Re:ゼロから始める一方通行(いっぽうつうこう) (因幡inaba)
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番外編まとめ
番外編 『一方通行』の独白


こんばんは~。ちょっと憧れてた番外編的な何かを書きました。よろしくお願いしますm(_ _)m


 ──これは、一人の男が抱える『闇』。その一部である。

 

 

 『成功例』

 

 この言葉は果たして賛辞だろうか。

 

 あるいは作品。

 

 「今日はこれを作ります」となったとき、「こちらが成功例です」と紹介される。これは賛辞だろう。

 

 

 あるいは動作。

 

 演奏、ダンス、スポーツ等、『正解』がある動作が、『成功例』と言われるのは賛辞だろう。

 

 

 では人間ではどうか。

 『動作』でも『作品』でもなく『人間』そのもの。お前は成功例だ、と言われて喜べるか?

 

 答えは否。

 

 『一方通行(アクセラレータ)』という能力が発現した当時、俺は数々の研究所を転々と回り、その度に

 

「コイツは超能力開発の成功例だ」

 

 と、紹介されてきた。まだまだガキだった俺は、それを最高の賛辞の言葉だと思い込んでいた。

 だがそれはちっぽけな幻想に過ぎなかった。日々を消化していく内に、育ち続ける自我。俺は悟った。

 

 『成功例』と呼ばれることの意味を。

 

 始めに例にあげたが、『動作』や『作品』に対して『成功例』という言葉が使われるのは適切だ。『正解』の判を押されたものが『成功例』なのだから。『動作』や『作品』を作るものが『正解』を目指すのは当然。つまりこの場における『成功例』というのは、最高の賛辞の言葉なのだ。

 

 だが俺は何だ?『動作』や『作品』か?

 違う、俺は一人の『人間』だ。

 

 俺はあの研究者供に、「お前は俺たちが作った作品だ」と言われているに等しい。

 

 ふざけている。全くふざけている。

 

 だが一番ふざけているのは、それを許容しなければならないことだった。

 

置き去り(チャイルドエラー)

 

 親が自らの子供を学園都市に押し付け、行方を眩ますこと。その当事者。要は捨て子だ。

 

 つまり『置き去り』に身寄りはない。

 その内の一人である俺は、学園都市の研究に協力することを半ば強制される。当然、そうしなければ生きていくことができないのだから。

 

 事実を知った『置き去り』は絶望し、自らを生んだ存在を憎む。例に漏れず俺もその一人。

 

 だから俺は誓ったのだ。

 

 ──俺は自分を生んだ存在、そして自分を作った存在をいつか必ず、ぶっ殺す。

 

 そして俺は 『      』 という名を捨て、『一方通行』を名乗るようになった。

 

 『      』という『人間』は、生んだ存在に殺され、『一方通行』という『作品』が、研究者によって作られた。

 

 ならば俺は、『作品』として生きることを選ぼう。そして復讐を果たした時、俺は『      』という『人間』としてやり直すのだ。

 

 

 このどうしようもない負の感情を心の奥に背負いながら、日々彼は街を練り歩いた。

 

 そして17歳を迎えた年、運命の日が訪れるのだった。

 

 

 

─────────────────────────

 

 

 

「ったく、残った仕事は全部俺もちかよ。ふざけやがって」

 

 ブツブツと悪態をつきながら、自らの能力で清掃をこなしていく一方通行。使っている労力などたかが知れてるが、時間が潰れていることに変わりはない。

 

 彼の同僚であるナツキスバルが、館の同居人でありルグニカ王国の次期王候補である少女エミリアとデートするらしく、終わらなかった仕事を押し付けてきたのだ。

 

「ここで最後か……」

 

 全ての箇所の清掃を終え、使用人先輩であるラムに報告し、自室に戻った。

 

「ハァ……何やってンだオマエェ」

 

 自室に待っていたのはベアトリス。一方通行とは犬猿の仲といえる存在であり、館の書庫の司書だ。

 

「こっちが聞きたいのよ。何でベティーが伝言係なんて務めなきゃいけないのかしら」

 

「俺にか?」

 

「お前にじゃなかったら、こんなとこにはいないのよ」

 

 おそらくエミリアかスバルだろう。嫌そうにしてるが、それでも断らずにしっかりこなす辺り、この幼女の性格も知れるというもの。

 

「ンで、何だって?」

 

「『終わったら屋敷の門の前』」

 

「ハ?」

 

「わざわざこのベティーが伝えてやったんだから、早くいくかしら!」

 

 一方通行はふと、体が軽くなるのを感じた。

 

 いや、感じたのではなく、実際軽くなったのだ。一方通行は即座に解析。すると重力が軽減されていくことに気付く。

 

「このクソガキッ」

 

「フン」

 

 そして完全に浮いた一方通行の体は抵抗するまもなく、開いている窓から投げ出された。

 

「チッ!」

 

 即座に竜巻を自分の背に接続し、地面と平行に滑空し、そのまま門の前へと飛んでいった。

 

「……あンの怪人ロールクリームが」

 

「あ、あくせられーた?」

 

「アン?」

 

 声がした方を見ると、エミリアとスバルがいた。

 

「なンだァ?まァだこンな所にいやがったのか」

 

「ううん、そうじゃなくて……」

 

 今一はっきりしないエミリアに痺れを切らし、スバルを見て眼で訪ねる。

 

「エミリアたんが一方通行も誘おうってよ」

 

 ややふてくされている様に答えるスバル。

 

「ハァ?」

 

 一方通行はその意味がすぐには分からなかった。

 

「ち、違うの!あくせられーただって頑張ってるでしょ?……むしろスバルより。そしたらあくせられーたも誘った方がいいかなって」

 

 慌てたように言うエミリア。隣でスバルが死んだかのような顔になってるが気にしない。

 

「あァ、そォかい……」 

 

 一方通行は複雑な感情になる。この感情に付けるべき名前を、彼は知らなかった。

 

「ほら、行こ、あくせられーた」

 

「しゃあなし……早く行こうぜ、一方通行!」

 

 そうやって背中を見せるエミリアとスバル。

 

 一方通行はハァ、とため息を着きつつも彼らと同じ道を行くのだった。

 

 ──今、彼は『一方通行』という『人間』として生きている。

 

 だが、気づいていながらも、目を背けた。彼の心はそれを認めるほど、素直ではなかったのかもしれない。

 

 

 




お疲れ様です。
凡人天才問わず、誰もが持ってるもの、それは『人間である』という自覚ではないでしょうか?
稚拙で何が言いたいか伝わったかは微妙ですが、目を瞑っていただけると有難い……ちなみに本編との関係は、ありますがあくまで番外編です……本当にすみません


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とある科学の一方通行放送記念ボツネタ公開

※注意 これは僕の会話ネタで使わなかったところの一部を懐かしの台本形式で書いたものです。物語にはあまり関わりがありません(全くないかと言われると首を傾げる)。
それでもよろしい方のみごゆるりとお読み下さい。日常会話です。

明日から『とある科学の一方通行』放送です。皆さん是非チェックしましょう。ちなみに僕はエステルも好きですが飛緖ゆみの方が好きです。


※台本形式とか抜かしておきながら名前はありませんが口調で分かると思います

 

 

 

「この世界で絶対に解決しないことってなんだと思う?」

 

「オマエの鳥頭」

 

「シャーラップ! 正解は前世で残してきた疑問だ!!」

 

「あァ、そォ……」

 

「だが! 今俺の前には人間ウィキ○ディアたる一方通行がいる! そこで! お前には俺の中の疑問に答えて欲しい!」

 

「あァ、うン……」

 

「まず一つ目。『エモい』の意味と語源を教えてくれ」

 

「なンて?」

 

「エモいだよエモい。調べよう調べようと思っても信憑性の高いのは見つからなかったんだよな」

 

「ハァ? どォいうときに使う言葉なンだ?」

 

「んーっと、SNSかなんかで絵とか歌とか映像を誉めるときに使うイメージだな。ちな美しいとかとは違うらしい」

 

「その響きで誉め言葉かよ……あー」

 

 脳内

 

 エモい→誉め言葉→美しいとかとは違う→つまり……

 

「まァ、意味は言葉にできない良さとかか。で、古文単語の『えも言えない』から取ってる、とかが無難か?」

 

「な、なるほど。たしかに説得力があるな……。よし、次!」

 

「これ幾つあるンだよ……」

 

「『ラプラスの悪魔』についてだ。ラプラスの悪魔って題名の本があったんだけどな。地味に気になってたんだ。ラプラスの悪魔ってなんだ? 強いのか?」

 

「あァ、オマエの頭じゃ理解できねェくらい強いな」

 

「つーことは神話の怪物かなんかか……」

 

「アホ。『ラプラスの悪魔』ってのはある論の固有名だ。ラプラスっつゥ科学者がイデオローグだからそう付いたンだろ」

 

「な、なるほど。アクエリアスの原理とかと一緒か」

 

「アクエリアスの原理?」

 

「知らないのか? 物理だかの法則だよ」

 

「そりゃアルキメデスの原理だ!!」

 

「ぶへらっ!?」

 

「次下らねェ質問したら殺す」

 

「もう死にかけなんですがそれは……。ま、まぁ次だ次。俺の好きな作品で出た言葉なんだが『ぬけさく』ってどういう意味なんだ?」

 

「テメェのことだァァァーー!!!!」

 

「ギィヤァァァァーーー!!」

 

※『エモい』ですが、ちゃんとした意味があるらしいです。気になる方はグーグル先生に聞いてみて下さい。

 

 

─────────────────────

 

 

 

「ここって季節ってあるのかな?」

 

「あン?」

 

「いやだから、季節だよ。春夏秋冬」

 

「さァな。まァ今は気温的に春ってとこだろ」

 

「春か……一番いい季節だな。青春ってなんで春なんだろうな。夏とかじゃダメなのかな?イベントの多さ的には冬とかでもいいんじゃないか?そこらへんどう思う?」

 

「オマエが死ねばいいと思う」

 

「それはデフォなの!? 純粋な疑問だったんだけど……」

 

「なら答えてやる。他の季節にも『朱夏』『白秋』『玄冬』っつゥ呼び方があってな。何も春が特別ってわけじゃねェ」

 

「へぇー。なら青春が使われまくってんのは偶然か。ってことは結ばれろっていうことじゃないか!?」

 

「? 何言ってンだオマエ?」

 

「エミリアたんだよエミリアたん! 春に生まれた俺の恋情! これは青春満喫ルート一直線でしょ!」

 

「あー……そォか」

 

「なんだよそのどうでもよさそうな返事。これは一大事だぜ?」

 

「へェー」

 

「んだよー。俺達は何の確認もなくここに送られたんだぜ? 人並みに楽しむくらい贅沢じゃないだろ?」

 

「──そりゃァ……まァ、分かるが」 

 

「ってことで行ってくるぜ!」ガチャ

 

「へェへェ……。贅沢、ね。俺には────っ」

 

ガチャ

 

「すごい勢いでバルスはどこへ?」

 

「……庭だろ」

 

「なるほど。あら? ひどい顔。アクセラにそれは似合わないわ」

 

「ハ? ァ、ンだこれ」ツー

 

「ラムが来て嬉しいのは分かるけど、泣くほどだったかしら」

 

「チッ、うるせェな」

 

「気にしなくていいわ。それは仕方ないことだもの」

 

「そォいうとこがうるせェってンだよ!」

 

「クスクス。そうやってぶすっとしてる方がアクセラらしいわ」

 

「俺らしいだァ?」

 

「個性は大事にするべきよ。それは、決して奪うことのできないものだから」

 

「……ハァ。オマエ、たまに詩人になるよな」

 

「バルス流でいうと文学青年……文学少女ってところよ、アクセラ」

 

「自分で言ってりゃァ世話ねェよ」

 

「自分で自分を褒めることは悪いことじゃないわ。バルス流に言うなら……」

 

「いやそれはもォいいわ。周りは厳しいから自分は甘く、とかほざくンだろォがクソボケェ!」

 

「たしかに。ラムの環境ではそうは言えないわね」

 

「そういう問題じゃねェェーー!!」

 

 

─────────────────────

 

 

「それにしても、……いいわね、アクセラもバルスも。他人にはない自分を持っている。あの子もいつか……」

 

「なンだいきなり。つゥか一丁前に姉面してンじゃねェよ」

 

「……」

 

「……チッ、あのなァ、アイツはしっかり『自分』やってンぞ? それこそテメェよりも立派なな」

 

「それは、どうかしら。レムは──」

 

「自分を模倣している、か?」

 

「……レムは『ラム』になろうとしている」

 

「が、アイツは『ラム』にはなれない」

 

「でも、なる必要はない」

 

「レムは『レム』でいい、と。まァ言いたいことは分かるがな」

 

「どうかしらアクセラ。あなたの目から見てレムは」

 

「レムはレムだろ。姉であるオマエの事が大好きだから真似っこしたいってだけのガキだ」

 

「そう……あの子も変わってきているのかしら」

 

「それはそれで寂しいってか? クハハハ、妹離れできてねェのはお前もじゃねェか」

 

「クスッ、そうかもしれないわね。今日はこれでお暇するわ」カチャ

 

「あァ」

 

「アクセラ」

 

「ン?」

 

「ありがとう」パタン

 

 

「チッ、調子狂うな。ったく……コチラコソ、ってな」

 

 

─────────────────────

 

 

 

「近くて遠い距離なんだよなぁ……」

 

「今度はなンだ?」

 

「ほら、俺とエミリアたんの距離よ。目の前にいるのに心は通じねーんだぜ?」

 

「そォか死ね」

 

「まぁまて一方通行。今回はちゃんとした話があるんだ」

 

「下らねェことだったら殺すぞ」

 

「うぐっ……まぁとりあえず聞いてくれ。俺は今高校生だ」

 

「そうは見えねェがな。頭とか」

 

「ま、まぁまぁそれは置いといてだな。世界で好きな女子と一つ屋根の下で暮らせてる高校生がいると思うか?」

 

「……まァ、普通は実家か寮生活だからな。いてもごく少数だろォな」

 

「つまりは、だ」

 

「あァ」

 

「俺って勝ち組じゃね?」

 

「そのお粗末な脳は捨ててきた方がいいンじゃねェか? 役に立たねーだろ?」

 

「いやさっきの話を踏まえてよく考えてみろ。頭の悪さはこの際……仕方ないとして。実際この状況を羨む男子高校生は大量にいるだろ?」

 

「まァ……そンなもン、か?」

 

「ってことはやっぱ勝ち組なんだよ!!」

 

「有利ってだけじゃねェか? お前勝てる見込みねェだろ」

 

「そう、そうなんだ。ということで俺は今からこの思いをエミリアたんに伝えにいく。止めないでくれ」

 

「いや止めねェよ」 

 

「行ってくる!!」ガチャ

 

 

 

「……あれだけは俺には死ぬまで分からねェかもな」

 

 

───────────────────────




お疲れ様です。
これは通常の投稿ではないので土日に一話はメインストーリーを更新します。では皆さん、明日はアニメのチェックを忘れずに!おやすみなさい 


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SP1.一方通行×ラム 自覚編 前書き必読

※注意!!(必読)
 こちらは一方通行×ラムに想像以上にハマった作者が自己満足100%で書いたモノです。本編ではストーリー構造上不可能なcpなので番外編で書いていきます。
 確認作業の時間が短いため、本編よりも杜撰な文章です。
 この番外編シリーズでは本編以上のキャラ崩壊が起こっているため、ほんの少しでも苦手な方は今すぐブラウザバックしてください。
 
 構わない方はごゆるりと!


「よっしゃエミリアたん! デートしようぜ!」

 

 もはや常套句と化した台詞が一方通行(アクセラレータ)の耳に届く。

 まだ浅い夜、一日の仕事を終えて自室で寝ていた所、窓を開け放していたのは間違いだったかもしれない。

 

 この時間は庭園で精霊術師たるエミリアの日課が行われている。

 そしてそこに一方通行の同僚であるナツキスバルが割り込む、これもまたロズワール邸の日課だ。

 

(邪魔な音は遮断……と)

 

 『空気の振動反射』

 

 その瞬間、一方通行の耳には話し声は愚か、風の音から衣擦れまであらゆる音が届かない状態となった。

 

 元凶である間抜け面を頭に浮かべ、思わずため息をこぼす。

 

 

 ──毎日毎日、よく続くものだ。 

 

 

 恋焦がれる相手にアプローチするのは何も悪いことではない。むしろそれを抵抗なく続けられるスバルはある意味すごいと言える。

 

 ただそれは一方通行には理解し得ないもの。

 あそこまでスバルを必死にさせるのは一体何なのだろうか。こればかりは言葉で説明されても理解できない。

 

 まだこの世界に訪れて間もない頃、一度スバルに尋ねてみたことがある。

 返答は長々としていたが纏めると、

 

『好きだから』の一点。

 

 あまりに酷な回答だ。

 そんな玉虫色な言葉、理解できようもない。

              ※玉虫色=曖昧

 

『……肉?』

『そりゃ食い物の好みだろ』

 

 こんな不毛な会話も生まれよう。それ程までに一方通行は感情論に対して軽薄であった。

 

『例えば……一緒に居て楽しいとか、長い時間一緒にいたい、とかそういうのかな……って恥ずいなこれ!?』

 

 スバルは幾つかそれに該当するような感情を述べた。

 先の言葉と打って変わりかなり具体的な表現。

 しかしそれも無意味だった。

 

 一方通行は人生において楽しいと感じたことなど殆ど無い。仮に感じることがあってもその場に他人はいないだろう。

 

 だからそれ以上その話が続くことはなかった。こんな話、深く考えてもバカバカしい、と切り捨てた。

 

 そんな風に当時はさらっと流して次、と言った事柄の話だったのだ。

 だが今この時、音の無い世界で寝台に寝ている一方通行に異常が発生。

 

 ──一緒に居て楽しいとか、長い時間一緒にいたい……

 

 この言葉を反復してから、とある桃髪のメイドが頭から離れなくなっていた。

 

 一体どうしたことだろう。別のことに思考を回そうとしても、まるで頭の中に写真でも貼り付いているかのように離れない。

 加えて胸の辺りを中心に広がっていく高揚。自身の能力を用いてもまるで制御できない熱は、確かな興奮を訴えていた。

 

 

 ──突如、勢いよく身体を起こし、掛けていた布団を払いのけた。

 

 

 ()()()のためである。

 

 当然少しも引かない熱を鬱陶しく思い、風に当たろうと窓から身を乗り出す。

 

 視界に開くのは月光に映える落ち着いた雰囲気の広い庭園。いつの間にやらエミリアとスバルは中に戻っていたようだ。

 

 肌寒い夜だ。通常展開している能力を全て解いてひたすら夜風に身を預けた。

 

 ──寒い、熱い、寒い

 

 分かったのはこの胸の高なりが体温とは無縁のものだと言うことのみ。

 

 抵抗むなしく、まるで効果を得られない無駄な行為を止めてとりあえず座って動きから落ち着く一方通行。

 すると、時間が立つにつれて心の方も落ち着いてきたよう。

 

 これはつまり一時的なものだったのだ。

 以前にスバルが言っていた『深夜テンション』とかいうやつに違いない。

 

 そう自分のなかで言い訳し、再発しないようにと早々に眠りについた──。

 

 

            ☆

 

 

 ロズワール邸使用人の朝は早い。

 朝食の準備から入るためにも、七時には着替えなどの始業準備を済ませて集合する必要がある。

 一方通行が時間で抜かることはない。既に習慣化された動きで準備を済ませ、台所へと向かっていた。

 

 一方通行が台所にたどり着いた時、既にラムとレムが待っていた。

 流石にベテランメイドである。一方通行と合わせてこの二人が遅刻することは無い。

 

「アクセラ、バルスは?」

 

「……いつものだろ」

 

 ラムの問いかけに、そっぽを向きながら答える。

 未だスバルだけは稀に寝坊、頻度は徐々に少なくはなっているが、例のごとく連夜話し込んでいてはゼロにはならない。

 その度に三人には迷惑がかかる……ハズなのだが、

 

「仕方ありませんね。ではレムが起こして参ります! 姉様とアクセラレータ君は先に取りかかっていて下さい」

 

 明るい笑顔で言い放ち、パタパタとスバルの部屋へと向かうレム。彼女だけはスバルの寝坊を推奨……いや、毎度直ぐに叩き起こしてくる様から五分五分といったところだろうか。

 スバル曰く、優しいけど同じくらい厳しいそうな。

 

 一方通行からはとてもじゃないがそんな風には見えない。

 理由は……「スバル君、スバル君の寝顔…」なんて口ずさみながら去っていくレムの姿が全てを物語っている。

 

「アクセラ」

「……ンだよ」

「ラムはいつかバルスを殺るわ」

「……あっそォ」

 

 ラムはラムで相変わらずのシスコンぶりで、残された二人のこんな会話も日常茶飯事。

 

 ここまではスバル寝坊時のテンプレートとも言える流れ。

 

 しかし今日は少し違うようだ。

 

 どうも一方通行の様子がおかしい。ラムと目を合わせようとしないし、心ここにあらずと言った感じで会話にも意志が感じられない。

 

 そしてそれにラムが気付かないハズがない。

 

「どうしたの? アクセラ」

 

 そうやって一方通行の顔を覗きこむラム。

 突然視界に入ってきたラムに一方通行は、

 

「おァッ!?」

 

 思い切りのけぞり、数歩後退した。

 

「な、なンでもねェよ。オラ、さっさと準備しちまうぞ」

 

 わざとらしく足の向きを変えて食材に手をつける一方通行。

 明らかに狼狽している。誰が見てもそう思うだろう。

 

 その異常事態にラムは一瞬寂しそうな顔になるが、次の瞬間にはニヤリと意地の悪い笑みを浮かべていた。

 足音を殺しながら作業中の一方通行に近寄り、

 

「うおォォ!!?」

 

 水で濡らした布を首筋に押し当てた。

 

「ガキみてェなことしてンじゃねェッ!」

  

 振り返り様怒鳴り散らす一方通行を前に、微笑むラムはあまり無い胸を張って手を添えると、諭すように言う。

 

「ラムと二人きりで緊張するのは分かるわ」

「どこに目ェ付けてンだ」

「美少女を前に心身ともに落ち着かないのは仕方ないこと」

「耳も飾りかボケが」   

 

 隣人の制止を意にも介せず続けるラムは、極めつけとばかりに口元に手を運び薄く目を開けると、

 

「でも濡れタオルで涙ぐむってどうなのかしら」

 

 ぷっ、と感じ悪く嘲笑を浮かべた。

 

 当事者はギリッと歯を鳴らしながら体を震わせて怒りを表明。嘲るラムに食ってかかる。

 

「涙ぐンじゃいねェッ! 確かにいきなり冷てェモンを……ァ」

 

 と、ここで彼は一つ大きな失敗に気付いた。

 昔であれば起きるハズの無いミスだ。ロズワール邸で平凡な日常に慣れる、言ってしまえば心地よい環境のせいで起きてしまったミス。

 

 こればかりは彼が抜けていたと言わざるを得ないそれは、

 

(あァ……反射を切ってたンだっけ)

 

 ──あまりにも……。

 

 最強が聞いて呆れる、自らへの失望で一気に毒気を抜かれた一方通行はため息を吐き、中断していた作業を再開しようとする……が、

 

「──それで、何かあったの? アクセラ」

  

 これでまるで抜け目が無いのがラムの意地の悪さなのだ。

 

 一方通行の動きがピタリと止まる。

 

 確かに何かはあるのだが、まさか本人の前で打ち明けるわけにもいかない。

 見向きもせず作業を続けながら答える。

 

「だから、何でもねェっての」

「ふーん。あくまでそれを貫くのね」

「貫くも何もねェよ」

 

 それが全てだ、と片手間で主張する一方通行。

 これで誤魔化せたら……いや、誤魔化せないということを彼は知っている。でなければこんなにも彼女を意識していない。

 それでも知らぬ存ぜぬを通すのが最善ではあるのだ。一方通行はそれ以上何も語らず手作業を進めていく。

 

「いいのかしら?」

 

 不意にそんな言葉が飛ぶ。

 

 ピクリと耳が跳ねた。この台詞、そしていつも以上に無機質な声色から録でもない事を考えているのが分かるからだ。

 ここは無理矢理にでも返答すべきことを一方通行は知っていた。

 

「少し、引っ掛かることがあるだけだ。オマエには関係ねェ」

 

 流石に適当すぎるか? そう頭で考えるも補足できそうなことは何も無い。

 後悔先に立たずとはよくも言ったものである。一方通行は少し気を引き締めてラムの言葉を待つ。

 

「そう。ま、いいわ」

 

 反応は、一方通行の予測したものとは全然違うものだった。

 

 この一言で自分も作業に取りかかるラム。これはこれで不気味だが、多少安堵して次のステップに移ろうとする一方通行。

 だがそれは未遂に終わる。

 

「ッ!?」

 

 振り向いた先に、一辺の曇りもない真顔のラムがいたからだ。

 

 いつの間に……、と思いその場で硬直する一方通行。

 静寂が空間を支配する中、満を持してラムが口を開く。

 

「アクセラ」

「…………?」

 

 硬直はまるで解けず、声にならない声で疑問を表す。

 

「これから五分置きにあなたの前に顔を出すわ」

「どンッだけ嫌な奴だテメェ!? グッ……」

 

 声を発した後、直ぐに後悔する。

 

 反射的に応えてしまったとは言え、これでは自分がラムのことで悩んでると言っているようなものだ。

 

(クッソ……らしくねェ)

 

 自分がここまで不覚を取るとは……、と先ほどから下がり続けている自己評価を内に秘め、一方通行は仕方ないとばかりにこの日初めて、心なしか()()()()()()()()()ラムの顔をまじまじと見つめた。

 

 ──綺麗な顔立ちだと思う。雪のように白い肌、満月を想起させる癖に小さいというお手本のような輪郭。桃色の髪と赤い瞳がその可憐さに拍車をかける……

 

(こりゃ本格的に──)

 

 その思考の渦に自己否定の言葉が続きそうになるが、それより早く耳に入った言葉が一方通行を現実に引き戻す。

 

「……アクセラ、そんなに見つめないで……虫酸が走るわ」

 

 ()()()()()()()()()()()のか、表情に曇りが無くなったラムだ。口元に手を当てて恥じらいながら毒を吐いている。いつも通り人を小バカにする才能を惜しげもなく発揮しているようだ。

 

 ──そんなラムを見て、一方通行は心のモヤが全て吹き飛ぶのを感じた。

 

「……あァ、うン。オマエはオマエだわ」

 

 そうだ、何を意識することがあろうか。

 

 冷静になれば普段と何も変わらない。一方通行は一方通行だし、ラムはラムだ。

 別の何かに変わってしまったわけではない。

 

「ハッ、クハハ。オラあのバカが来る前に終わらせるぞ」

 

 そう言って片端から手をつけていく一方通行。

 取り憑いていた厄でも払ったかのようにいつも通りだ。ラムはそんな様子を見ながら密かに安堵した。

 

「ほんと、世話が焼けるんだから……」

 

 また、一方通行も吹っ切れたようにこう思っていた。

 

(あァ、楽しいねェ。……と一緒にいるのは、ホントに楽しい。やっと……)

 

 本人も自覚していない僅かに赤くなった頬とともに、今日も彼らはいつも通りの日常を過ごす。

 

 

          

 

 

 

 

 




この番外編を書くことによって評価が下がる形になっても構わない。書きたかったんだ……


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1章
序章


こちらでも掲載してみることに。ダメ出し、文句、不満は遠慮なくお願いします


 声を聞いた気がした。

 

 ただただ真っ白な世界にたった一人黒く、暗く、どこか儚げな少女。

 

 

 

────泣いているのか?

 

 

 

 返ってこない。来ることはない。分かっていても、声をかけずにはいられない。

 

 少年は気づいた。

 

 光の世界に一人。真っ黒な少女。

 

 一人しかいないのにまるで四面楚歌を表しているような。

 

 

   

────あァそうか。オマエも一人なンだな。

 

 

 

 少年は少女に希望を。

 

 

 

 お前だけじゃない。

 

 

 

────もォ一人じゃねェ。

 

 

 

 俺が手を差しのべるから。ずっとそばにいてやるから。

 

 

────オマエも俺に手を差しのべてくれ。

 

 

 

 二人の少年少女の手が満たされた。

 

 まばゆい光が二人を包み込み、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少年は意識を失った。

 

 

 

────────────────────────

※ここから1話。

 

 半袖長ズボン、紅い目に白髪、右手にコンビニの袋を持った少年。一方通行(アクセラレータ)は少し、ほんの少し前までこの格好は普通だと思っていた。だがコンビニから出た瞬間意識を失ったと思えば一瞬で覚醒し、

 

「なンだここは……」

 

 この様である。

 そう、少し前までは自他共に認める普通の格好だった。だが今この格好を普通と思っているのは本人だけ。周りからは不思議なものを見る目で見られている。

 

「頭痛ェ」

 

 目の前を馬ではなく竜が引いてる車が横切った。

 

 トカゲがでかくなって翼を持っただけ、で済ませられるような事態ではないと悟った。

 

─────────────────────────

 

 白髪どころか黒髪の人間すら見当たらない。全員が何らかの民族衣装を着ている。そんな中で一人一方通行にとって普通と呼べる格好の者がいた。

 

(どォいうことだ?)

 

 その少年は妙に落ち着いている。まるでこの世界を知っているかのような。

 

(とりあえず情報収集だな)

 

 一方通行はその少年に話を聞くことにした。

 

 

──少年と接触することが、後の彼の人生に大きな影響を与えることになるが、今はまだ知る由もない。

 

────────────────────────

 

 少年に話を聞くべく一方通行は歩き始めた。

 

(ったく、こっちはまだ事態の把握もできてねェってのに……!?)

 

 心のなかで悪態をついているとふと目のはしに竜が引いてる車に轢かれそうな少女が映りこんだ。

 

(なぜ竜を止めねェ!?)ダッ

 

 竜車は止まる気配もない。一方通行は高速で、それでも少女を傷つけないよう細心の注意を払って助けだした。

 

 少女はお礼を言って去っていった。だが目的の少年は路地裏に入っていき、それを三人の醜い連中がこそこそと追いかけていった。

 

(ちっ、立て続けにめンどくせェな……)

 

 

 だが収穫もあった。それは少女と会話ができたこと。周りの看板には意味不明な文字が綴ってあるため不安だった一方通行だが杞憂だったようだ。

 

 

─────────────────────────

 

 

 

「ぶっ殺す」  

 

 一方通行が路地裏を覗いて最初に聞こえた言葉である。三人のチンピラの一人がいったようだ。

 

(おォ……思ったより面倒くせェことになってンじゃねェか)

 

 一方通行は笑みを浮かべているが内心穏やかではない。

 

(まァ3対1だし、あいつがやられる前に助けてやるか...)

 

 と思ったその時。

 

 チンピラの一人を少年が殴った。

 

(オマエが仕掛けンのかよ……)

 

 更にもう一人のチンピラにハイキック。中々の柔軟性だ。

 

(……結構やる奴なのか?)

 

 少年は勢いを止めず最後の一人に殴りかかろうとし、次の瞬間。

 

「すみません。俺が全面的に悪かったです。どうか命だけは──!」

 

 土下座した。

 

 更に他の二人も大したダメージではなかったらしく普通に起き上がり、ポンポンと服についた埃などを払っている。

 

 あのバカは助けなくていいのではないか、一方通行は一瞬そう思ったが他に手がかりもないので助けてやることにした。

 

「あれ!? 俺無双の攻撃でダメージ小ってどいういこと!? 召喚もののお約束は!?」

 

「なにわけわかんねえこと言ってやがる! よくもやってくれやがったな!」

 

 早くしないと少年の方がやられそうだ。

 

「おいオマエら」 

 

 一方通行はチンピラに話しかけた。

 

「あぁ!? 何だてめぇh、グハッ!!」

 

 最初に振り向いたやつの顔面を殴り飛ばし、  

 

「!? てめえよくもやりやがグホァッ」

 

 二人目を蹴り飛ばし、

 

「カンバリー! ラチンス! てめぇよくゲフゥッ」

 

 三人目を投げ飛ばした。

 

「「「覚えてやがれぇー!!」」」

 

 何とも小物らしい言葉を残して去っていった三人衆。

 一方通行はその背中を見ながらケラケラと笑い、

 

「忘れてやるよ。さてと、」

 

 正座したまま一部始終を見ていた少年に目を向けた。

 

「おいオマ──「おぉぉぉー!! 召喚直後強制イベントに颯爽とかけつけ助けてくれる! これはあれか! アンタは俺のライバル枠ってことか!? 今は敵わないけど俺が成長して希に共闘とかするようになってラストには決着をつけるっていう王道パターンか!? これだよこれ! 俺が求めてたものは! いやでもまだ一番重要なヒロインがいない……おかしいな。あ、俺はナツキスバル、よろしくな!!」……」

 

 俺はナツキスバル!! 以外何も解らなかった。

 

 一方通行はハァ、とため息をつくとゆっくりと右足を上げ、

 

ダンッ!

 

 と自分が立っている地面を半径一メートルに渡って破壊し、

 

「一回黙れ」

 

「ひゃ、ひゃい」

 

 少年、ナツキスバルを文字通り黙らせた。

 

 

 

────────────────────────

 

 

「一応聞く。出身は?」 

 

「えーっとずっと東の方の国だ」

 

「……日本か?」

 

「えっ! そうだけどなぜ分かったんだ? そういえばあんたはどこにいでもいたような格好だな、二人で召喚されたってことか!? まさか二人で一人のヒロインを取り合うっていう展開か!? ていうことはこれから先へぶっ」

 

「まじ黙れオマエ、殺されたいのか?」

 

「い、生きていたいです」

 

「お前はここについてどこまで把握してる?」

 

「えーっとジャンルは異世界ファンタジー。文明は典型的な中世風。亜人ありありで、たぶん戦争とか冒険もある。動物に若干の違いはあるけど、役割的に変化なし。そいで会話はできるけど文字が違うからおそらく言葉は同じだが書き方が違う。こんくらいか?」

 

(やっぱ違う世界だったか)

 

 しかも亜人ということは『一方通行』もどこまで通用するか分かったもんじゃない。

 

 物理法則は大体同じだから力の向きはコンプリート。

 

「ファンタジーってのは例えば何だ?」

 

「魔法とか?」

 

「魔法……」

 

 いよいよ危なくなってきた。

 

「帰る方法は……分かってるわけないよな」

 

(さァてこれからどォすっかね……)

 

 あまりに情報が少ない上に、左右も分からない世界では詰みに近い。学園都市最高の頭脳をもってしてもどうにもできない事態に一方通行は悩むしかなかった。

 

 

 直後、

 

 

「そこまでよ、悪党」

 

 

 路地裏に高く、透き通るような声が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




投稿は完成してる分は1日1話。よろしくお願いしますm(_ _)m


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2話

1日1話といったな。あれは嘘d...


「それ以上の狼藉は見過ごせないわ。そこまでよ。」

 

 世界が激変したような。

 先程までの薄暗い路地裏ならではの雰囲気はそこにはない。

 

 美しい少女だ。

 身長160㎝程。腰まで伸ばした銀髪がよく似合い、その目は強い意思、並びに美しさと幼さを醸し出している。一見豪華に見える装飾も少し注意すれば最もシンプルで少女の存在感を膨らませる。唯一の刺繍である『鷹に近い鳥』の紋章も少女の美しさの添え物にすぎない。

 

 一方通行の隣に立つスバルは既にその少女に目を奪われている。

 

(まァた面倒なことに……) 

 

 としか思っていない一方通行からすると少女の存在は迷惑でしかなかった。

 

「何の用だ? 見ての通り今は忙しいンだがなァ」

 

「それなら話は早いわ。私から盗ったものを早く返して」

 

 一方通行の迫力に怯みもせず堂々と少女は言ってみせた。

 

「盗ったもの……だと? おいスバル早く返してやれ」

 

 一方通行は顎でスバルに返せとジェスチャーした。

 

「いや、俺じゃないぞ。ていうか多分お前が来る前に通った子だと思うんだ」

 

 スバルは物こそ知らないものの心当たりがあるらしい。

 

 話によると一方通行が助ける前路地裏を通った人物がもう一人いるらしい。何でもその通った少女は壁を登ってそのまま屋根伝いに走っていったそうだ。

 

 一方通行はどうにも信じがたかったが、少女は嘘ではないと判断したらしく、

 

「じゃあ盗った人は路地の向こう? 急がなきゃ……」

 

 これで解決だろう。一方通行は中断になっていたスバルとの会話(脅し)を再開させようと再びスバルを睨み付けた。

 

 だがその構図は不良が学生に脅しをかけてるような状況に見えてしまった。

 

「でも、ここも見逃せる状況じゃないわ」

 

 路地裏から立ち去ろうとしていた少女が振り返り、掌から飛礫(つぶて)を一方通行めがけて放った。

 

(普通の氷、か?)

 

 不意をつかれた一方通行だが、冷静に分析して、それを反射しようと右手を突きだした。

 

 しかし結果は両者ともの思惑を外れた。

 

 一方通行の右手に当たった氷の飛礫は反射されることはなく軌道を斜め上に変え、空へと飛んでいった。

 

「今のは、魔法か」

 

 スバルがそう呟いた。

 

 なるほど、それなら一方通行の反射が正しく作用しないのも頷ける。だが軌道をそらしたということは氷ではあるはずだ。

 

(やっぱ変なもンが混じってるか)

 

(思ったより幻想的じゃないなぁ……)

 

 一方通行とスバルは心のなかで呟いた。

 

 一方、驚いた表情で一方通行を見つめている少女は第二波の準備をしようとして、

 

「ストップ!!」

 

 自身が有する精霊に機先を制された。

 

 その声はどこからしたのか。一方通行とスバルは視線を迷わせた。

 

「どうしたの、パック」

 

 少女は肩を見て言った。

 

 そこで一方通行とスバルは気づいた。少女の肩に座っているそれに。

 

「猫?」

 

「次から次へと……」

 

 自宅で育ったスバルと違い、科学の街で育った一方通行はこれ以上のファンタジー要素は許容できそうになかった。

 

「そんなに見つめられると、なんだね。照れちゃう。っとそれより、多分勘違いだと思うよ?」

 

「勘違い?」

 

 そこでスバルは今思い出したかのように言う。

 

「あっそうだ! こいつは俺を助けてくれたんだよ。敵じゃない。多分!」

 

 一方通行は「遅せーよ」という目でスバルを睨んだ。

 

「えっじゃあ、私の勘違い……?」

 

 全てを悟った少女は一方通行に駆け寄って頭を下げた。

 

「ごめんなさい!」

 

「あァ?」

 

 一方通行はこれまで一方的に喧嘩を売られたことは数えきれないほどあるが謝られたのは初めてだった。

 

「なんてお詫びしたらいいか……なんでも言って!私にできることならなんでもするから……」

 

(なンなンですかァ? このガキは……)

 

 一方通行に頭を下げることがどんなことか。ここは学園都市ではないと改めて悟った一方通行。

 

 そんな彼はどうにも慣れない状況に弱く、

 

「なンもしなくていいからさっさとどっか行けェ」

 

「そうはいかないわ。なにかお詫びさせてくれるまで引き下がんないんだからっ」

 

 少女の対応をスバルに投げることにした。

 

「スバル、このガキを任せた。さっさと話を終わらせろ」

 

「へっ?」

 

 それきり一方通行は壁に寄りかかったまま座る。作戦通りすぐに少女とスバルは会話を始めた。

 

 空を眺めながら今後の事を考えようとした矢先、少女が先程「パック」と呼んでいた猫が一方通行に飛び寄ってきた。

 

「やぁやぁ。あっちが取り組み中、お話しない?」

 

「なら幾つか聞かせろ。まずオマエは何だ?」

 

「僕はパック。見ての通り精霊さ」

 

 見ての通り、というのが今一だが《精霊》というのは受け入れなければいけないらしい。

 

「精霊、精霊ねェ。じゃァオマエらは何を探してンだ?」

 

 もはや世界のことは聞かない。元からこの世界に住んでいる者からしたらこれが普通であり、「元の世界」というのもここなのだから分かるわけがない。

 

「ちょっと僕の娘がドジっちゃってね。とっても大事な物を奪られちゃったんだ。」

 

「あっそ」

 

 明言しないってことはそれはそれは大事な物なのだろう。

 

「僕からも質問いいかな?」

 

「別にいいがオマエらの知りたいようなことはなンも知らねェぞ」

 

 知ってるわけもない。

 

「なんていうか、君の周りのマナが不規則に方向転換を繰り返してるんだよね」

 

「マナ?」

 

「そ、マナ。もしかしてマナが分からない?」

 

 一方通行は大気の解析にかかった。一方通行の力はなにもベクトル変換だけにとどまらない。

 

 ある事象を観測し、逆算して理論値を導き出す。

 

 簡単に言えば検算の要領だ。

 

 そんな彼の能力は物事の解析にも秀でている。

 

「確かに、なにかがあるな……これがマナか。そして多分それは俺の能力のせいだな」

 

「能力、かい?」

 

「あァ」 

 

 そこまで話したところで、スバルと少女の会話は済んだようだ。  

 

「パック、行くわよ」

 

「一方通行も、早く行こうぜ」

 

 それに一方通行とパックも返答する。

 

「うん、今行くよー」

 

「ハ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




お疲れ様です。


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3話

ハーメルンユーザー多すぎ。一瞬でUA50越えありがとうございます。気分いいからもう少し続けちゃう


「なンで俺が……」

 

 一方通行の機嫌はすこぶる悪かった。元より探し物を手伝う気なんてなかったうえに半ば無理矢理手伝わされてるこの状況はちょっとも面白くない。なんでも「探し物を手伝わせるのがお詫び」となったらしい。大方スバルが美少女に見栄を張ったのだろう。それだけでもイラつく理由は充分なのだが、

 

「おっかしいな……」

 

 手がかりがスバルの記憶だけというのも彼のフラストレーションをためていった。

 

 尚、予想通りというか捜査は順調に滞っている。

 

 流れに流されて捜索を開始してから30分はたつだろう。そのうえスバルは先程までのやかましさはどこへやら。人と会うたびに少女や一方通行の後ろに隠れてやりすごそうとする。

 

「安心しなよ。彼、悪気は全くないから」

 

 と精霊パックは少女と一方通行にいうが、悪気がないというのはもっとタチが悪いのかもしれない。

 

「役に立たない善意って悪意よりも扱い難しいのね」

 

 少女はため息混じりに言うが一方通行はその通りだと思うしかなかった。

 

「つゥか別れて捜索しねェか? ここまで来たンならあとはスバルが言ったガキの特徴で聞いて回ればヒットすンだろ」

 

 盗品をさばくならスラムか貧民街だと聞き、貧民街までたどり着いたとき一方通行は提案した。

 

 実際は一人になって逃げるために他ならないが。

 

「それならボクは一方通行に同行するよ。ボクなら離れていてもコンタクトが取れるからね」

 

 だが一方通行の思惑はパックに見事に潰されてしまった。

 

「あれ、ちょっと待って? 俺特徴とか言ったっけ?」

 

「オマエブツクサと金髪ーだの歯がーだの言ってただろォが。まさか隠してるつもりだったのか?」

 

「俺のばかぁぁ」

 

「よく分かってンじゃねェか」

 

「ひどいっ」

 

 なんてやり取りをしてるとパックが思い出したように言った。

 

「そういえば、一方通行の方は聞いたけど君の名前をまだ聞いてなかったね」

 

「そういえばそうだな。俺はナツキスバル! 右も左も分からない天衣無縫の無一文! ヨロシク!」

 

「君も一方通行と同じ状況ってことだね。ボクはパック。よろしくね」

 

 スバルが差し出した手にパックは体ごとダイブした。 

その光景を見ていた少女は呆れ顔でこう言った。

 

「その不必要に馴れ馴れしい態度を普通の場で出せないの?」 

 

「俺は逆に阿呆と一緒にいると思われたくないから別にいいがな」

 

 少女の辛辣な言葉に一方通行の追い討ち。

 スバルはその場でさめざめと泣いた。

 

「ンで、オマエの名前は何だ?」

 

 一方通行は少女に問いかける。

 

「私は──サテラ、とでも呼ぶといいわ」

 

 表情を固め、大きく間を開けたあと少女は答えた。

 

一方通行とパックは少女を訝しげな顔で少しの間見つめた。

  

「じゃ、自己紹介も済んだとこで、俺とサテラはこっち。一方通行とパックはそっちから頼む」

 

「おっけー」

 

「チッ……」 

 

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

 

「ンで、あのガキの名前は?」

 

「あ、やっぱり?」

 

 二手に分かれ、少女とスバルの姿が見えなくなった辺りで一方通行は切り出した。

 

「でもあの娘のことだし、ボクが正解を言っちゃうのは、ね?」

 

「あっそ」

 

「あれっ?」

 

 一方通行の返答はパックにとって予想外のものだった。考えるでもなく更に聞いてくるでもない。無関心な返答だった。

 

「何呆けた面ァしてやがンだ」

 

「随分そっけないんだなぁと思って」

 

「はン。そりゃ興味がないからな」

 

「ボクとしては複雑な心境だなぁ……ふぁ~あ」

 

 パックは大きな欠伸をした。一方通行は『精霊』について知識がないため、そもそも睡眠なんてものが必要なのかも分からない。

 

「あン? オマエ寝るとかあンのか?」

 

「ボクは大精霊だからね。現出してるだけでマナをとても消費するんだ。そろそろ限界かも……」

 

「限界だとどうなるンだ?」

 

「そりゃ消えちゃうよ~」

 

「ほォ……」

 

 一方通行にとっては悪くない話だ。逃げようと思って別行動を提案したのをパックがいるお陰で失敗したのだから、そのパックが消えるならば一方通行は一人になり、逃げることも容易だ。

 

「あ、ちょうど向こうがたどり着いたみたい。場所は盗品蔵ってところだね。じゃ、あとはよろしくー」

 

 そう言い、パックの体は光始めた。消える前の予兆だろうか。

 

「ふン」

 

「あ、最後に。うすぼんやり心が読めるから分かるんだけどキミは見かけによらず優しい人らしいね」

 

 そう言い残しパックは消えた。残された一方通行は当初の予定通り逃げようとするが、

 

「チッ……」

 

 パックの言ったことが頭から離れず、結局盗品蔵とやらに向かうことにした。

 

 が、

 

 突如止まる一方通行の歩み。否、止まったのは一方通行だけではない。重力に従っていた落ち葉。貧民街の喧騒。風の音。それらすべてが完全に静止した。

 

(どうなっ……!?)

 

 そして視界が黒く染まっていく。

 

 瞬間一方通行は意識を失った。

 

 

 

 

「っ!?」

 

 目覚めは一瞬。

 だがそこに貧民街はなかった。既視感のある景色だ。意味不明な言葉に説明不能な生物が一方通行の目に入り込む。一方通行は最近これと全く同じ事を体験している。

 

瞬間移動(テレポート)……? いや時間、なの、か……?」

 

 

 

 

 




お疲れ様です。



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4話

お久しぶりです。


   

 

 少し後竜車に引かれそうな少女を助ける。そして全く同じ言葉でお礼を言われる。全く同じ出来事が起きたら慌てたり違う反応を示すのが普通なのだろうが。

 

(記憶がない……だが俺には……)

 

 一方通行 は一瞬夢か、とも疑ったがそれはないだろうと即座に切り捨てる。

 

 そして先程同様少し離れた場所にスバルを発見。スバルはキョロキョロと周りを見渡した後路地裏に入っていった。その後に続くチンピラ三人組。

 

 全く同じ流れだ。

 

 一方通行がこの世界に来て初めに起こった出来事と。

 

 同じ流れならばこの後路地裏でスバルを助け、少女と精霊に出会い、少女が盗られた物を探す手伝いをさせられる。

 

 逃げるのも手段の一つだ。が、

 

 少女の言葉と行動が頭をよぎる。

 

「チッ……くだらねェ」

 

 一方通行は路地裏へと向かった。 

 

 

───────────────────────

 

 

 

「「「覚えてやがれぇー!!」」」

 

「なんかデジャヴ……」

 

 路地裏に入ると案の定、チンピラ三人組がスバルに追い剥ぎしていた。一方通行は先程同様3コンボを華麗に決めて撃退した。

 

「ククッ、同じ人間を同じ方法で倒すってェのは新鮮なモンだなァ」

 

「怖っ、この人怖い! 人間の台詞とは思えない!」

 

「はっ。ンなこたァどうでもいい」

 

「あの、一方通行さん? 俺的には全然どうでもよくないんですけど……」

 

「あ? なンで俺の名前を知ってる……」

 

「えっ、そりゃあ……ッ!? まさか……」

 

「まさか?」

 

「お前まで頭を打ったのか!?」

 

バキッ!

