劇場版SSSS.GRIDMAN ~Re:UNION あの頃のように同盟を結ぼうか~ (藤乃さん)
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再・誕

はじめまして、藤乃と申します。
初心者ですがよろしくお願いします。


 

 1年前――

 響裕太の身体にはグリッドマンが乗り移っており、裕太自身の意識はずっと眠ったままだった。

 怪獣と戦っていた『響裕太』は『自分を響裕太と思い込んだグリッドマン』であり、本当の裕太とは別人だ。

 

 当時の記憶はそのまま残っているものの、裕太としては複雑な気持ちになってしまう。

 

「俺は、何もしていない」

 

 そのことが、1年間、ずっと裕太の気持ちに暗い影を落としていた。

 

 ……けれど。

 

 ツツジ台に再び怪獣が現れたその日、予想外のアクシデントを経て、他ならぬ裕太自身がグリッドマンへ変身していた。

 

「大丈夫、俺は戦える。……去年、グリッドマンがやったみたいに、戦えばいい」

 

 裕太は、心のモヤが晴れていくのを感じていた。

 

 グリッドマンとして戦った記憶が残っているからこそ、グリッドマンとして戦える。

 

 これが、俺にしかできないこと。

 俺がやるべきことなんだ。

 

 敵は、巨大な二足歩行の竜……キンググールギラス。

 グリッドマンが初めて戦った怪獣がさらなる強化を遂げたもので、なんと、頭が3つに増えている。

 単純に考えれば、攻撃力はグールギラスの3倍だ。

 

 果たして、裕太はキンググールギラスに勝てるのだろうか?

 

 

 

 

 戦いが始まる前に、ひとつ、説明しておくべきだろう。

 そもそも、どうして裕太がグリッドマンに変身したのか。

 

 物語はおよそ2時間前に遡る――。

 

 

 

 

 

 

 * *

 

 

 

 

 

 その日、響裕太は、進路について悩んでいた。

 いまは高校2年生の11月、“自称進学校”のツツジ台高校では進路指導の時期だ。

 来週からは担任教師との面談が始まるのだが、それに先立って、進路希望調査票を提出せねばならない。

 

 締め切りは、今日まで。

 

 けれども裕太の調査票は、第一希望から第五希望までまっしろだ。

 担任教師から「調査票を出してから帰れよ」と言われていたが、どうにも手が動かず、放課後の教室で「うーん」と唸ることしかできない。

 

「裕太、まだ悩んでるのか?」

 

 話しかけてきたのは、クラスメイトの内海将だ。

 ものすごい特撮好きで、ちょっと変わったところもあるが、裕太にとって大切な友人といえる。

 

「調査票なんてテキトーに書いておけばいいんだよ。先生が知りたいのは、進学か就職か、くらいだろうしさ」

「それはちょっと適当すぎるような……。内海こそ、調査票、どう書いたんだよ」

「お、オレは……まぁ、進学は進学だけど、他にもやってみたいことが別にあるというかなんというか……」

 

 んん?

 内海はゴニョゴニョと呟くような小声になってしまった。

 いったい、どうしたのだろう。

 

 裕太が首をかしげていると、さらにもうひとり、別のクラスメイトが声をかけてきた。

 

「内海くん、声優になるんでしょ?」

 

 長い黒髪の少女……宝多六花だ。

 かつての戦いから一年が過ぎ、以前よりすこし髪が長くなっている。

 清楚で整った容姿はますます磨きがかかり、クラスの男子からは“高嶺の花”みたいに扱われているが、本人はまったく気にしておらず、放課後、こうして裕太に(そしてついでに内海に)声をかけてくることがある。

 

「へえ、内海って声優志望なんだ」

「あ、あのなぁ裕太。べ、別にマジで声優を目指しているとかじゃなくって、まあ、将来の可能性のひとつとしてだな……。というか六花サン、なんでオレが調査票に声優って書いたこと知っているんですかね……?」

「え? 内海くん、調査票にそんなこと書いたの?」

 

 六花は意外そうな表情を浮かべた。

 

「ほら、去年のいまごろ、内海くんが声優志望ってウワサが流れたじゃん。だから、冗談のつもりで『声優になるんでしょ?』って言ってみたんだけど……」

「マジかー……」

 

 内海は頭を抱えた。

 

「オレ、自爆した?」

「うん、自爆した」

 

 裕太が頷く。

 

「というか内海、調査票に声優って書いたんだ」

「……書いたことは書いた。でもな裕太、勘違いするなよ。オレは基本的に進学だからな。第1希望から第4希望までは大学の名前でびっしり埋めた。最後の、第5志望だけ何も思いつかなくて、とりあえず声優を入れただけだからな」

「う、うん……」

 

 内海がやけに早口だったので、裕太は圧倒されてしまう。

 ただ、ここまで必死な様子を見せられると、かえって怪しく思えてくる。

 内海のやつは特撮好きだし、そういう進路だって十分にありえるんじゃないか。

 

「というか、六花サンこそ、調査票はどう書いたんだよ」

「え? 進学だけど」

 

 こともなげに六花が答える。

 ちなみに裕太はときどき六花とLINEでやりとりしており、進学は進学でも、看護師志望ということを教えてもらっている。

 以前の戦いでは多くの人々が傷ついたが、それを六花なりに受け止めた結果、誰かの命を救う仕事を選んだという。

 

 裕太としては、そんな六花のことを立派だと感じていた。

 六花は去年のできごとをきっちり消化して、未来に進みつつある。

 

 ――じゃあ、俺は?

