ボーダーにカゲさんが増えた。 (バナハロ)
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プロローグ
似てる二人は噛み合わない。


たまにはバトルしたかったんです。ア○ンジャーズ見ちゃったし。
原作開始から一年くらい前です。


「最近さぁ、うんこがなんか水っぽいんだよね」

 

 唐突に、とても食事中とは思えない言葉を食事中に抜かされた出水公平は、ラーメンを啜る口を思わず止めてしまった。半端に止めてしまったため、麺と共に啜ったスープがせり上がり、鼻から垂れそうになるのを慌てて、机の上に備え付けられている紙ナプキンで抑える。

 

「……テメー食事中に何ほざいてんだコラ」

 

 恨みがましい目で目の前の茶髪の男を睨んだ。あの相談の内容を真面目な口調でされたのがまた腹立つ。

 一方、相談した側の男は全く悪びれる様子なく真顔で続けた。

 

「や、マジでマジで。ほら、下痢気味の時ってクソが出る時の効果音がすごいじゃん? それがここ最近、マジで毎日なのよ。マジでケツから小便してる感覚で……」

「詳しく説明すんな。マジブッ飛ばすぞ」

「どうすりゃ良いのよ」

「知らねーよ。食生活を正せ」

「食生活って……一週間、ラーメンフルコースだっただけなんだけど」

「現行犯逮捕だろうが。気付けや」

 

 そりゃ腹の具合も崩れるだろ、と、その問題のラーメンを啜りながら思った。

 

「てか、お前飽きねえの? ラーメンばっかアホみたいに食ってるけど」

「それは『射手ばっかやってて飽きねえの?』って言ってるようなもんだぞ。ラーメンにだって色んな味がある」

「いや、飽きる飽きないで射手やってねえからな俺は。つーか、ボーダーをなんだと思ってるわけ?」

「月は豚骨、火は醤油、水は塩、木は味噌、金は坦々麺、土はちゃんぽん、日は油そば。ほら、飽きない」

「いや『ほら』とか言われてもな……つーか、最後のラーメンなのか?」

「ラーメンより美味いよ」

「じゃあ油そばフルコースにしろよ。あれスープないから水っぽさも治るんじゃね?」

「そんなに食ったら飽きるだろ」

「やっべ、殴りてえ」

 

 言ってることがメチャクチャだ。心底、面倒臭そうな表情を浮かべる出水に、茶髪の少年は弁解した。

 

「いや違うんだよ。油そばはラーメンより脂っこさがすごいから毎日食ったら死ぬから」

「ああ、なるほどな。ま、何にしてもそのフルコースはおかしい」

「例えだから」

「なんだよ……」

 

 ホッと一息つく出水。流石に毎日ラーメンは死ぬ。成人病で死ぬ。ボーダー隊員が成人病で殉職とか許されるのはギャグの世界だけだ。

 

「朝昼晩で味をローテさせてるから」

「なんだよ……」

 

 全く同じ言葉を全く別の意味で呟くハメになった。どこまでラーメンバカなのか、呆れるを通り越して尊敬の念すら浮かんでくる。自分がそうなりたいとは絶対に思わないが。

 

「でもよ、実際もう少しまともなもん食った方が良いんじゃね。マジ早死にするって、お前」

「そう言われてもな……身体がラーメンを求めてるというか……」

「ラーメン以外にも美味いもんはたくさんあるぜ。今度、うまい揚げ物の店連れてってやるよ。エビフライとかコロッケとか……」

「機会があればな」

「テメェ……」

 

 しかし、もうラーメン以外のものを食べさせるのは、もうとっくに諦めた。

 これ以上、この話題は無駄だと悟り、話を変えた。

 

「で、どうよ。そっち」

「何が?」

「訓練の方は」

「ああ。いつも通りだよ」

 

 そうさっきと全く変わらない様子でラーメンを啜る茶髪の少年に、出水は半眼になった。少年はC級隊員、つい最近入隊したばかりである。

 

「や、ダメだろそれは」

 

 いつも通り、と言ったが、C級隊員の彼の訓練は順調なわけではない。ポイントが最初から3200とあるため、才能はあるのだが、高校生で周りより年齢が比較的、高い上に、目付きが悪い。眉間に常にシワを寄せてるような少年だ。

 よって、誰も個人戦を挑んで来ないので、合同訓練の「戦闘訓練」「地形踏破訓練」「隠密行動訓練」「探知追跡訓練」などで一位を取り続け、ポイントを稼ぐしか無い状態だった。

 

「せっかくスカウトされたってのに、勿体無いぜ」

「仕方ねえだろ。誰も挑んで来ねえんだし」

「お前から挑めよ」

「……拒否される」

「……」

 

 呆れてため息をつくしかなかった。要するに、目の前の少年は見た目の割に繊細なのだ。過去に色々あったようで、話し掛けて傷付くのを恐れている。

 出水と知り合いになれたのだって、出水の方から声をかけてくれたからだ。あと三輪隊の米屋陽介とも友達である。

 

「せっかく、腕は確かなのによ。見たぜ、戦闘訓練。またタイム縮めてただろ」

「あんなの、何秒で倒したって意味ねえよ」

 

 初回は5秒でカタをつけ、次は4秒、その次は2秒と縮め、今では1秒を切っているまである。しかし、正隊員ならそれくらい出来るので、別に自慢になるようなことでは無いことは自覚していた。

 

「まぁ、そりゃそうだな。でも、良いのか?」

「何が」

「このままだと、お前フリーになっちまうぞ」

 

 ボーダーのB級以上の隊員のほとんどはチームを組んでいる。強制的に決められているわけでは無いが、チームを組めばランク戦にも参加できる上に、普段の戦闘でもソロよりは確実に戦いやすくなるのは明確だ。

 チームを組むには自分で隊員を募集するか、或いはスカウトされるかだが……。

 

「無理だっつーの。ソロランク戦は周りが怖がって俺とやり合う奴なんかいねーし、わざわざC級の合同訓練を見に来る正隊員もいない。チームを組むなんて論外だ」

「でもなぁ……」

「ふぅ、ご馳走様でした」

 

 食べ終え、箸を置くと共に会話を打ち切る。口を紙ナプキンで拭き、キシリトールのガムを口の中に入れて立ち上がった。あまり、孤立してる話はしたくない。

 

「出水、今日はこの後は暇か?」

「や、悪い。防衛任務だ」

「そうか。じゃ、俺は帰る」

「おう。お疲れ」

 

 ボーダー本部の食堂の席を立ち、ラーメンの器の乗せられたオボンを持ってカウンターに返しに行った。

 繊細、というよりも、少年には分かってしまうのだ。自分に好意を持ってる相手と嫌悪を抱いてる相手が。

 本部のエンジニアが言うには、感情受信体質(Type2)というらしい。相手が自分に抱いている感情が、その相手全身を包んでるオーラの色で分かる。好意的な相手ほど色が薄く、嫌悪的な奴ほど濃く明るい色で映されているのだ。

 その上、第一次近界民侵攻でそこそこ金持ちでやりたい放題やっていた両親が死に、周りの人間から疎ましく思われていた過去がある。

 幼い頃から、そのサイドエフェクトのお陰で周りの大人やクラスメートの自分への感情が見えてしまい、眉間にシワを寄せるのがデフォルトの顔になってしまった程度にはしんどい思いをして来た。

 気が付けば、中学に入学した時には喧嘩を繰り返し、尾鰭のついた悪い噂が広まり、孤立していった。

 高校入学とともに、たまたま出来た友達の出水と米屋に誘われてボーダーに入隊。ボーダーの人間が自分の両親のことを知っていたか、などは知らない。ただ、周りの同期のほとんどが中学生な事もある上に、強面のため怖がられている現状である。

 

「……」

 

 考えるだけでイラつきが増す。ついでに言うと、ボーダーの基本的な標的であるトリオン兵は自分に対して敵意以外を秘めているわけがないので、ハッキリ言えば戦闘でサイドエフェクトが役に立つ事はない。ストレスを増させているだけなのだ。

 今日はさっさと帰って速攻寝る、なんて思いながら食堂を歩いてると、前から歩いてくる少年と肩がぶつかった。

 入隊してまだ一ヶ月弱なので、その少年が誰なのか分からない。が、その少年の身体に、赤いオーラが付くのが見えた。言うまでもなく、危険信号だ。

 しかし、肩と肩がぶつかって喧嘩になることは珍しく無い。

 

「「チッ……」」

 

 イラつきが隠せず、舌打ちだけして立ち去ろうとした時だ。向こうの少年からも舌打ちが漏れた。

 それにより、お互いに足を止めて振り返る。

 

「「……アア?」」

 

 自分と同じように目付きが悪く、チリチリした髪型の少年が、自分に対してメンチを切っていた。

 

 ×××

 

 その日、影浦雅人は機嫌が悪かった。理由は単純明快、今日も元気に隊務規定違反によってペナルティ、減点をいただいたからだ。

 決して、影浦は悪い奴ではない。外見の所為で勘違いされガチだが、ボーダー内に友達は多いし、影浦隊を組んで隊長として隊員達をまとめている。

 しかし、それは付き合いが長いからであって、初見の関わりのない者達は決してそうでは無い。

 その上「感情受信体質」という、周りの人間の自分に対する感情がチクチクと突き刺さるサイドエフェクトにより、他人と衝突することも多い。

 そのため、今日みたいなことが度々ある。

 勿論、自分が百パー悪く無い、なんて言うつもりはない。「サイドエフェクトの所為だ」なんて理由にならないし、自身の沸点の低さも理解している。

 しかし、そもそも周りの人間が自分の陰口など言わなければ良いだけの話だから、理解していても納得いくはずがなかった。

 その上、自分の隊員にも迷惑を掛けてしまっている事が余計に腹立たしい。

 

「……ッ」

 

 思わず自分の愚かさに舌打ちをしながら、とりあえず今日はさっさと帰って速攻寝る、なんて考えながら食堂を通ってる時だ。

 正面から歩いてる少年と肩がぶつかった。

 

「「チッ……」」

 

 苛立ちが隠せず、思わず舌打ちを漏らすと、同じような音がすれ違った男から漏れてくるのが耳に響いた。

 振り返ると、茶髪の男がこっちを睨んでるのが見えた。見覚えのない顔だが、そんなのボーダーにいくらでもいるので問題では無い。問題は、その男が自分に対して向けている感情だ。チクチクと刺さる不快感、間違いなく敵意とイラつきだ。

 

「「……アア?」」

 

 同じように声を漏らしたことが、尚更、影浦のイラつきに火を付けた。お互いに身体ごと向かい合い、近寄る。

 ただならない雰囲気にその場にいた全員が注目するが、ヤンキーにしか見えない二人はそんなもの、気にすることもなかった。

 メンチを切り合うこと数秒、影浦の方から声を掛けた。

 

「テメェ、オレになんか用か?」

「こっちのセリフだチリチリ頭。人にぶつかっておいて舌打ちしたか?」

「喧嘩売ってんのかクソチビ。そりゃテメェの方だろ」

「どう見たってテメェの方からぶつかって来てたろうが。今、食堂に来たんだろ? トレーの返却口付近に人が溜まってるかもしれない事とか考えてなかったわけ?」

「そりゃテメェも一緒だろうが。トレーの返却口に人が溜まるかもしれねェッて分かってんならその辺は通らねェのが常識だろうが」

「俺もトレーを返却したトコなんだよ。てか、出口が近かったら通るしかねェだろ」

「返却したならさっさと退けば良いだろうが。返した直後なのにいつまでも返却口付近で駄弁ってるカスが一番迷惑なんだよな。チャラついた茶髪のリア充に多いよな、そういうバカ」

「一人で駄弁れるわけがねぇだろ。俺の周りに誰がいるように見えんのか? 幻覚でも見えてんの? 前髪長過ぎて幻覚見えてんの?」

「……」

「……」

 

 なんだこいつ、と思わざるを得なかった。や、周りから見てる人間からしたら二人とも「なんだこいつら」なのだが、影浦の中では全く違う意味だ。

 基本的に、影浦に刺さる負の感情の種類は、大雑把に言えば三つだ。一つは戦闘中、明確な「殺気」、もう一つは大体、初対面の歳下から来る「畏怖」、そしてもう一つは調子に乗った野次馬が小馬鹿にしてるような「嘲笑」だ。

 だが、目の前の男から来るのはそれのどれでもない、ただただ明確な「敵意」だ。その中には勿論、「嫌悪感」だの「イラつき」だのが混ざっているが、初対面の奴から「畏怖」も「嘲笑」もないのは初めてだった。

 まぁ、見るからにヤンキーだし、ただ単に喧嘩慣れしてるだけなのだろうが……。

 

「おい、何やってんだよ!」

「カゲ、何してるのさ」

 

 何処からか声が割り込んできた。片方はA級一位の射手、出水公平。そしてもう一人は自分の影浦隊の銃手、北添尋だった。

 出水の方はあまり絡みはない、どうやらムカつく茶髪を止めているようだ。

 北添の方が、影浦に対し、恐れもなく声を掛けてくる。

 

「今、減点もらってきたのにまた喧嘩する気? ゾエさん悲しい」

「……チッ」

 

 流石、八度に渡ってタイマンを張ってきただけあって肝がすわってる。影浦が半分、ガチギレしてる時に声を掛けてくる奴なんかほとんど希だというのに。

 本来ならここらが引き際なのかもしれない……が、目の前の茶髪からは未だに敵意が襲って来る。ここで引いてナメられるのも癪だ。

 となれば、ここで取るべき手段は一つだけだ。

 

「おい、茶髪」

「なんだよウニ」

 

 一々、癪に触る呼び方をしてくる奴だが、そこでまたキレるわけにもいかない。我慢して自分が来た道の方を親指で指した。

 

「ブース入れ、教育してやる」

「ちょっとカゲ?」

「訓練なら問題ねーだろ。それともゾエ、テメェ俺が負けるとでも思ってんのか?」

「そうじゃないけど……」

 

 チラッと茶髪の方を見る北添。向こうからの返事はシンプルなものだった。

 

「上等だコラ」

「はぁ⁉︎ お前まで何言ってんだよ!」

「望んでた模擬戦の相手だろ。断る理由なんかあるか?」

「そうじゃなくてだな……!」

 

 仲裁した二人など無視して、影浦は「決まりだな」と邪悪に微笑み、模擬戦ブースに向かった。

 先を歩く影浦が「あ、そうだ」と思い出したように少年に顔を向けた。

 

「テメェ、名前は?」

「陰山海斗」

「カゲヤマ、ね……」

 

 ニヤリとほくそ笑み、影浦はブースを再度歩き始めた。

 

 ×××

 

 模擬戦ブースに入り、海斗は出水に言われたことを思い出していた。

 

『相手は減点さえなけりゃ、ボーダーで五本指に入る攻撃手だぞ! お前に勝てる相手かよ!』

 

 そんなの関係がなかった。今まで、自分に喧嘩を売ってきた奴は誰であろうと返り討ちにしてきた。それがボーダー五本指に入る攻撃手なら、そいつもブッ飛ばすだけだ。

 ……それに、個人的にもあのチリチリには興味がある。あいつは自分に睨まれても怯えるどころか敵意を向け返してきた。そんな奴はどんなに粋がったヤンキーでもいなかった。

 こいつは、久々に楽しい喧嘩が出来そうだ。そう思ってると、チリチリの声が聞こえてきた。

 

『一応、聞いといてやるが、テメェこの勝負から降りる気はねぇんだな?』

「当たり前ェだタコ。テメェこそ、侘び入れるなら今だぜ」

『ハッ、言ってろ』

「ところでさ、これ模擬戦ってどうやんの?」

『は?』

「一ヶ月くらい前に入隊したばっかだからわかんないんだよね」

『……テメェ、どんだけ目出度ェ奴なんだよ。あんま笑わせんなよ』

 

 言ってろバカ、と思ったが、ここで言い返してはいつまで経っても喧嘩が始まらない。

 

『オイ、テメェ何号室だ?』

「102」

『102……って、テメェC級じゃねぇか! ナメてんのかコラ!』

「バッカお前、ワンパンマンのサイタマ知らねえのか。C級スタートだからって弱ぇとは限らねえぞ」

『知らねえよ! つーか、あいつ今、B級だし!』

「あ、読んでるんだ。てか、いいからやり方教えてくんない?」

『チッ、しゃーねえな……。操作パネルの一番下の黒いボタンを押しやがれ』

「操作パネル?」

『モニターだよ、モニター。デッカい方の』

「ああ、これ? 番号と武器が書いてある奴」

『そう、それ。の一番下』

「黒い四角……あーあったわ」

『チッ、世話の焼ける野郎だ』

 

 緊張感が少しずつ乱れながらも、設定は進んで行った。5本勝負で、エリアは市街地A。まぁ、ほとんど影浦が適当に決めたものだが。それと、条件を同じにするため、影浦はスコーピオン以外のトリガーは使わないことになった。律儀な喧嘩である。

 転送が開始され、海斗の身体は仮想の市街地へと転送される。辺りを見回すと、本当に人が住んでいそうな市街地だった。訓練で何度も来てはいるが、今だにこの手のハイテクには慣れない。

 レーダーを見ながら、のんびりと歩いてると、街の交差点の中央に、喧嘩相手が突っ立っているのが見えた。自分を見下すようにふんぞり返り、腹立たしい笑みを浮かべている。

 

「……はっ、上等だよ」

 

 そう呟くと、海斗はゆっくりとチリチリ頭の方へ歩いて行った。

 

 ×××

 

 ブースの外では、思いの外、人が集まっていた。

 一度も模擬戦はしていないものの、同期の中ではトップクラスのボーナスポイントを配られた恐怖のC級と、B級とは言え実力は五本指に入る攻撃手の影浦の試合が観れるから……ではなく、単にヤンキー同士の喧嘩が見れそうで楽しそうだから、という野次馬根性からである。

 その中で二人だけ、野次馬ではなく普通に見にきているのが、あと30分後には防衛任務の出水と影浦隊の北添の二人だ。

 

「あーあ、なんでこうなるかな……」

「まぁ、俺はいつかこうなる気がしてましたけどね……」

 

 北添の面倒臭そうな呟きに、出水も苦笑いで答えた。二人とも知っている出水からしたら、ほんの下らないことで二人が喧嘩するのは、もはや必然に思えていた。

 

「出水くんはあの子の事知ってるの?」

「まぁ、クラスメートなんで」

「強いの?」

「そうですね。ボーナスポイント出る程度にはやりますよ。ただ……」

「ただ?」

「……怖がられて模擬戦やったこと無いんですよ、あいつ」

「あー……それ、大丈夫なの?」

「さぁ……ただ、生身の喧嘩はかなり強いですね。ヤンキーに絡まれて負けてるとこ見た事ないんで」

「それは……なんて言えば良いのか……」

 

 まぁ、早い話が普通にやれば、例え条件が同じでも影浦の方が断然有利なわけだ。そう、普通にやれば、である。

 ちょうどその頃、模擬戦がスタートした。二人の様子がモニターで映され、お互いにのんびり歩く姿を見ながら、出水も北添も半眼になった。

 何故なら、二人はお互い、目の前まで接近したからだ。文字通り、目の前。銃手のハンドガンの間合いでも、攻撃手同士の間合いでも無い、文字通り、ヤンキーとヤンキーがメンチを切り合う距離だ。身長的には、177センチの影浦に対し、160後半の海斗の方が低い。それでも真っ直ぐに見据えている。

 殴る蹴る以前に、身体の何処かからスコーピオンを少し生やすだけでお互いを斬り裂ける距離。

 

「……何あれ、キスでもするの? カゲ、そういう趣味? ゾエさんビックリ」

「気持ち悪ぃーこと言わないで下さいよ……」

 

 なんて言ってる時だった。二人からノーモーションで拳が繰り出された。

 お互いの顔面に拳が振り抜かれ、その場で衝撃が発生するも、影浦の拳の先からは光り輝くブレードが伸びていた。

 つまり、海斗の鼻から上は斬り裂かれ、宙を舞っている。

 

「……うわあ、容赦ない」

「グロイっすね」

 

 二人は引き気味にモニターを見ていた。

 