 

 予想通りスバルにも記憶は残っている。少女やチンピラ三人組、そして起こった出来事からしてこれは『時間が巻き戻ったがスバルと一方通行には記憶が残る』ということなのだろうか。

 

 問題は何故一方通行とスバルだけなのか、時間が巻き戻るトリガーはなんなのか。  

 

 前者は別の世界から来たから影響を受けない、ですませられるかもしれないが後者に巻き込まれてる時点で前者の推理すら信憑性に欠ける。

 

 考えていくうちにファンタジー要素に慣れてきたな、と一方通行は感じた。

 

 とりあえず確認することは

 

「……スバル、オマエこうなる前なにかあったか?」

 

「痛ぅ……なんか勝手に話進んでるけどこうなる、ってどういう状況なの今?」

 

 一方通行は一瞬イラッと来たがハァ、とため息をついたあと、今の状況を説明した。

  

 時間が巻き戻ったこと。周りの人には記憶がないこと。

 

「なるほど、だから……」

 

 スバルは自分の腹を何かを確かめるように擦った。

 

「でも魔法ってことは考えられないか?」

 

「そンなンこの国の人間に聞けば分かンだろ? 時間を巻き戻す魔法はありますかってな」

 

 そしておそらくないだろう、と一方通行は心のなかで呟いた。

 

「パックにでも聞くか、なンたって大精霊様だものな」

 

「あっ、そういえばサテラは……」

 

 珍しくスバルが真面目な表情をしている。

 

「なンだ? なにがあった?」

 

 その後のスバルの発言は一方通行すら平常でいられないものだった。

 

「俺は……俺とサテラは、前の世界で、死んだ」

 

 自らの右手で抑えている表情は歪み、目を震わせていた。

 

 

────────────────────────

 

 

 

 現在一方通行とスバルは前回とは違ってまっすぐに盗品蔵に向かっている。 

 

 少女とパックも一緒だ。

 

 今回一方通行はスバルにいくつか指示をした。

 

 ・盗品蔵までの時間短縮以外の流れは同じにする

 ・少女が名乗るまでは「サテラ」とは呼ばない

 

 二つ目は場合によっては割りとどうでもいいが一つ目には相応の理由がある。

 

 まず少女に同行するため、前回をなぞれば確実であるから。次にスバルと少女を襲った者は口ぶりから長居はしないと考えられるから。

 それならば前回迷った時間がなければ遭遇せずに事をすませられる可能性もある。

 

 そして貧民街に着いた。

 ここで前回同様簡単な自己紹介をして二手に別れる。前回よりかなり早くたどり着いた。心なしか日も高く見える。

 

(スバル、向こうでなにかあったらとりあえずパックを呼び出させろ、そうすりゃァ俺も行く)

 

(了解)

 

 これで大まかな流れは決まった。殺人鬼より早く取り返せれば万々歳だし仮になにかあっても一方通行が駆けつければいい。

 

 一方通行は自身の能力を過信するでもなく本気でそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「時間を戻す魔法? 聞いたことないよ。ていうかそんなのあったら世界がいくつあっても足りないと思うよ」

 

「あァ、そりゃそォだな」

 

 一応の確認を済ませた。そして前回パックが呼ばれた時間を考えると、

 

(そろそろか……)

 

「パック」

 

「なぁに?」

 

「向こうでなにかあったら、お前が解決できそうならしろ。無理そうなら時間稼ぎだ」

 

「? ……とりあえず分かったよ」

 

 パックは聞き返そうとしたが一方通行の表情がただ事ではない、と告げていたためそのまま了承した。

 

「ん、場所は盗品蔵ってところだね。先行ってるよ」

 

 パックは光に包まれて姿を消した。

 前回と若干エフェクトが違うのは呼び出しと消失の違いなのだろうか。

 

「めンどくさいことにならなきゃいいがな」

 

 人知れず、特別何を見ながらということもなく一方通行は呟いた。

 

 




お疲れ様です。


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5話

うぅん意志が弱い


 魔法器とは。

 

 本来魔法を使えない者でも魔法を使えるようになるという優れものである。

 

 希少であるが故その価値は当然高く、簡単に手に入るような物ではない。

 

 だが貧民街の一角にある盗品蔵では今まさに魔法器の取引が行われようとしていた。

 

「その魔法器こそ俺が持つ『ケイタイデンワ』であり、その力は時間を切り取って凍結させるというこの世界ではなんとも驚きな──」

 

「誰に向かって喋ってるの?」

 

 おっと、せっかく語り部っぽく説明してたのにサテラに水を差されてしまった。

 

 現状はそんな感じ。

 

 盗品蔵にたどり着いた俺とサテラ。

  

 待ち受けたるはサテラから何かを盗んだ張本人である金髪のショートカットに八重歯を除かせた少女フェルト。 

 そしてフェルトの仲間だと思われるやたらでかい爺さんのロム爺。こちらは巨人族らしく、確かにその名通り太い腕に棍棒を握っていて巨人っぽい。素人目でもやばいってことが分かる。

 

 俺は最初こそ戦闘になるのでは、と思ったが、どうやらサテラは巨人族からしてもやばいらしい。俺には純粋な美少女にしか見えんが。

 

 さすがに目の前で戦争はやめてほしいので俺が取引を提示することでなんとかテーブルにつくことができた。

 

 いやほんとに大変だった。

 

 主にサテラを治めるのが。

 

 だってこの娘、

 

「盗られたものを返してもらうのにどうしてお金が必要なの?」

 

 の一点張り。いやそりゃ正しいことではあるが、正しいことが簡単に通るような世界ではないのは一目瞭然。

 

 そこで収拾つかなくなる前に俺がパシャっとしたわけよ。

 

 それにしてもホントにカメラが無いとは思わなんだ。まぁ今回はそれで助かったんだけど。

 

「で、どうする? そっちの爺さ……ロム爺曰く聖金貨20枚以上の代物だ。これで手を打たないか?ていうか打とうぜ」

 

「だから、スバルがそれを出す必要はないんだけど」

 

「いいっていいってこんくらい」

 

「こんくらいって、聖金貨の価値分かってるの?」

 

「もっちろん」

 

 分かってない。

 

 だが携帯電話の機能のほとんどが使えないことは分かってる。せめて一方通行と繋げれば、と思ったけど案の定圏外だし。

 

「ま、これがあるのがそもそもチートなのか。ううむ……しかし……」

 

 元の世界の道具が残ってるのは俺tueee!的なアドバンテージとなりうるのか……。これは難しい問題だ。脳内会議でも結論が出そうにない。

 

 なんにせよ異世界転生者の特権であることには変わりないし、存分に使わせてもらおう。

  

 これで話が通ると良いんだが……

 

「なるほどなるほど。そっちの手札はよーく分かったぜ。」

 

 あ、これはダメなパターンだ。このあと続く言葉は、でも、とかしかし、とかだろうな。

 

「だけどよ、」

 

 微妙に外してきたよ。ていうかサテラを前によく否定の言葉が出てくるな。そっちの巨人ですら恐れてるってのに。

 

 このガキの自信はいざとなったら逃げれるってことだろう。確かにこいつが本気で逃げようと思ったら捕まえるのは困難だし。

 

「あたしゃ別口からこいつを依頼されたんだ。今は交渉の場。同じ条件。同じテーブルじゃねーと平等じゃねーだろ?」

 

 なるほど。交渉に持ち込んだのが仇となったか。

 

「何やってんだ俺っ...」

 

 役に立つどころか足引っ張ってる事実に俺涙そうそう。

 

「平等、ね……」

 

 サテラが隣にいる俺にしか聞こえないほど小さく呟いた。

 

 その微妙に歪んだような表情は、いやに俺の心をゆさぶった。

 

 

──────────────────

 

 

 

 コンコン

 

 

 しばしの静寂の後、入り口の方から音がした。ノックの音に間違いない。

 

「多分アタシの客だ。心配すんな、今さら逃げやしねーよ」

 

 そう言いつつ立ち上がり、入り口の方へと駆けていくフェルト。

 

 先に釘を刺され、何も言わず見送るしかないスバルとサテラ。

 

「客か、穏便に済むといいけどな」

 

「そうね。まぁ、済まなくても取り返すけど」

 

 サテラの意志は相当硬い。いざとなれば力ずくででも取り返すといった感じだった。

 

 一方スバルは何か引っ掛かることがあり、表情を固めた。

 

「そういやなんでこいつらは……っ!! 行くなフェルト! 殺されるぞ!」

 

 咄嗟に大声で叫んだが遅かった。その客はフェルトの後ろから入ってきてしまった。

 

「殺すなんて。そんなおっかないこといきなりしないわよ」

 

 露出の多い黒装束に身を包んだ女がそう言った。

 そしてその声にスバルは聞き覚えがあった。

 

(間違いなんかじゃない……!)

 

「サテラ、逃げるぞ」

 

「え、えっ……?」

 

 そしてサテラを見て逃走を促そうとした。が、当の来客もスバルにつられて見てしまった。サテラの姿を。

 

「そう、関係者だったの。前言撤回」

 

 そう言うなり懐からククリナイフを取り出してサテラに襲いかかった。およそ人とは思えないスピードであり、スバルは目で追うのがやっとだった。

 

 咄嗟にサテラの前に入ろうとするも、間に合うわけがなく、まさにサテラにナイフが届く...瞬間。

 

ガキィン

 

 っと甲高い音が盗品蔵に響いた。

 

 

 

 

 




お疲れ様です
ところで自分、高評価乞食いいっすか。はい冗談です


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6話

見てくれてありがとうございます


「精霊術師を舐めないこと。敵に回すと怖いんだから」

 

 氷の盾。

 サテラが展開したであろうそれはナイフによる攻撃を防いでいた。

 

「その通り!」

 

 少し遅れてサテラの頭の上に飛び出したパックが意気揚々と言い放った。

 

「精霊、精霊ね。ふふっ。嬉しいわ。精霊はまだ斬ったことがないから」

 

 女は物騒なことを言いながら少し後退した。

 

 そして今度は両手にナイフを持ち、

 

「腸狩り エルザ・グランヒルテ」

 

 そう名乗って次の攻撃の構えをとった。

 

「なんつぅ二つ名だよ……」

 

 スバルはサテラの後ろで呟いた。

 今自分にできることはなにもない。スバルは理解しているからこそサテラからも少し距離を取った。

 フェルトとロム爺もそれに習い、スバルの近くへ寄った。

 

「おい! あんたの仕事は徽章を買い取ることだったはずだ! ここを戦場にしようってんなら話が違くねーか!?」

 

 フェルトがエルザに向かって叫ぶ。

 

「持ち主まで連れてこられたら仕事なんてとてもとても。だから予定を変更したのよ」

 

 エルザは構えのまま目線だけをフェルトにやり、微笑んだまま言った。そしてその表情のまま冷酷に告げる──

 

「この場の人間は皆殺し。その上で徽章を持ち帰らせてもらうわ。あなたは役目を全うできなかった。切り捨てられても仕方ないわね」

 

 冷ややかに告げられる侮辱の言葉。

 フェルトは表情を強張せ、目を震わせた。ただしそれは恐怖によるそれではない。言うなればトラウマが蘇ったような───

 

「ふざけんじゃねぇぞ!」

 

 そんな中、一際大きな声が響いた。

 その場にいる皆が発生源であるスバルに顔を向ける。

 

「こんなちっこいガキを虐めてなにが楽しいんだ! この腸大好きサディスティック女が! 刃物で腹を切られることがっ、死ぬことがどんだけ苦しいか、辛いか、知らねぇだろ!? 俺は知ってますぅ!!」

 

 スバルの勢いのある演説に周りは沈黙を守り続けた。

 

「更に言わせて貰えばなぁ! なんでこのタイミングで出てくんだよ!? 明らか仕込んだとしか思えねぇタイミングじゃねぇか! カメラでも隠れてんのか!? ドッキリ大成功にはぴったりだろうがそうでなかったら最悪だわ!! でもってドッキリである可能性をまだ期待している俺氏がここにいるのでした」 

 

 全員が、何を言ってるんだ、という顔でスバルを見るなかパックは両手を広げて言った。

 

「後世に残したいほど見事な無様さだったけど、役には立ったよ」

 

「おっしゃ! やっちまえパック!」

 

 同時にパックの頭上に発生していく大量の氷柱。どれもが尖った先端をエルザに向けている。

 

「僕の名前はパック。名前だけでも覚えてから、逝ってね」

 

 喋り終えた瞬間実に20を超える氷柱が、エルザの身体へと叩きつけられた。

 

───────────────────────

 

 

 スバルが元いた世界でも氷柱の落下によって人が死んでしまうという話は珍しくなかった。

 

 所詮氷だと舐めていてはいけない。実際かなりの硬度を誇る氷は尖っていれば人体を易々と貫く。

 

 そんな氷が今まさに一人の人間に放たれた。それも一つ二つなんてものではない。その数はゆうに20を超える。

 

 普通の人間に耐えられるはずがない。

 

「やりおったか!?」

 

「それは言っちゃいかんだろうがい!!」

 

 肝心なとこで無駄口を叩いた禿頭。こういうのはフラグと称される。そして、

 

「──備えはしておくものね。着てきて正解だったわ」

 

 大抵回収される。

 氷柱が生んだ白煙から覗かせた外套を脱ぎ捨てたエルザ。その身体には傷一つ見えず、氷柱が放たれる前とは外套がないくらいの差しかない。

 

「まさか外套が重くて脱いだら身軽になるピッコロ的なやつか?」

 

「それも面白いけど、事実はもっと単純。私の外套は一度だけ魔を祓う術式が編まれていたの」

 

 スバルの問いに丁寧に答える。

 そして一度落としたナイフを拾い上げ、目線をサテラに移し、低い体勢で飛びかかった。

 だが再びサテラの前に展開された氷の盾によって防がれる。更にパックによる氷柱の攻撃も始まり、常に動き続けなきゃいけない状況を作られた。

 エルザを追うように次々と放たれる氷柱を、エルザは避けれるものは避け、避けれないと感じればナイフで叩き落とした。そうしながらサテラに近づくも、近づく度に氷の盾によって後退させられる。

 

明らかに優勢だ。

 

「あれじゃ。片方が防御し片方が攻撃する。場合によっては片方が時間稼ぎして片方が大技で決めるなんてこともできる。精霊術師に会ったら武器と財布を投げて逃げろ、というのが戦場のお約束じゃな」

 

 ロム爺の説明を受け、スバルはロム爺がサテラを恐れていたことに納得した。

 実質二対一の状況。この優位はよっぽどのことがなければ覆らないだろう。

 

「ところで爺さんは何をしようとしてるんだ?」

 

「隙を見てエルフの嬢ちゃんに助太刀をな。まだあっちの方が話が分かりそうじゃ」

 

「止めとけって!! どうせ右手と首を切られるのがオチだ!!」

 

「具体的な負けかた言うでない! 本気で切られた気がしてきたわ!!」

 

 実際一回目撃しているのだから説得力があるだろう。スバルの鬼気迫る表情にロム爺は本気で嫌がった。

 

 そんなやり取りの中でも戦いはヒートアップしている。

 圧倒的有利ではあるが、エルザはその差を微塵も感じさせない立ち回りで全ての攻撃をかわすか叩き落としている。

 常人離れした身のこなしに巧みなナイフ捌き、時には壁を走り、重力を無視した回避行動を取った。

 エルザのナイフがサテラに届くことはないが、サテラとパックの攻撃がエルザに入ることもまたなかった。

 

「戦い慣れしてるなぁ、女の子なのに」

 

 エルザの神業と表現するしかない動きにパックは素直に感心した。

 

「あら、女の子扱いされるなんて随分久しぶりなのだけれど」

 

「ボクからしたら大抵の相手は赤ん坊みたいなものだからね。それにしても不憫なくらい強いんだね、君は」

 

「精霊に褒められるなんて恐れ多いことだわ」

 

 賛辞の言葉に素直に喜ぶエルザ。言った方にはまだ声に余裕が感じられた。

 

「ここままだとmp切れで負けるんじゃねーの?」

 

 スバルが元の世界で培った知識から推測できることを言った。実際にはゲームで必須な知識なだけだが。

 

「えむぴーがなんなのかは知らんが、精霊術師がマナ切れで負けることはない」

 

「マナか、覚えておくとしてそりゃどういうことだ?」

 

「精霊術師は己の中にあるマナを使わないからの。世界が枯渇しない限りマナ切れはありえん」

 

「要はガソリン無制限でエンジンふかし放題か、なんたるチート職」

 

 またもや何言ってんだこいつ、みたいな顔をしたあとロム爺は補則するように言った。

 

「精霊がいつまで顕現できるか。場合によっちゃ戦況は一気に傾くぞい」

 

「何? 精霊って時間制限付きなの?」

 

「そんなことも知らんのかお主は……」

 

 ロム爺が哀れむように言った。

 一回目の世界ではスバルはパックとあまり行動を共にしてなかったので初耳なのだ。

 嫌なことを聞いてしまった、とスバルは思ったがそんな話がされてるとも知らずに戦っている二人は、

 

「あ、マズい。ちょっと眠くなってきた。むしろ今寝ながら戦ってた」

 

「ちょっとパック! ちゃんとしてよっ」

 

「……はっ! ボク寝てない! 全然寝てないよ!」

 

 なんて会話を小声でしていた。

 

「今めっちゃ不安な話してたけど!?」

 

 だがスバルよりショックなのはむしろ戦っているエルザだった。

 

「せっかく楽しくなってきたのに、心ここに在らずなんて、つれないわ」

 

 完全に戦闘狂のそれだが、これは本心だろう。

 

「モテるオスの辛いところだね。女の子の方が寝かせてくれないんだから。でもほら、夜更かしするとお肌に悪いしさっ」

 

 氷の雨が一瞬止み、エルザが体勢を整えようとしたところでパックは器用にウインクした。

 

「そろそろ幕引きといこうか。同じ演目も見飽きたでしょ?」

 

「! 足が……」

 

 体勢を整え、跳躍する瞬間エルザの身体はカクン、とその場に膝をつくことになる。

 無数の氷柱によって散らばった氷に片足を奪われていた。

 

「してやられた、てことかしら」

 

「無目的にばらまいていた訳じゃ、にゃいんだよ?ま、年季の違いだと思って素直に賞賛してくれていいとも。じゃ、オヤスミ」

 

 両手を胸の前に持っていったパックは今までとは比較にならないほどのエネルギーをエルザ目掛けて放出した。

 

 足をとられているかつあの威力の攻撃だ。さしものエルザでも耐えられるわけがない。

 

 直撃していれば、の話だが……。

 

「嘘だろ……」

 

「嘘じゃないわ。あぁ素敵。死んでしまうところだった」

 

 エルザの取った回避行動にパックは不満を抱くように、

 

「女の子なんだから。そういうのはボク、感心しないなー」

 

 と、呆れた表情で言った。

 

 パックの攻撃をかわしたエルザの足元はおびただしい量の血が溜まりを作っていた。

 それもそのはず、氷につかまっていた足の側面がバッサリと切り落とされているからだ。

 

 つまり片足を犠牲にして辛うじて避けたということだ。

 

「パック、いける?」

 

「ごめん、舐めてかかった。マナ切れで消えちゃう」

 

「あとはこっちでなんとかするから。パックはゆっくり休んで」

 

「君に何かあったら、ボクは盟約に従う。いざとなったらオドを絞り出してでもボクを呼び出すんだよ」

 

 そんなやり取りの直後、パックは透けはじめ、やがて雲散して消えた。

 

 

────────────────────────

 

 

次回予告ぅ

ナレーションスバル「均衡を保っていた戦いはパックがいなくなったことにより一気に傾く。ピンチを悟ったロム爺やフェルトはサテラに加担し、エルザへと挑む。ちくしょう、動けよ俺の足!ここでも足手まといになるわけにはいかねーだろ!!最終局面へと向かう戦いの最中、エルザの攻撃はさらに激しさを増す。俺の頭に『死』の文字が浮かんだ時、ついにあの男が現れた!さぁアクセラレータお前の力見せてやれよ!次回、Re ゼロから始める一方通行イッポウツウコウ、『最強の名乗り、主役登場!!』ぜってぇみてくれよな(悟空風)」

ナレーション一方通行「さァお前ェら、こっから先は一方通行だ!!」

 




次回予告は遊び。
お疲れ様です。


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7話

GWってこんな長かったっけ。あ、今回効果音入りますが、次回からはそれがあるものだと思って読んでもらえると嬉しいです。


 すぐさまサテラに飛びかかるエルザ。

 だがやはり氷の盾を前にバク転で後方へ。その隙を見逃さずにサテラは攻撃へと切り替え、礫を飛ばす。再度同じような流れに入ったかと思ったがそれも最初だけ。攻撃と防御の同時展開ができなくなったサテラは徐々に押され始め、防戦一方となった。

 

「そろそろ見てるだけってのもいかんな。分かってるじゃろ? フェルト」

 

「分かってる、逃げるにしろそろそろ動かなきゃいけねぇってこともな」

 

 遂に覚悟を決めた二人が戦況、タイミングを見計る中、スバルは自分だけは何もできない、むしろ邪魔になるだけだ、と決めつけていた。

 

「仕方ねーよな……。俺には元々何もない。そのまま異世界に連れてこられたんだ。今も、足すらまともに動かせねーでいる」

 

 その場で足を震わせ、二人を見ることしかできない。仕方ない、という思いに支配されてしまっていた。

 

 このまま異世界でも失うのか。まだ何かできるかもしれない状況でまた投げ出すのか。

 

「違ぇよなそれは……」

 

 スバルが必死に考える中、エルザとサテラに少しばかりの距離が生まれた。そこに、

 

「行くぞ!!」

 

 その太い腕に棍棒を携え、ロム爺が参戦した。

 

「あら、ダンスに横入りなんて、無粋なのではなくて?」

 

「そんなに踊りたいなら最高のダンスを踊らせてやるわ!! そら、きりきり舞え!」

 

 直撃は愚か、かすっただけでも大ダメージに繋がるだろう攻撃も当たらなければ意味がない。

 右へ左へと振られる棍棒をエルザは完璧に避け続ける。

 

 そこで線から点への攻撃転換。突きによる攻撃を放つ。その直後見えたのは、

 

「なんっじゃそりゃぁーー!?」

 

「あなたが力持ちだからこんなこともできたのよ」

 

 ロム爺が突き出した棍棒につま先で立つエルザだった。

 そしてロム爺の首真っ二つのコースに振られるククリナイフ。

 

「させっかー!」

 

 咄嗟のフェルトのナイフの投擲が寸分狂わずエルザの腕へと突き進む。

 

 それを避けるためジャンプしたエルザ。ロム爺の首ちょんぱは免れたが、エルザはジャンプの勢いのままナイフを縦振り。

 ロム爺の右肩からおびただしい量の血が吹き出し、その場に崩れ落ちる。

 

「あぅ……」

 

 着地したエルザはすぐさま視線をフェルトに移した。再び蛇に睨まれたフェルトはその場で足を震わせた。

 

「戦う力も覚悟もない。ならば横でおとなしく見ているべきだった」

 

 そして地を這うような動きでフェルトへと近づく。

 

 最早抗う気も力も残ってないフェルトは近づくナイフを受け入れるかのようにゆっくり目を閉じた。

 

「おっっっらぁぁぁーーー!!」

 

 だから、その場でフェルトを救うことができたのは直前まで足も動かせなかったビビりだけだった。

 

 

────────────────────────

 

 

 

 咄嗟に小柄なフェルトの体を抱いて横っ飛び。

 スバルの行動は間一髪、エルザの攻撃からフェルトを守った。

 膝をつき、驚いた表情のエルザはそのまま追い討ちをかけようとするも、背後からの氷柱の攻撃に防御へと移行した。

 スバルは口に出さないがサテラに感謝しつつ、自分と共に倒れてるフェルトを見る。

 

「大丈夫か? 咄嗟だったんだから変なとこ触ってても怒るなよ!?」

 

「っ、余計なことしやがって! 何で助けた!?」

 

「何で、か……何でだろうな? 別に友人ってわけでもない、むしろお前には恨みはあっても感謝することなんてないしな。じゃあ多分俺のため。俺が変わるためだ」

 

 まだどうにかなる。まだいける。まだ始まったばかり。

 別に絶望的って訳でもない状況を悉く真っ先に諦めてきた。それがナツキスバル。それがこの世界に来る前のスバルだった。だからこそ、

 

「もう一度やり直すチャンスがあるならっ、形振り構ってられないだろ」

 

 もちろんこんなのは一時のテンションだ。事が終われば薄れてしまう。でも今のスバルにはそれを信じさせる程の説得力があった。

 

「いいか、俺がどうにかこうにか隙を作るから

、お前は逃げろ。出口に向かって全力ダッシュだ」

 

「なっ、アタシだけ尻尾巻いて逃げろってのか!?」

 

「そうだ、尻尾捲って逃げちまえ。本当なら俺がそれやりたいんだぜ? こうまでしたってのに、俺の行動と心は矛盾してやがる」

 

「だったらっ!」

 

「俺は18だ。多分こん中じゃお前が一番年下ってことになる。当然なんだよ、お前が生き残る可能性をとるってのは。そら、いくぞ」

 

 足元に落ちている先程までロム爺が握ってきた棍棒を両手で持ち上げた。

 

「うおぉ、思ったより重いな。無駄にでかい素振り用の竹刀、毎日振ってた甲斐があった。このためだったのか、やるな俺」

 

 ここで諦めて逃げ出す。まだ引き返せる。

 

 そんな考えは、もうなかった。

 

 迷いは断ち切った。どうすればいいかはとっくに分かってる。それが直ぐにできる人間は、きっと強い。

 スバルは弱い方だ。でも弱いのをそのままにしようとせず、変えようと、前へ進もうとしている。そんな人間にこそ、

 

「神は笑いかけてくれるもんだろ。信じてるぜ神」

 

 他力本願ではあるが、サテラと相対するエルザを見据え、不敵に笑う。

 そして背後からエルザ目掛けて振り上げた棍棒を振り下ろす。だがエルザは横へステップして避けた。

 

「狙いは上々。でも殺気が見え見えなのよね」

 

「はっ、殺気か。それの制御法は知らねーや」

 

 攻撃は外れたが、これでエルザを更にフェルトから遠ざけた。

 

「今だ!! 走れっフェルト!!」

 

「っ!!」

 

 スバルの叫びと共に全速力で出口へと走るフェルト。

 

「行かせると思う?」

 

 それを阻むはエルザのナイフの投擲。フェルトへと一直線で向かうであろうナイフは、

 

「行かせてほしいなってのが願いだ!!」

 

 スバルが蹴りあげたテーブルによって進行を止めた。結果、無事フェルトはこの空間から抜け出すことに成功した。

 

「おお、ちゃんと上がってよかった。でも思ったより爪先がぶらっっっ!?」

 

 すっかり油断したスバルはエルザの長い足で蹴り飛ばされた。位置的にサテラと並ぶこととなる。

 

「珍しく、少しだけ腹立たしいと思ったわ」

 

「へっへっへ、どうだ一人逃がしてやったぜ?」

 

 得意気にイキるスバル。その姿は決してかっこよくなどなかった。それが余計にエルザの神経を逆撫でしたのだろう。

 

「いいわ、乗ってあげる。でもダンスの退屈はさせないでね」

 

「俺と踊るってんなら覚悟しろよ。教養ないからな。その裸足踏みまくるぜ」

 

 手放してなかった棍棒を再度握り直す。

 

「ちょっと、大丈夫なの?」

 

「あ、あぁなんとか」

 

 労いの言葉をかけてくるサテラを見る。しっかり見るのは随分久しぶりのように感じる。

 そして分かった。自分が何故ここまで必死になっているのか。

 

 初めて見たときから、無意識にこの少女の真っ直ぐな瞳に惹かれていた。

 

 だからこそ再び気合いを入れ直す。

 

「まだ、名前も聞かせてもらってないしな……」

 

 本当は気づいていた。決まって自己紹介のとき、少女の真っ直ぐな瞳が揺らぐのを見て見ぬふりをしていた。

 

 その罪悪感からなのか、まだ少女の本当の笑顔を見ていない。

 そのためにも、ここで死ぬわけにはいかない。

 

「秘められた真の力とかがあるなら、今の内に出しといた方がいいと思うぜ?」

 

「切り札はあるけど、使うと私以外残らないわよ?」

 

「まだやれる! やれるよ! どうしてそこでやめるんだよそこで! もっと熱くなれよ!!」

 

 そんなカード切らせるわけにはいかない。スバルはまだまだ元気、というのをアピールしながら熱弁した。

 

「やらないわよ。まだこんなにあなたが頑張ってるのに。親のスネを齧るのは最後の手段なんだから」 

 

 彼女の瞳は絶望的といえる状況でも決して諦めようとしていない。凛とした表情で前を見て、震えることのない両足で立っている。

 

 ──やっぱりそうだった。

 

「そうと決まれば! 援護、頼むぜ」

 

 スバルは少女より一歩前へと歩む。

 

「そろそろいいかしら? この遊びにも、もう飽きてきた頃だし」

 

 その言葉を皮切りに、遂に最後の戦いが始まった。

 

 

────────────────────────

 

 

「よっ、はっ……せい!」

 

 攻撃や回避の度に声を発すスバル。スバルの動きは明らかに素人のそれだが、後方で援護している少女のせいでエルザは中々踏み切った攻撃ができないでいた。

 射線を切らねば氷柱が飛んでくるし、スバルへの攻撃も氷の盾が立ちはだかりままならない。

 

「ナイスサポート!」

 

「狙ったところに作るのって得意じゃないの。危うく氷の彫像ができるところだった」

 

「俺のじゃないよね!?」

 

 スバルの棍棒による攻撃はエルザを掠めようと直撃することはなかった。エルザの素早い動きをのろまな棍棒で捉えるにはそれこそ巨人程の力がないと無理だろう。

 ジリ貧を悟ったスバルは、振り下ろすぞ、と見せかけ後ろに棍棒を落とし、ここぞとばかりの回し蹴りを放つ。

 

「げっ」

 

 しかしそれが悪手だった。無駄に高い打点を狙った蹴りはエルザが体勢を低くしたことで空振り。そしてそのまま懐へと入ってくるエルザ。

 

「せめて綺麗な腸を見せてね」

 

 物騒な決め言葉とともにその刃が腹へと迫る。

 

(死────)

 

バキャッ!!

 

 突然、少女がいた方の壁が外から大砲でも撃ったかの様に粉砕され、その内の瓦礫の1つがとてつもないスピードでエルザに直撃。瓦礫は勢いを緩めることなく、エルザを反対の壁まで吹き飛ばした。

 スバルへの攻撃は中断され、九死に一生を得た。これは一体、とその場の誰もが思うなか、壊れた壁の方から声が聞こえてきた。

 

「──ったくよォ、」

 

 それはスバルが異世界で出会った最初の仲間

 

「お医者さンごっこは一人でやれっての、そうしないと──」

 

 そして少女にも心当たりがある

 

「──俺みたいなのが寄ってくるからよォ」

 

 その男は紅い瞳を光らせ、土煙から姿を現した。

 

 

────────────────────────

 

 

 

 

 入ってきた一方通行は少女、スバル、ロム爺の順に視線を走らせる。

 そしてスバルへと戻し、ニヤリと笑った。

 

「上出来じゃねェか」

 

「たく、遅せーぞバカ野郎」

 

 そしてもう一度辺りを見回して、

 

「パックはどうした?」

 

「時間切れらしい」

 

 そして頭にはてなを浮かべた。

 

「あ、あくせられーた……?」

 

 少女は起きた事に驚きを隠せないまま一方通行に声をかける。

 

「よォ、さっきぶりだな」

 

「あ、そうね──ってそうじゃなくて、どうして?」

 

「別行動から合流しただけだ、そンなことより、」

 

ガラガラガラ

 

 反対の壁からエルザが歩いてくる。

 

「一応、人が耐えれるような威力じゃないはずだが、ありゃ何だ?」

 

「化け物みてーな女だ、気を付けろ」

 

「ほォン」

 

 一方通行は興味深そうにエルザを見る。

 

「今日は最後まで踊れないの連続ね。不躾な殿方が多いわ」

 

「戦闘をダンス扱いか? 中々のイカれ野郎だな」

 

「それで、またダンスの相手はチェンジ?」

 

「あァ、俺と最後までいこうじゃねェか」

 

「いい、いいわあなた。やっと楽しめそう」

 

 そして、懐から別のナイフを取りだし、一方通行へと投擲。

 ナイフは一方通行へとあたる直前──

 

 向きを真逆に変え、エルザへと向かった。

 

 エルザはステップでかわすものの、驚愕を表情したまま、

 

「一体──」

 

「そォいやまだ自己紹介してなかったか」

 

 一方通行は地面へと手を持っていった。

 

一方通行(アクセラレータ)だ、よろしく」

 

 瞬間。

 

 バキィッ

 

 と、エルザの立っている床一帯が瓦礫と化す。

 

「くっ──」

 

 咄嗟に後ろの壁に飛び、ナイフを突き刺して静止。だが次の瞬間、壁すらも崩壊。その崩壊は終わることなくエルザ側半分の天井すらもバラバラにし、落とす。

 

 瓦礫の渦がエルザを包み、そのまま山となった。

 

 結果として一方通行は僅か五秒で盗品蔵の半分を瓦礫の山へと変貌させた。

 

「悪ィが、『化け物』はオマエの専売特許じゃねェンだよ」

 

 スバルと少女は開いた口が塞がらないの如く、一方通行を見るしかなかった。

 

────────────────────────

 

 

※本編はここまでです。

指摘があったので追記します。今回パックの睡眠事情を知るはずの一方通行が何故はてなを浮かべたのは、仕様です。

パックはマナを多く使ったため、マナを使ってない時より眠るのが早かった。という事情です。

 

 




お疲れ様です。前書きにも書きましたが次回からは効果音はあるものとしてでお願いします。あの音大好きです。3期変わっちゃったけど.....科学の一方通行で戻ると信じてる


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8話

いつもありがとうございます


 

「すっげぇ……」

「すごい……」

 

 スバルと少女が瓦礫の山を見ながら呟く。

 

 一方通行はそちらには反応せず、目を細める。

 

「まだか……」

 

 土煙が晴れた山頂には、這い出てきたと思われるエルザの姿があった。

 

 とはいえあれだけの衝撃だ。エルザは疲弊し、額には汗を浮かべていた。

 

「そのまま大人しくしてりゃァ逃げることもできただろォが」

 

「はぁ、はぁ、逃げる……? 傭兵の私がその選択肢を入れるのはまだ早いんじゃないかしら」

 

 そして一方通行に襲いかかるエルザ。投擲がダメなら直接ダメージを与えてやる、という魂胆だろうが。

 

「ぐぅっ……」

 

 ナイフを振るった瞬間、ダメージを負ったのは自分だった。

 

 一度距離を取るが、エルザの腕はあらぬ方向へと曲がっている。更にククリナイフもバラバラに砕けていた。

 

「わっかンねェかなァ。そンな小ネタじゃァ、俺には届かねェよ」

 

 その場で足踏みし、エルザを更に後方へと吹き飛ばす。

 

「さァさァ、ボロボロな上、武器を持つことすらできねェ。諦めて逃げ出したらどうだァ?」

 

「……いいえ、腕ならもう治ったわ」

 

「ァ?」

 

 直後。再びナイフを持ったエルザが這うような動きで一方通行へと接近。

 

 否。一方通行を通り越す。狙いは銀髪の少女だった。

 

 この距離では、魔法も間に合わないだろう。

 

「うぉぉぉーー、燃え上がれ俺の中の何かぁぁーー!!」

 

 いち早く気付き、走り出していたスバルは両手を広げて二人の間へと割って入った。

 

「ぃっくしょぉぉーーー」

 

 スバルは自分が切られることを覚悟する。覚悟せざるを得なかった。自分が死ぬことで少女を守れるなら、と最後にやっと心と行動が共通した。

 

(これで────)

 

 だが少女の恐怖も、スバルの覚悟すらも、杞憂であることに変わりはなかった。

 

 

 

 

 

 

ドゴッ!!

 

 とスバルの目の前に壁が現れる。正確にはスバルとエルザの間の地面が盛り上がり、壁となっていた。

 

 そして瞬間移動でもしたかの如くエルザの目の前に一方通行が現れ、怒りを表明した。

 

「ふざけてンのかテメェ!!」

 

 その拳でエルザを殴り飛ばした。

 

「うぉぉ、た、助かった。サンキュー一方通行」

 

「あ、ありがとう」

 

 一方通行が作り出した壁によって難を逃れた二人は改めて感謝の意を示す。が、当の本人は

 

「……悪いな」

 

 と短い謝罪をした。

 

 そして起き上がったエルザへ向けて投げ掛ける。

 

「オマエは俺に勝てないと分かった瞬間、逃げるべきだった。俺の目的はオマエを殺すことじゃねェ。追いかけるつもりもなかった、が」  

 

 そして右手を天に突きだし、歪な笑顔で告げる。

 

「アハッオマエ、もうダメだわ」

 

 そして右手でプラズマを形成しようと空気の圧縮にかかった。

 

 すると突如、一方通行の足元に紫色の光を放つ幾何学模様が現れた。

 

「まさか、魔法陣ってやつか」

 

 スバルはそう推理する。

 一方通行は、心当たりがないが演算は問題なくできているため続けることにした。この世界に来て何度も思うからか、そういうものだと割り切るのに時間はいらなかった。

 

「圧縮圧縮空気を圧縮」

 

 そして発生した濃い紫色のプラズマ。

 

 どういうメカニズムかは知らないが、元の世界とは同じようで違うみたいだ。

 

「……ちょっと、肩貸して」

 

 少女が突然衰弱したように膝を折って座りこんだ。つられてスバルも座り、彼女を支える。

 酷い熱だった。先程までの少女の面影はなく、病人のように弱っている。

 

「ど、どした? 急に体調でも……」

 

「違うの。マナが……」

 

 何が何だか分からないが、少女は一方通行の頭上にあるプラズマを指差した。

 

「一方通行! なるべく早めに頼む!」

 

 と、声をかける。

 

 一方通行も少女の異変に気付き、右手をエルザに向けて振り下ろす。

 

「格の違いを見せてやる」

 

 放たれた巨大なプラズマはエルザのみに止まらず、後ろの瓦礫の山を飲み込み激しい光を撒き散らしながら霧散した。

 

 

 

───────────────────────

 

 

 

 土煙が晴れ、目が慣れたスバルは何が起きたか確認した。そして目を思いっきり見開いた。

 

「う、うぉぉぉーーなんじゃこりゃーーーー!!」

 

 そこにあったのは山だった。だが先程までのゴツゴツ感はなく、まさに砂の山。盗品蔵の一部分であっただろうものが全て粉々になっていた。

 

 手で掬うこともでき、木か鉄かなど見分けがつかない。

 

 スバルにとって一番近いのは海の砂浜だろうか。日差しが強くてパラソルにずっと隠れてた中学時代を思い出す。

 

「どうなってんだこりゃ」

 

「物質を分子レベルでバラバラにした」

 

 と言われてもスバルには理解できない。

 

「まァこうなるとは俺も思わなかったが……ところで、お前は平気か?」

 

 一方通行は立ち上がった少女に声をかけた。

 

「大丈夫、になってきたけど、さっきのは...」

 

「プラズマ、て言って分かるか?」

 

「ぷらずま?」

 

「あァ、いや、あー、俺の攻撃だ」

 

 説明がめんどくさくなって適当に答える。

 

「流石に死んだよな……?」

 

「……普通だったらな」

 

 一方通行は念のため、と砂の山に近づき確かめようとした。

 

 その時、コロン、と石かなにかが転がるような音をスバルは聞き逃さなかった。

 

 棍棒を拾い上げ、少女の前へと出る。

 

「あくせらっ……!?」

 

 一方通行、と呼ぶ前にスバルは視界の端の影に気付く。一方通行が入ってきた穴だ。エルザはあの攻撃を最低限で受け、回り込んでいた。咄嗟にその影に視点を合わせる。

 

 が、遅かった。

 

「狙いは腹狙いは腹狙いは腹ぁぁーーー!!」

 

 棍棒を盾にし、ナイフを防ぐ。だが攻撃はそれだけに止まらず、スバルは蹴り飛ばされてしまう。

 

「また邪魔が入った、けれど」

 

 それはとても一目ではエルザと分からない。全身から流血し、何故動けているのかも分からない。

 

 そしてある意味病み上がりで無防備な少女に狂人の刃が迫る。

 

 

 

 

 

 

 

 




これ何番煎じすかね


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9話

おはようございます


 エルザの最後の力による攻撃は、壁に空いた二つ目の穴から入ってきた人物に止められた。

 

「まだ僕の役目があってよかった」

 

 その男は炎のように赤い髪と凛々しい顔つきを持ってそこに君臨した。

 

 腰に剣を携え、白い騎士装飾をした彼はエルザのナイフを素手で掴み、そのままパキッと折った。

 

 今度こそ狂人は牙を失った。

 

「くッ……いずれここにいる全員の腹を切り裂いてあげる。それまで精々腸を可愛がっておいて」

 

 その男の加勢。そして先ほどのダメージをもって、圧倒的不利とみたエルザは瓦礫を飛び越えて逃げ出した。

 

「お怪我はありませんか?」

 

 男はまず真っ先に少女の身を案じた。

 

「私のことはどうでもいいでしょう!!それよりも!」

 

 しかしそれは少女の反感を買ってしまったようだ。当然、自分を庇ったのはその男だけではないのだ。

 

 少女は倒れているスバルに近寄る。

 

「大丈夫なの?」

 

「お、おぉ余裕よ余裕、蹴られただけだしな」

 

 実際スバルがくらったのは蹴りのみ。それも満身創痍の女からなのだから、そこまでダメージがあるわけでもない。

 

「それより!!」

 

 とスバルは思いっきり立ち上がった。

 

「俺ってば、今君のことを助けた命の恩人ってことでOK?」

 

「おーけー?」

 

「よろしいですか、の意よ! てことでオーケー?」

 

「お、おーけー」

 

 少女は知りもしない言葉にひきつりながらも応じる。

 

「てことは! それ相応の礼があってもいいんじゃないか? ないかな!?」

 

「わ、分かってるわよ。私にできることならって条件付きだけど」

 

「のんのんのん。俺の願いは一つだけ。それも簡単なことだ! ……いや、簡単ではないか。ここまで来るのがどれだけ大変だったかっ!」

 

 今までの苦労を顧みて突然得た達成感。しかしそれに浸っているのはスバルのみ。周りはそんなスバルを奇怪な者を見る目で見守った。

 

「俺の願いは!」

 

「う、うん」

 

「君の名前を教えてほしい」

 

 パッチリとしたキメ顔かつ右手を差し出す。

 その状態で数秒の沈黙。スバルは冷や汗をかきつつ、あ、こんな状況前もあったな~と黒歴史を思い出していた。

 

 新年始まったばかりのクラスでの自己紹介。出来心でちょっとボケたら一気に周りの温度が下がる。

 

 今回も……と思っていたら、

 

「ふふっ」

 

 微かな少女の笑い声。しかしそれは確かにスバルを現実へと引き戻した。

 

 彼女はただ純粋に、楽しくて笑ったのだ。

 

「私の名前はエミリア。ただのエミリアよ。ありがとうスバルっ、私を助けてくれて」

 

 と、手を差しのべた。その白く細い手を見ながら、スバルは思った

 

(あぁ、なんとも──)

 

「ヘェ、エミリアっつゥンかオマエェ」

 

 ドォン、と砂の山が弾けた。

 

 突如にして発生した砂煙の中から歩いてくる一方通行。

 

「ま、名を偽ったことについては不問にしてやンよ。寛大な心でな」

 

「あくせられーた……ありがとう」

 

「ンで、いきなりしゃしゃり出てくれちまったオマエは何者だ?」

 

「俺とエミリアとの握手を邪魔したお前は何者なの?悪魔なの?」

 

「うるせェぞ、あー……スバル」

 

 この野郎一瞬忘れてやがったな、と怒るスバルを横に一方通行は話を進める。

 

「で、どうなンだ?」

 

「失礼。僕はラインハルト。ラインハルト・ヴァン・アストレアだ。出来れば君達の名前も教えてほしい」

 

「俺はナツキスb──「アクセラレータだ」……ナツキスバルだ……」

 

 最早泣きそうなスバルだが、それを哀れむのはエミリアだけだった。

 

「アクセラレータ……だって?」

 

「ァ? 別にこっちじゃ珍しいって訳ゃねェだろ」

 

「あ、あぁそうだな。よろしく、アクセラレータ、スバル」

 

 数秒の戦闘。そして男の様子から、一方通行は感じていた。

 

 コイツは只者ではない、と。

 

 だがそれを感じているのは一方通行だけではない。ラインハルトもまた、『アクセラレータ』と名乗った少年を意識していた。

 

「ならお前ェは何故このタイミングで来れた。ここは、お前みてェななりの奴が来る場所か?」

 

 ラインハルトは明らかに『貧民街』などという場所には相応しくない。

 白を基調とする騎士服の所々に、それだけで服のレベルを二つ三つ上げてしまうような輝く装飾が施されており、一目で高貴な人物だと分かる。

 

「それは──」

 

 

    『ロム爺ぃーー!!』

 

 その時、一際大きな声が響いた。

 

「彼女の導きだよ」

 

 その指差し先を見ると、色黒の巨体を必死に起こそうとするフェルトがいた。

 

 そこに一番最初に近づいたのは、エミリアだった。

 

「その人はあなたの家族?」

 

「……あぁ、ロム爺はじいちゃんみたいなもんだ」

 

「そう……」

 

 エミリアが両手をロム爺に向けてかざす。

 

 そして一帯が青緑に輝き始める。

 

「やめとけェ」

 

 一方通行の声でその光は薄れる。

 

「でもっ」

 

「やめろってのは、今はやめとけってことだ。どけ」

 

 一方通行はエミリアをどかし、しゃがむと、まずロム爺の頭へと触れる。

 

(脳から内臓の至るところまで、基本的な構造は普通の人体と変わらねェか。だが出血が多すぎてそのほとんどが機能してねェな。まァどちらにしろ死ンでさえなけりゃァ、この一方通行に治せない訳はねェ……か)

 

 そして、ロム爺の傷口に触れる。

 

(流れ出た血液から細菌の排除。戻し血管を繋ぎ合わせる)

 

 ロム爺の傷口へと血液が戻っていく。

 

「これは……」

「すごい……」

 

 ラインハルトとエミリアが各々反応を示す。

 

(酸素を取り戻した、あとは)

 

「おい、お前の出番だ」

 

「うん」

 

「傷口を塞いでやれ」

 

「分かったわ」

 

 エミリアの医療魔法は今度は滞りなく完了した。

 

「ま、少ししたら意識も戻るンじゃねェの」

 

「お前って何でもできるのな」

 

「何でもできる……ねェ」

 

 本当に何でもできたら、なんて幻想を持つのは何回目だろうか。

 

 だがこの世界であれば……もしもゼロからやり直すことができるのなら……。

 

 捨てたはずだったものが、一方通行の心に再び芽生えた瞬間だった。

 

 

 

 

────────────────────────

 

 

 

 

「どうして助けてくれたんだ?」

 

 フェルトが一方通行とエミリアに問う。

 

「徽章を返してもらう為よ。私はあなたのおじいさんの命の恩人。それ相応の礼があってもいいんじゃないか? ないかな? だったっけ?」

 

 と首をかしげながらスバルの方を向くエミリア。

 

「返す言葉もございません……」

(可愛いすぎるだろ)

 

「あぁアンタから盗ったものは返す。恩知らずな真似はできねぇ。そっちの兄ちゃんは?」

 

「ァ? 知るかボケ」

 

「知るかって……」

 

「っせェなァ、ンな下らねェこと聞いてる暇があったらじじいの傷口でも舐めてやがれ」

 

 一方通行は欠伸をしながら答えた。

 

「っ……姉ちゃん、徽章は別の場所に隠してきたんだ。取りに行ってもいいか?」

 

「用心深いこと、嫌いじゃないけど。ここで待ってるわ」

 

「いーのかよ? 口からでまかせで逃げるかもしれないぜ?」

 

「逃げてもいいけどアレが追いかけてくるわよ?」

 

 指差しで氏名を受けたラインハルトは改めて背筋を伸ばした。

 

 それを見てフェルトは心底嫌そうな顔をしたあと、「すぐ戻る」とかけていった。

 

オマエノチカラッテドウナッテンノ?

