ふらりと外を歩く。特に何でもないこの街中を。たった一人この活気溢れる街に合わぬ雰囲気を醸し出しながら、もう通ってもいない制服を見に纏いながら歩く少女。
整った容姿のはずなのに、まるで亡者のような目をしているその少女。
(……ああ、だるい)
負の感情が身体を巡る。ここ最近ずっとだ。父が死に、母が目覚め無くなって一ヶ月。大好きだったあの家も無くなり、あの夢を追う為の何もかもが馬鹿高い学校に通えなくなってしまった。
もう何もかもがどうでもいい。ただただ無気力だ。決して変わることのない感情を抱きながら、どこかの建物に入る。
「――はあっ」
階段を登る。息を切らすことはなく、けれどため息は途切れることはなく無気力に進む。
階段を登りきり、付いている扉のノブに手をかける。此処が四箇所目。
さあ開くかどうか。
「――あっ」
ノブが回り、寂れた金属音をたてながら扉が開く。どうやら管理をしてないようだ。
不用心だと思いながら中に進む。少しばかり風が吹き肌寒く感じるが気にしない。どうせ、何も変わることはない。
空を見ながらこの狭い空間を歩く。すっかりと暗くなり、星も見えるこの空。珍しくよく見える月とは違う空の光。
あの学園で演じた二人の少女が求める星の輝き。あの光はそれよりも劣るだろうが、それでも自分にはあの少女達より眩しく見えている気だろう。
端まで行き、付いている壊れかけの鉄格子に手をかける。
少し錆びついているそれを跨ぎ端に立つ。
狭い足元に座り空に目をやりながら考える。家族との楽しかった時間。あの学園での一年間。
そして、最も輝いていたあの舞台。あの天才に負けて自分はメインキャストでは無かったが、それでも自身が舞台少女として最も充実していたあの瞬間。
「あーあ」
振り返っても全く意味のないそれを思い出し、自分に嫌気がさす。結局、どんなことを考えてもこの結果は変わらないというのに。
少し冷えてきた。そろそろ、この下らない現実に幕を引くとしよう。目覚めないとはいえ、まだ生きてはいる母には申し訳ないが自分にはもう耐えられない。
好きなだけ責めてくれ。弱いと罵ってくれ。
けれど、もうどうでもいい。疲れたのだ。
立ち上がり、踏み出そうとする先を見てみる。何もない。ただ、遠くの下に地面が見えるだけ。
それでいい。後はここから踏み出せばここで終わり。――もう苦しまなくても済むはずだ。そう思った。
「――っ」
さて行こう。そう思い踏み出そうとする。
その時、一人の少女が終わってしまうその時その静かな空間に突如ととして音が鳴り響きつい動作を止め、辺りを見てしまう。聞いたことのない電子音。一体どこから?
「……これか」
音と同時にわずかにポケットから振動を感じたので手を入れる。
出して見ると、自身の携帯が音を出しながら震えている。なるほど、正体はこれか。びっくりした。
「……なんだろ?」
見ても見なくても変わらないが、まあ最後ぐらい見ても損はないだろうと画面に目を通す。まあ、多分迷惑メールだろう。連絡を入れてくる知り合いなんていないんだし。
そう思っていた。しかし、画面に映されていたのは全く違う物だった。黒い画面に回るキリン。そして、オーディションという文字。一体何だろう。新手のウイルスか?
馬鹿馬鹿しい。無視してさっさと続きをしようと携帯を仕舞う。そして再び顔を上げると信じられない光景が広がっていた。
舞台だ。とてつもなく大きな舞台に立っていた。一瞬、たった一瞬であのどこかもわからない廃ビルから移動したのか。
思わず息を呑む。わからない。どうしてこんな場所にいるのか。ここは一体何処なのか。
「わかります。あなたが今、何を思っているのかを」
どこからか低くねっとりとした声がする。素早くそちらを振り返る。
そこには一匹。草を食べている生き物がいた。長い首の動物。キリンがその場で草を食べながらこちらを見ていた。他には何もいない。
――では一体あの声はどこから?
「ここは運命の舞台。貴方はこのオーディションに選ばれたのです」
再び先程の声がする。気味が悪いことにあのキリンの方から。あのキリンの顔らへんから。スピーカーでも付けてるのか。
なんにせよ、ここについて何か知っているのだろう。
「――ここは何処? オーディションって何?」
「ここは運命の舞台。
さっぱりわからない。全く説明になっていない。
聞きたいのはそんなことではない。まず、なんでこんな場所に私はいるのか。
「レヴューとは選ばれた舞台少女だけが参加できる魅惑の舞台。最もきらめいてくれた舞台少女にはトップスタァへの道が開かれるでしょう。あの星のティアラを手に入れて」
「トップ……スタァ?」
キリンの奥を見る。長い建物。塔らしき物の頂きに一つの光が輝いていた。
あれが、星のティアラ。あれを賭けて戦うのか。
「レヴューに勝てば貴方が望む運命の舞台に立つことができるのです。そう。自身が望むどんな舞台にでも」
「――どんな……舞台でも?」
「はい」
どんな舞台でも。それは、つまりあの輝きに満ちた舞台に戻れるということか。
あの頃の。自身が最も輝いていた、そして最も幸せだったあの頃の舞台に。
「すべてを焼き尽くし、遙かな煌めきを目指す。それが舞台少女。貴方にその覚悟はありますか?」
キリンが問う。馬鹿馬鹿しいと否定するにはあまりにも、あまりにも甘い誘惑。
何度も考えた。あの日に戻れたら。あの日が無かったことになれば。
そんな幻想が叶ってしまうというのか。
少し、ほんの少しだけ考える。そして決断する。自身でもあっさりだと思えてしまうほどに。どうせ、致命的に自分は終わっているんだ。
ならば、少しぐらい夢を見たって良いじゃないか。たとえ、どんな結末に終わるとしても。
「――受けるよ。そのオーディションってやつ」
「わかります。貴方の気持ち」
どこまでも、見透かされたようなその返しに少し苛立ちを覚える。
しかし、気にすることはない。こいつがどんな魔法でここまで引っ張ってきたのかなんて知らない。どんな思惑があるのなんて知ったことではない。
けれど、私――星夢誘は決意した。このオーディションに参加することを。自身の望む運命を掴むために。
これより始まるはとある運命の舞台。そのオーディションでこの落第生がどんな終わりを遂げるのか。
どうか見ていただきたい。その末路を。その結末を。
この少女がどんな答えを見つけるのかを。
これの他にレヴューの実況スレ方式の書こうと思ったけど断念。こっちはもし誰か読んでくれるなら書いてみたいと思います。
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第一幕
目が覚める。体がわずかに痛い。慣れない場所で寝てしまったからだろうか。
けれど、自分が何処で寝たのか覚えていない。
辺りを見てみると、どこかもわからない汚い部屋だった。
ここは一体? 私は何を──?
「──そうだ。キリン」
まだ回りきっていない頭でも思い出せた鮮明な記憶。恐らくは夢だろうに妙に記憶に焼き付いている。私はあまり夢を見ないのに。見てもすぐに忘れてしまうのに。
まあとりあえずはいい。肝心なのは一つだけ。私が死に損ねてしまったこと、ただそれだけ。
(……どうしよ?)
脳を強引に回し思考を深めていく。これからどうすればいいか。また昨日の場所に戻って地面に飛び込むか。いや、とりあえず今は気分ではない。
じゃあどうする。まあ、やることなんて、やりたいことなんて今はないのだが。
いろいろ考えていると、どこからか音が鳴る。一瞬驚いたがなんてことは無い。自分のお腹の音であった。
「……とりあえず、なんか食いに行くか」
細かいことを考えても仕方が無い。部屋から出ればここがどこかなんてわかるだろうし。
とりあえず部屋を出ようと立ち上がり、扉を開ける。特に鍵もかかっていることもなくあっさりと部屋から出る。
すると、昨日見た階段があった。
なるほど、あの建物の中だったのか。なら、こんな汚いのも納得だ。
でも、一体どうやってこの部屋まで来たのだろうか。キリンか、キリンが運んだのか。……いや、多分違うだろう。そもそもあれは夢だろうし。
建物を出る。ここは当面の隠れ家にでもするので覚えておく。人生やめたくなったらこの上からジャンプすれば良いんだし。
そう気楽に考えながら、外に隠していた自身のバイクに向かい、それで適当に走る。少し走り、牛丼屋さんが見えたのでそこに停まる。
お腹が減った。なんでも良いしここで食べよう。
建物に入り、牛丼を頼み食べる。美味しい。まともな食事を食べるのもいつ以来か。あの日から、あまり食べなくなっていたのに。食べたくないと思っていたのに。
あっという間に食べ終わる。腹はふくれた。さて、どうしたものか。
とりあえず財布を確認する。残っているのがおおよそ三万。自身の口座も持っていないのでこれが全財産である。
あまりの少なさに情けなくなるが、まあどうでもいい。どうせあまり意味なんて無いんだから。
「……レヴュー」
ふと言葉が漏れる。あのキリンが言った言葉。運命の舞台がどうとかこうとか。
受けると安請け合いしてしまったが、正直ピンとこないしそもそもなんなのかさえあまりわかってはいない。
そもそもあの糞ジラフ説明が下手すぎるし。
「ま、やってみるしかないか」
結局、それしかないのだろう。どうせ、もうやりたいことなんて無いのだ。夢だろうとリスクの高い賭けだろうと最後ぐらいやってみようと思う。
まあ、そもそもあれが現実ならばだが。
(とりあえず、出るか)
とりあえずここを出る。せっかく久しぶりにまともな欲が出たのだ。どうせなら体も洗いたい。最後に体を流したのはいつだったか。
……決めた。銭湯にでも行こう。
とりあえず目的地も決まったのでバイクを走らせる。どうせ、いつかは着くだろうと道は適当に。自分がどこにいるのか全くわからなくなるほど適当に。今の自分の人生のように。
しばらく走り、銭湯を見つけ風呂に入り、とりあえず体の汚れを流す。
だいぶさっぱりした。母と父の両方から受け継いだこの茶色の髪が少し傷んでいたのはショックだったがまああんな生活をしていたのだ。しょうがない。
着る物なんてこれしかないのでさっきまで着ていた制服をもう一回着て銭湯から出ると、空がすっかり茜色に変わっていた。
そういえば、今日は時間を一切見ていない。
そもそも、起きたのは何時だったのか。どれくらい風呂に入っていたのか。
「……帰るか」
とりあえず、いったんあの隠れ家に帰ることにする。
まだ親の契約が続いているあの家に帰るという選択肢も一瞬だけ浮かんだがすぐにそれを消す。あの、もう誰もいない抜け殻に帰ったって虚しくなるだけだ。
だったら、その辺で寝ていた方がまだましだ。
再び、バイクを走らせる。途中少ないお金でガソリンを補充し、隠れ家まで移動する。バイクに鍵を掛け、その辺に隠し今日目覚めた部屋に移動する。
出る前となにも変わらないこの部屋。恐らく、明日にはここから移動するのだろうと自分に呆れながら適当に座ろうとする。
瞬間、音が鳴る。いつか聞いた電子音。妙に記憶に残る音楽。登録したこともない着メロ。
夢じゃなかったのかと、携帯を見る。画面には昨日と同じ画面でオーディションと書かれていた。
「……ッ!?」
信じられなかった。まさか、あんなめちゃくちゃなことが夢ではなかったなんて。
まさか、本当に。本当に私に希望に似た何かが見えるなど。
求める物へのチャンスがあるなど。
世界が変わる。あの掃き溜めみたいな部屋から何もない空間へ。ただ広がる舞台の上へ。
なんなんだこれは。魔法って実在するのか。あるいは、催眠術でも掛けられているのか。
よく見れば自分の服さえ違う。まるで、何かを演じるための衣装。日常で着ることなど無いであろう形式張った服。まるで、ここで決闘でもするかのような服。
「……あらっ? 何でここにいざなはんがおりますん?」
その声に振り向く。そこには誰かが立っていた。かつてのクラスメイト。
本当にたまに二人組を組まされた女。
あの殺陣のうまかった石動に世話されていた少女。花柳 香子がそこにいた。
「……花柳? 何でここに」
「理由は同じなんとちゃいます?」
花柳はこちらに言う。それもそうだ。ここにいるということは、あのキリンに唆された一人ということになる。まあそうだ。あのキリンの口ぶりからして、誰かと競い合うことになるとは思っていた。
ならば、花柳がその相手ということか。
「上掛けを落とせばレヴュー終了です。では、本日のレヴューの開演です。歌って……踊って……奪い合いましょう」
何処からかキリンがレヴュー開始を告げる。
上掛けを落とす。両者とも持っているこの物騒な武器でか。随分と危険なことだ。見たところこれは本物。――ならば当然、死ぬこともあるのかもしれない。
いや、ここが舞台なら何でもありということなのか。
「──やるしかないか」
「そうどすなぁ。うちかて負ける気はあらへんし」
両者とも武器を構える。二人の意志は一致していた。
勝つしかない。それがこのオーディションを受けた理由。それは、どちらともが共通して持ちうる理念。
最初に駆けだしたのは誘。驚くほどに速く間合いを詰め相手目掛けて斬りかかる。
花柳も瞬時に判断し自身の薙刀をそれに合わせる。
互いに刃を打ち付け合う。一つ一つの衝突で手が、体が震える。この感覚。かつて味わったこの高揚感。舞台に立った時と同じ。
「──ふっ!?」
花柳が薙刀を振るいこちらの斬撃をうまく流し、後ろに退く。
得物的にもあちらの方が有利だろう。
「なんで、なんでこのオーディションを受けたんいざなはん!? あんたは学校を辞めたんとちゃいます!?」
「──うるせえよ。お前に言う意味があるか。花柳」
花柳の激昂に、再度距離を詰めながら刃で答える。
答える気はない。どんなに言い訳しても私はあの学校を辞めた。それは変わらない。何より今この場で、それは関係ない!
「お前は! 変わらず石動の脛囓ってるのか!? なあ!? 花柳さんよお!?」
「──っこの!?」
連続で刃を振るう。間合いを詰めればこっちの有利。いくらあっちが上手くても、あの天才花柳香子だとしても。この間合いになればこっちの方が有利──!?
連続で押し切ろうとするその一瞬。無数に降り注ぐそれが視線を隠す。これは、桜?
「──せやぁ!?」
「──!?」
まるで花柳に味方するように空からこぼれる桃色の雫。
そこから突き進むようにこちらに斬りかかってくる花柳。それを間一髪それを避けるが、続けざまに放たれる一撃に吹き飛ばされる。
痛みが体を巡る。確かに痛い。痛みをこらえ立ち上がる。
そうだ、そうだとも。あの日の苦痛は、あの空虚な日々に比べれば。こんな痛み、なんてことは無い!
