万神殿は何処 (sugar 9)
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1話:虚ろの世界の片隅で

某発表の時に衝動で書きなぐったプロットを見てたら何となく書きたくなったので初投稿です。



 ある日、気が付いた時にはそこにいた。

 いつからそうしていたのか、私には記憶がない。ずっと前からそこにいたような気もするし、つい先ほどここに来たような気もする。

 

 1つ確かなことは、そこがいつどこであったとしてもただひたすらに飢えていたことだ。

 何を食っても満たされない。飢えが心を掻き毟って離れない。にもかかわらず喰らうという行為そのものに飽いた私は結果として自我と呼べるものに目覚めることとなった。

 

 そこから自己というものを確立するまでに随分と長い歳月を要することとなった気がする。今となってはあやふやだが、自我に目覚めたといってもそれだけであり、当時の私に自己と呼べるものはそこに存在せず、どちらかと言えば足元を這いまわる小さい生き物のように本能に従って生きていたような気がする。

 

 それでもなお飢えは満たされることはなく、ただひたすらに何かを喰らっていたことは覚えている。

 

 初めて自己と呼べるものを自覚したとき、私の周りには骸の山が出来上がっていた。さして明るくはないが、周りの白い砂がわずかに注ぐ光を照り返すことで骸の山を照らしていた。姿形大きさ悉くがバラバラで、そういったものだけを見るならばとても同種の生物とは言えないだろう。

 共通点として、皆仮面のようなもので顔を覆い隠していた。

 私は何故かは知らないが、それだけで彼らを私と同種の何かであるという確信に近いものを抱いた。

 

 私は同じように食らい続けた。最初の内は知性のないものが多く、それをひたすらに食らい続けるだけだったのだが、気が付けばそれは徐々に抵抗をしてくるようになり、時にはあちらから襲ってくることもあった。その牙や爪が届くことはついぞ無かったが、その時初めて煩わしさを覚えたような気がする。

 

 そうして喰らい続けて覚えるのが億劫になる程度の時間が過ぎた後、私は自分の体が随分と縮んでいることを自覚した。最初の内は周りが私と同じくらいに大きくなったのかとも思ったが、昔獲物を喰らう際の邪魔を避けるために使っていた洞穴に訪れたらその洞穴も以前の数倍の大きさになっていたため私が縮んでいるだけだという結論に至った。

 

 縮んでからは、飢えと呼べるものがだいぶ収まったような気がする。だが、だからと言ってどうしたといえばどうすることもできず、私は試しに自分の身体を隈なく調べてみることにした。黒い表皮。二本の腕に二本の足。なぜか胸だけ膨らんでいて妙に柔らかい。後に人という生き物を知るまでは随分と変わった姿に思われた体は、自分でいうのもなんだが堅牢だと一目でわかる白い鎧のような物で要所要所を包んでいた。視界の端にチラチラと映る赤い毛は自分の頭から生えているようだった。

 

 やることを無くした私は、もっと知りたいという飢えを覚えた。

 

 とりあえず私がここに来るまでの道をもう一度歩いてみることにした。

 あの狂おしいほどの飢えは収まったのだが、それでもなお喰らい続けなければ力が沸かなくなる感覚を覚えた。

 私は道中にいるものを喰らいながら道をひたすら歩いた。変わり映えのない風景が続いていたがその中でも微細な変化を見つけては私はそこに行った。

 私にとっての目覚めはその瞬間に訪れた。

 今思えば私の持つ力に目覚めただけなのだが、その時の私には神の啓示を受けたような気分だった。

 

 特別暴れたものを喰らい終わった時、何の前触れもなく、それは訪れた。

 

「ああ……ああ……」

 

 その日、私は知った。知ってしまった。こことは異なる世界、否、ここより高次の世界にて繰り広げられた神々の物語を。

 

 その世界は、この世界と比べてはるかに進歩していた。人と呼ばれる種が世界の覇権を握り、人はそれだけにとどまらず更なる発展を続けた。が、同時に人間は賢しいだけではなく途方もなく愚かでもあり、己が勝者でなければ気が済まないと考える愚者で溢れかえっていた。

 そんな人間たちの手によって神と呼ばれる全能の者が座する場所、「座」が創られた。元は星と星との戦争の最中に作られたものの副産物でしかなかったそれはその実、宇宙の理を己の渇望のままに書き換えることのできる最高にして最悪の発明であった。

 その座を巡り、人々は戦い続けた。その物語は時や舞台を変え、様々な者達によって争われたがその本質は何も変わらない。

 

 流転する正義と、その正義に異を唱える異分子による喰らい合い。そこに完全な正答と呼べるものは存在せず、例え総ての生命を優しく抱きしめる黄昏の温もりであったとしても、八百万の生命を受け入れる曙の光であったとしても完全に正しいなどありえはしない。

 

 だからこそ、その物語は美しかった。

 

 私は見渡すこの白い砂漠が、後に虚と呼ばれる生物が喰らい合いを続けるこの世界がひどく穢れたものに見えてしまった。

 わかっている。彼らは知らないだけなのだ。私とてただ偶然神座の記録を覗き見てしまった傍観者に過ぎない。彼らに対して憤りを抱くなどあってはならない。獣の類にそのような事を理解せよと強いるのは酷な話であることは分かっている。

 

 だが、今も私の記憶の中で煌めいているこの神座の記憶が私の中で完結することだけはあってはならない。

 ならばどうすればいいか。私はそれらの啓示によって初めて得た知恵を用いて、初めて思考というものを巡らせた。

 

 その日から、私は彼らの威光を称えるための万神殿の建築に取り掛かった。神座の記憶が流れ込み、私は多くの事を知った。その中に存在したのが神々を称えるための建築物だった。神座の記憶を知る以前の私は建築物という概念自体知らなかったが、今ならばわかる。

 幸いにも、長い間この砂漠を彷徨ってきたため、どこならば安全に万神殿を建築することができるかはおおよその目途がついていた。彼らは大きくなればなるほどお互いを喰らわなければならない以上、ある程度の広さを持つ区域に密集していることが多いため、そういった所から意図的に離れればよほど飢えた者でもない限り近寄ることすらないだろう。

 人に限りなく近いこの体は便利だった。少なくとも私がよく喰らっていた者達の体ではこうまでスムーズに知識でしか知らないことを進めることはできなかっただろう。

 一切の手抜きは許されない。ここを訪れた者がある程度の理性がある者ならばその総てに神々の威容を知らしめることができるようなものでなくてはならない。大きすぎるのは無粋の極み。小さすぎるのは論外だ。黄金比と呼ぶものがどのようなものかは知識でしかわからないため再現できないが、そういった完成されたものを彷彿とさせる神殿でなくてはならない。

 

 万神殿の外観は100年ほどの歳月を要して完成させることができた。途中で設計図というものに従って組み立てればさらに楽だという事に気付いたが、行き当たりばったりでなければ学べなかったことも多く、結果として個人的には満足のいくものとなった。無論、完璧などという事はあり得ない。この程度では神々の威光など爪の先程伝われば儲けものといった所だ。だが、この100年の間で分を弁えることを知った私にできる最高傑作であることに変わりはなかった。

 だが、本番は此処からだ。これまではただひたすらに記憶の中で知った万神殿を作ればよかった。だが、ここからはそれに加えて如何に神の威容を知らしめるかを自分で考えなければならない。

 

 この日より、私は神々の像の作成に取り掛かった。それぞれがそれぞれの座に座し、ただ世界を見下ろす像。それを計8体作らなければならない。自分にそのような事ができるのかと気が遠くなる思いをしたが、それでもやめるという選択肢はなかった。

 これにはおよそ1600年の歳月を要した。否、正確に覚えているわけではない。ただ途中で出会った理性のあるものが再び出会ったときにそう言っていたから多分そうなのだろうという程度のものだ。

 スケール自体は万神殿よりも小さいがそういう問題ではない。それぞれの神の理を、渇望を、それに塗り潰される世界を1つの像として完成させなければならないのは至難の業、というよりほぼ不可能なのではないかと思った。

 

 

 己の罪から逃げるべく全てを善と悪に二極化した『二元論』。

 

 悪を誰よりも憎むが故に己が最後の悪になることを望む『堕天奈落』。

 

 悪を許せず総てを潔白の牢獄に閉じ込めた『悲想天』。

 

 ただ1つの結末を求めて回帰を続けた『永劫回帰』。

 

 触れるだけで壊れるとしても総てを全力で愛する『修羅道』。

 

 総ての生命の幸福を願い、抱きしめる『輪廻転生』。

 

 黄昏を愛し、ただ一人の女神の為に時を止めた『無間』。

 

 己1人を愛するために己以外の全てを滅ぼす『天狗道』。

 

 

 そのどれもが私の中で綺羅星など比較にならない輝きを持っている。これを現実のものとして作り出すのは至難の業だった。万神殿など比較にならない程の時間がかかった。途中でいくらか知性のある者との出会いがあった。

 

 バラガンという者に一緒に来るよう言われたが断った。完成すらしていないのにここを離れるなど冗談にすらならない。その後何度か剣を交わし、しつこかったから完成したら向かうという事だけを告げて和解した。私よりもずっと長い時を生きているように思われたため、もう少し話したかったのは確かだったが、あれ以降一度も会っていない。

 

 アーロニーロという私が出会ったものの中でも特段の異形を持った大喰らいとは同じ獣を喰らう仲となった。なぜそうなったのかは覚えていないが、彼らには何というかこう、抱きしめたくなるような愛らしさを感じた。どこか幼いからだろうか。

 

 ザエルアポロという者に妄言に過ぎないと言われついカッとなって殴り飛ばした。第一印象こそ最悪だったが私の知る限りこの世界で最も知恵を持つ者は彼であり、それなりに馬の合う奴だったがある程度話をして以降会っていない。不死の研究をしていると言っていたが果たして完成したのだろうか。

 

 ハリベルという者に出会い初めて神座の事をまともに他人に話した。良くも悪くも情が深く、臣下らしき者達からも慕われていた彼女は、器が大きいとはこのようなことを言うのだと私にわからせた。この世界に彼女らの安息の地があるとは思えないが、それでもきっと彼女達のような者こそ救われるべきなのだろう。

 

 グリムジョーという者に万神殿を壊されかけたときにはうっかり殺しかけた。彼は王としての己を誇示するのに必死なのだと分かってからは幾分か愛着が沸いた。そんなことを言えばあれは牙を剥いて襲い掛かってくる類のものなのだが、そういった所もまた愛らしいと言えるのだろう。私自身が愛という感情を理解しきれていないところに目をつむればだが。

 

 そして、現在。8体の神像の作成を終え、万神殿を完成させた私はその神殿の門番のようなものをしている。万が一にもこの万神殿が理性のない獣に冒されることのないよう。そして知性のある者が来たら歓迎できるよう。自分で作ったものを自分で守るというのはなんだか滑稽な気もしたが気にしないことにした。

 もともと獣が来ることのないような場所に建てていたため、訪問者は理性のあるなしに関わらず数年に1度程度のものだった。

 私はそれで満たされていた。もともと私には何もなかったのだから。

 

 そんな暮らしが始まってから数十年したとき、ザエルアポロから聞いていた死神と呼ばれる存在であろう者が3人やってきたのだった。

 




書いてたらあの時のショックがぶり返したので続くかどうかは未定です()。


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2話:そして死神がやってくる

ギンの口調に違和感しかなくて自分をめつじんめっそーしたい作者です。評価やお気に入りありがとうございます。


 私に渇望はない。

 

 私に意志はない。

 

 故に私には何もない。

 

 そんな私にとって、今もなお鮮烈に輝く神座の歴史はこの夜空に輝く月よりも優しく、そして苛烈に私を包むのだ。

 それが私の胸に空いた穴に流れ込み、今もなお私の胸を満たしている。

 

―・―・―・―

 

 もはや幾度アレに攻撃を加えたのか数えるのをやめて久しい。

 ありとあらゆる攻撃手段を使った。恥を忍んで絡め手も使った。

 しかし、それらは総て届かなかった。

 それに対して、自分の体には数えきれないほどの傷が刻まれている。

 井の中の蛙になっていたつもりはなかった。それは自惚れでもなんでもなく、少なくともこの虚圏において自分に比肩しうる存在がいるとは客観的に考えられなかった。

 ましてや下級大虚も中級大虚も寄り付かないような虚圏の外れで存在すらしない何かを妄信しているような存在がここまでの化け物などと誰が想像できるだろうか。

 

「クソッ……クソックソッ!! クソッ!!!!」

 

 苛立ちを少しでも晴らそうと口から自然と飛び出す言葉によりさらに苛立ちが募る。自分がどれほど矮小な存在なのかを自分自身に証明されている気がしてならなかった。怒りによって視界が明滅しているような気さえしてきた。

 

「よくしゃべるな。お前は」

 

 彼女が呆れ半分で言葉を紡ぎだす。無防備に、無遠慮に歩み寄ってくる。そんな奴に傷1つ与える術すら今の自分にはない。

 

「……なんでだ」

「……何がだ?」

 

 感情に任せて口から言葉が飛び出す。

 

「それだけの!! それだけの力を持ちながら、なんで神なんかを信じるんだ!!」

「……ん?」

 

 彼女は質問の内容が理解できなかったのか顎に手を当てて首を傾げた。

 

「じゃあ、お前は何故戦うんだ?」

 

「……は?」

「は? ではない。お前も何かの為に戦うのだろう? こうしてしゃべることもできる、神座の闘争を下らない妄想と一蹴するだけの知恵もある。ならばお前はそこらの獣とは違うはずだ。何かの為に戦うのだろう? 違うのか?」

「…………」

 

 考えたこともなかった。己が兄を喰らって最上級大虚となり、第0十刃まで至った時にはよぎったのかもしれないが、それでもこうして言われなければ考えるに値しないとすら思っただろう。

 即ち、次だ。

 考える限りの強くなれる手段は尽くした。その結果として、事実自分は今この虚圏において最強の称号と言っても過言ではない第0十刃の地位にいる。

 ならば、ここで終わりなのか? これが完璧と言えるのか?