 

マズガクエントシデノウリョクカイハツヲウケタニンゲンハノウノパーソナルリアリティニヒキオコシタイジショウヲニュウリョクシテゲンジツニソレヲハンエイサセル,オレノバアイハベクトルノケイサンシキヲクミタテ,

 

イヤ,モウイイワ…

 

 スバルと一方通行が会話してる横でラインハルトはまずエミリアに頭を下げる。

 

「此度はエミリア様に多大な心労をお掛けしてしまいました。この失態に対する罰はいかように……」

 

 片膝を地面につき、ミリのぶれもなく佇むラインハルトにはどんな罰でも受けるという覚悟があった。

 しかしそんな騎士の鏡にエミリアが向けた言葉は、

 

「そういうところ、あなたたちってわからないのよね」

 

「は?」

 

「危ないところに助けに来てくれて、全員無事で済んだ。それなのにそこまでの全ての苦労や痛みの責任を背負おうとするんだもの」

 

 優しく、でも少し不満げに言った。

 

「だから、助けてくれてありがとう。私から言うことはそれだけ。罪が見当たらないから罰も与えようがない。納得いかなければ次に活かしてくれればいいわ」

 

「分かりました。その言葉、有り難く」

 

 ラインハルトは思い知った。

 エミリアという少女の器量。自分の浅はかさ。そして、

 

 やはり彼女には『王の器』があるのだと。

 

 

「それと、今日あったことだけれど……」

 

 エミリアはばつが悪そうに声のボリュームを落として言葉を紡ぐ。

 

「そうですね。これからしばらくは腸狩りの手配書を出します。元々後ろ暗い噂は絶えませんし、無駄骨になる可能性の方が高そうですが。それからあの老人と少女ですが──」

 

 一瞬真面目な顔つきから一変。ラインハルトは砕けた笑顔を見せると、

 

「────生憎今日は非番でして。さらに被害者が被害を訴えないのでしたら、僕ができることは何もありません。いえまったく、事情は分かりかねますが」

 

「ふふっ、ありがと」

 

「いえ、これが恐れ多くも騎士の中の騎士と呼ばれている男の本性ですよ」

 

 エミリアは笑顔を、ラインハルトは苦笑を。

 それぞれの思いのまま表情を和らげた。

 

 

 と、ここまでは平和な流れだったのだが。

 

 エミリアとラインハルトの会話の他所で一方通行はスバルに一つ疑問を持った。

 

「つゥか本当に大丈夫なのかオマエ? 明らかにナイフがオマエの腹を通りすぎたように見えたンだが……」

 

「あ、あぁあの棍棒がなかったら正直やばかったかもな」

 

「コイツがねェ……」

 

 一方通行は落ちた棍棒を拾い上げた。

 

 すると、

 

「……オイ」

「……よせやい一方通行」

 

 棍棒が刃物で切ったかのように半分になった。

 

 

 

 

────なんとも、割りに合わねぇ.......ガクッ

 

 




お疲れ様です


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一章最終回

「なンつーか、似合わねェなァ」

 

 エミリア達から離れ、貧民街の上空から国全土を見下ろしている一方通行。

 この国にはやはりここが異世界なんだと確信させるものがあった。まずマナと呼ばれるものの存在と流れ。空気中に均等か、と思いきや所々集合している箇所がある。決まって街灯など設備だった。電気がない可能性すらみえてくる。

 

 電気無しでは機能の殆どが沈む世界で育った彼にとってはかなりの衝撃だった。

 

 スバルが倒れたのが5分ほど前のこと。スバルを死なせるわけにはいかない(巻き戻し的な意味で)一方通行は再び応急処置をするも、傷が深く、エミリアでは完全に治すことはできなかった。そこで、スバルを治療できる者がいるというエミリアが住んでいる屋敷へ、お礼の意味もこめて、と招待されたのだった。今はフェルトが戻るまでの時間潰し中である。

 

「とりあえず道は見えてきたな」

 

 するべきことをする手段を手に入れた。見ただけで高貴な人物だと分かる上に、さっきの騎士からはまるで上司のような扱いだ。そのエミリアの屋敷となれば最優先で必要な《知識》の回収もできるだろう。

 

 実に都合のいい展開だが、偶然か、策略か、なんて考えることはなかった。

 

 そうこう考えている内に下から呼ぶ声が聞こえた。

 

「あくせられーた!」

 

 滑舌がよくないが、エミリアの声だ。会ったときからずっとこんな調子だ。

 

 降下し、一方通行がまず見たものは気絶したフェルトを抱えるラインハルトだった。

 

「……何してンだテメェ」

 

「これにも事情があるんだ。決して悪いようにはしないと約束する」

 

「そォかい」

 

「正直君とは対立したくない。それはアストレア家の意思でもある。だが、これも運命なのかもしれないな」

 

 自らが抱えるフェルトを見つめながらそう言った。

 

「そりゃ何のお告げだ?」

 

「ご先祖様がアストレア家に残した言葉さ。白髪紅眼の賢者と、ね」

 

「そンなやつ幾らでもいるだろ。都市伝説かよ下らねェ。メルヘン脳は万国共通らしいな」

 

 この場合世界だがな、と呆れながら言う一方通行。メルヘンが具現化したような出来事が起きた彼は、最早そうそうなことでは驚くことすらしない。

 

「そろそろ行きましょうか」

 

「では護衛の部隊をつけましょう」

 

「あン? テメェは誰を守ろうとしてンだ?」

 

 自分が同行する者に護衛をつける、というのが気に触った一方通行はスバルを左手で抱え上げた後、エミリアに右手を差し出した。

 

「はやく掴まれ」

 

「え? え?」

 

「案内だけしろ」

 

 右手を掴んだのを確認した瞬間。背中に竜巻を装着。

 風が荒む音がなり、飛行の準備を終えた一方通行は

 

「嘘っ」

 

「じゃァなァ、ラインハルト・ヴァン・アストレア」

 

 別れを告げた後、懐で騒ぐエミリアを無視して浮上。あっという間に盗品蔵を後にした。

 

「本当にとんでもない人だ」

 

 今のもそうだが、それより興味深いのは後ろにある山だった。

 

 先程まで盗品蔵を形成していたものだろうが、ここまで粉々になるものだろうか。

 

 更には発覚したもう一つの事実もあり、ただ、夜空を見上げながら呟く。

 

「落ち着いて月を見られるのは、今夜が最後なのかもしれないな」

 

 そよ風に吹かれながらそれは、その場に確かに響いたが、誰の耳に届くもない。ただ月と向き合って、夜空だけに届いた。

 

 

 

────────────────────────

 

 

 

「なんでもできるのね、あくせられーた」

 

「そンなことよりその滑舌の悪さはどうにかならねェのか」

 

 盗品蔵を発った後、エミリアに指示を受けながら飛び続けているとふと思った。

 

───何をしてるんだろうか。

 

 と。

 

「似合わねェな、ホント」

 

「何が?」

 

「こっちの話だ」

 

「どっちの話よ?」

 

「あー……何でもねェよ」

 

 こんな他愛のない会話もそうだ。いつもの一方通行なら真っ先に怒鳴り散らすところだろう。

 

「今日はほんっとーにありがとう、二人が居なかったら徽章どころか死んじゃってたかもしれない。私にできることならなんでもさせて」

 

「なら、これから行くとこに書庫か何かあンならそれを使わせろ」

 

「そんなことでいいの?」

 

「そんなことが重要なンだよ、今はな」

 

「私のって訳ではないけどあるわよ、ちょっと癖の強い子が居るけど」

 

 これよりか、とエミリアを見ながら思った。

 

「さっきのどういう意味なのかな」

 

「さァな、まァ都市伝説を信じちゃった痛い子とは思えねェよな」

 

「ちょっと分からないけど。彼はふざけてああいうこと言う人じゃないわ」

 

「なら人違いだろ」

 

 当然、一方通行がこの世界に来るのは初めてなのだ。特徴が似てようがそれは虚実だろう。

 

 なんにせよ、一方通行は道を得た。この世界で生き抜くためには、今まで以上に力が必要だというのを一日目にして知れた。それは彼にとって何よりのラッキーだったのだ。そして彼の力が必要とするのはどこまでも『知識』。『法則』さえ掴めれば能力は更にパワーアップする。

 

「掴ンでやるよ、この世界の全てをな」

 

「なにか言った?」

 

「あァ、こっちの話だよ」

 

 まだ右も左も分からない、未知かつ異常なまでに異端な世界で、異端児は思った。

 

 

 




お疲れ様です。読んで下さってありがとうございます。これにて一章は完結です


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2章
1話


 陽日七時。

 

「知らない天井だ……なんつって」

 

 ナツキスバルは目を覚ました。まだ頭がぼーっとしている。窓から射す光が目を刺激する。

 

「朝日を拝むのなんていつぶりだろ……っと」

 

 すかさず腹をさする。

 

「お?おぉ……傷なし!傷痕もない!流石異世界!流石エミリア!」

 

 そこまできて初めて部屋を見渡す。

 寝ていたベッドは安物のそれではない、天井も明らかに一般とは言い難いデザインをしており、何といっても一部屋の広さが尋常じゃない。

 

「エミリアの屋敷ってとこかな」

 

 ラインハルトってやつの方かも、とややへこむ事実を思い出しつつ新たな冒険の予感にドキドキが止まらなかった。

 

「さて、とりあえず人を探すか」

 

 立ってもなんともないことを確認して、ドアを開ける。

 

「予想通りというか、逆にここまで広いと不安になってくるな。俺はこの部屋に戻ってこれるのだろうか。お、良いところに綺麗な花瓶じゃねーか!」

 

 ドアの横に細めの花模様の入った花瓶が置いてあるのを覚え、歩みを進める。

 

 が、しかし

 

「そこそこ歩いたが……あ、花瓶だ」

 

 ……

 

「お、花瓶」

 

 ……

 

「花瓶……」

 

 3周程して廊下がループしているということが分かった。

 

 異世界的な意味では、確かにありがちといえばありがちだが、こうして実際体験すると、何とも言えない気持ちになる。

 

「あーあ。結局最初の部屋で待機かよ」

 

 若干へこんだ心を抑え、元いたはずの部屋の扉を開ける。

 

「お早い帰宅で──ヘブッ!?」

 

 瞬間、顔めがけて飛んできた何かに吹き飛ばされた。

 

─────────────────────────

 

 

 明け方、スバルが目覚めたのと同時刻。

 

 館内禁書庫には、

 

「イ文字、それからロ文字にハ文字、平仮名片仮名アルファベットor漢字ってとこか」

 

「……本くらい静かに読めないのかしら」

 

「すみませンネェ。読み自体分からンからある程度予測しないと解読できないンですわ」

 

 ぶつぶつと呟きながら文字の解読に没頭する白髪の少年と、独特な口調を持つ少女がいた。

 

 少年の名はアクセラレータ。先日の一件からお礼ということで書庫を使わせてもらい、世界の知識を集めている。

 

 少女の名はベアトリス。アクセラレータが使っている書庫の司書である。見た目は11~12歳。フリルの多いドレスに身を包み、その美しさに相応しい可愛らしさとひねくれた性格を持ち合わせ、クルリと巻いたクリーム色の髪がよく似合う美少女だ。

 

「文字も読めないくせに、よく書庫を使わせろなんて言えたものなのよ」

 

「読めないから学ンでンだろ。まァ幼女に頭を使えっつゥ方が酷ってモンだが」

 

「……幼女とは言ってくれるのよ。あまり調子に乗らない方がいいのよ。忠告しといてやるかしら」

 

「ほォ? 何か飛ンでくるンですかァ? 魔法に興味持っちゃった五歳児の発言たァ思えねーよなァ」

 

「ほんっっとにムカつくやつなのよ!にーちゃのお願いじゃなかったらとっくに追い出してるかしら」

 

「何? 何ですかァ? そのいつでも追い出せるみたいな言い方はァ。遊ンでほしいンならそう言えよ、ベアロリスちゃん?」

 

「……お前みたいなもやし、痛め付けても旨味も出ないのよ」

 

「……ハッ」

 

 お互いの沸点は軽く突き抜け、

 

「一度思い知るがいいのよ、ニンゲン」

 

「ハッ、ニンゲン舐めてンじゃねェぞ三下がァ」

 

館を震わせる戦争が勃発した。

 




お疲れ様です。2章はじめです


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2話

おはようございます。たくさんのUAに感想ついて嬉しさと驚きでオーララ。


 真っ白な空間に放り込まれた。

 はっきりとしない意識の中で、

 数多ものノイズが飛び交うのを聞いた。

 

 その中に一つ

 はっきりと耳に届いた。

 聞こうとしたわけじゃない。

 一方的に告げられた。

 

 

 ────お前には、なにも守れない

 

 と。

 

 

「ッ!?」

 

 俺は夢から逃げるように現実で覚醒した。いや、既にどんな夢だったのかなど覚えていない。が、相当不愉快なものだったのには間違いない。

 

 上半身を起こし、状態を確認する。少しだるい。起き上がったという事実の理解が遅れ、動作一つ一つの感覚がぼんやりとしている。典型的な貧血の症状だ。

 咄嗟にこめかみ辺りを触れ、身体の状態を確認する。確かに本調子ではないが、何らかの異常の後、治療を施されたようで基本的に身体に問題はない。

 

 一体何が起きた?

 

 そもそもこうなる前に何をしていた?

 

 そんな考えは次の瞬間消え去っていた。

 

「あら、目覚めましたわ、姉様」

「そうね、目覚めたわね、レム」

 

 少しも動かず綺麗な直立だったために気づかなかったが、部屋には俺以外にも人がいたようだ。

 

「俺はどれくらい寝てた?」

 

「二時間ほどたちましたわ、お客様」

「およそ二時間になりますわ、お客様」

 

 二時間か、やはり記憶が混濁している。

 

 それはそれとして、目の前に佇む二人のガキは使用人か何かだろうか。

 メイド服? を華麗に着こなし、片や水色よりの青い髪で右目を隠し、片やピンクよりの赤い髪で左目を隠している。違いがそのくらいしか見当たらなかった。双子、それも一卵性、髪色的には二卵性と見るべきだがかなり似て……

 

 いや、そんなことはどうでもいい。

 

「レム……と?」

 

「レムはレムです、お客様」

「ラムはラムよ、お客様」

 

 この双子は青髪の方がレム。赤髪の方がラムというらしい。

 それぞれ名前を知ったところで思ったのは俺に対する態度。

 お客様、ね。ここまで、下手に出られるのは人生初だ。エミリアが言うにはここの館主は相当の変人らしいが、この使用人からはそんな気は微塵も感じられない。

 

「二時間ってこたァもォ9時を回ったところか」

 

 そういえば腹が減った。今朝から頭を使ってたからか、いつもより空腹感が大きい。

 そこで何を察したのか双子の使用人は言った。

 

「もうじきロズワール様がお戻りになられます、お客様」

「もうしばらく待ってちょうだい、お客様」

 

 レムは真顔のまま。ラムは冷やかすように微笑みながら。

 

「……あァ、そォかい」

 

 気遣いが上手いというか、俺そんな顔に出てたか?

 ロズワールってやつがこの館の主らしい。ロズワールというと、ロズワール・L・メイザースだろう。ここルグニカ王国最高峰の魔術師であり、大規模なメイザース領の領主。魔法を学ぼうと思えば必ず通る名だ。だからこそ知っているのだが。

 

 エミリアは確かただのエミリアとか言っていたな。この館を使っているのはどんな事情だ? あの騎士ラインハルトの態度といい高位な人物であるというのは分かるが……。

 とそこでふと気付いた。天井を見ながら考え事をする俺を双子の使用人はじっと見ていた。

 

 そうか、

 

「悪ィな、戻っていいぞ」

 

「承知しました、お客様」

「ではごゆっくり、お客様」

 

 と言葉を残し、いそいそと退室していった。

 

 俺のことを客などと言っていた辺り、出るに出れなかったのだろう。ラムの方は途中から崩れてたが。

 

 そして入れ違いにある人物が入ってきた。

 

「元気そうで残念かしら」

 

「あァ?」

 

 頭に煽ってくる幼女だ。相変わらず腹立つやつだが、

 

「何の用だ?」

 

「ふん、思ったよりも平常そうで心底残念なのよ。それにしてもバカなやつかしら。そんな状態で魔法を使おうとすれば、そうなるのは当然なのよ」

 

 魔法……そうか、思い出した。

 

 事は単純、口喧しい幼女を躾ようと得たばかりの知識で魔法を使おうとしたのだ。そこからの記憶がない。

 

「俺はどうなった?」

 

「詠唱を始めたかと思えばすぐに血を吐いたのよ。更に続けていれば例えベティーでも寿命を縮めていたかしら」

 

「……待て。その言い方はなンだ? まさか俺の治療をしたのは……」

 

「ベティーなのよ」

 

「なン、だと……」

 

 最悪だ。コイツに借りを作るとは……。

 

 それにしてもコイツが俺を治療してくれるとはな。相当嫌われていたと思ったが……。

 

「よくもまぁそんな体で魔法を使おうと思ったものかしら」

 

「そォいやさっきから言ってたが俺の体には異常でもあンのか?」

 

「大アリなのよ。むしろ自覚がない方がおかしいかしら」

 

 そして俺は衝撃で不可解な事実を告げられる。

 

「お前のゲートは既に壊れているのよ」

 

 

 

 




お疲れ様です。


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3話

こんにちはー!次回からちゃんとサブタイ考えようかな……


「は?」

 

 ゲートというのは、魔法を使う際に消費するマナを融通する器官。それは本来生命を持つ全ての者が保持しており、そこに優劣はあるが、最初から壊れているなんてことは一部例外を除きあり得ない。

 

「どういう事だ?」

 

「それはこっちの台詞なのよ。お前みたいなのは初めて見るのよ。何をしたらそんな壊れ方するのかしら?」

 

「知るかンなもン……」

 

 今一番驚いているのは他でもない一方通行だろう。

 ゲートなんて代物は前の世界では聞いたことがないし、学園都市の科学力を持ってして未知だったのだから今後も見つかりっこない。

 

 むしろ違う世界から来たからゲートが存在しない、とかなら納得したのだが。

 

「とにかく、今後魔法は使えないものと思うかしら。無理に使おうとすればそれは、自分の命を削るも等しい所業なのよ」

 

「ゲートが作用しなかったら自身の魂……オドだったか、を削るってわけか」

 

 つまり大した知識もない一方通行は、マナが使えないことを知らずオドを絞ろうとした、その結果がこの様である。

 

「ゲートの損傷ねェ……俺の身体は大丈夫なのか?」

 

 マナというのは血液等と一緒で身体を循環する生命線の一種でもある。その部分に問題がないのか、という簡単な疑問。

 

「お前が失っているゲートの機能は二つ。一つは外からマナを取り入れる機能。更に一つはマナを体外に出す機能。不幸中の幸いとでも言うべきかしら。お前の身体を維持する分のマナは無くなることはないのよ」

 

「そォかい。最後に一ついいか?」

 

 今までの説明を聞いた中で一方通行が持った疑問。いや、一方通行だからこそ持った疑問があった。

 

「なにかしら」

 

「オマエはなンだ?」

 

 彼女の言う通りの機能をゲートが持つなら、彼女には、彼女の身体には不可解な点があったからだ。

 

「……」

 

 それきりベアトリスは黙りこんでしまった。一方通行は予想してたかのように質問を取り下げた。

 

「変なこと聞いたな。妄言だとでも思って流してくれ」

 

「……あまり踏み込むんじゃないのよ。生き急がないことかしら」

 

 それきり会話は切れ、自然とベアトリスは出ていった。

 

 最後まで生意気なガキだった、というのが一方通行の感想だったが、少し考え方が変わった。少なくともゲートが壊れている、というのが事実であることは分かった。ならば発想を変えることでこの問題は乗り越えられると確信したのだ。

 例えば自身の能力であるベクトル操作でゲートの代わりをする、また関知できている外界のマナを使うことだってできるかもしれない。 

 

「オイオイ、あっという間に沸いてきやがるじゃねェか」

 

 一方通行は震えた。

 

 これまで生きてきたなかで、ここまでのモチベーションを発揮したことがあっただろうか。無論ない。 

 そして一方通行はもう一つ気がついた。

 

 人の探求心が死ぬことはない。これまで生きてきて、普通の人間が一生かけて得る知識量を遥かに越えた脳を持つ一方通行でも、未知なることには興味が沸くし進んで得ようと思う。

 

 ニンゲンはどこまでも強欲な生き物、か。確かにその通りだ。

 

 そういえば、と一方通行はある事を思い出した。

 

 スバルは

「考えるだけ無駄だな」

 

 あのバカはほっとこう、と瞬時に切り替えその部屋を後にするのだった。

 

 




お疲れ様です。オンゲキしてきます


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4話 再会の言語

こんばんは~。


「最後に両手を上げて、ヴィクトリー!!」

 

「び、びくとりー!」

 

 ナツキスバルは朝に強い方ではない。にしても今日は流石に眠気も飛び、エミリアを誘って元気にラジオ体操の普及に励んでいた。

 

 というのも先ほど自室へと戻ったスバルを待っていた、一方通行とベアトリスの小競り合いの流れ弾という洗礼。更に扉渡りに対する衝撃で完全に目が冴えたのだ。代わりに鼻の辺りが少し腫れてしまったが気になる程ではない。

 

「っし、以上。初めてにしては上出来。エミリアたんには『ラジオニスト初級』の称号を与える、今後も励むように」

 

「? ……スバルの言葉はともかく、ちゃんと運動してたのは事実みたい。綺麗にマナが循環しているのが感じられるもの」

 

 マナが循環と言われてもスバルには理解できないが、それが良いことであるのはエミリアの態度から分かる。

 

 なんか嬉しい。あまり高尚なものでもないが、想い人が喜んでると自分までその事に喜ぶものだ。

 

「そうね、時間があったら、だけどこれからもお願いしようかな」

 

「ぬぁ!? よ、喜んで!」

 

 両手を握り、全力で喜んでいるスバルを見ながらエミリアはクスクスと笑った。

 

「変なの。スバルったら」

 

「でもあれがスバルの良いところだよ」

 

「フフッ、そうね」

 

 肩に出てきたパックとともに小さな笑いを共有するのだった。

 

 

────────────────────────

 

 

 

 

 体調が回復した一方通行は再び禁書庫を訪れていた。本来、書庫の司書であるベアトリスによる『扉渡り』によって簡単に踏み入れられる場所ではないのだが、ベアトリスが溺愛するパックの協力により使用することができている。

 

「おい、魔法使いには使えない大気中のマナを精霊術師が使える理屈はなんだ?」

 

「単純な話。精霊とその他の生物とではマナとの結び付きが違うのよ、距離ともいえるかしら」

 

「つまり精霊とマナとの関係は他生物よりも密接ってことか。だが生物はゲートを通じてマナを取り入れる、干渉できることに変わりはねェだろう?」

 

「ゲートがマナを取り入れるのは呼吸のようなもの、酸素を呼吸によって取り入れることは出来ても息を止めてる状態で生きていけるかしら? そういうことなのよ」

 

 要するに精霊にはそれが出来ると。その簡潔? かつ分かるのか分からんのか分からない例を聞き、一方通行は言う。

 

「だが俺の能力を使えば、半強制的に大気中のマナを集めることができる」

 

 演算。一方通行が知らなかった物体Aもといマナを観測。そして手元に集める。

 

 ──瞬間。一方通行を中心にあの魔法陣が現れた。

 

 昨日、エルザとの対決でプラズマを形成したとき発生したものと全く同じ魔法陣、その発動のトリガーが判明した。

 

「俺がマナを使役しようとすると発現するみてェだな」

 

 あの時はマナを含む大気そのものを集めたため発現したのだろう。

 

「お前……その魔法陣は……」

 

 ベアトリスはそれを見るや否や立ち上がり、小走りに棚の角のすみから薄く汚れた黒い本を取り出してきた。

 

 そしてそれをパラパラと捲り、あるページで止めると見比べるように本と魔法陣を見た。

 

「なンだその本は?」

 

「これはこの書庫内で唯一読むことができない本なのよ……」

 

「読めない?」

 

 一方通行は一応、魔法陣を出したままベアトリスの持つ本を覗きこむ。

 

 そこに書かれていたのは確かにベアトリスでは読むことができない文字。そして図示されているのは一方通行の足元のモノと全く同じ幾何学模様。

 しかし一方通行からすれば常日頃見てきた文字であり、反対に模様は一度も見たことがないものだった。

 

「どォいう事だ?」

 

 咄嗟にその本を取り上げ、目を通す。

 

 当たり前にスラスラと内容が頭に入り、それを和訳した言葉で反芻する。

 

「『我、ここに記す。ゲートを失った者の救い、人工魔法機【紋章・精霊の加護】。だが願うはこれを読める者が現れないことであり、祈るは彼女の永遠の安眠である』」

 

 それは一方通行にとって異常な光景だった。見慣れた文字が羅列してあり、特に考えることもなく読み進めることができる。一方通行がいた世界で人はその文字を『英語(English)』と呼んだ。

 

 一方通行が手を震わせ読み進めるなか、それを更に異常なものを見ている様な目でみるベアトリス。

 

「人工……魔法機……。お前、それが読めるのかしら?」

 

「オマエが読めねェのも無理はねェ。驚いた、まだこの文字を見る機会があったとはなァ」

 

 考えられるのは唯一つ。この世界に召喚された地球人は他にもいるということ。

 

 そして一方通行をこの世界に連れてきた人物はこの本を書いた者である可能性が高い。

 そう考えるのが普通だが、それはあまりに不自然でもあった。本の制作時期だ。見た目だけでも年季の入ったものだと分かる上に記述によればこれは、

 

「約400年前……だと?」

 

 自分と関連性が高いと見える割には古く、更にそんな本がこんな洋館にあることも不自然。

 

 この世界、一方通行が予想している以上に不可解な事が多い。

 

 一方通行は再びこの世界への召喚を喜び、初めて味わう『期待』という感情に心を寄せるのであった。

 

 




お疲れ様です。サブタイ付けることにします!


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5話 朝食

こんばんは。


 ある程度自分の現状と向き合い、調べたところで俺は禁書庫を出た。

 去り際に金髪ドリル幼女から「二度と来るんじゃないのよ」との有難い言葉を頂き、適当に返して出たところ、入った時の場所と出た時の場所が違うというのは中々面白い。

 

「扉渡り、割りと攻略は簡単そうだがな」

 ()()は来客を喜ばないからこんな魔法を使っているのだろうが、おそらく穴がある。

 扉渡りは『閉まっている扉の中からランダムで禁書庫へと繋げる』、つまり屋敷中の扉という扉を開けっ放しにしていったらいつかは必ずたどり着く。それに、元から人がいる部屋には繋がらないだろう。まぁこれらは仮説でしかないが。

 といってもこの館の広さだ。どう考えても40は超える扉がある。わざわざ開いて回る人間はいない。

 

「何事にもイレギュラーは付き物っつゥことだな」

 

 書庫から拝借してきたボロボロの本を見ながら呟く。

            

 この世界単位で400年前に()()で書かれたこの本には魔法陣だけでなく色々な事が記されている。ただし今この世界でこの本を読めるのは俺とスバルのみ。最初は異世界に来たのは偶然かと思っていたが、魔法陣(正確には紋章)といい……やはり裏があるようだ。

 

「お客様、当主ロズワール様がお戻りになられました」

 

 後ろから声をかけられる。振り向くと桃色の髪を揺らすメイド。ラムがいた。

 

「ようやく、か」

 

 研究も一段落ついたとこだ、ちょうど良い。

 

「あっちの、レムはどうしたンだ?」

 

「レムはもう片方を迎えに行ってるわ」

 

「オマエスイッチ切れるの早ェな」

 

 俺的には楽な話し方でいいが、使用人としてはどうなのだろうか。

 

「そういえば、まだ名前を聞いてなかった」

 

 最早完全に仕事モードは砕けたようだ。立ち止まり、堂々と聞いてくる。俺は苦笑いして名乗る。

 

「アクセラレータだ」

 

「長いわ」

 

「What?」

 

「そうね……アクセラ、もしくはレータでどうかしら?」

 

「……好きにしろ」

 

 仮にもお客様にこの態度。マイペースといえば聞こえはマシだが、これはただのめんどくさがり屋だ。

 ただ別に悪い気はしない。興味の外ってだけで割りと何でもめんどくさいもんだからな。

 

 

 

──────────────────────

 

 

 

 前略、俺は今驚いている。 

 

 当主が戻り朝食というラムの報告を受け向かったのは絵にかいた様な大広間。中心に豪華な装飾の長テーブル、上座を含め9つの椅子があり、正に金持ち御用達みたいなテーブルクロス。エミリアとスバルが並んで座り、その向かいが俺の席、少し離れた位置にベアトリス。なんでこいつ俺より早くここに来てんの?

 

「よォまた会ったな」

 

 ベアトリスにそう声をかける。

 

「ベティーはにーちゃに会いに来ただけかしら。気軽に話しかけるんじゃないのよ」

 

 確かにそう言うベアトリスの手にはパックが乗っている。ベアトリスはパック相手には猫なで声すら惜しまぬ程だ。

 

 だがそんなことはどうでもいい。

 

「あはぁ、君がもう一人の客人君だね。とりあえず座りたまえよ」

 

「お、おォ」

 

 俺に座るよう促す上座の人物は、奇怪なピエロだった。表現に必要なのはこれだけで十分だ。何代も続くメイザース家当主は個性的だとは聞いていたが、これは変態だ。個性的とかではない。

 

 座りざまに目線を変えスバルを見る。見た感じは元気なようだが……

 

「よ、おはようさん。その節はサンキューな!助かったぜ」

 

 片眼をつぶり親指を立てる。死ねばいいのに。

 

 それにしてもあれだけの傷が一晩で完治……魔法、便利だな。

 

 俺はピエロとスバルを見比べる。二人とも、はてなという目で俺を見る。

 そしてスバルで視線を止め、一言。

 

「紙一重……」

 

「おいぃ!俺とあれを比べんじゃねえぇーーー!」

 

 変人の悲痛な叫びが響いた。

 

 

────────────────────────

 

 

 

 人が揃ったということでラムとレムにより朝食が配膳される。

 

 異世界といっても食事は地球でいう洋食のそれと一緒だった。使われてる食材は呼び方こそ違うが見た目はほとんど同じ、サラダは彩り豊かで絶妙な焼き加減のトーストにはハムのようなものがのっている。

 

「では頂こう。──木よ。風よ。星よ。母なる大地よ。」

 

 手を組んで目を瞑り、祈るように言葉を紡ぐピエロやレムとラム、それにエミリアとベアトリス。

 

 食事の前の儀式的なものだと察するのは容易だ。俺はそれに習い、同じ体勢を取る。

 

 なぜ?

 

 俺も随分丸くなったものだ。前世ではちょっと外を歩けば襲われ、常識とは思えない実験に協力して人格破綻者と言われていたのに。

 

「ではお客人、いただいてみたまえ。こう見えて、レムの料理はちょっとしたものだよ」

 

 促されるまま料理に手をつける。

 

「む、想像以上に美味ぇ」

 

 大方俺と同じ感想をスバルが述べる。見た目だけでなく味自体も地球と変わらない。どころか料理人がいいのか腹が減ってるからなのか、普段と比べ物にならないほど美味しい。

 

 そもそも俺とスバルは時系列こそ同じといえ、体感時間は長いのだ。久しぶりの飯ということもあるということ。昨夜は即寝てしまったしな。

 

「そぉーだ、スバル君はともかく。君にはまだ名前を聞いてなかったね」

 

「俺はアクセラレータと名乗ってるが、なンとでも呼ンでくれ」

 

 さっきも毒舌メイドに長い、と言われたばっかだ。それにこの世界では最早本名で名乗っても差し支えない。今さらそんな気は無いが、それも相み呼ばれ方には拘らない。

 

「それではアクセラレータ君と呼ばせていただこう。とぉっても格好いい名前じゃない」

 

「……そりゃどォも」

 

 鳥肌立った。マジもンの変態かよ。きめぇ。マジきめぇ。スバルの話し方くらいきめぇ。

 

「おい、コイツこれでもこの国一の魔法使いだってよ」

 

「これでもとか言ってるが、俺からしたらお前もコレも大差ねェな」

 

「あはぁ、やはり私とスバル君は似ているようだねぇ。アクセラレータ君公認だ」

 

「やめて! これ以上俺のハートをえぐらないで! もう俺のハートは俺史上ぶっちぎりでブロークンしてるの!」

 

「え……え?」

 

 エミリア。理解しようとしなくていい。コイツが何言ってるのかは同郷の俺でも分からない。

 

「にしても驚いた。天性の才能と卓越した知識と技術を持って宮廷筆頭魔術師の名を欲しいままにしたロズワール・L・ メイザースがこんな変人とは」

 

 この評価はロズワールを指す上で必ずといっていいほど綴られていた。そしてこれは過大評価ではなく正当な評価。そう考えると流石に変人とは書けない、が。

 

「ふぅーむ、素晴らしい響きだ。初対面の人にこんな賛辞をいただけるとは、嬉しいものだぁーね」

 

「変人も賛辞か」

 

「仕方ないわ。ロズワールは国公認の変人だもの」

 

 中々面白いやつだ。国一番の魔術師であり国一番の変人とは。

 

「あーらら、エミリア様も手厳しぃーね」

 

 とここで少し疑問が生まれる。

 

「……何故オマエがエミリアのことを様付けで呼ぶ?」

 

「君たちはほーんとぉに面白い。このメイザース家に客人として来ていて事情をなーんにも知らないって言うんだから」

 

 事情か。そういえば魔法やらなんやらにかまけて、ここルグニカ王国については何にも調べてない。

 

「まァこれから調べればいいからな」

 

「そうそう、これから調べればいい。って俺ら字が読めないんだっけ?」

 

「俺はさっき大体理解した。生活に支障が出ない程度にはな」

 

「えぇ……ほんの数時間でマスターしたんすか?」

 

「三種類だ、あっちよりマシだろ」

 

 あっち、というのは勿論地球のことだが、地球の言語の種類は果てしないからな。といっても当然イロハの3つだけとも限らないわけだから、実質まだまだ研究の余地はある。

 

「ほぉ、文字も読めなかったと?」

 

「すンだ話だ。読める前提で話してくれ」

 

「俺が無理なんですけど?」

 

 知らん。死ね

 

「知らン。死ね」

 

「本音と建前は使い分けるためにある...」

 

「へェーえ」

 

 呆れるほどどうでもいい。そんな無駄な会話をしていると、スバルの隣人から笑みがもれた。

 

「フフッ、やだ二人っとも」

 

 今の会話でどこに笑う要素があるだろうか?あるとしたらスバルの頭くらいだが、あれで笑うとしたら苦笑いだろう。相変わらず女というのは分からん。

 

「そろそろ本題にはいってもいーぃかな?」

       

 そして俺は国の()()とやらを知ることになる。

 

 

 




お疲れ様です。


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6話 王国の事情

こんばんは。誤字報告ありがとうございます。自分は基本語彙力が終わってるため助かりますm(_ _)m


「率直に言うと、この国には王がいない」

 

 王国なのに。不思議な話であるが、詳細はこうだ。

 

「本来、王は世襲制でね。その血族が継ぐことになるんだが──」

 

 半年前突然起きた、特定の血族に感染する病によって王家は全滅。しかし王がいない国などあってはならない。そうなると新たな王を選ぶ必要がある。

 

 ルグニカ王国は『親竜王国』とも呼ばれてあるとおり、竜との盟約のもと成り立っている。そこで王は竜と盟約を結ぶ資格のある巫女から選ばなければならない。

 あの徽章は特殊な素材で作られてあり、巫女の資格がある人物が触れると光り輝くのだ。

 

 だからこそエミリアは徽章だけはなんとしても、と奮闘していた。

 

 ロズワールはエミリアの支援者という立場にある。もしエミリアが王となれば、ロズワールも相応の地位に就けるということだ。

 

「この話聞くと、俺らって想像以上にとんでもないことしたんじゃね?」

 

 スバルが身を乗りだして言う。

 

「うん、だから私は二人に感謝してもしきれない恩がある。私にできることならなんでもやるつもり……どんな、ことでも……」

 

 そうしおらしくされると、こっちが悪い気分になってくる。そもそも俺の分はもう済んだはずだ。欲がない、とエミリアは言ったが正直ゴミ清掃の給与としては破格だ。大して苦労してないだけに、こう思うだけかもしれないが……。

 スバルが何を要求するかは分からないし興味がない。

 

 いや、待てよ。

 

「そンな重要な物持ってあンなとこをエミリアは一人でうろついてたのか?」

 

「いぃーや? 付き人としてラムが同行していたはずなのだが……」

 

 件のメイドはしれっとレムと同じ髪型にして誤魔化そうとしている。モノクロだったらごまかせたかもしれん。

 

「つゥことは、だ」

 

 ロズワールと目を合わせつつ意味ありげに言う。ロズワールはすぐに察し、俺の望む答えで返してきた。

 

「なぁーるほど。確かにこの件、私の監督不行き届きを訴えることもできる。金銭面では極貧のエミリア様より私の方が要求できる幅が広がるってわけかぁーな?」

 

 その通り。変人でも王国筆頭宮廷魔術師、察しがいい。

 

「加えて言やァ、これは交渉じゃない」

 

「賢しいねぇ。いいだろう、今回の徽章盗難の事実を隠蔽するためそれなりの対価を支払おう。言ってみたまえ」

 

 そう、王候補という立場にある以上、その証ともいえる徽章を盗難されたというのは、それだけで王候補の資格を失うかもしれない事実だ。公にするわけにはいかない。

 

「本当か!? 男に二言は無ぇぞ!!」

 

 これを聞きいきなり騒ぎ出すスバル。なんとまぁ、欲に忠実というか……。

 

「すごい言葉だねぇ。ふむ。確かに男は言い訳しないべきだ。二言はない」

 

「なら!」

 

 その後、スバルが言ったことをこの場の誰が予想できただろうか。

 

「俺をこの屋敷で雇ってくれ」

 

 本当になんとまぁ……予想の斜め上を行くやつだ。

 

 

 

 




お疲れ様です。
よってらっしゃいみてらっしゃい


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7話 それぞれの思惑

こんばんは!これは一応今日の分です。
そしてですね、序章から2章6話に至るまで全パート細かい修正をしました。以前に比べると格段に読みやすくなっていると思います。読み返してやるよっ、て方は是非!たくさんの指摘ありがとうございます!


 雇ってくれ、と言い放つとは。微妙に思考が重なるのがイラつく。この選択は俺も視野に入れていた。俺とスバルにこの世界を生きていく術はない。基本的な社会知識や常識が欠如しているからだ。職探しが最も苦労することだろうと思っていた。

 

 そういう意味でこれはアリだ。

 

「ほ、本当にそれでいいの?」

 

 そうエミリアが聞く。まるで信じられない、といった感じだ。

 

「む、やはりなんの履歴もないやつが働かせてくれってのは無謀すぎるか」

 

「そうじゃなくて、欲がなさすぎるの!」

 

「私が言うのもなんだけど、エミリア様の言う通り欲のない話だと思うよ?」

 

 エミリアに続きロズワールまでもがそう言う。当然こいつらは俺たちの事情を知らない。

 

「いやいやエミリアたん、ロズっち。何の取り柄もない俺がひょんなことで好きな子と一つ屋根の下で働けるなんて、こんなラノベ主人公な展開はないぜ?」

 

 前言撤回。コイツは俺とは違うとこで考えている。

 

「ちょっと何言ってるのか分からないけど……どうしてなのよ……」

 

 おそらく彼女はこう思っている。

 

 恩と礼がまるで釣り合わない、と。

 

 王都でもあいつは命を救うことの代わりに名前を聞いた。命と名前だ、比べるとかいう次元ではない。彼女のように真面目な人間はそれだけでも負い目を感じているはずだ。

 

 スバルはそれを察したのか、こう言った。

 

「勘違いすんなよエミリアたん。俺はその時その時で自分が一番欲しい物を望んでるぜ? むしろ俺ほど欲に忠実な人間はいないまである。それに俺ってば天下無双の無一文。明日明後日贅沢できたとしても長い目で見たらなーってとこあるじゃん?」

 

「……それなら別に、食客扱いとかでもいいじゃない」

 

「その手があったか!? ロズワーーール!?」

 

 とんでもないスピードで首をひねり、ロズワールを見ながら言うも、

 

「最初の要求が有効です。男に二言はないからねぇーえ」

 

「そうだよね! 男は二言とかしないもんね!」

 

 と口では言ってるが、実際スバルはあまり後悔してないだろう。エミリアがいる限りスバルの目的はここロズワール邸にあるのだから。

 

「して、君はどうするかね? アクセラレータ君?」

 

 こちらを見ながら言うロズワール。どうでもいいが、未だにコイツに呼ばれると鳥肌が立つ……。

 

「ン、そォだな」

 

 よく考えると、今目の前にいるのは国一番の魔導師なんだよな。

 

「なら俺と戦え……ってのは」

 

 そう言った瞬間、一瞬で俺の背後に移動したレムが冷たい声で言い放つ。

 

「無礼者」

 

 背に立つ一見か弱い少女から、尋常でない力を感じた。

 

 なんだコイツは……ベアトリスといいエミリアといい、人じゃない奴等は異端な力を持っている。が、コイツは段違いだ。これでもまだ力の一端だというのが余計に恐ろしい。あのエルザと比べてもまだ余る。

 

 アレはあれで化け物だったが、戦い方が物理一本のシンプルなものだったから、余裕があった。魔法やら精霊術やらを絡めて来られては太刀打ちできない。今は。

 

 つまりエミリア(パック)やロズワールを相手取るなら、負け勘定だ。レムやラム、ベアトリスも同様、戦うには早すぎる。

 

「冗談だ。俺もスバルと同じで頼む」

 

「ほう、それでいいのかい?」

 

 特に言うこともなく、その問いに頷いた。

 

「いーぃでしょう。では今日この時より、二人を我が館の使用人として認めよう。願わくば、仲良くやっていきたいものだね?」

 

「そっちにその気があるならな。まァ、じっくり精査してくれ」

 

 少し意味ありげに応えた。

 

 仮に、だ。

 俺たちが手土産云々はともかくとして、『今すぐ出ていく』という選択肢を取った場合どうなるか?

 

 最悪視界にいるエミリア以外の者と戦闘になるだろう。

 

 王選候補エミリア陣営において俺とスバルの存在はリモート爆弾のようなものだ。俺たちの気分一つでエミリアは失脚の道を辿る、と向こうは考えている。

 

 無論そんなことするつもりはないが、リモコンは握っておきたいだろう。

 

 互いの思惑はあるも、こうして俺とスバルはロズワール邸の使用人となった。

 

 

 

おまけ

 

 

 

「……」

 

 一通り話が終わり、場が落ち着いた。

 しかしそんな中、ナツキスバルは少しも落ち着いていなかった。それもそう、スバルは会話の流れでサラッと「好きな子と一つ屋根の下」と言った。いや、言ってしまった。その時は噛むことなく言えた自分に賛辞を送っていたものだが、時間が経ち冷静になるにつれ自分を呪いたくなっていった。

 

 そのため彼は先程から落ち着かず、チラチラとエミリアの方を見ては顔を赤らめている。

 

(勢いに任せて俺は何てことを……っ)

 

 今さら後悔の波が押し寄せる。いつもは余計なことばかり考えている彼の思考回路にも、今はその事しか流れない。

 

 流石に今告白の返事について言及するのは無理だ。次に二人になったときにでも、と考えるもその際どんな切り出し方をすればいいのか、と柄になく真剣に悩む。普段は適当に脊髄で話す彼にとっては至難であった。

 

 もしかしたら彼女の方から切り出すかもしれない。その時は覚悟を決めてどんな言葉も受け入れるつもりだ。これは自分の恋路をかけたナツキスバルの一世一代の勝負だった。

 

 ──どう転んでも前へ進む

 

 こう決意し、自分を落ち着かせた。

 

 そんなスバルの戦争の中心であるエミリアは、ため息混じりに呟いた。

 

 「女の子と一緒の職場がいいなんて、不純だわ。……レムとラム、どっちがスバルの好みだったんだろ……」

 

 そんな明後日の方向に飛んだエミリアの想像を、ナツキスバルは未来永劫知ることはない。

 

 

 

 

 




前書きにも書きましたが、本当にたくさんの指摘ありがとうございますm(_ _)m
ではお疲れ様です。おやすみなさい


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8話 赤髪の先輩と一方通行 青髪の先輩とナツキスバル

おはようございますm(_ _)m
皆さんカラオケではアニソン自重しますか?僕はしません


赤髪の先輩と一方通行

 

 

 

「朝食準備、衣類の洗濯、中庭の整備、昼食の準備とここまでが午前中の基本の仕事。午後は館内の清掃と、その日によって変わるけど、不足した備品の調達に行ったりするわ」

 

「はァ、思ったより楽だな」

 

 細かい契約内容も詰め、早速仕事が始まった。

 

 アクセラレータはラム、スバルはレム、とそれぞれ教育係につき、別々に仕事を教えていくという方針に決まった。現在アクセラレータは敷地内の案内をしてもらいつつ仕事内容に関する説明を受けている。

 

「考えたらこれまで二人で回ってたンだよな」

 

「そうね、少し前までは三人いたのだけど一人はやめてしまったから」

 

 そんな雑談を交えつつ、館外の中庭を歩いている時ラムが言った。

 

「それにしても意外ね。アセロラが働く、なんて言うとは思わなかったわ」

 

 アセロラ?

 

「あァ俺もまさか働く日が来るとは思いもしなかったが……」

 

 ──そうだ、考えることがまだあった。俺の変化だ。

 

 どうもこの世界に来てからの俺は、少し前までの俺を否定している。大抵「力でねじ伏せる」とか「利用する」といった考えで動いていた。「働く」なんてのは頭の片隅にもなかったはずだ。

 

 ──だが今の俺はどうだ?

 

 よく知りもしない奴を助けるために戦い、事を荒げることもなく穏便に会話を済ませ、挙げ句「働く」という選択を自分でした。

 

 そしてそれらを俺は正しい、よかったと認識している。

 

「何をしているの?」

 

 立ち止まっていた俺にラムが聞いてくる。

 

 ……変わったこと。こうして俺の周りに人がいるってこともか。

 

「なァ、人は一人で生きられるかって聞かれたらどう答える?」

 

 だから人に聞いてみることにした。ラムは一瞬表情を固めた後、ため息とともに言う。

 

「何を言い出すかと思えば……。でもそうね、真面目に答えるなら、無理、よ」

 

「何故?」

 

「一人じゃ、成長できないじゃない。身体的な面ではなく精神的な面で。自分が間違いを犯したとき、それを正してくれるのはいつだって他人よ」

 

 一瞬、息が詰まった。

 

「間抜けな顔して、どうしたの?」

 

「……いや、なンでもねェよ」  

 

「そ、じゃあ早くついてきなさい。時間は有限よ」

 

 そう言いながら前を歩いていくラム。その背中を追うように足を速めた。

 

 間違いを正してくれるのは他人、か。俺が変わった原因は、初めてまともな人間関係ができたからってことなのか?

 

────────────────────────

 

 チョキチョキ バサバサッ

 

 館の装飾の一つである庭の木々。今はその木々の景観を整えている最中だ。長くなった枝や、くせっ毛のように跳ねた枝を切り取っていく作業。

 

 だが今行われているのは、ラムが切り終えた木を俺が手直しするという謎の作業。なにせこいつ適当すぎる。

 

「今までこれやるときってオマエとレムの二人でやってたンだよな?」

 

「ええ、そうよ」

 

「……レムも苦労するな」

 

「そうね。バルスが余計なことしてなければいいけど……」

 

 そうじゃない、が指摘しないことにした。朝食の際も料理はレムの方が得意みたいなこと言ってたし、コイツが勝ってる部分あんのか?

 

 ちょっと突っ込んでみるか。

 

「オマエ結構何でも適当だよな、レムの方がしっかりしてるンじゃねェか?」

 

 それに対する彼女の返答。

 

「そんなことはないわ、ラムはレムの姉だもの」

 

 意味わからん。

 

 しかし彼女はこれで大真面目だからバカにできない。

 

「……やっぱりレムがいないと調子がでないわ。早く一人で何でもできるくらいになりなさい」

 

 と思いきやこんなことを言い出すのだから、やはりラムという人間はよく分からない。

 

 まぁ要望に応えられるよう適当にがんばるとするか。

 

 

─────────────────────────

 

 

 

青髪の先輩とナツキスバル

 

 

「次はこっちです。そろそろ昼食の準備をしましょう」

 

「厨房ね、いいねいいね。これでも小学生の頃はよくキッチンに入ったもんだ。忙しいキッチンにおいて最もいらない人間、そう、俺!」

 

「そうですか」

 

 その簡素な返答を受け気分が更に沈む。

 レムと二人になってからスバルのテンションは下がる一方だった。

 仕事に関することには文句のつけようもない。素人にも分かる懇切丁寧な説明に、至らぬ点を見つける方が難しい完璧な仕事。

 それはありがたいし良いことなのだが、スバルとしてはもう少し会話に華が欲しいところだ。完全無視なら諦めもつくが、どんなボケでも一言は必ず返してくるのだから、それが余計にやりづらい。

 

「料理の経験もなしですか?」

 

「あーあるとは言えないっつーか限りなくゼロに近い無限小っつーか何にも見えない真っ白ドリーマーっつぅか……」

 

「ないんですね」

 

「Yes」

 

「はい、の意。ではとりあえずレムを見ていて下さい」

 

 そう言い、レムが作業にとりかかる。下ごしらえをはじめ、本作業まで。その細部まで分かりやすく解説しながら料理を進めていく。

 その流れるような手際に感心しつつ、自分の中で料理の難易度がどんどん上がっていくのを感じるスバル。一流の使用人を前に清掃、洗濯とこれまでも見せつけられてきたが、料理は別格だった。しかもこれが日によってメニューが変わると考えると……

 

「自分のこれまでを呪いたい……」

 

 家事は愚か、その手伝いすらまともにしたことがないスバルにとって使用人の仕事は苦行そのものだ。

 

 外に出ないのだから少しくらい家の仕事をしとけばよかった……

 

「ここに来て思うことになるとは……スバルくん、ちょっと後悔」

 

「これからはほぼ毎日なんですから、早く覚えてくださいね」

 

「だ、だいぶ後悔……」

 

 おちゃらけるようなテンションも無くなってきたスバルだった。

 

─────────────────────────

 

「にしてもこの広い屋敷をレムりんとラムちーだけで管理してたんだろ?」

 

「? そうですね」

 

 スバルが呼んだ突発的な渾名に一瞬困惑しつつもちゃんと返答するレム。嫌じゃない、というよりはまたなんか言い出したよ……、という感じだろう。スバルは既にロズワール邸で公認の変人だった。

 

「人数が増える分、仕事がはかどると思ったのですが……レムは間違っていたようです」

 

「そんな丁寧にコイツ使えない、て言わないで! これからだよこれから! 大船に乗ったつもりで待っててくれ!」

 

「あまり期待しないで待ってます」

 

「辛辣!」

 

 と言うも、そんな状況でも仕事を完璧にこなすあたりレムのスペックは計り知れない。

 

「ラムちーもこんだけ仕事できんのか……? そりゃたった二人でも回せるわけだ」

 

「当然です。姉様は完璧ですから」

 

 お? とスバルは思う。普段よりも食い付きがあるような気がした。

 

「いやでもレムりんも相当だと思うぜ? これ以上って言われても想像もつかないくらいにはな。俺もいつかはこんな仕事人になるんかな? あっ、そう考えると今から楽しみになってきた」

 

「いえ、レムでは姉様の足元にも及びません。それは、期待するのはいいですが、何年かかるんでしょうね?」

 

「ふーん、そんなにか。あとそんな質問を当事者にするんじゃない。どんくらいかかろうとdon't cryの精神でもって走り続けてやるぜ?」

 

「そうですか、頑張ってください」

 

「いやいや、もっと聞いてくれていいんだぜ?don't cry の意味とか。ちなみにdon't cry は泣かないで、の意な。はいどうぞ」

 

 スバルのマシンガントークがキレを取り戻しめいく。テンションの回復とともに無駄な動きが増えているスバルは、感極まって身を乗りだす。

 

 だがここは清掃をしたばかりの厨房だ。上半身を乗り出した拍子に、滑りやすくなった床はスバルの足を取り、

 

「げ!? あだっ!」

 

 そして彼はそのまま前のめりに倒れこんだ。

 

 その数秒後、レムは床に這いつくばるスバルを見て言った。

 

「don't cry 」

 

「やめて!そんな目で俺を見ないでーー!!」

 

 こうしてなんやかんやありながらも、二人の使用人生活一日目は終わったのであった。

 




お疲れ様です。
非シリアスパートは少し苦手……もうちょっと続くんじゃ。
平成のアニソンは結局禁書Ⅲed1.革命前夜がトップなんだよなぁ俺的に。さぁーって抜いていったわ


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9話 紋章術とは

こんにちは。
※追記 オリジナル要素入ります


 初日の仕事は滞りなく終わり、俺とスバルは湯船に体を沈めていた。

 

「いてて」

 

 しかめ面でこぼすスバルの指にはいくつか絆創膏が貼ってあった。どうやら滞りなく終わった、と思ったのは俺だけらしい。

 

「よく皮剥きだけでそうなれたなオマエ」

 

「いや、なんで何を剥くにも包丁なんだよ。ピーラーとか無いんかな」

 

「そりゃァ文化の違いだろ。あのコンロとかこの風呂とかは魔法技術らしいし、科学なンつゥ概念無さそうだしな」

 

「なら魔法で剥きゃいいのに。っても魔法っていちいちマナとかいう媒体使うんだよな。有限らしいし。そう考えると充分に発達した科学は魔法と区別つかない、てのは真実だったな」

 

「クラークか。オマエ頭悪い癖にいらンことばっか知ってるな」

 

 と適当にスバルの愚痴を聞いていた。

 

 初日の仕事がよっぽどこたえたのか、スバルの口から『疲れた』という意の言葉を何度も聞いている。俺は疲れそうな作業は大体補正をしているから大した疲労はないが、常人には苦行なのか?

