ふたつのステラ (ねことも)
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注意事項・登場人物設定

自営サイトからの重複投稿になります。
このシリーズは、ジョジョの奇妙な冒険の二次創作です。

他ジャンルからの登場人物もでてくるため、クロスオーバー要素が加わっていて、そのキャラが仲間になります。

主な中心となる人物は…以下の通りです。

◆このシリーズの主人公
◆主人公の仲間達
◆原作キャラ
◆13機関(主にアクセル)
◆オリキャラ


【注意事項】

※原作では死亡するキャラが救済されたりします。

※王国心のⅩⅢ機関(特に、アクセル)がちょくちょく登場します。

※流血・グロい表現もあり。

※原作では戦闘皆無のキャラが戦いに参加したり、会う事のないキャラ同士が
接触する等の描写があります。
    


【主人公設定】

 

◇ソラ・アウリオン

 

この物語の主人公。

黒執事連載の主人公であるリエと同じエクレシアであり、認定されている9人の中で最年少の小さな女の子。あだ名は「ふーちゃん」

 

本来、TOSの世界の4大天使、クラトス・アウリオンの娘として生まれるはずだったが、母親(アンナ・アーヴィング)がオーブとなったため、実世界でうまれなかったミズコ(赤子の霊)である。

 

天界の治療院で『天使』として生を受けた時に、エクレシアの資質を見出される。

母親のアンナが出産後の反動で身体が弱くなった事もあり、保護目的で天界のヴァルハラで住むようになる。

 

現在、すくすくと成長中の皆の人気者で、マスコット的存在。

エクレシア仲間であるリエに一番懐いている。

 

【年齢】

1歳5か月ぐらい

 

【性格】

のんびり屋さん、食いしん坊

 

【特技】

瞬間移動(自分の意思に関係なし)、お昼寝、気が抜けるような歌(?)

 

【外見・服装】

ふさふさした耳元まである鳶色(薄い明るめの茶色)の髪に、鳶色の瞳。

通常時は、ほとんど白いねこにんベビー服(横部分にチャックつき)。

フード部分から、前髪がちらちら出ている。

 

 

【追記】

第1部で、ジョナサンとエリナと友達になり、二人と縁を結んだ影響で、ジョースター家からは【守り神】と認識されてしまっている。

歴代のJOJO達や敵、その他の人物とも深く関わる事になる。

 

 

 

*** ***** ***

 

 

 

【主人公のサポート役・関係者】

 

 

◇アクセル

 

13機関の一員で、燃えるような赤髪をした青年。

リエの元先輩にあたる人物であり、キーブレード使いのロクサスとシオンとは親友の仲。

 

本来の運命では消滅するはずだったが、現在でも組織の一員として活動している。

 

※補足説明としてこの物語における13機関は、リエの活躍により【世界を乱す側】から【世界を守る側】となっており、エクレシアとは協力関係を築いている。

 

この連載では、幼いソラの保護者代理として彼女をサポートしている。

ソラの事は「ふー」という愛称で呼んでいる。

【理由として、自分の知り合いに同名の男の子(王国心のソラの事)がいるため。彼と区別をつけるため、13機関の他のメンバーも愛称で呼んでいる】

 

ジョナサンとエリナからは、お兄さん的ないい人だと思われている。

ある出来事が原因で、ディオからは敵対心を抱かれている。

 

 

 

◇コゼット・マルヌ・エルベット

 

作中に登場するソラの保護者の一人で、彼女と同じエクレシア。

異世界でカフェ・レストランを経営しており、息子とソラを育てている。

 

 

 

◇ハーパル・カルヴァート

 

ジョナサン達がいる世界を統治する現在の導き神。

第七部に登場する人物、リンゴォ・ロードアゲインに瓜二つな容姿の男性。

 

ソラやジョジョ達と接触する際は、黒い牧師の服装を身に着けている事が多い。

性格は冷静沈着だが、まだ幼いソラに分からない言葉を噛み砕いて説明したりと面倒見がいいタイプ。真顔でさらりと本気か分からないジョークを放つ事がある。

 

ジョナサンとディオの因縁やこれ以降に起きる未来の事も知っている素振りを見せている。ジョナサンとエリナと契約を交わしたソラに、未来を変動させる要素を見出し、期待をかけている。

 

エクレシアに対しては、過去に該当する人物がいた事から、肯定的にとらえている。

ソラを結構気に入っており、友達の様にフランクに接している。

 

 



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物語の単語・専門用語辞書

作中に登場する単語や専門用語の説明を記載しています。
物語が進むごとに増やしていく予定。
  


【エクレシア】

 

全ての天上界において『神の卵』とよばれている神族の総称。

オーブ(魂)の中でもその素質を持っている者が神々の選定により選ばれ、修行を積んでいき、エクレシアとなれる。ただ、ソラのように例外的に選定されるケースも稀にある。

エクレシアは通常の天使や神族とは異なり、全世界を任意で移動できるほか、悪意のある行動以外は基本的に自主行動を許されている。

 

また、一般的特徴としては、言葉に力を込める能力が強く、殆どの者が歌を得意である事。

酒や毒物などにも耐性がつき、訓練しだいで身体にあらゆる免疫を作ることも可能である等、治癒系の能力に特化している。

 

身体的特徴として、体のどこかに【エイコーン】と呼ばれる各個人特有の紋様があり、あらゆる血液の型に対応できる【覚醒の血】をもつ事。

普通の天使とは異なり、透き通った妖精の羽を連想させる色付きの【光翼】である事などがあげられる。

 

エクレシアの最終的な目標は《成長する神》へ神化する事。

現段階で、認定されているエクレシアはソラを含めるヴァルハラ所属の9名。

 

 

*** ***** ***

 

 

【オーブ】

 

死んだ人間や動物や植物などのいわゆる『魂』。

 

 

*** ***** ***

 

 

【ハートレス】

 

闇から生まれた闇の生き物。

人の心の闇が膨らみ続けて完全に闇に染まると、その心はハートレスという怪物と化す。

そして、ハートレスは人の心の闇に反応し、心を奪って次々と増殖してゆく。

知性は乏しく、基本的には心を奪うという本能のみで行動する。別称「心なきもの」。

 

 

*** ***** ***

 

 

【ノーバディ】

 

闇に心を奪われてハートレスになった人間が強い心や思いを持っていると、稀に生まれ落ちる事のある存在。残された肉体と魂が意思を持ったかの様に行動する。

全体的に白や銀っぽく、外見は人に近い形をしているものが多い。

 

また、ハートレスは丸みを帯びた形を持っているのに対し、ノーバディは鋭利な形をしている。光でも闇でもない狭間に位置する不完全な存在で、ある程度悪さをしても程なく闇に溶けてしまう。

 

『存在しない者』『誰でもない者』『抜けがら』など様々な呼称がある。

 

 

*** ***** ***

 

 

【キーブレード】

 

選ばれた者だけが使うことができる伝説の武器。

鍵状の刀身を持っており、ハートレスに対して絶大な威力を持つ。

また、世界中のあらゆる鍵を自由に封印・解放できる力を持っている。

 

より心の強い者に反応する性質を持っており、光はもちろん闇に属する一部の者も扱う事ができる。その強力な力である故に、世界を滅ぼしかけたこともある。

先端にキーチェーン(キーホルダーみたいなもの)を付けることができ、キーチェーンを付け替えることにより、姿形や能力ががらりと変わる。

※中には、まったく鍵の意匠を残さないものもある。

 

普段は実体がないが、必要時にその姿を現し、所有者の意思に応じて離れた位置にあっても手元に戻るため、奪われたりすることはない。

 

 

*** ***** ***

 

 

【13機関】

 

ノーバディを統率する高位のノーバディたちが集まった組織。

創設者であり、現在のトップはゼムナス。

14人のメンバーで構成されており、そのほとんどが人であった頃の面影を残したまま、ノーバディとなっている。

 

各メンバーの名前の由来は、人間の頃の名前に「X」を足してアナグラムにしたものを新たな名前としている(Xは「異端の印」)。

 

かつては、心の奪還のためなら手段を選ばず、多くの世界に混乱を招いたが、リエの活躍により本来の運命から脱却した。彼女との誓約により、現在は今までの償いも兼ねて間接的に各世界で救済活動をしたり、必要な時にエクレシアと連携もとっている。

 

前述であげたように、多くの世界に混乱を招いたために、大半の世界(及び事情を知る関係者)からは敬遠、嫌悪の対象とされている。

ゼムナスに至っては、リエを再び組織の一員へ引き入れようとしている経緯もあり、世界(に関わる関係者・使者)が警戒している。

 

 

*** ***** ***

 

 

【エンシェント・センチュリオン(導き神)】

 

1つの世界に、たくさん存在する神々や精霊たちを統べる指導者の神のこと。

通称【導き神】。各世界に存在している。

各世界の【導き神】たちは、1年ごとに交流を図っており、創造神を含める上位の神々に情報を伝える義務がある。

 

また、【導き神】の中には寿命が定められている者もおり、その寿命に近づくにつれて、自然界やヒトの世にも影響を与えてしまうという難点もある。

次の後継者となる【導き神】は、通常はその世界に馴染みのある神や精霊がなるケースが多い。

 

 

*** ***** ***

 

 

【形式契約】

 

《神族》と《術者》との間で行われる一般的な契約方法。

神族が指定する課題に、術者はふさわしい回答を出す事により成立する。

ただし、契約した場合の力関係は、神族が優勢であり、契約者は神族の意見を優先しなくてはならない。

 

契約する際の手順は、神族が単独で決める事が出来る。

作中のエクレシア達のほとんどは、既にその明確な課題を決めており、術者数人と契約を交わしている者もいる。

 

 

*** ***** ***

 

 

【ピヨ】

 

ひよこっぽい小鳥のような生き物。

丸くてフワフワ、かわいい癒し系。

たいてい、一般のオーブが具現化する際はこの姿になる。

しかし、中には癖のある性格のものもいて、家の農作物を食べたり、巣を作ったりして人を困らせる事もある。

 

普通の雛と外見が変わらず、手乗りサイズが一般的な大きさだが、生前の体格並の大きさになる事例もある。

普通の雛と見分けるには、ある植物の液体を振りかける事で分かるらしい。

また、ピヨとなってしまうと、生前の頃の身体能力や一部の技等の効果が弱くなったりとデメリットな部分もある。

 

  



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少年時代編
はじめまして、じょーちゃん・おじさん


  
オリ主は小さい女の子です。
幸運体質で、彼女の属性により原作の物語が変動していく事になります。
  


ジョナサン・ジョースターは英国の由緒ある貴族、ジョースター家に生まれた御曹司だ。

自然あふれる田舎にある大きな屋敷で、父親であるジョースター卿と従者たちに囲まれた裕福な生活を送っていた。

 

白い雲の漂う、穏やかな午後の一時。

ジョナサンは愛犬のダニーといっしょに遊んでいた。

 

 

「ダニー、いくよ!」

 

 

そこらに落ちていた丈夫そうな木の枝をなげた。

宙を舞う枝を視線でとらえるや、ダニーは一目散に駆け出していく。

御生い茂った草むらを軽々と飛び越え、奥へ落ちた木の枝を探しているダニー。

 

「……?」

 

ジョナサンがおかしい、と気付いたのは10分経ってから。

いつもは5分以内に戻ってくるはずなのに、今日はなかなか帰ってこない。

あれ…と不思議そうに首を傾げ、ジョナサンはダニーがいる草むらの奥へ足を踏み入れる。

 

すぐにダニーは見つかった。

尻尾を上下に振りながら、立ち止まっている。

まるで視線の先に、“何か”がいるみたいだ。

 

「ダニー! どうしたんだい?」

 

ジョナサンが早足で近づくと、彼もまた足を止めた。

彼の目に映ったのは―――

 

「……ねこ?」

「きゅーん…」

 

真っ白な猫の衣服を着た幼児だった。

 

 

 

【はじめまして、こねこにん】

 

 

 

ソラはパチッと目を開けると、そこは知らない場所だった。

さっきまで、親友のくーちゃんの家で一緒にお昼寝をしていたのに

…柔らかい布団で眠っていたのに、此処はどこだろう?

 

欠伸をして、上半身を起こすとそこに、一人の少年と大きな犬がいた。

ふぅ! と目を大きく見開いて驚く。

 

「あっ…起きたんだね。大丈夫…僕は怖い人じゃないよ」

 

すると、ソラが怖がっていると思ったのか、少年が優しい声をかけてくれた。

ソラは丸い可愛らしい目をぱちぱちして、手を差し伸べてくる少年に首を傾げる。

 

「だりぇ~?」

 

「ああ、自己紹介だね。僕の名前はジョナサン・ジョースター。

こっちはダニーだよ」

 

…これが、ちいさなエクレシアと星を背負う一族との最初の出会いであった。

 

 

 

*** ***** ***

 

 

 

最近、息子に不思議な友達ができた。

執事からそれを聞かされた時、ジョースター卿は目を丸くした。

食事の場で、同年代の友達の事をよく話してくれる息子だが、気付かない内に年下の子どもとも仲良くなっていた。

 

「どんな子なんだ?」

 

「変わった衣服を纏った幼児です。

猫を連想させる姿で…ロンドンでは見た事のない斬新なデザインです」

 

執事はありのまま、主人に報告する。

どうやら、周辺に住んでいる様ではなさそうだ。

さらに、驚くべき事を執事は語る。

 

「あの子は、ジョナサン様と遊ばれると夕刻が近づけば、いつの間にか姿を消しているのです。まるで、神隠しにあったかのように…」

 

しかも、数日たてば何の前触れもなく出現するとの事だ。

この間は、ベッドのシーツを取り替えようとしたベテランのメイドが、そこでスヤスヤ眠っているその子を目撃して仰天したらしい。

ほぅ…と顎を指で撫でて、興味深そうに耳を傾けるジョースター卿。

 

「私も会ってみたいな。その子どもに」

「は…はぁ、しかし何分子どもゆえに、きまぐれなのか、いつこちらを訪れるのかも…」

 

執事は、手持ちのハンカチで流れる汗を拭き、しどろもどろに答える。

そんな従者の様子に、ジョースター卿は軽く笑って「なら、気長に待つよ」と返した。

 

「父さん!」

 

会話を終えた直後、パタパタと足音が響く。

息子が階段から降りてきた…猫の衣装をきた子どもを抱きかかえて。

 

 

 

【ようこそ、小さいお客様】

 

 

 

「やあ、ジョジョ。その子が噂の友達かい?」

「うん! さっき、庭であったんだ」

 

息子曰く、一週間前は調理場の所にいたらしく、一昨日は町のところで遭遇した。

そして、本日はバラが咲く庭園の片隅で葉っぱを掴んで遊んでいたようだ。

 

執事の言葉通り、白い猫の衣装を身に纏う幼児だ。

被っているフードの隙間から、鳶色の髪がでており、同色の丸い可愛らしい瞳がこちらを不思議そうにみている。

 

「だりぇ~?」

「僕のお父さんだよ」

 

たどたどしい口調で質問する子ども。

ジョナサンがよしよしと頭をなでて教えてあげると、子どもは「とーしゃん?」と

同じ言葉を反芻させる。

 

その愛らしい姿に、ジョースター卿も思わず口元を緩めてしまう。

既に降ろされて、ジョナサンの隣でちょこんと立っているその子のちいさな手を、

彼は慎重に握る。

 

「ようこそ、小さなお嬢さん」

「あい!」

 

温和な雰囲気の紳士に、ソラは二パッと笑って返事した。

ちなみに、ジョナサンは父親のこの発言で、初めてソラが女の子である事を知ったようで、ええっ! と驚いていた…とメイドは証言している。

 

 

 

【To Be Continued… ⇒】

  



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いなくなったこねこにん

オリ主の保護者sideの話。
  



「ふーちゃん、いらっしゃい」

「あーい」

 

 

【クロト=メグスラシル】のカフェ・レストラン、ムーンライトは、お昼を過ぎてお客もほとんどいない状況だ。そこのオーナーであり、ソラと同じエクレシアである女性…コゼットは遊びに来たソラを快く出迎えた。

 

「ふーちゃん、あしょぼー」

「いーよ」

 

一歳年上の息子が遊ぼうと呼びかけると、ソラは笑顔でそれを了承する。

厨房内を器用に潜り抜けて、奥の部屋へ向かう二人。

 

「今日はクッキーにしましょうか…それともパンケーキがいいかしら」

 

コゼットは、食器の片づけをしながら三時のおやつを思案する。

ちらりと開いている戸の隙間を覗くと、二人は積み木で遊んでいるのが見えた。

 

「店長、俺はパンケーキ三段重ねを希望しまーす!」

「あら、デミックスさん。いらっしゃいませ」

 

顔見知りのお客がいつの間にかきていた。

薄い茶の髪を立てたヘアースタイルの青年、デミックス。

13機関のメンバーの一人であり、主に情報収集をメインに活動している。

肩を右手で揉みながら、あ~といかにも疲れたと言わんばかりに呻く。

 

「お仕事帰りですか?」

「そーなんだよ。もぅ、あのバッテン傷、人使いあらすぎだ!」

「よく言うぜ。仕事に託けて女ナンパしてただけだろうが…」

 

隣のカウンター席に座る燃えるような赤いツンツンした髪型の青年、アクセルがそうぼやく。

今回の任務は二人一組で、新たに発見した世界の情報収集を行っていたようだ。

 

 

「まだ始めたばっかだから、なんとも言えねぇけど…国や村、地域単位で調べるとなると…今回も相当な時間がかかっちまう」

 

 

アクセルは遠い目をしてそう言うと、そっと出された出来立てのブラックコーヒーにミルクと砂糖を入れ、スプーンでかき回す。

 

調べてきた情報は、すぐさまエクレシアの元へ連絡がいく。

これは、かつて【世界を乱す側】であった彼らが【世界を守る側】となり、エクレシアの一人と契約した際の条件の一つだ。

 

彼らの情報網は伊達ではない。

その世界毎の生活習慣から、国家単位の機密事項に至るまで、幅広いネットワークを構築している。敵に回ればかなり厄介だが、味方となれば心強い組織だ。

 

いつか謀反を企てるのでは…と懸念する声もある。

 

昔の彼らならあり得ただろう。

けれども、今の彼らは違う。

契約を交わしたエクレシア…【彼女】を裏切る事はまずありえないからだ。

 

 

その【彼女】の娘であるコゼットは、フライパンを振って生地を裏返しする。

お皿に綺麗に焼きあがった生地を三段乗せると、傍にバターと生クリームを添えて、デミックスへ差し出す。お好みでつけてもらうために、シロップ入り容器も横におく。

 

「はい。お待たせしました」

「うひょー、待ってました!」

 

出来立てほやほやの三段重ねのパンケーキに、デミックスはポンッと両手を合わせる。

ナイフで大きめに切り分けて、フォークでぱくっと口へ運ぶ。

 

「くぅ~…うまーい! 具が大きーい♪」

 

称賛の言葉を発するデミックスに、コゼットは作った甲斐があるとほんのり笑みを浮かべ、アクセルは呆れたように肩をすくめる。

さて…子どもたちにももっていこうか、と二つの小さなお皿にのせたパンケーキを運ぼうとしたその時…ままーと息子の声が耳に入った。

 

「ままー…ままー!」

「どうしたの? くーちゃん……あっ!」

 

困惑したようにこちらを見上げる息子。

つい先程まで、仲良く遊んでいた友達がいない事に、コゼットははぁ…と息を漏らして

額を手で覆った。

 

 

 

【いなくなったこねこにん】

 

 

 

「えっ、ふーちゃん、またいなくなったのか!」

「能力が発動しちゃったみたいで…どこに行ったのかしら」

 

ソラは、まだ幼い故に能力の制御の仕方が解らない。

そのため、無意識に転送魔法を発動してしまい、他の世界へ飛んでしまう事もしばしば。

面識のある人の所ならまだいいが、見知らぬ異世界や危険な場所であったらとんでもない事になってしまう。

 

「しゃーねーな…」

 

コーヒーを飲み終えたアクセルが席から立ち上がる。

 

「ちょいと身体動かしてくる。デミックス、報告頼むぜ」

「えっ…ええ~、アクセル! 支払まだ…」

 

たまにはおごれ、と言い残すと、アクセルは狭間の闇へ姿を消した。

 

 

 

【To Be Continued… ⇒】

  



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君は妖精さん


ディオの登場で、自信喪失中なジョナサンの話。
  


 

ジョナサンは、川辺で愛犬と一緒にいた。

このところ、彼は憂鬱な気持ちに苛まれている。

その原因は、新しく家族になった少年、ディオにある。

 

ディオが、ジョースター家にきたきっかけは実の父親が他界したからだ。

かつてジョナサンの父…ジョースター卿が馬車の事故に会った時、彼の父親が助けてくれたのが縁で知り合った。

その父親は素行に問題がある男性であったが、助けてくれた恩から、色々と支援した。

 

なくなる直前に、父親はジョースター卿に手紙をあてた。

たった一人残されてしまう息子のディオを不憫に思ったジョースター卿は、引き取る事を決意した。

 

 

ディオは整った容姿の美少年だ。

初めてあった時、馬車から降りてきた彼は堂々とした態度で、ジョナサンと対面した。

けれども、その直後に飛びかかって来た愛犬のダニーを蹴り飛ばした。

 

 

『僕は犬が嫌いだ! 人間に媚び売るバカな犬に虫酸が走るんだ! あのダニーとか言うアホ犬を僕に近づけるなよッ。あと、僕の荷物にふれるな! 犬を触った汚い手で触れるつもりか、非常識にも程がある!』

 

 

彼の相手を見下した態度と罵倒は、ジョナサンの脳裏に否応にも焼き付いてしまった。

第一印象は最悪だったものの、それはまだ環境に慣れていないだけなんだ…そう思い、ジョナサンは彼の事を理解しようと努力した。

 

 

けれども、ディオはジョナサンの嘲笑うように、彼の差し伸べようとした手を拒否した。

ディオは貧民街出身だが、周囲を唸らせるほど博識だった。

テーブルマナーも完璧であり、ジョースター卿を感心させるものだ。

ジョナサンは悉く比較されてしまい、今まであった短所が目立つようになった。

見兼ねたジョースター卿は教育方針を厳しくして、ジョナサンを怒る回数が増えていく。

 

学校でも、ディオは他の子達の注目になり、友達だった子も、だんだんジョナサンから離れていった。家でも学校でも居場所がなくなり、ジョナサンは悲しくて寂しくて仕方なかった。

 

 

「ダニー…今日の夕食、テーブルマナーうまくできるかな。

また、父さんに叱られたらどうしよう」

 

 

家に帰りたくない。

あそこは、自分の家なのにまるで茨の城みたいだ。

こんな風に思う事自体、哀しい。

膝を抱きかかえて蹲るジョナサンに、ダニーはきゅーんと同情するように擦り寄る。

 

「にーたん、どーしたん?」

 

聞きなれた愛らしい声に、ジョナサンはハッと顔を上げた。

友達になった妖精の子ども(これは、ジョナサンと父、その他使用人達が勝手にそう思っている)が小首を傾げてちょほんと座っていた。

 

「久しぶりだね…」

「うん!」

 

元気よく返事するソラに、ジョナサンはほんのりと笑みを浮かべる。

 

「ないてたん? ぽんぽんいたい?」

「ううん…お腹が痛いんじゃないんだ」

 

この子は心配している…。

まだこんなに小さいのに、年上の自分を慰めようとしている。

手をぽふぽふと撫でるソラを、ジョナサンはぎゅっと抱きしめた。

 

「ありがとう…もう大丈夫だよ…」

「にーたん?」

 

「ごめんね…僕、ジョースター家の跡取りとしてしっかりしなきゃいけないのに…それなのに、父さんに怒られるのが怖くて…ディオに苛められるのが嫌で…弱気になってた」

 

ポロポロと零れる涙を腕で拭い取ると、笑顔を作ってソラに向き合う。

 

「不思議だね。君といると心があったかくなるんだ。

君は本当に妖精さんなのかな…それとも魔法使いかな?」

 

「ふぅ?」

「ふふっ、なんてね…」

 

笑って済ませるジョナサンに、ソラは頭にハテナマークを浮かべた。

 

 

 

【君は妖精さん】

 

 

 

ジョナサンとソラ、ダニーが楽しそうに戯れる姿を、離れた木陰から覗き込む一つの影。

 

「はぁ…今行くと明らかに怪しまれるよな」

 

赤い髪の青年、アクセルは後頭部を掻きながら呟く。

 

「暫く様子みるか…ふぁ~、ねみ…」

 

欠伸をして、腰を下ろすと二人と一匹の様子を観察する事にした。

 

 

 

【To Be Continued… ⇒】

  



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悪の貴公子

  
少年ディオが悪巧みを企む回。
  


 

ディオは苛立っていた。

理由は簡単。

つい最近まで情けなく項垂れていたジョナサンが、まるで今までの事が帳消しになったかの如く、明るくなったから。

 

(チッ…気に食わない)

 

内心、舌打ちをかました。

そもそも、ディオはジョナサンの事が大嫌いだ。

初めて会った時から、一目見た瞬間から…。

 

ディオは幼少期、酒浸りの父親に殴られ、扱き使われ、底辺の生活を強いられてきた。

病死した父親に対して憎しみ以外の何の感情もない…むしろ、解放されて清々する位だ。

これまで反吐がでる程の人生を送ってきたディオにとって、ジョースター卿からの

養子縁組はまさに運命を変える絶好のチャンスだった。

 

 

“世界一の金持ちになってやる”

 

 

その決意を胸に、ディオはジョースター家の門をくぐった。

自分とは異なり、裕福で温かい家族に囲まれて育ったジョナサン。

ぬくぬくとぬるま湯に浸っていただけの甘ちゃんに、ディオの胸に軽蔑と嫌悪の念が

胸を支配した。

 

この御曹司から、あらゆるものを奪い取ってやると誓った。

家族も、友人も…当主の座さえも。

 

彼の密かな企みは着実に進行していた。

家も学校も、すべて自分の味方だ。

孤立したジョナサンは、うまくいけば数年でこのまま挫折して自暴自棄な性格へ

陥れる事ができる。

 

 

しかし、このところジョナサンの様子が変わった。

うまくはいえないが、何かを決心したような瞳で、これまで以上に物事に対して

前向きに取り組むようになった。

テーブルマナーも、勉強も、運動も…それでも、ディオには劣っているけれども、

着実に成果を伸ばしている。

 

 

(あいつ、【味方】でもできたのか?)

 

 

ありえない。

学校の生徒の大半は、ディオに魅了されている。

そうなると…外部の人間か。

 

推理をしながら、階段を下りていると、メイド達が小声で秘密話を囁き合うのが

耳に入る。

 

 

『ねぇ、今日はあの妖精の子、くるかしら』

 

『前にきたのは一週間前だったわね、そろそろじゃない』

 

『あの子みてると癒されるのよね~。

旦那様も、養子に迎えたいって仰ってるくらいだもの』

 

 

妖精…ジョースター卿のお気に入り…。

聞き逃してはならない単語だと瞬時に察した。

 

 

『ジョナサン様も、妹のように可愛がっているものね。

あのこねこの妖精さん』

 

 

その言葉が、ディオが抱いていた疑問のパズルにピースを埋めた。

 

「なるほど…その妖精があいつの味方、か」

 

ニヤリと企みの笑みを浮かべ、ディオは次の標的に狙いを定めた。

 

 

 

【悪の貴公子】

 

 

 

その頃、ジョナサンはいつもの川辺で、ソラと一緒にいた。

 

「ねぇ、君の名前をきいていいかな?」

「ふーたん」

 

ソラはそう答えた。

「ふぅ」というのは、彼女の本当の名前ではなくてあだ名じゃあないかな…と

ジョナサンは思った。

 

別に名前があるのは間違いないが、幼いこの子に聞くのは難しい。

ジョナサンは、こういう判断に悩む状況になった際に、よく父親の言葉を思い出す。

 

――――逆転の発想をする事を。

 

 

「だから僕はこう考えたんだ。

『名前はもうひとつあってもいいんじゃあないか』、てね」

 

「ふぅ~?」

 

「これは、君と僕が友達だという証にしたいんだ。いいかな?」

 

 

了承を求めるジョナサンに、ソラは少しの間首をこてんを傾げるものの、

すぐに「いーよ」とコクッと頷いた。

 

 

「君の名前はね…【ステラ】。イタリア語で『星』を意味する言葉さ」

 

 

父さんが持っている本をいっぱい調べていいのがないか、時間をかけて探してみたんだよ…と少し自慢げに語るジョナサン。

 

「よろしくね、ステラ」

「……しゅてりゃ?」

「ふふ、そうだよ」

 

新しくつけられた名前を、ソラは同じように口にする。

そんなソラの姿を、ジョナサンは微笑ましく見つめた。

 

 

 

【To Be Continued… ⇒】

  





そして、少年ジョナサンがオリ主(ふーちゃん)にもうひとつの名前をプレゼントする回。

  


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『踊る火の風』との約束


アクセルとジョナサンの邂逅の回。
  


 

ソラは、川辺でちょこんと座っていた。

サラサラと流れる水の流れに沿って時折、泳いでくる魚をジッと見つめている。

 

「おしゃかな~」

 

陽できらっと水面が光る、そこに映し出されるのはソラの姿。

その後ろに、見覚えのある人物も映っていて、ソラはくるりと振り向く。

 

「あ、あくたんだぁ」

「よっ、迎えに来たぜ」

 

赤髪の青年、アクセルが笑って手をあげるソラにならい、右手をあげた。

ソラは、立ち上がるととことこと、彼のもとに近づき、足元にしがみつく。

 

「フー…こーら、また勝手にでていっちゃダメだろうが…」

 

アクセルは彼女を抱き上げて、メッ…と軽く叱った。

 

「ふぅ~…ごめんね」

 

ソラは眉を下げて謝ると、アクセルはぽふっと頭に手を置いて「よし、良い子だ」と

口元を緩める。

 

「コゼットとくー坊が心配してたぞ。さぁ戻るか」

「あんね、まって」

 

アクセルが帰ろうと言うと、意外な事にソラはそれを止めた。

今まで、迎えが来た時は素直に頷いていたのに、ソラは初めて拒否したのだ。

 

「どうした?」

「にーたん、ばいばいしゅる」

 

その言葉に、アクセルの脳裏にある少年が思い浮かぶ。

ああ、あの貴族の御坊っちゃんか…と。

 

「あの坊っちゃんとバイバイしたら、帰るんだな」

「うん。またあしょぼー、いう」

 

どうやら、ソラはまたこの世界に来る気満々の様だ。

あのジョナサンという少年と親しくなった、という証拠だろう。

 

「分かったよ。けど、一つだけ忠告しておくことがあるぜ」

「なーに?」

「フー…いや、ソラ。ジョナサンの前で羽を出しちゃダメだぞ」

「これぇ?」

 

アクセルがそう指摘するや、ソラは背中からぽんっと薄い水色に輝く光翼をだした。

そのまま、アクセルと目が合う高さまで宙に浮くと、不思議そうに「なんで?」と尋ねる。

 

 

「あ~…だから出すなっていうのに。

いいか、ソラ。羽を出すって事は、お前がエクレシアだって事がばれちまうんだ。

そうなると大変な事になる」

 

「たいへん?」

 

「ジョナサンのようないい奴ならまだいい…

けどな、中には悪い奴もいて、お前をとっ捕まえて傷つけようとする奴らもいるんだ」

 

「ふぅ…こあい(こわい)」

 

「そうだ。コゼットやくー坊、リエやお前のおふくろさんにも会えなくなっちまうんだぞ」

 

 

アクセルが真面目な表情で、そう言い聞かせるとソラはやだぁーと目をうるうるとさせて涙ぐむ。ゆっくりと地面に降りて、アクセルの足に再びしがみついた。

アクセルは両手で、ソラを抱き上げるとよしよしと頭を撫でる。

 

「羽は、怖い奴らが襲いかかってきた時に逃げるのには使っていい。

それ以外は気をつけるんだぞ、記憶したか?」

 

「うん!」

 

 

 

【『踊る火の風』との約束】

 

 

 

すると、タイミングよくジョナサンが愛犬を連れて歩いてきた。

 

「ステラ、此処にいたんだね…えっと…お兄さんは誰ですか?」

 

黒装束を纏う見かけない青年に、ジョナサンは戸惑う。

傍にいるステラ(ソラ)が怯えずに抱っこされているので、危ない人ではなさそうだ。

 

「ああ、俺はこの子の保護者代理みてぇなもんだ。

ほら、兄ちゃんにあいさつしな」

 

「にーたん…ばいばい。またあしょぼ」

 

ソラは小さい手を左右に振ると、待っているアクセルの後を追ってとことこと歩いていく。

ジョナサンはつられる形で手を振りながら、思った。

 

 

(あの人が…ステラの家族なのかな)

 

 

ソラ同様に、あの青年もまた不思議な雰囲気を漂わせていた。

アクセルはこの時点で気付いていなかった。

ソラと同じく、彼もまた奇妙な縁が結ばれた事に…。

 

 

 

【To Be Continued… ⇒】

  



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意地悪な子はおことわり

オリ主(ふーちゃん)が、ディオと邂逅する回。
  


それから数日後、ソラはジョースター家の庭にいた。

バラが咲いている庭で、ソラは魚のぬいぐるみ(エクレシア仲間のリエ特製)を

もってトコトコと歩いている。

 

(あら、またきたのね)

「うん!」

 

エクレシアは動植物と意思疎通ができる体質だ。

ソラは、(無意識な)移動魔法でジョースター家に現れると、必ずここに咲いている花々と話している。使用人達は忙しなく働いており、ジョナサンも学校に行ってたりする事が多いため、必然とそうなってしまうのだ。

 

(ジョナサン様がダニーと話しているのを聞いたわ。

「ステラ」って名前になったのね。おめでとう)

 

「ふぅ~、あんがとー」

 

ソラは葉っぱを掴んで、あたかも握手するように揺らす。

 

(ねぇ、ステラ…このお屋敷の人達はいい人ばかりだけど、

一人だけ気を許してはいけない人がいるわ)

 

「あい?」

 

バラの言葉を聞いて、ソラは首を傾げる。

 

 

(その人の名前は【ディオ】。危険な香りがする子よ。

貴女はその子に近づいちゃダメ…)

 

 

バラがその人物に近づくなと忠告する。

その時、ソラの背後に気配がした。

 

「おや…ここにいたんだね」

「あ、おじたん」

 

ソラが振り返ると、ジョースター卿が立っていた。

人の良さそうな笑みを零して、さあおいでと両手を広げる。

ジョナサンのお父さん、優しいおじちゃんだと分かり、ソラも嬉しそうに近寄ろうとするが、すぐ後ろにいる別の人物を見て途中で足を止めた。

 

金髪の綺麗な顔立ちの少年。

しかし、ソラには彼から身体に纏わりつく黒い霧がでている事に目を丸くする。

 

「もやもや…」

「ん? どうしたんだい…」

 

ジョースター卿が不思議そうに尋ねると、ソラは後ろにいる少年におのずと目を向けている事にすぐに気づいて、ああ…と納得したのか頷く。

 

「そうか…ステラ、君はこの子と会うのが初めてだったね。

この子の名前はディオ。私のもう一人の息子だよ」

 

「はじめまして。君がステラなんだね。

僕はディオ…よろしくね」

 

人当りのよさそうな笑みを浮かべて、手を差し出すディオ。

しかし、ソラは不安そうにぬいぐるみをぎゅっと両手で握って、彼の手を握ろうとしない。

 

「あはは…そんなに怖がらなくていいのに」

 

「大丈夫だ。ディオ。この子は初めての人だから緊張しているのさ。

ゆっくりと相手の事を解っていけばいい」

 

苦笑して肩を竦めるディオ。

ジョースター卿も同じく笑って、彼に優しくアドバイスをする。

 

「旦那様、そろそろお出かけの時間です」

「ああ…それじゃあ、ディオ。仲良くするんだよ」

「お気をつけて」

 

ジョースター卿が馬車に乗ったのを見届けると、ディオはソラの方へ再び振り返る。

その表情は先程の爽やかなものとは異なり、人を見下したような笑みへ変化していた。

 

「お前が噂の妖精とはな…どこからどう見てもただのそこらにいるガキじゃあないか」

 

ソラは幼いながらも感じた。

このお兄ちゃんは、意地悪な人なんだな…と。

 

「まあいい。お前が、ジョナサンの心の支えになっているのはお見通しなんだ。

あいつを堕落させるためには、お前を遠ざけないといけない…この意味わかるか?」

 

「にーたん、おいたするん?」

 

「ほぉ…ちびの癖にやけに物分かりはいいな。その通りだ。

あいつを孤立させるために、お前は今日から俺と一緒に行動するんだ。

さあ、この手をとれ」

 

そう言って、ソラの小さい手を握ろうとしたその瞬間……

 

 

 バチッ、バチバチ!

 

「なっ…!」

 

 

手が見えない《何か》に阻まれ、感電したように痺れる。

手を抑えて蹲るディオを、ソラはむっとした顔で見つめている。

 

「にーたん、おいたすんの、めっ!」

「くっ…お前、何を…」

「ふーたん、おいたのにーたん、やっ! じょーちゃんとこいきゅ!」

 

そう言うと、ソラはトコトコと歩いて庭園の奥へと逃げていった。

 

 

 

【意地悪な子はおことわり】

 

 

 

何事が起きたのかまだ理解できないまま、ディオは起き上がると、庭園にいるソラを

追いかけた。子どもの足の速度は遅い。すぐに追いつくと思っていたが…広い庭園を

くまなく調べても、彼女の姿はどこにもなかった。

 

「くそっ…どこへいった…!」

 

徐々に腹が立ち、近くに咲いているバラをくしゃっと握りつぶした。

先程の手を見ると、若干赤みを帯びている。

 

あの現象は何だったんだ?

あたかも、あの幼児を守るように透明なバリアーが張られたようにも見えた。

 

「まさか…本当に…妖精なのか? あの子ども…」

 

俄かに信じがたい事に、ディオは混乱している頭を手を抑えた。

 

 

 

【To Be Continued… ⇒】

  




そして、ディオの悪巧みが失敗に終わった回。

  


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お友達といっしょにあそぼう!

二話分、掲載。
エリナの初登場の回となります。

  


ジョナサンは、最近ある少女と付き合っている。

名前は、エリナ・ペンドルトン。

以前、近所の子どもから人形を取り上げられて、意地悪されていたのを助けた事がある。

あの時は名前を聞けなかったけれど、再会した事で二人は急速に親しくなっていった。

 

「エリナ、今日は紹介したい友達がいるんだ」

「お友達? どんな子なの」

 

「うん、妖精さんさ」

「ええっ、妖精!?」

 

冗談でしょう、と半信半疑。

けれども、心は「本当にいたら…どんな妖精なのかしら」と期待に満ちた、ワクワクした気持ちになっていた。

 

よく一緒にいく川辺までやってきた。

ジョナサンは、連れてきた愛犬に「ここにいるんだね?」と尋ねる。

愛犬のダニーは「ワン!」と自信たっぷりに吠える。

 

こっちだよ、とエリナの手を握ってエスコートするジョナサン。

人差し指で口元を抑えて、「静かにね」と小声で囁かれた。

エリナは頬をほんのりと赤らめて、コクッと頷くとそろ~と木陰を覗き込む。

 

「あっ…!」

「今はお昼寝中なんだ。起きるまで待っててあげよう」

 

ジョナサンの提案に、エリナは「ええ」と口元を緩めて同意する。

二人が穏やかな眼差しを向けるのは…白い猫の衣服をきた《妖精さん》だ。

 

 

 

【眠るその子に愛しさを感じた】

 

 

 

「ふわぁ~」

 

欠伸をして、目をしぱしぱさせるソラ。

重たそうな瞼を少し開けたまま、見上げると右と左に少年と少女がいた。

 

一人はジョナサン。

もう一人は、知らない女の子。

長いウェーブかかった金髪の可愛らしい子だ。

その子は、おそるおそる…でも、怖がっておらず友好的にソラに声をかけてきた。

 

「はじめまして、ステラ。私はエリナよ。

……友達になってくれるかしら?」

 

エリナの周りに漂うオーラはふわふわと綺麗な光の蝶が飛び交っている。

 

ソラはすぐに分かった。

…このおねえちゃんはいい人だ、と。

 

「あい!」

 

ニパッと笑って了承すると、エリナも綺麗な花のように微笑む。

こうして、こねこにんにもう一人の友達ができた。

 

 

 

 

 

*** ***** ***

 

 

 

 

 

ジョナサンとエリナ、ソラは三人一緒に川で遊んだ。

濡れていいように服を着替えたエリナは、ジョナサンは水浴びしてきゃっきゃっ…と楽しそうだ。ソラも、ジョナサンが用意してくれた簡易の服(水着のようなもの)に着替えさせられて、ジョナサンに支えてもらい、ちゃぽちゃぽと身体を動かす。

 

程よく冷たい水が心地よくて、思わず目を細めるソラ。

 

「ふぅ~」

「ステラ、気持ちいいわね」

「うん!」

 

「それっ!」

「きゃっ! もう、ジョナサンったら!」

 

ジョナサンに水をかけられ、エリナは頬を膨らませて抗議する。

御返しよ、とエリナも彼に水をバシャバシャッと浴びせると、やったな…とジョナサンも水をかける。水浴びしているダニーの上にソラは乗っかり、降り注ぐ太陽の光に向かって、手を上げる。

 

「きりゃきりゃ(きらきら)~」

「ワン!」

 

そうだね、とダニーも同意する。

それから、一時間程水浴びをすると服に着替えて、エリナが用意してきたお菓子を食べた。

 

「このクッキー、美味しいよ!」

「うまみ~」

「そう? そう言ってもらえると嬉しいわ」

 

サクサクの手作りクッキーを一口食べて、ジョナサンは絶賛する。

同じく、ソラもクッキーをもぐもぐ口に入れて満足そうな顔。

二人の感想を聞いて、エリナは満足そうに笑う。

 

ジョナサンは、幸せな心地よさに浸っていた。

家や学校が辛くても、エリナとソラ、ダニーがいるから全然怖くなかった。

 

それで気付いたのだ。

例え、周りが敵だらけであっても、誰か一人でも自分を理解してくれる人がいるだけで世界は変わる事を。苦しい事があっても哀しい事があっても、味方がいるだけで心が強くなれる事を…。

 

 

(……そう、僕はもう独りじゃないんだ)

 

 

ソラの髪の毛をタオルで拭いているエリナ。

ジョナサンは、傍からその様子を見ながら別の思いがよぎる。

 

「…エリナとステラは、僕に希望を与えてくれた。

だから…今度は、僕が二人を守らないといけない」

 

そうだよね、ダニー…と愛犬の背をなでて語り掛けるジョナサン。

ワン、とダニーは小さく吠える。

「その通りだよ」と、ジョナサンの決意に共感するかのように…。

 

そんな主の瞳が、今までとは異なる強い意志を宿している事に、この時点で彼は

気付いていた。

 

 

「ねぇ、ステラ…貴女はどこからきたの?」

 

 

ソラの髪を櫛で梳いている途中、エリナが何気なく質問した。

 

「おうち?」

「そう、貴女はどこに住んでいるのか…教えてもらえる?」

 

「くーちゃんのままのとこ」

「くーちゃん…って誰?」

「ともらち」

 

“お友達”の家に住んでいる…という事なのか。

一瞬、目を見張ったジョナサンがこう話しかけてみた。

 

「お父さんとお母さんは…?」

 

「まま、しぇんしぇーとこ。

ぱぱ…おほししゃん。にーたん、どっかいった」

 

ジョナサンとエリナはまさか…と顔を見合わせる。

「お星さまになった」…これは、この子の父親は亡くなっているという意味だ。

母親も…先生のところにいるという言葉から、身体が弱くて、病院にいるのでは…と推測した。さらに、お兄さんはそんな悲しい現実を受け入れられなくて家を飛び出してしまったのでは…!