「なっ!?」
舞台が暗転し、そして、再び世界に明かりが戻る。だがしかし、その変わりぶりに思わず花柳の足が止まる。
業火。それがこの戦場を表す一言。先程までの桜がすべて焼け落ち、ただ恐ろしいほどの勢いと実も毛もよだつ程に冷たさを感じさせる炎が舞台を蹂躙していた。
「せやぁ!!」
一瞬。ほんの一瞬足が止まった花柳目掛けて刃を振るう。すぐに躱そうと身を動かすが、もう遅い。
全力を込めたその一撃で花柳の上掛けを落とす。
「本日のレヴュー。終了です」
終了の合図が聞こえ、ようやく緊張を解く。一瞬、本当に一瞬の奇跡。この気持ち悪い光景に花柳が足を止めたから勝てた。そんな内容だった。
少しだけ、少しだけ気持ちが晴れたような気がする。苛立ちを誰かにぶつけられたからか。あるいは、こんなおかしな物だろうと再び舞台に立てたからか。我ながら単純で嫌になる。
「……なあ、なんで学校やめたん? それだけ動けるのに。双葉はんも少し残念そうやったし」
「……何にもねぇよ。気にすんな」
花柳がもう一度聞いてくる。レヴュー中とは違い、少し寂しそうな声色で。口も態度も悪いこいつの根の部分が見えるように。
けれど、答える気はない。どんな理由で辞めたって、結局。あの学校からは落第生なのである。なら、語る必要も無いだろう。
お優しいこいつらなら、こんな元クラスメイトのことですら、何か思わなくてもいい気持ちを持つかもしれないし。
舞台から明かりが消える。もう、花柳の声も聞こえない。もしかしたら、次もあの学校のやつが相手かもしれない。
けれど、関係ない。迷いはない。たとえ、これが悲劇に終わるとしても。どうしようもない結末を迎えようとも走り抜く。
もう私には終わりを彩るしか、楽しみはないのだから。
無料公開のアニメ見ていたらなんか書けました。続きは書けたら書きます。
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追憶 花柳香子
まだ眠い。いつものように双葉のバイクの後ろに乗りながら、花柳香子は昨日の、あの夢のようなレヴューについて思い出す。
聖翔音楽学園。その地下にあるとあのキリンが言っていた──本当にそこにあるのかも疑わしいが──不思議な劇場。そこで行われたあのオーディションなるもの。
そして、そこで矛を交えることになったあの少女、星夢誘に関して。
自身の実力があのクラスにおいて、トップに近いものだと香子は自負している。
けれど、認めざるを得ない才覚を持った人もいることは認めていた。
幼少期からテレビのCMに抜擢されるほどの天才子役、西條クロディーヌ。完全無欠、完璧と称される天堂真矢。
他にも要所において見習うべき相手はいるのだが、大体の人が一年ながらも去年の劇フェスに選ばれたこの二人を代表としてあげる──多少納得はしていないが。
ただあまり上げる人はいないのだが、香子の中には彼女も注目するところのある人物であったのは間違いない。人見知りで自信家な彼女には珍しくだ。
「……なあ。双葉はん」
「何だよ香子。運転中だぞ」
「いざなはんってどうして辞めたんやろうなぁ?」
バイクを運転している双葉に声を掛ける。双葉に理由がわかるはずもない。
そんなことはわかっている。そこまで馬鹿ではない。そんなことはあの愛城華恋にもわかるだろう。
けれど、聞いてみたかった。聞いてみたくなったのだ。
「──あんっ? 星夢? 知らねぇよ。……あいつ、あんま自分のことしゃべりたがらなかったからな。……いきなりどうした?」
「……なんでもあらへん」
双葉に聞いたのにこっちが逆に心配される。なんでや。
学園に着き、二人で教室まで歩きながら双葉が話を続ける。いつもならそこで終わるような内容だろうに。
「でも珍しいよな。香子が人について聞くなんて。それも、辞めちまったやつの事なんて」
「……ええやろ別に。ちょっと気になっただけや」
気になっただけ。その言葉に嘘はなかった。
双葉の言うとおり、いちいちこの学園を去った者に興味も無い。昔からこういう芸事の世界に生きてきたのだ。辛くて、ついて行けなくなって去った者などいくらでも見てきた。
どんな事情にせよ、自らが退いてしまえばそれで終わり。
そうわかってはいるのだ。
教室に着き、席に座る。天堂真矢が自分の席に座り、大場ななと星見純那が雑談し、机に寝そべっている愛城華恋を露崎まひるがどうにか起こそうとする。
最近入ってきた転校生という変化はあれど、大方変わることのない光景。
「けど星夢かあ。あいつ、すっげえ上手かったのにもったいねえよなあ」
双葉の一言でふと斜め前の席を見てしまう。自身の右斜め前。
かつてその席に、星夢誘はいた。少し長い茶色の髪。このクラスでも上位には入るであろう整った容姿。このクラスでは大きい方のばななと同じぐらいの身長。そして、多少誤解を生む素の時の目の鋭さ。
恵まれた才を持っていた少女。恐らく双葉でなくとも、多くの人間が彼女の挫折を嘆くことだろう。
「双葉はんはいざなはんと仲良かったやろ。辞めたことどう思ってるん?」
「ん? まあ残念だよ。けどまあ。ここ厳しいし、しょうがないのかなって」
「ふーん?」
少し寂しそうな表情で双葉は言う。
確かにここは厳しいし、しょうがないのかも知れない。けれども、けれどもだ。
言葉を返そうとして、先生が入ってきたので会話を打ち切る。
簡単な報告の後、授業が始まる。その最中、少し考えてしまう。一体どうして去ってしまったのかを。
(昨日のいざなはん。凄かったどすなぁ)
授業が変わり、実技指導の時もつい考えてしまう。昨日のレヴューについて。昨日の誘について。
久しぶりに見た誘。多くは変わっていなかったが、それでも別人のように香子には見えた。
鋭かっただけの目は、死人のような輝きのない瞳に。
雰囲気も最後に見た一年時の最終日とはまるで異なっていた。一瞬、人違いかと思ったほどだ。
(せやけど、あない悲しそうにしてるんは初めて見たわぁ)
彼女とは、席の関係や最初の方に授業でペアを組まされたこともあり他の生徒よりは話すことが多かったと思う。
最初はあの鋭い目がほんの少しが怖くて近づきたくなかったけど、話してみると別段怖くもなく、むしろ気遣いが上手い少女だった。
だからこそ、疑問なのである。あの少女は舞台においては真面目に、顔には出ることは少なかったが楽しそうに取り組んでいた。
いくらキリンのうさんくさい舞台だとしても、あんな感情をぶつけるだけにはならないはずなのだ。
「おーい香子。そろそろ帰るぞ」
双葉が呼ぶ声がする。もう、帰る時間か。すっかり考え込んでしまった。全く意味の無いことなのに。
結局、去ってしまった少女のことなど考えるだけ無駄だろうに。
そう思い、強引に思考を打ち切り双葉を追う。
バイクの前に着き、双葉がヘルメットを香子にかぶせる。
早くバイクに乗りたいと思っていた時、双葉が声を掛けてくる。
「そういえばさ。星夢とは香子の方が仲良かったよな? あたしよりもあいつとは話すことは多かったみたいだし」
「……はいぃ?」
双葉の問いに思わず声が出る。
そして考えてみる。……そうだ。確かに、そんな気がする。
「あたしはバイク置き場で話すぐらいしかなかったし。香子が結構懐いてるのが意外だったなあ」
「……双葉はんはうちを犬かなんかだと考えてはるん?」
「さーて行くぞ香子」
「双葉はん!」
運転手のぞんざいな対応に少しだけ文句はあるが、まあいい。やっとこの心のつっかえが取れた気がする。
そうか。私はそれなりには彼女に好意があったのだろう。
しかし、彼女は去ってしまった。何も言わずに。何も相談してくれることなく。それがたまらなく気にくわなかったのだ。
(今度会えたら、聞いてみてもええかもなぁ?)
双葉の後ろに座りながら、香子は思う。もし、また会う機会があったのなら少し聞いてみようと。
双葉はんよりは遠いけど、普通のクラスメイトとは言えないぐらいには近しい仲であったその少女に。
その時は、前みたいに笑って話せると信じて。
一応おまけとして。この作品はキャラの癖が強くて書くのが難しいです。なので、読んでくださった人で違和感を感じるのならそれは作者の実力不足です。そんな作品でも、もし読んで下さる人がいるのなら嬉しいです。
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第二幕
わずかに上が割れている窓から漏れ出る光に目を覚ます。
もう残りの電池もわずかな携帯で時間を確認する。九時五十分。昨日はだいぶ疲れていたらしく随分寝てしまったようだ。まあ無理もない。いきなりあんな闘いに繰り出されたのだから。
まだ目覚めきってない体を伸ばしながら思い出す。キリンはあれをオーディションと言っていた。ならば、あれは舞台なのだろう。実際、あの時感じたあの感覚はかつて舞台に立った時に似ていたような気がするし。うん。そろそろいいか。
体の調子も戻ってきたので、そろそろ朝食を取ることにする。昨日出た際に買っておいたコンビニのおにぎりだ。正直パンを買えば良かったと思うがまあ、何も食べないよりはずっといい。
包みを取り、おにぎりを口に運びながら再び考える。昨日戦ったあの少女。花柳香子について。そうでもしなけりゃこの何もしない時間に気持ちが下がってしょうがない。
花柳香子。聖翔に居た頃のクラスメイト。幼なじみだという石動双葉を遠慮なしにこき使っていたわがまま娘。
クラス内において、委員長である星見純那や人気者の大場なな、あのコミュ力の高い愛城華恋に続き接することの多かった少女である。
「……微妙」
おにぎりの味に対して思わず文句が口から漏れる。やはり、新発売とあったこのサーモンもどき味は外れだったのだ。
というか、もどきってなんだもどきって。なんでそんなもんを買ったんだ昨日の私は。あれか。久しぶりにまともな食事が喉を通って舞い上がっていたか。……花柳について思考を戻そう。
とにかく、あの少女はあのクラスの精鋭八人の中でも交流をしていた部類ではある。なので、あの少女とぶつかることには少しだけ驚いてはいた。久しぶりに顔を見れて少しだけ嬉しかったのもあるにはあるのだが。
最後のあいつの言葉を思い出す。あの妙に寂しそうに発せられた問いかけを。
あいつは否定すると思うが、仲の良いやつが弱っている時には心配する程度に善性は持っていた――まあその大部分は石動に向けられていたのだが。
だから、少しだけ申し訳ないとは思う。学校を辞める際に誰にも理由は言わずに去ったことを。
舞台でもあいつには言ったが、辞める者の理由などまったくどうでもいいと思ってはいる。
あの時は、今よりも酷いメンタルで他のことなど考える余裕はなかったのでしょうがないといっちゃしょうがななかったし。
別に、天堂や西條は気にすることはないだろう。話すことはあったがそこまで仲が良いわけでもなかったから。
けれど、花柳や星見には辞めることだけは言っておくべきだったと思う。あっちがどう思ってるかは知らないが、それぐらいは言うぐらいの義理はあったのに。
食事も終わり、少しお腹を整え、建物から出て少し体を動かす。昨日のレヴューの際に感じたほんの少しの違和感についての確認と少しでも体にキレを戻すためだ。
学校を去ってからおおよそ一ヶ月。今もレッスンを続けているあいつらと違い、私はあの時から何ら成長はしていない。
どれくらい時間が経ったのか。だいぶ体を動かしていた気がする。なぜ、今更調整をするのか。嫌な予感がするのだ。あのレヴューについて。
選ばれし舞台少女のオーディション。そんなことをあのキリンは言っていたような気がする。特別感のある舞台少女と言えば当然天堂と西條が思いつく。しかし、何故花柳だったのか。
確かに花柳も実力も実力者ではある。しかし、この日本のというのなら何も聖翔だけに限られるわけはない。
同世代になら、シークフェルトの雪代晶や何処に行ったのかは忘れたが胡蝶静羽などもこの世代の筆頭として挙げられる。
けれど、けれども当たったのは花柳であった。ということはだ。まだ確証はないが、もし予想が当たるのなら相手は聖翔の生徒に絞られるはずだ。
ならば、次に当たるのもあの聖翔の内の誰かであろう。あの才ある八人の内の誰か。
それは自身の求める物のための道としてはあまりにも険しい壁。誰と当たっても、負ける可能性は十二分にある。いや、勝つ可能性が絶望的に少ないと言うべきか。
「――はあっ」
思わず息を吐く。ため息か。それとも疲労の一息なのか。
どっちでもいい。どちらにせよこれからの苦行に対してではあろうから。けれど、あきらめるわけにはいかない。決して譲れない最後の希望の光。
それだけを糧にして今は体を、自身を動かしているのだから。
(……また、銭湯行きたい)
汗もかき、再び体を流したくなる。さすがに二日連続は欲張りすぎか。……いや、行こう。一度流してしまったのでお腹が減るよりもこっちの方が苦痛ではある。それに、明日の食事も用意しなければ。
バイクを動かし、再びこの廃墟から離れる。正直もう戻ってこない気がする。だって、結局あの廃墟もあの家も両親が居るわけではない。ひとりぼっちの空間。それならば、まだあの家の方が気持ちも晴れるかも知れない。まったくもって確証もないのだが。
バイクを走らせ、昨日の銭湯で汗を流す。そして、簡単に食事をしあの家に戻る。
家まで近づくと多少気分が滅入ってくるがそこは抑えつつ、家の前まで到着する。
相変わらず割と大きい家だと思いながら、玄関を開けガレージにバイクを入れておく。そして、持っている鍵でドアを開けその中に入る。
中はあの日から全く変わっていなかった。
玄関を通り、リビングに行く。やはり、あの日から変わることはない。まあ当たり前か。変わっていたら泥棒でも入っている事になる。それは怖い。
「……飯でも食おうっと」
テーブルに買ってきた物を置き、近くの椅子に座る。意外と心は落ち着いている。あの日の絶望から幾分かましにはなっていたのか。
それとも、単純にあの大好きだった両親のことで心が動くことがなくなってしまったのか。ああ、嫌になる。
ふと、時計を確認する。十六時三十分。感覚では昨日はこれぐらいの時間だったか。いや、どうだろう。時計を見てないしはっきりとはわからない。
まあ、推測が正しいとして学校中はやらないだろうから、このぐらいだろう。私には関係ないが。
そろそろ軽く食べようかと思ったその時、あの多少聞き慣れた電子音が響く。どうやら、キリンのお呼びがかかったようだ。
もうほとんど電池もない携帯を確認する。やはりというべきか、見た画面には回るキリンにオーディションとかいう訳わからない組み合わせの画面が広がっていた。
さて、今回は一体誰と戦うことになるのだろうか。
再び、舞台に立つ。服装も昨日の物に変わるのを確認する。
瞬間、無数の光が一点に集まる。そちらを見る。
「輝くチャンスは誰もが平等。だから愛のダンスで誰より熱く。自由の翼で誰より高く!」
響く声は宣誓。恐らくは自身の意志。
あの声は、あの響く特徴的な声は――!
「九十九期生次席。西條クロディーヌ。C'est moi la star!」
やはり、西條か! 予想はしていた。けれど、こんなにも早く当たるなんて。
こんなにも、早くぶつかるなんて!
「では本日のレヴューの開演です。歌って…踊って…奪い合いましょう」
レヴューの幕が上がる。
その瞬間、上から刃が降りとっさに避ける。
すぐに体制を立て直しそちらを見る。どうやら、降りてきたらしくそこには優雅に立つ西條の姿があった。
「あら。いざなも参加してたの」
「――お前はいると思ってたよ!」
こちらに刃を振るいながら、少しだけ驚いたように軽く話しかけてくる。
こっちは全然驚かない。天堂とお前は絶対いると思ってたからな!
舞台に響く金属音。刃をぶつけ合う両者。
片方は恐ろしく顔を歪ませ、対してもう一方は余裕そうに剣を振るう。それは実力の差なのか。それとも、気持ちの差なのか。
どちらにせよ、戦況は明白。始終クロディーヌのペースである。
「――そこっ!」
重い一撃。西條の放つ一閃に吹き飛ばされ、後ろに飛ばれ壁に衝突する。後ろには先程はなかった壁だ。何故。どうしてこんな壁が――。
全身の痛みに耐え、思考をまとめようとするが西條がそれをさせようとしない。続けての剣撃にかろうじて反応する事だけで精一杯である。
懸命に耐え忍ぶが、片足の足場の無くなる感覚にふと気づく。
まずい。まずいまずい! なんで後ろがない。まるで、舞台が。この空間すべてがあいつの味方しているようだ!
「これで、終わりよ!」
容赦なく上掛けを狙い放たれる一閃。このままでは確実に落とされる。負けるのか? ……いやだ。絶対嫌だ! 負けたくない。
こんなところで、この天才にこんなあっけなく負けることなど。こんなところで、私の終わりを妨げられるなんて! 絶対に!
「――負けるかぁぁ!!」
「――!?」
振るわれる剣を自身の右手で強引に押えに行く。咄嗟だった。それは恐らく本能に近い部分で反応したのだろう。あるいは、舞台がこの思いに応え体を動かしたのか。
どちらにせよ、重要なのは一つ。その手があの恐ろしい銀の刃を止めたというその事実。
クロの刃に血が滴る。当たり前だ。本物であろうその剣を、振るわれるその剣を素手で掴むという現実的ではないその止め方。
一瞬の停滞。その刹那。誘は相手の上掛け目掛け剣を振るう。
西條も対応するが、ほんの一瞬。その掴まれた剣を振り直すその一瞬が命取り。
わずかに間に合わず、上掛けを落とされる。
「本日のレヴュー。終了です」
闘いを終える合図が響く。実力では劣っていたはずだ。
けれど、恐らく勝ったのはわたしなのだろう。保証はない。ただ、疲れた。もう今は慰労とその痛みで動きたくない。
「Comme prévu いざな」
「……ああ」
西條が声を掛けてくるので、返事だけしとく。フランス語はわからない。
けれど、西條のことだ。決して悪い意味の言葉ではないのだろう。
「私は、必ず勝つ。お前にも、天堂にも」
「……そう」
気持ちを引き締めるため、そしてそれを胸に刻むために西條に言う。
負けられない。そうだ。このレヴューは私の最後。私が夢を求める最後の舞台。
舞台が暗転する。再び、この夢の舞台から、現実に帰るのだろう。
「……なら、なんでそんなにつまらなそうなの?」
最後に聞こえるのは西條のその一言。
なんでも無い言葉のはずなのに、その一言が、妙に耳に残った。
ということでクロ戦です。香子もそうですが、この主人公が実力だけでに勝てる相手はほとんどいません。今も学校でレッスンを続けている少女達と理由があるとは言え辞めてしまった彼女ではきらめきが違います。今回は偶然と執念で強引勝つ事ができました。
とりあえず、次はクロの追憶を書ければなと。読んでくれている方がいるのなら、嬉しいです。
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追憶 西條クロディーヌ
まだ朝も早い時間。西條クロディーヌはランニングをしていた。
毎日してるわけではない。レッスンは大事だが、休むことも大事。
なんてことはない。今日はただ、走りたかった気分なのだ。
「──はあっ」
ペースを一定に保ちながら走り続ける。
思い出すのはここ最近の不可思議な舞台。あのよくわからないオーディション。
別にあれはどうでもいい。舞台だというのなら、そこが演じる者にとって輝く場であるのなら自身の全力を持って取り組めば良い。問題はその相手。ぶつからなければいけないライバル達。
あのいけすかない天堂真矢には惨敗した。
本当に、本当に認めるのは釈だが、負けは自身の糧としなければ進むことなどはないと一応は理解している。
なので、それは良い。あの女には、いずれ勝つ。だから、今は置いておく。
気になるのは、昨日戦ったやつ。星夢誘。かつて同じクラスに在籍していた元クラスメイト。
そして、学年が変わる際に居なくなった少女。何故彼女があのレヴューに参加しているのか。
聖翔を辞めたということは、舞台の道からも去ったはずだ。そうでなければ、あの日本トップの学び舎から去ることはないだろう。
もしかしたら、何か事情があったのかも知れないがそれは私が知るところではないが。
問題はあきらめたはずの少女があのオーディションに参加していたか。詰まるところそれだけだ。
昨日のレヴューを振り返る。有利だったのはこっちだったと思う。
確かに、あの少女は優れた能力を持っていた。けれど、今もレッスンを辞めることなく続ける私がそう簡単に劣ることなどない。そう断言できる自信がある──そう言い切れなければあの嫌な女には勝てる気はしないが。
まあ余計なことは置いておこう。あの女の事を考え出すときりが無い。いまはいざなの方だ。
とにかく、私が負ける気はなかった。けれど、負けてしまった。どんなことがあってもその結果を覆すことはできない。
「──っ」
走るペースを上げる。朝にここまで全力に近い速度など出さなくても良いのだが、今は無性に走りたい。
レッスン前に気持ちをリセットさせておきたい。未だに脳裏に残るあの死人のような目を。
西條クロディーヌにとって星夢誘とは競い合いがいのあるライバルの一人である。いや、あったというべきか。
容姿、演技の実力、舞台の上で輝くセンス。どれをとっても優れていると認めていた少女。
それだけではない。天堂真矢に挑む同志でもあった。あの女から主役を奪おうと張り合う数少ない一人であった。
あのクラス。あの学年において、天堂真矢というのは絶対の頂点。要所において、誰かが抜くことがあってもすべてを含めてもっともスタァに近いとされるのはあの女だ。
故に、彼女に挑む人は少ないと言える。いや、少なくなったというべきか。簡単なことだ。
一年の初期に多くが挑み、魅せられ、あきらめてしまったからだ。トップになりたいとは思っていてもあの完璧には届かない。そんな風に思う人が大半である風に見える。見えてしまう。
もちろん、自身はあきらめるなど考える気はない。
けれど、あの頂点に挑む者はやはり多い方が良い。
星夢誘はその一人。あきらめることなくあの頂きに手を伸ばした一人。
そんな骨のある少女だったからこそ、居なくなってしまったのはとても残念。
そう思っていた。けれど、彼女は再び舞台に上がった。
それは、喜ばしいことだ。生きていればそのうち会うこともある。それが舞台であったのなら、舞台少女にとってこれ以上無い喜びだろう。
けれど、けれどもだ。ならば、あの少女のあの目は何だ。あの生きる希望を無くしたような死んだ目は何だというのだ。
あの舞台での激情。変わることのない技術とセンス。あの頃と変わらぬ彼女。
それでも、彼女は死んでいた。舞台の上で死にながら踊っていた。
何があったのか。どうしてそうなったのか。それがどうにも気になってしょうがない。 あの輝くような、鋭さの中に広がる情熱を感じさせる瞳の輝きはどうしたというのか。 それが気に入らない。あんな風に変わってしまった少女が、たまらなく気に入らなくてしょうがない。
(Pourquoi?)
