――――――………………ッ、――――……!
目の前で、誰かが自分に向かって叫んでいる。
それを認識した瞬間。ああ、これは夢だと直感した。
何しろ。この風景はもう何年も前……過去に起きた出来事のものだからだ。
――――――……、………………。
――――――…………! ……ッ、……!
周りの大人たちが呼びかけあっている。
自分はそれを鈍い視界の中でしか見れない。
当然か。
過去は過去。自分の身に起きた出来事を再生しているだけだ。
当時の自分の視点からは見えても俯瞰してみることは出来ない。
何かを言っているのは分かるが、意識が朦朧としている所為か。頭に入ってこない。
自分の体の体温が低くなるのを薄らと感じる。
…………ああ。そういえば、こんな感じだったな。
この日は豪雨で、それもここ数年見ないようなものだった。
梅雨の時期というのもあったのだろうが、雨が一週間も降り続いていた。
自分の体に、打ちつけるように降る雨。
体温が低下している体。それもまだ子供の。
すぐに大人たちが自分を抱えて車の中へと連れて行く。
その際。自分に駆け寄る姿があった。
自分に向かって叫んでいた子だ。
自分はその子に見覚えがある。
近所にある公園で、一緒によく遊んでいた。
行動力があって、いつも一緒に遊んでいる子達をちゃんと纏め上げていた。所謂リーダーの素質を持った子。
たまに、纏め切れないときは自分がフォローをしていたのを覚えている。
遊ぶ内容は、子供らしいものだ。
鬼ごっこ。かくれんぼ。それから……ヒーローごっこ。
とはいえ。〝個性〟を全開で使っては大人に怒られることを学んでいる自分達が、個性を使って遊ぶことは殆ど無かった。
大抵がごっこ遊び……それっぽい雰囲気を出している。
たまに熱が入りすぎて個性を使ってしまうが、自分とその子で諌めていた。
強気な子。それが印象深かった。
そんな子が、自分の方に駆け寄りながら大人たちと話している。
視界が一気に悪くなる。
この後。自分は気を失い、そして三日ほどあの世とこの世の境を反復横飛びすることになる。
結果的に生きてはいるのだが、それをこの時点では知る由もない。
視界がブラックアウトする。
その直前。あの子に目がいった。
雨で、しかも意識も混濁状態でよく分からなかったが……。
普段は勝気な子が、このときは怯え、泣いているように見えてしまった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
酷く、懐かしい夢を見た。
「…………」
まだ寝ていたいと叫ぶ身体に力を入れて上体を起こす。
あまり快適な目覚めとはいえない上に、朝に弱い。
長く伸ばされた砂金のような色の前髪が顔にかかる。
「…………あぁ、もう」
ゆっくりとした動作で、その前髪を掃う。
常に跳ね気味な髪の毛ではあるが、寝起きである為更に酷い状態だ。
そのままベッドから降り、カーテンを少し開ける。
やや早い時間ではあるが、時期はもう四月で陽も昇ってきている。
「……眩しい」
窓から入る朝日に目を細めながらカーテンを再び閉じる。
ふと時計を見る。
電波時計は午前五時三十五分、と表示されている。
…………ヤバッ。二度寝したい……
思わず眠気と時間の確認で再びベッドに潜ろうとしてしまうが、今それをやると確実に遅刻してしまうことを思い出す。
深く溜息をつきながら、軽くジョギングでもと考え着替える。
その最中。夢の出来事を思い出し、手を止める。
「…………もう七年かぁ」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
〝個性〟
それは、この世の生物が生まれつきに持つ「自然界の物理法則を無視した特殊能力」の総称。
当初は「異能」と呼ばれ。これらの力を持つ者は少なかった。
しかし。時間を経るに連れて、異能を持つ者は増加していった結果。「異能」は「個性」と名を変えた。
事の発端は、中国・軽慶市。
発光する赤ん坊が生まれたと、世界的に大ニュースになったことを皮切りに。徐々に特異な能力を発現する者が増えていったため。
今や全人口の8割が、何かしらの特異体質……個性を持って生まれてきている。
「超常」は「日常」に。
「空想」が「現実」に。
だが。同時に問題も起きる。
個性を使用した犯罪者が爆発的に増えたのだ。
超常黎明期。まだ、個性が異能であった時代だ。
人間、力を持てばそれを振るいたくもなる。
そしてそれは。持たざる者からすれば脅威的な暴力でしかなかった。
しかし。それらを諌める者も存在した。
同じ異能の持ち主達が結束し合い、自警団を組織。異能を使う犯罪者達を取り締まっていった。
そうしたことが繰り返されている間に、法の整備や体制も整い。異能が個性になっていった。
その最中、変化もあった。
異能……個性を悪用する者を
そして今日――――ヒーローは職業になった。
空想の中の超人が、現実になったのだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
広大な場所に、大勢の少年少女たちがいた。
普通の体格をしている者もいれば、2メートルを余裕で超えていたり。あるいは腕が複数あったりと、この個性社会の名の通りに。個性豊かな面々が揃っていた。
とはいえ。彼等は別に友好を深めようとしてこの場にいるのではない。
むしろ逆……蹴落としあうであろう運命にある。
彼等が立っている場所は、学校の敷地内。それも、ヒーロー育成機関のだ。
国立雄英高等学校。通称・雄英。
この個性社会。ひいてはヒーロー化社会に於いて、特別な意味を持つ学校だ。
最前線で輝きたければ雄英卒業が最低条件。そう言われるほどである。
中でも、ある一人のプロヒーローの名前があるのが大きいのだろう。
オールマイト。
『平和の象徴』『無敵のヒーロー』『真の英雄』『№1ヒーロー』
呼び名は数多く、また。それと同時に数々の武勇伝も多い。
曰く。彼が来た現場に於いて。救えなかった人間はいない。
曰く。常に笑顔と共にある。
曰く。一日で一万人以上を救った。
等々。
しかし。それと同じくらいに、謎も多いヒーローである。
個性や出自が殆ど知らされていない。そんなミステリアスな部分も、彼の人気の一つではある。
そんなトップヒーローが卒業したという学校だ。人気の程は窺い知れる。
但し。雄英の偏差値は79という気が狂ったような数字だ。
オマケにヒーローを目指すなら入らなければならない学科、ヒーロー科の倍率は毎年300倍というこれまた頭のネジを数本ぶっ飛ばしたかのような数字。