 

「……大丈夫さ、ステラ! 君には僕とエリナがいる!

 ダニーもいる! だから、君は独りぼっちじゃあないんだ!」

 

「そうよ、寂しい時は私達に甘えていいのよ」

 

急に励ましたり、親身になって頭を撫でられたりして…ソラは「ありぇ~?」と

コテンと小首を傾げた。

 

 

 

【解説者がいたら、よかったかもしれない】

 

 

 

※補足説明

 

ソラは「ママは先生の所でリハビリ中で、パパはお星さまに住んでいるんだよ。お兄ちゃんは旅に出てどこかにいるんだ」と言いたかったのです。

 

母親のアンナさんに関しては、ジョナサンとエリナの推測は当たっていますが、父親と兄の事は完全に誤解してしまったようです。

 

といっても…事情を説明して、うまく理解してもらえるかは別問題ですけどね。

 

 

 

【To Be Continued… ⇒】

  

 



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子の成長を願う親の気持ち

アクセル視点で、主人公(ふーちゃん)の諸事情が分かる回。
  


「…ありゃ完全に誤解しちまったな」

 

仲睦まじい少年少女と一緒に遊んでいるソラの様子を、木陰で見つめる赤毛の青年。

ソラが、自分の家族について語るや、二人は彼女を励ましたり、慈しむように抱きしめている。

 

青年…アクセルは、ソラの家庭事情を一応知っている。

ソラは、本来は此処とは違う、天界でもない異世界に生まれる予定だった。

父親が、特殊な術で千単位の月日を過ごした天使であり、その世界を実質支配していた

少年の側近でなければ…普通の子どもに育つはずだった。

 

母親のアンナは、少年の部下に化け物に変えられてしまい、結果命を落としてしまった。

魂となったアンナの心身は傷ついており、10年もの間植物人間状態となっていた。

彼女が目を覚まし、その身に命を授かっていた事が発覚した時、担当医だったエクレシアは驚愕した、と後に語ってくれた。

 

アンナのようなケースはかなり珍しいからだ。

出産となると、身体に負担がかかってしまう…それでも、アンナは生む決意をした。

宿った命を犠牲にしたくない、という思いが強かったのもあるが、最愛の夫や息子と二度と会えない悲しみから抜け出したかったのもあるのだろう。

 

 

そして、ソラは生まれた。

生まれて間もなく、彼女はエクレシアの資質を見出され、ヴァルハラの創造神…レナスの推薦もあり、最年少で『神の卵』となった。

 

過去何千年を振り返っても、赤ん坊でエクレシアとなった事例はない…初めてだ。

何も知らない無垢な赤子は、たった数日でヴァルハラ出身の希少な神族となってしまった。

 

レナスのこの迅速な行動は、膨大な力を秘めたソラを良からぬ勢力が奪い取るのを防ぐため。

また、将来的にソラが力を暴走させないように傍において教育をしていくためでもあった。

出産の反動で、身体が弱くなってしまったアンナにソラを育てるのは難しいと判断したのもある。

 

 

ソラは、アンナと定期的にあっている。

離れ離れで生活しているものの、ソラは彼女の事をきちんと母親だと認識しているのが幸いだ。

それこそ、里親に出されていたら、アンナの精神が崩壊していたに違いない。

治療と懸命なリハビリを継続して、少しずつアンナは生前の調子を取り戻しつつあるが、まだソラと二人で生活するには至らない。

 

そのため、ソラは他のエクレシア達によって育てられている。

個性が強い人もいるが、全員がソラを年下の仲間として、実の子どものように接している。

特に、アクセルの親友でもあるリエは子煩悩であるため、人一倍彼女を可愛がっている。

 

 

魂となった赤子は、現世で生きている子に比べて成長がゆっくりだ。

それでも、アクセルがソラを初めて見た時よりも、彼女は背がちょっとだけ伸びた

…そんな気がする。

 

「あいつが大人になる頃には、俺は中年のおっさんになってんのかな…」

 

少年少女、犬と戯れるソラを遠目で見ながら、アクセルは穏やかに目を細めてそう呟いた。

 

 

 

【子の成長を願う親の気持ち】

 

 

 

天界【ヴァルハラ】の水鏡の間…創造主 レナスは清らかな泉に映し出される光景を

静かに見ている。

 

「……予言通りになりそうね」

 

レナスは、水鏡に映る楽しそうに笑う幼子の身を案じていた。

彼女が懸念するもの…それは、とある予言者から告げられた言葉。

 

 

《幼き神の卵、散歩をするのは慎重に。

星をつかさどる一族の運命に巻き込まれてしまうから。

存続か改変か…大きな選択を強いられるだろう》

 

 

その予言者は、レナスがかつて選定したエインフェリアのひとり。

時折、エクレシア達の今後を《占い》という形でみてもらっているのだが…

今回、数人に影を落とす内容の結果が出た。

 

その中の一人がソラだった。

他のエクレシアならまだしても、重大な使命を背負わせるにはまだ幼すぎる子だ。

それ故に、ソラの正式な世話係と専属騎士を決めようとしていた矢先…この事態だ。

 

「…これも運命なのか」

 

レナスは目を細め、嘆息交じりに呟く。

これから起こるだろう、『星をつかさどる一族の宿命』と、それに巻き込まれる

幼いエクレシア。

 

果たして…どんな物語を紡ぐのだろうか。

 

 

 

【To Be Continued… ⇒】

  




余談として、上司はVP(ヴァルキリープロファイル)の主人公であり、VP1のラストで創造主となったあの方です。VP1のエインフェリアの面々も健在中。
  


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お前は“《小さい器》の人間”だ…そう告げられた気がした


ディオの悪巧みの回。
シリアス要素を含みます。
  


 

空が暁色に染まり始めてきた。

帰路の時間となり、ジョナサンは名残惜しそうに二人に手を振る。

 

「エリナ、ステラ。また明日」

「ええ、明日」

「ばいばーい」

 

エリナの隣でトコトコ歩くソラ。

いつもは、ジョナサンについていくか、森の中で迎えが来るのを待つのだが、

今日は何故かエリナと帰りたがった。

妹のようなソラのささやかなお願いに、エリナも快く引き受けたのだ。

 

「ステラ、私このまま町の方へいっちゃうけどいいの?」

「うん。あくたん、くる」

 

“あくたん”と言うのは、ソラの保護者代理と名乗る男性の事だ。

エリナはまだお目にかかった事はないが、ジョナサンが言うには赤いツンツンした

髪型の道化師のような人らしい。

 

「ステラは、その『あくたん』っていう人の事好きなのね」

「うん!」

 

エリナと楽しくお喋りしながら歩くソラ。

その時、ソラは何かを感じ取ったのか、ぴたりと足を止めた。

 

「ステラ?」

「ねーたん、あっち」

 

エリナのスカートの裾を掴んで、別の方向へいこうと言い出した。

でも、こっちに行かないと町にいけないのよ、とエリナは困った笑みで言い聞かせる。

それでも、ソラは「う~、だめぇ」と首をぶんぶん振って譲らない。

 

「どうして、このまま真っ直ぐ行ったらだめなの?」

「もやもや…いる」

 

――――“もやもや”

 

いつものほほんとした、笑っている顔が印象的なソラが眉を潜めて不快を露わにして言った言葉。

この先に、何か嫌なものがいる…そう言いたいのだろうか。

 

 

「ステラ、『もやもや』ってな…」

「やぁ、そこの君」

 

もやもやとは何なのか、ソラに訊こうとしたその時…呼ばれる声がした。

前方を見ると、金髪の少年と数人の取り巻きらしき男の子たちがいる。

 

「貴方は…?」

「君、さっきジョジョと一緒にいただろう」

 

綺麗な子だ…けれども、端正な顔立ちに冷たさを宿しており、エリナは怖く感じた。

 

「な、何…」

「随分とジョジョと親しくしていたようだが…」

 

少年が、エリナを腕を掴もうとしたその瞬間…

 

「やぁっ!」

「うっ…!」

 

ソラが持っていたぬいぐるみ(奇妙な顔のウサギ)を投げつけた。

ぽふっと音を立てて、それがその少年の顔面を覆った。

まだ一歳児位なのに、一回り違う身長の高い少年の顔に物を投げつけた事自体、

ある意味凄い。

 

「おいたのにーたん、めっ!」

 

ソラは、その少年に一度会っていた…ジョースター家で。

友達のジョナサンに意地悪をしようとしたお兄ちゃん、ディオだ。

先程、エリナに近づこうとしたのは、何か悪い事をしようとしていたのだ。

幼いながらも、ソラは直感でそれを察してぬいぐるみで悪事を阻止したのだ。

 

突然、物を投げつけたソラに対して戸惑うエリナをよそに、ディオは顔面に張り付いた奇妙なウサギのぬいぐるみをガシッと鷲掴みすると、地面に叩きつけた。

 

「誰かと思ったら…この間の“妖精”じゃないか」

 

青筋を立てて、口元をひくつかせるディオ。

あまりの気迫に周りの取り巻き達はひっ…と情けない叫び声を漏らす。

怒りを表わす少年に対し、ソラもぶぅ…と頬を膨らませて彼を見つめる。

 

「いい度胸だ…このディオに物を投げつけるとはナァ。

悪い子にはお説教した方がいいか…」

 

「ちょっと…まだこんな小さい子に大人げない事するつもりなの」

 

やめなさい、と両手を広げて、エリナは彼を止めようとする。

だが…ディオは邪魔をするな! と彼女をパシッと平手打ちして突き飛ばした。

地面に倒れるエリナを目にして、ソラは「ふぅ…!」と目を大きく見開いた。

 

「ねーたん!」

「その前に、お兄ちゃんにいう事があるだろう?」

 

エリナに近づこうとしたソラを、ディオが首元を掴んで持ち上げる。

 

 

「悪い事をしたら、謝るのが社会の基本だ。

まだ幼いからといって許される事じゃないんだよ。

さぁ…あやまれ」

 

 

不敵な笑みを浮かべて、ソラに謝罪するように要求する。

すると、ソラの瞳が徐々に潤んでいく。

 

「な、なぁ…ディオ。その辺にしておいた方が…」

「まだちっさい子だしさ…」

「これじゃあ、弱い者いじめになるぜ…」

 

「お前達は黙っていろ!」

 

取り巻き達もさすがにやりすぎだよ…と恐縮そうに窘めるが、ディオは一喝して沈黙させた。

 

「謝らないのか? 意外と強情な妖精だな。

なら、悪い子は躾をしないといけないなぁ」

 

「その位にしてもらおうか」

 

その時、一人の青年がディオが振り上げようとしたその手を掴んだ。

 

「なっ…!」

 

「『誰だ、お前…?』って顔してるな。

俺はこの子の保護者代理だ。記憶したか?」

 

彼から、ソラを奪い取るとヨシヨシと頭を撫でる青年。

 

「フー…お前は強い子だ。よく我慢したな~」

「うぅ…あぐだんんんん…!」

 

ソラはボロボロと涙を流しだす。

青年…アクセルは「よしよし、怖くねぇからな~」とあやす。

そうしながら、アクセルはソラに向かってこう言った。

 

 

「フー、お前は優しい子だ。何でぬいぐるみ投げつけちまったかは解らねぇ…けどな、

突然物を投げつけられちゃ、相手は嫌な思いになるぞ。

くー坊にそんな事するとどうなる? 泣いちまうだろ~。

逆にフーはどう思う?」

 

「いやだぁああ…」

 

 

ソラはボロボロと目尻から雫を零して答える。

 

「そうだ、だからあそこでぼぉーと突っ立っている怖い兄ちゃんも同じ気持ちなんだ。

だから、謝ろうな?」

 

アクセルの言葉を聞いて、ソラはある程度泣き止むとディオに顔を向けた。

 

「ごめんね…にーたん」

「よーし! いい子だ……これで満足だろ?

 

頭をくしゃりと撫でて、褒めるアクセル。

すると、今度は目つきを鋭くして、ディオと取り巻き達に視線を向けた。

 

ディオはたじろいだ。

ディオは同性代の子よりも、体格はいいとはいえ、こちらに威嚇の目を向ける

青年には敵わない。

 

貧民街で、大人相手に素手で戦った事はある。

けれども、眼前の男性はそんな大人とは比べ物にならない程の…多くの修羅場を潜り抜けてきた…威圧を感じ取った。

 

「今度はそっちの番だぜ」

「…はっ、どういう意味だ…?」

 

負けじまいと虚勢を張るが、アクセルはそれを見透かしたようで…厳しい目つきで言う。

 

「悪い事をしたら謝るのが社会の常識…なら、さっきぶって突き飛ばした少女に、

お前は謝るべきだろう」

 

後ろで頬を擦りながら、こちらの様子をハラハラ見ているエリナを肩越しに見つめ、

その事を指摘した。言われた事に、ディオはギリッと歯ぎしりをして顔を歪める。

 

「さっきはこの子に散々『謝れ』と要求してきた癖に…

いざ、自分がその立場になればできないのか?」

 

その口からなかなか謝罪が紡がれない事に、アクセルは冷めた目でこう言った。

 

「人の悪い部分は指摘はできても、自分の非に目を背ける。

弱い女子どもに手をあげる割に、敵わないとにらんだ大人には逆らえない。

そんな野郎が…一人前きどって物を言うんじゃねぇよ」

 

「なっ…んだとっ!」

 

その発言は、ディオの胸に激しい感情を起こさせた。

気付けば、アクセルに対して殴りかかろうと飛びかかっていた。

だが、彼の拳がぶつかったのは…地面だ。

 

「なにっ…!」

 

「はぁ…こんな半人前に付き合っても時間の無駄だぜ。

ああ…これだと半人前の奴らに失礼だな、《半人前未満のガキ》って所か。

ま、どうでもいい…フー、帰るぞ」

 

どうやって、移動したんだ?

アクセルは既にソラを抱えて、ディオの後ろに背を向けていた。

エリナに手をさしのばして「大丈夫か?」と尋ねている。

エリナはコクッと頷いて、彼の手に自らの手を重ねて立ち上がる。

 

取り巻き達を一瞬だけ睨みつけると、ソラとエリナを連れて、彼は町へと歩を進めていった。

残された、顔を蒼白させて地べたに座り込む取り巻きとディオは暫く硬直して動けなかった。

 

 

 

【お前は“《小さい器》の人間”だ…そう告げられた気がした】

 

 

 

「くそっ…くそくそくそくそっ!」

 

ディオは拳を地面に叩きつけていた。

 

悔しい…。

くやしいくやしいくやしいくやしい、悔しい!

 

赤毛の青年に指摘された事が…。

同時に、あの妖精が自分に対して屈する様子がなかった事もだ。

皮膚が破け、血がじんわりとでている拳を見つめ…幾分かの冷静を取り戻した。

 

ディオは察していた

あの時、赤毛の青年が介入せずに、自分が折檻していたとしても

…あの妖精は謝罪しなかっただろう。

 

泣いていたとはいえ、妖精の目は“自分は間違っていない、謝るのはお前の方だ…”

という意志を宿していた。

 

気に食わない…という感情が上回っていたが、今思えば、可愛らしい外見から想像できない

“心の強さ”に興味がわいた。

 

 

「……このディオに抗い、関心を持たせるとはな」

 

 

くっ…と口端を吊り上げ、ディオは彼らが去っていた方向を見つめた。

 

 

 

【To Be Continued… ⇒】

  





※ふーちゃんは、エリナのファーストキスを守った!

※アクセルは、ディオに説教した!

※ディオは、ふーちゃんとアクセルによって悪巧みを阻止された!
  


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それでも、もう一人のお母さんは心配でたまらない

アクセル&保護者sideの回。
  


 

スヤスヤと寝息を立てるソラ。

息子と並んで寝ているこねこにんをちらりと見ながら、コゼットはふぅ…と息を漏らす。

 

 

「アクセルさん、ありがとうございます。

ふーちゃんを助けてくださって…」

 

 

コゼットは、テーブルに座っている知人にコーヒーを出すとお礼を言う。

ソラが、どこかの意地悪い子どもに傷つけられそうになった

…それを聞いた瞬間、コゼットはフライパンを落としそうになった。

 

幸い、迎えに行ったアクセルが途中で諌めた事でソラは『物理的』には傷つかずに済んだ。

けれども、精神的には怖い思いをした所為で、帰ってきてコゼットを見るや、再び大泣きしだして抱き付いたまま、一時間離れようとしなかった。

 

『ままー…ふーちゃん、だいじょぶ?

ふーちゃん、なにあったん?』

 

一人息子…月華が、おろおろと不安そうにソラと自分を交互に見て言った。

ソラをあやしながら、「大丈夫、大丈夫よ」と月華を安心させる口調で元気づけ、

そっと頭を撫でた。

 

その後…二人とも今は落ち着いて、一緒に仲良く寝ているのだ。

 

 

「まあ、今回は俺が途中で間に入ったからなんとかなったが…

次は気をつけねぇといけない」

 

 

アクセルは、コーヒーに砂糖とミルクを入れながら、冷静にそう言った。

コゼットはええ…と真剣な面持ちで彼の言葉に相槌する。

 

「ふーちゃんに少しの間、その世界に行かないように言い聞かせましょうか…」

 

「いや…フーの奴、あそこの世界をやけに気に入ってるぜ。

『行くな』って言っても多分行くだろうな」

 

仲良くなった奴もいるみたいだし…と付け加えると、コゼットは額に手を押し当てる。

 

「でも、心配です。ふーちゃんはまだ月華と一歳しか違わない幼児なんですよ。

今日みたいに悪い子に苛められたりしたら…」

 

「まぁ…アレはちょいと巻き込まれた感があるって感じだったがな」

 

あのディオという少年は、エリナという少女によからぬ事を企んでいた。

ソラは、事前にそれを察して(エクレシア仲間のカナンのような『超直感』だったら

凄いものだ)、ディオの蛮行を阻止したのだ。

その事もコゼットに伝えると、彼女は眉根を寄せた。

 

「そう、あの子も“能力”が…」

 

あまり嬉しくなさそうだ。

アクセルもまた、その気持ちに共感できる所もある。

人とは異なる能力に目覚める事が、必ずしもいい事ばかりに繋がるとは限らない。

 

デメリットもついてくるのだ。

特に、子どもの時期にその兆候があられると負の面が大きくなるケースが多いのだ。

 

「一生とはいいません。せめて、あの子がもう少し成長して、物事をきちんと理解できるようになるまで…普通の子どもの生活をさせてあげたいんです」

 

コゼットの表情に切実さを感じた。

同じエクレシアという立場であるゆえに、ソラがこれから成長していく過程で、

一般の子ども以上に試練が待ち構えている事を知っている。

 

だから、子どもの時期は少しでも平穏で楽しい時間を過ごさせてあげたいのだ。

実母であるアンナの願いをくみ取ったのか…いやもうソラを実の子どものように思っているのだろう。ソラをあまり危険な目にあわせたくない親心がヒシヒシと伝わってきた。

 

 

「……まあ、暫く様子見た方がいいな。

俺も出来る限り、フーの事面倒見てやるからよ」

 

「ありがとう…アクセルさん」

 

 

 

【それでも、もう一人のお母さんは心配でたまらない】

 

 

 

ソラはむくっ…と起きたのは、まだ太陽が昇りだした時間だ。

ふぁ~と欠伸をすると、きょろきょろと辺りを見回す。

 

「にーたん…?」

「あら、ふーちゃん起きちゃった?」

 

丁度、様子を見に来たコゼットが、ぽけぇ~としているソラに優しく声をかける。

 

「ふーちゃん、今日はゆっくりお家で過ごそうね。

私もお店お休みだから、一緒にくーちゃんと遊びましょう」

 

「あい!」

 

コゼットの提案に、ソラは嬉しそうに頷いた。

暫く、あの世界から遠ざけないと…という、母親代わりの女性の隠された意図を、

幼いこねこにんは知る由もない。

 

 

 

【To Be Continued… ⇒】

  

 



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善意は分岐を生む


彼の救済の話。
主人公(ふーちゃん)とデミックスが活躍する回。




 

ジョナサンは、喧嘩した。

いや、喧嘩と言うのは生温い。

最早、乱闘に近い形だった。

 

遡る事三日前、いつもの川辺へ向かっている最中、ディオの取り巻き三人がこそこそ

話をしているのを目撃した。

何かとんでもない事でも考えているのか…と警戒したジョナサンは木に隠れてこっそり

彼らのひそひそ話に耳を傾けた。

 

 

その内容を聞いたジョナサンは衝撃を受けた。

 

…ディオがエリナに言い寄ろうとした事。

 

…それをぬいぐるみで阻止したステラが、ディオから暴力を加えられようとした事。

 

…危害を加えるのを止めようとしたエリナを殴った事を。

 

血液が逆流する感覚がした。

自分のみならず、大切な人に…幼いステラにまで危害を加えるなんて。

取り巻き達に真偽を問い詰めた上で、ジョナサンは屋敷へ走り出す。

バンッと屋敷の扉を乱暴に開けると、階段に上ろうとしたディオが目に入る。

 

 

「ディオオオオオ! エリナとステラに何をしたぁあああ!!」

 

 

なんだその眼は…と冷ややかな視線を向けるディオに、ジョナサンは叫んだ。

エリナとステラにした事をディオは認めた…だが―――

 

「それがどうした? そもそもあの妖精が余計な真似をしなければ、彼女にそれなりに優しくしてやったんだ。あれこれと手解きをな…」

 

「きっさまぁああああ!!」

 

ジョナサンの右ストレートがディオの頬に直撃した。

 

 

――――ドガッ、バキッ、ドガッ

 

 

ディオは驚いた。

今まで臆してばかりだった、あのジョナサンが感情を爆発させて、己を圧倒している事に。

 

「僕が怒っているのは…幼いステラに怖い思いをさせ、エリナの顔を傷つけた事だ!

二人の心を傷つけた事だ! ディオ…二人に謝るんだ!

さもないと…僕は君を泣くまで殴り続ける!」

 

そう宣言すると、さらにジョナサンは拳を打ち付ける。

 

「この…このきたならしい阿呆がァーッ!!」

 

ディオは涙を流し出し、ジョナサンを目の敵と言わんばかりに睨み付けて叫びだす。

彼の胸倉をつかんで取っ組み合いが始まり、争いは激化するかに見えた。

 

「二人とも一体何事だッ!」

 

二人の争いに終止符を打ったのは、ジョースター卿だった。

父親(育ての親)の怒鳴り声に気づいた二人は、階上にいる彼に目が留まる。

ジョースター卿は、ジョナサンの一方的に殴っていた行為を咎めると、ディオと共に

罰を与えると命じた。

 

二人は部屋に閉じこもるのを見計らうと、ジョースター卿はふぅ…と小さく息を吐いた。

壊れた美術品や倒れた家具などの後片付けを、使用人に命じるとそのまま書斎へ足を運んだ。

 

「……おや?」

 

扉を開けると敷かれているカーペットに、ソラが座っていた。

 

「おじしゃん」

「おぉ、ステラ! 来ていたのかい!」

 

ジョースター卿は嬉しそうに笑い、ソラを抱き上げた。

 

「よしよし、何か玩具でももってこようか…それともお菓子が食べたいかな?」

「じょーちゃん!」

 

ソラは、息子であるジョナサンを探していた。

一緒に遊びたいのだろう。

ジョースター卿は、ぽふぽふとソラの頭を撫でた。

 

「ジョジョは今、反省中なんだ。だから、今日は会う事はできないんだよ」

「ぶぅ~」

 

ジョナサンと遊べないと解るや、ソラは頬を膨らませる。

拗ねていても可愛らしいこねこにんに、ジョースター卿は「すまないね」と苦笑して謝罪する。

 

「そうだ…ジョジョと遊べない代わりに、おじさんがご本を読んであげよう。

この間、ロンドンで購入した絵本があるんだ」

 

ほら、とその絵本の表紙を見せてあげると、ソラは「おぉ~」と目を輝かせる。

さぁ、おいでと膝元にちょほんと座らせると、ジョースター卿は絵本を開いて読み始めた。

 

 

 

 

 

そんなほのぼのした光景を、屋根から見ている二人の人物。

―――13機関のアクセルとデミックス

 

 

「やっぱこうなっちまうのか…」

 

「なぁ、アクセル。早くふーちゃんを連れて帰ろうぜ~。

俺、今日は【ムーンライト】の期間限定ビュッフェへ行ってお腹いっぱい食べたいんだけど…」

 

「7月一杯だろ? 明日でもいけるだろーが、我慢しな」

 

「えええぇえ~」

 

理不尽だぁー、とぶーぶーと頬を膨らませて、不平不満を漏らすデミックス。

そんな同僚の文句を軽く受け流して、アクセルは彼らの動向を見守る。

その時、黒コートのポケットにいれている携帯電話の着信音が鳴り響く。

 

「はい、もしもし…ああ、ロクサスか」

 

仲間からの連絡に耳を傾けるアクセル。

はぁーと退屈そうに、溜息を漏らすデミックスは気晴らしに屋根の上から風景を

眺める事にした。

 

「あー、のどかな風景だぁー。昼寝したいな~」

 

田舎ののんびりした風景は、どこか懐かしさを感じさせる。

ぼぉーと胡坐をかいてみている最中、デミックスの耳元にきゃんっと何かの呻き声が

聴こえた。

 

「へっ…? ねぇ、今なんか言った?」

 

アクセルに訊いてみるが、彼は連絡に集中していてこっちの声が聴こえていない。

はて…と首を傾げるデミックスの耳元にまだ何か聞こえてきた。

 

「きゃうんっ!」

 

「あっ、また…ってこれ犬の声か…」

 

キョロキョロと辺りを見回して、どこから犬の声がしているのか探す。

慎重な足取りで屋根を伝っていくと、焼却炉に辿りついた。

中央にある木箱が少しカタッと飛び跳ねた。

 

「あの木箱…まさか…ッ!」

 

視線をずらすと使用人が近づいて、今まさに火をおこそうとしているところ。

 

やばい…!

その気持ちが高まり、デミックスは咄嗟に愛用の武器、シタールを取り出して

弦を鳴らした。

 

「舞い踊れ、水達!」

 

自らと同じ姿を象った水分身が複数出現して、焼却炉へ落ちていく。

 

「な、なんだ…水!?」

 

バシャッ! といきなり上空から大量の水が落下してきて、使用人は持っていた火は

消えてしまい、全身ずぶ濡れになる。

何事だと、混乱している使用人をよそに、デミックスはフードを深々と被って

シュッと下に降りてきた。

 

「あっ…な、何者…!」

「おっさん、ペンチか何かもってこい! この中に犬がいるんだ!」

 

如何にも怪しい出で立ちの男が叫んだ事に、信じられないと訝しげに見つめる使用人。

しかし、カタカタッと揺れるガチガチに鉄鎖で縛られた木箱を目にして、ハッとして

急いで別の使用人を呼びよせる。

 

持ってきた器具で、木箱を開けると…

 

「なっ…だ、ダニー…!」

「キューン…」

 

身体に傷を負って、弱弱しく鳴く、ジョナサンの愛犬ダニーがいた。

ゴミを燃やそうとした使用人はさぁーと顔色が青く染まってしまう。

もし、あのまま焼却炉へ火をおこしていたら…ダニーは焼死していたかもしれない。

 

「何の騒ぎだ?」

 

騒ぎを駆けつけたジョースター卿が、ソラを抱きかかえてやってきた。

 

「い、いえ…こちらの男性が…あ、あれ?」

 

ダニーのピンチを救った黒いコートの男性は、あたかも最初からいなかったように

姿を消していた。

 

 

 

【善意は分岐を生む】

 

 

 

ジョースター卿は使用人達の手で、負傷したダニーを部屋まで運ばせた。

全身に痣ができ、身体を起こせない状態の愛犬の痛々しい姿に胸が痛くなる。

これを息子がみてしまったら、号泣していただろう。

 

「だにー」

 

全身に痣ができたダニーのもとに、ソラは駆け寄った。

 

「いたいん…?」

「きゅーん…」

 

よしよし、と身体を触るソラ。

 

(一体、誰がこのような非道な事をしたんだ…?)

 

ジョースター卿は、ダニーに起こった災難に怒りと戸惑いの気持ちと共に、胸にある疑問が生まれた。この屋敷の者達が、そんな酷い仕打ちを行うなんてありえない。

 

外部の人間だろうか?

犬が嫌いか、それとも…この家に恨みを持つ者の仕業かもしれない。

 

「早く、獣医を呼ぶんだ」

「は、承知しました」

 

使用人に指示したその直後、光が視界に入る。

 

「なっ…この光は…?」

 

ジョースター卿は目を疑った。

傷ついたダニーに触れているソラの手から淡い緑色の光の粒子がこぼれていた。

 

すると、どうだろう…。

ダニーの身体の痣が消え、みるみる内に傷を癒していくではないか。

 

「だにー、へーき?」

「ワンッ!」

 

さっきの弱弱しさが嘘のように、ダニーは元気にしっぽを振って、ソラの頬をぺろぺろ舐める。

ありがとう、と感謝しているようだ。

 

「おおっ…ステラ。君は…!」

 

信じがたい摩訶不思議な現象を目の当たりにしたジョースター卿は感極まる。

その場にいた使用人達も驚き、俄かにざわめく中、扉の隙間から覗く人物もまた…

 

「あの力…傷を癒しただと…!?」

 

そう…事件の犯人であるディオさえも、驚愕していた。

この一件が、後の彼が《エクレシア》との契約にこだわる動機にもなってしまうのだが、この時点で誰が予測できただろうか…。

 

 

 

【To Be Continued… ⇒】

  

 




※デミックスは、ダニーを窮地から救った!

※ふーちゃんは、ダニーを癒した!

※ダニーは、生存ルートを辿る事になった!
  


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芽吹く潜在能力


ジョナサンの安堵と主人公(ふーちゃん)の混乱の回。
  


 

ダニーの焼殺未遂事件の一報を、ジョナサンが聞いたのは翌日の朝食の時だった。

思わず、椅子を倒してしまう位、ジョナサンは顔色を無くしていた。

幸い、どこかの見知らぬ男性が指摘したおかげで難を逃れたようだ。

それでも、安心できずにジョナサンは急いで庭に行ってダニーを探した。

 

「ダニー! ダニー!!」

「ワンッ!」

 

ご主人の呼びかけに、元気よく吠えて駆けつけてくる大型犬。

ダニーの姿を目にして、ようやくジョナサンは胸に安堵感が広がり、彼を抱きしめた。

 

「ああ…ダニー、ダニー…よかったよ。

君がいなくなったら、僕は…僕は…」

 

ジョナサンは歓喜の涙を流して、ダニーが生きている事を心から神に感謝した。

そんな彼と愛犬の様子を離れた所から眺めているソラとアクセル。

 

「じょーちゃん、ないとる」

「あれはな…嬉しいから泣いてるんだ」

「ふぅ?」

 

ソラはコテンと首を傾げる。

嬉しいと泣く…ソラにはよくわからなかった。

 

 

「うれしーとなくん?」

 

「ああ…人間っていうのは心が複雑なんだ。

嬉しい事…悲しい事、色んな感情が混ざり合ってできている。

あの子の場合は…大好きなダニーが死なずに済んだ。

大切な家族が無事でよかった…その気持ちが内側から溢れ出して、涙になったんだよ」

 

 

アクセルの説明の意味を理解するには、小さいソラにはまだまだ難しい。

でも、彼が言おうとしている事は、なんとなく分かる。

 

 

ソラには見えていた。

左目には、ジョナサンがダニーが仲良く抱きしめあって戯れている目の前の光景。

右目には…変わり果てたダニーの姿、彼の最後すら看取る事が出来ずに、涙を流して

悲しみに打ちひしがれるジョナサン。

 

一つの選択肢で変わっていた

――――『分岐』の道筋を。

 

 

「あくたん…」

 

ソラは目からホロホロと涙がでていた。

ぎょっとして、アクセルは「ど、どうしたんだよ…?」と動揺する。

 

「ふぇええええー…」

「おいおい、ああ~…ダニーが無事でよかったな、うん…」

 

足元にしがみついて泣きじゃくるソラに、アクセルは苦笑して頭を撫でる。

彼女もまた、ダニーが生きている事が嬉しいのだと、彼は思った。

 

しかし、事実は異なる。

彼女は怯えているのだ。

左右対称の瞳にハッピーエンドと悲劇の全く異なるものが映し出される事を…。

《枷》が外れて、徐々に彼女の能力が内側から露わになっている事に、

まだアクセルは気付いていない。

 

 

【芽吹く潜在能力】

 

 

その日の夜、ジョナサンは父親の書斎へ赴いていた。

父から直接、呼び出されるのは久しぶりだ。

 

 

「ジョジョ…言っておきたい事がある」

 

 

父は何を告げるのか…?

ドキドキして胸が落ち着かないジョジョ。

しかし、告げられた事は彼の予想の範疇を超えていて、別の意味で胸の高鳴りがやまなかった。

 

「ステラが…ダニーを助けた…?」

 

「ああ、ステラはね。特別な力を持っているんだ。

きっと神様が彼女に恩恵を与えてくれたのだろうね」

 

ジョースター卿は感慨深げに、自らの推測を息子に語る。

 

「だがね、ジョジョ…私は、ステラの《癒しの力》はまだ公にしない方がいいと思うんだ」

「何故…?」

 

「あの力は、たくさんの人々を救う事が出来る。

けれども、《力》というものは使い方を間違えたら多くの人々を傷つけてしまう事だってあるんだ。ステラはまだ幼い。だから、これからどんどん学んでいき、将来的に彼女が使いこなせるようにしていくべきなんだ」

 

父の語る事に、ジョナサンは深く頷く。

すると、ジョースター卿はニコッと笑ってさらにこう言葉を続けた。

 

「ジョジョ、ステラの保護者代理の人と今度会ったら、屋敷に通しなさい」

「えっ…それじゃあ…」

 

「ジョジョとディオには、妹ができるかもしれないな。

私も娘がいたら、と前々から考えていたんだ」

 

「…はい!」

 

その提案を、ジョジョは満面の笑みで了承した。

気付かない内に、縁は成長する木々のように根を張って、広がっていく。

 

 

 

【To Be Continued… ⇒】

  

 



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少年少女の宣誓

今回、別作品のイメージを連想させる表現があります。
別作品の専門用語やその表現を不快に思う方はあまり読む事をお勧めしません。
  


「ステラ、行こう」

「うん!」

 

ジョナサンと一緒に並んで、ソラはトコトコした足取りでいつもの川辺へ直行する。

二人を追うように、ダニーも後ろからついていく。

彼らの背中を見送りながら、ジョースター卿は向かい側に立つ男性の方へ向きなおる。

 

「お初にお目にかかります。どうぞ、屋敷へお入りください」

「じゃあ…お言葉に甘えて」

 

赤毛の青年…アクセルは複雑そうな表情を浮かべつつも、屋敷へ通された。

 

 

 

 

 

ソラが遅れないように、ジョナサンは彼女の歩幅に合わせて移動する。

 

「ステラ、今日は何して遊ぼうか?」

「ごろごろー」

「アハハハ、じゃあ、今日は森の花畑がある所まで行こうか」

 

ジョナサンは、ソラが言いたい事をすぐに解るようになった。

例えば、“ごろごろー”は芝生に横になって日向ぼっこしたいという意味。

“ぱしゃぱしゃ”といった場合は、川で水遊びしたいという意味だ。

 

「あっ、エリナ!」

「ジョナサン、ステラ!」

 

先に待っていたエリナが手を振ってくれる。

駆け足で近づくと、エリナは二人に微笑みかける。

 

「エリナ…ごめん!」

「えっ、どうして謝るの?」

 

いきなり謝罪するジョナサンに、エリナはきょとんと首を傾げる。

 

「一週間前、ディオ…僕の家に住んでいる子なんだけど…彼が、君に対して酷い事をしてしまった。ステラ、君にも謝りたいんだ…凄く怖かったはずだ」

 

女性の頬をぶつなんて、紳士としてあるまじき行為だ。

ジョナサンは、未だにディオに対して怒りの気持ちが拭いきれない。

ステラに対しても、暴力を振るおうとしたのに、彼は少しも反省の態度を示そうとしない。

 

同時に、自分の所為で、エリナとソラに危害が及んでしまった。

その事実が胸を貫き、とても申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

 

「僕が不甲斐ないばかりに…二人に迷惑をかけてしまった。

許されるとは思っていないけど、本当にごめん…」

 

目をきつく閉じて、深々と頭を下げて謝罪するジョナサン。

 

「じょーちゃん、いーよ」

 

そんな彼を見て、一番最初に声をかけたのは…ソラだった。

 

「ふーたん、へーき」

「ステラ…」

「そうよ。ジョナサン…貴方は悪くないわ」

 

続けて、エリナも目尻を下げて彼の肩にそっと優しく触れる。

 

「ジョナサン、あのディオと言う子が、貴方にどんな事をしているのか…聞いたわ」

「えっ…だれに…?」

「アクセルさん。ステラのお迎えにくる赤毛の男の人よ」

 

アクセル―――ステラの保護者代理の人の名前だ。

今頃、養子縁組の件で父と話をしているあの男の人が、まさか自分の抱えている悩みを知っているとは…ジョナサンは思いもよらなかった。

 

「貴方は…味方のいない茨だらけの環境に、ずっと耐えてきたのね」

「うん…正直に言うとね、今も辛いな…って思う事があるんだ」

 

眉を下げて、自分の事のように辛そうな表情でいるエリナに、ジョナサンは目を伏せて本音を少し言う。でも…と彼は面を上げると、キリッとした顔でこう続けた。

 

「今の僕は独りじゃあない! 僕には…小さな親友がいる」

 

ジョナサンの視線は、ソラへ向けられる。

ソラは呼ばれたと思ったのか、ニパッと笑って「あい!」と小さな手をあげた。

 

「幼い頃から、僕の傍にいてくれた家族がいる」

 

次に、彼の視線は愛犬、ダニーを捉えた。

ダニーはご主人の意向に答えるように「ワンッ!」と元気よく吠える。

 

「そして…僕の味方でいてくれて、この身に変えても守りぬくと誓った【大切な人】が

ここにいる!」

 

そして、ジョナサンはエリナの両手をぎゅっと握りしめると、声高々に言う。

あまりにも熱烈なプロポーズともとれる、彼の大胆な発言に、エリナは顔を紅潮させる。

 

 

「じょ…ジョナサン…」

 

「エリナ……僕は、ディオみたいに賢くない。

世間知らずなお坊ちゃんだって陰口叩かれる事もある。けれど、僕は必ず強くなる!