ふと周りを見てみる。いつの間にか、寮のそばに戻ってしまっていた。こんな近くまで戻ってきていたのに気づかなかったなんて随分と考えてしまっていたようだ。
時間もあれだしそろそろ戻ろう。一旦汗を流し、そして学校に向かおう。あの女が始める前にはレッスン室には入りたいし。
頬を軽く叩き、気持ちを切り替えて部屋に戻る。
それでも、それでもなお。まったくもってあの茶髪の
短いですが。短いのに香子よりもクロの方が時間がかかりました。キャラを把握し切れてないのと実力不足です。申し訳ございません。
フランス語は、google翻訳を使いましたので違っていたらすいません。
見て下さっている方がもし居たらとても嬉しいです。次も上げられるのなら上げたいのでよろしくお願いします。
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第三幕
夢を見た。幼い頃の夢を。自身が舞台に憧れることになった一つの情景。
親に連れて行かれた舞台。内容は覚えていない。当時は長い時間座ってることが辛く、始まる前は早く帰りたいと思っていた。
けれど、舞台に幕が上がりその気持ちは一瞬でなくなった。
あの輝きに魅せられた。目の前に広がるそのすべてが心に刻まれた。それが始まり。それは覚えている。覚えてはいる。けれど、ああ。今の私は一体。一体舞台に対して、どう思っているのだろう。
目を開ける。眠気は取れることはない。当たり前だ。ほとんど寝れていないのだから。
ソファに座り直し、自身の右手を見る。何故か傷はない。
けれど、この焼けるような痛みは全く消えることはない。昨日西條の剣を掴んだその痛みがまだ残っているのだ。傷が残っていないのが気味が悪い。
目をこすりながらそのまま洗面所に向かう。とりあえず顔を洗い気持ちを変えなければ。
洗面所に到着し、顔を洗う。予想よりもだいぶ冷たい水に意識が覚醒する。目が覚めてきた。
「――っ」
それでも、痛みが引くことはない。この痛みはしばらく消えることはないだろう。
まあしょうがない。あの西條にこんな痛み程度で勝つことができたのだから。五体満足で勝つことができただけ運命に感謝しなければいけないのだから。
リビングに戻り、とりあえず食事を取る。ここ最近コンビニのおにぎりしか口に入れてない気がするが、まあ料理は苦手なのだからどうしようもない――まあ、仮にできてもする気力など湧かないが。
適当に食べ、少し休んだ後家にあったジャージに着替え、適当に外を走り始める。
徐々に速度を上げていき、体を強引に動かしていく。手の痛みもそうだが、今の気持ちから目を背けるのにはちょうど良い。
どれくらい走っただろうか。そう思った時、ふと家から持ってきた時計を見る。携帯は充電中。というか、あの家まだ電気が通っていることにびっくりである。
「……もう一時か」
持ってきた時計の短い針が一の文字を指していた。出てきた時間は知らないが、随分と走ってしまったようだ。少しだけ、ほんの少しだけ気持ちも晴れたしそろそろ戻ろうか。
家に帰るため再び走り始める。歩いても良かったのだが走ってた方が気持ちも紛れる。
家に到着し、中に入る。相変わらず誰も居ないその家に大きな寂しさを覚える。
けれど、慣れた方だ。帰ってくる前なんてこの家に居ることさえ本当に辛かったのだから。
まだ水道も電気も止まっていないことに感謝しつつ、お風呂場で汗を流す。
お湯で流す方が好きなのだが、今日は水で体を流すことにした。今の私にはこの冷たさがちょうどいい。
「――ふうっ」
体を流し、適当に服を着て自室に向かう。自室に入り、自身のベッドに座る。随分と走ったからか疲れた。
なんとなく部屋を見回してみる。思えばしばらく帰ってきていなかった部屋だ。なぜだか妙に懐かしく感じる。
何となく感傷に浸っていると、机の上の写真立てに目が行く。家族三人で撮った写真。まだ小さい頃に連れて行かれた舞台の帰りに撮った写真だ。
懐かしい。確か見たのはスタァライトだったか。自身の始まりであろう舞台と去った学校で毎年行われる舞台が同じだったのはどういう偶然なのか。
まあ、辞めてしまった私には関係はないのだが。
写真の中の私は笑っている。父と母もだ。三人ともこの瞬間が楽しくてしょうがないといった表情だ。未来でこんなことが起こるなんて全く思っていない笑顔だ。
母の病院には一度しか行っていない。事故に遭ったと聞いて訪れた最初に時が唯一。
あとは行ってない。怖くて行けない。自分が行ってその時に母が死に目だったらもう私には耐えられない。
薄情なやつだ。母の方が辛いだろうに。それなのに、自分の事ばかり考えている私が何よりも醜く、許しがたい。
意識が遠のいてくる。眠い。そういえば、全然寝れてなかったんだっけ。少し寝よう。 そうすれば、こんな地獄のような現実から少しでも逃げられるのだから。
意識が覚醒し、飛び起きる。どうやら寝てしまっていたらしい。
携帯から充電コードを抜き時間を見てみる。時間は、十七時二十五分。だいぶ寝たようだ。脳もすっきりしている。眠気も飛んだようだ。ちょうどいい時間だと思うし。
予想はできている。おおよそ、あの不思議な舞台への案内状が来るとしたらこの時間帯だろう――。
そう考えているとやはりというべきか。あの電子音が鳴り響く。
やはり来た。レヴューの時間だ。
「……負けるわけにはいかない」
あの日から。レヴューを持ちかけられてからのあの日から気持ちが変わることはない。すべては終わりのため。そのはずだ。そうではなくてはいけない。
けれど、揺らいできてる気がする。自分は、私は一体――。
舞台に招かれる。もう慣れたことだ。恐らくこの世界ではどんなこともあり得るのだろうから。さて、今宵の相手は一体――。
刹那、舞台から明かりが消える。
そして、一点に集中される。そこに写るのは――。
「月の輝き。星の愛」
舞い降りてくるは白鳥。天に舞う白の輝き。
その上に座るは一人の少女。空の白鳥を操り自由に空に君臨するかの如く。
「数多の光。集めて今。貴方の心に届けましょう」
天から舞台の中心に舞い降りるは一人の少女。
強く凜々しい声。その優れた容姿。舞台の上での輝き。
どれをとっても一流であるとわかるその少女。
「九十九期生首席。天堂真矢」
覚えている。覚えているとも。かつて、同じクラスに居たあの完璧を。
自身を一番とはっきりと断じながらそれでも努力を辞めることを知らない怪物を。
かつて、聖翔祭で自身が敗れたその少女を。
「今宵。きらめきを貴方に」
天堂真矢。自身の知っている最強が、今明確に立ちふさがった。
「本日のレヴュー。開演です」
開始の合図とともに全力で駆け出す。一瞬。一瞬でもあいつに動かせてはならない。そうでなければ。そうしなければあの怪物には絶対に勝てない!
一撃でけりを付けるために斬撃を放つ。
しかし、天堂は全く動じずその一撃に刃を合わせ受ける。連続で攻撃を繰り返すもあまりにも簡単に裁ききられる。
「星夢さん。貴方は何故このレヴューに?」
「――関係ねえよ。お前には!」」
一旦距離を置く。そして、もう一度全力で斬りかかる。しかし、その刃は天堂に届くことはなく。
彼女は足場ごと空に押し上げられ、刃はただ、空を切る。
「――!?」
信じられない光景が目に入る。
舞台が。そのすべてが組変わる。天堂を頂点に。天堂のための舞台に。あの少女がもっとも人を魅せられるように。
「貴方の目は朽ちた大地の様に干涸らびている。かつての輝きが見られないその瞳に一体何が見えている」
階段を全力で駆け上がる。何か言っているがどうでもいい。舞台が、この世界がコイツの味方なら。自身一人でどうにかするまで――!
長い階段を全力で上る。まるでこいつと私の差を可視化したような距離だ。こいつに届かないのだと、舞台に宣告されているようだ。ああくそ。くそがっ!
「――はあっ!」
「――っ」
天堂がこちらに刃を振りかざす。早く重い一撃。その一撃だけで彼女の積み上げてきた物がわかるその一撃を全力で受ける。
刃は軋み、体は悲鳴を上げる。容赦なく追撃をする天堂。そのどれもが先の一撃と何ら変わりなく、ただ上掛けを落とされないようにするだけで精一杯。
ここから、どうすることも出来ず、西條にやったように、無理矢理どうにかすることも出来る気がしない。
唐突に足場が崩れる。階段が坂となり、私だけを転がり落とす。
それが現実。それが当たり前。地べたに這いずるのがお似合いだと言われているようだ。
「貴女が何故このレヴューにいるか、どんな気持ちなのか。それは星夢さんにしかわからないのでしょう。けれど、その目を見ればおおよその見当はつく」
天堂が全力でこちらに駆け、上掛け目掛けその剣を振るう。
その一撃は剣を振るうにはあまりにも遅く。無駄なあがきをするのにはあまりにも美しく。
「だからこそ。だからこそ、今の貴方にはこのオーディションはふさわしくない」
一閃。天堂が放った銀の一閃は私の上掛けを落とす。
勝てない。まるで歯が立たない。こんなところでこんなにあっさり負けるのか。
「ポディションゼロ。this is 天堂真矢」
勝者が決まる。キリンが言うことなくはっきりと。その勝者を中心にきらめかせる。
その圧倒的な輝きに。その絶対的な差を前に。目を背けることさえも叶わなかった。
読んで下さってる方ありがとうございます。
レヴューの日程については、アニメ版の通りにしてしまうとどうしても当てたい相手とぶつけられないので多少目をつぶっていただけると助かります。
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追憶 天堂真矢
誰も居ないレッスン室。今日は自身が一番乗りのこの部屋。
最近はクロディーヌ以外にも愛城華恋や転校生の神楽ひかりも朝早くに来ることも多いその部屋に天堂真矢は今日もいた。
軽く体を伸ばし、朝のレッスンに入る。
例え自身がトップであるという自負を持っていようとも、それは日々の鍛錬を止めて良い理由にはならないのだから。
そういえば、昨日戦った少女も朝にここで見ることが多かった。あの星夢誘もここに早くから来てレッスンをする事が多かったのを覚えている。
星夢誘。かつての学友。ともに切磋琢磨し、舞台少女として高め合うライバルの一人であった少女。あの鋭い目の中に確かな輝きを秘めていた少女。
そんな彼女ともここで会うことが多かった――一番かち合ったのはクロディーヌだが。
けれど、先日のレヴューの際。あの舞台で巡り会った彼女はまるで別人の相であった。まるで、亡者。ただ生者を喰らおうとする悪魔の如しその形相。
かつての、あの情熱と輝きに満ちた少女とはまったくの別物だと感じてしまうほどであった。
「――ふうっ」
時間を確認するともう始めた頃より随分と経っていた。
授業もあるしそろそろ切り上げよう。そう思い、レッスン室を出る。そういえば、クロディーヌとは出る時間は異なることは多いのにあの少女とは被る方が多かった。
シャワーで汗を流し、教室へ向かう。着くと、いつもと変わらない日常が広がっている。それぞれが様々なことをしており、とても日常らしい光景。
「あらっ。今日も遅いのね。天堂真矢」
「……いえ。本日も朝から体を動かしていたものですから」
そして、いつもの事ながらクロディーヌが子憎たらしげに声を掛けてくるので、いつも通りに余裕を持って返す。それがなんとも朝の日常らしくて心地良い。
「……?」
「どうされました? 西條さん」
だが今日は少し違った。こちらを見たクロディーヌが何故かこちらの顔を少し見てくる。一体どうしたというのか。顔に何か付いているのか。
「別に。ただ少ししょぼくれている様に見えたから」
「……そうですか。そのようなことは一切ないのですが」
どうやら、クロディーヌにはしょぼくれているよ様に見えたらしい。一体何でそう見えたのだろう。
まあこの娘が言うのなら、確かにそんな顔をしてしまっていたのだろう。
私はクロディーヌのことをよく見ているが、クロディーヌも私をよく見ている。そのクロディーヌが言うのならそうなのだろう。
「まあいいわ。あんたにそんな顔は似合わないし。とっとといつもの様に振る舞ったら?」
「……ええ。助言ありがとうございます。西條さん」
クロディーヌにお礼を言い、席に着く。いつも通りにか。そうしているのに。そうしているつもりなのに。一体何なのだろうか。
別に私は感情を隠そうとしてるわけではない。
舞台少女にとって表現は必須。常に理想を演じれるように日々精進しているのだからそれを押し込めるというのはあまりやりたくはないものだからだ。
いつも余裕そうだとか焦っているのを見たことはないだとか言う人が多いが、それは単に私を知らないだけ。クロディーヌは割と特別な位置にいるのだ。
考えている内に時間は進む。次は美術の時間か。少し考え、教室を出て保健室に向かう。
そう。私は頂点を目指し常に努力はしている。けれど、苦手なものぐらいあるのだ。
保健室で休む。今日は先生も出張で留守にしており誰も居ない。
何処か適当に座りながらこの誰も居ない部屋を見渡してみる。
そういえば、あの子と。星夢誘と初めてまともに会話したのも此処だったか。懐かしい。
当時のその時は足に違和感を覚え、少し見てもらおうと此処に訪れたのだがちょうど体調を崩してしまった星夢さんがベッドで休んでいたのだ。
「天堂さんか。どうしたの? 怪我でもした?」
「星夢さんですか。ええ。少し足に違和感が」
どう見ても自身の方が深刻そうなのに、こちらを心配してきたのを覚えている。
少しして先生が見てくださって、少し安静にしてれば問題ないと言われたので帰ろうとした。
「ではまた明日。星夢さん」
「うん。あんまり無理すんなよ」
帰る際に挨拶をしたらこちらに気遣いを見せてくれた。
正直に言えば、あの時まで彼女と接することは少なくただのクラスメイトでしか無かった。
けれど、それ以来軽く会話をしたり、ペアを組むことが増えた。
決して仲は悪く無かった。では何故あのキリンの舞台で彼女にあそこまで厳しい一言を言ったのか。簡単だ。
かつての彼女との違いについ出てしまった感情。私の身勝手な感情だ。
前回の聖翔祭。私とクロディーヌはメインキャストを演じた。あの八人での舞台。それを支える多くの人。誰もが輝き、素晴らしい舞台だったと思っている。
けれど、星夢さんは選ばれなかった。あの少女はメインキャストには選ばれなかった。 B組の方に聞いた理由は単純。彼女の最も輝ける役は、私の方が適役だった。それだけ。
別にそれに文句を言うことはない。
この世界は実力勝負。落とされるということは実力が足りなかった。それだけなのだ。 けれど、少しだけ勿体無いと感じてしまっていた。
キャストが決定されたあの日。彼女とは偶然にも階段の踊り場で会い、話をした。
「――星夢さん」
「ん? どうした天堂?」
あの娘は、何でもないようにこちらに答える。まるで悔しさを見せないその態度に、珍しく少し言いたくなってしまったのだ。
「貴女は、悔しくはないのですか?」
「はい? ……ああ。舞台のことなら悔しいよ。とっても」
そうあっけらかんと言ってのける星夢さん。本当にそう思っているのかは正直判断がしにくい。それほどにあっさりと言った。
「……あまり悔しそうではなさそうですが」
「まあ周りに当たり散らしてもな。それに、来年は取るから問題はない」
あの娘は照れ臭そうにそう言った。来年は自身が主役を取ると。私にも負けるつもりはないと。
それがたまらなく嬉しかった。まるで、あの娘の様だと。事実その鋭い目の中には限らない熱意が見えた。
「ほれ。主役の祝いにこれやるよ。じゃーなー」
何かを私の手に握らせ、そのままこの場から去ろうとする彼女。
「これは?」
「大福ー。おいしーよー」
大福。そういえば彼女がよく食べているのを見たことがある。包みを破り口に入れる。 ……美味しい。しょっぱさの中に確かな甘みを感じる。まるであの娘のようだ。
懐かしい。思えばあの頃は彼女がいなくなるなどとは考えてはいなかった。
いや、恐らくあの娘もそうだったのだろう。あんなに舞台に対して前向きに、そして貪欲に接する人などそうはいなかったのだから。
「……美術。出ましょうか」
なんとなくそう思った。そう思える何かがあった。
クロディーヌが言っていたほんの少しのしょぼくれ顔の理由もおおよそ納得できた。あの向かってくる
保健室を出る。来た時よりもほんの少し。少しだけ、心のもやもやが取れたような気がした。
短いですが。真矢様は一貫した性格なのに凄く書くのが難しかったです。例によってキャラが違うなど感じることはあると思いますが、そこは目をつぶっていただけると助かります。
次は、第四幕か一年時のエピソードを一つ入れるかのどっちかだと思います。
