天華百剣-怪- 御華見衆のご意見番 (ウォセ)
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序章-解き放たれた希望-

闇を切り裂き、いざ咲き誇らん。


 長く続いた戦国の時代が終わり、世は銘治の時代に移り変わって久しい。

 時は銘治32年。この国を渦巻く怪物禍憑に対抗する少女の姿をした剣である巫剣達は今日も日本のどこかで平和を守る戦いに明け暮れている。

 

 だが、そんな彼女達の知らぬ場所で禍憑達の動きがあった。

 薄暗く、人も寄り付かぬ山奥に小さな神社が存在した。人の手入れなど全くされておらず、あちこちがボロボロになっており不気味な気配が漂うこの場所に禍憑達は現れた。

 構成される禍憑の多くは泥鎧と呼ばれる刀を持った小さな怪物であるが、中には式童子と呼ばれる陰陽師のような服装をした禍憑も混ざっており、時には大きな体を持つ泥鎧も存在した。

 そして何より目を引くのは紫色の巨大な体を持つ異形の怪物。

 その怪物こそ禍憑の上位存在。彼岸五将の1人でもある六道戒聖である。

 六道戒聖はこの禍憑達を指揮する大将。

 しかし何故強大かつ多彩な術を操る術師でもある六道戒聖が禍憑の軍勢を引き連れてこのような廃れた神社になど現れたのか。

 それは六道戒聖が目指すあるこの神社の本殿に答えがあった。

 

「此処か…」

 

 本殿の前にたどり着いた六道戒聖と禍憑達。

 しかし本殿の扉はボロボロながらも硬く閉ざされており更には何か邪悪な物でも封じるかのように御札が大量に貼られていた。

 

「奴はここに封じられている。我らを封じる結界は弱まりつつあるが、元を断たねば同じ事。故にここで決着を着ける―!」

 

 六道戒聖は術を起動して光弾を発射し、本殿の扉を破壊した。

 パラパラと埃が舞いながら本殿の正面扉が吹き飛ぶものの、六道戒聖は油断する事無く本殿の中を警戒する。

 しばらく待つと、本殿の中から誰かが姿を現した。

 

「いやはや…随分と乱暴な目覚しだ。久しぶりだね、六道戒聖」

 

 現れたのは見た目20歳半ばほどの青年だ。黒い髪は男性にしては長く背中の半ばまであり、うなじの辺りで紐で纏められている。白い和服と黒い袴は少々薄汚れている。

 一際目立つのは紫色の美しい瞳。全てを見透かしているような、どこか神秘的な瞳だった。

 青年は目の前の化け物にも驚く事無く飄々とした立ち振る舞いで六道戒聖達の前に現れた。

 

「貴様が此処に封じられてから50年ほどか。我等の感覚からすれば、そう長い時ではあるまい」

 

「そんな事は無いさ。50年もあれば天下が変わったとしても何ら不思議ではない。人も文化も、変わるには十分過ぎるほどの時だ。さて―」

 

 昔馴染みに出会ったかのような気軽な態度で、青年は六道戒聖と会話を交わす。

 だが仲の良い相手という訳でもない。青年はパンパンと自分の服の埃を払うと改めて六道戒聖に尋ねる事にした。

 

「何の用で私を解き放ったのかね、六道戒聖?」

 

「知れた事。今こそ貴様を抹殺する時。貴様と言えども50年も封印されていれば力も弱まるであろう…この国を覆う結界の弱体化がその証拠」

 

「……」

 

「図星か。ならばこの場で討ち取らせて貰う。行け、禍憑共よ!」

 

 六道戒聖の合図で彼の傍に控えていた100匹近い禍憑達が青年に向かい一気に襲い掛かった。

 その手に握る刃を、術を放ち青年の命を奪おうとする。

 だが青年に焦りは無かった。彼は袖の下から小さな御札を取り出すと禍憑達に向けて投げつけた。

 

「狐火」

 

 青年の言葉と共に、御札はゴウッと天まで届きそうな火柱を生み出して、禍憑達を焼き払った。

 

「何っ…!?」

 

 あまりの光景に、六道戒聖も驚愕を隠しきれない。

 100匹はいた禍憑の軍勢は今の火柱だけで半分ほどにまで減ってしまったのだから無理も無い。

 

「馬鹿な…貴様、衰えている筈ではないのか?」

 

「衰えているのは確かだろうけれど、結界が弱まっているのと私が衰えているのは別の理由だよ。この程度の軍勢ならば、今の私でも問題ないさ」

 

「ぬぅ…!」

 

 目論見が外れ焦りを浮かべる六道戒聖。このまま自分も加わり戦うか、それとも撤退するかと思考するが―

 

「狐火」

 

「っ!?」

 

 再び青年が投げた御札から火柱が立ち昇り残っていた雑兵の禍憑を焼き払った。

 それを見て、六道戒聖は決断した。ここは撤退するべきであると。

 

「見誤ったか。復活している彼岸五将全員で来るべきであったな。此度は退かせて貰う」

 

「折角またまみえたと言うのに、つれないね」

 

「ハァッ!」

 

 六道戒聖が先ほどとは比べ物にならぬ力を込めた光弾を青年に向けて放つが、青年は慌てた様子もなく袖の下から御札を取り出して自分の目の前へ投げると空間が歪んだような壁が現れて光弾を受け止めた。

 光弾は爆発して掻き消え、爆破の粉塵が消える頃には六道戒聖の姿はこの神社のどこにも無かった。

 

「ふむ…逃げられたか。気配も消しているようだし、今からは追えないか」

 

 青年は履いている草履で地面を踏みしめ、空を見上げた。

 

「六道戒聖の言うとおり、結界が弱まっているね。星には結界維持の最低限の事しか教えられなかったからやむを得ないか。一先ず結界をどうにかしないと」

 

 この場所に封じられ、出る事を禁じられてはいたがこの状況では仕方が無い。愛する国を守るためにも、青年は禁を破り神社の出口を目指した。

 封印のための御札が神社の外周にも存在してはいるものの、時と共に効力が弱まっており青年の歩みを止めるだけの力は無かった。

 何の苦労もなく青年は神社を出て獣道とも呼べない山道を進む。

 

「まずは都へ向かわないと。さて、いつ頃到着するだろうか…こういった旅も久しいなぁ」

 

 世は銘治32年。

 山奥にある廃れた名も無き小さな神社より、人知れずこの国の希望が解き放たれた―。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 それから1ヵ月後。場所は移り東京は上野にある洋風茶房めいじ館。

 美しい女性が給仕をし、メニューも豊富でお手頃価格なため人々に人気のこの茶房だがそれはあくまで表の顔。

 裏の顔は人々の平和を脅かす禍憑を退治する政府公認の特殊機関、御華見衆の支部である。

 しかし禍憑の襲撃が無ければ巫剣も、彼女達を指揮して能力を最大限に引き出す巫剣使いも出番は無い。その方が平和で良い事ではあるものの、代わりに茶房は大忙しである。

 本日は書き入れ時を過ぎ、店内にいたお客さんは全て出払った後ではあったが、先ほどまでは戦争を思い出させるような忙しさであった。

 

「はぁ~、やっと落ち着いたわね…」

 

「御疲れ様です城和泉さん。私達も休憩にしましょう」

 

「では昼食の準備をしよう。裏に居る隊長君を呼んでこないとね」

 