エリナもステラもダニーも…僕の大好きな皆を守れるくらいに強くなってみせる!」

 

 

ジョナサンは力強く、自らの誓いを信頼できる二人と一匹の前で宣言した。

ソラには見えていた。

ジョナサンから、キラキラと輝く無数の白い光の鳥が飛び交っている。

 

「きりぇー…(きれい…)」

 

ジョナサンの身体から流れ出ている力…これは、ソラがいる天界ではオーラで

《生命の源》と言われている。

 

別の世界では《覇気》《ルフ》《マナ》とも呼ばれている。

この清浄で力強いオーラは、その持ち主である本人の本質を表わすもの。

もし、この場にソラ以外のエクレシアがいて、ジョナサンのオーラを見たら必ず

こう告げるはずだ…ソラの代わりに。

 

 

『貴方は遠い未来……子孫や志を共にする仲間とその一族、敵となる人でさえも…

生きとし生けるものに希望を与える《光》になるでしょう』

 

 

 

【少年少女の宣誓】

 

 

 

「ああ…ジョナサン! 貴方にそう言ってもらえるなんて…」

「エリナ…」

「私も…貴方に言いたい事があるの」

 

エリナは優しい眼差しと、彼に対する愛を含んだ言葉をジョナサンへ送った。

 

 

「私は…ジョナサン・ジョースターの味方となります。

幸せや喜びを共に分かち合い、悲しみや苦しみを共に乗り越える友になります。

そして…貴方の心身を支えるパートナーとなる事を、エリナ・ペンドルトンはここに誓います」

 

 

ジョナサンは感激した。

心から好いた女の子が、告白を受け入れた事に。

さらに、彼女から愛のメッセージを贈られるなんて思いもよらなかった。

 

「エリナ、大好きだよ」

「ジョナサン…愛してる」

 

ジョナサンは、エリナと寄り添うように抱きしめる。

そして、上目づかいで見つめてくる彼女にゆっくりと顔を近づけていき、唇を合わせた。

 

キスを交わす二人を見上げ、ソラはある事に気づく。

二人の人差し指に《赤い糸》が結ばれていた事に。

 

「いとぉー」

 

男女の間に赤い糸がつながっている事は、凄くいい事だ…と、親友の母であるコゼットが

教えてくれたのを、ソラは覚えている。

 

『ジョナサンとエリナは将来、家族になって一緒に仲良くお家で暮らす』

 

漠然とだが、幼いこねこにんはそう感じた。

 

 

“ おめでとう ”

 

 

初々しい少年少女のカップルを、祝福するように、ソラはぱちぱちと手をたたいた。

 

 

 

【To Be Continued… ⇒】

  



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もう、面倒事に巻き込まれる覚悟はできてるんだ


13機関の会議の回。
  


 

真白の大部屋に、14人の黒いコートを身にまとう人々がいた。

此処は13機関の本拠地の城。

 

この部屋は、彼らの会議室である。

10以上の高い大理石の椅子が、高低に円卓状に並んでおり、各自が椅子に腰を下ろしている。

各々が顔をあらわにしており、その中に赤髪の青年…アクセルがいた。

 

 

「アクセル、報告をしろ」

 

「三か月前に発見した新世界の調査について…国は英国(イギリス)、かの地において

エクレシア【アリエス・セクレート】の動向を観察。

上流階級の少年とその血縁者、従者たち…また中流階級の少女と友好関係を築いており、

彼女の言語発達に、いい影響を与えている」

 

 

『アリエス・セクレート』とは、ソラの神格名の事。

各エクレシアには神格名が授けられており、もう一つの真名に相当する。

普通は契約者しか知りえないエクレシアの神格名を、13機関が知っている事は、如何に彼らとこの組織の繋がりが強いのかを証明している。

 

「10代の少年が、アリエスに暴力を振るおうとしたが、事前に阻止。

以降、彼女に害をなす人物はいない」

 

「少年…? そいつの身元は確認したのか?」

 

黒いドレッドヘアーの中年の男性、ザルディンが鋭い目つきで問う。

 

「…ああ、一応な」

 

「もし周辺にいるようなら、見張る必要がありますよ。

そういう弱者虐めをする人物に限って性質が悪い大人になるケースが多いんですから」

 

青銀色の片目を隠すヘアースタイルの青年…ゼクシオンが目を細めて注意を促す。

 

「アクセル…例の件、断っただろうな?」

 

顔に十字の傷がある、青い長髪の男性…サイクスが確認をとる。

 

「勿論だ。ちと骨が折れただが…」

 

片目を瞑り、後頭部を掻いて話し合いに行った時の事を思い出す。

ジョースター卿が、ソラを養子に迎え入れたいと言われた時、衝撃を受けた。

しかも、彼はソラの癒しの力の事も目撃して、その上で引き取りたいと願い出たのだ。

 

アクセルは頭が痛くなった。

彼の歩んできた人生の中で直面した難題で第3位にあたるレベルのものだった。

一番厄介だったのが、ジョースター卿が本当の善意で、ソラを引き取りたいと懇願した事だ。

 

これが、金銭や物珍しい力目当ての強欲で分かりやすい野郎であれば、

炎で髪を黒こげにして一喝してやれば簡単だ。

 

けれども、ジョースター卿は貴族では稀にみる…いや人間としてもできた人物だ。

どこの誰とも解らない怪しい者である、アクセルさえも、色眼鏡で見ず正式な【客人】として迎えてくれたのだ。逆に、お人好しすぎるのでは…と、こちらが心配になってしまった位に。

 

だからこそ、先方にも納得のいく説明をしなければならなかった。

…ソラがどんな存在なのか、という事も含めて。

 

「アクセル…」

 

頭上から響いてくる、低い独特の声音。

一番高い椅子に座る、銀髪の褐色の男性…この組織【13機関】の指導者であるゼムナス。

久しぶりに威圧を伴わせる彼の眼光に、額や背中から汗が滲み出てくる。

 

 

「此度の件におけるお前の判断―――仮に、後で不測の事態を招いたとしても

…責任をとる覚悟はあるか?」

 

 

ゼムナスは叱責はせず、逆にアクセルに質問を投げつけてきた。

その問いかけの意味を解らない程、アクセルは愚かではない。

 

瞼を閉じて数分間の沈黙。

上司から突き刺さる回答を促す視線と重苦しい空気。

親友や同じ仲間からの注目も重なる中、アクセルは再び目を開けた。

 

 

「…解ってるよ。アリエス…ソラの全面的なサポートは俺がやってやる」

 

 

 

【もう、面倒事に巻き込まれる覚悟はできてるんだ】

 

 

 

「よし、それでこそわが組織の一員だ」

 

ゼムナスは口元に弧を描いた…部下の出した回答が、彼を満足させるものだったからだ。

 

「アクセル、サポート役が必要な時は非番のメンバーを一人連れて行け。

費用は全面的に組織が負担する」

 

続けるように、サイクスが活動面に関する支援を提示した。

アクセルは「サンキューな。…助かる」と、少し緊張が解けたのか、ふにゃっと顔を和らげる。

 

「精々、気張って行けよ」

 

「必要なアイテムはメモに書いておけ。

緊急時に補給しろ、と言われてもできんのだからな!」

 

「大暴れする時は呼びなさいよぉ~」

 

「情報収集だったらいいけど…できれば戦闘抜きでねー」

 

「アクセル、俺いつでもスタンバイしておく」

 

「あんまり無茶しないでね」

 

仲間達からも、応援の言葉をかけられる。

 

アクセルは思った。

つい何年前の組織であったら、ありえない光景だ。

そう…仲間同士がいがみ合い、反逆を企てたり、指導者と一部の腹心が野望のために、

集めた者達を駒にしようとしていた…あの頃とは全く違う。

 

この組織を改革し、指導者達を改心させ、狭間の存在であるノーバディに光をもたらした

…エクレシアがいたから。

 

 

『魔法の呪文を教えますね…』

 

 

エクレシア…【彼女】のおかげで、アクセル達は変わる事が出来た。

だからこそ、今度は自分達がエクレシアを…彼らに恩を返すのだ。

――――彼等を影から支援する組織として。

 

 

「…ああ、『絶対に大丈夫』だ」

 

 

 

【To Be Continued… ⇒】

  




※この連載の13機関の面々は、いい関係を構築しつつあります。
  


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見定める『踊る火の風』

今回は、ジョナサンとアクセルが主役の回。
または、主人公(ふーちゃん)とエリナとシオンのほのぼの回。
  


ソラは今日も、ジョナサンとエリナと遊んでいた。

エリナが花でつくった冠を、ソラの頭に乗せたり、ジョナサンも同じ冠をつくろうとしてなかなか上手くいかずに、それをダニーに食べられてしまったり…

傍から見ていれば、ほのぼのした構図だ。

 

木の陰から、彼らの様子を観察しているアクセル。

あの意地悪な金髪の男子が、最近彼らにちょっかいをださないのが幸いだ。

まあ、仮によからぬ事をしたら、威嚇すればいい話だが…。

 

「ふーちゃん、楽しそうだね」

「まあな…」

 

彼の隣にいる、黒髪のショートヘアーの女の子がクスッと笑って言う。

彼女はシオン。

同じ組織のメンバーであり、アクセルの親友の一人でもある。

 

「いいな~…」

「ん? 何がだ?」

 

「あたし、同じ年頃の女の子友達が少ないから。

カイリは遠くにいるし、ナミネも最近は【レイディアントガーデン】にいるから会えないし…」

 

「なんだよ~…男友達じゃ、不服か?」

「そうじゃないけど…でも、同性同士でしか話せない事もあるから」

 

アクセルとそう会話を交わしつつ、シオンはジッとソラ達の方向を見つめる。

10歳年下の親友は、交流関係を広げたい気持ちが強いようだ。

羨望を含む眼差しに気づいたのか(いや、単になんとなく後ろを振り返っただけだろう)、ソラが「あ~」とこちらへ手を振る。

 

「あくたーん、しーちゃーん」

「あっ、あの人は…!」

 

「やべっ!」と、アクセルは木影に隠れようとするが、既にソラを抱えたジョナサンとエリナが

歩いてやってきた。

 

「こんにちは! アクセルさん」

「先日は助けてくださり、ありがとうございました」

 

笑顔で挨拶をするジョナサンと、同じく助けてくれたお礼をいうエリナ。

木の後ろで姿を見せないアクセルを、ソラが「ふぅ?」と不思議そうに覗き込む。

シオンはコートの裾をクイッと引っ張って、「隠れても意味ないと思うよー」と小声で囁く。

四人の視線が集中する中、アクセルは暫く無言のまま。

 

五分経過して…

 

「よ、よぉ…」

 

仕方ないと判断したのか、アクセルはぎこちない笑みを浮かべて挙手して言葉を

返す事となった。

 

 

 

◇◇◇ ◇◇◇◇◇ ◇◇◇

 

 

 

「はじめまして…えっと…シオンです」

「エリナよ。よろしく」

 

緊張気味のシオンに、エリナはにこやかに挨拶する。

ソラを間に挟んで、二人の少女は少しずつ会話をしていく。

 

「へぇ~…シオンって色んな所へ旅をしているのね」

 

「うん。お仕事が大半だけど、見た事のない土地や国、色んな人にいっぱい会える事が

出来て新鮮に感じるんだ」

 

「すごい…なんだか小説の物語を読んでいるみたい…!

もっと聞かせてもらえる?」

 

「うん、いいよ!」

「ふーたんも~」

 

女は順応力が高い。

近くで、既に打ち解け合い、和気あいあいと語り合う女の子二人とこねこにんを眺めながら、

アクセルはつくづくそう思った。

 

「アクセルさんは、どこからきたの?」

「ああ…うん、此処とは違う国かな」

 

何時の間にか、隣に座って質問を投げてくる男の子に、アクセルはどう答えればいいのか、苦戦している真っ最中だ。年頃はもう一人の親友とさほど変わらないのだが、好奇心と純粋な眼差しを向けられて、どこか話しづらそうだ。

 

 

「(どっからどこまで話せばいいんだ…難しいっつーの)」

 

 

世界の理は、無暗に人に語ってはならない。

世界同士が必要以上に干渉し合えば、秩序を乱す事にもつながる危険性があるからだ。

そのため、異世界を移動できる手段を持つ者は、その世界や住民に合わせた言動を

とらなければならない。

 

さらに、注意する事は行く先々で出会う《人物》だ。

機関の制服であるコレは、目立つ衣装であるため、何かと人目を引いてしまうが、

大半の人々はスルーしてくれる。

 

しかし、中には知的探求心が強かったり、勘の鋭い人物もいて、そういうのに限って

深々と足を突っ込む傾向がある。

 

アクセルを含める機関メンバーもそうだが、エクレシアもまたその点で厄介事に巻き込まれる

ケースが多い。実際に、過去の旅路でエクレシアの何人かが、上記に該当する人物に目を

つけられた事があった。多くは、権力の誇示やエクレシアの力目当てで近づく輩だった…

全てが該当する訳ではないが。

 

「あの…アクセルさん?」

「ん…? ああ、すまねぇ、ちょっと考え事してた」

 

ジョナサンに声をかけられ、別事を振り返っていた脳内を一旦、リセットした。

 

「…でどこまで話したっけ?」

「あの…父から聞きました。ステラの養子の件を断ったんですね」

 

ジョナサンが少し寂しげにその話題を切り出した。

彼の表情を横目で見つつ、アクセルは目を細める。

 

ああ、この少年は本気で待ち望んでいたのだ

…小さなこねこにんが自分の妹になる事を。

 

 

「悪いな…。でも解ってくれ。フーにはな、母親がいるんだ」

「父から聞きました。でも、身体が弱くて病院に入院してるんですよね?」

「ああ…フーみたいに人を色眼鏡で見ないいい人だよ」

 

 

何度か、ソラの母親…アンナと対面した事がある。

長くウェーブがかかった茶色の髪とマリンブルーの瞳。

大人しそうな別嬪さんに見えて、人を明るくさせる天真爛漫な女性だ。

見た目では、とても身体が弱いとは思えない程に…。

 

実の父親と年の離れた兄とも面識はあるが、ソラはどちらかといえば母親似だ。

おそらく将来は綺麗な女性に育つはずだ、贔屓目を抜いても間違いない。

 

「そんなおふくろさんの代わりに、面倒見ている人がいるんだ。

ジョースター卿には悪いが…断るしかなかった」

 

「そうだったんだ…」

 

かいつまんで事情を語ると、ジョナサンは神妙な面持ちで聞き入る。

 

「ジョナサン、お前はもう知ってるだろーが…フーは他の人間とは違う。

『特殊な力』がある子なんだ」

 

「…ダニーを治した癒しの力ですね」

「そう…まだ小さいのに、とんでもない力をあんなちっこい身体に秘めているんだ」

 

想像つかねえだろ、と言うアクセル。

彼の言葉には、ジョナサンが予想していなかった物語が詰まっていた。

順を追って、赤毛の青年は語っていく。

 

小さな友達の秘密-―――こねこにんは特殊な力を持つ種族の子どもだという事。

彼女以外にも、同じ力を秘めた種族が少ないけれどもいる事。

その力をまだ制御できなくて、偶然にもジョナサンと巡り合った事。

 

それらは、まだ10代前半の少年の心を大きく揺さぶった。

 

 

「なぁ、ジョナサン。お前はフー…いやステラの事をどう思う?」

「えっ……」

 

「事情を知ると知らないじゃ、大きく見方が変わってくるはずだ。

お前は、普通の人間とは違うステラの事を、今でも友達だと断言できるか?」

 

 

突如、投げかけてきた問い。

ジョナサンは肩を震わせた。

アクセルが厳しい顔つきで問いかけてきたからではなく…ステラが“背負っているもの”にだ。

 

ジョナサンもいずれ家の跡目を継ぎ、血筋を絶やさぬよう、子孫を残していく義務を担う。

けれども、ステラがそれ以上に重たい運命を背負っているように思えてならなかった。

 

 

―――“人間と違う種族”

 

ステラと自分が【何か】が違うのだろう。

 

これはあくまで推測だが、ステラはジョナサンやエリナと同じように成長できないのかもしれない。もしそうならば、ステラは仲良くなれた人達と共有できる時間が限られている。

…たった一人だけ、取り残されてしまう孤独が待っているのだ。

 

それに、秘められた能力に悩まされる可能性もある。

父が言っていたように、力を制御(コントロール)できなければ、ステラは自分自身を傷つけてしまう事になる。

 

さらに、他にも問題が発生してくる。

 

(ディオみたいに…人を傷つける奴らがでてくる)

 

自分とは異なるものを受け入れず、排除していく人も少なくない。

ジョナサンは、エリナやステラが味方になったおかげで、心が救われた。

 

でも、ステラは…傍にいてくれる味方がいるのか?

ジョナサンやエリナ、アクセルや母親がいなくなった後でも…受け入れてくれる人はいるのか?

 

 

(ステラ……君は…)

 

 

独りぼっちほど辛いものはない。

ディオが否応にも味あわせた経験で、ジョナサンはそれが如何に苦痛であるか、

身にしみている。

 

小さな友達はこの先、その孤独をずっと経験していくのか…。

少年が想像した、彼女の未来に…ジョナサンは悲しみとやりきれない思いが込み上げてくる。

 

 

(悩んでんな…)

 

 

藪から棒な質問だとは思った。

けれども、アクセルは今しか訊く機会がないと判断して、敢えて少年にそれをぶつけてみた。

 

差別や偏見-―――それはエクレシアのみならず、この世界のどこかに必ず存在するもの。

生まれや地位、民族、国、戦争が引き起こした過去の傷跡……様々な事が原因で、それらは引き起こる。己の優位に立つために、生死に関わる環境で生き抜くために、自らの居場所を獲得するために…負の感情を宿してしまうのだ。

 

ジョナサンに、ソラの事情を一部(細かい所は語らず)語った。

普通の人間とは違う彼女を、ジョナサンはどう受け止めるのか…。

もし、拒絶するなら、ソラと彼等を引き離すきっかけになるだろう。

彼は所詮、その程度の人物だった。それだけの事で済ませられる。

 

だが、アクセルは微かに信じていた。

 

(もし、ジョナサンが父親同様に博愛の精神があるなら…)

 

この少年は、ソラの真の意味での友人になれるだろう。

すると、暫く沈黙していたジョナサンが口を開いた。

 

果たして…少年はどちらの回答をするのか?

 

 

 

【見定める『踊る火の風』】

 

 

 

「ステラは…僕の友達、いや親友です!」

「ジョジョ、お前…」

 

「ステラは僕やエリナとは違うのかもしれない。

でも…ステラは『ステラ』だ!

僕の大事な親友で、大切な家族の一人に変わりありません!」

 

ジョナサンは言い切った。

ソラの事を…大切な家族の一人であると。

ソラのありのままを受け入れる選択をしたのだ。

 

ジョナサンがそう言った直後、アクセルが彼の頭をガシッと掴んだ。

一瞬、何か気に障る事を言ったのか、と目を反射的に瞑るジョナサン。

すると、頭をワシャワシャと撫でられる。

 

あれ…と恐る恐る目を開けてみると――――

 

「なかなか言うじゃねえか。気に行ったぜ…ジョジョ」

 

アクセルは二カッと笑みを浮かべて、自らの愛称を口にしてくれたのだ。

 

「…ま、これからもフーの事、時間がある時でいいから遊んでやってくれよ」

「……はい!」

 

――――“年上の男性から、友人との付き合いを認められた”

ジョナサンは、そんな気がして胸にある種の高揚感を覚えた。

 

 

 

【To Be Continued… ⇒】

  



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『これで仲直り!』と言いたかったんだよ


ディオと一応和解した(とふーちゃんは思っているだけ)の回。
  


 

ジョースター家の屋敷、使用人達が集まる休憩室に、ソラはいた。

 

「あらあら、ステラちゃん」

「今日もきたのね」

「よかったら、クッキーはいかが?」

 

「あんがとー」

 

年配から若年層のメイド達は、ソラの事がお気に入りだ。

突如現れた小さなこねこにんの愛くるしさに胸を貫かれた。

多忙を極める彼女等にとって、ソラは癒しの妖精さんそのもの。

 

ソラは小さいが、彼女等の仕事の邪魔をする事無く、じっとその様子を観察する。

それで満足したら、また別の所へ移動していく。

ある意味、場をわきまえているというか、要領のいいところも人気の一つだ。

他の使用人達も、そんな彼女を好意的にみており、ほんの少し時間が空いたら遊んで

あげている人もいるようだ。

 

ソラがトコトコと玄関口を通ろうとした時、あっ…と声を漏らした。

 

「おいたのにーたん」

「…お前は…」

 

ディオと遭遇してしまった。

この時、ディオは目の前にいるこねこにんに対して、どう反応すればいいのか悩んだ。

なにせ、あの事件以降、警戒心の強い保護者代理のいけすかない赤毛男がどこかで

マークしているのだ。

 

下手に、ちょっかいを出せば騒ぎになる…

それどころか、今まで築き上げてきたジョースター卿や他の使用人達の評判も落としかねない。

すると、ソラもまたふむ~と眉を潜めて何やら悩んでいるようだ。

 

「にーたん、おいたするん?」

 

ディオに向かってそう尋ねてきた。

彼女もまた、あの時の事を根に持っているのか、こちらの動きを警戒しているようだ。

 

 

(…警戒してるな。だが…ここで真っ正直に態度に出す程、俺は阿呆じゃない)

 

 

「しないよ」

 

爽やかな笑みを浮かべて、出来る限り友好的な態度で接した。

ソラはきょとんとした顔で、ディオを見ると、手に持っていた包み袋を開いて「あい」と中身を見せた。先程、メイド達からもらった出来て間がないクッキーだ。

 

「これは…?」

「にーたん、とりゅ!」

 

舌足らずな口調で、ディオにクッキーをとるよう言った。

訝しげに眼を細めるディオに、真下にいるこねこにんはずいっと開いた包み袋を差し出す。

 

もしかして…クッキーを食べろ、と言いたいのか?

 

じぃーと目で促すソラに、何故か気圧されてしまい、ディオはクッキーをいくつか手ですくった。

この行動が正解かどうか、と恐る恐るソラに視線を向けると…

 

「あい~」

 

ソラは満足げに蕾が花を開いたような満面の笑みを浮かべていた。

初めてみるこねこにんの笑顔に、ディオはその刹那、時間がとまった感覚になった。

 

 

 

【『これで仲直り!』と言いたかったんだよ】

 

 

 

ディオがようやく気付いた時には、こねこにんの姿はそこにはなかった。

掌に乗せられているクッキー数枚から、じんわりと温もりが伝わる。

 

「……あいつは…」

 

ディオは、戸惑っていた。

本来の彼の性格なら、こんな物と地面へ容赦なく打ち捨てるだろう。

でも、あの怯えていた、警戒心むき出しだったこねこにんが…ステラが自分に対して

満面の笑顔を向けた瞬間、彼の心にほんのり暖かさが生まれた。

 

あたかも、このクッキーのように…。

 

 

「……こんな、こんなのは俺じゃない。俺ではないんだ…」

 

 

胸を温かく包み込むこの感情は――――愛おしさ。

この当時の彼が、それを理解するにはまだ時間がかかった。

 

 

 

【To Be Continued… ⇒】

  



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結ばれた手…消えたこねこにん


急展開の回。
  


 

  ♪♪♪~ ♪♪♪~

 

ソラはエリナの膝枕で眠っていた。

ハミングするエリナは、彼女の頭を優しく撫でる。

 

「聞いたことのない歌だね」

 

愛犬を連れてやってきたジョナサンが明るく笑って言う。

 

「シオンから教わったの。遠い異国に伝わる歌でね…

逢いたくてたまらない人に捧げた曲らしいの」

 

そう語るエリナは切なそうに笑みを浮かべる。

その表情に何かを感じ取ったジョナサンは、敢えてそれを質問にせず、静かに彼女の隣に座った。

 

  ♪♪♪~ ♪♪♪~

 

再びハミングするエリナ。

傍らで彼女の歌を聞きながら、ジョナサンの頭にある物語が思い浮かぶ。

 

この曲をつくった人は、凄く大好きな人がいて…

でも、その人は遠いところにいて会う事が敵わない。

それこそ、安易に行けない異国か、手の届かない地位にいて…

それでも自分の思いを伝えたくて、この旋律を愛おしい人に贈った。

 

その相手に、思いは伝わったのだろうか?

ロミオとジュリエットのように、悲恋に終わってしまったのか…。

それとも駆け落ちでもして、永久の誓いをして結ばれたのか?

 

ジョナサンは後者である事を望んだ。

例え、離れ離れになっていたとしても…いつか二人が再び巡り合えて、それこそハッピーエンドになる…そう願いたい。あくまで、自分が勝手に思い描いたストーリーだけれども。

 

ふと、隣を見るとエリナは歌を口ずさむのを止めていた。

ふぁーと欠伸をして目をしぱしぱさせるソラの頭を優しく撫でている。

 

「……エリナ」

 

ジョナサンは、少し不安な口調で名前を呼んでしまう。

今のエリナは…どこか儚い雰囲気を醸し出していた。

朝日を浴びて、海の泡になってしまった童話の人魚姫のように、消えてしまいそうで…怖かった。

 

「ねぇ…ジョジョ。聞いてほしい事があるの」

 

こちらを向いたエリナは唇を震わせていた、あふれ出る感情を抑えようと必死に言葉を紡いだ。

 

「私……インドに行く事になったの」

「えっ…」

「父さんの仕事の都合で…一週間後に」

 

顔を俯けて、消え入りそうな声でエリナはそれを告げる。

ジョナサンは全身に衝撃が走った。

 

 

◇◇◇ ◇◇◇◇◇ ◇◇◇

 

 

「じょーちゃん、どしたん?」

 

あれから、エリナとほぼ会話がなくそのまま屋敷に帰宅したジョナサン。

ついてきたソラは、ベッドでうつ伏せになっているジョナサンに声をかけるが、返事をしない。

 

(エリナが…エリナが遠くにいってしまう…)

 

嫌だ、ずっと一緒にいたいのに…。

あの森の中で、永遠の愛を誓い合ったのに…。

ぐるぐると思考がまとまらず、ジョナサンは柔らかい枕を頭から被る。

ソラは、友達のその様子を不思議そうに見つめる。

 

「じょーちゃん、じょーちゃん」

 

いくら名前を呼んでも、彼はソラを見ようともせず、無言のまま。

 

「じょーちゃん~」

「……ごめん、ステラ。今日は話する気分じゃあないんだ」

 

ジョナサンはそう言うと、ソラに背を向けて沈黙してしまう。

ソラは、ふぅ…と眉を下げて寂しそうに彼を暫く見ていたが、誰とも喋りたくない空気を感じ取ったのか、とことこと部屋をでていった。

 

 

 

 

 

それからというもの、ジョナサンはぼぉーと上の空状態が続いた。

父親が語り掛けても、ディオが悪態をついても…どんな言葉も耳から通り抜けてしまう。

一日、一日が早く終わっていき、気づけばもう一週間が経過しようとしていた。

 

(明日はエリナが船出する日だ…)

 

あれから、エリナと気まずくて話ができていない。

さらにあの日以来、ソラも来なくなってしまった。

気付かない間に、信頼してくれるパートナーと大事な親友との間に溝を作ってしまっている状況に、ジョナサンは「あぁ…」と頭を抱える。

 

(…僕は、エリナとステラと別れたくない。

でも…そんな事できない。このままだと時間だけが過ぎていくだけだ

…ああ、どうすれば…)

 

「おーい、ジョジョ」

 

不意に後方から愛称を呼ばれて、ジョナサンは首だけ振り返る。

そこにいたのは…アクセルだった。

 

「…で、悩んでたのか」

 

ジョナサンは抱えている悩みをありのままの打ち明けた。

今の自分の苦しみを解放したい事もあったし、年上で話しやすいアクセルだから頼ってしまった。

 

「僕…どうしたらいいんだろう」

 

ジョナサンはしょんぼりと俯いて呟く。

彼の話を一通り聞くと、隣で座るアクセルは口を開いた。

 

「要は…ジョジョはエリナが遠くにいってしまう事が嫌なんだよな」

 

「うん…でも『いかないで』っていう事なんてできない。

エリナとお父さんを離れ離れにしてしまうなんて…悲しすぎるよ」

 

実の親と離れてしまう事ほど、辛い事はない。

ジョナサンの場合は、一時的に父親の心がディオに傾いていた事で寂しい思いをした。

…エリナに同じ思いをさせたくない。

 

でも、エリナが離れてしまうと喪失感と絶望感に苛まれてしまう自分がいる。

どちらの選択をしても、ジョナサンは傷ついてしまうのだ。

ハァ…と悲壮感に包まれた表情のジョナサンに、アクセルは目を細めて言った。

 

 

「なぁ、ジョジョ。大切な事を見誤っていないか?」

「えっ…」

 

「お前の気持ちは、俺も十分理解できる。

けどな…人生ってのはそんなに生易しいもんじゃねえ。

 

《出逢い》もあれば、《別れ》もある。

金持ちでも貧しくても、中間あたりの家柄でも…

どんな奴でもそれは誰ひとり共通な事なんだ。

家族であろうと、気の合う親友だろうと

 

好きなガールフレンドだろうと…いずれ《別れ》がくるんだ。

何かしらの形のな」

 

 

アクセルが厳しい口調で語る事に、ジョナサンは動揺する。

アクセルは…幾度となく《別れ》を経験してきたのかもしれない。

だからこそ、彼の言う事には説得力があった。

 

「…大切なのは、常に近くにいる事だけじゃねえ。

遠くにいてもな、心が通じ合える程の絆を結ぶ事にあるんだ」

 

「遠くても…通じ合える絆…」

 

「昔、俺の大親友が消えちまった事があった。

すっげー悲しかったんだ。胸にぽっかりと穴があいちまうくらいに…」

 

でもな…と、アクセルは胸に手を抑えてこう言葉を続けた。

 

「例え離れてても、あいつと過ごした時間は…思い出だけは消えなかった。

だから、俺はあいつが戻ってくるまで、自分のやれる最善の事をした」

 

「…それで、友達は帰ってきたの?」

 

ジョナサンが恐る恐る訊くと、アクセルはフッと口に綺麗な弧を描く。

 

「ああ、今でも信頼できる親友(ダチ)で、相棒だよ」

 

その答えに、ジョナサンはよかったぁ~と己の事のように嬉しくなった。

それでだ…とアクセルは改めて問う。

 

「ジョジョ…エリナは遠い異国にいったとして、お前を忘れるほど薄情な子にみえるか?」

「そんな事無いよ! あっ…」

 

ジョナサンはハッとした。

アクセルが言おうとしている事に気付いたのだ。

 

「後は、お前次第だ。

どんな答えを出そうと勝手だが…後悔のねえように選べ」

 

そう言うと、アクセルは腰をあげて町の方へ去っていった。

 

「……僕は…」

 

ジョナサンはそう呟くと、顔をあげて勢いよく走りだした。

顔に…先程の苦悩の色は一切なくなっていた。

 

ハァハァと息切れをして、ジョナサンはあちこちを走った。

いつもの遊び場である森や川辺、自宅である屋敷周辺…さまざまなところへ行った。

道中、学校のクラスメイトやディオと鉢合わせして声を掛けられたが、「ごめん、今それどころじゃあないんだ」と言い、素通りする。

ディオが何やら怒鳴っていたけれど、今は彼に構っていられない。

 

走り続けて15分…町にある診療所で、ジョナサンはようやく見つけ出した。

…愛する人と大切な友を。

 

「…ジョジョ?」

「じょーちゃん」

 

ゴホゴホ…と咳を漏らすジョナサンに気付き、エリナは駆け寄る。

 

「どうしたの?、急いで走ってきて…」

 

その時、ジョナサンは心配そうに尋ねるエリナの手をガシッと握りしめた。

目を見開いて驚くエリナに対し、ジョナサンは呼吸を整えると言った。

 

「エリナ……この間、君の突然の告白を聞いて、僕は頭が真っ白になった。

君と離れ離れになってしまうのが辛くて、僕は何も答えられずに逃げてしまった」

 

「ジョジョ…」

 

「でも…君がいつか…イギリスにもどってきてくれるって信じてる。

あの森の中で君が誓ってくれた宣言を胸に…僕は君を待ち続ける!」

 

ジョナサンは悲しみを払拭するように、首を緩慢に降ると、柔らかな微笑みをエリナに送った。

エリナは薄らと目尻に涙が溜まりそうになるが、それを指先で擦ると、口元に笑みを浮かべ、

「ありがとう…」と零した。

 

 

「ステラ…ごめんね。君に突き放すような言葉を言ってしまって」

「いーよ。ふーたん、らいじょーぶー(大丈夫)」

 

 

ソラは、全く気にしていないとのほほんとした顔をジョナサンへ向けた。

すると、ソラは二人へ手を伸ばした。

 

「じょーちゃん、えりちゃん。ともらち」

 

小さな紅葉のような手を差し出すこねこにんに、二人は顔を合わせるとコクッと小さく頷いて、

自らの手を重ねた。

 

「そうだね…僕とエリナは、ステラの味方で親友だ!」

「ずっと友達でいましょう。ステラ」

 

二人が手を握ってくれて、ソラは満足そうにふわ~と笑顔になる。

 

「うん!」

 

 

 

【結ばれた手…消えたこねこにん】

 

 

 

その時、彼等は目を疑った。

ソラの身体が明滅して、淡い水色の光の粒子を放ちだす。

繋がっている手へ伝導するように、ぽぅ…と水色の淡い粒子はジョナサンとエリナを包みこむ。

 

「なっ…!?」「きゃっ…!」

 

あまりにも眩い光に、ジョナサンはとエリナは思わず目を瞑ってしまう。

でも、その水色の粒子は温かく、まるで春の陽だまりのように感じられた。

粒子が収まっていき、二人は徐に目を開けていく。

 

「今のは…なんだったの?」

「…! ステラが…いない」

 

エリナは刹那の摩訶不思議な現象に戸惑いを隠せない。

一方、小さな親友がいなくなった事に、驚愕するジョナサン。

この一件以降、ソラは暫く二人の前に姿を見せなくなってしまう。

 

 

 

【To Be Continued… ⇒】

  



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未知なる領域


新しいオリキャラの登場。
そして、ジョナサンは見た!の回。
  


 

ソラは、薄らと霧が蔓延するところにいた。

 

「……ありぇ?」

 

ついさっきまで、友達二人と手を握っていたのに…。

此処はどこだろう?

きょろきょろと小さな顔を左右に向けて、辺りを見回す。

とことこと歩いていくが、どこもかしこもまっ白に染まっていて分からない。

 

「じょーちゃん、えりちゃーん~」

 

二人の名前を呼んだ。

でも、いつものように「ステラ」と笑って出迎えてくれる姿は見当たらない。

 

「あくたーん!」

 

今度は、迎えに来てくれるアクセルを呼んだ。

しかし、彼もまた姿を現す気配すらない。

ふぅ…と寂しそうに眉を下げ、ソラはぽふっと座りこんでしまう。

 

「…どこぉ…」

 

ポツリと呟く。

やっぱり誰もきてくれない。

ウルウルと大きな茶色の瞳が潤んできた。

 

「ふぇえええええ~」

 

寂しさのあまり、とうとう大声で泣き出してしまった。

彼女の泣き声に反応するように、蔓延していた霧は少しずつ晴れていく。

 

《…随分と小さな客人がきたものだ》

 

何やら遠くから薄らと人影が見える。

ソラは、グスグス…と泣きつつ、その方向へ歩いていく。

 

「だりぇ……おじたん」

 

その影の人物は男性だ。

顎鬚の渋い魅力をだす、30代後半位の人物だった。

 

「君こそ誰だ? 現世の人間にしては臭いがない

…常世の存在にしては像(ビジョン)を保っている」

 

「ふーたん」

 

「気の抜けるような名前だ。いや愛称というべきか、真名は…」

 

男性は、ソラのねこにんのフードを外すと額に指先をつけた。

 

「成程…ソラ・アウリオン。

君は一風変わった生まれ方をした水子で、エクレシア(神の卵)か」

 

名が解らない男性は遠い目をして空を見上げた。

何時の間にか、霧はなくなっており、辺りは透き通った青空が広がっていた。

周りには鼻をくすぐる甘い匂いが漂っている。

辺り一面に赤、橙、桃色の果実がたわわに実る樹が並んでいる…それらが発する匂いだ。

 

「わぁ~」

「ああ、これらか。暇つぶしに育てているものさ。食べたいのかい?」

 

男性は、あまり興味なさげに果実を見て、その内の一個をもぎ取った。

大きな桃のような実だ。

ナイフで器用に一口サイズに切ると、一欠けらをソラに手渡す。

ソラは両手でその欠片をとると、ぱきゅっと口に入れる。

 

「おいしぃ~!」

 

口内に広がる果実のとろける甘さに、ソラは目を輝かせる。

いつも食べている果物やジュースも美味しいけれど、これはもっと味がいい。

絶賛するソラに、男性はそんなに喜ぶとはな…と意外な顔で見つめる。

 

「おじたん、こりぇたべりゅ?」

「気が向いた時だけだな…」

「おにゃかぐぅー、しゅるよ(お腹減るよ~)」

「俺は飲食しなくても差支えない体質なんだよ」

 

もっと食べるかい?

そう言って、男性は果実を切り分けて、お皿に盛りつけると、ソラにあげた。

ソラはわーいわーいと大喜びで、果実をご馳走になった。

 

「おじたん、じゅとここおるん(ずっとここにいるの)?」

「そうだな…正確に言えば、50数年前から此処にいる」

「おうち?」

「家…か。まあそうなるな」

 

ソラの疑問に対し、男性は律儀に答えていく。

 

「おじたん、ふーたんのともらち、どこ?」

 

ソラは男性にジョナサンとエリナの事を尋ねた。

このおじさんなら知ってるかも…という子どもながらの安直かつ純粋な思考からその問いが

自然と口からでたのだ。

 

 

「ジョナサン・ジョースターとエリナ・ペンドルトンの事かい?」

「うん!」

「ああ、直接的に面識はないけど知ってるよ…」

 

「ねぇねぇ、どこおるん?」

「彼等がいるのは“現世”――――この世界にはいないんだ」

 

 

真顔で言われた事に、ソラはきょとんと首を左右に傾げる。

 

「ちと難しいか…まずは、此処がどんな所かを教える必要があるな」

 

仕方ない…と男性はソラの額に再び指先をふれる。

 

「口ではまどろっこしい。

だから…こちらで手っ取り早く、解り易く説明しよう」

 

男性の指先から弧を描いた振動が視覚に見えるように現れる。

すると、ソラの脳内にある映像が流れてきた。

 

「ふぅ!」

 

 

◇◇◇ ◇◇◇◇◇ ◇◇◇

 

 

ステラがいなくなって二ヶ月が過ぎた。

エリナの船出の時も、彼女は姿を見せなかった。

 

『ジョジョ、貴方とステラと過ごした日を忘れないわ。

…ステラに会えたら、伝えてほしいの。

―――“また会いましょう”って』

 

必ずメッセージを伝えると約束して、エリナはインドへ旅立った。

ジョナサンはいつもと変わらない日々を過ごしていた。

最近、ディオと顔を合わせても、彼はあまり嫌味を言わなくなった。

時折、他愛もない話題を喋れるようにもなれた。

 

父であるジョースター卿もまた、ステラが遊びにこなくなった事を淋しく感じている。

使用人達は、いつ彼女がきてもいいように、お菓子を常時用意している位だ。

 

(ステラ…あの時、おかしかった。あの光は何だったんだ?

ステラがいなくなったのと関係あるのかな…?)

 

今日も、ジョナサンはダニーを連れて、ステラを捜索している。

 

「どう? ダニー」

「きゅーん…」

 

一通りの場所を探してみるものの、やはりステラの姿は見当たらない。

もしかして…事件に巻き込まれてしまったとか?

嫌な想像が頭をよぎるが、それを払拭するように、ジョナサンは左右に軽く首を振る。

 

「ダメだ…悲観的な事を考えちゃいけない!

きっとステラは無事だ、うん…無事なんだ!」

 

己に言い聞かせながら、ジョナサンは止めていた歩を進めていく。

一時間歩き回って、さすがに疲れたので木陰で一休みしようとしたその時…

 

(あれっ…アクセルさん?)

 

見覚えのある青年―――アクセルが、森の中へ入っていくのが見えた。

 

もしや…彼ならステラの行方を知っているのでは?

淡い期待を抱き、ジョナサンはダニーに木陰で休んでいるように指示すると、

単独で彼の後を追い、森の奥へ進んでいった。

 

 

 

 

 

アクセルは、待ち合わせ場所へ着くと足を止めた。

周りは鬱蒼と茂る木々に囲まれ、その間からカアッ、カァッ! と悲鳴に近い声をあげ、カラスが空へ飛んでいく。この場所に慣れている人はさほど気にしないだろうが、旅行者や住み始めた人等はこの静かで薄気味悪い雰囲気をあまり好まない。

エメラルドの色の目を細め、注意深く辺りに気配があるか否か神経を研ぎ澄ます。

 

『時間通りにきたな』

 

人気のない森に突如、響き渡る声。

アクセルの前方…空間から闇の回廊が出現して、そこから深くフードを被った黒いコートの人物が姿を見せた。

 

「よぉ、サイクス。久しぶり」

 

同じ服装のその人物に、軽く手をヒラヒラ振るアクセル。

その人物…サイクスは被っていたフードを外す。

青い長髪に、こめかみにクロス型の傷がある男性だ。

 

「単刀直入にきく。“アリエス”は見つかったか?」

「いや、この世界を隅から隅まであたってみたが…」

 

アクセルは首を左右に振って、肩を竦める。

 

「…そうなると、他の世界へ移動してしまったか?」

「その可能性もあるけどよ…俺は、まだこの世界にいるような気がしてならねーんだ」

 

「その根拠は?」

 

「直感みたいなもん。ふーはこの世界の事を気に入ってるしよ

…そう簡単に別の世界へ心移りするとは思えないんだ」

 

アクセルの言い分に、サイクスはハァ、と溜息を漏らす。

 

「非論理的だな…お前の“直感”とやらは、どれほどアテになる?」

「少なくとも、デミックスの勘よりかは当たってるぞ」

 

少し得意げに語るアクセルに、サイクスは呆れた顔になる。

 

 

「まあいい。一刻も早くアリエス…フーの所在を見つめるぞ。

如何に幼児と言えどもエクレシア…『神の卵』なんだ。

良からぬ勢力に攫われては大問題に発展する」

 

「そうだな。じゃあ、もうちょいこの世界を探したら、闇の回廊で…」

 

 

二人が会話をしているその最中、パキッと小枝が折れる音が耳元に聞こえた。

 

「そこにいるのは誰だ…姿を見せろ!」

 

些細な気配さえも逃す事無く、サイクスは後方の茂みに鋭い視線を向け、怒鳴る。

アクセルも肩越しに後ろを見て、手元から愛用の武器、チャクラムを出現させる。

相手が少しでも変な事をすれば、攻撃できるよう態勢を整える。

 

 

 ガサッ…

 

 

だが、茂みからでてきた人物を目にして、アクセルは驚いた。

何故なら……

 

「す、すみません…話を聞くつもりじゃあなくて…その…」

「ジョジョ…!」

 

なんてこった、と額を手で抑えてしまう。

隠れて立ち聞きしていた人物が、よりにもよってソラの親友だとは…。

 

 

 

【未知なる領域】

 

 

 

「ふぅ…ぐりゃぐりゃ~」

 

ソラは目をまわして、ぽふっと寝転がってしまう。

脳内に流れてきた情報は、幼いこねこにんにとって驚愕な事、嬉しい事、悲しい事、怖い事…

たくさんの人達の出来事が集約されていた。

 

解り易く例えるなら、たくさんのアニメ映画を一気にみたような感じだ。

少し、加減すべきだったな…と男性は軽く謝罪してソラの頭を擦る。

すると、酔いが覚めたようにソラは起き上がった。

 

「どうだった? あの映像の中に出てきた人々の出来事は?」

「…しゅごい(すごい)」

 

「全ての情報は…覚えてないか。

例え、覚えてても、君の記憶の許容量がオーバーしてしまう」

 

「ねぇ、おじたん。おじたん、だれなん?」

 

ソラは不思議そうに、男性に問いかけた。

一体何者…という幼い子にしては鋭敏な質問に、男性はフッと口元に弧を描く。

 

 

「俺は、この世界の【導き神】

――――あらゆる神々を束ねる統率者(リーダー)だ」

 

 

 

【To Be Continued… ⇒】

  




※【物語の単語・専門用語辞書】に、今回出てきた新しい単語の説明を追加しました。
 ご参照ください。
  


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『躊躇』の二文字はない

オリキャラとの真面目なお話の回。
  


 

「ソラ…いや、『ステラ』と言った方がいいか。

君がこの領域にやってきたのは偶然だ」

 

「ぐーじぇん?」

 

「本来、現世とこの領域が直接的に繋がる事はまずありないんだ。

此処は人間のいう『天国』に相当する所だからな…」

 

現世の人間が、男性のいう領域に来る事は即ち、なくなっている事を意味している。

別の特殊な手段もあるのだが、それは稀なケースであり、やってくるほとんどの人々は

『魂』なのだ。

 

「だが、ステラ…君が“エクレシア”となれば話が別だ。

君もまた、俺と同じ神族。現世から領域へ訪れる事は不思議ではない」

 

しかし、男性には腑に落ちない点があった。

この子がこの領域へ足を踏み入れた“手段”だ。

 

当初は【移送方陣】という失伝魔法を使ったのでは…と考えたが、アレは出現した際に、

使用した術者の波動も同時に伝わる。

その特徴がみられなかったため、移送方陣の可能性は消えた。

そうなると、ソラ自身が此処に来る直前に、大きな力を発動させる事件…あるいは

儀式を行ったのでは、と推測した。

 

「ステラ、此処に来る前に、誰かに危害を加えられたかい…ええっと…解り易く言うと、

ぶたれたりされたか?」

 

「ううん。おいたのにーたん、おらん」

 

『おいたのにーたん』―――ソラの記憶から、ディオ・ブランドーという狡猾な少年の事だろう。

どうやら、彼はソラの中では武力行使をする怖い人のイメージが強いようだ。

 

「じゃあ、誰かと特別な事をしたかな?」

「ふぅ…あんね~。じょーちゃん、えりちゃん、おててぴと!」

 

ソラは、ジョナサンとエリナがしてくれたのと同じように、導き神の男性の手に自らの小さな手で触れる。すると、男性は瞠目して「それだ!」と言い、ソラの手を慎重に握る。

 

男性は、彼女の『記憶の引き出し』から、その時の出来事を取り出す。

頭に伝わる映像を目にして、彼はハァ…と息を漏らした。

 

「…成程。ステラ、君は無意識に形式契約をしてしまったのか」

「けーやく、なにそりぇ、おいしーの?」

 

じゅる、と涎を垂らして目を輝かせるこねこにん。

男性は、額に手を当てて「ああ、すまない…君の年齢を考慮すべきだったな」と言う。

形式契約の「け」の字すら知らない、幼児であるのに、ソラは無意識にそれを行ってしまったのだ。そう、親友である…二人の少年少女に。

 

 

「うーむ、ステラ…形式契約の意味は…知らないだろうな」

「…???」

 

「形式契約とはいわば、神族が人間との間に立てる信頼の証。

つまり、君は契約をしたジョナサンとエリナの事を守護しなくてはならないんだ」

 

「じょーちゃん、えりちゃん、しゅご?」

 

「二人が悪い人にイヤな事をされそうになったら、彼らのピンチを救う…といえば解るかな?」

 

「ふぅ! じょーちゃん、えりちゃん、ぴんち!?」

 

「慌てなくていい、例えばの話さ。例えばの…。

今の二人は至って平和で元気にしている」

 

 

男性は話をするのに一苦労している。

それもそうだ…エクレシアといえども、相手は一歳児の女の子。

平均的な一歳児よりも、言葉の理解度は高い方だが、大人が普通に話す言い方ではまだまだ

通じないのだ。

 

 

「…つまりだ。君はジョナサンとエリナと『約束』を結んでしまったんだ。

『約束』の意味は…さて、どう説明すれば…」

 

「ふーたん、しょれしっとる(それしってる)!」

 

 

おや、難しい単語も知ってるとは…と感心する男性。

 

 

「まあ早い話をすれば、君はあの子達と交わした約束を守る必要があるんだ」

「まもりゅ…?」

 

「そう。ジョナサンとエリナは…これから波乱万丈な人生を歩む。

簡単に言えば“悪い事をする吸血鬼をお仕置きする使命を背負う”事になる」

 

「きゅーけちゅ??」

 

「…君もよく知っている人物さ。迷惑な事に、そいつはとんでもない産物を後の世に残すんだ。

全く…」

 

 

男性は苦々しい表情で、天を見上げる。

さっきまで青空が広がっていたのに、何時の間にか数多の星がちりばめられた夜空へ

変化してきた。

 

「俺が、この地位についたのは50数年前。

先代から受け継いだ時は、世界は動乱の真っ最中だった」

 

男性は瞼を閉じて、その当時の事を回想する。

 

 

「人間って奴は欲深い生き物だ。金、地位、名誉…欲のためなら、平気で人を裏切り、

殺す奴らもいる」

 

「ふぅ…」

 

「だが、中には他人のために自らを犠牲したり、多くの民を助けるために頂点を目指す変わり者もいる。根からの悪人が、ひょんなきっかけで善人になる事もある。

だから俺は、一概に『欲』がある事は悪いとは思わないし、人間は嫌いじゃあない」

 

「じゃあ、わるいきゅーけちゅしゃんは?」

 

 

悪い吸血鬼は嫌いなの?