 

 実のところ、裕太は過去をうまく消化できていない。

 

 当時、裕太の身体にはグリッドマンが乗り移っており、裕太自身の意識はずっと眠っていた。

 六花や内海とともに戦った『響裕太』は『自分を響裕太と思い込んだグリッドマン』であって、本当の裕太とは別人だ。

 けれど、あのころの記憶は消えずに残っていて、まるで自分のことのように思い出せる。

 

 そんな矛盾のせいで、裕太はすべてを他人事として割り切ることもできず、かといって真正面から向き合うことも難しく、中途半端なまま1年が過ぎていた。

 

 ――こっちは過去だけで精一杯なのに、将来のことなんて考えられないよ。

 

 それが、裕太の本音だった。

 

 

 * *

 

 

 結局、裕太は調査票の第一希望に「進学」とだけ書いて提出した。

 担任教師には「面談までにもうちょっと詳しく考えておけよ」とお小言をもらってしまったが、ひとまずこれで下校できる。

 

 3人は学校を出ると『JUNK SHOP絢』へと向かった。

 この店は六花の実家であり、かつてグリッドマン同盟(命名:内海将)の拠点だった。

 

 怪獣との戦いが終わってから、今日でちょうど1年になる。

 そのことを記念(?)して、久しぶりに3人で集まる約束だった。

 

「……あれ?」

 

 歩道橋を渡っているとき、ふと、裕太は立ち止まった。

 夕暮れのビル街の向こうに、怪獣のような影を見かけた……ような気がしたからだ。

 

 だが、影は一瞬で消えてしまった。

 後に残っているのは、いつもどおりの平和な街並みだけ。

 

「おーい裕太、置いてっちまうぞー?」

「響くん、どうしたの?」

 

 六花と内海はすでに歩道橋の階段を下りていた。

 

「ごめん、いま行く!」

 

 裕太は階段を駆け降りると、急いで2人に合流した。

 そうして少し歩いたところで、内海がこんなことを言い出した。

 

「いやー、でも、あの店に行くのってホント久しぶりだよなー。なんだか懐かしくないか、裕太」

「う、うん……」

 

 裕太はすこしだけ曖昧に頷いた。

 というのも、内海はこの1年間ほどんと『JUNK SHOP絢』を訪れていないが、裕太はときどきお邪魔してコーヒーをごちそうになっていた。

 

 ちなみにママさんが淹れたものではなく、六花のお手製だ。

 去年の末あたりから六花はコーヒーに凝っており、裕太はその“味見係”として定期的にお呼ばれしていた。

 

 だが、裕太はそれを内海に明かさなかった。

 できることなら六花と自分だけの秘密にしておきたいところだが、さて、六花はどうだろう?

 

「そうだねー。響くんも内海くんも、ほとんど1年ぶりじゃない?」

 

 六花はほんの一瞬だけ裕太に視線を投げたあと、そんな言葉を口にした。

 どうやら六花も六花で、コーヒーのことは秘密にしておきたいようだ。

 裕太はニヤけそうになりつつも、同時に、ひとつの疑問を覚えていた。

 

 ――六花は、俺のことをどう思っているんだろう?

 

 少なくとも、嫌われてはいないはず。

 いまの関係は居心地がいいけれど、できれば先に進みたい。

 

 それができないのは、去年の記憶がひとつだけ欠けているからだ。

 

 グリッドマンが宿る直前、裕太は六花に対して、とても大事な話をしたらしい。

 いったい何だろう?

 裕太にはまったく覚えがない。

 六花にも尋ねてみたが「響くんが自分で思い出さなきゃ意味がないから」と言われてしまった。

 

 告白でもしたのだろうか?

 

 

 

 裕太がそんなことを考えながら2人の後ろを歩いていたとき――。

 遠くで、ドオン、と爆弾が落ちたような音が響いた。

 コンマ数秒遅れて、地面が激しく揺れる。

 

「うわっ!」

「おおわっ!?」

「きゃっ!」

 

 いきなりのことだったから、裕太も内海も六花も、三人揃って姿勢を崩してしまう。

 

「なんだなんだ、地震か?」

 

 内海が、ズレた眼鏡を掛け直しながら言う。

 

「でも、妙な揺れだったよな……」

「もしかして怪獣とか? でも、アカネは神様の世界に帰ったはずだし……。響くんはどう思う? ――響くん?」

 

 裕太は何も言わない。

 後ろを振り向いたまま、硬直していた。

 

 このとき、裕太は不思議な感覚に襲われていた。

 

 左手の手首……かつてプライマル・アクセプターを装着していた部分が、熱い。

 もしかするとグリッドマンが去った後も裕太の身体にはその欠片のようなものが残っていて、怪獣に反応しているのかもしれない。

 

「おい裕太、どうしたんだ?」

「響くん、大丈夫?」

「……俺、ちょっと見てくる!」

 

