魔王軍から幹部待遇でスカウトが来たけど、丁重にお断りする話。 (セカンドオピニオン)
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第1話

 俺がこの国で魔王に対抗する勇者として召喚されたのは、もう何十年も前に遡る。

 

 ……というか、その手の小説でも何でも世界の為とか言って割とホイホイ勇者召喚させるけどさ。

 チート能力与えるのは結構なんだが、召喚されたっきり元の世界には戻れないこっちの身も考えて頂きたい。

 兄妹居なかったけど、何だかんだ三人家族でそれなりに仲睦まじくやってたんだぞ? 俺。

 

 ──と、そんな愚痴を飲み込みながら数年余り。

 がむしゃらに働いたし、戦ったさ。

 人類の為に。

 実際楽しかったし、テンプレ無双真っしぐらな人生は。

 

 転生特典。

 魔法耐性うんたらに、全属性魔法の才能。

 魔法学院とかで何年も修行する必要ないね。万歳。

 

 伝説の聖剣なんとかカリバーの選ばれし使い手。いろんなスキル。

 何とか検知何とか感知。

 何とか増加。何とか耐性。エトセトラエトセトラエトセトラ。

 

 ──四天王。

 世を脅かす魔王の側に並び立つ強大な存在たち。

 彼らを倒さねば、魔王城の結界を破る事も出来はしない。

 

 それら一人一人に辛勝を収めつつも。

 俺は数々の苦難を乗り越え、数多の敵の屍の上に魔王を倒し。

 国からも騎士の称号を頂き、国一番の美人とも言われたお姫さんと結婚した。

 上々だ。

 

 人族でも随一の実力と名声、富を手に入れ、男の夢、異世界転生無双を満喫。

 ──それが出来たのも、まあ二十代までだった。

 

 色々とうまくいかなくなり始めたんだ。

 その時から、人生が。

 

 考えてみれば勇者の力には、それだけ巨大な責任が付いて回る。

 それも国一つどころか、人類全体の存続に関わる責任だ。

 そしてそれだけのものを背負い込むだけの覚悟とか意識が、生まれも育ちも平均的日本人の俺にはなかった。

 ただそれだけ。

 

 はっきり言って面倒臭いし。

 でもそれは、大多数の人間の失望のタネになる。

 

 頻繁に王族と対立するようになったのはその時から。

 俺という名前の一人間という器に収まった勇者の力を目当てにした輩が、色々と謀略を仕掛けてきたり。

 それの影響で、夫婦仲も上手くいかなくなった。

 

 そしてついに、国中を巻き込んだスキャンダルと離婚騒動の末に、俺は国を出て行った。

 それまでの立場にそれほど執着も感じていなかった事に気付かされたのもその時だ。

 要するに嫌になったのだ。

 色々と。

 

 三十代。

 元勇者という身分を隠して、俺は雇われの冒険者として活動を始めた。

 金、酒。ギャンブルに女。

 自由きままな生き方を見つけられた気がした。

 

 四十代を過ぎても、俺は冒険者稼業を止めることはなかった。

 それ以外にこの世界で生きていく道を、ただ知らなかっただけなのだ。

 適当に冒険心を満たしつつ、好きなもん食って生きていきたい。

 ありとあらゆる特殊チートを持った俺は、戦いの中でしか自分の存在意義を見つけることができなかったし、実際俺もどこかそれでいいと思っていた。

 内心納得してもいた。

 

 

 ──そして、ある日終わりはやってくる。

 

「ングウッっ!! ……不味い、腰がっ……」

「ククク、素晴らしい! 余をここまで追い詰めるとは!! 貴様、相当に名のある冒険者と見受けたぞ。時代が時代なら、勇者として輝く道もあったろうに」

「じゃなくて腰が……ちょ、タンマ──」

 

 目の前には、最強の不死王とも呼ばれるダンジョンマスター、リッチ。

 

 冒険者として中年に差し掛かっても、チート能力に任せて未だバリバリ無茶をし続けて来た俺。

 そのツケが、とある地方で最大の規模とも言われた巨大ダンジョンにノリで挑戦した際の最深部でのラスボス戦、最悪のタイミングで現れたのである。

 ギックリ腰として。

 

 ──いくらどれだけチート特典に恵まれてても、土壇場でギックリ腰をどうにかする特典なんてあるわけないんだよなあ。

 

「もはや満足に動くことさえ能わずとは、せめてもの情けとして、一撃で葬ってやろう! 『ブレス・オブ・デス』!!」

「──いや待……ぐぎゃあああああああ」

 

 悍ましい白骨と化した不死王の口より放たれたのは、生あるもの全てを死に至らしめる不死王の奥の手、必殺の吐息。

 紫の奔流となって襲い来る攻撃に太刀打ちする術もなく、俺はその場で呆気なく死んだ。

 

 ──物語が終わるのは、いつも唐突。

 これが、身の丈に余る力を手に入れた、等身大の日本人の末路か。

 

 そんなことを思いつつ、俺はなんちゃって勇者としての生涯に幕を下ろした。

 

 

 ■

 

 

「──と、思ったんだがな。まさか、アンデッドとして蘇るとは」

 

 重厚な鎧の奥からくぐもった声を漏らしつつ、剣を杖代わりに、玉座にどっかりと座る。

 前の持ち主、リッチが座っていたものだ。

 

 ──そう。

 予想だにしなかった事なのだが、勇者として戦争を戦い抜き、ダンジョンの奥深くで倒れた俺は、なんといつのまにか高位アンデッドの一種、アンデッドジェネラルとして蘇ったのである。

 

 老いる事も朽ちる事も無い不死身の肉体。

 自殺する事も出来ん為に、だらだらと惰性で前ダンジョンマスターから引き継いだダンジョンを運営している。

 

 アンデッド化の影響で肉体のリミッターが外れたのか。

 生前より増した力の影響で、俺は見事、ダンジョンマスターのリッチにリベンジマッチを果たしていたのだった。

 そこまではいいものの。

 その後やる事も特に無く。

 

 あーあ。

 誰か適当に倒してくんねーかな。

 そんなことを投げやりに思いつつ。

 

「第百二十三階層にドラゴンゾンビがスポーン……どっから流れ着いて来たんだか。九十階層辺りで大規模な共食い? ……面倒臭い。勝手にさせておけ」

 

 明確な意識や自我のあるモンスターがダンジョンマスターを倒したら、どうなるのか。

 俺自身もあまり考えたことも無かったが、どうやら新しいダンジョンマスターとして認定されるらしい。

 俺自身ダンジョンを出て行く宛もなく勝手に最深部に住み着いただけなのだが、詳しいことは分からん。

 

 とにかく、各階層の管理は配下のワイト(アンデッド化の影響で死霊術が使えるようになったので、試しに呼び出した)に任せっきりだ。

 こいつも意識があるのか無いのか分からんし、辛うじて会話の相手が務まるくらいだが。

 

 ……こんな感じ。

 

 何がしたいのかもわからないし、ただダンジョンを大きくするだけの作業ゲーをやりつつ、ごくたまに最深部までやってくる冒険者を叩きのめして撃退するだけを繰り返す毎日。

 

 異世界に来てまで、やることがこれなのか。

 そんな毎日に飽き飽きしていた俺のターニングポイントが、ある日、ダンジョン内に相当な高位モンスターの反応が来たと報告が来た時だった。

 

 

 ■

 

 

 ──不気味なほど規則正しく配置された松明が、淡い光で部屋の内を照らし出す。

 天然と魔術の為せる技により作り上げられし内層は、不死王の統べる大陸最大のダンジョンの最深部に違わぬ荘厳さを持って、ダンジョンマスターとそれに立ち向かう歴戦の冒険者の戦いの場の雰囲気を演出する筈なのだが、今回の訪問者は少し違った。

 

「ほほう……貴様、さてはヴァンパイアだな? それも高位の」

「さてはとか言わなくてもこの格好見りゃわかんでしょ。ホレホレ〜」

 

 とか言いながら。

 上質な衣で形作られた衣装、まるで誘惑するかのように、目を静かに細める目の前の魔族。

 

 背中からは強大なコウモリの翼が生え、姿形は年端もいかぬ少女のそれだが、発育はやたらよく見える。

 鮮血の様な紅の瞳には冷徹さと傲慢さが。

 金色の長髪をツインテールにしたその表情からは、高位種族としてのプライドの高さが見て取れる。

 

 俺は兜で顔を覆われているのをいい事に、咳払いをしながら観察した。

 

 アンデッド化した今、俺も同じモンスターの狢。

 同族の魔力は感知できるし、どれくらいの実力者なのか事前に鑑定できるスキルも身につけている。

 ……もっとも、これは勇者として召喚された時のチート特典で。

 

 ──ヴァンパイア。

 日本人にとってもまあ、それなりに知名度の高いモンスターだろう。

 その名の通り、人間の生き血を啜ると噂される魔族。

 この異世界においては強力な魔法を使うモンスターの一族とされ、エナジードレインなどの凶悪な魔法で人間を脅かし、低級のはぐれヴァンパイアでも小規模な村や国を滅ぼしてしまうこともあるとも言われる。

 あちこちに危険が潜み、モンスターが跳梁跋扈するこの世界。

 子供を産み、人類の子孫を残すことそのものが重要視されるこの世界では、トップレベルに危険視されるモンスターなのだ。

 

「……こ、コホン。アンデッドの俺に魅了スキルを使うとは、わざわざ無意味な事を」

「あら、バレちゃった?」

「俺ほどの実力ともなれば当然の事……。それとも何か? この俺を冷やかしに最深部まではるばる乗り込んできた訳ではあるまい」

 

 適当にハッタリを噛ませつつ返答した俺に、彼女は宙に浮きながら内心合点がいったような表情で、しかしどこか生意気そうな笑みを浮かべた。

 

「……ま、それもそうね。大陸最強の不死王とも噂されるアンタに、小手先は通用しないのはむしろ当然。ダメ元で試してみただけだったし」

「大陸最強の……なんだって?」

 

 ……んなもん聞いた事も無いんだが?

 ってあれか、もしかして多分それは前の──

 

「いいえ、謙遜しないで。こんな見た目だけど私もそれなりに長く生きてきたわ。アンタの纏ってる瘴気の濃さは今まで出会ったアンデッドの中でも一番……」

「瘴気……」

「何よりここまでの規模のダンジョン、それを今まで支配してきたという事実が、貴方の戦歴の最たる証左と言えるわね」

「いや、それはだな……」

 

 ダンジョン、部分的には代替わりしてから成長したかもしれないけど、大部分は普通に受け継いだだけだし。

 瘴気が濃いのは単に、勇者時代の俺の力がアンデッド化の影響で変質した為だ。

 たぶん。

 

 困惑する俺を他所に、さっと髪をかきあげた彼女は、打って変わって真剣な目つきで。

 

「当てが外れたら足労ついでにダンジョンごと消し炭にしてやる気で、噂をつてに直々に来てあげた訳だけど。相応の実力者のようで安心したわ」

「……ほ、ほう。まあそこまで言われれば悪い気はせんな」

「ええ。その実力を見込んで、頼みたいことがあるの」

「頼みだと? まあ、内容次第では聞いてやらん事も無いが……」

 

 ……ここはひとまず、話を合わせておくに限る。

 直接戦って負けるかどうかはともかく、ダンジョン消し炭にされたら迷惑だし。

 

 彼女はこちらを品定めするかの様に、少女のような容姿に不釣り合いな妖艶さで唇をひと舐めしたあと、切り出した。

 

「貴方でも聞いたことがあるんじゃない?果ての大陸の魔王の話を……」

「魔王? ああ、あの魔王か。奴ならだいぶ前に倒し……じゃなかった、倒された筈だが」

 

 っぶねー。

 内心焦る俺だったが、彼女は対照的に訝しげな表情で、

 

「……倒された? アンタ何言ってるの?」

「む? 魔王の話だろう」

「そうよ」

「まさか──怨念で蘇ったとか?」

「アンタと同じにすんじゃないわよ」

「いやそういう意味で言ったわけでは」

「そうじゃなくて」

「違うのか」

「とっくの昔に代替わりしたの! どっかの勇者が前魔王を倒した後、今は現魔王様が指揮を取り、協力者を募ってるわ」

 

 ……いつの間に。

 というか、そもそも俺が蘇ってからいくつもの月日が流れていたのか。

 

 アンデッドは眠らないし、陽の光の入らないダンジョンの中で、時間感覚が狂ってしまったのかわからないが、どうやら相当の年月が経っていたことにようやく気づく。

 

 ……そうだよな、魔王も普通に代替わりするんだもんな。

 勇者からしたら一度倒したら終わりかもしれないが、人間より長命な魔族側にとっては、長い目で見た場合新たなる指導者が必要になるのも当たり前だ。

 

 ジェネレーションギャップって、こういうことを言うんだろうなあ。

 ………。

 

「……で、それとこれと、俺になんの関係があるんだ?」

「なんの関係が……ってアンタねえ、さっきから宗教勧誘にでも来たと思ってる訳?」

 

 察し悪いわねえなどと愚痴りつつ、目の前のヴァンパイアは溜息をつき。

 

「私は魔王軍四天王が一人、ヴァンパイアクイーンのカーミュラ。貴方を新生魔王軍の幹部に迎え入れに来たの」

「幹部……この俺を?」

「そうよ」

「ちょっとまて、色々と飲み込めないんだが」

 

 カーミュラと名乗った彼女は、八重歯を覗かせたドヤ顔で豊満な胸に手を当て、

 

「喜びなさい! さっきも言ったけど、魔王軍結成にあたり大陸全土の魔族達に召集が掛かったの。それに当たって、貴方の評判を聞き付けた魔王様が、貴方を幹部に抜擢するとご指名されたわ。私はそのメッセンジャーって訳」

「……つまり、俺に魔王の配下になれと?」

「ええ、そういう事。光栄に思いなさい?」

「要するに……スカウトマン的な?」

 

 胡散臭さ度で言えば、宗教勧誘とあんま変わらない気がするんですがそれは。

 

「断る」

「なっ!?」

 

 ……いや断られるとは思ってなかった的な表情してますけど。

 むしろ何でオーケーしてもらえると思ったんだよ。

 何の為に勇者の地位を捨ててまで家出したと思ってんだよ、俺。

 

「ちょっとよく考えなさいよ。魔王軍の、しかも幹部待遇よ? 貴方も仮にも一アンデッドなら、魔王軍に抜擢されるだけでもモンスターにとってはこれ以上ない栄誉だと思わないの!?」

「いや、モンスターの栄誉とか常識とか、はっきりいってよく分からないんだが……幹部というか、四天王が既にいるんだろう? お前も含めて」

 

 四天王とか、一周回って懐かしい響きだ。

 俺も戦ったなあ。四方を守護する魔王の幹部とかいって、一人一人大陸のあっちこっち行って攻略すんの面倒くさかったけど。

 

「まあ、そうね」

「現時点で四人埋まっているなら、それでいいじゃないか」

「四天王は四天王だけど、あくまで暫定よ」

「は? 暫定? 四天王呼びが暫定なのか?」

「そうよ」

「なに……魔王の配下の幹部といえば四人で四天王だろうが」

「だ・か・ら! それは昔の話っていったじゃない! いつの話してるのよ。今の魔王様は再び魔王軍を結成するにあたり、幹部を十二人迎え入れるのを計画しているわ」

「多っ!?」

 

 俺の時と違う気が。

 幹部を十二人構えるとなると、人間側からしたら攻略するのも、魔王軍側からしたら結成するのもそりゃ一苦労だろう。

 さっき大陸中から魔族をかき集めてるって聞いたけど、それはそれで十二人も実力者が集まるのか心配なところだ。

 

 それともこれが時流の流れってやつなのか?