 

「まァ、作業効率的にこっちにない道具を普及するのはありだな」

 

「だろ? だが最大の難点はそんなことじゃあない。俺にとって絶対に必要なものがないんだ」

 

 つまらないこと言われる気配がする。

 

「この世界には、マヨネーズがない」

 

「死ね」

 

 ある意味期待を裏切らないが、本当にどうでもいいことだった。

 

「そういえば、お前の力って結局どうなってんだっけ?学園都市とか言ってたけど、そもそも学園都市ってなんだ?」

 

「学園都市を知らない? あの東京に鎮座する外から見たら無駄に目立つ都市を知らないだと?」

 

「東京にそんなとこあったか?」

 

「無知にも程度ってもンがあるだろ……。学園都市ってなァ外より数十年進んだ科学技術をもって『超能力』の実用化をしてる都市。東京神奈川埼玉山梨をまたぐ大都市だぞ?」

 

「いやそんな都市あったら俺が知らないわけがない。超能力とか魔法とか異能とか大好物だった中二病時代、今思い返すと恥ずかしい……」

 

 確かにコイツの場合『超能力』なんてワードには飛び付いてきそうなものだ。なのに知らないというのはおかしいな。

 

 ただ、それについて言及するのは時間の無駄だ。今となっては前世のことなど関係ない。

 

「ま、まぁ経緯云々はいいとして、どんな能力か教えてくれよ!」

 

「対表面に触れたベクトルを自在に操作する力。その気になれば今一瞬で館を崩壊させることもできる」

 

 厳密には対表面を覆うように展開されている効果範囲内、だ。学園都市では最強とされ、一人で軍隊と戦えるとか言われたが、この世界では最強とは程遠い。

 前提として既知の物理現象等、自分の頭で計算可能な法則に対しては作用できる。逆に、『魔』という力は俺が知ってる法則を逸脱している歪なものだ。実際、魔法で作られた氷に対して俺の能力は正常に作用しなかった。

 

「今一イメージ沸かないな……もっと分かりやすいチート能力かと思ってた。なんつーか、どういう理屈で盗品蔵ぶっ壊したのかとか分からん」

 

 スバルは俺が蔵を半壊させたりプラズマを生み出したのを見ている。力の向きを操る、ということの利便性はバカには理解できないのかもしれない。

 

「物理の勉強でもしてろバカ」

 

「ぐ、ぐうの音も出ない……」

 

 そんな俺とスバルの間に指す一筋の影。振り向くまもなく声をかけてくる。

 

「やぁ、ご一緒していいかい?」

 

 そこには全裸の変態貴族、もといロズワール。化粧がない顔を見るのは初、そこには何の違和感もない普通の男がいた。国一番の魔導師は案外ガタイもよく、身体的にもかなり強そうだ。

 

「お断りします」

 

「私の屋敷の施設で、私の所有物だよ?私の好きにさぁせてもらうよ」

 

「なら一々聞くな。風呂くらい勝手に入れ」

 

 俺は無言で肯を表すが、スバルはロズワールに対して当たりが強い。同族嫌悪か、変人同士思うことでもあるのか?

 

「おや手厳しい。それに分かっていない。確かにこの浴場もそうだが、使用人という立場の君も私の所有物といえるのではないかな?」

 

 言いながら片膝を突き、スバルの顎を撫でるように触る変人。俺にやったら殺す。

 

「がぶり」

 

「躊躇ないなぁ!」

 

 変人Bは不快感を全面に出してその手に噛みついた。多分、本気でやってる。

 

 冗談よ、とスバルを嗜め、浴槽につかる変人A。同時に深く長い吐息をもらした。湯浴みがもたらす快感は異世界共通。こりを解すように肩を回し、大きな伸びをした。

 

「爺さンかよ、肩でも凝ってンのか?」

 

「私もこれで忙しい身だからねぇ。入浴もなんだかんだこの時間になってしまったよ。もぉっとも、君らとこうして対話できるのは喜ばしいことだ」

 

「相変わらずきめェな、ついでに肩も軽くしとけ」

 

 そう言い、ロズワールの肩に触れて鈍くなった血行を正す。なんだかんだで便利な能力だ。最上ではないにせよ、この世界でも一定以上の需要があるのは間違いない。

 

「ほぉ、こぉれはすばらしい。今後マッサージはアクセラレータ君に頼もうかな?」

 

「やめろ気色悪い」

 

 マジで。

 

「アクセラレータ、俺も俺も」

 

 っと自分の肩を親指で指しながらのたまうスバル。軽く無視して、再度集中して湯の温度を感じる。風呂に浸かるとどうしてここまで気持ちいいのだろうか。理論的に詰めていくのは簡単だが、それを知ってしまうと逆に風呂を楽しめなくなる気がする。メカニズムを知って冷めるという経験は誰にでもあるだろう。

 

 前世ではレベルの差が分からないアホによく喧嘩を吹っ掛けられた。俺は買うことはあれ、売ることはなかったので、何故ここまで突っかかって来るのかを一度追及したところ、嫉妬という案外かわいい理由だったのが逆に冷めた。これは例になってないか……。

 

 以降知らなくてもいいことはなるべく避けている。

 

「そうそう、ラムとレムとはしっかりやれているかい?」

 

 感傷にふけてると、ロズワールが聞いてくる。

 

「仕事に対しては文句ないけど、レムりんとはあんまし、かなぁ。逆にラムちーとは仲良くしてんよ」

 

「問題ねェ、仕事も仲も言うことはない」

 

 若干食い違いはあるが、それは見解の違いだろう。仲良くしたいと思うスバルは不満だが、仲は特に気にしない俺は問題ない。

 そこのところは、ロズワールも分かっているのだろう。満足げな顔で言う。

 

「いぃい感じじゃないの。初日にしては充分な感想で嬉しいよ」

 

「まぁなー初日って考えると充分、か」

 

 スバルもあわせてそう言う。人との距離だ、そんなすぐ縮まるようなものではない。本来レムが普通、ラムはむしろ馴れ馴れしすぎるくらいなのだろう。

 

 

「ンなことより、聞きたいことが幾つかある」

 

「質問かい? ふむ、私の深く広い見識で答えられるような内容なら構わないよ」

 

「今遠回しに私は頭がいい、て言われた気がする」

 

 スバルは突っ込むが、俺としてはそのくらいでなければ逆に困る。詳しすぎるくらい話してもらいたいことだ。

 

「紋章術についてだ。なるべく詳しく頼む」

 

「ずぅいぶんマニアックな単語知ってるねぇ。お国の事情よりも大事かなぁ、でも気分がいいから答えちゃう」

 

 たしかに国の事情を全く知らなかった奴がする質問ではないかもな。その点については何も言えない。

 

「紋章術というのは約400年前、賢者シャウラが生み出し、使ったことから広まった魔法戦術ってとこ。生み出した理由は少ないマナ量で強力な魔法を使うため。原則、紋章術は魔法陣から成る。はぁい注目」

 

 そういうと、ロズワールは自分の指先に一筆書の星を円で囲んだマークを浮かべた。空中だが、確かにそこには光り輝く模様がある。

 

「これがマナから成る魔法陣の一つ『五芒星の魔法陣』。効果は、これを介して発動する魔法の効果を上昇させる」

 

「ほえぇ、こんなこともできるのか」

 

 スバルは食い入るようにそれを見る。くっきりと模様を描き光るマナ。

 

「これはもう発動した状態。私が近くにいる限り1分はこうして現存する。その間は追加マナはいらない。とぉっても効率いいよねぇ」

 

「え、すっげぇ便利じゃん! なんでこれがマニアック知識に入っちゃってるん?」

 

 俺と同じ疑問を持つスバル。当然、それだけの効果があるならばメジャーな戦術であるべきだ。

 

「そう思うよねぇ。でもそんな簡単じゃぁない。『五芒星の魔法陣』で倍にできるのは精々エルまでだ。それ以上の場合七芒星、十芒星といった別の魔法陣が必要になってくる」

 

 魔法の威力は弱い方から、

 

 無印 エル ウル アル 

 

 例えば火属性魔法のゴーアだったら弱い方から、ゴーア エルゴーア ウルゴーア アルゴーア である。

 

スバルにもそれを説明すると、

 

「え、だったらその別の魔法陣を使えばいいんじゃね?」

 

「あっはー、私の予想通りの返答、すばらしい。さっきも言ったけど、そんな簡単じゃないのよ。まず魔法陣の構築がね。マナで精密な魔法陣を描くなんて本来人間業じゃない。この私ですら、『五芒星の魔法陣』以外の魔法陣は構築できないからねぇ」

 

 その五芒星の魔法陣ですら、かなりの集中力がいるらしい。

 

「それでもマニアックってことはないだろ?別に『五芒星』でも使えるなら使った方がいいじゃんか」

 

「ところがそうもいかない。さっきも言ったように相当な集中力が必要な以上、こういう場ではできても、戦場でいざ発動しようと思っても厳しいからねぇ。そういった理由で、今では『紋章術』なんてのは ()()()()()()()()()()()()()()()()()() でしかない。使う者は200年前にはもういなかったって話だよ」

 

「なるほどねェ」

 

「余談だが、200年前までは数人、紋章術を使う手合いがいたようだが、『紋章術師』の二つ名で呼ばれたのは結局賢者シャウラだけ。だからこそ、今は選択肢にも入らないんだぁけど」

 

 それは術が生まれてから200年、まともに扱えた者が一人しかいないということ。

 どうりで紋章術に関する書物が少なかったわけだ。現代では紋章術は戦術の択にも入っていない、代々更新されなければ当然伝わる情報も少ないというわけか。

 

 俺は思った以上の収穫に満足し、一足先に出ることにする。

 

「先に出る」

 

「待て待て俺を残して行く気か!? もっと俺と裸の付き合いを楽しもうぜ」

 

「黙れ、死ね。──あァそうだ、最後に一つ聞いていいか?」

 

「なにかな?」

 

 浴槽から上がり、立ったタイミングで問う。その場で触れているマナに干渉し、『精霊の加護』を展開する。様々な幾何学模様や芒星図形が交わるその魔法陣は俺を中心に描かれ、紫色の光を放つ。

 

「オマエは──この魔法陣を知っているか?」

 

 ロズワールは目を思い切り見開いて驚愕を表した後、言った。

 

「いぃや知らない」

 

「そォか……」

 

 俺はそこで踵を返し、浴室を後にした。

 

 紋章術。便利ではあるものの難易度が高過ぎて廃れた力。

 

 俺は今かつてない胸の高鳴りを感じていた。

 

 ──呼ばせてやるよ『紋章術師』

 

 

 

 

 

 




お疲れ様です。
毎日投稿できるのはここまでかもしれないです、申し訳ない。


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10話 魔法

本当は順序逆なんだろうけど...すみません

何とか間に合いました。


 

「彼、一体何者なんだろうねぇ」

 

 一方通行がいなくなった浴室で、ロズワールが呟く。

 

「さぁ? そりゃ俺にも分かんねーよ」

 

「彼とは旧知の仲ではなかったのかぁな? どういう関係だい?」

 

「どういうって……ある意味運命共同体、的な、みたいな?」

 

「なぁんで聞いた私が聞かれてるのだろうか……」

 

 スバルと一方通行は出会ってまだ2日3日の仲だ。彼について理解していることなどほとんどない。 

 

 そしてそれよりも、スバルには確かめたいことがあった。

 

「そんなことより! 魔法魔法! 魔法について話そーぜ! 俺の一から始める魔法道、今宵はのぼせるまで付き合ってもらうぜ!」

 

 ナツキスバルは密かに期待していた。異世界モノ定番のバグチート無双、その能力の有無に。王都で身体能力がそのままだったことから、自分には魔法の才能があるのではないかと。

 

「アレの後魔法の話とは。順序が違う気がするけどいぃいでしょう。何でも聞いてちょうだい」

 

「はいはい! 魔法は誰にでも使えるのですかっつーか、俺は魔法を使えますかっ!」

 

「もちろん、君も人間ならばゲートが備わっている。ゲートは分かるね?」

 

「分かりません!」

 

「あはぁ、即答速攻大否定! 素晴らしい。ゲートというのは自分の体にマナを出し入れする門のこぉと。ゲートを通してマナを取り入れ、ゲートを通してマナを放出する。使うにしろ溜めるにしろ、必要不可欠なわぁけ」

 

「かしこかしこまりかしこ! っつぅことは俺も魔法は使えるんだな!? きたぜきたぜ、俺界隈第二位の人気を誇る魔法使い! あと十三年は先だと思ってた!」

 

「確かに熟練するには連度が必要だぁけど、十三年は言い過ぎじゃない?」

 

「それは言葉の綾よ。必要なのは時間じゃない、技術だ。てなわけ魔法についてもっと詳しくよろしく!」

 

 全ての青少年が一度は通るメルヘンな世界、通常よりも深くソレに魅せられたスバルにとって、魔法というのはヒロインと同じくらい重要な要素だ。それが可能と知れた今、単純なナツキスバルが思うは、

 

 ──俺の時代キタコレ!!

 

「まぁゲートにも素養に差はあるんだけどね。これはただの自慢だぁけど、私のように恵まれた才能はそうそういないよ?」

 

「うっぜぇ! うぜぇけど我慢してやるから、俺の素養とやらはどうなのよ!」

 

「うぅん、私が見た感じそうだねぇ。十段階評価で私が十なら、君はいいとこ四だね」

 

「さらっと私満点ですって自慢いらないから。って四!? よん? ヨン?……聞いといてなんだけど、聞きたくなかった……」

 

 身体的能力や精神的能力がそのまま引き継がれた異世界で、魔法くらいは……という淡い期待は無惨にも崩れ去った。

 

 だがここで泣いてはいられない。

 

「ま、まぁそれはこの際もういい! 続き続き!」

 

「そ、そぉ? それじゃあ、魔法には基本といえる四つのマナ属性がある。熱量関係の火のマナ。生命と癒しを司る水のマナ。生き物の体の外の加護に関わる風のマナ。そして体の内の加護に関わる地のマナ。ここまでいぃかな?」

 

「把握した。次を頼む」

 

 キリッ

 

「なぁに、それ? ……そして常人はこの内一つに適正があればいい方かな。ちぃなぁみぃにぃ、私は四つの属性すべてに適正があるよ?」

 

「渋い自分夢見たけど二度とやらないわ。そしていちいち自慢挟まんでいいから! で、その適正っていうのはどうやったら分かるの!?」

 

 渋い自分よりも適正属性の方が気になるスバルは、その場でバチャバチャと跳ねた。

 

「ふふふ、私くらいの魔法使いになるともう触っただけで分かっちゃう。まぁ厳密にはゲートの構造に踏み込んで確認するんだけど」

 

「マージか! いいねいいね期待度上昇! よっしゃ、早速見てくれ知ってくれ感じてくれ!」

 

「よし、ではちょこっと失礼」

 

 そういうと、ロズワールは湯船から手を持ち上げスバルの額へと持っていった。

 

 スバルは、才能がないと知った今でも期待に胸を膨らませていた。努力で才能を埋める、ではないが魔法のためなら身を粉にできる自信があった。

 

「──よぉしわかったよ」

 

「待ってましたっ! なにかななにかな? やっぱ俺の情熱的かつやるときはやる主人公的な性質が出て火? それとも実は誰よりも冷静沈着でクールな部分が出て水? はたまた全てを置き去りにする爽やかで軽やかな風が出ちゃったり? いやいやここはこのナツキスバル、何事にも動じないどっしりとした気質が出て地だったりして!」

 

「うん、陰だね」

 

「What the fuuuuck!?」

 

 その耳を疑うような診断結果に思わず言語が変わってしまった。そんな意味不明な叫びをあげるスバルに、ロズワールは念押しするように

 

「もう完全にどっぷり間違いなく陰だね。それ以外の属性との繋がりはかぁなり弱い。逆に珍しいくらいだけどねぇ」

 

「つか陰ってなんだよ! 四属性じゃなかった!? カテエラっすか!?」

 

「基本の四属性の他に、『陰』と『陽』ってあるの。もっとも、該当者は極めて少ないかぁら、説明を省いたんだぁけど……」

 

 それを聞き、ピクッとスバルの耳がはねる。該当者が極めて少ない、それが表すものは──

 

「ほ、ほほう、実はすごい属性ってパターンね。五千年に一人とか? 他属性では扱えない魔法が使えちゃうとか??」

 

「陰属性で有名な魔法は……相手の視界を塞いだり、音を遮断したり、動きを遅くしたりとかかな」

 

「状態異常特化!?」

 

 たいした持ち物なく異世界に放り込まれ、力、知能ともに補正なく、得られる魔法はデバフ特化。

 だが、そんな地味なものでも捨てがたいスバルは、

 

「ちっくしょう、陰魔法だろうが極めて歴史に名を残してやる……」

 

 と固く決心した。

 そんなスバルをよそに、体を起こし浴槽から出ていくロズワール。

 

「お先に失礼するよ。いやぁ今宵の入浴は楽しかった。またご一緒したいものだね?」

 

「へっ、言ってろ!」

 

 去る者にも容赦ない言葉を浴びせるスバルを軽く無視しつつ、ロズワールは去り際にもう一言残していく。

 

「そうそう……アクセラレータ君の前では、魔法の話はあまりしない方がいいかもね。まぁ彼は己をよく知っているみたいだったけぇれど……」

 

「へ? あ、そう……」

 

 考えるスバルだが、ロズワールの言葉の真意を知るのはまだ少し先だった。

 

 今は、湯船にたいする体の限界を忘れ、自分の未来について妄想するのに余念がなかった。

 

 

 

 

 




お疲れ様です。明日の投稿は保証できません。申し訳ない……


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11話 同僚

こんばんは!毎日投稿はここまでになりそうです……頑張ってきましたがわりときつい 


 不安と緊張が混じり合う新生活の初夜、門出を祝うように光る月を見ながら語る。

 

「姫と従者、俺とエミリアたんの禁断の恋が、始まりを告げたんだな……」

 

 感慨深くふけるも、横から飛んでくる無機質な声がスバルを現実に戻す。

 

「あァそォ。ンで、なンでてめェは俺の部屋に居ンだよ」

 

 入浴を終え、残すところ寝るのみとなった二人。スバルは一方通行の部屋のベッドに寝転がっていた。

 一方通行は残り僅かとなっていた文字の勉強を再開。終わらせたら直ぐに寝るつもりだったが、簡単にはいかないかもしれない。

 

「いやなんつーか、俺ちょっとこういうの憧れてたんだよ。仕事終わりに同僚と話すっていう大人の青春! ってわけで俺とトークしようぜトーク!」

 

「そォか死ね。……いや、これを見ろ」

 

 速攻で終わらせようと思ったが、一方通行には確認しておきたい気になることがあった。

 スバルに向かって、今朝書庫で見つけた英語で書かれた本を雑に投げる。

 

 スバルはばふっ、とそれを顔で受け止めると、表紙に何も書いてないことを確認してから、中を見る。

 

「なっ!? これは……」

 

 開くや否や、瞬きを加速させ、驚愕を表すスバル。無理もない反応だ。一方通行だって初め目にしたときは似たような反応をした。

 

 異世界入りが確定した状況で、地球上の言語で書かれた本を目の当たりにすれば、二人でなくても同じ反応をするだろう。

 

 もっとも、

 

「これは、さっぱり読めん」

 

 驚くポイントは人それぞれなのだが。

 

「死ねやてめェ」

 

「ぶへぁ!?」

 

 一方通行はその場で手を振るい、能力で生み出した強風でスバルをベッドから吹き落とした。

 

「うわ痛ぇ……ん? なんでこの世界に英語の本が?」

 

 床に打った頭を擦りながら、スバルが問いかける。

 一方通行は一つため息をついて、本を寄越せとジェスチャーした。

 

「これが書かれたのは400年前だ。俺は英語は訳せるが、専門でも通訳者でもねェ。こうもボロボロで所々穴が空いてちゃ全容を把握することはできねェ」

 

「ああ、虫食いがあるのか。そりゃ厳しいかもな」

 

 スバルはそれが難しいことを知っている。彼は一時期、英語をできないことをこう言い訳していた。

 

『いや、考えてみろ。国で一番偉い総理大臣やら政治家連中でも、外国人と話すとき通訳をつけるだろう?それはつまり通訳者になりたい人だけが英語を勉強すればいい、ということではないだろうか?』

 

 後にちゃんと調べ、その考えがいかに愚かだったかを思い知った。そのため彼は、できると専門の違いについてはよく知っている。

 

「ばァか、死ね」

 

 不快感を隠そうともせずそう言う一方通行に、スバルは別の話題で攻めることに決めた。

 

「そ、そうだ。お前の魔法陣について教えてくれよ! あれの効果ってなんなんだ?」

 

 スバルは入浴中から気になっていたことを話題とし、すかさず問いを投げかけた。

 

「ありゃァ、この本の通りなら──」

 

 『精霊の加護』

 それは魔法陣の効果範囲のマナであれば、術者のマナとして魔法に変換できるというもの。名はその効果から来ており、ゲートを失い、本来魔法を使えないものでも使えるようになるため『人工魔法器』なのである。

 

 とはいえ、魔法の発動は術者の腕次第であるため、一方通行は魔法の研究を続けなければならない。

 

「へぇー。ってお前ゲートないの!?」

 

「ないっつゥか、俺には心当たりないが、既にぶっ壊れてるらしい」

 

「あぁ、それで……」

 

 浴室で、去り際にロズワールが言った言葉の意味が分かった。

 

『アクセラレータ君の前で魔法の話はあまりしない方がいいかもね』

 

 ロズワールは一方通行のゲート事情に気づいていたのだろう。それで遠回りにスバルに釘をさした。

 

「ん? てことは全然魔法トークできるってことか!? よっしゃそうと分かりゃ魔法だ魔法。魔法についてトークしようぜ!」

 

 未だ魔法に心を踊らせるスバルは、テンションを上げて話し始めるが、そのテンションは一気に落ちることになる。

 

 コンコン、と優しいノックの音とともに扉が開かれ、入ってくる一人の人物。

 

「ここにいたのねバルス」

 

 未だ入浴を済ませてないのか、メイド服を纏った赤髪の少女ラム。彼女はスバルを見つけると、ズカズカと歩いていきスバルの腕を掴む。

 

「な、なんだよラムちー!?」

 

「なんだよ、じゃないわ。文字を教える約束だったでしょう。それなのに部屋にいないなんて……」

 

「あ、あぁーそんなこともあったような……って一方通行は!? アイツはいいのか姉様!」

 

「アクセルには必要ないでしょう」

 

(アクセル?)

 

 今一定まらない一方通行の呼び方。本人は特になにも思わないが、ラムはひそかに一番しっくりくる呼び名を考えていた。

 

「ちょアクセルっヘルプ! ヘールプ!」

 

 当の通称アクセルは、見向きもせずに机に向かっている。

 

「薄情者ぉぉぉーー!!」

 

 去り際にそんな言葉を残して退室したラムとスバル。

 一人になった部屋で、アクセルはボソッと呟いた。

 

「……ゥるっせェなァクソガキが」

 

 気分が変わった一方通行は、勉強を止め、窓際に立つ。

 窓から見えるのは広大な庭。そしてその一部に青白い光が集まっている。中心にいるのはエミリアだ。彼女は誰かと会話してるかのように、表情をコロコロと変えている。

 

 ドクン

 

 一方通行は自分の心臓の音を聞いた。

 

「……?」

 

 別にいつも通りだ。心拍数が上がる要素はなにもない。だかエミリアの顔を見れば見るほど、その音は止まらない。

 

 なにもない。

 彼女を見てもなにも思わない。

 なにもないのに、心音だけが跳ねる。

 まるで自分に話しかけるように。

 彼はまだ知らない。

 

 ──自分の無意識空間が激しく揺れていたことに、気付くことはない。

 

 

────────────────────────

 

 

 深夜2時。

 隣の部屋からゴンッ、という音が聞こえ、一方通行は目を覚ました。

 

「……あァ?」

 

 まだはっきりとしない意識の中で、その音が響く。一方通行の隣はスバルの部屋だ。なにかあってからでは遅いため、様子を見に行くことにした。

 

「ちっ」

 

 扉を開けて目に入ったのは、ベッドから転落したであろう体勢のスバル。どうやら寝相が悪いだけだったらしい。

 

「ったく……ン?」

 

 一方通行はスバルの部屋の机の上にある本を手に取る。

 

「童話、か。イ文字だけで書かれてンのか」

 

 パラパラ、と流し読みしていくと一つの物語に目が止まった。

 

「嫉妬の魔女サテラ?」

 

 その聞き覚えのある名前が気にかかり、その物語を全て読む。

 

「400年前に世界の半分を飲み込ンだ災害、か」

 

 何故そんなものの名前を偽名に使ったのか。その答えはすぐに出る。

 

「お人好しが……」

 

 パタン、と閉じた本を机に戻し、自分の部屋へ戻る。

 

 そのまま今度は、朝まで覚めない睡眠に入るのだった。

 

 

─────────────────────

 

 

※蛇足です。本編に全く関係ない、とは言いませんが勢いで書きました。

 

 

 『物語 ???』

 

「よしっ、今だ!やれえぇぇーー!!!」

 

 怒号のような掛け声を受け、一人の男が突っ込む。男は仲間のサポートを無駄にすることなく、弾幕の嵐を掻い潜り、ソレに接近。

 

「届いたっ!」

 

『いっけえぇぇーーーーー!!!!』

 

 その場に集う全ての者が声を張り上げ、その男に声援を送る。

 

 だが、真っ黒なソレは己の危機を目の前に、何重ものバリアを張った。

 

 人々はそのバリアが如何に強力なものか知っていた。だが迷うものはいなかった。彼らはその英雄を信じきっていた。

 

 彼なら

 あいつなら

 あの男なら

 あの人なら

 

『やってくれる』と。

 

「あア゛!!」

 

 その英雄は人々の思いを背に、バリアを次々と破壊していく。

 ガガガガガガッパリンッッ、と全てのバリアを破壊しきり、その男の拳がついにソレをとらえる。

 

「っっっ悪ィがァ!!こっから先は一方通行だっ!行きのガソリンしか積ンでませンってなァ!!」

 

 彼はその勢いを止めることなく、ソレを貫かんという勢いで飛んでいく。

 

 彼は知っていた。ソレを倒すことは不可能であると。だからこそ彼は選んだのだ。自分がとることができる最善の手。そして、

 

 ──自分が一番後悔してしまう手を。

 

 それでも彼は、苦しみとともに。

 

「愛してるよ、      」

 

「あァ、俺も…………俺、も……     」

 

 その日ついに、人類は災厄の封印に成功。

 何年にもわたる、世界の半分とたくさんの生命を巡る戦いに終止符をうった。

 

 




お疲れ様です。
蛇足はガソリンの台詞が使いたかったので勢い任せに書きました。たくさんの閲覧ありがとうございます。また、お気に入りしおり感想ともいつも嬉しいです。これからもよろしくお願いします


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12話 二人組のそれぞれ

遅れましたー!申し訳ありません!
これが本来の更新ペースだと思います……なにかと忙しくて。


 スバルと一方通行がロズワール邸で雇われ早五日。

 

 今宵、光源を月明かりに絞った部屋で会話する二人の男女。それは一見、微笑ましい上司と部下の会話に見えるが、所々滲み出る不穏な空気がこの邂逅の意味を表していた。

 

「あれから五日。二人の様子はどうだい?」

 

 切り出したのは館の主ロズワール。その低く、囁くような声は広くは渡らずとも、自らの膝に座る少女には充分届いている。

 

「そうですね。アクリルに関しては言うことはありません。仕事は未経験らしいですが、一度教えたことは反復することなく完璧にこなしています」

 

 五日かけてもラムの一方通行の呼び方は定まっていなかった。その場その場で微妙に変えているため、本人はもちろん、周りの者もそれにツッコむことはない。

 

「それはすばらしい。してスバル君の方は?」

 

「バルスは……物覚えは悪くありませんが、知らないことが多すぎます。よほど育ちがよかったのでしょう。それにしては教養に欠けますが……」

 

「あらら。まぁまだ始まったばかりだ。長い目で見てあげようじゃない」

 

 クツクツと微笑をもらす主人を前に、やや呆れた表情を見せるラム。主従といえど彼らが一定の信頼関係にあるのは間違いない。

 

 少しの間そうして日常会話を楽しんだ後、ロズワールは今回の核心に触れる。

 

「して──間者の可能性は?」

 

「……現状では可能性の話しかできませんが、かなり薄いかと」

 

「ふむ、その心は?」

 

「まずアクセラレータですが、彼は聡明です。教えたことを即座に吸収し、得た基礎から応用をこなす。傑物といっても差し支えない。だからこそ、たまに見せる間抜けな部分が演技とは思えません」

 

 間抜けな部分、というのは一方通行やスバルならではの常識に欠ける部分、また複雑な文法が絡んだ際の伝書のミス等を指す。

 

「ふむ、彼が優秀というのは同意だ。では現状は気にしなくていいかな。私も身内に気を回したくないかぁらね」

 

「次にバルスですが。彼は良くも悪くも目立ちすぎです。特に悪い方に……エミリア様への態度ときたらもう……」

 

 余程思うことがあるのか。スバルに対してはあることあること言い続けるラムを見て、ロズワールは表情を崩す。

 

「なるほど納得。てことは彼らは本当に善意の第三者か……」

 

 そう言うと、ロズワールは机に向かっていた椅子を回し、窓と向き合う形になる。懐で縮まるラムが月明かりに照らされ、目を細める。

 

「しぃかし、彼もめげないねぇ……おや?」

 

 窓から見えるのは館の敷地内の庭園。月光でライトアップされた緑が美しく映えるなか、庭園の端で談笑するエミリアとスバル、そして一方通行の姿が見えた。

 

「今日は彼も参加しているようだぁね。大方スバル君に連れてこられたって感じだろうけど。スバル君の情熱は尽きないねぇ」

 

「女はあれくらい追ってくれた方が嬉しいものですよ」

 

「ふっふっ、女心は我々には一生分からないものだぁよ? ──分からないからこそ、魅力的に見えるわけさ」

 

 そこで備え付けられていた幕は下り、そこから先、その部屋の内側は何者も見ることはできなかった。

 

 

─────────────────────────

 

 

 時は少し遡り、浴室。

 

「よし、いける、いけるぞ俺。風呂上がりの自分はいつもより五割増しイケメンに見える、その現象が今まさに俺に訪れている。これは──いける」

 

 鏡の前で髪をいじりながらブツブツ呟くスバルと、

 

「ァ? なンか色落ちしてねェか? 異世界じゃァ洗剤も合いませンってかァ?」

 

 着替えを済ませ、自分の服に文句を言う一方通行。彼らは業務時間上、入浴の時間が被る。

 

「よし、セットも完璧! さぁ今日こそいったりますか! な、一方通行!」

 

「はァ? ンで俺も行くみてェな言い方してンだ」

 

 心底めんどくさそうに返す一方通行に対し、スバルは分かっていたとばかりに言う。

 

「チッチッチ。分かってないな一方通行。いつもいつもこの時間、俺だけがエミリアたんに会いに行く。そうなればマンネリ化は避けられない。何事もマンネリ化するのはよくない。よって今日はお前もって、待てぇぇぇぇーー!」

 

「ン?」

 

 自分の言葉を最後まで聞こうとせず、浴室から出ようとした一方通行を必死に止める。

 当の一方通行は、何か言ったか?といった空気を醸し出している。

 

「お願いします! 今日だけ! 今日だけ! な?」

 

 手を合わせ拝むように頼み込むスバルに、一方通行は避ける方が面倒だと考え、着いていくことにした。

 

「おおっし! じゃあ行こうすぐ行こう!」

 

「オイ、引っ張るンじゃねェ」

 

 

 




お疲れ様です。
次回、久々にあの娘が出てきて色々な話。
表現がんばってみました。感想待ってます♪

一方通行の呼び方ですが、
地の文→一方通行
スバル→一方通行
異世界組→アクセラレータ
エミリア→あくせられーた
となっております。


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13話 月を見て……

こんばんは。ちょっと中途半端だけど投稿します。少し忙しくなり、書けなくなりそうなので途中ですがあげます。


 

 ロズワール邸の庭園。そこは日頃の手入れのお陰か、昼は日に照らされる草木がサンサンと明るい緑に溢れており、夜は月に照らされ、そよ風に吹かれる草木が、物静かで厳かな雰囲気を醸し出す。

 

 庭園端の一角では無数の青白い光が揺蕩い、幻想的という要素を加えていた。

 

 その中心にいる少女に近づく男が二人。

 

「よ、よっす。こんなとこでキグーじゃね?」

 

「毎日日課に割り込んでくる癖に。あ、あくせられーたも来たの」

 

「連れてこられただけだ」

 

 少女エミリア。長い銀色の髪は淡い光に照らされ、美しく輝いていた。

 

「つゥか別にフルで呼ぶ必要ねェよ。そンなアホみたいな呼ばれ方も困るしな」

 

「えっと、じゃあ、あー君?」

 

「ブハッ」

 

 不意打ちのあー君にスバルは全力で吹き出し、腹を抱えて笑い転げる。

 

「いや、あっくん?」

 

「ちょっ、もうやめてエミリアたん。俺のライフはもう0よっ」

 

 真顔で言い放つエミリアとなにも考えず笑うスバル。その傍らで大きくため息をつく一方通行が一言。

 

「殺す」

 

「へ? ぷげらっ!?」

 

 突如発生した強風に吹き飛ばされ、転がるスバル。エミリアはそんなこと気にもせず、一方通行の呼び方を考えていた。

 

「もォいい」

 

「そう?じゃああくせられーたで」

 

「なん、で、俺だけ……」

 

「あれ、どうしたのスバル。そんなに転がって」

 

 わざとなのか天然なのか、明らかに後者なのは言うまでもないが、彼女の行動は一方通行から見ても少し面白いらしく、一方通行がエミリアに対して負の感情を抱くことはあまりない。

 

 大丈夫、とスバルが手でアピールすると彼女は再び青白い光と向き合い、対話を再開した。彼女の日課というのは、精霊たちと対話することだ。それが契約の条件であったりするらしい。

 

 特にやることもない一方通行は芝生の上に仰向けに寝転がる。両手を枕にし、全身の力を抜いた。空を見上げる、視界に映る月と星々。月の光を見ながらぼんやりと上の空になる。

 

「……見てて面白いものでもないでしょ?」

 

 その静寂を破ったのは意外にもエミリアだった。

 

 一方通行は答えない。というより聞こえてないという方が正しいが。

 

 その問いには、一方通行と同じく仰向けになって夜空を眺めているスバルが答える。

 

「エミリアたんと一緒にいて、退屈と思うことなんてねぇよ」

 

「なっ」

 

 あまりにストレートな言葉にたじろぐエミリア。スバルの言葉など普段は適当にかわすのだが、問題は雰囲気だ。

 実際スバルにいつものおちゃらけた様子はなく、寝転がったまま真顔で答えていた。

 

 スバルもその事実にはっ、となって上半身を起こし表情を崩す。

 

「あ、あー、ほら具体的にはアレだ。最近はエミリアたんとゆっくり話す機会もなかったし?」

 

「そ、そうよね。スバルはお屋敷のお仕事を覚えるのに大変だったでしょうし。うん、一生懸命……一生懸命……頑張ってたものね」

 

「優しいフォローがむしろ痛いっ」

 

 新卒二人組の一週間は、片や順調、片や停滞といった感じだった。与えられた仕事を二回目以降完璧にこなす一方通行と、与えられた仕事を先輩に手伝ってもらいながらやっと50点というスバル。

 

「あ、でも裁縫だけは完璧貰ったよ」

 

「本当に一部分だけ突出して器用なのね」

 

「生活に必要のない技術を育てるのが趣味なもんで」

 

 ひたすら自堕落に自分のやりたいことだけをやり続けた人間の末路である。

 

「でも、他の仕事もめげずにやってて偉いじゃない。ラムとレムもこっそりだけど、スバルのことを褒めたりしてたのよ?」

 

 そう、比べられる対象がアレなだけにスバルが見劣りするが、実際スバルは常人よりも物覚えがよく、始めの一週間にしては充分すぎる成果だった。

 

「まじか!まさかのツンデレでしたってか!?あとは俺の前でそれやってくれたら満点だよ!」

 

 ツンデレとは、相手が気づかなければ嫌われてると勘違いされがちだ。それにより嫌われてると勘違いする鈍感主人公モノは結構多い。

 それをスバルはたくさんの恋愛教科書(ラノベ、ギャルゲetc)から学んだ。

 

「そう考えると今俺フラグ多いな。これがゲームなら選び放題なんだが……」

 

 下衆なことを画策するがこれはあくまで現実(リアル)であり、ゲームではない。哀れな幻想を口にすると、段々恥ずかしくなり頭を抱えて左右にゴロゴロ。

 突然の奇行に戸惑いつつも、エミリアは話題を変えようと、

 

「でも毎日大変じゃない?」

 

「あーもう超大変、エミリアたんの腕、胸、膝のローテーションで眠りたい」

 

「はいはい」

 

 今度はしっかりとかわすエミリア。素っ気ない彼女の反応に涙する。そんなスバルを見て、クスクスと笑うエミリア。

 

「そうやって茶化せる間は大丈夫そうね」

 

「もし折れちゃったら添い寝してね?」

 

「考えておく……ていうのはなんか恐いから、嫌」

 

「言質頂けませんでした! 泣」

 

 起こしていた上半身を再び寝かせ、星と月の光を見ながらふとため息。

 エミリアも夜空を見上げるのを確認し、今だと用意していた言葉を……

 

「──月が、綺麗ですね」

 

「手が届かない所にあるものね」

 

「ぐっはぁぁ!?」

 

「え、なに!?」

 

 何が元ネタかは知らないが、そういう意味だと知っている言葉。それはこの世界では当然通用せず、当たり前の反応をされてしまう。

 

 胸を抑え転げ回るスバルを見て、今まで発言せず、夜空を眺めていた一方通行が口を開く。

 

「アホかオマエ。今時そんな言い回し使うやついねェよ」

 

「くっ……でもお前分かってるやないけ」

 

「え、なにか意味があるの? あくせられーた」

 

「『月が綺麗ですね』てのはある文豪が『I love you』という文を訳す時に使った言葉だ」

 

 かの文豪、夏目漱石は『I love you 』という英文に対して、『日本人なら、月が綺麗ですね、とでも訳しておけばいい』と授業したそうな。それが真実なのかは、今は確かめようもないが。

 

「意味は、私はあなたを──」

 

「ストォォォッップ!!」

 

 そこでスバルが全力で制止。当然、その先を他人に言われるわけにはいかない。

 

 

「ハッ、下らねェことで騒いでンじゃねェよ」

 

「俺からしたら重要なことなんだよ! 世界一といっても過言じゃないほどにな! あでもやっぱり世界一はエミリアたんの存在だけどね」

 

「過言じゃねェか。……俺は戻るからな」

 

「あ、待って、あくせられーた」

 

 何を思ってか、立ち去ろうとする一方通行をエミリアが止めた。

 

「あくせられーたはアレ見てどう思う?」

 

 エミリアがアレ、と指差したのは空に浮かぶ月だ。

 二人が月に対する思いを言ったから、もう一人にも聞いてみようという興味であろうか。彼女の考えていることは一方通行には分からなかった。

 別に当たり障りないため、今一度月を見て浮かんできた思いをまんま吐き出す。

 

「……高っけェ所から見下ろしてンじゃねェぞ」

 

「ぷっなぁに、それ」

 

 そこまで面白かったか、というくらい笑う彼女を見て、一方通行が何を思ったかは分からない。

 

「ふふっ、おやすみ、あくせられーた」

 

「あァ」

 

 その短いやり取りを最後に、一方通行は館の中へと消えていった。

 

 




お疲れ様です。
ちょっと遠出してきます。
感想待ってます♪


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14話 スバルとエミリア

こんにちは!!ちょっと遅いかな?すみませんm(_ _)m




 

 

 

 一方通行が居なくなり、二人きりの時間が訪れる。すっかり緊張も取れたスバルが、ふと思ったことを言う。

 

「なんかエミリアたん、一方通行に優しくね?」

 

「スバルはともかく、あくせられーたとはめったに話さないもの」

 

「それは俺との信頼関係の方が深いと取っても? いいよね!」

 

 互いにいじりあえるような関係。それは一朝一夕では築けず、エミリアが一人のとこに毎回訪れる男と、基本雑談はしない男。どちらがそんな関係かは一目瞭然── 

  

「それに、スバルと違ってあくせられーたは真面目だし……」

 

「そんなバナナ!? 恐ろしい子だ……あの伝説の技『上げて落とす』をやってのけるとは……」

 

「スバルを褒めた覚えはないんだけど……」

 

「オーマイバナナ!!?」

 

 おぉ、バナナよ。などと意味の分からないことを言うスバルだが、これは最大限の驚きと悲しみを含めたスバルの造語であり、簡単に笑い飛ばしていいようなのではない。

 

 悲痛を訴えるために、胸を抑えて死んだふりをするスバルを見て、エミリアはある点に気付く。

 具体的には、先程の悶着から痛みを受け続けるスバルの胸……を抑えている手だ。指と指の間や手の甲などに貼付されている相当数の絆創膏は、手という小さい範囲にはとてもそぐわず、見ているだけで痛ましい。

 

「おっと、やべ、かっちょ悪。努力は秘めるもんだよな」

 

 それに気付いたスバルはサッと手を隠し、苦笑いして羞恥を表現した。

 

 だが、エミリアは自らの手で、スバルの傷付いた手を自分の顔の前に運んだ。それをまじまじ見つめ、俯き、悲しげな表情を浮かべた。

 

「やっぱり、大変なのよね、みんな」

 

 自分に言い聞かせるように独白するエミリア。その様子を見て、スバルはすぐに「あぁ」と納得する。

 

 ──所謂帝王学というやつだろうか。スバルが使用人として励んでると同時に、エミリアは王になるための知識を吸収する日々を過ごしているのだ。勿論、その学習量は使用人なんかとは比べるのもおこがましい。一国を背負うとはそういうことなのだ。

 エミリアは毎日、途方もない勉強に明け暮れている。だが、彼女も見た目スバルに近い年齢であることに間違いない。精神的にも身体的にも、追い詰められているのかもしれない。

 

 スバルは自分がそうなった時の事を想像し、身震いした。

 

 そんな重圧に、彼女は耐えているのだ。

 

「あー……なんつうか……」

 

 今回ばかりは、スバルもいつものように舌が回らない。慰めの言葉も、励ましの言葉も、彼女を煽る結果になってしまうからだ。

 

 それまでじっとスバルの手を見つめていたエミリアが不意に口を開く。

 

「治癒魔法、かけてあげようか?」

 

 スバルは脱帽した。こんな状況でも、他者を思いやることのできるエミリアに。

 

「いや、いいよ」

 

「どうして?」

 

「んー、これは俺が努力したっていう証だからな」

 

 彼女に握られていた手をゆっくりほどき、スバルは力を入れて握って見せる。

 

「大変だし、めちゃ辛いぜ?」

 

 それは先程のエミリアの独白に答えるような言葉だった。

 

「でも、わりと楽しい。ラムとレムはスパルタだし、あのロリはむかつくし。ロズワールは意外と何も言ってこないから思ったより影薄いし」

 

 それでも、とスバルはそこで一瞬間を空ける。

 

「何だかんだ一方通行は良いヤツだしさ」

 

 それは自分と同じ運命を背負った同僚。まだまだスバルが一方的に絡んでるだけだが、しっかりと会話をしてくれる仲間。

 

「一人で無理なら二人でやればいいんだ。そうやって一個ずつ問題をクリアしていく。今俺は本当に楽しいよ」

 

 一方通行からしたら邪魔かもな、と少し自虐を挟みながら、へヘッ、っと笑ってみせた。

 

「エミリアたんもさ。何か辛いこととかあったら、一人で背負い込みすぎない方がいいぜ? 俺だったらいつでも話し相手になるしさ!」

 

 その言葉に彼女がどれだけ救われただろうか。言いきったスバルを少しの間無言で見つめながら、次の瞬間には笑顔を取り戻していた。

 

「ふふっ、頼んでもないのに勝手に話しにくる癖に」

 

「ギクッ、そ、それはそれ、これはこれ。ケースバイケースだよ、エミリアくん」

 

「何言ってるのよ。もうスバルったら」

 

 スバルの言葉の意味が分からないエミリアは、慌てたスバルを笑い飛ばす。

 

「でも、ありがとう、スバル」

 

 それは、今まで見せたなかで最高の笑顔だった。

 

「お、おう。どど? 惚れ直した?」

 

 本当は惚れ直したのはスバルの方だが、それがいつもの軽口に変換される。

 

「元々惚れてません。直ぐに調子に乗るんだから」

 

 そんな掛け合いをする二人。

 そこには先程のような重い雰囲気はない。いつものスバルとエミリアだった。

 

「それにしても、大変なのは分かるけど、どうやったらそんなに手がボロボロになるの?」

 

「ああ、これは簡単。今日の夕方、屋敷のそばの村までラムの買い物に付き合ったときに、子供たちが戯れてた小動物に超噛まれた」

 

「努力の成果じゃなかったの!?」

 

「いや、より大きな怪我で影が薄くなっちまったんだよ……俺あんな動物に嫌われるタイプじゃないはずなのに」

 

 スバルは、先日の王都の一件のお礼に、パックを撫でる権利を要求するほどの小動物、いや、モフモフ好きだ。しかし、異世界では小動物に嫌われる割に子供にはなつかれる、という体質に変化していた。

 

「あのガキどもめ……俺がなにもしないのをいいことに殴るわ蹴るわ……明日は覚えてろよ」

 

 流石に子供に本気でやり返すほど小さい人間ではないが、悪戯でやり返してやるとか考えるくらいには小さい人間だ。

 

 しかし、その苦い記憶を辿る内に、ある事を思い付く。

 

「あ、あのさ、エミリアたん。よかったら明日とか、俺と一緒にガキ共にリベンジ……もといラブラブデート……もとい小動物見学にいかね?」

 

「何回も言い直したわね。……うん、でも、私は」

 

 口ごもり、先に言葉が続かないエミリア。目に見えて様子がおかしいのを見て、スバルは

 

「ま、まさか、一緒に居るの見られて友達に噂されたら恥ずかしい、とか?」

 

「そんなひどい断り文句言わないわよ!」

 

 腰に手をあてて怒った仕草。エミリアにしては珍しく、わざとらしい感情の表し方だ。

 

「じゃ、行こうぜ!」

 

「でも、私が行くとスバルの迷惑になるかも……」

 

「よしわかった、行こうぜ!」

 

「……ちゃんと聞いてる?」

 

「聞いてるよ!俺がエミリアたんの言葉を一字一句だけでも聞き逃すわけないだろ!」

 

「スバルなんて大っ嫌い」

 

「あーーあーー! なんだぁ?? 急になにも聞こえなくなったぞぉ?」

 

 両手で耳を押さえ、先程のエミリア以上にわざとらしく表現するスバル。そんな様子を見て、毒気を抜かれたのか、「仕方ないなぁ」と前置きし、

 

「私の勉強が一段落して、スバルの仕事が終わってたら、って条件付きだからね?」

 

「よっしゃぁぁ!! 速攻で終わらせたる!!」

 

「ちゃんと確認取るからね?」

 

「うーん、レムとラムなら行かせてくれる気がするけどなぁ。邪魔者扱いされて」

 

「あくせられーたに」

 

「命に変えても仕事を終わらせよう」

 

 ちょっと悲しい例の後、一瞬で態度を改め、右手をおでこにビシッ、と伸ばし敬礼するスバル。一方通行はスバルの一番の仲間であるが、一番怖い存在でもある。

 

 そんなスバルを見て、エミリアはついにおもいっきり笑った。そんなエミリアを見てスバルも笑う。

 

 ひとしきり笑った後、二人同時に館に戻り、今宵の逢瀬は終わりを迎えたのだった。

 

 

 




お疲れ様です。
いつもありがとうございます


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15話 コンティニュー《1》

こんばんはー。いらん番外編挟んでの本編です。




 

 真っ白な空間に放り込まれた。

 はっきりとしない意識の中で、数多ものノイズが飛び交うのを聞いた。

 

 その中に一つ

 はっきりと俺に届いた。

 聞こうとしたわけじゃない。

 一方的に告げられた。

 

 

────お前には、なにも守れない

 

 と。

 

「ッ!?」

 

 その男、一方通行は悪夢から現実に逃げるように覚醒した。

 

(守れない……だと?)