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第四幕
ただ走る。何もかもから逃げられるようにと。
走る。嫌なことから目を背けられるようにと。
全力で走る。例え、意味など無くても、それが自身の何よりの弱さだとわかっていても。
天堂真矢に負けたあの日。あの日から、この胸の痛みは取れることはない。
何をしても、どうやってもこれは離れることなく自身を蝕む。
「──くそっ」
脳裏に映るはあの瞬間。彼女に上掛けを落とされるあの一瞬。彼女のその絶対的なきらめきに魅せられ負けを認めてしまったあの場面。
勝てない。絶対の存在からそう言い渡されたかのような絶望は止まることなく自身を焼く。
何度も激情を露わにした。思い切り叫んだ。物にも当たった。
自分が最低だとわかっている。それでも、感情を一番表に出せる愚行を繰り返しても、この胸のどろどろは取れることはない。
もはや、走るのも体を調整するためではない。
ただのストレス発散。ただのやけくそ。無意味。そんな事はわかっている。そんなことは理解している。
けれど、けど今やれることは。今この苦痛から逃げ出せる様な行為はそれしか思いつかなかった。
(……何やってんだ。私)
ふと、正気に戻り足を止める。気持ちが冷め同時にこの無力感と虚しさが心を満たす。
どうしようもない。そう自覚しながらゆっくりと家に帰る。それはまるで歩く屍。あの廃墟で自身を終わろうとしていた時と何も変わっちゃいない。
どうにか家に帰り、軽く水を飲みそのままリビングのソファに横たわる。食事は喉を通ろうとしない。自分の部屋に戻る気力も無い。
何もしたくない。何も考えたくない。
そのまま目を閉じる。もうどうでもいい。今はただ、この無力感に。この重さに身を浸す。
それが例え底なしの沼だとしても。這い上がれぬ絶望の入り口だとしても。
「おかーさん! わたしね!」
夢を見た。幼い頃。かつての記憶。これはピクニックに行ったときか。
父が運転する車で風が心地良い丘に向かい夕日を見るまで遊んでいたあの幸せの記憶。 無理言って一日中両親とずっと遊び、それでもあの優しい母と父は何ら嫌な顔もせず付き合ってくれたそんな思い出。
これが夢だとはわかっている。こんな幸せ。今の私には叶わない幻想だと。
「わたしね! ────」
幻想の少女は何かを言っている。何を言ったのかは覚えてはいない。
何か夢について語ったような気がする。
それを両親は笑って、叶うと良いねと応えてくれたのも覚えている。
ああ、だけど。思い出せない。自身の一言だけは。かつての言葉は。
自身は何を夢見ていたのか。それは決して思い出せはしない。
目を覚ます。何か夢を見ていた気がする。とても幸せな夢。そのまま浸っていたい幻想。そんな何かを見ていたような気もする。
どうでもいい。もうなんでもいい。すべては終わってしまった出来事。どんな結果であれ自分はあのオーディションに負けた。もう望むべく結末も得られない。
どうしよう。もういっそここで死ぬのも良いかもしれない。家にある物で死ぬのは飛び降りるよりは辛いかも知れない。
まあ死ぬのなんてどちらでも良いだろう。どうせ、最後には何も感じなくなるのだから。
キッチンに包丁を取りに行こうとしたその時、またあの電子音が鳴り響く。あのオーディションへの誘い。どうして、私は負けたのでは──。
急いで携帯を見る。画面にはオーディションを告げる画面。どうやら、まだチャンスはあるらしい。
なら、もう負けるわけには行かない。だって自身にはもうこれしかない。これしか、救いがない。
だから勝たなくちゃ。勝って望むべく舞台を掴まなくては。
舞台に立つ。あの日と変わらないその舞台。
さて、今日の相手は一体誰なのか。もう一度天堂や西條とやることになったら本当にどうしようもない。あんな奴らに勝てるわけがない。
お願い。お願いだから。どうか、どう戦える相手を──。
刹那、舞台が暗転する。光が一点に集まり一人を照らす。
「きらめく舞台ときらめく貴女。どちらも同じくらい好き」
声が聞こえる。その声は知っている。
いつも愛城の世話をしていた少女。
ある時からさらに愛城に対しての執着が激しくなった女。
あの中でも優れた才をみせてはいたのに。反比例するように自信が欠如していた少女。
「回る回る舞台の上に。私も一人で立てるなら」
あの頃とはまるで違う。
あの何もかも愛城に頼り、愛城を柱にしてきたやつとはまるで違う意志を感じれるはっきりとした声。
「九十九期生。露崎まひる。貴女と一緒に。自分の意志で」
露崎まひる。かつて、誰よりも弱そうだったその少女が立ちふさがる。
そんな風には見えないのに、大きな壁として。
「本日のレヴュー。開演です」
キリンの合図と同時に全力で距離を詰め斬りかかる。
露崎はその刃を軽やかに避け、持っているメイスを勢いよく振りかざす。
全力で勢いよく下がる。さっきまでいた場所の足下は抉れており、その威力を象徴している。何だあれ。どんな威力だ。
「──やあっ!」
「ちぃ!」
露崎が続けてその得物を振るう。その威力の重さを感じさせない軽やかな振り。
こいつのバトンの操作技術を嫌というほどに思い出しながら自身の剣を両手で握り受ける。
それぞれの得物がぶつかり、衝撃が走る。重い。わかっていたが恐ろしいほどに重い。これがあの露崎の力。あの誰かにすがるだけだった少女のきらめきなのか──!
「──露崎ぃ! 随分と変わったなぁお前!」
「──そういう、星夢さんも!」
金属音が響く。どうにか受けきってはいるが一発一発の重さに体が悲鳴を上げる。全力で守りに力を注いでようやくでしかない。次第に対応できなくなっていく。
あまりにも。あまりにも鮮やかにそのメイスを扱う彼女に押されていく。
「──くそっ!」
重くて軽いその一撃をどうにか避け、なんとか距離を引く。
瞬間、全力で身をかがめる。刹那、何かが頭上を勢いよく通り過ぎる。何事かと露崎の方を見る。
「──!?」
再び、何かがこちらに向かってくるので全力で回避する。言葉は出なかった。
飛んできていた白い何か。ボール。野球のボールだ。……嘘だろ?
「──えいっ!」
舞台が彼女に向かってボールを放る。それをこちらに打ち返してくる。
無数のボールはもはや銃弾よりも恐ろしく。ただ避ける事も叶わない。
その砲弾の嵐に吹き飛ばされ、舞台に情けなく転がる。
「──っ」
息が出来ない。体が全力で酸素を求めて呼吸をしようとする。
ああ、くそ。露崎に。あの露崎なんかに! 私が。こんなところで!
露崎がこちらに向かって走ってくる。強引に体を起こし、剣を振るう。
けれどその一閃は綺麗に避けられ、露崎の一撃が私の上掛けの留め具を飛ばす。
「レヴュー。終了です」
一瞬。あまりにもあっけなく勝負は決まった。勝者は光に照らされ、敗者は情けなく失態をさらす。
それが定石。例えこの不可思議なオーディションでなくてもそうなるであろう当たり前の常識。
「……くそっ。くそくそくそ!」
「……星夢さん」
「なんでお前なんかに! なんで、愛城のお守り役のお前に!」
情けなく感情をさらす。すでに幕は下りた。何をやっても無駄なあがきでしかない。
むしろ、こんな醜態は無意味どころかあまりにも情けない。
けれど、叫ぶしかなかった。この哀れな私の心を。もうどうしようもない。
わかってはいた。露崎は情けなくなんかない。ただ、自信が無かっただけ。実力も運も、なにより運命がなかった自分とは違う。けど、けれど──。
舞台の幕は下りる。あまりにも醜く。あまりにも情けなく。
どうしようもなく哀れで悲しいその嘆きと共に。
読んで下さっている方ありがとうございます。第四幕。まひるちゃん戦です。まひるちゃんの口上は嫉妬のレヴューを参考に変えてみました。華恋ちゃん以外を相手するまひるちゃんは舞台版しか参考に出来なかったので難しかったです。
追憶はたぶんありません。そのまま次の幕に行く予定です。理由としてはまひるちゃんとこのオリキャラがそこまで交流がなかったのが理由の一つです。
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第五幕
自室のベッドの上にただ蹲る。何もする気にならない。なにもしたくない。もう動きたくない。
あのレヴューに負けてから、心は完全に折れてしまっていた。
認めよう。露崎と当たって一瞬でも慢心した自分を。根拠のない自信で勝てると思ってしまっていた情けない自分を。
勝てるわけがなかったのだ。今も高みを目指している彼女らとただ這いつくばって上を見ているだけの自分。どう考えたってどちらが上かは明白だ。
ただ時間が過ぎていく。辛い。辛い辛い辛い! けど、何もしたくない。死のうと何かをする気にもなれない。
無気力。空っぽ。抜け殻。今の己を表すのならそれがお似合いのゴミくずだろう。
(……あっ)
ふと、一枚の写真に目がいってしまう。
家族の写真。三人が笑っている写真。見たくない。そんな幸福見たくはないのに。目が離れない。目をそらせない。
ふと涙がこぼれる。止まらない自身の感情。何故泣いているのか。悲しみか。絶望か。情けなさか。
訳がわからないが、どうにも止まらないその何かが溢れ続ける。
「……そうだ」
体を起こし、部屋から出る。唐突に向かいたい場所が出来る。行かなければ。あの場所へ。
家を出て、バイクに乗り目的地に向かう。それしか、今は心になく。その感情だけを動力に。
ねじを巻いた機械のように、ただ体を動かしその場所へ。父の墓へ。
そこはあまりにも静かな場所だった。人の気配もなく、何か居る気配がしなくもないその空間。生者が目的もなく訪れるべきではない場所。
それでも、ここに来てしまった。
水の入った木の桶を持ちながらゆっくりと進み、目的の墓に向かう。
決して軽くないその荷物を運びながら、ようやくその墓の前に到着する。
父の墓。大好きだった優しい父が眠っている場所。
あの事故があって母の病院と同じぐらいには行きたくはないと避けていた場所。
そんな場所に、現実から目を背けるためだけに来た自分があまりにも、どうしようもない。
「……お父さん」
持ってきた水を墓に掛け、墓を洗う。
少し、またと少しとゆっくりと水を掛け墓を磨いていく。
どれくらいやっただろうか。時間はわからない。気づけば桶の水は空になっていた。
「お父さん」
線香に火を付ける。あのなんともいえない匂いを嗅ぎながら、それを線香入れに入れる。
そして、持ってきたお供え物を置き、手を合わせる。
「――ごめんなさい」
言葉が漏れる。それは何に対する謝罪なのか。
ここに来なかったことへのか。
母から目を背けていることにか。
あのオーディションであまりにも情けなく負けたことにか。
それとも、あの事故に自分が居合わせられなかったことに対してか。
「ごめんなさい。ごめんなさい、ごめんなさい――」
謝ったって、自己満足で感情を出したって全く意味は無い。
けれどもう、言葉が、涙が止まることはなかった。止められなかった。
一度吐いた言葉は決してどうにもならない。例え何に謝っているのか。それを本人がわからなくなっていてももうどうしようもない。
どれくらい、この場に居ただろうか。どれくらい涙しただろうか。気づけば空は茜色になっていた。
目をこすりながら、ようやく墓から離れこの墓地を去る。
決して楽になったわけではない。それは許されない。あの場に行って何か解決したわけでもない。わかっている。
家には帰らず、バイクである場所に向かう。しばらく走りその場所に到着する。
あの日と変わることのないくたびれた廃墟。かつて、最初に死を決行しようとした場所。
バイクをその辺に止め、建物に入る。
あの日と全く変わることのない階段を重い足を動かし強引に上り、屋上に到着する。
ドアを開け、外に出る。空は、すでに暗くなって星が見える。
星。ある戯曲の一節がふと頭を巡る。
小さな星を摘んだなら、あなたは小さな幸せを手に入れる。大きな星を摘んだなら、あなたは大きな富を手に入れる。
結局、私はどちらの得れず。どちらも掴もうとして失敗した哀れな女。
けれど、今度こそ。もう終わり。
そうしようと柵を越え、狭い足場に立つ。後は、ここから飛び降りるだけ。それで終わり。
足が動かない。それだけなのに、それで終わりなはずなのに。
怖い。前は軽く一歩を出せたはずなのに今は無性に怖い。こんなになっても死ぬことに対してもまだ恐怖を感じるのか。なんと情けない。
無理矢理にでも足を踏み出そうとする。
その瞬間、またこの瞬間にあの電子音が鳴り響く。なんなのだ。なんで邪魔をするんだ。どうして、こんな地獄を見せようとするんだ。
舞台に誘われる。あまりにも、無情に。その理不尽に。ただ、流されるだけだった。
舞台に立つ。再び、この奇天烈な舞台に。もう、ここにも何にも希望もないのに。
もうほっといてくれ。もう終わらせてくれ。疲れた。辛い。嫌だ。嫌だ嫌だ。助けて。
「人には定めの星がある」
スポットライトが一点に集まる。そこに映されるは一人の少女。
かつて、あの学び舎で共に学んだ少女。
「きら星。あけ星。流れ星。己の星は見えずとも」
皆をまとめ、あの変わり者の多いクラスで大場ななと中心から支えていたその少女。
「見上げる私は今日限り」
あの天堂真矢よりも。誰よりも真面目で、折れることを知らなかった強い少女。
「九十九期生。星見純那、掴んで見せます。自分星!」
星見純那。今の自分にはあまりにも大きく、遠い存在に見えるその少女がこの舞台に立っていた。
「では、レヴュー。開演です」
舞台が組み上がる。あの誰よりも真面目で面倒見の良い彼女の心に。矢が放たれる。
どうでもいい。もうどうでも良い。今はただ、今は何かに当たりたい。このどうしようもない気持ちをどこかにぶつけたい。
繰出される矢を無視して、駆け出す。
それはもはや人には見えず。飢えた獣同然。人でありながらそこまで堕ちた哀れな少女のなれの果て。
「――うわあぁ!」
ただ、やけくそに剣を振るう。もはや舞台の上の演者ではなく。見る物すべてがそれを哀れんでしまうぐらいには情けなく。ただ強引に斬りかかる。
「――星夢さん!?」
ようやく。相手が誰か気づいたらしい純那。無理もない。かつて、彼女が見た少女と。 あの星夢誘とはあまりにも違う。人をよく見ている彼女ですら、わずかに誰かわからないほどには雰囲気も何もかも変化してしまっていた。
「くそ。くそくそくそ!」
斬撃は当たらず、星見に綺麗に避けられる。当たり前だ。こんな素人が振った方がまだ当たりそうなほどにやけくそなその斬撃はこの舞台では絶対に当たらない。
「――もう嫌だ。なんで、なんでこんな目に。なんで、どうして――」
「――星夢さん?」
舞台は自身の心を表わすかのように変化する。
気づけば、自身の剣は折れていた。
もはや、舞台少女としてのきらめきすら折れてしまった。
星見が近づいてくる。もうどうでもいい。どうでもいいんだ。とっとと終わらせてくれ。私にとどめを刺してくれ――。
「星夢さん」
気づけば、星見はすぐそばまで来ていた。弓矢で一発当てれば終わりなのに。お前ならば外さないだろうに。
なんで、どうして。どうして、そんな悲しそうな目で見てくるんだ。
「見るな。なんでそんな目で見る!? お前も。花柳も!」
「……星夢さん」
「なんでそんな声を出す!? 天堂も。西條も。露崎も!」
「星夢さん」
「もううんざりだ! もう嫌だ! とっとと終わらせろよ! もう――」
「星夢さん!」
頬に衝撃が走る。何だと思い、前を見てみると星見がこちらの顔を両手で押さえ、しっかりと目が合うようにされる。……えっ?
「こっちを見なさい! 星夢誘!」
星見がこちらに強く言葉を放つ。
なんだというのだ。こんな負け犬に何を言いたいのか。なんでこんな無駄なことをするのか。
「貴女がなんでそんな事になっているのかは知らない! けど、舞台にいるときはぐらいはしっかりと立ちなさい!」
星見が更に言う。なんて厳しい言葉。なんて恐ろしい言葉。
けれど、温かい。そこには優しさが。こんなやつにも真摯に向き合うその優しさが感じ取れる。
「貴女はなんで舞台に立つの!? 思い出して! 星夢誘!」
その言葉でふとよぎる一つの記憶。少女の記憶の彼方。己の忘れていた誓い。あのピクニックで両親に言った夢。
「わたしね! しょうらいりっぱなすたぁになる! おかあさんとおとうさんにすごいぶたいをみせてあげる!」
それはただの言葉。子供のくだらない戯れ言の一つ。今までこの舞台の道を歩んできたことには関係ないのかも知れない。
けれど。けれども。
(――ああ、そうだ。そうだった)
何もなかった心に火が灯る。空っぽの体に少しずつ力が戻る。舞台への活力、この世界に向き合う意志が少しずつ戻る。
(私は、私は!)
