やはり俺がシンフォギアの世界にいるのは間違っている (にゃにゃにゃす)
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プロローグ
やはり俺がライブに行くのは間違っている


初投稿です
優しく、温く見守っていただけると嬉しいです。


ーーどこに居ても探して見つけて、会いに行く!!

 

それは幼かった俺が彼女と交わした約束。

 

初恋だった。

たぶん今でも好きなのだろう。

 

彼女が好きだった。

彼女の笑顔が、優しさが……

そして歌が大好きだった。

 

 

ーーどこに居ても探して見つけて、会いに行く!!

 

 

俺こと比企谷八幡は、彼女とした約束を未だに果たせずにいる。

君は今、どこにいるんだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハチ君、おーきーてー!」

 

「……ぅん?ひゃっ!!」

「わひゃぁ!?」

 

俺の悲鳴に彼女は驚き、悲鳴の二重奏が車内に響き渡る。

他の乗客から冷ややかな視線が俺たちへ集中する。

 

……やばい、恥ずかしい。

 

いや、だって起きたら目と鼻の先に美少女の顔だぞ?

そら悲鳴だって上げるだろ?

 

「ちょっと2人とも電車の中だよ!」

 

実に情けない。

 

この場で1番年下の妹の小町に小声で叱られてしまった。

しかも、小町が恥ずかしいよ〜。と言われて尚申し訳ない気持ちになっちゃいました。

小町、すまん!!そして、俺も恥ずかしい!

 

でも恥ずかしがる小町が超可愛い。

あ、嘘です。

だから、そんなゴミを見るような目でお兄ちゃんを見ないで。

 

 

さて、先ほどの美少女こと立花響は、俺の隣りで困った様に笑っていた。

 

「あはは……小町ちゃん、ごめぇ〜ん。寝る前にハチ君が下車する二駅前で起こしてって言ってたから……。」

「いやいや、響ちゃんは悪くないよ。まったく!ゴミぃちゃんが気持ち悪…変な声出すからいけないんだよ?小町的にポイント低い!」

「ちょっと小町ちゃん。言い直す前は何を言おうとしたのかな?」

 

え?マジで?マジなの?

愛する妹に気持ち悪いって言われたんですけど?

超傷つくんだけど……

 

「大丈夫だよ!ハチ君の声はイケメン?ボイスだよ!幼馴染みの私が保証するよ。」

「おい何故に疑問系になった?イケメンの直後に疑問系になったよね?ね?」

「……いやぁ〜気ぃのせいだよ。ほら、それよりも…ほらほら!会場が見えてきたよ!」

 

元気いっぱいわくわくモードの響に即され窓の向こうに目を向ける。

景色が流れていく中で、一際目立つ大きなドーム状の建物が見えた。

先ほどの響が言っていた会場とは、このドームの事であり俺達3人の目的地だったりする。

 

 

本日は話題沸騰、人気絶頂、知らない人はいないであろう。

天羽奏と風鳴翼のツインボーカルユニット、通称ツヴァイウィングのライブ公演日なのである。

 

人気絶頂と言われてるだけあって、会場付近の駅も道も人、人、人。

マジでどんだけ人気なんだよ…。

 

 

「……人がゴミの様だ。」

「バルス!」

 

流石は幼馴染み。

俺のくだんない言葉に即座に反応してくれるとは。

 

「ちょっと2人ともホント小町恥ずかしいから止めて!……絶対に未来ちゃんに言いつけてやる。」

「「ごめんなさい。それだけは勘弁してください。」」

 

2人同時の謝罪に小町はため息を大きく吐いた。

だって、小町を困らせたなんてアイツに知られたら……

うん、正座で説教されている姿が鮮明に浮かぶ。

 

「まったく…。でも、未来ちゃん来れなくて残念だね。」

「うん。本当は未来も観たかったと思うんだけどね…。」

「婆ちゃんが怪我したんなら仕様がねぇよ。それになんだかんだアイツは優しいからな。怪我人放置してまで遊ぶなんてできないだろ。」

「ふぅ〜ん……。」

 

ん?何で響さん不機嫌気味なの?

 

「ほっほ〜ん…。」

 

そんで小町はムフフッと笑ってるんですけど…なんなの?

って、ヤバイ!人の流れがこちらに!

咄嗟に2人の手を握り歩きはじめる。

 

「2人とも俺から手を離すなよ!あっという間に人混みに流されちまうぞ!」

「お、お兄ちゃんがお兄ちゃんしてる!今のは小町的にポイント高い。」

「響的にもポイント高いよ、ハチ君!」

 

そのポイント制は一体なんなの?

ポイント貯まったらどうなるの?

など、1人思いながらも視線は辺りを見渡していた。

視線はいつも何処でも、1人の少女を探してしまう。

人が多い場所でならば尚更、探してしまうと言う所謂癖である。

この癖も自然なモノとなってしまったかぁ……。

 

依然と視線は周囲に向けてまま歩いていくこと数十分。

会場に到着した。

が、やはりと言うか周囲は人だらけ。

 

はぁ……。

 

「……帰りたい。」

「まだライブ始まってすらないよっ!?」

「やっぱりゴミィちゃんだ…。もう、未来ちゃんの分まで楽しまないとだよ。」

 

そうなんだけどさ……。

人混みから妹達を守る為に体張った俺のライフはゼロなのよ……。

しかしながら、2人のテンションは時間が経つにつれて上昇していく。

そりゃ、そうだわな。

だって時間が経てば経つ程ライブ開演に近づくのだから。

 

 

そして、皆が待ち望んだ時がきた。

 

 

 

空から片翼の天使達が音楽と共に舞い降りのだ。

その姿は男の俺から見ても凛々しくて格好良く、また可憐で美しかった。

つい見惚れてしまった……。

 

歌は圧倒的な迫力に驚いた。

 

CDでは聴いていた彼女達の歌声は綺麗と言う印象だったのに、生では力強さの方が勝っていた。

 

小町と響は、姿を見せたツヴァイウィングの2人を惚けて見ていたが、いざ歌が始まると楽しそうにサイリウムを振り回していた。

てか、俺の分はないの?

小町ちゃん、なんで4本も振り回してんの?

 

……まぁいっか…楽しそうだし。

響なんて目がキッラキラに輝いてる……のに、なんかこの子モジモジしてるんですけど。

ふと視線が合うと彼女は口パクで告げてきた。

 

トイレ……と。

ライブ前に行っとけよと思いながらも無言で頷く事しかできなかった。

 

ステージに視線を戻すとキレのあるダンスと圧倒的歌唱力で観客を魅了していた。

 

実際、ライブはボッチの俺でも楽しく感じた。

ツヴァイウィングの2人の歌が会場を支配しているのではなく、歌で観客と一体化している様な感覚になる。

 

《見ぃ〜た事なぁい世界の果てへ〜…♪》

 

突如ドームがの天井が開放された。

うぉっ!?夕陽が眩しい!

 

ライブの盛り上がりはスタートから徐々に上がっていき、最高潮まで達すると言うタイミングで

 

ーーゾクッ!

 

背筋が冷え、嫌な汗か流れてた。

…知っている。

この感覚を俺は知っている!

目に意識を集中し、奴らの出現地ポイントを特定する。

俺は素早く小町の腕を掴み会場の出口へ駆け出した。

 

いち早く最愛の妹を安全な場所へ避難させる為にー

 

「ちょっとお兄ちゃん!何をー」

「いいから走れ!くそっ…頼む出てくれ!」

 

携帯で響に電話するが中々繋がらない。

嫌な汗が頬を伝う。

 

頼む出てくれ……頼むからっ!!

 

「只今、お繋ぎすることがー」

 

くそったれ!

会場の出入り口付近に着いた。

俺は小町に俺の財布を押し付け、停車中のタクシーに押し込む。

 

「ねぇ!お兄ちゃ「小町、黙って聞け!ノイズが出る!おれの財布は預けるからタクシーで駅方面へ向かえ!俺は響を探してー!?」

 

 

それは凄まじい爆発音だった。

 

ライブ会場での爆発音は、空を震わせ、地を揺らした。

 

続いて悲鳴や雄叫びが背後から聞こえてきた。

振り返ると空に向かって灰色の煙が舞っていた。

間違いなく会場内は地獄と化しているであろう。

 

何が起きているのか、まるで理解できてない小町とタクシードライバーは口を開いて呆けていた。

 

 

「運転手さん駅まで!早く!」

「え?…あ、あぁっ!」

 

 

俺の叫びに反応し、運転手はタクシーを発進させた。

これで、小町は安全だ。

あとは……

 

「響…今、行くからなっ!」

 

歓声は悲鳴に、音楽は破壊音に成り果てたライブ会場。

そんな地獄と化した場所へと俺は駆け出した。

 

 

ーー……

 

ライブ開演30分前

 

私は誰と話すでも無く、物陰に隠れるように蹲っていた。

この時間は正直苦手だ。

スタッフは本番前の最終確認しているし、だからって私ができることがない。

 

リハーサルは完璧だった。

やれる事はやったつもりだ。

なのに不安はいつも開演前にやってきて、私を緊張させる。

 

 

フードで顔を隠して緊張しているのが、知られない様に……。

 

「間が持たないって言うかなんて言うかさ…開演するまでのこの時間が苦手なんだよね〜。」

 

そう言って目の前で脚を組み、座ったのは私のパートナー、天羽奏だった。

この時間が苦手な事は同意だ。

ただ、奏は私と違っていつもの彼女だった。

 

つまり緊張など一切していない。

 

「こちとらさっさと大暴れしたいのに…そいつもままならねぇ。」

「そう…だね…」

 

私の返事に奏は怪訝な表情に。

しかし、それは一瞬でいつもの意地悪な表情になる。

 

「もしかして翼…緊張しちゃったり?」

「-ッ!あ、当たり前でしょ!…櫻井女史も今日は大事だってー」

 

ペチンッと額に軽い衝撃が…。

いきなりの事に驚き、言葉が止まる。

 

「かぁー!真面目が過ぎるねぇ〜。」

「奏、翼。ここに居たのか。」

「司令…」

「これまた源十郎の旦那。」

 

私たちに話しかけて来たのは、特異災害対策機動部二課の司令官である風鳴弦十郎。

私の叔父様だ。

 

「分かっていると思うが今日は「大事だって言いたいんだろ?解ってるから大丈夫だって。」

 

ヒラヒラと手を振り、まるで緊張感のない奏に司令は優しい笑みを浮かべる。

しかし、直ぐに厳格のある表情で釘を刺して来た。

 

そう。今日は大事な日だ。

完全聖遺物ネフシュタンの鎧、これの起動実験の日でもある。

もし、起動に成功すれば人類は大きな一歩を踏み出す……はずである。

起動に私たちの歌が必要なのが、緊張に拍車を掛けてるのである。

 

「それより旦那。昨日、ノイズを殲滅した奴はわかったのか?」

 

奏の真剣な表情になり、叔父様に質問をする。

 

「…一課の連中から得られた情報だと[黒鬼]のコードで呼ばれる人物だろう。シンフォギアを持たず、ノイズを撃退。しかしシンフォギアに似たような外見。武装は純白の刀身の太刀に黒い鬼の仮面。白髪。…わかってるのはこれくらいだ。」

 

「チッ…また黒鬼って奴かよ!なんなんだよアイツ…!」

 

コード【黒鬼】

最近になって表れた、ノイズをシンフォギアも無しに倒すイレギュラー。

私たちに出動要請が出て現場に向かうと、ノイズがただの炭の塊になっている事案が度々発生している。

 

先に現場にいた一課の方々が言うには、司令の挙げた特徴をした人物が突如乱入してきてノイズを倒している…らしい。

しかも、ただ闇雲にノイズの相手をするのではなく人命優先の戦い方をしている…らしい。

 

全ては間接的でのみの事柄である為、らしいとしか言えないのだけれど…。

 

 

「黒鬼…。でも敵じゃないんですよね?」

「翼、敵の敵が味方とは限らない。とは言え、もし味方だと言うのであれば正直有り難い。」

「んだよ…私たちだけじゃ不服ってわけか?」

「戦力が多いに越した事はなかろう。実際お前達2人には、いつも無理を強いているのが現状だしな。……おっと櫻井くんか……私だ。……そうか、わかった直ぐに向かおう。」

 

通信端末で司令が櫻井女史とやり取りをしている。

会話の内容は、わからないが検討はつく。

起動実験の準備が整ったのだろう。

 

案の定、その通りだった。

 

 

そして僅か数分後、私はライブステージの上で奏と2人で踊り歌っていた。

 

観客の熱気が肌に伝わる。

笑顔で楽しそうに私達と一緒に歌っている。

今、私達は観客と歌で一つになっていると思えた。

 

楽しい!奏となら何処へだっと飛べる。

そう…両翼のそろったツヴァイウィングなら!

 

 

 

なのに……

 

 

突如、観客席が爆発した。

 

「え…?」

「ーッ!ノイズがくる。」

 

ハッとなり、空を見上げると飛行型ノイズが急降下し、観客を次々と襲い始めた。

下からもノイズが表れみるみる増えていった。

 

歌は悲鳴に変わり、会場は地獄と化していた。

 

「飛ぶぞ翼!この場に槍と剣を携えているのは私達だけだッ!」

「で、でも司令からは何も……奏ッ!?」

 

奏がステージから飛んだ。

勇ましいその背中が、私から遠ざかる。

 

 

 

 

 

 

 

「Croitzal ronzell gungnir zizzl」

 

聖詠。

それはシンフォギア起動する為の歌。

躊躇せずに歌い、シンフェギア【ガングニール】を身にまとった奏はノイズに突っ込んでいった。

 

私も慌てて【天羽々斬】を身に纏い、奏の元へ駆け出した。

眼前にいる大量のノイズを斬り伏せ、蹴り飛ばし蹂躙する。

なんとか倒せてはいるが、敵の数が尋常じゃない。

 

「ッ!時限式はここまでかよ…!」

 

隣にいた奏の動きが止った。

空かさずノイズが攻撃してきた。

アームドギアの槍でガードしたが、奏は後ろに弾き飛ばされた。

 

その時だった。

 

 

 

「きゃぁあッ!?」

 

上の観客席が崩れ、逃げ遅れた少女が落ちたのが見えた。

少女に気づいた数体のノイズが、彼女に近づいていく。

 

「あ…あぁっ!」

「んなぁろう!!」

 

恐怖で動けなくなった少女の元へ容赦なくノイズが襲いかかるも、間一髪で奏がノイズを槍で切り裂いた。

 

「駆け出せぇッ!」

「う…はぁはぁ…」

 

少女は落下した時に脚を痛めていた。

片脚を引きずりながらも懸命に逃げきろうとしていた。

そんな少女に追い討ちがくる。

ノイズが体を細めて彼女目掛けて飛び始めた。

 

「くぅッ!」

「奏!」

 

奏が槍を高速で回転させ、ノイズの進行を阻害する。

だが、続いて大型ノイズ2体が液体を噴射した。

 

 

「奏!!」

「うぅ…あぁああぁぁッ!!」

 

苦しげに雄叫びを上げ、プロテクターには亀裂が入る。

それでも奏は少女を守る為に攻撃を防いでいた。

 

急いで奏の元に行かないと!

 

「響!」

「ハチ君!」

 

少し離れた場所に少女の名前を叫ぶ少年がいた。

少女は声の主を見つけると嬉しそうに、彼の名前を呼んだ。

その直後だった。

 

「え…?」

 

少女の胸元から鮮血が舞い、その身体は後ろの瓦礫へと叩きつけられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「響…?響ぃぃいいぃ!」

 

少年は悲痛な叫びを上げた。

兄、弟か恋人または友人。

どの関係であれ、今起きてる事態は彼にどっと悪夢そのものだ。

「おい、死ぬな!目を開けてくれ!生きることを諦めるな!」

 

先に駆け寄った奏が少女を抱きかかえ、必死に言葉をかける。

少年は絶望に顔を歪ませ、奏の腕から彼女を奪う。

血が溢れている箇所に脱いだ上着を押さえつけ、出血を妨げてようする。

 

 

 

だけど、血は溢れ出続けた。

 

 

 

 

 



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第2話

響の胸元から溢れ出る赤い赤い液体。

着ていたパーカーを脱ぎ、傷口を塞ぐように押さえつけるも、すぐに血で真っ赤に濡れてしまう。

 

このままじゃ、出血死は免れない。

 

「くそっ!くそっ!止まれ…止まれよッ!」

 

わかっている。

俺がどんなに憤り、苛つき、泣き、喚こうが響の血が止まる事はない。

知っている。

重体の響を救う唯一の方法を。

 

だが、その方法をとってしまえば、もう日常には戻れない。

 

普通じゃいられない。

 

でも、それでも……俺はッ!

もう、大切な人を失いたくないッ!

 

だから!

 

「……響。今助けるからな。」

 

俺は胸元にぶら下がる真っ黒な半球体を握りしめる。

半球体から怪しい輝きが発せらると、全身を通う血が沸る様な感覚に襲われる。

 

血が熱を帯び、肌が焼ける感覚。

だが、不快感や嫌悪感は一切ない。

 

そして、己が身体から溢れ出たのは神通力。

 

「こいッ!<白雪ノ華>!」

 

瞬間、俺の身体が漆黒の闇に包み込まれた。

 

オーラが霧散した時、俺は肘から下、胸と腰に、膝から下に漆黒の防具を身にまとっていた。

 

握るは純白の太刀、銘は白雪ノ華。

 

その白雪ノ華に反射して映るのは、白髪赤眼の自分だった。

 

 

 

 

 

 

 

そして、俺は……

 

 

 

 

 

 

白雪ノ華の切っ先を、躊躇する事なく己が左の掌に突き刺した。

左手から激痛が走り、小さな悲鳴が漏れる。

 

 

【血箋華】

 

紅い俺の血が響の傷口に落ちると、即座に傷口が塞ぎ始めた。

これが唯一、俺が響を救える手段だった。

 

もし、周りに誰も居なければ躊躇せずに使っていた。

 

だが、世界は俺にいつも優しくない。

今は結果として、目撃者がいる……はずだった。

 

 

 

「いけない奏!歌っては駄目ぇぇ!」

 

「ーーGatrandis babel ziggurat edenal

Emustolronzen fine el baral zizzl

Gatrandis babel ziggurat edenal

Emustolronzen fine el zizzl…」

 

不意に聴こえてきた綺麗な歌声と悲痛な叫び。

 

少し離れた場所で天羽奏が槍を天に掲げ、歌っていた。

 

歌が終わると彼女を中心に莫大なエネルギーが爆発し、発生エネルギー波はノイズを一掃した。

 

 

「今のは!?……おいおい、嘘だろ…。」

 

神通力を解放した俺の瞳には、天羽奏の命が風前の灯であるのが見えた。

先程のエネルギー放出が原因なのは直ぐに理解できた。

理解できてしまった。

 

 

俺が会場に戻ってきた時、天羽奏は響を守ってくれていた。

これは恩だ。

だったら返す必要がある。

 

 

ふと視線を響に向けると完全ではないものの、傷口は閉ざされており、もう安心と言える。

現に彼女は、安らかな寝息を立てている。

 

俺は響の頭を1度だけ撫でて、倒れた天羽奏と、彼女を抱きしめ涙を流す風鳴翼の元へと向かった。

 

 

「何処だ…翼。真っ暗でお前の顔も見えやし無い…。」

「奏!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アンタは俺の…妹を助けてくれてた。だから、今度は俺がアンタを助ける。」

 

【血箋華】

 

俺は今一度、左の掌に白雪ノ華を突き刺し、身体の再生とエネルギーの供給を血液越しに行い、そして倒れたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー……

 

 

「知らない天井だ…。」

 

…はい、一回は言ってみたい台詞だよね。

つか、ここ何処よ?

 

白に統一された壁。

病院??

 

 

「まぁ、知ってたらビックリだな。はじめまして…は、ちょいと違うか?まぁいいか、私は天羽奏だ。よろしくな!」

 

人居たのかよ⁈

って、真横に杖をもった天羽奏さんがいらっしゃいました。

 

いいか?落ち着け……クールになるんだ八幡。

冷静に対処するんだ。

 

 

 

「……ひゃい!よよ、よろしくお願いしましゅ!?」

 

無理だった…。

思いっきり噛んだ。

てか、あの台詞も聞かれた!?

小町ぃ、お兄ちゃん恥ずかしいよぉぉぉお!

しかも、噛んだから二重に恥ずかしいよぉぉおお!

 

 

だって急に話しかけられると人って焦るよね?

しかも美人な有名人が急に話しかけてきてみろ。

ボッチじゃなくても噛むと思う。

 

結局何が言いたいのかと申しますと、逃げ出したい。

穴があったらダイブしたい。

 

「おーい。比企谷八幡…だっけか?呼びにくいからハチって呼ぶか。ハチ、私を助けてくれて礼を言う。ありがとうな。」

 

……いい人だ。

噛んで、キョドッて、目の腐った奴を馬鹿にしないなんて……

 

しかも、御礼付きだべ?

マジ、優しいっしょ!?

 

 

「……俺は妹みたいなヤツを天羽さんに助けてもらったんで…恩をお返ししたに過ぎません。なので、俺に感謝なんかしないでください。って、響は!?」

 

上半身を叩き起こし、周囲を見渡すも響は居なかった。

 

「お前さんの妹?なら都内の病院で入院中だ。因み、来週には退院予定の健康体だから安心しな。」

 

 

…良かった。無事だったか…。

心底安心して、ベッドに倒れる。

 

ふと、何かを思い出したのか彼女は時計を見ていた。

 

「ハチ、起きれるか?」

「えぇ、まぁ。少し身体が重いですが歩けもしますよ。」

 

これは血箋華の代償の血液不足だと…まぁ、神通力の酷使が原因なんだけどね。

 

「ほーん。なら車椅子は必要ねぇな。私について来てくれ。」

「はぁ…?」

 

ズンズンと先に歩いて行く天羽さん。

アンタ、その杖必要?ってくらい先へ先へと進んでいくんですけど。

俺の悪評が学校に広がるくらい、はっやぁーい。

 

……あれ、なんか目から汗が出てきた。

 

「ハチには色々聴きたい事がある。私の傷を治した方法や、あの姿とか色々な。でも、まぁ一先ず……」

 

やがて、彼女はとある扉の前で立ち止まる。

 

「此処へ先に入んな。」

 

八幡、意味わかんない。

だってこの先に誰がいるのかもわかんないのに先にはいれと?

 

……でも、ボッチは拒否ができないのである。

 

仕方なく、開いた扉の向こうへ踏み出した。

 

 

 

パーン!パーン!

パーパフ パーパーパフパフ!

パチパチパチパチ!

 

 

 

人間、本当に驚くと声が出なくなるらしいです。

俺の視界に映っているものを言ってやろうか?

…え?いらない?

いや、言わせろよ。

 

 

まずは、

 

熱烈歓迎、比企谷八幡様

と書かれたデッカい段幕

 

次に達磨とお祝いの花々。

 

最後に変なハットを被ったオッサンと、笑顔で拍手をする人達。

 

 

視界の情報処理が追いつかないので

 

 

ウィーン…

 

とりあえず、下がって扉を閉めることにした。

 

「……なんで戻ってきたんだ?」

「…自己防衛本能です。」

 

 

呆れた顔の天羽さん。

 

いやいやいや、何今の!?

え!?誰?あの人達は誰!?

 

「ほら、私も一緒に行ってやっから!」

「ちちちょ、待ってぇぇ!」

 

近い、美人、柔らかい、いい匂い!

って違う!

腕を掴まれ、もう一度中に入ると二度目のクラッカーと拍手が俺たちを迎えてくれた。

 

 

「ようこそ!特異災害対策機動部二課へ!歓迎するよ、比企谷八幡君!」

「…あのぅ……帰って良いですか?」

 

切実に。

 

「そんな事言わずに、笑って笑って!お近づきの記念にツーショット写真♡」

 

髪型とサングラスが奇抜な女性に写真を撮られた。

 

もう…わけわかんねぇ……。

 

 

 

「さてと、まずは自己紹介をしよう。俺は風鳴弦十郎。特異災害対策機動部二課、ここの責任者をしている!」ニッ

「そして、私はできる女と評判の櫻井了子。よろしくね。」

「私達も、ちゃんとした自己紹介を。私は天羽奏。シンフォギア、ガングニールの装者だ。んでこっちは…ほら、翼。」

「風鳴翼…。シンフォギア、天羽々斬の装者よ。初めまして。奏を助けてくれてありがとう。」

「比企谷八幡でしゅ。」

 

あ、やべ。また噛んだ。

 

「いや、私が言うのもアレだけどよ…普通ツヴァイウィングの私等を見たら興奮するんじゃないのか?ハチは最初から冷静だよな。」

 

冷静なら噛みません。

しかし天羽さんは、もはや噛んだことは気にしてない御様子です。

 

 

ん?

今聞き慣れない言葉があった。

 

「シンフォギア?って何んですか?それにガングニールに天羽々斬って伝説の…?」

「はいは〜い。それについては私が説明するわよ。」

 

と言う櫻井さんによって、シンフォギアについての解説が、行われた。

 

なるほど。

完全聖遺物なんてモノ、そうそう世の中に現存していない。

しかし、聖遺物の欠片に残った僅かな力を歌で引き出すのか。

 

……あ、これは俺の白雪ノ華には使えないな。

 

「こちらも質問いいかしら?」

「えっと…はぁ、どうぞ?」

「あの会場での映像を拝見しました。単刀直入に言うわ貴方は何者なのかしら?」

 

 

……まぁ、そうなるよな。

薄々気づいてはいた。

この部屋には、俺を歓迎している様に見せてはいるが武装している人が少なくない。

警戒されてる上で、答えるのか…

 

「自分は比企谷八幡とは別にもう一つ名前があります。それが安倍晴明。陰陽師、当代の安倍晴明です。」

 

 

まさかのまさかに、室内が一気に騒つく。

そら伝説で架空の人物だもんな、安倍晴明って。

 

陰陽師って、何?って言ってるアイドルが目の前にいるけど。

 

 

「…ちょっと待って頂戴。陰陽師?実在していたの?」

「えぇしていましたよ。今となっては俺が最後の陰陽師ですけど。ついでに言うと大昔から陰陽師はノイズを対処していましたよ。御国の命によって。……明治過ぎたあたりからっすかね。他国と戦争に戦争を重ね、国のお偉いさん達は戦地で兵士をノイズから守る為に陰陽師を派遣しまくって、バッタバッタと倒れて行き、とどめに大空襲などなどで…気づけば、今じゃ比企谷家以外いなくなってましたね。お陰様で、唯一生き残りの俺が安倍晴明を襲名する羽目になりました。」

 

 

皆さま絶句。

でも、事実なんだよな。これが。

戦争、駄目!絶対!

 

「これは…詳しく話しを聞く必要があるわね。ちょ〜っと向こうでぇ、お・は・な・し!しましょ〜ねぇ〜♡」

「え、え!?あっ、ちょっ!?」

 

何で皆さん、こう強引なのん!?

八幡、強引なの嫌い!

 

ってなわけで、別部屋に移ってお話しの続きみたいです。

部屋には

ハットの叔父さん

自称できる女

ツヴァイウィングの2人

 

 

仄かに香るはカオス臭。

 

 

「さーて、まずはこちらの映像を御覧あれ。」

 

モニターに流れたのは、鬼の仮面に漆黒の防具を身に纏い、太刀を持った人物……つまり俺だった。

 

流れるのは、対ノイズ戦での映像で瞬く間にノイズを殲滅。

時間にして5分もかかっていなかった。

 

「君はコード黒鬼と呼ばれ、我々二課の者達で探していたのだ。映像を観る限り君は強いな。」

 

へ?そんな厨二くさい名前つけられてたの?

俺、もう中3ですよ。

 

「へー…ハチ、強ぇな。」

「…そーなんすかね?比べる相手が居ないんで、自分じゃ分かりません。」

 

ボッチは比べれないのですよ、ボッチは!

 

「では、断言しよう。君は強い。そして、そんな君に頼みたい。我々にその力を貸してくれないか?」

「…こうして身バレしてて拒否できるんですか?貴方達は政府側の人間だ。……どうせ拒否したら面倒な事になるんでしょ?」

「…すまない。しかし、これは君を守る為でもあるんだ。」

「でしょうね。理解してます。なので協力はしますが、条件があります。」

「わかった。できるだけ君の条件は呑もう。」

 

譲れない条件。

俺は別にボランティアで戦っていたわけじゃない。

大切な人達を守るために戦っていた。

だから……

 

 

「ありがとうございます。では1つ目。俺の家族、それと付き合いのある立花家と小日向家の安全保証。ノイズが出た際は最優先で避難させてください。」

「お安い御用だ。」

 

まずは一安心だ。

これで家族と響、未来を守れる。

 

 

「2つ目は…母には本当のこと言わせてください。それから3つ目は固定給をいただきたい。ただ働きはできません。最期にー」

 

 

 

 

 

パチンッ

 

俺の頬に軽い衝撃と痛みが走る。

 

…普通に痛い。

 

頬に平手をくれたのは、風鳴翼だった。

彼女は怒りの炎を灯した瞳で、俺を睨んでいた。

 

「その手に力を持つ者が、お金欲しさに戦うだと…?ふざけているのか!…黒鬼、貴方には失望した!」

 

 

 

 

……ーーー

 

 

 

何て事があったのが3週間前の出来事だった。

 

彼の母君と話しをつけ、こちらに越してきてもらったわけだが……

 

 

「ノイズ各方面にて出現を確認!翼さんと八幡くん、戦闘に突入!」

「モニター、でます!」

 

映し出されたモニターには、左翼が翼、右翼を八幡くんのフォーメーションで戦闘を行っていた。

 

 

「…やはり協力要請して正解だったな。」

「そうね。ただ、陰陽師の技術が私の研究に活かせないのが残念だわ〜。……伝説の殺生石、その欠片で僅かに流れる白狐の血を強制覚醒。使っている白雪ノ華を陰の力で制御し、逆に陽の力で結界の鎧を身に纏う。陰陽師は陰陽表裏一体の力を使う…ね。白雪の華は妖刀に部類される物だし、よくもまぁ闇に呑まれず正気を保っていられるものね。」

「白狐の血か…。あの髪と瞳の色から彼の言っている事に虚偽はあるまい。…我々はできる限りこれからもサポートしていくだけだ。頼んだぞ、了子くん。」

「えぇ。まずは、鎧の改良ができないか八幡くんと目下、相談中よ。」

 

 

大人として、子どもばかりに戦わせてばかりで情け無いとは思っている。

代われるものなら代わってやりたい。

 

だが、それが出来なく、故に歯痒い。

ならばと、出来る事をしよう。

彼等には出来ない事をしてやる事ぐらいしか、俺たちにはないのだから。

 

「ノイズの殲滅を確認。」

「2人とも、怪我も無いとの報告です。」

 

 

今回、市街地に出現したノイズは少なくなく、苦戦を強いられると予想されたが、蓋を開いてみればそんなことは無く、殲滅までスムーズに進んでいった。

 

スムーズではあったのだが……

 

「彼を二課に迎えて3度目の戦闘だが……なんだかなぁ〜。」

「ま〜ったく、噛み合ってないわねん。どうするの、弦十朗君?このままじゃ、不味いんじゃない?」

 

了子くんも、流石に呆れていた。

八幡くんの個人能力は、装者2人に勝らずとも劣らない。

即戦力として申し分ない。

 

ただ、了子くんの言った通り、2人は全く噛み合っていない。

個々で戦闘を好き勝手に行い、連携の'れ'字も見当たらない。

 

奏は、まだ万全の状態ではない為、司令室から2人を見守っていたのだが、常時ハラハラしっぱなしだ。

 

それは無論、我々もなのだが。

 

「なぁ、了子さぁーん。私のガングニールまだ直らねぇの?」

「ガングニールもそうだけど、奏ちゃん絶唱の負荷がまだ残ってるのよ?まだ当分、だ〜め。」

「でもよ…このままじゃ……」

 

 

そう、このままでは危険だ。

何より問題なのは、あの2人が互いに歩み寄るつもりが無い事。

 

八幡くんは

「自分、ボッチなんで。」

と言うわ、翼は翼で

「金で動く者など信用できません。」って言うし…ビンタかましてるから尚の事、歩み寄るつもりは皆無。

 

どうしたものか…

 

 

「旦那、あの2人説教して意味あると思うか?」

「ないな。」

 

即答だった。

頭の固さと、捻くれ度合いが凄い2人に説教など、馬の耳に念仏だ。

嫌でも、翼が不機嫌になって反論してくる姿が浮かんでくる。

 

「だったら…仕方ねぇ。私に賭けてくれないか?」

 

 

そう申し出る奏に、俺は任せる事にした。

 



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第3話

昨夜のノイズ戦から一夜明けた本日。

私、風鳴翼はパートナーの奏に呼ばれて櫻井女史の研究室を訪れている。

 

「それで、私を何で呼んだの?」

「単刀直入に言う。翼、ハチと仲良くしな。」

 

何となくだけど、予想していた内容に少し嫌気がした。

二課に比企谷八幡が加わってからと言うもの、司令も櫻井女史も彼と友好的になれといってくるし…。

 

 

「…いくら奏の言う事でも、それは頷く事はできない。私は剣。力を持つ者として人々をノイズから守る防人。あんな金で動く者と仲良くなど、できない。」

「……そう言うと思ったさ。了子さん、後はお願いするよ。」

「はいはーい。翼ちゃん、こっちに来て〜。」

 

対面の椅子に座るよう即され、私はとりあえず座る。

櫻井女史はキーボードを軽快な動きで叩いていき、やがて1人の個人情報がモニターに開示された。

 

これは見てはいけないヤツなのでは?

彼女はニコリと微笑みながら、モニターを指差す。

 

「本当はぁ〜閲覧できない機密内容なんだとけど、今の翼ちゃんには必要だと判断して情報を開示しているわ。て言うか、翼ちゃんが八幡くんにビンタして出て行った後に彼が話してくれた内容なのよね、こ〜れ。」

「もちろん、私も弦十郎の旦那も知ってるぜ。」

 

 

そう…あの後に…。

別に、彼には興味はないし見たくもないってのが、私の本心だ。

ただ、2人の圧に見なければならないんだと悟り、ため息を一つ漏らし、一通り彼の情報に目を通す事にした。

 

氏名、比企谷八幡。14歳。

誕生日8月8日。

……誕生日はゾロ目なのね。

 

身長や体重など、身体的特徴に続き家族構成や経歴などに目を通していく。

 

そうして行く内に、私はだんだんと彼の情報にのめり込んでいった。

読みとっていくスピードは徐々に上がっていき、それに比例し、焦りと後悔が私に訪れた。

 

読み終わった私は、とてつもなく己を殴りたくなった。

勝手な自己解釈と判断をした自身が恥ずかしかった。

 

 

「…さて、翼はこれを見てどうする?」

 

どうしたら良いのだろうか?

謝罪は確かに必要だ。

でも、それよりも、彼にはもっと必要な事がある。

 

その為にも、私はー

 

「奏、私の我儘を聞いてほしい。」

「おう。なんだ?」

「比企谷八幡を野外演習場に連れてきて欲しい。」

 

 

 

ーー……

 

 

さて…今現在、俺は野外演習場にいた。

いや、なんでだよ。

 

 

メディカルチェックでリディアン音楽院の地下、二課本部に居たら奏さんに首根っこ捕まれた。

 

抵抗したら、黒服さん2名に両腕を掴まれて連行されかけ、更に抵抗。

 

トドメは司令により羽交い締めにされて、今に至る。

 

なんでこうなった?

 

 

「連行しなくても、話してくれれば素直に従ってましたよ?」

 

たぶん。

 

「捻くれハチが素直に言うこと聞くもんかよ。だから強制連行だ。」

 

チッ…この人、なかなか俺の事わかってらっしゃる。

八幡検定三級を進呈しよう。

 

…いらないだろうけど。

 

 

「それで?何でここに連れられたんスかね?」

「私が奏に頼んだのよ。

ーImyuteus amenohabakiri tron」

 

俺を呼んだと宣う彼女は、シンフォギア・天羽々斬を起動し、俺と対面した。

 

刀の切っ先をこちらに向けて。

 

人に刃を向けちゃいけません!って親に習わなかったのか?

 

「…どう言うつもりっスか?」

「私と戦いなさい、比企谷八幡。話しはそれからよ。」

 

いやはや、意味不明なんですけど。

逆だよね。

話してから戦うのが普通だよね。

 

「…戦う理由がないんですが?」

「貴方には無くとも私にはある。剣を抜きなさい。」

「遠慮します。」

「無礼講よ。遠慮はいらない。」

「日本語は正しく使いましょうよ。」

 

これってアレだよ……

説得しても意味のないやつだよ

つまり、ここで俺が取るべき手段は一つしかない。

脱兎の如くー

 

瞬間、エルギー体の短刀が数十本ほど、俺の周囲を囲うように地に突き刺さる。

 

 

「逃がさないわよ?」

「…やだな〜。そんな事するわけないじゃないですか〜。」

 

 

図星を突かれ誤魔化すそうとしたら、自然とあざとい後輩の真似をしてしまった。

 

空気が凍てつきましたよ、えぇ。

 

 

「…無礼を承知で言わせともらうが、気持ち悪いわ。」

「無礼講ですもんね…。」

 

無礼講って、そう言う意味だったの?

トップアーティストに気持ち悪いって言われるのも、中々くるものがありますね。

ドの付いたMさんなら泣いて喜ぶだろう。

 

…泣いても良いかな?

喜びではなく、主に悲しみで。

 

 

「ハァ…早く剣を抜きなさい。そして戦いなさい。」

「…わかりました。」

 

溜息を吐きたいのは俺の方だ。

この人は、急にビンタしてくるわ、無視するわ、挙句の果てには戦いを強要してくるわで、理不尽を極めてる。

あの部長様でさえ、ここまで理不尽ではなかった…と思う。

 

嫌々とは言え、戦うと返事してしまった故に、殺生石で白狐の血を覚醒させ、白雪の華と戦鎧を身に纏う。

なんか、オォ!って声が聴こえたと思ったら…いつの間にかギャラリーがめっちゃ増えてる。

 

「ハチがわざと負けるにジュース一本。」

「ならば、翼がそれを看破し激怒するにレンタルビデオ一本だ。」

 

……未来予知みたいな賭け事は辞めて下さい。

なんなら八幡検定二級を進呈するから黙っててほしい。

ほぉら、風鳴さんの眼光が鋭くなっちゃったよ…。

 

「それでは両者構え!」

 

司令の号令に風鳴さんは、霞の構えを、俺は八相の構えをとる。

 

静寂が訪れ、空気が張り詰めた。

風鳴さんは鋭い眼光を放つも、俺は怯むことなくただ静かに構えていた。

 

「勝敗は大事だが、大きな怪我をしないように気をつける事。いいな、2人とも?……では、始めッ!」

 

 

《去りなさい!無想に猛る炎〜》

 

風鳴さんは歌と共に駆け出した。

初撃は牽制の為、軽く放つ予定だったが風鳴さんの剣が想定より遥かに速かった。

 

「ハァッ!」

「うぐっ!?」

 

横薙ぎに迫る彼女のアームドギアを白雪ノ華で受け止めるも、威力が凄まじく、身体が右側へ大きく浮いてしまう。

 

なんつぅ馬鹿力してんだよッ!

 

好機を逃すまいと、彼女は剣を止める事なく攻めてきた。

俺は急ぎ体制を立て直し、迫る剣を受け流し、躱し、そして距離をとる。

 

「貴方の実力はその程度なの?ハッキリ言ってガッカリだわ。」

「そりゃどうも。こちとら、対人試合は久々なもんで。」

「戦さ場でそんな言葉は通じないわ。敵はノイズだけとは限らないのよ。……そんな実力じゃ、貴方に剣を教えた人物も大した事は無さそうね。」

 

 

 

「…黙れ。」

 

 

次の瞬間、俺の一撃が彼女を後方へ吹き飛ばした。

 

「くっ…!」

 

コイツ、今…なんと言った?

俺の悪口なら構わないし、別に良い。

今更何を言われようが慣れている。

 

だが、コイツは今、馬鹿にしてはいけない人達を馬鹿にした。

 

それは、許せない。

それだけは、許せない…許せない…………

 

もう遠慮なんてしない。

無礼講?上等だ。

斬り刻んで、蹂躙し、あの口を黙らせる。

 

「…斬る。」

「やってみろ!」

 

一瞬で懐へ飛び込んできた俺に、彼女は上段から剣を振り落とす。

彼女の剣が目の前にきたが、峰を白雪ノ華で叩きつけ己が右側へ軌道を逸らした。

 

「なに!?」

「貰った!」

 

直ぐ様、手首を返して白雪の華を下から、首目掛けて斬撃を放つも、彼女は脚部のブレードを展開し、白雪ノ華を蹴る様に弾く。

 

二撃、三撃と脚部のブレードで攻めてくるも、全て躱しきる。

 

「ハァァアッ!」

【蒼ノ一閃】

 

続いて、大型化したアームドギアから蒼いエネルギー刃が放たれる。

地を這いながら飛んできたそれを、左足を軸に回ることで回避する。

 

同時に白雪ノ華へ神通力を流し込み、一瞬の間に極限まで溜め込む。

 

刀身からは稲妻が迸り、放たれるのを今か今かと待ちわびている。

 

 

「お返しだ!」

【閃光業雷】

 

振り上げ、放つは稲妻の刃。

風鳴さんの【蒼ノ一閃】を模倣し、俺流にアレンジした技。

 

「ーッ!」

 

彼女の表情が驚きに染まる。

だが、一瞬で冷静になり、稲妻の刃に向け駆け出す。

紙一重で横をすり抜け、こちらに斬りかかって来た。

 

そこからは、激しく速い剣撃の応酬だった。

斬りかかり、防ぎ、跳び上がり、回避する。

高速で行われた、攻防に両者ともに息が上がってきた頃に、互いに距離をとった。

 

「やるわね。それが貴方の本気のようね。」

「今更褒めようが関係ない。アンタを斬る。」

 

白雪ノ華を構え直し、次の攻撃に備える。

にも、関わらず風鳴さんは剣を下ろし真っ直ぐに俺を見据えている。

その瞳に闘志も何もなく、ただただ俺を捉えていた。

どう言うつもりだ?

 

「……。一つだけ、言わせてもらいたい事がある。」

「なんです?怖気付きました?」

「…ごめんなさい。」

 

これには驚いた。

棚からぼた餅。……違うか。

 

兎にも角にも、戦いの最中にも関わらず、頭を下げた綺麗な90度の姿勢に、呆気に取られた。

 

風鳴翼と言う人物はプライドが高く、頭が堅く真面目で、そして己が正義を絶対だと信じているタイプだと思っていた。

そんな人が、何かに対して謝罪を述べ、頭を垂れたのだ。

 

……話しを聞く必要はあるか。

 

「それは何に対しての謝罪ですか?」

「全てよ。この間の言葉にビンタ。そして、先程の貴方の師への侮辱。その全てに対して謝罪したい。」

 

 

『比企谷。相手の眼を見る癖をつけろ。戦いでも、私生活でもそれは大切な事さ。何せ眼は口程に物を言うって言葉があるくらいだからな。』

 

 

不意に先生の言葉が脳裏を過る。

…そうでしたね、先生。忘れてました。

 

風鳴さんの瞳は一見、強気に見えるものどこか後悔と不安な色を醸している。

 

つまり、あれだ。

この人、マジで謝ってるわ。

 

 

「はぁー…。仰りたいことはわかりました。そもそも、別に前に言われた事は気にしていません。貴女には貴女の思いや考え、正義がある。それと同じく、俺には俺の思い、考え、正義があります。ただ、それだけです。」

「そうね。その通りだと思う。だから、私はその自身の正義を貫く為に謝りたかった。」

 

正直に申します。

この人、真面目過ぎだ。

そして不器用のようだ。

何に対しても、真っ直ぐで己が正義を貫く…か。

 

「…謝罪の言葉、確かに受け取りました。」

 

構えを解き、謝罪を受け入れる。

先生への侮辱は許せるものではないが、冷静になった今ならなんとなく分かる。

アレは、俺に本気を出させる為の行動だったのだと。

俺がここ最近知った風鳴翼と言う人物は、無闇に人を侮辱したりしない。

 

元を辿れば、適当に戦って負けようとした俺が悪いしな。

 

「許してもらえるの?」

「えぇ。なので…ね?」

 

もう戦う必要はない。

そう心で、言葉にする。

 

視線が交わり、俺の思いが伝わったのか、風鳴さんは優しく微笑んだ。

 

 

「えぇ、そうね。続きをしましょう。」

 

…おっと、微塵も伝わってなかった。

まぁアレだ。アレ。

 

眼は口程に物を言うが、言いたい事はハッキリと口にする必要があるってことだ。

 

「いざ、推して参る!」

 

どこか嬉しそうな表情で突っ込んでくる彼女に何故か逆らえず、俺は今一度、白雪ノ華を握り直したのだった。

 

 

 

ーー……

 

 

 

 

風鳴さんとの模擬戦と言う名の本気試合を終え、学院の屋上で夜風に当たっていた。

マジでキツイ。疲れた。

あの後、なんやかんや言いながら戦いが楽しくなってきて、激闘を繰り広げた。

結果は勝負着かずに、引き分け。

 

「ほら、飲みなさい。」

「どうも。」

 

風鳴さんから黄色い缶を受け取る。

MAXコーヒーとは、良いセンスをしている。

風呂上がりと戦いの後にはマッ缶だな、うん。

尚、異論反論は認めない物とする。

 

「これ、好きなんすよ。」

「知ってるわ。貴方の個人情報見たもの。」

 

…本人の預かり知らぬ所で何してんの、この人?

 

「だから、謝りたかった。貴方がお金を必要とした理由や、これまでの事を知ってしまったから。…貴方の父親、小学5年生の頃にノイズに殺されていたのね。」

「正確には戦って死んだんスけどね。殉職っスよ。」

「母子家庭になり、貴方は中学生になってから直ぐにアルバイトを始めた。成績も学年上位をキープしながら鍛錬も欠かさず。」

「家族の為です。高校、できれば特待生で入っておきたかったんで。」

「…そんな折、1年前には師事していた方を対ノイズ戦で失い、現在に至る。大まかにはこんな所だったわね。」

 

本当にこの人は俺の個人情報を閲覧したのね。

 

 

「私は君を尊敬するわ。」

「何スかいきなり。いい病院紹介しますよ?」

「茶化さないの。…まったく。君は苦難から逃げなかった。全て受け止め、最善で且つ己に険しい道を取ってみせた。その歳で、そんな事できる者など、そうは居ない。だから君に敬意を抱くのは間違いではないと思う。」

 

 

ちょっと顔上げれないですね。

なんか目が霞んでるし…疲れてんだな、うん。

 

「…重かったわね。父と師の事を背負うのは。辛かったよね?誰にも言えずに1人で抱えるのは。…だからと言って私が半分背負うなど出来やしないし、してやれない。ならば、せめてーー」

 

風鳴さんが、俺の事を理解してくれてる事が堪らなく嬉しいと思えた。

いつもなら他人が知った様な事を!などと、何か捻くれたことを言い返すのに、それができない。

 

やっぱ疲れてんだなぁ…!

なんか目から出てきたし。

 

 

 

 

 

「決めた。私は君の姉になろう!」

「なんでそうなったんスか!?」

 

何、斜め上な事を力強く言ってんの?

出てきた涙が一瞬で引っ込んだわ。

 

「ん?そうすれば、一緒に居て君を支えてあげられるだろう?それに…ほら、こうやって涙を拭いてあげることができる。」

「いやいやいやいや。別にそこは、先輩後輩でも仲間でもいいでしょ?」

「照れなくて良い。さ、私の事はお姉ちゃんと呼びなさい。」

「照れてないです…。仮に言うとしても、この歳で男がお姉ちゃん呼びは気持ち悪いでしょ!?」

「うむ。ならば、姉さんと呼べば良い。ほら、呼んでみなさい。」

 

 

うっわ、この人マジだよ。

期待のこもった目は爛々と輝きを放ち、接近してくる。

 

 

「何か楽しそうな話ししてるじゃねぇか。私も混ぜろぉ!」

「ぬぉッ!?」

「キャッ!か、奏!?」

 

突如現れた天羽さんに、2人そろって抱きしめられた。

ヤバイ、美人が近過ぎる!良い匂い!って、だから違う!

 

「ハチ。お前さんは偉いよ。私と違って復讐じゃなく、守る事を選んだ。頼る大人も仲間も居なかった。でもよ…我慢も独りで堪える事も、独りで頑張る必要も、もうねぇよ。…だってアンタは、もう独りボッチじゃない。私らがいる。戦うのだって、3人一緒だ!」

「そうよ。だから…今はそのまま流しなさい。」

 

 

一度は止まった涙が溢れて出した。

ボッチに誇りを持った気でいたが、ただの捻くれの強がりだったみたいだ。

独りで戦う恐怖。

大切な人を喪う悲しみ。

それは、本当に辛く険しい道のりだった。

 

天羽さんの過去は本人から聞いてる。

だから、彼女の言葉は素直に嬉しくて涙が止まらなかった。

 

親父、先生。

俺、独りじゃなくなったよ。

 

「あ、ありがどゔ。」

「泣き虫だなぁ。翼と一緒だ。」

「ちょっ、奏!?私の事、泣き虫だと思ってたの!?」

「くっ…ふっ…くくっ…!」

「八幡!姉を笑いものにするとは、この不届き者め!」

「んん?何で翼が姉ちゃんなんだ?」

 

 

 

 

俺はこの日、姉と仲間が出来た。

これから先は、独りじゃない。

 

「八幡、私は貴方を絶対に独りボッチにはしないわ。だから、安心しなさい。」

「…うス。」

 

 

やがて、復帰した奏さんと3人で出撃を何度もした。

互いをフォローしながらの戦闘は新鮮だった。

危機的状況に追い込まれても、3人で切り抜けてきた。

 

そうして時は経っていった。

絆だって深まって、風鳴さんを姉と呼ぶことが自然で、躊躇しなくなっていた。

俺が求めた本物と言える関係を手に入れた…気がした。

 

男女共立校となったリディアン音楽院に俺が入学した数週間後。

全国に衝撃が走るニュースが流れた。

 

 

認定特異災害ノイズの襲撃に巻き込まれ、天羽奏が死亡。

 

15歳の春、俺はまた大切な人を失った。



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ルナアタック編
第1話


ーー2年後ーー

 

太陽も沈み、夜空には月と星々が輝いていた。

何をする訳でもなく、ただただ窓の外を眺めている。

景色が凄まじいスピードで切り替わってく中で

ふと、一筋の白線が夜空を横切った。

 

「流れ星…。」

 

願いを叶えてくれると人々には言われ、その白線を見た者の大半は喜び興奮する。

妹達が昔、流星群の時に凄く楽しげに騒いでいたのを思い出した。

 

 

ードゴォン!

そんな爆発音が聴こえてきた。

次々に連発する爆発音は、徐々に大きくなり近づいてくる。

 

否、距離を詰めたのは俺達の方だ。

 

 

「八幡、準備はいいかしら?」

 

つい今まで閉ざしていた瞼を開いた姉さんが立ち上がる。

俺は黒縁の伊達眼鏡を外し、もう一度窓の外を覗き込む。

 

敵さんはデカイのが1匹と……小型がわんさかいるな。

 

 

「オッケーだ、姉さん。」

 

首にぶら下がったペンダントを握り、重い腰を上げた。

二課のエージェントに目で合図を送り、ドアを開けてもらう。

解放されたドアから強風が吹き、衣服を激しく揺らす。

 

真下では、一課の方々が現代兵器でノイズを集中砲火している。

だが、弾丸もミサイルもすべてノイズの身体を通り抜けてしまい、一切効果がみられない。

 

 

ーー無駄な攻撃なので、今すぐにやめて欲しい。

爆発の所為で、視界が一瞬奪われる上に、飛び降りるタイミングが一切掴めない。

もし、飛び降りてミサイルと接触事故を起こしてみろ。

あっという間に人間の丸焼きの出来上がりだ。

こんがり焼けました♪じゃ済まないし、なんなら肉片が四散するわ。

絶対に、そんな死に方は御免被る。

 

 

「Imyuteus amenohabakiri tron…」

 

姉さんの歌が戦さ場に響き渡ると、火器の音が止まった。

そして俺たちは夜空を飛ぶヘリコプターから飛び出した。

 

重力に逆らうことなく、高速で地へと落ちていくなかで……

了子さんが作ってくれた殺生石のペンダントで、血を覚醒。

白雪ノ華と改良された戦鎧を身に纏う。

 

足裏のスラスターをフルパワーで噴出し、地にゆっくりと着地。

すぐ隣りには同じく、シンフォギア天羽々斬を起動した姉さんが着地した。

と同時に脚部のブレードを左右に展開。

 

「ぬぉッ!?」

「…あ。」

 

もう一度言うが姉さんのすぐ隣りに俺はいる。

 

展開した脚部のブレードが、俺の顔面スレスレなんですが?

あと少しで、八幡の串刺しが出来上がってしまうところでした。

 

ねぇ、わざとなの?ねぇ?

顔を逸らしてんじゃねぇ…こっち見ろ。

 

《翼、八幡。まずは一課と連携しつつ、相手の出方をみるんだ。》

 

司令からの通信が入り、思考を戦闘モードへシフトチェンジ。

しかし、残念ながら司令の命令には従えない。

この程度、出方を見る必要など皆無だ。

 

「いえ、私と八幡だけで問題ありません。」

「右に同じく。」

《翼、八幡!》

 

司令の呼びかけには応えず、姉さんの歌と同時に揃ってノイズ供へと突撃する。

 

【逆羅刹】

 

姉さんは地に手を着き、逆立ちをすると同時に横へ高速回転しながら、脚部のブレードでノイズを切り裂いて進んで行く。

 

俺は左腰部分のホルスターから五芒星の描かれた呪符を数枚取り出し、姉さんが討ち漏らした左翼のノイズへと投げつける。

 

「破ッ!」

 

空を切りながら飛んだ呪符達は、ノイズ供の眼前で停止し、爆音と共に周囲に衝撃波を解き放った。

空気の爆弾により、ノイズ供が一気に消し飛ぶ。

もう一度、呪符を投げつけノイズを吹き飛ばし、デカ物までの一本道を作る。

 

「姉さんはデカイのを。」

「えぇ、雑魚は任せたわよ。」

 

駆け出した姉さんに背を向け、ノイズを斬る。

白雪ノ華を振りながら敵中央へと進んでいき、ノイズ供をを引きつける。

俺を囲うように接近してくるノイズだが、こちらにとっては好都合である。

 

「出番だぞ…白雪ノ華!」

【氷槍天昇陣】

 

地に白雪ノ華を突き刺すと、俺を中心に氷の槍が出現し、ノイズ供を次々と貫いていった。

一面が氷の世界となり、立っていたのは俺だけだ。

 

後ろを振り返ると、丁度大型が縦に真っ二つになっていた。

蒼ノ一閃を放った姉さんに、殲滅完了の合図を送る。

念の為に周囲を軽くではあるが調査し、安全が確認できたので私服へと姿を戻す。

髪も瞳の色も黒へと戻り、胸ポケットから黒縁眼鏡を取り出し装着する。

 

 

「あーこちら、比企谷です。敵の殲滅と周辺調査が終了しました。」

「風鳴翼。同じく状況終了です。」

《……2人とも他に言うことはないか?」

「……。迎えのヘリをお願いします。以上。」

《あ、コラ!待ー》

 

通信を強制終了。

戦闘の後に、小言など聞きたくないんです。

ま、帰ったら絶対囚われて小言祭りが開催されるだろうけど。

 

考え込んでると、ジーっと視線を姉さんから感じた。

 

「なんだよ。」

「…八幡、昨日私のアイス…勝手に食べたわね?」

「やっぱりブレードはわざとだな!?」

 

 

 

ーー……

 

 

 

昨夜の戦闘から一夜が過ぎ、現在は学生の本分である勉学に勤しんでいた。

私立リディアン音楽院。

地下に二課の本部があり、俺を入学させる為にわざわざ女子校から共学校になった場所。

当初は申し訳ないやら、凄過ぎやらで、大分混乱した。

しかも、共学校になったとは言え学年の男女比は2:8なんだぜ?

 

リア充になりたい男供なら喜び跳ねる状況だろうが、俺は生憎とどうでもいい。

 

キーンコーン…

 

授業終了の鐘がなり、多くの生徒が友達や仲間と集まったり廊下に出たりしている。

昼休みになった為、俺も席から立ち上がり食堂を目指す。

 

「あ、比企谷くん。良かったらお昼、私達と一緒しない?」

 

クラスメイト綾野小路さんからのお昼のお誘い。

しかし、何故だか彼女の顔が紅い気がする。

風邪だろうか?

 

「比企谷くん?」

「あ、あぁ、すまん。今日は姉さんと約束してるから、また今度。あと顔紅いぞ?体調悪いなら保健室まで連れてこうか?」

「え!?あ、だ大丈夫!体調はいいから!」

「お、おぉ…そっか。誘ってくれてサンキューな。」

 

綾野さん達と別れ、食堂を目指して歩いて行くと不思議な事があった。

 

「比企谷!メシ一緒食わねぇ?」

「悪い先約がある。また誘ってくれ。」

「ありゃ残念。」

 

不思議な事とは、こう言った誘いのことだ。

以前の俺なら、こんな誘いなんぞ無かった。

しかし、環境とは人を変えるもので、変人揃いの二課のお陰で人とコミュニケーションをとれるまで成長した。

 

進んで自分から話しかける事はしないが、クラスメイトとは普通に会話出来るまでに八幡は進化できました。

 

小町…お兄ちゃんボッチじゃなくなったよ?

……相変わらず友達はいないけど。

 

リディアンの食堂はブュッフェ形式であり、これまた格安の為多くの生徒が利用している。

普段は弁当派な俺ではあるが昨夜の戦闘が影響し、朝は寝過ごしてしまったので本日は学食だ。

 

さてさて、姉さんは何処に……ん?

 

サイドテールのボッチを探していると、見馴れたシルエットの2人に視線が釘付けとなる。

白いリボンの女子生徒と…あぁ、あの爆食具合は間違いなくアイツだな。

 

「よっ、2人とも入学おめでとう。」

「…あ、ありがとうございます。」

 

……何とも言えない空気なる。

未来よ…何故、俺相手に他人行儀なんでしょうか。

そして何故、警戒した目で俺をジッと見るの?

それから響、頬に米粒がついてますよ。

お子ちゃまじゃあるまいし、落ち着いて食べなさい。

 

 

「えっと、すいません。どちら様でしょう?」

「は、はじめましてぇ…あはは…。」

 

え?新手のイジメか?

幼少期から、つい2年前まで一緒にいたのにそれ無くね?

あ、涙が出そう…。

 

「ねぇ、酷くない?流石にそれはお兄ちゃん泣いちゃうよ?」

「え……えッ!?ハチ君なの!?」

「ハ、ハチ君!?目が濁ってないよ!?」

 

あ、俺のアイデンティティである、濁った目じゃ無かったから気づいてなかったのね…。

……幼少期から一緒に居たのに俺と認識できるのは、そこだけなのか?

目の濁りが緩和して、眼鏡掛けてるだけじゃん。

 

「千葉のソウルドリンクは?」

「MAXコーヒー。」

「妹の名前は?」

「小町。」

 

未来が出す質問に一言で答えて行く。

ねぇ、まだ俺は他人と疑われてるの?

 

「……どうやら本物みたいだね。久しぶりハチ君。」

「俺の偽物なんか居やしねぇよ。」

「その言い回しはハチ君だね!」

 

幼馴染みの立花響と小日向未来は相変わらずだった。

たしかに偶に電話のやりとりをしてはいた。

しかし、こうやって姿をお目にかかるのは2年ぶりで、懐かしくて2人の笑顔が暖かった。

 

とは言え、俺は一発で2人だと判ったんだがな…。

 

不意に食堂内の生徒達がボソボソと話し始めた。

会話は、有名人を見た一般人の反応だ。

曰く、孤高の歌姫、オーラが半端無いなどetc.

 

つまり、俺の探している人物についてである。

響にもその会話内容が、聴こえたのだろう。

皆の視線の先を見る為に慌てて席を立ち、振り返ろうとしたが真横に話題の人がいた。

 

「あ…あのぅ…。」

 

急な接近に緊張したのだろう。

響の箸を持った手は震え、カチカチと音を立てる。

声を掛けられた人物は終始無言。

表情一つ変えずに響を見つめ、やがて自身の頬を指差す。

響は指摘された自分の頬に触れ、米粒が付着していた事に気付き固まった。

 

指摘した本人は素知らぬ顔でこちらに向き直る。

 

「行くわよ、八幡。」

「あいよ。んじゃな2人とも。」

 

 

響の絶叫に食堂は震えた。

 

 

 

ーー……

 

本日の授業も滞りなく終了し、現在は放課後。

有り難い事にクラスメイト達から遊びの誘いを頂いたが、昨夜の戦闘もあり身体を休める事にした。

正門を抜ける際、白のリボンを揺らしながら歩く人物と遭遇。

 

 

「あ、ハチ君。お疲れ様。」

「おう。未来もお疲れさん。…1人なのか?」

「うん。響は風鳴翼の特典付きCDを買いに行ってる。」

「あぁ…。そう言えば今日とか言ってたな。ほんじゃ、久々に一緒に帰るか?」

「うん。って言っても直ぐそこなんだけどね。」

 

未来と2人で帰るのなんて、超がつく程に久々である。

まぁ妹だと思ってるし、これっぽちも緊張しないけど。

 

それにしても、姉さんの新作CDね……。

毎度、発売日前にタダで貰ってる事は言わない方がいいな。

しかも、毎度姉さんのサイン付きで。

しかし残念な事に、身内過ぎて価値観が他人とズレてしまっている為、サインがただの落書きにしか感じない。

良く考えなくても、響からしたらただの嫌味だな、うん。

 

「それで?昼休みのアレはどう言う事か教えてくれる?」

「は?何の事だよ。」

「風鳴翼さんの事だよ。何であんな有名人と仲がよろしいのか説明を要求します。」

「あぁ〜…。バイト先で以前から世話になってて、それで仲良くなった。今じゃ、姉の様な存在だ。」

 

嘘は言ってない。

真実を話しつつ、肝心な所は曖昧に暈す。

最後にインパクトのある真実を述べれば、人は必ずそちらに意識を持っていかれる為、触れられたくない真実をあやふやにできるのだ。

 

ほら、未来が最後の言葉に食い付き、驚いてる。

なんせ、あの俺が自分で赤の他人を'姉'と呼んだのだから。

効果は絶大だろう。

これでバイト内容についての話しはしないで済みそうだ。

 

「あの捻くれボッチ君がそんなに慕うなんて…。やっぱり有名人はすごいんだね。」

「あぁ、凄いぞ。」

 

あの人の生活能力の無さはな。

生活能力が低いのではなく、無いのである。

ここ重要な。

皆さん、よく勘違いして風鳴翼は何事でもパーフェクトな人間だと思っている節がある。

だが、それはただの幻想で妄信でしかない。

あの人、俺達がどれだけ綺麗に片付けて整理しようが、僅か3日で汚部屋に大変身させるからな。

劇的ビフォーアフターに出演できるレベルだよ。

 

「響にもちゃんと説明しなよ。あの後、騒ぐし落ち着きないしで大変だったんだから。」

「いや、お前が話せばよくない?ルームメイトなんだし。」

「えー。だいたいハチ君が前もって教えてくれたらよかったのに。」

「いや、響に教えてみろ。やれサインだの写真だのを毎日要求してくるに決まってんだろ。」

「それは…否定できない。」

 

流石、響検定1級の保持者。

よく分かってらっしゃる。

それともこの場合は、響の単純さを指摘すべきなのだろうか?

 

「今回は私が話しておいてあげる。その代わり今度クレープでも奢ってね。」

「対価があるのかよ…。まぁ良いけど。」

「ふふっ。約束だからね。じゃ、また明日!」

「おう。暖かくして寝ろよー。」

 

未来を無事送り届け、また歩き程なくして我が家に着いた。

オートロック完備で、防犯措置も施された高級マンション。

二課の経費で落ちてるらしいが、ハッキリ言って普通の学生が住む所ではない。

 

……あ、俺普通じゃなかったわ。

でもさ…2LDKは1人には勿体ない広さだと八幡は思うよ。

 

 

ーーキィンッ!

 

 

「ーッ!ノイズが来る……!」

 

不快な感覚が俺を襲った。

陰陽師の能力なのか不明だが、俺はノイズが出現した瞬間が解る。

視界を閉ざし、感覚を研ぎ澄ませると距離はあるが出現地点をだいたい把握できた。

 

急いで部屋に飛び込むと同時に鞄を投げ捨てライダージャケットを羽織り、階段を駆けずに飛び降りて行く。

マンション地下の車庫にある一台のブラックカラーのスポーツバイクに飛び乗り、フルフェイスのメットを被り、エンジンのスイッチをON。

アクセルをフルスロットルで地上へ飛び出し、猛スピードで走って行く。

 

 

「こちら比企谷です。本部、応答願います。」

『こちら二課本部です。八幡君、どうしま……待ってください、今こちらでノイズの出現を確認しました!』

「友里さん、現在リディアンから南東の場所へ向けバイクで移動中です。指示を。」

『…八幡、俺だ。君はそのまま南東へ距離2000の市街地に行き、ノイズの全滅にあたってくれ。残りは…翼を回す。』

「了解。司令、約束のー」

『安心したまえ。君の幼馴染み2人の安全は最優先事項だ。既に手を回してある。』

「ありがとうございます。」

 

一先ずホッとする。

流石、司令だ。

行動が迅速で抜かりなし。

だったら、俺は俺の役目を果たすまでだ。

アクセルを更に回して、スピードを上げた。

 

 

 

バイクを走らせ数分後。

俺は出現予定ポイントに着いたのだが……

 

「…くそッ!」

 

バイクから降り、ノイズの気配がする方へ向かうとそこには、真っ黒な炭がいくつも地面にあった。

ノイズと接触した生身の人間は炭にされてしまう。

 

つまり、この炭は既に被害者が出ている証拠だった。

 

ノソノソと不穏な動きで、建物裏側からノイズがいくつも姿を見せる。

数は徐々に増えていき、眼前には数十ものノイズが溢れていた。

眼鏡を外し、ノイズどもを有りっ丈の怒気と殺意の篭め睨みつける。

 

「こいッ!白雪ノ華!」

 

血を覚醒し、白雪ノ華を握り、跳ぶ。

 

【閃光轟雷】

 

空中から放った稲妻の刃が、数体のノイズを真っ二つに斬る。

稲妻の刃は地に当たった瞬間に、周囲へ放電。

更にノイズを消しさる。

 

「おぉぉおぉおッ!」

 

ノイズだって、ただの的になってくれている訳ではない。

身体を縮込め、俺を貫こうと飛んでくるモノもいれば、のしかかろうと迫るヤツもいる。

知能はあるのだろうが、人間と比べたら雲泥の差がある。

だから、動きは単調でわかりやすい。

ならば、その知能の低さを利用する。

つまり、罠を張ればいいのだ。

 

俺は幾つもの呪符を俺を囲う様に展開。

呪符にノイズが接触する度に、呪符から稲妻が走り、ノイズを消し炭にする。

たったこれだけの事で、ノイズの数は確実に減っていく。

仕掛けた呪符が無くなれば、今度は白雪ノ華で斬り刻んで行く。

一刀両断をひたすら繰り返し、トドメに一斉に飛びついてきたノイズ全てを【氷槍天昇】で貫く。

 

まだ溢れてくるノイズ達を斬り、貫いていく。

最後の1匹を白雪ノ華で貫いた時には、既に日が暮れてしまっていた。

 

息も少し上がっていて、身体も疲れによる怠さがやってくる。

鎧を解き、その場に尻餅をつく。

つ、疲れた……。もう動きたくない。

やがて、事後処理にきた二課の人達と合流し、しばしの休憩タイムに入る。

女性スタッフが淹れてくれたコーヒーを飲みながら、用意してくれたパイプ椅子に腰掛ける。

 

コーヒー苦ぇぇ……。

身体がMAXコーヒーを欲してるぅぅうううぅ…。

 

数分の間、そのまま休んでいると通信機が着信を伝える。

 

『私よ。こちらのノイズは殲滅完了よ。そっちはどう?』

「こちらもさっき終わった。これから本部に帰投する。」

『わかったわ。……八幡、急いで帰投して。厄介な事になったわ。』

「…?わかった。」

 

姉さんの言っている厄介な事の意味が解らなかった。

取り敢えずバイクの鍵を現地スタッフに渡し、黒服さんの運転するハリアーに乗り込み本部へ向かう。

ここまでは、全くもって無問題だった。

 

問題があったとすれば、本部に響がいた事と、そこで俺が白雪ノ華を抜刀したことだろう。



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第2話

二課本部のとある一室。

2年前にここへ初めて入った時の事は鮮明に覚えている。

入室と同時に鳴らされたクラッカーの音や、視界いっぱいに飾られた色とりどりの花々。

多くの人達が俺を出迎えてくれた、あの日。

 

今、俺が踏み込んだ部屋は、あの日と同じ様な状態だった。

違うのは奏さんが居ない事。

そして、居るはずのない響がいる事だ。

 

「響…?」

「ぅえッ!?ハチ君…何で!?」

 

入室してきた俺に驚く彼女だが…。

何で……それは俺の台詞だ。

何で、ここに響がいる?

あの熱烈歓迎!立花響さま書かれた横断幕はなんだ?

 

 

「…どういうつもりですか?」

 

いつもより明らかに低い声が出た。

握るは白雪ノ華、滲み出るは電流。

抜刀した俺をみて室内には静寂が訪れ、非戦闘員の者達は恐怖に震える。

 

……これは明確な怒りだ。

身体は俺の感情に呼応し、僅かに雷が放出している。

仲間と思っている人達に、初めて抱いたドス黒く醜い感情だった。

 

「落ち着きなさい、八幡。」

 

姉さんは力強い眼差しで、俺を見ていた。

咎めているのではなく、ただ落ち着けと彼女の瞳がそう言っていた。

その瞳に何故か弱い俺は、一旦落ち着く為に乱れ気味の呼吸を整え、白雪ノ華を消す。

 

 

「司令、八幡には私が説明しますので。ほら、行くわよ。」

 

姉さんは誰にも有無言わさない言動をとる。

俺は手を掴まれ、部屋から強制退出。

廊下に設立された休憩時に利用する、テーブル席に座らされた。

俺にMAXコーヒーを渡した姉さんは壁に背を当て、普通の缶コーヒーを煽る。

 

「貴方が戦闘してから数分後に、司令室でコード・ガングニールを検知したわ。」

「はぁッ!?ガングニール!?」

 

これには驚きを隠せず、柄にもなく叫んでしまった。

だって…あり得ないのだから。

ガングニールは奏さんの纏っていたシンフォギアだ。

その奏さんだって、今はもう居ない。

なのに……

 

「私が現場へ急行。そこにはあの立花響って子が居たわ。シンフォギアを纏った姿でね。」

 

忌々しげに、まるで吐き捨てるように説明する。

彼女の双眼からは怒りと憎しみがチラチラと姿を見せていた。

 

「そんな…。有り得ねぇ。響は一般人だ。それにギアペンダントだって持ち合わせていなかったはずだ。」

 

そう…可笑しいのだ。

了子さんの造ったシンフォギア。

通常はペンダント状態にあり、またこれは国家機密の代物だ。

一般人である響が偶然でも手に入れることなど有りはしない。

 

「そうね…。だから今から彼女のメディカルチェックを行うはずよ。原因を調べるために。……だが原因が何にせよ、彼女は二課預所になるでしょうね。理由はわかってるわね?」

「機密保持、並びに響と響に関わる人々を守る為…だろ?んなこと言われなくてても解ってる。」

そう…原因が何にせよシンフォギアを纏った事実は変わらない。

ならば俺が言った通りの理由により、響は二課所属は免れない。

それは響の身を守る為である。

解っている……解っているのだが、この苛立ちは抑えておけない。

 

 

「八幡。貴方、今日はもう帰宅なさい。一度、冷静になる必要があるわ。」

「…それは姉さんもだろ。目、メッチャ怖いんだけど?」

「えぇ…そうね。だから私も帰らせてもらうわ。貴方の言う通り、私も冷静で居られそうにないから。」

 

そう言って去って行く姉さんの後ろ姿は、いつもより小さく弱々しく見えた。

残っているマッカンを飲み干し、苛立ちをぶつけるようにゴミ箱へ投げつける。

この日は、戦いで疲れたはずなのに中々寝付けなかった。

 

 

翌日はいつもの学生生活を送るはずだったのだが……

授業を受けても、昨日の事が頭を過るため全く勉強に身が入らない。

放課後になって直ぐに中央党のエレベーターで二課本部へ。

司令室に入ると、俺の姿を見た職員数人が固まる。

昨日のドスが今だに効いてるみたいだな…。

 

…はい、滅茶苦茶気不味い。

しかも司令はいないし。

 

とりあえず司令室を出て昨夜の休憩所へ向かう。

そこには先客がいて二課の情報処理担当の友里あおいさんと、藤尭朔也さんがコーヒーを啜っていた。

 

「あら、八幡君。お疲れ様。」

「お疲れ様。何か飲むかい?って言ってもMAXコーヒーだろうけど。……はい、どうぞ。」

「ありがとうございます。流石、藤尭さん。」

「2年もの間サポートしてるんだ。好物くらい把握してるさ。」

 

二課所属になって2年。

藤尭さんの言った事とは逆に、俺だってここの人達の事は色々と知っているつもりだ。

藤尭さんは何だかんだボヤきながらも仕事は速い。

友里さんは、何故かよく前線まで出てきたりしている。

何より2人は戦時のサポートを良くしてくれる頼れる存在で、仲間だと思っている。

 

そんな人達が沢山いたにも関わらず、俺の昨日の態度は良くなかった。

いや、最悪と言っていい。

なのに2人は、今も昨日の事など無かったかのように話しをしてくれている。

 

 

「あの…昨日はすいませんでした。」

「…謝らないで。響ちゃん…妹みたいな存在だって言ってたのを知っていたから。だから、昨日の八幡君の態度は仕方ないなって。」

「俺も同意意見。兄貴として当然だろうさ。寧ろ、知っていながらあの歓迎会を行なった我々が悪いさ。」

「……ありがとうございます。少し、気が楽になりました。」

 

二課の人々は皆、優しく暖かい。

子どもじみた事をした俺を受け止め、その思いを考え、肯定してくれる。

普通なら否定し、拒絶されてもおかしくないのに…。

柄にもなく感傷に浸っているとーー

 

 

 

 

 

《ーー何でぇぇぇぇええ!?》

 

 

……なんか聴こえた。

しかも、聴き覚えが有りすぎる絶叫なんですけど。

 

2人も少々驚いた顔してるし、聴き間違えじゃなさそうだな。

ふと、友里さんの通信機が着信を伝える。

内容は俺を連れて、とある一室へこいとの事だった。

 

俺に直接言えばいいのに…

 

ってなわけで、3人仲良く入室すると司令に了子さん、姉さんと響が既にいた。

響が何か言いたげだったが、とりあえず定位置となっている姉さんの隣りへ行く。

そんな中で俺は気になる物を発見した。

 

……テーブルに置かれた超重量級のゴツい手錠である。

嫌でも目につくんだけど。

ゴリラでも捕獲したのか?

 

「はい。役者が揃って所で…昨日の響ちゃんのメディカルチェックの結果発表〜。初体験の負荷は若干残っているものの、異常はほぼ見られませんでしたぁ〜。」

「ほぼ、ですか。」

 

手首をサスサスと撫でる響を見て確信。

捕獲されたゴリラとは俺の幼馴染みだったようだ。

 

「ん…そうね。貴女が聴きたいのはこんな事じゃないわよね。」

「教えて下さい。あの力はなんなのか……。」

 

ここからは響の知りたかった国家機密の情報開示だった。

聖遺物の僅かに残った力を歌で、エネルギーに還元し、鎧とする。

しかし、誰でもシンフォギアを起動出来るわけではない。

姉さんや響の様に起動できる人物を適合者と呼ぶ。

簡単に説明するならこれでいい。

なんせ、響は只の一般人だ。

それに二課の情報網なら響の頭事情を知っているはずだろうし。

 

ここまで思った時点でフラグだったわ。

 

 

「ー貴女に目覚めた力について、少しは理解して貰えたかしら?質問はどしどし受けるつけるわよ。」

「あのッ!」

「はい、どうぞ響ちゃん。」

 

響は真剣な面持ちでの一拍後

 

「……全然分かりません。」

 

そう宣いやがった。

 

「だろうな。」

「だろうね。」

「だろうとも。」

 

姉さん以外の俺たち外野の素直な感想だった。

だって、一般人に特定振幅の波動っていって伝わるか?

もっと掻い摘んだ説明をするべきだったと八幡は思うよ。

 

「…はぁ〜。響、後で俺が響やアホの子でも分かる説明をしてやるから安心しろ。」

「ありがとう、ハチ君。……ん?今、馬鹿にしたよね!?」

「はっはっは。そうだぞ。」

「否定しないの!?だいたい、私だって少しは理解できたんだからね!……あの、了子さん。私は聖遺物なんて持っていません。」

 

 

そう。ここなのだ。

例え響が適合者であろうと、ギアペンダント或いは聖遺物の欠片の一つ持ってないとおかしい。

 

響の質問を待ってましたと言わんばかりに、スクリーンが切り替わった。

映し出されたのは、胸部をレントゲン撮影した画像。

 

「これがなんなのか、君になら分かるはずだ。」

「はい…。2年前の怪我です。あそこに私もいたんです。」

 

姉さんは、2年前で気付いたみたいだ。

あの惨劇の日、1人の少女を奏さんが守り俺が傷を再生させた。

 

「……八幡。あの子、もしかして。」

「あぁ。2年前のライブ会場にいた。奏さんが守った女の子は響だよ。」

「…あの子の怪我に血箋華を使ったのね?」

「ご明察。でも、あの時は死なない程度まで再生させて終わってたからな…。その後を知らない」

「そう…。」

「しかし、何でこの写真がーー」

「…八幡?」

 

 

あー嫌だ。

自分の頭の回転の速さが疎ましい。

この画像が最後のピースだったのだ。

 

写るのは心臓付近に散らばった異物の破片。

2年前のライブ会場で起きたノイズ襲撃と、そこで負った怪我。

辿り着いたのは一つの仮説だった。

 

「心臓付近に複雑に食い込んでるため、手術でも摘出不可能な無数の破片。……調査の結果、この影はかつて奏ちゃんが身に纏っていた第3号線聖遺物ガングニールの砕けた破片である事が判明しました。…奏ちゃんの置き土産ね……。」

「…ッ!」

「……。」

 

 

絶望の答え合わせだった。

ショックで足から力が抜け背中を壁に打ち付けた。

今はもう居ないかつての大切な仲間。

その彼女が身に纏っていたガングニールを響が身に宿している。

 

 

「はっ…はっ……ふぅっ…ふっ…はっ…」

 

姉さんは俺以上にショックを受けていた。

呼吸は乱れ、倒れまいと手で身体を支え、フラつきながら退室した。

 

その間にも司令がシンフォギアについては秘匿する様に説明していた。

 

 

「人類ではノイズに打ち勝てない。例外があるとしたら、それはシンフォギアを身に纏った戦姫。そして古来より戦ってきた陰陽師の一族だけだ。」

「陰陽師…ですか?」

「俺の事だ。」

 

目をまん丸にし、正しく鳩が豆鉄砲を食ったような顔である。

よもや幼馴染みの俺が陰陽師だとは思わなかったのだろう。

 

「ハチ君が陰陽師?でも、だってハチ君は普通の人だよね。いつも一緒にいたし、古来から戦ってた一族だなんて…。」

「俺はお前らに会う前から……いや、生まれ落ちたその時から陰陽師なんだよ。」

「……そんな…じゃ、やっぱり。2年前に私の怪我を治してくれたのはハチ君だったんだよね?アレは見間違いじゃなかったんだよね?」

「そうだ。誤魔化した理由…今ならわかるだろ?」

「私を守る為…だよね。」

「…司令、了子さん。悪いっスけど、俺についての説明やらはお願いします。」

 

響への説明は司令達に任せて、退室。

響には悪いが今は他に一番心配な人がいるんでな。

直ぐ其処にある休憩所に目的の人物を見つける。

パッと見は落ち着きを取り戻した様に見えるが……たぶん、今は苛立っている。

 

「姉さん…。」

「私は認めない…!あれは……あのギアは奏のモノだ!血反吐を吐き、挫けず、諦めずに努力を続けた。その果てに手にした槍だ!あんな、何の努力もせずに…偶々で手に入れて良い力などでは断じてない!」

「そう…だな。でもよ、俺も姉さんも偶然で力を手にした。してしまった。だから響にどうこう言えねぇんじゃねーの?」

「……理解はできたとて納得はできない!八幡も知っているでしょ!?奏の過去を…血の滲む努力を!」

 

あぁ知っているさ。

両親を目の前でノイズに殺され、復讐の為に力を求めた。

薬物投与に血の滲む努力。

本人達から直接聞いたのだから、忘れるはずもない。

 

「だからって響にそれを求めても意味ないだろ?」

「……。」

 

先程、姉さんは理解はしているが納得できないと言った。

…たぶん、響がガングニールではないシンフォギアであれば、姉さんはここまで憤慨する事は無かった。

奏さんの努力を間近で見て、長年パートナーとして戦場を駆けた姉さんにとって、あのギアは特別な存在。

だから納得は出来ないし、したくないのだ。

 

しかし、響は彼女の力を手に入れてしまっている。

シンフォギアと言う力を手にした以上、響は対ノイズ戦に駆り出される。

妹だと思っている一般人の娘が戦場に出るんだぞ…。

姉さんとは違い、俺はそこに納得はできてなどいない。

 

「……どうしたら良いんだろうな。」

「……。」

 

それっきり、俺たちは黙ってしまう。

正しい答えなんてモノを求めているわけではない。

例え、それを手にしたとて納得できないだろうし。

だから困ってしまうのだ。

正しいじゃない、全員が納得できる答えなんうたないのだろうから。

 

沈黙して数分後、ドタバタと足音をたてながら響が近づいてきた。

 

 

「私、戦います!」

「「……。」」

 

この子は何て空気を読めてないのでしょう。

戦うだ?

