明日ありと思う心の仇桜 (ぴぽ)
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1話

「…はぁ。」

ピピピと鳴り響く目覚まし時計を立った状態で眺め、戸山明日香は盛大にため息をついた。布団から起きて目覚まし時計を止めたのではなく、立った状態、つまり、隣の部屋から鳴って、なかなか鳴り止まない目覚まし時計を止めに来たのであった。

「まだ8時じゃん。お姉ちゃん、また目覚ましなる前に起きて…。」

また小さく、「はぁ。」とため息をついた。明日香はすっかり目が覚めてしまった為、リビングに向かう。

「あれ?あっちゃん!おはよ!休みなのに早いね!」

「お姉ちゃん!また目覚まし時計止めてなかったよ!まだ寝たかったのに。」

明日香はまた「はぁ。」とため息をつきながら言った。注意された姉である戸山香澄は「えへへ~。ごめんごめん~。」と分かっているのか分かってないのか微妙な返答をした。

「今日も練習?」

「うん!楽しみだから早く有咲のとこに行くんだ~!」

香澄は笑顔で答え、立ち上がると、背中のランダムスターが小さく揺れた。

「あんまり、市ヶ谷さんに迷惑かけたらダメだよ。」

「分かってるよ~。あっちゃん!行ってくるね!」

少し、振り返り笑顔で香澄が言うと、あっという間にいなくなった。その姿を再び「はぁ。」とため息をつき、明日香は見送っていた。

「あら?おはよう。早いわね?」

「おはよう。お母さん!聞いてよ!またお姉ちゃん、目覚まし時計を止め忘れたんだよ~!」

明日香がリビングの食卓につくと、スマホを操作し出した。

「そうなの?全く、あの子はそそっかしいわね。はい。牛乳。」

「ありがとう。」

明日香は出された牛乳を飲みながら、スマホでニュースを読んでいた。

「明日香?食べる時くらいスマホ置いたら?」

「…はぁい。」

「今日は何か予定あるの?」

「うん。六花と遊ぶ予定だよ。」

目を擦りながら明日香は出された食パンにかぶり付いていた。

「そう。高校でも、お友達ができて嬉しいわ。」

「…うん。まぁね。」

いつも通りの朝を過ごす、戸山明日香は「ふぁ。」と欠伸をした。

「何時から遊びに行くの?」

「昼からだよ。それまでは勉強してるね。」

「勉強頑張っているわね。」

「うん。その為に羽丘に入ったんだし。良い大学にも行きたいしね。」

明日香は表情を変えず、パンを食べながら言った。

「そう。明日香は将来は何になりたいの?」

「え?…う~ん。大学行ってから考えるよ。」

「そう。」

明日香は母親から言われた事をボーとしながら考えた。

「(将来…かぁ。考えた事ないなぁ。…まぁ。いいか。…お姉ちゃんは将来の夢とかあるのかな?)」

再び「ふぁ。」と欠伸をし、明日香はゆっくりと朝を過ごすのであった。

 

─────────────────────

「それでね、そん時の香澄さんがでらかっこ良くて!」

「六花、分かったから。早く食べないと冷めちゃうよ?食べたかったんでしょ?」

興奮気味にPoppin`Partyの良さを語る六花の前には湯気が消えかけたパンケーキがあった。2人は会ってすぐに、喫茶店に来ていた。六花が「都会のパンケーキを食べたい!」と言った為だった。

「わわわっ!は、早く食べんと!」

六花はそう言うと、急いでフォークとナイフを持って、パンケーキを切り出した。

「ところで、六花。バンドは組めたの?」

順調にパンケーキを切っていた六花の手が止まり固まった。

「…まだ。…明日香ちゃん!やっぱり一緒にバンドやろっ!」

「…前にも言ったけど、勉強があるから…。ゴメンね。」

「そうだよね…。」

「ところで六花?パンケーキ冷めちゃうって。」

明日香が苦笑いを浮かべると、六花はまた慌てて、パンケーキを口にするのであった。1口食べては美味しいと目を輝かせ、あっという間に食べ終えてしまった。

「はぁ~!幸せ~!でら美味しかった~!」

六花は満足そうな表情を浮かべていた。

「六花?」

「なぁに?」

「六花って、将来の夢とかある?」

六花が食べ終わった事を明日香は確認し、質問をした。

「わ、私?う~ん。ギター…かな?」

「ギター?」

「ギターを仕事に出来たらなぁって。具体的な事は何も考えてないけど…。」

えへへ。と頭を掻きながら六花は言った。

「そっか…。」

「明日香ちゃん?急にどうしたの?」

「ううん。何でもないよ。気にしないで。」

明日香は氷が溶けかけたオレンジジュースをストローでグルグル回しながら言った。

「明日香ちゃんは将来の夢とかあるの?」

「朝、お母さんにも聞かれたんだけど、私も特になくて。とりあえず、良い大学だけは行きたいなぁって思ってるの。…大学で将来やりたいこと、見つかれば良いかなぁって。」

オレンジジュースを1口飲み、窓の外を明日香は見た。休日である為、家族連れ、カップルなど様々な人が歩いていた。

「(いつかは結婚も…するのかな?)」

漠然とした未来に何の想像も出来ない。

「なるほど…。それで私に将来の夢を聞いたんだね。」

六花が言うと、明日香は小さく頷いた。

「まぁ、まだ高校1年生が始まったばかりだし、あんまり考えてもしょうがないような気がする…。」

再び、明日香は外を眺めた。

「明日香ちゃんはしっかりしているから大丈夫だよ。」

「私って…しっかりしているかな?」

「う、うん。私から見る限りは…。」

「…そっか。」

明日香の中途半端な反応に、何か悪いことを言ってしまったのではないかと六花は焦った。そんな六花に気付かず、明日香は「(本当に…こんな将来が漠然としてて良いのかな?)」と考えていた。

 

─────────────────────

カフェを出た明日香と六花は当てもなく河原を歩いていた。要は散歩をしているのである。

「うーん!風が気持ちいい!」

「5月だもんね。はぁ。今からどんどん暑くなるのか…。」

「そうだよね。東京の夏はめたんこ暑いんだろうなぁ。」

はぁ~。とため息をつきながら六花は言った。

「岐阜って夏は涼しいの?」

「どうだろ?東京よりは涼しいかも?」

腕を組み、う~んと考えた六花だが、東京の夏をちゃんと体験していない六花には分かるはずのない事であった。

「あれ?」

その後も他愛ない会話を続けていたが、明日香が足を止めた。

「どうしたの?」

「桜が咲いてる。5月なのに?」

六花は明日香の視線を追うと、数十メートル前にピンクの花を沢山付けた木がポツンと1本だけ生えていた。

「あれは…。八重桜だね。普通の桜より咲くのが遅いんだよ。」

「そうなんだ。六花詳しいね。」

「た、たまたま知ってただけ…だよ。」

明日香が六花に言うと、六花は照れながら言った。ちなみに、八重桜は4月下旬~5月上旬まで咲き、その花の形から牡丹桜(ぼたんさくら)とも言われている。

「綺麗だね。」

明日香が八重桜を見ながら呟くように、目を細めながら言った。風に揺れた桜はヒラヒラと花びらを落として言った。

「明日香ちゃん?」

「ごめんね。何でだろ。桜が散っているの見てたらちょっと切なくなっちゃって。」

明日香は苦笑いをしながら言った。そして言ってから「(本当に何でだろ。)」と思っていた。

「六花。行こっか?って、本当にどこに行こうか?」

空気を入れ換えるように明日香は手を「パン!」と叩きながら言った。

「え?う、うん。本当に大丈夫?」

「大丈夫だよ。ごめんね。変な空気にしちゃって。」

「私は大丈夫。…えっと、何処に行くかだよね?商店街にとりあえず、行く?」

「うん。良いよ。」

六花の提案に明日香は頷きながら言う。2人はまた歩き出したが、明日香は何回か後ろを振り返り、風に揺れる淡いピンク色を確かめるように見ていた。

 

─────────────────────

「ねぇ!君達可愛いね!何してるの?良かったらご飯食べに行こうよ!奢るからさっ!良いでしょ?俺、友達も呼ぶからさ!」

商店街に到着した2人は本屋にでも行こうという事になり、向かっていた。その途中で声をかけられ、返事をしたらこれである。

「(はぁ。最悪。)」

明日香は睨んでみるも、男は見えてないのか、気付かないフリをしているのか、それともバカなのか、なり振り構わず、ずっと話しかけていた。

「え?えっと…。」

「気にする事ないよ。行こう。」

明日香は六花の手を取り、無視しようとしたがナンパをした男は諦めが悪かった。

「ちょっと。無視しないでよ。名前は?何歳?」

「朝日…六花です。」

「ちょっと!六花!?」

思わず答えてしまった六花に明日香は慌てて、止めようとしたが、時既に遅かった。

「へぇ。六花ちゃんって言うんだ。ねぇ。君は?なんて名前なの?てか、遊ぼうよ!絶対楽しいから!」

矢継ぎ早に飛ぶ質問に明日香は「(はぁ。よくこんなに舌が回るなぁ。無視して行こう。)」と思い、再び、六花の手を引き、男から逃げようとした。

「おい!無視するなよ!」

「きゃっ!」

明日香の態度が気にくわなかったのか、男は明日香の肩を掴んだ。まさかそこまでするとは思っていなかった明日香は小さく悲鳴をあげた。

「ちょっと!辞めて下さい!」

明日香は、自分の肩を持つ、男の手を払いのけながら叫んだ。

「うるさい!」

ナンパをした男は顔を赤くし、叫んだ。そして、右手を挙げた。

「(え?殴られるの?)」

明日香はそう思った瞬間、急に恐くなり、身体を強ばらせた。

「辞めろよ。おっさん。」

ナンパした男の後ろから、突然、別の男が現れ、殴ろうとしていた男の手を掴んだ。

「な、なんだよ!おめーは!」

突然現れた男にナンパしていた男は驚きながら叫んだ。

「ナンパは良くないなぁ。おっさん。俺は飛川素生(とびかわもとき)だ。おめーって呼ぶな!」

素生は叫びながら、自身の左手をグーにして、ナンパした男に殴りかかった。そこまでは良かった

「ぐはっ!」

しかし、素生の渾身の左ストレートはあっさりナンパした男に受け止められた。そして、あっさり顔を殴られ、素生は2メートルほど飛び、その場に倒れてしまった。

「…弱っ。」

「…え?」

ナンパした男は呆れたように呟き、明日香もあまりに早い退場に目を丸くしていた。しかし、素生の行動は無駄になることはなく、商店街にいた人々が騒ぎに気付き集まりだしていたのだった。

「…くそっ。」

流石に、しつこかったナンパした男も、沢山の人に見られている状態では退散するしかなかった。

「た、助かった…の?」

状況が把握しきれない六花は回りをキョロキョロとした。

「…みたいだね。あの人大丈夫かな?」

明日香は未だに伸びている素生を見ながら言った。

 

─────────────────────

その後、遊ぶ雰囲気ではなくなった明日香と六花は大人しくそれぞれの家に帰宅していた。

「あの人、大丈夫だったかな?」

ソファーに寝転び、スマホを操作していた明日香はふと思い出し、呟いた。

「名前…なんだっけ。言ってたけど…。」

ナンパをしてきた男に向かって叫んでいたが、明日香は思い出せないでいた。

「お礼も言えなかったなぁ。」

ナンパした男が舌打ちをし、立ち去った後、明日香と六花は殴られ伸びている、素生に近づき、身体を揺さぶり、起こそうとした。その甲斐もあり、素生は直ぐに起きたが、「大したこてない。ども。」と言い、凄い早さで何処かに行ってしまったのだった。

「てか、あの人…。不良…だよね?」

明日香は目を瞑り、容姿を思い出していた。辛うじて分かる、かなり着崩した学ランに、耳にはピアスをしており、髪の毛もツンツンに立てていた。

「やっぱり、不良…だよね?それも一昔前の。」

明日香はスマホの検索エンジンを開くと、不良の服装と打つのであった。

「やっぱりそうだ。…てか、普通、あの場面で助けに入ったなら、あのナンパしてきたあいつをやっつけるんじゃないの?なのに、逆にやられるって…。」

よくある漫画や小説の一場面である、主人公がヒロインをかっこ良く助ける姿を想像しながら、明日香は苦笑いするのであった。そんな事を考えていると、玄関の扉がガチャッと開き、廊下を物凄い音を響かせながら香澄が帰ってきた。

「あっちゃん!大丈夫!?」

「あっ。お姉ちゃん。おかえり。早かったね。」

「えっと…。今、はぐから聞いたんだけど、ナンパされたんだって!?大丈夫?怪我はない!?」

香澄はすぐに明日香に抱きつき、怪我の有無を確認する為、ペタペタと身体のあちこちを触った。

「お、お姉ちゃん!くすぐったいよ!大丈夫だよ。怪我なんかしてないよ。」

「そ、そう?はぁ~。良かった~。」

香澄はホッとした表情で言った。

「…心配してくれて…ありがとう。あのね。助けてくれた人がいたんだ。」

明日香はナンパされた詳しい経緯を香澄に話した。話を聞いた香澄はニヤニヤしていた。

「あっちゃんはその男性に恋しちゃったのかなぁ?」

「はぁ?何でそうなるの?」

「だって、助けて貰ったんでしょ?漫画とかならそうなるじゃん?」 

「はぁ。あり得ないし。」

明日香はため息をつきながら言った。香澄も本気で言った訳では無く「あはは。」と笑っていた。

「そうだ!あっちゃん!さーやからパン貰ったから、一緒に食べよ!」

香澄はカバンからやまぶきベーカリーと書かれている袋を取り出した。明日香は「うん。」と頷き、パンを受け取った。そして、朝からずっと気に掛けている事を香澄にも聞いた。

「ねぇ、お姉ちゃん。将来の夢とか…ある?」

「夢?うん!武道館!」

「武道館?」

「ポピパの皆でライブするの!」

ニコニコしながら高らかに言う香澄に、明日香は目を伏せた。自分の姉があまりにも眩しすぎて見えてしまったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 




第3段の小説となります。
親から将来の事を聞かれ、漠然と不安になることってありますよね。
クールな明日香と不良の素生がこれからどのように絡んで行くのでしょうか。
乞うご期待!

感想&評価もよろしくお願いします。



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2話

明日香はキョロキョロと辺りを見渡した。見渡す限り、草原が続いており、回りには靄がかかっている。その靄のせいである程度までしか視界が効かなかった。

「ここは…?」

突然、現れた景色に困惑したが、すぐに明日香は「あぁ~。」と納得をした。

「これは…夢か。夢見てるんだ。」

非現実的な風景を見ながら明日香は「はぁ。」とため息をついた。

「何でこんな夢?まぁいいか。止まっていてもしょうが無いし…。」

明日香は一歩ずつ、確かめるように歩を進めて行った。

「これは?桜?」

どれだけ歩いただろうか。数十分とも感じるし、一瞬にも感じていた。そして、それは突然現れた。靄が一カ所だけ、急に晴れ、明日香の目の前には立派な桜が咲いていたのであった。

「綺麗…。だけど…。あれ?色が薄い?」

明日香がボソッと呟いた。しかし、その瞬間、明日香の足下だけ、ポッカリと穴が開いてしまった。

「え?嘘っ!」

明日香はその穴に吸い込まれるように落ちて行ってしまった。

「きゃぁぁぁぁぁ!」

ガバッと、掛け布団を盛大に蹴った明日香は「はぁはぁ。」と呼吸を荒げながら起き上がった。外はまだ薄暗く、起きる時間はまだまだ先だと言うことが分かった。

「はぁ~。…酷い夢…。」

明日香が頭を抱えた。額にはしっとりと汗をかいていた。

 

─────────────────────

「…おはよ。ふぁ。」

欠伸をしながら、明日香は教室に入っていた。あの夢に起こされてから結局、一睡も出来なかったのである。

「明日香ちゃん、おはよ!って、あれ?元気ない?」

明日香の姿を見つけた六花が近づき、首を傾げながら言った。

「あぁ…うん。ちょっと嫌な夢を見てね。」

「そうなの?どんな夢だったの?」

「桜の夢だよ。でも、桜にしては色が薄かったんだよね。あれ、本当に桜だったのかなぁ?」

明日香は首を傾げながら言った。

「桜の夢?それが悪い夢なの?」

「うん。綺麗だなぁって思ってたら、いきなり穴が開いて落ちちゃってね。」

苦笑いを明日香は浮かべた。本当に意味の分からない夢だなぁと喋りながら明日香は思っていた。

「ちょっと調べてみるね。」

「調べる?」

「うん。夢占いってやつ。」

六花はそう言いながら、スマホを開き、「桜 夢占い」と打ち込み、検索していた。しかし、少し待っても、六花は口を開かなかった。表情もどうしようか困っていると言った感じであった。

「六花?どうだったの?結果は。」

明日香はカバンから教科書を出しながら言った

「え、えっとね?明日香ちゃん、占い信じる方かな?」

「どうだろ?内容によるかな?って、どうだったの?そこまで引っ張られたら気になるよ?」

明日香がそう言うと、六花はおずおずとスマホを明日香に渡した。

 

「この夢を見るあなたは、好奇心が低下しているようです。

されるがまま、世間に流されているということです。」

 

スマホにはそう書かれており、明日香は無表情のまま読んだ。

「あ、明日香ちゃん?」

「うん。六花の反応を見てたら良い結果じゃない事は分かってたよ。大丈夫だよ。」

心配そうな表情をしている六花に明日香はニコッと微笑みながら言った。

「ところで、六花?それ何?」

明日香は六花の手に握られていた本を見て言った。

「これ?恋愛小説だよ!凄く面白いの!是非読んで!」

よくぞ聞いてくれましたと言いたげに興奮した様子の六花に明日香は苦笑いをした。

「恋愛小説?あまり読まないかも。タイトルは『月明かりに照らされて』?」

「うん!この作者さんの小説は本当に面白いの!その他にも、『僕と、君と、歩く道』とか『幸せの始まりはパン屋から』とかあるんだよ!」

力説する六花に明日香は興味を抱いた。

「そうなんだ。なら読んでみようかな?貸してくれるんだよね?」

「もちろん!その為に持ってきたんだから!」

六花は満面の笑みで言った。

「そうそう、今度『image』っていう小説も出るから読んだら持ってくるね!」

「うん。分かった。ありがとうね。」

明日香はパラパラと小説のページを開きながら言った。その時、ホームルームの開始を告げるチャイムが鳴り響き、1日の始まりを告げていた。

 

─────────────────────

それから5日後の金曜日、結局あの夢は何だったのか忘れるくらい、変わりない日常を明日香は過ごしていた。いや、変わった点ならある。それは、六花から借りた小説が予想以上に面白かった事だった。結局、借りた小説はすぐに読み終わり、今日、新たに新しい小説を借りたところだった。

「(早く帰って読まなきゃ。…でも…)」

明日香は傘の隙間から空を見上げた。朝からずっとシトシトと雨が降り続いていた。この雨のせいでいつもより、明日香の足は遅くなり、帰宅時間を遅らせていた。

「(まぁ、ゆっくり帰ろう。急いで帰ってもしょうがないし。)」

明日香は逸る気持ちを抑えて、ゆっくりと歩を進めるのであった。

「(そう言えば…。あの不良…。大丈夫だったのかなぁ?)」

恋愛小説の事を考えていた明日香は昔、読んだ不良のギャップにやられる女の子のストーリーを思い出した。そのシーンから先日の不良を思い出した明日香は「う~ん。」と唸った。

「(あんな目立つ恰好なんだら、もし見つけたら気付くよね。一応、助けて貰ったし、お礼言いたいなぁ。)」

そんな事を漠然と考え、歩を進めていた明日香だったが、次の角を曲がった瞬間、足を止めてしまった。目の前にはこの雨の中、傘もささずに、子犬を抱きかかえている人がいたからだ。服装は制服をかなり着崩しており、耳にはピアスが開いていた。

「(え?何この少女漫画によくあるシーンは…。不良が、捨て犬を拾うって…あれ?待って、あの人って…。)」

ほんの少し前に考えてた人物が目の前にいた。しかもびしょ濡れで子犬を抱いて…。

「あ、あの!」

「はい?何でしょうか?」

明日香が気付いた時には声をかけていた。相手の不良は丁寧で柔らかい声で答えていた。

「あ、あ、あの!あ、あの時はありがとうございました。」

「あの時?」

明日香がガバッと頭を下げるも、不良、もとい、素生は首を傾げた。

「覚えてませんか?日曜日にナンパから助けて貰った者なんですが…。」

「…あぁ。ごめん。あれ、恥ずかしいから、あまり…。」

素生は罰の悪そうな表情で言った。殴られ、一発退場したのが恥ずかしかったのだった。

「でも、助かったのは事実なので…。」

「いやいや。次があったらもっとちゃんと助けれるようにするよ。そう言えば、名前は?」

「戸山です。戸山明日香と言います。高校1年生です。」

「そっか。俺は飛川素生だよ。2年生だよ。」

お互いに自己紹介をすると、沈黙になり、雨の音だけが響いていた。お互いに「それでは。」と言って、離れれば良かったが、何故かそうはしなかった。そして、この沈黙に耐えれなくなったのは素生の腕に抱かれ、濡れないように服で覆われた子犬で、「ワン!」と鳴いた。

「すまんな。すぐに帰ろうな。」

素生は優しい声でそう言うと、明日香の方を見た。

「その犬、飼うんですか?」

素生は帰ると言う為に、口を開こうとしたが、明日香が傘を素生の方に傾けながら言った。

「え?そうだよ。…どうかした?」

「いえ。気になって。ところで、傘はどうされたんですか?」

明日香は改めて、びしょ濡れになっている素生を見た。以前、見たときは髪をツンツンに立てていたが、今は、雨に濡れたせいで、見る影もなく、垂れていた。

「だって、濡れた方が格好いいじゃん?」

「…は?」

素生の斜め上を行く発言に明日香は眉間に皺を寄せた。心の中では「何言ってんだこいつ。」とも思っていた。

「え?格好良くない?」

「…全然です。」

明日香がそう言うと、素生は首を傾げながら「おかしいなぁ。」と呟いていた。

 

─────────────────────

昨日の雨が嘘のように、晴れ渡った土曜日。明日香は朝から六花に借りた小説を読んでいた。ストーリーに入り込んでいるのか、目には涙を溜めていた。

「あっちゃーん!あれ?なんで泣いてるの?」

「お、お姉ちゃん?何?今、良いとこなんだけど。」

明日香は一度、小説を置き、ティッシュで涙を拭いていた。

「小説で泣いてたんだ。気になるから私にも読ませて!」

「これ、六花のだから。私も、この小説買おうと思っているから、買ったら貸すよ。…それで、何の用?」

涙を溜めている明日香が珍しいのか、香澄はマジマジと明日香の顔を見ていた。

「そうだった!あっちゃん!買い物行かない?」

「買い物?何買うの?」

「ギターの弦とかだよ。ついでにどっか行こうよ~!」

香澄は明日香の腕を取るとブンブンと振り回した。これではどちらが姉か分からなかった。

「わ、分かったから。私も、ノートとか買いたかったから良いよ。後、本屋もね。」

「やったー!あっちゃんとデート!」

香澄は笑顔で喜んだ。あまりに嬉しかったのか、明日香にガバッと抱きついていた。

「ちょ、ちょっとお姉ちゃん!?抱きつかれたら準備出来ないじゃん!」

明日香は抗議するも、香澄の耳に届いてはいなかった。それから数分後、香澄から解放された明日香は準備を整え、商店街に向けて、歩いていた。

「全く。お姉ちゃんは…。ポピパの皆さんにも抱きついてるの?」

「もっちろん!」

「はぁ。お姉ちゃん、もうちょっと落ち着きなよ。」

明日香はため息をつくも、香澄は全く気にすることなく、ニコニコしながら歩いていた。

「あっちゃん?学校は楽しい?」

「え?うん。まぁまぁかな。」

「キラキラドキドキすること見つけた?」

「…私、そのキラキラドキドキって分かんない。」

明日香はプイっと顔を背けながら言うと、香澄は「えー?」と苦笑いしながら言った。それから2人は談笑しながら歩いた。そして、明日香はいつもより到着が早く感じられていた。

「(やっぱり、お姉ちゃんと話しながらだと楽しいなぁ。)」

と思っていた。

 

─────────────────────

一通り、買い物が済み、2人は喫茶店で休憩をしていた。香澄の横には沢山の紙袋が置いてあった。

「お姉ちゃん、服、沢山買ったね。お小遣い大丈夫なの?」

「大丈夫じゃないよ…。でも、全部キラキラドキドキしたから満足!」

香澄は一瞬、残念な表情をしたが、すぐに笑顔に戻っていた。

「もっと、計画的にお金使わないと。…でも、お姉ちゃんのそういうとこ、羨ましいな。」

明日香は「ふぅ。」と息を吐きながら、以前と同じ様に、オレンジジュースを混ぜながら言った。カランコロンと氷がコップに当たる音が響いた。

「あっちゃん?」

「ううん。何でもないよ。気にしないで。」

「う、うん。何か悩み事があるなら言ってね?…頼りないかもだけど…。あはは。」

苦笑いしながら香澄は言った。

「頼りないなんて、ありえないよ。お姉ちゃんは凄いと思うよ。私のない所沢山持ってるもん。」

「なんか照れるなぁ~。」

普段、そんな事を言わない明日香に香澄はかなり表情を緩ませていた。

「でも、もうちょっと落ち着きなよ?」

明日香がニヤっと笑いながら言うと、2人は「あはは!」と笑った。

「そういえば!あっちゃん、どの辺りで、ナンパにあったの?」

香澄は手をポンっと叩いて言った。

「あぁ。あれね。実は、この店の目の前なんだよね。」

「そ、そうなの!?…やっぱり恐かった?」

「う~ん。どうだろ?その後が強烈だったからなぁ。」

明日香は吹き飛ばされた素生の事を思い出していた。

「あぁ!あの言ってた不良さんだよね?」

香澄も、明日香から聞いた話でかなり興味を持っている様子だった。

「そういえば、昨日、会ったんだよ?」

「そうなの?話したの?」

「うん。ちゃんと助けて貰ったお礼も言ったからスッキリしたよ。でも、話した感じが、不良ぽく無かったんだよね。」

明日香は再び、素生の事を思い出していた。初めて会った時は素生の見た目のインパクトからただの不良だと思っていた。しかし、昨日、話した素生は物腰も低く、柔らかい口調だった。

「変なの。」

「あっちゃん?」

「あっ。ごめんね。考え事してた。…その不良ね。…飛川さんって言うんだけど、なんか見た目は不良なんだけど、性格はそうじゃない気がしてね。」

明日香がそう言うと、香澄は驚いたように目を見開いていた。

「ま、待って!今、飛川くんって言った?」

「うん。そうだけど?」

「…飛川って名字って、そんなに居ないよね?」

「多分ね。って、お姉ちゃん知ってるの?」

香澄の反応に、明日香も驚いた表情をしていた。

「うん。多分だけど…。」

「確か、お姉ちゃんと歳は一緒だったよ。2年生って言ってた。」

「う~ん。まぁ、たまたま名字が同じだけかもだけど…。素生って名前じゃないでしょ?」

「ううん。合ってるよ。」

明日香が呟くように言うと、香澄は目を見開いた。

「え!?本当に!?なら、間違いなく素生君だ!あれ?でも…。」

香澄はそう言うと「う~ん。」と考え込んでしまった。

「お姉ちゃん?」

「私が知ってる素生君なら優しい人で、そんな不良みたいな服装じゃ無かったはずだけど…。」

香澄が呟くように言う。明日香は素生に対して大きな謎を残すのであった。オレンジジュースの氷が溶けて、カランとまた店内に響くのであった。

 

 




2話でした。
謎が深まる主人公回でした。

さて、六花が「面白い」と言って、明日香に貸した小説は全て、ハーメルンで小説を投稿している「小麦こな」さんの作品です。
大ファンで、尊敬している方です。
この度も、小説のタイトルだけを載せたいと聞いたら二つ返事で承諾して頂きました。
実は、明日香の小説を書くきっかけを下さったのも、小麦こなさんで、この小説の主人公の名前を付けて下さったのも、小麦こなさんです。
本当に感謝しかありません。
小麦こなさんの小説は伏線が張られていて、それを綺麗に回収しています。
読んでいて非常にワクワクします!
と、紹介しましたが、かなり人気のある方なので、皆さんご存じですかね?

感想&評価もよろしくお願いします!

「月明かりに照らされて」
https://syosetu.org/novel/170174/

「君と、僕と、歩く道」
https://syosetu.org/novel/175730/

「幸せの始まりはパン屋から」
https://syosetu.org/novel/182630/

「image」←連載中!
https://syosetu.org/novel/189307/


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3話

「あっちゃ~ん!」

喫茶店から帰って、今は夜になっていた。明日香と香澄はそれぞれの自室で過ごしていた。明日香は小説の続きを寝転びながら読んでいたが、再び、香澄に邪魔をされていた。

「…何?てか、ノックしなよ。」

はぁ。とため息をしながら明日香は言った。

「えぇ~。名前呼んだんだからいいじゃ~ん!」

「…もう。で、どうしたの?」

明日香は小説に栞を挟み、起き上がった。香澄は「ふっふっふ~。」と不敵な笑みを浮かべながら「じゃーん!」と1冊の本を取り出した。

「…卒業アルバム?」

「そうだよ!私が中学生の時のだよ!」

香澄はニコニコしながらページを捲った。

「あった!これこれ!」

香澄はそう言うと、生徒達の顔写真が映っているページを明日香に見せた。

「これがどうしたの?…あっ。お姉ちゃん、今よりだいぶ幼く見えるね。」

「そうかな?私も大人っぽくなった?」

「…黙っていればね。」

明日香はそう言うと、1人1人、目を通した。すると、ある人物に目が止まった。そこには坊主頭で、ニコッと笑っている男子生徒が映っていた。

「あれ?この人…。」

「そうだよ。私のクラスメイトだった飛川素生君だよ。私はもっくんって呼んでたよ。」

香澄が説明するも、明日香は驚いた表情を浮かべたまま固まっていた。

「…全然違うね。」

「そうなんだよね~。あっちゃんが言っていたもっくんと全然違うんだよね。何があったんだろうね?」

「私に聞かれても知らないよ。」

苦笑いする明日香に香澄は「そっか。」と小さく呟いた。

「ねぇ。飛川さんってどんな人だったの?」

「ん?優しくて、楽しい人かな?あと、野球部だったよ。」

香澄は当時の事を思い出しているのか、微笑みながら言った。

「…私の印象は残念な人…かな?でも、子犬拾ってたから優しい…のかな?」

明日香は自分の知ってる素生とのギャップに「う~ん…。」と首を傾げた。

「あっちゃん、もっくんに会ったのって少しだけでしょ?それだけで印象を決めたら可哀想だよ。もっくんいい人だから。」

香澄は、明日香の横に座りながら言った。

「まぁ…。そうかもだけど…。てか、次、会うかどうかも分からないし。」

「会うかもしれないじゃん!」

「てか、お姉ちゃん、飛川さんの肩を持つね?好きだったとか?」

「………うん。」

冗談ぽく言った明日香だったが、香澄は頬を赤らめて、肯定をした。見たことのない姉の表情に明日香はキョトンとしてしまった。

「そうだよ…。私はもっくんの事好きだったよ。…いや。今も好きかも知れない。」

「…はい?お、お姉ちゃん、本当に?」

目を見開いて聞く明日香に香澄は再び、頷いた。明日香は驚き過ぎて、香澄のアルバムを床にゴトッと落としてしまっていた。

 

─────────────────────

「…はぁ。」

明日香はため息をついた。香澄の衝撃的な発言を聞いた次の日。日曜日だった為、六花と駅で12時に待ち合わせをしていた。そう、待ち合わせをしていたはずだった。しかし、時間になっても六花は現れず、心配になった明日香はLINEを開き、文章を作成した。そして、すぐに既読がつき、返信を読んだ明日香はため息をついたのであった。返信の内容を要約すると、香澄に拉致され、蔵にいるとの事だった。

「またポピパか…。」

六花はPoppin`Partyの大ファンである。憧れて、岐阜からわざわざ上京してくるほどだ。だから、Poppin`Partyに誘われたら、そっちに行ってしまうのは仕方がないと明日香は思っている。

「はぁ。でも、ドタキャンは辛い…かな。」

明日香は回りに聞こえないくらいの声で呟いた。そして、「はぁ~。」と深いため息をついた。

「最近、ため息、つきすぎかなぁ。」

明日香は最近の自分を思い出しながら言った。

「これもそれもあの桜の夢が悪いんだ。私は別に将来を不安になんて思ってない。勉強頑張って、良い大学に入れば、きっと、やりたい事の1つや2つ、出てくる…はず。」

自分に言い聞かすように呟くが、心の中には曇り空のようなモヤモヤがかかっていた。そして、再び「はぁ~。」とため息をつくのであった。

「そんなため息をついて、しかも、ブツブツ呟いてどうしたの?戸山明日香さん?」

「きゃ!」

明日香は突然後ろから声をかけられて「ビクッ」と背中を震わせた。

「あぁ。びっくりさせちゃった?ごめんね?」

声をかけたのは素生だった。今日も、いつものように、髪をツンツンに立てて、ピアスが何個かついていた。ただ、前の違うのは制服では無く、私服という点だった。

「と、飛川さん…。本当にびっくりしたんですからね!」

「あはは!ごめんごめん。」

素生は悪びれる様子もなく、笑いながら言った。

「まぁ、良いですけど…。飛川さんは何をしてたんですか?」

「暇だからぶらぶらしてただけだよ。戸山明日香さんは、友達にドタキャンされたのかな?」

素生はニヤリと笑いながら言った。

「何で分かったんですか?」

「だって、駅の分かりやすいとこで立ってて、スマホを見ながらため息ついてるから。待ち合わせをしてて、来れなくなったって見え見えだったよ。」

素生はドヤ顔をしながら言った。そのドヤ顔を見て、明日香は「イラッ」としていた。

「そーですか。それでは、ひとりぼっちになってしまった私は帰りますので。失礼します。」

「ちょっと待ってよ!」

「はい。なんでしょうか。」

「飯、食いに行かない?ぼっち飯は寂しいからさ。」

素生はお腹を擦る。時間も丁度、お昼だったので明日香もお腹は空いていたが、「う~ん。」と考えていた。

「(え?この人とご飯?…嫌だなぁ。でも、聞きたい事もあるし…。)」

明日香は、ご飯に行く、行かないを天秤にかけるのであった。

「あぁ。ちなみに奢るよ?君の好きな物食べに行こ?」

素生は明日香の考えている事などつゆ知らず、呑気な声で言った。明日香にとって、この一言が行くに天秤が傾いた瞬間であった。

 

─────────────────────

明日香は姉と違い、勉強が出来る。元々の頭の良さもあるが、「良い大学に行く」と言うだけあって、普段から勉強は怠らず、努力をしている。そのお陰か、頭の回転はかなり早いのである。何故、こんな説明をするのかと言うと、素生と明日香がご飯を食べる為に、入店したお店に関係しているからだ。その明日香の作戦がハマっているのか、目の前に座る素生はソワソワとしていた。

「飛川さん?どうしましたか?」

「…いや。別に。」

素生の反応を見て、明日香は内心ニヤリと笑った。2人は今、かなりオシャレなカフェに来ていた。内装も女性が、好む感じになっていた。現に、他のお客は女性しかいなかった。

「こういう店は嫌いでしたか?」

「…いや。」

明日香の作戦は聞きたいことを聞いたら帰るという物だった。その為には素生が長居が出来ない店にしなければならなかった為、オシャレなカフェにしたのだった。普段の明日香なら絶対にこんな失礼に値するようなことはしないのだが、余程、素生のドヤ顔にイライラしたのである。

「飛川さん。聞きたい事があるんですけど、良いですか?」

「…何?」

「どうして、不良なんかしてるんですか?」

「え?カッコイイからだよ。実は、中学生まで野球をやってたんだけど、怪我しちゃって、出来なくなって、次は何しようかなって考えてたら、不良が出て来る漫画を読んで、格好よかったから真似してるんだよ。」

キラキラとした目で語る素生に、明日香はキョトンとした。香澄から聞いた、中学生の素生から今の素生の姿になったのは重大な理由があると勝手に思っていた。しかし、蓋を開けてみたらしょうもない理由であった。

「え、えっと、怪我って、何処を怪我したんですか?やっぱり練習のし過ぎとかで?」

「怪我は肩だよ。利き手の肩を痛めてね。…練習のし過ぎじゃなくて、友達と砲丸投げの球で遊んでたら、気付いたら肩を壊してたんだよね。」

あははと笑いながら言う素生に明日香は「はぁ。」とため息をついた。理由がバカ過ぎたからである。

「そんなため息をついたら幸せ逃げちゃうよ?戸山明日香さん?」

「…なんで、フルネームで呼ぶんですか?」

「え?だって、お姉ちゃんいるでしょ?戸山香澄。そっちを戸山さんって呼んでるからだよ。」

「…気付いてたんですか?私がお姉ちゃんの妹だって。」

明日香は驚きながら言うと、素生は再び、ドヤ顔を浮かべた。

「名前を聞いた時に気付いたよ。お姉さんからあっちゃんって言う妹がいるって聞いてたから。んで、何て呼べばいい?」

素生が注文していたアイスコーヒーに口を付けながらいった。ちなみにだが、シロップとミルクがたっぷり入っている。

「…何でも良いです。」

素生のドヤ顔に再びイラッとした明日香は素っ気なく答えた。

「なら、俺もあっちゃんって呼ぼうかな?」

「それはダメです。」

明日香が速攻で答えると、素生は「何でも良いって言ったじゃん。」と呟いた。明日香は心の中で「(あっちゃんは…。お姉ちゃん専用だもん。)」と思っていた。

「う~ん。なら、明日香ちゃんって呼ぶね。」

「はい。わかりました。」

明日香がそう言うと、話が一段落した。そして、そのタイミングを測ったかのように、2人が注文したメニューが運ばれてきた。

「ところでさ、明日香ちゃんは恥ずかしくないの?」

再び、ソワソワしながら素生は言った。

「別に恥ずかしくないですよ?女の子向けの店じゃないですか。」

「だから、そんな店に男女で来るのはカップルくらいでしょ?俺とカップルに見えて良いの?」

素生が言うと、明日香は慌てたように周りを見た。周りの女性達は2人を見て、微笑ましい視線を送っているのであった。明日香が策士策におぼれた瞬間であった。

 

─────────────────────

「またあの場所だ…。」

明日香はまた靄が視界を邪魔する草原にいた。相変わらず、周りをいくら見渡しても何も見えない。

「…とりあえず、また歩きますか…。」

明日香はどっちに行ったら分からないが、とりあえず適当に歩いていた。

「この前は、確か…。これくらいで桜が見えたんだっけ?…定かじゃないけど…。」

以前、見た夢通りになるとは明日香も到底思えなかったが、その期待を見事に裏切り、突然、靄が晴れ、明日香の目の前にはまた見事な桜が咲き誇っていた。

「…やっぱり、色が薄い。」

改めて、ゆっくり桜を観察した明日香は呟いた。満開に咲いてはいるが、色はピンクと言うより、白に近かった。

「…なんで…色が薄いのかな…。」

そう言いながら、明日香は六花が調べた夢占いを思い出していた。

「好奇心が低下…。世間に流される…。私、どうなるのかな?そんなに将来に不安なんて…。」

自分に言い聞かせるように呟いた明日香だったが、その瞬間に自分の姉である香澄の事を思い出していた。

「…なんで…お姉ちゃんが…ぐすっ。出てくるの…ぐすっ。」

。いつも真っ直ぐで、キラキラしている姉に対して、明日香はいつも鬱陶しくも、眩しく感じていた。

「姉妹なのに…。全然…違うよね…。」

夢も持ち、毎日楽しそうな姉に差を明日香は感じていた。止めどなく、流れる涙を明日香は拭うこともはなく、その場に立ち尽くしていた。

「私…。なんで泣いてるんだろ…。もぅ!どうしたら良いの!」

涙と一緒に、訳も分からない不安も流れ落ちれば良かったが、相変わらず、胸を苦しめるだけだった。将来の不安なのか、姉との差の不安なのか、明日香は気付くことは無かった。

「…はぁ。…いっぱい泣いちゃったなぁ。」

少しだけ、落ち着いた明日香は再び桜を眺めていた。その時、今まで感じた事がない突風が吹き、思わず、明日香は目を瞑った。耳には桜の木がザワザワと揺れる音が響いていた。風が収まり、明日香は目を開けると、目の前の桜の花は全部散ってしまい、ヒラヒラと大量の花びらが明日香に向けて降っていた。

「…嘘。」

明日香はその光景に目を見開いていた。

 

─────────────────────

「あっちゃん!あっちゃん!」

香澄は一生懸命、妹の明日香の身体を揺らしていた。香澄が明日香を起こしに来たら、明日香は涙を流しながら寝ている光景に焦っていた。

「…お姉ちゃん?」

「あっちゃん!大丈夫?体調、悪いの?」

香澄に問いかけに、明日香は段々と意識が覚醒していくのが分かった。

「…おはよ。大丈夫。ちょっと、変な夢を見て。」

力なく言う、明日香だったが、起き上がった瞬間に、身体に力が入らない事に気付いた。

「あっちゃん?本当に大丈夫?」

「うん…。大丈夫…。ちょっと怠いだけ…。ねぇ。お姉ちゃん?」

「何?」

「お姉ちゃんは、私の事………好き?」

明日香の発言に香澄はキョトンとしたが、すぐに笑顔になると、ガバッと明日香に抱きついた。寝起きで力が入らない明日香はそのままベッドに押し倒された。

「当たり前じゃん!あっちゃん大好きだよ!」

ギューと抱き締められる明日香。いつもは鬱陶しく払いのけるが、あんな夢を見たからか、今日は安心感に包まれるのであった。

「お姉ちゃん…。ちょっとだけ、このままで…。」

少し照れながら言う明日香に香澄は力強く「うん!」と言うのであった。

 

 




皆様、10連休をいかがお過ごしでしょうか?