 ふざけるな。ならば何故今自分はこんな無様をさらしている。何故目の前のこいつは自分よりも高みにいる。

 

「ああ、そうか……」

 

 気づけば、随分と野蛮な獣に成り果てたものだ。

 自分を見つめる彼女の眼が妙に優しげだったのを、今でも無駄に覚えている。

 

――――――――――――

 

「あれが、万神殿か……」

「はい、少なくとも彼女はそう言っていました」

 

 第8十刃、ザエルアポロの道案内の下、藍染惣右介、市丸ギン、東仙要の三人は有力な最上級大虚がいるという場所へ向かっていた。彼らは護廷十三隊に所属する身でありながら、護廷十三隊、ひいては尸魂界の長である存在に弓引く存在として、この虚圏を拠点にしようとしていた。

 藍染の目的は王鍵の創造、ひいては尸魂界そのものの支配者である霊王を殺害することであり、そのための戦力として藍染が目を付けたのが、虚圏に存在する大虚。ひいてはそれらと崩玉によってより確実に成体が生み出されることとなった存在、破面である。

 如何に並みの隊長格の倍の霊圧を有し、反則級の能力を持った斬魄刀の所持者である藍染とはいっても、たった一人で、それらを達成できるとは思っていないし、根本的に不可能である。

 駒が必要だ。時に突撃させ、時に潜ませ、時に糧とし、時に切り捨てる。そんな駒が必要だ。それも1つではない、万全を期すならば少なくとも20。それに加え、捨て駒は多いに越したことはない。

 すでに十刃というそれぞれが護廷十三隊の隊長格にも比肩しうる存在である破面の軍勢を手中に収めた藍染だったが、それでも十全であるとは感じなかった。

 そんなときに藍染の耳に飛び込んできたのが、この虚圏において存在するはずもない神を信仰する最強の最上級大虚の噂だった。そんなものがいるなら疾うに接触がありそうなものだが、十刃の面々に話を聞いたところどうも事実らしいという結論に至った。

 彼らが最強と言うのだから警戒をしすぎるのに越したことはない。そう判断した藍染は藍染自らその最上級大虚に会いに行くことにしたのだ。

 

 

 変わり映えのない景色に若干ではあるが退屈を感じ始めたころ、視界の端に建築物らしきものが映った。

 

「おお……」

 

 その時、藍染はらしくもなく感嘆の声を上げた。視界の端に映ったのはそれほどのものだったからだ。

 基本的に虚圏には砂と石英で出来た枯れ木のようなものしか存在せず、バラガンのようなものでない限りは建築物を作ろうと思う事すらない。故に虚圏はどこまで行っても広がるのは砂漠のみのはずであった。

 だが、そこには確かに神殿と呼べるものがあった。ギリシャの万神殿を参考にして建てられているであろうそれは砂漠の中に浮かび上がるように存在しており、それだけでも異様な雰囲気を放っていた。

 

 そして、その神殿の主であろう大虚はその入り口で静かにたたずんでいた。

 男とも女ともとれる体格。炭のような黒い肌。腰まで届こうかという血のような赤色の髪。頭以外を包む白いローブのような衣服は砂ぼこりで汚れてこそいるものの、何故かそこから汚らしいという印象が与えられることはなかった。この時点で通常の最大級大虚と比べてもかなり異質なのだが、藍染達の目を引いたのはその顔に着けている仮面だった。

 彼の顔の口以外を覆うそれは、複数の種類の獣の仮面を縫い合わせたかのようなものであり、正面から確認するだけでも獅子と蛇の顔のようなものがうかがえた。

 

 それは藍染達に気付いたのか、視線をそちらへと向けた。口元しか見えないためその詳しい表情は分からないが、少なくとも敵意を抱いているようには見えなかった。道案内として先頭を歩いていたザエルアポロがそれに向かって話しかけた。

 

「久しぶりだね、フリード」

「ああ、久しいな、ザエルアポロ。死神を連れてくるとはあまり穏やかじゃないがどうかしたのか?」

「警戒する必要はないよ。彼らは僕達の敵ではないさ」

「そうか、なら構わない」

 

 ザエルアポロがそう言うだけでフリードの口調はかなり穏やかになり、自ら進んで藍染達の前に立った。

 

「初めまして、死神の皆さん。私はフリード・マルク。この万神殿の門番のようなものをしている。そこにいるザエルアポロとは……まぁ、腐れ縁のようなものだ」

 

 フリードは藍染達の素性を理解したうえでも柔らかい物腰を崩すこともせず、丁寧なしぐさでお辞儀をした。藍染から見たその動作の中に敵意と呼べるものは存在しない。そして、藍染から見て脅威となるようなものも感じられない。かつて虚圏の神を名乗った者にしたように力でねじ伏せることも可能だが、むやみやたらと力を振るうのは愚か者以外の何物でもない。そう判断した藍染は優し気な笑みを浮かべて言葉を紡ぎだした。

 

「まずは、君たちにとって脅威であろう私達死神にこうして会話の場を設けてくれたことを感謝しよう。私の名は、藍染惣右介。こっちの二人は市丸ギン、東仙要だ」

「ご丁寧にどうも。それで、君達のような死神が私にどんな用かな?」

「その前に、君の後ろにある神殿について説明してはもらえないだろうか?」

 

 相手がザエルアポロや他の破面が言うような変わり者だというのならば何が地雷原となるかわからない。他の破面から聞いただけでは彼女の信じる神とやらの存在を意図せず貶してしまうかもしれない。相手は少なくとも退化する前のザエルアポロを完封する程度の力があるというのだから、用心するに越したことはない。

 

「……そうか、君達には、あれが神殿に見えるか」

「? ……何か不快にさせたのなら謝罪するが」

「いいや、違う。せっかくだ。私が神殿を案内しよう。付いてきてくれ」

 

 それだけ言うと、フリードは藍染達に背を向けて入口の方へと歩き始めた。

 

「どないします、隊長。罠かもしれんけど……」

「いや、ザエルアポロやハリベルの話が事実ならばそれはないだろう。少なくとも、私達が彼女の神に対して悪感情を抱いていないうちは彼女は敵でも味方でもないさ。それに……」

「それに?」

「興味はないかい? あのバラガンをして最強と言わしめる最上級大虚が妄信する神とやらがどんなものなのか」

「……まぁ無い言ったらウソになりますけど」

 

 藍染とギンが短く言葉を交わしたのち、藍染達はフリードの後に続いて万神殿へと入った。

 

 

「ほぅ……」

「へぇー、こりゃまた立派な……」

「これは……」

 

 万神殿の中に入ると同時に、藍染達は周囲の雰囲気がガラリと変わったのを感じた。いわゆる人間達が信仰している神など毛の先程も信じていない彼らであっても、ここには何かがあるという確信に近い何かを抱かせる。万神殿はそれほどの場所だったのだ。

 シンプルながらにも所々に装飾が施されたこの神殿の中央部分であろう大広間の中心には空席の神座が存在し、それを中心に円形に広がっている空間を六等分するかのようにそれぞれに豪奢な装飾が施された扉があった。そしてそれらを照らす光の球体が所々を浮遊しており、より一層幻想的な雰囲気を際立たせていた。

 バラガンが拠点としていた虚夜宮とはあまりにも違う文化的なその様は知性を持っているとしても明らかに虚が作ったそれではなく、藍染自身、ザエルアポロから事前に説明を受けていなければ自分以外にこの虚圏に深くかかわった何者かの存在を疑わずにはいられなかっただろう。

 

 曰く、ありもしない幻想を追い求める最強の最上級大虚。虚でありながら戦う事にも強さにも一切の興味を見出さず、ただこの万神殿で祀られているという神々を世に広め、喰らう事しか知らない虚に神その存在を知らしめること以外に興味を持たない異端の中の異端。

 

 それが彼女と交流のある破面にとってのフリード・マルクだった。

 

(なるほど、彼らがそう感じるのもうなずける)

「藍染様。彼女が最強の最上級大虚というのは事実なのでしょうか」

「君がそう思うのも分からなくはないが、彼らがそう言っているというだけで十分な証拠だと私は思っているよ」

 

 そして藍染自身、目の前の虚の異質さを現在進行形で味わっていた。

 

 目の前にいるはずのフリード・マルクからは霊圧と呼べるものを一切感じない。

 

 これは最上級大虚云々以前にまず虚として異常事態と言えた。彼女の身体的な特徴は他の最上級大虚と似通った部分があるからと言って虚だと考えるのは早計なのかもしれない。もっと別の、例えば莫大な霊圧を捨ててそれら全てを膂力や防御力に宛てた虚であって虚ではない存在というのも考えられるだろう。藍染はそう考えていた。

 

 空席の玉座の前で、フリードは藍染たちへ向き直った。

 

「改めて、万神殿へようこそ。藍染惣右介、市丸ギン、東仙要。君達を神座巡りへと案内しよう」

 

 そして、神座巡りが始まった。

 




短くてすみません。テンポ悪いってレベルじゃなくて自分でイライラしてますが虚夜宮に行ったらスルスル進む……はずです。


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3話:神と王

神座巡りのテンポが悪いなんて次元じゃないですがご了承ください。


 第一神座 二元論

 一つ目の扉を潜り抜けた先にあったのは、座を中心として白と黒に二分された世界だった。それはさながら戦争の様相を示しており、白い側には醜悪な者達が蛮族の着るような鎧を身に着けて黒に向けて進む様が作られており、黒い側には見目麗しい者達が優雅に笑みを浮かべ、白の軍勢を迎え撃とうとしているさまが作られていた。

 そしてそれらをまるで愛玩動物でも見守るかのように見下ろす女性が、中央に存在する座に座していた。

 フリードが唄うように言葉を紡ぎだす。

 

「それは総ての始まりであり総ての終着点を示した始まりの座。座というシステムそのものを生み出した世界であり、初めて座に至った女によって流出した法により生み出された世界。そこでは総ての存在が善と悪に二分され、双方が決して相容れることはなく喰らい合いを続ける永久の戦乱が行われていた。例えどちらか一方がほろんだとしても次の瞬間には価値観が逆転し、昨日の善が今日の悪となることが当たり前の世界。それが第一神座。二元論だ」

 

 ふと、座ではなく彼女が見下ろす白の軍勢と黒の軍勢を眺めていたギンがフリードに問いかけた。

 

「これ、どっちが良い者なん? 黒?」

「いや、白だ。いつの時代も善とはやってはいけないことに縛られる。しかも彼らは己の価値観が間違っているなんて欠片も思わない。行き過ぎたときにより醜悪に、より凶悪になるのは善者なのさ」

「へぇ……そりゃまた……」

 

 ギンがうっすらと笑みを浮かべながら要の方を見据えた。

 

 それは正しく人が織りなす綾模様であり、それを愛でたいと思った女の為の世界である。

 

 

 第二神座 堕天奈落

 

 次に訪れた間は先ほどのものとは異なり黒一色の世界であり、先程の第一神座の黒側を一面に広げたような空間であった。中央の座には壮年の男性が不敵な笑みを浮かべながら座しており、彼の命を奪おうとするかのようにありとあらゆる者の刃が彼へと向けられていた。

 

「ここは第二神座、堕天奈落。第一神座の世界に出現した極大の悪によって流出した座。それは正義が流転する第一神座において極大の悪として顕現し、剣一本で座に至り、二元論を切り捨てた1人の戦士だ。その世界は誰もが原罪を背負い、罰として生きる苦界。善人などおらず、誰もが快楽と悦の為に他者を喰らう弱肉強食の世界。そしてそのような行為を誰も恥じず悔いもしないが故に強者にとっては楽園以外の何物でもない。だが、座に至った男の渇望は「悪を完全に根絶したい」というこの世界とは真逆のものであり、己自身が極大にして唯一の悪となり次代の善神に滅ぼされることで悪の根絶を果たそうとした世界だ」

 

 確かに、黒一色でおおわれた空間には闘争で埋め尽くされていた。しかし、その中に嘆くような者を象った像は存在せず、誰もが豪快な笑顔を浮かべていた。

 

「苦界にしては、随分と笑顔が多いように見えるね」

「苦界というのは見かけだけの話さ。欲望のままに振る舞い、文字通り弱肉強食以外の何の法則も通用しない世界。さらに彼らは悔いもしなければ恥もしない無慙無愧の連中だ。生きたいように生きて死にたいように死ねるこの世界はある意味の理想郷だろうさ」

 

 

 第三神座 悲想天

 

 次に訪れた間は先ほどまでとは何もかもが正反対の白一色で構成された空間だった。行き過ぎているとすら感じられるほどに白い空間で、座の下にいる人々の像は誰もが穏やかな表情を浮かべており、それに反して座に座している男性の表情はどこまでも冷酷なものだった。

 

「ここは第三神座、悲想天。第二神座の息子が結果として第二神座の悲願を果たす形で座に至ることで流出した座。その渇望は第二神座と同じく「悪を完全に根絶したい」というものであり、その結果として生まれたのが善のみが存在する争いのないディストピアだ。第二神座の絢爛さの根源であった原罪が浄化されたことにより個と呼べるものの一切が排除され、蟻の社会を彷彿とさせる群体社会が形成された。それは争いの根源に存在する「理解できない」という要素の一切を排除した、穢れの一切存在しない塩の牢獄だ」

 

 藍染はふと視界に入った純白の柱に人の顔が浮かんでいることに気付いた。

 

「あれは、この世界で罪を働いた者が罰としてああなっているのかい?」

「ああ、と言っても私や君達からすれば罪とすらいえないようなものだけどね」

 

 塩の牢獄の象徴である塩の柱に刻まれた人の顔は、それでもなお穏やかな表情を浮かべていた。

 

 

 第四神座 永劫回帰 修羅道至高天

 

 そこはそれまでの一色によって染め上げられた空間とは異なる空間だった。部屋全体は宇宙のような意匠が施されており、地球らしき星を挟んで座に座した二人の男が向かい合っているような構図となっていた。

 

「第四神座、永劫回帰。第三神座の世界の破綻により飛来した別次元の存在を観測した第三神座が己自身の無能を許せず、座を降りたことにより流出した座。黄昏の女神という至高の存在と出会い、彼女と出会ったこの刹那を永遠に味わいたいという渇望と女神による至高の終焉を迎えたいという渇望の矛盾が複雑に絡み合い増大し、最終的に最も神に近い存在である友と相打つことにより「こんな結末など許さないし認めない」という渇望が流出した結果生まれた理。それは望んだ結末にたどり着くまで無限と言える時を繰り返し続ける世界であり、総てが既知で満ちた世界。座に至った本人は未知を求めているにもかかわらず女神との出会いという既知を決して手放したくないと願うが故に既知をループし続けるという様はどうしようもなく破綻しており、しかしその法の性質故に誰も神を殺せず、また変化が起こる確率も限りなく低いため、歴代の中で最も持続した座だ」

 

「座というものは、二つ同時に存在しうるものなのかい?」

 

「ああ、この座は少々特殊でね。神の規模が馬鹿でかくなってしまったばかりに神の分離体と呼べる存在すらも神に比肩しうる存在となってしまったのさ。それがあの黄金の獣。修羅道至高天だ」

 

 それは絢爛豪華という言葉がこれ以上に似合うものはいないのではないかと思えるほどの男性だった。その顔には美しい笑みが浮かんでおり、そんな彼に付き従うかのように、彼の座は大量の黄金の骸骨によって支えられていた。

 

「修羅道至高天。第四神座の「死にたい」という渇望により生まれた存在。その渇望は「総てを全力で愛したい」というものであるにも関わらず、その生まれ故に総てを愛するということが総てを破壊するということに直結してしまう。しかし彼はその一方で愛するものを破壊してしまうことは悲しく、それは彼の本意ではなかった。その結果として流出した法が「永遠の闘争により総てを破壊し、その上で破壊されたものは何度でも蘇る」というもの。それは確かに彼の渇望を満たし得るものであったが彼は第四神座によって生まれた存在であり、第四神座が滅ぶという事はそのまま修羅道の消滅を意味することであるため、彼が座につくことは決してあり得ない」

 

 

 第五神座 輪廻転生

 