 

「慣れない身でありますが、頑張ります!一緒に戦えればと思います。」

 

そう言って姉さんに握手してを求めるが、勿論姉さんは苛立ちを浮かべ視線を逸らした。

無視され戸惑う響だったが、手は差し出したままであった。

なので

 

「…断る。」

 

遠慮なく弾かせていただきました。

苛立ちが顔に出ていたのか、響の身体がビクついた。

 

ーーキィンッ

 

 

「ッ!姉さん、ノイズが出る!二箇所だ!」

「なんだと!?」

 

そう言った直後に本部内にアラート音が鳴り響いた。

姉さんと共に司令室へと急ぐ。

 

「ノイズ出現位置を特定、座標出ます。……ハッ!リディアンより北に距離200と東に距離1000!」

 

友里さんから驚きの声があがる。

…こんな近場に出現したのは初めてだな。

とは言え、出現場所は二箇所ならば…

 

「司令、俺のバイクまだ此処にあります?」

「あぁ。格納庫にあるが…頼めるか?」

「了解。鍵とメットの準備を。」

「では、私は迎え撃ちます。」

 

 

悩んでいた事は一旦忘れ、俺は戦さ場に向かう。

いや、忘れれそうにないので苛立ちと鬱憤をノイズどもにぶつけよう。

そう決めて、バイクを発進させたのだった。



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第3話

ここ数日で溜まりに溜まった鬱憤をノイズにぶち撒けて早数十分後。

俺は姉さんと合流を果たすべく、移動をしたのだが…

ギアを纏った響がそこにいた。

彼女がガングニールを身に宿していると言う現実。

それを今この眼で改めて確認した俺は、自然と拳に力が入ってしまう。

 

「奏の……奏の何を受け継いでいると言うのッ!!」

 

冷たく、鋭い双眼で響を貫く姉さん。

少し離れて場所にバイクを停めたにしても、全く俺の存在に姉さんが気づかないとはな…。

姉さんの怒りの感情がヒシヒシと伝わってくる。

 

「去りなさいーー…」

 

【天ノ逆鱗】

歌と同時に空へ高々と跳んだ姉さんは、そのままアームドギアを響へ向け投げ放った。

飛行しながら巨大化したアームドギアを更にバーニア全開で蹴り、そのまま響へと一直線。

 

「バカか!?」

 

白雪ノ華を召喚し、地を蹴るもここからじゃ確実に間に合わない。

軌道から響に直撃こそしないが、あの技の破壊力は凄まじく、衝撃の余波で怪我をしない保証がない。

 

「おりゃぁああ!」

「叔父様!?」

 

気合いの掛け声で巨大な剣に放たれた拳。

突如として姿を見せた赤いシャツがトレードマークの司令。

何と姉さんの天ノ逆鱗を正面から拳圧で留めやがりました。

だが、これは絶好のチャンスだ!

 

 

「こンのッ!」

「八幡!?」

 

勢いを殺された大剣を白雪ノ華で上へと全力で弾き飛ばす。

弾かれた大剣は消え失せた。

俺はそのまま白雪ノ華を地に深く刺して、身構える。

 

「ふんッ!」

 

大技を受け止めたとは言え、その衝撃は司令の身体に残っている。

ならば、と予想したがまさかマジで足から地へと衝撃を流すとは……

司令を中心にコンクリートは衝撃波で吹き飛ばされ、ついでに空中でバランスを崩していた姉さんをも吹き飛ばした。

 

……ついでに俺も吹き飛ばされた。

対策は完璧なはずだったのに…解せぬ。

 

地下の水道管は破裂し、吹き出された水は雨の様に降り注がれた。

白雪ノ華を解除し、周囲の惨劇を見て八幡は思ったよ。

司令、絶対に人間じゃねぇ。

あんな芸当、俺には無理だし、何なのこの人?

サイボーグか髪が金髪になる戦闘民族だろ、絶対。

 

「あーぁ…こんなにしちまって。何やってんの、お前達は。……この靴高かったんだぞ?」

「ご、ごめんなさい…。」

「その靴より、ここの修繕費の方が絶対に高くつきますよ。…それよりも…。」

 

尻餅をついている姉さんの腕を引っ張り、無理矢理立たせる。

 

「一体何考えてんだ!あんな大技を狙いも定め……ず…に…」

 

その先の言葉が俺の口から出ることは無かった。

見えてしまったのだ。

雨の様に水が降り続く中、姉さんの瞳から涙が溢れていたのを。

 

いつだって、強く気高く美しく、そして頼りになる姉。

前に、奏さんは彼女を泣き虫だと言った。

でも俺が姉の涙を見たのは1年前に大切なパートナーを失ったのあの日だけだった。

その姉さんが今、目の前で涙を流していた。

 

「翼、お前泣いて「泣いてなんて居ません!涙など流してはいません……。」

 

司令の言葉の先を言わすまいと姉さんが言葉を重ねた。

 

「姉さん……。」

「風鳴翼はその身を剣と鍛えた戦士です。だから……」

「翼さん…。」

 

姉さんはその先が続かない。

 

…あぁ、やはり俺は幾つになっても無力だ。

身体を鍛え、多くの人と交わり、そして戦って……成長したつもりだった。

いや、現に俺は強くはなった。

でも、それだけだ。

いつも支えて、助けてくれる大切な姉に何もしてやる事ができない。

頼ってばかりで、今哀しみに暮れている彼女を支えてやる事もできず…そんな自分が歯痒く、情けない。

 

 

 

「私、自分が全然駄目駄目なのは解っています。だから、これから一生懸命頑張って

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

奏さんの代わりに成ってみせます!!」

 

 

響の言葉が時を止めた。

いや、現実には時は流れているが俺の心と身体が止まった…そんな錯覚に陥った。

ふと、視界に空へと伸ばされた腕が見えた。

あぁ…人はこんなにも冷静に怒りを感じることができるのかと、こんな思考を持ったまま、響へと手を振り翳した姉さんの腕を掴む。

 

「離しなさい…。」

「……。」

「離せぇぇええ!」

 

心に激痛が走る。

目の前で涙を流す姉さんの悲痛な叫びが刃物となって、俺の心を引き裂く。

怒りで我を忘れ、暴れる姉さんを背後から抱え込む様に抱きしめ、暴れる彼女を止めようとする。

腕や肘が俺の顔に、何度も何度も打ち付けられる。

 

だけど、この手だけは絶対に離しはしない!

 

 

「うぅ…ゔ…くぅ…。」

 

やがて全身の力が抜け、立つことすら辞めてしまった姉さん。

初めて見るその姿に哀しみで胸がまた締め付けられる。

 

「司令…姉さんを頼みます。」

「あぁ。」

 

いつも大きく見えていた姉さん。

本当は俺なんかより小さくて腕に収まるくらいなのに…

尚も涙を流す彼女を司令に預ける。

ここからは俺がやるべき事だ……

 

 

「あ、あの……」

 

乾いた音が小さく木霊した。

掌が僅かに熱を帯びる。

響に手を出したのは生まれて初めの事だった。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

部屋に戻った私は何をするでもなく、机と頬を同化していた。

ルームメイトで大好きな幼馴染みの未来が心配そうにしているのが伝わってくる。

本当……私ってば駄目駄目だなぁ……。

 

翼さん……泣いてた…。

 

「……。」

 

窓ガラスに映った自分の頬をゆっくりと撫でる。

 

いつも何だかんだ言っても頼りになって、捻くれてるけど本当は誰よりも優しく、いつも助けてくれる私の想い人。

喧嘩する前にいつも、先に謝ってくれて仲直り。

怒鳴られた事も無かった。

なのに……

 

 

初めてだった。

伸ばした手を拒絶されたのは。

 

初めてだった。

彼に頬を叩かれたのは。

 

初めてだった。

感情の無い表情を見て恐怖したのは。

 

初めてだった。

 

 

「ハチ君……泣いてた……。」

 

あの日、私は生まれて初めて彼の涙を見たのでした。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

翌日。

連日の出撃に疲労を迎えに迎えてしまった為学院を休み、二課の本部に居た。

メディカルチェックの結果は特に問題なく、今は休憩所でマッカンを啜っている。

昨日と同じく、友里さんと藤尭さんも一息ついていた。

 

「皆さん、こんにちは。」

「緒川さん、お疲れ様です。」

「お疲れ様です。」

「…どうも。」

「御一緒してもよろしいでしょうか?」

「えぇ、構いませんよ。」

 

緒川さんは二課のエージェントであり、表世界ではトップアーティスト風鳴翼のマネージャーを務めている。

俺もいつも何かと世話になっていたりする。

ふむ、偶には礼をしなければなるまい。

そう思い、自動販売機…通称、八幡専用販売機で黄色い缶を買い、緒川さんに渡す。

 

「よかったら、どうぞ。」

「あはは……ありがとうございます。」

 

……あれ?なんで苦笑いなんでしょうか?

そんなに俺が人に奢るのは珍しいのか?

震える指でプルタブを開ける緒川さんを見て漸く理解した。

日頃から多忙で疲れてるんだな、うん。

 

「ゴク……ゔっ…ゴクゴクゴク!」

「おーいい飲みっぷりっスね。」

「ごっくん…ご馳走様でした。」

 

余程喉が渇いていたのか一気に飲み干す緒川さん。

どこか達成感のある表情をする彼だが、少し残念な気持ちになる。

できれば、マッカンは味わって飲んで欲しかったのだが……いや、待てよ。

緒川さんの多忙さはよく知っている。

エージェントとマネージャー業にと日々大変な事は明らかだ。

たぶん、此処に来るまでも忙しくて喉がカッラカラだとした仕方のない所業だ。

だったらと……

俺はもう一度マッカンを購入し、緒川さんに渡す。

次は、味わって飲めるはずだ。

それに、この程度では彼への感謝は足りやしないが、少しは伝わればいいな…なんてな。

 

「…ありがとうございます。」

 

笑顔で受け取ってくれた緒川さんだったが、その笑顔には少しだけ影が射していた気がした。

 

 

「鬼ね…。」

「鬼だな…。」

 

 

情報処理班の2人の声は八幡には理解できませんでした。

 

 

「…で?緒川さん、俺に何か用があったんでしょ?」

「ごく…ぅっぷ……ハイ。昨日の一連の事は司令に伺ってます。それで、八幡さんにお願いしたい事がありまして…。」

「姉さんを気分転換に連れ出して欲しいって事ですか?」

「えぇ…頼めますか?」

「いや〜…無理だと思いますよ。姉さんはたぶん、そんな暇など有りはしない。今は戦いに備えて休むべきだ…って言いますよ。」

「翼さんのモノマネが思いの外クオリティ高いな!」

「翼さんに聞かれたら怒られるわよ。」

「大丈夫です。その翼さんなら、今は自宅で休養をとられてますから。」

 

休養……ね。

それで落ち着いてくれれば良いんだけど…俺でさえ、まだ心にいつもの余裕がない。

あんな取り乱した姉さんが、たった1日で元に戻れるとは思えねぇ。

 

 

「それとは別の件ですが…八幡さん、来週のお墓詣りは翼さんと御一緒でよろしいでしょうか?」

 

 

来週。それは奏さんの命日である。

あの日見た、奏さんの最期の姿が脳裏にフラッシュバックする。

 

「…八幡さん?」

「…え、あ、はい。その日は必ず行きますので。」

「そうか…奏ちゃんが居なくなって、もう1年かぁ…。」

「翼さんにとっては、まだ1年なんだと思うわ。捉え方は人それぞれでしょうけど…ってゴメンね、八幡君の前で言う事じゃなかったわね。」

「いえ…。実際、友里さんの言う通り人それぞれなんだと思います。緒川さん、来週はお願いしますんで。」

「はい。お任せ下さい。……ん?響さん。」

 

ふと緒川さんに後ろを指さされ、振り返ると困ったような表情の響が壁の向こうから半分顔を出していた。

 

「…では、俺はこれで帰りますね。お先に失礼します。」

「えぇ、気をつけてね。」

「身体休めるんだぞ?」

「お気をつけて。」

 

3人に別れを告げ、足早に響と真反対へと進んでいく。

角を曲がり、そこで壁を背もたれにして待つ事数秒、焦った顔の響が駆け足で曲がってきた。

俺と視線が交わると、身体が跳ね、萎れる。

 

 

「何がしたいんだ、お前は。」

「いや…あの〜…あはは…謝り…たく…て。」

「謝る?何を?自分の何が悪かったのか分かってるのか?」

「それは…そのぅ…」

「だったら謝らなくていい。そんな謝罪は不愉快なだけだ。…昨日はビンタして悪かったな。じゃ。」

「あ!待って!」

 

 

不安気味に服の袖を掴んできた響。

謝りたい。でも、何を謝ったらいいのか分からない。

響がそう思っているのは分かっている。

俺はこのままではダメな事も分かっている。

仕方ない……か。

通信機を取り出して、司令へと繋ぐ。

 

 

「あ、司令お疲れ様です。今から野外演習場を使いたいんですけど、いいっスか?」

『八幡、今日は休むんじゃなかったのか?使う分には構わないが……。』

「では、お願いします。あと付き添いに司令と…緒川さんにお願いしたいんっスよ。今から響に試験与えたいんで。あ、ギャラリーはなしでお願いします。」

『…良くわからんが分かった。使用の許可と付き添いはしよう。先に行って暫く待ってろ。』

「ありがとうございます。では、後ほど…。」

 

 

通信を終え、響を連れて外に出ると緒川さんが、すでに車で待機していた。

響と会話のないまま、車に乗り込み野外演習場へと向かうのであった。




閲覧ありがとうございました。
また、いつも読んでくれている方、お気に入りに入れてくれている方には心より感謝申し上げます。
引き続き、この作品をよろしくお願いします。


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第4話

野外演習場。

かつて姉さんとガチバトルを繰り広げたこの場所。

演習場の中央には赤いシャツのオッさんが仁王立ちしていた。

 

「遅いぞ、八幡!もっと稲妻の如くやってこないか!」

「言ってる事が一切理解できません。」

 

この人言ったよね…先に行って暫く待ってろって言ったよね?

なのにどうして俺たちより先に来てスタンバってるわけ?

おかしいだろ……。

あれか?瞬間移動つかったのか?

やっぱり、この人野菜の名前をした戦闘民族だと思う。

 

 

「それで?ここで一体何をするつもりなんだ?」

「言った通りっスよ。響に試験を与えてやるんです……よっと。」

 

右脚を軸に、人間コンパスとなり自身を囲うように円を描き、その中心に立つ。

 

 

「司令、ここから10メートル先で3人横並びになってもらえます?」

「やはり良くわからんが分かった。オーイ、2人とも並んでくれ。」

「あの…八幡さん、何故僕まで呼ばれたのでしょう?」

「今にわかりますよ。ほら、緒川さんも2人の隣へ。」

「わかりました。では。」

 

 

これにて準備完了。

右から、司令に響と緒川さんの順序で並んでいる。

 

「響、対ノイズ戦は遊びなんかじゃない。そこんとこ分かってるのか?」

「そんなの分かってるよ。でも、私決めたの。この力で誰かを助けられるなら助けたい!」

「…ならその覚悟試してやる。ルールは簡単だ。時間は無制限。この円の中にいる俺に触れたら認めてやるし、怒った理由も特別に教えてやる。どうだ?」

「…わかった。やる。」

「司令と緒川さんもついでに参加でお願いします。司令は開始の合図もお願いしますね。」

「絶対に、我々は"ついで"ではないぞ。」

「えぇ、そのようですね。」

 

3人が駆け出す体勢になった所で、俺は視界を遮断した。

心を落ち着かせ、する事はたった1つのイメージ。

吹く風が心地よく感じた時

 

「始めッ!」

 

司令の合図が聴こえた。

刹那、閉ざした瞳を限界まで解放して思い浮かべたイメージを強く意識した。

それだけで空気が鋭く、震え、重くなる。

 

「あ……あっ……あぁ…」

「ムッ!?」

「ッ!!」

 

 

たったそれだけの事で、響は腰を抜かし呼吸もままならない。

対して司令は怯みつつも、拳を俺の眼前で止めてる。

緒川さんは緒川さんで、懐から黒光りを放つ拳銃を構えていた。

 

……やり過ぎたっぽいな。

ため息を吐くと、俺からの重圧が霧散し、ハッとなった響が忙しなく首を触り始めた。

何度も何度も、まるでくっ付いてるのを確認するように触り続けた。

 

 

「いきなり殺気を放つヤツがいるか、馬鹿者。」

「いやはや強烈でした。すいません、つい銃口を向けてしまいました。」

「謝るのは俺の方です。すいません、やり過ぎました。」

「…首…繋がってる…あれ?え?」

「響くんはガッツリ死のイメージにやられたみたいだな。さっきのは八幡の放った殺気に脳が死を感知し、死の幻覚を見たのさ。実際、我々も首をはねられ幻覚を見た…と言うか感じた?」

「殺気…。」

 

俺がしたイメージとは白雪ノ華で3人の首を斬り落とす事だ。

そのイメージをもったまま殺気を解放したのである。

 

しかし、拳銃で撃たれなくてよかったぁ…。

流石に生身の棒立ちじゃ身体に風穴ができちまう。

ま、緒川さんだから大丈夫だと思ってたけど。

 

……。

 

……本当だよ?八幡嘘吐かない。

 

さて、そろそろ妹に現実を叩きつけてやりますかね。

 

 

「戦さ場じゃ、今のイメージが実現する可能性がある。……いいか?俺や姉さんは幼少期から鍛えて今の実力なんだ。自分で言うのもアレだけどよ…運の良いことに才能にも恵まれている。そんな俺でさえ何度も死を覚悟した瞬間があった。なのに、ただギアを手に入れただけの一般人のお前に何ができる?」

「…人助けを…。」

「自分を守ることすら出来ない奴には到底無理な話しだな。司令や緒川さんは、俺の殺気に直ぐに対応したぞ。座り込んだお前じゃハッキリ言って俺たちの足手まといだ。」

 

自分で言ってて、心底最悪な気分だ。

最低で酷くて辛い言葉の数々。

並みの人間ならば、ここまで言われれば憤慨、或いは心が折れ泣き出す。

 

だが、響はどちらでもなかった。

 

「……これから、頑張る。頑張って強くなって見せる!絶対に奏さんの代わりになってみせる!」

 

それは先程とは比べるのも烏滸がましい程までに、濃密な重圧。

俺の殺気に空気でさえ揺れに揺れて、空気の波を起こしていた。

ガダガタと身体が震える響は、怯えた瞳で俺を見つめている。

 

「これ程までとは…。恐れ入りますね。」

「ギャラリーなしの理由の1つだな、こりゃ。」

 

対して大人2人は、若干余裕があるのか雑談中。

何もお咎めもないって事は、好きにして良いと解釈させてもらいましょうかね。

こっからはもっと容赦しない。

 

 

「…例えば未来が死んだとする。」

「なっ!?…いくらハチ君でも、その例えは許さないよ!」

 

生まれたての子鹿のように、響が震えながらゆっくりと立ち上がる。

未だに消してない俺の殺気に怒気で乗り切ろうとしている。

ま、本人はそんな気これっぽっちもないだろうけど。

 

「1年くらいに経った頃に、未来の事を一切知らない女の子が嬉々とした顔で、お前にこう言ったらどうする?"一生懸命頑張って未来の代わりになる"ってな。」

「そんなの…未来は未来だけだ。代わりなんて居ない!」

「そうだろうな。なら問題だ。知らない女の子役をお前に、響役を風鳴翼に、未来役を天羽奏にしたらどうなるよ?」

「ッ!!?」

 

ここまで言って漸く理解できたみたいだが、気付くの遅過ぎだ。

本人は顔を青ざめ、頭を抱えて座り込む。

 

「俺たちにとってはな…奏さんの代わりなんて居やしないんだよ。お前がどんなに一生懸命頑張って強くなろうが奏さんにはなれない。響…お前の真っ直ぐな所は長所だが、同時に短所でもある。行動する前に少しだけでいい、頭で考えろ。」

 

立花響。

俺の知ってる彼女は、いつも真っ直ぐで明るい優しく、心根は強く何事からも逃げない強さを持った女の子だ。

彼女の明るさは、いつどんな時も周囲を温かくしてくれる。

今回、響が悪意があって発言したわけではないと始めから解ってはいた。

ただ真っ直ぐなだけなのだ。

 

…考えなしだと言えばそれまでなんだけどね。

 

「私…最低だ。……ハチ君、ごめんなさい。本当にごめんなさい…!」

 

間違えてしまったのなら、正しい方へ。

反省と繰り返さない努力の自覚。

俺にできる事は今回はここまでなのだろう。

頭を下げて謝罪する彼女の頭に手を乗せる。

 

「わかったなら、それでいいさ。許す。俺も大人気なかったし、ビンタしちまったし。それとな…響は響なんだ。もうあんな事言うなよ?特に奏さん絡みは結構、心にくるもんがあるから。」

「ごめんなさい…。」

 

殺気を消し去り、響の頭を撫でる。

久々にするが、少し気恥ずかしいのか響の頬が少々赤みを帯びていた。

 

奏さん関連でのいざこざは、これにて閉幕としよう。

だが、次は別の問題があったりする。

それは…

 

「ただな、響。俺はお前が戦いに参加する事には納得できてない。できるわけがない。お前は普通の女の子なんだから。」

「でも…私、この力で役に立ちたい。困ってる人がいるなら助けてあげたい。」

 

 

説得は無理か…。

そうそうに諦めるのは早過ぎると思うだろうが、残念ながら長年の付き合いから、そう判断せざるを得ないのである。

やると決めたら諦めず突き進むのが立花響なのである。

マジ、戦いに出て欲しくないんだけどね…。

 

「…シンフォギアをその身に纏った。その時点でお前は戦士にならなくちゃいけなくなった。それは運命じゃない。宿命だ。その命が続く限り戦いに身を投じなければならない。…例え半人前だろうがな。ま、今の響は半人前以下なわけだが…」

「うぅ…これから頑張る。」

「そうかよ…。ま、俺が何を言おうが政府に…国の意向には逆らえない。響が戦さ場に出なければならないのであれば、俺が守ってやるよ。」

「ハチ君!」

「…たぶんな。うん。」

「ハチ君……。」

 

 

もう失いたくない。

大切なモノは全て、失いたくない。

もうあんな思いしたくないし、誰にもさせたくない。

傲慢だと思う。

でも、この手が…刃が届く範囲の大切な人達くらいは守りたい。

そう思うのは…願うのは間違いなどではないはずだから。

 

 

「ねぇ、ハチ君。私、翼さんに会って謝りたい。」

「あ?あ〜…うん、そうだな。」

 

歯切れの悪い俺に響が、首を傾ける。

彼女の後方では、司令は肩をすかして、緒川さんは苦笑い。

つまり、アレなんですよ。

 

「長期戦になるが……頑張れよ。」

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

アレからノイズの襲撃も無く、平和で穏やかな時間が流れた。

そして…本日、俺と姉さんは学院を休み、とある場所へとやってきていた。

並ぶは墓標。

持つは花々。

 

天羽奏と彫られたお墓の前に俺たちは立っていた。

 

「奏…中々来れなくてごめんなさい。」

「俺は偶に一人で来てるけどな。」

「……通りでお墓が綺麗なわけね。全く、行くときは誘いなさい。」

「いや、ほら、姉さんには聞かれたくない話しだったりするじゃん?」

「なるほど…つまりは愚痴ね。」

「勝手にアイス食ったくらいで大人気ないとかね。」

「貴方、食べた自分を棚に上げてよく言うわね。……さ、無駄話しはここまで。まずは花を添えましょう。」

「あいよ。」

 

以前俺が添えた古い花を抜き取り、水を替えてから花を添え直す。

その間に姉さんが線香などをバックから出していた。

2人揃って線香に火を灯す。

 

合掌し、視界を閉ざす。

 

 

 

天羽奏はあの日、俺たちを庇い、死んだ。

大量の沸いたノイズ。

斬っても斬っても数は減らず、何故か増加していた。

ようやく敵の殲滅が見えてきたのは、戦闘を開始して6時間は経った頃だった。

過度の戦闘と精神の消耗で、先行していた俺と姉さんは限界を迎えてしまい身動きすら覚束ない状態だった。

呪符は全て無くなり、神通力さえ上手く制御できなくなったのだ。

 

そんな折に、制御薬LiNKERの効果が切れ離脱したはずの奏さんが戦線復帰。

LiNKERを再度摂取するという危険で無茶をし、最期はーー

 

 

 

 

「八幡、もう良いかしら?」

「…あぁ。奏さん、また姉の愚痴を言いにきますね。」

「なら私は弟の愚痴を言いに訪れるわね。」

 

実にくだらない言葉のドッチボール。

でも、2人とも目が合うと僅かに微笑みを浮かべる。

 

…奏さん、俺たちは仲良く元気にやってますよ。

なんで…もうちょっとだけ、そっちに行くのは待っていてください。

 

 

 

しかし、姉さんは積もる話しがあって長居すると思ったが、意外と早く終わった。

と思ったら

 

「おや、2人揃ってとは珍しいね。いつもバラバラによく来るから。」

 

と寺の住職さんに言われて分かった。

この姉、俺に内緒で来てやがったな。

 

「…何が通りで綺麗なわけね、だ。自分も来てるじゃねぇか。」

「べ、別に内緒にしてたわけじゃないわ。言う機会が無かっただけよ。」

 

不毛な言い争いは、住職さんに爆笑されて終わりを迎えるまで続いた。

緒川さんの車に乗り込む2人の顔は真っ赤だったと言う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「1ヶ月経っても噛み合わんか…。」

 

響が加入して1ヶ月。

司令室では、風鳴弦十郎が呆れていた。

 

 

 



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第5話

司令室のモニターには、ノイズを殲滅はしていく俺と姉さん、そして半泣きで逃げ惑う響の映像が流れていた。

 

「1ヶ月経っても噛み合わんか…。」

「弦十郎君、後ろ後ろ。」

「…?…あぁ……八幡、お疲れ様だな。」

 

司令達の真後ろでは真っ白に燃え尽き、項垂れている俺がいた。

1ヶ月経っても姉さんが響と仲良くできるわけもなく、2人のフォローに戦闘で疲労が溜まる溜まる。

響はアームドギア解放までまともに戦えないしで、そのフォローが大変なうえ、そっちに行ったら姉さんが不機嫌になるわで……

 

カマクラ……いや、カマラッシュ……もう僕、疲れたよ……。

 

 

「し、しかし、最近ノイズの出現頻度が凄まじいな。これは…。」

「何らかの作為が働いてる…わよね。」

「……作為ね…。やはり誰かが…ッ!!」

 

『八幡。物語を読んでやろう!…は?なにぃ、聞き飽きただぁ!?これは陰陽師、安倍家に連なる者達に引き継がれている大事な物語だぞ!』

 

 

「…杖…。」

「ん?何か言ったかしら?」

「いえ。…今日はもう上がりますね。失礼します。」

「おう!気をつけて帰れよ。」

「じゃ〜ねぇん。」

 

司令室を出ると足早でエレベーターに乗り込み、通信機を取り出す。

 

 

 

 

 

 

 

「で?さっき別れたはずなのに、何故俺は此処にいるんだ?」

「何故、また自分も呼ばれたのでしょうか?」

「いや呼ばれた理由は、1番俺がわかりません。」

「八幡、アイス食べるわよ。」

 

 

現在、我が部屋にて二課男組み+姉さんがいる。

今回、俺が招集したのは司令と緒川さんに藤尭さんの3人である。

姉さん?今は勝手に冷蔵庫を漁ってるよ。

 

「今日は急にすいません。どうしても人手が必要でして。…現在起きているノイズの異常発生についてです。」

「何かわかったのか!」

「えぇ。続きはこの部屋の中で。」

「分かりました。では、失礼し……?ふんッ!」

「緒川さん?どうなさったんです?」

「いえ…あの八幡さん。扉が開かないのですが……。」

「あ、その部屋の扉は秘術で閉ざしてますから……解ッ!どうぞ。」

 

扉を開くと中には、ビッシリとファイルが収まっている大きな本棚と、いくつも札を貼られた武具がいくつかあった。

 

 

「ここには、初代様から現在までの安倍晴明が記した文献があります。あ、誰も武具に触れないでくださいね。呪われますんで。」

「さらっと恐ろし事をおっしゃいますね。」

「え、じゃこの文献って国宝級の代物じゃないか!?」

「で?ここで我々は何をしたら良いんだ?」

「とあるモノが封印されている場所が記された文献を探して欲しいんです。名前は"空門ノ杖"です。」

「空門ノ杖?…聞いたこともないな。」

「それが今回のノイズ異常発生に関与しているんですね?」

「えぇ。まずは代々俺たち安倍晴明に連なる者に伝わる物語があります。それは、この初代様の書いた2冊目がモチーフにされたものです。どうぞ、見てください。」

 

 

男4人で、1冊の本を囲うように見る。

むさ苦しいのは、この際気にしないで置こう。

 

そして、俺は語り出した。

我々に伝わる物語を……

 

 

 

 

 

安倍晴明は白狐の血をその身に宿していた。

その血の力を人の世の為に使う。

夏の終わりに、朝廷の使者が参る。名を玉藻。

彼女はとある国にて多くの妖が現れていると宣った。

安倍晴明は玉藻に頼まれ、妖の討伐に向う。

道中に現れた妖は全て、玉藻の霊刀・白雪ノ華が斬り裂いた。

彼女は言った。身体に九尾の化け狐を封印していると。

故に使者になったと。

旅の先にて、とある村に訪れそこで巫女に出会う。

巫女の名は緋維音。

緋維音は言った。

「大臣が彼の国で妖を操り、謀反を起こそうとしている。操るそれを空門ノ杖と呼ぶ。」

巫女は妖に触れてはいけないと言う。

妖に触れれば、たちまち炭になってしまうと。

どうしたものかと思っていると巫女は鎧を作れば大丈夫だと言い、彼女の指導の元、3つの戦鎧が造られた。

白狐の血の清明には、漆黒の鎧を。

九尾を封印された玉藻には、白銀の鎧を。

そして緋維音は、真紅の鎧を。

それぞれが持ち得る特別な力を込めて造られた。

決戦の日、空に亀裂が入り時空の門が開く。

門から妖が流れ出てくるが、3人の前で悉く散り逝く。

3人は力を合わせて悪しき大臣を倒し、空門ノ杖を手にいれる。

世は平和へ導かれた。

 

 

「まずは、こんな所ですね。」

「人が触れれば灰になる…ノイズの特徴と一致しますね。」

「時空の門か…。よくわからないが、その空門ノ杖とやらは実在するのか?」

「しかし、物語に出てくる白雪ノ華と漆黒の鎧は、八幡君が実際身につけてますよ。しかし、玉藻と九尾って…まさかとは思うけど玉藻前だったり?」

「藤尭さん正解です。所詮、現代につたわる伝承なんて事実とかけ離れていたりするんですよ。…では、本題に戻ります。そもそも、この3人の関係はここで終わりじゃないんです。そして、それはよりにもよってバッドエンドなんです。」

 

 

そうこのままハッピーエンドなら良かったのだ。

共に戦い、この後も交流が続き3人旅をしたりする。

だがある日、玉藻にある嫌疑がかけられた。

それは上皇暗殺未遂という事実無根の嫌疑。

 

清明並びに緋維音は、ありもしない罪を玉藻に押し付けた人物を暴き出した。

其奴はかつて3人で力を合わして倒した大臣の息子だった。

これで嫌疑が晴れる……筈だった。

 

罠だったのだ。

敵の真の狙いは、犯人探しで2人が玉藻の側から離れることだった。

 

2人が暗殺未遂の真犯人を引き連れ都に戻ると、九尾の化け狐が暴れていた。

建物は燃え盛り、民衆の阿鼻叫喚でまさに地獄だった。

兵舎に向かい、2人は真実を知る事になる。

 

とある貴族が藤原氏に反旗を翻し、勝つ為に玉藻の中にいた九尾の封印を解いたのだ。

玉藻の必死の抵抗虚しく九尾は復活。

制御不能な化けモノは暴れまくり、首謀者を始め多くの被害者が出ていた。

清明は人々を守る為に九尾と戦い、辛うじて勝利した。

だが、九尾復活を阻止しようと力を使い果たした玉藻は息を引き取っていたのだ。

 

これに憤怒したのが緋維音。

彼女は言った。元はこの世にかけられた呪いを解く為に月を破壊するつもりだったと。

だが玉藻と言う友が出来て、呪いは解かずとも人は分かり合えるのだと思い、月の破壊を留まっていたのだ。

 

しかし、その友が無惨にも殺されたのだ。

緋維音は月を破壊し、世界を1つにし自身を神とすると言った。

清明に手を貸すように要請するが、人々を守る使命がある彼は拒否をした。

 

結果、空門ノ杖を使って妖を操る緋維音と清明は戦う事になった。

結論だけを言うと清明に軍配が上がった。

緋維音は死ぬ間際にこう言ったらしい。

 

 

「私は何度でも蘇る。永遠に存在し続ける巫女だ、ゆめゆめ忘れるな!ってね。つまり、緋維音は転生し続けているんです。そして、転生した緋維音の暴挙を止めることが、初代様からの俺達子孫への願いなんです。……そして現在のノイズ異常発生は空門ノ杖が原因で、犯人は今生に転生した緋維音と言うのが俺の仮説です。」

「ふむ…緋維音か。巫女であるからには女性なのだろうが…。」

「なるほど、だから我々男が呼ばれたのですね。もし、転生していた場合は女性ですから。」

「つまり緒川さんは私が女ではない…と?」

 

ピシッと擬音が聴こえそうな程、緒川さんは氷つきました。

そりゃ今の発言は駄目ですよ…姉さんいるの忘れてたのか?

まぁ確かに、今の今まで居なかったけど。

 

「ねぇ八幡……私のアイスが見当たらないのだけど?」

「……。」

「……。」

「……ぬかった!」

「…空門ノ杖の封印場所がわかり次第、全力で買いに行きなさい。」

「ひっ!?ひゃい!!

 

恐ろしくて悲鳴が出てしまった。

だって笑顔なのに目が笑ってなかった!

美人なのが更に恐怖を倍増させる。

 

クソ……昨日食ったの忘れてた……不覚!

 

「それで、一応!…女である私まで呼ばれたのは何故かしら?」

「翼さん…。」

 

この姉、根に持ってやがる。

 

「許してやれよ…。別に姉さんが女じゃないって言ってるわけじゃない。単純に緋維音の転生者じゃたいと判断したまでだ。」

「あら、信用してくれてるのね。」

「……言わせないでくれない?」

 

先と違い、嬉しそうに笑みを零す姉さんだが、俺は恥ずかしくて少々顔が熱くなる。

 

「も、もし封印が破られてた場合、間違いなく空門ノ杖が原因で緋維音が転生していると思いますんで策が練れるようになるかと。なんにせよ、一度は確認しにいく必要があります。」

「ならば早く探すとするか。しっかし、凄い量の文献だなぁ…増援呼ぶか?」

「いえ、それは……。正直言いますと、俺は二課でも信用に足る人物だけを呼んだつもりです。了子さんや友里さんの事も信用してますが女性ですので…。」

「ほっほう…デレたな。」

「信用していただいて、僕も嬉しいですね。」

「ま、ここまで言われちゃ頑張んないといけませんね。」

 

ニコニコと笑顔で文献に手をつけていく3人の後ろでは、恥ずかしさ一杯で両手で顔を覆う人がいた。

……俺なんだけどね。

 

今回呼んだ3人の事は本気で信用している。

2年間一緒になって戦ってきた大切な仲間だ。

そこで、ふと思う。

姉さん達と出会って、まだ2年しか経ってないのか、と。

 

 

 

 

あれから5時間が経過し、pm9時を過ぎました。

さて、進捗はと言うと…

 

 

「えっと…また東の山かよ!だから東の山って何処なんだよ!?」

「4代目様は…南の山と記してますね…。」

「おいおい。12代目は、また東の山と書いてるぞ?」

 

はい。この有様です。

代ごとの文献だけで数十冊ある上に、封印場所を記してるのは東西南北と山オンリー。

 

「…八幡、貴方の先代様達は何故具体的に書いてないのかしら?」

「もし敵に読まれても封印場所が知られない為だな。元は口頭で伝えてたんだろうが、親父その前に居なくなってるし。でも、皆さんのお陰でだいぶ絞れましたよ。」

「…日本地図?この印は何かしら?」

「文献に乗ってる先代様達の住んでた場所。だいたいが京都か奈良で、偶に他県付近に住んでたみたいだな。…緒川さん16代目様は何と?」

「…西の山と記されています。」

「西の山……。確か16代目様は江戸住まいだったはずだから……。こうして、印から先代様達が記した場所へ線を引くと…………ビンゴだ。」

 

各印から線を引いていくと、ある一箇所付近で線が交わっていた。

皆が地図を覗き込み、小さく歓声を上げる。

しかし、山と記されてはいたが……これ、封印場所探すのも一苦労だぞ?

なんせ、この山でか過ぎなんですが?

 

霊峰富士。

ここが、空門ノ杖の封印されし場所で間違いなさそうだ。

 

 

「では、明日から富士の封印場所の調査に行ってきます。」

「うむ…ヘリは用意しておく。それから誰か付き添いを連れて行け。いくら八幡でも1人では危険だ。」

「……それなら緒川さんが適任かと思います。緒川さん、八幡に同行してもらえます?」

「え、しかしライブの打ち合わせ等が…。」

「そこは代理人を立てれば良いかと。八幡が信用していて、かつ実力派の者など、私やおじ様を除けば緒川さんだけです。」

「…了解致しました。では、八幡さん明日からお願い致します。」

「こちらこそ、お願いします。」

 

あとは明日からの探索準備と対策を練り、気づけば日付は変わっていた。

そして、今後起こりうる事態についての話し合いもついでに行った。

 

明日から俺がリディアンを離れる事は本部の人間に話すが、何をするかは極秘とすること。

しかし、場所が場所なだけに数日はかかる予定の為、ヘリは近場にて待機。

もし、俺が不在の間に大規模なノイズ襲撃または、何らかの予期せぬ事態が発生した場合は敵の内通者が確実にいる事。

そして、不測の事態が起きた場合は即座に緒川さんへ連絡する事。

これは調査組みの俺たちも同様である。

 

「これくらいだな。八幡、緒川。命令はただ一つだけだ。無事に帰ってこい。」

「了解。」

「了解致しました。」

 

さて、ここで解散となったのだが、当たり前の様に姉さんは風呂に入り、今は布団をリビングに敷いている。

若い男女がひとつ屋根の下で、しかも男の部屋にも関わらずだ。

 

大人は誰も止めないし……。

いや、泊まる事にはもう慣れてはいるのだけどね。

 

普通、若い男女なら夜にアレやコレやと口に出せない状況になるだろうが、俺たちには無縁であった。

確かに姉さんは美人でスタイルもいい。

だが、俺が彼女に抱く感情は小町と同じ家族愛であって、恋愛のそれではないのである。

それは姉さんも同じである。

 

「姉さん…俺が戻るまで響の事を頼みます。」

「……。」

 

既に布団に潜った姉さんの顔は見えない。

もう寝たのか、それとも単に無視しているのかは分からない。

大きなため息が、漏れリビングの電気のスイッチ切った時だった。

 

「善処する。帰ってきたらアイス買いに行きなさいよ。」

「…わかった。ありがとう。……おやすみ。」

「おやすみなさい、八幡。」

俺も寝る為に寝室へ向かいベッドに潜った。

疲れてたので睡魔が直ぐに訪れ、抗うことなく深い眠りに落ちていった……。

 



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第6話

ハーイこちら、富士の樹海を彷徨ってる八幡です。

いや、ヤバイくらいに草木が生い茂ってますね。

地面もなんか少々ぬかるんでますし、足を取られて危うく2、3度転んでしまう所でした。

はっはっは!

 

 

……はい、普通の登山客の順路から懸け離れた位置に、俺と緒川さんはいる。

空元気にも程があったわ。

 

 

「八幡さん。こちらの道?で本当によろしいのですか?」

「えぇ、たぶん。こちら側から僅かに神通力を感じますので。」

 

獣道もない場所を草を分けながら進んでいく。

進むにつれ、受ける神通力の波動が大きくなっているので、正解だと思う。

てか思いたい。

そうじゃないと困る!

マーキングしながら動いてるけど、前後左右同じ景色なんだよ…。

しかも、霧が出てきたし、霊的なモノが出てきそうな雰囲気で、ちょっぴり恐い。

まだ、昼過だよ?

なのに何でこんなに雰囲気出てるかなぁ!!?

最初は楽しげに会話しながら歩いてたのに、口数へっちゃったじゃん!……俺の口数が。

 

……ん?

 

「止まってください!」

「ッ!!」

 

……なんだこれ?

空気が揺ら揺ら揺らめいてるんですけど……。

え、なんも出ないよね?

出ないよ…ねッ!?

 

「あの…どうかしましたか?」

「……へ?緒川さんには、これ見えないんですか?」

「いえ…特に何も見当たらりませんが?」

「…ここの空間が揺らめいてるんスけど……。」

「……。やはり僕には見えません。と言うことは……。」

「ここが封印場所…でしょうね。この揺らぎは結界の印か……。初日で見つけれたのはラッキーです。…念の為に俺が先行しますので待っていて下さい。」

「わかりました。お気をつけて。」

 

念の為に白雪ノ華と戦鎧を身に纏い、揺らぐその先へ足を踏み入れる。

すると、踏み込んだ足先が視界に映らなくなった。

感覚はある。ならば、間違いない。

 

「八幡さん!」

「…大丈夫です。では……一気に!」

 

そして、空門ノ杖の封印場所へと俺は身を投げ出した。

 

 

「なんじゃこりゃ…。」

 

揺らぎのその先。

そこには、異様で異常な光景が広がっていた。

クレーターがいくつもできた地面。

鳥居は倒壊しており、封印に使われた石は五芒星の陣を描くために並べられたのだろうが、〆縄が切れまくっていた。

 

トドメに陣の真ん中には、まるで爆弾が投下されたかのように穴がデカデカと空けられていた。

 

元いた場所へと戻る為、結界の外へと飛び出した。

 

「八幡さん!良かった…長い間戻られないので心配しましたよ。通信機も反応しませんし。」

「……え?俺、1分も結界内に居ませんでしたよ。」

「ですが、八幡さんが中に入って20分は経ってましたよ。」

「ふぁっ!?……すいません、変な声が出ました。……つまり、結界内の時間は外の時間より遅いと。俺の感覚では20秒くらいでしたので……60倍も!?」

 

先程とはまた違った恐怖に陥る。

つまり、1分後が1時間、1時間が2日半。

笑えねえよ。

なんつうヤバイ結界作ってんの!?

 

 

「緒川さん、この先は間違いなく空門ノ杖の封印場所でしたが…封印が破られてました。あちこち破壊されてます。」

「では、司令に連絡を。」

「お願いします。それと今から1日と6時間は連絡がとれなくなるとも伝えてください。…30分だけ結界内の探索をしましょう。」

「わかりました。では、そのように伝えておきます。」

 

 

司令との通信後、俺たちは結界内に踏み込んだ。

その惨状に緒川さんは顔を歪めるも、すぐに探索を開始。

時間は限られている。何か空門ノ杖に関する情報を掴む為にも、急ぐ必要がある。

 

そんな中で、破壊された古い木箱を発見した。

呪符を大量に貼られたそれは、中身は空でしかし僅かに神通力を帯びていた。

 

……やられた、間違いない。

空門ノ杖は奪取されてる。

そして、緋維音は復活している。

 

他に目星いものも無く30分を知らせるアラームにより、一時退却。

 

日が昇っていた空は、薄く暗くなっており60倍の時間差に、嫌な汗が流れた。

 

 

「しかし、恐ろしくも凄い結界ですね。」

「…たぶん侵入者が封印を解いてる間に、何らかの対策を取るために時間を歪めた結界を張ってるんでしょうけど…何も知らずに入ったらヤバイ代物でした。」

「そうですね…。もし何も知らずに半日ほど探索してしまった場合は1ヶ月も日にちが変わってますからね。……っと迎えが到着したようですね。」

 

 

真上からプロペラ音がしたと思ったらロープが落ちてきた。

それを器用に登り、無事ヘリに乗り込む。

 

「初日で見つけれたのは幸いでした。…あ、皆さんからしたら1日は経ってるんでしたね。」

「そっスね。しかし、嫌な報告をしなければいけませんからね。…事態は最悪です。敵はやろうと思えば今すぐにでも、大量のノイズで俺たちを襲えるんですから。」

 

だが、そうしないのは何故だろう?

推測はできる。

もしかしたら空門ノ杖を扱いきれていない。または、使用に制限があった。

他にも、身を隠す必要がある為に派手に動けない等言い始めたらきりが無い。

 

 

ヘリに乗り、そのまま1時間が過ぎた頃だった。

 

「通信?…司令からですね。はい、緒川です。」

《緒川!八幡を連れて指定の場所に向かってくれ!今、翼と響くんが戦闘に入った。敵は…ネフシュタンの鎧を纏ってノイズを操っている。俺も現場に向かう!》

「ネフシュタンの鎧を!?…了解しました。では、現場へ急行します。では……八幡さん!」

「聞こえました。クソ……ノイズを操っているなら、空門ノ杖を……!それに2年前に行方知れずになった完全聖遺物まで。……過去の亡霊が今更!!」

 

 

歯痒さと苛立ちが俺の感情を支配する。

……白雪ノ華の妖刀としての力がまた作用したのか…。

 

深呼吸をし、昂ぶった精神を落ち着かせる。

 

「緒川さん、指定したポイントまでは?」

「最速で向かってますが、恐らく10分はかかるかと…。」

「到着次第、俺は飛び降りますので準備をお願いします。」

「かしこまりました。」

 

 

そのまま夜空を飛び、そろそろポイントに着く間際。

 

「歌が聞こえる…。」

 

直後だった。

膨大なエネルギー爆発を感じた時、ヘリは激しく揺れた。

 

今のそれは2度感じた事がある。それも1年前と2年前にだ。

慌てて窓にへばり付くと、下には特大のクレーターができていた。

 

「おいおい…冗談だろッ!まさか、絶唱を…?緒川さん!!」

「了解です!」

 

放たれたドアから俺は空へ飛び出した。

白雪ノ華と戦鎧を身に纏い、脚部のブースター全開でクレーターのど真ん中へ滑空。

 

…できれば違って欲しいと、心からそう願う。

俺の勘違いであって欲しかった。

 

 

でも、やはり世界は俺に優しくなどなかった。

 

遠目から見た中央で佇んでいる人物は、こちらに背を向けたまま動かない。

特徴的なサイドテールで、凛とした後ろ姿。

 

歯軋りがなった。

握る拳は、力が加わりすぎて小刻みに震えている。

 

「無事か、翼!?」

 

先に着いた司令が車から降りて、姉さんへ問いかける。

無事じゃない……無事なんかじゃない!

俺は視えるし、感じられるから分かる。

姉さんの生命の活動エネルギーが低下している。

 

「私とて人類守護の務めを果たす防人……こんな所で折れる剣ではありません。」

 

 

全身から血の気が引いた。

寒いわけでもないのに唇が震え、身体中から嫌な汗が溢れてくる。

 

振り返った風鳴翼は、その身を鮮血に染めながらも笑っていたのだ。

夥しい血涙と吐血。

止まることを忘れたかのように紅い血は流れ出て、姉さんの足元に溜まっていた。

 

「姉さんッ!!」

「…八幡……ぁ…。」

 

俺が着地した瞬間、姉さんは全身の力が抜け、地に伏した。

司令と共に駆け寄り、抱き上げる。

 

ーボロボロだった。

ギアも身体も何もかもがボロボロになっていた。

 

 

「……ッ!」

「待て、八幡!」

 

左手を姉さんの真上に翳した途端に、司令に白雪ノ華ごと手を掴まれた。

 

「離して下さい……。時間がないんです。」

「駄目だ。直ぐにヘリで搬送する。」

「そんな悠長な…!今すぐにでも治さないとマズイってわかるだろ!!俺にまた失えと言うんですか!?」

「翼は絶対に死なん!…それに今それを使ったとて翼は直ぐに現場復帰はできん。君も数日動けない。そうなった時、響君1人で戦う事になるんだぞ!」

「ーッ!……くうぅ……クソッタレがぁぁあ!!」

 

叩きつけた拳が、地を割る。

 

……何もかもが最悪だった。

 

血箋華を使えば、姉さんは確実に助かる。

代償は俺が数日動けなくなる。つまり、響が1人で戦わなくてはならない。

敵はノイズだけじゃなく、ネフシュタンの鎧をも使っている。

ましてや空門ノ杖すらも奪われている為、いつノイズの襲撃があるかわからない。

だから今、それは最良の選択ではない。

 

逆に血箋華を使わなければ、姉さんは助かるかわからない。

死ぬ可能性だってある。

それでも、今からの敵に対して比企谷八幡という戦力を使える。

 

 

心の支えである、大切な姉を切り捨てる。

 

今取らなければならないのは、この最悪な選択だった。

 

……違うな。

最悪なのは俺自身だ。

 

 

「あぁ……また俺は…何もできない……無力……。」

 

俺はいつまで何も出来ないままなんだ…?

いつになれば何も失わずに済む?

 

ただ、血を流す姉を抱きしめる事しか出来なかった。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

救急治療室。

その医療カプセルの中で姉さんは眠っていた。

 

結論から言えば、一命は取り留めた。

だが危篤状態に変わりなく、予断は許されない。

 

そんな姉を俺は窓越しに見守る事しかできない。

 

 

「すまん…。君にまた辛い選択をさせてしまった。」

「司令…。」

 

横のベンチに腰掛け、司令はそう言った。

俺も腰を下ろし、司令の隣へ座る。

 

「今回の敵はネフシュタンの鎧を纏い、そしてノイズを操る杖を持っていた。…やはり空門ノ杖は奪われていたか。」

「…はい。調査内容は緒川さんが後で纏めて提出するそうです。……司令、姉さんは絶唱を歌ったんですね…。」

「あぁ。…装者の負荷を厭わずシンフォギアの限界以上の力を解き放つ…諸刃の剣だ。翼は冷静ではなかった。2年前に奪われたネフシュタンの鎧を相手にいつものアイツではいられなかった。」

「終いには絶唱でネフシュタンを撃退ですか……。司令、次ヤツが現れたら至急連絡を下さい。響じゃ相手にならんでしょう。それに……。」

「冷静に判断できていないなら任せられないぞ?」

「やだな…俺は戦いでは常に冷静ですよ。」

「八幡、お前ッ!?」

 

俺は後に知ることとなる。

殺生石を使っていないにも関わらず、今の眼は深紅の血の色をしていたこと。

それが如何に危険で、悍ましいて知るのはまだ先の事だった……。

 

 

 

病院から離れ、リディアン地下本部へと向かう。

今は少しでもいい、敵の情報が欲しかった。

 

「…響?緒川さんまで…。」

 

いつもの休憩所に2人が座っていた。

緒川さんは俺を見るとマッカンを買い、渡してきたので、とりあえず座ることにした。

響は悲しげに俯いており、緒川さんは終始冷静な顔つきだった。

 

「……御2人が気に病む必要はありませんよ。翼さんは自ら望み、絶唱を歌ったのですから。」

「……違います。俺の所為です……。俺がいつまでたっても弱くて、頼りなくて…結局、いつも支えてもらってばかりで……。」

「ハチ君…。」

 

ハッとなる。

何してんだ俺は…。

響が真横にいるのに弱音なんか吐いて…。

 

「…響さんは翼さんが以前ツインヴォーカルユニットを組んでいた事は知っていますか?」

「ツヴァイウイング…ですよね。」

「その時のパートナーが天羽奏さん。今は貴女の胸な宿るシンフォギア装者でした。……一年前の事です。今までに無いノイズの大群勢がとある街を襲い、約7時間を超える戦闘の末にノイズを殲滅します。…奏さんという犠牲の上に我々は勝利を手にしました。」

「違います。アレは勝ってなどいません……。」

 

あれは勝利などではない。

勝利には代償が余りにも大き過ぎた。

 

 

「…ノイズの大群勢を相手に翼さんは最終手段とし絶唱を歌い結果、一度ノイズを殲滅せしめました。八幡さんは翼さんに血箋華を使い翼さんを治療しました。血箋華は八幡さんの力を大量に使い過度の戦闘後だっため、身動きがとれなくなりました。……その直後です、ノイズがまた現れたのは。1度帰投していた奏さんは制御薬LiNKERを摂取し再出撃し、御2人を救出した後にノイズを今度こそ殲滅……しかし、動けない御2人がいた場所へビルが倒壊し始めたんです。」

「結果は見ての通りだ。…奏さんは、俺たちを遠くにいる一課の連中に投げ捨て自分はビルの倒壊に巻き込まれた。」

 

そうして、無惨にも奏さんは命を散らした。

倒壊したビルの瓦礫をどかし、奏さんの救出が即行われたが、そこにあったのは夥しい血痕と彼女が纏っていたギアの一部だけだった。

 

了子さん曰く、LiNKERの過剰摂取により身体の細胞組織が破壊され、塵になったのだと。

 

 

「奏さんの殉職。ツヴァイウイングは解散。それでも、翼さんは1人じゃありませんでした。八幡さん、貴方が居たからです。…確かに翼さんはあれからがむしゃらに戦ってきました。同じ世代の女の子が知って然りべき、恋愛や遊びも覚えず……でも、貴方と言う支えが居たから今日まで戦ってこれたんです。翼さんは僕によく貴方の話しばかりされます。それはどんな時でも最後は笑っていらっしゃいました。

 

 

《弟を守るは姉の務め。そして、あの子がいるから私は守護の剣でいられます。…今まだまだですけど、八幡が守護の剣として全てを任せれる様になった時、私は剣としての使命を果たします。絶望を希望へ変えれる絶唱を歌う覚悟は、もうできていますから。》

 

翼さん、前にそう仰ってましたよ。八幡さん、貴方は翼さんの支えでした。今だってそうです。そして八幡さんが自分を認めてなくとも翼さんは、とっくに認めていたいました。……今日、絶唱を歌ったのはそう言う意味だと僕は思いますよ。」

 

泣いては駄目だ。

俺はまだ涙を流してはいけない。

震える唇を噛み締め、立ち上がる。

 

「ひっく……私……グスッ……何にも知らないのに…翼さんの覚悟も知らないで……私は一緒に戦うって……奏さんの代わりになるだなんて……。」

 

堪えきれなくなった涙は、響が流してくれた。

彼女は風鳴翼の過去も覚悟も知った。

その涙は人を思いやり、人の為に流す優しい涙だ。

後悔もある。だけど、響は前へと真っ直ぐに進むだろう。

だって、それが立花響なのだから。

 

「響、姉さんの事嫌いにならないでやってくれ。あの人はただ生き方が不器用なだけで、本当は優しい人なんだ。」

「……グスッ…嫌いになんてなれないよ。翼さんは、私の命の恩人で憧れなんだから。」

「そっか…。」

 

それが聞けただけで、安心した。

 

さてと……

 

まだ俺は泣かない。

 

泣くのは…全てが終わった時だ。

 

 

そして、俺の覚悟も決まった。

 

 

「響、ネフシュタンの鎧が出てきたら俺を呼べ。ヤツは……俺が斬る。」

 

 

例えこの手を汚そうとも、姉さんの歌った希望は俺が明日へ繋いでみせる。

だって俺は人類守護の陰陽師で、剣なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 




最後まで読んでいただきありごとうございます。
お陰様でUAが7000を突破してました。
これからも宜しくお願い致します。


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第7話

現在、我が家にて例の男組みを招き今回の経緯や、これからの事を推測する会議を行なっている。

 

「響君が言うには、ネフシュタンと翼の戦闘中に、敵は空門ノ杖ではなくソロモンの杖と言っていたらしい。ま、正式名称がなんであれ、ノイズを操るのは我々にとって脅威であることに変わりない。」

「今回の襲撃は響の拉致だったそうですね。…俺が不在時に一気に戦力を投下してきたと言う事は……確実にいます。」

「内通者…ですか。響さんを狙った理由が不明なのもまた問題ですね。」

「しかもこちらの戦力は大きく削がれ、頼りは八幡君のみ……。敵は何者かはわかりませんが、リディアン周辺を襲っている事から狙いは他にもあると思われます。」

「サクリストD…デュランダルですね。」

 

デュランダル。

それは現存する数少ない完全聖遺物。

現在二課本部に最深部、通称アビスにて保管されている。

 

 

「敵は既に完全聖遺物の1つネフシュタンの鎧を所有している。更なる力を求めてなのか…はたまた別の狙いがあるのかは解らん。理由は何にせよデュランダル狙いなのは確かだろうな。」

「…政府はどう動くと、司令はお考えでしょうか?」

「まだ、本決定ではないが移送計画が持ち上がっている。場所は永田町最深部の特別電算室。通称記憶の遺跡。そこならば…と。」

「二課本部以上の防衛システムとは思えませんが…。」

 

 

その後、有力な対策案はでず、改めて後手に回るしかないと言う現実に嫌気がした。

敵の正体は不明。

内通者も不明。

敵戦力は未知数。

しかし、こちらの事は筒抜けである。

……どうしろと?これ積んでね?

 

 

「…ふぅ。今日は解散とするか……ん?」

 

司令の言葉で解散ムードになる中、司令は何かを見つけ、それの前で歩みを止めたい。

 

「懐かしいな…。まだ、1年しか経ってないと言うのに。」

「写真ですか?」

 

緒川さんと藤尭さんまで、飾ってある写真立てを興味津々に見てる。

余り見られると恥ずかしいのです……。

 

4枚入れの写真立て。

今、司令達が懐かしげに眺めているのは、リディアンの入学式後に本部で撮った写真だった。

我ながら自分とは思えないくらいに、無邪気に笑う俺がいた。

俺を挟むよう右に、乱雑に頭を撫でてくる奏さん。左に俺の肩に手を乗せ、口を開けて笑う姉さん。後ろは司令に了子さん、藤尭さんと友里さんと緒川さん。

皆んな笑顔で、暖かい写真。

……俺の宝物の1つである。

 

「これは、御家族ですね。仲の良さが表れた1枚ですね。」

「こっちは、響ちゃんと写ってますね。2人とも幼いなぁ。…ん?八幡君、これは誰だい?」

 

藤尭さんがした質問。

それは最後の1枚に写っている女の子だろう。

まだ幼い俺と手を繋いで笑っている女の子。

 

ーーどこに居ても探して見つけて、会いに行く!!

 

少女との昔の約束。

交わした約束。

そして、果たせてない約束。

 

「…昔馴染みです。今はどこにいるのやら…。」

「……さて、今度こそお暇するとしよう。じゃぁな八幡。」

「お邪魔しました、八幡さん。」

「おやすみ、八幡君。いい夢を。」

「はい。おやすみなさい。」

 

今度こそ帰っていく大人組に別れを告げ、部屋に静寂が訪れる。

なんだか、久々に1人になった気がする。

特に最近はノイズの処理や、予想外な事の連続で常に誰かといたからな…。

いや、別に寂しくないし?

寧ろ元の鞘に戻ったって言うか、ビバボッチライフ!的な?

 

「…って誰に言い訳してんだか…。」

 

先程の写真立てを見る。

少女が眩しい笑顔を俺に見せていた。

……文字にすると変態みたいだな…。

 

 

「ったく、お前は何処に居るんだ?」

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

あれから再び平和な時が流れた。

だが姉さんは目を覚まさず、毎日見舞いに行けど失う恐怖と不安は拭えなかった。

 

放課後も見舞いに訪れたが、意識は戻っていなかった。

遣る瀬無い気持ちのまま外に出ると、帰宅途中の未来とばったり。

 

「あ、ハチ君。…何故、病院から?」

「ちょっと野暮用でな。…響、一緒じゃねぇの?」

「なんか…朝起きたら修行と書かれた置き手紙かあったの。」

 

ムスッとし、片頬をプックリと膨らます。

ふむ、美少女はそんな顔も可愛いのだからずるいな。

俺も真似てみるか?

やめよう、未来から冷たい眼差しで射抜かれるイメージしか湧かない。

 

 

てか、何してんの響。

修行って…どうやって?

 

未来はムスッとしているが、心根は寂しんだろうな…。

……あ、そう言えば…

 

「…まぁ、アレだ。駅前のクレープ食い行くか?約束、まだ果たせてなかったしよ。」

「うーん…うん、そうしよっかな。」

 

てなわけでクレープを食いに駅前まで来たのだった。

しっかし、流石にこの時間は学生がめちゃくちゃ多いな。

…俺たちも学生なんだけど。

最近、色々あり過ぎて学生だと言うことを、偶に素手忘れそうになるけどね。

 

 

「なんかあったの?元気、あまりないね。」

「…まぁ色々な。良くわかったな。」

「まぁ、響程じゃないけどハチ君も分かりやすいからね。」

「そんな事言うのは、お前と姉さんと小町くらいだぞ…。」

「姉さん…ね。」

「何だよ?」

「別に。なんでもない。」

 

なんでもないと言いながらも、物言いたげな顔で俺を凝視する未来から視線をそらす。

君、幾ら何でも見過ぎだからね?

と思ってたら、真後ろからも視線を感じた。

 

なんなの?

八幡の顔になにか付いてんの?

 

「あれ、ヒナ?」

「あ、本当だ。」

「小日向さんもクレープを食べにいらしたのですか?」

「うん。みんなも来てたんだ。」

 

どうやら未来の友達だったらしい。

つか、ヒナってあだ名初めて聞いた。

…アホの子は、ミックーって呼んでたし。

何なら俺はヒッキーだったし…。

アレ、マジで引きこもりって意味かと思ったからね。

 

 

「ヒナ、その人…って比企谷先輩!?」

「え!わ、本物だ!」

「お、おう、本物だぞ?」

 

その驚きはどう言う意味なのかしらん?

気持ち悪いとかキモいとか気持ち悪いとか比企谷菌的な意味なら、今日の枕は濡れてしまう事でしょう。

もちろん、俺の涙でだ。

 

「あ、うん。ハチ君の奢りで「「ハチ君!!?」」……え、うん。」

 

俺も未来も何がなんだか分からず困惑する。

この子達は一体全体、何に驚いてるんだ?

 

「小日向さん達、もしかして…お付き合いなされているのですか?」

 

……このお嬢様口調が特大な爆弾落としやがった。

 

俺たちのやり取りって、側から見たら恋人同士に見えるのか?

でも、君達のそれは盛大な勘違いである。

 

「「それだけはない。」」

「うっわ…揃って真顔だ。」

「こちら側が気持ち良くなるくらいの否定ね。」

「あらぁ〜…では、どのような御関係でしょうか?」

「俺と未来は幼少期からの幼馴染みだぞ。」

「ちなみに響もね。」

 

まあ普通、友達にわざわざ幼馴染みとか言わないしな。

俺の場合は言う友達がいないんだけど……。

 

「そうなのね。…ビックリしたぁ。未来と響がまさか"あの"比企谷先輩と幼馴染みとは驚いたわ。」

「…ハチ君、自首しよ?」

「まず俺が犯罪起こしたと言う前提をやめてくれない?」

 

ついでに、その手にあるスマホも仕舞おうね。

3回画面タッチしないで…

 

110はやめなさい!

 

「あはは、本当仲良しだね。…比企谷先輩は人気だからね。2、3年のお姉様方は勿論、特に1年生には凄い人気だもん。」

「確かに、良く皆様お話しされてますもの。」

「えー……ハチ君が?」

「いや、そんな汚物見るような目で見ないでくれ。つーか俺が人気とか……ドッキリ?」

 

どうせ、そこらでドッキリ大成功の看板持った奴がいるんだろ?

 

「いえいえ、人気なのは本当ですよ。比企谷先輩、迷子の子を案内してあげたり、転びかけてた子を助けたり色々してましたよね?」

「助けながら女子高生にボディタッチ……やらしい。」

「未来さん、別に下心なかったからね?」

 

本当だよ?

俺は姉さんがいたから困らなかったけど、リディアンって無駄に広いんだよ。

だから、迷子になって困ってる子がいたから道案内しただけだよ?

 

 

「それに、見た目もカッコいい。性格はクールなのに優しくて、テストも毎度学年5位以内の頭脳。先輩達の話しだと運動神経だって良いって聞いてるよ。」

「お、おぉ…マジか。」

 

マジか…マジか!

こんかに褒められたのいつぶりだろう?

 

あ、人生初だったわ。

 

おい、隣りの未来がうへぇって顔になってるのは何で?

 

「クールじゃなくて人見知り。優しいは…まぁだいたい。テストは友達いなくて遊ばないからだよ。運動神経は…確かに良かったね。見た目は…よくわからないや。」

「あ、あはは。ヒナは比企谷先輩に詳しいね?」

「響も同じくらい知ってるよ。」

「あ、うん。そうなのね。」

 

なんかヒソヒソと話し始めた3人娘。

やっぱり……

両想い……

だって此処……

 

とか聴こえてきたが、話し声が小さくて良く聞き取れない。

未来も、ん?と首を傾げて俺を見てくるし…

とりあえず俺も首を傾げといた。

 

「まぁいいや。ハチ君。そろそろ順番回ってくるよ。」

「おう。…何にするよ?」

「ブルーベリーとストロベリーのクレープがオススメですよ!食べさせ合うと恋が成就するミックスベリーってやつですよ。」

「ここのクレープ屋はそれで有名になったんですしね〜。」

「そうなの?あ、クレームブリュレ1つください。」

「俺はチョコバナナで。」

「「「「えッ!?」」」」

「「…ん?」」

 

何でこの3人娘は驚いてんの?

つか、店員さんまで…なんで??

 

俺と未来は再び首を傾げる。

普通に注文しただけなのに…なんでなのん?

 

 

「え……え?本当は両想いです、的なオチじゃないの!?」

「「いや、ないから。」」

「こんなに息合ってるのに!?」

「そりゃ、幼少期から一緒にいれば…な?」

「ね?だいたいハチ君はタイプじゃないし。」

「だろうな。別に気にしてない。」

「知ってる。」

 

俺たちのやり取りを見て、ポケーと口を開けて固まる彼女達。

クレープを受けとり、列から離れると3人は慌てて注文していた。

 

 

「モグモグ…甘くて美味しぃ〜。ハチ君、一口食べてみる?」

「おう。んっ……ん。美味いな。ほれ、食べるだろ?」

「ありがとう。はむっ…ん。王道の味だね。」

 

 

 

 

 

 

「…ナチュラルに食べさせて合ってますわ。」

「これで付き合ってないなんて…!」

「信じられないわね。て言うか…未来が…

 

《羨ましい!!》

 

「うぉ!?なんだ!!?」

 

凄いハモりが聞こえた。

合唱レベルの揃った声があちこちから聞こえて八幡ビックリしたよ。

未来も大きな目をパチクリとさせてるし、なんだったんだ今の?

 

周囲を見渡すと多くの人にサッと顔を逸らされるし…なんか顔赤いし…

別に見たくらいで、顔を赤くするまで怒らなくてもよくない?

しかも、大体が同じリディアンの生徒たちだし…。

 

「ハァ…。」

「ん?どうかしの?」

「いや……今度は響と3人でくるか。」

「そうだね。ご馳走さま、ハチ君。」

「おう。じゃ、食ったし帰るか?」

「うん。3人とも、また明日。」

「気をつけて帰るんだぞ?」

「「「あ、はい。」」」

 

未来の学友達と別れて、帰ってる道中。

隣りの未来からの視線が凄い。なんか…凄い。

ジー…っと見てくるですけど。

 

「何だよ?」

「ハチ君、変わったね。3人の話し聞いて、改めてそう思ったよ。昔のハチ君なら知らない人に声掛けて助けたりしなかった。今日、初対面の3人に話しかけられてもキョドらなかったし。」

「んだよいきなり…。そりゃ2年もすれば人は変わるし、特に周囲が変化すりゃ変わりやすくなるだろ。それにどっちかと言えば"変わった"じゃなくて"成長した"じゃね?

「ハァ…。なんかやだな……。最近じゃ、響も何か見つけて頑張ってる…私だけが置いていかれてる気がする。」

「未来?」

「……なんでもない。着いたね。送ってくれてありがとう。またね。」

 

 

微笑みを浮かべ、駆けていく未来。

ふむ……しっかし、置いていくね。

…否定はできねぇな。

命を懸けた戦いに出ていると、人として精神的成長が早くなる気がしないでもないしな……。

生きる為にも大人になろうとしているのやも。

 

 

なーんて考えてたら、息を切らしつつ走る響と自転車に跨った司令がリディアンの裏門方面へ曲がっていくのが見えた。

 

 

 

「……。」

 

 

……あ、修行か。

と思いながら、とくに慌てる事なく後を追う。

にしても、朝からずっとしてたのか?

だとしたらハード過ぎんだろ…。

 

軽くジョギング程度で走ってみるも、案外すぐに追いつき並走する。

 

「よ、サボり魔。なーにしてんの?」

「うひぁ!!…ハ、ハチ君、驚かせないでよ!」

「で、何してんの?」

「修行だ。そら、こっから我が家までダッシュだ!」

「ひぇ〜!!」

 

熱血全開で、こちらまで熱くなるような勢いである。

ふむ、ダッシュか……しますかね。

という事で、いざ八幡ダッシュ!!

 

「ハァハァ…ひぃ…は、速…過ぎだよ……。」

「制服なのに良く走れるな、アイツは。」

 

風を切る如く走り、ヤクザが住んで居そうな風鳴邸にあっという間に到着。

坂道ダッシュだったが、大して息も上がる事なく走り終えた。

振り返ると、坂道の中腹でフラフラと走る響。

目的地に到着すると、話す事すら困難と思わせるほど、呼吸は乱れていた。

 

「一息ついたら、庭で筋トレだ!」

「ゼェ…コヒュ…りょ、了解です……し、師匠!!」

「……。」

 

全俺がドン引きした。

師匠って…しかも、うら若き女子高生がジョギングからのダッシュに続き、更に筋トレかよ。

 

「大丈夫か?」

「…大丈夫だよ。こんな事でへばってられないよ。私、強くなりたいから。だから、頑張る!」

「…何で強くなりたいんだ?」

「守りたいものがあるから。それに、いつまでも守ってもらうなんて嫌だから。だから強くなりたい。」

「そっか…。」

 

力強い眼差しが俺を捉えた。

未来、お前の言った意味がよ〜く解ったわ。

 

毎日一緒に居て、肩を並べて成長してきた響と未来。

いつも隣りにいたから、同じ早さで歩んできた。

しかし、響の成長が急に駆け足に変化した。

今の響を見てみれば、未来が置いてかれたと思っても、なんら不思議ではないな。

 

「…明日から修行、付き合ってやるよ。自分より強い相手と戦った方がいいからな。」

「わはぁ!いいの!?やったー!」

 

昔と変わらぬ笑顔で、嬉しそうに喜ぶ響だが一つだけ疑問が残った。

 

「学院に何て言って休んでんだ?」

「へ?風邪って事になってる。」

「だったら、ジョギングコースもっと考えて走ろうね。」

 




クレープの恋の叶うミックスベリーはとある作品からです。
今回も最後までお付き合い頂きありがとうございます。
また次週更新致します。


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第8話

……皆さん、靭帯は大事にしましょう。笑えないくらい痛いんですよ。

では本編へ。


「自分の動きを相手に合わせるな。」」

「くぅ…はぁッ!」

「モーションが大き過ぎで、先が見え見えだ。。」

「このぉお!」

 

まだ薄暗い空の下で、俺の怒号と響の気合いの入った声が反響する。

風鳴邸の広すぎる庭で交差する2つの影。

 

絶賛模擬戦の真っ只中です、はい。

 

木刀を持ったまま動かない俺へに痺れを切らした響が猛突進。

うん、速さもあるしパワーもある。でもやることが猪並みだよね。

響には、ミス猪突猛進の称号を進呈してやろう。

 

後ろへと大きく振りかぶられた拳が放たれる前に、響の懐に潜り込んで背中で体当たりをする。

元々バランスが悪くなっていた彼女は後ろへと倒れてしまった。

 

「ぐへぇッ!」

 

まるで蛙が潰れたかのような声があがる。

……うら若き華の女子高生が出していい声じゃないからね?

 

 

早朝5時より行われた彼女の修行。

最後は模擬戦を行ったのだが、俺に一撃も入れられないまま終わりを迎えようとしていた。

 

響の眼前に木刀の先を突き付けると、悔しそうに俺を見てきた。

 

 

「しっかし、容赦ないな。意外とスパルタで驚いたぞ。」

 

模擬戦を静観していた司令にそう言われたが、そんなに意外じゃありませんけど?

 

「命懸けの戦いに出るんです。この位、普通ですよ。俺なんて師に昼夜問わず襲われる生活を半年体験しましたし。」

 

マジであれは辛かった。

メシ食っていようが寝ていようが、見境なく殴りかかってくるからな。

しかも、姿はおろか気配も完全遮断してるから、いつ襲われるか分からなくて気が気じゃなかった。

…修行の甲斐あって人の気配や視線に敏感になったんだけど。

 

「いや、お前と一般人を比べるな。」

 

え?ダメなの?

とは言え、響が生きる確率を上げる為なら、俺は鬼になってでも彼女を鍛えるまでだ。

 

 

「痛たたた…1回も当てれなかった……。」

「そりゃ踏んだ場数が違うからな。響の動きは単調過ぎだ。フェイントを組み込ませてから手数で押せ。それから先手を取りたきゃ相手の動きを予想できるくらいに眼を鍛えろ。」

「あぅ…頑張る…。」

「それから、お前の持ち味は瞬間的なパワーと瞬発力だ。これを武器にして戦うんだな。」

「ムムム…ハチ君、もう一度だけお願いします!」

 

立ち上がり、構えをとる響。

 

「時間も時間だからな。次でラストだ。…こいッ!」

「やぁッ!」

 

先程と同じく真っ直ぐに正拳突きを放つ響に、俺は木刀で防ごうとした。

その瞬間響の眼が怪しく光る。

 

 

「そっこだぁぁ!」

「ん!?」

 

迫る拳は解かれ手首から内に巻かれた。

深く腰を落としながら木刀を手の甲で上へと弾き、そのまま流れる様に一層深く腰を落としながら肘打ちをしてきた。

 

狙いは鳩尾で完璧と言える様な流れでの攻撃だ。

 

…だが、まだ甘い。

マッカンでケーキバイキングに興じるくらい甘い!

 

 

「ほいっと。」

「なッ!?あたぁッ!!?」

 

空いてる左手で見事なキャッチングを披露すると、あからさまに驚愕する響だが更に追い討ちとして、打ち上げられた木刀でコツンと頭部に一撃。

 

「痛ぁいよぉ…。」

「いい流れだったな。あの肘打ちの更に先を考えれれば尚良し。」

「ふぁ〜い…。」

 

頭をサスサスする響を見て少々驚いていたりする。

先程の助言をした直後から、あんな技を決めようとできるあたり天賦の才能を感じられる。

 

正拳突きは当たればおの字。

防がれそうになれば、敵の防御を崩しながらの重い一撃へと切り替える。

素人がするには見事過ぎだと思う。

 

 

「ひょっとしたら短期で化けるかもしれないな…。」

「化ける?お化け?」

「…君はもう少しだけ頭も鍛えようね。」

 

ちょっとこの子の頭も鍛えた方がいいかしらん?

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

授業終了のチャイムが学院に鳴り響く。

皆が待ちに待った昼休みが訪れ、周囲は騒々しくなる。

本日は弁当を持参しているので、どこか人気の無い場所へと行きましょうかね。

と、校舎からかなり離れた木々の下で弁当を広げていると…

 

「お、比企谷は弁当か。一緒食おうぜ!」

 

キラリンと白い歯を輝かしながらサムズアップする男子生徒が姿を見せた。

 

…何故、ここがわかった?

 

彼は日本人離れした容姿をしており、髪は金で瞳は蒼穹。

聞いた話しでは、母がイギリス出身らしい。

無駄に長身で、足も無駄に長く、無駄にイケメン。

無駄の化身!!その名も……

 

「林か…。」

「いや、"こ"と濁点抜かないで。俺の名前は小林だからな。」

「…失礼、噛みました。」

「違う、ワザとだ。」

「かみまみた。」

「ワザとじゃない!?」

 

何よりの特徴。

それは、この小林はクラスで唯一のアニメネタが通じる希少な人物であること。

なので、小林と居るとこう言ったアホな会話が度々発生する。

 

颯爽、いそいそと隣りで弁当を広げ始めた小林。

あ、一緒に食べるのは確定してたのね。

 

「ハチ君?」

「あ、本当だ。こんな所で食べてたんだ?」

「お?響と未来か。それとこの間の…。」

「安藤創世です。よろしくお願いしますハッチ先輩。」

「は、ハッチ??」

 

ハッチ先輩だと?

いや、ヒッキーじゃなくて良かったけどさ。

 

「私は寺島詩織と言います。」

 

あら、綺麗なお辞儀ですこと。

ついついこちらもお辞儀仕返しちゃったじゃないの。

 

「板場弓美です。あの、さっきのやり取りは…もしかしてお2人はアニメが好きだったりしますか?」

「まぁ観るな。最近は忙しくてそれどころじゃないけど。」

「俺も。最近はコンクールの練習で観れてない。…早く終わらせたい。」

「とか言いながら、また優勝掻っ攫うんだろ?林の癖に。」

「だから、"こ"と濁「失礼、噛みました。」言わせてすらもらえない!?」

 

 

ガガーンと言う音が聴こえそうな程ショックを受けた演技をする林…じゃなくて小林だった。

そんなやり取りを見ていた幼馴染みーズが、大きな目を何度もパチクリさせていた。

 

「…ハッ!?ハチ君の偽物!?」

「おい、何でそうなった。」

「ハチ君がボッチだったからじゃないの?」

「馬っ鹿、戸塚とか戸塚とか戸塚がいただろ。」

「全部同一人物だよ、ハチ君。」

「つまり、その隣りにいる…………は、林?先輩と仲良くしているから偽物だ!」

 

シラフの眠りのオッさんよりも、響の推理は酷い。

名探偵ではなく、正しく迷探偵である。

もちろん、迷惑且つ迷走と言う意味で。

 

 

「あの俺、小林なんだけど?小林亜咲。」

「相変わらず女みてぇな名前だな。」

「コンプレックスだからな!つーか前から思ってたけど、比企谷って俺にだけ当たり強くね!?」

 

 

たぶん、外見はリア充イケメンだが中身がなーんとなく材…材……材なんとかと似ているからだ。

ついつい材…津?と同じ扱いになってしまう。

つまり、俺は悪くない!

 

「気にすんな林。」

「小林だから。」

「…許せ林、これで最後だ。」

「……嘘だッ!!!」

「わぁー!ナルトにひぐらしネタですね!?小林先輩の鬼気迫る表情、最高です!」

 

板場はキラキラと輝いた顔で興奮状態に近い。

あと距離も近い。

 

と、ここで小林の顔つきが鋭く険しくなる。

……え?なにどったの?

 

「…もう、ゴールしてもいいよね?」

「……。」

 

コイツ!何つう顔で名台詞吐いてんの!?

と思ったら板場の眼がカッと開かれた。

だよね、怒ってるよね?

あの感動の名シーンをあんな顔で言われたら腹立つよな。

 

 

「アカン、これからや!」

 

乗っかりやがった。

この娘、全力で乗っかりやがりました。

その台詞の掛け合いのタイミングは若干ズレてるし、何よりそんな表情で言ったらアカン!

 

「Angel Beats」

「天使ちゃんマジ天使。」

「リトルバスターズ!」

「筋肉イェイイェイ!」

 

まて、リトバスはもっと何かあっただろ。

何故それをチョイスしたの?

そして、その掛け合いはなんなの……

何でKey作品なん?

何を確認し合ってるわけ?

 

 

「「CLANNAD」」

 

そう同時に言ってから小林と板場の鋭い視線が俺へと向けられる。

やれやれ、まったく。

コイツ等は何がしたいんだか…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「人生。」」」

 

重なる声。

気づけば3人で熱い握手を交わしていました。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

フワフワと宙に浮いてるような不思議な感覚。

 

瞳に映るのは何もない薄暗い空間。

自身はギアを纏った姿だし、辺りには誰の姿も見えない。

 

ここは何処なのだろうか?

 

「無茶が過ぎるんじゃないか?翼。」

「ー!?」

 

後ろから不意に暖かい何かに抱きしめられた。

私は知っている。

この暖かさと私を呼ぶ優しい声。

忘れるはずがない。

 

後ろを振り返る。

 

……私は嬉しくて笑顔がこぼれた。

 

 

「翼。翼はどうしたかったんだ?」

「どう……?私は奏とずっと一緒に歌を歌いたい。」

「そいつは無理かな?私はもう居ない。」

 

そうだ、もう奏は居ない…。

あの日、私を助けたが為に儚くもその命を散らした。

でも…でも、私は……!

 

「嫌だよ…!私は奏と居たい!戦いでも奏が居ないと…片翼では!…飛べない…歌えない…戦えない…。」

「違うよ。翼は独りじゃない。片翼なんかじゃないさ。そうだろ?お姉ちゃん。」

「ーッ!!」

「翼には、捻くれ度合いの凄い片翼があるさ。…アイツとの約束、破ったら駄目だぞ。」

 

約束?

……何だっけ?

私は……一体…何を……

 

 

 

『八幡、私は貴方を絶対に独りボッチにはしないわ。だから、安心しなさい。』

『…うス。』

 

 

…ーあぁ、そうだった。

私はあの日、あの子をもう独りにしないと約束したんだ。

 

大切な人達を失い、それを幼き頃より背負いながら戦っていた。

誰にも頼れず、ひたすらに己を鍛え抜き、孤独に耐え忍び、たった独りで戦ってきたあの子…。

 

…死ねない。

私を背負わせない。

それだけは、させちゃいけない。

もう、あの子を孤独にさせたくない。

 

 

「私は…まだ死ねないんだね。」

「そうさ。私は居ないけどさ…翼は飛べるよ。歌えるし、戦える。そうだろ?……まぁ、もう泣き虫2人が見れないのは残念で仕方ないけどな。」

「奏は意地悪だ。…だけど、私に意地悪な奏はもう居ないんだよね…」

「私がそばにいるか遠くにいるかは翼が決めることさ。」

「私が…?だったら私はー!」

「さ、もう夢はお終いだ。起きな、翼。ハチが待ってる。」

 

 

暗闇の中にいる私を眩い輝きが包み込んだ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

機械の電子信号が聴こえる。

目覚めた私を見て医者達が慌ただしく動き始めた。

 

寝起きで頭が回らないと思ったが、瞬時に自分が置かれた状況を理解できた。

 

「先生ッ!患者の意識が…。」

「各部のメディカルチェックだ。急げ!」

「は、はい!」

 

私を取り囲むガラス。

繋がれたら管の数々。

……絶唱を歌ったあの日から何日が経過したのだろうか?

 

ふと視線を横へズラすと窓の外は綺麗な青空が見えた。

空が綺麗なんて思ったのはいつ振りだろう?

 

 

 

 

「…ちょ、貴方何をして!」

 

看護師の慌てた声がした。

 

ーバンッ!

 

「ー?」

 

私の全身を包み込んだ医療カプセルが、一瞬大きな音が鳴り続いて軽い衝撃に揺れた。

驚き、音源地である右側を見てみると大きな掌が2つ、カプセルに張り付いていた。

 

犯人と私とで視線が交わる。

普段では決して開かれたる事のない大きさまで目を開き、やがて歪まる顔面。

クシャクシャになった顔で止まる事なく涙を流し始めてしまった。

 

 

…実に困った。

この子に、こんな顔をさせたくなど無かった。

馬鹿で不甲斐ない姉だと心から反省しなければならない。

……でも、私は嬉しいとも思った。

私を思い、流れる涙に嬉しさが溢れてくる。

 

……そっか、私がこの子を大切だと思っていると同じく、この子も私を大切だと思ってくれていたのね。

 

 

今もなお泣き続ける八幡に、私は色々な感情が混ざってしまいどんな顔をしたらいいのか分からず困る。

試しに微笑んでみせるも、呼吸器が邪魔で上手く笑えなかった。

 

 

 

泣き虫め。

そう言ってやりたいが声が出なかった。

代わりに一筋の涙が流れたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あぁああぁぁッ!!!」

 

とあるマンションのリビングで顔を真っ赤にし、身悶えている少年がいた。

昼過ぎの出来事がリフレインし、また苦しみの篭った低い雄叫びをあげながら床を右に左に何度も転がりまくっていた。

 

何してんの、俺!?