今回の話の最後ですが、明日香に妹っぽさを香澄に姉っぽさを出したかったんですが…、百合が咲きそうな展開になってしまいました。
まぁ、これはこれで…良いか笑

感想&評価もお待ちしています!


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4話

「初めて…ずる休みしたなぁ…。って、ずる休みなのかな…。」

自室の天井を見上げながら明日香は呟いた。服装もまだパジャマのままで、ベットからも降りずにいた。姉である香澄に抱き締めて貰った後、学校に行く、準備をしようとした明日香だったが、香澄に阻止され、「そんな状態で学校なんか行ったらダメ。」と言われ、制服を何処かに持って行ってしまったのだ。

「まぁ…いいか。授業も集中出来るとは思えなかったし…。」

自分に言い聞かすように言ってみる。そして、明日香は再び目を閉じた。変な夢のせいで、寝たのか、寝ていないのか分からない状態に陥っていたのだった。睡魔がくるまで、明日香はあの夢について考え出した。

「(あの夢、本当に何なの?進路について悩んでいるから?いやいや。私、別に悩んでないじゃん!良い大学に行って、その大学に行ってそこで、やりたいことを見つける…。でも…。本当に見つかるのかな…。)」

瞑っていた目を開くと、自室の天井が見えるだけであった。

「…起きよ。寝れそうにない…。」

精神的にかなり疲弊してしまった明日香は気分を変えるために机に向かった。そして、置いてある参考書をパラパラと捲り、ペンを握った。気分を変えるために勉強をする。香澄が聞いたら余計、心配しそうな行動である。

「…。はぁ。」

しかし、気分を変えるどころか、普段なら簡単に解けてしまう問題に早速躓いてしまった。分からないというよりは問題文が頭の中に入ってこない。問題文も、ちゃんと集中して読まなければただの文字が並んでいるだけになってしまう。集中できない明日香はパタンと参考書を閉じてしまった。

「…やる気でないなぁ。」

明日香は先日の六花との夢占いの結果を思い出していた。

「…これって。好奇心の低下?」

明日香は持っていたペンを机に転がしながら呟いた。そして、明日香は徐にスマホを掴んだ。そして「桜 夢占い」と打ち込んだ。

 

“桜が散る夢は何かを失う事を暗示しています”

 

検索の結果、すぐに分かってしまった結果を見て、明日香はますます表情を暗くした。

「何を失うのよ…。」

明日香はスマホを置くと、再びベットに倒れ込んだ。ますます将来が不安になるのであった。

「…お姉ちゃん。早く帰ってきて…。」

不安からか、掛け布団を丸めて、ギュッと抱きつく。朝、香澄に抱き締められたような安心感を明日香は得ることが出来なかった。

 

─────────────────────

次の日、明日香は気分がブルーなまま…では無く、ムスッとした表情で学校に向かっていた。昨日からグルグルと考え続け、夜も寝れなくなってしまった明日香は「なんで夢如きに振り回され無ければならないのか」と思い、腹が立っていたのだった。

「(あぁ~!腹立つ!)」

明日香はズンズンと歩いていた。いつもより歩幅が大きく、早足で歩いていた。

「あ、明日香ちゃ~ん!ま、待って!」

呼ばれた事に気付いた明日香はムッとした表情のまま振り返ると、息を切らせながら六花が走って来ていた。

「六花。おはよ。どうしたの?」

「あ、明日香ちゃん?ず、ずっと声をかけてたのに…。無視するんだもん。そ、それに…何か怒ってる?」

「…ごめん。ちょっとイライラしてて。」

明日香は自分の態度を思い直し、苦笑いしながら言った。

「だ、大丈夫だけど、何にイライラしてるの?」

息を整えながら六花は言った。心配そうな表情をしており、眉は八の字に垂れていた。

「大丈夫だよ。六花ありがとう。実はね、また桜の夢…見ちゃったんだよね…。今度は散っちゃう夢だったんだよね…。夢占いも調べたんだけど、あんまり良い結果じゃなくて…。もぅ、嫌になっちゃうよね!?」

苦笑しながら一気に明日香は言った。

「えっと…。明日香ちゃん、本当に大丈夫?」

「だから、大丈夫だって!」

「大丈夫なら…良いけど…。」

明日香の言葉に安心すること無く、六花は困った顔を崩さないままだった。

「…だから、六花…。大丈夫だよ…?」

「ごめんね。明日香ちゃん。大丈夫そうに見えないよ…?だって、そんなに喋る明日香ちゃん、初めてみたよ?」

「…え?」

「明日香ちゃんって、クールでしょ?だから、いつもと全然違うから…。」

六花はあわあわしながら辿々しく言った。

「…私って…クール…なの?」

「私はそう思うけど…。」

明日香は頭上にクエスチョンマークを六花は首を傾げたまま固まってしまった。

「(私って、どんな風に思われてるの?…てか、私って、どんな性格なの?)」

明日香は考えてみるも、全く思いつかなかった。

「明日香ちゃん?とりあえず、学校に行こ?」

六花の言葉に、明日香は慌てて思考を戻した。

「そうだね。あっ!そうだ!六花!」

明日香が眉間に皺を寄せながら言った。

「な、何?」

「日曜日。」

明日香は短く言うと、六花は小さく「あ…。」と呟いた。先日のドタキャンの事を明日香は責めていた。

「ご、ゴメンね!か、必ず埋め合わせをするから~!」

六花が手を合わせながら言うと、明日香は「はぁ。」とため息をついた。

「だったら、今日の放課後、遊ぼ?」

「え?明日香ちゃん体調は大丈夫なの?」

「うん。お姉ちゃんに無理矢理休まされただけだから。で、良いの?」

「もちろん!放課後までに行きたい所、考えよ?」

六花がニコッと笑うと明日香もそれに釣られ、ニコッと笑うのであった。明日香は久々に自然に笑顔が出た瞬間であった。

 

─────────────────────

六花と明日香は約束通り、放課後、遊びに来ていた。ゲームの音が鳴り響き、入った瞬間の騒音で、不快な表情をするも、不思議と直ぐに慣れ、辺りを見渡す余裕が出来た。レーシングゲームやUFOキャッチャーなどのゲームの後ろからは「カキーン」と金属特有の高音も鳴り響いていた。

「初めて来たけど…。こんな風になってるんだ。ねぇ?六花?なんでバッティングセンターに来たかったの?」

目を輝かせながら辺りを見渡す六花に明日香は聞いた。2人はバッティングセンターに来ていたのだった。

「昨日の夜ね、たまたま野球をテレビで観てね。私もやってみたいなぁって思ったからだよ。」

六花はバッティングが出来るスペースで、小学生くらいの男の子が鋭い打球を打っている姿を見て「おぉ。」と呟いた。

「野球、したことあるの?」

「無いけど…。やってみたい!」

六花はそう言うと、財布から小銭を取り出し、早速スタートさせた。しかし、野球未経験者がバットにボールを当てるのは至難の技であり、六花が振るバットにはボールが当たる事はなく、バッターボックスの後ろにあるゴムの的にボールが「ドス」と当たるだけであった。

「やっぱり、難しかった~。」

残念そうな表情をしながら、六花は1ゲームを終えた。

「1球も当たらなかったね。」

見守っていた明日香も苦笑いをした。

「明日香ちゃんもどうぞ?」

「わ、私?私は良いよ。」

「そんな事、言わないで。はい。」

六花は持っていたバットを明日香に渡した。

「えぇ~。しょうがないなぁ。」

明日香は重い腰を上げると、バッターボックスに向かった。お金を入れると、「ウイーン」と言う機械音が響き、ピッチングマシーンからボールが出て来た。

「わっ!」

ボールのスピードは90キロの設定だったが、後ろから見ているのと、バッターボックスから見るスピードは全然違い、早く見えた為、初球は見送るだけであった。

「明日香ちゃん!バット振らないと!」

六花が後ろから叫ぶ。

「わ、分かってるけど…。きゃ!」

ピッチングマシーンは明日香に休む暇を与えないと言わんばかりに、次の球を投じていた。明日香はなんとかバットを振るも、バットは空を切った。振った瞬間、スカートがふわりと浮いた。結局、明日香も1球も当たらずに終了してしまった。

「(やっぱり無理じゃん。)」

バットを所定の位置に戻しながら思っていると、明日香の横にあるストラックアウト、9つの的にボールを当てるゲームが出来る場所から「うらっ!」と言う声が聞こえた。明日香がその場所に目線を向けると、左投げの男性がピッチングをしていた。気合いの入った声とは裏腹に、ボールは山なりで、なんとか的まで届いていた。

「明日香ちゃん。残念だったね。」

「やっぱり難しかったよ。」

「それより、横の人、凄いよね。」

「そう?ボール山なりじゃん。気合いだけは充分だけど。」

2人はストラックアウトを熱心に行っている男性に釘付けになっていた。気合い充分な為、なんとなく応援したくなる雰囲気になっていた。結局、男性は3つ的を射抜いて、終了した。

「あれ?明日香ちゃん?」

ストラックアウトから出てきた男性は明日香の方をチラッと見ると、声をかけた。

「え?…あの?どちら様ですか?」

「酷いなぁ。飛川だよ。飛川素生。」

「…え?」

明日香が分からないのも無理はない。素生はツンツンヘヤーでも無く、制服を着崩してもいなかった。今は、男の人の割りには長い髪に、ジャージ姿だった。ちなみに、ピアスも外している。

「いつもと服装が違い過ぎませんか?」

「ん?そりゃそうだよ。あんな恰好で野球できないもん。」

何言ってるの?と言いたげな表情を素生はしていた。

「いや。違い過ぎて分かりませんでした。」

「ねぇ。明日香ちゃん?誰?」

六花は素生が明日香に声をかけた瞬間に明日香の後ろに隠れてしまった。この間のナンパが若干トラウマになってしまっていたのだった。

「えっと、ナンパした時に助けてくれた人だよ?見る影ないけど。」

「え?…えぇぇ!?」

六花は目を見開きながら言った。

「そんなに違うかな?」

「鏡見て下さい。全然違いますよ。ところで、なんで、投げていたんですか?野球、辞めたんですよね?」

「ん?まぁ、嫌いで辞めた訳じゃないから、たまにやりたくなるんだよ。まぁ、見ての通りの球しか投げれないけどね。」

苦笑いをしながら素生は左肩を擦った。会話の意味が分からない六花はキョトンとした表情をして、話を聞いてきた。

「そうだ。スカートで野球しない方が良いよ?」

「なんでですか?」

「良い物見せて貰ったよ~。」

素生がニヤッと笑って言うと、意味を理解した明日香は素生を睨み「最低」と呟いた。

─────────────────────

「だだいま。」

明日香が自宅に戻ると、既に姉である香澄が帰ってきていた。

「あっちゃん。おかえり。体調はどう?」

明日香の声に反応し、香澄が玄関まで、出迎えてくれた。そして、「はい。」と手を出し、明日香のカバンを預かっていた。

「…ありがとう。でも、体調はもう大丈夫だよ?お姉ちゃん、練習は?」

「あっちゃんの体調が悪いのに、行けないよ~。」

さも当たり前のように香澄は言うと、明日香は申し訳無さそうな顔をした。

「あっちゃんは心配しなくて大丈夫!」

香澄は明日香の手を優しく掴むと、リビングまで、手を繋いだまま向かった。

「あっちゃん、何か飲む?」

「ありがとう。ジュースあったよね?」

「うん。準備してくるね。」

香澄は立ち上がると台所に向かった。

「そう言えば、何処に行ってたの?」

「六花と遊んでいたよ。…お姉ちゃんが日曜日に六花を拉致したから遊べなくなった変わりにね。」

明日香がチラッと香澄を見ると、明後日の方向を見て、「あはは~。」と誤魔化すように笑っていた。

「そう言えば、六花とバッティングセンターに行ったんだけど、そこで飛川さんに会ったよ。」

「え!?そうなの!?もっくん、まだ野球やってたの?」

「ううん。たまにしたくなるだけだって。左肩、痛そうだったよ…。」

明日香は左肩を擦る素生の姿を思い浮かべていた。

「ねぇ、お姉ちゃん。飛川さんって野球上手だったの?」

「う~ん。私、野球、よく知らないから分からないけど、ピッチャーだったらしいよ?なんか、秘密兵器?とか呼ばれてたよ?」

香澄は思い出しながら言った。そして、台所からコップを2つ持ってくると、その1つを明日香に手渡した。

「秘密兵器?それって…。まぁ、いいや。ありがとう。」

「ううん。もっくんかぁ~。懐かしいなぁ。久々に会いたいなぁ。」

ふふっと笑いながら、頬を染める香澄。そんな姿をやはり見慣れない明日香はどうしても驚いてしまう。

「…連絡先は知らないの?」

「うん。知らない。聞いとけば良かったなぁ。」

香澄が言うと、明日香はまた驚いた。いつでも前向きな姉が「あれしとけば良かった」などとは滅多に言わないからだ。

「お姉ちゃんも、そんな風に思うこと、あるんだ。」

「うん?」

香澄は明日香の言う事を理解出来ずに首を傾げた。

「ううん。何でもないよ。そう言えば、お姉ちゃんにまだ聞きたい事があってね。」

「なぁに?」

「私って、クール…なのかな?六花に言われたんだけど。」

明日香が言うと、また香澄は首を傾げた。

「クール…。クールって蘭ちゃんみたいな人かな?」

「…誰?」

「Afterglowのボーカルの人だよ。」

香澄が言うと、明日香は「あぁ。」と呟いた。誰かは分かったが、話したこともない為、蘭がクールな人かどうか、明日香には分からなかった。

「それで、私って、クールなのかな?」

「う~ん。わっかんない!」

頭を捻って考えた香澄だったが、ニコッと笑顔を浮かべると、高らかに言った。

「…そっか。」

「あっちゃんはクールに思われたら嫌なの?」

「…分からない。よく分かんなくなっちゃった。」

「…あっちゃん?」

少し、寂しそうな表情を浮かべる明日香に香澄の理解は着いていけなかった。まだまだ明日香の悩みは尽きないのであった。

 

 

 

 

 




秘密兵器の素生君でした。

まだまだ、明日香の悩みは続きます。
ちなみに、桜の夢占いはGoogle先生で検索すると簡単に見つかります。
桜が一気に散る夢は何かを失うと書きました。
金運で占った方は全財産を失う勢いらしいです。
嫌だなぁ…笑

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5話

「ねぇ。ねぇってば!」

素生は前をずんずん歩く明日香に声をかけていた。先程から、素生が声をかけているが、明日香はずっと無視をしていた。

「なんで無視するん?」

諦めずに、素生は声をかけたが、明日香は全く聞こえていないかのように歩く。ちなみにだが、明日香と素生は街でバッタリ会っただけだった。

「聞こえてるよね?戸山明日香ちゃん!」

「あーもう!声を掛けないで下さい!変態っ!」

大声で声をかける素生にとうとう明日香が折れ、振り返りながら叫んだ。ちなみに、街中であった為、2人はかなり目立っていた。…素生の服装やツンツン頭のせいでもあるが…。

「へ、変態?俺、何かしたっけ?」

「したじゃないですか!バッティングセンターで!」

明日香は頬を赤く染め、プルプルと震えながら言った。

「バッティングセンター?あぁ。パンツの事?いやぁ~。良い物見せて貰ったよ!」

「…最低。」

「明日香ちゃんがあんな短いスカートでバッティングするからじゃん!優しさで注意したのに。でも、白って良いね!」

「…最っ低!」

明日香は素生を睨みながら言った。当の素生はニヤニヤと笑っていた。言わなくても分かるだろうが、「白」と言うのは明日香があの時履いていた下着の色である。

「あはは!冗談はさておき、何処に行くの?」

「絶対に教えません!」

明日香はそう言うと、再び歩きだそうとした。しかし、その瞬間、「あっちゃ~ん!」と別の方向から声が響いた。明日香と素生が声のした方に目をやると、ギターを背負った香澄が走りながら手を振って、近づいてきていた。

「あっ。お姉ちゃん。」

明日香は手を振り返す。香澄は追いつくと、明日香にギュッと抱きついた。

「ち、ちょっと、お姉ちゃん!辞めてよ!」

「あっ。百合の花が咲いた。」

香澄と明日香のやりとりを見た素生はボソッと呟いた。

「あっちゃんこの人は誰?…まさかまたナンパ…?」

香澄はそう言うと、明日香を自分の後ろに引っ張り、素生を「キッ」と睨んだ。

「お姉ちゃん!その人は…。」

「あっちゃん!もう大丈夫だよ!お姉ちゃんに任せて!」

慌てる明日香に香澄は言うと、素生に突っかかっていった。

「あの!うちの妹に何か用ですか!」

「うん。めっちゃ用があったよ?」

素生はもちろん、香澄の事を知っていたが、面白そうだった為、黙ってやり取りに付き合っていた。

「私の妹に付きまとってたでしょ!?妹も迷惑しているので、辞めて下さい!」

「へぇ~。妹さん、別に迷惑してないと思うけど?」

素生が香澄の後ろからちょこんと顔を出す明日香に同意を求める為、見つめる。しかし、見つめられた明日香は目を細めた。

「すごく迷惑でした。」

「へ?明日香ちゃん!?」

「ほら!やっぱり迷惑してるんじゃないですか!これ以上、付きまとうようなら警察呼びますよ?」

香澄がこれ以上ないほどの警戒心を素生に向ける。手にはスマホが握られており、本当に通報しそうな勢いであった。

「お姉ちゃん…。私、この人にパンツ見られた。」

「ちょ、ちょっと!明日香ちゃん!?」

明日香の爆弾発言に素生は焦った。香澄はそれを聞くと、スマホを操作し始めた。

「ま、待って!戸山さんストップ!俺だよ!俺!素生だよ!飛川素生だって!」

香澄は名前を聞くと、スマホを操作していた手を止め、顔を上げた。しばらく沈黙があり、「えー!」と叫び声を上げたのだった。

 

─────────────────────

なんとか素生は犯罪者の誤解を解き、3人は近くにあった喫茶店に入っていた。

「本当にごめんね。」

香澄が手を合わせながら謝罪した。

「いやいや。俺も悪ノリしちゃったから…。」

「あのまま捕まれば良かったのに。」

苦笑いをする素生に明日香は辛辣な言葉を浴びせていた。

「もっくん、あっちゃんに凄い嫌われちゃったね。何かしたの?」

ツーンと顔を明後日の方向に向ける明日香に香澄も苦笑いを浮かべた。

「お姉ちゃん。パンツ見られたのは事実だから。」

「…もっくん?」

「ご、誤解だって!」

素生はバッティングセンターでの出来事を話した。いや、話したところで素生が優位に立てるはずもないのだが…。

「普通、言う?」

明日香が非難の目を素生に向けた。

「言わないかな?パンツ見えたよって。」

香澄もボソッと言った。姉妹揃って、幻滅された素生は一所懸命、ヘコヘコと謝罪を繰り返した。端から見れば、女子高生に頭を下げ続ける不良と言うなかなか面白い光景だった。

「てか、もっくん。その恰好はどうしたの?あっちゃんから聞いてたけど…。なんか…凄いね。」

「カッコイイでしょ?」

「う、う~ん…。ど、どうかな?」

珍しく歯切れが悪い香澄に明日香はため息をついた。

「お姉ちゃん。はっきり言った方が良いよ?ダサいって。」

「あ、あっちゃん?」

「だって、そうでしょ?いつの時代の不良なのよ。今じゃ、その恰好はダサいって。卒業アルバムの中学生の頃の飛川さんは…まぁ、格好よかったじゃん?」

明日香が一気に喋ると香澄も「まぁ…そうだけど…。」と呟いた。

「…え?…マジ?…俺って…ダサいの?」

素生がそう呟くと、話していた姉妹はパッと素生を見た。そこには今にも泣き出しそうな不良がいた。

「も、もっくん!?だ、大丈夫?」

「な、泣くことないじゃないですか!?」

素生の姿を見て、姉妹は焦りながら言った。

「だ、大丈夫…。いや、ち、ちょっとショックだっただけだから。」

「ちょっとじゃないですよね?大ダメージ受けてますよね?」

まさか自分の発言がここまでになると思ってなかった明日香は本当に慌てていた。普段、明日香にクールなイメージを持っている人物が見るとなかなか新鮮さを味わえるくらい焦っていた。

「もっくん?なんで不良なんかになっちゃったの…?」

「…カッコイイから。いや、カッコイイって思っていたから…。」

「わ、私の言葉で、心を折れないで下さい!」

「お、折れてないし。ぜ、全然平気だし。」

素生は強がっていたが、目には涙がいっぱい溜まっていた。

「あはは!あぁ~。ごめんごめん。でも、もう我慢の限界!あはは!」

素生が傷つき、明日香が焦っている中、香澄は突然笑い出した。

「お、お姉ちゃん?」

「あぁ。お腹痛い。ごめんね。でも、もっくん、全然変わってないんだもん。」

「え?アルバムと全然違うじゃん?」

「違うよ。確かに、風貌は変わったけど、中身がね。性格は昔と一緒だよ。…安心したよ。」

ニコニコ笑いながいながら言う香澄に明日香は「そっちか…。」と呟いた。

「そう言う戸山さんだって、相変わらず明るいよね。でもさぁ、そのネコ耳は何?」

「もっくん、違うって!これは星だよ!」

「星…?あぁ。昔から好きだったよね?そう言えば、キラキラドキドキする事、見つかったの?」

「もっちろん!今はね!バンドしてるんだぁ~!」

素生と香澄は昔話に花を咲かせていた。素生の目に涙は溜まったままであったが…。そんな2人を見て、明日香はふて腐れていた。自分が分からない話、しかも、自分の知らないお姉ちゃんを大嫌いな人が楽しそうに話す姿に「イラッ」としていた。

 

─────────────────────

自室にて、六花に勧めてもらった本を読んでいた明日香はまだイライラしていた。昼間の出来事ではなく、忙しなくスマホの通知にイライラしていた。

「なんで、LINEのIDを教えるのよ!お姉ちゃんのバカ!」

いつも、スマホばかり見ている明日香だったがこの時ばかりは「世の中からスマホが無くなってしまえ!」と思っていた。

「あっちゃん!入るよー?」

ドアの外から明日香のイライラの元凶を作った張本人である香澄が声を掛けた。

「…どーぞ。」

明日香は自分ができる限りの冷たい声を出した。しかし、香澄がそんな事を気にするはずもなく、ガチャとドアを開けるとご機嫌な様子で明日香に抱きついた。

「あっちゃん!もっくんからLINEきた?」

香澄が明るく言うと、明日香はスマホを指した。スマホは「ピコン」と矢継ぎ早に鳴っていた。

「…なんで見ないの?」

「なんで教えたの?」

香澄の質問に明日香も質問で返した。

「だって。もっくんがあっちゃんのLINE、教えてって言うから。」

「はぁ。次からちゃんと許可とってよね。」

明日香はそう言いながらスマホを手に取った。

「ねぇねぇ。あっちゃん!もっくんからなんてLINE来てるの?」

「待って。今、見るから。」

明日香は慣れた手つきでスマホを弄った。数十通届いたLINEをスクロールすると、そのまま香澄の方にスマホを向けた。

「…あっちゃん、どうするの?」

「どうするって、無理だよ。」

明日香は再び、スマホの画面を見る。素生からのLINEの内容を要約すると、デートのお誘いだった。

「えぇ~!行けば良いじゃん!」

「…嫌だ。てか、お姉ちゃんが行けば良いじゃん!お姉ちゃん、飛川さんのこと好きなんでしょ?」

「す、好きだけど…。もっくんが好きなのはあっちゃんだよ?なのに私は行けないよ。」

「…はぁ?」

明日香は眉間に皺を寄せた。姉の香澄の素っ頓狂な発言は今に始まった訳ではないが、内容が内容だっただけに、いつもなら流せる会話も明日香は流せずにいた。

「そんなのあるわけ無いじゃん。」

「だったら、なんで…。そんなにLINEが来るの?私には始めの数通しか来てないよ?」

「飛川さんは私をからかってるだけだよ。」

「違うよ!」

明日香に向かって叫んだ香澄。表情からは怒りを読み取る事が出来た。

「お、お姉ちゃん。落ち着いて…。」

「…ごめんね。もう、寝るね?おやすみ。」

香澄は立ち上がるとそそくさと部屋に戻って行った。そんな姉を明日香は見送るしかなかった。

 

─────────────────────

桜の夢を見てから本当に碌な事が無い。明日香はそう思っていた。姉の香澄とは喧嘩はするし、素生には付きまとわれるし、将来の不安だって何一つ解決しない。しかも、あのエセ不良の素生には姉いわく、好意を持たれているらしい。明日香は頭の中で、今、起こっている問題を挙げてみたが、本当に頭が痛くなる問題ばかりだった。明日香は「あー!」と頭をガシガシと乱暴に掻いた。

「戸山さん?…戸山明日香さん!」

「は、はい!」

「大丈夫ですか?体調でも悪いのですか?」

「い、いえ…。」

そして、その悩みは授業にも影響が出るほどだった。

「これも全部、あの夢が悪いんだ…。」

誰にも聞こえないような声で明日香は呟いた。頭を切り替える為に、授業を聞いてみるも、すぐに思考は元に戻ってしまった。

「明日香ちゃん?本当に…大丈夫?」

昼休み、弁当を早々に食べ終わった明日香は机に伏せていた。それをパックのジュースを飲みながら六花は眉を八の字に下げ、心配そうに見ていた。六花の発言に明日香は伏せたまま「大丈夫」と答える変わりに右手を挙げた。

「大丈夫じゃない…よね?」

「…大丈夫。」

右手を挙げただけでは意味が伝わってないと思った明日香は弱々しく、伏せたまま言った。

「…大丈夫な声じゃない…。明日香ちゃん、何があったの?」

六花は明日香の肩を優しく掴むと左右に揺さぶった。明日香は起き上がると、外の眩しさに顔を顰めた。

「…何もないよ?」

「何もないならどうしてそんなに元気がないの?」

「…何もないって。」

しつこく聞いてくる六花だったが、明日香は六花と目を合わせる事もなく「何もない」と言い続けるのであった。

「良いよ。分かったよ。香澄さんに聞くから。」

六花はそう言うと、スマホを取り出していた。

「待って!分かったから。言うから止めてよ!」

明日香が慌てたように言う。

「言うなら連絡なんてしないよ。そ、それに、香澄さんと連絡を取るなんて…。恐れ多い…。」

「え?まさか、六花…。はったりだったの?」

「まさか!友達が悩んでいるんだよ?あのまま言わないつもりなら本当に聞くつもりだったよ。桜の夢占いも原因なんでしょ?私が言い出した事だから、心配しているんだよ?」 

六花がそう言うと、明日香は目線を下げ「ごめん。」と呟いた。そして、悩んでいる内容を六花に伝えた。

「香澄さんと喧嘩…。それも男関係で…?」

「六花!?言い方!」

アワアワしながら言う六花に明日香は慌てて訂正するのであった。

「か、確認なんだけど、明日香ちゃんは…好き、なの?」

「…飛川さんの事?」

「…うん。」

「大っ嫌い!あんな最低な人、好きになるわけがないじゃない!それに、お姉ちゃんが好きな人だよ?」

盛大に「はぁ。」とため息をつき、腕を組み、明日香は言った。

「そ、そうなんだね。LINEに返信はしたの?」

「既読無視してる。」

「へ?」

「な、なによ?」

明日香の言葉に六花は首を傾げていた。ちなみにだが、明日香は六花の首を傾げて、キョトンとする姿に「可愛い。」と思っていた。しかし、そんな可愛い表情から発せられた言葉に明日香は固まってしまい、答えることが出来なかった。

 




やっと…書けた…。
スランプ長かった…。
期間が空き、すみませんでした。

話は変わりますが、Twitterなどで様々なハーメルン作家とお話しが出来て、大変嬉しく思っています。
刺激にもなり、色々なアドバイスも頂けて、参考にもなります。
ハーメルン作家をしていて、こうして新たな出会いに感謝しています!

感想&評価お待ちしています!