 

 自分が何を守るというのか、と疑問を浮かべながら夢の内容を吟味する。

 

 豪雨の音のように、ひたすら雑なノイズが耳に流れ、周りには何もない、見渡す限り白のみの空間。そんな中だからこそ、はっきりと聞き取れた言葉。

 

(アレは、誰の声だ?)

 

 それだけが思い出せなかった。そこで彼は違和感に気付き、右手でこめかみの辺りを抑える。

 

(体が怠い……貧血?)

 

 更に思考は加速する。

 

 ──血を出したなンてこたァありえねェ、変な体勢で寝た記憶もねェな。最近は俺にとってありえないほど健康的な生活を送っていたハズだ。待てよ、血を出した記憶……

 

 そこまで思考して、ベッド脇に立つ少女の存在に気付く。

 

「っ!? 何だオマエら、いたの、か……?」

 

 相変わらず綺麗な直立だったため気付かなかったが、扉を開ける音などはしなかったため、少なくとも起きてからはずっといたのだろう。

 

 だがなんというか、違和感があった。目の前にいるのはレムとラム。それは間違いない。一方通行はその違和感を無視した。

 

「っと、今何時だ?」

 

「今は陽日九時になります、お客様」

「今は陽日九時になるわ、お客様」

 

「九時……いや、待て。お客様だと?」

 

 ロズワール邸の使用人の業務開始時間は七時だ。寝過ごすなどあり得ない……という疑問が一瞬浮かぶが、それはまさに一瞬で消え、別の疑問に思考が持っていかれた。

 

「? はい、お客様はお客様です」

「? お客様はお客様だわ」

 

 そして違和感の正体に気付く。

 

 一方通行にとっての逃げ道は、悪戯されている、というものだが、ラム一人ならともかくレムはこんなことをするタイプではない。それは重々承知だった。

 

 加えてこのタイミングでの貧血の症状。

 

 つまり、

 

「オイオイ、笑えねェぞこりゃァ……」

 

 ──世界は、五日前に戻ったのだ

 

 

 

─────────────────────

 

 

 

 人は褒められたい生き物であり、自分の存在を認めて欲しいと常に思っている。『無視される』ということに対して不快感を表すのは、その人間がそこにいないかのように扱われるからであり、存在を否定されたことになるからである。

 

 今一方通行は、それに似た感情に襲われていた。

 

「チッ、めンどくせェなァ……」

 

 が、なんてことはない。彼の人間らしい部分はそこまで成長していなかった。これまで周りの人間を信じることなく、避け続け、孤独に浸っていたのが一方通行だ。変わり始めているとは言え、一週間やそこらでは本質は変わるものではない。

 

 レムとラムが退出し、一人になった部屋でこれからすべきことを考えていると、不意に開かれる扉。

 

「あァ、オマエもだったな」

 

「元気そうで、心底残念かしら」

 

 出会い頭から若干腹を立てた様子のベアトリスだ。ここまでくると一方通行も既視感を覚えずにいられない。

 

「何の用だ?」

 

「思ったよりも平常そうで心底残念なのよ。それにしてもバカなやつかしら。そんな状態で魔法を使おうとすれば、そうなるのは当然なのよ」

 

 呆れたように言うベアトリス。ネタが割れてる一方通行からすると、言ってはなんだが茶番に過ぎないため、早々に話を進めようとした。

 

「あァ、そォだったな」

 

「その分かったような感じ、ムカつくのよ。大体本当に分かってるのかしら」

 

「ゲートが壊れている状態で魔法を使おうとしたらどうなるか、実験しただけだ」

 

「いーい迷惑かしら。何でベティーがそんな愚行に巻き込まれなきゃいけないのよ」

 

「そォいや治療してくれたのはお前だってな」

 

「……ふん、これに懲りて二度とバカなことはしないことかしら。生き急ぐんじゃないのよ、人間」

 

 機嫌を損ねてか否か、前回と比べ随分早く退室しようとするベアトリスを、あろうことか一方通行は呼び止める。

 

「ベアトリス」

 

 それに返事をすることはないが、扉に向かっていた体を再び一方通行へと向けた。

 

「っ……なンでもねェ」

 

「なら呼ぶんじゃないのよ!」

 

 ベアトリスは更に怒りを大きくし、出ていってしまった。

 

 彼が口にしたかったのは謝礼の言葉だ──と、本人は自覚していない。そもそも呼び止めたという事実に、彼自身が疑問を抱いた。

 

 だが、彼は確かにベアトリスを呼び止めたのだ。感謝の気持ちを伝えるために。実際、言葉が紡がれることはなかったが、感謝をするという気持ちが見え隠れした瞬間だった。

 

 そういう意味でも彼、一方通行は本質から変わり始めている。確かな結果を伴って。

 

 

 にしても、と一方通行は独り言をこぼす。

 

「こりゃァ、一方通行(いっぽうつうこう)ってなァ引退かもな」

 

 立ち上がり、その部屋を後にするのだった。

 

 

 




生き残りたい 生き残りたい まだ生きてたくなる

お疲れ様です。
作者はバンドリ派です。でも好きなんです
感想評価待ってます

※作者から質問です。ルビを振った言葉に傍点をつけることはできないのでしょうか?調べてみたのですが、別々の方法しか載ってなかったのです


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16話 コンティニュー《2》

おはようございます。謝罪があります。今回かなり短いです。というのも、今回上げる分の続きを書いていって、一番区切り良いところまでいった瞬間ぜーんぶ消えたので……申し訳ありません


16 コンティニュー《2》

 

 

 

 ──どうしてこんなことになった。

 

 

 こんなことが許されるのか? いや、何故こんなことが起きる?

 

 

 ほんの少し前までは、天にも昇っていけるような気分だった 

 

 

 これが天に近づいた罰だというのならば、それはあまりに理不尽で、残酷なことではないか

 

 

 どこで狂った? どこで歪んだ? どこで壊れた?

 

 

 何で残ってしまったんだ

 

 

 どうせ終わるのなら、その狂った世界に連れていって欲しかった

 

 

 だがそれは決して許されない

 

 

 欲しければ掴みとれ

 

 

 そう、告げられたような気がした。 

 

 

──なら俺は、俺たちは、

 

 

「「未来を掴みとる」」

 

 

────────────────────────

 

 

「落ち着いたか?」

 

「……あぁ、サンキューな」

 

 自室を出た一方通行の行き先は隣のスバルの部屋だった。

 

 一方通行より一足先にその事実を知ったスバルは、まるで全てを失ったかのようにどこか色薄く見えた。話しかけても応えることはなく、ただその薄まった顔を俯かせるだけ。

 だから、一方通行は言った。ただ一言

 

「これは、現実だ」

 

 と。

 

 そこで初めてスバルは口を開く。

 

「そうか、そうなんだな」  

 

 それからスバルは蓄えていた涙を全て吐き出した。当然だ。一方通行のように割りきれる人間はそういない。こちらが見知っている相手に、他人のように扱われる感覚。泣きじゃくるスバルの精神状況は想像を絶するモノだろう。

 

 流石に空気を読んだのか。その間、一方通行はベッド脇に座り、ただただ静観した。

 

 

 

 ──そして、今に至る。

 

 

 

「なぁ、これからどうするんだ?」

 

「まず考えろ、思い出せ。お前はあの夜何をしていた」

 

「……何もしてない。エミリアと話して、部屋に戻って、そのまま寝ただけのはずだ」

 

 あまりのテンションに身体が着いてこれず、ベッドに潜り込んだ瞬間眠気が一気に襲ってきて流れるままに眠りについた。

 

「……俺は、死んだんだろうな。だとしたら考えられるのは」

 

「襲撃者、か?」

 

「あぁ……」

 

 健康で若い人間が、眠っただけで死ぬなんてのは聞いたことがない。外部からの襲撃、そう考えるのが自然。あまりに安直だが、可能性としては一番高いだろう。

 だが一方通行には引っ掛かることが山ほどあった。

 

(襲撃……この館にそれがあるとしたらあのガキ、もしくはそれなりの地位にあるロズワール。この世界に来て五日やそこらのスバルに敵はいねェ。そもそもおめおめと侵入を許すような場所か? ありえねェ、強引な方法なら物音の一つや二つ立つ……)

 

 襲撃だと断定するには歪な要素が多すぎる。仮に敵になりそうなエルザが襲撃者だとしても、真っ先に一方通行を狙うはずだ。

 

(バカか、この世界の常識で考えろ。音を遮断する魔法なンざありふれてンじゃねェか。チッ、埒があかねェ)

 

 どちらにしろこの思考は平行線を辿ると悟った一方通行は、まず目下の問題である、この先の行動について提案する。

 

「あの日、つまり今日から五日後に何らかのアクシデントがあるのは間違いねェ。今回俺たちは、雇われるのではなく客として五日の間館にいる。館を発った夜、近くの森かなンかで館を見張る」

 

「分かった。あーあ、エミリアたんとのデートはお預けかぁ……」

 

 気の抜けた声でそういうスバルに、一方通行は目を丸くした。

 

「楽観視してンな」

 

「……お前が言った通り、これはもう現実だ。いつまでもウジウジしてらんないだろ?」

 

「フン」 

 

 そこでコンコン、と丁寧なノックとともに扉が開き、レムとラムが入ってきた。二人は少しのずれもなく同時に告げる。

 

「「お客様、当主ロズワール様がお戻りになられました」」

 

 それを聞き、スバルと一方通行はレムとラムの後に続く。

 

 最早言葉は不要、二度目の世界で彼らは未来に向かって立ち上がった。

 




お疲れ様です。
コピーしようとしたら暴発しました……氏にたい

何分睡眠不足でイラついてるものでちょい萎えです……

感想評価待ってます


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17話 お客様とお呼び

こんばんは。更新します


「徽章盗難、その事実を隠蔽するため相応の対価を支払おう」

 

 朝食の時間は前回と大体同じ流れを沿った。所々内容がずれていた部分もあったが、最終的な着地点はしっかり確保できたため及第点といっていいだろう。

 

「その台詞を待ってたんだ。俺たちの願いはただ一つ!」

 

 スバルはそこで間を空けて大きく息を吸うと、

 

「俺たちを五日間夢の食っちゃ寝生活に招待してくれ!」

 

 

────────────────────────

 

 

 その日の夜。スバルはロズワールに借りたペン、白紙の冊子、童話集を持って一方通行の部屋にいた。

 結果として、彼らは無事『五日間の衣食住の保証』を勝ち取った。だがその道は楽なものではなかったのだ。

 

 まず、言わずもがなスバルの発言はその意味を汲み取ってもらえず、そこから一方通行が会話に参加し始める。そこまでだと大した苦労はないが、『五日間の衣食住の保証』という要求が弱すぎたのだ。本来、軽いもので済むなら済ませたいであろう館の住民が、

 

「欲が無さすぎる」

 

 と口を合わせて言うくらいだ。それでも、これで充分だと主張した結果ただ一人を除いてその場は収まった。だがやはり件のエミリアは、

 

「それじゃ私が納得できない!」

 

 と認めることはなかった。今回、彼女がここまで食い下がる原因は距離感にある。

 

 この二度目の世界で、盗品蔵以降スバルはエミリアやパックと一言も話していない。前回はエミリアの日課に割り込み、互いの距離を縮めていた。だからこそ今回は未だ他人行儀な部分があるのだ。

 

 そして結果として、『五日間の衣食住の保証』に加えて、『出発時の土産』を約束することで何とかその場の全員を納得させた。土産というのは、当分生活に困らないだけの資金。それに行く場所が決まってるなら、そのための足を用意してくれるとのことだ。

 

「つっても金も足もあんま必要ないけどな」

 

「あるに越したこたァねェだろ。そしてオマエは自分の部屋に帰れ」

 

「まぁまぁ。姉様方に指導を仰げない以上、お前に教わるしかないだろ」  

 

 文字の書き取りをしながら自らの魂胆を語るスバル。

 

 彼は、周りが全て忘れてしまうなら自分の中に残る約束くらいは守ろう、と考えた。前回のラムとの勉強の日々、そこで交わした約束である『毎日書き取りをする』を律儀に守っているのだ。

 

「つってもきびぃものがあんな。こんなのを3つも一日で覚えたのか? 俺なら短く見積もっても一ヶ月はかかるぞ……」

 

 気難しい顔をしてそう話すスバルに対して、一方通行は珍しく呆けたような顔を見せた。

 

「何言ってンだ? オマエが一ヶ月なら俺が一日で合ってンじゃねェか」

 

「くっそムカつく……でも何も言い返せない。不条理だ、理不尽だ……」

 

 その様子を見て顎を突き出し、ヘラっと煽る様に笑う一方通行。その悪友のようなやり取りは、コンコンと扉が叩かれるまで続いた。

 

「失礼するわ」

 

 片手で扉を開き、反対の手で抱えるようにお盆を持つ桃色の髪のメイド、ラム。

 彼女はその部屋にスバルが居るのを見て、お茶を手際よく三つの湯のみに注いだ。そしてそれぞれ茶托に置き、一つはベッドに座る一方通行、また一つは机に向かうスバル、最後の一つを自分の左手で持つとペタンとその場に座り込み、お茶を啜った。

 

「……」

「……」

「……」

 

「ってお前も飲むんかいっ!!」

 

 会心の突っ込みがスバルから飛んだ。

 

「自然すぎて一瞬麻痺してたけどよくよく考えるとおかしいだろ!」

 

「あら、お客様のお顔にはその品の欠片もない喋り方が随分似合ってますわ」

 

「うへぇ……仮にもお客様にこの態度、これいかに」

 

「食客という名の居候。そう認識してますわお客様」

 

 しれっ、とそっぽを向きながらそう言うラムにスバルはげんなりした。半ば事実を語っているのが彼の反論を封じているのだ。

 

 そんな中、もう一人の居候は他所を向いて呑気にお茶を啜っていた。我関せず、二人の話に見向きもしない彼の態度がそう語っていた。

 

 

─────────────────────

 

 

 それにしても、とラムは前置きして続ける。

 

「本当にお勉強をしているのね、お客様」

 

「ん、まぁな。そろそろイ文字だけで書かれた童話くらいなら読める気がする」

 

 そう思いながらそれを口にし、少しニヤけながら童話集に手を伸ばすスバル。端から見れば初めての事にワクワクする少年のようにも見える。

 

「知らなければ恥をかくような、そんな常識的な話ばかりよ、お客様」

 

 そんなスバルを嘲笑うかのように言うラム。客という立場にいながら微塵も労られている気がしないスバルはこう言った。

 

「お前ほどお客様お客様言ってるだけのメイドも珍しいよな……」

 

「つゥかお客様である必要あンのか? 俺がいいって言やァいいンだろ」

 

 そこまで静観していた一方通行がそう言うと、ラムは、待ってましたとばかりに口を開く。

 

「ではこれからレータと呼ばせてもらうわ」

 

「お、おォ」

 

 前回では大抵『アクセラ』の部分を文字っていただけに、少し違和感を感じながらも一方通行は承諾した。

 

 そんな二人を見て、僅かに疎外感を感じたスバルは一方通行に習い、こう言った。

 

「俺のことも好きな呼び方でいいぜ? スバル君っ、とかナツキさん、とかとか」

 

 白い歯をむき出しにして愛嬌たっぷりに言うスバル。ラムが次に言葉を紡ぐのを今か今かと待ちわびていた。

 

「では、バルスで」

 

「」

 

 一方通行に対しての呼び方が変わったように、自分ももっとマシな呼び方してくれるかもしれない、と考えていたスバルは、静かに涙を飲んだ。

 

 

 

 

 




お疲れ様です。
皆さん渾名つけられたことありますか?自分は一時期『サル』と呼ばれていました。今そう呼ばれたら、「サルに失礼だろ!」って言う自信があります。


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18話 王国と竜

おはようございます。
更新します。ペース落ちてきたかな?頑張ります


「読み終わった。結構面白かった。微妙な言い回しとか常識感の違いとか、まさに異文化交流って感じ。それでも内容はどこかで聞いたようなのもあったし……うん、新鮮さと懐かしさがあってよかったわ」

 

 童話集を机に置き、感想を述べるスバル。そのあまりに抽象的な内容に、ラムが突っ込む。

 

「煮え切らない感想ね、何か印象に残ったお話はないの?」

 

「ん、まぁやっぱこの竜の話と魔女の話だな。明らかにこの二つだけ別枠扱いだし」

 

 スバルが異世界で初めて読む本。スバルにも心当たりがあるような数々の『The·童話』みたいな話が続く中、異色の物語が二つあった。

 

「魔女の話なんてちょっとポエム風で適当感満載だし……竜の話はなんつーか童話であって童話でない、みたいな。ちょっと深いよなこの話」

 

「……魔女の話は仕方ないことだわ。竜の話にしても、ここがルグニカならば当然のことだし」

 

「あぁ、『親竜王国ルグニカ』な。名前の由来やっとわかったわ」

 

 童話集の竜の話のページを開き、感慨深く頷くスバル。 

 地図で見て最東端の国であるここルグニカが『親竜王国』と呼ばれるのにはしっかりとした理由があった。

 

 単純な話、古来よりここルグニカは竜との盟約によって繁栄を助けられてきたのだ。

 

「飢饉、疫病、他国との戦争と。国の危機と呼べる事態において、竜はルグニカに力を貸してくれたというわ」

 

「んでもって『親竜王国』ね。だいそれたもんだ。これにも王族と竜との盟約だなんて書いてあるし……つーか、この王族ってついこの間滅んだよな? この場合どうなるんだ?」

 

 守らせるだけ守らせて、王族がいなくなったから契約破棄……なんてことになったら竜は怒り狂って大暴れするのではないか、と思考するスバル。

 

「……竜が何を求めているのか。それは童話の通り分からない。この状況で竜がどう動くのか。それは神の、いや、竜のみぞ知るってところだわ、バルス」

 

 つまり竜の動きは、新たに王となる現在の王候補達に委ねられるということ。その意味を理解し、

 

「じゃあエミリアたんにかかるプレッシャーは尋常じゃねーな」

 

「ええ。一国を背負い、その命運を抱え、国を滅ぼすも守るも思いのままの竜と交渉。──考えただけで、童話の一篇になるわね」

 

 スバルはまたも見誤っていた。エミリアにかかる重圧の重みを。

 

 握ったら折れてしまいそうな華奢な両肩に、どれだけの重さがのしかかっているのか。その負担はスバル一人いたところで軽減はおろか、気休めにもならないだろう。

 改めて、彼女の立場を考え絶句した。

 

「仕方ないことだわ」

 

「……女の子なんだぞ。エミリアだって、普通の女の子だ、一人の人間だ。持てる荷物の重さなんざ……」

 

 たかが知れてる、という言葉を飲み込んだ。突き放すようなラムの言い方に、怒りが沸々と上がってくるのを感じる。

 

「──誰にだって生まれ持った資質があり、それに伴う責任がある。エミリア様はそういう星の下に生まれた。だからそのために、エミリア様は道筋がどれほど険しかったとしても、痛みを我慢して上らなくてはならない」

 

「あんなか弱い女の子一人に背負わせるのか!?」

 

「その道を選んだのはエミリア様よ」

 

「っ……」

 

 感極まって大声で激情を表すスバルに、冷気をも感じさせる、冷めた声色で言うラム。息がつまったスバルは、それ以上言葉を紡ぐことは叶わなかった。

 

「荷物を一緒に持ってくれる人がいても、いいとは思う。でも、いずれ辿り着く頂上には、必ず彼女の姿がなくてはならない」

 

 誰が何をしても、『王』という頂に座るのはエミリア本人だ。スバルには、それが分かっているつもりで分かっていなかった。それを自覚し、自分自身にも呆れる。

 

 そこでスーハー、と深呼吸し、沸騰していた怒りを静める。そうだ、この場で怒りを表すのは適切ではない。ラムに当たるのも筋違いだ。今は無理やり納得して、飲み込むのだ。迷子の自分に道案内するように。

 

 少し時間を置き、再び口を開く。

 

「そうだ、ラム。このもう一個の話なんだが……」

 

 謝るのも違う気がして、話題を変えようと童話を指差す。

 スバルが指差すのは巻末に綴られる『しっとのまじょ』という、物語というより詩のようなもの。起承転結などという形式は影も見られず、ただただ『魔女』の恐ろしさを訴えるような負の文が続くそれは、童話でありながら狂気をも感じさせた。

 

「このしっとのまじょって……」

 

「その話はしたくない」

 

 ぴしゃり、とはっきり拒否の言葉を告げるラム。その有無を言わさぬ態度に、スバルは黙りこくるしかなかった。

 するとラムは手早く湯のみと茶托を回収し、片付けると、

 

「長居しすぎたわ。あまりレムに迷惑もかけられないし、そろそろ戻る」

 

「あ、あぁ」

 

「それでは」

 

 すぐさま背を向け、部屋から出ていくラム。スバルはそれを無言で見送った後、ハァーとため息をついた。

 

「ン、終わったのか?」

 

 ここまで何の発言もせず寝転がっていた一方通行が口を開く。

 

「あ、おぉいたんだったな」

 

「アホ、ここは俺の部屋だ。オマエも早く戻れ」

 

「あぁ、そうする。おやすみ」

 

 そう言って童話やらを持って出ていくスバル。その少ししなれた姿を見るも、特に何か行動しようとは思わなかった。

 

「親竜王国ルグニカ……王族と竜との盟約、か」

 

 先程のラムとスバルの話を今ようやく咀嚼し、脳で処理する。そして彼にも、思うことがあった

 

──この国は、何かおかしい

 

 竜はルグニカ建国当時王族と盟約を交わし、それ以来繁栄するための全てに力を貸してきた。飢饉、疫病、戦争etc、だが話が全て真実ならば、半年前に竜は国を見捨てていることになる。王族の死因は伝染病、それこそ童話の通りならそれすらも救ってみせるはずだ。当然、王族の死は国の危機に直結する。ではなぜ竜は王族を助けなかったのか。もしくは助けられなかった? そもそも死因は病などではなかった? それを国民に隠す理由は? 考えれば考えるほど不穏な空気は思考を染める。

 

 ──この国で何かが起きている。いや、起きようとしている

 

 一方通行の直感がそう告げていた。

 

 

 

 




お疲れ様です。
ね、ねむい
てかまじで下手くそでがっかりした。今回一方通行いるはずなのに空気になってたし、難しいです……


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19話 魔法修練

こんばんはー。
体調悪いです。
短めすみませんm(_ _)m


 一方通行とスバルが屋敷に来て四日目の深夜。

 

 明日は五日目。いよいよロズワール邸で何かが起きる日だ。彼らはそれを止めるため、死という代償とともに時空を越えてきた。

 

 ロズワール邸から数十分進んだ先にある平原。草木も静まる深夜に風の音だけが通りすぎる辺りは、所々地面が抉れ、大地がひび割れている。

 

 そして今日もその場に一人の男が舞い降りた。

 

 一方通行。ここ四日間、この時間にここで演算の確認や魔法の鍛練を行っている。辺りがボロボロなのは全て彼の仕業だ。

 

 比較的荒らしていない場所を選び、着地するとその場で静かに目を閉じ、集中力を高めていく。良い感じに深く入り込み、風の音が心地よくなってきたころ、一度深呼吸して演算を開始する。

 

 自らの右手を掲げ、それを指標としてマナを集める。足元から徐々に描かれていく紫色に光る魔法陣は、完成した時点で一方通行を中心に半径三メートル程になった。

 

「『ゴーア』」

 

 マナを集めた右手に意識を集中させつつ、炎弾をイメージして詠唱した。

 

 すると足元の魔法陣が詠唱に呼応するように一瞬その光を強くし、集めていたマナが火の玉に変わると、そのまま天へと昇っていった。

 

「ハッ──」

 

 不意に笑みがもれる。この段階まで来るのに実に四日かかった。

 

 魔法に必要なのはマナと詠唱、そしてなによりイメージだ。より鮮明なイメージはより良い魔法を生み出す。生まれ持った才能、魔法への理解、そして強い思い込み。これらが使用する魔法へと影響し、その強弱や性能に反映される。

 

 思い込みという観点において、一方通行はロズワールをも凌駕する。元々彼の能力は『自分だけの現実(パーソナルリアリティー)』という大まかに言えば思い込みによるものだ。その分野では学園都市でもこの世界でも、他者の追随を許さなかった。

 

 

 

 

 魔法陣を展開して数十分。適当に簡単な魔法を流していた一方通行は、いつの間に自分の息が荒くなっているのに気付く。

 

「ッ……」

 

 それを自覚してからはあっという間だった。演算が乱れ、マナを操れなくなると魔法陣は雲散霧消し、その場で膝をついた。

 

 原因は過度な疲労だった。身体的、そして精神的に疲労が蓄積されていた。

 

「ハァァーーッ!」

 

 不安定な思考に鞭を打って、マナを手元に手繰り寄せる。再び現れる魔法陣。だが次の瞬間には消え去り、更なる疲労、最早苦痛と呼べる程のものが襲いかかり、その場に倒れこむことになる。

 

「そォいう、ことか、……」

 

 紋章術(魔法陣)『精霊の加護』について書かれたあの本には、使う上での副作用、リスクと呼べるものが何一つ書かれていなかった。だがなにせ400年前の物だ。長い年月は本を蝕み、所々に虫食いやページの欠損を生んでいた。

 

 そして今判明した新事実。この魔法陣は展開している間、一方通行の体力と精神を蝕む。無論それは少し休憩すれば回復するが、元々体力の少ない一方通行にとっては致命的だった。敢えて例えるなら、常に走っている状態といったところだろう。

 

 その晩は最早立ち上がることも叶わず、結局ロズワール邸の自分の部屋に戻ったのは朝日が顔を見せる時間だった。

 

 

 

 




お疲れ様です。 
がち寝込みなんで書きためもないです。次回の更新遅れます。申し訳ありません


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20話 出立、準備

こんばんは。
遅れました、大変申し訳ありません。今週少し忙しく、趣味にさく時間があまりありませんでした。ただでさえ遅筆なのにこれはヤバイ……


「えー、五日間お世話になりました」

 

 ロズワール邸二週目。五日目の朝。

 

 玄関先に館の住民が集合し、一方通行とスバルを見送っていた。

 

「本当に大丈夫? 行く場所決まってるなら竜車をここに呼んでもらったら?」

 

「大丈夫大丈夫! ここまでやってもらってこれ以上望むものもねーって!」

 

「荷物はちゃんと持った? 食べ物飲み物お金に地図に、それから暗くなっても平気なようにラグマイトも、それからそれから」

 

「完全にオカン目線!?」 

 

 母親かと思える程に止まらないエミリアの言葉。単に心配性なだけだが、相手がスバルとなるとそれが更に過剰に表れる。

 

 例によって受け答えをするのは全てスバル。まだ眠気の取れない一方通行は扉に寄りかかってぼーっとしていた。

 

 エミリアはひとしきり言う事を言い終わると、とてとてと一方通行に近づいてその眠そうな顔を覗きこむ。

 

「あくせられーた、スバルのことよろしくね?」

 

「ン……おォ」

 

「はー……あくせられーたがいてよかった」

 

「俺への信頼度低くない!?」

 

 おかしいな、と呟く。今回はこんなに如実に表れる程大差はないと思っていたスバル。客として過ごす五日間で一方通行とエミリアが会話する機会は食事のときくらいだった。

 

 それでもこれ程信頼度に差があるのは、単にスバルが自分の言動の歪さを自覚できていないだけかもしれない。

 

「それじゃあ二人とも、息災で。短い間だったけど楽しかったよぉ?」

 

 手を差しのべてくるロズワール。スバルはそれに笑顔で応じ、その手を取る

 

「おう、こちらこそ。ありがとな。至れり尽くせりだったよ」

 

「そぉれはなによりだ。そうそうエミリア様じゃないけど、お土産は忘れないでね。この五日間、君との思い出の分ちょこっと足しといたから」

 

 親指と人差し指の間を少し開き、片目を瞑って合図するロズワール。スバルは直ぐに言わんとしていることに気付き、ロズワールの目を見ながら言う。

 

「分かってるって。余計なことは言わない。なんなら竜に誓ってもいいぜ?」

 

「ふっふっ、君と話していると悪巧みの本質を見失いそうになるよ。竜に誓うというのはこの国では最上級の誓いの言葉だ。努々、それを忘れないように」  

 

「おう! んじゃ、そろそろ行きますか」

 

「……おォ。世話ンなったな」

 

 一方通行を見ながら言うスバル。未だに眠気と戦っていた一方通行は理解が少し遅れたが、数秒後には館の住民の方を向いて彼なりの精一杯の謝礼を述べていた。

 

「うん、またね。アクセラレータ!」

 

「! ……あァ、じゃァな」

 

 お、とスバルは一瞬気を引かれた。

 

 これまでエミリアは一方通行を上手く発音できなかったが、別れ際になってその言葉が流暢に放たれた。その事実がスバルを嬉しいような、少し寂しいような、なんとも言えない気持ちにするのだ。

 

「ほんじゃ、行くか!」

 

「さようなら、二人とも、元気でね」

 

「それじゃあ達者で、スバル君、アクセラレータ君」

 

 最後の激励を受け、ロズワール邸を飛び出し、村に続く街道に足を進める二人。 

 

 二人の姿が見えなくなるまで手を振り続けるエミリアが、スバルにとってどこまでも愛おしかった。

 

 だが感傷にふけていられるのもここまで。ここからは気を引き締めなければならない。それは一方通行はもちろん、スバルも知るとこ。振り返る事をやめ、真剣な面持ちになる。

 

「ここから、だな。暴いてやろうぜ! 一方通行!」

 

「あァ」

 

 

____________________

 

 

 

 街道を歩くこと数分、既にロズワール邸は視界の遠く遠くに離れ、村の方が近いくらいになった。

 

 そこで二人は街道を外れる。そこから歩くと森が開き、更に森に入ってから急になった上り坂を歩くと、今度は崖に出た。ロズワール邸から村までの道は緩やかな上り坂になっており、更に基本上りである森を歩けばその位置とロズワール邸との高度にはかなり差が出る。

 

 その証拠に、崖からは少し遠いが、ロズワール邸の全貌をしっかりと見下ろすことができた。

 

 あらかじめ下調べしておいた周辺の地形。そのなかからこの場所を選び、ロズワール邸を見張るというのが二人のプランだった。

 

「よし、あとは夜になるのを待つだけだな。とりあえず飯食うか?」

 

 そこにたどり着いた頃には、時刻は昼を回っていた。持たせてもらった荷物を漁りながら一方通行に声をかけるスバル。

 

「いい。俺は寝る」

 

 近くの木を背もたれにして座り込む一方通行。

 

「そっか。まぁ夕方くらいに起こすわ」

 

「……そンときゃァ、」

 

「あぁー、反射には気をつけてみるよ。了解了解」

 

 その言葉を聞き遂げ、目を瞑る一方通行。

 

 一方通行はその能力をスバルに詳しく話しており、スバルはスバルで一方通行の前では自重するようになってきた。知らず知らず出来てきた信頼関係が二人の言動にも表れていた。

 

 

 

 

 

追記。この場で解説。

 

 能力『一方通行』について。

 

 体表面に触れたあらゆるベクトルを操作することができる

 

 ベクトルといっても大きさの操作はできず、あくまで向きを操るのみ。

 能力の本質は『事象の観測』にあり、起きた事象から逆算して限りなく本物に近い値(理論値)を叩き出す。簡単に言えばあらゆる事象を検算することができるってこと。

 

例 人体に触れて血液の流れを逆流させて殺したり、生体電気を操って意識を飛ばしたりetc

 

 力の大きさは変えられないのに蔵を半壊させたことですが、分かる人には分かると思いますが一応断片だけ。

 

 物に力を加えるとそれに対抗する力が生まれる(反作用)。一方通行はそれすらも操ってしまうため、抵抗できる力がなくなりどんなものでも壊れてしまうわけです

 

             




お疲れ様です。
僕の活動報告、青ブタ感想も是非見てみてください。あと映画見たって方感想プリーズ。僕はねーやっぱり駅のシーンが最高かな

解説部分はよくなろうとかであるステータス記述のとこだとでも思っていただければ……ていうか合ってるのかな。文系なんでなんとも言えませんがその辺りも解説していただけるかた是非コメントお願いします


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21話 VS〇〇 ①

こんばんは。
やっとシリアスになってきました。描写難しい


 

 

 

 夕暮れ、日は沈みかけ、吹く風が冷たくなってきた頃。木々に囲まれた辺りはすっかり暗くなり、刻々と夜の時が近づいてきていた。

 

 崖際に座り込み、ロズワール邸をボンヤリ眺めていたスバル。夕日もその橙の光を見せなくなった頃、そろそろ起こすか、と立ち上がり後ろで寝ている一方通行に近づく。

 

「おーいアクセ……おっ」

 

 だがそれには及ばなかった。スバルが声をかける直前、突然何かに気づいたかのようにパチッと両目を開いたのだ。

 

 そして直ぐに立ち上がり、木々の立ち並ぶ森を睨む一方通行。彼は暗い暗いその闇のなかに、悪意の気配を感じ取っていた。

 

 数秒後にはスバルもその物静かな雰囲気を警戒して、木々の先を見ようと目をこらした。

 

「なんつーか気配っつーの? 俺の危険センサーがウインウイン鳴ってるぜ」

 

「鬼が出るか蛇が出るか、その面拝ませてもらおうじゃねェか」

 

 瞬間、ジャラっと金属がぶつかり合うような音とともに、木々の隙間を何かが通り抜けてくる。目視することは叶わなかったが、咄嗟に二人は体勢を低くして回避し、頭上を通り抜けていくソレを確認。

 

「モーニングスター!?」

 

「チッ」

 

 飛んできたのは見るも恐ろしい刺付き鉄球だった。鎖によって射程を長くするフレイル型のソレは、鎖の先へと戻っていく。

 

 だがそれを一方通行は許さなかった。鎖を掴むと、鉄球をその場で落とし、持ち主が引いても戻せないようにした。

 

「ナイス一方通行! 最高! 神!」

 

 涙目で震えながら一方通行を誉めちぎるスバル。

 それもそのはず、彼が回避できたのは偶然だった。鉄球という恐ろしいものが飛んできた瞬間、恐怖で後退りすると、小石に躓いて転んだのだ。結果的にそれが嬉しい誤算となったが、足が震えていて直ぐには動けなかったため、第二波が来たら終わる、と本気で思っていた。

 

「さァて、ご対面ってな。まさかこの状況で逃げるつもりじゃねェだろうなァ?」

 

 まだ見ぬ闇の中に問いかけた。

 

 すると、コツコツと足音を鳴らしながらその人物は近づいてくる。

 

「仕方ありませんね」

 

 ビクッと二人は身震いした。その簡素で透き通るような声色は、あまりに彼らの知る人物と酷似していたからだ。

 

 やがてその人物は闇を分け、月明かりの下に姿を表した。

 

 二人の顔はみるみる驚愕に染まり、額からは汗が流れ落ちる。

 

「……なるほどねェ」

 

「どう、して……?」

 

 それは二人がよく知る人物。

 

 思い出す限りいい思い出しかない。時に優しく、時に厳しく彼らを指導し、超が付くほど真面目で姉のことが大好き。姉といるときだけ見せる笑顔がとても可愛らしい青髪のメイド。

 

「どういうことだ──レム!」

 

 ロズワール邸の使用人、レムはその手にモーニングスターの持ち手を携え、彼らの前に現れた。  

 

 

 

────────────────────

 

 

 

(狙いはスバルか)

 

 あまりにも驚愕な出来事に戸惑うのも一瞬。一方通行は冷静になると、その状況を分析した。

 レムの敵意は明らかにスバルに向けられている。自分はこの場から離脱しても普通にスルーされるような。そんな一途な敵意を持っていた。

 

「なんでお前がこんなことを……」

 

「ロズワール様の悲願。それを邪魔する者を排除するのみ」

 

「このことはロズワールも知ってるのか? それともお前の独断?」

 

「お答えする必要はありません」

 

「……へっ、そうかよ」

 

「では──」

 

 しばらく問答が続いた後、再びスバルに放たれる刺鉄球。それをすんででかわし、逆に鎖を掴んで思い切り引きよせる。 

 

「おらぁっ!」

 

 が、

 

「へっ?」

 

 全力で引っ張っても鎖はビクともしない。単純に力でレムに敵わなかった結果、逆に引き寄せられるスバル。

 

「うぉあっ」

 

 ギリギリで鎖を手放し、危機を回避するスバル。だがその数秒で絶望的な力の差を思い知ったスバルは、衝撃で痺れる手を見て呟く。

 

「やっべーなこりゃ」

 

 だがこのときスバルは忘れていた。すぐ隣には同等かソレ以上の厄ネタがいるということに。

 

 その男はどこまでも歪な笑みを浮かべたまま言った。

 

 

 

「おォい、下がってろよスバル。死ンだら殺すぞ」

 

 

 

 死んだら殺す、というおぞましいワード。その表情と声色は穏やかとは対極の位置にあり、聞くもの全てを震え上がらせるように冷たかった。

 

「ひいぃ!?」

 

 絵に描いたような前門の虎後門の狼。

 

 今は片方が味方でよかったと思うばかり。スバルは必死に一方通行の背中に隠れるように移動。それを確認し、一方通行は一歩前進する。

 

「アクセラレータ君、どいてください」

 

 やはりな、と一方通行は心の中で呟く。

 

 敵意や殺意を向けられることに慣れている一方通行にとって、その人間が誰に悪意を向けているかなど容易に感じ取れる。

 

「お断りだ」

 

「そうですか。では仕方ありません」

 

 金属音を鳴らし、モーニングスターを構えるレム。元々攻撃力の高い刺鉄球にレムの力が加わり、触れたもの全てを破壊するような攻撃が放たれる。

 

 ここで待ってましたと言わんばかりに右手を伸ばし、鉄球を受け止める。すると、左手で手刀を作り、鎖に向かって振り下ろす。

 

「っ!?」

 

「ハッ」

 

 キィン、と鎖が断絶。手に残った鉄球を崖から落とし、

 

「柔いなァ。うっかりへし折っちまったわ」

 

 ニヤリ、と笑いながらその圧倒的な力を見せつけた。

 

 

 

 

 

 




お疲れ様です。
土日のうちに書いておきたかった。平日はまた忙しくなりそうで嫌だな。日曜の次は金曜でもいい、違うか?違うね


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22話 VSレム ②

こんばんは。きついです……。平日忙しければ休日忙しくないと思ったか?と言わんばかりに襲い掛かるやることやること。周一すみません。


 

 

 

 ざわめく森。

 

 自然に迷路を描くように不規則に立ち並ぶ木々の隙間を、止まることなく二つの陰が縦横無尽に駆け回る。

 

 一方通行とレム。

 二人の戦いはフィールドを徐々に広げ、最初にいた崖からはもうかなり離れている。

 

 二人の競り合いはどれくらい経っただろうか。この状況で一方通行は僅かな焦りを感じていた。

 

 一見かよわい少女。だが繰り出される拳は見た目の華奢さに反し、木々をなぎ倒し大地にひびを入れた。

 

 明らかに常識外れの豪腕。更にその力を一方通行は掌握することができなかった。考えられる理由は──

 

「オマエ、人じゃねェな」

 

「種族的な話をしているのであれば正解です」

 

 答えは至極単純。目の前の少女はそもそも『人間』という種ではないのだ。その特性なのか、彼女の打撃にはマナの流れが見て取れる。

 

(なるほど。通りで演算に誤解が生じるわけだ)

 

 大気中にあるマナと違い、一度誰かの──例えばレムのゲートに取り込まれたマナは『大気中のマナ』から『レムのマナ』へと変化する。

 

 一方通行の知る力とは『単位』が違うのだ。大気中のマナならいざ知らず。『レムのマナ』となると、その姿形は全く別のものに変化する。事象からいくら計算してもその答えにはズレが生じ、下手すればダメージを負ってしまう。

 

 『レムの公式』を暴かなければいつまでたってもジリ貧である。

 

 だがそれを感じているのはレムも同様。自由自在といってもいい一方通行の運動量、その立ち回りに対しまともに攻撃がヒットしない。

 

 だが彼女もバカではない。相手の動きを観察し、最善手を常に模索している。

 

 そこでレムは新たな試みに出る。

 

「『ウル·ヒューマ』」

 

 数発の中くらいの大きさの氷が一方通行に襲い掛かる。

 

「っ……」

 

 不意をつかれ、レムの魔法は一方通行に直撃。盛大に土煙を上げる。

 

 立ち止まり、煙の中心を凝視するレム。

 晴れていく土煙。まず見えたのは紫色の光だった。それは徐々に濃くなり、すぐに何かを地面に描いているのだと分かった。

 

 くっきり浮かび上がる謎の幾何学模様、そしてその中心に立つ一方通行はその紅い瞳を真っ直ぐレムに向けていた。

 

 訝しげな目で見るレムだが、数秒後何かを思い出したかのように言った。

 

「あまり時間もありません。そろそろ終わりにしましょう」

 

 同調するように一方通行が言う。

 

「あァそりゃいい。俺もあまり、時間がない」

 

 その言葉を合図に、光を濃くする魔法陣。直後一方通行の魔法がレムに牙を向く。

 

「『アル·ドーナ』」

 

 地震で大地を破壊し、操る魔法。一方通行ならセルフでも可能だか、この魔法と併用することで利用できる力が増え、能力だけの時と比べると雲泥の差が生まれる。

 

 結果、地割れとともに砂岩はレムを飲み込み、そこに一つのミニピラミッドができた。

 

「……ハァ、ハァ、死んで、ねェ、だろォな?」

 

 襲いかかってくる疲労感にたまらず膝をつく一方通行。魔法陣はとっくに消え、滴る汗が地面に落ちる。

 

「チッ、『アル』を一つでこれか……」

 

 魔法の威力を上げようとすれば、必然的に使うマナの量が増え、負荷が重くなる。

 

 今回、試験的に使った魔法。『ドーナ』は一方通行の能力と相性が非常にいい。ベクトルがない場所に魔法によって無理やりベクトルを発生させる、自分の魔法で発生させたベクトルは間接的に自分と繋がっているため、能力の効果範囲内を無視してベクトル操作を中距離でも可能にできる。

 

 そんな鬼に金棒な戦術。もらえば再起不能は免れない、はずだった。

 

 一方通行は感じる。先程まで身近に感じていた気配を。

 

 まさか、と思った頃にはもう遅い。

 

「さようなら」

 

 振り向いた瞬間、投げられる別れの言葉。咄嗟に手を振るおうとするも、レムの手は既にこちらに向けられており、一方通行が動く直前に魔法が発動────

 

 

 

 

 

 パンパン、とスカートの汚れを払うレム。彼女は一方通行に対して魔法は通用する、というのを一回の魔法で看破した。その時既に終着点を決めており、隙が生まれるまで回避に徹したのだ。

 

 最後に自分の後ろに立つモノを見る。ため息をつくと、すぐに本命の元へと走って向かった。

 

 

 

 ────後に残されたのは、巨大な氷像だけだった。

 

 

 

 




お疲れ様です。
戦闘シーンとか苦手すぎてあっさりになってしまい申し訳ない。物語が進むうちに上手くなることを願ってます。とりあえず語彙力上げます


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23話 VSレム 理不尽の形

おはようございます。まぁ寝てないんですが。
やはり周一かワンチャン土日にもう一個上げます。今回も難しくてどんな風に書いたらいいのか分からない部分が多くありましたが、よろしくお願いします


 

 一方通行とレムの戦いが終わりを迎えた頃。

 

 スバルは何故か元の崖で一方通行の帰りを待っていた。一方通行がレムの相手をしてくれているのだ。助けを呼びに近くの村かロズワール邸に走ってもいいはず。それをしなかったのは彼が臆病で、そして何より保身に走っているからだろう。

 

 スバルは『今のうちに助けを呼ぼう』よりも『一方通行の近くにいるのが安全』と考えた。考えてしまった。

 

 それは信頼とは言わず、一方的な押し付けだ。そんなことは頭にはなかった。

 

 そして今、気付くことになる。

 

 コツコツと近づいてくる足音。希望と絶望が見え隠れする刹那。

 

「っ──ちっくしょぉぉーー!!」

 

 その姿を確認した瞬間。あらかじめ木に結びつけておいたロープを持ち、崖から飛ぶと、壁に足をかけてブレーキをかけながら降りた。

 

「くそっ、くそっ、くそーー!!」

 

 無我夢中に走る、走る、走る。

 

 己の体力など気にせずひたすら下を向いて走り続けた。

 

 ひょっとしたら逃げ切れるんじゃないか、という期待などではない。単純にそれしかできないのだ。迫る『死』を先伸ばしにすること、それしか頭にはなかった。

 

 だが現実は非情だ。

 

 必死の抵抗もその手段を奪われる。飛んできた氷が片方の足に突き刺さり、その場に倒れ、更にダメ押しとばかりの追い討ちがもう片方の足を襲った。

 

「がっああぁぁぁーー!!」

 

 地べたに這いつくばり、両足にかかる強烈な痛みを押さえようと手を伸ばす。

 

 だがおかしい。いくら伸ばしても自分の足にはたどり着かず、その手は地面を擦る。

 

 怪訝に思い、恐る恐る自分の下半身を確認する。

 

「かっ、あ、あぁ……足がぁっ、あああぁぁーーーー!?」

 

 左足には大きな氷塊が突き刺さり、感覚がない。

 

 そして右足はそもそもその姿が見えなかった。太ももから下がえぐりとられており、ひたすら流れる血、血、血。地面に扇を描くように血が吹き出していた。

 

「うぅ……っ……」

 

 そして更に近づいてくる死の気配。

 

 この時最早スバルはそれを受け入れてしまいたかった。持続する痛みは収まらず、更にその熱を大きくしている。それこそ死んだ方が遥かにマシだと思ってしまうほど。

 

 そしてそんなとき、後ろから微かに聞こえる無機質な声。

 

「やっと追い付きました」

 

 その声は耳には入っても頭には入っていかなかった。今にも沈んでしまいそうな意識をなんとか保つ。それだけに残る全ての力を使っていた。

 

「痛いでしょう、苦しいでしょう。少し待っていてください」

 

 そんな慈しむような言葉もやはり理解できず、ただその場で意気消沈しているスバルを前に、レムは両手を伸ばすと

 

「水のマナよ、この者に癒しを──」

 

 その言葉の直後、スバルは自らの苦痛が引いていくのを確かに感じた。そしてはっきりとしてくる視界に映ったのは、淡い青色の光が下半身を包み込むように浮かんでいる光景だった。

 

「っ……ハァ、ハァ、何の真似だ」

 

 苦痛と恐怖で縮みあがっていた喉も少し回復し、僅かな発声が可能になる。

 

「せっかく生き延びたのに直ぐに死なれてしまっては、なにも聞き出せませんので」

 

 そんなことだろう、とは思うものの、僅かに期待してしまっていたことが絶大なダメージとなって心に返ってくる。

 

 いっそ殺せよ、と心の中で叫ぶのだ。

 

 そんなことは気にもせず、レムは「それでは」と前置きし、

 

「お聞きします。あなたはエミリア様に敵対する候補者の陣営の方ですか?」

 

「……俺の心はいつどんな状況でもエミリアたんのものだ」

 

 答えた瞬間、鋭い激痛が上半身に走った。見ればレムはちぎれたモーニングスターの鎖部分を持っていた。それで殴られたらしい。

 

「誰にいくらで雇われたのですか?」

 

「エミリアたんの笑顔にプライスレスで」

 

 そして再び強かに打ち付けられる鉄の鎖。

 

 それからしばらくそんな事の繰り返し。その回数分アザができ、スバルは感覚が麻痺して痛みを感じなくなってきた。

 

 そして、

 

「──あなたは、魔女教の関係者ですか?」

 

「魔女、教……?」

 

 聞いたことのない単語に困惑するスバル。何か意味のある言葉なのかもしれないが、不用意に適当に答えることをやめ、その返事を保留する。

 

「答えてください。あなたは『魔女に魅入られた者』でしょう?」

 

「ハッ──」

 

 その質問に意図せず笑いが漏れる。

 

 ──コイツは何を言ってるんだ。

 

「魔女だぁ? 魅入られただぁ? コレのどこに魅入られる要素があるんだ? 俺の使えなさのなんたるかはお前が一番知ってるはずだぜ?」

 

 自嘲気味に言うスバル。

 

 一回目の世界で彼が最も触れあったのはエミリアではなくレムなのだ。業務時間のほとんどを共に過ごし、自分のできること、できないことを一番知っているのはレムだった。

 

 それなのに、

 

「あなたのことなんて知りません。それより質問に──」

 

「だろうなぁ! 分かってんだよんなこと! それでもなぁ!!」

 

 自分の限界まですり減った体力に鞭を打ち、レムの言葉を遮って叫ぶスバル。

 

「料理を一緒にしたことも! 洗濯してるとき俺のミスで二人して泡だらけになったことも! 中途半端な掃除に怒られたことも! 寝坊するラムを起こしに行ったことも! 二人で村まで買い物に行ったことも!」

 

 そこで一度切り、息継ぎする。

 

「全部……全部、俺の中に残るもんにはお前だっていたのに……なんで消えちまうんだよ!!」

 

 その言葉のほぼ全てがレムにとっては身に覚えがないものだ。

 

 故に、

 

「何を……言っているんですか?」

 

「……お前が俺にくれた大切なもんだよ」

 

「そんなこと、記憶にありません」

 

「はッはは……分かってるっつったろ……ったく、俺の何が悪いんだよ……俺の何が気に入らないんだよ。俺はやっと、好きに、なれたのに……」

 

 元いた世界では決して見れなかった、周囲の人間に恵まれた色のある世界。それをないことにされてはたまらなかった。

 

 スバルはあまりの理不尽に呆れ果て、それ以上言葉を紡ぐことはなかった。

 

「レムは──」

 

 何かを言おうとするレムの言葉は、『死』というタイムリミットに遮られ、耳にすら入ることなく、虚空へと消えた。

 

 

 




お疲れ様です。
いやぁなぁなんか……でも頑張ったので許してください。アドバイス随時募集しておりますm(_ _)m
ss用にTwitter作りました
@Tinaba0121
是非お願いします


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24話 繰り返される朝

こんばんは。
土日に出すとか言っておきながら余裕で間に合いませんでした申し訳ございません。
次回投稿は未定で。一週間、遅くとも二週間以内には必ず……


「ァ?」

 

 目覚めは一瞬。

 

 窓から差し込む光に目を細め、おぼつかない動きでカーテンを閉める。

 

──おぼつかない……?