いくら姉さんが目を覚ましたのが嬉しいからって人前で号泣とか…

 

「ぬぉぉおおぇぁあ!」

 

何がまだ泣かないだよ……

何が泣くのは全てが終わった時だよ!

泣いてんじゃんか!

しかも人前で!!

俺、馬っ鹿じゃねぇの!?

馬ー鹿、馬ー鹿、馬ぁぁ鹿ぁぁあ!!

 

 

 

 

他者が目撃すれば、血が出てしまうのでないかと疑うほどに頭を何度も床に打ち付ける。

やがてそれも止まり、ただ時を刻む針の音だけが室内に流れる。

 

 

 

 

「消えたい。本当に…なんて言うか……そう、消えてしまいたい。」

 

結局この後は眠る前まで長時間身悶えて、奇声を上げてしまう八幡であった。

せめてもの救いは、マンションの1階であり完全防音であったことだろう。

 

 

 

 




新のオリキャラ初登場でした。
林……じゃなくて小林亜咲(こばやし あさ)
弄りがいがある材木座の臨時いじられ役でしたね。
チョイチョイと彼は小出ししていく予定です。

最後まで読んでいただきありがとうございます。


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第9話

久々の早め更新です。


何故こんな事になってしまったんだろ?

腹部は熱と確かなる重み、そして痛みを宿していた。

驚愕し、狼狽え、焦った響が俺へと近づいてくる。

 

来るなッ!

そう言いたいのに声が出ず、耐えきれなくなった身体は前へと倒れていく。

 

ハハッ……ホント、情けねぇったらありゃしねぇ……。

 

 

ーー冒頭の1日前ーー

 

午前5時。

ここ数日は響の特訓に費やしていたが今日は違う。

まだ朝日も登り切っていないこんな時間から、リディアンの正門に俺と響に二課の黒服さん達は横一列に並んでいた。

 

「名付けて、天下の往来独り占め作戦♡」

 

先日、広木防衛大臣を殺害され、今回はその犯人を謙虚する名目で配備された検問を一気に走り抜け、記憶の遺跡へ向かう。

前に司令が言っていたデュランダル移送計画が実行される。

それが、了子さんの言った天下の往来独り占め作戦である。

 

……作戦名の変更って役所でできたりするかな?

 

「それでは、各員乗り込め。」

 

司令の合図で黒服さん達は黒光りのセダンへと乗り込んでいく。

司令はヘリへ乗り込み、早々に空へと登っていった。

 

「ハチ君、私頑張るからね!」

「元気なのは良いが空回るなよ。それから前に言った通りネフシュタンが居たら「ハチ君に知らせる!」…わかってるなら良い。」

 

鼻息を荒くする程までに気合いの入った響。

なんか…興奮した猪に見えてきた。

 

「じゃ気をつけろよ。」

「ハチ君もね。」

 

響は了子さんのピンクのコンパクトカーINデュランダルに乗り込むの見送ってから、俺はバイクに跨りエンジンを回した。

 

《カウント開始。5…4…3…2…1…作戦スタートだ!》

 

司令の合図で、了子さんの車を囲う陣形を維持しながら発車した。

俺は了子さんの車左後方にマークし、周囲を警戒しながら走行する。

 

今のところ問題なく進んで行き、有料道路に乗り込んだ。

空からは司令達が進路に問題ないか確認している。

何も言ってこないのなら、モーマンタイなのだろう。

 

海の上に架かる道路を法定速度を超過したスピードで一気に走り抜けていた。

 

そんな時だった。

 

 

《このまま何も起きなければ良いね。》

「馬っ鹿!お前、それフラグだろ!?」

 

響がフラグを立てやがりました。

そしてー

 

 

ーキィンッ!

 

例の嫌な気配を察知しました。

フラグ回収早過ぎぃ!

 

「司令に了子さん!ノイズがくる!」

《何だとぉ!?》

《八幡君、出現場所は!?》

「場所はーッ!?」

 

 

おい………おいおいおいおーいッ!!

嘘でしょ!?そんなの反則だろ!

 

「俺たちの真下だ!」

《何ですって!?》

 

進行方向の道路一部に亀裂が入り崩壊。崩れ落ちていった。

 

《り、了子さん!》

 

響の焦った声がスピーカー越しに聞こえた。

了子さんドラテクなら大丈夫だ。

間違いなく、黒服のお兄様方よりも上手い。

ほら、躱した。

 

と思ったらセダンが1台落ちていった。

 

ここから、より一層スピードを上げる。

市街地へと入ってからもそれは変わらず一瞬で景色が切り替わっていく。

 

その街の風景に異様なモノが混じった。

 

空飛ぶセダンである。

 

下水道から噴き出した水の水圧で、高々と空へと打ち上げられたのだ。

そして、また1台セダンが犠牲になった。

 

だが、お陰様でノイズの居場所が特定できた。

 

《敵は下水道だ!》

「俺がやります!了子さんは一気に駆け抜けてください!」

《…無茶したらダメよ?》

《ハ、ハチ君、私も一緒に「ダメだ。お前はデュランダルとついでに了子さんを守るんだ。」

《え、私がハンバーガーじゃなくてオモチャなの!?》

 

何で例えがハッピーセットなんですか…。

状況はアンハッピーだろうに。

 

 

「こい白雪ノ華!」

 

疾走するバイクに跨ったまま、白雪ノ華と漆黒の戦鎧を身に待とう。

白雪ノ華を地に刺しながら走る。

 

「地を抉れ、白雪ノ華!」

 

俺の命に白雪ノ華が呼応し、地面を衝撃波で吹き飛ばした。

そのままバイクで下水道に飛び込むと、ワラワラと蠢く大量のノイズがいた。

 

氷で道を作りながら走行し、ノイズの先頭を追い抜きバイクを止める。

 

 

【閃光業雷】

 

雷の刃が迫り来るノイズを次々と切り裂き、炭へと変えていく。

 

しかし、凄まじい量のノイズだな。

まだまだ沢山いらっしゃる…と?

 

「この数は面倒だな…。」

 

こんな閉鎖空間では、あの量を相手に近接戦闘は悪手。

何せ、斬っても斬っても次から次へとノイズが迫ってきてしまうと押されてしまう。

 

……運のいいことに此処には人も監視カメラもない。

しかも一本道で、低脳なノイズが迫ってくるだけ。

ならばー

 

「奴らを喰え、白雪ノ華!」

 

【氷喰絶】

 

天に向けた白雪ノ華が淡く発光した時、ノイズ共は次々に凍りつき始めた。

やがてノイズ全てを氷人形となった。

 

そして、砕け散り、跡形もなく無へ帰った。

 

否、文字通り白雪ノ華がその命を喰った。

 

これは俺が唯一使える、対ノイズ戦の為に玉藻が編み出した技の1つである。

 

……奇人で有名な三代目様が残した書物に記されてた秘技。

ちなみに三代目様が、馬鹿な裏切り者の陰陽師を相手に使ったら、ただ凍りついただけだったらしい。

いや、それでも十分ヤベェよと思った。まぁ氷人形になるまでに時間かかるから、人間なら逃げれるだろうし。

 

 

「さて、合流するか。」

ーキィンッ!

「ーッ!?またかよ!場所は……地上か!」

 

バイクを発進させ、これまた白雪ノ華で地上目掛けデッカイ風穴を開けて飛び出した。

 

《ハチ君、ネフシュタンの鎧が!》

「なにっ!?場所は!」

《薬品工場だよ!……くぅッ!?やぁ!》

「響、お前…戦ってるのか!?直ぐに行くから無茶はすんな!」

 

響には間違いなく天賦の才がある。

しかし、どれだけ才があろうが鍛え始めてまだ数週間。

年単位ですらないアイツに、姉さんを追い詰めたネフシュタンと戦うなんて無謀だ。

 

焦り、気持ちが迅る。

 

そんな時、奇妙な感覚がした。

何かが弾かれたような、そんな感覚に身体が反応したり

その一瞬だった。

 

「何だ…あれは!?」

 

天へと光の柱が伸びているのが見え、数秒後に薬品工場の一部が爆発した。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

「光の柱の正体はデュランダルの覚醒。で、そのデュランダルの力で薬品工場の一部を爆破したらしい。…覚醒させた響本人は記憶が曖昧。もしかしたらデュランダルに振り回されていたのかも知れねぇってさ。」

「つまりは暴走した、と?完全聖遺物だものね…それについては櫻井女史が調べてくれるでしょ。」

「みたいだな。原因さえ判れば対策取れんだろうし。」

 

病院内でも、最高級な個室を充てがわれてる姉さんの元を訪れ、作戦の事の顛末を伝えている。

 

室内はゴミ1つ落ちてなく綺麗だったので、たぶん誰かが掃除してくれたのだろう。

何日もつやら……3日かな?

 

 

「今、失礼な事考えてたわね?」

「…何のことやら?」

「ハァ…。あの子…立花は頑張ってるみたいね。今朝もグラウンドを走っていたのを見かけたわ。」

「毎朝5時から頑張ってるよ。守られるんじゃなくて、守りたいんだと。」

「報告書は見てる。…私の抜けた穴を埋めてくれてるみたいね。それにあのデュランダルを偶然とは言え目覚めさせるとは…………にしても、貴方がまんまと敵の陽動に引っかかるなんてらしくないわね。しかも地下に潜っては、直ぐに地上と連携取れないのだから気をつけなさい。」

「……もっと褒めてくれても良くない?」

 

八幡だって頑張ってるよ?

響の修行に付き合ったり、修行に付き合ったり、修行に付き合ったり。

 

 

「以前、褒めた時にノイズの群れへ突入したお馬鹿さんがいたのよ。それで奏と2人でそのお馬鹿さんを救出した事があったのよね。」

「……何の話しかわからないな〜。」

「褒められる事に慣れてなくて、調子に乗ってしまったんでしょ?わかってるわ。」

「みなまで言わなくていいから…。」

 

マジ止めてください。

もうこれ以上、八幡の黒歴史を掘り起こさないで!!

 

 

さっき病院に入った時もそうだ。

看護師さん達からだけではなく、いつもは鉄仮面の医師までもが生暖かい目で俺を見てきたんだよね。

理由がわからず首を傾げてたら、八幡言われたの。

 

「翼さん、目が覚めて良かったね。」って、なにもかも包み込むような優しく温かな目で言われたの。

 

どうやら病院内に、八幡号泣事件が知れ渡ってるみたいだった。

新たな黒歴史が刻まれた瞬間でしたよ、はい。

 

ついつい、トイレに十分程引きこもっちまったじゃねぇか。

 

「では、八幡をいじるのはここまでにするとしてー」

「その時間必要あった?なかったよね?」

「細かい男はモテないわよ。」

「モテないので細かい男のままでいいです。」

(この子、自分が学園で人気だって気づいてないのかしら?……気づいてなさそうね。八幡だものね。)

「急に可哀想なモノを見るような目をしないでくれない?」

「可哀想に…。」

「口に出さないでいいから。」

 

なんなの?

そんなに八幡虐めて楽しいの?…あ、楽しいのか。

 

……でも、良かった。

また、こんなくだらないく些細な会話が姉さんとできている。

そんな当たり前の事が堪らなく嬉しいと思えた。

だって、失くしてしまうんじゃないかって気が気じゃなかったから…。

失くしてからじゃ遅い。

だから、必死で戦うしかない。

この当たり前を失わない為にも……

 

 

「急に黙って、どうかしたの?」

「別に何でもない。…さてと、響の修行に付き合う約束があるし、そろそろ帰るわ。」

「あら、そう…。」

「…また明日来てもいいか?」

「えぇ。本の差し入れありがとうね。」

「暇つぶしには丁度いいだろ。じゃ、また明日。」

「また明日。」

 

 

姉さんの病院を出ると、看護師さんと目が合った。

慈愛に満ちた瞳で俺を捉えていたので、足早で病院から脱しました。

 

……なんか、急に明日行きたくなくなってきたわ。

 

黒歴史がフラッシュバックした瞬間、恥ずかしさが忍耐ゲージを振り切ったので全力疾走。

 

 

 

 

で、そのまま風鳴邸までやってきました。

バイクより速かったんじゃね?

…なわけないか。

 

「…ウーッス。」

「お、八幡来たか。…何で汗だくなんだ?」

「己が恥を吹き飛ばすが為に、です。」

「よくわからんが…取り敢えず着替えてこい。」

「はい。」

 

てなわけで、運動着にチェーンジッ!してから再び広大な庭へ。

 

「ハチ君、手合わせお願いします!」

「え、あぁ。…少し休憩してからにしない?」

 

なんか、この娘メッチャやる気満々なんですけど。

 

「大丈夫だよ。さ、やろう!」

「わかった。じゃ、やるか。司令。」

「ほらよ。木刀。」

 

司令が投げた木刀を受け取り、いつも通りに型をとらずに立つ。

一方、響はエラく気合いが入っている様子で、いつもと違う手首を返した構えをしていた。

 

「行くよ…ヤァッ!」

 

真っ直ぐ突進してくるかと思いきや、右に左にステップを踏みながら近づいてくる。

 

「フゥンッ!」

「…?」フイッ

「やぁッ!」

「…??」ぺしっ

「まだまだぁッ!」

「…。」スッスッ…ゴンッ!

「あ痛ぃ〜!!?」

 

最後はやはりと言うか木刀で頭部を一撃でした。

少々強めに振り落としたので、響は頭を抑えて唸ってる。

 

つーかよ、どしたのコイツ?

今の動きを簡単に説明しよう。

 

正拳突きを半身で回避。

後方回し蹴りを手で軽く弾く。

最後は手足の連撃を体を少しずらて回避と同時に頭にゴンッ!だ。

 

動きにキレがないし、見え見え。

……作戦前の方が動きが良かったんですけど?

 

 

「もう一度お願い。」

「いや待て待て。お前、おかしいぞ?」

「…。別にいつも通りだよ。」

「ハァ〜…。なーに焦ってんの?お前。」

「ッ!!?」

 

図星かよ。

悔しげに歯ぎしりをし、それでも構えをとかない響。

 

「デュランダルの暴走はお前のせいじゃねぇよ。」

「ーッ!……違う。そうじゃないよ、ハチ君。私がいつまでも弱いばっかりに……。」

「……なるほど、要は怖いんだろう?暴走した力そのものじゃなくて、躊躇いも迷いもなく力を敵にぶっ放したのが。」

「そうだよ…。だから、強くならなくちゃいけないんだ!私は…私はゴールで終わっちゃ駄目なんだ!もっと強く、その先へ、遠くへ行かないといけないんだぁッ!」

 

拳を握ったまま突っ込んできた響。

狙いは鳩尾で、フェイントもなんにもない。

ただただ真っ直ぐに一直線。

避けるなんて朝飯前レベルの攻撃だが、あえて俺は受け止めてやる。

 

「ごふぅッ!!」

「……え、え……えッ!?」

「あー……超痛てぇー…。」

 

やべぇ…意外と力強いし、重いしで八幡ピンチ。

しかも何故、鳩尾ではなく胃に軌道変更して、ぶつけて来たん?

腹筋緩んでたんですけど!?

格好つけないで、防げば良かった…まぁ、あとの祭りなんで痛みに耐えるしかないんだけどね。

 

あ……ヤバイ、何かが口から出てきそうな気配が…。

 

「な、何で避けなかったの!?いつもなら…!」

「響、聴け……力の使い方を知ると言うことは……強くなるって言う事はな、それだけ人としての生き方から遠ざかる事はなんだよ。お前にその覚悟はあんのか?」

「覚悟…?」

「俺はとっくに覚悟が決まっている。だから迷いも躊躇いもない。俺は守り…………!?」

「ハ、ハチ君??」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オボロロロォウエェエ!」

「う、うわぁぁあ!だだだだ大丈夫!?」

 

 

そして物語は冒頭へと還帰る。

 

 

 

 

この日、格好つけたが為に幼馴染みの目の前で嘔吐する馬鹿がいたらしい。

いや、まぁ、俺の事なんだけど。

 

こうして追加された1ページ。

比企谷八幡 創世の書に新たなる黒歴史が今記された。

 

消したい過去がまた増えてしまった……。

 

 

 

「まったく、締まらないし格好悪いわで最悪だぞ?八幡。」

 

ショック過ぎてフラフラ状態なまま、その日は吐瀉物を処理して帰りました。

吐いた時に見えた、司令の顔は今までに見たことが無いくらい冷めていた気がした。

 

 

 




お気に入りにしてくれてる方々や、しおりを挟んでくれてる方々、本当にありがとうございます。
次回、例の彼女が登場!……すると思います。


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第10話

顔の一部から神秘の泉的なモノが溢れ出てしまい、兄貴分の尊厳がマッハで崩れ去ってから丸2日経った。

響には昨日、例のクレープ屋のクレープを奢る事で崩れ去った尊厳を再構築した。

 

しかし、そのクレープ屋で不可解な点があった。

響がイチゴカスタードを注文した後に、俺がバナナブラウニーを頼んだら店員さんにまた驚かれた。

響は響で苦笑いだし。

 

……なんで?

 

「比企谷…どうかしたのか?最近、元気の有無が激しくないか?」

「林…。」

 

放課後、教室で項垂れていると林が上から見下していた。

貴様…!林のくせに頭が高いわ!!

 

 

「いや、小林だからな?あと最近、学院休みがちだけど、どうかしたのか?」

「質問多くないか、林?」

「小林な。べ、別に心配してるだけなんだからね!勘違いしてよね!」

「勘違いしていいのかよ。新し過ぎんだろ…。別に、ちょっと色々あっただけだ。心配無用だ小林。」

「だから小ば…あ、合ってるのか。あんまり無理すんなよ?……っと、用はそれだけじゃなくて、はいコレ。」

「…チケット?」

 

渡されたチケットは、今度林が出演するヴァイオリンのコンクールのチケットだった。

 

何故俺に?

 

……なるほど。

 

「金か?」

「違ぇよ!…暇があれば観に来てくんない?俺って観客席に友達がいた方がやる気出るタイプなんだよね。」

「…林、お前は勘違いをしている。アレとかアレとかアレで忙しいんだよ。」

「ハイハイそうですかぁ〜。2枚あるから誰か誘って来てくれよ。あと小林な。」

 

俺の言葉を軽く流してから、じゃ!っと言って教室から去っていった林。

 

え〜……誘う相手いないのに何故、2枚渡して来たんだよ。

新手の嫌がらせか。

 

…えーと…公演日は3週間後か…。

 

しっかしー

 

「友達ね…。」

 

 

ヤバイ…ニヤニヤが止まらない。

絶対見られたら引かれるから、机に伏せて顔を見られないようにする。

 

え、マジで?林って友達だったの?

英語で言うFriendだったん?

 

拝啓、比企谷小町様

お兄ちゃん、知らない間に友達ができてたよ!

凄くない!?

 

っと……スマホが震えてらぁ。

 

上機嫌でスマホを開くと響からのメッセージがあった。

なになに……姉さんの見舞いに付き合ってほしいだぁ?

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

あれから、病院前で響と合流して姉さんの病室を目指していた。

緊張しているのか、響はガチガチで険しい顔のまま病室前に到着。

そういや、その花どうしたの?

わざわざ花なんて持って来なくていいのに……

あの人、すぐ枯らすから。

 

と言わなかった俺は空気が読めていると思う。

なんたって、と も だ ち ができるくらいだからな。

これくらい朝飯前だぜ!!

 

 

「…。」

「…。」

「……。」

「……。」

 

 

いや、入れよ。

いつまで病室前で立ってなきゃいけないんだよ。

のび君なの?君は、廊下の守護神のび君なの?

 

「…すぅ〜……はぁ〜…失礼しまーす。」

 

ピッピっとドアのロックを解除し、いざご対面〜。

とはならなかった。

 

何故なら中には誰もおらずー

 

 

「翼さーはっ!?…ま、まさか……そんな…!?」

 

目に飛び込んできた光景に、ついつい手で視界を覆ってしまった。

綺麗な病室は何処へやら…。

 

室内は魔王の襲撃にあったようだ。

 

至る所に散乱した衣類や雑誌。

カップは倒れ中身のコーヒーは溢れており、

クスリやサプリメントは蓋すらされておらず、ぶち撒けられていた。

 

……マジか。2日しか保てなかったんか、あの姉。

 

この室内の惨状に、響はショックからバッグを落とし固まってしまった…のもつかの間で、慌ただしく再稼働。

 

「ど、どどどしたら!?は、ハチ君、翼さんがッ!!」

「2人で何を部屋の前で騒いでるの?」

 

俺たちの真後ろから不機嫌そうな姉さんの声がした。

しかし、姉さんよ。アンタァ勘違いをしてるよ。

 

「騒いでたのは響だけだ。」

「そ、そんな事より大丈夫ですか!?本当に無事なんですか!?」

「入院患者に無事を聞くって…どいうこと?」

 

しかも重症で、今もまだ杖を使って歩いてるもんな。

怪我はまぁ良くなってるし…無事っちゃいや無事か?

 

……響、何を君はそんなに慌ててんのかな?ん?

 

「だって、これは!?」

 

響が指先すは、荒れ放題の部屋内。

 

ーうん、コレは酷い。

あとで説教してやる。

 

荒らした本人は、口を開いたまま機能停止状態に陥ってるし。

 

「わ、私…翼さんが誘拐されちゃったんじゃないかと思って!」

 

 

 

 

俺はフルスピードで2人から顔を逸らした。

響のとんだ勘違いに吹き出しそうになるのを必死で堪える。

 

ヤバイ…ヤバイ…わ、笑っちゃダメだ八幡。

 

「二課のみんなが、何処かの国が陰謀を巡らせてるのかもしれないって言ってたし!」

「……。」

「ッ!〜ッ!!」

 

 

尚も本気で姉さんの身を案じて、力説する響だが……いや、マジやめて。こ、これ以上は耐えれそうにねぇから!

 

とうとう肩が小刻みに震え始めた。その時に見えた赤面してる姉さん。

 

肩の震えが倍速になっちまったよ…。

 

口を両手で抑えて、耐える。ひたすら耐える。

 

……小町…助けて……苦しい…。

 

わ、笑うな…俺、耐えろ……笑ったら……くひっ…こ、殺される…ふひ……。

 

「えっ?えっ?…あぁ〜…えっと〜え?」

 

部屋を荒らした犯人が目の前にいる風鳴翼だと理解した響は、気まずそうな顔になった。

 

それがトドメでしたよ、えぇ。

 

「ブッハ!!?無理…もう無理ぃぃあははは、ひっひっひぃ!!」

 

 

 

後に八幡は語る。

 

自分の弁慶の泣きどころへ放たれた、杖での一閃。

今まで観てきた風鳴翼のどの剣より速かった…と。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

脛を抑えて悶える八幡に飲み物を買ってくる事と、部屋の片付けと清掃を命じてから、私と立花は屋上に来ていた。

 

人が羞恥心に呑まれているのを爆笑するとは……許せん。

今度、あの子の耳元でこれまでの恥やら何やらを永遠に唱えてやろう。うん、そうしよう。

 

後ろには、不安そうに私を伺う立花。

できれば、部屋の惨状は忘れてくれないかしら?

 

「……報告書は読んでるわ。八幡からも聞いている。貴女が私の抜けた穴をよく埋めているということもね。」

「そ、そんな事全然ありません!いつもハチ君や二課の皆に助けてもらってばかりで!」

 

慌てて手を振る立花。

それでも、照れて笑う立花を見ていると私まで微笑みを浮かべしまった。

 

「う、嬉しいです。翼さんにそう言って貰えて。」

「…でも、だからこそ聞かせて欲しいの。貴女の戦う理由を。ノイズとの戦いは遊びではない。…それは今日まで死線を越えてきた貴女ならわかるでしょ?」

「……よくわかりません。私、人助けが趣味みたいなもので……あははは……。」

「……。」

「…きっかけは…きっかけはやっぱりあの事件かもしれません。2年前のあの日、私は奏さんに命を守られました。ハチ君に命を救われました。そうして、私は今も生きています。でもあの日、沢山亡くなられた人の中に同じクラスの男の子がいました。」

 

そして、語られたのは立花響の過去だった。

 

◇◇◇◇◇

 

 

あの日、私は助けられて、生き残った。

両親も未来も小町ちゃんも、皆んな私の無事を心から喜んでくれた。

 

なのに

 

復帰した学校で待っていたのは私への迫害だった。

 

 

将来有望で次期サッカー部の部長とも言われていたクラスメイトがあの日、ライブ会場で亡くなっていた。

なのに何ら特技もない私が生き残った事が、何人かの生徒にとって許せなかったのだそうだ。

 

『アイツじゃなくてお前が死ねば良かったんだ!』

『ねぇ、何で生きてんのあんた?』

 

心許ない罵倒の数々。

それは日々エスカレートしていき、気づけば周りに味方は未来と小町ちゃんと生徒会長のいろはの3人だけだった。

 

いろはが生徒会長権限でどうにかしようとしてくれたけど、所詮は中学生で…

 

『ごめんなさい……何もできなかった…!先輩なら…どうにかできたのに…私は……!』

 

いろはを泣かせてしまった。

 

どんどん追い込まれて、心が悲鳴を上げそうになった。

しまいには、帰る家にまで悪戯や無言電話が鳴り響く始末。

焦燥する両親を前に私は泣くこともできなかった。

 

 

何度も願った。

遠い街へ、いった彼に助けてほしいと。……電話しよう。

その度に思った。

ダメだ。彼は家の為、働くために家を出たんだからっと。

忙しい彼に頼ってはダメだ。

 

 

最終手段として、先生に相談した。だけど、相手にすらされなかった。

この酷い現実に、私は絶望した。

 

それから2ヶ月、耐え忍びながら学校に行った。

そんな日々の中で、折れそうになる心。

 

あの日も罵倒され、嘲笑われていた。

 

急に行われた全校集会で皆んなが体育館に集まった。

 

私は何故か未来といろはと小町ちゃんにに連れられて2階席へ。

未来と小町ちゃんの2人に挟まれてる形で座った。

 

体育館の全体を見渡せるここから見えた不思議なもの。

可笑しなことに壇上には私も良く知る3年生の先輩達がいたのだ。

教師は何故か誰も何も話さず、顔を真っ青にしたまま動かなかった。

そして、1人の先輩が口を開いた。

 

「私は奉仕部部長の3年の雪ノ下雪乃です。……単刀直入にいいましょう。あなた達、立花響さんを虐めて何が楽しいのかしら?ハッキリ言って目障り、耳障りで耐え難いわ。あぁ、あんな低脳な事をする輩ですものね。私の言っている言葉が、まず理解できるかしら?」

 

しーん……と静まった体育館内。

 

「うっわ、最初から飛ばすなぁ〜雪ノ下先輩。」

 

そう言って楽しそうに笑ういろは。

事の始まりから混乱している私に、大丈夫と言って未来と小町ちゃんは私の手を握って笑ってくれた。

握ってくれた手は力強く優しく温かかった。

 

体育館内は私と雪ノ下先輩への罵倒で凄まじい事になってしまっていた。

見苦しいまでに叫ぶ同級生や後輩達。

3年生の大半は何も言わず、静かなままだった。

 

「……うるさいわね…。黙りなさいッ!そこの2年生の貴方。キョロキョロしている貴方よ!……貴方は何故、立花さんにひどい事するのかしら?話して頂戴。」

「え……えっと……あの……」

「さっきの罵声の勢いはどうしたのかしら?ほら、早く言いなさい。」

 

まさかの指名に、男子生徒は狼狽え辺りを見渡す。

しかし、誰も擁護しないし、助けない。

何故なら少しでも関わろうものなら、次に指名されるのが自分になるから。

あの雪ノ下先輩の絶対零度の瞳が今、体育館内を完全支配している。

 

 

「雪ノ下先輩らしくないやり方だね。」

「まるで…お兄ちゃんみたい。」

 

ハッとした。

そうだ、あの自分へ悪意を集めるやり方はハチ君の18番だ。

なのに何故雪ノ下先輩が…?

そんな、特別親しくもないのに…。

 

「では、あなた達にいい事を教えてあげるわ。まず、あなた達にこの千葉市での未来はないわ。…今回のこの悪質な虐めは許されるモノでは断じてない。だから調べさせてもらったし、証拠も全て揃えたわ。少しでも虐めに加担した人は全てこのリストに証拠と共に記させてもらってる。音声、映像、ネット、指紋に筆記、ありとあらゆる証拠を可能な限りではない。完璧に集めたわ。……雪ノ下の名を舐めないで頂戴。」

 

雪ノ下先輩の言葉に、体育館内は静寂が訪れた。

 

……え?

つまり、雪ノ下先輩は実家の力を使ってまで助けてくれてるの?

なんで……?

 

「あら、静かになったわね。…あとは、葉山君から話しがあるそうよ。」

「……3年、サッカー部部長の葉山隼人です。……今回、俺は君達に残酷な事言う。すまない。」

 

 

そして、学校のトップカーストの葉山先輩は前置きの後に告げた。

 

2年生と1年生の半分、そして3年生の一部が私の虐めに関与している証拠がある。

その証拠とリストは既に弁護士の葉山先輩のお父さんに渡っていると。

 

騒つく体育館内で、何人かは泣いている。

絶望しているのか、それとも他の何かなのか……私には分からなかった。

 

後日、教育委員会の人達や生徒達の両親など色んな方々がやってきて、学校は騒然としていた。

 

こうして、私への虐めは終止符を打たれた。

 

 

 

 

 

「私が先輩達に御礼を言ったら"私達は彼に返せなかった恩を貴女に返しただけよ。どうしても礼がしたいと言うのなら、困っている誰かを助けてあげて欲しい。そうやって、助けた誰かがまた他の誰かを助けていく。そんな繋がりのある世界になれば素敵じゃない?"って言われちゃいました。」

「彼って…もしかして。」

「ハチ君です。助けてくれた人は皆んな言ってました。雪乃さんだけじゃありません。結衣さんも早希さんも。優美子さんに姫菜さん。戸塚さんに剣豪さん、葉山さんに戸部さん。他にも多くの助けてくれた人も皆んなハチ君への恩返しだって。結局、私はハチ君に助けてもらったんです。……ハチ君は優しいから。いつも私を助けてくれます。だから、今度は私が助けになりたいんです。守られるんじゃない…守りたいです。一緒に。」

 

これが私の本音だ。

 

いつも助けて、守ってくれる優しいハチ君。

でも…守られてばかりは嫌だ。

肩を並べて、一緒に守りたい!

 

でもー

 

「なのに…私ってば全然ダメダメでした。デュランダルを手にした時、暗闇に飲み込まれかけて…気づいた時にはあの力を人に向けていました。私がアームドギアを巧く使えていたら、あんな事にもならずに……。」

「力の使い方を知ると言う事は、すなわち戦士になると言う事。それだけ人としての生き方から遠ざかることなのよ……貴女にその覚悟はあるのかしら?」

 

翼さんの力のこもった瞳が私を捉えた。

はは…ハチ君と同じ事言ってる。翼さんは本当にハチ君のお姉さんみたいだ。

……その仲の良さにちょっと妬けちゃうなぁ〜…なんて。

 

「ハチ君にも同じ事言われました。だけど……。」

「だけど…何かしら?」

 

……あれ、言っていいのかな?

ハチ君は知られたくないだろうし……でも、2人は仲良しだし……うーん……

 

悩んだ末に、姉弟って言うくらい仲良しだしいっか!と、なり包み隠さず、2日前の顛末を伝える。

翼さんはすっごく呆れていたけど、少しだけ笑ってた。

 

「あの子ったら…いつもは冷静なくせに、偶に特大のお馬鹿さんになるのよね。……まぁ良いわ。立花響、貴女が戦いの中で思っている事はなに?」

 

そう私に問うその瞳は、やっぱり力強かったけど確かな温かさを感じ取れた。

だから、私は胸の想いをぶつける。

 

「ノイズに襲われている人がいるなら、1秒でも早く救い出したいです。最短で最速で真っ直ぐに、一直線に駆けつけたい。…そして、もしも相手がノイズじゃなく、誰かなら…どうしても戦わなくちゃいけないのかっていう胸の疑問を、私の想いを届けたいと考えています!」

 

脳裏をよぎったのは、あのネフシュタンの鎧を身に纏った女の子。

戦いたいわけじゃない。心から話し合いたいと思っている。そう、彼女に伝えたい。

 

「フフッ…今、貴女の胸にある想いをできるだけハッキリと思い描きなさい。それが貴女の戦う力…立花響のアームドギアに他ならないわ。」

 

それは、戦さ場に立つ先輩としてのアドバイスだった。

翼さんの言葉を一句たりとも逃す事なく、奏さんのギアを宿すこの胸に刻み込んだ。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

お好み焼き屋のフラワー目掛け駆けていく響を影から見送ってから、俺は屋上へと足を踏み入れた。

 

「盗み聞きとはいい度胸をしてるわね。言い訳次第では執行猶予くらいは付けてあげるわよ。」

「執行猶予の時点で有罪じゃねぇか。…俺の話しも出てきたし、気まずいだろうが。」

 

ブッとんだ裁判長だな。言い訳くらいは聴いてから判決を下してください。

ま、結局は有罪だろうけど。有罪なのかよ…。

 

「……最速で最短で真っすぐに一直線か…。あれが立花響という人間なのね。」

「本人はあぁ言ってたけど、まだまだだからな。もう暫くは俺が助けて守るよ。」

「あの子の一撃で嘔吐した人物のセリフとは、とてもじゃないけど思えないわね。」

「あんた等、何の話しをしてたわけ!? 」

 

楽しげに話してたから見守ってたけど、やめときゃよかった!

最悪だ……3本の指に入る知られたくない人物に知られちまったよ…。

って、なんか懐がバイブしてますね。

 

「ん?通信か。ハイ、比企谷です。」

《八幡、俺だ!ネフシュタンの鎧がリディアンに向かっている!頼めるか!?》

「ッ!…了解。すぐに向かいます。」

「あ、ちょ……八幡ッ!?」

 

姉さんに背を向け猛ダッシュ。勢いそのままに、背面跳びでフェンスを越える。

 

そして屋上から飛び降りた。

落下しながら、各階にある外壁の出っ張りに手足を引っかけながら減速し、最後は綺麗に着地。

 

そのまま、走って指定ポイント付近に着いた。

 

現場のコンクリの地面は抉られ、車がひしゃげていた。

その歩道の真ん中で、見覚えのありすぎる人物が放心したまま座り込んでいた。

 

「未来!」

「…ハチ君…?」

 

振り返る未来は擦り傷と埃だらけになっていた。

怒りで瞬間沸騰する頭。

 

……ダメだ。

落ち着け…奴を殺るからには冷静にならないと。

 

遥か先で爆発音が鳴る。

 

「大丈夫か?」

「ハチ君…響が…響が戦ってたの…。」

「ッ!?……どっちに行った?」

「……あっちへ…。」

 

未来が示した場所は爆発音のする方角だった。

くそったれ、出遅れた!

 

「八幡さん!」

 

黒光りのセダンが現場付近で止まり、中から超頼りになる人が降りてきた。

司令の流石の手際の良さに、脳内の俺がスタンディングオベーション。

 

「緒川さん!…ナイスなタイミングです。未来を頼みます。俺はネフシュタンを。」

「わかりました。お気をつけて。」

「ー来いっ、白雪ノ華!!」

 

もはや猶予はない。

響だけじゃ、奴には勝てない。

だから、俺はなりふり構ってなどいられず未来の前で漆黒の鎧を身に纏った。

瞳は血の色に、黒い髪は白くなる。

 

 

「ハチ君まで…なんで!?」

「……すまん、後で必ず説明する。緒川さん、頼みます!」

 

地を蹴り、脚部のバーニアを全開で空へと登っていく。

その時ハッキリと木々が倒れていくのと、吹っ飛ぶオレンジ色が見えた。

 

おいおい…敵さんは俺を怒らせる天才かよ。

 

ホルスターから呪符を2枚取り出す。

ネフシュタンが見えた瞬間、呪符は空を切りながら飛んで行った。

 

「ーなんだっ!?」

 

接近する呪符に気づいた奴は、鎖状の鞭で呪符を切り裂いたが……

 

阿呆め。ハナから防御されるのは計算に含まれてんだよ!

 

切り裂かれた呪符は、木っ端微塵となったがー

 

「なんだよ…あぁああッ!?」

 

宿していた五芒星の陣が宙に浮かび上がり、2本の雷がネフシュタンに直撃した。

それでも倒れず、周囲を見渡すネフシュタンだが、残念だったな。

俺は既に背後を獲っている。

 

「その首が胴体と離れたくないなら動くな。」

「なっ…いつの間にッ!!?」

 

白雪ノ華の刃を首筋の間近で止め、抵抗させないようにする。

……本当なら、今すぐにでもその首を刎ねてやりたいが生憎と近くに響がいるんでね。

そんな血生臭い所、妹に見せられねぇんだよ。

 

背後をとられ、戸惑うネフシュタンの鎧。

……つーか、コイツ口が悪いな。

その口調が響に影響を及ぼしたらどうしてくれんだ、あ?

 

 

「どいつもコイツも…邪魔してんじゃねぇ!吹っ飛べよ!アーマーパージだッ!」

「なっ!?テメェ!」

 

ヤツが纏っていたネフシュタンの鎧が四方八方へと吹き飛んでいく。

目の前で、まさかの展開が起き、俺はネフシュタンの鎧の一部ごと響の元まで飛ばされてしまった。

 

「ハチ君、大丈夫!?」

「…あぁ。白雪ノ華で受け止めていたからノーダメだ。」

 

一瞬の判断に助けられて、なんとか無傷で済んだ。

そう思っていた時だった。

 

《Killter Ichaival tron》

 

「これって!」

「聖詠か!?」

 

歌が聴こえた。

敵ながら、澄んだ綺麗な歌声だと感じた。

 

と同時に既視感。

なんだ…こう……聴き覚えがあるのだ。

 

その歌声に聴き覚えがある、そう胸が叫んでいた。

 

「クリスちゃん、私達と同じ?」

 

頭に、鈍器で殴られた様な衝撃が走る。

 

響の発した言葉が頭の中で反響する。

 

 

クリス…だと?

 

『どこに居ても探して見つけて、会いに行く!!』

『本当っ!?約束だよ!』

『おう!約束だ。』

 

それは幼い頃に交わした再開の約束。

果たせなかった約束。

 

あの日の記憶が蘇る。

 

鼓膜に響く心音がどんどん加速していく。

 

 

「クリス…まさかッ!!?」

 

舞った砂塵が散った時、そこには赤いシンフォギアを身に纏った人物がいた。

母譲りの綺麗な歌声と美しく輝く銀の髪。

成長した彼女は、相変わらず可愛いらしい容姿をしていた。

 

しかしその顔は今、憎悪に満ち満ちていた。

 

「……歌わせたな…。アタシに歌を歌わせたな…。教えてやる。アタシは歌が大っ嫌いだッ!!」

 

叫ぶ少女は響を睨み、続いて忌々しげに俺を視界に捉える。

 

 

そして、しばらくの間、静寂が訪れた。

 

双方なにも言わず、ただ時が流れる。

何を話していいのか解らず黙る俺と違って、彼女は何か考えているような様子だった。

 

数秒の後、訝しげに俺を見ていた彼女の瞳が徐々に大きく開かれていった。

 

己が心臓は煩いくらいに鼓動し、身体が熱を帯びる。

 

 

「八幡…?比企谷八幡……?」

「…雪音…クリス…なのか?」

 

俺は、10年前に約束を交わした少女・雪音クリスと最悪な形で再会を果たしたのだった。

 

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。
やっと、クリスの出番が!…ちょっとだけでしたけど。
次回からバンバン出てくれる……予定です。
では、また次回で。


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第11話

ーー10年前ーー

 

夏休み。

長期に渡り休みのあるこの時期、俺と小町に両親、そして両親の親友である雪音家と共に海外のリドート地へ訪れていた。

 

何でも雪音家の持っている別荘らしく、両家揃って楽しい時間を過ごした。

 

そして、そこで出会ったのが雪音クリス。

雪音家の長女で、同じ歳。

第一印象は歌が上手で可愛い女の子。

 

歳も同じと言うこともあり、仲良くなるのにそう時間はかからなかった。

 

……嘘です。

ザ・人見知りスキルを発動した俺にクリスが構う形で仲良くなるまで5日はかかったさ。

 

 

そして、あっという間に楽しかった日々は駆け抜け、気づけば帰国する日。

クリスが俺の帰国に泣き出してしまった。

両家の親が何を言おうとイヤイヤと首を横に振り、俺の腕を掴んで離さなかった。

 

駄々をこねるクリスに何故かホッコリする両家の親達。

何でもクリスが我が儘を言うのが珍しいらしい。

 

「八幡がアタシの家に住めばいいもん!」

「それは無理なんだよ、クリスちゃん。ね、八幡も学校があるから。」

「だったらアタシの学校にいけばいい!」

「…クリス、来週からまたパパとママで海外回る約束でしょ?八幡くんは連れていけないのよ?」

「嫌ぁぁ!!」

 

また首をブンブンと振るクリス。

……あのぅ、爪が食い込んで痛いんですが?

とうとう泣き出してしまったクリスに困惑する俺は、1つ彼女と約束を交わしたのだった。

それがー

 

どこに居ても探して見つけて、会いに行く!!

 

音楽界において有名な雪音家の両親は世界各国を巡っていた。

ならば、その都度探して会いに行く。

 

 

俺は本気でそうしようと思ってたんだ……

 

 

 

そして現在。

俺は約束を果たすことのできなかった少女、雪音クリスと再開した。

 

互いの手には武器を持ったままだった。

 

 

 

第11話

 

 

「本当に…八幡なのか?」

 

クリスの問いかけに俺は頷く。

 

唐突の再開。

まさかの現状から極度の緊張に陥り、声1つ発生ずにいた。

 

一方でクリスは驚愕の表情を出した後に俯き、表情を伺えなくなってしまった。

 

そしてまた、しばしの間沈黙が支配する。

 

俺と彼女のおかれている状況が分からない響は、不安げに俺とクリスを交互に見ていた。

 

「…そっか。…本物の八幡なんだな…。」

「クリス…俺はー」

 

後の言葉は続かない。

顔を上げた彼女を見て、理解して、何も言えなくなってしまった。

 

「こンの…大嘘付き野郎ぉぉおおッ!!」

「ッ!!」

 

目尻に涙を溜め、憤怒の雄叫びは周囲に反響した。

反響するクリスの叫びが耳に残り、怪我もしてないのにズキリッと胸に痛みが走った。

俺を映す彼女の瞳には憎悪の炎が灯り、俺への怒りがヒシヒシと伝わる。

 

 

クリスの怒りに動揺している間に、彼女は両手にクロスボウを形成したアームドギアが握り、その矛先を俺へと向けた。

 

そして、一切躊躇せずに光の矢を数本放ってきた。

 

 

あまりの展開速度に思考が追いついていけない。

放心してしまい俺は動けず矢の軌道を静かに見つめていた。

 

ーあれ?俺、クリスに攻撃されてるのか?

 

 

 

「なっー避けてハチ君!」

「ハッ!?ーくぅッ!」

 

響の叫びで我に返り、間一髪で回避する。

矢が当たった場所で爆発音がし、地を抉っていた。

 

「信じてたのに…待ってたのにぃ!!……ー傷ごとエグれば 忘れられるって事だろう!」

 

クリスは歌に続いて、連続で矢を放ってきた。

その矛先は響にも向けられ、次々と矢を放ってくる。

 

「ちょっ!!話をー」

「うわっ…わわっ!」

 

動揺からいつものように上手く立ち回れず、回避で精一杯になる。

 

「イイ子ちゃんなんて正義なんて 剥がしてやろうかぁ」

 

だから気づくのが遅れた。

響が矢の回避に追われ、誘導されている事に気づけなかった。

 

 

「響ーがぁッ!?」

「あぅっ!」

 

響の前に飛び出し、彼女が気づいた時には2人纏めてクリスに蹴り飛ばされていた。

彼女を庇い、身体を入れ替えて衝撃の後に地を削った。

 

 

「痛っ…クリス、頼む話しをー」

「HaHa!さぁIt's show time 火山の殺伐Rain!」

 

俺の声は彼女に届かず、歌は止まなかった。

 

【BILLION MAIDEN】

 

アームドギアがクロスボウから4門の3連ガトリング砲へと変形し、俺たち2人へむけ一斉掃射される。

 

「クソ…。」

「うっ…あわわ!」

 

初めて味わう弾丸の雨に慌てふためく響の手を取り、クリスから距離を取る為駆け出す。

木々を盾にし、次々に迫る弾丸から逃げながら全力で走る。

 

…ふと、一瞬だけ銃声が止んだ。

 

【MEGA DETH PARTY】

 

顔だけ振り返ると、クリスが腰部アーマーから小型ミサイルを容赦なく一斉に発射するのが見えた。

 

ははは…マジかよ。

 

そこまで俺が憎いかよ?……いや、憎いよな。

約束守らない最低野郎なんてよ……。

 

追尾する小型ミサイルから逃れる術はあれど、間に合わない。

ガトリング砲もまた放たれ始めた。

 

……これは罰なのだろう。

約束を違えた俺へ下された罰。

 

なら、受けるのは俺だけでいい。

 

響は関係ないのだから。

 

そう思い、響に覆いかぶり地に伏せた。

 

 

「ハチ君!?…ッ!ダメぇぇ!」

「さぁお前等なぁーど 全部全部全部全部全部ぅぅ 否定してやる! そう否定してやるぅッ!」

 

 

目に前にいる響の叫びよりも、クリスの歌の方が耳に入ってきた。

 

彼女の歌は拒絶だった。

全てを拒絶し、否定する。

クリスが俺へと向けた歌だと思えた。

 

 

 

そして……爆発が俺たちを包み込む

 

 

 

ことはなかった。

 

 

 

 

「相変わらず自分より他者優先ね。本当に無茶する子なんだから。」

「……は?」

 

 

 

そんな声がした。

弾丸も小型ミサイルも、何一つとして俺たちに届かなかった。

爆裂音は俺たちの後方で起きて、煙りが風に乗り視界を奪い去る。

 

聞き間違いじゃない。

2年間ずっと一緒にいたんだ、聞き間違う筈もない。

 

 

「盾…?」

 

煙りが晴れた時、俺たちとクリスを遮る物があった。

それを見たクリスから疑問の声が出た。

 

違う。

盾じゃない。それは巨大な

 

「剣だッ!」

 

声の発信源はその真上から。

空を見上げた先には、そよ風に靡く長い髪。

握る刀が夕陽を反射し、その姿をより一層凛々しく見せていた。

 

「……なんで、姉さん?」

 

まさか病院を抜け出してきたのか……!?

なんつぅ無茶を!

 

「手の掛かる弟と仲間を持つのも大変ね。でも…悪くない。…とは言え私も十全ではない。力を貸してほしい。」

「は、はい!」

「……。」

 

フッと笑みを浮かべる姉さん。

響へ向けていた冷たさは鳴りを潜め、いつもの優しさを感じる雰囲気を醸し出していた。

 

ただ、俺は姉さんの手伝いに返事が出来なかった。

 

俺は…どうしたらいいんだ?

クリスに攻撃なんてできない。

そんな俺に何ができる?

何がしたい?……話がしたい。

何を?どうやって?

 

わからない……何が正解なんだ…?

何をしたらいいのか分からない……。

 

纏まらない思考が更に俺を混乱へと導く。

 

 

「どいつもこいつもウザってぇ…弟?姉?嘘ついてんじゃねぇ!ソイツには妹しかいない!…………ーはんっ、そうかよ。仲良しごっこに夢中でアタシとの約束何て忘れてたってか?」

「…違う。八幡は貴女との約束を忘れてなどいない。」

「チッ、関係ないヤツが口を挟むんじゃねぇぇ!」

 

 

クリスのガトリング砲が火を吹き、姉さんに向かい高速の弾丸が飛んでいく。

 

「慟哭に吠え立つ修羅ぁ〜」

 

 

巨大な剣から飛び降り、歌いながらヒラリヒラリと宙を舞う木の葉の様な動きで、迫る弾丸を華麗に躱して降りていく。

 

着地と同時にクリスへ鋭く速い剣撃を見舞う。

クリスは剣を躱し、弾丸を放つも姉さんは宙を舞い、振り向き様横薙ぎの閃光を放った。

 

「くぅっ!」

 

頭を前に倒す事で迫る刃は回避できたが、それはつまり姉さんを見失ったと同義だった。

 

そこを見逃す姉ではなかった。

 

鋭い眼光がその隙を居抜き、クリスのガトリング砲を柄で弾く。

 

バランスを崩したクリスに更なる追い討ちが迫る。

背後から刀が現れ、顔の真横に突きつけられた。

 

焦燥に駆られるクリスと背中合わせのまま、姉は剣を肩に担ぐ様に構えてる。

 

(この女…以前とは動きがまるでー)

「姉さん、待ってくれ!そいつは「わかっている。写真の娘だ。」

 

 

言葉は遮られど、姉は優しく微笑む。

 

それだけで、何故か俺は安心してしまった。

姉さんはクリスを傷つけない。理由はわからないけど、そう確信を持てた。

 

不意にクリスが姉さんの剣を弾き、互いに向かい合った。

 

「どぉりゃぁあ!」

 

今また、ガトリング砲から弾丸が放たれんとした瞬間

 

 

ーキィンッ!

 

あの気配を感知した。

そして、それはよりにもよってー

 

「クリス、姉さん!真上だ!」

「はぁ?…なっ!!?」

 

飛行型のノイズ2体が急降下し、クリスの両腕のガトリング砲を砕いた。

 

「ーなに!?」

 

だが、それで終わりではなかった。

3体目のノイズがクリスを捉えて、強襲してきた。

 

「危ねぇ!ーゔッ!!」

「八幡!?」

 

馬鹿だと思う。

クリスが攻撃されて冷静じゃなかった。

いつもなら白雪ノ華で斬り裂いて終い。なのに、俺は今彼女を庇い背中からノイズの体当たりを受けてしまった。

 

「ハチ君!?てやぁあ!」

 

ノイズは響の回し蹴りで粉砕し消滅。

敵襲に姉さんは俺を庇うように前へ出て、アームドギアを構える。

 

超痛ってぇ……あ、やべ…意識が遠のきそう。

 

「お前、何やってんだ!」

「…仕様がないだろ。身体が勝手に動いたんだ…から。」

「よ、余計なお節介だ!」

 

強気な発言していながら、クリスは俺を抱きとめたまま……泣きそうな顔をしている……気がする。

 

あ、マジでヤバイ。

視界がグラつき始めたんだけど……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《命じた事もできないなんて…貴女はどこまで私を失望させるのかしら。》

 

 

 

……ードックンッ

 

一度だけ心臓が大きく跳ねた。

 

まるで冷水をかけられかの様……その声が耳に入った瞬間、意識が覚醒した。

クリスから離れ、白雪ノ華と呪符を数枚構える。

 

なんだ…この感じ。

……懐かしい…?

そんな感覚がする。

だが、それと同等に殺意が湧くのは何故だ?

 

 

 

ーキィンッ!

 

「そこかぁ!」

 

感じた場所へ向け4枚の呪符を投げつける。

 

飛んでいった先は海を一望できる展望台。

夕陽をバックに、サングラスをかけた金髪黒づくめの女が立っていた。

 

こちらに見向きもせず、海を眺めたままで…。

 

そしてその手に、例の杖を持ちながら。

 

《ナメるな、陰陽師。》

「なにっ!?」

 

呪符は女に届く前に、飛行型ノイズが自らぶつかってきた。

ノイズとの接触で、呪符は空気の爆発を起こし消滅した。

 

コイツ今、ノイズを操りやがった!

間違いねぇ…あの手に持つ杖はー……それに、この血が騒ぐ感じ。

絶対に見覚えがないのに、あの女を知っている。

 

まるで身体が使命を果たせと言わんばかりだ。

 

つまり、アイツは!

 

 

「空門ノ杖…いや、ソロモンの杖だったか?……そうだろ、緋維音!」

《その名で私を呼ぶなッ!忌々しい陰陽師風情が…その名で呼んで良いのは、たった1人の友だけだ!!……チッ、まぁいい。どの道お前程度の陰陽師…いや、寧ろその程度の能力しか持たぬお前が陰陽師を名乗るのは片腹痛いな。安倍晴明の名も地に落ちたものだな。》

「……。」

「貴様…!私の弟への侮辱はそこまでにしてもらおうか!」

「 ハチ君の事を悪く言わないで!」

 

何故だろう。

屈辱的な言葉の数々を言われて尚、黒づくめの女に対して殺意よりも懐かしさが勝っていた。

 

あの暴言。

不遜な態度。

 

なのに何故だ?

 

…別に俺、ドMじゃないから嬉しくはないけどね。

 

 

「緋維音…?陰陽師…?テメェ等わけわかんねぇ事言ってんじゃねぇ!おい、フィーネ!あんなオレンジ色が居なくたって私1人で戦争の火種くらい消してやる。そうすればアンタの言うように人は呪いから解放されて、バラバラになった世界は元に戻るんだろ!?」

 

 

フィーネだと?……意味するのは、終わり?

 

《ハァ〜…貴女にもう用は無いわ。》

「は?…なんだよ、それ!?」

 

緋維音の言い分に白雪ノ華を握る手に力が入る。

 

まさかこの女、クリスを切り捨てるつもりか…!

いや、元より使い捨ての駒だった…?

 

この野郎……

 

「お前…ふざけんじゃねぇ!!白雪ノ華ッ!!」

 

女の真下からアスファルトを砕き飛び出したのは、4本の氷の鎖。

先端は人を貫くのも容易な程に鋭利だった。

 

「縛り付けろッ!」

 

鎖は命令通り女を拘束しようと襲いかかる。

絶対に逃がすものか!

 

 

…ニヤリと女がいやらしい笑みを浮かべた。

杖を傾け、こちらを挑発するように真正面を向く。

 

氷の鎖は、またしても操られたノイズにより粉砕された。

と、ここで女の手が怪しい輝きを放った。

 

……おい、まさか!

 

身に覚えのあるそれを見て、焦って周囲を見渡すと四方に飛び散っていたネフシュタンの鎧が女の手の輝きに呼応していた。

 

「ーさせるか!」

 

右手を伸ばし、女と同様に手が輝き始める。

 

《遅い。だからお前程度が陰陽師と名乗るのは片腹痛いと言ったのだ。》

 

しかし、一歩どころか三歩ほど遅かった。

ネフシュタンの鎧は女の体内に回収されてしまった。

 

「テメェ…陰陽師の術を何故!?」

《応える義務などない。》

 

 

操られたノイズ供が俺たちへと向かい飛んでくる。

高速回転しながら飛んできたそれを斬り落としている間に、女は遥かに遠くへ跳んで行く。

 

「待てよ…フィーネッ!」

「クリス!待て…あ……。」

 

 

緋維音の後を追うクリスを止めようと手を伸ばした矢先、急に視界が暗転した。

 

……え?何で急に?

もしかして…あの女がいなくなったからか…?

 

「クリ…ス…」

「八幡!」

「ハチ君しっかりして!ハチ君!」

 

心配する2人の声をBGMに俺は今度こそ、気を失ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




読んでいただきありがとうございます。
ではまた次回で。


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第12話

「雪音クリス…現在16歳。2年前に行方不明になったギア装者候補だった人物ですね。」

 

 

二課本部のモニターには、件の少女雪音クリスの失踪時の新聞が映し出された。

掲載された写真の少女は、八幡が部屋に飾ってある写真の少女と同一人物。

 

「あの少女だったのか…。」

 

弦十郎には信じ難い現実だった。

過去にどれだけ捜索すれど、尻尾も掴めずにいた少女がよもや敵側にいるなど、完全に予想外であった。

 

「彼女は八幡が長年探していた娘でもあります。」

「翼!まったく、無茶しやがって。」

 

堂々と司令室へ入室した入院患者。

弦十郎が身内でなくとも、心配になる程の無茶をする姪っ子。

 

「弟と仲間の危機に伏せっているなどできませんでした。」

「翼さん!」

 

翼の言葉に響は感激し、嬉しそうに笑っている。

だが、それも束の間で笑顔が曇る。

 

今、ここに居ない八幡と保護された未来がその理由はだった。

 

必要とは言え、親友に嘘を吐いて隠し事をした罪悪感。

戦闘中に見た現実。

そして、今日知ってしまった新たなる真実。

 

「あの…ハチ君が二課に協力する為にいくつか条件があったって本当ですか?」

「それは!……そうだな。君は知りたいか?八幡について。」

「私、ずっとハチ君と居たのに…何にも知らなかったです。クリスちゃんの件だって、私だけが知りません。だから知りたいんです!」

「ふむ…わかった。了子君、アレを響君にも見せてやってくれ。あと彼が提示した協力条件もだ。」

「はいはーい。この櫻井了子にお任せあれぇ〜。ささっ、響ちゃん行きましょう。」

「え、あっ、ちょっ!」

 

了子に引っ張られて退室した響。

翼はその光景を黙って見送っていたが、その目は優しさが垣間見られた。

 

「さて、響君は退室した事だしー。」

「八幡についてですね?」

 

流石は姉と自称するだけの事はある。

弦十郎は深く頷き、こう切り出した。

「どう思う?」っと。

でも、通じる。それだけ八幡の状態がよろしくない。

 

「…1つは私の責任ですね。あの子をもう独りにしないと約束をしながらも、我を忘れて絶唱を解き放ち、一時は危篤状態。」

「その前には妹の様に可愛がっていた響ちゃんがギア装者になってしまうアクシデント。翼さんの件も、響ちゃんがいたから強がるしかなかったのよね…。」

「トドメには、この雪音クリスとの敵対。八幡君…大丈夫でしょうか?」

 

 

会話に参加した情報処理班の2人も心配な顔つきになっている。

それだけ、今の八幡は危ういのだ。

肉体であれば静養する事で解決できる。

しかし、心はそうはいかない。

 

「嘘つき呼ばれに攻撃の数々。対話は拒否だったそうだな。ハァ…普段が頼りになる分、今回は尚のこと心配にもなる。」

「頼りになる。いや、頼り過ぎたんだと思います。あの子は時々とんでもない馬鹿をしますが、基本的に冷静でいます。冷静でなければ白雪ノ華の妖刀としての負の力に呑まれてしまう…しかし、最近色々な事が立て続けに起き、冷静さを失いつつあります。負の感情…主に怒りの感情が目立ちます。」

 

 

翼の見解に一同はまた深いため息を漏らす。

弦十郎は病院で見た八幡の紅い眼の事を思い出したが、閉口する。

今、あの時の事を言えば更なる混乱に繋がりかねない。そう自身を納得させ、秘匿に走った。

 

ここで、ふと藤尭は気づいた。

 

「…ん?そういえば八幡君は今どこに?」

「私は止めたのですが…雪音クリスの探索を行っています。」

「戦闘の後ですよ!?一時は意識だって失っていたのに…。」

「好きにさせてやれ。今は、大人として見守ってやるしかあるまいよ。」

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

雪音クリス。

長年探していた彼女とは最悪なタイミングで再開を果たした。

彼女と話しがしたい。

その一心で夜通しバイクを走らせ、彼女の捜索を行ったが見つからず仕舞い。

 

焦る気持ちが先走った俺は、姉さんから怒られるまで捜索を続けた。

 

仮眠を取り、学院をサボってクリスの捜索はを継続していたが成果ゼロと実りのない1日となった。

 

 

そして現在。

深夜とまでは行かないが、遅い時間に俺はサイゼにいた。

理由は呼び出されたから。

まぁ、後で話すって言っちゃったし?仕方ないか…。

 

しかしながら、向かい側に座った人物はムスッとして私怒っています!と態度で示していた。

視線も合わせようとせず、メニューと睨めっこ。

ハァ…。

 

「…未来、話しを聞くつもりがないなら帰ってもいいぞ?」

「えっ!?」

 

俺の発言が予想外だったのだろう。

 

未来は俺が謝罪、もしくは言い訳をすると思っていたんだろうが俺はそんな気は毛頭ない。

だって、俺悪い事してねぇし。

 

 

「緒川さん達に話しを聴いたろ?俺は確かに隠し事をしていた。だが、それはお前達を守る為だ。…未来、今回の騒動に巻き込んだ事には謝罪はする。だけどな、これまでの事については謝らないし、悪いとは思ってねぇ。……それに、お前のその態度はなんだ?怒ってるのはまぁいい。だが、さっきも言ったが聞く気がないなら帰れ。俺もやらなきゃならん事があるんだ。」

 

 

捲したてる俺に未来は口をあんぐりと開けて固まった。

 

君のそんな顔初めて見たわ。

美少女が台無しですよ?

 

 

「で、どうすんの?聞く聞かない、どっちだ?」

「…聞く。聞かせて。」

 

理解はしたが納得はしてないって感じだな。

お前は俺の姉かよ。

頼むから納得もしてくれ。

 

ため息は止まらず。

聞くと言う未来に掻い摘んでこれまでの事を話した。

 

「だから、風鳴翼さんと仲が良かったんだ…。」

「まぁな。話しはだいたいこんなもんだ。質問は?」

「…おじさんが亡くなった理由はノイズと戦ったからなの?」

「…あぁ、そうだ。親父は陰陽師として命懸けで務めを果たした。そして、俺も務めを果たしている。」

「…怖くないの?」

 

あぁ、怖いさ。怖いに決まったる。

死ぬ。そう思った事は何度も何度もあった。

その度に生への喜びと感謝をしたものだ。

でも、自身の死よりも恐れてやまないものがある。

 

「俺は、大切な人達を失う方が何倍も怖ぇんだよ。だから、戦う。守りてぇからよ。」

「…そっか……私達が知らないだけで、ずっと守られていたんだね。……ハチ君、守ってくれてありがとう。」

「ーッ!!……あぁ。」

 

溢れた嬉しさに蓋をする。

でないと余計な物まで目から出てきそうだったから。

 

ありがとう

たったそれだけの感謝の言葉だけで、こんなに嬉しく思えるのは何故だろう?

 

……あ、そうか。

俺、戦って初めて身内から感謝されたんだ。

だからこそ……か。

 

「さて、話しはお終いだ。もう遅いし帰るぞ。」

「うん。送ってくれるよね?」

「当たり前だ。」

 

会計を済ませて帰路につく。

幼馴染みーズが住まうマンションに着いた。

 

「未来、響と仲直りしろよ?」

「バレちゃうよね、やっぱり。……私、怖いの。響が居なくなっちゃうんじゃないか……独りで何もかも全部抱えてるんじゃないかって……」

「だからこそだろ。全部知ったんだから、お前が響を支えてやれ。帰る場所でいてやれ。それが一番響に必要なんだからよ。」

「……うん。わかった。」

「ならば良し。じゃ、俺は帰るぞ?おやすみ。」

「おやすみ。」

 

こうして、俺は我が家を目指した。

だから、未来の呟きは聞こえやしなかった。

 

 

「私は心配だよ。いつも黙って独りで抱え込むハチ君が…堪らなく心配だよ。」

 

 

 

 

 

 

翌日、外は生憎の天気だった。

 

余談だが昨日の深夜から早朝にかけて、あの嫌な気配を市街地から感知。

しかも連続で。

マンションから単騎で出撃し、ノイズは全て殲滅した。

 

…寝かせておくれよ。

前日の戦闘後に夜通しの捜索と、やった事は自業自得だよ?

でもさ…いくらなんでも深夜から早朝はダメだろ。

 

空気読めやクソノイズが!

 

ってなわなけで、本日も学院をサボることにした。

だって眠気がヤバイんだもんよ。

 

とりあえず林に休むとメッセージを送る。

 

内容は

脳内で飼ってるスフィンクスが風邪引いたから休む

 

である。

眠くて深夜テンションにも近い今の俺は、このメッセージに何ら疑問を抱くことなく送信した。

 

すると僅か2分後にスマホが光って着信を報せる。

林か…返事早くね?

 

なになに……

教師にメッセージ内容をそのまま伝えたら怒られただぁ?

 

コイツ…由比ヶ浜とベクトルの違う阿保だったのか。

脳内小林プロフィールに"意外じゃないが阿保である"を追加し、深い眠りに落ちた。

 

 

 

 

 

それから4時間後。

昼を過ぎた辺りで、目が覚めた。

少しスッキリした気持ちでカーテンを開く。

運良く、朝方に降っていた雨は止んでいた。

 

これならバイクでの捜索は出来そうだな。

 

寝起きのため軽めの昼食を摂り、今一度市街地へと繰り出した。

人が集まりやすい場所や、あらゆる分野の店内を片っ端から探す。

彼女の写真を持ち、聞き込みもしたが成果のないまま2時間が経過した。

 

 

ーキィンッ

 

「またか…この短期間って、人為的だろ、これ。」

 

ゲンナリとする。

3日続けての戦闘なんて人生初めてだよ。

 

アクセル全開でバイクを走らせる。

 

ハァ…確実にソロモンの杖が使われているよな…。

その上、こう短期とあれば間違いなく緋維音の野郎は自在に操ってやがる。

 

感知した方角へと向かうも、街には既に警戒警報が発令されていた為、多くの人々がこちらに向かって逃げていた。

 

バイクはここまでだな…。

脇道で停車し、細い路地へと駆ける。

 

「だったら跳ぶだけだ。」

 

建物の壁を左右交互に蹴って上へ登っていく。

屋上につけば、あとは屋根伝いで跳んで行けばいい。

 

漆黒の鎧を起動し、白雪ノ華を握り建物を跳び越えていく。

 

感知した方角は確か大きめの河付近だった…あッ!!?

 

大きく河川敷付近の建物へ跳んだ時に見えたのは銀髪の少女だった。

丸2日探していた人物の発見に胸が高鳴った。

とは言え、彼女の置かれている状況は宜しくない。

 

ノイズが彼女を囲んでおり、退路がないのだ。

 

 

「Killter Ichaivーゲホッゴホッ!!…あ……。」

 

シンフォギア・イチイバルを起動しようとしたクリスの歌が途中で咳へと変わった。

苦しむクリスなど、御構い無しにノイズが彼女を貫かんと次々に飛び立つ。

 

 

「させるかよ!」

 

取り出した呪符を数十枚を一気に投げつけた。

 

クリスの数メートル先で展開させ、衝突したノイズ供は悉く雷に打たれて消し炭になる。

 

「これって…。」

「八幡の仕業さ。」

 

 

ここで、ふと視界に赤いシャツのオッさんが見えた。

オッさんはクリスを抱きしめると、俺が着地した建物へと跳び、見事な着地を決めました。

 

……待て待て。おかしい。絶対におかしいって。

司令はギアも鎧も纏っていないただの人間だぞ?

ただの人間がジャンプで5階以上の建物、しかも屋上まで跳べるわけないだろ!

 

そんな跳べるならM印の赤い帽子を被ってください。ついでにキノコ食べてデカくなってください。

それなら納得でき……

 

 

やっぱり理解も納得もできそうにねぇや。

 

 

……。

 

…うん、現実逃避はここまでにしよう……

 

深呼吸をし精神を落ち着かせる。

そして、白雪ノ華の切っ先を司令の眼前に突き付けた。

 

 

「こンのロリコンがぁぁあ!」

「なんだその誤解は!!?」

 

驚愕する司令だが、今の自分を是非とも鏡で見て欲しいですこん畜生。

 

「クリス、抱きしめた!離してない!特殊性癖!ロリコン!」

「語彙力どうした!?ほら、離したぞ!……ん?なんで君は蔑んだ目で俺を見てるんだ?」

 

クリスは司令からゆっくりと離れ行く中で、自分の身体を抱きしめ、終いには司令をゴミを見るような目で睨んでいた。

 

「オッさん…ロリコンなのかよ。普通に引く。」

「違うぞ!?八幡、お前のせいで有らぬ誤解が生まれてしまったではないか!」

 

普段の余裕たっぷりにドシッと構えている司令だが、今のその姿は見る影もない。ざまぁ…。

べ、別に司令が羨ましかったとかじゃないんだからね!?

狡いとか、そんな事思ったわけじゃないんだからね!!?

 

 

お?

 

「そいや。」

 

飛んできたノイズを呪符でボカンッ!とする。

 

「そんな、やる気も覇気もない声で敵を屠るな。こちらの気が抜けるだろうが…っと、おふざけはここまでだ。八幡、俺は避難誘導の指揮を執る。大丈夫だな?」

「えぇ。クリス、お前は司令と一緒に避難してくんない?」

「はっ誰がお前の言うことなんて聞くかよ。そもそも、ノイズ供の狙いはアタシだ。邪魔すんじゃねぇ。……それにロリコンと一緒になんて避難したくねぇ。」

「誤解だからな!?」

「必死なのが余計怪しんだよッ!ーKillter Ichaival tron」

 

 

赤い色のシンフォギア・イチイバルを身に纏い敵へ光の矢を連続掃射していくクリス。

彼女は最後まで司令をロリコンと勘違いしたままだった。

 

誤解を作った犯人である俺は、司令の肩をポンと軽く叩いてからクリスに続いて地上へと飛び降りた。

 






……許せ風鳴司令。
出来心でやった。しかし、悔いはないッ!!


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第13話

眼前には全人類共通の災害、ノイズの群れ。

その数は時間と共に増えて、今では俺とクリスを全方位から囲っている。

俺とクリスは互いを背中合わせに武器を構え、ノイズからの攻撃を警戒する。

 

「…なんでお前が居んだよ。邪魔だ、とっとと消えやがれ。」

「はっ、ヤダね。やっと見つけたんだ。それに、俺はお前に話したい事が山程あるんだ。逃がしゃしねーよ。」

「アタシは話しなんざねぇんだよ。…なんならノイズ共と纏めて風穴あけてやろうか?」

「……それで、お前の気が済むなら構わない。」

 

構えを解き、クリスの方へ向き直る。

そして白雪ノ華を地に刺し、両手を広げる。

無防備で無抵抗な俺にクロスボウ型のアームドギアを向けるクリス。

 

光の矢が放たれれば、いくら漆黒の鎧とは言え大怪我は免れないだろう。

だがこちらとて引く気がは毛頭ない。

 

「……本気かよ。」

「あぁ、本気だ。好きなだけ嬲れ。……ただし、その後に俺と話しをするのが条件だ。」

「…チッ!何が話しだ!人との約束破って、楽しい人生送ってた奴なんかと話す事なんかねぇんだよッ!」

「…!クリスを守れ、白雪ノ華ッ!!」

 

地に刺さった白雪ノ華が淡い輝きで応え、クリスの背後から飛び掛かってきた3体のノイズを氷の槍で貫いた。

 

「なっ…余計なお世話だ!」

「ッ!伏せろッ!」

「チィッ!!」

 

怒鳴るわりに、クリスは素直に地に伏せた。

舌打ちが聞こえた気がしたけど気のせいだと思うな、うん。

 

伏せたクリスをノイズ共が飛び越え、その先に待つのは俺。

響の真似ではなく、その上を行く格闘術で迫るノイズを迎撃しますか。

 

1体目は下から天に向へ拳を振り抜き、2体目は振り上げた拳で叩きつける。

3体目は上段蹴りで粉砕し、4体目は地に踏み付けそのまま潰す。

 

久々にやったが身体は動きを覚えていた。

 

「……フン、礼は言わねぇからな。」

「いらねぇよ。俺が勝手にやってるだけだからな。……んで、どうすんの?風穴、開けるなら早く開けてくれ。んで、さっさと話したい。」

「……あーもうっ!訳わかんねぇんだよお前は!そんでもって、テメェ等も鬱陶しいんだよ!」

 

【BILLION MAIDEN】

 

むしゃくしゃしてるクリスのアームドギアがガトリング砲を形成し、一斉掃射。

次から次へとノイズの身体に風穴を開けていく。

流れるような乱れ撃ちである。

多対1が基本になるノイズ戦においてクリスのギアは最有効とも言える。

俺や姉さんは大技で距離のあるノイズを倒せはするが、クリスの様に効率の良くはないからな。

 

おっと……考えるのはここまでだな。

 

地に刺したままの白雪ノ華を引き抜き、クリスを狙うノイズを片っ端から斬り刻む。

 

にしても、また数増えてね?

 

「チィッ、数が多すぎんだよ!」

「クリス、上からだ!」

「わかってんだよ!」

 

呪符を頭上に展開し、上空から迫るノイズを屠る。

クソ、こちとらバリバリの地上戦特化型だってのに!

 

ホルスター内にある、残りの呪符も心許ない。

 

「うおりゃぁぁあ!」

 

【CUT IN CUT OUT】

 

クリスは腰部のアーマーを展開し、空を漂うノイズへ向け小型ミサイルを放った。

ミサイルは回避行動をとったノイズを追尾し、爆発と共に消し炭にした。

上空は、中遠距離に特化したシンフォギアを纏うクリスが適任。

だったら……

 

「上空は任せた。俺は斬り込む。」

「はぁ?誰がお前の指示な、って人の話しを聞きやがれ!」

 

どうせ拒否するのは分かっている。

だから俺は開き直って地上のノイズの群れへ突っ込んだ。

 

「おぉぉぉおッ!」

 

【閃光業雷】

 

袈裟斬りで、雷の刃が白雪ノ華から飛んでいき一気に敵を炭へと変えた。

数が数だけに止まれば押されるのは、目に見えている。

だったら初っ端から全力全開。

 

「白雪ノ華ッ!」

 

【氷槍天昇】

 

踏み付けたノイズを地面ごと白雪ノ華で突き刺し、そのまま一層深く刺し、一気に神通力を流す。

 

無数の氷の槍が地面から飛び出し、多くのノイズを串刺しにした。

それでも、まだまだ残数は多い。

 

くそ…1年前を思い出す。

 

「だらぁぁぁあ!」

 

【MEGA DETH PARTY】

 

雄叫びを上げて、空中のノイズを一気にミサイルで消し去るクリス。

数体の飛行ノイズはクリスの攻撃から難を逃れ、空から彼女を攻撃を始めた。

 

体を槍状にし、降り注ぐノイズ達だったが、残念ながら進行方向には氷の槍が待ち構えていた。

そのまま餌食となり炭へ早変わりした。

 

「チィッ!」

「ヒィッ!!?」

 

ギロリとクリスが俺を睨む。

たぶん余計な事はするなと言いたいんだと思うが、これだけは言わせてほしい。

 

睨まないで怖いから。

 

そこから相互不干渉のまま、好き勝手に戦ってノイズを殲滅した。

……嘘です。クリスにめっさ睨まれるくらいに俺が干渉しました。

 

周囲にノイズがいない事を確認し、白雪ノ華と鎧を解除し、彼女に向き直る。

彼女はギアを解除することなく、俺を睨んだままだった。

 

「…なんで、髪と目が黒くなってんだよ。」

「ありゃ戦闘時だけだ。こっちが普通なんだよ。」

「意味わかんねぇよ。」

 

俺の説明に不服そうなクリスだが、1から説明するには時間がかかるんですけど。

て言うかギアを解いて欲しい。

 

「まずはギアを解いてくれ。一課と二課の連中が事後処理に来る前に逃げなきゃならねぇだろ?」

「はっ…解除したらアタシを拘束するつもりだろ?」

 

君、人の話し聞いてた?

聞いてないよね?

 

「はぁ…しねぇよ。一緒に逃げるって言ってんの…ってヤバい!クリス、急げ!」

 

数台の装甲車と見覚えのあり過ぎる黒いセダンが左右から迫ってきていた。

……もし、クリスを発見されたら彼女がどうなるかわからない。

 

自分の置かれている状況を悟ったクリスは、苛立った面持ちでギアを解除した。

 

「…もう来やがったのか!?」

「急いで離れるぞ!」

「あっ、ちょっ、離せッ!」

 

クリスの手を掴んで細い路地へと走った。

喚いている彼女の意思は無視し、急いでその場から離れて行く。

 

どうか見つかりませんように……そう願い、迷路のような路地を只管走る。

 

「手を離せ!」

「叫ぶなって。見つかったらどうすんの。」

「そう言うならさっさと逃げればいいだろ!」

「…監視カメラがない場所を探してんだよ。お前、緋維音に狙われてんだろ?」

「……緋維音じゃないくてフィーネだ。」

 

弱々しく訂正を入れてくるクリス。

しかし、俺は敢えてヤツを緋維音と呼ぶ。

だってあの女、緋維音と呼ばれるの嫌がってたし。

 

……マズイな。

大通りに出たいが住人が避難した後だ。

人が居なさ過ぎて、モロに監視カメラに映っちまう。

せめて人混みに紛れれば良かったんだが……

 

と思っていたら、目の前に黒いセダンが急ストップした。

マジか!?

焦って引き返そうとしたが、開いた窓の向こうに見えた顔に安堵した。

この人、有能すぎてMAXリスペクトだよ。

 

「八幡さん、急いで乗ってください。この場を離れます。」

「緒川さん!ありがとうございます。クリス、乗るぞ。」

「はっ、ヤダね。アタシは誰も信用しない。だいたいアタシはお前だって信用してないんだ。」

「…俺を信じろとは言わん。だけど、今は非常事態だ。頼む。」

「お前、何しようとしてんだよ?」

「……土下座をしようかと。」

「お前にプライドはないのか!?」

 

ないです。

生憎とそんなものは、生まれる前に母親の中に置いてきてしまってるんでね。

 

 

……ふむ、奥義・土下座を封じられた今、俺が取れる手段はなんだろうか?

 

………。

 

……あれ、無くね?

 

積んだ……!?

 

「……チィッ!わかったよ、乗ればいいんだろ。乗れば!」

 

痺れを切らしたクリスが乗り込んだので、続いて俺も乗る。

 

俺たちが乗り込んだのを確認して、緒川さんは車を発進させた。

 

「クリス、頭下げててくれ。正面の監視カメラに映ったら意味がねぇから。」

「ハイハイ、分かったよ。」

「八幡さん、彼女にこの帽子を。」

「流石は緒川さん。頼りになります。」

 

もう…本当マジ大好き。

俺が女だったら絶対惚れてる。

 

……今度、お礼にマックスコーヒーを箱で進呈しよう。

じゃないと俺の気が済まん。

 

 

「司令の指示ですよ。たぶん、八幡さんなら彼女と一緒に逃げるだろうからって。この事は僕と司令しか知りませんので安心してください。」

「司令って…?」

「さっきの赤シャツのオッさんだ。」

「はぁ!?あのロリコン野郎が!!?」

「……えっ?…ろ、ロリコン?司令が??……ロリコン?」

 

 

げぇっとなるクリスと、司令がまさかの特殊性癖持ちでショックを受ける緒川さん。

 

恐ろしいものだな…こうして誤解は広がって行くのか…。

兎にも角にも、クリスの頭に麦わら帽を被せて念の為に周囲を警戒しておく。

 

……誤解を解いた方がいいかな?

まぁ、直ぐに違うってわかんだろ。

 

 

……わかるよね?

 

 

「ところで、行き先はどちらに?」

「八幡さんの部屋です。あそこが一番人目に付かず安全かと……。」

「わかりました。」

「お前ら……アタシを連れ込んでどうするつもりだ!」

 

 

耳元で怒鳴るなよ!八幡の耳痛いでしょーが!

至近距離の大音声に、キーンっとなる耳だったが

 

 

きゅるるる…

 

聴こえたよ。

可愛らしい、空腹を知らせる合図が八幡聴こえたよ。

 

顔を真っ赤にし、慌ててお腹を抑えるクリス。

あらやだ、可愛いい。

睨んでるけど、うん…可愛いい。

 

「とりあえずメシだな、うん。」

 

ぐうの音もでないクリスだったが、可愛らしいお腹の音が再び鳴るのだった。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

帰宅早々にリゾットと即席でスープにサラダを作れる俺って、やはり主夫になれると思うんだよね。

夢の専業主婦……あ、無理だわ。俺、陰陽師だもん。二課に就職してるもん。

 

「……ご馳走様。」

「はい、お粗末様。」

 

響並みかそれ以上にガッツいたクリスの顔には、米やら何やらが付着している。

て言うか、テーブルマナーがなって無さ過ぎ。

よく見なくても、テーブルは汚れてる。

なのに、皿は洗ったの?ってくらいに綺麗に完食。

 

……俺は怒ればいいの?それとも喜べばいいの?

 

 

「ほれ、茶だ。あと濡れタオル。顔、拭きな。」

「……薬ー」

「入れてねぇよ。入れるんならメシの方に入れた方が、味で誤魔化せと効率いいだろ。ま、どっちにも入れてないけど。」

 

 

そもそも盛る薬を持ってない。

政府直属の二課にいるとはいえ、俺は所詮ただの未成年。

そんなもんを手にする機会もルートもありゃしない。

 

「…っで、アタシを連れ込んでどうするつもりだ?」

「どうもこうも…お前、緋維音に命狙われてんだろ?大方、色々と知り過ぎたクリスを口封じの為に抹殺しようとしてるってところか。だから、とりあえずは保護だな。ここならバレない様に移動したし、安全だろ。」

「保護だぁ?……何を今更…。今更優しくされても嬉しくもなんともねぇんだよ!」

 

 

椅子を倒し、上から威嚇するクリス。

だが、あの再会を果たした日と同じく、その目尻には涙が溜まっていて、今にも流れ出しそうだった。

 

「パパもママも殺されて……今まで散々な目にあってきたんだ!お前を信じて待ってる間に沢山……沢山、酷い目にあったんだ!…なのに約束を忘れて楽しい人生送ってたヤツが同情?保護?ふざけんじゃねぇッ!!」

 

憎悪。憤怒。

負の感情を向けるクリスに俺は何を言えばいいのだろうか?

 

俺が今までしてきた事を言うか?

……ダメだ、口だけじゃ人は信じない。

どうしたらー

 

 

 

 

 

「ハイハイ、そこまで。外まで聞こえちまうぞ。」

 

悩みの渦は司令の登場で霧散した。

 

…どうやって入った?

 

「ほれ、合鍵。翼に返しといてくれ。」

「自分で返して下さい。」

 

てか、何しにきたんだよ司令。

結構な修羅場なんすけど。

 

「八幡、悪いがクリス君と話しがしたい。席外してくれ。」

「いや、でもー」

「なぁに悪い話しじゃないさ。」

「…クリスの身の安全を保障してくれるのであるば。」

「当たり前だ。その為にも話しをしにきた。」

「……了解しました。例の部屋に居ますので何か有れば呼んでください。」

 

尚も睨み続けるクリスの脇を取り抜け、俺は文献やらを保管している部屋へ移動した。

 

いいや。逃げたのだった。

 

 

 



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第14話

やれやれ、いつになったら八幡は他人に甘えられる様になるのやら。

最近は少々頼られていたから忘れていたよ。

本当に大切な事は己で抱え込むタチだってことは、共に過ごした2年でわかっていたのにな。

 

 

「でぇ?ロリコン親父がアタシになんの用さ。」

 

……アイツ時々とんでもない馬鹿な事をすると前々から思っていたが、よもや俺が被害に遭うとはな…本当に困った部下だよ。

 

「まずは訂正して欲しい。俺はロリコンではない。」

「あぁ、そうかよ。っで?」

「信じてないだろ……はぁ。これを見たまえ。」

 

そう言ってタブレットを鞄から取り出し、クリス君に渡す。

怪訝そうにそれを受け取り、画面と睨めっこしながらもこちらを警戒している。

まるで借りてきた猫だ。

 

「なんだ、これは?」

「それは八幡が嘘つき野郎かどうかを知るデータだよ。まぁ、読んでみる事だな。」

「ハァ??…このデータに信頼性なんてあるのかよ?」

「いざとなると口下手になる八幡よりは、な。」

 

舌打ちをし、彼女は画面に集中する。

2年前に奏が、翼と八幡の仲を取り持つ為に用いた方法をまんま使わせてもらった。

 

さて……上手く行けばいいのだが……んん??