 

「幹部の数が多ければ多いほど、魔王城の結界もそれだけ強固になるのよ。貴方なら結界維持に割ける魔力なんて余裕のはずでしょう?」

「違う、そういう問題じゃない」

「もう一度よく考えて。流石に私ほどじゃないかもしれないけれど、貴方もモンスターとしては相当の高位よ。誰もが貴方の実力を認めるわ」

「……流れるような自分age乙」

「それとも……何か言った?」

「言ってない」

 

 ……。

 

 確かに、俺は現状やることも見つけられずにいる。

 いつ終わるともないアンデッド生涯。

 せめてこの力を何かのために役立てたほうがいいのかも知れない。

 

 ……。

 だからと言って、元の勇者のような立ち位置に戻るのは、なんか違う。

 人間かモンスターか。

 それだけの違いでしかない。

 同じことの繰り返しになるだけだ。

 

 ……というか、深く考えるまでもない。

 俺に戦う理由なんて、そもそも存在しないのだ。

 魔王軍幹部なんて地位を受ける理由も。

 もう一度不特定多数の誰かの運命や責任を背負ってまで戦う理由も。

 

「……いや、やはりやめておこう」

「……」

 

 最初から答えは決まっていたようなものだ。

 

「返事はノーだ。四天王だの幹部だの、そんな地位や栄誉は俺にはもはや価値のないものだ。従って、お前の頼みを受ける理由も、俺にはない。悪いが、今回はお引き取り願おうか」

「………」

 

 カーミュラはというと、しばらく納得のいかないと言った表情で、複雑そうに俺の方を睨んでいたものの。

 やがて、心の中で自分なりの答えを見つけたかのような表情で。

 

「成る程ね。よくわかったわ」

「わかってくれたか」

「ええ。それに、アンタの事も、少しだけ知れた気がするし」

「ほう。そうか」

「地位や栄誉に頓着しない、それだけの器の持ち主ってことがね」

「ああ……えっ?」

 

 ニヤリ、と不敵な表情を見せ、

 

「確かに、今日のところは引き取らせていただくわ。けど、地位や名誉に拘らない貴方でも、靡く理由を見つけて来てあげる」

「いや違うんだが……お前話聞いてたのか?」

「ぶっちゃけ、魔王様も十二人も幹部を構えることを計画した以上、それだけの数を何処からかき集めてくるのか悩んでたみたいだし」

「やっぱりかよ! 十二人も幹部構えることがそもそも計画倒れなんじゃ」

「とにかく!」

 

 ビシッ! っとこちらに指を突きつけ宣言した。

 

「絶対にアンタをこっち側に引き込んであげる。今度来るときまで首を洗って待っていることね! 

 ──『テレポート』!」

 

 体を光が包んだかと思えば、彼女の姿は消えていた。

 後にはあっけにとられたまま。

 色々と言い損ねた俺だけが残され、

 

「……新魔王軍とやらがあんな奴ばっかりだったら絶対に入りたくないんだが」

 

 そんなことを独り愚痴りつつ、俺は諦めとともに玉座にどっかりと座り直した。

 

 



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第2話

「お前また来たのか……って何だ、貢物でも持ってきたのか」

「……お生憎様ね。前は断られたけど、これを見たら首を縦に振らざるを得なくなるわよ」

 

 勇者としての死を迎えたのちに、アンデッドジェネラルとなった俺の前に現れた、魔王の配下を名乗るヴァンパイアクイーン、カーミュラ。

 

 絶対にこっち側に引き込んで見せるわ! なんて台詞とともに、彼女が去ってから数週間後。

 

 適当に他の幹部候補の勧誘にでも向かうだろうなどと言う内心の期待とは裏腹に再び現れた彼女は、今度は何やら武具のようなものが入った袋を担いでいた。

 そこはヴァンパイアクイーンなのか、あまり荷物の重さを感じさせずに羽ばたいているが。

 

「こりゃまた変なとこで生真面目だな……とでも言うべきなのか?」

 

 ……というか、このダンジョン。

 大陸最大とも言われるくらいには、それなりの規模のはずなのだが。

 いくら高位のヴァンパイアでも、攻略には一週間以上かかるはずなのだが?

 

 そんなお使いを魔王から頼まれた彼女も彼女で律儀なものだ。

 それとも今の魔王への忠誠心がそれだけ高いという証なのか?

 俺ならそんな面倒な指令絶対に受けたくないし、というか四天王の彼女がそんなこき使われるなら尚更入りたくなくなってきた。

 

 ……と、開幕から俺の加入意欲が駄々下がりしている事など、彼女にとっては露知らぬことであろう。

 

「ま、貴方の予想通りってとこかしら。現魔王軍の力を証明することも兼ねてね、ささやかなプレゼントってワケ」

「……いいか、前にも言ったろう。魔王軍に協力する気は無いし、そうする理由も無いと……」

「まあまあ。地位や名誉に拘らないなら、実物でこっちの意思を示すまでよ」

 

 ぼんやりそんな印象を抱く俺を他所に。

 どっさりとした縦長の袋を地面に置いた彼女は、無造作にその中に手を突っ込むと──

 

「──見なさい! 魔王城にて収められし、魔剣よ!」

「魔剣……これがか?」

 

 やたらゴテゴテした装飾のついた長剣を、おもむろに取り出して見せた。

 

「そうよ! 魔族でも人間でもそうだけど、戦士にとって、高級な武具は勲章と同じ。生前からの剣士の魂を受け継ぐアンデッドジェネラルである貴方なら、それに勝る宝はないでしょう?」

「……あー、成る程」

「貴方を説得するにあたり、魔王様からいくつか助言を頂いたわ。流石は聡明な魔王様、成る程と思いついたの。魔王城の武器庫から私自らの目で見繕ってきたこの剣なら、貴方のお眼鏡にかなうんじゃなくて?」

 

 そうきたか、という感じだ。

 ……まあ確かに、この世界の貴族や戦士にとって、武器や鎧がそういう価値観なのは知っている。

 実用性と品格の象徴とを兼ね備えた武具と言う名の貴金属は、この世界においては非常に価値を持つものなのだ。

 物によっては権力や実力のシンボルともなりうる、一種の財産に近いとも言える。

 日本でいえば、ソシャゲのイベント装備みたいなもんだ。

 

 剣をとって、まじまじと見る。

 刃渡りはそれなりに長く、束の部分には色々宝石がはめ込まれている上刀身にまで渡る上品な細工が施されている。

 成る程見た目的には高級そうな剣だが……

 

「因みに銘は?」

「……なんですって?」

「銘だ。魔剣の名前」 

「め、銘?」

「なんという名前の魔剣か分からなければ、俺も如何ともし難いのだが」

「えっ、……ええっと、ちょっと待って……」

 

 ぎくり、と言った調子で。

 自信満々の笑顔を崩した彼女は、焦ったような表情でそっぽを向いた。

 

「な、なんとかスレイヴとか、なんとかウィングとかいう名前だったような……」

「まさか忘れたんじゃないだろうな? それとも、元から無いとか?」

「うっ、うるさいわね!

 仕方ないでしょ、そもそもこの手の剣ってやたらと名前長いのがいけないんじゃない!」

 

 それは俺も同意する。

 

「とにかくっ、名前とか効果とかは知らないわ! でも噂によれば、重要な場で一国の王家がかつて扱ったとされるわよ。私から見ても、相当な効力を持つ剣なのは間違いは無いわね」

「本当かよ……」

 

 腕組みする彼女を他所に、俺は剣に向き直ると密かに鑑定スキルを発動させ──

 

「……あーわかった。これあれだな、演武用の儀礼剣だ」

「えっ」

「魔王城の武器庫か……まあ、こんなものも紛れることはあるか」

「えっ……えっ!?」

「やけに装飾が派手だと思ったが……さっき自分で見繕ったって言ってたよな? 大方見た目で適当に選んだだけじゃないのか?」

「そ、そういうわけじゃ………。じゃ、じゃあ魔剣の効果とかは」

「特にないな。売れば高そうだが」

 

 先ほどとは一転、冷や汗を浮かべた彼女はその言葉にガックリと肩を下ろした。

 まあここまで派手な装飾の剣なら、何かしらの効果が伴っていない方が不自然と考えるのも無理ない事だったが。

 

「嘘でしょ……」

「まあそう気を落とすな。魔王軍に入るかはともかく、お土産としてもらっといてやるから」

「お土産とかそういう扱いじゃ困るのはこっちなのよ……わざわざこんなトコまで来た私が馬鹿みたいじゃない……」

「んなこと俺に言われても」

 

 そもそも武具なんてもん普通に興味ないし。

 

 ぶっちゃけ、勇者時代から引き継いだ最強装備をまだ持ってるワケだからな。

 王家から貰ったなんとかカリバーもまだ持ってるし。

 

 何より──今身につけているこの漆黒の鎧。

 いかにも物々しいこの鎧は、勇者として前魔王を打ち破った際、戦利品として譲り受けた一級品だ。

 皮肉にも、不死のアンデッドジェネラルと化してからの方が身の丈に合っているが、なんとかカリバーと合わせて、国を出る際に金品がわりにもちだして以来、今に至るまで装備している。

 良くも悪くも馴染みのある品だし。

 ぶっちゃけ今更変える必要性も見当たらない。

 

 そんな俺を他所に。

 ズーン……なんて音を立てそうなレベルで落ち込んでいた彼女は、しかし立ち直ったかのようにこちらをキッとにらめ付けるや否や。

 

「……いいえ、まだよ。見てなさい! すぐ魔王城に帰って、今度は魔王城の中で一番高価な武具を持ってきてやるんだから!!」

「いやそういう問題じゃなくてだな。そもそも」

「──────『テレポート』ッ!!」

 

 ──眩い光とともに、消え去った。

 

「……頼むからひとの話聞いてくれんかな」

 

 

 ■

 

 

「ふぅ……ふぅっ……! また来たわよ……今度こそは」

「またか。……っておいおいおい、今回は随分と大荷物じゃないか。アンデッドギガンテス、手伝ってやれ」

「ど、どうも……はあ……疲れた」

 

 配下の巨人ゾンビに肩代わりさせた荷物には、前回とは違い、見るからに重そうな鉄の塊が入っているようだった。

 流石にこれだけの重量を抱えたままここまでダンジョンを抜けるのは、さしもの彼女でも堪えたことだろう。

 玉の汗を浮かべた彼女は、最深部に乗り込んで来るや否やへたりこんでしまった。

 まあベテラン冒険者でもやっとの攻略を彼女一人で行ってしまうのだから、そこは素直に凄いと思う。

 懲りずにまた来たようだが、彼女も彼女でご苦労なことだ。

 

「遥々お越しの所悪いが、前にも言っただろう。返事はノーだ」

「……フ、フン。そんな口が叩けるのも、これを見るまでよ……ふぅ……」

「まあ相当なもんを持ってきたもんだな。……水いるか?」

「も、貰うわ……」

 

 ダンジョンの地底湖から汲んできた天然水を、コップに入れて渡してやると、疲れ切った様子でゴクゴクと飲み干す。

 

 ……。

 やっぱり美人がモノを嚥下する図って色々絵になるな……なんて内心で密かに思いつつ。

 その傍で何が彼女をここまでさせるのか──それとも単に今の魔王軍が相当な人手不足なのか。

 そんな事を邪推しながら、玉座に頬杖をつく。

 

「ま、折角来たんだ。一応見てやるとしようか。見たところ、全身鎧かなんかのようだな?」

「んぐっ……と、察しがいいわね。その通り、約束通り魔王城で一番高価な武具を持ってきてやったわ!」

「お前もお前で立ち直りが早いな……」

 

 水を飲み干すや否や持ち前らしい回復力を見せ、眼前に仁王立ちするカーミュラ。

 約束ってなんだ、そんなもんそもそも約束してないと言うのは野暮だろう。

 最早突っ込むのも面倒くさくなってきた。

 

「ジャーン!!」

 

 そんな彼女の掛け声とともに取り去られた袋の下からは──!

 

「ん……お、おおおおおおっ!?」

 

 ──ま、眩しいッ!?

 なんだこの鎧は。余りにも眩しすぎるぞ!

 

 兜、胴鎧、手甲にレギンス。

 全て一体となったフルフェイスアーマーは、その貴重性ゆえ一部の上級階層、王族や貴族か騎士にしか身につけることを許されぬ高級品だ。

 極度に重量も増すその扱いの難しさゆえ、装備できる実力者も限られてくる。

 

 床の上に置かれた全身鎧は、それもさることながら。

 

 深く暗いダンジョンの最深部にあっても、まるで太陽のように輝く白銀の鎧。

 反射とは違う。

 鎧自体が輝きを発しているのか。

 まるで日光に照らされたかのごとく、最深部の部屋全体が明るく浮かび上がる。

 まるで神器か何かのごとき、神々しさすらまとうほどの金属表面。

 

 ──間違いない。

 前回とは違う。

 確かに宝と呼ぶに相応わしいレベルのアーマーなのに間違いはなかった。

 

 間違いはないのだが──

 

「な、成る程確かに、相当な業物のようだ……だが」

「フフン、そうでしょう言ったでしょう? 魔王城で一番の鎧なんだから、当然よ!」

「あ、ああ……だがちょっと眩しすぎないか? 眩しすぎて、ちょっと目が痛くなってきた気が……」

 

 思わず目を覆う俺を他所に、得意げに鎧の説明を始めるカーミュラ。

 

「聞いて驚きなさい。これはね、魔王城が所蔵する数々の鎧の中でも一番貴重とされている、かつて古の聖堂にて収められしセイントアダマンタイト製の聖鎧よ。その性質上、邪な力を撃ち払い──」

「──聖鎧ってお前、ダメじゃねえか!! さっさと袋に戻せえっ!!」

「えぅ、えええっ!?」

 

 ──道理で物理的に目に痛いと思ったよチクショウ!!

 怒鳴った俺の剣幕に気圧されたのかいそいそと鎧を仕舞い込むカーミュラに、俺はゴシゴシと頰当の奥の両目を擦った。

 

「ち、ちょっと、幾ら何でも一級品の鎧にまでケチつけるなんて、いくらなんでも我儘が過ぎるんじゃ無いかしらっ!」

「我儘だと、お前にだけは言われたく無いわ! それに、聖属性鎧なんて対アンデッド装備の最たるものじゃないのか。あんなもん装備したら逆に弱体化どころか俺の目が潰れるわ」

「あっ」

 

 気づかなかったとばかりに袋の口を急いで締めるカーミュラに、俺は若干投げやりになりつつも。

 

「……カーミュラよ。繰り返しに俺を説得しにくるその根気と心意気は確かに認めよう。だが前回言っておけば良かったが──俺にはそこまで武具に頓着するタチの戦士では無い。そういったもので俺を説得できると思っているなら、とっとと諦める事だ」

 

 それでも断固たる意志を告げたが、彼女の反応は不満げだ。

 

「……というか、魔王城で一番の武具が聖鎧ってどういう事だ!? アンデッドどころか、悪魔族も装備不可だろこんなもん」

「どういうことも何も、実際これしかなかったんだから仕方ないじゃないの。言い伝えでは前魔王様の装備してた魔鎧が魔王一族の家宝としてあったみたいだけど、古の勇者との戦争で失われちゃったのよ!」

「………」

 

 ……そういえばそうだった。

 というのは、今俺が身につけているのがまさにそれなわけで。

 

「……コ、コホン。とにかくだな」

 

 俺は気まずさを気取られぬよう、咳払いをしたあと。

 

「武具やら宝やら、物で釣ろうとするのはやめろ。それに、前も言ったが俺は、お前の言う魔王様とやらに協力する気は依然としてない。幹部を擁立したいなら、それは勝手にすればいい。だが、俺なんかに構っておらずに他を説得しにいったらどうだ?」

「──残念だけれど、その手は無いわね」

「何?」

「何? って。生返事の前に、自分の立場を自覚する必要がまずあるんじゃないかしら」

 

 強い口調で拒否したにも関わらず、彼女は不遜な態度を崩そうとしない。

 説得できる自信があるというよりは、俺が魔王軍側につく以外の選択肢が、彼女自身の中に存在していないかの様な態度だ。

 

「貴方は大陸最大のダンジョンを統べるアンデッドの王。少なくとも人間界における知名度はトップクラス。新しく魔王軍を立ち上げるこちらからしてみれば、アンタを味方につけることが出来るかどうかは一種の分かれ目でもあるわけ。結構大きな問題なのよ」

「それは……魔王軍側にとって、か?」

「そうね。貴方の説得は魔王様直々に私に課せられた使命なの。それなりに責任もあるのよ」

「そう言われてもな。誰が味方か、誰が敵か、そんなことは俺様が勝手に決める事だ」

「ぐぬぬ……とにかく、せめてこの辛気臭いダンジョンから出てもらわないと話になんないのよね……」

 

 腕組みしたまま、並びのいい歯で爪を噛みつつ、悩ましげにふよふよと中空を羽ばたくカーミュラ。

 大陸最強のアンデッドとか、前のリッチの異名をそっくりそのまま受け継ぐ事になってしまった俺も俺でお笑いなものだが。

 