 そこは初めて、少なくとも藍染達にとっては初めてまともなのではないかと言える空間だった。座と言えるのかどうかわからない花によって彩られた中央部分に佇んでいるのは純白のドレスを身にまとった少女であり、その顔には邪気など微塵も感じない美しい笑みが浮かんでいた。

 そして、そんな彼女を守護するかのように、歯車と時計で無理矢理構築したかのような座に座した少年がじっとこの空間に入ったものを見据えるかのように座していた。

 

 「第四神座の至高の既知である黄昏の女神が第四神座より座を明け渡されることにより流出した座。第四神座自体が彼女が座に至るための舞台装置と言っても過言ではなく、彼女が己の渇望を外へ流れ出すのを促すための恐怖劇に他ならない。彼女の渇望は「総てを抱きしめたい」というもの。総ての生命に幸せになってほしいと願う彼女の渇望は、死した魂を優しく抱きしめ、次はより良い生涯を送れるようにと異なる生へと送り出す理となった。その慈愛は善悪貧富の一切を問わず振りまかれ、あらゆる生命の緩やかな成長を促す慈母の理は本来なら互いを喰らい合う事しかできないはずの神に至り得る者達を共存させることすらも可能とした」

 

「なんや、これまでの神座と比べるとえらい綺麗やねぇ」

 

「ああ、普通に考えれば彼女の統治は理想像とも言えるだろう。それに加えて、彼女はその性質で本来なら座に至ることすら可能な神三柱によって守護されていたんだ。その内の1つがあの歯車の座に座している彼だよ」

 

 

 無間

 

「輪廻転生が座に至るための舞台装置として第四神座に生み出された存在。その渇望は「至高の刹那を永遠に味わっていたい」というもの。彼にとっての至高の刹那とは大切な仲間との日常であり、彼はそんな変わり映えのない日常が真の意味で永遠に続けばいいというある種破綻した思想を抱いていた。その理は、彼が一緒に過ごしたいと思った者以外の全ての時間を永久的に停止させるというもの。彼と親しいもの以外の全ての時間が停止するため生命の循環はほぼ完全に停止するといっても過言ではなく、また彼の影響下に置かれた者達は例外を除きその思考を現状維持の方向へ向けたまま停滞させてしまう為、その力は渇望に反して世界を事実上破滅させる力であった。次の神座が生まれる確率の低さでいえば第六神座を除けば群を抜いて低く、また彼は誰よりも黄昏の女神を愛していたため彼女の願いを尊重してその力を封印し、彼女の守護者となった」

 

 

 第六神座 大欲界天狗道

 

 そこは先ほどまでの空間とは一転して殺風景な、それでいてまがまがしい雰囲気を放つ空間だった。中央には座と呼んでいいのかすらどうか不明な胎児の掌を模した座に、黒い肌と縮れた金色の髪、そして3つの目をもった明らかに常人ではないと分かる少年が座っていた。

 

「第六神座。第五神座の世界で総てを愛し抱きしめる女神に対しても端を発する者達によって仕立て上げられた邪神が己を抱きしめる何かを煩わしいと感じ、黄昏の守護者諸共女神を蹂躙し、結果として座に至ってしまったことにより流出した理。その渇望は「ただ独りになりたい」というもの。ただ独りそこにあり、何もなければ何も起こらない悠久の凪。それは総ての生命が自己愛により邪神独りになるまで喰らい合う世界という形で流出した。当然次代の神が生まれる可能性は限りなく0であり、とある残骸が座の完成を刹那のところで止めていなければ数日のうちに世界は邪神独りを残して総て滅んでいただろう」

 

 周囲を見渡しながら、ふと気づいた藍染がフリードに問いかけた。

 

「記録は此処で終わっているのかい? だとしたらこの世界は加速度的に滅びに向かっているという事になるが……」

「この大欲界天狗道を打倒し、新たに座に至ったものがいたんだ。私が見れるのは闘争の記録だけ。今はどんな神が座に居座っているのかなど知らないし、そんな畏れ多いことを知ろうという気もないよ」

 

 フリードはうっすらと笑みを浮かべながらそう答えた。

 

―・―・―・―

 

「さて、これで一通りの説明は終わった。どうだったかな、藍染惣右介」

「素晴らしいものを見せてもらったよ。感謝しよう」

 

 口元にかすかな笑みを浮かべたフリードに対し、藍染もまた穏やかな笑みで応じながらも思考を巡らせていた。

 とてもではないが、これらすべてを虚がただ一人で考えたとは思いにくい。虚の中には生前の性質や記憶を強く受け継ぐものもいるが、それでもそれらは強い自我のみを残し、最上級大虚になるころには漂白されている場合がほとんどだ。そのような知恵のみで、ここまでのものを作れるものなのだろうか。

 藍染がここ虚圏で計略を進めてからかなりの時が経つが、ここにきて第三者の存在を疑わなければならないことに藍染は若干ながらも辟易していた。

 

「さて、本題に入ろうか。私達が今日君の元へ訪れたのには訳があってね。この素晴らしい神域を守る君の力を私達にも貸してはもらえないだろうか?」

「……ほう」

 

 先ほどまで笑みを浮かべていたフリードの表情が若干ではあるが揺らいだ。何を要求されるのかはフリード自身分かっていなかったが、それでも彼女にとっては想定外の事態だったのだろう。少し間を置いてから言葉を紡ぎだした。

 

「……君は、私より強いだろう? 私のような者を仲間にする理由がわからないな」

「君が、この虚圏において最強の虚だから、という理由では駄目かい?」

「冗談はよせ」

 

 フリードは苦笑いを浮かべながら冗談でも言うような調子で言葉を紡ぎだす。

 

「力を求めているのならば他をあたればいい。力が必要ならバラガンでも味方につければいい。適当に神として崇めてればいくらでも力を――」

「バラガン・ルイゼンバーンなら、とうに私の軍門に下ったよ」

「何……だと?」

 

 初めて、フリードの口元に驚きの表情が浮かんだ。

 

「今では私の下で、配下の1人として活動してくれているよ」

「……そうか」

 

 藍染の前でフリードは1つため息をつくとともに、再び言葉を紡ぎだした。

 

「ますますわからないな。バラガン率いる軍勢はこの虚圏の最大勢力、それを従えたならばこの虚圏を手中に収めたも同然だ」

「私の目的は、この虚圏にはないよ」

「……なるほど、あくまで欲するのは純粋な戦力、という訳か。多いことに越したことはないものな」

 

 続けてため息をつくフリードに対し、藍染は終始優し気な笑みを浮かべるだけだった。

 少しの間フリードは考える素振りを見せていたが、顔を上げて藍染の方を見据えるとしゃべり始めた。

 

「私にはこの万神殿を守護する義務がある。悪いが君の誘いに乗ることはできない」

「まぁ、そうだろうね」

 

 フリードが毅然とした態度で断っても、藍染は表情一つ変えずに頷くだけだった。

 愛染は一瞬だけ考え込むような素振りを見せた後に、これまでのものとは異なる悪戯めいた笑みを浮かべながら言葉を紡ぎだした。

 

「では、私がこの万神殿ごと君を連れていくと言ったらどうする?」

「…………何?」

 

 フリードが再び動揺した。

 

「どういう意味だ?」

「私の配下の破面には、己の劣化分身を無限に生み出せる者がいる。彼ならばこの神殿の護衛も管理も、君の望むままにこなしてくれるだろう。もし君が私に力を貸してくれるというのなら、彼らを君の従属官とするように手配しよう」

「ああ、そういう……」

 

 考え込むフリードの反応は芳しくなかった。当然と言えば当然の話だ。彼女はこの万神殿を作り、守ること。ひいては神座の神々の威光を伝えること以外は本気でどうでもいいと思っている。例えこの先藍染が天に立ち、そのために何千何万という魂魄が犠牲になったとしてもそんな程度神座の闘争と比べれば子供のチャンバラにも及ばない。その物語は彼女1人で抱えきれないほどに鮮烈で煌びやかだからこそ、彼女は万神殿を作り、それを守護している。そこに何の誇りも抱いていないと言えば嘘になるだろう。

 

「フリード、あくまでこれは、神座の記録の一端を君に聞かされたものの言葉として聞いてくれ」

「何だ?」

「君は、この世界がどうあるべきだと考える?」

「この世界……虚圏の事か?」

「いや違う、現世も、尸魂界も、虚圏も含めた総てだ。第七神座の法下にあるこの世界において、少なくとも神座の記録を有しているのは私の知る限りでは君だけだ。この神座の闘争の歴史は、遍く総ての者が知るべきだと、そうは思わないかい?」

「思うさ。だからこそ私は万神殿を守護している」

 

 切り返すようにそう答えるフリードに対し、藍染は真剣な表情を浮かべながら言葉を紡ぐ。

 

「残念だが、君がここで努力するだけではそれは報われないだろう」

「……何だと?」

「っ……」

(お~こわ、こりゃ前評判に嘘はなさそうやなぁ)

 

 一瞬ではあるが、フリードから藍染達に対し、霊圧のような何かが叩きつけられた。それと同時に場が凍り付くような感触にギンと要が包まれる中、藍染は眉一つ動かさずにしゃべり続ける。

 

「現在、神々の世界より下の次元であるこの世界において、魂の循環を司る霊王という存在がいるのは知っているかい?」

「いや、初耳だな。証拠はあるのか?」

「直接知った私の言を信じてくれればそれ以上はないが、これだけの記録が恐らく例外的存在だろう君だけしか知らないという事も証拠として挙げられるだろうね」

「……何?」

「不都合なのさ。霊王にとっては魂の循環を守護し続けることが使命だ。そして、君の知る神座の記録はせっかく手中に収めている魂魄が自身に牙を剥く要因になりかねない。己の手の内に収まっていればいいものを、己よりも上を行かんと手の内から飛び出そうとする存在など邪魔以外の何者でもない。何らかの手を打っていることなど、子供でも予想できる。恐らくは、君が言い聞かせても、この素晴らしい万神殿を見せても、所詮はくだらない君の妄言としか感じないだろう」

 

 フリードの表情に驚きと怒りがわずかながらに滲み出していた。心当たりがいくらでもあったからだ。その変化に気付かないふりをしながら、藍染は続けてしゃべり続ける。

 

「私は、今の世界は間違っていると考えている。この世界の総ての存在は、今は霊王の自己満足のための家畜に成り果てているのだからね。改めて聞こう、フリード・マルク」

 

 私と共に来る気はないか?

 

 フリードにとって、もはや返答など1つしかなかった。

 




主人公は破面勢の中では比較的賢い方ですが基本的に疑わないので腹芸はクソ雑魚ナメクジです。具体的に言うとアニオリ回でウルキオラ倒して崩玉を奪ったと思い込んでたおっさんにも言いくるめられます。理由は後程明かされると思います……多分。


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4話:罪は美名の仮面で隠される

 私が信じるもの、それは私が望んだもの

 

 私のものは、私が愛し戦ったもの

 

 私の生に、意味もなければ価値もない

 

 だからとせめて星に願う

 

 この穴を埋める温もりを

 

―――――――――――――――――

 

「早速で悪いが、君には破面になってもらう」

「? ……ああ、ザエルアポロのようになるという事か?」

「理解が早くて助かるよ」

 

 破面。虚が自身の仮面を剥がすことによって死神と同質の力を得ることが可能となる存在。しかし、だからと言ってどんな虚であっても強力な破面になるわけではなく、その力は元の虚の力に大きく依存することになる。藍染からしても、フリードがどれほどの実力を持つのかは完全に未知数な上にどのような能力に目覚めるのかも分からない。虚夜宮やフリードの万神殿に被害が及ぶような面倒ごとは避けたかった藍染は万神殿から少し離れた場所でフリードの破面化を行うことにしたのだった。

 

「だが、破面になることに何か意味があるのか?」

「そう言われると答えに困るが、純粋に戦力の強化だと思ってもらって構わないよ」

 

 そう言いながら、藍染は懐から小さな水晶体のようなものを取り出した。

 

「これは崩玉と言ってね。今はまだ完全覚醒には程遠い状態だが、私が霊圧を注ぎ込むことで君を虚からさらに強大な破面という存在に引き上げることが可能なんだ」

「あいにくと、私はザエルアポロと違ってそちらの知識は浅い。説明されたところで半分も理解できないよ」

「それは残念だ。では、さっそく始めるとしよう」

 

 藍染が崩玉に霊圧を込めると同時に、崩玉から淡い光があふれ出した。それはまるで意志を持つかのようにフリードの元へと流れていき、フリードを包み込んだ。フリードは特に抵抗するような様子も見せず、光に飲み込まれていった。

 

―・―・―・―

 

 ここは何処だ。

 

 私は、誰だ。

 

 わからない。何もわからない。

 

 視線をどこへ向けても見えるのは赤ばかり。どす黒い赤色で視界が埋め尽くされている。かろうじて見える輪郭は人のものなのだろうか。

 

 だとしたら、私は今骸の山にでも埋まっているのだろうか。

 

 

 

 

 

 

たすけて

 

 

 

 

 

 

 声が、聞こえた。

 

「ヒッ……」

 

 口から自然とそんな声が漏れ出た。声は折り重なるように聞こえてきた。耳をふさいでも、まるで頭の中から直接叫ばれているかのように、不快感を伴って声が聞こえ続ける。

 

たすけてたすけていやだたすけていやだたすけていやだたすけてたすけてたすけてたすけていやだたすけてたすけていやだたすけていやだたすけていやだたすけてたすけていやだたすけていやだたすけていやだたすけていやだたすけていやだいやだいやだいやだいやだいやだ

 

「あ、ああ、ああああ!!!!」

 

 途端に、周囲の骸が自分の中に流れ込んできたような感覚に襲われた。狂い死にそうなほどの不快感。そして苦しみ。それらを何十倍にも濃縮したようなものが私の中で暴れ狂っていた。

 何だこれは。何だこれは。どうして私はこんな目にあっている。わからない。何もわからない。私が何だというのか。

 

「嫌だ。私は、私は違う!」

 

 何が違うというのか私自身分からなかった。何かの罰だとでも思ったのだろうか。荒れ狂う心とそれを嫌に冷静に俯瞰する心が私の中にいる。どちらが私なのかもわからない。

 

 そして私は理解した。

 

 これは私が殺した(喰らった)ものだ。

 

 そして、それが私を罰で殺そう(喰らおう)としているんだ。

 

「ぐっ、ああああ!!!!」

 

 苦しい。苦しい。苦しい。苦しい。

 

「ああああああああ!!!!」

 

 

 

 

 だから、私は逃げたんだ。

 

 

我が喰らったのは悪しきもの。喰われてしかるべき邪な者。故に我は正当なり

 

―・―・―・―

  

 

「……ん」

 

 淡い光が徐々に消えていった。慣れない光に閉じていた目を開いた。破面になる前と比べて幾分か良好になった気がする視界を、フリードは左右に振った。以前は少し見えるだけだった赤髪が大きく視界を覆い隠したため、手で払った。視界が開けると、そこにはフリードを今現在の姿にした藍染が、崩玉を持って立っていた。

 

