ニーアオートマタ 〜機械仕掛けの神〜 (River vilege)
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プロローグ
室内は規則的な電子音とエアーポンプのゴボゴボとした音が聞こえていた。
丁度部屋の中央部には人一人分が入る程度の細長い容器があり、青色の溶液が容器一杯に満たされていた。
中には酸素マスクを取り付けられた裸体の青年が一人、静かに目を閉じている。
ーーマシロユウ。
傍にある銀色のプレートにはカタカナでそう明記されていた。
『生体反応異常なし。実験体マシロユウを開放します』
機械的なアナウンスと共にエアーの抜ける音が室内に響く。
溶液が排出され彼は静かに目を開ける。血のように赤い瞳は辺りを見回し、開放されたカプセルからゆったりとした足取りで前へ進んだ。
感覚が未だ掴めていないのだろうか途中、何度も転びそうになるが確実に彼は目的の場所へと近づいていく。
意識を取り戻してまず最初に見たのは机の上に整頓されて置かれた衣服と白いタオル。そして、黒い鋼鉄製のケース。
答えはそこにあると確信し彼は濡れた体をタオルで拭き取り、傍にある衣服を手に取り着替えた。
自分の背丈にあった服に疑問を抱きながらも、ケースの上にある一通の手紙を手に取った。
長い年月が経過しているのだろうか手紙は茶色みがかっていた。
側にある椅子に腰を下ろし彼は静かに読み始める。
ーー
おはよう。マシロユウくん。
いや、おめでとうと言うべきか。
まぁいい。君にとって必要な情報ではないだろうから、手短に説明させて貰う。
突如として発生した致死率100パーセントの白塩化症候群という奇病により人類は滅亡の危機にさらされていてね。
そこで人類は救済措置としてゲシュタルト計画、人間の魂と肉体を分離させて白塩化症候群が消えた数千年後の時代に蘇りを図ろうとしていたんだ。
しかし、計画は難航。
人類は絶滅の一途を辿っていたがある日、"魔素に絶対的な耐性のある人間"が現れたんだ。
ここまで来ればその人間が誰なのかは想像つくだろう。
そう、君だよ。
あの時の君は生命の危機に瀕していた。
そして、君を保護して治療したのは私だ。
多分その記憶は無いだろう。
君の記憶は全て操作させてもらった。
どうか許してほしい。
だが、我々にとって君の存在は人類の絶滅を阻止する最後の希望だ。
残念ながら、君が目覚めた頃には人類は君を除いていないだろう。
しかし、気を落とさないでほしい。
君は一人であって、一人ではない。それは君が外に出ればきっとわかる。
世界は沢山の生命で溢れているはずだ。
だからきっと君と同じような人類が新たに誕生している可能性は大いにある。
そこで、だ。
君には人類を再び繁栄させてほしい。
その為の準備は整えてある。
私が作った最高の人型アンドロイド。
デボルとポポル。
この2体のアンドロイドには君を補佐する役割をインプットさせてある。
まずはこの二人に会って欲しい。
その為のGPS装置を手紙の下にあるケースに入れて置いた。
活用してほしい。
それほど遠い所にはいないはずだ。
それと、ケースの中には君が何らかの攻撃によって負傷した場合を想定して、自動で自己修復を行う。
携帯型ナノマシン。
ありとあらゆる事態を想定してサバイバル道具一式。
永久的に使用可能な魔素銃を備えつけてある。
弾数制限はないうえ、鋼鉄の金属ですら容易く撃ち抜く威力を持っているから、間違っても自分に向けて撃つことだけはしないでくれ。
それと最後に一つだけ君に伝えておこうと思う。
我々はありとあらゆる手段をもってこの呪われた運命に抗おうと努力した。
だが、どれも無駄に終わってしまった。
しかし。
君にはそれを跳ね返せるだけの力がある。
全人類の望みを君に託す。
どうか、宜しく頼む。
