼り切った故の傲慢さ、見るに耐えんかったのでね。」

「うむ。私もこの男の鼻っ柱を叩き折ってやろうかと思ってな。心配するな、出番は残すさ。」

 

 不敵な笑みを携えた二人はミツルギを見遣る。ミツルギはそんな彼らを見て余裕の笑みを浮かべた。

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

「分かった、三本勝負という事だね。君たちの内一人でも攻撃を当てられたら、君たちの勝ちで―――」

「ミツルギ君、私達は三人共勝つ。無用な施しをする事はないよ。」

「…なに?」

 

 ミツルギはその言葉に青筋を立てる。そんな彼の前に最初に出たのはダクネスだった。

 

「私から行こう。さあ、何処からでも打ち込んでこい。」

「き、君達は僕の事を甘く見ているみたいだね。…ごほん、分かった。その挑発乗ってあげようじゃないか。行くぞ!」

 

 ミツルギがグラムを構えダクネスに向かって走り出した。

 繰り出された袈裟斬りは寸分違わずダクネスの首元を狙うが、ダクネスはその場から一歩も動かずに立ったままだ。

 そして剣先と首の距離が後僅かという所で、グラムの動きが突然止まった。ダクネスは驚くミツルギに失望する。

 

「…やはり性能頼りの剣なんてこんなものか。」

「う、受け止めた!?ぐっ!動かない!なんて力だ…」

 

 受け止める事に関しては、天才的な才能を発揮するダクネス。熟練の剣士が薄皮一枚だけを狙いすまして斬れるように、皮膚と刃先が触れる直前で受け止める事など、彼女には造作も無い事なのだ。

 剣を動かそうと藻掻くミツルギ。ダクネスは彼の抵抗など無意味とばかりに近付く。そして胸の装甲に掌を宛てがうと、地面に叩きつけるように彼を押し倒した。

 

「ぐあはっ!!!」

「…まずは一勝だ。出直してこい。」

 

 ダクネスは、何事も無かったかのようにその場から離れる。それを見ていたカズマは勝利のハードルが上がっている事に気付く。

 

(ダクネスの馬鹿!そんな格好良く勝っちゃったら俺の戦法が白い目で見られるだろうが!この流れだと次は絶対ヴァンが名乗り出る。俺が先に出ないと!)

 

 カズマは急いでミツルギの前に出ようとする。しかし定められた運命なのか、その行動はヴァンに止められてしまった。

 

「カズマ君、次は私に行かせてくれ。対人戦の妙技をご覧に入れようじゃないか。」

「………。」(ヴァーン!格好いい!格好いいんだけど今はその時じゃないんだーーー!)

 

 カズマは涙を溜めながら心の中で叫ぶ。ヴァンはそんな彼に気付かずミツルギの前に立つと、斧槍を抜いて指先で挑発した。

 

「さあミツルギ君。何処からでも掛かってき給え。」

「…ラ、ランサーの貴方が上位職の僕に勝てるとでも?少々傲慢が過ぎるのでは?」

「ふふ、私の傲慢さなど君の傲慢さに比べれば赤子同然だよ。」

「…そうですか。ではその些細な傲慢を斬り裂いてみせましょう!」

 

 ミツルギは、またしても上段からの袈裟斬りを仕掛けようとする。ヴァンは芸の無いその行動に溜息を漏らしつつ、剣筋を予測して一歩後ろに引いた。

 空振りに終わるミツルギの一撃。一瞬驚いた彼だったがそのまま斬り上げる為、踏み込みながら剣を持ち上げようとする。だが、空振りしている間に【突撃】スキルを発動させたヴァンの方が早かった。

 ヴァンはスキルを発動させた瞬間に、ミツルギの腹部の装甲に石突きを当てると、そのまま押し出すように【肋砕き】を発動する。ミツルギはスキルの勢いに負け、後方に転がるように倒れた。

 

「…う、ぐっ!僕の攻撃が当たらないなんて…」

「壊す勢いでスキルを放ったのだが…頑丈な鎧だね。まあこれで2勝目だ。カズマ君、最後は頼んだよ。」

 

 ヴァンはカズマの肩を叩きながら後ろに下る。当のカズマは涙を堪えきれず空を仰いだ。

 

(ヴァンの馬鹿!綺麗に勝っちゃ駄目なんだって!もうこれどうにもなんねえよ!こんな勝ち方でいいのか!とか、卑怯者!正々堂々と戦え!とか言われちゃうよ!)

 

 カズマは頭を抱えながら身悶える。ミツルギは覚束ない足で立ち上がり、そんな苦悩するカズマに皮肉を言い放った。

 

「…こ、こんなに強いメンバーに囲まれて、君もさぞかし強いんだろうね。」

「………」(【クリエイト・アース】)

 

 カズマは無意味に小馬鹿にされる事を嫌う男だ。そもそも真っ当な特典を貰って、苦労せず過ごしてきたミツルギを良く思っていない。彼の怒りの臨界点はかなり低くなっていた。

 カズマは掌に作り出した砂を握りしめる。そして未だスカした顔をするミツルギに近付くと、彼の目の前に掌を差し出した。

 

「ん、どうしたんだい?…砂?これを僕にぶつける気―――」

「【ウィンドブレス】!!!」

 

「ぎゃーーー!!!目がぁ!!!目がぁ!!!」

 

 カズマは風の魔法を使ってミツルギの目に砂を噴き付ける。そしてミツルギが思わず手放したグラムを持ち上げると、剣の側面で彼の頭を思いきり殴りつけた。

 グラムを叩きつけられたミツルギは、白目を剥いてその場に倒れる。カズマは彼を見下ろし指を指した。

 

「これで三勝目だ。恨むんなら、こいつをお前に寄越したアクアを恨むんだな。」

「何でよ!グラムを選んだのはそこの人よ!私は関係無いじゃない!」

 

 後ろで元凶が叫んでいるが、それを無視して歩き始めたカズマ。そこに二人の女性の声が響いた。

 

「この卑怯者!正々堂々と戦いなさいよ!」

「そうよそうよ!男のくせにこんな勝ち方で良いと思ってんの!」

 

 まだまだ腹の虫が治まっていないカズマは、引きずっていたグラムを突き立てると二人に向かって腕を伸ばす。

 