「おい。爪を噛むなよ。行儀悪いぞ」

「うっさいわね」

「ヴァンパイアは年を取りにくいと聞いたが……どうやら精神年齢も外見相応なのか? クイーンという格は確かな様だが」

 

 俺は腰に手を当て、たった今気が付いた純粋な疑問を口にする。

 

「……そう言えば、だいたい何故貴様は聖鎧の効果を受けなかったんだ? あんなもん、ヴァンパイアでもマトモに抱えて持ち運べるシロモンでも無いようだが」

「アンタには関係ないでしょ。色々と事情があんの。……全く、こっちの気も知らないで。どうしてやろうかしら」

「諦めの悪い魔王軍四天王がいたもんだな」

「アンタがそれ言う? 頑固なのはそっちの方なくせに」

「そもそもなんで高位のヴァンパイアがこんな、押しかけ勧誘セールみたいな事やってるんだ。一般共通認識通り人間を襲って血吸っていれば良いものを……」

「悪かったわね。少なくともアンタみたいな歳こいてアンデッド化した奴の腐った体液よりマシですよーだ」

「なっ……お前いくらなんでも言って良いことと悪い事が有るだろうが!」

「へいへい」

 

 仕方無さげに嘆息するカーミュラ。

 地上に降り立った彼女は、頭一つ分背の高い俺を見上げたまま、

 

「ま、また来るわ。時間はたっぷりある訳だし。

 アンタもチマチマダンジョン増築したいなら、畑でも育てたほうがよっぽどやり甲斐あるわよ。じゃあね」

 

 そんな捨て台詞を吐いて、彼女はまたテレポートで消えた。

 

「全く……しかし、最後に地味に痛いとこを突かれたな」

 

 去り際の最後の一言が、えもいわれぬ後味となって俺に刺さった。

 

 ……。

 確かに。

 ダンジョン運営の他に、やることを見つけるいい時期かもな。

 

「……畑。畑、か……」

 

 魔王軍に関わるかどうかは、ひとまずさておき。

 それは後で考えるとしよう。

 

 まあ、取り敢えず────

 

「──このやたら眩しい鎧、持って帰ってくれたら良かったんだが」

 

 



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第3話

日間ランキング透明7位、ルーキー日間入りも果たさせていただき、ありがとうございます。
色付きに昇華できるよう、頑張らせていただきます。




「……ちょっと待って。前来たときと色々違ってない?」

 

 何度目かになる訪問。

 最深部に踏み入った彼女がそんな素っ頓狂な声を上げたのは、あの一件から更に数週間経っての事である。

 

 彼女の去り際のセリフに、ある事を思いついた俺は、あの一件からさらに、再び良く分からない武器を手に押しかけてきた彼女を言いくるめ。

 

 麦、米など──作物の苗を多分に持って来いと魔王に言えば、次は顔パスで通してやる、魔王軍に加わる事も考えてやらん事もないと持ちかけていたのだ。

 

 何処か疑心暗鬼な様子で彼女が持ってきたそれらを元に、俺は早速、ダンジョン最深部の畑の開墾に取り掛かった。

 

 とは言ってもそこは折角死んでまで得たアンデッドの力だ。

 活用しない手はない。

 疲れ知らずなアンデッドの配下たちの無尽蔵な体力と労働力にモノを言わせ、数週間ほどの突貫工事の末に、ダンジョンの地下深くに中堅の農家程の規模の耕作地を整える事に俺は成功していた。

 

 アンデッドに労働基準法など無い。

 ブラック労働万歳である。

 

 今もあっちこっちでは何十体かのスケルトンやらアンデッドグールやらが、手に手に鍬や鋤などの農具を取り、せっせと振るっている。

 奥の方ではアンデッドギガンテスと並び、全身骸骨と骨で組み上がった特殊なモンスター、スケルトンゴーレムが、敷地面積を広げる為掘削工事に勤しんでいる。

 階層内で中ボスを任せていたのをわざわざ呼び出してきたのだ。

 

 掘り出した残土を耕地に沿って整備する係のスケルトン達が、バケツを手に行儀よく列を作る。

 そのそばに待機する、シャベルやスコップを手に持つゾンビ軍。

 側から見ればアンデッドの百鬼夜行の如き有様だが、その実は至って健康的な共同作業である。

 

「……どうだ、見事なもんだろう」

「いやいやいや──ていうか、アレは何なのよ!? どうして私が持ってきた聖鎧があんな事に……」

 

 カーミュラがそう叫びつつ指差すのは、アンデッド達が働いているのとは別方向、既に畑として完成しているエリアの洞窟の天井。

 正しくは、そこに吊るし人形か何かのように無造作に天井からぶら下がっている、例のピカピカ眩しいあの聖鎧だ。

 

「ああ、あれな」

 

 日光対策に兜の上から麦わら帽子を被り、全身鎧を着込んだ俺は鍔に手を当て天上を見上げる。

 腰には作業用のエプロンを巻き付けたその姿は、ダンジョンマスターにしてラスボスのアンデッドジェネラルとしては非常にシュールな格好に違いない。

 ヴァンパイアとしてのプライド故か、きちんと美麗な身嗜みを整えたカーミュラとは皮肉にも対照的だ。

 

 ──鎧にかけられた加護の強さ故か。

 それ自体が眩く発光するその鎧は、今や人工太陽代わりとなって、光の差さないダンジョンの最深部であっても、畑の農作物達に惜しげも無く恵みの光を注ぎ続けている。

 

 土そのものは肥料代わりにダンジョンの最深部に溜まった濃い魔力を吸収している為に、作物の生育環境としても申し分ない。

 ダンジョン内の地底湖から引いた水を水路として整備すれば、簡単な畑の出来上がりだ。

 

「あんなもんどうせ装備出来んし、そもそもアレ着た奴がパーティメンバーに居たら眩しくて鬱陶しいだろう。ダンジョンでも光目掛けてモンスターが集まってくるだろうし、戦場なら良い的だ。どっかの聖堂に御本尊みたいに後生大事に祀られておくか、魔王城の宝物庫で埃被ってるくらいなら、こうして役立てた方が鎧も本望だろう」

「アンタ正気? 確かに武器や武具に頓着しないとは言ってたけど、ここまでとは……」

「ほれ、農産物だって光をたっぷり浴び、伸び伸びと育っているじゃないか。見るがいい、鎧の光は野菜の生育に良いと見えるぞ」

「ちょっと待って……いや、本当、ちょっと待って……」

 

 苦労して持ってきた貢物が、あまりにも予想だにしない使われ方をされているのに、斜め方向からショックを受けたのか。

 信じられないとでもいった風に片手で顔を覆ったカーミュラは、腰にもう片方の手を当て。

 

「まさかとは思ったけど……どこにダンジョンの奥で畑耕してるダンジョンマスターがいるってのよ」

「ここにいるぞー。更に言うが、引きこもってるくらいなら畑でも作れと提案したのはそっちなんだが」

「アンタ言葉のアヤってフレーズ知ってる?」

 

 呆れた半分、感心半分と言った目つきで目の前の光景を疲れ気味に眺めるカーミュラ。

 格の高いヴァンパイアな彼女にとっては、人間由来のこんな牧歌的な風景がそもそも珍しいのかもしれないが。

「……まあいいわ」と若干諦めのこもった言葉とともに、こちらに向き直った。

 

「そんなことより。前に言ったわよね。これ持って来させることと引き換えに魔王軍に加わる事も考えるって言ったの、忘れてないわよ」

「うむ、たしかにそう言ったな」

 

 規則正しく植えられた米の苗を指差しながら怒鳴る彼女に、量産した簡単な作りの鍬を手で玩びながら、俺は努めて飄々と。

 

「──だが加わるとは一言も言ってないぞ」

「は、はぁ!? ちょっと、騙したワケ?」

「騙すなど人聞きの悪い。確かに考えるとは言ったぞ? 考えるとは言ったがな」

 

 憤慨するカーミュラをあしらうように、ヒラヒラと手を振るい言った。

 

「……俺なりに今の自分を顧み、真剣に加入について考えた結果は……そんくらいなら他にやる事見つけた方がマシだという事だ。前回のお前の言については、素直に全く同意だな。ダンジョン運営の片手間に畑でも耕した方が、どこぞの勧誘集団であくせく働くよりよっぽどやり甲斐はあるだろう」

「か、勧誘集団……!? アンタそれで真剣に考えたなんてよく言えるわね!」

「俺はな、お前の言葉をきっかけに気づき、そして悟ったのだ。───最下層で冒険者を迎え撃つ日々を送るより、他に打ち込むべきことを見つけるべきなんだ、とな。感謝しているぞ。おかげで新しい趣味を開拓できた。程なくしたらもう一階層下に、稲作専用の階層でも設けるとしよう」

「そういう意味で言ったんじゃないし、ただの屁理屈と変わんないじゃないのそんなの!」

 

 失敬な。

 俺は更に挑発するようにちょいちょいと指をふりつつ、

 

「……まあ、今度はあれだな、更に肥やしとか集めてきてくれれば肥料になるし、軽くパシってきてくれれば作業が捗るんだが」

「アンタ馬鹿にするのもいい加減にしなさいよ……!」

 

 悔しそうに歯噛みする彼女に、俺は手に持った鍬をそっと手渡す。

 

「ほれ、やる事ないならせめて耕作を手伝ったらどうだ? 土弄りもたまには良いもんだぞ?」

「イヤよ! なんで私がこんな事しなくちゃいけないのよっ。農業労働なんて、仮にも四天王たるこの私がやるとでも思ってるの!? そんなの下級悪魔にやらせるものよ」

「魔王のお使いも俺の手伝いも、結局は同じ事だろう」

「魔王様とは話が別! 大体、さっきから一々私の事を使いっ走り呼ばわりするのはやめて!」

 

 が、激しい反発の声と共にはたき落とされてしまった。

 つれないもんだ。

 ヴァンパイアクイーンの威厳とか風格とか、ちょっとはそういうものを見せていただきたい。

 なんて思っていると、胸を張ったカーミュラが側にきて。

 

「言っておきますけど、私だって魔王城に帰ればそれなりの数の配下がいるのよ! 城に待機させてる、眷属のヴァンパイアだけでも十人はいるわ。仮にもそれなりの立場の相手と会話してる自覚、ある?」

「無い」

「なっ!?」

「配下の数なら俺も負けないぞ? 今周りで働いてるゴーレム、アンデッドだけでも数百体居るが……この広大なダンジョン、その全階層内の全モンスターを、ダンジョンマスターである俺の配下とした場合……」

「話をそらさないで! どっちの配下の数が多いかとか関係ないし、そういう話じゃないでしょう今は」

「……お、見ろ! あそこの辺りなんかもう芽が出でいるぞ。やはり環境によっては、季節にかかわらず作物の成長速度が速くなる様だな。新発見だ」

「ねえ人の話聞いてる!? あと、なんならこっちだって、四天王として魔王様から大陸の四方の一角の守護を任されてるのよ! 私が直轄してる領地にだって、魔族の臣民が山ほどいるんですからね! 具体的な数は知らないけど……今度調べてきてやるんだから!」

「はいはい……」

 

 ──言う割にやたら数字に拘りますやん、魔王軍四天王さん。

 配下の数とか、それに関しては適当に言っただけなのに。

 謎に張り合ってくる彼女を見ると、苛立ちMAXと言った様子で、こっちを睨み返してきた。

 

「……アンタその目は、さては馬鹿にしてるわね?」

「いいや? まさか」

「馬鹿にしてる」

「してない」

「してる!」

「してない」

「いーや、その目は馬鹿にしてる目よ」

「言い掛かりはよすものだ。それとも何か? 馬鹿にされる様な事でもした自覚でもあるのか?」

「そうじゃなくて! 本気で言ってんのよ、さっきから黙ってれば人の事勧誘集団だのパシリだの」

「割と事実に近いぞ」

「〜〜っ!! 本っ当にナメくさった態度ね! 全くいけ好かないわ!」

 

 お〜怒ってる怒ってる怒ってる。

 放っておいたら地団駄でも踏みそうな勢いだ。

 だが、こっちが引き下がれないのもまた事実なのだから、仕方がない。

 俺は彼女に追い討ちをかけるような口調で、

 

「魔王軍なら魔王軍で、魔王軍らしい活動したらいいじゃないか。お前らもしかしてアレか、暇なのか? それとも魔王軍立ち上げたばっかだし、幹部もみんなも仲良く現場主義で行きましょう的なアレか?」

「ねえ、そこまでにしてもらえる? 私はアンタとは違って、魔王軍の幹部と言う立場にそれなりの誇りをもってるのよ。そこんとこ、忘れないでもらえるかしら」

 

 彼女のプライドが傷つくのか、それともやはり魔王とやらに対して、相当に思い入れがあるのか。

 俺の言が相当勘に障ったらしく、一段低い声のトーンでカーミュラが。

 

「百歩譲って、百歩譲って私に対するその態度は見過ごしてやるとしてもよ。魔王様と魔王軍を侮辱するのは幾ら何でも許さないわ!」

「ほほう? ならどうだと言うんだ? 大体貴様らの上司の魔王も魔王だ。言っとくが現時点での俺のお前らへの評価な、現状苗を除けば役に立たん武器やら防具やら、やたら押し付けてくる胡散臭い勧誘止まりだぞ。なんなら迷惑なレベルで」

「だ・か・ら・!! 勧誘集団言うな! 次おんなじ言葉で魔王様を侮辱するなら、今度こそタダじゃおかないわよ!!」

 

 感情の昂ぶりの現れなのか。

 深紅の瞳を燃えんばかりに輝かせ、顎をつんと上に向かせてこちらを凝視する彼女。

 それに伴い、彼女を取り巻くかのように魔力が勢いよく渦を描き始めたのがわかる。

 轟々という空気のうねりと共に、物理的な火花すら周辺にバチバチと散り始めた。

 まるでこちらを威嚇せんばかりだが、俺も俺で、ここで口をつぐむと負けた気がするので依然として煽るのをやめない。

 

「そういうアンタだって、軍に参加するガッツがある訳でもない、ダンジョンの他に行く所も無い陰気臭いアンデッドのクセに!」

「まあいいんじゃないか? それならそれで別に。

 ……もっとも、ダンジョン運営の副業で畑耕すくらいしかやる事のない奴にまでわざわざ声かけねばならん程、今の魔王軍が切羽詰まっているというなら話は別だが?」

「うるさいうるさいうるさい! ──も〜うアッタマ来たッッ!!」

 

 ついにキレたのか、バッと勢いよく右手を天上に高々と掲げるカーミュラ。

 その片手に膨大な魔力が収束していく。

 

「こうなったら強行手段よ!! 栄えある魔王軍と魔王様、そしてヴァンパイアクイーンたる私を愚弄した事、後悔させてやるわ!」

「ほーう、ちょっと煽られただけで実力行使か。魔王軍幹部にしては少々器が小さいのではないか?」

 

 無論それを目の当たりしてもなお俺がこうして悠長にしていられるのは、当然魔王の持っていた件の魔鎧を今も着ているためだ。

 凍結魔法だろうが雷魔法だろうが、それに加えてもともと勇者としての特典で魔法耐性も備えている俺には恐れるものではない。

 やれるものならやってみるがいいとばかりに余裕こいた、そんな俺の態度がなおのこと気に食わないのか、一層血が登った様子のカーミュラ。

 

「言っときなさい! 魔王様からは、

 

『現時点で幹部の中でもキレたらトップクラスに厄介』

『説得するのは良いけど、実力行使だけは絶対にやめて』

 

 ……とも言われ、恐れられた私の実力! 見せてあげるわ!」

 

 

 ……。

 ──それ普通に問題児扱いされてるだけだろ。

 などと俺が突っ込む暇もなく。

 カーミュラの手に集まった魔力は、またたく間に太陽の如き膨大な火球を形成し──

 

 

 

「……って、うおおおおおいおいおいちょい待て!! お前、まさかこんなダンジョンの中で爆破魔法を使う気か!? バカお前、そんなことしたら階層全体が崩落し──」

「喰らいなさいッ!! 『インフェルニティ・エクスプロード』ッッッッ!!」

「無茶苦茶だっ!! 退避ーッッ!! 退避ーッッッ!! うおおおおおおお───!?」

 

 

 放たれるやいなや、大爆発がダンジョン全体を揺らした──!

