無限の剣を持つゴブリン (超高校級の切望)
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転生者

 それは歓迎されずに生まれた。まず最初にみたのは、嫌悪の、憎悪の、殺意の視線。自分が這い出てきた穴を持つ女の、憤怒の形相。

 年の近い兄弟達はまだかわいげがある見た目。しかし兄、或いは父親達は何奴も此奴も醜い容姿をしていた。

 長い鼻に、長い耳、小さめな瞳、鋭い牙、緑の皮膚。

 母に当たる女をなぶり、痛めつけ、笑う。時折その女を助けにくる、或いは迷い込んだり、自分達を殺しにきた者を殺して、笑う。男は殴り、刺し、女は犯す。男の前で見せつけるように犯すこともある。

 ああ、なんと浅ましくおぞましい生き物か。

 だが、解るのだ。彼らの気持ちが。

 女の悲鳴は心地良い。苦しむ顔と合わせると絶頂すら覚える。

 男はもちろん同胞ですら死に瀕している姿を見ると笑いがこみ上げてくる。

 ああ、おぞましい。なんとおぞましき生態か。

 そのゴブリンには、平和な国の平和な街で生きてきた記憶があった。故に、その記憶と己の性根が噛み合わず途轍もない不快感を抱いていた。

 

 

 

 勝てると思った。ゴブリンになるのは予想外だったが、自分には転生特典があるのだから。

 『無限の剣製』(アンリミテッド・ブレード・ワークス)。fateという作品の中でもかなりのチートに部類されるであろう力。しかし彼は命からがら逃げ出していた。

 そもそも『無限の剣製』(アンリミテッド・ブレード・ワークス)()()()()()()()()()()固有結界。同胞が使う粗末な短剣や冒険者から奪ったであろうただの剣しか持っていない『彼』にはそもそも本来の持ち主のようにチートじみた性能は発揮しえないのだ。

 彼は考える。どうすればいいか。まずは当然、力を付けるべきだ。しかし何処で?同胞の所業を見るに人間の前にでるのは危険だ。となると、心底不愉快だが同胞の群れに混じるしかない、か?

 女はいるだろうか?貸してもらえるだろうか?

 

「─────ZI」

 

 そんな思考になっていた己に舌打ちする。脳の形がそもそも違うのだろう。他者の苦しみを喜びにするそのあり方に、嫌悪を覚える。

 確実に滅ぼそう。その後死のう。この種族をこの世界に一体たりとも残さない。この血を、遺伝子を、必ず消し去る。

 だが、そのためには力が必要で、そのためには同胞に紛れる必要がある。ちょうど群れを見つけた。ゴブリンシャーマンと呼ばれる奇跡を使う個体が長をしていた。

 そこらの獣をかりそれを対価に奇跡を教わることにした。獣を狩るのは、簡単だ。前回の群れで学んだことだが自分には型月世界の固有結界を扱える能力があり、副次効果で魔術回路がある。転生特典上、扱えるそれを検証し強化を覚えた。並みのゴブリンよりよほど優れた成果を出せる。

 ゴブリンシャーマンから一通り奇跡を学ぶと殺した。新しいボスの誕生かと首を傾げていたゴブリン達も殺した。捕まっていた雌達も腹の中にゴブリンが居たので殺した。

 自身の知らぬ奇跡を扱えるゴブリンシャーマンが居たら学んでから滅ぼし、居なかったら滅ぼす生活を続けていると体に変化が現れた。

 肥大化したのだ。人の子ほどのサイズだったその体が少しずつ大きくなっていた。何故か脂肪も付きやすくなっていたので体を鍛える時間を増やした。せっかく付いた肉だ、筋肉にしなくてどうする。

 柔軟もしっかりやり、筋肉も付きすぎない程度に鍛え、食事量を制限する。剣の使い方もだいぶ覚え────負けた。

 ゴブリン共に英雄と呼ばれていた個体。自分もゴブリンより巨体で、しかし大柄なゴブリンに比べると食事制限のせいで小柄。せいぜい長身の人程度だがその大柄な個体を上回るさらに巨大なゴブリン。鎧を着込み剣を振るう。剣の実力は、自分より上。奇跡を放つ隙がなかった。

 そいつはバカだが───ゴブリンじたいバカだが群れのボスは他の個体に比べて知恵を持っていた。大柄だが太っていない、体型的には自分に近いそのゴブリンは王を名乗って、戦力として加われと言ってきた。

 受けなければ死ぬだろう。故に受けた。

 力が必要だ。経験が必要だ。だから襲いかかってくる冒険者には糧になって貰った。強いのも多い、何度か死にかけたが治癒の魔術を練習していたおかげで命拾いした。

 

 

 剣以外にも、鎧などを投影できるようになっていた。しかしその頃には英雄と崇められる存在が増えていた。とんだ失態だ。

 一匹一匹なら勝てる。しかし全部が相手となるとキツい。

 もっと鍛えなくては。それと、間引きもしっかり意識しよう。なるべく生き残りがでないようにしなくては。

 

 

 剣を振るう時剣に加わる力に意識を向けるようにした。今までは膂力にモノを言わせて叩ききってたからな。剣を一目見れば理解する特性上、力の加わり方を知るのは簡単。止まってさえいれば鉄でも切れるようになってきた。それと、ミスリル製の武器を手に入れた。間引きはうまく行き英雄共は増えていない。

 

 

 そういえば、と『彼』は鍛錬をしながら、ふと思い出す。以前とても強い女冒険者がやってきた時、群れのボスが人語で何か言っていた。おそらく命乞いをしていた記憶がある。その女冒険者もボスに背を向け後ろから殴りつけられ今ではハラミ袋にされたあと喰われたが、ゴブリンとは人語を発せられるのだろうか?確かに人型に近く、独自の言語を扱う知能もあるが………。

 いい加減ゴブリン社会に混じるのも嫌になってきた。いい加減というか、最初からだが。鎧で肌を隠して人の言葉を使えば、まあ文明レベルが低いこの世界なら紛れ込めるか?

 ゴブリンは同族意識が薄い。同じ群れでも同胞が苦しむ姿を笑い物にする。他の群れなど知ったことではないし、知ったら取り込もうとするだけ。その点人間ならば家畜や娘を攫うゴブリンを退治してもらおうと冒険者などに情報を渡すはずだ。

 一応ボスに頼み込んでみた。普段全く願い事をしない無愛想な『彼』からの懇願だ。ニヤニヤ笑みを浮かべ、断った。

 ある日新しい雌達が来た。その中には年端もいかぬ子供がいた。まだ孕めぬだろうが性欲処理にはなる。そして、孕めないから直ぐに殺されるであろう子供。『彼』は今までの功績の報酬として寄越せとボスに言った。

 ボスとしてはまた断っても良かったのだが、狭すぎて使い物にならなそうなガキだ。いたぶって遊んで殺す楽しみが減るのはいただけないが今回はだいぶ補充できた。特別に許可を与えると『彼』はさっさと自室に引きこもってしまった。

 『彼』はせっかくの雌を抱かない。今までもそうだった。優秀な遺伝子を残すなんて知能のないゴブリンは目くじらを立てることなく、むしろ回ってくる回数が少しでも早くなるから気にしてなかったが『彼』が専用の雌を持った。味わおうとした輩がいたが四肢の関節に杭を打たれ大きな石を口に咥えさせ蹴りつけ顎を破壊され、のたうち回りながら餓死した。以来迂闊に近づく者は居なくなった。『彼』はこの群で最強なのだ。数で押せば勝てなくはないだろうが確実に半分は死ぬ。誰もその半分になりたくないのだ。

 

 

 

──────────────

 

 

 父親の牛乳売りに、無理矢理ついていった。姉達みたいに父親の役に立ちたかったのだ。その帰りに、ゴブリンに襲われた。父親は殺され、自分は姉達と共に森の奥深くまで運ばれ古い炭坑に入る。

 ゴブリン達の視線が、怖い。身体が震える。木の枝で出来た王冠を被ったゴブリンが一言命じれば、きっと私たちは直ぐに食べられる。そんな不安がよぎる。姉たちはもっと絶望していた。少女と違い性知識がある彼女達はゴブリンが何故人を攫うのか知っているからだ。

 と、そこへ一風変わったゴブリンがやってきた。人に近い体型のゴブリン。漆黒の全身鎧をまとったゴブリンは少女を指さすと何やら呟く。王冠を被ったゴブリンは一瞬顔をしかめ、しかし鎧ゴブリンが言った何かを了承したのか手をしっし、と振るう。鎧ゴブリンは少女の腕を掴むと歩き出した。

 

「ひっ!?や、やめて!はな、放してください!」

 

 必死に叫ぶ少女だがしかし鎧ゴブリンは少女の懇願を無視して通路を進む。道中ゴブリンの死骸が転がっていて、逆らう気も失せた。

 やがて木の板で出来た扉が現れ、その向こうに放り投げられる。開けた部屋だ。部屋の奥の壁と天の境目に穴があり、光が射し込む。しかし、なんというか。ゴブリンの部屋とは思えない。

 ランプがあり、包丁など料理器具があり、鳥などもいる。鎧ゴブリンは火をつけると木組みのベッドに腰をかける。

 

「………………」

「───あ、あの」

 

 言葉は通じないと解っていても、つい尋ねてしまう。不安なのだ、何か話さないと。しかし鎧ゴブリンは何も答えない。沈黙が耳にいたく、と、その時きゅう、と少女の腹が鳴る。

 

「………………」

 

 鎧ゴブリンは部屋の隅の壺の蓋を開ける。取り出したのは生きた魚。腹を捌いて、内臓を取り出すと鳥に与える。魚は、口に棒を刺し塩をつけて焚き火に近付ける。

 

「あ、あの……」

 

 いい匂いがしてきた。ゴクリと唾を飲みもう一度声かける。返答はない。が、魚が差し出される。少女が受け取ると鎧ゴブリンは壺から再び魚を取りだし生で内臓ごと喰らい、少女を眺める。少女は魚にかぶりついた。

 

「─────ん」

 

 特別美味しいというわけではない。塩もこく、所々完全に炭化している。それでも、一心不乱に喰う。そして、漸く涙が流れてくる。父親が殺されたという、受け入れがたい現実を改めて認識する。

 

「ふ、ぐ………ふぇぇ──うえええええん!」

 

 

 

─────────────

 

 泣き喚く少女を見て、心地良い。今すぐにその泣き顔をさらなる苦悶に歪めたくなる。ああ、やはりゴブリンは滅びるべきだな。

 

─────────────

 

 そのゴブリンは不思議だった。ゴブリンというのは生で肉を喰うと聞いたのに、料理して喰うのだ。

 美味しいけど。けど言葉は解らない。自分はいったい何のために彼に生かされているのだろう?飼われている、と言った方が良い。

 鎧ゴブリンは基本的に部屋にいない。ご飯の時と朝に戻ってくるのだ。ゴブリンはもともと夜行性だからだろう。夜の間――ゴブリン達にとっての朝である――は何をしているのだろう?彼につき合ううちに自分もすっかり夜型だ。いや、つき合うも何もお互い完全に無言だし言葉も通じないから勝手に起きてるだけだが。

 この部屋にきて十日ほどだろうか?部屋の外には出ていない。何気に固いのだ、あの扉。

 

「姉さん達、大丈夫かな?」

 

 ゴブリンは思ったより怖くない。姉達も、自分のように美味しいご飯を食べているといいのだが。と、その時扉がガタガタ音を立てて開く。彼が帰ってくるには早い気がするが、と彼の通行の邪魔にならないように壁際に移動する。

 

「あれ?違うゴブリンさん?」

 

 しかし入ってきたのは鎧ゴブリンではなかった。普通の、小さなゴブリン。自分と同じぐらい。鎧ゴブリンとのやりとりで恐怖も薄らいだ彼女は彼に用事だろうかと特に慌てることなくそのゴブリンを見ると、少女を見たゴブリンがニィ、と笑みを浮かべる。

 

「───!?」

 

 その笑みに、恐怖が蘇る。本能的に、怖気が走り背を向けて駆け出し壁に立てかけてあった包丁をつかみ振り返る。が、押し倒された。背中を強打し痛みに呻く。ゴブリンはますます楽しそうに笑みを深め、少女の服を引きちぎる。

 

「い、いや!」

 

 ベロリと滑った舌が未熟な乳房を這いゾワゾワと膚が泡立つ。暴れても、逃げられない。暴れるのが鬱陶しかったのかゴブリンは少女の顔を殴りつける。

 

「GUGYA!HIGYAGYA!」

「あぐ!うっ!や、やめて───やめてください!」

 

 その痛みに涙を流し、恐怖から失禁する少女。その尿の匂いをかいでゲラゲラ笑うゴブリンは腰布をとる。少女の父のそれとは異なり大きく反り返ったそれを露わにして――吹っ飛んだ。

 

「──GUGAGYOO!?」

 

 壁に激突してピクピク痙攣するゴブリン。少女の前では全身鎧の甲冑騎士、顔を隠した鎧ゴブリンが居た。兜に刻まれた一本線からは表情が窺えないが、多分ゴブリンを睨んでいるのだろう。指の先端が鋭い爪のようになっている鎧でゴブリンの頭を握りしめる。持ち上げられジタバタ暴れるゴブリンは、しかし抜け出せない。先程の少女のように。何か喚いているが、鎧ゴブリンは無視する。少女を押し倒したゴブリンのように。

 そのまま何処からか取り出した杭をゴブリンの膝と肘に刺し込むと手頃な石を噛ませ、壁に叩きつける。歯が折れ顎の骨が砕けゴボリと血を出すゴブリンは、そのまま部屋の外に投げ捨てられる。

 

「GUUU────」

「ひっ!?」

 

 ()()()()()()()。それがどれだけ恐ろしいか理解した少女は目の前のゴブリンに恐怖を抱く。と、ゴブリンは動きを止める。そのまま周囲を見回すと、魚の壷とは別の壺を開ける。果物だ。蜂蜜に漬けていたらしい。それを皿に載せると床に置き少女から距離を取る。

 

「─────」

「────」

 

 それでも少女が動かないと知ると部屋から出ていく。残された少女は怯えながら、しかし小腹が空いてきた。こんな時でも少女の身体は正直だ。果物に手を伸ばし喰らう。甘かった。美味しかった。蜂蜜のせいで手がベタベタになった。

 

 

 

「────ん、んぅ──?」

 

 少女はムクリと起きあがる。どうやら寝ていたらしい。しかし、何時間に寝台に入ったのだろう?

 寝る前の記憶があやふやで、頭が覚醒するまで少しかかる。月明かりが天窓から部屋を照らす。()だ。確か寝る前は夕方(明け方)だった気がする。一日中寝ていたのだろうか?

 

「───ッ!!」

 

 と、部屋の中にあのゴブリンが居ることに気付く。ビクリと震えて毛皮のシーツで身体を隠す。

 襲ってくる気配は、ない。ゴブリンは立ち上がると部屋から出ていこうとする。自分が起きたから、だろうか?

 

「あ、あの!」

「──────」

 

 ピタリとゴブリンが止まり、振り返る。

 

「───あ、あの───えっと───ありがとう」

「──────」

「た、助けてくれて───それと、ごめんなさい」

「────あ、い──あと?」

「────へ?」

 

 不意にくぐもった声が聞こえる。一体誰が?と周囲を見回すもここにはゴブリンと自分しかいない。

 

「───貴方、ひょっとして言葉が解るの!?」

「──こと、ば──わあ、る───」

「す、すごい──本当に言葉を発してる。ね、ねぇ!お願い、ここから出して!姉さん達に会わせて!」

「ねーさん──あわせて──こ、ことば──」

「───?」

「おえがい───ことば───」

 

 言葉が通じているとしたら、反応がおかしい。これは、完全にオウム返しだ。

 

「………なんだ、言葉が分かる訳じゃないんだ」

「こどば──わがる───」

「いや、だから言葉が──」

「ことば───こ、とば───こぉどば──」

「…………?」

 

 何故、急に言葉と連呼するのだろうか?今までの行動をみる限り意味のない行動をするとは思えないし───。

 

「………ひょっとして、言葉を覚えたいの?」

「ことば、お……ぼえ、だい───」

 

 少女の反応から、少女の言っている意味を理解したのかその言葉を繰り返すゴブリン。少女は一つ決心をした。

 

 

 

────────────────

 

 察しのいい子で助かった。あれから、頻繁に話しかけてくるあの子のおかげで人の言葉も覚えてきた。外で拾った炭をあげ絵を描いたりして、それの名前も聞く。だいぶ人の言葉も覚えたと思う。それと、彼女の最後の姉が死んだ。最期まで俺を睨んでいた。俺があの子に何かしていると思っているのだろう。彼女だけが平穏を過ごしたと知ったらどんな───やめよう。

 まあ、もう十分だろう。ここにいてもこれ以上強くなることはない。まれにやってくる『渡り』や『はぐれ』を殺してもゴブリン共は消えてなくならない。そろそろ外に出よう。自分がゴブリンだと知る人間は、彼女以外は皆殺しにしよう。そして、この群れを滅ぼそう。

 

 

 

────────────────

 

 

 ボスは混乱していた。突如群れ最強の戦士が孕み袋を殺したのだ。

 戦力増強を期待していたボスは怒り、吼え、ボスの意を汲もうとした英雄が理不尽に斬り殺された。兜のせいで顔は見えないし視線も解らない。なのに、睨まれた気がした。

 

「■■■■■■■■■■■■■ッ!!」

「「「─────ッ!!」」」

 

 その咆哮に、全ての小鬼が戦慄した。声に含まれた圧倒的な殺意、殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意。群れ最強で、敵う者のいない戦士が突如群れに牙をむいた。直ぐに殺すように命じ、自分は英雄を一人連れ穴の奥に逃げる。女だ、あの女がいる。あの戦士が異様に執着して、他の誰にも手を出させなかった人間の女。あれを使えば逃げられる!と、ドサリと倒れる音がする。こんな時に転んだ英雄に舌打ちしながら振り返ると回転しながら飛んでくる斧が見えた。

 次の瞬間にはくるくる回る視界とその端に映る首なしの身体が見え、木の板が砕ける音が聞こえた。

 

 

 

 

 大人達を皆殺しにした。後残るのは子供達だけ。

 子供達が隠される部屋は知っている。扉を蹴破り、震える、人間の感性からしてもまだかわいいと言い切れるガキを踏み潰す。仲間の敵でも討ちたいのか石を持って襲いかかってくるガキが一匹。鎧に弾かれ呆然としているそいつの頭を蹴りつける。頭が首から離れ別のガキの頭にぶつかり砕ける。首の骨が折れ頭蓋の破片が顔に刺さりそのガキも死ぬ。残りは二匹。

 片方の左腕を切り落とし片方の脚の骨を踏み折る。絶叫が響きわたり目に涙をためるガキども。

 

───嗚呼、なんて………なんて心地良い!

 

───叫べ!泣け!絶望し恐怖しろ!その涙こそ味わわずとも天上に誘う極上の甘露!

 

───苦しめもがけ!嘲笑してやろう、貶めてやろう!

 

 本能が叫ぶ、苦しめろと。理性が笑う、殺せと。怒りが唆す、いたぶり尽くせと。

 片腕になった小鬼に見せつけるように足を折った小鬼を痛めつける。内臓を傷つけぬように骨を折る。次はお前だ、そういうように。

 首の骨をへし折ると流石に死んだ。次は片腕。逃げようとするが、ニガスモノカ──まず指を切り落として足の裏を骨が剥き出しにナルマデキリオトス。ソノアトハキズツケズオコウ。ソウダ、ユカヲホノオデヤイテオコウ。イタミニクルシミナガラヒッシニハシルサマヲミテアキタラコロス。

 ソノタメニ、イチドツカマエテ───

 

「だ、駄目!」

「────!?」

 

 その叫びに、思考が蘇る。目の前には震えながら両手を広げる少女。固まっている自分に抱きついてきた。

 

「お願い!戻って、おかしくなっちゃやだ!」

「──────」

 

 震えている。当然だろう。血に染まった黒鎧の戦士など、恐れない方が無理だ。なのに彼女は自分を止めようとしている。ゴブリンが可哀想だから?ではないだろう。ゴブリンの悪辣さは口が酸っぱくなるほど教えた。 

 

「───だ、だーじょぶ………オチ、オチツイた───へーき、だ」

 

 きっと彼女は自分に他の小鬼と同じようになって欲しくないのだ。他者の苦しみを、嘆きを、悲痛を、恐怖を嘲笑う存在になって欲しくないのだ。

 

「……………………」

 

 ガキは逃げた。とはいえこの森は獣が多い。血の匂いを放つ片腕の人間の子供程度の強さのゴブリンの、さらに弱い子供など良い餌だ。ほうっておいても死ぬ。今はこの泣く少女の頭を撫でてやる。

 

 

 

 その日奇妙な男が冒険者ギルドの扉を開いた。

 肩に幼い少女を乗せた黒甲冑の男。騎士のような格好のその男は周りの視線も気にせず受付に立つ。

 

「あ、あの……本日はどのようなご用件で?」

「ぼーけんしゃ……登録、きた………」

 

 やけにたどたどしい言葉。頭に顎を乗せている少女はまるで生まれたばかりの弟にお姉さんぶるような顔をしてニコニコ笑う。

 

「ぼ、冒険者登録ですか………あの、出来れば兜を」

「顔、やけど………」

「えっと………」

「お兄ちゃんは顔に大きな火傷があるから、顔を見せたくないの」

「そ、そうなのですか………えっと……文字は書けますか?」

「かけ、ない……よめない───まなびたい。かね、いる?」

「あ、えっと──取り敢えず登録からで。まずは種族や年齢、お名前などを」

「────只人(ヒューム)、21───なまえ───なま、え──────小鬼殺し(ゴブリンスレイヤー)──」




主人公
名前:ゴブリンスレイヤー
中身が空っぽの『無限の剣製』を持ってゴブリンに転生したゴブリン。
生前は運動部所属で人の形を意識した動きしていたからか他のゴブリンのようにがに股ではない。
現状最強の武器はミスリルの大剣。まだ魔剣は持っていない。魔法剣士。


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巣の殲滅、蠢く影

 ゴブリンシャーマンが率いる群。天然の洞穴に巣を作ったゴブリン達は次は女を手に入れようと下卑た笑みを浮かべる。

 もうじき夜になる。近くに村があった。家畜を持って行くついでに女も攫おう。もっとも、ついでは家畜になりそうだが………。ボスは来ない。命令するだけだ。最初に女を使うのもボスだろう。初めてを奪うのが一番楽しいというのに。

 嫌悪感、忌避感、敵意、殺意……そんな感情で染まった顔が次の瞬間には破瓜の痛みで歪むのがたまらないのだ。しかしそれを楽しめるのはボスだけ。何時かは今のボスを殺して自分がその座を奪い、楽しもうと考える個体も少なくない。

 今夜は曇り空。人間はまず遠くを見渡せない闇の世界。狩が楽に出来る、と笑みを深め洞窟を出ようとして、気づく。森の奥から黒い鎧に身を包んだ者が現れた。微かに感じる匂いは、同胞?と、首を傾げた一体の首がゴトリと落ちる。

 

「…………GI?」

《死に絶えろ》

「────!?」

 

 同胞の言葉。やはり同胞。しかしいきなり襲いかかってこられるなど、これまで無かった。『渡り』などがボスになろうとした場合、普通殺すのはボスだけだ。その群を乗っ取るのに数を減らすのは無意味だし、ボスの死に様を見てみたいゴブリン達は基本的に邪魔しないのだから。

 だが、感じる殺気は本物。混乱している間にまた一匹殺される。この同胞は、群を乗っ取るのではなく潰す気なのだ!後ろの方にいたゴブリンは目の前の同胞を鎧の異端者に向かって蹴りつける。

 同胞が囮になっている内に、ボスに報告を!見たところ一風変わった田舎者(ホブ)。シャーマンであるボスなら近づけずに魔法で焼き払えるだろう。

 

《女だ!女が来たぞ!しかも一人だ!》

「!?」

 

 再び鎧の異端者が叫ぶ。洞窟の中まで響く大声。直ぐに欲望のこもった笑みを浮かべる同胞がかけてくる。真正面からぶつかり、どちらもバランスを崩す。そのまま腹を槍が貫く。

 

「─────!!」

 

 ゴボリと口から血を吐く。目の前で同じような顔する同胞を睨みつけ、睨み返される。そのまま腹に刺さった槍に力が加えられる。

 慣性の法則でミシミシと槍が振られる逆方向に力が加わり、しかし骨の隙間に入ったそれは肉を千切り抜けることなく激痛を与えながら二匹のゴブリンの頭を壁に叩きつけ潰した。

 

 

 

───────────────

 

 目の前の光景に混乱するゴブリン。ゴブリンスレイヤーは二叉の矛を投影するとその首に引っ掛け壁に押しつける。

 

《この群の規模を教えろ。ガキはいるか?》

「──?」

 

 同胞の言葉。行為と姿から人間の冒険者かと思っていたが改めて確認すれば確かに同胞の匂いがする。冒険者は自分の匂いを隠そうとしない。ゴブリン相手に小細工など必要ない、恥とすら考える。故にゴブリンは匂いを消しているのかなど考えない。実際、匂いは消していないが──。

 

《じ、15!15だ!子供は、いない!まだ、女を見つけてないんだ!お、教えたろ!た、助け────!》

 

 ゴキリと首の骨が外れる。これで5匹。残り10匹。

 ゴブリンは一匹たりとも生かさない。生かせば学習して成長するし、恨みを忘れないゴブリンはいずれ復讐しに来るだろうから。

 

《おい!女はまだ───ぱけ!?》

 

 女と聞いて楽しみたくとも向かった人数から後回しになると考え、せめて犯される様を笑おうと奥で待機していたゴブリンの内一匹が中々連れてこない同胞に痺れを切らしやってくる。腹を蹴りつけ内臓を潰すと引き抜いた二叉矛で頭と頸椎を突き刺す。

 残り9匹。

 匂いを嗅ぎ、音を聞き、三日月刀(シ ミ タ ー)を投影する。通常のよりそりが大きいその三日月刀(シ ミ タ ー)を無造作に投げつける。

 ここは生まれたばかりの巣だ。それでも不衛生なゴブリンの臭いや糞尿の匂いが鼻につく。が、それでもこれほどの血が流れればその匂いに感づく者も現れる。もとよりゴブリン共からすればそんな匂い、慣れている。少し時期が経てば同胞の血の匂いにすら慣れ気付くこともなくなるだろう。

 しかしここは生まれたばかりの巣。匂いに気づき、武装したゴブリン達が向かってくる。そして回転する三日月刀(シ ミ タ ー)に首を切り落とされた。

 残り7匹。

 ゴブリンスレイヤーは街で見た強弓を投影して多少形を変え飛びやすくした剣をつがえる。

 彼が持つ、彼だけに許された異世界の力。外なる神より与えられし異能、『 無 限 の 剣 製 』(アンリミテッド・ブレード・ワークス)は本来なら衛宮士郎という少年が持つ異能。

 彼は弓道部で、その腕は全国クラス。弓矢というのは本来、距離が離れた場所に当てるのは難しい。鍛錬期間と才能が必要になる。では、『彼』はどうか?

 放った矢は正確無比にゴブリンの頭を貫く。さらに同様の物を三本投影し、同時に放つ。やはりこれらも頭蓋を貫く。それが答えだ。

 これで残りは4匹。

 彼が『渡り』をしている期間はそこそこあった。修行期間は十分。何より、才能があった。剣も、弓も、槍も、斧も、鎌も。それらに命を預ける獲物達(師 達)も居た。命を預けた戦い方を、見て覚えた。

 それが衛宮士郎(オリジナル)との違いだろう。故に英霊エミヤ(未来のオリジナル)には数格劣るものの、それでも英雄の領域に片足を踏み込んだ戦闘能力を有することが出来た。

 

───忌まわしき神に感謝しよう。才能を与えてくれたことを。そこだけには。

 

 浅ましく、そのくせ自身だけを至高とするくせに強者に媚びへつらいながらも常に相手を下に見て、悪徳を歓びとし、人の嘆きを悦びとする存在に生まれ変わらせたのは、絶対に許さない。だが才能には素直に感謝してやる。前世からか今世からかは知らないが、おかげでクズ共を駆逐できるのだから。

 半分は切った。もう既に気付かれたので、隠密を行う理由もなし。

 

「■■■■■■■■■■■■■■ッ!!」

 

 地の底から響くような咆哮。人の口からは、喉からは決して放つことの出来ない咆哮。それはしかし同胞たるゴブリン達すら竦ませる。憎悪が、憤怒が、怨恨が、殺意が、あらゆる己に害をなす感情が込められた咆哮に小鬼達は震え上がる。

 直ぐに死が駆ける。地を蹴り、進む。

 その間に呪文を唱える。

 バチリと雷の矢が形成される。直ぐに成長したそれは、まるで槍のような形となる。残りのゴブリン達が見えてくる。シャーマンが慌てて詠唱するが、遅い。

 

「──雷槍(サンダーランス)

 

 放たれる雷の槍。シャーマンに当たり、拡散し近くのゴブリン達も同時に焼く。それが幸いなのか不幸なのか、他の個体より少しは頑丈なシャーマンは耐える。耐えてしまう。しかし身体が動かず激痛に苛まれながら倒れる。

 そうだ、死んだふりをしよう。人間は間抜けだ。きっと死んだと思うに違いない。確認しには来るだろう、顔を絶対に覚えてやる。必ず復讐してやる!

 自分は見た目だけなら一番ダメージが多い。震えを懸命に止め足音が聞こえてきた方向に意識を向けつつ視線は絶対に合わせない。死んだ仲間を見る。

 まったく糞の役にも立たない奴だ。呪文も使えないならせめて呪文を使う自分の盾になるのがどうりだというのにそれすら出来ないとは───!

 苛立たしい、この場を乗り切ったら死体をぐちゃぐちゃに────する必要はなくなった。目の前で頭を踏み潰されたから。

 

(─────ッ!!)

 

 大丈夫だ。大丈夫だ。息を殺せ。反応するな。きっと見逃してくれる。前の時もそうだった。

 顔を見るのは諦めよう。そうだ、復讐などまた今度で良い。もう一度群を率いて、己の群を奪ったあの憎き片腕を殺して巣を取り戻し、この辺りの村を滅ぼしてやれば現れるだろう。その時こそ殺せばいい。

 グチャ、グチャと頭を潰していく音が聞こえる。これ、死ぬのでは?と、指がピクリと動いた。

 

「GUGIIII!!!」

 

 音からして最後の死体の頭が潰された。次は自分。逃げ出そうと走り、首が落ちる。体が数歩ペタペタ走り倒れた。

 

 

────────────

 

「───ちが、う……な」

 

 ここは依頼にあったゴブリンの巣ではない。攫われた家畜はいない。骨もない。本当に、出来たばかり。いまだに狩すら行っていない群。まあ被害を出す前に殺せただけ僥倖だろう。次は本命だ。全ての死体の心臓や頭蓋を潰した後、外に出る。

 

「─────」

「GUGIAA!?」

「生き残り………ではないな」

 

 洞窟を出た瞬間、入り口の上に潜んでいた小鬼の首を掴み持ち上げる。毒塗りの短剣を必死に刺そうとするが生憎その程度の柔い鋼は投影していない。

 

《この群の監視か?さっきまで居なかったな、どこから来た》

《!?お、お前田舎者(ホブ)か!?ま、まってくれ助けて!》

《質問に答えろ───しかし、酷い匂いだ。それで隠れようなどと笑わせる》

 

 鼻が優れた自分や獣人でなくとも気付くほどの匂いに鎧の奥で顔をしかめるゴブリンスレイヤー。

 ……………妙だ。小狡い小鬼がそんなミスをするとは思えない。匂いを消すとは思えないが、これは明らかに匂いを強くしている。

 

「───お、おまえ、おとりか?」

 

 だいぶ慣れてきた──話したくなかったゴブリン語と違いだいぶ話して既に使った回数が超えた──共通語を思わずつぶやき慌てて周囲を見渡す。小鬼の気配は、ない。と、首を掴まれた小鬼が叫ぶ。

 

《くそ!何してる!早く来い!》

 

 ゴブリンは囮などにならない。うっかり死ぬかもしれない役職など、途中で逃げ出す。つまり此奴は自分が囮であることを知らなかったのだろう。恐らく自分より地位のある個体に匂いを濃くするように言われてから、監視に向かった。巣の監視は2匹以上居たのだろう。残りか片方は匂いを濃くした奴が囮だと聞かされていたに違いない。その上で、捕まった同胞を笑っていたのだろう。

 逃がした……。

 

《お前の巣は何処だ。さっさと案内しろ──誓うなら、この手は放してやる》

《あ、案内する!助けてくれ!》

 

 手が離される。地面に腰を打ち付けた小鬼は鎧姿の同胞を睨みつけるが逆らわない。何時か殺すと内心誓い、駆け出す。ゴブリンスレイヤーは直ぐその後を追った。「ある程度遅くしてやる。それより遅く、追いつけるようなら首を切り落とす」と脅し文句を付けて。

 走って20分ほど。遺跡を見つける。森人(エルフ)の残した遺跡だろう。が、気配がない。見張りもいない。中に入れば使い捨てられた女が数人。

 

《あ、あれ?ま、待ってくれ!俺は、本当に───!》

 

 もぬけ殻の巣を見て混乱する小鬼は、慌てて振り返る。

 ドゴン!と小鬼の頭を潰した拳が壁を叩き、人外の膂力が壁に大きな亀裂を走らせる。ぐらりと首なしのゴブリンが倒れる。

 

「───くそが………くぞがぁぁぁ!いき、て、やがった!いぎでやがっだかぁぁ!」

 

 ビリビリと大気が震える。ゴブリンスレイヤーが苛立ったように吼えたのだ。

 ゴブリン共に犯され既に生きるのを諦めガラス玉のように空虚な目をした女性達は漸く顔を上げゴブリンスレイヤーを見る。

 ゴブリンスレイヤーが怒りに募らせるのは、この群を率いていたボスではなく、自分。

 ボスは何故逃げたのか?群まで連れて。決まっている。報告を聞いて、勝てぬと判断したからだ。ゴブリンが?普通ならあり得ない。

 自分こそ至高と考えるゴブリンならばそんなことはしない。監視がつくと言うことはあの群は追い出されたシャーマンが焼き出された『はぐれ』を集めて作ったのだろう。この砦の新たな主は少なくともシャーマンに勝てる実力に加えて監視を付ける知能がある。だからこそ絶対の自信を持つはずだ。その上で逃げた。理由は一つ、()()()()()()()()()()。何故?会ったことがあるからだ。ゴブリンスレイヤーの強さを知るからだ。

 これまで潰した群の生き残りではないだろう。徹底的に逃がさぬように殺したし、仮に生き残りがいたもても少し強くなれば図に乗る奴等。

 だがもしゴブリンスレイヤーが田舎者(ホブ)はもちろん英雄(チャンピオン)さえ複数いる群を滅ぼしたことがあると知っていたら?それなら、逃げる。現戦力で勝ち目がないと判断できるから。

 そしてそれを知るゴブリンの生き残りは一匹だけ。あの時片腕を切り落とした子供だ。

 浅ましくも己の本能に溺れ、痛めつけようなどと考えた結果がこれだ。恐らく群の規模は数十以上。本来なら村を襲えるレベルには膨れ上がっていたはずだ。それでも堪え、他の巣を定期的に監視して冒険者が近付いていないか調べていた。

 それだけならそれこそ金級冒険者を相手にした群の生き残りの可能性も───そこまで考え首を振る。どちらにしろ自分のせいではない、そう言い訳しそうになっていた。本当に、この脳味噌はつくづく不都合なことを他人のせいにしなくては気が済まないらしい。

 女達は動く様子もないので砦を見て回る。群の規模は恐らく70程。その内一割ほどが田舎者(ホブ)英雄(チャンピオン)はいない。問題は、この規模がどうやって逃げたか───外には逃げた足跡はなかった。

 

「………………」

 

 人の骨で作られた玉座を蹴り飛ばす。地下へと続く階段を見つけた。階段を下りて進むと、奇妙な生物が見えた。

 人の背丈ほどある眼球。瞼から生えた触手の先端には、更に眼球。その奥に鏡。

 目玉は、この距離でなんの反応も示さない。ゴブリンの足跡も此方に続く。しばし考え、部屋の奥に入る。ギョロリと眼球が蠢き此方を見たが、直ぐに興味を失い前方の入り口に戻す。

 ゴブリンだと気付かれたようだ。そして、ゴブリンは通す。足跡は鏡に向かって続く。

 

「……………」

 

 触れようとすると鏡面に手が沈む。伝説に聞く《転移(ゲート)》、その古代の魔法を宿した魔法の鏡と言ったところか。触れて、解析する。使い方は解った。出口は幾つか設定してあるようだが、何処に向かったかは解らない。

 しかし、こんな物を小鬼が扱えるとは思えない。手引きした者が居るのだろう。それがあの目玉に鏡の番をさせた。とりあえず鏡は壊した。

 

「BEBEBEBEHOO!?」

 

 大目玉は叫びながら振り返る。当然だろう、彼、或いは彼女からしたら仲間でなくとも部下か奴隷のはずのゴブリンが重要な道具を壊したのだから。小さな眼球から光線が飛んでくる。それに対してゴブリンは片手をあげるだけ。しかし鎧の中で彼の腕に緑のラインが走り、兜の下で顔をしかめるゴブリンスレイヤー。()()が使える特性上魔力量が多く、かつ進化とともに魔力量も増えていた彼でも魔力が減っていく感覚は好きではない。特に()()は今までで一番消費した。

 ゴブリンスレイヤーと大目玉の間に現れたのは鏡。先ほどゴブリンスレイヤーが壊したのと同じ、そして──()()()()()()()()()()()()()

 

「LDEEERRRRRRRRR!!!!」

 

 無数の熱線に貫かれる大目玉。己が敵に与える筈のものを自ら味わい、息絶えた。

 

「いい、ひろいもの───した」

 

 範囲攻撃などされた時には使えそうだ。海につなげて、地下に広がる巣を沈めたり深海に繋げて水圧で吹っ飛ばすのもありか──このサイズでは前世で見たウォーターカッターは使えそうにないが──。

 取り敢えずは、上の女達を村まで送り届けよう。天上を通過した先程の熱線に貫かれた者が数人居たが、生憎とゴブリンスレイヤーは責任感を感じるような脳をしていなかった。しかし精神が直ぐにそんな自分に嫌悪感を覚えた。

 面倒だ。きっと自分は『肉の盾』を使うゴブリンを躊躇いなく盾ごと切り裂くだろう。そのたんびに気にしない脳に精神が抗議する。それはとても面倒なことだ。しかし肉体の思うままに行動するなど己が許さない。

 

「───おれ、は……人、間だ───」

 

 己に言い聞かせるように。己の苦悩を見て笑っているのか哀れんでいるのか解らない神に言い聞かせるように共通語でそう呟いた。

 

 

───────────────

 

 ゴブリンスレイヤーの連れの少女は年齢故に冒険者登録は出来ないが冒険者ギルドに頻繁に出入りする。というか一日の大半をそこで過ごす。

 理由は本だ。代筆屋に文字を学び、ギルドが保管する閲覧可能な本を読む。未来の記録係になりそうな彼女は本好きもあわせて「司書ちゃん」などと呼ばれていた。今日はギルドの規則について書かれている本を読んでいる。このままギルド職員になってくれるなら、将来有望なのだが………。

 

「や、司書ちゃん。今日も読書?」

「あ、受付のお姉さん………うん。お兄ちゃん帰ってくるまで…それに、文字覚えるの楽しいし」

「そう。でも、ギルドにおいてある閲覧可能な本も残り少ないし、お兄さんに本屋で買って貰ったら?読み方は私が教えてあげる」

 

 と、長い金髪の受付嬢がニコリと微笑む。司書の兄、ゴブリンスレイヤーと名乗る人物は金を払い妹に文字を学ばせ自分は仕事で金を稼ぐ。その後妹から文字を学んでいる。自分のためにもなるし、悪い話ではないはずだ。が、その言葉にんー、と考え込む司書。

 

「お兄ちゃんに任せると火の秘薬の上手な使い方とか覚えることになりそう」

「あー……」

 

 確かにあの変わり者なら自分の妹に文字を教わる時、どうせならゴブリン退治に役立つ方法を調べる、とか言いそうだ。

 

「私が本を買って、それをあげたらお金くれるかな?」

「その方が良いかも………」

「そう。じゃあ、何か欲しい本ある?」

「料理」

「覚えたいの?」

「うん。お兄ちゃん料理うまいんだ。私も作って貰ってばかりじゃなくて、作りたいの」

 

 意外だ、あんなゴブリンゴブリン言ってる全身鎧にそんな家庭的な一面があったのか。

 

「お兄ちゃん思いなんだね」

「うん。お兄ちゃんは、私の恩人だからね……」

 

 ギルドでも名物になりつつあるゴブリン狂いとマスコット少女。この二人は本当の兄妹ではないらしい。ゴブリンの巣にいた彼女をゴブリンスレイヤーが外の世界に連れ出したのだとか。そして、遠い異国出身の彼は此方の言葉が喋れず、妹が教える。そうして付き合いが長くなりいつの間にか兄妹のような関係になったとか。

 

「司書ちゃんも冒険者になったりするの?」

「何で?」

「ほら、お兄ちゃんについて行きたいとか……私としては、おすすめしたくないけどお兄さんといれば安全だろうし」

「ゴブリン相手に安全なんてないよ」

「………え」

 

 と、司書の言葉に固まる受付嬢。

 

「ゴブリンは狡賢くて卑劣で夜目が利いて暗闇に潜む。安全なんてないよ………それに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「え、捨て……え?」

「お兄ちゃんが私の面倒を見てるのは同情でも哀れみでも……罪悪感でもない。責任感に近いけど違う────償い」

「つ、償い?」

「お兄ちゃんは、私の姉がゴブリンに犯されて、殺されるのを知ってて何もしなかった。その頃の群を潰せないから放置した──助けられるのは一人だけだった。それで、言葉が話せないお兄ちゃんは私を選んだ。子供って単純だから、助けてくれた人をいい人だと思った。お姉ちゃん達も同じような事になってると思った……」

「それは、でも──」

「うん。仕方のないことなんだよね」

 

 それぐらい解ってる、そういうように頷く司書に、何を言えばいいのか解らない受付嬢。

 誰だって万能ではないのだ。救えない命は存在して、救える命だけを救う。それは、決して間違ってるとは言えない。

 

「───あれ?でもそれって罪悪感なんじゃ──」

「全然違うよ。そういうのは感じてない。でもそれってほら、やっぱり人間っぽくないでしょ?だから、償い。自分は人間であると言い聞かせるために私に尽くしてるの………」

 

 ニコリと笑った司書。その瞳は闇よりなお暗く、ゾクリと悪寒が走る。

 

「………でも、私はそんな薄情で、姉を見殺しにしたお兄ちゃんが、必要なの。村はね、私たちを攫ったゴブリン達とは別のゴブリンに滅ぼされてた」

 

 この世界ではよくあることだ。小鬼を脅威と認識せず、他の誰かがちゃっちゃと倒すと判断して放置され、大きくなった群が村を滅ぼすなど。そうなってから漸く人は動くのだ。

 

「前の私を知る人は、誰もいない………でも少なくとも、お兄ちゃんだけは私に家族がいたことを覚えてくれてる。だから、お兄ちゃんが居なくなったら前までの全ての関わりが消えるような気になる。私はそうなるのがとても怖い………離れたくない」

 

 だけど兄はそうではない。あくまで人であり続けるために、罪悪感のない償いをしているだけ。自分が小鬼を殺せるようになれば、トラウマを乗り越えたと判断して置いていくだろう。だけど、自分が弱い間は兄は側にいてくれる。守ってくれる。自分を人間だと言い張るために利用してくれる。

 

「私はお兄ちゃんを愛してない。だけど大好きだよ。きっとお兄ちゃんも同じだと思う」

 

 少なくとも私を守っている間は人間のふりが出来るはずなのだから。そんな便利な道具を好きにならないはずがない。ゴブリンは自分に役立つものは大好きなのだから。

 

 

 それから二ヶ月ほどが過ぎた。ちょっと前までは受付嬢に買って貰った冒険譚の本を読み聞かせるのが、文字を教えるという形で、彼の役に立つのが日々の楽しみだった。そのためにも本をよく読んでいた。が、今はギルド裏の広場で本を抱え、しかし文字に目を通さない。視線の先には闇をそのまま纏っているかのような漆黒の鎧を着た愛せずとも大好きな、正体を隠した人間になりたいであろうゴブリンと、そのゴブリンに向かって木剣を振り回し蹴り飛ばされる黒髪の少女。黒髪の少女は地面を転がりながらも直ぐに立ち上がり再び駆ける。

 素人目から見ても最初あった時よりずっと強くなっている。その少女の頭を踏みつける人でなし(ゴブリン)

 

「どう、した……?兜、したくない言った……なら、頭へのこーげき、くらうな」

「だからって頭踏む普通!?ボクだって女の子なんだぞぉ!」

「ゴブ、リンは……そんなの、きにしな……い」

「ゴブリン限定なんだね。ボクはもっとこう……かっこいい活躍したいよ……」

「お前の村、ほろぼした……ゴブリン………まず、は──倒せるようになれ」

「うん!行くよ、師匠!」

 

 彼が拾ってきた子供。隻腕の(ロード)に率いられた群に滅ぼされた村の生き残り。彼が、責任感ではなく償いという形で拾った()()()

 ……早く冒険に出て、ゴブリンに犯されて死なないかなぁ。




司書ちゃん
愛さないし愛せないけど自分に家族がいたことを唯一覚えてくれているゴブリンスレイヤーが大好き。『彼』にとって自分は人間ぶるために切り捨てることが出来ない存在だと解っているからこそ姉達の死体や父の死の瞬間を思いださせるゴブリンにはトラウマのままで居続けて貰うために冒険者になる気はない。最近彼が人間ぶるための新しい道具が出来たのを面白く思ってないが表面上は仲良くしてる。


弟子ちゃん
ゴブリンスレイヤーが拾った孤児。才能に溢れている。ボクっ娘。司書ちゃんを親友だと思っている


ゴブリンスレイヤー
最近そういう趣味なのではないかと噂されているが気にしていない。


感想お待ちしております


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未来の勇者

祝・ランキング入り!皆さんどうもありがとう!


 忘れるものか。あの異常者を!

 忘れるものか。この恨みを!

 彼奴は酷い奴だ!とても酷い奴だ!

 何も悪いことをしていない自分達の故郷を滅ぼした!自分の腕を切り落とした!

 あれから必死に生きた。獣から逃れるために糞尿で身体を汚し悪臭をつけ、なんとか見つけた群でおこぼれが貰えるように下手に出て、機会をうがって群の長を殺した。

 それでも自分は片腕の小鬼。何時命を狙われるどころか、常に狙われている。全く同族だというのにこいつらも酷い奴らである!