「な、何する気よ…」

「わ、私達だってキョウヤの仲間なんだから!強いんだからね!」

 

「…男のくせに、か。俺はよお…ここに来てから沢山のものを捨ててきたんだ。ホントもう沢山な…」

 

 カズマから醸し出される只ならぬ気配に怖じ気付いた二人は、身を寄せ合い震え出してしまう。

 

「だからよお、チート野郎の腰巾着風情が粋がってると、人前に出れないくらい痛い目に…合わせたくなるんだよなあ…。」

 

 カズマは下卑た笑みを浮かべると掌を光らせる。脅された二人は、何をされるか分からない心理的恐怖に心が折れ、その場から逃げ出してしまった。

 カズマは逃げ出した二人を見て光を収める。すると細かな砂が道に流れ落ちた。

 

「ふん!一から頑張ってきた俺をコケにするからだ!もう話しかけてくんな!」

「さ、流石はカズマ…カズマの脅しに屈しない女性なんて居るのでしょうか…」

「わ、私は絶対屈しないぞ!さあカズ『 お前には絶対やらない。』…うんん!きょ、今日は焦らしてくれるじゃないか二人共!!!」

「ダクネス君…頼むから叫ばないでおくれ…。」

 

 思わぬ珍事に見舞われた一行だったが、ギルドに向けて再び歩き出す。

 

「んでカズマ、あんたグラムをどうする気なのよ?これはグラムの人専用だから、あんたが使っても良く斬れる唯の重い剣よ?」

「え?まじかよ…ダクネスに持たせても意味無いし…売っちまう…いや、いい事思いついた。ダクネス、一先ずお前持ってろ。」

「? あ、ああ。」

「…カズマ君。また良からぬ事を考えているね…。」

「けけけ、今回は俺のせいじゃない。勝負してきたのはあっちなんだ、絞り尽くしてやるだけだよ。」

 

 

 

 

 夕空を飛んでいた一対のカラス達が鳴き始めた。彼らの物語に笑い転げるかのように―――

 




天国のテラへ

今日は湖の浄化に行ってきたよ。
アクア様の浄化魔法で、湖が綺麗になっていくのは圧巻だったよ。
クエストが完了した後、転生者の青年に絡まれたが皆でお灸を据えてやった。
強すぎる力は心を肥大化させる。私も含め、皆にも言い聞か―――


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第九話 おじいちゃん、散歩に行く 1

試験的に、一話二部構成でお送りします。



ー冒険者ギルドー

 

 

 

 

「お姉さーん!とびきり高いお酒持ってきてちょうだい!後は新鮮なお肉と…ああもう面倒くさい!フルコースで持ってきなさーい!あーっはっはっはっは!」

「…ふっ、そこの君。注文をしたいのだが。この、ええと、散歩するジョニー?をシングルで…え?ラベル?飲み方?…い、一番いいやつに氷入れて下さい…」

 

『 ………。』 

 

 カズマとアクアが何時になく羽振りがいい。他の三人はそんな二人に冷ややかな目線を送っている。

 

「ヴァン。あの二人、流石に怒った方がいいのでは?あれじゃそこらに居る悪徳領主ですよ。カズマは自爆してますが…。」

「う、うむ。道徳的にはいくらでも言えるのだが、今回はミツルギ君の驕りが元凶とも言える。カズマ君はそこを上手く利用しただけだからね。一体どう言えばいいのやら…。」

 

 ヴァンは顔の前で手を組み、頭を預けながら先程の事を思い出してみる。

 

 

 

 十数分前。カズマ一行は、酒場の席で皆一様に暗い顔をしていた。ミツルギに圧し曲げられた檻の修理代で、今回の報酬がほぼ消えてしまったのだ。

 そこにグラムを取り返そうとミツルギが現れた。むしゃくしゃしていたアクアは彼の顔面にゴッドブローを叩き込む。そして、迷惑料その他を上乗せしたお金を彼からふんだくり、彼女の怒りは収まった。

 だが、彼の受難はまだ終わらない。気を取り直してカズマにグラム返却を懇願するが、カズマは彼が言い出した、何でも一つ言う事を聞くという口約束を利用してお金を要求しだした。

 それを見ていたアクアはカズマの真意に気付き、出し渋る彼を二人掛かりで誘導して、大金を手に入れたのだった。

 その後、グラムを取り返したが文無しとなったミツルギは、高難度クエストを受注すると、ギルドから立ち去っていった。

 

「…やり口は汚いが完璧な手腕だった。私では…無理かもしれん。」

「ちょ!?ヴァンが諦めたら誰があの二人を止めるんですか!ダクネス、貴女もヴァンの説得を手伝って下さい!」

 

「嗚呼…私はグラムを持っていただけなのに、いつの間にか犯罪ギリギリの片棒を担がされていたなんて…っは!この後カズマはこう言う気か!『 おいダクネス、今更逃げられると思うなよ?少しでもそんな気起こしてみろ、お前の心とそのスケベな身体から全てを絞り尽くしてやる。』とな!…んきゅ~ん!カ、カズマ!何をだ!私の何を絞り尽くそうというのだ!」

 

「ダ、ダクネス…。ぐす…私のパーティーはもう駄目かもしれない。」

 

 めぐみんは天を仰ぎ静かに涙する。そして居た堪れなくなり、そっとギルドを後にするのであった。

 

 

 

 

 ☆彡

 

 

 

 

 次の日、カズマとアクアは飲み過ぎで酒場の机に突っ伏していた。

 

「二人共、調子に乗るからです。これじゃ今日はクエストに行けないじゃないですか。私の爆裂欲はどうすれば良いんですか?」

「爆裂欲ってなんだよ…魔王軍のなんちゃらの事もあるし、今日は休みにしようぜ…」

 

 めぐみんは、だらしなく突っ伏すカズマに頬を膨らませる。

 そんな時、ルナが慌ただしく酒場に駆け寄り、ここに居る全員に聞こえるように大声を上げた。

 

「皆さん!王都より勅令が出ました!ここより北に位置する廃城に、魔王軍の幹部が牙城を築いたそうです!」

 

 王都からの勅令と魔王軍幹部の派遣という、アクセルには無縁に思える事態に酒場内がざわつく。

 

「これにより、クエストの受注と完了報告は一時的に停止される事になります!勅令の履行は一時間後!まだ完了報告を出していない方は、お早めに窓口までお越し下さい!」

 