 

「チッ……」

 

 自分が動いたという事実の理解が遅れ、頭が重くぼーっとなるこの感覚。

 

 貧血、だ。

 

 やがてはっきりとしていく意識。

 

 流れ込んでくるのは辛苦の記憶。

 

 徐々に迫ってくるように濃くなっていく気配。足から頭にかけて無くなっていく身体。足から上半身にかけ、次々と外部と内部の感覚が消えていき、それを自覚する頃には時すでに遅すぎる──

 

 それは確かな『()』の感覚だった。

 

 だがそれ以上に彼をイラつかせるモノがあった。

 

 それは前世での失態……いや、失態より後悔に近い。ではその正体はなにか?

 

 レムに敗北したこと──否

 

 己の能力と魔法が打ち破られたこと──否

 

 ──()()()()()()()()()()()()()()()、ということだ。

 

 そもそも相手が人外だろうがなんだろうが、一方通行自ら手を下すことの妨害はありえない。あくまで物理法則は同じであり、マナや魔法といった、いってしまえば『一方通行にとっての異物』と呼べるものが介入しなければ彼の能力に穴はない。

 

 直接触れれさえすれば、手刀で首を切断。足でも腕でもいい、体の部位を破壊することもできる。

 

 それをしなかった。いや、できなかった。

 

 幾度となく交じり合う視線。交わされる拳。その距離がお互いを触れれるまでに近づいたとしても、その手は彼女を傷つけることができなかった。

 

(やっぱり何かが変わったンだよな……)

 

 彼は探した。いくつ存在するかも分からない引き出しを片っ端から明け続け、その最奥に隠された何かを。

 

 そして、ふと思い出される──

 

 ──お前って何でもできるのな

 

 ──なんでもできるのね、あくせられーた

 

 何でもできる──

 

(……ヤメだヤメ)

 

 彼の心を締め付けて離さない、『幻想』は未だ色褪せることなく生き続けていた。

 

「悪ィ。一人にしてくれ」

 

 一方通行は視線を動かさず、言う。

 

 傍らに人がいることを分かっている上での言葉だ。

 

 正直、顔を見たくないのだ。バツが悪い、悪すぎる。一方通行の不安定な精神状況ではレムの顔を見た瞬間激情しないとも限らない。

 

 それを自覚できているだけまともな方ではあるのだろうが。

 

「承知しました、お客様」

 

 と声を合わせて言うラムとレム。

 

 ドクッと心臓が跳ねる。分かってはいた。だが『お客様』と呼ばれることのダメージは、分かっていたくらいでは減らせなかった。

 

 いそいそと部屋から出ていく二人のメイド。 

 

 一瞬その背中を見送ろうと視線を回す。扉が開き、閉まるまで見た後、

 

「ハッ?」

 

 と、間抜けな声が飛び出る。

 これは本人も予期しておらず、本当につい出てしまった声だ。

 

 一瞬見えたレムの後ろ姿。そこに大きな違和感を感じたのだ。

 

(……何だ? 何かを見落としている?)

 

 だが考える間もなく、次の客が訪れる。

 

「元気そうで残念かしら」

 

「ベアトリス……オマエ……やりやがったな」

 

 深く思考に沈もうとしていた瞬間の来客。

 

 一方通行を現実に引き戻すには充分だった。

 

「やりやがったな、はこっちの台詞かしら」

 

「あァ、そォだったな……」

 

 このイベントの中身を思い出した一方通行。自分に非があったことにげんなりしつつ、ちょうどいいと思い、抱えていた疑問をベアトリスに投げる。

 

「なァ、あの姉妹使用人は何なンだ?」

 

「何、というのはなにかしら? するならちゃんとした質問をするのよ。それとも脳の容量が足りないのかしら」

 

「……………………あいつら人間じゃねェだろ? 種族的な話だ」

 

 どうにか沸き上がる怒りを鎮める。

 

 ここでいの一番に怒鳴らない当たり、不安定だった彼の精神も大分緩やかになっていた。

 

「ベティの記憶が正しければ、アレらは鬼の生き残りなのよ。鬼族が滅びた際、ロズワールが拾ってきたかしら」

 

「ヘェ。アイツらっていくつ離れてンだ?」

 

「あの二人は双子なのよ。ま、その割には随分差がついたものかしら」

 

「あァ、たしかにラムの方はちょっと抜けてンな」

 

「何言ってるのかしら。未熟なのは青髪の方なのよ」

 

「……ハ?」

 

「長居しすぎたかしら。お前も病み上がりなら、しばらく動くんじゃないのよ」

 

「あ? あァ、そォだな」

 

 それきり言葉なく部屋から出ていくベアトリス。その背中を見送った後、

 

「……何なンだ一体」

 

 と呟くのだった。

 

 




お疲れ様です。
やっぱり何かが違うんですよね。僕の言葉選びかな……  
とあるIFやってるかた、フレンド機能きたらフレンドなりましょう。楽しくて仕方ない。あと白猫五周年も……やりたいことが多すぎます


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25話 『嘘』

こんばんは。更新します



 

 メイド姉妹とベアトリスが居なくなった部屋で呆けていた一方通行。

 

『未熟なのは青髪の方なのよ』

 

 ベアトリスの言葉を頭の中で転がし、その意味を考える。だが、どれだけ考えてもその答えは出なかった。

 

 レムとラムの間にある差とは。

 

 仕事という面では考えるまでもない。性格はかなり違うが、どちらにしても悪いとは言えない。容姿はどうか。顔は瓜二つだし、身体的特徴でいえば発達しているのはむしろレムの方。

 

「はァ」

 

 思わずため息が漏れる。

 

 この世界に来て分からないと思うことは幾らでもあったが、そのどれもが調べれば分かる程度のものだった。

 

 今回に限っては調べようがないし、ベアトリスに聞くのは本当の最終手段だ。主に彼のプライド的な問題で。

 

「ホントに退屈しねェな、この世界はよォ」

 

 舌打ちしながら呟く。そんな彼の不意を突くように、ガチャリと扉が開いた。

 

「……オマエか」

 

 そこに立っていたのはナツキスバルだった。

 

 その顔は寝不足を更にこじらせたような目付きになっており、立つこと以外には何の力も入ってないかのような脱力感を漂わせていた。

 

 そしてその極端に鋭い目付きで言い放つ。

 

「嘘じゃないよな……? 俺たちが過ごしたあの五日間は、嘘じゃないよな! なぁ!!」

 

 一度目の世界のことか……、と心のなかで呟く一方通行。

 この様子を見るに、自分が死んだ後も世界は続いていたらしい──というのは後で考えるとして、今は目の前の問題に向き合う必要がある、と思い

 

「嘘だろ。少なくとも事実じゃ無くなってンだから、そりゃァ嘘だわな」

 

 思っていることをそのまま言うことにした。

 

「……お前までそう言うのか」

 

「だがまァ……っと……オイ、話は最後まで聞けよ」

 

 気づけばスバルは一方通行に殴りかかっていた。その拳は一方通行に当たる直前にやんわりと止まる。

 まるで見えないクッションを殴っているかのように。

 

「っ……悪ぃ」

 

「ククッ、誤作動でも起きたって顔だな」

 

 直ぐに拳を引き、手の感覚を確かめるように開いては閉じを繰り返すスバル。

 一方通行は面白いものでも見ているかのように笑ったが、直ぐに真面目な顔になると

 

「あれは実際に起きた『嘘』だ。矛盾しちゃァいるがな」

 

 空中を見ながら言う一方通行。

 

 その言葉の意味が今一分からず、疑問を浮かべるスバル。そんなスバルの顔を見てまた笑うと、

 

「小学生かオマエは。そンなに『本当』にしてェンなら、

 

   ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「あ…………で、でもっそれじゃあ、」

「それをハッピーエンドってやつにしてェなら、マイナス要素を取り除きゃァいい」

 

 スバルが言いきる前に言う。当たり前のことだが、そこが大事なのだ。なぞるだけでは前回の二の舞となる。

 

「そ、そんな簡単にっ」

 

「難易度は関係ねェ。それとも少しハードになると追えなくなる程、オマエの求める『本当』は軽いモンなのか?」

 

「それは……」

 

 スバルはそこで一呼吸入れると、

 

「そんなわけ、ないだろ」

 

 そこで一方通行はニヤリと笑うと、

 

「分ァったら帰れ。俺はそのために考えることがあるンだよ」

 

「あ、あぁ! サンキュー! それと、ごめんっ、早とちりして」

 

 心なしか先程より明るい表情で、手を合わせながら言うスバル。

 

「ヘーへー」

 

 更に目に光を取り戻したスバルはいつもの調子で、

 

「それにしても、お前もそういうとこあるんだな。なんだかんだで好きな」

 

「しつけェ! さっさと出てけ!!」  

 

「おぶっ!」

 

 言葉を遮られ、一方通行が起こした強風により強制的に退室させられるスバル。

 

 廊下に出されたスバルを閉め出すかのようにバタンッ!!! と必要以上に音をたてて閉まる扉。それを見てスバルは一言。

 

「男のツンデレ……俺は今新世界を垣間見た気がする」

 

 寝起きの絶望感はどこへやら、いつもの目付きの悪さに戻ったスバルは鼻歌を歌いながら自室に戻っていった。

 

 

 

 

 扉を勢いよく閉めた一方通行は、再び一人になった部屋で虚空を見つめながらふっと、

 

「もう、二度と負けねェ」

 

 自らの罪を懺悔するように呟いた。

 

 

 

 

 

 




お疲れ様です。
次回更新も未定でお願いします。一週間……まぁ二週間以内には、と思ってます。今のとこ一週間で来てるのでできれば一週間にしたい、が評価でモチベ上下するので高評価お願いしまs何でもないです。ではまた!


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26話 情報収集

おはようございます。
今回も今回で短いですが週一にしたいので出します。ためてから一気にの方がいいのかな……


 

 

「あった、これだ」

 

 恒例の朝食会も終わり、時間ができた一方通行とスバルは書庫に訪れていた。

 

 こうして知りたいことを充分に調べるために、今回も「食客」として過ごすことにしたのだ。もう慣れたもので、話し合いは滞ることなくスムーズに済んだ。

 ただし今回は『五日』ではなく『六日』だ。仮に『一回目』で死んだ原因もレムだとした場合、真相を確かめるためには五日目の夜は館に居て徹夜する必要がある。

 

 残された時間は六日目を除いて五日。時間を有効活用するべく、調べたい単語の文字をスバルに教え、莫大な蔵書数の書庫から目的の本を二人がかりで探していた。

 

 探すワードは『魔女教』と『鬼族』である。

 

 前者に関しては言うまでもないが、一方通行はどうしても『鬼族』についても調べておきたかった。

 『鬼』の特徴と滅びの詳細。そこに鍵があると直感が告げていた。

 

「魔女教か。鬼の方も見つけたら積ンどいてくれ」

 

「了解!」

 

 資料を見つけたら当然それを読み解くのは一方通行の役目だ。スバルは引き続き教わった文字を見ながら別の資料を探し、一方通行の隣に積んでいく。

 

「? 何をしているのかしら」

 

 そこに訳あって退室していたベアトリスが戻る。ベアトリスは一方通行の横にある数札の本から一冊を手に取ると、

 

「魔女教。ははーん、ようやく自分の体質に自覚を持ったかしら」

 

 その言葉に一方通行が反応する。

 

「体質? 何の話だ」

 

「お前じゃないのよ。稀有な体質を持つのはあっちにいる……げ、更に匂いが濃くなってるのよ」

 

「だから何の話だ?」

 

「魔女の臭い。鼻につんとくる、嫌な臭いかしら」

 

 そう鼻をつまみながら言うベアトリス。一方通行はそれに習い、スンスンと鼻をすませるが、特になにも感じなかった。

 

「俺には分からねェ、が、それをアイツから感じるのは何故だ?」

 

 のあぁぁ! と叫びながら数札の本の下敷きにされているスバルを見ながら問う。

 

「さぁ? 魔女に見初められたか、あるいは目の敵にされたか。どちらにしろ魔女に特別扱いされるアレは厄介者なのよ」

 

「濃くなったと言ったな? そンな簡単に濃度が変わるモンか? 臭いってのは」

 

「少なくとも昨晩から今朝にかけてよりは格段に臭くなってるのよ。今朝から今までで何があったかしら?」

 

「知るかンなこと。魔女、魔女ねェ……」

 

 この世界で魔女といえば、『嫉妬の魔女』に他ならない。400年前に世界を震撼させ、天災と定められる程に世界中の人々に嫌悪される存在。

 

「で、それを崇める狂信者集団が『魔女教』。ったく分かりやすいこった」

 

「お前が何を調べるも自由。にーちゃに頼まれた以上それだけは保証しても、この館に面倒を持ち込まれるのはごめんなのよ」

 

「……そォだな」

 

 そこで会話は終わり、それぞれ定位置で本を読み始める。

 彼らの距離は一日目とはいえ既にフラットだった。

 

 

 

 

 程なくして、『魔女教』に関する資料を読み終えた一方通行は、スバルが見つけてきた『鬼』に関する資料に手をつける。

 

「世界中で即時抹殺の掟をかけられるほどの狂信者……要はとんでもないテロリスト集団か」

 

「オマエにしちゃァいい例だな。本で語られる内容が本当なら、テロリストってなァ可愛いすぎるかもしれねェが」

 

 あらかた資料を集め終え、情報を共有した二人がそんなことを言い合っていると、

 

「……これか」

 

「? どうしたんだ?」

 

 突然一方通行が、あるページに書かれてある事実に驚愕を表す。

 

「ここだ、分かるか?」

 

 一方通行がその部分を指で差し、スバルに見せる。

 

「分からん」

 

「………………いいかスバル、簡潔に言うぞ」

 

 そこで一方通行は一呼吸入れると、

 

「鬼は自然に滅ンだンじゃねェ。滅ぼされたンだ。魔女教の手によってな」

 

 その恐ろしい事実を口にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




お疲れ様です。
今日はやることがあるため出掛けます。
次回も来週か再来週か……明確にはしておかないでおきます


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27話 学園都市第一位

こんばんは。
自分もいつか独白のような話を書くんだな、と考えていると、この物語はその機会が多そうでいいですね。自分のボキャブラリーが広がっていくのをハッキリ感じれます。使い方は下手なんですけどね……


  

 

 

 ──面倒だな。

 

 心の底からそう思った。

 

 人は誰しも『未知』というワードに引かれるものだ。それが勉強だろうがスポーツだろうが、様々なバラエティーでその言葉はその魔力を遺憾なく発揮する…………と思う。

 

 もっとも、

 

()()()──という条件付きではあるが。

 

 当然だが、知ってからその分野に更に興味を持つ場合だって当然ある。『未知』のモノに触れ、更に興味を持ち、それを究めたいと思う。

 それが『好きなモノ』の形。趣味とも言えるが、趣味=好きなモノで括っても何ら問題はないだろう。

 

 例えるなら、『魔法』という分野は俺にとってのそれである。

 

 

 では知ってから嫌いになる場合。

 勉強、スポーツ、飲食物、娯楽など。その一から十まで、初めから嫌いだという人はいない。誰もが一度知ってからその好悪を判断する。

 

 そしてその選考で『嫌い』にカテゴライズされると、もうとことんそれが嫌になる。

 

 今俺はそんな気持ちになっている。

 

 ──ロズワール邸での一幕をどう乗り越えるか。

 

 今抱えているあらゆる疑問はこの問題の過程でしかない。

 

 極論、その過程の全てをすっ飛ばして問題解決に走る方法もある。

 

 前回の要領で手土産だけもらい、本気でここから逃亡することもできる。

 もしくは手っ取り早くマイナス要因を排除してしまおうか。

 

 そんなことを考えてしまう。無理だと分かっているのに。

 

 出来たらとっくにやっている。逃げることも、レムを殺すことも、やろうと思えばできるのだ。

 

 その選択肢を外さざるを得ないのは、それができないと分かってしまったからだ。

 

 まず前者は論外。ここにきてエミリアから離れるという選択をスバルは取らない………………俺もだ。

 

 後者は一度はやろうとした……が、できなかった。物理的にできないのではない。

 

 ──どうしても脳裏を掠めるのだ。

 

 戦闘中、レムに近づき、目が合い、触れようとする度に、まるで走馬灯のように目の前に浮かぶ光景は、俺にとって初めての思い出だった。そこで俺は必ず門前払いをくらう。足がすくみ、その先に踏み出すことができなくなる。

 俺が過ごしたレムとの時間。その分どころか、それが何倍にもなって俺を止めようとするのだ。様々な『感情』という形でもって。

 

 ──鬱陶しい。やかましい。馴れ馴れしい。煩わしい。…………………………楽しい。

 

 

 

 結局俺には過程を飛ばすことなどできやしない。その細部まで徹底的に詰め、誰もが納得する結果に導く。それができてやっと終幕だ。

 

 ──あァ、本当に面倒だ

 

 テストや受験で悩む学生のような心境だ。どうにもこうにも、

 

 

 

 『好きなモノ』を得るには、『嫌いなモノ』をやる必要があるらしい。

 

 

 

─────────────────────

 

 

 

 これまでの人生でストレス発散といえば、コンビニで新しい銘柄の缶コーヒーを買い占めることだった一方通行。

 一つの銘柄を商品棚に並んでいる数だけ買い、そのどれもを最初は「気に入った」といって数日同じ物を飲み続ける。やがて飽きが来れば、新たな銘柄を求めてコンビニに出向く。 

 

 それが彼の趣味であり、貯まったストレスを発散する唯一の娯楽だった。

 

 だが今夜は違う。

 

 丑の刻も後半に差し掛かろう頃、前回魔法の鍛練をしていた平野に訪れた一方通行。

 

 今宵彼がここに訪れた目的は魔法の鍛練などではなく、

 

 

 

「ウ"ゥゥゥオ"ォア"アァァァァァーー!!!!」

 

 

 

ドッゴォォォォーーーーーーン!!

 

 

 獰猛な獣の咆哮のような声。同時に鳴り響く轟音は、爆音、雷鳴、風音、地響きといった騒音が不協和音となったものであり、ここで起きた惨状を如実に表している。

 

 『鬼が魔女教に滅ぼされた』この事実を知ってから何の進展もないまま、既に四日の時が流れた。分からないことが多すぎる状況に、白旗を上げるしかなかった。

 スバルの臭い、レムに対する違和感、ベアトリスの言葉、何一つ納得のいく回答が見つからないまま過ごす日々は苦痛でしかない。それがついにここにきて爆発したのだ。

 

 立ち込める煙が晴れた時、一方通行を中心に巨大な円を描くようにクレーターができていた。

 

 廃れているとはいえ、枯れかけの植物や不規則な凹凸があった辺りは、その一部分のみ更地と化していた。

 

「ハァ……ハァ……ンァ? ちょっとハリキリ過ぎたかこりゃァ?」

 

 一方通行の()()()()激しいストレス発散による衝撃は、地面にクレーターを生むだけに止まらず、周囲の木々や地面にも影響を与えていた。

 

 

 利用できるベクトルを盛大に破壊するために使った一方通行は、満足したようにフゥー、と深い息を吐くと、溜め込んでいたモノを吐き出す。

 

「クックク、クハハ……! ヒャハハハハッ! アーッヒャッヒャッヒャッ!!」

   

 自分の額に手を置き、体全体を震わせ、少しの間狂った様に笑い続けた。

 

 

 そしてひとしきり笑い終えると、満足したようにため息を吐き、

 

 

「ハァーー……──忘れるとこだったぜ」

 

 そしてそこで一拍入れ、続ける。

 

「学園都市に七人しか存在しないlevel5。その中でも、突き抜けた頂点と云われるこの俺に、できねェことなンざねェよなァ!!」

 

 ここに訪れた時の曇った顔つきではなく、吹っ切れたような晴々しい表情で叫ぶと、自らの力を誇示するように巨大な二本の竜巻を背中に接続し、それを翼のように使い、いつもの何倍ものスピードで館へと帰った。

 

 あらゆる迷いを断ちきり、完全に何時もの調子に戻った一方通行。

 

 

 運命の分岐点まで、残り一日。

 

 

 

 

 

 




お疲れ様です。
今この活動が本当に楽しいです。自分で作る楽しさと見てもらう楽しさに目覚めてます。皆様いつもありがとうございますm(_ _)m

ちなみに今回色々エフェクトしたんですけど見易いですか?


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28話 迎えた六日目

こんばんは。
日曜日に投稿できて心底ほっとしてます。
今回はいつもより長めにかけたので最後まで読んでいただけると嬉しいです!


 

 

 カクテルパーティー効果。

 これは、現在の環境で自分にとって必要な事柄だけを選択し、見たり聞いたりする脳の働きのこと。

 パーティー会場など周囲の喧騒に包まれるなか、目の前の人間と会話することができるのはこの力によるものだ。

 

 要するに人間の脳は常日頃から周囲のあらゆる事柄を必要なものと不要なものに識別している。

 

 例をあげよう。

 通学でも通勤でも、ちょっと街を歩けば視界に映る他の人間の数は百や二百ではすまない。だがそれらの殆どは記憶に残ることはなく、視界から消えた瞬間脳からも消える。 

 可愛い、かっこいいといった特徴をとらえて稀に印象に残る人間もいるだろうが、結局それは自らの感情の起伏という点で必要になったからだ。喜怒哀楽は人間の持つ代表的な感情、そこに触れれば脳はそれを必要だと処理する。

 

 では仮に、最早ノイズといっても差し支えない程の喧騒の中で、はっきりと聞き取れる声があったとしたらそれは………………。

 

 

 

──────────────────────

 

 

 

 真っ白な空間に放り込まれた。

 はっきりとしない意識の中で、数多ものノイズが飛び交うのを聞いた。

 

 その中に一つ

 はっきりと俺に届いた。

 聞こうとしたわけじゃない。

 一方的に告げられた。

 

 

 『お前には、何も守れない』

 

 

 耳に流れるその声が、脳に突き刺さるその意味が、痛いくらいに響いて止まない。

 

 だから俺の意識はこんなにも目覚めようとしている──

 

 ──あァそうか、これは夢か

 

 ようやくその果てしなく真っ白な世界を自覚する。自分の体とか、ノイズの出所とか、見えなきゃいけないものはそこにはない。

 

 本当に意識だけを放り込まれたようだ。

 

 途方もない白銀の世界。唯一確認できるものといえば、人間を型どったような黒い何か。

 その異常なまでの黒は、この白い世界であまりにも目立ちすぎている。

 ウェディングドレスのように広がる闇を纏い、その表情は決して伺うことはできず、それこそ形でしか容姿を説明することができないそれは、現実でいう人影に近い。

 

 どうやら先程の声の正体はコレらしい。

 

 ──何なンだ一体?

  

 そう思わずにはいられない。だが、俺の疑問など知らんとばかりに、再び一方的に告げてくる。

 

『その力は壊すことしかできず』

 

 ──……あ?

 

『その力は壊すためにあり』

 

 ──……

 

『お前は大切なモノすら自らの手で壊す、思い出せ』

 

 そして流れ込んでくる映像は、数多く抱える闇の一つであり、辛苦の記憶。

 

 

 ──もういつの頃だったか。 

 

 

 自分はただ仲間に入れて欲しかっただけだった。

 

 公園で無邪気に遊ぶ子供たちを眺めていた。

 彼らはボールを蹴っては追いかけ、蹴っては追いかけ、とまるで『サッカー』と呼べるものではないが、それは楽しそうに走り回っていた。 

 

 だが、その輪に走ることはできなかった。見かけて立ち止まっただけでも充分だったと思う。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 その時、不意にボールが足元に転がってきた。すぐに気付き、両手で掬うように拾い上げる。

 俺は手中にあるボールを見て何を思ってただろうか。

 

 これを期に仲間に入れて貰えるかも、という期待か。

 自分も蹴ってみようか、という興奮か。

 

 そんな感情も一瞬。当然だが、子供たちの内の一人が目の前まで来た。

 

 ──今思えば、そこが全ての始まりだった。

 

 そこで直ぐに自分からボールを渡せていたら、どんなによかっただろうか。

 もしこの時自分からボールを投げ返していたら、

 

 ──自分に触れようとした子供の手を、壊さなくてすんだかもしれない。

 

 そこからは正にドミノ式。

 

 重症を負った子供の親が出てきて、

 派手に武装した大人に囲まれ、

 最終的に視界に広がるのは、明らかに国一つは落とせるであろう核兵器の数々。

 

 この負の連鎖。子供一人押さえるには過剰防衛もいいとこだ。

 

 だが、

 

 俺はただその場に立っているだけで、

 

 

 ──その全てを返り討ちにして破壊した。

 

 

 ──……ヤメロ

 

『お前に守ることなどできやしない』

 

 ──ヤメロって……

 

『思い出せ、そして──』

 

「言ってンだろォがァァーー!!」

 

 その時、真っ白だったその世界が手前から奥へと一気に黒くなっていった。

 

 まるで俺の心が色となって現れたように。

 

 そしてそれを嘲笑うように言うのだ。

 

『そう、それがお前だ』

 

 気づけば俺は自分の姿をこのドス黒い世界に見出だしていた。

 声も出れば、体も動く。ならば、

 

「るッせェ! とりあえず、死体決定だクソヤロォォ!!」

 

 この黒い世界でもなお形を保つソレに手を伸ばす。

 

 そしてそのまま、その黒いナニかを貫いた。

 

「ハッハハ…………ハ?」

 

 一瞬目が錯覚を起こしたかと思った。今一度目の前にいる人間を確認する。

 

 俺の腕に胸を貫かれ、目や口から血を流しているのは、

 

「レ、ム…?」

 

「どうしたのですか?」

 

「なン……で…?」

 

 胸に穴を開けたままで流暢に話すレムは、その血まみれの顔でくすっと笑って言うのだ。

 

「貴方が殺したんじゃないですか」

 

 そこで霧のごとくレムは雲散霧消した。

 

 その言葉を聞き、突如胸を抉られるような痛みに襲われる。

 

「グッアァァ!!?」

 

 咄嗟に両手で押さえる。ちっとも引くことのない痛みは、逆に更なる熱をもって襲いかかる。

 

 ──冗談ではない。死んだ方がマシだ。

 

 夢だと分かっていても、確かに痛みは訴えてくるし、死ぬことは許されない。逃げることも、目覚めることも、自発的にはできそうにない。

 

 そしてそんな中、先程の無機質な声が耳に流れ込んでくる。

 

『これが全てだ。お前が関わった時点で、あらゆる物語の結末は決まっている。()()()()()()()()()()()()()()()

 

 その絶対的な核心を告げた。

 

 最早辺りは暗いなどではすまない。

 黒というのも生ぬるい真の闇の世界。触ることも見ることも聞くことも嗅ぐことも感じることもできない。

 

 五感から完全に切り離された世界。それができあがっていた。

 

 

 

 ──自分以外の全てを殺すが、自分が死ぬことはない。

 

 

 ──その結果がこの()()()()()()()()()()()()

 

 

 ──これが報いだと言うのなら、俺は……

 

 

『そうだ。お前には、何も守れない』

 

 

「…オッレ、は──」

 

 

 

 

 その瞬間、突如この漆黒の世界に一点の光が生まれた。

 

 その光は俺の胸の辺りまで飛んでくると、その輝きをさらに強め、瞬く間に周りの闇を消し飛ばし、再び元の白銀の世界へと戻した。

 

 そして元から黒で構成されていたソレは、

 

『チッ……』

 

 恨むように舌打ちを残すと、その光に飲まれて消えた。

 

 そして入れ替わりにその場に降り立ったのは、天使のような見た目の少女だった。

 

 

 

 

『いいえ、貴方は守ってくれました──』

 

  

 

 

 …………………

 

 

 

 

 

「一方通行!!」

 

 ビクッ、と驚いたように目を開ける一方通行。

 

「朝……」

 

「結局お互い寝ちまったな」

 

 やれやれ、と苦笑いするスバル。

 当の一方通行はまるで聞いていない。それには理由がある。

 

 どうも起きたときから体の調子が悪いのだ。

 しかし、自らの能力で体の所々を探るも、特に異常というべき問題はない。

 

「……なァ」

 

「ん? どした?」

 

「オマエ俺になンかしたか?」

 

「? いや、してねーけど。俺もさっき起きたばっかでさ、お前がそこにいるのを見て急いで起こしたんだ」

 

「……そォか。夜を越えたか」

 

 それは本来喜ぶべきこと。

 待ち望んだ六日目の朝だ。既に朝日は窓から差し込み、一日の始まりを告げていた。

 

 スバルはそれに感激し、窓から顔を出して朝日とそよ風をその身で感じている。

 

 だが、今の一方通行はなにやらしかめっ面して頭を押さえている。

 そんな彼を怪訝に思い、スバルは聞く。

 

「なんかあったのか?」

 

「……いや、何でもねェよ。少し記憶が飛んでるだけだ」

 

「まぁそんなとこで寝かせちまったしな。長い夢でも見たんじゃないか?」  

 

 五日目の夜、彼らは徹夜で見張って館で起こる何かに備えるつもりだった。

 夜も深夜と呼べるころに差し掛かると、二人の間での会話も尽き、思い思いのことをしていた。

 スバルはベッドに寝転がり、一方通行はベッド脇で座り込んで本を読む。

 その状態で寝落ちしたのならば、一方通行は硬い床と壁に背をかけて寝ていたことになる。

 夢は浅い睡眠時こそ見ると言う。そんな状態で深い眠りにつけるわけもない。

 

 だが、

 

「夢だァ? そンな曖昧なモンが影響するかよ。バカバカしい」

 

 反応を見るに、そもそも夢というものを見たかも怪しい。

 

 それ以前の問題として、一方通行がそういった非科学的なものをあまり好まないというのがある。

 此度の体調不良は慣れない体勢で寝てしまったため、と自己完結を迎えた。

 

「それにしても、普通に迎えたな。六日目」

 

 スバルが言う。

 一方通行は返事こそしないが、同じことを思っていた。

 

 いや、むしろその事にこそ一方通行は疑問を持っていた。

 

「……本当にそォか?」

 

「な、なんだよ。現にこうして……」

 

 その時、コンコン、と扉を叩く音が鳴った。

 

 ほいほい、とスバルはすぐさま扉を開ける。

 すると、目の前に立っていたのはエミリアだった。

 

「おろ。エミリアたん、おはよう」

 

「うん、おはよ。……スバル、それにアクセラレータも。ちょっと来て欲しいの」

 

 そういうエミリアの表情は優れない。

 

 いつもはその瞳を見れば、自分が彼女に惚れた理由を再確認するところだ。

 自分にはない、気圧されるほどに真っ直ぐで曇りない瞳を。

 

 だが今エミリアの顔には、隠しても隠しきれない動揺と焦りが見てとれた。

 

 

 一方通行もそれを感じて、促されるままに立ち上がり、三人で廊下を歩いていく。

 

 普段とうって変わって神妙なエミリアに感化され、徐々に気分の落ちていく一行。

 

 その重苦しい空気に耐えれなくなったスバルがエミリアに問おうとする。

 

「なぁ、一体何が──」

 

 起きたんだ、と続けようとするその言葉は途中で遮られる。

 

 ──絶叫、あるいは悲鳴ともいえる声によって。

 

 所々掠れるその声は、悲しみや苦しみといった負の感情に満ちており、聞くものの心にまでその感情を植え付ける。

 

 いち早く走り出したのは意外にも一方通行だった。

 階段をかけあがり、直ぐの廊下はたしか空き部屋、そしてラムとレムの個室があったはずだ。

 その中に一つ。扉が全開になっており、やたら目立つ長身の男、ロズワールが目の前に立つ部屋があった。

 

 その時点でそこが誰の部屋か、一方通行にはすぐに分かる。

 

 すぐさまロズワールの前に駆け寄った。

 

 すると、一方通行が声をかける前にロズワールはただ一言。

 

「中を」

 

 と声だけで促した。

 

 一方通行はスバルとエミリアを待たず、部屋へと踏み入れる。

 

 よくよく見ればその部屋には色々な特徴が見つけられたはずだ。間取りが一方通行やスバルの部屋と同じだとか、どこもかしこも丁寧に手入れが行き届いていてやけに綺麗に見えるだとか、数えればキリがない程に。

 

 だがそんな外野の景色には一切目が向かない。一方通行の意識は、今最も見なければいけない部分に集中していたからだ。

 

 部屋の中央に丁寧に整えられた寝台がある。

 

 その上で、

 

 

「いやああぁぁぁああああぁぁあぁ──ッ!」

 

 

 

 聞くものの鼓膜を切り裂くような悲痛な叫びと、とめどない涙を流すラム。

 

 そしてそんな彼女に縋りつかれるように、

 

 

 ──レムが息を引き取って横たわっていた。

 

 

 




お疲れ様です。
次回は波乱ですね


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29話 動乱のロズワール邸

おはようございます。
金曜日ですねー。今日を越えたら土日です。1日がんばりましょ!


「な、んで……………?」

 

 キツく締まった喉からなんとか絞り出した一言には、動揺を意味するありとあらゆる感情がこもっていた。

 

 その声の掠れ、震え。

 三度と世界を繰り返し、様々な事情を知るスバルにとってそれは当然であり、むしろその瞬間それだけで済んだのは上出来だろう。

 

 

 重い足取りでレムに近づき、その体に触れようとする。 

 

 だが、それは叶わなかった。

 スバルが震えながら伸ばした手を、横からラムがはたき落としたからだ。

 

「やめてッ! レムに、ラムの妹に触らないでッ!」

 

 その表情は歪んでいた。

 悲しみ、苦しみ、怒り、挙げればキリがない程の負の感情を全面に表し、その眼から流れる涙に終わりは見えない。

 

 ──ラムのこんな姿、普段からは想像もできない。

 

 だからこそ、現実は非情なのだ。

 

「死因は衰弱によるものだ。魔法というより、呪術に近い。眠っている間に徐々に命の灯火を吹き消され、意識がないまま死に至らせられている」

 

 いつの間にか部屋の扉は閉められ、ロズワールが入室していた。

 彼の淡々とした口調。出入口を塞ぐような立ち位置。

 

 ──そしてこのタイミングと雰囲気。

 

(まずいな……)

 

 一方通行は感じる。

 

 彼でも目の前の出来事には驚愕を表せずにはいられない。故に、既に一方通行のなかでこの世界の結末は決まっている。 

 

 だからこそ、一方通行はここで冷静さを失わずに思考する。

 

 

 呪術、というのは魔法とは少し違う。それは文字通り呪いで、大抵の効果がネガティブなものだ。今回のように人を殺すようなものもあれば、病に落とすものもある。

 

 そしてそんな呪術には()()()()()がある。それは『かける対象に触れること』である。

 

 素性が不明な上に、来て一週間も立たない人間がいれば、疑われるのは必然。

 

 即ち、

 

「お客人、何か心当たりはないかねぇ?」

 

 これは冗談でもなんでもない。

 ここでの受け答えをミスれば、憤る鬼と最強の魔導師を敵に回すことになる。

 

 一方通行は真っ先に口を開こうとした。ここでその解をスバルに任せれば、厄介なことになるのは明白だ。

 

 

「ま────!?」 

 

 そして、世界が凍りついた。

 

 発声は強制的に止められ、時計の針も止まり、意識が残ったまま身体中の機能が停止するこの歪な感覚。

 

 これは知っている。この世界に来て最初の死に戻り、その時と同じ感覚だ。

 

 ──何ッ!?

 

 その場においておかしいのは、スバルが生きているということ。

 死に戻りのトリガーはスバルの死、それは前回で完全に立証されたはずだ。

 

 ──グァ……っ!?

 

 そして突然訪れる、心臓を握られるような痛み。

 

 それはその止まった世界ではあまりにも不可解だった。

 

 何故痛覚が働くのか? 何に干渉されているのか? そもそもこれは何なのか?

 

 不可解、不可解、不可解──。

 

 身体中が声にならない叫びを上げ、意識が遠退いていく。

 

 

 そして、

 

 

「っ!?」

 

 時は動き出す。

 

 意識もはっきりしていれば、心臓の痛みなどどこへやら。時計も正確に動いており、周りの状況もそのまま。

 正常に時間が進んだとしか思えない。ただし物理的には、だ。

 

 その僅かな時間は、一方通行の心に確実に『恐怖』を植え付けていた。

 二度と味わいたくないとすら思える、あの『死』にも匹敵する恐怖。

 

 分からないことが一番怖い、とはよくいったものだ。『不可解』に囲まれた世界はそれほどまでに恐ろしかった。

 

(死に戻りじゃねェ!? クッ……返答を………………ッ!?)

 

 そして一方通行はある『可能性』に気づく。

 

(俺は何を言おうとした?)

 

 「心当たりはないか?」と聞かれたのだから、ただ単純に「ない」と答えればいい。

 

(違う!) 

 

 ロズワールは軟禁に近いこの状況を自ら作り出した。一方通行やスバルを観察し、ある程度の確信を持っているのは間違いない。

 

 そして一触即発といった、この雰囲気。

 

(『死に戻り』の内容に触れずに弁解は不可能……確証なンかねェ、が……)

 

 そして一方通行はその場で選択すべき言葉を見つける、が一歩遅かった。

 

 その瞬間、スバルがこの場において最も取ってはいけない行動をとってしまった。

 

「知らねぇよ……。俺にどうしろってんだよッ」

 

 ボソッと呟くと、ロズワールの立ち塞がる扉へと走り出したのだ。

 

 だが、その足は転倒という形で止められる。

 

 扉どころかロズワールにすら届かずに、膝をつくことになるスバル。

 

 スバルが走り出した刹那、それよりも遥かに速く走った一筋の風が、スバルの足を掠めたのだ。

 

「──逃がさない。何か知っているなら、逃がさないッ!!」

 

 気づけばラムは振り向いており、その手をスバルに向けていた。

 

 ──風の魔法『フーラ』。

 

 それでスバルを止めたのだろう。

 

 そして脅威はそれだけに止まらず、

 

「──私も少々気が立っているようだ。可愛がっていた従者がこんな目に会わされたかと思うとねぇ」

 

 そう言うロズワールの周囲はたちまち強大な魔力に満ち、空間の歪みすら感じさせる。そして臨戦体勢とばかりに、両手にそれぞれの色の光を発する四色の玉を浮かべた。

 

 最早取り繕うことなどできない。その場はスバルは愚か、一方通行でも下手はできない状況に陥っていた。

 

(バカが……)  

 

 一方通行はそう思うが、仕方ないことだとも思った。

 

 様々な葛藤があったのだろう。やりきれん思いがあったのだろう。拭いきれない焦燥に追い込まれたのだろう。

 

 スバルを理解できる唯一の人間として、一方通行はスバルを非難することはできなかった。

 

(これまで、か──)

 

 そして遂に一方通行は動く。

 

 決めていたことを実行しようと、片足を上げる──

 

    ──が、ゆっくりと下げた。

 

 立ち上がったスバルにエミリアが歩み寄る。その光景を見て、ギリギリで思いとどまったのだ。

 

 

 エミリアはスバルの袖に触れると、

 

「スバルお願い。何か知っているなら教えて。あなたがラムを……レムを助けられるなら……お願いっ」

 

 それはスバルにとって何よりも残酷な言葉。

 

 答えられるなら、それができるなら、全てをぶちまけてしまいたい。

 

 でも、できない。

 

 例えエミリアの、誰より大切な人の、震える瞳を見ても、

 

「……ごめん」

 

 できない。

 

「スバル……」

 

「っ……ごめんッ」

 

 ──できない。

 

  

 そしてそれを見ていられなくなった一方通行は、

 

「スバル! 走れェェーー!!」

 

 叫びながら右手を床に叩きつけ、

 

 ドーンッ

 

 と轟音とともに、廊下に面した壁を破壊した。

 

 

「っ!」

 

 すぐさまスバルは走り出す。

 ロズワールとラムの目が一方通行に向いた隙に、瓦礫を乗り越え、廊下へと飛び出した。

 

 

 当然ラムとロズワールはそれを許さない。

 

「逃がさないッ!」

 

 ラムはスバルの背中目掛けて風の魔法を放つ。

 だが、その間に割って入った一方通行が魔法陣を展開して、全く同じ風の魔法で相殺した。

 

「退いてッ! ラムの……レムの仇、絶対に殺してやる!!」

 

「悪ィがそれは出来ねェ相談だ」

 

 だが、視界の端でロズワールが廊下に飛び出すのが見えた。

 

(クソッ、目が放せねェってのに)

 

 少しでも隙を見せれば、ラムは飛び出し、スバルを追ってしまう。一方通行は警戒を解くわけにいかない。

 

 一方通行が何もできないまま、ロズワールの両手の魔法がスバルを狙って解き放たれる。

 

 ダメか、と一方通行は思ったが、ロズワールの魔法は意外な人物に阻止された。

 

 

「……そっちを止めてくれンのは助かったが、どォいう風の吹き回しだ?」

 

「まさか君が身を張って守るとは。そんなに彼が気に入ったのかぁな?」

 

 

 一方通行の真後ろで、ロズワールの魔法を止めたその人物が口を開く。

 

「冗談は性癖だけにするかしら。お前も、勘違いするんじゃないのよ。言ったハズかしら。館に面倒は持ち込まない、と」

 

 これまで一言も喋らずに事を見守っていた、肩に灰色の猫の精霊を乗せた少女。

 

 ベアトリスは、心底面倒そうに言った。

 

「ロズワール。コイツらに呪術の知識も、使う度胸もないかしら。決めつけてかかるのは早計なのよ」

 

「事態に重きを置くべきは既にそこにはない。ベアトリス、君もそれくらいのことは承知しているはずじゃぁないかな?」

 

 そうして二人が会話をしているその隙に、一方通行は声のベクトルを操り、エミリアにだけ聞こえるよう、

 

『スバルを追ってくれ。それかこの部屋から出ろ』

 

 と言った。

 

 エミリアは驚いたように一方通行を見るが、ラムと向かい合う彼に、彼女を気にかける暇はない。

 

 エミリアはそのままで頷き、廊下を走っていった。

 どうやら彼女はまだ信じてくれていそうだ。一人で出ていったスバルもこれで心配はない。

 

 一方通行はそれを悟り、意識をラムとロズワール、それからベアトリスに向ける。

 

「ベアトリス。オマエにまだその気があるなら、スバルを追ってくれ」

 

「何を言い出すかと思えば。さっきも言ったかしら。勘違いは──」

 

「俺とスバルはこの件に関係ない。これは絶対だ。今スバルを守れるのはオマエだけだ。頼む」

 

「……ベティはこの館の人間。アイツを殺す側でもおかしくないかしら。それでも──」

 

「──構わねェ。俺はオマエならスバルよりも信じられる」

 

 これは一方通行の本心だ。普段は何かとあれば悪口を言い合う仲だが、逆にそれだけ距離が近いともいえる。

 一方通行にとって、ベアトリスと軽口を言い合う時間は、余計な気を使わないで済む貴重な時間なのだ。

 

「…………」

 

 そこでベアトリスは黙りこむが、数秒後には廊下をスバルが去った方向に歩いていった。

 

 それを止める人間はいない。ロズワールにしろラムにしろ、狙いはスバル。ベアトリスがいなくなるのは何一つ問題ではない。

 

 

「さァて、やるか」   

  

 そこで一方通行はいよいよ臨戦体勢に入る。ラムから意識を変え、ロズワールを見入る。

 

 目の前にいる一国の最強の魔導師を前に、臆することなく立ちはだかった。

 

「ふむ。てっきりベアトリスの参戦に乗じるのかと思ったのだぁけど、それは賢い選択とはいえないんじゃぁないかい?」

 

「別にオマエら二人を相手にできるとは思ってねェ」

 

 そこで一方通行は策に出る。こうなった時点から、狙いはロズワールとの一対一だ。おそらくスバルは館の外まで逃げただろう。

 

 ──悪いが、ラムを遠ざけさせてもらう。

 

「今回の件。俺は何も知らねェが、スバルは何か知ってそうだったな。ここで俺に足止めくらってたら、アイツはお前らの手の届かねェ場所まで行っちまうぞ?」

 

 そう煽るように言った。

 

 一方通行の狙い通りラムは怒り狂い、

 

「逃がさない……絶っ対に逃がさないッ!!」

 

 一方通行がロズワールと向かい合うことでできた隙間をとてつもないスピードで駆け抜け、スバルを追いかけていった。

 

「ま、今のは嘘だがな」

 

「なぁるほど。ラムよりも私の方が楽だと判断したわぁけ?」

 

「ンなわけあるか。そもそも俺は最初の世界からお前とは戦ってみたかったンだぜ?」

 

 一方通行は確かめたかった。

 今の自分と国一番の魔導師。物理的には近いその男との()()()()()を。

 『俺と戦え』という、最初の更に最初の要求。それの実現。

 

 ()()()()()()()()()でやっておきたいことだった。

 

「ふっふっふ。ちょうどいい。私も君に興味が出たところだ」

 

「あ?」

 

「しかしあまり館を壊すのは好ましくない。──レムもいるのだぁからね」

 

 ロズワールは寝台で眠るレムを一瞥して言った。

 一方通行にとっても、この館を必要以上に壊したくはない。

 

「お互いに利害は一致している。場所を変えてもいぃかな?」

 

「あァ」   

 

 二人は戦いの場を変えるべく、廊下の窓から外へと飛び出す。ロズワールは魔法で、一方通行は能力で翼を装着し、飛行する。

 

 そしてその広い庭園の上空で向かい合い、

 

「さァ来いよ、ロズワール·L·メイザース。ルグニカ一の魔法とやらを見せてみろ」

 

「言っておくけぇれど……向かってくる男に、私は手加減できないよ?」

 

 科学と魔法が交差する、戦いの火蓋が切って落とされた。

 

 

 

 

  




お疲れ様です。
感想でもダメ出しでも批判でもアドバイスでも、いつでも待ってます!

追記。ご指摘ありがとうございます!!
そして申し訳ありませんm(_ _)m
風の魔法は『ヒューマ』ではなく『フーラ』です。修正しましたが、本当にすみませんでした


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30話 VSロズワール·L·メイザース ①

こんにちは。
お試し投稿ってないのかな。皆に見てもらって分からないとこを指摘してもらい、それを修正する、みたいな。
っていう前書きから分かる通り今回地獄回です。分からないとこがあったらドンドン言ってください。


 

 

 

「『エル·ゴーア』」

 

 

 ロズワール邸の広い庭園。

 その上空で、二人の男の詠唱が重なり、二つの炎弾が宙を舞う。

 

 両者の中間でぶつかり合う火属性の魔法は、そのまま豪快な爆発音とともに煙となって消える。

 

「ふむ。先程はまさかとは思ったけぇれど、本当に使えるんだねぇ」

 

 奇妙なピエロの化粧を施した男が興味深そうに言う。

 

 対する白髪と紅い瞳を持つ男は、その発言の意味に気付くと、やや目を細めた。

 

「知ってやがったか」

 

「私にすれば、他人のゲートの状態を見極めることなど造作もない」

 

「一々嫌味ったらしい野郎だ。そのフザけた顔面ごと叩き潰してやるよ」

 

 一方通行はそう宣言すると、翼を一度はためかせロズワールへと接近。そのままの勢いで蹴りを繰り出す。

 

 それに対してロズワールは両手を交差し、防御の体勢を取る。 

 

 当然だが一方通行の能力による直接の攻撃はガード不可。どんな体勢だろうが、直接受ければ確実にダメージを負ってしまう。

 

(砕けろッ!)

 

 ここで変に目標を変えるより、まずは両手から破壊しようと正直に突っ込み、蹴りをヒットさせる。

 

 だがやはりロズワールも歴戦の猛者。

 攻撃を受ける刹那の見切り。一方通行の足が自分の腕に当たった瞬間に異常に気付き、全力で後ろに飛ぶ。その速度は迫る一方通行を凌駕し、その場に置き去りにした。

 

 更に負傷した両腕を回復魔法で一瞬のうちに治すと、反撃に出る。

 

「『ウル·ゴーア』」

 

 先程よりも一回り大きい炎弾がロズワールの手元から放たれる。

 

 一方通行は正面から迫る炎弾を右に飛ぶことで回避。だが炎弾は一方通行の後を追うように方向を変える。

 

(ホーミング? いや、遠隔操作か…………チッ!?)

 

 更に逃げた先から迫るもう一つの炎弾が一方通行を挟み撃ちにする。そこで左右の逃げ場を失った一方通行は上方へと飛ぶが、そこには既にロズワールが待ち受けていた。

 

 流れるような動作で回し蹴りを放つロズワール。当然その攻撃は一方通行を前に反射されるが、足の方に大したダメージは入っていないようだ。

 

(ッ……ヤロォ!)