希望の子よ、我らを救いたまえ。
そして、人類に栄光あれ。
ーー
ユウは全て読み終えると、そっと手紙を机に置いた。
手紙には強い意志が感じ取れる。
しかし、ユウは身勝手な話だ。と心の中で思った。
助けて貰ったとは言え見ず知らずの他人に全人類の望みを託されたからと言って素直にはいわかりましたとは到底思う訳がない。
だが、これも何かの運命だと。彼は一つの結論にたどり着く。
何もせずに黙って死ぬよりかはその望みとやらに自分の人生を捧げてみる価値はある。
ダメだったらその時はその時だ。と楽観的な考えで側にあるケースを開き自身に装着していった。
一通り装着し終えると、彼は動作を確かめる。
記憶操作とやらのお陰かは分からないが、サバイバルの知識や戦闘方法などマスターしているように感じ取れた。
問題なしと判断し彼は一息つく。
彼の赤い瞳は数メートル先のエレベーターを見つめた。
「まずは、デボルとポポルの元に向かうとしよう」
彼は歩き出す。
自身の人生と人類の望みを背負って。
しかし、彼はまだ知らない。
行先が絶望とは知らずに。
もしよろしければ感想よろしくお願い致します。
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1話
エレベーターは到着の合図を鳴らし、ゆっくりと扉を開けた。
目の前に広がるのは瓦礫が散乱している廃ビルの一階だった。
奥には出口がありコンクリートの裂け目からは逞しい程に緑が根を広げていた。
ユウはぐるりと周囲を見回し、罠などが無いか確認したが、そういった形跡は見当たらなかった。
しかしながら、右足のホルスターに装備してある銃をいつでも構えられるよう右手を添えながら出口に向かって歩き出す。
何事も無く外に出ると朽ちた車があちこちに乗り捨てられ、高速道路だったものは柱の支えがなくなり途中で崩れていた。
道は植物に殆ど覆われており、廃墟都市そのものだった。
人類が絶滅したことによって自然は元の姿に戻りつつあるのだった。
少し進んだ所で中央部付近の広場に奇妙なロボット達が闊歩している姿が目に写った。
そのロボットはドラム缶に丸い頭と手足を付けたような極めて雑な構造をしており、目的もなくフラフラと辺りを歩いているようだ。
ユウは興味本位でそのロボットの目の前まで移動する。
それは緑色の目をこちらに向け立ち止まると、興味を無くしたのかまた違う方向に歩き始めていった。
「あれがアンドロイドな訳は‥‥ないよな?」
ユウは苦笑いをしながら歩いて行ったロボットを見つめた。
一先ず無害である事を再確認した彼は再び目的地に向かって歩き出した。
「なんだ‥‥?あれは」
交差点付近を歩いていると、突如ジェット機のような音が微かに聞こえ始めたので、ユウは訝しげに空を見上げた。
そこには無数の光が点在しており、それは規則的な軌道を描き四方に散らばって降下しているようだった。
その内の何組かが、こちらに向かってきているのが見て取れた。
「あまり長居は出来なさそうだな」
ユウは近くにある廃ビルの中で外の様子を伺う事にした。幸いにも隠れられそうな場所があったので彼は駆け足でその場所へ入った。
小型機は炎を上げながら降下していた。降下というよりも墜落に近いかもしれない。
墜落したのは2機。その内の1機はユウとは真反対のビルへと墜落した。
爆発音が辺りに響く。近くにいた小鳥は音に驚き、何処かへ羽ばたいて行った。
「あまり良いとは言えないが」
ユウは呟く。
情報というのは今後の目的達成の為には必要不可欠で今の状況は絶好のチャンスである。
しかし、危険というリスクは当然のように纏わりつくものなので、敵だった場合は全力を尽くして対処するしかない。
だが、ユウの答えは既に決まっていたようだ。
「行くか」
周囲の警戒を最大限に引き上げ、墜落現場一階の廃ビルへと進んで行った。