とはいえ。雄英も、ヒーロー科だけしかないわけではない。
普通科・経営科・サポート科。これら三つと合わさっているため。実際にヒーロー科の受験数は少し減る。
だが、それでも皆。思いは同じだ。
ここを受かり、ヒーローになる。
この場に集まった全員が、その思いでいる。
ヒーロー科への受験は、筆記ともう一つ。実技がある。
都市を模した場所を複数用意し、その中に受験生を割り振る。
制限時間内に、その中に配置された敵型ロボットを多く倒す、若しくは無力化し。ロボに記されているポイントが多いものが合格という。
戦闘系の個性を持つものは張り切ってストレッチをし、そうでないものも。自分の個性でどうポイントを取るか考えていた。
と、その中で。周囲の目を引く生徒がいた。
白を基調として緑のラインが入っているジャージを着ている。
背丈は高く、170前後程。細身だが、華奢ではなくしっかりとした印象を受ける。
若干幼さが残る中に、大人への変化が見られる顔立ち。
腿の辺りまで伸びたやや跳ね気味のボリュームのある金色の髪は、今はポニーテールで纏められている。
入念に身体をほぐし、グローブを装着していく。
まるで可憐な少女のようにも、お転婆な姫のようにも見える。
その表情に、周囲の男子はおおっ……! と声になるべく出さないように出している。
準備運動をし始めたその生徒は、周囲を気にする様子もなく。ただ開始の合図を待っていた。
周りも、意識を切り替えていく。
が、時折チラチラと視線をやる。
「…………可愛い子だな」
「ああ――――胸は残念だが」
その言葉に、もう一人が溜息をつきながら首を振る。
「お前は何も分かってない。いいか? ――――アレは隠れ巨乳という奴だ」
「仮にそうだとしても平原すぎんだろ。アレか。サラシでも巻いて抑え付けてるってか? これから試験なのに? 肺を抑えているのと同じだぞ」
「…………そういう個性なのかもしれん」
「胸の大きさを自由に変えられる個性か? 俺としては最高の個性だが今は意味無いだろ」
現実を見ろ。そういって肩を叩く。
「まあ、顔立ちは整っているからな。これからに期待しようじゃないか。もう無理だけど」
「バッカオメェ。ああいうのがいいんじゃねえか」
「チッ。よもや貧乳派だったとはな。ついさっき友誼を交わした間だが、今限りで袂を分かつ必要が出てきたな」
「この巨乳派閥の回し者め……!」
試験が始まる前に事件が起きそうだった。
流石に不味いと思ったのか周囲が止めに入り、少ないながらも受験している女子生徒からは蔑むような視線を貰った。
それと同時に、
『はいスタートォ!!』
という声がスピーカーから響いた。
それと同時に、一瞬旋風が巻き起こる。
長い金髪が、まるで箒星の尾のように棚引いていた。
向かう先は実技試験の場。模擬都市。
スピーカーの声の主―――プロヒーロー・プレゼントマイクは続ける。
『HEY HEY HEY!! どうしたBOYS&GILRS! まさか実戦にカウントダウンなんてものがあると思ったか!? 即断即決即行動!! 既に試験は始まってるぜィ!』
そういって、ブツリと切れた。
一瞬、静寂が包んだ。
そして、全員が一斉に走り出した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
スタートの声がした直後。一足先に駆け出した。
…………危うくスタートし損ねるところだった。
走るスピードを緩めず、そのまま街の中へと突入する。
すると。前方に敵ロボットが出現した。
額にはそれぞれ「1P」と書かれている。
向こうもこちらに気づいたようで、腕を振りかぶり近づいてきた。
「目標補足――――ブッコロス! ブッコロス! ブッコロス!」
「ブッコロス! ブッコロス! ブッコロス!」
「ブッコロス! ブッコロス! ブッコロス!」
語彙力。素直にそう思った。
確かに敵をイメージしやすのだろうがそれにしたってボキャブラリーが貧困すぎる。
人間が入力したのか、AIの判断か。それにより設定した人間かロボの中身が非常に低スペックであることが露呈する。
距離は約5メートル。数は3体。
一番近くに来たロボの懐に入り込む。
敵を想定した造りとはいえロボはロボ。動きが単調で読みやすい。
瞬間。個性の応用で力を込めた拳で殴りつける。
ロボはそのまま殴り飛ばされ、ビルの角にぶつかりその機能を停止させた。
次にやってくるロボの相手をと思い、すぐさま後ろへと跳ぶ。
一瞬前までいた場所に、ペイント弾が撃ち込まれ地面が青く染まる。
そして回避をした分、地上を走ってきたロボに追いつかれる。
「I kill you!」
何故英語……?
両腕を伸ばしてくる。
ヒーロー科への入学とはいえ、入試で傷つけるような行為はプログラムされていない。あくまで捕まえる程度のこと。
先のペイント弾も、威力は無い風船のようなものだ。色が中々落ちないという地味に嫌なものではあるが。
それを屈んで回避し、そのまま拳を入れる。
力が上手く入らないためか仰け反る程度だが、体勢を立て直すには十分な間だ。
即座に回し蹴りを叩き込み、そのままロボの背後から迫ってきていた後続の1Pロボを巻き込む形で吹っ飛ばす。
再びペイント弾が飛来する。
今度は後退せず、前進することで回避。
…………射手は何処?
すぐさま周囲を警戒する。
と、路地裏からこちらを狙うロボを発見。胴体部分に「2P」とある。
向こうもこちらに再び狙いをつける。
「I’ll be back」
溶鉱炉に落ちてろ。
そろそろこのロボの発声パターンを考えた人間を問い詰めたいところだ。
そのままロボを行動不能にし、次へ向かう。
稼いだポイントはこれで5P。
後続の受験者も、そろそろやってくる。
ロボを探しながら移動し、一瞬後ろを確認する。
先頭の数名は、肉体強化系の個性でも持っているのか。他の受験者とは少し距離を離して来ていた。
こちらとの距離はまだ十分にあるとはいえ。アレではすぐに追いつかれるだろう。
追いつかれないよう、そしてロボを見失わないよう移動する。
…………絶対に受かろう。
気を引き締め前へと進む。
「――――大丈夫」
そう呟きながら。
やあ (´・ω・`)
ようこそ、バーボンハウスへ。
このテキーラはサービスだから、まず飲んで落ち着いて欲しい。
うん、「また」なんだ。済まない。
仏の顔もって言うしね、謝って許してもらおうとも思っていない。
ほーら絶対やると思った!