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6話

「…はぁ~。」

明日香は香澄の部屋の前でため息をついた。かれこれ数時間、ノックをしようとしては止めを繰り返していた。香澄に謝ろうと、こうして部屋の前まで訪れていた明日香だったが、なかなかその一歩が踏み出せずにいた。

「…なんて謝れば良いんだろ…。」

ボソッと呟くとノックをする為に挙げていた手を下ろした。しかし、その瞬間、目の前のドアをガチャッと開いた。

「あっ…。」

「わあああ!び、びっくりした…。あ、あっちゃん?ど、どうしたの?」

持っていた本をびっくりしたと同時に高く放り上げ、腰を抜かした香澄は叫びながら言った。

「お、お姉ちゃん。ご、ごめん。」

急に部屋から出てきた香澄に明日香も驚き、そう言いながら部屋に戻ろうとしが「あっちゃん!待って!」と香澄が叫んだ為、その足を止めた。

「…何?」

「何って…。私に用があったんじゃないの?」

「そ、それは…。」

明日香が口をつぐみ、下を向く。素直に仲直りしたいと言うだけが言えない自分に怒りや情けなさを感じていた。

「…あっちゃん。ごめんね。」

明日香が顔を挙げると、眉を八の字に下げ、困ったように笑う香澄がいた。

「な、なんで、お姉ちゃんが謝る…の?」

「え?だって、昨日、私、言い過ぎちゃったし、態度悪かったよね?だから謝ったよ?」

「そんなことない。始めに突っかかったのは…

。私…だよ?」

明日香は視界がだんだんと潤んでいくのが分かった。

「あっちゃん…。部屋で話そう?」

そんな明日香を見ながら、香澄は手招きをし、部屋に通した。明日香は頷くと、香澄の部屋に入った。香澄がドアを閉め、振り向いた瞬間、明日香から香澄に抱きついた。

「お姉ちゃん…。」

「あっちゃん…。おーよしよし。」

香澄は自分の胸で静かに泣く妹の頭をポンポンと軽く叩いた。香澄の姉らしい行動に、明日香も安心するのであった。

 

─────────────────────

それから数十分、香澄に甘えた明日香は「ごめん…。」と呟き、ベットに腰掛けた。

「あっちゃんは謝らなくて大丈夫だよ。…謝るために部屋の前にいたの?」

先程とは違い、ニコッといつもの明るい笑みを香澄は浮かべた。

「…うん。お姉ちゃんに謝りたくて…。」

「そっか。ありがとうね!あっちゃん!」

香澄が明日香の腕を取り、ギュッと抱き締めながら言う。弱い所、つまりは泣いた姿を見られた直後の事だった為、明日香はいつも見たいに拒否する事なく、抱き締められるのであった。ちなみに、恥ずかしいのは変わらず、頬は赤く染まっていた。

「…お姉ちゃん。お姉ちゃんは…その…。飛川さんの事、好き…なんだよね?」

「う、うん。ま、前に会った時に、もっくんの変わらない姿を見て、なんか安心しちゃって…。改めて好きだなぁ~って…。」

恥ずかしがりながら香澄は言ったが、その表情はどこか嬉しさも含まれていた。

「…そっか。」

「でもね。あっちゃん。多分、もっくんはあっちゃんの事が好きなんじゃないかな?」

「…やっぱり…。そうなのかな…。」

明日香は「はぁ。」とため息をつきながら困った表情を浮かべた。

「多分!普通、あんなにLINE送らないよ?」

「で、でも!まだそれだけだし。わ、分からないよね?」

「まぁね。だから多分って言ったんだよ~!ところで、あっちゃんはもっくんになんて返信したの?」

香澄が首を傾げながら言った。先程の恋をしている乙女の表情から妹を心配する姉の表情に変わっていた。

「…まだ返信してないんだ。」

「え?そうなの?」

「…六花に話した時も、そんなに嫌ならなんで断らないの?って言われた。実は好きなんじゃないって…。」

「そうなの!?」

明日香が昼間に六花に言われた言葉をそのまま香澄に伝えた。明日香自身、その言葉にしっくりとは来なかったが、「確かになんでだろ?」と、目を見開いて驚いていた。そのお陰で、昼からの授業も手に着かなかったのは言うまでもない…。

「…嫌いと思ってたんだけど…分からなくなっちゃってて…。」

明日香が苦笑いを浮かべる。

「悩むならもっくんに会うべきだよ!もし、会わなくて、後から会っておけば良かったって思う可能性があるなら会うべきだよ!」

香澄は明日香の肩を両手で掴み、目を真っ直ぐ見て言った。

「お、お姉ちゃん?落ち着いて…。ねぇ、お姉ちゃんはさ、自分の好きな人が、妹の事好きかも知れないのに、なんで、私の応援ができるの?」

「だって、好きな人には幸せになって欲しいもん!もっくんもあっちゃんも大好きだからかな?それに、もっくんなら絶対にあっちゃんを幸せにしてくれるもん!」

香澄はそう語ると、満面の笑みを明日香に向けた。香澄の笑顔を見た明日香は「(自分の夢に出てくる桜とは大違いだなぁ。)」と思っていた。明日香の夢に出てくる桜は色が薄く、簡単に散ってしまう弱い物。対して香澄の笑顔は、太陽のように明るくて、ポカポカと安心感を与えてくれる物だった。

「やっぱり…。お姉ちゃんは凄いよ。」

「ん?あっちゃんなんて?」

「ううん。何でも無いよ。」

ボソッと呟いた明日香の発言を香澄は聞き取る事が出来ずに首を傾げた。明日香はそんな姉を見て微笑んだ。少しだけ、ほんの少しだけ、心が軽くなったような気がしていた。

 

─────────────────────

「また…この夢か…。」

香澄と和解した後、安心して布団入った明日香だったが、また暗い気持ちになっていた。そう、あの桜の夢を見ていたのだ。3回目となれば、慣れたもので、明日香は「はぁ。」とため息をつくと、歩き始めたのであった。

「さて、次はどんな桜なのかな?お姉ちゃんと仲直り出来たから綺麗な桜だといいな。」

明日香は独り言を言いながら歩いた。どうせ、夢だ。誰も聞いちゃいないと思った結果だった。そんな事を考えながら歩いていたが、明日香は不意に立ち止まった。

「桜…まだ?」

夢なので、何処に桜があるなど、分かるはずも無いのだが、明日香は首を傾げた。

「随分…歩いた…よね?」

何度も言うが、ここは夢の中。いつもそうなのだが、明日香がどれだけ歩いたかと言うのはあくまで感覚なのだが、明日香には凄く歩いた感覚が残っていた。

「おかしいなぁ…。迷ったのかな?」

いくら夢の中でも、「迷った」と思えば、人間誰しも不安になるのではないだろうか。明日香も例外には当てはまる事が無く、辺りをキョロキョロと見た。しかし、相変わらず靄がかかっているだけであった。

「前の時もそうだけど、この靄はなに?何も見えない。」

明日香はそう呟くと、遠くを見ようと眉間に皺を寄せた。そして、よく周りを見た結果、明日香は気付いてしまった。

「あれ?靄が段々、濃くなってる?」

そう気付いた時は既に遅く、靄が濃くなるスピードがどんどん速くなっていた。そのスピードに明日香は付いて行けずに、靄に包まれてしまった。

「な、なに!?この靄…。全然…。見えない。」

バタバタと手を振ってみるが、何も変わらない状況に明日香は焦った。

「ちょ、ちょっと!ま、待ってよ!」

自分の目の前でさえ、見えなくなり、明日香はどんどんと闇の中に包まれていってしまった。

 

─────────────────────

ぱちっと目を覚ました明日香は日差しの眩しさに目を細めた。しかし、靄に包まれる夢を見た直後に日差しを見た明日香は、光がある状況にホッと一安心した。

「はぁ~。なんか新しい夢だった…なぁ。」 

明日香は身体を起こすと、汗でびしょ濡れになっていることに気付いた。明日香は顔を顰めるると、パジャマを脱ぎだした。

「はぁ…最悪…。」

悪い夢を見る度に、汗で気持ち悪いくらいびしょ濡れになる事を思い出し、また顔を顰めた。パジャマを全て脱ぎ、下着姿のままシーツを剥いだ。

「朝から面倒くさい…。」

シーツを剥ぎ終わると、明日香はふと目の前にあった姿鏡に目が止まった。姿鏡に映った姿を凝視する。元々、水泳をしていたので、締まった体つきであり、手足がスラッと伸びていた。1度、自分の姿が気になると、腰を捻ったり、手を前に伸ばしてみたり、屈んでみたりと色々なポーズを取った。

「もう少し…。胸があったらなぁ。」 

先程の夢は何処へやら、明日香は「う~ん。」と唸りながら自分の姿を見ていた。

「あっちゃ~ん!朝だよ!」

「きゃ!」

ノックも無しに、自室のドアが開き、香澄が元気よく入ってきた。いつもなら「もう。お姉ちゃん。」くらいで済むのだが、今は恥ずかしい姿、しかも、鏡の前でポージングをしている最中であった為、明日香は顔を真っ赤にした。

「…えっと…。ごめんね?」

「おおおおおお姉ちゃん!?」

「だ、誰にも言わないからね?」

香澄も頬を赤く染めながら明日香の部屋をそっと出た。明日香はその場にペタリと座ると「最悪だ…。」と呟くのであった。しばらく、気持ちが復活するまでその場に留まっていた明日香だっだか、いつまでもそうしている訳にも行かず、ゆっくりと立ち上がり、制服に袖を通していた。

「そう言えば…。」

明日香は思い出したかのように呟くと、スマホに手を伸ばした。そして、検索サイトをタップした。

「えっと…。靄…。夢占い…っと。」

文字を打ち終わり、検索を押すと、検索結果がすぐに並んだ。

「へぇ…。靄の夢占いってこんなに沢山…。」

明日香は感心しながら、慣れた手つきで画面をスクロールしていたが、自分が見た夢にぴったりの内容が表示されていた為、指を止めた。内容を読んだ明日香は盛大にため息をついた。

 

“霧が次第に濃くなっていく夢は、トラブルの深刻化や、問題が複雑化する予兆。

 

これまでよりも大変な状況が待ち受けていることを意味しています。”

 

「これ以上、深刻になるの…。それに複雑に?」

明日香は頭を抱えたが、すぐに顔を上げた。

「ただの夢じゃん。何を気にしているんだろ。バカみたい。」

考える事を放棄した明日香は朝食を食べるために、リビングに向かった。

 

─────────────────────

その後、明日香は授業を終え、カバンに教科書やらノートやらを詰め込んでいた。

「(今日は六花はバイトだから…。一人で帰りますか…。)」

そう考えながらスマホを見ると、LINEが届いている事に気付いた。明日香は眉間に皺を寄せながらタップした。そこには案の定、素生からのLINEが表示されていた。

 

“暇?暇だよね?遊ばない?”

 

短いLINEを読み終わった明日香は盛大にため息をついた。

「(もういいや。知らない。)」

そう考えた明日香は返信を打つために、スマホを握り直した。そして文章を作成し始めた。

 

“暇じゃないです。”

 

これで大丈夫であろうと考え、立ち上がり、カバンを持つ。しかし、そんな思いとは裏腹に、再び、明日香のLINEは通知を知らせた。

 

“窓から見える明日香ちゃんは暇そうだよ?”

 

文章を読んだ明日香は焦りながら後ろを向き、下を見た。ちなみにだが、明日香の教室は3階で、明日香の席は窓際である。そして、下をジーッと見ると、校門のど真ん中から明日香に向かって手を振る素生を発見した。相変わらずの不良の服装だった。

「…はぁ?どんだけ目が良いの?」

明日香の機嫌がMAXで悪くなり、慌てて、階段を駆け下り、校門に向かった。

 

「ち、ちちち違うんです!」

「良いから。君、学校はどこ?」

明日香が息を切らしながら走って校門につくと、素生が警察官に職務質問を受けていた。

「…私が来るまでの間に…。何があったの?」

膝に手をつき、息を整えながら、明日香は呟いた。

「と、友達と待ち合わせをしてて。」

「待ち合わせ?君が?」

「は、はい!もう少しで来るはずです。…いた!あの人です。」

素生は安堵の表情で、明日香を見た。その姿を見た警察官は明日香に近づき、声をかけた。

「君、あの人と待ち合わせしてたの?本当に?」

「え?…まぁ。はい。」

明日香は苦笑いを浮かべながら答えた。本当は「知らない人です。」と答えたかったが流石に洒落にならないと思い、止めていた。

「一応…。名前いいかな?」

明日香と素生はそれから数十分、警察官に捕まるのであった。

 

─────────────────────

「信じられない!」

「ご、ゴメンって。」

明日香と素生は2人で商店街に向けて歩いていた。

「てか、そんな服装しているから、警察官に声を掛けられるんです!それに、女子高の前で堂々と手を振るなんてあり得ない!あぁ…もぅ。明日からどんな顔して登校すれば…。」

明日香は頭を抱えながら言った。

「明日香ちゃん?明日は土曜日だから学校ないよ?だから大丈夫。」

「はぁ?」

「ご、ごめんなさい。」

明日香に睨まれた素生は身体を小さくしながら謝った。

「本当にあり得ない!てか、どんだけ目が良いんですか!普通、見つけれないでしょ!」

怒りが収まらない明日香は素生の胸ぐらを掴もうとする勢いで迫った。

「み、見つけれるよ。」

「なんでですか!?」

「だって好きだもん。」

「はぁ?」

素生の発言に明日香は眉間の皺を最大限に寄せ、不快な表情をした。

「…マジ…だよ?」

「私がOKだすと思ったの?」

「ワンチャンあるかなぁと。」

「あるわけないです!」

大声をずっと出していた明日香は肩で息をした。

「何処がダメなの?」

「全部!バカな所も、飄々とした性格も嫌!それに、1番嫌なのは、その服装です!今も隣にいるだけで嫌です!」

「そ、そこまで!?まぁ、服装以外は直すからさ…。そこをなんとか…。」

素生は手を合わすと、「お願いっ!」と叫んだ。

「…諦め悪すぎでしょ…。私なんかの何処が良いのよ。」

「え?可愛いじゃん?」

「はぁ?」

明日香に再び、睨まれた素生だったが、今度は折れる事なく、また「お願いっ!」と叫ぶのであった。

 




頭と、腰と、膝と、背中と、肋骨が痛い。

ども!今日も元気なぴぽです!
実は交通事故に遭いました。話題の高齢者ドライバーってやつに巻きこまれ…。
まぁ、元気なので心配しないで下さいね?笑

感想&評価もお待ちしています!


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7話

「だ~か~ら~!お願いって!」

「嫌です!」

未だに、頼み続ける素生に明日香ははっきりと断った。

「…しょうがないな…。なら、1つだけお願いを聞いてくれない…かな?」

素生は「はぁ。」とため息をつくと、商店街の端に無造作に置いてあったブロックに腰をかけた。

「…何ですか?聞くかどうかは内容を聞いてからにしますが。」

「…俺の家に来て?」

「嫌です。寧ろ、分かりましたと言うと思いましたか?」

明日香は眉間に皺を寄せ、本当に嫌そうな顔をした。

「…そんなに嫌がる?何もしないよ?」

「絶対に行きません!」

明日香は更に嫌そうな…。いや、嫌悪感たっぷりな表情を浮かべた。

「そんなに眉間に皺寄せたら可愛い顔が台無しだよ?」

「はぁ!?」

「まぁ、訳を聞いてよ。うちに来たら俺が不良になった理由が分かるよ?」

素生はドヤ顔をしながら言った。いつもの明日香ならこのドヤ顔にイラっときているところだったが、この時はニヤッと得意気な表情を浮かべた。

「知ってますよ?カッコイイからでしょ?飛川さんから言ったんじゃないですか。忘れちゃったんですか?」

「あっはっは!本当にカッコイイだけだと思ったの?それだけじゃないよ。まぁ、カッコイイからってのもあるけどね。」

「…そうですか。それで、飛川さんの家に行ったら理由が分かるのですか?」

「そう!だから…。」

「行きません!」

素生の言葉に被せるように明日香は叫んだ。

「だから…頼むよ…。一生のお願いだから!」

「なんで家に行かないと行けないんですかっ!意味が分からないです!」

重ね重ねお願いをしてくる素生に対して、明日香は更に叫んだ。ここは商店街のど真ん中だった為、通り過ぎている人達は怪訝そうな表情で2人を見ながら横を通り過ぎて行っていた。

「私、帰りますから。」

明日香はそう言うと、踵を返した。しかし、そうは許さないと、素生は明日香の腕を掴み、引き寄せた。そして、明日香の耳元でボソボソっと呟いた。あまりの出来事に、一切、抵抗出来ない明日香。「(ついに素生が本性を現した)」と思っていたが、耳元で呟かれ、内容を聞くと「はぁ。」とため息をついた。

「それ、本当なんですか?」

「嘘じゃないよ。」

「…分かりました。ただ、すぐに帰りますからね?」

明日香は眉間に皺を寄せながら言うと、怒り半分、諦め半分となかなか体験する事ができない感情に陥っていた。

 

─────────────────────

一方、その頃、香澄はランダムスターを背中に背負いながら帰宅していた。いつもみたいな底抜けに明るい性格はなりを潜め、俯きながら歩いていた。いつも背負っているランダムスターも重たく感じていた。

「皆に、迷惑かけちゃったなぁ…。」

香澄はボソッと呟いた。いつも通り、有咲の蔵で練習をしていた香澄だったが、いつもは出来るコード進行を盛大に間違えたり、歌詞を間違えたりと絶不調だった為、他のメンバーから「今日は辞めておこう」と話があがり、こうして帰宅しているのだった。

「…私ってダメだなぁ。…応援するって決めたのに。」

香澄は昨日の夜にした明日香との会話を思い出していた。

「…好きな人に幸せになって欲しい…。本心なのに…。なんで…。」

香澄は本当に心の底から明日香と素生が付き合うようになり、幸せになって欲しいと願った。本当にそう思っていた。しかし、今日、一日過ごし、授業中であろうが、昼休みであろうが、大好きなバンド練習の時でさえ、ずっと素生の顔がチラついていた。そんな事を考えていると気がついた時には自宅に到着していた。自宅までは、歩いた記憶が曖昧でも帰れるから不思議である。

「…ただいま。」

ひょっとしたら明日香が帰ってきてるかもと思い、玄関の扉を開けるが、返事は無かった。

「あっちゃん、まだなんだ。何処か、寄り道しているのかな?」

香澄は2階に上がり、自室に入った。そして、カバンを放り投げ、ランダムスターをそっと置くと、ベットにダイブした。そのまま顔を枕に押し当ててたが、浮かんで来たのはまた素生の顔であった。

「…だからなんで、出てくるの!?…諦めなきゃ…。やっぱり好き…なんて言えないよ…。」

自分が思っている以上に素生の事が好きだった事に気づいた香澄。昨日の自分の発言に激しく後悔をしていた。そして、後悔をしている自分に、嫌悪感を覚えていた。

「…なんて事を考えているんだろ…。諦めなきゃ…。」

力なく香澄は呟くと、ギュッとまた枕に顔を埋めた。太陽みたいにキラキラと輝くような香澄の性格も、今は厚い、厚い雲がかかっていた。

 

─────────────────────

「着いたよ。あの家だよ。」

素生が指を差しながら言うと、明日香は目線を指の先を追った。明日香の前には普通の2階建ての一軒家が鎮座していた。壁紙が薄いピンクと特徴のある家だった。

「可愛いお家ですね。」

明日香は率直に思った事を素生に伝える。

「そうかな?目立つから俺は嫌だなぁ。」

「飛川さんはそんな目立つ服装をしているのに?」

「服装は…カッコイイ…はず。」

以前、明日香に服装の事で苦言を言われてから素生はすっかり自分のファッションに自信を無くしていた。その証拠に「カッコイイ」と行っている最中は目が泳いでいた。

「そんなに自信を無くしてるなら辞めたらいいじゃないですか?」

「いや…。ちょっと無理だね。」

素生が苦笑いする。

「はぁ。まぁ、良いです。とにかく、会ったら直ぐに帰りますからね?」

「うん。分かってる。ありがとうね。」

明日香の言葉に素生は頷きながら言うと玄関の扉を開けた。そして、大きい声で「ただいまー!」と叫んだ。すると、奧の部屋から「ガタッ」と音が聞こえたかと思うと、リビングであろう場所から5才くらいの女の子が顔を出した。

「あっ!おにーちゃん!おかえりない!」

女の子は本当に嬉しいのかニコニコしながら素生に近づき、ぴょんとジャンプをし、抱きついていた。

「ただいま。さくら。良い子にしていた?」

「うん!さっきまでママがいたんだけど、仕事に行っちゃった。…ねぇ。おねーちゃん、だれ?」

素生に抱きついていた女の子は首を捻りながら明日香に尋ねた。

「明日香ちゃん。この子がさっき話した妹だよ。さくらって言うんだよ。」

「…可愛い。さくらちゃん、こんにちは。」

明日香はさくらと視線を合わせると、ニコッと笑いながら言った。かなり、友好的な挨拶が出来たと明日香は思っていたが、それを裏切り、さくらは素生の後ろに隠れてしまった。

「ごめんね。さくら。ちゃんと挨拶しなさい。会いたかったんでしょ?」

素生が明日香に耳打ちした内容は素生の妹であるさくらが会いたがっているというものだった。しかし、会いたいと言ったとはいえ、さくらはまだまだ子供、恥ずかしさが勝ってしまっていた。固まってしまったさくらに素生は前に出るように促した。すると、おずおずと前にさくらは出て、なんとか聞こえるくらいのか細い声で「こんにちは。」と言った。

「挨拶出来て、偉いね!」

明日香は笑顔を崩さないままさくらに言うと、立ち上がった。そして、さくらが見えない角度から素生を睨んだ。まるで「話が違う」と睨んでいるようだった。普段、小さい子と会話する機会など皆無な為、ちゃんとお話し出来るか不安を明日香は抱いていた。しかし、会いたいと言っているのだからそれなりに友好関係を築けると思っていた。そんな明日香の目線に、素生は苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

─────────────────────

太陽が西に傾き、空をオレンジ色に染めていた。明日香はというと、まだ素生の家にいた。「すぐに帰る」と言っていたが、素生の家に着いてから1時間半が経とうとしていた。別に楽しくて帰らないのではなく、帰れなくなってしまったのだった。その原因は、明日香の膝に座って「明日香おねーちゃん!」と言いながら、ギュッと抱き締めていたさくらにあった。来た時の人見知りは何処へやら、気付けばさくらは明日香にすっかり懐いてしまっていた。

「さ、さくらちゃん?」

「なーに?明日香おねーちゃん?」

先程から明日香はさくらを膝から下ろそうとしていた。しかし、さくらに声をかけると、キラキラとした目でニッコリ笑って返事をするので、明日香は「降りて?」と言う事が出来なくなっていた。

「ううん。なんでもないよ?」

明日香も笑顔でそう言うと、さくらは首を傾げた。「(また降りてって言えなかった…。)」と内心、思っていたが、もちろん、態度にも出せない。

「さくら、すっかり懐いちゃって!」

素生はあははと笑いながら呑気に言った。

「ところで、飛川さん?不良の服装の本当の理由が分かるって言いましたが、結局なんですか?」

どうせ動けないならと明日香はしょうが無く質問をした。

「そうだったね。…さくら?」

「なーに?おにーちゃん?」

「この恰好、どう?」

「カッコイイよー!1番カッコイイ!」

素生の質問に、さくらは満面の笑みで答えた。その笑みはまるで、満開の桜のようであった。

「明日香ちゃん。分かった。」

「…はい。つまり、さくらちゃんの為、ですか?」

「う~ん。さくらの為って言うか、さくらがカッコイイって言ってくれるからだよ?妹に褒めれたいじゃん?」

素生がニヤッと笑って言うと、さくらに近づき、頭を撫でた。

「おにーちゃん、くすぐったいよー!」

とさくらは言いながらも、気持ちよさそうな表情を浮かべた。

「…妹に褒められたいもんですか?」

「そうだよ。お姉さんに聞いてごらん?」

「そんな事…聞けませんよ。」

明日香はプイっと顔を背けた。

「ねーねー!おにーちゃんと、明日香おねーちゃんは…カップル?なの?」

さくらはまた首を傾げながら言った。カップルの意味を分かっているのか疑問だったが、素生はニヤリと口角を上げ、明日香は困惑した表情を浮かべた。

「さ、さ、さくらちゃん!?ち、ち、違うよ?」

「ちがうの?」

「さくら?カップルの意味、分かってる?」

素生がさくらに問うと、さくらは「わからないよ!」と元気よく答えた。

「だと思った。明日香ちゃん、びっくりし過ぎだよ?」

「だ、だ、だって…。」

明日香は困惑した所を見られたのが恥ずかしかったのか、語尾がだんだんと沈みながら答えた。

「ねーねー!カップルってなーにー?」

1人、置いて行かれたのが寂しかったのか、さくらは2人の会話に混ざるように言った。

「さくら?それは、明日香おねーちゃんが教えてくれるよ?」

「え!?」

時既に遅く、さくらはその後、明日香をギュッと捕まえ、納得するまで質問するのであった。

 

─────────────────────

「帰っちゃイヤー!」と玄関先でワンワン泣くさくらに後ろ髪を引かれる思いで、明日香は帰宅していた。

「今日は急にありがとう。妹も喜んで良かったよ。」

「いえ。」

素生と明日香は並んで歩いていた。男の義務として明日香を自宅まで送っている最中であった。

「…1つ聞いても良いですか?」

「なに?」

「告白は本当に本気で言ったんですか?」

「…どう思う?」

明日香の質問に素生は質問で返した。一瞬キョトンとした明日香だったが、また飄々とした態度の素生にため息をついた。

「こっちが聞いたのに。」

「あはは。で?どう思う?」

あくまで明日香に答えて貰おうとする素生に明日香はまた「はぁ。」とため息をついた。

「そんな態度って事は違うとか?また私をからかう為についた嘘なんじゃないですか?」

目を細め、面倒くさそうに明日香は言った。明日香の解答を聞いた素生は表情を変えなかった。

「う~ん。好きなのは本当かな?明日香ちゃん可愛いし、面白いし。」

「はぁ?OKすると思う飛川さんの脳みそどうなってるんですか?」

「あはは。確かに。それに、あそこでOK貰った方が、俺の家に誘いやすいなぁって。明日香ちゃんも来てくれるかなぁって思ってね。」

「…バカじゃないですか?妹が会いたがっているからって言ったら行きましたよ。私、そんなに冷たい女に見えますか?」

非難の目を向けながら言う明日香に素生は「そっか。」と小さく呟いた。

「で、結局、飛川さんは私にフラれたので、私に関わらないで下さいね。…でも、飛川さんがいないときにさくらちゃんには会いに行きます。」

「なんで?」

「なんでって、フラれたのに付きまとうとかストーカーじゃないですか!」

この人は全部言わないと分からないのかと思いながら明日香は叫んだ。

「え?だって、俺、マジで告白なんかしてないよ?本当に告白してフラれたなら諦めるけど。まぁ、あんなに即答で無理って言われるとも思ってなかったけど。」

「はぁ?そんな屁理屈なしですよ!」

「それに、明日香ちゃんと出会ってまだちょっとじゃん?まだ、好きになって貰える可能性があるはずだからさ。それに、明日香ちゃんの事もちゃんとまだ知れてないしね?」

ニッコリ笑って言う素生に明日香は頭を抱えた。

「どうした?頭痛いの?」

「今、痛くなりました。飛川さんのせいで。」

「え?なんで?」

2人の喧嘩のような雑談は明日香が家に着くまで続くのであった。好意の持ち方は対照的な2人であったが、会話は途切れる事は無かった。

「家、ここなので。…送って貰ってありがとうございました。」

「ううん。じゃあね。」

明日香は素生の返事を聞くと、家の中に入った。

「はぁ。疲れた。…でも、楽しかった…かな?」

明日香はそう呟くとリビングに向かった。

「それにしてもさくらちゃん可愛かったなぁ。…あれ?さくらちゃんで思い出したけど…。私、飛川さんに会っている最中、桜の夢の事、忘れてた…?」

四六時中、悩んでいた最近の明日香だったが、素生といる時だけ、忘れている事に気付いた。しかし、素直じゃない明日香は「たまたま、偶然」で片付けてしまうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




遅くなってしまって本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです。
まだまだスランプ中なので、更新は遅くなるかもですが、気長に待って頂けたらと思います。

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8話

ザーと言う音を鳴らし、自分の存在感を示すように雨が降る。部屋はクーラーのお陰で快適な室温、湿度で過ごす事が出来るが、外は湿度が高いせいで、実際の気温より暑く感じる季節になっていた。

「…たまには、良いか。」

部屋で寛ぐ明日香。珍しく何もせず、ベットに横になっていた。フカフカでいつも自分を包み込んでくれるはずのマットレスも湿気を吸っているのか、はたまた自分の気分が雨のせいで乗らないからか分からないが、いつも自分が寝慣れているマットレスとは違う感覚、つまりは不快な気分になっていた。

「…全く、私にどうしろって言うのよ!」

機嫌が悪い明日香。右手をギュッと握りしめるとそのまま勢いよく、マットレスに向かって振り下ろした。「ボスッ」という鈍い音を響かせ、マットレスが大きく揺れたが、寝心地の悪さは何も変わらなかった。明日香は寝返りを打つと、枕に顔を埋めた。こうして、自分の枕に顔を埋めると、嫌でも枕に染みついた自分の匂いが鼻腔を擽ってくる。この匂いを嗅ぐと「自分ってこんな体臭なのかな?臭くないかな?」と不安になったりする。

「(…夢占い…。当たったなぁ…。本当に…。失っちゃう…かも…。)」

明日香はそう思いながら、顔を上げると涙をポロポロと流していることに気付いた。

「私…。泣いてる…。」

自分の頬を触ると、指先に水滴がつき、その指先を見て、またモヤモヤとした気分になっていた。

「泣いて…、解決できたら良いのに…。寝たら…、全て、夢だったら良いのに…。お姉ちゃん…。寂しいよ…。辛いよ!」

とうとう、声を大にして明日香は泣いてしまった。涙を自分の意思では止める事が出来ず、明日香の部屋にだけ、外の雨が流れ込んで来ているようだった。そして、明日香はこんなに悩む原因となったあの日の事を思い出していた。

 

─────────────────────

明日香がこんな状態になる10日前、明日香が素生の妹であるさくらに会った日の後に遡る。さくらの可愛さにホクホクしていた明日香。そのままリビングで夕飯までのんびりしとした時間を過ごしていた。

「明日香?夕飯できたからお姉ちゃんを呼んでくれない?」

「はぁい。」

母親にお願いされ、良い匂いに思わず食卓をチラ見しながら明日香は2階にある香澄の部屋まで向かった。

「お姉ちゃん?ご飯だよ?…お姉ちゃん?」

香澄の部屋の前で呼んでみるも、部屋からは返答は無かった。

「(お姉ちゃん、寝てるのかな?)」

明日香は首を傾げながら、扉をノックし、「入るよ?」と言いながらドアノブを捻った。扉を開けようとしたその時「入らないで!!」と香澄の部屋の中から悲鳴に似た叫び声が響いた。今まで聞いたことがない姉の声に、明日香は「ビクッ」と肩を震わわせると、「お、お姉ちゃん…?」と小さく呟いた。

「あっちゃん…。お願い…。入らないで…。」

扉がほんの数センチだけ開き、その隙間から弱々しい香澄の声が聞こえた。そして、その隙間から光が漏れない事から、中が真っ暗な事に気付いた。

「お姉ちゃん…?どうしたの?」

「…っ。…良いから。大丈夫だから…気にしないで…。」

香澄の部屋からは苦しそうな、今にも消えてしまいそうな声が明日香の耳に届いた。

「…大丈夫じゃないよ…ね?何があったの?」

「あっちゃんには関係ないよっ!早く下に降りて!」

いつも明るく、元気で大好きな姉の見たことない怒号する姿に明日香は驚いていた。それと同時に恐怖も感じていた。大丈夫だと言う姉。しかし、その様子は決して大丈夫じゃないと予想できる言動に明日香はどうしたら良いか分からなくなっていた。

「…お姉ちゃん…。夕飯は…どうする?」

「いらない!」

香澄の叫び声は更に明日香を脅かすには充分だった。「ビクッ」と再び肩を震わわせた明日香は握っていたドアノブを思わず離してしまった。その離してしまった衝撃で、数センチしか開いてなかったドアは「ギー」と鈍い音を立てながらゆっくりと開いた。

「あ…。」

「開けないでって言ったじゃん!」

「お、お姉…ちゃん…。」

明日香は香澄の姿を見て、言葉を失った。顔は涙で目が腫れており、今も涙でぐしゃぐしゃになっていた。いつも本人いわく星型にしている髪もかなり乱れていた。

「ドア閉めてよ…。」

香澄もこんな姿を見せたくなかったのか、弱々しく言うと、立ち上がり、ドアに近づいた。

「お、お姉ちゃん…。」

明日香は心配そうに呟くが、香澄はそれを無視するかのように扉を閉めた。明日香にそれを止める術はなく、黙って扉を見つめる事しかできなかった。

 

─────────────────────

姉である香澄の急な変化に明日香は悩み続けていた。もちろん、何があったか本人に聞くのが1番早いのだが、あの様子の香澄に明日香は恐怖を感じていた為、聞く事が出来ずにいた。

「はぁ~。やっぱり聞くのは無理…だよね。てか、あの日からお姉ちゃん見てないなぁ…。同じ家に住んでいるのに…。」

香澄は学校には行っている様子だったが、明日香が起きる前には学校に行っていて、明日香が気付いた時には帰宅して、部屋に籠もるといった生活サイクルを送っているらしく、本当に1度も顔を合わせてないのだった。

「…私…。何か悪いことしたのかな…。分からないよ…。」

香澄があんな状態になった理由も分からない明日香は再び、枕に顔を埋めた。考えれば考えるほど、明日香の思考は深い深い闇に引き込まれそうになっていた。

「夢占いって…当たるのかな…。でも、お願いだから…。お姉ちゃんだけは失いたくない…。」

明日香がそう呟いた時、廊下から微かに誰かが歩く音が聞こえた。明日香はガバッと体を起こすと「お姉ちゃん…?」と呟いた。そして気がついた時には廊下に向かって走り出していた。

「お姉ちゃん!」

ドアを開けながら明日香が叫ぶと、香澄が階段を降りる所だった。明日香の叫び声に香澄は足を止めた。足を止めただけで、振り返ってはくれなかった。

「お姉ちゃん…。その…。げ、元…気?」

「…普通だよ。」

「そ、そっか…。」

部屋を飛び出して、香澄に声をかけるまでは良かったが、それ以降の事を明日香は何も考えていなかった為、かなり焦ってしまい、とんちんかんな事を香澄に聞いていた。

「あっちゃん。何か用?」

今まで、明日香に背を向けて喋っていた香澄だが、ここで始めて明日香の方を向いた。

「お、お姉ちゃん…。」

香澄の顔は前以上に泣き腫らした目、そしてその下にはクマがくっきりと出来ていた。そんな姉の表情に明日香は10日前と同じように、驚き、固まってしまった。

「…用が無いなら行くね?」

これから練習でもあるのか、香澄の背中にはランダムスターが鎮座していた。

「ち、ちょっと待って!お、お姉ちゃん、本当にどうしたの!?わ、わ、私、何かした?考えても考えても分からないの!教えてよ!」

「あっちゃんは関係ないよ。私の問題だから。…ごめんね。」

嫌われるかも知れない、いや、嫌われてるかも知れない…と思いながらもかなり勇気を振り絞って、明日香は聞いたが、香澄は弱々しくニコッと笑って誤魔化した。その笑顔もかなり苦しいものであった。

「…なんで教えてくれないの…?」

「あっちゃん?」

「なんで教えてくれないの!?凄く心配してるんだよ!?私には関係ない?そんな理由で納得できると思ってるの!?それに、そんなに落ち込む理由って本当に私は関係ないの!?そうは思えないよ!ねぇ!教えてよ!」

「あっちゃんには関係ないって言ってるじゃん。」

明日香は10日間のモヤモヤを全て乗せて精一杯叫んだ。しかし、今の香澄には全く響かないのか、先程と変わらない様子で「関係ない」と突っぱねた。

「なんで!?…なんでなの!?…お姉ちゃん…。グスッ。」

明日香は自然に溢れ出てきた涙を拭いながら尚も引き下がったが、香澄は困ったようにまた弱々しく「ごめん。」と言うだけだった。

「本当にあっちゃんには関係ないの。大丈夫だから。」

「大丈夫じゃないじゃん!関係ないならなんで私を避けてるの!?」

「…避けてない…よ?」

「避けてるじゃん!朝、早く学校に行ったり、私が知らない間に帰ってきたり!」

「だ、だから!あっちゃんには関係ないの!」

「…さっきからそればっかり…。もう、知らない!」

明日香はそう叫ぶと、姉の横をすり抜け、外に飛び出して行った。残された香澄は「はぁ。」とため息をつくと、本来の目的であるバンド練習の為、有咲の蔵に向かうのだった。

 

─────────────────────

香澄は下を向いて歩いていた。傘に当たる雨がバチバチと言う音を奏でていた。この雨音、人によって、「好き」と「嫌い」が別れるから不思議である。

「はぁ。あっちゃん…。ゴメンね。」

香澄は雨音で自分の声も聞こえないくらい小さな声で呟いた。

「早く、気持ちを整理しないと…。あっちゃんにもポピパの皆にも迷惑かけちゃう…。もっくんの事、諦めないと…。」

香澄は下唇をギュッと噛んだ。微かに血の味が口に広がり、ますます不快な表情になってしまった。香澄が中学生の時から好きだった素生。高校になり接点が無くなってしまっていたが、色々な偶然により、再び、会う事が出来た。しかし、自分が大好きな人は妹に好意をもってしまっている。素生の明日香に対する好意を気付いた時、香澄は本当に素生と明日香が恋人になって欲しいと思った。素生には好きな人と結ばれて欲しいと、明日香は素生と付き合えば幸せになれると確信した為だった。しかし、そう強く思えば思うほど、香澄は素生に対しての愛情を強く思い出してしまうのであった。

「なんで、もっくんはあっちゃんの事が好きなんだろ…。なんで、私じゃないんだろ…。」

そう呟くと、香澄はハッとした表情を浮かべた。

「違う!違う違う違う違う!私は諦めなきゃ!」

香澄は首を左右に激しく振った。この事ばかり考えてしまい、夜もあまり寝れていない為、首を振った事により、目眩を起こし、フラッとふらついてしまった。慌てて、たまたま横にあった金網を掴んだが、丁度、掴んだ場所が、金網が切れている場所であった為、香澄の手に小さく傷をつけてしまった。

「痛っ。」

香澄が手を広げると指先にぷくっと血が出ていた。

「はぁ。何してるんだろ。…痛い。」

ヒリヒリとした痛みが指先に広がったが、香澄はそれを無視するように再び、歩き出した。怪我をした指先は体の先端に位置する為、血管が沢山集中している。その為、大した傷では無くても、出血量は多く、香澄の手からもタラリと血が流れ、ポタポタと地面に落ちていった。こんな状態の香澄だったが、指先の出血よりも、再び思考は素生でいっぱいになっていった。素生と明日香がデートしている姿を想像しただけで、胸が苦しくなる。2人が仲良くお喋りしている姿を想像しただけで、邪魔したくなる。そんな自分に嫌悪感を覚え、吐き気がこみ上げてくる。

「…練習…。行くの辞めよう…かな。あっちゃん…。何処に行ったのかな…。探しに行かなきゃ…だよね。」

香澄は足を止めると、来た道を引き返して行った。スマホを取り出すと、Poppin`Partyのメンバーに体調が悪いから練習を休むとメッセージを送った。最近、香澄の様子がおかしいとPoppin`Partyのメンバーも気付いていた為、すぐに「大丈夫?」と返信が来たが、全て無視をし、姉の責任と言わんばかりにあてもなく明日香を探しに街を歩いた。雨は相変わらず香澄の傘や地面に打ち付けていた。香澄は傘を差していたが、ギターを守る為、傘の意味を成して無く、徐々に香澄の体を濡らして行くのであった。

 

─────────────────────

その頃、傘だけを掴み、家を飛び出した明日香も街を歩いていた。考える事は香澄の事ばかりで、香澄に負けないくらい、苦しそうな表情を浮かべていた。

「明日香…ちゃん?」

考えながら歩いていた明日香は突然、声をかけられ、「ビクッ」と肩を震わわせた。そして慌てて、周りをキョロキョロと見渡した。当てもなく歩いていた為「(あぁ。ここまで来てたんだ。)」と別の事を考えていた。