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バカの友達は苦労性。

 緊急脱出。ボーダーのトリガーの半分以上を占めている脱出機能だ。戦闘不能になると、強制的にその場から飛び去り、自身の隊室に飛ばされるようになっている。これによって、隊員達は実戦経験を積みながら、安全にその場から退避する事ができる。

 それを初経験した海斗は、何とも言えない浮遊感に若干、気持ち悪くなっていた。

 しかし、それ以上に信じられなかった。自分が正面からの殴り合いに負けたのか? と疑心暗鬼になってると、チリチリ頭の音声が聞こえてきた。

 

『アホか、テメェは。ボーダーの戦闘で普通に拳で殴ってどうすんだ』

「……」

 

 ここばっかりは「確かに」と思わざるにはいられなかった。が、まぁ認めるなのは癪なので返事はしなかったが。

 それ以外にも、微妙に生身での喧嘩と感触が違う。身体が軽すぎるのには慣れたつもりだったが、対人戦と訓練とでは、やはり微妙に感触が違った。

 当たり前だが、敵もトリオン体であり、自分と同じレベルの身体スペックを持っているのだ。その上、攻撃手トップ5の実力者である。自分よりも強い事は言うまでも無い。

 しかし、そんな奴を相手にするのは慣れっこだ。自分より強いからと言って、自分に勝てるかは別問題である。

 とりあえず、寝てても仕方ないので二戦目へ。

 再度、市街地Aに転送された。何処かの一軒家の前に降り立ち、レーダーを見る。影浦の位置を把握し、またのんびりと歩き始めた。

 

 ×××

 

「……あいつらは何をやってんだ?」

 

 まるでさっきのリプレイのようなモニターの映像に、出水は呆れ気味につぶやいた。

 同じように二人は向かい合い、メンチを切る。これでは戦闘どころか喧嘩ですらなく、ただの殴りっこだ。

 

「この戦闘もログに残るんだよね。ゾエさん、泣きそう」

「中学生の女子にゃ、トラウマを残しそうだな……」

 

 何せ、お互いにノーガードのインファイト。一発で決着がつく上に、顔面を殴る直前にスコーピオンを突き出して斬り裂く、映画でも18禁になりそうな絵面だ。

 しかし、これで勝敗は分からなくなった。依然、影浦が有利なのには変わりないが、茶髪の海斗が勝つ確率もゼロでは無い。

 

「ゾエさんはどっちが勝つと思います?」

「いやー、さすがにカゲでしょ。というか、これじゃあどっちが勝っても良いけど。……や、負けられて拗ねられても面倒だし、勝って欲しいのもカゲかな」

「はは……それ、本人に言っちゃダメですからね」

 

 ゾエの身内ならではの評価に、出水が苦笑いを浮かべた時だ。二人の拳が一瞬にして動いた。

 お互いに顔面に向かい、一気に振り抜かれる。さっきと同じように、ブシュッとトリオン漏れが発生した。

 海斗の顔の下半分からと、影浦の削ぎ落とされた首からである。

 

「うおっ……!」

「マジ……?」

 

 両者から驚愕の声が漏れた。まさかの相討ち。驚くべきは結果ではなく、影浦並みの速さを持つ相手の剣速である。否、拳速と言うべきかもしれない。

 善戦はしても、5対0を疑っていなかった二人の中で、ようやくこの「喧嘩」の「不安」と、「模擬戦」の「興味」が均等になった。

 

 ×××

 

 喧嘩、三本目。市街地に降り立った影浦は自分の首に手を当てた。C級、と分かった時点で、目の前のボケナスへの興味は失せていた。自分に喧嘩をふっかけてくる度胸の良さに少し期待したが、ただの粋がったカスだと思ったからだ。

 実際、一本目はかなりナメた事をされたものだ。訓練室で何の仕込みもない拳を振るうバカがいると思っていなかったからだ。

 だからだろうか、二本目には少し油断もあった。まさか相討ちになるとは夢にも思わなかった。

 勿論、コンマ数秒、影浦の方が早かった。その証拠に、あの茶髪の拳は狙った顔面ではなく、自分の首に突き刺さったからである。

 しかし、それでも相討ちである事には変わりない。

 

「……ハッ」

 

 面白ぇ、とほくそ笑んだ。自分のトリガーをスコーピオンのみと縛っているとは言え、自分と喧嘩になるC級がいるとは思わなかった。

 さて、ここからどうするか。このまま殴りっこで相手してやるのも良いが、せっかくの機会だ。ガチで相手をしてやっても面白いかもしれない。

 ちょうど良いタイミングで、目の前から茶髪のバカが歩いてきた。お互い、睨み合いながら近付き、再び同じ距離に。

 さて、まずはこの殴りっこで裏をかいてやるしかない。お互い、目を合わせ、そして呼吸のタイミングを合わせた直後、お互いから振り下ろされた右拳のスコーピオンを、左手で受け止めてキャッチした。

 正確に言えば、スコーピオンは左手を貫通し、光のブレードを伸ばしている右拳を掴んでいる。

 これで、お互いに拳は使えない。しかし、スコーピオンは使える。影浦のサイドエフェクトにより、顔面に「殺気」を感じたが、それより先に影浦は貫通させたスコーピオンをさらに伸ばし、殴れなかった顔面を狙う。やられる前にやれ、だ。

 しかし、目の前の海斗は影浦の想像を超えてきた。

 

「ブッ……!」

 

 まさかの頭突きである。スコーピオンが突き刺すはずだった額を影浦の鼻の頭にぶつけ、怯ませた。

 それだけでは終わらない、そのまま右脚で腹に蹴りを叩き込み、ブレードを無理矢理、引き抜くと共に距離を取らせた。

 

「チッ、やりやがったな……!」

 

 そう呟くと共に、影浦の両足は地面を蹴り、やり返す準備が整っていた。

 しかし、自分の姿勢を崩してきただけあって、向こうの方が一手早かった。へし折った電柱を思いっきり振り上げている。

 

「……ハッ、ぶっ飛んでやがんな。面白ェ……!」

 

 ニヤリと微笑むと、正面からその電柱を受けた。砂煙が舞い上がり、視界が完全に塞がれる。

 しかし、影浦雅人のサイドエフェクトは、ストレスを生贄に捧げる事で、極端な話、視界が封じられていたとしても戦うことが出来る。

 正面から突っ込んでくる茶髪の少年の三連撃を受け止めた。

 

「よォ、見た目の割に小せえ攻撃しやがんだな」

「アア?」

 

 直後、影浦からの強烈な切り返しを、間一髪躱し、茶髪の前髪が散り落ちた。マンティス、を使わなくても家に大きな裂傷痕を残す威力だが、そんなものにビビってる暇なんかなかった。

 家の壁を強く蹴って、影浦に接近する。一撃、ボディに拳を繰り出し、その拳に影浦は手を置いて軽く跳ぶと、顔面に膝廻し蹴りを放った。

 それを穴の空いた左手でキャッチし、顔面に拳を振るおうとするが、影浦の膝から刃が伸びてきて、慌てて身体を逸らし、顔面を避けさせる。

 

「チッ……!」

 

 奥歯を噛み締めて、身体を逸らしながら左手で膝を掴んだまま影浦の軸足を払おうとした。

 しかし、受け止めてる脚の爪先からさらにブレードが伸びた。枝刃、体内でスコーピオンを枝のように分けてブレードが増えたように見せる技だ。

 それにより、左腕が完全に切断された。

 

「どうしたよ、そんなもんかコラ」

「るせーよ、ち○毛頭。こっから逆転すっからよく見とけ」

「テメェ今、なんつったコラアアアア‼︎」

「聞こえなかったのか、ち○毛野郎オオオオ‼︎」

 

 腕を斬られ、不利になり、腕を斬り落とし、有利になったものの、お互いに全く落ち着かない。

 しかし、片腕を失った海斗が影浦を相手にできることはない。粘ったものの、あっさりと身体を両断された。

 

 ×××

 

 結局、その後も影浦から一勝を取ることはなかった。死力を尽くして戦ったのは初体験だったのに、だ。

 年季も経験もスコーピオン以外のトリオン体の使い方も全てのレベルが違うため、当然と言えば当然だ。初めてボーダーの正隊員の実力を思い知った。

 

「くそっ……」

「そう悔しがんなよ。負けてある意味じゃ当然なんだぜ」

「うるせーよ……」

 

 出水が肩に手を置いてくれているが、陰山の苛立ちは収まらない。喧嘩に負けたのは中一以来だったが、このムカつきはいつになっても慣れない。

 

「それに、4-0とはいえ良い試合だったしな」

「あ? 慰めてんのか?」

「一応、言っておくとな、カゲさんはマジで強ぇんだぞ。フル装備ならシールドも付くし『マンティス』っていうスコーピオンを二本繋げて中距離にも対応する技も持ってる。その人と斬り合えたってだけでも十分だろ」

「別に、そんなんどうでも良いんだよ。あいつが強いとか、攻撃手の中でも五本指とか、そんなもん知った事じゃねぇ」

 

 ただ、一つ。気に入らないのは決着がつき、顔を合わせた時だ。

 

『ハッ、デカイ口叩きやがるからどれだけやんのかと思ったら、そんなもんかよチビ!』

『負けてないから! 今のはアキレス腱がアレだっただけだから! もっかい!』

『ああ? 誰がテメエみてぇな猿を何度も相手にしてやるかよ! 百年早ぇわバーーーカ!』

『んだ、勝ち逃げする気か? 俺に負けんのがそんなに怖ぇか陰毛野郎が!』

『テメェ、次はトリオン体じゃなくて生身で喧嘩するかコラ』

 

 いや、そこではなく。ここも十分腹たったが。

 去り際、影浦は北添と並んで歩きながら、ニヤリとほくそ笑んだ。

 

『俺ともう一度、やり合いたきゃ、さっさとこっちまで上がって来やがれ、チビ』

 

 何を言わんとしてるのか、海斗にはハッキリわかった。早い話が、正隊員になったらもう一度、やってやると言っているのだ。

 影浦から発せられていた自身に対する色は、初めて見る色をしていた。赤に近く、敵意には変わらない。嫌悪、殺意、全てが織り交ぜられている。

 しかし、それでも普段、感じるような不愉快さは無かった。

 

「んだよ、チキショウが! 格上のライバル気取りか、なんなら師匠気取りかこの野郎がアアアア‼︎」

「海斗、うるせぇ」

 

 隣で吠えるバカを眺めながら、出水は小さくため息をついた。

 素直じゃない物言い、ぶっきら棒な口調、目付きの悪さ、全てを見ていたからこそ、つくづく思った。

 

 ×××

 

 ボーダー基地内の廊下、自分の隊室に向かう影浦は、ストレスが溜まりっぱなしだった。

 自分にケンカを売るようなC級は初めてだ。だから、戦闘前は少し嫌悪感以外の感情もあったが、それも無くなった。と、いうのも……。

 

「クソ、マジムカつくぜ、あのクソ野郎……!」

「あ、あはは……」

 

 影浦へのあまりにも酷い暴言を北添も聞いてはいたため、あまり強くは止められない。まぁ、口の悪さは自分んとこの隊長も同じレベルではあるけど。

 

「で、どうだったの。陰山くん」

「どうもクソもあるか。ムカつくだけだ」

「や、そうじゃなくて。腕の方」

「ムカつくだけだ」

「……ああそう」

 

 つまり、影浦をムカつかせる程度の腕はあったという事だろうか。

 見ていた感じだと、基本的にスタイルは喧嘩スタイル。己の拳だけが武器、といわんばかりで、攻撃時にスコーピオンを出し忘れる事も多い。

 しかしその分、手数は多く、トリガーを使っての戦闘に慣れれば、それなりの攻撃手にはなるだろう。

 

「ったく、人の顔面をポカポカと殴りやがって……心底、イラつくぜ」

「でも、その割にカゲ、楽しそうにしてたじゃない。なんか最後『また遊ぼうね』みたいな捨て台詞吐いてたし」

「どんな意訳の仕方してんだ! お前から殺すぞゾエ!」

 

 まずはそこを指摘してから、面倒臭そうに舌打ちしながら説明を始めた。

 

「俺のクソサイドエフェクトは、相手の攻撃がどこに来るか分かりやがる。FPSの予測線みてぇにな。だから大体の奴の攻撃は何処をどう攻めて来やがるのか読めちまうんだが、野郎の場合は何で攻撃してくるまでかは読めねえ。トリオン体の頭突きを喰らったのなんか初めてだ」

「ああ、あれね……ゾエさん、キスしたのかと思っ」

「殺すぞ」

「冗談だから睨まないで……」

 

 当然の反応である。

 

「ハッ、楽しみだぜ。次はフル装備のクソッタレをボコボコにできると思うとよ」

「……」

 

 そう悪態をつきながらも、影浦の表情はいつの間にか、本当に楽しみにしていそうなものになっていた。

 本当に、素直ではない。強い言葉を使い、否定的なことばかり言うのかと思いきや、裏を返せば「期待してる」と単にウキウキしてるだけだ。

 そんな様子を眺めつつ、今日の対戦相手であった茶髪の少年を思い浮かべ、つくづく思った。

 

 ×××

 

「「ホント、似た者同士だな……」」

 

 



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ライバルは一人とは限らない。

 ボーダーのC級隊員には怖がられている海斗だが、学校ではそうでもない。出水に米屋と友達は少なくないし、クラスメートからも「関わらないようにしよう」と思われてるだけで怖がられているわけではないのだ。ほとんど同じ事だが。

 で、今は学校の昼休み。三人揃って屋上で一緒に飯を食ってる中、海斗が唐突に口を開いた。

 

「そんなわけで、そろそろ本気で正隊員を目指す」

「やっとか」

「てか、今まで本気じゃなかったんだな……」

 

 二人が呆れたように声を漏らす。それに対し、海斗は小さく頷きながら答えた。

 

「まぁ、ぶっちゃけ今まで乗り気じゃなかったのもあって適当にやってた節はあるからな。米屋が『おもしれえ奴がたくさんいる』っつーから入ってみたが、実際はどいつもこいつも近寄らないばかりだ」

「いやいや、お前最終的に給料に釣られてただろ」

「んなわけねーだろ。特級戦功でいくらだっけ?」

「やっぱ釣られてるじゃねえか」

 

 黒目に「¥」のマークを浮かべながらはしゃいでる海斗に、出水が引き気味に言った。

 

「いやいや、そんな簡単に取れるもんじゃねーから」

「宝くじよりは楽に当たるでしょ」

「比較対象がおかしいだろ」

「良いんだよ、手の届く範囲にあるんだから」

 

 そうは言いつつも、海斗も流石に自分がそんなもの取れるなんて思っちゃいない。給料だけで満足するつもりだ。両親が残した莫大な金があるとはいえ、小学生の頃から使っていればそれも徐々に減っていく。

 だから、ここらで落ち着いた金が欲しかった。そのため、戦功による大金などは取れたらラッキー程度にしか思っていない。

 

「ま、ぶっちゃけそろそろ金が欲しいからな」

「ホントにぶっちゃけたな……」

 

 訓練生に給料はない。と、いうのも、防衛任務に参加できないのだから当然である。

 B級隊員ですら、トリオン兵討伐の出来高によってお金が出る程度なのだから。安定したお金を手にするにはA級になる他ないが、それでも学生の身分でお金をもらえるのだから、海斗としては助かるものだ。普通にバイトしても、主に人間関係で上手くやっていける自信などないし。

 

「あと泊まり込みできる隊室が欲しい。家にいると光熱費とか掛かるんだよ割と」

「なるほどな……それでB級になりたいと?」

「そーだな。誰かとチーム組めば部屋も貰えるんだろ?」

「お前ホント部隊をなんだと思ってるわけ……?」

 

 出水は苦笑いを浮かべてから「でも」と返事を返した。

 

「お前、チーム組めんの?」

「は?」

「や、部隊に入るのか自分で隊員集めるのか知らねーけど、チーム組めるのかって」

「……B級隊員になったら自動で組まされるんじゃねえの?」

「なわけねーだろ」

 

 海斗の頬を、冷たい汗が伝っていく。

 

「そのままB級に上がったらフリーになるだけだぞ」

 

 米屋にトドメを刺されるように言われ、さらに額に汗を浮かべた。

 これはマズイ。怖がられてる自分とチームを組んでくれる奴なんかいないだろうし、既に出来てるチームに今から入るのも難しい気がする。昨日、あの寝癖野郎と派手に喧嘩をしてしまったし、恐らく「問題児」のように扱われるはずだ。

 

「……詰んでね?」

「や、そういうの説明されてたはずなんだが」

「俺、基本的に集会とかの説明聞かないんだよね。当日は頭の中で寿限無を唱えてた」

「なんで寿限無……」

「銀魂verな」

「知らねーよ。てか、なんでそんなもん覚えてんだお前」

 

 米屋が呆れてる横で、出水が飯を食いながら聞いた。

 

「てか、そもそも、模擬戦も出来ないとか嘆いてただろうが」

「適当な奴を捕まえて無理矢理、受けさせる予定だった」

「新手のカツアゲかよ……」

 

 ただし、巻き上げるのは金ではなくポイントである。模擬戦を受けてもらえない以上、選択肢としてはアリかもしれないが。

 

「でも、どうすんだ? 言っとくけど、俺も出水も隊長じゃねーから入れてやるなんて出来ねえぞ」

「仮に出来たとしても、攻撃手の連携はシビアだしな。A級まで上がってる部隊には、その部隊なりの『戦略』があるし、簡単には無理だぞ」

 

 チームを組むにしても、模擬戦のように脅して組むのでは今後に差し支えるだろう。これではチームを組む手立てがない。

 両手を顎に添えて珍しく真剣に悩んでると、米屋が気軽に口を挟んだ。

 

「ま、でもB級に上がるのは良いと思うぜ。そこに行かなきゃ金は入らねーし、カゲさんとも戦えねえからな」

「……まぁ、それはそうか」

 

 あっさりとそれを認めると、チーム云々よりも、まずは正隊員になる事を目指すことにし、作戦会議を始めた。

 

「よし、じゃあまずは恐喝の仕方からだ。拳で本部の壁に穴開ければ恐喝になるかな」

「空くか! 本部の壁もトリオン製だわ!」

「そこじゃねぇ! 恐喝はやめろ!」

 

 ×××

 

 放課後。どうしたもんかね、と後頭部をガリガリと無造作に掻きながら、海斗は小さくため息をついた。

 ボーダー本部のランク戦は、システム上、模擬戦を強制することはできない。恐らく、一人をカモにしてポイントを稼ぐことを防止するためだろう。

 だから、恐喝しかないと思っていたのだが……それも止められてしまった。

 どうやってポイントを稼ごうか……と思いながら、とりあえずブースに入った。

 

「……ま、とりあえずこっちから指名してみるか」

 

 そんな事を呟いて適当にボタンを押した。自分が指名すると拒否られる事が多いので、どうせ今回もそうだろう……そう思ったのだが。

 

『転送します』

 

「えっ」

 

 無機質に機械音が響くと共に、海斗の体はブースから消えた。

 

『対戦ステージ「市街地A」。C級ランク戦、開始』

 

 わけがわからないまま、目の前に現れたのは顔も知らないC級隊員が現れる。

 まさか、受けられると思ってなく、ポカンとしてる間に、目の前のC級隊員は突っ込んできた。

 孤月を抜き、ジャンプして正面から斬り込んで来たのを横に避け、孤月を握ってる拳に手を添えると、ボディに膝蹴りを叩き込んだ。

 直後、ズボッとC級の少年の背中から薄く輝く刃が生える。膝から伸ばしたスコーピオンが貫通した。

 

『戦闘体活動限界。緊急脱出』

 

 これで終わり。随分とあっさりと決着がつき、海斗もブースに戻る。どういうわけか、戦闘が出来た。怖がられていたのではないのか?