そこまでして書きたいんですか!?
普通にセコい! 息をするように新作を書いていく!
姑息! ちっとも懲りてない恥知らず! 何処で買えるのその図太さ!
こんな風におもっておられる読者の方もいらっしゃることでしょう。
お久しぶりです。Koyです。
うん……うん……
書きたかったんだよ…………ゴメンね。
それでは。
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第一話
雄英高校の廊下を少年――――緑谷出久は未だに自分が合格出来たことが信じられないといった面持ちで歩いていた。
雄英高校ヒーロー科。入学試験の実技。
彼は敵ロボットをたった一体しか倒すことが出来なかった。
しかもその倒せた一体のポイント数は――――0P。
一定時間が経過するとフィールド内に出現する、いわば完全妨害の障害物。
巨大かつ重厚な装甲。普通なら相手にするだけ時間の無駄。
どれだけこの0Pの仮想敵から逃げつつポイントを稼ぐか。そうした判断力も試される試験であった。
緑谷出久も、最初は逃げようとしていた。
このロボが出現した時。彼はまだ獲得ポイントは無かった。
だが。
ある一人の女子生徒がロボの進行上にいて、瓦礫に足が挟まって動けないのを見て、自分の合格とその生徒の安否を天秤に掛け――――彼は後者を選んだ。
結果だけ言えば、彼は巨大なロボを一撃の下破壊し、その女子生徒も無事だった。
しかし獲得点数は0。筆記は合格ラインとはいえ、普通なら落ちる。
それでも、彼は受かった。
生徒側には一切知らされていないもう一つの採点基準。
文字通り。迫る敵ロボットから誰かを助けた。またはアシストしたなどの行為を行った者にのみ追加されるポイント。
生徒達の試験を見て、現教師陣が判断する審査制の得点。
これにより。緑谷出久は60Pを獲得し、雄英に合格することが出来た。
…………いや。まだだ。
出久は少し小走りになりながらそう思う。
緑谷出久は、ついこの間まで無個性だったのだから。
無個性。文字通り。「個性」が「無」い者のことを指す言葉。
この時代には珍しい。しかしありえない訳ではない。
両親が個性を持っていても、それらを引き継げないという人間もまだ世の中には多い。
地球総人口のおよそ8割が個性を持つ。それは裏を返せば、2割の人間は個性を持っていないということになる。
そして。個性の発現は4歳までには必ずある。
出久にはそれが無かった。
心配した母親に連れられて病院で検査した結果。無個性、という診断が下った。
幼い頃からオールマイトや他のヒーローの動画を見て、自分もいつかヒーローになりたいと思っていた。
けれども。この超人社会。個性を持たないものがヒーローになるというのは土台無理があった。
4歳にして知る現実。
それでも緑谷出久は諦めなかった。
ただ単に。往生際が悪い、とも言うが。
そしておよそ一年ほど前。とある転機を迎える。
No.1ヒーロー・オールマイトとの出会いが、彼の運命を変えた。
それと同時に。今まで謎であったオールマイトの秘密にも触れた。
ヒーローとしての活動限界。
オールマイトの個性について。
そして、個性の譲渡について。
オールマイトの個性『ワン・フォー・オール』
それは今までに類を見ないほどに珍しい、他人に個性を譲渡できる個性だった。
それが今まで何人もの継承者を経てきた。
そのたびに、その継承者の力を蓄え次代へと託してきた。
そして今。それはオールマイトから、緑谷出久へと渡った。
力を受け取るために、付きっ切りで特訓を見てもらった。
但し。制御は未だ不安定で、発動すると体が壊れてしまう。
早くモノにしないと。そう思いつつ、出久は自身の教室。1-Aへとたどり着く。
扉に手をかけ、ふとその手が止まる。
緑谷出久には二人ほど。苦手に思う人物がいる。
一人は受験時に一悶着あった生徒。
もう一人は、幼馴染。
…………どうか違うクラスでありますように。
ある意味受験時以上に必死な気持ちを天に届かせながら扉を開ける。
「――――君! 机に足を掛けるのは止め給え! 机の製作者の方や先輩方に申し訳ないと思う気持ちがないのか!?」
「あァ? ねェよンなもん。つかテメ何処中だァ?」
Oh my god……!
まさかのツートップ。
天に唾すという言葉はあるがこの場合、天が唾すだろう。ピンポイント爆撃である。
ファッキューゴッド。僕が何をした。
「ねえ。どうしたの?」
不意に、横からそんな声を掛けられたので振り向く。
女神がそこにいた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
…………――――――!!
緑谷出久は声にならない声を内心で上げていた。
生まれてこの方約16年。女子に話しかけられたことは片手で数えて余りが出るほど。
しかも目の前にいるのは美少女といって差し支えないほどに綺麗だ。
…………サンキューゴッド……!!
「……? 大丈夫?」
背丈はおそらく174、いや5か? 長い髪は綺麗な金色だしふわっとしてて結構なボリュームがあるしうわこっち見てる瞳はピンクっぽくてよく映えるなぁ肌も白いしでも華奢って感じじゃないかながっしりとまではいかないけどやっぱり鍛えてるんだろうなぁこの子もヒーロー科合格した人なのかな個性は何だろやっぱり増強型かそれともかっちゃんみたいな特殊なタイプなのかなでも手は綺麗だし増強型での素殴りタイプってわけじゃなさそうだしやっぱ何かしら特殊な効果が出るタイプなのかな――――――
「――――ぉーい。おい!」
「うへぁ!? は、はい!」
いきなり目の前で猫騙しされてようやく我に返った。
「うん。大丈夫そうだ。で、入り口で突っ立ってるけどどうしたの?」
「あ、えー……とその……」
再び話しかけられあたふたし出す出久。
視線は豪快に泳ぎ、言葉が続かない。
「もしかして具合悪いとか?」
「い、いやあのそういう、わけじゃあなくて、ですね……」
「いや。顔、赤いけど?」
それは照れと緊張によるものですって近い近い。
こちらを心配してくれているのだろうか。顔を覗き込もうとする。
「んー。まあ無理はしないほうが良いよ。今日初日だし。ぶっ倒れてもしょうもないから」
「う、うんそうだね……ハハハ」
よし。なんとか誤魔化せた。僕セーフ。
そんなことを思っていると、相手からスッと手を差し出される。
慌ててその手を――一瞬で吹き払った己の手で――握り返す。
「
「よ、よろしくっ。あ、僕、緑谷出久って言います」
その後。もう一人女子と、それも試験時に助けた子と話すことになった。
…………今日。僕超ツイているかもしれない……!!