「明日香ちゃん!」

再び、声をかけられ、また周りをキョロキョロと見渡す。すると、物陰からこちらを見ている人物がいる事に気付いた。

「…六花。」

「明日香ちゃん。こんにちは!こんな所でどうしたの?」

明日香に声をかけたのは六花で、たまたま友達を見つけたのが嬉しかったのか、ひょこひょこ跳ねるように明日香に近づいた。

「…六花こそどうしたの?あんな物陰なんかにいて。」

「ここ、私の家だから。たまたまお手伝いで外に出てて、入ろうとしたら明日香ちゃんを見つけたんだよ!」

六花はそう言うと、後ろを振り返った。そこには昔ながらの日本建築の建物に煙突が突き刺さっており、建物の目立つ所に「旭湯」と言う看板が出ていた。

「そう言えば、銭湯で下宿してるんだったよね。」

「そうだよ。…ねぇ、明日香ちゃん?…何かあった?」

眉を八の字にし、六花が明日香に言うと、明日香はみるみるうちに、顔が歪んで行き、ポロポロと涙を流し始めた。

「あ、明日香ちゃん!?」

六花が驚いた表情で叫ぶと、明日香は傘を放り投げ、六花の胸に飛び込んで行ったのだった。

 

 




こちらの小説も遅くなってすみませんでした。

銭湯の事を書いてたら温泉に行きたくなりました。

感想&評価も良かったらよろしくお願いします。


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9話

六花に抱きつき、ワンワン泣いた明日香。今は、六花の部屋に通され、落ち着きを取り戻していた。六花の部屋は雨のせいで薄暗くかったが、今の明日香には薄暗く方がなぜかホッとするのであった。

「落ち着いた?」

「うん…。ごめん。突然泣いちゃって…。」

明日香が罰の悪そうな表情を浮かべると、六花は静かに「ううん…。」と言った。

「明日香ちゃん。何があったのか…聞いても良いかな?」

六花はそう言うと、明日香は「コクッ」と頷き、ちょっとずつ、丁寧に喋り始めた。

「……って訳なの。」

「香澄さんと喧嘩…。」

「まぁ、そうだけど…。一方的に避けられてるみたいなの…。」

話し終えた明日香は「はぁ。」とため息をついた。

「話、聞いてみたけど…。う~ん。私、香澄さんは元気で明るい姿しかイメージないから…。」

「ううん。私もさっぱりだから…。お姉ちゃん、本当にどうしちゃったんだろ。私、何したのかな…。」

「え?でも、香澄さんは明日香ちゃんは関係ないって言ってたんだよね?」

六花は首を傾げ、不思議そうにした。

「あのね。六花?誰があなたが原因で落ち込んでますなんて言うの?」

「あっ。そっか。」

Poppin`Partyが大好きな六花は香澄が言った事を全て鵜呑みにしてしまっていた。明日香はそんな六花を見て「(相談相手、間違えたかも)」と思っていた。

「で、で、でも!明日香ちゃんが急に泣き出した時はビックリしたんだからね!」

「それは…。ごめんなさい。」

「ううん。なかなか見れなさそうな明日香ちゃんの姿が見れて良かったよ。」

六花はニコッと笑いながら言った。それを聞いた明日香は下を向き、罰が悪い表情を浮かべていた。

「ね、ねぇ…。六花?こ、この事は内緒で…お願い。」

「良いよ。でも、明日香ちゃん、クールなイメージがあったから新鮮だよ。」

「前に言ってたよね?私ってクール…なのかな。クールって私が冷たいって事だよね?」

「へ?な、なんでそうなるの?」

「私が抱いてるクールな人の…イメージ…かな?」

明日香は「う~ん」と考えながら言った。今、思いついただけで、たいした意味も無かったのだが、六花を慌てさせるには充分だった。

「わ、私、そんなつもりで言ってな、な、ないよ!?」

「知ってるよ。じゃあさ、六花はクールな人ってどんなイメージ?」

「わ、わ、私!?え、えっと…。」

六花が返答に困っていると、タイミング良く、六花のスマホに着信が入った。

「…誰?」

六花の返答を楽しみにしていた明日香は、少しムスッとしながら言った。スマホを見た六花は「香澄さん…。」と呟いた。

「お、お姉ちゃん?」

「うん。出るね?」

六花はそう言うと、明日香の許可も得ずに、スマホを耳に当てた。

「ち、ちょっと!六花!」

明日香は慌てて止めたが時既に遅く、会話が始まってしまっていた。

「はい。…明日香ちゃんですか?…はい。…いますよ?」

香澄がなんと言っているか、電話なので分からないが、どうやら自分を探しているとは明日香は理解出来た。

「(お姉ちゃん…。私を探してるんだ…。嬉しい…のかな…?)」

明日香がそう考えているうちに、六花は電話を終えてしまっていた。

「…お姉ちゃん、なんて?」

「今から来るって!迎えに来てくれるみたいだよ。」

六花はニコッと明日香に微笑んだ。

「(本当に…。来るんだ…。)」

明日香は嬉しいのやら、不安なのやら、色々な感情が入り乱れているのであった。

 

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六花は知らなかった。いや、知るはずもない事なので、どうしようもないのだが、今、目の前にいる人物が、自分が憧れている、戸山香澄かどうか分からなくなっていた。それ程までに、香澄の容姿や雰囲気が変わっていたのだった。

「ロック、ごめんね。妹が迷惑かけて。」

「い、いえ。そ、そ、それより!か、香澄さんびしょ濡れじゃないですか!」

「私は大丈夫だよ。…あっちゃんは?」

香澄が伏せていた目を少し上げ、キョロキョロと辺りを見回すと、部屋の隅からおずおずと明日香が出てきた。

「お姉ちゃん…。傘、持ってるのに…。なんでびしょ濡れなの?」

「明日香ちゃん。ギターを濡れないようにする為…だよ。」

六花も経験があるのか、その説明を聞いて、明日香は「あぁ。」と納得をした。確かに背中に背負っているギターは殆ど、濡れてない状態だった。しかし、その犠牲になった香澄は前髪からポタポタと水滴が落ちているような状態だった。

「香澄さん…。何があったのですか?」

「…何もないよ。大丈夫だから。」

香澄は力なく笑顔を作る。見ていてとても辛くなる笑顔だった。

「大丈夫…じゃないですよ。香澄さんらしくないですよ。」

「私らしく…ない…か。」

香澄はそう言うと、髪から落ちる水滴のように涙を流した。

「お、お姉ちゃん…。」

「か、か、香澄さん!ご、ごめんなさい。私、余計な事を…。」

「ううん。大…丈夫。なんでも…ないから。」

香澄はゴシゴシと涙を拭うも、また新たに涙がまた流れた。

「大丈夫…。大…丈夫だから。本当に…。」

呟くように言う香澄だが、誰に向けて言っているのか分からなかった。もしかしたら自分に言い聞かせているのかも知れない。そんな香澄の姿に六花はオロオロするしか無かった。そして、何を言って良いのか分からず、困ったように明日香を見ると、明日香も目を伏せ、辛そうな表情を浮かべているだけだった。

「…っ。あ、あっちゃん…。帰ろ?」

香澄は手を伸ばすと、涙を堪えながら言った。しかし、明日香は伸ばされた手を「パンッ」と払いのけてしまった。

「…あっちゃん?」

「迎えに来てなんて頼んでない。それにバンド練習は?」

「あ、あっちゃんが心配だから…。お休みしたよ。」

「そんな状態で迎えに来て私が喜ぶ訳ないじゃん。大体、なんで悩んでるの?」

「そ、それは…。」

明日香の言葉に困ったように視線を香澄は明日香から外した。

「…ほら、言えないんじゃん。私のせいでそうなってるんでしょ?それなのに迎えにくるなんて、バカじゃないの!?」

「…さい。」

「あ、明日香ちゃん!落ち着いて。」

「六花は黙ってて!私、お姉ちゃんから見て、そんなに頼りないの?そんなにダメな妹なの?今のお姉ちゃんに心配される筋合いなんてないよ!」

「…るさい…。」

「大体、お姉ちゃんは…。」

「うるさいっ!」

明日香の言葉を遮って、香澄は叫んだ。その絶叫は旭湯をガタガタと震わせるほどだった。

「はぁ。はぁ。ロック、あっちゃん…。ごめんね…。私、帰るね?」

香澄はそう言うと、クルッと背を向けて、帰ろうとした。しかし、一歩を踏み出したところで、右腕を掴まれた為、進むことは出来なかった。

「香澄さん。待って下さい。」

「…なに?」

香澄の手を掴んだのは六花であった。香澄は冷たく言ったが、そんな事はお構いなしと無視をするように明るく「お風呂、入って行って下さい!」と言った。

「ちょ、ちょっと、六花。何を…」

「明日香ちゃんも…だよ?」

六花のまさかの発言に明日香も香澄も「へ?」と呟く事した出来なかった。なぜだか分からないが、拒否をするという選択肢が選べない雰囲気だった。

 

─────────────────────

もくもくと湯気が溢れるお風呂場。流石は銭湯。浴槽は3つほどあり、3つとも違う種類の浴槽でどれも広々としていて、シャワーは数十個規則正しく並んでいた。

「ふぅ~。」

ちょうど良い、お湯の温度に明日香は目を細めた。いくら姉妹でも、明日香は裸を見られるのは恥ずかしく、香澄より先にさっさと服を脱ぎ、浴槽に浸かっていた。

「(お姉ちゃん…。本当に、お風呂、入るのかな?)」

お湯を手で掬いながら、明日香は考えた。掬ったお湯は手の隙間から徐々にもれ、手の中には僅かにしかお湯が残っていなかった。

「(お姉ちゃんとお風呂に入るのって…。何年ぶり…かな?小学生…以来…だよね?)」

明日香は記憶を辿っていると段々と恥ずかしくなっていた。

「(ど、ど、どうしよ。どんな顔をして良いか、分からなくなっていた。)」

明日香が内心わたわたしていると、脱衣場に続く、引き戸がガラガラと音を立てながら開いた。明日香がそちらをみると、タオルで体を隠している筈も無く、恥ずかしげも無く、香澄が入ってきた。

「お、お、お姉ちゃん!ま、前、隠しなよ!」

「なんで?女の子同士じゃん?六花も恥ずかしがって逃げちゃったけど…。なんでかな?」

香澄はそう言いながらかけ湯をすると、ゆっくりと明日香が浸かっている浴槽に入った。そして、明日香の横に腰かけた。

「お、お、お、お姉ちゃん!?」

「…あっちゃん、どうしたの?」

「どうしたのじゃなくて!これだけ広いんだから、少しは離れてよ!」

暖かいお湯に浸かり、香澄もホッとしたのか、先ほどに比べ、表情も、語気も少しは明るくなっていた。いつもに比べたら全然だが…。

「離れたら…話せないよ?」

「お姉ちゃんは恥ずかしく…って、話してくれるの?」

「…うん。ゴメンね。」

香澄は目線を下げながら言った。自分の顔が湯船に映ったのか「うわ。酷い顔。」と呟いた。

「…えっと。なんで元気無かったの?」

「…もっくんの事。」

「飛川さん?…まさかっ!あいつに何かされたの!?あの変態に何されたの!?お姉ちゃん大丈夫!?警察行こっ!」

明日香はギリっと奥歯を噛みしめた。離れた場所にいる素生は背筋をぶるっとさせていた。

「ち、違うよ!あっちゃん!落ち着いて。…やっぱり、私、もっくんの事…大好きなの…。でも、もっくんはあっちゃんが好きで、あっちゃんも、もっくんと付き合えば絶対に幸せになれるから、私は諦めて、あっちゃんにもっくんの事が好きになって貰えるようにしようって考えてたんだけど…。そうやってね、考えれば考える程、もっくんの事が好きになっちゃって…。応援するとか言っちゃったし、どうして良いか分からなくなっちゃって…あんな態度をとってしまいました…。」

香澄は言い終わると、お湯を掬ってバシャッと顔にかけた。

「…はぁ。バカじゃないの?」

話しを聞き終わった明日香はため息をついた。

「へ?」

「だってさ、お姉ちゃん、飛川さんの事、大好きなんでしょ?なんで、私なんかに遠慮してるの?」

「だ、たから、もっくんと付き合えば絶対に幸せになれるから…。」

「うん。そう思って貰えるのは嬉しいけどさ。そのせいでお姉ちゃんが元気が無くなるのは嫌だよ。」

明日香は呆れたように言うと、う~んと背伸びをした。

「で、でも、どうしたら分からなくて…!あっちゃんには申し訳ないし…。」

「飛川さんの事、大好きで良いじゃん。あんな奴のどこが良いか分からないけど。」

「あっちゃん…。ダメだよ。もっくんはあっちゃんの事が好きなのに。」

「振り向かせれば良いじゃん!お姉ちゃんなら出来るよ!」

明日香は最初の恥ずかしさは何処へやら、香澄の方を向くと、肩を掴んで言った。

「でも…。あっちゃんは…。」

「あのさ。私、飛川さんの事、好きでも何でもないの。それなのに、お姉ちゃんが大好きな人を譲るって言われても…ねぇ?」

「そ、それは、今から好きになって貰う予定で…。」

「でも、無理なんでしょ?そんなに落ち込むもんねぇ?」

明日香が目を細めて、香澄を見ると香澄も「うっ…。」と呟き、鼻の下まで湯船に沈めた。

「はぁ。分かったよ。お姉ちゃんはこれから、私が飛川さんの事を好きになるように、色々教えて?そして、お姉ちゃんは飛川さんに振り向いて貰えるように頑張る。私も、飛川さんにお姉ちゃんの事をアピールする。…で、どう?」

明日香はそう言うと香澄の方を見た。香澄は眉を八の字にすると「…良いの?」と顔を湯船から出して言った。

「良いよ。それでお姉ちゃんがいつものお姉ちゃんに戻ってくれるなら。…お姉ちゃんが元気ないと、調子が狂うんだから。」

明日香はやれやれといった表情で言うと、突然、横から衝撃を受けた。突然の衝撃でひっくり返り、お湯の中に頭まで浸かると、慌てて、顔を湯船の外に出した。顔を出して、気付いたが、香澄に抱きつかれていた。

「お、お姉ちゃん!もぅ~。鼻にお湯が入った~。」

ツンとした痛みに明日香は涙目になっていたが、香澄はお構いなく抱きついていた。

「あっちゃん!本当にゴメン…!」

「もぅ、良いよ。大丈夫。…これからはちゃんと相談してよね。その…。お姉ちゃんの事…。大好きだから…さ。」

明日香は顔を真っ赤にしながら言うと、香澄は泣きながら「私も大好き!」と叫んだ。それから2人で銭湯を満喫していた。わだかまりは消えており、いつもの仲良し姉妹にすっかり戻っていた。

「ところであっちゃん。前に、鏡の前でポージングしてたよね?」

「あ、あれは忘れてよ!」

「良いじゃん!で、今、抱きついた時に確信したんだけど、胸、大きくなった?もう1回触って良い?」

「だ、ダメに決まってるじゃん!お姉ちゃんの変態っ!もう嫌い!」

「さっき大好きって言ってたじゃん!」

香澄はそう言うと、ガバッと明日香に抱きついた。

「ち、ちょっと!お姉ちゃん!?キャ!」

明日香は叫ぶも、香澄に捕まり、抵抗出来ずにいた。本当に嫌がった明日香だったが、心はとても穏やかで晴れ渡っていた。靄の夢を見て、本当に大事なもの、姉である香澄を失うかと思った明日香だったが、その夢にも打ち勝つ事ができ、満足するのであった。ちなみに、その後、明日香は香澄のスタイルの良さに驚き、二度見してしまい、自分の体と比べて、落ち込むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




この入浴シーンはサービスシーンになるのかな?

姉妹にしか分からない絆みたいなものはあると思います。

僕も妹がいっぱいいますが、信頼しています。

向こうが信頼しているかどうかは知りません笑

感想&評価、受け付けています!


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10話

明日香と香澄がお風呂に入って1時間。2人が引っ付いたり、はしゃいだり、明日香が香澄に胸を触られたりと過ごしていた。これだけの時間、お風呂に入っているとどうなるかと言うと…。

「暑い…。」

「しんどい…。」

2人ともすっかり逆上せてしまい、脱衣場の長椅子に寝転んでいた。ちなみに、あまりの長風呂に、様子を見に来た六花が、湯船に浸かりながら伸びている2人を見つけたのだった。

「2人とも大丈夫ですか?」

六花が苦笑いしながら言うと「大丈夫…。」と2人は返事をした。明日香は恥ずかしさからなんとか下着だけ着たが、香澄は真っ裸のままで、六花は顔を真っ赤にしていた。

「お、お姉ちゃん…。下着くらい…。着なよ。」

「暑くて、無理~。」

先ほど、六花から受け取っていた冷たいタオルを首元や顔に当てながら香澄は言った。

「か、香澄さん!せ、せめてタオルだけでもかけてください!」

「ねぇ、ロック?女の子同士だよ?なんで恥ずかしがってるの?」

「そ、それは!か、か、香澄さんの裸を見るなんて!む、む、無理です!でも、香澄さん綺麗です!」

「六花?落ち着いて…。」

明日香は体を起こしながら言った。さっきの冷たいタオルと一緒に受け取った水を明日香は飲むと、立ち上がった。

「明日香ちゃん?大丈夫?」

「うん。だいぶ良くなったよ。ありがとう。」

明日香はそのまま立ち上がった。少し、フラフラはするが、歩けない事はない。

「お姉ちゃん、帰れそう?」

「無理!」

「はぁ~。私が支えるから帰ろ?これ以上は迷惑になるから。」

「明日香ちゃん!うちは大丈夫だよ?」

六花は慌てながら言うが、明日香は静かに首を振った。

「だよね…。あっちゃんが支えてくれるなら頑張る!」

香澄は体を起こすと、明日香に向かって抱きついた。

「お姉ちゃん!服、着てよ!」

明日香は叫んだが、香澄は「無理~。まだしんど~い。」と言いながら明日香を抱き締め続けた。

 

─────────────────────

明日香はまた夢の中である、靄が色濃くかかる場所に来ていた。

「またか…。」

明日香は憂鬱そうにため息をついた。

「いやいや…。私、お姉ちゃん、失わなかったよ?仲良く帰ったよ?半分以上おんぶしたけど…。」

夢の中で帰宅した時の事を思い出した明日香は「大変だったなぁ…。」と呟いた。改めて、左右をキョロキョロ見るが、相変わらず、靄以外は何も見えなかった。

「はぁ~。やっぱりか…。この間は桜見れなかったから…。今日は見たいなぁ。」

明日香はそう言うと、ゆっくりと歩を進めて行った。香澄と仲直りをし、気分が良い明日香は今までとは違い、足取りは軽いものであった。

「…あった。」

足取りが軽かったというのもあるのか、すぐに桜の木が明日香の前に現れた。

「相変わらず、色が薄いなぁ。まだ私、世間に流されてるのかなぁ?」

明日香は苦笑いすると、その場に腰かけ、風でサワサワ揺れる桜を眺めていた。

「でも…。なんか綺麗…だな。もう夏なのに、桜が見れるのはラッキー…なのかな?」

色は確かに薄く、よく知っている淡いピンクではなく、白に近い色をしている明日香の夢の桜。しかし、風に揺れ、一生懸命に咲く花に強い生命観を感じる事が出来た。

「さて…。」

明日香はそう呟くと、また左右をキョロキョロしたり、座ってる部分を確かめたりしていた。

「そろそろ…。穴が空いて落ちたり…。靄に包まれたり…。何が来るんだろ…。」

明日香は今まで、見てきた夢の結末を想像して警戒していた。しかし、待てど暮らせど、何も起きず「サワサワ」と桜が揺れる音しか聞こえなかった。

「…あれ?おかしいなぁ。」

明日香は怪訝そうな表情を浮かべながら立ち上がった。何も起きないならも少し、この夢の世界を楽しもうと思う程の余裕も出来ていた。

「桜の木の下まで行こうかな?」

明日香はそう言うと、顔を上げ、ゆっくりと桜の木に向かって歩き出した。明日香は歩いている間、考え事をしていた。

「飛川さん…ねぇ?」

姉である香澄がベタ惚れしているあの人。やはり、あの人は私の事が好きなのか。この前、告白はされたが、結局、最後はおちゃらけて流されてしまった。

「飛川さん…よく分からないなぁ。さくらちゃんは可愛いけど。…あれ?」

歩きながら考え事をしていた明日香はある事に気付いて足を止めた。

「桜の木近づいてる?あれ?」

明日香は桜をじーっと見つめていたが、桜の大きさは全く変わっていなかった。

「…え?…嘘?」

歩けども、全く近づかない桜の木。その事に気付いた明日香は「上手くいかないなぁ…。」とため息をついた。その瞬間、夢の世界は大きく揺れた。

「きゃ!」

明日香は叫ぶと、揺れながら、夢の世界は終わりを告げるのであった。

 

─────────────────────

「きゃぁぁぁ!」

また絶叫と共に、明日香は目を覚ました。以前みたいに汗はかいてないが、目覚めは最悪であった。

「び、びっくりした…。」

「お、お姉ちゃん?」

明日香が声のした方を向くと、ちょこんと香澄がベットに腰掛けていた。

「もう!ずっと、起こしてるのに起きないだから!」

香澄にしては珍しく、少し怒った様子だった。

「ご、ごめん…。どんな風に起こしてたの?」

「え?こんな風に…。」

香澄は言うと、明日香のお腹の上と太ももに手を置くと、ユサユサと揺らし始めた。

「(夢で、突然揺れ出したのって…。これか…。)」

明日香はそう思うと、香澄をギュッと抱き締めた。

「あ、あっちゃん?どうしたの?…また嫌な夢見た?」

「ううん。夢は見てたけど、嫌では無かったよ。…ただね。」

「うん?」

「き、昨日…。昨日のさ、仲直りが夢じゃなかったんだなぁって。」

明日香は照れて、赤くなった顔を隠す為に、更に香澄の胸に顔を押し当て、強くギュッと抱き締めた。

「…そっか。ごめんね…。」

「…大丈夫。大丈夫だよ。ただ…嬉しい…な。」

「あっちゃーん!」

香澄は明日香を引き剥がすと、そのまま明日香を巻き込みながらベットにダイブした。

「きゃっ!」

「あっちゃん!あっちゃん!」

「わ、分かったから!は、離れてよー!」

明日香は一生懸命、香澄を引き剥がそうとするが、香澄の力は強く、それは叶わなかった。

その後、香澄が離れて「準備してね!」と言いながらリビングに降りると、明日香はのんびりと制服に着替えを始めた。

「全く…。お姉ちゃんは…。」

明日香は小言を言いながらも、表情はとても嬉しそうにニコニコしていた。

「そういえば。」

パジャマの上を脱いだ所で、明日香はふと夢の事を思い出していた。そして、スマホを掴むと検索サイトをタップし「桜 夢占い」と最近お世話になっているサイトを開いた。しかし、そこで、明日香の指は止まった。

「…あれ?桜が出てきただけ…だよね?何を調べれば良いの?」

明日香はそう思いながら指を動かし、サイトを眺めていた。

「…あ。」

スクロールをしている最中、明日香は気になる文を見つけてしまった。

 

「季節外れの桜

季節外れの桜は運気が低下している事を暗示します。」

 

読んだ明日香は盛大なため息をついた。

「夏なのに、桜の夢…。せっかく良いことがあったのに…。てか、また運気が落ちるの?ん?よくよく考えたら私、ずっと季節外れの桜の夢を見てた?」

明日香は頭を抱えた。

「あっちゃん!まだ支度…出来ない…の?」

「あっ。」

今の明日香の状態は上半身は下着姿、と言うよりはキャミソール1枚。下はパンティーだけと言う姿で、椅子に座って頭を抱えていた。

「おねおねおねお姉ちゃん!?」

「…し、失礼しま~す。」

香澄は苦笑いをすると、扉をそっと閉じた。

「ち、違う!ま、待って!お姉ちゃん!」

明日香は慌てて叫ぶも、既に香澄は去ってしまっていた。

 

─────────────────────

朝の出来事のせいで、またブルーになりそうに明日香はなっていた。しかし、今回に限っては全面的に明日香が悪い為、どこにもぶつける事が出来ず、反省するしかなかった。

「明日香ちゃん?どうしたの?」

「大丈夫。」

「本当に?」

「うん。今回は、私が悪いし、それに言いたくても…言えない。」

明日香は遠い目をしながら言った。そんな明日香の姿を見て、六花は首を傾げた。

「あっ。私、ここだから。」

六花はそう言うと、バイバイと言いながら建物に入って行った。明日香は六花のバイト先まで着いて来ていたのだった。

「…さて、暇だから着いてきたけど…。これからどうしようかな?」

明日香はう~んと考えていると、いきなり肩をポンポンと叩かれた。

「よっ。明日香ちゃん。」

「…げっ。」

明日香は肩を叩いた人物が素生だと気付いた瞬間、眉間に皺を寄せた。朝の事といい、こうして素生に会う辺り、運気が下がっているのかと思っていた。

「明日香お姉ちゃん!こんにちは!」

明日香は声がした方に目を向けると、素生の後ろからひょこっとさくらが出て来た。

「さくらちゃん!こんにちは!」

「待って!?俺の時と違い過ぎない!?」

素生は文句を言ったが、明日香はそれを無視し、しゃがむと両手を広げた。それを見たさくらは明日香に飛び込んだ。

「えへへ~。明日香お姉ちゃん、良い匂い!」

「ホントに?ありがとうね!」

愛くるしいさくらに明日香は癒されていた。やはり、運気は下がっていないように感じた。現金なものだ。

「はぁ。明日香ちゃん、こんな所でどうしたの?」

「…友達がバイトだったんで、着いていっただけです。」

「そっか。じゃあ、今は暇なんだね?」

「…忙しいです。」

素生には冷たい態度をとってしまう明日香。香澄が何でこんな奴の事が好きなのかますます謎に感じていた。

「明日香お姉ちゃん…。忙しいの?」

明日香は目線をさくらに向けると、さくらは目を潤ませ、眉を八の字にしていた。

「へ?ど、どうしたの!?」

「実はさ、さくらの水着を買いに行ってるんだよ。母さんが仕事で忙しいから行けなくてさ。だから、お願い!ついて来て!俺、水着とか分からないし。」

「明日香お姉ちゃん…。一緒に行こ…?」

さくらはギュッと明日香の袖を掴んだ。こんな事をされては、明日香に断ると言う選択肢は無くなっていた。

 

─────────────────────

ご機嫌なさくらを真ん中に3人はショッピングモールの中を歩いていた。平日の夕方である為、お客の姿は少なくのんびりと歩く事が出来た。

「さくらちゃんはどんな水着が良いの?」

「可愛いピンクが良い!」

ニコニコしながら言うさくらに明日香までニコニコしていた。

「本当に助かった。ありがとうね。明日香ちゃん!…明日香ちゃん?」

素生は感謝の気持ちを伝えたが、明日香は無視をした。実は、ショッピングモールに来るまでの間に素生はさくらに「どんな匂いだった?」と聞いており、それに気付いた明日香は「最低…。」と呟いていた。

「まだ怒ってるの?そんな眉間に皺寄せたら老けちゃうよ?」

素生はニヤニヤしながら言うと、明日香はキッと素生を睨んだ。

「2人とも…仲良くしなきゃ、メッだよ!」

そんな2人の空気にさくらは叫ぶように言った。子供ほど、意外と空気の変化に敏感なものだ。

「ほら。さくらもそう言ってる事だし、仲良くしよ?」

「はぁ。」

素生は勝ち誇ったように言うと、明日香はため息をついた。

「お兄ちゃん!お兄ちゃんが悪い!だから明日香お姉ちゃんに謝って!」

「へ?な、なんで?」

「う~ん…。なんとなく?」

さくらは首を傾げながら言った。そのやり取りを聞いて、明日香は「あはは!」と笑い出した。

「明日香ちゃん?」

「明日香お姉ちゃん?」

突然笑い出した明日香に2人は驚いた。

「ごめんね。2人の会話が面白くって。」

明日香は笑った時に出た涙を指先で拭うと「はぁ。笑ったなぁ。」と呟いた。

「…ごめんなさい。」

そんな明日香を見ながら素生は謝った。

「へ?」

「いや…。さくらが謝れって言うからさ。さくら、言い出したら聞かないから。」

素生はツンツンにした髪の後ろを掻きながら言った。

「変態なとこ、治してくださいね?」

「分かりました。」

最早、どちらが年上か分からない状況になってしまっていた。

「明日香お姉ちゃん!早く行こう!?」

立ち止まってしまった明日香の腕を引っ張りながらさくらは言った。

「うん!行こうね!…あっ。飛川さん?」

「な、何?」

先程の事もあり、何を言われるか緊張しながら素生は言った。

「後で、お話しがあるのですが、大丈夫ですか?」

「うん?良いけど。」

素生はそう言うと、明日香は「よろしくお願いします。」と言い、さくらと共に水着売り場に向かって行ってしまった。

「何を…言われるんだ?」

明日香の言葉に素生は恐怖を感じながら2人の後を追うのであった。

 

 

 

 

 




やっと出てきました。
オリ主の素生君。
皆さん、覚えてましたか?笑

感想&評価もよろしくお願いします!


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11話

無事に水着を買い終わった3人は夜ご飯にさくらのリクエストであるハンバーガーを食べていた。ハンバーガーが食べたかったのか、おまけのおもちゃが欲しかったのか分からないが、さくらは満足そうにポテトを食べていた。

「水着、良いのがあって良かったな。」

「うん!明日香お姉ちゃんが見つけてくれたんだよー!」

「さくらちゃんに絶対に似合うよ。」

明日香はそう言うと、自分の席の横に置いてある店のロゴが入った袋を見た。中にはさくらのリクエストであ「ピンクの可愛い水着」が入っている。

「明日香ちゃん。本当にありがとう。」

素生は本当に助かったという表情を浮かべていた。

「いえ。さくらちゃんの為なので。」

「…そっか。で…話しって?」

素生は背筋を伸ばしながら言った。その表情は少し緊張感があり、いつものニヤニヤした表情はなりを潜めていた。

「そうでしたね。飛川さんは…お姉ちゃんの事、どう思ってます?」

明日香の口調はとても穏やかなものだったが、目線は鋭く、真面目に答えないと許さないと目線で訴えていた。

「…お姉ちゃんって…。戸山さん?」

「私も戸山です。」

「話しの内容から分かるだろ?俺はお宅のお姉ちゃんの香澄さんは戸山さんって呼んでるの。」

「分かりましたから。で、どうなんですか?」

明日香は素生の話しを興味なさそうに言うと、早く本題を話せと、話題を戻した。

「どう思ってるか…。元気で明るい人…かな。」

素生は腕を組んでう~んと考えると、呟くように言った。

「…それだけですか?」

「…うん。って、明日香ちゃんの聞きたい事ってそれだけ?」

「そうですけど、何があると思ったんですか?」

明日香は目を細めながら言うと、素生は「別に…。」と小さく呟いた。

「何のお話しをしてるのー!?さくらもお話ししたいー!」

明日香て素生が話している横で、ジッと聞いていたさくらだったが、話しの内容が理解出来ず、ムスッとした表情で言った。

「さくらちゃん。私ね、お姉ちゃんがいるんだよ。」

「お姉ちゃんのお姉ちゃん?」

「そうだよ。優しくて、元気なお姉ちゃんだよ!」

「さくらも会いたい!」

明日香が自分の姉を紹介すると、さくらはポテトを口の端につけながら満開の笑みを零した。

「うん!また今度ね!」

明日香もさくらの満開の笑みに釣られるように笑顔で言った。

ちなみに、となりのテーブルでは

「日菜!それ、私のポテトよ!?」

「え?いーじゃん!ねぇ?潤君?」

「紗夜姉さんも日菜姉さんも静かに食べれないんですか!?」

と会話が聞こえていた。

 

─────────────────────

いつもよりだいぶ帰宅が遅くなってしまった明日香。「(怒られるかな。)」と思いながら玄関の扉を開けると、仁王立ちをした香澄に出迎えられた。

「…ただいま。何してるの?」

「あっちゃんを待ってたの!言いたいことが沢山あるの!」

明日香が靴を脱ぎながらチラッと香澄を見ると、怒っている様子であった。

「…ごめん。帰りが遅かったから怒っているんだよね?」

「違うよ!」

香澄はそう言うと、明日香を自分の部屋まで引っ張って行った。

「ちょ、ちょっと!お姉ちゃん?」

「あっちゃん?これ、どういう事?」

香澄がスマホの画面を明日香に向けた。そこには素生からのLINEが映されていた。

 

“今日、明日香ちゃんからお姉ちゃんの事どう思ってますかって聞かれたんだけど、俺、戸山さんに何かした?”

 

明日香が読み終わり、香澄の方を見ると、香澄はまだ怒っている様子だった。

「…これがどうしたの?」

「なんでこんな事聞いたの?」

「え?だって、私、飛川さんにお姉ちゃんの事アピールするって言ったじゃん。」

何故、香澄が怒っているのか分からない明日香は前に二人の間で決められていた事を言った。

「そ、そうだけど…。」

「なに?お姉ちゃんどうしたの?」

「いや…。なんて言うか…。恥ずかしい…じゃん…。」

顔を赤らめ、目線を反らしながら香澄は言うと明日香は「はぁ。」とため息をついた。

「お姉ちゃん…小学生じゃないんだから、それくらいで…。」

「だ、だって!は、は、恥ずかしいものは恥ずかしいの!」

呆れながら言う明日香に、香澄は顔を真っ赤にした。

「こんなに恥ずかしがるならはっきり飛川さんにお姉ちゃんの事、好きですか?って聞けば良かった。」

「あ、あっちゃん!?」

「冗談だよ。」

明日香はニヤリと笑う。その瞬間「もぉ!」と香澄は言いながら明日香に抱きついた。

「…お姉ちゃん…本当に飛川さんの事が好きなんだね。」

「そうだよ。大好き…だよ。」

香澄は明日香から離れながら言った。香澄の表情はとても優しく微笑んでいた。そんな表情の香澄を明日香は見て

「面白くない。」

と小さく、小さく呟いた。

「さっ!次は私の番だよっ!もっくんの良いところ教えるからね!」

「…はいはい。分かったよ。とりあえず、着替えてくるから。」

明日香は帰ってきて、直ぐに香澄に連れられて行ったので制服のままだった。しかし、早く喋りたい香澄は明日香の部屋まで一緒に行ってしまった。

「ねぇ。着替えたいんだけど。」

「着替えたら良いじゃん?」

満面の笑みで言う香澄に明日香はまた「はぁ。」とため息をつき、後ろを向くのであった。そんな明日香の着替えなど、興味がないように香澄はどんどん素生の話しを始めるのであった。

 

─────────────────────

「一緒に行こっ!」

朝、登校した明日香は教室に入った瞬間に六花に腕を掴まれていた。

「ち、ちょっと!六花、落ち着いて!どこに行くの?」

明日香は腕に絡みつく六花を引き剥がしながら言った。

「ポピパさんのライブ!」

六花は目をキラキラと輝かせながら言うと、明日香の返事を聞く前に「あぁ。ポピパさん…。」と自分の世界に旅立ってしまった。

「六花?六花!はぁ。ダメだこりゃ…。」

そんな六花を放って、自分の席に座る。予鈴がなるまで時間がまだあった為、スマホを開くと不在着信があることに気付いた。

「…はぁ。朝から何?」

六花は眉間に皺を寄せた。着信を残していたのは素生だった。六花がかけ直そうか、どうしようか悩んでいるとスマホがブルッと震え、素生からLINEの着信を告げた。

 

“朝から電話ごめんね。

さくらがどうしても明日香ちゃんと喋りたいって言って…。

もし、良かったらうちに放課後来てくれない?

俺、いないけど…。”

 

明日香は素生からのLINEを見て、心底、着信に気付かなかった自分を恨んだ。さくらとの電話なら絶対にしたかったのだった。そして、明日香はすぐに返信の文を打ちだした。

 

“飛川さんいないんですか?

いないなら是非、行きます。

さくらちゃん、好きなお菓子とかありますか?”