 まぁ、別に悲観することではないが。とりあえず、次の対戦相手を探してると、今度は指名までされた。

 

「……おいおい」

 

 何があった? と思ったが、まぁ相手してやるのは構わない。受けてやる事にした。

 

 ×××

 

「あー……つっかれた……」

 

 アレから、挑まれること一時間。25人倒した。流石に疲れて、一旦ブースを出て椅子に座り込んだ所だ。

 

「お疲れさん、結構暴れてたじゃねえの」

 

 米屋が飲み物を差し出してくれたので、ありがたく受け取って口に流し込む。

 炭酸のしゅわしゅわ感が全身に染み渡り「あー……」とおっさんたいな声を漏らした。

 

「つっっっかれたわー……」

「でも、随分稼げたんじゃねえの?」

「まぁな……でも、なんでこんな急に挑まれるようになったんだか。親の仇みたいに挑んできやがって。俺ぁ、無双系主人公じゃねぇぞ」

 

 散々、と言わんばかりに肩を落とす。実際、散々なのだから仕方ない。リアルの喧嘩でも25連続の喧嘩は経験がない。

 

「そういや、面白い事聞いたぜ」

「面白くなかったらブン殴るぞ」

「面白いって。お前がヤケに挑まれる理由、カゲさんとの戦闘が原因みたいだぞ。C級の連中から見たら、お前はカゲさんにボロカスにされたように見えてるらしいから『あいつ実は大したことないんじゃね?』『カモにして点取ろうぜ』ってなもんだ」

「ああ、なるほどな……」

 

 つまり、ナメられたわけだ。そういえば、敵から見えるオーラがいつもと違ってた気がする。

 簡単に言って、赤は敵意・殺意、オレンジが恐怖。普段見えるのはその二つなのだが、今日はオレンジではなく黄色だった。早い話が、嘲笑などである。

 はは、ははは……と、乾いた笑いが海斗から漏れると共に、手に持ってる缶がメキリと握り潰され、コーラが噴き出した。

 

「俺はあいつに負けてねええええ‼︎ 休戦中じゃボケエエエエエエエエエエ‼︎」

「なははー……まぁ、怖がられなくなったのなら、チームメイト探しでもすりゃ良いんじゃね?」

「上等じゃコラアアアア⁉︎ 全員返り討ちにしてやらああああああ‼︎」

「聞いちゃいねー……」

 

 怒声がラウンジ中に響き渡った。米屋がそれを見て愉快そうに耳を塞いでる時だった。

 

「なぁ、ちょっと良いか?」

「アア⁉︎」

 

 声を掛けられ、振り返った。前髪をバックに上げた男が立っていた。おそらく、自分より年上だろう。もう一人の方は帽子を被っている。

 

「お、荒船さん。お疲れ様です」

「米屋、お疲れ」

 

 どうやら、二人は知り合いのようだ。他の隊員とあまり絡みのない海斗が困ると思い、米屋は先に紹介した。

 

「海斗、帽子の方は荒船哲次さん。荒船隊の隊長で俺らより一個上だ」

「よろしく。こっちは村上鋼。陰山と同期だ」

「初めまして。村上鋼だ」

 

 そう紹介された直後、海斗はギンッと二人を睨んだ。

 

「アア⁉︎ 何の用ですかコノヤロー。テメェも俺をナメてやがる口ですか? やったるぞクソボケコラアーハン?」

「米屋、なんでこいつ機嫌悪いんだ」

「さっきの絶叫の通りっスよ」

「……ああ、あの噂か」

「何納得してんだコラアーハン? やんのかコラアーハン?」

「アーハンってなんだ。そういう語尾の部族か?」

「海斗、歳上が相手だぞ。いい加減にしとけ」

 

 米屋に首根っこを掴まれ、ようやく引き下がった。まるで噛み癖のある犬扱いである。

 止められた海斗は、ようやく冷静になった。自分のサイドエフェクトから見て、二人からは明るい色は発せられていない。自分に対し、悪意的な感情は持っていないようだ。

 そんな奴は中々、いないため、逆に警戒しながら片眉をあげた。

 

「俺になんか用か?」

「まず自己紹介しろ」

「……陰山海斗」

 

 呟くように名前だけ言うと、村上が声を掛けた。

 

「実は、前から声をかけようと思ってたんだ。俺と同期で、俺と同い年くらいの奴は珍しいからな」

「アア?」

「俺と模擬戦しないか?」

 

 正面から聞かれ、思わず黙り込んだ。まるで、高校初日に声を掛けてきた出水と米屋のような感覚だ。

 沈黙を嫌がられてる、と思われてしまったのか、荒船が横から口を挟む。

 

「こいつ、俺の弟子なんだ」

「あ? 弟子ってなんだ? 高校生にもなって師弟ごっこか?」

「いやいや、海斗。ボーダーじゃ珍しくねえからな」

 

 一応、ボーダーは民間とはいえトリオン兵との戦闘が仕事だ。自分で鍛えるよりも自分より経験の長い師匠を見つけた方が、強くなるのは早い。

 

「……え、じゃあ俺の師匠は?」

「知らねーよ。お前、師匠とか探してなかっただろうが」

「あ、探せばいたのか。じゃあ荒船剣術道場は何処でやってんの?」

「ねーよ、そんなもん」

「じゃあ山の中とか滝のある神社とか?」

「だからねえって。強いて言うならここが道場だわ」

 

 なんか想像してた師匠と違う。まぁ、その辺の感覚は慣れるしかない。

 

「なぁ、米屋。お前と陰山はコントでもやってんのか?」

「それをやってんのは出水ですよ」

「出水ともやってねえよ」

 

 そんな話はさておき。鋼は本題に入った。

 

「本当は前から声をかけようと思ってたんだ。だけど、全然ランク戦に来ないからなかなか見かけられなくて。今日は珍しくいたからな。B級に上がる前に、一度は戦ってみたかったんだ」

「で、俺とやり合いたいって?」

「ああ。どうだ?」

「良いけどよ……知らねーよ? トラウマとか残っちまっても」

「大丈夫だ。簡単に負けるつもりはない」

「……へぇ」

 

 若干、村上鋼に赤いオーラが出た。殺意ではなく、軽い敵意のようなものだ。喧嘩の前のものでもなく、模擬戦の前のものでも無く、ただただ闘志が湧いていた。

 

「良いぜ。行こう」

「ああ」

 

 二人はブースに入った。

 

 



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スタイリッシュさが足りない。

 市街地Aは、良くも悪くも普通のマップだ。Cのように狙撃有利だったり、Dのように逆に狙撃不利だったりしない。人がその辺に住んでてもおかしくなさそうな、そんなマップだ。

 その市街地の真ん中で、海斗は目の前に立っている村上を見据えていた。

 何となくだが、海斗は理解していた。目の前の奴は、おそらく今まで戦ってきたC級の中では一番強い。自分に対して敵意以外を向けることはなく、ボーダー内に剣の師匠がいて、こうして向き合ってても不用心に仕掛けて来ない。喧嘩慣れしてる相手と向き合ってる感覚だった。

 さて。ここからどうするか。決まってる。海斗は隙の伺い合いや読み合いは好きではない。落ち着きがないタイプだからだ。

 地面を蹴って先に仕掛けた。顔面に拳を叩き込もうとした直後、村上はいとも簡単にバックステップで回避し、地面を蹴って突き返してきた。

 それを横に反り身して避けると、村上の手首を掴んだ。自分の方にグンッと引き込みつつ、ボディに蹴りを叩き込む。

 が、村上は左手に持ってる剣を右手に持ち替え、その蹴りをガードした。

 

「!」

 

 ガードされた、と理解するや否や、海斗は地面を蹴って距離を置く。村上も深追いはして来なかった。

 強者はムキになって反撃はしない。追撃すべき箇所、引き際をしっかりと弁える。今の短い攻防は、お互いに小手調べに過ぎなかったはずだ。

 さて、ここからどうするか。基本的に海斗は自分から仕掛けるタイプではない。カウンターを得意とする。と、いうのも、自分から手を出すと正当防衛にならないというリアルな理由があったからだが。

 だが、それは向こうも同じのようで下手に手を出すつもりはないようだ。まるで右手に盾でも持っているかのような構えで、右肩を前、左肩を後ろにして孤月を隠している。

 

「……チッ」

 

 やりづらい。当然だが、バカが相手の方が倒しやすかった。

 

 ×××

 

 強い、と、村上は眉間に皺を寄せる。初日の戦闘訓練から知っていたが、あのガラの悪い少年は自分よりも遥かに戦い慣れしている。

 何故、戦い慣れてるのか、それは彼本人も知られたくない事だろう。明らかに武道や格闘技とも違う動きだし、暴力に慣れている、という事だから。それだけに、動きが読めなかった。

 さて、ここからどうするか。さっきは向こうから切り込んできた。なら、今度は自分から斬り込んでみるか?

 

「……」

 

 そうしてみることにした。地面を思いっきり蹴りつけて、一気に脚を狙った。

 その村上に対し、海斗は蹴りを放った。

 正気か? と思ったのも束の間、海斗の足から膝まで、スコーピオンで覆われている。

 耐久力Dと受けに回ると脆いスコーピオンだが、攻撃力は孤月と並ぶAだ。つまり、攻撃に攻撃をぶつければ相殺することも可能だ。

 素手同士の戦闘なら、突きやパンチよりも、蹴りの方が体重が乗るため威力が高い。それで孤月の攻撃を弾き返した。

 その蹴りの衝撃を利用し、村上は距離を置く。その隙を狙い、海斗は地面を蹴って突っ込んだ。足のスコーピオンを引っ込め、右手に短いサーベルのような光の剣を出す。

 しかし、村上もやられっ放しではない。片膝をついたまま孤月を腰の位置で構えた。顔面を狙って来させるためだ。

 顔面に突き込まれるスコーピオン。それを振り身で回避すると、村上は下から孤月で斬りあげた。攻撃直後の隙を完全に突いた。

 が、感触がおかしい。振り上げたブレードは空を切っている。

 

「……⁉︎」

 

 顔を上げると、海斗が空中で身体を半回転させながら、踵を繰り出して来ていた。

 その踵の先端には光るブレードが備え付けられていた。いつのまにか、右手のサーベルは姿を消している。

 村上に避ける術はなかった。

 

 ×××

 

「お、一本目が終わったな」

 

 米屋が声を漏らした。

 

「鋼さん、完全に誘い込まれてましたね」

「そうだな」

 

 これ見よがしにサーベル状にしたのは、避けられる前提だったからのようだ。自分が仕向けた動きなら、相手の想像を超える速さで攻撃などの行動に移ることは可能だ。

 

「しかし……スッゲェな、陰山。あいつアクション映画のスタントマンか? あんな飛び回転後ろ回し踵蹴り、リアルで初めて見たぞ」

「そのまんまの名前ですね……まぁ、あれを生身で出来るのがあのバカですから」

「生身で……マジでスタントマンか」

 

 喧嘩慣れした動き、とは流石に本人と初対面の人間には言えなかった。

 とりあえず、今のモニターで映っている戦闘は明らかにC級同士の戦闘ではない。その事に米屋は苦笑いを浮かべながら、荒船に聞いた。

 

「で、どうなんですか? 村上さんの方は。今の、全力じゃなかったでしょ」

「まぁな。……と、いうより、あいつは初回の戦闘じゃ全力は出ないんだよ」

「はい?」

 

 何言ってんの? と言わんばかりに顔を向けると、荒船は珍しく勿体ぶっているような笑みを浮かべていた。

 

 ×××

 

『どうする? まだやるか?』

 

 モニター越しに声が聞こえる。その声は、別に勝ち誇っているような感じではない。やってもやらなくてもどっちでも良い、といった感じだ。

 勝ったというのに割と冷めた奴だ、と思ったが、他のC級25人との模擬戦で25連勝しているのなら、ある意味当然かもしれない。

 しかし、村上もナメられたまま終わるつもりはない。

 

「もう一度だ。けど、その前に良いか?」

『何?』

「10分だけ、休憩を取らせて欲しい」

 

 ×××

 

 休憩、と言われ、しばらく海斗はのんびりした。いきなり何を言い出すのか、と。

 別に休憩をもらえるのは構わないが、何のつもりか分からない。まさか「俺、疲れがたまってたから負けたわー」とでも言うつもりなのか。

 

「俺の方が疲れてるっつーの……」

 

 何せ、25連だ。しかも、あんまり慣れてないトリオン体でだ。絶対、自分の方が疲れてるね、300円賭けても良いね、なんて頭で繰り返していた。

 まぁ良い。向こうが休みになるということは、こちらにも休みになるということだ。

 

『……ふぅ、良いぞ』

 

 通信越しで村上の声が聞こえた。やっとか、と心の中で思いながら、首をコキコキと鳴らす。帰ったら絶対寝てやる、と強く誓いながら、再び転送された。

 場所は同じく市街地A。道路の上に立つと、村上も目の前に現れ、構えをとった。

 いい加減、疲れも出てきたし、さっさと終わらせるか、と思い、地面を蹴って突撃した。正面から拳を振り下ろす。

 その拳を、村上はガードせずに避けて後ろに下がった。回避の直前の動きはなんとなく見えていたため、拳からスコーピオンを出す事はしなかった。

 続いて、今度は反対側の拳を繰り出す。それも回避された。

 

「……」

 

 さらに拳を出しながら、海斗は違和感を覚えた。消極的過ぎる。何かこちらの攻撃を待っているようだ。

 なら、その待ちの姿勢を崩してやる。そう思った直後、反撃がきた。正面からの斬りおろし。ここで来るか、と思ったが、それを避けて上からブレードを踏み台にして軽くジャンプして足を引いた。顔面に蹴りを叩き込むためだ。

 その直後だ。あまりに大きな危険信号を感じた。強い殺気にも等しい急激な赤。

 

「ッ⁉︎」

 

 蹴りを放つ直前、ヒュボッと、火が吹くような鋭い斬り上げが飛んできた。

 強引に空中で脚を振り上げ、宙返りして後ろに着地しようとしたが、間に合わない。浮いた左腕を斬り落とされた。

 

「ッ……!」

 

 跳び上がる勢いの斬り上げは、それだけでは終わらなかった。ジャンプした村上はそのままの勢いで刃を振り下ろした。

 左腕でガードしつつ下がろうとしたが、その左腕は存在しない。下がろうとしたおかげで胸の表面を削られた程度で済んだが、トリオンは大きく漏出する。

 

「テメェ……蹴りを待ってやがったのか……!」

 

 大きく後方に飛び退いたため、追撃はしてこなかった。

 しかし、まさかこれほど正確に自分の動きを読まれるとは思わなかった。ボーダーの中では、あの影浦でさえ海斗の動きを読み切るのに時間が掛かった。それ以外に戦ったC級は、モニターで自分の戦闘を見ていたはずなのに、ほとんどの奴らが正面から突っ込んであっさり蹴りをもらって終わっていたのに、だ。

 流石、師匠がいるだけのことはあるということだろうか。何にしても、このままでは負ける。

 

「流石だな、今の二発で決める予定だったんだが……」

「ケッ、それならテメェの見立てが甘ェって事だろ」

 

 そう言いつつも、実際はサイドエフェクトがなかったら終わっていただろう。戦闘で役に立つ事もあったんだな、と少し思いつつも、ここから先は迂闊に動かないように慎重に足を動かした。

 とりあえず、だ。喧嘩慣れしてる自分は腕が無いのは困る。スコーピオンで義手を作った。指も五本作り、手のひらを数回、開いては閉じるを繰り返す。問題ない。

 

「……」

 

 トリオンも残り僅か。敵は五体満足。こっちは義手を作ったとはいえ、反応は通常の腕より僅かに遅れる片腕。明らかに不利だ。

 しかし、海斗は薄く笑みを浮かべた。面白くなってきた、と。一発もらったらKOのスリルは悪くない。

 今日からずっと、村上より強い奴と当たればこんなスリルが味わえる。それを、この勝負で教えてもらった。

 

「……ムラカミコウ、だっけか?」

「……そうだが?」

「いや、一個上だったな。村上センパイって呼んだ方が良いか」

「好きに呼んでくれて構わない。同期だし、仮に先輩と呼ばれるとしたら、後輩に負けるのは嫌だからな」

 

 嘘は言っていない。鋼自身、勝てるか勝てないか分かっていなかった。荒船に指導してもらっても、目の前のヤンキー上がりの一個下には勝てないかもしれない。

 その嘘偽りない反応を聞いて、海斗は「カハッ」とほくそ笑んだ。

 

「正直な奴だな、あんた」

「嘘を言っても仕方ない」

「じゃ、とりあえず、さん付けさせてもらうわ」

 

 それは、まぎれもない勝利宣言だった。先輩と呼ばれるのなら、後輩に負けるのは嫌だ。だからこちらは、さん付けで呼ぶ。

 その意図を理解できない村上ではない。仕掛けを警戒して腰を落として身構えた。

 お互いに視線を合わせたまま反らさない。隙を見せれば、その時点で勝負が決まる。

 そんな中だ。海斗はあからさまに目を逸らし、ぬぼーっと集中力が途切れた表情になった。

 明らかな隙、突け入る事が出来る大きな穴、それを逃す奴はいない。

 地面を蹴って、一気に接近して斬りかかった。斬りかかってしまった。

 誘われたことに気付いた頃には、海斗は回避行動に移り、右拳を引いていた。

 だが、それでも反応出来ない事はない。村上は踏み込んだ足で、真逆の方向に飛び退きつつ、孤月を顔の前で盾にした。

 

「……えっ?」

 

 刹那、視界がブレた。

 海斗の引いた拳が消えたと思った直後には、自分の視界が半分、消し飛んでいた。

 殴られた、と気付いたのは、機械音声に緊急脱出を言われた後だった。いや、正確には殴られる直前にスコーピオンを出して抉ったのだろうが、彼の場合は「殴った」と表現した方が正しいだろう。

 それにしても、見えなかった。いや、見えなさ過ぎる。時間が飛んだように速かった。

 強化睡眠記憶を持つ自分でも、今の速さは真似出来ない。

 

「……悪ぃな、本気で殴ったわ」

 

 恐らく、影浦雅人よりも速いその突きを持つ少年がそう微笑むのを最後に、村上は2度目の緊急脱出をした。

 

 ×××

 

 二本の模擬戦が終わり、再び二組は顔を合わせた。

 柄にもなくドヤ顔でニッコニコの海斗、その横で「うわあ……」みたいな顔をしてる米屋の二人組と、無表情ながらも微笑んでる村上と「腹立つ顔してんな……」と呟きたそうな顔をしてる荒船の二人組だった。

 

「いやー、久々にスカッとしたぜオイ」

「すみませんね……ホント、こいつデリカシーと礼儀をどこかに置いてきたみたいで」

 

 ガハハと笑う海斗の横でやんわりとフォローする米屋。だが、向き合ってる二人はさほど気にした様子なく答えた。

 

「いや、なんていうか……似たような奴知ってるから」

「それな。バカみたいにそっくりな奴」

「……ああ、あの人っスか?」

 

 その会話に、一人だけあまりボーダー内に友達がいない海斗はついていけない。

 確かに、一人いる。感情受信体質のサイドエフェクトを持ち、チリチリ頭でB級二位部隊の隊長でお好み焼き屋の次男坊が。

 しかし、三人とも何となく思った。そういうタイプの似た者同士は100パーセント共鳴しない。混ぜたら危険の爆弾にしかならないのである。

 

「あ? 何の話だ?」

「「「なんでもない」」」

 

 なので、シンクロして問いに首を振っておいた。

 

 



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B級に上がった。
仲良く出来ない相手ほど気が合いやすい。


 B級に上がったら、普通はまずは部隊を探す。上層部に命じられる事もあるが、普通は隊員募集を見るなり、スカウトされるなり、C級のうちに誰かに声をかけられるなりと色々だ。

 しかし、海斗の性格的に、まず誰かから指示をもらって戦うなどあり得ない。つまり、隊を組むには自分から隊員を集める必要があるわけで。

 まずやるからには負けたくない海斗は、雑魚に用はないというスタンスである。今日も今日とてC級の連中を頭からフルボッコにしていったわけだが……。

 

「……選別してるうちに4000になっちまった……」

「お、おう……」

 

 ラウンジで出水と米屋の前で頭を抱えていた。知らない間に正隊員になってるとか、つくづく舐めた奴である。

 実際の所、海斗の同期には村上ともう一人、木虎藍という有望な隊員がいたのだが、さっさと昇格してA級部隊の嵐山隊に入ってしまっていた。

 

「鋼さんはダメなのか?」

「鈴鳴支部所属なんだとよ。あの野郎め……正直、アテにしてたってのによ……」

 