ソラがそう尋ねると、男性は目を細めて「もしや、今の話…全部理解できたか?」と意外そうに

聞き返した。

 

「ふぅー、なんとにゃく(なんとなく)~」

「…なかなか侮れん子だ」

 

男性は苦笑してそう言うと、真面目な顔に切り替えてソラの頭に手を乗せた。

 

 

「ステラ…君は、本当にジョナサンとエリナを友達だと思っているんだな?」

「うん!」

 

「あの二人が困った時…彼らの大切な子どもやその子孫がピンチになった時…彼らに救いの手を差し伸べてくれないか? 君のできる範囲でいい。嫌なら…ムリして関わらなくても

構わない。選択は“君に任せる”」

 

 

男性は、ソラに願いを告げて頭をくしゃっと撫でる。

ソラは一瞬だけ目を細めると、茶色の瞳でパチッと開いて男性を見上げる。

何分もの間…時が止まったように、二人は目を合わせたままでいた。

 

「いーよ」

 

ふんわり笑って、ソラは答えを出した。

男性は、その答えを待っていたかの如く、フッと口の端をあげた。

 

「ようこそ、我が世界へ…ステラ」

 

男性は、紅葉のような小さな手を握ると、ソラに迎え入れた。

 

 

 

【『躊躇』の二文字はない】

 

 

 

「ねぇねぇ、おじたん」

「ん?」

「にゃまえ、なーに(お名前教えて)?」

 

そういえば、まだ名前を言ってなかった。

ソラに指摘されて、男性は初めてその事に気づいた。

 

「神格名は言えないが…人間の頃の名は『ハーパル・カルヴァート』だ」

「はー…ぱー?」

 

「好きに呼んでくれ」

「ぱるしゃん!」

「……(殺虫剤を連想させる呼び名だが)まあ、いいか…」

 

 

 

【To Be Continued… ⇒】

  




※【注意事項・登場人物設定】に新しい人物の紹介を、【物語の単語・専門用語辞書】に新しい単語の説明を追加しました。

※オリキャラのハーパルさんは、第七部に登場する人物『リンゴォ・ロードアゲイン』に瓜二つな容姿をしています。
  


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時を超えた再会


アクセルによる、ジョナサンへの説明回。
そして、主人公が降り立つ舞台は青年期へ移る。



 

「…じゃあ、ステラはいずれ神様になる子なんだね」

「…そーいう事になるな」

 

聞かれてしまったものは仕方ない。

アクセルは後頭部を掻きながら、全ての事情を打ち明けた。

隣で、腕を組んで不機嫌そうにこちらを睨みつけているサイクス。

 

  “ バラしてどうする ”

 

声なき鋭いツッコミを暗にくらいつつも、アクセルは《仕方ねえだろ…》と心の中で言い返す。

 

どっちみち、聞かれてしまった以上、選択肢は二つ。

記憶を消すか、逆に詳細を公にするか。

 

前者は、手っ取り早い方法にみえるが…ジョナサンを自分達のアジトへ連れていく必要がある。

記憶の一部をなくす事は、かなり難しい上に繊細な作業が必要となる。

下手をすれば、脳に障害をもたらす危険もあるため、あまり有効ではない。

 

そうなれば、後者を選ぶしかない。

…と言っても、既に粗方の事情を説明していた事もあって、ジョナサンは驚くよりも逆に納得した、という感じだ。

 

 

「…ステラはどこにいったんですか?」

 

「俺にも解らねえ…ただ、フーはまだ力を制御できねえ事もあってな…

此処とは違うどこかにいるのかもしれない」

 

 

そうですか…とジョナサンは寂しそうに顔を俯ける。

 

「ジョナサンと言ったな。念のために伝えておくが…この一件は他言無用だ。

親しい友達や家族にも教えない様に…」

 

「(父親はもう知ってるけどな…)まあ、そういう事だ。頼むぜ…ジョジョ」

 

サイクスとアクセルからの頼みに、ジョナサンはこくりと頷いて了承する。

だが、彼の心の内側は小さな友達が今どこにいるのか…という心配で一杯だった。

 

(ステラ…どこにいるんだい?)

 

 

◇◇◇ ◇◇◇◇◇ ◇◇◇

 

 

「おや、此処にいたのか」

 

ソラは、ハーパルのいる果樹園…天界にいた。

彼に正式な【客人】としてこの世界に招かれ、環境に慣れるために此処で過ごしていた。

 

「ぱるしゃん、ぱるしゃん」

 

ハーパルは、ソラに名前を呼ばれて、果物がなっている一本の樹へやってきた。

ソラは、小さな子犬のような子猫のような丸い生物と戯れていた。

額に星の印がついており、その姿は夢の世界で生息する夢魔の一種に瓜二つだ。

その生物は、ぱたぱたと尻尾を振って「にゃふっ」とソラにスリスリとすり寄っている。

よほど、ソラの事が好きなのか離れる気配を見せない。

 

「…ほぉー、もう【幽波紋(スタンド)】を開花させたのか」

「しゅたんど?」

「解り易く言えば、生命エネルギーが形を作った像…君の分身体のようなものだ」

 

ハーパルの説明に、ソラは「ふぅ…?」と首を傾げる。

 

「さらに、解り易く言えば君の【友達】だと思えばいい」

「ともらち!」

「にゃふ~」

 

ソラが「わーい」と嬉しそうに笑うと、スタンドもまたつられて喜ぶ。

 

「…このタイプは近距離型か。さて、どんな能力か…」

 

興味深そうに、ソラのスタンドの額に掌を乗せてみた。

 

『にゃふっ…なにするにゃか?』

「ちょっと君について知りたいだけだ」

 

『にゃふ…ぼくの名前はなんていうにゃか?』

「大まかなカテゴリーで言えば『スタンド』と呼ばれているモノだが…君個人の名前はまだない」

 

『にゃーん…ふーちゃん~! ぼくに名前をつけてほしいにゃ~』

 

スタンドは、ソラの頬をぺろぺろ舐めて名前をつけて、と懇願する。

 

「ふぅ…にゃーちゃん?」

『にゃふ…安易すぎるにゃ~』

 

「ふむ~、にゃふにゃー」

『にゃぁ…ちょびっと変化しただけにゃ~』

 

「スタンド、この子に命名してもらうのは、ちと難しいぞ。何分年齢が1歳児だからな」

『にゃふ…じゃあ、おじさんつけてくれにゃ~』

 

スタンドがウルウルとお願いの眼差しを向ける。

ふむ…とハーパルは顎髭を擦りながら思案する。

その間、スタンドのお腹をソラがゴロゴロと撫でて、スタンドは気持ちよさそうに転がる。

BGMがあるなら、ラン、ラン、ランラララン~♪ と和む音楽がぴったりだ。

 

「りゃん、りゃん、りゃーりゃりゃりゃ~♪」

 

タイミングよく、ソラが気の抜ける即興の唄を口ずさんでいる。

彼女の唄に、スタンドも釣られるように『にゃ、にゃ、にゃーにゃにゃにゃー♪』と歌いだした。

 

(ステラとスタンドの共鳴率…かなり高いとみた)

 

もし、彼等が現世で内に秘めた未知なる力を発揮したなら…どんな化学反応を起こすのだろうか?

ハーパルは知的好奇心を湧きたてられ、微弱ながら恐怖も感じた。

 

「……よし、スタンド。名前を決めた」

「にゃまえなーに?」

『にゃふっ! どんなのか早く教えてにゃ~!』

 

ワクワクと期待に満ちた表情で見つめてくる彼らに、ハーパルはその名を口にした。

 

 

「『ドリーム・シンフォニア(夢想の交響曲)』

――――君によく似ているドリームイーター(夢喰い)の名称から一部とった。

本体であるステラと、君は…世界を変革する『鍵』となれる。

君達の奏でる曲が、多くの人々の運命さえも変えられる、そういう意味を込めてつけてみた」

 

『にゃふー! カッコいいにゃーん! とってもイカすネーミングだにゃ~vv』

 

 

どうやら、気に入ってくれたようだ。

すると、ソラがスタンド…ドリーム・シンフォニアに向かってこう言った。

 

「おめれとー、わんだにゃーん」

『にゃふっ!?』

「……そちらの方が言い易かったか?」

 

本体は、カッコいいネーミングよりも呼びやすい『ワンダニャン』の方がお気に入りらしい。

ガビーン! とショックを受けるドリーム・シンフォニア…もといワンダニャン。

命名して早々、やっぱりシンプルな名前の方がいいのか…とハーパルは名前変更しようか

少し悩んだ。

 

 

 

 

 

「ねーねー、ぱるしゃん」

「なんだい? ステラ」

「ふーたん…じょーちゃん、えりちゃん…あいたい」

 

背の高いハーパルを見上げて、ソラは友二人に会いたいと懇願した。

果樹園にずっといて、このところ親しい人たちに全然会っていない。

ジョナサンとエリナ、ダニーやジョナサンのお父さん…優しいおじさんに会いたい。

此処も好きだけど、大好きな友達がいる所に行きたい気持ちが勝った。

 

 

「そうだな…そろそろ頃合いかもしれないな」

 

「わんだにゃんもいい?」

『にゃーん…ぼくもふーちゃんの友達にあいたいにゃー』

 

「すまないが、ステラ…“今の君”ではドリーム・シンフォニアを現世へ連れ出す事はできない」

 

「ぶぅ~」『つまんないにゃー』

 

 

今のソラは、スタンドを自由に使いこなす事はまだ難しい。

神界では、普通に具現化できても、実世界では先天的な能力者でなければ、長い訓練を積み重ねなければならない。

 

 

「…ステラ、俺の世界を、そこで暮らす人々を好きになってくれた事は感謝している。

だが…一つだけ忠告しておこう」

 

「なーに?」

 

「君の“帰るべき場所”を忘れてはダメだ。……覚えているかな?

君を待っている家族や近しい人達の事を…」

 

 

ハーパルが指摘した事で、ソラの脳裏に次から次へとたくさんの人物像が浮かび上がる。

親友の月華…コゼット…リエ…同じ種族である年上の仲間達。

そして、母であるアンナを…彼女のぬくもりを思い出す。

 

「あい!」

 

「ならいい。ステラ…帰るべき場所の記憶はしっかりと頭のノートに書き込んでおくんだ。

――――“一度でも忘れてしまえば、二度と戻れなくなる”ぞ」

 

ソラはまだ幼い。

異世界の環境に慣れていく内に、その世界が“自らの故郷”と認識してしまう可能性があるためだ。

ある程度の年齢のエクレシアなら、使命が終われば自らのいるべき場所へ戻れるだろう。

 

けれども、ソラにはまだその分別がうまくつかない。

長期に渡り、この世界に居続ける事で、家族を…仲間を…

本当の自分自身を忘れてしまう危険がある。

 

だから、ハーパルは二度注意を促した。

幼いこねこにんの未知数の力に目をつけても、彼女の記憶を…居場所まで改竄する意思は毛頭ない。打算的な狙いはあれど、ある程度の良心はあるのだ…この導き神は。

 

「またきていーい?」

「ああ。気が向いたらきたまえ…君の大好物の果実をご馳走しよう」

「あんがとー」

 

礼を言い、ソラは小さい手を振ると白い靄で覆われている方向へ歩いていく。

その方向にあるのは、現世への入り口。

ハーパルが教えた訳でなく、彼女は直感でその方角へ足を進めていった。

 

取り残されたドリーム・シンフォニアが『だいじょうぶかにゃー…』と不安そうに、こちらとソラが行った方を交互に見やる。

 

「見届けよう…まずは、彼女自身のお手並み拝見だ」

 

顎鬚を擦り、ハーパルは口元を微かにあげて呟く。

小さなこねこにんが、数奇な運命に巻き込まれてる星を背負う一族に、どんな相乗効果をもたらすのか…期待して。

 

 

 

 

 

一人の人物が川辺を歩いていた。

上品で慎ましやかな服装の長い金髪の美しい女性だ。

 

「懐かしいわ…」

 

女性…エリナ・ペンドルトンは、一ヵ月前に故郷である英国に戻ってきた。

七年間、インドで生活していた時に父の指導の下、猛勉強をして看護師の資格を取得。

 

現在は、父が運営する病院で働いている。

今日は休みをとって、久しぶりに散歩を満喫している最中だ。

 

「この木、まだ残ってたのね…」

 

七年前…まだ少女であった頃に、初恋の男の子が彫ってくれたサインがあった。

ハートマークの中に男の子…ジョナサン・ジョースターとエリナ自身の名前が刻まれていた。

 

 

『まあ、ジョジョったら!』

『あはは…』

『えりちゃん、まっきゃ(真っ赤)~』

 

 

そう、子どもだったあの頃、エリナとジョナサンは将来を誓い合った。

そんな二人の誓いの証人であり、小さな親友のステラも一緒だった。

故郷に帰ってきて以降、エリナはジョナサンと再会していない。

風の噂では、彼は大学に進学していると聞いた。

 

 

 “ 会いたい ”

 

 

ジョナサンを愛する気持ちは今でも変わらない。

しかし、子どもの頃とは異なって気軽に互いに接触できる立場でない事を実感せざる

負えなかった。

 

忙しい事もあるが、何より“身分”という壁が両者の間に立ちはだかった。

透き通った川の水を眺めながら、エリナは傘を握る手を強める。

 

「…あの頃に戻りたい」

 

エリナは、瞼を閉じて願った。

 

お願いです、神様…一度だけでもいい。

…どうか、愛しい人と親友に会わせてください。

 

「ジョジョ……“ステラ”……」

 

彼等の名前を口ずさんだ瞬間…

 

 

  パァアア…!

 

 

左の手の甲に光り輝き、紋様…メビウスの輪を象ったもの…が浮かび上がる。

 

「な…なに……何なの!?」

 

持っていた傘を落として、エリナは左の手の甲を抑えて動揺する。

その時、訳の分からない不思議な現象に混乱している彼女の耳に“声”が聞こえた。

 

「えりちゃーん!」

 

そう…懐かしく、可愛らしい『あの子』の声が…。

エリナは思わず、その方向へ目を向けた。

 

声がしたのは真上…晴れ渡った青空。

彼女の瞳に驚くべきものが映る。

 

何故なら…青空と同じく、透き通った妖精に似た光翼を広げて、こちらへ飛んでくる

幼子がいたから。

 

 

 

【時を超えた再会】

 

 

 

「…ッ! ステラ!」

 

エリナは両手を広げて、舞い降りてきたソラを抱きしめた。

 

「ああ、ステラ…! あいたかった…」

「たらいま~(ただいま~)」

 

七年の月日を経て、一人の少女は美しい淑女となり、そして…小さな親友と再会を果たした。

 

 

 

【To Be Continued…⇒】

  




※ふーちゃんのスタンドの出番は、別の部になる予定。
  


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青年時代編
運命は動き出す



青年時代編、スタートの回。
主人公(ふーちゃん)sideと交互に展開していきます。
  


 

「いい天気だな…」

 

穏やかな陽が降り注ぐ午後、ジョナサン・ジョースターはラグビーの試合が終わり、

更衣室で着替えを終え、外に出た所だ。

晴れ渡る空を見上げ、少し冷たい風が吹き付ける。

それをジョナサンは心地よいと感じていると、ふと手の甲に目を向ける。

 

「……ステラ、君はどこかで元気でいるのかな」

 

右の手の甲に薄らと浮かび上がる、メビウスの輪を象った紋様。

これは、ステラがいなくなってから、ある事件の際に突如、手に現れた印だ。

 

そう…忘れもしない6年前の冬。

クリスマスを数日前に控えたある日、ジョースター家に泥棒が入った。

犯人は、新しく来たばかりのメイドを人質にとって金銭の類を用意しろ、と要求してきた。

 

その際に、ジョナサンは階段から飛び降りる形で犯人に飛び付き、メイドを救出。

もみ合いになり、犯人が持っていたナイフで襲いかかろうとした時、手の甲が光りを放ち、犯人を目晦ましさせ、捕える事に成功したのだ。

それ以来、その不思議な現象は起きていないものの、手の甲に浮かび上がった紋様は薄らと浮かび上がったまま。

 

当初は、神様の御加護があったんだ…と使用人達の間で密かに噂が広まっていた。

ディオは鼻で笑っていたけれども、ジョナサンはまさか…と脳裏に小さな友達の姿がよぎった。

 

以前、アクセルが言っていた。

エクレシアは、自らが認めた人との間に契約を結ぶ事があるらしい。

 

(もしかしたら…僕は、ステラとの間に契約を交わしていたんじゃ…)

 

仮にそうだとしても…いつ? どのタイミングで? そんな重要な儀式を行っていたのか?

色々と思考を張り巡らせてみたものの、今の所ステラと契約をした確証は得られていない。

 

(それでも…この紋様は、ステラがくれた『信頼の証』だと、僕は信じている)

 

あれから、7年が経過した。

ジョナサン・ジョースターは、12歳の少年から精悍な顔つきのたくましい青年へ成長していた。

 

元々、歴史に興味があったので、大学では考古学を専攻した。

【エクレシア】に関する事も調べられるのでは…という期待もあり、ジョナサンは

部活をする傍ら、様々な文献や資料を調べていった。

 

4年間の調査の結果…ごく一部の文献に、エクレシアらしき種族の事が書かれていた。

ジョナサンが住んでいる世界で、遥か昔…古代ローマの帝王に仕えていた従者の一人が

【エクレシア】だと言われている。

 

どういう経緯で、その人物がローマ皇帝と契約を交わしたのかは不明だ。

けれども、文脈からはその契約者である皇帝に忠誠を誓っていたらしく、次の皇帝の時代

以降は一切名前が登場しなくなる。

 

ジョナサンは思った。

その契約者である皇帝とエクレシアは“特別な強い絆”で結ばれていたんだ…と。

だから、エクレシアは違う皇帝には仕えず、歴史の舞台から降りてしまった。

 

(…この後、このエクレシアはどうなったんだろう?

知りたいけど…これ以上の記載はどこにも見つからない)

 

スッキリしない感覚だけが残ってしまった。

けれども、ジョナサンは諦めていない。

 

今は“あるもの”を題材にした論文に集中しているが、いつかエクレシアの事を時間をかけてゆっくり研究していきたい。この世界にいたエクレシアの痕跡を探る事が、小さな友達との再会になるかもしれない…そんな希望を抱いている。

 

「ジョジョ、まだそこにいたのか?」

 

耳元に聞こえてきた声に、ジョナサンは後ろを振り向く。

太陽にあたり、光を帯びた輝くを放つ金髪の美青年が愛想よく笑って手を挙げている。

その青年は…7年前に、ジョースター家の養子となり、ジョナサンを執拗に虐めていた

人物、ディオだ。

 

「今日は、ジョジョのなくなったお母さんの誕生日で、墓参りにいくんだろう?

父さんが待ってるよ」

 

ステラが消えて以降、ディオとは他愛もない話ができるようになり、距離も縮まっていった。

現在では、ジョナサンと同じ大学で法律の分野で優秀な成績をとり続けていて、同じラグビー部で二人でエースとして活躍している。

傍から見れば、ジョナサンとディオは非常にいいコンビであり、仲の良い親友同士だ。

 

「ああ、ごめん…待たせたね。急いで帰ろう」

 

でも、ジョナサンは…苦悩していた。

 

(ディオが正式な養子になり、僕の父を『ジョースター卿』ではなく『お父さん』と

呼ぶようになってどのくらい経ったのだろう…?

…正直、僕は彼に対して友情を感じていない…何故!?

彼はあんなに凄くて良い奴なのに友情を感じないんだッ!)

 

7年前に、自分に対して行った虐めのトラウマかもしれない…とジョナサンは思った。

あの頃のディオは、ジョナサンへの敵意と悪意が半端なかった。

エリナやステラ…親しい友達にさえも暴力を振るい、危害を加えようとした。

 

それに、愛犬のダニーが焼却炉で危うく命を落としかけた事件…。

犯人は見つからなかったが、もしやディオが自分への仕返しにあんな事をしたのではないか…と疑ってしまう。

 

(……僕はなんて嫌な奴だ。

何の証拠もないのに、まだディオを信頼できないなんて…)

 

7年かけて、ようやく彼と家族になれたはずなのに…

実際の距離はまだ縮まっていない気がしてならない。

 

(…こんな時、アクセルさんだったらどうアドバイスしてくれるかな…)

 

そういえば…彼とはあの森での出来事以降、全く会っていない。

どこかで、ステラを発見できたのか?

それとも…未だに見つからず、此処とは異なる世界を彷徨っているのだろうか?

 

馬車に乗って、ジョナサンは外の風景を眺めながら、彼らとの短い思い出を回想しつつ、寂しさで胸が痛くなった。

 

 

 

 

 

エリナと再会したソラは、彼女の父親が経営している病院に隣接している家に招かれていた。

 

「どう、美味しい?」

「うまみ~♪」

 

エリナが焼いてくれたクッキーをもぐもぐと食べるソラ。

久しぶりに食べる親友のクッキーは、格別に美味しい。

 

「ねえ、ステラ…聞いてもいいかしら」

「ふぅ?」

 

エリナが神妙な面持ちで質問をした。

あれから7年、ソラは、エリナが少女だった頃のままの…小さなこねこにんの姿で再び現れた。

しかも、青空から降りてきた…空と同じ色の羽を広げて。

 

「貴女は…天使だったの? それで羽が生えてるの?」

「ふーたん? えきゅれあ~」

 

「…エキュレア?」

「ふぅー、えきゅれあー」

 

えきゅれあ…とはどういう意味だろう?

なにか、彼女の住んでいる故郷や特定の単語を示すものかも…?

だが、エリナにはさっぱり解らない。

 

「うーん…それじゃあ、ステラ。貴方は今までどこにいたの?」

「ふーたん、ぱるしゃんとこ、いた」

 

「ぱるしゃん?」

「うん! おいしーの、いっぱい!」

 

またしても、謎の単語がでてきた。

ぱるしゃん…とは地名だろうか、それとも人名を指すのだろうか?

美味しい物がたくさんあった、というからには前者かもしれないが…。

 

「ねーねー、えりちゃん。じょーちゃんは?」

 

ソラがその名前を口にした瞬間、エリナはハッとしてしまい…手に持っていたクッキーを

落としてしまう。

 

「じょーちゃん、おらんのぉ~?」

 

「そうね…ジョジョは大学に通ってて忙しいみたい。

それに、あの時から私達会っていないから」

 

「しょーなん(そーなの)? じゃ~、いこー」

「えっ?」

 

ソラがニパッと笑って言った言葉に、エリナはきょとんとする。

 

「じょーちゃんとこいきゅー」

 

ソラがそう言うと、ぱっと空色の羽を広げる。

 

「ステラ…気持ちは分かるけど、突然行ったらダメよ」

「ふぅ? にゃんで(なんで)~?」

 

エリナが慌てて制止した事に、ソラは不思議がる。

 

「ジョジョは色々と忙しい時期なの。

大学を卒業するための論文を書いている時期だし…それに…」

 

エリナは、顔を俯ける。

ジョジョの近況は、風の便りで聞いていた。

 

大学のラグビーのエースであり、考古学の分野で見事な論文を発表している。

あんなに小さかった少年が、今では学会でも一目置かれる立派な青年へ成長した。

そんな大好きな人の輝かしい功績を、エリナは自らの事のように嬉しく、誇らしく感じている。

 

同時に…手の届かない、遠い存在になっていくジョナサンに、エリナは胸中に寂しさを感じずにはいられなかった。子どもの頃は、さほど気にしていなかった『身分』も、高くて分厚い壁になって立ち塞がっていく…そんな感覚になる。

 

おそらく、ジョナサンは貴族にふさわしい身分の令嬢といずれ婚約…結婚する事が決まっているだろう。例え、ジョナサンがそれを断ったとしても…彼の父親、ジョースター卿がそれを許さないはずだ。

 

「…えりちゃん、どしたん? ないとる…」

「えっ…」

 

ソラが心配そうに顔を覗き込む。

指摘された事で、初めて目元から涙が流れ落ちている事に気づいた。

指先で目を擦り、大丈夫…なんでもないのよと笑いを取り繕うが、それでも目元から涙が

ぽろぽろ零れ落ちてしまう。

 

「えりちゃん…ぽんぽんいたいん?」

「うん…そうね。とっても痛いわ…“心”が…」

 

そう言うと、エリナは顔を両手で覆い、静かに泣き出した。

ソラはじっ…と泣いているエリナを見つめる。

ポトポトと零れ落ちる真珠のような涙。

エリナはなんで泣いているのか…お腹がイタイのではなくて、“心がイタイ”と言った。

 

ソラも、心がイタくなった事が何回かある。

その原因の多くは、母親であるアンナと暮らせない事にあった。

月に二回ほど、アンナがいる家(病院の一室)にお泊りしているけれども、常に一緒にいられない。時間がきたら、エクレシアの誰かが迎えに来て、離れ離れになってしまうのだ。

 

それが嫌で、ある日いつになく泣き喚いていた時、親友のくーちゃんのママ

…コゼットが歌を唄ってくれた。

 

 

『ふーちゃん、泣かないで。泣いたら、あなたのお母さんも泣いてしまうわ』

『心がイタくなったら、お歌を唄うのよ。そうすれば、だんだん寂しくなくなるから』

 

 

―――――ふぅ~、ふぅ~♪

 

耳元に聴こえてきた気の抜けるような声。

エリナは、覆っていた手を顔からちょっとずつどけていくと…

 

「い・にょ・が・しぃ・りゃ・ふぅ~♪」

 

ソラがまったりとした様子で、唄っている。

何の歌を唄っているのかは不明だが、哀しい気持ちが徐々に晴れていく気がした。

 

「ふふっ…ステラは優しい子ね」

 

エリナは涙を指先で拭い取り、柔らかく微笑みかける。

この子は、私を元気づけるために歌っている…その事がよく伝わってきた。

ありがとう…と頭を撫でてあげると、ソラは気持ちよさそうに目を細める。

 

「あんねー、えりちゃん。じょーちゃん、しゅき?」

「…ええ、大好きよ」

「じゃあ、じょーちゃん、あう。じょーちゃん、まっとる!」

 

ソラは、小さな紅葉のような手でエリナの手の甲に触るとさらに言う。

 

「ふーたんもいきゅ、だから、らいじょーぶ(大丈夫)!」

 

ニパッと笑って、積極的にジョナサンに会いに行こうと勧めるソラ。

エリナは、そんなソラの誘いに戸惑いつつも、つっかえていた物が取れたように、

心に漂っていた霧は幾分か晴れていた。

 

 

 

 

 

ジョナサンは、書庫室で調べ物をしていた。

現在、論文を書くための文献を探している最中だ。

彼が、論文を書いている題材は「石仮面」について。

 

この仮面は、まだ母が生きていた頃にロンドンの美術商から買いとったものだ。

一見、薄気味悪く近寄りがたい雰囲気を放つ仮面だが、ジョナサンにとっては歴史が詰まったある種の宝のように思える代物だ。

 

持っていたナイフを使って、指先に傷を作ると、そこから一滴の血が流れ、仮面へ落ちる。

すると、仮面がカタカタッと動き出し、後ろから何本もの骨針が伸びる精巧な仕組みになっている。この秘密を知っているのは、ジョナサンのみ。

 

「この仮面を作った者は、いったい何を目的として制作したんだろう…?」

 

何かの儀式を行う際に使用したのか?

謎を秘めたその仮面に、ジョナサンは探求心がくすぐられる。

 

「いつか、この仮面の秘密を解いて発表して…センセーションを巻き起こせればいいな」

 

そんな淡い期待を持ちながら、本棚の上にある書物をとろうとした時…そこに置いてあった箱を落としてしまった。しまった、と急いで降りてみると…その箱から手紙が飛び出していた。

その中に、《ダリオ・ブランドー》という名前が書かれた…ディオの父親が、自分の父にあてた手紙が見えた。

 

(ディオのお父さんの手紙か…)

 

ジョナサンは、どんな内容が書かれているのか、気になった。

7年前の手紙であり、ディオを今後を懸念した内容なのかも…と思い、興味が駆られて目を通してしまった。

 

彼のこの行動は、運命の分岐点であった。

その手紙の内容には、とんでもない真実が記されていた。

それは、ジョナサンにとって築き上げてきた平穏な日常が覆され、ディオとの争いの因縁が生まれ、自らの子孫までをも巻き込んでしまう…火種となった。

 

 

 

手紙を手にして部屋を出ると、ジョナサンの視界にディオの姿が映る。

執事から水とオブラートに包まれた薬を置いたトレイを受け取り、階段を上っていくディオ。

その刹那、懐から別のオブラートに包まれているものとすり替えたのだ。

 

「ディオ。今、その薬…どうした?」

「どうした…とは?」

 

「いつも、君が父さんの薬を運んでいたのか」

「ああ、そうだが?」

 

ジョナサンの問いかけに、ディオはしらばくれるが…

 

「七年前、君のお父さんが出した手紙、偶然見つけたよ…」

 

ジョジョは、その手紙の内容を読みだす。

 

 

“ 私は今…病にあります。多分死ぬでしょう。わかるのです。

病名は分かりませんが、『心臓が痛み』、『指が腫れ』、『咳が』止まりません。

…私が死んだらどうか息子のディオを…”

 

 

内容を読み上げていく内に、ディオの目は冷たく鋭くなっていく。

ジョナサンの脳裏にたてられた、彼への疑惑が現実味を帯びていく。

 

…ディオは、7年前に実父を毒殺した。

そして…今度は父の財産を狙い、同様に殺害しようとしている!

 

 

「この症状…僕の父さんと同じ症状だーッ!

一体これはどういう事だ ディオーッ!!」

 

「君は一体、何が言いたい?」

 

 

ジョナサンは厳しく問いただすが、ディオは冷静な態度で言葉を返した。

 

「その薬、調べさせてもらう!」

 

ジョナサンは、机に置かれていた薬を手で伸ばして掴み取るが、ディオに腕を強く掴まれる。

 

「ジョジョ…その薬を調べるということは、我々の友情を疑う事! 友情を失うぞ!」

 

いつになく、ディオは感情を荒げてジョナサンの行動を制限しようとする。

目の威圧に負けそうになるものの、ジョナサンは機転を利かせて、ディオにこう言った。

 

「なら…ディオ! 紳士として君の実の父ブランドー氏の名誉にかけて誓ってくれッ!

自分の潔白をッ! 自分の父親に誓えるなら、僕はこの薬を盆の上に戻し、二度と

この話はしない!」

 

その言葉に、ディオは言葉を詰まらせる。

 

(僕の推理通りなら、彼の誇りに対する性格から『誓い』はできないはずだ…)

 

7年間生活を共にしているジョナサンは、ディオの性格を理解している。

彼が本当に、父親を毒殺しているなら、そんな親のために、誓いを立てる事なんてしないはずだ。

 

 

「ち、誓いか…ぐっ、い…いや、俺の前であいつの話をするな!

あいつの名誉に誓うだと? 勘違いするなッ!

あんなクズに名誉などあるものかァ―――ッ!!」

 

 

ディオは激怒して、ジョナサンの頬を拳で殴った。

疑いが確信となった。ディオの父親に対する憎悪は普通じゃない。

二人の間に何があったのかは分からないが…このまま、彼を野放しにしておいたら危ない!

目の中に親指を入れられそうになるが、咄嗟にジョナサンはディオの腕を掴みあげる。

 

「僕は父を守るッ! ジョースター家を守るッ!」

 

そう宣言すると、ディオの胸倉を掴んで二階からロビーの大広間へ背負い投げした。

柵が壊れ、一階へ落ちたディオに向かって、ジョナサンは指を指してさらに続ける。

 

 

「君のこの7年間の考えが分かった!

僕等には最初から友情などなかった!

そして父にはもう近づけんッ!

この薬を分析して必ず刑務所に送り込んでやるぞッ!」

 

 

ディオの本性が明らかとなり、ジョナサンは決意した。

父親を、家を守るために…自分は戦い抜くと。

この時…ジョナサンの決意に反応するように、右手の甲の文様が光を強めていた。

 

しかし、彼は気付いていなかった。

信頼している思い人と親友が傍へ近づいている事にも…。

 

 

 

【運命は動き出す】

 

 

 

同時刻、ソラはある人物と再会をしていた。

 

「あくたん!」

 

エリナと一緒に病院を出て街を歩いていると、燃えるような赤毛の青年、アクセルと遭遇したのだ。ソラは、トコトコと彼の足元に抱き付く。

 

「ふー! こんなところに…今まで一体どこ行ってたんだよぉー!」

 

安堵が混じった顔で、アクセルはソラを抱き抱える。

 

「コゼットが心配してたぞ。

時間がありゃ、くー坊連れて探しに回ってたんだぞ!

帰ったらメッされるぜ…覚悟しとけよ~、記憶したか?」

 

「ふぅ…ごめん」

 

頭をガシガシッと撫でられて、軽く説教された。

ソラは眉を八の字にして素直に謝る。

…コゼットに怒られるのは嫌だが、ずっと自分を探してくれていたのだと知り、ちょっと嬉しくなった。

 

「あの…アクセルさんですよね」

 

二人が再会を喜んでいると、エリナが恐る恐る会話に入ってきた。

話しかけられ、アクセルは誰だ…と目を細めるが…

 

「エリナです。覚えていますか?

あのジョジョと一緒にいた、エリナ・ペンドルトンです!」

 

「…えっ、まさか…あのエリナ?…ええっ!?」

 

目を瞬きした後、アクセルは大きく開眼させて、驚愕の声を上げた。

 

 

 

【To Be Continued… ⇒】

  



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契約者の声に誘われて

アクセルの混乱の回。
そして……
  


アクセルは混乱していた。

ソラを探して、異世界を回って六ヵ月。

久しぶりにこの世界に訪れたのだが…

 

「ちょっと待て!…1888年だと、あれから七年経ってんのか!?」

「はい、そうですが…?」

 

半年ほど離れていただけなのに、この世界の時間軸は一気に七年の月日が過ぎていたのだ。

異世界の時間軸は、その時々によって大きく変動する事はある。

しかし、誤差はあれど精々一、ニ年程度ぐらいだ。

これだけ、大きく時の流れが動いた事例はほとんど見た事がない。

 

「マジかよ…」

「まじなん?」

 

現在、三人は町中を歩いている。

アクセルは額に利き手を押し当てて、あ~と困惑している。

ソラも、彼の顔を見上げながら、同じセリフを真似る。

 

「浦島太郎の気持ちが今なら分かる気がするぜ…」

「あの…大丈夫ですか?」

 

エリナが心配そうに、アクセルに尋ねる。

すると、アクセルは苦笑いして「ああ…気にしなくていい」と取り繕う。

 

「なんつーか…エリナ、綺麗になったな」

「えっ…そ、そうですか?」

 

エリナは微かに頬を赤らめて、照れ笑いする。

なお、アクセルは御世辞ではなく、素で感想を言った。

七年前は可愛らしい年頃の少女といった感じだったが、成長した彼女はおしとやかで、

美しい淑女となった。

 

これは、そこらの男性陣がアプローチしてこない訳ないだろうな…と客観的に分析していると、

ふとある事が気になった。

 

「なぁ、インドから帰ってきたって事は…ジョジョとはもう会ったのか?」

「…いいえ、まだです」

 

エリナは一瞬だけ哀しさを宿した顔になり、首を緩慢に左右に振る。

 

「…そっか。互いに忙しいみたいだしな…」

「アクセルさんは、これからお仕事に戻るんですか?」

 

話を切り替えようと、エリナは別の話題に触れた。

 

「ああ…実は今日な、ジョースター家に行く予定なんだ」

「えっ…」

「一ヵ月前、ダスク…いや俺の部下がジョースター卿から手紙をもらったんだ…俺宛に」

 

簡単に言えば『久しぶりに屋敷にきてほしい』という内容だった。

半年ぐらい、足を運んでいなかったし、ソラに関してちょっとでも情報が得られるんじゃないか、軽い気持ちで訪れたのだが…。

 

激震が走った…ショックを受けずにはいられなかった。

 

(ジョースター卿からみりゃ、七年間音信不通状態だったんだな…俺の方が)

 

なんで、時間の流れが早まったのかはとりあえずおいておこう。

七年間の情勢を把握するために、情報収集しなくてはならない。

 

「そうだ。フー、エリナ…俺と一緒に来るか?

久しぶりにジョジョにも会えるかもしれねーぞ」

 

アクセルからの誘いに、エリナはえっ…えっ…と戸惑いを露わにする。

 

「ふーたん、いきゅ!」

 

ソラは目を輝かせて、迷う事無く挙手した。

 

「えりちゃんも~!」

「えっ…でも…私は…」

 

エリナに対しても「行こう」と誘うソラ。

困っている彼女は、アクセルに視線を向けた。

 

「……何を迷ってるんだ?」

 

彼女のオロオロとした態度に、アクセルは悩みがあるのだと察した。

エリナは言おうか言わないか…唇を動かそうとし、閉じてしまう。

 

「…少し場所を移動しようか」

 

アクセルはそう言うと、エリナとソラを連れて町の外へ出た。

町の入り口に近い街道から逸れた叢付近までやってくると、アクセルはエリナの話に

耳を傾ける。

 

「なるほど…それで、ジョジョに会うのを躊躇してんのか」

「…はい」

 

とても真面目な雰囲気で話をしている二人を真下で見つめるソラ。

エリナが、ポツリポツリと内に抱える悩みを語っていく。

 

「…ジョジョに迷惑をかけたくないんです」

「…ハァ~…」

 

ソラは思った。

二人の話はとっても長くなりそうだ。

 

でも、なんでエリナはジョナサンに会いたくないのだろう?

エリナは、ジョナサンの事を今でも大好きなはずなのに…。

 

(えりちゃん…ないとる)

 

目元から真珠大の涙を零し始めたエリナ。

アクセルが慌てて、ハンカチを取り出して彼女に拭くよう促している。

 

どうすれば、エリナは元気になるだろう?

どうしたら、エリナは笑顔になるだろう?

ソラは幼児ながら一生懸命考えた。

 

(ふぅ~…じょーちゃん!)

 

そうだ、ジョナサンを連れてくればいいんだ!

ジョナサンがいないから、エリナは泣いてしまうのだ。

きっと、ジョナサンが傍にいればエリナも泣き止んで笑ってくれる。

そうだ、そうしよう!

 

「あくたん、あくたん」

「ん? どうした、フー」

 

言いたい事をぶちまけたおかげで、大分泣き止んだエリナに、アクセルはホッとしていた矢先、

ソラに声をかけられて下へ視線を向けた。

 

「ふーたん、いきゅ」

「えっ、どこへだ?」

 

「じょーちゃんとこ」

「っ!…お、おい! ちょっと待て…」

 

ソラが告げた事の意味をすぐさま察したアクセルは制止しようとしたが、ソラは白い光に包まれ、空高く飛んで行ってしまった。

 

「あっ~!!」

 

アクセルは叫ばずにはいられなかった。

触れようとした手が空を仰ぐ。ようやく見つけ出して、連れて帰れると思って安心したのもつかの間、またしてもソラを逃してしまった。

 

「す、ステラ…アクセルさん、ステラはいったい…」

 

一気に落胆の気分になりかかったところ、一部始終を間近で見ていたエリナは狼狽していた。

あ~…と額を手で抑える。

この状況、前にもあったな…とデジャヴを感じずにはいられなかった。

 

 

◇◇◇ ◇◇◇◇◇ ◇◇◇

 

 

揺れる馬車に乗ったジョナサンは、逸る気持ちを抑えるのに必死だった。

ディオが、これ以上毒薬を父に服薬させない様に、信頼できる医師達に父の治療を頼み、父に数日の外出の許可を得て今に至っている。

 

父の体を蝕む毒を取り除くためには、解毒剤が必要だ。

大学の研究室でも、薬の分析は不可能だった。

その薬は東洋のものであるらしく、ディオは屋敷に来る前、ロンドンのスラム街に住んでいた事から、そこで入手した可能性が強い。

 

そう推測したジョナサンはある場所へ向かっていた。

 

 

――――《食屍鬼街(オウガストリート)》

 

 

「だ、旦那…ここはロンドンでも一番やばい町なんでさ」

 

「分かってるよ…だけど僕には行かなくてはならない理由がある。

君は引き上げてくれて構わない」

 

ジョナサンはそう言うと、雪が積もった道を一歩ずつ前進していく。

 

(一刻も早く証拠と解毒剤を見つけなければ…!)

 

食屍鬼街(オウガストリート)は不気味な町だ。

全体的に薄暗く、剣呑とした異様な空気が支配している。

迷路のような複雑な道を壁の傷や構造を頼りに、進んでいくジョナサン。

 

「ここも行き止まりか…」

 

道が塞がれていたため、一旦来た道を戻ろうとしたその時…積もった雪の中から何かが

勢いよく飛び出した。

黒猫だった…しかも屍となって間がない子犬を咥えていたのだ。

 

「ひどい! 猫が子犬を食ってた…!」

 

ジョナサンは息を飲み込んだ。

猫が犬を食うなんて信じられない光景…弱肉強食の一場面を目の当たりにして、頭を金槌で殴られたようなショックを受けた。あまりにも凄惨な場面に出くわし、心が落ち着く暇もなく、別の方向から三人の男性がこちらへ走ってきた。

 

如何にもガラの悪いゴロツキどもだ。

手にはナイフを持ち、標的が自分だと気づくのに時間はかからなかった。

 

「なるほど…名前にふさわしい町だ」

 

ジョナサンは襲い掛かってくる男達に対し、焦ることなく目を向ける。

顔にペイントを塗った男が、ナイフを振りかざしてきた

…その凶器をジョナサンは素手で受け止めた。

 

「こいつ…! ナイフを素手でとりやがった!」

 

男は驚くものの、すぐにニタッと笑みを浮かべる。

 

「ふへへっ…だがよぉ、オイラがこのナイフをちょいと引っ張ったら、4本の指は

削げ落ちるぜ!」

 

しかし、ジョナサンは屈するどころか気迫を伴った顔で高らかに告げた。

 

「試してみろ! 引っ張った瞬間、僕の丸太のような足蹴りが君の股間を潰す。

僕には指4本など失っていい理由がある!」

 

気迫に押された男がひるんだ瞬間、ジョナサンはペイントの男の顔面を殴った。

 

「それは父を守るため! ジョースター家を守るため!