 

 



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第4話

最近ランキングが好調でちょっと嬉しいです。


「──リリア、この道もだ。やっぱり崩落で塞がってる」

「またなの? 前来たときと色々違ってない?」

「ああ。……マップに印をつけておいてくれ」

「アックスー、どういうことなのー」

 

 ──剣士の若者の持つ淡い光を放つ松明が、仄暗い地下道の奥を照らし出す。

 ここは、大陸最大とも言われる不死王のダンジョン。

 

 長い道のりの果てに、あともう少しで最奥というところまで辿り着いた三人組の冒険者パーティーが、あっちの道、こっちの道と順にたどってダンジョン内を彷徨う。

 幸い彼らも彼らで、脱出の際の安全弁としてテレポートの魔法を会得した魔道士を一人具備している。

 遭難したっきり戻れない可能性はかなり低いのではあるが、彼らを悩ませているのは、別の種で。

 

「数週間ほど前に、ダンジョン近辺で激しい揺れがあったらしいんだけどね。その影響か、ダンジョンの地形や既存のマッピングルートが大幅に変わっちゃって、地元の冒険者たちも皆悩んでるよ」

「迷惑な話よねえ……いわゆるなに、地殻変動とか?」

 

 若手ながら、実のところ彼らは冒険者仲間の中ではちょっと名の通る程度には知られた、エリート冒険者達である。

 

 眉目秀麗な容姿も評判な剣士の若者に、戦闘経験豊富な女戦士。

 のほほんとした雰囲気、最年少ではあるが魔法の扱いと頭の回転は随一な女魔道士。

 

 三人の中では比較的年長の女戦士が、マップを握っているもう片方の手を頬に当て首を傾げた。

 ここも世界最大規模のダンジョンということもあり、今日まで地震の影響を調べるため、冒険者ギルドが総力を挙げたマッピングを行っている。

 だが地上に近い階層はほぼほぼ被害が少なかったのに対し、奥へ奥へと向かうほど崩落、地形改変による行き止まりが増えていくようだった。

 

「ギルドの調べではそうらしいんだけどね。噂ではどっかの誰かが爆破魔法でも使ったんじゃないかって」

「爆破魔法ー?」

「あら、ユメは知ってるの?」

「まあねー。でもさ、流石にこんな狭いダンジョンで爆破魔法なんか使うお馬鹿さんなんていないよー」

「ははは、まあそれもそうか。ユメはお利口さんだなー?」

「えへへー」

 

 にこやかな表情の剣士に撫でられ、伸びやりとした口調ながら、まんざらでもなさそうな顔の女魔道士。

 仲睦まじい二人の様子を、仕方がないわねえとでも言いたげな表情で女戦士が見やったとき。

 

「……あら?」

「ん? どうしたリリア、敵か?」

「いいえ、ちょうど向こうの角の方に人影が見えた気がするのよね。見間違いかしら」

「んー。私達とおんなじ冒険者じゃないのー?」

 

 確かに、二人から離れた暗がりの向こうには人形の影が。

 道に迷ったのだろうか。

 同じところをぐるぐる回るように、一箇所を行ったり来たりしているのが、辛うじて見て取れた。

 女魔道士の意見に同調するように、剣士が明るい声色で。

 

「同業の冒険者なら僥倖だ。この先には大陸最強の不死王とも言われるダンジョンマスターが待ち構えている。ちょうど僕らも攻略に行き詰まってたところだし。挑むつもりなら力になれるかもしれない。それじゃなくてもここまで最奥まで来たなら、先に進むにあたって人数は大いに越したことはないよ」

「でもあの人、見たところソロみたいよ? こんなダンジョンの奥で、大丈夫かしら」

「言いたいことは分かってるよリリア。ここは不死王のダンジョンだ。どんなモンスターが出ても不思議じゃない……」

 

 怪訝そうな顔の女戦士に向かって頷くと、剣士は暗がりの奥に向かって視線を向ける。

 

 三人との距離はかなりあり、こちらから大声で呼びかけても声は届かないだろう。

 恐らく逆も然りだ。

 剣の柄に手を当て、剣士は二人に向き直ると。

 

「君たち二人はここで待機しててくれ。僕は向こうに回って、様子を見てくる」

「ん。了解ー」

 

 そう言い残し。

 二人から離れ、警戒を怠ることなく歩を進めた。

 潜伏のスキルを使い、しばらく暗がりの向こうへと進み……人影の輪郭がはっきりと分かる位置まで近づくと。

 素早い身のこなしで、角を曲がった先の岩陰に隠れる。

 

 懸念があるとすれば、この位置ではパーティーメンバーの二人もこちらの様子を窺えまいことだ。

 が、彼自身よほどの相手でなければ、単騎である程度は渡り合える実力はあるつもりである。

 岩陰から顔をのぞかせ、剣士は闇に向かって目を凝らす。

 

 果たして暗がりの中に浮かび上がったのは───

 

 

「……でも、そもそもアイツもアイツだわ! 向こうからアレだけ言っておいて謝らなきゃいけないのはこっちだなんて腹が立つ! ……いいえ。落ち着きましょう、ここは落ち着くのよカーミュラ、やはり間接的にでも魔王様の顔を立てるべきよ。謝らなかったら謝らなかったでまた魔王様に……ああもうどうしよう」

「……こ、これは」

 

 ──見るも可憐。

 

 ──高潔にして鮮麗。

 

 剣士をして思わずそんな印象を抱くほどの美少女が、悩まし気な様子でその場を右往左往していた。

 

「……いいえ、そうよね。やっぱりここは謝るべきよね。うん。

 ……うん、謝ろう。謝って、アイツの器が小さいとかの主張が単なる言いがかりって事を証明してやるのよカーミュラ。そうすればアイツも勧誘集団なんてフザケたこと抜かすまでもなく自分から……いいえ、そもそも人の事好き勝手な名前で呼んで、器が小さい方はアイツの方よ。……んもう、また何か腹立ってきたじゃない」

 

 女性の魅力にあふれた肢体を強調するような、華美なドレス。

 神経質そうに爪を噛む動作すらどこか艶かしく。

 

 そんな彼女の姿に目を奪われた剣士は、思わず本来の目的すら忘れ。

 

「セリフはこうね。『まさかこんなことになるなんてあの時は思わなかったんだから、許してくれたっていいじゃない』

 ──ダメね。まだ下手に出てる感じがしてイヤだわ。もっとこう、私らしく行かないと」

「……綺麗だ」

 

 いつしか警戒心すら勝手に解き、彼女の姿に見とれてしまう。

 

 

 

 そんな剣士の存在などいざ知らず。

 少女───魔王軍現四天王が一人にして迷宮崩落の主犯。

 ヴァンパイアクイーンのカーミュラは、一人せっせとセリフの練習に打ち込む。

 

「そもそも私の非をカミングアウトするみたいな出だしがまず要改良ね。そうね……。『テレポートで脱出する流れまで含めて私の実力のうちって事を見せようと思ったんだけど、とはいえやりすぎたのは悪かったわね』……うんうん、いい感じ」

 

 魔王軍幹部として招き入れるはずの相手のダンジョンを、口論の末盛大に爆破して帰った彼女。

 彼女自身はテレポートで即座に離脱したため無傷だったのだが、魔王城に帰還してからというもの依頼主の魔王に大目玉をくらい。

 思わずしゅんとなってしまっていた数週間前の自分から立ち直りかけている今、数日前に下された、先のダンジョンマスターに謝ってこいとの魔王の命令と自分のプライドとの間に板挟みにされるという、新手の屈辱に直面していた。

 

「言い方も予行練習しておかないとね。まあ、仮にも謝りに行くわけだし。……ええ、魔王軍どうこうは別として、こういうところはキチンとしておかないとダメ。ビシッて決めないと、後々また更にナメられるのよ」

 

 ……本当お前、よくわかんないところで真面目だよな。

 

 迷宮の主たるアンデッドが側に居たなら、呆れ口調でそう言うだろう。

 ……とはいえ。

 

「でもよくよく考えたら後半もイマイチな気がするのよね。ううん、自分から許しを乞うなんてのがそもそも負けよ。そうね、こんな感じどうかしら。『──私は別に構わないけどお互いどうしてもって言うなら、私の謝罪を受け入れることを許すことを許してあげても構わなくってよ』……ん。なんかこんがらがってきたわね」

 

 現在彼女の中で繰り広げられているのは、自尊心と、魔王軍及び君主でもある魔王の面子を天秤にかけた内なる駆け引き。

 絶対に譲れない一線の見極めだ。

 

 自分で自分と意地の張り合いとか、あまりにも不毛だし下らなさ過ぎるからやめろ、と。

 かのアンデッドなら更にそう畳み掛けるだろうが、実際問題彼女は至って真剣なのだ。

 魔王からの命令といえども、誇り高きヴァンパイア一族の出である彼女にとって、曲がりなりにも自分から他人に頭を下げるなど本来あってはならないこと。

 それもこの前さんざん自分をおちょくった、いけ好かない輩ならなおさら。

 

「魔王様を矢面に立たせるのは流石に気が引けるし。……そもそもアイツまだこのダンジョンにいるのかしら?」

 

 本人がダメージを受けたかどうかとは別に、そもそもあの一件でもう住めなくなって出ていったとしたら。

 

 これだけの末に目的地にたどり着いて、もしも誰も居なかったとしたら?

 

 一瞬脳内をよぎった、そんな後味の悪い考えに。

 

「……まさか引っ越してたりなんかしてないわよね?」

 

 一瞬表情を曇らせる彼女だったが、しかし。

 それを振り払うかのように、いやいやと首を横に振る。

 

「い、いいえ。ダンジョンに引き篭もるしか取り柄のないアイツに限って、そんなこと絶対にありえないわ。それに居なくなってたら居なくなってたで、アイツにとっちゃいい気味よ。謝る手間も省けるしっ」

 

 そんな形で無理やり自分を納得させた彼女は、ブツブツとセリフの暗唱を再開する。

 

 ベストなセリフの決め方の試行試作に夢中な彼女は───だが。

 

 

「……やあ、お嬢さん」

 

 彼女に声をかけるべく、ついさっきまで隠れていた岩陰から身を晒した男の気配に気が付かない。

 

 背後から数歩のところまで近づいてくる、先程まで彼女に見とれていた剣士は──

 

 

「───独りのようだけれど、もしかして君もダンジョン探索に──」

 

「ひゃうぅっ!? なななななな、いきなり何よ変態! 『コキュートス・フローズン』ッッッ!!!」

「ちょ、ああああああああ”あ”っ!!??」

 

 ───無残。

 瞬間的に氷漬けにされた。

 

「何アンタ、こ、コソコソ盗み聞きしてたワケ!? バカ、最低! 信じらんないっ! 罰としてそのままになってなさい!!」

「」

「ほんっとうにもう、びっくりしたんだから! ああもうムカつく! なんか急に色々馬鹿らしくなってきたわ」

 

 一気に不機嫌モードへと突入した彼女は、哀れ氷柱となった彼の前で腕組みし、苛立ちと不遜さを全開にした声色で。

 

「フン! やっぱり謝るセリフとかいちいち考えるだけバカバカしいわね! そうよ、謝ろうが謝らまいが、要は結果的にアイツに幹部に加わることに同意させれば魔王様にとってはおんなじ事よ! 逆にまだ居たなら居たで、もういっそのこと力づくで叩き出してやるわ!」

 

「待ってなさい!!」と怒鳴るやいなや、勢いよくヴァンパイア族特有の翼を広げた彼女の姿はまたたく間にダンジョンの奥の方へと消える。

 行き止まりになった箇所は容赦なく魔法でふっとばし。

 少しばかりのしおらしさすら滲ませていた、先程の姿はどこへやら。

 一転、破竹の気負いで進行を始める。

 

 

「」

 

 ──後に残された、剣士だったものの氷塊。

 異変を察知して駆けつけてきた残りの二人に彼が救出されるのはしばらく後である。

 

 

 ■

 

 

「『インフェルニティ・ファイアーボール』ッ!!」

 

 あの一件以来、冒険者は挑戦に訪れていないのか。

 崩落により塞がっていたままの最深部への扉が、呪文と共に盛大に吹き飛ぶ。

 もうここに至るまでの道筋を記憶するほど通っている彼女は、その威力をもって、己が魔王軍四天王が一角に数えられるほどの実力者であることを、世界に知らしめる。

 そして間髪入れず、派手なエントランスを最深部全体に響き渡るほどの大声で高々と宣言し───!

 

 

「さあ来たわよ観念しなさい! ──って、どえええええええええええええええっ!!??」

 

 

 

 ───もっとも、その最深部が、しばらく見ぬ間に。

 

 見渡す限りの巨大な温泉風呂に変わっていなければ、の話だったが。

 

 

 

「……は? は? ……えっ、ええっ!? ちょっ、待って! どういうことなのこれ」

 

 いろいろと飲み込めないままに、唖然とした表情でほとりにポカンと立ち尽くすカーミュラ。

 巨大な洞窟の大部分を占めるのは、まるでちょっとした湖ほどの規模の巨大温泉。

 なみなみと溜まった湯水はほんのりと白濁しており、入ればなかなかに気持ち良さそうだ。

 

 気持ち良さそうなのだが。

 

「前までここら一面、畑だったはずじゃ……。いや、ダンジョンの奥に畑も大概だけれど! なんでしばらく見ないうちに温泉なんかになってるのよ〜っ!!」

「ククク……流石に驚いたか、四天王カーミュラよ」

「っ!? その声は……!」

 

 立ち込める湯気の中。

 まるで様変わりしたダンジョン内の様子に驚きを隠せない彼女の、立っている向こうの岩陰から。

 

「クハッハッハっ!! 現れたな、勧誘魔改め爆破系吸血少女! 我がダンジョン最奥の間改め、地下大浴場へようこそ!!」

 

 彼女に負けず劣らず唯我独尊にして傲慢。

 洞穴内によく響く声。

 ゴーイングマイウェイを地で行く、変わり者のダンジョンマスターこと不死の鎧戦士が、高笑いしながら現れた。

 

 

 

 



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第5話

日間一位やったぜ。
粛々と投下。



 ──高笑いと共にそばの岩陰から姿を見せた、このダンジョンのマスターたるアンデットジェネラルこと、俺。

 

「で、で、出たわね……」

「出たわねとはなんだ人に向かって失礼な」

 

 口笛でも吹きそうな気分のままに、軽やかな足取りでカーミュラに向かって近づくと、彼女は逆に警戒するかのように後ずさりした。

 

 魔王軍四天王のヴァンパイアクイーン。

 そんな大層な肩書とは裏腹に、その実とんでもなく意固地なきかん坊である彼女は、つい数週間前に俺のダンジョンを盛大に爆破。

 

 アレだけやらかしてなおまたこうして凸しに来てるのは、大方彼女が魔王様とか仰ぐ上司にこっぴどく叱られたか。

 やっぱり彼女側ではもともとチョイスがないのか。

 

「こっちは完成まで冒険者に邪魔されないよう、出入り口を一時封鎖までして手ぐすね引いて待っていたというのに。随分な言い方じゃないか」

「いやいや……………いやいやいやいやいや!! 全然! 全ッッッッ然そういう問題じゃないから! 何これ、何? まさか幻影魔術かなにかじゃないでしょうね!?」

「そう思うなら確かめてみるんだな」

「……っ」

 

 動転して何がなんだかよく分からないままに、やはりというべきか訝しげな表情で、近くの湯だまりに無造作に手を突っ込むカーミュラ。

 

「……あッッつ!?」

「おいおい、そっちはまだ水で埋めてない源泉だ。火傷するぞ」

「フーッ、フーッ! ほ、本物だわ……。でで、でもどういうことなの……?」

「ククク……如何にも不思議そうな顔だな?」

「ごまかさないでよっ! おかしいじゃない! 前来た時は」

「畑のことか? 畑ならもう一階下を作ってそっちに移したぞ。元々、この階にあったものの改良型のをそっちに設計するつもりだったし、どのみちお前の爆破魔法で元々の畑は駄目になったしな」

「う、ううッ……。なっ、ならっ! この温泉は何なのよ。こんな大量のお湯、一体どこから」

「どうしてもと言うなら教えてやろう」

 

 俺は得意げにバッと手を広げ。

 

 

「──聞いて驚け! お前が爆破魔法を放った影響でな! このダンジョンに、湧き出たのだ! 