 ルナの言葉に、何チームかの冒険者達が慌てて窓口に向かう。

 

「…だってよめぐみん。幹部が討伐されるまで大人しくしとこうぜ。」

「むう…嫌です。この程度では私の爆裂道は揺るがないのです。カズマ、行きますよ。」

「お、おい!まだ頭が痛いんだ、勘弁してくれよ!」

 

「ふふ、まるで兄妹のようだな。」

「ははは。面倒見が良いのがカズマ君の良い所だからね。」

 

 めぐみんはカズマを無理矢理連れてギルドを出ていってしまった。それを眺めていたヴァンとダクネスは、彼らを優しく見送った。

 その後、ダクネスは実家に顔を出す為にギルドを出ていき、アクアもやる事が無いので二度寝しに馬小屋に帰ってしまった。そうして一人残されたヴァンは、腕を組み今日の予定を考え始める。

 

(さて、私はどうしようか。…そうだ。折角お誘いを受けた事だし、ウィズの店にでも顔を出すかな。)

 

 ヴァンは以前ウィズに貰った名刺を取り出すと、僅かに口角を上げて旧友の下へと向かうのであった。

 

 

 

 ○

 山

 

 

 

 

 地図の通りに歩いていると、小さいながらも可愛く飾り付けされた一軒の店が見えてきた。

 

(これはまた随分と可愛らしい店だ。昔の彼女だったら………いや待て。屋敷に招いた時、小さかったイグニスの頬を弄っておったな。昔から可愛いものが好きだったのだろうか?)

 

 漫然とそんな事を考えていると、店の扉を開けてウィズが顔を出してきた。

 

「あらあら、ヴァンさん。来て下さったんですね。さあ遠慮せずにお入り下さい。」

「ああ…そうだね。お邪魔させてもらうよ。」

 

 ヴァンを店内に招き入れたウィズは、お茶の用意をする為に店の奥に入っていった。ヴァンが暫く店内を見渡していると、茶器を運んできたウィズが丁寧に紅茶を入れ始める。

 

「…うむ、とても良い香りだ。」

「ふふ、紅茶には自信があるんです。楽しみに待ってて下さいね。」

 

 紅茶を二人分入れ終わると、小さな机でお茶を楽しみながら、お互いが疎遠になった後の事を語り合った。

 

「…成る程、そんな事があったのか。しかしそのバニルという悪魔、不死の法に精通しておると言う事は高位の悪魔なのだろうな。」

「…ええ、とても凄い方ですよ。解呪の方法は意地悪で教えてくれませんでしたが、あの人が居なかったらと思うと…本当にあの人には感謝しかないです。」

 

 ウィズは、血が巡る事が無くなった手の甲を撫でると寂しげに笑う。エリス教徒としては許されない事だが、ヴァンは間接的にでもウィズの心を救ってくれた、大悪魔バニルに感謝の気持ちを抱くのであった。

 

 

 

 同時刻。薄暗いダンジョンの奥深くで、仮面を被った男の目が、苦虫を噛み潰したようにへの字に曲がった。何処かの二人の念は彼には届かなかったようだ。

 

 

 

 

○山

 

 

 

 

「そうですか…。お孫さんの顔を見れなかったのは無念だったでしょうね…。」

「…そうでもないさ。こうして再び舞い戻ってきたのだ。何処かで顔を拝むことも出来よう。」

「ふふ、確かにそうですね。…あ!そう言えば15年くらい前に一度、イグニス君を…じゃなかったイグニス公爵をお見かけした事があったんですよ!その時小さな女の子と一緒だったので、多分お孫さんは女の子ですよ!」

「ほう…女の子か。」

 

 ヴァンは跡継ぎが女の子と聞いて頬を緩めた。暫くの間、自分が孫娘に構ってあげるとしたら、と想像を膨らませる。

 そんなヴァンを優しげな目で眺めていたウィズは、ふと店の外が夕焼け色に染まっているのに気付く。

 

「あら、もうお外は夕暮れのようですね。楽し過ぎて話し込んじゃいました。」

「…む。おっと、遠慮なく昔の事を話せると口が滑らかになってしまうな。店の方は大丈夫だったのかい?」

「え、ええ!今日はお客さんが偶々!来なかったので大丈夫でしたよ!いつもは満員御礼なんですけどねえ。もう本当、いつも大忙しなんですよ!!!」

「そ、そうか…。繁盛しておるようで何よりだよ。…ではそろそろ御暇させて頂こうかな。今日は楽しかったよウィズ。」

「は、はい、私も楽しかったです。また暇!な時があったらお茶でもしましょうね。」

 

 店先まで見送ってくれたウィズに手を挙げると、ヴァンは笑顔で宿に向かう。実に有意義な時間を過ごせた一日だった。

 

 

 

 

 ☆彡

 

 

 

 

 魔王軍幹部が廃城に根を張って二日目。ヴァンは早朝からギルドに向かっていた。

 

(このまま魔王軍幹部の討伐が遅れれば、直に私の資金も尽きてしまう。そろそろ馬小屋生活も視野に入れなければならんな。)

 

 今後の資金繰りを考えながら歩いていると、前方に見知った姿が見えた。

 

「お早うウィズ。朝早くから何をしておるのかな?」

「あら、お早うございますヴァンさん。私は散歩の途中ですよ。」

 

 ヴァンはギルドまでだが、ウィズの散歩に付き合う事にした。暫く他愛のない会話をしながら歩いていると、またも前方に見知った後ろ姿が見える。

 

「おや、お早うめぐみん君。」

「? ヴァンではありませんか、お早うございます。そちらは、確かウィズさんでしたか?」

「ええ、会うのは二度目ですね。魔道具店を営んでいるウィズといいます。めぐみんさん、宜しく願いしますね。」

 

 二人は握手を交わし、三人で散歩を再開した。

 

「ところでめぐみん君。こんな朝早くからどうしたんだい?」

「今日の爆裂散歩に行く為に、カズマの所に行く途中なんですよ。」

「ば、爆裂散歩?ヴァンさん、一体何の事でしょうか?」

 

 ヴァンはウィズに、めぐみんの素性について話し始める。そして話している途中である事を思い出した。

 