君等とは闘う動機の『格』が違うんだ!」

 

別方向から、東洋人の男が跳び蹴りをしてきたが、殴り飛ばした。

 

「そこの東洋人…君なら知っているな。東洋の毒薬を売っている店を!」

「お前! 指4本失っていいだと?」

 

倒れている東洋人に気を取られていると、三人目…眉間から左頬に走った切り傷がある、

ぼさぼさの長髪の男の声で、ジョナサンはそちらへ視線を戻す。

男は被っていた帽子の縁を指先で触れると、生地の部分がとれて、重なり合った円状の

刃物が露わになる。

 

「ハッタリぬかすなよ、金持ちの甘ちゃん。試してやる!」

 

走ってくる男に対し、ジョナサンは恐れる事無く構える。

例え、指を失おうと身体を傷つけられようとも…此処で死ぬわけにはいかない。

家を…父を守るために、立ち止まるわけにはいかない!

 

「…どんな妨害があろうと、つきとめるのみ!」

 

ジョナサンが強く願った。

―――《大事な人を守る力が欲しい》と。

 

 

  パァアア…

 

「これは…!」

 

 

その時、ジョナサンの右の手の甲が光り出した。

メビウスの輪の文様がくっきりと輝いて浮かび上がる。

 

(ジョナサン・ジョースター…聞こえるか?)

 

ふと、耳元に誰かが囁いてきた。

 

(誰だっ!)

 

ジョナサンはハッと周囲を見回すと、ある異変に気付いた。

襲い掛かってきているはずの男が硬直して止まっているのだ。

 

…それだけじゃない。

周りの風景がセピア色に彩られ、あたかも写真の中に入り込んだような感じだ。

 

「安心してくれ。時を一時的に止めただけだ」

 

声がした後方へ咄嗟に振り向くと、そこには黒い聖職者の衣装を着た、顎鬚の30代位の

男性がいた。

 

「貴方は…?」

「通りすがりの神父だよ。敢えて詳しく言うならば…ステラと関係のある者だ」

「!? ステラと…!」

 

眼前の人物は、ステラの知人…という事は、彼女の居場所を知っているかもしれない。

すぐに訊きだそうとしたら、神父はさらにこう告げた。

 

「時間がないから単刀直入に言おうか。

ジョナサン、君はこの世界でエクレシアと契約した“二番目の”人物だ」

 

「……えっ…?」

 

自ずと、右手の甲に浮かぶメビウスの文様に視線が向かう。

やはり、これはステラとの繋がりだったのか…それが正式に明かされた事に、

ジョナサンは嬉しく感じた。

 

 

「エクレシアは、契約者に力を授ける。

だが、その力は人が扱うにはあまりにも強大で…リスクを伴う」

 

 

神父は、釘をさすように注意事項を述べた。

彼の言葉に対し、ジョナサンは静かに耳を傾ける。

 

 

「契約者の声で、思想で、求める願い次第で…彼らは正義にも悪にも染まってしまう。

幼いエクレシア…ステラならば尚更だ。

ジョナサン…君は果たして、ステラをどちらへ導くのかな?」

 

 

意味深げな問いかけ。

神父は試しているのだ…ジョナサンが契約者として、ステラをどう捉えているのか、を。

 

「僕は…何故、ステラと契約してしまったのか解らない」

 

ジョナサンは思い出した。

ステラと初めて出会った時の事を…。

 

「ステラは僕よりも背が小さくて、幼い子どもだった…」

 

でも、初対面の人に物怖じせずに、すぐに周囲と馴染める明るい子だ。

 

「僕が虐められている時も、傍にいて…ずっと友達でいてくれた」

 

ディオの影響とはいえ、仲の良かったはずの友達に掌を返された時…凄く傷ついた。

ステラは、そんな子達とは異なり、ディオの甘言にも左右されず、純粋にジョナサンを

『友達』だと言ってくれた。

 

「初めて好きになった女の子と誓いのキスをした時に…心から祝ってくれた」

 

今思えば、ステラがいてくれたおかげで、エリナと心を通わせる事が出来た気がする。

あの子は、どんな時だって…ジョナサンの味方であり、親友であったのだ。

 

 

「僕は…できれば、ステラを危険な目に合わせたくない。

大切な友達が傷つく姿を見たくない。

でも…どうしても、僕自身で解決できない事もある。

そんな時は、傍にいてくれるだけでいいんだ。

ステラが応援してくれたら、それだけでいいんだ」

 

 

だから…とジョナサンは、視線を前へ戻す。

その直後、止まっていた時は動き出した。

男は刃物のついた帽子を手にして、ジョナサンへ投げつけようとする。

 

「僕は…安易な気持ちでステラの力に頼らない!

自らの力で、この状況を突破してみせる!」

 

腕で頭を防御しつつ、雪のカーペットに突き刺さっていたナイフを勢いよく蹴り上げる。

飛んできたナイフを、男は弾き飛ばすと同時に刃物つきの帽子を回転させて投げた。

回転する刃が、頭を防御していたジョナサンの腕に食い込んだ。

ズキャッ…と刃が骨まで達する音が響く。

 

「ヒャハー! ナイフの所為で狙い通りにはいかなかったが、まともにくらったら…」

 

男が余裕に腕を組んで喋っていたが…ジョナサンが腕を庇いながらそのまま突進してきた事に

目を疑う。

 

ジョナサンは勢いをつけた足蹴りを男の顔面へ命中させた。

男は綺麗に弧を描き、雪が積もった地面へ倒れ込んだ。

突き刺さった凶器つきの帽子を、腕から抜き取るジョナサン。

 

ふと、視線を前方へ戻すと、鎌や剣…武器を持った大勢の此処の住民がやってきた。

さらに、横の古びた家の窓から、後方の行き止まりの壁の上から

…殺気を宿らせた人々に囲まれてしまう。

 

ジリジリと迫りくる者達に、ジョナサンは負傷した腕を手拭いで縛り、戦う覚悟を

決めようとしていた。

 

 

――――“ じょーちゃん! ”

 

 

耳元に懐かしい声が聞こえた。

幻聴かと思ったが、何度も同じ声音がジョナサンに伝わる。

 

「…ステラ?」

 

ジョナサンは…親しい友であり、大切な家族である、あの子の名を徐に紡いだ。

次の瞬間――――

 

 

  パァアアア!

 

 

先程と同じく、いやそれ以上に手の甲の文様が輝きだした。

 

「うわっ」「なんだありゃ!?」

 

沢山の住民達がその現象に驚愕し、恐れおののく。

 

『君の決意…しかと聞き届けた』

 

先程の神父の声がどこからか聞こえた。

 

『導き神の名の下、ジョナサン・ジョースターをエクレシア《アリエス・セクレート》の契約者と認めよう。ジョナサン……君が彼女のよきパートナーになれる事を祈っている』

 

輝きが強さを増していき、ジョナサンを中心に、眩い光が周囲へ広がっていく。

眩しさのあまり、目を閉じてしまう。

暖かな光…まるで雪解けの春の陽だまりのようだ。

 

 

“ …ちゃん。じょーちゃん…”

 

 

明確に響いてくるその声。

懐かしくて…とても可愛らしい幼子の声音だ。

目をゆっくり開けると、そこには――――

 

「じょーちゃん!」

 

空色の光翼を出して、ジョナサンと同じ目線で浮かんでいる小さな天使がいた。

 

「ステラ!」

 

顔に嬉しさを滲ませ、ジョナサンが差し出した大きな手に、ソラはにっこりと

小さな手を重ね合わせた。

 

 

 

【契約者の声に誘われて】

 

 

 

“ジョナサン”“ソラ”

 

“一人の青年”“幼い神の卵”

 

七年の月日を超えて、二人は再び巡り逢えた。

彼等の奇跡の再会の場面を、オウガストリートの住人達は目撃した。

そして、この町を束ねるボス…先程、足蹴りされて吹き飛ばされた男性…

ロバート・E・O・スピードワゴンもまた、二人に目が釘付けになっていた。

 

後の書記で彼はこう記している。

 

 

~~《 あれは、ステラがジョナサン・ジョースターを【契約者】として任命した瞬間だった。

    あの時を境に、ジョースター家とエクレシアの物語は始まったのだ。

    その運命的な舞台の一幕に立てた事を誇りに思い、私は生涯忘れないだろう 》~~

 

 

 

【To Be Continued… ⇒】

    




※ふーちゃんは、ジョナサンと再会した!

余談として、スピードワゴンの目には、ソラとジョナサンの再会のシーンが【大司教が王様に冠をかぶせる、戴冠式の一場面】のように見えた模様。
  


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漂う暗雲


主人公(ふーちゃん)とジョナサンの再会した頃…
アクセルも久々の再会をしていた回。
  



 

「ステラ…まさかこんな所で再会できるなんて…思わなかった」

「たらいま(ただいま)ー」

 

こんな物騒で危険な場所なのに、ジョナサンは目元から涙が溢れてくる。

七年ぶりに親友に、家族と再会できて…喜びと幸せで胸がいっぱいになりそうだ。

 

「じょーちゃん」

「…ん、なんだい?」

「おっきーね(大きくなったね)」

 

涙を掌で拭うジョナサンに対し、抱っこされているソラは彼の顔を見ながら素直にそう言った。

その言葉に、ジョナサンはソラの姿を改めて確認する。

七年前と同じく白い猫の衣装で、全く変わっていない。

 

(…やっぱり、人より成長が遅いんだ)

 

改めて自分との違いを実感した。

けれども、元気で無邪気に笑うソラの姿を見て、そんな違いなんてどうでもよくなってきた。

 

「ね、ねこ…いや、子どもだとぉおおお!…」

「見ろよ…天使の羽が生えてるぜ…!」

「ゆ、夢でも見てんのか、俺達…」

 

ハッと我に返るジョナサン。

しまった、此処は幼い子供が出歩くなんて程遠い治安の悪い町中だった事を思い出した。

ジョナサンはコートを脱いで、地面に敷くとそこにソラを座らせた。

 

「ステラ…此処でジッとしてるんだ」

 

ソラの出現で、混乱状態の住民達に向かって、ジョナサンは真っ直ぐに目を見据える。

 

「僕は…戦わなくてはいけない」

 

ジョナサンの闘志を感じ取ったのか、住民達は武器を持ち直し、一触即発の雰囲気になる。

 

 

「待ちな!」

 

 

そんな剣呑とした空気に終止符を打ったのは、先程ジョナサンが蹴り飛ばした男性だった。

 

「その紳士と天使に手を出す事は…このスピードワゴンが許さねぇ!」

 

男性…スピードワゴンの大喝で、ガラの悪い住民達は大人しくなる。

 

「一つ聞きてえ! 何故思いっきり蹴りを入れなかった?

アンタのその脚ならよォ…俺の顔をメチャメチャにできたはずなのによぉ…」

 

彼は歩み寄ると、ジョナサンに対して疑問を投げかけた。

何故、不条理に襲い掛かったゴロツキ相手に手加減したのか?

助かったとはいえ、釈然としない気持ちが湧き、スピードワゴンは本人に直接訳を

聞きたかったのだ。

 

すると…ジョナサンは当然と言わんばかりにこう答えた。

 

 

「僕は…父の為に此処に来た。

だから、蹴る瞬間! 君にも父や母や兄弟がいるはずだと思った

…君の父親が悲しむ事はしたくないッ!」

 

 

彼の答えを聞いた瞬間、スピードワゴンは思った。

こいつはなんて甘ちゃんだ…だが、仲間は誰一人大した怪我はしていない。

こいつ…いやこの人は正真正銘、精神的にも紳士だ!

 

「気に入ったぜ…」

 

スピードワゴンは雪を払いのけながら立ち上がる。

 

「あんたと…そこの天使のお嬢ちゃんの名前を聞かせてくれ!」

「ジョナサン・ジョースター。そしてこの子は…ステラ」

「あい!」

 

帽子を被りなおしたジョナサンは、ソラを抱えて代わりに名前を紹介した。

名前を呼ばれて、ソラは元気よく返事する。

 

「よし、ジョナサン・ジョースター、ステラ。

東洋の毒薬を売る奴を探していると言ったな…ついてきな!」

 

「…! ああ、よろしく頼む!」

 

スピードワゴンは、『毒薬を売る人物を探す手伝いをする』と言ってくれた。

この人は信頼できる…ジョナサンは直感でそう感じ、彼の誘いを二つ返事で受け入れた。

 

 

 

 

 

「久しぶりですね、アクセルさん。お変わりないようで…」

「ああ、あんたも元気…ではなさそうだな」

 

七年ぶりに顔を合わせたジョースター卿は、病の所為か顔色がすぐれずやつれていた。

あまりの変わり具合に、アクセルは言葉を濁してしまう。

戸惑う彼の心情を察したのか、ジョースター卿はフフッと微笑む。

 

「安心してください。ただ…長い風邪をこじらせただけですよ」

「そうか…」

「ところで、そちらのお嬢さんは?」

 

ジョースター卿の視線が、アクセルの隣にいる女性に向けられる。

清楚な水色と白のドレスを纏う淑女に、ジョースター卿は興味が湧いた。

 

「彼女はエリナ。俺とフー…いや、ステラの友達だ」

 

「ジョースター卿、お、御目文字叶いまして光栄に御座います。

エリナ・ペンドルトンと申します」

 

ほら、挨拶しろよと軽く背中を叩いて促すアクセル。

エリナはやや緊張気味ながらも恭しくお辞儀をして自己紹介をした。

アクセルの家族か、はたまた恋人だろうか…と思っていたジョースター卿は、彼等の言葉に微かに目を見開く。

 

「エリナ・ペンドルトン…もしや、君がジョジョの言っていた子かい?」

「ジョ…ご子息様が、私の事を…!?」

 

ジョースター卿の思わぬ発言に、エリナは驚く。

 

「ああ、申し訳ありません。私…声を出してはしたない事を…」

 

頬を紅潮させてて謝罪するエリナに、ジョースター卿はハハハッと笑う。

 

「いやいや…これは失礼。

いきなり名前を出されては驚いてしまうのは無理もない事だ」

 

『女性に恥をかかせてはならない』という配慮から、気になさらずにと優しく言うジョースター卿。さすが紳士だな…とアクセルは感心する。

 

「ジョジョから、貴女の事は伺っていたんだ…エリナさん」

 

ジョースター卿は、瞼を閉じて語りだす。

 

 

 

二年前、彼はジョナサンに縁談を持ち掛けた。

相手は同じ貴族の令嬢…ジョースター卿の知人からの紹介だった。

しかし、ジョナサンはその縁談を断固として断った。

いつもは、父の気持ちを尊重する息子がこの件だけは頑なに拒否した事に、当初ジョースター卿は驚愕を隠せなかった。

 

その理由を問い正すと…ジョナサンは真剣にこう言ったのだ。

 

 

『すみません、父さん。僕には…生涯を共にすると誓った愛する人がいます。

エリナ・ペンドルトンという素敵な女性です』

 

『彼女は父親の仕事の都合で、インドにいます。

ですが、いずれ…この英国に戻ってきます。

僕は、彼女…エリナが戻ってきたら再びプロポーズをします』

 

『“エリナ…僕の妻になってほしい”と!』

 

 

 

「ああ…ああっ…ジョジョ…ッ!」

 

エリナは口元を両手で塞ぎ、瞳から感涙を流し出す。

 

「すまないね。泣かせるつもりはなかったんだ

…さあこれで拭いてください」

 

ジョースター卿は、泣くエリナに軽く謝罪するとハンカチを渡す。

それを受け取り、目元を抑えるエリナ。

ジョースター卿は微笑みながらさらに続ける。

 

「…息子が言うべき言葉を、私が先に言ってしまったな。

後でジョジョに謝らなければならないよ。

エリナさん…一つ聞いてもいいかい?」

 

「はっ…はい…」

 

「君は、息子―――ジョナサン・ジョースターの事を、どう思っていますか?」

 

ジョースター卿が優しい顔で問いかけた。

エリナは込み上げてくる嗚咽を堪え、小さく首を左右に振る。

真っ直ぐにジョースター卿を見据え、彼女は言った。

 

「私は…エリナ・ペンドルトンは、ジョナサン・ジョースターを…愛しています」

 

エリナは、自らの胸に秘めていた思いを告白した。

この場で言わなければ、もう二度とこんなチャンスに巡り合えないと思ったからだ。

エリナの精一杯の返事を聞いたジョースター卿は満足げに「そうか…」と呟く。

 

「私は嬉しいよ…ジョジョが最愛の人を見つけていた事を」

「ジョースター卿…」

「…よければ話してもらえないか? 君とジョジョの馴れ初めを」

 

ジョースター卿とエリナが会話するその空間はとても穏やかな空気に包まれていく。

 

(…俺は外に出た方がよさそうだな)

 

二人きりにさせても問題ない。

そう思ったアクセルは、華麗に退室した。

 

 

 

 

 

「さーて、エリナは此処にいても問題ないとして、フーを探しに行こうか…」

 

ソラはジョナサンを探すため移送方陣でどこかへ飛んで行ってしまった。

てっきり屋敷にいるのかとジョースター邸にきたものの、ジョナサンは二日前から

ロンドンへ行って不在。

 

仕方ない、闇の回廊使うか…と、二階の廊下を歩きながら窓の外の光景を眺めていた。

その時、アクセルの視線はすぐ下の玄関付近に向く。

 

『急用ができた、町へ行く』

『分かりました。お気をつけて…』

 

誰かが執事と会話している。

傍にいた使用人に荷物を持たせると、外で待機している馬車へ乗ろうとしている。

外行きの服装をした青年…その後ろ姿はどこか見覚えがある。

その刹那、顔がこちら側に向いた瞬間、アクセルは思い出し、眉を潜める。

 

「…そういや、あいつもいたんだっけ」

 

その青年とは、七年前に遭遇していた。

エリナに暴力を振るい、ソラに恐怖を与えた人物―――ディオだった。

ディオは、窓から観察しているアクセルに気づく事なく、馬車へ乗ってどこかへ外出したようだ。

 

「……変わってねえな」

 

あれから月日がたち、外見はかなりの美青年へ成長したが、その瞳の奥に潜んでいる野心は

変わっていない。むしろ、研ぎ澄まされたナイフの様に攻撃性がアップしたように感じた。

 

(なんか、嫌な予感がするぜ。あの男…)

 

確証はないが、ディオはこれから何か企てようとしている…直感がそう囁く。

すると、廊下の曲がり角のところでメイド達がひそひそと内緒話をしている声が…

 

 

(ねぇ、今日のディオ様…少し機嫌が悪かったわね)

 

(ええ、いつもは冷静であらせられるのに…)

 

(二日前にジョナサン様と大ゲンカしたって聞いたけど?)

 

(かなり盛大にやらかしたらしいわよ~。

ジョナサン様も、剣幕な顔つきで…ディオ様を二階から投げ飛ばして叩きつけたって!)

 

(ご主人様がご病気な事が原因の一つだって、執事長がブツブツと深刻そうに言ってたそうよ)

 

(そりゃそうですよ…

ジョナサン様とディオ様にいずれ遺産を分ける際に揉めるんじゃないかって、

私は前から推測してましたよ。

ご主人様が大事に至れば、財産問題で争いが起きるかもしれませんし…)

 

(でも、家督はジョナサン様が継ぐ事になるんじゃあないの?)

 

(ディオ様は法律で優秀な成績を収めているのよ。

もしかしたら、それを利用して家督を横取りしようとしてるんじゃ…)

 

(あなたたち、そんな無駄話をする暇があったら、さっさと持ち場に戻りなさい!)

 

 

メイド長の女性に見つかり、一喝された事で若手~中堅のメイド達はそそくさと

仕事へ戻っていく。隠れて聞き耳を立てていたアクセルは…眉間に皺が寄る。

 

 

「こりゃ…やべぇ時期にきたか」

 

 

 

【漂う暗雲】

 

 

 

その頃、オウガストリートにある古びた家宅に、ジョナサンとソラはいた。

 

「今、俺の部下たちが該当する商人を一人ずつ探している最中です。

ジョースターさん、キティ、大した事はできねえが…今は冷えた身体を温めてくれ」

 

スピードワゴンはそう労いの言葉をかけながら、戸棚にあるティーカップを手に取ると、また別のティーカップをもって、見比べている。

 

「ありがとう、スピードワゴン」

「いいって事よ…ああ~、こりゃ欠けてるな。他になかったか、マシなやつは…」

 

少しでも上等なカップを探しているようだ。

仲間と愛用している粗悪な器をジョースターさんになんてとんでもない! という恐れ多い気持ちから、スピードワゴンの眼力は何時になく冴えていく。

お構いなくと、苦笑するジョナサン。

 

「じょーちゃん」

「ん? なんだい、ステラ」

「腕まっきゃ(真っ赤)」

 

ジョナサンの膝に乗っかっていたソラが、先程の戦闘で負傷したジョナサンの腕を擦る。

スピードワゴンに手当をしてもらったものの、やはり傷は深いようで痛みは収まらない。

 

「心配してくれてありがとう…大丈夫さ」

 

しかし、ジョナサンはそんな痛みも顔に出す事無く、笑って平気だと言う。

 

(ジョースターさん…あんたって人は…紳士の鏡だ!)

 

痛みで苦しいはずなのに、小さい子を安心させようと顔色を変えないジョナサンに、

スピードワゴンはさらに感動する。

すると、ソラはその包帯で巻かれた傷のところにぽふっと両手を置き…

 

 

「ふぅー、いたいたい、とんでけ~」

 

 

そう言うと、ソラの掌から緑色の光の粒子と具現化した何枚かの羽が飛び交い、ジョナサンの包帯の周りを包み込んでいく。

 

「…ステラ…!」

「な、なんだこりゃぁあああ!?」

 

驚く二人をよそに、ソラはジョナサンの腕からゆっくりと小さな手を離した。

 

「いーよ」

 

ソラは二パッと笑って言った。

すると、ジョナサンは持続していた腕の痛みがなくなっている事に気付く。

慎重に巻いている包帯をほどくと…深い傷が綺麗に塞がり、治癒していた。

 

「こいつはすげぇ! 骨まで達していた傷がすっかり元通りじゃねえか…!!

やっぱりキティは天使なんだな!!!」

 

その不思議な現象を目撃し、スピードワゴンは興奮する。

 

(これが…父さんの言ってたステラの癒しの力なのか)

 

ジョナサンは、己の腕とソラを見比べると…改めてソラの潜在能力に驚嘆した。

 

「ありがとう…ステラ」

 

そして…ソラが自分の怪我を癒してくれた事に感謝し、頭を優しく撫でた。

 

 

 

【To Be Continued… ⇒】

  



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七年の月日を超えて


ジョナサンとエリナの再会の回。
  


数時間後、スピードワゴン達の尽力でディオに毒を売ったという東洋人と面会した。

当初は、白を切っていたが、スピードワゴンの迫力のある説得(というより、ほぼ恐喝に近い)により、白状した。

ジョナサンとスピードワゴンは、解毒剤を持って帰るために、その商人の店を訪れていた。

 

「おい、早くしやがれ!」

「そんなに急かされても困るあるね。解毒剤をしまってるのは…ここだったような」

 

スピードワゴンに急かされ、東洋人…名前は、ワンチェンという小柄な中年の男性だ…はがさごそと戸棚を調べる。

店は古びた外見だったが、内装は東洋の独特な雰囲気を醸し出している。

薬草や怪しげな色の薬品、中には占い関係の道具や爬虫類っぽい干物なんかもおかれている。

ワンチェンが探している間、ジョナサンは店の商品一つ一つを観察する。

 

「東洋には、変わった物があるんだな…」

 

大学では、別のジャンルを主体にしているが、東洋の歴史も興味深い。

今は、非常事態ゆえにゆっくりしている暇はないが、この一件が一段落したら調べてみようか。

ジョナサンが今後の予定を考えていると、ソラが何かで遊んでいる事に気づいた。

 

「ステラ、何をしてるんだい?」

「ごりょごりょ~」

 

ソラは丸いもの…無色の水晶玉を面白そうに掌で地面にコロコロと転がしている。

それを目にしたワンチェンが「あっ、こら!」と目の色を変えて怒る。

 

「困るあるよ! それうちの大事な商品ね。こりゃ、小娘。遊び道具じゃないから返すあるね!」

「ぶぅー!」

 

水晶玉を返せと言われ、ソラは不服そうにぷぅと頬を膨らませる。

 

「ステラ、さすがにお店の品物で遊んじゃあだめだ」

 

しかし、ジョナサンから優しく諭されると、ソラはむぅーと納得いかない感じだが、

「あい」とそれを差し出した。

 

「まったく…これだから子どもはひやひやするある」

「そんなガラス玉が価値あるのかぁ?」

 

ブツブツと文句を零すワンチェンに対し、スピードワゴンは眉唾物じゃねえのか、と邪推する。

 

「失礼な、これジパングで取れた良質の水晶あるよ! この鑑定書が証拠ある!」

「うそくせーな…ってそれよりも、さっさと解毒剤探しやがれ!」

 

別事に気を取られて、危うく本来の目的を忘れてしまう所だった。

スピードワゴンが、はよしろはよしろと言い出し、ワンチェンも渋々解毒剤探しを再開する。

元の定位置に戻された水晶石を、ソラは相変わらずじぃーとみている。

 

「ステラ、その水晶気になるのかい?」

「うん」

 

何故、と問いかけると…ソラはこう言った。

 

「ふーたん、いっしょ」

「いっしょ…?」

「うん、いっしょ」

 

店内には、その水晶玉以外に瑪瑙や真珠のようなものを複数使って円形に仕上げた手飾り、

数はあまりないが綺麗な装飾品はある。その中で、ソラは何の変哲もない水晶玉が気に入り、

触りたくてうずうずしている。

 

(これがほしいのかな…?)

 

ジョナサンはそう解釈すると、ワンチェンに声をかけた。

 

「この水晶玉、いくらだ?」

 

「ぇえええ! ジョースターさん!?」

「おやおや、旦那…目の付け所が違うねぇ」

 

水晶玉を購入すると言うや、スピードワゴンは驚愕し、ワンチェンは目をキラリと光らせ怪しく笑う。

 

「値段はこのくらいで…」

「……てめぇ! ぼったくりじゃあねえか!」

 

ワンチェンが提示した金額は、かなりの額だった。

スピードワゴンは胸倉を掴んで「ふざけんな」と抗議するが、「こっちも商売ある!」とこの件に関しては、

ワンチェンも引く気はない様子。互いに睨みあう二人に、ジョナサンはまぁまぁと仲裁に入る。

 

「分かった。じゃあこれで…」

 

ジョナサンは、手持ちのお金…金貨三枚を支払う。

 

「…ってジョースターさん! 提示した金額の三倍って!」

「お客様、素晴らしいある! 今ならこの古臭い書物をおまけしてあげるよ!」

 

商売魂に火が付いたのか、ワンチェンはここぞとばかりに色々とおまけまでつけてくる。

 

 

「気持ちはありがたいけど、早く解毒剤を探してほしい。

それから、おまけにするなら、その書物じゃあなくて、そっちのシリーズになっている歴史書にしてもらえるかな?

こっちの『YUKATA』っていうジパングの衣装も頼む。

それから、金貨三枚分は払っているんだからきっちりと証言してほしい」

 

「あんた、意外と買い物上手あるな…」

 

「と、東洋人相手に買い物ついでに証人交渉するなんて…

す、すげーぜ、ジョースターさん!」

 

 

ワンチェンに、ディオの犯行を正確に証言させるためにも、上客になる必要がある。

そのため、ジョナサンは水晶玉のみならず個人的に関心のあったものもいくつかピックアップしてまとめ買いした。

 

…証拠も証人もそろった。

あとは、屋敷に戻ってディオを待つのみだ。

 

「ステラ、はい」

 

ジョナサンは、買った水晶玉をちょほんと地べたに座っているソラへ渡した。

ソラはおおっ~…と目をキラキラさせて、両手を伸ばしてそれを受け取る。

 

「あんがとー(ありがとう)」

 

舌足らずな喋りでお礼を言うと、ソラは嬉しそうに水晶玉をギュッと抱きかかえる。

ジョナサンは「どういたしまして」と微笑み、満足そうに小さなこねこにんを見つめた。

 

 

 

 

 

 

ジョースター家の屋敷の一室に、エリナはいた。

あれから、ジョースター卿と話が弾んでしまい、気付いた頃にはすっかり陽が落ちていた。

帰宅しようとしたが、ジョースター卿が「泊まってください」と勧められ、一泊する事となった。

親元には、執事が既に連絡してくれていた。

エリナは客間の天蓋付の広いベッドに腰掛けて、ふぅ…と息を漏らす。

 

ソラがどこかへ飛んで行ってしまってからもう4,5時間程度は経過している。

アクセル曰く、外出しているジョナサンを探しに行ったらしいが…

あんなに小さい子がロンドンの中を迷子になっていないだろうか?

…心配で胸が痛む。

 

アクセルは、仲間とソラの保護者に連絡を取るために一旦、屋敷を離れてしまった。

一人取り残されてしまい、これからどうしたらいいんだろう…と不安になる。

その時、コンコンと扉をノックして「失礼します」とメイドが入室してきた。

 

「お食事ができましたので、一階の広間へお越しくださいませ」

「あっ…はい」

 

夕食の準備が整ったと告げられ、エリナは立ち上がった。

メイドに案内されて、階段を降りようとしたその時だった…。

 

「坊ちゃま! お帰りなさいませ…」

 

エリナの目は釘付けになった。

 

「ただいま、父さんの加減は……っ!」

 

帰宅するや、執事に父親の様子を聞こうとしたジョナサンもまた、階段の上にいる人物を目にして言葉を失った。

何故なら…かつて永遠の誓いをした、愛する人がそこにいたから。

 

「えりちゃーん! たらいま(ただいま)~」

 

ジョナサンの右肩から、ひょっこりと顔を出したのは、行方不明になっていた小さなこねこにん…ソラだった。

ソラは、友達の右肩に乗っかる態勢が気に入ったらしい。

そんな行為を、ジョナサンは咎める事無く「しっかりつかまってて」と優しく言うと、そのまま階段をあがっていく。

 

一歩ずつ、こちらへ近づいてくるジョナサンに、エリナは硬直したまま動けずにいる。

ジョナサンが目の前にきて、立ち止まった瞬間…エリナは「あ…」と声を漏らして俯いてしまう。

すると、ジョナサンは彼女の肩に優しく触れて口を開いた。

 

「君は…僕の知っている人によく似ている」

「…私もです。貴方と似ている方を存じ上げております」

 

そう言いながらゆっくりと顔を上げていくエリナ。

エリナはジョナサンの…ジョナサンはエリナの瞳をお互いに見つめ合う。

 

「ここだと落ち着いて話せないから、部屋にきてくれるかな?」

「…分かりました」

 

「ふーたんも?」

「うん。ステラも一緒にきてほしい」

 

食事は後で部屋まで運んでくれないか、とジョナサンはメイドに頼むと、ソラとエリナを自室へ案内する。

階段で彼等のやり取りを、同行してきたスピードワゴンは観察していた。

 

 

(誰だぁ、あの美人な女性は? ジョースターさんとやけに親しそうだが…

キティの方も警戒せずに懐いているみてぇだ)

 

「あの…」

 

(馬車の中で聞いた話じゃ、ジョースターさんの父親に毒を仕込んだ奴は義理兄弟だって言ってた。

そいつは…この屋敷には今いねえみたいだが)

 

「すみません…」

 

(俺の勘が言っている…『このまま、帰るな』って。

ジョースターさんには悪いが、犯人の男がそう簡単に捕まるなんて間抜けな奴とは思えねぇ。

世話になった育て親を毒殺しようとする冷酷さ、七年もかけて周囲を欺く程の演技力…

そんな野郎は大抵、何か仕掛けてくるってもんだ)

 

「お客様…」

 

(犯人は、ジョースターさんにとっちゃ、義理とはいえ七年間育った兄弟だ…複雑な思いだろうな。

せめて、甘ちゃんのあんたに危険が及ばないようにできりゃ…)

 

「お客様!」

 

「あ~!? さっきからうるせぇな! 何か言いてぇ事があるならはっきり言いやがれ!!」

「僭越ながら…お客様、御召し物が濡れておりますが…」

 

 

使用人が恐縮そうに言った事に、スピードワゴンは自分の服を改めてみた。

やばい…馬車に乗ってたとはいえ、長時間雪降る外にいたためか、服装がまだ乾ききっておらず、

靴もビショビショで汚れていた。

 

「失礼した…悪いが、暖炉を貸してくれ!」

 

濡れた衣服と靴は暖炉で乾かし、その間に、使用人が親切にも代わりの物を用意してくれる事となった。

 

(さすがはジョースターさんの屋敷の使用人だ、親切な上にサービスがいいぜ!)

 

 

 

 

 

部屋に入ると、ジョナサンはさっきまでの緊張した雰囲気が和らぎ、改めてエリナと向き合った。

 

「僕は七年前、とても好きな女の子がいた。

その子と…ステラと一緒に遊ぶのが何よりも楽しみだった」

 

「…七年前に、意地悪な子ども達からぬいぐるみを取り戻してくれた男の子がいました。

その子と二度目にあって仲良くなり、そして…ステラとも友達になりました」

 

二人は穏やかな顔で、当時の事を懐かしむように語っていく。

 

「僕の義理の兄弟が女の子とステラに暴力を働いた事があった。

あの時は…自分の事の様に傷ついて、殴り合いの喧嘩をしたんだ」

 

「その子は、よく遊び場にしていた森の中で私とステラ…そして飼い犬のダニーにこう誓いました。

『大好きな皆を守れるくらいに強くなってみせる』と」

 

大きなベッドの上にちょほんと座っているソラは、二人が話し合う姿を大人しくじっと見ている。

二人が話しているのを邪魔しちゃいけない。

こねこにんは、周囲の空気を自然と読み取っていた。

 

「その子が突如、インドに行く事になって…胸が張り裂けそうだった。

その上、ステラまでいなくなって…。

それでも…僕は待つ事にしたんだ。

その女の子とステラが帰ってくるのを」

 

「七年間、その男の子の事を一片たりとも忘れた事はありませんでした。

辛い時…苦しい時…彼とステラの思い出が、私を癒してくれた」

 

エリナの目からつぅーと一筋の涙が流れ落ちる。

ジョナサンは、指の腹でそれを拭いてあげると…エリナを優しく抱擁した。

 

「僕は…夢にいるのかな? いいや…夢なんかじゃあない。

ずっと待ち望んでいた時がやってきたんだ。

エリナ…大きくなったね」

 

「大きくなったのは、あなたの方ですわ。

……ジョジョ」

 

「「あいたかった…」」

 

ジョナサンとエリナは同時、素直な気持ちを言葉に出した。

会えなかった空白の月日を埋めるように、二人は抱きしめあった。

 

 

 

【七年の月日を超えて】

 

 

 

「ふぅー」

 

二人の様子を一部始終見ていたソラは思った。

 

 

“ よかった、えりちゃんに笑顔が戻った。

じょーちゃんとえりちゃん、しあわせそーだ。

でも、なんだろう。

さっきから変な感じがする。

 

じょーちゃんの姿は見えているのに、時々うっすらとしている事がある。

それに、此処ではないどこかで…黒いモヤモヤが漂っている。

その黒いモヤモヤは、どんどん大きくなって『こわいもの』になる

…そんな気がする。

 

すごくざわざわして

…いやな感じがする ”

 

 

ソラは、カーテンで閉められている窓を不安そうに見つめる。

 

「ふぅ…」

 

こねこにんが感知したその『黒いモヤモヤ』は、後にこの屋敷へ現れる事になる。

 

 

 

【To Be Continued… ⇒】

  



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石仮面の秘密


主人公(ふーちゃん)sideとディオsideで、交互に話が展開する回。
ダニーのその後も判明します。
  


エリナと一通りの話をした後、ジョナサンは父親がいる書斎へ赴いた。

 

「…ジョジョ。おかえり」

「父さん、ただいま帰りました。それから…」

 

ジョナサンの右肩から、ひょっこり顔を出した小さなこねこにんを目にして、ジョースター卿は

大きく眼を見開いた。

 

「ステラ…!」

「おじたん、たらいま(ただいま)~」

 

七年ぶりに姿を現したソラを目にした、ジョースター卿は目を大きく見開き、おおっ…と

感涙を流す。

 

「ステラ…ステラなのだね」

「うん!」

「ああ、こっちにおいで…」

 

ジョースター卿の呼びかけに、ジョナサンはソラを両手で抱き直すと、ジョースター卿に手渡す。

 

「おおっ…ステラ。神よ、感謝いたします…」

「おじたん、どしたん?」

 

涙を流しながら、神への感謝の言葉を言うジョースター卿を不思議がるソラ。

ジョナサンはその様子を微笑ましそうに見つめていたが、真面目な顔へ切り替えて、

父の元へ歩み寄る。

 

「父さん、僕がいない間…ディオはこちらにきましたか?」

「いいや…用事があって数日ほど外出しているが?」

 

返ってきた言葉に、ジョナサンはホッとした。

あのディオの事だ。

執事長ではなく、他の使用人達に演技をして騙して父に何か仕掛けようとする可能性も

視野に入れていたが、杞憂に終わったようだ。

 

「父さん…お願いがあります」

「なんだい? ジョジョ…」

「僕の話を聞いて下さい」

 

 

 

◇◇◇ ◇◇◇◇◇ ◇◇◇

 

 

 

遡る事、三日前。

ジョナサンが乗ったロンドンへ向かう馬車を、屋敷の窓から眺める一人の男性がいた…ディオだ。

今回の黒幕はにやりと冷笑を浮かべていた。

 

「ジョジョが薬の証拠を掴むのに三日とみた」

 

毒殺の一件がバレても、ディオは計画を止める気はなかった。

むしろ、彼の脳裏にある殺害する人物のリストに、改めてジョナサンを追加したのだ。

 

普通にナイフや銃を使って殺すなんて真似はしない。

そんな事をすれば、疑いの目が自分に即座に降りかかるのは明白だし、何より誰一人として

《殺し》だと疑われない完全犯罪にしなくてはならない。

 

ディオには策があった。

ジョナサンが出かけたのを見計らい、彼はジョナサンの部屋へ侵入した。

 

「さすがに、親父の手紙と東洋人から手に入れた毒薬は持って外出したな」

 

しかし、それは想定内の事。

ディオの本当の探し物は別にあった。

デスクの三番目の鍵のかかった引き出しの隙間に、鋭利なナイフを突きつけてこじ開けた。

 

そこには…ジョナサンが論文のために研究している《石仮面》があった。

さらに、ジョナサンが書いている研究用のノートの数冊を本棚から取り出すと、パラパラと

捲って読んでいく。

 

「ジョジョの奴、こんなところまで仮面を研究をすすめている!

フハハハハハハ!」

 

七年前、ソラとエリナに暴力を働いた事で殴り合いになった時の事だ。

当時、二人の喧嘩していた場所に…石仮面は壁に設置されていた。

ディオは殴られて唇を切ってしまい、そこから血が飛び散った。

その血が石仮面に付着した瞬間、それの形状が変化したのをディオは目撃していた。

ジョナサンもそれを見ていて、彼が石仮面の謎を探求するきっかけにもなったようだが…。

 

「古代人が何のためにこの仕掛けを作ったのか?

そんな事はどーでもいい事…。知った所でコインの一枚の得にもならん事だからな。

だが今…! 俺はこの仕掛けの思わぬ利用法を思いついたのだ!!」

 

ディオは針で指先を傷つけると、そこから流れ出た血が石仮面へと落ちていく。

血に反応した仮面がガシャァアアンと音を立てて動き出し、後ろから何本もの骨組みが

伸びていく。

 

「この骨針が、ジョジョの脳味噌にくいこめば、間違いなく即死ッ!」

 

この石仮面を被り、誰かの血を注げば骨組みが脳味噌を傷つけてしまい、一瞬で死んでしまうだろう。この仕掛けはディオを除くと、ジョナサンだけしか知らないし、研究材料として記録をノートに残している。

 

つまり、これを使ってジョナサンを亡き者にすれば、警察も研究中の「事故死」と判断し、

殺人容疑もディオにかからない…という筋書きだ。

 

「ジョジョ! お前の研究でお前自身が死ぬんだ!」

 

ディオは高笑いしながら、己の勝利を確信した。

 

 

 

 

 

「あれ、スピードワゴン?」

 

父と話を終えて、ソラを肩に乗せたジョナサンが階段を降りていると、暖炉で座る

スピードワゴンを見つけた。さっきまで着ていたスーツからバスローブへ着替えており、

その上から毛布を被っている。

 

「すまねえ、ジョースターさん。

使用人の兄ちゃんがこのままじゃ風邪ひくってんで暫くこの姿だ。

許してくれるか?」

 

「勿論だよ。僕のために協力してくれたんだ

…客人としておもてなしをさせてくれ」

 

ジョナサンが笑ってそう返すと「ジョースターさん、なんて心優しいんだぁ…」と

スピードワゴンはまたしても感動している。

すると、ソラがキョロキョロと屋敷内を見渡している事に気付いた。

 

「ねぇねぇ、じょーちゃん」

「なんだい?」

「だにーは? だにー、どこなん?」

 

七年前に、ジョナサンの一番の相棒であった犬のダニーを彼女は探している。

彼にも「ただいま」の挨拶を言わないと…という気持ちからだろう。

 

「ごめんね、ステラ。ダニーは…もういないんだ」

 

ジョナサンは哀しそうに笑みを浮かべてそう言った。

ダニーは、二年前に天へと召された。

犬にしては長生きしたと、獣医が語っていた…今でも鮮明に覚えている。

辛かったけれども、最後まで傍にいてくれた事を…ジョナサンはよかったと感じている。

 

「だにー…」

 

ソラはしゅん…と寂しそうにダニーの名を呟く。

ダニーはソラにも懐いていたし、ソラもまたダニーの事をジョナサンと同じくらい

大好きな友達だと思っていた。別れの言葉すら言えないのは、とても悲しい事だ。

 

「ステラ…ちょっと待ってて」

 

ジョナサンはそう言うと、戸棚に飾っている小さな人形を手にした。

 

「これはね、ダニーがいなくなった後に父さんが買ってくれたものなんだ。

ステラが帰ってきた時に…ダニーの事で悲しんだらいけないからってね」

 

ダニーとは全く違うが、かわいらしい作りの子犬のぬいぐるみだ。

ソラはそれを受け取ると「だにー」と呼びかけてギュッと抱きしめる。

二人のやり取りを間近で見ていたスピードワゴンは感極まってしまい、持っていた

手拭いで涙をごまかすように顔を拭いた。

 

「ジョジョ」

 

名を呼ばれ、その方へ目を向けると二階にいたエリナが階段を下りてくるのが視界に入った。

 

「エリナ…」

「ジョジョ…お聞きしたい事があるの」

 

エリナは凛とした態度で、ジョナサンに歩み寄るとさらに言葉を紡ぐ。

 

「この家で…何が起きているのですか?」

「それは…」

 

「他人様の家庭事情を詮索するのが失礼なのは分かっています。

でも…何か虫の知らせを感じたのです。

これから、ジョースター家では恐ろしい災いが降りかかるのではないか…と」

 

エリナの言葉に、ジョナサンとスピードワゴンは驚きを露わにする。

 

 

「貴方のお父様から言われました。

『ジョジョの心の支えになってほしい』と。

私自身も貴方と再会した時に強く感じました。

ジョジョ、『貴方の力になりたい』と!

だからお願いします…説明してください」

 

 

エリナの強い懇願を聞き、ジョナサンの心は揺らぐ。

 

(エリナを…僕とディオとのいざこざに巻き込みたくない。

でも、彼女の譲らない眼差し…拒否するなんて…ああっ、どうしたらいいんだ!)

