命の意味~Per connetterti con te~ (Anmary)
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前置き
Devil May Cryシリーズの二次創作。
5のネタバレしっかり含みます。
小説含む4系列のネタバレも冒頭から含みます。
5の最後の方で半魔の兄鬼が弟に息子のことを指摘された時の反応などから、以下の部分を考察&捏造(少し事実も捻じ曲げるかも)し少しずつ書いてみようと思います。簡単にプロットはできていますが、多分色々ぶれます。
R-18描写は含みません。
考察&捏造
・バージルには、ネロの母親について心当たりがある。
・ダンテが言う通り若気の至りの可能性もある。
・心当たりがあるとは言っても、その女性が自分の子供を身ごもったことを知らないままだった。
・恋愛感情による肉体関係なのかはできるだけ言及しない。肯定とも否定ともとれるため。
・ネロの母親が娼婦というのは飽くまで故教皇の推察でしかない。
・ニコの年齢的に、バージルがフォルトゥナを訪れていた時はアグナスはまだ出稼ぎ(語弊)中。つまりあの時点での地獄門はオリジナルの一つのみ。
・ネロの存在自体に対しては肯定的。
・でも距離はかなり測りかねている。どうしていいかわからない、という戸惑い半分でもPower以外にはあまり興味がないというのも半分。
・地獄門の成り立ちは完全に捏造です。そうだったらいいな程度。
・etc(増える)
捻じ曲げ部分
・4SEのバージルの出で立ちは3の衣装に体全体を覆うフード付きマントだが、少し変更
・サンクトゥスとの邂逅はなかったことになるかもしれない(未定)
・地獄門の封印解除は閻魔刀単体では不可能ってことに。(なら4本編での缶ビールはなんだったんだって話になりますが……)
・他色々ご都合主義たくさん……。
注意事項
・ある程度5本編に触れています。
↑追記(4/28)
5本編も小説もネタバレすべて含むことになりました、どうぞお気を付け下さいませ。そもそも主人公が彼の時点でお察しでしたね……。
・時系列としては5のエンディング後&3以前の捏造。
・カップリングとしてはネロ×キリエのみ出てきます。
・ちょっとだけ流血描写・戦闘描写はあります。グロくはしないつもりですが受け取り手にもよりますからネタバレ共々自衛をよろしくお願いします。
・もし本編との矛盾が見えてしまったら、そっと見なかったふりをするかどこかでこっそり教えてください。
オリ主について
・バージルより年上の成人済女性。
・大好きなものは酒と金。
・情報屋兼匿い宿兼古書店経営者
・豊かな黒髪と真っ青な瞳の割と美女。
・真っ赤な裾の長いワンピースを好む。
・デリカシーはあまりない
・口調は比較的乱暴
・職人肌。経営者に向いていない。
・時折の雰囲気、表情がとある人物達に似るのだとか
・バージルからの評価は全般的にあまりよろしくない。
<空白>
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Padre e figlio
「フォルトゥナでは、人が死んだ時記録が残るのか」
移動事務所Devil May Cryの中で、息子との間に流れる沈黙を切り払うようにバージルは唐突にそう問うた。
言われた相手の方は、それまでしかめっ面で様子を見ていた義手をテーブルに戻し父親の方に向き直る。
「たぶんね。昔は葬式をする時に教団騎士が同行してたんだ、冥土への露払いとか……そういう意味合いで。だから教団の資料に"教団騎士のだれそれが、どこそこの葬式に同行した"って程度なら残ってると思う」
「そうか」
自分から聞いたというのにバージルの相槌はあまりに素っ気なく、ネロは少しばかり機嫌を損ねかけた。
「なんだよ、フォルトゥナに住んでるどなたかの生死でも気になるってか?」
「……ビアンカという、女のな」
適当に煽ってやったつもりだったというのに、まともな返事が来たことでネロは目を瞬かせる。