 だが下手に出ては駄目だ。調子に乗って群のボスの座を奪われては駄目だ。派手に動けばあの漆黒の鎧が来る。同胞達は馬鹿だから絶対に派手に動く。

 出来るだけ森の奥に移動して、小さな村から一人ずつ攫う。

 小さな村から攫った場合冒険者が来にくいことを学んでいたからだ。

 同胞の扱い方も覚えた。ある程度の恐怖と、ある程度の賛辞。これをうまく使えば見下されず、しかし扱える。それと褒美だ。働きが良い者に優先的に抱く権利を与えると良く働く。

 だがこれでは駄目だ。群は大きくなった。しかしあの群を滅ぼした彼奴はもっと大きな群を力で実質的に支配していた。彼が命令してこないだけで、誰もが当時のボスより彼の動向に気を使った。

 あの群には田舎者(ホ  ブ)英雄(チャンピオン)達が多数存在した。それでも滅ぼされた。

 他の群を襲い、部下にならぬなら殺すか追い出す。追い出した群は監視をつける。一人には嘘で匂いを濃くさせ、一人にはその旨を伝える。するとそいつは面白がると同時に自分は優遇されていると勘違いするのだ。実にやりやすい。

 そして、彼奴がきた。直ぐに逃げた。今の戦力では敵わないから。やたらとえらそうなローブ姿の自分達の言葉が解る奴が用意していた鏡を通る。囮として、田舎者(ホ  ブ)数体と通常種を別の場所に逃がす。長く生きて貰わないと困るから足跡などは部下に消させておいた。

 『奴』は頭が良い。逃がすのは少数に、逃げた証拠をしっかり消せば一度は見失うが必ず別れた群を見つけ潰すだろう。あの群も後数日の命か。自信満々に出て行った彼奴等が無様に死ぬと思うと笑いがこみ上げる。

 

 

 

──────────────

 

 あの群に捕まっていた娘達を村に送り返した後、手掛かりを探す。

 見つけた。隠されていたが所詮ゴブリン。探せば見つかり、痕跡を追う。そして見つけたのはボロボロな小さな村。

 村を襲い、乗っ取ったのだろう。正面から堂々と進むと二匹見張りが反応し、しかしスンスン鼻を鳴らすと顔を見合わせる。『渡り』か、もしくははぐれた村から合流してきたと思ったのだろう。六本の短剣を指で挟むように投影して投げつける。正確に頭や喉を貫き叫び声も上げさせずに絶命させた。

 村の塀を越えると中に入る。今は朝、普通のゴブリン達にとっては夜だ。殆ど寝ている。襲撃したばかりの自分達が襲撃されるとは思わなかったのだろう。

 《沈黙(サイレンス)》系の呪文が使えないのが悔やまれる。だから一度に多く殺そう。目に見える範囲全てを殺そう。

 

投影(トレース)───開始(オン)

 

 空中に無数の剣が投影される。それは矢よりも速く飛び、ゴブリンの頭蓋を切り裂く。直ぐにその音に気づき残りのゴブリン達が出てくる。

 

「───────」

 

 村の中央にたたずむ敵と思わしき相手は一人。それを確認した瞬間小鬼共は仲間の死体が見えていないのかニタニタ笑う。村を滅ぼしたことで増長してるのだろう。喧嘩している個体もいる、おそらく村を襲う前に他の群も取り込んだと言ったところか。

 関係ないな。殺す。と、真銀(ミスリル)の剣を取り出す。本来は両手剣のそれをその膂力を以て片手で扱うゴブリンスレイヤー。

 無防備に近づいてきた一匹を斬り殺す。下半身と上半身が泣き別れした同胞を見て固まった小鬼を蹴りつける。鉄製の靴が睾丸を潰す。

 

「GUGYAAAA!?」

「GYAHAHAHA────HABE───!!」

 

 睾丸は剥き出しの内臓だ。それが潰され激痛に叫ぶ仲間をゲラゲラ笑うゴブリンの首が飛ぶ。その様子を間抜けな奴めと笑っていたゴブリンが更に死ぬ。

 

《何をしている!敵を前に油断するな!》

「「「────!!!」」」

「───む」

 

 と、一体の田舎者(ホ  ブ)が叫ぶ。多少の統率力はあるが完全に脳味噌が筋肉になってそうだな。叱咤しながらも陣形を命じず突っ込んでくる。

 (ロード)にはなれなくとも英雄(チャンピオン)になれる程度の才能はありそうだ。振り下ろされるのはゴブリンスレイヤーが持つ剣より大きなグレートソード。が、所詮鉄の塊。真銀(ミスリル)に比べれば柔い。

 切り裂き、クルクル宙を舞うグレートソードの半身を掴み目の前の呆気にとられている喉に突き刺す。ズルリと落ちてきた頭の髪を掴み振り回す。遠心力で飛んだ血に視界を奪われた小鬼達に切りかかると風切り音が聞こえ後退すると鎖が叩きつけられる。巻き込まれたゴブリンが3匹ほど死ぬ。

 鎖が接近してきた方向を見ると鎖を引き戻し回転させる田舎者(ホ  ブ)の姿があった。鎖の先端は拳大ほどの鉄球。

 呪文を唱え《火球(ファイアボール)》を放つが豪腕を以て回転させた鎖に散らされる。が、問題無い。同時に投げていた自家製の黒色火薬が入った瓶を投げつける。

 回転した鎖に砕かれ黒色火薬が飛び散る。周囲に残っていた火花と反応し激しく燃え上がる。生憎と、前世の漫画で得た知識。材料は知っていても正しい配合は解っていない試作品。大量の炎は生めても爆発はしない。

 

「GOBUOORR!?」

 

 視界が炎に包まれ混乱する田舎者(ホ  ブ)。その炎をかき分け真銀(ミスリル)の剣が頭に突き刺さる。

 田舎者(ホ  ブ)残り3、通常種のうち弓2、石斧3、槍3、剣5。

 飛んできた矢を撃ち落とし投げた剣の代わりを直ぐに投影する。そのまま足に捕まってきた剣を持った小鬼2匹を切り裂く。その隙に田舎者(ホ  ブ)の一体が丸太を振り下ろしてくる。

 

「──────」

「GUBUU───!──GUA!?」

 

 が、遮るように鏡が現れる。関係ない、鏡ごと砕こうと丸太を振り抜けば足に激痛が走る。

 鏡に腕が半ば程吸い込まれ、吸い込まれた腕は己の足もとに現れ足を砕いていた。そのまま鏡に向かって倒れると己の下半身が見え、しかし直ぐに感覚が消える。切り裂かれていた。

 

「あ、あと……13ひき……」

 

 そう呟きながらも三日月刀(シ ミ タ ー)を小鬼弓兵に投げつける。見向きもせずに投げられたそれは見当違いの方向に飛んでいき小鬼弓兵達は笑いながら矢をつがえ───弧を描き戻ってきた三日月刀(シ ミ タ ー)に首を切り落とされた。

 オリジナルのように特殊な異能があるわけではない。ただ純然たる技術。戻ってきた三日月刀(シ ミ タ ー)を掴むと先程田舎者(ホ  ブ)の頭に突き刺した真銀(ミスリル)の剣を持って突っ込んでくる田舎者(ホ  ブ)

 真銀(ミスリル)とただの鉄。斬り合えばどちらが勝るなど一目瞭然。しかしゴブリンスレイヤーはこの世界で誰も使えない(チート)を使える唯一の存在。三日月刀(シ ミ タ ー)に緑のラインが走る。

 

「しぃ───!」

 

 掛け声とともに放たれる二つの三日月刀(シ ミ タ ー)真銀(ミスリル)で防ごうとした田舎者(ホ  ブ)だったが一瞬で三等分され首と頭が切り裂かれる。眼球が切り裂かれ視界が闇に染まる。眼球が無事だったら首のない己の顔と上下を切り分けられた顔の下半分が見えたことだろう。

 と、武器を手放したゴブリンスレイヤーに剣を持った2匹と石斧を持った3匹が襲いかかってくる。その内石斧持ちの1匹の足を掴み剣持ち2匹を吹き飛ばしその回転の勢いのまま石斧を蹴りつけ後退させ、最後の1匹を肘で打つ。

 

「GUGII!!」

「GOBUGYAR!」

 

 立ち上がった剣持ちと石斧持ちの片割れ、次の瞬間三日月刀(シ ミ タ ー)がゴブリンスレイヤーの左右に別れる形になった剣持ちの胴と蹴り飛ばされた石斧持ちの首、肘で殴り飛ばされ落下中だった石斧持ちの胸を切り裂く。

 最後の剣持ちは既に逃走を始めていたが、背中に何かがぶつかる。石斧持ちだ。起きあがろうとした瞬間切り裂かれたはずの田舎者(ホ  ブ)のグレードソードに2匹纏めて貫かれた。ゴボゴボと口から血を吐き何かを叫ぼうとするも声が血に沈む小鬼。その首が切り落とされ完全に絶命した。

 

 

 

───────────────

 

 生き残りがいないか村中探索する。逃げたのは居ないだろう。ゴブリン達は仲間が大量にやられない限り初見の相手を侮る。そこまで広くない村だ。増長もしていたはず。また死に苦しむ様を見たかった筈。故に隠れているのは絶対にいない。そういう生態だから。

 戦う前に逃げるとすれば相手の強さを知っているか相手が自分達より多い時だけ。そして、ゴブリンスレイヤーの強さを知るゴブリンは一体だけ。

 念の為村周辺に新しい足跡がないか探す。この村に襲撃した時の足跡だけだった。今度は偽装する暇もなかったろうから大丈夫だろう。

 後は村の生き残りだ。家々を一つ一つ探して回る。床下を開き部屋の間に妙な感覚が有れば隠し部屋がないか砕いて時折旦那か妻のへそくりを見つけ懐に納めていく。

 井戸の中も覗く。生き残りは、居なさそうだ。後は、まあ死体でも片付けてやるか───。と、村の死体を集め出す。奮闘して死んだであろう死体、嬲られて死んだであろう死体、犯されたあと死んだであろう死体。逃げてる途中に死んだであろう死体。女まで死んでいるのは、恐らく興奮していたのだろう。初めて村を手にして羽目を外しすぎた。そんなところだろう。

 

「──────」

 

 最後の死体。村の住宅地から離れた、畑の奥の生ゴミ処理用の穴の近くで事切れた女の死体。鼻の良い身としては余り近付きたくはない。蓋が落ちており匂いが広がり難いとは言え全くではないのだ。とはいえ死体を放置などそれこそ非人道的かもしれないと死体に近づき、湿った音と穴の蓋がゴトリと僅かな音を立てる。

 

「────!」

 

 直ぐ様剣を抜くゴブリンスレイヤー。生き残りだ。しかし、()()()の?やはり匂いのせいで解らない。肥溜めでなかっただけマシかと肩をすくめ蓋を開ける。

 肉や野菜、魚が腐ったツンとした匂いが湿り気を帯びむわっと顔にかかる。果たしてその穴にいたのは黒髪の少女であった。

 よくよく見れば蓋を開けておく支えの棒も穴に落ちている。真っ二つになって。

 腐らせるのを早めるために開けていたのだろう。畑仕事をする間は閉じていたのだろう。恐らく近くで死んでいた女は母か姉、この村の規模なら単なる近所もあり得るが、とにかくこの少女を抱え村を逃げ回っていて、矢にいられ倒れた時少女がこの穴に落ちた。その際支えを折って………。結果としてその匂いでゴブリン共から隠れられた。

 頭の一部が腫れている。血こそ出ていないが殴られたのだろう。石ではなく木で。

 その後この死体の女がゴブリンを突き飛ばし抱き抱えたと言ったところか?何ともまあ、運のいい少女だ。落ちた先も肥溜めじゃないし………きっと神に愛されているのだろう。

 取り敢えず酷い匂いだ。死体の足を掴み引きずり、反対の手で抱えると井戸の近くに移動させる。そういえば、一応雑菌だらけの場所にいたのだ、解毒剤(アンチドーテ)を飲ませておこう。本来なら毒に合わせたり菌に合わせたりする必要のある薬もこれ一つでどうとでもなるのだからその部分は素晴らしい世界だ。

 薬を飲める程度には体力も残ってたようなので井戸から汲んだ水をぶっかける。

 

「ぷは!───え、な、なに!?何事!?」

 

 日の光の恩恵に預かれぬ暗い地下の闇に冷やされた冷水を浴び、慌てて目を覚ます少女。キョロキョロと周囲を見回し此方を見下ろすゴブリンスレイヤーに気付く。取り敢えず「ど、どうも──」と困惑しながら手を挙げ、彼の足下に転がっている近所のお姉さんの死体を見つける。

 さて、知人の死体と血だらけの鎧姿の人物。普通の人間はどんな反応をするのか?答は簡単だ。目の前の相手こそが犯人だと思うだろう。そして、怯える。ゴブリンスレイヤーとしては別段それでも良い。どうせ生き残りは彼女だけ、怯える子供と漆黒の鎧騎士なんて衛兵を呼ばれる待ったなしの状況でも説明なんてしなくてすむし──。

 

「────ッ!」

 

 が、予想外の事が一つ。少女の目に浮かぶのは恐怖ではなく怒り。次の瞬間ゴブリンスレイヤーの横を駆け抜ける。振り返った瞬間石が飛んできた。とっさに短剣を抜き弾こうとするが、無い。よく見れば少女が持っていた。あの一瞬で奪ったのか。

 感心している間に少女が突っ込んでくる。遅い。所詮は子供だ。それも女。ゴブリンと同等程度。とはいえ武装しているし、頭に血が上っている。一度気絶させるかと無造作に蹴りを放つ。狙いは腹。

 

「あぐ──!?」

「───!」

 

 が、蹴りが当たる前に少女が転ぶ。素人故に体格差も考えず突き刺そうと構えていた短剣は倒れる彼女の体重を乗せてどんな確率か足首を稼働させるための隙間に向かう。

 直ぐに足を引き戻す。このまま少女が倒れて胸に柄を食い込ませ肺の中の空気を吐くことになるかと思えば少女は直ぐに頭を下げ肩から地面にぶつかり転がると勢いそのまま立ち上がり速度を殺さず突っ込んできた。

 運は勿論咄嗟の判断力もあるらしい。が、武器を投げ捨てたのは悪手である。元よりない勝ち目を完全に捨てた。

 顔を逸らし飛んできた短刀をかわす。と、胸に何かが引っかかる。

 井戸をくむバケツに繋がるロープだ。引っ張っているのは少女。

 

「───ぬ、お……!!」

 

 短刀は意識をそらすためだったのだろう。予期せず加わった力にバランスを崩すゴブリンスレイヤー。先端に鉄球が付いた鎖を投影し井戸を囲む柱に引っ掛け落ちるのを止める。

 井戸の闇に飲まれかけた上半身を地上に引き戻すと背を向けて逃げる少女。距離からして、バランスを崩した時点で走り出していたのだろう。勝つのではなく、生きる方法を選んだ。

 

「────ほぉ」

 

 鎧の下で、鋭い牙の並んだ口がグチリと歪む。やはり判断力がある。判断速度だけでなく、彼我の差もきちんと考えている。加えて、()()()()()のだろう。運も高く、動きからして才能もあるだろう。どの程度かは鍛えなくては解らんが。

 と、こちらに意識を向けていたからかゴブリンの死体の血に足を取られすっころぶ。そのゴブリンの死体を見て漸く昨日のことを思い出したのか目を見開き固まり、ゴブリンスレイヤーを見る。その目には罪悪感が浮かぶ。

 

「あ、あの………ボク───」

「きに、するな──あやま、りたい……なら、うめる、手伝え」

 

 そういって何処からともなくスコップを取り出すゴブリンスレイヤー。村を失ったばかりの生き残りに村人の死体を埋めさせるなんて普通の感性からしたら顔をしかめるかゴブリンスレイヤーに殴りかかるか、どちらかだろう。とはいえ負い目もある少女。それに、彼女も知人友人家族には安らかに眠って欲しい。小一時間ほどで埋葬は終わった。

 

 

 

「──それ、で……どう、する?」

 

 異国出身だというそのお兄さんは喋り方がたどたどしい。が、子供からすればむしろ聞き取りやすい。

 

「どうする、って?」

「寺、院に……せわになる、か………ふく、しゅう──したい、なら……鍛えて、やる………」

「え、っと……」

 

 このご時世寺院の世話になる子供は少なくない。そうしてやがては修道女だの修道士だの神父や神官になっていくのだ。奇跡を行える回数が多い天才なら聖女などと呼ばれる存在になるだろう。

 しかし、だ。決まってそういうところは規律が厳しい。自由が少ない。いや、お世話になるのだからそれは仕方ないとは思うが、自分はこんな性格だ。きっと適当な理由でホイホイ破る。

 じぃ、と隣の漆黒全身鎧を見る。冒険者、なのだろう。話に聞いていたのとはずいぶん印象が異なるが………。

 

「……鍛える、ってさ………強くなれる?」

「なれ、る……お前、に……は才能───ある」

「そっか……」

 

 敵討ちは、必要ないだろう。彼がこの村を襲ったゴブリンを殺し尽くしてくれたらしいし。とはいえ、冒険者には憧れる。

 

「うん。じゃあ、宜しく師匠!」

 

 

 

 

 

 その後ちょっと……いや、かなり後悔する羽目になった。

 ゴブリン共は暗闇の中で襲ってくる。目が見えない状態でも戦えるように訓練すると目隠しされた状態で森の中で修行。

 あんな甲冑姿で殆ど音を立てずに木剣を打ち付けてくる。オマケに罠まであるのだ。気付けば音だけで周囲の地形を把握できるようになっていた。

 次に洞窟内で爆音があると耳が聞こえなくなるからとわざわざ《沈黙(サイレンス)》の巻物(スクロール)を持ってきて目も見えず音も聞こえぬ状態で攻撃をかわす訓練。ある程度避けられるようになってきて、方法を聞かれたら「勘!」と元気良く答えた。次の日の修行でしこたま殴られた。解せぬ。

 曖昧なものに頼るな、気配を感じろ、との事だ。気配を感じるのは曖昧ではないのかと尋ねればそこに()()ものを感じるだけが曖昧なはずあるかと言われた。良く解らないが一ヶ月ほどすれば解ってきた。

 そこまで出来て漸く剣を振るという冒険者らしい修行が許された。

 師匠であるゴブリンスレイヤーの戦い方は平時ではその膂力にものを言わせて片手に両手剣、片方の手で投げナイフなどを扱う。というか武器をどっからか出して色んな戦法を取る。三日月刀(シ ミ タ ー)が木々の隙間を通り襲いかかって来た時はどんな魔法かと思ったが地形を把握して角度と回転速度を決めれば誰でも行えるらしい。やってみたけど一週間経った今でも止まっている的にしか当たらないし5回に1回しか成功しない。

 戦い方を聞かれた時はやはり剣を片手にと言ってみる。短剣を渡された。もっと長いのが良いというと洞窟に連れて行かれ一日中素振りさせられた。

 天井や壁にぶつけ何度も取り落としたが肘を胴に近づけ腰で振るというやり方を覚える。呆れたように許可をくれた。恐らく諦めさせたかったのだろう。勝った!と思わずにやけてしまった。

 洞窟内での戦闘訓練にもなれてくると遺跡内部の大部屋や広い洞窟など剣がキチンと振れる場所での戦闘訓練。要するに、好きに振るって良いとの事。

 広場で早速飛びかかる。勿論木剣で。

 直ぐに地面に転がされた。昼になりゴブリンスレイヤーは「飯……」と呟きお金を置いてどっかに行ってしまった。

 

「…………………」

「………………」

 

 残されたのは自分と同じく彼に拾われたらしい、皆には司書ちゃんと呼ばれる本好きの少女。

 何となく嫌われてるなぁ、とは解るけどまあこれから一緒に過ごすんだ。仲良くなれるだろう、うん!仲良くしよう!

 

 

────────────────

 

 隻腕の(ロード)が率いた、とはギルドに報告したが厳密には率いていたが正しかったか、そもそもまだ推測なんだし、と今更ながら考えるゴブリンスレイヤー。

 まあどうでも良い。今は()()をより強く成長させる。あれは役に立つ。15になったら冒険者登録をさせゴブリンの巣に向かわせる。勿論自分とは別の巣に。そのためにも単体で巣を殲滅できる程度には強くなって貰いたい。

 問題は剣術か───。と、ゴブリンスレイヤーは考える。

 彼は一度みた剣術なら一ヶ月程度である程度は再現できる。しかしそれは十全ではない。だから数多の武器を生み出せるという異能を用いた多数の手法で押し切るのだ。

 彼女にそんな力はないから、剣を極めさせるべきだ。何処かに剣の師がいればいいのだが生憎とこの街に自分より強い奴など居やしない。弟子との修行風景を見て彼女達を解放しろと、虐待者扱いしてきた冒険者を半殺しにした。彼はこの街で一番強い剣の使い手。自分も剣で応戦してやった。まず間違いなく、残念ながら自分はこの街最強である。

 ちなみにその青年剣士は幼馴染の女魔法使いと共に故郷に引き返した。雑魚狩り専門と揶揄される相手に為すすべもなく手加減までされ見逃されたのが相当堪えたのだろう。あの時の顔を思い出してしまうと、どうしたって笑える。自分はそういう生き物だから。

 首を振り忘れることにした。今は取り敢えず弟子の育成だ。

 

 

─────────────

 

 さて、そんな風に弟子の育成に悩んでいるゴブリンスレイヤーを余所にここではない何処かで神々がダイスを振るっていました。

 結果、『彼』の弟子に新しい師匠がつくことが決まりました。それだけなら良いのだが、なんというか関係ないはずの………いえ、まあ関係ないとは言い切れないはずの『彼』にも大きな影響がありました。というか『彼』との関係で《偶然》師事を得られたと言うべきでしょう。

 何せその剣の師になりそうな相手は王都に住む剣術道場の師範にして現《剣聖》です。

 『彼』の剣技も向上できる存在で在ると同時に、その弟子の一人に真銀(ミスリル)の剣を持ち冒険者になった者も居た。そう、()()。彼が好んで使う剣はそれの投影品───神々はどうなるどうなるとワクワクドキドキ。

 正直『彼』に関しては神々も良く解りません。作った覚えのない歪な在り方。与えた覚えのない異端の力。

 神々は怪物も人も嫌いではありません。怪物とも人とも言えぬ『彼』の事だって大好きです。最近はやたらと出目の引きが良い───というかどん引きするほど良い女の子を弟子にしてました。『彼』が、彼女達がどうなっていくのかは神々にだって解りません。だって、神々はダイスの出目を弄ったりしないのですから。だから彼等が進む道をワクワクと眺めます。

 

 

 そして、そんな神々ですら気付かぬ───気付けぬ領域から見下ろす別の神がおりました。

 彼/彼女はダイスを振りません。彼/彼女はただの傍観者です。流れが変わっていく世界を、外れていく世界を見て楽しそうに笑みを浮かべていました。




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王都……魔力が付与された剣とか、長い歴史のある剣とかあるんだろうなぁ

ゴブスレさんに知り合いが増えるよ。やったね司書ちゃん!


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昇級と剣聖

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 今日も今日とてゴブリン退治。

 何時ものように村人に感謝され、ギルドのある街に戻る。

 全身漆黒の鎧という目立つ装備に加えて常にゴブリンを殺しにいく彼は当初は金にものを言わせて装備を揃えたが冒険できない貴族、運良く何処かの遺跡から鎧を見つけることが出来た弱虫などと揶揄されていたが、この街最強の一角を完膚無きまでに圧倒してからは余計距離を取られている。侮辱していた自覚がある者達が、報復を恐れているのだ。

 勿論ゴブリンスレイヤーはそんなことしないが。だってどうでも良いし。

 とまれ、ゴブリンスレイヤーは街での評判はそんなに良くない。ただし街では、だ。先も述べたように近隣の村々では感謝されている。彼に憧れ弟子入りを志願した者は、残念ながら気配を感じ取るという試験を越えられず村に帰る。

 目隠しや音が聞こえない状態なら、まだ見込みがある奴はいるのだが気配を感知できたのは今のところ彼の一番弟子だけ。

 その彼女もメキメキ腕を上げ今や冒険者でも彼女を超える者は少ない。直ぐに抜かれるだろう。

 優秀な弟子を得たゴブリンスレイヤーも己の技術を見直し改良している。が、勝敗を文字通り時の運で左右されることが多い。殺し合いともなれば別だろうが、ルールありでは弟子が勝つ回数も増えてきた。

 年齢制限がもどかしい。とっととゴブリンの巣に突っ込んで殺しに行かせたい。まあ問題無いとは思うが最初は付き添うが。

 「早くゴブリン退治行けばいいのに」とはゴブリンスレイヤーのもう一人の保護対象、弟子からは姉ちゃんと呼ばれている司書からの言葉だ。

 

 

 

「し、昇、級……しん、さ?」

 

 何時ものようにゴブリン退治の報告をしたゴブリンスレイヤーは弟子に水没した箇所のある遺跡にゴブリンが住み着いた時に備えて鎧を着せたまま河に落とすか、などと次のことを考えていたら受付嬢からそんな話をされた。

 昇級。つまりはランクアップだ。

 

「興味、ない。い、ま……から弟子、河に落とす」

「いえ出来れば受けて欲しくて………え、今なんて?」

「修行、を……してくる。もう、良い?」

「いや、ですから修行内容を──!ではなく、昇級に──いや、でも結構聞き逃せない内容───ああ、もう!」

 

 ギルド職員としての仕事とまともな感性を持つ一般人としての行動の板挟みで混乱する受付嬢。彼が来てから頭を抱えることが多くなった気がする。

 

「その、実は都から《剣聖》様が来ていて、一目みたいと………時間を取らせないために昇級審査に混じる、と───」

「────けん、せい?」

「はい。あの《剣聖》様です」

「……………知らん」

 

 ゴブリンスレイヤーのあっけらかんとした言葉にパクパク口を開く受付嬢。と、ゴブリンスレイヤーの腕をクイクイ引く者がいた。司書だ。

 

「剣聖は、その代で最も剣を極めたとされる一代一人限りの称号だよ。今は王都に道場を作ってる」

「そうなのか………」

「うん。役に、たった?」

 

 「たった」、そういって頭を撫でてやると目を細める。次いで「これ、で彼奴に本格的……剣の修行をつけてやれる、かも」と言うと一瞬笑みが消えたが気付いた者は居なかった。

 

「めん、だん……するな、ら……一つ、叶えて欲しい願い、ある…と…伝えといてくれ」

「剣聖様にお願いするんですか」

 

 普通なら、一介の冒険者が一目会えるならどんな要求だって飲むような相手に逆に要求をするなんてやっぱりこの人普通じゃない、と呆れる受付嬢。

 というかそもそも身元不明の身で昇級できること自体、かなり幸運なことなのに理解しているのだろうか?してないだろうな。というか彼ならゴブリンの依頼を受けられるから一生白磁級で良いとか言い出しかねない。というか絶対思っている。

 

 

─────────────

 

 変な人だなぁ、とギルド職員であり至高神に仕える監督官は目の前の漆黒鎧を見つめる。

 装備は良いのに何時もゴブリン退治。それは周辺の村々としては助かっている。彼の妹のような存在である司書ちゃんも最近ではほぼ職員のようなもので資料の整理もしてくれるし──その中からゴブリンの可能性があるものを依頼が出る前にゴブリンスレイヤーに教えたりする──ギルドへの貢献率は高い。それでも身元不明だ。そういう場合、少しでも警戒を減らそうと出来る限り装いまじめに見せて来るものだが………しかも今回は彼の剣聖までいるのに。

 

「えっと──では今更ですが、貴方は過去犯罪行為を行ったことはありますか?」

 

 本当に、今更だ。とはいえ白磁等級には犯罪者や逃亡農奴だってなれる。簡単になれる。しかし階級があがればあがるほどその紹介するギルドの責任も強くなる。まあ多少犯罪行為に手を染めていても、ギルドに来てからの行動を見れば余程の犯罪歴でない限り大丈夫だろうが………。

 

「…………人、何人か殺した。住んでる場、踏み……込まれ、殺されそうになった。こっち、から、殺す……に行ったこと、ない」

「………………」

 

 嘘ではない。《看 破(センス・ライ)》……嘘を見抜く奇跡はそう判断を下した。

 

「では、次は私から………良いかな?」 

「構わない」

 

 ズッシリと存在感を感じさせる声が響く。剣聖が口を開いたのだ。

 今回は鎧を着ていないが引き締まった筋肉は手入れしてない剣なら弾きそうだな、という感想まで抱く。

 

「君の持つ真銀(ミスリル)の剣……それは私が嘗て弟子に渡した物だ。彼と君の関係は?」

「………師、の一人?戦い方、学ばせてもらった………剣、は……ゴブリンの巣の中……拾った」

「……………」

 

 チラリと此方を見てくる剣聖。真偽を問うて居るのだろう。監督官は頷く。嘘ではない。

 

「なる程……ゴブリンは新人をもっとも殺す怪物だから油断するなと伝えていたはずだが、それを実行できる弟子のなんと少ないことか。その剣は、君が貰ってくれて構わない。ゴブリンに上位種が存在しなくて助かった」

「か、感謝……する」

 

 あ、嘘だ。感謝してない。まあ、その点は別に良いか。長い間使っていればもう自分の物だと思っても誰も文句は言えまい。

 

「ちなみに、話を聞く限り君はとても只人(ヒューム)とは思えない身体能力をしているようだが」

 

 ゴブリンスレイヤーはチラリと監督官を見た、ような気がする。兜のせいで解らない。

 

「俺、は……俺は、只人(ヒューム)だ」

「…………?」

 

 何だろう、これは。嘘?本当?至高神も判断に迷っている?

 初めての感覚に首を傾げる監督官。とはいえ、嘘……ではない。本人はそれを嘘だと思っていない、とか?自分が違う種族であると知りながら育ててくれた両親が只人(ヒューム)とか?

 取り敢えず本当ではないが、嘘ではない。至高神様は彼を人間ではないと言い切れてない。そう判断するべきだろうか?と、迷っているとじゃあ只人(ヒューム)ってことで、と聞こえたような気がして、嘘ではないという反応になった。

 

「………えっと、只人(ヒューム)です」

「そうですか……まあ、闇人(ダークエルフ)みたいに混沌の勢力だったりする人も居ますし、たとえ只人(ヒューム)で無かったとしてもその事で責めることは無かったんですがね」

「そうなのか」

「はい。取り敢えず、黒曜等級への昇級は問題在りません」

「そう、か。では、本題……入ろう」

 

 と、大して喜ぶこともなく剣聖に視線を向けるゴブリンスレイヤー。そういえば面会する代わりに何か要求をするのだったか、何を要求するのだろうか?

 

「弟子に、剣術教えて……欲しい。俺、は、所詮猿真似」

「ほう、戦い方を学んだというのは見て学んだという事か?徒党(パーティー)を組んでいたか?」

「冒険者に、なる前の話、だ」

 

 嘘ではない。彼、冒険者になる前から戦闘経験があるのか。そりゃ白磁等級では考えられない強さを持つはずだ。

 

「弟子?貴方の弟子だろう?良いのか?」

「少しでも性能、上げておく。あれは、どのみち長く持つ……なら、仕事の速度を上げておきたい。俺が鍛える、などと……拘らない」

「………ふむ。素質は?」

「ある。志願してしてきた奴等、駄目だった。彼奴、全部こなした……」

「……………」

 

 剣聖は顎に手を当て考える。性能、仕事の速度……おそらく彼は弟子をゴブリン退治の専門家にしようとしているのだろう。己と同じように。そこに別に文句はない。自分の流派が雑魚狩りに使われる?その雑魚こそ村々にもっとも被害を与えていると言っても良いのだ。是非もない。

 彼自身も自分で鍛えるという拘りはないらしい。

 

「解った。預かればいいか?それとも、貴方も来るか?見て覚えたと言うが、貴方自身本格的に学ぶ気があるなら歓迎するが」

「………………」

 

 顎に手を当てる。思案しているのだろう。彼の剣聖の誘いだ、断る方がどうかしているが彼は剣聖について知らなかったらしいし、ゴブリン殺しが趣味だ。王都周辺にいないとは言わないが辺境に比べれば本当に稀だろう。

 

 

────────────────

 

 

 さて、そんなゴブリンスレイヤーとしての感想だが、迷っている理由は別だ。

 そもそも彼はその性質上人の命を省みない。自分が修行している間に村が滅びる。そんなこと()()()()()()。結果的に自分の技量と将来の道具の性能が上がればゴブリン共を殺し尽くせる可能性があがる。

 結果さえ伴えば過程など気にしない。本当に、全く、その間誰が不幸になろうと………と、そんな己の心境に首を振る。心の中で俺は人間だ、と呟く。

 

「………わか、った──俺も、弟子入り、する」

 

 人が多いところでは正体がバレる可能性も出る。が、王都……王都だ。こんな辺境で見れる剣よりずっと良質な剣が揃っていることだろう。ともすれば鉱人(ドワーフ)の鍛えた剣や、念願の魔剣の類が見れるかもしれない。それは剣術を鍛える以上に己を強化できる。

 

「王、都の……武器を、みたい──良いか?」

「ふむ。武器を替えるのか?」

「いや───興味が、在るだけ……だ」

「ほほう。そういうことなら、家に代々伝わる古い剣がある。私も、父も、祖父もその剣を使い冒険や戦争に出て、剣聖になった。見てみるかね?」

「是非……」

 

 

─────────────

 

 

「明日、昼から───王都へ向かう。途中、水の街よる───質問は?」

「えっと……取り敢えず何でボク河に落とされそうになってるの?」

 

 橋の側壁。ゴブリンスレイヤーは己の弟子を猫のように掴みぶら下げていた。その普通なら衛兵が駆けつける状況も町民は何だ、ゴブリンスレイヤーとその弟子かとスルーしていく。最近、自分が師匠のせいで非常識人扱いされている気がする。心外だ、師匠はともかく自分は違うのに。

 

「修行。説明し、たはず」

「あ、うん……まあ………」

 

 何でもゴブリン退治に遺跡に行ったら所々水没していたとか。水の中は進みづらく、鎧の重さで泳ぎにくい。かといってゴブリンの居る場所でいちいち脱ぐのは自殺行為。あと水の中での気配の感じ方も覚えてこいとのことだ。それと水の中で長く活動できるようにこれから毎朝桶に顔を突っ込むらしい。

 

「いやぁ、あのさ……これから剣の修行も控えてるんだから風邪引くようなことは控えて───」

 

 ポイ、と投げられた。襲いかかる浮遊感。腹の奥がひゅ、とした。

 

「絶対許さないからなぁ!覚えてろぉぉぉ!」

 

 と捨て台詞を残してドボンと水柱があがる。水を吸った布と鎧の重さであぷあぷ沈む。結局その日は飛び込んできたゴブリンスレイヤーに助けられた。何気に彼は全身鎧で泳げるらしい。彼は少なくとも自分に出来ないことはやらせないのだ………。

 つまり裏を返せば、自分も出来るようになると期待されているという事。弟子入りを志願した村の子達は皆帰ってしまったからなぁと弟妹弟子達の顔を思い出そうとして、やめた。覚えてない。

 まずは気配を感じるという初歩が出来ずに挫折した皆。まあ、憧れが本物なら別の形で冒険者を目指していることだろう。それにしても、冒険者になるって大変なんだなぁ……。

 

 

 

 

 

 水の街。

 大きな街だ。何せ数年前魔神王を倒した徒党(パーティー)の一人、剣の乙女が居る神殿まであるのだ。街並みも美しく、観光客も多い。

 ゴブリンスレイヤーはそんな感想など抱かず早速剣を見に行った。こういう時剣聖が便利だ。黒曜等級という駆け出しから漸く抜けたとも、抜けてないとも言い切れぬ等級では金がないと思われるし見下される。彼がいれば店の奥から良い武器も見繕われる。

 

「………どれか、買ってやろう、か?」

「え?」

「………ん?」

 

 鎧などは買ってやったが武器はまだ。弟子にプレゼントしてやろうと振り返ればそこには先程立ち寄った本屋で貰った本を抱える司書だけ。弟子の奔放さに頭を抱えるゴブリンスレイヤー。

 ゴブリンスレイヤーの弟子に近い年の娘が居るらしく、プレゼントとして剣を選んでいる剣聖に一声掛けて街を散策することにした。

 

「お兄ちゃん、手を繋いで良い?」

「ん?ああ……人、多い、しな……良いぞ」

 

 

────────────

 

 

 久方ぶりに二人きり。司書はこの時初めて彼の弟子に感謝した。

 とは言え、だ。彼の特別になるかもしれず、彼の中で自分を薄くするかもしれない、彼の中で自分の家族に対する負い目を消させるかもしれないあの女はやはり好きになれない。

 が、それでも彼にとっては有用な道具なのだと理解している。勝手にいなくなるなと思うし、死なれるようなことも困ると考えるようにはなった。

 要するにだ、彼の優先度を変えなくてはならない。人のふりをするために償いという形で世話をしている自分より同じく償いと、将来役立つから共にいる彼の弟子とではどちらが優先されるかなど分かり切った事。ならば彼の役に立てばいい。家族を見殺しにしてすまなかったと、言い続けてやるぐらいには彼の中で価値が無くてはいけない。

 そのためには知識だ。前にも受付嬢に言ったがゴブリンに勝てるようになるわけには行かないのだ。だから彼に役立ちかつ戦わない方向で己を磨かなくては。

 しかし彼奴何処行った?

 

 

────────────

 

 

 剣の乙女、そう呼ばれる世界有数の金等級冒険者は現在大司教(アークビショップ)

 女神のような美しさを持ち、目元を黒い眼帯で隠した美しい女性。何時ものように祈りを捧げる。この街をお守りくださいと、そして、()()()()からどうか自分をお守りくださいと。と、その時だった。

 

「こんにちはー!」

「………?」

 

 元気な声が響く。気配は、無かった。というかこの聖域に入ろうとする信徒などまず居ないし、そもそも立ち入り禁止だ。なのに聞こえた少女の声。振り返ると気配がゆっくりと現れる。

 

「こんにちはー!」

「えっと………こんにちは?貴方は?何処から来たのですか?」

「田舎の方から。師匠と一緒に来たんだけど、こんな大きい神殿見たこと無かったからさ。ちょっと覗こうかなって」

「そう。ですがここは立ち入り禁止です。見つかったら、怒られてしまいますよ?」

「え?そうなの?」

 

 と、首を傾げる少女。剣の乙女にはその姿は見えないが音で、気配でだいたい察する。それ故に、先程まで少女の存在を感じ取れなかったことに僅かな緊張を覚える。

 

「解っていたからこそ、気配を消していたのでは?」

「え?気配は消せないでしょ?」

「?消せない?」

「師匠が言ってたんだ。『小鬼は鼻が利く、夜目も利く、それらは騙せる。けど気配は消せない』って」

「───ッ」

 

 小鬼と聞き、自身の身体が強ばるのが解る。声こそかなり幼く、明るさを感じさせる少女だがここまで接近して自分に存在を気付かせない。いったい何者だろうかと警戒する。

 

「『だから溶け込ませろ。そこにその気配があって当たり前と思わせろ』ってね……」

「何故、それを行いながらここへ?」

「師匠ったら初めての都会なのに観光する気ないんだよ?ボクは観光したかったからね。気配を溶け込ませて、逃げて来ちゃった。ここが立ち入り禁止だとは知らなかったんだ。ごめんよ、すぐに出て行くよ」

 

 嘘は、ない。これでも至高神に仕える身。嘘を見抜く奇跡をこっそり発動する程度訳はない。

 

「では、帰りは私が送りましょう。かわいい未来の冒険者さん」

「あれ?ボク冒険者の弟子って言ったっけ?」

「ゴブリンを退治するのは何時だって冒険者ですから」

 

 何せ2、3回冒険者を送れば()()()()()()のがゴブリンだ。国はまず動かない。初耳なのかふーん、と返す少女。

 

「変なの。ゴブリンって、すっごく怖いのにね」

「どうして、そう思うの?」

「………ボクの村。ゴブリンに滅ぼされたから」

「…………ごめんなさい」

「んーん。気にしないでいいよ。師匠にも言ったけど、悪いのはゴブリン。あれはほっとくと村を滅ぼす。だから、師匠はゴブリン専門の冒険者なんだよね」

「ゴブリン、専門……?」

 

 「うん!」と誇らしげに返答する少女。ゴブリン専門などと、普通なら馬鹿にして見下しそうな物だが彼女にとってそれは誇るべき事らしい。

 

「本当はね。師匠や姉ちゃんと一緒に冒険したいんだぁ。遺跡を探索して、ドラゴンを倒して……でもそれをしてる間にゴブリンは村を襲う、女を攫う。だから師匠みたいにゴブリンを確実に殺せるベテランが必要なのは、ま、解るんだけどね………」

「………きっと、一緒に冒険できますよ?」

「そうかな?そうだと良いなぁ」

 

 そうこう話している間に神殿の出口。自分の姿を遠巻きに眺める視線を感じつつ、少女と共に外に出る。と、少女が「あ!」と声を上げる。知り合いを、姉か師匠、あるいは両方を見つけたのだろう。

 

「勝手に、動き、回る……な」

 

 何処かたどたどしい言葉遣い。目隠しをとり目を開く。輪郭しか見えない目だが、鎧姿らしいのは何となく解った。ぼやけた像が濃く映るのは黒かそれに近い色合いの鎧を着ているからだろう。

 

「師匠、姉ちゃん、ごめんなさい………あのおじさんは?」

「一、度……別れた。その、女は?」

 

 と、己の弟子の近くにいた自分に意識を向けてくる男。

 

「剣の乙女と呼ばれている者です」

「お前、が……そうか。迷惑を、かけた………すまん。俺、はゴブリンスレイヤー」

「ゴブリンスレイヤー……」

 

 名乗り終えると話は終わりだとばかりに少女に拳骨一つ落として歩き出す。

 残された剣の乙女は再び彼の名乗った名を呟く。

 小鬼(ゴブリン)殺害(スレイ)する者。自分からすれば、何とも素敵な相手の筈だ。しかし、しかしだ……自室に戻り、倒れるように膝を突き息を吐く。

 何故だろうか?彼が、とても恐ろしくてたまらない。叶うことならこの出会いが最初で最後の邂逅になるように心の底から願う。

 数年後どうしても彼を呼ぶべき事件が起き、しかし名乗りは同じ、だが彼とは別の人物が来た時彼女は安堵とも落胆とも付かぬ感情を覚えることになる。



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未来の剣聖と賢者の日記

日間一位だイェェイ!今確認したら二位になってたけど


○月×日

 

 お父様が変なのを連れてきました。え?お客様を変なの扱いは良くない?

 ですが、本当に変なのです。全身黒い鎧をした、一見すると騎士。しかし冒険者なのだとか……。冒険者といえば顔を売るのも仕事の内と言わんばかりに顔を売ろうとする者が殆ど。顔を隠す者などまずいない。少なくとも私の常識では。

 彼はお父様の弟子の一人の遺品を拾ってくれたのだとか。ゴブリンにやられたそうです。その報告に、お父様の弟子達は憤慨してました。ゴブリンではなく、殺された弟子に。笑っている人もいました。同門が殺されたというのに。

 お客様の名前はゴブリンスレイヤーというらしいです。名前からしてゴブリン専門の退治屋。お父様の剣術を学びゴブリン退治にいかすのだとか……後、お父様の《剣聖》という立場を使いいろんな剣を見てみたい、とも。

 何だ此奴、それが私の感想でした。別にそれ以外はありませんでしたがお父様の弟子達はお父様の剣術がゴブリン退治に使われるなんて!と怒り、挑み、返り討ちにされました。

 お父様の剣術に比べれば余りに拙く、それでも数年修行している者よりずっと美麗。ゴブリンスレイヤーさん曰く見て覚えた、使い手が良かったとの事でした。見ただけであそこまで使えるなんて、本格的に学んだらどうなるのでしょうか?

 

○月△日

 

 ゴブリンスレイヤーさんのお弟子さんと剣を打ち合うことになりました。私だけではありません。他の弟子達も。

 何でもゴブリンスレイヤーさんが本格的に学ばせたいのはむしろ此方なのだとか。ゴブリンスレイヤーさんは独学で既に師範代行クラスなのでお父様と修行しに、残されたお弟子さんに昨日の鬱憤を晴らそうと考える浅ましい者達も居ました。私の制止を無視して「時間がもったいないから一度にやろう!」と挑発………挑発?

 それで勝ってしまうのだから本人は本音を言っていただけかもしれませんね。小柄な体型を活かしてかわして、打ち合って、武器を叩き落としたら拾って投げて、壁や天井すら足場に代えて………。というか後ろからの完全な不意打ちを見もせずかわすってどういう気配察知能力してるんでしょう?

 その後ゴブリンスレイヤーさんの妹さん?にちょっかいかけようとした者も居たそうですが、察したのか主に人気のある場所、人気がなくなったと思ったらちょうど襲おうと思った瞬間人が現れる場所に移動したりしていました。もちろん、鬱憤をその人の連れで果たそうとする者など破門です。

 

○月■日

 

 今日はゴブリンスレイヤーさんのお弟子さんに妹さんと話した。

 ちなみに昨日、普通に1対1で戦って負けてしまいました。同年代の人は勿論年上にだって早々負けたことないのに。

 それにしても、冒険者になるって大変なんですね。駆け出しが相手するゴブリンですら目や耳を封じた状態で動きを察せるようにならなくてはいけないらしく、毒を使うからと色んな毒を毎日少量食べさせられたり傷口から塗られたりしているのだとか。おかげでお弟子さんやゴブリンスレイヤーさんは毒がいっさい効かないらしい。後、ここに向かう前日なんて鎧着たまま河に落とされたとか。

 妹さんの方はゴブリンが怖く、冒険者にはなれないが兄の役にはたちたいらしいので、『賢者の学園』を勧めてみました。あそこで学べば知識は付くでしょうし……。

 

 

 

 

○月×日

 

 今日で丁度一年。ゴブリンスレイヤーさん達が来てから、一年で色々あった。

 『賢者の学園』に通いたいと言った妹さん、お父様は筋の良いゴブリンスレイヤーさんやお弟子さんを逃したくないからか学費を払うと言ったが妹の世話は自分で果たしたいと言ったゴブリンスレイヤーさんは冒険者らしく依頼をこなしました。ゴブリンスレイヤーなのにゴブリン以外の……まあ、都の近くにゴブリンが出ることは少ないですからね。

 ただトロルやワイバーン、オーガを黒曜等級が倒すなんて、今でも信じられない。いえ、お父様との普段の剣戟を見れば強いのは解るのですが………お父様曰わく家宝の剣を見てから特に腕を上げたとか。

 今では銀等級。一年で黒曜級から銀等級………すごい人ですね。そのお金の殆どは妹さんの学費ですが……彼、魔剣とか名剣のたぐいを集めていたのでは?

 聞いてみたら見るのが趣味だそうです。

 

 

────────────────

 

 

○月☆日

 

 転校生がやってきた。

 

○月▲日

 

 特にない。

 

○月●日

 

 特にない。

 

 

 

 

 

☆月◑日

 

 転校生凄い。

 

 

───────────────

 

 

 ゴブリンスレイヤーを兄と呼び、本好き故に司書と呼ばれる──というか実際ギルドで本の管理も手伝っていた──幼子は『賢者の学院』に入学して、まず巻物(スクロール)について研究した。

 自ら魔法を覚えようとしない彼女を見下す生徒は多い。その悪意を実行に移した者は何故か次の日から体調不良を訴えたが。

 巻物(スクロール)とは今は失われた古の秘術で魔法を刻まれた巻物であり、遺跡などで見つかる。刻まれた呪文に関しては千差万別で、《転移(ゲート)》などの価値をつけることすら難しい物から、《インフラマラエ(点     火)》のような魔力の有る者なら無駄遣いしてしまう程度の物まで様々だ。

 とはいえ魔法を学ぶ『賢者の学院』において、魔法を使う術ではなく、誰でも魔法を使えるようにする道具の研究はやはり目立つ。

 転校生で、そこそこ顔も整っていて、彼の剣聖の知人。目立つ。期待される。面倒なので錬金学にも手を出した。世話になっている彼が以前研究していた火薬、それの研究。彼は黒色火薬と呼んでいた。

 そんな研究ばかりしていたが、呪文が二回()使えると自慢してくる生徒の視線がいい加減に鬱陶しかったので、手作り爆薬で作った爆弾で脅しておいた。

 次の日からなんか変なのが付いてきた。無表情で此方をじっと見てくる変なの。確か次代の賢者候補……いや、既に卒業と同時に賢者の名を襲名するらしいから次代賢者か?

 自称妹が言うように、そこに在るのだから在ることを感じるなどという離れ業は使えないが、気配を隠す気もない彼女に気付くなど容易い。

 本当、何なのだろうか?今は魔剣の研究で忙しいのだ。

 巻物(スクロール)はもう作れた。覚知神から知識を与えられたから。というか何で覚知神?助かったけれど、これは邪神の類ではないだろうか?