 めいじ館にて働く巫剣である3人の少女。目立つ赤髪と勝気な性格が特徴の城和泉正宗。おっとりとした雰囲気と長い青髪、そして大きな胸が目に付く桑名江。小さな体に不釣合いな胸の大きさをした金髪の少女、午王吉光。

 後はこの場にはいないが裏方役筆頭の七香と、工房で作業をする八宵。そして茶房では主に裏方作業をしている彼女達の主にして新任の巫剣使いでもある聖十郎を含めた6人でこのめいじ館をやりくりしていた。

 昼食のために来店していたお客が皆出て行ったため、今度は城和泉達が昼食を取らなければならない。

 そこへ丁度彼女達の主、聖十郎がやって来た。

 

「皆、一段落したようだな。お疲れ様。まかないで昼食を用意しておいたぞ。皆で食べるとしよう」

 

「ありがとうございます、主様」

 

「では表には休憩中の看板を出しておかないとね」

 

「あ、なら私が―」

 

 お昼休憩のためにめいじ館の表に休憩中の看板を立てねばこの後もお客が入ってしまうため、城和泉が入り口の方へ向かおうとすると丁度扉が開いた。

 皆がしまった、と思ったが時既に遅し。店の中に入ってきたのは、体格からして男性だろうか。

 藁傘を被っており目元が見えないため顔が分からないが、長い黒髪をうなじで纏めており白い和服に黒い袴を履いた人物だった。

 服が所々汚れているが旅人だろうかと聖十郎は判断したが、その前に断りを入れなければならないと判断してそのお客に声を掛ける。

 

「あの、すいません。実はこれから昼の休憩に入る所でして…申し訳ないのですが退店していただいてもよろしいでしょうか?」

 

「あぁ…そうだったのか。それはすまない事をしたね。それではまた出直す事にしようかな」

 

「ありがとうございます」

 

 旅人らしき風貌の男は納得してくれたらしく、素直に店から出て行った。

 だが店を出て行く前に城和泉、午王吉光、桑名江を少しだけ見つめると、フッと口元を緩めていた。

 

「さっきの人、旅人かしら?」

 

「見た目からすればそう見えたな。しかし素直に出て行ってくれて良かったよ」

 

「時折それで揉めるお客様もいますからね」

 

「ともかく昼食にしよう。城和泉、看板を―」

 

 と、聖十郎が今度こそお昼休憩にしようとしたその時、めいじ館の窓から烏が入ってきた。御華見衆本部に勤める小烏丸の操る連絡用の烏である。

 こういった場合は付近に禍憑が現れたか、何か任務の伝令があるかなのだが…今回は前者であった。

 

「皆の者、聞こえるか!? 付近で禍憑が現れた! めいじ館の者で対処して貰いたい!」

 

 烏から小烏丸の声が響くと共に禍憑出現の知らせが入る。

 人々の安全を脅かす禍憑に対処するべく、聖十郎はいち早く皆に声を掛ける。

 

「っ! 皆、行けるか!?」

 

「いいわ、大丈夫よ!」

 

「やれやれ、やっと休憩だと思ったのにね」

 

「いつでも行けます」

 

 城和泉、午王、桑名江もそれぞれ聖十郎に応えて全員戦闘態勢に入りめいじ館から飛び出した。

 禍憑が現れた場所まで先ほどの烏が先導し、ものの5分で現場へと到着した。

 現場では逃げ遅れた市民達が禍憑に囲まれてしまっており、その凶器を見て恐怖に縮こまってしまっていた。

 

「グルルル…!」

 

「ひ、ひぃっ! 誰か助けてくれぇっ!」

 

「やああっ!」

 

 正に間一髪。泥鎧が刀を振り上げて逃げ遅れた男へ振り下ろそうとした瞬間、誰よりも早く現場に駆けつけた城和泉がその刃を振るい泥鎧を討ち取った。

 

「あ、あんたは…!?」

 

「早く逃げて!」

 

「あ、あぁ!」

 

 短く言葉を交わすと男は腰が引けながらもその場から急いで立ち去った。

 そして城和泉は油断無く禍憑と向き合い、斬り込んでいく。

 

「たぁあああああっ!」

 

「グゴォオオオオオッ!?」

 

 城和泉の気迫と剣技に、禍憑達は成す術もなく打ち払われていく。

 だが戦いにおいて数とは脅威である。単独で斬り込んだ城和泉を泥鎧の群れが囲んでいき横や背後から襲い掛かる。

 良くも悪くも正面の事に集中していた城和泉はその攻撃への対処が遅れてしまう。

 

「っ!? しまった!?」

 

 あわや城和泉が手傷を負ってしまうかと思われたその時、雷撃の弾丸が周囲の泥鎧を吹き飛ばした。

 

「まったく、独断専行はキミの悪い癖だよ城和泉」

 

「無事か、城和泉!」

 

「午王! あ、ありがとう」

 

 少し遅れてしまったが、聖十郎を筆頭に午王、桑名江が追いついたのだ。

 今の雷撃の弾丸は午王の使う技、砕撃 靂である。

 

「城和泉さん、わたくし達も加勢致します!」

 

「3人で死角を補い合うんだ! 城和泉は正面、桑名江は右、午王は左から斬り込め! 後ろは何かあれば俺がやる!」

 

「分かったわ、主!」

 

 聖十郎の指示の元、逃げ遅れた人々を救出すべく更に斬り込んで行く城和泉達。

 ただの泥鎧では彼女達に勝てる道理も無く、次々に禍憑を倒していき逃げ遅れた人々を助け出す。

 

「あ、ありがとうよあんた等!」

 

「助かったぜ…」

 

「ここは俺たちに任せて、早く逃げるんだ!」

 

 聖十郎は後ろから城和泉達をカバーしながら救助した市民の非難誘導も行う。だが禍憑から助け出したというのに慌てた様子で周囲を見渡しその場を動かない女性が居たのを見て声をかける。

 

「あなたも早く向こうへ非難するんだ」

 

「でも、でも私の娘がいないんです! 逸れてしまったんです!」

 

「何だって…!?」

 

 子供が逸れて逃げ遅れているとなれば聞き捨てならない。聖十郎は目を凝らして禍憑の群れの奥を見ると、西洋製のぬいぐるみを抱えた小さな少女を発見した。

 周囲には他に逃げ遅れた市民はいない。あの子で間違い無さそうである。

 

「あそこだ!」

 

「ああっ! 化け物の向こうに…!」

 

「俺たちが必ず助け出します。あなたはここに居て下さい! 皆、突破するぞ!」

 

「任せて主! たぁあああっ!」

 

「お任せ下さい!」

 

「このまま行けば間に合いそうだね…!」

 

 一刻も早く禍憑を蹴散らして少女を助け出さなくてはならない。禍憑達がいつ少女に目を向けてもおかしくないからだ。

 先ほどよりも勢いを増した城和泉、桑名江、午王の3人は次々に泥鎧を斬り捨てていく。

 

「よし、いいぞ3人とも! …いや、皆止まれっ!」

 

「「「っ!?」」」

 

 もう少しで禍憑の群れを突破できた所で突然止まれという指示に一瞬困惑する3人だったが信頼する主の指示。その場で踏み込むのを止めて立ち止まった3人の前に、一際巨大な体の禍憑が現れたのだ。