「おおっと、そう言えばレイについてウィズに聞きたい事があったのだった。」

「! ヴァ、ヴァンさん!?何で今その魔法が出てくるんですか!?」

「ん?何故って、彼女に教えておる最中なのだよ。しかし、私は門外漢だからね。開発者の君に―――」

「ななな!なんてものを教えてるのよ!あんなもの人間が使っていい魔法じゃないわ!」

 

 気が動転しているのか、ウィズの口調が友人と話すそれになってしまった。ヴァンは懐かしさを抱きながらも、どういう事かウィズに聞き返した。

 

「ウィズ。君だって人間だった頃、雑魚を相手にしてられないとレイを頻繁に放っておったではないか。」

「あああ…思い出させないで。あの頃の私は爆裂魔法の魔力に取り憑かれていたのよ…。」

 

 ウィズは語る。爆裂魔法に使う魔力はそれ自体に意思が宿る事を。そしてその魔力は爆裂魔法を使い続ける事により、最終的には思考すらも支配してしまうという事を。

 それを聞いたヴァンは、既に取り返しの付かない所まで来ているのではないかと肝を冷やす。

 

「ああ…折角国王様に頼んで、使っても碌な事にならない魔法として広めたのに…一体誰がこの子に教えたの…。取り敢えずめぐみんさん。もう爆裂魔法を使うのは止めて下さい。人生が滅茶苦茶になってしまいますよ?」

 

 ウィズはまだ間に合うと信じて説得を試みる。めぐみんはそんなウィズの肩に手を乗せると、満面の笑みを向けた。

 

「ウィズ…安心して下さい。私は、魔力は飲んでも飲まれるなを信条に生きています。意思の宿った魔力などに屈したりはしません。………そんな事より、ヴァンの言っていたアークウィザードというのは、貴女の事だったのですね。」

「え?な、何の事ですか?」

 

 めぐみんは満面の笑みを崩さないまま、ウィズの肩に乗せた手の力を強める。

 

「散歩…一緒に行きましょう?貴女が知っている事、洗いざらい全て教えて下さい。」

 

 笑顔のままのめぐみんは、とても人懐こい表情をしていたが、薄っすらと開いたまぶたの奥は、とても人様に見せられるようなものではなかった。

 

 

 

 ○

 山

 

 

 

 

 めぐみんの爆裂散歩に付き合う為、三人は人里離れた道を進んでいた。先頭を歩くめぐみんを不安な目で見つめているウィズは、既に何回目か分からない忠告をする。

 

「めぐみんさん。絶対に爆裂魔法なんかに飲まれないで下さいよ?」

「…ウィズ、しつこいですよ。私は爆裂魔法と心中する気はあっても、永遠に生きるつもりはありません。」

「ウィズ。心配し過ぎではないか?私もめぐみん君の事は見てきたつもりだが、彼女はどちらかと言うと、歴史に名を残して偉大なまま死にたいと思うタイプだよ?」

 

 ヴァンの言葉を聞いためぐみんは、その言葉に力強く頷く。しかしウィズは、そんな二人の言葉を鵜呑みにせず、くどくどと語り出した。

 

「いいえ。最初は誰だってそう言うんです。爆裂魔法のせいでリッチーになった方を何人も知っていますが、その方達も同じような事を言っていました。」

 

 ウィズの説教にうんざりしていためぐみんは、目的地に到着すると二人に向き直り腰に手を当てる。

 

「ウィズ、分かりました。もし私が不死の法に手を出したら、その時は遠慮無く討伐してくれて構いません。けど今は、貴女の知っている爆裂魔法を教えてくれませんか?」

 

 ウィズは、めぐみんの命を賭けた宣言に溜息を吐くと、真剣な表情でめぐみんを見遣った。

 

「…分かりました。そこまで言うなら、私が開発した爆裂魔法をお教えしましょう。…その名も―――」

 

 

 

 

「爆裂魔法【インプロージョン】です。」

 



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第十話 おじいちゃん、散歩に行く 2

会話などが急ぎ足になっている感じはしますが、恐らく不備はないはずです!


ー北の廃城を望む岬ー

 

 

 

 

「その名も、爆裂魔法【インプロージョン】です」

 

 めぐみんは新たな爆裂魔法の名を聞いて、羨望の眼差しでウィズの下に駆け寄った。

 

「さ、流石レイの開発者です!また知らない爆裂魔法の名が出てきましたよ!」

「めぐみんさん、落ち着いて下さい。…まずはレイの原理から説明しましょう」

 

 ウィズが語るには、【エクスプロージョン・レイ】はいくつかの亜所を組み合わせて発動する爆裂魔法である事が分かった。そして今までめぐみんが使っていたのは、【エクスプロージョン・レイ】を構成する亜種の一つという事が分かり、めぐみんとヴァンは感心するように何度も頷く。

 

「成る程。では私は、表面上のレイしか見ておらんかった訳だな」

「ええ、そうなります。めぐみんさんが使っていたという魔法陣は、【インプロージョン】を撃ち出す為の魔法なんです」

 

 そう言って掌を胸まで掲げると、拳大の球体魔法陣を作り出す。めぐみんは、自分が苦労しているものを高精度に作り上げたウィズに、魔術師としての力の差を痛感する。

 

「…凄い。これ程の方が存在していたなんて」

「…こんなもの、恐ろしいだけで凄くなんかありません」

 

 ウィズは不名誉とばかりに首を振る。そして掌のそれを頭上まで浮遊させると小さな咳をした。

 

「…話を戻しますよ。この魔法陣の名前は【バレル】といいます。簡単に言うとエクスプロージョンで出来た砲身ですね。威力は大幅に下がりますがこれ自体にも攻撃能力はあります。操作出来るようになれば、エクスプロージョンより広範囲を攻撃する事が可能です」

 

 そう言うと、半分ほど埋もれた岩に向けてバレルを放つ。水平に放たれたそれは岩を壊すように削っていくと、元の大きさの半分ほどになった所で静かに消えていった。

 ウィズはバレルが消えたと同時に頭上の本体を消滅させ、深く息を吐く。

 

「そ、操作まで完璧。ウィズ!貴女は世紀の大魔術師ですよ!」

 

 興奮するめぐみんは、ウィズの腕を掴むと大きく揺さぶり始める。ウィズは興奮するめぐみんを鎮めるように、そっと彼女の手を離した。

 