 

「じょーちゃん」

 

心が葛藤していたジョナサンを、ソラが呼びかけた。

ハッと小さなこねこにんを見ると、む~と頬を膨らませて怒っているようだ。

 

 

「けんか、らめ(ダメ)!」

 

――――‟喧嘩しちゃダメだよ、素直に理由を教えてあげて”

 

 

舌足らずな口調で、ソラはジョナサンに叱咤し、そして助言したのだ。

このまま理由を教えなくても、エリナはもう巻き込まれているのだ。

それなら、事情を説明してあげた方がいい。

 

(ああ、こんなに小さいステラにまで注意されるなんて

…僕はなんて未熟者なんだ)

 

ジョナサンはそれに感銘を受け、己を恥じた。

ソラに言われるまで、そういった心配りができないなんて、まだまだ紳士になるには

修業が必要だと痛感した。

 

「…分かった」

「ジョースターさん! いいんですかぃ!?」

 

「今夜辺りに、ディオは帰宅するんだ。

事情を知らないまま、エリナを危険な目にあわせたくない」

 

戸惑うスピードワゴンをそう説き伏せると、エリナと向き合う。

 

「僕の話を聞いてほしい。エリナ…」

「…はい!」

 

 

 

 

 

一方、同時刻…ディオはジョースター邸近郊の港町をふらりと歩いていた。

店で購入した酒の瓶を片手に、ディオは落ち着かない様子だ。

 

「最近! 俺はどうもおかしい! 気持ちが荒れている!

なぜか?――――ジョジョの所為だッ!」

 

オウガストリート(食屍鬼街)にジョナサンが入ったという知らせを受けた時、

ディオは嘲笑った。

 

あの場所に入った人間は、生きて帰れる保証がない。

住民に身包み剥がされて殺されるか、のたれ死んでしまうからだ

わざわざ、石仮面を使う手間が省けたと思っていた。

 

しかし、その余裕も徐々に焦りに変わってきた。

圧倒的に有利な立場のはずなのに、何故か追い込まれるような逼迫感に苛まれていく。

 

確証はない…けれども、七年前にジョジョが見せつけた、あの常人には考えられないほどの

爆発力が彼を奇跡へ導くのではないか…。そんな恐怖感が纏わりついているのだ。

 

「酒っ、飲まずにはいられない…!」

 

大量のアルコールを摂取しながら、ディオは自己嫌悪に陥っていた。

酒にはいい思い出がない。

働かず酒ばかり煽り、暴力で自分と母を支配していた父親…ダリオを彷彿とさせるからだ。

 

(くそっ…!)

 

時々だが、貧しかった頃の夢を見る。

まだ、母親が生きていた頃の事だ。

母親は優しかった、家族だけでなくあの貧困街に住んでいた人々に対しても。

例え、他人から嘲られても父から暴力を振るわれても、あの人は誇りを捨てなかった。

 

当時のディオにとったら、あまり良い母親とは思わなかった。

…貧困街では一般の常識は通用しないのだ。

言っても聞かない父に意見するから、格好の憂さ晴らしの相手にされたのだ。

度重なる暴力で、本来生まれるはずだった弟か妹の命も奪われたのだから。

 

 

ふと、脳裏にあの子どもが浮かび上がった。

 

―――――『ステラ』

 

七年前に突如行方をくらますまで、ジョナサンの親友であり、よき理解者であった幼女。

ディオに暴力を振るわれそうになっても、最後まで屈しなかった数少ない存在。

いい印象を持つはずがないのに、彼女は仲直りの印に、メイドからもらったクッキーを

ディオに分けたのだ。

 

あのあどけない笑顔を見て、心に温もりを覚えた事は…今でも忘れられない。

 

(もしも…奇跡的に母が妹を生んでいたなら、俺は違った生き方をしてただろうか…)

 

いつもの自分なら「くだらない」と一蹴するはずなのに、今はこの仮説を想定したくなった。

その時、ドンッと擦れ違いざまに誰かとぶつかった。

 

「気をつけろィ! どこ見て歩いてんだ、このトンチキがァ~!」

 

ガラの悪い中年二人組の酔っ払いだ。

そのまま相手にせずに去ろうとするが、やたらと因縁を吹っかけてくる。

 

「ケェッ! ヨタヨタしやがってママに付き添ってもらいな!」

 

その酔っ払いが、下品に笑いながら侮辱の言葉を投げたその瞬間、ディオは持っていた酒瓶で

その男の顔面を殴りつけた。

 

「こ、この野郎ッ! よくもおれっちの親友を! ぶっ殺してやる!」

 

「ほおぉー、衛生観念のない虫けら同然のたかがじじいの浮浪者が、よくもこのディオにそんな無礼な口をきけたものだ…。今、『ぶっ殺す』と言ったな。おもしろいッ」

 

「何をごちゃごちゃ言ってるんでぇ――!」

 

ナイフをもった酔っ払いが切りかかろうとするが、それを器用に回避すると、ディオは懐から

石仮面を取り出して、その男に被せた。

 

 

「人体実験だ!」

 

 

さらに、顔を傷つけられて膝をついていたもう一人の男の首をナイフで刺した。

頸動脈から飛び出た血が、仮面まで飛び散ってしまい、起動した仮面が被せられた男の

脳味噌を貫いた。

 

…もしも、これでこの男が絶命すれば、予定通り、ジョナサンを殺すいい材料となる。

ディオはニヤリとそう考えながら、様子を見ていた。

 

しかし、その時…予想だにしない事が起こった。

仮面の目から眩い光が飛び出し、辺りを覆い尽くした。

 

「こ、この光はいったい!?」

 

しかし、光はすぐに収束して仮面を被った酔っ払いは糸が切れたマリオネットのように

背中から倒れた。腕で視界を覆っていたディオはそれに気づき、倒れた男を注視しつつ、

ゲシッと強く顔に蹴りを入れてみた。

 

何の反応もない…死んでしまったようだ。

 

「幻覚か…今の仮面からの光は…」

 

ジョナサンが大層な研究をしているので、仮面に奇妙な期待感をもっていたが、予想通りの

ただの拷問器具にすぎなかった。

 

「…まあいい。これが凶器に使える実証になったんだ」

 

ディオはそう開き直ると、落ちていた帽子を拾い、汚れを手でポンポンッと落として

被りなおした。

 

…その時だった。

背後から奇妙な気配を感じたのは…。

咄嗟に振り替えると、死んだはずの男が起きていたのだ!

 

「そんな…馬鹿な!」

 

仮面がからりと地面へ落ちた。

被っていた男性の様子がおかしい、何かへ変貌する前兆か、皺が深く刻まれた皮膚が

生きているかのように動いていく。

 

さらに、口に生えていた歯が牙へ変化した。

ディオは咄嗟に先程もう一人の男性に刺したナイフを手に掴むと身構える。

 

(そういえば…ジョジョの仮面の研究ノートに書かれてあった。

人間の脳は未知の器官! 我々の知らない能力が十分ありうる…と!)

 

ディオはすぐに察した。

石仮面は単なる拷問器具ではなかった。

古代人が制作した人間の眠った能力を開花させる道具だったのだ…と!

 

襲い掛かってくる男の手をナイフで切りつけた。

それでも、男は痛がる様子を見せるどころか、そのまま拳を後ろの建物の壁に打ち付けた。

 

 

   ドンッ グボン!

 

 

打ち付けた拳を中心にメリメリとレンガが粉砕されていき、数秒たたないうちに大きなクレーターができた。その衝撃で、ディオは吹き飛ばされてしまう。

 

「な、なんだ…あのパワーは!」

 

橋付近の装飾物に激突したディオは、あまりにも信じがたい現象に優秀な頭脳をフル活用しても、整理が追いつかない。

 

あの男は、手を負傷したにも関わらず、強烈な破壊力のある攻撃をした。

石仮面に秘められたとんでもない作用に、ディオは自らが窮地に陥っている事を実感した。

 

「く、来る…!」

 

ザッザッと音を立てて、変貌した男が近づいてくる。

さっきの衝撃で鎖骨を砕かれてしまい、身体が思うように動かないものの、なんとか逃げようと川へ飛び込もうと、身体を叱咤して這いつくばる。

しかし、顔を掴まれてしまい、男の指先がディオの首筋へ注射の針を刺すように、埋め込まれた。

 

「うっ…うああああ!」

 

痛みで苦悶の叫び声をあげるディオ。

同時に、彼の顔のところどころから血管が浮き出て、何かが外へと出ていく感覚を覚えた。

 

「!? ち…血が…吸い取られる!」

 

血液が逆流するように、男のもとへ送られていく。

この時、男の表情を目にしたディオはさらに驚愕した。

 

「か…乾く……何か知らねえがよォ……乾いて乾いてしょうがねえんだ」

 

先程まで、皺が刻まれていた男の顔が20代の若者となっていたのだ。

そして、ディオは理解した。

…石仮面に隠された最大の秘密を。

 

濃い闇が支配していた空から、朝陽が昇り始めていた。

だが、ディオは人生最大のピンチで景色を見る余裕すらなかった。

 

「ちぐしょう―――ッ、あの太陽が最後に見るものだなんていやだッ―――――!」

 

目を瞑り、絶叫するディオ。

しかし…彼の魂を死神が狩る事はなかった。

何故なら――――

 

「ぎゃあああああ!」

 

太陽の光を帯びた男の顔からじゅーと湯気が立ちだした。

まるで、子どもがつくった砂のお城が瞬時に崩れ落ちるかの如く、怪物と化した男の肉体は

分解されていく。肉体はあっという間に砂塵となり、服だけを残して、男は消滅してしまった。

 

「太陽の光……ハァハァ……た…助かった…」

 

ディオは、息切れをしながらその言葉を紡ぐのに時間がかかった。

呼吸を安定させる彼の視線の先には…地面に落ちたあの石仮面があった。

 

 

 

【石仮面の秘密】

 

 

 

「エリナ、安全が確認されるまでこの部屋から出ちゃあダメだ。

……全てが終わったら合図するよ」

 

「分かったわ、ジョジョ」

 

事情を聴いたエリナは、ジョナサンの指示にコクリと頷く。

 

「じょーちゃん…」

 

「ステラ、僕が『いい』というまでエリナと一緒にいるんだよ。

―――そう、彼との決着がつくまでは」

 

ジョナサンが優しくそう語った後、覚悟を決めた表情となり、部屋から退室した。

 

「ステラ…信じましょう。きっと、ジョジョは必ず此処に戻って来るわ」

「ふぅ…」

 

エリナの言葉を聞いても、ソラは落ち着かなかった。

 

 

――――ピカッ! ゴロゴロ…!

 

「ふぅっ!」「きゃあっ!」

 

 

屋敷の近くで雷が落ちた。

ソラは驚いてエリナの足元に抱きつく。

 

「だ、大丈夫…雷が落ちただけよ」

「こあい…」

 

エリナがあやしても、ソラの不安は消えない。

 

 

〝 怖い…雷もそうだけど、どんどん近づいてくる黒いモヤモヤが一番怖い。

 じょーちゃんはだいじょうぶかな?

 黒いモヤモヤに変なことされないかな?

 はやく、はやくモヤモヤがどっかにいってほしい…”

 

 

言葉にしたくても、まだうまく表現できない。

そんな恐怖と、ソラはこの後向き合う事になる。

 

 

 

【To Be Continued… ⇒】

  



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『もやもや』の正体

とうとうあの事件へ突入する回。
残酷表現、死ネタ、グロ表現があるので閲覧にご注意ください。

  


朝はサンサンと日差しが照り付けるほどに快晴だったが、今は雨が降り始めるのを待ち構えるように暗雲が漂っている。

降り注ぐ強風を身に受けながら、ディオはジョースター邸に戻ってきた。

 

(俺は、ジョジョに追いつめられている…

だが、逃げはしない! あんな奴のために逃げ出してたまるか!)

 

今朝方、石仮面をかぶって豹変した男から受けた傷に痛みを覚えつつも、ディオは屋敷の玄関口のノブを握り、

扉を開いて入った。

 

「(……! なんだ…?)」

 

いつもなら、とっくにシャンデリアが明るく照らされているはずなのに、明りは消されて屋敷全体を闇で包み込んでいる。

迎えの使用人達もおらず、シィー…ンとした不気味な静かさが漂っている。

ゴロゴロ…と雷が鳴る音が響き、ディオの心に形容しがたい不安を与えていく。

 

「どうした 執事!? 何故、邸内の明りを消しているッ!」

 

怒鳴り声で、誰かいないのかと叫んだその時…シボ! とマッチのする音が微かに聞こえた。

暗い空間に灯るマッチの火が、ある人物の顔を映し出した。

 

「ジョジョ!」

 

オウガストリートにいるはずのジョナサンが、目の前にいる。

ディオが危惧していた事が現実となったのだ。

 

「帰ってたのか……ロンドンから」

「解毒剤は手に入れたよ…さっき父さんに飲ませたばかりだ」

 

その言葉を聞くや、ディオの心臓の鳴る回数が増えていく。

 

「つまり証拠をつかんだという事だよ。ディオ…僕は気が重い。

仲は良かったとは言えないが、兄弟同然に育った君を警察に突き出さなくてはいけないなんて…」

 

残念だよ…と悲しそうに呟くジョナサン。

ディオは、近くにあった椅子に腰かけるとフー…と溜息を漏らした。

 

「ジョジョ…君はそう言う奴さ。…その気持ち、君らしい優しさだ。理解するよ」

 

ディオのしおらしい態度に、ジョナサンは意外そうに目を見張る。

 

「ジョジョ…勝手だけど頼むがある。

……最後の頼みなんだ。僕に時間をくれないか? 警察に自首する時間を!」

 

「えっ」

 

ジョナサンは困惑した。

ディオの性格上、てっきり追い詰められた野獣のように反撃に出ると思っていたからだ。

 

「ジョジョ! 僕は悔いているんだ、今までの人生を!

貧しい環境に育ってくだらん野心を持ってしまったんだ!

バカな事をしでかしたよ…育ててもらった恩人に毒を盛って財産を奪おうとするなんて!」

 

ディオはつぅーと涙を流しながら懺悔する。

 

「その証に自首するために、ジョースター邸に戻ってきたんだよ。

逃亡しようと思えば、外国でもどこでも行けたはずなのに!

罪のつぐないをしたいんだ!」

 

一生懸命に自分の願いを訴えるディオに、ジョナサンの心は揺らぐ。

 

(た、確かに…彼の言う通りだ。ディオは…自らの罪を悔いているのかもしれない…)

 

もしも、ディオの言う事が本当ならば…

 

彼の意思を尊重させ、父親に謝罪をさせた上で、警察へ連れて行っても遅くない。

 

「ディオ…」

 

 

 

◇◇◇ ◇◇◇◇◇ ◇◇◇

 

 

 

「じょーちゃん、じょーちゃん」

「ダメよ、ステラ…今は外に出てはいけないの」

 

さっきまでずっとエリナから離れなかったソラが、急に閉じている扉をトントンと両手で叩きだした。

エリナは今は出てはいけないと宥めるが、ソラは首をぶんぶんと横に振る。

 

「やッ! じょーちゃんとこ、いきゅ(行く)!」

「ジョジョは今、危険な人と話し合いをしているの…ステラ、貴女が行ったら巻き込まれてしまうわ」

 

「じょーちゃん、らめ(ダメ)! もやもやおる!」

「もやもや…?」

 

《もやもや》―――エリナは、その抽象的な言葉に聞き覚えがあった。

そう、あれは7年前に…ディオと遭遇する前にも、ソラが発していた単語だ。

 

「もやもや、らめ(ダメ)! じょーちゃん、ぴんち!」

 

ソラは、必死に扉の外へ行きたがる。

エリナはまさか…と背筋に悪寒が走る。

 

(……ジョジョの身に何かが起きるの…!?)

 

だから、ソラはジョナサンのもとへ行きたがっているのか、とエリナの胸に不安が宿る。

その時…部屋の窓から、ドンドンッと強く叩くような音が聞こえた。

 

エリナの心臓がドキッと高鳴る。

外へ出たがるソラを抱きかかえ、ゆっくりと窓の方へ視線を向けると……

 

「…! アクセルさん…」

「あくたん!」

「すまねえ、開けてくれないか?」

 

硝子戸を隔てて、逆立った赤毛の青年…アクセルがそこにいた。

 

「フー、戻ってたのか…なら丁度よかった」

「あの…アクセルさん、どうしてこちらから?」

 

わざわざ、玄関口を使わずに窓から入ってくるなんて…一歩間違えれば泥棒に間違われてしまう。

エリナの言いたい事を察したのか、アクセルは複雑な顔で口を開いた。

 

「ああ、なんつーか…癖というか習慣と言うか…まあそれはさておいてだな。

フー、一旦此処から離れるぞ」

 

「ふぅっ!」

 

「コゼットとくー坊のところに帰るんだよ。『早く帰って来い』って二人も言ってたぞ」

 

ほら、こっちにこいとアクセルが手招きするが、ソラは首をぶんぶんと左右に振って「NO!」という意思表示をする。

いつもと違うソラの態度に、アクセルは「んん?」と眉を潜める。

 

「ほら~…帰ろーぜ」

「やっ! ふーたん、いかん!」

 

アクセルが差し出した手を、ソラはぺちっとはねのけた。

 

「どーしたんだ…フー。てか、これって反抗期ってやつ?」

「あの…アクセルさん。違うんです」

 

目を丸くして驚くアクセルに、エリナがこれまでの経緯を語った。

 

「…そうだったのか」

「ジョジョは、今…スピードワゴンさんという方と一緒に、一階でディオと話をつけているはずです」

 

エリナもまた、ちらちらと扉に目を向けて、気が気でないようだ。

 

「…あの野郎、ぜんっぜん成長してねえじゃねえか」

 

アクセルは七年前に、ディオに「半人前未満」と厳しい評価を突き付けた。

それで、あの少年が更生するとは思っていなかったが、少しはまともになっていればな…という淡い期待はあった。

 

だが、ディオは変わらなかった。

半人前未満どころか、外見以外はさらに人として最低に陥っている。

 

「…やべぇな」

 

話を聞く限り、ディオは相当狡猾なタイプだ。

単なる話し合いでケリがつくとは思えない。

嫌な予感がしたその時…

 

 

ドガガガガガッ!

 

パリーンッ!

 

 

盛大な拳銃と窓が割れる音が鳴り響いた。

 

 

 

◇◇◇ ◇◇◇◇◇ ◇◇◇

 

 

 

「ジョースターさん…気を付けろ! 信じるなよ、そいつの言葉を!」

 

ディオの言葉を信じかけていたジョナサンにストップをかけたのは

…後方の暗闇に隠れ潜んでいたスピードワゴンだった。

シボッとマッチの灯りをつけて、顔を見せた見覚えのない第三者を、ディオはキッと睨みつける。

 

 

「『誰だ?』って聞きたそうな表情してんで自己紹介させてもらうがよ、

おれぁ、おせっかい焼きのスピードワゴン!

ロンドンの貧民街からジョースターさんが心配でくっついて来た!」

 

 

ロンドンの貧民街…という単語に、ディオは顔を引きつらせる。

あのオウガストリートに住む住民が、よりにもよってジョナサンの味方に付くなんて、予想外だったからだ。

 

 

「ジョースターさん、甘ちゃんのあんたが好きだからひとつ教えてやるぜ!

おれぁ、生まれた時から暗黒街で生き、色んな悪党を見てきた。

だから、悪い人間といい人間の区別は『におい』で分かる!」

 

 

自信満々気に語るスピードワゴン。

そして、睨んでくるディオに対し、彼は真剣な顔で見据える。

 

 

「こいつはくせえッ――!

ゲロ以下の匂いがプンプンするぜッ―――!

こんな悪に出会った事がねえほどなァ―――!」

 

 

スピードワゴンはそばのテーブルに置いてあった蝋燭台を蹴り、椅子に座るディオへ当てようとした。

ディオは首をわずかにずらして、顔への直撃を防いだが…次の瞬間、精神的な意味での衝撃が彼を襲った。

 

「こいつの顔に見覚えがあるだろッ!!」

「…ッ!」

 

閉められたカーテンからスピードワゴンによって引きずり出されたのは、毒薬を売った東洋人の商人…ワンチェンだ。

 

「ディオ、この東洋人が毒薬を君に売った証言はとってある」

 

さらに別のカーテンが開けられた。

そこには、解毒剤で身体が癒えたジョースター卿を中心に、多数の警察官が並んでいた。

 

「ディオ、話は全て聞いたよ。残念で……ならない…。

君のお父さんは命の恩人。……そして君には、息子と同じくらいの愛情と期待をこめたつもりだったが」

 

ジョースター卿は悲しげに顔を俯ける。

息子と同様に育ててきたディオが、自らを殺そうとした事が辛く、残念でならない。

警察にもう一人の息子が捕まる瞬間を見たくない…そう思い、寝室へ戻ろうとした。

 

 

「あの男……捕まりやせんよ」

 

 

しかし、ワンチェンの一言が階段を上がろうとしたジョースター卿の歩を止めた。

 

「占いでそう出てるんじゃ……耳の3つのホクロだけじゃあなく、あいつの顔の相もそうなっているんじゃ。

奴は強運のもとに生まれついとる!」

 

「…強運…」

 

この人は何が言いたいんだ、とジョースター卿が戸惑った顔になる。

すると、ディオがジョナサンに両手を差し出したところに目が向いてしまい、聞き返す気が薄れた。

 

 

「ジョジョ、逮捕されるよ。

だが、せめて君の手で手錠をかけてほしい……七年の付き合いで…わがままを言わせてもらえれば、

肩を怪我しているんだ。きつくしめないでくれ」

 

 

どうやら今度は本気で観念したようだ。

ジョナサンは、「分かった」とそれを了承して手錠を持ち、彼の元へ歩みよる。

 

「ジョジョ…人間ってのは能力に限界があるな」

「…?」

 

「俺が短い人生で学んだ事は、人間は策を弄すれば弄するほど予期せぬ事態で策が崩れさるって事だ!

……人間を超える超えるものにならねばな…」

 

「何のことだ? 何を言っているッ!」

 

やけに神妙な面持ちのディオが喋りだした独り言…その内容が尋常でない事にジョナサンは気付いた。

ジョナサンに隙が生まれた瞬間、ディオは待っていたといわんばかりに懐から石仮面を取り出し、同時に肩を固定していた包帯を破いた。

包帯の上から隠していたのは、手で握りしめていたナイフ。

 

「俺は人間をやめるぞッ! ジョジョ―――ッ! 俺は人間を超越するッ!」

「い…石仮面、なぜ君が持っている?」

「危ないッ―――! ジョースターさんッ!」

 

武器を隠し持って襲い掛かってくるディオに、ジョナサンは硬直して動けない。

ドスッと肉を突きさす音がした。

 

「あああ」「こ、これはッ…」

「と、父さん…」

 

しかし、ジョナサンは刺されていなかった。

息子を守ろうとしたジョースター卿が咄嗟に割り込んで身代わりになったのだ。

 

「奴を射殺しろ―――ッ!」

 

警官達が銃を発砲しようと構える寸前、ジョースター卿の血を帯びた石仮面をディオは被った。

高笑いをするディオの全身に、多数の弾丸が撃ち込まれていく。

ディオは、重力に従うように背中から倒れていき、結果窓をぶち破る形で外へ投げ出された。

刺された父親を抱きかかえるジョナサンは動揺していた。

 

「と…とうさん。なんて事だ…ディオが僕の研究してきた石仮面を持っている事に気を取られて、その所為で…」

 

絶望と罪悪感に包まれていると、ジョースター卿は痛みを堪える様に、手を上げてジョナサンの頬を優しく撫でた。

 

「じょーちゃん!」

「「ジョジョ!」」

 

ふと、聞こえてきた三人の声に顔だけ後ろを振り向けば、ソラとエリナ、それと…ソラを抱きかかえているアクセルが

駆け足でこちらへやってきた。

 

「ステラ、エリナ…アクセルさん…」

「…ッ!! ジョースター卿!」

「フー、見るな!」

 

重傷を負い、まさに命の灯が消えかかっているジョースター卿を目にしたエリナは口元を両手で覆い、絶句した。

アクセルは、咄嗟にソラの目を手で覆った…凄惨な光景は、まだ幼い子どもにはショックが大きすぎると判断したからだ。

 

「……エリナさん。すまない…ね。

淑女に…こんなところを見せてしまうなんて…紳士として失格…だな」

 

「喋らないでください! 今、応急処置をします!

誰か包帯を!…医師を呼んでください!」

 

エリナが周りの人達に呼びかける。

すると…ジョースター卿はエリナの手に触れて、優しく微笑みかける。

 

「…嬉しかったよ…ジョジョが…こんなに素敵な女性を妻に選ぶなんて…

もう一人…娘ができる事が…幸せだった」

 

「父さん、その通りです。しっかり! 医師を呼んで来れば、助かりますッ」

「ステラ…ステラ…」

 

ジョースター卿は、目を覆われているソラへ呼びかけた。

アクセルに視線で訴えかけると、彼はジョースター卿の意思を察したのか、ゆっくりと手を離した。

ソラはいきなり視界を解放されて、目をぱちくりさせている。

 

「おいで…ステラ」

 

穏やかな声で呼びかけるジョースター卿に、ソラはとぽとぽと近づいていく。

 

「おじたん、どしたん?」

「ああ…ステラ。君と再会できた事も…嬉しかった…」

「おじたん、まっきゃ(まっか)、いたいん?」

 

ジョースター卿の衣服から滲みでていた血液が、ソラの白いこねこにんの服にべっとりとつき、赤く濡れていく。

彼が怪我をして痛いのだと思ったのか、ソラは両手から癒しの術をかけようとしたが…

 

「ステラ…いいよ」

 

ジョースター卿がそれを止めた。

なんで?とソラはこてんと首を傾げる。

 

「私のこの怪我は…かなり深い。

それを治す為に…小さな君が癒しの魔法をかけたら…君にすぐに…負担がかかってしまう。

そんなこと…ダメだ…君は…例え、血のつながりがなくったって…私の娘なんだから…」

 

「ジョースター卿…(フーのために…自ら治療を拒むのか…ッ)」

「父さん…ッ」

 

「エリナさん…これを貴女に…」

「これは…」

「径が小さいので…小指にしていたが…なくなったジョジョの母…私の妻の指輪…だ…どうか受け取ってくれ…」

 

ジョースター卿はジョナサンの手を借りて小指から指輪を外し、エリナへ渡した。

ごほごほっと咳をするジョースター卿に、ジョナサンは手を握る力を強める。

 

「くそっ、俺がついていながらナイフを防げないなんて!」

 

スピードワゴンは何もできなかった己自身に悔しさを滲ませている。

 

「わ、わしの責任だ!…わしが奴の父親を流島の刑にしてれば…こんな事にはならなかったんだ!」

「ディオ・ブランドーの父親?」

 

中年男性の警部が震えながら言った事に、スピードワゴンが反応する。

 

「あんた…あの男の父親と面識があるのか?」

「ああ…とんでもない悪党だった」

 

アクセルがさりげなく尋ねると、警部は20年前のある出来事を語りだした。

 

ディオ・ブランドーの父親、ダリオはこすずるい悪党だった。

馬車の事故に乗じて、金品を強奪していた時に、ジョースター卿が命を助けてくれた恩人だと勘違いしたようだ。

その際に、ダリオはジョースター卿の妻のペアの婚約指輪を盗んでいて、質屋に売り払おうとしたのを警察に見つかり、ご用となった。

当時、まだ若かった警部は、ジョースター卿にその盗難品を戻したうえで、犯人のダリオと引き合わせた。

 

 

「だが、ジョースター卿はあの男を許した。

それどころか、『この指輪は私が与えたものだ』と慈悲を与えてしまったッ!

あの方はブランドーがおかした罪もすべて受け入れた上で、見逃したんだ…。

そして…その息子さえも養子にしてしまった…。

あの時、わしが奴を流島の刑にしていれば…こんな悲劇は起きずに済んだのに…ッ」

 

 

怒りと悲しみを交えた顔で涙を流しながら、警部は当時の事を強く後悔していた。

警部の話を聴いたアクセルは、やりきれない思いに駆られる。

同時に、ジョースター卿の優しさがこんな形で踏みにじられた事に憤りを感じた。

 

「ジョジョ…ディオを恨まないでやってくれ……私が悪かったのだ…

実の息子ゆえにお前を厳しく教育したけれど…

ディオの気持ちからすると…返って不平等に感じたのかもしれない。

それが彼をこのような事にしむけたのだろう」

 

雨に濡れて倒れているディオに視線を向け、ジョースター卿はさらに続ける。

 

 

「ディオはブランドー氏の傍に葬ってくれ…。

ジョジョ…息子の腕の中で死んでいくというのは…悪くないものだ…」

 

「ダメだ! 父さん、弱気になってはダメだ!」

 

「エリナさん……どうか…ジョジョを…支えてあげてください…」

 

「ジョースター卿…ああ…お義理父様…ッ」

 

 

必死に叫ぶジョナサンと、真珠大の涙を零すエリナ。

そして、ジョースター卿はソラに穏やかに微笑みかける

 

 

「ステラ……もし生まれ変わる事ができたら…今度は…私の…家族になってくれる…かい?」

「うん」

「……ありがと…う……」

 

 

ソラの頭をそっ…となでた直後、ジョースター卿の腕がゆっくりと下がっていった。

ジョナサンは眼をきつく瞑り、エリナもまた両手で顔を覆い、号泣する。

 

「おじたん…」

 

周囲が悲しみに包まれる中、ソラもまた寂しそうにジョースター卿の冷たくなっていく手の甲に

自らの手を重ねた。

 

 

 

【『もやもや』の正体】

 

 

 

雷がピカッと光ったその刹那、アクセルは嫌な気配を感じた。

 

(…なんだ……このじんわり浸食するような…魔の気配は…)

 

 

「死体が…死体が…ディオ・ブランドーの死体がない!」

 

スピードワゴンが、倒れていたはずのディオの死体がない事を発見した。

アクセルもすぐに視線をそちらへ移す。

彼の言う通り、犯人のあの男の死体はなく、石仮面だけが落ちている。

 

「…ふぅ…! もやもや…おる!」

 

急にソラが怯えだした。

彼女が発した「もやもや」という単語に、アクセルの嫌な予感は的中する。

 

「ディオが…生きている…!?」

 

その時だった、割られた窓付近から気配を感じ取ったのは…。

 

「警察の旦那、窓から離れろ―――!」

 

スピードワゴンも同じく危険を察知したのか、近くに立っていた警部に警告した。

その直後、警部の顔がドンッと粘土細工がねじりきられたのように、ぐちゃぐちゃになった。

 

「ワァアアアアッ!!」

「け…警部ぅうウウ!!?」

 

いきなり、惨殺された上司を目にした警察官達の悲鳴が飛び交う。

ジョナサンもその異変に気付き、そちらへ目がいきそうになったエリナを抱き寄せて、

ショッキングな光景を見せない様にした。

 

 

  「UREYYY―――!」

 

 

奇声をだして、窓から一人の男が侵入してきた…殺されたはずのディオだった。

だが、さっきと雰囲気ががらりと変化していた。

 

「まさか…あいつ、本当に人間を捨てちまったのか…!」

「!……おいたのにーたん…!?」

 

アクセルが眉を顰めて苦々しく言い、身構える。

現れた『もやもや』の正体に、ソラは目を大きくさせた。

 

 

 

【To Be Continued… ⇒】

  



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人間を捨てた男

吸血鬼ディオの登場の回。
残酷描写、死ネタ、グロ表現があるので閲覧にご注意ください。

  



銃殺されたはずのディオが生き返った。

あれほどの弾丸をくらったにも関わらず、窓から屋敷内へ侵入した。

 

「な……なんだ、あいつは!?」

「あ、あんなに弾丸をくらったのに生きているッ!」

 

警官達は、蘇ったディオに動揺を隠せない。

その彼は不敵な笑みを浮かべ、警部の遺体に目を向ける事無く、ジョナサン達の方へ

一歩ずつ近づいていく。

 

「ディオ…まさかッ…」

 

ジョナサンの脳裏に石仮面が浮かび上がる。

父親を刺した直後に、血が飛び散った石仮面を被った…あの瞬間、仮面が光を発していた。

頭が混乱する中、彼はある一つの仮説にいきついた。

石仮面が…ディオに何か大きな変化をもたらしたのではないか?

 

「ジョジョ…あ、あの人は…ディオなの…?」

 

ジョナサンに守られるように抱きしめられたエリナもまた、近づいてくるディオの異変を

感じ取っていた。

 

青年となったディオを見るのは、エリナも初めてだが…今の彼は同じ人間に見えなかった。

まるで、人間に成りすました異質な…魔物みたいだ。

カタカタと震えるエリナに、ジョナサンが「大丈夫」と優しく囁いて不安を取り除こうとする。

 

 

(あの男が変貌した原因…やっぱ、あの仮面が原因だな)

 

 

彼等の近くにいたアクセルは近づいてくるディオを注意深く観察しながら推理を立てていた。

ディオが銃で撃たれる寸前に、ジョースター卿の血を纏った石仮面を被った。

 

詳しい原理はさっぱりだが、あの石仮面は人を超人…もしくは別の生物へ変えてしまう呪いが

かけられているようだ。

何故、そんないわくつきがジョースター家にあるのか経緯は不明だが、今はそんな細かい事は

言ってられない。

 

 

(…殺気と闘気がビシビシ伝わってくる…やばい)

 

 

ディオは人間だった時も、攻撃的な性格だったのに、石仮面の影響でさらに性質が悪くなった

気がする。例えるなら、性格の悪い苛めキャラがラスボス級の力を手にして、さらに最悪さが

増した感じだ。この世界では、目立った戦闘はないだろうと思っていたが…アクセルの思惑は

外れてしまった。

 

 

その時、ディオは早歩きで、ジョナサンへ接近してきた。

 

「アクセルさん、エリナを!」

 

ジョナサンは身の危険を感じ取り、エリナをアクセルに預けた。

ジョジョ!と名を呼ぶエリナに背を向け、銃を構えて声をあげた。

 

「ディオ、止まれ!」

 

しかし、ディオはそんな警告など無視してどんどん近づいてくる。

引き金を引かなければ…そう思えど、指先が固まって思うように動かせない。

銃口スレスレにディオが歩を止めると、ギパッと身の毛もよだつ恐ろしい顔つきになる。

 

 

 ドオーン!

 

 

銃声が響き、ディオの額に銃弾が貫通し、後方の花瓶まで割れた。

銃を撃ったのは、スピードワゴンだ。

 

「ジョースターさん、しっかり!」

「あ…ああ、すまない」

 

これで終わっただろう…と思いきや、ディオは倒れるどころかボタボタと額から血を流しながら、立っていた。

しかも、流れ落ちる血液を指先で掬い取り、ペロッと味見している…!

その異様な光景に、ジョナサンとスピードワゴン、この場にいる人々は恐怖で支配される。

 

「し、死なねえ! 頭を撃たれたのに…俺には分からねえ……

今、何が起きてるのか…さっぱり分からねえ」

 

スピードワゴンが混乱して本音を零す。

当然だ、何度も頭部を撃たれて死なない人間なんてありえない。

 

 

「ジョ…ジョジョ」

 

 

すると、今まで無言だったディオが初めてジョナサンの名を呼んだ。

 

「ジョジョ! 俺はこんなにッ、素晴らしい力を手に入れたぞ! 石仮面からッ!」

 

ディオは高笑いをしながら舞うように天井へと飛び上がる際に、下にいた警官の頭を

指で差し込んだ。

 

「ぎゃああああ!」

 

脳内に指を差し込んだまま、警官を天井からぶら下げるディオ。

 

 

「UUURRRYYY!!」

 

 

指先から生気が吸われていき、警官の身体の肉が一気に萎んでいき、数分も経たない内に頭部の

骨がむきだしになったミイラとなった。

 

「見るな!」

「あっ…あああああ…」

 

あまりにも凄惨な殺し方だ。

アクセルは、咄嗟にエリナの視界を遮るが、既に見てしまった彼女は目から涙を流し出していた。

 

「うぉおおおお!」

「うあああああッ」

 

恐怖のあまり、スピードワゴンと警官達は叫びながら銃を撃とうとした。

攻撃を予測したディオは、屍となった警官をブオンッと投げ捨てた。

物凄いスピードで飛んできた遺体が先頭にいた警官の顔や体にあたった。

 

 

 グチャッ、メキョ…ッ!

 

 

あたってしまった警官は、あまりにも強い力がかかってしまった事で首や左手が引きちぎれた。

さらに、その後方にいた警官達も首や胴体から上などが切断され、血飛沫をあげながら絶命して

しまう。

 

「ゲッ…」

 

警官のバラバラになった足の一部が、スピードワゴンの腕に直撃した。

その所為で腕が折れてしまい、スピードワゴンは痛みのあまり倒れてしまう。

 

「KUAAA…」

 

ディオの視線が再びジョナサンへ向けられた。

 

 

(なんて…なんて恐ろしいんだッ、僕は…僕は…)

 

「じょーちゃん」

 

 

全身を震わせて硬直していたジョナサンを我に返らせたのは…ソラの声だった。

その方向へ目を移すと、ソラが安らかな眠りについた父の傍でこっちを見ていた。

 

「じょーちゃん、ぴんち?」

 

白い犬のぬいぐるみをギュッと握りしめて、不安そうに訊いてくる。

 

(父さん…ステラ…)

 

ピタッと震えが止まった。

ジョナサンは近くに設置されている甲冑の槍を手に取った。

ギシッと重みが伝わるそれを両手で構え、ジョナサンは天井に張り付いているディオを見据える。

 

(……正直、僕は怖い。だが、ディオ…君をこの世にいさせちゃあいけない!

かたをつける! 僕が研究していた石仮面が魔物を作り出す道具だったなんて…

僕の責任だ…戦わなければならない!)

 

ジョナサンは、自らを鼓舞してディオを倒す決意を固めた。

 

「に、逃げろッ! ジョースターさん、あんたに勝ち目はねえ!

その怪物から逃げるんだぁああ!」

 

スピードワゴンが大声を出して、ジョナサンが戦う事を止めさせようとする。

しかし、腕だけでなく折れたアバラが肺に刺さっており、思うように動けない。

 

「きゃああ!」

 

エリナの叫び声に、スピードワゴンの視線が彼女の方へ向かう。

すると、ある者が彼女と第三者の男(アクセル)を襲い掛かろうとしていた。

 

「し、死体がッ、ディオの指で殺され、生気を吸い取られた警官の死体が生き返ったッ!」

 

生き返った警官は身体はミイラと化して、血を大量に出しながらも、不気味な笑みをうかべて

這いつくばって近づいていく。

 

「グヴァォオオ…あたっかい血…吸わせろッ―――!!」

 

「ひ…ひでぇッ! 化け物は化け物を生み出すのかッ」

 

エリナともう一人のツンツン頭(アクセル)を助けようと起き上がろうにも、どうにもならない

スピードワゴン。

 

 

「オゴォオオオ! 血ぃいいいい、よこせ――――ブゴッ!

 

 

しかし、そんな化け物よりも不可思議な現象にスピードワゴンは目を奪われてしまった。

ガバッと口を開けて飛びかかろうとしたその化け物の顔がぼぉっ!と炎を纏った。

 

 

「ぎゃああああ! あつ、あじぃいいいッ!?」

「じゃあ、一瞬で終わらせてやるよ」

 

 

エリナを守るように肩を抱いた赤毛の青年…アクセルは冷めた顔でパチンと指を鳴らす。

 

「にぎゃあああああ!」

 

化け物の身体を炎が包み込み、瞬く間に灰となってしまった。

 

「あ、アクセルさん…今のは…?」

「俺の十八番さ。詳しい話はこっから逃げてからにしようぜ」

 

 

「ふー…そこで倒れてるおっさん、怪我してるぞ」

「ふぅ!」

 

近付いてきたソラに対し、アクセルはさりげなく、スピードワゴンの方向を指さす。

治癒魔法で治してやれるか、と遠回しに指示したのだ。

ソラは、ようやく上半身を起こす事が出来たスピードワゴンの骨折している腕に両手で触れると…

 

「いたいたい、しゅぎゅとんでけー(すぐ、とんでけー)」

 

青色の光の粒子と具現化した数枚の羽が飛び交い、スピードワゴンの負傷した腕や全身を

包み込んでいく。

 

「あったけぇー…」

 

温かい光を帯びて、スピードワゴンは思わずそう感想を口にした。

すると、どうだろう…さっきまでは感じていた腕と肺の激痛が消えていた。

 

「治ってやがる…!」

 

骨折したはずの腕も普通に動かせるし、胸の骨と肺も正常に戻っている。

大怪我が癒えた事に、スピードワゴンは驚きと歓喜が混じった表情となる。

 

「あれは…ッ!?」

 

ジョナサンと対峙しつつも、外野の一部始終を見ていたディオは愕然とした。

あのダニーの事件の際に、初めて目にして…再び確認できたソラの癒しの力。

そして、7年前に自分の劣等感を大いに刺激したアクセルが披露した炎の魔法。

 

(…やはり、あの二人は…)

 

人を凌駕した身となった今なら分かる。

…あの二人もまた、異質な存在なのだと。

 

 

 

【人間を捨てた男】

 

 

 

「(まずい…ディオがステラに興味を示している…)ディオ! 僕が相手だ!」

 

 

ディオの視線が、ソラの方へ向けられていた事に気付いたジョナサンは関心をこちらへ戻そうと

声を上げる。

 

 

(ステラとあのいけすかん赤毛野郎は後だ

…まずはジョジョ…貴様からッ!)