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
東京某所。
平日昼間のこの時間帯。郊外は比較的静かなのがいつもだ。
だが今日は、いつも違い慌しく人が動いていた。
「見つかったか!?」
「いやダメだ! 何処に逃げた……?」
派手な外見の服を着ている人がいる。
その個性的な衣服を見るだけで、彼らがヒーローであるということが分かる。
彼らは、この近辺に出没したという敵を追ってここまでやってきた。
そして。あともう一歩というところで、煙幕を張られ。その隙に相手が個性を使って逃げ出してしまったのだ。
しかし。彼らもプロのヒーロー。
相手の個性や性格等を考え、既にこの周囲には包囲網を敷いてある。
あとは手分けして探し出すだけなのだが、これがまた厄介なことに……
「個性・変色…………周囲の景色と全く同じになる、カメレオンみたいな奴だ」
「欠点は自分の肉体だけにしか作用しないから、服を着ていると一発でバレるってところだな」
相方が頷くと、空を見上げる。
「……ってことは。
「止めろよ。俺等その全裸を今から捕まえなきゃいけないんだぞ」
「分かってるよ。分かってるけど…………なあ。功績とか全部お前にやるから、捕縛するのはお前がやってくれないか……?」
「ヒーローが選り好みするなよ」
二人して肩を落とす。
「とりあえずさっさとソイツをシバき上げて警察に引き渡そう。精神衛生上非常によろしくない」
ああ、と頷く。
見た目は分からずとも、全裸でいるということがこの場にいる全員の士気を下げている。
ある意味そこらの
「じゃあ俺はこっちを探す――――」
と、曲がり角を指差した瞬間。指先に何か柔らかい感触が伝わる。
振り向くと、そこには何もない――――ように見える。
よくよく目を凝らして見て見ると、なにやら立体が周囲の風景に同化しているのがわかった。
人間だ。
しかもボディペイントという具合ではなく、本当に周囲の風景に同化している。
「ッ、敵!?」
「クソッ、応援呼ぶぞ!」
二人は一瞬で距離を取り、戦闘体勢に入る。
が、ここで奇妙な点に気づいた。
よくよく目を凝らしてみると。本来なら頭があるはずの場所に、何も無かった。
代わりに、両腕がYの字を描くように広げられているのが分かる。
否。腕じゃない。脚だった。
下を見る。
そこには、いつの間にか瞼を開き。こちらを凝視する瞳が一対。
全身を支えている両腕は綺麗真っ直ぐ伸びている。
…………逆立ち……?
所謂逆立ちである。犬神家状態である。
そしてここでようやく、自分が触れた何か柔らかいものの正体が分かった。
すると。敵はフッと呟き。
「残念だったな――――それは私の
両足を開けたり閉めたりを繰り返す。
そして――――
「喰らえヒーロー! 羞恥基準是正拳!!」
「変態だぁ――――――!!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ヒーロー二人にトラウマを植え付けて昏倒させながら、変態は素直に立ち上がる。
「フッ。他愛ない」
阿呆なことを至極真面目な表情で言っている史上稀に見る馬鹿。
この男。紳士を自称し、世の中の羞恥の基準を是正すべく動いているという。
「かつて。アダムとイヴは禁断の果実を口にする前。互いに裸体であった。ならば我々は今こそ原初に立ち返り、身も心も曝け出し。原罪を贖うべきなのだ」
というのが変態の持論である。
言ってることもやってることも、ついでに格好も思想も。全キリスト教徒に対して盛大に中指立てて煽っているようにしか聞こえないのだが、本人が至って真面目なのが頭が痛い。
「ムッ。新手か!」
全裸だから敏感なのだろうか。すぐさま次の追っ手が来ているのが分かると、すぐさま個性を発動させ、周囲の景色と同化する。
やってきたのは女性だった。
長い金髪を棚引かせながら、地面で伸びているヒーロー達を調べている。
「全く……油断しちゃってまあ。同じ男なんだから、弱点くらい分かってるでしょう」
そういいつつ、無線で救護の手配をしているあたり。心配はしているのだろう。
変態はその様子を見ている。
…………ムゥ。女性に対して暴力を働くのは些か我が紳士道に反するが……
既に周囲の人間の視覚に対して暴力を働いているくせに何を戯言をほざくのか。
致し方ない、と変態は背後から近づく。
それと同時に足がもつれそのまま地面に激突する。
その際。股の間のフランクフルトも一緒に激突する。
臨戦態勢にしていたため、その硬度はMAX。リーチも限界まで伸びていたので、先端に直撃。
「ホォア……!」
あまりの激痛に一瞬、気が飛びそうになるが堪えた。
一体何がと、足元を見る。
そこには細長い糸のようなものが絡み付いていた。
「それ。私の髪よ」
既に切ってあるものだけど。そういいながら、女性ヒーローは近づく。
「……な、何故我の居場所がバレた……」
「私の個性よ」
そういって、手際よく――そして触れたくない場所には一切触れずに――捕縛していく。
「くっ、あ、そこは、ふぅ!」
喘ぐな。
騒がれても面倒なので一発入れて気絶させる。
元より
「こちらオスカー。敵捕縛完了よ。警察に引き渡す準備だけしておいてね」
慣れた手つきでスマホで連絡をする、オスカーという女性ヒーロー。
一通りの事務連絡を終えると電話を切る。
スマホの待ち受けには、家族と思われる写真があった。
オスカーの隣には、黒髪の少し線の細い男性の姿。
そしてその男性と自分との間に映る、自分と同じ金髪の愛くるしい笑顔を浮かべた子供。
「…………」
しばしその画面を見ると、メール表示画面を開く。
9割以上が仕事関連のメールではあったが、比較的新しいものの中には家族のものと思われるものもあった。
その中の一つを開く。
『From Alice
Sub:合格したよ!
雄英ヒーロー科合格したよ。ちゃんとヒーローになるから安心してね!』
短いが、雄英の合格を知らせるメールだった。
もう一度それを見てから、スマホを仕舞い目を伏せる。
それは。我が子が合格した喜びというよりも、悲痛の顔に見えた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
…………今日は厄日かもしれない。
朝のハイテンション具合が消え失せた。
緑谷出久は、帰り支度をしながらそう思う。
…………朝はかっちゃんに睨まれ、体力テストは最下位。ボール投げの時にはかっちゃんに絡まれそうだったしなぁ……
あれ。よくよく考えたらかっちゃん絡みが殆ど……?