 裕太は走り出した。

 身体が軽い。

 いつもより、ずっと足が速くなっていた。

 さっきの歩道橋のところまで戻り、階段を駆け上る。

 あらためてビル街のほうへと視線を向ければ、遠くに、怪獣の姿があった。

 

 それは二足歩行の竜だった。

 グリッドマンが初めて戦った怪獣……グールギラスに似ている。

 だが、その首は1本ではなく、3本に増えていた。

 

 怪獣は、3つの口から火炎球を吐き出しながら暴れていた。

 このままじゃ、ツツジ台は火の海になってしまう。

 

「止めないと……!」

 

 裕太はほとんど反射的に、腕を十字に組んでいた。

 それはグリッドマンに変身するときのポーズだ。

 けれど、何も起こらない。

 当たり前だ。

 グリッドマンはもういない。

 グリッドマンが宿っていたジャンクも、いつのまにか消えてしまった。

 

「グオオオオオオオオッ!」

 

 怪獣が唸り声をあげながら、裕太のほうを向いた。

 中央の顔から、火炎球が放たれる。

 

 それは山なりの軌道を描いて、ゆっくりと裕太のほうへ飛来する。

 裕太はすぐに身を翻して歩道橋から飛び降りた。

 普通の高校生にはできない動きだ。

 

「やっぱり、俺にはグリッドマンの欠片が残ってるんだ……!」

 

 裕太は強く確信しつつ、火炎球から距離を取ろうとした。

 だが――すぐ近くに、六花と内海の姿があった。

 どうやら2人とも裕太を追いかけてきたらしい。

 

「内海くん、あれ……!」

「えっ? う、うわああああああっ!?」

 

 2人は火炎球に気付いたものの、驚きと恐怖によって、その場で立ち竦んでしまう。

 

「六花! 内海! 逃げろ!」

 

 裕太は叫ぶ。

 自分だけなら逃げることも可能だろう。

 でも、仲間を見捨てるわけにはいかない!

 

 裕太は2人の目前で立ち止まると、盾になろうとして、両手を大きく広げた。

 俺は六花と内海を守りたい、力を貸してくれ、グリッドマン! 

 

 ……グリッドマンはもういない。

 

 よって、裕太がここで更なる力を発揮することもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 だが、そんな裕太のすぐ横を、銀髪の少年が駆け抜けた。

 アンチ。

 もともとは新城アカネによって生み出された怪獣だったが、最終的に『グリッドナイト』という第二のグリッドマンというべき存在へと進化を果たしていた。

 この1年間はずっと行方をくらましていたが、果たしてどこにいたのだろう?

 

「貸しひとつだ。いつか返せ」

 

 アンチは擦れ違いざまにそう呟くと、グリッドナイトへと変身した!

 

 

 

 

 





 パンドン→改造パンドン(メカ化)→キングパンドン(首が増える)の発想をおかりして、グールギラス→メカグールギラス→キンググールギラスにしてみました。
 で、キングがつく竜の怪獣とくれば首が3つかな、って……。(キングギドラ)
 

『魔王の逆襲』のマグマギラスもちょっと参考にしています。




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変・身

 

 激しい閃光が弾け、赤と紫の巨人……グリッドナイトが出現する。

 その目の前には、怪獣の放った火炎球が迫っていた。

 

「うおおおおおおおおおっ!」

 

 グリッドナイトは雄叫びとともに、右の拳で火炎球を殴りつける。

 その衝撃によって火炎球は爆発するが、グリッドナイトは無傷だった。

 

「こんなもので、おれを倒せると思うなぁぁぁっ!」

 

 グリッドナイトは大地を蹴ってジャンプすると、怪獣……キンググールギラスに飛び蹴りを食らわせる。

 キンググールギラスは、よろめき、そのままビル街へと倒れ込んだ。

 高層ビルが崩れ、道路の車がひしゃげて潰れる――。

 

 

 * *

 

 

 グリッドナイトとキンググールギラスの戦いを、裕太たちはその場から眺めていた。

 内海が苦々しげに呟く。

 

「あいつ、前と同じだ。まわりの被害なんて何も考えちゃいない」

「違うよ内海、アンチは俺たちを巻き込まないようにしているんだ」

 

 裕太はそう確信していた。

 なぜならアンチは「貸しひとつ」と言っていた。

 要するに、今回は守ってやる、ということだろう。

 

「早くここから離れたほうがいい。俺たちがボンヤリしていたら、アンチの邪魔になる」

「なあ裕太、おまえ、キャラが変わってないか? もしかしてグリッドマンが戻ってきたとか……」

「俺は俺だよ。さあ、行こう」

 

 裕太は短く答えると、内海、そして六花を連れて戦いの場を離れようとする。

 ただ、六花はどこか上の空というか、考え事をしているような雰囲気だった。

 

「六花、どうしたの?」

「あたしの見間違いかもしれないけど、アンチくん、ケガしてなかった?」

「……そうかもしれない」

 

 裕太は頷いた。

 アンチの姿を見たのは数秒ほどだったが、たしかに、その身体はあちこち傷が刻まれていた。

 

「もしかして、あたしたちの知らない場所で、アンチくんはずっと怪獣と戦っていたとか……?」

「可能性はあると思う。……でも、それなら怪獣はどこから来たんだろう」

 