聞いたことも無い名前だ、魔剣教団の一件以来フォルトゥナの住人にはできるだけ気を配ってきたつもりで、なおかつフォルトゥナの顔役にまでなった自分が聞き覚えのない名前と感じるのはつまり。
「俺が知る限り、フォルトゥナにそんな名前の女はいねぇな」
「……そうか」
少なくとも偽神の事件が収束するより前に死亡したか、どこかへ出ていったのだろうと考えられる。そう告げてもバージルの横顔に変化はない。細めた目、その視線の先にあるのは恐らくこの世のものでは無いのだろう。
「……まさかと思うけど」
ネロはもう少しだけ話を広げようとした。そのビアンカという女性の正体に何となく察しをつけたからだ。そしてバージルもまた、それを否定しようとはしなかった。少しばかり暈しはしたが、『肉体関係があった』と仄めかす。
「
「ソイツが俺の、母親……?」
元々、ネロは自分の実親に興味がなかった。捨て子だということは望まれて生まれたのではないと分かっていたからだ。だから自分にとっての両親は育ての養い親だし、家族はその両親の実子であるキリエとクレドだけ。そう信じていたし、そう思い込んでいた。
──
バージ
今更、どう受け止めていいかわからなかったのだ。
キリエと恋人になり、家族になった。ネロにはもうネロ自身の作り上げた家庭がある。今更、自分と直接血の繋がっている家族の存在を聞かされたくなどなかった。
でも今のネロはそれを知ってしまっている。知ることを諦めた父親が(たとえソイツが邂逅1番にこちらの右腕を引きちぎってくるというとんでもクソ野郎だとしても)生きていたということを。
「聞きたいのか、その女の話を」
「……わかんねぇ。今だってアンタを親父として理解はしたけど、家族として受け入れられるかっていわれりゃわかんねぇ。だから同じように母親のことを聞かされてもどう感じるかなんて想像もつかねぇよ」
自分でそういうだけあって、ネロは気持ちの整理をつけきれずに居るようだった。何もかもが、今更にしか感じられなくて。でも、と多少時系列が前後しつつ彼はなんとか言葉にする。
「でも、知りたいとは……思う」
「……わかった」
バージルはネロに視線を向けないまま1つ深く息をした。
「俺がビアンカという存在を知った時、奴はフォルトゥナで情報屋を営んでいた」
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Azzurro e bianca
「魔剣教団について、教えろ」
じゃらじゃらとカウンターに落とされる金貨に、その女はほほ笑みを浮かべるままだった。波打つ背中ほどまでの黒髪と、それと同じ色のまつ毛にに彩られた青い瞳。年はたぶん少し上だろう。どこか老成したような雰囲気と共にひどく甘い香水と酒の香りがまともにぶつかりあっていて酷く混沌とした印象を受ける。
「それを、アタシに聞くの? そこらを歩いてる奴に適当に聞いたって答えは返ってくるだろう」
言外に突っぱねられたとわかっていても、バージルはその金貨をそのままにして更に言葉を重ねた。
「教団からのマークがないうちに調査を終わらせたい」
「だったら追加料金だね、そうすれば魔剣教団の情報に加えて足のつかない三食昼寝付きの宿も提供してあげる」
バージルは1つため息をついて更に懐の袋から金貨を掴み、彼女の前に捨て置いた。
彼女は満足げにそれらをかき集め、自分の懐に入れてしまってからカウンターを開けて彼を先導し歩き出す。そうしつつ振り返ることもなく名乗った。
「アタシはビアンカ」
「バージルだ」
いかにもといった風情の古書店はそう広くなく、カウンターの横にある『関係者以外立ち入り禁止』と銘打たれた扉を開けばむしろ古書店よりもそちらの方が広いのではないかと思われる居住空間があった。
彼女の趣味なのかなんなのかはわからないが、アンティークで固められた家具達はそれなりに手入れはされているらしく質のいい光沢がある。一つの大きな部屋、その入り口を背にした両側にいくつもの扉があり、おそらくその先には個室がそれぞれ続いているのだろうと思われた。最奥にあるのは大きな暖炉だ、だが最近使った形跡はなく、炉内には灰一つない。