 しかしその後気付く。確かに多少役立つだろうが彼にとっては一回限りより魔剣の方が都合が良かったと。

 しかし今度手を貸したのは知識神。奇跡を授けてくれたがそれだけ。だから今は忙しいのだ。解析できる時間制限内に出来る限り解ったことを書き写す。集中力が散るから失せて欲しい。

 

「…………ねぇ」

 

 とはいえ話しかけられたなら応えないわけにはいかない。面倒くさそうに、全身で抗議しながら振り返る。

 

「何でしょう?」

「どうして貴方は古代の秘術を蘇らせたの?」

「覚知神です」

「じゃあどうしてそうなの?」

 

 そう、とは……なぜまともな思考をしているの?と言うことだろう。覚知神は恐ろしい神だ。例えば少し苛ついていた青年が世界が滅びないかな、などと冗談半分で呟き、覚知神の目にとまったとしよう。彼は世界を滅ぼすための外法を手にして行動に移す。ゆえに巻物(スクロール)を作りたくて作り方を知った彼女は延々と巻物(スクロール)を作るだけの存在になりそうなものだが、なっていない。

 しかし、そもそも根底が違うのだ。彼女にとってそれは自分に家族がいたことを唯一直接知る存在の中で自分という存在を確立させるための手段、役立つための手段の一つ。巻物(スクロール)が造れた?()()は魔法をぽんぽん撃つぞ。本当、どうなってるんだろうあれ……。

 

「そんな事より魔剣を造りたい……既に見つかって手元にある魔剣の量産だけなら、出来るんですがね」

「それはそれで凄いこと」

「でも手に入る効果はどれも微妙。切れ味を増したり敵が近付くと鳴ったり……」

「使える魔剣は全部本人が手元に残すか、売る」

「それは解ってるんですけどねぇ」

 

 次代賢者に言われずとも解る。それぐらい常識だ。だからこそ困っているのだ。

 正直魔剣よりもこの前造った新しい爆薬──彼はそれを見てニトログリセリン?と言っていた気がする──の方が少量でも眼鏡の魔法が二回使える生徒の目の前の地面を吹っ飛ばす威力があるので余程有用。しかし彼の能力を考えるならやはり剣だ。

 ………いや、ぶっちゃけてしまえば新しい魔剣は造れるのだ。刻み込む魔法さえあれば……しかし彼女が行える魔法はなく、奇跡も一つ………

 

「………あ」

「………?」

 

 そういえば隣にいる()()は次代賢者だった。

 そしてこれが、後に賢者となる少女と導師と呼ばれる二人の出会いだった。

 

 

 

 

「そろそろ彼女も卒業だな。君は、この後どうする?」

 

 巨大な狼のような魔物を斬り殺し報酬を受け取って戻ってきたゴブリンスレイヤーに剣聖が尋ねる。

 彼がこう言った仕事を受けるのはあくまで学費のため。彼の剣聖の弟子という後ろ盾で人格面接はほぼスルーで銀等級になったが、彼は別にランクなど興味ないだろう。

「金を集める必要がなくなる」とゴブリンスレイヤー。「ならゴブリンだ」と続ける。そんな一応弟子である顔も知らぬ男の言葉に呆れたように首を振る。

 

「君ならそれこそ金等級にもなれるだろうに……」

 

 剣聖とて、ゴブリンを軽視しているわけではない。それはつまり、攫われる村娘や殺される新人達を軽んじると言うことなのだから。

 単純にそれ以上の脅威があるというだけのこと。そこに彼が居てくれたら、そう思ったのだ。それに、その……彼は世界の危機の間に村が滅びる、それは見過ごせないなどというたちには思えない。

 

「………例えば」

 

 と、語り出す。

 

「ある日突然人を斬りたくなるとする。それはもう、心の底から……喉を潤すために水を求めるように血を求め、心地良い眠りが欲しくて静寂を求めるように悲鳴を求めるようになったとする」

「……………」

 

 想像して、余りいい気分はしない。鎧に包まれた指が剣聖の胸を指す。

 

「お前はそれに必死に耐える。家族や友人、娘と共に人の世を歩んだ記憶があるからな。だが、ある日見つけるんだ」と、声に僅かな苛立ちと尋常ならざる憎悪を込めるゴブリンスレイヤー。

 

「同じような衝動を持って、それに身を任せる者を………自分が必死に押さえているそれを抑えようともせず、血を啜り悲鳴を堪能する。それはきっととても羨ましい事だろう、妬ましい事だろう……」

 

 ここ一年で流暢になった共通語。彼の知識の他に、それこそ声帯が共通語に合わせたのではないかと思わせるほど滑らかに話すようになった彼の言葉は、耳によく通る。 

 

「自分がこれだけ耐えているというのに、奴等は好き勝手。その苦労も知らずに、いざ自分が斬られる側になれば自分は何も悪いことをしていないと喚き出す。腹立たしい……腹立たしい腹立たしい腹立たしい腹立たしい腹立たしい腹立たしい………だから殺す」

「……それは、君にもあるのか?ゴブリンに似た、衝動が」

「あるさ。殺すのは楽しい、悲鳴は心地良い。思いのまま女を犯せばきっと最高だろう………そんな感情をクソッタレな神に植え付けられた。だから何かを殺すことで晴らしている……冒険者ってのは丁度良い仕事だよ」

 

 嘘ではない、だろう。クソッタレな神……魔神王はその名に神の文字を持つ。が、違うだろう。次に思いつくのは覚知神。彼は武器に、それも主に剣に高い興味を示す。彼の神から祝福を受ければ与えられた知識を実行しようとする。例えそれが女に振られた腹いせに世界の滅亡を願っただけでも、やり方を教われば必ず実行に移す。

 例えば彼は、世界の全てが欲しいと望んだとする。すると彼は世界を手にする方法とともにそれを実行に移したい衝動に襲われるわけだ。それは略奪を好むゴブリンのように……。

 故にこそその衝動に身を任せることが出来るゴブリンが妬ましい。と、想像はするが真実は解らない。彼自身、教える気もないだろう。

 

「仮に全てのゴブリンを滅ぼせたら、君はどうする?」

「死ぬ」

「…………」

 

 余りに、余りに堂々とした言葉に思考が停止する。

 

「……死ななくても、良いのでは?」

「この衝動が抑えられなくなった時。それは俺がゴブリン共と同等の存在になるということ。俺の強さは知っているはずだ……それが世に牙を剥く前に死ぬ」

「…………」

 

 確かに彼の強さなら良く知っている。この一年で剣術では自分に追いつき、膂力を以って自分を圧倒するほどだ。

 彼が敵になったならばと思うと、確かに恐ろしい。

 

「それは、抑えられないのか?今だって………」

「どうだろうな……抑えられるかもしれないし、無理かもしれない。時折この衝動が囁く。殺して奪え、奪って笑え、笑って犯せってな……特にあの脳天気な馬鹿弟子……その衝動に襲われてる時にゃ殺気でてるはずなんだから近付くなって言ってるんだが…」

 

 本当に勘弁して欲しい。あんな懐いた子犬のような顔でこられたら、四肢を砕き組み敷いて、親愛の表情が恐怖に変わる様を見てみたくなる。そういう時は取り敢えず何かの群の討伐だ。叶うなら大型が望ましい。だいぶすっきりする。

 

「まあ、どのみち君一人でゴブリンを殺し尽くせるとは思えないが」

「確かに、奴らは数が多い。なのにこの世界の人間はどうも他人が犯されると聞いても、笑う。あんな雑魚に負けて犯されるなんて間抜けな奴だ、とな」

「ではどうするのかね?」

「………そうさな。教えてやるか………ゴブリンは恐ろしいぞ。確かに雑魚だが、成長すれば銀等級!そら、そこらに居るぞ!殺せ殺せ育つ前に!なんて歌が出来る程度に恐ろしいとな」



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4人の少女達

「貴方のお兄さん、本当にゴブリン退治ばっかりだね」

 

 魔法付与店にて、世界で初めて導師——世を導く者の称号を与えられた少女に、若くして賢者の名を襲名した少女が呟く。

 魔法が使えぬ導師は、魔法を扱う賢者と協力して魔法の込められた道具を造る。その技術は既に外部にくれてやったが、導師ほど完璧に魔法を込められる者も、賢者ほど強力な魔法を扱える者もいない。故に一番高価な魔剣、巻物(スクロール)が存在している。

 それは冒険者や商人達に感謝されると同時に、恨まれたりもする。何せ巻物(スクロール)や魔剣といえば一攫千金。そのまま使うも良し、高値で売るも良しな逸品だ。本来なら再現不能な古代の遺物。それを復活させるという事は新しい物流が生まれ、魔物退治が楽になると同時に苦労して手に入れたが故に高値で売れるはずだった商品の価値が下がると言うこと。

 金の余った商人達が腹いせに暗殺者を放った。既に世に広まってしまったが、彼の者達が襲撃されれば他も大人しくなるとも思って。まあ、冒険者でもない見習い剣士二人にやられたのだが。

 片方は年の割に立派なものを持った少女、片方は幼さを残した夜明けの陽のように底抜けに明るい少女。

 未だ冒険者でもない少女達だが、その実力は既に金等級。一人だけ戦闘力は低いがダイナマイト──彼女の保護者が名付けたらしい──を投げてくる結構危険な子だ。

 まあ賢者に導師、それに将来有望な剣聖の娘にして剣豪と謡われる少女や、一般的な冒険者の最高峰である銀等級の唯一の弟子にしてこの中でも最強という将来有望な彼女達を害そうとすれば王も黙ってはいないが。魔神王が復活し悪魔が沸く今、将来前線に立つこと間違いなしの現状、くだらない理由で貴重な戦力と人類の強化をする切っ掛けとなった導師を襲う商人など文字通り首が飛ぶ。少しすれば襲撃もなくなった。

 

「まあ師匠はゴブリンスレイヤーだからねぇ───おお、この魔剣凄そう!」

「金貨1500000枚」

「うーん………将来同じパーティーだしサービス」

「まだしない。貴方のお師匠様に魔剣渡したら勝手に冒険に出るだろうから渡すなって言われてる」

「む、失礼な!魔剣なんてなくても行くときは行くよ!」

 

 「それはそれでどうなんだ」と呆れる剣豪。少女剣士は何処に吹く風。とはいえやはり冒険するならキチンと冒険者になりたい。別にギルドに縛られず冒険することは出来るが、それは世話になっている師匠や剣の師匠に迷惑かけることになるだろう。

 まあ師匠はゴブリン退治にゴブリンが頻繁に現れる辺境に向かったっきりで手紙でしかやり取り出来てないが……。

 

「でも、新しい魔剣が出来た。これを届けに行くという言い訳はある」

「おお!」

「……はぁ」

 

 とはいえ、彼女達だってやはり冒険に憧れる。自分達が強い部類に入るからこそ、その思いは顕著だ。賢者がゴブリンスレイヤーを追う言い訳にしている魔剣を掲げて顔を輝かせる少女剣士。それに呆れたような剣豪だが止めようとはしない。

 後は導師だが、三人の視線に肩をすくめる。

 

「私だってお兄ちゃんに会いたいし、そもそもその魔剣は貴方一人じゃ造れないじゃん。それなのに貴方だけほめて貰うとか、狡い」

「別に誉めて貰おうとは思ってない。でもあの人のご飯は美味しい」

「あー、解る。師匠の料理は美味しいもんね。うーん、なんか話してるとますます会いたくなってきちゃった!」

 

 思い立ったが即行動!が少女剣士の在り方だ。賢者が抱えていた魔剣をヒョイと受け取り店の外に飛び出す。そして店の外でクルリと振り返る。

 

「もうなにしてんのー?早くいっくよー!」

 

 どうやら行くことは確定らしい。仕方ないと三人は顔を見合わせ戸締まりをしっかりして出発した。

 

 

 

 

「とぉ!てぃ、えいやぁ!」

「ふっ!」

「平和」

「……だね」

 

 ゴブリンスレイヤーが活動拠点を置く街に向かうために商人の馬車に乗った少女剣士一同。途中魔物が襲ってきたが少女剣士と剣豪が切り裂いていく。後方支援組は仲良くお茶を啜っていた。

 

「あ、あんたら手伝わないのか?」

「必要ない。魔法は限られてるし、温存するべき」

「持ってきた巻物(スクロール)にも限りあるし………お兄ちゃんの一番使える道──一番弟子が負ける訳ないし」

「今道具って言おうとした。そんなに嫌い?」

「………嫌い、というか。お兄ちゃんの中で大きくなられるのがいや」

 

 自分だって道具だ。人のふりをするための。それは自覚している。自覚しているからこそ、彼の中で自分と彼女にそこまでの差がないことは知っている。しかし、思い出すのだ。暗い洞窟の中、何も映さなくなったガラス玉のような姉達の目を。村に戻り目にした、がらんどうになった村人達の目を——。

 今までの自分を見ていた目。それが全て消えたと思うと、今まで自分が生きていた過去が消えたような錯覚に陥る。

 残念ながら自分は過去に囚われきってゴブリンを殺す復讐者にもなれなければ、少女剣士のように未来に期待することも出来ない。だから必要なのだ。過去に縋るための、己の家族を知る何かが……。

 

「お兄さんの素顔を知ってるのは貴方だけ。それは、貴方が特別だからじゃないの?」

「そうかな?そうだと良いな」

 

 

────────────────

 

 

 ゴブリンスレイヤーの最近の主な戦い方は、妹と妹の友人が造った魔剣を振るい巣を消し飛ばすという豪快なものである。一本金貨数百万枚はくだらない超高級品。安い物では銀貨十数枚で済むが、導師の保護者であるゴブリンスレイヤーは安く仕入れられる。そして一度仕入れたものは内包された魔力が尽きても買い換えない。買い換える必要がないからである。とはいえ、ギルドから苦情が来たため、仕方なく自重するようにした。

 今回は通常種が20程、田舎者(ホ  ブ)が3、シャーマンが1。田舎者(ホ  ブ)は1匹がシャーマンから離れ、2匹は常に護衛。あり得ないな、ゴブリンらしくない。

 ちょうど昼餉の時間なので、田舎者(ホ  ブ)の屍の腕を千切り、鎧の一部を消して食らいつく。

 筋っぽくて脂が多く、お世辞にも美味いとは言えないが腹の足しにはなる。人目ならば、そもそも人がいないため気にする必要はない。

 

「─────」

 

 そう、いないのだ。この群の規模で、孕み袋がいないなどあり得ない。いや、『はぐれ』や『渡り』が偶然であった可能性はあるが、それにしては田舎者(ホ  ブ)とシャーマンの連携が出来すぎている。つまり、最低でも田舎者(ホ  ブ)とシャーマンは群が出来る前から共にいたのだ。そうでなくとも、田舎者(ホ  ブ)3匹は確実に共にいたはずである。

 どう考えても可笑しい。小鬼共が群れるのは盾を増やすためだ。シャーマンを守ろうと考えるということは、シャーマンの有用性を理解しているという事である。役立つからまあまあ守ってやるかと思うということだ——孕み袋も居ないほどに真新しい群が?

 可能性としては、この群のトップの4匹、最低でも3匹が元から一つの群にいたという事。群が滅ぼされたから逃げてきた?3匹も田舎者(ホ  ブ)が居るのだ、逃げるわけがない。つまり、群から追い出された可能性が高い。

 上位種が?だとすれば、その群はそれこそ上位種だけで形成されていることになる。

 

「チッ、失態だな……」

 

 ひょっとしたら他の群もこうなっていたのかもしれない。巣を吹っ飛ばして、慌てて出てきた僅かな生き残りを殺すのを楽しみすぎた。

 痛めつけて遊ばないようにして逃がさなければ、楽しんで良いと何処かで思ってしまったらしい。圧倒的な火力で、慌てふためく連中を見て楽しんで巣の状況を確認してこなかった。

 本当にゴブリンの脳というのはつくづく救いがない。声帯を変化させるくせに脳の変化は他者を陥れ、苦しめ、嘲笑う時にのみ生じるのだから。

 

 

─────────────

 

 

 辺境の冒険者ギルド。昼間っから酒を飲む冒険者達はやれ自分はトロルを狩った、やれ自分は盗賊退治したと己の近況を自慢しあう。中には受付に報告してナンパする者もいる。と、その時冒険者ギルドの扉が勢いよく開く。

 

「たっのもー!」

 

 扉がバーンと勢いよく開き底抜けに明るい声が響き渡る。誰もが其方に視線を向ける。

 入ってきたのは黒髪の少女。見ているだけでほっこりするような、天真爛漫をその身で示す少女。その後ろには杖を持った一目で呪文遣い(スペルキャスター)と解るローブの少女と、背の割に中々立派なもの持った少女、明らかに振るえるとは思えない剣を持つ少女。

 幼いが見目麗しい少女達の登場にヒュウ、と誰かが口笛を吹く。

 少女達はキョロキョロと周囲を見回す。誰かを捜しているのだろうか?

 

「知り合いはいないのですか?」

「前居た場所とは別だしなぁ……聞いた方が早いね」

 

 呪文遣い(スペルキャスター)の言葉に少女剣士が受付の下に行こうとする。年齢からして冒険者登録ではないだろうが魅力的な少女達、格好からしていずれ冒険者になりそうだと、唾を付けようとする者も現れる。

 

「やあ君達、誰か知り合いを捜しているの?良かったら俺が探そうか?」

「ん?」

「にしても、その格好冒険者に憧れてるのかな?登録まで後数年だろうし、良かったら俺達のところこない?」

「あー、良いよ。冒険者登録したら最初は師匠と組んで、後はボクたち4人で組むように言われてるし、お兄さん弱そうだから」

 

 キラッと歯を光らせる青年剣士の言葉をバッサリ切り捨てる少女剣士。実力はかなりあるがその性格のせいで黒曜止まりの青年はピシリと固まる。

 何処かで失笑が漏れた。

 

「し、師匠……?」

 

 全員少女ということはその師匠も女性なのだろうかと想像する青年剣士。と、その時再び扉が開く。

 

「あ、師匠!」

「え?げぇ!ゴブリンスレイヤー!」

 

 入ってきたのは全身漆黒鎧の騎士。ゴブリンスレイヤー。都からやってきた銀等級のくせに名前の通り雑魚狩り(ゴブリン退治)しかせず『都堕ち』などと揶揄されていたが魔剣などを使い、その魔剣をゴブリン退治なんかに勿体ない、俺に寄越せと言われても無視、腹を立てて闇討ちしようとした冒険者達を返り討ちにした冒険者。ちなみに返り討ちにされた中には青年剣士も含まれている。

 

「お前等か……どうした、ゴブリンか?」

「確かに都付近にゴブリンが出ても放置されるけど違う」

「お兄ちゃん、これ……新しい魔剣」

「ああ、わざわざ悪いな」

 

 少女達の一人が剣を渡すと柄を手に取り刀身を抜く。鎧と同じく黒く輝く刀身、それを確認して仕舞う。

 

「雷か……」

「流石。解るんだ」

「ああ、お前の魔法だろ。流石賢者だ………お前も、良くここまで完璧に移せるものだ。ここらに流れてくる粗悪品とは大違い、導師の名は伊達ではないな…」

「ん……」

「えへへ」

 

 ゴブリンスレイヤーが頭を撫でると嬉しそうな顔をする導師と呼ばれた少女と誇らしげな賢者と呼ばれた少女。誰もがポカンと口を開け惚ける。

 何せ、導師といえば魔法を巻物(スクロール)や剣に込める古代の秘法を覚知神から授かり復活させ、賢者といえばあの年で最高峰の魔法遣いと認められたという称号で、導師と手を組み伝説級の魔剣を製造していると聞く。

 では残りの少女達が賢者と導師の友人で護衛、若くして剣豪と呼ばれる少女と4人のリーダーの剣士か……。

 そんな相手に上から目線。青年剣士は顔を青くしてその場から離れていく。

 

「ギルドに報告がある。後でな……」

「………師匠、何かあった?」

「ゴブリンだ」

「いや、まあうん………ゴブリンだろうけど………後で話聞かせてよ?」

 

 

──────────────────

 

 

 依頼達成の報告をするとゴブリンスレイヤーは4人の少女達を連れ、買った家に向かう。

 導師が開発したニトログリセリンなどを使ったダイナマイトや毒ガスを発生させるための道具など色々ある。散らかった机の道具を押しのけ地図を広げる。幾つか小さな×印が入っている。

 

「これは?」

「ゴブリンが居た場所だ。ここ半年のな………お前達のおかげで特に苦労することもなくあのゴミ共を殺せていたが、苦情がきて今日は地道にやっていた。田舎者(ホ  ブ)が数体にシャーマンが同じ群にいた。孕み袋はなしでな。居たという痕跡もない」

「へぇ、変な話だね」

 

 ゴブリンスレイヤーの弟子だけありゴブリンに関する知識をしこたま入れられた少女剣士は首を傾げる。自分達の種族こそ栄えるべきで、その中でも自分は一番偉いと考えるゴブリン。群を作る時、仕方ないから従ってやると思うのは可笑しくないが、田舎者(ホ  ブ)が複数は流石に可笑しい。余裕があるならともかく女を攫ってないと言うことは出来たばかり、となると田舎者(ホ  ブ)同士で争うはずだ。

 

「まさか(ロード)が討たれた群の生き残り?」

「だとすると(ロード)の目撃情報が在るはず。それがないという事は、群からはぐれたのではなく追い出された……」

「上位種が?ちょっと考えられないなぁ」

「実際多少の連携をしていた………それに……」

「?」

「駆け出し程度の粗末な品とは言え、その4匹は武装していた」

「てなると、ますます追い出されたとか考え難いんだけど………でもそう思うの?」

「ああ」

 

 武装を与えたまま上位種を追い出すという事は裏を返せば武装も上位種も満ちているという事。そんな群、普通は生まれない。何者かが支援している可能性が高い。

 

「ゴブリン共の最近の発生場所から、小鬼王(ゴブリンロード)の存在する群が在ると仮定する場合、候補は3つ………遺跡と廃村、廃坑だ」

「その調査を手伝えばいいの?」

「馬鹿言え。そんな事させられるか………取り敢えず一つ一つ調査するにしても、群を見つけ、逃げた場合村が襲われるかもしれない」

 

 ゴブリン共を殺している間に何匹か逃げ出すかもしれない。いや、確実に逃げるだろう。ゴブリン共は仲間が戦っていたらやることは二つ。勝てそうならとどめは貰い自分の功績だと自慢する。勝ち目がなさそうなら仲間が盾になって()()()()()間に逃げる。

 そうして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()するのだ。

 

「要するにボク等は知り合いの冒険者とたまたま一緒に行動して、たまたま襲われたから返り討ちにする。そんな感じ?」

「…………お前本物か?」

「熱でもあるのですか?少し休んだ方が」

「何か拾って食べた?貴方、毒とか効かないけど」

「不気味」

 

 剣豪はおでこに手を当てる。熱はない。導師は脈拍、呼吸を計り瞳孔の動きを確認する。異常はない。せっかく師匠の意図を察したのに全くもって不本意な反応をされプンプン怒り出す少女剣士。

 

「本当に自分で考えたんだ。不気味」

「二度も言った!?」

 

「何でさ!」と叫ぶ少女剣士。一同はそんな様子を見て笑った。

 

 

 

 

「ゴブリン退治?やだよ、金にならねぇし……それに群から逃げたらって、そんなの村人でも倒せるだろ?」

 

「やぁよ、彼奴等汚いし……別にほっといても問題ないでしょ?」

 

「巻き込むなよ、俺は紅玉等級だぜ?あんたも素人用のモンスターじゃなくて、もっと世のため人のためになることをしろよ」

 

 

 とまあ、一応他の冒険者達に頼んだのだがすべからく断られたゴブリンスレイヤーは4人の少女を連れ馬車に乗る。魔剣は防衛手段として導師に渡しておいた。

 最初は廃坑。ゴブリンは居たが規模は小さい。しかしやはり装備が整っている。次は森の中に呑まれた廃村。とはいえ、流石に遅い。一度村に戻りやすむことにした。

 

 

 

 村で妙な子供に絡まれた。弟子達と同じぐらいの年齢の少年。何でもゴブリンスレイヤーは本物の冒険者じゃないらしい。

 冒険者というのは仲間と一緒に遺跡に潜り魔物と戦うもの。ゴブリンなんて自分でも倒せる。それなのに銀等級なんて可笑しい!そう叫ぶ。幼馴染らしい少女格闘家が申し訳無さそうにしていた。彼が少女剣士達を年が同じだから一緒に冒険者になろうと誘った時は何とも言えない顔をしていたが、まあ、そう言うことなのだろう。

 しかしこのガキ五月蠅いな。本物の冒険者?なんだそれは、くだらない。ゴブリンを倒した?群から焼き出された手負いを追い払ったから何だというのだ。

 好き勝手喚くな、五月蝿い、ウザい、鬱陶しい。

 その自分は最高峰の冒険者になれると、英雄候補の一人だと信じて疑わないキラキラした目をえぐり出して如何に無力か解らせた上で好意を寄せてくれている少女の悲鳴を聞かせてやろうか?と、頭の中で考えるだけですむように押しとどめてやっているのにまだ喚く。少女剣士がぶっ飛ばさなければ子供の死体が出来ていたことだろう。

 

 

 

 ゴブリンスレイヤーは一人屋根の上で星を見る。夜の闇も昼のように見えるこの目は人間以上に星が輝いて見える。その点だけはこの身体の素晴らしさを誉めてやりたい。

 だが、周期が短くなってきた。本能の声が強くなってきた。押しとどめ続けていたものが外に出ようとしている。そんな感覚。ゴブリン共を殺す前にさっさと自決でもした方が良いかもしれない。と、音もなく屋根におり立つ気配を感じた。

 

「ヤッホー師匠、月見?」

「そんな所だ………」

「今日はどっちもよく見えるねぇ………」

 

 と、赤と青の月を眺める少女剣士。ストンとゴブリンスレイヤーの隣に座る。

 

「数、多いかな?」

「だろうな……」

「………ねえ、師匠は何でゴブリンを殺したいの?」

「前にも言ったろ。俺は彼奴等が大嫌いだからだ」

「うーん……じゃあ、えっと何で嫌い……でもなくて、ええっと………」

「………どうして同族でそこまで嫌うか、か?」

 

「人が折角言葉を濁そうとしたのに」と呆れる少女剣士に「お前にゃ無理だ。難しいことを考える頭がない」と返すゴブリンスレイヤー。

 少女剣士は導師の次に最も長く共にいた存在だ。

 毒に対する耐性や水の中でも魔法、アイテム無しで10分近く活動できるように鍛えたし、戦い方も教えた。気配察知だって教えた。いずれはバレると思っていた。

 

「ね、師匠。ボクの村を襲ったゴブリン達の関係って?」

「俺が昔取り逃がしたゴブリンが『渡り』になって造った群の一部だ」

「そっか………まあ師匠が滅ぼそうと思ったら死体は原型なんて残ってないか」

 

 うんうんと頷く己の弟子の姿にはぁ、とため息を吐くゴブリンスレイヤー。

 

「で、師匠は結局何で同族が嫌いなの?」

「………人間に、なりたいからかもな」

「なる程」

「笑わねえの?」

「笑わない」

 

 と、真っ直ぐ見つめてくる少女。その少女に伸びそうになる右手を左手で押さえる。

 

「人間になったら、今度は何になりたいの?」

「そうだな………その時は、勇者でも目指すか」

「それはなれないね」

「………そこはなれるよじゃねぇのかよ……」

「だって勇者になるのはボクだからね!」

 

 剣を抜き放ち月光を反射させる少女剣士。そう言えば、この剣は自分がやったんだったかと思い出す。上等な剣であることは確かだがずっと愛用してくれているのは気分が良い。

 

「お前が、勇者ね……顔も知らねぇ有象無象になられるよりは、まあ安心できるな。お前なら確かに世界を救っちまいそうだ」

「ふふん。そりゃね、ボクは何たって師匠の弟子だもん!」

 

 まだ冒険者にもなれない年齢の少女が世界を救うなどと嘯く、しかし彼女なら本当にやるかもしれないと思えてくるから不思議だ。

 

「だから、さ……その時は一緒に世界救おうよ」

「あ?」

「ボクでしょ、姉ちゃんに、賢者と剣豪……そして師匠。皆で世界を救うんだ。そしたらきっと、誰も師匠をゴブリンめ!なんて言えなくなるから」

「………なる程、な……ああ、それは楽しそうだ」

「えへへ!だよねだよね!皆で色んな冒険しようよ!」

 

 森に行って、山に行って、遺跡に行って、海に行って、まだ見ぬ景色を夢見て楽しそうに笑う少女を見てゴブリンスレイヤーは己の胸を押さえる。

 楽しそうじゃないか、楽しいに決まっている。期待しろよ、胸を高鳴らせろよ、何故呆れる、呆れる要素が何処にある。馬鹿なことなんかじゃない、なのにどうして、自分(お前)は嗤おうとしている?

 

 

 

 ゴブリンスレイヤーは振り分けられた客室に戻ろうと歩く。少女剣士は自分たちの客室に戻った。扉が閉まり、しかしゴブリンスレイヤーの足は縫いつけられたように動かない。

 若い女がいる。自分に笑顔を向けてくる女達がいる。救ってやったんだから、何をしても良いのが2匹。豊満な胸を持った柔らかそうなのが1匹。賢者などと呼ばれすました顔をしてるのが1匹。

 

「………ゴブリン共、数が多いと良いな」

 

 悲鳴を聞き、絶叫を笑い、血を浴びれば、少しはこの衝動が収まるだろう。せめて後一年、彼奴等が冒険者になったら、一度くらいは一緒に冒険する、それまで持ってくれ。

 

 

 

 

 その小鬼は部下の報告を聞き、思わず部下を殺してしまった。

 奴だ!奴が現れた!女と一緒にいるらしい、4匹も!

 そうか、そうか奴め!そのために仲間を殺したのか!女を独占して、自分達が野晒し雨晒しで苦労してるなか何の苦労もなさそうな人間なんかに紛れ込むために!

 許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない!

 今日も彼奴のせいで部下を殺してしまった!

 苦しめてやる!後悔させてやる!

 女達の特徴を聞くかぎり、あの時の女も居るらしい。彼奴が独占しようとしていた女………奪おう。奪って、彼奴の前で犯してやろう。彼奴はそれだけ非道な行いをしたのだから!

 

「おい、何を騒いでいる」

 

 ふと、偉そうなのが話しかけてきた。五月蝿いなぁ、ゴブリンでもないくせに。でも強いから逆らわないけど。

 でも絶対何時か殺して食ってやる。大人しく女と武器を差し出してればいいんだ、奉仕したいくせに偉そうにするなんて変な奴め。おまけに住処にあった剣を抜こうとしたり壊そうとしたり、出来なかったら今度は守っていろだなんて、何を考えてるんだ?きっと馬鹿なんだろう。

 とはいえ此奴に一度相談しないとどうせ文句言ってくる。だから教えてやる。

 

「ふん、くだらん。そんな理由か?まあ良い、好きに襲うと良い。だが役目は忘れるなよ?」




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滅びる村

神は今日もダイスをふる


 住む者も失せた廃村。

 畑だった場所には人の子より頭一つ上の背の高い草がぼうぼうと生えている。ゴブリンスレイヤーは徐に短剣を投影して草むらに投げつける。『GOGYA!?』という叫びの後周りから複数のゴブリン、家の扉を突き破り田舎者(ホ  ブ)数匹、さらに草むらの向こうから魔法も飛んでくる。

 全て切り払う。炎の魔剣を投影して地面に突き刺すと、周囲に大量の火柱が立つ。

 生き残りはシャーマンだけ。元々己が生き残ることに貪欲なゴブリンはガタガタ震え、跪いて喚き出す。

 

《ここでもなかったか。となると、お前達の王が居るのは遺跡か?》

《──まま、待ってくれ!お、俺じゃない!あのクズだ!あのクズが畏れ多くも貴方様を殺そうなんて言い出したんだ!》

《その反応、俺がゴブリンだと知ってやがったか。やっぱ隻腕の彼奴か?》

《あ、ああ!酷い奴だ、仲間を襲えなんて!俺はあんたの下につくよ、あんたなら最強の群も───!》

 

 お前も仲間を襲えと言われて楽しんでいたくせに何を、とは思ったがその後浮かべた笑みと背後から感じる殺気に尋問を取りやめシャーマンを強化して盾代わりに振り返る。

 ガギャアァァァンッ!!と金属同士のぶつかるような音と共に衝撃で内臓が潰れたシャーマンが血を吐き出す。

 現れたのはオーガと見紛う程の巨体。手に持つのは巨大な戦鎚。田舎者(ホ  ブ)いや、小鬼英雄(ゴブリンチャンピオン)………。

 此奴何処から現れた?突然現れた。気配を隠していた?小鬼の英雄風情が?

 と、視界の端で何かが煌めく。鏡だ。なるほど、以前自分が投影したあの鏡と同じ《転移(ゲート)》の鏡。以前あれで逃げ出しているのだ、使い方を心得ていたのだろう。

 

「GOBOORBOOO!!」

「………喧しい」

 

 たかが1匹に魔剣を使うなど勿体ない。我こそは5番隊隊長などと吼えているが、くだらない、所詮は小鬼だろう。俺も、お前も。

 そんな苛立ちと共に振るい慣れた真銀(ミスリル)の剣を投影する。以前使っていた拾い物ではなく、剣の師である剣聖から贈られた剣。ちなみに本物はとある田舎者(ホ  ブ)に突き刺さったまま崖から落ち急流に飲まれた。

 数合の打ち合い。しかし技量と武器で遙かに勝るゴブリンスレイヤーが英雄(チャンピオン)の四肢を切り落とす。尋問を続けよう。頭を踏みつけ力を込める。

 

《群の規模を教えろ。5番隊隊長だったか?お前クラスが後5匹は居るってことか?》

《……お、教えたら助けてくれるのか?》

《さっさと答えろ》

 

 ミシミシと頭を踏みつける力を込める。上位種故に中々死ねず、しかしドクドクと血が流れ死が近付き、頭に上る血が減り思考力が低下する。

 

《じ、15隊ある……一個小隊、5、50……副官と、何人かは俺達と同じで英雄(チャンピオン)だ》

《700以上の群だと?盛ってるんじゃねえだろうな》

《ほ、本当だ!あんたになら全部話す!そ、そうだ!俺達は、この辺の村々を襲うように……!》

 

 グシャリと頭を踏みつぶす。直ぐに転移の鏡を投影して、飛び込んだ。

 

 

───────────────

 

 

「ゴブリン来ないねぇ」

 

 村境の柵に腰をかけプラプラ足を振る少女剣士。逃げてきたゴブリンが来るとしたら一番近くのこの村の可能性が高いが来ない。そこまでの規模ではないのだろうか?と、その時だ、慌てた様子で馬に乗ってかけてくる男()が見えた。

 

「ぼ、冒険者居るんだろ!?助けてくれ!」

「ほいほいどうしたの?」

「ま、魔物だ!種族はわかんねえ……人型で、でっかくて……頼む、助けてくれ!」

「あ、おらんとこも出ただぁ!助けてけろぉ!」

「う、うちにも!うちにも出たぁ!となりん奴食われちまっだ」

「「「「──────」」」」

 

 4人は顔を見合わせる。3ヶ所同時に魔物の襲撃、明らかに計画的な行動だが、こんな辺境で?

 

「ど、どうする?」

「どうするって──」

「戦力を分けるしかないと思う。けど、敵が解らない以上悪手」

「だ、だったらおらんとこぉ!」

「てめ、ふざけんな!うちなんて隣人食われてんだぞ!」

「うるせ──!?」

「てめぇこ──!?」

 

 賢者の言葉に我先にと救援を要請する村人達。少女剣士は殴りかかろうとした彼等の間に剣を振り下ろす。

 

「───姉ちゃん、《転移(ゲート)》の巻物(スクロール)ある?」

「5枚……どうするの?」

 

 と、非常時の撤退用に用意していた《転移(ゲート)》の巻物(スクロール)を取り出す導師。少女剣士は3つ取り2つを剣豪と賢者に渡す。

 

「全部の村に行く。けど、優先は村人の救助。危なくなったら逃げて……剣豪はそっちの人と、賢者はそっち」

「わかりました」

「了解」

 

 少女剣士の言葉に馬に乗せてもらい村を案内して貰う2人。残ったのは少女剣士と導師。少女剣士は導師をじっと見る。

 

「姉ちゃんは……どうする?」

「自衛ぐらいは出来る。足手纏いにはなりたくないから、いって…」

「でも……」

 

 複数の村が襲われたのだ。この村だって襲われる可能性がある。正直言って、置いていきたくない。何せ彼女は弱いのだから。と、少女剣士の頭をつかみ引き寄せる導師。

 

「足手纏いにはなりたくない。貴方だって、知ったんでしょ?だから、置いてかれるわけには行かないの」

「…………正直になったね。ボク、そっちの方が好きだな」

「………そ、なら姉命令。早く行って」

「うん。任せたよ、姉ちゃん!」

 

 そう言うと村人の乗った馬の尻をたたく少女剣士。走り出した馬は、当然馬なのだから足は速い。が、少女剣士は地面を蹴ると疾風のような速度で駆けあっと言う間に追い付く。この方が速いと思ったのだろう。

 残された導師は残りの巻物(スクロール)やダイナマイトを取りに宿に向かう。すると、昨日の少年剣士が何かを決意した表情でやってきた。

 逃げたゴブリンなど少女剣士達で十分だと思っていたがまさか複数の村が魔物に襲われるなんて、そう苛立っている彼女の前に立つ少年剣士。邪魔だ、凄く邪魔だ。

 

「地下とか、床下に避難してて。そこで転がって土の匂いをつけといて」

「俺だって戦う!俺だって、ずっと鍛えてきたんだ!」

「邪魔。私は貴方を守らないよ?」

「大丈夫だ、むしろ、俺が守ってやるよ!」

 

 昨日少女剣士に一方的にぶっ飛ばされたのにこの自信は何処から来るのか。冒険者になったら大した経験もつまずにゴブリン退治に向かって死ぬタイプだな、と呆れ横を通り抜けようとする。

 

「待ってくれ!だから、君も避難を──あで!」

 

 腕が掴まれる。ふりほどこうにも近接に置いて自分は4人中最弱。冒険者になる前提で在る程度の護身術を学ばされた賢者どころか鍛えた一般人にも劣る。思わず舌打ちしそうになると少年剣士の頭を叩く者がいた。少女格闘家だ。

 

「この馬鹿!いい加減にしなさい!彼女達の強さは昨日知ったでしょ!?私たちは隠れるのよ!」

「だ、だけど!」

 

 と、その時だった。ズン、と村境の柵が壊される。全員が振り返る。そこにはオーガのような巨体を持った魔物が10匹、それより一回りほど小さな魔物が20程、その後ろに杖を持った人の子供ほどの魔物が10数匹。

 

「な、なんだあれ───」

「───ゴブリン」

「え、ゴブリン?で、でも!滅茶苦茶でかいぞ!」

田舎者(ホ  ブ)が群れるだけでも珍しいのに、英雄(チャンピオン)まであんなに………それにシャーマンまで」

 

 少年剣士の事は取り敢えず無視だ。ほら戦ってこい、守ってくれるんだろう?

 急いで宿屋に駆け出す。と、一匹だけ英雄(チャンピオン)の肩に乗っていたシャーマンが頭に被った家畜の骨の隙間からじっと導師を見つめる。

 

「GOBGOOOR!!」

 

 その叫びと同時にゴブリン達が向かってくる。狙いは自分のようだ。懐からダイナマイトを取り出し《点火(インフラマラエ)》の巻物(スクロール)で導火線に火をつけ投げつける。

 田舎者(ホ  ブ)の一匹がバラバラに弾け飛ぶ。

 とはいえゴブリン共は数で勝っている間はよほどのことがない限り退かないだろう。魔剣を抜き、巻物(スクロール)を構える。

 

「う、うおおおぉぉ!」

「あ、ま……待ちなさい!」

 

 少年剣士が田舎者(ホ  ブ)の一体に切りかかる。が、戦闘経験を積んだ『渡り』に素人剣術など通じるはずもなく吹っ飛ばされる。丁度良いので棍棒を振るった体勢の田舎者(ホ  ブ)巻物(スクロール)を向ける。放たれた雷が胸を大きく抉った。

 

「GOROB!GOROOB!!」

「GROOB!!」

 

 新たな巻物(スクロール)を開く。炎の壁が現れ周囲を包み込んだ。近接戦に持ち込まれれば負ける。賢者のように数多く魔法を放って近付けないなんて戦法もとれない。となれば周囲を守りながら魔剣や巻物(スクロール)を使う。

 炎の壁を前に立ち止まるゴブリン達。姿は見えている。ダイナマイトを投げつければ燃えてゴブリン達に当たり大爆発を起こす。

 

「GORB」

「GROO……」

 

 炎の熱と爆発で死んだ己の同胞を見て後ずさるゴブリン達。シャーマンが呪文を唱えるが小鬼如きの魔法で賢者と謳われた少女の魔法を貫けるわけがない。導師はダイナマイトが尽きたのを確認すると今度は魔剣を構える。バチバチ紫電を走らせ、いざ放とうとした時───

 

「ぐあああああ!?」

 

 人の悲鳴。恐らくは少年剣士。炎で見えないが何処かにいるのだろう。また聞こえてきた。

 ああ、と察する。要するに人質だ。炎の壁を消さなければもっと痛めつけるという。くだらない。そんなガキどうなろうが知ったことか。仮にも冒険者を目指すなら自己責任だ。今度は女の短い悲鳴が聞こえた。少年剣士を助けようとした少女格闘家だろう。

 助けてくれるとは限らないのだ。助けがくるとは限らないのだ。何せ神は何時だって、サイコロを振るう。残酷な目が出ても、哀れみ、悲しんでも、救いはしない。

 結局、ゴブリンに襲われるなんて運が悪い、その一言で済まされる。

 

「──────!!」

 

 ガシリと後ろから延びてきた手が導師の腕を掴む。ミシリと骨が軋むほど強く握られ、次の瞬間へし折れる。

 

「あぐ──!?」

 

 魔剣が落ちる。引き寄せられ、無理やり振り返らされる。

 

「GARORO──」

 

 ニタァ、と笑うのは2メートル近くあるゴブリン。枝で出来た王冠を被り、ニタニタとゴブリンらしく嫌らしい笑みを浮かべる。その後ろには鏡面。しかし鏡面に移るのは何処かの遺跡。

 

「GUGEGE!」

「かあ──ッ!!」

 

 腹に膝がめり込む。拳ではない。そのゴブリンには片腕がないから、獲物を捕まえれば後は足で攻撃するしかないのだ。

 空気を吐き出し気絶した女。ベロリと頬を撫でゲタゲタ笑うと肩に担ぐ。と、地面に転がっている剣を見つけた。使いやすそうな剣だ。自分が持ってるそれよりよほど上等。持ち帰ることにする。

 炎の外の連中は、ほうって置いて良いだろう。聞いてない、お前のせいで仲間が死んだなどと喚くに決まっている。全く同じゴブリンだというのにどうして他の奴等はこうも自分勝手で浅ましいのだろうと首を振りながら炎の壁が消える前に鏡面の中を潜った。

 

 

 

 

 

 少女格闘家は幼馴染に駆け寄る。冒険者に、英雄になると意気込み剣を振るう幼馴染。自分も父から受け継いだ武術を人のために使おうと鍛えてきた。だけど、怖い。

 自分達よりずっと大きな魔物達。これがゴブリン?今までのと、違いすぎる。ゴブリン達は炎の中に隠れた導師をどうにか捕まえようとしているようだが、埒があかず苛立ったのか民家の一つを壊す。人は、居ない。地下に隠れたのだろう。と、大型のゴブリンの一体が気絶した少年剣士を見てニタリと笑った。

 

「こ、こないで!」

 

 伸びてくる大きな手。自分の胴を簡単に握り潰しそうな手に蹴りを放ち、しかし逆に弾かれる。大型ゴブリンは少年剣士を持ち上げると彼の腕を人差し指と薬指と中指の隙間に挟みへし折る。

 

「ぐあああああ!?」

 

 気絶していた少年剣士が激痛で目を覚まし泡を吹き絶叫する。続いて足が折られる。

 

「や、やめなさい!」

 

 と手刀を放つ。しかし太い木でも叩いたかのような激痛に顔をしかめ、大型ゴブリンは鬱陶しいというように足で小突く。それでもこの身長差。地面を転がりゲホゲホせき込む。

 体中が痛い。体の奥が燃えるように熱いのに、凍えそうな程悪寒が走る。と、そんな少女をひっくり返す者が居た。恐らく焦れてきたのだろう。そこで雌だ。興奮した様子の中型のゴブリン。

 ゴブリンが何故女を攫うか知っている少女格闘家はそのゴブリンに見えず、しかし明らかに獣欲をはらんだ目で見てくる魔物に顔を青くする。

 

「い、いや!放して、放してぇ!誰かぁ!」

 

 必死に暴れようとするが力は向こうが上。押さえつけられ、服を破り捨てられる。ゴブリンが腰布を解き人の腕ほど在りそうな己のものを剥き出しにする。

 

「や、やめ───お願───?」

「────?」

 

 涙目で懇願する少女の様子を楽しんでいたゴブリンは少女の視線が背後に向けられたのに気づく。なんだなんだと振り返れば己の頭目がペコペコ頭を下げているゴブリンではない変な奴が移動するときに現れるのに似たのがあった。自分達もこれを使ってきた。増援だろうか?あの炎の壁を消せるのか?

 消せたらあの女も犯そう。なんか殺すなとか犯すなとか言われたような気もするが突然仲間を殺したあの非道な小娘はさっさと苦しめるべきだろう。と、あの小娘が泣きわめく姿を想像して涎を垂らすゴブリン。その首が切り落とされる。

 

「───田舎者(ホ  ブ)か」

 

 ドシャリと体が倒れ倒れた衝撃から傷口から血がブシャリと噴き出す。現れたのは漆黒の鎧に身を包んだ長身の男。

 ゴブリン達が反応し───次の瞬間には死ぬ。圧倒的だ。圧倒的なほど強い。剣についた血を払った鎧の男──ゴブリンスレイヤーと名乗っていた──少女格闘家の口に瓶をつっこむ。痛みが引いてきた。

 

「あ、あの───」

「他の奴等は何処行った?」

「ほ、他の村が襲われて──そっちに」

「分断させられた訳か。あの炎の壁は?」

「えっと──ど、導師様が───」

「───あ?」

 

 その言葉にゴブリンスレイヤーは訝しみ剣を振るう。魔剣なのか突風が起こり炎の壁が天に向かって散っていく。炎の壁が消えると、そこには誰もいなかった。

 

「え?そ、そんな!確かに──!」

「─────」

 

 困惑する少女格闘家と異なりゴブリンスレイヤーは先程、突然英雄(チャンピオン)など大型が現れた時みた鏡を思い出す。

 

「戻ってきた奴等に伝えとけ。俺は遺跡に向かう」

「え、あ、はい───あ、あの!」

「何だ?」

「く、薬を………彼にも」

「ああ………」

 

 鼻から上が切り取られた死体の上に転がった少年剣士を指差す少女格闘家。ゴブリンスレイヤーは一瞥すると水薬(ポーション)を渡し駆けだした。

 その日、冒険者を目指していた一人の格闘家が夢を諦めた。彼女の幼馴染も同様だ。村で当たり前の幸せを、当たり前のように享受した。

 

 

──────────────────

 

 

 その日4つの村が壊滅的な被害を受けた。その村々は生き残り同士で手を組み何とか再び村らしく活動することが出来た。しかし、実質的に3つの村が滅んだ。ゴブリンによって。

 やはり国は動かない。ゴブリンの被害などありふれたもので、それにどうせもう解決したことだ。それにその日は喜ばしい事が起きた。

 遺跡の最奥に封印されし剣が抜かれた。勇者が生まれた。

 彼女達はゴブリンに拘っていたようだが国として、王としてまず魔神王の討伐を命じた。




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ゴブリン

 森の中を駆ける。まずは洞窟が見えてくる。見張りは田舎者(ホ  ブ)にシャーマンが2匹ずつ。

 シャーマン2匹が呪文を唱える前にナイフを投げ殺し、ホラ貝を吹こうとした田舎者(ホ  ブ)を切り裂き、棍棒を振り下ろしてきた方の頭をつかみ壁に叩きつける。

 グチャリと脳が壁にへばりつく。

 そのまま洞窟の壁を削りながら進み腕を引っこ抜く。足は止めない。

 その音を聞きつけたのか出るわ出るわ小鬼共。丸々太った個体や顔を隠し杖を持った個体がわらわらと。

 ああ、本当に………邪魔くさい。魔剣を投影し弓につがえる。

 本来なら熱線を放つ魔剣は自身を熱線に変え行く先を阻む全ての者を消滅させながら進む。

 文字通り骨すら残らない。曲がり角にでもぶつかったのか轟音が響き洞窟が揺れる。

 しばらく進むと溶けて出来た新しい穴を無視して横穴に飛び込む。すぐに現れる小鬼の群。しかし所詮は小鬼の群。

 

「邪魔だ……」

 

 数は先程に比べて少ない。だから、切り刻みながら突き進む。

 しばらく進むと洞窟から遺跡に変わる。それにしても、候補に選んだ三つの内最後に当たる自分も分断直後攫われる彼奴も、つくづく出目が悪い。この状況で、どうせ頑張れ頑張れと応援しているだけの神の姿を想像して殺意を漲らせる。

 小鬼の脳は、すぐに八つ当たり出来る存在にその怒りを押し付けた。

 遺跡の中を突き進む。同胞の匂いが濃く残っている道が同胞が頻繁に扱う道なのだろう。

 開けた場所に出た。ゴブリンの癖に、壁に松明を立てかけ火を焚いている。そして、前方から暴風の塊が、上方から二つの鉄の塊が振ってくる。

 

「────!!」

 

 とっさに魔法を切り裂くが僅かに速度が落ちる。頭上から振ってきたのは英雄(チャンピオン)が振り下ろした巨大な戦鎚。

 即座に身体強化、加えて鎧にも緑のラインが走る。振り下ろされた戦鎚に指の先端が尖った攻撃的な鎧がめり込む。腕を曲げ、足を曲げ、腰も曲げ勢いを殺したが地面が柔すぎる。膝近くまで足が沈む。が、手に力を込める。ピシリと亀裂が広がり戦鎚が砕けた。

 

「「───!?」」

 

 驚いた顔の英雄(チャンピオン)。通常の個体と異なり一周りほどデカい。その首に鎖分銅を巻き付ける。

 

「──GUGAGA!?」

 

 振り解こうと首を振り、その勢いを利用して足を抜いて英雄(チャンピオン)の背に飛び乗る。このまま頸椎に剣を突き刺し殺すのは簡単だが、それをすると()()()()()()()

 英雄(チャンピオン)の身体には女や子供が鎖で縛り付けられていた。英雄(チャンピオン)を殺せば下敷きになるだろう。

 取り敢えずそう言うのが無い個体に向かって魔法による毒が付与された魔剣を放つ。距離がある田舎者(ホ  ブ)英雄(チャンピオン)は防ぐ。

 

「GOBUGOOR!!」

 

 突っ込んできて棘の付いた鉄球を振り下ろしてくる。かわして地面に接触した鎖を剣で縫いつける。その鎖の上を駆けて首を切り落とす。シャーマンが魔法を放って来たので英雄(チャンピオン)の兜飾りを掴み振り回し魔法を払う。焦げた首を遠心力そのままにシャーマンが集まった場所に投げつけ何匹か巻き添えに殺す。

 動揺しているシャーマン達の下に跳ぶが田舎者(ホ  ブ)数匹と英雄(チャンピオン)2匹が邪魔してくる。

 田舎者(ホ  ブ)達は『肉の盾』を構える。舌打ちして、三日月刀(シ ミ タ ー)を投げつける。大きく弧を描いた三日月刀(シ ミ タ ー)は盾の後ろに隠れた田舎者(ホ  ブ)達の首を刈り取る。

 

「GOOB!」

「GOROOROBO!!」

 

 そのまま英雄(チャンピオン)田舎者(ホ  ブ)達を切り裂く。呪文を唱えようとするシャーマン達の喉を的確にナイフで潰していく。

 だが、それでも数が多い。遺跡の通路から次々ゴブリン達がやってくる。何匹かは『肉の盾』や『肉の鎧』を用いて………。

 ここ周辺で女が攫われたとは聞かない。あの鏡を使って離れた場所から攫って来たのだろう。

 

「GOBUROOO!!」

「GOOBGOOOB!!」

「─────■■■■■■■■■■■ッ!!」

 

 ギャアギャア騒いでくるゴブリン共に喧しいと叫び声を上げる。人の言葉を使える程度には声帯も変化した。それでも、その喉から放たれる咆哮は獣性を宿し英雄(チャンピオン)達でさえ竦み上がらせる。

 

「ほう、大したものだな……本当にゴブリンなのか?」

 

 まずはシャーマンを殺す。次に鎖や投石機を持った奴等。と、遠距離攻撃の手段を持つ奴等から殺そうと算段をたてているとパチパチと拍手が聞こえ来る。聞こえた言葉は共通語。ギロリと兜に刻まれた一本線からそちらを睨みつける。

 そこには妙な男がいた。

 台座の隣に立つその男の額に一本角を生やした浅黒い肌に筋骨隆々の体。しかしオーガや英雄(チャンピオン)のようにでかいわけでなく大きさとしては田舎者(ホ  ブ)程度。やけに豪勢な服を着た、明らかにゴブリンでも、かといって秩序の眷属とも思えぬ容姿。

 

「何者だ?」

「ほう?人語を解するのか。成る程、ゴブリン程度でも稀にこうして話せる者が生まれるとは」

 

 完全にこちらを見下した目。ゴブリンだから、と言うよりは自分が誰よりも優れていると思っている目。まあつまりゴブリン共と同じ目で良いだろう。

 

「我こそは冥府よりいでし十六将が一人。貴様のような雑兵では一生に一度目に出来るだけで幸福なことだ」

「冥府?」

「ああ。魔神将と言えば解るな?」

「知らん」

 

 ゴブリンスレイヤーの言葉にピクリと眉根を下げる魔神将とやら。明らかにいらだっていて、しかし仕方ないという風に首を振る。

 

「多少知能があろうと所詮はゴブリンと言うことか。貴様等混沌の、無秩序の使徒達の支配者たる魔神王様に仕える十六将の一人だ」

「───────!」

 

 ゴブリンスレイヤーの体が強ばるのを見て笑みを浮かべる魔神将。しかしゴブリンスレイヤーの視線が剥いたのは、そちらではない。

 その隣に現れたゴブリンだ。枝で作られた王冠をかぶり、肉の盾を持ったゴブリン。(ロード)だろう。木の板に括り付けられた少女には、見覚えがある。自分と一番ともにいた少女。

 全身痣や擦り傷だらけ、股からは血が流れている。

 

《久し振りだなぁ、裏切り者───》

 

 片腕しかないそのゴブリンはゲタゲタ笑う。ゴブリンスレイヤーを見て、馬鹿にしたように、嘲笑う。次の瞬間にはゴブリンスレイヤーは(ロード)の前に現れる。その首を切り落とそうと──しかし

 

「貴様!ゴブリン風情が、我を無視するか!」

 

 ゴブリン如きに無視され、ゴブリン如きを優先された事に腹を立てた魔神将が至近距離で魔法を放つ。炎の風の猛威に吹き飛ばされ遺跡の壁に激突する。

 瓦礫を蹴り飛ばし、(ロード)でも、魔神将でもなく『肉の盾』にされた少女を見る。自分の役に立ちたいと、神の声を聞いて古代の秘術を復活させた少女、導師。

 ふざけるな。ふざけるな!それは自分のものだ!嘗て家族を見殺しにした少女を育てることこそ、自分が人間だと言い張るための手段だったというのに、台無しだ!