 そうぼやく海斗に、米屋が横から口を挟んだ。

 

「ま、そう言うなよ。海斗くらいの腕がありゃ、何処の部隊だって欲しがるだろ」

「はぁ? つい最近までランク戦の相手もしてもらえなかったんだぞ俺」

「お前、慣れれば品とデリカシーが無いだけで普通に良い奴なんだし」

「それ褒めてんの? それとも喧嘩売ってんの?」

「お、良いね。正隊員になったんならいっちょバトるか?」

「待て。今は飯中だろ」

 

 闘志を引き立たせている二人に、出水がコロッケ定食を食べながら落ち着いて口を挟む。

 その前で、相変わらずいつものようにラーメンを啜る海斗に、唐揚げ定食を食べてる米屋が声を掛けた。

 

「てか、お前トリガーセットはどうしたの?」

「は?」

「や、スコーピオン一つじゃ厳しいだろ」

「ああ……すっかり忘れてたわ」

「おいおい……一応、防衛任務とかも何処かの隊と一緒にやることになるだろうし、早めにやっとけよ」

「それどこで出来んの?」

「開発室」

「もしアレなら一緒に行くぜ」

「じゃ、頼む」

 

 出水にもそう言ってもらい、呑気に麺を啜る海斗を見ながら、出水も米屋もお互いに顔を見合わせ、頷き合った。

 その心の中は一つ。絶対に下手なことを喋らせない事だ。何せ、開発室には鬼怒田本吉がいる。偉そう、とよく言われる人だが、今のボーダーが戦えているのは実際、この人のお陰だし偉そうにしていても問題はない。

 しかし、それこそが目の前のラーメンバカの最も嫌がる人間だ。絶対に喧嘩になる。最悪、C級に逆戻りの可能性もある。

 

「……あー、海斗」

「なんだよ。ラーメン欲しいの? ごめん俺受け皿持ってないよ」

「いや違くて。お前、絶対に変なこと言うなよ」

「あ?」

「だから、その……開発室にいる人に対して」

「なんでだよ。あ、外見が面白いとか? こう……タヌキみたいな」

 

 ビンゴだった。しかし、それを表に出すことはできない。ここで「正解」などと言えば自分達に飛び火するかもしれないからだ。

 ……やはり不安だ。ここで、出水が話を変えた。

 

「あ、そうだ海斗。お前の戦闘スタイルって、殴り合いだろ?」

「ん、なんだ急に」

「実は、似たようなスタイルで戦う人が玉狛にいるんだよ。良かったら、会いに行ってみたらどうだ?」

「キンタマコマ?」

「ぶっ殺されるぞ本当。そこにも栞がいるし、トリガー見て貰えば? 俺が話通しとくから」

「え、栞って彼女? しねなの」

「なんでだよ! てか、従姉妹だよ!」

 

 米屋がそう言ってくれるなら、海斗としてもありがたい。

 

「じゃあ、行ってみるわ。そのタマタマに」

「オイ、頼むから向こうでそれ言うなよ」

 

 ×××

 

 玉狛支部は少数精鋭、と言われるように、隊員全員がA級以上の実力者だ。が、それとは裏腹に空気自体はとても緩い。

 基地自体もそこまで大きいものではなく、子供と動物が普通に戯れてるような支部だ。

 隊員自体も落ち着いた空気の者が多く、落ち着いた筋肉、もさもさした男前、予知予知歩きがすでに落ち着いている。支部長とオペレーターですら飄々とした空気を身にまとっている。

 米屋と出水は忘れていた。そんな支部に、一人だけチョロくて好戦的な奴がいることを。

 

「え、何? 何なのお前? B級上がりたては玉狛支部様に足を踏み入れることも出来ないんですか?」

「そ、そこまで言ってないでしょ⁉︎ あんたこそ何よ! 別にそこまで食いかかってくる事じゃないでしょ⁉︎」

「俺が何処に食いかかろうが俺の勝手だろうが! ハンバーガーにも食いかかるわボケ!」

「知らないわよ! 何にでも勝手に食いかかってなさいよ!」

「じゃあお前のどら焼きにも食いかかるわ」

「それはだめよ! ……あれ? なんか話が逸れて来てるような……」

 

 なんてレベルの低い口喧嘩から栞にもらったどら焼きを巡る戦いに発展していた。それを、米屋も出水も呆れた様子で眺めている。

 事の発端は、玉狛に遊びにきた3人に対し、玉狛支部攻撃手の小南桐絵が放った、何気ない一言だった。

 

『誰よあんた。まさかうちの支部に転属? 言っておくけど、うちに弱い奴はいらないわよ』

 

 そこから先は沸点が陽太郎の身長より低い海斗の挑発するような反論。同じく沸点の低い小南が言い返し、気がつけば子供でもしないような言い争いに発展していた。いや、発展というより退行と言うべきだろうか。

 さて、そろそろ止めに入らねばなるまい。面白がってる米屋に肘打ちしつつ、出水が口を挟もうとしたところで、玉狛の奥の扉が開いた。

 

「なんだ、騒がしいな」

「いつものことっスけどね」

「あ、レイジさん、京介。お疲れ様です」

「お疲れさまです」

「出水と米屋?」

「珍しいっスね」

 

 木崎レイジと烏丸京介、玉狛支部の隊長と万能手で、言わずもがなの凄腕である。

 米屋と出水に簡単に挨拶してから、玉狛の男二人は入口の方を見る。そこでは、海斗と小南がガキっぽく言い争っているのが見えた。

 

「……誰だ?」

「今日、B級に上がった陰山海斗ですよ。カゲさんとそれなりにやり合えます」

「へぇ、影浦とか。それはかなり……」

「てか、海斗! いつまでやってんだ、レイジさん来たぞ!」

 

 米屋に引っ張られ、ようやく本題に入った。さっきまで女子高生と口喧嘩していたのが、急に目の前に筋肉が現れ、目をパチパチさせる海斗。だが、すぐにいつもの様子に戻った。

 

「えっと……木崎レイジさん、だっけ?」

「ああ。よろしく。今日、B級に上がったんだって?」

「文句あんのかこのヤロー。それともA級以上じゃなきゃ入れない口かこのヤロー」

「それはない。歓迎してやる。俺に用があるんだろ? 待っていろ、せっかくだし今何か作ってやる」

「作る? 何を? ダンベル?」

「なんでだ。飯だ」

「マジですか⁉︎ ありがとうございます木崎さん!」

 

 アホほどチョロかった。元々、両親不在であまりお金に余裕のある生活はしていないため、タダメシに弱いのだ。

 

「米屋と出水も食っていくか?」

「せっかくですけど、俺は防衛任務あるんで」

「俺も、鋼さんと約束してまして」

「え、そうなの?」

 

 海斗が声を漏らした。本部の開発室ならトリガーのセットまで面倒を見てやることもできたが、玉狛まで来ては少し時間が掛かる。

 

「なんか悪ぃな、俺のために」

「いや、いいよ」

「ホント、気にすんな」

 

 鬼怒田に会わせないため、とは口が裂けても言えない二人は、薄い笑顔でそう言うと、玉狛支部を後にした。

 で、残った海斗は呑気に食卓に座ろう……としたが、椅子を引かれてお尻を床に強打した。

 

「おごふっ……! け、ケツがっ……割れ……!」

「まだ話は終わってないわよ!」

「テメェ……何しやがんだこの野郎……ふぐっ⁉︎」

 

 尻を抑えながら起き上がろうとする海斗の背後に回り、小南は頭をヘッドロック。

 必死に締め上げる小南だが、海斗は逆に無表情になった。

 

「……何してんの?」

「謝るまで離さないわよ悪いけど!」

「いや、全然痛くないんだけど? 生身で鉄パイプより固い頭ナメてんの?」

「んがっ……! こ、こんのォ〜‼︎」

「あーそこそこ。良いわそこ。昨日の課題難しくて凝ってたわ」

「んぐぐっ……! しかたないわね、トリガーオ」

「アホかテメェは! 頭がひょうたんに変形するわ!」

 

 トリガー、の部分で抜け出し、小南から距離を取った。レイジから見ても烏丸から見ても胸を顔に押し当ててる新手のプレイにしか見えなかったが、沸点の低いバカ達にそれを言えば悪化する一方である。

 

「あったま来たわ! ここまで頭にくる奴は久し振りだわ!」

「こっちのセリフ……いや、お前よりもっと腹立つ奴いるわ。良かったな、銀メダルを差し上げよう」

「何一つ嬉しくない銀メダルね! 訓練室に入りなさい! ボコボコにしてあげるわ!」

「アア?」

 

 指を指す小南に対し、海斗は片眉をあげる。どういうつもりか知らないが、そんなもん答えは決まってる。

 

「お断りだよバーカ」

「んなっ……! な、なんでよ!」

「なんでって……女に手ェあげる男が何処にいんだよ」

「……はぁ?」

 

 何言ってんのこいつ? みたいな顔をする小南は、ジト目になって一旦落ち着いてから言った。

 

「何よあんた。男だからって女をバカにしてるわけ?」

「してねぇよ。そういう意味じゃなくてな、男としてって問題だよ。強い弱いじゃなくて男としてのルールだろ」

 

 そう言う海斗を、小南だけでなくレイジや烏丸も意外そうな目で見ていた。初対面からデリカシーのないガサツな男だと思ったが、自身の中にキチンとルールがあるようだ。もしかしたら、根は良い奴なのかもしれない。

 

「それに、俺は男だ女だと関係なく、お前の事はバカにしてる」

 

 前言撤回、根っこの部分は知らないが、良くも悪くもストレートな奴のようだ。

 レイジと京介は呆れたが、当事者は呆れるだけじゃすまない。

 

「地下に降りなさい。ぶっ飛ばしてあげる」

「ええ〜……」

「何よその顔は!」

 

 嫌そうな顔をする海斗に、レイジが横から口を挟んだ。

 

「まぁ、受ける受けないは好きにすれば良いと思うし、お前の言うこともわかる」

「レイジさんまでアタシをバカにしてるの⁉︎」

「違う。陰山、兵士であるなら、相手が女であっても容赦なく戦えるようになれ。その女が、お前の味方に引導を渡すこともあるかもしれない」

「……」

 

 レイジの言うことは正しい。海斗もそれは理解し、黙り込んだ。分かった、と言えないのは素直ではないからだが、その態度を見てレイジも理解したことを理解し、それ以上は何も言わなかった。

 すると、小南がその雰囲気に口を挟んだ。

 

「とにかく来なさい。それとも、女から逃げる気?」

「アア?」

 

 すぐに乗った。

 

 ×××

 

 訓練室に到着した。地下にこんな広い空間がある事に驚き、つくづくSF映画みたいだ、と感動している海斗が辺りを見回していると、小南がバカにしたように声をかけた。

 

「何バカみたいな顔してほうけてんの?」

 

 言いながら、トリガーを起動する。髪型が変わり、長かった髪が短くなっていた。

 

「あら、ごめんなさい。バカみたいな顔は元々だったわね」

「お前、髪切った?」

「はぁ? トリオン体の設定をショートヘアにしてるだけよ」

「ふーん。それはそうと、髪の短い女ってバカっぽいよな」

「っ、あ、あんた本当にボッコボコにしてやる……!」

 

 分かりやすく真っ赤なオーラを出して海斗を睨みつける小南を前に、逆に海斗のやる気は落ちていた。というか、上がりようがない。

 レイジの言うことも一理あるし、間違ってるとは思わない。しかし、だからと言って好き好んで戦わなくても良い気もする。やむを得ない場合は迷わず拳を振るうが、現状は別にやむを得ないわけでもない。

 テキトーに相手すれば良いか……と、思いながらトリガーを起動した直後だ。目の前でデッカい斧を振りかぶったJKが飛びかかってきていた。

 

「え」

「はい、一本」

 

 直後、ドゴォッと鈍い音が耳に響く。間一髪、横に回避したものの、不意打ちだったため、姿勢は崩してある上に、小南は既に二発目の攻撃に入っていた。

 

「おいおいおい……!」

 

 焦りながらその一撃もジャンプして回避する。その空中で身動きが取れなくなった海斗に、小南がコネクターを解除し、デカいハルバードを二刀の小さな斧にして、両サイドから取りに来た。

 それに対し、空中で身を捩りつつスコーピオンを犠牲にして片方を防いだ。もう片方は防ぎ切れずに左腕をもぎ取られつつ、距離を置いた。

 

「へぇ、よく生きてるわね」

「……マジかよ」

 

 はっきり言って強い。殺意の割に落ち着いた攻めを繰り返してくる。

 海斗は知らなかった。目の前の少女は、攻撃手ランク三位にいることを。むしろ、スコーピオンのみで今の乱撃を防げたことが奇跡だ。

 しかし、小南にとってこの程度は準備運動だった。

 

「ま、お互い小手調べはここまでにしておきましょうか」

「……なんで斧なんだよ。そんな武器あったっけ?」

「ワンオフ品よ。言ったじゃない、玉狛は少数精鋭なの、よ!」

 

 語尾を荒くして、再度突撃してくる小南。それに対し、素手で構えた。一撃の威力は小さな斧になってもかなり高い。さっき、片腕持ってかれてよく分かった。なら、下手に勝負しない方が良い。

 小南の攻撃に対し、体捌きだけで避け続けた。と、いうのも、この前の村上との戦闘をきっかけに、攻撃前の相手の色の些細な変化を見分けられるようになった。特にブラフなどには絶対に引っかからない。

 だから、比較的に避けやすくなったのだが……にしても、反撃の隙が無い。攻撃手No.3は伊達ではなかった。

 さて、どうしたものか……と、悩んだ直後だ。小南が双月をコネクターで繋げ、大きな一撃を放って来た。

 短気になり、一発で決めようとしたのだろうか? しかし、それにしては殺気の色が薄い。ブラフの可能性も考慮し、一度大きく退がった直後だ。

 小南の周りに光の球がいくつか浮いているのが見えた。そして、その球と小南には、それ以上無いくらいの濃い赤のオーラが漏れ出している。

 

「……うわ」

「炸裂弾」

 

 そう無機質な声で言われた時には、その弾は自分の元に迫って来ていた。

 ドドドドッと爆撃され、周囲を煙が覆う。それでも回避を何とか成功させ、煙の中から両手で顔を庇って出て来た。こんなメチャクチャされれば、いくら女相手でも多少はやり返してやりたくなる。

 そろそろ一発殴ろう、そう思った時だ。目の前に、小南が迫っていた。

 

「やべっ……!」

「はい、終わり」

 

 回避しようとしたが、バランスを崩し体勢は余計に悪化する。自分の片足がいつの間にかなくなっていた。どうやら、爆撃の全てを回避できたわけではなかったようだ。

 辛うじてスコーピオンでガードしようとしたが、受けに回れば弱くなるスコーピオンで、ハルバードの一撃を防ぐのは不可能だ。容赦無く重たい一撃が、海斗の上半身と下半身を分離させた。

 

 ×××

 

「ふんっ、どうよ!」

 

 目の前でドヤ顔を浮かべる小南。見事に腹立たしいが、負けは負けだ。なので、海斗は潔く負け惜しみを言うしかない。

 

「いやー、肩凝ってたわー。これは本気出せなかったわー」

「はいはい、そういうの良いから。ま、あんたもB級上がりたての割には頑張ってたんじゃない? 正直、小手調べの段階で殺したと思ったのに殺しきれなかったし」

 

 真っ二つにして機嫌が良いのか、珍しく相手を褒めるような発言をする小南。

 

「うるせーよバカ。上からかよ」

「勝ったんだから上からでも良いでしょ?」

「リ○ル野球盤ですかこのヤロー」

「土下座したら再戦してやっても良いわよ?」

「調子乗んなよ貧乳!」

「言ったわねあんた! もっかいボコボコにしてあげましょうか⁉︎」

「土下座したら再戦してやっても良いよ」

「言ったわね⁉︎ ……って、なんでアタシが土下座するのよ!」

 

 なんて再び同レベルの言い合いに戻った時だ。レイジがどうしても理解出来なかったことがあったため、海斗に質問した。

 

「ていうか陰山。何故、他のトリガー使わなかった?」

「アア? ……あ」

「なんだ?」

「や、そうだ。そもそも、ここに来たのはそのためだった。俺、木崎さんに会いに来たんだ」

「俺に?」

「そう。なんか戦い方が似てるからトリガーセットしにきてもらいにきたんだ」

 

 そう言ったときだ。部屋の扉が開き、眼鏡の女の子が入ってきた。

 

「おーい、陰山くんはー……あ、いたいた」

 

 玉狛支部オペレーター宇佐美栞だった。

 

「もー、どこ行ってたのさー」

「ここ」

「そりゃ分かるよ。あ、陽介から話は聞いてるから。トリガーについて説明する準備できたから、おいでおいで」

「ああ、わざわざすみませんね」

「良いの良いの。陽介と仲良くしてくれてるからねー」

 

 そう言いつつ、宇佐美の後に続く海斗を眺めながら、小南はゲンナリした様子でため息をついた。

 

「あいつ……なんでアタシにだけ喧嘩腰なのかしら……」

「さぁな。とりあえず、俺も行くか。京介、悪いが飯を任せても良いか?」

「了解っす」

 

 完璧万能手である自分と戦闘スタイルが似ている、というのも気になったし、何より自分と似てるからトリガーセットを見に来た、ということは、自分にも相談があるのだろう。

 

「アタシも行くわ」

「珍しいな」

 

 なんだかんだ優しい小南だが、メカ系が苦手な彼女が他人のトリガーセットを覗きに行く、というのは少し意外だった。

 

「別に、深い意図は無いわよ」

 

 長年組んであれば、宇佐美と海斗の後をパタパタ付いていく小南の真意は大体わかる。スコーピオン一本のみで、あそこまで凌いだ奴の腕が少し気になるようだ。

 ラボではなく会議室に集まった。宇佐美はわざわざ丁寧なことに、トリガーの説明を全てしてくれた。

 近接トリガーの孤月、スコーピオン、レイガスト。孤月のオプションの旋空、幻踊。レイガストのオプション、スラスター。

 

「ちなみに、レイジさんが使ってるのがレイガストだよ」

「そういえば、さっきあんたが使ってたのスコーピオンじゃない。何処が同じスタイルなのよ」

「俺に聞かれても困るわ。陽介に聞け」

「あんたその辺は自分で把握しておきなさいよ……」

「まぁ、その辺は本部のログ見ればわかるんじゃないか」

 

 続いてガンナーのトリガー。射手と銃手の二つに分かれ、トリオンをそのまま飛ばすか、拳銃か突撃銃で撃つかの二択で、通常弾、変化弾、追尾弾、炸裂弾の四種類を操る。それに追加し、オプションの鉛弾とスタアメーカーに、合成弾の説明もあった。

 

「……お前が使ってたのは炸裂弾?」

「そうだけど、お前じゃなくて小南桐絵よ」

「コナン? 見た目は子供、頭脳も子供?」

「あんた本当に失礼ね! 見た目も頭脳も大人よ!」

「はい、多数決を取ります。今のコナンくんの発言を正しいと思う方、挙手」

「なんで誰もあげないのよ!」

「宇佐美、続けろ」

「レイジさん! しれっと続けてるけど、上げてなかったわよね今⁉︎」

 

 続いて狙撃手トリガーの解説。主に三つ、威力のアイビス、射程のイーグレット、弾速のライトニング。

 

「狙撃手ねぇ……チマチマ隠れて撃つのは性に合わねえんだよな」

「しかし、戦場では狙撃手が鍵になることが多い。覚えておいた方が良い」

「へーい」

 

 最後に、防御用トリガーとオプショントリガーの説明。シールド、エスクード、バッグワーム、カメレオン、グラスホッパー、テレポーター、スパイダーの説明で全部だ。

 一時間ほどたっぷり掛けて説明が終わり、海斗は大きく伸びをした。

 

「んー……これで全部?」

「そ。これらを組み合わせて戦うの」

「てか、コナンが使ってたのって何?」

「小南よ! アタシのは双月。あんたが玉狛に来ない限り、扱うことはないわ。忘れなさい。ま、どうしても聞きたいって言うなら……」

「や、いいです」

「食い気味で断るのやめなさいよ!」

 