まさかの幼馴染が原因だったのか。
とはいえ。除籍騒動もあったが、とりあえず一日目をクリアした。
明日からは今日以上に忙しなくなるだろう。
早めに帰ろうと思い、そそくさと昇降口を出る。
「よっ!」
「あ、え、き、き、樹咲、さん……!」
金髪女神が現れた。違う。樹咲アリスだ。
目の前にいきなり出てきたアリスは笑いながら出久に手を振る。
「フフッ。なーに気落ちした顔してんの?」
「え、あっ、これはその……色々ありまして……」
ふーん、と出久の隣に並ぶ。
「あ、そういえばさ。ボール投げ。アレ凄かったよね。増強系の個性?」
「え、あ、ええっと……はい。そんな感じ、です」
でも、と出久はアリスを見返す。
「樹咲さんも凄いよ。ほぼ全種目で結構いい成績残しているし。やっぱり増強型の個性なんだ」
「んー……ちょっと違うかな」
アリスは頬を掻く。
「私のは、個性の使い方を少し変えただけで、増強型みたいな飛躍的な強化は無理なんだ。ほら。ボール投げだって中途半端だったでしょ?」
アリスのボール投げの記録は178m。増強型としては並か少々物足りないといった具合だ。
「50mだってギリ4秒台だったし。握力だって100いかなかったしさ」
「いや。僕からしてみれば十分だと思うけど……」
こっちはまだ個性の制御が全然出来ていない。
隣の芝は青いではないが、増強型でないというのならその記録は十分なものだろう。
「えっと。それじゃあ樹咲さんの個性って……?」
んー、と。アリスは笑顔のまま首を傾げる。
「……当ててごらん?」
「えぇ……」
まさかのクイズを出された。
しかし。他者の個性に関しては人一倍興味の強い出久はすぐに思考の海に埋没する。
…………増強系の個性じゃないのにアレだけの力を出せるってことは少なからず肉体能力に影響が出るような個性なのは間違いないからいやでももしかしたら念力で動かすみたいな特殊なタイプなのかもしれないけどそれだと握力測定の結果が弄れていないことが少しおかしいなとすると一体……
ブツブツとその場で呟き続ける出久。
流石にその場に長時間留まるわけにも行かず、アリスは苦笑しながら出久に猫騙しを仕掛けた。
「へぁっ!?」
「アッハハ。これで二回目だね。猫騙し」
「え、あっ、ご、ゴメンなんかその……」
「フフッ。いいのいいの。まあ、私の個性に関してはまた追々ね」
その内授業か何かで見せるだろうし、とアリスは出久の一歩前に出る。
「あ、そういえば。樹咲さんは気づいていたの? 相澤先生のあの、除籍の嘘」
「ん? うん。まあね」
個性把握テスト。
各々の個性を活用した体力テストで、今の自分の限界を知るために行われた。
しかし。ここで彼らの担任である相澤消太より、成績最下位の者は除籍とすると告げられた。
結果的に言えばそれは全員に全力を出させるための虚偽であったのだが。
「そもそも入学したてなんだし。体力テストで何を判断するの? って話になるよ」
「あ、あーうん。それも、そっか……」
思いっきり信じていた出久は曖昧にそう返す。
が、アリスはすぐに見抜いたようでフフッと笑う。
「さては信じていたな? ちゃんと人の嘘は見抜けないとダメだぞー」
「う、うん。頑張る……」
さて。とアリスは鞄を担ぐ。
「それじゃあまた明日ね。緑谷」
「う、うん。またね」
ひらひらと手を振りながらアリスは先に帰った。
出久はその姿に、何かの違和感を感じる。
…………あれ。なんだろう……普通なんだけど、この。普通じゃない感じ……
強いというほどの違和感ではない。
かといって、今の自分では拭えないようなもの。
アリスの姿を見たときに、それは起こった。
…………もしかして、他人の認識に関する個性なのかな……?
再び思考の海に潜ってしまった出久が元に戻るのはこの後、クラスメイトの二人に話しかけられるまで続いた。
どうもKoyです。
なんか、長い間創作活動をしていないからか。書き方が手探りです。
今後、多少の手直しはするかもしれません。
それでは。
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第二話
雄英といえばヒーロー科。そういわれるくらいには、雄英高校ヒーロー科というのは有名だ。
とはいえ。雄英も学校、教育機関。
つまり通常授業もちゃんと存在している。
体育祭や職場体験といった、普通の学校にもあるような行事もある。
ヒーロー科といえどそれは変わらず、午前は通常科目の授業があり。午後からはヒーロー科特有のヒーロー基礎学となる。
雄英の教師陣は全てプロのヒーロー。その指導内容も一流と呼ぶに相応しいものだ。
中でも今年はNo.1ヒーローであるオールマイトが教壇に立つということもあり、生徒達の意欲も上昇している。
そして。授業だけでなく、学校としての機能も一流だ。
セキュリティは最新鋭のものを配備。また、サポート科の生徒達が作った警備用ロボも幾つか採用しているという。
最も。それらは正式採用というより、稼動を重ねてデータを集めることが目的であるようだが。
更に。ヒーロー科の授業には実習が多いため。それに伴った施設も充実している。
災害救助などを学ぶためのもの。市街地や危険地帯での戦闘を想定しての施設等等。
さて。
ヒーロー科・普通科・サポート科・経営科。違いはあれど、生徒達共通の楽しみというものもある。
その一つが食事。つまり昼食だ。
ここ雄英高校の食堂はプロヒーロー・ランチラッシュのおかげで、安価で美味い料理を提供してくれている。
懐事情が厳しいのが常の学生にとってはまさに救世主のような存在だ。
そしてその昼食時。
全ての科が一同に集まり、賑わいを見せる食堂。
その一角に異様な光景が広がっていた。
テーブルを、両隣と向かい三席。計六人分を占拠するほどの料理の皿。
六人で談笑しながらの食事風景かと思いきや。座っているのはただ一人。
目の前のテーブルに並べられた料理と同じくらいボリュームのある長い金髪。
整った顔立ちは今。至福のときと言わんばかりに、目の前の料理を自分の中に吸収しながら笑顔になっている。頬はどんぐりを詰め込んだリス状態になっている。
樹咲アリスだ。
周囲の生徒はその様子を食事をしながら、時折箸を止め見入っている。
近くを通った生徒は想像を超えた量をさも平然と平らげている様子を見て驚き、しかもそれを行っているのが線の細い生徒ということにさらに驚く。
「……おい。アレ、あの体の何処に入ってんだ……?」
「まさか個性がそういう系か……?」
「いやでもそれにしたっておかしいだろ……」
「でも、アレだけ食っても貧しいんだな……」
「胸以外に無いから言い訳出来ないぞ」
「ば、バッカお前! 悪いかよ!!」
どこかで握手を交わしながら互いの手を握りつぶそうとしている者が現れたが、そんなのに気にしていたら昼食の時間が減るだけだ。
当の本人はというと、
…………すっごい美味しい……!