「めぐみんさん落ち着いて。爆裂魔法に飲まれないで下さい」

「何を言っているのですか?私は大丈夫ですよ。新しい爆裂魔法を見て興奮しているだけです」

「…ならいいのですが。…では少し脱線してしまいましたが、【インプロージョン】を披露しましょう」

 

 ウィズは高らかに両手を突き出すと静かに詠唱を始める。そして頭上に魔法陣が展開され、そこから【バレル】と同じ大きさの光り輝く球体が出現した。

 しかしそれだけでは終わらない。彼女が出現したそれを胸元まで持ってくると、両手で挟み込むように維持する。そして両手で押し潰すように慎重に圧縮すると、一気に解き放った。

 

 解き放たれたそれは、米粒程度の大きさまで圧縮され彼女の胸元で無数に浮遊する。

 

「…これが【インプロージョン】です。自身の魔力で圧縮してバレルで撃ち出し、相手の体内に送り込んで、二段階目の圧縮を行い起爆させる。これが【エクスプロージョン・レイ】の原理になります。………そうですね、爆発はしませんがレイを撃ち込んでみましょう」

 

 インプロージョンを維持したまま、それの傍らにバレルを作り出す。そしてインプロージョンをバレルに吸収させると、頭上にまで浮遊させた。

 赤熱したように輝く魔法陣は、レイの発射を待ち望んでいるかのようにその輝きの増してゆく。

 

 ヴァンはウィズの目線の先にある建物を見て顔を歪めた。ヴァンの目に映った建物は、件の幹部が根城にしている廃城だったのだ。彼は慌ててウィズを止めようとする。

 

「ウィズ!あそこには!『エクスプロージョン・レイ!!!』………ああ!」

 

 廃城に向けて無音の閃光が放たれる。その光は廃城を真一文字に薙ぎ払うと、物足りなさを感じさせる程に呆気無く消滅した。

 

(………反応が無い?ふう、どうやら幹部には当たらなかったようだな。…ウィズめ、ひやひやさせおって)

 

 ヴァンは安心感から額の油汗を拭う。だがその時、廃城一帯の空気が大きく震動した。そして震源地であろう廃城の一角から、焼けるような爆風が方方へ拡散しヴァン達を襲う。

 

「ごほ!ごほ!な、何で!?何で爆発するの!?」

「な、なんと運が悪い!ウィズ!今あの廃城には魔王軍の幹部が居るのだ!」

 

 それを聞いたウィズは、絶望に顔を歪め頭を抱える。

 

「う、嘘!…私、幹部のどなたかに攻撃して…っ!ヴァンさん!急いで近くの木にしがみついて下さい!爆風が吹き戻ってきます!」

 

 ヴァンは唖然としたままのめぐみんを抱え、近くの木にしがみつく。

 そしてウィズの宣言通り、真空状態となった震源地に向けて焼けるような酸素が舞い戻ってきた。

 

(ぐ…体が持っていかれそうだ!)「め、めぐみん君…大丈夫か!」

「ぐぬぬー!絶対離さないで下さいよ!離したら恨みますからね!」

「ああ!分かっておるよ!…ウィズ!そっちは!」

「たたた助けて下さいーーー!うう腕が千切れてしまいそうですーーー!」

 

 めぐみんはヴァンの鎧に必至にしがみ付き、歯を食いしばって耐えている。一方ウィズは手と手を氷結魔法で繋いでいるお陰でこちらよりも楽に耐えているように見えるが、その代わり体が爆風に煽られて旗のように暴れていた。

 それから数秒間の間、短いようで長かった吹き戻しが終わり、三人の体が地面に吸い寄せられるように重みを取り戻した。

 

「…ぶはあ!…な、なんて威力だ…間近で体感するとここまで強烈だとは。…めぐみん君、怪我はなかったかい?」

「は、はい…力んだせいで少し目眩がするくらいです…」

 

 めぐみんは肩で息をしているが傷らしい傷は見当たらない。それに安心したヴァンは、爆風になすがままにされていたウィズを見遣る。

 手と手を繋いだ氷結魔法は未だ消滅しておらず、まるでその木を称えるかのように五体投地で伏していた。

 

「ウィ、ウィズ…大丈夫か?」

「…は、はい、なんとか。あ~、それよりどうしましょう。まさか彼処に幹部の方がいらっしゃっただなんて…。魔王さんに怒られちゃいますよ…」

 

 ヴァンは、ウィズの口から出てきた魔王という言葉に目を細める。

 

「…ウィズ、魔王さん…とは何の事だ?」

「え…あれ、言っていませんでしたか?私、リッチーになってから魔王城の結界維持の為に魔王さんに雇われているんですよ?」

「結界維持…?け、結界とはあの魔王城に張られた結界の事か?」

 

「はい。昨日お話したリッチーになった後の事なんですが、仕返ししてやろうと魔王城に乗り込んで、幹部の方を何人か懲らしめたんですよ。その時魔王さんに、むやみに人を襲うのは止めるから幹部になってくれないかと言われまして。…あ!私は人間の皆さんに危害は加えたりしませんよ!本当です!結界維持だけのなんちゃって幹部ですから!」

 

 ウィズは両腕を忙しく動かしながら侵略の意思が無い事を示す。ヴァンは再会した時の事もあり大人しく話を聞いていたが、あまりに突拍子のない事に思わず天を仰がざるを得なかった。

 

「…何故そんな軽はずみな事を?」

「…う~ん…思い返してみると、あの時は随分やさぐれていた様な気がします。多分その時はどうにでもなれと思っていたのかも知れませんね。お恥ずかしい限りです…」

 

 ウィズ自身は幹部になった事自体は後悔していないようで、頭を小さく掻くと恥ずかしそうに笑う。

 

「…その、魔王軍の幹部を辞める気は?」

「それは有りえません…今契約を破棄してしまうと、以前のような大規模な戦争になってしまいます。私はリッチーですが人間の心を失ったつもりはありません」

 

 彼女の真摯な訴えはヴァンの耳をしっかりと震わせる。そこまでの覚悟があるならと、彼は彼女に宣言した。

 

「君の覚悟は分かった。だがいずれ来る日に、もう一度だけ同じ質問をさせてもらう。もしその時、君の気持ちが今と変わっておらんようだったら……その時まで、我々人類を頼んだ…」