舞台が変わる。先程までの絶望を象徴する悍ましい黒い煉獄から、何もかもを燃やせる情熱の赤き炎に。
私の、星夢誘の心情を映し出す舞台へと。
「私は!」
折れていた剣の刃が変わる。ただの凶器であったその刃から自身のきらめきを象徴する光へと。
舞台少女星夢誘は蘇る。再び舞台に立つために。かつての夢を。今の夢を。愛する両親に見せるために。この世だろうがあの世だろうがこのきらめきを届けるために。
「聖翔音楽学園元九十九期生。星夢 誘!」
星見の問いにはっきりと答える。例えあの学園を去っていても。あの学園で学んだことは変わりない。あの日々は決して無意味ではない。
剣を構えて星見に向き合う。今日初めて相手の顔を見た気がした。
いや、このオーディションで始めて相手を向き合ったような気がした。
彼女も少し、安心したような顔をこちらに見せる。まったく。相変わらず優しいやつだ。
「相変わらず甘いやつだな。そのまま倒せば勝ち星だったろうに」
「そんな貴女に勝ったって、ちっとも私は嬉しくないわ」
私の軽口に星見が軽く返してくる。本当になんでもないように言ってのけるその少女はやはり甘い。とっても甘くて優しくて。ずっと憧れる強いやつ。
お互いに一瞬見合う。せっかく待ってもらったんだ。なら、最高の自分を。星見純那が望む最高の私で全力で挑む――!
動くのは同時だった。星見は距離を取りながら矢を放つ。
それを避け、払いながら距離を詰めていく。舞台はめまぐるしく動く。星見の舞台に。私の舞台に。一つの物語を象っていく。
どれくらい経ったのだろうか。この終わりのない舞台。それに終わりが見え始める。
建物の上に上がる。どこにいても正確にこちらを狙ってくるその矢を上手く対処しながら、頂上に到着する。
狙ってくる矢を避け、どこから放たれているかを正確に把握する。――いた! あそこだ!
「はあぁぁ!!」
全力で地を蹴り、星見目掛けて全力で飛び出す。
星見が空中にいる私目掛けて思いっきり矢を放つ。
全力で放たれるそれを思い切り弾く。
そして、その勢いのまま星見の上掛けを落とす。
「レヴュー終了です」
キリンが終了を告げ、幕が下りる。
楽しかった。こんな気持ちで舞台に上がったのは久しぶりだった。やっぱり楽しい。
「――ありがとう星見。やっと、やっと向き合える様な気がする」
「いいわよ、別に。いかに優れた人間でも、時には我を忘れる事もある――ウィリアム・シェイクスピアもそう言ってるし」
星見が笑ってこちらに言う。負けて悔しそうなのは当たり前だが、それでも前向きな笑顔。
それでこそ、星見純那。私の憧れた強さを持つ人。
「今度、何があったか聞かせてね」
「……おう」
会えるかなんてわからない。連絡先をあの学校で交換したことはない。そんな奇跡はあり得ないかも知れない。
けれど、こんな不思議な舞台もあるのだ。
いつかきっと、いつかまた会えるのだろう。
もう死のうなんて思わない。始まる前のあの空虚な気持ちは、何故か恐ろしいほどにすっきりとした気持ちになっていた。
読んで下さっている方ありがとうございます。第五幕。純那ちゃん戦です。書きたかったところの一つなのでここまで書くことが出来てよかったです。
例によってキャラに違和感があったなら申し訳ございません。
話も後二~三話で終わりだと予定しています。頑張って書きたいと思いますのでよろしくお願いします。
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追憶 星見純那
休日。それは多くの学生にとって心安まる休息の日。それは星見純那にとっても例外ではない。
最近体を動かしてばかりな気がするので今日は机に向かい、この前借りた本を読んでいる。以前から読もうと思っていたその本。
最近は、あの訳のわからないキリンや不思議現象について一応調べたりもしていて時間が無かったので今日は休息のつもりでゆっくり読もう――今日はルームメイトのななもいないし。
「…………」
無言で本を読みふける。途中ベッドに横になって読んだりして、半分くらい読み終わってきた。これなら今日中には読み終わるだろう。
「……あっ」
ページをめくり文章に目を通していると、思わず声が出てしまう。
つり目の女の子が親友と全力で語らい、意志をぶつけ合う場面。
小説としてはよくある構図でなんともないのだが、その光景が先日のキリンのレヴューを思い出させるような場面だったのだ。
(……星夢さん)
ふと一人の少女について思い出す。星夢誘。その日にぶつかり合った少女。かつて自身も在籍している聖翔音楽学園で共に学び、お互いを高め合った少女。ななとは別に目を離しにくかった誤解されやすかった女の子。
星夢誘について知っていることは意外にも少ない。仲は良かったと思う。けれど、連絡先も知らない。ライバルであり、同時に友達だったとこっちは思っている。
実際彼女と私、そしてななの三人でグループを組むことが多かった気がするし――思い返すと彼女は花柳さんと組むことも多かった気もするけど。
ともかく仲は良かったと思う。その目の鋭さのせいで誤解されるところも多かったが、実際は彼女は真面目で舞台に真剣に向き合う人であった。
だからこそ、彼女が学校を去ったと聞いたときはななと二人で理由を聞きに行ったのだし――さすがに教えてもらえはしなかったけど。
(……何があってあんな風に?)
だからこそ、だからこそ余計に疑問だった、あの強い少女があそこまで変わってしまっていたことに。
あの舞台で再会した彼女は別人のような雰囲気を醸し出していた。
あの鋭くも情熱を感じさせる瞳は、恐ろしいほど濁った死人のような目に。
舞台に掛ける思いの強さは、今の神楽ひかりといるときの華恋と同レベルに隠しきれない感情は、ただ周囲に当たるだけの暴力に等しく。
そのすべてが痛々しく思えるほどに、暴れていた彼女が。何故か、大事な物を無くした子供のように見えてしまった。
それが、あまりにも悔しくて。あの見習うべき所の多かった強い少女。その彼女がどうしようもなく、そんな風になるまで気づいてあげられなかった自分が何よりも悔しくて。せめて学校を去る前に何か聞いてあげられなかったかと。
だからこそ、だからこそ。強く声を掛けた。貴女は一体誰なんだと。何のために舞台に立っていたのだと。
彼女がまた立てるように。ななと違ってもう遠くにいる彼女に。
結果として、彼女はまた立ち上がってくれた。本当に良かったと思う。私は心理系についてあまり詳しいとは言えない。
人の心に寄り添うならななのように優しく接したりするのが正しいのだろうとは思う。 人にはつい厳しく言ってしまう自分が。もし余計なことを言ってしまったらどうしようって。
「……駄目ね私。つい悪い方向に」
華恋やななはそれを優しさだと言ってくれたけど。とっても不安だった。
けれど、あの日の最後。彼女はありがとうと言ってくれた。
無駄じゃなかった。学校の時は踏み込めなかったけど。それでも、また笑い合えた。
気づけばページはほんの少ししか残っていなかった。どうやら、考えながら読んでいたらもう読み終わってしまったようだ。
「……また会えるかな」
ふと不安が漏れる。彼女とはもう会えないのかもと。
連絡先も知らない。あの日会えたのは奇跡。
もう会うことはなく、彼女とまた話せる機会は訪れないのではないのかと。
一度考えてしまうと止まらない。どうしようもない不安。
ああ、けれども。それでも。
「……会えるよね」
そうだ。約束をした。また会ったら話をしようと。今度こそ友達として。二人でも良い。ななと三人でも良い。なんなら、彼女を知っている人達と一緒でも。新しくこっちに来た神楽さんを紹介しなきゃ。
話すことはたくさんある。聞くこともたくさんある。
ならば、それならば。きっと会えるだろう。いつものことだ。
諦めずにいることが私の強み。なら、私がそんな風に思っていてはだめだ。
「――よし! コーヒーでも入れてこよう!」
本を置き、リビングに向かう。私にとっての大事な
読んで下さっている方。ありがとうございます。短いですが書けました。
そろそろ連休も終わり、書ける時間も減ってきてしまいます。それでも、この作品は書き上げるために努力しますので最後までお付き合いしていただければ嬉しいです。
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最終幕
目が覚める。ここ最近で最も目覚めの良い朝だ。洗面所に行き、顔を洗う。冷たい水がとても気持ちいい。何もかもがこの前までと違って見える。違う風に捉えられる。あんなに、あんなにどうしようも無いと思ってたこの世界が、この日常がこんなにもまぶしいなんて。
「……よし!」
顔を洗い、適当なジャージを着て外へ出る。ゆっくりと走り始める。朝の心地良い風。ぽかぽかさせる太陽。ああ、そういえばこんな気持ちでランニングはしていたなと思い出す。
一時間ほど走り、家に戻る。汗を流し、簡単に食事を取る。もう、食欲がないなんて事は無い。むしろ今までの分食べてエネルギーを付けなければ。
そう思いながら食べているとすぐに食べ終わってしまった。
少し埃の被ったテレビのリモコンを持ち、スイッチを押す。テレビは何も変わらずつきニュースが流れる。まったく記憶にないニュース。まあ当たり前だ。テレビを見たのなんて久しぶりだ。新聞なんて読んでなかった。この社会から置いて行かれるのなんてしょうがないとしか言えない。
「……どうしようかなぁ」
ニュースをぼーっと見ながら、これからのことを考えてるとふと言葉が漏れる。これから。学校も辞めてしまってどん詰まりな気がする。学歴も今は高校中退ってことになるだろうし。
……バイトでもしよう。いずれこの家にも住めなくなる。自分で出来ることをやっていかないと。もう、泣き言を言ってるだけの生活は終わりだ。
ぼんやりと、ぼんやりとこれからについて決めていたとき。突如携帯から大きな音が鳴る。一瞬あのオーディションかなと思ったが音が違う。いつもの着信音。……最近こっちを聞いてなかったせいで違和感が凄い。
「……はい」
とりあえず出てみる。そういえば電話番号を確認していなかった。まあいいか。迷惑電話なら切れば良いし。
電話を掛けてきたのは病院だった。母のいる病院。そういえば、最初に行ったときに電話番号を登録したっけ。なんだろう。――まさか!
不安がよぎる。母の身に何かあったのではないのかと。今更それを私が言うのはあまりにも卑怯だと思うがそれでも寒気が走る。
しかし、その不安は最初の一言に打ち消された。いても経ってもいられず気づけば病院に向かってバイクを走らせていた。
母が目覚めた。その一言が聞こえた瞬間にはすでに。
走る。走る走る! 階段を全力で上がり、一つの部屋に向かう。
息が切れる。お腹が痛い。どうでもいい。
速く。もっと速く! 周りを気にする余裕なんて無かった。――お母さん!
「――っ!」
部屋の前のドアに到着する。
急いで開けようとするが、その手が何故か動かない。自分がここを開けて良いのか。母が起きていたとして。
今まで何もせずただ逃げてきただけの私が会う資格なんてあるのか。今すぐ、ここを離れて二度と顔を見せずにひっそりと生きていく。その方が、母のためになるのではないだろうか。
開けようとしていた手が降りる。やっぱり帰ろう。その方が良い。今更のこのこ訪れる方が間違っているのだ。
「おや、入らないのかい?」
扉に背を向けようとした瞬間、声を掛けられる。そちらを見てみると、白衣を着た男の人。
そうだ、確か母を見てくれたお医者さん。部屋の前にいたのが邪魔だったか。だったらどかなきゃ。
「……??」
道を譲る。この人が入ったら私も帰ろう。
その時に母の顔が一瞬でも見えたらいいなと思っていたのだが、何故かその医者は不思議そうにしており、入ろうとしない。
「――確か、星夢さんの娘さんだよね? 会いに来たのではないのかい?」
「……今更、私が来ても。あまりにも都合が良すぎないですか?」
特に知っている関係でもないのに、それでもつい弱音を吐いてしまう。
こんなところで、この人にはどうでも良いことだろうに。
「……君のお母さんが目覚めたとき、最初に聞いてきたのが君のお父さんについて。そして君のことだった」
その医者の一言は信じられなかった。
確かに母は眠っていた。私が自分のエゴだけでここに来ていないのを知っているわけはない。
けど、それでも。その言葉は今の私にどうしようもなく響いてしまう。
「本当に後悔しているのなら、会っていくと良い。そして謝るんだ。そうすれば、きっとやり直せる。いくらでもだ」
それは医者の中では単なる助言でしかないのだろう。
けど、それは。それで良いのか。こんな薄情なやつでも。また、やり直しても良いのだろうか。涙がこぼれる。最近、泣いてばっかりだ。
もう迷いはない。ドアを開ける。
そこには、そのベッドには、確かにいた。あの日から、起きることのなかったその女性。ずっと会うのは怖かった。自分が行ったら死んでしまっているのではないのかと。もうあの声を、あの笑顔を見ることは出来ないのではないのだろうかと。
「――誘?」
こちらを呼ぶ声がする。あの頃と変わらないその優しい声。こちらをちょっと不安そうに見る顔。母さん――お母さん!
「――お母さん!」
再会はあっという間だった。
例えその前にどれだけの苦痛があったとしても。この瞬間は、今この瞬間だけは。あの時死ななくて良かったと。生きていて本当に良かったと思う。
母とは長い時間話した気がする。先生が見てくれて、その後にたくさん話した。ここに来なかったことを謝った。生きていてくれてありがとうと心から伝えた。そして――父が死んだことも。
母はそれを何も言わずに聞いてくれた。
けれど、私の前で涙は見せなかった。見せてくれなかった。父が昔言っていた。私と母は似ていると。辛いことを一人で抱え込むところがよく似ていると。
病院を去る。次は、すぐに来ると約束をして。これからは母と向き合おうと決意して。弱音を吐いてくれるように、甘やかされるだけの自分はもう終わりにすると誓って。
家に到着する。
その時、またあの電子音が鳴る。もう驚くことはない。慣れてしまった。このオーディションも悪くないなと思ってしまったから。
予感がする。これが最後だと。恐らくこれが最後の舞台になると。
けれど悔いは無い。この誘惑に乗って良かった。
「……行ってくるね」
それは誰に誰に言ったのだろう。両親か。それとも自分にか。
多分違う。けれど、その言葉は、最後に向かう一言には妙にしっくりきた。
「かつて目指したきらめく舞台」
スポットライトが自身を照らす。言葉にするはかつての夢。
これまで歩んだ夢の跡。
「外れた道を歩むとしても。届く場所は違うとしても!」
それはこのオーディションの経験。
様々にきらめく舞台少女との向き合い。
己の心をはっきりとさせる奇跡の舞台。
「元聖翔音楽学園九十九期生。星夢誘! 最後に魅せよう。このきらめきを!」
高らかに宣言する。正の部分も負の部分もありったけ込めて。
己のすべてを声に込めて。最後の舞台を楽しむために。
「本日のレヴュー。開始です」
キリンの宣誓を合図にオーディションが始まる。
辺りを見回す。いつもなら相手も強く向かってくるのに。己が主役と言わんばかりに中心を取ろうとしてくるのに。
「……誘ちゃん」
震えた声が聞こえる。そちらを向くと、そこにはいた。一人の少女が。自分ほどの背の大きさ。愛嬌のある顔。誰にでも優しく出来る強さを持った女の子。
大場なながそこにいた。
大場に近づき剣を振るう。大場はそれを二つの刀で受けようとする。お互いに向かい合う。彼女はとても、とても泣きそうな顔でこちらを見ている。
「――おい大場! どうしてそんなに泣きそうなんだ?」
「……えっ?」
剣を受ける力が入っていない訳ではない。先日までの私を違い、どうしようもなく憤っているわけでもない。
ただ、もう会えない存在にあったかのような存在を見た――そんな顔。嬉しくも、どこか悲しそうなその表情。
刃を打ち合う。こちらが攻めればあちらが守る。あちらが攻めればこちらが防ぐ。
両者均衡。まるで舞踏会で踊るかのように斬撃を紡ぐ。
「なあ大場! 昔よりガキっぽくなったな!」
「――そういう誘ちゃんも、随分と感情を出すね!」
「応とも! 最高に楽しいさ!」
お互いに言葉を投げ合う。剣と同じぐらい遠慮無く。まったく繕わない言葉の応酬。
大場とは特別仲が良かったわけではない。
それなのに、まるで長年の親友のように感情をぶつけ合う。段々と、大場の顔も楽しそうに輝いてきた。
どれくらい経っただろうか。
もはや、お互いに相手を打ち負かすことなど気にしてはいない。
ずっと終わらせたくない。ずっとこの楽しい舞台に幕引きたくない。そんな思いで刃を交わす。
それは例えるなら決闘の一つ。河川敷で殴り合う青春の一幕。見ている者も滾らせ、何か感じずにはいられない。
けれど、終わりが近づく。
互いの体力は限界に近づき、互いに距離を取る。
さんざん語った。刃でも、言葉でも。なら後は、最後にはその意志をお互いに見せ合うのみ――!
息を整える。最後の一撃に全神経を注ぐ。大場は刀を一つ、鞘に仕舞い一本をこちらに向ける。あいつの本気。舞台にきらめく大場ななの最高の一撃!