 昨年の戦いでは、新城アカネが怪獣の原形を作り、それをアレクシス・ケリヴが実体化させていた。

 けれど、アカネは自分の世界に帰ったし、アレクシスは封印された。

 怪獣が出てくる原因は、もう、存在しないはずなのだ。

 

 裕太と六花は揃って疑問に首を傾げ……そこに、内海が割り込んできた。

 

「もしかしたら、この世界にはもともと怪獣がいたのかもしれないぜ。『ウルトラマンガイア』の地球怪獣みたい」

「は?」

 

 六花はものすごく冷たい視線を内海へと向けた。

 特撮トークへの冷淡さは、去年とまったく変わっていない。

 

 その時だった。

 ドォンという激しい爆音が響いた。

 

 裕太は思わず背後を振り向いた。 

 ビル街のほうではグリッドナイトとキンググールギラスが戦っている。

 

 ……状況は、グリッドナイトの劣勢だった。

 

 もともと身体に傷を負っているせいだろうか、動きが鈍い。

 グリッドナイトは光線技を叩きこもうとしたが、それよりも先に、キンググールギラスの体当たりが炸裂していた。

 

「うわあああああああああああっ!」

 

 アンチの絶叫が響き、グリッドナイトの身体が弾き飛ばされる。

 そのまま住宅街に墜落したかと思うと、再び立ち上がることもなく、姿を消してしまった。

 ダメージが大きすぎて、変身を維持できなくなったのだろう……。

 

「アンチくん!」

 

 六花が悲鳴をあげると、グリッドナイトが落ちた場所へと走り出した。

 裕太はキンググールギラスへと視線を向ける。

 グリッドナイトを追いかけてくる様子はなく、ビル街のほうで破壊活動を続けていた。

 

「お、おい裕太。どうする?」

 

 内海は困ったような表情を浮かべながら、その場に立ち止まっていた。

 

「内海は先に逃げてくれ。俺は六花を追いかけるよ」

「お、おい! ちょっと待てよ裕太!」

 

 内海の制止も聞かず、裕太は走る。

 六花に追いついたのは、グリッドナイトの落下地点の近くだった。

 周囲の家々は潰れ、瓦礫の山となっている。

 六花は高い瓦礫を登ろうとしているが、手足の力が足りず、うまく進めないでいた。

 

「六花!」

 

 裕太は走ってきた勢いのまま瓦礫を駆け登ると、上から六花に手を差し伸べた。

 

「響くん……? あ、ありがと」

「しっかり掴まってて。……よっ、と」

 

 裕太は右手ひとつで六花を引き上げる。

 六花は華奢とはいえ、それでも、年齢相応の体重はある。

 それを腕一本で持ち上げるなど、普段の裕太ならば不可能だろう。

 

「響くん、こんなに力持ちだったっけ……?」

「たぶんだけど、俺にはグリッドマンの欠片が残っている。怪獣の出現のせいで、欠片が反応しているんだと……思う」

「じゃあ、グリッドマンに変身できるの?」

「……分からない。でも、アクセプターがないから、たぶん無理だ」

 

 裕太は右腕を見る。

 いまも手首にはビリビリとした違和感が残っているが、それ以上の変化はない。

 

「俺のことはともかく、まずはアンチのところに行こう」

「うん、そうだね。アンチくん、無事だといいけど……」 

 

 裕太と六花は、足元に気を付けつつ、瓦礫の山を進んでいく。

 やがてくぼみのような場所に辿り着いた。

 中心部には、銀髪の少年が倒れている。

 アンチだ。

 全身ボロボロで、頭からは流血していた。

 両眼は閉じられており、ときどき、苦しそうに呻き声をあげている。

 

「アンチくん、しっかりして!」

 

 六花が駆け寄って声をかけると、アンチはうっすらと瞼を開いた。

 

「おまえ、あのときの……。それに、響裕太……」

 

 アンチは掠れ声で呟きつつ、裕太のほうを見た。

 その左眼は赤く、右眼は青い。

 

「響裕太、いまのおまえはグリッドマンか?」

「……違う。欠片みたいなものは残っているけれど、俺は響裕太だよ」

「欠片……」

 

 アンチはしばらく考え込むと、よろよろと身を起こした。

 その表情はどこか鬼気迫るもので、近くにいた六花は何も言えないでいる。

 

「確かに感じる。グリッドマンの匂いだ」

 

 アンチはそう呟くと、右手を伸ばし、ガッ、と裕太の肩を掴んだ。

 

「響裕太、力を貸せ。いまからもう一度、あの怪獣と戦う」

「戦うって……どうやって?」

「いまのおれは変身できない。エネルギーが足りない。……だが、グリッドマンの欠片があれば、何とかなるはずだ」

 

 アンチの言葉に、裕太は考え込む。

 怪獣はいまも暴れている。

 このまま放っておけば犠牲者は増え続ける一方だろう。

 もしかすると裕太のクラスメイトが殺されてしまうかもしれない。

 たとえばそう、バレー部の問川のように!