「そっちの部屋を使うといい、もちろんあんたがここに居るって情報は金を積まれても話さないから安心してくれていいよ」
そんな言葉を背で聴きながら彼はぞんざいに彼女が指し示したあるひとつの扉を開け放った。中にあるのは大きめのクローゼットとひと揃いの寝具、それから少し褪せを感じる絨毯など。寝に戻るだけの宿にしては少しばかり機能的すぎるだろうが前払いでもう対価は支払っているのだし何も言わないことにする。
「さて、魔剣教団について……だったか」
まるで談話室のようなていの広い空間の中で革張りのソファに体を落ち着けながらビアンカはそう切り出した。「店はいいのか」と問うと「誰も来ないさ、そもそも外の看板は24時間365日いつだって『準備中』だしね」との答えが返ってくる。
「言うまでもなく魔剣の呼称が指し示すのは魔剣士スパーダそのものだ、この城塞都市フォルトゥナはかつてスパーダが自ら統治していたという歴史があってね。それが彼を崇拝する宗教として、彼がこの街を去った後も根強く残っているわけさ」
「なぜ、スパーダが?」
「アンタもここに来るまでに見ただろう?」
地獄門か、とバージルは低く唸った。
その名の通り地獄へと通じる門は言い換えれば魔界への入口だ。都市のど真ん中に堂々と聳え立つそれは一見した限りでは稼働している様子はなかったが。
「この土地は魔界への入口になりやすい地相だったんだ、スパーダが長い時間をかけてそのたくさんの綻びを地獄門という一点に集約し二度と開かないよう閉じたって言われてる。……彼が持っていた力の一振でね」
「……ヤマト」
「そう、閻魔刀の力で。それが実物? へぇ、初めて見た」
バージルが手にする刀はかつて父が所有していたという武器だ。彼女や彼が称したように『閻魔刀』ないし『ヤマト』という名がある。それには人と魔の両者を分かつ力があるらしく、おそらくその力で人間界と魔界の境を切り離したのだろう。
ビアンカはいつの間にか手に持っていたロックグラスを煽り、中に入っていた琥珀色の液体を飲み干した。あの濃さの酒の臭いを放つには相当の飲酒量だと察せられるがそれに加えてまだウィスキーのほぼ原液を一気飲みできるくらいには酒豪らしい。とはいえ今現在未成年で、酒を嗜む趣味がない彼にとっては不快でしかないのだが。
「地獄門を固く封じ、スパーダはフォルトゥナを去った。それきり、彼がこの街に姿を現したという話は聞かない……聞かない、が。彼の痕跡がどこにもないとは言わないよ。その血を継ぐアンタに、何かが反応するかもしれないしね」
「この古書店が『スパーダ』を名乗っている理由は?」
ビアンカが言い終えるとほぼ同時、間髪入れずバージルは次の問をぶつけた。が、彼女はへらへらと笑うだけで寧ろその質問がおかしくて仕方がないという様子。
「そんなの、あるわけがない。適当にそう名乗っとけば少しはこの街の人間の興味を引けるかと思っただけさ、実際は逆に『不敬だ』ってんで閑古鳥が鳴いてるけどね。あたしも泣きたいよ、たまに来るのはアンタみたいなスパーダそのものの情報を求める客だけだもん」
肩透かしな回答にバージルはため息をひとつついた。そうして彼女に背を向け、とりあえずは休息を取ろうと部屋に戻ることに。
「明日以降はまた情報と引き換えに金を寄越しなよ!」
バタン、と苛立ち露に閉じた扉の音はおそらく肯定の返事として彼女の耳に届いたことだろう。
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Lama e sangue
次の日は嫌に乾燥していて、フードで顔を隠していても肌や唇が水気を失っていくのを感じていた。
フォルトゥナの街を軽く歩いた限り、悪魔の出現頻度はそう高くないように思われる。『スパーダの血族』の気配と香りに誘き寄せられたらしい個体は幾つか散見したが、その原因が察せられている以上自分がいない状態のフォルトゥナでは恐らく地獄門の封印がしっかり成されているのだろう。