 レイジも栞も思った。どうやったら初対面でここまで仲悪くなれるのだろうか。

 このまま放置していても良いが、話が進まなくなる。

 

「そこまでにしておけ。宇佐美、陰山のログを見せろ」

「あいあいさー。えーっと……うわあ、なんで昨日今日にこんな試合が集中してるの?」

「挑まれまくったんだよ。色々あって」

「とりあえずー……あ、鋼さんとやってるんだ。これ見てみようか」

「知ってんの? 村上さん?」

「知ってるよー。強化睡眠記憶のサイドエフェクト持ってる攻撃手じゃん」

「え、あいつも?」

「も?」

「や、なんでもない」

 

 海斗は目を逸らした。あまり自分のサイドエフェクトは知られたくない。まぁ、調べればわかる事なのだが。

 それを察したのか、宇佐美はログを再生した。鋼と海斗の試合の様子が流される。レイジの近接戦闘スタイルはレイガストを握り込んでスラスターを用いて殴るというインファイトスタイルのため、玉狛のメンバーは誰もほど驚いた様子は見せなかった。

 しかし、引いたことには引いた。

 

「……あんた、なんて戦い方してんのよ。鋼さんに恨みでもあるわけ?」

「るせーよ」

 

 拳と拳で語り合うバッキバキのガチンコスタイルとは言えない。しかも、レイジの殴り方と違って完全なる独自のスタイルだ。まぁ、喧嘩してるうちに一番相手に効く殴り方を覚えただけだが。

 

「……でも、それならあんたもレイガストにすれば良いじゃない。わざわざ殴る直前にスコーピオンを出すなんて器用な真似しなくて済むわよ?」

「いや、小南。レイガストには重さがある。俺と違って陰山の拳撃は速さ重視だ。今からレイガストに変えると拳を振るうフォームが崩れる」

「そうね……特に、最後のはすごかったわね。スラスター使ったわけでもないのに、アタシでもギリギリ見えたくらいだったもの」

「なら、スコーピオン二刀流は確定だな。バッグワームとシールドを付けるとして……残りの四枠をどうするかだが……」

「機動力を上げたらどうかしら? この腕ならエース張れるし、グラスホッパーとか」

「だが、あまり機動を上げると個人ではともかくチームを組んだ時に周りと合わせられなくなる」

 

 と、ツートップの二人が話してるのを聞きながら、思わず海斗は目を白黒させていた。

 頭上に「?」を浮かべながら、栞に目を向ける。

 

「……二人はなんの話をしてんの?」

「陰山くんの話だよ……え、ついていけてないの?」

「ごめん、もう半分くらいどのトリガーがどの名前だか忘れた」

「……まぁ、うん。慣れなきゃ難しいよね」

 

 口ではそう言いつつ「この子どうやって筆記試験通ったんだろ」と思った宇佐美だった。実際の所、海斗の成績は下から数えた方が早い。社会と体育と家庭科以外。

 当然、そんな雑談を当の本人がしていたら、真剣に相談してる二人が黙っているはずがない。

 

「おい、何話してる?」

「あんたのトリガーを決めてるんでしょうが!」

「あ、ああ、すみません木崎さん。えーっと、バッグワームってなんでしたっけ? 鞄の虫?」

「違う。……もう忘れたのか?」

「すみませんね」

「いや、いい。慣れるまでは確かに大変かもしれん。とりあえず、お前の欲しいトリガーを入れて実践してみよう」

「あ、はい。えーっと……じゃあとりあえず……」

 

 再び宇佐美がまとめた資料に目を通してトリガーを選び始めた海斗に、小南が言った。

 

「決まったら訓練室にきなさい。ボコボコにしてあげるわ」

 

 ×××

 

 訓練室は、激しい轟音と戦闘による衝撃波に包まれていた。小南と海斗の正面からの斬り合い。双月の一撃は、どう足掻いてもスコーピオンでは相殺し切れない。

 よって、回避を迫られるわけだが、海斗も反撃の手を緩めない。避けた後は必ず反撃をしてみせていた。

 しかし、いくら生身の喧嘩に慣れていても、トリオン体の戦闘では年季に差がありすぎる。

 

「もらった……!」

 

 小南の両手に構えた短い斧での一撃を、海斗は両腕の前腕にスコーピオンを生やしてガードした。

 左腕が吹き飛び、後方に大きく跳んだ。トドメを刺すように小南はメテオラを放った。

 

「はっ……!」

 

 それに対し、海斗は右腕の拳の表面にスコーピオンを張り、殴り返そうとした。生身での投石は拳で防げても、トリオン体のメテオラをスコーピオンで弾き返せるはずがない。

 腕は最初の一撃で吹き飛び、残りの弾が直撃した。元の身体に戻った海斗に、小南は呆れた様子で答えた。

 

「……あんた、バカなの? 炸裂弾をスコーピオンで防げるわけがないじゃない。あと、せっかく入れたシールド使いなさいよ」

「そりゃ分かってるわ。トリガーの出し入れとか慣れねえんだよ」

「その辺は実戦で繰り返すしかないわよ。あと、もし炸裂弾を跳ね返すとかやりたいのなら、それこそレイジさんと一緒でレイガストとか入れたら?」

「なるほどな……じゃ、ちょっと入れてみるわ」

 

 ラボに戻り、宇佐美にやってもらい、再度訓練室に入り、再び戦闘を開始した。

 その様子を、飯を完成させた京介がやって来て眺めた。

 

「……あれ、なんか仲良くなってません?」

「ああ、本人達にその気はないようだがな」

 

 似た者同士は、素直じゃない好戦的なタイプを混ぜると、喧嘩になりやすい。

 しかし、ぶつけさせてみれば意気投合するものだ。そのいい例が、今の目の前の二人である。

 特に、小南にとっても海斗にとってもお互い、初めて戦うタイプなので、久々にスリルのある斬り合いになっていた。

 

「くたばれコラァッ‼︎」

「あんたが死になさいよ‼︎」

 

 口は悪いが。

 その様子を眺めつつ、京介は隣の静かな筋肉に言った。

 

「一応、飯の準備は出来ましたけど……」

「何にした?」

「鍋です。今日は陰山先輩もいるんで」

 

 一応、年上のため、敬意を持った呼び方をした烏丸は、続けて言った。

 

「まだ火はつけてないですけど、いつでも食えますよ」

「なら、もう少し待っててやれ。すまんな」

「いえいえ」

 

 烏丸の瞳は、かなり好戦的に微笑んでいる海斗に向けられていた。

 

「面白そうな人が来てくれたんで良かったです」

 

 ×××

 

 戦闘が終わり、海斗達はようやく食卓へ。最初にレイジが飯にすると言ってから、気が付けば三時間が経過していた。

 今日の飯のメンバーは宇佐美、レイジ、烏丸、小南に加えて海斗の五人だ。陽太郎はすでに眠ってしまっている。

 

「あー……つっっっかれた……」

「アタシもよ……。なんでオフの日に二時間も全力で戦闘なんかしてんだろ……」

 

 バカ達は鍋が煮えるまでグダッとしていた。その海斗にレイジがいつもの落ち着いた様子で声をかける。

 

「そう言うな。陰山もトリガーが完成して良かっただろう」

「はい。ありがとうございます、木崎さん」

「相変わらず、レイジさんには礼儀正しいですね」

「目上の人には敬意を表するのは当たり前だろ」

「説得力のかけらも無い……」

 

 小南が呆れたように呟いた。そればっかりは自覚しているため、海斗は食いかかるようなことはせずに、素知らぬ顔で鍋を待つ。

 その海斗に宇佐美が「そういえば」と質問した。

 

「陰山くんはどこの部隊に入るとか決まってるの?」

「全然」

「ありゃ、そうなの? じゃあ自分で作る感じ?」

「いや、正直それもない。なんか面倒臭そうだし」

「じゃあどうすんのよ」

 

 小南に聞かれて、海斗はボンヤリと天井を眺めた。

 

「まあ、しばらくはフリーだな」

「フリーって……良いの? チーム組んだ方が戦闘とか有利よ?」

「出水から聞いたけど、防衛任務って別に1チームが担当するわけじゃないんだろ? フリーの隊員はどこかの部隊と一緒に出撃するんならそれで良い」

「まぁ、あんたなら確かにソロでもそれなりに活躍しそうだけど……」

 

 米屋や出水みたいな連中とならチームを組めるが、他の奴が相手だと怖がらせるかしてしまうし、過去には外面だけ良くして来る奴らもいたが、サイドエフェクトのお陰で内心では小馬鹿にしてるのが丸見えで、問題になる事も多かった。

 しかも、サイドエフェクトはボーダーしか知らない機密であるため、今は亡き親も教員も自分の味方をしてくれることは無かった。

 まぁ、それでも今いる玉狛のメンバーは自分に対して嫌悪感を抱いた色は出していない。最初は険悪であった小南ですら、今は色を潜めている。

 米屋と出水には感謝しないとな……と思ってると、レイジが「おっ」と小さく声を漏らした。

 

「煮えたぞ」

「お、きたきた」

「食べますか」

「美味しそー」

「いただきまーす」

 

 全員で箸を伸ばした。みんながみんな、目的は肉。決して高い肉ではないが、肉は肉だ。美味いもんが食いたいと皆正直なのだ。

 もちろん、男が多い事だけあって肉も多めに入っている。全員、肉を箸で摘んで自分の受け皿に引き込もうとしたのだが、二人だけ手を止める。

 小南と海斗が、同じ肉を鍋から引き出していた。

 

「……おい、この肉とったの俺だろ?」

「はぁ? 何寝言言ってるわけ? アタシの方が早かったから」

「いや俺の箸の方が早かったね。快速並みの速さだったね」

「いやアタシの箸は中央特快だから。止まる駅少ないから」

「いや俺の箸の方が人身事故少ない」

「……」

「……」

 

 前言撤回、目の前のバカ女とだけは、どう足掻いてもウマが合わない。

 

 



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人を見た目で判断するな。

 ここ最近、米屋、出水、村上、荒船、小南と色んな人と模擬戦をやってわかった事がある。海斗のサイドエフェクトは、意外にも戦闘に向いているようだ。

 と、言うのも、敵の周りに見えるオーラは建物越しにも見える事が判明した。敢えてバッグワームを使わずにレーダーに映ることによって、自分に向けているオーラを建物越しに見ることが出来る。

 これは正直、向こうからもレーダーで見えている上に、海斗の視界が向けられている方向にいないと見ることができないので、良いとこ五分になるだけだ。

 後は敵の色を細かく見分けることによって、敵の攻撃の意図を探ることも可能だ。近接戦にはかなり有効であることが分かったが、それ以上に有効な使い方を出来るのが、目の前にいる背の低いA級三位部隊の隊長のお陰で分かった。

 

 ×××

 

 一時間ほど前。海斗は一人で食堂で食事をしていた。もちろん、食べているのはラーメン。いい加減、飽きないのがもはやどうかしているまであるが、飽きていないのだから仕方ない。

 食事を終えた海斗は、食器をカウンターに返し、これからの予定を考えた。今日の防衛任務は夜間。明日は学校休みだし問題はないのだが、それまで少し時間が空いてしまう。

 さて、これからどうするか。個人ランク戦をやっても良いし、玉狛で小南と遊んでも良い。いや、やっぱり小南のとこは遊びに行くたびにまずは口喧嘩になるのでやめておく。個人ランク戦にしておこう。

 

「……まぁ、正隊員なら俺とのランク戦受けてくれるだろ」

 

 そんなことを呟きながら模擬戦ブースに到着した時だ。影浦雅人と遭遇した。バッチリ目があった。二人とも1秒掛からずに眉間にシワを寄せ、額に青筋を立てて白い歯をむき出しにした。

 

「……バッティングセンターじゃねぇぞここは。野蛮なカスのストレス発散なら他所へ行け」

「野蛮なカスはテメェだろ。ヤンキーをカモにした小遣い狩りは深夜の路地裏に行け」

「テメェこそ路地裏に行ったらどうだ? あそこに良い床屋があんだよ。そのチリチリ頭、スポーツ刈りにしてもらって来やがれ」

「アア? この場でそのスカした茶髪を刈り尽くしてクリ坊主にしてやろうか?」

 

 と、挨拶もなしにお互いに詰め寄る。今にも胸ぐらを掴んでタイマンが始まりそうな雰囲気に、その場にいた隊員達のほとんどが萎縮してしまう。

 そんなもの、御構い無しに二人はメンチを切りながら口喧嘩を続ける。それを見かねた一人の背の低い男が、ため息をついて二人の間に声を掛けた。

 

「おい、お前ら」

「ていうか、クリ坊主って何。どういう生物? どんな髪型にしたらそうなるわけ?」

「並んでる単語の今考えりゃわかるだろ。永○くんの茶髪みてえなもんだろバカ」

「聞いてるのか? お前ら二人に言ってる。周りの迷惑だ」

「テメェ、永○くんナメてんじゃねぇぞコラ。あの身長の低さで身長の高い藤○くんにあの態度の取り方、そうそうできる事じゃねぇよ」

「流石、永○くんだなオイ。チビはデケェ奴にビビるわけか」

 

 そこで身長の低い先輩はピクッと顔が引きつるが、二人はそもそも存在に気づいていないので止まるはずがない。

 

「だからビビってねえっていう話をしてんだろうが。俺も永○くんも。あの頭の大きさであの帽子の小ささだぞ永○くん。あれ絶対オーダーメイドだよ。それくらいの権力持ってんだよ永○くん」

「オーダーメイドなら偉いのかよ。あの小指サイズの帽子はねぇだろ。なんで髪の毛しか守ってねえんだよ。髪の毛も帽子も頭を守るためのもんだろうが。帽子の役割を理解もせずにオーダーメイドしてる哀れな小僧なんだよ。身長小さい奴ならではのふてぶてしさだよ」

「おい。俺に気付いててその話題になってるんじゃないだろうな」

「テメェ、小さいのは悪い事じゃねぇぞコラ。低いドア潜る時に頭ぶつけなくて済むだろうが」

「ジェットコースターの身長制限は引っかかるかもなぁ」

「いい加減にしておけよ。流石にそれは引っかからないぞ俺は」

「手のひらサイズはむしろ今の時代に属してんだよ。車も携帯も小型が喜ばれる時代だぞコラ」

「大は小を兼ねるんだよ。お好み焼きだってジャンボサイズが人気なんだよオイ」

「こう見えて毎日、牛乳飲んでる。最近のマイブームはホットミルクで……」

「「さっきからうるっっっせんだよクソチビコラァッ‼︎」」

 

 二人して振り向いた直後、影浦はその人物を知っているため「あっ」となったが、海斗は知らない。その男が、ボーダー内攻撃手ランク2位、ソロ総合3位であることを。

 

「なんだクソガキコラ。構って欲しいのかアン? あんま高校生をナメてんじゃねえぞオイ。分かったら180°回転して今すぐ」

「ブースに入れ、教育してやる」

「あん?」

 

 歳下(外見)とは思えない力強さで引っ張られ、無理矢理ブースに放り込まれた。

 

 ×××

 

 そんなわけで、風間蒼也と陰山海斗は模擬戦をすることになった。市街地、などと行ったステージ選択はなく、ただ何もない訓練室だ。

 そこで風間は目を細め、目の前に突っ立っている目付きの悪い相手を見た。無論、教育が目的でもあるが、それ以外にも目的はあった。

 喧嘩のような戦い方だが、風間としては彼の戦闘スタイルは非常に見ものだった。たまたま通りがかった時に目に入ったが、殴る直前に刃を出す技術は、カメレオンを使う際の動きと全く被っている。

 もし、彼の実力が風間のお眼鏡に叶うのなら……とまで考えていた。まぁ、その前にまずはコテンパンにしてやるのだが。

 さて、訓練室ならトリオンは無限だ。まずは小手調べの初撃をどう防ぐかが見せてもらおう。

 

「行くぞ」

「あ?」

 

 まず、風間が起動したのはカメレオンだった。トリオンを消費する事で姿を消すオプショントリガーだ。

 これに追加し、菊地原の強化聴覚のサイドエフェクトによって、ステルス戦闘を得意とする風間隊は、ボーダー内の攻撃手連携ではトップの連携技を可能としている。

 その隊長として、近接戦闘でB級上がりたてのルーキーに負けるわけにはいかない。

 まずは正面から最速最短で様子を見る。その場で構え、地面を蹴って一気に突撃した。

 海斗の表情は真顔のままだ。相変わらずの目付きの悪さから目を離さずにいたが、風間はふと違和感を覚えた。その視線は、姿が消えてるはずの自分とずっと目を合わせている。

 

(……まさかっ!)

 

 直後、海斗からノーモーションで繰り出される蹴り。それも、風間が姿を現わす前に蹴り込んで来ていた。

 当たる寸前、バク転によって回避と共に距離を置いた。

 

「……お、躱したか」

「っ……」

 

 風間はキュッと目を細める。どういう仕掛けか知らないが、奴は姿を消したはずの自分の姿が見えている。目が合っていた事から、レーダー頼りのマグレの可能性もない。

 それならば、カメレオンは不要だ。ブゥン、と低い音共に姿を表す。

 

「なんだ、透明は終わりか?」

「……カメレオンを見切ったくらいで調子に乗るなよ」

 

 そう言うと、再び正面から突貫した。海斗も身構えて風間からの攻撃に対応する。

 まずは胸、正面から突きでトリオン供給機関を狙う。それは牽制に過ぎないため、避けられても問題ない。敵が避けなければならない攻撃を放った。

 避けた先に本命の攻撃……と思わせた顔面への薙ぎ払い。それも誘いだ。本命は、地面の下から刃を通すもぐら爪だ。

 しかし、それも海斗は後ろに飛び退くだけで回避してみせた。

 

「チッ……逃すか」

 

 後方に跳んだ海斗に対し、風間は大回りして横から仕掛けた。その直後だ。海斗がその横に対し、肩、肘、手首のスナップを全開に聞かせて裏拳を放った。

 それをしゃがんで回避すると、曲がっている肘が降りてくる。それ以上、下に避ける事は出来ないため、さらに回り込んで海斗の背後を取る。

 まずは足、と心の中で呟き、海斗の足にブレードを振るうが、海斗はその場でジャンプし、飛び後ろ廻し蹴りを放った。

 

「!」

 

 顔面に飛んで来る光輝く刃を生やした踵に対し、スコーピオンを盾にしてガードすると、海斗はさらに回転の勢いを利用して、蹴りを放った脚を軸にして風間の背後に飛び降りた。

 恐らく、決めの一撃が来る、そう判断した風間は、ほとんど後ろを確認する事なく振り向きざまにスコーピオンを振るった。

 そのスコーピオンに、海斗は拳で対応した。

 

(正気か?)