 

写真立てが…ワザとなのか?

 

まぁいいか。

 

 

「オイ…。」

 

ドンッ!と音を立てたのは彼女の拳だった。

叩きつけられたテーブルは軋み、僅かに揺れた。

 

待つこと、時間にしてみれば10分やそこらだった。

拳を叩きつけたまま、タブレットを見ていた彼女が俺に問う。

 

 

「コイツはどう言う事だ?八幡が…陰陽師?ガキの頃からノイズと戦ってたってのか?」

「間違いなかろう。そこに記された通り、アイツは幼少期から父親の比企谷七弥により鍛えられた。君もギアも纏わずに戦う八幡を見ただろう。」

「なんで……おじさんが…死んだ…?」

「あぁ。よりにもよって八幡の目の前でな。」

 

俺の言葉に雪音クリスは、身体が小さく跳ねた。

 

驚愕に染まる彼女。

タブレットは小刻みに震え、額には汗が浮かんでいる。

あからさまに動揺している彼女だが、アイツの悲劇はまだ終わらんよ。

 

 

「それだけじゃないぞ。父親の死後、彼の弟子だった者を師事したが、3年前にその師さえノイズ戦で殉じている。」

「……。」

「悲劇だよな。アイツ、ウチに所属するまで、ずっと独りだったんだよ。独りで強くなり、独りで戦い、独りで立ち向かって……そんなアイツがウチに所属する時に提示した条件がその下に記されているよ。」

「………ッ!!?」

 

呼吸が止まったのが分かった。

目の前に記された比企谷八幡の所属に対する条件。

その内容に彼女は動揺するのは仕方のない事だ。

 

「家族の比企谷家と、家族同然の立花家・小日向家の安全保障と災害時の優先避難。次が母親に二課所属となる事への情報開示に、家族を養う為の固定給。そして、1番彼が重要視して出した最後の条件。それはー……」

 

とうとう持てなくなり、タブレットはテーブルに伏した。

 

やれやれ、それ…高かったんだぞ?

雑に扱うもんじゃないってのに…。

 

拾ったタブレットの画面に記された内容。

それは

 

NPO活動中に死亡した世界的ヴァイオリニスト雪音雅律と声楽家のソネット・M・ユキネの娘・雪音クリスの捜索。

 

「…嘘だ……嘘だ嘘だ嘘だ嘘だッ!!アイツは私のことなんて「忘れてなんかいないさ。その証拠がそこにある。」

 

指の先。

そこには伏せられた写真立てがあった。

 

やれやれ、アイツ絶対にワザと倒してたな。

理由は恥ずかしいからとか、そんなところか。

 

雪音クリスは脚を震わせながら、ゆっくり一歩…また一歩と踏み出し、それを手にした。

 

「……ッ!」

 

息を飲む音が微かに耳に入った。

背中を見せる彼女が、今どんな表情をしていたのか分からない。

ただ、その写真立てを優しく抱きしめ、肩を震わす姿を見ればなんとなくわかるがな。

 

「アイツはずっと君を探していた。七弥氏が生きていた頃は頻繁に南米へ渡っている。亡くなった後も1人で金を貯めて、そして何度も訪れていた。これが、八幡の搭乗記録と記録映像の写真だ。」

「……。」

 

顔は下を向いたまま、手に持つ資料を奪い取る彼女。

 

「なんで…どうして……私はッ…!!」

 

強く握られた資料はグシャグシャになり、大粒の涙が床に溢れていく。

知ってしまえば、自己嫌悪に陥ると思ったが……やはりか。

 

「クリスは何も悪かねぇよ。悪いのは全部俺だ。」

「八幡ッ!?お前聴いてー…」

 

リビングにはいつの間にやら八幡がいた。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

聞き耳立ててたが……司令、何してくれてんの?

 

「本人に無断で個人情報を開示しないでくださいよ。」

「ハッ、何を今更。」

「鼻で笑わないでくれません?」

 

よし、決めた。

司令がロリコンだって言うデマを積極的に流してやろう、そうしよう。

名付けて、八幡の逆襲。

 

「は、八幡…アタシ……。」

「あ〜………。無事で何よりでした。」

 

もう…ね。

何も言えないんだわ。

言いたいこと全部、司令が言っちゃったし…証拠付きで。

 

「なんッ…で…!アタシはお前に酷い事言ったんだぞ!?嘘つき呼ばれした!武器だって向けたし、ミサイルだって撃った!……なのに、何で責めないんだよッ!?」

「…俺は約束を果たせなかった。だから嘘つき野郎だし、ミサイルは……まぁ姉さんが防いだし結果オーライ的な?」

「違うだろ!お前は…八幡は約束を守ろうとしてくれた。なのに、アタシは……何も知らないのに…知らなかったのに…クッ……うぅ……」

 

 

クリスの止まっていた涙がまた溢れていた。

ギュッと服の裾を握りしめて、堪えようとしているが流れる涙は止まらない。

 

「クリスとまた会えた。こうして話しができている。俺はそれが嬉しいんだ。……だから、泣くな。自分を責めるな。お前は何も悪くないんだ。クリス言ったろ?沢山酷い目に会ったってさ。……ごめんな、助けてやれなくて。」

「謝るなよ!…八幡だって、辛かったんだろ!?おじさんも師匠も死んで悲しかったんだろ!!なのに……なんで…。」

「クリスだって同じだろ?…雅律さんもソネットさんも亡くなってさ。辛くて、悲しくて、苦しんで、傷ついて…なのに……なのに俺は約束も守れず、お前を助ける事もできなかった…ッ!俺はいつもそうだ!力が足りない、間に合わないッ!だから、いつまでも何も守れやしないんだ!親父も、先生も、奏さんも…みんな…みんなぁッ!!」

 

 

溢れ出した感情は激しさを増した。

止まらないし、止められない。

心の奥底に仕舞い込んだ後悔と自分への憤りが、決壊したダムの如くどんどん…どんどん溢れ出ていく。

ノイズへの憎しみも。

失った悲しみも。

自分自身への憤りも。

 

「八幡…?」

「いなくなるのは…俺で良かったのに。」

 

ポツリと落っこちたのは本音だった。

 

「…いい加減にしろ。」

 

乾いた音の後、頬に熱と痛みが走った。

ふり抜かれた手の平が、やけに大きく見えた気がした。

 

陰ながら支えてくれ、いつも顔に似合わない優しい瞳をしている司令。なのに、今は悲壮に満ちた目をしていた。

 

「いなくなるのは自分で良かっただと?…お前のその言葉は死者への冒涜だぞ。」

「どこがですか……親父や先生は俺より格段に強かったんだ…だったら、2人が生き残ってる方が遥かに合理的だッ!姉さんの隣りだって、俺じゃなくて奏さんが立っている方が良いに決まってる!」

「それは翼がそう言ったのか?…違うな、お前の勝手な解釈に過ぎん。それに先に逝ってしまった3人はお前を守りたくて命懸けで守ったんだぞ。……なのにお前は何故、そこまで自分の存在を否定する?」

 

そんな事は言われなくても分かっている。

でも、それでもー!

 

「俺は…ッ!……俺は俺が許せない。いつも何も守れない…口だけで何もできない自分が許せないッ!」

 

昂ぶった感情はら俺の真の想いを声にして外に出した。

許せなかったのは他でもない自分自身。

近くに居ながら、何もできない自分が許せなかった。

 

辛いも苦しいも悲しいも、何も成し得ない自分への罰だと…自然とそう思える程に、俺はどこか異常なのだろう。

 

でも、それでいい。

俺は幸せを感じてはいけない。なっちゃいけない。それだけは、許されないのだから………

 

 

 

「だったらアタシが許す!八幡が許せなくても、アタシが許す!」

「ーッ!?」

 

クリスのその言葉が荒ぶる俺の心を射抜いた。

涙ながらに抱きついてきた彼女。

 

許す…俺を??

だって、俺はクリスとの約束を守れなかった。

親父も先生も奏さんだって、俺は助けれなかったのに…

 

 

「俺もだ。例えお前がお前を許さなくとも俺やクリス君、翼や響君だって許すさ。だから…もういいんじゃないか?彼女も八幡も十分苦しんだ。だから、もう良いんだ。もう苦しい思いも、悲しい思いもしなくていい。2人ともただ幸せになれば良い。それだけの事だ。違うか?」

 

 

幸せ…そうなることは許されない…はずなのに…!

 

なりたい…幸せに満ちた人生を送ってみたかった。

 

 

…だけどッ!!

 

「八幡…アタシは幸せになっちゃいけないと思うか?」

「そんなわけないだろ!沢山辛い思いをしてきたんだ、幸せにならなきゃおかしいだろ!」

「そっか…そうだな。……だったらさ、八幡も幸せになっていいんじゃねぇのかよ!?アタシが良くてお前がダメなんてのは間違ってる!」

「……。」

 

いいのだろうか?

俺なんかが人並みに幸せになって…本当に?

 

ギュッと更に抱きついてくるクリスに、自然と口角が上がる。

 

ありがとう。

そう心で感謝し、真っ直ぐ彼女を見つめる。

 

「善処…する。……だから俺と1つ約束してくれないか?」

「約束……?」

「あぁ、約束だ。……もう居なくなるな。ずっと傍にいてくれ。」

 

俺はクリスを抱きしめ返した。

嫌がれて抵抗されると思ったが、彼女は更に抱きつき大声をあげて泣き出してしまった。

昔、そうしたようにクリスの頭を優しく何度も何度でも撫で続けた。

 

泣き止んだら、沢山話しがしたい。

ただ、それだけでいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

泣き疲れて眠ってしまったクリスをソファーに寝かせる。

今更ながら、さっき言ったセリフが俺を悩ませる。

 

『……もう居なくなるな。ずっと傍にいてくれ。』

 

ぬぉぉおおぉッ!!やっちまったぁあああぁ!!

なんでなん!?

なんで最近、黒歴史製造マシン化してんの!?

しかも、人前で!

 

「八幡…恥ずかしがってるところ悪いんだが、今後の方針を決めたい。」

「あ、はい。……んん。クリスはヤツに追われてますから、暫くはウチで保護したいです。」

「それが良いだろうな。彼女にとっても、無論お前にとっても。彼女の件は俺と緒川しか知らないからな…。他に悟られるなよ?それと念の為だ。この通信機を彼女に渡してやれ。あとは必要なものがあれば言ってくれ。」

「了解。…司令、この度はありがとうございました。」

 

頭を下げると司令がギョッとする。

 

「よせよせ。…俺はな、お前よりも少しばかり大人だ。だから偶には甘えてもいいんだぞ。」

「…はい。」

「八幡、ちぃとばっかし説教臭くなるが聴け。お前さん、いつも自分よりも他者優先ばかり。その生き方は自己犠牲と言うより俺には破滅願望にさえ見える。……なぁ八幡。少しは、自分の為に生きてもいいんじゃないか?」

「……よく…わかりません。自分の為に生きるって…。」

 

幸せとは程遠い人生を望んで歩んできた。

許せない自分を戒める為に、身体に鞭を打ち戦ってばかりいた。

守りたい者を守る為なら自分なら死んでもいいとさえ、本気で思っていた。

 

だから、自分の為にってのが良く分からねぇ…。

 

「…俺が2年間で見てきた比企谷八幡ってヤツはな、嬉しそうに笑ったり話したりするのは家族や仲間の事ばっかりだ。自分の事なんてそっちのけでな。……お前はお前の為に笑ったりしていいんだ。人に甘えたい時は甘えればいい。難しいことじゃないだろ?」

「……。」

「今わからなくても、いつか分かればそれでいいさ。…それから自己犠牲は時に他者を傷つける。それだけは覚えとくんだ。」

「…はい。」

「まぁ何がともあれ、良かったな。彼女とまた会えて。」

「はい。」

 

それは、今日1番の良い返事だった。

司令はそう言って帰っていった。

 

再び会えたクリス。

……分かり合えた。分かってもらえた。

許してくれた。幸せになりたい、一緒に。

 

だから、教えてやらなきゃならない。

暗い世界にいた彼女と自分に暖かい世界を。

でも、まぁ…その前に

 

「まずはテーブルマナーから教えなきゃだな。」

 

ひとり言は静かな笑い声に掻き消された。

今日は久しぶりに良い気持ちでいる。

最近は、なにかとあり過ぎたしな。

 

ソファーで眠るクリスの穏やかな顔を見ていると、こちらまで眠くなってくるな……。

 

夜通しの捜索に、未来との話し合い。

また捜索に戦闘……そら、眠くもなるよな。

 

言い訳のような胸の思いを正当化し、俺は意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ん?ここは……!」

 

崩れた街並み。

建物は軒並み崩れ、道路は陥没し、電柱は倒れていた。

 

俺は此処を知っている。

 

 

ふと、目の前を影が横切った。

 

「…3年前の俺か……。」

 

歯をむき出しで、怒りを込めた斬撃でノイズを屠る3年前の自分がいた。

技と呼ぶには烏滸がましい稲妻を放ち、ただノイズを破壊する。

時には拳で殴り脚で踏み付け、白雪ノ華で斬り裂く。

 

上げる雄叫びは怒りか、悲しみか。

涙を流す紅い目は、闇夜に光った。

 

 

 

その最中、世界が止まった。

 

ノイズも、舞う砂塵も、空飛ぶ鳥たちも、みんな止まった。

停止した世界の中で、3年前の俺だけがこっちを見ていた。

瞳孔の開ききった赤い目は闇の様に深く、全てを吸い込みそうな程に暗い。

 

そして、ゆっくりと動いた口で告げられた。

 

《人殺シ》

 

 

「ーーっ!!?」

 

 

 

……うげぇーー……最悪の目覚めだ。

あんな、気持ちの悪い夢久々に見たわ。

眠る前はあんなに良い気持ちだったてのに……

 

ん?

 

「〜♪〜〜♪」

 

鼻歌が聴こえる。

割りと間近から…っていうか直上から。

 

……ウチのクッションって、こんな暖かくて柔らか素材だっけ?

違うよね。これは…よもや!?

 

意を決してバッ!っと天を仰ぐと、驚いたクリスと視界が交わった。

割りと至近距離で。

 

つまり…えっと?

 

「膝…枕……だとッ!?」

「お…お、起きるなら起きるって言ってから起きやがれ!」

「そんな無茶な……あだぁッ!!」

 

立ち上がったクリスのおかげで、床とお顔がゴッツんこ。

ふつうに痛てぇよ……。

鼻、折れてないよね?

 

「……なんで膝枕?」

「違っ……あ、あれは……そのぅ…」

「あ、うん、もう良いや。」

 

しどろもどろになるクリスを見ていると、もう良いやって。

 

「うぬぬッ!」

「…2人とも起きた事だし、これからの事を話さないか?」

「…わかった。…………私はこれから、どうしたらいいんだ?」

「えぇー……。」

 

話し合いを提案したら、3秒で終了しちゃったよ。

 

「……そうだな。とりあえず、騒動が治るまでは、この部屋で過ごしてもらうとして……。なぁ、緋維音について何か情報はないのか?」

「緋維音じゃない。フィーネだ。……話したくない、っていったら?」

「無理に聞く気はねぇよ。……まだ奴を信じてるってんなら、しゃーなしだろ。」

「……変な奴だな…。あ、昔からか。」

「まぁな。」

「肯定すんのかよ。ホント変な奴だな。」

 

フフッと笑うクリスに釣られて俺も笑ってしまう。

再会は最悪だった。

でも今は最高だって言える自信がある。

 

「明日は一度外に出るぞ。必要なモノ買わないとだからな。」

「必要なモノ?食いもんか?」

「お前の衣類だよ。それ一着じゃな困るだろうが…。」

「べ、べつに困りゃしねぇよ!」

「あーはいはい。寝巻きとかも必要だな。あと生活上の消耗品。ってなわけで、買い物は決定事項だ。いいな?」

「わかったよ…。仕方ないから付き合ってやらぁ。」

「いや、君に必要な…はぁ、もう良いや。」

 

上から偉そうに言いながらも、嬉しそうな彼女にため息がこぼれた。

 

林ぃ……ここに本物のツンデレがいるぞ。

 

とここでスマホが着信を知らせる。

相手は響か。

……なんだろう…すっげぇ嫌な予感がする。

 

「…もしもし?」

《あ、ハチ君。明日、デートしよ!デート!》

 

……ふぁッ!?

 

 



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第15話

俺は珍しく人混みで溢れてる場所へ赴いていた。

クリスを引き連れやってきたのは巨大なショッピングモール。

親子や友達、恋人などで賑わうこの場所で、俺は周囲を警戒し、細心の注意を払いながら進んでいる。

サングラスを装着し、一眼で発見され辛いようにしている。

クリスも帽子に伊達眼鏡装着である。

 

 

何故かって?

今日ここに姉さんと響と未来がいるからだよ。

昨夜の響からのグループデートのお誘いは、任務疲れの名目で断っている。

その手前、クリスを引き連れてるのを見られた日には、警察の取り調べの如く詰め寄られるのは目に見えてるからな。

それにクリスは敵対していた存在だ。

もしバレたらあの姉が黙ってないだろうし。

 

余談ではあるが……宇宙人や怪獣から地球を守る巨人に変身するように、「デュァッ!」っとサングラスを装着したのをクリスに見られて超引かれた。

朝からブロークンハートだよ。

 

 

 

「……まずはここだな。」

「ここって……服か?」

 

まず、最初に訪れたのはレディースの店。

そして、俺がやることはただ一つ。

 

「すいません。この子に合う服を見繕って貰えませんか?あ、お代は気にせず3日分ほど。」

「ちょっ!八幡!?」

「あらあら〜。お任せください。では彼女さん、お借りしますねぇ〜。」

「か、彼女じゃねぇ!!」

 

店員さんに丸投げである。

だって俺、女性のファッションとかわかんねぇもんよ。

 

喚き、俺を恨めしそうに睨むクリスは店員に引きつられ、更衣室に投げ込まれた。

存外、客の扱いが雑だな…。

 

さてさて、俺はそこらで休憩で…もぉおおぉぉっ!!?

 

「翼さん、次は映画観に行きませんか!?」

「ふむ…映画か。」

「もう響ったら、ハシャギ過ぎだよ?……ん?」

「…未来?」

「ううん、何でもない。気のせいだったみたい。なんか特徴的なアホ毛が見えた気がしただけ。」

「あはは、それハチ君じゃん。」

「アホ毛だけで案外わかるモノなのね。不思議だ。」

 

遠ざかっていく声に安堵する。

何ちゅうタイミングで来るんだよ!めっちゃ焦ったわ!

 

……しっかし、サングラスだけじゃダメだったのか…アホ毛対策で帽子買うかな。

ぴょんぴょんと跳ねるアホ毛が憎らしい。

 

 

「あ、あの〜お客様?」

「ひ、ひゃい!?」

「あはは…お連れ様のお召し物の準備が出来ましたので…。」

「あ、はい。」

 

やっちまったよ…。

急に声掛けられて悲鳴が…。

 

と悲しみに染まった俺だったが、それも直ぐに吹っ飛んだ。

 

何故なら、クリスのファッションショーが始まったから。

我ながら単純である。

所詮は俺も男って事か……ヘタレだけど。

 

 

ともあれ、結論だけ言おう。

 

恥ずかしがるクリス、マジ天使。

気づいたらメッチャ買ってたし。俺が。

ついでに寝巻きも、爛々と目を輝かせた店員さんが別の店から持ってきてくれた。

 

……有難いのだが、目が若干血走ってて2人ともちょっと引いた。

 

 

そして現在、隣りを歩くクリスの格好は

 

オフショルダーで、胸元にフリルがついた黒いシャツ。

赤のロングスカートにヒールのサンダル。

髪は店員さんがしたらしく、シニヨン?八幡よくわかんない。

キャメルのベレー帽に赤縁の伊達眼鏡。

 

…滅茶苦茶大人っぽいんですけど。

え、俺釣り合い取れてなくない??

 

…そう思うのは仕方ないと思うんだよね。

だって、クリスを見た周囲の雄共がみんな鼻の下伸ばしてやがるのでね。

それから俺睨むし。超理不尽。

つーかクリスを見るんじゃねぇよ!目潰してやろうか?

 

 

「なんか、目つき悪くねぇか?」

「別に…。さて次はここだな。…頼むから1人で行ってきてくれ。流石に無理だ。」

「わ、わかってるよ!」

 

次のお店は、男子が入り辛い店No.1。

女性様の下着です、はい。

 

「さて…俺は今のうちに帽子でも買ってくるかね……。」

 

と帽子を購入し、例の店に戻るとなんかのクリスが2人組みの男に絡まれるんすけど…。

ナンパか?

……あ、クリスの腕掴んだ。

クリスは…うん、メッチャ威嚇して1人を蹴り飛ばした。

 

目立つのは嫌いだが、今回ばかりは問答無用で悪速斬。

 

足早で近づいて、クリスの腕を掴んでる男の頭を鷲掴み。

そのまま、上に持ち上げていくと、あーら不思議。

大の男が宙ぶらりんですわ。

 

連れは顔面蒼白。

クリスは引き攣った顔。

 

「痛だだだだ!!?」

「次は握り潰すからね?」

 

パッと手を離すと、尻餅をつき悪魔を見るような目で悲鳴を上げる。

失礼な奴だな。

 

 

「「ひっひぃ〜ッ!!」

「うわ…ダッセ。」

 

悲鳴を上げ逃げるナンパ共に容赦なく感想を言うクリス。

ま、たしかにダサい…のか?

 

「また絡まれたら面倒だから……仕方なくだからな、仕方なく!」

「は?ちょ、おま…えぇ…。」

 

本人曰くナンパ対策らしいですよ、この絡まった腕。

 

近い、いい匂い、可愛い、柔らかい……はっ!?

煩悩退散煩悩退散煩悩退散煩悩退散煩悩退さぁぁああああぁあんッ!!

 

「…写経でもしてみようかな。」

「急にどうした!?」

 

煩悩は、メイド服を着た小林を妄想する事で退けた。

 

……正直気持ち悪くなった。

明日、林は蹴る絶対。

 

 

この後はメシ食ったり、クリスにスマホを買い与えたり、クリスが気になった店に入ったりと、クリス中心に店を周り帰宅した。

そして、寝る前に今は使ってないタンスに買ってきたクリスの衣類を片し、あっという間に1日が終了した。

 

例の部屋にベッドがある為、クリスにはリビングに姉さんの布団で寝てもらっている。

睡魔がやってきて、眠りに落ちる瞬間思った。

 

あれ?今日のってデートじゃね?……と。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

翌日、クリスには部屋で留守番を頼み、リディアンに来てる。

平日だしな。そりゃ、授業だってありますよ。

 

「林、上段蹴りと後ろ回し蹴りどっちを受けたい?」

「どっちも嫌だけど!?会って早々なに!?」

「いや、気にするな。選んで。」

「選ぶかッ!それと俺は小林だッ!」

 

何この林?

必死だな。

 

「久しぶりに学校に来たと思ったら…まったく。」

「ひ、比企谷君おはよう!小林君も!」

「綾野か…おはよう。」

「おはよう、綾野さん。」

「2人とも仲良いんだね。あの、比企谷君が休んでいた間の授業のノートなんだけど、良かった使って。」

 

クラスメイトの綾野が数冊のノートを渡して……いや、そんなに押さえつけないでも大丈夫だからね?

 

「あ、有難いんだけど授業終わってから借りるわ。今日、現文も日本史もあるし…それないと綾野が困るだろ?」

「えッ…あ、そうだった!じ、じゃ放課後貸すよ?」

「サンキュー。助かる。」

「うん!またね!」

 

朝から元気の宜しい事で。

地球よ、オラに元気を分けてくれぇぇ!

 

……アレって悟空のせいで地球の元気無くなったりしたらどうなるんだろか?

惑星崩壊かな?だったら、地球を守る攻撃手段としては意味なしじゃね?

 

「どう思う?林。」

「なにが?綾野さんの事?だったら良かったですねモテ男くん。」

「自己紹介どうも。俺はモテないし、そんな事言ったら綾野に失礼だろ。」

「鏡見てこい、鏡を。…ところで、俺のコンテストは誰か誘ったのか?」

 

……あ、やべ。

 

「……。」

「……?」

「忘れてたかも。」

「かもッ!?…え、どう言う事!?」

 

だって、ここ最近は色々立て込んでて……

 

響の二課所属から始まり、

姉さん、絶唱で危篤。

ネフシュタンの鎧はまさかのクリス。

クリスの誤解からの和解。

 

 

色々とあり過ぎじゃね?

 

「いざとなったら、姉さん連れてくし大丈夫だろ。」

「会場が大丈夫じゃなくなるから絶対辞めてください。トップアイドルが急にきたら騒ぎだけじゃ済まないからね?」

「チィッ…注文の多いハヤシ店だな。だったら、響か未来を連れてくし。これなら問題ないだろ?」

 

ー…ピシリッ

 

刹那、教室の空気が凍りついた。

ユラァ〜……と室内の女生徒が一斉に立ち上がる。

 

 

「「ヒィッ!?」」

 

 

林と揃って悲鳴がでた。

だって、みんな一斉にコッチ見たと思ったら、目が輝きを失ってるんだもの。

え、怖い……!

 

謎の恐怖に陥り、心なしか室内の空気も重く淀んでる気がする。

 

「あ、あぁっ!俺、姉さんに呼ばれてるんだったぁ!」

「お、俺は自販機にでも行こうかな!?」

 

 

棒読みの猿芝居の後に、震える身体にムチを打ちって教室から2人で飛び出した。

廊下は走ってはいけないが、今日だけは許して神様!

なんか…わかんねぇけど怖いんですッ!

 

 

なんだったんだ?

自販機前で時間潰しをして、授業始まるギリギリに教室に戻ったらいつもの雰囲気に戻っていてホッとした。

 

が、放課後にノートを貸してくれた綾野の目は真っ黒な闇を孕んでいました。

 

……夢に出そうで怖かった。

 

 

「って事があったんだわ。」

「そうかい。んで?そうなっちまった原因ってなんなんだ?」

「分かれば苦労しねぇよ。……うっし、写し終わり!」

 

自宅にて、クリスと駄弁りながら借りたノートを写し終わり解放感に包まれる。

いくら任務があるとは言え、成績落としたくないからな。

勉強時間が不足気味だけど、騒動が治ればまた時間確保できるし、それまでの我慢だな。

 

「なぁ…教えて欲しい事があるんだけどよ。」

「なんだ、藪から棒に。」

「八幡は陰陽師なんだよな?…あの時、フィーネが言ってた。八幡が陰陽師を名乗るのは片腹痛いって。……なんでなんだ?」

 

あー…あれか。

言われたわ、確かに。

新妻に対する姑の嫌味並みに棘があったよね。

 

「俺は確かに陰陽師…それも安倍晴明を名乗ってる。でもそれは俺が世界最後の陰陽師だからだ。…つまり、だ。俺は歴代最弱の安倍晴明なんだよね。」

「あれでかッ!?完全聖遺物を相手にアレだけ立ち回ったのに…」

「いや、あれ完全に不意打ちだしな…。本来、陰陽師は師から術やらを教わるんだが……親父も先生も死んじまったからな。文献を読んで試行錯誤しながら我流で鍛えた。過去の陰陽師達は火、水、風、雷の力に加えて式神を自在に使役するんだ。ここまではOK?」

「なんとなくな。」

「ならばよし。…あー…俺な、雷しかまともに使えないんだわ。理由は親父が早くに死んだのが原因だ。先生は元々、親父の弟子なんだけど……術は全部使えたが肉弾戦に富んでいて術の修行は後回しにされたんだよね……。結果的に剣の腕は達人レベルまでいったが……術はからっきしだ。」

 

悲惨すぎるわ。

漆黒の鎧に付与してる時空干渉術式を、親父が1番最初に教えてくれてたから良かったけど。

アレ知らなかったらノイズをこちらの世界に存在固定できなくて戦えなかったからね。

 

先生は一に剣、二に剣。三も剣で四にも剣。

あと同等に格闘術。

確かにノイズ戦でも大いに役立ってるよ?でも、陰陽師としての術は何にも教えられてないんだけど!!

 

「どんなゴリラなオッさんに鍛えられたんだよ……。ん?お前、氷の術使ってたろ。」

「アレは陰陽師の能力じゃなくて、使っている妖刀の能力だ。あと先生はゴリラでもオッさんでもない。……女だ。」

「……女捨ててんな。」

 

だよね?

悩みは結婚したいのに、彼氏ができない事だった。

婚活パーティーで惨敗した日には、死にも勝る苦しい修行で俺に八つ当たり。

……そんな事してたから、彼氏できなかったんだよーだ。

 

 

「じゃーさ、どうやってー……」

 

 

続くクリスからの質問の嵐に、ついつい苦笑してしまう。

なんやかんやで、ずっと気になってたんだろうな。

 

だから一つ一つ丁寧に説明していく。

穏やかで優しい時間が流れる。

満たされた気持ちに違和感を覚えながらも、俺は会話を楽しむのだった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

「はい、これ。」

「あん?…ライブのチケット?」

「そ、私の復帰ライブよ。昨日、既に立花と小日向には渡してあるわ。」

 

昼休み。

リディアンの屋上に呼び出されたて行ってみれば、「ほらよ」と副音声が聞こえそうな程に偉そうにライブチケットを渡された。

…受け取り拒否しようかな?

 

したら、したで盛大に落ち込むのは、既に立証済みである。

…緒川さんに迷惑が掛かるので渋々受け取る。

 

「ふーん……なぁ、この会場ってー」

「えぇ。2年前のアノ会場よ。」

「…リベンジ、だな。」

「ー!…えぇ、そして乗り越えて、過去から未来へ羽ばたく。」

 

強気の笑みに、こちらも釣られて笑ってしまう。

 

過去の惨劇。

全ては2年前のあの日から始まった。

 

ノイズ襲撃。

あの日、俺は姉さん達と出会い、響は胸にガングニールを宿した。

 

 

響は前へと真っ直ぐ突き進んでいる。

 

姉さんは前へ歩みだした。

 

だから、俺も前へ進みたい。

変わる。変わりたい。

 

 

「あ、そうそう。私は八幡より奏が隣りにいた方が良いなどと思ってないから。…だから、次にそんな事を言ったら許さないわよ。」

「…司令め、余計な事を。」

 

アレか?ロリコンって言った仕返しだろ絶対。

 

「余計な事じゃないでしょ。…貴方の父君も師も、もちろん奏だって、貴方に不幸になって欲しいだなんて思っていない筈だ。だから八幡、幸せになりなさい。これは姉としてのお願いよ。……聞いてくれるわね?」

「……ありがとう、姉さん。」

 

優しい人だ。

幼少期から家族愛を知らずに育ったと、司令から前に聞いた。

なのに、血の繋がりもない俺を弟と言ってくれる。

 

支えてくれる。怒ってくれる。認めてくれる。背中を押してくれる。

 

なにより…隣りにいてくれる。

 

だから、俺はこの姉を心から尊敬してるし、大好きだ。もちろん姉として。

……羞恥心から声に出せないけど。

 

「八幡、私は奏を亡くしたあの日からただ戦う為に歌ってきた。…でも、そうじゃなかった。私は歌が好きだ。だから戦う為じゃない、好きだから歌いたい。今はそう思っているわ。」

「そっか…。」

「奏に言われた気がしたのよ。好きな事をやればいいって。だからってわけではないけれど、貴方も好きな事やりなさい。何かやりたい事をはないの?」

「好きなこと…やりたい事を…。」

 

 

……。

…………?

 

……あっれぇ?可笑しいな…昔はやりたい事が沢山あったはずなのに。

すぐに思いつかない。

なんだろう?俺って何がやりたいのだろう…。

 

「悩んでるのなら良かった。拒否しないあたり、貴方は前に進んでいる。だから、焦らないでいい。ゆっくりで構わない。うんと考えなさい。自分が一番やりたい事は何かを。……つまりは将来の夢ってやつね。」

「…わかった。」

 

 

また、見つけられるだろうか…。

好きな事や、やりたい事。

将来の夢。

 

あ。

 

「……あったわ。将来の夢とやら。」

「そう。何かしら?」

「専業主婦。」

「……。」

 

絶対零度の眼差しが俺の体温を奪っている気がする。

俺の姉はどうやらコキュートスだったらしい。

 

…あ、冗談です…やめて……そんな目で俺を見ないで。

 

「はぁ…私の弟はもうダメかも知れないわね。」

「そんな余命僅かみたいなこと言わないでくれない?冗談だし。」

「何割が冗談なの?」

「2割!」

「ふんッ!」

「あだぁッ!!」

 

 

い、痛い……拳骨とか先生以来だわぁ……あ、涙出そう…

 

「貴方は真っ直ぐ前に進めないの?」

「痛てて……人生は曲がりくねった方がより充実するだろ。」

「曲がりくねってるのは貴方の性格でしょ。」

「……ぐう。」

「ぐうの音なら出るって?ふんッ!」

「ぐほっ!?…2発目…だと……?」

 

ちょっとした冗談のつもりが、とんだ大惨事だよ。

 

安西先生…頭が……痛いです……。

痛いついでに八幡の頭がパッカーンってご開帳しそうだよ…。

 

「本当に世話の焼ける。」

「…そりゃお互い様だろ。」

「ん?」

「ひぃッ!?いしゅもお世話になっておりましゅッ!」

 

俺の姉さん恐ろしや。

次ふざけたら斬られるかもしれない。

 

ま、実際は専業主婦なんて冗談。

それは姉さんだって分かっているだろう。…分かってるよね?

 

やりたい事かぁ……。

将来の夢なんて数年前に捨ててしまっていた。

人は叶えたい夢を抱く。だが、俺は一度全てを諦めた。だから、もう一度夢を抱くところから始めなければならない。

 

まだ見ぬ幸せを目指してー……

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

時間は遡り、八幡と亜咲が逃げ出した教室内。

目に光を失った女生徒達はぞろぞろと密集する。

 

「響と未来って誰かしら?」

「今年リディアンに入学した幼馴染みだそうよ!」

「立花響と小日向未来ね。……比企谷君曰く、妹だそうよ。前にそう言ってるのをしかと聞いたわ。」

「両者共に、それぞれ例のクレープ屋に比企谷君と行っていると言う情報が!」

「な、なんですって!!?」

「しかしながら、両者ミックスベリーでは無く…ただし、仲良く食べさせあいをしていたと証言が……!」

《う、羨ましい!》

「立花響は、同級生に忘れ物を貸してあげたり、迷子の子を道案内してあげてるみたい。あと、この間は木から降りれなくなった子猫を助けてた!」

「小日向未来は怪我した同級生の手当や、勉強を教えてあげたりしているみたい。」

「2人とも、メッチャ良い子じゃん!?」

 

 

この日、女生徒達の話しの結論はこうだ。

 

立花響と小日向未来は様子を見よう。

何故なら良い子達だから!!である。

 

 

彼女達と幼馴染みが会合を果たした時、果たして何が起こるのだろうか?それはまだ、誰にも分からない!

 

ーーつづく…?

 



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第16話

鉄の軋む音が耳に木霊し、時折ガタンっと音をたて車内は揺れた。景色が移り変わる窓の向こうでは朝日が昇り始めている。

1ヶ月前よりも少し暖かく感じる陽の光がジンワリと身体に熱を与える。

前回と同じく、変装を施した俺とクリスは電車で我が千葉県にやってきた。

 

駅のホームへ降り立つと、朝の爽やかで少しだけ冷たい独特の空気が迎えてくれた。

うむ、やっぱ千葉の空気は一味違うぜ!

 

「さぁて…こっからは歩きだ。結構歩くけど。」

「最近はお前の部屋に篭ってたから丁度いいさ。」

 

軽くステップを踏み、歩き出したクリスは上機嫌だった。

そら、毎日部屋ん中だからな。外に出れて嬉しいわな。

俺なら永久に篭れるけどな!

 

「なぁ、今日は学校休んでよかったのか?」

「少しくらい構わねぇよ。こう見えて俺ってば成績優秀だから。」

「はい、ダウト。」

「嘘じゃないからね…。」

 

失礼なヤツめ。

これでも元学年主席だぞ!……出撃回数が右肩上がりになるにつれ、比例して成績落ちてるけど。

 

 

「でぇ?どこに行くんだよ?」

「……親父の墓参り。今日が命日だし。」

「はぁッ!?そうならそうと早く言えバカ!」

「はいはい、悪うございました。ほら、置いてくぞ?」

 

 

荒ぶるクリスをのらりくらりと宥めながら、ゆらりゆらりゆり…ゆっりゆっらっらと歩む。

 

生まれ育った街をゆっくりと歩くのは実に2年ぶりだった。

故に地元で見馴れた景色は幾ばくか違っていた。空き地にはコンビニが建っていたし、雑木林は保育園に様変わりしており、2年と言う時間の重みを感じつつ、少々寂しくもあった。

 

 

「……。」

「……。」

 

 

感傷に浸ってる俺に気を使ったのか、クリスは静かにちょこちょこと背後からついてきていた。

やがて視界に2年前まで通っていた中学校が見えてきた。

 

 

『ハチくーん!はやくはやく!』

お調子者の響がいた。

 

『ハチ君おはよう。』

しっかり者の未来がいた。

 

『はちまーん。おはよう!』

初めての男の娘…じゃなくて友達できた。

 

『せーんぱい!愛しのいろはちゃんですよ♡』

あざとい後輩ができた。

 

『あ?』『ん?』

獄炎の女王とヤンキー娘が怖かった。

 

『俺は君が嫌いだ。』

ムカつくイケメンリア充がいた気がする。

 

『ヤベぇっしょっ!?それはヤバイっしょ!!』

黙れ戸部。

 

『我こそは剣豪将軍なりぃぃッ!』

なんか居たわ。

 

 

「……どうかしたか?どんどん目から光が消えてたぞ?」

「いんや、昔の事を思い出してただけだ。大した事じゃない。」

 

途中までいい感じの回想が台無しだ。

剣豪将軍って誰だっけ?……まぁいいや。

 

 

 

 

『比企谷君。』『ヒッキー!』

 

アイツら、元気かな?…元気だろうな。なんせ俺が居なくなったんだし?仲良く百合百合してるんだろうよ。

アイツらと過ごした1年と少し……俺は嫌いじゃなかった。

放課後になれば、あの教室に行った。

室内に広がる紅茶の匂いも味も……アホの子が錬成した木炭クッキーは…うん、忘れたい。

 

部活仲間と呼べる彼女達とは、ぶつかり合って、傷ついて、傷つけて、すれ違った。それから初めて胸の想いを打ち明けて、そしてー……

 

 

唯一捨てきれなかった中学での思い出。

苦く、辛く、でも輝いていた時間。

懐かしいと思ってしまえるほど、俺は遠くに行ってしまった。行って戦って、変わったのか変えられたのか……成長したのだとは思う。

 

今の俺を見て、アイツらはなんて言う?

 

《目が濁ってないッ!?》

ククッ…これだろうな。

 

 

「ん?なんか楽しそうだな。」

「なんでもねぇよ。ちょっとペース上げるぞ。」

「あ、おい。アタシを置いてくなッ!」

 

置いてかねぇよ、バーカ。2度と居なくなるなっつーの。

 

…ん?あンれぇ!?カフェの窓ガラスに反射した自分の姿を見て驚愕。自然と笑顔になってるよ俺…。

 

 

『貴方の笑顔は気持ち悪いわ。比企谷菌』

『ヒッキー、マジキモい!』

 

やかましいわッ!!

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

比企谷之墓

 

とある山の中腹付近にそれは建っていた。

去年は友里さんに車出してもらったから楽だったけど、案外急勾配の坂でビックリ。俺は大丈夫だったが、クリスの息か絶え絶え状態になってしまった。

 

ショルダーバッグから線香を取り出し、ライターで直火。

明らかなるマナー違反であるが、親父の性格だと気にもしてないだろう。

一般常識が欠如しているクリスは、俺の真似をして線香を立てた。

 

揃って合掌し、瞼を下ろした。

 

親父、こんな若くて可愛い女の子に線香立ててもらってよかったな。

……あ、美人局じゃねぇからな?雪音クリスだから。アンタの親友の娘だかんな?

 

……親父。俺が安倍家の責務を果たす。緋維音から人々を助けてやらぁ。だから、見ててくれ。

1人じゃない。仲間もできた。だから……

 

「先生と一緒に、そっちで酒呑みながらでも見守ってくれ。」

「……。」

 

墓に話しかけたとて、当たり前だが返事はない。

 

「…行くか。」

「ん。」

 

短い返事でトコトコと背後から付いてくるクリス。

今年は去年より滞在時間は短かったが、気持ちは晴れやかだった。

振り返るとクリスが首を傾げる。……可愛いな、オイ。

 

「どうかしたのか?」

「いや、別に…。朝飯食ってくか。何がいい?」

「あんぱんッ!」

 

君、そればっかりだよね。

たまには、もっと高いモノでもいいんだからね?

 

結局、駅近にある朝から空いてるカフェに入りモーニングを済ませた。

再び電車に揺られ、街に戻り、変装を口実にクリスと散歩に興じる。

まぁバレなきゃ犯罪にならないって、何処かのニャルラトホテプが言ってたし大丈夫だろ。

そもそも犯罪じゃないしな。

合意の下で部屋に匿ってる。ただ、両者が未成年の男女ってなだけだ。

ダメな気もしないわけでもないわけでもないがな。

つまり、だ。俺とクリスは悪くない。世界が悪い。

 

 

そうやって勝手に世界に罪を着せた翌日。

 

授業も終わり、現在二課本部の休憩所でマッ缶で一息ついていた。

今日はとある人物に届け物があってやってきた。

ライブのリハ後に来るとは聞いていたので気長に待ちますかね。

 

「あ、ハチくーん!」

「おう。響と…君はなんでいんの?」

 

休憩中に響の乱入なんぞは当たり前と化していたが、今日はここに居るには不可解な人物が隣りにいた。

 

「その事でハチ君にお話しがー…ね、未来。」

「あのね、私も二課に協力する事にしたの。ハチ君も響も戦ってるんだし。せめてサポートだけでも…って。」

 

このパターンは完全に想定外だった。

響の帰る場所で居てやってほしいとは言ったが…それは二課の手伝いとイコールでは断じてない。戦いに身を投じているから解る。

戦いに戦いを重ねて行くと色々と変化してしまう。

戦いが当たり前になって、生き残る度に死は遠いモノだと錯覚したり、だ。

 

だから、未来には平和な世界にいて欲しいのだ。戦いで擦り減る響の常識や精神を未来に癒して欲しいと願ってたのだが…。

 

「はぁぁあ〜…。」

「盛大に溜息だね。実はハチ君が嫌がるのは分かってたよ。でもお願い。私だけ守られてるだけなんて嫌なの。微力だけど、2人を私なりに支えたい。」

「…俺たちは命懸けで戦うんだ。遊びじゃないんだぞ?」

「わかっているつもり。」

「俺や響が目の前で死ぬ可能性だってあるんだ。」

「ん、見届けさせて。」

 

やはりと言うか、退いてはくれないよね。君、愛らしい見かけによらず頑固だもんね。しかも超がつく程に。

…はぁー…何で、巻き込みたくないってのに…。

 

「わかった、無理だけはするな。言っとくが納得はしてないからな。」

「わかってる。ありがとう、ハチ君。」

「ハチくーん…私の時はもっと怒ってたよね?」

「あん?そりゃお前、アレだよアレ。うん、アレだ。」

「何の説明にもなってないよ!?」

「こんな場所で、貴方達は何を騒いでるの?」

「翼さん!」

「騒いでたのは、毎度だが響だけだからな。」

 

何て事を!っと叫びながらポカポカと…いや、ドスドスと脇腹を殴ってきやがった。ちょっ…痛いから…痛いから!!

 

片手で拳をパシパシと弾きながら、懐からペンを取り出す。

 

【影縫い】

 

響の影にペンを落とし、その場に縛り付ける。

 

「あ、あれぇ!?か、身体が動かないぃぃ!!なんでぇ!?」

「響ッ!?」

「お見事です、八幡さん。」

 

突然動かなくなった自分の身体に、響の目が忙しく動き回る。

錆びついたロボみたくにギギギッと身体を動かす様は、実に滑稽である。

何が起きたのか、さっぱり分からない未来は頻りに響の身体をペタペタと触っている。

緒川さんは褒めてくれ、犯人の俺はと言うとー…

 

「はっはっは。まだまだ修行が足りないな。」

 

つい、高笑いをしてしまいました。

緒川さん直伝、忍術の影縫い。これがまた難しい技で姉さんは会得に3年も費やしたらしい。

…俺?俺は1年半だ。

フッ…己が才能が恐ろしい。

 

「はぁ〜…やり過ぎよ。」

 

やれやれと首を振り額に手を当てる姉さんを無視して、横に置いてある箱を持ち上げる。

意外と重量のあるそれを姉さんの後ろにいる緒川さんへと渡す。

 

「あの…これは?」

「日頃から緒川さんには世話になってるんで、その御礼に。良かったら飲んでください。」

「飲む…?ーッ!まさか、このケースの中身は。」

「MAXコーヒーです。」

 

世界が止まった。

騒いでいた幼馴染みーズも呆れてた姉さん、受け取った緒川さんもみんなが固まったまま動かなくなった。

 

あら、俺っていつの間に時間停止できるようになったのかしらん?砂時計入りの盾なんて持ち合わせてないのに…八幡ビックリ。

 

「ありがとうございます。美味しく…いただきます。」

 

笑顔の緒川さんだったが、影が射していた気がした。

 

 

…やはり、か。

なんとなく、そうだと思ったんだよな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この程度の量じゃ

 

 

 

 

 

足 り な い よ ね ?

 

 

「あと1箱あるので、どうぞ。」

 

追加で更にもう1箱を乗せて、合計2箱のMAXコーヒーを献上した。

笑顔のまま、緒川さんの片目から涙の雫が流れ落ちた。

 

泣くほど喜んでもらえるとは…感激だ。

 

 

「鬼ね。」

「鬼だよ。」

「鬼なの?」

 

3人の言っている意味がわからなかった。

鬼って、何がだろう?

 

「あら、皆んな揃って何…ホントに何してるのかしら?」

 

了子さんが俺たちに話しかけてきたが、頬がヒクついている。

何をしてるってー

 

響は影縫いで動けず、未来はその響の心配。

姉さんは手持ちぶたさで、緒川さんは感極まり涙を流しているだけだよ?

 

 

「あら、その手に持つダンボールは何かしら?」

「MAXコーヒーです。俺が進呈して、緒川さんは今、感極まって泣いています。」

「…。あれは哀愁の涙でしょうに…。」

「良かったら、あと1箱あるんで了子さん要ります?」

「いらー……こほんっ。私はブラック派だから遠慮するわ。」

「そっスか…だったら。」

 

 

感涙の緒川さんに追加でもう1箱献上すると、膝から崩れ落ちてしまった。

箱を落とさない辺りから、彼の器用さと見かけによらないパワーを感じ取れた。

 

 

「えぇっと…緒川君は捨て置いて、響ちゃんはメディカルチェックをするわよん。2人はどうする?序でに受けても構わないわよ。」

「いえ、私は明日のライブ準備がありますので。」

「俺も呪符の在庫が心許ないので、製作作業に勤しむつもりなんで遠慮します。」

「あら、そう?なら、お一人様ご案なぁーい。」

 

了子さんが響を引っ張っる瞬間に、ペンを蹴り飛ばして影縫いの効力を無にする。

 

「あれ!?動く…って了子さん待ってぇ!」

「響ぃぃ!あ、失礼します!待って、響ぃ!」

「んじゃ、俺も用が済んだし帰るわ。」

 

 

残された風鳴翼と緒川慎次。

彼女はこう思っていた。

 

どうしようと。

 

自身の真下では、膝をついたまま動かない緒川がいる。

マネジャーでもある彼が復活しないとライブの準備に移れないのである。

 

「あの…緒川さん?」

「……お見苦しいモノをお見せしてすいません。さ、我々も移動しましょう。」

 

顔を上げた緒川の笑顔は、いつもより爽やかなのに絶望の色が濃く出ていたと言う。

 

 

 

 



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第17話

UAが25000を突破!……しそうです笑
皆様に感謝感激のガトリングです!


世間が待ちに待った風鳴翼の復帰ライブが開催される今日。朝から新聞もテレビも姉さんの話題で持ちきりだった。なんなら昨日から、テレビに姉さんが映りまくっていた。

 

今もテレビに映るのは昨年の姉さんのライブ映像で、やはり今日についてコメンテーター達が、こぞって自己解釈を述べていた。

好き勝手に見当違いな事を言ってらぁ。

 

 

「さぁてと。そろそろ行ってくるわ。」

 

学院から一度帰宅して、普段着に着替えてからライブ会場に向かうと幼馴染みーズとの約束。現地集合だけど、巡り会えるかしらん?

 

 

「行ってらっしゃい。」

「おう。行ってきます。」

 

クリスと秘密裏に同居して早12日が過ぎた。

近頃では、家に帰ると出迎えの言葉が自然と互いに出る様になる始末だよ。まぁ、いい事ではあるんだけどね。

 

おっと、そろそろ急がないとライブに間に合わない。

 

ーキィンッ

 

……嘘でしょ?

 

「うっわ……マジかよ…。」

「どうしたよ?」

「ノイズ……出た。」

「なにッ!?」

 

最悪のタイミングでノイズを感知した。まだ家の中でGが出た方がマシだった。いや、待て待て。Gは1匹いたら他にも多数潜んでいるってテレビで言っていた気がする……うん、やっぱり今のなし。どっちも嫌だわ。

 

はぁー……出現場所はライブ会場の真反対なのが、せめてもの救いか…。

2年前のあの惨劇なんて、2度と体験したくないからな…。

 

空気を読まずに出現したノイズに苛立つも、素早く通信機を取り出し、司令へ繋ぐ。

 

 

「比企谷です。ノイズの出現を感知しました。」

《なんだとぉおッ!?……くっ、こちらでも今出現パターンを検知した。現場に急行してくれ。翼と響君にも今から連絡を「司令、2人には連絡をしないでください。……姉さんは今日、歌を歌います。それは、防人でも戦う為でもない。歌が好きな風鳴翼として歌うんです。夢へと一歩踏み出す大事な日を無駄にさせたくない。…響にも今日はあの場所で姉さんのライブを最後まで観てもらいたいんです。言うなれば、これはリベンジなんです。」

《お前また、そうやって他人ばかりを……》

「違います。これまでの俺は自身の意思を捨ててきた。でも、今日は違います。俺は俺がそうしたいからするんです。今日のライブは俺た等3人が、それぞれ一歩を踏み出す大切な日なんです。」

《……。》

 

俺たち3人は、あの日あの場所から全てが始まった。

 

あの日から俺は二課に入って姉さん達と共に戦さ場を駆けた。

響は体内にガングニールを宿し、今は共に戦っている。

 

それぞれに思うところがある、あの惨劇。

だからこそ、姉さんと響には、あの会場でリベンジしてもらいたい。

叶うならば、過去の悲惨な記憶を、今日のライブで楽しい記憶にして欲しいとさえ願っている。

 

姉さんには夢を叶える為のスタートを切って欲しい。やっと踏み出せた一歩を無駄になんかさせてたまるか。

 

《…言いたいことは分かった。だが、1人では危険だ。せめて響君だけでもー》

 

チョイチョイと袖を引かれ、何事かと振り返るとチョンチョンと自分を指差すクリス。

ニッと笑う彼女は何も言わないが、言いたいことは予々理解できた。

司令の声はデカイからな、会話が聞こえたのだろう。

 

「司令。どうやら1人じゃないみたいです。」

《はぁ?……そういう事か…。わかった、上手くやれよ。》

「了解。急行します。」

 

クリスには出来るだけ目立たない事を強いてきた。

それは、緋維音がクリスを始末する為にノイズを差し向けるの阻止する為に。もし、その過程で一般市民を巻き込むなどクリスも、もちろん俺だって望んではいないからだ。

 

「……すまん。」

「良いってことよ。コンディションは悪くねぇ。一気に殲滅してやらぁ!」

 

本人は、努めて明るくそう言う。マジでお前、姉さん並みにいい女だよ。

 

有り余る体力を使い果たす勢いで、元気に部屋から飛び出そうとするクリスだが…

でも、ちょっと待って。

 

「待て待て。俺がバイクで先行するから。2人同時に行ったら俺が匿ってたのモロばれだからな。あとギアは監視カメラがない場所で纏ってくれ。」

「…面倒だが、仕方ないか。わかった、アタシが行くまで無茶するじゃねぇぞ?」

「おうよ。じゃ、また後で。」

 

ここから二手に分かれて移動を開始した。

バイクを法外速度で走らせる。時には壁を走り、時には建物を乗り越えるなどと、違法行為の甲斐あって割と早く到着した。

 

バイクから降りて、建物の陰から状況を把握。

 

……デカブツが一体。要塞型か…ヤツがノイズを増殖させてやがるのか。

腕時計を覗くと、ライブ開始時刻だった。

姉さんの出番までに間に合わせたいが…私情は捨てる。焦りも禁物。

安全且つ速やかに、そして完璧に奴等を屠る事だけに集中する。

 

 

「友里さん、こちら比企谷です。現場に到着しました。避難は?」

《民間人及び、周辺の港に作業員も船もなし。いつでも行けるわ。》

「了解。これより、状況開始します。……こい、白雪ノ華ッ!》

 

走ると同時に、白雪ノ華と漆黒の鎧を身に纏い、小型ノイズの群へ斬り込んだ。

一刀両断しながら、流れる様に呪符を全面に展開して飛んで迫るノイズの対策をとる。

思惑通りにノイズは呪符の雷や空気爆弾で消し飛ばせたが

 

 

「チィッ!そうくるよなッ!」

 

要塞型からノイズを砲弾とした、砲撃が予想通りに始まった。

白雪ノ華で斬り裂くが、その隙にまた飛行型及び人型ノイズが迫る。

 

【氷槍天昇】

 

白雪ノ華を地に差し込んで、俺を中心に氷の槍が地より現れ、地上のノイズを悉く貫き、飛来したノイズの進路を妨害する。

普段であれば、この技だけでも結構な量を削れるのだがー…

 

《八幡君、敵の増加率が損耗率を上回っているわ!気をつけてッ!》

「了解。クッソが…!」

 

しかし、減ってもまた要塞型がノイズを吐き出す様に増殖させてやがる。マジで面倒な事この上ない。

身体を屈めて、有りっ丈の力を込め、地を両脚で弾く。

 

空へ高々と跳んだ俺の周囲に、氷の剣を具現化させる。

更にそれに雷を纏わせ、威力の底上げをしー

 

【氷剣落雷】

 

一気に放つ。

広範囲に降り注がれたそれは、相当数のノイズを貫く。標的を外しても凄まじい輝きを放つ雷が地を走り、ノイズを消し炭にした。

 

「でも、残っているよね……。」

「だったらぁぁぁあああッ!!」

「クリスッ!?」

 

予想よりもかなり早めに到着したクリスは既にギアを纏っており、腰部アーマーを解放して、既にミサイルの発射態勢に入っていた。

 

 

【MEGA DETH PARTY】

 

大量のミサイルが一斉掃射で、空地問わずに大量のノイズを消しとばした。

やっぱ、イチイバルは対ノイズにおいて超有利だよね……。

その火力はちょっと狡い。

 

「まだまだぁぁッ!」

 

【BILLION MAIDEN】

 

ガトリング砲に変化したイチイバルのアームドギアが火を吹き、ノイズに次々と風穴を開けていく。

撃ち漏らしが、あれば俺が素早く斬ることで、クリスへノイズが向かわない様にする。

 

「デカブツまでの道を!」

「任せろッ!おんりゃぁぁぁあッ!」

 

ミサイルとガトリング砲の嵐が大半のノイズを消し炭へと変えた。

要塞型の前面にいたノイズが一掃された今が好機。

 

【閃光業雷】

 

飛んだ雷の刃は、薄くなった前面の包囲網を破壊させ要塞型までの一本道を形成した。

 

白雪ノ華を霞の構えで腰を落とし、膝を深く曲げて脚に力を貯める。

前に傾いた一瞬に、溜めた力を解放。

 

地を這う様に跳躍した俺は、ブースターを使う事なく要塞型まで跳び、白雪ノ華を奴の身体に突き刺した。

 

「砕け散れッ!」

 

苦しそうに奇声を上げた要塞型ノイズであったが、白雪ノ華が内部からノイズを侵食し、数秒後には全身を凍りつき、砕け散った。

 

その間にクリスが残党を狩り、そしていつの間にやら姿を消していた。

 

……仕事早くね?

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

「白雪ノ華エンゲージ!」

「ノイズの数が変動開始。これは…また増加した!?」

 

八幡の希望を聞き入れ、今回はシンフォギア装者なしでの戦闘となった。二課司令室では解析班の2人だけでなく、全員が八幡のサポートに躍起になっていた。

理由は至極簡単。

八幡の単騎出撃は2年間で初めての事であったからだ。

 

「八幡君、敵の増加率が損耗率を上回っているわ!気をつけてッ!」 《了解。クッソが…!》

 

友里は最新情報を随時、八幡へ通信する。

 

「司令、本気で八幡君1人で…。」

 

藤尭は焦っていた。八幡の単騎出撃の理由は聞いていたが、それでも響だけでも同行させるべきだと思った。

八幡の実力は認めてるし、疑いようもない。だが、それでも戦さ場では、数が物を言う場合があることは奏を失った1年前から重々承知していたからだ。

 

そんな折、司令室に煩いくらいにアラート音が鳴り響いた。

今度は何だと、藤尭は思った。その隣で相方とも言える友里が驚愕し、息を呑んだ。

 

大きな叫び声は司令室内に木霊する。

 

「ア、アウフヴァッヘン波形を検知ッ!コレは…照合確認ッ!」

 

巨大モニターに映し出された文字。

それは、

 

「コード、イチイバルです!司令ッ!」

「イチイバルだとぉぉおッ!?」

 

今の弦十郎の驚きは迫真の演技だとは、誰も知らない。

しかし、マズイと彼は思っていた。クリスが乱入するのは知っていたとは言え、姿を見せた時に心中では安堵してしまったのだ。これで八幡な身の安全と勝率が格段にあがると。

だから、この先どう反応したら良いのか考えがなく、そして思いつかないのであった。

 

「イチイバルって…例の雪音クリスですよ。八幡君がまた攻撃でもされたらー」

 

何も知らない友里の反応は当たり前だった。なんせ、クリスは前回の戦いで容赦なく八幡達にミサイルを打っ放したのだから。

また言葉に詰まる弦十郎に更なる追い討ちが迫る。

 

「いや…イチイバル、白雪ノ華を援護しているぞ!」

「なっ!?……ノイズの損耗率が飛躍的に上昇!八幡君ッ!……ん?司令、八幡君との通信が取れなくなっています!」

 

おいおい、と心は愚痴る。展開が早過ぎて思考が纏まらない。

通信拒否はクリスとの会話を聞かれない為とはわかっているが、状況の変動速度が尋常じゃなく感じ取れた。

 

(いや、待てよ…。)

 

しかし、己が取るべき道筋が見えた瞬間、彼の目に炎が灯った。

 

「八幡との連絡が取れないのであれば、せめて映像記録だけでも怠るなッ!友里は引き続き八幡を呼びかけるんだ!」

「「了解!」」

 

そこからは、焦ってはいるが我慢して見守っているスタンスをとる。

まさに渾身の演技である。

よもや、自分達の上司が演技しているとは思わない二課職員達は自分がやれる事に真剣に取り組む。

 

その時、弦十郎は思った。心が痛い、と。

 

「ノイズの殲滅を確認。それとイチイバルの反応消失しました。」

「八幡君との通信、回復しました!」

《こちら比企谷です。すいません、乱入者も居たので集中する為に通信を拒否してました。》

「…わかった。今から何名か現場に向かわせる。」

《了解。俺は……うし、姉さんのライブに急行しますんで。では。》

 

あいも変わらず一方的に通信を終える八幡に一同苦笑する。

と思ったら

 

《あー……自分の我儘に付き合ってもらい、ありがとうございました。で、ではッ!》

 

やはり一方的に通信を切る八幡だったが、一同は苦笑ではなく、微笑みを浮かべ、何人かはこう言った。

 

デレた。っと。

 

◇◇◇◇◇

 

 

姉さんのライブも無事見届ける事ができた。ギリギリで。状況を把握していた緒川さんのお陰で、特等席で観れた。そう…特等席で。

 

「よ、お疲れ。泣き虫姉さん。」

 

ステージ場で涙を流した姉さんが退がってきたので、労いの言葉をかけたが、本人は目が点になる。

こらこら、アイドルがしていい顔じゃねぇぞ。

 

「は、八幡ッ!?貴方、なんでここに居るの!?」

 

そりゃ、驚くよね。だってここステージのバックヤードだもん。一般人は入れない場所だし。なんなら特等席って言ったけど、俺がいたのはステージの脇道だからな。スタッフさん達の誰コイツ?って視線が超痛かった……。

 

「ノイズ殲滅してきたら、一般入口じゃ間に合わないって事で緒川さんの計らいで、ね。」

「殲滅って…1人で出撃したのッ!?なんて無茶を!!」

「どうどう!声抑えて。只でさえ目立ってるんだ、勘弁してくれ。」

「あぁ、もうッ!こっちに来なさい!」

 

プンプン怒りながら、腕を引っ張ってズカズカと歩く姉さんに誰も声を掛けない。いや、わかるよ。この人、怒ったら滅茶滅茶怖いもんね。

 

そのまま連れられた場所は、姉さんの控え室で緒川さんが出入口で見張ってくれている。

 

「っで?単騎出撃の言い訳は?」

 

トントンと早いリズムで指を腕で叩いてる辺り、怒ってますね。こりゃアイスを勝手に食った時の比じゃねぇや。

 

「そうしたかったから。」

「理由は?」

 

…やべぇ……言葉間違ったら斬られるやもしれん。

 

「……俺の我儘だ。ゴメン、もうしない……なるだけ。」

「ハァ…貴方の事だから、必要があればまたするんでしょ?分かってるわよ、そんな事。」

 

怒りの次は呆れですか…感情豊かっスね。

 

あ、目が怖い。なんだよ、まだ怒ってんのかよ!

 

「私と立花の為に無茶したのね?…ごめんね。」

 

と思ったら急にしおらしくなるし。怪盗百面相かよ。

 

「違う。司令にも言ったけど俺がしたいからしたんだ。」

「我儘って、そう言うこと?」

「うっ…まぁ、な。」

「そう。わかった。……でも、我儘って言うならもっと可愛いのがいいわ。」

「男の俺にそれは求めないで下さい。」

 

可愛い我儘…ね。

アレか、あざとく

せんぱーい、私が仕事手伝って欲しいじゃないですかぁ〜?ってヤツか?

……違うか。

 

 

「時間も時間だし、帰るわ。…なぁ、姉さん。歌うのは楽しかったか?」

「心底ね。…私はまた歌えたわ。うん、歌える。」

「ん。」

 

控え室を後にし、緒川さんの案内の元でバイクまで戻り、帰宅した。

部屋には既に明かりが灯っていた。つまり、彼女は既に帰宅済みである。一応、戦闘後に連絡は入れてるから無事のは確認済みだが、やっぱり不安があったので、安堵する。

 

解錠し、ドアを開ける。言う言葉は勿論コレ。

 

 

「たでま〜。」

「おかえり。」

 

 



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第18話

お気に入りや評価、感想をしてくださった皆様にこの場を借りてお礼申し上げたいと思います。
ありがとうございます!!


《こンの、ゴミぃちゃんッ!また1人でお父さんの墓参り行ったでしょッ!》

「えー…開口1番が罵倒って……。」

 

久しぶりの小町からの着信に、心をワックワックさせてたらコレだよ。小町の盛大な怒鳴り声で、ソファーにて寛いでたクリスが驚いて小さく跳ねた。目をパチクリさせてます。俺の妹がゴメンね。

 

《今年は一緒に行くって約束してたでしょッ!?》

「母ちゃんに伝えてたろ?今、忙しくて時間合わせるの難しいんだよ。」

《またそれぇ!?小町その言い訳聞き飽きたよ!もうぉ〜、お正月も帰ってこないし。小町、2年もお兄ちゃんに会ってないんだよ!?》

「お、なんだ?寂しかったのか?」

《〜ッ!?馬鹿、ボケナス、八幡!》

「待て、八幡は悪口じゃないだろ!?」

 

そっか……寂しかったのか。いやいや、ごめんよ。お兄ちゃんマジで忙しいんだよ。俺だって小町に……小町に会いたいッ!!

 

よし、決めた。絶対休みを捥ぎ取るッ!全ては小町への愛の為にッ!

 

「夏休みには帰れるようにするから。」

《本当にぃ〜?》

「本当に本当だって。なんならマジで。」

《あ、そう。…ん、お母さんに代わるから。》

 

 

急にあっさりし過ぎだからね?あっさりなのは人間関係だけで良いのよ。

 

《もしもし。八幡、元気してる?》

「久しぶり。超〜元気。」

《本当に?アンタ、元気なくても元気があっても、あるのかないのか解らないから母さん心配だわ。》

「根暗って、遠回しに言わないで良いからね…。」

 

実の親に根暗呼ばわりとか辛いわぁ〜…。しかも、気を利かせて遠回しに言うのが、心にくるわ。ストレートで言われても嫌だけどな。

 

《……最近、東京でノイズによる被害が多発してるらしいじゃない。アンタは大丈夫なの?無理、してない?》

 

本音はソレか。……心配してくれてるんだな。

 

「あぁ大丈夫だ。」

《そう…。小町、寂しがってるし、お盆くらいは帰ってこれないの?》

 

通話の向こうで、小町の焦った喚きが聞こえたけど大丈夫。お兄ちゃん、ちゃーんと寂しかったって分かってるから。俺も寂しかったし、相思相愛でよろしいかと。

 

「ん、夏休みは休暇貰って帰るよ。会わせたいヤツもいるし。」

 

我が家のソファーで胡座かいてる奴をね。

……あ、それ俺のアイスッ!!

 

《あら…あらあらあら!もしかして彼女……なわけないわよね。八幡ですものね。》

「うん、そうだね違うね。なんせ俺だもんね。」

 

母からの信頼が絶大過ぎて、八幡泣きそうだよ。

 

《あまり無茶したらダメだからね?さて、夜遅くに悪かったわね。…おやすみなさい、八幡。響ちゃんと未来ちゃんにもよろしく言っといてね。》

「あいよ。おやすみ。」

 

親子揃って、マジ俺に失礼だと思う。……過去を振り返ってみたら、身から出た錆でした、てへッ。

 

「やけに騒がしい電話だったな。」

「まぁ久しぶりの家族との会話だしな。あと、それ俺のアイスなんだけど?」

「今日の戦闘報酬だ。安いもんだろ?」

「えー……。」

 

それを言われちゃうと何にも言えなくなるじゃん。あぁ…俺のアイスちゃんが……。

 

「家族…か。仲良いんだな。」

「離れて暮らしてるから喧嘩のしようがないじゃん?」

「そう言う意味じゃねぇよ。」

 

"羨ましい"

クリスの眼差しが、そう言っている気がした。…やっちまった…無神経だった。クリスは両親を亡くしてるのに……配慮が足りなかった。

 

「なぁ、八幡。人から戦争を無くすにはどうしたらいいと思う?」

 

急にまた…。だが、話題を変えるチャンスだし、乗っかりますか。

 

「ん〜……お互いが妥協し合うしかないだろうよ。争いの基本は奪い合いだ。利権に富など言い出したらキリがないがな。だから、妥協するしかねぇんじゃねぇの?」

 

じゃないと争いは絶えない。人は欲深い生き物だ。隣の芝が青いと思えば、力があれば奪いにかかる。だが奪われまいと応戦すれば、最後に待つのは、片方または両者の滅びだけだ。

 

「妥協ねぇ……。アタシは違う。戦う意思と力を持つ奴等を片っ端から潰していけば良いと思ってる。それが1番合理的で現実的だ。」

「その果てに待つのは平和だと?」

「そうだ。平和だ。なのに…いい大人が歌で平和にするだの言ってやがった。」

 

憎しみ。悲しみ。そう言う彼女から感じとれた。

なんだ…何が言いたいんだ?

 

「アタシの両親さ。とんだ夢想家で臆病者だ。……戦地で難民救済?歌で世界を救う?イイ大人が夢みてんじゃねぇよッ!」

 

拳をテーブルに叩きつける。彼女の瞳は憎悪の炎を灯していた。打つけた箇所が赤くなったクリスの拳をそっと掴み、優しく摩る。

あーぁ、赤く腫れてんじゃんか。

 

「お前、両親を憎んでるのか?」

「あぁ……アタシはパパもママも大っ嫌いだッ!2人だけじゃない、大人はみんな大嫌いだ!戦争して、アタシに酷い事して、全部大人がそうしてきた!」

「……そうか。それで戦争の火種を消す、か。…クリス、お前のやり方は間違ってる。」

「ッ!?」

 

腕を振り解こうとクリスが力を入れるが、させない。至近距離で睨まれるが、負けじとこちらも睨み返す。

しばし、時計の針が進む音だけが部屋を包む中、先に口を開いたのは俺だった。

 

 

「力を持つ者を潰した所で、また別の奴が現れる。また潰しても、その繰り返しだ。その先に待つのは平和じゃない。…泥沼だけだ。」

「だったら、お前の言う妥協が正しいと…?そう言いたいのか!?」

「さぁな。正解なんて俺にもわかんねぇよ。でもよ…お前の両親が間違ってるとも思えない。」

「はぁッ!?」

「歌で世界を平和にする…確かに無茶で無謀な話しだ。でもよ、雅律さんもソネットさんも臆病者なんかじゃない。本当に臆病者なら戦地なんて地獄に自ら望んで行ったりやしない。」

 

不足している食料は強者に奪われる。民を顧みない戦火の拡大。家も街も何もかもが戦争によって焼けていく。殺して、殺されて。

クリスの捜索途中で、この目で見たから分かる。地獄と呼べてしまう程に、戦地は悲惨だった。

臆病者なら絶対に脚を踏み入れる事のない領域だ。

 

「お前の両親はただ夢を見るために行ったわけでもない。叶えようと実行していた。……力と力を打つける命の奪い合いではなく、歌で手と手を取り合おうとする。正しいとは言えないが、間違えているとも思えない。」

「……。」

「2人はさ、叶えられるって信じてたんだよ。歌で世界を平和にできるって夢を。」

 

あの人達は世界的に有名だった。それはトップアイドルと呼ばれる姉さん以上に。

滑らかで優しくも激しい旋律を奏でる雅律さんのヴァイオリンを聴き、俺は鳥肌がたった。その隣りで歌うソネットさんの歌声が重なった時、ガキながら心と身体が震えたのは今でも鮮明に覚えてる。

生きていれば、本当に世界を歌で救っていたのかも知れない。そう思うよ。

 

「そして、その夢を叶える瞬間をお前に見せたかったんだろうさ。」

「なんで…そんな事を…。」

「そんなの決まってんだろ?2人がお前の事を大好きだからだろうが。…子どもは親の背中を見て育つもんだ。だから歌で平和を勝ち取る瞬間を…夢は叶えられるって事をお前に見せたかったんだろうよ。子どもを愛する親としてさ。」

「あ……くっ…。」

 

俺は先代安倍晴明、つまり親父を見て育った。陰陽師としての生き様や振る舞いを間近で見てきた。厳しい躾や、修業。でも、それは俺が生き残る為にした行いだ。

だからこそ、確かにそこに家族としての愛を感じていた。

こんな俺ですら感じた親の愛情を、クリスが分からないはずがない。

 

涙を流すまいと唇を噛み締める彼女。口ではあぁ言ってたけど、やっぱり今でも両親が大好きなのだろう。

俺が言うのも烏滸がましいが、コイツも相当な捻くれ者な気がする。だから、素直になれない。言えない。

 

「クリス。泣ける時に泣いとけ。」

 

ついに両手で顔を覆い、流れる涙を見せまいとするクリス。だから、俺はそれ以上は何も語らずにただ優しく頭を撫でる。

悲鳴のように泣き声を出すクリスの側で只管、頭を撫で続けた。

 

泣き止んだのは、それから10分後だった。

目は赤く充血し、鼻も少々赤い。ちょっと睨まないでくれない?俺、何も悪くなくない?

 

「…また八幡に泣かされた。」

「人聞きの悪い事言わないで下さい。」

 

そんな性悪男子みたいな。…別に良くもないけど。

 

「再会したあの日、お前は歌が大っ嫌いと言ってたよな。今はどうだ?」

「ア、アタシは…。」

 

顔を真っ赤にして、モジモジとするクリス。

あ、恥ずかしいんだよね?トイレ…じゃないよね?

まぁいいや。

 

「俺は好きだぞ?お前の歌。」

「なッ!?何こっ恥ずかしいコト言ってやがる!!」

 

い、痛い!そんなペシペシと叩いてこないで!

別に、素直な感想言っただけなのに……。

 

「…なぁ、アタシは今まで間違いだらけだったのかもしれない。いや、たぶんきっとそうだ。だったら、今度は正しく前に進みたい。」

「正しくなくても、間違ってもいいんじゃね?俺らはまだ成人も迎えてないガキだ。だったら、間違って、迷って、悩んで進めばいい。正しく前に進むなんて、まるで機械みたいじゃん?」

「…それはアタシへのフォローのつもりかぁ?伝わりにくい事この上ないぞ。」

「違う。昔、先生に言われたんだ。"正しさだけじゃ駄目だ。間違って、悩み、傷つき、躓きながら進むといい。その先には何事にも折れない強さを手にした君がいるだろう。なぁに、悪い事をしたら叱ってやるから安心したまえ。それが大人の勤めだ。"…だってさ。」

「そっか…いい先生だな。」

 

あぁ。いい先生で、カッコいいんだぜ?強くて、優しくて、男気溢れてて。でも、それが災いして男に逃げられるんだけどね。

 

「アタシは、ただフィーネの言う事を信じて従ってきた。でも、それは間違いだった。裏切られて傷ついた。だから、ここに来て沢山悩んだ。…考えが纏まらないで躓いた。でも、決めた。だから次は進むんだ。その為にも、フィーネと決着をつけなきゃならない。」

「…1人で、か?」

 

ゆっくりと首を横に振るクリスは、俺に手を差し出してきた。

 

「一緒にヤツのアジトまで来て欲しい。頼めるか?」

「あいよ、任せろ。」

 

彼女の手を取る事に迷いはない。頼られるのが、寧ろ嬉しい。

やがて手を離し、俺は心を落ち着かせながら写真立てを手にとった。

 

それをテーブルに置くと、クリスを手招きする。

 

「ここに写っている人達は全て、俺にとって大切な人だ。……なぁ、クリス。この中に緋維音……フィーネはいるか?」

 

居ないと言って欲しい。これが俺の心からの願いだった。

でも、やはりと言うか……世界は俺に優しくはなかった。

 

「……あぁ。いる。」

「ッ…そいつは誰だ?」

 

スッ…と細いその指の先には、1年前に撮った写真。クリスは指を指したまま写真に近づき、その人物を告げた。

 

「この女が、アタシの決着をつけなきゃいけない…フィーネだ。」

「ッ!!?……。そっ…か。すまん、助かった。」

 

悔しさ一色に染まる心。視線を逸らしたくなるほどの残酷な真実に心臓が締め付けられたように痛む。

違って欲しかった。この中には居ないと言って欲しかった。二課にいても、別の人であれば幾ばくかマシだった。

 

「…この人が緋維音……ははっ、マジかよ。」

 

初代・安倍晴明より子孫へ伝わる願い。罪無き人びとを守護し、緋維音の暴挙を止めて欲しい。

その願いは何代移り変わろうと伝承し、叶えられてきた。

 

「アンタのやろうとしている事、止めますよ。……了子さん。」

 

クリスの指先には、笑顔で写る了子さんがいた。

 

 

 

 

 

そして物語は収束に向かい、動き始める。

 



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第19話

「すまない。比企谷八幡はいるか?」

 

昼休みに2年の教室へ訪れた有名人。長時間の休憩を迎えて騒がしかった教室内がシーン…と静まり帰る。

風鳴翼と言うトップアーティストの突然の来訪に室内には緊張が走り、誰1人として彼女の質問に答えれなかった。

 

たった1人の男子生徒ー

 

「比企谷なら休むって、俺宛にメッセージがありましたよ。」

 

小林亜咲を除いて。クラスメイト達は、あの風鳴翼に臆する事なく会話する亜咲に尊敬の眼差しで見つめていた。

 

(お前が勇者かッ!!)っと皆が心中で叫んだと言う。

 

亜咲はスマホを開きメッセージを翼に見せようとした時だった。

 

「すいませーん。ハチ…じゃなくて、比企谷八幡先輩はいますか?」

 

今度は教室の後方出入口から元気な声が聞こえた。

声の主は前方出入口にいる翼に気づくと、これまた元気に小走りで近寄ってきた。

 

「翼さーん!あ、あと林さん、こんにちは!」

「完全に毒されてる!?あの、前にも言ったけど俺は小林だから。小林亜咲。」

 

ガックリと肩を落とす亜咲に、誤魔化す様に乾いた笑い声を出す響だった。状況がうまく飲み込めない翼は首を傾げるが、まぁいいかと話題を変える。

 

「立花も八幡に用が?」

「用って言うか、今日の早朝トレーニングに来なかったから様子を見に。翼さんは?」

「昼休憩なのに、いつもの場所に来ないから探しにね。」

「風鳴先輩、響ちゃんもはいコレ。比企谷からのメッセージ。」

 

差し出されたスマホに書かれていた文字を見て、2人は……ん?っと首を傾げる。

メッセージ内容は

 

休む。あとは任せた。

 

のみだった。

 

「あの子ったら…わかったわ。ありがとう。」

「うっわ人任せだなぁ〜。すいません、は……小林さん。」

「もう慣れっこだよ。休む度に、こんな風に俺に連絡するんだもん。」

「そう…だったら、八幡は君を信頼してるのね。」

「そうでしょうか?雑ですよ、扱い。」

「だったら尚の事ですよ。ハチ君、身内には雑ですもん。」

 

 

あの比企谷八幡から信頼を得ていると言われ、ちょっぴり嬉しいと思えた亜咲であった。

だが、顔は平常心のまま2人にこう告げた。

 

「複雑な気持ちだ。」っと。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

風を切りながらバイクは走る。いつもよりも速度を落とし、後ろから抱きつくように捕まっているクリスへ極力負担がないようにする。

晴れま青空の下、海沿いを走るのはツーリングみたいだった。

 

実際は現代に蘇りし緋維音……もとい櫻井了子の秘密のアジトへ突撃しに向かってるんだけどね。

 

「あれだ!あの洋館がアジトだ!」

「……でかっ。」

 

ブレーキを引き、バイクをゆっくりと停車させる。

ヘルメットはハンドルにぶら下げ、クリスと最終確認を行う。

 

「打ち合わせ通り、気づかれない様に慎重にいくぞ。」

「あぁ。アタシが先導する。」

 

コクリと頷き、俺達は静かに行動を開始した。クリス曰く、この洋館には監視カメラの類はないらしく、ならばと堂々と正面玄関から侵入した。

 

ゆっくり…ゆっくりと静かに歩む。

しっかし、まるで生活感の感じられない建物だな。無駄に彫刻や絵画が飾られてるけど。

 

「こっちだ。」

「おう……ん?」

 

風が運んできた微かな匂い。……気のせいか?鼻でスンスンっと匂いを嗅ぐと、嫌な方面で知っている2つの臭いがした。

眉間に皺を寄せ、眼光が鋭くなった俺に気づいたクリスは真剣な顔つきのまま強張る。

 

「…血と硝煙…火薬の匂いがする。」

「ッ!?…どうする?」

 

どんな非常時でも突撃は同時にする。その決まり事を守り、飛び出したい気持ちを抑えて冷静に対処するクリスに、ちょっぴり安堵した。

 

「今、ギアを纏えば侵入がバレる可能性がある。白雪ノ華と戦鎧も同様だ。だから、コレだけで行く。」

 

数枚の呪符を懐から取り出す。念の為、毎日制服でも持ち歩いてて良かったわ。

 

「…だいたい、あの扉の向こうにフィーネの野郎がいやがる。……異常と感じた場合は即座にギアを起動する。」

「あぁ、それで行こう。……準備はできてるか?」

「すー…はぁー…。いつでも。」

 

フッ!と息を吐き、意識を集中させ、巨大な扉の前に移動する。

互いに目で合図を送り、コクリと頷きー

 

ドカァッ!!

 

扉を蹴り上げて突入した。呪符を投げつける体勢になり、状況確認をしようとしたが……

 

 

「なんだよ……一体何が?」

 

室内は悲惨な状態だった。割られた窓ガラス。銃で穴だらけにされたモニターや家具。

なにより異常なのは、日本人ではない者達の死体の山と血溜まり。

 

クソ…嫌な臭いだ。

 

 

「フィーネは…いない?」

「しかし、やったのは間違いなくヤツだ。」

 

死体をそれぞれ観察してみると、抉られたように肉は削られ、斬殺や刺殺されいるものが殆どだった。

 

どういう殺し方したら、こんな抉れた傷になるんだよ…。

 

ザッ……

 

「そこかッ!?」

 

背後から小さく聴こえた足音に反応し、呪符を構える。しかし、瞳で捉えた人物は敵ではなく味方だった。しかも上司どころか司令官である。

投げつける直前で踏み留まり、一応警戒は解かずに対峙する。

 

「やれやれ…投げつけられなくて良かったよ。」

「風鳴司令、何故ここに?」

「そりゃ、こちらの台詞だ。容疑者の身柄確保に訪れてみりゃ、酷い有様だな。」

「殺ったのはアタシ達じゃない!」

「ハナからお前達を疑っちゃいないさ。」

 

司令が手を挙げて合図を送ると、背後で息を潜めていた黒服さん達がゾロゾロと雪崩れ込んできた。

彼等は周囲の調査を始めた。って、待て待て待てッ!

 

 

「全員止まって下さいッ!」

 

俺の叫びに二課エージェント達は動じる事なく、動きを止めた。

クリスは、ビックリしてた。

 

「……。」

「??」

 

俺は視界を遮断し、思考に耽る。

 

死体は何故そのままにしている?隠す必要も、誤魔化す必要もないからか?

モニターは割れてはいるが、コンピュータは生きている。データを秘匿するなら破壊するのが定石だ。

いや…違う、そこじゃない。そもそも、何故このタイミングで司令がやってきた?どんな情報を掴んだか知らないが……

 

ー情報を掴んだ?

 

違う。掴まされたんだとしたら……?

 

もし、俺が櫻井了子なら……

 

 

「ーッ!!罠だッ!死体とコンピュータに触れないでください。司令、この中に爆薬処理が可能な方は?」

「大半ができる。お前たち、八幡の声は聞こえたな?各自、罠を探りつつ処理に当たるんだ!」

 

流石は二課のエリート達だった。スムーズに罠を発見し、その場で爆弾の処理に当たり始めた。

 

「よく気づいたな。」

「情報を流し、二課の要を誘導。重要なデータを含め死体諸共、爆弾で処理。非常に合理的ですよ。…俺が櫻井了子なら、そうするだろうって考えました。」

「ッ!?やはり、気づいていたか。」

「いえ、昨夜クリスに教えてもらいました。緋維音は櫻井了子だって。あの写真が役に立ちましたよ。」

 

入学後の楽しい嬉しい思い出は何処か遥か彼方へ飛んで行ってしまった。

いつも笑って元気付けてくれた。傷を負った際は、真っ先な治療をしてくれた。

あの笑顔も、偽りだったのだろうか?