「おかえり」
古書店の扉を開くと、本棚の間から伺えるカウンターでロックグラス片手にビアンカがそう声をかけてきた。真昼間から飲酒しているらしい彼女からは濃い酒の匂いが漂っていて、思わずバージルは眉間にシワを寄せる。
「臭うぞ」
「ああ、そう?」
彼女はへらりと笑うだけで、ウィスキーを煽る手を止めることは無い。バージルはその横をすり抜けるように
「あとで聞きたいことがある」
「はいはい、夕飯は食べるの?」
三食昼寝付きと自分で言っていたくせに、と睨んだらその眼光だけで降参とばかりに彼女は両手を挙げた。
「直ぐに用意するよ」
缶詰から取り出され温められただけのパスタは妙に水気を吸って伸びていた。
「……で、それが俺の母親かもしれない唯一の人間だって?」
そうして時は現在に戻り。ガタガタと揺れる移動事務所の座席の上でネロは呆れかえってしまった。彼から聞く限りでは「大酒飲み」「料理下手」その他挙げていくときりがないがおおよそネロから見て魅力的な女性とは思えなかった。
少なくとも、彼が大切な恋人として認識しているキリエとは天地ほど差があるように思えた。(これについては彼氏としての欲目もあるかもしれない。)自分から見て何となく冷酷・几帳面・傲岸不遜といったイメージのあるバージルが一番嫌いそうな人種ではないのだろうか?
「そうだな、正直に言えば俺が奴に抱いていたイメージは最悪に等しい。用が済めばさっさと縁を切ろうとすら思っていた」
彼女をなぜ殺さなかったのかと問われれば少し説明に困るが。彼にとって彼女は切り殺すほどにまでは目障りな存在ではなかったのだ。多少なりとも不快に思う言動等はあっても殺意に変わるほどにパーソナルスペースに土足で踏み込まれたわけでも、何か危害を加えようとされたわけでも、裏切りの気配を感じたことがあるわけでもなかった。ある一点において、彼女は誠実だったのだ。距離感は保ち、必要以上に関わってくることがなかった。だからバージルは自分のやりたいようにやったし彼女もそれについて何か言ってくることもなかった。
ああいやでも。
「むしろ一度本気で殺そうと思ったこともあったな」
ネロが
「なんで俺が生まれてきたのかマジでわっかんねぇんだけど」
彼がため息とともに吐き出された言葉は超がつくほどに正当な感想だった。確かに今話した内容ではとても、(結果を先に聞かされているにも拘らず)そういう関係になったとは信じられないだろう。契約途中でバージルがビアンカを切り殺した、なんて結果になっている方がむしろ自然だと感じる程ではないか。
しかし事実バージルもネロが自分の息子だとダンテに肯定された瞬間には最高に戸惑った。息子が生まれていたなど知る由もなかったのはもちろんだが、何より身に覚えが一つしかなかったのだ。
バージルは人間の営みというものに興味がなかった、何もかもを凌駕する
つまりネロの存在というのはたった一回の若気の至りが見事に形を成したということになってしまう。それを本人に告げるのは流石のバージルも気が引けた。
「教えてくれよ、親父。アンタはその女を愛してたのか?」
「……」
彼からしてみれば一番気になるポイントだろう。自分が望まれて生まれてきたのかどうか、それは問うことを諦めていたであろう疑問。両親共にいないはずだった彼が幼い頃に諦め飲みこんだ言葉はあまりに無垢で、そしてとても真摯だった。
父性というものはバージルに馴染みがないが、しかし真剣に向き合おうという意思を生じさせるに十分だった。自分の遺伝子をその体の半分に受け継いでいるはずの息子は、実に自分に似ていない。かといってあの女に似ているかと問われればそれも確信はない。だが時折感じるその気配はきっと、彼が顔も知らぬ母親から受け継いでいるのかもしれないとなんとなく思った。それがまた、息子にとっては理不尽だが小生意気に感じられてしまうわけで。