 

 迷いなく風間はブレードを振るったが、それは拳を斬り落とす事はなかった。海斗の拳は、透明の薄い膜に包まれていた。

 

「なっ……⁉︎」

 

 海斗の拳は、ただの拳ではなかった。レイガストのシールドを出来る限り小型にした拳だった。

 その先に海斗はレイガストのシールドモードで、風間のブレードを持つ手首を包み込んだ。

 

「スラスターオン」

 

 言いながら手離されたレイガストのスラスターの方向は、真下。つまり地面だ。床に片腕が固定された風間に対し、海斗は容赦なく拳を振るった。

 しかし、攻撃手二位も伊達ではない、顔の前に集中シールドを張り、ほんの一瞬だけ拳を止めると、空いてる方のスコーピオンでその拳とレイガストに包まれてる自分の拳を斬り落とし、距離を置いた。

 

「……」

「うお、あそこから片腕取られるとは……」

 

 呑気な事を言ってる海斗を、風間は目を細めて睨んだ。

 思った以上にやりにくい。スコーピオン以外にレイガストを持っているのは、正直想定外だった。しかし、冷静に考えれば、玉狛の木崎レイジもレイガストを用いて自分の拳を振るうので、ありえない可能性でも無かった。

 しかも、目の前の相手はまだB級上がりたてと言うのだから、正直困ったものだ。

 

「……」

 

 とはいえ、彼の戦闘スタイルの弱点は見えた。それを何処で付け入るかがポイントになるだろう。

 気が付けば、風間は柄にもなく熱くなっていた。

 

 ×××

 

 思ったよりやりやすい。と、海斗は内心、ほくそ笑んでいた。

 影浦が意外にも「やっちまった」みたいな顔をしていたから、それよりも上の実力者だと思っていたが、海斗にとってはここ最近、何度も戦っていた小南の方がやりにくい相手だった。

 と、言うのも、実は風間に対し、海斗は割と相性が良い。サイドエフェクトにより、カメレオンだけではなく、モグラ爪などの搦め手は全て丸見えだった。

 それに追加し、風間の攻めはキチンと理詰めした連続攻撃を展開するため、空手やボクシングをやっていたヤンキーとの喧嘩も何度もしてきた海斗にとって、その方が捌きやすかった。

 とはいえ、それも米屋や出水達と戦ってトリオン体に慣れなければ厳しかっただろうが。

 さて、ここからどうするか……と、思ったが、それは無駄だ。なんだかんだ頭の中で戦法を考えるより、直感で戦った方が勝率が高い。それでも、まだ小南に勝ち越すには至っていないが。

 風間をハッキリと見据える海斗。風間もまた、海斗をしっかりした目で見据えていた。

 

「……」

「……」

 

 お互い、手首から先がない。海斗は自分の手をスコーピオンで型取り、風間は手首から先をブレードにして出した。

 おそらく、ここで決着がつく。その前に、風間から声をかけた。

 

「名前、聞いていなかったな」

「名前」

「そうじゃない。お前の名前だ」

「ああ、そう。陰山海斗。つーか、俺16だぞ。敬語使えよ」

「……そうか。俺は、風間蒼也。ハタチだ」

「え? は、ハタチ?」

「俺が勝ったら、少々教育させてもらうぞ。態度や言葉遣い諸々をな」

 

 たらーっ、と海斗の頬を冷たい汗が流れる。恐らく160センチもないその身長と、身長抜きにしても若く見える顔立ちから、完全に歳下だと思い込んでいた。

 思わず、肩が震える。自分の今までの言動を思い出し、目の前の小さな成年を見て、思わず我慢の限界がきた。

 

「プッハハハハハ‼︎ な、なんっ……なんでそんな小さいの! 何食ったらハタチでそんな身長になんだよ! プハハハハハハハ‼︎」

 

 腹を抱えて大爆笑し始める海斗に、風間も我慢の限界がきた。地面を蹴って一気に突撃した。

 笑い過ぎて大きな隙を作ってしまった海斗は、慌てて回避する。正面から振り下ろしたブレードを後ろに跳んで避けるものの、風間はさらに圧力をかける。反対側の手が斬り落とされたブレードを振るい、それも回避されると右手のブレードを握っていない手を引いた。

 それはフェイントだった。避けられた方の腕の前腕からブレードを伸ばした。

 

「うおっ」

 

 予想外の攻撃に、海斗は少し姿勢を崩す。頬を薄っすらと掠め、トリオンが漏れるも抑える暇はない。

 その隙を逃さずに風間は反対側の手でトドメを刺しに行った。狙いは海斗の胸のトリオン供給機関。

 この間合いなら避けきれない……そう踏んだが、海斗の反応速度は常軌を逸脱していた。

 急加速し、自分の身体を無理矢理、開いて逆ロールを掛けて風間の外側を取った。

 それと共に、回転の勢いを増して拳を繰り出す。決めに行っていた風間の無防備な顔面に拳が迫る。

 取った、海斗は確信した。後で目の前の小さな歳上をからかうレパートリーを10個ほど思い浮かべた。

 が、拳がガキリと何かに阻まれた事で、その思考は中断された。阻んだのはシールド。集中シールドなどではなく、普通のシールドだった。

 

「当たる直前に刃を出すのなら、当たる直前でない距離で止めれば良い」

 

 今度は風間がほくそ笑む番だった。ゾッと、海斗は初めて背筋が凍る、という感覚を体感し、慌ててその場で離脱しようとしたが、脚が動かない。気を逸らされ、モグラ爪が見えていなかった。

 

「んのヤロッ……!」

 

 風間がスコーピオンを振るうのとほぼ同時、海斗もスコーピオンで型どった拳を振るった。

 拳とブレードが交差し、お互いの弱点に向かう。海斗の狙いは勿論、顔面。しかし、風間の狙いは、海斗の胸の供給機関だった。

 ズボッとお互いの身体をお互いの手が通り抜けた。風間の腕はしっかりと海斗の胸を貫通し、海斗の腕は風間の耳を捥ぎ取るだけで、完全に破壊するには至らなかった。

 

「……えー」

 

 ピシピシと顔に亀裂が入りながら、海斗は珍しく涙目になって言った。

 

「……この負け方は恥ずかしい……」

 

 その言葉を最後に、海斗の戦闘体は失われると共に、すぐに再生した。仮装訓練モードの模擬戦のため、緊急脱出はない。

 海斗と風間は、戦闘体のまま向き合っていた。大量に冷や汗をかいてる海斗と、真顔のままの風間。真顔なのがまた怖かった。

 このままでは少々、教育されてしまう。冗談が通じないタイプであろう目の前の小男から、何とかして逃げなければならない。

 そのため、海斗は空中を指差していった。

 

「あ、UFO!」

「よし、行くぞ」

 

 首根っこを掴まれ、連行された。

 

 ×××

 

 海斗をこってり絞ってやった風間は、隊室に戻った。今回の模擬戦、中々考えさせられるものも多くあった。

 例えば、レイガスト。スラスターによって相手の身体の一部を一瞬でも封じるのは中々、悪くない。スラスターが効いてるうちは、腕が上がらなかったため、斬り落とす他無かった。

 それに、海斗の戦闘スタイル。木崎レイジと同じようで違うのは、ほとんどスコーピオンとレイガストの違いではなく、本当に喧嘩の延長線上でブレードを生やしてるような戦闘スタイルだ。

 スコーピオンのどこからでも生やせる特性を生かし、正面から蹴り、突き、肘や膝、裏拳となんでもやる。

 勿論、風間が見つけたような弱点もある。しかし、あの防ぎ方を初めてされただけだろうし、いずれ慣れれば向こうも対応する事だろう。

 少し、真似しても良いかも、なんて思ってみたりもした。

 だが、何より引っかかったのは最初の攻撃だ。海斗には、完全にカメレオンを使っている自分が見えていた。

 見られていた理由としては、やはり「サイドエフェクト」しか考えられない。

 サイドエフェクトとは、持っていて良いものばかりではない。影浦のように、なかなかしんどいものもある。

 あの性格のひねくれ方からして、同じくらいしんどいものなのかもしれない。仮にそうだとしたら……。

 

「……」

 

 ……いや、自分の知るところではない。説教とかしてしまったが、会ってまだ1日の人間だ。気にかけてやるべきとこでは掛けてやるが、必要以上の干渉はしない方が良いだろう。

 とりあえず、理由は分からないが、カメレオンが効かない相手を想定するには最高の相手だろう。

 自分の隊にスカウトはせず、たまに個人戦で相手をしてもらうことにした。

 

 



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単純な戦術ほど強力なものだが、それを決めるために複雑な戦術になるため、結局戦術はどれも複雑になる。

 三門市内の高校の昼休み。海斗は、ぐっっったりした様子で机に突っ伏していた。

 

「お疲れだな、海斗」

 

 そんな海斗に、出水が飲み物を飲みながら呑気に言い放った。その口調は明らかにからかってるような含みがあるが、それに腹をたてる余裕も無い。それほどに疲れていた。

 理由は単純。風間に目をつけられたからだ。アレから度々、防衛任務で一緒になることがあったが「歳上に最低限の敬意を払え」「ボーダー隊員ならトップランカーの情報を集めておけ」「フォローしてやるから好きに動け」「考え無しに突っ込むな、モールモッドは戦闘用だぞ」「トリオン兵についての知識が足りない、叩き込んでやる」「飲み物を買ってもらったらご馳走様でしたくらい言え」などと、もうとにかく口うるさい。

 お母さんか、とツッコミを入れたくなったが、出水からは全く別のツッコミが返ってきた。

 

「気に入られてんじゃねぇか」

「気に入ってんのに人をいじめるとか歪み過ぎだろ。パリストンか」

「知らねーよ。期待されてんだし、別に良いだろ。あと奢ってもらったら挨拶しないと絶対ダメ」

「コーラが良いって言ったら健康牛乳押し付けられたんだけどな」

「それでも無償でご馳走してもらったんだろ」

 

 そう言われて仕舞えば、実際その通りなので海斗も黙らざるを得ない。

 出水はパンをかじりながら、感慨深く呟いた。

 

「しかし……風間さんがねえ」

「なんだよ」

「や、意外だったからよ。お前みたいなのが風間さんに気に入られんのが」

「言っておくけど、あいつ別に気に入ってるわけじゃねえぞ」

 

 それを聞いて、出水は片眉を上げる。

 

「どういう意味だ?」

「そのまんま。調べたけど、ステルス戦闘が売りの部隊なんだろ? そんな奴らに対し、俺のサイドエフェクトは効果は抜群だ」

 

 出水と米屋は海斗のサイドエフェクトを知っている。付き合いが長いだけあって、海斗もつい口を滑らせた。

 すぐに合点の行った出水は、微笑みながら話を続けた。

 

「ああ、この前の風間さんとの戦闘は俺も見たぜ。よく戦ってたじゃねえか」

「相性が良かったからな。大方、俺と戦ってステルスの効かない相手の対処法でも探ってるってとこだろ」

「あー……なるほどな」

 

 まぁ、個人戦をやるのは良い。まだ勝ち越すには至らないが、自分の腕は上がるし、たまに勝つときはストレスが心地よく発散される。たまにだが夕飯を奢ってくれることもある。

 だが、礼儀やら何やらうるさいし、風間隊の根暗な長髪が一々、突っかかってきて腹立つし、マイナスの方が大きい。

 

「で、今日は?」

「今日も仕事だよ……。まぁ、風間隊じゃないんだけどな」

「何処の隊?」

「えーっと……アレだ。ひがし隊?」

「東隊な。お前本当に高校生?」

 

 あまりの発言に、出水の表情は曇ったが、自分のとこの隊長も似たようなものなのであまり強くは言えない。

 こいつの成績を知ったらまた風間さんキレそうだなーとか思いながら話を戻した。

 

「ま、東さんとこなら良かったじゃねぇか。あの人の下は戦いやすいぜ」

「え、誰かの下だと戦いやすいとかあんの?」

「そりゃ、指揮する人によって変わるだろ。……え、まさかお前、今までの防衛任務は指揮とかに従って戦ってなかったの?」

「風間のチビの時だけは従わせられてたっけ。他の部隊の時は大体“お前はもう遊撃手で良いや、好きにやって。射線上には入らないでね”って言われてた」

「お前……」

 

 未だ、出水のいる太刀川隊は海斗と組んだ事はない。組む前どころか知り合う前から唯我と揉めそうだが、その時は目の前のバカを誤射しないように気をつけないとなーなんて思いつつ、話を戻した。

 

「それなら、今日は指示に従って動いてみろよ。戦術ってもんが分かるようになると思うぜ」

「別に良いだろ。そんなもん知らなくても。トリオン兵片っ端から片付けてりゃ十分だろ」

「まぁ、トリオン兵を片付けるだけならな。だが、四年前の第一次侵攻の時のようなことがもう一度起これば、効率的な排除が求められるだろ」

「……」

 

 言われて思い返したのは、四年前のあの光景。遺体保管所で見たのは袋詰めにされた両親だった。

 助けてもらったことなんかない、旅行も行った事はない、欲しいものがあれば小遣いを渡されるだけ、楽しい思い出なんか無かったため、涙も流れてくることはなかった。

 だから、別に近界民への復讐なんか考えた事もない。だが、ナメられたままで終わるつもりはない。これから先、もし同じようなことが起これば、少しでも多くの白いゴキブリを排除していきたいとも思う。

 思わず考え込んで黙ってしまっていたのに気付いた出水が、焦った様子で言った。

 

「っと、悪い。お前の両親……」

「いや、それは全然気にしてない。あいつら死んでから墓参りとか行った事ないし」

「お、おう……それはそれで……」

「……いや、行ったな。何年前だか忘れたけど正月にお爺ちゃん家に顔出した時」

「分かったから」

「まぁ、でも確かに戦術ってのも良いかもな……」

 

 気まずい話題なのに気まずさをカケラも感じる事はなく、元の話に戻った。相変わらずドライな奴だ、そのドライさはもう少し沸点の低さに影響されないもんかね、と出水は呆れるしかない。

 まぁ、何はともあれ戦術に興味を持ってくれたのなら何よりだ。

 

「なら、今日は早めに東隊の作戦室に行った方が良いぜ」

「はいはい」

「悪い、ちょっとトイレ」

 

 それだけ言って、出水は席を立って廊下に出た。のんびり歩きつつ、スマホを取り出した。

 電話の相手は、現在はB級東隊の隊長であり、かつてはA級一位部隊を率いていた東春秋だ。

 

「あ、もしもし? 東さん?」

『ああ。どうだった?』

「はい、一応向こうも了承してくれましたよ」

『そうか……了解。悪かったな、変なこと頼んで』

「いえいえ。でも、どうしたんですか? わざわざ、作戦に従うように仕向けて欲しい、なんて」

 

 基本的に正隊員になれば、自己鍛錬か、自分から師を見つけて技を習いに行くかして、自身の戦闘力を上げていくスタンスのボーダーの中で、わざわざ他人に気を掛けるのは珍しい事だ。

 それは、戦術指南であっても変わりはない。

 

『まぁ、忍田さんから少しな。村上と一緒で、まだボーダーに入りたてでアレだけ動けるのにチームに入れてないのは勿体ないって話になってな。それに、普段の任務の様子を見るに、風間以外からは割と結構、見放されてる感じあったし、戦術や戦略を経験させてやるってことになっただけだ』

 

 そういうことか、と、思いつつも、出水は何処と無く不安だった。

 

「そうですか。でも、気を付けて下さいよ。基本、あいつ言ってることもやってることもメチャクチャですから」

『ああ、まぁ上手くやるよ。じゃあ、またな』

 

 それだけ言って、東は通話を切った。まぁ、東なら上手くやるだろうと出水は思う事にし、用を済ませて教室に戻った。

 

 ×××

 

 東隊の作戦室にて。東が未だに現れないその場は、異様な雰囲気に包まれていた。

 何故なら、基本的に陰山海斗の顔は眉間のシワが取れなくなるほど目付きが悪い表情をしているからである。

 

「……」

「……」

「……」

 

 椅子に座っている小荒井登、奥寺常幸は、目の前の不機嫌そうな顔をしているB級隊員を相手に変に緊張していた。

 ボーダーに入ったのは二人の方が早いし、個人ポイントも自分らの方がまだ上、元A級一位部隊を率いた隊長の部隊に所属している二人の方が心臓をドギマギ言わせていた。

 理由は単純に一つだけである。

 

 ―――目の前の人、顔超怖い。

 

 なんで不機嫌そうなのか、まともにコミュニケーション取れるのか、これからこの人と防衛任務こなすのか、考えれば考えるほど額に汗が浮かんでいく。

 我慢の限界がきた小荒井が、奥寺に耳打ちした。

 

「……おい。奥寺。なんであの人キレてんの?」

「……知らねーよ。お前がなんかやったんじゃないのか?」

「……やるわけないだろ、初対面だっつーの」

「……じゃあ、誰かと喧嘩してきたとか?」

「……誰とだよ。大体、東さんの話じゃB級上がりたてのルーキーなんだろ? 誰かと喧嘩したとして喧嘩になんのかよ」

「……じゃあ、負けて来たからとか?」

「……いや、でも上がりたてっつっても、上がってから結構、防衛任務こなしてるらしいぞ」

「……だからこそだろ。それなりにこなして、自信ついたから挑んでみたら返り討ちに遭ったとか。とにかく、それならビビるこたぁない。ちょっと声かけてみるわ」

 

 そう話すと、小荒井は出来るだけフランクににこやかに微笑んだ。

 

「ど、どもっ。陰山センパイ、っすよね? 俺は」

「……チッ」

「……」

 

 名乗る前に、まさかの舌打ちである。小荒井も奥寺も凍りつくしかなかった。

 一方、海斗は。さっき、偶然にも影浦と廊下で遭遇し、拳で語り合う直前に、ギリギリ飛び込んだ米屋に止められたとこだった。その事を思い出し舌打ちをしただけであり、小荒井の挨拶など耳にも届いていなかった。

 そんな事、知る良しもない小荒井は、涙目で奥寺の方に顔を向けた。

 

「……おいっ、なんか舌打ちされたぞ。なんで? 何がダメだった?」

「……いや俺に聞かれても……」

「……すんごい怖かったんですけど。影浦先輩より怖かったんですけど。ヤンキーの舌打ちって俺らがするのと次元が違うんですけど」

「……それは俺にも分かった。俺も怖かった」

「……無理無理無理無理。自己紹介なんて出来ない。一生分かり合える人種じゃない」

「……だからいつも言ってんだろ。お前に足りないのは慎重さだよ。ノリと勢いだけじゃどうにもならないことはあるんだよ」

「……じゃーお前がやってみろよ。せめて自己紹介くらい済ませておかないと作戦会議がスムーズにいかないだろ」

「……任せろよ。慎重にだ、慎重に」

 

 そう言って、今度は奥寺が立ち上がると、ティ○ァールの電源を入れた。それを見て、思わず小荒井は戦慄する。こいつ、お茶を入れて懐柔するつもりか? と。

 コポポっ……と、お湯が沸いたため、湯のみにお茶を入れる。それをオボンに乗せて、海斗の前に運んだ。

 

「あの……お茶入りました」

「アア⁉︎ 誰が茶髪染め野郎だ! これは地毛だっつってんだろ‼︎」

「ひいっ⁉︎」

 

 唐突に訳のわからないキレ方をされ、思わず肩を震わせた。が、すぐに冷静になった海斗はハッとして、奥寺の視線に目を向ける。

 

「ん、ああ、悪い。なんでもない」

「あ、あはは……どうぞ」

 

 苦笑いを浮かべて海斗の前に置くと、海斗が「ん?」と声を漏らした。

 

「これ、一人分だけか?」

「そ、そうですけど……」

「お前らは飲まないの?」

 

 いきなりお前呼び? とも思ったが、スルーして返事をした。

 

「ま、まぁ、俺らは別に……喉乾いてないだろ?」

「え、ガッツリ乾いてるけどふぉぐっ!」

「乾いてないだろ?」

「……か、乾いてない……」

 

 空気の読めない小荒井の脇腹に肘打ちを決めて微笑む奥寺。しかし、自身に対する感情が色で分かるように、海斗には何となく人の顔色が読めるようになっていた。

 

「飲みたいならお前飲めよ」

「え? いえ……」

「てか俺、苦いお茶飲めないし。悪ぃな、せっかく淹れてくれたってのに」

「い、いえいえ! じゃあ、珈琲にします? インスタントですけど」

「あー……じゃあ、カフェオレ良いか? 甘いの」

「は、はいはい!」

 

 そう言って、再びティ○ァールを手に取った。おそらく、自分の分だけ淹れてもらうのは嫌がるタイプ、と見た奥寺は、ついでに自分の珈琲も淹れ始めた。

 しかし、少し意外な反応だった。お礼は言えるし、気は使えるタイプのようだ。ヤンキーもキレなければ普通の人なのかもしれない。

 小荒井はアイコンタクトで奥寺に「ナイス」と言ったのは言うまでもない。

 さて、そうなれば今度は小荒井の番だ。お茶を飲みながら、思い切って声をかけてみた。

 

「陰山先輩、でしたっけ?」

「ん、おお。そうだけど」

「俺、小荒井登っす。あっちは奥寺常幸。今日はよろしくお願いします!」

「ああ、うん。よろしこ」

 

 と、ようやく自己紹介を終えた。流石、風間隊に次ぐ攻撃手の連携だった。他人と仲良くするときもの連携もバッチリだ。格上も食える使い手へと成り代る。

 しかし、それはつまり片方が落ちたら戦力は半減以下になるというわけで。

 

「お待たせしました。カフェオレで……うわっ」

 

 再びトレーを持った奥寺が足をもつれさせた。前方に前のめりに倒れ、持っていたトレーからコーヒーカップが宙を舞い、海斗の顔面にブチまけられた。

 