「私は……」

「おめでとう、無事破面となることができたようだね……だが、これは……」

「こりゃまたけったいな……」

 

 藍染に言われて初めてそのことを思い出したのか、視界を自分の身体に向けた。以前よりも若干小さくなった体は女性らしい輪郭となっており、体の大部分は白いぼろ布で覆われているためよくわからないが、肌が伝える感触が自分がかつて身にまとっていた鎧が消えたのだと確信させた。

 

 見た目だけを見るならば以前の姿と比べると戦闘に適しているとは言えない。黒い表皮や赤い髪は前のままだが、手足は以前と比べると幾分か頼りないように思えた。その上に、まだ飢えていたころに大虚を喰らったときに感じられた充足感は感じない。

破面になるというのは新たな力を得るという事ではなかったのだろうか。そう訝しんだフリードは黒く染まっている白目とその髪と同じ血のように赤い瞳の目で藍染を見据えた。

 

「私は、破面になったのか?」

「ああ、君は確かに破面となった。君の周りにある斬魄刀がその証拠だ。だが……」

「7本もあるのは初めてやな。形も大きさもバラバラやし」

「7本に分割して力を収めてある……という事だろうか?」

 

 藍染たちに言われるままにフリードが周りを見回すと、確かにそこにはフリードを囲うような位置取りで7本の刃物があった。中には刃物と呼んでいいのかいささか疑問に感じるものもあるが、それらを呆然と眺めるフリードにとって重要なのはそこではなかった。

 

「これ、は……」

 

 仮面の名残はティアラのようになっているため、露になったフリードの整った顔に浮かんでいたのは恐怖だった。弾かれるように刀へと駆け寄る。赤い瞳がぐらぐらと揺れ、何かの間違いであることを願うように1つ1つの刀を確認していく。

 

「なんや、どないしたん?」

「私、は……いや、何でもない」

 

 そんな彼女の様子を訝しんだギンが問いかけるが、数度深く呼吸したフリードは首を横に振り、言葉を紡ぎだした。藍染は何かを考えているが、特にフリードに言及するようなことはなかった。

 

「藍染様、どういたしましょうか」

「そうだね……フリード、とりあえず刀剣を解放してみてくれ。解号は既に君の頭に浮かんでいるはずだ」

「…………ああ、わかった」

 

 何かが嫌なのか、フリードは徐に立ち上がり、すぐそばにあった断頭台のギロチンに無理矢理柄を付けたかのような不自然な形の刀を手に取った。そして、気が付いた時には頭に浮かんでいた言葉を流れるように口に出した。

 

 

――印せ、『神座萬承(クレプスクロ)』――

 

 

 次の瞬間、フリードが手に持った刀を含む7本の刀がまばゆい光を放ち、1つに束ねられ。さらにその輝きを強めてフリードを飲み込んだ。

 

――――――――――――――

 

「ふぅ…………」

「全く、君も存外生きづらいものだね。それだけの力を持ちながら」

 

 帰刃によって獲得した能力の確認を終えた後、虚夜宮へ向かう事となったフリードは藍染に頼んで藍染達に先に虚夜宮へと戻ってもらい、自身は万神殿の手入れを行っていた。と言ってもこの万神殿は大抵の場合埃すら積もらない程の静寂が支配しているため、手入れなど数年に一度軽く行う程度で済む。

 

 だが、いくら藍染の部下に任せられるとはいえ、ここを離れることなど考えたこともなかったフリードにとって、これはやらなければ気が済まない事だった。

 

「何だ、ザエルアポロ。君もようやっと神座を信じる気になったのか?」

「あいにくと、今の僕にはやることが多すぎる。藍染様からの命もあるし、僕自身の悲願だってまだだ。祈る時間も惜しいくらいにはね」

「確か、完璧な生命だったか?」

 

 今この場にいるのはフリードと、先に虚夜宮へと戻った藍染達がフリードの案内役として残したザエルアポロだけだった。ザエルアポロとしてはフリードの首根っこを掴んで引きずってでも虚夜宮に戻り、さっさと自分の研究に没頭したいところだったが、自身が最も戦闘力が高かった時でもかすり傷すら与えることすらできなかった相手に下手に逆らうつもりはなかった。

 とはいえ、数度しか会ったことが無いとはいえ、ザエルアポロはフリードの数少ない顔見知りだ。一番最初にフリードの信じる神を否定してから幾度か交わした言葉で気心の置けないとまではいかないが互いがどういう存在かは把握していたつもりだった。

 互いに互いの信念や思考を理解することができないし理解しようとも思わない。神を信じるフリードと只の妄言としか思えないザエルアポロは争う事こそなくても何処までも平行線だった。

 今ザエルアポロが放った一言も挑発の意が込められていたのだが、どうにもそれが届いた様子はなかった。

 

「……何だ、破面になって少しは相手の事を慮る余裕でもできたのかい?」

「いや、ただやるべきことが分かったというだけさ」

 

 最後の神座、万神殿の中央に位置する空席の座の手入れを終わらせ、神座の前に立ったフリードは跪き、両手を組んで目を閉じた。

 そして、そのままフリードの周囲だけ時間が止まったのではないかと思うような時間が流れた。

 空席の座に祈るその姿は酷く完成したもののように思われ、一瞬ではあるがザエルアポロの視線を奪った。そのことが妙に癪に障ったザエルアポロは煽るような口調で問いかけた。

 

「何を祈っているんだい?」

「見ればわかるだろう。今の世を統治している第七神座に座する方の統治が長く続くようにだ」

「僕が知ったことじゃないが、祈るというのはその神に対して何か願いを叶えてもらえるよう乞うという事じゃないのか?」

「ああ、そうだな。だが、私は彼らの記録を見せてもらったんだ。私の身には過ぎた物を頂いた。ならば、私は爪先程でもいいから何かを返したい。それだけだよ」

「……君なら、私のようなものが何かを返せるなど畏れ多いとかいうような質じゃないのかい?」

 

 訝しむような表情を浮かべながら問いかけるザエルアポロに対し、フリードは組んでいた手を解いて立ち上がり、自嘲をあらわにした笑みを浮かべながらザエルアポロの方を向いた。

 

「私みたいな不敬ものには、お似合いさ」

 

 答えになっていないその言葉は、嫌にザエルアポロの記憶に残った。

 




痛々しい神座語りでランキング入りしてお気に入りや評価者が激増したので吹っ切れてOSRと14歳病マシマシでお送りしました。キリの良いところで区切りたいので短いのはご了承ください。
評価や感想、お気に入りありがとうございます。執筆の助けになっています。


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5話:愛とは狂気である

 私は愛に飢えている。

 

 

 私は温もりに飢えている。

 

 

 だからきっと私は血に飢えている。

 

 

 

 

 

―・―・―・―

 

「やぁ、初めまして。第7十刃殿」

「……貴方は、確かつい最近藍染様によって破面となった」

「フリード・マルクという。よろしく頼むよ」

 

 その日、第7十刃、ゾマリ・ルルーの宮を訪れたのはまだ虚夜宮に来たばかりの新参者だった。ゾマリの色黒の肌とは異なる不自然に黒い炭のような肌。血のように赤い瞳と髪。それらの要素を揃えてなお整っているとわかるいっそ怖気が走るほどに美しい容姿。だが、そのどれもゾマリの興味を引くことはなく、ゆっくりとしゃべり始めた。

 

「何か、私に用ですかな」

「ああ、君の数字をもらいに来たんだ」

 

 まるで世間話でも話すような体であっさりとフリードの口から飛び出したその言葉に、ゾマリは僅かながらに瞑目した。

 

「……貴方は、その意味を分かっているのですか?」

「ああ、藍染から力試しがてら自分で数字を勝ち取って来いと言われてね。一番話が通じそうなお前の所に来たんだよ」

 

 答えになっていなかった。十刃は現破面の中でも特に優れた殺傷能力を持つ破面10体によって構成されている。藍染の指示によって十刃が交代する以外に十刃となる方法は現十刃を倒し、己の方が上だと証明すること。早い話が戦って勝つ必要がある。

 にもかかわらず、ゾマリの目の前で笑みを浮かべるフリードは話が通じそうなどという戦闘とは何ら関係ない部分で判断して来たという。話が通じないのは一体どちらだというのか。

 

 

 どこか壊れているのか、それとも埒外の怪物か。ゾマリはゆっくりとしゃべり始めた。

 

「であるならば、貴方は此処で私に殺されても構わないと、そういうわけですね?」

「ああ、その認識で構わない――」

 

 フリードがそう言い終えるよりも早く、

 

 

 最速で間合いを詰め、背後に回ったゾマリが放った斬撃がフリードの首筋に命中した。

 

 

 

 

「……何?」

 

 だが、それと切れたかどうかは別の話。

 現に、ゾマリの刀はフリードの首にぶつかった状態で止まっており、フリードの首筋には傷1つついていなかった。

 フリードは不敵な笑みを崩さないまま、首筋にあてられた刃も気にせずに自然体で振り向き、ゆっくりと言葉を紡いだ。

 

「その認識で、構わないよ」

 

 そこまでのゆったりとした雰囲気から一転して、目にもとまらぬ速さで腰に差された刀を振りぬいた。しかし、ゾマリもそれ以上驚くようなことはなく余裕を持って躱したうえで距離をとり、先程までと同じ間合いに戻った。

 

「中々の鋼皮(イエロ)をお持ちのようですね」

「お前こそ、随分と素早いじゃないか。それが響転(ソニード)か?」

「その通りです。とはいえ、私の響転は十刃最速でしてね。皆が皆この速度を出せるわけではありません」

 

 そう言い終わるや否や再び一瞬でフリードの背後に移動したゾマリの剣が振るわれる。

 

「こうか?」

「…………」

 

 が、ゾマリの剣が振り切られる頃には既にゾマリの背後に移動していたフリードがゾマリへ向けて刀を振るっていた。ゾマリの顔がほんの少しだけ驚愕に染まるが、

 

 

 

「そうです、それが響転です」

 

 まるで師でも気取るかのようにしゃべったゾマリの身体が消え、フリードの刀が空を切った。

 同時にフリードの周囲を囲うように3人のゾマリが現れた。

 

「これは……分身、か?」

「いいえ、そこまで上等なものではありません。私の響転に少しばかりステップを追加して残像を作っているだけです。私はこれを双児響転(へメロス・ソニード)と呼んでいますが、まぁ手品の類を出ないものです」

 

 言い終わると同時に3方向からの同時攻撃を仕掛けるゾマリだったが、フリードは特に動じる様子はなかった。

 

「まぁ、結局のところ1人だと分かれば大差ない」

 

 1人目の攻撃をかわし、2人目の攻撃を刀で流し、返す刀で3人目の攻撃よりも早くゾマリを切りつけた。

 

 

 

 かと思われたが、

 

「残念、私が生み出せる分身の数は最大5体です」

 

 3人目で切れば問題ないと考えていたため初めて隙が発生したフリードに向けてゾマリが前後からの斬撃を放った。

 刀を大振りに振り切った後のフリードは避けることも受けることも出来ずに斬撃をそのまま喰らってしまう。

 

 

 

 

「やれやれ、自分の無能さに腹が立つよ」

「……ふむ」

 

 しかし、フリードには傷1つついていなかった。ゾマリも大して驚いた様子は見せず、刀を握る手を見つめた。

 フリードを切りつけたときにゾマリの手にやってきた反動は、まるで大樹に棒を叩きつけたときのようなものだった。切れる切れないの問題ではなく、そもそも切るようなものではないレベルの質量と密度、それがあの身体に収まっているのだと感じた。

 

「さて、どうしたものかな。君の攻撃は先ほどの10倍にでもならなければ私に届かないし、私の攻撃も君に届かない。これでは埒が明かないな」

 

 戦闘中とは思えないほどに穏やかにしゃべるフリードに対し、ゾマリは思考を巡らせていた。

 当然、ゾマリにとって今の一撃が全力という訳ではない。だが、少なくとも十刃最硬の鋼皮を持つ第5十刃、ノイトラ・ジルガのように防御力に長けた破面でもない限りは首を飛ばせる一撃だった。ハッタリという事もあり得るが、それを10倍までなら耐えるとすら言ってのけるフリードの鋼皮は間違いなくノイトラを凌いで十刃最硬と言えるだろう。

 そして、フリードの言ったことが事実ならば、今のゾマリの全霊を以てしてもフリードを傷つける攻撃は放つことができない。

 

「では、仕方ありません」

 

 

 

 ゾマリには、だが。

 

 

 

「鎮まれ、『呪眼僧伽(ブルへリア)』」

 

 ゾマリが自分の前に刀を浮かべ、手を合わせる。そして首が梟のように90度曲がると同時に刀もそれに従い折れ曲がり、白い液体を噴き出してゾマリを包んだ。

 

「……ほう」

 

 斬魄刀を解放し、虚としての攻撃能力を取り戻したゾマリを、フリードは興味深そうに見ていた。ゾマリはそんな彼女の様子を気にすることもせずに言葉を紡ぎだした。

 

「あなた自身に攻撃してもらうとしましょう」

「ん? ……」

 

 何かが来る。そう叫ぶ直感に任せたフリードはとっさに体を半歩横にずらした。

 しかし、攻撃の兆しのようなものを見せたゾマリから攻撃が来る気配はない。フリードが不思議そうな表情を浮かべる中、ゾマリは不気味な笑みを浮かべた。

 

「どうしました? 攻撃を放つと直感したのに攻撃が来ない。そう言いたげな顔をしている」

 

 

 

 

 残念。してますよ。攻撃。

 

 

 

 

 ゾマリがそう言った次の瞬間、フリードの右手に模様が浮かんだ。フリードが右手に浮かんだ模様を不思議そうに眺めていると、右手がまるでひとりでに動いているかのような挙動をとってフリード自身の首を絞め始めた。

 

「っ!? これ、は……」

「あれだけの鋼皮に加えて膂力も高いとは……私以外の十刃ならば手も足も出なかったことでしょう」

 

 音を立てて自分自身の首を絞める右手を見ながら若干ではあるが苦し気な表情を浮かべるフリードに対し、ゾマリは滔々と喋りだす。

 

「総てのものには「支配権」があります。部下は上官の支配下にあり、民衆は王の支配下にあり、雲は風の支配下にあり、月光は太陽の支配下にある。我が『呪眼僧伽』の瞳に見据えられたものはそれを奪われる。既にあなたの右手は既にあなたの支配下を離れ、私の支配下にあります」

「ほ、う……十刃というには随分とおとなしい能力だな」

「お忘れなきよう」

 

 黒く染まったゾマリの瞳の内の1つが鈍い輝きを放つ。フリードの首を絞めるフリード自身の右手の力がさらに強くなった。フリードの表情が苦痛に歪んだ。

 

「ぐっ……」

「あなたの生殺与奪の権利は今、私の手の中にあります。この『(アモール)』の力の前ではあなたの鋼皮も膂力も何の意味も持たない」

 

 ふと、ゾマリが何気なく放ったその一言で、フリードが目を見開いた。そして、僅かに口角が上がった。

 

「愛……だと……ハハッ」

「? 何かおかしなことでも?」

 