 

「……分かった。さっきは助けてもらったし、借りは返すよ。俺は何をしたらいい?」

「おれの眼を見ろ。眼を見て、心を開いて……心を繋げ」

「心を、繋ぐ……」

 

 裕太の頭をよぎったのは、最後の戦いだ。

 あのとき、裕太だけでなく新世紀中学生の4人、さらにはアンチを含めた全員がひとつになり、真のグリッドマンに変身を遂げた。

 同じことをすればいいのだろうか。

 

 そう思ったとき――裕太の左手首に、左半分だけのアクセプターが現れた。

 アンチの手首にも、右半分だけのアクセプターが現れていた。

 

 裕太とアンチは頷き合い、同時に叫んだ。

 ――アクセス・フラッシュ!

 

 

 

 

 

 白銀の稲妻が弾け、新たなグリッドマンが降臨する。

 それは、白い装甲に身を包んだ力強いフォルムの巨人だった。

 

 青色の瞳には、煌々と闘志が燃え滾っている。

 

 裕太はいま、グリッドマンとなっていた。

 巨大な手足はすべて裕太の思うように動く。

 

 アンチはどうなったのだろうか?

 そう思った矢先、裕太の脳内に声が響いた。

 

「いまのおれは戦えない。コントロールはおまえに任せる」

「……わかった、やってみる」

 

 裕太は心のなかで頷くと、ファイティング・ポーズを取った。

 

「大丈夫、俺は戦える。……去年、グリッドマンがやったみたいに、戦えばいい!」

 

 裕太は、自分の心がストンと整理されていくのを感じていた。

 グリッドマンとして戦った記憶が残っているからこそ、グリッドマンとして戦える。

 

 これが、俺にしかできないこと。

 俺のやるべきことなんだ。

 

 

 




裕太が変身した姿は、ジャンボットをイメージしています。
ジャンボットが登場したとき、グリッドマンに似てるって話題になりましたよね……。


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初・陣

 

 白銀の稲妻が弾け、新たなグリッドマンが降臨する。

 それは、白い装甲に身を包んだ力強いフォルムの巨人だった。

 

 グリッドマンはファイティング・ポーズを取ると、怪獣へと向かっていく。

 その動きには迷いというものがない。

 本物の『響裕太』にとっては初めての戦いだが、まるで熟練の戦士のような身のこなしだった。

 

 ――その一方、六花は大きく混乱していた。

 

「響くんとアンチくんが、ひとつに……? なにそれ、意味わかんないんだけど……」

 

 裕太とアンチの合体変身。

 あまりにも突然のできごとに、六花はただ茫然とするばかりだった。

 

 そんな六花のもとに、内海が駆け寄ってくる。

 裕太に置いてけぼりにされたあと、彼なりの全力疾走で追いかけてきたのだ。

 

「はぁっ、はぁっ……! なあ六花、あの巨人って、グリッドマンだよな……? もしかしてグリッドマンが帰ってきたのか?」

「ううん、そうじゃなくって……ええと、響くんにグリッドマンの欠片? みたいなのが残ってて、それを使ってアンチくんと一緒に変身したというか……」

 

 六花の説明は(本人が状況の呑み込めていないのもあって)曖昧なものだった。

 だが、内海はすぐに状況を理解したらしく、力強くと、早口で自分なりの解釈を語り始める。

 

「裕太にグリッドマンの欠片が残っていた、ってことは、マンガの『ULTRAMAN』とか小説の『ウルトラマンF』みたいな状況ってことか。最近のウルトラシリーズのお約束だよな。アンチとの合体変身は『ウルトラマンA』っぽいか。とにかく、新しいグリッドマンにも名前が必要だよな。……稲妻とともに現れる戦士、つーことで、電撃超人グリッドマンF(ファイター)とか」

「内海くん、うるさい。ちょっと静かにして」

「え、ちょ、六花サン、さすがにその返しはひどいような……」

「いいから黙って」

 

 六花はピシャリと言い放つと、耳を澄ます。

 どこかから、裕太の声が聞こえたような気がしたからだ。

 

「……下?」

 

 六花は足元に目を向ける。

 ついさっきまでアンチが倒れていた場所に、携帯電話が落ちていた。

 折り畳み式のフューチャーフォン(ガラケー)だ。

 

「これ、アンチくんのケータイだよね」

「……ああ、たぶん」

 

 内海は頷きながらアンチの携帯電話を拾い上げる。

 

「つーかあいつの携帯料金、いったい誰が払ってるんだ?」

「分かんない。前はアカネが払っていたんだろうけど……」

 

 六花と内海は互いに顔を見合わせる。

 そのときだった。

 ブルルルルルルッ!

 携帯電話が力強く震えたかと思うと、裕太の声がスピーカーから響いた。

 

『このおおおおおおおっ!』

 

 六花は顔を上げると、グリッドマンのほうに視線を向けた。

  ビル街のほうでは、ちょうど、グリッドマンが怪獣……キンググールギラスの首を掴み、一本背負いを決めたところだった。

 

「響くん、すごい……!」

「裕太のやつ、めちゃくちゃ強いじゃねえか。去年の記憶が残ってるって話だったけど、経験値もそのまま、強くてニューゲームかよ。……てか、今回はこの携帯電話がグリッドマンと連動してるのか?」

 

 以前のグリッドマンは、六花の家にある「ジャンク」という古びたパソコンと連動していた。

 それと同じような状況なのかもしれない。

 

「内海くん、ちょっとそれ貸して」

「あ、ああ。いいけど……」

 