「あっづぁ‼︎」

「おいいいいい! 何やってんだ奥寺あああああ!」

「す、すんません陰山先輩……!」

「殺す」

「うおお! あ、落ち着いてください!」

「ホントすいませんしたああああ!」

 

 結局、騒がしくなったところで、ようやく隊長の東春秋とオペレーターの人見摩子が到着した。

 

 ×××

 

 カフェオレをハンカチで拭き、作戦会議を終えて現場へ。警戒地域に降り立ち、自分達の担当エリアを散策した。

 東は狙撃地点に到着し、小荒井、奥寺、海斗の三人は辺りを見回す。この人が住んでおらず、異世界の侵略者、近海民が発生する門を誘導するシステムが組まれている。それによって、街への被害をゼロに抑えていた。

 誰も住んでいない民家の屋根で海斗はボンヤリしていた。レーダーに反応はないので、しばらく待機してるしかない。

 

「ふわあ……」

『コラ、欠伸しないの』

 

 人見から通信が入る。任務中は、おちおち欠伸もできない。しかし、退屈だと言い訳する必要もない。何故なら、もっと怖い158センチの先輩に怒られ慣れているからだ。

 すると、何処からか門が開く。小さいブラックホールを想起させる漆黒の穴だ。そこから、黒とは真逆の白い巨大な侵略者が姿を現わす。

 バムスター。捕獲用トリオン兵だ。他には、モールモッドが複数体と遠くにはバンダーも二体現れる。

 

「お、来たな」

 

 早速、狩にいこうとする海斗の耳元で、本日の隊長からの指示が届いた。

 

『陰山、お前は南東へ向かいながらトリオン兵を排除しろ』

「はいはい」

 

 その指示だけ聞いて、海斗は動き始めた。南東の方へ向かってると、ちょうどその方向に走るモールモッドを見かけた。

 戦術とやらがどんな効果を持つのか知らないが、自分が全力で戦わない限りはその効果は得られない。

 敵は四体。それに対し、海斗は正面から降りた。モールモッドが振るってくる鎌をレイガストを握り込んだスラスターの拳で、受け止めるどころか弾き返した。

 姿勢が崩れたモールモッドの鎌を切断し、それを握って眼玉を正面から切り裂いた。

 その隙に回り込んだモールモッドの目に、視線を向けることもなく手元の鎌を投げ付けて怯ませ、振り向きざまに最速の拳を振るい、スコーピオンで真横に抉った。

 

「あと二匹」

 

 そう呟くと共に、両サイドから回り込み、海斗を挟み撃ちするモールモッドを、二体まとめて殴り飛ばした。海斗の両手には、レイガストが二本、握り込まれている。

 スラスター+遠心力の威力によって、二体まとめて真逆に殴り飛ばし、片方に飛び込んで飛び蹴りスコーピオンでトドメを刺した。残り一体には、片手に残しておいたレイガストをブレードにし、スラスター投擲で片付けた。

 

「よし、次」

 

 そのまま走って次の獲物に向かおうとしたが、レーダーの反応はほとんどが消えていた。

 あれ? と呟いたのもつかの間、人見の声が耳に届いた。

 

『一通り片付いたよ』

「え、いつのまに?」

『陰山くんがモールモッドを複数抑えてくれてる間に、東さんがバンダーを狙撃して、バムスターとモールモッドはコアラ達が倒してくれたわ』

「……なんか、手際良いな」

『そりゃ、陰山くんが戦闘用を複数体抑えてくれてたから、みんなそれぞれの仕事ができたからね。逆に、陰山くんは戦闘中、バンダーからの砲撃や他のトリオン兵の増援が来なかったでしょ?』

 

 それを言われ、海斗は「確かに……」と納得してしまった。今にして思えば、南東に向かえ、という指示はモールモッドの動きを理解した上での指示だったのかもしれない。

 

『敵戦力の分散は、戦術の基本だよ』

「……」

 

 実に単純な話だ。だが、強力な手だ。自分達の戦力も分散せざるを得ないが、各々の技量が分かった上での指示であり、無理のない作戦だ。

 確かに、これならいつもの倍の速さでトリオン兵を片付けられる。

 

「……戦術スゲェ……」

『ほら、次来るよ』

 

 その日の海斗は、いつにもまして大暴れだった。

 

 ×××

 

 翌日、海斗と出水はまた一緒に飯を食っていた。出水がドヤ顔で海斗に聞いた。

 

「で、どうだったよ! 東さんとの戦闘は!」

「ああ、やりやすかったよ。戦術ってスゲーってなんか感動したもん」

「だろ⁉︎」

 

 と、出水は大きく頷いた。このままチームを組む気になってくれれば万々歳だ。

 

「なら、部隊でも組んでみたらどうだ?」

 

 勢いで聞いてみると、海斗は突然黙って腕を組んだ。

 で、しばらく考え込んだ後、真顔で結論を言い放った。

 

「……いや、俺は作戦とか組めないし、他人の戦闘データを頭に入れるのも無理だし、しばらく気楽にソロのままで良いや」

「……」

 

 出水は無言でパンを齧った。

 

 



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師匠を強さだけで選ぶな。

 三学期が終わり、春休みになった。しかし、春休みになったからって暇になるわけではない。ボーダーのお仕事があるだけだ。しかし、それを憂鬱に感じないのだから不思議だ。

 B級に上がってから、早一ヶ月が経過しようとしていた。最初は金を貰うだけの予定だったが、なかなかどうして面白い。

 影浦、小南、風間はムカつくが、米屋や鋼、荒船とのランク戦は楽しいし、最近じゃ出水や東からたまに戦術を教わる事も増えた。まぁ、次の日にほとんど忘れてるが。

 実は今日も本当は風間に「米屋から聞いたが、成績悪いらしいな」と言われていたのだが、流石にあのクソチビ先輩と勉強なんてしたら一時間持たない自信があったので、逃げることにした。

 風間からの呼び出しを除けば、今日はオフ。そのため一人で街に来ていた。特に何かしたいことがあるわけではない。ここ最近はボーダーの活動の方で忙しかったので、今日は羽を伸ばしにきた次第だ。

 さて、今日はたまにはゲームでもしようかなーなんて考えてると、ドンっと小さな女の子とぶつかった。ツインテールに髪を束ねた、背の低い少女。

 体格差もあって、突き倒してしまった。

 

「あ、悪い」

 

 謝りながら見下ろすと、その女の子は「ひうっ……」と声を漏らした。

 

 ×××

 

 黒江双葉は一人、三門に来ていた。今年の春で小学校を卒業し、山奥から市内の中学に入学することになった。今年から、はれて中学生だ。

 それに、始まるのはそれだけではない。ボーダーに入隊するのだ。入隊試験によると、自分には才能があるようで、すぐに訓練生から抜け出せるように初期ポイントにボーナスが付いていた。期待されているということだ。

 これから二つも新たな生活が始まる。忙しくなるだろうが、やり甲斐もあるはずだ。

 そのため、柄にもなくウキウキしながらボーダー本部に向かって歩いていたためだろうか、絶賛、大ピンチになっていた。

 

「あ、悪い」

「ひうっ……」

 

 正面で、メチャクチャ目付きの悪い男とぶつかってしまい、尻餅をついてしまった。

 目の前の茶髪の男は自分の事を冷たい目で見下ろしている。眉間には第三の目が潜んでいそうなほどのシワが寄せられていて、如何にもヤンキーといった感じだ。リーゼントやパンチパーマでないのが不思議なくらいだ。

 思わず、ボーダー隊員として情けない声が漏れてしまったくらい怖かった。

 ……そうだ、自分はボーダー隊員なんだ。これから、もっと恐ろしい化け物達と戦わねばならないのに、たかがヤンキーにビビっているわけにはいかない。

 勇気を振り絞って立ち上がり、ポケットの中で訓練生用のトリガーを握り締め、精一杯睨んだ。

 

「や、やるって言うんですか⁉︎」

「何を?」

「お金なら持っていませんし、跳んでもチャリンチャリン言いませんよ⁉︎」

「なめられペリー?」

 

 何を言ってるのか分からないが、この手の輩は基本的に何を言ってるのか分からないものだ。斯くなる上はトリガーを使うしかない。訓練生は基地の外でのトリガーの使用を禁じられているが、自分の身を守るためには背に腹は変えられない。

 負けじと睨み返していると、ヤンキーっぽい男はしばらく黙り込んだ後、わざとらしい邪悪な笑みを浮かべた。

 

「げっへっへっ、慰謝料8億円払ってもらおうか」

「そ、そんなに持ってません!」

「なら、身体で払ってもらおうか」

「じ、腎臓を売れと⁉︎」

「あ、そっち? まぁそれでも良いけど」

「い、嫌です! ていうか、それでも良いってなんですか!」

 

 なんて言い争いをしてる時だ。パカンと海斗の頭が引っ叩かれた。

 

「何をやってんのよバカ」

「いってぇなコラあん? ……て、小南?」

 

 新しい別の人が現れた。茶髪で髪の長い女の人。綺麗、というより可愛らしい人だった。というより見覚えがある。ボーダーに入るのが楽しみ過ぎて調べてる時に玉狛支部のページで見つけた女の人……。

 

「……小南桐絵さんですか? 玉狛支部の……」

「お前こんなとこで何してんの?」

「あんたにそれを言う資格があると思ってる? 小さい子脅して何してんの?」

「脅してねえよ。あんまり怖がられるから脅してからかってただけ」

「脅してるんじゃない。あんたそんな事してるから怖がられるのよ」

「バッカお前ここ最近は俺、怖がられてないから」

「女子からは怖がられてるけどね。特に戦闘員からは。あんたの戦い方とか怖いからみんな模擬戦とか嫌がってるし。ま、アタシは全然怖くないけど!」

「そうか、小南。お前、胸が薄いとは思ってたが男だったんだな」

「どんな結論に着地してんのよ!」

 

 うう……話を聞いてくれない……と、双葉は泣きそうになった。目の前の二人は仲が良いのだろうか? 語尾は荒いが、何処か楽しそうにも見えるのが不思議だ。

 しかし、模擬戦という言葉が聞こえたが、もしかしてこの茶髪ヤンキーもボーダーなのだろうか。

 勇気を振り絞って、めげずに声をかけてみた。

 

「あ、あの……」

「大体、あんた人の身体的特徴にとやかく言い過ぎよ! 胸が小さいのが悪いわけ⁉︎」

「馬鹿野郎‼︎ 小さかろうが薄かろうが手の平サイズだろうがオッパイはオッパイだ‼︎」

「え? ご、ごめ……待ちなさい! 今、手のひらサイズって言ったわね⁉︎」

「おててのしわとしわ、あわせてしあわせ。なーむー」

「手のひらサイズではないわよ! なんなら触って確かめ」

「あ、あの!」

 

 なんだか話の内容がとんでもない方向に向かってる気がしてきたため、少し声を荒立てた。

 そこでようやく二人は勢いを止め、双葉の方に視線を向ける。苛立ってるため視線は鋭かったが、負けじと言った。

 

「あの……ここは、街の中ですので……」

 

 それによって、二人は辺りを見回す。ザワザワと通行人の人達がこっちを見てヒソヒソやっていた。

 流石に海斗も小南も気まずくなり、大声からヒソヒソ声に変わった。

 

「と、とにかく謝りなさいよ! あ、もしかして知り合いの子なの?」

「全然」

「ボーダーが初対面の女の子になにやってんのよ!」

「昨日の俺と今日の俺は違う。その言い分なら小南、お前も初対面の俺に説教してる事になるぞ」

「な、なるほど……? いや、その理屈はおかしいでしょ!」

 

 一々、説得されかけてるおかげで、小南は微妙に頼りにならなかった。

 しかし、今の会話には有益な情報が出た。どうやら、二人ともボーダー隊員で間違いないようだ。

 

「……あの、お二人はボーダー隊員、なのですか?」

「そうよ。ごめんね、うちのバカが」

「お前、バカバカ言い過ぎじゃね?」

「あの……実は、私もボーダー隊員です! まだC級ですが」

「え、そうなの?」

「はい。来月の正式入隊日を迎えてからになりますが」

「そう。じゃ、自己紹介しないとね」

 

 弱い奴が嫌い、という小南だが、流石に訓練生の女の子を邪険にすることはなかった。と、いうより、むしろ「私のツレが迷惑かけてごめんね?」と言った感じだ。

 微笑みながら、まずは自分を指差し、微笑みながら言った。

 

「私は玉狛支部の攻撃手、小南桐絵よ」

「あ、やはりそうでしたか。前にボーダーの広報サイトで見たことがありました」

 

 言われて、思わずニヤリとほくそ笑んだ。どうだ、バカ、あんたとは違うのよ。と言わんばかりに。

 が、全く興味無さそうにコンビニに貼られている「バイト募集」のチラシを眺めていた為、尚更腹を立てた。

 肘打ちをわき腹に決め、顎で双葉の方を指す。自己紹介しろ、ということだ。

 自分なりに意図を察した海斗は、不思議そうな顔で聞いた。

 

「どうした? 首疲れたのか?」

「ちっがうわよ! 自己紹介しろっつってんのよ!」

「ええ、なんで?」

「一応、ボーダーの後輩でしょうが!」

「え、後輩なの?」

「話聞いてなかったわけ⁉︎」

 

 うがーっと攻め立てる小南の話を一切スルーして、海斗は急な悦に入り始めた。

 今まで見て来た後輩は全員、自分より歳下というだけでボーダーとしてはむしろ先輩だった。目の前の少女は違う。歳下でありながら、自分より後にボーダーに入隊した正真正銘の後輩だ。

 しかし、見おろすとハッとした。さっきほど濃くないが、自分に対して畏怖しているような色を出している。

 早く立ち去ってやろう、そう思った時だ。

 

「陰山海斗よ、こいつ。大丈夫、外見ほど悪い奴じゃないし、女の子相手じゃ手を出さない程度には紳士だから」

「へ? そ、そうなんですか?」

「紳士っつーかそれは男として当然じゃね」

「だからってトリオン体に攻撃するのも嫌がるのはおかしいでしょ。意外と優しいとこあるって言わざるを得ないわ」

「……るせーよ。お前マジ殺すぞ」

「あら? もしかして照れてる?」

「サハラ砂漠」

「誰の胸がサハラ砂漠よ!」

 

 徐々にまた下らない言い争いに発展して行くのを眺めながら、双葉は少し意外そうな顔をした。

 真の男女平等主義者は女の子が相手でも顔面にドロップキックをかませるとかほざきそうな髪型のヤンキーは中身は割と優しい人のようだ。

 意外、と言えば失礼かもしれないけど、その辺りがむしろ不器用なタイプなのだと思えば、尊さすら感じてきてしまう。

 

「小南先輩と、陰山先輩、ですね?」

 

 唐突に名前を呼ばれ、喧嘩中の二人は中断して双葉に顔を向けた。

 二人揃って仲良く「何?」と片眉をあげると、双葉は満面の笑みで頭を下げた。

 

「黒江双葉です。これからお世話になることもあるかもしれませんので、よろしくお願いします」

「「……」」

 

 二人して顔を見合わせる。しばらくフリーズした後、お互いにお互いを指差して、声を合わせた。

 

「「こいつにはよろしくお願いしなくて良いから」」

 

 ほんとこの人達仲良いな、と思わざるを得なかった。

 もはや呆れるしかない双葉だったが、何を言っても地雷にしかならない気がしたので、黙っておいた。

 さて、そろそろ双葉としてはボーダー本部に行きたい。仮入隊期間から二人も先輩と知り合えたのは大きな収穫だったけど、長居することはない。自分の訓練もしっかりやっておきたいし。

 

「では、私はこの辺りで失礼します」

「うん。またね」

「あ、その前に、陰山先輩」

 

 再び「先輩」と呼ばれ、海斗はピクッと小さく反応する。それに気付かない双葉は、微笑みながら海斗に頭を下げた。

 

「さっきは失礼な勘違いをしてしまってすみませんでした。先輩が優しい方だったこと、知りませんでした」

「……」

 

 こんなストレートな謝罪を伝えてくる子は、生まれて初めてだった。大体、海斗に謝る奴なんか内心では悪意しか秘められていない。だから、なんか新鮮な気分だった。

 その上に、本当の後輩からの先輩呼びボーナスが発生し、まぁ早い話が、バカを調子に乗らせるには十分だったわけで。

 

「黒江、だったっけ?」

「はい」

「基地まで送ろう」

 

 その時の海斗らしからぬ笑みを見て、小南は普通にドン引きした。

 

 ×××

 

 なんだかんだで、三人で警戒地域付近まで来てしまった。と、いうのも、小南が「あんたと双葉ちゃんを一緒にしたらやばそう」とのことだ。

 で、街から三人で歩いて来たわけだが、もう双葉は大変だった。目の前の二人は何でも争いの種にする。

 例えば、街を歩いてる途中に見かけたクレープ屋。先輩ぶりたい二人はどっちが双葉の分出すかで喧嘩し始めた。

 その後もゲーセンでも争って和菓子屋で争って自販機で争ってしりとりでも争って……と、もはや止めに入るのも疲れるレベル。この人たちほんとにボーダー? と疑うレベルだ。

 

「リモコンはセーフだろ。あれ正式名称はリモートコントローラーだから」

「でもあんたリモコンって言ったじゃない。ん、が付いた時点でアウトでしょ」

「普段、リモコンって言ってるクセがたまたま出ただけだから。そういうことあるでしょ」

「じゃあカンストって言葉はどうとれば良いの? カンスト? カウントストップ?」

「受け手側の好きに取れよ」

「好きにとったからあんたの負けって言ってるんじゃない」

「好きなことばっかじゃ生きていけないんだよ世の中」

「あんた言ってることメチャクチャよ!」

 

 ……うるさい、と少しだけ不満に思ってみたり。

 だが、その喧しい時間ももう終わりだ。もう直ぐ本部につながる連絡通路に到着する。

 その事にホッとため息をついてる時だった。

 

『門発生、門発生』

 

 耳に響くサイレンの音が静かな警戒区域に響いた。それと共にいくつかの場所に開く黒い穴。

 

『近隣の皆様はご注意下さい』

 

 そこから覗かれる、無機質な目が、双葉の体を硬直させた。

 

「お、なんか出たっぽいよ」

「そうね。さっさと片付けましょうか」

 

 しかし、目の前のバカ先輩達は違った。まるで電源を入れたかのように真剣な表情になり、ポケットから自分達の唯一の武器を取り出した。

 

「「トリガー起動」」

 

 そう言い放ち、二人の姿は戦闘用のコスチュームに変化していく。小南桐絵は緑色の隊服に身を包み、長かった髪はボブカットになり、如何にも「これから戦います」といった姿になった。

 一方、陰山海斗の方は。

 

「……えっ」

 

 黒いスラックスに、グレーと白のシマシマの長袖のTシャツと、夜中にコンビニに買い物に行くラフな大学生のような姿になった。肩には「B-000」と書かれていて、それがまた服装とは全然合っていない。双葉からは思わずリアクションに困る声が漏れた。

 しかし、小南の方はその姿にもう慣れ切っているのか、特にツッコミを入れることもせずに海斗に声を掛けた。

 

「海斗、どうする?」

「あ? 何が?」

「双葉ちゃんいるし、片方ここに残ってた方が良いんじゃない? 万が一、街の方に来られても困るし」

「ああ、なるほどな。じゃあ、俺が行くからお前はここに残ってろ」

「いや待ちなさい。あんたが残りなさいよ。レイガスト持ってるんだし、護りには最適じゃない」

「それを言うならお前は炸裂弾あるだろうが。ここまで来る前に押しとどめられるだろ」

「……」

「……」

 

 しばらく黙り込み、メンチの切り合い。やっぱこの先輩達ダメなのかも……なんて双葉が思った時だった。

 何処からか、キュイィィィンと耳に響く甲高い音が聞こえた。

 ふと顔を向けると、バンダーが口を大きく開けて砲撃準備をしている。それを見るなり、二人の行動は早かった。

 海斗はジャンプしてバンダーの方に走り、警戒区域の家の屋根の上に立つ。両手にシールドモードのレイガストを握り込ませて、自分の肩の後ろまで拳を引く。

 直後、バンダーの砲撃に対し、海斗は両腕のスラスターを同時に起動させ、砲撃を思いっきり殴った。

 