満足そうだった。
見た目美少女なため、席を近づけようとする男子生徒がいるがテーブルに載っている料理の量を見てそのままUターンしていく。
口に入っているものを飲み込んだかと思うと、すかさず次を口の中に放り込む。
あっという間に持ってきた皿の半分が綺麗に消えた。
…………これであの値段だから学生にはありがたいよね。
「アンタ……よくそんなに食えるね」
デザートでも持って来るべきだったかどうか考えてると、声を掛けられた。
見ると。一人の女生徒がトレイを持ちながらやや引き気味にこちらを見ていた。
「……ふぇふぃふぁいはらふはっへいいほ?」
「食ってから喋れ」
口や胃が大きいのはまだ分かるが食道は一体どうなってるんだろうか。
そんな疑問をふと思い浮かべる女生徒。
アリスはそのまま口の中のものを飲み込む。
「席無いなら座っていいよ?」
「あー。うん。どうも」
そういうと。空になった皿を脇に寄せ、スペースを作る。
アリスは、その生徒をじっと見る。
「……何?」
「ん、いや。同じクラスだよね。確か、耳朗?」
「そうだよ。アンタは、えーと……樹咲、でいいんだよね?」
「うん。そう。樹咲アリス。よろしくね」
よろしく。と少し笑顔になる。
ショートカットの髪に、長い耳朶……のように見えたピンジャック。
同じく1-Aのクラスメイト。耳朗響香だ。
「にしてもアンタ凄いね。遠目で見ていたけど、アンタの周り。男共で山が出来ていたよ」
「あ、はは……まあその、割と昔からなので……」
「分かる。アンタモテそうだもん。まあ、この状況で割りと台無しだろうけど」
そういって、ピンジャックがテーブルの上の皿群を指す。
「んー。でも大体このくらいはいつも食べるよ?」
「それでその体型? 嘘でしょ……」
「いやいや。ちゃんと動いたりしているから」
そういうと、半分ほど食べていた天丼の丼を持つ。
そして次の瞬間には、中身は空になってテーブルに置かれていた。
「――――――ふう」
「手品かよっ!?」
その光景を見ていた全員が思わず叫んだ。
そんなことは気にせず、アリスは再び次の料理へと取り掛かる。
「……エンゲル係数がえげつない事になってそうなんだけど。アンタの家」
「んー。皆わりとコレくらい食べるからなぁ」
「大食いチャンピオン一家かアンタは」
まるで掃除機で吸い取っているかのように次々と消えていく料理。
そこからものの十分もしない内に、全ての皿が空になる。
「ふー。ご馳走様」
「なんかもう見てるだけでこっちが腹膨れてくるよ……」
「え、大丈夫? それ食べようか?」
「まだ食うんかい!!」
冗談冗談と手を振る。
慣れているのか、テキパキと皿を片付けながら話しかける。
「そういえば午後だけど。いよいよオールマイトの授業始まるね」
「ん、あー。そういえばそうだった」
「ヒーロー基礎学だけど。普通の座学かな?」
「あのガタイで教科書片手に座学ってシュールすぎるんだけど……」
確かに。
アリスは想像する。
身長2メートル超えの筋肉ムキムキの巨漢がスーツをきっちり着て教壇に立ち、教科書片手に座学…………
「――――う、ん。いいと、思うよ?」
「いやそこで無理するなよ……」
「い、いやいいと思うよ? ほら。シュールも行き過ぎればコミカルになるって言うし」
シュールなのは認めてるんじゃん。
ツッコむと。アリスは少し顔を逸らす。
「まあヒーロー基礎学って実技も結構あるみたいだし。そっち担当かもよ」
「あー、そうだね。うん」
そっちの方が似合う。そう思いながら、皿を積み上げ席を立つ。
「じゃ。私行くね。また午後の授業で」
「んー」
ひらひらと手を振りながら耳朗は返事をする。
大量の皿を持ちながら歩く様はまるで罰ゲームでもやっているかのようだが。全ては持ち歩いている本人が食べたものである。
耳朗はその後姿を見ながら、ふと疑問に思う。
…………そういや。アイツ……
なんで女子なのに男子制服着てるんだろうか……?
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ヒーロー基礎学。
文字通り。ヒーローの基礎を学ぶための科目。
座学は勿論のこと。実戦形式でも行われる。
ヒーロー科の生徒たちにとって重要な科目であり、カリキュラム全体の半分を占めるほど。
そして。本日行われるヒーロー基礎学の教師は誰もが知るヒーロー。
「わ、た、し、がぁ――――――扉から普通に来た!」
バリアフリー意識の巨大な扉から普通にやってきた筋骨隆々で、外見がまるでアメリカンな服装――ヒーローコスチュームに身を包んだ大男。
笑顔を絶やさないこの人物こそ、No.1ヒーロー。オールマイトである。
彼が入室するだけで、教室のテンションは最高潮。
これだけで彼の人気の高さが伺えるというもの。
中には両手を組み天に感謝でも捧げているような、モジャモジャ頭の生徒もいた。
彼が教壇に立つと教室内は静まる。
「うむ! 皆元気で結構だ! では早速授業と行こう!」
そういって、成人男性の平均より大きな手で白いプレートを前に突き出す。
「ヒーロー基礎学。今日行うのはズバリ! 戦闘訓練だ!」
そこには「BATTLE」と書かれている。
戦闘訓練と聞き、何名かの生徒は高揚の声を上げる。
オールマイトは生徒達の反応を見て頷く。
「OKOK。テンション上がってきたね? っと。その前に、だ。これを着てもらおうか。入学前に送ってもらった要望書に合わせて作成された君たちのコスチュームだ」
形から入るのも大事なことだ。
そういって手元のリモコンを操作すると、壁がせり出してくる。
その中には、出席番号順に並んだコスチュームケースが入っていた。
「着替えたら演習場に集合ね! では、私は先に行ってるよ!!」
言うが早いか、オールマイトは颯爽と教室を後にする。
次々に自分のコスチュームを手に取る生徒達。
「いやーこうして受け取ってみると感動だよな!」
「今まではテレビの向こうのヒーロー達見てイメージ膨らますくらいしか出来なかったしな」
「ちゃんと要望通りに出来てっかなぁ」
各々がコスチュームケースを手に持ちながら、更衣室へと向かう。
が、その中で一人。挙動不審な生徒がいた。
樹咲アリスだ。
その顔色は微妙に優れない。というより、少々困り気味だ。
自分のケースを手に取りながら周囲を見渡している。
…………どうしよう……っ!