 

明日香が送信をすると、予鈴が鳴り響いた。今から始まる長い授業にうんざりとした雰囲気が教室を包む。しかし、明日香は放課後に楽しみが出来た為、ニコニコしながら授業の準備を始めた。

「一時限は…。現代文か。」

「明日香ちゃん!ポピパさんのライブ、行くの行かないの!?」

自分の世界から帰ってきた六花は慌てながら明日香に問いただした。

「また、昼休みね。詳しく教えて。予鈴鳴っちゃったから席、付きなよ。」

「うぅ。絶対だよ!」

悔しそうに六花は言うと渋々、自分の席に着いた。

 

─────────────────────

「ひ~ちゃんの唐揚げも~らい。」

「あっ!モカっ!私の唐揚げ!」

「ひ~ちゃん、ダイエットしてるんだよね~?だから、変わりにモカちゃんが食べてしんぜよ~。」

賑やかな屋上の一角で明日香と六花は弁当を開いていた。六花は昼休みに明日香にPoppin`Partyのライブの話しをしようと息巻いていたが、今はそんな話しが出来る雰囲気ではなかった。

「明日香ちゃん…大丈夫?」

「…大丈夫じゃない。」

事件は3時間目の英語の時間に起きた。英語の授業の一環で自分の将来の夢を英語で書いて、提出するという明日香にとって難解な宿題が出たのだった。

「ま、まぁ、期限は2週間あるんだし…。」

「2週間で将来の夢を見つけろって六花は言ってるの?」

明日香はそう言うと、頭を抱えた。

「…将来の夢か…。私もギターで何かしかないから私もどうしよっかなぁ。」

六花は空を見上げながら言った。空は夏が近い事を表すように小さな入道雲が出来ていた。

「将来か…。やっぱり漠然でも将来の夢ってあった方が良いのかな…。」

「明日香ちゃんは本当にやりたい事とかないの?」

「無いからこんなに悩んでるの!はぁ。なんて書こうか…。」

「あんまり難しくしちゃうと今度は英文にするのが大変だもんね。」

「だね。はぁ。本当に嫌な宿題だよ。」

明日香は目の前にあるおかずから卵焼きを選んで口に運んだ。

「ところで、明日香ちゃん。…その…。」

「何?」

「と、飛川さんとはどうなったの?」

六花は頬を赤く染めながら言った。

「どうなったって。別に何も?」

「そ、そうなの?か、香澄さんとうちの銭湯で喋ってたよね?」

「…飛川さんの事が好きなのはお姉ちゃんで、飛川さんは私の事が好きらしいよ。で、お姉ちゃんは飛川さんと私が付き合えば私が幸せになれるから付き合って欲しいんだって。」

「あ、明日香ちゃんはどうなの?」

「大っ嫌い!」

明日香が眉間に皺を寄せながら言うと、六花は苦笑いを浮かべた。

「まぁ、何はともあれ、香澄さんと仲直り出来たなら良かったよ。…あんな香澄さん、もう見たくない…。」

「それは同感…。あんなのお姉ちゃんじゃない。」

明日香と六花は喋りながら、弁当を食べた。そして昼休みの終了を告げるチャイムが鳴り響くと、2人は腰を上げた。

「そう言えば六花?」

「何?」

「ポピパの話は良かったの?」

明日香がそう言うと「あぁ!」と叫んだ。

「また後でね。」

明日香はそう言うと、六花の手を引っ張って教室に向かったのだった。

 

─────────────────────

学生達が昼食後の眠気に耐えれたり耐えれなくなったりしながら、本日最後の授業を終えた明日香はダッシュで教室を出た。後ろから「明日香ちゃん!ポピパのライブの話は!?」と六花の声が聞こえたが、明日香は心の中で「ゴメン」と呟いた。そのままの勢いで校舎を後にし、コンビニに寄り、さくらが好きと言うチョコを買って素生の家に向かった。そして10分後、急いだ明日香は肩で息をしながら素生の家に到着した。呼吸を整えながらインターフォンを押すと、可愛らしい声で「はぁ~い。」と聞こえた。ガチャリと鍵が開くと、さくらが満面の笑みを浮かべて明日香に飛び込んだ。

「明日香お姉ちゃん!本当に来てくれた!」

「来るに決まってるよ!さくらちゃん!こんにちは。」

「こんにちは!…明日香お姉ちゃん!それって!」

「うん?これ?お兄ちゃんからこれが好きって聞いたから買ってきたよ?」

明日香がコンビニの袋からチョコを取り出すと、さくらの表情が更に明るくなった。

「ありがとう!」

「いえいえ。中に入っても良いかな?」

明日香はそう言うと、さくらは「どーぞ!」と言いながら明日香を招き入れた。

「さくらちゃん1人なの?」

前と同じリビングに通された明日香は部屋を見てさくらの他に人の気配がしない事を疑問に思い言った。

「うん!お母さんはお仕事で、お兄ちゃんはバイトだよ。」

「…お父さんは?」

「お父さんはお空の上にいるんだって。さくらが小さい時にお空に行っちゃったんだって。会って見たいなぁ。」

「え?」

明るく言うさくらだったが、内容はそれに反して重たいものであった。さくらのテンションの高さから見て、人の死と言うものをさくらは理解していないように感じた。

「そっか。1人でお留守番、偉いね。」

明日香はさくらの頭を撫でながら言うとさくらは気持ちよさそうに笑った。

「お兄ちゃんは何時頃帰ってくるの?」

「えっとね。短い針が7くらいだよ。」

さくらは時計を見ながら言うと明日香は「(7時か…。遅いな…。後2時間くらいあるなぁ。)」と考えていた。

「そっか。なら、お母さんは?」

「お母さんはさくらが寝てから帰ってくるよ!」

「へ?」

明日香がびっくりした表情を浮かべるとさくらは首を傾げた。5才の女の子が2時間という長時間、1人で留守番は辛くないのだろうかと考えた明日香だったが、当の本人はそれが当たり前のような表情を浮かべていた。

「さくらちゃんはよくお留守番してるの?」

「うん!さくら良い子だから!」

さくらはまた満面の笑みを浮かべるが、明日香は困ったように眉を八の字に下げた。

「…寂しくない?」

「…ちょっと寂しいけど…大丈夫!さくら良い子だからっ!」

一瞬、表情を曇らせたさくらだったが、またいつものように輝くような笑顔を見せた。

「…そっか。さくらちゃん。お菓子、食べようか?」

明日香がコンビニの袋を掲げながら言うと、「食べるー!」と言いながら明日香に抱きついた。

「ふふっ。じゃあ、テーブルの前に座って食べようね?さくらちゃんはいつも何処に座ってるのかな?」

「いつもはあそこだけど…。」

「うん?どうしたの?」

「今日は明日香お姉ちゃんの膝に座りたいっ!」

明日香を抱き締め、顔を胸に押し当てながらさくら言った。

「良いよ。よいしょっと。」

明日香はさくらを持ち上げ、自分の膝に明日香を乗せた。

「やったぁ!ありがとう!明日香お姉ちゃんも食べよう!」

チョコの袋を開けながらさくらは言うとチョコを1つ摘まんで明日香に渡した。

「ありがとう。」

明日香は微笑みながらチョコを口に運ぶ。子供向けのチョコの為、かなりの甘さが口の中に広がったが、不思議と嫌な気分にはならなかった。

「明日香お姉ちゃん、いつまでいるの?」

「ん?お兄ちゃんが帰ってくるまでいるよ。」

明日香はそう言うと、さくらはまた「やったぁ!」と言った。本当は素生が帰ってくる前に帰りたかった明日香だったが、さくらを1人にして置くわけにもいかず、さくらに聞こえないようにため息をつくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




暑いのか涼しいのかよく分からない気候が続いてますね。
皆さん体調を崩されていませんか?
僕も体調を崩さないように気を付けながら小説を書きたいと思います。

感想&評価もお待ちしています!


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12話

「本当にごめんね!ありがとう。」

「いえ。」

明日香が素生の家を訪れから数時間の間、本当に楽しく、そして何より、さくらの可愛さに癒されていた。そんな癒しの中で息を切らしながら帰った来た素生を見て、先程まで笑顔だった明日香は表情を曇らせた。いや、嫌悪感を隠さなかった方が正しいと言えるか…。

「さくら?ちゃんと良い子にしてたか?」

「うん!明日香お姉ちゃんと勉強してたの!」

さくらは素生に向かってルーズリーフを広げた。そこには拙い字で「とびかわさくら」と書かれていた。2人が過ごしている間、明日香はふと今日の授業でちゃんと理解をしていない部分があった事を思い出してしまし、パッと確認をしようと教科書を開いたのだった。それに気がついたさくらは興味を持ち、2人で勉強をしていたのだった。

「凄いじゃん!」

「さくらより、明日香お姉ちゃんが凄かった!なんかへんな本、いっぱい読んでた!」

さくらは褒められた事が嬉しいのか、兄である素生の足に絡みつきながら満面の笑みで言った。

「飛川さん。」

「なに?」

「さくらちゃんが1人で留守番って多いんですか?」

表情を変えず、淡々と明日香は言った。あまりの感情の無さに、逆に怒っているように素生は感じていた。

「…そうだね。」

「はぁ。そうですか。」

「…明日香ちゃん?何に怒ってるのさ。」

「別に怒ってないです。」

尚も淡々と喋る明日香に素生は「はぁ。」とため息をついた。

「…こんな小さい子を長時間1人にして…。そう言いたいんだろ?」

「はい。そうですね。でも、それぞれ家庭環境は違います。さくらちゃんから聞いたのですが、お父さん、おられないみたいですね。だから飛川さんバイトもしているんでしょ?」

明日香は素生に向かって言い放つと、素生は目を広げ、驚いた表情を浮かべた。素生が明日香の考えていることをすぐに理解出来たのは、似たような経験を沢山していたからであった。「そんな小さい子を1人にして…。」「非常識だ。」など、家庭の状況も理解していない他人によく言われて来たものだった。しかし、明日香の発言は今までとは違い、先の事まで考えられたものであった為、素生は驚いたのだった。

「…何で怒ってるの?」

素生は驚いた後に、1つの疑問を浮かべていた。それは明日香がここまで理解しておきながら怒っている理由だった。

「…別に怒っていません。」

「いやいや。怒ってるじゃん。」

「怒ってません。」

「お兄ちゃんも明日香お姉ちゃんも喧嘩はメッだよ!」

2人の雰囲気が険悪になりそうになった瞬間にさくらが2人の間にぴょんと入ると高らかに言った。

「さくら。保育園の先生の真似か?」

「そーだよ!」

「保育園のお迎えとかどうしているのですか?」

素生がさくらの目線に合わす為にしゃがみ、頭を撫でながらさくらに言うと、素生の上部から冷たい声が降り注いだ。

「…俺と母さんで協力しながら迎えに行ってるよ。今日は、母さんが迎えに行ってから仕事に行ったはず。」

「そうですか。」

「はぁ。明日香ちゃん、さっきからなに?うちの事聞いてきてどうしたの?いくら明日香ちゃんでも、聴き過ぎじゃない?」

「…すみません。」

「…いや。さくらを見て貰ったのに言い過ぎた。すまん。」

明日香の心理がまるで読めない、いや、明日香が読ませないようにしているのか分からないが、とにかく、素生をイラッとさせるには充分だった明日香の態度に、つい言葉がキツくなってしまった。

「私、帰りますね。お邪魔し…。」

そんな嫌な雰囲気に明日香はさっさと帰ろうとしたが、さくらが明日香の足をギュッと掴んだ為、明日香は動けなくなってしまった。

「帰っちゃイヤ。」

「ゴメンね。さくらちゃん。また来るから。」

「イヤ!」

「さくら、ワガママ言わないの!」

「イヤー!」

明日香のスカートに顔を埋めたさくらはとうとう泣き出してしまった。「わー」という叫び声が部屋を響かせた。

「飛川さん。」

「なに?」

「明日は保育園は誰が迎えに行くのですか?」

「俺だけど。」

素生はさくらが泣いてしまい困ったような表情を浮かべてながら答えた。

「さくらちゃん。明日の保育園、私が迎えに行くから、今日は我慢できるかな?」

明日香はさくらに足をしっかり掴まれている為、立ったまま出来るだけ優しく言った。その言葉を聞いたさくらは「…本当?」と言いながら掴んでいた手を緩めて、明日香を見上げた。その隙に明日香はしゃがむとさくらの頭を撫でながら「本当だよ。」と言った。

「さくら我慢する!」

「偉いね!じゃあ、私、帰るからね?また明日!」

「うん!バイバイ!」

さくらは涙を服の袖でゴシゴシ擦るとニコッと笑顔を見せた。

「送っていくよ。」

「は?」

素生は優しく明日香に手を伸ばしたが、明日香はその手を掴む事はなく、変わりにギロッと睨んだ。

「…そうだよね。さくら、玄関で一緒に見送ろうか!」

「…例え、さくらちゃんがいなくても貴方に送ってもらいたくないです。」

明日香の冷たい言葉に素生は苦笑いを浮かべると

「(今日は何もしてない…よね?)」

と心の中で考えていた。

 

─────────────────────

「ガコンッ」と鈍い音が響いた。周りにいた人は何事かとキョロキョロと周りを見た。音のした方には1人の女子高生と、青い色のゴミ箱が転がっていただけだった。周りの人は女子高生がゴミ箱に当たってひっくり返しただけと思い「なんだ。」と思いながら再び、足を動かしていた。

「(あー!イライラする!)」

明日香はそう思いながらゴロゴロと転がるゴミ箱をただただ眺めていた。そして「はぁ。」とため息をつくと、少しだけ痛む足を庇いながらしゃがみ、自分が散らかしたゴミを集めた。

「はぁ。蹴るんじゃなかった。」

明日香は当たってゴミ箱を倒した訳ではなく、思いっ切り蹴ったのであった。

「(なんで、こんなにイライラしているんだろ。なんで…?)」

明日香はさくらから断片的ではあるが、飛川家の家庭環境の事を聞いてしまった。しかし、断片的でも、判断するには充分な内容であった。

「(さくらちゃん…。あんなに明るくしてるけど、絶対寂しいよね…。でも、人様の家庭環境にとやかく言うのはおかしいし…。あっ。さくらちゃんが明るかったのは…私が遊びに行ったからか…。)」

明日香はそう考えながら自分の散らかしたゴミを集める終わると「よいしょ」と言いながら立ち上がった。

「(明日はさくらちゃんを迎えに行って…どうしようかな。)」

明日香はそう考えながら街並みに並ぶ木をなんとなく眺めた。この街並みに並んでいるのは桜並木であり、春にはピンクの花が咲き乱れ、桜のトンネルを作る。ただ、今は夏の為、濃い緑の葉っぱが隙間なく生い茂っていた。日はすっかり落ちていたが、街灯りに照らされてるお陰できちんと見る事が出来た。

「(桜…か…。なんか嫌いになりそう…だな。)」

夢で見た桜を急に思い出し、明日香は目を細めた。夢の中の桜はとても立派であるが、色は薄く、儚い物であった。

「(あれ…?そう言えば…。やっぱりさくらちゃんに会ってる時は思い出さなかったなぁ。やっぱりたまたまかな?それともさくらちゃんに癒されてるのかな?…う~ん。さくらちゃんの名前呼んでたら桜の事、連想しちゃいそうだけど…。)」

明日香はその場で「う~ん…。」と考えたが、頭の良い明日香でも理解することが出来なかった。

「とりあえず…。帰ろう…。」

明日香はボソッと呟くと歩き始めたのであった。

「(それにしても…。飛川さんは意外に苦労しているんだなぁ。お父さんが亡くなってて、お母さんは夜、お仕事してて…。さくらちゃんのお世話を毎日しているんだよなぁ…。飛川さんって凄い人かも?思い返せば優しい人だよね。そうじゃなきゃ、さくらちゃんがあんなに懐かないか。あんな髪型とかしなかったら結構、カッコイイし…。)」

明日香はそう考えると、ピタっと足を止めた。

「(私、今…何考えてた!?はぁ!?あんな変態だよ?何考えてるか分からないし!そ、そうだ!なんでイライラしているか考えないと…。)」

明日香はブンブンと頭を振って、思考を素生から当初、考えていたイライラしていた理由に戻した。しかし、いくら思考を元に戻しても、最終的に頭の中に浮かんでくるのは素生の事であった。

「はぁ。もう…いいや。疲れた…。」

明日香が最終的に思考を放棄する頃には無事に家に到着する頃であった。

 

─────────────────────

翌日の夕方、さくらとの約束を守る為に保育園を訪れた明日香。初めて迎えに行く側となった明日香は少しだけ緊張感を漂わせながら門を潜っていた。保育園の運動場は様々な遊具が置いてあり、どの遊具も色鮮やかにペイントを施されていた。

「明日香おねーちゃん!」

室内で遊んでいたさくらは明日香の姿を見つけると大急ぎで中から出てきて、明日香に抱きついた。

「本当に来てくれた!」

「当たり前だよ!約束したじゃん!」

明日香はニコッと笑って言うと、さくらの頭をわしゃわしゃと撫でた。その後、素生から保育士に話しが伝わっていたのか、すんなりさくらを引き取ると、先程通った門をまたすぐに潜っていた。

「さくらちゃん。どこか行きたい所あるかな?私と遊ぼ?」

さくらは明日香の言葉を聞き、満面の笑みを浮かべると、少しだけ「う~ん。」と考えた。

「う~んと…え~っと…。」

「ゆっくり考えて大丈夫だよ?」

「あっ!明日香お姉ちゃんの家が良い!」

「わ、私の家!?」

明日香はさくらが何と答えるかある程度予想をしていた。この間、一緒に行ったショッピングモールか、はたまた商店街か…。色々と考え、さくらが喜びそうな所を見繕っていたが、まさかのさくらの解答に驚きを隠せなかった。

「…ダメ?」

さくらは明日香の驚いた表情をダメと言われたと受け取っており、本当に悲しそうな表現で明日香を見上げていた。

「だ、ダメじゃないよ?さくらちゃん。私の家でも良いんだけど…。何も遊ぶもの、無いよ?」

明日香はしゃがみながら眉を八の字にして言った。

「それでも良い!さくら、明日香お姉ちゃんの家に行きたい!」

「うん。分かった!なら、行こうか。」

明日香はそう言うと、さくらの手を握り、さくらの歩幅に合わせてゆっくりと自宅に向かうのであった。

「ねぇ。明日香お姉ちゃん?」

明日香の家に向かいながら2人はお喋りに花を咲かせていた。今日あった事、保育園の事など話題は尽きる事は無かったのだが、急にさくらが声のトーンを落としながら明日香に声をかけた。

「どうしたの?」

「明日香お姉ちゃんは…、お兄ちゃんの事、嫌いなの?」

さくらはどうしようもないくらい悲しい表情を浮かべると明日香を見上げていた。

「…嫌い…じゃないよ?」

「じゃあ、好き!?」

「う、う~ん…。」

さくらの無垢な質問に、本当は「あんな変態嫌いだよ。」と言いたかったのだが、さくらの前でまさかそんな事は言えないし、かと言って嘘もつきたくなかった明日香は困ってしまっていた。

「…どっち…なの?」

「えっとね。私も分からない…かな?」

「そっかぁ。」

さくらの質問をなんとか誤魔化し、ホッとする明日香であったが、心の中で

「(私…本当に飛川さんの事…嫌いなんだよね?)」

と考えていた。先程、素生の事を嫌いと答えたかったと思った時に、チクリと胸の辺りが痛むような感覚に襲われたのだった。

「明日香お姉ちゃん、お兄ちゃんの事、嫌いに

ならないでね?」

「えっと…。なんでかな?」

「さくら、お兄ちゃんの事、大好きだから、嫌いって言われるの…イヤ…。」

目に少しだけ涙を溜めながら言うさくらに明日香はしゃがむと再び、頭を撫でた。

「大丈夫だよ。嫌いにならない。約束する。前にお姉ちゃんがいるって言ったの覚えてるかな?」

「うん。」

「私もお姉ちゃんの事、大好きだから、嫌いになって欲しくない…。えっと、つまりね、さくらちゃんの気持ちよく分かるよ。だから、お兄ちゃんの事、嫌いにはならないから。」

明日香がニッコリ笑って言うと、さくらも二パッと笑い、明日香に抱きついた。

「約束だよ!」

「もちろん。」

明日香はさくらを安心させる為に、嘘に近い本当の気持ちを言った。しかし、それはまた明日香の思考を混乱させるトリガーでもあった。

「(私、本当に飛川さんの事、嫌い…なはず…。でも、あの胸の痛みは?うぅ…。分かんないよ。)」

明日香は「はぁ。」とため息をついた。横にさくらいる事を失念して…。

「明日香お姉ちゃん?疲れちゃった?」

「ん?あぁ!大丈夫だよ。ごめんね?もうちょっとで着くからね?」

明日香がそう言うと、さくらは「楽しみだなぁ!」と上機嫌で言った。

「(飛川さんの事はよく分からない…けど。でも、さくらちゃんに出会えたからそこは感謝しなくちゃだよね。)」

明日香は横を歩いているさくらを見ると、軽く繋いでいた手に力を入れた。小さい手だが、暖かく、何処か安心感の不思議な手が、ギュッと握り返してくれた事に気付いた明日香はニコッと微笑むのであった。

 

 




いかがでしたか?実は重要な回になってしまった…。
あんな毛嫌いしていた素生に対して、少しだけ心情の変化がみられました。
しかし、まだまだ気付かない明日香はまた悩み事を増やしてしまいました。
頑張れ明日香!

感想&評価お待ちしております!




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13話

明日香とさくらが歩き始めて20分後、明日香の自宅に到着した。さくらが通っている保育園はさくらの家からは遠く、明日香の家の方が近かった。なぜ送り迎えをする素生にとってこんな辺鄙な保育園にさくらが通っているのか明日香は考えてみたが、思いつかなかった。

「ただいま。」

明日香が中に入ると、見慣れたローファーが玄関にある事に気付いた。

「あっちゃーん!おかえ…り?」

「お姉ちゃん、ただいま。今日、早いね。」

日本の大体の家では玄関が一段低くなっている為、明日香は香澄を見上げながら言った。しかし、香澄の目線はかなり下がっていた。しかも、かなり不思議そうな、驚いているような、なんとも言えない表情をしていた。

「あっちゃん…。その子は?ま、ま、まさか…ゆ、誘拐…。」

「そんな訳ないでしょ!?」

香澄の発言に明日香は大声を出した。その瞬間、さくらはビクッと身体を震わせた。

「あ!さ、さくらちゃんごめんね?」

「び、ビックリしたけど大丈夫…。明日香お姉ちゃん、このお姉ちゃん…誰?」

さくらは明日香の足を掴むと、スッと明日香の後ろに隠れた。

「あっ。そうだよね。前に私にお姉ちゃんが居るって話をしたの覚えてる?」

「うん…。じゃあ、このお姉ちゃんが?」

「そうだよ。私のお姉ちゃんだよ。」

「お姉ちゃんのお姉ちゃん?」

「そうだね。香澄って言うんだよ。」

明日香がさくらに目線を合わせ、さくらの頭を撫でながら説明すると、さくらは香澄の方をジーッと見つめた。

「香澄…お姉ちゃん?」

さくらは首を傾げながら言った。

「お姉ちゃん。さくらちゃんに挨拶してよ。お姉ちゃん?」

「可愛いー!」

今まで、俯いたまま黙っていた香澄だったが、突然叫んだと思うと、さくらを引き寄せ、ギュッと抱き締めた。

「さくらちゃん。こんにちは!あっちゃんのお姉ちゃんの香澄だよ!よろしくね!」

香澄の持ち前のコミュニケーション力が発揮され、一気にさくらの距離を縮めにかかった。しかし、さくらはと言うと、突然抱き寄せられるという普段あまりない経験に驚いたように固まってしまった。

「お姉ちゃん。さくらちゃん、ビックリしてるよ?」

「え?う、嘘っ。」

香澄はパッと手を離すと、さくらはピューと逃げ、再び、明日香の後ろに隠れてしまった。

「…お姉ちゃん?」

「ご、ごめんね?」

「この子、さくらちゃんって言うんだけど、飛川さんの妹だよ?」

「へ!?…あっ。そう言えば、小さい妹がいるって言ってたような?」

香澄は腕を組むと「う~ん」と考えながら言った。そんな香澄をさくらは怯えたように見ていたのだった。

 

─────────────────────

すっかり香澄に怯えてしまったさくら。明日香にべったり…とはならなかった。

「香澄お姉ちゃん!」

「さくらちゃんな~に?」

「はぁ~。」

あの怯えた姿は何だったのか。そう聞きたくなるくらい、さくらはあっという間に懐いていた。香澄がコミュニケーション力が高い事は明日香も重々承知していたが、まさか自分に怯えてしまった子供の心を開かすとまでは思わなかった。

「…面白くない。」

明日香は2人に聞こえないように呟いた。その間にも香澄とさくらの会話が続いていた。

「香澄お姉ちゃんは明日香お姉ちゃんのお姉ちゃんなんだよね?」

「うん!そうだよ!」

「香澄お姉ちゃんの方が妹みたい!」

時々、子供は悪気がなく真実を言って仕舞いがちだが、今のさくらもそうだった。いつもなら「え~?」と誤魔化す香澄だったが、この時は苦笑いを浮かべる事しか出来なかった。

「さくらちゃん。何して遊ぶ?って言っても本当に遊ぶ物は何もないんだよね。」

明日香は苦笑いをする香澄を無視し、さくらの目線に合わせながら言った。

「う~ん。あっ!さくら、またお勉強がしたいっ!」

「お勉強?良いよ!じゃあ、私のお部屋に行こう?」

さくらの提案に明日香は微笑むと、手を広げた。それを見たさくら一目散に明日香の胸に飛び込んだ。

「べ、勉強するの!?」

「香澄お姉ちゃんは勉強しないの?」

驚くように言った香澄にさくらは首を傾げながら不思議そうな表情を浮かべた。

「え~と…。す、するよ?」

「なら、香澄お姉ちゃんも一緒にお勉強しよっ!」

さくらはそう言いながら香澄の手を引っ張ると香澄は眉を八の字に下げ、苦笑いを浮かべながらさくらに着いて行くのであった。

「お姉ちゃん大丈夫?さくらちゃんに教わらないようにね?」

「それは無いよ!…多分。」

明日香の言葉に香澄は再び、苦笑いを浮かべた。

「香澄お姉ちゃんはお勉強苦手なの?」

「そ、そんな事ないよ!さくらちゃん!私に任せて!」

香澄は苦笑いのまま胸を張った。

「あはは!勉強が苦手なのはお兄ちゃんと一緒だ!」

そんな香澄を見てさくらは笑うと香澄も明日香も顔を見合わせ「あはは!」と笑うのであった。

 

─────────────────────

「いや、マジで助かったよ。」

「良いよ~もっくん!気にしないで!」

バイトが終わった素生はさくらを迎えに戸山家まで来ていた。素生は時間も時間であった為、すぐにお邪魔する予定だった。

「…暗くなりますよ?帰らないんですか?」

「え?いや。帰るつもりだったけど…。」

「もぅ!あっちゃん!良いじゃん!私が上がってって言ったんだから!」

香澄はそう言うと、素生の腕を持ち、ギュッと抱きついていた。今の流れで分かったかも知れないが、すぐにさくらと帰ろうとした素生を香澄が無理矢理、家に上げたのであった。

「お、お姉ちゃん!?だ、抱きつかないでよ!抱きつくのが好きなのは知っているけど、お、男の人に抱きつくなんて!」

明日香は香澄に注意しながら素生を見ると、素生はニヤニヤと笑いながら鼻を伸ばしていた。

「…最っ低。」

素生の表情を見た明日香は思いっ切り嫌悪感を顔に出し、呟くように言った。

「あ、あっちゃん?どうしたの?」

「お姉ちゃんはもっと危機感を覚えて!そして、飛川さん!…最低っ!変態!」

「ちょっと!俺、ただ悪口言われただけじゃん!」

明日香の怒鳴り声がリビングに響く。そんな怒鳴り声をさくらの前で上げた為、さくらを驚かせたかもしれないと明日香は思い、さくらの方をパッと向いた。しかし、さくらはソファーにちょこんと座ったまま明日香の方をジッと見ていた。

「さくらちゃん?」

「明日香お姉ちゃん!怒ったらメッ!だよ!」

「へ?」

「怒ったらメッ!」

さくらは驚いてビクビクはしていなかったが、変わりに、頬をプクッと膨らませて明日香を指し、怒っていた。

「え、えっと…。ご、ごめんなさい。」

さくらにこんな事を言われては明日香も折れるしかなく、さくらの目線に合わせて屈むと頭を垂れた。

「あはは!明日香ちゃんもさくらには敵わないか!」

ガックリしている明日香が面白かったのか素生が笑いながら言うと、明日香はキッと素生を睨んだ。そして、睨んだ際にまだ香澄が素生の腕に絡みついているのに気付き、眉間の皺を濃くさせるのであった。

 

─────────────────────

例の如く「嫌!帰りたくない」と号泣するさくらをなんとか説得して素生とさくらは帰宅して行った。それから2時間後、戸山家ではまだ明日香の怒りが収まっていなかった。

「あっちゃん。いつまで怒ってるの?」

「お姉ちゃんがあんな事するからじゃん!それにあいつ鼻の下なんか伸ばして。」

明日香はさっきの光景を思い出し、またイラッとしていた。

「あっちゃん、落ち着いてって。」

「落ち着いてられないよ!大体、お姉ちゃんはなんであの変態の腕に抱きついてたの!?お姉ちゃん、スタイル良いんだからむ、胸があの変態の腕に当たるに決まってるじゃん!」

「そっか!それでもっくんデレデレしてたんだ。」

「はぁ!?気付いてなかったの!?」

明日香は力の限り怒鳴り声を上げるが、怒られている香澄は1人「そっか。」と納得している様子だった。

「はぁ。お姉ちゃん、あの変態がなんで嬉しそうだったか気付いてなかったの?」

「うん!全然!もっくんが好きなのはあっちゃんなのに、なんで私が抱きついて嬉しそうなんだろうって思ってた。でも、お陰で分かったよ!ありがとう!」

香澄はあははと笑いながら言った。明日香は本気で怒っていたが、香澄の態度にだんだんと毒素が抜かれていく不思議な感覚に陥っていた。

「はぁ。なんか疲れた…。てか、お姉ちゃんはなんであの変態の腕に抱きついたの?」

「え?好きだから…かな?」

ほんの今まで、ニコニコと喋っていた香澄だったが、「好き」と言う言葉を発した瞬間、頬をパッと紅色させていた。

「はぁ。あんな変態の何処が良いんだか。」

明日香はため息をつくと、立ち上がった。

「あっちゃん?どうしたの?」

「牛乳飲むけど、いる?」

「いるー!」

香澄の返事を聞いた明日香は台所に向かい、冷蔵庫から牛乳を取り出し、カップに注いだ。

「ねぇ!あっちゃん!」

「何?」

「あっちゃんも、もっくんの事、好きなんでしょ?」

「はぁ!?」

香澄の発言に明日香は顔を上げ、眉間に再び皺を寄せた。牛乳をカップに注いだまま…。

「あ、あっちゃん!牛乳!」

「へ?…あっ!」

時既に遅し。カップからは大量の牛乳が溢れ出していた。

「あっちゃん大丈夫!?」

香澄が慌てて、台拭きと雑巾を持って、台所に走って向かった。

「だ、大丈夫。てか、お姉ちゃんが変な事言うからじゃん!」

香澄から雑巾を受け取ると、明日香は屈み、床に零れた牛乳を拭き始めた。

「え?もっくんの事好きじゃないの?」

「そんな訳無いじゃん!」

「だったら、あっちゃんはなんで怒ってるの?」

「それは…。お、お姉ちゃんが急に抱きついたからだよ!は、はしたないって思ったからだよ!」

香澄からの質問に、焦りながら明日香は言葉にした。しかし、明日香の答えに香澄はニヤリと笑うと

「怒った理由は…それだけ?」

と言った。

「へ?」

「私の記憶が正しかったらだけど、あっちゃん、始めはもっくんに怒っていたよね?私じゃなくて。」

「そ、そんな事…ない。」

「あるよ~。ねぇ。あっちゃん?なんでもっくんに怒ったの?」

ニヤリと笑みを零しながら、明日香に質問を繰り返す。ちなみにだが、2人とも喋りながらも零れた牛乳をテキパキと拭いていた。

「そ、そ、それは…。だ、だらしない顔をしてた…からで…。」

「なるほどねぇ~?」

「もう!お姉ちゃん何が言いたいの!?はっきり言ってよ!」

ニヤニヤ笑いながら、質問と言うより尋問を繰り返す香澄に明日香は怒りながら言った。しかし、この言葉を発した直後に「しまった」と心の中で思った。明日香は次に放たれる香澄の言葉が分かってしまったからだった。

「あっちゃん。本当は私が抱きついて嫉妬してたんじゃない?てか、普通、嫌いな人にあんなに怒らないよね?」

明日香が思ってた通りの言葉が香澄の口から飛び出した。それを受けた明日香は何も発言できずに、口をパクパクと動かすだけだった。

「あっちゃん?どうしたのかな?もっくんが私にデレデレしてたから怒ったのかな?」

相変わらずニヤニヤと迫ってくる香澄に明日香は「お姉ちゃんのバカ!」と叫び、自分の部屋に向かって走り出した。

「あっ!あっちゃんが逃げた。うわっ!」

香澄が明日香を追う為に振り返ると牛乳がなみなみと入ったカップに手が当たってしまった。そのままカップは重力に逆らう事もなく、パタンと倒れ、台所は大惨事になってしまった。

 

─────────────────────

牛乳を香澄が零した結果、逃げ切る事が出来た明日香は疲れきり、そのまま寝てしまっていた。しかし…。

「あれ?ここは…。」

明日香は久しぶりにあの桜の夢を見た。しかし、夢とは分かっていてもあまりの出来事に驚きを隠せずにいた。いや、夢なのだから隠す必要もないのだが…。

「なんで、私…。あの桜の枝に座ってるの?」

今まで見てきた桜の夢はまず、靄がかかった何もない場所から桜を探すところから始まっていた。しかし、いきなり桜を見れ、しかも触れる事も出来なかった桜にいきなり座っているのだから驚くのも無理はない。

「えっと…。なんで?」

明日香は戸惑いながらも、高いところから見る景色に心地よさを感じていた。

「う~ん。細かいことはいっか。夢なんだし。それにしても、なんか気持ちいいなぁ。…そう言えば、桜の周りは靄が無いんだなぁ。」

明日香はそう呟くと目を細めた。

「なんか…。桜の夢って悪い夢ばかりだったけど…。やっと良い夢が見れたなぁ。…ってまだ良い夢って決まった訳じゃないか。」

苦笑いしながら明日香は今までの夢を思い出していた。穴に落ちたり、靄に包まれたり、散々な目にしかあっていない。

「例えば…。この枝が折れたりとか。」

明日香は自分が座ってる枝を擦った。しかし、座っている枝はかなり太く、しっかりしている為、折れる気配は全く無かった。

「まぁ、気にしてもしょうが無いよね。…私の見てた桜ってこんなに大きかったんだ。…ふぁ~。眠たくなって来ちゃった。」

夢なのに眠たくなる状況に可笑しくなりながらも明日香は静かに目を閉じた。この夢の世界に太陽はないが、不思議と太陽に照らされているようなポカポカとした暖かさが包み、明日香は安心しきった表情を浮かべながら夢を終えていった。

 




やっと更新出来ました。
気付けば物語は中盤を超えつつあり、クライマックスに進みつつあります。
前の物語も忘れてるかもしれないくらい更新期間が空いてしまった事を謝罪します。
更新ペースを上げたい…。
とりあえず、この小説に深く関わっている「桜」が散るまでには終われば良いなぁ~と思っています。

評価&感想もお待ちしています。


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14話

太陽が顔を出しているかいないか、そんな時間に明日香は雀の「ちゅんちゅん」と言う鳴き声で目を覚ました。冷房が効いている部屋で寝ていた為、布団を頭まですっぽり被っていた。そのせいで、明日香は目が覚めたときに外の状況が分からかったが、雀の鳴き声を聞き「あぁ。今日も晴れなんだ。」と考えていた。そして亀が甲羅から首を出すようにモゾモゾと明日香も首を出すと、スマホの画面をタップした。

「5時…。まぁ、昨日、早く寝たから、早く目が覚めて当然だよね。」

たっぷり寝た為、頭はスッキリとしていたが布団から出たい訳ではなく、そのままぼーっとスマホを眺めながら過ごしていた。

「さて…。検索してみますか。」

小さく深呼吸をしながら呟いた明日香。そして「桜 夢占い」と慣れた手つきでタップし、お世話になっているサイトを開いた。昨日見た桜の夢が今までとは違い、かなり心地良いものであった為、内心ワクワクしながらサイトを読み進めていた。

「あっ。これで良いのかな?桜に登る夢…。え?」

明日香は自分が見た夢に近いものを探し当て、詳しく内容を読み始めた。その内容を読んだ明日香の表情は驚いた表情をしていた。

 

「桜の木に登ったり、触れたりしている夢なのでしたら、素敵な出会いから恋愛が始まる事を暗示しています。」

 

明日香は再度、文字を読んで見たが、何度読んでも恋愛の運気が上がると言う説明しか書いていなかった。

「いやいや。ないない。」

明日香は自分に言い聞かすように呟いたが、冷房に当たって弱冠冷えていた身体がだんだん暑くなってきており、顔もニヤけている自分に気付いた。それと同時に、素生の顔も浮かんでいた。

「違う違う違う!な、な、な、なんであの変態の顔が浮かぶの?そ、そうだ!私の周りに男があいつしかいないからだ。そうだ!そうに違いない!」

明日香は起き上がりながら最早、呟く事を忘れ大きい声で独り言を言っていた。そして、違うと言った際に頭をブンブンと振った。寝起きだった為、まだ血圧が低く、急に頭を振ったので、頭がクラクラし、再び、明日香はベットにパタリと倒れてしまった。

「なんなのよ…。」

頭に腕を置き、クラクラする頭で明日香はため息をついた。

 