 六花は内海から携帯電話を受け取る。

 液晶画面を見れば、ジャンクの時と同様に、グリッドマンの視界が映し出されていた。

 

 

 

 * *

 

 

 

 グリッドマンとキンググールギラスの戦いは、ややグリッドマンの優勢ながら、膠着状態にあった。

 

「このまま戦っていても被害が増えるだけだ。早く勝負を決めないと……!」

 

 裕太は焦りを覚えつつ、キンググールギラスに格闘戦を挑む。

 もちろん反撃も飛んでくるが、新しいグリッドマンは分厚い装甲に覆われており、圧倒的な守備力を誇っていた。

 キンググールギラスの火炎球が直撃しても、まったくのノーダメージだ。

 

 ……しかしその一方で、攻撃力はやや弱く、決め手に欠ける。

 

 オリジナルのグリッドマンをバランス型とするなら、グリッドナイトはスピード型、新しいグリッドマンはディフェンス型なのだろう。

 以前の戦いを参考にしてキンググールギラスの首の根元にチョップを叩きこむが、あまり効いていない。

 

「どうすればいいんだ……! って、うわあっ!」

 

 裕太が考え込んだ一瞬のことだった。

 キンググールギラスは身をかがめながらグルリと回転し、その尻尾でグリッドマンの足を払ったのだ。

 

 グリッドマンはバランスを崩し、その場に倒れ込む。

 キンググールギラスは激しい雄叫びをあげると、3匹同時に、その口を大きく開いた。

 

「「「グウウウウウウウウアアアアアアアッ!」」」

 

 吐き出されたのは、火炎球ではなかった。

 真紅の熱線が3つ。

 それは途中でひとつに融合し、猛烈な勢いでグリッドマンへ襲い掛かる。

 

「うわあああああああああああああああああああっ!」

 

 熱線はグリッドマンを呑み込み、さらに、背後の街並みを一瞬で灰に変えた。

 アスファルトは蒸発し、焦げた地面が露出している。

 その向こうに、グリッドマンが倒れていた。

 分厚かった装甲も深く傷つき、額のエネルギーランプは点滅を繰り返していた。

 

 

 * *

 

 

 グリッドマンのダメージは、そのまま、アンチの携帯電話にも影響していた。

 携帯電話の画面が乱れ、バチバチと火花が散る。

 

「きゃっ!」

 

 六花は驚きのあまり、携帯電話を手放してしまう。

 そのまま地面に落ちる……かと思いきや、その寸前で内海がキャッチする。

 

「危なかった……! このケータイがグリッドマンに連動してるんだ。壊れちまったら、どうなるか分からないからな」

「ありがとう、内海くん……」

「いいってことよ。……それにしても、このままじゃヤバいだろ。くそっ、前と違ってクビの付け根は弱点じゃねえみたいだしなぁ、どうすりゃいいんだ」

「ねえ、怪獣の口、なんだかおかしくない……?」

 

 六花は携帯電話の画面を指差す。

 そこにはキンググールギラスの顔が映っていた。

 

 3つの顔。

 3つの口。

 そのどれもが焼け爛れて、ボロボロになっている。

 

「そうか!」

 

 内海は大声をあげた。

 

「さっきの熱線の反動で、怪獣もダメージを受けてるのか! だったら、口を狙えば……! でも、どうやって裕太に伝えりゃいいんだ……?」

「……電話、とか?」

 

 六花の頭のなかによぎったのは、去年、一度だけ聞いた言葉だ。

 電話は命と繋がっている。

 とくに今回はアンチの携帯電話がグリッドマンに連動しているのだから、そこに電話をかければ、グリッドマン……裕太に声を届けることができるのではないだろうか?

 

 六花はすぐに自分のスマートフォンを取り出した。

 

「内海くん、そのケータイの電話番号、分かる?」

「きゅ、急にそんなこと言われても……。オレ、ガラケーなんて使ったことないし……」

「じゃあ貸して。わたし、使い方なら分かるから」

 

 六花は、内海の手から携帯電話を奪うと、素早い手つきで電話番号を表示させた。

 

「早っ! さすがジャンク屋の娘……」

「こんなの普通でしょ。電話番号は分かったから、あとは――」

 

 六花は自分のスマートフォンから通話を発信する。

 数秒遅れてアンチの携帯電話が震えたかと思うと、回線が繋がった。

 

「もしもし、響くん! 大丈夫!?」

「えっ……? あっ、六花……? どうして六花の声が……?」

「説明はあと! いま内海くんに代わるから!」

「えっ、お、オレ!?」

 

 六花からいきなりバトンタッチされ、内海は戸惑う。

 

「え、ええとだな! 裕太! 怪獣の口だ! 口を狙え! 熱線のせいでボロボロだ!」

「わ、わかった! 六花、内海……俺、もう少しだけ、頑張ってみる……!」

 

 

 * *

 

 

 極大の熱線を食らった直後、裕太とアンチは気を失っていた。

 だが、六花からの電話によって意識を取り戻し……2人は、再び、立ち上がった。

 

「響裕太、いけるな?」

「いけるよ。……今度こそ、決める!」

 

 グリッドマンの両眼が、力強く輝いた。

 その全身にバチバチと稲妻が走る。

 

 裕太の心には、いま、闘志が燃え滾っていた。

 俺はひとりじゃない。

 六花と内海がいてくれる。

 

 正直なところ、去年のことが話題にあがるたび、裕太は大きな疎外感を覚えていた。

 六花や内海の言う『響裕太』は裕太本人じゃなく、『響裕太に宿ったグリッドマン』だ。 

 それを寂しく感じつつ、解決策もないまま過ごしていた。

 

 けれど、いまは違う。

 

 ――俺は、戦っている!