 

「────ッ!」

 

 そんな思考に吐き気がする。純粋に導師を心配してやれない自分を今すぐ殺したくなる。だが、まずは助けてからだ。そのためには魔神将が邪魔だ。幸い大したことはない。武器さえキチンとしていれば弟子でもどうとでもなる相手。魔剣を数本打ち込んでやればそれで決着が付く。付くのだが───

 

《動くな!》

「あ、う──っ!!」

 

 その動きを察知したのかロードが導師の腕に杭を突き刺す。破傷風になること間違いなしの錆びた杭。先端が劣化で丸くなり、皮膚を貫くのではなく突き破り鈍い痛みを与える。目を覚まし呻く導師の声に動き止めたゴブリンスレイヤーに向かって『肉の鎧』を着た英雄(チャンピオン)がハンマーを振り下ろす。

 

「───!!」

 

 とっさに強化を使い防御するが内臓が揺さぶられる。僅かにダメージを負ったのか、ゴボリと鎧の隙間から血を吐き出す。

 

「人間の女が人質になる、か。つくづくゴブリンらしくないな」

「………黙れ、俺は……人間だ」

 

 立ち上がり魔神将を睨み付けるゴブリンスレイヤー。自らを人間だと名乗ったゴブリンスレイヤーに魔神将は鼻で笑う。ゴブリン風情が人間を名乗ることが可笑しくてたまらないのだろう。

 

《クカカカ。くだらんなぁ……人間?人間だと?莫迦な奴だ、人間は『肉の盾』を前に何も出来なくなるマヌケだというのに》

 

 ゲタゲタ嘲笑うロード。ゴブリンスレイヤーが睨みつけるとヒッ!と慌てて肉の盾の裏に隠れ導師の肩に杭の先端を押し付ける。

 

《てめぇは絶対殺す。地の果てに逃げようと追い詰めて四肢をもぎ取ってケツの穴に熱した鉄棒を挿して獣に食わせてやる》

《────は、ハハハ!強がるな、人間ぶるお前に、人質を見捨てることなど出来るものか。なぶり殺しにしてくれる!》

 

 ゴブリンスレイヤーの殺気に完全にビビっていたロードだったが()()()()()()()()()()とは言えゴブリンはゴブリン。相手を自分より下に見る。特に、こんな状況では勝ち気になって自分が死ぬなど考えない。

 集まったゴブリン共もニタニタ笑い得物を構える。

 突然攻め入り、多くの仲間を殺したこの悪人をいたぶれると思うと楽しくて仕方ないと顔が語る。

 

「まあ待て」

 

 しかしそれに待ったがかかる。魔神将だ。ニヤニヤとゴブリンみたいな笑みを浮かべゴブリンスレイヤーを見下ろす。隣のロードは止められたのが不服そうだが逆らわないのは、暗にこの数のゴブリン達では太刀打ちできないという事を解らせる。

 

「貴様はゴブリンにしては随分やるようだ。我が配下に加わるが良い。そうすれば、この娘を返してやる。それとも、また新しく育てるか?好みのサイズになるまで」

「…………ッ!!」

 

 どうやら魔神将はゴブリンが人を育てるのは、知恵を手にしようと結局はそう言うものだと言う認識らしい。好みの見た目が、好みの年齢に育つまで育てて、犯す。どうせお前はその程度しか考えていないんだろう?そう目が語る。腹立たしいと睨めば魔神将は小さな火を生み出し導師の左目を焼く。

 

「ああぁぁぁぁぁああっ!!」

「態度に気をつけろゴブリン。この女の顔を焼いて、抱けぬ見た目にしてやろうか?」

「………てめぇ………ゴブリン相手にそんな戦法とってよく将だ何だと名乗れるな」

「………貴様。つくづく道理を知らぬ……口の利き方をわきまえよ!」

 

 無数の魔法が飛んでくる。ゴブリンスレイヤーは床を蹴り壁を走りかわす。その高速移動に狙いを定められない魔神将の愚鈍さを鼻で笑い、痺れを切らして範囲魔法を放ってきた瞬間飛び込む。

 鎧に強化を施し皮膚に強化を施し肺に強化を施す。迫り来る炎の壁を抜け、目を見開く魔神将の顔面を殴りつける。

 

「ぶげぁ!?」

 

 流石魔神将を名乗るだけあり硬い。が、鼻の骨が折れ吹き飛ばされる。そして、目を見開き慌てて肉の盾を構えようとするロードに向かって剣を振り上げる。

 文字通り真っ二つになって左右に倒れるロード。ゴブリンスレイヤーはすぐさま導師を連れてこの場から撤退しようとして、雷に焼かれる。

 

「──────!」

「──さ、ま───貴様貴様貴様きさまきさまきさまキサマキサマキサマァァァッ!!」

 

 慌てて導師から離れる。ゴブリンスレイヤーを追うように放たれる魔法の暴風雨。雷が、炎が、石礫が、氷が、風の刃が、水の槍が殺到し遺跡の壁を大きく抉る。

 

「ゆる、ざんぞ!ごの魔神将の言葉をむじし、あまづさえ殴りつけるなど!」

 

 頬の骨が砕けたのだろう。歪な顔の形になった魔神将が憤怒の表情で魔法を放ち続ける。やがて使える回数の限界がきたのかポシュという音と共に掌から煙が出る。

 

「ゴブリンどもぉ!やづをごろぜぇぇ!」

 

 魔神将の言葉に顔を見合わせるゴブリン達。ロードが死んだ。あの偉そうなのもなんか疲れてるみたいだ。

 どうする?

 どうしよう?

 答えは直ぐ出る。なにせゴブリンなのだ。

 

「───ご──あ?」

 

 ズブリと魔神将の胸を1匹の英雄(チャンピオン)が貫く。ゴボ、と血を吐き出し振り返る魔神将。英雄(チャンピオン)はニヤニヤ笑い、次の瞬間魔神将の内側から雷が迸る。

 

「があああああ─────ッ!?」

 

 本来なら並の剣で傷つけられるはずない魔神将は、ゴブリン達がどれだけ剣を振るおうが関係なかった。しかしその剣は彼がゴブリン達に与えたものではなく、片腕しかないため肉の盾を扱えば他に何も扱えないロードが一番隊隊長に渡した魔剣。都の有名な鍛冶師が鍛え、都一の魔法の使いである賢者と外なる知恵の神の恩恵を受けた導師が魔法を付与した魔剣。いかに魔神将でも耐えきれず、煙を吐き絶命した。

 

「GORARARAROOOOB!!」

「「「GROOOB!GOBROOOO!!」」」

 

 英雄(チャンピオン)が死体の刺さった剣を掲げ叫ぶと他の英雄(チャンピオン)も含めたゴブリン達が叫ぶ。偉い地位はほしい、けど導くなんて面倒。それを代わってくれたんだから賞賛してやろう。

 新しく群の長になった英雄(チャンピオン)は縛り付けられた女達を見て、ハァ、と吐息を吐き涎を垂らす。

 さてどれにするかと見回す。そして、まだ一度しか使われていない締まりが良いであろう女を見つける。手を伸ばし──

 

「───GA?」

 

 伸ばした腕が切り落とされる。何時の間に現れたのか、黒い鎧の騎士が剣を振り抜いていた。

 

「GUGAAAA!?」

 

 腕を押さえ叫ぶ英雄(チャンピオン)。魔剣を振り下ろそうとすれるが喉に大剣が突き刺さり倒れる。

 

「────GU、GA───」

 

 周りのゴブリン達が叫ぶ。ああ、五月蝿いな。

 五月蝿いな、喧しいな、消してしまおう。

 

「GUGYAAOOOOAAAB!!!」

「────!?」

 

 無数の剣が空中に生まれる。慌てて肉の盾や肉の鎧で防ごうとするゴブリン達は、しかしそれごと切り裂かれる。

 1匹が何とか黒騎士がやけに執着していた肉の盾を掴む。構えて、安堵した瞬間鉄の杭に心臓を盾ごと貫かれた。

 

「GEGYAHAHAHAHAHA!!!」

 

 

 

 

 無様だなぁ。無様だ──何だその様は?

 

 うるせぇ、黙れ。仕方ねぇだろ、彼奴が人質にされてんだ。

 

 だから?だからどうした。そんな事、気にするタマか。お前はあの女なんてどうでも良い。死ぬ?勝手に死ね。お前には何の関係もない。

 

 ────────ッ

 

 言い返せないか?そうだろうよ、お前は今この瞬間も、彼奴の安否じゃなく、自分が人間じゃなくなるのを心配してるからなぁ。ゲゲゲゲゲ!

 

 ごちゃごちゃ、ごちゃごちゃうるせぇな!それが、何だってんだ!

 

 お前が死にかけている理由だよ。くだらねぇ、人のフリをするからだ。どうでも良いくせに、守ろうとするからだ。

 素直になれよ。縛り付けるのは止めろ。思うままに暴れろ。本能を、解き放て

 

 

 

 

「GIHI───」

 

 砕けた兜の隙間から除いた金の瞳がギョロリと周囲を見回す。兜が邪魔なのか、手を当て力を込める。メキメキと音を立て砕けた兜の破片が地面に落ちる。

 剥き出しになったゴブリンの顔。人の言葉を発するためにだいぶ人に近付いたとは言えそれでも醜い人外の顔。大きく裂けた口からベロリと長い舌を垂らす。

 

「GRBGOOOB!!」

「GOR!!」

 

 英雄(チャンピオン)田舎者(ホ  ブ)達の背もゾクリと震える。カタカタと震えていると、黒い風が吹く。振り返ろうとした瞬間上半身がずり落ちる。

 

「GYAOU!?」

「GUGYAA!!」

 

 直ぐに己の得物を振り下ろす。しかし、当たらない。高速で動き回り切り刻んでいく。ゲタゲタと笑い声が響き渡る。その度に、ゴブリン達が死んでいく。

 

「GUGYA!!」

「GOBROO!!」

 

 慌てて武器を捨て跪くゴブリン達。相手もゴブリンなのだ。跪き、命乞いをして下に付くと示せば見逃されるはず。此奴の部下になればきっと群も大きくなり良い思いも出来るはず。

 その希望は隣で跪いたまま頭を踏みつぶされた仲間を見て潰える。

 

「───GO、GU」

「AHA──」

 

 震えた英雄(チャンピオン)の首を掴み頭にかぶりつく。頭蓋を砕き、脳をすすりグチャグチャと噛み潰していく。

 ああ、美味い。この味は、何だろう?アドレナリン?知らない、興味ない。ただ、美味いからもっと喰おう。

 

「GOGI!GUGYAA!!」

「GOB!GUROOB!!」

「GYHA──GYAHAHAHA!!GYAAHAHAHAHAHAHA!!!」

 

 逃げ出そうとするゴブリン達だったが出入り口の上部に剣が突き刺さり出入り口を崩す。逃げ場が消える。

 獲物は数百。狩人は1人。

 狩りが始まる。

 

 

──────────────

 

 

「ゴブリンが陽動なんて───!」

小鬼王(ゴブリンロード)が居たとしても、不可解……おそらく覚知神から軍の動かし方を学んだ」

「話は後!姉ちゃんと、師匠!」

 

 遺跡に向かって駆ける2つの影。剣豪と少女剣士、少女剣士におぶさった賢者。村を襲う英雄(チャンピオン)田舎者(ホ  ブ)、シャーマンなど上位種のみの群。

 それだけでも異常なのに導師のいる村に戻れば4人が分かれたタイミングでゴブリンの群に襲われたという。そして、導師が攫われた。偶然とは思えない。計画的な犯行としか思えない。ゴブリンが?

 

ね、師匠。ボクの村を襲ったゴブリン達の関係って?

 

俺が昔取り逃がしたゴブリンが『渡り』になって造った群の一部だ

 

「──────」

 

 ふと、昨夜の会話が蘇る。嫌な予感がする。

 洞窟が見えてきた。進んでいくと妙な破壊後があった。そこを無視して進むと遺跡──いや、神殿のようになっていく。

 崩れた通路を蹴り飛ばす。途端、肺を重くするほどの血の匂いが流れてくる。中には夥しい数のゴブリンの死体が転がり床を赤く染める。

 

「これ、ゴブリンスレイヤーさんが?」

「姉ちゃんと師匠はどこに───」

 

 顔をしかめながら中に踏み込む少女達。と、転がった死体の中に明らかに人の物もあるのを見つけた賢者がその場でうずくまり吐き出す。いや、人の一部がなかったとしても余りに凄惨な光景だ。

 3人が顔をしかめているとグチャグチャと咀嚼音が聞こえてくる。

 

「───師匠?」

 

 音の発生源を見れば、見えるのは黒い鎧。パキキとシャーマンと思われる掌を踏み、指の骨が折れる音が響く。

 肩を揺らしていた黒い鎧は動きを止めゴブリンの腕を放り捨てると立ち上がり振り返る。その顔は、人の顔ではなかった。

 

「「「─────!?」」」

 

 少女剣士と剣豪は剣を構え、賢者は杖を構える。

 

「あれは、ゴブリンか?」

「何でゴブリンスレイヤーさんの鎧を……」

「───2人とも、構えて」

 

 困惑する剣豪と賢者とは反対に、冷や汗を流し警告する。

 

「GIHI──GYAAHHAHA!!」

「────ッ!!」

 

 切りかかってきたゴブリンの一撃を剣で防ぐが、踏ん張りが利かず吹き飛ばされる。

 

「ッ!この!」

「GOGIHAHAHA!!」

 

 剣豪が切りかかり、ゴブリンも同様に剣を振るう。剣同士がぶつかり合い火花が散る。その剣技に目を見開く剣豪。

 本能のままに振り回しているようでその剣技には見覚えがある。当然だ、自分が使っているものなのだから。ゴブリンが、魔物が、無秩序の劣兵が?

 

「ふざ、けるな!」

 

 全身全霊の力を込めて振り下ろす。が、ゴブリンはそれを受けず剣を斜めに構え受け流す先程とは異なる剣術。剣豪はしかし動揺こそすれ体幹をぶれさせることなく地を踏み込み肩をつきだしゴブリンに体当たりする。僅かにバランスを崩したゴブリンに追撃しようとするがゴブリンは体勢を崩したまま剣を振るう。

 

「──ッ!!」

 

 身体を仰け反らせ回避する。胸当てをガリガリと剣先で削られ、体勢を立て直そうとする前に足をかけられる。そのまま腹に衝撃が走った。

 

「あ、が───!」

 

 ミシミシと腹に膝が食い込む。バランスを崩した状態では踏ん張れるはずもなく吹き飛ばされゴブリンの死体の山に突っ込む。

 追撃しようとしたゴブリンを炎が襲う。魔剣を何処からともなく取り出し旋風で払うが、燃えていく巻物(スクロール)を捨てた賢者は既に呪文を完成させていた。

 

「《フローズン・ケージ》!」

「───GI!」

 

 直ぐにその場から飛び退くゴブリン。先程まで立っていた場所が一瞬で凍り付く。ゴブリンも片足が氷塊に捕らわれ空中に固定される。

 

「やった───ッ!!」

 

 と、ゴブリンは弓を取り出す。矢につがえたのは矢ではなく剣。賢者も見たことがある。お湯を沸かせる程度の熱を発する魔剣だ。それが放たれる。

 すんでのところで回避する。通り抜けた魔剣は壁に突き刺さると同時に爆発した。内包されていた魔力が暴発したのだ。

 あの程度の魔剣で、あの威力。なら───

 

「GYAHA!」

 

 魔法が封じられた魔剣がゴブリンの手に現れる。あれを何発も撃てるのか。なら、もしかしてもっと格が上の魔剣も?想像し顔を青くする賢者。と──

 

「てやぁぁ!」

「GUGI!?」

 

 魔剣を放つ前に、少女剣士が切りかかる。師から貰った剣。しかしゴブリンはその剣を防ぐ。固定されている分ゴブリンの方が少女剣士より踏ん張れる。と、少女剣士はさらなる攻撃を放つ──

 

「もう、一発ぅ!」

「──────!!」

 

 神々しい光を放つ剣。弓で受けようとしたゴブリンだったがぶつかった瞬間激しい光が周囲を多い、氷が砕け吹っ飛ばされる。

 

「GUGI!GYA───GUGYAN!!」

 

 床を転がり柱に激突するゴブリン。瓦礫を吹っ飛ばし憎々しげに少女剣士を睨む。

 

「2人とも、無事か!?」

 

 と、剣豪がやってきて剣を構える。動きがいつもよりぎこちない。やはり無視できるダメージではないのだろう。

 

「なあ……あのゴブリン、鎧だけでなくあの剣技───」

「それに、あの魔剣を作り出す能力──」

「───うん、師匠だね」

「「─────」」

 

 少女剣士の言葉に2人は目を見開く。そして、苦虫を噛み潰したような顔をする。

 

「どういう事ですか、何故あの人が……ゴブリン達が何かしたのですか」

「だとしたら、人に直す方法はある?一度、捕らえて……」

「違う。師匠は、最初っからゴブリンだよ。気付いたのは数ヶ月前だけど」

「最初から!?で、ですが……彼は!」

「うん。優しかった……ううん、優しいよ……でも、今は様子が可笑しい……取り敢えず止めるよ」

 

 少女剣士の言葉に賢者と剣豪は得物を握った手に力を込める。

 

「止めるって……出来る?殺さずに倒そうとして」

「正直、私は噂に聞く魔神将とやらよりあの人の方がずっと恐ろしいのですが」

「殺す気で来られたら……どうかな………でも、剣豪を斬らずに殴ったり、魔剣は格が低いのを使ったり………ゴブリンが様子見なんてするとは思えないし」

「……まだ理性が残ってる可能性があるって事?」

「だと良いんですが」

「───GUGIGYAGYA!!」

 

 床を踏み抜き迫るゴブリンスレイヤー。少女剣士は光り輝く魔剣で防ぐ。剣豪が切りかかり、距離を取ったゴブリンスレイヤーの足場が溶け沼のようになる。ゴブリンスレイヤーは魔剣を投影して弓につがえる。狙いは、賢者。

 

「させるかぁ!」

 

 が、少女剣士がそれを弾く。

 

「───この剣凄い」

「それ、たぶんこの辺りの遺跡にあると言われてる聖剣」

「え、ボク選ばれた勇者なの?師匠との会話が現実になっちゃった…………うん。なった……だからさ、師匠。もう一つの約束も現実にしようよ」

 

 剣をしまい、聖剣を両手で構える。

 

「行くよ師匠。今日こそ、勝ち越す!」

「GOROOOOB!!」

 

 ゴブリンスレイヤーは使い慣れているであろう真銀(ミスリル)の剣を投影する。聖剣ならそれこそバターのように斬り裂けるだろう。しかしゴブリンスレイヤーの剣に緑のラインが走る。そのまま幅の広い剣を生み出すとそれを足場に飛び出してくる。

 

「───ケホ」

「「─────」」

 

 剣がぶつかり合うその瞬間、聞こえてきた小さな声。本当に小さなその声に、ゴブリンスレイヤーも少女剣士も動きを止め振り返る。

 

「──ん───に─ち………」

「この声……姉ちゃん、何処に!?」

「GU──」

 

 辺り一面血だらけだ。肉片だらけ。何か探すには向かない状況だが、見つける。英雄(チャンピオン)と思われる大きな死体、細切れになった肉片が僅かに震える。

 

「姉ちゃん!」

 

 その肉片を蹴り飛ばし、下にいた導師を見つける。腹に穴があいているが、内臓はそこまで傷ついていない。《小癒(ヒール)》の巻物(スクロール)を使用して傷を癒す。傷が深くて、完全に治療は出来ないが……。少なくとも内臓の傷は癒せたはずだ。

 ほっと息を付いて、ゴブリンスレイヤーを見る。剣士も賢者も様子を見る。止まったが、理性を取り戻したのだろうか?

 

「お──にい、ちゃん──」

「姉ちゃん!待って、喋っちゃ駄目だ!傷は治ったけど、血が──!」

「な、にを──してるの?」

 

 ゴブリンスレイヤーの身体が震える。怯えるように、後ずさる。導師は血で汚れた顔を上げゴブリンスレイヤーを瞳孔が開いた瞳で見つめる。

 

「──GI───GU」

「何を、してるの?わた、しを──忘れようと………して、るの?そんな事……許、さない」

 

 導師の言葉にゴブリンスレイヤーが明らかに震える。警戒するように唸るが導師に襲いかかることはしない。

 

「それが、責任……私の家族を、見捨てた……あな、たの……覚え、続けて……そ、したら……人間扱い、して……あげる、から」

「…………」

「GU、GIGI!!」

「───いい、の?あなたは、良いの?ゴブリンで───」

 

 

 

 

 

 

 声が聞こえる。

 この声は、誰だったか──。ずっとそばにいた気がする。言い訳がしたくて……言い訳?何の?

 自分が何かだと、そう言いたかった筈だ。何か?自分は何だ?人間?ゴブリン?自分は何といいたくて、誰と居た?

 

 

 

 

「GU、GI───GUGAAAあああああああっ!!」

 

 頭を押さえ叫ぶゴブリンスレイヤー。大きく仰け反り、地面を転がり壁に頭を叩きつける。

 

「あ、ぐ───はぁ───はぁぁ」

 

 ゴブリンスレイヤーの瞳に理性の光が戻る。導師はただでさえ血を流しすぎていたのだ、再び意識を失う。

 

「ゴブリンスレイヤーさん、戻ったのですか?」

「色々聞きたいことはあるけど、取り敢えず良かった」

「流石姉ちゃんの声……すごい効き目」

 

 賢者と剣豪はその場で膝を突き少女剣士もはぁ、と嘆息する。

 

「もう、迷惑かけたんだから師匠が皆を運んでよね」

「そうですね。それぐらいの我が儘は許されるでしょう」

「疲れた」

「……………」

「どうしたの師匠?ほら、帰ろうよ……」

 

 少女剣士が首を傾げるが、ゴブリンスレイヤーは目を細めて首を振る。

 

「………いや、俺は帰れない」

「……え?」

「それは、私達に正体がバレたからですか?確かに驚きましたがあなたが多くの村を救ったのは解っています」

「他の人にバレたらどうなるか解らないけど、少なくとも私達は貴方のことを知ってる。さっきまでは怖かったけど、もう戻ったなら」

 

 「戻れた、か……」と呟くゴブリンスレイヤー。

 

「むしろさっきまでが、本来あるべき形に戻ってたんだよ」

 

 そう言って、新しい兜を投影する。

 

「で、でも、だって……皆で冒険しようって」

「ここに散らばってる死体、殺したのは俺だ。人間もゴブリンもな………そいつに傷つけたのも俺。そんな俺が、人として生きる?笑わせる──」

「ま、待って!」

 

 慌てて追おうとする少女剣士の前に無数の大剣が壁のように現れる。剣豪や賢者の周りにも檻のように現れる。

 

「人間ごっこは終わりだ。本当に、くだらない時を過ごした」

「師匠!」

 

 剣を砕いてゴブリンスレイヤーに駆け寄ろうとする少女剣士に無数の鎖が絡み付く。

 

「俺はゴブリン───そうだな……ユダ。異端の小鬼(ゴブリン・ユダ)だ」

 

 その名を残して、ユダは弟子達の前から姿を消した。



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ゴブリンスレイヤー

いよいよ登場原作主人公


 魔神王が倒される。それは秩序の民にとって文字通りお祭り騒ぎの出来事だ。

 魔神王を倒したのは伝説の聖剣を持った少女に、その少女と同門の剣士にして剣聖、そして賢者。

 しかもどの娘も頭に美を付けるような少女達だ。彫刻家と画家は彼女たちの姿を残そうとし、詩人や楽士は容姿と功績を讃える歌を作ろうとした。

 しかし彼女達は王への挨拶と白金等級の昇級が終わると、とっとと旅立った。残党を処理して欲しかった王達に「悪魔共を放置して、辺境に何をしに向かうのか」と尋ねられ「ゴブリン……」と口揃えて答えたそうだ。

 まあそれでも、通り抜け様に片手間で潜んでいる邪教だの残党だのを潰してくれていたが。

 見返りを求めぬ理想の英雄として民からの人気がますます上がった。

 

 

 

 

 都ほどではないが祭りも近付いてきた今日この頃、辺境とは言え冒険者ギルドも存在する街はやはり活気づいていた。

 そんな中ギルドの受付嬢に祭りを共に回らないかと誘われたゴブリンスレイヤーと呼ばれる銀等級冒険者。日頃世話になっているからと応えた。午後からだ。ちなみにその後居候先の牛飼娘に午前中回ろうと誘われている。

 とはいえ祭りまでまだ時間がある。故にギルドへやってきてゴブリン退治を手伝ってもらったメンツに酒をおごるゴブリンスレイヤー。と、その時──

 

「たっのもー!」

 

 バァン!と扉が勢い良く開く。何事かとそちらを見やれば3人の少女達。

 中々整った装備をしているが若い。貴族などの子女で、装備を調えて冒険者登録にきたか?と誰もがそう考え、黒髪の少女が首からかけた白金の認識票を見て目を見開く。中には飲んでいた酒を噴き出す者も居た。

 冒険者の頂点。そして黒髪で、駆け出し程度の年齢。腰に差すのは重厚な剣と真銀(ミスリル)製の剣。

 知っている。詩人達が歌う歌と同じ容姿、しかし何故()()がこんな所に!?

 

「わ、わ!見てくださいゴブリンスレイヤーさん!勇者様ですよ!」

「賢者様まで───!」

 

 最近ゴブリンスレイヤーとよく組む女神官が興奮する。そう、彼女は魔神王を打ち倒した、あの勇者だ。

 そんな将来語られるであろう今を生きる伝説に興奮している女神官の友人で、丁度良い依頼が無くてギルドで代筆屋や代読屋をしていたら気づけばギルド職員によりあの手この手で抜け出せなくされた女魔術師も自分と殆ど同期でありながらあっと言う間に飛び級した賢者を見て興奮しているようだ。

 が、不意に顔を青くしてキョロキョロ周囲を見回す。

 

「ど、どうしたんですか?」

「い、いえ──賢者様と仲の良い彼奴も来てるんじゃと思って」

「彼奴?」

「五月蝿いとか言って人に向かって爆弾投げてくるような奴よ。確か、導師とか呼ばれてたかしら」

「導師様ですか?」

 

 と、彼女達が会話している間に勇者達は受付の下まで移動する。

 

「ね、ね、この辺りにゴブリンスレイヤーって名乗ってる人が居るって聞いたんだけど、どんな人?」

「へ?ゴ、ゴブリンスレイヤーさん……ですか?」

 

 受付嬢は同僚のお気に入りの冒険者の呼び名が出て困惑する。いや、注目していた冒険者達も、か。何故最高峰の冒険者が雑魚狩りの冒険者を……。

 と、そんな空気を無視してゴブリンスレイヤーが彼女達に近付いていく。

 

「俺だ」

「へ?」

「ゴブリンか?」

「えっと……君は?」

 

 突然やってきたゴブリンスレイヤーに首を傾げる勇者達。

 

「ゴブリンではないのか?」

「ええっと……貴方がゴブリンスレイヤーですか?」

「ああ……」

 

 と、勇者の連れ──恐らく剣聖と思われる少女が尋ねてくる。ゴブリンスレイヤーが肯定すると3人の少女は顔を見合わせる。

 

「ごめん、人違いだった」

「人違い?」

「ん。考えてみれば、逃走中のあの人がわざわざ解りやすい名を名乗る筈ない」

「まあ、あえて名乗っている可能性も否定できませんでしたが」

「……?よく解らんが、ゴブリンではないのか?」

「うん」

「はい」

「ん」

「そうか……」

 

 自分に用事と言うことはゴブリンかと思ったがそうではないらしい。では用はないと席に戻るゴブリンスレイヤー。いやいや、と妖精弓手が呆れる。

 

「もっと聞くことあるでしょう。何でゴブリンスレイヤー探してるか、とか」

「確かにのう。おぅい、娘っ子ら、少し良いか?」

「ん?ボクたち?」

 

 鉱人道士が呼ぶとあっさりやってくる勇者達。その足取りに警戒はない。というか、警戒する必要がないのだろう。

 席に着いた勇者達に一品奢るから話を聞かせてくれと頼むと皆思い思いに注文する。剣聖だけは気を使ったのか安いのを頼んだが。

 

「お前さん等かみきり丸探しとったんだろ?まあこっちのかみきり丸とは別のようだが、何故だ?お前さん等は白金等級に金等級、小鬼なんぞ簡単に殺せるだろう?」

「カミキリムシ?」

「かみきり丸、だ。他にもオルクボルグ……まあ小鬼殺し殿の字名だな」

 

 と、蜥蜴僧侶が答えるとああ、と納得する勇者。注文した揚げ物の詰め合わせが届きまずは唐揚げを口に含む。

 

「別にゴブリン退治のスペシャリストを探してたわけじゃないよ?いや、名前とか変えてる可能性もあるし、探しているとは言えるのかな。ボクたちが探してる人が昔、ゴブリンスレイヤーって名乗ってたんだよね」

「その名の通り主にゴブリンを狩ってましたね。お金が必要な期間では銀等級に相応しい依頼をこなしてましたが、急遽集める必要がなくなればまたゴブリン狩りに」

「はあ?オルクボルグ以外にそんな変な奴が居るの?」

 

 妖精弓手が信じられないと眉根を寄せるとゴブリンスレイヤーはそう言えば、と思い出す。

 

「以前水の街で彼奴も俺を見て訝しんでいたな」

「ああ、剣の乙女さん?確かにあの人も師匠と一度会ってたっけ」

「師匠?勇者様達の?えっと……そのゴブリンスレイヤーさんが?」

 

 と、女神官が首を傾げる。言いよどんでいるのは何も同名の知り合いが居ると言うだけではあるまい。そんな女神官の様子を見て勇者はケラケラ笑う。

 

「アハハ。まあ、確かに……魔神王倒したボクの師匠がゴブリン専門なんて妙な話だよね」

「い、いえ……そんなつもりじゃ」

「良いって良いって。言葉にすると自分でも変な感じだからね………でもね、師匠は強いよ。ワイバーンもトロルもオーガも師匠の前じゃ雑魚だったもん」

「それなのに、ゴブリン狩りを?」

 

 女魔術師は不思議そうに言う。彼女にとって冒険者とは怪物を退治し、人々を救う者達であると同時に常に上を目指すべき存在だ。ゆえにゴブリンスレイヤーの事を当初は嫌っていた。同時期に冒険者になった後何となく話す機会が増え子犬みたいだなぁ、と思う内に仲良くなった女神官が居なければ今でも嫌い、とはいかなくても苦手ぐらいにはなっていたろう。

 今ではゴブリンスレイヤーは自分に出来る範囲で人を救っているのだと思えるがオーガだのワイバーンだの倒せるのならもっと人のためになる仕事を………。と、考えていると勇者が心を読んだかのように呟く

 

「ゴブリンは村を滅ぼすよ」

「へ?」

「ボクは……ボク達は、冒険者になる前、師匠の仕事に初めてついていった時、その光景を見た」

「建物は壊されて、家畜は食べられて、畑は焼かれて、女の人は犯されて男の人は食べられた」

「ですが実際に襲われた事のない者達は口々に言うでしょう。運がなかった、と……」

 

 ゴブリンは弱い。村の力自慢なら追い払えるのが当たり前。全員、そんな風に考える。簡単に倒せて、国を動かす必要なんてないから、放置されることが多く、稀に村を襲えるほどの規模になる。その稀な被害にあった者を、かわいそうで済ませる。災害のようなものだと、何年も経つのだからもう気にするなと窘める。

 

「災害なんかじゃないよ。だって彼奴等、楽しそうだった。獣のように暴れるトロルや、魔神王の為に、って意志のあるオーガとかとは全然違う。ある程度の知能を持って、それが楽しいことだと理解して、やるんだ」

「まあ獣の中には得物で遊ぶのも確かにいますが、ゴブリンのそれは方向が違う」

 

 思い出したのか、ブルリと震える剣聖。彼の剣聖が、ゴブリンに怯えている。

 

「ゴブリンは確かに弱い。駆け出しでも、簡単に倒せる。でもそれは戦いやすい場で、数が少なかったら………洞窟の闇の中、剣が振るいにくくて、数が多くて、毒を使う……たいていの駆け出しは殺されて、後に送られた駆け出しが疲れたゴブリン達を倒して簡単だったという」

 

 賢者が果汁水をクピクピ飲みながら呟く。ゴブリンスレイヤーがその言葉に頷いていた。女神官も初めての冒険者としての仕事を思い出したのか俯いていた。

 

「そもそも国はもう少しゴブリン退治に報奨金を出すべきだと思うんだよ。基本的に人が少なく攫いやすい辺境が襲われるから、お金が用意できない。お金がないから、白磁等級しか雇えない、白磁等級しか雇えず、白磁等級でも数を送れば最終的には倒せるから、誰も危険だと思わない……」

 

 サクサクとポテトフライを食べながらボヤく勇者。実際金にならないからとギルドに勧められても依頼を突っぱねる冒険者からすれば耳の痛い話だ。

 

「厄介なのは倒しきれないこと。生き残ったゴブリンは成長する……『渡り』になって田舎者(ホ  ブ)やシャーマン、まれに英雄(チャンピオン)(ロード)になる……英雄(チャンピオン)までなら銀等級でも何とか勝てると思うよ。1対1ならね」

「ゴブリン共が群れぬなどありえない」

「そうだよね。だから銀等級のチームが必要………(ロード)に至っては数チームは必要だよ。最低でも80、もっと大きいとボク等なんて700近くで上位種だらけの群にあったし……まあそれは殆ど師匠が殺し尽くしたんだけど」

「優秀だな」

「優秀だよ!」

 

 えっへん、と誇らしげに胸を張る勇者。しかし直ぐに落ち込む。

 

「でもその日以来どっか行っちゃったんだよね……」

「それって……」

「ううん。死んでないよ……全部殺した後、ボク達の前でどっか行っちゃった。一年ほど前にね……だから探してるんだよね。師匠が居れば、きっと寝たきりになっちゃった姉ちゃんも起きるだろうし」

「成る程。それで小鬼殺し殿の噂を聞いてここに……」

「それもあるけど基本的には辺境でゴブリン退治にね……ゴブリンあるところに師匠ありだからね」

 

 ゴブリンあるところに師匠、って……なんかゴブリンスレイヤーみたいだとゴブリンスレイヤーの知り合い達がゴブリンスレイヤーを見る。いや、彼女達の師匠もゴブリンスレイヤー……何かややこしくなってきた。

 

「ところでゴブリンスレイヤーさん、ゴブリンを追ってて変な事無かった?」

「変なこと?」

「既に群が滅ぼされてたとか、黒い鎧を着たゴブリン見かけたりとか」

「……いや、何故だ?」

「んーと………師匠が───賢者、説明お願い!」

 

 と、説明を賢者に任せる勇者。賢者ははぁ、とため息を吐く。

 

「ゴブリン・ユダって名乗る、共通語を解するゴブリンが居る。その目撃証言があれば師匠は間違いなくそこにいる」

「追っているのか?」

「そんな所」

「共通語を話すゴブリン?そんなの居るわけないでしょ……」

「………いえ、確かこの前のロードも少しだけ人の言葉を話してました。変異していけば、何時かは……」

「普通に話せるようになるよ」

「そうか、やっかいだな。人の世に紛れるかもしれん」

 

 

 

 

 ギルド職員、その中には多大な逆恨みを持たれる者がいる。

 昇級審査の監督官だ。嘘を見抜く奇跡を至高神より授かった彼女或いは彼等は昇級審査で冒険者達の嘘を見抜く係。

 そもそも既にバレている上での尋問が多く、原因だって金をネコババしようとした冒険者が悪いのだがそのせいで降格された者達は彼女に恨みを持つ。主に先行し宝箱などを空ける斥候などにその手合いが多く、故に気配を消す。少なくとも戦闘職ではないギルド職員に気配を感じるなど不可能だ。祭りの準備の賑わいを利用して、裏路地に連れて行かれた。

 自分達が行った悪事を正当化するために俺と同じ事をしている奴はこんなに居ると見せつけるように群れ、痛めつける前にその身体を楽しもうといやらしい笑みを浮かべる。

 毅然な態度で彼等の虚言を指摘した彼女の怯える様を見てさらにニタニタと笑う。まるで───

 

「───ゴブリンだな」

 

 ギルドでよく聞く言葉。同僚のお気に入りの口癖。それが聞こえた瞬間、男達が倒れる。

 

「いって──何、があああ!?」

 

 自分達は倒れたのに己の足の裏はまだ地面についているのを見て目を見開き叫ぶ男達。監督官が顔を上げると、そこには全身鎧(フルプレート)の人物が立っていた。

 

「て、てめぇ!こんな事して、ただで済むと──!」

 

 ゴキリと首の骨が折られる。ヒッ、と男たちが黙り込む。

 ここは路地裏、建物の影、とても薄暗い。しかしその影すら飲み込む闇を体現したかのような漆黒の鎧を纏った──先ほどの声からして──男は倒れた男達を見回す。下腿を半ばほどから失った彼等が今後冒険者として活動するのは不可能だろう。いや、ギルド職員を襲った時点で不可能か。切り口は綺麗だし、今すぐ神殿に行って金を積めば治せるかもしれないが誰が神殿に連れていくというのか。

 

「立てるか?」

「───え」

 

 男達の足からドクドクと流れる血が広がり服が汚れても呆然としていた監督官に鎧の男は話しかけてくる。

 

「立てるなら早く行くといい。俺は此奴等に尋ねたいことがある。立てないなら運んでやる」

「あ、えっと──あ、あれ………」

 

 立ち上がろうとしたが上手く力が入らない。腰が抜けてしまったようだ。

 

「──チッ」

(舌打ちされた──)

 

 と、男が手を叩くと少女が現れた。襤褸布を纏った、痣だらけの獣人の少女だ。

 

「連れて行ってやれ」

「はい」

「それと、ギルド職員だ。冒険者登録してこい」

「はい」

「俺とお前もここまでだ。後は好きにやれ」

「はい」

 

 義務的に返す少女。獣人らしく身体能力に優れているのか、監督官をヒョイと持ち上げる。そのまま歩き出した。

 

「あ、あの──ありがとう」

「いえ、師匠の命令なので」

「師匠って、あの人?」

「はい。私に小鬼の殺し方を教えてくれました」

「………その、あの人の名前って?」

「師匠です。他の呼び方は知りません」

「そ、そっか……」

 

 

───────────────────

 

 

「さて、彼奴等が来てるし、出来るならさっさと失せたいんだ。誰に騒ぎを起こすように言われた?」

 

 《小癒(ヒール)》の巻物(スクロール)を使い男達の血を止め尋ねる鎧の男。男達が憎々しげに睨むとベキリと一人の男の掌の骨を踏み砕く。

 

「質問に答えろ。俺は気が長い方とはいえない──単刀直入に聞くが闇人(ダークエルフ)は何処だ?」

「な、何の話だよ!俺は何も──」

 

 ゴキリ、また一人の首の骨がへし折れた。

 

「ま、待ってくれ!本当に知らないんだ!ただ、武器と金をやるから暴れろってフード被った奴に」

「何だ、使えない───ん?」

 

 と、足音が聞こえてくる。恐らく衛兵だろう。このままでは捕まる男達だがむしろその足音は救いの足音に聞こえた。鎧の男は舌打ちすると適当に2人を担ぎ上げる。

 男達が悲鳴を上げる前に、壁を駆け上がり屋根の上を跳び街の外まで移動する。

 

「お、俺達をどうする気だ!」

「か、勘弁してくれ!白磁に落とされて、ちょっと俺達の苦労を解らせてやろうと──!」

「───腹減った」

 

 人を殺そうとしておいて、自分が殺されるかもしれない状況になったとたん命乞いを始める男達に、鎧の男はポツリと呟く。日常的な会話のように、しかし話の文脈を無視して。

 

「こんな身体だからな、時折発散させなきゃならん。苦しめて、いたぶって、泣きわめく様を楽しまなきゃならん………じゃねぇとまた、暴れる。その点お前等みたいのは大歓迎だ。特にアドレナリン、それが入ってる脳を食えば数日は持つ……」

「は、は?何を言ってやがる……」

「タイミングが良かった。彼奴とも別れたり、食事で衝動を抑えるしかなかった。ゴブリンより人間の方が長く持つ……山賊捜す手間が省けた、感謝してやる」

 

 嫌な予感がする。脳を食うとか、食事とか……嫌な予感がするが、心の何処かでまさかと首を振る。人間が、秩序の民がそんなまさかと──しかし、兜が消え絶望に顔が歪む。

 

「ああ、良いなその顔……それだけでも2日は持ちそうだ。まあ、それじゃ足りないからなぁ──いただきます」




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弟子

 冒険者ギルドに変なのが来た。それがその少女を見た時の第一印象。

 襤褸布を纏った少女。足音がしない。ふと目を離せば見失ってしまいそうなほど存在感がない。

 

「ゴブリンだな」

「何でよ」

 

 ゴブリンスレイヤーの言葉に妖精弓手は呆れたように呟く。と、勇者はスンスンと鼻を鳴らす。

 

「あ、本当だ。あれゴブリンの血や臓物の臭いがするね」

「ゴブリン共は増えれば女を取り合ったり序列を付けようと喧嘩する。そうでなくとも喧嘩するし、盾にもする。同族の臭いが染み着いているからな、あれは臭い消しに丁度良い」

 

 勇者の言葉にゴブリンスレイヤーが珍しく説明する。普段言葉の足りない彼なのにゴブリンについて説明する時はこんなにも流暢に喋るのか。

 

「てか、それ私に血をぶっかける前に教えなさいよ」

「教えただろ?」

 

 確かに「奴等は鼻が利く」などとは言われたがそこまで詳しく説明された覚えはない。されても絶対嫌だが。

 そのゴブリンの血の臭いが染み付いた襤褸布を纏っているという少女は白磁等級の認識票を受け取る。

 

「ではゴブリンをお願いします」

「え、っと………ゴブリンでしたらチームを」

「大丈夫です。何度か狩っているので……巣の中のも」

 

 焼き出されたゴブリンではなく、巣の中にいるゴブリンを倒したことがあると言う少女。受付も困っているようだ。

 

「では、せめて解毒剤(アンチドーテ)を買いますか?」

「いえ、師匠に毒が効かないように鍛えられてるので」

「ふむ……」

 

 あ、と女神官は思った。ゴブリンスレイヤーが興味を持った。ゴブリンは毒を使う、毒が効かない方法があると聞けば学ぼうとするだろう。鍛えられて、彼女はそう言った。つまり鍛えて得られるという事。

 

「毒ならボクも効かないよ。そう鍛えられてるからね」

「方法は?」

「毎日少しずつ毒を飲んだり傷口から刺したりするの。ボクは師匠にそうされた……ん?」

 

 と、勇者が少女に目を向ける。自分と同じく毒が効かない。それも、先天的ではなく後天的に修行で得た力。師匠も同じだったりするのだろうか?

 

「あ、ええと……今はゴブリン退治は無いみたいですね」

「そうですか。解りました」

 

 受付の言葉に少女はそれだけ呟き踵を返す。話すチャンスだと勇者が近付いてく。

 

「こんにちは!」

「………こんにちは」

 

 元気よく挨拶され戸惑ったように目を見開く少女。

 

「勇者様が私に何か用でしょうか?」

「うん。あのね、君の師匠ってゴブリン退治に拘ったりしてない?」

「………してますよ」

「やっぱり!ね、その人って今何処にいるの!?」

「解りません。だいぶ前に別れたので今は何処か………」

「嘘だね」

「………何故そう思うのですか?」

「何となく!」

 

 ニコッと太陽のような笑みを浮かべて他者の言葉を虚言と断じた理由がただの直感であると言い切る勇者。流石に失礼じゃないかと妖精弓手や蜥蜴僧侶達が呆れたように見る。少女ははぉ、とため息を吐いてフードを取る。

 ピンと上に向いた耳が現れる。片方は、痛々しく半分ほどで切り裂かれていたが。

 

「流石、あの人の一番弟子」

「それで、何処にいるの?」

「解らないのは本当ですよ。この街で別れました。私はただ好きにしろとだけ命じられたので……目的があったとしても私は知りません。他の場所のようにゴブリンを殺すように弟子を置いていったのかと」

「………弟子?」

 

 ピクリと勇者が目を細める。「ええ」と獣人少女は応えた。勇者は面白く無さそうに顔をしかめる。

 

「ちえ、なんだいなんだい、一年しか経ってないのにもう弟子を……」

「ゴブリンの巣で拾ったり、滅ぼされた村で拾ったのが15人程。私は13番目です。どうぞ十三番と」

 

 淡々と返す獣人少女、十三番……弟子が15人。ますます面白く無さそうな顔をする勇者。

 

「まあ貴方ほどの弟子は居なかったと言ってましたが」

「それ本当!?」

「ええ」

「やったー!」

 

 と、嬉しそうにピョンピョン跳ねる勇者。どうやら相当懐いているらしい。そして、はっ!と顔を上げる。

 

「こうしちゃ居られない!師匠はまだ近くにいるはず、捜すよ!」 

「どうやって?」

「勘!」

 

 賢者と剣聖は顔を見合わせ、肩を竦める。何時もの事なのだろう。十三番は残された揚げ物の詰め合わせをジッと見る。

 

「これ私が頂いても?」

「あ、ああ……構わん」

 

 鉱人道士から許可が下りるとパクパク食べ出す十三番。表情からは何を考えているのか察せないが耳がぴくぴく動いているのを見るに喜んではいるのかもしれない。手で摑んで食べて、ペロペロ指で舐める。

 

「なあ飯やったんだ。お前さんの師匠について教えてくれんか?」

「むぐ?」

「かみきり丸と同じく小鬼ばっかり狩っとるじゃろう?どれぐらい似てるか気になっての」

「カミキリムシ?」

「反応が同じですな」

 

 と、勇者と同じ返しをした十三番に蜥蜴僧侶が勇者達と同じように説明する。彼女達の師匠も同じようなことを言うのだろうか?