✳︎
現場に到着すると墜落の衝撃によって壁は大きな穴が空いており、小型機はバラバラに損壊していた。
ユウは魔素銃を構え、小型機だった物の目前まで迫った。
パチパチと電気が発光しており、小さいながらも炎が上がっていた。
彼は慎重に辺りを見回しているとシンボルのような破片が落ちていた事に気付いた。
「ヨルハ‥‥か?」
破片のマークを暫く見つめ、それを背負っていたパックパックに入れた。
他に何かないかと周囲を散策していると、近くに何者かの足音と声が聞こえた。
「苦しい‥‥寒い‥‥ニゲ、ナきゃ」
ユウは思う。この声は間違いなく、この小型機の乗組員だ。
苦しそうな女性の声だった。
声の主は黒煙の中から姿を現わす。
戦場には不釣り合いな黒色のワンピースにハイヒール。そして手には白銀の刀が握られていた。
極め付けはその女性は絶世の美女だった。真っ白な髪がより幻想的な姿を醸し出している。
彼女はこちらの存在に気付き、目を大きく見開いた。
「追手‥‥! くっ!!」
敵意を現わにした事により、ユウは銃の照準を合わせ引金に手を掛けた。
「動くな」
彼女はピクリと反応し立ち止まる。
視界が覚束ないのだろうか、止まったはいいものの、フラフラと体を揺らしていた。
「追手とやらが何かは分からないが、一先ずその刀を下ろしてくれないか?」
「お、願イ‥‥見逃して」
「それは君が武器を下ろしてから考えよう」
彼女は刀から手を離し、その場に膝を立てて崩れた。立っているのも限界だったのだろう。
ユウは銃をゆっくりと下ろし、ホルスターに仕舞った。
彼の動作に驚いたのか、彼女の瞳はこちらを見つめていた。思わず見惚れてしまう程、綺麗だった。
ユウはゆっくりと近づき、片膝をついた。
「さっきはすまない。大丈夫か?」
「追手ジゃ、ないの‥‥?」
「あぁ、違う。俺はマシロユウ"人間"だ」
「ニン‥‥ゲン? 嘘‥‥」
そう言うと彼女は手を差し出し、ゆっくりとユウの頬に当てた。
「あたタかい‥‥」
薄く微笑んだ彼女は安心したかのような表情を浮かべていた。
一方でユウは彼女の表情に見惚れてしまい心臓の心拍数が上昇し始めた。
しかし、注意力が散漫になった事により後方への警戒が疎かになっていたのは致命的だった。
カツンとハイヒールの音が室内に響いた。
ユウは全速力で背後に振り返り、銃を構えた。
「くそっ、ついてないな」
背後にいたのは後ろの美女と同じく非常に顔立ちが整った女性で違うと言えば髪は黒髪で短く切り揃えられていた。
手には大振りの刀が握られており、瞳は真っ直ぐこちらに向けられていた。
ぞくりと背筋が凍りつく錯覚に襲われた。
刹那、女は物凄い速度で距離を詰め刀を振りかざした。
咄嗟にユウは銃を刀に合わせ、引金を引く。
ガキンと鈍い音が響き、女の刀は後方へと弾き飛ばされ、女は即座に距離を取った。
「やるしないようだな‥‥!」
ユウは気を取り直し、銃を構えた。
戦いの火蓋は切って落とされた。
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2話
状況は非常に絶望的だった。
後方には瀕死状態の女が一人。
前方には殺意を露わにした女が一人。
この女は恐らく先程言っていた"追手"で間違いないだろう。現に彼女は肯定するかのように小刻みに震えていた。
この場をどう切り抜けるか、ユウは必死で考えていた。
一つ、彼女を盾にして隙をついて逃げるという選択肢が浮かんだが、すぐに止めた。
女はユウ諸共この場で殺すつもりらしい。
「貴様はレジスタンスか?」
ふいに無表情で女は問う。
「ただの通りすがりの者だ。‥‥できれば、見逃して頂きたいのだが」
慎重に言葉を選び、彼は時間を稼ぐ努力をしていたが。
「そうか、ならば死ね」
女はそう言うと大太刀を握り、一直線に突きを繰り出した。