─────────────────────

「明日香ちゃん…。」

学校に着いた早々、六花は目を潤ませながら明日香の席までやってきた。

「ど、どうしたの?泣きそうじゃん!」

「明日香ちゃんが悪いんだよ!」

心配そうにする明日香に六花は胸の前でギュッと握りこぶしを作りながら言った。

「え?私?何かしたっけ?」

明日香は自分の行動を思い返すが、全く思い浮かばなかった。

「ポピパさんのライブ…。」

六花は明日香が思い出すまで少しだけ待ってみたが、明日香から答えが出る雰囲気が無かった為、呟くように答えを告げた。

「あっ!忘れてた…。」

明日香は昨日、六花が一生懸命ライブに誘おうとしていた事を思い出すと、申し訳なさそうな表情を浮かべた。

「明日香ちゃん!?本当に忘れてたの!?」

「ご、ごめん!ライブは絶対一緒に行くから許して!」

「一緒に行ってくれるの!?ありがとう!」

六花は先程の今にも泣きそうな顔は何処へやら、明日香の返答を聞いて、パァと明るくなっていた。

「いや。昨日、話聞けれなかったお詫びだよ。それに、私もポピパのライブ見たいしね。」

「本当にありがとうね!また詳しい事はLINEするかね。…明日香ちゃん?昨日は慌てて帰っちゃったけど、どうしたの?」

六花は昨日の放課後を思い出すように言った。

「う、うん。飛川さんの妹さんと遊ぶ約束をしてたから。」

「飛川さん?あぁ!明日香ちゃんと香澄さんが取り合ってる男性だっけ?」

「六花!言い方!それに取り合ってない!」

六花がとんでもない事を口走ったせいで周りにいたクラスメイト達は一斉に明日香と六花の方を見た。そして、明日香の否定を無視するかのように質問の嵐が飛んでいた。明日香は六花を睨むと六花は小さくなり、申し訳なさそうな表情をしていた。

その後、質問の嵐はホームルームが始まったお陰で、なんとか収まったが、明日香と六花は休憩時間になる度に、質問の嵐から逃げ惑う1日になっていた。そして、なんとか1日の授業を終えると明日香と六花は一目散に学校から出た。

「はぁはぁ。…六花!?」

「ほ、ほ、ホントにごめんなさい!」

2人は走ってある程度の距離まで逃げた為、肩で息をしていた。

「まぁ…。良いけどさ。次からは言葉に気を付けてよ?」

「ごめんなさい…。と、ところで、結局、なんで昨日は慌てて帰ったの?」

「話の途中だったね。実は…。」

明日香は昨日の放課後からの話を六花にした。六花はさくらの話を聞くと「私も会いたい!」とニコニコしながら言った。ちなみに、明日香が素生に芽生えたかもしれない気持ちについては伏せたままであった。もちろん、桜の夢についても。

「なるほど。飛川さん、優しい人なんだね。」

「…なんでそう思うの?」

「だって5才の妹さんの送り迎えをしたり、お世話をしたりしてるんでしょ?優しくないと出来ないよ。」

「…まぁ。…そう、だよね。」

六花の発言に煮え切らない態度を明日香はとった。そんな明日香に不思議そうな表情を六花は浮かべた。

「明日香ちゃん?何かあったの?」

「な、な、なんで?」

「へ?だって、顔、真っ赤だよ?」

六花は明日香を指しながら言うと明日香は慌てたように顔をペタペタと触った。

「え、えっと。ほら!走ったから!走ったから顔が暑いの!」

明日香が慌てて言うも、六花はニコッと笑って「そっかぁ。」と言った。その笑顔には色々物が含まれているような気がして明日香は言い返そうとしたが、これ以上、口を開くと墓穴を掘りそうな気がした為、口を噤むのであった。

 

─────────────────────

「はぁ。疲れた…。」

明日香はため息交じりで呟いた。あの後、Poppin`Partyのライブについて、集合場所や時間など詳しく決めた2人は日が暮れている事に気付き、慌てて帰路についたのである。しかし、早く帰らなきゃと思えば思うほど、学校で精神的に疲弊した明日香の足を重たくするのであった。

「はぁ。私、本当にどうしちゃったんだろ…。」

明日香がそう呟けば脳裏にあの大嫌いだったはずの変態の顔が思い浮かんでしまう。

「だからなんで出てくるのよ。しっしっ。」

手を顔の前でブンブンと振り、思考から飛ばそうとしていた。

「何やってるの?」

「きゃぁ!」

後ろから急に声を掛けられ、明日香は驚きのあまり悲鳴をあげた。

「わぁ!び、ビックリした。そんなに驚かなくても。」

その言葉を聞き、明日香はゆっくりと後ろを振り返ると、ビニール袋を下げた素生が立っていた。1度家に帰ったのか、服装は私服で、ツンツンヘヤーも降ろしている状態だった。

「あっ…。」

急に後ろから声を掛けられれば、驚くのも無理はない。明日香はそう思い、文句の1つでも言うつもりだったが、口が上手く動かず、その場で固まってしまった。

「明日香ちゃん、今帰り?遅かったんだね。」

「は、はい…。」

そんな明日香の心情なぞ知るはずもない素生は気にせず質問を続けた。

「勉強してたの?そうだ!さくらに沢山ひらがなとか教えて貰ってありがとうね。教えなきゃって思ってたから助かったよ。」

「い、いえ。」

「ん?明日香ちゃんどうしたの?体調悪かったりする?」

質問をいくつか繰り返すうちに、素生はやっと明日香がいつもと違う事に気付いた。

「だ、だ、大丈夫…。」

「本当に?顔、真っ赤だよ?」

素生はそう言うと、明日香の額に手を置いた。その瞬間、明日香は自分の鼓動がかなり早くなるのを感じていた。

「だ、だから…だ、だ、大丈夫…です。」

「いや。かなり熱いけど?」

「わ、わ、私が大丈夫って言っているから大丈夫です!」

明日香はそう言うと、踵を返して、さっきまでトボトボと重たい足を引きずるように歩いていたとは信じられないくらい全力疾走で家に向かうのであった。

 

─────────────────────

家の近くまで来た明日香は電柱に背中を預けて、乱れた呼吸を整えていた。

「なんで…いるのよ…。」

先程から同じ事ばかり呟いている明日香。別に何処を歩いていたって素生の自由なのだが…。

「とにかく、早く帰ろう…。」

電柱から背中を離すと、まだ呼吸は整っていなかったが、明日香はトボトボと歩き出した。だいぶ走ったお陰か、家まで目と鼻の先だった。

「ただいま。」

「あっちゃん!大丈夫!?熱があるんだって!早く上がって!わ、わ、私、薬と、飲み物買ってくるから!あっ!何かいるものある!?って、先に病院に行った方が良いかな!?」

明日香が玄関に入ると、香澄が物凄い勢いで明日香に近づき、矢継ぎ早に質問した。その際、香澄は明日香の肩を掴み、ブンブンと前後に激しく揺らしていた。

「お、お姉ちゃん!待って!お、落ち着いて!私、元気だから!」

「嘘!顔も赤いし、呼吸も荒いじゃん!無理しなくて良いから!」

明日香が気を使って、元気に見せていると勘違いした香澄は明日香の手を持ち、病院に連れて行こうとしていた。

「お姉ちゃん!話を聞いて!お願いだから!」

明日香はそう叫ぶと、やっと香澄は止まり、明日香の顔をまじまじと見るのであった。

「本当に熱ないの?」

「うん。大丈夫。元気だから。」

「はぁ~。良かったぁ~。もっくんからあっちゃんの調子が悪そうってLINEが来たから居ても立ってもいれなくて…。」

香澄はそう言うと、明日香を抱き締めた。目にはうっすら涙が浮かんでいた。

「お姉ちゃん。大袈裟だよ。」

明日香は苦笑いしながら答えるが、心配してくれる姉に嬉しさも覚えていた。その証拠に香澄をギュッと抱き締め返していた。

「そういえば、もっくんに会ったの?」

「う、うん。ばったり会ったよ。ビニール袋を持っていたから買い物じゃない?」

「…あっちゃん。もっくんが心配して、おでこに手を置いたら、逃げちゃったんだって?」

香澄がそう言うと明日香は「そこまで話しやがったのか」と心の中で思っていた。

「今度会ったら、ちゃんと謝ろう?」

「…うん。」

今回の事に関しては、明日香自身も悪いことをしたと思っていた為、素直に頷いた。

「それで、なんで逃げちゃったの?そんなに嫌だったの?」

香澄は明日香がそんな失礼過ぎる態度をするとは到底信じられなかった為、疑問に感じていた。

「いや…。そうじゃなくて…。」

明日香は香澄から視線を外し、俯いた。

「…まぁ、とりあえず、リビングで話そう?」

香澄が静かにそう言うと、明日香は再び、素直に頷くのであった。

 

─────────────────────

リビングにあるソファーに明日香は座ると、香澄は台所に向かい、コップにジュースを注ぎ、明日香の元に持っていった。

「ありがとう。」

「ううん。…あっちゃん、もっくんの事、好きになったの?」

昨日の夜、弄るように聞いてきた時とは違い、静かなトーンで口を開いた香澄。心なしか、頭にある2つの耳も、垂れているように見えた。

「…違う…と思う。」

明日香も香澄に釣られたのか、静かに言うと、香澄の眉が八の字に下がった。いきなり香澄に単刀直入に聞かれ、ドキッとしていた。

「でも、もっくんに会って恥ずかしくなって逃げたんじゃないの?」

「…そう、だけど…。」

伊達に何年も明日香の姉をやって来ている香澄にとって、明日香の心情を的確に理解していた。始めは本当に体調が悪いと勘違いしていたが…。

「私も恋愛がどうとかよく分からないけど…。私も初めてもっくんが好きって気付いた時は、もっくんに会うと、ドキドキして恥ずかしかったよ?ドキドキしなかった?」

香澄にそう言われ、明日香は図星であった。体調不良の方がマシなくらい心臓は高鳴り、苦しくてしょうがなかった。

「…ドキドキしたみたい…だね…。」

「っ!ち、違うの!わ、私が飛川さんを意識してるのは桜の夢のせいなの!」

明日香は自分の心情を香澄に当てられ、焦るように言った。

「桜の…夢?」

「そう。あの桜の木に登ってたの。夢の世界にに行ったと思ったら桜の木に座ってたの!それで、夢占いを調べたら恋が始まる予感だって書いてて、それを意識しちゃってるだけなの!」

明日香が身を乗り出すように喋った。それに合わせて、手に持っていたジュースの水面も揺れていた。

「あっちゃんって、占いとか影響される方だっけ?」

「と、時と場合によるの!」

「あっちゃん…。無理がある…よ?」

明日香の言い分に香澄は苦笑いを浮かべた。

「と、と、とにかく!私は飛川さんの事なんて好き…じゃない…多分…。」

「あっちゃん…。」

「っ!もう、この話は終わり!部屋に行くからね!」

明日香はそう言い切ると、持っていたコップを荒々しく机の上に置き、その変わりに、自分のカバンを持って、リビングから出て行った。そして、逃げるように自室に入ると、ベットに飛び込んだ。

「…うぅ…。」

枕に顔を埋めると、止め処なく涙が溢れていた。明日香がリビングから出る前に最後に見た香澄の心配そうな表情を思い出していた。きっと、自分が泣きそうな表情だったに違いない。

「なんで…。なんでなの?私、全然クールなんかじゃ無い!素直になれないただの意地っ張りじゃん…。皆に心配掛けて、バカみたい!」

明日香は気付いてしまった。香澄と話している時に口にした

 

「好きじゃない。」

 

この言葉を言った瞬間に、明日香の心臓は思いっ切り誰かに握られたような痛みを感じてしまっていた。

「私…好きになっちゃったんだ…。」

ごろっと転がり、天井を見つめた。涙のせいなのか、夜が近づいているせいか分からなかったが、見慣れている天井がいつもとは違って見えた。

 

 

 




仕事が落ち着いているうちに投稿出来て良かった…。

今年も後、僅かです。
1年間が年々早くなっている気がします。

とうとう、明日香ちゃんが恋心に気付きました。
恋をすると、緊張して喋れなくなる人がいたり、その逆でどんどんアピール出来る人もいたりしますよね?
恋愛をすると本当に十人十色な反応が見れて面白いなぁと思います。

感想&評価もお待ちしています。


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15話

深夜2時ともなれば辺りは真っ暗になり、ほとんどの人が眠りについている頃である。そんな中、明日香はと言うと、バッチリ起きていた。

「…寝れない。」

身体や精神的には疲弊しているはずだったが、頭の中は妙にスッキリしており、目もバッチリ開いていた。

「…寝なきゃ…。」

そう呟き、目を閉じてみる。しかし、目を閉じると、パッと素生の顔が浮かんできて、明日香はすぐに目を開くのであった。

「…これが、恋…なんだ…。」

素生の事を考えると心臓が高鳴る。身体が熱くなる。呼吸も早くなる。まさかこんな事になるなんて、素生の事が大嫌いだった頃の自分が聞いたらどう思うだろうか。

「…ふふっ。」

そんな事を考えていると、明日香は自然とニヤけてしまうのであった。しかし、翌日も普通に学校がある日であった為、いつまでもニヤけている訳にもいかず、目を改めて閉じて、無理矢理、寝ようとしていた。

「…ん?…何の音?」

深夜の静寂でなければ、絶対に聞こえないくらい小さな声みたいなものが明日香の耳に届いた。

「…本当に…何の音?…いや、声かな?」

もし声だとするならば、聞こえてくる可能性が高いのは横の部屋の香澄だろう。そう判断した明日香は身体を起こし、壁に耳を当てた。

「…ぐす。」

「え?お姉ちゃん?」

明日香は声の正体が香澄の泣き声だと気付くと、すぐにベットから降りて、香澄の部屋に小走りで向かった。

「お姉ちゃん。入るよ?」

部屋の前まで来た明日香は香澄の部屋から灯りが漏れているのを確認すると、慌てていたが、深夜という事を思い出し、なるべく小さな声で言い、ドアを開けた。

「あっちゃん?…どう…したの?…っ。明日学校だよ?早く寝なきゃ?」

「学校なのはお姉ちゃんもでしょ?そ、それよりどうしたの?」

明日香がベットに座っている香澄を見ると、香澄は膝に中学生の頃の卒業アルバムを置いており、涙を一生懸命、抑えている状況であった。

「な、なんでもないよ?…寝れなかっただけ…だよ?」

「泣いてるのが聞こえて、慌てて飛んで来たんだよ?なんでもないのに泣くの?」

明日香は香澄の部屋に入り、ドアを閉めた。

「それは…。聞こえちゃった…んだね。ごめんね?起こしちゃった?」

「ううん。私もたまたま寝れなかったから。」

明日香はそう言うと、俯きながら「そっか」と呟く香澄の横に座った。そして、香澄をギュッと抱き寄せた。

「…あっちゃん?」

「…いつものお返し…だよ。話してくれる?」

明日香は声を震わしながら言った。香澄を安心させる為、抱き寄せたが、手も小さく震えていた。

「あっちゃん?どうしたの?…寒い?…冷房、切ろうか?」

香澄は鼻声で、眉を八の字にしながら言うと、明日香は首を振った。

「違う。寒いんじゃない…。お姉ちゃんのそんな弱々しい姿を見てると…。前に喧嘩した事を思い出しちゃって…。」

明日香は香澄を抱き寄せている手に強く力を加えるた。

「…っ。そうだよね…。ごめんね。」

「だ、大丈夫…。それで…さ。なんで泣いてるの?」

「…あっちゃん…。結局、もっくんの事は好き…なの?」

明日香の質問に香澄は質問で返した。そんなやり取りに、明日香は一瞬、返答に詰まるも、小さく「うん。」と答えた。

「やっと…。認めた…。認め…ちゃった…。」

一瞬、笑顔を作った香澄だったが、言い終わる頃にはダムが決壊したように涙が溢れ出ていた。

「あれ…。なんでっ…。涙が…と、止まらない…。嬉しい…のに…。」

止め処なく流れる涙に香澄はなんとか言葉にした。

「お姉ちゃん…。」

「あっちゃん…。私…。失恋…しちゃった。なんかの雑誌で…みたけど…初恋って、叶わないんだね…。」

明日香の胸に顔を埋めながら弱々しく話す香澄に明日香はどんな言葉をかけたら良いか分からなかった。好きな気持ちに気付き、浮かれていた自分を殴りたい気分になっていた。

 

─────────────────────

それからしばらくして、香澄は顔をあげた。目は真っ赤になり、人相が変わるくらい腫れてしまっていた。

「あっちゃん。ごめんね?」

「ううん。お姉ちゃんは何も悪くないよ。」

ひとしきり泣いて、落ち着いたのか、香澄は苦笑いを浮かべた。

「はぁ。あっちゃんがもっくんの事、好きになったのなら、私は敵いっこないね。…ねぇ。あっちゃん。いつからもっくんの事が好きって気付いたの?」

「さっき…だよ。飛川さんの事、嫌いって言ったら、胸が締め付けられたように苦しくて…。嫌いって嘘でも言えないって事は好きなんだなぁって。」

明日香は頬を赤く染めながら言った。改めて、自分の気持ちを言葉にすると、恥ずかしくて仕方がなかった。

「そっか…。告白はするの?」

「こ、こここ、告白!?む、無理に決まってんじゃん!」

明日香は目を見開きながら言った。素生の事を想像しただけで恥ずかしくなるのに、告白なんて夢のまた夢のように感じていた。

「あはは…。はぁ~。」

「お姉ちゃん…。大丈夫?」

「私は大丈夫。…大丈夫だから。だから、あっちゃんは私の事は気にしないでね?失恋で凹んでるだけ…だから。」

香澄はニコッと笑うも、軽く突いただけで壊れそうなくらい、とても弱々しいものだった。

「また…。太陽が隠れちゃった…な。」

明日香が本当に小さく呟いた。あまりに小さい声だった為、香澄は「ん?」と聞き返したが、明日香は慌てて「なんでもない!」と言った。

「変なあっちゃん。…あっちゃんが好きって気付いたのってあの桜の夢のお陰だね。」

「そうなるのかな?…桜の夢…。あっ。」

「どうしたの?いきなり驚いた顔してるけど…。」

香澄とは対照的に柔やかな表情で喋っていた明日香だったが、急に目を見開いた。

「桜の夢…。私が最初に見た…。桜の夢って…。」

「最初に見た夢?なんだっけ?」

香澄は思い出してみたが、日にちが経っていた為、思い出すことが出来なかった。

「私ね。最初に、色の薄い桜の夢を見てたんだよね。色の薄い桜の夢占いって、好奇心が低下していて、されるがまま、世間に流されているらしいの。しかも、昨日見た桜も色が薄かったの。」

明日香は言い終わると、両手で顔を覆った。

「あぁ。そうだったね。…えっと、それで?」

香澄は明日香の言葉を聞いて、思い出したが、明日香が何を言いたいか理解まではしていなかった。

「…えっとね。私も、お姉ちゃんとか、最近見た桜に登る夢とかに…流されて、飛川さんの事を好きになっちゃってるだけなんじゃないかと…。」

先程まで、香澄を励ます方だった明日香だったが、今はすっかり、落ち込んでしまっていた。

「え、えっと…。桜の夢の事は分からない…けど…。」

あたふたしながら香澄は言うが、上手く言葉が出て来なかった。

「大丈夫…。ゆっくり考えて…みるから。」

明日香は「はぁ。」とため息をつきながら言った。

「そ、そう?なら…良いけど…。」

「うん…。えっと…。ゴメンね。お姉ちゃん。暗くしちゃって。」

「ううん。あっちゃん、気にしないで?さて!学校もあるし、早く寝よ?今…何…時…。」

香澄の言葉が途切れ途切れになった。

「お姉ちゃん?どう…した…の…。」

明日香は香澄の方を向いた時に気付いてしまった。カーテンの隙間から太陽の光が漏れており、雀が元気よく「ちゅんちゅん」と鳴いていた。

「お姉ちゃん…。どうしよう…。」

「…どうしよっか?」

香澄と明日香は苦笑いしながら言った。しかし、明日香の見えない位置にあった香澄の右手はギュッと握り拳を作っており、プルプルと震えていた。

 

─────────────────────

「おはよう…。」

制服に袖を通した2人はノソノソとリビングに降りていた。

「おはよう。」

いつものように朝食を作っていた母親は挨拶を返した後、2人の表情をマジマジと見ると小さく「はぁ。」とため息をついた。

「2人とも。明日はちゃんと学校に行くのよ?」

「…へ?」

母親の発言に2人ともポカンとしていると、母親はそれぞれの高校に欠席の電話をしていた。

「え、えっと…お母さん?」

「2人とも夜遅くって言うか、明け方までお喋りしてたでしょ?ダラダラ喋ってただけなら学校に行かすつもりだったけど、違うみたいだから今日は休みなさい。」

「なんで分かるの!?」

香澄は驚いたように言うと、母親は「顔」と一言で返した。明日香と香澄は顔を見合わすと、「はぁ。」と安心したように息を吐くと、リビングの椅子にゆっくりと身を預けるように座った。

「そうそう。あえて聞かなかったんだけど、最近、何があったの?大事な娘の事だから気にしてるのよ?」

流石は2人の母親である。最近の変化は全てお見通しであった。隠しているつもりはなかったが、まさかここまで母親が理解しているとは思ってなかった2人は苦笑いを浮かべた。

「まぁ、すぐにとは言わないから、話せる時に教えてね?」

母親はそう言うと、またせっせと朝ご飯を作り始めていた。完全に緊張の糸が切れた2人なリビングに顔を伏せると、そのまま静かに寝息を立て始めた。

「2人とも?ご飯、出来た…あらあら。」

母親は2人が仲良く寝ているのに気付くと、スマホを取り出して、パシャリと写真を撮るのであった。

「2人が何に悩んでいるかまでは分からないわよ?でも、2人が成長する為に悩んでいる事を願うわ。」

2人の寝顔を改めて見つつ、母親は微笑みながら小さく呟いた。そして、両手を広げると、2人の頭を優しく撫でるのであった。

 

─────────────────────

「…ん?」

明日香は目を覚ました。近くにあったスマホの電源を直ぐにONにし、時間を確認する。

「10時…。結局3時間寝たのか…。」

明日香は身体を伸ばしながら言うと、「ふぁ~。」と欠伸をした。机に伏せたまでは覚えているのだが、いつの間にか移動したのか、目覚めた時はソファーの上だった。チラッと横を見ると香澄はまだ寝息を立てていた。

「…はぁ。私は…本当に、飛川さんの事が好きなのかな?」

昨日の夜の確信はなんだったのかと聞きたくなるくらい、明日香の心は激しく揺れていた。

「あっちゃん?」

明日香が起きた物音で目を覚ましてしまったのか、香澄が寝転んだまま明日香に声をかけた。

「あっ。ごめん。起こしちゃった?」

「ううん。大丈夫…。」

香澄はそう言うと身体をうんと伸ばした。流石は姉妹と言ったところか、身体を伸ばした時の体勢はソックリだった。

「お姉ちゃんは、飛川さんを好きになったきっかけって何かあるの?」

「きっかけ?う~ん。これって言ったのはないよ?ただ、クラス替えで、始めて喋ってた時に、キラキラドキドキしたの。」

「…だから、私はそのキラキラドキドキが分からないんだって。」

明日香が苦笑いをしていると、香澄は首を傾げ「おかしいなぁ。」と呟いた。

「ねぇ?あっちゃん?」

「なに?」

「お腹…空かない?」

朝ご飯を眠ってしまった為、食べ損ねたので、香澄は空腹感を覚えていた。2人がチラッとテーブルを見るとラップが掛かった朝食が置いてあるのを発見した。

「私、食べるけど、あっちゃんはどうする?」

「…私、食欲ない。」

明日香はそう言うと、スマホを取り出した。そんな明日香を横目に、香澄は立ち上がると、リビングのテーブルに腰掛けた。

 

─────────────────────

「…お姉ちゃん。私ってさ。どんな性格なんだろ?」

香澄が朝食を食べ終わるのを待っていたかのように明日香は口を開いた。

「あっちゃんの性格?優しくて、しっかりしてて、可愛い!」

「…最後のは置いといて、私って優しいかな?しっかりしてるのかな?」

「急にどうしたの?…あれ?あっちゃん似たような事を前から言ってなかった?」

香澄は顎に指を置き、思い出すように言った。

「…そうだね。私、ずっと同じ事を悩んでるんだね。…昨日、改めて思ったんだけど、夜にさ、お姉ちゃんから飛川さんの事、好きってリビングで聞かれた時に、嫌いって答えたじゃん?」

「うん。」

「あの時、私って、素直じゃなくて、皆に迷惑かけてるって思ったの。私は人からクールとかしっかりしてるとか言われるんだけど、全然そんな風に私は思わなくて…。私ってどんな性格なんだろうね。」

「あっちゃん?」

「自分の事が分からないのに、将来の夢なんて見つかる訳ないよ…。」

明日香は目からポロポロと涙をソファーに落としていった。

「あっちゃん…。本当にどうしちゃったの?」

「桜の夢のように私ってずっと世間に流されて生きて行くのかな?」

「あっちゃんは優しいよ?私が泣いてるのに気づいて部屋まで来てくれたんでしょ?それって優しくないと、来ないよ。」

香澄が口を開くと明日香は「たまたまだよ。」と言った。

「さくらちゃんを保育園に迎えに行ったのだってそうだよ。あれもさくらちゃんが心配だったからでしょ?」

また香澄が口を開くが明日香は「気分が乗っただけ。」と答えた。

「あっちゃん…。」

「はぁ。私って…どうなるんだろ…。」

「いい加減にしてっ!」

明日香がソファーに横に倒れるように横になると、頭上から香澄の怒号が響いた。香澄の声はリビングに木霊し、家が揺れるような錯覚を明日香は感じていた。

 

 




インフルエンザが流行っているので気を付けましょう!

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16話

「いい加減にしてっ!」

香澄の怒号が響いて、明日香はかなり驚いていた。ゆっくりと顔を上げ、香澄の表情を見ると、眉間に皺を寄せていた。こんな顔、喧嘩した時以来だなと思った明日香は「なに?」と言い返すのが精一杯だった。

「将来の事が不安!?自分が分からないから不安!?ふざけないで!」

「わ、私はふざけてなんてない!!」

明日香は一生懸命、言い返したが、普段、優しい姉が、怒っている姿に身体が震えた。

「将来の事なんて誰も分からないじゃん!私だって、将来どうなっているかなんて分からないよ!だから今、頑張ってるんでしょ!不安だから頑張るんでしょ!私はポピパで武道館に立つためにギターも歌も作詞も頑張ってるんじゃん!」

香澄の声は普段、ボーカルをやっているお陰か、かなり大きい。その大きい声で迫られれば、大抵の人間はビクビクするはずだ。実際、明日香もかなりビクビクしていたが、声を震わせながら言った。

「…お姉ちゃんは…将来の夢があるから…そんな事…言えるんだよ。」

「関係ないっ!良い大学に行きたいって言ってたじゃん!それも立派な夢じゃん!なんで分からないの?」

「それは…皆…思うことだよ。」

「別に良いじゃん!一緒じゃダメなの!?私の…いや、私達の夢…。多分何万人といるよ?」

香澄は叫んだ為か、肩で息をした。流石と言って良いか分からないが、Poppin`Partyのボーカルである香澄の声は前回の旭湯同様、部屋をビリビリと震わせた。

「うるさいっ!」

香澄の叫び声に負けないくらい明日香も叫んだ。

「お姉ちゃんに私の気持ちなんて分かる訳がないよ!」

「分からないよ!分からないけど、そんなウジウジ悩むなんてあっちゃんらしくない!」

「じゃあ、私らしいって何!?教えてよ!」

「だから、優しくてしっかりしてるって言ってるじゃん!」

香澄と明日香は叫びあっていた為、疲れたのか、肩で息をしていた。そして、疲れた二人は怒るのを止め、だんだんと冷静になっていた。

「あっちゃん…ごめんね。」

「…なんでお姉ちゃんが謝るの?はっきりしない私が悪いから…。」

「ううん…。言い過ぎた…。また怒鳴っちゃって…ごめん。」

香澄は息を吐きながら、ゆっくりとソファーに腰掛けた。それを見た明日香もゆっくりとソファーを背もたれ替わりにするように床に座った。

「…なんか…疲れた…。」

明日香が呟くと、香澄も「私も…。」と苦笑いしながら答えた。

「お姉ちゃん…。飛川さんに相談したら答えてくれるって言ったよね?…それ、本当なの?」

「うん。ちゃんと聞いてくれるし、ちゃんと答えてくれるはずだよ。私が中学の時、いっぱい悩みを聞いて貰ってたから。」

香澄はそう言うと、目を細めた。明日香からは香澄が中学生の頃を思い出しているように見えていた。

「お姉ちゃんが中学生の頃って、何に悩んでたの?」

「へ?進路だよ?高校、何処にしようかなって。」

「え?」

明日香は驚きながら香澄を見た。

「あれ?あっちゃんに話した事、無かったっけ?」

香澄が首を傾げながら言うと、明日香は「初耳だよ」と呟いた。

 

─────────────────────

「LINE…既読にもならないなぁ。」

素生は机の下で、先生に隠れながらスマホを触っていた。現在、素生の学校では4時限目の真っ最中で、他の学生達は空腹と戦っている状態であった。

「明日香ちゃん…体調悪いのかな…?朝、LINEしたけど…。せめて、既読付かないかな?心配になるじゃん。」

昨晩、会った明日香の様子がかなりおかしかった為、素生はかなり心配していた。

「顔も赤かったし、額も熱かったし、風邪かな?う~ん…。待てよ…。明日香ちゃん、俺が額に手を置いた時、めっちゃ嫌がってたような…。あれ?ひょっとして、俺ってめっちゃ嫌われてる?」

素生はそう呟くと、ため息をついた。

「はぁ。とりあえず、明日香ちゃんに意識して貰おうと、告白してみたけど…。やっぱり、本当に俺の事が嫌いなのかな?」

スマホを再び開いてLINEのアイコンをタップする。そして、スマホに目を落とすと、明日香からLINEが届いている事に気づいた。

「やっと見てくれた。」

思わず叫びそうになったがなんとか抑え、ゆっくり深呼吸をした。

 

“今日…。会えませんか?”

 

短い文章であったが、素生のテンションをあげるには充分だった。顔は緩み、ニヤニヤとしていた。

「と~び~か~わ~…。」

素生はビクッと肩を震わわすと、ゆっくりと見上げた。

「せ、先生?な、な、なんですか?」

「なんですか?じゃない!お前!俺の授業で、スマホを弄るなんて良い度胸してるな…。さっきから、眉をひそめたり、ニヤニヤしたり気持ち悪いんだよ!」

「な、なんで先生、分かったんですか?」

「当たり前だろ!?お前の席、教卓の前だからな!後で職員室な!?」

教師が素生の机をバン!と叩く。教室からはクスクスと笑い声が素生の耳に届いていた。

 

─────────────────────

休みだと1日が早く感じる。多くの人はきっと感じるであろう。明日香も例外には漏れず、自室のベッドの上で、天井を見ながら過ごしていた。もう少し寝ようと考えての行動だったが、結局、寝る事は出来なかった。

「はぁ~。」

明日香は最早、癖になっているため息をついた。悩みが解決しないからなのか、それとも寝不足のせいなのか分からないが、頭の中はメリーゴーランドのようにグルグル回っていた。子供の頃、あれだけ楽しかったメリーゴーランドの回転も今の明日香には不快なものでしか無く、顔を顰めていた。

「…来てくれる…のかな?」

明日香はスマホを見ながら呟いた。香澄からのアドバイスで、相談に乗って貰おうと素生にLINEを送っていたが、既読のままで返信はなかった。

「…会いたい…のかな?」

明日香はスマホをギュッと握るとそのままスマホをおでこに当て、目を軽く瞑った。そして、思考はそのまま素生で埋められていった。

「(私は本当に飛川さんの事が好きなのかな?夢占いの通り、世間に流されているだけなのかな?はぁ…。昨日はあんなにドキドキしたのに…。なにやってんだろ…。)」

考え事を始めれば負の連鎖に陥ってしまう状況に明日香はまた「はぁ~。」とため息をついた。しかし、深いため息とは裏腹に明日香の表情はニヤけていた。

「…ふふっ。飛川さん、まだかな?」

さっきからテンションが上がったり下がったりと忙しい明日香。悪いことばかり考えるよりは良いかと、とりあえず思うのであった。これが俗に言う現実逃避である。

「…でも、飛川さんから返信ないなぁ…。」

明日香はそう呟くとキッとスマホを睨んでみた。睨まれたスマホに感情があるのなら、「そんなに睨まれても…。」と思うであろう。そんな事を思いながら、明日香は再び、静かに目を閉じた。手にはしっかりスマホが握られており、いつ素生から返信が来ても良いように準備し、深い眠りにつこうとするのであった。

 

―――――――――――――――――――――――――――

スマホを授業中に使用したことが教師にバレてしまい、放課後、説教を受けてしまった素生。全面的に素生が悪いのだが、解放された時太陽が半分、隠れてしまっていた事に気づくと、素生は、説教をした教師を心から恨んだ。急いで明日香に「今から行く」と返信をし、全力疾走で戸山家に向かったのだった。

「着いた…。」

野球を辞めてからなかなか全力疾走をする機会が少ない為か、膝に手を当て、なんとか呼吸をしている状態だった。しかし、いつまでもその体勢になっている訳にもいかず、無理矢理、身体を起こすと、インターホンのボタンをゆっくりと押した。「ピンポーン」という機会音が響き、その直後に「はぁーい!」と元気な声が素生の耳に届いた。

「どちら様ですか?…あっ!もっくん!」

「や、やぁ。戸山さん…。」

「こんにちは!あっちゃんに用なんだよね?」

「うん。LINE貰ったから…。相談があるんだよね?」

「うん。あっちゃん、かなり悩んでるから。とりあえず、上がって!」

香澄が手招きをしながら言うと、「お邪魔します。」と言いながら素生は何日か前に来た戸山家に上がるのであった。

「あっちゃん、寝てるみたいだから、ちょっと待てる?」

「待つのは大丈夫だけど…。明日香ちゃん体調悪いの?」

「ううん。体調は大丈夫と思うけど…。心が…ね?」

玄関からリビングまで香澄と素生はゆっくり会話しながら歩いた。そして、リビングに通されると、素生は香澄の案内に従い、ソファーに腰かけた。

「何か飲む?」

「ありがとう。冷たいお茶が良い!走ったから、暑くて…。」

素生の言葉を聞き、香澄は頷くと、台所へ向かった。

「…明日香ちゃんの悩みって、戸山さんは知ってるの?」

「…一応知ってるよ。」

「何?」

「それはあっちゃんから聞いてよ。…はい、お茶。」

「…ありがとう。」

素生はお茶を受け取ると直ぐに口を付け、一気に喉の奥に流していった。火照った身体の中心から冷されていく感覚に素生は気持ちよさを感じていた。

「もっくん、何かあった?」

「ん?何かって…?」

「いや、なんか疲れてそうだったから…。それに、走ってきたって。」

「あぁ。それは…。授業中にスマホ弄ってたのがバレて、放課後に怒られて遅くなったから、走ってきたからだよ。はぁ。やっぱり運動してないと体力落ちるね。」

素生は苦笑いしながら言った。自分の失敗した話しに、香澄も笑ってくれると思っていた。しかし、香澄は真顔のままだった。

「戸山さん?」

「…香澄。」

「へ?」

「香澄って呼んでよ。」

香澄はそう言うと素生の近くまで移動した。

「戸山…さん? 」

「だから、香澄って呼んでよっ!」

香澄はそう叫ぶと、唖然とする素生に抱きついた。しかも、それだけでは足りないと言っているように、素生の足を跨ぎ、膝の上に乗って抱きしめた。

「ち、ちょっと!ま、ま、待って!」

「なんで…。なんであっちゃんなの!?私…もっくんの事…大好き…だよ?」

香澄はそう呟きくと、素生の肩に手を回し、ギュッと強く抱きしめた。

「…戸山さん…。俺は戸山さんの思いには答えられない。」

「分かってる!」

素生が静かに香澄の告白に答える。その瞬間、香澄は叫んだ。抱きしめられ、素生の左耳の側で香澄が叫んだ為、素生の脳はブルブルと揺らされているようだった。

「と、戸山さん…。耳元で…叫ばないで…。」

「へ?…あっ。ご、ごめん…ね。」

香澄は俯きながら言うと、ゆっくりと素生の膝から降りた。

「戸山さん…俺は…。 」

「分かってるよ…。あっちゃんが好きなんでしょ?」

「…おぅ。」

「ねぇ…。あっちゃんのどこが好きなの?」

香澄は素生とは反対側のソファーに座った。素生がチラッと香澄を見ると、香澄の目は涙でいっぱいになっており、いつ涙のダムが決壊してもおかしくない様子だった。

「…明日香ちゃんの笑顔が見たいから…。」

「あっちゃんの…笑顔?」

「そうだよ…。明日香ちゃん。俺には笑顔を向けた事が無いんだけど…。1度だけ、えっと。六花ちゃんだっけ?あの子に笑顔を向けているのを見たことがあって、その笑顔が可愛いなぁって…。」

「あっちゃん、嫌ってたもんね。」

「…今も嫌われてそうだけどさ…。それに、さくらに向ける笑顔は本当に優しくて、暖かい笑顔なんだよ。その笑顔が見たいなぁと会う度に思うようになって…。気づいたら好きになってた。」