「貴様がキリエとやらを愛しているほどには、なかっただろうな」
「はあ?」
「俺とあの女の間にまともな恋愛感情があったとは思えん。他者を愛おしいと思うような感情は、あの時の俺の中にはひとかけらも存在していなかったからな」
それはつまり、母の方の感情は認識していないということじゃないか。と。そう思ったネロはしかしその言葉を言うことなく口をつぐみ父の記憶の話に再び耳を傾けるのだった。
「──……魘されてたから、起こしてやろうかと思っただけじゃないか」
勘弁してよ、と言う彼女の低い声はひきつっていた。
無理もない、今は夜中。しかもそこはバージルが借りている部屋で、そして彼に閻魔刀を喉元に突きつけられていれば命の危機を感じるのは当然のことだ。そして実際、バージルが少し、そうほんの少しだけその刀に力を込めるだけでこの女はいとも簡単に死んでしまうことだろう。
「俺に、余計な真似を、しようとするな」
一つ一つの言葉を切りながら低く唸る。その台詞に殺気すら籠るのは、半ば八つ当たりのようなものだった。今しがた見ていた夢が、あまりに胸糞が悪かったから。
「次は殺す」
「わかったから、とりあえずその物騒なものをしまってくれないか」
不機嫌そうに眉間にしわを寄せたまま軽く切っ先を引いてやれば薄く傷がつき、一筋だけ血が線を描いた。ビアンカの柳眉が痛みからか顰められるが知ったことではない。
「『置いていかないでくれ、母さん』」
傷口を摩りながら彼女は囁いた。バージルはそれを聞いて思わず息を詰める。ギロリとそちらを睨めば彼女はもはやいつも通りのほほ笑みを浮かべていて。
「案外可愛い寝言が聞こえてくるなと思ってさ」
「本当に殺されたいらしいな」
唸るようにそう噛み付くのは、その寝言に心当たりがあるからだ。
彼が見る悪夢はいつだって同じ。目に映る最初の光景は遠ざかっていく母の背中だ。
彼女が死んだあの日、バージルは独りで隠れ、震えているのが精一杯だった。だが彼の双子の弟は母親によって庇われ、護られていたのだ。
自分の目では見ていないはずのその様を、バージルはしばしば夢で見ていた。それはつまり、母が自分を見棄てて弟だけを守ろうとする光景だ。母に捨てられ、悪魔に嬲り殺されていく幼い無力な自分の断末魔で幕となる。それは目が覚めた今でも耳の奥にこびりついていた。
「殺されたいだなんてとんでもない、私はまだまだ死にたくないよ」
「だったら」
「私が知りたいのはさ、私が生まれてきた意味だ」
聞いてもいないのにどうして勝手にべらべらとしゃべりだすのか、バージルは心底理解に苦しんだ。今しがた本気で殺されかけたというのを理解していないのか。
だが彼女はむしろ瞳を輝かせて、自分の話を聞いてほしいようだった。そんな彼女を黙らせ、部屋から追い出した自分は今までになく辛抱強かったと思う。無意味な殺生は好んでするわけではないものの、普段なら少しでも不快に思った時点で切り捨てているというのに。
生まれてきた意味、という言葉に少しだけ興味を惹かれたからかもしれない。興味を惹かれたというよりは嘲笑する意味の方が強かったかもしれないが。
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Il Suocero e la sposa
孤児院、と書かれた看板のある小さな家が彼の自宅だという。子供達の声が溢れる活気的な雰囲気に包まれたその家はネロと彼の最愛の恋人によって支えられている。
エプロンを脱ぎながら玄関より出てきた美しい娘は、その美貌に相違ない清らかな笑みを以てバージルを出迎えてくれた。
「キリエ、と云います」
二十数年ぶりのフォルトゥナは自分が知る頃の姿とずいぶん様変わりしたように思う。ここまでくる間にネロからここ数年で起こったことはかなりかいつまんで説明されていたためその理由も納得はしていたのだが。
教皇サンクトゥスの暴走と魔剣教団の凶行、オリジナルの地獄門とそのほか複数のレプリカによる大規模の悪魔襲来で多くの人が犠牲になり、教団が作り上げた偽りの