 

 彼女はその言葉を聞いて悲しげに笑う。

 

「…いずれそんな日も来るのかな…なんて、覚悟していたつもりだったんですけどね…。まさか友人からなんて…思いもよりませんでした」

 

 片や女神の使徒、片や魔王軍の幹部。この相反する二人の道が交わる事は無いのかもしれない。

 二人の間に漂う雰囲気が重苦しいものに変わる。そこに息を整えためぐみんが無遠慮に声を掛けてきた。

 

「まさかウィズが魔王軍の幹部だったとは。まあ、私はレイを完成させるまで討伐する気はありませんよ」

「…めぐみん君、少々物騒な物言いだね?それではレイを覚えた後に討伐するように聞こえるが?」

 

 めぐみんは何を馬鹿なと言いたげに首を傾げる。

 

「? ええ、そう言っているのですが…?いずれ私以外の爆裂魔法使いには全て消えてもらいます。ウィズも例外ではありません」

「君は!」

 

 ヴァンはめぐみんの言葉に困惑しながらも彼女の肩を掴む。彼女は肩を強く掴まれた痛みから眉をひそめた。

 

「い、痛いですよヴァン。…というか貴方も言っていたではありませんか。私は歴史に名を残して偉大なまま死ぬタイプだって。それに関しては間違いじゃありません。私はこの世界で唯一の爆裂魔法使いとして死ぬんです。その他の爆裂魔法使いは不要なんですよ。」

「…めぐみん君、どうしたというのだ…」

「…ヴァンさん、これが爆裂魔法が意思を持った状態です…めぐみんさんが習得したのが何時なのかは分かりませんが、侵食はかなり進んでいるようですね…」

 

 二人の下に歩み寄ってきたウィズは、純真無垢な瞳で静かに暴走するめぐみんを悲しげな表情で見る。そして彼女の手を掴むと静かに魔法を唱えた。

 

「【スリープ】…」

 

 その一言でめぐみんの体の力が一気に抜け、強制的に睡眠状態に入った。

 

「冗談…では無かったのか…」

「ええ、爆裂魔法の意思は周りの被害など一切考えないんです。これ以上使い続ければ、めぐみんさんの体で一般人を殺すかもしれません。そうなったら…私が出会ってきたリッチー達と同じ運命を辿るでしょうね…」

 

 ウィズは思い出す。爆裂魔法に魅入られた者達が人類に被害をもたらし、涙を流しながらダンジョンの奥深くに潜んでいった事を。

 

「………今日はもう帰りましょう。念の為めぐみんさんの魔力は吸収しておきますね」

「吸収?」

「はい。リッチーのスキルにドレインタッチというものがあります。相手の体力や魔力を吸収するスキルです」

 

 ウィズは手を握ったまま目を閉じると、彼女とめぐみんの間に紫色の淡い光が漏れ始める。そしてめぐみんから漏れ出していた光がウィズの方へと移動し始めた。

 

「……うっ!」

「だ、大丈夫なのか?」

「…心配しないで下さい。ゆっくり吸収しているので虚脱感を感じているのでしょう………ふう、これ位で大丈夫でしょう」

 

 そっと手を離しめぐみんを地面に横たわらせると、一先ず安心したのか先程まで暗かったウィズが笑顔を見せた。

 

「ありがとうウィズ。…しかし参ったな。めぐみん君の爆裂魔法を封印してしまうと魔法職が居なくなってしまう。カズマ君にどう説明したものか…」

「え?他の魔法を使えばいいのでは?紅魔族で爆裂魔法を覚えているんです。上級魔法も使えますよね?」

 

 ヴァンは彼女の問に思わず目を伏せる。

 

「え?…ええ!?使えないんですか!?爆裂魔法は使えるのに!?」

「うむ…彼女と出会った時は、それはもう痩せ細っておった。そうなっても初級魔法すら覚えなかったのだ。彼女の爆裂魔法への執着心は本物だよ…」

 

 信じられないといった表情のウィズに同意せざるを得ないヴァン。

 

「な、なんて破天荒な子なの。…はあ、明日から一日一回めぐみんさんを私の店に連れてきて下さい。ドレインタッチで魔力を抜き取ります。」

「そこまでする必要があるのか?あまりにも酷じゃ―――」

 

 めぐみんの寝顔を見ながらそう進言したウィズは、ヴァンの言葉に勢いよく顔を上げる。

 

「何を悠長な事を言っているんですか!昔の私を思い出してください!このままだとアクセルの近くで新たな水源が見つかっちゃいますよ!」

「………あ、ああ…そのような事もあったな。君が姿を消してから、あそこは避暑地になったのだったか…」

 

 数十年前、ウィズが王都近郊の森を悪魔の軍勢ともども何度も爆裂魔法で焼き払い、偶々水源を掘り当てた事件があった。その潤沢な水源は王都の水事情を一気に改善し、掘り当てたウィズにちなんで氷の魔女の湖と名付けられ今日まで親しまれている。

 

「ふむ…という事はあの時から既に?」

「ええ、あの時は魔王軍の侵攻も激しかったですからね。魔力の消費量よりも効率を重視していたら、いつの間にか飲まれていたんです…」

 

 ヴァンが昔の高圧的な彼女を思い出しながら納得していると、彼女が廃城を眺め始めた。

 

「どうしたのだウィズ?」

「いえ…廃城にあった幹部の方の魔力が移動し始めました。これは……ベルディアさん?」

 

 魔力の軌跡を辿っていたウィズはある方向で顔を止める。

 

「ヴァ、ヴァンさん、まずいです!ベルディアさんがアクセルに向かっています!急いで戻りましょう!」

「ベルディア?…!?デュラハンのベルディアか!っち!」

 

 ヴァンは急いでめぐみんを抱え走り出す。ウィズは追従しながら心底困ったように話し出した。

 

「まさかベルディアさんだったなんて。あ~、もし私だってばれたらそれを口実に色々な事されちゃいますよ~…」

 

 

 何やら聞き捨てならない事を話す友人を見て、ヴァンはベルディア討伐を強く誓うのであった。

 

 

 

 



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第十一話 おじいちゃん、過去の仇敵と対峙する。

前回までのあらすじ

ウィズ「バレルとインプロージョンです」
めぐみん「早く教えて!」
ヴァン「ほっほっほ」

えくすぷろーじょんれい!ぎゅ~ん!!!