その様子に緑谷出久が気づいて近づく。
「樹咲さんどうしたの?」
「えっ!? あ、あーええっと、な、なんでもないよ?」
何故疑問系。明らかに動揺しているが一体なんだというのだろうか。
と、出久の後ろから眼鏡を掛けた少年。飯田天哉と、少しほんわかな雰囲気を持つ少女。麗日お茶子が現れた。
「どうしたのかね樹咲君。具合でも悪いのか?」
「あ、いや。そうじゃないんだけどね……」
先ほどにも比べて目に見えて動揺している。
すると。ケースを後ろ手に持ちながら早口で捲くし立てる。
「じ、実はちょっと私のコス特殊でね! 個性の関係もあってか一度確認をしたいんだ!!」
「むっ。そうだったのか。いやしかし、こう言っては不躾かもしれんが。着替えるときに確認できるのでは?」
「そ、それはっ…………は、早めに確認しておくに越したことはないでしょ? うん。そうだ!」
苦しい言い訳だ。出久とお茶子はそう思ったが天哉は成程と何処か納得したようだった。
「うーん。まあ人それぞれだよね樹咲さん! あ、私。麗日お茶子。よろしくね」
「おっと。俺としたことが自己紹介がまだだった。飯田天哉だ。よろしく」
「うん。よろしくね二人とも。樹咲アリス。呼び方は、お好きにどうぞ」
それだけ言うと、アリスは自席に戻ってケースの中身を確認する。
どんなコスチュームなのか気になる三人だったが、授業に遅れるのもいけないと考え。その場を後にする。
教室には、アリス一人だけが残った。
「……よしっ」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
演習場に到着した1-Aの面々を見渡すオールマイト。
「うむっ! 皆まずは格好からだ。今日からヒーローとして歩む! その自覚をまずは持たないとね!」
キラリと白い歯が輝く。
と、まるでロボットのような外見をしたコスチュームを身に纏った飯田天哉が手を挙げる。
「先生! ここは入試の時の演習場ですが。市街地演習をやるのでしょうか?」
「いや、今日はもう二歩先へと進む! 屋内戦闘だ!」
近年。敵犯罪は屋外よりも屋内に多いという統計がある。
非合法な武器の売買。麻薬取引。
そういった意味でも、屋内というのは犯罪の起こりやすい場所なのだ。
「君たちには今から二人一組のチームアップを組んでもらう。片方がヒーロー側。もう片方が
何か質問はあるかな? とオールマイトは訊ねる。
…………よしよし。此処までは順調だ。
笑顔を浮かべてはいるが、内心は不安で一杯である。
何しろアドバイスの経験は多少なりあれど。こうして子供達に授業をする、というのは初めての経験だ。
勝手が分からない、ではすまない。目の前にいる子達は、これからの社会に羽ばたくヒーローの卵たちなのだから。
…………一応カンペも用意したんだけど、使わないほうがカッコいいよね……!
自分は仮にもNo.1ヒーローなのだ。ソツなくこなして見せてこそヒーローとしての姿のはず――――――
「勝敗の決定はどうするのでしょう?」
「負けたほうが何かペナルティってあるんでしょうか?」
「チーム分けはどう行うのでしょう!」
「……ブッ飛ばしていいンスか」
前言撤回。無理。
若者の勢い舐めてた……! 今の気分は聖徳太子……!
何気ない仕草でカンペを取り出して読み上げる。
「えーっとね……まず勝敗から説明しよう!」
ヒーロー側は敵側の二人、もしくはターゲットを確保するかで勝利。
敵側は、ターゲットを時間一杯まで守るか。ヒーロー側の二人を確保するかで勝利。
負けても特になく、むしろ負けたほうが反省点などが分かりやすく。次へと繋げられるだろうということ。だからといって負けて言いわけではないが。
「あと、これは訓練だ。怪我を恐れず思いっきりやりなさい。まあ、度が過ぎたと判断すれば中止にするけどね」
ちなみに、とオールマイトは箱を取り出す。
「ちなみにチーム決めはくじだからね!」
「適当なのですか!?」
飯田は愕然とするが、出久の言葉で納得する。
プロヒーローは突発的事態に対し、即席のチームアップを組むことが往々にしてあるので。それを意識しているのではないかと。
ふと。一人、手が挙がる。
「先生。質問です」
「ん? 何かな
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「私達。全員で21人いるんですけど。余った一人はどうなるんですか?」
「ハッハッハ! 大丈夫。ちゃんと考えてあるよ。このクジの中には一つだけ何も書かれていない無地のものがあるから――――ち・な・み・に。その人が誰と組むかは当たってからのお楽しみだ」
陽光に反射するほどの白い歯を見せながらオールマイトはにこやかに笑う。
…………うーん。爽やか。
これがある意味。彼がナンバーワンヒーローたらしめている所以なのかもしれない。
人に安心を与えるのは、何も脅威の排除だけではない。
大丈夫だと。もう安心だと、自ら笑顔になり相手の不安を和らげることも重要となってくる。
肉体だけでなく、助ける相手の心を救っているから。彼はトップヒーローとなっているのだろう。
と。やけに周囲が静かなことに気づく。
それと同時に、自分に多数の視線が突き刺さるのも感じた。
振り向くと、クラスメイトたちが自分を見ている。それも、かなり驚きを込めた目で。
「先生! オールマイト先生!!」
その中の一人。アリスと同じ金髪で、如何にも今風な若者。有体に言ってしまえばチャラそうな少年、上鳴電気が手を挙げる。
「ん? どうかしたのかい? 上鳴少年」
「い、今……なんて?」
「……? 誰と組むかはお楽しみ?」
「違う違う違う!! そこじゃなくてその前!」
んー? と首を傾げるオールマイトに、重要なのはそこじゃないと、上鳴が叫ぶ。
…………はて。何かおかしいことを言っただろうか?