 強靭の肉体を持つ泥鎧の上位種である益荒鎧が、彼女達の前に立ち塞がったのだ。

 中々の強敵である。益荒鎧を倒すのはそれなりに手こずりそうだった。

 

「そんな…あと少しだったのに…」

 

「グォオオオオオ!」

 

「危ないっ!」

 

 刀を持った益荒鎧は地面に刃を叩きつけると強力な衝撃波を周囲に発生させた。城和泉達は聖十郎の指示通り踏み込みすぎなかったため攻撃を避けれたが、少女からは遠ざかってしまう。

 

「先ずはこの益荒鎧を倒さなくてはならないね」

 

「でもそれじゃあの女の子が…!」

 

「きゃぁああああああああっ!」

 

 午王が言うとおりこの益荒鎧を倒さねば先には進めそうもなかったが、城和泉の心配の通り少女に気がついた泥鎧達が徐々に少女に迫っていた。

 

「いけません! このままでは…!」

 

「くっ…! 3人ともそいつを抑えててくれ! 女の子は俺が…!」

 

「なっ!? 待つんだ隊長君!」

 

 壁際に追いやられてしまった少女に、泥鎧がゆっくりと接近しつつある。その手には少女の命を奪うのには十分過ぎる凶器が握られている。

 焦りを浮かべる城和泉達に、聖十郎は自分が何とかするしかないと3人に益荒鎧を任せると横をすり抜けて少女の元へ駆けつける。

 

「グォオオオオオッ!」

 

「いやぁああああっ!?」

 

「させるかぁああああっ!」

 

「グォッ!?」

 

 禍憑が刀を少女に襲い掛かる直前に、聖十郎は禍憑を後ろから斬りつけて止めた。

 巫剣でなければ禍憑を倒すことはできないが、聖十郎の持つ菊花刀にはある程度の巫魂が込められているため手傷を負わせるくらいならばできる。

 

「3人が来てくれるまで、俺が相手をしてやる…!」

 

 時間稼ぎにしかならないが、聖十郎は少女を守るために禍憑に立ち向かった。

 それは蛮勇だったが、彼の信念を体現する行動でもある。守るために、戦うのだ。

 

「素晴らしい」

 

 聖十郎の耳に届いたのは、この戦場には似つかわしくない澄んだ優しい声だった。

 視線を向ければ、そこには先ほどめいじ館に来ていた旅人が自然な足取りで聖十郎達に近寄ってきている。

 

「なっ!? 何をしているんだ! 早く逃げ―」

 

「狐火」

 

「グォオオオオオオオオオオオオオ!?」

 

 旅人は袖の下から御札を取り出すとそれを次々に禍憑へ向けて投げてそう唱えた。

 すると御札は燃え上がり、泥鎧とはいえ禍憑を焼き尽くして間違いなく消滅させたのだった。

 

「何っ!? 禍憑を、倒した!?」

 

 それは遠目から見ていた城和泉達にも見えていた。

 突如現れた男が御札から炎を生み出し、禍憑を倒す。しかし彼女達にはその光景に、どこか見覚えがあった。

 

「い、今のってもしかして…!?」

 

「間違いない。陰陽術だよ」

 

「銘治の世に、まだ陰陽師が残られていたのですか!?」

 

 戸惑う3人だが、余所見を許すほど益荒鎧は甘くない。その隙を狙って刀を高く振り上げて再び衝撃波を巻き起こし、3人を纏めて吹き飛ばそうと目論見る。

 直前でそれに気がついた城和泉達だったが、突然の事に目を奪われてしまっていたため反応が遅れてしまった。このままではやられてしまう。

 

「城和泉、午王、桑名江、良い主を持ったね。後は私に任せなさい」

 

 しかし旅人の男は城和泉に対し、まるで父親が娘に語りかけるような優しい口調でそう言うと再び袖の下より御札を出して益荒鎧に投げつけた。

 

「桜乱樹」

 

 張り付いた御札に種でもあったかのように樹が伸びる。根は益荒鎧に絡みつき、動きを封じて締め上げる。

 そして樹はどんどん成長すると大きな枯れ木へと成った。しかし益荒鎧から力を吸収しているのか、益荒鎧がやせ細っていくのに比例して枯れ木に蕾が現れ、そして美しい桜の華を咲かせた。

 そして瞬く間に桜の華が散っていき、バキバキと音を立てて樹が崩れ落ちた。

 残ったのは小さな枯れ木の破片と散った桜の花びらだけとなり、益荒鎧は跡形も無く消滅してしまっていた。

 

「ふむ、実戦は久しぶりだけれどどうにかなる物だね」

 

 突然起きた目の前の光景に唖然としていたが、気の抜けるような柔らかい口調に聖十郎はハッと意識を取り戻す。

 

「あ、あの…あなたはいったい…?」

 

「私の事などより、まずは女の子を母親の元へ送ってあげると良い」

 

 禍憑達は全滅し、この場は勝利を収める事ができたと言って良い。ならば今やるべき事は守る事ができた少女を母親の元へ連れ戻してあげる事である。

 そう諭された聖十郎は自身の後ろで恐怖から涙を流していた少女の元へ駆け寄ると怪我が無いかを確認する。

 

「きみ、大丈夫かい? 歩けるかな?」

 

「う、うん…」

 

「それじゃあおいで。お母さんの所まで連れて行ってあげよう」

 

 聖十郎は少女の手を取り母親の元まで連れて行く。

 母親は娘が無事なのを確認すると、目に涙を浮かべて少女を抱きしめる。

 

「ああっ! もう駄目かと思いました…! ありがとうございます…!」

 

「いえ、ご無事で何よりです。では私はこれで…」

 

 御華見衆は公にはできぬ特殊機関。あまり深く接してはならない。めいじ館の店主とその従業員であるとバレてしまえば活動しにくくなる。

 母親に少女を託すと、聖十郎は先ほどの旅人の男の元へと戻った。そして同時に刀を鞘に納め、城和泉、午王、桑名江もやって来る。

 

「主、怪我はない!?」

 

「ああ、俺は大丈夫だ」

 

「まったく、1人で飛び出してしまうところは城和泉そっくりだね隊長君」

 

「主様がご無事で何よりです」

 

「悪かった、でも皆無事で何よりだ…さて…」

 

 御互いの無事を確認した所で、聖十郎は改めて旅人の男へ向き直る。

 

「助けてくれて感謝します。…しかし、あなたはいったい何者なんですか? 禍憑を倒していましたが…」

 

「ふふ、さっきは悪かったね。せっかくの休憩を邪魔しては悪いと思って顔を明かさなかったんだ。許してくれるかな」

 

 旅人の男は頭に被っていた藁傘を脱ぎ、顔を露にした。

 見た目は20代半ばだろう年頃の青年。黒く背中の真ん中まで伸ばした髪はうなじで纏められており男性だがどこか中性的な雰囲気も感じられる。

 そして何よりも宝石のような美しい紫色の双眸が印象的だった。

 

「私の名は―」

 

「「「せ、晴明様っ!?」」」

 

 男が名乗るより先に、城和泉、午王、桑名江が同時に叫んだ。どうやら3人は彼の事を知っているらしいと察した聖十郎は3人に問いかける。

 

「皆、彼の事を知っているのか?」

 

「知ってるも何も…!」

 