話す時間など彼女には必要がないようだ。
「くっ!!」
女の剣先がユウの胸部すれすれを通った。
いくら戦闘技術を記憶操作によって体に叩き込んでいるとは言え、彼女の速度は普通の人間では到底反応することは出来ない。
「死ね」
突きからの斬撃は無慈悲にユウの首筋へ向かっていた。
ユウは咄嗟の判断で銃の照準を合わせようとしたが、彼女の速度には追いつく事は出来なかった。
彼は目を瞑り、顔を背け殺されるのを待ったが突如鉄と鉄がぶつかるような鈍い音が響いた。
「死に損ないがッ!」
「くぅッ!」
ユウが目を開けると目の前で自分を庇うように瀕死の女が刀で女の大太刀を防いでいる姿が見えた。
相当な負荷が掛かっているのだろうか、刀を抑えている腕はガタガタと揺れていた。
「この人は関係ナいッ! 狙うならこのワタシを狙エッ!!」
彼女の必死の叫びだった。
ユウは我に返り黒髪の女に向けて魔素銃を放つ。
大口径のマグナム並の反動が彼の片腕に響く。
弾は高速で女の腕に直撃し、彼女の腕を文字通り吹き飛ばした。
「ぐああああ!!」
苦痛の叫びが室内中に響き渡る。
女はフラつきながら大きく後方まで距離を取った。
女の腕からは電気がパチパチと発光し、それに伴って赤い血のような物が辺りに散乱していた。
「お前らッ! 絶対に殺すッ!」
「死ぬのはお前の方だッ!」
ユウは両手を添え、再び引金に手を掛ける。
魔素によって生成された弾丸は一直線に女の頭部に向けて跳んだ。
徹甲弾にも等しいそれはいとも容易く、女の頭部に直撃し、吹き飛ばす。
女は血飛沫を上げながら崩れ落ちた。
正に一瞬の出来事だった。
「大丈夫か!?」
ユウは即座に彼女の側まで駆け足で向かった。
女は安堵の表情を浮かべ、ばたりとその場に崩れ落ちた。
「無事で、よかっタ。 助けてくれてありがトう」
「礼を言うのは俺の方だ‥‥。 庇ってくれてありがとう」
二人は互いに微笑み合う。
「11B(イレブンビー)。 そレが私の名前」
「11B、か」
ユウは彼女を見て改めて思った。
最初に会った時から薄々気付いてはいたが、彼女はアンドロイドなのではないかと思っていたが、先程の戦闘と彼女の名前を聞いて確信した。
「宜しく11B。 立てるか?」
そう言いながら、ユウは11Bに手を差し伸べた。
しかし、彼女は困ったような顔を浮かべていた。
ユウが不思議に思っていると彼女が口を開いた。
「えっト‥‥ワたし、凄く重いから、ニンゲンの、ユウに持てるかなって」
そんなに重たいのか、と彼は試しに彼女の片腕を自分の首に回して起こそうと力を入れた。
「くッ‥‥! なんて、重さだッ」
何とか、立つ事が出来たがユウの呼吸は少し荒くなっていた。
多少なりとも彼女も立つ力を入れているのだろうか、それでも十分過ぎるぐらい重かったようだ。
「ごめんネ‥‥。 私、148kgだかラ」
「まじかよ‥‥」
ユウは苦笑いを浮かべた。
しかしながら、歩くのに物凄く支障が出ている訳ではないので、これならばあの場所に戻る事は問題無さそうだった。
「どこに向かってるノ‥‥?」
「君を、俺の住処に連れて行こうと思ってな。 そこなら修復も可能だと思う」
アンドロイドを作った者が修復や損傷に備えて修復装置を作っていないはずがない。しかし、半ば掛けではあるが大丈夫だろう。現にあそこには大量の装置が置かれていたのをユウは思い出した。
加えて、そういった知識も備えているようだ。
「えッ‥‥? 気付いてたノ‥‥?」
「語尾が、変だと思ったから。 何処かしらに不調が出てるんだろ? このまま見捨てる事なんて、出来る訳ないだろ」
彼女は目を大きく見開いた。
「‥‥あり、がとウっ」
グスッと鼻をすする音が隣から聞こえた。
「泣くのは後だ。 もう少しかかるから頑張れよ」
「‥‥ウん」
一先ずだが、彼等に安息の時間が訪れた。