 

 その意味はすぐに分かり、体勢を崩したロズワールの胸倉を掴んで真下、つまり二つの炎弾へと投げる。

 

 しかし炎弾はロズワールが当たる直前で再び曲がる。ロズワールを囲むように左右に散開し、更にバナナのような軌道で真上の一方通行を狙った。

 

「チィッ!」

 

 やむを得ず、魔法陣を展開し、二つの『ウル·ゴーア』で相殺した。

 

 合計四つの『ウル·ゴーア』が爆発し、大規模な煙が一方通行を飲み込む。

 

 地面にゆっくりと着地したロズワールは、先ずダメージを負った足を回復魔法で治し、空に浮かぶ煙の塊を見上げる。

 

 数秒後、広大な煙の一部分が飛行機雲のように突出して伸び、その先端に煙で所々煤の被った一方通行がいた。

 

 煙から逃れた一方通行は上空で静止。

 地面から余裕の表情でこちらを見上げるロズワールを睨む。

 

(……なンつー野郎だ) 

 

 一瞬の違和感で一方通行の能力に勘づき、自らの魔法の遠隔操作で誘導。わざと力を抑えた蹴りで確信へと導くその魔法技術と分析力。

 

 更には回復魔法による自己再生。攻守において完璧な立ち回りを見せるロズワール。

 

 一方通行は二連続の『ウル·ゴーア』によって失った体力を回復させるため、地面に降り立ち、ロズワールを正面で見入る。

 

「まだ種切れってわけではないだろう。地上戦がお好みかぁな?」

 

「一つ聞かせろォ」

 

 一方通行は対話による時間稼ぎを謀る。

 ただしそれには確実に相手が興味を持つ内容で、かつ長引かせるように会話する必要がある。

 

 だが、これまで幾度と世界を繰り返した一方通行。そんなネタは幾らでもあった。

 

「オマエは今日唯一、レムが死ンだのだけが想定外で元々俺とスバルは殺すつもりだった。違うか?」

 

 ピクッとロズワールの耳が跳ねる。

 

 動揺、というより驚いたという様子だ。

 

「面白い事を言う。たぁしかに、エミリア様を王にしたい私にとって君らの存在は邪魔そのものだ」

 

 頷きながら言うロズワール。彼はそのままの調子で続ける。

 

「徽章は王選候補者の証。盗まれたという事実はそれだけで致命傷になる。実際本格的な口封じも考えなくもなかった」

 

 不敵に笑い、人差し指を口の前まで持っていく。

 

「がしかし、エミリア様や大精霊様の言葉、そして私自身の人を見る眼を信じた。それがこんな形で裏切られるとはねぇ」

 

 チラッと館を見るロズワール。

 一方通行は一瞬否定しようともしたが、考えるべきはそんなことではない。

 

 今一質問の答えになってないのだ。

 色々並べていたが、結局ロズワールはハッキリと否定してはいない。一方通行はそこに何かがある気がした。

 

「……ロズワール。俺は今回レムを見たとき何故か頭ン中に違和感が生まれた。細かく話すのは無理らしいから簡単に言うが、俺がレムに見たのは静かな悪意。二度も見落としていた、眠れる悪意だ」

 

 二度目の世界を経て、レムに対し疑心を持ったおかげで気付いた事実。あの悲劇の後だからこそ持った違和感だ。

 

 ロズワールは口を挟まない。

 色々曖昧なこの話。突っ込み所は幾らでもあるはずだが、自分にも心当たりがある、ある点に意識が向いたのだ。

 

「いや、ほとンど感じさせなかっただけで、それはラムにも当てはまるハズだ。レムとラムは双子、互いを想う気持ちに大した差はねェ」

 

 一方通行の中に蠢いていたピース。それらが形となっていくのを感じる。  

 

「だが二人の間には()()()()()がある。最初言われたときは何一つ分からなかったが、今のお前の言葉で確信した」

 

「ふむ、それは?」

 

()()()、だ。レムはラムに関することで自分を抑えることができない。何かしらの不安要素があれば例えオマエやラムに御されていても動いてしまう。オマエにも心当たりがあるハズだ」

 

「魔女の残り香、だぁね」

 

「さっきハッキリと違う、と言わなかったのはお前側の人間で心当たりがあったからだろ」

 

 そこで訪れる沈黙。 

 その間も一方通行の思考は止まらず、次々と可能性を生み出す。

 

(つまりアレはレムの単独。ならば状況次第で次は…………)

 

 だがその途中で数秒保った沈黙は終わる。称賛するようにロズワールは両手で拍手すると、

 

「素晴らしい。たしかに君の言っていることはその()()()()が的を射ている。だがなにか勘違いしているようだ」

 

 空気が重くなるのを感じる。

 

 ロズワールを包む空間が歪み始め、その場が魔力に満ちる。その変化が可視できるほどのエネルギー量が、ピリピリと一方通行にも伝わる。

 

「仮定の今に意味などないのだよ」

 

 そしてロズワールの周りに次々と現れる光る球体。館内で見たものと同じようだが、その数は二倍三倍、そして更に増え続ける。

 

 さしずめ宇宙に漂う小惑星のように、ロズワールの体の周りを飛ぶそれらは、その数の分、術者のレベルの高さを表していた。

 

 一方通行はそれを目の前にしてなお笑う。

 

「クククッ、その面白ェ面にはお似合いの技だな。大道芸人にでもなる気かァ?」

 

「君には理解できまいさ。そして理解する頃には手遅れだろう」 

 

 それは紛れもない怒りという感情。

 余計な会話が過ぎたかと反省…………することなく、一方通行は言う。

 

「オマエは俺の能力が魔法には対応できねェと思ってンだろ?」

 

 そして輝きを増す色とりどりの魔法が一方通行を襲う。

 

 それだけなら回避もできようが、ロズワールは無数の球体を正確に操り、一方通行の逃げ道を塞ぐように囲んだ。

 

 それでもやはり一方通行は顔色を変えない。視線を動かすことなく、言った。 

 

 

「大正解だ、クソッタレ」

 

 

 そして周りに浮かんでいた数多の光が一斉に襲いかかった。

 

 大規模な魔法はその破壊力も凄まじく、その数の分、次々と爆発を起こしていった。

 

 中心にいる者など塵すら残らないかもしれない。響き続ける轟音とともに巻き起こる土煙は一帯を覆い尽くす。

 

 煙を被るのを嫌ったロズワールはその中心に背を向け歩き出す。

 

 引き起こした本人は確実にターゲットを葬ったという確信があった。

 

 しかし──

 

「何処に行くンだァ?」

 

 声に反応し、振り向いたロズワールの顔は今度こそ驚愕に染まった。

 

 未だ晴れぬ土煙の中心に人影が見えたからだ。

 

「あァ正解だ、全く恐れ入る。俺の能力の大まかな情報と弱点。カンニングでもされた気分だ。既に知っていたのかとも疑う、そのレベルでオマエの戦闘センスはズバ抜けてる」

 

 広範囲に広がる土煙は、その人影が右手を払うだけで中心に巻き付くように集まり、次の瞬間には霧消した。

 

 そして姿を表した一方通行は続ける。

 

「そして今の攻撃。先に退路を絶つことで確実に仕留めに来たなァ。初戦でそンなことしてきたやつァオマエが初めてだ」

 

 よくみれば、一方通行が立っている地面は円を描くように周りだけがズタボロだ。まるで彼が立っている地面のみ守られたかのように、明らかに一線を引いていた。

 

「おかしな話だよなァ。蓋を開けてみりゃァただの『火』や『氷』だってンのに、この俺が操ることができねェンだから」

 

「だが違ェンだよ。俺は……というより科学ってのは物理法則に忠実だ。自然法則ともいうな。保存則、等価原理、&etcだが、『魔法』ってのはほぼ全て守ってねェ」

 

「そりゃ操れねェよな。『魔法』に法則なンてモンねェンだからよ」

 

 一方通行はそこで一度切る。

 

 そして目の前の未だ動揺の抜けないロズワールの顔を見る。

 彼は一方通行が無傷だという事実と、自分ですら理解できない程の話に戸惑っていた。

 

「なァロズワール、『ゲート』ってのは人によってその構造から運動量まで全く違う、だろ?」

 

 いきなりの質問。

 だが、ロズワールは一度呼吸を整えると、難なく答える。

 

「その通り。だからこそ人それぞれ素養や相性の良い属性が変わる」

 

「そうだ。そしてこの大気中のマナを仮に『世界のマナ』とする。これは一種の気体の様なもの。こンなこともできる」

 

 それが可視できるよう、一方通行は手のひらに小さな電離気体(プラズマ)を作る。

 

「だが」

 

 そこでそれを握り、消し去る。

 

「『世界のマナ』が誰かのゲートに取り込まれると、それはもう全く別のモノだ。いうならば『Xのマナ』。オマエが言ったようにゲートは人によって全く違うから、存在するゲートの数だけ『世界のマナ』は枝分かれして別のモノになる」

 

 そこまで話すと一方通行は自嘲するように笑い、

 

「俺ァバカだった。そンな法則もクソも無ェモンを頑なに能力で操ろうとしたンだからな。早々に諦めて別の方法を探すべきだったよなァ」

 

 そこで遂にロズワールが横槍を差す。

 

 無詠唱で発動した『ウル·ゴーア』が、一方通行を襲った。

 不意を突かれた一方通行は相殺は間に合わず、それに直撃。盛大に爆煙を上げる。

 

「……分からないことを長々と語って、時間稼ぎのつもりかぁーな?」

 

 やがて煙は晴れるが、そこには地面から盛上がったであろう土の壁があった。

 

「ッ……」

 

「これが答えだ。何も魔法を能力で防ぐ必要は何処にもない。なァ? ロズワール·L·メイザース」

 

 それが一方通行が下した結論であり、地上戦を選んだ最たる理由。

 直接操れぬならば、二次災害で防いでしまおうという、直ぐに思い付きそうで思い付かなかった手法。

 だからこそ彼は自分をバカだと言った。

 

 

「さァ来いよ魔導師様。こっから先は一方通行だ」

 

 

 言葉とともにマナを集め、魔法陣を展開。

 手を突きだし、クイっと指を曲げて挑発する一方通行。ここからが真の戦いとばかりに笑って見せた。

 

 対するロズワールは、珍しく額にシワを寄せている。

 怒り心頭、今日という日で実に二度目の激情だ。冷静さを欠いた彼は怒りのままに顔色を変え──

 

「ふっふっふっふ」

 

 ──笑った。

 

 その表情は怒りのそれではなく、本当に楽しそうに、彼は笑った。

 

 しばらくそのままの状態が続き、ひとしきり笑い終わった後、彼は穏やかな笑みを浮かべたまま溢す。

 

「やはり貴方は私を救ってはくれないようだ」

 

 その声はあまりに小さく、他の誰にも届かなかった。

 

 そしてロズワールは目の前にいる人間を見据える。

 

 その最も忌々しい存在を。

 

「思い知れ。その魔法陣は…………『紋章術』は、君が使っていいようなものではない!!」

 

 

 

 




お疲れ様です。
私が悪かった。ごめんなさい。
あとおすすめ恋愛小説ください


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31話 VSロズワール·L·メイザース ②

こんばんは、先に謝罪します。今回短いです。


 

ダンッ!!

 

 一方通行の踏み込みと同時に斬撃が飛ぶ。

 

 地面を裂きながら迫るそれをロズワールは飛ぶことで回避し、

 

「《ウル·ゴーア》」

 

 流れるような動作で両手を広げ、頭上に巨大な炎を生み出す。

 

 

 それは先程までのモノとは明らかにレベルが違い、一方通行の立つ地面にまで強大な熱が届いている。

 

 

「オイオイ、眩しいじゃねェか──よォ!!」

 

 

 一方通行はその場で自分を中心に巨大な竜巻を作り出した。

 

 

 瞬く間にロズワールの《ウル·ゴーア》と暴風がぶつかる。

 

 

 とてつもないエネルギーとエネルギーがぶつかり合い、接点からは四方八方に紫電が走る。

 

 

 その状態で数秒保った均衡はやがて破れ、《ウル·ゴーア》は風に巻き込まれて天へと昇っていった。

 

 

 その結果を見て、ロズワールが呟く。

 

 

「相変わらず厄介な能力だ。更に出力を上げる必要があるみたいだねぇ」

 

 止んだ竜巻から一方通行が現れる。

 

 そのまま一方通行は飛んでロズワールと同じ高さに昇ると、

 

「面白ェモン見してやるよ」

 

 言いながら魔法陣を展開し、両手を広げた。

 

「気ィつけな。この世界にゃァねェかもしれねェぞ──」

 

 

 ────ゾクッ!!?

 

 

 一方通行を取り巻くその妙な雰囲気にロズワールは脅威を感じた。

 

 このままやらせるのは危険だと判断し、阻止にかかる。

 

 

「させんッ」 

 

 

 右手にマナを溜め、そのエネルギーを光線という形で放つ。

 

 

 一本の太い光が一直線に宙を駆け、一方通行を襲う。

 

 

 一方通行はそれに対し、エネルギーにはエネルギーをと自らの右手にマナをため、突き出す。

 

 

 球状にまとめたエネルギー体は、光線を受け流すように四方八方に散らせた。

 

 

 難なく無傷でやり過ごした一方通行は、準備を終えたとばかりにロズワールの目を見てニヤリと笑う。

 

 

「──よォ、『電気』を見たことがあるか?」

 

 

 ロズワールは思わず瞬きを加速する。彼が見たのは一方通行を囲むように走る、青い稲妻だった。

 

 

 チリチリチリとやたら高い音を奏でながら、現れては消えてを繰り返すそれは、徐々に色濃くなっていく。

 

 

 それを見たロズワールは一歩退き、顎を引いて目を細める。

 

(何だ、あれは…………)

 

 一方通行にとって日々当たり前のように触れていたソレは、ロズワールにとっては初見も初見。

 

 未知の力を前に、防衛手段を画策する。

 

 

 ──当然、それを待つ一方通行ではない。

 

 

 バチバチバチッ! と更に勢いを強くし、右腕に巻き付くように集まる稲妻。

 

 

 その右手をパンチの構えのように引いてから一気に突き出し、

 

 ────解放する

 

 

 

「《雷轟(ライゴウ)》ッ!」

 

 

 

 音速を越える青白い電流、目で追うことなど不可能な一方通行の攻撃に対し、ロズワールはなすすべもなく、

 

「ッ!? ガッ……ッ……」

 

 気付いた時には既に光は彼の体を通過点としていた。

 

 

 そして身体中に痺れるような痛みが走る。

 

 

 打撃とも斬撃とも違う、ロズワールといえどもこれまで味わったことのない刺激だった。

 

 

「ハァ……ハァ……この技名ッ、もっと何とかならねェのか……」

 

 言うまでもなく命名はスバル。

 

 『科学』と『魔法』の融合技。

 

 火属性のマナは熱量関係を司る。それは高かろうが低かろうが同じであり、炎の《ゴーア》も氷の《ヒューマ》も同じ火属性だ。

 火のマナに干渉して大気中に極端な温度差を生み出し、その間に発生するエネルギーを《一方通行》で自らの武器とする。

     ※温度差発電と呼ばれる発電方法

 

 

 学園都市の能力には『電撃使い(エレクトロマスター)』という

その名の通り電気を自在に生み出し操作するものがある。

 つまり『電気』を手に入れた一方通行は空前絶後と云われた『多重能力者(デュアルスキル)』も同じ。

 

 

 一方通行は最早『学園都市最強』という枠を大幅に越えていた。

 

 

(終わったか……? チッ、マナを使いすぎた)

 

 身体中が焼き焦げ、重力に従って落ちていくロズワールを見ながら思考する。

 

 

「ッ!? ……クソッ!」

 

 

 地面に着地する直前、ピタッとロズワールが宙で静止した。

 

 更にあふれでる青緑色の光がロズワールの全身を包み込む。黒がかっていた体はみるみるうちに平生の色を取り戻し、半回転して地面へと降り立つ。

 

 

「ロズワールゥゥーーッ!!」

 

 

 そこに高速で迫る一方通行。

 彼はその拳をロズワールへと叩きつける。

 

 

 だがその拳がロズワールの肉体を捉えることはなかった。

 

 

 回避され、空振った拳が勢いのままに大地を砕く。

 

 

「何ッ!?」

 

 

 更に目の前には回し蹴りの体勢のロズワール。そしてその足が一方通行の顔目掛けて放たれる。

 

 

(コイツ、何考えて──)

 

 

 その足は一方通行に当たる瞬間に反射される

 

 

 ──ハズだった。

 

 

 バキッ!!

 

 と鈍い音が響き、一方通行が蹴り飛ばされる。

 

 

「グァッ!?」

 

 

 何が起きた、と考える間は与えられない。

 

 

「《ゴーア》!」

 

 

 追い討ちとばかりに、三発の炎弾が一方通行へと放たれる。

 

 

 それらは的確に一方通行を捉え、一発、二発三発と次々と命中。

 

 

 吹き飛ぶ一方通行を更に加速させた。

 

 

「ガハッッ!!?」

 

 

 視界に映る景色がとてつもないスピードで変わっていく。

 

 脳で理解はしてないが、直感で不味いと感じる。

 

 

 そしてひとまず止まることだけを考えるが、そんな思考は無惨にも砕け散った。

 

 

 いつの間にか、頭上を並走していたロズワールに叩き落とされてしまったからだ。

 

 

「ドォアァァーーッ!!?」

 

 

 急降下させられ、ドゴッ! と大地に激突する一方通行。

 

 

「グッ…………ァ……ッ」

 

 疲労と体の損傷で身動きのとれない一方通行。

 

「さようなら、アクセラレータ君ッ!」

 

 これまでで最大の炎弾、炎の塊がロズワールの頭上でさらにその規模を広げていき、

 

「《アル·ゴーア》」

 

 ロズワールの両手の振り下ろしとともに一方通行へと迫る。

 

 

(クッソ……ここまで…………ッ──) 

 

 

 色濃くなる死の気配を前に、甦る辛苦の記憶──

 

 

 『自分』が世界から切り離される感覚。

  

 

 そして名前の付け難い、妙に胸を締め付ける一つの思い。

 

 ────『仲間』の期待に応えられない痛み

 

 

(俺はもう、二度とッ)

 

 

「ゥオオォアァァーー!!!!」

 

 

 気力を振り絞り、全力で周囲のマナを手繰り寄せる。

 

 

 一方通行を中心に地面に描かれる魔法陣はその紫色の輝きを増していく。

 

 

(この状態で《アル·ゴーア》は無理だ…………どうにか少ないマナで…………)

 

 

 少ないマナ量で強力な──

 

 

(そォかッ)

 

 

「……七芒星(シチボウセイ)、開門。《ウル·ゴーア》ッ!」

 

 

 エネルギーが集束されていく──── 

 

 

 直後、一方通行の手から放たれた巨大な炎が対の炎を飲み込み、天へと昇った。

 

 

 




お疲れ様です。
この二週間で書けたのはこれだけ。今日からはまた書ける時間が取れるはずなので次回お楽しみに
先に予告すると次回一方通行はレールガンを放ちます


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32話 VSロズワール·L·メイザース ③

こんばんは。
一方通行じゃない、という評価を頂きました。
ふむ、でも性格とかが変わるのは仕方ないのでは……。
キャラ崩壊タグ入れた方がいいですかね? よければ感想お願いします。


「なんだ……何なんだ君は…………?」

 

 赤と青のオッドアイ。

 その瞳を震わせながらロズワールが言う。

 

 自らが放った最大威力の魔法が跳ね返され、動揺を隠せないロズワール。

 

 やがて晴れていく煙の先に見えたのは、

 

「《七芒星(しちぼうせい)の魔法陣》……!? 200年の壁を越えたというのか!?」

 

 片手をこちらに向け、ニヤリと微笑を浮かべる一方通行。

 

 その神経を逆撫でする行為に、ロズワールは更に眉間にシワを寄せる。

 

「気に入らないッ……今さらこの場所で……()()()()()……紋章術師がッ!! ()の前に立つなァァー!!」 

 

 かすれそうなほどの大声で叫ぶロズワール。

 

 その叫びに呼応するように両手に炎が灯り、未だに地面で魔法陣を展開し続ける一方通行へと放たれる。

 

 

 一方通行(アクセラレータ)は飛んでそれを回避するが、空中はロズワールの土俵(どひょう)

 

 

 高速で迫るロズワールを前に、両手を交差し、ガードの体勢をとる。

 

 

 ガッ!

 

 

 とロズワールの長い脚が一方通行の腕を捉える。

 

 後方へ飛ばされる一方通行。

 

 

「チィッ! ンで俺に触れれるッ!?」

 

 

 先ほどから少し不思議なくらいに一方通行に対して疑問と怨嗟(エンサ)を表すロズワール。

 

 その反対に一方通行もまた大きな疑問を抱えていた。

 

 

 ────何故アイツは『一方通行』を越えてくるのか?

 

 

 だが今それを考えるのは得策ではない。相手に『一方通行』が通じないのであれば、近づかないまで。

 

「《ゴーア》!」

 

 一方通行は苦し紛れに火属性魔法を放つが、当然、

 

「《ウル·ゴーア》」

 

 ロズワールは同じ魔法で返す。

 それも威力は一方通行の倍以上のものだ。

 

 

 一方通行の《ゴーア》はあっけなく飲み込まれてしまう。

 

 

「クッソがァァァァーーーーッ!!」

 

 

 大気を思いっきり殴りつける。

 

 

 発生したドス黒い空気弾が、迫る《ウル·ゴーア》とぶつかる。

 

 

 ロズワールと一方通行の中間で大爆発が発生。

 周囲の空間を震わせた。

 

 

(この世界のモンじゃダメだッ! 『電気』じゃねェとッ……)

 

 

 息を切らし、ボロボロに汚れた一方通行と、服こそボロボロだが普段と変わらぬ肌色を保っているロズワール。

 

 

 どちらが優勢かは、一目瞭然だった。

 

 

「どうした紋章術師。この程度ではないハズだ」

 

「アァッ……? さっきから、なァンで紋章術師にこだわる?」

 

「知っているだろう? この世界の歴史上、紋章術師の二つ名を持ったのはただ一人、」

 

 

 「「賢者シャウラ」」

 

 

 声を被せた一方通行は更に問う。

 

 

「それと何が関係ある?」

 

「賢者はその強大な力を、たった一人の人間の為だけに使った。いついかなる時も、賢者の行動理念はたった一つ。『その人間を守ることに繋がるか』だ」

 

 俯き、拳を握り締めるロズワール。

 

「そうだ。賢者は救えたはずだ。もっと大勢の人間を…………僕の、大切な人をッ!!」

 

 

 ────!?

 

 

 風が一方通行の髪を扇ぐ。

 

 

「賢者が生きていたのは400年前だぞ……? テメェは────」

 

 

「僕は、『紋章術師』を認めないッ! 認めるわけには行かないんだァァーー!!」

 

 

 赤青緑、三色に輝く球体がロズワールの周囲に次々と現れる。

 

 それに感化され、一方通行も歪な笑みで返す。

 

「ハッ、トンだトバッチリだが! 元よりこっちは本気で殺る気なンだよッ!!」

 

 

 バチチチチッ!!

 

 自分を中心に電気を巡らせた。

 

 

「「ウォォオォォーーー!!!」」

 

 

 宙を舞う幾つもの光る球体。

 

 

 それを次々と(ほとばし)る電気が貫く。

 

 

 球体が撃ち抜かれる度に小さく爆発が発生し、それは球体の数の分だけ連鎖する。

 

 

 その爆風と爆煙に乗じて二人は同時に接近、

 

 

 煙の中で互いの拳が交わる。

 

 

 バチッ!!

 

 

 肉と肉がぶつかり合う音が響き、その衝撃が周囲の煙を一気に払う。

 

 

 一方通行は直ぐに拳を引き、反対の拳でロズワールの顔を狙う。

 

 

 それをロズワールは体を横に傾ける小さな動きで回避。

 

 

 自らの肩を通り抜ける一方通行の腕を両手で掴み、背負うように投げ飛ばした。

 

 

 空中で回転した一方通行は逆さまの状態で魔法陣を展開。

 

 

 その拍子にポケットからこぼれ落ちる数枚の硬貨。

 

 

「ローレンツ力を知ってるかッ?」

 

 

 宙にアーチを描くコイン。その中から一枚を右手で掴み、

 

 

「《超電磁砲(レールガン)》!!」

 

 

 吹き荒れる衝撃が一方通行の髪や衣服をはためかせる。

 

 

 音速で放たれた硬貨がロズワールを狙う。

 

 

 ロズワールはバッ、と即座に体を横に傾ける。

 

 だが完全に避けるには至らず、かすった部分の服が焼け飛び、肉を抉るように一本の線ができた。

 

 

「クッ……」

 

 

 悲痛の声が漏れる。

 

 

 ロズワールは先ほどのように、即座に回復ということをしなかった。

 

 ──いや、できなかった。

 

 

(マナが……全身の回復は負荷が掛かりすぎたかッ)

 

 

 国一番の魔導師といえど、人間一人にゲートは一つ。いくら才に恵まれていても、使えるマナには限りがある。

 

 

 ロズワールのマナ枯渇(こかつ)に気付いた一方通行は一気に出力を上げる。

 

 

「ウオォオォォッ! 《雷轟(ライゴウ)》ォォーー!!」

 

 

 バチバチバチッ!!

 

 突き出した右手から伸びる電撃がロズワールを貫く。

 

 

 それを見届けた一方通行は演算すらままならなくなり、地面へと落下。

 

 

 仰向けに寝転び、ロズワールを見入る。

 

 

「グッ…………これで────ッ!?」

 

 驚愕。

 今の一方通行の状態を表すのにこれほど適切な表現はない。

 

 

 一方通行の最後の電撃は、間違いなくロズワールを貫いた。

 

 

 だがロズワールが落下を始めることはなかったのだ。

 

 

 ピクリとも動かず空中で静止している。

 

 

「────だッ」

 

 

 今にも消えそうな声がその場に響く。

 

 

「僕は、負ける訳には行かないんだ」

 

 

 身体中に走る激痛に耐え、拳を握りしめる。

 

 

「紋章術師に、負ける訳には行かないんだァァーー!!」

 

 

 地面の一方通行を見下ろし、魔法を行使する。

 

 

 硬く握り締めた拳から放たれる、太く透き通るような虹色の光線が一方通行を狙う。

 

 

(体がッ……)

 

 

 一方通行は身体を動かすことができない。

 

 

 蓄積したダメージ、そして魔法陣による疲労。

 

 

 それらがここで一気に精算され、一方通行の体を縛り上げる。

 

 

「ッ────」

 

 

 遂に少しの抵抗もできず、一方通行は虹の光線に飲み込まれてしまった。

 

 

────────────────────

 

 

 ────消え入る意識の中で、走馬灯のように駆け巡る記憶の一端。

 

 

 

「うおおおぉぉーー! すっげぇーー!!」

 

 パリパリ、と可視できる程の電気エネルギーを周囲に巡らせる一方通行を見て、眼を輝かせるスバル。

 

「いいか? コイツはこの世界じゃ未知の力だ。覚えとけ、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 パチン、と指を鳴らすと電気は霧消。

 そのまま魔法陣も消える。

 

「天気なンか分かりやすいだろ。この世界にそれを予報する術はない」

 

「…………」

 

 腕を組んで黙りこむスバル。

 

「オイ、聞いてンのか?」

 

「……一方通行」

 

「あァ?」

 

「さっきの電気技、『雷轟(ライゴウ)』ってのはどうだ?」

 

 バキッ!!

 

「グッハァァーー!!?」

 

「テメェはもう何回か死ンだ方がいいらしいな! このクッソ役立たずがァァ!!」

 

「ノォォーーッ!?」

 

 涙目で飛び回るスバルと追いかけ回す一方通行。その地獄の鬼ごっこは数十分続き、終わる頃にはスバルの上半身は地面に埋まっていた。

 

「フン、バカが」

 

「ブヘッ。ダァ痛ッたたた……」

 

 起き上がり、ジタバタと暴れるスバル。

 

 数分それが続き、落ち着いたスバルは、

 

「……つくづく、お前が居てよかったよ」

 

 胡座をかいて改まり、感慨深げに呟く。

 

「アァ?」

 

「なんつうか、俺はそっち方面はからきしだからよー。お前が居なかったらと思うと、ゾッとするぜ」

 

 エルザの一件を思い出し、身震いするスバル。

 

「……」

 

「正直不安だったんだ。こんな左右も分からない世界で、なんの力もない俺が生きていけるのかって」

 

 

「──『仲間(なかま)』がいてよかった」

 

 

「…………フン。そう思うならちったァ役に立ちやがれ」

 

 

「グッ……まぁその辺は俺も頑張るって! これからも頼むぜ、相棒(あいぼう)────。

 

 

 

 

 ガラガラガラ

 

 瓦礫をかき分け、立ち上がろうとする一方通行。

 

「あァッ……体がイカれちまいそうだ……メチャクチャしやがる」

 

「立ち上がるその気力は流石の一言。だが、次で終わりのようだねぇ」

 

 手に(ほのお)を灯しながら降下してくるロズワール。

 

「野郎ォ……グッ!?」

 

 ヨロけて膝をつく一方通行。

 

 あまりのダメージ量に既に肉体は限界、能力で電気信号を操り、無理やり体を動かしているのが現状だ。

 

「既に体は限界だろう。それでも立ち上がるのは……いや、戦うのは何故だ?」 

 

 そう問いかけるロズワール。

 一方通行は顔を上げ、微笑を浮かべる。

 

「……さァな。俺だって不思議なモンだ」

 

 これまで、一方通行にとって戦う理由は大体一つだった。

 

 

 ────『怪物』『化け物』『人格破綻者』

 

 

 あァ、それは知ってる。最も簡単な理由だ。

 

 

 ────『仲間』『友達』『相棒』 

 

 

 それは…………

 

 

「意味が、分からねェッ。……分からねェから、負けるわけにはいかねェッ!!」

 

 

 それを聞き、ロズワールはクツクツと笑い、言う。

 

 

「戦う理由は単純だ。何かを守りたい、と思う限り、戦い続ける。かつて私はそれを放棄し、戦場から逃げ出した。そして自分より力がある賢者に責任転嫁した」

 

 

 それは目の前にいる一方通行にではなく、自分自身に言い聞かせる嘆きの言葉。

 

 

「だからこそ、今度こそ私はその覚悟を持ってみせる! さらばだ! 《アル·ゴーア》ッ!!」

 

 

 太陽と見間違える程の特大の炎。

 

 

 地面にすら焼き色をつけるほどのソレに、飲み込まれた人間は骨も残らないだろう。

 

 

 それが正に一方通行に直撃する──瞬間

 

 

 パキンッ!!

 

 

 と割れるように炎が消える。

 

 

 いや、マナに帰ったといった方が正しいかもしれない。

 

 

 場にはキラキラと星屑(ほしくず)のように、光るマナが降り注いだ。

 

 

「コレは……まさか『憤怒(ふんど)』のッ……なっ!?」

 

 

 立ち上がった一方通行の背には、透明な翼のようなモノが見えた。

 

 それは幻覚かとも思うほど透明度が高く、目を凝らしてやっと見えるか見えないか。

 

 まるで水が翼の形をしているかのようだった。

 

(なン、だ? 誰かに干渉されて…………)

 

 一方通行はその不可思議な現象の中に、誰かとの繋がりを認識した。

 それを深く考える時間はない。

 

 ──今は、

 

(借りるぞ、この力)

 

「気付いてるかロズワール。天へと昇った二つの魔法」

 

 

 未だ動揺の解けないロズワールは黙り込むしかない。

 

 

「大気を焦がす程の炎属性魔法は、確実にあるモノを生み出す」 

 

 ポツン、ポツン、と何かが二人のの肩を触る。

 

「雨……」

 

 いつの間にやら、辺りには大きな影が覆い被さっていた。

 

「上昇気流……雷雲だ──」

 

「クッ……まさか!?」

 

 

 透明の翼をはためかせ、天へと駆ける一方通行。

 

 ロズワールはそれを追いかけるように魔法を放つ。

 

「《ウル·ヒューマ》」

 

 次々と現れる氷の槍が一方通行へと向かう。

 

 

 だが、それらは透明の翼に触れた瞬間消え去り、幻想的な光の雨を降らせた。

 

 

 ピッシャァァーーンッ!

 

 

 暗くなりかけた辺りを轟音と光が一瞬照らした。

 

 暴風雨とともに雷雲が暴れだしたのだ。

 

 

「来いッッ!!」

 

 

 一方通行が雷を待つように手を掲げる。

 

 

 その光景を前に、ロズワールは更なる驚愕を示す。

 

 

「雷すらも、味方につけるというのかッ!?」

 

 

 だが、最早遅かった。

 ロズワールは『防御』という言葉を見失ってしまっていた。

 

 ただその場に立ち尽くす。

 

 

「これでッ!! 《雷龍(ライリュウ)咆哮(ホウコウ)》ォォーー!!」

 

 

 一瞬。

 

 強大な光がロズワールを直撃し、

 

 

 その数瞬後、

 

 

 ピシャァァーーン!!

 

 

 と遅れ、雷鳴が鳴り響いた。

 

 

 地を貫くばかりの雷。

 

 

 ロズワールは今度こそ意識を手放し、地面に倒れ伏した。

 

 

 そして一方通行からは次々と何かが失われていく。それは色かもしれないし、生気かもしれない。

 キラキラと光る飛沫(ひまつ)が、降り注ぐ雨と逆方向に浮かんで行く。

 

 落雷の瞬間まで一方通行を包み込んでいた何かは完全に消え去り、

 

 

「ハッ……クソ科学も、捨てたモンじゃ、ねェ……な」

 

 

 この言葉を最後に、学園都市最強とルグニカ最強の戦いは終結を迎えた。

 

 

 ──地面に転がる二つの影を、雨はその世界の終焉まで打ち続けた。

 

 

 

 




お疲れ様です。
ロズワールが一方通行を貫ける理由はまだ先です

そして多分いつかリメイクします。あまりにも戦闘描写下手なんで……

九月二十九日
轟音→雷鳴 編集しました


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33話 ナツキスバルの消失

こんばんは。
今回造語っぽいのが出てきますが多分意味は伝わるので許してほしい。
そして心理描写むずし


 

 

 時は遡り────

 

 

 ナツキスバルは必死に走っていた。

 

 およそ運動用とは思えないローファーのような靴と寝巻を着衣し、ひたすら真っ直ぐ走り続けた。

 

 

「ハァッ……ハァッ……」

 

 

 頭のなかに浮かび続ける少女の寝顔。

 

 まるで現実が色褪せて見えるほどに、鮮明に写し出される絵。

 

「なんでっ……」

 

 脳がそういった機能を失ってしまったみたいに、まるで理解不能。

 

 何故、何故、何故────

 

  と頭を駆け巡るたった一つの言葉がどこまでもスバルを堕としていく。

 

「ハァ……ハァ…………?」

 

 気付けばスバルは、前回の見張りポイント。

 つまりロズワール邸を見下ろすことのできる崖まで来ていた。

 

「……アレは」

 

 改めてロズワール邸を見ると、その上空辺りに浮遊する人間が二人。

 

 遠目であまりハッキリとは見えないが、その内の片方は背中に四本二対の竜巻を生やしているため一方通行(アクセラレータ)に間違いない。

 

「ってことはあっちはロズワール……。アイツ、俺を逃がす為に────」

 

 そんな光景を見て思う。

 

 

 ────俺は何をやってるんだ……?

 

 

 彼が歩んだ『異世界』での道は、全て一方通行が踏み(なら)したモノだ。

 荒れた道も『強者』の背中に着くことで安全に歩く。

 

 

 だがナツキスバルは知っている。

 

 一方通行は決して『強者』ではないということを。

 

 スバルにとっての『強者』とは言葉のままの意味で、初めは間違いなく一方通行は『強者』だった。

 

 エミリアとパック、そして自分が戦ってもまるで歯が立たなかったエルザに対し、単騎で圧倒するその力。

 

 だが徐々に気付いていったのだ。

 

 ロズワール邸での一方通行は極端に()()()()人と接することを避けていた。

 此方(こちら)から行かなければ、彼が他者と会話することはなかっただろう。スバルが連日エミリアの元に走るのを他所に、一方通行は大体書庫か自室にいた。

 

 もちろん、訪ねれば彼は応じるし、会話も投げ掛ければ返ってはくる。決してコミュニケーション能力とかの問題ではない。

 

 

 つまり一方通行は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 それは彼の(さが)なのだろう。これまでの人生で植え付けられてしまった『闇』の一つ。

 

 そう、一方通行とて精神的な面では『強者』とはいえない。

 

 実際、レムの件も相当堪えているはずだ。

 

 それを抑え込み、今あの場に立っている。

 

 

「それに比べて、俺は…………俺はっ…………」

 

 

 緊迫した場面で自ら地雷を踏み、事態を悪化させるだけ悪化させた挙げ句、その場を放り投げて安全地帯で感傷にふける。

 

 これがナツキスバルの現状だ。

 

 

「……強く、なりてぇ……ッ!!」

 

 

 言葉とともに、溢れる涙が視界を歪ませる。

 

 それは止まることなく、地面を湿らせた。

 

 

 ──その時、

 

 ガサッ

 

 と後ろから物音が聞こえた。

 

「……っ、あ?」

 

 茂みから飛び出したのは犬だった。

 

 無論ただの犬ではない。やたらと睨みの効いた目は赤く光っており、口の両端から飛び出している牙は飾りではないだろう。

 

「……魔獣ってとこか」

 

 スバルは寝巻の袖で涙を拭い、魔獣を正面に見入る。

 

 グルルルルッ、と唸りながら今にも飛びかかってきそうな魔獣を前に、一歩も引くことはなかった。

 

 

 ──戦っている一方通行の前でこれ以上、

 

 

「俺は、一歩も引けねぇ!!」

 

 

 ガウッ、と吠えながら襲いかかってくる魔獣。

 

 その大きく開いた口はスバルの首元を狙って跳躍。仮に首に噛みつかれれば、その牙が食い込み、命はないだろう。

 

 

 恐れずにスバルは一歩踏み込み、右手を引いた。

 

 

 それより早く魔獣はスバルに到達し、その鋭利な牙を振るう。

 

 

 だが魔獣が噛みついたのは狙いの首ではなく、

 

「イッ……!?」

 

 スバルが差し出した左手の肘だった。  

 

 

 一瞬顔をしかめるスバルだが、作戦通りという風にニヤリと笑う。

 

 

 そして引いて溜めを作っていた右手の拳を精一杯握りしめ、

 

 

「うおおぉぉーー!!」

 

 

 肘に噛みつく魔獣の顔面を横から殴り付けた。

 

 

 その会心の一撃は、見事に魔獣の意識を刈り取り、茂みの手前まで飛ばした。

 

 倒れたまま起き上がる気配のない魔獣を、スバルは崖から蹴落とす。

 

 

 直後、

 

「痛っだあぁぁたたたっ!!?」

 

 左手を抑えて転げ回るスバル。

 

 危機的状況という興奮で誤魔化していた痛みが、一気に襲いかかってきたのだ。

 

「くぅぅ……ワンころめ……。でも、勝ったんだ」

 

 仰向けになり、右手を顔の前に運んで拳を作る。

 

「……なぁ一方通行、俺は────」

 

 ────その時、再び後方で何かが動く気配がした。

 

 ガサッ

 

 と先程聞いたばかりのものと全く同じ、茂みを掻き分ける音が響く。

 

「…………まじで言ってんのか?」

 

 魔獣の再来を予感し、顔を青ざめるスバル。

 

 既に左手を失ったも同然のスバルからすれば、それは『死』に他ならない。

 

「随分な有り様かしら」

 

 だが聞こえてきたのは声だった。

 

「なんだベア子か……」

 

「かっちーん、なのよ。わざわざ探してみればこの言い草かしら。いっそそのまま死ねばいいのよ」

 

「ハハ……いやぁ、少なくとも、あの戦いが終わるまでは死ねねぇよ」

 

 座り直し、ロズワール邸方面を見るスバル。

 

 遠く離れたロズワール邸上空では、二人の男のぶつかり合いが大気に波動を発生させていた。

 

「……ちょうどいいかしら。アイツ、何者なのよ?」

 

 スバルと同じ方角を見ながら問うベアトリス。

 それに対してスバルは、

 

「一方通行? さぁ?」

 

 と、あっけらかんと答えた。

 

「さ、さぁ? お前ら一体どういう関係なのよ」

 

「…………ヤドカリと貝柄みたいな」

 

「分からないのよ」

 

「でしょうな」

 

 オッホッホ、と笑うスバルとベアトリス。

 

 数秒後、

 

「ゲフッ!?」

 

 座るスバルの足にベアトリスが蹴りを入れた。

 

「冗談は見た目と中身だけにするかしら」

 

「むちゃくちゃじゃないっすか……」

 

 それきりで会話は途切れ、二人は観戦に集中。

 

 その沈黙はしばらく守られるが、不意に

 

 

 ポツンポツン

 

 

 と頭部を柔らかく刺激する雨に破られた。

 

「ゲゲッかしら」

 

 ベアトリスは濡れるのはお気に召さない様子。

 

 二人は木が屋根になる所まで下がり、再び座り直す。

 

「雨雲なんてあったか?」

 

「なかったかしら」

 

 その会話の後、二人は、一方通行が天に向けて手を上げてることに気付く。

 

「────あ、なるほど」

 

 スバルはいち早く一方通行がやろうとしてることに気付いた。

 

 辺りがピカッと光り、轟音が鳴ったおかげだ。

 

 スバルはいつか、一方通行が電気を操るのを見せて貰ったことがあるのだ。

 

「……まさか」

 

 ベアトリスも察し、あり得ないといった風な表情になる。

 

「やっぱアイツとんでもねーな」 

 

「天気を操るのは膨大なマナを使えばできないことはない。でも、雷を任意の場所に落とすなんて聞いたことないかしら」

 

 ピッシャァァーーン!!

 

 と轟音が鳴ったと思えば、ロズワールが地に落ちるのが見えた。少し遅れて一方通行も落ちていく。

 

 そこまで見届けた二人は同時に立ち上がった。

 

「まさか、あのロズワールを……」

 

「信じらんねーな────でも、あれが一方通行という男なんだ」

 

 そしてスバルの『友人』であり『仲間』であり、『()()』である。

 

 気付けば辺りはすっかり静まり、雨音だけが響き渡っていた。

 

 

──────────────────────────

 

 

 

「それで、お前はこれからどうするのよ?」

 

 ベアトリスがスバルに問う。

 

「俺さ、今まで誰かを好きになることなんて無かったんだ。いや、その意味が分からなかった」

 

 唐突の語りに疑問の表情を浮かべるベアトリス。

 何を言ってるんだ、と表情が告げているが、スバルはそれを見ることなく続ける。

 

「でも俺、分かった。多分これが『好き』って感情なんだと思う」

 

 それは一方通行、そしてロズワール邸の全ての住民に向けた言葉。

 

 エミリア、ロズワール、ベアトリス、ラム、そしてレム。

 

 

「────答えは決まってる」

 

 

「何を言って……っ!?」

 

 ベアトリスは驚愕を表す。

 当然、スバルがまた何か語りだしたと思えば、崖に向かって走っていくのだから。

 

「そっちはっ……!」

 

 崖だ、と言葉にする前に、ベアトリスは振り向き、片手を伸ばす。

 

 飛んできた風の魔法を制したのだ。

 

「お前もしつこいのよ──!」

 

 スバルを狙って、風の魔法を放った人物が姿を現す。

 

「ベアトリス様っ、何故ここに!?」

 

 血相を変えたラムが、ついにスバルの居所を突き止めたのだ。

 

 第一波をベアトリスに防がれ、声を荒げるラム。

 

「くっ、しまっ──」

 

 しかしあまりにも不意討ちすぎたために、それ以上の防衛をできず、ベアトリスはラムを通してしまった。

 

 ラムは勢いを止めることなく、スバルに迫る。

 

「お、ラムか」

 

 それにスバルも気付き、振り向く。

 

 だがそれも一瞬。

 

「ラム、それにベアトリス! 月が綺麗だな!」

 

 そんな言葉を残すと、再び正面を向き、ついには崖から飛び出した。

 

「っ、何故……どうして……?」

 

 崖の直前で立ち止まり、落ちていくスバルを見下ろすラム。

 

 まるで理解不能といった表情だ。

 

 無理もないが、標的が落ちていくのを止めることもなかった。

 

 仰向けに落ちていくスバルはラムを見上げながら、

 

「必ず……必ずお前も! レムも! 救ってみせるからな!!」

 

 と力の限り叫んだ。

 

 その言葉にこたえることなく、ラムは呆然と立ち尽くし、スバルの落下を見届けた。

 

 

 その後ろでは、

 

「…………どこに月があるのよ。バカっ。お前も、アイツも、大バカかしら」

 

 

 ──人知れず涙を溢した少女がいた。

 

 

 

 




お疲れ様です。
四本二対なんて言葉はございません。要は左右に二本ずつです。
ところでこの話どうだったですか? よければなにかコメントください!
大分あっさり終わらせてしまいましたが……


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34話 人肌の温もりと『アリガトウ』

こんばんは。台風が大変です、皆さん気をつけてください。
ドッジボール? ドッチボール?
アンケいれたので是非♪

22:37追記
タグに一方通行の原作タグ、『とある魔術の禁書目録』。また、一応『キャラ崩壊』を追加。
原作タグはつけろって怒られました、すみませんでした


 

 

 陽日九時──

 

 再び一方通行はこの日この時間に眼を覚ます。

 

「……ン、……?」

 

 まだはっきりとしない意識と感覚のなか、上半身を起こす。

 しかしピタリと静止することができず、少し前のめりになってしまった。

 

 ()()()()()

 その事実確認が一方通行の意識を強引に覚醒させる。

 

「ッ!? スバッ──」

 

 ハッ、となって思わず現状を再確認する。

 

 既視感(デジャブ)、あまりにも既視感。既に三度、そして此度で四度目のこの状況。

 やたらと肌触りのいいベッドに、横から差す朝日。毎度一瞬驚かされる貧血も、体調不良ではなく世界の始まりとして認識しつつあった。

 

   

 そして傍らに立つのは────

 

 

「ラムと、レム………だよな?」

 

 

 おかしな話だ。繰り返される世界で、既に分かっている事を確認するのだから。

 更に言えば、一方通行は視線を少しも動かしていない。つまり彼も分かってはいるのだ。

 

 それでもどこか恐れていた。

 若干しかめたような面で手元を睨んだまま発される声は、心なしか、聞きようによっては震えたような声だった。

 

 世界が一新したとはいえ、一方通行は清々しい気分にはとてもなれない。

 

 ──その回答が聞こえるまでは。

 

 

「はい。レムはレムです、お客様」

「えぇ。ラムはラムよ、お客様」

 

 

 ハァ、と自然とため息が漏れる。

 

「──よかった」

 

 短く放たれたその言葉は直ぐに虚空に消え、レムとラムは愚か、言った本人にすら届かなかった。

 

 そしてようやく、止めていた視線を動かす。

 一方通行は二人の顔を見ると、一瞬安心したような表情を見せた。

 

 だがそれは文字通り一瞬で、すぐに平生の顔を取り戻すと、どこか腑に落ちない感情の起伏に気付いて体の力を抜き、目を瞑って思考を走らせる。

 

 

 ──安、心した……?