「わたし達の産みの親とでも言うべきかな」

 

「かつての主様でもあります」

 

「ど、どういう事だ…?」

 

 巫剣は不老の存在。そのため昔の主であっても不思議はないのだが産みの親と聞いては混乱は避けられない。

 聖十郎の頭が現状を理解するためにこんがらがっていると、小さく笑って晴明という名の青年は口を開いた。

 

「改めて自己紹介をしよう。私の名は土御門晴明。50年ほど前まで御華見衆の司令をしていた、ただの老いぼれだよ」

 

 

 

 

 

 百花繚乱の乙女達。

 かつて彼女達を束ねたこの国の希望が今、銘治の世に現れた。



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-序章-舞い戻った希望

裏絢爛祭爆死報告。
悲しいなぁ。


 禍憑を倒し、改めてめいじ館へと戻った聖十郎と巫剣達。茶房の扉は閉め、本日は営業を終了する旨が書かれた看板を扉に下げておく。

 一行は土御門晴明と名乗る青年と共にめいじ館にある御華見衆の作戦会議室に集まっていた。

 

「いやはや、これが洋風の建築物か。まともに見るのは初めてだから新鮮だよ」

 

「は、はぁ…」

 

「ちょっと主! 晴明様の前なんだからもっとシャキっとしなさいよ!」

 

「いや、そう言われても…」

 

 めいじ館のあちこちを物珍しそうに見物しながら晴明は笑いながらそう言うが、聖十郎からすればまだ事態の全容が掴めない。

 50年ほど前まで御華見衆の司令をしていたという眼前の青年だが、色々と疑問に思う所があった。

 しかし立ち話というのも何だったので彼を改めてめいじ館に招いて話を聞く事にしたのだ。

 

「ええと、それで結局貴方はいったい…?」

 

「あはは。そう畏まらなくてもいいよ。先ほども言った通り、私は50年ほど前まで御華見衆の司令をしていた者だ。訳あってその役職を今の司令である七星剣に譲り引退していた老いぼれだよ」

 

 いまいち要領を掴みきれない聖十郎だった。

 幾つもの疑問点があったが、とりあえず1つずつ質問してみる事にした。

 

「老いぼれ、と仰っていますがそれほど年老いているようには見えませんが…」

 

 晴明は見た目だけならば20代半ばほどの美青年だ。間違っても老人になど見えはしない。

 しかし巫剣のように不老の存在もいると知っていた聖十郎はそこから聞いてみる事にした。

 それに対して晴明は相変わらずの柔らかい笑みを浮かべて答えた。

 

「見た目と実年齢が一致していなくてね。私の年齢は…途中から数えるのを止めたのだけれど、恐らく1500歳ほどだよ」

 

「……はぁ」

 

 なんだか狐につままれたかのような話である。

 やはり言っている事が把握しきれない聖十郎は気の抜けた返事をする事しかできないのだが、午王吉光と桑名江が補足を入れる。

 

「隊長君、晴明様の言っている事は本当だよ。戦国の世より前から、巫剣と共に生きてきたお方だからね」

 

「巫剣を生み出す製法を開発されたお方で、御華見衆の創設者でもあるんです」

 

「なっ!? ほ、本当かっ!?」

 

 信頼する2人から保障するような言葉に、流石の聖十郎も驚きを隠せない。

 悪い人ではないと思っていたが、正直その言葉にどこまでの信憑性があるのか分からなかったのだが午王と桑名江がそう言うのなら本当なのだろう。

 

「だからさっきから言ってるでしょう! す、すいません晴明様。私達の主が…」

 

 失礼な反応をする主に代わって城和泉が謝罪をするが、晴明は気にした様子もなくニコニコと笑って首を横に振った。

 

「いやいや、私も自分の話に信憑性が無いのは百も承知さ。本来なら聖十郎君の反応が普通なのだからね。それに彼は素晴らしい人物じゃないか。少女を救うために我が身を盾にしたのだから。良い主に巡り会えたね、3人とも」

 

「い、いえ…俺は当たり前の事をしたまでですから」

 

「若いのに謙虚だね。益々キミを気に入ってしまいそうだ」

 

 晴明に先ほどの戦闘で少女を庇った行為を褒められる聖十郎だが、彼は本当に自分にとってできる当たり前の事をしたに過ぎない。

 そんな所も含めて、晴明は聖十郎を評価して気に入っていた。

 

「それで晴明様、どうして此方にいらっしゃったのですか? 確かあなた様は…」

 

「うん、山奥の神社に封じられていたのだけれどね。禍憑に封を破られてそのまま出てきてしまったのさ」

 

「禍憑に襲われたのですか!?」

 

「その場は術で撃退して、そのままこっちに来たんだよ。本部に向かおうと思っていたのだけれど、その前に腹ごしらえをしようとお店に入ったら君達を見つけてね」

 

 どうやら晴明がめいじ館へやって来たのは完全に偶然だったらしい。しかしその偶然により先ほどの戦闘で犠牲が出ずに済んだのだから結果オーライと言った所だろう。

 

「さて、折角出会えたけれど本部に行って星に会わないとね」

 

「星、と言うのは…」

 

「現御華見衆司令、七星剣の事だよ。彼女は私の愛刀なんだ」

 

 愛刀とは、巫剣使いにとって最も信頼している相棒の巫剣であるといった意味合いがある。

 それだけで現司令である七星剣と晴明の絆が伝わるという物である。

 

「しかし都も随分と様変わりしたねぇ。正直迷ってしまいそうだ」

 

「ええと…もしよろしければ本部までご案内しましょうか?」

 

 上野から本部まではそれほど遠くは無い。しかしそこは大都会東京。慣れない者では道に迷ってしまうのもそう珍しくは無い話だった。

 晴明が御華見衆の重鎮である事を理解した聖十郎は放っておく訳にもいかないため案内を申し出る。

 

「良いのかい? それは助かるよ」

 

「では自分と城和泉でご案内します。午王と桑名江は明日の用意を頼む」

 

「分かりました。お気をつけて行ってらっしゃいませ」

 

「城和泉、隊長君と晴明様の護衛を頼んだよ」

 

「分かってるわ。任せなさい!」

 

 めいじ館には茶房での明日の用意があるため、少し早いが桑名江と午王に後を頼み聖十郎と城和泉が案内をして本部を目指す事になった。

 早速めいじ館を出発し、本部のある中央区へ向かう。

 徒歩のためそれなりに時間がかかるだろうが、道が分かっていれば問題ない。

 しばらく歩いていると晴明は田舎から上京してきた若者のように周囲をキョロキョロと見回していた。

 そんな晴明が不自然で心配になり、聖十郎は声をかけた。

 

「え、ええと…どうかしましたか? 晴明、様?」

 

「ん? あぁすまないね。この街並みが懐かしくも珍しくてね。かつての江戸の面影を残しながらも、西洋式の建築物も多く見られる…人々の表情も明るく、自分達の暮らしが良くなっていくと信じている。良い街になった…」

 

 感慨深そうに街を見つめる晴明。

 その言葉に聖十郎も同意する。この街を、そしてこの街に住む人々を守るために聖十郎は軍人になる道を進んだのだから。

 

「さて、それはともかく聖十郎君。そんなに硬くならないで良いんだよ。私が御華見衆の司令だったのはもう過去の話なのだから」

 

「え、ええと…」

 