「「――っ!」」
駆け出しは同時。ただ剣を振るう。それが最高の一撃になるという確信があった。
交差するのはほんの一瞬。
「オーディション。終了です」
キリンの掛け声と上掛けが空に羽ばたくのは同時だった――私の上掛けが。
幕の下りた舞台についへたり込んでしまう。
終わった。負けてしまった。けど、こんなにすっきりしているのは何でだろう。こんなにも。楽しかったと思えているのは何でだろう。
「……誘ちゃん」
「なあ大場? ――楽しかったな」
「っ! うん!」
大場が手をこちらに差し出す。それを掴み、顔を見合わせる。相変わらず優しそうな顔。
ああ、もっと早く。こんな風に手を掴めれば。あの学園でもっと素直にしていれば。
舞台が消える。もうすぐ、こいつともお別れか。
なら、言うべき言葉は一つ。こいつに、こいつらに伝えたいのは一つだけ。
「また会おうな。大場」
「――うん。うん!」
これ以外にここで言うことはない。他のことは、語りたいことは外で言いたい。
この舞台ではなく、運命に導かれ再会したときに。だからそれまではこの言葉は取っておく。
舞台から現実に戻る。もう、ここに来ることはないだろう。この不思議ながらも楽しかった運命の舞台には。
読んで下さっている方。ありがとうございます。最終幕。ばなな戦です。このばななは純那ちゃんに励ましてもらった後のばなななのでこのぐらいで。このオリキャラはひかりちゃん同じで今回だけの例外なので、再演前ならひかりちゃん並みに警戒されます。
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終演後
空も青く速やかに晴れ渡るこの日。星夢誘は両手に荷物を抱え、ある場所に向かっていた。
死ぬ木で勉強し新しく高校に編入しそこでのクラスメイトに紹介されたライブハウスのバイトもこなしながら頑張る彼女だが、今日は予定をすべて開け見に行きたい物があった。
「……うん。ついた」
到着した場所には看板が立てられている。聖翔祭と書かれたそれを懐かしそうに見る。まだ一年ぐらいしか経ってないのに、随分と久しぶりに見た気がする。……いや、久しぶりか。
聖翔音楽学園。かつて通っていたその学び舎に足を踏み入れる。今度は舞台少女としてではなく、観客として。彼女らの聖翔祭をこの目で見たいと思ったため。
舞台の会場に歩く。九十九回の時も思ったが、見に来る客が多い。もしかしたら去年より多いかも知れない。まあ百回ということで見に来る人もいるのだろうしと納得しとく。 まあ、ゆっくり見たかった気もしなくはないが今の私は観客の一人。そう勝手なことはしてはいけない。
懐かしいその廊下を通り、ステージに到着する。相変わらずの広さに驚きながら席に座る。割とぎりぎりの時間に来てしまったためかほとんど満員。
二年生の舞台にこれだけ来るのはやはり天堂真矢がいるからだろうか。
ならば、覚悟して見てほしいと思う。この舞台には彼女に負けず劣らずの舞台少女達がたくさんいるのだから。
入り口でもらったチラシを見る。スタァライト。毎年やっているそれの内容が変わることなど無いと思うが、脚本者の名前の一覧に大場ななとあるのがとても気になる。
彼女はA組だったはずなのだが。……まああいつならどっちも上手くやってるのだろう。
そうこう考えている内に会場の明かりが消え始める。
いよいよ始まる。第百回聖翔祭が。あいつらの舞台が。
幕が上がる。内容はあまり変わらず。フローラとクレールが星摘みの塔を登る。そして、中にいる魔女を乗り越えついに掴もうとするまでは同じだった。
けれど、そこから全く違った。一度落とされ、クレールと分かれる事になってしまったフローラ。
彼女は諦めずにもう一度、一人でこの塔を登る。そこには、変わらず魔女が。
その魔女達と接することによって開放し真実へ到達する。星積みは罪の許し。星積みは夜の奇跡。クレールは開放され、二人は二つの星を掴み、幕が降りる。
正直、驚くところが多かった。
まず悲劇で終わらなかった点。まあでもこれは納得。あの大場ななが脚本に参加しているのだ。
ありふれた悲劇など、彼女には似合わない。
二つ目は、主役が天堂じゃないこと。まさか、あの愛城が主役をやっているとは想像すらしていなかった。クレールをやっていた少女は見たことなかったが、あの二人は息が恐ろしいほどに合っていた。
二人で一つ。まさにそれを体現している彼女らだからこそ、天堂達も納得したのだろう──まあ、ちょっとだけ天堂達の主役も見たかったけど。
大体の人は帰っただろうか。私も席を立つ。まあいろいろな感想もあるけど、凄かった。きらめきに満ちていた。それだけははっきりと言える。
もし叶うなら、私もあの舞台に立ちたかったけど。例え、あのまま在籍していても出れるかはわからなかっただろう。
ゆっくりと感傷に浸りながら歩く。たった一年、それしかいなかったのにこの学び舎がどうにも懐かしい。花柳をおぶって運んだり、星見としゃべったり。思い返すと、意外と舞台以外のことも思い出せる。
「──星夢?」
ふと誰かに呼ばれたような気がする。そちらを振り返って見てみると、そこにはかつての担任。櫻木先生がそこに立っていた。
「──櫻木先生。お久しぶりです」
「……ああ。久しぶり」
挨拶を返し、近寄る。思えば、担任だったこの人とも話すことはそう無かった。授業だけでしか関わることのなかった昔。
今にしてみればなんてもったいないと思える。それにしても、よく気づいたな。今は帽子も被っているのに。
先生に伝えた。学校を辞めてからのことを。いろいろあって今は勉強をしながら大学を目指していることを。今日の舞台が素晴らしかったことも。
先生は、それをなんでか感慨深そうに聞いてくれた。
「──お前のことはずっと気になっていた。何せ事情が事情なだけにな」
「まあ、あの時は本当に急でしたからね」
「本当だよ。けど、本当に元気そうで良かった」
本当に、本当にほっとしたように今の私を喜んでくれた。良かった。これだけでも、今日来た甲斐があった物だ。
「星見や大場も理由を聞きに来たしな」
「……そうですか」
私の退学にそこまで反応してくれたのか。やっぱり、私は恵まれていた。あんなに強くて優しいやつらと一緒に学べたのだから。
「……そろそろ行きます。先生も、仕事があるでしょう」
「そうか。……会っていかないのか」
「まあ。来年も来ますよ」
そう言って腰を上げ、この場から去ろうとする。数歩歩いたところでふと思いつき、先生の方を向き一礼をする。
「先生。ありがとうございました!」
「──ああ。これからも頑張れよ」
ずっと、ずっと言えなくて後悔していた。学校辞めると言った日には押しつけるような形で辞めてしまったからなおさら。先生の顔は見えなくとも、その激励だけで救われた気がする。
その場を去り帰ろうとしたところで、持ってきた荷物に気づく。そういえば、渡すのを忘れていた。さてどうしよう。これはさすがに持って帰っても食べきれない。
どうするかと迷っていた所で、二人こちらに歩いてくるのが見える。
さっきまで主役をやっていた二人。愛城華恋と知らない誰か。確か、紙には神楽ひかりとあった気がする。ちょうどいい。
帽子を深く被る。愛城に気づかれるとうるさいし、せっかくの聖翔祭に気まずくなってしまうだろう。
「──そこの主役お二人さん。ちょいと待っておくれ」
「──ええっと。何か?」
黒髪の方が怪訝な顔で答える。まあ、いきなりこんな変なしゃべり方で止められたら怪しむだろう。まあ気にせず行こう。
「さっきの舞台。本当に素晴らしかったよ。よければこれを。皆さんで食べてほしい」
「わー。大福! ありがとうございます!」
「あっ! ちょっと華恋!」
黒髪がちょっと止めようとするが、愛城がまったく疑うことなく受け取ってくれる。……もうちょっと疑ってくれないと不安になる。
「大丈夫だよひかりちゃん! この人はなんか大丈夫!」
相変わらずの感覚論。まったくわからないが、その直感に大丈夫と断言されるとちょっと照れる。
「ではさようなら。来年も楽しみにしてるよ。愛城」
「はい! ってあれ?」
そう見えないように急いでこの場を去り、学校を出る。まったく、最後まで楽しませてくれる。本当にいい学校。
「お世話になりました」
去り際にふと呟く。その一言でようやくこの学校に、舞台という道に区切りが付けられたような気がする。
もちろん舞台は好きだし、これからも見たりはしていく。けれど、舞台少女としての星夢誘はこれでおしまい。
かくして少女は次に進む。それがどういう結末に陥るかは誰にもわからない。再び舞台に戻るのか。それともこのまま違う道を進むのか。けれど、この舞台はここで幕引き。続きは、彼女がこれから紡ぐのだから。
最終話です。ここまで読んで下さっていた方ありがとうございます。
活動報告を載せるので興味があればご覧下さい。
最後に、お気に入りして下さった方。評価を入れて下さった方。読んで下さった方。本当にありがとうございました。
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蛇足
遭遇
「ありがとうございましたー!」
大きな声が店に響く。今日何度目になるだろうか。
笑顔でお客に対応する少女──星夢誘は、今日もせっせと労働に勤しんでいた。
「──ふう」
ちょっと疲れた。もうだいぶやっているこのバイト。時給が高くて周りも悪くないこの環境にも随分と慣れてはいるのだが、三連勤目ということもあり少し眠い。
こんな調子だが、帰って大学の課題もやらなくちゃいけないのがとても辛い。
「星夢さんー! ちょっと来てー!」
店長が私を呼ぶ。一体何だろうと思い店長の元へ向かう。
何かあったんだろうか?
「あっ、星夢さん! 奥の部屋を簡単に掃除してきてくれない? これから使うんだ」
「はい」
店長に奥の部屋か。珍しい。
この店はそこまで大きくないし、予約のお客がほとんどなのでいきなり大人数を使うことは少ない。実際私も大人数であそこの部屋が使われるのを見るのは少なかったりする。
「店長。何人ぐらい来るんですか?」
「九名様だったよ」
九人。一グループにしては多いと思える。
どっかの飲み会かな? 羨ましい。こちとら飲む機会なんてあんまり無いのに。
奥の部屋に行き、簡単に掃除をしておく。まあ正直そこまで汚く無いし苦労はほとんど無い。
「──お腹減った」
つい口から漏れる。そういえば、昼におにぎり食べてから水しか体に入れてない。なんか食べたい。店長何か作ってくれないかな。
そんなことを思っていたら扉の開く音がし、同時にたくさんの人が話す声が聞こえてくる。どうやら来たらしい。……はあ、がんばろ。
「──い、いらっしゃいませ!」
意識を切り替え、お客の元へ向かう。
その面子の顔を確認できた時、一瞬固まってしまった。
何の運命のいたずらだろうか。とても見覚えのある人達。最近はテレビや雑誌でもちらちらと見る事もある面々。というか星見達だった。
「予約しておいた星見です。あの、大丈夫ですか?」
「は、はい! では、ご案内します!」
どうにか表情に出さないように席に案内する。
幸い、あっちは気づいてはいないようだ。まあ私だとわかったところでどうなのだという話だが。
どうせ出会ってしまうなら、こんなしょうもない感じではなく、もうちょっとそれらしい感じで遭遇したいし。
「双葉はん双葉はん。何がおすすめなん?」
「ちょっと! 何で隣なのよ、天堂真矢!」
「ひかりちゃん何飲むー?」
……相変わらずキャラの濃い奴らだ。石動にべったりな花柳とか、いちいち天堂に一言言う西條とか。
こいつらを見ていると、なんだか昔を思い出す。聖翔にいたあの一年間を。
少しだけ感傷に浸りながら、オーダーを取りキッチンへ戻る。
キッチンでは他に客がいないからか、店長ともう一人のバイトの先輩が作業をしながら話していた。
「店長。お願いします」
「ありがと。……何かあった?」
オーダーを受け取った店長が唐突に聞いてくる。
「──えっと?」
「ああごめんね。星夢さん、いつもより優しい目をしていたから」
そう言って店長が作業を開始するため離れる。
そうか。顔に出ていたか。確かに思う所はあったのだが、まさか顔に出ているとは。まったく、元舞台少女が聞いて呆れる。
「ねえ星夢さん! あの中に天堂真矢いたんだけど! サインとかくれたりしないかな?」
「……あっちもプライベートなんですから辞めといた方が良いですよ」
「そっかー。まあしょうがないかー!」
先輩がサインをほしそうにしていたのでやんわりと止める。そういえばこの先輩割とミーハーなところがあったな。
まあたぶん天堂達なら書いてくれそうな気もするが、今日は諦めてほしい。私のために。
「あれあれ? そういえば、さっきから元気ないね? もしかして、知り合いだったり?」
「……まあ」
何度か行き来した頃。先輩があいつらについて聞いてくるのを適当に流す。いろいろと大雑把な人なのにこういうとき妙に察しが良いのは何故なんだろうか。
まあごまかすのも面倒くさいので、手を動かしながら軽く説明する。
昔通っていた学校のクラスメイトだったこと。訳ありで辞めて、それ以来会ってないことぐらいだが。
いつもはからかってくる先輩も何でか静かに聞いてくれたのでつい話してしまった。バイト中なのに。
「そっか。いろいろあったんだね。……話してこないの?」
「今はバイト中ですよ先輩。……それに、あっちもせっかくの飲み会でしょうしね」
話を切り上げ、用意できた品を部屋に持って行く。
先輩には悪いが今日は本当に会う気はしなかった。……まあ眼鏡もしてるし特に気づかれる事も無いだろう。多分。
「失礼します」
一言掛けて部屋に入る。お酒や食べ物もだいぶ進んでいるようで、その部屋はなかなかにカオスな状態になっていた。
知らない黒髪や星見と饒舌に語り合っている天堂。意外にも酔っているように見える石動の話しを少し苦笑いで聞いている西條や露崎。割とお酒に強い方なのか、一番普通に話す愛城と大場と花柳。
正直見てられないのでテーブルに品を素早く置き退室しようとする。昔の知り合いとか関係なくこの酔っ払いどものに絡まれるのは勘弁したい。
部屋から出ようと腰を上げると、何処からか視線を感じたのでそっちをちらっと見てみる。
見ていたのは黒髪の女性。名前は何だったか忘れたが聖翔祭で二年連続
特徴的な髪飾りを付けたその女はこちらをじっと見てくる。こいつと私は会った事なんて無いはず。なんだ一体、私の顔に何か付いているか。
「……ええっと。どうされました?」
「……どこかで会ったことありますか?」
そう聞かれた時心臓がどきっと鳴った気がした。こいつとは会ったことがないはずなの、に……。あっ。
思い当たることが少し浮かんだ。一つは第百回聖翔祭の時の大福。そしてもうひとつは──。
「……もしかしてですが、だいぶ前に道端でスタァライトやっていましたよね?」
「──!! はい。じゃああの時合わせてくれた人ですか?」
「ええ。お久しぶりですね」
なるほど、あの時のカンパ少女だったか。それなら思い当たることもある。まさかこいつだったとは。世界は狭いな。
いつぞやのクリスマス前。ちょうど短気のアルバイトの帰りだったか。道端で一人で劇を始めたそのインパクトと圧倒的なクオリティは未だに覚えている。それを見ている内についやりたくなってしまい、少しだけやらしてもらったんだったか。
「やっぱり。……あの時はありがとうございました。とっても上手でした。お姉さんのフローラ」
「……そう言ってもらえると嬉しいです。……それと、お姉さんはやめてください。多分同い年なので」
「えっ?」
軽く礼をして部屋を出る。なんか余計なことを言った気がするがまあ酔っ払いにだし問題無いだろう。
それに思い出した。あの少女は前に雑誌で見た神楽ひかりだ。天堂真矢と同じぐらいには注目されている話題の女優。そんな少女と一緒にスタァライトが出来たのか。少し嬉しい。
次第に注文のペースも落ち、あちらに行くことも少なくなった。そろそろあいつらも帰るだろうか。まだ閉店時間までには時間があるためどっちでも良いが。
少し考えていたらなんだかトイレに行きたくなっていた。
「店長。トイレ行ってきます」
「わかった! もうやることもないしゆっくりで良いよ」
店長に一言伝えてからトイレに行く。用を済ませ、手を洗い戻ろうとすると二人の少女と鉢合ってしまう。神楽と西條だ。
「あっ。さっきの人」
「……失礼します」
「あっ。──待ってください」
少しだけ急いでその場を離れようとすると、神楽に引き留められる。何で止めたかわからなさそうにしている西條に構わず神楽は言葉を続ける。
「ちょっとひかり。知り合いなの?」
「うん。あの。……あの日以外でも、会ったことありませんか?」
「……たぶん無いと思いますよ」
とりあえずごまかしておく。別に、神楽だけならばれても構わないと思っている。別に聖翔で一緒にいたわけでもなく気まずいわけでもない。
けれども、この場には西條もいる。見た感じそこまで酔っていない彼女に何か感づかれたらちょっと面倒だ。
「ちょっと待って。……確か、学校で」
「学校? 学校って聖翔?」
やばい。段々と思い出してきているぞ。このままでは大福を差し入れたのは私だとばれる。
そこで終われば良いのだが、連鎖的にばれてしまうかも知れない──そうだ。聖翔祭を見に行ったから知っているのだということにしておこう。そうしよう。
「──思い出した。あの時の大福の──」
「あっ星夢さーん。店長がまかない作ってくれたってー。って、お取り込み中でした?」
神楽の閃きにかぶせて先輩が何か言ってくる。
一瞬、カラスの鳴き声が聞こえてきそうになるぐらい場が固まる。それぞれが違う理由で少し気まずい思いをしているであろうがそんなことは関係ない。
「ほしゆめ? って誘!?」
「……どうもです。西條さん」
西條がこっちを驚いたように見てくる。いきなりばれたのが脳で処理しきれなかったのか、思わず敬語で返してしまう。
「? 知り合い?」
「あー。ごめん星夢さん。先戻っているね!」
あまりよくわかっていない神楽とはと違い、何となく気まずくなったのか逃げるようにこの場を去る先輩。……あとで文句言ってやろう。
「Ca fait longtemps! 誘。何してるの?」
「何ってバイトだよ。バイト」
西條が聞いてくるので適当に返す。相変わらずのフランス語は前と変わらず、何言ってるのかわかんないけど。
「……あれ? 知り合い?」
「ああっ。ひかりは知らないわよね。元クラスメイトよ。誘、こっちは──」
「知ってるよ。神楽ひかりってんだろ? 大方、私が辞めた後に入った生徒ってとこだろ?」
少し戸惑う神楽に西條が軽く説明する。
「ええ。知ってたの?」
「雑誌とかで見たことあるし。それに──」
「聖翔祭で大福くれた人。……違った?」
「──なんだ。覚えてたのか」
西條と話してると、神楽がようやく思い出したのかこちらに確認を取ってくる。
ばれてしまいもう隠す意味もないので否定はしない。
「大福……? なんの話?」
「聖翔祭で大福の差し入れくれた人」
「大福……? それって百回目の?」
「うん」
西條に言う神楽。ばれてもいい。ばれてもいいんだが、隠していたのでちょっとむず痒い。
「……ねえ。ちょっと聞いても──」
「悪い西條。もう仕事戻んなきゃ」
何か聞きたそうな西條から逃げるようにその場を去る。西條は今の私をどんな風に見ているか。
なんと情けないことか。別に逃げなくてもいいのに。逃げる必要なんてないのに。
早足でキッチンへ戻ると、店長が何かを作っている──先輩の姿が見えないのは品物でも運んでいるのだろう。
「……何かあった? さっき鏑木さんがちょっと変な顔してたけど」
「……名前呼ばれてばれました」
「ああっ。なるほどね」
店長に話すと少し納得したようにうなづかれる。
「──ねえ星夢さん。本当に、いいのかい?」
店長のその言葉に心が揺れる。先程までは何ともなかったのに。会わないと決意していたのにだ。
確かに、この機会を逃せばもう逢えないという予感はする。けど、だからといって今此処で会うのもとは思う。
「もし、もし悩んでいるのなら。取り敢えず話してみるっていうのも良いと思うよ。今日はもう上がっても大丈夫だしね」
「……いいんですか?」
「良いんだよ。今日はもう、予約入ってないしね。それに、星夢さんにはとっても助けてもらってるからね。今日ぐらい大丈夫さ」