二人はゆっくりと階段を降りて行った。
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3話
室内からはキーボードを叩く音が聞こえていた。
ユウは一区切り着くと室内に備えてあった粉末コーヒーをプラスチック製の容器に入れお湯を注いだ。
ブラックの香りに彼は満足そうな顔を浮かべ、コーヒーを片手に先程のキーボードの位置まで戻り、座った。
画面にはロード中の表示があり、予定終了時刻は5分となっていた。
彼の目の前には11Bがスリープモードに切り替えて、ベットで横になり眠っていた。
「倫理ウィルス、か」
彼女の内部データを修復している最中に何度か待機時間があったのでこっそりと中身を覗いていた時、いくつか興味深い内容があった。
先ほどユウが呟いた倫理ウィルスもその一つで白塩化症候群と似た症状を発症するらしい。
あのまま治療せず、放置していたら確実に殺されていただろうと思うと少し寒気を覚えるユウだった。
それと、もう一つ人類は絶滅している訳では無くどうやら月に逃げたらしい。
不自然な点は多々あるが、彼女の治療を終えたら、例のアンドロイドいるレジスタンスキャンプへ行こうとユウは思っていた。
11Bがどうするかは分からないがもし承諾してくれるなら人類の繁栄の為に協力してもらおう。とユウは考え、コーヒーを一口飲んだ。
ロード画面からは終了の文字が浮かび上がり、各データの異常の有無を検索し始めた。
最後のデータを検索し終え、再起動の文字が浮かび上がる。
タッチパネル式の画面に手を触れ、彼女の横に座り、目覚めるのを待った。
寝ていた彼女の瞳はゆっくりと開き、ユウの方へ顔を向ける。
「おはよう。11B」
「‥‥おは、よう」
まだ意識が覚束ないのだろうか、彼女はボーッとした様子でユウを見つめている。
ユウについては美少女に見つめられる耐性が出来ていないのか視線を適当な方向にズラして冷静を保つ事にした。
しかしながら、膝に置かれている彼の手は忙しなく動いており、冷静とは程遠い状況だった。
暫く室内は静寂に包まれていたが、沈黙に堪え難かったのか、ユウは徐に口を開く。
「あー‥‥その、体の方はどうだ? 倫理ウィルスが蔓延っていたから全部取り除いておいたんだが‥‥。まだ、どこか異常でも?」
「‥‥」
「あ、あまり見つめないでほしいんだが‥‥。あぁ、それと君の義体はボロボロだったから全部修復したよ。ついでに記憶データも概ね見させてもらった。個人的な君の記憶は一切見てないから安心してほしい」
「‥‥逃げたかった」
11Bは虚空を見つめ口を開いた。
ポツリと独り言のように話し始めた彼女の言葉にユウは耳を傾ける。
「生まれた時からずっと戦って、逃げたくて、あそこにいるのが嫌で、嫌で仕方なかった」
「でも、逃げた先は真っ暗で、寒くて、とても怖くて、絶望だった」
でも。と11Bは一言言うと体を起こし、ユウと対面する。
「ユウ、あなたと出会えて本当に、本当に良かった‥‥! ユウがいなかったら私は‥‥私はっ!」
「え"っ」
彼女の感情の制御が限界を超えたのだろうか、ユウにのしかかる様に抱きつき、彼は100㎏越えの体重に耐え切れず椅子から転げ落ちた。
「ありがとうッ‥‥! ありがとうッ!」
「ぐぉぉおおッ‥‥!」
嗚咽交じりの彼女の声は儚げで第三者から見ればとても絵になる光景ではあったが、当の本人は自分が重たいと言う事を綺麗サッパリ忘れているらしく、下にいるユウについては声にならない苦悶の声を上げていた。
彼女が冷静になるのはそれから約10分後だった。
✳︎
「ごめんなさい‥‥」
「いや、うん、大丈夫だ」
「でも‥‥」
「大丈夫、大丈夫だから」
そう言ってユウは救急箱から湿布を取り出し、腰の中央部に一つと下部に一つ貼った。透明なラベルシートが床にハラリと落ちた。