「だ、駄目ですよ晴明様! あなたは御華見衆の創設者ですし、巫剣や巫剣使いからは敬意を持って接されるべきです!」

 

「城和泉はああ言っているが、巫剣の子達は私に対してああいう態度をあまり崩してくれないんだ。だからキミのような若い人とはもう少し対等に接したくてね」

 

「あーその…それでは晴明さんと呼ばせて頂いても?」

 

「ちょ、ちょっと主! 晴明様に向かってそんな気安く…!」

 

「良いんだよ城和泉。私は呼び捨てでも構わないくらいだけれど…まぁ呼びやすいように呼んでくれれば良いかな」

 

 そんな晴明と聖十郎の会話に城和泉が割り込みつつ3人は本部に到着した。

 外観ふ普通の役所のようになっているが、この大きな洋風の建物は御華見衆の本部で間違いない。

 

「ほう、本部も立て直したんだね。これは見事な建物だ」

 

「それではまず副指令にお話をしましょう。副指令の事はご存知ですよね?」

 

「ああ、変わっていないのなら椒林だね」

 

 御華見衆副指令の丙子椒林剣。観察方という諜報機関のトップでもあり御華見衆最古参の巫剣でもある。

 愛称の椒林というのは彼女と同じ古参の巫剣や、親しい間柄の者でしか呼ぶことができない名でもあり、やはり晴明が丙子椒林剣とも深い仲であるというのを伺わせる。

 

 本部の受付で上野支部の隊長として副指令にお話をしたいと通すと、部屋を用意するのでしばらく待つようにと言われたため通された応接室にて待機する。

 しかし晴明に関しては本部勤めの人々が誰も何も言わないため少々不思議に思った聖十郎だが、話の通りなら50年も隠居していたのなら巫剣くらいしか彼の事を知らないのだろうと認識を改めた。

 そうして応接室で待つ事数十分。

 御華見衆副指令の丙子椒林剣は忙しいため、事前連絡無しに来てしまえば対応するのにも時間が要る。これは事前に連絡を入れなかった聖十郎達の落ち度だったため大人しく待っていた。

 

「ふーむ、これが紅茶か。私の知る茶とは違う新しい味覚だ。興味深い」

 

「あ、あの…晴明さん、飲みすぎでは?」

 

 相変わらず西洋の物に興味津々な晴明は応接室に用意されていた紅茶のセットを城和泉に頼んで淹れてもらっていた。

 その飲みっぷりは凄まじく、用意されていた分は今カップに入っている分で最後である。

 

「私は体質上食事は多く取れるから大丈夫だよ。と言うより食べた分だけ体に力を貯めれると言うべきかな」

 

「は、はぁ…」

 

「それに昔は紅葉狩兼光や村雨助廣、稲葉郷とも全国の名物食べ歩きの旅なんてのもしてたからね」

 

 御華見衆元司令が全国の名産品食べ歩きの旅とはあまり想像できなかったが、それでもその話が本当ならば何だか思ったよりも接しやすいイメージである。

 と、そうこうしている内に応接室の扉が開いた。

 顔を向ければ、そこに居たのは間違いなく御華見衆副指令の丙子椒林剣である。

 

「お待たせしました~」

 

 長い茶髪を結って纏めたスタイル抜群の美人だが、雰囲気はどことなく丸く上司としては逆に接し難い。それがこの丙子椒林剣である。

 先ほどまで事務の仕事をしていたのだろう。腕に幾つもの書類を抱えており聖十郎はやはり報告してから来るべきだったかと謝罪から入る事にした。

 

「副指令、突然お尋ねしてしまい申し訳ありません」

 

「いいえ~、大丈夫ですよ。でも連絡も無く直接尋ねてくるなんて、よっぽと緊急の報告なんですか~?」

 

「はい。実は―」

 

「椒林、久方ぶりだね」

 

 聖十郎が言葉を紡ぐより先に晴明が口を開いた。

 紅茶のカップを机に置いて椅子から立ち上がると、彼は丙子椒林剣の正面に移動した。

 

「……」

 

「……」

 

 室内を沈黙が支配する。と思いきや丙子椒林剣は突然抱えていた書類を全て床に落としてしまった。

 バサバサと大切な書類が床に散らばってしまうが、丙子椒林剣は状況を理解したのか目を大きく見開き、両手で口を覆っていた。

 

「嘘…嘘です…。あなた様は封じられている筈です…!」

 

「少々事情があってね。出てきてしまったんだ。今までキミと星に辛い役目を押し付けてしまってすまなかった」

 

 目の前にいる晴明の存在が信じられない。そんな口調で丙子椒林剣が現実を否定して一歩後ずさるが、それに応じて晴明は一歩前に出た。

 そして口を覆う丙子椒林剣の手を取り、優しく両手で包み込んだ。

 

「主失格なのは分かっている。けれどもし不甲斐ない私を許してくれるのなら、もう1度キミ達と共に戦う事を許して欲しいんだ。椒林」

 

「あ、ああ……主様…!」

 

 眼前の現実を受け入れた丙子椒林剣は両目から涙を溢しながら晴明へと抱き着いた。

 晴明もそんな椒林を優しく抱きとめてやる。

 

「お帰りなさいませ…」

 

「ああ、ただいま」

 

 そのまま御互いの感触を確かめるように抱き合っていた2人だったが、このままでは話が進まないと思ったため聖十郎はわざとらしく咳払いをした。

 

「んっ、んんっ…晴明さん、副指令。あの、そろそろ…」

 

「…はっ!? す、すいません~! 久しぶりの主様の感触が離れ難くて~!」

 

「ふふ、今は人前だからね。後でゆっくりと語り合うとしよう」

 

 普段からは考えられないほど丙子椒林剣は顔を真っ赤に染め、慌てていた。

 その姿は正に恋する乙女のように…。

 

「さて、私の身の上に起きた事を話しておこう。その上で今後の私の動きについても話していくとしようか」

 

「はいっ。でもそれなら七星剣も一緒の方がいいですね~」

 

「では星にも会いに行くとしようか。聖十郎君と城和泉はどうするんだい?」

 

「そうですね~…2人にも一緒に聞いてもらっておいた方が良いでしょうね~。今後の御華見衆全体に関わる事でしょうし」

 

「「は、はいっ!」」

 

 どうやら晴明の帰還と、それに伴う行動方針は御華見衆全体に影響を与える程の事らしい。

 事態の重要さを今更ながら把握した聖十郎と城和泉は気を引き締めなおして返事をした。

 

 丙子椒林剣の案内により、3人は応接室を出て御華見衆司令である七星剣のいる司令室へ移動する。

 長い廊下を歩き、階段を登り建物の最上階に位置する立派な両開きの扉のある部屋だった。

 所属する組織のトップの部屋という事で、聖十郎も城和泉も緊張してしまっていた。思わず固唾を呑んでしまうほどである。

 

「ここが御華見衆の司令室です~」

 

「…今更だが椒林、星は忙しいんじゃないか? 事前に連絡も無く来てしまって大丈夫だったかい?」

 

「主様のご帰還以上に大切な事なんてありません~。七星剣もきっと大喜びですよ~」

 

「そうか、なら良かった」

 

「まずはわたくしが話を通してきます。お呼びしたら入ってきて下さいね~」

 

「あぁ」

 