 

 

未だ、二人への興味は薄れていないものの、ディオはまずジョナサンを抹殺する選択を優先した。

そして、手を離してジョナサンが待ち構える場所へと降下していく。

 

ディオジョナサン。

二人の対決が今まさに始まろうとしていた。

 

 

「ジョジョ…」

「ジョースターさん!」

「……(あいつ、俺に殺気送ってたな)」

 

 

エリナ、スピードワゴン、アクセルが彼等の戦いに釘付けだった。

ただこの時…一人だけ。

ソラだけは、ハッと何か思い出したような顔を浮かべていた。

 

 

 

【To Be Continued… ⇒】

  

 



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契約者は決断し、力を授かる


空白の七年の間に、ふーちゃんが天界で何をしていたのかが分かる回。
今回の話は、読者様の見方次第でハーパル氏への好感度が大きく左右されます。
  


 

ソラは思い出していた。

まだ、自分がハーパルが住んでいる果樹園(天界)にいた時の事を…。

 

 

 

*** ****** ***

 

 

 

ある日、怪我をした小さな丸っこい雛(ピヨ)を見つけた。

オレンジがかった毛並みで、性別は女の子の様だ。

 

『らいじょーぶ(大丈夫)? いたいたい、とんでけー』

 

小さな手でモフモフの毛を包み込み、癒しの術をかけてあげた。

みるみる内に傷口は塞がり、弱っていたピヨは元気になった。

 

『…君ほど幼くても回復系の神術を扱えるのは大したものだ』

『ふぅ! ぱるしゃん』

 

『エクレシアはやはり年齢に関係なく、癒しの術は自然と身につけられるのだろう。

だが、ステラ…それだけではいけないんだ』

 

『??? なんでぇ?』

 

ハーパルの言葉に、ソラは疑問符を浮かべる。

 

『癒しの術は確かに凄い。だが、敵が襲ってきたら、その術者は真っ先に狙われる標的となる』

『ふぅ…ふーたん、ぽこぽこしゃれるん(ボコボコにされる)?』

 

『もっと酷ければ、生きたまま痛い目に合わされる』

『うぅ……やらぁー(やだー)!』

 

ソラは目をウルウルさせると、涙が零れ落ちていく。

すると、先程彼女によって傷を完治させたオレンジ色のピヨがキッと睨み付けてきた。

 

『…ぴぃぴぴぴぴぴっ!』

『君には関係ない事だろう?』

『ぴぃ! ぴぴぴぴぴっ!』

 

オレンジピヨが批判する中、ハーパルは腰を屈めて泣いているソラの頭を撫でる。

 

『だからこそ…ステラ。君は癒しの術以外の知識を学ぶ必要があるんだ』

『…うう…にゃにしょれ(なにそれ)?』

『そう、君が覚えなければならないのは【戦う】術。君以外のエクレシアが既に会得している戦闘スキルだ』

 

《戦う》…その言葉の意味を、ソラは漠然とだが理解していた。

自分以外のエクレシアが戦っている場面を幾度となく、幼いその眼に焼き付けていたから。

 

『ふーたん、どーしゅるん(どーすればいいの)?』

『ぴっ! ピピ…ピピピピッピッ!?』

『安心したまえ。まだ、幼いこの子に剣や飛び道具のような危険物を持たせるなんて愚かな真似はしないよ』

 

プリプリと怒っているオレンジピヨを宥めるように、ハーパルはそう答えると…ソラの頭に手を翳した。

 

 

『時間はまだある。ゆっくりと…蟻が冬支度に食べ物を貯蓄するように、この技術を開花させてあげよう』

 

 

彼がそう言った直後、ソラの頭にほんのりと暖かいイメージが浮かび上がる。

ぼやけていたそのイメージは少しずつ鮮明になっていき、アニメのような動く動画となっていく。

 

ある動画では、ソラの知っている人…デミックスが大きな熊に遭遇して腰を抜かせていた。

そこに、巨大化したソラが助けに入って、熊を両手で持ち上げて「やぁっ!」と遠くへ放り投げてやっつけた。

 

また、別の動画では、森林内で人相が怖いいかにも悪人風な男数人がたくさんの動物達を捕ろうと銃を持って

追いかけまわしている。彼等がいる上空でソラが宙に浮かんでいた。

両手を上げると…その悪人達の真下に落とし穴が空いた。

悪人数名はきゃーと叫び声をあげて、ぴゅーと落ちて行ってしまった。

結果、森の動物達が守られて喜ぶ姿が映し出される。

 

三つ目は、ソラ自身がブルーベリー色のお化けに追い掛け回されるパターンだ。

ソラはきゃーとはしゃぎながら見事ゴールまで逃げ切る。

しかし捕まってしまうパターンもあり、パクッと食べられてしまう結末に…それはとても怖かった。

 

さらに、癒しの術をかけている間に敵に襲われてしまうものもあった。

その際に、どう対処すればいいのか…どこからか声が聞こえてきて優しく教えてくれる。

 

『ふぅ…』

 

いくつもの動画の内容が頭にインプットされていき…全部見終わると、ソラは疲れて眠ってしまった。

 

『そうそう、いい調子だ』

 

彼女のその様子を見ながら、ハーパルは満足そうに笑う。

それを週3日ほど繰り返していく。

この子の学習能力は半端ない。

知識の泉を吸収していき、自分のモノにしていくスピードが速いのだ。

 

『さて…次は実際に術を覚えよう』

『あい!』

 

傍から見れば、和やかに物事が進んでいる。

けれども、それは第三者の目からみたらどう映るのだろう…?

一連の出来事を間近でみていた、オレンジピヨの複雑な表情がそれを物語っていた。

 

 

 

 

 

今まさに、ソラの目に映るのは、人外の存在となったディオと、友達のジョナサンが戦う光景だ。

ディオは、相変わらずおいたのお兄ちゃんだった。

この間(七年前)、クッキーをあげて仲直りしたのに全然懲りていなかった。

優しいジョナサンの父親を傷つけて冷たくした。

 

(おじたん…もうおらん)

 

父親…ジョースター卿が死んだという事実は、ソラの心に淋しさをもたらす。

 

“人は、何か大きな病気や怪我にあったりすると魂が天界に導かれる。”

 

施設の先生が、童話を読む時によくそう言っている。

ソラは、ジョナサンやエリナが自分とは違う人…自分よりも先に大きくなってしまう事を知っている。

それは、ハーパルが教えてくれた事。

エクレシアと人間は生きている時間が異なるから、ずっと一緒にはいられない。

 

『だが…大切なのは、一緒にいられる間に思い出をつくる事だ』

 

 

―――《思い出》

 

楽しかったり、嬉しかったり…いろんな感情が湧き出る記憶。

でも、誰かがいないと思い出はとても寂しくなる。

 

独りぼっちは悲しい。

 

独りぼっちは辛い。

 

独りぼっちは怖い。

 

ジョナサンとエリナは友達。

二人がいなくなるのは嫌だ。

この世界にいる友達がいなくなってしまう。

独りぼっちになってしまう。

 

「じょーちゃん…」

 

 

 

◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇

 

 

 

天井に張り付いていたディオが、ジョナサンに目掛けて襲い掛かってくる。

ジョナサンは持っていた槍を回転させて、ディオを貫こうとするが、ディオの怪力で槍はバギンッと折れてしまう。

 

「うっ…!」

 

飛んできた槍の先端が、ジョナサンの肩に突き刺さる。

 

「ジョジョ…!」

「ジョースターさん!!」

「来ちゃダメだ!」

 

駆け寄ろうとするエリナとスピードワゴンを、ジョナサンは声をあげて制止した。

 

「……アクセルさん。お願いがあります」

「…なんだ?」

「どうか…エリナとスピードワゴン…そしてステラを連れて逃げてください」

 

背を向けたまま、ジョナサンはアクセルに頼んだ。

 

「…正気か?」

「ディオが…吸血鬼になった原因をつくったのは僕だ。僕は…彼を倒さなくてはいけない!」

 

未だに刺さっている槍の所為で、肩から血が滲み出ている。

それでも、ジョナサンの決意は揺るがない。

 

「エリナとスピードワゴンは本来、無関係なんだ。この戦いに巻き込みたくない」

「なーるほど。それがお前の覚悟か…」

 

アクセルはパチンと指を鳴らす。

すると、数体のダスクが出現してエリナとスピードワゴンを担ぎ上げた。

 

「キャア!」

「うおっ、なんだぁ、この白い軟体動物は!?」

「アクセルさん…!」

 

「安心しな。あれは『ダスク』…俺の部下だ。おい、その二人を安全な場所へ連れて行け」

《承知しました》

 

ダスクは主であるアクセルの命令に従い、壊れた窓から二人を連れて逃走した。

 

「くくくっ…やはり貴様は人間ではないようだなぁ」

「ん? 俺の事か?」

「覚えているぞぉ…七年前! このディオを侮辱した!! いけすかん赤毛男がっ!!!」

 

ディオが素早い速さで、アクセルの胸に指を突き刺そうとした。

 

 

―――キンッ! ビリビリッ…

 

「なにっ!」

 

「ふぅ…リフレクトガードを習得してなきゃ危なかったぜー。

こーいうパワータイプの敵はサイクスとレクセウスが得意なんだが…な!」

 

 

接近したディオの攻撃をスキルで防御するや、間髪入れずに、アクセルは彼の腹部に手を翳した。

 

「食らえ!」

「ぐっ…ぐぁあああああ!」

 

ディオの身体を灼熱の炎が覆い尽くす。

メラメラと勢いが止まる事なく、皮膚を焼き尽くしていくが…

 

「オウゥ! ファアアアア!」

 

「うううッ…ディオは打撃を受けている! 確かに皮膚を焼かれている…し…しかし!」

「こりゃ…すげーな。皮膚の組織が再生してやがる」

 

アクセルは後ろへ大きく後退して、距離をとる。

腕を抑えているジョナサンの隣に立つと、こう言った。

 

「長期戦になりそうだな…助太刀するぜ、ジョジョ」

「で、でも…」

 

「お前の気遣いは分かる…だが、あいつが目をつけたのはお前だけじゃねえ。

多分、俺と…フーも標的だろう」

 

アクセルのその言葉に、ジョナサンはギョッとする。

自ずと、後ろにいるソラに視線が向かう。

 

「ステラ…」

 

「あいつを倒さなきゃ、俺とフーの命の保証もできない。

だから共闘するしか道はないんだよ! 記憶したか?」

 

戦う理由を言うや、アクセルは両手を左右に広げた。

炎が手元へ集まっていき、円形の武器…チャクラムとなる。

 

「フー! ジョジョを頼む!」

「…あい!」

「させるかぁああ!」

 

ディオが、大きく跳躍してジョナサンに近づこうとするソラを止めようとした。

 

「おっと…相手は俺だろ?」

 

アクセルがチャクラムを投げつけた。

回転したチャクラムがディオの喉元と腹部を貫くと、彼はぐぅ…と苦悶の表情を浮かべ、床に激突する。

 

「このぉ……忌々しい赤毛野郎がぁあああ!?」

「本性バレバレだな。品性の欠片もないぜ」

 

アクセルはフッと口端を挙げて挑発する。

その態度が癇に障ったのか、ディオは激昂してアクセルに攻撃を繰り出していく。

 

「じょーちゃん、らいじょーぶ?」

「ステラ…うん、ちょっと待ってて…オオオウアアアッ!」

 

ジョナサンは、肩に突き刺さっている槍の先端を手に力を入れて抜き取った。

ブシュッと血が吹き出て、ソラは「ふぅ!」と驚いたが、すぐに傷口部分に両手をぽふっとのせて回復術を発動させた。

 

「ごめんね…ステラ。怖い思いをさせて…」

 

ジョナサンは、申し訳なさそうに小声で謝る。

ディオを警察へ連行させるはずが、こんな大事件へ発展するなんて思わなかった。

それにしても、アクセルは何故、あの白い不思議な部下にこの子も連れていくよう命じなかったのだろう?

 

「じょーちゃん、ええよ」

「…えっ…?」

「ふーたん、じょーちゃんとおる」

「でも…」

 

ソラは、ジョナサンの傍にいたい。

だが、危険な目に合わせたくないジョナサンにとっては、ソラを一刻も早く逃がしてあげたい。

すると、ソラはさらにこう続けた。

 

 

「ぱるしゃん、やくしょく。じょーちゃん、ぴんち、まもりゅ

(パルさんと約束した。じょーちゃんがピンチになったら守る)!」

 

「僕を…『守る』って…?」

 

「じょーちゃん、ともらち。ふーたん、おーえんすりゅ

(じょーちゃんは友達だもん。ふーちゃんはじょーちゃんを応援するの)!」

 

「す、ステラ…ッ」

 

 

ジョナサンは感極まる。

幼い友達が、自らを守りたい、応援するために此処にいるのだと言った事に…胸が熱くなる。

 

 

《聞いただろう? ジョナサン・ジョースター》

 

「この声は…」

 

 

聞き覚えのある男性の声が耳に伝わる。

ハッと周りを見ると、背景がセピア色に染まっており、アクセルとディオが激突する寸前で止まっている。

 

(この現象…オウガストリートの時と同じッ!)

「あ、ぱるしゃん!」

 

ソラが笑って右手を振る。

彼女が見ている視線の先に…黒い聖職者の服装を着たあの男性がいた。

 

「あの時の…神父様…」

 

「とうとう戦いの時を迎えてしまったな。

さて、ジョナサン・ジョースター…君に尋ねよう。

あの吸血鬼へ変貌した幼馴染を倒したいか?」

 

男性…ハーパルが見ている先には、時が止まっているディオがいる。

 

 

「はい…彼が魔物になってしまったのは僕に責任があります。

なんとしてでも止めないと…この先、とんでもない事が起きてしまう」

 

「その覚悟はあるようだね…だが、今の君ではあの男を倒す事は難しい」

「…そんなっ!」

「だが…『不可能』ではない。そこにいるステラと力を合わせれば…」

 

 

ハーパルは意味深げな助言をする。

ジョナサンはちらりとソラを一瞥するが、緩慢に首を左右に振る。

 

「でも…それじゃあ…ステラを戦いに巻き込む事になってしまう!」

「ほう? だが、このままだと君だけじゃなく、ステラとあの青年もディオに殺されるのは時間の問題だ」

「なんだって…」

 

ハーパルは、硬直しているアクセルに視線を移す。

 

「あの青年は戦い慣れはしているが、再生能力が早い吸血鬼が相手だと不利だ。

敵はスタミナが桁違いな上に、持久戦に持ち込まれると、こちらの体力が尽きてしまえば、負けてしまう」

 

「…アクセルさん…」

 

「ジョナサン…博愛主義なのは結構だ。

しかし時として選択を誤れば、己だけでなく、守りたい者すらも守られなくなる」

 

ハーパルは厳しい面持ちで説く。

 

 

「今の君に必要なのは…『力』。

その『力』を正しく使用するための『心』が君にはある。

決断するんだ…為すべき事を」

 

 

ジョナサンはギュッと固く拳を作る。

そして…傷を癒し終えたソラと目が合った。

 

「彼女の答えはもう決まっている…そうだろう?」

 

ハーパルが穏やかな眼差しを向けると、ソラは目をぱちくりさせた後にこくっと頷いた。

 

「じょーちゃん!」

 

ソラは、ジョナサンの手に自らの小さな手を重ねた。

 

 

  パァアアア…

 

 

右手の甲のメビウスの輪が輝きだす。

暖かな光の渦がジョナサンとソラの周りを取り囲んでいく。

ジョナサンは静かに両目を閉じた。

 

(…僕に必要なのは『力』)

 

ディオを倒すために…。

エリナを、スピードワゴンを、アクセルを…そしてステラを守るために。

 

「さあ…君の答えを聞かせてくれ、ジョナサン・ジョースター」

 

ファイナルアンサーの時間だ、とハーパルは告げる。

ジョナサンは、カッと開眼するとソラと手を重ねたまま口を開いた。

 

「ステラ……僕は戦う!

君を…エリナを…僕の大切な人達を守るために…どうか力を貸してほしい!!」

 

力強く自らの願いを告げたジョナサン。

 

「あい!」

 

契約者の強い願いを、ソラは快く承諾した。

その瞬間、囲っていた光の渦が二人の声に呼応するように彼等を中へ吸収されていく。

ジョナサンの選択に、フッ…とハーパルは口元に弧を描くとパチンと指を鳴らした。

 

 

 

【契約者は決断し、力を授かる】

 

 

 

「なにっ…」

「ぐっ…なんだッ…あれはぁあああ!?」

 

時が動き出した。

戦いの最中、視界を覆う眩い光に気付いたアクセルは驚愕を露わにする。

対するディオは、その光が身体的に拒絶反応があるようで、頬や腕、掌などにジュッ…と焦げ跡が出現する。

 

「(あの光は…エクレシアが契約者に力を授ける際に起きる反応…だとすりゃ、フーは…)まさか…」

 

彼等に近づこうにも、二人を取り巻く渦から発生する強風が行く手を阻む。

 

「ジョジョ…フー!」

 

アクセルが叫んだ直後、光と風の勢いが収束していった。

遮られていた視界が鮮明になっていき、アクセル…それからディオの目に映った二人の姿は…変化していた。

右手の甲に、メビウスの輪を象った契約印を浮かび上がらせ、凛とした面持ちで拳を構えるジョナサン。

そして、彼と並ぶように「ふぅ!」と意気込んだ顔で、グーにした両手を上げて空色の光翼を広げて浮遊しているソラ。

 

 

「ありがとう、ステラ。…この力、確かに受け取ったよ!」

「うっしゅ(うっす)!」

 

 

 

 

 

【To Be Continued… ⇒】

  




※【物語の単語・専門用語辞書】に、今回出てきた新しい単語の説明を追加しました。
 ご参照ください。
  


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崩れゆくモノは業火の彼方へ

ジョナサン vs ディオの回。

※ふーちゃんの加護で、ジョナサンは普通に戦っています。
※作中で、ふーちゃんがテイルズ系の魔法を披露しています。
  



アクセルは絶句した。

ソラは…ジョナサンといつの間にか形式契約を交わしていた。

エクレシアが契約を交わす際の儀式の手順を、アクセルは一応知っている。

だが、それに至る過程を省略して契約を成立させた事例は初めてだ。

 

(くっそ…何がどうなってんだッ…!?)

 

ありえない事態が連続して頭の整理が追い付かない。

 

「ディオ!」

 

ジョナサンは素早く駆け出すと、拳を構えてディオの顔に目掛けて打ち込んだ。

 

「ッ! ぐはっ!」

 

突然の現象に気を取られていたため、ディオはその攻撃を回避できずに諸にくらってしまった。

顔面を強打されるや、壁を激突してしまう。

派手に壊れた壁から粉塵が飛び出る。

 

「く…くくっ…」

 

五秒立たない内に、見えない砂埃の中からディオは笑いながら出てきた。

 

「この様な単調な打撃…俺にはきか…ぐっ…!

 

だが、ジョナサンの攻撃を馬鹿にしていたディオが口から盛大に吐血した。

再生能力ですぐに回復するはずの顔面も、治るスピードが遅くなっている。

 

(ど、どういう事だッ…! これは…)

 

「この力は…」

 

内心動揺するディオと同じくらい、ジョナサンも驚いている。

先刻まで全く歯が立たなかったディオに、ダメージを与える事ができたのだ。

 

「ならもう一発…」

「くっ! 図に乗るんじゃあないぞ、ジョジョォオオオ!!」

 

構えるジョナサンに、ディオは激昂して瞬時に背後へ回って背中を突き刺そうとした。

 

「…! ふんっ!」

「なっ…!?」

 

しかし、ジョナサンは彼の動きをあたかも読みとったように、彼の鋭い凶器と化した右手を両手で掴み、そのまま勢いよく背負い投げした。

床に叩きつけられるディオは、すぐさま起き上がろうとするが、大聖堂の大鐘を鳴らしたかのような頭痛と共に、全身が痺れて上手く動かせずに硬直してしまう。

 

「…ぐっ…き、さま…何を…した」

「見える…ディオの動きが…分かる」

 

信じられないと目を見開き、己の利き手を見つめるジョナサン。

これが…エクレシアとの契約により、授かった『力』なのだと改めて認識した。

 

「ハァッ!」「くぅっ…!」

 

一瞬の隙をついて、ディオが鋭い指先でジョナサンの首へ突き刺そうとしたが、ジョナサンは間一髪回避した。爪先が頬に掠り、傷口からドピュッと少量の血が吹き出す。

 

「どうしたぁ、ジョジョォオオオ? さっきのはまぐれだったのかァアアアア!」

 

ディオは間髪入れずに、ジョナサンの首や心臓部を狙って攻撃を繰り出していく。

それに負けじと、ジョナサンもかわしていくもののなかなか反撃ができない。

 

「無駄、無駄、無駄、無駄、無駄ぁああ!!」

 

ディオの猛攻をかわすだけで精一杯のジョナサン。

その時だった…

 

「ふぅ~♪ るぅ―――♪♪」

 

耳元に、なんとも不思議な…気の抜けるような歌が聞こえてきた。

 

「しゃー♪ とぉー♪♪」

 

ジョナサンがその方向を見上げると、空色の光翼で浮かんでいるソラが唄っていた。

歌詞の意味は分からない。

けれど、その歌はジョナサンの胸に淡い懐かしさを広げていき…同時に不安と恐怖の

気持ちが少しずつ洗浄されていく。

 

「はあっ!」

 

ジョナサンは、足を高く上げてディオの頭部から肩にかかる部分へ回し蹴りを食らわした。

 

「ぶごっ…!」

 

その蹴り技が見事的中し、ディオは床へ伏してしまう。

心なしか、先程よりも攻撃力とスピードが上がったような気がする。

 

(もしかして…ステラが…!)

 

ジョナサンの予想は的中していた。

 

(あれは…歌詞はてんで適当だが、神術の一つだ)

 

アクセルは、敵の動きを注視しつつも味方であるソラの行動も観察していた。

ソラは唄っている…いや、正確に言えば術を発動させている。

 

あれは、エクレシア等が使用する高位の神術の一つである【ホーリーソング】

術者によって、歌詞の内容には差異があるが、【ホーリーソング】には、術者の味方となる対象者の攻撃力と防御力を上昇させる効力がある。

さらに、熟練者のレベルとなると歌に術者固有の力が加わり、敵から受けた攻撃による異常を浄化したり、広範囲の回復術となったり…進化するという。

 

(けど、コゼットから聞いた話じゃ…ふーはまだ簡単な治癒術しかできねえはずだ。

一体いつ…? どこであの術を覚えた?)

 

行方不明となっていた半年(この世界の時間軸だと七年)の間に…ソラに『何かがあった』。

漠然とだが、その仮説がアクセルの頭に浮かび上がった。

 

 

 

 

 

(…くッ…ウソだ…『力』を手に入れたはずのこのディオと…対等に戦えるだと…!)

 

石仮面で圧倒的な力を得たはずなのに、ディオはジョナサンと徐々に差を縮められていく。

ジョナサンへの攻撃の手を止めぬものの、ディオは内心、焦りを感じつつあった。

 

 

(ジョジョォオオオ…やはり、さっきのあの忌々しい光は、ステラとの間に何かしたのだなぁ。

おそらく『アレ』は儀式の一種!

このディオが石仮面を使ったように! ジョジョもまた、ステラから力を…加護をもらった!)

 

 

ディオはその優秀な頭脳から、その答えを導き出した。

 

「もー♪ みぃー♪♪ のぉー♪ きぃー♪♪」

 

ディオはハッとした。

ジョナサンの方へ集中していたため、肝心のもう一人のキーパーソンであるこねこにんを

見逃していた。

 

気の抜けるようなヘンな歌を唄っている?

いや、違う!

おそらく、あれは魔法の一種だ。

 

(つまり…ステラ自身の唄がジョジョの力の根源。アレさえ絶てば…!)

 

ギロリと視線をソラへと移したディオ。

 

「ふぅ…!」

 

自らへ向けられた殺気に、ソラはビックリする。

目の前にとても怖い存在が現れたら、子どもなら怯え泣き出すはずなのに…

 

「ぴこはん!」

 

ソラは唄うのを止めると、両手を上げて別の技をディオに対してお見舞いした。

すると、ディオの頭にぴこっ!と可愛らしい音を立てて、ピコピコハンマーが直撃した。

 

「フン、こんな子ども騙しの技など効かんぞ!」

 

どうやら…効果はいまひとつのようだ。

しかし、ソラはそんな事お構いなしにディオに目掛けて攻撃を繰り返す。

 

「ぴこはん! ぴこはん! ぴこはん!」

 

ディオの肩や足のつま先…その他、身体全体にぴこぴこっ!と小さなピコピコハンマーが

降り注いでいく。

 

(ふーのヤツ…あんな術も使えるのか)

 

ソラの身の安全を守るために、狭間の闇を使用して二階へ移動したアクセル。

先程の【ホーリーソング】だけでなく、攻撃魔法まで取得しているようだ。

 

(…ていうか、きちんと敵だけに攻撃してる所が何気にすげーな)

 

戦っているジョナサンはその攻撃の対象にせず、ディオ限定でピコピコハンマーの雨を

降らしている。いつのまに、あんな器用な戦い方を覚えたのやら…。

 

「子どもの相手はいい加減飽きた…お遊びは終わりだ」

「…!? ステラ!!」

 

ディオが標的を完全に変更した事を察したジョナサンは、大声でソラへ呼びかける。

 

「上へ逃げるんだ! もっと飛んで!」

「あい!」

 

ジョナサンの呼びかけに答えるように、ソラは空色の光翼を羽ばたかせて上へ上へと

昇っていく。

 

「くくっ…さっきの火傷はステラの命を吸い取って治す事にしよう。

それからジョジョと赤毛野郎を殺す!

…逃げた二人も見つけ次第、片づければ 全ての証拠を消え、このディオの完全勝利となる!!」

 

ディオは壁にバゴッと足を突き刺す様に立てた。

そして、壁をドス、ドスッと音を立てて穴を開けながら徒歩で上へと向かう。

 

「させるか!」

 

アクセルが、チャクラムをディオへと投げつける。

 

「ぐっ…邪魔をするな!」

 

チャクラムは、ディオの背中に突き刺さるも、ディオはそれを抜き取ってブンッと投げ返した。

勢いよく返ってきたチャクラムが、アクセルの真横を通過し、壁に突き刺さる。

 

「やべぇな、早くふーの所へ行かねぇと…」

「アクセルさん!」

 

急いで闇の回廊を出そうとしたアクセルを、二階へ駆けつけたジョナサンが呼び止めた。

 

「お願いがあります」

「ジョジョ?」

 

「ステラは、僕が必ず守ります。

…だから、貴方にやってもらいたい事があるんです」

 

「…何をすりゃいいんだ?」

 

ジョナサンは決意を決めた表情でアクセルに懇願する。

アクセルは目を細め、彼の願いを聞き返すと…

 

「――――‟    ”」

「!? 正気かよ…」

 

ジョナサンが言ったその申し出に、アクセルは耳を疑った。

 

 

 

 

 

一方、ソラはジョースター邸の屋根へ通じる窓を通って、外へ出ていた。

雲で覆われた闇空を、ソラは光翼を広げたまま見上げる。

 

「すーてーらぁあああ!」

 

「…ふぅ!?」

 

屋根を突き破り、ディオは現れた。

ソラはさらに空中へ上昇し、ディオから遠ざかろうとする。

 

「さぁ、ステラ…鬼ごっこは終わりだ。大人しくお前の生命力をこのディオに捧げろ」

「やっ!」

 

ソラはむーと眉を潜めて拒否すると、ピコピコハンマーを召喚して、ディオへ投げつける。

 

「ぐぅ…逆らう者は、女子どもであれ容赦せんぞ!」

 

落ちてくるピコピコハンマーを素手で払っていきながら、ディオはバネのように膝を伸ばして、

ソラを捕まえるため、飛び上がろうとした。

 

その時…彼の行動を制止する声が響く。

 

「ディオ!」

 

ソラと同じく、窓を潜り抜けてジョナサンが現れた。

 

「じょーちゃん」

 

親友であるジョナサンの登場に、ソラは嬉しそうな顔になる。

ジョナサンは、背後からディオを羽交い絞めして動きを止めようとする。

 

「ディオ! 僕が相手だ!」

「チッ…邪魔をするなぁ!」

 

ディオは、ジョナサンの足を踏みつけ、拘束を解いた彼の腹部にすかさず肘鉄を入れた。

バキバキッと骨の折れる音とともに、ジョナサンはうっ…と口から吐血してしまう。

 

「クハハハハッ! 肋の5~6本は折れたか―――ッ!」

 

高笑うディオに、ジョナサンは額から汗を流し、鋭い痛みに胸を抑えながら片膝をついてしまう。

 

「エイイッ、貧弱、貧弱!」

 

「じょーちゃん!」

 

ソラが、負傷したジョナサンのもとへ行こうとするが、その前にディオが立ちはだかる。

 

「さぁ…ステラ。とっとと生命力をよこせ!」

 

(…痛い…視界がぼやけてくる…)

 

ジョナサンは激痛で意識を失いそうになる。

 

「ぶぅー! おいたのにーたん、しっし(おいたの兄ちゃん、邪魔だからあっち行って)!!」

 

だが、その時…ソラの必死の声が耳に入った事で、ジョナサンの脳裏に記憶が蘇っていく。

 

…幼いステラとの出会い。

 

…父との思い出。

 

…ディオが邸にやってきた時の事。

 

…エリナとの初恋の事。

 

…エリナとステラ、ダニーの前で、誓いを立てた時の事。

 

…エリナとステラがいなくなり、仮初とはいえディオと育んできた友情。

 

走馬灯のように駆け巡った、ジョナサン自身が辿ってきた過去の…思い出が彼の意識を

覚醒させた。

 

(そう…僕の青春は、ディオとの青春…僕は…その青春に決着をつけるんだ!)

 

痛みを堪えつつも、ジョナサンは徐に立ち上がり、ソラを捕まえようとするディオの背後へ

近づいていく。

 

 

「ディオおおおお!」

 

 

ソラに気を取られていたために、反応に遅れたディオ。

ドオガッという音が立ち、自ずと視線を左脇腹に向けるとナイフが突きたてられていた。

 

「URYYYYYY!」

 

「このナイフは…君がとうさんに突き立てた凶器だ」

 

ナイフを刺した脇腹部分からシュッ~と煙が立っている。

ディオは叫び声を上げながらも、ナイフを抜き取ろうとする。

だが、その直後に屋根のあちこちから煙が噴き出した。

 

「ふぅ!?」

「なんだ…と……!」

 

屋根が紅色に染まっていき、黒交じりの煙が出現した事に驚くソラ。

この異変に、ディオも目を見開く。

 

…屋敷が燃えている。

瞬く間に業火に呑みこまれているのは何故か…?

ディオが疑問に回答を導き出すその直前、ジョナサンが全体重をかけてタックルをかけてきた。

 

「き、きさま…! まさか火をつけたのは…!」

 

ベゴンッ!と屋根を突き破り、ディオは真っ逆さまに降下していく。

壊れた屋根の骨組みにしがみつきながら、落ちていく義理の兄弟を悲しげに見つめる

ジョナサン。

 

 

 

 

 

(おのれぇえええ! 邸に火を放ったのは十中八九、あの赤毛野郎だ!

ジョジョめ…こちらの回復力を目にして考えたのだな…

再生が追い付かない程の強い火力でこのディオを葬り去ろうと…ッ)

 

ジョナサンの策略に、ディオは腸が煮えくり返る。

しかし、すぐに口角を吊り上げた。

 

(だが、ツメが甘い…!

一階のフロアへ激突する前に、壁を利用して軌道を変えれば…)

 

ディオは先程同様に、壁へ足を突き立てようとした。

だが、彼は気付いていなかった。

己の身体に変調が生じている事を…。

 

「なっ…か、身体に力が…入らんだと…!?」

 

足を動かそうとしてその異変に初めて気付いた。

足をはじめ、指、手、腕…まるで、全身が糸の切れたマリオネットのように力が入らない。

 

「…もしや…ステラの…!」

 

ディオの頭に、先程ソラが仕掛けてきた子ども騙しの魔法が浮かび上がる。

彼の推測通り…その状態異常はソラの術が原因だった。

 

ソラが、集中的にディオに対して放った術は【ピコハン】

小さなピコピコハンマーを敵に投げつける、攻撃魔法の一種だ。

弱い敵なら気絶させる事も可能だが、強い敵にはあまり効果がないのが欠点でもある。

 

しかし、それはあくまで単発の場合。

【ピコハン】は使い方次第で、大きな効果を発揮する。

例えば、敵の頭上に…同じ個所に何度も攻撃を仕掛けていく。

単発では効果がいまひとつな術でも、連続して使用すれば、その威力が強まっていく。

 

 

『もしも、強いコワいヒトが君や大切な友達を傷つけようとしたら、この魔法を

何度もぶつけるんだ』

 

 

ソラは、ハーパルが教えてくれた通りにディオへ【ピコハン】を投げつけた。

…怖い敵から身を守り、大事な友達であるジョナサンとアクセルから遠ざけるために。

 

【ピコハン】を全身にほぼ受けたディオの身体は、石仮面による変異と肉体強化により、

当初はダメージはないに等しかった。

しかし、徐々に回数を重ねていく事により、じわじわとその効果は浸食していった。

その結果、ディオは全身の力が奪われてしまい、硬直状態へ陥ってしまったのだ。

 

「ぐぉおおおお!」

 

ディオは咆哮をあげながら、重力に従って落下していった。

 

 

――――ドガッ…バゴズブ…!

 

 

さらに落下地点には、ジョースター家の守護神である慈愛の女神像が設置されていた。

女神像が持つ槍部分に腹部が深々と突き刺さってしまう。

燃え盛る炎は容赦なく、ディオの身体を焼き尽くしていく。

 

「ギャアアアア! 炎がァ…炎がァ…!?」

 

「どうやら、ジョジョはうまくやったようだな」

 

腹部を突かれ、炎でもがき苦しむディオを玄関付近から、アクセルは冷めた表情で見つめた。

 

「お前を倒すために、ジョジョから『生まれ育ったこの家を焼いてくれ』って頼まれた時は

それこそ耳を疑ったぜ。だが…そうしなけりゃ、お前を倒せねえって考えた上でのあいつなりの

苦渋の選択ってのもすぐに分かったけどな」

 

アクセルは翡翠色の目を鋭利に細めながら、喚くディオを睨み付ける。

 

「実の子どものように愛情をもって育ててくれた義理の父親を殺してまで、

そんなに地位と金が欲しかったのか?

欲に溺れて、人を捨ててまでお前は『その力』が欲しかったのか?」

 

「う…るさいぃいい…き、さま…にぃ…何が分かるゥウウウ!?!!!」

 

「知るかよ。人の気持ちは…心ってのは、本人にしか分かんねえものだからな」

 

だが、これだけは言えるぜ…とアクセルは言葉を続ける。

 

 

「ディオ・ブランドー…例え生き延びたとしても、お前は絶対にジョナサン・ジョースターには勝てない。『本当に大事なモノ』を理解できないお前には、一生敵わねえよ」

 

「…ぐっ、そぉおおおおお!」

 

 

ディオは悔しさと屈辱のあまり、大声で叫ぶ。

 

「ジョジョォオオオ! ステラぁあああ!

俺は…お…れ…は…不…老…不…死ィ…こんな…はずでは…」

 

炎に包まれながらも、ジョナサンとソラへの執着とこの世への未練を口にするディオ。

再生力が追い付かない程、皮膚は瞬く間に溶けていき、灰へと化していく。

ディオの末路をアクセルは自らの目で見届けると、闇の回廊でその場から姿を消した。

 

 

 

 

 

「じょーちゃん、らいじょぶ(大丈夫)?」

 

なんとか踏ん張って屋根の上へ戻ってきたジョナサンに、ソラは心配そうに近づいた。

 

「…ん、もう…大丈夫だよ…イッ…!」

 

ジョナサンは安心したからか、負傷した肋骨の痛みが再発した。

彼の様子を目にするや、ソラは光翼をしまって、すぐにジョナサンの胸のところを両手で

ぽふぽふと軽く叩いた。

 

「いたいたい、もっととんでけ~」

 

ソラの掌から白い光の粒子がジョナサンの全身を駆け巡り、パァンと何枚もの具現化した羽と

共に弾ける。痛みがすぅーと消えていく感覚に、ジョナサンは自ずと利き手で胸を撫でる。

 

「ありがとう…ステラ」

「どーも」

 

ソラに御礼を言ったのも束の間、屋根の所々で炎が噴き上がってきた。

 

「じょーちゃん?」

「いけない…此処から早く離れなければ!」

 

『その通りだ』

 

ソラを抱きかかえて、怪我をするのを覚悟して地上へ降りようとしたジョナサンの耳に

聞き覚えのある声が伝わる。

 

「待たせたな」

「アクセルさん!?」

「あ、あくたん」

「時間がねえから、俺の手を握れ。飛び降りるよりもリスクは少ないからよ」

 

アクセルの言うままに、ジョナサンは空いている手で彼の手を握った。

すると、数秒も立たない内に屋根から地上へ降り立っていた。

 

「い、一瞬で…一体、どんな技を使ったんですか?」

「一種の裏技みたいなもんだ。細かい事は企業秘密…記憶したか?」

 

トントンと頭を人差し指で叩きながら、アクセルはあまり深くは訊くなよ、と一笑して言う。

 

「そ、そうですか…分かりました」

 

あまり追求しない方がいいと察したのか、ジョナサンは素直に首を縦に振った。

 

「じょーちゃん」

 

すると、名を呼ばれてジョナサンは抱きかかえているソラに「なんだい?」と聞き返すと…

 

「おうち…ぼーぼー」

 

燃え盛るジョースター邸を見ながら、ソラは寂しげにそう言った。

ジョナサンも改めて、既に炎で覆われた生家を見つめる。

彼の目尻に涙が浮かび上がっているのを、アクセルは気付くも言葉には出さずにおいた。

ジョナサンは目を伏せて被りを振ると、小さく呟いた。

 

 

「…さようなら」

 

 

その別れの言葉は、誰に向けて言ったのか…?

殺された父親か、生まれ育った邸にか、それとも…袂を分けてしまった義理の兄弟、

ディオに対してなのか。

 

その答えは、ジョナサン本人にしか分からない事だ。

 

「…じょーちゃん」

「大丈夫だよ、ステラ。もう…だいじょうぶ」

 

ソラの頭を撫でながら、ジョナサンは穏やかに告げる。

…あたかも、自分に言い聞かせるかのように。

 

悪夢のような、恐ろしくも悲しい事件はこうして幕を下ろした。

ジョナサン・ジョースターをはじめ、その現場に居合わせた人達にとって、一生忘れられない

記憶を刻み付けて…。

 

 

 

【崩れゆくモノは業火の彼方へ】

 

 

 

「ジョジョ…ッ! ステラ!」

「ジョースターさーん! キティィいい!!」

 

重なる二人の男女の声に、ジョナサン達は後方を振り向くと…複数のダスク達に警護される形で、

エリナとスピードワゴンが駆けつけた。

 

「エリナ!」「すぴしゃんだ!」

 

彼等の元へ歩み寄るジョナサンとソラ。

泣きじゃくりながら、ジョナサンとソラの無事を喜ぶエリナ。

三人が無事に再会できた様子を眺めているアクセルに、スピードワゴンが恐る恐る尋ねた。

 

「…ディオは…あの化け物はどうなっちまったんだ?」

「あの大火と共に灰になったよ」

 

アクセルの返した答えに、スピードワゴンは「そうか…そうか…」と安堵と歓喜から涙を流す。

対照的に、アクセルは硬い表情を崩さないまま、壊れゆくジョースター邸へ視線を移す。

 

「…終わり、だよな」

 

おぞましい事件が終わったのだと感じつつも、彼の中でスッキリしない感覚があった。

敢えて、それに蓋をする形で…アクセルはもう二度と同じ悲劇が起きない事を強く願った。

 

 

 

 

【To Be Continued… ⇒】

  




※ジョナサンは戦うスキル(未完成)を開花させた!

※ふーちゃんは新技を披露した!
  


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嵐の前触れ

事件後、ジョナサンがふーちゃん達とジョースター邸跡に向かう回。
  


ジョースター邸が火事により焼失した。

その事件は、人々に大きな衝撃を与えた。

 

元々、些細な噂話さえも大きな話題となりやすい田舎町。

内容の良し悪しに関わらず、住民達は日常の一コマとしてそれを受け取ってしまう。

…他者へと広める事を躊躇するのは、極めて少数である。

そんな環境の中、もたらされたビッグニュースは瞬く間に住民の間に広まっていった。

 

ジョースター家の現当主、ジョージ・ジョースターは火災により死亡。

義理の息子であるディオも遺体は見つからなかったが、警察の調査の結果…死亡とみなされた。

当主が前日に、ある事情から邸に住む全ての使用人を別の屋敷へ派遣させたり、一時的な暇を

取らせる処置を行っていたため、新参者を始め、古くから仕えている人達は難を逃れた。

そして、跡取り息子であるジョナサン・ジョースターも火事の現場にいたものの、奇跡的に

生還できた…との事だ。

 

田舎町ではめったにお目にかかれない大事件に、人々の間であらゆる憶測が飛び交う。

…中には、ジョナサンがディオとの間に確執があり、それが火災事件に深く関わったのでは…と

勘繰る類のものもあった。

 

しかし、ジョナサンの人柄的にありえない事や、ここ七年の間にディオとは仲のいい関係を

築いていた事が人々の共通認識であったためか大半は、不幸な大事故として容易く受け入れて

しまった。

 

…『真実』を目にしてしまったごく一部の人間以外は。

 

 

 

*** ***** ***

 

 

 

「ジョジョ…おつかれ」

 

出来たばかりの石造りの墓の前で、アクセルはジョナサンに労わりの言葉をかけた。

 

「いえ…こちらこそありがとうございます」

 

ジョナサンは神妙な面持ちで、アクセルに頭を下げた。

父であるジョースター卿の遺体は、あの火事の中、アクセルの部下…ダスクという不思議生物…の

手で外へ運び出されていた。

 

そのおかげで、父を無事に土へ埋葬する事ができた。

…棺の中の父の表情は穏やかなものだった。

ジョナサンやエリナ、スピードワゴン、生前親しかった多くの人々に見送られ、父は天界へと

旅立った事だろう。

 

「これからどうするんだ?」

 

「邸の再建も含めて…色々と整理をする予定です。

顧問弁護士とも話し合って、正式に父の跡を継がなくてはいけない」

 

しっかりとした口調で答えるジョナサン。

まだ、心の傷は癒えていないはずなのに…。

一族の跡取りとしての責任と現実に向き合わなければいけないという使命感から、彼は前を

進もうとしているのだ。

 

(強くなったな…)

 

幼かった少年は、七年の月日を経て精神の強い立派な紳士へ成長したようだ。

そして…

 

「じょーちゃん」

 

墓石の傍で座っていたソラが、ジョナサンを呼んだ。

 

「なんだい、ステラ?」

「あんね(あのね)…」

 

ジョナサンの傷ついた心をちょっとずつ癒しているのが、ソラだ。

ソラだけじゃない、エリナやスピードワゴン…ジョナサンの事を大事に思っている人達がいる。

 

人は大切な者を守りたいと願う時、心が成長する。

彼等のおかげで、ジョナサンもまた彼等を守りたいという確固たる思いが強くなったのだろう。

 

「おじたん、ばいばいって」

「…!…うん…教えてくれてありがとう」

 

ソラが言った言葉に、ジョナサンは一瞬驚きを顔に露わにし、すぐに目に涙を浮かべながら

微笑んで礼を言った。

 

アクセルは、チラッと墓石の方へ視線を向ける。

薄らと人のような気配が漂っているのは、ずっと感じ取っていた。

 

 

《息子を…ステラを守ってくれて…ありがとうございます》

 

 

耳元に伝わってくる渋い男性の声。

どうやら、あちらもアクセルが気づいた事を察知したようだ。

 

「あんたも…達者でな、ジョースター卿」

 

《はい。いつか、また…来世で会える事を願っています》

 

最後の別れの挨拶と共に、ジョースター卿の気配は消えた。

薄暗い曇り空に、一筋の光が差し込む…まるで、ジョースター卿を導くかのように。

空を見上げるアクセル、ジョナサン…そしてソラ。

 

「ばいばい」

 

ソラが手を振ってそう言った。

大好きだったおじさんが無事に天国へ辿り着けますように…。

小さなこねこにんの言葉に、そんな思いが込められている気がした。

ジョナサンは、目尻に溜まっている雫を指先で拭い取ると、吹っ切った顔になった。

 

「すみません、アクセルさん…これから付き合ってもらえますか?」

「? 別にいいけどよ、どこに行くんだ?」

 

アクセルの質問に対して、ジョナサンは真面目な表情で言葉を続けた。

 

 

「焼け落ちた邸に…どうしても確認したい事があるんです」

 

 

 

 

 

ジョースター邸を訪れるのは、あの事件以来だ。

焼け落ちて瓦礫ばかりのその現状は、かつての屋敷を知る人々にとってとても寂しい

光景に見える。ジョナサンの願いで、アクセルは邸跡の調査を行う事になった。

 

「おいおい、ふー! 危ないからやめな」

「ぶぅー」

 

ソラも二人に同行する事となった。

瓦礫をよじ登ろうとしたソラを、アクセルは慌てて抱き上げると、地面に座らせ待つように

指示した。その事が不服なのか、ソラはぷくっと頬を膨らませる。

 

「ステラ…そこにいて。後で、美味しいデザートをご馳走するから」

「あい!」

 

ジョナサンが優しく言うと、ソラは素直に了承した。

 

「…やれやれ、なんかホントに反抗期になっちまったのか? ジョジョの言う事は聞くのによぉ」

 

「多分、ステラは僕達みたいに、瓦礫の中を探索したいんじゃないでしょうか。

僕もステラ位の年頃に、邸のあちこちを移動して探検していたらしくて…

見つけ出すのに苦労したって、父が言ってました」

 

ジョナサンは苦笑しながら昔話を語る。

 

「そういうもんかね…

(もしかしたら…契約者であるジョジョだから、優先的に指示に従ってるのかもな)」

 

ジョナサンの言葉に相槌を打ちつつも、アクセルは別の事を考えていた。

そもそも、ソラが彼との間に形式契約を成立させた事自体、どうも不自然に思えてならない。

 

形式契約の「け」の字すら知らないはずのこねこにんが、どうやってジョナサンを契約者だと

認める事ができたのだろうか…?