サンクトゥスは最期まで、
教団関係者のほぼ全てが
この事態の根底にあったのが教皇の企んだマッチポンプ計画であり、更にほぼすべての教団構成員がそれに協力していたという事実は
そう話すネロの表情は、言い表せないがあの事件から今に至るまでにかなりの苦労があったと推測できた。最初の一年が特にひどかったとも、彼は小さい声で零している。それでも彼が心を折らなかったのは、ともに事態の収拾にあたってくれた
魔剣教団騎士団長クレドの実妹であり、魔剣教団が主宰する大祭の前座として聖歌を奉納するほどその実力はもちろんや周囲からの信頼も厚かった歌姫キリエ。
彼女はその
結果、二人の不眠不休の努力の甲斐あり都市は早急に修復を終えており、悪魔による傷は残るし経済的にも打撃は大きいままではあるがネロはフォルトゥナの顔役として皆に受け入れられていた。その頃には孤児院の院長兼遺族の相談役として落ち着いていたキリエとはその頃から、義姉ではなく恋人として彼と共に暮らすようになる。
嗚呼確かに、ネロが絶賛するだけのことはある。伝聞の経歴だけでも本当に実在する人間なのか怪しいほどに慈愛に溢れた人物なのだろうと思っていたが、なるほど目の前に立つこの女性はその博愛のイメージに相違ない出で立ちをしていた。艶やかな茶髪、まだあどけなさも残した柔らかい顔立ち、そこに浮かぶ穏やかな微笑み。世間に存在する悪意というものをその全身で打ち破るような清廉さもある。
そう、まるで……エヴァの若い頃のようだ。父スパーダと出会った頃まだ年若い娘だったという彼女は父から見てそれはそれは純粋で無邪気で、自分にないものを埋めてくれるような愛らしさだったという。
きっとキリエは、
そこまで熟考したところでバージルは右脇腹に痛みを覚え、それが息子からさりげなく小突かれたことによるものだと認識した。キリエに聞こえない程度の声量で“おい、何か言えよ”と促されてようやく自分がキリエの自己紹介を聞いたうえでそれに対する答えを一切口にしていなかったことを思い出す。見れば彼女は気づかわし気にこちらの様子をうかがっていた。
「……バージルだ」
それだけかよ!とおそらくネロは心の中で叫んだことだろう。しかしそれ以上に何を話すべきか判別が難しかった。
“俺がネロの父親だ”? “息子が世話になった”? そんな薄っぺらい言葉が何の意味を成すというのだ。こっちといえばネロの誕生を一切関知していなかった上に目の前に現れたと思えばその腕を無残に切り落とし、一歩間違えれば殺していたかもしれない張本人だというのに。
ネロはかの一件についてキリエには殆ど話していないらしい、もちろん腕がなくなってしまったという事実はキリエの目の前で起きた大事件であり、そこは説明をしたらしいがその犯人が魔王になりかかった悪魔だったとは伝えても、それが実の父親バージルであるところまでは話せなかったらしく。
仕方あるまい、その事実はあまりに酷過ぎる……当のネロは何とか整理して受け入れつつあるだろうがキリエにそれができるとは限らないのだから。
突然現れた何者かに腕を斬られました、その犯人を追いかけたら遠くの都市でなんだか凄いダンジョンが出来上がっていてそいつが実は魔王だったということを知りました、更にその魔王がとんでもない手段で手が付けられない化物になったかと思えばそれが実は自分の源となった実の父親で、しかも自分の野望のために世界を滅ぼしかけていましたー……人間としての心を学んだ今ならわかる。彼女の身になれば全く笑えない。
唯一の救いはキリエが、ネロが腕をもぎ取られる瞬間そのものを目撃していなかったことと、彼女が駆け付けた時に自分がもう閻魔刀で立ち去っていたためあのガレージにはいなかったということだ。もしこの何れかが実現していたら……もしかしたらこの出会いはなかったかもしれない。ネロが一人ですべての事実を飲みこんだからこその快挙なのだ。