 

スッと影が落ちる。ズシッと頭に何か乗ったと思いきや、左右に優しくそれは動いた。ビックリして、目で上を見てみると司令に頭を撫でられていた。

 

《八幡。》

 

その姿が父親と重なる。まるで、泣く子を慰めるように優しく撫でるそれは無性に懐かしかった。固く、ゴツゴツしてて、でも暖かった。

 

「……あの、もう大丈夫なんで。」

「お、そうか?」

「オッさん、ロリコンだけじゃなくてホモだったのか?」

 

…。

……?

……えッ!?クリスの言葉が脳を揺さぶった時、俺は司令から離れて呪符を構えていました。

 

「……違うからな?」

「えぇ、信じてますよ。」

「なら、呪符を仕舞ってくれ。」

「風鳴司令。仕掛けの全ての解除と爆弾の処理が終わりました。指示を。」

 

エージェントの報告を聞き、俺をチラ見しながら指示を出す。

そんな反応されると怪しさ倍増なんですけど。なーんて、おふざけは終わりだ。

司令の指示は的確だった。

半分の人員は死体の回収をし、そのまま二課本部へ帰投。データ関連に強いもう半分は、残ってデータの抜き取り作業を行うこととなった。

 

一旦外に出て、司令とクリスで事の顛末を話している時だった。

 

「カ・ディンギル……フィーネか言っていたんだ、カ・ディンギルって。それが何なのか分からないけど、ソイツはもう完成してるみたいなことを。」

「カ・ディンギル…。司令、心当たりは?」

「ないな。しかし、それが何にせよ大きな収穫だ。もしかしたら中のコンピュータに記されてるやもしれん。」

「だったら俺は残らせてもらいますよ。…カ・ディンギル、何か嫌な感じがしやがるんで。」

「だったらアタシも残らないとな。」

「俺は本部に帰投する。…八幡、後手に回るのは終いだ。」

 

突き出された司令の拳。

クリスは分からないのか首を傾げてるが俺にはわかる。

 

「えぇ。今度はこちらから仕掛けましょう。」

 

コツンと自分の握った拳を軽くぶつける。

これは反撃の狼煙だ。

司令は満足気に頷くと、赤いSUVで去っていった。

……まさかの自家車かよ。司令、偉いんだから送迎して貰えばいいのに。

 

「あの風鳴司令は?」

 

洋館の中から1人のエージェントが走ってきた。割りと慌て気味なんだけど…どったの?

 

「今本部に戻りましたけど?」

「何かあったのか?」

「えぇ…。もし宜しければ比企谷さんにも見て頂いきたいのですが。」

「わかりました。クリス。」

「あいよ。」

 

てなわけで、死体の消えた例の場所に戻る。コンピューターと二課のノーパソを配線で繋ぎ合わせて、データの抜き取り最中の様だったのだが…。

 

「こちらを見てください。重要なデータは殆ど残されておらず、中に有ったのは比企谷さんと立花響さん、そして二課の防衛システムとエレベーターシャフトのデータのみでした。」

「俺と響の…?すいません、そのデータを出してください。」

 

 

そこに記されていたのは、俺の実力をデータ解析したものだった。使える術だけでなく体術データまで。嫌な事にそれらを先代達との比較までされてやがった。……やべ、落ち込むわ。

……ゔぁ!?こんなに差があるん!?初代様と3代目様、化け物かよッ!!?……あれ?体術だけなら、俺は歴代最高なの?やったぁ♪って喜べるかッ!!これじゃ、ただの脳筋だろうがッ!

 

「おい、この立花ってヤツのデータが変だぞ。」

「変って…なになにー」

 

立花響。融合症例第一号。

爆発的なエネルギーの源は胸にある第3号聖遺物ガングニールによるもの。また、これに伴い異常な回復速度を可能としている。

過去からの超越せし存在になりうる。カストディアンからの呪縛から解放される可能性。

 

 

「いや、意味がわからん。」

「アタシだって分かんねぇよ。」

「……まぁいい。今はカ・ディンギルについてだ。すいません、カ・ディンギルって言葉が出てきませんでしたか?」

「カ・ディンギル……。いえ、該当するモノはありませんね。」

「そう、ですか…。ん、通信か……比企谷です。」

 

通信は司令室からで、既に姉さんと響は参加していた。

 

《さて、サボリ魔の弟には罰が必要ね。》

《連絡なしで、トレーニングしてくれないし。…ハチ君今どこ?》

「……は?通信内容ってコレなの?」

《違うぞ。2人とも八幡へのバッシングは後にするんだ。…収穫があったんだが……了子君は?》

《まだ、出勤していません。朝から音信不通でしてー》

 

了子さんの身を案じて、心配そうな声色の友里さん。だが、こちらも別の意味で心配だ。今この瞬間に何かやらかすんじゃないかと。

 

その時、通信に割込みが入った。

 

《やーっと繋がったぁ。ごめんね、寝坊したんだけど通信機の調子が良くなくて。》

 

いつもの戯けた調子の了子さんだが、白々しい。

一応、身の心配を告げる司令も、やはり白々しい。

隣りで息を潜めていたクリスに視線を送ると、ゆっくりと頷いた。そうか、やはり了子さんが…。

そんな中、司令が打って出た。

 

《カ・ディンギル。この言葉が意味するモノは?》

 

いきなり確信つくたぁ…マジで打って出やがりました。

まぁ後手に回るのは飽きたしな。丁度いいか。

 

《ーッ…カ・ディンギルとは、古代シュメールの言葉で高みの存在。転じて、天を仰ぐほどの塔を意味するわね。》

《何者かが、そんな塔を建造していたとして、何故俺たちは見過ごしてきたのか。》

《確かに、そう言われちゃうと…。》

「響が気づかないにしても、俺たちが気づかないのは可笑しな話しですね。」

《……あ、バカにしたよねッ!?》

《痴話喧嘩は後になさい。》

 

おっと、姉さんに怒られちまった。でも、事実なぜ俺たちは塔などに気づかなかったんだろうか…。光学迷彩……?いや、そもそも、そんな建造物を一個人で造れる物なのか?

 

《何にせよ、漸く掴んだ敵の尻尾だ。このまま情報を集めれば勝利も同然。相手の隙にこちらの全力を叩き込むんだ。…最終決戦、仕掛けるからには仕損じるな。》

「了解。」

《了解。》

《了解です。》

 

通信を切ると、安堵の溜息が出た。司令、色々と仕掛け過ぎだろ。了子さん、一拍だけ呼吸止まってたし。そりゃ、まさか図星突かれるとは思わなかったよな。なんせ、クリスは俺と居るんだ。ま、知る由も無いだろうが。

 

「カ・ディンギル…高みの存在……塔。ここらで1番高いのってー」

「東京スカイタワーだな。だが、いくらヤツでも極秘裏にアレに手を加えるなんて土台無理な話しだ。」

「ん〜…じゃ、見えなくしてるとか?」

「だとしても、そんな建造物を一個人じゃ造れるもんかよ。」

 

ーキィンッ

 

あっ、そう来る?来ちゃうん?

しかも場所は……うん、スカイタワー方面だよね。

 

「ノイズが出やがった…って通信早ッ!?」

《八幡君、飛行タイプの超大型ノイズが計4体が東京スカイタワー方面へ移動中!翼さんと響ちゃんはもう向かっている!》

「藤尭さん、了解です。ただちに追いかけます。」

「アタシも行くッ!」

「……あぁ。急ぐぞ。」

 

通信を切り、バイクへ向かう。たぶん、今回のノイズは囮だろう。俺たちの目をスカイタワーに向けさせる為に仕掛けたと考えるのが妥当だろう。

とは言え、被害が広がる前に早急にー

 

『こちらを見てください。重要なデータは殆ど残されておらず、中に有ったのは比企谷さんと立花響さん、そして二課の防衛システムとエレベーターシャフトのデータのみでした。』

 

 

何故か先程のエージェントの言葉が蘇った。

 

……ちょっと待て。

 

進めていた足を止め、パソコンへと孟ダッシュ。キーボードとマウスを動かし、1つのデータを見直す。

 

「お、おい、急がねぇとヤバイんじゃ……。」

 

画面にのめり込む俺にクリスが急かすが……確かにヤバイんだよ。

 

 

……あぁ、なるほど、ね。やってくれたな、了子さん。

 

今、画面に開いているのは二課とリディアンを繋ぐエレベーターシャフトの図面と二課本部の防衛システムの追加項目だ。

提案、改修作業の責任者は櫻井了子。

 

 

全身から血の気が引き、寒くもないのに手が震えた。

 



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第20話

問題

地上に天を仰ぐほどの塔なんてもの作るには人も金掛かるし、ましてや秘密裏になんて不可能だ。だったら人も金も気兼ねなく使える環境且つ、秘密裏に造るにはどうしたらいい?

…正解はー

 

「…灯台もと暗しとはよく言ったもんだよ。カ・ディンギル…地上に造れないなら、地下に造れば良かったんだ。」

「何を言って…?」

「俺たち特異災害対策機動部二課の本部は地下深くにある。……移動手段はこのエレベーターシャフト。」

「…?……ッ!?まさか、これが!?」

「カ・ディンギル…まさか二課本部に造るとはな。最近行われた防衛システムの強化と称して、実際はコイツの完成が狙いだったのか…。」

 

そんな馬鹿な話しあってたまるかってんだよ。俺たちが普段何気なく使っていたエレベーターこそが敵の切札なんて普通考えもしねぇわ。

 

 

「急ぎ司令に連絡を。」

「了解しました。……ッ!?ダメです、連絡がとれません。…通信を妨害されている可能性が高いです!」

「チィッ!もはや、なりふり構わず強行する気だ。貴方達はデータの抜き取り作業を。…俺が本部に直接向かいます。」

「畏まりました。」

「お、おい!だったら、スカイタワーの敵はどうするんだよッ!」

 

スカイタワーにいるのは飛行タイプの超大型ノイズ。姉さんと響、近接戦闘タイプの2人だけでは分が悪い。俺が行かないと地上に投下されたノイズと空中のノイズは、倒しきれない。

 

「最終決戦だ。もう俺たちも、なりふり構わってられねぇな。」

 

……緋維音は今日で全ての片をつけるつもりだろう。司令の言葉に触発されて、こちらが仕掛ける前に打って出やがった。だったら、俺たちは全力でヤツの目論見をねじ伏せなきゃならねぇ。

 

「クリス、姉さんと響を頼む。」

「はぁッ!?お前はどうするんだよ!?」

「さっきも言ったが、俺はリディアンに急行する。カ・ディンギルが何かは分からないが先手を取ってヤツの目論見を潰す。……だから、頼む。俺の大切な人達を助けてくれ。」

「……。」

 

頭を下げて、懇願する。現在、飛行タイプ並びに大量のノイズ相手にはクリスのイチイバルが最も秀でているのは間違いない。

飛び道具を使える点、あの2人の援護だって容易くできる。

 

黙ったままのクリスが、大きな溜息を吐いた。……ダメか?

 

「仕様がねぇな。わかったよ、アタシがスカイタワーに向かう。た・だ・しッ!…無茶ばっかりしてんじゃねぇぞ。」

「…善処する。すいません、誰かこの子をー「手配は完了しています。どうぞ、車へ。」

 

流石はエリート集団。緒川さんの同僚なだけはある。

 

「じゃ、しばらく別行動だな。」

「あぁ、2人を頼む。…また、後でな。」

「絶対だかんな?約束、守れよ?」

「おう。よしッ、行くぞ。」

「おうともッ!」

 

俺が片手を挙げるとクリスは思いっきりタッチした。

軽快な音を最後に俺たちは、駆け出した。最終目的は同じ。今はただ、別の場所へそれぞれ向かうのだった。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

スカイタワー付近。二課のヘリから飛び降りた響の一撃により、飛行タイプの超大型ノイズは1体減り、今は3体が上空を飛び交っていた。

駆けつけた翼が蒼ノ一閃を打ち出すも、小型ノイズに当り、超大型までは届かず。

 

 

「頭上を取られる事が、こうも立ち回り難いとは!」

「翼さん。私たちもヘリに乗ってー」

 

だが、乗ってきたヘリは黒煙を上げて爆散した。有力な攻撃手段もなく、超大型からは降り注がれる小型ノイズ。地上と上空のノイズを同時に相手するには、あまりにも分が悪過ぎた。

 

待ったなしで迫る小型ノイズを拳と刀で迎え撃つも、このままではジリ貧であった。……だが、あと1人いれば状況は変えられると翼は確信していた。

 

「あの子はまだ来ないのッ!?」

 

比企谷八幡。彼が到着さえすれば、響とどちらか1人が地上戦に。またどちらかが空中のノイズを対処できると踏んでいたのだ。

翼は、まだ姿を見せない八幡に向け通信を入れる。

 

 

「八幡、今何処にいるの!?」

《悪い、俺はそっちに行けない。》

「……はっ?」

 

この弟は何を言っているんだろうか?そう翼は思ったのは一瞬だけで、今は何をする気だ?と考えていた。八幡の声は篭った感じがしたのでヘルメットを被っている、つまりはバイクで移動中なのは翼は理解できていた。だからこそ、この子は何処で何をするつもりなのか不安になる。

 

「な、何を言ってるのハチ君ッ!?」

《大丈夫だ。助っ人を頼んどいた。》

 

八幡が言い終わるや直ぐに、空中を飛び交っていた小型ノイズが弾丸に撃ち抜かれた。次から次に連続掃射された弾丸がノイズ供に風穴を開けていく。

 

弾丸が飛んできた場所に2人が視線を移すと、赤いシンフォギア・イチイバルを見にまとった雪音クリスがいた。彼女のアームドギアの銃口から白い煙が空へと登る。

 

「勘違いするなよ。アタシは八幡に頼まれたから、来ただけだ。お前等と馴れ合うつもりはねぇ。」

《助っ人の雪音クリスだ。ツンデレの16歳。好きな物はアンパン。以上だ。》

「誰がツンデレだッ!?」

「誰もそんな話しをして欲しいわけではないッ!」

「ハチ君どう言う事ッ!?」

《悪いが俺もー……ブツンッ…ツー…ツー…》

 

突如として八幡との通信が途絶え、再度繋ぐ事ができない。疑問に思う中、翼は本部に連絡を経由しようとするも、本部にも通信が繋がらない。

 

「何がどうなっている…?」

「八幡?チィッ、また妨害か!オイ、八幡はテメェ等の本部に急行してる。」

「本部に?何でハチ君が?」

「話しは後だ!来るぞッ!」

「今は致しかたないか……。立花、あの子に空中のノイズは任せる。」

「は、はい!」

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

「姉さん?姉さんッ!…くそッ、また妨害か。」

 

バイクは既に法定速度を超過しており、警察に見つかれば、即追跡は待ったなしである。だが、アクセルは緩めない。急がなければ先手を打てず、また後手に回る羽目になる事は必然だった。

 

ようやく小さくリディアンが遠目で見えた時

 

ーキィンッ

 

あの不快な感覚が八幡を襲う。そして、視界の先にあるリディアンの敷地内に大型ノイズが現れた。

 

(クッソがッ!やられた!)

 

今は放課後になっているとは言え、部活生と教師の多くはまだ校舎残っている。見捨てて本部へは行けない。

それにー

 

「未来…頼むから避難しててくれよ。」

 

バイクの速度を更に上げ、エンジンが唸る。最大限、周囲に気を配りながら走り抜ける。その最中にも、あの不快な感覚は何度も八幡を襲う。その度に不安と焦りが生まれる。

 

そして、内に生まれた不安は的中した。

 

「リディアンが…。」

 

破壊の限りを尽くされた校舎。普段なら、この時間は吹奏楽部の奏でる音楽や声楽部の美しい歌声が聴こえてくる。

なのに…今は銃声や破壊音、上がる生徒達の悲鳴しか聴こえない。

 

「八幡さんッ!」

「ッ…緒川さんッ!」

 

緒川の登場は八幡にとっては嬉しい誤算だった。二課内でも頼りになる彼が司令と合流できれば…今はそれが最善だと自分自身に言い聞かせる。

 

(責任感の強い未来だ…避難誘導の手伝いをしている可能性が高い。)

「緒川さん、未来の身の安全確保をお願いします。」

「わかりました。…八幡さん、カ・ディンギルの正体はー」

「二課本部とリディアンを繋ぐエレベーターシャフト。犯人は…櫻井了子。」

「やはり、ですか。…では未来さんの身の安全を確認次第、司令に急ぎ伝えます。」

「頼みます。…白雪ノ華ッ!」

 

【閃光業雷】

 

駆けていく緒川の先のノイズを雷の刃で吹き飛ばし道を作る。彼が校舎に飛び入ったのを確認し、顔面に手を翳す。掌から光の粒子が溢れ出て、それはやがて黒い鬼の面となり、八幡の素顔を覆い隠した。

 

「先ずは一課の連中と合流しなくちゃ、なッ!」

 

ノイズを斬り裂きながら走りを止めず、銃声のする方へ天高々と飛ぶ。空中で身体を捻りながら、周囲の状況を目視確認をする。

母校に沸くノイズの群れに舌打ちし、両手をいっぱいに広げる。

 

【氷剣落雷】

 

降り注がれる雷を纏う氷の剣。それは逃げ惑う生徒を追うノイズや、一課の武装部隊が相手しているノイズを串刺しにし、一気に無へと葬り去る。何が起きているのかわからない生徒達は足を止めて空を見上げる。

そこには黒い鬼が宙を舞っていた。

 

「止まるなッ!シェルターに急げ!」

「は、はい!」

「ひ、ひぃッ!?」

 

八幡の一括で生徒達は悲鳴と返事を返しながらシェルターへと駆けていく。八幡は呆けている一課の部隊の前に着地し、仮面を外す。

 

「特異災害対策機動部二課所属、比企…安倍晴明です。この場は俺が預かります。貴方達は学園関係者、及び市民の避難誘導を。」

「あ、あぁ。了解した。おい、行くぞ!」

 

隊長らしき厳つい男の指示の元、部隊は市民の避難誘導へと駆けて行った。再び仮面を装着し、接近するノイズ目掛け駆けていく。

右も左もノイズだらけ。唯一の救いは飛行タイプが居なかった事だ。

 

 

「フッ…ハァッ!」

 

休む暇など皆無だった。己が持つ技術、速さ、経験をフル活用しノイズを次々と炭へと変えていく。一閃の稲妻の様に、八幡が駆けた場所には閃光が走りノイズは無へと還っていく。

 

宙へと飛び、生徒に襲いかかるノイズ供へ呪符を飛ばし、空気の爆発と雷で葬り去る。戦闘開始から、そう時間は経っていないにも関わらず、八幡の額には汗が流れ始めた。いつもの様に、避難が完了済みかほぼ一般市民が居ない状況とは違い、今は逃げ惑う生徒や市民が大勢いる。多を守りながら戦う。犠牲者を出さない為にも1匹たりとも見逃せない。その状況から限界まで集中し、周囲に気を配る戦いが八幡の体力をごっそり奪っていく。

 

「チィッ!…拉致が開かねぇ。だったら…白雪ノ華ッ!」

 

【氷喰絶】

 

天へと伸ばした白雪ノ華か淡く発光。地を彷徨うノイズは身体中から氷柱が生えていき、やがて全てを氷が呑み込んだ。

 

「喰い尽くせぇぇえッ!」

 

砕け散ったノイズは氷共々、白雪ノ華に喰われた。白雪ノ華は満足したかの様に数回発光し、やがていつもの真白い刀身が露わになった。

一気にノイズを喰いし、汗がポタポタと地面に垂れ跡を残す。

 

 

 

「大丈夫、焦らないで。落ち着いてシェルターに避難してください。」

 

小向未来は一課の隊員と共に校舎内の避難誘導に協力していた。自身より他の生徒の避難を優先する。

 

「私、他に逃げ遅れた人がいないか見てくる。」

 

クラスメイト3人娘にそう告げ、駆け出す。いつもは出さない大きな声で呼びかける中、窓の外を見て絶望する。

 

「学校が…響とハチ君の帰る場所が…ッ!」

 

何も出来ない。自分自身は戦う事も2人が帰る場所すら守れない。それが歯がゆく悔しく悲しかった。

 

ーパリンッ!

 

側のガラスが割れて、3つの影が目の前を通り過ぎた。それが何なのか理解した時、小さな悲鳴が漏れた。ノイズ。人と接触した場合、両者とも炭へと変わり朽ち果てる。明確な死が今目の前にある。

怖い。そう思った時に、ノイズから氷柱が生えていき間もなく氷人形となり砕け散った。

 

「な、何が起きたの…?」

「未来さん!無事で良かったです。」

「緒川さん!」

「ここは危険です。八幡さんがノイズを引き付けている今の内に避難を。」

「ハチ君が…わかりました。」

 

緒川に引き攣られ二課本部へ繋がるエレベーターへと駆けていく最中、窓の外を見てみるとノイズが氷漬けになったり、空から降り注がれた剣に貫かれたりしていた。

閃光が走った。そこには黒い鬼の仮面を被った人物が絶え間なく動き回り、ノイズを殲滅していた。

 

「ハチ君…。」

 

さっきのノイズは八幡が倒してくれた。助けてくれた。ならば、することはたった1つの礼だ。

 

(いつも気づかない間に助けてくれるんだね…。)

 

スゥ〜っと息を大きく吸い、グッと腹に力を入れ、今日どころか生まれて1番の大きな声を出す。

 

「助けてくれて、ありがとうぉ!!負けないでぇッ!」

 

エレベーターに乗り込む直前に見えたのは、親指を立てた左手を高々と空に掲げた八幡の後ろ姿だった。

 

(身内からの礼と応援…やっぱ、嬉しいもんだな。)

 

たったそれだけの事。だが力は漲る。頑張れる。

 

「これで、ラストッ!」

 

最後の1匹を白雪ノ華で突き刺す。……守りきった。そう思うと、一気に戦闘の疲労が襲ってきた。フラつく身体に喝を入れ、座り込みたい衝動を心の奥底へ捻り込む。

 

「…休みてぇ…でも、本部に向か「きゃぁぁぁああぁッ!!」ッ、悲鳴ッ!?」

 

悲鳴の発信源は前方の2階。逃げ惑う少女達と男子生徒がいた。4人を追いかけますのは、3体の小型ノイズ。今まさに、身体を細めて彼女達へ襲いかからんとするノイズ。

 

「やらせるかよッ!!」

 

駆け出し、跳躍。勢いは殺さないまま窓ガラスを蹴破る。その音が少女達の耳に入った時、黒い何かぎ目の前を横切り、ノイズは消えていた。

 

否。

真横の壁に、黒い装束の八幡に足裏で押さえつけられていた。そのまま踏み潰し、残り2体と対峙すしたー時には2体共に塵と化していた。

いつの間にやら振り抜かれた純白の太刀は、危機的状況にも関わらず、彼女達を魅了する。

 

「…怪我はないか?」

「は、はいッ」

「助かりました。」

 

ツインテールの女子生徒はキレのある返事をし、金髪の男子生徒は八幡に礼を述べた。

そうか、と言って黒い鬼面の下で安堵の息を吐く。

 

突如、床に亀裂が入り、下の階からノイズか八幡目掛けて飛んできた。

 

「クッ!?」

 

救出後で気が緩んでいた八幡の反応はコンマ数秒遅れた。ノイズは八幡の真下から飛び出して、その鬼面を吹き飛ばした。

 

 

 

 



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第21話

クライマックスに向けGO!
頑張らせていただきます!


ノイズに弾かれた仮面は軽い音を立てて床に落ちてしまった。衝突する直前に首を後ろへ逸らした八幡に怪我はなく、取り出した呪符でノイズを破壊する。

 

暴かれた秘密。晒された仮面の下。彼女達が驚愕に染まるのは至極当然の事であった。警戒を解いた自身の事を悔やみながらも、もう一度だけ周囲を警戒する。

 

(…もう気配はない、か。)

 

吹き飛んだ仮面は光の粒子と変わり、その存在が消え去った。顔を見られたからには、この4人に誤魔化しは効かない。紅い眼は哀しげになりながら、4人と対面した。

 

 

「ハッチ先輩ッ!?」

「ノイズと…戦って…?」

「そんな、アニメじゃないのよ!?」

 

幼馴染み2人の友人達は信じられないモノを見る目をしていた。しかし、八幡がもっとも気にしていたの彼女達の背後にいる青年についてだ。こちらに来て初めて出来た同性の友人。彼は今、何を思い八幡を見ているのか……それが気になって仕方がなかった。

 

「……。」

「……。」

 

亜咲の視線は白い髪から紅い瞳へと順に移っていく。紅と蒼の視線が衝突する。しばし、見つめあったままだったが、先に声を出したのは亜咲だった。

 

 

「…カネキ?」

「誰がグールだコラぁ。」

 

いつも通りだった。

 

 

第21話

 

 

 

「俺はハンバーグが好物じゃねぇし、食人衝動もない。」

「…最後のシ者?」

「使徒でもないから。歌はいいね〜って、俺が言った?言ってないよね?」

「だったら何なら納得するんだよ?」

「比企谷八幡以外に納得するわけがないだろ…。」

 

日常生活のやり取り。アニメネタでグイグイくる亜咲に八幡は深く深く溜息をつくのだった。先程までの心配も、戦闘の緊張感も無限の彼方へ、さぁ飛んでいく。

急に始まったアニメネタ祭りに後輩達は若干1名を残し、訳がわからない顔をしていた。

若干1名こと板場弓美は危機的状況を忘れ、瞳をキラキラと…ギラギラとさせていた。まるで獲物を前にしたライオンである。

 

「比企谷先輩、私達リリンに向け一言お願いします。」

「お前も悪ノリしないでくれない?…ハァ…お前等、俺を見て怖くないの?」

 

当然も当然の質問だった。いつもの制服でもなく戦鎧を着て、髪は白く瞳は紅い。何より武器をその手に携え、ノイズを斬り裂いた。バケモノと呼称されても致し方無いと八幡は思っていた。

 

「え?比企谷は比企谷じゃん。逆に俺がグールだったら怖いのか?」

「うん。」

「うんッ!!?」

「あははは。私、ハッチ先輩の姿に驚きはしましたど怖くはないですよ。」

「それどころか助けていただきましたし。」

「ありがとうございます。お陰でアニメへの情熱が再沸騰しました。」

「板場の礼は助けた事にじゃなくね?林とのやり取りに関してだよね?」

 

嘘とは到底思えない、4人のあっけからんとした態度に八幡の胸が締め付けられた。

 

(響、未来…お前等の友達らいい奴らだな。……序でにありがとうな、小林。)

 

ノイズの襲撃なんて嘘だったと思えるくらいに、明るい4人の温かい言葉。だが、いつまでも感傷に浸っているわけにも此処に留まっている訳にもいかない。

 

「……ハイ、話しは此処までだ。林、彼女達とシェルターへ避難してくれ。いつ、またノイズが湧くのかわからねぅからな。」

「わかった。……お前はまた戦うのか?」

「あぁ。それが俺の務めだからな。ホレ、早よ行け。」

「わかった。…気をつけてな。」

 

3人を先導する亜咲に、少しだけ口元が緩む。しかし、直ぐに引き締めて窓から飛び降りようとした。

 

「比企谷ぁッ!」

「あン?…おっとぉ。」

 

亜咲の呼ぶ声に振り返ると、銀色の何かが宙を舞いながら八幡の目の前にあった。それを危なげなくキャッチ。そして手中に収まったソレが何なのか確認する。

 

「ロザリオ…?」

「祖父から受け継いだモノだ。お前に預ける…だから必ず返しにこいよ。」

「…あぁ。必ず。」

 

ロザリオを懐にしまい込み、窓から飛び降りた。中央棟を目指し、目にも留まらぬ速さで走る。それをしばしだけ見つめ、亜咲達は再びシェルターへ向け駆け出したのだった。

 

「はっ…はっ…は…フッ…。」

 

息を切らしながら走る八幡の1度だけ緩む口元。秘密を知られたが、拒否されなかった。感謝された。勇気を貰った。背中を押してもらった。

 

(だから、頑張れる気がする。…なんてな。)

 

 

ードックンッ!!

 

緩んでいた口元が強く紡がれる。強く大きく高鳴った鼓動を皮切りに、八幡を殺意が包む込む。

 

「焦るな…。」

 

あの日と同じ感覚に襲われるも、自分を落ち着かせる。

崩れた中央棟のエレベーターに着いたが、キーが反応を示さない。2度、3度試してもピクリとも動かず、足止めをくらってしまう。

 

「チィッ、これだから秘密組織はッ!」

 

秘密組織が為に、今は動かないエレベーター以外に二課本部へ移動する手立てがない。

だったらと、八幡はドアを白雪ノ華で斬り、中へと蹴飛ばす。強制解放された向こうへ顔を覗き込むと底は見えず、低く不気味な風の音が反響していた。人を恐怖に落とす闇、だが八幡に恐怖も躊躇いも無くそこから飛び降りた。そのまま頭から重力に逆らわずに落ちていく。

 

《いやぁぁああぁああッ!!》

 

聴こえたのは幼馴染みの悲鳴だった。

 

 

 

 

 

数十分前……

 

未来と緒川が二課本部に避難する為に乗ったエレベーター。しかし、降下中に敵の襲撃されてしまった。秘密に嗅ぎ付いた緒川を始末する為に櫻井了子…もといフィーネは己が身にネフシュタンの鎧を纏い、姿を見せた。

 

止まったエレベーターから飛び出し、デュランダルが保管している場所、通称アビスに連なる廊下でフィーネと対峙する緒川。

その最中、天井を突き破り、弦十郎がフィーネの前に立ちはだかった。

非武装の人間 対 完全聖遺物。

結果は明白……と思えた。しかし、世の中には稀に規格外と呼ばれる強者がいたりする。その1人は間違いなく風鳴弦十郎、その人である。

拳が掠っただけでネフシュタンの鎧には亀裂が入るなど、もはや常人を逸脱していた。その圧倒的なパワーと戦闘センスでフィーネを追い込んでいく。

発勁で地を割り、浮いた瓦礫を蹴飛ばしてソロモンの杖を天井へ追いやった。

 

だが、そんな規格外であっても人間。

 

「弦十郎くんッ!」

「あッ!?」

 

フィーネへ飛びかかり、向けた拳が彼女の呼ぶ声に反応した。人間であるが故に"情"が一瞬、躊躇してしまった。

 

「フッ…。」

 

それが勝負の分かれ目だった。嫌らしい笑みを浮かべ、その隙をついたフィーネは、ネフシュタンの鎖状の鞭で弦十郎の腹部を貫いた。宙に鮮血が舞い、弦十郎は腹部からの激痛に顔が歪んでしまう。

 

「ぐっ…ぉ……。」

 

 

吐血し、腹部からは血が溢れる。倒れた弦十郎を中心に血溜まりが出来るまで、そう時間はかからなかった。

 

「いやぁぁああぁああッ!!」

 

刺激の強すぎる光景に未来は悲鳴をあげた。一般人では見る事がない非日常的な現実は恐怖となり、未来の身体を震わせた。

 

 

「抗うも覆せないのが定めなのだ。」

 

彼女は動けなくなった弦十郎からキーを奪い、天井に刺さったソロモンの杖を回収しようと鞭を伸ばした。

 

「ッ!」

 

ゾワッと背中が反応した。懐かしくも悍ましいその気配は自身の腹下辺りから感じた。

目が下を向いた時、そこには一切の感情が見えない真紅の双眼が此方を捉えていた。

 

彼の握られた拳には稲妻が走り、それがフィーネに迫って来る。

世界の進む時間がスローへなった気がした。

驚きで大きく開かれる瞳は、彼の動作をゆっくりと捉えていた。

 

「シッ!」

「がはッ!!?」

 

そして、短く吐かれた息と同時に時間は進んだ。

気づけば彼女は身体をくの字にして後ろに飛んでいた。遅れてやったきた腹部への衝撃と痛み。程なくして、彼女は背中を壁に打ち付けられた衝撃と痛みがやってくる。

 

「ぐッ…ガァッ!!」

 

背中を打ち付けた影響で呼吸が止まる。息を吸うことも吐くこともできなかった。ぶ厚い壁には亀裂が入り、彼女の受けた一撃の重さを物語っていた。

 

「縛り付けろ、白雪ノ華ッ!!」

 

不意をついた八幡は更なる攻撃へと既に移行していた。最大のチャンスと言える今、攻撃の手を緩めるなど愚の骨頂。床に刺された白雪ノ華は、八幡の命令を聴き入れて床を伝い壁へとその力を走らせた。

 

「なにッ!?」

 

壁から生えた氷の鎖が彼女の左右の腕と両足を縛り付け、壁へ十字に張り付けた。

 

「この様なモノでッ!…ぐぅうぅぅッ!?」

 

手足が千切れそうな程に強力に拘束され、身動きが全く取れない彼女。力任せに身を捩っている先では、八幡が氷で身の丈サイズの槍を精製していた。

 

氷の槍を両手で掴み、頭上で高速回転させた後に腰付近で構えた。

 

「ぅおぉぉおおッ!」

 

そして、雄叫びを上げながら駆け出した。槍を腰まで引き、後は勢いそのままに突き刺さすだけだった。

 

「八幡君ッ!」

 

弦十郎にした事で、八幡の動きを止めようとする。刹那、ピクリッと八幡の眉が動いた。だが、彼は止まらなかった。

今だけは非常に徹する。かつての仲間への情は地上に置いてきた。

 

「コイツで終いだ…。」

 

ボソリッと呟く様な声。紅い瞳は人体急所の心臓を捉えて離さない。

 

「緋維音ぇぇぇえぇッ!」

「貴様ぁぁああぁッ!」

 

互いの憎しみの篭った叫びが直後、氷の槍が深々とフィーネの心臓を貫いた。心臓は弾け飛び、壁一面を真っ赤な鮮血で染め上げた。

 

「あ…ぐッ…ぁ…。」

 

最期まで視線を逸らさずに、苦しそうに呻くフィーネと睨み合う。だが、それはほんの少しの事ばかりで、間も無く彼女の全身が脱力した。

 

明確なる死。

 

やがて、八幡はゆっくりと両手を槍から離した。震える両手を閉じ、項垂れた彼女に向き直る。

 

まるで聖槍に貫かれたキリストの様だった。美しいと感じる死。その光景に緒川も未来も釘付けとなる。

 

 

「さよなら…了子さん。」

 

震える唇から小さく呟かれた別れの言葉を残し、八幡は急いで重体の弦十郎の元へ駆け寄った。

 

「司令ッ!……酷い…。」

「早く医療室へッ!」

 

血は今も溢れ出てきており、致命傷ではないものの、このままでは失血死してしまう可能性があった。

だから、彼は使う。誰も救えなかった後悔が会得させた自傷の技。

歴代最強と呼ばれた3代目が発案した、命を救う為の術。

 

【血箋華】

 

弦十郎の真上に翳した自分の左手を白雪ノ華が貫いた。

激痛が左手から全身へと迸り、小さな呻き声を上げてしまう。それでも常人であれば泣き叫ぶ程の焼ける様な激痛である。

 

「久々…だとッ…痛てぇな、やっぱ…。」

「ハチ君ッ!!何…を…?」

 

悲鳴に近い叫びを上げる未来だったが、彼女は有り得ない事象に言葉を失う。八幡の左手から垂れた血が弦十郎の傷に落ちると、みるみる傷が塞ぎ始めたのだ。

時間にしてみれば、僅か数十秒。現代医療では到底不可能な速さで弦十郎の傷を癒したのだった。

 

左手から白雪ノ華を引き抜くと、そこに傷はなく、更に未来を混乱させた。

 

「……ブッハァ……ハァハァ……」

 

尻餅をつき、激しく乱れる八幡の呼吸。

犠牲者を出さない様に立ち回り、地上のノイズを全て1人で排除。それも全力で。その後にフィーネを強襲。トドメに燃費が最高に悪い血箋華を使い神通力を大量消費。

寧ろ、よく今まで耐えていた事の方が凄いと言える。

 

「ハチ君、大丈夫?」

「ハァハァ…ッ、さ…流石に…ヘロヘロ…だぁ…。」

「…また助けられちゃったね。」

「気に…フゥ…気にすんな。俺がお前たちをー」

 

ーキィンッ

 

脳内にノイズの出現を知らせる警報がなった。感知した出現地は自身の真後ろだった。緩んでいた表情は険しくなり、白雪ノ華を床に刺した。

 

「貫け、白雪ノ華ぁぁッ!」

 

乱れた呼吸そのままに白雪ノ華に命じる。

 

【氷槍天昇】

 

床から生えた氷の槍が、出現したばかりのノイズ全てを貫いた。フラフラと立ち上がり、苛立ちを込めて振り返る。

そこには手にソロモンの杖を携えたフィーネが、壁に張り付けられたまま、ニィタァと狂気じみた笑みを浮かべていた。

 

ソロモンの杖が怪しく光を放った。と同時にノイズの出現を感知した。

(あの光ががノイズを呼び出すのか!つーか心臓潰されて、何で生きてるんだよッ!)

「緒川さんッ!2人を連れて避難をッ!」

「了解しました!」

 

迫るノイズを八幡が斬り刻む中、フィーネは呼び出したノイズを使って拘束を排除し、地に足をつけた。己が心臓に刺さった氷の槍を引き抜き放り投げた。

 

「フ…フフフ……ハァハハハハハ!使ったなソレを…血箋華をッ!これで貴様に勝機は無くなった。私の勝ちだぁッ!」

「はっ、言ってろ。どんなカラクリかは知らないけどな…死ぬまでアンタを斬るまでだ。」

「言ったはずだ。貴様に勝機は無いとな。ネフシュタンの鎧の特性は無限の再生だ。そのネフシュタンと融合を果たした私を殺す事など不可能。…立花響には感謝しているよ。生体と聖遺物の初の融合体として、大いに役に立った。ヤツという先例がいたおかげで、私はネフシュタンと同化できたのだからな。」

「ーッ!」

 

遠回しにフィーネはこう言ったのだ。

"お前の幼馴染みは実験のモルモットだった"と。

妹とさえ思っている響をぞんざいに扱ったのだ。それは断じて許される事ではない。今すぐにでも斬り刻みたい、そんな衝動に駆られるも深呼吸で乱れた息と心を落ち着かせる。

 

「その同化したネフシュタンの力を使って月を破壊する、と?千数百年前にしようとしたように。」

「フンッ…彼奴め、その事まで後世に伝えていたか。そうだ。だが、勘違いするな。月を破壊するのはネフシュタンでは無理だ。だから、私は作ったのだ。カ・ディンギルをな!」

「何故だ……何故、そこまでして月の破壊に准じる?」

「……私はただあのお方の隣りに並びたかった……だから、私はシンアルの野に塔を建てようとした。」

(何を言って……?)

「だが、あのお方は人が同じ高みに至る事を許しはしなかった。あのお方の怒りを買い、雷霆に塔を砕かられたばかりか、人類は交わす言葉までもが砕かられた。……古来より、何故月が不和の象徴と呼ばれているのか分かるか?」

「?…ッ!まさか!?」

「そうだッ!月こそがバラルの呪詛の源だからだ!…だから、月を破壊するのだ。そして、人類を1つに束ねる!貴様にも一応聴いておくとしよう……私に手を貸せ、安倍晴明。」

「……断る。俺は安倍晴明。そして人類を守る剣だ。月の破壊は重力崩壊を引き起こすなんて事、誰もが知っている。だからこそ、アンタを止める。」

 

白雪ノ華を構えからの拒否の意を伝えた八幡に、フィーネはフンッと不機嫌そうに鼻を鳴らし、ソロモンの杖を突き出す。

 

「だいたいな、アンタ達があのお方とやらを怒らせたのが、そもそもの原因だろうが。…俺だったらバラルの呪詛?とやらを、あえてそのままにして人類を1つにしてやるね。そんでもって、あのお方とやらを引きずり出して"ザマァ見ろ"って言ってやるな。まぁ無理な話しだろうけど。」

「…昔、貴様と似たような事言った者がいた。あの娘は永遠に転生し続ける私ならバラルの呪詛から解放せずとも、いつかは人類を相互理解に導けると言ってくれた。…優しい心を持った、たった1人の友。だが、人間の可能性を信じていたあの娘は欲深き人間達によって殺されたッ!だからこそ、月を穿つ!そして重力崩壊を引き起こし、狼狽える人類を聖遺物の力を振るう私の元へ帰順させる。恐怖と痛みを持って私が束ねるのだ!」

「そんなトチ狂った世界は御免だッ!」

 

もはや対話による解決は無理だった。始めから駄目元ではあったが、フィーネの語る未来図を八幡は受け入れられる訳がなかった。それは八幡の望む未来とも、未来や緒川が抱く平和とも懸け離れた狂気の世界。

だから、もう戦うしか遺された道は無かった。

 

 

「はぁぁあ!」

「無駄だ!ネフシュタンの力にひれ伏せるが良いッ!」

 

狭い通路で閃光業雷などの威力の高い大技を使えば、天井が崩れてその下敷きになってしまうが為に使用は不可。

懐に斬り込むが、鞭を器用に扱うフィーネに白雪ノ華を弾かれてしまう。呪符を放てど、彼女に届く前に木っ端微塵にされてしまう。有力な手段がないまま無常にも戦いは続いていく。

 

「フハハハッ!言っただろう?貴様に勝機はないと。何故なら貴様には決定的な弱点がある。……それはー」

 

鞭を引き、しなるそれを距離を取った八幡に向けて放つ。間をおかずに左手に持つソロモンの杖から光りが放たれた。

 

「ッ!?」

 

放たれた光りは八幡の頭上を越え、離脱途中の3人の前にノイズを出現させた。突然の出現に恐怖で固まってしまった未来に、ノイズが迫る。

 

「…え?」

「未来さん、下がって!」

「させるかぁぁああぁッ!」

 

鞭を白雪ノ華で弾きながらも、後ろ向きのまま呪符を放ちノイズを粉砕する。八幡の注意が自身かは逸れた隙を逃さず、フィーネは鞭を八幡へ振り落とす。寸前でバランスを崩しながら半身で鞭を躱したが、また光りがソロモンの杖から放たれた。

 

「クソっ垂れ!」

 

崩れた体勢を力任せに戻し、床が陥没する力で3人の方へと跳躍。着地した流れのままノイズを横薙ぎで斬り、拳で貫き、脚で蹴飛ばす。

風を斬る音が聴こえたが時すでに遅し。隙だらけの八幡の背中に鞭が直撃した。

 

「ぐはッ!」

「ハチ君ッ!」

 

吹き飛ばされはしなかったものの、それなりに威力があり、背中に激痛が走る。痛みに顔を歪める八幡に未来は彼の名を叫んだ。

 

ーキィンッ

己の怪我を確認する間も無く、次のノイズが召喚された。痛みで歪む視界で捉えたノイズを片っ端から斬り刻んでいく。3人を守る為に動き回る八幡をフィーネは愉快そうに眺めていた。

 

「それが貴様の弱点だぁ!何1つ捨てられない貴様の剣は私には届きはしない。」

「ハァハァ…うるせぇよ。」

「理解できぬか?ならば、その身体で解らせてやろう!」

 

わざと未来の前にノイズを召喚する。緒川は未来を連れて逃げようとするが、弦十郎を抱えた状態では素早く動けなかった。

疲労で鈍った八幡の動きに鋭さも技の冴えも無く、ガムシャラに白雪ノ華を振り回す。呼吸は一層荒くなり汗も滝のように流れる。

 

(まだだ…まだ何か手があるはずだ……何か!)

 

それでも止まれなかった。もう目の前で誰かがいなくなるのが嫌だった。守りたい者を守れないのが嫌だった。だから、踏ん張る。思考し続け、諦めない。

 

「うッ…おらぁぁああぁッ!」

 

気持ちが折れないように苦し気に咆哮する八幡を、未来は祈るように見つめていた。

 

(誰か…誰かハチ君を助けて……お願いします、神さま!)

 

 

 

だが、未来の願いを神は聞き入れなかった。

 

心は折れずとも先に八幡の身体がは折れてしまった。

最後の1体を真っ二つに斬った直後、パリィィンッ!と音を立て光の粒子へと砕け散る白雪ノ華と戦鎧。

力尽き、両膝を地に付けてしまう。髪と双眼は黒に、服装はリディアンの制服へと戻り、もはや立ちあがる体力さえ残されていなかった。

 

「はぁ…はぁ…はぁ…。」

「フッ…限界を迎え尚もその様な目をするか。」

「ハチ君逃げて!」

 

フィーネは動けない八幡の頭を鷲掴みにし、持ち上げる。身体が言う事を利かず、八幡はされるがまま宙に浮いてしまう。掴まれた箇所から血が垂れてくるも、もはや痛みを感じる事もできない程に疲労困憊。

垂れた血が右目に流れ込み、反射的に閉じてしまう。

絶体絶命。八幡の命はフィーネが握っている。まさに今この場のフィーネの立ち位置は"神"と言える。

 

(つっても、死神だな。)

「さて、では貴様に良いことを教えてやる。」

「ハァ…ハァ…嘘つけ…」

「ノイズとは何か…それはバラルの呪詛にて相互理解を失った人間が作り出した、人間だけを殺す為の自立兵器なのだ。そして、ソロモンの杖はそのノイズをバビロニアの宝物庫から呼び寄せ使役する完全聖遺物。……しかし千数百年前、初代安倍晴明との戦いの時よりバビロニアの宝物庫の扉は開け放たれたままでな……使役出来ずとも私の巫女としての力だけでノイズを召喚する事が可能となっていた。これがどう言う意味かわかるか?つまりー……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

7年前と3年前に千葉で起きたノイズの大災害を手引きしたのが私だと言う事だッ!…フフ…ハッハハハハ、貴様の父と師の仇はずっと貴様の側にいたのだぞ?」

「あぁ…??」

「嘘…。」

「そんな…なんて事をッ。」

 

あまりの衝撃に言葉を失う。

今、この女はなんと言ったのか?遅れてやってきた言葉の意味。

それを理解した時、彼は叫んでいた。

 

「テ…テメェがぁぁ!!殺す…殺してやるッ!」

 

それは流れた血が入ったからなのかは分からない。今は八幡の右目は真っ赤な血の色に染まっていた。

憤怒と憎しみが八幡の心を支配し、その心は顔にも出ていた。

怒りと憎しみの炎が燃え盛る八幡を見たフィーネは狂気染みた笑みを浮かべる。

 

「その顔が見たかったぁッ!」

 

そして、八幡の脇腹を鎖の鞭で貫き、引き抜いた。

逆流した血が口から飛び出し、限界を迎えていた八幡は激痛に耐えれずに意識を手放し、そのまま地に伏せた。

 

「ハチ…君?……ハチ君ッ!しっかしりして!ハチ君!」

「八幡さん!」

 

真っ赤な鮮血が溢れ出る傷口を緒川は上着で押さえつける事で止血する。未来は動かなくなった八幡を必死で呼びかける。何度も何度も呼びかけるも返事はなかった。涙が溢れ、八幡を失ってしまう恐怖で身体の震えが止まらなかった。

 

「殺しはしない。そんな救済、貴様に与えてやるものか。己が無力を噛み締め、何も守れなかった絶望を味わい、苦しみながら死ぬのが相応しい。」

 

そう言ってからフィーネは八幡の懐から、ある物を奪取した後にデュランダルが保管されている扉の向こうへと去っていった。

 

血は止まらなかった。

 

 

 

 



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第22話

都と比べると緑豊かで、人々の喧騒もなく、耳を澄ませば川のせせらぎの音すら聞こえる名も無き山にある村。

その最奥にある一際大きめな建物の扉が今、煩いくらいに音を立て開け放たれた。

またか、と呟き室内にいた女性は物書きをしていた筆が止める。

 

「緋維音、遊びに来たよー!」

「ハァ…玉藻。貴様は暇なのか?仮にも貴族であろう。」

「あーなんか、要らない地位を与えられただけだし。気にしない気にしない。」

 

ヒラヒラと手を振り、自身の置かれている地位に全く興味も関心もないとアピールする。

妖魔退治と言われるノイズの討伐並びに異形の生物退治で武功を立てが故に、女性で異例の貴族の地位を与えられたのだったが、本人は人助けのつもりで動いていた為、見返りに興味はなかった。。

故に本心からの要らない地位と言っているのである。

 

「…それで、何用だ?」

「遊ぼう!」

 

見た目は大和撫子と呼ばれてもおかしくは無い生まれながらに完成された"美"を持ったし少女・玉藻。その見た目に反した物言いと行動力、齢14で家宝の白雪ノ華を使って数々の武功を立てた彼女だったが、その態度はまんま子どもでしかなく、度々緋維音の頭痛を引き起こす原因でもあった。

しかも、暇があれば馬を走らせず単身で走ってやってくるのだから困ってしまう。本人曰く、"馬より自分が速いから!"

 

「私は暇ではない。」

「えーなになに…月の破壊計画…??」

「なッ!?」

 

先程まで扉付近にいたのに、現在は緋維音の書き留めた髪を手に持ち読み始めていた。人間離れしたスピードに、流石の転生者・緋維音も驚きを隠せなかった。

 

(いくら九尾を身に宿しているとは言え、なんて速さ!しかも、計画を見られてしまった。)

 

「どう言う事かな?…説明、してくれるよね?」

「ハァ…長くなるぞ。」

 

そこから話された彼女の秘密と計画。玉藻には、いつもの子どものような無邪気な笑顔はなく、ただただ冷たい武士(もののふ)の眼つきをしていた。

話しが全て終わり、さぁどうする?と言う緋維音に彼女は口を開く。

 

 

「なぁ〜んか、癪じゃない?」

「……は?」

「だってさ、その呪詛を破壊して…神、なのかな?……あのお方って人に会えたとしても、あのお方からしたらさ、だから何?ってなるよね。むしろ怒るだけかもしれないよ。」

「……。」

「緋維音って、また次世代へ転生していくんでしょ?だったらその力を利用してさ…見た事ないから世界とかはよくわかんないけど、人類全てを相互理解へ導いたらいいんじゃないかな。そしたら、予想外の展開にあのお方とやらは目ん玉飛び出るかもよ?ついでに、ザマァ見ろって言っちゃえ!」

「貴様は…この世界の総人口を知らぬから、そのような世迷い言が口できるのだ。それに、人と人が分かり合うなど易々とできるものか。」

 

統一言語を砕かれた人類は、まず会話ができない相手を殺し始めた。その兵器がノイズだ。人の歴史は戦いの歴史でもある。だから、玉藻の言うそれは夢物語でしかない。

 

「だったら私は?信頼してる大好きな緋維音と一緒にいて、今はこうして分かり合おうと会話している。これを人類全てと少しずつしていけば、いずれは出来ると思うな〜。…どうかな?」

「…それは終わりの見えない始まりだな。貴様、本気でできると思うのか?」

「できる!緋維音ならできる。人は分かり合えるって信じてる。だって、化け物って呼ばれていた私が今じゃこうして緋維音という友達を得た。認められて地位を得た。恥ずかしいけど英雄なんて言われてる。救った村々の人達だけじゃなくて、都にだって友達ができた。……だから、できるよ。月を壊す必要、ないよ。」

「玉藻……。」

 

 

優しい温もりを持った手が、緋維音の手を包む込んだ。

 

 

 

 

 

 

第22話

 

 

既に日は沈み、真っ赤な満月が闇夜を仄かに照らす。

スカイタワーを襲撃してきたノイズを撃退した3人のシンフォギア装者。

彼女達は今、破壊された校舎と瓦礫の山と化したリディアン音楽院の前に佇んでいた。

クリスから八幡がリディアンに向ったと聴いていたが、もはや何がどうしてこうなったのか理解できなかった。

 

「ハチくーん!未来ー!皆んなー!」

 

響の呼ぶ声に返ってきたのは木霊した自分の声だけだった。無事だと信じたい。そう思っても、瓦礫に混じった炭は犠牲者が出ている現実を突きつけてきた。

 

「リディアンが……はっ!櫻井女史?」

 

破壊された校舎の上から此方を見下ろす了子を翼が見つける。無事で良かったと思った矢先、とてつもない事実をクリスが叫んだ。

 

「フィーネ!お前の仕業か!?」

「フィーネだと!?」

「フフ……ハハハハハッ!!」

 

笑う。ただただ愉快に笑う。その高笑いが彼女達への答えだった。奇抜な眼鏡と髪留めを外しネフシュタンを起動した。もはや言い逃れもせず、隠すこともなく本来の姿を見せるフィーネに響は狼狽えた。

 

「嘘ですよね?そ、そんなの嘘ですよね?だって、了子さん私を守ってくれました。」

 

クリスのデュランダル強奪未遂の折に、飛び掛かってきたノイズから響を守ったのは紛れもなく櫻井了子だった。だが、返ってきた答えは……

 

「あれはデュランダルを守っただけのこと。希少な完全状態の聖遺物だからね。」

「う、嘘ですよ。了子さんがフィーネだと言うなら、本当の了子さんは?」

 

そして語られる真実。

フィーネは自身の遺伝子に己が記憶を刻み込み、子孫がアウフヴァッヘ波形に接触すれば記憶を呼び覚ます。目覚めた彼女は、本来の身体の主の意思を塗りつぶして蘇る。

破天荒にも程がある輪廻転生システムに翼は歯ぎしりがなる。転生者がいると解ってはいたが、よもやずっと自分達の近くにいたのだ。気づけなかった事を悔やんだ。

 

「……過去より蘇りし亡霊。お前は、また月の破壊を目論んでいるのか!!」

 

あの日、八幡に聴かされた比企谷家に伝わる昔話し。月を破壊しようとしたが為に、初代安倍晴明に討たれたフィーネの話し。まさかとは思った。だが、フィーネの苛立ちの表情を見て確信へと変わる。

 

「チィッ。…よもや貴様にも伝えていたとはな。」

「……おい、八幡はどうした?あの馬鹿はどうなってやがる!?」

「そんな事も解らないのか?それとも認めたくないのか?だったら、教えてやろう。」

 

フィーネが響へと何かを放った。両手で受け止めたソレを見て、一瞬呼吸が止まる。

黒縁の眼鏡。レンズに固まって血がこびり付いてる黒縁の眼鏡。手は震え、嫌な汗が額から流れ落ちた。

 

「これってハチ君の……嘘……。」

「違う!コレを使ってアタシ等の戦意を削ぐつもりだ!そうに決まってるッ!!」

 

認めたくない。八幡の実力をしっているからこその否定の叫びだった。

 

「……いや、コレは八幡の物で間違いない。」

「そんなわけない!アイツが…アイツは!」

 

翼は響の手のひらにある眼鏡を、そっと掴み取りフレームの内側を見る。K&T&Hと彫られた文字が、翼の知る本物の証しだった。

 

「内側に彫られて文字…K&T&Hの意味は"奏と翼と八幡"。入学祝いに私と奏がプレゼントしたものだ。」

「そうだろうな。よーく知ってる。何せあの場には私も居たからな。」

「1つ聴かせろ……私の弟をどうしたッ!!?」

「吠えるな小娘。決まっているだろう?私と戦い、そして敗れた。」

 

 

そして心底楽しそうに笑い始めたフィーネ。耐えれないと言わんばかりに、腹を押さえて笑う様は狂気じみていた。

 

「貴様達に見せてやりたかったぞ!?あの表情。思い出しただけで笑いが止まらぬ!アハッ……ハハハハハ!7年前と3年前の真実を知り、憤怒したあの顔ぉ!!古から私の邪魔をしてきた一族はもういない!!……ハァ…昂ぶりと興奮が治らない!」

「7年前と3年前……?それって……」

「あの子の父君と師が殉じた年だ…貴様、何を知っている!?」

「知っているさ…全てを!何せ、7年前も3年前もノイズを千葉に大量発生させたのは、この私なのだからなッ!!」

「なん…だと…?」

「あり得ねぇ!ソロモンの杖もなしにどうやって!?」

「操れずとも、開け放たれたままのバビロニアの宝物庫からノイズを呼び出すのは私にとって容易い事だ。」

「そんな…じゃぁ貴女がおじさんを……。」

「直接ではないがな。それを知った比企谷八幡が、怒りに我を忘れた直後に腹を貫いてやったがな。」

「腹…え?」

 

腹を貫いた。その言葉に3人とも声を出せなくなる。血痕のついた眼鏡が月明りで鈍く光った。それを翼は大切に懐へしまった

 

「八幡の…そんな…。」

「ハチ君が…嘘ですよね?」

「嘘なものか。まぁ、今はまだ殺してはいないがな。ヤツには守れなかった後悔と絶望を与えた後に殺す。安倍晴明に連なる者は我が手で滅ぼす!毎度、我が悲願を邪魔する奴等一族は今宵、この手で滅するのだぁ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい。今、何と言った…?」

 

腹の底から出た低い声が、一瞬でこの場を支配した。

 

 

翼の顔に深い影が射し、目元は前髪で隠れてしまい表情は見えない。紅い紅い満月と重なるその姿は不気味で、他者に得体の知れない恐怖を与えた。

 

そんな翼を中心に風が騒いた。

クリスは寒くもないのに、気づけば自身の手足が震えているという事態に困惑していた。

だが、響は違った。二課に所属して間もない頃、野外演習場で行われた、とあるテスト。あの日、八幡の怒りを買い、死のビジョンを見せられた。

 

殺気。

 

顔の見えない翼からヒシヒシと伝わるソレに、響は恐怖に飲み込まれた。

 

 

「お前の悲願とやらの為に八幡は傷を負わされ……剰えあの子を殺すと言ったのか?」

「な…んだって…んだ!」

「つ、翼…さん?」

 

2人は心臓を鷲掴みにされたかのような息苦しさを覚えた。身体は重い何かに押し潰されそうになる。

翼の握られた拳は怒りに震え、声は低く小さいにも関わらず、場にいる全員の耳にスッと入っていく。

 

「お前か?あの子から父親を奪い……あるはずだった幸福と自分を切り捨てさせたのは…。」

 

(怖い…こんな翼さんを私は知らない…!)

 

「お前か?…あの子の敬愛した師を…たった1人の理解者を奪い、あの子を孤独という奈落の底へ突き落としたのは?」

 

一歩……また一歩とゆっくり前へ出る翼を2人は見つめることがしか出来ず、また恐怖に足が竦んで動けなかった。味方に恐怖心を抱くなど可笑しいにも程があるが、翼の放つ禍々しい殺気にあてられてしまう。

翼のからの"圧"は一歩フィーネに近づくほど、彼女の身体を重くしていった。

 

「お前か?」

 

歩みはそこで止まった。フツフツと沸き上がる怒りは、到に臨界を迎えていた。溢れる憎しみを翼は受け入れたのだった。

 

「まだ幼かったあの子の小さな背中に……。」

 

思い出したは初めて八幡と刃を交えたあの日に見た、八幡の泣いた顔だった。

 

 

「お前が…お前が何もかもを……背負わせたと言うのかぁぁああぁぁあッ!!」

「ッ!?」

 

翼の雄叫びのような怒号は地を、空気を揺らした。更に解放されてる殺気は重圧となって、彼女達の身体を鈍らせ、怯ませ、恐怖の闇へと陥れた。

歯を獣のように剥き出し、切れ長の瞳は限界まで開きフィーネを圧倒する怒りの眼差し。

 

もはや、この場に人類守護の防人はいない。剣でもない。

いるのは、ただただ怒りに身を染めた修羅だった。

 

「ひっ!?」

 

響は見えた翼の顔に思わず悲鳴を上げた。クリスは悲鳴を上げなかったものの固まってしまう。

 

「フー…ッ!フー…ッ!」

 

呼吸は荒く、しかし憤怒の眼光は衰えずにフィーネを射抜く。

フィーネは、ハッと我に返り今の自分の状況に気付いた。己が知らぬ間に後ろへ移動していたのだ。

 

(私が…一歩後ろへ下がってる…?ッー馬鹿な!こんな20にも満たぬ小娘に、私が恐怖したと言うのか!!?)

 

それは反射だった。絶対的な死を感じた身体が生を掴もうとした反射的行動。それは即ち、フィーネが翼に恐怖を抱いたと言う何よりの証拠だった。

 

フィーネにとって、この行動は屈辱でしかなく……故に怒り、翼を睨み返した。

 

「小娘がぁぁあッ!」

「……。」

 

刹那、翼がニタァ〜と笑みを浮かべた。こちらの背筋が凍ってしまう程に、悍ましく冷たい狂った笑みをだった。

精神が正常な者には到底真似できない不気味な笑顔にフィーネは身体を震わせた。

 

「いい事を思いついたぞ。…お前の両腕を斬り落とし、次に両脚を捥ぎ取り、あの子に突き出してやろう。父と師の仇であるお前へのトドメはあの子に刺させてやらねば。」

 

そうすれば、きっと八幡は喜ぶと本気で思った。

血の繋がりはなく、出会ってまだ2年弱。でも本当の弟のように愛している。だから、血が怒りで滾る。殺意が沸く。長年に渡り弟を苦しめ、心身に深い傷を負わせたこの女が許せなかった。

 

「Imyuteus ameー」

「おい。」

 

肩を掴まれた矢先に頬を殴られて、鈍い痛みに翼は片目を閉じて顔を顰める。

目の前には拳を構えたままのクリスが仁王立ちしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




八幡不在でしたね……。
次回は火曜日あたりに更新をしたいと思います。


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第23話

UAが40000超えてました!ありがとうございます!
いつも読んでくれている方やお気に入りやしおりを挟んでくれてる皆様、この場を借りて御礼申し上げます。
本当にありがとうございます!!

さて、更新がいつもより遅かった理由は後書きにて、簡潔に書いてます。
興味のある方のみご覧下さいませ。


頬に鈍い痛みと仄かに熱が広がる。クリスに殴られた箇所を手で押さえる翼の怒りの矛先がフィーネからクリスへと移り変わった。

 

「何をするッ!?」

「…見てらんねぇーんだよ。そんな事しても、あの馬鹿の捻くれお人好しが喜ぶわけないだろ?」

 

怒りを隠さずに睨む翼に対して、クリスは怯まず、哀しげに翼を見つめるのだった。

 

「わかった様な口を利くな!あの子は…泣いていたんだぞ!?今でさえ悪夢に魘され、その度に涙を流している!」

 

だから、翼は八幡の家に暇がある時には泊まる様になった。

姉になると告げたあの日、涙を拭ってやると言ったから…声も出さずに静かに涙を流す八幡が心配でたまらなかったから。

 

「知ってるよ。私も見たからな。…アタシだって、奴に腸わたが煮えくり返ってる。おじさんが亡くなった原因を作った奴の近くにずっといた自分にもだ。……でもよ、アンタはアイツの姉貴なんだろ?だったら、アイツの…八幡が本当に喜ぶ事をしてやれよ!」

「……。」

 

まだ殺気にあてられて震える身体に鞭を打ち、響も翼と対峙する。

 

「翼さん。私はクリスちゃんの言う通りだと思います。…翼さんに、そんな事させたと知ったら、ハチ君は傷ついて悲しみます。だからお願いです。いつもの…優しい翼さんに戻って下さい!これ以上、ハチ君を悲しませないで!」

 

涙まじりの響の叫びに翼は何も言えなかった。怒りに身を任せて、このままフィーネを斬り裂きたい。そう思う自分がいるのは間違いなかった。

しかし、それは自身の為であって八幡の所為にした殺人衝動に過ぎない。

 

(本当に八幡が喜ぶ事…。あの子が…悲しむ…だったら……でも……私はッ!!)

 

2人の言葉を心で復唱し、葛藤する。

そして、翼は未だに怒りに震える拳をー

 

「ーぐッ!!」

 

自身の額に盛大に打ち込んだのだった。

 

「お、おい!」

「翼さん!?」

 

突然、奇行に走った翼に2人は驚愕した。めり込んま拳は、ひと時の間を持ってゆっくりと解かる。と同時に2人への重圧が霧散した。

拳を解かれたそこには憤怒に染まった修羅ではなく、いつもの風鳴翼に戻っていた。

 

「…すまなかった2人とも。もう違わない。」

「よかったぁ〜。いつもの翼さんだ。」

「ったく。また変な気起こしたらアタシの拳で起こしてやらぁ。」

「さて…。では、あの子が本当に喜ぶ事をしなくてはな。手初めにー」

 

静観していたフィーネに振り返る3人に、怒気も殺気もなかった。瞳は希望に満ちた輝きを放ち、己が使命と八幡に課せられ使命を果たさんとしていた。

 

「お前の悲願とやらを止めてみせよう!」

「3人でハチ君とまた笑う為に!」

「全力でぶっ潰す!」

「調子に乗るなよ、小娘ども!我が悲願の為、今宵の月を穿ちその欠片を落とすッ!」

 

フィーネの叫びに呼応したかねように、凄まじ音とともに地が揺れ、彼女達の身体をフラつかせた。

そして露わになるフィーネの切り札にして、悲願を達成する為の最終兵器。天を仰ぐほどの塔が、ついにその姿を見せた。

 

「荷電粒子砲、カ・ディンギルッ!止められるモノなら止めてみろッ!」

 

「Balwisyall Nescell gungnir tron」

「Imyuteus amenohabakiri tron」

「Killter Ichaival tron」

 

紅い満月の下で、少女達の歌が響き渡る。

纏うは希望。夢見る平和な明日を求め、少女達の最終決戦が幕を開けた。

 

 

 

◇◇◇◇

 

フワフワと宙に浮いているような感覚の中、少年には声が聴こえた。

瞳を開くと、ただ真っ暗な闇しかなく、少年を困惑させた。

 

「ここは…?」

《力ガ欲シイカ?》

「ッ!?また…?」

 

また聴こえた謎の声は己が遥か下から聴こえてきた。

視線を下に落とすと、そこには紫色の球体が闇に漂よっていた。

 

《汝、力ヲ求ムノナラ、我ヲ解放セヨ。》

「力…。」

 

甦るのは憎き敵の姿だった。

父と師を死に追いやった、一族の宿敵。彼女の最後の言葉が脳内に木霊し、身体が憎悪で満ちて行く。

理性を失いそうな程までに燃え盛る憤怒。

 

《我ヲ解放セヨ。力ヲ与エヨウ。》

 

紫色の球体が弾けると、そこには黒い影で出来た巨大な何かがいた。九つの尾を打ち鳴らし、八幡に手を伸ばすソレからは邪悪な笑みが見てとれた。

 

「力が…欲しい……。復讐する為にも、あの女を殺すために力を寄越せッ!」

 

八幡は手を伸ばした。復讐に走る彼の目に優しさも希望もない、濁りきった怒りにだけがあった。あと少しで巨大な手に触れると言う所で、己が胸部が光り、あまりの輝きに瞼を降ろした。

 

輝きが収束すると、目の前にあったのは、長年ともに戦い抜いてきた相棒、妖刀・白雪ノ華だった。

 

「ダメダメ。そんな力求めちゃ。君は人類守護の任に就く、安倍晴明なんだからさ。」

 

一瞬、また輝きを放った白雪ノ華はその姿を刀から人間へと変えていた。

 

「……は?」

 

驚きが憤怒を凌駕し、目が点になる八幡の前には、とんでもなく美しい少女が腰に手を当てて…ニヘラッと締まりのない笑みを浮かべていた。

 

「貴様ァァァアッ!」

「もう、煩いなぁ〜九尾は。君は殺生石でおネンネしててね。」

 

少女がパンッと両手を合わせると、九尾の化け狐が爆散し、光の粒子へと変わった。

キラキラと輝く光の粒子をバックに人懐っこい笑みを浮かべた少女が八幡の胸元を軽くノックした。

 

「もしも〜し。晴明さん起きてるでしょ〜?早く出てこないと晴明さんの恥ずかしい話を「あ、やべぇ晴明さん寝ぼけてた。おや、玉藻。元気か?」

 

少女の話しを白々しい言い訳の弁を述べながら遮った人物は、陰陽師の正装を身に纏った姿で2人の真上から登場した。

自分たちと同じ位置へ移動したその姿を見て、八幡は驚愕する。

鏡を見てるのかと錯覚してしまうほどに、自分と瓜二つの容姿をしていたのだ。

 

「さてさて……はじめまして。私は玉藻だよ。よろしくね、比企谷八幡くん。」

「あー…初代の安倍晴明だ。別によろしくしなくていい。」

「……ド「「ドッキリじゃない。」」…さいですか。」

 

やれやれと首を振る2人に若干の苛立ちを覚えつつも、何故この2人が目の前にいるのか?現実ではあり得ない出来事が起きていながらも、案外冷静な自分に驚いていた。

 

「ではでは…時間もあまり無い事なので、まずは私の魂の一部を持つ彼女が今何をしているのか…ご覧あれ〜!」

 

玉藻が指を鳴らすと足元が揺らぎ、波紋が広がっていく。そして、映し出されたのは、八幡の良く知る少女達だった。

 

「おやおや?…あちゃ〜……クリスったら翼にグーパンしたよ。てか、翼ってば恐いよ。」

「ほほぅ…なるほど。コヤツの為に怒り、コヤツを想い戦っているようだな。」

 

見た。聴いた。知った。

 

「姉さん…。」

姉は自分の為に怒ってくれた。

 

「クリス…。」

クリスは自分の為に姉を叱咤してくれた。

 

「響…。」

響は自分の為に涙を浮かべてくれた。

 

そして、今は一丸となってフィーネと戦っている。平和な明日を掴む為に戦っている。

なのに、自分はどうだ?

自身の怒りに呑まれて力を求めて、復讐に走ろうとした。

闇に負け、力だけを求めた自分を恥ずかしいと思えた。

 

「君は良い仲間を持っているね。生きていた時の私達もあんな感じだったのかな?…やっば!」

 

玉藻と初代の身体が淡く発光し始めた。それはタイムリミットが近づいている合図だった。わちゃわちゃと慌てる玉藻の頭に、晴明が手を置いて押さえつけた。

 

「時間がないから、よく聴け小僧。俺は緋維音の暴挙を止めろと言い残しちゃいるが、子孫は揃いも揃って勘違いし過ぎだ。俺は止めろと言ったが殺せと言ってねぇ。」

「それからね、凄く言い難いんだけど…私達は緋維音を1人にしたくなくて、晴明さんは麒麟に、私は白雪ノ華に魂の一部を紛れ込ませていたの。でも、時が流れすぎてもう限界が来ちゃった。だから、お願い。緋維音を止めて。そして、伝えて欲しい。私達はまだ今も信じてるからって。」

「ちょっと待ってくれ。限界って…それに麒麟って何?」

「は?お前が使ってる戦鎧だろうが。アレには四霊が一体、麒麟の角で作られたモンだ。……アレはお前の仲間が戦っている武器の初期型だ。ただ使うエネルギーが俺たち陰陽師の神通力ってだけだ。そもそも神通力とは……あーもう、時間がねぇし面倒だッ!」

 

胸倉を掴まれ、引き寄せられた八幡の額に晴明が指を当てると、様々な情報が脳に流れ込んできた。膨大すぎる情報量に、脳が焼け切れそうな感覚に陥った。重すぎた負担は、八幡の意識を奪い始める。

 

「…秘技とお前に必要な情報を流し込んだ。あとは自分で整理してケリをつけろ。…あとは任せたぞ、俺の名を継ぎし者よ。」

「あの子達はもう戦ってる。だけど大丈夫!私があの3人を死なせはしないから。絶対、ぜっーたいにッ!だから、安心して……目覚めなさい。」

 

薄れ行く意識の最中、光となり消え去る2人を見送り、八幡は意識を手放し……

 

 

そして、目覚めた。

ハッキリと意識が戻っておらず、ただ自分が誰かにおぶられているのだけは分かった。うまく焦点の合わない目に映ったのは大きな背中と後頭部だけだった。

 

「…親父……?」

 

懐かしい姿を見た気がした。

昔、修行の帰りには歩けない八幡は父親におぶられていた。

一定のリズムで上下する身体が、また八幡を眠りへと誘う。

 

「…すまん、俺だ。」

「??……司令ッ!ー痛ッてぇ……。」

「ハチ君!良かった……本当に良かった…!」

 

安堵の涙を浮かべる未来が真後ろで八幡を支えていた。

その真横には緒川もいて、全員が生きている事に八幡は胸を撫で下ろした。

 

「未来…。司令、すいません。下ろしてください。」

「あぁ。よっと。」

 

応急処置された腹部は血で染まり、貫かれた箇所は焼けるように痛い。

激痛に耐える中、先程の夢の様な出来事がフラッシュバックする。

玉藻と初代安倍晴明との対面。晴明により与えられた情報は知識となり、八幡の脳内で暴れまわっていた。

 

「…痛ッ。」

「ハチ君!」

「大丈夫だ。…司令、俺は地上へ行きます。姉さん達が戦ってるんで。」

「馬鹿を言うな。そんな大怪我して…俺に血箋華を使って神通力だって余裕もないだろうが。」

 

図星だった。神通力は残り僅か。傷からは激痛。

とても戦場に赴けるとは思えない状況だった。

 

「…俺は安倍晴明です。だからー」

「復讐しに行く……わけじゃなさそうだな、こりゃ。」

 

ガシガシと頭を掻き毟り、強い眼差しで見上げる八幡の覚悟を感じ取った弦十郎は司令官としては最低最悪の行動に出る。

 

「ハァ…わかった。行ってこい。」

「司令!?」

 

八幡を引き止めない弦十郎に緒川は驚愕した。

この状態の部下を戦場に送るなど、死を命じるに等しい。いくら本人の立案であっても、司令官なら突っぱねるべきであった。

 

「…ありがとうございます。」

 

傷口を塞ぐ包帯をキツく締め直し、痛みに耐えながら走り出した。

 

「兄にッ!!」

「ーッ!」

 

未来の叫びに八幡は立ち止まる。

懐かしいその呼び名は未来の癖だった。中学生になる前に直った癖は、非常時の今になってまた現れた。

 

「そう呼ばれるのも久々だな…。大丈夫だ。必ず4人で帰ってくる。」

「あッ…!」

 

再び走り出した彼を止めれる者は、この場には居なかった。

 

全力に近い状態で走りながら、懐から紅の呪符を取り出す。

 

(とっておきを使う羽目になるなんて…仕方ねぇか。)

 

たった3枚しかない、超貴重な代物。

それを握りしめたまま八幡は走り続けた。地上はもう直ぐ其処へ近づいていた。

 

同刻

 

少女達は優勢と言わないまでも、フィーネと渡り合っていた。

即席のコンビネーションとは思えない3人の息の合った攻撃に、フィーネの眉間に苛立ちの皺がよる。

 

クリスが撃ったミサイルを鞭で破壊し、爆煙が舞うと、その見えぬ先から翼と響のコンビネーションアタックが迫る。

 

1人に集中すれば、2人に死角から攻められる現状に徐々にフラストレーションが高まっていく。

 

それでも、完全聖遺物のポテンシャルは凄まじく、達人の域まで達した翼の剣技に響の持ち前のパワーと瞬発力に完璧な応戦をしていた。

 

だから見落とした。

 

クリスの構えた2基の大型ミサイル。狙いは自分だと思ったのがミスだった。

 

「本命はこっちだ!」

 

1基目は確かに自身へ放たれたので、空を舞うように飛行しながら容易く避けてみせた。

 

「ロックオン…アクティブ!スナイプー」

 

しかし、2基目の狙いはエネルギーが臨界に達しつつあるカ・ディンギルの発射口だった。

 

「チィッ!」

「デストロイッ!!」

「させるかぁッ!」

 

放たれた2基目にフィーネが夢中になる中、クリスと2人の視線が交わった。

クリスは困った様にぎこちない笑みを浮かべた。

 

「悪りぃな、あとは頼む。八幡に伝えてくれ。…見つけてくれて、ありがとうって。」

「クリスちゃん…?」

「待て、何をするつもりだ!」

 

翼の質問には答えず……放った1基目のミサイルがクリスの真上に来た時、彼女はその先端に捕まり月へ向け飛んで行った。

 

2基目はフィーネが振るった鞭により、敢え無く撃墜された。それでも、クリスは自身から意識を外す目論見は成功していた。

 

 

「もう一発は……はッ!?」

「クリスちゃん、待って!!」

 

響の制止の声を聴かず、超加速で夜空を飛び、雲を越え、青く美しい地球の地平線の丸みが見える位置まで彼女は上昇していく。その最中で、クリスは歌う。

 

 

「ーGatrandis babel ziggurat edenal

Emustolronzen fine el baral zizzl

Gatrandis babel ziggurat edenal

Emustolronzen fine el zizzl…」

 

母親譲りの澄んだ、そして彼女の愛らしさが表れた歌声は3人にも聴こえていた。

月とカ・ディンギルの射線に躍り出た彼女は、ミサイルから手を離し…そして、銃を構えた。伸びる砲身と、歌った絶唱のエネルギーが高まっていく。

 

放たれた月を穿つ一撃。

それをクリスは迎え撃ち、カ・ディンギルの放つエネルギー砲を押し止めた。

 

「押し止めているだとッ!?」

 

シンフォギアを玩具と切り捨てたフィーネは、今起きてる事象に驚愕する。

 

だが、嫌な音と共に徐々に銃身に亀裂が入っていく。絶唱の負荷から、クリスは口から血を流し、それでもエネルギーの放出を辞めなかった。

 

 

(アタシはずっとパパとママの事が大好きだった…だから、アタシが引き継ぐんだ……)

 

とうとう纏うギアまでにも亀裂が入る。限界を迎え、だが耐える。耐えて、歪んでいく視界の先を見つめる彼女の瞳は綺麗で希望に満ちていた。

 

(パパとママの代わりに…歌で……アイツが好きだと言ってくれたアタシの歌で、平和を掴んでみせる。)

 

ゆっくりと少しずつ、クリスの砲撃が押されて始めた。

 

(楽しかったな……。何だかんだで、アイツと過ごした3週間は楽しかった。)

 

訪れた限界。

 

(……八幡。約束守れそうにないや…。ごめん。)

 

均衡は崩れ、カ・ディンギルの放ったエネルギーがクリスを飲み込んだ。

最期に想い出したのは、彼とした2度目の約束だった。

 

 

 





8日前

なんか熱っぽいなぁ〜




医者「インフルだね。」
私「は?」
医者「インフルエンザだね。」

違う。言い方の問題じゃない。



5日前

順調に回復。良きかな、良きかな。

あ……鼻がムズムズする……クシャミが……

私「へクシュぁぁあああぁぁあッ!?」

ギックリ腰になった午前四時。


以上です。

※土曜日には後書きを削除致します。


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第24話

紅い流れ星が堕ちて行く。クリスの決死の抵抗により、月の破壊は免れた。

 

だが絶唱を歌ったバックファイアにより、クリスの意識は朦朧としていた。それでも凄まじい速度で、地上が迫っているコトだけは理解できた。

 

「あぁ…アタシは…死ぬ……のか?」

 

まだやりたいコトが沢山ある。親の夢だって引き継ぎ、叶えたい。

でも、力の入らないボロボロの自分ではなす術が何も無かった。

 

(大丈夫だよ。私が守るから。)

 

地上に激突する間際、身体を何か暖かいモノが包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

地上へ繋がる出口から身を出すと、真紅の月が八幡を出迎えた。

しかし、丸みを帯びている筈の月は何故か欠けており、まさかと自分が出てきた場所を振り返ると、今日の夕刻までは無かったとんでもなく大きな塔が聳え立っていた。

 

「これが…カ・ディンギル!!クソッたれ…!」

 

毒付きながらも、初弾は失敗したという事実に気づく。

だが、2射目で軌道修正されれば次で終わる。フィーネの悲願は果たされ、地上は地獄となり彼女は神として降臨する。

 

それだけは防がなければならない。

止めていた脚をまた動かして、先程から雄叫びが聴こえる方角へと急ぐ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぅうがぁぁぁああぁぁッ!」

「くッ!!立花!」

 

クリスが地上へ落ちた。カ・ディンギルより放たれた絶望の光りから、身を挺して月を守り切った彼女。

 

そのクリスをフィーネは無駄だとせせら嗤った。

悲しみに暮れた響を一瞬で憤怒させるには十分な一言だった。

 

「あぁぁああるぁあ!」

「よせ…立花!」

 

結果、胸のガングニールが暴走し破壊衝動に意思を取り込まれ、敵味方の判別ができなくなり翼へ拳を向けた。

 

何度も迫る響を傷つけたくない翼は、拳で弾き、躱し続けた。

だが、異常な速度とパワーに傷を負い始め、とうとう腕部のプロテクターが砕かれた。

 

だが響は止まってくれない。呼吸を荒げながら猛獣の如く、再度翼に飛び掛かった。

 

「がるぁぁあ!」

「くッ!」

「こンのお馬鹿が!!」

「ぎゃぶぅ!?」

 

翼と交わるその瞬間、白い何かが視界に現れた。

白い何か…それは八幡の髪で、彼の拳骨が響の脳天にめり込んだ。そして、そのまま顔面から真下の瓦礫に突っ込む。

まるで破壊の化身。響の漆黒な姿に八幡は目を細め、掌に氷の短剣を造り出した。

 

 

【影縫い】

 

その短剣で響の影を縫い付ける。

呻き声を上げる幼馴染みに八幡は幾つもの疑問か頭に浮かび上がる。

 

「八幡…!貴方、どうして「それよりも状況説明を頼む。…時間がない。」

 

発光するカ・ディンギルに翼は息を飲んだ。

腹部を庇うように立つ弟を見て、色々と言ってやりたい事があったが、それを飲み込み、今までの出来事を簡潔に説明する。

 

「カ・ディンギルは荷電粒子砲。1射目は月の真下から雪音が絶唱で逸らしてくれた。…その雪音は北の森林付近に堕ちた。立花は雪音をあの女に侮辱され、怒り、ガングニールが暴走し今に至る。」

「…理解した。」

 

胸が騒ついた。姉の話しが本当なら北へ今すぐに向かいたい。

でもー……

 

『あの子達はもう戦ってる。だけど大丈夫!私があの3人を死なせはしないから。絶対、ぜっーたいにッ!』

 

玉藻が言っていた事を今だけは信じる。根拠はない。だけど、信じれられる。

そして、足下で影縫いに逆らい力づくで動こうとする響の頭に手を置き、左右に優しく撫でた。

 

「大丈夫だ。…クリスは無事だ。」

「あ…あぅあぁ…??」

「何故わかる!?」

「秘密。…ったく。奏さんから引き継いだ力で困ってる人達を守るんだろう?味方を襲ってどうすんだよ、アホ。」

「…あ……ぁ?」

「……。」

「さてと、奥の手を使わせてもらおうか。」

 

まるで血の様に紅い呪符を取り出して、それを勢い良く自身の心臓付近に叩きつけた。

刹那、八幡から真っ黒い瘴気が飛び出した。

 

「ぐぅぅぅ…ああぁぁあぁッ!!」

「八幡!?どうした…なにをしたんだ!?」

 

胸を両手で押さえ、苦痛に歪む八幡の顔。今、彼の全身を針を刺す様な、炎で焼かれてる様な激痛が駆け巡っていた。その激痛に意識を手放しそうになるのを耐え凌ぎ、彼は手に入れた。

 

漆黒の鎧の下、八幡の心臓から全身に渡って紅い紋様が行き渡る。

それは八幡の頬まで伸び、心臓の鼓動に連動して輝く。

 

「血化粧か…」

 

静観していたフィーネは呟く。

八幡とフィーネ。安倍晴明と緋維音。

再度参戦した八幡を見たフィーネは驚きもせずに不快そうに見つめるだけだった。

 

「ーなッ!?」

 

その八幡を見て翼は呼吸が一拍だけ止まる。

彼の眼は人間のそれではなかった。獣の眼。そして刺々しい牙が口から飛び出ていた。

 

「あぁ…そうだ。白狐の血を更に強制覚醒させる荒業だ。」

「フンッ、また私の前に姿を見せるだけでは飽き足らず、人の姿すら捨てたか?この化け物めッ!!」

「貴様!私の弟を侮辱するなどと!!」

「あぁそうだ。お前の言う通り化け物だよ。」

「八幡…。」

 

白雪ノ華に反射した自分の姿に悲しみの笑みを浮かべた

人ならざるモノに成り果てた自分。でも、これでいいのだと自分に言い聞かせる。

クリスがその身を犠牲にしてまでも繋いでくれた。

だから、引き継ぐ。全てを終わらす為なら化け物になったって構わなかった。

 

「化け物だ。…でも、化け物にだって護りてぇ明日がある!」

「ーッ!!…そうだな。その明日に歌う為……風鳴翼が歌うのは戦場ばかりで無いと知れッ!」

 

まるで初代と瓜二つの八幡の姿。そして、その隣りには玉藻を連想させるような太刀を持つ翼。

フィーネにとって、遥か昔を思いださせるその2人の姿が無性に腹立たしかった。

 

「人の世が化け物と剣を受け入れる事など在りはしないッ!」

 

刺々しい鞭が高速で2人へ向かってくる。

 

「ふっ!」

「颯を射る如き刃 麗しきは千の花〜」

 

翼の歌を合図に、2人は迫る鞭を空高く跳ぶ事で回避し反撃に移行する。

まるで獲物を追う蛇の如く、尚も接近する鞭を2振りの剣が弾く。

そのままフィーネに向かい降下するも、鞭がまた2人を貫こうと迫る。

 

「宵に煌めいた残月 哀しみよ浄土に還りなさい…永久に」

「俺たち姉弟を…侮るなッ!」

 

【閃光業雷】

【蒼ノ一閃】

 

寸分の狂いもなく同時に放たれた2つの斬撃。鞭と衝突し、大きな爆発を起こす。だが、いくら傷を付けようがネフシュタンの再生能力で鞭は瞬く間に修復された。

 

「慟哭に吠え立つ修羅 いっそ徒然と雫を拭って 思い出も誇りも 一振りの雷鳴へと〜」

 

2人が無防備にぬる着地した瞬間を狙い、フィーネは再び鞭を投げる。

だがー

 

【氷槍天昇】

 

「なにッ!?」

 

地上から飛び出した氷の槍に弾かれた。

鞭を弾いた氷が砕け散ると、大型化したアームドギアを構えた翼が地を這う様に飛び、フィーネに接近。振り抜かれたアームドギアの重量にフィーネはカ・ディンギルの外壁へ吹き飛ばされた。

 

「アレをやる、姉さんッ!」

 

隙が出来た今を見逃す程この姉弟は甘くなどない。

再び地を蹴り高々と空へと跳ぶ。

 

「去りなさい!無想に猛る炎 神楽の風に 滅し散華せよ」

 

最高度まで跳んだ翼がアームドギアをフィーネへ向けて投擲。

飛んで行くアームドギア巨大化させ、八幡がその柄を両手で掴み、雷を帯電させ威力を倍増させる。

翼が八幡の足裏に自身の足をドッキングさせた瞬間、2人は同時にバーニアから火を吹かせた。

 

【雷華ノ逆鱗】

 

「闇を裂け 酔狂のいろは唄よ 凛と愛を翳して

いざ往かん…心に満ちた決意 真なる勇気胸に問いてぇ〜」

 

 

超高速で堕ちてくる巨大な剣を忌々しげに睨みつけ、鞭を幾重にも絡ませて3枚のシールドを重ねて展開して迎え撃つ。

 

「嗚呼絆にぃ すべてを賭した閃光のぉ〜剣よぉ〜」

「侮るなと言っているッ!」

「馬鹿なッ!?チィッ……あぁぁあぁぁ!!?」

 

 

翼の放つ、天ノ逆鱗ならば防げれただろう完璧な防御も、2人のコンビネーションアーツを防ぐには至らず、シールドは貫通。フィーネは辛うじて剣を回避に成功するも、剣から放たれた雷を浴びてしまい身体に激痛を伴いながら、煙と悲鳴を上げた。

 

「ぐぎィィ…貴様らぁぁあッ!」

 

2人の猛攻にそれでも耐えたフィーネが眼にしたモノ。それはー

 

【炎鳥極翔斬】

 

両手に持った剣から炎を吹き出し、空へ舞い上がる翼。

そして、空中に氷の足場を形成しながら跳び、空へ登って行く八幡。

 

そう…見事な連携もコンビネーションアーツの大技も全ては囮。

それでフィーネを倒せれば御の字としていた。

 

「狙いは始めからカ・ディンギルかッ!!?」

 

それだけは破壊される訳にはいかないフィーネは全力で鞭を投げ放つ。

無限に伸びて行く鞭は、2人に徐々に追い縋る。

横目で2人は鞭の進路を確認した時、ハプニングが生じた。

 

「しまー」

「はっ…!?」

 

唐突に八幡の限界が訪れた。

…ー否、限界はとうの昔に訪れていた。血化粧で無理やり白狐の血を濃くし、神通力を身体から絞り出していたに過ぎなかった。

 

氷の足場を造れず、宙に投げ出された八幡に翼が動揺した。

 

「フッハ……」

 

フィーネは笑った。完璧に事を運んでいた2人の限界と甘さが見えた瞬間、鞭の速度を更に上げて無防備な2人の背中に衝突させた。

 

天に向かい飛んでいた2つの希望は鞭に弾かれた。

その威力に翼の顔が歪み、視界が閉ざされた。

 

(あと少しなのに……やはり、私ではー)

 

内から出た弱音。最近は事あるごとに周囲に迷惑をかけ、八幡を悲しませた。己が弱さを実感する度に、身体に力を入れて踏んばった。

だが、どうだ?また力を及ばず、今度は世界が終わってしまう。

防人が聞いて呆れてる……そう翼は思わずにいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

《なぁに弱気になってんだ、翼。隣りを見てみな。翼は1人じゃないだろ?》

 

聴こえるはずの無い、今はもう居ないパートナーの声が聴こえた。

 

(奏ッ……隣り?)