 ───温泉が!!」

「……わ、わわわたしの魔法でぇっ!?!? そ、そんなことが」

「ほれ、お前がさっき手を突っ込んだ源泉を見てみろ。嘗てお前が爆破魔法を放ったのと全く同じ位置だぞ」

 

 驚愕の表情はそのままに、ハッとしたように背後を見るカーミュラ。

 湯だまりは濁った湯の上から見ても分かるほどに綺麗な円状をしており、その中心部から湯が湧き出ているのが分かる。

 自分が爆破魔法を放った跡のクレーターで作られているのを、彼女も察したようだった。

 

「……信じらんない」

「流石の俺もお前が吹っ飛ばした所から、噴水みたいに湯が湧いてきた時は驚愕したぞ。だがな、その時ピンときたのだ! 畑の次はこれだと! この最深部も、まるごと崩落は辛うじて免れた。落盤で落ちてきた瓦礫も、ゴーレム共に手伝わせて二日で撤去したしな」

 

 カーミュラも言われて初めて、辺りが温泉の周囲も含めて綺麗に片付けられているのに重ねて気づいたようだ。

 インテリアとして配置されたものの他に、雰囲気造りのために温泉に二三個の岩石が沈められているのが水面から顔を出しているが、それだけだ。

 

 ポカンとする彼女に、俺は更に。

 

「……そうそう、洞窟の落盤や崩落の影響で、魔石や、おまけに石灰岩の鉱脈も見つかってな。今錬成スキルを使って、そこから大理石を生成中だ。しばらくしたら向こうの方に大理石造りの浴場も作る予定だぞ」

「は……、はぁ……?」

 

 魔石というのは、この世界でも様々な魔導具を扱うに際し、日本においての電池のように使われている鉱石の事だ。

 ダンジョンの奥などに行けば行くほど良質なものが取れるというが、なんとまあそのザクザク掘れる事。

 

「というわけでまあ、こっちとしてはそれなりに迷惑したがそれ以上にデカい副産物も得られたわけだ」

「………」

「暫くは冒険者の相手はお休みにして、温泉の工事に集中しようと思っているのだが……。ん? 何だ、どうかしたか?」

「………。…………〜〜〜っ!!」

 

 さっきまでプルプルと小刻みに震えていた彼女が、ついに我慢がならなくなったといった風に声を張り上げ。

 

「な、何よアンタ!! それじゃアンタ私が出ていってから今までずっとここに居て、しかも呑気に温泉工事してたっていうの!?」

「呑気に? いや、ある意味水回りの管理は畑仕事とは違って結構大変だったぞ」

「そういう話じゃなくって!」

「全く。一体どうしたというのだ? さっきから。それで何かお前が困ったり、迷惑する訳でもあるまいに」

「それは……。その。で、で……出て行っちゃったかもとか、そんなこと考えてた私がバカみたいじゃない……」

「ん? なんだって?」

「ななな何でもないわよっ」

 

 若干顔を赤らめてそっぽを向いたカーミュラに、俺はしたり顔で。

 

「……ほほう、お前、もしやこの俺があの一件で居なくなったかもしれないとか、そんな事を思っていたのか? それで少なからず気を揉んでいたと」

「聞こえてるんじゃないの! つくづく趣味悪いわね!!」

「いやー、当の本人にそこまで心配してもらえたと思うと嬉しいなー。更に言うならそこまで出来栄えにも驚いてもらえると、ダンジョンマスター冥利に尽きると言うもんだ」

「心配なんかしてないし! ていうか、もはやダンジョンの中の風景じゃないしここ!!」

 

 すっかり臍を曲げて、憤慨した様子のカーミュラ。

 俺はそんな彼女に、少し調子を変えて宥めるように声を掛けてやる。

 

「まあそうカッカするな。お前もお前で、その調子だと恐らくは元々はこないだの一件を謝りに来るつもりだったのだろう?」

「うっさい! そんなのチャラよチャラ。っったくもう、何よっっ!! からかわれるくらいなら、こんなとこまでまたわざわざ来るんじゃなかったっての!」

「どうどう、ちょっとは機嫌を直したらどうかね。ほれ、折角ここまで来たんだ。ひとっ風呂浴びて行ったらどうだ?」

「いちいちいちいち、勘に障る言い方ねっ! アンタごとき、そんな簡単に人の気分を──」

 

 そんな俺に、カーミュラは今にも噛みつかんばかりの勢いで──!

 

 

 ■

 

 

「ああああああぁぁぁ……極楽ぅぅぅ………♡」

 

 彼女と俺とを仕切る、半透明のついたての向こうからは。

 完全に力の抜け切った、無防備な彼女の声が響いてくる。

 

 温泉に浸かる彼女の影に向かって、

 

「どうだ、いい湯だろう」

「んぅ……悔しいけど……長い道ダンジョン降りてきてからのこれはもう……卑怯よ……ぉ」

 

 そんな彼女の声を片耳に聞きつつ、俺は温泉のほとりにしゃがんで、彼女が脱いだ服を畳む。

 土木工事やら農作業ならいざ知らず、流石に配下のアンデッドの手でレディの服を触らせるわけには行かないからな。

 

「…………」

 

 ……というかめちゃくちゃいい匂いするなこの服。

 女の子の香りとか、フローラルな香り、ていうのか。

 ふんわりとしていて、なんだか体の内側から癒やされるような。

 

 ………。

 ………。

 

 

「──えっお前こんなの履いてんの!?」

「……? 何か言った?」

「なななななな何でもない何でもないぞ!? そんなことより服、ここに掛けとくからな!」

「ん。ありがと」

 

 慌ててついたての上に畳んだ服を掛ける。

 ……危っぶねー。

 アンデッドになってまで、俺も年甲斐のないことするもんだ。

 生前でも中年の齢だぞ、俺。

 

「ねーえ、私が来るまで、こんないいもの独り占めしてたなんてずるいじゃない」

「あ、ああ。そっちもいい湯加減なようで何よりだな?」

「なんだか浸かってると心が安らぐわ……肌に染み込んでくる感じがするっていうか。美容にもいいのかしら」

 

 具体的な効能は俺にもわからないのだが……。

 あとで鑑定スキルでも使って調べてみよう。

 湯治なんて言葉もあるくらいだし、温泉の成分はアンデッドにもヴァンパイアにも等しくいいのかもしれない。

 

 ………。

 後ろめたさを隠すべく、俺は小さく咳払いをすると、いつもの威厳のある声を作りつつ。

 

「ククク……それにしても、魔王軍四天王と言えども、やはりこいつの魔力には勝てまいか」

「……むっ。四天王とかどうとか、少なくとも今は関係ないし」

「クク……はいはい」

 

 ……。

 温泉特有の声の響きのためか。

 いつもとは違った調子で、若干湿っぽさすら含むような声でカーミュラが。

 

「ふん。アンタにはわかんないでしょうけど、私はね。ヴァンパイア一族の中でも名門の血と、先代魔王様の血とを引く特別な血統なのよ。本来ならアンタみたいな奴とこんな事してる暇なんてないんだから」

「ヴァンパイア一族の血と……ん? 

 ──ちょちょ、ちょっと待て、今なんて言った!?」

 

 ──!?

 聞き間違いじゃなければ、誰の血を引くだと?

 驚きを隠せないままに彼女と俺との間のついたてを乗り越え、身を乗り出さんばかりの勢いで素っ頓狂な声を上げた俺は。

 

「ちょっと!! 覗くんじゃないわよヘンタイッッッ!!」

「わぶっ!?」

 

 飛んできた大量の熱湯に、盛大に尻もちをつく。

 ……覗きどうこうよりもまず今あれだ、のっぴきならない単語が聞こえた気が。

 

「全く……油断も隙もないんだから」

「す、すまん。だがお前、今さっき魔王の血を引いてるとか言わなかったか」

 

 ちゃぷちゃぷという水音と共に、彼女が身を守るように自分を小さく抱きすくめたのが分かる。

 こちらを揶揄するかのような仕草を浮かべた彼女は、予想に反してあっけらかんとした口調で、

 

「そうよ」

 

 と。

 

 仕切りの向こうで少なからず驚きつつ、俺はふと思い出す。

 彼女が説得の為とかいって、よくわからん貢物を手に押しかけてきた、三回目の訪問の時の事を。

 

「……例の聖鎧の光に当てられても平気だったのは、そういうことか。もしや、ヴァンパイアの血を半分だけしか引いていない為か?」

「ま、そういう事ね。ついでに言えばわざわざ人里を襲って、チマチマ血なんか吸うまどろっこしい生き方もしなくて済むし」

「……成る程な」

「そういう意味でも、私はそこらの野良ヴァンパイアとは格が違うの」

「…………」

 

 そうか。

 一介のヴァンパイアや四天王という立場を差し引いても、やけに態度のデカイ子だと思ったが。

 そういうことだったのか。

 

 ……などと腑に落ちる半面。

 此方にとってはこれほど気まずい事はない。

 

 彼女の言葉を信じるなら、彼女の生みの親というか父は、先代の魔王。

 そして、その先代魔王を一騎打ちの果てに葬り去ったのは、言うまでもなく。

 同じ時期に活躍した、勇者である当時の俺自身だ。

 

 つまり、彼女にとって本来なら俺は、父親の敵とも言える立ち位置にあるわけで───。

 

「……今のお前の属してる、現魔王とかいうのは」

「先代魔王様の弟君ね。百年以上年の離れたご兄弟らしいけど、兄が成せなかった事を遂げるんですって」

「つまり」

「──家系で言えば、私の叔父様に当たるわ。まあお父様──先代魔王様が崩御なさった時から、育ての親みたいなものだったし」

「お、おお……」

「というか、お父様の事は殆ど知らないの。先代魔王の業績を記した文献も、ほぼ全てが戦争で燃えてしまったし。嘗ての勇者と戦って倒れたこと以外、どんな人柄だったのか、姿すら。現魔王様からの人伝にしか聞いてないけど、私の生き写しみたいな人だったとしか」

「………」

 

 ……。

 先代魔王の生き写し、か。

 

「……確かにやたら偉そうな奴ではあったな」

「え?」

「何でもない何でもない何でもないぞ!!」

 

 察するにいわゆる、箱入り娘ってやつなのか?

 魔王の血を引く血統といい、こいつは随分とこんがらがってきたな。

 

 ──そして巡り巡って、新生魔王軍の幹部という立ち位置に今収まっていると。

 そんな彼女がよりにもよってこんな場で俺と知れず邂逅するとは、運命というのは何と皮肉なものか。

 

 ………。

 ………。

 

「……その、なんだ。なんか済まなかったな」

「えっ?」

「いや、魔王や魔王軍についてだ。家来と雇い主の関係どころか、お前と肉親だとは思わなんだ」

 

 確かに俺がしきりに彼女を煽っていた際、バックの現魔王や魔王軍について言及したときの彼女は一段と憤慨した反応だったように思う。

 あるいは魔王軍を侮辱することが、間接的に亡き父を侮辱されたと感じたのかも。

 

 俺は、少しばかり緊張しながらも軽く潜めた声で。

 

「その、確かに色々と言い過ぎたと思ってな」

「……フン。わかればいいのよ、わかれば」

 

 鼻を鳴らし、やや尊大な口調のカーミュラ。

 これはこれでちょっと癪だな、などど大人げない事を考えていると、今度は彼女の方から。

 

「そ、その。私も……ついカッっとなってやっちゃったこと……ちょっとは申し訳なかったって、思ってるから」

「お? ほほう、箱入り娘と思いきや、反省の二文字はちゃんと辞書にあるようだな」

「ちょっとだけよ? ほ、本当にちょっとだけなんだから」

「そうかそうか」

「………とにかくっ」

 

 ザブン、という水音と共に、ついたての向こうの影が起き上がる。

 湯から立ち上がった彼女が、掛けておいた服を取ったのがわかった。

 

「………」

 

 うっすらとシルエットだけが映る向こうの影。

 仕切りの反対側で着替える彼女の姿を、俺は向こうからも見られていないのをいいことに、遠慮なくガン見させてもらいつつ。

 

「お。もう上がるのか?」

「さっきも言ったでしょ。私は高位なる先祖の血を引く魔王の娘。こんな事してる暇もないし、さっさと帰ってアンタをこんなダンジョンから出て来てもらう手段を考えなきゃいけないのよ」

「ご苦労なこったな。せいぜい頑張るがいい」

「ほんっと、他人事みたいに言うわね。その分私の責任も重大だって、それも前に言ったわ」

「ククク……だが、貴様にできるかな?」

 

 彼女に取っては、意地でも此方を引きずり出して幹部の椅子に座らせたいのだろうが。

 逆に茶々を入れに来れば来るほど、ダンジョンの設備がどんどん充実していってる悪循環なんだが?

 

 ……そんな俺の懸念とは裏腹に。

 

「ま、逆に言えば、要は幹部随一のエリートって訳よ。アンタも含めて十二人幹部が揃った暁には、魔王軍一の実力者、筆頭幹部の座は頂きね!」

「ほーう、そっちがそうなら俺はアレだな」

 

 手を豊かな胸に当て、威張るカーミュラに向かって。

 

「……幹部の集会とか、面子が揃う場所には決して姿を現さない、そんな場では決まって、

 

『おや、奴はまた欠席か。姿も声も聞いたことはないが、どこで何をしているのやら』

 

 といった具合に同僚の幹部からまことしやかに噂される、通称欠席幹部の座は頂きだ」

「ち、ちょっと、欠席幹部って何よ? そんなの聞いたことないんですけど。……っていうか更に言うならそれ、出席してない割に結構メチャクチャ美味しいポジション持っていかれている気がするんだけど!」

 

 着替え終わって衝立の向こうから姿を現し、俺の言葉に敏感に反応するカーミュラに向かって俺は笑いながら。

 

「ククク。とにかく、俺は当分ここを離れるつもりはないからな。その点に関しては、ま、安心するがいいぞ? 折角だ。ダンジョンの入り口に直通の隠し転移魔法陣でも作っておくか?」

「ふん! 調子いいんだから」

 

 まあ、大本の原因は向こうからふっかけてきているだけとはいえ、散々彼女に足労をかけさせた要因でもあるわけだしな俺は。

 

「今度はその鼻を明かしてやるわ!」

 

 そんな事を言いながら。

 魅力的な肢体をいつものドレスに包み、アップにしていた金髪をいつものツインテールに整えた彼女は、いつもの呪文を叫んで消える。

 

「──『テレポート』ッッ!!」

「……また来るんだろうなあ、アイツ」

 

 次来るときまでには、また何か拵えておいてやろう。

 再び、彼女の驚き顔が拝めるように。

 

 彼女の消えるのを見届けた俺は、いつになくそんな事を企むのだった。

 

 



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第6話

淡々と投下。



 魔王軍幹部。

 ヴァンパイアクイーンのカーミュラ。

 彼女は現在魔王幹部の座に数えられる精鋭たちの中でも、一際抜きん出た存在である。

 

 魔王城でも一握りの存在しか知らされていない、魔王の血を引くという特殊な出自。

 

 ヴァンパイアの持つ不死性と強い魔力とを併せ持ちながら、なおかつ圧倒的な力を以て魔族を統一、戦争を率いた伝説的な先代魔王の力を受け継ぐ存在。

 その美貌もさることながら。

 

 ──魔力。

 

 ──耐性。

 

 ──攻撃力。

 

 ──身体能力。

 

 どれをとっても魔王軍の兵士の中で右に並ぶものはいないだろう。

 

 一度腕を振るえば、並み居る人間の軍勢でさえ吹き飛び。

 生半可な魔術では、その白磁のような肌には傷すらつけられぬ。

 得意の大火力の魔法が炸裂すれば、相手はひとたまりもなくあの世行きだ。

 

 養父関係にある魔王の後ろ盾もあって、彼女は魔王軍の筆頭幹部とも目される存在なのである。

 

 ……だがそれ以前に。

 それと同時に。

 魔王軍の先鋒たる吸血女王の肩書を持つ少女、カーミュラは──

 

「──温泉風呂よ温泉風呂! このフロア一杯を埋め尽くすほどの温泉風呂を建てるのよ!」

「カーミュラお嬢様、さ、流石にそれは……」

 

 ──とてつもない我儘な箱入り娘でもある、というのが魔王城全体の共通認識でもあるのだった。

 

「素材は大理石よ。浴槽から何まで全部大理石造りにしないと承知しないわ!」

 