 そうしてまずは椒林が扉をノックして部屋へ入っていく。

 部屋の中はピシッと整理整頓されており、大きな事務机の上には山積みになっている書類が置かれていた。

 そしてその机に向かい書類仕事をこなすのは大きな机や椅子に一見不釣り合いにも見える小さな背丈の少女であった。

 黒く艶のある長い髪をサイドポニーにしており、緑と白の服装の幼い少女。

 彼女こそ御華見衆司令、七星剣である。

 

「七星剣。お邪魔しますね~」

 

「む、椒林か。お前がここに来るとは、何か問題でも起きたのか?」

 

「問題、と言うよりは吉報ですよ♪」

 

「ほほう? 吉報とは珍しいな。何かあったのか?」

 

「はいっ。わたくし達にお客様が来られているんですよ~」

 

「客人…?」

 

 それまで書類仕事を進めながら椒林との会話を進めていた七星剣だったが、客という言葉に手を止めて首を捻った。

 見た目こそ少女だが七星剣も1000年以上生きている巫剣であり元来の真面目な性格からスケジュール管理はしっかりと行う性質である。来客の予定は無かった筈だがと思っているのだ。

 

「陸軍大将との今後の禍憑対策の打ち合わせはまだ先の筈だが…」

 

「もうっ、違いますよ~。お仕事ではなく、ぷらいべーとでのお客様ですよ」

 

「…誰か巫剣でもやって来たのか?」

 

 巫剣は御華見衆に所属している者は基本的に各地の支部で働いているが時折任務で遠征に行っていたり、御華見衆から離脱して各地を放浪している巫剣もいる。

 しかし何らかの理由で戻って来る者もいるためそういった手合いかと思ったが椒林は首を横に振った。

 

「いいえ~。見て貰った方が早いので、入って貰ってもいいですか?」

 

「ふむ、分かった。通してくれ」

 

「はいっ♪ どうぞお入り下さい~♪」

 

 七星剣の許可も取ったため、椒林が扉越しに声をかけると晴明は笑顔を浮かべて扉を開けた。

 晴明の目に入ったのは立派な机に向かい椅子に腰掛けていた七星剣だった。彼女は最初は憂いを浮かべるような表情をしていたが晴明の姿を認めると大きく目を見開く。

 

「はいっ! わたくし達の主様、晴明様ですよ~」

 

 椒林が茶化すようにそう言うが、七星剣は時が止まってしまったかのように動けずにいた。

 先ほどの椒林と同じく、現実の出来事に頭の処理が追いついていないのだ。

 

「星」

 

 だが晴明が七星剣の愛称で声をかけると、ビクリと七星剣は体を震わせて椅子から立ち上がった。

 立ったものの全く動かない七星剣を見かねた晴明は、椒林の時と同じように自ら七星剣との距離を詰めると屈んで顔の高さを七星剣と合わせる。

 

「あ、あ……!」

 

「久しぶりだね、星」

 

「だ、駄目だっ!」

 

 声をかけて手を取ろうとした晴明の手から逃げるように七星剣は大きく距離を取った。

 それは拒絶と言うよりも恐怖の色合いが濃い。そう、飼い犬が主人に怒られるのを嫌がり逃げ出すような雰囲気が感じられる。

 彼女の驚きに見開かれた瞳からは涙が零れそうになっていた。

 

「星」

 

「駄目だっ! こんなの、現実の筈が無いっ! 私は主を守れなかった…! 封じられる主を、私は見送る事しかできなかった…! だから、主が私の元へ来てくれる筈が無いんだ……!」

 

 後悔と自責の念を吐露するように七星剣はそう叫んだ。

 七星剣の悲痛な叫びを聞いて晴明も目を伏せる。

 そんな風に思っていたのか、と。彼女にここまでの想いを抱かせてしまう自分はやはり主失格だと思いながらも、晴明は立ち上がり七星剣へと近づいた。

 そして怯える彼女を優しく抱きしめ、包み込んでやる。

 

「あ、ああ…!」

 

「大丈夫だよ、星。むしろ私の方こそすまなかった。やはり私は主としては三流でしかないが…もし星が許してくれるのであれば、またキミの手を握らせて欲しい」

 

「あ、ある…じ…!」

 

 ポロポロと大粒の涙を瞳から溢れさせる七星剣。

 そんな彼女を、子供をあやすように抱きしめたまま頭を撫でて胸を貸す晴明。

 普段は凛として隙を見せない七星剣だが、この時だけは見た目相応の少女として涙を流し、晴明を力いっぱい抱き返した。

 

「う、うぁああああああああ…! あ、主…! 主ぃいいいいいい…!」

 

「ただいま、星」

 

 

 

 

 

 星はかつての主の手の中へ戻り、その胸中にあった悲しみを吐き出した。

 今ここに―御華見衆の、この国の希望が舞い戻ったのである。

 

序章 了




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少しでも天華百剣を布教できれば幸いです。


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京都防衛戦線-結界石

 晴明は御華見衆本部の建物の廊下を歩いていた。

 本部に戻った日より幾日か経過し、この館内で働く者達も晴明を七星剣と丙子椒林剣の主として認識しており礼を持って接していた。

 そして晴明も、この日本を禍憑達より守る御華見衆の一員である職員達に敬意を払いながら挨拶を交わしながら移動し、七星剣と椒林がいる筈の司令室へとたどり着いた。

 

「星、椒林、失礼するよ」

 

「おはよう、主よ」

 

「おはようございます~」

 

 入室すれば、満面の笑みを浮かべる七星剣と椒林の2人が目に入る。晴明が戻ってからというもの、彼女達はいつもニコニコと笑顔を浮かべておりご機嫌だった。

 だが司令室には彼女達だけではなくもう1人巫剣が居た。

 

「おはよう。おや、小烏丸も居たのか」

 

「う、うむ! おはよう、主よ」

 

 もう1人の巫剣とは御華見衆の伝令役を務める小烏丸である。

 彼女もかつては晴明に仕えていた巫剣であるのだが、現在彼女は思わず声が上ずってしまうほど緊張しているらしい。

 理由は簡単である。小烏丸も晴明が戻った事を喜んでいるのであるが、小烏丸は素直ではない性格をしているため晴明が戻ってからの距離感を掴み損ねているのだ。

 

 そんな巫剣3人と晴明が朝早くから司令室に集まったのには理由がある。

 

「星、予定では出発は今日になる筈だったと思うけれど…詳細を教えてくれないかい?」

 

「うむ、主。今回主の京都遠征の護衛役が決まった」

 

 京都遠征。それが晴明が御華見衆に戻ってから最初に就く事になった任務だった。

 詳細は、晴明が戻ったあの日に遡る―

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

「さて、それでは早速本題に入ろうか」

 

 涙を流していた七星剣が落ち着き、上野支部めいじ館隊長の聖十郎と彼の巫剣の城和泉も司令室に入室させると晴明がそう発した。

 

「星、結界の維持権を私へ」

 

「あ、あぁ。いくぞ、主」

 

 先ほど大泣きしてしまった七星剣は顔に涙の痕があるのを気にしてモジモジしているが、ここは真面目な所。

 晴明と手を繋ぐと自身の持っていた術の権限を晴明に受け渡す。

 

「……ふむ、やはり結界が弱っているね」

 

「…すまない主よ。私では結界を維持する事もままならなかった」

 