素生は言い終わると、両手で顔を隠した。

「そんなに照れなくても。」

「照れてねぇ!」

「耳…真っ赤だよ?」

香澄の言葉に素生は両手を直ぐに耳に当てた。そうすると、勿論、素生の顔を隠していたものが無くなり、茹で上がったタコのような色に染まった素生の顔を見る事ができた。

「……あっちゃん。起こしてくるから待ってて。」

素生の顔を見た香澄は少し俯きながら立ち上がった。そして、リビングの出口へと向かった。

「は、はい…。」

素生は、初めて明日香を好きになった理由を他人に話した恥ずかしさと、照れた顔を見られた恥ずかしさに「もう…嫌…。」と呟くのであった。

 

―――――――――――――――――――――――――――

素生をリビングに置いたまま、香澄は明日香の部屋に入った。太陽がすっかり沈んでしまった部屋の中は闇が支配しつつあった。その闇の中から「すぅ…。すぅ…。」と可愛い寝息が聞こえていた。

「あっちゃん。あっちゃん。」

香澄が明日香の横腹と太ももを持つと左右にユサユサと揺らし始めた。しかし、明日香は起きる気配がなかった。

「やっぱり…起きないか。」

ほぼ、毎朝、明日香を起こしている香澄は、明日香がなかなか起きない事を理解していた。かなり寝起きの悪い妹に姉はそれでも、根気良く起こし続けている。

「あっちゃん?あっちゃんってば!……戸山明日香!起きろーっ!」

とうとう痺れを切らした香澄は明日香の顔の近くで叫んだ。何回か説明したが、ボーカルである香澄の声は大きくて、よく通る。そんな声で起こされた明日香は「キャー!」と叫んで、勢い良く、身体を起こした。

「な、ななな、何!?」

明日香はまだ寝ぼけているのか、真っ暗になり始めた自分の部屋をキョロキョロと見渡していた。すると、突然、目の前が明るくなり、思わず目を右腕で覆った。

「あっちゃん?起きた?」

香澄の声が明日香の耳に届くと、ここでやっと意識がちゃんとして来て、香澄が起こしてくれた事を理解し、ゆっくりと右腕を下げたが、急に明るくなった部屋ではなかなか目が慣れず、顰めっ面なままだった。

「お姉ちゃん…。今、何時?」

「18時半だよ。あっちゃん、もっくんが来てるよ?」

香澄が業務連絡のように淡々と言うと、明日香は目を見開きながら香澄を見た。そして、慌てたようにスマホを見ると、LINEの受信を伝える通知が来ていた。

「スマホ握ってたのに気付かなかった!い、今、飛川さんは?」

「リビングだよ?」

香澄はリビングがある方に目を向けながら言った。明日香はすぐに立ち上がると、姿鏡の前に立った。

「うわっ。最悪…。凄い寝癖…。お姉ちゃん!どうしよ!?」

「大丈夫だよ。それより、もっくん、かなり待たせてるから早く行った方が良いよ?」

「え?マジ!?なんで早く起こしてくれなかったの!?」

明日香は香澄に向かってそう言いながら、急いで1階に降りて行った。香澄はそれを横目で見ると、明日香の部屋の電気を消して、自分の部屋に向かった。部屋に入ると、当然真っ暗であったが、香澄は気にすることなく、ベットに倒れ込み、ギュッとシーツを掴んだ。

「やっぱり…フラれちゃった…。」

香澄の呟きは闇の中に響き、そしてタバコの煙のように少しずつ、溶けていくのであった。

 

 

 

 




かなり物語は進みました。
気づけばもう16話です。
これから、明日香はどのような選択をするのか、そして香澄と明日香の仲はどうなるのか。
17話ではまた大きく進展します。
期待しないで待ってて下さい!笑


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17話

素生はチラチラリビングの扉を見ていた。なかなか降りてこない戸山姉妹を心配していたのだった。

「……戸山さんが俺の事、好きだなんて全然気付かなかった…。今になってなんかドキドキしてきたなぁ。」

自分は意識していなかった人でも好きと告白されれば誰しも嬉しいものであろう。素生もその例外に漏れず、思わずニヤニヤしていた。

「キャー!」

「なんだなんだ!?」

そんなだらしない表情を浮かべていた素生に喝を入れるように、戸山家の2階からもの凄い叫び声が聞こえた。あまりの声に素生はどうしたら良いものか、キョロキョロと周りを見ていた。すると、すぐに2階からバタンという音が響いたと思うと、もの凄い勢いで階段を降りる音がリビングに響いた。

「と、飛川さん!す、すみません!」

「お、おう。大丈夫なの?なんか凄い叫び声が聞こえたけど…。」

「お、お姉ちゃんが何時もとは違う起こし方をしたもので…。すみません。」

明日香はバツの悪そうな表情を浮かべると、ぺこりと頭を下げた。

「そ、そっか。」

「今日は急にすみませんでした。」

「いやいや。大丈夫だよ。明日香ちゃん、昨日、様子がおかしかったけど…大丈夫なの?」

「そ、そ、そ、そ、それは…だ、だ、大丈夫じゃない…です…。」

素生に悩みのことを振られると、明日香は身体の中がカーッと暑くなっていった。

「本当に大丈夫?」

「だ、大丈夫れふ…。」

明日香は目を泳がせ、言葉も盛大に噛んだ。

「(だ、ダメだ!い、意識したら…喋れない…。)」

と思い、目をギュッと瞑った。

「…まぁ、大丈夫なら良いけど。相談って何?お姉さんから心が大丈夫じゃないって聞いたけど。さくらが沢山お世話になっているから、出来れば力になりたい。まぁ…でも、俺、バカだから解決までしてあげられないかもだけどさ。話をするだけでも楽になるかもだから、話てくれる?」

素生はそう言うと、立ったままの明日香をソファーに促した。明日香は自分の家なのにと思いながらも、ゆっくりとソファーに座った。自分の家のいつも座っているソファーなのに、座り心地が悪く、気持ち悪さを感じていた。

「ありがとうございます…。あ、あの。飛川さんは…夢占いとか…信じますか?」

「…夢占い?」

素生は明日香からの斜め上の相談に、目を丸くした。

「い、い、いきなり変な事言って…すみません。実は…。桜の夢をよく見るんです。」

「さくらの夢?」

「い、いえ。さくらちゃんの夢じゃなくて桜の木の夢です。」

「あぁ。そっち。それで?桜の木の夢って悪い夢なの?」

素生に…いや、一般の人が桜の夢占いなんて知る由もない為、明日香に聞いた。

「あの、最初は色が薄い桜だったんです。色が薄い桜は好奇心の低下や世間に流されている予兆らしいんです……。」

明日香は今までに見た、桜の夢を素生に語った。色が薄い桜、一気に散る桜の夢、靄が包み込む夢、季節外れの桜の夢…。明日香は語りながら、本当に色々な夢を見ているなぁと感じた。

「なるほど…。」

聞き終わった素生は腕を組みながら唸るように言った。

「飛川さん?」

「この夢は…夢占いでは当たってるの?」

「いえ。100%ではありません。でも、予兆する夢の後にはだいたい、それっぽい出来事はありました。」

「…そうか。明日香ちゃんは将来の夢が無くて悩んでるんだよね?」

「…はい。」

「気を悪くさせたら悪いんだけどさ…。将来の夢って本当に必要かな?」

素生は明日香の顔を見ながら言った。自信がないのか、素生の表情は困った様子だった。

「…必要だと思います。お姉ちゃんはポピパの

…バンドメンバーの皆と武道館を夢見てました。…それが、とても眩しくて、羨ましくて…。」

明日香は目線を下げると、視界がボヤけている事に気づいた。自分の思いを言葉にすると、ナイフのが胸に刺さっているような感覚に陥っていた。

「明日香ちゃん。考え過ぎじゃない?」

「へ?」

「いや、そりゃ…もちろん、夢を持ってて、その夢に向かって行けたら良いんだろうけどさ、そんな簡単なものじゃないだろ?…現に俺だって、夢、叶わなかったし…。」

「飛川さんの夢って何だったんですか?」

「プロ野球…選手だよ。結構、マジでなれると思ってたんだけど…。」

素生は恥ずかしいのか、ニヤッと笑いながら頭を搔いていた。

「…プロ野球選手を目指してたのに、あんな理由で怪我をしたんですか?」

明日香は今まで泣きそうだった涙がすっかり引っ込み、ジト目で素生を見た。

「あはは!明日香ちゃんには確か、砲丸投げの球を投げて遊んでって言ったよね?それだけじゃ肩は壊れないよ。」

「じゃぁ、なんでですか?」

「…自分で言うのはあれだけど…。俺、なかなかのピッチャーだったんだよ。お姉ちゃんに聞いてない?」

「確か…秘密兵器だったと。」

明日香は過去の記憶をなんとか思い出し、口に出した。明日香の言葉に素生は苦笑いを浮かべた。

「秘密…兵器か…。まぁ、秘密のまま終わったけど…。多分、怪我をして無かったら、3年生の時はエースだったはずなんだよ。1年生の時から試合で投げてたしね。俺は普通にしているつもりだったけど、先輩達は面白くなかったみたいでね。それで、嘘の練習メニューを知らされてたんだよ。」

「…どう言う事ですか?」

野球に詳しくない明日香は素生の言葉を理解出来なかった。その様子を見た素生は明日香に分かりやすく説明するために、腕を組んで「う~ん。」と唸った。

「えっと…。例えば、練習メニューが50球の投げ込みなのに、先輩から伝えられたメニューは200球だったりしてたの。んで、投げ過ぎで左肩は使い物にならなくなったんよ。」

「…酷い。飛川さんは…その時、先輩達を恨まなかったんですか?」

「恨んでないよ?その程度で壊れるくらいなんだから、それまでだったんだよ。」

「そんな…。」

素生の話を聞き、明日香は自分のように悔しがっていた。

「…で、話を戻すけどさ、俺は夢は絶たれてしまった訳だけど…。野球が出来なくなった時は…まぁ、ショックだった。それでも、日常は何も変わらなかった。母親がいて、さくらがいて、クラスメイトがいて。」

「えっと…。何が言いたいんですか? 」

要領を得ない素生の話に、明日香は首を傾げた。

「ごめん。俺、やっぱりバカだからさ。話すのが下手なんだよね…。だから、えっと、つまり…う~ん。」

「焦らせてごめんなさい。私が相談に乗ってもらってるのに…。」

明日香が焦ったように言うと、素生は「いやいや。」と手をヒラヒラと前に振った。その後、素生は再び、腕を組み「う~ん。」と唸り出した。素生の考えがまとまるまで、明日香はじっと待っていた。

「…明日香ちゃんは、勉強、頑張ってるんだよね?」

突然、素生が口を開いた為、明日香は焦るように返事をした。

「はい。頑張っているつもりです。中学は花女だったんですけど、高校から羽丘を受験したのもその為です。いい大学に行きたいので。」

「…凄いじゃん。」

「いえ…。誰でも思うことなので…。」

「そんな事、無いんじゃない?確かに、明日香ちゃんが考えてることを思う人は沢山いるだろうけど、実際に行動出来ているのは凄いと思うよ。」

「そうで…しょうか?」

「俺はそう思うな。それに、将来の夢がなくても、大学とかで将来の夢が出来た時に、いい大学に入ってたら、夢が叶う確率が高いじゃん。明日香ちゃんは将来の夢が出来た時に、それを実現する為の準備を今、自然としてるんだよ。」

素生はニコッと笑いながら言うと、明日香は目を丸くして顔を上げた。

「えっと…。びっくりした顔をしているけど…。変な事言った?」

「い、いえ…。そんな事、考えもしなかったので…。」

「あぁ。なら良かった。的外れな事を言ったのかと思ったよ。」

素生がまたニコッと笑いながら言った。

「私…。将来の夢を持てなくても大丈夫なんですね。」

「今はね。将来、仕事とかしないといけないから、なりたい自分を持っといた方が良いとは思うけど、今は良いんじゃないのかなと俺は思うよ。それに、高校1年生で、明確に将来の夢を持っている人が少ないんじゃない?だから、明日香ちゃんは、今まで通り、勉強を頑張ったら良いんじゃない?」

「…私は将来…やりたいこと…夢が見つかるでしょうか…?」

「それは分からないよ。未来のことなんて誰も分からない。明日のことも分からないんだから。だから、今日を頑張ればいいんじゃないかな?まぁ、俺が言えた口じゃないけどね。」

素生は苦笑いを浮かべながら言った。

「…飛川さんは、夢って…ありますか?」

「それを聞いちゃうか…。ぶっちゃけ、夢らしい夢はないかな?ただ、高校卒業したら働いて、さくらを1人前になるまで援助したいかな。だからって毎日、明日香ちゃんみたいに努力している訳じゃないよ。ただ、毎日が楽しかったら良いなぁって思ってる。」

素生は自分の将来像を話しているのが恥ずかしかったのか、目線を下げて話していた。そして、話終えると顔を上げ、明日香の方を見た。

「…大丈夫?」

「グスッ…。」

明日香は泣いていた。今までも何度か泣いていたが、今までの涙とは違い、苦しさや悲しさから出る涙とは違うものであった。

「…飛川さん…。ありがとう…ございます。」

明日香は一頻り泣いた後、指で涙を拭きながら言った。

「少しは役にたった?」

「少しどころか、凄くです。胸に刺さっていたナイフを抜いて頂けたような感じです。」

「あはは!それは良かった。明日香ちゃん、だいぶ、表情が良くなったよ。…昨日はどうしたのかと思ったよ。俺、明日香ちゃんに嫌われたかと思ってたからさ。」

「あぁ…。ご、ごめんなさい。」

「あれはなんだったのさ。おでこに手を当てた瞬間、逃げるんだもん。こっちもビックリしたよ。」

素生はそう言うと、肩をすくめた。言葉で表すなら「やれやれ」と言ったところか。

「わ、私だってビックリしましたよ。い、いきなり手をおでこに当てるんだもん…。い、今までの最低な言動を思い出して下さい!け、警戒も…します。」

明日香は昨日の出来事を思い出し、顔を赤く染めた。本当にそんなことを思ってる訳では無い。明日香は心の中ではまだ私の思いは伝えられないなぁと思っていた。

「それは…ごめんなさい。」

「もう、良いですよ。終わったことです。…それにしても、あの私を苦しめた桜はなんだったんだろ…。」

「あっ。それなんだけどさ。明日香ちゃんが見た色の薄い桜って、これ?」

素生は慣れた操作でスマホをタップすると、画面を明日香に向けた。そこには真っ白な桜が映し出されていた。

「これです!そっくりです!この桜って…。」

「高桑星桜って言うんだよ。真っ白な桜で星の形から願いの花とも言われているんだよ。」

「…綺麗。」

画像だけで、これだけ綺麗なのだ。実際にみたらどれだけ綺麗なのだろうと明日香は思った。

「綺麗だよな。…この高桑星桜は妹のさくらの名前の由来なんだよ。」

「この…さくらが?」

「そう。死んだ親父が好きな花で、皆の願いを叶えるような人になって欲しかったんだって。」

「そうなんですね。」

明日香はもう1度、高桑星桜の画像を見た。何回見ても、綺麗と言う感想を浮かべ、あんなに苦しめられたのに、こんな綺麗な桜の夢を見れてラッキーとさえ思っていた。

「あれ…。でも、私…。なんで、この桜の夢を?夢って事は、私はこの桜を知っていたの?」

「あぁ。多分だけど、俺の家から明日香ちゃんの家に向かう時に、途中にある桜並木があるじゃん?」

「あぁ!ありますね。」

「あれが、実は、高桑星桜なんだよ。何となく見てて、記憶に残ってたんじゃない?」

素生はそう言うと、桜並木を思い出しているのか、目を瞑った。

「春になったら見れるんですか?」

「見れるはずだよ。まだ秋にもなってないけど、見に行く?」

「…はい。是非。」

素生のお誘いを満面の笑みで明日香は答えた。その笑顔を見て、素生は目線を明後日の方向に向けた。素生の心臓はロデオに乗ったように暴れており、明日香に聞こえるのではないかと、内心焦っていた。

「飛川さん?どうしましたか?」

「へ?な、なんでもないよ!」

素生は声を裏返しながら返事をした。そんな反応をした素生に明日香は首を傾げていた。

「あっ。そろそろ帰らなきゃ。」

素生は戸山家にかけてある変哲もない時計を見て言った。

「さくらちゃん…待ってますか?…その変を考えずに急に相談に乗ってもらってすみませんでした。」

「ううん。今日は大丈夫だよ。母親が休みだから。」

「へ?今日、大丈夫なんですか?」

「う、うん。平気だけど…。明日香ちゃんの家がダメでしょ?もう19時過ぎたし。」

「…ダメ。」

「ごめん。聞き取れなかった。なんて言ったの?」

素生は申し訳なさそうな表情を浮かた。明日香はゆっくり立ち上がると素生に近づいた。何も言わない明日香に素生は「明日香ちゃん?」ともう一度、名前を呼んだ。ソファーに座ったままの素生は側に来た明日香を見上げる形になっていた。

「帰ったら…嫌…。」

明日香は呟くように言うと、素生の隣に座り、ギュッと抱きしめた。

「明日香ちゃん!?ど、どうしたの!?」

「…飛川さんの話しの中に、明日の事は分からないから今日を頑張るってありましたよね?」

「う、うん。言ったね。改めて言われると恥ずかしいね。」

「…それを聞いて、『明日ありと思う心の仇桜』って言うことわざを思い出したんです。」

「…初めて聞いたなぁ。…意味は?」

「簡単に言うと咲いていた桜が明日も咲いているとは限らない。だから、今日、やれる事は今日のうちにやろうという意味です。なので…。私も今日、やれる事は今日のうちにします!さっきまで、伝える事は無理と思ってましたが、それではダメなんです。」

「う、うん?そうなんだ…。そ、それでなに?」

「……ふぅ。……飛川さんっ!」

明日香は抱きしめていた手を解き、素生の顔わ真っ直ぐ見た。

「好きですっ!」

明日香の香澄にも負けない大声がリビングに響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 




またいい所で終わっちゃいました。
今回の話は素生と明日香の会話をする場面のみになりました。
素生くんはバカですが、やるときはやる男です笑


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18話

翌日、2日連続休む訳にはいかないと、きちんと寝て、明日香は登校していた。午前中の授業が終わり、いつものように六花と昼食をとっていた。

「明日香ちゃん。…体調悪いの?」

「へ?朝、言ったじゃん。昨日、休んだのは体調不良じゃないよって。」

明日香はそう言うも、六花は腑に落ちない様子で、首を傾げながら弁当の蓋を開けた。

「六花?何か言いたい事があるの?」

「…えっと…。」

「はっきり言いなよ。」

明日香の言葉に目を明らかに逸らしながら戸惑う六花。六花の言いたい事が分からず、明日香は首を傾げた。

「あ、あのね…。なんで、そんなに機嫌がいいの?」

「え?」

「だから、なんで機嫌がいいの?ずっとニヤニヤしてるよ?授業中もニヤニヤしてて…気持ち悪い…。」

「六花!?」

「ひっ!」

「あっ…。ごめん…。大声出しちゃった。」

明日香はそう言いながら、買ってきたジュースのパックにストローを刺した。ニヤニヤしていると言われ、頬を密かに動かし、普通の顔に戻るように意識していた。

「それで…。なんで、機嫌がいいの?」

「…飛川さんと付き合うことになったから…。」

「そっか。飛川さんと…って…えぇっ!」

六花は食べようとしていた唐揚げをポロッと落とすと、立ち上がり、叫び声をあげた。

「ち、ちょっと!六花!?驚き過ぎだよ!」

「驚くよ!だって、大嫌いって言ってたよね!?」

「あ、あの時は…嫌い…だっただけで…。」

「いつ、好きって気づいたの?」

「えっと…。一昨日…かな?いや…。」

「どうしたの?」

六花の質問に明日香は考え込んでしまった。はたして、自分はいつから好きだったのか。本当に一昨日、考えこんだ時なのか。

「えっとね…。かなり前から…す、好きだったかも…?」

「え?だって、大嫌いって…。」

「う、うん。そう言ったけど…。よくよく考えたら…。」

明日香は言葉を切ると、両手で顔を覆った。明日香の様子に六花は泣き出したと慌てたが、明日香の耳が真っ赤な事に気づき、照れているだけと思い直していた。

「それで、いつから好きなの?」

「多分…。ちょっと前に、飛川さんに好きって言われてから…かも…?」

「そうなの!?」

「もぅ、わかんない!」

明日香はそう言うと、下を向いた。しかし、表情はニヤけており、かなりだらしなくなっていた。

 

―――――――――――――――――――――――――――

一方、その頃香澄は、ベットに横になっていた。明日香は元気よく、学校に向かったが姉である香澄は、とても学校に行く気になれず、休んでしまっていた。

「…みんな心配してくれてるなぁ。」

香澄はPoppin`Partyのメンバーから届いていたLINEをスクロールしながら読むと小さく、ため息をついた。

「…それにしても…。みんな、驚き過ぎだよ。」

香澄は「大丈夫?」と言うLINEに対して「好きな人にフラれた。明日は行く。」と返信していた。そして、既読が付いたかと思うと、一斉に「はぁぁぁ!?」や「嘘!?」や「あの香澄が!?」と反応が返ってきたのだった。

「私が恋してたのって、そんなに意外なのかな?そう言えば、あっちゃんも驚いてたっけ…。」

香澄はまた小さくため息をつくと身体を起こした。

「あっちゃん…。もっくんとどうなったんだろ。昨日は、聞けなかったからなぁ。」

香澄は昨日の夜、明日香を起こし、自分の部屋に戻って、ベットにダイブし、一頻り泣くとそのまま眠ってしまったのである。なので、明日香と話せずにいた。

「…早く、帰って来ないかな。気になる…。」

香澄はそう呟くと、自分の相棒とも呼べるランダムスターを手に取った。適当にコードを押さえ、ジャカジャカと鳴らしていた。

「…ちょっと鈍っちゃったかな?色々あって弾いてない日も多かったもんなぁ。」

香澄は弾きながら、違和感を覚えていたが、その違和感も、15分も弾けばすっかり無くなっていた。

「はぁ。もっくんの事もこの違和感と同じくらいスッキリすれば良いのに。」

アンプに繋いでいないエレキギターの音はとても貧相に聞こえるが、今の香澄にとっては、丁度良い音の大きさなように感じていた。

 

―――――――――――――――――――――――――――

「…お兄ちゃん?」

「どうした?さくら?」

「学校…お休みにして…ごめんなさい。」

「大丈夫だって!気にせず寝てなって。お兄ちゃんが傍にいるから。」

素生はそう言うと、布団に入っているさくらの頭を撫でた。額には冷却シートが貼ってあり、さくらの顔も桜色を通り越して、赤くなっていた。ここまで書けば分かると思うが、さくらは熱を出してしまっていた。

「…お兄ちゃん?」

「どうした?」

「…ニヤニヤしてて、気持ち悪い…。」

「さくら!?ニヤニヤなんてしてないぞ?」

「してるもん。」

ぷくっと頬を膨らませながらさくらは言った。その頬はとても柔らかそうであり、熱のせいで、赤くなっているのも相まって、素生は「あっ。桜餅、食べたくなってきた。」と思っていた。

「お兄ちゃん!何かいい事があったの?」

「まぁ…うん。さくら落ち着いて?寝ようよ。」

「眠くないもん。」

さくらの性格は優しくもあるのだが、誰に似たのか分からない程、頑固である。1度言い出すと納得するまで言うことを聞かない。いい所でもあるのだが、悪い所でもあり、素生や母親を困らせていた。

「…はぁ。明日香ちゃんが彼女になったよ。」

「…ホントに!?」

子供は熱があっても、ぐったりしている事は少なく、本当に熱があるの?と聞きたくなるくらい元気に遊んでいたりする。逆にぐったりしていると、物凄く熱が高かったりする。さくらもその例に漏れず、満面の笑みで布団をめくり、ガバッと起きていた。

「さくら。寝なさい。」

素生はさくらの肩を掴むと、ゆっくりと布団に戻した。

「ねぇ!本当に!?本当に明日香お姉ちゃんが彼女になったの!?いつおうちに来てくれるの!?」

「だから落ち着きなって!さくらのお熱が下がらないと来てくれないよ。」

「さくら、大人しく寝る!」

さくらは布団を頭まで被ると、そのまま微動だにしなくなった。

「やっと…。大人しくなった…。」

素生はそう呟くと、スマホを開いた。すると、明日香からLINEが届いている事に気づき、タップした。

“ 今日、バイトですか?素生さんが良かったら会えませんか?”

素生は文章を読むとニヤニヤと笑っていた。

「素生さんだって。本当に彼女になってくれたんだなぁ…。」

素生は明日香に会いたくて仕方が無かった。しかし、さくらの体調が悪い為、もちろんそれは出来ない。

「まぁ…。またいつでも会えるしね。」

素生はそう呟くと、文章を作成した。

「えっと。会いたいけど、さくらが熱を出して看病しているから、また今度ねっと。」

素生は誤字がないか確認すると、明日香に返信をした。そして、さくらの横に寝っ転がると、素生も静かな寝息を立てていた。

 

―――――――――――――――――――――――――――

「明日香お姉ちゃん!ありがとう!」

「ううん!さくらちゃん元気そうで良かったよ!」

明日香は寝たままのさくらの頭を撫でた。嬉しそうにさくらは笑いながら、明日香の手を気持ちよさそうに受け入れていた。

「明日香ちゃん。ありがとうね。でも、本当に来なくても良かったんだよ?さくらの熱が移ったら大変だからさ。」

「いえ。大丈夫です。さくらちゃんが心配だったので。」

「そっか。放課後にわざわざ寄ってくれてありがとうね。」

素生はそう言うと、手で目を擦った。さくらが寝た事を確認した素生はうたた寝をしていたが、インターホンに起こされていた。始めは起こされた事に苛立ちを覚えたが、来訪者が明日香と分かると、大歓迎で受け入れたのである。

「明日香ちゃん。昨日はその…ありがとう。」

「い、いえ…。あ、あの。私…本当に素生さんの彼女になったんですよね?」

「そうだよ。どうしたの?」

「なんか…。現実味がなくて…。」

明日香はそう言いながら目線を左下に向けた。心臓は暴れ回り、手足も痺れ、まるで自分の身体ではない感覚に陥っていた。

「明日香お姉ちゃんもお兄ちゃんも顔、真っ赤だよ!」

2人の間に挟まれて寝ているさくらは無邪気にキャッキャッはしゃぎながら言った。さくらにそう言われ、明日香はますます顔を赤くした。

「…好かれているみたいで嬉しいよ。」

「…好き…です。」

今まで、明日香から塩対応しか受けていなかった素生にとって、しおらしい明日香の態度は破壊力抜群であり、叫びそうになるのをなんとか堪えていた。

「俺の彼女が可愛すぎる。」

「か、か、可愛くなんかないです…。」

「いや…。可愛い…よ?」

「そう言えば…。素生さんは…私のどこが良くて好きになったんですか?」

明日香は恥ずかしさからモジモジしながら言った。ちなみに、この僅かな間にさくらは寝てしまった。さっきまでテンション高かったのにと素生は思っていた。

「昨日…。お姉さんにも聞かれたんだ…。恥ずかしいなぁ…。」

「聞きたい…です。」

「笑顔だよ。」

「笑顔?」

「明日香ちゃんの笑顔が本当に素敵で…。まぁ、俺にはなかなか見せてくれなかったからさ…。余計に見たくなって…。好きになってた。」

好きな人の好きな所を言うのは本当に恥ずかしい事であり、素生はどうして良いか分からなくなり、俯いていた。

「素生さん。」

そんな素生に、明日香は声をかけた。素生が「なに?」と言い、顔をあげ、明日香の方を見ると、明日香は頬は赤いままでニコッと微笑んでいた。その微笑みはまさに、素生が惚れた笑顔であり、初めて自分に向けられた微笑みに、素生はクラっと目眩を起こしたような感覚になった。

「…それは…ずるいよ…。」

「ふふっ。素生さんが喜んでくれるなら、いくらでも笑顔を向けますよ?だから、私がずっと笑顔でいられるように、お願いしますね。」

明日香はそう言うと、素生は「もちろん。」と小さく言った。本当は堂々と胸を張って言いたかったが、素生にそんな体力は残されていなかった。

「ふぅ…。明日香ちゃんは?」

「へ?」

「明日香ちゃんは俺となんで付き合おうと思ったの?てか、大嫌いだったよね?最低って何回言われたか。」

素生はさっきのお返しと言わんばかりに、明日香に質問をした。聞かれた明日香は腕を組むと「う~ん。」と考えていた。

「明日香ちゃん?」

「えっと…。夢占い…。」

「へ?こ、これも夢占いなの?」

「そ、そうなんです。実は話していない夢占いがありまして…。桜の木に登る夢なんですが…。」

「それはどういう夢なの?」

明日香は夢占いの説明を始めた。桜に登る夢、それは素敵な恋の予感。

「…と言う訳です。」

「つまり、夢のお陰で、意識し出したってこと

?」

「あとは…お姉ちゃんのお陰です。お姉ちゃんに言われなきゃ、多分、素生さんのことを考えもしなかったです。」

「そっか。…で?」

「え?で…って?」

「いや、好きになったきっかけは分かったけど、結局、俺のどこが好き…なの?」

素生は苦笑いを浮かべた。明日香が素生の質問に答えているようで答えていなかった為だ。

「えっと…。優しいところ?」

「なんで疑問系なの?」

「え?…えっと…。」

「ま、まさか…分からない…とか?」

素生は苦笑いを更に苦くしたような表情で明日香に尋ねた。明日香はぎこちなく頷いていた。

 

―――――――――――――――――――――――――――

明日香は素生の家から帰路についていた。さくらも寝てしまい、素生の質問もきちんと答えられず、居ずらくなった為である。

「…ただいま。」

昼間、学校でルンルンだった頃の自分は何だったんだろと思いながら、扉を開けた。

「あっちゃん。おかえり。」

「お姉ちゃん。体調はどう?」

「大丈夫だよ。あっちゃん、遅かったね?」

「うん。素生さんの家に行ってたんだ。さくらちゃん、熱出しちゃって、心配でね。」

明日香はそう言いながら、靴を脱ぎ、香澄の横に立った。

「あっちゃん。もっくんと付き合うことになったの?」

「…そ、そうだよ。」

「そっか…。そうだよね…。」

「お姉ちゃん?」

「あっちゃん!ごめん!」

香澄は頭を膝につけるのではないかと思うくらい下げた。明日香から表情は見えなかったが、きっと、申し訳なさそうな顔をしていることは容易に想像出来ていた。

「お、お姉ちゃん!?ど、どうしたの?」

「…昨日…ね。あっちゃんが寝てる間に、もっくんに告白したんだ…。」

「え?」

「もちろん、フラれちゃったけど…。応援するって言ったのに、本当にごめんなさい。」

明日香は香澄の告白に口をポカンと開けて固まってしまった。

「あっちゃん?」

「あぁ。ご、ごめん…。驚いて固まってたよ。お姉ちゃん、本当に?」

「…うん。」

「…平気…なの?」

明日香は俯く香澄を心配そうに覗き込んでいた。

「フラれた直後は平気じゃなかったよ。でも、今はスッキリしてるかな?逆に、告白してなかった方がずっと後悔してたかも。…許してくれる?」

「許すもなにも、怒ってないよ。お姉ちゃんが素生さんに告白するのを私が止める権利なんて無いし。」

明日香はそう言い終わると、香澄がガバッと明日香に飛びついていた。

「ち、ちょっとお姉ちゃん!?く、苦しいよ~…。」

「あっちゃん、ありがとう。そして、おめでとう!」

「…ありがとう。」

「これで、あっちゃんの悩みは解決!だよね?」

香澄はそう言うと、抱きついていた腕を解き、明日香の目を見た。てっきり、明日香と目が合い、スッキリとした表情を見れると思っていた香澄だったが、明日香は目を背け、眉を8の字に下げていた。

「嘘…。」

「えっと…。お姉ちゃん…ごめんね?」

「まだ解決してないの!?」

香澄の驚きの声は夕暮れの空に響くのであった。

 

 

 

 




後書きに書くことがない笑

Twitterをやってます。

また次回をお楽しみに!