 

「貴方がゴブリンスレイヤーさん?」

「ああ、そう呼ばれている」

「………場所は山の麓の洞窟……ダイナマイトが手元にあったら?」

「まずは他に出入り口がないか探し、なかったら巣に投げる。あれはそこそこ値を張るが、良い物だ」

「成る程合理的」

「やめてくださいよ!?山が崩れたらどうするんですか!危ないですよ」

「「ゴブリンを放置する方が危ない。洞窟が崩れれば二度と住まれることもない」」

「もう!貴方達、もう!」

「わっはっは!息ぴったりじゃのう!」

 

 女神官が息ぴったりな2人を叱り鉱人道士がガハハと笑う。蜥蜴僧侶は興味深げに見て妖精弓手は呆れたように肩を竦める。

 

「そう言う発想がでるって事は、仕込んだ奴はそうとうオルクボルグに似てるのね」

「いいえ。師匠は強いですから、私達不出来な弟子やこの人のような戦い方はしませんよ。話に聞く弟子一号の勇者様もそうでしょう」

 

 言外にゴブリンスレイヤーが弱いと言われむっとする女神官に妖精弓手。しかし十三番は気にしない。

 

「私達は勇者様のように目も見えず耳も聞こえない状況で、気配を感じることが出来ない。だから空気の流れを感じるように、頭や腕などを出しておくように言われました」

「そのために毒が効かぬ為の特訓か……」

「はい。後万が一負けた時のために」

「?」

「体を遅効性の毒で満たしておけば食べた小鬼達を殺せるでしょう?」

 

 生き残れば毒の耐性があがるだけだし、と何でもないかのように呟く十三番。あの勇者と師を同じくする者の口から聞ける師の話だとこっそり聞き耳立てていた全員が顔をひきつらせる。

 

「他にも死後半日で周囲一帯を吹き飛ばす魔剣も持ってます。これは弟子全員……ああ、勇者様は持ってないでしょうが」

「成る程、己自身を毒餌にして、さらに死後の爆発か………魔剣ならゴブリン共が戦利品として持つだろうし、合理的だな」

「やめてくださいね!?死ぬ前提なんて、縁起でもない」

「?その方は初めからゴブリンの巣で死ぬ可能性を考えてその装備なのでは?」

「ああ。質の良い武器を与えてしまえば奴等は簡単に上位種になるからな」

 

 もうやだこの人達と頭をかく女神官。そんな彼女を見て成る程、と何かに納得したように頷く十三番。

 しかしこの十三番の師、ゴブリンスレイヤー以上に徹底している。まさか死んだ時喰われたりする前提で、しかも自爆までするというのだから。

 

「なんか、ちょっと好きになれそうにないタイプね」

「ええ。むしろ、我々十五人は勇者様達と違いそうなるように育てられましたから」

「?そうなるよう?」

「お互い、好きにならないように。何れ殺せるように……だから番号で呼ぶし、抑えるために必要とはいえ殴るし犯す」

「………え?」

「なんと……自身を殺させる?そこにいったいどんな意味が」

 

 妖精弓手が固まり蜥蜴僧侶が目を見開いて尋ねる。殴るだの犯すだのと聞こえた。そこまで徹底的に己を恨まさせ、殺させようとする理由が解らない。

 

「師匠はまあ、少し特殊な事情で人を殺したくなるし犯したくなるんです。普段は盗賊や邪教徒、ゴブリンなんかを殺して発散してますが不定期で十分発散はしていても衝動に飲まれそうになることがある。そう言う時は私達が相手していました。師匠に殴られたり、犯されたり……」

 

 と、襤褸布から腕を出し指を這わせる。白い肌に、斑模様のように青痣やひっかき傷、噛み痕などがあった。

 

「お、犯されるって……それで良いの、あんたは………」

「堕胎薬なら飲んでます。とはいえ、毒は効きにくいので気分が悪くなる量接種するのは手間ですが」

「そうじゃなくて──!その、そういうのは───」

「初めては小鬼共に奪われたので。妹や母も同様に──そして、死んだ2人は食べられました。その群にはシャーマンが居たので、私は少しでも長く持つように食事も与えられました………話の流れから解るように、2人の死体を無理やり──」

「「「────ッ!!」」」

 

 妖精弓手が顔を青くする。女神官や、話を聞いていた何人かは口を押さえる。中には外に飛び出た者や、間に合わずその場で吐く者まで現れる。

 

「だから、その群を滅ぼしてくれた師匠に頼んだのです。強くしてくれと──師匠はその体質故にあまり弟子をとりたがらない。そして、その体質を誰よりも疎んでいる。それでも小鬼達がのさばっている間は死ぬに死ねない」

 

 だからこそ交換条件。近くにいるという事は衝動に襲われた時諫めるのを手伝う。小鬼を殺すのを手伝う。衝動に飲まれきった時、殺すのを手伝う。だから小鬼を殺す術を教えろ、と。

 

「師匠は勇者様に殺されるのは避けたいでしょうね。勇者様はどうやら師匠の事が大好きな様子。殺せばきっと後悔する。だから後悔せず自分を殺してくれる相手を用意した」

「それがお主か?」

「ええ。あの方には、そこまで嫌悪はありません。むしろ必死に衝動に抗おうとする姿は、それなりに好感を待ちます。でも殺す。殺せる──いえ、強いので殺し合いになったら殺されますけど、殺そうとすることは出来る。何の後悔もなく」

 

 だからこそ鍛えてもらえたのだから。もし少しでも彼を手に掛けることに躊躇いを覚えるようになれば、その時点で彼は彼女をその場に置いて去ったろう。彼女はそうならなかった。ゆえにこそ、十三番目の彼女だけが最後まで残っていたのだから。人は、存外何かに依存しやすい。ゴブリンに襲われ弱っているなら尚更に……。

 時間はかかるが、依存しないよう精神を鍛えることは確かに出来るだろう。ただ、彼女達の師はそんな時間をとるよりもゴブリン殺し専門の冒険者の数を増やすことを選んだ。

 

「後は十六番と五番、九番が師匠を殺せますね。一番である勇者様とは、どうか出会わさない事を祈るばかりですが───」

 

 と、その時だった。

 大きな爆音が聞こえた。なんだなんだと冒険者達が外に出る。どうやら街の外で爆発があったらしい。

 いったい何が原因なのかと誰もが見に行こうとする中十三番はポツリと呟いた。

 

「───手遅れでしたね」



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再会

今回のあらすじ

ついに出会う、新旧ゴブリンスレイヤー!


 黒い鎧を着た男は街の外の、森の奥を歩く。と、緑の肌を持った小さな影が飛び出してくる。振り向き様に裏拳を叩き込み頭を潰す。

 矢が飛んでくる。掴んで、投げ返す。

 練習した。増えた弟子達に毎朝毎夜、隙が出来たと思ったら殺しに来るよう命じた。その弟子の中で弓を不得意とする力の弱い圃人(レーア)の小娘の方がまだ威力も正確性も高い。

 

「GROORB!!」

「GBOORO!!」

「通常種ばかり……祭りで浮き足立ってるとはいえ、冒険者のいる街に………素人(ヌープ)が」

 

 無数の短剣を何処からともなく取り出し両手の指に挟む。その数、6本。腕を振るい放たれた短剣はゴブリン共の心臓を貫く。何体か考える頭があるゴブリンが仲間の死体を盾にしたり質のいい短剣を抜こうとした瞬間、死体が燃え上がり炎に巻き込まれる。

 

「GROO!!」

「GRAABO!!」

 

 炎に巻かれる仲間に巻き添えになっては敵わぬと手に持っていた槍で燃えたゴブリンを突き刺すゴブリン。仲間が死んだ、彼奴のせいだと喚き鎧の男に向かっていく。

 頭を狙い飛び出した一体が足を掴まれる。

 

「GUGI──GYA!」

 

 逃れようと暴れたゴブリンだったがそのまま他のゴブリン達を殺すための道具にされる。叩き付けられ骨が砕け肉が潰れ皮膚が裂け、肉塊になった身体が飛ばされていく。

 男は残った足を見て兜の一部を消すとかぶりつく。

 

「「「─────!!」」」

 

 ゴブリン共はそれで怯える。自分達は常に食う側だと、奪う側だと思っているから、食われる側であると自覚するととんと戦う気が失せる。

 背を向け逃げ出すゴブリン達は、隙だらけの背をさらす。それを見逃す理由などありはしない。

 その場から逃げられる者は存在せず、死体が増える。実に簡単な作業だ。

 しかし()()も面倒な頼みごとをしてくる。いや、新しい魔剣を得るためには必要な行為ではあるのだから、一概に彼女の我が儘とは言えぬのだが………それでも大半は彼女の探求心だろう。何せ神代の神の残した道具なのだから。()()()()()()()()()()()が今更盤上に興味を持つとは、面倒な話である。

 とはいえやはり力が欲しい。それを解っているからこそ彼女も神代の権能を復活させようとしているのだろうし……。

 と、鎧の男は突然その場から飛び退く。先程まで立っていた場所が、白光に飲まれる。

 

「そこか───」

 

 着地地点の木を蹴り飛び出す。わざわざ連発の利かない威力の高い魔法を放つなど莫迦な奴だ。せめてシャーマンを揃えていたなら解るがその気配はない。単なる莫迦。そのくせ図に乗って何でも出来ると勘違いしやることは派手。まるでゴブリンだな。

 木々を抜け、驚愕した表情の闇人(ダークエルフ)を見つける。

 

「───くっ!?」

 

 金属音が響く。防がれた。どうやら多少の近接戦の心得があるようだ。しかし───

 

「男か、つまらん」

 

 女なら鎮静剤代わりに持って帰ったのだがどうやら男らしい。憎々しげに睨んでくる男の視線を受け流し短剣を投擲する。が、闇人(ダークエルフ)の動体視力は森人(エルフ)と同等。かわされる。

 

「ちぃっ、よもや私の計画を見抜くような手合いが、この街にいるとはな………」

「それ、寄越せ」

 

 闇人の言葉など知ったことかと無視して彼が手に持つ一本の腕を指差す鎧の男。闇人は「何?」と訝しむ。寄越せ?破壊する気か?しかしそのような目的には見えない。

 

「これを手にしてなんとする」

「てめぇにゃ関係ねぇだろ。こっちは急いでんだ、さっさと寄越せ」

「───っ、貴様ぁぁぁ!」

 

 相手にされていない。その事実に闇人は激高し叫ぶ。自分は混沌の神々より託宣(ハンドアウト)を受けた無秩序の使徒。しかし激高したところで強くなるわけでもない。魔法を放とうとして、見失う。背後の気配に気付き、振り返ろうとする前に剣が振られる。

 

「ぐああぁぁぁぁっ!?」

 

 鮮血が舞い二本の腕がくるくる宙で回転する。その内片方を掴む鎧の男。闇人は取り返そうと迫り──

 

「あ、いた!」

「───あ?」

 

 やってきた少女に吹っ飛ばされた。

 

 

 

 勇者の勘を頼りに森に向かえばゴブリンの死体を見つけた。この時点で3人は頷き合い、駆けだしていた。道中何か強力な熱魔法が放たれた痕も見つけ、そこをたどり見つけたのは黒い鎧。誰かと戦っていたようなので気絶させる程度に吹っ飛ばした。

 

「………どうしてここが解った」

たまたま(クリティカル)だよ」

 

 得意げな勇者に黙り込む黒鎧。恐らく兜の下では苦虫を噛み潰したような顔をしているのだろう。顔を見たのは一回こっきりだが。

 

「久し振り、師匠……ユダって呼んだ方がいいかな?」

「師匠、ね……二度とそう呼ぶな」

 

 嘗て小鬼を殺す者(ゴブリンスレイヤー)と名乗り、今は異端の小鬼(ゴブリン・ユダ)を名乗る彼は弟子と妹弟子、妹の友人と普通なら再会を喜ぶべき相手を見て忌々しそうに呻く。

 何せ彼は混沌の劣兵であるゴブリンで、彼女達は秩序の民の最高戦力である勇者と、その徒党(パーティー)である剣聖と賢者。並の混沌の民なら尻尾を巻いて逃げ出し、魔神王に仕えていた者なら挑み殺される、そういう存在なのだから。

 

「姉ちゃんさ……あの日から、目を覚まさないんだ」

「そうか」

「……師匠が居れば、目を覚ますと思う」

「師匠と呼ぶな」

「………戻ってくる気は、ないの?」

「ない」

「───そっか」

 

 仕方ないというように肩を竦め首を振る勇者。彼女とて、言葉一つで戻ってきてくれるとは思っていない。それでも、導師の話をすれば少しくらいは迷ってくれると思っていた。断られたんなら仕方がない。

 剣を抜く。剣聖も同様に剣を抜き、賢者も杖を構える。

 

「だったら力ずくで、連れて帰る!手足の一本、覚悟してもらうよ!」

「─────!!」

 

 地を蹴り、切りかかってくる。舌打ちして剣を弾く。神々しい光に包まれた剣は勇者に加護を与え体格で上回る異端の小鬼を吹っ飛ばす。地面を削りながら勢いを殺した異端の小鬼はその場に伏せる。頭上を剣聖の剣が通過する。

 勇者の強みの一つである異常なまでの空間把握能力は彼が彼女を鍛えて植え付けた技能だ。そして、彼は自分に出来ないことを他人にやらせようとしない。彼に不意打ちを食らわせるなど不可能だ。

 立ち上がりながら肘を放つ異端の小鬼。剣を引き戻す時間はない。片手をはなし防御するがミシミシと骨に力が加わり足が浮く。

 異端の小鬼は回転しながら蹴りを放ち横腹を蹴りつけた。足が浮いた剣聖は踏ん張れずに吹き飛ばされる。

 

「──しぃ!」

サジタ()ケルタ(必 中)ラディウス(射   出)

「──ッ!!」

 

 しかし相手は一人ではない。勇者が再び切りかかり、賢者が力矢(マジックミサイル)を放ってくる。舌打ちしながらかわすが力矢が兜の留め具をかすり破壊する。兜が地面に落ちて光の粒子になって消え、人語を介し続ける為に一年前よりほんの少し人に近付いた顔が曝される。

 人に近付いた。しかし人にはなれない。時が経つに連れ小鬼の本能は強くなる。顔の変異も半年前に打ち止めになった。

 

「──連れて、帰るねぇ……アホらしい。俺はゴブリン、混沌の勢力だ。秩序の民の住処に、俺の居場所何かあるわけねぇだろ」

「欲しいから、彼処にいたんじゃないの」

「否定はしねぇよ。けど、今更だ……忘れたか?俺は本能に呑まれ人を殺した。この一年だって、本能に呑まれないために弟子にした奴等を殴って犯して、発散した。今更人の世に戻れ?出来るか、そんなこと」

 

 一年前の出来事を思い出したのか、黙り込む三人。彼女達だって忘れていないし、解っている。ゴブリン達とは何度も戦った。力こそ別格でも、あの時の彼は他の小鬼達と同じ、殺しを、蹂躙を楽しんでいた。

 正直に言ってしまえば、怖かった。再会した時、あの時のようになってるんじゃないかって……でも──

 

「でも、混沌側になりたくないんでしょ?」

「……………」

「だから、その弟子達を使って発散して……理性を保ち続けてるんでしょ?ゴブリンだって狩ってるし、そういう人達も鍛えた。人間でいたいんでしょ?人間だよ、師匠は……誰がなんと言おうと、ボクは……ボク達は師匠が人間だって言い続ける」

「「……………」」

 

 他の2人も同じ意見だというように、異端の小鬼を見つめる。

 ああ、本当にやめて欲しい。浅ましい小鬼の本能が、こう言ってるぞ?とケラケラ笑う。縋ればいいと唆す。縋ってどうなる?どうせ発散しなければまた暴走するのは目に見えている。

 小鬼共をなぶり、殺し、食って発散するか?それで暫くは持つだろう。だけど、この方法が果たして何時まで保つのか解らない。ある日途端に、何の効果もなくなるかもしれない。

 

「俺はお前等が大好きだぜ。だから、近付くな」

「傷つけるのが怖いから?」

「ああ……」

「姉ちゃんを、傷つけちゃったから?」

「ああ」

「ボク達を、傷つけようとしたから?」

「ああ」

「────っ!舐めるな!」

「───!?」

 

 ガァン!と金属音が響き渡る。異端の小鬼の身体が吹き飛ばされる。ある意味好都合だ。転移の鏡を投影しようとして、接近する剣聖に気づき剣を払う。

 人外の膂力と天性の才能を合わせた剣技。それを受けるのはあの日、無力感をこれでもかと味わい魔神王の勢力相手に己を鍛え続けた剣聖と讃えられし少女の剣技。

 

「ちぃ!」

 

 そこに勇者も加われば、例え魔神将と言えど切り刻まれるだろう。ゴブリン・ユダは即座に剣を投影する。近接戦が得意な2人に近接戦で挑むほど間抜けではない。

 

「───!!」

 

 浮遊(フライ)の魔法が込められた思い通りに浮くだけの魔剣。材質はアダマンタイト。おまけに魔術の強化。如何に聖剣とはいえ一撃で砕けるものではない。2人はすぐさま距離をとり

 

「───壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)

「「──────!!」」

 

 爆音が響きわたった。

 

 

 

 

「─────!!」

 

 剣が硬くとも込められた魔法(幻想)自体は低位の物。爆発の威力は大したこと無くとも至近距離で予期せぬ爆音。聴覚が一時的に消える。三半規管にも影響が出たのかふらつく2人。距離を取っていた賢者が魔法を放とうとするが飛んできた短剣が杖を砕く。

 

「サジ───」

「知ってる」

 

 杖を失いながらも単文詠唱で放てる魔法を放とうとして、腕を掴まれる。万力のような力に握られ詠唱が止まり、平衡感覚を失いながらも突っ込んできた勇者に向かって投げられる。

 

「触媒を常に複数持ち歩くように言ったのは俺だぞ?」

 

 さらに言えば、落としにくい指輪型のにしろとも教わった。賢者は己の指にはまった触媒を撫でる。砕かれていない。まだ魔法を使える。

 だが、ゴブリン・ユダは戦う気はない。森の中に向かって駆けだしていた。魔法は、間に合わない。

 

「この、とまれぇ!」

「────!?」

 

 が、勇者がぶん投げた聖剣は届いた。由緒正しい聖剣が飛んでくるのは流石のゴブリン・ユダも夢にも思わず目を見開き慌てて振り返り弾く。

 動きが一瞬止まる。その一瞬で接近する勇者。平衡感覚に狂いが生じてよくここまで動けるものだと感心しつつも呆れる。聖剣もなく、どうするというのか。

 

「来い──!」

「なっ!?」

 

 再び驚愕に目を見開かされる。あえて遠くに弾いたはずの聖剣が意志を持ったかのように飛んできて、勇者の手に収まる。飛んできて勢いを利用して回転し、足を狙って切りつける。

 此奴、マジで捕らえるために足一本切り落とす気か!と毒づきアダマンタイト製の飛行剣を数本投影し足を守らせる。

 

「お前の情報は集めてたつもりだが、それは知らねえな」

「今やったら出来た」

「──本当、強くなったな。お前に至っては今もなお強くなってるか」

「そうだよ。強くなった……まだまだ強くなる。師匠が暴れても、止められるぐらい」

「…………」

「同じく」

「ええ、貴方を抑えられるぐらい、強くなってみせます」

「だから、帰ってきてよ………今度こそ、皆で冒険しようよ」

「止める、ね………次暴れた時、息の根を止めてくれんなら帰ってやるよ」

 

 その言葉に、三人は黙り込む。

 殺した方が、世界のためになるのだろう。本当は自分達を傷つけたくない彼の為にもなるはずだ。でも、彼と過ごした時間を覚えている。故に、応えを返せない。ゴブリン・ユダは舌打ちする。

 

 迷っているくせに、逃げようとすれば向かってくるな。さて、どうするか……

 

「───!?」

 

 不意にゴブリン・ユダがその上体を逸らす。頭のあった位置を芽の鏃の矢が通過する。同時に、足下が泥沼になり上から不可視の壁が押さえつけてくる。

 

「何だ、こりゃ──!?」

「なる程。本当に言葉を発するのか───だが、結局はゴブリンだ」

 

 足音もなく駆けてくる気配。ある程度近付くと立ち止まり、何かを投げてくる。

 

「ゴブリンは死ね」

「─────!」

 

 次の瞬間、森の中に二度目の爆音が響き渡った。

 

 

 

 爆音が聞こえた後、ゴブリンスレイヤーはゴブリンかもしれないと爆発音のした森に向かった。道中ゴブリンの死体を見つけやはりか、と生き残りを捜していると妖精弓手が見つけたと報告。ゴブリンらしい存在が勇者達と互角以上に戦っている。何の冗談だと普通の冒険者は思うがゴブリンスレイヤーはそうかと呟き距離を取った。

 勇者達の実力は知らないが仮にも白金等級に金等級。彼が知る白兵戦を得意とする重戦士や槍使いより上。ならば不用意に近付けば足手纏い。故に、好機を待った。

 待ったかいがあった。勇者達と何らかの会話をして、動きを止めた瞬間手出しできない間に立てていた作戦を実行。

 矢で意識を向けさせ足下を崩し聖壁(プロテクション)で押さえ付けダイナマイトで爆破。妖精弓手は矢の一発で十分だと言っていたが備えるに越したことはないと却下し作戦に移った。

 

「やったか?」

 

 ダイナマイトはゴブリンスレイヤーが好んで使う道具だ。巻物(スクロール)同様一度しか使用できないので利用できたとしても一度だけ。威力は直撃すれば英雄(チャンピオン)すら葬れる。とはいえやたら硬そうな鎧を纏っていた。警戒するに越したことはない。と、煙が晴れる。先程まで持っていなかった剣を持ち氷のドームに包まれたゴブリンが居た。何時の間にか兜まで被っている。

 

「師しょ───」

「チッ!」

 

 ゴブリンは勇者達に向かって浮遊する剣を放つ。突然虚空から現れた。見たことない特殊な力を持った個体のようだ。勇者と互角に戦うほどの力も持っている。必ず殺そう。

 ゴブリンは沼を凍らせ足を引き抜く。と、蜥蜴僧侶が竜 牙 兵(ドラゴントゥースウォリアー)とともに切りかかる。

 

「冒険者か──」

 

 後ろに飛びかわし、背後の木を駆け上る。そのまま今度は弓を取り出し三本の剣を矢代わりにつがえる。剣の形が僅かに細く、それこそ矢のように変わると放たれる。

 

「嘘!?」

 

 三本の矢は弧を描きながら同時に妖精弓手に迫る。見られたと感じてから一瞬の間もない。その上で木々をかわすように弧を描かせて放った!?

 妖精弓手にも出来ないことはない。ないが、もう少し狙いを定める時間を要するし三本同時など不可能だ。弓の腕でゴブリンに先を行かれたという屈辱より先にまずは回避。

 あのままでは三本同時に貫かれていたことだろう。

 

「何者だ?」

 

 ゴブリンは幽鬼のような、見窄らしい格好をした冒険者に問いかける。彼がこの徒党のリーダーだと直感的に思ったからだ。

 それに対し、彼は何でもないかのように答える。

 

小鬼を殺す者(ゴブリンスレイヤー)




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同族殺しと小鬼殺し

小鬼を殺す者(ゴブリンスレイヤー)だぁ?」

「そうだ」

 

 ゴブリン・ユダはゴブリンを殺す存在だと自称する男を見る。弱い。

 素の実力だけで見れば翠玉か紅玉って所だろう。良くてかろうじて銅。しかし首に掛かる認識票は銀。彼が銀等級の働きが出来るとは思えないし、実績のみでそこまで上り詰めたのだろう。

 

「………ふぅ……ん」

 

 嘗て名乗っていた名。そのうち弟子の誰かが呼ばれるようになるかと思っていたが既に居たらしい。案外場所が違うから知らなかっただけで冒険者時代から居たのかもしれない。

 

(弟子共よりはやるな。現状は、だが……)

 

 鎧に包まれ顔が見えないし声もくぐもっていたが、恐らく二十代だろう。仮に名の通りゴブリンだけを標的にしていたなら数年前から活動していた筈。その上でこれなら、才能がない。能力がない。根性で生き延びてきたか。

 それだけだ。さて、どうするか。小鬼を殺してくるならむしろ此奴の存在は大歓迎。あの街には十三番を放ったし、良い見本になるだろう。

 この程度なら殺さないように手加減して気絶させるのは簡単。ここに勇者達が居なければ。

 勇者達も流石にゴブリンを他の冒険者の前で保護するのは難しいと考えているのか苦虫を噛み潰したかのように顔をしかめる。

 手っ取り早いのはこの冒険者共を人質にして逃げることだが、チラリとゴブリンスレイヤーを見る。

 此奴は駄目だな。人質にした瞬間残ったダイナマイトで自爆する。ならば蜥蜴か?さっきの竜牙兵を見る限り僧侶。他にどんな術を持ってるのか解らない。

 では女神官か?神の奇跡なんざたかが知れてる。聖壁の強度からしても、多少意外性はあるが首に下げてる認識票同様黒曜等級と見て問題ないだろう。だが、ゴブリンスレイヤーが守っている。そもそも勇者達が簡単に人質を取らせるとは思えない。ん?足下のを泥沼に変えた奴は何奴だ?

 

「────!」

 

 と、枝が折れる音と共に頭上から土砂が降り注いでくる。土の塊、大したことはないが鬱陶しい。

 足が埋まり、引き抜こうとした瞬間固まった。

 

「と──っ」

 

 次の瞬間正確に鎧の隙間を狙い首を突く一撃。体を反らしてかわし、固まった地面を砕いて蹴りを放つ。透明な壁、聖壁に防がれる。さらに聖壁の向こう側から投げられる棒状の物体。舌打ちし弾く。

 不可視の壁だろうと物理的な干渉が出来る以上空気を揺らす。空気が揺れればだいたいの大きさは察せる。

 あ、と思わず呟きそうになった。反射的に目の前の相手に返してしまった。女神官が目を開くのが見える。せっかくのゴブリン退治を主とする冒険者だ、みすみす死なせるのは惜しいと短剣を投影しダイナマイトに向かって投げようとすれば矢がダイナマイトを再び此方に弾く。導火線は、今まさに無くなる。

 

「ちっ!」

 

 すぐさま先程防御に使った魔剣を振るう。火薬が一瞬で凍り付きただの棒になったそれを砕いてダイナマイトが不発になった瞬間一切躊躇なく突きを放ってきたゴブリンスレイヤーの手首を掴む。案の定新たに取り出したダイナマイトに火を付けようとしていたので蜥蜴に向かってぶん投げる。と、その影から飛び出してくる勇者。

 飛行剣を放ち動きを止めれば剣聖が切りかかってくる。

 それを氷の魔剣で受け止め、しかし飛行剣を砕いた勇者がさらに切りかかる。舌打ちして、回収した腕をぶん投げ二本目を投影。剣聖の剣と勇者の剣を受け止める。

 剣聖の剣が凍り付いていき慌てて離れる。聖剣は、霜すら張らない。魔剣を消すとつんのめる勇者。その頭を踏みつけ上に飛ぶと腕を回収する。と、矢が飛んできた。掴んでゴブリンスレイヤーに向かってぶん投げる。足を狙ったそれはしかし弾かれた。

 考えてみれば動けないのは自分と勇者達だけだ。ゴブリンスレイヤーからすればここには味方が多い、その程度の認識なのだから。勇者達もそれに気づいたのか冒険者達の対処は後回しにする気のようだ。

 後で説得か気絶でもさせるのだろう。哀れだな。

 

「てやあぁ!」

「ちぃ!」

 

 勇者と打ち合う。剣聖も賢者に氷を溶かさせ参戦してくる。ゴブリンスレイヤーと蜥蜴は参戦しない。邪魔になると判断したのだろう。もう少し身の程を知らなければ良いものを──

 

「──お!?」

 

 と、地面に片足がめり込む。再び泥沼になっていた。片足ぶんだけ。

 バランスを崩した瞬間変わった形の投げナイフが飛んでくる。掴んで勇者達に向かってぶん投げる。当然弾かれる。というか砕かれる。

 支援してきている術師が邪魔だが、探そうにもそんな暇勇者達が与えない。ただ、恐らくだが精霊を使った技だろう。ならばこの辺りの土の精霊共を黙らせる。

 飛行剣を爆発させ、一瞬の隙をつき空へと跳ぶ。再び氷の魔剣を取り出し腕を脇に挟み弓を構える。

 

白銀に染まる冬の訪れ(グランディ・ノースポール)

 

 命名、協力者の盤外の魔女。

 剣に名を付けてやると、何故かその名を呼ぶ時威力が格段に上がる。魔女曰わく投影するイメージが確固たる物になるからこそ本来の力を発揮できる、らしい。詳しくは知らない。興味もない。ただ威力が上がるという事実さえあればいい。

 放たれた魔剣()が地面に突き刺さり、地面が凍り付いていく。慌てて跳ぶ一同。地面の中の水も凍り付いていき氷が生えてくる。数秒とたたずに氷で出来た巨大な花が現れる。木々もへし折れ、見晴らしが良くなり鉱人(ドワーフ)を見つける。

 彼奴か──

 

「ちぃ!」

 

 土も水も黙り込んだ。ならば風かと詠唱しようにも見つかった。が、ここには勇者も剣聖も居る。ゴブリン・ユダは懐から巻物(スクロール)を取り出す。

 雨乞(コールレイン)巻物(スクロール)。直ぐに雨が降り出す。それは凍えた大気で凍り付き直ぐに辺りに細かい氷の霧が覆う。

 

「こんなことしたって、場所は解るよ!!」

「お前はな──」

 

 聖剣を受けながら飛び退く。一秒とて同じ場所には居ない。止まれば剣聖が向かってくるだろうしゴブリンスレイヤーも何らかの手を取ってくるだろう。

 降り注ぐ雨は凍り付き魔剣が聖剣と打ち合う度に削れ周囲に冷気が広がる。動き回る気配が消えていく。防寒装備もなしにこの凍えた空間に人間が長い間活動するなどそもそも無理がある───筈なのだが勇者の動きは一向に衰えない。というか、気のせいで無ければ反応速度が上がってきている。

 

「なんで捨てた弟子さらに強くしなきゃならねえんだよ!」

「──捨てられてない!」

 

 聖剣に強化された身体能力と人外の膂力に加えこの世界には存在しない魔術で強化された身体能力で振るわれる剣同士がぶつかり合い。聖剣の方が勝ち氷の魔剣を削るが直ぐに再生する。

 

「凄いね、その剣。何で出来てるの?姉ちゃん達の作品じゃないよね」

「氷の魔女とか呼ばれてた蚊のバケモンの手足もいで全ての魔力を使い切って氷の剣を造るように脅した。これはその時のだよ」

「成る程。師匠ならほんの一時の剣でも永遠に使えるからね──ちなみにその魔女は?」

「食おうとしたら灰になった」

「変な蚊、だね!」

 

 力を込めた剣同士がぶつかり合い金属音を奏でて距離が開く。と、ゴブリン・ユダの感覚が飛んでくる何かを捉える。

 

「──またダイナマイト(こ   れ)か!」

 

 飛んできたダイナマイトを上に弾くと同時に爆発し氷の霧が吹き飛び、霧の中にぽっかり穴があく。氷の霧の奥で影が動き、霧をかき分けゴブリンスレイヤーが向かってくる。

 

「正面からは弱者(てめえ)の戦い方じゃねえよ!」

「知っている……」

 

 そのまま蹴り飛ばそうとして、広がっていく霧の壁の向こうに新たな影を見つける。霧が退くと杖を掲げた女神官の姿が見える。

 

「《いと慈悲深き地母神よ、闇に迷えるわたしどもに、聖なる光をお恵みください》《聖光(ホーリーライト)》!」

「───ッ!!」

 

 光が目を焼く。光を背にしていたゴブリンスレイヤーはもちろん影響を受けない。視界が消えようと動きは手に取るように解るが目に走る激痛で動きが僅かに遅れる。回避ではなく防御。鎧の隙間の皮膚に強化魔法を───

 

「───……あ」

「………何のつもりだ?」

 

 キィン!と澄んだ金属音。発生源は折られたゴブリンスレイヤーの剣。折ったのは勇者。反射的にやってしまったのだろう。このまま睨みあえと思ったがゴブリンスレイヤーも女神官もその場にうずくまる。そもそも動けていた方が可笑しいのだ。気力も尽きたのだろう。それでも気絶しないゴブリンスレイヤー……此奴は本当に人間なのだろうか?

 とはいえ今は勇者だ。結局一対一。いけるか?いや、戦っている間に剣聖と賢者が復帰してくるだろう。さらに付け足すなら、冒険者達の足音……。騒ぎを起こしすぎた。

 さて、どう切り抜けるか───

 

「帰りがやけに遅いと思えば、君はつくづく出目が悪いな……」

 

 ふと、女の声が響く。呆れたような女の声。勇者は目を見開く。近付いてくる気配はなかった。自分の感知の外?何者だ!?

 

「ん?おや懐かしい顔ぶれ──君にとっては何年ぶりかな?」

「───!?」

 

 また、別の方向から声がする。やはり動きを感じ取れなかった。パチン、と指を鳴らす音が聞こえる。霧が晴れる。寒さで気絶した冒険者達の姿が見えた。白く凍った息を吐き辛うじて震えている。剣聖や賢者も意識を保っているが全員身体に霜が張っている。きっと凍傷になっているだろう。

 

「お前は………五年ぶりだな」

「五年。五年か……()()ではそんなものか」

 

 くすんだ金色の髪は櫛を入れていないのかあちこちに跳ねていた。眼鏡の向こうには緑の瞳。何の獣のものかはさだかではない毛糸の上衣。

 変わらない。()()()()()()()()()()()()()は旧知の再会に笑みを浮かべる。

 

「誰……?」

「ああ、やあやあ……君が彼の弟子かな?話は聞いているよ。私は君の師の、現協力者と言ったところかな」

 

 勇者は、警戒を解かない。何だろう、この女は。強さは感じない。というか、何も感じない。酷く不気味だ。

 

「君と私は領域(ステージ)が異なるからね。法則(ルール)がそもそも異なる。君の師ですら私を見て聞いて触れることでしか存在を認識できないんだ。そう警戒しないでくれ………と言っても、無理か」

「このタイミングで師匠の協力者だもん。警戒はするよ……混沌側ではないんだろうけど」

「ユダ、その子を見張っていてくれたまえ」

「何する気だ?」

「我々が逃げるには現状その子が邪魔だ。ほかは動けなくしたがその子と戦っている間にあの2人は動きそうだし……で、あるならその子が直ぐに倒せない敵を作る」

 

 そういってゴブリン・ユダから腕を受け取る。その間にもゴブリン・ユダは勇者から目を離さない。この女、気配の感じ方が異様だが身体の動きからして近接戦では此方に分がある。しかしその場合師匠に隙をさらすことになる。

 故に、動けない。女は氷の中に手を突っ込み闇人(ダークエルフ)を引っ張り出す。今の今まで完全に忘れていた。どうやら生きているようだ。

 

「う、ぐ……な、何が」

「ああ、起きたか丁度良い。百手巨人(ヘカトンケイル)の復活は不可能だ。ほら、あそこに勇者がいるからね」

「な!?ゆ、勇者だと!?」

 

 闇人が睨んでくる。まさか敵とは彼か?だとしたら随分となめられたものである。あの程度が相手など、直ぐに切り倒して逃亡の邪魔を出来る。

 

「おのれぃ!混沌の神々の仇敵!我ら無秩序の使徒の怨敵めが!」

「ああ、しかし生け贄がいない。復活などとてもとても」

「否!復活できずとも、我が身に力を移せばあのような小娘1人2人!」

「そうかい。君がそう言ってくれて、嬉しいよ」

 

 とん、と腕を男の頭に置く。その腕の指に炎がポポポと灯る。闇人は「……あ?」と間の抜けた声を出して、背中から無数の腕を生やす。

 

「おお、おお!これぞまさに百手巨人(ヘカトンケイル)百手巨人(ヘカトンケイル)よ!秩序の神々を大いに打ち倒した巨人の力の一端を我に──いった、ま、まて──多すぎ───!!」

 

 メキメキ音を立てさらに腕が生える。いや、もはや生えると言うより突き破るか。

 徐々に巨大化していく腕の塊。中に皮膚がなかったり骨に肉や血管が絡み付いているだけだったりと不完全の物も──と言うよりは、不完全なものばかり。

 

「さあさ我等はここで逃げよう。なぁに、魔神王よりはずっと弱い。単なる巨人のなり損ないだ!」

「───ちょ!」

 

 腕を持ったままゴブリン・ユダに駆け出す女。ゴブリン・ユダは既に転移の鏡を投影していた。慌てて追おうとするもその前に腕の塊が暴れ出す。くっ、と顔をしかめ聖剣の腹で思いっきりぶん殴る。吹き飛ぶ異形の肉塊。さっきより人の形に近付いた気がする。気持ち悪い。というか百手巨人(ヘカトンケイル)の筈なのに既に百本以上の腕が生えている気がするのだが。

 全ての腕が魔術を編み上げようとするが成功しているのは皮膚までしっかり出来ている腕だけ。それでもかなりの数だ。

 

「ああ、もう!」

 

 確かにこれは放置できない。倒せるだろう。確実に倒せるだろうがそれは恐らく自分だけ。帰りが遅いから迎えにきた?絶対嘘だあの年増!唯一これを倒せる自分が相手している間、剣聖が動けない状況にしなくては逃げられない。ずっとタイミングを窺っていたに決まっている!

 

「夜明けの、一撃ィ!」

 

 太陽の爆発!

 腕の塊が身体の大半を焼かれる。しかしボコボコと泡立つように次々生えてくる腕によって傷がふさがる。

 

「もう、いっちょおぉぉぉ!」

 

 太陽の大爆発!腕の塊が光に飲まれ消し飛んだ。

 

 

─────────────

 

 

あれ?

《真実》は首を傾げます。振ったサイコロが消えてしまいました。

おかしいな?と、探してみても見つからず、仕方ないので新しくサイコロを振ります。また何処かに行ってしまいました。盤の下を探しても見つかりません。

《幻想》が何をしているの?と尋ねてきたので《真実》は盤上を指さします。そこには黒い鎧を着た駒が一つ。『勇者』の駒と並べられていました。

《混沌》の最近のお気に入り、盤上の駒達には至高神と呼ばれる《秩序》も扱いに困っていた《秩序》側の魂と《混沌》側の肉体を持ちその差異に苛まれながらも生きている駒です。

彼と彼女が再会したのだから、あの子も起こしてあげようかなと神の計らいで起きるか起きないかサイコロで決めようとしたのにサイコロが消えてしまったと。《幻想》は呆れました。サイコロを無くすなんて、と。

と言うわけで彼女が振ります。サイコロが消えました。あれ?と首を傾げると《真実》がケラケラ笑ってきたので頬を膨らませてポカポカ殴ります。

騒ぎを聞きつけて《恐怖》や《時間》、《死》や《空》に《水》や《偶然》、《熱》に《太陽》、次々神々が現れました。

ようし、なら俺がと彼を気に入っていた《混沌》がサイコロを振ります。

今度は私が、と彼の扱いを判断した時のように《秩序》がサイコロを振ります。

《死》が、《時間》が、《空》が、《偶然》が、《恐怖》が………

神々がサイコロを何度も振りました。しかしサイコロは消えてしまいます。首を傾げた神々は仕方ないか、と運命に任せることにしました。たまにはサイコロを使わず動く世界をみるのも一興です。サイコロを振らせない面白い存在も知ってますし………

 

 

────────────────

 

 

 夢を見た。

 人の形をした何か。人ではない何かが話しかけてきた。男なのか女なのか、子供なのか老人なのか、醜いのか美しいのか、見ているはずなのに解らない。それのどれもであるような気もする不思議な存在。

 彼/彼女は手招きしてきて、何故か警戒できずにホイホイ付いていった。頭にとんと指を当てられ、何かを植え付けられた。

 彼/彼女は笑顔でこう言った。

 

『僕/俺/私/我/儂は君/汝/お主/お前/貴様/の兄が大好きだ。見ていて飽きない。彼の特別であろうとするお前/汝/君/貴様/お主よ、だからこれは想いを同じくする友に選別だ。きっと彼も意識してくれる』

 

 

 夢から覚めて、歩く。身体がすっかり錆び付いたかのように動かしづらい。

 フラフラと宛もなくさまよっていると人気のない路地に来てしまった。お腹が空いた、人のいる場所に行こう。月はまだ上ったばかり。屋台がやっているだろう。と──

 

「おい見ろよ女だ、女がいるぜ」

「綺麗な服着てんなぁ……そんな格好でこの辺うろついたら危ないぜ?いくら都つってもこわーい奴らがいるんだから」

「何なら俺らが守ってやろうか?報酬は金じゃねぇけど」

 

 人目のない所を彷徨くだけあり人前に出るに相応しくない下品な男達。彼女はフラフラペタペタと裸足の足で彼に近付いていく。彼等は顔を見合わせにたにた笑う。

 

「何だよ、あんたもその気───」

 

 触れようとした男が黒に染まり消える。え?と残された2人がキョロキョロ周囲を見ます。女はもごもご口を動かす。と、急に口を押さえる。

 

「うぷ──うおぇぇぇ!」

 

 カラカラと音を立て転がるのは複数のサイコロ。人が口にすべきではない、飲み込むべきではないそのままの形のサイコロ。それを大量に吐き出す。

 

「「───ッ!!」」

 

 この女、何かやばい!直感的にそう感じ取り逃げ出そうとする男達。月明かりが僅かに闇を払う中、不自然な影が生まれ男達の足下を通る。

 

「あ───んぐ」

 

 

 

 

「お腹空いたなぁ」

 

 さっき何食べたっけ?

 何が美味しいんだろう?寝起きの頭は上手く働かない。なにやらカンカン喧しい。鎧を着た男達が大きな壁に向かって走っていく。こっそりついて行く。何か、いっぱいいた。

 お腹減った。くぅくぅお腹が鳴る。とここ数年ただ栄養を与え続けられた身体は飢えていて。

 あれ?というか兄は何処に行った?人のフリをするのに私が必要なのに、と呆れる。ふと、五月蝿い壁の外で騒いでる連中を睨む。あれは、多分食べても平気。

 

「いっただきまーす♪」



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ゴブリンか、人か

 転移の鏡を抜け拠点の一つに移動したゴブリン・ユダと協力者の女。

 ゴブリン・ユダはその場に腰を下ろした。

 

「ははは。不完全とはいえ百手巨人(ヘカトンケイル)が今やられたようだ。凄いね、君の弟子は」

 

 手に持った腕を持ちながら笑う協力者。盤外の魔女を名乗る、()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 ゴブリン・ユダは鎧の向こうで醜い顔をゆがめギロリと睨む。

 

「てめぇ黙ってみてやがったな」

「仕方ないだろう?私では彼女に勝てないよ。何なんだろうね、あれ。神に愛されまくってるというか……神もどんびく超幸運でも持ってそうだ。それに才能もある」

「まあな、自慢の弟子だ」

「それ、ほかの弟子の前で言わない方が良いよ?君、一度だって彼女達を誇りに思うなんて言ってあげてないじゃないか」

 

 まあ出来の良すぎる弟子を持った身として、あの15人にはそこまで期待できなかった。死なない程度には鍛えたし、才能だってあると思う。1、2年もすれば今日出会ったあの男よりよほど優秀な小鬼の始末屋になれるだろう。あの男は才能無さそうだし。

 

「彼奴等が俺に誇られなかった程度で喚くかよ。俺はゴブリンだぞ?」

「それが本気なら、手放す順番は何であれだったのかな?」

「………………」

 

 言葉に詰まるユダを見てクックと喉を鳴らして笑う盤外の魔女。口喧嘩では今のところ無敗だ。彼は図星を指されると黙り込む。

 

「人は存外弱い生き物だよ。何かに縋りたくて、仕方がない。君が本当に非道な存在なら、復讐に縋り続けることが出来たんだろうけど……楽しそうに殴って、犯して、その後すぐに苦しそうな顔をする君を心の底から恨める者は、あの中にはいない」

 

 「君は彼女達を傷つけて、だからこそ尊敬なんてされたくないだろうけどね」と付け足す盤外の魔女に、舌打ちするユダ。この女の、こういう所が苦手だ。子供扱いされている気がする。この肉体の年齢7歳だけど。しかし──

 

「縋る、ね……」

 

 ふと対外的に妹と言うことになっていた少女の顔を思い出す。勇者の話によれば寝たきりなのだとか。

 

「さて、それじゃあ百手巨人(ヘカトンケイル)の権能を魔剣に移そうか……君の妹ほどではないが、まあ権能自体が強力だ、そこそこの魔剣は出来るだろうさ」

「そうか……」

「そうさ……しかし、妹ねぇ。話を聞く限りでは、君と弟子達のような依存関係だったが……一身に受けるぶん余計深そうだな。君がいなくて、大丈夫かな?」

「………さあな」

「その子にとって君は家族の存在していた過去の証明以上に、己の価値の証明だろうからねぇ」

「己の?」

「子供は親の役に立とうとする。誰かの役に立とうとする。君と妹の関係性を考えるに、より強く……それこそ覚知神の影響を弾くほど………それが君を失ったんだ。きっと正気で居られない」

「………寝たきりになってるらしいし、俺には関係ねぇよ」

「君の不運を考えると、それですみそうにないんだけどね?」

 

 

──────────────

 

「説明してもらおうか」

「………………」

 

 水薬(ポーション)や奇跡の力で回復したゴブリンスレイヤーは、臆することなく勇者達の泊まる宿にやってきた。勇者達はその取られたことのない暴挙に目を見開いて固まる。

 

「ゴ、ゴブリンスレイヤーさん!勇者様達にそんな……!」

「魔神王倒した相手に遠慮しないわね」

 

 慌てる女神官に呆れている妖精弓手。鉱人道士や蜥蜴僧侶達も来ている。

 都に魔神王の残党が現れた、救援求むという報告から二分もしない内に攻めてきた残党が消えたという謎の報告について話し合っていた勇者達は顔を見合わせる。

 

「あのゴブリンは何者だ?何故お前等はあのゴブリンを庇った。あの魔剣は何だ?明らかに複数の魔剣を持っていたが他にどんな魔剣を持っている?」

「え、っと………」

 

 何なの此奴?と視線で女神官達に問いかける勇者一行。肩を竦められた。何時もの事なのだろう。

 

「その事はここにいる他の誰かに話した?」

「ああ」

「「「────っ」」」

 

 その言葉に、三人は顔をしかめる。勇者が混沌の勢力であるはずのゴブリンを庇ったのだ、噂が広がれば立場が危うくなる。

 

「いやオルクボルグ、あれ絶対伝わってないわよ」

「そうなのか?」

「『ゴブリンが居た。勇者も居たな、同じぐらい強かった』で何が伝わるって言うのよ」

 

 妖精弓手の言葉によると、彼はだいぶ口下手らしい。助かった。

 

「というか誰も信じないでしょ、勇者がゴブリン庇ったなんて──そもそも勇者がゴブリンと互角に戦った、なんて話すら笑い話よ?」

「え、ボクも一応説明したけど?」

 

 それでも誰も信じてないそうだ。それがゴブリンに対する世界の認識なのだろう。とりあえず勇者に匹敵する何か、魔神将とかその辺がきたのでは?などと言われていた。

 一部冒険者はゴブリンに後れをとるなんて勇者も大したことがないな、などと言っていたが。その人物は凍り付いた森を見ていなかったのだろうか?