 怪訝そうな表情をするゾマリを尻目に、フリードは笑みを浮かべたまましゃべり始めた。

 

「これが愛か、壊しもせず、抱きしめもせず、ただ縛り付けて付き従えるこれがお前には愛なのかと思うとな。ああいや気にするな。決して下に見ているわけじゃない。お前がそう思うのならお前にとってはそうなのだろう。お前の中ではそれが総てなのだからな」

「…………」

 

 フリードの首を絞める力がさらに強まるが、フリードは全く意に介することなくしゃべり続ける。

 

「だが、女神の愛の前では見劣りすることは確かだな」

 

 次の瞬間、フリードの左手に持つ刀が淡い光を放った。

 

「なん……だと……!?」

 

 気が付けば、フリードの右手に浮かんでいた模様は真っ二つに切断されており、フリードの首からフリード自身の右手は離れていた。今度はゾマリの目が見開かれる番だった。

 

「何を……した。どうやって私の愛を!!」

「恥じることはないさ。もしも、お前の愛がお前の五十の眼が射抜いたものを愛する力なら」

 

 この愛は世界の総てを包んで余りあるのだから。

 

 

 

 

―――印せ『神座萬承』―――

 

 

 

 

 フリードが刀を首に添えると同時にフリードの身体がまばゆい光に包まれた。

 

 

 

 

「……それが、あなたの帰刃ですか」

「正確には違うが、大方その通りだ。これが私の帰刃『神座萬承・罪姫輪廻転生(アニマ・エネルゲイア)』だ」

 

 光が晴れたとき、そこには煌びやかな装飾が施された黒いドレスを身にまとったフリードの姿があった。外見上は意匠が変わった以外にほとんど変化はなく、しいて言えば髪が少々伸びた程度だ。

 しかし、霊圧は比較にならない程増大した。否、正確に言うならばそれはゾマリが霊圧が増大したと感じただけであり、本質的には彼女の存在の格と呼べるものが向上した。

 だが、ゾマリにはそれを理解することができない。絵物語の人物が読み手の存在を意識できないように、書き手によって自分の総てが委ねられているなど知ることができないように、ゾマリには霊圧が爆発的に増大したとしか知覚できないに過ぎない。

 その首には斬首の痕のような傷跡が刻まれており、それを煩わしそうになぞりながらフリードは言葉を紡ぎだす。

 

「本当は私も嫌なんだ。こんなまがい物を身にまとう私自身に吐き気がしそうだよ。だが、こんな呪縛を愛と言われては退くわけにはいかないだろう?」

「くっ……!」

 

 駄目だ、あれを近づけてはならない。直感的にそう判断したゾマリは十刃最速を誇る響転を用いて必要以上に距離を開き、放てる限りの愛を放った。その視線のどれもがフリードを射抜くが、フリードの身体に模様が浮かびあげられると同時にまるで処刑で飛ばされる首のように真っ二つになって消えていく。

 

「何故だ!! 何故私の愛を受けない!!」

 

 その顔を怒りに歪め、隙が生まれるのも全く意に介さず愛をひたすら乱射する。それらの愛はフリードの身体に浮かび上がり、瞬く間に真っ二つとなり消えていく。

 

「受けろ! 受けろ!! 私の愛を受けろおおおお!!!!」

 

 だが、そんなゾマリに対し、フリードは少し悲し気な表情を浮かべながら体中で消えていくフリードの愛を見つつ言葉を紡ぎだす。

 

「お前の愛とは、怒りながらでも放てるものなのか?」

「っ!?」

 

 ゾマリの目が再び見開かれる。だが、そんなゾマリの変化など気にもせずに続けて言葉を紡ぐ。

 

「確か、お前の響転は十刃最速だったな」

「それが……何だというのです」

「いや、だったら躱す努力くらいはしてくれないかとね」

 

 次の瞬間、距離にして50mは離れていたであろうフリードとゾマリの間合いが一瞬にして0となった。

 

「受けるな、首が飛ぶぞ」

「っ!! うおおおお!!!!」

 

 ささやくような警告に即座に従ったゾマリが全力で後ろへ飛んだ。当然、防御形態となって受けることも一瞬ではあるが選択肢に上がらなかったわけではない。防御力を強みとするノイトラほどではないが、ゾマリの防御形態は並大抵の攻撃では貫けるものではないからだ。

 

 だが、あれは駄目だ。あれだけは駄目だ。ゾマリの本能が全力で警鐘を鳴らしていた。

 

 

 

 結果として、その直感は正解だった。

 

「あ、があああああああああああ!!!!?」

「? ……何が」

 

 ゾマリが後ろへ跳んで開いた間も一瞬で詰められ、避けきれない距離で放った斬撃をゾマリが左半身に存在する全ての眼を用いた愛で支配しつつ、左手で受け流そうとした瞬間、ゾマリの左半身に存在する眼球が全て真っ二つに割れた。

 ゾマリの顔が驚愕と苦痛に歪み、それを行った張本人のはずのフリードは不思議そうな表情を浮かべていた。

 

「何故、首が飛ばない?」

「ふざけるなああああ!! お前は今何をした! 我が全霊の愛をお前の頭部に叩きこんだのだぞ! 一体何をしたというのだ!!」

 

 ゾマリの目論見はこうだった。確かにゾマリの愛はフリードの何らかの能力によって効力を発揮しようとしても破壊されてしまう。だが、ゾマリの目算では愛自体が無効にされているわけではなく、発動したうえで若干の時間差を置いて破壊されていた。ならば複数の愛を同じ場所に連続で打ち込めば、完全な支配とまでは行かなくとも少しの時間ならば支配できるのではないか、と。

 

 だが、結果を見てみればどうだ。ゾマリの愛は弾かれるどころか謎の反撃をもらい使用不可となり、それをやったはずの張本人はゾマリを煽っているつもりなのか不思議そうな表情を浮かべている。

 そんなフリードの立ち振る舞いはたとえもはや勝算などなくなったゾマリのなけなしのプライドであっても激しく刺激するものだった。

 

「ああ、そうか。それもそうだな」

 

 だが、そんなゾマリの荒れ狂う内心など興味もないのか、不思議そうな表情を浮かべながら考え込んでいたフリードは自身の得物である刀を見つめ、何かに納得したのか自嘲めいた笑みを浮かべて頷いた。

 

「こんなまがい物でも、神を気取っているのだな」

「何……を……」

 

 ゾマリの疑問に答える気がないのか、フリードはその笑みを深めて唄うように言葉を紡ぎだした。

 

 

 

 

血、血、血、血が欲しい。ギロチンに注ごう、飲み物を。ギロチンの渇きを癒すために

 

 

 

 

 それは、紛れもなく歌だった。フリードの自嘲めいた笑みからは考えられない程に無邪気で、良心の呵責もない歌声。しかしその歌の響きは酷く不気味だった。まるで、命を刈るための歌を命のやり取りどころか争いと呼べるものすら何も知らない無邪気な子供が歌っているかのような致命的な矛盾がその歌声からは感じられた。

 

(何、だ? ……こいつは、何を、言って)

 

 だが、ゾマリにはそのほとんどが理解できなかった。否、自身が何かを聞いているという事実自体は知覚していた。それが何かの言葉であるという事も辛うじて理解した。しかし、それ以外の総てが理解できなかった。そもそも自分が聞こえているという事実すらもゾマリにとっては辛うじて知覚できたものであり、酷くあやふやなものだった。

 

 

 

――欲しいのは、血、血、血――

 

 

 

 

――Marguerite pour la justice――

 

 歌い終わると同時に、ゾマリはフリードの背後に、フリードと非常に似通った容姿を持つ少女を幻視した。フリードとの相違点は、まるで黄昏の光がそのまま形を成したかのような金色の髪と邪気など微塵も存在しない慈母の如き笑み。

 霊圧がフリードからあふれ出し、ゾマリの宮を満たしてゆく。それはあくまで力の余波に過ぎず、むしろ霊圧は現在進行形でフリードの左手に持つギロチンの刃に収束していっているのだが、

 

 

 

「おお……おお……」

 

 気が付けば、ゾマリの両眼からは涙が流れていた。両手を合わせてひたすらに祈っていた。

 

 

 胸の内にあったのは、ただひたすらに後悔と自責の念だ。

 神などという存在を信じた覚えがなくても分かる。あれは女神だ。すべての生命を等しく抱きしめる黄昏の光だ。なるほど、あれを知っていたのならばフリードが己の愛を笑ったのも無理はない。

 己は何という事をしたのだ。あれほどの女神に対してただの束縛をあまつさえ愛と呼んで投げつけるなど気でも違っていたのか。

 

 

「どうか……然るべき罰を」

 

 ひたすらに頭を垂れ、ゾマリはそう願った。

 

「それはできない。黄昏の光は総てを抱きしめることを望んでいる。たとえそれが己に歯向かったとしても。その結果が斬首という結末に繋がるとしてもだ」

 

 ゾマリは思わず頭を上げた。ゾマリとフリードの距離は気が付けば0になっていた。

 

 総ての命の幸せ。それが輪廻転生の願いだった。

 抱きしめたい。触れ合いたい。愛し合いたい。けれどその願いは触れば首を刎ねてしまう呪いにより叶わない。

 だから来世の果てにある希望を願った。今が辛くてもいい、今が地獄であっても構わない。だがいつかは、いつかはきっと幸せになってほしい。

 

 そしてそんな願いを、フリードは十全に理解できているとは言えなかった。もとよりフリードにあったのは空虚のみ。フリード本人にはもとより願いもなければ渇望もない。故に愛という感情も未だに理解できているとは言い難いからだ。

 だが、総ての幸せを頑なに願う彼女の姿勢が尊いものだという事は理解できた。たとえ邪神に踏みにじられても変わることが無かった彼女の在り方こそがフリードにとっては黄昏の光だったのだ。

 

 

「故にこれは罰ではない。安心しろ。いつかきっと、輪廻の果てには幸せになれるのだからな」

「おお……神よ……」

 

 涙を流しながら、感激するゾマリの肩にフリードがゆっくりと触れた。

 

 瞬間、ゾマリの首が刎ね跳んだ。

 




ランキング乗ってるときに苦手な戦闘描写もりもりの話投稿したくないという私とうるせぇさっさと進めやがれ遅筆野郎という私がぶつかった結果こうなりました。

感想欄での主人公の阿片おじさん化が留まるところを知らないけど執筆の励みにさせて頂いております(゚∀。)y─┛~~

追記
これまで信者増やすために頑張ってきたのに何でせっかくの信者第一号を殺したのかは次回説明します。


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6話:再開、そして出会い

 私が私であることは

 

 私の穴を満たさない

 

 あなたがあなたでいることが

 

 私の穴を満たしてくれる。

 

 

―・―・―・―

 

 

 

「いや素晴らしい。相変わらずふざけた強さのようで何よりだよ」

「……何の用だ。ザエルアポロ」

 

 ゾマリの首が飛び、戦闘を終えたフリードがゾマリの死体が文字通り溶けて消えていくのを眺めていると、わき腹にチリチリとした痛みを覚えた。服を捲ると、そこには7の文字が焼き付けられていた。フリードがその数字を眺めていると、ザエルアポロが小馬鹿にするような拍手をしながらフリードへ歩み寄ってきた。フリードは帰刃状態を解除し、どこか不機嫌そうな様子でザエルアポロの方を向いた。

 

「それにしても、良かったのかい? せっかく君の信じる神を信奉してくれる破面だったというのに。殺さずに従属官にするという手もあったんじゃないか?」

「それはできない」

「……何故?」

 

 フリードは遠くに転がったゾマリの首に歩み寄り、首を拾い上げた。すでに形を辛うじて保っている状態であり、徐々にではあるが虚空に溶けていこうとしていた。

 

「彼が信じたのは輪廻転生だ。触れれば首を刎ねる呪いをかけられ、それでも皆の幸せを願った慈愛の法。もしそれを本当に信じたのなら、彼は恐らく遅かれ早かれ自分で自分を殺していた。黄昏の女神の愛を前にあれだけのことをしたのだからな。なら、たとえどんなまがい物であったとしても、せめて女神の抱擁を感じながら逝った方がいいだろう。せっかく信じたんだ。終わりくらい救いのあるものになってほしい」

「…………」

 

 ザエルアポロは眉を顰めた。

 フリードの意見は確かにゾマリが心の底から黄昏の女神を信じ、黄昏の女神の前で愛でも何でもない呪縛を投げつけたことを罪と感じ、自殺したいレベルでの自責の念があったのならば確かに救いと言えなくもない。

 

 だが、先程までの行動にフリード以外の意志は一切介在していない。フリードがこう思っているだろうと考え、フリードがこうするだろうと予想し、フリードが最善だと思う行動をとった。会話もしなければ確認も取らず、フリードはただ純粋に善意のみでギロチンの刃を振り下ろした。

 

(結局のところ、君はどこまでいっても狂信者という訳か)

 

 ザエルアポロは1つため息をついた。破面としての能力を解放する前の彼女は少なくとももう少しはマシだったと記憶している。ザエルアポロのように激しく否定しなければ信じないという意志も尊重し、それに加えて対話を重ねるような奴だったとザエルアポロは記憶している。

 だが、今の彼女からは何処かタガが外れたような雰囲気をザエルアポロは感じていた。

 再びため息をついた後に言葉を紡ぎだした。

 

「何にせよ、これで君が第7十刃だ。おめでとう、と言っておくよ。ゾマリの死体が残っていれば心の底から祝えたのだけどね」

「何だ、それが目的か。安心しろ。たとえ残っていたとしても渡しはしないさ」

「……一応聞くが、何故かな?」

 

 ザエルアポロの問いかけに対し、フリードは淀みなく答えた。

 

「埋葬するからに決まっているだろう」

「…………」

 

 ザエルアポロは今、自分がどんな表情をしているのかをあまり考えたくなかった。

 

 

―・―・―・―

 

「久しいな。バラガン」

「誰かと思えば、何の用じゃ」

 

 その日、フリードはバラガンの宮を訪れていた。十刃の中でも藍染の軍門に下るまでは虚圏の神を自称していたバラガンはカリスマも優れたものを持っているため、従属官にも腕利きの者がそろっている。

 

 フリードは万神殿が完成し次第向かうとだけ伝えたまま数百年ほったらかしにしていたため従属官からは少なからず敵意を孕んだ視線で見られているが特に気に留めることもなく独り玉座に座すバラガンに歩み寄った。

 

「いや、今回私が第7十刃になったからその挨拶回りをしているだけだ。特に特別な用はない」

「……そうか、お前も藍染についたか」

 

 そういうバラガンの口調は何処か悲しげだった。フリードは僅かながらに瞠目していた。フリードの中でのバラガンは何処までも傲岸不遜に覇道を突き進む王であり、このようなしおらしい姿とは最も縁遠い存在だったからだ。

 

「それはこちらのセリフだ。君はこの虚圏において最も従属という言葉から遠かったはずだ」

「ボス……藍染に儂は負けた。弱き者の歩む道に一体何の価値があるという」

「力のあるなしは関係ない。誰もが焦がれるような夢を描き、誰もが後を追う覇道を築くか。それが王の、神の資格だと私は思うよ」

「……お前、ひょっとして儂を慰めているつもりか?」

 