 そんな事を高らかに宣言する彼女の前に。

 彼女の身辺の世話を任された十人余りの側近のヴァンパイア達は、今回ばかりは困惑しきった表情を互いに見合わせる。

 

 彼らとて、我らが魔王令嬢の無茶振りに振り回されるのは初めてではない。

 無論のことだが。

 

 物心ついたときから現魔王の元で育てられ、躾けられ、良くも悪くも世間ズレしたまま育った彼女の相手は慣れっこなのだが、しかし。

 

「も、申し訳ありませんが、カーミュラお嬢様。それだけの施設を作り上げるとなると、石材の材料費も加工費用も、領民を動員した総工費もそれなりにかかります。魔王様からのお小遣いに加え、現状で幹部に配当されている手当だけではとても……」

 

 時々爆発する度を外れた彼女の我儘には、皆頭を抱えるしか無いのだった。

 

「総工費? フン。全く、やれやれね。我が側近ながらなんたる浅知恵……。主たるこっちのほうが情けなくなるわ」

「はあ。ならば失礼を承知でお聞きいたしますが」

 

 そんな中。

 厳格な佇まいの、ひときわ老齢と見える長身のヴァンパイアが、側近らの中から歩み出ると、朗々とした声で彼女に意見する。

 

「……カーミュラお嬢様はお嬢様で、なにか画期的なアイデアが?」

「──そこまでにしときなさい。ええ、私に素晴らしいアイデアがあるわ。心して聞くのよ」

 

 心底訝しげな様子で聞いてくる側近の言葉を遮って。

 吸血女王、カーミュラは、くいと形のいい顎を上げ。

 

 

「……答えはこうよ。アンデッドを召喚して、総動員させるの!!」

 

 

 ──と、腰に手を当てたドヤ顔で宣言するも。

 

「どう? これなら人手いらず。楽勝でしょう?」

「………」

「……は、はあ」

「………な、成る程。さ、流石はお嬢様で……」

「??? ど、どうしたのよ。皆名案だと思わないの?」

 

 ──側近らからの反応は、今ひとつ。

 

「ではまあ、やってみますが。……ではどなたか死霊術に心得のあるお方、ご協力願います」

 

 声を上げた年配の側近を筆頭に、数人の側近が各々呪文を唱えつつ、輪になって中央に向かって手を伸ばす。

 と同時に、物々しい雰囲気に包まれる室内。

 

 ──それは、この世界で闇魔術に心得のある者ならば誰しも見たことのある光景。

 

「「「……『ネクロマンシー』」」」

 

 ──不死魔族の固有スキルによる、アンデッド召喚の儀式だ。

 

「「「……はっ!!」」」

 

 数人の側近が同時に気を込めると、各々の手からなんとも禍々しいオーラの形をとって可視化された瘴気が発せられ。

 一つ、また二つと寄り集まっていく。

 中央で一つになったそれは、みるみるうちに固まり、物質化すると。

 やがで地面から立ち上がるかのごとく、異形の人型を形成し──!

 

「ちょ、ちょっとちょっと! 駄目よそれじゃ! そんな効率じゃたった十人生み出すのにも朝までかかるじゃない」

「……そうは言われましてもお嬢様」

 

 召喚の義を終えたヴァンパイア達が、何処か疲れ気味な声で。

 

「我ら下級ヴァンパイア数人がかりで瘴気を最大限に引き出して行使する闇魔術でも、アンデッドを一体瘴気で構成し、呼び出すのにもこれくらいの時間はかかります」

「城の外れの共同墓地を一つ一つ掘り返し、既にある死体を蘇生させるならまだしも」

「それでも足りない部分は、やはり領民の魔族を雇って労働させるしかないかと」

「多少の人件費は浮くかと思いますし、これでも無いよりマシな程度にはなりましょう」

「〜〜っ! これじゃ埒が明かないわ!」

 

 代わる代わる意見する側近らに混じって、瘴気で構成されたアンデッド──スケルトンが一匹、召喚されたはいいものの所在無さげに佇んでいる。

 だが、これでは彼女の満足には程遠い。遠すぎる。

 そう──彼はこいつかそれ以上の格のモンスターを、こともなげに同時に何百と召喚し操っていたではないか。

 

「ぐぬぬぬぬぬっ……! は、話が違うじゃないっ」

「……カーミュラ様は、死霊術の教えをよくサボっておられましたからなあ」

「不死者召喚について少し疎いのも、無理もありますまい」

「そうですな。思えば、身体から瘴気を引き出す上での細かな扱いなど、儀式的な手順を必要とする魔術は昔から御苦手で」

「先代魔王様のお力と、攻撃魔法の才能の開花はそれを持ってしても余りあるものではございましたが」

「ええ。お話が長くなるとすぐ何処かへ隠れてしまうので、魔王様も困っておりました」

「最早懐かしい限りで……」

 

 昔懐かしげに談笑モードに突入し。

 微笑ましげな語らいを始め、代わる代わる懐かしのエピソードまで上げ始める側近ら。

 

 その横で彼女は再び、悔しげに爪を噛む。

 ──彼の体から溢れ出る瘴気、初めて会ったときから自分の家臣たちのそれとは比べ物にならないとは分かってはいたが、しかし。

 対抗心に瞳の奥の炎を燃え上がらせるカーミュラに、年長の側近が横から耳打ちする。

 

「カーミュラ様。湯浴みが必要とあらば即座に湯を用意させますが……」

「湯浴み? そんなんじゃないわよ。それに、普通の湯じゃダメ」

「は?」

 

 と声を上げた側近に指を突きつけ。

 

「天然! 天然の温泉よっ! ほら、なんていうの……こう、白く濁ってて、浸かると肌ツヤにいいやつ!」

「いくらなんでも温泉をまるごと引くのは無理でございますお嬢様! そもそもそれだけ大量の湯水をどこから持ってくるのやら」

「そんなの決まってるでしょっ! 掘り当てればいいじゃない私の領地からっ!」

「は、はいぃ!?」

 

 目を白黒させる側近に、カーミュラはバッと大きく手を広げ、一段と声を張り上げる。

 

「そうよ。これだけ広いのよっ、絶対どこかに源泉が埋まってるはずだわ!」

「お、お嬢様……」

「そうと決まれば早速外に出て源泉探しね! 一回成功したんですもの。適当に魔法でふっ飛ばせば温泉の一つや二つ、余裕で湧くわよ!」

「そうそう簡単に湧くものでは……お嬢様? どこへ行かれるのですお嬢様!? お、お嬢様──!!」

 

 

 ■

 

 

「……で、私有地の周りに爆破魔法でクレーター開けまくった結果、領民からクレームが殺到した挙げ句魔王にも叱られた、と」

 

 ──俺は、四十半ばにしてギックリ腰を間接的死因としてダンジョンの奥でおっ死んだ元勇者。

 こと、現ダンジョンマスターのアンデッドジェネラルだ。

 

 死んで以来特にすることもなく、このダンジョンに勝手に棲み着き退屈な日々を送っていたのだが。

 どうも最近何かと因縁を付けられたり変な勧誘を受けたり、あまつさえダンジョンを爆破されたりと、それに従って色々とやることが増えて、逆に困っているくらいだ。

 

 それもこれも、元はといえば、目の前の彼女が、連日押しかけてくるためで。

 

「……ぅ、ぁあ………これ、ダメ……ぇっ」

「そうかー。ダメかー」

「なに、これ…………。こん、なの、はじ……めて……ぇ」

「ククク。無理もない。恐らくでなくとも、この世界には、こいつはまだ無いだろうからな……」

 

 前回同様俺と仕切りで隔てた向こう側で、あられもない声を上げる彼女は。

 魔王軍幹部であり、吸血鬼の中でも高位の種族であるヴァンパイアクイーン。

 

 高飛車で傲慢。

 俺を魔王軍側に引き込むと言って譲らない、なんとも頑固な性格の持ち主。

 

 ……つい先日、俺の元仇敵、魔王の娘という名の新属性も追加されたわけだが。

 

「ククク……だがそんなお前もこいつを体感するのは初めてだろう!

 

 ──改良型・ジェット噴流式浴槽! またの名をジャグジーバスだ! 喰らえ!!」

「んあああああああぁ────っっ!!?」

 

 俺が高らかにそう言うと、肩の部分に水流が当たったのか。

 嬌声を上げた彼女が、仕切り板に綺麗な流型の影を映し出しのけぞる。

 湯船自体にマッサージされるなんて、彼女にとっては初体験の未知なる感覚の筈だ。

 

 ……その通り。

 俺は毎度彼女を出迎えるに当たって、どうせただの風呂ではつまらないからと、丁寧にこんな仕掛けつきの風呂まで作っておいたのである。

 

 日本では富裕層宅や成金の自宅に行けばかなりの確率で置いてある、勝ち組の証としてお馴染みのこちら。

 

「なにこれえええええっ、なにこれぇええっ! き、気持ちいぃ……♡」

 

 ククク、怖いか。

 お前が俺を引きずり出そうとここに押しかけてくるたび、俺のダンジョンはどんどんパワーアップするのだ。

 

「お風呂の中なのにぃ……揉みくちゃにされてるみたいな……っ」

 

 こちらの世界に召喚されてくる際、俺は随分な特典の数々に恵まれた。

 それはもう結構な数の特典である。

 だが魔王を倒すという大目的の元に召喚された俺にとっては、割と必要ないスキルもそれなりにあったわけで。

 攻撃や戦闘に使えない産廃スキルの数々は、一向にスキルのレベルを昇華させないままほったらかしだ。

 

 使わなさすぎて、最近まで存在自体忘れてたスキルすらある。

 ぶっちゃけ、余りある特典やらスキルなんか持ち抱えて異世界で暮らしている人たちは、リアルに大半が俺とおんなじ状態になるだろう。

 

 錬金スキルなんかがいい例だ。

 時間かけて物質の組成を微妙に変質させる、そんな効果。

 スキルを極めれば道端の石ころを純金に変えられるらしいが、それでどうやって魔王と戦うんだよと。

 稼ぎにはなるかも知れないが、そもそも勇者の俺には、国一つ懐に入れられる王家の莫大な財力の後ろ盾があったからな。

 

 だが、究極に暇になった今、割と有用なスキルであることに気づき始めた。

 

 彼女の魔法で落盤したところから発見した石灰岩を、高級な大理石に変えたり出来るということに気づいた俺は。

 もともとは大理石を加工するために使っていたそのスキルで、物のついでに岩石から魔道具を組み上げるときとかに使う、ある程度頑丈な金属のようなものをこしらえることにも成功したため。

 どうせなら何かに応用できないかと作り上げた一種の魔道具がこれなのである。

 

 送風の仕組みそのものは、それほど複雑に設計した機構のものではなく。

 吹出口として穴を開けた浴槽に、家庭でよく使う扇風機とか、理科の授業で磁石とクリップ使ってやった実験みたいなシンプルな仕組みを、風魔法も使って応用したものだ。

 ちなみに動力源の魔石も、石灰岩と同様に豊富に採取できるため困ることはない。

 

 ……正直今まで侮っていた。

 許せ錬金スキル。

 

 そんなこんなで完成したのが、彼女が今浸かっているジャグジーなわけで。

 水の勢いとか吹出口の位置の微調整なんかもしつつ、なんとか完成した形になる。

 

「クハハハハ! 毎回毎回のこのこやってくるお前に、この俺が珍しくもこんなにもサービス精神を見せてやっているのだ。感謝するがいい」

 

 ──俺は優越感たっぷりに。

 

「そして観念して、思う存分ダメになるがいい!! 魔王軍幹部が一人、カーミュラよ! クハーッハッハッハッハッ!!」

「も、もぉ……無理っ……! ダメに、ダメになっちゃうううううっ……!!」

 

 そんなことを呂律の回らない口から漏らしつつ、一周回って危機感でも感じたのか。

 上半身だけ湯船から出して謎の藻掻きを見せた様子だったが、溺れるようにぶくぶくと引き戻される。

 

 ……仕切りのこっち側からはまるでスライムに飲み込まれまいと藻掻く冒険者の姿なんかに見えてくるから滑稽だ。

 俺はニヤニヤしながら、こないだと同じように仕切り板にかけておいた服を手に。

 

「ちょっと待っていろ。上がるなら服を……」

「ごめん、力抜けて立てない……。手、てぇ、そっちから貸して……」

 

 

 ■

 

 

「……畑が前よりでかくなってるんですけど」

「その通りだ。構造も洞窟内の地形を利用した棚田に変更してな。地下水を利用した水路はそのままに、改良型の灌漑設備で収穫効率もアップだ」

 

 なんとか風呂から上がったカーミュラと俺は現在、一階下に移設した、平地が少ない洞窟内の地形を最大限活用できるよう立体型にグレードアップした畑を見渡せる位置にいた。

 

 畑を食い荒らす野良モンスターも居ない恵まれた環境で育った作物たちが、ダンジョンの魔力を吸収した事によるめざましい成長スピードを見せ、いよいよ実り始めている。

 

 中央では例の聖鎧があいも変わらず、畑に囲まれて輝いていた。

 

 俺個人の粋な計らいで麦わら帽子を兜の上に景気よく乗っけたそいつは、農地を見守る案山子のよう。

 最早聖堂に飾られていた御本尊というよりは、心優しき畑の守り神といった方がスッキリする。

 

「これ……全部アンタが一から作ったの……?」

「ククク………それだけではないぞ。向こうを見てみるがいい」

 

 洞穴の隅の方に建てられた、石造りの施設を指さして。

 

「あそこにある、温泉の熱水循環を利用した温室が完成すれば、栽培できる作物の幅も更に広がることだろう! クハハハハハッ! ハーッハッハッハッ! 笑いが止まらん!」

「そ……そんな……」

 

 個人用の菜園ですら珍しいこの世界。

 荘園やら何やらで儲ける貴族でも、ここまで広大な畑や作物を自分オンリーのために独り占めする俺には敵うまい!

 ……おかげでこの世界には無い料理やデザートの開発もできそうな具合だ。

 

 もう少し余裕ができたら、小規模な畜産業でも営んでみるか、などど企んでみる。

 どのモンスターが食用に値するかそうでないかは、日本より自給率の低いこの世界では、技術や時代の割にかなり細かに解明されているし。

 

 色々と圧倒された様子のまま固まっているカーミュラに、俺はわざとらしく大声で。

 

「いやあー、しかし魔王軍の暮らしもさぞかし贅沢なんだろうなー。魔王軍幹部ともあれば待遇も更にいいんだろうし羨ましいなー」

「!?」

「何だかんだいいつつ、深いダンジョンの中ってのも手狭な気がしないでもないしなー。ここなんかより更に好条件な物件を用意してもらえるなら、俺も引っ越さずには居られないのになー?」

「んんん、んぐぐぐぐぐ………!」

 

 そんな事を言ってやると、魔王軍の代表者たる吸血お嬢様は一転、カチカチと尖った犬歯をかち合わせん勢いで震え始めた。

 

 

 ■

 

 

 ──魔王城内、カーミュラの自室。

 

「……どう、例の品物は用意できた?」

「はっ」

 

 ──彼女が派遣先から帰還し、色々と荒れに荒れた日から暫く経ってから。

 

 彼女の一声の元に、年長の筆頭側近がパンパンと手を叩くと。

 すぐさま他の側近たちが、数人がかりで彼女のリクエストのもとに作らせておいた品を運んでくる。

 

「カーミュラ様が是非お目に入れたいとお望みの、『ひとりでに泡の立つ浴槽』で御座います」

「言われたとおり、大理石造りの浴槽と合わせて拵えました」

「そうそう、これよこれ!!」

 

 彼女のリクエストした、ひとりでに泡の立つ風呂。

 ……最も、そのサイズは人一人が足を伸ばして寝そべられる、あのダンジョンの地下に在ったそれとはひと回りかふた回りほど小さく。

 心持ちこぢんまりとした風呂桶という形容の仕方がしっくり来る代物ではあったがそれでも彼女は満足であった。

 

 湯船は、確かに彼女の思い描いていた理想通り、勢いよくボコボコと泡立っている。

 思わず顔に気色を浮かべたカーミュラが、

 

「でかしたわ! まあ、サイズはアイツのダンジョンにあるやつと比べれば多少は見劣りするけど、試作品としては上々ね!」

「お褒めいただき、光栄なお言葉でございますお嬢様。カーミュラ様に喜んで頂いたならば我々世話役としても、冥利に尽きるというもの」

 