 

「そんなことはどうでも良い。あのゴブリンの情報だ」

「良いんだ……どうする?」

「…………私たちとの関係を黙ってくれるなら良い」

 

 勇者が賢者と剣聖に尋ねる。賢者は数秒考えてそう返す。ゴブリンスレイヤーの説明で通じてなくとも他の面子も彼処にいたのだ。信じられないような話だとしても漏れる口は減らしたい。

 

「良いだろう。それで、あのゴブリンの弱点は知っているか?」

「いやそれより関係じゃろ。確実にとれた一撃を防いだんじゃろ?」

「あの程度の剣であの人の首は取れませんよ。とはいえ、目の前で師の首に剣が突き立てられていれば放っておけないのがこの子ですので」

 

 鉱人道士の言葉に剣聖はどこか不服そうに応える。

 

「首を狙ったが、無意味だったか?」

「その剣では無意味でしょう」

「そうか」

 

 質のいい武器で挑んだとしても、あの動きだ。隙をつけなければ負けるのは自分。剣がゴブリンに奪われるのはよろしくない。

 

「師?いま、師って言わなかった?」

「拙僧もそう聞こえましたが………」

 

 と、ゴブリンが倒せなかったことを聞きならばと対策を考えるゴブリンスレイヤーと違い残りの面子は目を見開く。

 し、というのは師の事だろうか?混沌の怪物が、秩序の守護者である勇者の?確かに強さは納得いくものだが訳が分からない。

 

「あ、あれ?ちょっと待ってください。勇者様の師匠って……ゴブリンスレイヤーって名乗って、ゴブリン退治専門の冒険者だったんじゃ……十三番ちゃんにもゴブリン退治を命じてたって………」

「うん。その師匠」

「え?でも、ゴブリンを……え?」

「師匠はゴブリンが嫌いだからね。人間になりたいらしいし」

「ゴブリンが人間になるなど、笑わせる」

「「「…………」」」

 

 ゴブリンスレイヤーの嫌悪感を含んだ言葉に目を細める勇者一行。しかし彼の過去も知らないので、強く出ることはしない。その声に、嫌悪以上の憎悪が含まれていたからだ。

 

「……まあ、あれたぶん嘘だけどね」

「嘘?」

「師匠は価値観が人間により過ぎてる。多分、元々人間だと思う」

 

 子は親を見て成長する。女を犯し、暴力で他者をいたぶり苦しむ姿を笑うのが当たり前の環境で、誰もがそうしているゴブリンの巣の中で、それを疑問に思うとは思えない。もしユダがそれを面白くないことだと感じているなら、彼は我慢して本能を押さえ込む必要がない。面白いと思ってしまったから、彼はそれを抑えていたのだから。

 人がゴブリンになった、その事実に目を見開いて固まる一同。女神官など顔を青くしている。今まで殺してきた中に、もしかしたらユダのように元々人だった存在が居たのかもしれない、そう思ったのだろう。そして、その考えは彼には通じない。

 

「そうか。だが今はゴブリンなのだろう?」

「────っ」

「お前の師の弟子の一人が言っていた。暴力を振るい、犯し、発散していると………そして、弟子に己を殺させようとして居るとも」

「………それ、本当?」

「うむ、確かに言っておったな」

「拙僧達も証人になりましょう」

 

 ゴブリンスレイヤーの言葉に目を見開く勇者一行。鉱人道士と蜥蜴僧侶も肯定し、勇者はギリ、と歯軋りして苦虫を10匹ほど噛み潰したような顔になる。

 

「死にたい割には抵抗してるように見えたけど」

「……殺していいのは、弟子だけなんだろうね。師匠、酷いことしてたんでしょ?それで償うつもりなんだよ。だから、君たちには殺されない。本能に飲まれて、ボク達を殺そうとしたこともあるけど、ボク達はきっと師匠を殺せばその事に苦しむ。だからボク達にも殺させない」

「そうか………で、弱点は?」

「……まだ殺す気なの?」

「ゴブリンは皆殺しだ」

「……知らない。弱点なんて……負けた所なんて剣聖のお父さんに弟子入りした最初の頃だけだし」

「そうか。つまり剣聖以上の剣術………無理だな。ならあの能力は何だ?限界はあるのか?」

 

 正攻法で無理なら能力の対策を練る事にするゴブリンスレイヤー。

 

「………そう言えば、何なんだろうあの力。限界とかは見たこと無いけど」

「あの人は魔術と呼んでいた。でも、法則(ルール)が私達のそれとは異なる。出来ることは身体強化に物体の強化。皮膚にも走らせて硬化出来る。後、剣の投影」

「鉄の剣程度なら皮膚で防げると言ってましたね。それに、鉄を弾く強度なら真銀(ミスリル)を使ったとしても技術がなければ弾かれるでしょう」

「そうか。なら巻物(スクロール)かダイナマイトだな……強化と言うのはどの程度硬くなる?」

 

 勇者は良く覚えていないらしい。逆に、賢者と剣聖はしっかり応えた。自分の師なのに、と少し拗ねる勇者。覚えてない方が悪いと二人は無視する。

 

「硬くなるだけではありませんよ。切れ味も増します。『斬る道具』として強化されるんです」

「投影は、物質を再現する魔術、らしい………本来なら投影し続けると魔力を消費する。だから転移の鏡は長い間投影しない」

「本来?」

「剣は別。一度投影すれば魔力消費なしで顕現し続ける。魔剣なんかは、少し性能が下がるそう」

「………あんたら結構詳しく教えてくれるのね」

「知ったところで貴方達がどうにか出来るとは思えない」

 

 妖精弓手の言葉に賢者がそう返す。むっとする妖精弓手だったが能力を知り尽くしているはずの勇者達でさえ勝てなかったのは事実なのだ。

 

「魔剣は私達が知るだけで100を超えてる。今回のは知らなかった、増えてる可能性がある」

「厄介だな」

 

 実力で敵わず、ならば策をと思っても向こうの手札が見えない。少なくとも100以上。それに人の世に紛れるような奴だ、搦め手に対しても警戒してそうだ。ゴブリンと思って挑んでも負ける。

 本当にどうすれば良いのだろうか?

 

「本当に弱点を知らないのか?」

「ん」

「ええ」

「うん」

 

 知ってたらとっくに捕まえている。それが出来ないから逃がしてしまったのだ。

 

「あ、あの……ゴブリンスレイヤーさん……」

 

 と、女神官が恐る恐る手を挙げる。

 

「本当に、殺すんですか?元々人間で、他のゴブリンとも明らかに違うのに」

「ああ。そもそも本人がそれを望んでいるんだろう?俺に、ではなく弟子の誰かなんだろうがそこは知らん。本能に飲まれたくないからその前に死にたい。俺としても彼奴が他のゴブリン同様に欲望のまま暴れるのは避けたい」

「で、でも……人間に戻す方法とか探したり」

「それが奴が本能に飲まれる前に解るなら、それも良いだろう……」

「そもそも本当に元人間なの?確かに知能は高いみたいだし、優しい一面もあったみたいだけど正直人間がゴブリンになるなんて信じられないんだけど」

「確かにのぉ。そんな話聞いたこともないし、どうしてゴブリンなんかになったんじゃ?」

「小鬼殺し殿は以前誰かを妬むとゴブリンのようになる、とおっしゃってましたが……」

 

 妖精弓手の言葉に鉱人道士が顎髭をすり、蜥蜴僧侶がふむ、と思い出したかのように呟く。

 人に戻す、成る程。確かに捕らえたとしてもゴブリンのままではまた立ち去るかもしれない。

 

「んー………あ、そう言えば昔師匠が変なこと言ってたなぁ」

 

 と、勇者があ、と何かを思い出す。

 

「師匠は月見や星見が好きなんだけど、ボクも交じると気をつけるように言われた事があるんだ」

「そう言えばそれに付き合うのは基本的に導師か勇者でしたね」

「うん。でね、『星や月を見るのは良い。だが、間の闇は見つめるな。お前は俺と感覚が近いから、変なのと目が合うかもしれない』」

「変なの?」

「『もし目があって、声をかけてきても無視しろ。願いを聞いてやると言われても何も願うな、ゴブリンにされる』って……」

 

 願い事をするとゴブリンに変えてくる何か?なんだそれは、邪神か何かだろうか?

 

「つまり星空の闇に潜む何かをどうにかすればいいの?」

「俺は知らん。それでゴブリンが生まれなくなるなら殺しに行くが………」

 

 と、ゴブリンスレイヤー。能力はともかく勇者の師匠であることは黙ると改めて誓い、去っていった。勇者達も都に居る導師が心配だからと街から去っていった。

 

 

 

────────────────

 

 

 ギルドの仕事が遅くなり夜遅く一人で職員寮に向かう受付嬢。ふいに後ろに振り返る。

 

「………?」

 

 何か音がした気がしたが、気のせいだろうか?暫くしても何もなかったので再び歩き出した。

 

 

 

 

 

「ぐ、がぁ……で、めぇ……に…ん……」

 

 ギルドの職員寮に通じる道を少しずれた人気のない裏路地、少年が抑えつけられていた。いや、少年ではない。圃人(レーア)だ。押さえつけているのは白い肌に痛々しい傷跡をつけた獣人の少女。

 

「喋らない方が良い。息が吸えないように抑えてるから」

「────!──────!」

 

 コヒュコヒュ息を吐きパクパクと顔を青くしていく男。少女が力を弱めると慌てて息をする。

 

「てめぇ!何もんだ!何で邪魔しやがる!?」

「朝、師匠と襲われてるギルド職員助けたから、念のため最後に残ってたあの人の護衛してた」

「は、離せ!良いか?悪いのはあの女なんだよ!お、おいらを追い出しやがって!たかが宝箱一つに目くじら立てて……誰だってやってるのに───!」

「ゴブリンの特徴、知ってる?」

「ああ!?」

 

 突然関係ない話をされ叫ぶ男に、少女は微塵も怯えない。

 

「報復されて当たり前のことをしても、自分が悪いとは思わない。それなのに自分達が何かされれば怒る。絶対許さない………貴方にそっくり」

「─────!!」

「それにほら、貴方小さいし。そっくり………だから、ギルドに入って最初の一匹──」

「ま、ま──!」

 

 首の横に短剣が置かれ、梃子の原理で男の首に食い込んでいく。

 

「────!!」

 

 ゴグリと骨の隙間に刃先が食い込み、後はストンと首を切り落とす。

 男の死体を見て少女は思う。人間でさえこれか。あの人は必死に耐えているのに、そんな衝動もない此奴と来たら……。

 あの人も()()になるのは耐えられない。だから、少なくとも自分はあの人を殺せる。何の後悔もなく。



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神様が関与しないお話(シナリオ)が始まるお話

 都に戻った勇者達は首を傾げる。

 城壁の外に、これといった戦闘痕がない。大群が攻めてきた場合城壁の上から魔法を放ったりするので基本的に死体や穴だらけになる。今回はそれが殆どない。

 連絡を受け転移(ゲート)巻物(スクロール)を起動させようとして、しかし悪魔の軍勢が消えたという報告までほんの僅かな時間でいったい何があったのか。少なくとも彼女達が知る従来の魔法ではあるまい。

 

「とりあえず姉ちゃんの所いこうか」

「ん……」

「ええ、街がこの様子なら心配はないでしょうが」

 

 勇者の言葉に賢者と剣聖が頷く。向かうのは聖剣を抜いて勇者になった事が王に知られて直ぐに渡された屋敷。導師が作っていた色んな道具を罠にしている。流石に他人の家を罠だらけには出来なかったのでちょうど良かった。

 道具の開発者である導士が寝たままなので罠の在庫が尽きれば張れなくなるが今の所罠が起動したことは2回ほどだ。片方は欲のはった商人に雇われた盗人、片方はただの盗人。

 どちらも転移(ゲート)の罠でどっかに消えた。

 

「………あれ?」

 

 門に手をかけ、キィと動く。閂が抜けている。三人は顔を見合わせ、走り出す。この屋敷に住む四人には罠が発動しないようになっているから一々解除の手間はかからない。というか発動しても勇者が先頭なら謎の安心感がある。

 二階につく。ここからは罠がない。

 

「罠は、一つも作動していませんね」

「却って不気味……」

 

 剣聖の言葉に賢者が呟く。明らかに誰かが門を開けた形跡があるのに罠は一つも作動していないという事は、門を開けただけで帰った?なんだそれは。

 と、勇者がふいにハッと目を開ける。1人だけ居るのだ、罠を作動させずに門まで向かえる人物が。

 

「姉ちゃん!?」

 

 導師が眠る部屋の扉を勢いよく開ける。勢いつけすぎて留め具がはずれる。と、窓際のベッドの上に()()()()()()()少女の姿が目にはいる。

 扉がぶち破られて驚いた顔で固まっていた。

 

「………久しぶり…………久しぶり?私、あれからどれぐらい寝てた?」

「────姉ちゃん!」

「……とと」

 

 抱きついてきた勇者を受け止める導師。自分にすがりつき涙を流す自称妹に困惑しつつ、その頭を撫でてやる。剣聖と賢者も目を見開き硬直していたが、復活し駆け寄ってくる。

 

「良かったです。目覚めて……」

「ん、心配した。でも、ようやく揃ったって気がする」

「良かった、良かったよぉぉぉ!」

「いい加減に離れて」

 

 そう言いつつ押しのけず頭を撫でてやる導師にほっこりする賢者と剣聖。導師はふと周囲を見回す。

 

「………お兄ちゃんは?」

「「「────ッ!」」」

 

 その言葉に、三人が固まる。その反応を見て、そう、とため息を吐く。

 

「あの後、出て行ったんだ」

「………うん」

「本当、仕方ないなぁお兄ちゃんは………」

「あ、で、でもね……昨日、見つけたんだ。逃がしちゃったけど………」

 

 勇者の言葉にそうなの?と剣聖と賢者を見る導師。勇者が気を使った可能性を考慮したのだろう。2人とも頷く。

 とりあえず、一度着替えて改めて部屋に集まった。勇者達はこの一年の間で起きた魔神王の復活を三行で説明して、ゴブリンスレイヤーからゴブリン・ユダと名を変えた彼について集めた情報を話す。

 

「そう、ユダ………どういう意味?」

「ごめん、わかんない………」

「それにしても、貴方が勇者………勇敢な者、ってことなのに神に選ばれるってどうなの?」

「それはボクも思ってた。もっとこう、使徒とかそんな呼び方の方が良いよね?ボク神様に頼まれても自分の感情で動くだろうけど」

「それにしても、弟子かぁ………15人も……理性を保つための、道具が……」

 

 ぶつぶつと呟く導師に「姉ちゃん?」と首を傾げる勇者。直ぐにその弟子達に嫉妬しているのだろうとあたりをつける。

 

「早く捕まえないとね」

「うん。それと、逃げないように説得する方法も考えとかなきゃ」

「せめて転移の鏡を投影できなくする方法も知りたい」

「それと、あの剣の腕ですよ。総出でかかったとしても勝てるかどうか」

「勝てる勝てないじゃなくて、勝つしかないけどね。いっそ負けた方が言うこときく、とか条件付きで挑んでみる。師匠としても追ってほしくないだろうし」

「それでも逃げそうですが」

「その時は……手足をもいで首輪をつけて何処かに閉じこめるとか?」

「「「え?」」」

 

 捕まえた後、どうやって逃がさないか話していると導師がポツリと呟く。三人が目を見開き導師を見ると導師は首を傾げ不思議そうな顔をする。

 お兄ちゃん大好きっ娘の彼女がそんな酷いことを彼にするとは思えないし、多分気のせいだろう。

 とりあえず導師の為に消化に良いご飯を作ってくると賢者。不意に足に何かが当たる。拾い上げる。サイコロだ。何故こんなところに?

 

 

────────────────

 

 グチャリグチャリと引きずり出した腸を弄ぶ。ゴボゴボ赤い泡を吐きながら泣くそれを見ていると楽しくて笑いがこみ上げてくる。

 肺に噛みつくとシューシュー間抜けな音が鳴る。毒を打ち込んでやれば殺してくれと泣いて懇願する。

 番が来るともっと楽しい。片方をいたぶると片方が自分がやられているかのように泣きわめくのだ。おかしな奴等だ、きっと頭が悪いんだろう。雌を目の前で犯してやったらどんな反応をするんだろう?

 犯すと言えば、彼奴等を犯すのは楽しいなぁ。必死に感じようとして、涙目になって、痛いくせに、苦しいくせに頑張って笑顔を作るんだ。見ていて腹が捩れる。

 ああそうだ。これは楽しい。いたぶるのは、苦しめるのは、痛めつけるのは、犯すのは、食らうのは。楽しい

 あの全身粗末な防具で身を固めた奴。こっちを殺したいみたいだけど逆に殺してやったらどんな顔をするかなぁ?いいや、駄目だな。それじゃあきっと何の反応もしない。

 一緒にいた蜥蜴とデブを殺してその腕や足を連れてた雌2匹の穴という穴に入れてやろう。窒息しそうな雌二匹と仲間の残骸を見せる、その方が面白い反応をしそうだ。

 向こうは自分を殺そうとしてるのだ。ならば此方も殺して、犯して、その死体で遊ぼうが問題ないではないか───

 

 

 

 

「ヒ、ヒヒ───ヒハ──ハァ、ぐぅ……うぅ──が、う───楽しい──違う、やだ……おも、し……もう、いやだ………」

「………やれやれ、弟子が居なくなった途端に弱さを見せるなんて、本当に分かり易い奴だな」

 

 楽しそうに笑い苦しそうに泣くユダを見て魔女は肩を竦める。寝ると言って自室に戻り、ドタバタ五月蝿いから様子を見に行けばベッドや机が壊れているわ、ガリガリと喉をかきむしり血を流しているわで散々だ。

 

「たの、し……くない………楽しみたくな……い……嫌だ、こんな……俺は、ちが───」

「……………………」

 

 遥か上から盤上を見下ろせる神は、きっとこの光景など見ていないのだろう。彼等が見たいのは冒険なのだ。人間だろうがデーモンだろうが関係ない。駒が動き、戦う様が大好きなのだ。その駒の感情など知ったことではない。

 愛しているのだろう。人が道具を愛するように。慈しんで居るのだろう。人が物を大事にするように。で、それがなんだ?

 サイコロの出目が悪くて失敗してもそれはそれ、苦しめるつもりが無くても苦しむのは駒達だ。駒達が苦しむ様を悲しむ?悲しむだろう、人々が悲恋の劇を見て感情移入するように。それでも何かしては来ない。感情で何かを与えはしない。逆に言えば、感情関係なく与えてくることもある。

 見ているだけで居ればいいものを、冒険中の駒達に干渉してくる。

 洞窟に怪物を配置し、それに勝てるだけの準備をしてきた冒険者を配置し、いざ決戦で干渉し不運にも不幸にも冒険者達の攻撃は空振り、怪物のなんてことない攻撃が渾身の一撃。

 やらかしちゃったから仕方がない、次の冒険者を用意しよう。でも悲しいな、立ち直るには時間がかかる。時間がかかればもう大丈夫。それがこの世の神々。

 魔女はそれを()から見ていた。盤の外に出ても、別の盤があった。そこで暫く過ごして新たな法則(ルール)をその身に宿して、今度は盤と盤の………世界と世界の隙間に居座った。一度は通ったんだ、二度目は簡単。

 隙間から上に行けないかと思ったが、それは生憎出来なかった。幸いにも時間の流れすら存在しない()では色々見れた。遙か過去や、己と変わり者の冒険者の冒険も。

 そして、ある日何処からともなく投げ込まれた駒を偶々見つけた。ずっと見ていた。ハラハラすることもあった、彼が人の言葉を学ぼうとする姿には母性をくすぐられた。

 だんだんと彼が彼でなくなっていくのは見てられなかった。だから、盤の上に戻ってきた。

 

「結局何もしてやれないがね………」

 

 今もこうして、自分の中にある自分ではない部分を必死に押さえる彼にしてやれることはない。いや、あるのだが、彼はきっと救いを求めない。生憎と自分では己を責める彼を許してやれる存在にはなれない。

 

「ほら、泣くな……君の育てた弟子達はきっと強くなる。君がそうなる前に止めてくれる……ま、君は望まなくとも彼女達は結局悲しむだろうがね」

 

 本当は死にたいくせにただで死ぬのは無責任だと勝手に決めつけ、殺されることを望む哀れな男の頭を撫でる魔女。

 馬鹿な男だと思う。ある意味では吹っ切れてしまったから、殺されても仕方ないことをやる踏ん切りが付いてしまった。

 彼がこれからやろうとしていることは、きっと多くの命が奪われる。多くの悲しみが生まれる。

 全く面倒な男だ。勘が鋭いのも困りものだ。弟子達が自分を恨み切れていないからと、ならば今度は世界に己を恨ませるつもりなのだから。

 

「─────ッ!!」

 

 不意に彼が目を覚まし魔女の細い首を掴む。鋭い爪が食い込み血が流れる。

 

「落ち着きたまえよ、私だ………」

「───っ………ああ」

 

 すっと首から手が放れる。異形の瞳がジッと首の傷を見つめる。

 

「傷、つけたな」

「つけたね」

「ごめん、殺していいよって言ったら、どうする?」

「泣くね。私も、君の弟子達も」

「そうか」

「そうさ」

 

 悪夢に魘され荒くなった息を整えながら天を仰ぐユダ。天に幾ら祈った所で神々は何もしないと言いたくなる。

 最初は未知への興味。それが今や母親ぶりたくなる程度には、愛着が湧く。我が事ながら心というのは本当に複雑怪奇だ。

 

「もう眠りたまえ。悪夢をみるなら、子守歌でも歌ってやろう」

 

 

─────────────────

 

 

 ああ、何だ。あんなにえらそうだったのにこんなに弱いのか。

 奇妙な輝きを放つ剣を持ったゴブリンは倒れた大きな人型の存在を見てニタニタ笑う。おぅい!肉だ、俺がとったぞぉ!と叫び切り分け仲間で食らう。

 あんなに偉そうだったのが今では食料。これが偉そうに色々命じて来た時のことを思い出し笑いがこみ上げてくる。

 

 

 あっはっは!ああ、楽しい。汚物を見る目で見てきた女をなぶるゴブリンはゲタゲタ笑う。

 人の上半身と蛇の下半身を持つ変な奴だから、腕を切り落として少しは蛇らしくしてやった。斬ると同時に焼くから血を流して死ぬ心配もない。

 ゲタゲタ笑いながら仲間達で回す。

 

 

 大きな群でロードが宣言する。我等を雑兵と侮り使い捨てにしようとした物達へ報復の時は来た!と。

 彼は混沌の勢力に雑兵として駆り出され、その都度生き残ってきた。それなのに未だ地位は雑兵のまま。おかしいではないか、自分はこんなにも貢献してきたのに、何の褒美もない。いや、これはもはや褒美を奪われていると言って良い。奪われたのだから、当然奪い返す権利がある。

 氷、雷、炎、毒、風、様々な力を持った剣を持つ一団が、混沌の勢力の砦の一つに攻め入り男を殺し女を犯し宴をあげる。

 ゴブリン達はゲタゲタ笑う。報復されるなど夢にも思わず。

 

 

 

 人喰い鬼(オ ー ガ)の振るった棍棒が小鬼共を潰す。

 蛇女(ナーガ)の群が小鬼共を絞め殺す。

 混沌の勢力が同じく混沌に属するはずの小鬼共を怒りの表情で狩っていく。

 異変は半年ほど前から。従えていた小鬼共に裏切られたと報告し、その者は直ぐに死んだ。最初は笑い話だ。ゴブリン程度に情けない!

 そんな間抜けを笑いながら酒を飲む。

 だが異変は続く。ある日混沌の勢力の地にある村との連絡が途絶えた。恋人がいるそいつはそこに赴き、手足を切り落とされ犯されている己の恋人を見つけた。

 小鬼共が裏切った、小鬼共が砦を襲った、小鬼共が村を滅ぼした、小鬼共に犯された。

 混沌の者達の怒りはもはや収まらない。小鬼共は皆殺しだ。どうやら奴らは少し力を手にすれば直ぐに自分が上だと勘違いする。ゴブリン如きが、上だと勘違いする。

 解らせる?そんな必要はない。解らせたところでどうせ繰り返す。

 ゴブリン共は皆殺しだ。もとより数が多いだけの役立たず。混沌に、こんな間抜け共は不要だ。ゴブリン共は皆殺しだ。

 その皆殺しにしたいゴブリンの一匹の良いように動かされているのだなどとは夢にも思わず、混沌の勢力はゴブリン共を殺し(スレイ)始めた。

 ゴブリン共は思う。理不尽だ!自分達は何も悪いことをしていないのに!

 そのうち何匹かが言う。()()()()()()()()()するにはあの剣がいる。あの剣を持ってきた同胞は確か人間共の領地で見つけたと言っていた。

 探せ探せ!ついでに村を襲い女を攫い減ったぶんを増やせ!自分達は明日を生きるのも大変なのに何の苦労もせず雨風を凌げる家に住み腹一杯ご飯を食べる奴等だ。そんな奴等苦しめても問題ない。

 そうやって村を襲ったゴブリン達の元に現れる。黒猫が、虫が、蜥蜴が、森人が、人間が、小人が。

 彼女達は助けた女性や村の生き残り達に口々に言う。小鬼共を殺す術を知りたいか?と。




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嵐の前の静けさ

感想に『普通に、去勢すればいいと思う』とあったので補足

原作見る限りゴブリンは性欲と加虐欲が異常に強く、ユダも同様。去勢した場合加虐欲のみが発散方法になり加減を誤り弟子を確実に殺してしまう可能性があるので却下。逆に言えば殺して良いのは犯しもしない


 ゴブリンの報告を聞いた王が言う言葉は、何時も決まっている。

 「ゴブリンが出た?軍を動かせ?馬鹿を言うな、冒険者にやらせろ」。

 つい先日も悪魔の軍勢が攻めてきたばかりなのだ。何故か一瞬にして消えたが、だからこそ油断できず兵を配備している。

 ちょうど良いタイミングで一年間眠りっぱなしだった導師が目を覚ましたが早速道具の量産を依頼しようとした使者が勇者に殴り飛ばされたらしい。目覚めたばかりの病人だとは解っているが、それにしたって使者を殴り飛ばすのはどうなんだろう。

 下手に時間をかければまたゴブリン如きのために辺境に向かうかもしれない。今度は導師を連れて……

 避けたいが止められるわけもない。全く頭の痛くなる話だ。ゴブリンなんて冒険者でも対処できるだろう。

 それでも対応しろと剣の乙女にも言われたりする。だから辺境の貴族達に私兵を動かさせようとしても、動かない。悪魔共を相手にしなくて良いくせに、洞窟で糞尿垂れ流す最弱の怪物相手は華がない、金にならない、汚い、臭い、自慢の私兵が汚れると来たものだ。もちろん実際には色んな理由を付けるが実態はこんなところだろう。

 そんなに栄誉がほしいなら前線によこせと言ったところで今度は私兵は我が財産云々言ってくるに違いない。

 まあ、辺境領主達が動かなくても()()()()()()のだが………。出来るのだが、勇者達も対応しに行ってしまう。いっそ王権を使って対処させるか?

 

「………ん?」

 

 ゴブリンに家畜や娘が攫われた、程度では報告に来ないが大群に村を襲われた、となれば数として王の下に情報が届けられる。王は滅んだ村の名前など知らない。だが、例年の数は覚えている。

 幸いにも滅びた村は僅か。しかし、それにしても襲われた回数が多すぎやしないだろうか?

 混沌の勢力が本格的に攻めてきたか?いやいや、魔神王が討たれたばかりで?勇者がゴブリン退治に精を出しているのを知られ、陽動か?

 それにしても何か妙だ。暫く考え込む。

 そして、出した結論は「所詮ゴブリン、直ぐ片が付く」であった。

 

 

─────────────────

 

 

 盗賊共を痛めつけ苦しめ殺す。此奴等は手加減せずグチャグチャに出来るから気が楽で良い。壊さないようにするとストレスが完全に発散できないのだ。だが盗賊共は男も女も()()()()()である程度暴力を抑える必要もない。

 後は脳内麻薬の詰まった脳を食べる。これでまた暫くは保つだろう。やはり間隔が短くなり、必要な食事量が増えてきている。

 元々脳の構造が違うのだ。他者の苦しみにこそ喜びを感じるように出来ているのだ。精神で幾ら抗おうにも肉体に引っ張られる。

 だから、こうやって殺しても良さそうなのを見つけては殺す。盗賊は実に都合がいい。とくに、女がいればいい。女の苦しむ様はこの体にとって相当な喜びのようだ。

 今も苦悶の表情を浮かべたまま絶命した女盗賊の首を凍らせて持ち上げる。チラリと視線を向けるとその女盗賊に顔半分を焼かれていた女がヒィ、と震える。それはそうだ、目の前で人を切り刻みその頭蓋をかみ砕き脳を啜る化け物が居たのだから。

 

「こ、こない──こないで………」

 

 ガタガタ震える様を見て、嗤いがこみ上げてきそうになる。女が漏らした尿のにおいが酷く甘い匂いに感じて、顔を更に焼きたくなる。

 視線を逸らし首を見る。落ち着いた。ついでに腹の底から笑ってやれば女はガタガタ震える気分が晴れやかなものになる。

 まあ良い、さっさと出よう。出なくては、新しい玩具で遊びたくなる。()()()()()()()()()()()()()を転移の鏡に放り込みその場から消えた。

 

 

 

 後に盗賊退治に来た辺境最強の冒険者が見た光景は、凄惨の一言に尽きる。切り刻まれた死体などまだ楽に死ねた方だろう。中には背中の中央を真っ直ぐ縦に切られ背骨を無理矢理引きずり出されたものや、頭の皮を剥がして頭蓋骨に切り込みを入れられた死体、腹を裂かれその中に頭が入れられた死体など様々だ。

 執拗なまでに遊んでいる。壁に縫いつけられている死体は、その光景を見せられ怯える様を鑑賞されたのだろう。

 どの死体にも脳がなかった。邪神教が何かの儀式でも行おうとしたか?しかしその割には恐らく商品として捕らえられていた者達は無事だ。一人、別の部屋でうずくまる顔の半分を焼かれた女は居たが。

 彼女のそばには酷い拷問を受けた痕がある首なしの女の死体。彼女から話を聞こうにも恐怖で震えるばかりで、辛うじて聞けたのはゴブリンという単語だけ。

 

 

 

「つー訳で、ゴブリンといえばお前だろ?何か知らんか?」

「俺の所も似たような状態でな。そこでは盗賊の死体だけで生き残りは居なかったが、状況からして同じ犯人だと思うのだが」

 

 辺境最強の槍使いと辺境最高と称されるチームのリーダー重戦士が辺境最優と称されることもあるゴブリンスレイヤーに尋ねる。辺境最が三人そろった珍しい光景。ゴブリンスレイヤーは「ゴブリンか……」と呟くと兜越しに顎に手を当てる。

 

「女達は犯されていたか?」

「堂々と聞くなお前………いや、血だらけだったが精液っぽいのはなかったな」

「此方も同様だ。そもそも切り傷だらけで押さえつけたような痕はなかった……」

「………ふむ」

「つか、ゴブリン風情が盗賊を皆殺しに出来んのか?」

「お前達はどうなんだ?」

「あ?まあ、出来んだろうな」

「ならゴブリンでも出来る」

「何だと?」

「あぁ?」

 

 ゴブリンスレイヤーの言葉に目を細める槍使いと重戦士。しかし、重戦士が直ぐにあることを思い出す。

 

「………小鬼英雄(ゴブリンチャンピオン)か」

「……ああ」

 

 重戦士の言葉に納得する槍使い。確かに前回ゴブリンスレイヤーからの依頼で小鬼王(ゴブリンロード)率いるゴブリンの軍勢の中に自分達と互角に戦える小鬼が二匹居た。

 

「お前本当に口数がすくねぇな」

「そうか?」

「全くだ。煽られているのかと思ったぞ」

「そうか」

 

 言葉が足りないと指摘したばかりでこれである。本当に解っているんだろうか?解っていたとしたら絶対煽ってやがる。

 

「恐らくそれはゴブリン・ユダの仕業だろう」

「ユダ?なんだそりゃ、どういう意味だ?」

「解らん。個体名か何かだろう……勇者が追っているゴブリンで、ロード以上の知恵とチャンピオン以上の戦闘能力をほこり、ゴブリンを嫌っている」

「ゴブリンが?」

「勇者曰く、元人間らしい……何かの願いの対価にゴブリンにされたそうだ」

「………人間が、ゴブリンねぇ……で、てめぇはそれを聞いてどうするんだ?」

「関係ない。ゴブリンなら殺す。人に戻ったなら、知らん」

「「………………」」

 

 重戦士と槍使いは顔を見合わせ肩を竦める。何というか、取り付く島もない。

 

「ゴブリンになった其奴は他者をいたぶりたく、雌を犯したいらしい。それを我慢すると、本能に飲まれるのだろう。そうならないために定期的に人を殺す。盗賊は、奴にとって都合が良いのだろう」

「殺して良い人間を選んでる、ってわけか……」

「んで、他のゴブリン共みたいに女を犯すのは同じになるみたいでいやだから暴力衝動のみで発散するようにして、あの凄惨な現場か………」

 

 ちなみにあの光景を見た魔女や女騎士、半森人の軽戦士・少年斥候・圃人の少女巫術師はその場で吐いて、今も魘されていることだろう。

 

「お前ゴブリンの専門家だろ?ここ最近やけにゴブリン共も多いし、なんか関係あると思うか?」

「解らん。だが、奴がゴブリンらしく人の命を気にせず行動をとるとするなら、これだけゴブリンが増えたのだ、行動を起こすのは間違いない」

「ぶち殺して回りにいく、か?」

「いや。個人では時間がかかりすぎる。奴がゴブリンの本能に飲まれるまでの期間は知らんが、二カ所で発散するようだ、少なくとも周期は短いのだろう」

 

 つまりもっと時間のかからない手を取るはずだと言うゴブリンスレイヤー。ではその手とは何かと重戦士が尋ねる。

 

「ゴブリンを率いて都や貴族の屋敷を襲わせる。ゴブリンは殺さなくてはならない存在だと、認識させるためにな」

「……だとして、お前はどうする?」

「ゴブリン全てが従うわけでもないだろう。都が襲われている間に村を襲う奴等も居るはず。都の危機はゴブリンを見逃す理由にはなりはしない」

「そうかい。ま、俺も都の危機より、守りたい存在が居るしな」

 

 と、受付をチラリと見る槍使い。ニヤリと意味ありげに笑う。

 

「そうか」

 

 ゴブリンスレイヤーは特に気にした風もなく呟いた。

 

 

 

 

 

 ゴブリンに固執して依頼を受ける冒険者達の噂があちら此方から聞こえてくる。間違いなく()の弟子なのだろう。

 何か情報を持っているかもしれないと勇者達は噂の人物達の元を回ることにした。

 そんな噂の人物が居るギルドの訓練所で、蜥蜴人(リザードマン)の少女。人外じみた見た目だがどこか愛嬌を感じさせるのは幼いからか。

 

「どうした?立て」

 

 その周囲にうずくまる目隠しをされた女や少年少女達。六番と名乗る蜥蜴少女はシュルルと唸る。

 

「お前達が言ったことだろう。小鬼共を殺したいと。闇の中で目も見えぬ只人(ヒューム)が、闇を見通す目を持つ小鬼相手に視界に頼ったまま戦う気か?」

「そ、そんなこと言っても、出来るわけ……」

「私の同輩は皆出来た。あの人に学んだ……空気の流れを、音の反響を意識しろ。意識して動いていればいずれ出来る」

 

 無茶を言うなと誰もが思った。諦めようかと心が折れる者も居た。

 「小鬼共を殺すのではなかったのか?」そう問われ、折れそうな心を立て直す者が今残った数人なのだ。六番は彼等に言う。強くなれと。私には出来ない、だからお前等がやれと。

 何を、と問うと最強の小鬼、と返す。別に最強を殺したからと言って小鬼が減るわけでもない。魔神王が滅されても混沌の勢力が活動しているように。しかしその小鬼だけは確実に殺さなくてはならない。師との約束なのだ、そう彼女は言う。

 と、不意に彼女が振り返る。

 

「や、今日は……」

「………白金等級………勇者……一番の、弟子」

「お、知ってるんだ。話が早いね」

「……そちらは、まさか妹殿か?」

「うん。お兄ちゃんについて知ってること、全部教えて?」

 

 ニコリと微笑む導師。ゆらりと、影が蠢いた気がした。




ちなみに、補足すると導師ちゃんはあくまで間桐桜の『魔術回路』『魔術属性:虚数・水』を持っているだけで『この世全ての悪』や『聖杯』とは関わりがないから黒桜ほどチートではない。
泥は使えないし魔力量には限りがあるし刺されて首斬られれば普通に死ぬ。
さらに補足すると『神の運命操作拒否』で上世界から運命を操る神のサイコロを盤上に無理矢理落とす。上位世界の物質を堕とす。これをエネルギー源として原作黒桜のように強力な攻撃を放てる魔力を得れる。
後、黒桜は『この世全ての悪』が体を乗っ取ったのではなく桜の、それまで溜め込んでいた負の感情が「この世全ての悪」によって表面化したもの。壊れて自棄になった桜自身。つまり性格は本人のままなので、導師ちゃんと桜が別人であるいじょう黒桜と同じような行動をとるわけではないことを予めご了承ください


感想お待ちしております。


そろそろ終わりが見えてきたな


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分岐点

 ゴブリンは殺す、と混沌の勢力が躍起になる。裏切りに次ぐ裏切り。たかがゴブリン如きが、自分達をなめている。侮っている。裏切っている。

 力こそ絶対。気に入らなければ殺す。何ともわかりやすい思考の混沌の勢力はゴブリン程ではないにしろ、馬鹿だ。

 力がないからこそ狡猾になるゴブリンの方が余程手強い。

 今日も今日とて秩序の民など知ったことかと人間の領地に入ってきた混沌の民が無様な屍を曝す。ゴブリン達は飯だ飯だと大喜び。女は与えられないし外に出るなとも命じられ、そのくせ自分は胸のデカい只人(ヒューム)の女と外に出歩く今のボスは気に入らないことだらけだが飯が食えるのはありがたい。

 それでも飯の取り合いが起きて殺し合いに発展して、田舎者(ホ  ブ)だのが生まれ始めているが。

 ボスは何やら薄い獣の皮にミミズがのたくったような模様がある変なのを眺めている。

 変な奴だなぁ、あんなもん眺めて何が面白いのやら。力が強いぶん馬鹿なのだろう。と、そんな馬鹿から命令が来た。ある場所に向かうからついてこい、と。言われたのは自分だけ。これはこの群で立場を手に入れるのも近いな!

 

 

───────────────

 

 

 とある辺境に領地を持つ領主はまた領民から来た懇願書を見てため息を吐く。ゴブリンを退治してくれ、だと。ここ最近特に多い。全く冒険者共は何をしているのか。

 と、そんな苛立ちが食事の場に出ていたのか愛娘が心配そうな顔でのぞき込んでくる。

 

「お父様、いかがなさいました?」

「いや、ここ最近ゴブリンを退治してくれと領民が五月蝿くてな。全く、ゴブリン如き自分達で何とか出来ないのか」

「……ですがお父様、小鬼は、女を襲うと聞きますし、武器だって扱うと……ここは混沌の軍勢も襲ってこないですし、盗賊達も冒険者様達が相手してくれています。私兵を出さないのですか?」

 

 ゴブリンというのは、書物から得た知識として知っている。見たことはないが、女を犯すという。同じ女として、攫われた娘達が心配になる。

 

「冒険者様、か。ふん、奴等こそゴブリンを退治していればいいものを、盗賊退治の花形は我等領主の役目だというのに」

「お父様、その冒険者様達のおかげで兵達が死なずにすんでいるのですよ?それでも小鬼を退治していろと言うのなら、小鬼退治の依頼を出せばよろしいではないですか。領民達は村総出でお金を集めても僅か、それ故に冒険者様達も見向きしないのですから」

「ゴブリン如きを退治してくださいと、金を出せと?」

「はい」

「……………」

 

 即答した娘に言葉に詰まる男。はぁ、とため息を吐き検討しよう、と話を切り上げた。

 

 

 

(───検討は、しないのでしょうね)

 

 夜になる。自室に戻ろうと歩く令嬢は先程のやりとりを思い出しはぁ、とため息を吐く。

 まあ、それも()()()()か。部屋の扉を開けると乱された寝台に、割れた花瓶。開け放たれた窓。そして頭から血を流したゴブリンの死体。

 

「遅かったな」

 

 暗闇の中、窓から差し込む月明かりに照らされ黒い騎士が現れる。彼女は彼の名も、顔も、性別も種族も知らない。ただ、ゴブリンに攫われる娘達を憂いている時に何処からともなく現れたのだ。協力しろと。

 あまりに突飛で、貴族として汚名をかぶる作戦だったが彼女はそれで小鬼に犯され腫れ物のような扱いを受けることになる娘が一人でも減るならと協力を申し出た。

 もとより辺境とはいえ貴族の屋敷に侵入できる彼に逆らったところで意味など無いのだろうし、力の一端は見せられた。魅せられたと言っても良いかもしれない。

 

「ごめんなさい、黒騎士様。ですが、お父様に提案はしておきましたわ」

「お前みたいに物わかりが良い奴ばっかりだと、俺も無理矢理攫って巣に放り込むなんて面倒な手を使わずに擦むんだがな……」

「そうですか。まあ、ゴブリンの巣は汚い、臭い、暗いと聞きますし」

「………てっきり怒ると思ったがな。お前、そう言う場所に村娘が連れてかれないために俺に協力すんだろ?」

「領主の血縁でありながら領民を蔑ろにする娘など、一度襲われる側の気分を味わうべきでしょう」

「ま、今の所投石もしらねえ巣で、範囲系の魔剣持たせてやってるから大丈夫だが」

 

 一応安全策は用意しているらしい。彼は、本当に優しい人だ。自分なら領民の被害を減らさせる策を講じない父親を動かす良い方法があると聞いて、領民など知らない自分の安全第一と考える領主の血縁の貞操や命など知ったことではないが………。

 

「お前が領主になったらこの地も安泰だろうな」

「あら、女に家督を継ぐ権利などありませんよ?」

「そうか」

「そうです」

 

 ニコリと微笑む貴族令嬢。黒い騎士は薄ら寒さを覚える。まあ、これぐらいが良い。これぐらい不気味な方が、それを理解できる自分は間違っても手出ししない。

 

「それでは騎士様、どうぞ私を攫ってくださいな」

 

 

─────────────────

 

 

 ある辺境貴族の屋敷、娘がなかなか起きてこない事を不審に思った父は使用人に命じ様子を見に行かせる。そこには荒らされた部屋と割れた花瓶、そして頭から流していた血を乾かしたゴブリンの死体。

 その様子と開け放たれた窓が意味することは、娘がゴブリンに攫われたと言うこと。

 見張りは何をしていたと叫ぶ。こんな田舎だ、見張りなんて門番ぐらい。だったらもっと雇えと誰もが思った。それに、そんなことをしてる場合ではないと。

 直ぐに私兵を投入しゴブリンの巣の捜索。直ぐに見つかり、約二名が毒で死ぬも娘は無事保護された。攫われた後、巣で見つけた剣を持ち寝ずに己の身を守り続け貞操こそ無事だったものの泥だらけになった娘、それでも貴族は安心した。

 だがゴブリンの性質を知る貴族達の間で犯されたのでは?と話が広がり婚約は破談。面白おかしく好き勝手な噂まで広がる始末。

 男はまあ、キレた。私兵を使い領地に進入したゴブリンどもを殺すように命じた。手が足りぬのなら冒険者を雇った。

 他の貴族達は嘲笑う。ゴブリン如きに金を使うなんて馬鹿だ、と。そしてその貴族の娘達も攫われる。後は先の貴族とやることは同じだ。

 中には地方貴族の威厳を取り戻してみせましょう!と声高々に宣言した騎士や女騎士に憧れる年若い金のかかった装備をした貴族冒険者達が巣に乗り込み、むき出しの頭に石を食らったりして直ぐ死んだ。

 となれば娘が攫われなかった貴族達も笑い事ではない。辺境でゴブリン退治に赴く貴族の私兵や、ゴブリン退治の報酬は目に見えて増える。

 婚約破棄された最初の被害者の貴族の娘はそんな話を聞いて楽しそうに笑っていた。

 さて、辺境でも追われるようになったゴブリン達は当然逃げ出した。逃げ出したゴブリン達が向かうのは比較的発展した場所。

 大きな柵に囲まれた街ばかりで女は攫いづらい。が、時折ゴブリンが居ると聞き片手間で倒してやろうとやってくる女冒険者を捕らえて数を増やす。哀れな冒険者は生き残ってもゴブリンにやられた、その事実で冒険者人生を絶たれる。

 しかし退治に来るのは希だ。故にそんな冒険者は少ない。

 ゴブリンなんてほっといても退治されると思っているから。

 そんな希に退治しにくる冒険者も逃げ出すゴブリンを見て笑う者が殆ど。追いはしない。ほうっておいても獣に喰われて死ぬと思っているから。そうして一年が過ぎる。

 

 

 

 嘗て神の遊戯盤の外に出た、この世界とは異なる法則(ルール)を手にした女はゴブリン共が歩き回る古い遺跡の中を堂々と歩く。見かけたゴブリン達は慌てて道をあける。

 彼女の実力を知っているのもあるし、彼女に手を出せばボスに殺されるとも知っているからだ。

 飯を何処からか持ってくるボス。女は持ってこないせいで、永い禁欲生活。ただでさえ我慢強さなどとは無縁で理不尽な怒りを覚えることで有名なゴブリンだ。自分達はこんなに我慢してやってるのにずるいと女に手を出そうとすれば女の魔法で焼かれ、その話を聞いたボスはそのゴブリンがやってきた時の群の仲間全員を吊し上げ剣を突き刺し傷を焼いて半日かけて殺した。

 もちろん笑うゴブリン達だが自分達もああはなりたくない。自分が行動せずとも元群の仲間が動けば連帯責任で殺される。故に見かけたら殺して、ボスに死体を献上する。自分だけは見逃してくれと。そうすれば元群の仲間は死ぬが自分は生き残れる。

 そんな事が続けば彼女はゴブリン達にとって死、そのものだ。もはや誰も手を出さない。

 

「これはまた派手だねぇ。量も周期も短くなってきてやいないかい?」

 

 遺跡の奥。元は何だったのか皆目見当もつかぬ部屋は今は死体の山が転がっていた。盗賊だったり人攫いだったり王の目を盗んで色々企んでいた貴族だったり様々だが、一貫して死んだ方が人の世のためになる連中ばかりだ。

 その血の海と肉片の島でちょっとした世界地図じみた部屋の中央にはこの遺跡に住まうゴブリン達の長。グチャグチャと死体を踏みつけていた足を止め振り返る。

 

「そうか?いや、そうだな」

「まあ、元々二択だ。抑え続けて、何時か暴走を何度か繰り返して化け物になるか、発散して発散して、楽しくてやめられなくなって化け物になるか……君は最初から混沌の怪物になり果てるしか、道がなかったからね」

「楽しい、ねぇ……ああ、楽しいよ。だからさっさと死ぬべきだ」

 

 ゴブリンはさっさと消えるべきだ、そう付け足す彼に、魔女は目を細める。

 

「確かにその力が暴威を振るえば秩序も、混沌も、きっと戦争なんてやめて手を組むだろうね。で、終われば争う」

「何だ、結局争うのか」

「そう言う風に出来てるからね。稀に混沌、秩序、そのどちらにつくか自分で選べるのもいるけどそれは本当に稀だ」

 

 闇人(ダークエルフ)や一部の蜥蜴人部族のことだろう。

 だが、と魔女は己の頭を指さす。

 

「それでも受け入れられない。本能的に嫌う。脳がそうできてるんだ、君が他人の幸福を見て苛立つようにね。心の問題じゃない、脳の問題だ」

「………ゴブリンがなめられるのも、か?」

「ゴブリンは神々にとって基本的な配置に使う怪物の駒。弱くて数が多くてそのくせ多様性がある。滅ぼされては、たまったものではない。だから私は君がしようとしてることは無駄なんじゃないかと思うがね……幾ら今の世代が怒りによってゴブリン共を殺しても、緑の月がある限り一世代で滅ぼすなんて不可能だ。しかし数が減れば被害も減る。被害が減れば、脅威も忘れ去られる。せいぜい二世代後まで続けばいい方さ」

「緑の月、か……」

「無駄だから、する必要はないと思うけどね」

「…………俺はさ、正義の味方になりたかったんだ」

「………?」

 

 唐突に話を変えられ首を傾げる魔女。まあ、彼は基本的に自分を語らない。語らないので、せっかくだから聞かせてもらおうと耳を傾ける。

 

「別に世界中の人間を救いたいとか、大それた事は考えてなかった。ただ、昔いじめられてた友達を、見捨てたことがあった。石を投げられている犬を庇って、じゃあお前に投げてやろうかと言われて犬に石を投げたこともあった。正義の味方にあこがれるくせに、正義を貫こうともしない自分が大嫌いだった」

「それは、まあ……仕方ないことだと思うけどね。平和な世界だ、誰だって傷つきたくない。この世界にも、そんな奴等はゴロゴロ居る」

「それでも、だ……だから、例え作り物でも、正義を貫こうとした男に憧れた。未来の自分に否定されても、誰かを救いたいという願いは、自分の正義は間違っていないと貫ける男に憧れた」

「それはもう狂人の類だと思うがね」

「それで救える命があるんだ。良いじゃねーか」

「…………」

「だから俺はその男と同じ力を欲しがった。その力があれば、俺は今度こそ誰かを救えると思った………笑える話だ。力がないことを言い訳に何もしなかった奴が、力を手に出来たから人を守りますぅ、なんてな………ああ、だからこれはきっと罰なんだろうな」

「……君に力を与えた神の性格がねじ曲がっているだけさ。君自身に責はない」

「だが俺は人を殺した。これから、もっと殺す」

「……………そうか」

 

 きっと変えないのだろうな。変えたく、無いのだろう。この計画のために殺した命を無為にしたくない。全く、愚かだ。死者は何も語らないというのに。だけど、そんな言葉はきっと何の意味もない。

 

「あんたとの二年間、悪くはなかった」

「……そうだね。私もだよ」

「………じゃあ逝ってくる」

「いってらっしゃい」

「………………」

「?まだ何か?」

「………いや、やっぱり何でもない」

 

 

 

 

「またはずれ」

 

 黒い鎧をまとったゴブリンを広がった影に沈め導師は忌々しげに呟く。

 辺境の彼方此方で黒い鎧を着込んだゴブリンの噂が絶えない。しかし向かえば偽者ばかり。しかし他に情報がないのだから向かうしかない。

 『彼』の弟子達は彼の拠点を教えてくれた。しかしもぬけの殻だ。騙しているわけではないのだろう、弟子達にも教えていない拠点があるだけだ。おそらくは何処かのゴブリンの巣。

 ここ一年で起きているゴブリン共の妙な行動。そして、その結果起こったゴブリン退治の増加。間違いなく『彼』の仕業。せめてゴブリンの言葉が解ればいいのに。苛つきながらもがくゴブリンの頭を踏みつける。

 

「姉ちゃん、これって……師匠、ボク達のこと避けてるよね?」 

「今更でしょ……私は絶対に捕まえるけど」

「うん!そうだよね……次は………」

 

 と、地図を広げる勇者。

 ゴブリン達にとって社会とは己の巣で終わりだ。他の巣の情報なんて知らない。だから黒い鎧を着ると勇者が来るなんて解らない。そのせいで囮はいっこうに減らない。

 忌々しい。と、不意に喉を奥を何かがせり上がる。ぺっと吐き捨てるとサイコロが転がる。

 目覚めてから時折、サイコロを吐く。理由は不明。ただ、このサイコロは途轍もない魔力の塊。目覚めてから使えるようになった力は魔力を消費するが魔力を吸収する力もあるので、影にしまっておく。

 別の巣に向かっていた剣聖と賢者の二人に合流した勇者と導師は本日最後の巣に向かった。

 

 

 

────────────────

 

はじまるはじまる!