 

閉ざしていた視界を開くと、すぐ隣りには八幡がいた。激痛に顔を歪めて片目は閉ざしていた。それでも翼を映す彼の瞳には諦めの文字は無かった。

アイコンタクト。口には出さない。だけれども翼には八幡の言いたいことが理解できた。だから、身体はボロボロで痛いはずなのに僅かに笑みが溢れた。

 

八幡も釣られてニッと笑い、白雪ノ華に氷を纏わせて両手で力一杯握りしめた。

 

(そうだ。私は片翼なんかじゃない…私は翔べる…この子と一緒なら何処へだって翔んでみせる。私はー)

 

翼は体を捻り、白雪ノ華の上に片脚を乗せた。

 

「翔べッ……風鳴翼ぁぁああッ!」「うッおおぉぉおッ!!」

 

 

そして、八幡は最後の力を振り絞って白雪ノ華を振り上げ、同時に翼は全力で白雪ノ華から跳んだ。

 

氷は砕け散り、天へ登る翼と地に堕ちて行く八幡。最後まで諦めず、足掻いた結果がこの連携だった。

 

(諦めてなるものかッ!私は人類守護の剣だッ!)

「んはっ!?」

 

カ・ディンギルを守りきったと安堵するには、早計過ぎた。

火の鳥となって飛んでゆく翼を信じられないと思いながらも、フィーネは鞭を再び振り抜いた。

 

「はっ…!?」

 

だが更なる障害がフィーネに立ち塞がった。

鞭の行先に八幡が飛び出してきたのだ。古より彼女の邪魔をしてきた一族は、やはり最後の障壁となりフィーネを狼狽さえた。

 

(身体はマジでもう限界…白雪ノ華だけじゃ鞭2つの迎撃は既に無理。だったらー!)

 

目前まで迫った鞭。八幡は1つは白雪ノ華で叩き落とし、続く2つ目はー……

 

「がぁッ!?あぁッ…!…こうするっきゃねぇよな…。」

「なん…だとッ…!?」

 

左肩で鞭を受け止めた。身体を張った最後の抵抗。肩を貫通するも、減速した鞭を両腕で掴み、両の掌から血が噴き出した。

身を挺して彼はフィーネへの最期の妨害を成し遂げたのだ。

 

「はちまぁぁぁんッ!」

 

姉の叫び声の後、眩い光が背後から射された。絶望に染まるフィーネを見て、自分達の思惑の成功を確信した。

思わず漏れた最高に見下した笑みを浮かべ、八幡は薄れゆく意識の中で呟いた。

 

「ざまぁみろ…。」

 

直後に爆発するカ・ディンギル。爆風に吹き飛ばされながら、彼は地上へ堕ちたのだった。

 

翼の特攻により内部から爆発して、崩壊するカ・ディンギル。

2人の姉弟の命と引き換えにフィーネの悲願、月の破壊から人類は救われた。

 

避難者達とシェルターでコトの行末をモニター越しに見守っていた未来、弦十郎、緒川達は訪れた結末に言葉を失った。

 

「アメノハバキリに続き、白雪ノ華…反応途絶ッ…!」

 

モニター前にいた藤堯は悔しさと悲しみに唇を震わせながら現状を伝えた。

告げられた残酷な現実に、友里は耐えられずモニターに背を向けて口を押さえて涙を流し始めた。

 

「身命を賭して、カ・ディンギルを破壊したか…翼、お前の歌は世界に届いたぞ……八幡、お前の行為は無駄じゃない……明日は繋がった…世界を守ったぞッ…!」

 

弦十郎の震える声と拳。

その横にいた少年はコトの顛末に瞳は揺れ、呼吸が定まらなくなった。

 

 

「嘘だろ…比企谷が…死んだ?そんな……!」

 

祖父から貰った大切なロザリオを彼に渡した。彼は必ず返しに来ると言っていた。

八幡は冗談は言えど、一度だって裏切るような嘘は言わなかった。だから、信じた。

 

「わかんない…わかんないよッ!なんで…皆戦うの!?痛い思いして、怖い思いして!…死ぬ為に戦ってるの…?」

 

明日は繋がったが希望は砕かれた。絶望と恐怖に耐えれなかった板場の叫び。涙は止め処なく溢れ流れ、戦い死んでいったと予想される3人を気に留める事もできなかった。

 

「わからないのッ!?」

「ぅえ…!?」

 

一喝したのは未来だった。幼馴染み2人は戦いに身を投じ、いつも見守るしかできない自分。

モニターに映る、兄と慕う八幡は地に伏したまま微動だにしない。

涙を流しはすれど、未来は信じていた。彼は生きていると。

 

モニターの向こうでは、戦意を失い、膝まづく響がいた。このままでは、大切な人達を全て失ってしまう。

だから、自分の出来る事をしてあげたかった。自分の出来る事で2人を助けたかった。

 

「すいません。響達に私達の声を届ける事はできませんか?」

「お、俺も手伝わせてくないか!?比企谷は俺達を助けてくれた。それ以前に友達だ。だから、アイツの為に何か出来るなら手伝わせてくれ。」

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

氷の短剣は消え去った。暴走は終わりを迎え、ギアが解除された。

誰も仲間がいなくなった響は、その場に立ち尽くしたまま涙を流し始めた。

 

「翼さん…クリスちゃん……?」

 

翼はカ・ディンギルへと消え、クリスは森に堕ちた。

そして、大好きな幼馴染みは目の前に倒れたまま動かない。既に鎧も白雪ノ華も消えており、いつもの比企谷八幡の姿で血を流し続けていた。

 

「ハチ君…起きてよ……ハチ君……。」

 

ユサユサと弱々しく八幡を揺するも反応は皆無。

大粒の涙が一粒…また一粒、八幡へと落ちていく。

 

 

「えぇいッ、何処までも忌々しいッ!いつもいつも私の邪魔をするかッ!?」

 

鞭を地面に叩きつけ、苛立ちを抑えられない。

フィーネは荒れていた。兼ねてより計画していた月の破壊をまたしても、安倍晴明に邪魔をされたのだ。

どれ程時が流れようとも、己が前に立ち塞がる彼等に憤慨せずにはいられなかった。

 

「ハチ…君…。」

『八幡達を助けたい?」

「……?声?」

『ねぇ、助けたい?』

「聴こ…えたッ…!助かるの?……お願い、ハチ君達を助けて!」

「狂ったか?1人で何を言っている。」

 

フィーネからしてみると唐突に1人で会話し始めた響。

精神的に異常をきたしたとしか思えない奇行っぷりに、眉を潜めた。

 

『うん、助けてあげる。だから、少しの間だけ身体を借りるね?』

「お願い…します。」

「フンッ。狂う程に苦しいのであれば救ってやろう。感謝するのだな。」

 

フィーネは響の頭上かは鞭を全力で振り落とした。ギアを纏っていない生身の響では即死は免れない。

だが、響は手を天に翳し、シールドを展開した。弾かれる鞭にフィーネは目が大きく開かれた。

 

「何だとッ!?」

「まったく、危ないなぁ。……おいで、白雪ノ華ッ!」

 

呼ばれた白雪ノ華は、八幡の中から飛び出して響の掌に収まった。

感触を確かめるように数回握りしめながら、響はフィーネと対峙する。

先程までの悲壮に満ちた顔ではなく、鋭く冷たい武士の眼でフィーネを捉えていた。

 

「貴様ッ…何故、それを触れる!?それは妖刀!認めた主人以外を容赦なく呪い殺すはず!」

「やれやれ。どうして分からないのかな?ね、緋維音?」

「はぁ?ーなんッ」

 

一瞬で視界から響が消えた。

間も無く吹き飛ぶフィーネ。何が起きたのかわからないまま、フィーネは背中で地を削って行く。

 

「何をー……何が起きた!?」

「流石は私の魂の器なだけあって、動きやすいや。」

『あの…ハチ君達を……。』

「うん、今からやるところ。さぁ〜、やるよ。皆を癒すよ…手伝って、白雪ノ華ッ!!」

 

夜空へ伸ばされた白雪ノ華から眩い黄金の輝きと、とてつもないエネルギーが噴き出した。

 

それは夜空へと飛び立ち、そして3つに分散した。1つは森の向こうへ落ち、もう1つは破壊されたカ・ディンギルの発射口付近へ。

そして、最後の1つは八幡へ降り注がれた。

光りを浴びた八幡の髪は揺れ、瞬く間に傷を癒していく。

 

「貴様…何をしたッ!?」

「何って…八幡達の傷を癒してるんだよ。」

「馬鹿な!?何だというのだ…貴様は何だというのだッ!?」

 

フィーネは叫びながら、鞭を横薙ぎに振り回した。脇腹への直撃コースだったが、響は白雪ノ華で下から掬うように軽々と上へ弾いた。

 

「緋維音、私は信じてたんだよ?緋維音ならバラルの呪詛を解かずとも人類を1つにできるって。統一言語がなくたって創造主とやらに胸の想いを伝えれるって。……でも、もう駄目みたいだね。」

「先程から貴様は何を言って……ッ!!まさか、お前はッ!?」

 

何かに気づいたフィーネだったが、もう全てが遅かった。

響の背後で何が、のそりと動いた。

傷は治れど、目に生気は感じられないまま立ち上がった比企谷八幡。

勿論フィーネは立ち上がった八幡に気づいたが、今の彼女はそれよりも優先すべき事柄があった。

 

「玉藻…なのか?」

「私の魂も引き継いで行くのも限界。どうせ消えゆくならばと、魂を上乗せした力で彼等を癒すまで。」

「やはり…玉藻なのだなッ!?」

「……。」

 

響…いや、響と入れ替わった人物はフィーネの問いに答えなかった。

ゆっくりとした動作で白雪ノ華を天へと掲げて、目蓋を閉じた。

 

「…響、八幡。耳を澄ましてごらん。」

(……耳を…??)

「……。」

 

 

 

《仰ぎ見よ太陽を よろずの愛を学べ…》

 

 

(これって…リディアンの校歌。それに、この声は未来だッ!!)

「聴こえたね?皆、無事みたいで良かった良かった。」

 

聴こえて歌声に響の気力が戻ってきた。

大好きな親友が生きている事実が彼女に活力をあたえた。

 

「なんだ、何処から聴こえて来る?この不快な歌……歌…だとッ…?」

 

 

 

(響、私達は無事だよ。ハチ君、早く起きて。2人が帰ってくるのを私は待ってる。だから、負けないで。)

 

未来は歌に胸の想いを乗せて歌う。未来だけじゃない、亜沙も板場たちも胸の想いを乗せて歌っていた。

放送機器遣い、シェルターから校歌で2人へエールを送る。

 

 

「……ふふっ。私は時間切れ。…緋維音ッ!これ以上、今を歩む者達を巻き込むのは許されない。……さぁ、夜は明けるッ!陽は登り、歌は鳴り響き、明日を掴むその手には奇跡と力をッ!……響、八幡あとは任せたからね。」

「待て、玉藻ッ!」

 

最期までフィーネに応える事なく、明るくなっていく空へ向けて白雪ノ華を投げ放った。

 

それを八幡が右手で受け取った。先程まで光りを失っていた瞳には生気が宿っていた。

瀕死からの完全復活を遂げた八幡は、響の隣りに立つ。

 

「聴こえたな?」

「……うん、聴こえたよハチ君。玉藻って人に任すって言われた。未来達の歌か聴こえた。…皆が歌ってるんだ……だから、まだ歌える…頑張れる、戦えるッ!!」

 

直後、2人の身体が光り輝いた。

その際に発生した衝撃波はフィーネは後方へと吹き飛ばした。

 

彼女には理解ができなかった。何故、玉藻らしき人物が響の中にいたのか。

何故、自分の問いにも答えず、話しを聴いてもくれなかったのか。

 

そして何より今、目の前で起きてる事象に頭がついて行けなかった。

 

諦めを知らないと言わんばかりの2人の眼差しがフィーネの視線と衝突した。

 

 

「まだ、戦えるだとッ!?何を支えに立ち上がる…何を握って力と変える?あの鳴り渡る不快な歌の仕業か…?」

 

超先史文明期から現代に至るまで、この様な事象を見た事がないフィーネは更なる混乱を招く。

疑問は頭を巡り、言葉を口にしても2人は答えない。

 

 

「そうだッ…!お前達が纏っているモノはなんだ?何を纏っている?それは私が造ったモノか…?お前達が纏うそれは一体なんだ……?なんなのだッ…!?」

 

 

当事者である2人には起きている事象の説明は出来ない。

しかし、立ち上がる理由も戦える理解も簡単だった。

 

守りたい。

ただ、それだけの事。

 

 

「やるぞ、響ッ!」

「うんッ!」

 

天を仰ぐ程の塔を越える光りの柱が4本、青天へと伸びた。

 

 

「シィィンフォギァァアアァッ!!」

 

八幡と響だけじゃない。その背中に翅を生やした翼とクリス。

 

今、4人の戦士が朝陽で輝く空に集結した。

 

 

 

 

 

 




あと1、2話でルナアタック編終了です。
……フロンティア前に日常編をいくつか書きたいと思いますが……どうしましょ?笑


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第25話

 

シェルター内に歓声が沸いた。モニター越しにみた奇跡と、4人の復活に皆の心に希望が灯る。

 

「よし、やっちまえ!比企谷!」

 

もう一度立ち上がり、今は空を羽ばたく友人の姿に亜沙の瞳は潤んでいた。

 

「響…兄に…頑張って。」

 

未来は祈る。勝ち負けじゃない。ただ大切な幼馴染み達の無事を…。

 

 

「…ん?兄に??」

「えっ…?あッ!!ち、違うの!!」

 

板場が気づいた未来の失態にシェルター内は束の間の笑いに包まれた。

 

 

 

 

第25話

 

 

夜明けと共に空を舞う4人とフィーネは対峙していた。いつも纏う戦鎧とシンフォギアとは違う、その姿は宛ら天の使いのようだった。

八幡は紫の翅を背中に、3人は白といつものギアの色と翅をそれぞれ生やしていた。

 

「皆の歌声がくれたギアが私に負けない力を与えてくれる。私達にもう一度立ち上がる力を与えてくれる。…歌は戦うための力じゃない命なんだッ!」

「高レベルのフォニックゲイン…これは2年前の意趣返し…?」

『んな事どうでもいいんだよッ!』

「念話までも。…限定解除されたギアと四霊鎧を纏って、すっかりその気かッ!」

 

ソロモンの杖から忌々しい光りが放たれ、ノイズが召喚される。

 

『いい加減、芸が乏しいんだよッ!』

『…1つ聴かせろ。1年前の大災害…アレもお前の仕業か?』

 

八幡の言葉に翼の身体がピクリッと反応をしめした。

天羽奏が命を散らした1年前の大災害。八幡は父親と師をフィーネの手引きによる大災害で失っている。ならば、1年前も彼女の仕業と思えてしまうのも仕方のない事だった。

 

『フンッ。言ったはずだ。バビロニアの宝物庫は開け放たれたままであると。アレは起こるべきして起きたモノだ。…こちらも最期に聴かせてもらおうか。玉藻はどうした?』

 

彼女はたった1人の友が気になっていた。響の身体を依代とし、現代に蘇りし玉藻が己に牙を剥いた。

許す許さないではない。純粋にもう一度会いたいと心が願ってやまなかった。

 

『還るべき場所に還った。…俺達に想いを託してな。玉藻は言っていた。アンタを今も信じてると。』

「そうか…玉藻はもう。…馬鹿な娘だな。こんなになった私をまだ信じてると?」

 

懐かしく、苦しく、それはフィーネ本来の姿になって初めて見せた弱々しい笑顔だった。

だが……

 

「だが……もはや私は止まれぬッ!あの方から見放された時から…玉藻を失い、かつて仲間と呼べた者に討たれたあの日から私はもう、止まれぬのだッ!!

 

ソロモンの杖に操られたノイズが4人へ向かい飛び立つも、4人は苦もなく全てを回避してみせた。

だが、そのほんの一時かフィーネの狙いだった。

 

空向かい掲げたソロモンの杖が眩く輝いていた。

 

「堕ちろぉぉッ!」

 

カ・ディンギルを中心に街中へ放たれた様々な種類のノイズ。

所狭しと、街で大量に沸いたノイズが4人に狙っていた。

 

 

「あっちこちから!」

「よっしゃー!どいつもコイツもブチのめしてくれるッ!」

「あ、クリスッ!」

 

闘志を燃やしながらクリスが勇んで飛んで行った。

八幡は追いかけようと薄紫の翅に力を入れようとした時、響に腕を掴まれた。

 

「どうかしたか?」

「あの…私、翼さんに拳を向けて…ハチ君にも迷惑を…。」

「どうでもいい事だ。」

「え…?」

 

拳を向けられた翼は微笑み、その言葉に響は呆けた。

八幡は響の頭に手をポンっとすると、苦笑しながらそのまま頭を撫でた。

 

「間違ってもいい。悩んで、傷ついて、躓いて…それでも真っ直ぐに突き進めばいい。お前がまた変なことしたら俺が叱ってやる。」

「ハチ君…。」

「ふふ…さ、雪音に任せてばかりでは居られない。行くぞ、八幡、立花!」

「はいッ!」

「はいよ。」

 

 

翼を先頭に2人もノイズの群れへと飛び立った。

高速で4つの輝きが空を高速で舞う。

 

「「「ぎゅっとほら…怖くはない わかったのコレが命 後悔は…したくはない 夢、ここから始まる さぁ世界に光りをぉ〜」」」

 

3人の心の歌が空に響く。心地いい歌を聴きながら、八幡は笑った。

姉と幼馴染みだけならまだしも、クリスも加わって一緒に戦っている。

つい2ヶ月前では考えられなかった"今"に、戦いの真っ只中にも関わらず少しの幸福を感じていた。

 

「さぁ…突っ込むぞッ!!」

 

【閃光業雷】

 

いつもの様に白雪ノ華から雷の刃を飛ばした八幡であったが、地上の大型のノイズ3体を切り裂いただけに止まらず、付近にいた小型ノイズまでもが爆発した。

 

戦鎧・麒麟の底上げされた出力は八幡の神通力にも影響を及ぼし、白雪ノ華までもが大幅に力を増したのであった。

 

『うぇッ!?とんでもねぇな…。』

 

技を放った八幡本人が驚きの声を上げた。え〜…と言いたげな顔で白雪ノ華を見て頬を痙攣らせていた。

 

「「「止めどなく〜溢れてく〜この力ぁ〜」」」

 

クリスはギアを飛行ユニットへと変形させ、空中を漂う飛行型ノイズの群れへ突っ込んだ。

 

『ビビってんじゃねぇよ八幡!おらおらおらぁッ!』

 

【MEGA DETH PARTY】

 

ブースター全開で飛びながら、飛行ユニットから一斉にレーザーが放射される。

 

『やっさいもっさいッ!』

 

ホーミング機能までついたレーザーで、全弾命中という人間離れした技を披露してみせた。

これには響と八幡は感嘆し、お〜!っと声を上げる。

 

『凄い!乱れ打ちッ!』

『ッ!…全部狙い撃ってんだ!』 

『エヘッ。』

 

響の言葉にクリスが不満を漏らすと、響は可愛らしくチョロッと舌を出すと

 

『だったら私が乱れ撃ちだぁぁあッ!』

 

地上へ向け拳からエネルギー弾を次々に撃ち込みながら飛行し、ノイズを消し飛ばしていく。狙わずとも、広範囲に群がるノイズには全弾命中であった。

 

『だったら姉さんは乱れ斬りだな。』

『馬鹿な事を言うなッ!…私は狙い斬りだッ!』

 

【蒼ノ一閃】

 

いつぞやの意趣返しだった。

飛行タイプの超大型ノイズの頭上をとり、エネルギーの刃を斬り放つ。

下にいた超大型まて貫通し、普段ではあり得ない威力に気合が更に入る。

 

『俺と同じ事してるし。』

『だいたい狙い斬りってなんだよ?乱れ斬りもだけど。』

『剣って狙わずに斬れるモノなのかな?』

『えぇいッ!このまま一気に殲滅するッ!』

 

そこからは、一方的な殲滅戦となった。

宙をレーザーが飛び、剣が降り注がれ、拳で砕き、雷鳴と共に雷が落ちる。

斬って、殴って、撃って……街中のノイズが次から次へと炭となり崩れ落ちていく。

 

「「繋ぎあおう この手を〜」」「信じてぇ〜

「「太陽にかざしてぇ〜」」「信じてぇ〜

 

歌のヴォルテージが最高潮に達していく。

空に閃光が走れば爆発が帯状に起き、飛行型ノイズを悉く撃ち落としていく。

剣が縦横無罪に振り回され、拳とレーザーが入り乱れ、地上のノイズも凄まじい速さで消されていった。

 

「「「響け 絆ッ!! 願いとともにぃ〜……」」」

 

 

歌が終わる頃には、残り僅かのノイズしか残っていなかった。

砂塵が舞う中で、4人は背中合わせで周囲を警戒する。

出力が大幅に向上したギアと麒麟の前には、ノイズは足止めにさえならなかった。

 

「どんだけ出ようが、今更ノイズッ。」

「ん?はっ!?」

 

クリスの軽口の後に翼が何かに気づき小さく息を飲んだ。

他の3人が翼の視線の先を辿ると、ソロモンの杖を己が腹に当てるフィーネがいた。

 

「フッ……ふんッ!」

「「「「ッ!?」」」」

 

不敵な笑みを浮かべた直後、フィーネはそれで自身を貫いた。

痛みに顔が歪み、呼吸が止まる。だが、この程度ではフィーネは死なない。八幡に心臓を貫かれようとも、ネフシュタンの力で再生したフィーネは、やはり死に至らずに勝ち誇った笑みを浮かべた。

 

 

突如として、フィーネへとノイズが飛びつき始めたのだった。

ソロモンの杖から光りが放たれ、召喚されたノイズも次々と瞬く間に彼女に飛んでゆく。既にフィーネの姿は見えなくなり、見るに耐え難い気持ち悪く、醜い姿に慣れ果てていた。

 

「ノイズに取り込まれて…?」

「……いや、違うな。」

「アイツがノイズを取り込んでんだッ!」

 

 

 

「来たれ…デュランダルッ!!」

 

 

フィーネの声に呼応し、デュランダルは一層の輝きを放つ。

そして、地より凶悪な赤い竜の様な姿をした化け物が出てきた。

 

化け物の頭部が怪しく光ると、目にも止まらぬ速さの極大レーザーを4人に向けて放った。

 

「なッ…散開ッ!」

「くッ!?」

「なろぅッ!」

「南無三ッ!」

 

八幡の叫びで、4人は散開してレーザーを避けた。辛うじて回避に成功したが、威力は凄まじく、荒ぶる爆風に視界を閉ざしてしまった。

 

「街がッ…!」

 

紅い炎と黒煙が街の広範囲から上がっていた。住民は避難をしているとは知っていたが、それでも4人に与えた衝撃は大きく、それと同じくらい悔みが芽生えた。

 

「逆さ鱗に触れたのだ…相応の覚悟はできておろうな?」

 

頭部の真下辺りにて、デュランダルを持ったフィーネが勝ち誇った笑みを漏らす。

再び、4人に向け放たれたレーザー。全員が間一髪で回避に成功する中、クリスは飛行ユニットからレーザーを一斉掃射し反撃する。

 

レーザーは空を畝りながらフィーネを目指すが、剥き出しであった彼女を壁が守りレーザーは弾かれた。

 

「んなッ!!?」

 

仕返しと言わんばかりに、今度は翅の様なモノからレーザーが撃ち出されクリスの周囲で爆発した。

 

「うぁぁッ!?」

『クリスッ!チィ、姉さんッ!!』

『わかっているッ!』

 

【閃光業雷】【蒼ノ一閃】

 

2つの刃が俊速で飛び、龍の頭部に直撃した。

威力が倍増した技を受けた箇所には穴が開いていたが、直ぐに閉ざされた。

 

「でぁッ!」

 

気合の入った響の拳が腹部辺りを抉るも、やはり穴は直ぐに塞がれてしまった。

 

『ネフシュタンの再生能力かッ!』

『厄介な…。」

 

再生能力を持つネフシュタンの鎧。その力がある限り、フィーネに辿り着こうとも倒しきれやしなかった。

策を必死に練ろうとする八幡達にフィーネは勝ち誇り、嘲笑う。

 

『幾ら限定解除されたギアと四霊鎧であろと、所詮は聖遺物の欠片から作られた玩具!完全聖遺物に対抗できるなどと思うてくれるな。』

『ッ!聞いたか?』

「チャンネルをオフにしろ。はちま……。」

 

翼は八幡へと話しを振る途中で真顔のままで固まってしまった。

ん?と疑問を浮かべながら、2人が八幡を見てみると

 

「へぇ〜…ほっほぅ……。」

「最高にヤラシイ笑顔になってるよ、ハチ君!」

「お前…百年の恋も氷河期に突入しちまうくらいにヤバいぞ?」

「はぁ…まったく。」

 

最高の悪戯を閃いた悪代官の顔をした八幡がいた。

決して今から世界を救う為に戦う戦士とは思えない、寧ろ悪役が似合うくらいのドス黒い笑顔だった。

 

2人には散々に言われ、姉はため息。

ブロークンしそうなハートに喝を入れ、フィーネと改めて対峙する。

 

「さて……やる事はわかってるな?」

「おうともッ!」

「立花が要となる…頼んだぞ?」

「えっと……やってみますッ!」

 

 

やる事は決まった。一種のギャンブルのような策であったが、時間もなければ他に良案もない。

紅き龍よりレーザーは放たれ、3人が響を置いて飛び立った。

 

「俺と姉さん、クリスで露払いだ。」

「手加減なしだぜ?」

「わかっている!」

 

翼が急停止し、八幡とクリスは左右に展開。迫るレーザーを掻い潜りながら、フィーネへと突撃していく。

 

「んッ…くッ!!」

 

翼はアームドギアを大型化させ、そこから更に特大化させる。

八幡とクリスが同時に中央から逸れた瞬間、特大化したアームドギアを振り下ろした。

 

【蒼ノ一閃 破戒】

 

威力が更に向上された蒼ノ一閃が、フィーネを守る外壁に直撃した。圧倒的な破壊力は熱を生み、そしてフィーネへと通する特大の穴が開けられた。

しかし、直ぐに閉じ始めた穴が完璧に塞がる直前に八幡とクリスが特攻、超高速で潜り抜けた。

 

「なにをッ!?」

「そらぁッ!」

「うぇあぁッ!」

 

呪符とレーザーが同時に放たれた。デュランダルで斬り裂かれ、フィーネに直撃はしなかったが、閉鎖空間での大爆発に周囲には黒煙が蔓延する。

煙を外に出す為、外壁が開かれた瞬間

 

「んっ!?」

「ぅおおぉッ!」

 

外から翼の追い討ちが放たれた。フィーネは瞬時にバリアを正面に張り、その一撃を防ごうとした。

完全に翻弄されているが為に、フィーネは見落としていた。

 

「マッカンより甘めぇッ!」

「「それはない!」」

 

真下から八幡が急上昇し、フィーネに肉薄。

無防備になった背後からデュランダルを握った手首を逆袈裟で斬り飛ばした。

 

「な…にッ…!?」

 

 

そして、遅れて放たれた蒼ノ一閃で内部で大爆発。

 

翼とクリスのツッコミを無視し、八幡は黒煙に舞うデュランダルを外にいる響へ向け渾身の力で脚を振り抜いた。

ジャストミートしたデュランダルは黒煙を突き破り、響へ向かい赤き竜より飛び出した。

 

「はッ!」

 

飛び出してきたデュランダル目指して、響は手を伸ばした。

 

「ソイツが切り札だッ!勝機を零すな、掴み取れッ!」

「やっべ、届かねぇ!」

 

予想よりも飛ばなかったデュランダルが響のかなり手前で自由落下し始めたがー

 

「ちょせぇ!」

「クリスッ!」

 

クリスがハンドガンを連発、デュランダルを2度、3度と回転させながら響の元へと辿り着かせた。

 

伸ばした響の左手。

皆が見つめる中、響は見事にデュランダルを手中に収めた。

 

「デュランダルをッ!?」

 

驚愕するフィーネ。4人の策は成功。

だが、問題が発生した。

デュランダルを掴んだ響が、あの日のようにデュランダルの力に飲み込まれた。漆黒の破壊の化身となり果ててしまう。

 

「ぐぎぎ……がぁうぅぅ。」

 

だが、響は抗った。ギリギリの所で意識を保ち、デュランダルを握り締める。

 

「んんんぐぎがぁぁぁッ!」

 

苦しげな呻る声。闇に呑まれそうな響だったが、不意に自身の下から声が聞こえた。

 

「正念場だ!踏ん張りどころだろうがッ!」

 

師匠と慕う弦十郎の喝が響の鼓膜を刺激した。

弦十郎だけではない。緒川に藤尭と友里もシェルターから飛び出し、響へ向けエールを送る。

 

それでも尚、納まらない破壊衝動から響を救い出す為、翼とクリスが響に寄り添う。

 

「姦しい!黙らせてやるッ!」

 

 

紅き龍より伸びた鞭がしなりながら、響達へと振り落とされた。

 

「させねぇよッ。」

 

紅き龍と同サイズの巨大な五芒星の陣が、空中に浮かび上がり、それは迫る鞭を全てを弾いた。

出力が増大した障壁は、正に鉄壁の護りとしてフィーネの攻撃を3人には届かせない。

 

「負けんなッ、比企谷ッ!」

「小林ッ!?…あぁ、負けねぇよ。俺は…俺達はッ!そうだろ?」

 

今、破壊の闇に響が完全に取り込まれた。

雄叫びを上げ、デュランダルを振り上げる響だったが……

 

 

「「響ぃぃいいぃッ!!」」

「がぁッ!!?」

 

八幡と未来。2人の幼馴染みが自分を呼ぶ叫びに、響の動きが停止した。

破壊衝動に呑まれ、闇に囲まれた響だったが、確かに聴こえた大好きな2人の声に、ハッとする。

 

(…聴こえた。未来とハチ君だけじゃない。皆が私を呼んでいる。)

(そうだね。響を信じ、待っている人が沢山いるよ。だから、君は君じゃなくちゃいけない。)

(玉藻さんッ!?)

(さぁ、行ってッ!)

 

闇の中で玉藻が響の背中を強く押した。

どこか自分と似た笑顔を向ける玉藻。

 

(そうだ…私は玉藻さんに託された。)

 

「響ー!」

「ビッキー!」

「立花さん!」

 

(聴こえる…友達の声が。)

 

「立花、己に打ち勝てッ!」

「自分に負けんなッ!」

 

(翼さん…クリスちゃん…)

 

「響、頑張って!」

「起きろ寝坊助!」

 

(未来、ハチ君ッ!…私は1人なんかじゃない……私だけの力じゃないッ!そうだ……この衝動に、塗りつぶされて

 

 

 

 

 

「なるものかぁぁぁああッ!」

 

 

黒い破壊衝動は胸の内側へ押さえ込み、もう一度背中に光の翅を生やす響。

 

それを目撃したフィーネへより荒々しく、そして激しく鞭を何度も叩きつけようとするが、八幡の張った障壁に防がれてしまう。

 

その間にも、響と翼とクリスの3人で握るデュランダルが眩い金色の輝きを放ち始めた。

輝きが増すに連れて、その光りは天へ高々と伸びていく。

 

「その力…何を束ねた!?」

「響き合うみんなの歌声がくれた…シンフォギアでぇぇぇぇえッ!!」

「……響、やっちまえ。」

 

 

【Synchrogazer】

 

エネルギーを溜め込んだデュランダルは振り下ろされた。

八幡は障壁をギリギリで解除し、3人の方へと後退。

 

赤き竜へ衝突したデュランダル。

 

 

数秒後、空には大きなキノコ雲ができていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回でルナアタック編は終わりです…終わるよね?


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第26話

ルナアタック編は最終話となります。
よろしくお願いします!


空は赤くなり、あと1時間もしない内に陽が沈むであろう時間帯。

危機は去り、解放されたシェルターから避難者達が街に出てき始めた頃。

 

瓦礫だらけとなったリディアンには複数人の人影があった。

完全聖遺物の対消滅による大規模な爆発により、既に校舎は見る影もない。

 

大爆発から生き延びたフィーネに肩を貸し、響は皆の所に戻ってきた。

 

「貴様、何を馬鹿な事を……」

 

先程まで命を奪おうとしていた者に助けられたフィーネは、力なくそう呟いた。

 

「こんのスクリューボールが。」

 

クリスは呆れながら笑う。

響のお人好しの姿が、なんだか八幡の姿と重なって奇妙な感じがした。

 

響はフィーネを小さな岩の上に座らせ、自身は立ったまま笑顔を浮かべて彼女を見ていた。

 

「もう終わりにしましょう、了子さん。」

「私はフィーネだ。」

「でも、了子さんは了子さんですから。」

「ッ……私を斬るか?安倍晴明。」

「え?ッ!?ハチ君……。」

 

白雪ノ華を持った八幡が、気づかない内にフィーネの真後ろをとっていた。目元は前髪でかくれてしまい、今彼がどの様な表情をしているのか窺い知れなかった。

 

現在、ネフシュタンに鎧は形を保ってはいるものの、先のデュランダルの一撃により既に再生する力は失われてている。

故に八幡が今にでもフィーネの首を落とせば彼女の命はそこで終焉を迎える。

 

「はちー」

 

クリスが慌てて八幡を呼び止めようとしたが、翼が手で制した。

 

「……。」

「どうした?父と師の仇討ちをするなら今が好機だぞ。」

 

グッと白雪ノ華を握る手に力が入る。ゆっくりとした動作で白雪ノ華を持ち上げていく。

 

響が八幡を止めようと口を開こうとした時、翼が首を横に振るのが見えた。

 

夕陽を反射する白雪ノ華。白い太刀は真っ赤に燃えているように見え、皆息を呑んで事の行く末を黙って見守る。

 

 

 

「……あ〜もう、やめだやめッ!やってられるかってんだよ。」

「なッ…んだとッ!?」

 

八幡の言い草に驚いたフィーネは背後を振り返る。

言った張本人は頭をガシガシと掻きながら、面倒くさそうな態度で白雪ノ華を消した。

 

「何故…斬らない?」

「…無防備な人間斬るつもりはねぇっスよ。それにアンタを斬ってもなにもならねぇ。斬ったとしても、生まれるのは無防備な人間を斬った"人でなし"の称号だけッスから。」

「私が憎くはないのかッ!?」

「憎いさ。憎くて堪らない。…でも、仇討ちしても親父や先生が生き返るわけじゃない。意味のない事はしたくないんで。それに、妹達に人の首を落とすなんてR指定な場面を見せるわけにはいかないんッスよ。」

「このシスコンめ……。」

 

ヒラヒラと手を振り、話しは終わりだと一方的な態度をとる八幡に響は安堵した。

なんせ、いつもの比企谷八幡がいたから。何かと理由をつけて面倒くさいと最終的には言うのは常日頃から。

だから、血を見なくて済んだ事に胸を撫で下ろしたのだった。

 

 

「…私は、今死のうとまた蘇る。聖遺物の発するアウフヴァッフェン波形がある限り、何度でも世界に蘇る。何処かの場所、何時かの時代。……永遠の刹那に蘇る巫女、それが私、フィーネだ。」

 

空を見上げるフィーネ。茜色に染まった空の向こうには、月が欠けており、その欠片をただ見つめていた。

 

(小僧…最期だ。身体を借りる。)

「はっ?何を言ってー」

 

何の前触れもなく、八幡が1人で騒ぎ、そして黙り込んだ。

理解不能な挙動に、全員が何事だ?と八幡に視線が注がれた。

 

「久しいな、緋維音。玉藻が見たら腹抱えて笑いそうなくらい滑稽な姿しやがって。」

「お前…まさか、初代の清明か!?」

「……ま、本人を出してみるか。あらよッと。」

「ふぁっ!?」

 

近くにいた響に清明の痛烈なデコピンがクリーンヒットした。すると、半透明な何かが響から飛び出た。

飛び出てきたのは、黒髪の綺麗な和服美人だった。額を両手で押さえ、目尻に涙を溜めながら清明に詰め寄った。

 

「何すんですか!?痛いったらありゃしませんよ!!」

「どうどう…落ち着け。ほら、立花響に痛がる事するのは、何か違うじゃん?」

「そう言えば私は痛くないですね……。」

「……い〜やいやいやッ!もっとやり方があったでしょ!?」

「え〜……面倒く……そいつは難しいんだよ、うん。」

「今、絶対面倒くさいって言おうとしましたよねッ!?」

「騒がしいな……ほいっと。」

 

自身の頬に割りと痛そうなレベルで平手打ちをすると、響同様に八幡の身体から半透明の初代安倍晴明が飛び出した。

八幡と瓜二つのその姿に皆が驚愕する中で身体を強制的に貸していた八幡は頬に手を当ててジトッと清明を睨んでいた。

 

「あの、頬が割りと痛いのですが?」

「俺が痛い思いするのって、何か違うじゃん?」

「「「…えー……。」」」

 

矛盾過ぎる清明の言い分に、痛みを与えられた2人+痛みを省かれた響がドン引きしていた。

いや、3人だけではない。その場にいる大半の人間が引いていた。

 

変な空気になったのを察したのか、清明の目が面白いくらいに忙しく動き回っていた。

 

「…あいも変わらず、やる事が規格外だな貴様は。」

「ふん、お前の輪廻転生も大概だと思うがな。」

「まーた言い合いしようとする。死んでも生まれ変わっても、2人は変わらないね。」

 

アハハと愉快そうに玉藻が笑うと、フィーネの表情が曇ってしまう。

 

「玉藻……私は……。」

「ごめんね、1人にしちゃって。私、それが心残りでさ…魂の一部を白雪ノ華に紛れこましてた。だから、知ってるよ。緋維音、私はまだ信じたいよ。人と人が繋がる可能性を。」

「だが、お前はその信じた人間に殺されたではないかッ!無残にも、ただ頑張っていたお前を奴等は!」

「うん、そうだね。殺されちゃった……だけど信じたいな。」

「玉藻…。」

 

フィーネへ何故、玉藻がそこまで人の可能性や未来を信じたがるのか理解に苦しむ。

殺された彼女が、人を憎まず、怨まずにいる事があり得ない。そう思わずにいれなかった。

 

「そりゃ、やりたい事まだ沢っ山あったけど…だけど、私は死ぬ直前に思えたんだ。幸せだったって。…生まれて直ぐに九尾を埋め込まれてさ、ず〜っと化け物呼ばわりされてた。だけど、その力があったから緋維音と清明さんと仲間になれた。戦ってばかりの旅だったけど、楽しくて仕方なかった!救った村や沢山の人に認められて……いつしか私は化け物じゃなくなってた。玉藻前はいつしか皆に認められていた。他者と手を取り合えていた。……だから、私は信じる。痛みや力じゃない。人は手と手を取り合える。」

「……。」

 

 

えへへと笑う玉藻と清明は足元から光りの粒子を撒き、消えようとし始めていた。

魂だけの存在。本来ならば、この世に姿を見せる事も叶わなかった奇跡。初代安倍晴明による規格外の力であっても、もはや2人が消えるのに数分もない事は誰の目にも見て取れた。

 

「…私も信じてます。玉藻さんの言う人の繋がる可能性を、未来を。」

「うん、ありがとう響。流石は私の魂を持つだけはあるね!…緋維音、私の魂は在るべき場所…響へ還るよ。」

「俺も小僧の魂へ溶け込む。…まぁ元々、この小僧は俺の生まれ変わりだしな。」

 

2人は既に腰まで、光りの粒子となっていたが、その顔に恐怖も悲しみもなく清々しさがあった。

 

「…お前達はまだ私を信じるのか?月の一部を既に破壊した私だぞ。」

「うん、信じる。」

「またお前が月の破壊なんぞしようもんなら、俺の名を受け継ぐ者が阻止するだけだ。」

「おい、結局俺ら子孫にまる投げじゃねぇか。」

「細かいヤツだな。気にすんな、お前達ならやれる。頑張れ〜。」

 

他者を小馬鹿にしているとしか思えない清明に、八幡しかりフィーネを含めた一堂は冷めた目で見つめていた。

だが、もうじき消える身である清明の精神は無敵状態にあり、不適に笑っていた。

 

「とは言え、アレをどうにかしないと、そもそも未来がないんだがな。」

 

清明が指刺すは燃えるような真っ赤な空。

そして、心なしか月の欠片が先程よりも大きくなっているようか気がした。

だから、八幡は誰に問うでもなくポツリと呟いた。

 

「……なぁ、月の欠片がさっきよりデカイ気がしない?」

「奇遇ね。私もそう見えるわ。」

「あ、ハチ君と翼さんも?」

「つまり、だ。アレ、地球に向かってねぇか?」

 

トドメを入れたクリスの言葉で、周囲は一気に湧く。

藤尭はノートパソコンを開き、友里と月の欠片の軌道計算を始め、緒川は政府の宇宙開発部門へと問い合わせとお祭り騒ぎとなった。

 

「……間違いありません、地球への直撃は避けられません!」

「司令、政府機関からです。欠片は速度を増しながら降下中との事です!」

「なん…だとッ!?」

 

こんな天変地異を予測できた者など世界にいるわけもなく、日本だけでなく各国の首脳陣は混乱の最中である。

如何様な手段を取るにも、民衆受けの良い最善手を取ることが必要な政府と違い、彼は自分に出来ることをする。

 

 

「どうにかする。それが俺の使命らしいからな。」

 

さも当たり前の様に口にする八幡に、周囲は鎮まる。

人類の存続か、滅亡か。はたまた、地球自体がなくなるかもしれない。その瀬戸際であっても、八幡は己が使命を果たすと臆する事もなく堂々と言い放ったのだった。

 

「小僧、秘術を使え。…悪いが限界だ。あとは任せる。」

「君たちに未来を託すね。…さよなら。」

「玉藻…清明…。」

 

伝説との邂逅はここで終わりを迎えた。玉藻はフィーネへ笑顔で手を振りながら消えていった。

2人は光の粒子となり、八幡と響の中へと還っていった。

僅かな温かみと力を2人に与えて。

 

「重てぇもんを…」

「託されちゃったね。そんでもってぇッ!…了子さんにお願いがあります。」

「なにを…?」

「私達の代わりに、転生する度に皆に伝えてください。人と人は言葉を、時を越えて手を取り合えるってことを。私には伝えられないから。了子さんにしか出来ないから。」

「ッ!?」

 

見た目は違えど、響の笑顔に玉藻の姿が重なった。

八幡はまんま見た通り、清明そのまま。

その2人を見て、フィーネは久しぶりに櫻井了子の顔になる。

 

「まったく……放って置けない子達なんだから。響ちゃん、胸の歌を信じなさい。」

 

トン、と優しく響のガングニールが宿る胸を押すと、微笑みを浮かべた。

 

「八幡君、真実を知りたければ生きて戻りなさい。…弦十郎くん。」

「おっと…USB??」

「彼にとって必要な情報も含まれているわ。だから貴方に預けておくわね。」

 

胸の中から傷だらけのUSBを取り出し、弦十郎を投げ放つ。

吹っ切れた。そう思えるほどに明るく、清々しい。

フィーネではなく、櫻井了子として最期に2人へ向き合う。

了子のその姿勢に、フッと笑みを浮かべた八幡と響は皆に背を向け、ゆっくりと離れていく。

 

「本当、またこんな気持ちになるなんて思いもしなかったわ……私もまた信じたくなってしまったわ。」

「んじゃ……ちょっくら行ってきますんで。」

「私も行くよ。」

「ハチ君、響?」

 

宇宙へ飛び立とうとする2人を未来が呼ぶ。今から2人が何をしようとしているのか予想がつき瞳は不安に揺れ、涙で滲んだ。

 

でも、振り返った2人はいつも通りだった。

響は明るい笑顔で、八幡はやる気なさそうで……

 

 

 

「大丈夫だ。どっかの馬鹿には借りた物を返さなきゃだし。」

「私達でどうにかするから…だから、生きるのを諦めないで!」

 

そのまま背を向け、飛び立つ2人を止める者は居なかった。

空気の抵抗が鬱陶しく感じる程に2人は高速で登っていく。

雲を抜け。赤い空を突き抜けて暗い宇宙へと近づくにつれ、大きくなっていく月の欠片に2人の顔つきが険しくなる。

 

『そんなにヒーローになりたいのかぁ?』

「「ッ!?」」

『生きて還る為にも、4人で力を合わせるのだ。』

「クリス…姉さんまで。」

 

振り返った先には、蒼と赤の翅を羽ばたかせる翼とクリスの姿があった。

八幡に追いついたクリスは軽くだが、彼の頭を叩いた。

 

『ったく、私に居なくなるなって言ったヤツが居なくなろうとして、どうすんだよ。』

『2人だけに背負わすつもりは毛頭ない。だから…』

『…ありがとう2人とも。』

『いや、居なくなるつもりはねぇよ。つーか、背負う気もねぇ。ただ、単に明日が欲しいだけだ。』

『だったらこじ開けるぞ。4人で力を合わせれば…』

『どんなモノも怖くないッ!』

『暑苦しい連中だな…だけど、悪くねぇな。』

『よし……全力全開で行くぞ!』

 

 

「「「ーーGatrandis babel ziggurat edenal

Emustolronzen fine el baral zizzl

Gatrandis babel ziggurat edenal

Emustolronzen fine el zizzl…」」」

 

3人の絶唱が宇宙に響く。

エクスドライブによる底上げがれた出力が更に高まり、3人の内側からエネルギーが溢れてくる。

 

一方で八幡は、突き出した右腕を左手で支える様に手首あたりを掴む。

 

「我が穿つは眼前の敵。血を焚き、唸るは光。舞い降りし神すらも、我が雷を防ぐは叶わずッ!!

 

一字一句間違える事なく言葉を紡ぐと、閃光業雷以上に極限まで右腕に雷を溜め込む。

限界以上に溜め込まれた雷は腕から漏れ始め、右腕は音を立てながら紫雷を出し、己が意志に関係なく暴れそうな右腕を左手で掴んで制御する。

 

【神通骸手】

 

かつて、初代が生きていた頃に生み出された秘術。

それは仲間であるフィーネの為の技だった。もし、フィーネが月破壊を敢行しようとした場合、そして破壊された月から人々を守護する為……そして何より、フィーネを拒絶した創造主が現れた時に備えた、正にフィーネだけの為に編み出された秘術であった。

 

 

ー……大気の摩擦で紅く染まる月の欠片が眼前に迫る。

 

八幡が雷を溜め込み、翼はアームドギアを超巨大化させ、クリスはミサイルを大量に構えていた。

そして響は、八幡の隣りで四股のパワージャッキを限界まで後ろへ伸ばす。

 

不気味な音を上げる月の欠片を4人は迎え撃つ。

地球の命運なんかじゃない。守りたいモノを守る為に今、4人は1つになる。

 

「これが私達の絶唱だぁぁぁッ!」

 

響の叫びを合図に、全員が己の限界を超えた力で迫る月の欠片へと攻撃を開始した。

 

「「「「ぅおおぉぉッ!!」」」」

 

刃に亀裂が入り、ギアが欠け、身体は傷つきながらも攻撃は止まらなかった。諦めない。挫けない。

明日を…未来を信じ、掴み取る為に全身全霊でこの一瞬に賭けた。

 

「「「「あぁぁぁああぁッ!!」」」」

 

重なる決死の叫びの後に、4人の視界が真っ白に染まる。

 

打ち上げられた花火の様に一瞬の輝きの後に大爆発を起こし、月の欠片は爆散した。

 

 

…地球まで轟く爆発音に、世界中の人々が空を見上げた。

 

破壊された月の欠片は大量の流れ星となり、夜空に何度も白線を描いた。

 

 

 

それを地上で見届けたフィーネは、穏やかな顔を浮かべたままで塵と化し、風に消えたのだった。

 

(未来は繋がったわね……。ありがとう。)

 

 

 

かくして、少年と少女達はその命を燃やし尽くして世界を救ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

アレから時は流れ、3週間が経過した。

米国を筆頭にシンフォギアシステム及び櫻井理論の開示を要求される日本政府は、慌ただしい日々を過ごしていた。

 

 

あの日、八幡と響、翼にクリスが命懸けで世界を救った真実は世界に伏せられたままだった。

その4人の捜索活動も打ち切られる決定が下され、行方不明から作戦行動中の戦死扱いとなった。

 

黒い雲が空を覆い、被災者たちの代わりに涙を流すかのように、大粒の雨が戦いの傷痕が残る街に降り続いた。

 

 

その街にある墓地。所々が崩れた箇所がある中で、名前の彫られていない真新しいお墓があった。

ようやく雨が上がり、光が雲の隙間から差し込む中、小向未来が名もないお墓の前にやってきた。

 

全身を濡らし、その手にはユリの花束を持っていた。

 

お墓の前につくと膝から崩れ、止める事を忘れた涙を流しながら、墓前に飾られた写真を見つめる。

 

「会いたいよ……もう会えないなんてッ!そんなの嫌だよッ!……響……兄に……ぅ…あぁぁあッ!!」

 

また、激しい雨が彼女に降り注がれる。

名もなきお墓には、笑顔の響と間抜けな顔をした八幡の写真が並んで飾られていた。

 

 

悲しみに暮れ、涙を流す中で……

 

「きゃぁぁッ!助けてぇ!!」

 

聴こえた助けを呼ぶ声。

未来は立ち上がり、下を覗くと事故を起こし煙りを上げる車。その持ち主と思われる女性を、忌まわしい事にノイズが襲っていた。

 

 

「こっちへ!」

 

恐怖で固まった女性に駆け寄り、その手を掴み、共に駆け出した。

2人の墓地の前を擦り抜け、道路を息を切らしながら走る。

元陸上部なだけはあり、体力もスピードもあり、ノイズから距離をとれた。

だが、それは未来だけであり救助を求めた女性が倒れてしまった。

 

 

「わ、私…はぁはぁ……もう…。」

「お願い、諦めないで!……ッ!?」

 

その僅かな時間で、未来と女性はノイズに囲まれてしまった。眼前に迫る"死"に女性は生きる事を諦め地面に伏した。

だが、未来は諦めなかった。両手を開き、ノイズから彼女を守るように立ちはだかった。

 

ゆっくりとした動作で迫るノイズから目を離さず、力強く睨みつけた。脳裏を駆け巡ったのは、最後に見た大好きな2人だった。

 

 

ズドンッ!!

 

 

そう大きな破壊音と共に全てのノイズが炭となり、消しとんだ。

 

「あ…ぁ……はっ!?」

 

目の前で起きた事象に未来は固まった。

はっとなり、左を見てみると丁度ギアと四霊鎧の解除の輝きを吹き飛ばした4人が立っていた。

 

 

「悪りぃ遅くなった。……よく諦めなかったな。」

「ごめん、色々と機密を守らなきゃいけなくて。また、未来には本当の事が言えなかったんだ……えへへ。」

 

大好きな2人が並んで立って、自分に話しかけてくれていた。もう会えない筈だった。でも、2人は今そこに立って笑っていた。

 

「未来ッ!」

「ぅ…ふっ…ひっく…響、兄にッ!」

 

駆け出した、手を広げた2人の胸へと飛び込んだ。悲しみの涙は雨と共に上がり、今は赤い夕陽の光りと2人の温もりに触れながら嬉し涙を流した。

 

再会を喜び、抱き締め合う3人を翼とクリス、そして弦十郎と緒川は微笑みを浮かべながら見守る。

優しいひと時が流れる中、八幡がハッとなる。

 

「やっべ…緒川さん、時間は!?」

「大丈夫ですよ。まだ間に合います。さ、皆さん乗られてください。」

「よし、行くぞ。」

「うん!」

「わわッ!?ちょっとッ!」

 

 

開かれた後部座席の未来を響が押し込みながら自身も乗り越んだ。

 

「姉さん、クリス。ちょっくら行ってくる。」

「あぁ。よろしく伝えておいてくれ。」

「気をつけてな。」

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

とある公共施設には今、沢山の人が中に入っていた。

此度の事件で傷ついた人達を音楽で元気つけようと開催される、有名オーケストラによるチャリティー公演会。

その控え室には、特別参加する1人の少年の姿があった。

 

暗い顔のまま鏡に移る自分を見つめ、やがてヴァイオリンを手に取って感触を確かめ始めた。

少年の目元にはクマが出来ており、彼を心配する声が控え室で出る中、スーツ姿の女性スタッフが少年に近づく。

 

「あの、小林君。君と同じ制服を着た人がコレを渡してくれって。」

「俺に…ですか?」

 

スタッフが渡してきたのは青いバラの花束だった。この公演に出る事を知っている人はそんなにいないし、その上で花束を渡してくる人も居ない筈だった。

 

(いったい誰が…ん?)

 

 

花束を纏めている物に違和感があり、持つ箇所を見て彼の目が大きく見開いた。

 

「コレッ!!」

 

花を纏めているそれを花束から外し、もう一度確認する。

それは、彼が祖父から譲り受けた大切な物だった。だから、戦いへ赴く友に貸し与えた。必ず生きて帰って来させるために。

 

 

「青のバラなんて珍しいわね。確か、花言葉は"奇跡"だったかしら。」

「花束を持ってきたヤツは何処にいきましたか!?」

「え……えっと、控え室を出て右方向に「ありがとうございます!」

 

控え室を飛び出し、通路を全力で走る。人と衝突しながらも、彼の脚は止まらず、花束の差出人を懸命に探す。

 

「あ……ッ!」

 

お目当ての人物がいた。後姿だが、彼にはわかった。

自分と同じリディアンの制服に身を包み、何より特徴的なのは頭にある一本のアホ毛だった。

隣りには茶髪の女の子と白いリボンの女の子がいた。

 

 

目頭が熱くなり、胸がキュッと締め付けられる。

走る勢いは増し、したがって足音も大きくなる。

彼の近く音に気づいたアホ毛の少年が振り返ろうとした瞬間に、小林亜沙は地を蹴り、跳んだ。

 

そしてー……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちゃんと血を拭き取って返さんかいッ!!」

「おぶほッ!!?」

 

振り返る八幡の脇腹に渾身のドロップキックをめり込ませたのだった。

 

吹き飛ぶ八幡を真横で目撃した響と未来は口を開けてポカンッとなり、蹴った亜沙は満足げにフゥンッ!と穴息を荒々しく出した。

 

「痛いわ…そりゃねぇだろ…。」

「……ん!」

「お前はトトロのカンタかよ……。」

 

手を差し出した亜沙に文句を垂れながら、八幡はその手を握る。

ぐんっと力強く引っ張られ、立ち上がった。

 

 

「遅い。」

「…悪りぃ。」

「…おかえり。」

「おう、たでぇま。」

 

 

 

 

 

 

 

 



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行方不明な八幡くん達
行方不明 3日目


月の欠片から地球を救った日から3日が過ぎた本日。

風鳴弦十郎の住う屋敷のとある1室では、1人の少年と3人の少女がちゃぶ台を囲うように鎮座していた。

 

 

「ってなわけで、起きたらここだったわけ。OK?」

「つまり、装者の情報を各国にも、表にも出さない為に行方不明扱いと言うわけだ。理解できたか?立花。」

「えっと…んん?よく分かりせんでしたが、分かりました!」

「何にも分かってねぇのかよッ!おい、この寝坊助のオツムはどうなってやがんだよ!」

 

先程、最後の1人である響が目覚めて此処に連れられてきた今現在、自分達の置かれた状況を説明していたのだが…やれやれだ。

頭の痛い子である響には、よく意味がわからなかったらしい。

あとで、現国…いや国語の勉強をさせなくちゃいけないと思います。

 

「それにして、皆無事で良かったぁ……。」

「八幡に感謝しなくてはな。大気圏突入時に我々を白雪ノ華で燃え尽きぬ様に庇ってくれたのだから。」

「それを言うなら、アタシにも感謝しろよ?気絶したお前等を八幡と2人でなけなしのミサイルに乗せて地上に降りたんだからよ。」

 

 

いやはや、マジで死ぬかと思ったわ。全力を出し切った響は血を吐いて気を失うし、大気圏突入してから姉さんも意識を手放すし。

何とか意識を保ったままでいれたクリスが最後の力を振り絞ってぶっ放したミサイルに乗って地球に帰還しました。

まぁ、直後に俺とクリスも意識無くしてんだけどね。

 

「クリスちゃんが仲間になってくれて良かったよ!ありがとう!」

「なッ、馬鹿、抱きつくなッ!!」

「良いではないか〜良いではないか〜。」

「…調子に、乗るなッ!」

 

腰に引っ付いた響にクリスは引き剥がそうとするが、そんなハンパな引き離し方じゃ無理だぞ〜。

無論、経験則である。

 

俺と姉さんは、座ってのんびり緑茶を啜りながら、2人を眺めておく事にした。

だって巻き込まれたくねぇし。

 

「さて…熱りが冷めるまではここに居るとして…コレからが大変よ。」

「あぁ…まさか、俺の住んでるマンションが3階から上が吹き飛んでるなんてな。引越ししなきゃならん。」

 

これには参った、自宅に荷物とりに行ったら三階建てに変わり果ててんだもんよ。

部屋の中は物が倒れまくってたし…幸い破損物がテレビくらいで済んでたのは奇跡だよね。

ただ、例の部屋の本棚が全て倒れて文献があちらこちらに散らばってるのを見た時は意識が一瞬だけ遠のいちまったよ。

 

「いや、そうではな「はぁ!?じゃ、アタシは何処に住めばいいんだよ!?」

 

何か言いかけた姉さんを遮ったクリスは、響を引っ提げたままちゃぶ台を叩いて抗議してきた。

ん?っと響は呆けたと思えば、カッと目を開いて俺に詰め寄る。

いや、なんだよ!

 

「まさか…クリスちゃん、ハチ君の家に住んでるの!?」

「…匿ってただけだ。たぶん、クリスには二課に所属してもらうと思うから、マンションが充てがわれるだろーよ。」

「そうじゃなくて!若い男女が同じ部屋で暮らすなんて……翼さんもガツンと言って上げて下さい!」

 

キーッと擬音が聞こえそうなくらいに騒ぐ響と対照的に、ズズ…っと緑茶を啜る姉さんはえらく落ち着いてて、なんか怖いんですけど?

 

「ガツンと言うも何も、私は雪音が八幡の家にいる事は知っていた。」

「は?…え?何で知ってんの!?」

「雪音の捜索を誰に咎められるわけでもなく中断。私の復帰ライブの時の異常。さらにスカイタワーで助っ人は雪音。…これだけヒントが在れば容易いわ。」

「……。」

 

怖い怖い怖い怖い怖いッ!!

この人、江戸川君なの!?

隠し事したら、そんな簡単に推理されちゃうんですかい!?

 

「それに、八幡はヘタレ。例え、誰を部屋に連れ込んだとて何も起きはしない。…八幡が襲われない限りは。」

「〜ッ!!?誰が襲うかッ!」

 

お顔を真っ赤っかにしたクリスの叫びが、俺の耳にダメージを与えた。

マッカンをあげるから…だからお願い、目の前で叫ばないで。

 

「だ、そうだ。立花の心配するような事は起きていない。それに雪音が匿われる前はよく私が泊まっていたから安心よ。」

「いや、何処の世界に姉を襲う弟がいるよ?」

「血は繋がってはないでしょ。忘れたの?」

「あ…そうだったわ。」

 

素で忘れてた…いや、これは洗脳か!?

 

言われて気づく、血は一滴も繋がってなかったわ……ま、中身はよく知ってるし絶対に欲情しないけど。

神に誓えるくらいに、自信満々ですよ。

 

「なッ…私だけが、ハチ君の家に行った事がないなんて……」

 

手を床に付けて、全身でショックを表す響だが……別によくない?

俺の家に来ても何もないよ。

 

「入るぞ〜。」

 

ガラガラと襖は開かれ、家主である司令の登場。

いつになく、疲れてますね…ま、アレだけの事があったんだ仕方ないよね…。

 

「八幡、お前の部屋の荷造りを済ませに行くぞ。家主不在のまま国宝級の書物を置いておくわけにもいくまい。」

「了解ッス。」

「あ、アタシも行く。着替えとかあるし。」

「私の私物もある故、同行します。」

「あ、あの!私も手伝いに行きます!」

「お、響が来てれんの?メッチャ助かるわ。」

「ほ、ホント?えへへ。」

 

うん、ホント。意外にも響の家事レベルは高いしな。

 

そして訪れた我が愛部屋。

 

「あんまりキョロキョロしないでくれない?」

「いや〜、ハチ君の実家の部屋みたいだね。殺風景。」

「やかましいわ。」

 

物がなくて片付けられてると言いなさい!今は、止む無く荷物が散乱してるけど…。

 

封印結界を貼ってある部屋のドアを解除し、散らばった文献類を先代毎に仕分ける作業が始まった中、響が呪具に手を伸ばそうとしておりました。

 

「それに触れたら呪われんぞ。最悪、死ぬ。」

「うひぁ!?あ、危なかったぁ…!」

「呪具は俺が持ち運ぶから触るなよ。絶対に…触るなよ?」

「…振り?」

「違う。」

 

淡く光る右手を呪具に翳し、了子さんが前にがやったように俺の体内に量子化させと内蔵する。

正式には、俺の周辺の亜空間に移したんだけどね。

 

「わぁ…便利だねぇ。」

「自分の荷物運びに利用しよう、なんて考えるなよ?」

「…あっはは……そんな事考えてないよ?」

 

嘘つけ。目があちこちにバタフライで泳ぎまくってんじゃねぇか。

わかりやすいな、この娘は。

 

と始まった荷造りだったが……

いや〜着替えやら、一般家庭の電気製品とかは直ぐに運び出されたから良いんだよ。

ただ、盛大にぶち撒けられた文献類が思いの外時間がかかるかかる。

 

終いには藤尭さんと友里さんまで応援にきてくれましたよ、はい。

 

 

「ほっ…やっ…とぅッ。」

「響ちゃん、凄い捌けてるわね。」

 

せっせと文献をダンボールに仕分けていく響を見た友里さんが感心してるけど、アナタも話しながらマッハですやん。

藤尭さんも早い早い。

前回、空門ノ杖の封印場所を探す時も思ったが、やっぱりエリートなんだよね。

 

「まぁ、昔から片付けやらは得意なんスよ。」

「ちょっと意外だな…響ちゃんは散らかす方が得意そうに見えてたから認識を改めなくちゃな。」

「藤尭さん、酷〜い。私、部屋を散らかした事なんてないですよ〜。」

「あはは、ごめんごめん。」

「八幡、7代目の分は大方入れ終わった。こっちは8代目だからバラけたヤツがあったら入れてくれ。」

「あいよ。クリスも悪いな。」

「べ、別にやる事がないから仕方なくだ、仕方なく!」

「さいですか……。」

 

軽口を叩きながらも着々と進む仕分け作業。

途中参加のクリスもせっせと働いてくれて大変助かる。

本当に、二課の皆さん優秀だよね。

 

さて、問題は……

 

「えっと……10代目様は…ここだな。」

「…翼さん、そのダンボールは6代目様です。」

「え、えぇッ!?…じゃ〜……ここ…だったかしら?」

「おい、そりゃ8代目だ!つーか、ついさっきアタシが説明したばかりだろッ!?」

「あ、あぁ、そうだったな…では…どれだったのだろうか…。」

 

 

見事にポンコツ具合を曝け出し、文献を片手にオロオロと彷徨う姉がいた。

 

つ、使えねぇ〜!!

嘘みたいにポンコツ過ぎんだろ?

 

本人はいたって真剣なんだよ、あれで。

すげぇスローで且つ間違いまくると言う、フォローのしようがないポンコツ具合にダンボールを運び出そうとした指令は呆れ顔だしね。

 

戦闘とは打って変わり、まったく頼りない。

 

「姉さんは、さっき買ってきたお茶を配膳してくんない?」

「くっ…私は戦う事しかできないのかッ…!?」

 

悲壮感を撒き散らしながらトボトボとリビングへと出て行く姉さんを見送り、さて作業再「うっわわッ!?紙コップが倒…あぁッ!!」

 

おい、ちょっと待て。

何かリビングが騒がしいんだが?

悲鳴やら騒音で何となくわかるよ。姉がやらかしたって事くらいは。

 

 

作業再開から数秒で中断し、リビングへ移動してみると……

 

紙コップは倒れ、ペットボトルのお茶半分強を床にぶち撒け、お茶請けに買っていたクッキーは粉へと痛ましい姿に変貌していた。お茶もクッキーはこんな非道で、悲惨な末路を辿る為に作られた訳じゃないだろうに…。

 

「もう八幡、見てらんない。」

 

身内のしでかした事への羞恥心と居た堪れなさで、顔面を両手で覆っちまう。

俺、何にも悪い事してないのに…凄く恥ずかしいよ…。

 

 

「私は…紙コップにお茶を注ぐ事すら…できないのか…。」

「いや、そりゃ人として割りとヤバいだろ…。はぁ〜…八幡、雑巾とバケツを頼む。ほら、アタシがやるからアンタはそこら辺に座ってな。」

 

 

見かねたクリスがペットボトルを姉さんから奪い、シッシッと払った後に完璧にお茶を注ぎ分けて行く。

それを体育座りで羨ましそうに、ジー…っと見つめる姉。そして、雑巾とバケツを持った俺。

……なんだよ、コレ。シュール過ぎんだろ。

 

 

「ほら、入れ終わったから持っていってくれよ。」

「…不承不承ながら了承しよう。」

「はいはい。」

 

クリスからお盆を受け取った姉が例の部屋に入って「ぅわわゎッ!!?」「翼さんッ!?」

 

なんか…姉の焦った声と響の叫び声が聞こえた気がする。

なんならその後に、バシャァア!と聴こえたんだけど、たぶん疲れからくる幻聴だよね?

 

「マジかよ…あの人、ヤバ過ぎるだろ。」

「……。」

 

やめろ、その言葉は俺に効くから!!なんなら効果抜群で急所に当たったから!!

 

恥ずかしさに身悶えそうになるが、何とか耐え忍び、いざ行かん!例の部屋へ!!

 

「……。」

「…あぅ…うぅ…。」

「あ、あはは……ファッ…クシュッ!!」

「どなたか状況を説明してくださらないかしら?」

「あまりの事態に、八幡君の口調が変わってしまってるわよ。」

「あー…翼さんが床で滑りお盆が飛んで、宙を舞うお盆は司令が受け止めたものの…紙コップから飛び出たお茶が文献を濡らさないようにと響ちゃんが受け止め今に至る、と。」

「……。」

 

 

俺は無言のまま懐から赤いカードを取り出して、姉さんに突きつけた。

え?と言って固まる姉だったが、意味を理解した司令が姉さんを担いで外へ出ていった。

 

「一発退場なのね…」

「いえ、イエローカード2枚です。リビングにもお茶をぶち撒け、クッキーは粉々っスよ。」

「「……。」」

「ファッッックションッ!!」

「うん、響は帰りな。夏前とは言え流石に風邪引く。」

「ふぁい。」

 

 

てなわけで、響は風鳴邸に戻してから俺とクリス、司令と情報班コンビで掃除と片付けを行い、なんとか夜には全てを終わらせる事ができた。

 

4人には感謝を込めて冷えたマッカンを渡したら、クリス以外は受け取り拒否された。……解せぬ。

 

2人で飲むも、流石に1人2缶が量的限界だったので、余った1本は迎えに来てくれたマッカン仲間の緒川さんに進呈しました。

メッチャいい笑顔で受け取ってくれたから、よしとしよう。



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行方不明 5日目〜

読んでくれてる皆様、ありがとうございます!
今回はいつもより短めです。
それでは、どうぞ!


今日も今日とて、政府の行動制限により風鳴邸から出られずにいる4人はと言うと……

 

 

 

 

 

「そう、そこで"ず"を打ち消しの意味で訳すわけだ。」

「なるほど…解れば楽勝だぜ!」

「…??何も…わからない…だとッ!?」

 

学生らしく、今は勉学に勤しんでいるわけだが…途中から参加したクリスが興味深そうにしていたからマンツーマンで教授してる。

人に教えるってのは、自分の復習にもなって丁度いいのですよ。

 

……なんか隣りで姉が頭を押さえて震えてるけど無視だ、無視。

 

内容を理解できたクリスは上機嫌に鼻歌を歌うその正面では、珍しく響が淡々黙々とノートにシャーペンを走らせていた。

 

「…よし、じゃぁ次の問題解いておいてくれ。その間に響の勉強見てくるわ。」

「おーよ!今のアタシにかかればお茶の子さいさいだ。」

「…ッ!?サイン?コサインとは…何なのだ!!?」

「姉さんや、1+1=?」

「2だッ!」

「それさえ解れば生きていける。」

「馬鹿にしているのかッ!?」

 

してますとも。アンタのやってるそれ、1年生の問題集です。

俺は2年生で貴女は3年生。オーケー?

とは決して口には出せない。まだ八幡は斬られたくないもの。

 

荒ぶる姉を素通りし、響へ近寄る。お、日本史か…どれどれ…

 

と響のノートを見た途端に血の気が引いた。

 

 

 

 

 

 

未来未来未来未来未来未来未来未来未来未来未来未来未来未来未来未来未来未来未来未来未来未来未来未来未来未来未来未来未来未来未来未来未来未来未来未来未来未来未来未来未来未来未来未来未来未来未来未来陽だまり未来未来未来未来陽だまり未来陽だまり未来未来

 

「っ!!?」

 

高速で走るペン先が残した文字は以上で異常だった。

尚も永遠に"未来"の文字が量産されている。

 

「ひ、響…?」

「未来未来未来未来未来未来未来会いたい未来未来未来未来会いたい未来未来未来未来未来会いたい未来未来会いたい未来…会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい」

「ひぃッ!?」

「「??」」

 

 

光りを失い、闇に取り込まれた淀んだ瞳は瞬きすらしていなかった。ノートを見ているようで、別の何処かを見ているような気がした。そして、口からはブツブツと念仏のように未来と唱える幼馴染み。

 

……。

 

こ、壊れたぁぁああぁッ!?

まさか…未来ニウム不足か!!

つーか、怖い怖い怖ぁぁああぁい。

 

「お、おーい…響さーん??」

「未来未……………ん?どうしたのハチ君?」

「いや、お前こそどうした!?ノートを見てみろ。」

「ノートを…?ひぃッ!?」

「書いた本人すらもッ!?」

 

なんでやねんッ!何で書いた君がノート見て悲鳴を上げてるわけ!?

あれか?呪われたんか!?何かに取り憑かれてる系なの??

 

「あ…あははは…未来に会いたいよぉ…。」

「いや、だからってコレはやめなさい。見た人が怖いから。」

 

 

 

 

◇◇◇2日後◇◇◇

 

 

「「「……。」」」

 

俺と姉さんにクリスは、その場に突っ立ったまた動けずにいた。

理由は目の前にいる。

 

「未来未来未来未来未来未来未来未来未来未来未来」

 

幼馴染みの名を呟きながら、一心不乱にノートに何かを書いてる響の背中から得体の知れない恐怖を感じる今日この頃。

 

姉さんの方へ振り返ると拳を構えていた。バッとクリスを見てみると同じく握り拳。

……仕方ねぇなぁ〜……

 

 

「「「ジャンケン……ポォォオオォンッ!」」」

 

暫しの沈黙が流れた先には、握り拳の女性陣と指二本を突き出した俺がいた。

 

「ちょせぇ!」

「防人に敗北はない!」

「…畜生ッ…!!」

 

言い訳のしようもない敗北は、俺に大変気の重い任務を与えがった。

響との接触である。

普段の明るく騒がしい響ならまだしも、目が死んでるような…イッてるような狂気滲みた瞳をした彼女は地雷としか思えなかった。

 

ゆっくりと恐る恐る接近する。

セカセカと動く彼女の手が記したノートを見た俺は驚愕した。

あまりの衝撃に開いた口が塞がらない。

 

 

「会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい」

「肖像画…だとぉッ!?」

 

 

ノートには本物の様に精巧に描かれた小日向未来がいた。リディアンの制服に袖を通した見返り笑顔美人がノートに顕現していて、素直な感想を述べますと……

 

絵メッチャ、うまッ!!?君にそんな特技があったなんて、お兄ちゃんは知らなかったんですけど!!?

ドン引きするくらい上手いんだけど!!

 

「ひ、響さんや……。」

「会いたい会いた…ん?ハチ君?…って、なんじゃこりゃぁぁああぁ!?未来じゃぁぁねぇかぁぁあぁあ!!」

「えー……。」

 

 

2日前と同じ反応。無気力になった際、無意識に"未来欲"が発動していると仮定しよう。

では、現状を打破するにはどうしたらいいか?

んなもん簡単だ。

 

「響…正座。」

「え!?…はい。」

 

いつもの腑抜けた顔ではなく、険しい顔つきの俺の指示に響は素直に正座した。俺も対面で正座する。

さて……

 

「いいか、響。今まで俺たちは変な言行動で何度か本気で未来を怒らせた事があるな?」

「あ…うん。」

 

それが?と思っているであろう響がクイッと顔を傾ける。あら、可愛い仕草ですこと。

 

「ーキッ!!」

「ひぃッ!?な、なんだ!?」

 

一瞬だけ、殺意の篭った視線を感じた。主に姉さんの隣りあたりから……

 

「ハチ君??」

「ぅえッ……んんッ!何でもない。えっとだな……響、未来から本気で怒りをかった時を思い出せ。」

「う、うーん?…………うぇッ!」

「えずくなよ…。」

 

思い出しただけで、えずくって……試しに俺も思い出してみるか…。

 

……。

…………。

………………。

 

 

「うぁえぇ…。」

「ハチ君も人の事言えないじゃん!」

「あぁ…うん、ごめんね?……ところで、何故ドMでもない俺たちが思い出しえずきをしたかと言うと……。」

「…言うと??」

 

一拍間をおくと、響がゴクリ…と喉を鳴らした。

心して聞くがいいさ。

 

「……たぶん、未来と感動の再会の後に過去最高レベルで怒られると思うからだ。」

「……ゔぇッ!?」

「考えてもみろ…決死の特攻。行方不明の俺たち。しかし、実は隠れて生きてました。……キレるわな。」

「あぁわわわわッ!!ど、どどどうしようッ!?助けてハチえもん!!」

 

 

誰がハチえもんだ。出せるものは白雪ノ華と麒麟くらいしかねぇよ。しかも未来相手には何の効果もありゃしない。

 

 

「……一緒に怒られような?」

「ひぃえぇ!!恐いんだよ!?未来ってば、本気で怒ると超恐いんだよッ!?」

 

うん、知ってる。

だから、敢えて言おう。

誰か俺たち2人を助けてください!!

 

 

「何がどうしたと言うのだ?えずいたかと思えば、ワタワタと…。」

「この馬鹿に何て言われたのか知らねぇけど、まずは落ち着けって。な?」

「どどうしよう、2人とも!絶対未来に怒られちゃうよぉ!!」

「小日向が…?怒るとどうかするのか?」

「超恐いんですッ!日本に上陸したシン・ゴジラ以上の迫力で怒られるぅぅぅ!」

 

君、それは言い過ぎ……じゃねぇな。

怒ったらあの可愛い微笑みの背後で、ゴゴゴッ……!って音が聞こえるもんな。

 

「小日向って確か…。」

「ん?コイツだよ。」

 

響作の見返り笑顔美人をクリスに見せると、目がまん丸に大きく開いた。

え?なに?

 

「やっぱりコイツは…アタシがフィーネから逃げてる時に助けてくれたヤツじゃねぇか。」

「え…未来が?クリスちゃんを?」

 

マジ?そんな繋がりが??

 

「あぁ……雨の中で倒れたアタシを運んで介抱してくれたんだ。確か"ふらわー"?ってお好み焼きの店のおばちゃんにも世話になった。…コイツはお前等の何なんだ?」

「親友だよ。私にとっては大切な陽だまりの様な存在。」

「しっかり者の妹って感じだな。響と一緒で幼少期からずっと一緒だった。」

「そっか。良いよな、そう言うの……今度会ったら、ちゃんとした礼を言わなきゃな。…コイツ、良いヤツだよな。」

「うんうん!超良いヤツだよ。可愛いし、優しいし、料理上手だし、頭も良いし。どんな私でも隣りに居て手を繋いでくれる、大好きな親友だよ。…そぉだ!今度みんなで、フラワーのお好み焼き食べに行こうよぉ!おばちゃんの作る渾身の1枚は頬っぺが急降下作戦だよ!」

「わかった!わかったから、近いんだよッ!」

「ふふん、良いではないか〜良いではないか〜。」

「は・な・れ・ろッ!!」

 

親友を褒められ喜ぶ響を姉さんと一緒に温かく見守る。

閉じ籠もった生活ばかり且つ、未来欲でおかしくなっていた響より、やっぱり騒がしい方が断然良い。

 

しかしだな……

 

「楽しみの前には折檻が待っているがな…。」

「あぅッ!?…そーだったぁ〜…。」

 

 

マジ、行動制限が解除される日が心底恐い。

マッカン1箱……いや、3箱で許して貰えないだろうか?