「うぅ‥‥。ご、ゴミは拾っておく、ね」
「あぁ、助かる‥‥」
11Bは床に落ちたラベルを拾い上げくしゃりと軽く纏めた。
近くにあった屑篭にそれを入れ、再びユウの所まで戻る。
その間にユウは近くにあった背凭れ付きの椅子に腰掛け、彼女に対面するよう促した。
11Bはコクリと頷くと椅子を引いて腰掛ける。椅子はしっかりとしており、彼女が座っても全く問題は無かった。
ユウはコーヒーを一口飲み、ふぅと一息ついた。
「伝え忘れてた事が一つあってな」
「なに?」
「"感情抑制プログラム"だったか。今の11Bには必要ないと思って外したんだが‥‥」
「‥‥そっか」
11Bは憑き物が取れたかのような表情を浮かべ、薄く微笑んだ。
「少し疑問に思ったんだが‥‥。そのプログラムは君達"ヨルハ部隊"にとってなんの意味があるんだ?」
彼女は当初、質問の意図が分からないと言った疑問の表情を浮かべていたが、直ぐに気付き答えようとしたが、気まずそうな顔を浮かべた。
「ごめんなさい。その件については何も分からない。‥‥"感情を持つ事は禁止"ただ、それだけ」
「成る程、な」
ユウは"思った通りの反応だな"と心の中で呟いた。
人を殺すという点に置いてだけ着目すると感情は非常に厄介な代物である。
殺してしまったが為に罪悪感という感情に苛まれ、殺さなくてはいけない時にそれに支配され、支障をきたしてしまう。
それがエスカレートしてしまうと自殺してしまう例も少なくは無い。
某国では、恐怖という感情で民衆や軍隊をコントロールした独裁者と呼ばれる者も存在したが、感情抑制プログラムも似たようなものだろう。
感情を制御し、統制を図る。軍隊としては文句なしだろう。規律として決めておけば説明など不要だ。
しかし、それだけでは無いとユウは更に思案する。
"規律を犯した隊員をわざわざ殺しにくる必要"があるのか、と。
だが、どれだけ考えても答えが出てくる事は無く、底知れぬ違和感に苛まれながらユウは一旦考えることを止めた。
「変なことを聞いてすまないな」
「ううん、ユウは命の恩人だから何でも答えるし、何でもするよ」
嘘偽りの無い瞳をユウに向け、ニコリと彼女は微笑んだ。
「そ、そうか。それなら、少し手伝って欲しい事があるんだが‥‥」
「うん、いいよ」
「ちょっと護衛を頼みたく‥‥。え?」
どう説明するかと悩んでいたが二つ返事で彼女は引き受けてしまった。
予想外の反応にどうするのものかと悩んでいると11Bが口を開く。
「さっきも言ったけど、私はユウのお陰でこうして生きていられるの。だから、ユウの頼みなら何でもするよ。死ねって言われたら死ぬぐらいに」
ユウの瞳を真っ直ぐに見つめ彼女は続ける。
「それぐらい私はユウの為に何でもいいからしたいって思ってるの。それに、護衛だったら任せてよ。私、得意だから」
ドンと胸を叩き自信満々に彼女は行った。
その様子にユウは薄く微笑み椅子から立ち上がった。
「‥‥目的地はレジスタンスキャンプだ。いいか、イビー」
「イビー?」
「11Bだと長いからな。略してイビー。嫌か?」
11Bは驚いた表情を浮かべたが瞬時に満面の笑みに変わりユウと同じく椅子から立ち上がる。
「イビー‥‥。うん、いい! ありがとうユウ!」
喜んでいるイビーに向かってユウは片手を差し出した。
「よろしく頼むぞ、イビー」
「こちらこそっ! よろしくね、ユウ!」
二人は固い握手を交わし見つめ合う。
人間とアンドロイド。
交わるはずのない二人は今ここで確かな絆で結ばれたのだった。
感想等ありましたら是非ともよろしくお願い致します。
次話投稿予定日は5月19日に掲載致します。
大変遅れてしまいますが、誠に申し訳ありません。
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