《幻想》は大騒ぎ。神々が目につけていたお気に入りで、世界を変えるほどの力を持つ存在が漸く動き出したのです。《幻想》のみならず《混沌》も《死》も、皆皆大騒ぎ。だけど誰かが呟きます。これで終わるのかな、と。神々は彼が大好きです。彼は完全なるイレギュラー。また彼のような存在が何時現れるのかも解りません。それを失うのは、悲しい。

 そう落ち込む神々に、《真実》はふっふっふっ、と得意げに笑います。

じゃーん!

 と見せたのは四方世界の遊戯盤。他の世界のように全く別の法則(ルール)世界(遊戯盤)ではない、全く同じ世界(遊戯盤)。配置されている駒も一緒。

 《真実》はドヤ顔一つ。二度楽しめるように造っていたのだと。そっちは実は記録があるだけの生まれたばかりの世界だと。

 どうせなら二度楽しみたいじゃないか、そう言う《真実》に神々は呆れます。でも確かに、サイコロを振り直すわけではありませんし、と誰かが言い訳して皆乗ります。

 まずはIFから。正史は後の楽しみです。

 こっちの彼は少しだけ恥ずかしがり屋。ある言葉を仲間に言いません。人間をずっと見てきた《真実》はその言葉一つで流れが変わることを予想していました。

 さあ、こっちの彼がどんな風に物語を終えるのか、観戦しましょう。神々は『彼』が大好きです。でも、別にだからといって彼を救ったりはしません。




次回はIF世界のBAD END√

ゴブユダが盤外の魔女に言おうとしていた言葉を言わなかった世界。


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【IF】BAD END√

 月も星も雲に隠れた曇天を見上げる。

 行動に移そうとした日に、自分達にとって都合の良い()。神々が面白がっているのだろう。馬鹿共はもう勝利を確信している。

 本当に馬鹿だな。たかが三千の群。ロードやチャンピオンですら複数居るとはいえ肉の盾もないゴブリンが果たして何万という兵士や冒険者と数万はいる民が暮らす都を攻め落とせると思っているのだから。

 ただ、まあ、沢山死ぬだろうな………しかしここにいるゴブリン共は全部冒険者達が脅威にならないと見逃した奴等だ。いる噂を聞いても、冒険者がやられたという話を聞いても、どうせゴブリンだと動かなかった結果がこれだ。

 ゴブリンは確かに弱い。だが、成長する。何より、女を犯す。知っていたはずだ。知っていて、ゴブリン如きに自分がやられるはずがないと決めつけ、放置した。攫われた女達の話を聞いても大概が村娘など金にならない、だ。

 

《あれが人間達の王がすむ街だ》

 

 町明かりを指さし、告げる。

 

《お前達の巣穴(故郷)を滅ぼし、追いやった人間達が何万といる》

 

 その言葉にゴブリン達がギリギリ歯軋りをする。家畜を奪い、女を攫い、その上で逆襲されても彼等からすれば人間達は侵略者なのだ。だから怒る。これがゴブリンなのだ。

 

《その怒りを知らしめろ!我等の理不尽さを、恐ろしさを、人間共に知らしめろ!男を殺し餌とし、女を犯し数を増やせ!他の町を襲い、さらに増やし、我等ゴブリンの王国を築くのだ!》

「「「GOGAGAGOOOOO!!!!」」」

 

 咆哮をあげ、続いてロード達が己の配下達に指示を出す。進軍するゴブリンの群を見て思うのは門を破壊するのだけで二割は死ぬな、というもの。

 銀等級のチャンピオンが複数居ようが直接戦うならともかく攻防戦は攻撃側が不利。ましてやこの数の差では勇者が来たら秒で詰む。だから、一枚の巻物(スクロール)を使用してから魔剣を一本投影した。

 この戦争においてただ一度だけ使うつもりの魔剣を……。

 

「しかし、勝てるわきゃねーのに馬鹿だなゴブリンも、自分達に勝てないからって女を犯すゴブリンを放置する人間も……」

 

 本当に、この世は馬鹿ばかりだ。自分も含めて。ああ、ままならない。

 ふと夜空を見開げる。雲に覆われた夜空。その向こうから見ている神々。そして、それをさらに上から眺めて居るであろう星の外から此方と目があった神を幻視する。

 彼であり彼女でありクソジジイともクソガキとも形容できる顔のない神。狂気と混乱をもたらす為に暗躍し、その神から何かを授かった者は大概自滅するとか………。

 

「まさに俺にふさわしい最後だな。さて行くか……」

 

 ああ、そうだ。取り敢えず「覚知神」貴族共の死体をゴブリンの死体と一緒に屋敷に戻しておかないと。

 

 

 

 

 

 見張りの兵士達は夜の闇の向こうから聞こえてきた声に直ぐに反応する。ここ最近悪魔共の出撃もなく、気を抜いて船をこいでいた兵の頭を叩いて起こし城壁の下を照らす。

 現れたのは、ゴブリン。何だ、ゴブリンかと大慌ての兵士達はあっと言うまに落ち着く。誰が城に報告しに言った兵を追って、緊急事態は誤報だと伝えるように言う。もちろんそうする。だってゴブリンだぞ?

 だが……

 

「あ、あれ?なんか、おかしくないか」

 

 ゴブリンが現れる。

 ゴブリンが現れる。

 ゴブリンが現れる。

 ゴブリンが現れる。ゴブリンが現れる。ゴブリンが現れる。

 ゴブリンが現れる。ゴブリンが現れる。ゴブリンが現れる。ゴブリンが現れる。ゴブリンが現れる。ゴブリンが現れるゴブリンが現れるゴブリンが現れるゴブリンが現れるゴブリンが現れるゴブリンが現れるゴブリンが現れるゴブリンが現れるゴブリンが現れるゴブリンが現れるゴブリンが現れるゴブリンが………

 

「お、おい!やっぱり緊急事態だ───!」

 

 バサリと上空で音が鳴る。振り向けば巨大なコンドルに乗った二匹のゴブリン。片方は手綱を握り、片方は杖を持つ。ゴブリンライダーとシャーマンだ。炎に焼かれる。

 

「ぐあ──!?」

 

 仮にも都の衛兵。その鎧は特別製。炎に耐える。

 だがゴブリン達の目的は足止め。ロードは知能が高い。街に自分達が現れるとカンカン喧しい音が鳴り響いて武器を持った奴等がやってくるのを知っている。

 コンドルの何匹かが運んでいた狼を城壁に落とす。別のコンドルの背に乗っていたゴブリン達が狼の上におり城壁を駆け抜ける。音を鳴らそうとしていた兵士に襲いかかり、兜の隙間から毒塗りのナイフを突き刺す。主従息ぴったりだ。

 兜をはずして被ると無事な目をえぐり出して狼に与える。剣は、持てそうにない。懐の短刀なら持てそうだ。

 

「GOOBROB!!」

 

 狼にまたがり剣を掲げ叫ぶ。どうせ自慢でもしているんだろう。

 

 

 

 ゴブリンだぁ!そう叫ばれて街の住人は、そんなことで起こすなと不機嫌そうに目をこする。中にはシーツを深く被る者も。しかし、路上にいた酔っ払いや兵士達は城壁の上で火が上がったのを見て逃げるものと援護に向かう者で分かれる。もちろん酔っ払いと兵士で、だ。

 そんな騒ぎになろうとゴブリンの名しか上がらない。母親が面倒くさそうに扉の閂を確認する。うん、大丈夫。万が一城壁を越えられても問題ない。と、窓ガラスが割れる。

 

「───え?」

「───GOB」

 

 困惑する雌を見つけて、ゴブリンはニタァと笑う。

 

 

 

 漸く本当に街がざわめく。兵士達も遅れながら駆けつけ中に侵入したゴブリン達に対応する。城壁を越えられたが、コンドルに乗っているのは数十匹。これさえしのげばゴブリン如きが城壁を越えられるはずがない。そう思った瞬間、一条の光が城門を貫く。遅れながら城門が赤く発光し、ゴパッ!と溶けた鉄になり降り注ぐ。

 光はそのまま城門から続く広場の中央の石像を破壊した。

 そして、ズンと地面が震える。現れたのは、オーガと見紛う巨体を持ったゴブリン。兵士達が慌てて対応しようとするも棍棒の一振りで骨を折られ吹き飛ばされる。

 

「GROOOOOBROB!!!!」

 

 咆哮を一つ。直ぐに他のゴブリン達が流れ込んでくる。ホブ、シャーマン、ライダー、そしてチャンピオン。

 ホブは扉を壊し、チャンピオンは家ごと壊す。中に女を見つければ引きずり出し欲望のままに犯す。と、ホブの首が切り落とされる。

 顔を怒りに染めた銀等級冒険者だ。そのまま持っていた剣を振るうがチャンピオンは受け止める。

 ホブやチャンピオンは兵士達の正規の剣を拾い豪腕を持って振るう。元より人より遙かに高い膂力を持つ上位種のゴブリン達。ある程度の技術を手に入れたチャンピオンもいる。それも複数。

 鎧越しに殴られ体が吹っ飛ぶ。民家を壊した男をそのまま踏みつける。

 叫び声があがる。炎があがる。小鬼共はゲラゲラ笑う。ああ、良い気味だ。思い知ったか人間共!これが奪われる側の恐怖と怒りだ!

 と、そんな小鬼達の命が刈られる。冒険者や兵士はまだまだ居るのだ。それに、一般人でも石を持てば小鬼を殺せる。

 次第に押され始める小鬼達。チャンピオンやロード達が咆哮する。前に進めと。そして逃げようとするロード。その首は切り落とされる。漆黒の鎧をまとったゴブリンによって。

 ホブやチャンピオンとは比べるまでもなく、ロードより小柄なゴブリン。顔立ちは他のどのゴブリン共より人に近く、醜い人間にも見えなくはない。

 

「GOBGROOB」

「「「─────」」」

 

 人には理解できない何かを言うとゴブリン達は大慌てで得物を構え前に駆け出す。恐らくあの個体こそがこの騒動の大元。その個体を殺そうと銀等級達が得物を振るい、鎧の隙間を刃が通り抜ける。

 

「くかかか!弱い、弱いなぁ………」

「「「────!?」」」

 

 ゴブリンが、言葉を発した。誰もが目を見開く。しかし、攻められない。ゴブリンの実力は周囲に転がる手無し足無しの銀等級冒険者が物語っているから。と、そんなゴブリンに迫る一つの影。白い影。

 闇の中でも白く輝く鎧、盾、籠手。そして手に握った剣。

 癒やしの加護、破邪の光、不凍の守り、原初の炎、渦巻く風。目を見張るほどの魔法の武具に彩られたその男を見て民達はわっ!とわき上がる。

 

金剛石の騎士(ナイト・オブ・ダイヤモンド)だ!」

「金剛石の騎士が来てくれたぞ!」

「あぁ?だせぇ名前……だが知ってる。くひゃひゃ……都市の英雄様じゃあねえか」

 

 黒い鎧を着たゴブリン、ゴブリンナイトはゲタゲタ笑う。慌てた様子はないが、民達誰もが助かったと思っている。それだけ有名な騎士なのだ。

 

「貴様、言葉を発するのか」

「そうだな」

「……それだけの知能がありながら、このような暴挙……心は痛まないのか!?」

「…………痛まねぇよ………痛まねぇんだよ……」

 

 ゴブリンナイトは不機嫌そうに言うと背後から迫ってきた黒装束の娘の首を掴む。

 

「女を犯そうが男を殺そうが手足を千切ってのたうつ様を眺めて歯を全部折って糞喰わせて足の裏の皮をはいで砂利の上を歩かせて背骨を生きたまま取り出して………楽しくて楽しくて仕方ねぇんだよ……今もお前の目の前でこの女やお前の妹を犯してやったら、お前がどんな顔をするんだろうって考える。きっと楽しいだろうなぁ……」

「───貴様!──ッ!?」

「………おい、俺が話してる」

「ぐあ!?」

「──GOROO!?」

 

 ゴブリンナイトの言葉に怒りをにじませ周囲の警戒が疎かになった金剛石の騎士の背後に現れたチャンピオン。慌てて対処しようとするとチャンピオンに向かって黒装束がぶん投げられる。

 

「だけどよぉ、お前には感謝してるからなぁ……見せつけずに殺しておいてやるよ」

「感謝だと?」

「俺たちが進化するのは知ってたはずだ。ホブでさえ、頭殴って首をおりゃ騎士を殺せる。お前は知ってるはずだ。知ってたはずだ……なぁ、元冒険者。だがお前は見逃した。お前が放置すれば、他の奴等も俺達ゴブリンを大したことがないと考える。そりゃそうだ、国の意向だもんなぁ!」

 

 そう言って、両手を広げる。燃えさかる都を見せつける。

 

「その結果がこれだ!放置され、成長した俺達に攻められる!笑えるなぁ、巣穴を攻めるのは自分達だけの特権だとでも思ったかぁ?壊れてもどうせ直ぐに復活する辺境しか狙われていないと思ったかぁ?ヒャヒャヒャ!そんなはずねぇだろばぁか!俺達は国が欲しい、飯が欲しい、女が欲しい。けど力がない……でもお前等がくれた。経験を、成長する時間を……ああ、実にありがたい。感謝感謝──ヒハハハ!」

 

 キィン!と金剛石の騎士とゴブリンナイトの剣がぶつかり合う。

 

「貴様は、ここで伐つ!」

「ヒヒ!やってみろよ!」

 

 ゴブリンナイトは力任せに金剛石の騎士を弾き飛ばす。そのままゴブリンとは思えぬ技量で金剛石の騎士と切り結ぶ。

 

「────っ!!」

 

 此奴は、本当にゴブリンなのか!?膂力は圧倒的。速度も……何よりこの剣技。音に聞こえし剣聖でも相手しているかのようだ。

 

「ぜあ!」

 

 渦巻く風が原初の炎を纏い螺旋を描く。ゴブリンナイトは顔をしかめ距離をとる。

 認めたくないが、純粋な技量では向こうが上。使える手を全て使わなければ屍を曝すのは此方だ。炎を纏った剣で切りかかる。鉄をも溶かし両断する炎の剣にゴブリンナイトは剣を受け流し捌く。それでも剣が少しずつ赤く染まり溶けていく。

 まずは剣を奪う。剣技で劣るなら剣を奪う。そうすれば勝率が上がる

 ゴブリンナイトは舌打ちして距離をとると民家の一つの壁をたたき壊す。

 

「ひっ!」

「な!?」

 

 そこには机と、その下に隠れた子供。ゴブリンナイトはその子供の首根っこを掴み、金剛石の騎士に向かって投げつける。

 

「くっ──!?」

 

 慌てて渦巻く風と原初の炎を消して盾を投げ捨て子供を受けとめる。そして、その隙に迫るゴブリンナイト。

 金剛石の騎士の腕が飛ぶ。剣とともにガランと鎧が音を立てて地面に落ちる。女の叫び声が聞こえる。子供の慟哭が聞こえる。

 熱せられた剣に斬られ剥き出しの神経が焼かれ、金剛石の騎士はせめて民達を不安にさせないために歯を喰い縛り絶叫を飲み込む。

 

「ヒーローは大変だなぁ。守るものが多すぎて………お前が間抜けで本当に感謝だ。最期に何か言い残すことはあるか?」

 

 聞いてやるよ、とゲタゲタ笑うゴブリンナイト。金剛石の騎士を助けようとする冒険者達だが他のゴブリン達が邪魔をする。

 

「……もし来世があるなら、お前達ゴブリンは決して見逃さないと誓おう」

「…………そうか」

「………?」

 

 ゴブリンナイトが笑う。その笑みは、嘲るようなものではなく、何故か安心したような顔に見えた。 

 と、ゴブリンナイトの体が揺れる。その背中から槍が生えていた。

 

「お久しぶりです」

「さようなら」

「───ああ、九番に……十三番か」

 

 その会話は金剛石の騎士だけが聞けた。そして、他の冒険者達も圧倒的な力を持つゴブリンナイトの明らかな隙に他のゴブリン達を押しのけ己の得物を突き刺していく。

 

 

 

 

 

 勇者は導師、剣聖は賢者を抱えて必死に駆ける。

 ゴブリンの群が都を襲ったという報告があった。ゴブリンが都を襲うなんて普通はあり得ない。なら、普通ではない事が起きているという事。

 頭をよぎるのは、ゴブリンを殺す術を秩序側に伝えるゴブリン。

 ゴブリンが国を滅ぼせるわけがない。だが、国を滅ぼそうとしたゴブリンが居るとしれればゴブリンを退治すべきと主張する人間は間違いなく増える。ここ最近の辺境貴族のように。

 

「───これって、たぶんそう言うことだよね」

「それがあの人の取った手、だと思う」

「何、やってんだよ兄ちゃん……!」

 

 賢者の肯定に勇者が叫ぶ。果たして本当にこんなやり方しか無かったのだろうか?自分では思いつかないが、彼ならひょっとしたら別の方法が浮かんだのではないか、そう思う。ただ、ここに後一つ目的を加えるなら納得できることがある。

 それは、死ぬことだ。世界の敵として討たれる。そこまで含めて都を襲った。ゴブリンの危険性を知らしめ、己が本能に飲まれる前に消えるために。

 

「───お兄ちゃん」

 

 ギュッと導師が勇者の肩においた手に力を込める。

 

「───おいてかないで」

 

 転移(ゲート)巻物(スクロール)は使えなかった。何かに妨害されて消費しただけ。手持ちの転移(ゲート)で都に一番近い街に移動して駆けるが、果たして間に合うかどうか。

 間に合ってくれ、どうか………!

 しかし悲しいかな。所詮外なる神から恩恵をもらった娘の()()()。神のサイコロの影響を払いのけることは出来ない。

 神々はサイコロを振るう。出た目は、彼女にしては珍しく──或いは初めてのファンブル。

 

 

 

「────あ」

 

 燃える都で4手に別れ、導師は見つける。辺りが騒がしい。消火を急げと兵士が叫び母を捜して子が泣き父親の死体に娘がすがりつく。

 そんな周りの音など最早目に入らない。あまたの武器を身体に刺し、満足そうに笑っているゴブリンの死体しか、見えない。それ以外の情報なんて必要ない。

 

──何で死んでる?家族を見殺しにした代わりに、ずっと守ると言ったのに。

 

──何で怪物になり果てた。人になりたいと言ったくせに。

 

──何で笑っている。満足したのか、自分以外の、誰かのおかげで。

 

「───ああ、そっか。私はもう………必要なくなってたんだ」

 

 何て事はない。そもそも二年前、彼が己をゴブリンであると言い切ったそうではないか。その時から、自分は彼にとってもう必要のない存在になっていただけ。自分だけが彼を必要としていた。自分だけが──

 

「───は、あはは──あははは!」

「君、ここは危険だ!早く避難を───」

 

 兵士が消えた。

 

「もう、良いや。もう……何も残ってない。お姉ちゃん達、お父さん……もう誰も、私と皆が一緒に暮らしてたこと覚えてないんだよ?」

 

 ズルリズルリと広がる影が擬似的に世界を作るほどの力を持っていたゴブリンの死体を飲み込み膨大な魔力を得ていく。頭だけ残して消化して、その頭を胸に抱える。

 

「でも本当はそんなの言い訳。私だけが覚えてればいいのに、家族をだしにこの人を縛ろうとした」

 

 あの頃の自分には、それしか縋るものがなくて、縋った後離れるのが怖くなって、でも一度だってそれを言わなかった。ただ居てほしいから、側にいてくれと言えなかった。

 

「もう死んじゃおうっかな………ああ、でも………」

 

 大切な家族を奪ったゴブリン共は彼が殺してくれた。では大切な彼を奪った連中はどうするか?決まっている。

 

「……取り敢えず全部殺してから」

 

 黒い布を束ねたような影が落ちてくる。導師を包み込み、服を溶かし代わりに肌を隠すように体を包む。白く染まった髪が夜風に揺られ、冷たい瞳が周囲を見回す。

 もし人間がゴブリンをもっと危険視していれば彼はこんな手を取らなかった。もしゴブリン共が居なければ彼はもっと別の形で生まれて自分と出会っていたかもしれない。だから、どっちも滅ぼそう。

 

 

──────────────────

 

 《混沌》はうんうん、と頷きます。やはりこういった、歪んだ愛情から起こる世界の危機もまた楽しいものです。

 故に《真実》に提案します。この世界はこの世界で残さないか?と。《真実》は暫く考え、首を横に振りました。そうなると駒の配置的に勇者と導師が殺し合いになるからです。勇者はもちろんの事、導師も本当は勇者の事をもうそこまで嫌っていません。仲のいい姉妹なのです。その殺し合いをみるのは胸が痛くなりそう。

 《幻想》や《秩序》達もうんうんと頷きます。

 ではこの世界は廃棄で

 賛成ー!

 こうして神々が暇つぶしに作ったIFの世界は、暇つぶしが終わって消えていきました。

 さあ、いよいよ正史の世界です。此方ではサイコロを振っても意味がないので、振りません。さあ彼等はどんな冒険を見せてくれるのでしょう




感想待ってます


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小鬼進軍

 無駄なことだと言っても、彼は止まらない。この計画のために殺した命を無為にしたくない。全く、愚かだ。死者は何も語らないというのに。だけど、そんな言葉はきっと何の意味もない。

 

「あんたとの二年間、悪くはなかった」

「……そうだね。私もだよ」

「………じゃあ逝ってくる」

「いってらっしゃい」

「………………」

「?まだ何か?」

 

 手を振り見送ろうとしたが、ユダが口をモゴモゴさせているのを見る。恐らく何か言いたいことがあるのだろうが、言葉にするのが気恥ずかしいと言ったところだろう。彼の表情はこの二年の付き合いで良く理解している。

 

「……ああ、その……いままでありがとな、母さん」

「……………君みたいな大きな息子、持った覚えはないんだけどな」

「そうか?いや、たまに、なんかそう言う風に感じてな……それに大きいと言っても俺ぁまだ9歳だぜ?」

 

 図体はでかいけど、と笑うユダに、精神年齢は私に近いじゃないかと返す魔女。時の概念がない世界の狭間で色々見てきた彼女が果たして精神年齢若いといえるのかは微妙だが口に出さない方が良いのだろう。

 

「じゃあ今度こそ逝ってくる」

「………………」

 

 

───────────────

 

 

「ねえゴブリンスレイヤー、あんた最近相当稼いでるのにまだそんな装備ばっかなの?」

 

 妖精弓手はここ最近一年前とは比べものにならないほど稼いでいるのに粗末な武器や使い捨てのダイナマイトや巻物(スクロール)しか買わないゴブリンスレイヤーに向かって尋ねる。ゴブリンスレイヤーは当然だ、と返した。

 良質な武器を得てゴブリンが進化しては困る。特に、勇者や剣聖とも互角に渡り合えるゴブリンが増えたら最悪だ。

 あんなゴブリンが増えてたまるかと思う。ていうかあれは元人間らしいし。

 

「それにしても最近ゴブリン退治の依頼、結構稼げますよね」

「何でも領主が金出しとるらしいぞ。息子が殺されたり娘が攫われたりしてな」

「ふぅむ……しかし妙な話ですな。小鬼共は元来臆病なはず。村より襲いにくい領主の屋敷を襲うなど」

「領主の屋敷なら兵も家の壁も、戸も堅い。狙うのには確かに向いていない。が、連中が動いたのは確かだ」

「ふむ。もしや混沌の勢力が?」

「知らん。俺は奴等の行動がゴブリンらしくないとは思うが、ならば混沌の勢力らしいかと言われても会ったことなどないからな」

「いえ、オーガとか闇人(ダークエルフ)とかと会ってるじゃないですか」

「ああ、そう言えばそうだな」

「まさか忘れてたんですか?本当に仕方のない人ですね」

「ま、かみきり丸は小鬼しか興味ないからのぉ!」

 

 かっかっか、と鉱人道士が笑い女神官と妖精弓手がはぁ、とため息を吐く。蜥蜴僧侶がそう言えば、と周りを見回す。

 

「小鬼といえば十三番殿を見かけぬな」

「奴の弟子はちらほら見かけるがな。そのせいで小鬼の依頼もお主が受けられるのは月に数度。領主が金かけとるおかげで稼げてはいるが、気が気でないのではないか?」

「ゴブリンが減るのは良いことだ。潜んでいるわけでなく、殺されているしな」

「ま、お前さんならそう言うか……」

「それにしても十三番さんは何処に行ったんでしょう……」

「確かに、気になるな」

「え……」

 

 ゴブリンスレイヤーが女の居場所を気にした。女神官は目を見開き妖精弓手はコップを運んでいた手をピタリととめる。

 

「恐らくそこにはゴブリンが居るはずだ」

「あ、そういう………」

 

 確かに彼女もゴブリンばっか狩っている。たまに攫われた娘などを連れてきてゴブリンを殺せるように鍛えたりもしている。そんな彼女が向かうとするなら、なるほどそこにはゴブリンが居るのだろう。

 

「向かうのはやめておいた方が良い。君が立てる作戦はせいぜいが100の群の対処までだろう?」

 

 と、その声は不意に聞こえた。全員が振り向くとそこには何時の間にか酒の入ったジョッキを持ったくすんだ金髪の魔女、かつてこの冒険者ギルドに所属していた孤電の術士(ア ー ク メ イ ジ)と呼ばれていた女性がいた。

 

「あ、あんたはあの時の!」

「ん?あの時君は気絶していなかったかい?」

「してないわよ!」

「そうか、意識があったのか」

 

 妖精弓手が指さし叫ぶと首を傾げる女。女の言葉に妖精弓手が返すとケラケラと笑う。

 

「他の面子は気絶してたようだね。では改めて───」

 

 鉱人道士や蜥蜴僧侶達の困惑した視線を受け、女は豊満な胸に手を当て微笑む。

 

「私は盤外の魔女。よろしく」

「あのゴブリンは何処だ」

「…………君は相変わらずだねぇ」

 

 そんな流れをバッサリ切り捨てるゴブリンスレイヤーに盤外の魔女は呆れたように肩を竦めた。

 

「おい金床、こいつ誰じゃ?」

「知らないわよ。あの時、意識ももうろうとしてたしね……取り敢えず、あの黒鎧のゴブリンの仲間ではあるようよ」

「ほう」

「ほほう……では、何故こちらに?正直我等に目を付けるほど、あの小鬼殿は弱くない。と、なれば先の発言から察するに旧知の小鬼殺し殿を訪ねにきたのであろうが」

「まあね。君が彼をどう思っているのか、それが聞きたい」

「ゴブリンなら殺すだけだ」

 

 ゴブリンスレイヤーに視線を向けると何の躊躇もなくそう返ってきた。ふむ、と顎に手を当てる。

 

「勇者ちゃんから聞いてないのかい?彼は元人間なんだけどね」

「だが今はゴブリンだ」

「………ま、そうだけどね………」

「お前は襲われてないのか?」

「おや、心配してるのかい?」

「孕んでいたら困るからな」

「は、はら───!!」

 

 ゴブリンスレイヤーの堂々とした言葉に女神官の顔が真っ赤に染まる。それに対して盤外の魔女はケラケラ笑った。

 

「生憎と、手は出されていないよ。そもそも彼はあまりそう言うことをしたがらないからね。弟子も居ないんだ、自由な時間も増えたし、盗賊だの邪教だのを殺して回って発散していた」

「そう言えばここ最近盗賊退治の依頼もなにげに減ってたわね」

「完全にはなくならないがね。盗賊という駒は人間がいる限り幾らでも用意できる。なにせ種族駒でなく職業駒なんだ」

「……?」

 

 首を傾げる女神官の頭を撫でながら神官は知らない方が良いよ、と笑いかける。

 

「時に盗賊達は「祈らぬ者」(N  P  C)だけど、人間だと思うかい?」

「藪から棒に何よ。当然でしょ」

「ふむ、別に怪物という訳ではござらん」

「ま、単なる人間じゃな」

「そうだろうね。だけど、其奴等よりあの子の方がずっと人間らしいと私は思う」

 

 あの子、とは恐らく黒鎧のゴブリンの事だろう。子供扱いなのか、確かにゴブリンは成長が早いから詳しい年齢は解らないが……。

 

「だけど悲しいかな、それでもあの子は怪物なんだ。他人を苦しめることが楽しくて仕方ないと脳が訴え、そんな自分が嫌だと心が泣く………なのにどうだ、同じように他者を傷つけ心の底から喜ぶ奴等はそれでも人間だ。なら、私はどうすれば良い?怪物の体を持ってしまった人間に、どうやって人間だと言ってやればいい?」

「知らん」

「ゴ、ゴブリンスレイヤーさん!」

 

 ゴブリンスレイヤーが即答すると女神官が慌てる。妖精弓手も呆れた顔をしていた。

 

「俺は其奴のことを何も知らない。お前のこともそこまでは知らん。短い付き合いだからな………ただ一つ、言えることがあるとするなら……何もしなかったお前のせいだ」

「……ん?」

「お前は何かを迷っているようだ。おそらくはあのゴブリンが怪物になり果てる前に自殺でもしようとした、といったところか?」

「どうして、そう思うんだい」

「俺がゴブリンになり、心までそうなりそうになったらそうなる前まで出来る限りゴブリンを殺してから自殺するからだ。なっていないから、其奴のように理性を保つために何でもするようになるのかは解らんが、少なくともただのゴブリンになる前に死ぬ。そして、その時こうしていればという感情に苛まれるならそれはお前のせいに他ならない」

「……………」

「救えず後悔するのは、何もしなかったからだ。何も出来ないのを言い訳に、何もしなかったからだ。後から救う手段が見つかって、今なら救えるなど、単なる言い訳にすぎない」

「………成る程、ね」

 

 ふぅ、と魔女はため息を吐き席から立ち上がる。代わりに羊皮紙の束を置いていく。

 

「あの子が調べていたゴブリン達の巣だよ。それと、人間であるが故に混沌の怪物の力を借りれず簡単に言うことをきくゴブリンしか配下に出来ない邪教徒や「覚知神」貴族達のゴブリン待機場所……好きなように使いたまえ」

 

 それは地図だった。赤いバツ印がかかれた地図の束を見て、ゴブリンスレイヤーは立ち上がる。

 

「ゴブリンスレイヤーさん?」

「行くぞ。ゴブリンだ」

「………はい!」

 

 

──────────────────

 

 

「またはずれ」

 

 黒い鎧をまとったゴブリンを広がった影に沈め導師は忌々しげに呟く。

 辺境の彼方此方で黒い鎧を着込んだゴブリンの噂が絶えない。しかし向かえば偽者ばかり。しかし他に情報がないのだから向かうしかない。

 『彼』の弟子達は彼の拠点を教えてくれた。しかしもぬけの殻だ。騙しているわけではないのだろう、弟子達にも教えていない拠点があるだけだ。おそらくは何処かのゴブリンの巣。

 ここ一年で起きているゴブリン共の妙な行動。そして、その結果起こったゴブリン退治の増加。間違いなく『彼』の仕業。せめてゴブリンの言葉が解ればいいのに。苛つきながらもがくゴブリンの頭を踏みつける。

 

「姉ちゃん、これって……師匠、ボク達のこと避けてるよね?」 

「今更でしょ……私は絶対に捕まえるけど」

「うん!そうだよね……次は………」

 

 と、地図を広げる勇者。

 ゴブリン達にとって社会とは己の巣で終わりだ。他の巣の情報なんて知らない。だから黒い鎧を着ると勇者が来るなんて解らない。そのせいで囮はいっこうに減らない。

 忌々しい。と、不意に喉の奥を何かがせり上がる。ぺっと吐き捨てるとサイコロが転がる。

 目覚めてから時折、サイコロを吐く。理由は不明。ただ、このサイコロは途轍もない魔力の塊。目覚めてから使えるようになった力は魔力を消費するが魔力を吸収する力もあるので、影にしまっておく。

 別の巣に向かっていた剣聖と賢者の二人に合流した勇者と導師は本日最後の巣に向かおうとする。

 

「その巣も外れだけどね」

「「「────!?」」」

 

 その声に、足を止め振り返る四人。木の陰から現れたのは気配を全く感じさせぬ金髪の女。

 

「あ、師匠と一緒にいた魔女……」

「久し振りだね、勇者ちゃん───ん?」

 

 彼とともにいた、そう聞いた瞬間導師の影が蠢き帯のように伸びて魔女の腕にからみつく。それを見て、魔女は目を細める。

 

「これはまた、随分と法則無視(ルール無用)な力だ。本質はあの子に似てるかな?性質は、逆だね。あの子は生み出す(創  る)けど君は消し去るようだし」

 

 あわてた様子もなく魔女は笑う。導師は目を細め、ギチリと強く締め付ける。シュウ、と服が影に溶けるように消える。

 

「だが悲しいかな。無意味だ、私はここには居ない。私は外にいる。この体はこちらに影響を及ぼすために作った人形さ」

「人、形……?」

「そうさ。食事も出来るし、何なら子供だって作れるが壊されても魂は狭間に置いてきた本体に還る……どうもこの力、上下に干渉できるようだけど横には干渉できないみたいだね。ん、いや……上下は能力に更に付け足した感じだ」

「………?」

「ああ、こちらの話さ。気にしないでくれ」

「………お兄ちゃんは何処………」

 

 睨みつけてくる導師に魔女は笑みを浮かべる。このまま腕を消してやろうかと思ったが彼女の話を信じるなら無意味だろう。

 

「教えてあげても良い」

「…………ほんと?」

「本当本当」

「………どういうつもり?」

 

 彼は兄の仲間だ。そして、兄は自分達を避けている。何の目的があって彼女は自分と兄を引き合わせても良いと判断したのか。

 

「私はもう仲間じゃないからね。彼とは袂を別った………」

「それは、あの人を裏切って私たちにつくって事?」

 

 賢者の言葉に魔女はふむ、と考え込む。

 

「そういうわけでもない、かな?」

「どう言うことですか?」

 

 剣聖が訝しみ、魔女はグイグイと腕を引いて絡みついた『影』を見ながら応える。

 

「私はあの子の目的を邪魔したいだけだよ」

「師匠の?何でまた……貴方は、師匠の手伝いをしていたんじゃないの?」

「………私はね、悲劇より喜劇が好きなんだ」

「え?」

「だって悲劇は、悲しいじゃないか。どんなに面白くても、悲しい………登場人物達が色んな思いを抱えて、色んな計画を立てて、話の流れを作って、その悲しい結末に向かうんだ」

 

 それは、まあ悲劇というのはそう言うものではないだろうか?

 

「どうせ見るなら、喜劇が良い。細かく考えられた一流の悲劇より、抱え込んだ思いを無視して、脈絡のない計画が始まって、話の流れを無視する、三流と笑われるようなものでも、私はそっちが良い」 

「………お兄ちゃんは、何をする気なの」

 

 何となく、察してしまった。でも認めたくなくて、尋ねる導師に魔女は応える。

 

「死ぬ気だよ」

「────ッ!!」

 

 それはつまり、もう自分は必要ないという事。人として生きる気がないという事。

 

「そんなの───そんなの駄目!」

 

 導師が叫び、『影』の力加減を誤ったのか巻き付かれていた部分が消え腕がボトリと落ちる。血が流れ表面が露わになる。どう見ても人形に見えないが、魔女はあっさり治した。この場合、直したが正しいのだろうか?少なくとも普通の人間に治癒の奇跡を行ってもこうはならない。

 

「だって、お兄ちゃんは、私の家族を覚えてる唯一の人で、だから……それに、私はお兄ちゃんを人間って言ってあげなきゃ……」

「ふむ……成る程ねぇ。これはまた、ずいぶんと歪んだ関係だ」

 

 息が荒く、瞳孔が開いた導師の頭にぽんと手をおく魔女。

 

「死なせたくないならそうすればいい。私も死なせたくないからね」

「…………」

「けど、それだけかな?君はただ、家族がいたという事実を肯定してもらうためだけに彼にいて欲しいのかい?」

「……………違う」

 

 しゃがみ込み、視線を合わせてきた魔女の瞳をまっすぐ見て、導師は言い切る。

 

「……側にいたい。居てほしい……だって……だってあの人は、私の、家族なんだもん」

「………そうか。なら、動こう。動かなきゃきっと後悔して、それは自分のせいらしいからね」

「………あなたは、どうして……」

「………お母さんって、そう呼ばれちゃったからね」

 

 導師の質問に魔女は照れたように頬をかいて言う。お母さん?と四人とも首を傾げる。

 

「母が子を叱って、子供がやろうとしてるのを止めるのは、何もおかしくなんかないだろう?」

「…………お母さん……そういえば私、生まれて直ぐ死んじゃってた」

「おや、じゃあ君も私をお母さんと呼んでみるかい?」

「…………お兄ちゃんが、本当にあなたをお母さんってよんだか解ってから」

 

 そういって、顔を逸らす導師に魔女はそうか、と立ち上がる。勇者達を見れば彼女達も此方を見ていた。

 

「さて、これまでの流れも、登場人物の心の闇も、全部無視した三流の喜劇を始めようか」

 

 

 

 

 門を開けるために、投影した魔剣を放つ。一瞬で光線へと姿を変えた魔剣は音速を遙かに超えた速度で門に向かい─────

 

「───は?」

 

 160度程向きを変えてゴブリンの群の一部を吹き飛ばした。

 

「─────ッ!!」

 

 人間の国の防衛用魔道具の効果か?調べたつもりだったが、甘く見積もりすぎていたか?

 再び魔剣を、今度は三本投影して弓につがえる。矢として放ち、効果を確認するために視力を強化する。

 門に当たる前に割り込むように影が入り込む。その影は音速で飛ぶ魔剣の一本の柄を掴み残り二本の魔剣を叩き落とし、受け止めた魔剣をゴブリンの群に投げつけた。

 

「─────は?」

 

 音速を超えた剣を止めた…………いや、それはまだ良い。人間なのか?と疑問は持つがまだ良い。

 

「──何で、ここに居やがる!」

 

 無視できぬ存在、黒い鎧を着たゴブリンは辺境各地にはなった。転移(ゲート)を妨害する魔法も巻物(スクロール)も使った。このタイミングで現れるなど、事前に都にいて、更に襲撃が来ることを知っていなくては不可能なはず。

 それを知っているのは、ただ一人……。

 

「……どういうつもりだ、あの女!」

 

 何でここに勇者が居る!




感想にもあったけど前回書いた
BAD END√は所謂DEAD ENDだったから主人公がゴブリン堕ちするBAD ENDも書くべきだろうか


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都での決戦

 勇者は聖剣を抜く。直ぐに聖なる光が勇者を包み込み、勇者が足に力を込めると同時にユダもまた無数の小さな腕がからみついたような装飾がなされた禍々しい剣を投影し、足に力を込める。

 飛び出したのは同時。間にいたゴブリンを通常種も田舎者(ホ  ブ)英雄(チャンピオン)(ロード)も関係なく肉片に変え、聖剣と魔剣がぶつかり合い聖なる輝きと禍々しい魔力が周囲に放たれゴブリン達がバラバラに砕けていく。

 

「邪魔をするな!」

「嫌だ!」

 

 ギリギリと鍔迫り合いながら叫ぶ。完全に誤算だ。勇者も居るなら、目覚めたと噂の導師も来ているのだろう。彼女には自分の死に様は見せたくなかった。というか、勇者や剣聖、賢者にだって死ぬ姿を見せたくなかった。

 本当に、何のつもりだあの女!

 苛立ちを目の前の勇者にぶつけたくなる。腹を蹴りつけ距離を開くと魔剣を投影し放つ。勇者は聖剣で弾き数百のゴブリンが消し飛んだ。

 単純な魔剣は無意味だ。広域攻撃、かつ動きを止める魔剣。

 投影したのは氷の魔剣。冬を継続させるほどの力を持った吸血鬼にその全ての魔力をつぎ込ませた魔剣を放つ。

 再び聖剣で弾こうとした勇者だが砕けた瞬間冷気を放ちながら氷が広がる。

 

「────ッ!!」

 

 動きが固まる。直ぐに聖剣のオーラを放ち氷を砕こうとするがその隙に門を破壊しようと魔剣を放つ。が───

 

「………何?」

 

 門の前に、無数の黒い帯が現れる。帯の壁は矢を飲み込むように開く。そこに広がるのは、果てのみえぬ闇。吸い込まれた魔剣は闇に飲まれて消えていく。

 

「あれは、まさか……虚数魔術!?───ッ!!」

 

 本来ならこの世界にあるはずがない力。何故!?と、考えるまでもなくあの神の仕業だろうと苦虫を噛み潰したような顔をするユダ。その足に、『影』が絡み付く。

 

「う──お、お──が!──ぐが!」

 

 そのまま振り回される。ゴブリン共を砕く鈍器になりながら地面を何度も跳ねるユダは、帯を切り捨てるが勢いは止まらずロードとロードの護衛をしていたチャンピオン二匹を挽き潰す。

 何時の間にか兜をつけていた。頭をぶつけて気絶しないためだろう。

 

「何者だ───!?」

 

 魔力の流れを読み、投影した魔剣を放つ。他の転生者か?このタイミングで?恐らく勇者達に協力しているのだろうが、自分の力に対してあの力とは──。いや、自分の固有結界に剣が登録されていなかったように、あくまで魔術回路や属性、起源や魔術だけを与えられているのなら「この世全ての悪」(ア ン リ マ ユ)とは接続してないはずだから、安全なのかもしれないが……。

 

「………私」

「………あ?」

 

 地面を影が動き、帯の束が浮き上がる。その帯から顔を出したのは見知った顔。この世界で自分ともっとも永い時を過ごした少女。

 

「久し振り、お兄ちゃん」

「………妹にその能力とか、奴め完全に遊んでやがる」

 

 チッ、と忌々しそうに舌打ちして魔剣を構える。片方には氷の魔剣。片方には神々──恐らくそういう役目を与えられただけの駒──を討ったという百手巨人(ヘカトンケイル)の力を内包した魔剣。

 

「───何しに来やがった恨み言でも言いにきたか?」

「私がお兄ちゃんに言いたいことは、一つだけだよ」

「……………」

「帰ろう。皆で──」

 

 ギチリ、とユダは歯軋りをする。眉間に皺を寄せ、不快気に2人を睨みつける。

 

「帰る、だと?何処に?人の世か?そこに俺の居場所があるとでも?」

「うん。私が………私()がそうだよ」

「……………」

 

 殺気を放ち言い放った言葉に、正面から返す導師。ユダは訝しむ。誰だ、こいつは?知らない。こんな導師は知らない。確かに本能に飲まれてもなお身を竦ませるほどの執着を感じたことはある。それのおかげで、あの時は戻れたのだからよく覚えている。

 だが、あの時とは違う。きちんと自分を見ている。だが───

 

「笑わせるな。帰る場所になるだと?俺の?俺は人間じゃない、ゴブリンだ……人間共となれあえるものかよ!」

 

 と、叫ぶユダ。勇者はもちろん、導師も怯まない。

 

「なれ合う必要なんて無い。そばに居てくれればいい……そのためなら、私達はお兄ちゃんを倒す」

「…………倒す?」

「手足を千切っても、内臓の一部を消し飛ばすことになっても、私達はお兄ちゃんを殺さない。殺さず、倒して言うことをきかせる」

「殺す気がねぇなら、ここから失せろ!」

「いやだ!」

 

 そう叫んだのは勇者だ。

 

「酷いこと、言わないでよ……ボクは、師匠が大好きなのに。ボクだけじゃない、剣聖も、賢者も、姉ちゃんも師匠が……兄ちゃんが大好きなんだ。だから、殺せなんて言わないでよ」

「─────っ」

 

 知っている。此奴等は自分を殺さない。殺せないから、殺したくないだろうから遠ざけたのだ。

 

「違うよ兄ちゃん……()()()()んじゃない、()()()()んだ。ボク達は、殺したくないって迷いながら来たんじゃない。殺さないって決めて来たんだ!」

「……………」

 

 遠くでゴブリンの群が吹っ飛んでいる。恐らく賢者と、護衛をしているであろう剣聖が彼処にいるのだろう。

 

「ボク等は兄ちゃんと一緒に生きたい!冒険して、色んなモノを見て、笑いあいたい!」

「それが私達が歩むと決めた道……」

「不可能だ!そんな子供の夢物語で、俺の役目を邪魔するな!」

「役目って何!?誰が決めたの?誰がやらなくちゃならないって、兄ちゃんが言ったの!?」

 

 ユダが切りかかり、勇者が防ぐ。力任せに押し切ろうとすれば導師が『影』の一部を延ばしてくる。

 

「俺は殺してきた!英雄に憧れ、まずはゴブリンだとやってきた子供を!攫われた恋人を取り戻そうとした男を!誰かの恋人を、子供を、家族を!いずれゴブリンを殺せるようになるまでって、言い訳をして!ここ一年、直接手を出さずとも俺が原因でもっと多くの人間を!理性を保ち続けるために、死んで良いとエゴを押しつけた者達を!殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して──!そんな俺に、帰ってこい?命をもって償うな?ふざけるな!」

「ふざけてなんか、無い!」

 

 今度は勇者が切りかかってくる。迎え撃とうとすれば腕に影が絡みついてくる。反対の手で聖剣を防ぐが聖なる光が溢れ出し吹き飛ばされる。

 

「ちぃ!」

 

 鎧の一部を消し去り透き間が空く。腕に直接絡み付く前に腕を引いて直ぐに再び投影する。

 

「お兄ちゃんは、死ぬつもりなんでしょう?そうやって、償う気なんでしょ?」

「だから、どうした──」

「どうした、って……何でそうやって、全部自分一人で背負い込もうとするの!」

「世界の命運を背負った勇者(お 前)に言われたくない!」

 

 聖剣と魔剣がぶつかり合う。影も襲ってくるが、複数同時に相手していると思えば捌けないこともない。

 

「違う!ボクは、背負ってるつもりなんか無い!ボクはボクがやりたいことをやってるだけ!」

 

 飛行剣を投影し、その上に乗り空に逃げるユダ。勇者は聖剣のオーラを背中に集め、翼を形作る。そこからオーラを放出し浮かび上がった。

 

「───な!?」

 

 驚愕し、動きが一瞬固まると剣に影が絡みつきバランスを崩し落ちる。

 

「はぁ!」

「ぐっ!」

 

 聖剣を振るってくる勇者に魔剣を振り下ろす。踏ん張る足場がなく、どちらも弾かれた。

 

「お兄ちゃんはどうなの?償って死ぬことが、お兄ちゃんのやりたいことなの?」

「教えてよ、兄ちゃん……」

 

 再び投影した飛行剣でバランスを取ったユダに導師と勇者が問いかける。ユダは、兜越しに頭を抑える。

 

「……うるさい…………うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!やりたいことなの?だと?やりたいことに決まっている!俺はな、本当はお前等と一緒にいても、嬉しくなかった!人間(お前)達が楽しそうに笑うことが、ゴブリン()には楽しいことだと思えなかった!それでも、楽しいと思いたかった。お前達の喜びを共有したくて、出来なくて、それが苦しくて………なのにそれでも、お前等はやっぱり楽しそうで………それが憎くて、ムカついて、腹立たしくて仕方ない……俺はそういう存在なんだよ……だから、俺を殺せ」

「………お兄ちゃんの協力者が言ってた……魂を移す方法があるって………お兄ちゃんが断った方法があるって」

「………彼奴…」

「無理矢理にでもやらせる」

「………」

 

 ギリギリと歯軋りするユダ。忌々しい。そんな甘言を吐く勇者達が。それに縋りたくなる自分が何よりも忌々しい。

 

「………もう、良い」

 

 ユダの身体から暴風のように魔力が吹き荒れる。

 

「お前達が俺を無理矢理にでも従わせるというなら、俺も力ずくでいかせてもらう。お前達をとっとと倒して、勇者を倒せる脅威として、勇者と戦って疲労してないと勝てない存在として、都を襲う」

「良いよ、勝つのは、言うことをきかせるのは──」

「──私達の方だから」

「これを見て、まだそういえるか?体は剣で出来ている───」

 

 空気が震える。勇者と導師………特に導師は同様の法則(ルール)が支配する世界に存在する力を持つ故に、勇者よりこれから起こることが危険だと判断する。

 

「血潮は鉄で、心は硝子」

 

 勇者も勘である程度の危険度を理解する。故に、邪魔しようと攻撃を仕掛ける。

 

「幾たびの戦場を越えて死を振りまく」

 

 氷の魔剣を投げつける。勇者が迎撃する前に爆発し冷気を全方位に放つ。

 

「ただの一度も理由はなく、ただの一度も求められない」

 

 本来の詠唱とは異なる彼の詠唱。それを知るものは居ないが……

 

「彼の者は常に独り 屍の山で殺戮に酔う」

 

「故に、生涯に意味はなく………その体は、きっと剣で出来ていた」

 

 

 

───『 無 限 の 剣 製 (アンリミテッドブレイドワークス)



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決着

 世界が塗り変わった。夜空から星と緑の月が消え、残された赤の月もやけに大きい。

 地面は、見えない。見渡す限り、数えるのも馬鹿らしい程の数の骨が転がっている。僅かに動けば乾燥した骨がバキリと砕ける。

 そして、その骨に突き刺さった数多の剣は、魔剣だ……。

 数えるのも億劫になるほどの剣が地面を埋め尽くす骨の墓標だとでも言うように突き刺さっている。いや、墓標ではない、死してもなお殺そうとした痕跡だろう。

 

「こ、ここは………」

「骨の、大地……」

「あれ、二人とも……」

 

 勇者は己の隣に突然現れた賢者と剣聖に気付く。二人も目を見開いていた。

 目の前にはユダとユダが率いるゴブリンの群。と、ゴブリンが苦しみだした。

 

「これは、お兄さんが……?」

「多分……」

 

 賢者の言葉に勇者が応える。どうやらこの世界に引きずり込まれたのは自分達とゴブリンだけらしい。と、そのゴブリン達が急に苦しみだした。

 

「GOROBU!?」

「GROORO!!」

 

 皮膚は焼かれたように黒く染まりボロボロ崩れ、肉は溶け骨がカラカラと落ちる。生き物が溶ける光景に、思わず顔が青くなる。自分達の体に変化はないようだが……。

 

「お前達は溶けねぇよ。ここにそういう法則(ルール)はない。ゴブリンと、ゴブリンと同じと判断された奴だけが生きられない世界。それが俺の心象世界だ」

「心象、世界?」

「俺や其奴が与えられた力の、行き着く先。己の心の中を体の外に顕現させ世界を塗り替える魔術の終着点だ」

「心……これが、お兄ちゃんの?」

「そうだ。お前に力を与えた神が寄越した、「あらゆる剣を形成する要素」と、俺自身が願うゴブリン共の消滅という法則(ルール)が追加された世界」

 

 世界の書き換えなんて、何て無茶苦茶な……!そう戦慄する賢者。剣聖もその馬鹿げた内容に目を見開く。導師と勇者は目を細め、勇者が口を開く。

 

「ゴブリン共って……兄ちゃん自身も?」

「ああ。だから俺は、本物よりこの世界の維持時間が短い……神共が抑止なんてもんを作ってねぇから、それで漸く本物の同時間ってとこだな」

 

 そういって地面に刺さっている剣を蹴る。クルクル回りながら浮かんだ剣の柄を正確に蹴り矢のように飛ばしてきた。

 

「───ッ!!」

「まあ、防ぐよな。だが──」

 

 勇者が弾き、しかしユダは慌てない。白骨の大地に突き刺さっていた剣が次々に浮かび上がりその剣先を四人に向ける。

 

「お前達の相手は無限の剣──たった四人で、何処まで相手できる?」

「───!姉ちゃん、賢者を!剣聖!」

「うん」

「ええ!」

 

 勇者の叫びと同時に無数の剣が降り注ぐ。導師は『影』を操り弾き、或いは飲み込み別の場所から吐き出し剣同士をぶつけ、賢者はそんな導師に守られながら呪文を唱える。勇者と剣聖は己の技量で剣を弾いていた。

 ただ飛んでくる剣など魔神王を討った彼女達に対処できないわけがない………ただの剣なら。

 

「───ッ!」

 

 炎を纏った剣、触れると凍り付く剣、切った傷が治癒されない剣、ここにある剣は全てが魔剣だ。さらに言えば彼がその気になれば剣は爆弾へと変わる。そうならないのはあくまで彼が彼女達を生かそうとしているから。

 勇者は飛んできた魔剣の一本を掴みユダに向かって投げつける。

 

「ちぃ!」

 

 ギィン!と持っていた剣で弾く。ほんの一瞬、剣の掃射が止まる。その一瞬で勇者は足下の骨を踏み砕き駆ける。

 直ぐに周りの剣が爆発するが、聖剣の加護を持つ勇者に大したダメージは与えられない。そのまま百手巨人(ヘカトンケイル)の魔剣で受け止める。ゴッ!と暴風が吹き荒れ骨が吹き飛ばされていく。

 

「神造兵器か、厄介な……」

「よく解んないけど、これ兄ちゃんにとって厄介ってことだね!」

 

 聖剣の加護で強化された膂力でユダを吹き飛ばす。ここらは足場が悪く、踏ん張れなかったユダは骨を踏み砕きながら後退り、その背後に剣聖が迫る。狙いは、腕!