 バラガンの霊圧が増大し、フリードにたたきつけられる。同時にフリードを射抜く従属官の視線に更なる敵意が乗せられる。まさに針の筵とかしているバラガンの宮にて、常人ならばとうに骨すら残らず死に果てているであろう状況下において、フリードは少しも動じることなくうっすらと笑みを浮かべた。

 

「それは君の受け取り方次第だ。私はやるべきことを見つけた。視界が晴れたような気分だった。君にも同じ気持ちを味わって欲しい。それだけのことだよ」

 

 フリードの言葉に対し、バラガンは口角を歪め、笑い声をあげた。

 

「滑稽。あまりに滑稽。あれだけ神がどうだの世界がどうだのと言っていたお前はどこに行った。実体を伴った圧倒的な「個」を前にして妄言に見切りでもつけたか」

 

 バラガンが言い終わるよりも早く、

 

 それまでバラガンたちの霊圧で満たされていた宮内が、霊圧のような何かで埋め尽くされた。

 

 

「っ……!?」

「これ……は……!!」

 

 

 それは、圧倒的なまでの力の波濤だった。実体を持たないはずのそれはしかしてこの場にいる者達に強烈な圧を加える。

 

 

 喰いかかるな歯向かうな黙して従え頭を垂れろ。

 

 

 破面と化してなお抗うことのできないその圧により、従属官達は耐え切れずに膝をついた。しかし渦中の人物であるフリードとバラガンは少しも変わらずに会話を続けた。

 

「……悪い冗談はやめた方がいい。君だっていらない面倒ごとなど御免だろう」

「……フン、狂信者が。少しも変わっておらぬわ」

 

 霊圧のような何かがたちどころに霧散する。バラガンがため息をついて言葉を紡ぎだす。

 

「まさか、再び相まみえる時少しも変わっていないのが儂ではなくお前のほうだとはな……」

「それは、こちらのセリフだよ。バラガン」

 

 フリードがバラガンに背を向け、バラガンの宮を出て行く。その背中は、どこか寂し気だった。

 

 

 

―・―・―・―

 

 

 

「アーロニーロ。久しぶり」

「フリードか」

『久シブリダネェ』

 

 次にフリードが訪れたのは第9十刃、アーロニーロ・アルルエリの宮だった。本人の性質上、宮の中は光がほとんど存在しない暗闇の中にある。だが、アーロニーロの声はそんな宮内の様子とは反対に上機嫌だった。

 

「ああ、本当に久しぶりだ。私も十刃になったんだ。よろしく頼むよ」

「神はもう」

『良イノカイ?』

「いや、神座の記録をより世界に広げるために、必要なことだからさ」

 

 迷いなく語るフリードの口調に対し、アーロニーロは僅かながらに目を細めた。

 

「フリードは本当に強い」

『ボク達トハ違ッテ輝イテイル』

「全く、世辞なんてどこで覚えたんだお前は」

 

 フリードは苦笑いを浮かべながら少し背伸びをしてアーロニーロの頭部を撫でる。その様は友人というよりはペットと飼い主のそれだが、アーロニーロはいたって本気でしゃべり続ける。

 

「お前が教えてくれたんだ。喰霊の可能性を」

『フリードノオカゲデボクノ苦シミハ半分ニナッタ』

「残りの半分も藍染様に従えば消えるはずだ」

『全テノ苦シミガ消エタ時』

「俺の喰虚は完全無欠となる」

「そうか、頑張れよ、アーロニーロ」

『モチロン』

 

 自慢げに語るアーロニーロに対し、フリードは優し気に微笑むだけだった。

 

「ではな、アーロニーロ」

 

 ひとしきり会話を楽しんだ後、フリードはアーロニーロに背を向け歩き始めた。

 

「フリード、俺は藍染を信じるべきなのか?」

『ソレトモ、フリードノ信ジル神様を信ジルベキナノカナ?」

 

 フリードは少しの間だけ立ち止まった。

 

「それは、君が決めることじゃないのかい?」

 

 そして一言告げて、アーロニーロの宮を後にした。

 

 

 

 

―・―・―・―

 

 

 

「私に、現世に行けと?」

「ああ、君にはこの少女の監視、及び警護について欲しい」

 

 藍染がそう言うと同時に、藍染の背後の球体がスクリーンのような役割を果たし、茶色い髪が特徴の可愛らしい女子が画面の外にいるであろう誰かと談笑している姿が映った。藍染からの命令に、フリードは若干ではあるが戸惑いの声を上げた。第7十刃になったとはいえ現状の十刃にやれることはなく、基本的には待機を命じられていたフリードにとって初の任務が戦闘以外という事にフリードは驚いていた。

 

「彼女の名前は井上織姫。本来なら黒崎一護という少年に彼女を守らせておけばいいのだが、その成長が少々芳しくなくてね。今彼女に何か起こるのは我々にとっても都合が悪いんだ。まぁ念には念をという奴だよ」

「構わないが、何故私が?」

「虚というものは、基本的には戦いと己の強さ以外には興味を見出さない。それは君も知っているだろう?」

「ああ、だが、ザエルアポロやハリベルのように理知のある者はいる。むしろ彼らは私よりも賢いだろう。そういった任務なら彼らのほうがいいのではないか?」

「確かにそうだね。だが、彼らと君の最大の相違点、それは神座の記録だ」

「何故そこで神座が出てくる?」

 

 不思議そうに首を傾げるフリードに対し、藍染は続けて言葉を紡ぎだす。

 

「私が説明を聞いた限りでは、神座の世界には今現在の世界と非常に似通った世界がある。第四神座にて輪廻転生と無間が出会った時期の世界とほぼ同じだと思ってもらって構わない。ならば、君の方がより違和感なく振る舞えるはずだ」

「……ほう」

 

 それを聞いたフリードは興味深そうに眼を細めた。

 

「だが、私のこの格好はどうする。とてもそんな世界に溶け込める姿ではないぞ」

「簡単な偽装を施そう。人間が相手ならばそれで問題ない。死神に対してだが、追って作戦を伝える。その通りに振る舞ってくれ」

「了解した。いつから行けばいい?」

「君の準備が出来次第、遅くとも1週間後に向かってくれれば構わないよ。ああそれと、注意を払うべき人物が何人かいる。君の実力ならばまとめて相手取ったとしても何も問題はないが、油断することなく警戒しておいてくれ」

 

 藍染がそう言い終わると同時に、スクリーンに数人の人物が映し出される。フリードはそれらを一瞥し、すぐに視線を藍染に戻した。

 

「現状での説明は以上だ。詳細な情報と作戦については追って伝える。何か質問はあるかい?」

「……この少女にどんな価値があるんだ?」

「興味があるのかい?」

「ないと言ったら嘘になるな」

 

 警戒するべき人物がいる場所にわざわざ向かわせるほどの価値がこの少女にあるとは思えない。フリードの視線は言外にそう告げていた。そんなフリードの様子を面白そうに見つめる藍染はゆっくりと言葉を紡ぎだした。

 

「彼女にはある特異な力が眠っている。神の法則を否定する力がね」

「……何だと?」

 

 藍染から放たれた言葉に対し、フリードの瞳が少々細められた。

 

「法則を否定とは、また随分な能力を持っているのだな」

「ああ、とはいえ、そう気を引き締めることはない。人の死すら否定できない弱弱しいものだ」

「そうなのか……」

 

 フリードは少しばかりではあるが残念そうな表情を浮かべる。そんなフリードに藍染が問いかける。

 

「君は、神座の知識を世に広めてどうするつもりだい?」

「何だ? 藪から棒に」

「いや、恐らくしばらくの間君は現世にとどまるだろう。その間に事態が大きく動かないとも限らない。意志の確認というやつだよ」

 

 フリードは少し考えた後に答えた。

 

「特に考えたことはないな。私は、神座の記録が伝わればそれでいいと思っている」

「それだけかい? 君はこの世界に、神を無視し続けたこの世界に何の報いも求めないと?」

「霊王という奴の仕業なのだろう? ならば私が憎むのはその霊王だけだ」

「その後は?」

「何?」

「霊王亡き後、世界は大きく変わるだろう。規模こそ極小だが、座が交代するレベルの変化がね。その世界を君はどうあるべきだと考える?」

「…………」

 

 考え込むフリードの様子を眺めながら、藍染は笑みを深める。

 

 フリード・マルクという破面ははっきり言って異質だ。虚ならばあるべき力への飢えも、戦いへの渇望もありはしない。だが、それだけならばかつての十刃にも似たような存在は居た。

 だが、フリードにはそんな十刃でも抱えていた願いと呼べるものすらない。

 

「すまない、わからない。ただ神座の闘争の記録を広められればそれでいいと思っていた。その後のことなど考えたこともなかった」

「気にすることはないよ。君は君が信じる神に従って進めばいい。それはきっと、私の道とも重なるものなのだからね」

 

 フリードは藍染に背を向けて歩き出す。玉座に座す藍染は笑みを浮かべながらその背中を見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女とそれの出会いは唐突だった。

 

 黄昏の光で街が照らされる中、帰路につく少女と、河川敷で佇んでいたそれは偶然目が合った。

 まるで黄昏の光をそのまま形にしたかのような金色の髪。穢れなど一つも存在しない真っ白な肌。宝石のような碧色の瞳。彼女を構成する要素総てが浮世離れしていて、いっそ博物館の名画から抜け出してきたと言われる方がよほど納得できるほどに美しいそれは、少女を見つけると同時に駆け寄った。

 

 それの容姿に目を引かれていて気付かなかったが、それは少女が通う高校の制服を着ていた。当然、少女にそれが高校に通っていたなどという記憶はない。これだけ目立つ外見ならばそれこそ全校生徒が知っていても不思議ではないはずだ。

 

 少女がそんなことを考えているうちに、少女とそれの距離はほぼ0になっていた。

 少女の瞳を覗き込むように見つめるそれに若干ではあるが押された少女は若干後ろに下がり、それも下がった。

 改めて向かい合った少女とそれが数秒見つめ合ったのち、それが言葉を紡ぎだした。

 

 

 

 

 その出会いは確かにここから先の運命を変える出会いだった。

 

 

 

 その出会いによって救われる命があった。救われない命があった。

 

 

 

 少なくとも、それにとっての運命とはその瞬間に決まったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……キムチ梅干しサンドってどこに売ってるか知らないか?」

「……えっと?」

 

 

 決まったのである。

 




Q:何で唐突に現世編始まったの?
A:必要なストーリーだけだと能力全部書ききれないってプロット1回書ききってから気付いたから。

原作と違って藍染様が最初から一護周辺の戦力を把握しています。


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7話:仮初の刹那

 刹那は決して戻らない。

 

 しかし刹那は絶え間なくやってくる。

 

 

 

―・―・―・―

 

 

「で、キムチ梅干しサンドを探しに近くのコンビニまで一緒に行って」

「うん」

「ないからそこでキムチと梅干と食パンを買って」

「うん」

「いっそ奇跡的なまでにうまさとまずさを内包したその味に感動して」

「うん」

「その感動を共有したくなって」

「うん」

「今朝わざわざ作ってきたと」

「ああ」

「ああ(キリッ)じゃねーよ!! そして井上は止めろよ!!」

 

 少年、黒崎一護は激怒した。必ず、かの邪知暴虐の末に生まれたであろう食品だった何かを除かねばならぬと決意した。一護には料理が分かる。一護は、学生にして死神代行である。勉学に励み、虚の尻を追っかけながら暮らしてきた。されどメシマズに関しては人一倍に敏感であった。

 

「まぁまぁそう言うな黒崎一護、織姫も言っていたがいっそ感動的にすら思えるぞ、絶妙なまずさが」

「結局まずいんじゃねーか!! っていうか大前提としてお前誰だよ!」

 

 周囲に群がる死屍累々は一護の旧友である井上織姫が一押ししたキムチ梅干しサンドなる劇物によってつくられたものだった。奇跡的なまでの不味さと旨さのコントラストを共有したいがための行いだったため本人的にはそれが大成功なのが余計質が悪い。

 

 そんな周囲の惨状など知ったことではないと言わんばかりに、この場においては完全に浮いたレベルのビジュアルを誇る少女がその外見にはやや似合わない勇ましい口調でしゃべり始めた。

 

「じゃあ、改めて自己紹介しようか。私はマリエル・ブラン。来週から家の都合で少しの間ここに通う事になってるんだ。よろしく」

「来週? だったら何でもういるんだよ」

「ああ、待ちきれなくなって軽い小旅行のつもりでフランスからこちらへ来たのはいいんだが、よくよく考えたら海外に行くのは初めてだったんだ」

「お前アホだろ」

「下手に言葉もしっかり覚えてしまったものだから流されるままに飛行機に乗って流されるままにタクシーに乗って空座町まで来たのはいいんだが、どうにも思ったよりも金を使ってしまったらしくてカードが使えなくなってしまってね。連絡して親に頼んでは見たもののこっぴどく叱られた上に本来こちらに来る予定だった1週間後までは何もしてやらんとか言われたものだから1週間ほどディスカバリーチャンネルばりのサバイバル生活を決意していたら織姫に拾ってもらったんだ」

「お前アホだろ!」

 

 黒崎は頭を抱えていた。ただでさえ授業中だろうが睡眠中だろうが関係なく鳴り響く死神代行許可証のせいで面倒くさいところに追い打ちのように世の中の世間知らずを鼻で笑うレベルの世間知らず(絶世の美女)が降臨したのだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が、むしろいっそのことドンパチ騒ぎで戦って勝てば何とかなる方がマシだったのではないかとすら思えるほどだ。何というか、自分一人じゃどうしようもない問題を引っ張ってきそうという意味で。

 

「まぁまぁ黒崎君。マリィちゃんはいい人だから仲良くしようよ」

「気づかねぇ内にクレカ上限まで使うような奴と仲良くしたかねぇよ!!」

「心外だな一護、私が悪いんじゃない。かわいい娘の1人旅だというのに限度額スカスカのクレカを渡した私の親が悪いんだぞ?」

「だぞ? じゃねえよかわいく首傾げたところでお前が高校生なら使い切る方がむずい額を1日でブッパした事実は変わんねぇんだよ!」

 

 

 怒鳴りつける一護に対し、マリエルは特に動じる様子もなくしゃべりだした。

 

「まぁそういうな。私だって別にタダで住まわせてもらおうなど思っていないさ。家事は全て私がやるし諸々の費用は後々出す。負担はかけないつもりだ。それとも何だ? 一護の家に泊めてもらえるというのならそれもやぶさかではないが」

「駄目に決まってんだろ!! 今現在の俺の唯一の安息の地を汚すんじゃねぇ!」

「そ、そうだよマリィちゃん!」

 

 何故か織姫にまで反対されたため、マリエルは若干面倒くさそうにため息をついて織姫からキムチ梅干しサンドを1つもらって頬張った。

 