店長が優しく笑いながら言う。そんな風に言ってもらえるなんて。
やっぱり私は人に恵まれている。それだけは、あの時から変わらない。
「戻りましたー!」
「ほら、こっちは大丈夫だから。これ持っていくついでだと思ってね。……だめだったら戻ってきたって良いんだし」
悩んでいる私の背中を押すように出来た品を運ぶように言ってくる店長。
会う会わないは今は問題じゃない。ただ少し、少しだけ話したい。そんな気持ちが浮かんでくる。
ゆっくり向かっていたのにいつの間にか部屋の前まで到着する。一瞬。かつて母の病室に入る前の様な緊張を感じたが、あの時ほどではない。
「──失礼します」
扉を開け、素早く品物をテーブルに置く。さて、なんて言おうか。
思考がぐるぐると加速していく。悩むことでもないはずなのに。もうこのまま出てしまうか。
いやだめだ。それではあの頃と何も変わらない。たまには、私も踏み出さないと。まあとりあえずだ。
「──西條。さっきなんか聞きたいことあったのか?」
「……あったけど。仕事はいいのかしら?」
「今日はもう上がり。ゆっくり話してきたらってさ」
若干眠そうな天堂に寄りかかられている西條に声を掛ける。ちょうど一人で飲んだいたのだろう。とりあえずこいつが聞きたいことについて答えるのがいいか。
「そう。じゃあ聞くけど。なんで辞めたの?」
西條が直球ストレートで聞いてくる。酒も入っているからだろうか。いや、この少女はアルコールがなくても変わらないだろう。
「……家族事だよ。酒がまずくなるやつ」
「……そう。それだけ聞ければ十分よ」
西條は納得した表情で酒に口を付ける。こういう所を踏み込まないのはコイツの優しさだろうか。きっとそうだろう。
少し、少しずつだが会話も進む。辞めてからのこと。あのキリンのレヴューについて。他にもいろいろ。
不思議な感じだ。学校では西條とこんなに話すことはなかったはずなのに。そこまで違和感を感じない。
「──へえ。あの大福。やっぱりあんただったの」
「ああ。でもやっぱりって?」
「真矢と香子がそうなんじゃないかって。少し話してたのよ」
西條に寄りかかりながら寝かけている天堂をに目を向ける。そうか。そういえばこいつらには大福をあげたこともあったっけ。懐かしい。
「あれ? クロちゃん誰と話してるの?」
「バイトの娘よ。ねえ誘」
「……よお愛城」
愛城がこちらに気づいたのかグラスを持ちながら会話にはいってくる。見た感じこいつはまだちょっと寄ってる程度らしい。こいつ酒強いのか。意外だ。
「誘ちゃん……? あー! 星夢さんだー!」
愛城は大げさに驚く。正直こいつとは露崎並にあまり絡まなかったのに妙に距離感が近い。まあ、こいつに遠ざかられるとそれはそれで傷つくのだが。
「うわー! 久しぶりだねー! って、なんでお店の格好?」
「バイトだよ。お前は何も変わらないな」
「いやー。それほどでもー」
別に褒めてないのに嬉しがる愛城。本当にこいつだけは変わっていない気がする。他の連中は少し大人びていた様に見えるのに。
「懐かしいねー! そうだ! ひかりちゃん紹介するね!」
「呼んだ華恋……ってあれ? ……大福の星夢さん?」
「おうあってる。けど、大福付けなくて良いからな」
「わかった」
チーズをつまみながらこちらを見る神楽に言葉を返す。大福の人で合ってはいるのだがいつまでもそう呼ばれるのもなんかと思う。
「ちょっと華恋聞いてよ、って……うそっ。星夢さん?」
「……久しぶり。星見」
星見がこちらに気づいたのか信じられない物を見ているかのような目で見てくる。
それに釣られてか。それともこちらに人が集まって来たのもあり目立っていたのか、別で話していた奴らや寝ていた天堂も目をこすりながら目を覚ましこっちを見てくる。超気まずい。
「……ええ。久しぶりね。……元気だった?」
「……ああ。ピンピンしてるよ」
星見がゆっくりと、ゆっくりと聞いてくる。何かを噛みしめるような、何かを思い出すように。
「──本当に、久しぶり」
少し大きな声で、見ているみんなに聞こえるように言う。
何年ぶりかの再会。
酒を飲んでいるわけでもないのに感情が抑えられない。
その後について特に語ることはないだろう。
例えどれだけありふれた再会でも。どれだけ平凡な出会いでも。
この巡り会いは決して、間違いではないのだろうから。
ただまあ、最後に言えるのは。
後日、その時撮った写真に写っていたのは皆の笑顔。
そこには当然、不器用ながらに笑顔を見せる一人の少女もいたということだけである。
読んでくださった方ありがとうございます。
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if お見舞い
──意識が定まっていくのがわかる。より鋭く、より一点に。
胸を支配するのは焦りと昂り。手には力が入って仕方ない。
やっと、やっとここまで来たんだ。あと少し。あと少しで終われるんだ。
そう念じながら目の前の脅威に向き合う。
無数に蔓延る害畜ども。それら全てが己一人に襲いかかってくる。
だが、恐れることは何もない。逃げるなんて思いつかない。
理屈なんて関係ない。今この胸に溢れているのは未来を掴み取るという決意のみ。
──決着はすぐそこに。果たして──。
「はーっ。……はあーっ」
街中のベンチにてアイス片手にへこたれる少女が一人。私だ。
先程から溜息が漏れてきりがない。わかっていても止まらない。止める気もない。
この活気に満ちた街中でこんなにも後ろ向きな人間はそういないだろう。少なくともそう自負できるぐらいにはマイナス気分だ。
早起きは三文の徳と誰かが言った気がするが、生憎私には縁もゆかりもない話であったらしい。
「……欲しかったなー。でかスズタル」
取り逃がした品は非常に大きかった。
そもそも私は朝など得意ではない。ベッドに沈み、健やかなる睡眠を貪る時間だと私は考えている。これを覆すに足る理由など舞台関係のことでしかないはずだったのだ。
──しかし例外はあった。あっさり見つかった。
始まりはクラスメイトのお世話役が持っていたチラシ。たまたま見えたそれに記されていたのはとある大会の宣伝。
それだけなら別になんでもない。──ないのだが、その景品が問題だった。
もこもこスズタルキャット。ベットに一つ欲しいぐらいの大きさの抱き枕が優勝景品とされていたのを見た瞬間、私の情熱が燃え盛ったのだ。
──まあ結果は只今のメンタルに比例した残念な始末に終わったのだが。優勝じゃなければ意味などないのだっ!
そんなこんなで絶賛落ち込み中であるのだが、いつまでも座っているわけにもいかないのが辛い。
時間はおおよそ十時三十分。午前中だけで終わってしまう大会もどうかと思うのだが、終わってしまったのだからどうしようもない。
……何しようかなー。買い物しようにもそこまでお金はないしなー。
ペロペロと大福味のアイスを舐めながら雑に思考を進めていたちょうどその時である。ポケットが震えたのは。
(誰だー?)
日頃使うことが限りなく少ない通信端末が動いたのに驚きながら画面を見る。父さんも母さんも休みなので家で寛いでいると言っていたから思い当たりがない。
「……星見?」
液晶に表示された無料会話アプリのアイコンの下に書かれていたのは我がクラスの委員長こと星見純那であった。
業務連絡は面と向かって言ってくることが多い彼女だが一体──?
「──あんっ?」
その文は私にとってはそこまで気にすることのない内容ではあった。事実、彼女は無理はしなくていいと気を使ってくれていた。
だがまあ、丁度予定がなくて暇だったところだ。日頃お世話になっている彼女のために休日を使うのも悪くない。
そうと決まると、とっとと腰を上げ歩き始める。
目的地は一つ。──いざかまく、いや違った。いざ寮へ。
馴染みの薄い住宅街を歩き回り、ようやく寮が見えてきた。
私はここ使ってないから道に迷いかけた。興味本位で一回は来たこともあった気がするが、入学したての時期だったので記憶にはもうないのか辛かった。
……どうでもいいか。本題はそこじゃないし。
入り口近くに付けられているボタンを押す。それなりに大きい建物なので誰が出てくるか少し緊張する。
少し待っていると扉が開く。中から出てきたのは意外な──厳密に言うなら出てくるのが意外と言う意味だが──人物。花柳香子が普段の強気をまるで感じさせないおどおどさを発揮しながら姿を見せた。
「は、はいぃ。どちらさまでぇ……っていざなはんかい。どないしたん?」
「見舞い。愛城が風邪引いたって聞いてな。ここに花柳しか残んないって聞いて見に来たんだよ」
「ふーん。そらご苦労なことやな。ま、上がったらどうや?」
花柳に言われ中に入る。手入れの行き届いた綺麗な寮だ。全員で掃除とかしているのか。もしそうなら凄いな。
「……そういえば大場は? 誰かが風邪で家を開けるイメージはあんまない奴だけど」
「買い物に行きましたわ」
「そか」
階段を登りながら質問をするがどうやら大場はいないようだ。まあいればこのザ・お嬢様が玄関まででてくるなんてないか。
適当に納得しながら壁に愛城、神楽、露崎と書かれた部屋まで歩く。……三人部屋なのか。見たところ他は二人なのに仲良いこって。
「華恋はん入るでー」
まるで意味の無い声かけと同時にドアを開けると、中にはいかにもと寛いでいますといった風に寝転んでいる愛城が眼に入った。
「香子ちゃん誰だったー……って南雲さん!?」
「おーおー随分と元気そうだな愛城。まるで休日のリーマンじゃねえか」
こちらに驚く愛城の近くに買ってきた飲み物を置く。
星見のやつがわざわざ私に連絡してくるからどんくらい酷いことになってるのかと思えば全然たいしたことなくて安心した。やっぱバカは元気が一番だしな。
「華恋はんったらまひるはんが出かけた瞬間にはぴんぴんしてはってなぁ。そらもうリード放された犬みたいやったわぁ」
「はーん。愛城もたまにはお世話役がいない時間が恋しくなるのか」
「誤解だよ! とってもビッグに誤解される言い方だよ香子ちゃん!! 薬飲んでさっき起きたところだから元気なんだよ南雲さん!!」
誤解を解こうとしてくる愛城だがそんなことは別にわかっているし、このままにした方が面白いのでそのままにしておく。
あー楽しい。愛城ほどからかいがいがあるやつはそうはいない。少なくとも私の記憶では昔の知り合いに二人ほどいた程度である。……もう随分と会ってないけど元気にやっているのか。二人とも演技の才があったから案外他の学校で続けている気がするが。
「……そういや神楽が来てからもう大分経ったよな」
「そうやなぁ。……最初の華恋はんのはしゃぎようは今でも覚えてるわぁ」
「そ、そんなにはしゃいでた?」
「そりゃもう。ようやく昼休みに入ったって時と同じぐらい」
事実、冗談じゃなくすごかったのは覚えている。
基本授業は睡眠時間であると態度で宣言しているようなやつが、神楽の姿を見た瞬間からもうぴょんぴょんしていたのだからそりゃ記憶に残りもする。
「思えばあの時ぐらいからか? お前らや天堂達がなんかこそこそやってたのって」
「え、え?」
「いやなに。星見や愛城なんかを見てりゃわかったさ。いつぞやに家庭科室借りて皆で鍋やったっつうのも聞いたしなぁ」
そんな話を聞いたときに大分衝撃が走ったのは記憶に新しい。
だってこいつらや天堂って特別仲が良いとかではなかったし。それが鍋パとか一瞬我が耳を疑ってしまったほどだ。
……まあ、そんくらい仲が良くなってくれれば百回目の聖翔祭もより成功するだろうしいい事ではあるが。
そんな風に緩い感じで雑談を続けていた時、どこからかぐるぐると獣が唸ったような音が部屋に響いた。
「何や華恋はん。お腹減ったん?」
「そういえば朝はそんなに食べれなかったからなー。……あっ、でもグッド! 丁度良い時間帯だよ?」
そう言われたので時計を見てみる。デジタル式の置き時計には十二時をとっくに過ぎていてもうすぐ一次になるそうな時間であった。
……もうそんな時間か。あんま長居しても仕方が無いし、とっととお暇しますかね。
「んじゃ、そろそろかえ──」
「お昼どうしよう? ばななが買い物行っちゃってるってことは冷蔵庫も空っぽってことだよねぇ」
……大場に頼りすぎではないだろうか。
私は共同生活とかしたことはないからわからないけど、一人の生徒が厨房の支配権を握っているのはどうかと思う。学校でも大場以外が料理してる話とかそんなに聞かないし。
そんなことを考えていると隣の花柳がなにやら隣でぼそぼそ呟いているのが目に映った。
「……出前取ったで」
「デマエ!?」
……寮生活の癖して個人で出前取るのか。相変わらずの金持ち加減だ。石動がいなければ凡人の破算一直線コース分ぐらいまではぽんと金をしまいそうで怖いなこいつ。……だから石動も保護欲をそそられるんだろうなぁ。
……ま、特に関係ないし帰りますかね。私も立ち食いそばでも寄っていこうか──。
「そろそろ帰るよ。私も昼ご飯食わなきゃだし」
「えー! もう帰っちゃうのー!」
「何やいざなはん。特上寿司食べていかんの?」
「いや、さすがに奢られるのはわる──」
「もう頼んでしもうたのに帰られても困るわぁ。そ、それともお寿司嫌いやった?」
……何で私の分も頼んでるんだコイツ。そしてどうしてそっちが不安そうに聞いてくるんだ。
……ああっ。相変わらず変な所で甘いやつだよなぁ。いや、それがコイツの優しさなんだろうきっと。
じゃあせっかくだし頂いていこうかね。特上だし。
「……好きすぎてお前らの分がなくなっちまうぞ?」
「一番でっかいの頼んどるし大丈夫やろ。余ってももったいないしなぁ」
「……ならいただくよ。さんきゅうな」
我ながら良いクラスメイトを持ったものだ。そう思える瞬間であった。
あっ、始めて食べた特上寿司はとってもとっても美味しかったです。
お久しぶりです。他の作品が止まっているので息抜きに書いています。
この作品は完結となっていますが何か書きたくなったらたまに書きます。
ソシャゲも一応まだ本編は追っているので転校したパターンで書いてみたい気持ちもあります。まあその場合は凜明館とフロンティアのどっちかですが。
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IF 出会い
巡り会いとは面白いものだ。
ほんの少しずれてしまえば出会う人は出会わなくなり、会うはずもなかった人間同士が引かれ合うこともある。
例えてしまえばそれは糸なのかもしれない。
どれだけ絡み合おうともちぎれることのない生のレール。俗に言う運命の出会いだって、所詮は決まっていた必然でしかないのかもしれない。
けれどまあ。あえて糸に例えるなら、もしかしたら違う道と結びつくこともあるかもしれない。
何を言おうと確認などしようもない。私はそんな凄い目なんて持っていないのだから。
だからこそ、私は何より今を大事にしたい。
それが愚かなことだとしても、どれだけ難しい難題を前にしたとしても。
諦めることだけは、なげだすことだけはもうしたくはないから──。
転校先。それは唐突に起こる人生の急展開。
親の都合やその学校に居づらくなった等々理由は人それぞれであろう。しかし、環境が大きく変わることだけは共通しているのではないだろうか。
当然私こと星夢誘にもそれは当てはまる事例ではある。
厳密に言えば私は転校ではなく編入なのでちょっと違うのだが。
まあこんなニート一歩手前の女を引き取ってくれたこの学校──凛明館女学校には全力で感謝しかないのだ。
一般的には専門から普通科に行くのはほぼ不可能とされる。事実この時期に編入出来る且つ生徒を選ばない学校がどれだけあるか。
いっそもう一回一年生からやり直したほうが早いんではないかと思える程頑張った気がする。
そんな中、偶然にもここを見つけられたのは本当にラッキーだったのだ。
学費に関しては母さんが気にしなくても良いと言ってくれた。こんな親不孝者な私なんかには勿体ない素晴らしい人だとつくづく思える。早いとこ自立してお金を返していかなければ。
そんなわけで今現在、勉学に励みながらバイトを繰り返す苦学生みたいなことをして生活している。部活に入れないのはもうしょうがない。
格安で借りれるぼろ家に転がり込み、今日もせっせと働いているのだ。
「星夢さーん。また明日ねー」
「じゃねー」
普通の学生らしく軽くキャピキャピしながらクラスメイトが教室から出て行くのを、日直の作業をしながら見送る。
聖翔にいた時とは全く違う学校生活に今も少しは戸惑っている。
朝から夕方までレッスン漬けに身を粉にしても届かないライバル達。毛布を被ればその日の後悔と反省がぐるぐると己を支配するそんな生活。
──それが舞台少女。全てを劇にかける女達。
どれだけ舞台が好きだとしても、何かのきっかけで瞬く間に崩壊する可能性すらある場に私はいたのだ。
だからこそ戸惑いが拭いきれないのだ。
机に向かい勉学に励む。それだけで一日の半分が終わるこの生活はとっても楽で、少し退屈。
(……今日はバイトお休みかぁ)
とはいえこんな生活に慣れつつある自分もいるのだが。
さて日直の仕事も終わった。どうしようか。
遊びに出たいわけでもない。金ないし。
となれば家で惰眠を貪るか。……今日はそんな気分ではない。
じゃあどうするか。鞄に入っていた大福を食べながら頭を回転させる。
甘々うまうま。……よし、決めた。
鞄を持ち教室を後にする私。
目的地は特にない。やりたいことも特にない。
──つまるところ学校探検。今更ながらに始めるちっぽけな子供心の延長線なだけである。
学校をじっと観察するというのは存外に少ないと思う。
聖翔の時だって、正直使った教室ぐらいしか覚えていなかった自分だ。当然まだ知らないところが無数にある。
使ってるのかもわからない部屋。鍵が掛かっていて入れない部屋。何室か名前すら張り出されていない部屋。
流石は元名門。部屋の数だけは一流と言えるだろう。
けれどここまで多くなくとも良いと思う。生徒の数の少なさがより明確に視覚化されてしまっている。
自分でも意外なぐらいちゃんと見て回っていたので、いつのまにか窓から見える空が赤色を通り越して真っ暗に変わりつつある。
「……帰ろうか」
お腹も減ってきたので夜ご飯のことに意識が向き始めたその時。何故だか一つの部屋に目がいった。
数少ない明かりのついている部屋。人の気配が感じられ、小さくない音も耳に届いている。
何だろう。不思議と心が熱くなる。
理由は全くわからないのに胸の中が何かを訴えかけてきている。
「入ってみようか」
何かの部活だろうか。
少し興味が湧いた。入部は無理だが、一回ぐらい覗いてみようか。
「失礼しまーす」
ゆっくりと扉を開ける。人の数はごく少数だった。
最初に視界に入ったのは動きをつけながら台本の読み合わせをしている人の影。
「──────っ!!」
こちらには気付いてないらしく演技に熱が籠っている。
演劇部だろうか。それにしてはレベルの高い集まりだ。
聖翔に別段劣っているとは思えないほどには気合が入った練習に、ついつい壁に寄りかかって見てしまう。
ああなるほど。先程の昂まりは本能か。
未だ諦めを知らぬ情熱が私に呼びかけていたのか。まだ舞台に立ちたいと叫び続けているのか。
──馬鹿らしい。実に愚かでくだらない思考の羅列。
今の私には必要のない欲。そんな我が儘は勝手に聖翔を辞めた私のためにお金を出してくれている母さんに申し訳が──。
「あー! 誰かいるー!」
その不意の声で現実に戻ってきた。
気が付けば注目は私に集まるという意味のない感じになりつつある。
「えーと、貴女は?」
「ああごめんね。この部屋から賑やかな音が聞こえたからついね」
艶やかな紺色の髪の少女が訝しげな表情で聞いてくる。
……とりあえず、自己紹介しとこうかな。
「私は星夢誘。良ければ貴女達の名前も教えてほしいんだけど」
私が名乗った後、順に自己紹介をしてくれる面々。
私に大きく反応した音無いちえ、眠そうに目を擦っている田中ゆゆ子、警戒した様子の秋風塁、多分だけど隣のクラスの夢大路文、そして巴珠緒。
話を聞くとここは部活ではなく演劇科の集まりらしい。
演劇科の存在は私も知っていた。
──曰く、堕ちた名門の象徴。かつての栄光の残滓。
未だ過去の功績にすがって存続している凛明館の汚点とまで言われてしまっている学科である。
クラスメイトによるとつい最近廃科が決定したらしいのだが、そんな彼女らが何で練習を?