ベルディア「ぎゃーーー!!!そうだアクセルに行こう!」




ーアクセルに続く林道ー

 

 

 

 アクセルまでの道を駆け抜けているヴァンは、並走するウィズからベルディアの小言を聞かされていた。

 

「…で、『手が滑ったー!』とか言って私の足元に頭を投げ込んできたんですよ!絶対わざとですよね?そう思いませんか?」

「…う、うむ…それは間違いないな…」

 

 めぐみんを抱えながら走るヴァンは、当然ながら荒い呼吸をしており、辛うじて相槌を打っている状態だ。

 そんな自分と比べ、息切れ一つ起こしていないウィズを見ると、魔力でその身を動かすアンデッドの王というのは伊達ではないな。と少々羨ましく思うヴァンであった。

 

「…ウィズ。その話は…改めてゆっくり聞こう。して、ベルディアの魔力に変わった事は?」

「あらやだ私ったら、人様に話せない話題なので夢中になってました…ベルディアさんはアクセルの正門前で止まったままですね。彼の近くに僅かにですが神聖な力を感じます。プリーストの方でしょうか?」

 

 プリーストと聞き、すぐにアクアを思い浮かべるヴァン。しかし制限されているとはいえ、アクアを以てして僅かという事はありえないと断定したヴァンは、顔を険しくさせる。

 

「ウィズ!ここからはお喋りなしだ!駆け出しの冒険者達で食い止めている可能性がある!急ぐぞ!」

 

 頷いた彼女と共に更に速度を上げ、舗装された雑木林を抜ける。目と鼻の先にある丘を越えたらアクセルの街はもう目の前だった。

 

 

 

 

ーアクセル正門前ー

 

 

 

 

「はあ、はあ。こ、ここは一歩も通さんぞ…ぐあひぃぃぃん!!!」

「ええい!さっきから何なのだお前は!いいからどかんか!!!」

 

 ダクネスが、ベルディアと名乗る魔王軍幹部からの重々しい斬撃で地面を跳ねた。

 最初は咄嗟に体が動きそうになったカズマだったが…みんなに見える角度では苦しげな表情を見せ、視線が切れると頬を緩めて堪能しているのを悟った彼は、熱くなりかけた心を急激に冷やしていった。

 

「はあ、はあ……チラッ」

「……」

 

 白けた顔のカズマとは対象的に、熱の籠もった視線でそんな彼を見つめるダクネス。カズマは顔をしかめながら人集りの奥に紛れ込む。

 

(うぇ…目が合っちまった。というかあいつ、また防御系にポイント振りやがったな。魔王軍幹部の攻撃だぞ、ハアハアで済むような攻撃なわけないだろ)

 

 そんなダクネスの鉄壁っぷりにげんなりしていると、巨大剣を地面に突き立てたベルディアが大声を張り上げる。

 

「お、ぉぉおい!ヒヨッコ冒険者共!俺は人探しに来ただけだと言っているだろうが!頼むからこの無駄に硬いクルセイダーを取り押さえていろ!」

 

(俺達が集合した時に高らかにそう発言してましたよね。…本当、うちのクルセイダーがすみません)

 

 姿を現してからかれこれ十数分、ダクネスの有無を言わさぬ猛烈な性欲に翻弄されているベルディアを、カズマは心底哀れんだ。

 

「はあ、はあ。…ぐっ、お前の考えなどお見通しだ。そう言って近付いてきた女性冒険者共々、服を切り刻んで公衆の面前に晒し、その自由に動く頭で上下左右隅から隅まで視姦するつもりだろう…なんて、なんて卑劣なのだ!」

 

 ダクネスは、妄想上のベルディアの行いに様々な感情を滾らせ、先程までの猛攻が無かったかのように力強く立ち上がる。

 

「うおー!そうはさせん!皆は私が守り通す!やるなら私だけにしろー!」

 

「ななな何を言っとるんだお前はー!ほほほ誇り高き魔王軍幹部の俺がそんな事するか!と、というかお前、さっきからバラバラになるレベルで切り込んでいるのになんで立ち上がれるんだ!今までそんな奴見たことないぞ?!」

 

 ベルディアの話など一切聞かず、率先して痛めつけられていたダクネスだったが、無限の妄想パワーで蓄積していた疲労を吹き飛ばす。

 彼女が防御力偏重のへっぽこだと知らないベルディアは、これまでの攻撃を物ともしないダクネスの気迫と、若干心当たりのある誹謗中傷に動揺し、無理矢理話題を反らす事しか出来ない。

 そんな中、ダクネスに異変が起こる。ダクネスがベルディアの罵詈雑言に、顔を俯かせぐっと耐え始めたのだ。

 冒険者達は、未だ微動だにしないダクネスの動向を固唾を呑んで見守っている。しかしカズマはダクネスの機微に唯一勘付いた。

 

 歯を食いしばってはいるが、それは頬が緩むのを必死に堪えていたからだった。

 

(少し褒められたからって照れてんじゃねえよ!褒めてねえから!お前の馬鹿らしい防御力に言葉が見つからないだけだから!)

 

 自由気ままなダクネスに怒りを覚えるカズマだったが、彼女の雰囲気に飲まれまいと大きく頭を振る。

 

(じゃない!落ち着け俺!…魔王軍幹部の力っつってもこんなもんなのか?来た時からボロボロだったの加味しても、ダクネス一人にここまで足止めされるなんて…もしかしてダクネスだけで何とかなるんじゃ…)

 

 思ったが吉日、ダクネスの防御力だけは信頼しているカズマは、人集りの奥から大声を発した。

 

「ダクネス!一撃熊を思い出せ!」

「!!!」

「な、なんだ!?誰だ今叫んだ奴!い、一撃熊?俺は取り押さえろと言っているんだ!」

 

 突然聞こえてきた意味の分からない大声に、ベルディアは辺りを見回すように頭を掲げ、狼狽えたまま怒声を飛ばす。

 

(ふふふ。焦っているな魔王軍幹部ベルディアめ。うちのクルセイダーは相手の攻撃を誘発し、敢えてその攻撃を受け止めそのまま押し切りダメージを与える!………んで、相手のさらなる強烈な一撃を期待して、半永久的に動く事ができるのだ!)