オールマイトは思い出す。
特に不自然な場所はなかったはずだ。
今日の授業の為に、前日から頭の中でシミュレートを繰り返し。先人達の教えの詰まった参考書を読み漁ったりして脳内に叩き込んであるのだから。
実はこっそり。午前中の授業を見学させてもらっている。
自分以外は教師経験豊富なヒーローたちばかりなので、大変参考になる。それと同時に、教えることの難しさもよく分かる。
…………ンンー、教師って難しいネ!
それはともかく。
自分の発言には特におかしい部分はないだろう。
強いて言うならと、オールマイトは此処でようやく思い至った。
「……ハッハッハ! さては上鳴少年と同じ間違いをしてしまっている生徒がこの中にいるな? ダメだぞ。相手を外見で判断しては」
オールマイトの発言に、アリスもなんとなく上鳴が言いたいことに気づいて苦笑いを浮かべる。
「外見だけで判断というのはとても危険だ。もしかしたら相手はトンでもない手段を隠し持っているかもしれない。個性が自分の考えているものと全く別のものをもっているかもしれないのだから」
「じ、じゃあ……まさか……!」
ほぼ全員の視線が向く。
アリスは苦笑しながら、全員を振り返る。
「あー。うん。改めて自己紹介するね。私は樹咲アリス――――一応、生物学上は『男』だよ?」
数名が膝をつき、数名が合点が言ったとばかりに力なく笑う。
「チクショウ……胸は無いけど超絶美人だから声かけようと思ってたのに……!」
「あぁ……それで男子の制服着ていたわけか……」
「普通に可愛いって思ってしまった俺は一体……」
「やー。大丈夫じゃない? 私も普通に思ったし」
そんな中一人。飯田がアリスに訊ねる。
「むっ。では何故更衣室に来なかったんだ? 俺の記憶が正しいのなら、君は来ていなかったはずだが」
その問いを聞くと、アリスはああ……と苦笑する。
「えーっと。大した理由じゃないんだけど……中学の頃から同じクラスの男子に「いやお前いるとなんか変な気分になりそうっていうかなるからお願い教室で着替えてくれぇ!」って懇願されて…………前に同じ場所で着替えてたら男子からの視線が物凄くて……」
ああ、と納得するような声が出る。
…………確かに。注目集めそうだなぁ。
緑谷出久は思う。
樹咲アリスの外見は完全に女性そのものといっても過言ではないほどに綺麗だ。
スラッと長い背丈に、細く。ともすれば華奢に見られかねない身体の線。腿まで伸びた滑らかで豊かな金髪に白い肌。
奇跡的なまでに女性寄りの顔立ちに、淡紅色の瞳がそれを際立たせる。
声も高く、まず初見で彼女――否。彼が男性だと断定できるものはまずいないだろう。
あと一人称が「私」というのもおそらく勘違いを加速させている。いやまあ別にその一人称は他の男性も使っている。現にオールマイトだってそうだ。
だが筋骨隆々な大男が使うのと、外見詐欺の少女然とした少年が使うのとでは受ける印象は違うだろう。
そんな人物と同じ部屋で着替える。そっちの気がなくとも何かに目覚めそうだ。
オールマイトはその様子を見て何か納得したのか頷く。
「よぅし! 誤解も解けたことで、Let’s くじ引きタイム!」
高らかに箱が掲げられた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
…………うん。まあなんとなく察してた。こういうのは言いだしっぺがなる法則が昔からあるんだって。
それぞれがクジを引き、各々。ペアとなる人物と組んでいった。
その中で。アリスは無印のボールを引き当てていた。
「おっと。樹咲少年がシングルか」
「みたいですね。えーっと。この場合、私の相手は誰なんでしょう?」
「HAHAHA! 心配要らないさ。言っただろう? 組む相手は用意してあるさ」
と、太陽光を反射している白い歯を見せながら笑顔で答えた。
…………終わった人ともう一回やるのかな?
そう思い、クラスメイトを見る。
何名かは同じ考えをしているようで、こちらをじっと見返してくる。
それを見たオールマイトは指を横に振る。
「いやいや。流石にもう一回生徒同士をぶつけることはしないさ。というか。君の相手はもう此処に来ているんだよ?」
えっ、と全員が辺りを見渡す。
周囲は街を模した演習場。まさか何処かに潜んでいるのだろうか。
オールマイトを見ても、ただにこやかに笑っているだけ――――――
「…………先生?」
「昔から。生徒がペアを組めないときには必ず組む相手が存在しているのは知っているかな?」
そういって、さらに笑顔になり。鍛えに鍛えたであろう自身の大胸筋をトントンと指で小突いた。
「――――――――んんんんんんんんんん!?」
「ハッハッハ! いいリアクションだ! そして大当たりだ樹咲少年! 一足先に、プロヒーローと一対一だ!」
あ、勿論ハンデはつけるからね?
可愛く言っても事実は変わらず。つまり――――
…………現行のNo.1ヒーローと一対一で戦えと……!?
常に壁を用意するのが雄英の教育方針。
初っ端から。デカすぎる壁に真正面からぶち当たったアリス。
周囲からは、Oh……という声が漏れ聞こえる。それと同時に、同情する声も。
「まあまあ。勿論。樹咲少年も全力でぶつかってきたまえ! 何度も繰り返し言うが、これは訓練だからね!」
しばし天を仰いでいたアリスだが、やがてオールマイトに向き直る。
「お、おお、オール、マイト……」
んー? とオールマイトはアリスの顔を覗きこむ。
何を言うんだ? と全員が黙っていると、アリスは。結構無理矢理作りましたと言わんばかりの笑顔で――――
「わ――――――私が、勝ちます……!」
根拠のない宣言だった。若干声が震えている。
それを聞いたクラスメイト達は一度深く頷くと。
「テンパり過ぎだ……!」
どうもKoyです。
「はーい二人組作ってねー」
「せんせー。一人余りましたー」
「じゃあ先生と組みましょうかー」
「やったー」
「あ、でもこれは生徒の自主性を促す為に私は殆ど何もしないから実質貴方一人ね?」
「組む意味」
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