 

 

 少し、一方通行という人間について説明したい。

 

 優秀な存在というのは得てして孤独を強いられるものだ。

 特に彼のような、幼い頃から周りと比べて頭二つ三つ抜けていた存在には、友人どころか普通に接してくれる人間すらいなかった。

 

 ()()()()()()という、人間切っても切れない過程をこの年でようやく通過した彼は、それによる急速な自我の成長に着いていけていなかった。

 

 自我にまつわる言葉として、「我思う、故に我あり」というものがある。これは哲学の根幹で、ありとあらゆるものを疑っても、それを疑う『自分』だけは疑い得ない、という意味。

 

 即ち一方通行から見た『自分』は絶対の存在。

 今そこに歪みが生じている。

 

 「俺は何者だ?」とヒステリックに騒ぎ出すことはないが、それに近い状況には違いない。  

 疑い得ないはずの『自分』が今、急速な価値観の変化により崩れかけている。

 

 

 ──どうしちまったンだ俺ァ……分からねェ、分からねェ……。

 

 

 貧血の症状には慣れつつあるが、今度は心に異常をきたしてしまった様。

 それも免疫がないものだから、常人よりも余計に混乱が生じてしまっている。

 

 当然ながら、心の整理にかかる時間も人並みから遥かに劣る。落ち着かない時間が続き、こめかみ辺りに汗が浮かんできた頃──

 

 

 不意に、両の手のひらに仄かな温もりを感じた。

 

 

「……ハ? 何、やってンだ……?」

 

 見れば、ベッドを間に挟むように移動していたレムとラムが、一方通行の両手を握っていた。

 左手はレム、右手はラム、と。

 

 そして慰める、或いは諭すように言う。

 

 

「落ち着いてちょうだい、お客様」

「落ち着いてください、お客様」

 

 

 一方通行は頭のなかが真っ白になるのを感じた。

 これは比喩でもなんでもなく、事実一瞬思考が完全に止まったのだ。

 

 束の間の硬直が溶けて我にかえると、

 

「は、離せッ!」

 

 慌ててひったくるように手を引いた。

 

「オ、オイ、さっさと出てけッ!」

 

 そして声を荒げて二人を追い出そうとする。

 

 客人の予期せぬ突然の激情に、レムとラムは慌てたようにやや早足で扉へと向かった。

 

 

「あ、いや、あー、待てオマエら……」

 

 

 姉妹メイドは扉に手をかける瞬間、そんな覇気がない声を聞いて振り向く。

 

 見れば、一方通行が視線を泳がしながら顔をこちらに向けていた。

 

「イヤ、なンつーか……()()()()()?」

 

 あまりにも情けない声色の謝礼がその部屋に響き、沈黙が訪れる。

 

 レムとラムはきょとんとなってお互いの顔を見つめ合った後、クスッと笑った。

 

「グッ……わ、笑ってンじゃねェぞこのクソガキどもがッ!?」

 

 

「姉様姉様、お客様は素直じゃないようです」

「レムレム、お客様は素直になれないのよ」

 

 

「ッッッ等だゴラッ!! 歯ァ食いしばれテメェらァ!!」

 

 しかし、一方通行が立ち上がるより先に、流れる水のようにスルッと扉から出ていってしまった。

 

 残された一方通行は、やりきれない思いを胸に、再びベッドに寝転がると、

 

「ダァァーーッ……クソッ!! どォかしてるぜ」

 

 大きくため息をついて、苛立ちを抑えるのだった。

 

(にしても──)

 

 ただ一方通行にはもう一つ思うことがあった。

 自力では止められなかった心の乱れを、いとも簡単に止めてみせた、あの事象。

 

 未だ手に残る僅かな温度を感じる。そして触れていると、ひどく安心するのだ。

 

(人ってのは、あったけェンだな……)

 

 この日、齢十八にして一方通行は、人肌の温もりを知ったのだった。

 

 

☆☆☆

 

 

「ンで、オマエは何だよ?」

 

「愚かにも自爆しかけたバカな男を笑いに……心配で見に来てやったのよ」

 

 本人は忘れかけていたが、一方通行は今朝ちょっとした失敗で吐血している。

 

「……あァそうかい。ならいいから幼稚園行ってこいよ、遅れるぞ」

 

「……それは冗談のつもりかしら? 見た目と反して面白くないのよ」

 

「そりゃァ五歳児がクリーム色のクルクルヘッドだもンな。いや敵わねェわ」

 

「もやしもどきがチョロチョロ歩いてると目障りなのよ」

 

「あ?」

「ん?」

 

 今回もベアトリス来訪イベントは滞りなく行われていた。

 

「そもそも、ベティの書庫はお前のような下賎な男が立ち入っていい場所じゃないかしら」

 

「おーおー、確かによくよく見りゃ高貴な格好してるじゃねーか、王女様みてェだ…………アホ王国の」

 

「ハ?」

「お?」

 

 出会い頭からお互いに軽口をぶつけ合い、しばらくの間ドッチボールが続いた後、ようやくベアトリスが核心に触れる。

 

「フン、これに懲りたら大人しくしてるのよ。お前のゲートの損傷具合じゃ、魔導士としてはやっていけないかしら」

 

「あァ、そうかい。オイ、ちょっと手出せ」

 

 予想していたかのようにサラッと返した一方通行は、ベッドに座ってベアトリスを正面に見据え、手を差し出すようジェスチャーした。

 

「?」

 

 意図のつかめないベアトリスは、疑いの表情で手を伸ばす。

 

 すると、あろうことか一方通行がその手をギュッと握った。

 

「なっ!!?」

 

 一方通行のやりたいことは決まってる。先ほどの事象の検証だ。

 

「……」

 

 その状態で一方通行は、目を瞑って温度を感じることに集中する。

 

 ──冷たくも熱くも感じない。特別熱を持っているわけではない。ただ、どこか温かい。

 

(……熱量は大したことねェンだけどなァ)

 

 惜しむことなく能力を使って分析も行い、その謎を解明しようとする。

 ただしそこに明確な解など存在しない。集団で生きることを生業とする『人間』という種族の性なのだ。

 

 ひょっとしたら、一方通行は心のどこかで寂しいという感情を持て余していたのかもしれない。

 

 二人の肌が触れあっている時間、守られていた沈黙は不意に、

 

「……小せェなァ」

 

 という、一方通行のつい声になってしまった言葉にかき消される。

 

「んなっ!!? 調子に! 乗るなぁ!!」

 

 目にも止まらぬ早さで手を引いたベアトリスが、もう片方の手を一方通行に向ける。

 

「グォッ!?」

 

 不可視の力が働き、たちまち一方通行は吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。

 

「清々したのよ」

 

 バタン、と扉が音をたて、ベアトリスが退室。

 

「グッ……あンのクソ幼女ッ」

 

 手のひらの余韻を感じる間もなく、怒りに感情がむいてしまった。

 

 もし、少しでも感傷に浸って考える時間があったら一方通行はもう少し成長していただろう。

 

 でもこれは仕方ないことだ。

 

 結局ベアトリスと一方通行の距離は、近くともギザギザなこのくらいなのだ。

 

 

 

 

 




お疲れ様です。主はワンピースが大好きです
僕そろそろオリジナルに手出そうとしてまして……書き上げた作品ってなんかの賞に出すのと、投稿サイトに出すのどっちがいいんでしょう


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35話 ナツキスバルの決意

こんばんは。
今回はギャグ(と思って入れた会話)も多めですが、これが面白いと感じる人は私以外にいるのでしょうか。
書きながらだとすごく面白いんだけどな……。

今回試みで、会話の連投部分に改行を入れてません。よければそこについて意見お願いしますm(_ _)m


「……」

 

 先ほどの些細な出来事ですっかり目が冴えた一方通行は、横目で窓から見えた光景に唖然とした。

 

 ロズワール邸の庭園、その一角で謎の体操をしている二人組。

 スバルとエミリアだ。

 

「……何やってンだアイツ」

 

 一瞬この世界特有の文化を疑った一方通行だが、エミリアがスバルよりワンテンポ遅れているのを見る限り、それは無さそうだ。

 

 そして先ほどから主張の激しい空いた腹をどうにかするまで、なるべくエネルギーを使いたくない一方通行は気まぐれ半分で彼らに交流することに決めた。

 

「イヤどうだか……」

 

 自然と足が止まり、決意が鈍りそうになる。

 

 書庫に行き頭を働かせれば当然多大なエネルギーを消費する。

 ただしスバルと会話するのもそれなりにエネルギーを消費するという事実を思い出したのだ。

 

「まァいい。本だけ回収しにいくか」

 

 非常に短い思考のすえ、例の英語の本を回収してから合流しようと決め、行動を始めるのだった。

 

 

 

 

「ンで、コレは?」

 

 一方通行にコレと表現されたのは、地べたに倒れて時折ピクピクと悶えるように動くスバルだった。

 

「おはようあくせられーた。ほらパック、説明して」

「にゃはは……えーっと、てへっ」

 

 エミリアと、猫の見た目の精霊パックが各々反応を示す。

 本来なら苦笑いしながら自分の頭を小突いてウインクする猫を見て疑問が生まれないわけもないのだが、一方通行からすれば既に慣れたものだ。

 

「てへっじゃないでしょ! ごめんね、あくせられーた。ちょっと無理しちゃって……」

 

 観念したパックは、起きた出来事を一から説明した。

 

 なんでも魔法を使いたがるスバルのためにパックがサポートし、スバルのゲートを介して魔法を使ったのだそうだ。

 ただし使い込まれてないゲートだったために制御が効かず、マナをほとんど吐き出してしまった。

 

 その結果がこの有り様である。

 

「ぐ……そこに……いるのは……一方通行か……」

「バカ野郎が。どンな気分だ?」

「かつてない程の疲労感……倦怠感……身体中の力が……」

「マナの使いすぎで疲労か」

 

 妙に心当たりのある症状だ。

 それは一方通行が魔法を使った時のリスクに酷似している。色々と謎の多い術だがベースはやはりゲートのようで、『人口魔法器』というのはなんとも的を射た言葉だ。

 

「うーん、スバルのゲートは目が荒いのかな。本人の意思を無視して、必要以上のマナを放出しちゃうみたい」

「んな……冷静に分析してないで……たすけて」

 

 顔の向きは変わらずただ口元が少しずつ動くスバルと、腕を組んで解説するパック。

 そこにエミリアが所々で突っ込みを入れている。

 

 そんな和やかな雰囲気を見て、別のことに思考を走らせていた一方通行は、ハッとなって頭を空にした。

 

「気の休まらねェ……」

 

 ため息とともに呟く。

 

 肉体的にはともかく、精神的な経験値は記憶とともに引き継がれてしまう。いくら一方通行といえど、何日も気を張っていると滅入ってしまうものだ。

 

「ね、あくせられーた。昨日は本当にありがとう」

「またか……俺にその言葉を言うな。二度とだ」

 

 別に謝礼の言葉が嫌いなわけではない。ただその言葉を聞くと()()()、胸焼けのような気持ち悪さが込み上げてくるのだ。

 

 そんな一方通行の感情を読んだパックは、

 

「それなら、なにか形でお礼させてよ。僕にできることなら何でも言って」

 

 と提案した。

 

 書庫の一件でパックからの礼は既に受け取っている。話の流れからこれはエミリアの分、ということだろう。

 軽い話の入り方ではあるが、パックは精霊の中でもかなり高位のものだ。なんでも、とまで言わせるのはそれだけパックがエミリアを大切に思っている証拠だ。

 

「そォか、それならそこに倒れてる哀れなやつを……」

「あ、一方通行様……!?」

 

 地獄に仏とはこのことだ。

 身体中に力が入らず、未だ立つことすら叶わないスバル。更には、ついに魔法を使えるぞ! という期待からの事態だったために精神的なショックもあるのだ。

 

 そんなスバルにもまだ神がいた────

 

「敷地から放り出せ」

 

 神は死んだ。

 

「ホワッツ!?」

「それはお安いご用だよ」

 

 更にはパックが悪ノリしたことによって益々ヒートアップ。

 ニヤニヤと笑いながら一方通行が便乗して言う。

 

「派手にな。着地と同時になンか大爆発するくらいだ」

「なんか大爆発!?」

「うーん。でもそれをやったら……」

「そうだパック! 正気に戻れ!」

 

 考える人さながらに顎に手を置いて言うパックに、スバルは必死に発破をかける。

 

「アクセラレータとリアの服が汚れちゃうよ?」

「服に負けた!? あ、一方通行さん? 冗談だよな……な?」

 

 布以下の扱いを受け、最早藁にもすがる思いで淡い希望を口にするが、

 

「あァ。新ネタだ」

「……」

 

 先ほどまで体勢に似つかわしくない声量で必死に言葉を紡いでいたスバルもこれには脱帽。哀愁漂うその姿からはチーン、なんて効果音が聞こえてきそうだ。

 

「準備はいいか?」

「リーサルグレネード、いつでもオーケーさ」

 

 薪に火をつけようか、くらいの感覚で消されそうになるスバルの命。

 無慈悲にも両手を掲げるパックと、サッカーボールでも蹴るかのような体勢を取る一方通行。

 

 その双刃が今まさにスバルに襲いかかる、瞬間。

 

「──やめなさーい!!」

 

 その場にいる唯一の良心、エミリアの氷塊とともに放たれた鶴の一声により止まった。

 

 

 

 

 一方通行とパックに迫る二つの氷の矢。

 パックは「よっ」なんて軽いかけ声で片手をふって消し飛ばし、一方通行は能力でコースを反らした。

 

 魔法に能力は作用しない。だから本来は同じ魔法で相殺するところなのだが、敢えて使わずに能力で対応したのには理由がある。

 

 今この瞬間、エミリアの魔法を見たことで一番最初の世界の記憶がよみがえったのだ。あの路地裏で、一方通行はたしかにエミリアの魔法を中途半端にだが操作した。

 

「要するに精霊術ってワケだ」

 

 エミリアが使ったのは精霊術。その認識で間違いないだろう。

 では何故誤りが生じるか。

 大気中のマナを使う精霊術において生じる違いと言えば術者くらいだ。ならば問題はそこなのだろうが、それではどうにも納得いかない。

 

 スバルに駆け寄るエミリアに「冗談だ」と声をかけた後、一方通行はパックに問いかける。

 

「よォ、精霊術ってのァ術者によって変わるモンか?」

 

 それに対しパックは悪戯のバレた子供のように笑いながら答えた。

 

「術者というより従える精霊によるって感じかなぁ。精霊術に興味ある?」

「まァな」

 

 すると突然パックは真顔になり、全てを見透かすような小さな瞳で一方通行を見つめた。

 

「どうして? 単純な興味じゃないよね?」

「……ハ?」

 

 一方通行は一瞬聞かれたことの意味が分からず、頭のなかで同じ言葉を反芻する。

 

 ──どうして? どうして……。

 

「どうってそりゃァ……」

 

 様々な答えが頭のなかに浮かぶが、そのどれもが喉元で止まり、口に出ることはなかった。

 

 あまりにも唐突とはいえ、自分は何故強さを求めているか。そんなことにややこしい答えなどないはずなのに。

 

 互いに無言のまま時間が進む内にパックは緩い笑みに変わり、一方通行の心を読み取ったように言う。

    

「大丈夫、それは決して邪なものじゃないから。君は根はすごく優しいから、今はそれでもいいんだよ。ゆっくりゆっくり」

 

 一方通行の頭に乗りながらのんびりと言うパック。

 寝転がったり座ったりと繰り返すパックは、意外とサラサラフワフワしている一方通行の髪を堪能していると見える。

 

 それを気にもせず、一方通行は勢いよく背中をついて寝転がった。

 その拍子に地面に激突しそうになるパックは間一髪で宙に浮遊。難を逃れた。

 

「危ないなぁもうっ」

「うっせェ。ヒトの頭を巣にするからだ」

「んー、警戒心は見えないけどなぁ。意外と単なる羞恥心だったりして……」

 

 一方通行の顔の前でウロウロ飛びながらそんなことを言うパック。

 隣で聞いていたスバルは、即座に警戒体制(心だけ)に入った。一方通行の怒るタイミングを彼は熟知したつもりだったのかもしれない。

 

 だから、次の反応にはスバルが一番驚いたのだ。

 

「──イヤァ、それはねェな」

 

 声を荒げず呟く一方通行はそのままの調子で続ける。

 

「習うより慣れろってか……ハッ、ったく、眠てェことを……」

 

 一方通行はそれきりで目を瞑ったと思ったら、そのままスースーと穏やかな寝息を奏で始めた。  

 パックは「そういう意味じゃないんだけどなぁ」と小さく呟いた後、ゆっくりと一方通行から離れ、スバルとエミリアに近寄る。

 

「え。あ、あれ? 一方通行、寝たのか?」

「まぁ本人の自覚以上に疲れがたまっていたみたいだしね。頭の回転も早いし、考えさせすぎちゃったかな?」

「疲れ……か。そ、それより俺のこれどうにかならないのん? マナ吸収があるなら供給とかも……エミリアたんからなら更にマル。俺が先生なら花マルプラスサイン付けちゃうね」

 

 などと供述しており、未だ声を出す以外は満足に行動できないスバル。

 流石に見かねたエミリアはゴソゴソと懐を漁ると、小さいリンゴのような形の何かを取り出した。

 

「はい、ボッコの実。気休めだけど、かじって」

「ご、ゴッホの実? 俺芸術方面はちょっと……」

「またわけの分からないことを……。早くかじる」

 

 あり得ない方向の勘違いをかました後、大人しく口元に当てられたボッコの実を口に含むスバル。

 

「う、うおおぉぉーー!!」

 

 すると、ほとんど意思と関係なく身体が起き上がり、更に身体中が熱くなったかのように感じた。

 一気に元気がみなぎり、その場でピョンピョンと跳ねたうえにシュッシュッと口で奏でながらシャドーボクシングを始めた。

 

「制御の効かない蒸気機関車みたいだ! そんなの見たことねーけど! シュッシュッシュシュシュッ! これなんて効果?」

「ボッコの実。体の中のマナを活性化させて、ゲートが少し力を取り戻すの。体によくないから、あまり使いたくなかったんだけどね」

 

 そんな彼女の親切の裏にはちょっとした後悔が見て取れた。

 それを分かってても踏み切る辺り、困っている人間を放っとけない性格は苦労も多そうだ。

 

「いや、実際助かった。今日動けないのは流石に辛いし」

「? 今日なにかあるの?」

「あ、いやいや。こっちの話」

「あくせられーたも言ってたけど、それってどっちの話なの……?」

 

 スバルは小首をかしげるエミリアを見て、かわいいとかかわいいとか言いたいことはたくさんあった。

 だが()()()()()をそんな風に扱うことは今やできなくなってしまった。何とは言わないが、スバルにも多くの心情がある。

 

 そして、それを思い出した。

 

「そうだ、そうだよ……そうなんだよ」

 

 突然の三段活用に、エミリアとパックは顔を合わせて疑問を共有する。

 

 スバルはそれを気にせず、パンっと両手で自らの頬を叩き、深呼吸。

 すっかり様変わりした顔つきになり、パックとエミリアをまっすぐ見て言った。

 

「頼む! ゆっくりでいい。楽なんて求めないし、弱音も吐かねぇ。俺に、魔法を教えてくれ!」

 

 そしてキッチリと腰から曲げて頭を下げた。

 

 何も知らないエミリアとパックは再び顔を見合わせる。エミリアは少しの間困惑の表情を浮かべていたが、パックがスバルをジッと見たあとに頷いたのに同調した。

 意見が揃い、パックが代表して答える。

 

「僕とリアにできることなら、て条件付きだよ?」

「っ! あ、ああ! ありがとうっ!」

 

 そこに普段のおちゃらけたナツキスバルはいない。

 

 表情から読み取れるのは決意。

 後ろではなく隣に着くため、道を自分で切り開くため、スバルは自分の弱さを知った分だけ強くなることの意味を知った。

 

 ──もう逃げない。今は追っている背中に、今度は背中を合わせて戦える日まで!

 

 




お疲れ様です。
ちなみに私的この作品のコンセプトは、一方通行が早期から心の許せる人間と出会っていたらどんな成長を遂げたか。リゼロを選んだのは好きなのもあるけれど、純真無垢なエミリア、そして必ず守らなければならない対象(スバル)がいるからっていうのが大きいですね。
てわけでまた次回会いましょう。

11/5 一部改善、読みにくかった場所を改良しましたしました


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36話 一とゼロ

こんばんは。更新します。


 

 

 朝食会は一切の不安なく終わった。

 かつての敵を前に己の何かが燃えることもなく、至極真っ当な態度で一部始終を辿った。

 

 本題の報酬問題だが、一方通行は今回も『客』を選択する予定だった。

 ある程度のピースは揃ったが、結局物語の本筋──呪術師という黒幕に辿り着いていない。呪術の絶対条件は触れることなのだから、近いところに必ず黒幕はいるはずなのだ。そこを突き止めないことには進展はない。

 

 更に言えば別のもくろみもあった。

 かけられた呪術はしばらく対象に潜伏して発動の時を待つ。発動してからの阻止は不可能だが、潜伏中の呪術を祓うことはできる。

 一方通行は今回、レムの動向に付いて自分から呪術に()()()()()()()()()のだ。

 

 『一方通行』によって呪術が探知できるかは未知だが、最悪の場合ベアトリス辺りに解呪して貰おうと保険も欠かさない。後は自分に触れた生物を一人一人尋問して消す。

 

 大雑把だがそこそこ勝算の高い賭けだったのだ。

 誤算を運ぶのはいつだってパートナーである。

 

 一方通行の思考を嘲笑うかのごとく、スバルは高らかに『使用人』宣言をしたのだ。

 その時ばかりはイラッ!!! と一瞬般若のような顔になった一方通行だが、場所が場所だけに鬱憤をため息にのせて吐き出し、かろうじて便乗した。

 

 

 ──それがつい先ほどのこと。

 

 

「ほらアクセル、次はこっち」

「……あァ」

 

 つまり現在の彼らは今となっては懐かしい、初の使用人の仕事中。

 

 未だ表情や態度にイライラが滲み出ているが、矛盾が生まれないよう注意を払うのは忘れない。

 

 矛盾とはつまり、この世界において一方通行とスバルは本来知らないことを知っている。仕事においても基本はともかく、特殊な仕事や用具の場所は知らない(てい)で進めなければならないのだ。

 

(にしてもアイツ、やけに……)  

  

 頭に浮かぶのは一方通行にとってある意味最大の厄ネタであるスバルだ。

 

 どうも今回のスバルは明らかに顔付きと態度が違う。

 死んだ魚のような顔で訴えてきた二度目三度目とは大違いだ。悪い目付きもいくらか丸く見えた。

 

 ──前の世界、あれから何があったのだろうか。

 

 実はその辺のすり合わせがまだできていない。使用人を選んだ時点で業務はすぐに始まり、結局二人がゆっくり話せるのは夜ということだ。

 

 そう考えると今朝は随分無駄な時間を過ごした、と片手間で仕事をこなしながら考える一方通行。

 先導するラムは相変わらずの仕事ぶりで、枝切りハサミのような道具で次々と連なる木を不恰好にしていく。

 

「……ったく」

 

 今は考え事をしながらでも完璧に仕事をこなせる万能な新人使用人がいるとは言え、

 

「レムがいないときどうしてンだオマエ」

「有事の際、ロズワール様のお付きは基本ラムよ。レムが館にいないことは滅多にないわ」

 

 怪しい質問だが、今回も結局朝食会でラムの仕事ぶりは露呈しているため、一方通行の質問にも違和感を感じること無くしっかりと答えた。

 

「全くないってこたァねェだろ」

「いいアクセラ? 人は三日四日何も食べなくても死にはしないわ」

「死にはな」

 

 呆れながらため息をつく一方通行を見て、ラムは表情を和らげ優しく笑う。

 

「──もう、大丈夫みたいね」

 

 その言葉が何を表すか、分からないわけがない。

 とはいえ、自ら触れたいようなものでもないために一方通行は無言で歩を進める。  

 するとその反応が気に入らなかったのか、意地悪な笑みに表情を変えると

 

「いえ、こんな美少女に手を握ってもらえたのだもの。むしろいい思い出?」

「……バカ言ってンじゃねェよ。自画自賛も程ほどに──」

「苦しむ男の手を握る美少女。するとなんということでしょう。男の顔色はみるみるよくなりました。そして最後に男は感謝の気持ちを込めてこう言うのです」

 

 妙に芝居がかった口調で語るラム。ありそうな童話のクライマックスのような文体はこう続いた。

 

「アリガトウ?」

「テメェは……ッ!」

 

 怒りのあまりプルプルと体を震わせながら拳を握る一方通行。

 肘を曲げて顔辺りまで持っていった拳は感情に従ってゆっくりと下ろされた。大きく息を吸ってからため息のおまけ付きだ。

 

 例えばこれが見知らぬ人間からの煽りであったら、一方通行は躊躇なく拳を振るいその人間を叩きのめしただろう。

 それが行われないのは怒りの沸点が下がったからとかではなく、相手がラムだから。ただその一点のみだ。

 

「次だ、早くしろ」

「つまらない反応ね」

「雲の上旅行するか? あ? 楽しいぞ? 俺が」

「あら、できるものならしてみたいわ」

「……チッ」

 

 背を向けて歩き始めるラムに大人しく着いていく。

 

 それにしても、凄む一方通行を前に嘲笑を浮かべて答えられるラムの胆力は相当なものだ。

 ラムの認識ではまだ出会って数時間。そんな彼女の目に、一方通行はどう映っているのだろうか。

 答えは──一方通行を無害だと思い、友好的に付き合っていける存在だとしている。()()()

 

 よくも悪くもラムは感情を表に出すタイプ。楽しい時はそれは楽しそうに笑うし、嫌なときは思いっきり嫌そうな顔をする。口調も簡単に綻ぶし歩幅もすぐ変わる。

 

 彼女の中で一度決めたことは覆りにくい。だからこそ、

 

 ──一方通行が『無害』ではない……いや、極めて『有害』であると気付くのもずっと先のことなのだ。

 

 

 

 

「だぁーーっくそ! 滲みるぜ……っ痛たた」

 

 湯船にゆっくりと沈みながら顔を歪めるスバル。

 その手には今日の仕事の様子を表す、何枚かの絆創膏が貼ってある。

 当然そこに大した理由はなく、二回目でも結局料理の腕は上がってませんってだけだ。

 

「オマエ……いや、いい」 

「おい! なんだそのこのバカまたやってやがる……みたいな顔は!」

 

 隣で座り、哀れみの顔でスバルを見るのは一方通行。

 一日目の仕事を終えた彼らを待つのは風呂とベッドのみ。つまりようやく二人で話せる時間というわけだ。

 

「くぅ……前回のワンコロの時といい。もうちょっとこう、痛い思いしてる同僚に思いやりの心とか持とうぜ?」

「……」

 

 返事の言葉無く、鋭い目線をスバルに向ける一方通行。

 

 言わんとしていることは直ぐに分かる。

 

 スバルが無駄に明るいことに一方通行は常に疑問を抱いていた。

 そしてそういう疑問を持たれているだろう、という自覚がスバルにはあった。

 故に、「本題に入れ」と無言の圧力が訴えるのも簡単に受け取れる。

 

 

 ──スバルは前回、つまり三度目の世界で辿った道を語った。

 

 

 一方通行は口を挟むことなく全てを聞き終えると、「ハッ」と小さく笑った。

 

「高みの見物たァ、偉くなったな」

 

 だが、一方通行はその言葉がひどく場違いなものだったと直ぐに気付くことになる。

 

 スバルが語った決意というのは、一方通行の理解を遥かに上回っていたのだから。

 

「……強くなりたい。誰一人欠かしたくない。ここにいる人達が、俺のなかでこんなに大きかったんだって。()()()()()()()()()()()()()()って──」

 

 

「──俺ってこんなに弱かったんだって気付いちまったから」

 

 

 言葉の一つ一つに重みがあった。

 霞むことのない意志を感じた。

 心に届く力強さが、揺るがない決意が、奪えない情熱が、

 

 ──一方通行には無いものが、あった。

 

「一方通行」

「ッ……?」

「こ、こんな感じでどうっすか?」

 

 一瞬気圧されていた一方通行は直ぐに気持ちを改める。

 下手な笑みを浮かべるのは、一方通行が最もよく知る『ナツキスバル』だった。 

 

 ──嗚呼、オンオフの切り替えが早い奴だ。

 

 スバルの言葉に嘘、またその類いは一切無い。

 であれば、相応の態度で示すのが一方通行の義務だろう。

 

「──足引っ張ンじゃねェぞ」

「っ。あ、あぁ!」

 

 分かりにくいが、それは対等を表す言葉だった。

 この絶望のループを抜けるための戦力、その一つとして認められた。

 

 何より、まだまだ先にいる一方通行に一歩近づけたのがスバルにとっては嬉しかった。

 

 たかが一歩。倍近くのスピードで歩く一方通行に一歩距離を詰めたところで、差は依然として大きい。

 

 ──されど一歩だ。

 

 ゼロと一の差は『ない』か『ある』か。それがどれほど大きいかは、数字で表せないものが世にどれだけあるかと考えれば答えは出る。

 

 立ち上がり、湯気の中を歩いて出口へと向かう一方通行。

 

「後で俺の部屋に来い」

 

 そう言葉を残し、浴場を出ていった。

 

 残されたスバルは密かに拳を握った。別に怒りのポーズではない。

 それはこの上ない歓喜の表れ。

 

「──やっと、()()()()誘ってくれたな」

 

 目付きを精一杯柔らかくした穏やかな笑みを、浮かべた。

 

 

 




お疲れ様です。
もう二章クライマックス一直線ですね。
一方通行にも『ある』を自覚するときが来ます。

※全て本ss上での話です。

では次回また会いましょう。よければ評価感想お願いしますm(_ _)m



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37話 一方通行の推測

こんばんは。
遅れて申し訳ありません……!
読んでくれている方々を蔑ろにする気は一切ありません……ありませんが……
11月12月は忙しいんだ……!!

評価感想全部見てます。  ありがとうございますm(_ _)m
今後ともよろしくお願いします!


 夜天に浮かぶ月の光が辺りを照らし、本格的に夜に差し掛かる頃。

 

 貸し切りでの長風呂を堪能したスバルは、一度自室へ戻った後、暖まった体ですぐに一方通行の部屋へと向かった。

 

 進む足取りは軽く、これから行われる作戦会議とも言える話し合いに期待は膨らむばかり。遂には無意識的に鼻歌まで奏で始め、目的地へたどり着く頃には体だけでなく心もホカホカだった。

 

「おっ邪魔しまーす! お、窓閉めてるのか? もっと開放的に行こうぜ」

 

 ノックの返事を待たずに入室し、ドタドタと勝手に窓を開けようとするスバル。

 

「ご開帳……って寒っ!? 風呂上がりにはきついなこりゃ」

 

 夜の冷たい風は乾ききっていない頭に響き、とっさに開いたばかりの窓を閉めた。

 

 そんな忙しない一部始終を見ていた一方通行はゆっくりと立ち上がると、未だ窓と向き合い寒さに文句を足らすスバルに歩み寄る。

 

「春風ならもう少しぬくもりというものを──ハっ!?」

 

 スバルは感じる。

 

 自らの背後に在る圧倒的な存在感。

 夜風など比べものにならない程の寒気。

 

「あの……」

 

 滴る無数の汗と、

 

「なンだ?」

 

 一見普通だが、どこまでも冷めた声色。

 

「すみませんでしびれびれびれびれアバババババ!!?」

 

 そして身体中に走る電流の刺激を。

 

「人の部屋でハシャいでンじゃねェ」

 

 少し全身が黒くなり、床に倒れ伏すスバル。

 

 ピクピクと悶える様から意識は残っているようで、座り様一方通行が冷えた声で問う。

 さて、一時のテンションに任せて動くと後で必ず後悔するという言葉の通り、スバルは自分の状態をもっと認識するべきだった。

 

「何か言うことは?」

「よくもやりやがったなこのマッドサイエンティストがぶらっ!!?」

 

 次にスバルを襲ったのは強烈な圧力だった。

 全身が床にめり込まんばかりに押し付けられ、まるで館と同化したかのような錯覚に陥る。

 

 そして基本サディスティックな男はそんな状況を面白がり、歪んだ笑みと言葉で更なる苦を与えようとする。

 

「ンだこりゃ館の装飾かァ? にしては不細工だな窓から捨てるか」

「ず、ずびばぜんでじだぁぁ!!」

「ほォ?」

 

 そこでようやく解放されるスバル。かけられていた重みのせいか、嫌に軽く感じる身体を起こしてその場に座り込んだ。

 

 

 振りきっていたテンションはこの数十秒で急降下し、むしろ低いくらいになったところでようやく本題に入る。

 

「で、俺は何をすればいい?」

 

 雰囲気ががらっと変わる。先程と打って変わり、緊張感のある声色。仄かに表情が笑っているのは期待とやる気の表れだろう。

 それを確認して一方通行もベッドに座る。それが一体どういう質問なのか、理解したうえで間髪入れずにハッキリと言った。

 

「何もしなくていい」

 

「へ?」

 

 それは多少なり身構えていたスバルからすると拍子抜けするような回答だった。

 

「強いて言うなら真面目に働け」

「ちょ、ちょっと待てよ!」

 

 この渦中で蚊帳の外に置かれるのは流石に納得がいかない、というより、少しでもいいから役に立ちたいという気持ちで抗議に走ろうとするが、

 

「──オイ、話は最後まで聞けよ」

 

 スバルの発言を遮る形で一方通行が口を挟む。

 

 やや呆れ顔になっている辺り、スバルがどういう行動に出るかは理解しているらしい。でなければ極力口数を減らしたい一方通行が注意などしないだろう。

 

「被害ゼロで一週間乗り切るのに必要な条件は何だ?」

「え? えーっと……レムへの対応と、呪術? だかの回避、か?」

 

 座り直し、指を折りながら自信無さげに答えるスバル。

 その回答への評価を後回しに、一方通行は別の切り口から話し始める。

 

「まず振り返ってみろ。一回目、オマエの死因は何だ?」

「不明だろ? 朝起きたら戻ってて……」

 

「それだが、一回目のオマエの死因と先のレムの死因は同じ可能性が高い」

 

 は? と表情を固めて何か言いたそうなスバルを置き、一方通行は自らの推測を語る。

 

「呪術には相手に触れるという発動条件がある。滅多なことではレムは遠出しねェ、となると色々辻褄が合っちまうンだよなァ」

 

 午前のラムとの会話で得た小さな情報だ。館の給仕の要であるレムは滅多なことでは遠出することはない。

 それがこの推測を支えている。

 

「この世界で一週間もない俺達に敵がいるのは考えにくい。となればオマエが狙われたのは唯の偶然。客として過ごした前回、オマエは外部の人間と接触しなかったから代わりにレムが標的となった」

 

 視線を動かさずに淡々と語る一方通行。

 

 スバルとてこの状況でふざけてはいられず、一方通行の言葉を頭の中で噛み砕いていった。

 

「呪術師は一回目の世界でオマエに会ったが、前回は会わなかった()()()()()()()()()()()()()。つまり──アーラム村の誰か、だ」

 

 それが一方通行の推測だった。

 

 一見筋が通っている話に聞こえるが、スバルにはどうしても納得できない点がある。

 今の話はある前提から組み立てられているが、その部分に大きな疑問が残るのだ。

 

「ま、待て待て。お前、一回目の世界で俺を殺したのがレムだっていう可能性を切り捨ててないか?」

 

 あくまで今の話は、一回目の死因が呪術であるという前提から組み立てられたもの。

 

 忘れもしない二回目の世界。レムが二人に牙を剥き、今では最悪の記憶として残る出来事。それが一回目でも行われたという可能性は──

 

「おそらく、無い」

「え、無いの?」

「あァ」

「そっかーなら安心だぁ……ってなるかぁ!!」

 

 ホッと胸を撫で下ろすも一瞬。直ぐに声を荒げて反対した。

 

「忘れたのか!? 二回目の世界で何があったのか!」

 

 大声で捲し立てるスバル。当然、スバルだって必死なのだ。相手が誰であろうと自分の思ったことは堂々と言う。

 その姿勢には好感を持てるが、今この場では不要のものだ。一方通行は常にスバルの一歩先で思考している。

 

「うるせェなァオイ。オマエこそ忘れたのか?」

 

 振り返ってみろ、と言われ、スバルは二回目の世界を頭のなかでなぞる。

 

 ──俺の二回目の世界は……

 

 客になった。

 レムに殺された。

 

 ふむ──

 

「客になって、レムに殺されたな」

 

 シンプルイズベスト。

 

「クックックックッ」

「あっはっはっはっ」

 

 

 バキッ ゴキッ ズガガガガガ

 

 

「あの時、レムはわざわざオマエに治癒魔法をかけてまで情報を引き出そうとした。尋問するなら無防備だった一回目の世界の方がよほど楽だ。よってレムに殺された可能性は極めて低い」

 

「なるほど、そういうことなんだな」

 

 ()()()、顔面が腫れ上がっているスバルが頷く。

 

「ロズワールとラムはオマエを殺す気はないと前回確認した。レムも注意はされてるらしいが、アイツはラムほど自分を抑えらンねェ。館近くの森で潜伏ってのはあからさますぎたなァ……」

 

 思い返せばあの状況は非常に怪しい。突然客としてやってきた人間(しかも魔女の香り付き)が、館から出た後すぐ近くに潜んでいたのだ。レムの猜疑心(さいぎしん)を煽るには充分すぎる。

 

「……俺が狙われるのは、俺から魔女の香りがするからってことなんだよな?」

 

 その問いに対し、一方通行は一瞬回答に迷う。

 

「…………あァ、そうだ」

 

 魔女の香り、それを理由に狙われるのはあまりに理不尽というものだ。

 ベアトリス曰く、魔女に特列扱いされているということらしいが、あくまで一方的なものであり、スバルが望んでいることではない。

 

 だが活路はある。

 

 スバルだけでなく、そういう体質の者は稀にいる。

 必ずしも反感を買うわけではない、信用さえ勝ち取れば。

 

 レムから信用されることは、この先ロズワール邸で過ごすうえで必須。だから一方通行はスバルに真面目に働けと言った。

 

「この世界を生き抜く条件は、アーラム村にいる呪術師を割り出すことと、レムから信用されること……」

 

 顔を床に向け、ブツブツと独り言のように呟くスバル。

 一方通行は、また面倒なことになるか? と思ったが、杞憂だった。

 

 スバルは今までの話を自分の中で纏めると、顔をあげて笑った。

 

「よっしゃ! 流石一方通行だぜ!」

 

 何てことはない。

 一歩ずつだが成長しているスバルはこの程度ではへこたれない。

 むしろやることがハッキリしたことに対して喜んですらいる。

 

 目に見えてテンションの上がったスバル。一方通行はそんな様子を見ながら、ソッとため息を一つ。

 

(コイツ……)

 

 今まで話したことは全て推論の域を出ないものだ。始めの推測から、質問の答えまで。

 それこそレムが気紛れで無抵抗のスバルを無抵抗のまま葬った可能性もあるハズなのに。

 

 それでもスバルは一方通行のことを信じきっている。

 

 それが一方通行にしては不思議な感覚だったのだ。

 ただ間違いないのは、それが悪い感じではないということ。

 

 ──そして、他でもないナツキスバルという人間が自分の心に影響を及ぼしているということ。

 

(ったく、面倒なヤツだ……)

 

 僅かに口角を上げながら、心のなかで呟くのだった。

 

 

 




一回目とか二回目とかはこのループ内ってことです。分かるか。

お疲れ様です。
長らく空いていたからか、書き方が更に杜撰なものになってる気がする……意見ありましたらどんどん言ってください。
次回からあの事件ですね。頑張って書きます


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38話 過去の報い

おはようございます。

さて、多くのかたが一方通行の技名問題をあげるなか、私が頑なに許容してくれと言った理由が入ります。路線は最初から決まっていましたので。
あとエミリアと絡ませていきます。一方通行に生きる上での目的を与えなければいけません。一方通行たるもの、向かう先がなければ……




 

 

 

 この世界の始まりから四日。

 

 四日とは言っても、一方通行とナツキスバルにとってはロズワール邸の日々はゆうに二週間を越えている。

 使用人としての日々も正確に表すと九日目であり、素人が四日程度でこなせるような仕事量は遥かに上回っている。 

 実際、今回やらされている仕事内容は一周目とは比べ物にならない程の量だった。

 とは言ってもやはり経験というのは大きく、今日までの日々で苦労したことはない。

 

 ──最もその分、彼らはこれからが大変なのだが。

 

 明日に勝負を控える前夜。仕事を終えたばかりの浅い夜、一方通行は一人湯舟に身を預けていた。

 入浴の時間がエミリアの日課と被ってしまったため、今日はこの場にスバルがいなかった。

 

 入浴時、一人でいることは存外珍しいので、考え事の立て込んでいる一方通行にとっては貴重な時間だ。彼が抱える問題は何も明日の事だけではない。

 

 確かに明日の事は重要ではあるものの、今さら考えるようなことは無い。

 ベアトリスが呪術を解けることは確認済みだし、理由は分からないがレムがスバルに向ける感情も刺々しくないと見える。

 であれば明日のことは明日に任せても問題は無いだろう。何度も確認するが、不安要素は呪術師とレムのみなのだ。

 

 それよりも考えなければならないのはもっと先の話。

 ロズワール邸での日々、四周にも及ぶループで『スバルが死ぬこと』はあらゆる意味で非常に面倒だと身をもって体感した一方通行。

 これから先、更に激化していくと予想できる異世界でスバルを守りながら過ごさなければならない。

 

 差し当たっては己の持つ特殊な力について、もっと詳しくなる必要がある。

 

 一方通行は一度大きく深呼吸をして呼吸を整えると、大気中のマナをかき集めて魔法陣を展開した。

 

 一方通行を中心に地に描かれる謎の幾何学模様は、弱い紫色の光を放っている。実体が存在しないため、地形による影響は受けない。

 謎と言えばこの行為もなのだが、これに関しては例の『英語の本』に記述があった。

 

『尚、引き起こす鍵が何であれこの魔法陣を無意識下で使える者は、抱える大いなる苦悩に対する世界からの福音とでも思って欲しい。断言するが、これの構造を調べることは全くの無意味である』

 

 嫌に真に迫る文面だった。

 だがメカニズムを知るのが無意味というのは納得せざるを得ない。その為、一方通行はここまでは定義として扱うことにした。

 

 ──ここから……。

 

 まずはロズワールとの戦いで一度だけ展開した『七芒星の魔法陣』。

 魔法威力倍加の効果を持ち、『ウル』、つまり三段階目の魔法に対応した紋章術だ。

 

 ここで早速問題が発生した。

 

 そもそも能力を使ったとてマナを思い描いた通りに並べられるかと言えば、不可能だ。絵描きで例えるなら、明確に頭に浮かんでいてもそれを描けない素人と同じ。

 しかもこっちは練習でどうにかならない問題。不可視のインクで空間という透明なキャンパスに正確に描けと言われても全くイメージが沸かないのは想像に難くない。

 

 ではどうすればいいか。ここでイメージを固める方法がある。

 

 『声に出すこと』と『動き』を使うことだ。

 

 この場合は特に後者が有効だろう。

 

 一方通行は人差し指を伸ばし、大気に七芒星を一筆で描いた。

 

「こォ言うのを何つったか……『セプタグラム』だったか?」

 

 その瞬間、目の前に七芒星を円で囲んだ形の光が現れた。一方通行にとっては二度目の拝見で見間違えることなどない、明らかな成功だ。

 

 一連の流れを経て、つい笑いが込み上げてくる。

 イメージの拡張とはいえ、この行為はまるで……

 

「クハッ、武器になりそうなのが羽ペンとはなァ。戦闘スタイルがセンセイの真似事とは笑えねェ、ククッ────ン?」

 

 黒板の前でチョークを振るシュールな自分の姿を想像して笑っていると、不意に脱衣所に誰かが入ってくる気配を感じる。

 

 一方通行は一応、能力を解除して魔法陣を消す。

 真下の魔法陣が消えるとともに目の前の七芒星も消え去った。紋章術の利便性の一つである追加マナいらずの継続は、この場合マナが一方通行の制御下から外れるために無駄となってしまう。

 

「やぁ、ご一緒してもいいかぁーな?」

「好きにしろ」

 

 入ってきたのは館最後の男児であり、形式上一方通行の主に当たるロズワールだった。

 

 ロズワールは一方通行の隣に腰を下ろすと、疲労の解放を長い吐息で表した。

 

「アクセラレータ君一人ということは、スバル君はアレかな?」

「毎日毎日よく飽きねェなアイツも」

「いぃーい事じゃない。意中の異性に対してのアプローチはアレくらいでないと。最も私にはもうあそこまでの情熱は出せないだろうけどねぇ」

 

 薄めに笑いながら呟くような調子で言うロズワール。

 その手の話題に疎い一方通行は無言で応じる。それから一つ確かめたいことがあり、ロズワールの肩に気付かれない程度に触れて、思考を走らせる。

 

(…………ダメか)

 

 だがそれが無理だと分かるとすぐに手を引いて、再び全身でぬるま湯を感じた。

 

「あれから四日。仕事の調子は、ラムとレムとは上手くやれてるかい?」

「仕事は問題ねェ。アイツらは……あーむしろ姉様の方はウゼェくらいなンだわ」

「うんうん、いい傾向だぁーね」

 

 言いながらロズワールは両手を頭の上でひっくり返し、ストレッチを始める。

 

「イイだァ? 話聞いてたのか?」

「んんー、彼女達は少々二人で完結しすぎているからねぇ。思わぬ刺激で世界が広がるかもしれない」

「へェ、そンなモンか」

「そんなもんですとも」

 

 今一自分のなかで納得のいかない一方通行と、身体を伸ばしながら軽く答えるロズワール。

 

 とても乱心するほどの激闘を繰り広げたとは思えない。二人の距離はやや緩やかだった。

 記憶の残る一方通行にしても、ロズワールに対して他意を抱くことなくフラットだった。嫌悪し合うのではなく、戦うことで相手を認めるという方向に進んだのかもしれない。

 

「そぉういえば、君には話があったんだ。後で二人の席を設けても?」

「別に構わねェが……何の用だ?」

 

 気怠げに返答する一方通行。

 まるで「ここでしろよ」とでも言いたげな態度だが、次のロズワールの一言でその気は失せた。

 

「ちょぉっと真面目な話、だーぁーよ」

 

 醸し出す雰囲気が普段のそれとは変わっていた。

 常に余裕のあるような笑みは油断のない微笑へ、個性的程度にしか感じられなかった口調は誇張されることで聞く方に緊張感を与えた。

 

「……あっそ」

 

 短く返答し、立ち上がる一方通行。そのまま振り替えることなく浴室を後に、脱衣所へ続く扉に手をかける。

 

「では後ほど、準備ができたら迎えを寄越すよ」

 

 その境界を跨ぐ瞬間、後ろからそう声をかけられる。

 一方通行は立ち止まり、深呼吸といかずとも大きめに呼吸をした。

 

「あァ」

  

 最低限の言葉だけ残し、扉を閉める。

 その一連の動作は、まるでロズワール……いや、ロズワールとの()()から逃げるかのような流れだった。

 唐突の起立から早足、まるで余裕の見えない一方通行の挙動には不快な事情があった。

 

 ──限界だったのだ。 

 

 拒絶反応。

 これは既存のモノと後から加わった異物が上手く共生できないために起こる。

 

 変化とは時に人の心を蝕む。

 

 そして一方通行にとっての異物は、日常生活から他人とのコミュニケーションまで。およそ普通と表現される事象の数々。

 とはいえ、すぐに反応を示すほど繊細な心を持っているわけでも無い。安定した環境で過ごしていれば適応することは容易なハズだ。

 しかし、

 

 『()()()()

 

 これがいけなかった。

 普通の人間でも築いてた人間関係がリセットされるのは耐え難い苦痛だろう。それが一方通行ならば拒絶反応と合わさってより顕著に現れる。

 

 結果として、

 

 ──理由も分からず徐々に心に余裕が無くなり、説明できない異常を抱えてしまう。

 

「ッ……」

 

 妙に苦しい胸の奥から動悸が一つ漏れた。

 

 結局、一方通行は異物を拭いきれないまま、雑に畳まれた自分の衣服を着て脱衣所を後にした。

 

 

           ☆

  

 

 少女は長い廊下を歩いていた。

 

 薄い紫を基調に裾や袖の部分に軽めの装飾を施した衣装を纏い、腰辺りまで伸ばした銀色の髪と紫色の瞳が特徴的な美しい少女、エミリア。

 

 最近、彼女の身の回りに大きな変化が起きた。

 端的に言えば同居人が二人増えただけ。これだけ大きな館であれば珍しい事でもない……ここがかのロズワール辺境伯の館でなければ誰もがそう考えるだろう。

 しかしロズワール·L·メイザースという変人に普通の思考を照らしても無駄というもの。ロズワール邸の使用人は以前は三人、そして近頃はたった二人だったのだ。新たに雇おうという動きも全く無かった。

 

 それが最近、ひょんなことから二人も同時に使用人が増えた。これだけでも大きな変化なのは前述の通りだが、一番の問題はその人物にある。

 

 ナツキスバル、一方通行。

 この二人の介入によって、エミリアを取り巻く環境は大きく変わることになった。

 

 彼女について少し話をしたい。

 

 エミリアはハーフエルフだ。四百年前、この世界の半分を飲み込み、世界中を恐怖の渦に陥れた『嫉妬の魔女』と同じ種族。

 それ故に、四百年進んだ現在でも世間のハーフエルフに対する風当たりは相当強い。それは最早差別という言葉すら生ぬるい程だ。

 素性を隠さなければ店で物を買うこともできない。往来でその特徴を晒そうものなら向けられる目線は嫌悪か忌避か、何れにせよ鋭いものなのは間違いない。

 

 だから、彼女にとって二人との出会いは一種の転機だった。

 

 自分を『ハーフエルフ』としてではなく、ただの『エミリア』として対等に接してくれることが何より嬉しかった。

 子どもみたいに純粋で、ひたすら謙虚な彼女は逆に「自分がこんなに楽しい思いをしていいのか」なんて思ったりもしているほどだ。

 

 何はともあれ、エミリアはこの四日間を無色に色がついたかのように楽しんでいた。

 

 今宵も楽しい時間を終え、自室へと戻る途中。

 

 そんなとき不意に、廊下の壁に寄りかかって座る白髪の青年を見つけた。

 

 おかしな光景だ。記憶が正しければ青年の部屋は目と鼻の先。何故自室ではなく廊下に座っているのだろうか、エミリアは単純に疑問に思った。

 

「どうしたの? あくせられーた」

 

 歩み寄り、しゃがむことで青年──一方通行の顔を覗き込んだ。

 

「……オマエか」

 

 一方通行は少し顔をあげて一瞥すると、直ぐに視線を下げて目を合わせずに答える。

 

「別に何でもねェよ」

 

 当然だが、エミリアはそこで「はい、そうですか」とその場から去るような人間ではない。

 

 エミリアは一方通行に対して『クール』というイメージを持っていた。

 あくまでエミリアの主観だが、口数が少なくあまり馴れ合わない。そして淡々と仕事を完璧にこなす姿はクールそのものだった。

 

 だが、今この場ではまるで違って見える。

 

 妙に哀愁の漂う、やつれた様子。

 

 根拠があるわけではないが、普段の一方通行が放つ厳つい雰囲気がまるで無く、存在感が薄いように感じていた。

 

「……何してンだよ」

 

 そんな風に推し量っていると、それを訝しげに感じた一方通行が睨み付ける。

 

「えっ……えーと、その……! あくせられーたって計算得意?」

 

 やはりエミリアは放っておくことができなかった。

 

 こういう状況で何をどうすればいいのか、エミリアには分からない。

 かと言ってここでじっとしていても追い返されるのは時間の問題。そこでどうにか今だけでも一緒にいれないかと、思考を巡らせた果ての誘い文句である。

 

「ンだよ藪から棒に」

「ほ、ほら、私計算が苦手で! 教えてくれたらすごーく嬉しいなぁて、思って……」

 

 思い付きの流れに任せた勢いが続かず、徐々に声量の小さくなっていくエミリア。

 

 俯き気味に見つめてくるエミリアに対して、半目で見つめ返す一方通行。

 その状態がどのくらい続いたかと言うと、一方通行からすれば一瞬だし、エミリアからすれば大分長かっただろう。

 やがて一方通行はため息とともに立ち上がった。

 

「ハァ……萎れンじゃねェっての……」

 

 それだけ言ってエミリアに背を向ける一方通行。

 弱々しい背中だった。

 エミリアはこの時、一方通行がそのまま何処かに行ってしまうような予感がした。

 

 ──待って……っ

 

「あくせら──」

「十分」

 

 呼び掛けを遮る一言が響いた。

 

 エミリアは聞き取れなかったのか信じられなかったのか、

 

「……え?」

 

 と、思わず出てしまったと言った感じの間の抜けた声を上げた。

 それを聞いて一方通行は身体の向きをエミリアへと変え、気だるげに言った。

 

「十分だけ、付き合ってやるっつってンだよ」

 

 今度はハッキリと聞いた。明確な是認の言葉だった。

 

 薄暗い雲が晴れたエミリアは僅かに口元を緩め、素早く一方通行の隣に並ぶ。

 

 ベクトルは違えど、この時二人はお互い隣にいる人間のことを考えながら同じ歩幅で歩き始めた。

 

 




次回 天使の膝枕
アンケートありがとうございます。ちなみに私はラムです。

進むのが遅い? おっしゃる通りです……

 


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