 

 カズマはベルディアの狼狽えっぷりに、何の確証もない勝利を見出し思わず口角を上げる。

 

「そうだった!さっきまでの攻撃でも十分だったから忘れていたが、私はさらなる高みに登っていたではないか!」

 

 カズマのアドバイスで覚醒したダクネスは、構えていた大剣を放り投げ、一撃熊の如く高々と両腕を上げる。

 

(ケケケ、ベルディアよ!ダクネスの性欲に慄くがいい!現れた時から色々ボロボロだったのが運の尽きだったな!満身創痍じゃうちのドMには立ち向かえないぜ!)

 

 剣を放り投げたダクネスを、カズマは徹底的に無視した。そんな些細な事は今までに何度もあり乗り越えてきた。それにドMだからという便利な事実がすぐに掻き消してくれるからだ。

 

「ふひひ。さあ、どこからでも切り込んでくるがいい!お前の本気を見せてみろ!うおーーー!!!」

「くっ、一体なんなのだこいつは!ええいこっちに来るな!ふんぬあーーー!!!」

 

 ベルディアの巨大剣とダクネスの拳がぶつかり、辺りに鉄を叩くような軽快な音が響き渡る。その光景を見ていたカズマは、ダクネスの拳が鉄のように硬いのだと知り、彼女を女扱いするのを止めようと誓う。

 

(っしゃ!予想通り巨大剣は弾き返した!そのまま体当たりでもかましてやれ!)

 

 

 ―――しかし、ダクネスの体当たりがベルディアに直撃する事はなかった。

 

 

 剣を弾き返し、ベルディアとの距離ももう僅かという所で、急に足を縺れさせたダクネス。そのままベルディアの脇を猛スピードで通り過ぎ、顔面から地に倒れたのだ。

 

 正門前に集まった全員が、この場の空気がなんとも言えない微妙なものに変化したのを感じ取った。

 対峙したベルディアでさえも、一瞬の出来事に思わず呆けてしまっている。

 

(…こんのドジっ子ダクネス!ここに来てお前の不器用さなんて見せなくていいんだよ!)

 

 肝心な時に全く締まらないダクネスに、カズマは頭を抱えてしまう。

 全員が未だ呆然としている中、ダクネスはさもベルディアの回避能力が高いかのように振る舞い始める。

 

「ごほ、ごほ。ふっ…中々の身のこなしだベルディア。さあ次だ!そんな剣など捨てて拳でかかってこい!」

「へ?………は?…はあ!?お、お前が勝手に転けたんだろうが!後、武器があるのに何で拳で戦わなくてはならんのだ!?馬鹿かお前!」

「ば、馬鹿だと!?失敬な!私はこれでも学術に関しては―――」

 

 

「そういう!事では!無いわーーー!!!」

「ぐっああーーーん!!!」

 

 

 これまでのダクネスとの会話で学習したベルディアは、彼女の見当違いの反論でイラつく前に頭を放り投げ、両手で巨大剣を振り抜いた。ダクネスも、突然の斬撃に対応が遅れたが、拙いながらも受け止めその痛みを堪能したようだった。

 

 冒険者達が宙を舞うダクネスを愕然と見守る中、彼女は大きな音を立てて地面に叩きつけられる。カズマは頭を掻き毟りながら怒りを顕にしていた。

 

(ほんっと使えねえなあいつは!…ああもう!現状この街で戦えるのあいつだけなのに、このままじゃ時間稼ぎにもならねえじゃねえか!くっそ!ヴァンとめぐみんはどこい―――!?)

 

 恐らく大丈夫であろうダクネスの事は戦力から外し、所在不明の二人の事を考えていたカズマの身体に、身の毛もよだつ悪寒が通り過ぎる。

 

(な、なんだ…今の…)

 

「………ああああもういい!お前らが俺をおちょくっているのはよおおく分かった!大人しく人探しを手伝えば見逃してやろうかと思ったが!もう遠慮せんぞ!知ってそうな奴以外は斬り捨てるからな!」

 

 ベルディアは指を指しながらそう言うと、正門前に集まった冒険者達を一睨みし巨大剣を肩に担ぐ。そして冒険者達の方へ徐に頭を放り投げた瞬間―――

 

 

 

 

 

 

 カズマの目の前に屯していた冒険者達が、一斉に吹き飛ばされた。

 

 

 

 

 

「へ…」

 

 カズマは一瞬の出来事に思わず声を漏らす。そして目の前の巨体に難なくキャッチされた鋭い眼光を帯びた頭が、彼に死という恐怖を与え正常な思考を出来なくさせた。

 

「おい、お前から吐きたくなる様な神の力を感じる。この街の上位の者だな?言え、俺の愛馬と部下を消したやつは誰だ?………おい聞いているのか、喋らんと斬るぞ!」

 

「…えっと、え?…あの」

 

 カズマは目の前の死の視線から逃げるようにベルディアの背後を見る。…吹き飛ばされた冒険者達は男女関係なく既に事切れていた。

 その余りにもあっさりとした惨状に、カズマの頭の中は徐々に死の色に染まり、腰を抜かし目から涙を流し始める。

 

「し、しし死…死ん…」

「…ふん、知らんようだな。次だ」

 

 ベルディアは恐怖に侵されただけの彼に興味を無くすと、巨大剣を軽々と掲げ一切の躊躇いなく振り下ろす。

 カズマの体はベルディアの動作に反射的に身を守る体勢となり、眼をぐっと瞑り無意識に最後の時を待つことしか出来ない。

 

 

 

 そうして全てを諦めたその時、カズマの耳にけたたましい鉄の音が響いた。

 

 

 

「ぎっ!!!…べ、ベルディア。弱き者を斬るなど…っぐ!元騎士とは名ばかりか!」

「…っち。まだ邪魔立てする者がいるか」

 

 二人分の会話に恐る恐る目を開けたカズマは、目の前の光景に驚愕する。

 

「ぶ、無事かカズマ君?…すまない、色々と…ぐ!立て込んでおってな…」

 

 

「ヴァ…ン」

 

 

 

 そこには、女神エリスの加護を纏い重くのしかかる巨大剣を斧槍で支えながら、自分を見て僅かに微笑むヴァンの姿があった。

 

 

 

 




モチベーションとか色々ごにょごにょ…

すみませんでした!!!(土下座


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