 ――六花や内海と一緒に、戦っている!

 

 1年という時間を経て、裕太はいま、ようやく2人と仲間になれたような気がした。

 

 その認識が、裕太の心をさらに強く震わせる。

 

「うおおおおおおおおお!」

 

 大地を蹴って、疾走する。

 

 もちろん、キンググールギラスも無抵抗ではない。

 焼け爛れた3つの口を開き、火炎球を次々に放つ。

 

「グリッドスパーク!」

 

 グリッドマンが左拳を突き出すと、稲妻がほとばしり、火炎球を空中で迎撃した。

 

「はあああああああああっ!」

 

 右足を強く踏み込んで、ジャンプ。

 空中で一回転し、鋭い飛び蹴りをキンググールギラスの横腹に叩き込む。

 

「グゥゥゥゥアアアアアッ!」

 

 キンググールギラスの態勢が崩れる。

 グリッドマンはそのまま中央の口を掴むと、上下にこじあけるようにして……引き裂いた!

 

「今だ、響雄太!」

「分かってる! ……グリッドライトセイバー!」

 

 グリッドマンの左腕から、細長い光の件が伸びる。

 

「スラッシュ!」

 

 横一文字。

 その斬撃は、キンググールギラスの左右の首を、ナナメに切り落としていた。

 

「トドメだ!」

 

 グリッドマンは後方へと飛び退くと、両腕を組んでエネルギーを貯めたあと、左腕の籠手……グラン=アクセプターから光線を放った。

 

「グリッドビーム!」

 

 それは稲妻の光線だった。

 白銀の洪水が、キンググールギラスを呑み込む。

 

 目も眩むほどの閃光。

 キンググールギラスは爆発し、灰すら残さず消滅した。

 

 

 

  

 



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異・変

 

 キンググールギラスとの戦いが終わったあと――

 

 裕太は変身を解き、グリッドマンから人間に戻った。

 すくそばにはアンチの姿もあったが、変身前と同じく、その身体はボロボロだ。

 

「響裕太、よくやった。借りは返してもらった、ぞ……」

 

 アンチはそう告げるなり、フラリ、と地面に向かって倒れこむ。

 

「アンチ!?」

 

 裕太は慌ててアンチのもとに駆け寄り、その身体を受け止めた。

 

「だ、だいじょうぶ?」

「少し、休む……。もし怪獣が出たら、すぐに起こせ……」

 

 アンチは眼を閉じると、気を失うように眠ってしまう。

 

「どうしよう……。とりあえず、六花の家まで運べばいいかな……?」

 

 裕太がそう呟いた時だった。

 

 ――ヒュウウウウウウウウウウ!

 

 風が強く吹き、あたりが白い霧に包まれた。

 

「うわっ! な、なんだ、これ!?」

 

 霧はあまりにも濃く、自分の手足すらよく見えない。

 いったい何が起こっているのだろう?

 裕太はアンチを抱えながら、何が起こってもいいように身構える。

 幸い、敵に襲われるようなことはなかった。

 

 しばらくすると、二度目の強風が訪れ……霧が、サァッと晴れていく。

 

「な、なんだよ、これ……」

 

 裕太は驚きのあまり、言葉を失っていた。

 キンググールギラスとの戦いによって破壊されたはずの街が、すっかり元通りになっていたからだ。

 道路には車やトラックが行き交い、歩道をたくさんの人が歩いている。

 さっきまでの怪獣騒ぎが、まるで嘘のようだ。

  

「霧のせい、なのか……?」

 

 裕太が思い出すのは、去年のことだ。

 かつては管理怪獣が特殊な霧を放出することにより、戦いの痕跡を消し去っていた。

 街にリセットをかけていた、と言ってもいい。

  

 ただ、今回はどこにも管理怪獣が見当たらない。

 裕太はそれを不自然に感じつつ、とりあえずアンチを背負って歩き始めた。

 

「まずは六花の家に運ぶか……」

 

 

 * *

 

 

 六花の家までは、裏通りを選んで歩くことにした。

 アンチは全身傷だらけだったし、誰かに警察を呼ばれでもしたら大変だ。

 

 幸い、トラブルに出くわすことなく六花の家……『JUNK SHOP 絢』に辿り着いた。

 

「お邪魔します……。六花ー、内海ー、いるー?」

 

 裕太が店に足を踏み入れると、ちょうどカウンターのところに六花と内海の姿があった。

 

「あっ、響くん!」

「おおっ、裕太! 無事だったんだな! いやあ、よかったよかった……!」

「俺は大丈夫、それより、2人はさっき怪獣が出たこと、ちゃんと覚えてる?」

「覚えてるに決まってるだろ」

 

 と、内海が答える。

 六花も、裕太のほうを見て頷いた。

 