……無理か。

 

 

それか2週間後。

 

未来と感動の再会を果たした翌日、やはり正座で響共々しこたま怒られましたとさ……くわばらくわばら。

 



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頑張れ、???&頑張れ、???

いつも見てくれている方、感想や評価してくださる方々、本当にありがとうございます。
チリも積もれば山となる様に……色々と重なり更新が遅くなってしまいました。すいません。

次回からフロンティア事変編を始めようと思います



頑張れ、翼ちゃん!!その1

 

 

 

感動の再会やら、未来からのお説教をくらうなどがあってから数日。

仮校舎などのなんらかの措置が取れるまで、私立リディアン音楽院高等科は休校扱いとなり自宅学習を仰せつかっている。

そら、カ・ディンギルのクソ野郎のせいで校舎は瓦礫の山へジョブチェンジしちまったもんな。

むしろ青空学級にならずに済んでよかったと八幡は思うよ。

 

 

ノイズ発生まで、とりあえずはやる事ない俺はこの暇な時を利用して、新居への引越し作業に取りかかる事とした。

都心付近である為、前と同じで地下駐車場有りの希望に叶った物件を指令達が見繕ってくれた。

しかしながら、またコレが一学生が住むには高級すぎるマンションで、初見の際は頬が引きつったんだよね…

あの人達は常識を何処に置き忘れてきたのだろうか?

 

「ふぁ〜…眠い…。」

「あ、ハチ君おはよう。」

 

寝室から出るとエプロン姿の未来が、朝から眩い笑顔で挨拶してきたIN俺の部屋。

 

……え!?

 

「ふぁッ!?え…何でいんの!?」

「もぅ〜…寝ボケてる?昨日は皆で泊まったでしょ?」

 

……あ、そうでしたね…。

引越しを手伝ってくれた幼馴染みーズとクリス。姉は…うん、晩ご飯を奢ってくれた。別にコップを3個も割ったから寿司を出前したんじゃ決してないからな?

 

部屋は二課が借りてくれたものの、肝心の家具がないクリスを我が家に泊めるとなった際に響が喚き出し、未来共々に泊まると言い出したんだったね……。

 

リビング全体を見てみれば…

 

元栓全開で涎を垂らす響と姿勢正しくスヤスヤと眠るクリスがいた。

 

……あれ?1人足らなくね??

 

「なぁ未来、姉さんは?」

「ん?一緒に朝ご飯作ってるよ?」

「なん……だとッ!?」

 

ザザァッと慌ててキッチンへ行くと、額に汗をかきながら四苦八苦している姉がいた。

 

や…やめてくれッ!キッチンが…新居が爆発しちゃうぅぅぅッ!!

 

「あ、翼さん。次は余った溶き卵を寄せた方とは逆の場所に流し込んで下さい。」

「こ、こうかッ!?」

「そそ…上手です。そのまま弱火で……フライ返しを使って巻いてみましょう。…ゆっくりぃ〜…そうッ!…もう一度……そうです!だし巻き玉子、できました。」

「やったぁ!ありがとう、こひな…た…?」

「……。」

「……。」

「……おはよう。」

「……おはよう。」

「えッ!?今の間はなんだったの??」

 

……え?アレ、誰??

挨拶したけど……あのキッチンで料理してる人って誰ですか??

キャッキャッと喜び跳ねている姉は防人で…アネモリ??

 

 

「……あぁ、夢か。」

「ならば、この包丁で切り裂いても問題ないのだな?」

「いや〜本日も美しくあられますね。朝からお会いできて誠に嬉しゅうございます。」

「気持ち悪いからやめなさい。」

「ひでぇ……。」

 

心底気持ち悪いっていう顔をしないでください。朝から心がポッキリ折れちまうよ…。

 

「朝食も出来た事だし……ほら、響。起きて。」

「えへへ…もう食べれないよぉ…あ、それ食べる〜…むにゃむにゃ……」

「食うのかよ。どんな夢見てんだか……クリ〜ス、お前も起きろ〜。」

「んん……んぁ?」

「おはようさん。」

「……おはよう…。」

 

クシクシと目を擦りながら起きたクリス。起きたからまだいいさ。

チラッと隣りへ視線を移すと未来の呼び声で起きない響が大きく口を開いて、まだ寝ていた。

やれやれ……

 

「響〜、起きないと朝食なくなっちまうぞ〜。」

「私のご飯!!…あれ?」

 

はい、簡単に起きました。食い意地張りすぎだ。

俺達3人が顔を洗ったり、歯を磨き勤しんでいる間に未来と姉さんが配膳までしてくれていた。

 

「明日は嵐だな。」

「もう、翼さんに失礼だよ。」

「良いのだ小日向。…出撃した際に八幡を不可抗力で怪我させてしまうが致し方あるまい。」

「それ故意だよね!?」

 

やべぇ…斬られちゃうの?八幡、斬られちゃうの?

できれば皮一枚だけにしていただけないだろうか?

 

「お待たせー!」

「朝から元気だな…ふぁ〜…。」

「さ、皆んな揃った所で……いただきます。」

「「「「いただきます。」」」」

 

わはぁーッ!と響が我先に朝食をかけ込んで行くのを俺はジーッ…と観察する。

 

白米…クリア。

味噌汁…クリア。

鮭…これもクリアだと!?

だし巻き玉子……クリアぁッ!!?

 

……なんと…コレが奇跡か…。

 

オールクリア!比企谷八幡……いざ参る!!

 

「あむ…むッ!!?……美味い…。」

「ッ!!そうだろ!私だってやればできるんだぞ。」

「え!?コレ、翼さんが作ったんですか!?」

「あ、あぁ…小日向に教えてもらいながらではあるが、私が全て作った。」

「マジで?この間は八幡から戦力外通告受けたのに……やるじゃねぇか。」

「まぁ…小日向の教え方が的確であった故、上手くできたのだが。」

「そんな事ないですよ。翼さんが頑張ったからですよ。」

 

 

いやはや、今世紀最大級の衝撃だ。あの片付けだけに留まらず、洗濯も碌に出来ないアネモリのメシを食えるなんて……やべぇよ、涙が出そうだ。

 

「味噌汁、おかわりあるか?」

「ッ!…私がよそおう。」

 

ふふん♪と上機嫌でお碗を受け取った姉さんは、ウキウキとしながキッチンへ行った。

あ、ヤバい…マジで泣きそう。

 

「今日の翼さん、凄く可愛いよね。」

「いつもはクール美人だもんね。よっぽどハチ君に褒められたのが嬉しかったん「あぁッ!?…だ、台拭きは…キャッ!!?」

 

「「「「……。」」」」

 

出かけた涙が足裏まで引っ込んだわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

頑張れ、弦十郎くん!その1

 

 

 

アレから月日が経ち、ノイズの出現も激減し平和な日常が続いていた。

だが、俺の周囲がちぃっとばかり変なのだ。

 

 

「おう。翼、八幡。コレから鍛錬か?」

 

動きやすい、カーゴパンツに黒のTシャツを着た2人と鉢合わせした。緒川はいつも通りでスーツだがな。

 

ふむ…鍛錬なら俺も参加したいものだ。

 

「えぇ。僕が怪我の無いよう見守っておきますのでご安心を。」

「お、そうか…。それではな。」

 

2人に話しかけたが、代わりに側にいた緒川が俺に応えた。

これは昔からであり、なんら変ではない。口下手な2人より、緒川の方が掻い摘んだ説明が上手いからな。

 

ただ…

先程、翼と八幡に話しかけた際、緒川はスッ…と我々の間に入ってきた。

まるで俺から2人を守るかのようにだ。

なんなんだ、アレは?

 

しかし、これだけではない。

 

二課所属となったクリス君に話しかけようとした場合、緒川は忍者の如く突然姿を現しては、なにかとクリス君から俺を遠ざけるのである。

 

また、響君の修行に同伴したり、緒川が諸用でいない際は他のエージェントが付き添う始末。

 

もしや、俺嫌われた?と思ったが緒川を呼び出すと至って普通の態度。

 

一体何が……?

 

 

◇◇翌日◇◇

 

朝から籠りっぱなしだった司令室から出て、休憩所に向かうと八幡と装者3名と未来君が談笑していた。

どれ、最近の若者はどんな会話をしているか聞いてみるか。

 

ただそう思って5人に近づいていた時だった。

絶対と言い切れる程に、居なかった筈の緒川がやはり間に立っていた。

 

 

「緒川……?」

「はい。なんでしょう?」

 

いや、なんでしょうってお前…。

まさか無自覚なのか?もしくは大して意味がないのか。

 

試しに緒川の横をすり抜けようとした。

が、

 

 

「司令はどちらへ?」

「ッ!?」

 

肩を掴まれた。

いつもの優しいお兄さん風ではなく、冷たい声色で。

 

緒川の異常な気配を感じた八幡と翼は、いつでも動ける様に身構えているし……なんだ、コレは?

 

明らかに俺を装者達と会わせまいとしているよな?

一体何故…何が起きているというのだ?

 

「…緒川…最近、お前変だぞ?」

「いえ、その様な事はありません。ただ…」

「いーや、変だ。明らかに俺を装者達と接触させない様にしている節がある。」

 

向き合った俺から気不味そうに視線を外す緒川に首を傾げてしまう。

暫しの間が空いた後に、緒川は一大決心した意気込みで俺と対峙した。

 

 

「もはや誤魔化し切れませんね…。確かに僕は彼女達の誰かぎ司令と2人きりにならないように動いていました。」

「あぁ…それは何故だ?」

「とある噂を耳に入れまして…その、司令が特殊な性的嗜好をお持ちであると…」

「…は?」

「ロリータコンプレックス、通称ロリコンであると。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………えッ?」

 

ザ・ワールド。

今、確かにこの場の時は止まったよ。

 

「そんな…叔父様が……。」

 

やめろ、翼。そんな傷ついた顔をするな。

事実無根の冤罪だ!

 

「師匠…。」

 

拳を構えるのはよせ。

あと信じないでくれ、大人でも……いや大人だからこそ傷つく。

 

「響、逃げよ?」

 

なるほど…ゴミを見るような目とは、こう言う目の事を言うのか……納得した。

 

「「うッわぁ〜……」」

 

おい、なんだその反応は?息ピッタリなのが少し腹立つ。

 

……って違うな。まずは誤解を解くことが先決だ!

最速で、且つ最短でな!

 

「緒川、その噂は誤解だ。」

「残念ながら、証拠もあります。」

 

そう言って緒川の懐から出されたのは2枚の写真だった。

 

1枚目はクリス君を抱きしめている俺。

2枚目は殺意の篭った目で俺に白雪ノ華を向ける八幡が写っていた。

 

 

 

『こンのロリコンがぁぁあ!』

『なんだその誤解は!!?』

『オッさん…ロリコンなのかよ。普通に引く。』

 

あの日の事がフラッシュバックする。

鮮明に蘇ったのは嫌な記憶だった。

 

いや……え?

そうきたか……!?

 

俺が固まっている間に2枚の写真を緒川から翼が受け取る。

写真を見て、あからさまにショックを受ける翼と響君と未来君。

それとは別に、ウヘェって顔のクリス君。

そして元凶はと言うと……

 

「〜ッ!!」

 

笑わぬように口を手で押さえて俯いていた。

そんな八幡を見た緒川は、キッと俺を睨む。

大方、八幡がショックを受けて口を塞いだと思っているのだろうが……元凶は其奴だぞ!!?

 

視界の端で、翼がゆらりと不気味に立ち上がるのが見えた。

スッ…と伸ばす手中にはギアペンダント。おい、まさか……な?

仮にも叔父である俺に、ソイツはダメだろ!!

 

 

「Imyuteus ameno「待て翼。一から説明するからギアを起動するな。」

「…風鳴の者が犯した不逞を拭うは同じ風鳴の者の務めです。」

「だから誤解だと言っている!いいから俺の話しを聞け!」

 

そうして始まった弁論に皆が黙って聴いてくれたのが幸いし、案外早くに誤解は解けた。

…あぁ、必死だった。焦る気持ちがあったが、それを面に出して仕舞えば逆に疑いが深まる可能性があるからな…なんとか堪えた。

 

 

「そうでしたか……分かりました。調査部で再度、裏を取ります。すいませんが八幡さんとクリスさんに協力していただきたいのですが……。」

「緒川さんの頼みなら無碍にはできませんね。」

「借りもあるし、これでチャラなぁ。」

 

いやいや、お前さん等の所為で在らぬ誤解が生まれたのに、何故その態度を取れるんだ??

八幡に関しては、俺の無罪を晴らす為ではなくて緒川の為になってるし……可笑しいぞ。

 

「まぁ、誤解でよかったですよ〜。…じゃないと師匠の特訓が怖いですもん。」

「八幡の勘違いしてしまう状況を作ってしまった、おじ様にも落ち度があります。」

「お前、日に日に八幡に甘くなってないか?」

 

 

こうして誤解は解け、翌日には調査部から晴れて冤罪であったと報告を受けたのだが……よくよく考えてみれば調査部がこんな事案で動くってダメだろ?

ともあれ、こうしてロリコン疑惑は晴れたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アレから数週間が経った今日。

また周囲の連中が変なのだ。

何処に行っても、俺を見たヤツは慌てて正面を見てくる。藤尭にいたっては小さな悲鳴付きである。極め付けは、皆が自身のケツを守る様に手で押さえている。

 

……嫌な予感がしやがる。そう思い、緒川を司令室に呼び出すと……

 

 

「司令、お呼びでしょうか?」

「あぁ…。最近、俺の周辺が変でな。調べてくれないか?」

 

あと、お前さん離れすぎじゃないのか?若干なんてレベルじゃなくて、普通に距離があり過ぎないか?

 

「大変申し上げ難いのですが……司令のとある噂が流れています。」

「噂…だと?」

「はい。その…同性愛者で……所謂ホモであると。」

 

 

勘弁してくれ…。

 

 



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フロンティア事変
第1話


1人、師走を先取りしております。まだ…11月なのに……



2年前、特異災害ノイズのライブ襲撃から始まった戦いの記憶。

 

あの日から俺には勿体ないと思える、共に戦場を駆ける仲間と全力を持ってサポートしてくれる仲間達ができた。

 

戦いの日々の中で大切な仲間を失い、今度は幼馴染みが二課に加わり…いざこざも多いに起こる中で、今隣りに並んで立つ彼女と再会。

 

そして、信じていた仲間の裏切りと激しい死闘の末に俺達は平和を手にした。

 

今日、ここに戻るまでの2年間の記憶。

あまりに濃ゆ過ぎる内容に、八幡胸焼けしそうだよ。

 

 

騒動から1ヶ月後にリディアン音楽院高等科は新校舎に移設され、登校再開と同時にクリスが編入してきた。しかも我がクラスに。

その際に色々と悶着があったが……まぁ其の内に話すとしよう。

 

やがて夏休みに突入したものの、やはりと言うか何というかバビロニアの宝物庫から出てくるノイズと戦う日々は継続している。

 

お陰様で8月過ぎて、漸く実家に戻れた。

それが今。

隣りではソワソワ落ち着かないクリス。顔も身体もガッチガチに固まってるよ?大丈夫なのか、これ?

 

そして俺は約2年ぶりに実家のドアを開いたのだった。

 

 

第1話

 

 

「たでぇまー。」

「お、お邪魔しみゃす!」

 

緊張のボルテージはMAXを打ち抜いた。まるで俺のように噛んでしまい、耳まで真っ赤になるクリスが超可愛い。

キッ!っと睨んでくるけど怖くないからな?

 

クリスが羞恥心に震える中、リビングに繋がる扉が向こう側より開かれた。2年ぶりに見る母親の姿に少々胸が高鳴る。カーチャンの足元には我が家の愛猫、カマクラ様もいた。

 

プイッとしてリビングにUターンしたのを見て心は泣いた。

 

「おかえり、八幡と…えッ!?」

「ん。…コイツが言「クリスッ!!」

 

説明しよかうとした俺の眼前を一瞬で横切る黒い閃光。

速くない?と言うより速すぎない?

隣りを見て見れば、カーチャンがクリスを抱き締めていた。

1度離れてクリスの顔を見た、と思えばまた強く抱き締めてるし。

抱き締められてるクリスは……え?あ…え?と困惑して、俺に目で助け求めてるし…

 

「なぁ、とりあえずリビングに行かない?」

 

俺の発案により、今は3人ともリビングのテーブル付近に鎮座している。

さっきの状況から、カーチャンがクリスと認識していたのでクリスとの再会に至る経緯と今クリスが置かれている状況説明をする。

事前に司令から許可を貰っているので、響についても話しをしなくちゃならなくってシンドい。

 

流石に話しの内容が衝撃的過ぎて、カーチャンの顔が百面相になってた。

 

「そう…響ちゃんにクリスも戦っているのね。」

「あぁ。…質問は?」

「そうね……クリス、貴女の後見人は誰がなっているのかしら?」

「二課の司令がなってる。他に誰も知らないし…。」

「なら、私がなるわ。親友の忘形見である貴女は私にとって娘同然。八幡、弦十郎さんには私から後で連絡させて頂戴。」

「だってよ?クリスはそれでいいのか?」

「あ…うぅ…でも、迷惑じゃ「そんな訳ないでしょ。さっきも言ったけれど、貴女は娘同然なの。だから、迷惑なんてコレっ………………ぽっちも思ってないわ。」

「溜めたねぇー……。」

 

いつもの強気な姿は鳴りを潜め、クリスはモジモジしながらコクンッと頷いてカーチャンの案に乗るのだった。

 

「クリス…生きていてくれてありがとう。また、貴女に会えて嬉しいわ。」

「あ…う…。」

 

そして再び熱い抱擁。クリスは恥ずかしがりながらも、その温もりに身を委ねている。優しい時間がゆっくりと流れていく……

その真っ只中でカーチャンの双眼がカッ!と大きく開かれた。

 

「そぅだ!この際、ウチの養子になりなさいな!うん、それがいいわ!早速、役所に行かなくてはね!」

「えッ!?」

「ちょッ…落ち着け!」

 

とんでもねぇ暴走し始めたカーチャンを止めなければならない。

あーだ!こーだ!と口がよく回る母親を宥めとめて、最終的にはクリスがカーチャンの事を"母さん"と呼ぶ事で事態は収拾された。

 

「にゃー…。」

「ナァ〜。」

「にゃ。」

「ナァ〜。」

 

アレから少し時間も経ち、クリスの緊張が解れた頃にカマクラがクリスに寄ってきて、今はクリスに撫でられながら猫語で会話してやがる。

 

 

 

「んで、小町は何時くらいに帰ってくるわけ?(なにアレ?超可愛い。)」

「あと1時間もかからないわよ。受験生だからね…(あら、やだ。スマホのカメラどれだったかしら?)」

「総武目指してんだって?塾でも上位クラスって聞いたし、頑張ってんだな。」

「まぁね。生徒会にも入ってるし、推薦貰えそうだとは言っていたわ。」

 

カシャッ!カシャッ……シャシャシャシャッ!

 

……まさかの連写機能でクリスを撮りまくる母親に絶句。

直後に俺のスマホがピロリン♪。開いてみると先程の写真が母親から送られてきていた。

 

あー……うん。

 

神はここにいた。

 

 

ガチャン!とリビングのドアの向こうで音がした。

 

お、帰ってきたな。

 

タタタッ……ごんッ!!

 

「「「ッ!?」」」

 

…ゴロゴロゴロゴロ……タタタタッ、ガチャッ!!

 

勢いそのままに開かれたドアから、愛する妹の小町が飛び出してきた。そして、そのまま俺に向かってダイブ。

ま、余裕で受け止めれるんだけどね。

 

「ただいま!お兄ちゃん、おか…え……り?」

 

間近で俺の顔を見た小町がカキッ!と固まる。

え?どったの?

 

「…誰?」

 

おっふぅ……。

 

「…お前のお兄ちゃんですが?」

「目が……濁ってないだとッ……!?ほぇ〜…目が違うだけで雰囲気変わるもんだねぇ。眼鏡までしちゃって。」

「あ……うん。…それよりデコは大丈夫か?」

「え?何が??」

 

いや、お前絶対転んだよな?滅茶苦茶オデコが赤くなってるよ?完璧な貼り付けた笑顔で無かったことにする小町がちょっと怖い。

 

「コラ、小町。お客さんが来てるのよ?」

「あ、そうだった。失礼しましたッ!……ってクリスお姉ちゃんッ!?」

「あははは……ひ、久しぶり?」

 

乾いた笑みの後に繰り返された熱い抱擁。さっきと違うのは小町がクリスの胸元に飛び込み、クリスが抱き締めた事だ。

 

カシャシャシャシャシャッ!

そして、母親は連写しておりました。

期待を裏切らねぇな。

 

 

 

 

 

 

アレからまた時は流れ、久しぶりの小町の手作り夕飯に舌鼓を打ち、今はリビングで団欒の時間を過ごしている。

 

 

 

「じゃ、クリスお姉ちゃんはお兄ちゃんと同じクラスなんだ?」

「あぁ。八幡の近くにいると毎日騒がしいったらありゃしねぇ。」

「ひでぇ言い草だな。」

「え?お兄ちゃんが騒がしいの?」

「いーや。八幡のダチが騒がしい。」

「……。」

「「……?」」

「…………はっ!?あまりの衝撃に小町の意識飛んじゃってたよ!お兄ちゃん、友達ができたの!?」

「お、おう。ま、1人だけどな。」

「わはー!遂に戸塚さん以外にも友達が……小町、うれしくて泣きそうだよ。」

「大袈裟な……。」

 

クリスは呆れてるけど、決して大袈裟などではない。

あのボッチ至高主義の俺に戸塚以外にも友達ができたのだから。

 

材木座??……知らないな……。

 

 

「あ、そうだった。小町にプレゼントがあったんだった。ホイ、これ。」

「ん?何かな何かな〜……コレって風鳴翼と今話題のマリア・カデンツァヴナ・イヴのライブチケットじゃん!?しかもスペシャルシートォォオ!?……どうしたのこれ!?誰から盗ったの!?」

 

妹達の俺に対する評価が低くて辛い。なんでお前らは揃いも揃って俺を犯罪者扱いするの?

 

 

「盗ってねぇから…バイト先で貰ったんだよ。響と未来も行くし。」

「勿論、アタシもだ。」

「わぁい!ねね、お母さん…行っていいでしょ〜?」

「どれどれ…秋頃に開催ねぇ……ま、偶の息抜きには良いんじゃない?」

「やたー!ありがとう、お兄ちゃんッ!」

 

 

キラキラと輝き喜ぶ小町を見ているとホッコリする。

あー…実家マジ最高。帰りたくねぇや。

 

「あ、そうだ!お兄ちゃん、結衣さんからのメッセージ無視してるでしょ!夏休み遊びの誘いしたのに返事がないって今朝連絡がきたんだから。」

「……はぁ、由比ヶ浜が?知らねぇけど?そもそも明日には向こうに戻るし遊べねぇよ。」

「むむッ!?…クリスお姉ちゃんも帰っちゃうの?」

「そりゃ、コイツのバイクに乗ってきたからな。」

「うっそ!?お兄ちゃんバイクに乗ってるの?」

 

質問と驚愕の嵐。楽しい会話にクリスも笑顔で小町とキャッキャしている……なるほど、ここが楽園か……。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

東京湾付近の深海。

光りも届かない暗く冷たいその場所に、二課の仮設本部である次世代型

潜水艦が停泊していた。

 

作戦司令室には弦十郎を始め、藤尭や友里がいた。

 

「お疲れ様でぇーす。」

「お疲れ様です。」

 

元気の塊である響の声に、たちまち室内が温かく緩い空気にガラリと変わる。響と未来に続いて、翼と緒川も入室して一層賑やかになる。

 

「訓練お疲れ様。あったかいものどうぞ。」

「わはぁーい。あったかいものどうも。」

「もう、響ったら…すいません友里さん。」

「ふふ、気にしないで。はい、未来ちゃんもどうぞ。」

「ありがとうございます。」

「それで?翼との模擬戦はどうだった?」

 

八幡不在の為、翼が模擬戦の相手を買って出たので…是非!と嬉々として臨んだ響であったが……

 

 

「ぜ…全敗の完敗でヘロヘロです……。ハチ君の強さと違った翼さんの動きについて行くので精一杯でした…とほほ……。」

「刃と身体の動きの速さだけで言えば八幡の方が私より速い。立花が私の動きについてこれたのは、あの子の動きに目が慣れつつあるからだ。確実に強くはなっているのだから己が強さを褒めてやりなさい。」

「そう言って貰えると嬉しいです。……ハチ君てば中々褒めてくれないし。」

「だな。翼も今度、2人の訓練に付き合ってみると良い。八幡が思いの外スパルタで驚くぞ。」

「そうですね……その八幡から何か連絡は?」

「特にはない。久しぶりの実家だ。英気を養ってくれてればいいのだが……。」

 

その弦十郎の言葉に一堂顔を曇らせてしまった。

 

 

1週間前。

 

フィーネとの激しい死闘を終えた時に、彼女が弦十郎に渡したUSBに残されたデータの解析が終わり、八幡と装者3人に加えて未来を召集して開示された内容は驚愕するモノばかりであった。

 

情報処理班の2人が解析したデータをスクリーンに映し出し、友里が

詳しい説明を声に出し始めた。

 

 

「了子さんの残したデータを解析したものです。まず、八幡君が身に纏っている戦鎧についてのデータよ。」

 

アップでスクリーンに出された戦鎧のデータに、響を筆頭にクリスと未来も首を傾ける。一般人には到底理解できない内容であったが、ある程度の知識を持つ八幡と翼の表情が驚きに染まった。

 

「……要はプロトタイプ、ですか。」

「まさか…いやしかし、それなら納得できる点も幾つかある。」

「あの…2人ともどう言うこと??」

「……兼ねてより、シンフォギアシステムに近い力を持つ八幡君の戦鎧に疑問が多々ありましたが解析したデータが全てを物語っています。漆黒の戦鎧…名前は麒麟、コレはシンフォギアのプロトタイプと言えます。名前のとおり、これは四神獣の麒麟の角を媒介として造られたモノのようです。」

「四神獣?」

 

チンプンカンプンで頭に幾重もクエスチョンマークを浮かべる3人に、八幡はため息を吐いてから口を開いた。

 

「四神獣は伝説の生き物だ。麒麟と鳳凰、応龍に亀霊。その内の麒麟と言う神獣の角で造られたのが俺の戦鎧ってこと。」

「つまりは聖遺物でできているの!?」

「しかし…ならば何故なのだ…?」

「八幡の鎧は聖遺物の欠片を使ってるんだろ?だったら歌もなしにどうやって起動してんだよ?聖遺物の力を引き出すには相応のフォニックゲインが必要なはずだろ。」

 

麒麟の角から造られた戦鎧。同じく聖遺物の欠片からできているシンフォギア。彼女達の纏うシンフォギアは、彼女達が歌う事で高まったフォニックゲインにより力を発揮できる。

しかし、麒麟はシンフォギアのプロトタイプとしながらも歌を必要とせずに八幡は運用していた。

皆が疑問に思うのは至極当然である中で、八幡1人だけが顔を曇らせた。

 

「それについても解析済みよ。この麒麟は、千数百年前に初代安倍晴明の為にフィーネ…つまり前世の了子さんが造ったとされています。しかし、なぜ歌も歌わない状態でフォニックゲインを高める事もなく、シンフォギアにも似た力を使えたのか……それを今からモニターに出します。」

 

スクリーンは切り替わり、また新たな解析データが映し出された。

その瞬間、友里と藤尭以外の全員が息を飲んだ。唯一違った八幡だけが下唇を噛んで視線を1度だけスクリーンから離した。

そこにあったのは、八幡の力の源についてだった。

 

「八幡君……了子さんにも理解できてないのだけれど…君は常人ではあり得ない程のフォニックゲインを体内で作り出しているの。また外部からも無意識に取り込んでいると記されているわ。それ等を体内で神通力にエネルギー変換して麒麟を起動している……つまり神通力とは、体内にて高まったフォニックゲインと生命力が合わさったものみたい…それが白狐の血の特性だと記されていたわ。その…要するに八幡君の神通力で起動している麒麟は八幡君にしか扱えないと言う結論に至ったの。」

「えっと……つまりぃ?」

 

理解ができなかった響の質問は、言うなれば未来とクリスの代弁であった。

それに応えたのは、やや不機嫌気味な八幡であった。

 

「白狐の血を器とし、生成されたエネルギーを生命力と合わさった神通力で満たし起動する。だが、器が小さくては麒麟の運用は不可。」

「ッ!そうか…だから殺生石で血の覚醒を促しているのだな?」

「正解だ、姉さん。…血の覚醒で器を大きくし、神通力を大量に注ぎ込む。……だから血化粧を使った時は獣化しかける程に器の拡張で、扱える神通力の出力が上がったわけだ。……化け物じゃねぇか…。」

 

沈黙。室内の空気は一段と重くなった気がした。

誰も何も言わず、言えずしばしの静寂が訪れた。

その重たい空気を崩したのはクリスだった。

 

 

「化け物ねぇ…。そりゃ変態ロリコンホモ野郎だろ?人外としか思えない動きするしよ。」

「その誤解は解けんたんじゃなかったのか!?」

「さぁな。…八幡、お前の父親は化け物か?」

「…あ?人間に決まってんだろ。」

「だったらお前も人間だろ、馬鹿。」

 

ピシャリっと言い切り、反論や異論は認めないとムスッとした態度のクリスに八幡は怯む。何か言おうとするが直ぐに口を閉ざし、黙ってしまう。

どう反論しようにも自分のみならず、父親までも化け物になる結論しか思い浮かばなかったのだ。

 

「ハチ君は人間で私達の大切な幼馴染みだよ。」

「次にそんな風に言ったら私、許さない。」

「響…未来…。」

「八幡。確かに貴方には特別な血が流れている。でもー」

 

翼の人差し指が八幡の胸を軽くトンっと押す。

 

「私の弟は優しき心を持つ人間だ。…人は心の在り方で、鬼にも化け物にもなってしまう。それは私も含め、誰であってもだ。だから、血がどうとかだけで自分を化け物だと卑下するのはやめなさい。」

「…心の在り方……。」

 

押された場所に手を当てる。心臓の鼓動を感じ、そして暖かな温もりが心を締め付けた。

グッと引き締まった八幡の顔つきに、翼は優しく微笑みを浮かべて小さく頷く。

 

優しい空気になった室内に友里は安堵しながら、まとめに入った。

 

「シンフォギアが誰にでも扱えるわけじゃないのと同じ…いえ、それ以上に了子さんの造った四霊鎧シリーズは使用者が限定されます。……麒麟については以上となります。藤尭君。」

「続いて、了子さんの計画と日誌のデータからとある事実が判明しました。……千葉で起きた2度の大災害。アレは了子さんが起こしたモノで間違いないのですが……八幡君、君の父親と師匠の仇は了子さんではない。別の第三勢力が2人を殺害した可能性が極めて高いんだ。」

 

 

優しいかった空気が急速に冷たくなった気がした。

 

 

 

 



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第2話

『八幡君、真実を知りたければ生きて戻りなさい。』

『八幡君、君の父親と師匠の仇は了子さんではない。別の第三勢力が2人を殺害した可能性が極めて高いんだ』

 

了子さんが最期に残した言葉の意味はよーく分かった。

 

『テ…テメェがぁぁ!!殺す…殺してやるッ!』

 

了子さんに敗れ、つけ付けられた真実を知った時に俺は一瞬で憎悪に呑まれた。

殺生石に残る九尾の残滓に唆されて、憎しみに仮立たれ未熟な自分。

 

 

『了子さんの残した日誌やデータによると、ノイズの災害に紛れて何者かが2人に手をかけた可能性があります。……残念ながら、その犯人及び容疑者すらも了子さんにも分からなかったようです。」

 

 

本当の仇をいざ前にした時、俺は俺でいられるのだろうか?

真実を知ったあの日から2か月が経った今も、不安は拭えなかった。

 

 

第2話

 

 

「おい、八幡!聴いているのか!?」

「ッ!……すいません…。」

 

司令の声にハッと我に帰る。二課仮説本部にてブリーフィングの最中で、しばしば呆然とする弟が心配になる。

父と師について新たな真実を知ったあの日から度々、八幡がボーッと別の場所へと意識がいってしまう事が増えた。

 

とは言え戦場では問題もなく、日常生活においても頻度は目に見えて減ってきていたのだが……今日は一段と酷い。

ブリーフィングが始まって既に3回も咎められているのだから立花も雪音も心配し、それが表情に出てしまっている。

 

 

「…はぁ。では、もう一度説明するぞ。明後日0400にサクリストSの電撃移送作戦を実行する。選抜メンバーは2人だ。」

「……師匠その日は翼さんのライブの日ですよ?」

「知っているとも。翼はライブの為、本作戦から外すと予め決めているさ。あとは念の為に輸送作戦の同行者2名と待機を翼ともう1名だ。」

「留守番は八幡で決まりだな。」

「だね。前日から小町ちゃんがお泊りするし。」

「おい、ちょっと待て。別に小町の相手くらいお前等でもいいだろ?俺が行く。」

 

 

2人に異を唱えるが……無駄だ。

立花と雪音が昨日からおじ様と話していたからな。無論、私もだ。

斜め下の反論も含めた八幡への対策はかなりの完成度だ。

幼馴染みの立花と小日向が協力してくれだから抜かりは無い。

つまり、これはブリーフィングと言う名の出来レースなのである。

 

「却下だ。ブリーフィング中にぼんやりしてる奴に背中預けられるかよ。」

「それどころか、ハチ君は私達より出撃回数が明らかに多いよね?」

「皆さんのここ1ヶ月の出撃回数をグラフにしてモニターに出します。」

 

藤尭さんが出したグラフを見た八幡は言葉を詰まらせる。勿論、彼も共犯者の1人だ。

 

今、モニターに出された私達のグラフの中で抜き出た者がいる。語らずとも、それが誰かはわかるだろ?

 

しかし、この子の頭の回転は異様に早い。減らず口の塊だ。だったら…と小日向はこう言っていた。

 

言葉を詰まらせたら、畳みかければ良いと。

 

……意外と彼女は容赦無いな。

 

「それにぃ〜…誰だったかなぁ〜?翼さんの復帰ライブの日に私に内緒で出撃したのは?」

「ぅぐッ…。」

「今回くらいは翼さんもライブに来てもらいたいですよね?」

「ふむ…そうだな。八幡は中々ライブに来てくれないからな。悲しくないと言えば嘘になる。」

「だ、そうだ。だいたい小町は口に出さねぇだけで、寂しがってるんだ。偶にはお兄ちゃんしてやれよ。」

「……あぁ〜ッもう!わかったよ。ハァ〜…2人とも気をつけるんだぞ?」

「はぁい!…ねね、クリスちゃん。オヤツは幾らまでかな?」

「あ?オヤツぅぅ!?遊びじゃねぇんだぞ!?」

「邪魔にならない程度までだな。」

「オッサンも認めるのかよ!?…この突起物にはまともな奴はいないのか!?」

 

失礼な。私はまともだ。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

翌日。

授業が終わると響とクリスは本部に直行。作戦の最終確認などをして、そのまま泊まるらしい。

夜に小町が来るまで暇な俺は、家に居てもあの事が脳裏を駆け巡る為、何をするでもなくプラプラと街を彷徨っていた。

 

ふと、クリスの言われた言葉を思い出した。

偶には、お兄ちゃんしますかね……。確か、駅近に話題の持ち帰りスイーツの店があったはず。

 

そう思い歩き出した矢先、街角の電気屋のテレビには明日のQUEENS of MUSICについての情報が流れていたのに気づく。

 

歩きながらチラッとテレビを見たのがいけなかった。

ドタドタと足音が前方から近づいている事に気付いた時には尻餅をついていた。

 

「痛てッ…。」

「痛ッたぁい…。君、大丈夫?」

 

見知らぬ女性と衝突。しかも、何故かアワアワと焦っている。

 

「大丈「何処に行った!?」

「あっちに走って行ったわ!」

 

何やら前方の方がやけに騒がしい。何事だ?

いや、誰か探しているのは会話でわかったけど。

 

「チッ…もう見つかったの!?」

 

舌打ちの発したのは目の前の女性でした。

 

うん……追われてるのアンタかよ!

 

騒がしい方を見てみると怪しい黒服さん……ではなく今時の若者たちが騒いでいるのを確認できた。

 

あー…なるほど。

 

俺はこの状況に見覚えがあり過ぎた。

サングラス装着で深く帽子を被った彼女を見てさらに確信。

 

ヒントは、姉さんと奏さんと一緒に買い物した時である。

 

普段の俺なら面倒事なんて、関わり合いを持ちたくないから無視するのだが……女性の姿が姉を彷彿とさせた。

 

 

「おい、アンタ。こっちだ。」

「あ、ちょっと!」

 

女性の腕を掴み、向かいの大通りに繋がる路地へとダッシュ。

彼女がついてこられるであろう速度で。

 

路地の入口を素通りしていく若者達が見えたのか、女性は安堵の溜息を漏らしていた。

 

「ほい、ここから向かいの大通りに出られますから。」

「ありがとう。…でも何故、見ず知らずの私を助けてくれたのかしら?もしかしたら、私は犯罪者で警察に追われてたのかもしれないのよ?」

「流石に一般人と警察の見分けくらいつきますから。それに身内に有名人がいまして……昔、あの馬鹿達と一緒にファンに追いかけ回された過去がね…。」

 

 

変装は眼鏡とサングラスオンリー。大丈夫だと言い切る奏さんを信じて街に出たら、1時間もしない内にファン達との鬼ごっこが一方的に開始。

目が血走ったファンが追いかけてくる様は、異様な恐怖を与えてくださいましたよ。

 

「あら身内にいるの?」

「えぇ。なので経験上、貴女の状況を理解できました。さ、また見つかる前に行ってください。」

「優しいのね…。ところで申し訳ないのだけど……此処はどこなのかしら?ファンから夢中で逃げてたから、自分のいる場所がわからないのよ。」

 

更に面倒事が増えた瞬間でした。

勘弁していただきたい。

 

「はぁ…駅までで大丈夫ですか?」

「いえ…実はこのお店に行きたいの。」

 

彼女が見せてきたスマホには件の持ち帰りスイーツ店が映ってました。

ねぇ、コレってドッキリ?ドッキリなの?

 

目的地は同じとか……マジかよ。

 

「そこ、俺も行くとこだったんで案内しますよ。ただ、その前に…。」

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「待たせたわね。」

「いえ。…問題なく被れてますね。」

「えぇ。偶に仕事で付けるからね。」

 

化粧室から出てきた彼女は、茶髪のセミロングに変身していた。

変身て言うか変装だな。俺の案により、ウィッグを購入したのである。

 

ウィッグって超便利だよね。前に姉さん達との逃走中に、俺が買いに行かされたのを思い出したよ。

 

「重ね重ねありがとう。え〜っと……貴方、名前は?」

「比企谷です。」

「変わったファーストネームなのね。」

「いや、ファーストネームは八幡です。」

「八幡ね。私は……そうね、セレナと呼んで頂戴。」

「了解です、セレナさん。俺は比企谷でお願いします。」

「あら、距離を取りたがるなんて良くない。八幡と呼ばせてもらう。それに敬語もいらないわ。」

 

グイグイと、身体的にも精神的にも近づくセレナさんから結構な圧が掛かる。

やべぇ…あの時の姉さんみたいだ。つまり、アレか?

抵抗するだけ無駄だと?

 

「わかりま…わかった、セレナ。」

「よろしい。では、エスコートをお願いするわ。」

「あ、はい。」

 

てなわけで、例のスイーツ店へゴーなのだが…セレナが無言にさせてくれません。

距離近いし……。

 

元ボッチのパーソナルスペースは広いので是非とも配慮願いたい。

 

「八幡は学生なの?」

「そうだ。セレナは海外から来たのか?」

「えぇ、今回は仕事でね。私ってそれなりに名前が売れてるから…まさか日本でファンに追いかけられるとは思わなかったわ。」

「有名人も大変だな。あ、ここだ。」

「話していると、あっという間だ。にして…日本人は本当に並ぶのが好きなのね。」

「別に好きなわけじゃないからね。習性みたいなモンだよ。」

「海外では、こうまで綺麗に並ぶのは珍しいわよ。」

 

あー確か、コミケの尋常じゃない程の人が綺麗に並んでるのは凄いって前に海外のニュースで流れてたな……まさか、アレが基準になってないよね?

 

「君は甘いものが好きなの?」

「そこまでは、程々に好きくらいだな。」

「あら?では、何故ここに?」

「妹へ買ってやろうかと思って。」

「……そう、妹がいるの。仲は良いのかしら?」

「まぁ普通の兄妹よりは。ウチの妹さんは世界一可愛いからな。」

「シスコン?」

「違う。」

 

何故だろ?皆して俺をシスコンだと言ってくる。

ただ妹が可愛いくて、愛しているだけなのだが?

 

「羨ましいわ……。」

「セレナ??」

 

サングラスで目元は見えないが、哀しげに垂れた眉。

……もしかして地雷踏んじまったか?

 

「セ、セレナは甘いものが好きなのか?」

 

絶望した……!

自分の話題の振り方が下手過ぎて絶望した!

 

 

「貴方と同じく程々に。妹、みたいな子たちに食べさせたくてね。」

「ほぉ。優しいんだな。」

「それは君だ。見ず知らずの他人を助ける。そして面倒としか思えない道案内。しかも相手の詮索もしない。」

「ついでだついで。他意はねぇよ。」

「八幡は変わっている。…君のように誰もが誰かに優しくできたていたら、世界はもう少しまともだったかも知れないわね。」

 

ん?

つまり、俺みたいなのが世界に沢山いたら良いと?

……世界が捻くれちまうぞ?

あとボッチだらけになるな。

相互不干渉な人類文明の始まり……何それ超生きやすそう。

 

 

「…順番が回ってきたわね。」

 

てなわけで御目当ての品をそれぞれ購入しようとしたわけだが……

 

 

「…え…えぇッ!?さ、財布が……ない…!」

「セレナ呪われてんの?運なさすぎない?御祓い行く?」

「御祓いに行っても納めるお金がないわよ!…どうしよう。」

 

確かに。

 

大方、ウィッグを買いに行った店に置き忘れたんだろうが……。

はぁ〜……もう、どうにでもなれ。

 

「すいません、会計を一緒で」

「ちょッ、八幡!?」

「はい、畏まりました。」

 

セレナの正体が誰かは知らないし知りたくないが、正体がバレてしまえば鬼ごっこ再開は待ったなし。

一箇所に長時間滞在してしまうとファンに気取られる可能性が高くなるからな。

 

故にさっさと代金を払い店を後にした。

 

「八幡、待ちなさいッ!」

「ん?あ、はいコレ。」

「ありがとう。じゃなくて!」

「ウィッグを購入した店に戻るぞ。たぶん、財布を落としたのならそこだろうよ。」

 

尚も何か言ってくるセレナを宥めながら店にUターンすると、案の定あったので無事回収。

心底安堵するセレナは財布から代金を返そうとしてきたので、つっぱねる。

 

「日本のファンが迷惑かけたからな。詫びとして受け取ってくんない?」

「だが君は私を助けてくれた。今もそうだ。だから本来なら私が礼として払うべきでしょう?!だから……!」

「あーハイハイ。じゃ、また会えた時に飯でも奢ってくれ。」

「君は…私が海外出身だと知って、それを言うのか?」

「ん〜……生きてりゃまた会えるだろ。」

「……本当に君は変わっている。」

「そうでもないさ……生きてさえいれば…また。」

 

 

会いたくても会えない人達がいる。

永遠に2度と巡り合えない、大切で大好きだった人達。

 

『誰か…誰か父ちゃんを助けてぇッ!だれかぁぁああ!』

 

 

『先生ッ!嫌だ…先生、目を開けて下さいッ!』

 

 

『奏…さん?…嫌だ…嫌だ嫌だ…嫌だッ!!嫌だぁぁぁあッ!』

 

 

3人の死際。その記憶達がフラッシュし、蘇った。

喉から腹下までが、凍える様に冷たく感じた。

 

「君はもしや……いや、詮索は無礼だな。では八幡、約束よ。私から君に必ず会いに行く。だから、その時はキチンと礼をさせてもらう。いいわね?」

「あ、あぁ。せいぜい見つけてくれ。」

「あら、それは挑発なの?だったら受けて立つまで!…覚悟して待ってなさい。」

「礼って、お礼参りじゃないよね?」

 

ありがとう、って殴りかかって来ないよね?

そんなお礼なら全力で拒否させていただきます。

 

……お、スマホがバイブしてらぁ。

メッセージは案の定、我が愛しき絶対美少女……その名も小町からだった。

 

「お……そろそろ到着か。さて、今度こそ駅まで送るよ。妹を迎えに行くついでに。」

「ありがとう。でも帰りはタクシー使うから大丈夫。」

「ん?此処らはタクシーあまり通らないぞ?駅前のタクシー乗り場からのほうが早い気が……ま、頑張れよ。」

「ちょっと、待て待て待ちなさい!…え、ここまで来て見捨てるの??」

「だって、お別れみたいな流れだったじゃん。」

「あんな言い方されれば駅に向かう他ないじゃない!本当に…君は変わってる。」

 

 

そんな何回も変わってるって言わないで欲しい。

変わってるのは二課にいる人達だ。……あ、俺も二課所属だったわ……。

 

まぁ、結局と言うか何と言いますか、セレナを駅まで連れて行く羽目になった。

そして、やはり彼女は距離が近い且つ、無言を許してはくれませぬ。

 

「妹のお迎えなんて優しいのね。」

「なんせ妹がコッチ来るの初めてだからな。」

「んん?コッチ??」

「俺、地元から離れた此処らへんに一人暮らしで学校に通ってんの。そんでもって、妹が初めてコッチに泊まり来るわけ。明日ライブが開催されるのは知ってるか?」

 

 

そう言うとあからさまにセレナが狼狽始めた。ワタワタと慌てているが……

 

「……オッホンッ!」

 

あ、持ち直した。

 

「え、えぇ、知っている。QUEENS of MUSIC、歌姫2人による夢のコラボレーション。世界中に中継されるくらいに話題だもの。でも、明日のライブと君の妹と何の関係が?」

「俺と妹と友人達と行くんだよ。偶然、チケットが手に入ってな。」

 

もう直ぐタクシー乗り場なのに、不意にセレナの歩みが止まった。

何だ?と思い彼女を見てみると身体を強張らせて固まっていた。

 

会話に変なところもなかったし……さっきからどうした?

 

 

「…八幡、明日のライブは行かない方がいい。」

「は?え、何で??」

「……女の感よ。行けば酷い目に遭うかもしれない。」

「セレナって占い師か何かなの?」

「忠告はしたわ。…今日はありがとう。じゃ、必ずまた会いましょう。」

 

 

足早で人混みに紛れたセレナの後姿が見えなくなる。

 

酷い目に遭うかも…ね。

冗談を言っている様には見えなかったしな……。

 

 

「…一応、色々常備していくか。」

 

空を見上げると、欠けた月が嫌でも目に入ってきた。

 

 

 



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第3話

お久しぶりです 泣
12月は亀になってしまいます…



「流石はマリア・カデンツァヴナ・イヴ!生の迫力は違うねぇ〜!」

「全米チャートに出て、まだ2ヶ月なのにこの貫禄はナイスです。」

「わっはぁー!最ッ高!!」

 

 

星々と欠けた月夜の下。

とあるライブ会場、その2階スペシャルシート……まぁ特別個室タイプに俺たちはいた。

会場内の観客達はこぞってサイリウムを振ったり、歌に合わせて飛び跳ねたりしている姿がチラホラ見られた。

 

ちなみにライブ中は真横で、変な薬をキめたとしか思えないテンションがハイな板場と可愛い小町がサイリウム乱舞をしていました。

 

今は人気急上昇中のマリア……マリア…………マリア・荷電粒子砲がステージにて歌い輝き、彼女の熱が伝わってくるほどに力強さを感じた。

 

 

さて、今回のライブに小町がくる事は後輩3人と林に伝える段階で、とある約束をしてもらった。

俺が陰陽師である事は知らないので会話に出さない。姉さんの事も秘密などなど。ま、ぶっちゃけ口を滑らしそうなのは板場くらいなので、彼女だけに気をつけておけば大丈夫だろうと踏んでいる。

 

……あれ?これフラグ??

 

ま、今は小町も楽しそうにしてるし良きかな良きかな。

 

ただし、気になる事が一点。

本来であれば、既にここにいる筈の2人がまだ到着していない。

 

一抹の不安が胸をザワつかせ、未来も他者に悟られない程度に落ち着きがなかった。

 

「すまん、ちょい電話。」

 

まだクリスと響が来ていないのは、作戦上で何か異常事態が起きたのでは?と考えてしまう。

観客席から室内通路に出て、二課本部(仮)に連絡を入れる。

 

 

「八幡です。…クリスと響がまだ来てない件についてですが……。」

《…あぁ…道中、ノイズの襲撃があってな……だが2人は怪我もなく無事に任務を遂行したさ。ただなー…』

 

 

司令が言うには2人は無事。この知らせには、つい安堵の溜息が溢れた。

 

移送先は計画通り岩国の米軍基地へ。だが到着した後にその基地に突如ノイズが大量に姿を見せた。

 

敵は既に殲滅したが、サクリストSーソロモンの杖が消え、受取人のウェル博士が行方不明になっているとの事だった。

 

非常事態以外の何物でもねぇじゃないか。

 

現在は二課のエージェントによるウェル博士とソロモンの杖の捜索が行われているとの事だった。

 

「了解。俺も今から本部へ《来なくていい。今話した内容以外に何も判っちゃいないんだ。来るだけ無駄だ。2人を今からそちらにヘリで送る。何かあれば直ぐに連絡をするさ。それまでは、そこで待機だ。……いいな?》

「……はい。」

 

有無言わせたくない。そう言いたげな声色に渋々返事をし、通信を切る。

やっぱり俺も移送作戦に行くべきだった。そう本気で思う。

ノイズの出現する瞬間がわかる俺が行っていれば、状況だって変わっていたかもしれないのに…。

 

「とは言え、済んだことを気にしてばかりいるのもな……。」

 

過ぎた事をボヤくよりも先の一手を。

それが最善ではあるが手掛かりもないし、司令からは待機命令を仰せつけられた。

……出来れば早期解決。そんで何事もなければ良いけどな……。

 

「…ハチ君。響とクリスについて何かわかった?」

 

席に戻るなり高速でコソコソと未来がそう言ってきたのだが……

君、さっき迄前方にいる小町の隣りをキープしてたよね?

 

一瞬、視線切ったら目の前に来てたんですが?

速い、未来さん速いッ!

 

「あぁ……無事。ヘリで今、此処に向かってるってよ。」

「よかった…でも、残念。折角のスペシャルユニットに間に合いそうにないね。」

「およよ?…あっれ〜、相変わらず2人はお熱いですね〜。もう秋なのに小町熱いなぁ〜。」

「「いや、無いから。」」

 

小町の要らぬ茶化しを真顔で答える俺達に、周囲の連中は慣れたのか一瞥すらしない。

自分の思い描いた状況と違う今に、小町は不服そうに舌打ちしやがった。

ちょっと〜、小町ちゃん舌打ちは駄目よ。

 

「小町、揶揄うのは駄目だよ?じゃないと…ね?」

「ヒィゥッ!?ご、ごめんね未来ちゃーん!」

 

ガバァッと未来に抱きつき、ウルウルした瞳で見上げる小町超可愛い。

今なら論文200枚は書けそうだ。題はうちの妹の可愛さについて。

 

「よしよし。…もう駄目だからね?」

「ピャッ!!?……ふぁいッ!」

 

目が笑ってない……!

……恐い、未来さん超恐い。

触らぬ未来に祟りなし。無視だ無視。

見ないのが1番の対処だよね。

 

 

「比企谷……あ、兄の方。」

「林、ハウス。」

「話しかけただけで扱い酷くね!?」

「ハウス。」

「帰れと!?俺に帰れと言うのか!?」

「まさか。……っで何?」

「……ハァ。いや、始まるぞと言いたかっただけだ。」

 

瞬間、会場中のライトが消えた。

騒音は光と共に消え、静寂が支配した。

 

だが、それもほんの少しだけの事だった。

 

姿を見せた歌姫2人に会場のヴォルテージは急上昇。

 

あらま、小町まで飛び跳ねながらサイリウムを振ってるし。

目があった未来と一緒に苦笑を漏らしながら、ステージへと視線を移す。

 

 

 

3

 

2

 

1

 

Ready go!

 

Fly!

 

 

 

そして始まった一夜限りのスペシャルユニット。

その美声、美貌、力強さと透き通るような歌声は鼓膜を刺激し、全神経が自然と目と耳に集中した。

 

ステージでは火が昇り、姉さんとマリア・荷電粒子砲が花道を駆け抜けて、中央ステージへと移動。

 

魅力され白熱する観客。

やがて一曲目の不死鳥のフラメンコは終わりを迎えた。

 

「「歌え Phoenix song〜!!」」

 

「きゃーッ!もう…あ〜……小町、生きてて良かった。」

「んな大袈裟な。」

「大袈裟じゃないよ!…あの人達の歌を聴いてると力が湧くんだよ。キツくても頑張ろうって思える。」

「そっか。じゃ、明日からまた勉強頑張れるか?」

「もちのろん!」

 

ブイッとサインを無邪気にする小町の頭を撫で、ステージに目をやると姉さん達が観客に向けて手を振って……

 

アレ?今、目があったの気のせいか??

いや、ウィンクしたし間違いなく目が合いましたね……。

 

俺もだが、姉さんも大概だと思うよ。

 

 

「なぁ、比企谷。今絶対にこっち見てたよな?」

「……お前の視力も大概だな。」

 

居たよ。俺達並みに目が良い奴が。

 

 

ステージでは、姉さん達が互いの歌を褒め称え握手をしていた。

神々しくもある光景に、観客達の黄色い声が更に大きくなった。

 

 

《私達が世界に伝えて行かなくちゃね…歌には力がある事を》

《それは世界を変えていける力だ。》

《そして…もう一つ。》

 

 

 

それは何時も唐突で突発。

予期せぬタイミングにも限度があると毎度思っていた。

 

 

ーキィンッ!

 

あの不快な感覚が、不意に脳内を稲妻のように駆け巡った。

よりにもよって感知した出現場所は、自身らの真下。

全身の毛が逆立つような感覚がした。

 

 

「ノイズが…来る!」

「何だって!?」

 

俺の声に林が狼狽て立ち上がる。

 

視線の先では、ステージからマリアが何やら合図を送り……

 

 

 

そして、それは現れた。

 

1階席の観客達の眼前に大量のノイズが出現。

 

楽しかったライブが一変して地獄と化した。

歓声は悲鳴へ変わり、観客達が我先にと逃げようと騒ぎ、会場内は混乱している。

 

ヤバイ……ヤバイッ!

 

脳裏に蘇ったのは2年前の惨劇だった。

 

混乱の渦の真っ只中では、観客全員を救うなど不可能。

シャツの中に隠していた殺生石のペンダントを取り出して身構える。

ペンダントを握る手が焦りからか力む。

 

いつでも飛び出せるように…と意気込むも召喚されたノイズに動きが見られない。

なんだ……?直立不動なままピクリともしやがらねぇ…。

 

「アニメじゃないのよ!?」

「何でまた…こんなことに!」

「お前ら落ちつけ。」

「お兄ちゃん……。」

「大丈夫だ。大丈夫。」

 

胸の中で震える小町の頭を優しく撫でて落ち着かせる。

未来にアイコンタクトすると、言いたい事を察した未来は小町を抱きしめて出口付近へ移動した。

 

《…るな……狼狽えるなッ!》

 

マリアの叫びに会場中で上がっていた悲鳴が消えた。

まったく、どの口がいいやがるんだろうね……。

 

林と並んで上半身を投げ出して、ステージを見ると姉さんとマリアが何やら会話しているのが見えた。

余裕を醸し出したマリアと相対し、険しい顔つきの姉さん。

 

何だ……何を話している?

せめてマイク越しならば聞こえるのに。

 

 

やがてマリアが観客の方へと向き直り、その強い信念を感じる目つきでマイクに向かい叫んだ。

 

《私達はノイズを操る力を持ってして、この星の全ての国家に要求するッ!》

 

「おいおいおい!コイツはまるで…。」

「宣戦布告!?世界を相手に!?」

 

明確な力を示してからの要求など……脅迫の間違いだろ。

しかも全ての国家に喧嘩売るなんてまともじゃねぇ。

 

 

《そして……

 

Granzizel bilfen gungnir zizzl…》

 

 

紡がれた歌に思考が刹那に停止した。

 

 

おい…今、ガングニールって……!

 

 

そして、マリアは纏った。

黒をメインカラーとしたシンフォギアを…。

世界中に映像配信されているにも関わらず、最高機密のシンフォギアを起動しやがった。

 

見覚えのあり過ぎた、その姿。

 

大切な仲間が纏っていたガングニール。

今は響が引き継いだガングニール。

ガングニール…奏さんのかつて身に纏っていたそれをこんなテロ紛いに使うなんて……しかも宣戦布告した後にだぞ……

 

 

「許せねぇ…ッ!」

 

激昂せずにはいられなかった。今すぐに麒麟を纏い、白雪ノ華で斬り刻みたい衝動に駆られた。

自分でも酷く醜い顔をしているのがわかる。

血が怒りで滾り、殺意の熱を生む。

 

だけど……

 

《私は…私達はフィーネ。そう、終わりの名を持つ者だ!》

 

 

世界各国に生中継される中、マリアは堂々とそう言い切った瞬間から内に生まれた熱が急速に冷めた。

怒りは沸くのに静かで冷たさだけが心を蝕み、支配した。

 

 

《我ら武装組織フィーネは各国政府に要求する。……そうだな、差しあたっては国土の割譲を求めようか。》

「…ハハッ。」

「ひ、比企谷?」

 

乾いた笑いが出てしまった。

フィーネ…だって?人を舐めるのも良い加減にしてもらえませんかね?

 

「そうかい。姉さんのライブを無茶苦茶にした上にノイズで脅迫するわ、ガングニールをテロ紛いに使うわ……止めにゃ〜フィーネだぁ?……よっぽど斬り刻まれたいと見た。」

 

いいぜ?御望み通りに斬ってやらぁ。

一般人を巻き込むは、妹達を恐がらせるわ……。

 

俺が怒りの渦の中にいる尚も彼女は続けた。

24時間以内に要求を果たされなければ、首都をノイズで襲うと。

 

 

「そんな馬鹿げた要求が通る訳ないだろ!?」

「落ち着け〜林。…あー言う奴は大体、別に狙いがあるってのが鉄板だ。フヒッ……あぁ〜…マジ、どうしてくれようか?」

 

 

ステージに残された姉さんと、また会話をしているが…

 

《会場のオーディエンス諸君を解放する。速やかにお引き取り願おうか。》

 

 

……はい?

 

 



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第4話

マリア・カデンツァヴナ・イヴ。

ノイズを呼び出しライブ会場内のオーディエンスを人質にし、世界を相手に宣戦布告した人物。

 

マスメディアにより、明日はこれに近い報道がされるだろうと張本人はそんな風に思い、心で自身を嘲笑うのだった。

 

 

 

 

 

 

これはいったい誰が描いた筋書きなのか…はたまた、これも筋書き通りなのか?

 

突然の人質解放。

 

自身の優位をみすみす捨てるなど、もはや何をどうしたいのか八幡然り翼と緒川にさえ理解不能だった。

 

《何が狙いですか?》

 

マリアに入ったナスターシャからの通信。筋書きにはないと咎められ、それでも彼女は己が意向に従う。

 

「このステージの主役は私。人質なんて、私の趣味じゃないわ。」

 

そんなのは建前だった。

もちろん理由はあれど、彼女がそれを素直に言えるわけもなかった。

 

《血に汚れるのを恐れないでッ!!》

 

仲間と共に武装蜂起する。ましてや既に宣戦布告してしまっている。

ならば、敵と味方に別れる時点で誰かが血を流し、死を迎えるのは必須。

それでも……

 

(あの優しい少年を巻き込むなど、私が許容できるわけがない。忠告はしたが…きっと妹さん達と来てるんでしょうね。)

 

 

困りっていたマリアに手を伸ばし、迷惑を掛けようと文句を垂れるでもなく、見返りも求めずに助けてくれた彼を悲しませたくなどなかった。

本音は口に出せずに解放へと至り、マムと慕うナスターシャには咎められようと、ただ無言を貫く。

 

 

《…ハァ……調と切歌を向かわせています。作戦目的を履き違えない範囲でおやりなさい。》

「了解、マム。…ありがとう。」

 

国土の割譲など、どうでもよかった。

真の狙いは他にあり、その為にも……

 

(なんとしても翼には歌ってもらわなくちゃね。)

 

不適な笑みを浮かべ、翼に向き直るのだった。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

突然の人質解放に驚きながらも、観客達は戸惑いながらも順調に退避していく。

2階席からそれを見届けながら、彼は友人の肩に手を置きヒソヒソと小声で話しかける。

 

「妹達を頼む。俺はノイズの処理と姉さんを救出しに行く。」

「無茶だ…って言っても聞く耳持たないもんな?了解だ、任せろ。」

 

 

そのやり取りを静観していた未来の表情が曇る。

一見、冷静沈着。いつもの比企谷八幡に見えど、彼女には分かった。

幼馴染みの絆とも言える程に、彼女は八幡の異常に勘付くのであった。

 

 

「小町。皆と一緒に避難だ。…俺はやる事があるから。」

「はぁ!?やる事って何さ!?…嫌だよ……お兄ちゃん、前もその後に居なくなっちゃったじゃん!」

「悪い、仕事なんだよ。……特異災害が起きた場合は一般人の避難誘導や怪我人の救護や移送しなくちゃならん。」

「なっ!?そんな危険な仕事してたの!?なんで「話しは後だ。避難するんだ。小林、後は頼む。」

「こんな時だけ、ちゃんと名前で呼びやがって……はいよ、任された。さ、みんな外へ出ようね。」

 

喚く小町を亜沙は腕を引いきつつ、全員の避難を促す。

そんな中で八幡は家をキーを取り出して、未来へと腕を伸ばそうとした時、彼女の両手が八幡の両頬に優しく触れた。

 

エッ!?と喚いていた小町を含めた外野が固まる中、未来は八幡の頬をグイッと横に引っ張った。

 

 

「…いひゃいんひゃへほ?にゃに?」

「ムー…。」

 

パッと手を離すと、八幡の耳元へ近寄り…

 

「怒ったままなんて駄目だよ。…落ち着いて、にぃに。」

 

小さく紡がれた言葉。

未来は八幡から離れると、いつもの優しい笑顔を彼に向ける。

両目をパチパチさせた後、彼は苦笑する。不本意ながらも心を見透かされたが驚きはしない。

だって、それはいつもの事だから…。

 

「敵わねぇな…ありがとよ。頭、冷えた。」

「うん。」

 

口パクで彼女は伝える。

"無事にちゃんと帰って来てね?"と。

そのまま振り返り、5人の固まったままの外野に首を傾げる。

安藤と寺島に到っては、揃って顔を赤く染めていた。

 

「あれ??皆、どうしたの?」

「いやいやいや……え?」

「ん?」

「……えッ!?」

 

素っ恍けたわけでもない、キラキラとした瞳に板場は驚く。

未来は自身がとった行動に何ら疑問を抱かないのだから、恐ろしいとさえ安藤等には思えた。

 

 

「ヒ、ヒナがキスするのかと思ったよ……。」

「キス??しないよ?」

 

何言ってんの?と言いたげに困った顔をする未来。

普通なら赤面したり動揺するであろう場面でさえ、未来にとって八幡相手ではあり得ないのだった。

 

「ビックリしたわ〜……未来ちゃんって天然?」

「…そう言えば昔からこんなんだったな、って小町は思い出しましたよ。2人とも相変わらずなんだね…。」

「……?とりあえず避難してくれ。俺も移動すっから。未来、悪いが小町と一緒にいてくれ。」

「うん、わかった。」

 

 

部屋の鍵を受け取り、退避する未来にならって全員が部屋から出て行った。

八幡は彼女達とは反対方向へと走り、懐へ眼鏡をしまう。そして代わりに小型通信機を耳に当てがい通信を入れる。

 

「こちら八幡。司令、指示を。」

《八幡……。緒川と連携し、事の対処に当たってくれ。観客の避難が最優先だが……現場での対応及び、戦闘の必要性の判断はお前の一存で構わん。》

「了解。では、まずは緒川さんと連絡を取ります。…………緒川さん。」

《八幡さん!…これから僕はこの映像配信を止めに行きます。》

「わかりました。では、俺はもしもに備えて観客席付近に潜みます。」

《はい、頼みます。…しかし、マリア・カデンツァヴナ・イヴは私達と言っていましたので……敵勢力が未知数です。お気をつけて。》

「忠告痛み入ります。では。」

 

 

マリアに気取られぬ様に、音を立てずに地を這う様に姿勢を低くして最速で駆ける。勿論、映像にも映り込まない様に細心の注意を払う。

ステージを囲う様にノイズが並んでいるとは言え、ステージ上の2人の会話が聴こえる位置までやってきた。

 

 

上空のモニターには世界各国の中継映像が流れており、翼とマリアが常に映し出されていた。

 

深く…ゆっくりと深呼吸をし、全神経を耳に集中させる。

 

 

「観客は皆退去した。これで被害者が出る事はない。それでも戦えないと言うのであれば、それは貴女の保身の為。」

「くッ!」

(ちッ…姉さんが装者だって知っていやがるな。やっかいな…。)

 

マリアの言葉に翼は悔しげに下唇を噛み締める。

シンフォギア装者であるとマリアには知られているが、中継の繋がったままの現状ではギアを起動できない。してしまえば、風鳴翼はアーティスト活動を2度と出来なくなる処か、処罰される可能性も十分に有り得えた。

 

 

「あなたはその程度の覚悟しかできてないのかしら?」

 

マリアは浅く息を吐き捨てると、先程まで使っていた剣をモチーフとしたマイクスタンドで翼に攻撃してきた。

 

 

幼少期より剣を振るい、鍛錬を欠かさずに続けてきた翼。

故に剣の使い手としては翼の右に出る者など、日本には八幡を含む数人しかいないだろう。

 

マイクスタンドを逆手に握り、迫るマイクの攻撃を後退しながらも防ぎ時には流す。

とは言え、シンフォギアを纏いその恩恵で身体能力が向上したマリアの攻撃は重く鋭い。

 

そんな中、マリアは己をコマの様に回転させながら接近。

嫌な予感がした翼がマリアの纏うマントを弾こうとマイクスタンドを振り上げると、まさかの真っ二つに切断されてしまった。

 

一瞬の焦りは有りながらも、これまでに得た戦闘経験と持ち前のセンスでマントを回避し、マリアから距離をとる。

 

折れたマイクスタンドを投げ捨て、構えをとる中で不意に弟の声が耳元でした。

 

《姉さん、ヤツの隙をついてバックヤードへ出るんだ。》

「ッ!?……なるほど。」

 

 

そこに行けばカメラの外に出られる。

本当に頼りになる弟だと心で褒めた後に顔を引き締め直す。

そのステージで起こっている戦いの片隅で、八幡は何時でも飛び出せる様にとペンダントと呪符を構えていた。

 

そして、翼は衣装の長く大きな袖を使いマリアの視界から自身を切り離した。

虚を突かれたマリアがそれを払うと翼は既にバックヤードへと走っていた。

マイクスタンドを槍投げの様に投擲。狙いは翼の脚だった。

翼の視界の外からの完璧な軌道。

 

だが……

 

《跳べッ!》

「くッ!」

「馬鹿なッ!?」

 

 

翼は1人では無かった。

比企谷八幡と言う最も頼りにしている弟が近くにいた。

それを知らなかったマリアにとって、翼の動きは異常でしかなった。

 

(後ろに目でも付いてるというのか!?)

 

慌てて翼を追う。だが既にバックヤード手前まで来た翼をステージに戻すのは不可能……と思えた。

 

着地した翼のヒールが根本から折れ、バランスが崩れた。

運が自分に味方した。そう確信したマリアは翼の真横まで接近し……

 

 

「貴女はまだ、ステージを降りる事は許されない……フンッ!!」

 

放った蹴りは翼の腹部に吸い込まれるように、めり込んだ。

 

 

「がッ……あぁッ!」

 

そして、振り抜かれた。

ステージへ戻されるどころか、ステージを余裕で超えて行く。

宙を舞う翼を狙い、ノイズが動き出した。それを目視で確認してしまえた翼の表情が諦めに染まる。

 

(決別だ…歌女であった私に……。)

《そうは問屋が卸さねぇな。》

「……え?」

 

翼の右手が暖かい何かに包まれ、力強く引っ張られた。

 

「八幡!?」

「中継の遮断を確認。…後で緒川さんに礼を言ってくれよ?」

 

宙を高々に跳んだ八幡が翼を抱えて、ステージへ着地する。

間髪入れずに翼が八幡の腕から飛び降りてみると、上空のモニターがブラックアウトしていた。

 

優秀な仲間の協力により世界中の視線から解放され、風鳴翼を縛るものもなく自由を得た。

そして隣りには、1番信頼し戦場を駆けるパートナーである八幡がいる。

 

「…負ける理由が見当たらない。」

「だな。」

「お前は何者だ!」

 

マリアの問いに向き直る2人の眼光が、鋭く彼女を射抜いた。

その直後、マリアは驚愕して固まる。正確には八幡を見て固まり、動揺で瞳が揺れ動いていた。

 

(何故、彼が此処にいる!?…まさか、身内の有名人とはー)

 

「…一応、勧告しとく。投降しろ。」

「私達が揃った時点で貴様の勝機は失われた。」

「……。良い気にならないで頂戴。シンフォギアも纏えない人間が加勢に現れたくらいで。周りを見てご覧なさいな。ノイズがいる時点で彼は貴女の弱点…護らなければならない足で纏いでしかない。」

 

 

認定特異災害ノイズ。

人間に取り憑き、諸共に炭化して朽ち果てる。

その存在は、人間にとって脅威に他ならず、また対処できる唯一の手段がシンフォギアだけ……とマリアは知っていた。

 

だが、実際は違う。

シンフォギアが造られる前より遥か昔から、ノイズと戦い続けている一族がいた事を彼女は知らない。

だから、八幡を翼の弱点と言いきった。

 

 

「…フッ、どうやら貴様は私達について一部の情報でしか知らないようだな。…八幡、ノイズは任せる。」

「あいよ、任された。」

 

マリアに背を向け、八幡はステージから高々と勇ましく跳ぶ。

 

「なッ!?よせ、自殺行為だ!!」

 

八幡の身を案じて叫ぶと、マリアは駆け出した。

手を伸ばして八幡に向かおうとするも、間に翼が割って入り妨害される。

 

「退きなさい!このままでは彼は死「それはどうかな?」

 

翼が勝ち誇った顔をした直後、ステージの下から爆発音が鳴り、砂塵が上がる。

 

「何が……。」

 

そしてマリアは目撃する。

砂塵が消えた場所に立つ漆黒の何かを。それが人だと脳が理解した時、彼女の瞳が驚愕の色に染まる。

 

握りしめられた純白の太刀。

白髪に血の様に紅い双眼。

 

血の覚醒。纏うは四霊鎧シリーズ麒麟。握るは白雪ノ華。

古来より人類守護の任についていた陰陽師、安倍晴明を引き継いだ比企谷八幡がそこに立っていた。

 

「シンフォギア!?」

「違う上に教えてやる道理がない。マリア・カデンツァヴナ・イヴ、貴様は3つの失態を犯した。…1つ目は私を1人だと侮った事。2つ目は八幡の存在を知らなかった事。そして…… Imyuteus amenohabakiri tron…。」

「ッ!!」

 

シンフォギア・天羽々斬を起動し、その手に握る刃をマリアに突きつける。

 

しかしマリアはイレギュラーな存在である八幡が気になるも、彼は最早彼女を見てなど居なかった。翼に任されたノイズだけに集中しきっており、一瞥もしない。

 

「3つ目…それは私達2人を相手にしてしまった事だ!」

 

八幡の命を狙いノイズが動き出すのが戦いの狼煙となる。

今ここに戦いの火蓋が切って落とされた。

 

 

「「いざ、推して参るッ!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 



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第5話

お久しぶりです。
諸事情により更新が遅くなりました。
またお付き合い願えたら嬉しいです。


生きるか、死ぬか。

戦場に立つ者にとって、己が判断と選択を違えてしまえば、それ即に死へ繋がる。

 

マリア・カデンツァヴナ・イヴ。

 

彼女は判断を違えてしまった。

自分の意思の甘さ、先を読む考えの浅さ。

故に今、マリアを追い込んだのは彼女自身に他ならなかった。

 

「せいッ!」

 

予定外にして想定外。比企谷八幡の乱入によって、ノイズは次々に無へと還っていく。

ノイズ達の間を擦り抜ける様に斬り裂く稲妻の如き鋭い刃と鮮やかな身のこなし。

八幡が駆けた場所には、たた炭だけが残されていた。

 

「いったい……彼は何者なの!?」

「こちらも行くぞ!…一つ目の太刀〜 稲光よりッ!」

 

歌に続いて刃を突き立てて斬り込んでくる翼に、マリアは纏ったマントをヒラつかせて迫る刃を回避していく。

 

大振りになった翼の一閃を跳躍して回避した瞬間、翼の歌を遮る程のけたたましい音とともに、眼前を眩い光りが支配した。

予想もしてなかった八幡からの攻撃に身体が硬直した。

そして息を飲むマリアを爆煙が飲み込んだ。

 

 

【閃光業雷】

 

 

八幡の放った雷の刃がマリアに直撃……には至らず、寸前でマントにより防がれた。

だが閃光業雷の威力は殺せず、完全に体勢を崩したマリアに更なる追撃が迫る。

 

「幾千、幾万、幾億の命…すべてを握り振り翳すぅ〜ッ!」

 

ステージを低空飛行する翼。その右手に握るは双剣。指を巧みに使い、超高速で回転させ、またその刃の切っ先より炎を灯す。

 

そして、2人の影が交差する刹那に炎の斬撃が煌めいた。

 

【風林火斬】

 

「散る覚悟はあるかぁ〜ッ!!」

「くぅッ!」

 

苦し紛れにマリアはマントを前方へ展開。これが功を成し、斬撃を防ぎは出来たが炎が顔を掠めて反応が鈍る。

 

「話しはベッドで聴かせてもらう!」

 

八幡の参戦から終始、姉弟コンビが優位に戦闘を進めていた。

その証拠にノイズは既に1匹残らず殲滅され、何とか凌いでいたマリアも背後を翼に取られチェックメイト。

 

 

 

そんな折、微かに聴こえた空を裂く音とモーター音に、八幡の脳内で警報がなった。

 

(新手かッ!?)

 

「首を傾げてぇ 指からするり落ちていく愛を見たぁの……」

 

次いで聴こえた姉とは違う歌に、緊張の雷が躰に駆け巡る。

視界でそれを捉えた刹那に、八幡は翼に目掛けて駆け出した。

 

「姉さんッ、6時方向に60度ッ!」

「ッ!!」

 

八幡に指示された方角と角度へ炎を灯した双剣を翼自身の正面で高速回転させ、自身を襲う何かを次々に弾き飛ばす。

突然の襲撃者。それは会場の壁を高速移動しながら飛び、翼への追い討ちを始めた。

 

【α式・百輪廻】

 

数えるのも面倒な数量の小型円盤が刃を回転させながら次々に放たれた。

その直後だった。彼女の背後からまた別の1人が空に飛び上がるとー

 

「行くデスッ!」

 

【切・呪りeッTぉ】

 

手に握る大鎌の刃を根本から分裂させて翼へと投げ飛ばしたのだった。

翼の左右の死角を突いた軌道へ刃は回転しながら襲いかかる。

完璧なコースへ放った本人の口角が吊り上がる。

直撃する。そう思う彼女だが、それは早計過ぎた。

 

何故なら翼は1人で戦っているわけではない。

 

「させるかよ。」

 

翼のサイドを挟む様に、五芒星が描かれた紙が飛んできた。

他者から見れば、ただの紙切れ。

されど、陰陽師が扱うそれはただの紙切れに有らず。

 

放たれた鎌の刃が呪符に接触する間際、防御障壁が起動された。

甲高い音を鳴らし刃が弾かれた事に、奇襲した乱入者2名は驚愕するのだった。

 

「デェスッ!?」

「そんな…!」

 

【閃光業雷】

 

驚く2人を目指して稲妻の刃が高速で迫る。

 

「やらせはしないッ!」

「チッ!」

 

フリーになっていたマリアが間に飛び込み、閃光業雷をマントで弾き飛ばした。

マリアを筆頭にステージへ着地したの3人もの装者。

対峙する翼の隣りへと八幡も降り立ち、ついつい舌打ちを追加してしまう。

 

新たに姿を見せた、ピンク色の装者と大鎌を携えた装者。

どう見ても自分等よりも歳下の2人がテロに加担しているのが、八幡からしてみれば負に落ちなかった。

 

騙されているのか、はたまたいい様に使われているのか。

 

「すまない、助かった。」

「ん。しっかし、装者が3人もかよ…。」

「…数ではこちらが有利となった。一応、投降の勧告でもしておこうかしら?」

 

さっきとは真逆に戦力的優位に立ったと、マリアは先程の八幡の様に2人へ見下した様に言い切る。

だが、彼は鼻で笑う。人を小馬鹿にしたようなその態度に、マリアの背後にいた2人の顔が一瞬で苛立ちに染まった。

 

「何が可笑しいの?」

「そのバカにした態度、気に食わないデスッ!」

「いやいや。なに仲間が増えただけで強気になれるのか不思議でよ。…お前達3人でかかっても俺と姉さんに勝てるわけないしな。」

「ッ!…あら、よく吠えるわね。私達だけでは貴方達2人に敵わないと?」

「試してみるか?それでも私は構わない。が、貴様達の言う数的優位も既に失われているッ!」

 

八幡と翼は同時にステージから後方へと大きく跳び、敵対する3人から一気に距離をとった。

3人の視線が遠ざかる2人へ集中する中で、マリアの耳に聴き覚えのある音……プロペラ機の音が入ってきた。

 

「上かッ!?」

 

見上げた先には、黄色と赤のシンフォギア装者。

二課所属の2人がマリア達を目掛け降下している真っ最中であった。

 

「土砂降りなッ!10億連発ッ!!」

 

【BILLION MAIDEN】

 

クリスのアームドギアがガトリング砲へと変わり、降り注がれる銃弾の雨。

マリアはマントを上へと展開し銃弾の嵐を弾き、残りの2人は左右にバラけて回避行動に移った。

 

重たい鉛玉の豪雨。

その衝撃に顔を歪め、耐え忍ぶマリアだったが不意に銃声が止まった。

 

「ぅッおぉぉッ!」

 

銃声と切り替わる様に聴こえた雄叫び。

発信源はマリアの直上からだった。

 

真っ直ぐに減速もせずに降下してきた響の拳が、防御で手一杯だったマリアを狙う。

降下の勢いが威力に加算された拳をマリアは紙一重で躱す。

 

避けられた拳はステージの一部を粉砕し、その威力にマリアはゾッとしながらもマントを鋭く伸ばして響へ反撃。だが、それをスルリと響は避けて八幡達の元へ跳ぶ。

 

クリスも八幡の隣りへ着地し、4人が武装組織フィーネの装者達と相対した。

 

 

「止めようよ、こんな戦い!今日出会った私達が争う理由なんてないよッ!」

「ッ!…そんな、綺麗事を…ッ!」

「え…?」

「綺麗事で戦う奴の言うことなんて信じられるものかデスッ!」

 

3人を説得しようとする響だったが、返ってきたのは否定。

尚も説得を続けようとする響に、ピンク色の装者・月詠調は本気の苛立ちを露わにし、こう言った。

 

「偽善者ッ。」っと。

 

「この世界には貴女の様な偽善者が多すぎる…だぁから そんな世ぇ界は 伐り刻んであげましょーッ!!」

「…響、説得は諦めろッ!」

 

再び、刃付きの小型円盤型を放ってきた調から、響を護るように八幡が飛び出して五芒星の障壁を展開する。

 

万が一、響の言葉が彼女達に届くなら…と考えていた八幡。

されど想いを紡いだ言葉は否定された。

ならば、もう戦う道しか残されてはいなかった。

 

 

「指示をッ!」

「マリアは私が!八幡はその装者を!雪音、鎌の装者は任せたッ!」

「おうとも!おりゃぁぁあッ!」

 

翼の指示の元に、二課所属メンバーと武装組織フィーネは全面対決へ。

 

クリスがクロスボウから矢を放てば、鎌の装者こと暁切歌は前面で鎌を回転させながら突進。クリスに迫ると、愛らしい顔には似合わない巨大な鎌で襲う。

 

「近すぎんだよッ!」

 

距離を詰められない様に矢の雨を切歌に見舞う中、二刀流の翼がマリアと激突。火花を散らしながら両者一歩も譲らない激しい攻防戦へと突入した。

 

一方で調の相手を指示された八幡は防御で精一杯だった。

 

「わ、私はただ困っている人達を助けたいだけで!」

 

尚も会話での解決へと走る響を守る。その為、攻撃に手を回せずひたすらに打ち出されるα式・百輪廻を弾いていた。

 

「それこそが偽善ッ。…痛みを知らない貴女に誰かの為なんて、言って欲しくないッ!!」

「ッ!?」

 

【γ式・卍火車】

 

調のヘッドギアから2枚の巨大な回転鋸が響へと射出。

しかし、やはりその軌道に八幡が割り込んできた。飛来する回転鋸を目指して跳躍。それぞれの中心部へ雷を纏う裏拳と蹴りを放ち粉砕した。

 

 

 

「…さっきから黙って聞いてりゃ、テロリスト風情が…痛みを知らない?寧ろ、お前が響の何を知ってるんだっつーの。」

「知らないし、知る必要がない。そんな綺麗事と偽善を振りかざすソイツの言葉は受け入れられない。」

「ハッ、ならお前等が今しているテロ行為は"善"なのか?大勢の一般人を巻き込み、この日を楽しみにしていた者達を悲しませたお前等が?」

「…うるさいッ。」

「調、離れるデスッ!」

 

 

クリスと激闘を繰り広げていた切歌が八幡の背後から強襲。

だが、八幡は冷めた視線を切歌に送るだけでピクリとも動かない。

 

対して切歌は躰から熱を奪われた様な気がした。自分を捉えた赤い双眼が自分の頭の中、思考、心までも見透かしているような錯覚に囚われてしまう。

 

「ッ…デェェェイッ!」

 

得体の知れない恐怖に掴まれながらも、切歌は鎌をしならせ、八幡の頭上へ振り落とした。

 

今度こそは獲ったと確信。

 

スパンッ!

 

「ハチ君ッ!!?」

 

縦に真っ二つになる八幡を響は悲鳴のように彼の名を叫んだのだったが……

 

(およ…?手応えがないデス??)

 

空ぶったとさえ思えた、あまりにも軽いその感触が切歌に不信感を抱かせた。

 

確かに切歌は八幡を鎌で斬った。

だが今、目の前の八幡が揺らぎながら瞬く間に消えた。

立っていた場所にはヒラヒラと舞う人形の紙が1枚。

 

【式神空蝉】

 

式神。

陰陽師が使役するそれを八幡が忍術と掛け合わせたオリジナルの術。

 

式神とすり替わった八幡はと言うとー

 

 

「縛り付けろ、白雪ノ華ッ!」

「デデッ!?」

 

いつの間にか響の隣りを陣取り、白雪ノ華を地に刺していた。

切歌を囲うように、四方の床を砕き飛び出した氷の鎖。

 

(これは…すっごく不味いのデースッ!)