 クン、と指を動かすと一本の剣が飛んできて剣聖の剣を弾き、追撃しようとしたユダはしかし慌ててその場から飛び上がる。

 地面から無数の『影』が飛び出してきた。それは空中にいるユダを追ってくるので飛行剣を投影しその上に乗り逃げようとするが賢者が魔法で暴風を起こす。

 

「『業火剣乱(ごうかけんらん)』!」

 

 バランスを崩し落下したユダは新たな魔剣を取り出しその炎で周りを囲む。『影』はそれでも追ってくるが噴き出す炎に押され真っ直ぐ進めず人間である剣聖は焼かれれば死ぬので距離をとる。賢者は、このレベルの炎を吹き飛ばすには相応の呪文を唱えなくてはならないので顔をしかめる。

 勇者は──

 

「せぃ、やぁ!」

 

 炎の渦を、切った。どうなってるんだこのガキ!と思わず心の中で叫ぶ。

 レベルのないこの世界で此奴だけレベルがあるんじゃないかと思えるほどの成長速度に、バグレベルの性能。

 此奴こそ法則(ルール)無視してんじゃねーか?

 

「ちぃ……神殺しの──」

「ッ!夜明けの───」

「──暴乱!」

「──一撃ぃ!」

 

 太陽の爆発!

 それに相対するは神として置かれた駒を数多葬り去った怪物の放つ魔法の嵐。

 

「やはり防ぐか、太古の魔術の雨を──これだから究極の一はやりにくい」

 

 と、賢者の魔法が完成したのかユダの周りの気温が下がり、次の瞬間凍り付いた。しかしピキリと罅が入りユダが氷の破片を吹き飛ばす。

 その破片を足場に剣聖が駆け上がって来た。

 

「はぁ!」

「やぁ!」

 

 二方向からの同時攻撃。骨の大地向かって吹き飛ばされたユダは無数の『影』に縛り付けられた。

 

「……………」

「大人しくして貰うよ」

「断る」

「───!!」

 

 そういって、剣を降らせ『影』を切り裂く。拘束技は無意味だろう。ユダは、本当に体が動かなくなるまで戦う気なのだ。

 それを改めて痛感した四人と、改めて彼女達が本気で自分を()()気なのだと痛感するユダ。何があっても殺す気はないということか。面倒臭い、もういっそ殺して───

 

「──ここまでか」

「?お兄ちゃん──」

 

 はぁ、とため息を吐いたユダは魔剣を取り出す。

 本来なら勇者達を痛めつけて、それで終わりにすればよかったがそろそろ殺さない、っていう選択肢が消えそうだ。後はまあ、()()に任せるか。あの魔女も、それぐらいはしてくれている、もしくはしてくれるだろう。

 そして、ユダは己の胸を魔剣で貫いた。

 

「「「───!?」」」

「ぐ、ご──は、はは……これで、殺さないって選択肢は……消え、たなぁ」

「………そこまで、して……そこまでして、私達と生きたくないの?私は、お兄ちゃんがどれだけ血に汚れていたって気にしないのに!」

「く、はは……バカな、ことをほざくな………人とゴブリン、そもそも…共に、あろうとすることが……間違いだ」

 

 固有結界が消える。都の方から動揺した気配が伝わってくる。彼らからすれば突然ゴブリンの大群が勇者達と共に消えて、勇者達と勇者達と戦っていた黒い鎧のゴブリンだけが再び現れたように見えたことだろう。

 

「まだ……まだ『蘇生(リザレクション)』なら!」

「ゴブリン相手に寝る女がいるかよ。つーかんなもんつかわせねぇ……」

 

 ユダはそう言って魔剣を抜く。大量の血がこぼれる中、しかし倒れずに勇者達を見る。

 

「………三人とも、悪いな……最期に、そいつと戦わせてくれ」

 

 そう言って勇者を、己の一番弟子を指す。

 

「俺、が……最初に鍛えた……俺の一番弟子。どれだけ強くなったか、みせてみろよ、殺す……気でな。どのみち死ぬんだ……ゲホ、お前が殺したことにゃならねぇよ」

「…………兄ちゃん」

「早く、しろよ、それとも俺を無意味に殺したい、か?」

「────っ」

 

 勇者が聖剣を構える。ユダも…その構えは、同じ。当然だ、師弟なのだから。

 ユダの魔剣が禍々しいオーラを放つ。百手巨人(ヘカトンケイル)とは名ばかりで、千の腕と同数の権能を持つ怪物の力を込めた魔剣。その千の権能を混ぜ合わせ、反発させ、暴走させる。

 

「混沌の──」

 

 勇者の持つ聖剣から聖なる輝きが溢れ出す。かつて神が生み出した勇者選定の剣であり設定を詰め込みすぎ、勇者自身の覚醒だの後付けによる力の解放などで神もどんびくチートアイテムと化した聖剣の力を、本気で使う。その技はかつて師から寝物語に聞かされたとある天使の名。

 

「明けの──」

 

「罪禍!」

「明星!」

 

 邪悪な力の濁流と聖なる力の奔流がぶつかり合う。間にあった地面が空間ごと消し飛ばされる。数秒の拮抗の後、聖なる輝きが魔力を飲み込んでいく。

 上で神々が連打連打連打と叫んでいることだろう。

 

「───ハハ。ああ、強いなぁ………安心した」

 

 魔剣が砕け散る。濁流が消え、聖なる奔流が─────

 

 

 

 

 

 目を覚ます。傷が癒えていた。

 何処とも知れぬ緑の広野。遠くで何か機械装置が動いているのが見える。その機械装置は人の骨で組まれていて、動かすのはゴブリン達。

 空を見上げる。淀んだ夕空。黄ばんだ太陽が、何とも忌々しい。

 しかし、何処か懐かしい。細胞が、この場を覚えている。

 

「目覚めたか」

 

 振り返ると、妙な男がいた。人ではない。恐らく混沌の軍勢なのだろうが、これまであった怪物の中で一番強いだろう。

 

「我は魔神王の一角。貴様の戦い、みさせて貰ったぞ」

 

 背後には鏡。恐らく本物の転移の鏡だ。ふむ、と周りを見回す。そういえばこの男魔神王と名乗ったか?まあ勇者が複数いるように魔神王も複数いると聞いたが、所詮は駒だろう。

 

「まさかゴブリン如きでも鍛えれば勇者とやり合えるとはな。他の愚か者共は殺せ殺せと喚いている。この戦力全てが私のものだ………お前に命じる、ここの小鬼共を全て鍛え上げろ」

「ここは何処だ?」

「ここは緑の月だ──貴様、我のはな────」

 

 魔神王が鏡ごと切り裂かれた。下半身が後ろに倒れ上半身が落ちる。混乱し、何が起こったのか理解しようとした瞬間頭を踏みつぶされる。ゴブリン達がゲラゲラ笑い出した。

 

「ここが緑の月………」

 

 ここにゴブリン共が居るのは、生まれてきているのは知っていた。しかし向かえなかった。おそらくはゴブリンとしての本能なのだろう。ここから出たいと、今も脳が訴えている。

 ここには何もない。草も木も水も……あるのは飢えて死んだ同胞の骨と岩だけ。ここは酷くいやだ。

 空に浮かぶ青い星。彼処に行きたい。彼処には全てがある。欲しい欲しい。彼処にいる奴らが羨ましい。妬ましい。

 

「────ハッ」

 

 そんな本能を、笑い飛ばす。やめておけと。彼処に向かったところで勇者に殺されるのがオチだと。臆病なゴブリンの本能が、故に行きたくないと叫びだし落ち着く。と、鞭を持ったゴブリンが何か叫んできた。機械装置を指さしている。あれをお前も動かせ力があるんだから、よく聞けばそう言っている。

 斬り殺した。緑の大地が赤く染まる。

 

「──GORO?GYAGYAGYA!!」

 

 と、ゴブリンの一体が何時も偉そうな奴の死体をみて笑う。ははぁん、あの鎧がやったんだな?よし、強そうだし媚びを売ろう。良い思いをさせてくれそうだ。

 グシャリと踏みつぶされる。

 

「はは!はははは!」

 

 ああ、みろ!小鬼が居るぞ、こんなに沢山!全て俺の獲物だ!俺が殺すべき敵だ!

 さあ殺そう!すぐ殺そう!本能のままに、欲望のままに、理性のままに!

 

 

 

 

 一年前から、緑の月に異変が起きた。最初は誰も気にしないほど小さな、しかし段々と広がる異変。

 緑の月が赤く染まりだしたのだ。血のように赤く。その赤は段々と広がっていく。数か月経つと赤く染まった場所から順に白く染まる。

 そんな異変に誰もが首を傾げるが、月など向かいようがない。いったい何時緑の部分が消えるのか、完全に白く染まるのか、そんな賭事が行われた。

 月にいって調べようもないんだ、そんな周りの言葉を無視して、月に向かう者達もいたが──

 

 

 

 ゴブリンを生み出す醜悪な何か。なにか、としか形容できない不気味な肉の塊に剣を突き立てる。これが最後の一匹。ビチビチ暴れ体中に突き刺さった剣が時折抜け、血が噴き出す。こんな気持ち悪い見た目なのに、驚くことに女の血の臭いなのだ。或いは元々人間だったのかもしれない。しかし彼には関係ない。ゴブリンを生むなら殺すまで。理性を保つ良い薬になった。しかしそれも今日で終わり。何時かのように胸に剣を突き刺そうとして、バキリと骨が踏み砕かれる音が聞こえた。まだ生き残りがいたかと振り返り、ゴブリンじゃない存在を見つけた。

 

「まるであの時」

「ある意味、彼の望む形が心象に投影されていたんでしょう」

 

 ローブを着た小柄な少女が骨と死体と剣だらけの大地をみて呟き、豊満な胸を持つ剣士の女性が肩をすくめる。

 

「うわ、何あれ気持ち悪い!」

「あれはゴブリンを産み出すものだよ」

 

 小柄な剣士の少女が彼の背後にあるものに気付いて悲鳴を上げくすんだ金髪の眼鏡の美女が応える。最後に、一人の少女が歩み寄ってくる。

 

「久し振り………帰ろう?」

「……ナンだ、オマエラ………」

「────っ」

「まあ、やはりそうだよな。一年以上だ……誰とも会話せず、ただ殺し続ければ、()()()()()()になり果てるだろうさ」

「………?」

「まあいいさ。取り敢えず、お疲れさま。地上の方も終わったよ………君が生きてるのは知っていた……君の残した剣が残っていたからね。君の死後消えない君の剣は一つだけだ」

 

 何を言っているのか、彼には理解できない。ただ無意識に小柄な剣士が持つ二本の剣のうち片方をみる。

 まあいい、それより死ななきゃ……まだここに一匹残って───

 

「───?」

 

 少女が腕に抱きついてくる。邪魔だ、と殴り飛ばそうとして、何かに腕を掴まれる。振り返るが何も居ない。けど、誰かが居たような気がする。

 

「帰ろう……今度は、今度こそ………無理矢理にでも連れて帰るから」

 

 



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エピローグ

2話投稿です。気をつけてください


 ゴブリンは居なくなった。そう、剣が教えてくれる。

 奴が残した爪痕は、少なくともこの代の秩序も混沌も関係なくゴブリン共を嫌悪させた。姉は緑の月からやってくると言っていたが、その緑の月も今や白い。

 彼は赤く染まったのはゴブリンの血。白く染まりだしたのはゴブリンの骨だと言った。仲間の一人は何をバカなこといってるのよ、と呆れ口にした彼も自分でも馬鹿らしいと思っていたが、そう感じた。

 

「どうしました?」

 

 と、女神官が不意に顔をのぞき込んでくる。

 

「───いや、少しゴブリンの事を思い出しただけだ」

「もう、あの名前で呼ばれることもなくなったのに、変わりませんねあなたは」

「そうか?」

「そうですよ」

 

 呆れたような女神官に彼はそうなのかと呟く。と──

 

「ちょっと二人とも、何してんのよ。早く行くわよ~」

「ほれ急がんと森を抜けるだけで日が暮れちまうぞ」

「昼頃に木の実を採るのに時間をかけすぎましたからな。いやしかしあれはチーズによく合う………やはりもう少し採っておけば」

 

 前を歩く()()()()達が急かす。彼は口元に笑みを浮かべ、仲間を追って歩き出した。

 

 

 

 

 少年には記憶がない。

 一年前気付けば見目麗しい少女達に囲まれていた。うち二名は妹らしい。母親のようなものと言う金髪の女性が教えてくれた。

 自分が何者かも解らぬまま、昔の自分として扱われるのは何となく妙な気分だったが、彼女達と共にいるのは悪くない。火の番をしながら赤と白の月を眺めて思う。

 

「んぅ……次は、北の大陸………」

 

 むにゃむにゃと寝言を言うのは彼の右足を枕代わりにする下の妹。反対の足を枕にする上の妹は静かに寝るというのに、此方はよく寝言を言う。後寝ぼけて抱きついてきたりする。

 

「そろそろ代わるよ──と言いたいところだけど」

 

 母親のようなものだと名乗る女性が寝袋から出ながら二人の妹をみてため息を吐く。

 

「すまないね、今度私から言っておこう」

「いいよ、別に」

 

 そういって彼は二人の妹の頭を撫でる。それを女性は優しい瞳で見る。

 

「一つ聞きたい、君は今、幸せかい?」

「やぶからぼうになんだ?幸せだよ……記憶はないけど、覚えてるんだ。此奴等が俺にとって家族だってことも……そんな家族や仲間と一緒に、毎日新発見の冒険───後」

「──?」

 

 言葉を区切る彼に女性は首を傾げる。

 

「そうやって、楽しさを分かち合える………何でかな、そんな当たり前のことが、一番幸せなんだ」

「………そうか」

 

 本当に、幸せだ。誰かが楽しいと感じたことを楽しいと感じるのが、こんなにも幸せだ。

 このまま朝まで続けると断り再び女性が寝息を立てたのを確認して火に枝を放り込む。パチパチと火の勢いが少し増す。

 なんと無しに再び夜空を見上げた。月でも、星でもなくその間の闇をじっとみていると、何かと目があったような気がした。

 

「………べ」

 

 それに向かって舌を突き出してやる。何かは楽しそうに笑った……そんな気がした。




これにて完結!ご愛読ありがとうございました!


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【IF】BAD END√ ANOTHER STORY

バッドエンドルートのアナザーストリーです

主人公がゴブリン堕ち、原作キャラの死亡、胸糞展開あり、陵辱あり

全てが許せる方のみどうぞ。そういうのはちょっとという人、きれいな終わり方だけでいいと言う人はブラウザバックしてください


「……もし来世があるなら、お前達ゴブリンは決して見逃さないと誓おう」

「…………そうか」

「………?」

 

 ゴブリンナイトが笑う。その笑みは、嘲るようなものではなく、何故か安心したような顔に見えた。

 

「うおおお!!」

「死ねぇ!」

「……あぁ?」

 

 ゴブリンナイトは叫びながら向かってきた少女達をみて訝しみ、舌打ちして槍を払う。

 

 

 

 どういうつもりだ、と己の弟子をみて思う。

 あんな風に叫ばれては気付かないわけには行かない。自分は金剛石の騎士(ナイト・オブ・ダイヤモンド)とすらやり合えるゴブリンなのだから。

 無言で攻撃されれば、気付けなかったと通せたものを………と、その顔を見て気付く。

 殺せなくなったか、と……。自分に好感を抱いてしまっていたのには気付いていた。その中で、自分のために殺せるハズだった3人の内2人。しかしその顔には躊躇いが浮かんでいる。

 この一年で、殺せなくなったか。2人しか居ないのはこの2人が直前まで迷い、1人は自分には出来ないと来ることすらしなかったからだろう。

 

「殺す気で来い。さもなくば殺す」

「「───ッ!!」」

 

 己を殺せと言う命令に、2人は苦しそうな顔をする。やめろやめろ。そんな顔をするな。この体はそんな顔を見ると興奮してしまう。

 笑みを浮かべそうになる唇を噛む。ここで演技でも笑ってしまえば、もはや演技ですらなくなる。殺す気で来い。さもなくば死ぬぞ、言うようにそう殺気を送った。

 

 

 

 

 ゴブリンらしく家を壊し中の食い物を略奪する。

 不出来な弟子達はそれでも引き際は弁えていた。逃がしたが、そこはどうでもいい。

 聞こえてくる悲鳴に怒号、それが心地いい。ちょうど自分の顔が移った窓ガラスを叩き割る。やばい、本格的に自決すべきかもしれない。と、近付いてくる気配。

 冒険者か兵士にしては足が遅く、避難民にしてはゴブリンが攻めて来ている今避難もせずに被害の多い方へ来る理由が解らない。蹴破った際倒れたドアを踏み砕きながら外に出る。そこに、彼女は居た──

 

「───お兄ちゃん」

 

 走ってきたのだろう。乱れた呼吸を整えながら、ホッとしたような、暗闇の中母を見つけた子供のような笑顔を浮かべるその少女は、妹。

 幾つか持ってる巻物(スクロール)やダイナマイトは護身用だろう。

 

「やっと、見つけた……」

「……その顔をやめろ」

 

 縋るような顔をしてくる導師に、ユダは言う。その足下に剣を撃ち込んで。

 

「俺を殺す気がねぇならさっさと消えろ!俺に家族愛を求めるな!俺はゴブリンだ、人間なんかじゃねぇ。お前の家族でもねぇ……」

「────っ!」

「家族との記憶に浸りてぇなら他の奴に頼め。もう俺は、お前とお前の家族のことを覚えてやるつもりなんかねぇんだよ」

「ち、ちが──っぁ………う」

 

 違う、と、その一言が喉から出て来なかった。側にいて欲しいと、そんな単純な言葉を、自分を見つめ直す機会を与えられなかった少女は口に出来なかった。

 ユダはそんな少女に背を向ける。彼女を殺したくないのだ。彼女は確かに特別だったから……彼女を殺せば、本当に戻れなくなる。

 

「………い、やだ……」

 

 声が聞こえる。だが無視する。

 

「……嫌だ」

「────ッ!?」

 

 ゾワリと寒気を感じる。振り返ると無数の黒い帯が襲いかかってくる。

 

「ちぃ!」

 

 後ろに飛び退きかわす。地面を黒い帯が砕いた。襲ってくる帯に向かって魔剣を放つが帯に飲まれる。突き抜けることなく闇の中に消えた。

 

「まさか……虚数魔術!?───ッ!!」

 

 本来ならこの世界にあるはずがない力。何故!?と、考えるまでもなくあの神の仕業だろうと苦虫を噛み潰したような顔をするユダ。その足に、『影』が絡み付く。

 

「嫌だ……やだ、嫌だよぉぉ!」

「ぐお──!?」

 

 グン、と引き寄せられる。慌てて切り裂く。直ぐに捕らえようと伸びてくる。

 

「ちぃぃ!」

 

 無数の魔剣で迎撃する。

 帯が地面に落ちて影の中に戻ると帯の束がどくと黒衣に身を包んだ導師が見えた。

 髪は白く染まり、肌に血管のような模様が走っている

 

「嫌だ、おいてかないで、おいてかないでお兄ちゃん……」

「───!!」

 

 建物の上に飛び、駆ける。家々を破壊しながら『影』が追ってくる。

 殺されるのは別にいい。しかし殺人衝動に飲まれそうになり人から離れたのが仇となった。殺されるのはいいが人目がないのは駄目だ。

 ゴブリンに対する憎悪を植え付けても、自分という金剛石の騎士を超えるゴブリンが生きていると思われるのは避けたい。憎悪はともかく恐怖は駄目なのだ。

 と、人が集まっているのが見えた。確認したその隙に、『影』が足に絡み付き地面に落下する。

 

「ゴ、ゴブリン!?しかも、黒鎧だ!」

「は、速く避難を!」

 

 冒険者や兵士達が慌てて叫び、一般人らしき者達が逃げ出す。

 

「…………」

 

 みた感じ弱いが、もう此奴等でいいか。

 戦いに疲れて殺された、そう判断されることを祈り切りかかってくる冒険者の剣を受けようとして、その冒険者達の頭蓋が吹っ飛ぶ。

 

「───ちぃ!」

 

 魔剣を放つ。地面から染み出した闇に飲まれ、此方に向かって飛び出してくる。叩き落として氷の魔剣を出し地面に突き刺し凍り付かせていく。

 あれは今、人を殺した。ならば誰かの前で、などと言っている場合ではない。

 ゴブリンと何かが戦っている。それをみて冒険者達も一般人も逃げ出していく。それを五月蠅いと思ったのか人間を狙って動く『影』を不審に思われないように弾く。

 

「あはは。うるさい人たち、やっと居なくなった……大丈夫だよお兄ちゃん、私が守るから。だから、あんな事言わないで」

 

 拘束しようと迫る『影』。かわし、切り裂き、距離をとる。掴まれば、虚数に捕らわれ消える。

 

「………いや、そっちの方が良いか」

 

 少なくともあれは自分を喰えば止まるかもしれない。別に「この世全ての悪」(ア ン リ マ ユ)と接続したわけではないのだろうし。

 魔剣を放り捨てると導師は笑みを浮かべる。ユダの体に無数の『影』が巻き付く。

 身を委ねようと目を閉じ────

 

「───────」

 

 ゴトリと導師の首が落ちる。ユダの手には血を滴らせる魔剣。

 

「───あ……」

 

 ガランと魔剣が落ちる。血に濡れた剣から逃げるように距離をとる。

 自分は今、何をした?決まっている。生きようとしたのだ。この体は、浅ましくも生きようとして導師を殺した。

 

「──っ、うぁ──ああ───」

 

 記憶が蘇る。己を兄と慕う少女の姿が。

 その少女を、殺した。自分が、殺した───何て、何て何て何て何て何て何て何て何て何て何て何て何て何て何て何て何て何てなんてなんてなんてなんてなんてなんてなんてなんてなんてなんてなんてなんてなんてなんてなんてなんてナンテナンテナンテナンテナンテナンテナンテナンテ───

 

 

───楽しいんだろう。

 

 

「ああああああああああああああひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!あぁっははははははっ!!ぎゃっはっはっはっはっはっはぁ!!」

 

 

 

 四方に分かれた勇者達はゴブリンを殺しながらユダを探す。勇者はチャンピオンの首を切り落とす。

 

「勇者様だ!」

「勇者様ー!」

 

 勇者の登場に民達はワッ!と沸く。

 

「早く避難を!」

 

 勇者が叫ぶと慌てて避難を再開する民達。ふぅ、とため息を吐く。と、冒険者と兵士、一般人が混じった一段が走ってくるのが見えた。兵士や冒険者の様子は一般人を守っている、そんな風には見えない。何かから逃げている?

 

「た、助けてくれ!金剛石の騎士を倒した、黒い鎧のゴブリンが、黒い変なのと!」

「───ッ!!」

 

 勇者はその言葉に目を見開き地面を蹴り建物の上に飛ぶ。一団が走ってきた方向を遡る。黒い変なの、間違いなく姉だ。姉が先に出会ったか。と、笑い声が聞こえてきた。こんな戦場で?そちらに向かうと、黒い鎧を着たゴブリンが見えた。その足下に転がるのは───

 

「───え?姉、ちゃん………?」

 

 姉だった。首と胴体が泣き別れした姉の死体を前に師であり、兄のように思っていた男が狂笑していた。

 

「………何を、してるの?」

「…………GUA?」

 

 ギョロリと黄色い瞳が勇者を捕らえる。現れた女に、ゴブリンはニタリと笑う。

 

「───そう……そう、なんだ………間に合わなかったんだ、ボク達は」

 

 理性も知性も感じさせない瞳に、勇者は歯軋りして涙を流す。

 

「GYABABABABAHAHAHAHAHAHYAHYAAAAA!!」

 

 ゲタゲタと笑いながら襲いかかってくるゴブリン。聖剣で弾く。

 

「───!?GI、GROB!!」

 

 自分より小さな得物に剣を弾かれ苛立つゴブリン。その肌に薄緑の線が走る。速度と膂力が比べ物にならないほど増す。勇者はその剣を受け流し蹴り飛ばす。

 

「GUGIAA───GOBR!!」

 

 立ち上がり咆哮するゴブリンは、キョロキョロ辺りを見回す。獲物が居ない。消えた?と、背後から衝撃が走る。

 

「……弱くなったね、当たり前か」

「OGAGOGG」

 

 頭を蹴られ唸るゴブリンを見て勇者は言う。空間察知能力は消え失せ、剣技も各段に質が落ちた。此奴は違う。慕っていた師匠じゃない!お前なんかが、師匠の体を使うな!

 

「GOROO!!」

 

 無数の魔剣が生み出され、射出される。勇者は全て弾く。何本かが弾く前に爆発するが聖なる加護を受けた勇者には効かない。知能が下がったゴブリンでは、千の使い道がある最強の魔剣を使いこなせない。

 ならこの先は、一方的に決まっている。

 鎧は砕かれ魔剣は折られ、無様に地面に転がるゴブリン。姉と同じように首を切り落とす………。

 

「──タ、タスケテクダサイ……」

「────ッ!?」

「モウコンナコト、シマセン──ユル、ジテクダサイ」

 

 ゴブリンが口を開く。別に珍しくもない。ロードならたまにあるし、勇者はゴブリンなんかに手心は加えない。でも、このゴブリンはただのゴブリンではない。慕っていた師なのだ。だから、動きが止まる。止まってしまった。

 命を見逃され、感謝するゴブリンなど居ない。体が傾く。足の感覚が消え、続いて燃えるような熱が伝わる。

 

「───っあぐ、うあああ!!」

「GRORRRRA!!」

 

 足を失った勇者を見て笑うゴブリンは、右腕の前腕を火を纏う魔剣で切り落とし、足の傷を焼く。余りの激痛に絶叫し失禁する少女の姿にゴブリンはますます笑みを深め涎を垂らす。

 

「ふぅ──ぐぅ………う、あ?や、やめ………やだ!」

 

 痛みに耐えながら聖剣に向かって左手を伸ばす勇者だったが襟首を掴まれひっくり返される。そのまま鎧に手をかけたゴブリンは力任せに鎧を剥がし服を破きベロリと薄い胸部を撫でる。

 

「やだ、やだ!こんな、形で……お願い師匠!元に戻って!」

 

 泣き叫ぶ姿などゴブリンを喜ばせるだけだ。ゲタゲタと笑い下もはぎ取る。が、不意に動きが止まる。低く唸り睨みつける。

 

「見つけたぞ──!」

 

 憎々しげにゴブリンを睨みつけるのは黒装束の娘。金剛石の騎士の仲間だ。

 

「GURAOOB!!」

 

 邪魔され苛立ったゴブリンは娘に切りかかる。娘は勇者達に劣るがそれでも大した動きで技術が下がったゴブリンの攻撃を何とか避ける。しかし、時間の問題だろう。と、勇者に近付く影があった。

 ゴブリンだ。尿の臭いに釣られてきたのだろう。ハァハァ舌を突き出し欲望に染まった目で近付いてくる。そのゴブリンの頭が飛んできた魔剣に貫かれる。

 

「──し、しょう?」

 

 助けてくれた……のだろうか?ゴブリンの事だ。単に自分が犯そうとしている女を別の奴に取られたくないだけだろう。だが、それでも……追い詰められた勇者はそれでも縋りたくなってしまった───

 

「GORBOOOOORRR!!」

 

 ゴブリンが叫び無数の魔剣で広範に降り注ぐ。ちょこまか逃げる黒装束の娘が鬱陶しくなり範囲技で殲滅することにしたのだろう。建物が貫かれる。着弾した剣は爆弾となり、全てを消し飛ばす。

 

 

 

 

 王都がゴブリンに落とされた。

 そんな荒唐無稽な話は鼻で笑う者は多々居た。からかうなよ、なんなら俺が行ってきてやる。そういった奴等は帰ってくる者は居なかった。

 そんな王都。一角が爆破魔法を何度も食らったかのように瓦礫の山になった場所がある。そこには数多の死体が転がっている。何人なのか、誰が居るのか誰も知らない。確かめる者は居ないからだ。

 男は食肉になり、女は生かされ犯される。都中で女の嗚咽とゴブリンどもの笑い声が聞こえる。

 女を犯せない一部のゴブリン達は立場が上のゴブリンに命じられ食料を王宮に運ぶ。

 ここはいい場所だ。食料が沢山ある。人間達はこんなに持ってるのに独占していたんだクソ!と苛立たしげに転がっていた死体を蹴るゴブリン。

 王宮に付くと食料をロードやチャンピオンなど住むことが許された者達の部屋に食料を運ぶ。玉座の間にいるのは彼等のボスだ。前までと違って何を考えているか解りやすくなった。きっと国を手にするまで余裕がなかったんだな。無能そうだもんな、自分なら同じ事をしても女を犯す余裕がある、などと自身の王を見下しながら玉座の間に入る。

 手足が欠損し、顔の半分を焼かれた女を犯していた。王のお気に入りだ。いたずらで顔を焼いた奴は縦に分けられた。あんな気持ち悪い顔の何が良いんだろう?胸も薄いし手足だってないのに、変な奴だなぁ。

 そんな変なのが気に入る雌だけあってその雌も変だ。泣き叫ぶべき筈なのに虚ろな目で涙を流しながらそれでも笑って媚びているのだ。頭のおかしな雌だ。あの王にはお似合いだなと笑う

 食料を入り口近くに置いておき、王の行為でも眺めながら自慰を行おうとしたゴブリンは、後ろから近付いてくる影に気づかず胸を貫かれる。

 

「────!!」

 

 悲鳴を上げる間もなく絶命し、しかもその死体はボロボロと崩れ灰になる。

 

「───GUROR?」

 

 その気配に漸く気づいたのか王は少女から己の分身を抜き、振り返る。弱そうな奴だ。薄汚れた皮鎧に鉄兜、中途半端な盾。()()()()()()だ。自分の剣に登録してやろう。と、剣を投影しようと読み取り───

 

「GURAAAGYAOORRR!?」

 

 突如頭を押さえて苦しみ出す王。男はそんな王の様子を無視して切りかかる。王は痛みに耐えながら魔剣を投影し放つが全て弾き落とされる。装備は貧相なくせに技術が桁違いだ。数日前戦った胸のでかい女の剣士を思い出す。彼奴同様爆発する剣で殺してやる!と剣を爆発させようとするが何故か爆発せず男の持つ剣に弾かれるとどんな硬い魔剣でも砕けて消えていく。

 

「無駄だ。ゴブリンは殺す」

「────!!」

 

 懐には入った男の剣が胸を貫く。強化した鎧はあっさり貫かれる背中から剣先が飛び出す。男に向かって腕を伸ばそうとして、剣が刺さった場所から体が崩壊を始め倒れる。

 

「────手間、かけた」

 

 先程までと違い理性が宿った瞳で、王は男にそういった。そして、震える手で倒れ伏した女を指さす。

 

「悪いけど、彼奴………任せて良い、か?」

「よく喋る」

 

 人を救ってくれと人の言葉で話すゴブリンとは思えない行動や言動を一切無視して喉を刺す男。王の体が崩れ、後には黒い灰だけが残った。

 男は少女の脈をはかる。意外と生命力があるのかこんな状態でもまだもちそうだ。なら、ひとまず後回し。

 まずはゴブリンどもを殺す。

 

 

 

 

 空に浮かぶ赤い月と()()()()

 灰色の月はその昔別の色をしていたのだという。

 その月にはそこには自分では何の仕事もしないくせに食料やお金、服や嫁を持っている人を羨み、妬む蛮族が住んでいた。彼等は地上に降りては家畜や作物を盗み、時には娘や人の妻を攫い自分の嫁にしてしまうのだ。彼等が産ませた子供達も、彼等と同じように他人からモノを奪う事ばかり考える。

 その蛮族の名はゴブリン。ゴブリン達はある時代、大群で王都に責めいり国を乗っ取ってしまった。しかし畑仕事も畜産もできないゴブリン達は、次第に死に絶えて行く。ならばと他の町や村を襲おうと画策するが、そんな彼らの前に1人の戦士が現れる。

 その戦士が持つ剣は、悪しき者共を葬る聖剣。斬られたゴブリン達はたちまち灰になり血すら残さない。

 そして戦士はある町の地下に水路に沈んでいる魔法の鏡を取りに行きました。そこには巨大な鰐がいましたが、その鰐は街の守護者である乙女の使徒(ファミリア)。蛮族に勇猛果敢に戦う戦士に思いを寄せていた乙女は特別に鏡を引き上げ戦士に渡します。

 魔法の鏡はこの世界のあらゆる場所に行くことが出来る鏡。戦士が剣を近づけると、月へと向かう道を開きました。

 さあ覚悟しろ蛮族め!お前達が無秩序に奪った命に償い時が来た!

 そう叫ぶ戦士に何だと侵略者め、とゴブリン達は大激怒。自分達の罪を認めようとしませんでした。戦士は剣を月に刺します。するとゴブリン達は一斉に黒い灰になってしまいました。その月は黒く染まってしまったのです。

 しかし黒く染まった月は誰にも気付かれません。かわいそうに思った戦士は神様に頼み月が見えるようにして貰いました。そうして、神は月を灰色に変え夜も確認できるようになったのです。

 

 

 

「だから人を羨んだり妬んだりしてはいけないわ。悪いことをしたら、直ぐに認めること。じゃなきゃ戦士がやってきて灰にされちゃうからね?」

 

 寝物語を愛しい我が子に聞かせる母親。子供は母親の言葉にはーい、と元気よく答えた。

 

「ねえお母さん、ゴブリンって居るの?」

「いいえ。全部戦士様が倒しちゃったから………少なくとも私は見たこと無いわ」

「僕ね、僕ね、大きくなったらその戦士様みたいに悪い奴らをやっつけるんだ!」

「ふふ。なら安心ね……じゃあ、早く大きくなれるようにもう寝なさい」

「はーい」




魔剣「オルクボルグ」
 ユダが造った()()
 強力な小鬼特攻、特防を持ち触れただけでゴブリンを灰に変えるためゴブリンに奪われることはない。
 ユダの戦闘技術を所有者に憑依させ握った者を一流の戦士に変えるが代償として強いゴブリンへの殺意に目覚める。小鬼殺しの呪いはゴブリンのようだと判断された存在やゴブリン退治の邪魔(この場合自分の存在を脅かす)と判断した者にも有効。
 所有者にゴブリンを全滅させるための知識を与え、ゴブリンの居場所を伝える効果もある。人の中にいる最後の一匹まで探し続け殺し尽くすと剣は消滅する。


 伝承としてのあり方は魔剣ではなく聖剣。神の座に住む魔女から戦士に渡されたとされる。
 名はオルクボルグの他にかみきり丸、小鬼殺し、ゴブリンスレイヤーなど地域や種族によって異なる。


 このIF世界の設定は《混沌》が個人で楽しむためにこっそり作った世界。慕う相手を母と呼べなかった分岐世界で、さらに弟子の師匠への思い入れをほんの少しだけ強くした結果分岐した結果。彼が小鬼になり果てた世界として楽しみ100年ほど保管してたが他の神々に見つかり廃棄された


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アフターストーリー
目覚め


ゴブリンを滅ぼした後の世界なのでゴブリンスレイヤーとは名ばかりのキャラが登場する世界です。それでも良い、という人だけどうぞ


 目を覚ます。まず最初に映ったのは、天井。

 知らない天井。何処だ、ここは? 窓の外を見る。草が生えた庭に、太い枝で作られた柵。その向こうも草原で少し向こうに森。

 随分と田舎だ。空を見上げる。白い月と赤い月が二つ、浮かんでいた。

 

「……ん?月が、二つ………や、あれ?当たり前、か?」

 

 空に浮かぶ月を見て疑問を覚え、しかし二つあるのは当たり前だと思い直す。ただ、やはり違和感がある。そう、月の色だ。確か月は緑と赤では?

 それで、緑の月は───

 

「───ッ!!」

 

 ズキン、と頭が痛む。

 だいぶ長い間眠っていた気がする。ひょっとしたら何かの病気? と、そこまで考え何時から寝てた、と記憶を探る。それ以前に、ここは何処で、自分は眠る前に誰と何処にいて、そもそも自分は誰だ?

 

「────記憶喪失、って奴か」

 

 一度納得するとストンと受け入れられる。何というか、知識として記憶を失ったら自分が何者か解らず苦しむ、何て言うのがあったような気もするがいざなってみるとそんな事はないらしい。

 起きあがる。少しふらつく。

 

「───?」

 

 目線の高さと、体の動きに何か違和感がある。

 何というか、自分の体ではないみたいだ。

 部屋の外に出て、廊下を歩く。外に出る。夜風に冷やされた土の冷たさと肌を撫でる草のくすぐったさが伝わる。

 

「─────」

 

 ザシ、ザシと歩く度に足下の土同士が擦れ音がなる。そのままふらふらと彼は森へ向かう。

 

 

 

 

 月明かりも遮れる闇の中。しかし彼は夜目も利かない人の身で何かに躓くこともなく歩く。時折地面に手を当て、葉をどかし、眼を閉じ、そして洞窟にたどり着く。入り口は、子供なら簡単に通れる。少年なら少し屈んで………中は広がっており歩きやすいが。

 と、何かが駆けてくる。小さい。が、跳ねてきた。その首を掴み壁に押さえつけると手に持っていた剣を押しつける。

 

「クウゥ!フゥ────!グルルルル」

「なんだ狼か」

 

 手を離す。バッ!と距離を取る狼。警戒している。当然か、巣に入られ襲いかかれば逆に殺されそうになったのだから。取り敢えず剣を捨て────

 

「──ん?」

 

 この剣、どっから出てきた?

 

「ッ!グオォ!」

「───と」

 

 意識がそちらに向くと狼が襲いかかってくる。大きく仰け反りながらかわして蹴りを放つ。

 

「あれ?」

「キャウゥ!」

 

 膝で顎を狙ったのだが膝は顎下をすり抜け爪先が顎に当たる。大したダメージではないな。直ぐに着地し睨んでくる狼。

 

「グゥルルル!ガルルルル」

 

 背を向ければ襲ってくるだろう。だから眼を逸らさない。狼の耳と尻尾が垂れ始めた。が、逃げない。恐らく向こうにある小さな気配と目の前のと同じぐらいの気配。妻と子か……。

 剣を地面に突き刺す。ビクリと震える狼。刺激しないようにそっと後ろ向きに歩く。

 

 

 

 

 取り敢えず先程寝ていた村の家に戻る。

 何やら騒がしい。恐らく自分が居なくなったからだろうと少し罪悪感が沸く。と、黒髪の少女と茶髪の少女が現れる。年は17程だろうか? 森のほうを散策しようとしたのだろう、慌てた顔から、驚愕。そして笑みを浮かべる──

 

「お兄ちゃん!」

「兄ちゃーん!」

「お──とと……」

 

 そのまま抱きついてくる2人。お兄ちゃん?たぶん自分のことなのだろうが、彼女達は妹なのだろうか?

 どうしてやるのが正解なのか解らず、取り敢えず抱き締めようとして、手が止まる。ギュッと抱きついてくる2人の、頭を撫でる。

 

「良かった。また、居なくなっちゃったのかと」

「心配したんだぞぉ……目ぇ、覚まさなくて……目を覚ましたら、居なくなっちゃうし」

 

 ()()………? 果たして前の自分は何をしていたのだろうか。少なくとも、彼女たちに心配かけたのは確かだろう。だが……

 

「すまん、俺はお前等のことを、何も覚えていないんだ」

「………そっか」

「うん。でも、今はお兄ちゃんが生きて、起きてくれた。それだけで良いよ」

 

 

 

 

「彼女は剣聖。君の妹弟子に当たる。そっちの年の割に小さい子は賢者、君の妹の友達で、彼女を通して知り合った。君の妹達で、あまり成長出来なかったのが勇者で色々立派になったのが導師」

「あまり成長出来なかったって何さ」

 

 確かに姉ちゃんは凄いけど、と己の慎ましい胸と姉の自己主張の激しい胸を見てむぅ、と膨れる勇者。

 

「それで、アンタは?」

「私? 私はそうだね……母親みたいなものさ」

「………若くないか?」

「ふふ。自覚はしてるが、見た目通りの年齢ではないよ」

 

 と、眼鏡をかけたくすんだ金髪の女性が笑う。何というか、紹介された全員が見目麗しい容姿をしているが本当に前の自分は何者だったのだろうか?

 

「君が目覚めたと聞けば、君の弟子達も喜ぶだろう、例え記憶を失っていたとしても、喜ぶよ」

 

 弟子が居るのか、と前の自分が余計気になる。

 

「取り敢えず彼女達には私から連絡しておこう」

「…………()()()

 

 また女か。

 

 

 

「二番から十六番一同、貴方の帰還と目覚めを心よりお喜びします」

 

 翌日の昼。14人の女と1人の男の弟子だという者達が現れた。本当に前の自分は何だったのだろう? 女好き……というわけでもなさそうだ。彼女達の顔からして……。

 ちなみに代表は十三番と名乗る獣人の少女。副リーダーは十六番と名乗る少年。一番は弟子兼妹の勇者らしい。勇者が弟子って………。

 

「けど、何か納得……だから俺、動けたのか……」

「ああ、狼と戦ったんだっけ」

「まあ、違和感はあったけど」

「………違和感? 調整ミスかな……」

 

 と、母親代わりと言っていた魔女が首を傾げる。

 

「いや、何というか反応が遅いというか、リーチが頭の中で思い描く感覚と違うというか」

「ああ、まあ……眠っていた期間が長いからとでも思ってくれ」

 

 そういうものなのだろうか? まあ記憶喪失故に長い間眠っていたなんて初めてだし、真偽など確かめようがないが。改めて体の感覚を確かめようと跳ねてみる。バランスを崩し、1人の少女が支えてくれる。

 

「大丈夫ですか?」

「あ、ああ……」

 

 確か十一番。

 半森人(ハーフエルフ)の少女だ。それも、森人(エルフ)闇人(ダークエルフ)のハーフ。

 健康的な日焼けのように見える小麦色の肌を持った可愛らしい少女だ。実年齢は知らないが。

 

「ありがとな………?」

「…………♪」

 

 なんか、離れない。

 

「十一番さん、あの……お兄ちゃんに肩貸すなら私が……」

「……………」

「……お!?」

 

 と、導師が近付いた瞬間少年を抱き上げ距離を取る十一番。少年の背中から顔を覗かせチラリと導師を見る。その間スンスンと鼻を鳴らしてぎゅ、と強く掴む。意外と力が強い。

 

「わ、私はよく師匠に迷惑かけてたので、その、お礼に私が面倒を………力、強いですし」

「む! 兄ちゃんを持ち上げるぐらい、ボクだって出来るんだからなぁ!」

「………何、この状況」

「はは。皆君が大好きで、君が心配だったという事さ。心配かけたのは君自身、甘んじて受けると良い」

 

 そう言って笑う魔女。

 少年は改めて彼女達を眺める。()()()()()()()では、恐らくない。そこに何故か安堵を覚え、家族としてみられていることに何となく胸が苦しい。

 

「………ま、慣れていきたまえ。私達皆、君が幸せに生きていることが願いなんだから」




弟子情報

弟子一番  只人 勇者ちゃん、最強
弟子二番  只人 クールビュティー
弟子三番  森人 恥ずかしがり屋
弟子四番  圃人 怖がり
弟子五番  森人 クーデレ
弟子六番  蜥蜴人 クール
弟子七番  闇人 しっかりもの、双子姉
弟子八番  闇人 ぼんやり、双子妹
弟子九番  只人 仕事人
弟子十番  獣人 人見知り、白犬
弟子十一番 半森人 甘えん坊
弟子十二番 鉱人 忠犬
弟子十三番 獣人 忠誠度MAX、黒猫
弟子十四番 只人 ツンデレ
弟子十五番 獣人 お調子者、兎
弟子十六番 只人 黒一点 


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