「ふむ、慣れれば辛みと酸味がうまい具合にマッチしていて悪くないと思うのだがな。私の得意料理」

「全部てめぇの仕業かーー!!」

 

 その日の昼食は、普段よりも数割増しでにぎやかだった。

 

―・―・―・―

 

「いい奴だな、一護は」

「え?」

 

 その日の帰り道、マリエルは何とはなしにそうつぶやいた。織姫はきょとんという擬音が似合う表情でマリエルの方を向いた。

 

「私自身私が面倒な奴であることは自覚しているつもりだ。元より人との付き合いなんてそんなに広めるものじゃないと思っているからね」

「あはは……」

 

 乾いた笑いを浮かべる織姫に対し、マリエルは続けて言葉を紡ぎだす。

 

「一護はあれだろう、頼まれてもいないのに面識のある奴を助けに行くタイプの人間だろう」

「うん、誰かが困ってるとほっとけなくて、いつも自分の事なんて二の次でね」

「…………」

 

 一護の事を語る織姫の様子を見たマリエルが何かに得心したかのように手を打ってしゃべり始めた。

 

「織姫はなんだ。一護のことが好きなのか?」

「はぇ?」

 

 マリエルの方を向いた織姫の顔が加速度的に赤くなっていく。明らかに夕焼けによって照らされたことによるものではない顔の赤さを見たマリエルは楽しそうに笑った。

 

「わかりやすいな織姫は」

「なっなななな何急に!?」

「いや、織姫だって私がいて邪魔だろうに何故一護の家に行くのを嫌がったのかがずっと不思議でな」

「お昼からずっと考えてたの!?」

「ああ、何せやることが無かったからな」

 

 しれっと答えるマリエルに対し、織姫は顔を赤くしながらも途切れ途切れにしゃべり始めた。

 

「……自分でも、よくわからないの」

「そうか、悪い事を聞いたな」

 

 あっさり引き下がったマリエルが織姫の先を早足で歩くが、ふと思い出したかのように織姫の方に振り向いてほんの少しだけ表情を引き締め、言葉を紡ぎだす。

 

「いいか、好きという気持ちを自覚したなら、それは迷っている暇があったらまずは伝えることだ」

「え……?」

「明日も同じ日常が続くとは限らないんだ。後悔先に立たずというだろう」

 

 突然先ほどまでとは違う雰囲気でしゃべり始めたマリエルに織姫が若干の戸惑いを浮かべるが、マリエルはそれに構わずしゃべり続ける。

 

「日常が永遠に続くなんてありえない。いつかは消えてなくなるからこそ日常は価値のあるものなんだ」

「マリィ……ちゃん?」

「……すまない。帰ろうか、織姫」

「う、うん」

 

 突然雰囲気が変わったマリエルに織姫が困惑するが、その雰囲気はすぐに霧散し、どこか悲しげな笑みを浮かべた後に再び歩き始めた。織姫もその後に続いて歩こうとしたが、次の瞬間目を見開いた。

 

 

 

 

 なぜなら、マリエルの目の前に黒腔が開き、そこから顔を覗かせた大虚の牙がマリエルに向かっていっているからだ。

 

 

「っ危ない!!」

「え?」

 

 とっさに織姫が前に出て言葉を紡ぎだす。マリエルは訳が分からないといった様子で織姫を見つめる。

 

「火無菊・梅厳・リリィ! 三天結盾、私は拒絶する!!」

 

 織姫が叫ぶと同時に織姫の髪留めから飛びだした3人の妖精によって形作られた三角形の盾が大虚の牙を留めた。しかし衝撃は防ぎきれるものではなく、それは突風となってマリエルと織姫を襲った。

 

「何、が」

「逃げて! マリィちゃん!」

「え……?」

 

 大虚が黒腔から無理矢理腕を引き出してマリエルに掴みかかろうとする大虚の一撃を再び三天結盾で織姫が受け止めながら叫ぶが、マリエルには大虚が見えていないのか、見当違いの方向へ走り出した。それはちょうど、大虚の腕が今振り下ろされようとしている場所だった。

 

「ダメ!!」

 

 織姫が叫んだ刹那。

 

「おおおおおおおお!!!!」

 

 凄まじい速度で突っ込んできた一護が今にもマリエルに振り下ろされようとしている大虚の腕を斬り飛ばした。あまりの速度で突っ込んできたためかそれによって発生した突風がマリエルを襲い、マリエルはこらえきれずに尻餅をついた。

 

「井上! マリエルを頼む!」

「わかった! マリィちゃん、こっち!」

 

 戸惑うマリエルにも構わずに、織姫がマリエルの腕を引っ張って走り出した。

 

「あれが、黒崎一護か……」

 

 織姫に引っ張られながらも虚空を眺めるマリエルが呟いたその言葉に気付く者はその場にいなかった。

 

―・―・―・―

 

 軽く1kmほど走った後、マリエルを引っ張っていた織姫はようやく止まった。

 

「はぁ……はぁ……」

「待て織姫、一体何だというのだ」

「ごめ……ちょっと……まって」

「ああ、わかった」

 

 肩で息をしながら呼吸を整える織姫に対して、マリエルは困惑した表情を変えないまま織姫に問いかけた。しかし呼吸を整えている最中の織姫はそれどころではなかったため、マリエルは所在なさげにもうすでにだいぶ日が落ちている街並みを眺めた。

 

「えっとね……」

 

 呼吸を整え終えた織姫は自分たちが何に巻き込まれたのかをマリエルに説明しようとするが、そこで言葉を詰まらせた。当然だ。もはや織姫や一護にとっては虚や死神などという概念は常識と言っても過言ではない。だが、マリエルからしてみれば虚空に向かって何かを叫んだ織姫が突然自分を連れて走り出したようなものだ。

 だが、あの大虚は明らかにマリエルを狙っていた。何も教えないというのはマリエルを何らかの危険に巻き込んでしまうのではないかという心配があった。

 織姫は少し悩んだ後に言葉を紡ぎだした。

 

「……ねぇ、マリィちゃん。私のいう事がどんなに突拍子もない事でも信じてくれる?」

「何を言っている。私のような厄介者を住まわせるお人好しの言だぞ。信じるに決まっているだろう」

 

 不安そうな表情を浮かべる織姫に対して、マリエルはまるで太陽のような笑みを浮かべて微笑んで見せた。

 

―・―・―・―

 

「ふむ、魂魄に虚、死神な……」

「し、信じてくれるの?」

「信じると言った。どんなものでも信じるさ。むしろ私的には透明になれる地球外生命体が侵略を始めていて織姫はそれに心身を改造される最中に抜け出した戦士位の事までなら受け入れるつもりだったからいっそ拍子抜けだ」

「あはは……」

 

 織姫と共に織姫の部屋に戻ってきたマリエルは織姫による説明を反芻していた。織姫は相変わらず不安そうな表情を浮かべているが、マリエルはそれほど驚いてはいないのか落ち着いた笑みを浮かべながらしゃべり始めた。

 

「要は、理由はわからんが私がその大虚とやらに狙われてるらしくてヤバいという事だろう?」

「ちょっとざっくりしすぎかな?」

 

 乾いた笑いを浮かべる織姫に対して、マリエルは少し考えながらしゃべり続ける。

 

 

 

「正直言って、面倒だから私が何処か知らない所にでも行って野垂れ死ぬのが一番楽だと思うのだがなぁ……」

 

 その言葉で、織姫は部屋が一気に冷え込んだかのように感じた。

 その言葉を紡ぐマリエルの表情が、あまりにも空虚だったから。今目の前で喋っているのが、生き物ではなく何か別のものが入り込んだだけの人形のように思われたから。

 

「だ、駄目だよそんなの!!」

「冗談だよ、そんなに本気になるな。織姫は優しいな」

 

 すぐに元に戻ったマリエルが優し気な笑みを浮かべて織姫の頭を撫でた。

 

「なるようにしかならんさ。織姫がいなかったら、もしくは織姫みたいに戦える力を持ってない人に居候してたら今頃この世にいないんだぞ?」

「ず、随分達観してるね……」

「興味がないだけと言ってもらおうか」

 

 マリエルは立ち上がってキッチンへと向かい、夕飯の支度をし始めた。昨日は織姫も一緒に作ろうとしたのだが、「これくらい私一人でもできる」と言って突っぱねられてしまった。料理は普通においしかった。

 

(……不思議な人だな……)

 

 何故か鼻歌を歌いながら料理をするマリエルを眺めながら、織姫はぼんやりと考えていた。

 織姫がモデルのマネージャーならば迷うことなく何としてでもスカウトするだろう浮世離れした容姿。よく変わっていると言われる織姫自身と似通った所のある感性。それに反して織姫とは似ても似つかない男勝りな性格と口調。若干不気味なほどに達観した価値観。

 マリエルという少女を構成する要素はどれもがあまりにも突出していて、悪い意味ではないがバランスが悪くちぐはぐな印象を与えられた。

 

 

 まるで、複数の人の特徴をより集めて無理矢理縫い合わせたかのような。

 

 

「できたぞ織姫」

 

 そんな織姫の内心など知る由もなく、手際よく料理を終えたマリエルがやってきた。

 

 

――――――――――

 

「どうやら、フリードはうまい事接触できたようだね」

「神座の知識万能やねぇ」

 

 そんなフリードの様子を、藍染とギンは虚夜宮で眺めていた。

 

「にしても、この子の能力ってそんなに価値あるん?」

「ああ、崩玉を完成させられたならばそこまで問題視することはないかもしれないが、たとえ脆くとも神の法則を否定する力だ。万が一を考えるのならば手元に置いておきたい」

 

 うっすらと笑みを浮かべながら藍染は続けて言葉を紡ぎだす。

 

「それに、これはフリード自身の為でもある」

「フリードちゃんの?」

「ああ、フリードにとって、全ては神座を信じるか信じないか、広まるか広まらないかで判断されている節がある。要は、あれだけの知識を有しておきながら彼女自身は殆ど子供と同程度の精神しか備えていない。あの歪さは御しやすくもあるが、同時に御し難くもある。彼女ほどの存在が寝返るのはできる限り避けたいからね。無駄に感化されるのも問題だが、彼らならば程よい刺激で収まってくれるだろう」

 

 そう言う藍染の表情は言葉の内容に反して楽しげだった。

 

「楽しそうやね、隊長」

「そう見えるかい?」

「とっても」

 

 藍染は少しだけ苦笑いを浮かべながらしゃべり続ける。

 

「楽しいものだよ。あれだけの力が私の思うように動かせているというのはね」

 

 

 




目に見えない裏切りを面白く描写する難易度などたかが知れている。本当に面白く描写することが難しいのは、目に見える裏切りですよ()

自分にコメディは無理だと痛感したので次回からは通常運転に戻ります。


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8話:舞台で踊る人形

 陽だまりに似ているあなたは朝日を知らず

 

 陽だまりに似ているあなたは夕陽を知らず

 

 陽だまりに似ているあなたは夜を知っている

 

 

 

 

―・―・―・―

 

「よく来てくれたね、ウルキオラ」

「藍染様のお呼びとあらば」

 

 フリードが現世へ向かってから一週間後。第4十刃、ウルキオラ・シファーは玉座に座している藍染に呼び出されていた。

 

「少し前に、君に話した計画があるだろう。それを実行に移してもらいたい」

「……質問をしてもよろしいでしょうか?」

「何かな?」

「対象には現在、フリード・マルクが接触しています。そのまま計画を実行してもよろしいのですか?」

「なるほど」

 

 藍染がほんの少しだけ目を見開いてウルキオラを見つめる。質問をされるとは思っていなかったのか、少し面白そうに微笑んだ後に言葉を紡ぎだす。

 

「確かに、私が当初渡した作戦に従えば矛盾が生じてしまうだろうね。私のミスだ。すまなかった」

「藍染様が謝罪をすることではございません」

 

 心なしか、藍染から見れば若干驚いているように見えなくもないウルキオラを眺めながら、藍染はしゃべり続ける。

 

「大方の筋書きはこちらで決めて伝えよう。もちろん、現世にいるフリードにもね。それに従って動いてくれ」

「承知しました」

「用件はそれだけだ。下がってくれて構わない」

「はっ」

 

 ウルキオラが、藍染に背を向けて歩き出し、玉座の間を出て行った。すると、それと入れ替わるように、玉座の間にギンが入ってきた。

 

「意地悪やなぁ隊長」

「何がかな?」

「そんなに遊んで、大丈夫なん?」

「遊んでいるつもりはないさ。これも計画の一環だよ」

 

 ギンの追及に対し、藍染はいつもと変わらない笑みを浮かべてしゃべり続ける。

 

「その結果があのウルキオラにお芝居の真似事?」

「……楽しんでいる気持ちがあるのは否定しないよ」

「まぁ、ええんやないの。ボクも試したいもんがあったし」

 

 そんな2人の会話を聞いているものは、この場にはいなかった。

 

 

 

―・―・―・―

 

 それは、初日の夜の事だった。

 

 居候の身だからと頑なに布団で寝ることを拒んだマリエルを無理やり同じ布団に入れさせて眠りについた数十分後、織姫はマリエルが動く気配を感じて起きた。

 どれだけ布団で寝るのが嫌なのだろうかと、ほんの少し呆れたあとに苦笑いを浮かべた織姫はマリエルを探し始めた。

 

 結論から言えば、マリエルはすぐに見つかった。しかし、織姫はマリエルに声をかけることができなかった。

 

(……綺麗)

 

 マリエルは、ベランダで両手を組んで何かに祈っていた。許しを請うかのように、何かを願うかのように、どことも知れない方角へと向けてただ祈っているだけのはずのその光景が、織姫にはひどく美しいもののように思われた。

 マリエル自身の容姿も手伝ってか、月明かりに照らされるその光景はまさに絵画のようで、美しさを感じると同時にマリエルがどうしようもなく遠い存在のように感じられた。

 

「ん? ……すまない、起こしてしまったか?」

「う、ううん、目が覚めちゃっただけだよ」

 

 すると、織姫の気配に気づいたのか、祈るのをやめたマリエルが少しだけ申し訳なさそうな様子で謝罪した。織姫は謎の罪悪感を感じてしまい、思わず問いかけた。

 

「何をやっていたの?」

「見ればわかるだろう、神様に祈っていたんだ」

「何を?」

「神様の統治が末永く続きますようにとな」

 

 今一つ理解できていない織姫だったが無理はない。今現在の日本において宗教というものの立場は非常に弱くなっている。織姫も今はなき兄の為にお祈りはするが、具体的にどうしてそういう風にお祈りをささげているかなど考えたこともない。

 

「その神様ってどんな人なの?」

「話せば長くなるぞ? もう一回夜が来て次の朝になるくらいには」

「ま、また今度にしようかな……」

 

 乾いた笑いを浮かべた織姫が、マリエルの隣で両手を組んでみせた。

 

「……織姫まで祈る必要はないんだぞ?」

「マリィちゃんが信じてるんだもん、きっといい神様だよ。それに……」

「それに?」

「もしも本当にこの世界を創ってくれた神様がいるなら、お礼をしたいなぁって」

「……そうか」

 

 その後、二人はしばらくの間、祈りを捧げた。

 