 

身体を硬直させアワアワとする彼女を捕らえようと迫る氷の鎖だったが、飛来した小型円盤が衝突。

火花が散り軌道を逸らされ、狙いとは別の場所へ突き刺さってしまった。

 

「調ぇー!」

「今ので切断できないなんて…切ちゃん、アイツ手強い。」

「アタシを相手に余所見とはいい度胸してるじゃねぇか!」

 

 

【BILLION MAIDEN】

 

クリスのガトリング砲が火を吹いた。

バラけて離れていく調と切歌を執拗に追いかけるように狙い撃つ。

 

ある程度の距離が出来た瞬間に、撃ち止めし響へと詰め寄る。

 

「鈍臭いことしてんじゃねぇ!」

「ご、ごめん…!」

 

戦いの最中でろくに動けていない響へ一括し、また射撃を再開。

 

ーキィンッ!

 

「ッ!?ノイズが出るぞッ!……会場中央部だ!」

「「「ッ!?」」」

 

 

ノイズの出現を感知した、言葉では言い表せない不快な感覚。

八幡の呼びかけに敵対する装者達は驚きに染まる。

対して二課所属の装者達は新たな敵襲の報せに顔を歪ませた。

 

 

そして、あの緑色の閃光が会場中央部から発生。

 

 

「わぁぁ…何あのでっかいイボイボッ!?」

 

響の叫び通りのイボイボした形状で、かなりの巨大なノイズ。

 

(見た目グロ過ぎない?つーか今までに見た事ないんだけど…)

 

幾度も戦場に立っていた八幡の知らない未知のノイズ。

アイコンタクトを翼に送ると彼女は首を横に振った。

 

ノイズの中には稀に特殊な攻撃をする個体がしばしばいる。

過去、戦ってきたノイズには背中の球体を飛ばす個体や、粘膜液を吐く個体がいた。

 

油断はしない。してはいけない。

そう彼が意気込む最中、マリアが両腕のアームドギアをドッキングさせて槍を形成したのだった。

 

「野郎…アームドギアを」

「温存していただと…!」

 

 

【HORIZON†SPEAR】

 

構えたアームドギアの矛先を展開し、エネルギー砲をノイズへと解き放った。

 

「おいおい、自分らで出したノイズだろッ!?」

 

エネルギー砲は直撃。

ノイズはぐちゃぐちゃに飛び散る中で、マリア達が退却し始めた。

 

「ここにきて撤退だと!?」

「待て…クソッ!」

 

追いかけようとするも、飛び散るノイズの肉片が邪魔をし八幡の視界と進路を妨害する。

 

「ノイズが…!」

 

驚きの叫びを上げる響に反応し、ノイズを見てみるとモゾモゾモニョモニョと気味の悪い動きをしながら身体が大きくしていた。

 

「ッ!?増えてやがるぞ、おい!」

「まさか、増殖分裂タイプ!?マジか…!」

 

攻撃しようものなら分裂し、増殖していく。手を出さずとも勝手に増殖。

このままでは会場に収まりきれずに、ノイズが外へと溢れてしまう。

そうなった時、外にいる避難民達が危ないのは明白。

 

だったらと、彼は白雪ノ華を天高く掲げる。

 

「クリス、上空に煙幕を張ってくれ!」

「おうよ!おりゃぁぁあッ!!」

 

 

【MEGA DETH PARTY】

 

複数の小型ミサイルを腰部のアーマーより発射。

会場の真上でミサイル同士を衝突、爆散させ上空を黒煙で覆い隠す。

万が一、衛星から映像を見られようとも今から起きる事象は誰にも見られない。

 

「八幡!」

「やれ、白雪ノ華ッ!」

 

【氷喰絶】

 

白雪ノ華の刀身が淡く発光するや、ノイズを瞬く間に氷漬けにしていく。

 

たった数秒で分裂し増殖したノイズは氷人形と化し、白雪ノ華が一層の輝きを放った。

 

「喰い尽くせぇぇえッ!」

 

そして氷と共にノイズは砕け散る。

炭も残らずに白雪ノ華に喰われたのだが、会場中央部に何やら脊髄のような骨格から足が生えた何かがいた。

 

「アレが本体…ッ!?」

 

4人が一斉に攻撃態勢に移行した直撃だった。

スゥー……と音もなくノイズはその場から消え去った。

 

「消えたの??」

「違う…逃げたんだ。」

 

マリア達は撤退し、ノイズは行方を眩ました。

敵の気配も感じられなかった八幡を筆頭に、全員が武装を解除した。

 

 

「…被害者が出なくて幸いとしておくべきか。ーッ!立花?」

「?響ッ!」

 

異変はそこで起きた。

いつもは明るい響が嗚咽を殺し、静かに涙を流していた。

 

慌てて年上組みが駆け寄る中、響は流れる涙を拭おうと必死になるも止める事はできなかった。

 

「どうした!?怪我をしたのか!?」

「へ、平気、へっちゃらです!」

「平気なものか!…どこか痛むのか?」

 

心配する翼には虚勢を張ろうとするも、見え透いた嘘をクリスが一蹴。

怪我をしたのかと響の身体を労わる中、響は八幡を見据えて口を開いた。

 

 

「私のしてる事って偽善…なのかな?」

「……。」

 

痛むのは胸の奥底。両手で胸を抑える響の頭に手を置き、優しくあやすように八幡は撫でた。

 

一時の間を持って彼は口を開く。

その表情は痛く哀しみに満ちていた。

 

 







ネフィリム「復かt「(作者)させねぇよ?」…解せぬ…。」


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第6話

マリア率いる装者達との戦闘から丸3日が過ぎた。

各国はマリアの国土の割譲に当然頷くわけもなく、世界中が拒否の意を表明。ま、だろーなってのが素直な感想だ。

国のトップが首に縦に振るなんて事したら民衆が黙ってないだろうしな。

 

 

 

あの日の夜、帰宅した八幡を待っていたのは仁王様のような小町だった。

怒り心頭で荒ぶる小町を八幡が宥め、それでも喚く小町。

大事な大事な家族が命の危ぶまれる仕事してんだ。

心配も含めての御怒りだったのだろう。

 

怒る、謝るの無限ループに突入して半刻が経過した時、静観していたあの子がスゥー……と静かに立ち上がった。

チャームポイントの白いリボンと黒い髪が重力に反した動きをしている……様に見えた。

 

「小町…正座。」

 

とても素敵な笑顔を頂いた2人は一瞬だけ固まり、コンマ5秒後には即正座。

アタシの隣りにいた馬鹿まで何故か焦って正座をしていた。

 

アタシ?……気付いたらしていた。

 

正座……ただその言葉だけで、全員を馬鹿の親友が黙らせた。

ありとあらゆるキーワードを巧みな話術に盛り込み小町を黙らせた。

終始冷静に笑顔でな……。

 

まぁ、あの子のお陰で八幡も小町と一切の蟠りなく仲直り。

それは良かったんだけど、アタシの本能が告げたよ…あの子は敵に回しては駄目だって。

 

 

きたる翌日からは、いつ奴らが動き出すか分からないと言う理由により、2人1組が1日交代で本部に待機する措置が取られた。

 

今日は八幡と先輩が待機組みだったので、とりあえず学院が終わり次第にちょっ早で来たわけなのだが……

 

 

「……なんだよ、コレ??」

 

まず、場所はいつもアタシ等が使うトレーニングルーム。

 

オッさんに、2人ならそこに居ると聞いて来てみりゃ〜……なんだよ、コレ?

ドアを開けたその瞬間から全てが異彩を放っていた。

 

「ハァ…ハァ…やるなッ!」

「ハッ…ハッ…ん、まだまだ!」

 

息の上がった2人がいた。

会話だけ聴けば、ただの熱いバトル展開。姉VS弟の一歩も引かないバトルが行われていると思うだろ?

いや、確かにバトルは行われちゃいるが……。

 

ルーム内の光景が網膜に強すぎる刺激を与える。

あったま痛くなってきた〜……

 

 

「クリスさん、お疲れ様です。」

「あぁお疲れ……じゃねぇ!何を呑気に挨拶してんだよ!なんだ、この状況はよぉッ!」

「あはは……。」

 

先客だったニンジャが普通に挨拶してくるもんだから、一瞬だけアタシが間違ってるのか?と思ったが絶対に違う!断じて違う!!

 

 

 

ドアを開いた瞬間、まず目に飛び込んできたのは教室だった。

 

もう一度言うぞ。

 

教室だ。

 

もっと詳しく言うなら、ようやく見慣れた始めたリディアン音楽院高等科の教室だッ!!

黒板に教卓。生徒達が勉強する長机と椅子。

 

トレーニングルーム全体が教室になっていやがった。

 

その室内の端と端には息を荒げた制服姿の2人。

 

……うん、意味わかんねぇよな!?

何でだ!?どうしてだ!?

 

「……えっと、順に説明しますね。まず、今日も武装組織フィーネに動きはありませんでした。それでーー……」

 

 

◇◇午前中◇◇

 

二課仮説本部の休憩所。

 

姿勢正しく凛と座る翼の対面には、ダラけた八幡がテーブルとフュージョン仕掛けていた。

事の始まりは、そんな時だった。

 

「……あのさ」

「なんだ?」

「思うんだけどよ、もしまた奴らがライブみたいに人目のある場所とかで襲ってきた場合の対策した方が良くない?」

「うむ……一理ある。あの時に八幡と緒川さんがいなかったら、おおよそ私のアーティスト生命は終わっていただろうな…。」

「だろ?試しに起き得る状況を挙げて、それから対策案を出さね?暇だし。」

「いいだろ。では、まずはー」

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

「と言う形からもし教室内であれば…と言う議論が熱く交わされる中で両者譲れない所があったらしく"ならば実践しようじゃないか!"となりまして……。」

「それがコレかよ…。」

「はい。偶々居合わせてましたので再現させていただきました。」

「やったのはアンタかよ!!」

「ちなみに、教室にテロリストが乗り込んできた場合を想定しています。」

「授業中に暇な奴が考えそうなヤツだなぁ、おいッ!」

「彼方をご覧下さい。」

「あンッ!?」

 

まだ何かあるのかよ……

ニンジャに指差され、回れ右をすると

 

 

「「「「「「「「……。」」」」」」」

 

首からプレートを引っ提げた二課エージェント8名が、静かに佇んでいた。

 

 

「何だ?アイツら。」

「テロリストです。」

「……。」

 

服はホコリで汚れ、何故か変に彩られているヤツもいた。

唯一共通しているのは"死亡"の文字が、もれなく全員のプレートに書かれている事。

 

巻き込まれた……更には、あの2人にしてやられたと言うことか…。

 

 

エージェント達をやった2人はアタシに気付く事もなく、姉弟の中だけでは今も熱いバトルを続行中。

 

割りと真剣に。

 

だが外野が見れば、ただの茶番。

どうしようもなく茶番。

 

 

「もらった!」

 

指に3本のチョークを挟んでナイフみたく投擲する先輩。

 

「なんの!」

 

それを逆に指の間に吸い込むように見事にキャッチした八幡が投げ返す。

 

先輩は教卓の奥へ滑り込み、難を逃れる時に黒板からある物を掠め取っていた。

それに気づかなかった八幡が教卓の上から先輩を強襲。

 

女…しかも姉と慕う相手に本気の拳を放つ。

 

「甘い!」

「なッ!?ーッ、ゲホッゲホッ!」

 

迫る拳をなんと、黒板消し(チョークの粉付)で受け止めた。

衝撃で噴き上がるチョークの粉。

真面に顔へ受けてしまった八幡の視界と動きを封じた。

 

「勝機ッ……ゲホッゲホッ!」

 

自分で仕掛けた罠に自分で引っかかるヤツをなんて言うか知ってるか?

 

 

馬鹿って言うんだ。

 

馬鹿は間抜けにもチョークの粉を吸い込み咽せている。八幡も同様だ。

 

 

「どいつもこいつも……どうかしているぞッ!?突起物!!」

「ゲホゲホ……あ、クリス?」

「ゲホゲホ……ゴホッ……なんだ雪音、来ていたのか……ッ!ちょうど良かった!聞いてくれ!」

 

アタシに気付くにゃ否や、2人はドタバタとチョークの粉を撒き散らしながら近寄って来た。

 

って、待て待て待て待て!!

 

「それ以上、アタシに近づいてくれるなッ!制服が汚れちまうだろ!?」

「むッ…では、この距離で。雪音はチョークを使う際は喉元を狙うべきだと思わないか?」

「…用途は板書だと認知しているんだが?」

「だから目潰しが1番有効だって言ってるだろ…。」

「アタシの言葉がわからねぇのか?」

「視界を奪えば敵は暴れるやも知れん。だが、喉元を攻撃して動きを封じてしまえば「それだと一撃必殺じゃなきゃならねぇし、失敗したらー」

 

 

結局、アタシの声は届かず終い。そんで互いに一歩も引きやしない言い争いが勃発。

あーだ、こーだとチョークの使い方について熱き討論…いや意見の押し付け合いをしてやがる。

 

……。

 

……ん?ちょっと待て。

 

まさか…いや…でも……

 

 

「なぁ、まさか互いに譲れないの「「チョークの使い方(だ)!」」

 

 

真っ直ぐで闘志の炎を宿した4つの瞳がアタシとカチあった。

 

……嘘、だろ?

そんな事の為に…トレーニングルームをこんなにして、他人巻き込んでたのか……?

し、信じらんねぇ〜……

 

思考に感情が追いついた時、ブチンッと何かが自分の中でキレた音がした。

 

 

「…さん…」

「ん?何だ?」

「…い…ん…」

「どうした??」

 

湧き上がる怒りに呼応した躰が、フルフルと小刻みに振動。

アタシの異常に気付いた馬鹿姉弟はオロオロと、しかしアタシに近づくなと言われた為そこから前には出てこない。

 

「ゆ、雪音?」

「クリス…??」

 

 

 

「解ッ散ッ!!」

 

 

艦を揺らす勢いでアタシは叫んだのだった。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

事を知った司令から今日から全員帰宅するように仰せつかった。

何かあれば至急通信を入れるとの事。

 

その時にー

『すまん…お前達がそこまで疲れてると気付けなかった俺の落ち度だ。』って可哀想なモノを見る目で言われたんだけど…なんでだ??

姉さん共々、終始頭にクエスチョンマークが出てたんですが?

 

「クリス…さん?機嫌直していただけませんか?」

「あンッ!!?」

「ひッ!?」

 

暗くなった夜道をズンズンと歩むクリス。

後髪はブンブンと荒ぶっており、アタシは怒ってますとアピールしていた。

 

「アイツが落ち込んでるってのに、何わけのわかんねぇ事してんだよ!」

「ほーん…心配してんの?響を。」

「なッ!?…煩いんだよ、馬鹿ッ!!」

 

顔を真っ赤にして照れてやがる。

さっきも赤かったけどな…意味合いは主に怒りでだが。

 

クリスは勝気な態度、強気な言動を良くするが根は優しさの結晶体だからな。

 

「響、どの程度に落ち込んでた?」

「晩御飯をお代わりしない程度に落ち込んでた。」

「あ、しっかり食べてはいるんだ…。」

「あの時に、お前がもっと優しい言葉を掛けてやれば良かったんだ。なのに…。」

 

 

 

 

 

あの日。泣きながら俺へ縋るように問いを投げかけた響。

 

『私のしてる事って偽善…なのかな?』

 

敵対した…調と呼ばれた少女に偽善者と言われ、拒絶された。

痛みを知らない……そんな事はない。ありえない。

 

響は俺が不在になった学校で迫害されていたのは知っている。

本人達は俺が知らないと思ってるんだろうけど。

 

酷い言葉。無言電話に落書きや脅迫状。

挙げたらキリがない悪意の数々が響と立花家を蝕んだ。

 

そんな過去から逃げず、響は優しく真っ直ぐに生きようとしている。

 

『私のしてる事って偽善…なのかな?』

 

違う。

そんなのは、俺や未来達、仲間が堂々と言い張れる。

だけど……

 

『響はどう思う?』

『わかんないよ…ハチ君、私は間違ってるの?本当に偽善者、なのかな?』

『…それは自分で解を出すんだ。誰かに求めては駄目だ。』

『……あ、あは……あははは、そうだよね……そうだよ…ね…。』

 

 

俺は彼女の問いに答えを出さなかった。

残忍だ、鬼だと言われようとも…嫌われてでも俺は響や大切なひとを守りたい。

 

だからー

 

「あの時は、あぁする他無かった。」

「何でだ!?」

「…響の人助けは、アイツの戦う理由そのものだからだ。困っている人を助けたい。守りたい。そんな自身の行いが正しいのか間違ってるのか、その答えを他者に委ねてしまえば響の根本が覆る。戦えなくなる。だから、どれだけ悩み苦しもうが、解は何としても自分で出さなきゃならねぇ。出して、"揺るぎない理由と信念"そして"迷わない心"を手に入れなきゃならねぇんだ。これから先を考えれば…」

「あの馬鹿の為に…?他人には理解しにくい捻た優しさだな。」

 

マンションのエントラストを抜け、降りてきたエレベーターに2人揃って乗り込み、目的の階を示すボタンを押す。

扉は閉まり、極めて軽いGを感じながら上昇して行く。

 

「何でも解を与えてやるのが優しさじゃねぇだろ。大切な奴等なら尚更な。」

「…獅子は我が子を愛してるから谷へと落とすってやつか?」

「いや、可愛い子には旅させろ…だ。」

 

俺達を乗せた箱は停止し、扉が開く。

やはり揃ってエレベーターから出ると、クリスは自身の住う部屋の前に止まり鍵を取り出して解錠する。彼女の後ろを通過し、真隣りの部屋を解錠する俺。

 

はい、お隣りさんは雪音クリスさんでした。

司令曰く。クリスは一応、敵対していた関係であった為これは監視措置なんだそうだ。

 

……本当だろうか?

 

「着替えたらそっち行く。」

「あいよ。じゃーな。」

 

さてさて、今日の晩飯当番は俺だからな……何にしようか?

クリスが部屋に来たのは僅か3分後だった。

 

……うん。君、早過ぎ。

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「皆、集まりましたね?」

 

武装組織フィーネ。

薄暗い一室に集められた3人の装者と1人の男性。

 

予定通りに事を運べず、計画していた作戦は失敗に終わった。

3人ともに苦虫を潰した様な顔をし、月詠調にいたっては苛立ちさえ浮かべていた。

 

 

「作戦は失敗です。…コレでは「アイツのせいデスッ!あの黒い装者が居たから!」

 

予め入手した情報には無い敵戦力。しかも、かなりのやり手とあらば暁切歌の言い分も無視はできない。

 

「マム、あんなの情報に無かった。」

「…ハァ……えぇ、ありませんでした。なので、調査しました。ご覧なさい。」

 

そしてモニターに映し出されたとある記録映像。

 

閃光のように駆け、ノイズを次々に屠っていく黒い鬼面の人物が映し出されていた。

かつて二課が入手した2年前の八幡の映像に、全員が釘付けとなり、食い入る様にモニターに集中した。

 

 

「得られた情報は、鬼面に漆黒の鎧と純白の太刀。日本の組織は彼を[黒鬼]と呼称。…コレだけです。」

「…名前は比企谷八幡。17歳の高校2年生。地元を離れて現在は一人暮らし。」

「ッ!…どこでその情報を得たのです?」

 

 

ナスターシャの得た情報に追加されていく比企谷八幡の情報。

マリアを見据えるナスターシャの眼光が刃物のように鋭くなる。

対してマリアは、後悔の色を僅かに滲ませながら口をゆっくりと開いた。

 

 

「ライブ前日。街でファンに追われていたところを偶然、彼に助けられてね。偽名を名乗ったし、終始、彼は私が誰か気付いていなかったわ。」

「あの日に?」

「確かマリアがスイーツを買ってきてくれた日デスね。」

「……あのスイーツを買ってくれたのは彼よ。」

 

投げかけられた言葉に調と切歌が驚愕し固まる。

美味しく頂いたスイーツを敵から貰っていたとは、つゆ知らずに幸福に包まれたのだ。

敵は塩でなく甘味を送ってきた。

不快そうに調は舌を出して、表現するなればウゲェ〜…と言う顔をしていた。

 

「…ぐぐぐッ、美味しかったけど邪魔したアイツは許せないのデースッ。」

「スイーツに…罪はない。」

 

複雑な表情に心境の2人をさて置き、マリアはナスターシャへとあるプランを持ちかけたのだった。

 

 

「マム、私に考えがある。」

「…聞きましょう。」

 

5分後、ナスターシャは首を立てに振りマリアの立案を呑むのであった。

 

 

 

 



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第7話

……お久しぶりです。
やっと更新できましたー!!
もし、待っていてくれた方がいましたら、嬉しく思います


我らの学舎が一際騒がしくなる昼休み。

教室内ではいそいそと仲良しグループで集まったり、学食へ急ぐ輩などなど、長い休息時間を如何に有意義に過ごそうかと活気立っていた。

 

「よ、御両人。メシどうすんの?」

 

喧騒に包まれた室内であっても、無駄にイケメンの声は冴えて聴こえた。

転生したフィーネとの戦いを見て、俺達の秘密を知ってしまった林。それも有り、なんやかんやで最近は俺とクリスと林、このトリオでよく行動している。あと稀に綾野達も。

 

「ん。八幡、どうするよ?」

「あ?あー…すまん、今日は行くとこがある。」

「ふーん…急がねぇとあの馬鹿を見失っちまうぞ。」

「お見通しなのね…。」

「馬鹿って、響ちゃん?」

「…俺の妹を馬鹿呼ばわりとはいい度胸してるじゃねぇの。」

「俺だけ責めるの!?差別反対!男女平等!」

 

手でバッテンを作り騒ぐ林。

と、この間にクリスは教室から足早に退散していった。

 

え?何事??

 

「あ、雪音さん!待って!」

 

その影を追う様に綾野達が駆けていく。

あぁ…そう言うことね。

 

3人はクリスと仲良くしたいんだろうが…結構恥ずかしがり屋だし、人見知りもするし、なんならまだ学生生活になれていない。

と言うよりかは、一般的な"普通"に慣れていないのだから日々戸惑いの色を隠せていない。

 

故に追えば、逃げる。

待てば、逃げる。

兎にも角にも、逃げる。

 

不意に青い瞳とかちあった。

肩を竦め、駆けて行った4人の方角へチョイチョイと指を挿すと林はヤレヤレと首を振った後に追いかけていった。

 

よし、たぶんこれで大丈夫。

あくまでも、たぶん。

 

 

「さて、いきますか。」

 

てなわけで、やって参りました1年の教室。

ガラリとドアをスライドさせると、割りと近くに目的人物がいた。

 

……君、1人だけ上の空でボーッとしてるね。

まさかとは思うけど、授業中に怒られてないよね?お兄ちゃん、心配です。

 

放心している響の前にいた未来が俺に気付き、驚いたのかキョトンとしている。

あらやだ、可愛い…。

 

「ハチ君?どうしたの?」

 

未来の一言に室内はピタッと静けさを降臨。

ジー…っと視線が室内中から俺に降り注がれた。

 

……え?何、怖い。え?怖い。

何で皆黙ってコッチを見てるの??

 

 

「え??ハチ君?」

 

我に帰った響も気付き、やはりキョトンとする。

 

あらやだ……ウチの妹達ったら可愛いが過ぎる。

などと、独り勝手にほっこりしている俺にトタトタと近寄る響と未来。

 

「ん。響に用があってな。」

「私?なになに??」

「て言うか何で鞄もってるの?」

「とりあえず、響は鞄を取っておいでなさい。」

「よくわかんないけど、わかった。」

 

疑問符を浮かべる未来を他所に、素直に鞄を手に取る響。

 

「で、何かあるの?」

 

むッ……こう言う場合は何と言えばいいのだろうか?

サボろうぜ!なんて大々的に公言するわけにはいかないし、元よりする気がない。

 

ん〜……あッ。そうだ。

 

 

「よし。響、デートしようぜ。」

 

氷喰絶を使ったわけでもないのに、ピシッと固まる室内の空気。

 

さっきから一体全体、何なのかしら??

……俺、この教室に恐怖心しか抱いてないんだけど。

 

「…ふぁいッ!?」

「よし、行くぞー。」

 

真っ赤に茹であがり、変な返事をした響の手を取り教室から抜け出す。

流石と言うか、何となく察した未来が苦笑しながらヒラヒラと手を振って見送ってくれている。

よく出来た妹だよ、まったく。

 

 

 

《えぇーッ!!?》

 

俺達が出た数秒後に、凄まじい音量の叫びが後方から聴こえてきた。

 

……俺、2度とあの教室に近づかないと思う。

だって怖いし。あと、怖い。

 

 

「ハ、ハチ君!?どこ行くの!?」

「街。英語でtownだ。」

「え?……え??え???」

 

てなわけで、学院を抜け出して制服のまま街に繰り出した我々なのであった。

校門を堂々とスルーし、久々に2人で街中を歩む。

グギュルル〜……。

不意にデカイ腹の虫がなった。俺じゃなく、隣からだよ。

 

またもや真っ赤になって、両手で慌てて腹を押さえ、チラッと伺う様に俺を見てきたので、グッと親指を立てておいた。

 

あ、項垂れた。

 

「…お、ここだ。」

「ふぁ〜良い匂いがぁ〜…。」

 

数分後。

熱した網で肉や野菜を焼く俺達がいた。

カルビにロース。

タンに丸腸。

注文した品々を所狭しと網で炙り、その匂いが鼻腔から脳を刺激し、食欲を高める。

 

「あぅ〜……ぅぅ…。」

「……。」

 

焼いている間、響は犬に負けないくらい涎を垂らして"よし"の合図を待っていた。

 

肉が焼け、ゴーサインを出す。余程腹が減っていたのか、響は白米片手にガツガツと肉をかき込む。

焼いては食べ、追加し、ガツガツと平らげていく。

 

見てるこっちが気持ちの良くなる食べっぷりだな。

いっそ、爽快と言えるほどに。

 

 

「「ご馳走様。」」

 

腹八分に抑えた俺に対して、響は満足満腹って感じた。

腹をサスサス…ポンポンとし、幸福にフニャっていた響の瞳がカッ!と見開いた。

 

「じゃないよ!え!?何で焼肉!?」

「食ってからの唐突のツッコミ…腹減ってたんだろ?」

「そうだけど…学校抜け出しちゃったし……。デ、デデデ…デートとか突然言い出すし…。」

 

いやいや。君が遊ぶ時はデートって言うじゃん?だから真似しただけだよ?

 

あと、モジモジしながらの上目遣い……うん、可愛い。

八幡的にポイント高い。

 

そら、ポチッとな。

 

ーカシャッ!!

 

「ちょ、何で写真撮ったの!?」

「ん?可愛いかったから。……送信完了。」

「か、かわ!?……って、誰に送ったの!?」

「未来様宛に。さて…店出るぞ〜。」

「あ、ちょっと待ってよぉ!」

 

 

支払いを済ませて店を後にする時、店員さんは訝しげな視線を俺達に送っていた。

平日の真昼間から焼肉を食う高校生…うん、怪しさしかないな。

 

つーことで、やってきました。

前回、クリスときた場所ショッピングモールへ!

さてさて……やる事は決まっている。

 

最優先事項は……コレだ!!

 

「制服だとマズイので、服を買い、着替えます。」

「えぇー……」

 

とりあえず、例のレディース店に行くと……いた。

クリスを着せ替え人形にした、チョットこちらが引くテンションの店員さんがいた。

 

俺を見るや、グルンッと首を回し、響をロックオン。

ニマァ〜とやらしい笑顔を浮かべた瞬間、響の手首を掴み試着室に投げ捨てた。

 

……相変わらず客の扱いが雑だ。

 

「あー……とりあえず、大人っぽいコーデで頼みます。」

「ちょっと、ハチ君!!?」

 

グッと親指を突き立て、ウィンクで星を飛ばしてきた店員さん。

……うん、なかなかヤバめな人だけど、コーディネートは完璧だから任せましょう。そうしましょう。

 

響が着せ替え人形と成り果ててる間に、俺も服を購入。

店員さんに適当に大人っぽくと伝えると、白のVネックシャツと紺のジャケット。それから黒のデニム。

 

ふむ……よく分からんが、大丈夫だろう。

レディース店に戻ると、店員さんが待ってました!言わんばかりにウィンクしてきた。

 

クイッ!っと親指で試着室を示し、案内する。

 

ウキウキとしながら店員さんがカーテンの端を掴み、シャーッ!とご開帳。

 

ビクッとなった響は俺と目が合うと、テレテレと照れながら

「どうかな?」

なんて言うもんだから、ポチッとな。

 

「また写真!?は、恥ずかしいよッ!」

「似合ってるぞ〜。」

「ふぇ!?……あ、ありがとう。」

 

裾が短めなベージュのジャケット。インナーは白のタートルニットで、下は黄色のプリーツスカート。

さらに髪型まで変わっていた。

 

「髪もしてもらったのか。編み込み?」

「あ、うん。前髪を三つ編みにしてサイドに流して、いつものピンで纏めてもらったの。」

「……。(ビシッ!)」

 

無言で敬礼する店員さん。

キャラは濃ゆいが、やはり可愛いを作るスペシャリストだ。

最大限に生かされた響の可愛さ。普段はしない、ネックレスや腕輪までしてるしオシャレ〜。

ホクホクと満足気な店員さんに代金を払い店を後にする。

 

 

「お、お金!」

「気にすんな。偶にはプレゼントもいいだろ。…もしかして、嫌か?」

「う、ううん!!…えへへ、ありがとうハチ君!」

 

嬉しさ全開と言わんばかりに、全力で右腕に抱きついてきた響を引き連れて歩く。

こうして歩くのも久々だ……昔は逆サイドに小町も引き連れてたから、身動きが中々取れなくて大変だった。

 

お次は響が観たい映画があると言うので、施設内の映画館へ。

観たいと言ったのは珍しく恋愛モノで、少々驚いた。

 

上映中、隣りに座った響は時折りハラハラしたり、ドキドキしたり、ウットリしていた。

顔に出易いというか……わかりやすいわ。

 

「いや〜良かったね。最後は幼馴染みを選んでくれて良かったよ!もしかしたら、クラスメイトと付き合うんじゃないかってハラハラしたよ〜。」

 

と言うのが響の感想だった。

 

…俺の感想?……キャラメル味こそ至高である。以上だ。

 

「…次は何するよ?」

「んー…あ、アレ行こうよ!」

 

 

響が指をさすはゲーセン。

久々にクレーンゲームやレースゲームで遊び尽くし、折角だからと腕を引かれ、いざリア充専用(プリクラ)へ。

 

女性の指示に従ってポーズを取る中、響は楽しそうにはしゃいでいて、ついコチラも笑みが溢れた。

 

それからも店を冷やかして回って、今はカフェで休憩中である。

いつもの様に、太陽の様な明るさに戻った響はパフェを頬張り、幸福に打ちひしがれていた。

 

「ふっふふ〜ん♪…ん?うわぁー…ハチ君、砂糖入れ過ぎだよ。」

「…あ?こんくらい、普通だろ?まだマッカンより苦いんだぞ。」

「まず比較対象が世間一般向けからズレてるよ。」

「馬ッ鹿、お前…二課にはクリスと緒川さんと言うマッカン仲間がいるんだ。あの2人なら同じ事するだろ。」

「クリスちゃんなら、前にカフェへ行った時、ブラックで飲んでたよ。」

「なん……だ…と……?」

「て言うか……マッカンはコーヒーじゃねぇ。マッカンはマッカンだ。って言ってたよ?」

 

マジか……マジか!!?

 

クッ……だが、クリスがマッカン仲間である事には違いない。

 

……かくなる上は、緒川さんをカフェに誘って……いや、そんな人を試すような事、緒川さんには出来ねぇ!!

 

 

「……ハチ君、ありがとう。」

「んだよ、藪からスティックに。」

「ス、スティック?………あ、そう言う意味か。」

「なんだろ…言った俺が恥ずかしくなってきた。」

 

冗談が通じないで、一旦考えられて理解されると謎の羞恥心にかられるよね。

 

「ふふふ。本当にありがとう。元気付けようとしてくれて。…私、しっかりしなきゃなのに。」

「安心しろ。アネモリと比べりゃ、お前はしっかりしている。」

「それ、翼さんの事??もー、怒られちゃうよ。」

「慣れてる。」

「慣れちゃダメだよ!?…でも、なんだかんだ言って、ハチ君は翼さんを1番信頼してるよね……。同年代の人に指示を仰ぐハチ君なんて、初めて見たよ。私が知っていたハチ君なら、自分だけでどうにかしようとしてたから。だから驚いちゃった。」

「……。」

「仲良いって分かってたけど……ううん、本当は分かってたつもりだったんだ。私は何も分かってなんかないんだ。何も分かっていない、知らない。だから…。」

「響。前に俺が言った事、覚えてるか?」

 

 

仲間と信じ、信頼していた了子さんとの激闘。

命の火を燃やし尽くすような戦いの最中で、俺はかつて先生に言われた言葉を響に与えた。

 

「言ったろ?間違ってもいい。悩んで、傷ついて、躓いて…それでも真っ直ぐに突き進めばいい。」

「でも…。」

 

突き進んだ結果が"偽善者"呼ばれ。

だから、響は揺らぎ、立ち止まり、臆病風に吹かれた。

 

でもよ、それがなんだ?

 

まだこれからの長い人生の中で、今より辛い時は必ずやってくる。

間違いだって犯してしまうのが人間だ。

 

「大丈夫だ。間違った時は俺が…俺達が叱ってやる。だから、諦めず進め。…俺が今のお前にしてやれるのは、こんくらいのアドバイスだけだ。」

「…うん。わかった。ありがとう!」

「おう。」

 

 

吹っ切れたわけじゃない。

そんなのは見りゃわかるし、伊達に幼なじみを…コイツらの兄貴分をやってるわけじゃない。

 

だけど彼女は今、一歩前に踏み出した。

答えは見えず、道は険しく無限の選択肢。正に一寸先は闇だ。

だけど響は進める。

闇に飲まれる恐怖を弾き飛ばせる勇気を、彼女は持っているのだから。

 

デュランダルの暴走から再起した実績だってある。

 

立花響。

妹の様にいつも付いて回った彼女が、近い内に俺より先を歩んでいる気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、その頃のリディアンでは……

 

「ねぇ……比企谷君が1年生の子とデートしてるって……本当?」

 

とある2年の教室内。ドス黒い闇を孕んだ幾つもの瞳がとある金髪少年と銀髪少女を捕らえて離さなかった。

少年こと小林亜沙は小さな悲鳴を漏らし、少女こと雪音クリスは訳の分からない事態に困惑していた。

 

「ねぇ……

 

 

《本当??》

「「ッ!!?」」

 

幾つもの重なる声に怯む亜沙は、助けを求める様にクリスに視線を送る。

 

2人はわかっていた。

八幡が今、誰といて何の為に学院を抜け出したのかを。

少年は特別に少女から事情を聴いていたから理解していた。

 

だが、理由が特殊で秘密な部分が多くを占める為、理由は話せない。

何より、自身を見つめる闇の瞳に竦み、恐怖で頭が回らなかった。

 

 

「さ、さぁーな。アタシ等も知らねぇ。本人に聴けよ。」

「あ、馬鹿!」

「あン?」

 

マズイと言わんばかりに焦る少年。馬鹿呼ばわりされた少女の額には若干の青筋が浮かんでいた。

 

そんな2人を他所に、2人に詰め寄った少女達の身体がプルプルと震えだしていた。

何かに耐えている。それだけはわかったが、銀髪少女にはそれ以上に理解できていなかった。

 

そして、2人を囲う少女達は爆発した。

 

「誰も比企谷君の連絡先を知らないッ!」

 

そうなのだ。

クラスメイトである彼女達は八幡の連絡先を誰一人として知らないのである。

 

何でだ?と彼女は思った。八幡の連絡先くらい、なんならトップアーティストの先輩の連絡先だって知っている彼女にとっては理解し難い会話の内容だった。

 

 

「て言うか、連絡先なんて聴けるわけないじゃない!雪音さんが編入する前は風鳴翼さんとずっと一緒にいたし!」

 

響と未来が入学するまで、いつも一緒にいた翼。彼女の近寄り難い有名人オーラに当てられ、彼女達は八幡に近づけなかったのである。

 

つまるところ、彼女達は八幡に近づけなかった蚊であり、翼は文字通りの虫除けだったのだ。

 

「小林君は空気を読まないでいれるから連絡先を聞けるのよ!」

「ちょっ、酷くね!?」

「だいたい、貴方達が3人でいると眩い美オーラに当てられて近寄り辛いのよ!?」

「……いや、まぁ眼福ではあるけれど……」

「「えー……。」」

 

その日、雪音クリスは知った。

隣人が意外にも人気者である事を。

 

 

 



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第8話

お久しぶりです。
諸事情で更新が遅くなりました。
※コロナ絶許


乾いた風吹く。

水分を失った枯れ葉がカラカラと転がり、秋の音連れを知らせてくれる。

つい最近まで生温った風は、少しばかりの肌寒さを私に感じさせる秋風へと変わっていた。

 

骨身を凍えさせる程ではないけれど、肌を冷やす風。

 

だけどを私の心はぽっかぽか!

だってぇ、昨日はデデデ……デートしちゃったし!!

ハチ君とデート!

高校生になってから初めてのデートだよ!?

 

…そりゃ〜私を元気付けようとしてくれただけなんだろうけどぉ〜……

 

「ふふふ〜ふん♪」

 

スマホのロック画面を見て、ついつい上機嫌に鼻歌が出てしまう。

でも仕方ないよね?

 

「響、早くしないと置いてっちゃうよ?」

「あ…待ってよ未来〜。」

 

朝の通学路、親友は結構先で私を待っていた。

 

ロック画面はハチ君と2人で撮ったプリクラ。

それをもう一度だけ見てからポッケに入れて、私は未来の元へと駆け出した。

 

 

迷いが消えた訳じゃない。

何が正しいのかだって解っちゃいない。

今だって間違っているんじゃないかって、恐怖に私は縛られている。

 

だけど……進む。

突き進む。

だって、大好きなハチ君が見守ってくれてる。それだけで私の脚は前に踏み出せる気がするんだ。

 

 

 

第8話

 

 

いつも通りの学院生活。

授業を受け、昼を過ごし、放課後を迎えた。

 

マリア達との戦いが嘘だったかの様に、The平和。

 

そんな平和な一コマに、異常なモノがいた。

 

我がクラスメイト数人である。

 

朝からドス黒い闇のように暗い瞳が俺を映していた。

この世の呪いの全てを宿したとしか思えない双眼に、八幡の心中はマグニチュード8を観測したよ。

 

 

放課後になった今でも、綾野を筆頭にヤバい瞳をした連中が俺を捉えて離さない。

 

怖い。とにかく怖いのである。

 

そんな放課後。

 

 

いつもなら帰宅している俺を含めた帰宅部員達は居残って、ペンキを使って看板作りや、ミシンや手作業で衣服の製作に勤しんでいた。

いつも静かな校舎内は学年問わず、生徒達で活気立っていた。

 

私立リディアン音楽院の学際まで、あと一週間。

 

学院生活の楽しみを目前に控え、皆こうして居残って作業している訳だ。

 

「比企谷くーん。正門の看板見てくれないかな?」

「あとペンキ持っていくのもお願い。」

「あ、はい。」

 

誰の仕業やら…俺は何故か今日だけ3年生のとあるクラスの手伝いに借り出されていた。

 

誰の仕業……3年の教室……

うん、この時点で犯人は確定してるよな。

 

ヤレヤレと未開封のペンキ4つを持とうとした時、スッと横から腕が伸びてきた。

 

「私も一緒に行くよ。」

 

1つ持ち上げて微笑んでくれたのは、姉さんのクラスメイトだった。

 

「大木先輩、すいません。」

「いいのいいの。無理言って手伝ってもらってるんだから。ごめんね?どうしても男手が欲しくって。」

 

そうなのです。

2年生から下は各クラスに最低でも2人は男子生徒がいるが、3年生だけは女子校時代の名残りで男がいない。

 

どうしても力仕事を頼みたかった大木先輩達は、駄目元で姉さんに頼ったらしい。

そんで姉はアッサリ了承して俺を召集。

にも関わらず……

 

「うん、頼んだ本人は居ないんですもんね。」

 

教室に到着するや

「頼んだぞ。」の一言で、俺と入れ替わりで帰りやがった。

 

1人残された俺は非常に居心地の悪かったし、気まずかったですよハイ。

せめて、不承不承ながら了承しました…みたいな空気で頼んだなら、仕方ないかな?って思えたよ。

でも、爽やかな笑顔で肩ポン…で帰りやがったからな?嫌がらせだよな、これ。

 

たぶん、この前勝手にプリン食べた仕返しだと思います。

 

「あははは。仕方ないよ、トップアーティストだもん。きっと忙しいんだよ。」

「だからって普通、弟呼び出して置いてきますかね……よっと。」

 

姉のクラスメイト達がいる校門付近でペンキを下ろすと、我先にと言わんばかりにペンキを強奪された。

……こっわ…。

 

「ありがとう、比企谷君。いや〜男手があると助かるねー。」

「高坂先輩、ペンキはここでいいですか?」

「うん。大丈夫だよ。」

 

校門付近には、目が騒がしく思える程に彩りの看板が多数。

まだ完成していないクラスの連中は、楽しそうに笑いながら作業に打ち込んでいた。

 

青春。

正にそう呼べるような世界がそこにはあった。

 

キラキラと眩しくて、暖かくて……なのに、その光景の一部に自分がいるのが不思議で、何故か場違いな気がしてならなかった。

 

「あ、比企谷ぁーッ!!」

「あン?……林?」

 

柄にもない感傷に浸っていると、校舎の二階から叫ぶ林の姿が。

何やらジェスチャーをこちらに送ってくるが……

 

スマホ

 

指差し

 

俺を指差し

 

 

「スマホを見れってか?」

 

ほんの数分前に林からメッセージが届いていた。

その内容は……

 

 

 

 

雪音、逃亡。

 

 

「…おぅ…。」

 

予想できなかった事態に変な声出ちゃったじゃないの。

 

返答に代わりに首を横に振ると、林は大きなため息の後に手を上げてから校舎内に消えて行った。

 

はて…クリスの奴、何処へ行ったのやら……まさか帰ってないよね?

 

「そう言えば…比企谷君ってば昨日下級生の子と学院抜け出して、デートしてたんでしょ?噂になってるよ。」

「え…あぁ……正確にはデートじゃないんスけどね……。」

 

響を真似て"デート"って言っただけだしな。

なんなら昔から2人で遊ぶなんて、良くあったし。

無論、未来にも当て嵌まるわけだが。

 

「そうなの?噂じゃ、公然で堂々とデートのお誘いしてたって聞いたよ?確か…そ、立花響さん!……もしかして、彼女だったり?」

「まさか……幼馴染みで妹みたいな奴ですよ。」

「またまた〜。そんな冗談を。」

「いや、違いますからね?なんなら彼女いない歴、イコール年齢ですからね…。」

「うっそ!?マジで!?」

「比企谷君、人気あるのに…じゃじゃ、私が立候補するー!」

「ちょっと歩!?」

「それじゃ、私も!」

「瞳子まで!?」

「あんまり俺で遊ばないでください…。」

 

なんなの、このテンション……。

姉さんのクラスメイトだから変な事言えないし…。

もし失礼があったと姉に知られたら斬られちゃうかもだし。

 

「それはそうと比企谷君。さっきから校門の外からチラチラと君を見てる御人はお知り合いかな?」

「へ…?」

 

高坂先輩の指差す先には、私服の女性がいた。

彼女は先輩の言った通り、チラ…また、チラりと何度も視線を俺に向けていた。

 

校門の柱の影から。

事件を度々目撃する家政婦のように……。

ただサングラスを掛け、帽子を深く被っているせいで不審者としか思えない。

 

しかも、オドオドしてるし。

 

ここまで来たが、この先はどうしたら良いのか分からない。そう物語る視線が嫌でも俺に突き刺さる。

 

「どう見ても、比企谷君を見てるでしょ?」

「しかも外国の人だよね。」

「……まさか、彼女?」

「一旦、俺に彼女がいる説はヤメません?」

 

女という字を3つ合わせると"姦"となる。

なるほど、昔の人は的を得た字をお作りになったものだ。

 

「っで、知り合い??」

 

こちらの声が聴こえているのか、サングラス越しでもパァッ!と笑顔の華が満開になったと理解できた。

 

しかし…こう言っちゃなんだが、彼女はその見た目の怪しさからモノ凄く目立ってしまっている。

ここら一帯にいる生徒達は、こぞって彼女に視線が向いている。

 

つまりだ。

この状況下で俺が取るべき道は1つしかない。

 

「いえ知りません。あんな怪しい人物は知り合いにいません。」

 

時には嘘は必要不可欠になる場合がある。それが今だ。

 

「…ぇ……?」

「あの人、あからさまにショックを受けてるよ?」

「……。」

 

今、あの女性に話しかけに行ったとする。

そうなった場合はどうなるかなんて解り切っている。

 

全ての視線が俺に集中するに決まってるだろ?

そんなの八幡嫌だ。目立つの嫌い。

 

なのに……

 

「……(ウルウル)」

「はぁ〜……ちょっくら行ってきます。」

 

サングラス越しでも悲しんでいるのが見て取れた。

溜息を漏らして視線の主へと向かう他なかった……。

 

近づく俺に気づいた女性はアワアワしてからサッと校門の柱に消えた。

 

……今の動きにはなんの意図が??

 

そんな思いを抱きながら隠れた女性の前に立ったわけだが……

 

俺、海外の知り合いなんて……最近できた1人しか当て嵌まらないんですが?

あと敵のマリア・荷電粒子砲。

 

「ハロハロ〜。やっと会えたわね、八幡。」

 

てなわけで予想通りのセレナでした。

 

「……セレナ。」

「えぇ、約束通り会いにきたわよ。」

 

余裕を醸してるけど、さっき絶対焦燥にかられてたよね?

俺に気付いてもらえなかったらどうしようとか、知らないと言われて絶望感に迫られたよね?

 

まさか…無かったことにするつもりか…?

 

 

「…なぁ、何で話しかけに来なかったんだ?」

「そんなの…引っ込み思案な私にできる訳ないじゃない。」

「はて、引っ込み思案とは?」

「無論、私だ。わかるでしょ?」

「いや、まだ会って2回目だがアンタは間違いなく引っ込み思案ではないと思う。」

「今は虚勢を張っているだけだ。」

「堂々と胸を張って言う事じゃないからね…?」

 

ヤバイ。

何がヤバイって…ずっと会話の主導権を握られっぱなしだ。

今まで主導権を握った事があるか?と聞かれてしまえば、無いんだけどね…。

 

 

「今日こそは御礼をさせて貰う。さ、行くわよ!」

「いや無理。今は忙しい。」

「…ぇ……?」

 

再度、哀愁を漂わせた彼女に俺は従う他なかった……。

 

先輩方に謝罪をしたら笑顔で許してくれたのが、せめてもの救いだった。

明日、もう一度謝っておこう。そうしよう、うん。

 

 

 

 

 

 

「っで?何処に行くんだ?」

「ん?…そうね……君との約束はご飯を奢る約束をしたのだったからな……何処かいい場所はないかしら?」

「俺に聴くのかよ……。」

「し、仕方ないじゃない!私はここら辺に詳しくない。しかも、君と会えるとは限らなかったから予約もできなかったのだから。」

 

そう言われちゃ、ぐうの音も出ない……わけない。

でもこれ以上、話しをややこしくしたくないので八幡は考えることにしたよ。

べ、別に面倒くさいからとかじゃ、決してないんだからね!?

 

 

「……ぁ。あそこなら丁度いいか。」

「…ん?」

 

 

パッと閃いたのは、息慣れていた店。

最近は忙しくて中々行けなかったが、久しぶりに顔を出しておきますかね。

 

道中、セレナの身体と心の距離感に困惑しながらも目的地に到着した。

 

ガラガラとドアをスライドさせて中に踏み入ると、いつもの優しい目をした微笑みでお出迎えをしてくれた。

 

 

「いらっしゃい。久しぶりだねぇ〜。」

「どうも。」

「おや、今日は1人じゃないのかい?」

「えぇ、まぁ。…いつもの2つお願いします。」

「あいよ。」

 

いつもと変わりない、人の良さが現れたおばちゃんの笑顔にホッコリしながら、カウンターの定位置に座る。

定位置は1番端な。ここ重要な。

 

「…ここは?」

「お好み焼き屋"フラワー"。馴染みの店だよ。ここら一帯で1番美味いお好み焼き屋だ。」

「おや、嬉しい事をいってくれるじゃないか。」

 

そう言っておばちゃんは背を向けて、注文の品を焼き始めた。

 

……こう言った店が初めてで珍しいのか、セレナの目は忙しなく動き、また落ち着きが欠けまくっていた。

 

 

「いつ以来だい?途端に顔を見せなくなって心配したよ。」

「すいません。色々あって……。」

 

最後に来たのは響達の入学前だったし…

 

……。

 

あれぇ??やべぇーくらいに来てなかったわ。

 

…実際…本当、色々あったからな。

 

「まぁ、元気そうでよかったさ。…初めて来た時は今にも消えてしまいそうな顔つきだったからねぇ…。」

「そんな顔してましたか、俺?」

「していたとも。…とても、10代でする様な目なんかじゃなくて心配したもんさ。けど、今の八幡君はいい顔してるよ。まず、目が濁ってない。」

「貴方、どんな顔していたのよ?」

「えー…こんな顔だけど?何、整形疑ってんの??……まぁ、確かに前に比べりゃ楽しんで生きてはいますよ。」

「人生は楽しんだモン勝ちってよく言うじゃないか。年取ってからも笑える思い出は常に作らなくちゃ〜ね。……ほい、お待ち。八幡スペシャルセットの出来上がり。」

 

 

俺達の前に置かれたのは豚とエビのお好み焼きとマッカンだった。

つーか、まだそのセット名なの??

 

「まるで八幡の為のようなセット名ね。」

「そうさね。なんせ、こんな甘いモノ飲む人間を見たのは初めてだよ。」

「人外みたいな言い方しないで下さい。最近はコレを飲む仲間がいるんですから。」

「あー…そう言えば、この間お客さんで居たねぇ……。人の三倍は食べる子と一緒にきた銀髪の子が注文してきた時は思わず聞き返しちゃったよ。」

 

うん、その2人にメッチャ心当たりがあるんですけど?

特徴が完璧一致する組み合わせ過ぎるんですが?

 

……え、て言うか俺と未来は??何で呼んでくれなかったん?

地味にショックなんですけど……。

 

ま、仲良くできていて安心もしてるんだけどな。

クリスは敵対していたし………響には、そんなの関係ないだろうけど。

 

 

「…ゴクッ……ゔぅ!?あっま!!?こんなの飲んだら体に悪影響だッ!!甘過ぎる!!」

「そこまで言うか…人生は苦いからコーヒーくらい甘くて良いだろ。」

「コレをコーヒーとは言わない!別の甘い何かだ!!」

「えー…こんなに合うのに。」

 

お好み焼きの甘辛いソースがマッカンの甘味と非常にマッチしていて、俺はやはりと言うか満足なわけだが……セレナ飲み物を別注文しやがった。

失礼な奴め。



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第9話

かなりお久しぶりです。待ってくれていた方がいてくれたのなら、大変申し訳ありません。時間ができましたので更新再開させていただきたく存じます。


「はい、お釣りだよ。」

 

少々量が多く感じたお好み焼きだったが、一口食べるや口へ運ぶ手が止まらなくなりセレナはあっさりと完食したのであった。

その食べっぷりは響までいかずとも中々のものであり、少しばかり八幡を驚かせたのであった。

 

「ご馳走様。とても美味しかったわ。」

「ごっそさん。…また近々きます。」

「ふふふ、あいよ。またいつでも。」

 

 優しい笑顔に見送られながら店をでると、暁の空は薄っすらと暗くなり始めていた。

日はあと数分もせずに沈み、街は昼とは違った夜の顔へと変貌を迎えつつあった。

 

さて、最終確認するか。

念には念を。これ大事〜。

 

「ありがとよ。んで、マジでいいの?」

「おかしな事言う。言ったはずよ?君への礼だと。」

「言ったね?言ったよね?あとで返せって言われても拒否するからね?」

「しないわよ!…君は本当に変わってる。」

 

 やれやれと首をふり、呆れたと言わんばかりの盛大なため息を吐くセレナには悪いけどさ…

ほら、美人局って線が万が一にも無いとは言い切れないじゃん?

もしかしたら路地に怖い黒服のお兄さんが待ち構えてたりーー…

 

と思考に耽っていたら見知らぬセダンが目の前に止まった。

 

ぇ?何??二課所属の車じゃねぇぞ?

 

「私の迎えよ。さっき連絡を入れておいたの。さ、乗って。」

「……。」

「???」

「海に沈めたり、山中に埋めたりしない?」

「君は私と言う人間をなんだと思ってるのか、小1時間ほど聞いてみたいものね。」

 

 

ぇ?ドジっ子で自称引っ込み思案な占い師だと思ってる。

そんな風に言ったら本当に沈められたり、埋められたりするかも知れない。

だから、八幡は黙秘する事にしたの。

 

「ブフッ…。」

 

ドライバーの顔は見えないが吹き出したのだけは分かった。

 

 

 

第9話 

 

 乗り込んだセダンは法定速度を超過することなく、安全運転のまま目的地へと2人を運んでいく。

先程までとは打って変わって終始無言のセレナ。

会話のないままセダンはゆっくりとブレーキをかけて止まっていく。

 

《八幡、もう少しだけ私に時間をくれないかしら?…一箇所、行きたい場所に着いてきて欲しい。》

 

 

八幡には特にこの後用事も無かった為、何も気にしせずに了承したわけだがーーー

 

 

「ここは…!」

 

何故、彼女は此処へと来たのであろうか?皆目検討もつかない状況に八幡はセレナへと向き直る。

セダンは八幡とセレナが降車するや足速に去っていた。

故に場所を間違ったとは到底考えられなかったのだ。

 

 

「ちょっと縁あってね。…よっと。」

 

侵入禁止と書かれたロープを跨いで、彼女は瓦礫の山へと歩み始めていた。

 

「ちょッ…ぇ…待てって!」

 

八幡の静止に声に耳を傾ける事なく、ズンズンと先へと進むセレナの後を仕方なく追う。

瓦礫に足をもっていかれないように注意しながら歩み、重機数台の隣りをすり抜けて開けた場所へとたどり着いた。

 

 

「……。」

 

かつて、そこでは多くの生徒が部活動など利用したであろう広々とした場所。

前リディアン音楽院のグランドだった場所に2人は立っていた。

 

目の前にはクリスが命懸けで時間を稼ぎ、翼と八幡で死力を振り絞り破壊した忌忌しい天へと伸びる巨塔。

綻び、崩れた箇所はあるものの悠然とそこに聳え立っていた。

 

カ・ディンギル。

 

月の破壊を目論んだ櫻井了子…いや、転生したフィーネの作り出した超兵器。

何故、こんなモノを彼女が見に来たのか…いや、そもそも何故この秘匿された最重要機密に関わるソレが此処にあると知っていたのか。

 

 

 

(いや、たまたまだ。)

 

いくら自称有名人とは言え、海外出身。

東京タワーかスカイタワーの類いと勘違いしてるのだろう。

うん、きっとそうだ。と心に訴えかける。

 

(だから…頼む。滲み出た嫌な汗は身体の奥へと引っ込んでくれ。)

 

 

「な、なぁ。此処は立ち入り禁止だし立ち去らね?それにアレは東京タワーとかじゃ「荷電粒子砲カ・ディンギル。」…なに!?」

 

此方を振り向く彼女は、胸の下で組んでいた腕前を解き、深く被っていた帽子とサングラスへと手を伸ばした。

 

 

「もし再利用できたらと思っていたのだけど無理のようね。……まぁ、動力源のデュランダルを失っているし、そもそも発射口も破壊されてる。あ、君達が破壊した…の間違いだったかしら?」

「なんで…セレナ、お前はいったい!」

「それは私の台詞よ。…君はいったい何者なのかしら?

 

 

 

 

 

 

ねぇ…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【黒鬼】さん。」

「!!?」

 

 

過去にノイズを倒す正体不明の戦士を、自衛隊が呼称したコードネーム。

厨二病のようなネイミングに、この名を初めて聴いた時には八幡は内心嫌で嫌で仕方がなかった。

 

黒鬼と呼ばれるのが不快極まりないのである。

 

だからこそ彼は厨二なコードネームで呼ぶなとか、恥ずかしいでしょ!とか言いたい事はある。

 

いや、そうではない。

 

ルナアタックの英雄と呼ばれるシンフォギア装者達とは違い、唯一存在そして正体を知られる事が無かった八幡。

 

八幡並びに翼でさえ知らない。

彼等が月の欠片の破壊から帰還し、意識を失っている間ー

 

弦十郎達が翼の父にあたる風鳴八紘と共に、他国へ漏洩せぬようにと八幡の情報を懸命に秘匿する為にあらゆる手を尽くしていたのだ。

 

映像記録の抹消、箝口令、保管してある情報は最重要機密とし幾重ものプログラムによって守られるようにした。

 

もともと情報が俄かに漏れていたシンフォギアとは違い未知の存在である陰陽師。

その存在が明るみに出てしまえば、八幡自身だけではなく親しい者たちにどのような影響を脅やかすのか計り知れなかったからだ。

 

故に、彼女が言った"黒鬼"と言う単語は情報が漏れない限り、知られようがかいモノだったのだ。

 

「あら、どうしたのかしら?驚いた顔して。」

 

 

そんな事を勿論知らない彼女だったが、言葉と同時に解き放った姿。

その真の姿に驚愕し、八幡は固まり…そして、憤怒した。

 

「お前は…!」

「この姿では初めまして、ね。」

 

ニヤッと不敵に笑うセレナ…いや、その人物の忌々しい名前を敢えて八幡は叫ぶのだった。

 

 

「マリア・荷電・粒子砲!!」

「なんだその月を破壊しそうな名前は!?私の名前はマリア・カデンツァヴナ・イヴだ!!」

 

割と大真面目な間違いであった。

そもそもが八幡はマリアに興味がなかった。

なにより、失ってしまった大切な仲間が纏っていたギアを使ってテロを起こした人物。その為か、マリアへの認識は敵ではなく斬り捨てる目標としか捉えていなかったのである。

 

故にーー

 

「…誰にだって間違いはある。」

 

開き直る。

悪気もなく平然と。

 

「名前を間違えるのは非常に失礼だと思うわ。」

「お前たちだって間違いを犯してるじゃねぇか。…姉さんのライブ無茶苦茶にしやがって。しかも各国に戦線布告まで。」

「そうね…間違いである事は否定はしない。だけれど、この間違いは正しい間違いだ。」

「はぁ?(何言ってんの、こいつ…意味がわからん。季節はもう秋だけど頭の中は春なのか?ん?)

 

 

「Granzizel bilfen gungnir zizzlー」

「っ、こい白雪ノ華!麒麟!!」

 

突然のガングニール起動に八幡は慌てて麒麟を纏い、白雪ノ華を構えた。

アームドギアである槍を構える彼女に集中しようとするが、不意に耳元へ風鳴司令の焦燥とした叫びが聴こえた。

 

 

《八幡、どうした!?こちらでガングニールと白雪ノ華を検知したぞ!?しかも場所がー》

 

ーキィンッ!

 

頭に響いた不快な感覚。

彼はノイズのそれを確かに感じた。

しかも、よりにもよってー

 

「離れた港かよ…やってくれたな。」

「やはり、君はノイズの出現を感知できる。私の憶測は間違いではなかった。」

「っ…だったらこちらも言わせてもらう。テメェ等だな?サクリストS及びウェル博士に手を出したのは。…人でなし供が。」

「なんとでも。」

 

 

否定も肯定もしない。

だが十中八九、八幡の推測は正しいのだろう。

 

なにより、此処へとまんまと連れられた後にノイズの出現。

サクリストS、即ちソロモンの杖での人為的な出現による可能性が大いに高いといえた。

 

だったらと、彼女を斬り刻みたい衝動を無理矢理に心中の奥底へ捻じ込み、彼は行動を移した。

 

 

「アンタの相手はまた今度だ!」

 

戦線離脱し、出現したノイズの下へと駆けようとしたのだがー

 

「そうはいかない!!」

 

【HORIZON†SPEAR】

 

 

ガングニールの矛先が展開し、エネルギー砲が放たれた。

 

(あの時の!)

 

顎を引き、上体を後ろに大きく反らして紙一重で回避する八幡。

 

通り過ぎたエネルギー体は重機数台を飲み込み爆発する。

赤い炎が八幡の後方で上がり、闇夜の2人の顔を照らした。

 

(こいつ…口だけじゃない。)

 

先程、八幡へ放たれHORIZON†SPEAR。

力を集中させた軸足を見定めた射線で八幡を狙い、また彼を闇に紛れ込ませない為に重機を破壊し辺りに明かりを灯した。

 

標的を攻撃しつつ退路を防いだ智略と実戦力。

彼女が強敵である事を認識し、八幡は白雪ノ華を構えた。

 

 

「さ、お話しをしましょう。翼達が来てしまえば貴方と話しができなくなるからね。」

「話しだと?へ、足止めの間違いだろ。」

「そうね。それも事実の1つ。されど黒鬼、君と話したいと言うのもまた事実だ。」

 

 

余裕綽々と言わんばかりに見下す様に八幡を勝ち気の笑顔で牽制する。

退路は無いこともない。

やり合う事も八幡は厭わない。

ただ、彼女が会話を求めているのであれば…

 

そう思い、八幡は密かに二課本部へ通信をONにしマイクの集音量を最大にした。

 

 

「…一応、聞くだけ聞いてやる。」

「意外ね…でも、ありがとう。」

 

一息入れ、彼女はアームドギアの矛先を地に刺す。

 

力強く握っていた槍から手を解き、優しく掌を八幡に向ける。

 

「黒鬼…いや、八幡。私達の仲間になって欲しい。」

「は…ぇ、はぁ??」

 

まさかまさかの展開に

 

《はぁぁあぁぁあッ!??》

 

スピーカー越しに会話を聞いていた弦十郎の素っ頓狂な叫び声が聞こえた。

予想外。想定外。

 

まさしく意味不明な現状に八幡は考えが纏まらない。

時間稼ぎ?嘘?だったら何故?困惑する八幡を見つめるマリアの瞳には一点の曇りもなかった。

 

「…意味がわからん。」

「あら、スカウトしたいと言っているのよ。…君は人に優しくできる人間だ。正しくある為なら身を削る覚悟があると私は睨んでいる。…だから、私達にその力を貸して欲しい。世界を救う為に。」

「世界を救う…??こりゃまたぶっ飛んだ会話だな。」

「そうね。でも、君は一度世界の危機を目の当たりにしている。だったら理解できるでしょ?…平和は一瞬で砕かれるものだと。」

「それはー」

 

その先の言葉は続かなかった。

何故ならば

 

《み、未知のパターンを検知!!これはッ…アウフヴァッフェン!!?》

「ッ!?」

 

友里の悲鳴の様な叫びが八幡の鼓膜を刺激したと同時に余裕を全面に出していたマリアの表情が激変。

彼女の瞳に映った何かが、彼女へ驚愕と焦りを与えたのだった。

 

「八幡、背後だッ!!」

「なにッ!?」

 

振り返った矢先、目と鼻の先に鋭利に尖ったそれがあり、八幡の瞳いっぱいに映る。

真っ直ぐな軌道で八幡を強襲したそれはー

 

 

 

どうしようもなく…

 

 

 

槍だった。

 

 



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第10話

 武装組織フィーネ。世界へ戦線布告としか受けとられない国土の割譲の要求をしたマリア。そんな彼女の援護に現れた2名のシンフォギア装者。

されど、あの日以降から未だに姿を表す事もなく何も音沙汰なかった。

 

二課所属のエージェント達も必至にその行方を追うも中々足が掴めずに日々は無情にも流れていく。

本部でも上がってきた捜査の資料や映像確認と皆が躍起になっていた。

 

「ふぅ…」

 

大きなため息を吐いたのは、発令室には朝からずっと持ち場から離れず、ディスプレイと睨めっこをしていた藤尭だった。

昼食さえ簡易的な飲むゼリーだけで済ませ碌に休憩すらしていなかったからか、顔には疲労の色が少々滲み出ていた。

そんな彼の横顔にスッと伸びてきた手には湯気の登るマグカップがあった。

 

「あったかいモノどうぞ。」

 

友里が入れてくれたコーヒーの良い匂いが鼻腔を擽り、ゆっくりと手を伸ばす。

真隣でディスプレイにずっと釘付けだった藤尭を見かねた彼女の目が告げていた。

 

休め、っと。

 

「あったかいモノどうも。」

 

入れたてコーヒーを啜った後に再び大きく息を吐く。

そんな藤尭の作業の進捗を確認しようと画面を覗き、友里は驚きギョッとする。

与えられていた仕事である映像記録の確認と街にいる不自然な働きをしているグループのデータの参照は既に終わっており、彼はそれとは別の事をやっていたのだ。

 

それが何か理解した友里は一瞬、呼吸を忘れてしまうほどに驚愕した。

 

「ーッ…これは八幡君のデータ??」

「ん?あぁ…翼さんに頼まれて。八幡君の戦闘データのパターンを敵の殲滅までのタイム、それらに感情の起伏を照らてる所さ。」

 

簡単に言ってはいるが、実際はとんでもなく難題なデータ作成であり、いくら翼の頼みとは言え面倒事を嫌う藤尭らしからぬ行動に友里は眉を潜めた。

 

「翼さんに…?でも、なんで…」

「心配なんだと思う。八幡君、最近まで意識が明後日の方へ向いてたからさ……戦闘中のフォローすべきポイントを詰めておきたいんだと。」

「そう…。」

 

心配なのは貴方もでしょ?その言葉を口に出さずに友里は飲み込んだ

何故なら、その言葉自体が己へのブーメランに他ならないと気づいてしまったから。

 

2人の後ろでは弦十郎も友里に入れてもらったコーヒーを啜っていた。

見えない敵にヤキモキしつつ、されど必ず捕まえる。捉える。そう思っているのは二課の総意だった。

 

敵は槍を携えていた。

 

それは翼と八幡にとって特別なモノ。

しかし、心穏やかな筈ではない姉弟が冷静に対処しようとしているのだ。

だからこそ…必ずー

 

 

そんな思いを胸に馳せる中、発令室に煩いくらいに大音量でアラートが鳴り響き渡った。

 

「アウフヴァッフェン波形を検知…照合確認しました!」

 

巨大なモニターに映し出せられた文字。

それは

 

【SHIRAYUKINOHANA】

【GUNGNIR】

 

「司令!エネルギーが観測された場所はカディンギル跡地です!」

「なにをしとるんだ、あの2人はッ!?2人に通信を繋げ、藤尭!」

「りょ、理解!八幡君への接続を確認!」

「八幡、どうした!?こちらでガングニールと白雪ノ華を検知したぞ!?しかも場所がー」

 

弦十郎が彼に訳を問い質す中、またしても大音量のアラートが発令室に鳴り渡った。

 

「今度は何だ!?」

「ノイズの出現パターンを検知しました!場所は…東の港付近です!」

「何がどうなって…」

「監視カメラ及び衛生からの映像を出すんだ!」

「「了解!」」

 

そしてモニターに映し出された2箇所の映像。

そこにはー

 

「マリアだとぉおぉ!?」

「出現したノイズはライブ会場で行方を眩ましていた分裂増殖タイプのノイズです!」

「くっ…唯一対処可能な八幡を離れた場所で足止めしているのか……急ぎ、装者達を港へ向かわせるだッ!」

「はい!ーッ!翼さんがバイクで港へ先行中との事です!」

「八幡君が集音数を最大にしています!」

「繋げぇッ!」

 

 

八幡がマイクで拾ってあるだろう会話が発令室内で最優先で流れる中、マリアがとんでもない事を口にした。

 

 

《黒鬼…いや、八幡。私達の仲間になって欲しい。》

 

流石にこれには

 

「はぁぁあぁぁあッ!??」

 

弦十郎は叫び声を上げたのだった。

しかし、混乱はこれだけでは終わらなかった。

何故ならば、本日3度目のアラートが鳴り響いたからだ。

 

「み、未知のパターンを検知!!これはッ…アウフヴァッフェン!!?」

 

 

 

第10話

 

 

 

バイクで道を超速にて駆け、急ぎ現場へ向かう。

翼に入ったノイズの出現の報。例のノイズのいる港へ急ぎ向かわねば…そう思う中、ふと頭を過った八幡のあの日の顔。

 

響が涙したあの日。クリスが響に寄り添い撤退する中、八幡は翼とマリアが先程まで歌っていたステージを見据えていた。

 

前髪に隠れている八幡の横顔を見た瞬間、翼は背筋が悪寒に襲われゾッとした。

無表情…だが眼光だけは鋭く大きく開かれた瞳。

 

(あの子のあんな顔…初めて見た。間違いなくあの子は怒っていた。…あれがあの時の私か。)

 

 

響と邂逅を果たしたあの日。

翼は響に激怒した。

身近で奏と言う人物を見てきた。薬物摂取で痛みに叫びを上げるも止めず、同時に自身を追い込む血の滲む努力。血を吐き、苦しみながらも文字通り死ぬ気の努力と忍耐で槍を手にした奏。

 

剣と槍を携えて共に2人で戦場を駆けた。

それから3人になって…また2人になって……

 

そして、出会った響にただただ自分勝手な想いのまま剣を向けー…

 

(成ればこそだ。もしマリアと対峙した時は私が倒す…!八幡には…あの子にはあんな顔似合わない。させない、2度と。…あの子には笑っていて欲しい。)

 

姉として、弟を想う。

血も繋がらない赤の他人。それでも翼にとって八幡は弟に他ならない。

 

「ノイズ以外に敵装者の反応は?」

《ありません。現時点ではノイズの反応のみ確認できています。》

「わかりました。」

 

 

そして、走らせていたバイクを停車させた。

 

「翼、現場に到着しました。」

《こっちも空から到着だぁ!》

《行きます!》

 

ヘリのプロペラの回る音が上空から聴こえた。

旋回する最中で飛び降りてくる2人の姿を捉えた。

 

ヘルメットを投げ捨て、翼はギアペンダントを取り出した。

 

「Imyuteus amenohabakiri tron…」

 

ギアを起動し、醜悪なノイズに向い跳ぶ。

敵はノイズだけ。

 

しかし、攻撃しても分裂し増殖してしまう厄介な能力を有している。

八幡の氷喰絶で辛うじて対処できたノイズ。

その八幡はまだ戦場にいない。それに頼りぱっなしは翼の…だけでなくクリスの性に合わない。

 

「同時攻撃だ!各自、最大出力で攻撃をノイズへ放て!」

「「了解ッ!」」

 

落下する力を利用した拳を

ガトリング砲と小型ミサイルを構え

剣を巨大化させる

 

そしてー

 

「今だッ!」

 

翼の合図を皮切りに同時攻撃を開始。

響の渾身の拳が表皮を貫通、鉛玉が傷を作りミサイルが更に破壊へ誘導し、翼の蒼ノ一閃が切り裂いた。

 

 

(いけるか!?)

 

多段三重攻撃を最大出力で。

殲滅できる、八幡に頼らなくてもー…そう思ったが、

 

 

「ッ!増えてやがるぞ、おいッ!」

 

クリスの言葉の通り、瞬く間に飛び散った僅かな肉片から際限無く増殖するノイズ。

そんな折り、3人の元へ通信が入った。

 

《皆さん、港付近にはまだ逃げ遅れた方々がいます!避難完了まで、もうしばらく掛かります!》

 

現場に急行した緒川からの現状報告に3人の顔つきが険しくなってしまう。

 

「くッ…翼さん!」

「2人とも…一度離れるんだ!」

 

翼の指示の下、響とクリスは揃って翼の場所へと跳んだ。

その僅かな時間でさえ、ノイズは増殖を続けていた。

飛散した箇所からも増え、このままではやがて避難していない人達の所にさえ溢れてしまえる。

 

 

「迂闊な攻撃では増殖を促進させるだけか…」

「どうすりゃ良いんだよ!」

「絶唱…」

 

響の放った言葉に2人はピタッと固まる。

 

「絶唱です!」

「ッ!?あのコンビネーションは未完成だぞ!」

「増殖を上回る破壊力で一気殲滅。立花らしいが…理にかなっている。」

「おいおい、本気かよ!?」

「…八幡に頼らないと倒せない…と証明してしまうぞ、雪音。」

「……フン、その挑発全力で乗ってやる!!」

 

あまりの手のひら返しに響は苦笑を浮かべながら2人に手を伸ばした。

その手を2人はとり絆の限り強く握り…

 

「行きます。S2CAドライバースト!!」

 

3人は瞼を下ろした。未完成の大技、S2CAトライバーストをブッツケ本番でやる。

最大限に集中を高めて…そして歌う。

 

 

 

「「「ーーGatrandis babel ziggurat edenal

Emustolronzen fine el baral zizzl

Gatrandis babel ziggurat edenal

Emustolronzen fine el zizzl…」」」

 

少女達は歌う。

想いを1つに…自分と仲間を信じて紡いだ。

 

そして、爆発的なエネルギーが瞬く間に溢れ暴れ出す。

制御も不可能とさえ思えてしまう絶唱の三重奏によるエネルギーに少女達は身体を震わせた。

 

「コンビネーションアーツ!」

 

叫びクリスの額に汗が流れる。

 

「スパーブソング!」

 

翼の目に闘志の炎が燃え盛る。

 

「セット…ハーモニクスッ!!」

 

 

 

ーーー……

 

 

紅い双眼いっぱいに映った迫る突起物。

軌道は容赦もなく、正確でそして無慈悲に彼の眉間を狙っていた。

 

そしてー…

 

 

「ッ!!」

 

槍は八幡を捉える事は無かった。

薄皮1枚、ギリギリの所で首を右へ無理やりに曲げ、槍が自身の真横を過ぎたのが見えた。と同時に八幡はこう思った。

 

(しくじったッ!!)と。

 

振り向き様に紙一重での回避。それはどれほどの体幹の持主であろうとも、体勢を崩す事は必至。

そして襲い掛かってきた人物は伸び切った右腕から左腕に槍を持ち替えが既に終わっている。

 

がむしゃらに横へと地を蹴るも数センチ程しか跳べず、一文字での襲撃に抗う術が無かった。

もう首へ届くその瞬間、八幡の後ろから其れは飛び出してきた。

 

「させないッ!」

 

真っ直ぐ突き出したマリアの槍が襲撃者の槍を上へと弾き飛ばした。

 

その隙に八幡は崩れた体勢を立て直し、襲撃者に後ろ回し蹴りを放った…が、しかし槍の持ちてで防がれてしまうも勢いは殺せず後ろへ少しだけ下がらせる事で距離を確保。

 

浅く息を吐き、襲撃者を見据える。

 

「その姿…何者だッ!?」

「…。」

 

 

マリアの問いかけに襲撃者は答えず、ただ佇んでいる。

 

襲撃者は槍を携えていた。

フルフェイスの兜のようなモノを被り…何よりその身に纏う炎のように紅いソレはまるで

 

「シンフォギア…なの??」

 

そうマリアが小さく漏らしてしまう程までにシンフォギアと酷似していた。

マリア程ではないにしろ、驚愕した八幡だったがそれよりも気になる事があった。

 

(何故、俺が気付かなかった…?背後からとは言え、接近に気づかないなんて…)

 

師から受けた過酷な訓練により視線、気配には人一倍敏感になった彼。

忍者の末裔である緒川にでさえ、八幡のその察知能力の高さに驚かれたレベルだった。

にも関わらず、敵は最も容易く八幡の背後から攻めてきた。

 

その信じ難い事実に胸がザワつき、一種の恐怖が八幡を襲う。

 

 

「……。任務了解。排除開始。」

「なろっ!」

 

明らかに誰かの指示があって、八幡へ槍を向けた。

まるで機械の様に抑揚もない言葉と声質。

 

 

「……。」

「チィ!」

 

出鱈目な攻撃モーションだった。一見、大振りと思えた槍捌きであっても隙が見あたらないと言う摩訶不思議な攻撃の連鎖。

槍を受け止めてみると、全力で踏ん張らなければ八幡ごと振り抜くことも容易く感じる程に一撃が重かった。

 

(この槍捌きと体捌きは正統な流派のモノじゃない!我流特有の動きだ!…それより、なんなんだよコイツは…!!?)

 

 

槍を受け止めていた八幡へ裏拳を放つも、身を屈めて躱す。

が、

 

「んぐっ!?」

 

虚をついた横凪が白雪ノ華ごと八幡を重機まで吹き飛ばしたのだった。

金属同士が衝突する鈍い音が盛大に鳴り、衝動で砂塵が宙に上がった。

 

八幡が姿を消した重機目掛け、乱入者は槍を構えて飛んだ。

彼を貫かんと引かれた槍だったがー

 

 

「やめろッ!!」

 

飛び出してきたマリアのアームドギアが衝突。

着地するや素早くマリアから距離をとった乱入者は、マリアを見据えコテン?と首を横へ倒すのだった。

 

「彼とは私が話しをしている最中だ。…お引き取り願えるかしら?」

「…??」

 

マリアの言葉に対して襲撃者は不思議な雰囲気を醸したまま直立していた。

一時の停戦状態はー

 

「なめんなッ!!」

「八幡!?」

 

 

重機だった金属片を吹き飛ばし、八幡が夜空へと飛び出した。月をバッグに白雪ノ華を構え、空中に氷の壁を作り全力で蹴る。

 

超スピードで迫る八幡。白雪ノ華でさらに足場を作り、加速して放つ剣は光速と言えても過言ではなかった。

なかったのだがーー…

 

 

「ッ!!?」

 

謎の襲撃者は軽やかな動きで光速の剣を後ろへと受け流したのだった。

達人の剣筋、それを見惚れてしまう程に軽々と流した襲撃者。

"獲った!"と確信した彼の顔つきが驚愕に染まる。

そのスピード故に地を削りながら、襲撃者と背を向けた形になった八幡。

 

「排除、継続します。」

「こなくそッ!!」

 

その声を皮切りに互いに向き合う2人。

再び衝突を繰り広げようとする両名に

 

「まてと言っている!」

 

マリアは叫ぶ。八幡を援護しようと駆け出そうとした彼女の耳元に通信が入った。

 

《待つのは貴女ですよ、マリア。》

「その声は…!!ドクター、どう言う事だ!」

 

ドクターと呼ばれる男は、さも当たり前のように彼女があり得て欲しくない真実を突き付けた。

 

《そのままの意味です。彼女は私達の協力者なのですから。》

「そんな…!私はそんな事聞いていない!!協力者だと!?」

 

槍での鋭い一閃の突き。それを回避しながら左手で掴むと、彼はお返しと言わんばかりに槍ごと襲撃者を投げ飛ばした。

 

先程、八幡が衝突した瓦礫の山へと襲撃者は鉄が衝突する甲高い音を立てて消えた。

 

「はぁ…はぁ…協力者だぁ…?」

「ッ!」

 

我慢の限界が訪れた。

 

《八幡君!冷静に対処して!》

《翼を向かわせる!それまでー》

 

友里の声は届かず、弦十郎の言葉は最後まで聴くこともなくー

 

「諸共に消しとばしてやるッ…!」

「ッ!!」

 

1つ、2つと…僅か3秒にも満たない時間で12の五芒星の陣が夜空を埋め尽くした。

憤怒した八幡の紅い双眼が月夜に怪しく光った。

それに呼応して五芒星の陣から稲妻が少しづつ溢れてくる。

 

 

《よせッ!!落ち着くんだ!!》

 

届かない。今の八幡には誰の言葉も届きはしなかった。

 

「雷霆に砕かれろッ!!!」

 

【武甕雷】

 

夜空を埋め尽くした五芒星の陣から一斉に雷が放たれた。

鼓膜を破壊するような轟音が鳴り響き、太く、大きく、絶望の巨大な光が地上に降り注がれた。

 

「ぁ…くぅ!!」

 

マリアの瞳が動揺に呼応し、揺らぐ。

降り注がれる死へ誘う光が目前に迫る中、呆然と立ち尽くしたまま動かない。いや、正確に言うなれば動けなかった。

圧倒的な絶望感に指一本動かせなかった。

 

「ーー対象の保護を優先します。」

 

協力者と呼ばれた紅き襲撃者はマリアの前に飛び出した。

 

 

【炎鳥昇巻】

 

紅蓮の炎を灯した矛先が超高速で回転する。

燃え盛る炎を巻き込んだ竜巻が2人へ堕ちる雷を迎え撃った。

 

(あの技は!?)

 

衝突した両者の攻撃は、辺り一面へ暴風を巻き起こした。

槍を握りしめて、天へ伸ばす。しかし、八幡の放った武甕雷の威力は凄まじく、襲撃者の両足が地にめり込む。

 

「…なんて…無茶苦茶な…!くぅ!!」

 

【HORIZON†SPEAR】

 

衝突する炎の竜巻と雷霆の間にエネルギー砲撃を放つ。

数秒の後に、轟音と暴風は鳴りを潜めた。

夜空を漂っていた雲は吹き飛び、満月だけが3人を見ていた。

 

「身体へのダメージを確認。戦闘力の15%低下が見込まれます。戦闘続行可能。」

 

ギアのような鎧の一部から火花を散らすも、襲撃者は八幡へ槍を向ける。

予定にもない想定外な出来事に、動けないマリアだったがふと気付く。

 

八幡の身体が小刻みに震え、それは徐々に加速し大きな揺れへとなっている事を。

 

「お前は…お前達は…どこまで俺をイラつかせるッ!!」

 

苛立ちなどと生優しい言葉では言い表せない畏怖を与える重圧。

憤怒の炎を燃やしながらも、冷たさを感じさせる視線。

 

困っていたマリアに手を伸ばし、最後まで文句1つ吐かなかった優しい青年。

だが、しかし今はどうだろうか?

マリアを見据える八幡からは僅かな慈悲も伺えない。

優しさなど皆無であった。

 

彼が纏う死への空気。

鬼だった。

そこに居たのはまごう事なく"黒き鬼"であった。

 

 

「ッ!…待ってほしい!私は何もー「奏さんのギアをテロに使ったヤツは黙ってろ!!世界を救う…?思い上がるな!!お前も…お前も奏さんの真似事しやがって……ふざけるなぁぁぁあぁ!!」

 

 

紅い双眼は憤怒の火を宿し、彼の感情に反応した白雪ノ華が発光すると八幡を中心に辺り一帯を氷の世界へと変貌させた。

その冷気に八幡の周囲の空気は氷の様に冷たくなり、月明かりを反射した雪の結晶がキラキラと漂いながら周囲を舞う。

 

 

「お前達だけはー」

 

彼が何かを言いかけた瞬間、とんでもないエネルギー爆発を感じた。

遠方で虹色に輝く竜巻が雲を突き破り、天へと登って行くのが見えた。

 

それは八幡がノイズの出現を感知した場所と相違なかった。



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