 家臣らの働きを喜ばしげに評価すると、十人の側近らも各々顔を綻ばせる。

 そんな中、筆頭の世話役がしかし、怪訝そうな顔で。

 

「しかしお嬢様、こちらのような奇異なる品物を用意して、何をどうするおつもりで?」

「? 何言ってるのよ。入るに決まってるじゃない」

「は? ちょ、お嬢様──」

 

 

 ■

 

 

「ボコボコに沸騰した風呂桶一杯の熱湯に全裸でダイブとか、お前マジで何考えてたんだ?」

「うぅっ、う、うるさいわねっ! イタタ………」

 

 半泣きの顔で肩まで湯船に浸かる彼女に、俺はその程度で済んで逆に良かったなと苦笑しつつ。

 元の世界なら言わずとも知れた、名物お笑い芸人の話をしてやる。

 

「俺の故郷では、裸で熱湯に突っ込んだときのリアクションを見て笑って貰う、変わった大道芸人みたいな奴が居たが。お前もアレか、その口か?」

「どこの誰よそんな適当な芸思いついたの!? どんな故郷から出てきたのかわかんないけど、アンタには私が自分から笑い者になるような人間に見えるっての?」

「あんまり騒ぐと火傷に響くぞー。今日はジャグジーもお預けだからな」

「ぐすん…………」

 

 言いつつ俺は、入浴剤代わりの薬草袋を湯船に沈めてやるのだった。

 

 



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第7話

お待たせしました。
ゴールデンウィーク中の書き溜めしてました。


 ──魔王城の、その最上階。

 

 数ある魔王城の部屋部屋の中でも一際豪華であり。

 目がくらむほど高い天井近くには、ガーゴイルの巨大な像がフロア全体に睨みをきかせるかのごとく構えている。

 

 禍々しく。

 それでいて、立ち入ったものが畏怖さえするかまでの、極めて荘厳な内装。

 それら全てが、その中央に座する部屋の、更には城全体の持ち主の実力と権力の強大さをそのまま反映している。

 

 厳粛にして剛毅。

 

 厳然にして冷徹。

 

 ──この世界において、現在『魔王』とも呼び習わされる人物。

 

「我が幹部が一人、カーミュラよ」

 

 豪華絢爛な玉座に座る百魔の王は、己が統括する幹部が一人にして……義理の育ての娘でもある人物。

 亡き兄の残し子たる少女を前に、口を開く。

 

「果ての大陸の不死王の説得は難航しているようだな」

「……はい」

「うむ。お前を持ってしてこのザマとは、余程向こうの心が頑迷であると見える」

 

 この魔王城内で目の前の少女に頭を垂れさせることの出来る存在があるとすれば、彼を除いて存在しない。

 

 逆に言えば。

 彼、魔王を除いた、この魔王城全体の意見と圧力を束ねたとしても。

 ──誇り高き【吸血女王】カーミュラに、膝を折らせることなど能わぬであろう。

 

 魔王城に限らず。

 おそらくは、この世界でさえも。

 

 ──果ての大陸の迷宮地下深くに住み着いた変わり者の不死将軍が所有する、一台の風呂桶を除いて。

 

「……あれからも定期的に、我が魔王城の誇る武具や武器を持ち寄っているのですが。生憎と目もくれず」

「ふむ。価値の高い装備などで釣れば、多少はなびくと思って提案したのだがな」

 

 魔導金属製の剣、盾、槍など。

 魔王軍の力を、もとい加入のメリットなどを示す交渉材料としてそれらを貢ぐという、交渉の常套手段。

 説得にあたって彼女に入れ知恵、もとい発案者の当人である魔王は、顎を引き気味にううむとうなる。

 

 魔王城の武器庫から貢いだそれらの品々では、とても足らぬとでも言わんばかりに(なし)(つぶて)だ。

 逆に、今まで向こうから要求してきた品は、たった一つ。

 

「……はっきり言って、余も何故この大陸の果てにまで名を轟かせるダンジョンの主が、食物の苗なんぞ欲しがるのかは知らぬが。だがともかく」

 

 思慮深く、兄ゆずりの君主の明に溢れる魔王軍の長は、威厳を含んだ声で言う。

 

「現状唯一向こうから求めてきたものがそれなのは事実。ならばこちらが取るべき行動の答えは定まっているというもの」

「えっと、それは……」

「──より多くの作物の苗を献上し、貢物とするのだ。必要な種類は部下に取り揃えさせよう」

「だ、駄目よ叔父様! それではますます」

「……む」

 

 暗がりの中で影で隠された魔王の表情。

 ついハッとしたような表情を浮かべるカーミュラに向かって、不機嫌そうに眉を潜めたのが見て取れた。

 

「余を叔父様と呼ぶでない。そう厳しく前から言っておろう、カーミュラ?」

「……はい。魔王様」

 

 その返答に満足したのか、はたまた頭を悩ませたのか。

 フン、と息を吐いた魔王は、ときにカーミュラよ、と話を変える。

 

「な、なんでしょう」

「世話役の者から聞いたのだがな」

「………」

 

 ……嫌な予感。

 人知れず冷や汗を流すカーミュラに、魔王は容赦なく問いただす。

 

「……『ひとりでに泡の出る風呂が欲しい』などと大理石作りの風呂桶を特注し、沸騰した熱水に飛び込んで火傷したそうだな」

「うっ……」

「魔法攻撃に耐える訓練でも?」

「いえ、そういう訳では」

「つい最近は管理を任せている領地を穴だらけにしたかと思えば。何のためにお前に十人以上も側近を用意したと思っている。おかしくなったのではないかと奴らも心配しておったぞ」

 

 返答に詰まるカーミュラに、魔王は追い打ちをかけるかのごとく。

 

「よりにもよって何故大理石造りにする必要があったのだ? 幹部の給料に加えて毎月の小遣いも与えているというのに、それも使い込みおってからに」

「それは! 確かにこ、個人的に……使いたかった理由もありますけれど……。その……不死王との交渉には必要不可欠なものであると判断したからですわ!」

「……は?」

 

 思わず間の抜けた声を上げた魔王の前で、カーミュラは懸命に力説する。

 

「あくまで、魔王軍の実力や財力、待遇を向こう側に見せつけるために」

「ならば申してみよカーミュラ。何故に泡の出る風呂桶なんぞが交渉材料になるのだ?」

「うっ……」

「適当なことを申すでない」

「………はい」

 

 言い返せずにうなだれるカーミュラ。

 

「貴様にはヴァンパイア一族の高潔なる誇りに加え、我ら魔王一族の血を裏切らぬよう、幼少期から躾けてきたはずだ」

「……」

「それでは亡き兄君も浮かばれまい」

 

 厳とした口調で魔王は言う。

 

「……その昔、兄君が先代魔王としてこの椅子に座っていた頃、余が側近・従者を務めていた」

「伺っております」

「理解しておるか? 兄君にとっての余であるような立ち位置に、ゆくゆくはお前がなるのだ」

「……」

「生みの親の顔に泥を塗るような真似は、さすがの余も看過はせぬぞ。兄君のためにもな」

「……はい、我が魔王様」

 

 恫喝する勢いで語気を強める、魔王。

 

 高慢なプライドと屈辱を飲み込みつつ。

 幹部、カーミュラは、その前に深々と頭を垂れる。

 

「申し訳、ありませんでした。……どうぞ、お許しを」

「良い。面をあげよ」

 

 偉大なる兄の後ろ姿を追い、厳格であるべきだと己にも言い聞かせ。

 育ての娘にも養子としてではなく、公私共に上司と部下という立場を貫く、厳格なる魔王。

 

「どうしてもと言うなら。小遣いを少しだけ増やしてやる。

 ……本当に少しだけだぞ? これでもう我儘は無しにするのだ」

「は、はい」

 

 ──だがその実。

 身内には割とダダあまらしいぞというのが魔王城の魔族達の上層部における周知の事実であることは、その主たる本人の預かり知らぬことである。

 ……そして度重なるこういった行為が、後々になって彼女の不遜で我儘な性格に拍車をかけていることを、魔王は知らない。

 

 ………。

 

「……ともかくだ」

 

 と、魔王。

 

「兄君の欠けた魔王軍を新たに一から立ち上げてから、もう随分経つ。だが全盛期に兄君が築き上げた威光にはまだ比べるべくもない。──件の勇者は消えたが、人間どもの軍勢に舐めてかかられた時が終いなのだ」

「承知しております」

「その為にも何としてでも、人間たちの間でも影響力を持つ者を味方につけ、情勢をこちらに傾けさせねばならぬ。カーミュラよ。お前の生は何のためにある?」

 

 もう何十となく、繰り返された二人の間のやり取り。

 魔王の問いに対し、吸血女王が応えるべきセリフは、二人の間ではもう決まっている。

 

 問いを投げかけられたカーミュラは、しばし間を置いたのち。

 いつもそう返すように、淀みなく。

 

「……父上が築き上げた、誇らしき魔王軍に栄光をもたらすためですわ」

「その通りだ。そしてそれは、余も同じこと。近いうちにまた謁見に来るがよい」

 

 そして、ひざまずくカーミュラの頭上に向かって、勢いよく手を伸ばし宣言した。

 まるでその先にある勝利を見据えたかのように。

 

 

「──必ずや果ての大陸のダンジョンマスターを、我らが魔王軍幹部に据えるのだ!!」

 

 

 ■

 

 

「くそ……どうして僕達がこんな初心者向けの階層で」

 

 そう悔しげにうめく剣士を筆頭に。

 女戦士、女魔道士が続く。

 前回、パーティーリーダーの剣士が氷漬けにされ一発ダウンし、テレポートで急遽帰還するまで、かなり深部まで到達していたエリート冒険者達だ。

 

 そんな彼らだったが、今回は一転。

 初心者でも突破できるような、かなり浅い階層で行き詰まってしまっていた。

 

 というのも。

 

「さっきから、モンスターに遭遇する頻度が高すぎる……。一体何が起こってるって言うんだ?」

「私たちなら捌ききれ無いことはないけど……消耗が激しすぎるわね」

 

 女戦士が疲れ切った声色で、額の汗を拭う。

 

「こないだの地震が影響してるんじゃないかなー。ダンジョンの中のモンスターの活動が、今になって活発化してきてるのかも」

「確かに、本来ならこの階層に出現しないはずのモンスターまで出てきていたし。可能性は高いわね」

「だとしたら、運が悪いな……」

 

 剣士が苦々しげに漏らす。

 

 少し前に起こった大規模な地震。

 それがダンジョン内のモンスター達の生態系に、さざなみ式に大きな影響を与えたのだろう。

 モンスターの遭遇率が格段に上がっており、同じ攻略率で見た割合だと、前回の挑戦よりかなり損耗が大きい。

 

「ユメ。ポーションは後どれくらい残ってる?」

「うーん、もう全然残ってないなー。私の魔力の消費具合から見ても、どうかんがえても一番奥まで持たないよー」

「……やっぱりか」

 

 そう報告する女魔道士にため息を付き、剣士が足を止め後ろを振り返った。

 

「……皆、残念だが今日は生憎日が悪いようだ。こんな浅い階層で撤退するのは癪だけれど、安全を考えて、またモンスターの活動が収まった頃に改めて挑戦に……」

「……ねえ、ちょっとアックスー」

「ん? どうしたのユメ?」

「あそこにへんな人が座ってるんだけどー」

「えっ」

 

 ……。

 

 魔導師の指す方向を見た女戦士が、奇妙なものを見たかのごとく、ぎょっとしたような表情を浮かべる。

 釣られて剣士もまた同じ方向を向いた。

 

 目を凝らす一同の前に浮かび上がる、その姿は。

 

「確かに……見るからに怪しさ全開じゃない」

 

 女戦士の言葉通り。

 彼らから少しばかり離れた位置に、平らな岩をテーブル代わりにその後ろに腰掛ける人物。

 

「……」

 

 かなり大柄な体格をすっぽりと黒いローブに包み、しかもその下には全身鎧を着ているようだ。

 ダンジョンのど真ん中にじっと座するその姿は、初心者向けの階層に似合わず、かなりの存在感を放っている。

 

 ──はっきり言って、まるで変装のド下手糞な貴族のお忍びのようだ。

 

「……初心者の冒険者ってわけじゃなさそうだけど」

 

 と訝しげに呟いた剣士に気づいたのか。

 ローブの男がくいとこちらを向くと。

 

「……おい。そこな冒険者方よ」

 

 話しかけてきた。

 

「ダンジョンの真ん中で困っているように見えるが……自家製のポーションはいかがかな?」

「……ポ、ポーション?」

「ああ」

 

 恐る恐る近寄って聞いた剣士の前に。

 岩のテーブルの上に、男はローブの中から取り出した瓶をいくつか置く。

 

「効き目は保証しよう」

「それは……。た、たしかに君の言う通り、アイテム不足で困ってたところだが。そもそも君は……」

 

 困惑顔の剣士に、女戦士と女魔道士、二人のパーティーメンバーが横から。

 

「アックス。ポーションのダンジョン販売なんて、新手の業者のやり口なんかじゃないの」

「そうだよー。きっとダンジョンの中だからって、薄めたポーションなんか売りつける気だよー」

「ククク……まあ疑うのも無理はない」

 

 半信半疑と言った様子のパーティーに、男はやけに特徴的な含み笑いで返す。

 

「ククッ、だが俺も俺とて、実を言うとポーションの販売は初めてなのだ。せっかくのお客様第一号、サービスとして無料配布しようではないか」

「無料配布? まあそれは有り難いが……」

「ますます怪しいじゃない。私達みたいな上級装備持ちに声をかけて、毒を盛って装備を持ち逃げする盗賊の手口だわ」

「うーん。でもリリアー。見たとこ私たちより数段上の装備着けてるみたいだよー?」

 

 ローブの襟元から、底光りする漆黒の鎧が覗く。

 フードの奥から覗く兜は、まるで悪趣味な魔族が着けていそうな面をしている。

 

 ……どう考えてもダンジョンのお助けキャラというには割と普通に無理があるレベルの威圧感を容赦なく辺りに振りまいている目の前の人物は。

 

「ほんのサービスだと言っているだろう。こんなダンジョンの中、俺がわざわざ冒険者を毒殺して金品を奪うような、回りくどい真似する盗賊に見えるかね?」

「ま、まあそれもそうかしらね……」

「ほれ、とりあえず飲んでみろ。タダだから」

 

 出で立ちとは裏腹に、気前よく瓶に入ったそれを薦めてきた。

 

 ……。

 各々、自分の手元に薦められたそれを見やる冒険者たち。

 瓶の中身は若干緑がかった白濁で、毒のたぐいかと言われれば微妙な感じはするが……。

 

「……んぐっ。……。ん? これは」

 

 毒を含めた各種耐性の高い剣士が、三人の中で真っ先に手にとって飲むと。

 

「……見たことのない効き目だ! ふたりとも、飲んでみてくれ!」

「ア、アックスがそう言うなら……」

 

 純粋な驚愕の声を上げた。

 その様子を見て、続けて手にとった二人組も、飲み干すや否やそれぞれ目を見開く。

 

「凄い。力が溢れてくる……」

「魔力の回復量、市販のポーションの比じゃないねー」

 

 驚愕と言った様子でポーションの効き目を口々に評価する三人。

 男はその様子を見つつ満足げに。

 

「そうだろう。従来のポーションとは比べ物にならん効き目なのは確認済みだ」

「こんなものをどうやって」

「言ったろう? 自家製だと」

「これは大変な……。あ、いや、ちょっと待てよ。君は……」

 

 興味津々の表情で声をかける剣士。

 

「なんだ? 言っておくが製造方法なら企業秘密で」

「違うんだ。いや、実際このポーションの効き目は凄いんだけれど。思いついたことがあって」

 

 驚きと興奮のままに、詰め寄らんばかりの勢いで男に話しかける。

 

「自分で言うのも何だが、僕たちはこれでも多少名の知れた冒険者パーティーでね。地元の商人ギルドとも、少しツテがあるんだ」

「ほほう」

 

 彼の言葉に頬当の隙間から男が片眉を上げたのが、後ろの二人のパーティーメンバーにも分かった。

 

「こんな効力の強いポーション、無料配布するなんて見たことも聞いたこともない。世に出れば、大勢の人々の助けになるはずだ」

「ククッ……ふむふむ。世の人々を助ける、か」

「ああ、僕自身、少なからず人助けのためにも冒険者をやってるからね」

 