「響くん、さっきの霧って……」

「去年、戦いのあとに出ていたものと同じだと思う。けど、風景みたいな怪獣はどこにもいないし、ちょっと不自然な気が……って、それより六花、ちょっとソファを貸りていい? アンチを連れてきたんだ」

「アンチくんを? ――わっ、ボロボロじゃん! ちょっとソファにシート敷くから待って! ええと、救急箱どこだっけ……!」

 

 六花は最初こそ頭を抱えていたが、すぐにテキパキと動き始めた。

 レジャーシートを広げてソファに被せ、店の奥から救急箱を持ってくる。

 

「響くん、内海くん、ちょっと手伝って!」

「わかった、何をしたらいい?」

「これだったら保体の応急処置のところ、マジメに受けときゃよかったなぁ……!」

「まずはアンチくんの服を脱がせて。傷、手当てするから」

 

 裕太はすぐにアンチの服のボタンをはずした。

 その素肌にはいくつも傷が刻まれていたが、見た目ほどの深手ではなかった。

 というか、変身を解除した直後に比べると、明らかに傷が塞がっている。

 アンチはもともと怪獣として生み出された存在だが、そのおかげで自己再生能力が高いのかもしれない。

 

 ともあれ、これなら医者に連れて行く必要はなさそうだ。

 裕太の見ている前で、六花はアンチの傷にガーゼを当て、包帯を巻いていく。

 

 さすが看護師志望……というわけではないだろうが、かなりスムーズな手際だった。

 

「六花、もしかして慣れてる?」

「そういうわけじゃないけど、応急処置の番組みたいなやつ、ネットでときどき見てるから。……誰かが怪我したとき、何もできないのって、やっぱり辛いし」

 

 そう言って、六花は裕太のほうを向いた。

 裕太の顔を見たあと、そのまま、胸の中心あたりに視線を降ろす。

 そこは、昨年、裕太がアカネに刺された場所だ。

 もしかすると六花が看護師になろうと思ったきっかけのひとつは、あの事件なのかもしれない。

 

 手当てを終えてしばらくすると、アンチが眼を覚ました。

 

「ここは、どこだ……?」

 

 アンチはソファから身を起こすと、キョロキョロと周囲を見回す。

 それから、自分の身体のあちこちに包帯が巻かれていることに気付いた。

 

「おまえたちが手当てしたのか? ……借りができたな」

「貸しとか借りとか別にいいって。キャリバーさんの影響だろうけど、こだわりすぎ」

 

 六花が小さくため息をつく。

 

 借りは必ず返す。

 この『礼儀』をアンチに教えたのは、新世紀中学生のひとり、サムライ・キャリバーだ。

 

 裕太の個人的な印象だが、アンチとキャリバーは雰囲気がよく似ている。

 どちらも捨て犬属性というか、野良犬属性というか……。

 年の離れた兄弟と言われたら納得してしまいそうだ。

 

「それよりアンチくん、身体は大丈夫?」

「問題ない。もし怪獣が出ても戦える」

「そうだよ、怪獣だよ! 怪獣!」

 

 内海が大声をあげた。

 

「新城アカネはもういないのに、なんで怪獣が出てくるんだよ。おまえ、何か知ってるのか?」

「おまえじゃない。アンチだ。ちゃんと名前で呼べ、内海将」

「どうしてオレの名前を……」

「去年、最後の戦いでおれはグリッドマンとひとつになっていた。そのときに知った」

「個人情報筒抜けかよ! ハイパーエージェントに守秘義務はないってか……」

「なぜ落ち込む」

 

 アンチは不思議そうに首を傾げた。

 

「おまえたち人間の感覚はよく分からん。……まあいい。怪獣のことなら少しは知っている。響裕太、おまえにも関わりのあることだ。聞け」

「……俺?」

 

 いきなり名指しで呼ばれて、裕太は戸惑う。

 

「まさか俺のせいで怪獣が出てきた、とか?」

「違う、そうじゃない。さっきの怪獣を生み出したのは――」

 

 と、アンチが言いかけたときだった。

 

 

「あの怪獣……キンググールギラスを作ったのは、私だよ」

 

 

 店の正面入口から、誰かがヌッと入ってきた。

 そいつは背が高く大柄で、大きな仮面とマントを身に着けていた。

 頭の後ろでは、真紅の炎がゆらめいている。

 まるで宇宙人のような、不思議な格好だ。

 

 裕太は、その姿に見覚えがあった。

 

「まさか、アレクシス・ケリヴ……? でも、色が違う……?」

 

 アレクシス・ケリヴは、去年の戦いにおけるすべての黒幕だ。

 新城アカネをそそのかし、心の闇を増幅させることにより、たくさんの事件を引き起こした。

 

 裕太の記憶によれば、アレクシス・ケリヴは全身黒づくめのはずだ。

 しかし、目の前の存在は、頭のてっぺんから足の先まで、真紅に染まっている。

 

「あんな不出来な兄とは一緒にしないでほしいねぇ。私はネオ・アレクシス。新城アカネくんに代わり、この世界を管理する存在だ。分かりやすく言うなら、神様ということになるね。どうもよろしく」




ネオ・アレクシスが赤いのは『魔王の逆襲』のネオカーンデジファーに倣っています。


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