「実は私達、劇フェスを目指して練習しているの」
巴が言うには秋の学内発表会に劇フェスの審査員が来てその人たちの目に止まれば選ばれるとのこと。
劇フェス自体は聖翔でも聞いたことがあるのだが、あいにく一年だった私には関係なかったので完全に忘れていた。
……つまり外部の実績で持ち直そうという算段か。
出来るかはどうともいえない。確かあれは学校による人数の上限がなかったはず。
この業界は実力以上に環境も重要視されてしまう非情な世界。名の通っていない学校だと他よりも実力を必要とされるはずだ。
「劇フェスねぇ。……大変そうだね」
「でもやる前から投げ出したくないもん! それに、このチームならいけると思うし!」
音無が自信満々に意気込みを語ってくれる。
それは後ろの後輩と同じように不安を隠そうとしているだけなのか。……いや、多分本音だ。こいつからは愛城と似たようなものを感じるし。
……こいつらなら大丈夫だろう。不思議とそんな気がする。
「行けるといいな。劇フェス」
「ええ。ありがとう」
もう邪魔になってしまうと思うのでそろそろお暇することにする。
「……あっ。そういえば」
「??」
「さっきの巴の台詞。あれもうちょい抑揚を意識すると良いかもな」
去り際にさっきの演技で少し気になったことを伝えて部屋を出る。
余計のお節介かもしれないが、あいつらにはもっと上手くなって秋に面白い舞台を見せてほしいと思えた。
──久しぶりに楽しみが増えたな。
帰り際に足取りが軽いのは久しぶりだった。凜明館女学校演劇科か。
「──ああ、本当に」
楽しみだ。あの頃みたいに。
スタリラ一周年ということで。正直アニメと舞台見た人でも1割ぐらいしかもうやってないと思うけど作者はまだ続けております。
ちなみにこの主人公の聖翔以外の相性はこんな感じです。
フロンティア>青嵐、凜明館>>>>シークフェルト
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第二劇
再起
──物語には必ず派生が存在する。
より良い結末にしたい、あのキャラの活躍が見たいなど人の願いの数だけ存在していると言って過言ではないだろう。
「──わかります」
誰もいないはずの舞台。
とある二人の少女を中心に展開された運命の舞台の名残。
一旦の役目を終え、次が始まるまでライト一つ付くことのないその空間で誰かが音を発する。
「わかります。このまま終わるには少し惜しい存在だということが」
──それは黄黒の獣。長い首が特徴的な生き物。
本来人の言葉など縁もない存在。動物園で見るぐらいにしか機会のない動物。
奇妙な点は数知れず。あまりにも浮いたその存在がただ一点を眺めながら呟く。
「星夢誘。彼女のあのキラめき」
麒麟は想いを馳せる。
あの時、二人目の例外として呼び寄せられた少女。
レヴューのたびに己を擦り減らしていた哀れな少女。彼女が最後に放っていた眩いほどの輝き。
あの愛城華恋と何ら遜色ない光を舞台から離れさせるのは惜しい。
あの娘のキラめきをもっと見たい。もっと舞台を熱くして欲しい。それは
運命が捻じ曲がる。
まるで台本が入れ替わったかのようにそれは違う方向にずれていく。
こうなればもう後は進むだけの一方通行。
賽は投げられた。後は演者を観覧席から眺めるだけ。
舞台少女達よ。観る者を滾らせ、心を揺らすことに全てをかけた少女達よ。
「──わかります」
どうか、誰も予想できないナマモノを。
──運命の舞台を。どうか、我が目に。
季節は梅雨。夏の暑さと雨の湿っぽさが大変人を苦しめる地獄に近い季節。
そんな人に適さない気温の中、子供ですら学校に行くであろう時眼帯に、とある少女か公園のベンチで溶けるように腰を下ろしていた。
彼女の名は星夢誘。年は十六。ただ今ニート一歩手前の残念少女。
先日聖翔音楽学園という名門校を辞めた、所謂中退生というやつである。
「──はーあっ」
余りのやる気のなさに自分でも驚いている。
いつまでもこのままでいるわけにもいかないのは分かっている。せっかく母も退院したのに、未だ通う学校が決まらないこの状況が不味いのも分かっている。
一応の縁がありライブハウスのバイトはしているが、あくまでもバイト。働く気がないのなら早い所学生に戻らなくてはという危機感はある。
しかしどうにもやる気が起きない。編入試験の勉強もあんまり身が入っているとは言い難い。
「……はあっ」
その溜息の理由は分かってはいるのだ。
どうやら私の心は、未だに舞台の道を諦められてはいないのだ。
舞台の上で感じる高揚感、一つの作品を仲間と共に創り上げる達成感。
舞台上で感じた全てを、自身の夢を無我夢中で追っていたほんの二〜三ヶ月前が随分と懐かしい。
情けないことだ。あのよく分からないキリンのオーディションでようやく現実と向き合えた気がするのに。
何かを諦めて生きていく。それが大人になることなんだろうか。
顔だけ上を向き空を眺める。
最近雨が続いたというのに綺麗な青空。梅雨にこんなに晴れ渡っているのを見るのは珍しい。
もっとも、今の私の現状と正反対のすっきりさで嫌になるのだが。
「……まあ、くよくよしてても仕方がないか」
そろそろ帰ろう。そう思いベンチから立ち上がる。
今日はバイトもないし大福でも買ってこうかなと考えていた時だった。
こちらを見る一人の人物が目に入る。
昼間の公園にいるには違和感のある格好をしたその人物が、何でか私をじっと見てきている。
例えばだが、聖翔の教師でもしてそうな雰囲気を出しているその人物。私の人生内においてまったくもって記憶にないのだが、一体──?
「星夢誘だな?」
「……そうですが、誰ですか?」
いきなり名前を当てられてつい返事をしてしまったが、これはまずいのではないのだろうか。
冷たい汗が湧き出てくる。こんな元学年主任並みに威圧感のある人に名前を知られているのは非常に怖い。
「私は八雲響子。青嵐総合芸術院、舞台科の教師よ」
八雲と名乗った女性からは意外な単語が聞こえた。
青嵐総合芸術院。それは舞台の道を志した者としては知らないはずのない名前の一つ。
私が進路を決める際、三つの候補があった。
聖翔音楽学園、シークフェルト音楽学院、そして今出た青嵐の三校。
そのどれもが高い実力を示す名門校として知られている。
私はスタァライトをやりたかったから聖翔に入ったが、何がが違えば通っていたかもしれない場所。
「……青い嵐の学校さんが、一体何のようで?」
とりあえず気になったことを聞いてみることにする。
他校からの引き抜きとかなら分からなくもないが、私は今聖翔にすら通っていない残念ガール。
制服すら着ていない私をわざわざ探しにくるなんて意味がわからないにもほどがある。
「そうだな。あの学校を去った君にこう時間を設けるのは、確かに可笑しいと感じるだろう」
「……ええ、まあ」
「端的に言ってスカウト。つまり、我が青嵐への勧誘だよ」
勧誘? つまりどうゆうことだろうか。
はたから見たら二年で挫折した哀れな学生である私を誘うとは。青嵐は噂に聞く凛名館ほどに潰れる機危機でもあるのだろうか。
「私には目的がある。君にはそれに協力してほしい」
「……具体的には?」
「キリンのオーディション。それを使うのさ」
キリン? あの謎の舞台を利用する?
あの非科学じみた空間をどうやって使うというのか。
「学費は問題ない。重要なのは君の意志一つだ。どう?」
その問いかけはとても魅力的だ。
舞台に戻れる。丁度悩んでいた時に、そう蜜を垂らされたら即決で食いつきたくなってしまう。
だが良いのだろうか。
一度は離れることを決めた私が、戻っても良いのだろうか。
「言っておくが青嵐に来たからといって、君が中心になるわけではない。私はチャンスをあげるだけだ。断るのなら、それで良いと思っているよ」
それはそうだろう。
彼女にとって私はただの駒。いなければそれでも良いのだろうと理解できる。
一度、目を瞑り思い出す。あの頃の情景を。
私が何よりも好きでしょうがなかったあのステージを。
なんだ。悩むことなんてないじゃないか。
せっかくの申し出だ。学費の心配もないというのなら受けようじゃないか。
「受けます」
「迷いがないね」
「好きですから。舞台が」
意外そうな顔をしている彼女。これからをあっさりと決めた私にどこか思うところがあるのだろうか。
結局、私は舞台少女を辞めることは出来ないのだろう。この燃え盛る情熱を全部吸い尽くされないと降りることは無理なのだ。
「──そう。なら、付いてきて」
そう言う彼女の後ろを歩く。
未来なんて知らない。どうなるかなんて考えられない。
今の私が思うことは一つ。
舞台に上がる。それだけ、それだけで充分である。
公園を出る。空は変わらず快晴のまま。
けれどもどうしてか、先程よりも鮮やかに感じていた。
そうして物語は再び動き始める。
彼女は青嵐に入り、青の嵐の一人となって舞台の道を歩む。
その道でかつての学び舎が絡むのはそのしばらく先のこと。
運命の女神達と青い嵐が激突するのは、もう少し後の話である。
お久しぶりです。
今更ですが、再演を見た記念に書いちゃいました。設定としてはアニメと舞台を混ぜた感じです。
続くかは知りません。読む人がいたら考えます。
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きっかけ
──その物語は二人の少女の運命。遠く近い、未来でも過去でもある一つの星の物語。
記憶を無くした少女の片割れ。失った過去を取り戻すため、魔女の住む塔へ向かい苦難を乗り越えるというありふれた話。
『小さな星を摘んだなら、あなたは小さな幸せを手に入れる。大きな星を摘んだなら、あなたは大きな富を手に入れる』
一度はその星の輝きに呑まれ取りこぼす運命。そうして叶わずして終わる悲しみの劇場。
そこで終わるのが多くの者が知っている結末。どこにでもあるありふれた悲劇の物語。
「──すげぇ」
だからこそ、その知らない世界に──誰にも予想の付かない未知に魅了されてしまった。
悲劇を喜劇に。バッドエンドをハッピーエンドに。絶望を希望に。そんな単純で、何よりも難しい理想をまざまざと見せつけられた。
一度は己を焼き尽くした星の輝きさえも輝かしい希望の象徴に成り代わった未知の舞台。思わず強く握りしめたその手が私の気持ちを代弁しているようだ。
「こんなことって……。あのスタァライトを九人で演じるなんて……」
「氷雨、泣いてたよねー」
後ろで歩きながら感嘆を抑えきれない二人。気持ちは十二分に理解できるが、南風も穂波もいつも以上にうるさくて鬱陶しい。子供かこいつら。
「……声が大きい」
どうやら同じ事を思っていたらしく、隣から少し煩わしそうに目を向ける天才様。
だが持っているパンフレットで口元を隠すその姿は、一番感情を抑えつけているようにさえ見て取れる。まったく……不器用なことで。
「さすがの柳もごまかしきれてねーな。それは相当に気に入ったらしい」
「……そういう星夢さんも、手に力が入りっぱなしですよ」
……人に興味などなさそうなのによく見ていらっしゃること。
いや、私が抑えきれないだけか。かつての同胞達のあんな華々しい舞台を見せつけられて、黙ってられるほど舞台少女を辞めてないのだ。
「私たちもスタァライトやりたぁぁい!!」
「……そうは言っても、うちで演じきれるのなんてここにいる四人ぐらいですし……」
穂波の言い分はもっともだ。如何に青嵐の芸術科は優れているとはいえ、日本最高峰の聖翔に比べると層の厚さ光る原石も少ない。メインキャラを九人で構成するとして、残念ながら一部を強調させるだけの陳腐な舞台に成り果てるリスクの方が大きい。
それでもいいと妥協できるなら、残念ながら私は舞台の道になんか戻ってきてはいない。中途半端な劇を作るのは、誰もが損をする悲劇でしかないのだから。
「人数だけの問題かしら。……星夢さん」
「ん?」
「……いいえ。なんでもないわ」
……一人で悩む天才様は、また違った観点をお持ちのようで。
生憎私には心なんて読めないし、その深い思考を見透かすなんてできっこないのだ。
「そうよね〜。悔しいよね~」
「……八雲先生」
そんな思考を置いてくように、前方から飄々とした態度で歩いてきた八雲先生が軽い笑いを見せながら話しかけてくる。
「実力なら、負けてないと思います」
「そお? なら、見極めてあげようじゃない」
馬鹿の片割れこと氷雨の啖呵を予想していたかのように次の言葉を口にする八雲先生。
見極める? またかったるい試練でも課すつもりなのだろうか。
「どうやってです? また特別試験でも出すんで?」
「もっとわかりやすく面白い、聞くだけで夜も眠れなくなりそうなイベントよ」
私たちを追い越し先を歩くその背中。そこからですら感じられるくらいには、いつもよりも自信のある態度だ。
「聖翔の走蛇先生と話をつけてきた。喜べ誘、懐かしき古巣に修行の旅だ」
それを噛み砕くのには少しばかり間を取られてしまった。
聖翔? 修行の旅? ……ああなるほど、つまりはそういうことか。
「決行は一週間後。やるべきことは一つ。とってもシンプルで単純なこと」
「八雲先生。一体何のことでしょうか?」
私は何となく察しは付いた。しかし未だピンと来ていないと表情に出ていた三人だが、柳が八雲先生に詳しい説明を求める。
「交流プログラムよ。あの素晴らしき、聖翔音楽学園とね」
次に出てきた言葉は予想通り。一言で表わすのならそれで十分の回答だ。
ああ、懐かしい。最早舞台を挟むだけの遠い関係であったあいつら。それが再び交差することになろうとは思いもしなかった。
「……星夢さん?」
「──ははっ」
変なものを見るかのようにこちらに視線を向けてきた柳。けれど、今溢れているこの激情の一端は、とても抑えようとは思えなかった。
例えどんな形になるとしてもあいつらと舞台でぶつかり合える。その興奮は私にとって零れるくらいには、大きいものらしい。
──嗚呼楽しみ。本当に、待ち遠しいことだ。
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