さらに、治癒術しかできないはずなのに、補助術・攻撃術を習得していた謎もまだ明らかに

なっていない。

 

(考えられるとすりゃ、空白の七年の間に、ふーに誰かが教えた…て事か)

 

独学や感覚でやれるとは思えない。

エクレシアの存在を知る《何者か》が、ソラに知識を与え、戦う術を身につけさせた

可能性が高い。

 

(…問題は、そいつが何の目的をもって、ふーにそんな事をしたのか、だ)

 

エクレシアとはいえ、本来なら保護すべき対象である子どもを、契約者を守るためと

いう名目で戦わせたのだ。

つまり、その人物はソラを使って、何かを為そうとしているのだ

…“エクレシアだと認識した”うえで。

 

 

アクセルは大いに眉を顰める。

…エクレシアの力を狙う勢力はいくつか見た事がある。

どうやら、この世界にも同じ類の者がいて、ソラはその輩と接触したのかもしれない。

 

(この用事が済んだら、ふーを連れて一旦この世界から離れた方がよさそうだ)

 

おそらく、どこかでその人物はこちら側の動きを監視している。

目的が何にしろ、エクレシアを…ソラを利用する時点で碌な奴ではないはず。

【クロト=メグスラシル】へ戻って、コゼットにソラを預けたら、再度調査する事にしよう。

 

アクセルは、地面でゴロゴロと転がってまったりしているソラに密かに視線を向けつつ、

今後の事を真剣に考えていた。

 

「ところで、ジョジョ…何を探してるんだ?」

「…【石仮面】です」

 

「石仮面って…あいつを化け物に変えたアイテムか」

「はい。…アクセルさんには説明しておいた方がよさそうですね」

 

元々、あの仮面はジョナサンの亡き母親が美術商から買い取った珍しい異国の仮面だった。

何故、それを気に入ったのかは不明だが、それ以来ジョースター家に飾られるようになった。

石仮面が、考古学的に貴重なアイテムであると感じたジョナサンは独自で研究をしていたという。

 

「…まさか、あんな危険なモノだったなんて」

 

「ありゃ、いわくつきの物だと思うぞ。相当やばい効果があるのは…

あの事件で痛いほど分かっただろ?」

 

アクセルの言葉に、ジョナサンは首を縦に振る。

それから一時間程度、隅から隅まで徹底的に探していった二人。

だが、石仮面は影も形も見当たらなかった。

 

「これだけ見つからないとなりゃ、粉々に砕け散ったかな」

「…そうですね」

 

一先ず安心した様子のジョナサン。

ようやく一段落だな…とアクセルも大きく背伸びをして踵を返そうとした。

その時…足元にコツンと何かが当たった。

 

「ん? なんだこれ…?」

 

黒いブーツの先に当たったのは…丸い、無色の水晶玉。

アクセルが水晶玉を利き手で拾い上げると、同じくそれを見たジョナサンはハッとした。

 

「それは…オウガストリートで商人から買い取った水晶…」

「ジョジョ…これ、気に入ったから買ったのか?」

 

「正確に言えば、僕ではなくて、ステラがそれを欲しがってたんです。

購入したのは、その店の商人にディオが毒薬を買った証人をしてもらうため、というのも

ありましたけど…」

 

(そういえば…)

 

ダスクからの、ディオがあの事件を起こした前後で『庭から脱走する小柄の男がいた』という

報告を思い出したアクセル。

 

どさくさに紛れてその商人は逃げたのだろう。

アクセルは、改めて水晶をじぃーと見つめる。

 

「…うーん」

「どうしたんですか?」

「いや、ちょっとな」

 

アクセルは、手に持っている水晶にある違和感を覚えた。

あの大規模な火災で、宝石類や甲冑の類ですら焼け焦げてしまっていた中、傷一つなく瓦礫の

中に埋もれていた。

 

単純に頑丈なだけで、そんな事がありうるのだろうか?

さらに、観察して気づいた事だが…その水晶には微弱だが魔力のような力が宿っているようだ。

 

(さしづめ、この世界の『魔法道具』あたりか?

…これも帰ったら、ヴィクセンかゼクシオンに調べてもらうか)

 

アクセルはそう思いながら、コートのポケットに水晶をしまおうとした。

 

「あー! あくたん!」

 

すると、ソラがそれを目にして光翼を広げてやってきた。

 

「そりぇちょーらい(それ、ちょうだい)!」

「なんだ…ふー。これがほしいのか?」

「うん、ふーたん、いっしょ」

 

ソラは両手を前に差し出して、ちょうだいちょうだいとお願いする。

アクセルは首を傾げる。

 

ソラの発言…『自分といっしょ』

一体、どういう意味なのか?

 

「馬車の中でもずっとそれで遊んでいました。…玩具だと思ってるのかな、きっと」

「ふーん…」

 

微笑みながら語るジョナサン。

彼は、どうやら水晶から流れている魔力は感じ取っていないようだ。

契約者と言えども、必ずしも均等に各能力が伸びる訳ではない。

 

…おそらく、ジョナサンは魔力よりも物理的な攻撃系統の能力が上昇している。

先日のあの戦いから推測すると、その可能性が高そうだ。

 

(ジョジョにも色々と聞きたいが…時間を置いてからの方がいいか)

 

アクセルが頭の中でこれからの事を考えている一方、ソラはジョナサンと話をしていた。

 

「ステラ、何か食べたいお菓子はあるかい?」

「ふぅ~…ぷりん!」

 

「ぷりん…プティングの事かな?

うーん…エリナにお願いして作ってもらおうか。

僕も無性に甘い物が食べたくなってきたよ」

 

(なんつーか…話題が平和だなぁ)

 

こねこにんと契約者の会話を、アクセルは細目で聞いている。

ここの所、暗い出来事ばかりだった所為か、二人が話す何気ない、けれどもほのぼのした

話題に心がちょっと癒される。

 

「あ、噂をすれば…」

「えりちゃーん」

「ジョジョー、ステラー、アクセルさーん!」

 

丁度いいタイミングで、エリナが迎えに来た。

 

「探し物は見つかったの?」

「いや…あの火事で焼失してしまったようだ」

「そう…」

 

ならよかった…とエリナはほっと胸を撫で下ろす。

彼女もまた、あの事件の現場にいた一人だ。

石仮面が如何に恐ろしい物なのか、を事前にジョナサンから説明を受けていたのか、彼の報告を

聞くや安心の色を顔に浮かべた。

 

 

「皆さん、お疲れ様です。お茶の時間だから…場所を変えませんか?」

 

 

エリナはそう言うと、両手で持ったバスケットを見せる。

 

「うん、そうしよう!」

 

「ジョナサンがリクエストした『ピーナッツバターとチョコレートのサンドイッチ』と、

ステラの大好きなクッキーもありますよ」

 

「わーいv」

 

好物を食べられる事に、ソラは喜んでいる。

 

(腹ごしらえしてから帰るか…)

 

ウキウキしている二人を見ながら、アクセルは欠伸を漏らしてしまう。

瓦礫作業でかなり体力も消費してしまった。

お茶を楽しんで空腹を満たしてから帰還しても問題ないはず…呑気にそう思っていた。

 

 

  プルルルル…

 

 

鳴り出したその音を聞くまでは…。

 

 

 

【嵐の前触れ】

 

 

 

「なんだ、この音は…?」

「…悪い、ジョジョ。エリナ達と一緒に先に行っててくれ」

 

突如、鳴り出した携帯の着信音に、ジョナサンとエリナは不思議がっている。

アクセルは、後から追いかける事を伝えると邸跡の身を隠せる場所まで行った。

 

「もしもし?」

『アクセル!』

「お、ロクサスか」

 

電話をかけてきた人物は、同じ組織の相棒のロクサスだった。

 

「なんだ、相棒。土産だったらまた今度にしてくれよ」

 

『そんな事言ってる場合じゃない!

それに、俺は今、アクセルと同じ世界で別の任務をしてるの知ってるだろ!』

 

「…やけに焦ってるな。『大物』でも出たのか?」

 

ロクサスの任務は、主に魔物かハートレス退治がメインだ。

この世界にも、ハートレスは極少数だが出現する事がある。

そのため、ロクサスかもしくはシオンのどちらかが任務でこの世界へ降り立つ事もたびたび

あるのだ。

 

『ちがう、もっと大変な事なんだ…』

「ん?」

『闇の回廊を使ってくれ! 外の世界に行けるかどうか…やってみてほしい』

 

ロクサスのその言葉を聞きながら、アクセルは狭間の闇を召喚し、この世界から

移動しようとした。

 

 

 ―――ドンッ!

 

「…いって!」

 

 

いつも通り、回廊へ入ろうとしたら、アクセルは何かに阻まれて盛大に額を打ってしまった。

 

「…っ~!…なんだ、こりゃ…!?」

『やっぱり…アクセルでもダメなのか』

 

か細い声で唸るロクサス。

アクセルは目を細めて、手で回廊の入り口を叩くと、薄らと透明な壁の様なもので

阻まれているのを確認した。

 

 

「…やべぇ事になってきた」

 

 

―――“闇の回廊の異変”

 

事態が思いもよらない方向へ傾いている事を、アクセルはこの時…ようやく気付いたのだった。

 

 

 

 

【To Be Continued… ⇒】

  

 



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平穏な一時の裏側で…


ふーちゃんsideはほのぼの回。
一方、アクセルとロクサスはある人物と遭遇する。
  


 

仲間からの連絡で、アクセルが動揺していた頃…

ソラはジョナサンの右肩に乗っかり、移動していた。

 

「とまぁーとぉー♪」

「ふふふ、ステラは唄うのが大好きね」

 

まったりした顔で、どこかの外国語で歌うソラにエリナは微笑む。

 

(…夢みたいだ、いや…現実になったんだ)

 

ソラとエリナ…七年という長い月日を経て、ジョナサンは親友と思い人と再会する事ができた。

ディオとの確執による凄惨な事件、最愛の父の死…

辛い出来事が続いた事もあり、穏やかで平穏なこの一時が何よりも愛おしく感じてしまう。

 

(それなのに、なぜだろう…? 心が落ち着かないなんて…)

 

もう、悲劇を起こす元凶はいなくなった。

それなのに、幸せな気持ちに包まれる一方で、小さな波が不規則に押し寄せるようにざわりと

ジョナサンの胸を刺激してくる。

 

(…まるで、嵐の前の様な静けさ。これから何かが起きるような胸騒ぎ…)

 

脳裏に、おぞましい姿と化した元は人間だったゾンビ達…

その後ろに強大な魔物と化したディオの姿がよぎる。

背筋に冷たいものが走る。

 

「じょーちゃん」

 

その時、ソラが声をかけてきた

ハッとした顔で、ジョナサンは右肩にいる小さいこねこにんに目を向ける。

 

「どしたん?」

 

ソラが眉を下げて尋ねてきた。

自分の不安な感情が顔に出ていたのか…それを感じ取ったのかもしれない。

 

「ううん、なんでもないよ」

 

この子やエリナに心配をかけたくない。

 

(…いけない、早く忘れないと…)

 

折角の楽しいティータイムの時間が台無しになってしまう。

ジョナサンは笑って取り繕い、恐怖を打ち消すよう努めた。

 

「ジョジョ」

「なんだい? エリナ」

 

「アクセルさん、まだ来ないわね。

さっき、不思議な音が聞こえていたけれど…何かあったのかしら?」

 

エリナが頬に手を添えて小首を傾げながら言う。

彼女の言う通り…おかしな音が響いてきた時に、アクセルは面倒くさそうな顔を浮かべていた。

動揺したり、焦っていたりしている訳ではなかったので心配はないが…。

 

「大丈夫だよ、アクセルさんは」

 

ディオとの戦いの時に、アクセルの強さを目にしていた事もあり、ジョナサンは落ち着いていた。

仮にチンピラ風情に絡まれていたとしても、アクセルの敵ではない。

ジョナサンの脳内では、アクセルが指をパチンとしてチンピラの頭を一瞬でごわごわアフロヘア―にして追い返すコミカルな場面が展開されていた。

 

「アクセルさんは強い人だからね。炎を操る魔法を使えるんだ」

「そういえば…」

 

エリナは思い出した。

あの化け物となった元警官を一瞬にして炎で包んで倒してしまった事を…。

 

「アクセルさんは…魔法使いなのかしら?」

 

エリナの頭の中では、グツグツと泡が吹いた大きな鍋に色んな材料を入れて、怪しげな薬を作る

アクセルのイメージが浮かんでいる。

ここにアクセルがいたら「ちげーよ、そんなん作るのは別の奴の担当だから」と手を左右に振って即座に否定しているだろうが、生憎と当の本人がいないため撤回しようがない。

 

「まだ分からないけれど…その可能性はありそうかな」

 

生まれ持った力なのか後天的に習得したものなのかは不明だが、あの炎の魔法は強力だった。

 

(僕もステラから加護をもらったけど…

どんな能力なのか、まだ解明できていない)

 

なにせ、授かった当初は命がけの戦闘の最中だった。

体の中から力がみなぎり、異常なまでのディオの動きを感知し、攻撃を読み取りながら

対抗できた。

 

(あの時は必死だったからな…)

 

よくあれだけ対応できたと思う。

逆に非常事態だったから、能力を開花させられたと考えるべきか。

 

(…もう少し落ち着いてから、この力を検証してみよう。

新しい発見があるかもしれない)

 

「ジョジョ、着いたわよ」

 

エリナの言葉で、ジョナサンは思考の中から意識が現へ戻った。

視界に映るのは、子どもの頃はよく遊びに来ていた川辺だった。

 

「懐かしいな。よくここで遊んだよね…」

 

水面を反射する陽の光が少し眩しい。

瞬きして、透明な川の水を見ると…ジョナサンは微かに目を見張る。

何故なら、そこには…少年時代の自分自身の姿が映っていたのだ。

 

(もしあの頃、ステラと出会わなければ、どうなっていたんだろう…)

 

もしもの仮説が頭をよぎる。

その中には想像したくない出来事さえも、浮かんでしまった。

 

「見て、ステラ。お魚が泳いでるわよ」

「わぁ~」

 

エリナに抱きかかえられ、ジョナサンの肩から降りたソラはキラキラと光が反射する川の中にいる魚を楽しそうな顔で見ている。

そんなこねこにんの様子を見ながら、ジョナサンは口元を緩める。

 

(ステラがいたおかげで…今の僕がいるんだ)

 

いつまで傍にいられるか分からない。

人よりも成長が大分遅いソラが大人になる頃には、ジョナサンとエリナは天に召されている

はずだ。

 

それでも、生きている間はこうやって三人で思い出を作っていきたい。

再び、ジョナサンが川の水に視線を戻すと…そこに映っていたのは現在の自分の姿だった。

そして、エリナとソラも…三人一緒に。

 

(ステラ、大人になっても…僕とエリナの事を忘れないでね)

 

自分達との思い出がずっと、ソラの記憶に残るように…。

ジョナサンは、その願いを叶えるために三人で過ごすこの時間を大切にしていこうと決意した。

 

 

 

 

 

 

 

『それで…他の方法は試してみたのか?』

「ああ、やってみてるよ。…電話が通じた事は幸いだ」

 

アクセルは携帯を耳に押し当てて、連絡相手…サイクスに状況を報告する。

闇の回廊が使用不可となった異常事態。

それは即ち、外の世界への行き来を何者かが遮断したという事だ。

 

アクセルは緊急事態に直面するや、すぐさま行動をとった。

所持している通信機…携帯の使用が可能か否か。

幸いにも、携帯の電波は組織の本拠地に届いた。

そして、副官であるサイクスに事の次第を報告している最中である。

 

「よかったぁ~…ダスクとアサシン、出てきた」

 

連絡をしているアクセルの近くで、ロクサスが配下ノーバディを呼び出せるか試していた。

結果は…問題なさそうだ。

 

『なるほど…現時点では、こちらとの通信手段と配下ノーバディの召喚は支障ないと』

「ああ、今は闇の回廊が使えねえだけで済んでるが…どうなるか分からねえな」

 

相棒が、自分専用の携帯を取り出してメールを打っているのを横目で見ながら、アクセルは

難しい顔で答える。

 

「…シオンに連絡しとかないと。よし、送信完了!」

 

もしかしたら、時間が経つにつれて今使える術さえも不可能になるかもしれない。

どうにかして、早急に原因を突き止める必要がある。

 

『また状況が判明したら、連絡をくれ』

「分かった…」

 

一旦、連絡を終えたアクセルはハァ…と溜息を吐いた。

 

(ったく…なんでこう次々と厄介事が舞い込んでくるんだよ)

 

…この世界は何かがおかしい。

思えば、いくつかの不自然な点があった。

時間の不規則かつ急速な進行、ソラが戦う術を身に着けていた事…そして、今回の件。

 

それらを線で繋げる事で、アクセルはピーンときた。

おそらく、一連の出来事の裏で暗躍していたのが、この世界の秩序を守る者であると。

 

(…そうなると、ますます分からねえ。

そもそも、この世界の管理者達はなんで俺達を閉じ込めたんだ?)

 

13機関は、かつて世界を混乱に陥れた過去がある。

世界の秩序を守る側となった現在でも、組織を危険視する声は少なくない。

もし、犯人が世界の管理者であるなら、アクセル達を逆に強制的に離脱させる手段を取るはずだ。

 

浮かんだ疑問を独自に推測していき、アクセルはある結論に辿り着く。

…もしや、自分達は知らない間に、非常にまずい状況に首を突っ込んでいるのではないか?

 

姿が見えざる者の突然の介入もあり、アクセルの中では猶更、その推論が確信に近いものに

なりつつある。

 

「えぇ~…」

 

その時、メール画面を見ていたロクサスが残念そうな声を漏らした。

 

「どうした?」

「シオンから返信がきたんだけど…」

 

 

《 今日の夕食はカレーライス。

デザートはコゼットさんのところで買ったシュークリームだけど…

食べられなさそうだね…。

 

日持ちしないから、また今度買うね。

…二人とも気を付けて! 》

 

 

その内容を読んだアクセルは、マジかよ…と大いに眉を顰めずにはいられなかった。

なんでこんな時に限って、好きなメニューと美味そうな定番スイーツが夕飯と食後のデザートになってしまうのか。タイミングの悪さに、ガクッと肩を落としてしまう。

 

「なぁ、今日…野宿かな?」

「あー…路銀はあるから、宿には泊まれるだろ」

「そうだな…」

 

うーん…と腕を組んで、難しそうに唸るロクサス。

相棒が悩む横で、アクセルはふとソラ達の事を思いだした。

 

(そろそろ行かねえとまずいな…)

 

そういえば、エリナがお菓子を持参していた。

まだ残っているなら…分けてもらおう。

 

「ロクサス、ちょっと付きあ…ッ!?」

 

折角だから、ロクサスも連れて行こうとしたその時だった。

アクセルは周囲の空気が一変した事を察知した。

 

「アクセル、上…!」

 

ロクサスも同じく異変に気付いたようで、空を指さした。

視線をそちらへ向けると、天高く飛行している小鳥数匹が羽を広げたまま、固まっていた。

…まるで、時が止まったかのように。

 

「…気を抜くな。敵は近くにいるぞ」

 

アクセルは真剣な顔で辺りに視線を巡らす。

彼の言葉で、気を引き締めたロクサスも愛用の武器であるキーブレードを取り出して構える。

 

(やれやれ…物騒な物を持っているな)

 

「「!?」」

 

突如、聞こえてきた見知らぬ声に二人はさらに警戒心を強める。

 

「こちらだ」

 

アクセルとロクサスは、その声がした方向へパッと視線を集中させる。

一人の男性がいつの間にか、そこに立っていた。

黒い聖職者の衣装を着た、顎鬚の30代位の男性。

しかし、纏う気配は人間ではない…只ならぬ異質な存在である事は間違いない。

 

「はじめまして、狭間に属する者達」

「…なーるほど。あんたが仕掛け人ってわけか」

 

アクセルは両手からチャクラムを召喚した。

 

「俺達を閉じ込めたのは…おじさん?」

「閉じ込めた、か。…まあ君達の視点からみればそう感じるのは当たり前か」

「俺達の視点…?」

 

男性の言葉に、ロクサスは首を傾げる。

 

「あんた、何者だ?」

「この世界の秩序を守る者だ。…名はハーパルと言っておこう」

 

鋭い目で問いかけてきたアクセルに対し、男性…ハーパルはごく自然な感じで自己紹介を含めた

回答を返した。

 

「狭間に属する者達…いや13機関と呼べばいいか」

「…なんだよ」

 

「今度はこちらの質問の番だ。

…君達は、この世界に何の目的で降り立った?」

 

ハーパルは、淡々とした口調で質問を投げかけてきた。

だが、先の飄々とした雰囲気から一転、逃げるのを良しとしないと言わんばかりの凄みがある

顔に、アクセルは一瞬気後れしてしまう。

相手の気圧に負けじと、アクセルも睨みを利かせていると…

 

「俺達は、小さい女の子を探しに来ただけだよ」

 

そんな剣呑な空気を変えたのが、ロクサスだった。

 

「人探しをするため?」

「うん、その子を探している人がいて…早く帰してあげたいんだ」

 

正直に目的を語るロクサスを、ハーパルは訝し気に見つめる。

 

「もし、その子を見つけたらすぐにこの世界から出ていく。

この世界を乱す行為は絶対にしないから…お願いします」

 

ロクサスは深々と頭を下げた。

 

「…相棒の言葉に嘘偽りはない。

目的を果たしたらそれ以上の事はするつもりもない」

 

アクセルは、親友のその行動になんとも言えない顔を浮かべながらもチャクラムを消した。

攻撃しないという意思表示をして、ハーパルの出方を伺う事にした。

 

 

 

「分かった、信じよう」

 

「えっ?」「ん?」

 

二人の言葉を聞くや、ハーパルは意外な反応を返してきた。

ふぅ~と気が抜けた顔でそう告げたハーパルに、ロクサスとアクセルはポカンとする。

 

「安心してくれ、取って食う真似はするつもりはない」

「…マジか?」

「ストレートに言うと、あの組織の指導者であったら別の対応をしていた」

 

続けて言われた言葉に、アクセルは目を見開く。

 

「ゼムナスの事を知ってるのか、あんた…」

 

「有名人だからな…〝色んな意味で”

会いたくもない人物だから、逆に君達でよかったと思ってる」

 

ハーパルのあけすけな発言に、ロクサスは目が点になり、アクセルは顔を引きつらせる。

向かい合う人物は、二人が所属する組織の指導者個人に対して悪感情を抱いているが、メンバー全体を拒絶している訳ではないようだ。

 

「それに…君達はステラの関係者だ。

あの子が認めた人物であれば、邪険にはできない」

 

「あんた、ふーの事を…!」

 

アクセルの表情は再び険しくなる。

ソラの事をちらつかせた。

それにより、ハーパル自身がソラに戦う術を教えた張本人だと明かしたのだ。

 

「言い訳にしかならないが…俺は時期が来れば、ステラを元の世界へ帰すつもりだった」

 

「なら、なんでふーを今まで手元に置いていた?

…最初から、あの子を利用する気だったんじゃねえのか?」

 

アクセルが放つ殺気を、ハーパルは平然とした様子で受け流しながらこう続けた。

 

「そう捉えられても仕方ない。

こちらとて…厄介な問題を抱えていて猫の手を借りたいところだったからな」

 

「問題…?」

 

ハーパルの意味深げな単語に、ロクサスは疑問符を頭に浮かべる。

警戒と困惑の念が浮かぶ二人に対し、ハーパルは口角をあげる。

 

 

「詳しい事情を話そう。

…『巻き込まれる覚悟』があるなら、の話だが」

 

 

 

 

【平穏な一時の裏側で…】

 

 

 

 

「うん、美味しい!」

「うまみー」

 

ジョナサンとソラは、エリナの作ったサンドイッチとクッキーに舌鼓を打っていた。

 

「ふふふ、そんなに焦らなくてもまだたくさんありますよ」

 

七年ぶりに食べるエリナの料理は、とても美味しい。

初めはゆっくり味わっていたジョナサンだが、あまりの美味しさに、食べる速度が進んでしまう。

対して、ソラはもきゅもきゅ…とマイペースに食べながら、エリナに時折口元を拭いてもらって

いる。

 

「久しぶりね…こうやって三人で集まって、食事をするのは」

「あの頃の君のお菓子も良かったけれど、今はさらに美味しくなってるよ」

「まぁ、本当に?」

 

ジョナサンの感想に、エリナは嬉しそうに微笑む。

 

「…これからも楽しみだよ」

「えっ?」

 

「まだ、家の復旧とか財産の相続とか…片づけなければならない問題があるんだ。

でも、それを終わらせたら…君の手料理を毎日食べたいな」

 

ジョナサンが穏やかな顔で、己の願いを口にした。

それは…遠回しなプロポーズでもあった。

 

「ジョジョったら…」

 

頬を紅潮させて照れるエリナに、ジョナサンは朗らかに笑いかける。

二人がいい雰囲気に包まれているのを、ソラはなんとなく察していた。

 

(じょーちゃん、えりちゃん…おはなほわほわだぁー)

 

二人の周りは暖かくて、綺麗な花弁がふわふわ舞っているように見えるのだ。

ソラは嬉しかった。

黒いモヤモヤ(ディオ)はいなくなったし、ジョナサンとエリナも前よりずっと仲良くなった。

 

お日様があって、青い空がどこまでも広がって、時々もこもこと白い雲が漂っている。

こういう日にお外で洗濯物を乾かすのが好きだ、と友達の母親であるコゼットがよく

言っている。

 

ソラも、晴れの日が大好きだ。

外で遊べるし、陽が当たる場所でお昼寝すると気持ちいいから。

エリナのお手製のクッキーを食べながら、ソラは思った。

 

(ふぅ~? だれかおる…)

 

さっきから、人の気配がちらちらしている。

どこかに隠れているのだろうか…?

すると、ソラの前を一匹の紋白蝶が横切った。

 

「ちょーちょー」

 

ソラは目を輝かせて立ち上がると、トコトコと歩いて蝶を追いかけていく。

蝶はひらひらと舞うように飛んでいくと、ある場所に止まった。

ソラも歩を止めて、『そこ』に止まっている蝶を眺める。

 

「こんにちは、こねこのお嬢ちゃん」

 

蝶が止まっている場所は…帽子の上だった。

挨拶してきたその帽子の人物は、丸い模様のついたネクタイをした、髭を生やした

おじさんだった。

 

「だりぇ…?」

 

こてんと首を傾げるこねこにんの頭を、そのおじさんはぽふぽふと優しく撫でる。

そして、そのおじさん…ウィル・A・ツェペリ氏に、ジョナサンとエリナは数分後に

邂逅する事となる。

 

 

 

 

【To Be Continued… ⇒】

  




※アクセルとロクサスは、世界の管理者(ハーパル)と遭遇した!

※ふーちゃんは、ツェペリ氏と遭遇した!



【お知らせ】

※今後は不定期更新となります。
 話が出来上がったら更新していく予定です。
  


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生存していた悪意と、ジョナサンの決心

生存していたディオは野望のために、密かに暗躍する。
そして、ジョナサンはツェペリ氏と邂逅して…
  



※残酷・流血表現があります。

お読みになる際はご注意ください。

 

 

*** ***** ***

 

 

 

時間は、闇が広がる深夜の時間帯まで戻る。

焼け落ちたジョースター邸跡で、瓦礫をどかしながら探索する人物がいた。

 

「ウウウ ヘェッヘェッヘェッヘェッ! あったあるね」

 

その人物とは…ジョースター邸の騒動の最中に逃走したワンチェンだった。

彼の視線の先にあるのは、地面に埋まっている【石仮面】があった。

 

「3日前の惨事にはほんと驚いたね…」

 

証人として連れてこられるや、あんな大事件に発展するとは思わなかった。

命惜しさに隙をついて逃走したが…幸いな事に、怪物となったディオはあの火災で灰と化した。

生き残った実子のジョナサンは葬儀等で忙しいため、まだこの跡地に訪れていない。

 

…これはチャンスだと思った。

 

ワンチェンは【石仮面】に目を付けた。

人を異形の者に変えてしまう危険な効果はあるが、使い様によっては金儲けができる。

 

「この仮面…金になるよ…ひともうけしてやるね」

 

ウヘェェヘヘヘヘヘとニヤニヤしながら、【石仮面】を掴みとろうとした、その時…

 

「ひええーッ!!」

 

ガバアッと地面から焼け爛れた手が出現した。

驚愕するワンチェンの腕を掴むや、ドスドスドスッと四本の指を注射器のように

突き刺した。

 

「ぎゃあああス!!!」

 

突き刺された個所から生命エネルギーを吸い取られていき、ワンチェンは悲鳴を上げる。

同時に、ゴバゴバァと瓦礫の中から…『その者』は這いずりながら出てきた。

 

 

「う…う…う…ジョ…ジョ……ステ…ラ……」

 

 

…ディオだった。

死んだと思われた彼が何故生きていたのか?

 

(あの時、柱が崩れて女神像が壊されていなければ…どうなっていたか!)

 

火事で崩れ落ちた柱が、ディオを拘束していた女神像を破壊した。

解放されたディオは力を振り絞り、柱の中に逃れたのだ。

 

(ジョジョ、ステラ……あの二人は危険だ!

あいつらがいる限り、このディオの野望は泥で作った城の如く壊されてしまう…ッ!!)

 

ディオはギリッと唇を噛みしめる。

最大の障害であるジョナサンとソラを今すぐにでもこの手で葬りたい気分だ。

 

(ぐッ……だが、この状態では…ッ)

 

全身に大火傷を負っている万全でない状態では、返り討ちに合うかもしれない。

それとあの赤毛男…アクセルの存在もある。

あの男の操る炎の術は侮れない。

 

(俺には…足りないものが多い。まずは傷を癒さねばならない)

 

ワンチェンから得た生命エネルギーにより、どうにか上半身を動かせるまでに回復した。

しかし、傷を癒して力を取り戻すためにはもっと多くの生命エネルギーが必要だ。

 

(同時に、使える駒…忠実な下僕もいるな。

やらねばならん事がいっぱいある…)

 

ギンギンと獰猛な獣のように目を光らせ、ディオは闇夜を見上げる。

 

(失敗はくりかえせん、慎重に事をやらなくてはな…)

 

ディオの背後で、倒れていたワンチェンが徐に立ち上がった。

 

「今から…お前はこのディオの従者だ。

これから手足として動いてもらうぞ」

 

「………仰せのままに」

 

ディオの力で、屍生人となったワンチェンは片膝をついて首を垂れる。

ディオは口端を吊り上げて、笑い声をあげた。

 

 

「フハハ…ハハハ…! 待っていろ、ジョジョ、ステラ…!!

このディオが完全復活した時! その時こそが!

貴様らの終わりとなるのだァアアア!!」

 

 

こうして、恐るべき闇は静かな復活を果たした。

 

 

 

 

 

「ディオが…生きている…?」

 

突如、もたらされた驚愕の事実に、ジョナサンは時が止まるような感覚に陥った。

 

「残念ながら本当だよ、ジョナサン・ジョースター君」

 

その情報をもたらしたのは、謎のイタリア人の紳士…ウィル・A・ツェペリであった。

ツェペリはとある事情から【石仮面】を探しており、その過程でジョースター邸で

起こった悲劇を聞きつけたようだ。

 

 

「二日前に、中国人らしき人物がジョースター邸の跡地に向かっていたという証言がある。

その後、その人物は店にも戻らず行方不明だと聞いた」

 

 

ツェペリの言葉に、ジョナサンはあの証言者であったワンチェンの事を思い出す。

あくまで憶測だが、ワンチェンはジョースター邸の焼け跡で金目になる物でも

探していたのだろう。

 

その際に…信じたくないが、生きていたディオと遭遇して殺されてしまった可能性がある。

 

 

「そして、あの【石仮面】もまだ壊れていない……!

【石仮面の男】ディオが持っている!」

 

 

なんという事だ…とジョナサンの全身が震える。

まさか、想像以上の最悪の事態が起きているなんて

…思考を放棄したくなってしまう。

だが、ジョナサンはグッと両手で拳を作り、気力を震い起こした。

 

「貴方は…何故、【石仮面】を知っているんですか?

そもそも【石仮面】とは一体…何なんですか?」

 

「話をしてもいいが…」

 

ツェペリはちらりと後方を見つめる。

二人が話しているところからやや離れた川辺に…エリナとソラがいた。

ソラは、エリナの膝元にちょこんと座っており、エリナは優しい眼差しを

向けながら何か話している。どうやら、御伽噺を聞かせているようだ。

 

「彼女達にも同席してもらうかね?」

「…いいえ、僕一人だけでお願いします」

 

ツェペリの確認の問いかけに、ジョナサンは緩慢に首を振った。

あの事件からまだ日が浅い。

あんな凄惨な現場で生き残れただけでも、奇跡に近いのだ。

これ以上…二人を巻き込みたくない。

 

 

(ディオが生きているなら…確実に僕達を狙うはずだ。

でも、この数日の間に奇襲をかけてくるどころか…

姿すら見せようとしなかった。

そうなると…ディオは、まだ完全に動ける状態じゃあない)

 

 

実際、ジョナサンの読みは当たっていた。

ディオは大火傷を負っていた事で、回復に専念している最中だ。

形容しがたい不安はあるが、こちら側にも何らかの対策を講じる時間がある。

その事が、ジョナサンの心に広がろうとしていた不安を打ち消した。

 

 

(…ディオの事だ。今度は入念に計画した上で僕達を襲撃してくる…必ず!)

 

 

特に、ソラは危険だ。

ジョナサンに加護を与えて、特殊な力を授けたあの場面を目の当たりにした

ディオは、迷う事なくソラを手にかけるに違いない。

 

 

(エリナとステラを…二度とあんな怖い目に合わせたくない…ッ!)

 

 

ジョナサンは、真っ直ぐな目でツェペリを見据える。

 

「教えてください。【石仮面】の事を…」

「うむ、いい目だ」

 

ツェペリは満足そうに頷くと、本題に入った。

…自らの過去と【石仮面】との因縁について。

 

 

*** ***** ***

 

 

「ジョジョ、あの男の人と何を話しているのかしら…」

 

つい先程まで、御伽噺を語っていたエリナが少し心配そうに遠くを見つめる。

その先には、恋人であるジョナサンと…『旅行者』だと言っていたイタリア人がいる。

彼等は真剣な表情で話をしているようだが…どんな内容なのだろう?

 

「ふぅ…じょーちゃん」

 

膝に乗っていたソラがいつの間にか降りて、トコトコとジョナサンのもとへ

行こうとしていた。

 

「ステラ、もう少し待ちましょう」

「…ぶぅー」

 

エリナにストップをかけられ、ソラは不満そうだ。

 

「ジョジョは今、あの人と大切なお話をしているの。

邪魔したらダメよ」

 

エリナが優しく諭すように説明すると、ソラは仕方なさそうに止まった。

いい子ね…とソラの頭をエリナは撫でる。

 

 

「そういえば…アクセルさん、まだ来ないわね。

どうしたのかしら…?」

 

 

屋敷跡で別れてから、彼是二時間くらい経っている。

アクセルは依然として現れる気配がない。

アクシデントでもあったのか…とエリナは心配になってきた。

 

「ふぅ…!」

 

その時、ソラが目を大きく見開いて地べたに座り込む。

何かを見つけたのか、小さな両の手でそれを掴んだ。

 

「どうしたの? あら…」

 

一体、何を捕まえたのかしら…と覗いてみると、ソラの手に握られていたのは

…【毛玉】だった。

 

「ぴぃ…ぴぃぴぃ」

 

その【毛玉】は鳴き声を出し、それに応えるようにソラはぱっと両手から

【毛玉】を放した。

 

…明るいオレンジ色の丸い雛だ。

ふわふわした毛並みで、キリッとした目付きをしているが、とても可愛らしい。

まぁ…とエリナは思わず頬を緩めてしまう。

 

「かわいい…珍しい色の雛ね」

「ぴぃ…ぴぷぴぴぴ、ぴぴーぴぴぴっ!」

 

すると、オレンジ色の雛が鳴きながら小さな羽を上げたり、ばたつかせていく。

まるで、人間のようにジェスチャーをしているように見えて、エリナは小首を傾げる。

 

「あんね、えりちゃん。こにょこ(この子)、らんちゃん」

 

すると、ソラが言葉を翻訳したのか…雛の事を紹介した。

 

「らん、ちゃん? もしかして、この子の名前なの?」

「うん!」

「ぴぃ!」

 

エリナが聞き返すと、ソラは大きく頷いた。

彼女に同意するように、オレンジ色の雛…ランも上下に身体を動かす。

 

「そう…ステラ、この雛…ランは貴女のお友達なのかしら?」

「うん!」

 

ソラは再び首を縦に振る。

ランは目をパチクリさせると、フルフルと小刻みに震えている。

心なしか、目がうるうると潤んでいるようだ。

 

エリナはふと気になった。

【友達】だと主張するからには、ソラは既にどこかでランと会っていた事になる。

 

「ランとはどこで初めて会ったのかな?」

「ぱるしゃん、とこ!」

 

ソラの口から先日、聞いた単語が飛び出してきた。

『ぱるしゃん』というのは、もしかしたら特定の場所か、人物の名前を

指しているのだろうか。

 

 

「―――『エリナ』」

 

 

自らの名前を呼ばれ、エリナはハッとした。

振り返ると、イタリア人の男性と話を終えたジョナサンが立っていた。

 

 

 

 

 

「ごめん、待たせたね」

 

苦笑して謝る恋人に、エリナも微笑みを浮かべる。

 

「いいえ、大丈夫ですよ」

 

エリナはそう返すや、離れた場所でこちらを眺めている例のイタリア人に

目が留まった。

 

「あの御方は、どういったご用件で貴方に…?」

 

つい気になってしまい、その事を尋ねてしまった。

 

「あの人…ツェペリさんは、父の知り合いだったみたいでね。

昔の父との思い出話につい花を咲かせてしまったんだ」

 

ジョナサン曰く、ツェペリ氏はジョースター卿と仕事上で親しい仲だったとの事。

旅行中に、ジョースター卿の訃報を聞いて息子であるジョナサンのもとを訪れた。

話をしていく内に、お互いに意気投合して…そのおかげか、ツェペリ氏は英国に

滞在する日程を長くしてくれた。

 

「ツェペリさんは考古学にも造詣が深くて、僕が書いた論文にも興味を持ってくれて…

これからの事も含めて、相談に乗ってくれる事になったんだ」

 

「そう…よかったわね、ジョジョ」

 

ジョナサンは大学を卒業後に家を継ぐと同時に、考古学の仕事にも本格的に携わると決めた。

ツェペリ氏も、亡き知人の息子の夢に協力したいと乗り気のようだ。

 

「ごめん、エリナ。

暫くの間は…忙しくて会えなくなってしまう」

 

「気にしないでいいわ。

それよりも…今、ジョジョがやるべき事を優先してください」

 

申し訳なさそうに理由を語るジョナサンに、エリナは首を緩慢に振って

「心配しないでいい」と伝える。

あの事件で大切なものを一気に失くしてしまった恋人は立ち止まる暇もなく、

前に進まなければならない。

 

今までとは異なり、長い時を経てようやく心を通わせる事ができたのだ。

ここで我儘を言って、彼を困らせる事はしたくない。

どんな形でもいいから、彼の事を見守り、応援していこう…とエリナは密かに決意した。

 

 

 

そんな二人の様子を間近で眺めていたソラは思った。

 

(じょーちゃん…へん)

 

ジョナサンとエリナは二人とも仲良く話をしている。

けれども…ソラは、ジョナサンが纏う空気がいつもと違って穏やかではないと

感じ取った。

 

(ぽんぽん、いたいん…(お腹痛いのかな…)?)

 

幼子故に漠然とだが、ソラは契約者である青年に自分達には何かを隠している、

そんな気がした。

 

…体調でも悪いのだろうか?

…嫌な事でもあったのだろうか?

 

ソラの心に、モヤモヤしたものがちょっとずつ広がっていく。

 

「ぴぃ、ぴぴぴぴ?」

 

すると、ランが小首を傾げるようにソラに話しかけてきた。

 

「うん、じょーちゃん…どしたん(どうしたんだろう)?」

 

ソラは、ランに自分の今の気持ちを素直に教えた。

ジョナサンの事が凄く心配である事を…。

 

「ぴ、ぴぴぷ…ぴぴぴっ」

 

ソラの不安を和らげるように、ランは彼女の手に寄り添った。

 

 

 

【生存していた悪意と、ジョナサンの決心】

 

 

 

「はい、お待たせ。当店自慢のミルクシチューだよ」

 

夕方を過ぎて、夜の中盤に差し掛かった頃…アクセルとロクサスは町にある

宿屋の食堂にいた。

 

予め、ダスクに値段が手頃で安全な宿屋を探すように命じていた。

ソラ達と合流して話が一段落した頃には見つけ出していたので、

すぐに二人は此処へ直行する事ができた。

 

さらに、宿屋の女将が良心的なタイプの人物であった事が幸いだ。

アクセルとロクサスを普通の客として迎えてくれて、夕食の特製シチューを

大盛りにするサービスをしてくれるなど気前もいい。

 

「うん、うまい!」

 

「そう言ってくれると嬉しいねぇ~。

よかったら、おかわりしていいよ」

 

ロクサスは、具がたっぷり入ったシチューを堪能している。

当初はカレーライスが食べたかったが、此処では取り扱っていなかったため、

やむなく女将のおすすめ料理に決めた。

…その選択をしてよかった、と本人は実感している。

 

「はぁ…」

「アクセル、食べないのか?」

 

宿屋に到着する前から眉を寄せている親友に対し、ロクサスは心配そうに

声をかける。

 

「ああ…食ってるよ」

 

そう言いつつも、アクセルは匙を持ったままシチューに手を付けていない。

…ロクサスは分かっていた。

親友がいつになく悩んでいるその原因が、『ハーパル』という導き神からの

依頼である事を。

 

「アクセルはどうしたいんだ?」

 

ロクサスはシチューを味わいつつ、率直に尋ねた。

簡単に解決しない問題だが、一人で悶々と思考にはいるより、二人で話し合った方が

いいと思ったからだ。

 

「本音を言えば…ふーを厄介事に巻き込みたくない」

「うん、俺も同じだ」

「だが、ジョジョが絡んでくるとなると、ふーは絶対にあいつから離れねえだろうし…」

 

あー、どうすりゃいいんだ…とアクセルは後頭部を掻く。

そんな親友の様子を見ながら、ロクサスは五時間前の出来事を振り返った。

 

 

 

【To Be Continued… ⇒】




※久々の更新です。
  


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