「いいや、星はよくやってくれているよ。あの程度しか教えられなかったのにここまで持たせてくれたのだからね」

 

 何やら負い目を感じている七星剣だが、そんな彼女を慰めるように晴明はいつもの柔らかい笑みを浮かべた。

 

「あ、あの…晴明様、結界とは何なのですか?」

 

 会話の内容が分からずついて行けない聖十郎と城和泉だったが、どうにか内容を掴むためにも城和泉がおずおずと手を上げて質問した。

 それに答えるために晴明は口を開いた。

 

「現在この国には禍憑を自然発生させるのを抑制する結界が張られているんだ。だがその結界の効力が現在は弱まっており、禍憑を発生させてしまっていると言う事だね」

 

「主から司令の役職を引き継いだ際に結界を維持する権限も私に移行されたのだ。だが…」

 

 完璧にできなかった事を悔やんでいるのだろう七星剣が再び目を伏せるが、晴明は七星剣の頭を優しく撫でた。

 

「なっ…あ、主…!」

 

「結界は私が何とかするから大丈夫だよ。先ずは本部の結界石から術を施し直そう」

 

「わ、分かった…結界石は中庭にある…と、と言うか頭を撫でるのを止めてくれ主! い、一応整えているのだぞ!」

 

「おや、それは悪かったね」

 

 晴明と七星剣のやり取りを椒林はクスクスと笑いながら眺めており、聖十郎と城和泉もなんだか微笑ましくなってしまい見守っていた。

 これはかつての日常。御華見衆が全盛を迎えていた時代は晴明を中心にして皆が笑顔を浮かべてこんな光景を過ごしていたのだ。

 それが懐かしくも嬉しく、七星剣は胸が温かくなるのを感じる。

 そして本当に晴明が戻ってきたのだという実感を強く感じていた。

 

 皆は場所を移動して本部の建物に存在する中庭にやって来ていた。

 美しくも広い日本庭園だが庭を歩けるようになっており、その庭園の中央には小さな祠が建てられていた。

 

「あの祠は…?」

 

「あれがこの国に張られた結界を維持するための宝玉、結界石を安置してある祠だ。結界石は陰陽術の儀式によって力を維持しているのだが…」

 

 聖十郎からすれば陰陽術というのが実際に存在したというのも驚きなのだが、巫剣や禍憑といった超常の存在を知っているためそれほど騒ぐ事ではなかった。

 

「ですが現在は先ほど主様が仰っていた通り、力が弱まっているんです~」

 

「これから結界を1度張り直すよ。皆、少し離れていてくれないかな」

 

 晴明の指示通り、七星剣達は数歩退き後ろから晴明を見守る。七星剣達だけではなく、この本部で働く御華見衆の人々も司令である七星剣と共にいる男が中庭で何をしているのかと遠巻きながら様子を見ていた。

 そんな人々を意に介さず晴明は袖の下から幾つもの御札を取り出して自分の周囲に配置すると。両手を合わせて一礼してから祠の扉を開いた。

 祠の中にあったのは紫色に輝く宝玉。その宝玉を手に取った晴明は目を閉じて集中する。

 するとどうした事か、四方を建物に囲まれた中庭だと言うのに、強い風が吹き始める。それは宝玉と晴明を中心にした旋風だった。

 

「こ、この風は…!?」

 

「騒ぐな、これは主が世の理に干渉している証だ」

 

 突然の不自然な風に聖十郎だけではなく周囲で様子を見ていた御華見衆の職員達もどよめきを隠せないが、風はどんどん強くなっていく。

 それに合わせて晴明の持つ宝玉が輝き始める。

 

「儀式は順調なようだ。もうそれほど時間はかからないだろう」

 

 七星剣と椒林は儀式の成功を確信して微笑んだが…そこへ御華見衆の伝令役の男が駆け寄ってくる。

 

「司令! 副司令!」

 

「何だ? 今は取り込み中だ。後に―」

 

「禍憑です! 本部の南口に、多数の禍憑を確認しました! 現在、戦闘を行える職員が応戦していますが長くは持たないと…!」

 

「な、何だと!?」

 

 突然の禍憑の襲撃。それも御華見衆の本部を直接攻撃するような事はこれまで無かったため七星剣も動揺を隠せない。

 しかし今は主がこの国を護る為の大切な儀式を執り行っている最中。邪魔はさせれなかった。

 

「儀式を邪魔させる訳にはいかない。私達で禍憑を撃退するぞ」

 

「小烏丸と抜丸は今本部を出て任務中ですから、対応できるのはわたくし達だけですね。隊長さん、城和泉さん、共に禍憑への対処をお願いします」

 

「勿論です!」

 

「任せて下さい!」

 

 儀式の最中である晴明は動けない。小烏丸とその部下の抜丸も東京の周辺支部への連絡へ出てしまっていたため禍憑と戦えるのはこの場にいる3人の巫剣と聖十郎だけだった。

 

「七星剣、あなたは主様のお傍に。万が一禍憑達がすり抜けてここまで到達してしまえば主様は無防備ですから。どうかお願いしますね」

 

「む…そうだな、分かった。私は守りに就く。迎撃は任せたぞ、椒林」

 

「お任せを~」

 

 椒林の提案で七星剣はこの場に残り晴明を守る役目に就く事になった。御華見衆最強の巫剣である七星剣がいれば、この場の守りは何とかなるという椒林の信頼だった。

 そして椒林、城和泉、聖十郎は本部の南口まで行くと既に建物内まで禍憑に侵入されてしまっていた。

 

「グォオオオオオ!」

 

「ぐあああああっ!?」

 

 菊花刀を持ち禍憑に応戦していた御華見衆所属の衛兵達は善戦していたが、禍憑を倒す事ができないため徐々に不利になってしまい傷を負ってしまっている。

 このままでは突破されてしまうのは時間の問題だったが…。

 

「たぁああああああっ!」

 

「グギャ!?」

 

「はいっ♪」

 

「グゴォオオオオオオオオオオオ!?」

 

 そこへ城和泉と椒林が駆けつけ禍憑を打ち払った。

 椒林は一振りするだけで周囲の禍憑達を纏めて吹き飛ばすほどの強烈な力で一気に戦線を押し戻す。

 城和泉も椒林には及ばないものの次々に禍憑を討ち取っていく。

 

「ここから先は、一歩も通さないわ!」

 

「主様の邪魔はさせませんよ~」

 

「副司令は戦線を押し戻して下さい! 城和泉は俺と一緒に隙から抜けようとする禍憑を狙え!」

 

「は~い、分かりました~」

 

「任せて!」

 

 一歩退いて戦場を見れる聖十郎が指示を出して椒林と城和泉が禍憑を押し戻していく。このままならこの場は守りきれるだろうと聖十郎が思ったその時、中庭の方から大きな音が響いた。

 

「中庭から…!? もしかして他にも禍憑が!?」

 

 急いで中庭に戻らなければと思う聖十郎だが、この場の戦線を放棄する訳にもいかない。

 どうするかと思考を巡らせていると椒林が笑顔で聖十郎に語りかける。

 

「大丈夫ですよ~。中庭には七星剣がいますから」

 

「し、しかし司令と言えども1人では…!」

 

「七星剣は結界の維持に力を裂いていたため、能力が大幅に落ちていたんです」

 

「グギャアアアア!?」

 