 

 

 

 

 

 次の日、織姫はばっちり遅刻した。 

 

―・―・―・―

 

「へぇ、じゃあマリィちゃんって結構いい所のお嬢様だったり?」

「そんな大した家柄じゃないよ。ただ少し父の身分が高かっただけさ」

 

 マリエルが織姫の家に居候を始めてから1週間が経過した。この日はマリエルが本来こちらへ来る予定日の前日であり、今はマリエルの引っ越しの為にこの一週間の感謝も込めてマリエルが織姫の家の掃除をしている所だった。

 

「そっかー、でもマリィちゃんって何ていうか非凡が服を着て歩いているような感じだったから納得かも」

「それは誉め言葉なのかい……?」

 

 私がやることだからとソファで強制的にくつろがされている織姫とマリエルが他愛ない雑談に花を咲かせている時間がしばらく続いた後、

 

 地面がほんの少し揺れた。

 

 それと同時に、織姫の表情が緊迫感のあるものになった。

 

「……マリィちゃん、少し留守番していてくれる?」

「……虚か?」

「……うん」

 

 そして、マリエルの返事を待つことなく、織姫はアパートを飛び出した。

 

「さて、と……もう潮時か」

 

 織姫が去ったアパートでマリエルが呟いた言葉を聞く者はいなかった。

 

―・―・―・―

 

 それは唐突にやってきた。

 

 破面。

 

 破面を剥がした虚が、死神と虚両方の力を備えた存在。

 巨漢の破面、ヤミーと不気味なほどに白い痩躯の破面、ウルキオラの二人は突如隕石のように空座町の森に飛来し、周囲に人が集まるや否や、周囲にいた人間の魂魄をまとめて吸い尽くした。

 

「ぐっ…………」

「茶渡君!!」

 

 そして、圧倒的な霊圧を感知して駆けつけた茶渡と織姫も無事では済まなかった。茶渡は右腕を、織姫は椿鬼を。それぞれの唯一の攻撃手段を完膚なきまでに粉砕され、万事休すかと思われた次の瞬間。

 

「月牙……天衝!!」

「うおっと!?」

 

 織姫に向かう拳を迎え撃つ形で卍解状態の一護が割って入り、大きく斬月を振るった。莫大な霊圧の衝撃波は油断しきっていたヤミーの一撃を弾き返すには十分な威力を持っていた。

 まさか自分の攻撃を阻まれるとは思っていなかったヤミーは舌打ちをした。

 

「ウルキオラ! こいつかぁ!?」

「ああ、オレンジ色の髪の死神。そいつが標的だ」

suerte(ラッキー)!! そいつは上々!!」

 

 その顔に浮かべた凶暴な笑みを深めたヤミーが一護へ向けて拳を振るう。

 

「おせえよ!!」

「ああ!?」

 

 ヤミーの拳は再び空を切り、背後に回った一護の斬撃がヤミーに命中する。

 

「何……だと……!?」

 

 しかし、一護の斬撃を受けてなお、ヤミーの身体には傷1つついていなかった。

 

「切ったつもりかぁ? 甘いんだよボケが!!」

「くっ……!」

 

 そこから先は、千日手の様相を示した。確かに、一護はヤミーよりも速く動けている。だが、それだけだった。()()()()()を事前に施されているヤミーの鋼皮の硬度は現在、通常の3倍近いものになっており、時間限定ではあるものの、その鋼皮はノイトラに比肩しうるものとなっていた。

 しかし、相手にダメージを与えられないという点ではヤミーも同じだった。元よりスピードという面においては十刃の中でも大きく劣るヤミーにとって、スピードに特化した卍解である一護の天鎖斬月との相性は悪かった。

 当たりはするもののダメージは与えられない一護と、ダメージは喰らわないものの攻撃は当てられないヤミー。両者の均衡は永遠に続くかと思われたが、

 

「ぐっ!?」

「そこだぁ!!」

 

 突如、一護が頭を押さえ苦しみ始めた。その隙を見逃すヤミーではなく、ヤミーの剛腕によって放たれる拳が初めて一護に突き刺さった。

 

「っがぁ!!?」

「黒崎くん!!」

 

 一撃命中しただけにもかかわらず、近くの木に激突してそれをへし折る形で止まった一護が起き上がる気配はなかった。否、起き上がろうと必死にもがいてはいたものの、起き上がれないでいた。

 

「チッ、もう終わりかよ。つまんねぇな」

「無駄口を叩くなヤミー。さっさと終わらせろ」

「わぁってるよ」

 

 先ほどまでの荒々しい様子からは一転して、まるで面倒くさい作業でもこなすかのような調子でヤミーが一護に歩み寄る。たとえ無駄だと分かっていても織姫が一護の元へ駆け寄ろうとするが。

 

「待て」

 

 それよりも先に、ヤミーの前に立ち塞がるマリエルの姿があった。

 

「マリィ、ちゃん……?」

 

 起き上がることのできない一護と、一護にとどめを刺そうとするヤミーがなぜか霊感が一切ないはずのマリエルにも見えている。そんな疑問を打ち消して余りあるほどの衝撃を織姫は受けていた。

 

「マリ、エル……よせ……!」

「マリィちゃん、逃げて!」

「逃げるものか、貴様が誰かは知らんが、茶渡も、一護も、織姫もやらせはしない!」

 

 一護と織姫が必死に呼びかけるが、マリエルが引き下がる様子はなく、ヤミーをにらみつけていた。ヤミーはそんなマリエルをどうでもよさそうな様子で一瞥した後にウルキオラの方を見た。

 

「あーーっと……こういう時どうすんだウルキオラ」

「……消せ、そいつもゴミだ」

 

 何故か若干の苛立ちが籠っているように感じるウルキオラの返事でヤミーは豪快な笑みを深めてマリエルの方に向き直った。

 

「だ、そうだ。わかったらてめぇもとっとと死ねぇ!」

「マリエル!!」

「マリィちゃん!!」

 

 ヤミーの拳がマリエルへと振り下ろされる。マリエルはその場から一歩も動くことなく、意志の強い目つきでヤミーを睨みつけ続け。

 

 ヤミーの拳を真っ正面から受け止めた。

 

「何……だと……?」

「マリィ……ちゃん?」

「ぐっ……か弱い美少女相手に容赦ないなお前は」

「ほざけ」

 

 一護と織姫の表情が驚愕に染まるが、なぜかヤミーだけはそこまで驚いておらず、むしろ当然とでも言いたげな、それでいて面倒くさそうな表情を浮かべていた。

 そして、渦中にあるマリエルの顔にはヒビが入っていた。しかし、そんなこと知ったことではないと言わんばかりにマリエルはため息をついた。

 

「全く、もう少し隠していたかったんだが、宿の恩もあるからな」

 

 顔のヒビに手をかけ、思いっきり引きはがす。グロテスクな音を立てながらはがれる表皮に織姫が思わず顔を覆うが、それも気にせずにマリエルはそれまで自分の外見を偽っていた表皮を剝いでいく。

 

「やらせないさ。織姫も、一護も、茶渡も、この街も」

 

 中から現れたのは、不自然に黒い炭のような肌と、血で無理矢理染め上げたかのような赤黒い髪。フリード・マルクが、ヤミーを見据えて佇んでいた。

 

―・―・―・―

 

「何のつもりだ、フリード」

「何のつもりも糞もあるか。誰もやらせないといったんだ」

 

 その時、何の前触れもなくその場に現れたのは、マリエルだった。ヤミーの拳を真っ正面から受け止め、それでもなお平然とその場に佇む姿に、織姫も一護もただ唖然とした様子でマリエルを見つめるばかりだった。

 

「マリィ、ちゃん?」

「織姫、一護。すまなかったな」

「ま、待て! マリエル!」

 

 一護の制止を振り切り、マリエルはヤミーを見据えた。

 マリエルはヤミーの拳を受け止めていた右手に力を込め、ヤミーの拳をはじき返し、ヤミーの懐へともぐりこんだ。一護には見えない程の速度で突き出されたマリエルの掌底がヤミーの腹部へ突き刺さる。

 

「ぐっ!? てっめぇ……!!」

「どうした? 随分余裕が無いように見えるが」

「ほざきやがれぇ!!」

 

 怒りと苦痛で顔をゆがめたヤミーが続けざまに拳を振り下ろすが、それらすべてがマリエルによって受け止められ、受け流され、躱される。逆にマリエルの拳は的確にヤミーの身体に突き刺さる。

 

「ごがっ!!」

「そら、次行くぞ」

「っなめるなぁ!!」

 

 それは、まさしく一方的な戦いだった。

 ヤミーの拳は悉く空を切り、距離をとってはなった虚閃もマリエルに受け止められる。しかしマリエルの攻撃はその真逆で全ての攻撃が悉く命中し、ヤミーの身体を表面上は傷だらけにしていく。

 

「く……そが……!!」

 

 怒りで顔を赤くし、身体を震わせるヤミーが腰に差した斬魄刀に手をかけた。

 

「私程度に刀剣解放とは、随分と余裕がないんだな」

「ほざけええええ!!!!」

 

 ヤミーが腰に差された刀を引き抜き、解号を口にしようとした瞬間。

 

「よせ、見るに堪えない」

 

 ウルキオラが割って入り、マリエルと向かい合った。ウルキオラは生気の感じられない目でマリエルを観察しているが、それに対してマリエルは何を考えているのかわからない笑みをうっすらと浮かべながらウルキオラを見据えているだけだった。

 

「貴様……本気なのか?」

「本気だとも。私が一度でも手を抜いたところを見たことがあるかい?」

「ふむ、愚問だったな」

 

 どこかおどけたようにしゃべるマリエルに対し、ウルキオラは何処までも平坦な口調でしゃべり、腰に差してあった刀を抜き、マリエルに突き付けた。

 

「藍染様の邪魔となるようなら、そこの塵諸共切り捨てるだけのことだ」

「できるとでも思っているのか?」

 

 ウルキオラの霊圧とマリエルの霊圧のような何かがぶつかる。ヤミーによって深手を負っていた一護は、同じくヤミーによって重傷を負った織姫を庇うような立ち位置に何とか移動したものの、それ以上の事はできず、ただウルキオラとマリエルを見ていることしかできなかった。

 

(何……だ……? マリエルのあれは……霊圧じゃねぇのか?)

 

 一護は、マリエルの放つ霊圧のような何かによる違和感を強く感じていた。表面上は霊圧のように見える。だが、一護は言葉にし難い違和感を覚えていた。まるで、表面上は霊圧であるにも関わらず中身は全く別のものであるかのような違和感を。

 

「フッ……」

「っ……」

 

 次の瞬間、一護の目に全く留まらない速さでマリエルの拳とウルキオラの刀がぶつかり合った。おおよそ金属と皮膚が衝突することによって発生するそれではない音を響かせ、周囲の木々をなぎ倒し、それでもなお両者の表情に変化は見られなかった。

 

「良いのかい? ここでむやみやたらと暴れれば、巻き添えを喰らう魂魄の数も馬鹿にはならないぞ?」

「この周辺の魂魄はヤミーが魂吸で一掃してある。貴様が心配する必要はない。二言目に脅しとは、随分と弱気になったなマリエル」

「そういう君こそ、良くしゃべるようになったね」

 

 まるで世間話のように一護からしてみればとんでもない内容の話を2人がしている間も、戦闘は絶え間なく続いていた。ウルキオラが一撃加えればマリエルがそれを凌ぎ、マリエルが一撃加えればウルキオラがそれを受け止める。

 

「す、げぇ……」

 

 それは、卍解状態の一護であっても追いきれるものではなく、辛うじて残像のようなものが目に映るだけだった。両者の攻撃はそのいずれもが互いに届かず、戦闘音や周囲への被害に反して、両者ともに傷1つ負ってはいなかった。

 

「どうしたというんだウルキオラ。お前はこんな無駄な争いは好まない気性だったと思うんだが?」

「貴様が藍染様の敵となった。理由などそれで十分だ」

 

 おちょくるような口調のマリエルに対して、ウルキオラは何処までも平坦で、棒読みとすら思える口調だった。

 

 一見すれば演舞とすら思えるようなその攻防は唐突に打ち切られることとなった。

 

「やー、急いで来てみれば面白そうなことになってるっスねー」

「浦原さん……」

「お待たせしました、黒崎サン」

 

 戦闘に水を差すかのように現れたのは、浦原喜助と四楓院夜一だった。浦原はこの場の雰囲気には似合わない緊張感のない口調で一護に話しかけるものの、その視線は鋭くマリエルとウルキオラとヤミーを射抜いていた。

 

「あれは……」

「っ……」

「おっと、少し肝が冷えたぞ」

 

 その視線に気づいたマリエルが浦原の方へと一瞬視線を向けるが、その隙を見逃すウルキオラではなかった。一気に間合いを詰めたウルキオラの斬撃が放たれ、ほんの少しではあるが表情に焦りを浮かべたマリエルが飛び退って大きく間合いを取った。

 

「さて、これで私は一護達を気にせず、存分に戦えるという訳だ。どうする? ウルキオラ、ヤミー」

 

 悪戯めいた笑みを浮かべながら挑発して見せるマリエルに対し、ヤミーは僅かながら怒りを見せるが、ウルキオラは眉一つ動かさないまま言葉を紡ぎだした。

 

「退くぞ、ヤミー」

「はぁ!? ちょっと待てよウルキオラ! まだ俺の――」

 

 ヤミーが何かを言いかけた次の瞬間、ウルキオラの視線がヤミーを射抜いた。

 

「俺の、何だ?」

「……あ、何でもねぇ」

 

 その後、何かに気付いたようなヤミーが緊張感のない声で答えると同時に黒腔が開き、ウルキオラはマリエル達に背を向けた。

 

「何だ、逃げるのか? お前があれだけ息巻いていたというのに意外だな」

「あくまで俺が藍染様から下された指示はそこで這いつくばってる死神の抹殺だ。貴様などついでに過ぎん」

「その死神も殺せていないようだが?」

「殺す価値もない塵だった。それだけのことだ」

 

 マリエルの挑発にも眉一つ動かすことなく、ウルキオラとヤミーは黒腔の中へと消えていった。

 

「ふぅ、全くままならないものだ――」

 

 ため息を1つついたマリエルが倒れている一護の下へ駆け寄ろうとするが、

 

「ちょーっと待ってもらって良いっスか?」

 

 この場にはあまり似合わない緊張感のない声に言われるがままに立ち止まったマリエルが声の聞こえたほうを向くと、そこには商売人特有の人懐っこい笑みを浮かべながらも目は一切笑っていない浦原がいた。

 

「話、聞かせてもらっても?」

 

 マリエルはため息をついた後に言葉を紡ぎだす。

 

「断る、と言ったら?」

「それなりに力ずくになりますかねぇ」

「それじゃあ仕方ないな」

 

 ため息をついて微笑んだマリエルは浦原についていくことにした。

 

 




投稿ペースが上がった時は感想を読んだか「神なる座に列し伝わる救世主」を1周したかのどっちかです。

自作他作問わず感想を読むのがすごい好きなので執筆の励みとなっております。


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