 剣士の、意志の通った凛とした声に同調するように女戦士も。

 

「フフッ、アックスったら。たしか古の勇者に憧れたんだっけ?」

「ろまんちすと、って言うのかねー。アックスみたいな人ー」

「ち、ちょっと二人とも、茶化さないでよ」

「……」

 

 勇者、という単語に少し反応を見せた男だったが、剣士はそれも構わず語りかける。

 

「……とにかく。勿論タダでとは言わない。頼む、僕に話をつけさせてくれないか? まずは一本、買い取らせて欲しい」

「……。クククッ」

 

 ……。

 男はしばしの沈黙の後、まるで一転、おかしくてたまらないかのように。

 嘲笑とも哄笑とも聞こえる笑みを響かせた後、

 

「……ククッ。クハハッ! 古の勇者のようにか。なかなか見上げた男だな?」

 

 ──ニヤニヤと。

 不気味な笑みを兜の奥から覗かせた。

 

 

 



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第8話

「邪魔するわよ。──って、まーたなんか変なことやってるわねこの暇人アンデッド」

 

 今しがた、挨拶もなしに入ってきた少女をして曰く。

 暇人アンデッドこと俺は。

 

「そっちこそ何の用だ? ネタ芸吸血少女め」

「ネタ芸言うな! それに私がここに来る目的なんて、たった一つよ」

「ククッ、温泉か?」

「ちーがーうー!! 魔王軍に入るようアンタを説得するためよ!」

 

 大きな袋を手に憤慨する彼女に背を向けたまま。

 手に持った瓶の中身の液体を移し替えたり、混ぜ合わせたりする作業に没頭する。

 

 定期的に身分を隠して上層階をうろうろし、追加の連絡が来るのを待ちつつ、他の時間帯は最奥に籠もり、色々作業するなど時間を潰したりする形で、しばらく前に足を運んで撒いた種の芽が出るのを俺はこうして待っているのだが。

 こういうときに限って、呼んでないヤツの方からやってきたりする。

 

 足音と、ドスンと抱えてきた荷物を下ろす音が背後から聞こえるとともに。

 

「今日も今日で持ってきてやったわよ。暇なアンタにとっては、ま、お望みのものなんじゃないかしら?」

「……また武器かなんかか? 武器ならそこに置いといてくれ、後で熔かして建材にするから」

「今回は違──って、

 ──あ、あ、あああああアンタ今まで私が持ってきたもんそんなことに使ってたの!!??」

「全く。いちいち……っておお! これは!」

 

 彼女の怒号に振り返った俺は、箱一杯に袋詰にして、丁寧に小分けにしてあるそれに即座に飛びつく。

 そんな俺の背後から憤りを含んだ罵声が飛んできた。

 

「ちょっと! 私が持ってきてた武具とか、全部熔かした経緯を詳しく」

「ほほう、こいつは魔王城の周辺にしか生えないと言われている植物モンスター、ハニートラップの苗じゃないか! なんとも珍しいものを」

「ねーえ! だから武器の話を」

 

 ぐいぐいと金色の髪が懸命に視界に押し入ってくるが、俺の関心事はそれではない。

 勇者時代にも見かけたその植物モンスターについては、俺もいくつか知っていることがある。

 

「……甘い蜜を出して虫型のモンスターをおびき寄せる、こいつの特性を利用すれば糖蜜から砂糖が採取できるやも知れぬぞ! 他にも沢山随分なものをよくぞ──と、そうだ」

「無視してんじゃないわよ。こっちは何だかんだ言いつつ毎回持ってきてやってたのに! いくらなんでも失礼だと」

「失礼ついでに見せたいものがある。これだ、見るがいい!!」

「お願いだから人の話を聞きなさいよおおおおおおお!!」

 

 最早涙目になりそうな勢いで叫ぶ彼女の前に。

 ビシッ!! っと。

 俺は先程、上層階で冒険者集団に売りつけたものと同じ、容器に入った液体を突きつけてやる。

 

「全く……。って、何これ?」

「ポーションだ」

「ぽ、ポーション? 今度はポーション作りまで始めたの? つくづくほんっとに暇ね」

 

 失礼な。

 俺はやれやれというように肩をすくめる。

 

「何を言う。俺の故郷では、異界に飛ばされのんびり暮らすといえば、ポーション作りというのがテンプレ、お決まりというものだ」

「あ、アンタの故郷では異界に飛ばされるのが当たり前なの……? ……本当は地獄から来た大悪魔の類かなんかじゃないでしょうね」

「そりゃまた随分な言われようだな」

 

 別に当然とかそういうわけじゃないけど、なんでそんな解釈になるんだよ。

 何やら身構える彼女を前に込み上げてくるおかしさをこらえつつ、俺は説明してやる。

 

「前にお前が火傷して半泣きになりながら、湯に浸かりに来たときのこと覚えてるか?」

「そ、その話はもういいじゃないっ。意地が悪いんだから……」

「違う違う」

 

 俺は瓶をシャカシャカと振りつつ、中の液体が緑がかった白濁なのを見せてやる。

 

「あのとき、薬草袋を湯に浸けたろ? そしたらお前の火傷は短時間で治った。そうだな?」

「まあ、心持ち治りが早かったような……」

「あの後薬草成分の混じった湯を鑑定……というか調べてみたんだがな。聞いて驚け、湯そのものがまるごと、治癒効果に加え、微弱ながら魔力回復効果を持っていたのだ」

「ええっ……?」

 

 驚愕する彼女に、俺はうなずきつつ。

 

「……原理は分からん。だがどうも、温泉の成分と、魔力豊富なダンジョンの地下で栽培した薬草の成分が、強力な相乗効果を発揮したようだな。そこで俺はピンときた。──こいつを改良すればポーションとして売れる、とな」

 

 ……役立ったのは数ある産廃特典の一つ。

 薬草師スキルだ。

 

 こちらもスキルを極める以前に、もう既にポーションのエキスパートなエリート宮廷魔導師が勇者パーティーにいたため、ついぞ効果を発揮することが無かったのである。

 もっともそれを差し引いても、俺のステータスで治癒ポーションなんぞ必要は無かったし。

 アイツ今どうしてるんだろうな。

 

「だが、湯をまるごと強力なポーションに変えられるとは! 既にダンジョン攻略中途の冒険者パーティーに飲ませて売りつけ、効果は実証済みだ!!」

「……ん?」

「ククク……向こうも何かと話しの分かるやつだったのが幸いした。クハハハッ! これを元手に商人ギルドと──」

「ちょちょちょっとまって。ちょっと待って。ちょっと待って。一旦ストップ」

 

 大げさな手振りで強引に遮ってきたカーミュラ。

 なんだよと視線を投げかけると、彼女はいつになくシリアスな低い声で、詰問するように。

 

「……貴方はそのポーションを、飲ませて売ったのよね? 通りすがりの冒険者に」

「そうだが?」

「で、そのポーションはあの薬草成分入りのお湯を使ってるんでしょう?」

「その通り」

「火傷した私が浸かった、温泉のお湯よね」

「……あっ」

 

 ……。

 固まる俺に、恐る恐るといった様子でカーミュラが──

 

「……それってつまり、私が浸かった後の……。の、残り湯をポーションにして、飲ませたり売りものにしたって意味に聞こえるんだけど……。流石に……、嘘、よね?」

「…………」

 

 ………。

 

 ………。

 

 長い沈黙。

 

「……大丈夫だ」

「……」

「……う、売ったのは一瓶だけで、あとは全部無料配布……」

「なおさらダメじゃないのよおおおおおおおおおおおおお!!!」

「う、うおおおお何だ!? 急に掴みかかってくるな!」

 

 号泣でもしそうな勢いで襲いかかってきたカーミュラに、ガクガクと揺さぶられる。

 すごい力だ。

 すごい力だが、こんなことで魔王の娘の本気を出されても困る。

 

「べべべ、別にいいだろうちょっとぐらい! 一瓶だけならそこまで儲けた訳じゃ」

「お金の問題じゃないわよおおおおおお! アンタってヤツは! ……ポーションなんて! ──よりにもよってポーションなんてぇっ! どんな羞恥プレイよ!!」

「ポーションとしてじゃ嫌なのか。じゃあ何か? 『温泉大好きヴァンパイアっ娘の残り汁』とかで堂々とラベルでも貼って売り出したほうがいいってのか!?」

 

 泣きながら癇癪を起こすカーミュラに向かって言い返す俺だったが、逆に火に油を注いでしまったのか。

 怒りと羞恥による感情の昂りか、赤い瞳を輝かせ、涙を浮かべ罵倒してきた。

 

「アンタってヤツは! アンタってヤツは! 何をどうやったら乙女の尊厳をそこまで踏みにじれるのよ! 逆に尊敬するわ! 慰謝料! 慰謝料払いなさい! 間接的なセクハラに伴う精神的苦痛に対する慰謝料を要求するわ!」

「お前いまお金の問題じゃないとか言ってたろうが! おい、ちょ──ああっ、瓶を手当り次第投げつけるのはやめろ! 貴重な売りもんなんだぞ!」

「アンタってヤツは! アンタってヤツは! アンタってヤツは! アンタってヤツわあああああ──っっっ!!!」

 

 

 ■

 

 

 ……。

 

 ──私の名前は、カーミュラ。

 誇らしき魔王一族の末裔だ。

 

「早速聞こうか。貢物の効果は如何ほどだカーミュラ?」

 

 果ての大陸のダンジョンマスター。

 不死王ことアンデッドジェネラルを、魔王軍の幹部の一人として迎えるため説得せよとの命を私が受けて、暫く経つ。

 ……けれど、魔王様のご期待とは裏腹に。

 私は一向に、なんの成果も得られずにいる。

 

「はい。……かなり、喜んでいたようで」

「成程。植物型のモンスターの苗なども共に送ったはずだが、そうか。大方植物の類の収集癖でもあるのであろうが」

「………」

 

 逆にこっちの方の口は重くなるばかり。

 

 ──言えない。

 ダンジョンマスターなんて名ばかりのアイツが冒険者なんかそっちのけで、最深部のさらに奥で農場経営してるなんて言えない。

 

 ──言えない。

 折角結構な武器をいくつも持っていったのに、都合よく建材にリサイクルされてたなんて言えない。

 

 ──言えない。

 この私を骨抜きにするぐらい見事な温泉まであるなんて言えない。

 

 ──言えない。

 はっきり言ってこっちが勝ってるとこないくらい、魔王城の暮らしより数ランク上の贅沢して暮らしてるなんて言えない。

 

 ──言えない。

 私が入ったあとの残り湯でポーション発明したりしてますなんて絶対に、絶対に言えない!

 

「どうしたなカーミュラ。なにやら悲壮な表情をしおってからに」

「はっ!? い、いえ何でもないですわ」

「で、貢物に対し、幹部入りを承諾する可能性は期待できそうか?」

「それは……それとこれとはその……話が別と、言っておりましたというか……」

 

 しどろもどろになりつつ、頑張って嘘をつく。

 あのあと、怒りにまかせて作り置きのポーションを一つ残らず割ってしまった私は、もうお前帰れと逆に追い出されてしまったのだ。

 

 ……だ、だっていくらなんでもアレはあんまりよ。

 自分の知らないところで……あれが勝手にポーションとして売られたり飲まれてたなんて、なんたる羞恥!

 魔王軍の説得とかそれ以前に、あんなこと許されていいはずがないんだから。

 

「四天王それぞれに別々の幹部候補を説得に行かせたが、成果を挙げられておらぬのはお前一人なのだぞ?」

「はい。承知しております」

「他三人の尽力により、幹部の数は順調に増えている。もう四天王などと特別扱いは出来んのだ、カーミュラ。私情を滅し、ゆくゆくはお前のことを、あくまで十二人いる中の一人として扱わねばならん」

「……。はい」

「責任は分かっておるな? カーミュラよ」

 

 ……とはいえ。

 せっかくの貢物もこれで帳消しになってしまったのは事実。

 アイツのことだ。

 次行ったときはまた更に畑の拡張にでも勤しんでいるんだろうとやりきれない予想をしつつ、私は魔王様に頭を下げる。

 

「カーミュラよ、この際無理は言っていられん」

 

 ……と、魔王様が深謀遠慮を含んだ声で、また別のことを言い出した。

 

「後がつかえておるのだ。不死王の説得と同時並行して、お前には近いうちに他の幹部が説得にゆくはずだった幹部候補の一人のもとへ向かってもらう」

「……べ、別の幹部候補、ですか?」

「そうだ。後の説得が楽になるよう、重要度の高い候補から説得を進めていく予定だったが、この際順番は問題では無いからな」

 

 同時期の派遣任務……。

 派遣先がどうあれ当分は忙しくなりそうね。

 

「だが、魅了の魔法など多岐にわたる魔王軍の実力者である、お前だからこそ任せられる任務なのだ。やってくれるな?」

「はっ、魔王様!」

「うむ。よいなカーミュラ、汝の生は──」

「……魔王軍のために」

「左様」

 

 ……でもそれは、同時にそれだけ魔王様に頼りにされているということ。

 その事実が大いなる自信となって、私の心を満たしていく。

 

 ──そうよね。

 結局は他の幹部が向かったところで、舐められて終わりよ。

 魔王軍の最高戦力である、この私が向かわないと。

 

「不死王の説得も急いでもらわねばならん。こうも交渉が長引くと、こちらに引き込むか引き込まないか、という話だけではなくなってくるからな」

「? といいますと……?」

 

 疑問符を浮かべ聞き返す私に、魔王様はうむと頷くと。

 

「無論であろう。何度もいうが、大陸の果ての不死王の与える影響力は非常に大きいと推察される。であれば、その力を狙ってくるのは我ら魔王軍だけであるはずがない」

「……人間も、ということですか」

「いかにも。勇者という支柱を失った人間どもが、仲間同士の小競り合いに際し、あさましくも戦力を求めるかもしれぬ。干渉してくる可能性は大いにあるであろう」

 

 今更の話になるけれど、それは考えていなかった。

 関心事の増え唇を噛む私の耳に、魔王様の声。

 

「冒険者、商人組合……なんであれ。人間側とのパイプを向こうが持ってしまえば、幹部に据えるどころの話ではなくなるかもしれんのだからな」

「冒険者に、商人組合……」

 

 言われて初めて気づく。

 幹部に引き込む以前に、そもそも彼に何らかの怪しいコンタクトを取ってくる人間が居ないか、今まで見張っていなければならなかったということではないか。

 

「──そ、そういえば……」

 

 ──そして。

 私の脳内に、突如電流が走ったような気がした。

 

 

『──だが、湯をまるごと強力なポーションに変えられるとは! 既にダンジョン攻略中途の冒険者パーティーに飲ませて売りつけ、効果は実証済みだ!!』

『──ククク……向こうも名の知られたパーティーだったようでな。何かと話の分かるやつだったのが幸いした。クハハハッ! これを元手に商人ギルドと──』

 

 

 あのとき──残り湯云々に気を取られてよく聞いてなかったけど。

 なんとなくそんなことを言っていたような気が。

 

 冒険者パーティーに売りつけたって、ていうかその元手に……何をするって?

 ……。

 

「……」

 

 ……しばしの思考の後に、私はようやく思い当たる。

 これってかなりマズいのではと。

 

「……!」

 

 なぜならそれは、文字通り知名度のある冒険者パーティー、あるいは商人ギルド。

 もしくはその両方と、彼が間接的ながらも繋がりを持ってしまうということ。

 魔王様が恐れている事態が発生してしまう恐れがあるということ。

 

「……!!」

 ──マズい!!

 

 しまった。

 あの時ポーションの製造元よりも先に気づくべきことがあったのに!

 こんなことしてる場合じゃない!!

 

「ま、魔王様!」

「どうした、急に血相を変えて。何か──」

「はいっ! 重大な事といえば重大なのですが──ともかく今急に思い当たりまして! 直ちに、不死王の元へと向かわせていただきますっ!」

「そ、そうか。苦しゅうない」

 

 失礼致しましたと、退出の言葉を述べるいとまも無く。

 私は背を向け、扉を跳ね開けると、脱兎の如く魔王様の間から飛び出す。

 

 急げ、一刻も早く。

 アイツが魔王軍以外に決定的なコンタクトを取る前にと。

 

 私は背中の翼を懸命に羽ばたかせ、大陸の向こう側のダンションへ──!

 

 



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