「その状態でも御華見衆最強の看板を背負っていたんです。結界の維持を主様に戻した七星剣は、正に全盛期。問題ありませんよ~」

 

「…分かりました。ではこの場を制圧してすぐに中庭に戻りましょう!」

 

 禍憑を袈裟斬りにしながら椒林はそう言うが、聖十郎は不安が拭えなかった。

 しかしこの場を放り出すわけにもいかないため、今は七星剣を信じて目の前の戦いに集中する事にした。

 そして中庭では、聖十郎の予想通り七星剣の前に巨大な禍憑が現れていた。

 大きな体と両腕に翼を持つ禍憑、弩鴉である。この禍憑は飛行できるため本部の外壁を超えて一気に中庭まで侵入したのだ。

 

「ガァアアアアアアアアッ!」

 

「儀式の邪魔はさせん。主は今度こそ…私が守る!」

 

 弩鴉の気迫に全く怯む事無く七星剣は腰にある自らの分身を抜刀する。

 翼を振るい、自分の羽を矢のように放つ弩鴉に対して七星剣は剣を一振りしてその羽を全て叩き落した。

 

「ガァガァッ!」

 

「遅い!」

 

「グガアアアアアアアッ!?」

 

 撃ち落とされても数撃てば当たるとばかりに再び翼を構えた弩鴉だったが、七星剣からすれば遅すぎる。踏み込み一閃すると弩鴉は真っ二つに切り裂かれて消滅した。

 弩鴉は禍憑の中でも強力な大型禍憑に分類されるのだが、それを一撃で倒してしまったのだ。

 これが最強の巫剣、七星剣の実力である。

 

「グガァアアアアアアア!」

 

「ガァアアアアアアアア!」

 

「ギィイイイイイイイイ!」

 

 だが力の差は数で埋めるとばかりに更に空から3体の弩鴉が現れる。

 これほどの数の弩鴉に囲まれてしまったとなると本来なら成す術もないが、七星剣は違う。

 

「どれだけの相手が来ようとも、決して怯みはしない! 闇を切り裂き、いざ咲き誇らん!」

 

 御華見衆の信念でもある闇を切り裂き、いざ咲き誇らんとう言葉を口に七星剣は弩鴉へ切り込んでいく。

 あまりに強大な力に弩鴉はどうにか抗おうとするものの、七星剣を止めることはできなかった。

 

 そして時が満ちる。

 晴明を中心とする風はより強くなり、また宝玉の輝きもどんどん増していく。

 輝きが最高潮に達したとき、風と共に宝玉の輝きは周囲へと吹き抜けた。

 

 光を纏った風は本部の建物を突き抜けるだけには留まらず、更に広がっていく。道を、街を、空を吹き抜けていく風は東京全土へと広がった。

 

 

「グォオオオオオオオオオオ!?」

 

「グギャァアアアアアアアア!?」

 

 同時に、光を纏った風を受けた禍憑達は体が崩れていき塵となって消え失せていく。泥鎧も弩鴉も、大も小も関係なく全ては無へ還っていく。

 これが禍憑を払う結界の光だった。

 

「禍憑達が…!」

 

「消えていくわ!」

 

「主様が儀式を成功させたのですね。戻りましょう~」

 

 椒林の言葉で聖十郎と城和泉は刀を鞘に納めると中庭へ戻ると清々しい笑顔を浮かべた晴明と、彼に寄り添う七星剣が彼らを出迎えた。

 

「椒林、城和泉、聖十郎君、よく持たせてくれたね。これで東京周辺の禍憑発生はかなり抑制される筈だよ」

 

「これが結界の力、なんですね…」

 

 結界を張っただけで本部を襲撃していた禍憑達が跡形も無く消し飛んでしまった。

 それだけでもこの結界の力がどれほど凄まじいのかが聖十郎にも理解できた。

 

「ああ、この国にある結界石は全部で7個。結界石を通じてこの国の結界を張りなおさなくてはならないね…さて星、次は京の結界石で儀式を行おうと思うんだが…」

 

「駄目だ」

 

「え…」

 

 今の話の流れからいけば残り6つの結界石を使い結界を張り直さねばならないため、次の結界石のある場所へ向かうのは自然な流れである。

 しかし七星剣はそんな晴明の提案をバッサリと切り捨てた。

 

「結界を張り直せる主は、当然禍憑や彼岸五将にも狙われるだろう。本部の方から護衛を選出するからそれまで待っていてくれ」

 

「そうですよ~主様。それに結界を張り直したのなら大量の霊力を消費されている筈ですし、少しくらいのんびりとされたら如何ですか?」

 

「ううむ……分かったよ。今の御華見衆の司令は星だからね」

 

「数日ほど時間があれば各所への根回しも済む。任せてくれ主」

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 という事があり京都に安置してある結界石を使い京都周辺の結界を張りなおすための遠征へ晴明が向かう事になったのだ。

 この任務は晴明にしかできないため晴明の身を守るたに選出された護衛が紹介される筈だった。

 

「それで、私の護衛は誰になるのかな?」

 

「うむ、私だ」

 

 晴明の疑問に答えたのは七星剣だった。

 一瞬聞き間違いかと思った晴明はとりあえず疑問に思った事を尋ねてみる事にした。

 

「星、司令であるキミが本部から離れてしまって大丈夫なのかい?」

 

「それついては問題ない。急ぎの仕事はここ数日で集中して終わらせたし私が本部を留守にする間は何かあっても椒林が対応してくれる」

 

「護衛は星だけなのかい?」

 

「うむ。私がいない間は椒林に本部にいて貰わねばならないし、小烏丸は主が戻った事を各支部に連絡するのに忙しい。小烏丸の部下の抜丸は小烏丸の穴を埋めるのに忙しいのでな」

 

 晴明も本部に戻った後に聞いた事なのだが、現在本部勤めの巫剣は七星剣、丙子椒林剣、小烏丸、抜丸の4人しかいないと聞いた時は晴明も目を点にして驚いていた。

 

「東京の各支部から護衛を抜擢しようとも思ったのだが、東京の結界も一応経過を見ておこうという事になってしまってな…すまない主よ。本来ならもっと護衛を付けたかったのだが…」

 

「私なら構わないよ。元々は1人で行こうと思っていたくらいだからね」

 

「何を言う主よ! 本来ならば十数人の護衛をつけるべきだ! だが、今の御華見衆は人手不足なのだ…」

 

「それも主が戻ったのならば時間が解決するじゃろう。野にいる巫剣も探して妾が連絡を取っておる」

 

 小烏丸は烏を使い遠くへと目を向けたり声を飛ばしたりする事ができるため、各支部や今は御華見衆から離れている巫剣にも晴明の帰還を報告していた。

 そもそも御華見衆から離れている巫剣がいるのは彼女達を束ねていた晴明がいなくなったからと理由が大多数であり彼が戻れば戻る者も多いだろう。

 

「それでは主よ、早速京都へ向けて出発するとしよう」

 

「分かったよ。星と2人で旅というのも久しぶりだね」

 

「あぁ…安心してくれ主よ。私が必ず主を守ってみせる」

 

 こうして晴明は結界石のある京都へと、愛刀の七星剣と共に向かう事になったのであった。

 禍憑が待ち構えているであろう京都にてどんな戦いが待ち受けているのか…それはまだ、誰にも分からない。



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