バージルのことは、クリフォトでたまたま偶然ダンテの紹介で奇跡の再会を果たしたということになっており、ネロの腕についてはかなり滅茶苦茶にごまかしたらしい。曰く……“元凶をぶちのめしたら生えた”とか。色々間違っているとは思うがそれ以上にうまい言い方が思いつくわけでもない。ダンテは“坊やにしちゃあいい言い訳だ”と面白そうに笑っていた。
ちなみに双子の片割れである彼は魔界から戻って早々に自分とは別れて本人の住処へと舞い戻った。事務所の安否が心配だったらしい。
「立ち話もなんですから、どうぞ中へいらしてください。ネロから今日到着すると聞いてカントゥッチを焼いたんです、お口に合うといいのですが」
言葉に困っていたバージルへの助け舟だろう、キリエが控えめにそう提案してきた。ネロが食い気味に同意して無理やりバージルの背中を押す、彼の無言の圧力と共に二人の自宅へと足を踏み入れるのだった。
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Fino ad ora e in futuro
「キリエ! その人だぁれ?」
家に入ると玄関とほぼ同時にリビングが広がっていて、そこに10人ほどの年齢層はバラバラな子供達が思い思いのことをして過ごしていた。彼らは一斉に振り返って、見知らぬ新入りを物珍しそうに眺める。
フォルトゥナの閉鎖的な社会の表れだろう。彼等は見知らぬ人間に対する耐性があまりないと思われた。その中で好奇心旺盛な少年がキリエに向かって声を上げる。それに対してキリエは優しく目元を緩めて答えた。
「ネロのお父様よ、皆失礼のないようにお行儀良くできるかしら?」
「できたらチョコラータ作ってくれる?」
「そうね、みんなが仲良くおとなしくいい子にしていられたらとびきり美味しいチョコラータと、フルーツもサービスしてあげるわ」
やったー!と無邪気に彼らは喜んで、キリエにいい子アピールをするべく仲良く、煩過ぎない程度に静かに遊び始めた。おそらくチョコラータとやらはそれだけの効力がある魅惑のメニューなのだろう。
「大丈夫なのか、キリエ……今月もあまり余裕ないって言ってたじゃないか」
こっそりネロが問う。パッと見た限り裕福とはいえなさそうだとは感じていたが、やはり若い二人で懸命に助け合って生きているのだろう……キリエが纏っているのは着古されたワンピースだし、ネロも普段着にはぼろが見え、子供達の服も継ぎ接ぎが目立つ。
『あんたラッキーだな、晩飯ならあるぜ。キリエはいつも作りすぎる』
ふと、あの時ネロがかけてきた言葉を思い出す。ガレージの外に得体のしれない男が立っていてなおそんな言葉をかけてくることに面喰ったものだったが、そういう助け合いの精神で育てられてきたのだろうと思えば納得してしまう。普通の人間からしてみれば異様な容姿の孤児だった彼を受け入れ、一人前に育てた家族だ。そういう方針だったとしても何ら不思議ではない。
その容姿や背景、悪魔に追われ続ける血筋のせいで人間に受け入れられた経験が皆無であるバージルには容易に理解できない考え方ではあるが。
「大丈夫よ、心配しないで」
対するキリエはやはり穏やかに微笑んで答えた。それでも心配せずにはいられないらしいネロは勢いよくこちらを振り向いてこう言い放つ。
「そういうわけだ、親父。協力しろ」
「何にだ」
バージルは思わず聞き返す。とはいえ今から何を言われるかは何となく察してはいたが。
「俺の手伝い。この辺りの悪魔の掃除だとか、
「駄目よネロ、バージルさんはお客様だもの」
「構わん、宿代くらいは稼ごう」
実の父親にあんまりな対応だと嗜めようとしたキリエだが、直後にバージルから了承を受けてしまえばそのまま口をつぐんでしまう。
もとよりタダで寝泊まりするつもりなどなかった、ここにいつまで留まるかは決めていないがいつかは出ていくつもりだったし、それまでは何かしらの形で返す予定だった。むしろネロがその宿代の形態を提示してきただけ好都合だ。キリエはそれ以上反対せず、むしろ相手の申し出を喜ぶ素振りすら見せた。