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19話

明日香は珍しく、放課後の教室に残っていた。西日に照らされながら、明日香は頭を抱えていた。

「はぁ。やっちゃった…。」

明日香はそう呟くと、目の前に広がったノートやプリント、そして教科書を眺めていた。プリントには「将来の夢を英語で書きなさい」と温かみが全く感じられない文字が並んでいた。その文字に目を通すと、明日香は小さく「はぁ。」とため息をついた。以前に出されていた課題を明日香はすっかり忘れてしまっていたのだった。

「本当にどうしよう…かな?それにしても居残りはないでしょ?」

手に持っていたシャーペンを雑に転がすと、明日香はプクッと頬を膨らませた。忘れた方が悪いのだが、悪態を付けずにはいられなかった。

「文章は思いついているけど…。英文にするのが…。」

プリントには要約すると「将来の夢はないので、今は勉強を頑張る」と日本語で書いてあった。以前、明日香の家で素生に相談をして導き出した答えであった。しかし、複雑に日本語を書いてしまっていた為、明日香は苦戦を強いられていたのだった。

「…素生さん…何しているかな?」

明日香は休憩と言わんばかりに伸びをして、夕日を眺めながら呟いた。時計の針は12と5を指していた。

「私…素生さんの何処が好きなのかな?」

さくらが熱を出した際に答えられなかった素生からの質問。あんな見た目だが、優しいのは間違えないし、明日香の事も大事にしてくれている。

「…でも…。好きになった理由は違う気がする…。」

明日香は「う~ん。」と腕を組んで考えて見たが、答えは出そうになかった。

 

―――――――――――――――――――――――――――

なんとか、課題を終えた明日香は「疲れた…。」と思いながら帰路に着いていた。空をオレンジ色に染めていた太陽は1日の役割を終えたと言わんばかりに沈もうとしていた。もし、太陽の気持ちになるなら、バイトがあと10分で終わる学生のような気持ちだろうか。

「気持ち悪い。」

明日香は電車に乗ると、服をパタパタと動かし、風を送っていた。外は少し歩いただけで汗ばむようになっており、ジメジメとした空気が肌にまとわりつくようだった。

「夏…か…。」

もう少しで夏休みに入る為か、電車の広告は旅行関係の記事が電車の振動に合わせて揺れていいた。明日香もその記事に目を向けるとエメラルドグリーンの海の写真が大々的に掲載してあり「恋人と最高の思い出を…。」と謳い文句が書いてあった。

「恋人…。」

そう聞くと、もちろん明日香は素生の事を思い浮かべる。もし、素生とこんな海がある場所に旅行出来たら楽しいだろうなぁと思ったが、すぐに激しく首を振った。

「海って、水着になるじゃん。無理無理。は、恥ずかしい…。」

明日香は顔が暑くなるのを感じていた。付き合ってから数週間経ち、その間に予定さえ合えば2人は会っていたが、その時にキスの1つもなかったのだ。そんな明日香に、素生の前で水着になれと言うのは酷な話であった。

「…水着…。水泳をやってた時は平気だったのに…なんでだろ。」

明日香はまた腕を組んで「う~ん」と考えた。この時、顔を赤くしたり、眉間に皺を寄せて考え込む明日香を周りの乗客たちは「何事か」と思いながら、明日香を眺めるのであった。

 

―――――――――――――――――――――――――――

それから数週間後、明日香達は夏休みに入っていた。この間も、明日香と素生は定期的に会っていたが、何も進展はなく、会ってもただ、喋っているだけという日々が続いていた。

「あっちゃーん!」

「…なに?」

そんなある日、たまたまPoppin`Partyの練習が休みだった香澄は、ソファーでアイスキャンディーを食べながら、ネットサーフィンをしている明日香に体当たりをする勢いで雑誌を持ち、リビングに飛び込んで来た。

「見て!これ!凄くない!?」

香澄が明日香の目の前に雑誌を広げた。しかし、本当に目と鼻の先に雑誌を広げた為、明日香には雑誌に書いてある内容が一切、見れなかった。

「ち、ちょっと!お姉ちゃん!落ち着いて!」

明日香が香澄を引き離すと、香澄は「ごめんね。」と言い、両手を胸の前に合わせた。

「それで何?」

「そうだった!あっちゃん!コレ見て!」

香澄は再び、興奮したように言うと、満面の笑みを浮かべながら、雑誌を開いた。そこには、以前、明日香が電車の中で見た、海の広告と同じ物が映っていた。

「あっ…。ここ…。」

「知ってるの?」

「うん。電車の広告で見たよ。…ここがどうしたの?」

明日香は改めて、雑誌に載っている海の写真を見た。相変わらず、眩しいくらいのエメラルドグリーンの海はやはり、あの時と同じように見てみたいと思わせるほどだった。

「あっちゃん、そこに行きたい?」

「え?…行きたいけど…。てか、ここって何処なの?」

「えっとね…。伊豆だよ!」

「伊豆…。無理だよ。私、バイトしてないし、お金ないもん。」

明日香は非現実的なことを言われ、呆れた表情を浮かべていた。しかし、いつも突拍子もない事を言う姉に慣れているのも事実で、適当にあしらうつもりでいた。

「お金が大丈夫なら行きたい?」

「え?それは…行きたいけど。」

「じゃあ、行ってきてよ。」

「だから、そのお金…が…。」

いつもなら、明日香の現実的な発言に引く香澄なのだが、今日は違いに得意気な表情で会話を続けていた。そんな香澄に明日香は、現実を知ってもらおうと、語気を強めてお金がない事を言おうとした。しかし、香澄がテーブルにチケットを2枚出した所で、明日香は驚き、言うのを止めてしまっていた。

「これって…。」

「この雑誌に載っている海に近い所にある旅館の宿泊券だよ!1泊2食付き!」

「ど、どうしたの!?これ…。」

明日香は宿泊券をマジマジと見ると、旅館の外装が印刷されており、見るからに「高級です。」と言っているようなものだった。

「商店街の福引で当てちゃった!」

「…マジ?」

香澄はそのポジティブな性格のお陰かどうかは分からないが、時に驚くほど幸運を呼び込む事がある。

「だから、あっちゃん。もっくんと行ってきたら?」

「はぁ!?お姉ちゃんと行くんじゃないの!?」

「私は、ポピパの練習とかあるから。それに、最初に行ってきたらって言ったよ?」

「そんな…。」

いきなりの提案に明日香の声は驚きから上擦っていたが、そんな声に矛盾し、表情はニヤニヤとだらしなく笑っていた。しかし、すぐに頭を回転させ、直ぐに困ったような表情に変えた。

「お姉ちゃん、ダメだよ。高校生のカップルが旅行なんて、お母さんが許さないよ。」

「良いって言ってたよ?」

「もう聞いたの!?」

明日香は再び驚き、目を丸くした。この短時間で何度驚いただろうか。

「待って!お母さんに聞いたって事は、私に彼氏が出来た事も言ったの!?」

「うん。あれ?言ったらダメだった?お母さん喜んでたよ?お父さんも泣いて喜んでたよ。」

香澄の発言に明日香は頭を抱えた。決して内緒にしてた訳ではないが、思春期が邪魔をして、なかなか言い出せなかったのだった。

「…まぁ、知られちゃったらしょうがないか…。いつ喋ったの?」

「昨日の夜だよ。あっちゃん、すぐに自分の部屋に行っちゃったから話す機会がなくて、先にお母さん達に言ったんだよ。それにしても、まさかお父さんが泣くほど喜ぶなんて!」

「お父さんは…多分、喜んで泣いたんじゃないと思うよ?」

明日香は苦笑いを浮かべながら言うと、香澄は「え?」と言いながら首を傾げた。

 

―――――――――――――――――――――――――――

「急に会いたいって言ってすみません。」

「全然良いよ!」

明日香の謝罪に対して、素生は笑顔で言った。しかし、持っていたタオルで額の汗を拭っているところを見ると、急いできたことが分かり、明日香は申し訳ない気持ちを募らせていた。

「それで話って?」

「あ、あ、あの…。その…。」

「ん?…まさか…別れ話…?」

「ち、違います!素生さんの事は…その…一応、好きです。」

「一応…?喜んで良いのか、悪いのか…。」

素生は「あはは」と乾いた笑い声をあげると、明日香は慌てて「ち、違う!」と言った。

「まぁ、良いよ。話って言いにく事?」

「言いにくいと言うか…。恥ずかしいと言うか…。」

「恥ずかしい?キスがしたいとか?」

素生が「キス」という単語を言った瞬間、明日香の顔はアニメみたいに「ボン!」という音が鳴ったと錯覚するほど、一瞬で顔を真っ赤にした。まさか、自分がこんなにも初心だなんて思わなかった明日香は穴を今すぐ掘って一生冬眠したい気持ちになっていた。

「ち、違い…ます…。」

「あはは!冗談だよ。明日香ちゃん、可愛いなぁ。」

「可愛く…ないです…。」

この人は私を褒め殺す気なのかと明日香思いながら、更に顔が暑くなるのを感じていた。これが自室ではなく、学校だったら熱があると勘違いされて早退が出来ただろう。

「もう…。喋らないと、更に恥ずかしい事を言われそうなので、言います。…旅行に行きませんか?」

「旅行?」

「はい。お姉ちゃんが商店街の福引で当てて、伊豆の方なんですが。」

明日香はそう言うと、旅館の宿泊券を素生に差し出した。明日香は素生もさぞかし喜んでくれると内心ワクワクしていた。しかし、素生の表情は明日香の予想に反して、難しそうな表情を浮かべていた。

「素生さん…?嬉しくないの?」

「ううん。嬉しいし、凄く行きたいけど…。さくら…がね?」

残念そうな表情を浮かべる素生に明日香は「あっ。」と小さく呟いた。香澄から旅行の話を聞いた時、冷静になっているつもりでいたのだが、やはり、舞い上がっていたらしく、大事な事を失念していた。

「そうですよね…。さくらちゃんを置いてはいけませんね。」

明日香にとってもさくらは可愛い可愛い、妹のような存在である為、残念ではあるがしょうがないと思っていた。

「それにさ、明日香ちゃんにしては珍しいミスをしてるなぁって。」

「ミスですか?何ですか?」

「これ。」

手に持っていた宿泊券を素生は明日香の方に向け、指した。素生の指を目で追った明日香は再び、顔を真っ赤にした。旅館券には「9月20日のみ有効」と書いてあった。

「ち、ちなみに9月20日は…?」

「平日だね。学校サボって行くの?」

素生の表情は付き合う前に明日香をからかった時と同じ表情をしていた。その表情に明日香はイラッとしたが、今回は事実を言われた為、何も言い返せず、奥歯をギリっと噛み締めるだけだった。

 

―――――――――――――――――――――――――――

学生の夏休みの1ヶ月は普段学校がある時の夏休みに比べて、とても早く感じるものである。これは普段でも、平日よりも休日の方があっという間に過ぎてしまうのと同じではないかと思う。ちなみにだが、夏休みは夏季休業と言い、明治14年から始まり、夏休みを始めた目的は明確には分からないと言う事らしい。

「最近…夢見なくなったなぁ。」

学校が始まる9月1日の朝、明日香は布団の中でふと思い出していた。明日香が悩めるきっかけともなった桜の夢、そして、素生と付き合うきっかけをくれた桜の夢。しかし、将来の不安も、勉強を頑張るといった曖昧な解決しかしておらず、素生の事も、何処が好きになったのか分からないままであった。

「まぁ、会いたいとか定期的に思うから、好きなんだろうけどなぁ。」

明日香は布団の中でう~んと伸びをした。そしてスマホで時間を確認すると時刻は5時半であった。基本的に計画的な明日香は、夏休みに体内時計がズレている事を気にして、かなり早く就寝していた。そのせいで、いつもなら有り得ないくらい早く目が覚めてしまったのだが。

「夏休み、いっぱい会ったなぁ…。」

素生の事を思い出したせいか、夏休みに素生に会った事を思い出していた。しかし、どの場面を思い出しても、2人で談笑しているところしか思い浮かばなかった。

「…もうちょっと、恋人らしい事をしないと…嫌われるかな?」

嫌われると思った瞬間に明日香の胸はギュッと掴まれたように苦しくなった。そう思うという事はやはり好きなのかなとも思っていた。そして、足元に丸まった布団を手繰り寄せると、抱き枕の容量でギュッと抱きしめた。

「キスって…どんな味なんだろ…。」

試しに、抱き寄せた掛け布団にキスをしてみるも、もちろん味なんて分かるはずも無かった。

「…何しているんだろ。」

ふと我に返ると、自分が恥ずかしい事をしているんだと感じ、抱きしめていた掛け布団をポーンと蹴ってしまった。そして、誰にも見せられない行動を自分も忘れる為に頭をブンブンと振ると、身体起こし、頬をパンパンと叩いた。

「夏休み、勉強頑張ったし、夏休み明けのテスト、頑張ろう!」

再び、明日香はう~んと伸びをした。9月になったが、日差しは容赦なく降り注ぎそうであったが、これから始まる未来に明日香はほんの少しだけ期待するのであった。

 

―――――――――――――――――――――――――――

~おまけ~

「お姉ちゃん!この宿泊券の有効日、学校がある日じゃん!」

「あ、あれ?そこまで見てなかったよ。ご、ゴメンね~。」

「もう!素生さんに言われて、恥ずかしかったんだからね!」

こんな姉妹のやりとりを母親は微笑ましく眺め、父親は心底ホッとした表情で眺めるのであった。

 

 




バンドリ3周年、おめでとうございます。
これからも1ファンとして、楽しくプレイし、楽しくアニメを見ながら応援したいと思います。
バンドリを通して、様々な輪が出来た事を大変、嬉しく思っています。
これからも、沢山の輪を大切にしていきたいと思います。
次回、予定では最終話ですが、内容次第では変わる可能性があります。
その時はTwitterでお知らせします。


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最終話

2学期が始まり、しばらく経ったある日、明日香は機嫌よく歩いていた。夏休み明けのテストでも満足いく結果を残したのもあるが、やはり1番の理由は素生だろう。放課後は素生のバイトがある時以外は家に行き、楽しく過ごしていた。

「今日は何を話そうかな?」

スキップしそうなくらい軽快な足取りのまま歩くとあっという間に素生の家に着いていた。そのままの勢いでインターフォンを鳴らすとすぐに素生が出てきた。

「あれ?」

「どうしたの?」

「髪…。」

明日香は出てきた素生に違和感を覚えた。しかし、すぐにその違和感に気づいていた。まぁ、いつも特徴的なツンツンヘアーが何もセットしていない髪型に変わっていれば誰だって気づくだろうが…。

「あぁ。今日はさくらがいないからセットしなかったんだよ。明日香ちゃんにはあの髪型不評だしね。」

「え?さくらちゃんいないんですか?」

「うん。保育園の行事でお泊まりだよ。」

「そんな行事があるんですね。…え?だったら…2人きり…ですか?」

驚いた表情で言う明日香に素生は「そうだけど?」と言った。素生の表情はそれが何か?と言いたげだった。

「お、お邪魔します。」

いつも聞こえてくる元気な声が聞こえない為、明日香は本当にさくらがいないんだと再確認できた。いつもいる人物がいないだけで違う家に来たように感じてしまい、明日香は緊張の糸をピンと張ったような気持ちになっていた。

「どうしたの?」

「べ、別に…。何でもない…です。」

明日香はそう言うと素生といつも過ごすリビングに向かった。歩く際に右手と右足が同時に出そうになり、慌てていた。

「やっぱり変だよ?どうしたのさ?」

「大丈夫です。き、気にしないでください。」

「変な明日香ちゃん。」

素生はそう言うとスタスタと明日香の前を歩き、リビングに向かった。明日香はなんとか着いていき、ゆっくりとソファーに腰掛けた。

「何か飲む?って言っても今は紅茶くらいしかないけど…。」

「頂きます。ありがとうございます。」

明日香の返事を聞き、素生は台所に向かった。素生の姿が見えなくなったと確認した明日香は両手を頬に当て、顔が熱くなっている事に気づいた。

「ふ、2人きり…。わ、私…どうなっちゃうの?き、今日…どんな下着履いて来た…かな?」

明日香は呟くように言うとスカートの裾を持ち上げようとした。

「明日香ちゃん。これ、お菓子…って何してるの?」

「キャー!」

あまりの叫び声に素生は両耳を塞ぎ「ビックリした。」と言った。そんな素生に構う余裕がない明日香は慌ててスカートを直していた。

「…本当に大丈夫?」

「な、な、な、何がですか!?」

「いや…。何ってこっちが聞きたいんだけど?」

「へ?いや、み、見てないなら大丈夫です!」

明日香は自分の顔だけではなく、首まで赤くなっている事を理解しながら言った。

「やっぱり変な明日香ちゃん。まぁ、いいや。これお菓子。食べて待ってて?」

素生は机にお菓子が入ったお皿を置くと、再び台所に向かった。

「み、見られてなかった…。良かった…。」

明日香はソファーの背もたれに身体を預けると「ふぅ」と息を吐いた。

 

―――――――――――――――――――――――――――

「それでさ!その時にね…。」

明日香が素生の家に来てから既に2時間が経っていた。明日香はいつ恋人っぽい雰囲気になるかドキドキしながら待っていたのだが、楽しそうに喋る素生を見るとその考えは杞憂に終わりそうであった。明日香は密かに「残念。」と思っており、そう思う自分にも驚いていた。

「…明日香ちゃん?明日香ちゃん!?」

「な、何ですか!?」

「話聞いてる?」

素生がそう言うと明日香はバツの悪そうな表情を浮かべ、小さく首を横に振った。

「やっぱり。…本当に大丈夫?体調悪い?」

素生は立ち上がると明日香がちょこんと座るソファーへ腰かけた。ちなみに、いつも明日香かソファーに座るため、素生は床に座って胡座を組んでいる。

「大丈夫ですよ。すみません。考え事をしてて。」

「本当に?」

素生は怪訝そうな表情で言った。明日香が人の話を聞かないということがあまり無いためである。そして、素生は明日香に手を伸ばすと、額に手を当てた。付き合う前に同じことをされ、明日香は、恥ずかしさから逃げ出していたが、今は静かに受け入れていた。

「熱はないね。」

「大丈夫って言ってるじゃないですか。」

「…うん。言ってるけど、大丈夫そうには見えないからさ。…また悩み事?」

「悩み事…と言うか…。えっと。」

明日香は真剣な表情で心配そうに聞いてくる素生に誤魔化しきれなくなっていた。しかし、正直に「恋人らしい事が無いのが残念」と言うには明日香にとってハードルが高いものであった。なんて言おうか悩んでいた明日香は視線を素生から外した。その瞬間、明日香は素生に右手を取られ、抱きしめられていた。

「俺に言える悩みなら言いな?あんまり悩む明日香ちゃんを見たくないからできれば言って欲しいけど無理強いはしないから。」

突然の出来事に明日香は言葉を失った。しかし、嫌な気分にはならず、むしろ包まれるような安堵感に襲われていた。

「…暖かい。」

「へ?」

「素生さん…。暖かい。」

明日香はそのまま素生の胸に顔を埋めた。そして静かに目を閉じた。 静かになった明日香に素生は微笑むと、優しく背中を左手で撫でた。

「…明日香ちゃん?悩みって何かな?」

「…言いたくないですが…言います…。実は…その…素生さんと恋人らしいことがあまりできてないなぁって思ってて…。」

「恋人らしいこと?」

「た、例えば、キスをしたりとか…手を繋いで歩いたりとか。」

明日香は恥ずかしさから素生の背中に手を回すとギュッと抱きしめていた。

「そっか。不安させてゴメンね。」

「素生さん?」

「明日香ちゃんが言う恋人らしいこと、もちろん俺もしたかったよ。でも、明日香ちゃんが嫌って言うかもって思ったらなかなか言えなくてね。正直に言えば良かったね。」

「わ、私の方こそ…。ガード固く見えました?」

「まぁね。変態って言われてたしね。」

素生は苦笑いを浮かべると静かに明日香の両肩を掴んだ。そして、ゆっくりと明日香の顔を上げると、耳元で静かに「キス…して良い?」と小さな声で言った。

「…はい。」

明日香も素生に釣られ、静かに言うと、素生の顔がだんだん近づいた。明日香はギュッと目を瞑り、唇がいつ当たるのかドキドキと心臓を高鳴らせた。しかし、神様がいるのなら無常なことをするものだ。唇が当たる瞬間、勢いよく玄関の扉が開いたと思うとさくらの鳴き声がリビングまで響いた。その声を聞き、2人は慌てて離れてしまった。

「さ、さくらちゃん…。あれ?お泊まりだったんじゃ…。」

「多分、寂しくて泣いちゃってお泊まりできなくて、母さんが迎えに行ったんだと思う…。」

素生はそう言うと、2人はお互いの顔を見合わせた。

「あはは!明日香ちゃんも泣きそうな顔をしてるよ!?」

「あはは!だって、すごく緊張してましたもん。」

2人はそう言って笑うと、泣いている可愛い妹を迎えに行った。さくらが泣きながら素生ではなく、明日香に抱きつくと、さくらの頭を優しく撫でた。いつか、本当に義妹になれば良いなと密かに思い、苦笑いを浮かべる素生を見ているのであった。

 

―――――――――――――――――――――――――――

ゆっくりと目を開けると、そこは薄い靄がかかったかなり見慣れた草原にいた。

「…久々に来たなぁ…。色が薄い桜の夢…。」

周りをキョロキョロしながら明日香はやれやれと肩を竦めた。そして、指を折り、最後に来てからどれくらいぶりだろと確認をしていた。

「あっ。でも、3ヶ月くらいなんだ。もっと空いているかと思った。」

意外にも月日が空いていない事に明日香は驚いたが、それだけ濃い日々を送れている証拠だと自分に言い聞かせながら、薄い靄の中を歩き始めた。

「桜…見たいなぁ。」

明日香はそう呟くと、また周りにキョロキョロと視線を向けた。

「いっつも思うけど…。夢なんだから早く桜を見せてくれたら良いのに…。」

テレビを観ていて、ナレーターが「次の瞬間!」と言った直後にCMに入ってしまったもどかしさに似た感覚を持ちながら、明日香は歩を進めた。

「あった!…あったけど…。」

しばらく歩いた明日香はやっとお目当ての桜の木を見つけた。毎度の事なのだが、いきなり靄が晴れたかと思うと、桜の木が現れるのだ。しかし、今回に限っては様子が違っていた。

「花が咲いてない…。」

明日香の目にはいつもの色が薄い桜はなりを潜めており、茶色が広がっていた。

「散っちゃった…の?」

色は薄いが、それはそれで綺麗だった桜を見たかった明日香は明らかに落胆した表情を浮かべていた。

「…まぁ、10月も近いし、これが普通なんだけどさ…。」

そう呟いて無理矢理納得させようと試みるも、やっぱり残念な気持ちは拭えず、小さくため息をついた。そして、近くまで行こうと桜の木に向かってゆっくりと近づいた。

「…そう言えば、前は桜に近づけないみたいな事もあったけど…普通に近づけてるなぁ。」

だんだんと大きくなる桜を視野に捉えながら明日香は桜に気に入られたかな?などと考えていた。そして、桜の目の前まで来た時に桜の花が散った訳では無いことに気づいた。

「あっ。蕾なんだ。」

明日香はそう言うと、自分の背丈くらいにある枝に優しく手を触れた。桜の木は大きい木でも、目の前まで枝が伸びる為、こうして簡単に観察ができる。

「蕾は蕾で可愛いなぁ。」

そう呟くと、優しく蕾に触れてみた。蕾からは不思議と暖かみが感じられ、明日香は気持ちよさから目を瞑っていた。

 

―――――――――――――――――――――――――――

明日香が次に目を開けると、桜の木など消え去っており、見慣れた自分の部屋の天井が映っていた。

「…戻ってきた…。」

枕元に置いてあるスマホからは、けたたましくアラームが鳴っており、起きないといけない時間だということ知らせていた。

「朝…か…。」

身体を起こし、慣れた手つきでスマホを操作し、アラームを止めると、そのまま「桜 夢占い」と検索をしていた。いつもお世話になりっぱなしのサイトを開くと、桜が蕾だった場合という文字を直ぐに見つけていた。

 

桜が蕾だった場合、花びらの蕾があちこちにたくさんついている場合はその一つ一つがあなたに内に秘められた「可能性の蕾」と言えます。

 

読み終わった明日香は夢で見た桜を思い返していた。夢の中の桜の木は沢山の蕾を付けていた。

「可能性の蕾…ね。私にどんな可能性があるのかな…。それに、蕾の色が薄くなくて、濃かったような…。私、世間に流されなくなっているのかな?」

そう呟いた明日香はベッドから降りると静かにカーテンを開けた。秋雨前線の影響なのか分からないが、空は「曇天」という言葉がしっくり来るような天気だった。しかし、そんか天気にも関わらず、明日香はニコッと微笑んだ。

「将来の夢…なんとなくだけど…見つかったから、桜の夢も前向きになったんだよね。…まぁ、恥ずかしくて誰にも言えないような夢だけど…。」

そうまた呟くと、1階なら「あっちゃん!起きてる!?」と香澄の声が響いた。起きてるよと返事をし、明日香は壁にかかった制服に手をかけた。

 

―――――――――――――――――――――――――――

明日香と素生は「高桑星桜」が頭上で咲き誇る中、歩いていた。明日香は薄くであるが化粧を、素生はツンツンヘアーを止め、若者らしい爽やかな髪型になっており、2人が少しだけ大人になったように見えていた。

「何考えてたの?」

桜を眺めながら黙って歩く明日香に素生はニコニコしながら声をかけた。高校生の時は恥ずかしくて繋げなかった手だったが、今はしっかりと握られていた。

「分かってるくせに。」

「あはは。また高校生の頃を思い出してたの?」

「うん。多分、桜を見る度に思い出すかな?もう6年も経つのにね。」

明日香は苦笑いしながら言うと、立ち止まり、素生に身体を預けた。

「どうした?」

「ううん。なんでもないよ。そう言えばさ、私、結局、素生さんのどこが好きかって言ってなかったよね?」

「うん…。付き合いたての時に聞いたままかな。あの時は分からないって言われたんだよね。」

「あれからなんで聞いてこなかったの?」

「だって、俺の事が好きとは伝わってたから、別に理由はなんでもいいやって思っちゃったからね?」

素生は身体を預けた明日香の肩を抱くと明日香にしか聞こえないような声で言った。周りの通行人は忙しなく歩いており、桜を眺める2人の姿など、どうでも良い様子だった。

「私は…素生さんのそういう所が好きだよ。」

「そういう所って?」

「ふふっ。分からないなら良いよ。」

楽しそうに微笑む明日香に素生はなんじゃそりゃと言った。明日香の表情は素生が大好きな表情であり、密かにまだその笑顔を見せてくれる事にホッとしていた。

「そう言えばさ、あまり思い出させたくなくて聞かなかったけど、悩みは解消したの?将来の夢って、見つかったの?」

「見つかったよ。」

「え?そうなの?なんで教えてくれないのさ。で、夢ってなに?」

素生の質問に明日香は素生の方を向くと、ウインクをし、人差し指を唇に当てた。

「秘密。」

「え?ま、マジ?結構気になってたんだよ?明日香ちゃん、来年大学4年生じゃん?ちゃんと目標だったいい大学に入って、やりたいこと見つけるって言ったから、夢が見つかったか心配だったんだよ?」

素生は焦りながら早口で言うと、明日香はあははと笑った。

「実はね、高校生の時にこうなったら良いなって未来のビジョンは見えてたんだよ?」

「マジで!?…それは叶いそうなの?」

「さぁ?未来は分からないから何とも言えないけど、叶ったら幸せかな。」

明日香はそう言うと、再び高桑星桜に目を向けた。花びらが尖っており、色は薄いが星に見える桜。夢に出てきた桜にそっくりで、始めは大嫌いだったが、最終的に導いてくれたような気がして今では感謝の念さえ浮かべていた。

「明日香ちゃん。」

「なに?」

素生に声をかけられ、明日香はゆっくりと振り向くと、そこには片膝をついた素生がいた。きょとんとした表情を浮かべる明日香に素生は照れくさそうにニヤッと笑うと、ポケットから四角い箱を取り出した。

「大学、卒業したらさ、結婚しない?」

素生の言葉に驚いた明日香は両手で口を抑えると、ポロッと涙を流した。

「はい。」

明日香は小さく言うと、ふわっと風が吹き、桜の花びらが舞うように降り注いでいた。

 

明日香の夢が叶った瞬間であった。

 

 

明日ありと思う心の仇桜

 

 

 

 

 

 

 




最終話でした。
この作品を書くにあたって、ヒロインを決めて下さったり、オリ主の名付け親になって下さった小麦こなさんに感謝致します。
本当にありがとうございました。

そして、最後まで読んで下さった方にも本当に感謝致します。
ありがとうございました。

色々と挑戦した今回の作品でしたが、どうだったでしょうか?
途中、投稿期間が伸びてしまい、本当に申し訳なくなった時もありましたが、こうして完結出来た事に喜びを感じています。

次回作は現在、少しずつ進めております。
どんな作品になるかは、Twitterにツイートしますのでよろしくお願い致します。

最後に本当にありがとうございました。


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26才の明日香

素生のプロポーズから5年の月日が経っていた。この5年の間に明日香は素生と結婚式を挙げたり、新婚旅行に行ったり、素生の家族と同居を始めたりと忙しい日々を過ごしていた。

 

そして、この話はある朝の話である…。

 

「わぁー!遅刻だぁー!」

バタバタと階段を駆け下りる音に、明日香はクスッと笑った。バタンとリビングのドアが開いたかと思うと、寝癖をぴょこと跳ねさせたさくらが凄い勢いで入ってきた。

「さくらちゃん。おはよ。朝ご飯、何にする?」

明日香はさくらが入ってきたのを見て、よいしょと立ち上がった。

「え?じ、時間ないからヨーグルトだけ…って!明日香お姉ちゃんはダメ!お腹大きいのにダメだよ!私がやるから!」

立ち上がった明日香をさくらは椅子に座らせると、冷蔵庫に飛びつき、ヨーグルトを取り出した。

「妊婦って病気じゃないんだから、気にしなくて大丈夫なのに。」

「それでもダメ!無理させられないよ!」

「ふふっ。だったらもうちょっと早起きして、手伝ってくれたら嬉しいなぁ?」

明日香はテーブルに肘を置き、ニヤッと意地が悪そうな表情を浮かべながら言うと、さくらはパッと顔を反らし、バツの悪そうな顔をしていた。

「からかってごめんね?ところで、時間は平気?」

「へ?…あー!や、ヤバい!」

「さくらちゃん待って?」

ランドセルを掴み、急いで走り出そうとするさくらを明日香は呼び止め、ちょいちょいと手招きをした。

「な、何?」

「寝癖。」

明日香は側に来たさくらの髪をテーブルの上に置いてあった櫛でといた。

「あ、ありがとう。」

「さくらちゃん、可愛いんだから早起きしてちゃんとしたら良いのに。」

明日香はそう言うと、自分の学生時代を思い出した。うん。自分も言えた義理じゃないな。

「はい。出来たよ。気をつけてね?」

「うん!ありがとう。行ってきます!」

さくらがリビングから駆け出して行くのを明日香は見送るとまた「ふふっ。」と笑った。そして、ついさっきまで騒がしかった空間が急に静かになり、明日香は寂しさを覚え、テレビの電源を入れた。

「…って言ってもニュースしかないか。」

明日香はチャンネルを回しながら呟く。テレビは同じ様なニュースしか伝えていなかったが、唯一、芸能ニュースを伝えていたチャンネルで手が止まった。

「…まぁ、これならマシかな?」

なんとなく、芸能ニュースを眺めていた明日香だったが、アナウンサーが新しいニュースを読み始めると目を見開いた。

「続いてのニュースです。Poppin`Partyのボーカル、戸山香澄さんに熱愛が発覚しました。」

「…えぇ!?」

柄にも無く驚いた明日香は自分の叫び声や同様でその後の内容を聞きそびれてしまっていた。

「おはよ。叫んでどうしたの?」

明日香の叫び声のせいで目を覚ました素生がお腹をぽりぽりと掻きながら起きて来てしまった。

「あ、お、おはよ。ご、ごめん。起こしちゃった?今日、夜勤だったよね?」

「大丈夫だよ。それより、何があったの? 」

「お、お姉ちゃんが…。」

「…何したの?まさか、薬…?不倫…?」

最近のご時世のせいなのか、芸能ニュースで取り上げられると悪いニュースが多い。そのせいもあって、素生は顔を顰めていた。

「違うよ!お姉ちゃんに熱愛報道が出た。」

明日香の言葉を聞いた素生は喋りながらコップに注いでいた牛乳を落としそうになるくらい驚くのであった。

 

―――――――――――――――――――――――――――

Poppin`Partyは芸能ニュースに取り上げられるくらい世間から注目されるバンドになっていた。CDを出せばオリコン上位に食い込み、ライブのチケットは入手が困難と言わているくらいだった。それくらい人気になると、Poppin`Partyの面々は多忙を極めており、明日香もなかなか姉である香澄に会えないでいた。

「お義姉さんから返信来た?」

「来ないね。」

朝のニュースを見て、明日香はすぐに香澄に熱愛報道の真意を尋ねる為、連絡を取っていた。しかし、待てど暮らせど、返信は届かなかった。

「そっか。まぁ、忙しいだろうし、しょうがないね。じゃあ、夜勤に行ってくるよ。何かあったら職場に連絡してね。」

「え?お姉ちゃんの事が分かったくらいで職場に連絡して良いの?」

「何言ってるんだよ。こっちだよ。」

素生は苦笑いを浮かべながら明日香のお腹を指していた。

「あっ。そっちか。大丈夫だよ。」

「それ以外に何があるんだよ。まぁ、いいや。行ってくるね。」

「うん。いってらっしゃい。気を付けてね?」

素生を見送るために、明日香はよいしょと立ち上がった。しかし、肝心の素生は玄関に向かわず、明日香の顔をジッと見ていた。

「…何?どうしたの?」

「久々に良いかな?」

「だから何…んっ。」

素生の行動が理解できなかった明日香は頭の中をクエスチョンマークでいっぱいにしていた。しかし、その疑問はすぐに解消された。

「行ってきますのチュー久々だなぁ。」

「もぅ!いきなりだなんてびっくりしたじゃない!」

「嫌だった?」

「嫌じゃないけど。」

「じゃあ、良いじゃん!よし!これで仕事頑張れるぞ!」

素生は満足そうな表情を浮かべると、飛び跳ねるように出掛けていっていた。

「本当に…久々だったなぁ。」

まだ残る唇の感触に明日香は、ふふっと笑いながら、自分の唇に優しく触れた。

「さて、そろそろさくらちゃんが帰ってくるなぁ。おやつの準備をしようかな?…痛っ。」

 

立ち上がった瞬間、明日香のお腹に痛みが走った。一瞬、痛みから顔を顰めたが明日香の表情はすぐに微笑ましいものに変わっていた。

 

「今のは思いっ切り蹴られたなぁ。ふふっ。貴方もおやつが食べたいの?」

 

お腹を擦りながら語りかけるように明日香は言った。ちなみにだが、明日香は臨月に入っており、いつ産まれてもおかしくない時期になっていた。なので、こうして、お腹の中から蹴られたりというのは1日のうち何回も起こる事だった。

「ただいまー!」

そんな事をしていると、さくらの元気な声が明日香のいるリビングまで響いてきた。その元気な声にまたふふっと微笑むと、さくらを出迎える為、玄関の方へと向かった。

「さくらちゃん。おかえり…な…はぁ!?」

いつも通り、さくらを出迎えるはずだったのだが、いつもとは違う風景がそこには存在していた。

「あっちゃん!久しぶり~!」

さくらの横に立っている人物を明日香が視界に入れたかと思うと、ギュッと抱き締められていた。

「お姉ちゃん!?」

突然の香澄の来訪に明日香は驚きながらも、久々に感じる姉の温もりに安心感を覚えていた。

 

─────────────────────

「来るなら連絡ぐらいしてよね?」 

「ごめんごめ~ん。驚かせたくて!いやぁ~しばらく見ない間にさくらちゃん、大きくなったね~!ますます可愛くなって!」

香澄は明日香の説教を右から左に受け流すと横に座って、おやつを食べているさくらをギュッと抱き締めた。その光景を見て、明日香は香澄が相変わらずだなぁと思っていた。

「私が声をかけるまで、香澄お姉ちゃん、私に気付かなかったんだよ!」

「だって~。こんなに大きくなってるなんて思わないよ~。」

えへへと笑いながら言う香澄に明日香は、はぁと小さくため息をついた。いくら歳をとろうが、自分が母親になろうとしている最中であれうが、香澄には振り回されるのだと思ったからだった。

「それに、あっちゃんもお腹大きくなったね!そろそろだっけ?」

「うん。今、産気づいてもおかしくないよ。」 

「楽しみだなぁ~!ポピパの皆も産まれたら見に行くって言ってたよ~!」

終始ニコニコしながらハイテンションで喋る香澄を見て、明日香は出産をするのが誰だか分からなくなりそうだった。それ程までに自分の事のように香澄は喜んでいた。

「お姉ちゃんは相変わらずお姉ちゃんだね。」

「ん?どういうこと?」

「なんでもないよ。…ところで、どうして家に来たの?」

「あっちゃん、ニュース見た?」

ニコニコからニヤリという表情に瞬時に香澄は切り替えていた。その言葉を聞いて、明日香はやはりその事かと思っていた。

「見たよ。本当に驚いたよ。熱愛報道なんてお姉ちゃんに無縁だと思ってた。」

明日香は正直に自分の思っている事を伝えた。それを聞いた香澄は「えぇ~?」と不服げな雰囲気を出しながら言った。

「え?香澄お姉ちゃん、彼氏ができたの!?」

学校に行ってた為、全く知らなかったさくらは目を丸くしていた。

「そうなんだよ!へへーん!これでもお姉ちゃんはモテるんだぞー!」

「誰なの?相手は誰なの!?」

明日香が1番聞きたかったことを、さくらは香澄に迫りながら言っていた。さくらは小学4年生になっており、徐々にこういった話に興味を示すようになっていた。

「私が仕事で、ラクビーの取材に行った時に出会ったんだよ。」

「…てことは、相手はラクビーの選手なの?」

「そう!クマさんみたいな人だよ!」

香澄はスマホを取り出すと、操作し始めた。そして、明日香の前にそのスマホを置いた。そこには香澄の相手である人物が映し出されていた。

「確かにクマさんだ。」

明日香の横からさくらが香澄のスマホを覗き込むと呟くように言った。

「クマさんみたいだけど、すっごく優しい人だよ!」

「そうなんだ。えっと、とりあえず良かったね。でもさ、大丈夫なの?記者とか。」

「う~ん。まぁ、なんとかなるよ!」

芸能人が恋愛報道を受けると、記者に追われて大変な思いをするというイメージを明日香は持っていた。しかし、目の前で熱愛報道真っ只中の芸能人がヘラヘラと笑っているのを見ると自分のイメージが間違っているように感じていた。

「大丈夫なら良いけどさ、私達には彼氏ができたって教えてくれても良かったじゃん。」

「だって~。付き合い始めたの先週からだったし、私も忙しかったから。」

「先週!?え?先週なの?」

「そうだよ。」

「…バレるの早くない?」

「ポピパの皆にもそう言われたよ。」

こういう所も変わってないのかと明日香は姉が昔のまんまいう事に安心感を通り越して、呆れかえっていた。しかし、大好きな姉が彼氏の話をするときに、とても幸せそうな表情を浮かべていた為、まぁいいかと思い直していた。

 

─────────────────────

翌朝、夜勤を終えて帰宅し素生に昨日の香澄が来訪した事と、熱愛報道の最新を話すと、素生もさくらと同様、目を丸くしていた。

「明日香ちゃんのお姉さんは相変わらずだね。」

「本当だよ。まぁ、変わってほしくもないけどね。」

明日香がそう言いながらテレビに視線を向けると記者に囲まれた香澄が映っていた。普通、こういう取材では、決まって「良いお友達です。」とか言って、濁すのが定番だが、香澄は事細かく語っていた。

「そこまで喋らなくても。」

「てか、なんで、付き合い始めて1週間でバレたの?」

「お姉ちゃん、誰にでも抱きつくじゃん?付き合った日に大好きーって叫びながら彼氏さんに抱きついたらしいよ。人の多い街中で。」

明日香がはぁとため息をつきながら言うと、素生も苦笑いを浮かべた。

「なんか本当にお義姉さんらしいね。」

「本当にそう思うよ。」

明日香は肩を竦めながら言うと、また盛大にため息をついた。

「でも、まぁ…。幸せそうじゃん?」

「それは同感。お姉ちゃん、彼氏さんの事を話している時、本当に幸せそうだったよ。見ていて恥ずかしいくらい。」

「明日香ちゃんもお義姉さんの話をしているときみたいな感じかな?」

「え?何言ってるの?」

「気付いてなかったの?明日香ちゃん、お義姉さんの話をするとき、凄い楽しそうな顔をしてるよ?」

素生ニヤリと笑いながら言った。夜勤明けで疲れているからだろうか、笑った顔でも「眠たいです。」と書いてあるようだった。

「…本当に?」

「本当だよ。お義姉さんの話をする明日香ちゃんの顔、大好きだよ?」

素生の発言に顔を真っ赤にした明日香は「もう嫌。」と呟いて、机に伏せてしまった。

「あはは!これからもたまにお義姉さんの話をしようね!」

「もう良いから!疲れてるんでしょ?寝てきたら!」

「あはは!あー面白かった!…じゃあ、寝てくるね。」

「いってらっしゃい。…あっ。やっぱり待って!」

寝室に向かおうとする素生だったが、さっきまで寝てきなと言ってい明日香が素生の腕を掴んで止めた。

「どうしたの?」

「来たかも…。」

「なにが?」

「陣痛!いったーい!!」

「マジ!?」

お腹を押さえながら痛がる明日香に素生の睡魔はどこかへ吹き飛んでしまっていた。

それから数時間後、明日香と素生は無事に親となるのだが、それはまた別の機会に…。

 

 




久々に更新してみました。
本編が暗めだったので、未来のお話しは明るくしました。

感想&評価待ってます!


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