「ありがとうございます、実は地獄門はなくなっても時折悪魔が出没する場所があって……目撃され次第ネロが討伐してくれているのですが」
「それでも週に一度あるかないかの頻度で悪魔が出るんだ、たぶんあの辺りに時々小さい穴が開くんだと思う。どいつもこいつも雑魚いから苦労はしないだろうけどな」
「そうか、ならば早急に悪魔をせん滅し穴の場所を特定し、塞げばいい」
こともなげに言ってのけるバージルにネロは面喰ったように言い返そうとした。どうやって穴をふさぐのだ、と。しかしそこではた、と思い至った。そしてバージルもまた彼が思い至ったのと同じことを告げる。
「閻魔刀の力で一つ一つ塞ぐことは可能だ、ただし全てを塞ぎ切れるかどうかは断言できんが」
雑魚悪魔の定期的な出現は、魔剣士スパーダがこの地を封じてから相当長い年月が過ぎたのと、以前の事件で幾つもの地獄門と閻魔刀によって強制的に魔界と繋がる穴、それも巨大な規模のものを開かれたことから地相自体に与えられた影響が表れたものだと推測される。その代わりに開く穴のサイズが抑えられているからこそ(ネロ曰く)雑魚の悪魔くらいしかそこをくぐることができないのだろう。ネロもそこは同意らしく、『ベリアルやエキドナレベルの悪魔が出てくることはまずないと思う』と頷いた。やはりそれなりの悪魔がくぐろうと思えばそれなりのサイズの門が必要なのだ。
キッチンの方へと消えていたキリエがトレーを持って戻る。トレーの上には湯気を立てる飲料と、先ほど彼女が「カントゥッチ」と呼んだものだと思われる焼き菓子が乗っていた。これは彼女の手作りだろうか?恐らくそうだろう。
長机の長辺で向かい同士に腰を下ろすネロとキリエ、そしてネロの隣にバージルが座る形となり、ネロが真っ先に一つ焼き菓子を手に取り、ぽいと口に放り込む。紅茶にも口をつけながら咀嚼し、そうしながら更に話題を続ける。
「悪魔が出る場所は大体決まってる。森か、城か、あとは時々街中。最低でも街中の分は全て封じ切りたい、それさえ済めば他はどうにでもなるしな」
「そうか」
明日から取り掛かるぞ、と告げるネロの声はあまり明るいものではない。きっとこれからのことを案じているのだろう。減らない悪魔、危険に晒され続ける人々。バージルという援軍によりそれらの危険が減るとはいえ(事実ダンテとバージルのはた迷惑もしくは悪魔迷惑な大喧嘩で魔界の悪魔は確実に減ったらしい)、この先この街がかつてスパーダに守られていた時のように安心して暮らせる時は果たして来るのだろうかと、ネロは以前に零していた。
彼にとってフォルトゥナの住人は必ずしも良い人ばかりではないが、それでもキリエが愛しクレドが守ったこの街を、今度は俺も愛して守っていきたいんだ、と。
『スパーダに成り代わりたいとか、そういうことじゃないんだ。あの糞爺と同じことを考えてるわけじゃなくて……ああくそ、よくわかんねぇ』
考えをまとめるのがかなり苦手な様子であるこのスパーダの末裔の青年を見守るのも、きっと自分にできることなのだろう。バージルは聞き上手ではないが、フォルトゥナへの旅路は100%聞き役に回っていた。
いろいろ難しく考え込んでいるのだろう、険しい表情をしているネロにキリエは優しく微笑みかける。そうして腰を上げ、そのまま手を伸ばし指先で彼の眉間に軽く触れた。
ネロはとたん険しくしていた表情を、まるで毒気が抜かれたかのようにきょとんとさせる。彼女は微笑みそのままに言った。
「また険しい顔をしてる、そのままじゃ眉間にしわができるわ」
「気を付けるよ」
冗談めかした声音から察するに彼を案じてわざと空気を壊そうとしたことが伺える。彼もそれがわかったのか思わず口角を上げて、ネロは頷いた。
『食事の時くらい、そのしかめっ面止めたら? そのうちしわが取れなくなるよ』
突然脳裏に響いたセリフにバージルはふと持っていたカップを置いてしまう。
久しく忘れていた、そういえば同じようなことを指摘されたことがあったのだった。
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