「ーっ……!」

 

 衝撃が双葉が立っているところまで伝ってきたが、砲撃を受け止めた海斗自身は平然としている。

 しかし、海斗のいる位置からバンダーまでは距離があり過ぎる。遠距離砲撃用のトリオン兵で、かなり遠くからでも攻撃が可能だ。

 さらに飛んでくる砲撃を、海斗は両腕の拳のスラスターだけで弾き続けている。

 

「あのままじゃ……!」

 

 耐久力SSのレイガストでも流石に限界はある。誰かが本体をなんとかしなくてはならない。

 

「小南先ぱ……あれ?」

 

 隣に立っていたはずの先輩に声をかけたが、そこにその姿はない。

 その直後、ズガンッと鈍い衝撃音が響いた。バンダーの口から上が、小南のバカデカい斧によって切り裂かれていた。

 それによって、頭から煙を出しながら力無くグワンと前のめりに倒れるバンダー。

 いつのまにあんなところに? と双葉が思った直後、自分に向かってレイガストが飛んできた。

 思わずビクッとしてしまったが、そのレイガストは自分を囲むようにシールドを張った。飛んで来た方向に目を向けると、海斗が立って呑気な声で言った。

 

「その中ならある程度、安全だから」

 

 確かに、バンダーの砲撃を何発も弾き返していたしそうかもしれないが、それ以上の懸念がある。

 

「ですが、陰山先輩のトリガーはどうするんですか⁉︎」

 

 ボーダーのトリガーは一つの中に利き手用の主トリガーと反対側の手用の副トリガーと別れている。

 つまり、ここにレイガストを置いておくということは、主か副のトリガーを片方、封じて戦うことになる。

 自分の所為でそんな迷惑はかけられない、そう思って聞いたのだが。

 

「……ふふ、陰山先輩か……」

 

 言葉の響きに悦に入っていた。あのバカ先輩はこんな時まで……と思ってる間に、海斗はさっさと駆除に向かってしまった。

 レイガストの中からだから、ハッキリとは戦闘の様子は見えない。しかし、海斗も小南も強いのはよくわかった。

 他のコートを着てマスクをつけた三人の隊員達も見える。おそらく、今日の防衛任務に就いてる部隊だろう。

 その二人と比べてみても、海斗と小南の動きは段違いだった。もしかしたら、かなり高ランクの攻撃手なのかもしれない。

 しばらく惚けてる間に、自分を包んでいたレイガストが消えた。

 その直後、二人は帰ってきた。穴から出てきたトリオン兵は全て片付けたようだ。

 トリオン体から元の私服に戻っている二人は、何やら言い争いをしているが、とりあえずお礼をしておきたい。そして、もし叶うのなら……。

 

「あ、あの……!」

 

 考える前に声が出ていた。二人はそれによって言い争いを一瞬だけ中断する。しかし……。

 

「や、最初のバンダーはアレ俺のおかげだから。砲撃防げたの誰のおかげだと思ってんの?」

「防ぎっぱなしになってたあんたがよく言うわ。私が片付けてあげたからあんた落ちずに済んだんでしょ?」

「サイド7でザクをガンダムが退けたのはビームサーベルの威力のお陰じゃなくてザクマシンガンを弾いた装甲のお陰だろ」

「知らないわよ、そんなアニメの理屈なんて!」

「……あの!」

「ちょっと待ってて」

「今こいつ論破するから」

「は? こっちのセリフだし」

 

 大きな声によって二人とも顔を向けたが、すぐに言い争いを始めようとしたので、双葉が海斗の頬をグィーッと引っ張った。

 

「いふぁふぁふぁふぁ! て、テメェ何しやがんだ!」

「聞いてください!」

 

 怒られたので、仕方なく海斗は双葉の方を見る。というか、この子もそんな声出すんだなーなんて呑気なことを思いながら「何?」と片眉をあげると、双葉が頭を下げた。

 

「陰山先輩、弟子にしてください!」

「「……は?」」

 

 小南と海斗の声が、見事にハモった。何言ってんのこいつ? みたいな。

 

「え、ドユコト?」

「師匠って……そりゃ、そのまんまの意味じゃ……」

「私、陰山先輩みたいに、例えトリガーが剣一本であっても戦えるようになりたいです! ですから、よろしくお願いします!」

 

 必死に頭を下げる黒江だが、小南には不安しか残らない頼みだった。

 何故なら、デリカシーと品性をへその緒と一緒に切り離したような男だ。女の子に色々と命令出来るような立場に置くだけでも大変そうなのに、この頭の軽さで師匠なんか出来るとはとても思えない。

 ちょっと、どうすんのよ、みたいな目で海斗を睨んだ。

 

「……俺の修行は厳しいぞ?」

「じゃないわよバカ!」

「あいったぁ!」

 

 鞄で後頭部を殴られ、前方に前のめりに倒されそうになったが、踏ん張ってグワッと小南の方を強く睨みつけた。

 

「テメェやりやがったなコラアン?」

「あんた、バカなの? 本気でその子を弟子にするつもり?」

「バカじゃねぇ、師匠だ」

「バカ師匠」

「繋げてんじゃねえよ。ついうっかり殺しちゃうよホント」

「……まぁ、あんたが良いって言うなら止めないけど、でも責任持ちなさいよ? 弟子を取るって事は、それだけ責任がのしかかるんだから」

「大丈夫だ。ゴジータクラスにまで強くしてやる」

「その自信は何処から……」

 

 と言うものの、海斗にはそれなりに根拠があった。何故なら一応、自分も風間、小南という格上達と戦う事で強くなっている自覚があったからだ。

 つまり、自分と毎日、インファイトし合えば強くなれる、そう思っていた。思いっきり、感覚派の考え方である。

 もはや呆れるしかない小南は、反論するのも諦めた。

 

「よし、じゃあ行くぞ、黒江」

「は、はい! 陰山師匠!」

「師匠じゃない、武天老師様と呼べ」

「ほう、武天老師か。なら、俺も弟子にしてくれるか?」

「良いだろう。まとめて面倒見てや……」

 

 そこで、海斗のセリフは止まった。海斗は忘れていた。そもそも、今日のオフは何故、街で暇潰ししようと思っていたのかを。

 今、一番聞いてはいけない冷たい声が背後から投げかけられ、ギギギッと振り向いた。

 

「よろしく頼む、師匠」

「……か、風間……」

 

 風間蒼也が、そこには立っていた。ぬかりなくトリオン体で。今からトリガーを起動しても逃げられない。

 

「……黒江」

「はい?」

「今日の授業は自主練で」

「初日から?」

 

 質問に答えることもなく風間に連行されていく海斗を眺めながら、双葉は仕方なさそうにため息をついた。

 その双葉に、隣から小南が真面目な表情で言った。

 

「双葉ちゃん、だっけ?」

「あ、はい」

「気を付けてね」

「何がですか?」

「あいつのサイドエフェクト、中々しんどいから」

「え?」

「周りに知られたくないみたいだったからアタシも風間さんも知らないフリしてるけど、相手が自分に向けてる感情が分かるらしいのよ」

 

 それを聞いて、双葉は表情を曇らせた。つまり、知りたくないことも全て分かってしまうわけだ。

 小南も米屋からつい最近聞いたばかりだった。海斗とそれなりに長く付き合っている以上、知っておくべきだと思って話してくれたらしい。

 

「それと、過去にも色々あったみたいだし、大雑把に見えて繊細な奴だから」

「……わかりました」

 

 そう言われ、小さく俯いて強く頷いた。

 

 



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修行に成果が出るのは師匠次第ではなく弟子次第。

 C級ランク戦では、得点の高い相手に勝てば、それだけ多くのポイントが獲得できる。

 つまり、初期ポイントを多くもらってる隊員も、油断をして低ポイントの相手に負ければ、それだけゴッソリと持っていかれる。よって、よっぽどのバカ……或いは連勝中で調子に乗ってる奴でなければ、例え才能があってもそれに胡座をかくような事は無い。

 緑川駿は後者、つまり調子に乗っていた。初期ポイントも同期の中では圧倒的、戦闘訓練では4秒とブッチ切り、その上、個人ランク戦でも負け無しだった。

 今、戦っている相手に勝てれば、自分はもうB級に上がれる……はずだったが、目の前の幼馴染の黒江双葉はかなり粘っている。

 押しているのは自分の方、攻めの手数が多いのも自分のはずだ。スコーピオンと孤月のため、軽さに差があるから当然と言えば当然だが、にしても余裕を持って捌かれてしまっている。

 

「チッ……!」

 

 緑川は苛立ちを隠せなかった。物事がうまくいってる時に急に躓くと、人はストレスが溜まり、動きが単調になるのだ。

 スコーピオンを枝刃によって両手に装備し、まずは右腕から斬撃を繰り出す。それを、後ろに反り身で回避されたため、逆の腕で首を取りに行った。

 その攻撃に対して、双葉は孤月の峰に手を添えてガード。そのガードされた孤月に、さっき躱された右腕で斬撃を加える事で押し出し、後方に大きく吹き飛ばした。

 攻撃手の攻防にしては、かなり大きな隙だ。その隙を逃すようなアホではない。

 急加速し、追撃する。左手のスコーピオンを消して、右手一本に集中する。通り過ぎざまに一閃が来る、と読んでいたのか、目の前の双葉は、孤月を前方に構える。おそらく、ガードするのだろう。

 しかし、緑川は薄く笑みを浮かべ、攻撃はせずに双葉の横を通り過ぎた。

 双葉の背後の壁に足を着けると、そこを踏み台にして加速。前腕にスコーピオンを生やし、胴体を斬り裂こうとした。

 

「なっ……!」

 

 しかし、宙に浮いてるはずの双葉が、地面に孤月を突き刺して無理矢理止まっていたのを視認したことで、緑川の思考は凍り付いた。

 空中に浮いてて身動きを取れない相手を背後から襲撃するからこそ、急加速による直線的な一撃が決まるのだ。

 だが、相手が動きを止めているのなら、それは変わって来る。地面に突き刺した孤月の上に立っている双葉は宙返りと共に緑川の一撃を回避し、着地しながら孤月を地面から抜いた。

 こうなれば、隙だらけなのは緑川の方だ。今度は双葉が地面を蹴り、緑川の背中に追撃する。

 しかし、スコーピオンはどんな姿勢からも攻撃出来るのが強みだ。カウンター狙いで、背中から勢いよくスコーピオンを繰り出した。

 それも、双葉には読めている攻撃だった。下にしゃがんで回避し、孤月を振り抜いて緑川の身体を両断した。

 

 ×××

 

 その後、さらに8〜9本戦ったものの、双葉の勝ち星は七つ。おそらく今のC級で一番強いと思ってた緑川に勝ち越せたので、これはバカ師匠に報告出来る、と少しウキウキしながらブースを出ると、先程勝ち越した一個上の幼馴染が立っていた。

 

「駿、お疲れ様」

「お疲れ。双葉、強いね」

「そう?」

 

 悔しかったのか、その言葉は穏やかには聞こえなかった。多分、負けるのが初めてなんだろう。悔しさがにじみ出ていた。

 それに対し、双葉はあまり自慢にならないように答えた。

 

「まぁ、師匠がいるから」

「師匠?」

「一応。師匠に教わってなかったら、今みたいに戦えてなかったよ」

 

 それに対し、緑川は「ふーん……」と素っ気ない返事を返しつつ、一応、気にはなるため聞いてみた。

 

「どんなこと教わったの?」

「えーっと……」

 

 相槌を返しながら、トリガーを解除して生身に戻り、学生服のポケットからメモ帳を取り出した。

 

「『喧嘩の要領その1』」

「喧嘩?」

 

 そこに引っかかった緑川だったが、まぁ戦闘の要領って事か、と頭の中で切り替えた。

 実はこの要領は全部、海斗の生身の喧嘩から来てるものであり、しかもどう戦闘について教えたら良いか分からなかったバカ師匠に「じゃあ、生身の喧嘩の要領で良いので教えて下さい」と自分から提案した、なんて言えるはずなかった。

 

「『自分から手を出すな。まずは相手に殴らせて正当防衛を勝ち取る』」

「え、それ本当に喧嘩の要領なの?」

「黙って聞いて」

「アッハイ」

 

 続いて二つ目。

 

「『その二、相手の表情から、攻撃のタイミングを予測しろ』」

「急に高度になったな……」

 

 しかし、これに関しては海斗が自分のサイドエフェクトを隠すためにかなり遠回しに言ったため、高度な表現になってしまった。まぁ、双葉はサイドエフェクトについて知ってたためあまり意味なかったが。

 実際、一応努力してみたら分かりやすい相手なら表情からどう来るか予測できるようになってしまった。まぁ、強い奴ほど無表情で戦うのであまり意味はないが。

 

「『その三、あー……三つ目はないわ。強いて言うならフィーリングで』」

「投げやりだな! ていうか、言われた言葉そのまま書いてんの?」

「師匠からの教えだからね」

 

 というか、そもそもメモするほどのことは書いてあったのだろうか。正当防衛、動きを読め、フィーリングと大したことは書かれていなかった気がする。

 しかし、双葉はむしろ納得できた。喧嘩慣れしてる様子から、ボーダーに入る前は恐らくヤンキーだったのだろう。

 手を上げても敵に手を上げさせてから、絶対に自分から手を出さない正当防衛スタイルは、ボーダー隊員になってからはカウンターを得意とする戦法に変わっている。

 それを双葉も真似したお陰で緑川に勝てたわけだが、双葉としてはもう片方のスタイルも教わりたかった。自分に指導してくれる時の技で、拳や蹴りを使う技だ。

 双葉もそれを知りたい。戦闘において、孤月以外で敵に攻撃を与える方法が欲しかった。しかし、海斗はどうにもそれを教えたがらなかった。

 

「ちなみに、その師匠は何を使うの?」

「スコーピオン」

「お、俺と一緒じゃん。ちょっと会ってみたいんだけど」

「良いけど……」

 

 今、師匠がどこで何をしてるのか分からない。確かシフトは入っていなかったはずだが。

 まぁ、あの師匠を見れば大抵の人は怖がって、例え緑川でもナメた態度は取らないだろう、と思いスマホを取り出した。電話をかけるためだ。

 耳に当てると、ノーコールで電話に出た。

 

「もしもし、武天老師様ですか?」

「どんな呼び名?」

『どんな呼び名?』

 

 緑川と電話の相手の声がハモった。声の主は海斗ではなかった。やけに落ち着いた声だ。

 間違えて電話してしまったのかも、と思い、双葉は焦って画面を確認する。

 

「あれ、えっと……」

『ああ、悪い。俺は陰山じゃないけど、これは陰山の電話だよ』

「え? どちら様ですか?」

『村上鋼だ。陰山の友達だ』

 

 なるほど、と双葉はホッとした。もしかして、あのバカ師匠はスマホを落としたのだろうか。

 

「武天老師様は?」

『あいつどんな呼び方させてるんだ……一応、聞くが、陰山の事だよな?』

「はい」

『あいつはここだよ』

 

 そう言った後、スマホからはものすごい轟音が聞こえてきた。

 

『死ねコラカゲカスコラァアアアア‼︎』

『テメェもカゲカスだろうがボケナスがァアアアア‼︎』

 

 あと汚い暴言も。恐らく、自分達と同じようにブースで個人ランク戦をしてるのだろう。

 

『テメェのそのチリチリ頭削ぎ落として仏に転生させてやろうかアアン⁉︎』

『やれるもんならやってみやがれ禿げ‼︎』

 

 何を言ってるのか斬り合いの轟音でわからないが、多分汚い言葉を使ってるので分かりたくもない。

 ふと緑川の方を見ると、かなりドン引きしていた。

 

「……やっぱ俺会わなくても良いや」

「……うん」

 

 小さく頷くしかなかった。

 

『で、陰山に何か用か? 用があるなら後にした方が良い。こいつら、一度喧嘩を始めるとお互いにスタミナ切れるまでやめないから』

「いえ、たった今、なくなりました」

『そうか』

「では、失礼します」

『ああ』

 

 そこで通話は切れた。ため息をついてスマホをポケットにしまうと、緑川が割と本気で心配そうに双葉に声をかけた。

 

「あの……一応、聞くけど、カツアゲとかされてないよね?」

「されてない。変な人だけど悪い人じゃないから」

「悪い人としか思えなかったんだけど……」

「本当に。で、今日はどうする? もう少し戦る?」

「いや、今ポイントごっそり持ってかれてB級が遠のいたし……続きは正隊員になってから」

「良いよ」

 

 短くそれだけ話して、緑川はブースを後にした。またポイントを稼がなければならないが、それ以上に双葉へのリベンジが重要だ。

 今回の戦闘でも、双葉には師匠がいて、何となくだが、カウンターを狙う戦略があったのは分かった。なら、自分にもそういう戦略がないとリベンジは果たせない。今日の所は帰って考えてみることにした。

 さて、残った双葉はどうしようか。もう少し模擬戦を続けても良いけど、せっかく自分の師匠が全力で戦闘してるみたいだし、見学しておきたかった。

 村上の電話の向こう側では激しい戦闘音が聞こえたし、ランク戦でもやってるのは明確だ。それに追加し、第三者である村上との電話を通して戦闘音が聞こえた以上は、モニターに映ってるのは明白だ。

 なのでモニターに目を向けたのだが……映ってるのは、別の隊員の試合だった。

 

「……?」

 

 自分の推理が外れたのだろうか? まぁ、わざわざ推理だけで探すのは馬鹿馬鹿しい。探偵ごっこがしたいわけでもないので、再び電話を掛けた。

 

「もしもし?」

『もしもし……って、女の子?』

 

 別の声だった。さっき程は落ち着きのない声。割と友達多いじゃん、って思った直後だ。

 

『死ねオラァアアアア‼︎』

『テメェが死ねハゲェエエエエ‼︎』

『ハゲじゃねェはクソッタレがァアアアア‼︎』

『精神的にハゲェエエエエ‼︎』

『お前らうるせぇ! 電話中だ!』

 

 うるさいと文句が言える、ということは、ランク戦ではなく訓練室なのだろうか? 

 まぁ、怒鳴り返せるので師匠の友達なんだろう。自己紹介は会った時にすることにして、要件を頼んだ。

 

「あの……今、何処にいますか?」

『え? ああ、こっち来るのね。了解。太刀川隊の作戦室においで』

「え、た、太刀川隊⁉︎」

 

 その名はC級隊員の双葉でも知っていた。A級一位部隊であり、それはつまり、玉狛を除けばボーダー最強の部隊を意味する。それに追加し、隊長の太刀川慶は攻撃手ランキング、ソロ総合ランキング共に一位に君臨している男がいる作戦室だ。これにうろたえるな、と言う方が無理がある。

 

『道わかんないか?』

「い、いえ、大丈夫です。行けます」

 

 メンツに圧倒されそうだが、圧倒されている場合ではない。それよりも、師匠の戦闘が終わる前に早く行かなくては。

 走って廊下を移動し、太刀川隊の作戦室へ。考えてみれば、フル装備の海斗の戦闘を見るのは初めてだ。普段、双葉に指導してくれる時は明らかに全力ではないし、最初に見たときはレイガストを手放していた。ランク戦の様子は見せたがらないし。

 拳や蹴りを使うのは何となく分かっているが、どう使うのかがとても気になる。

 それ以外にも、そもそも師匠は何故、攻撃手ナンバーワンの隊室にいるのか、もしかしたら太刀川慶にも一目置かれているのだろうか、もしかしたら自分は割とすごい人を師匠に出来たんじゃないだろうか。

 考えれば考えるほどワクワクしながら作戦室に到着し、ノックをした。

 

「ほいほーい。およ? かわいいお客さんだねぇ〜」

 

 顔を出したのは、まさに「のほほん」を絵に描いたような顔をした女性だ。

 

「もしかして、君がカイくんのお弟子ちゃん?」

「は、はい。黒江双葉です」

「太刀川隊オペレーターの国近柚宇だよー。おいでおいで、今ちょうど盛り上がってるから」

 

 盛り上がってる、という言葉を聞いて、ワクワクはさらに増した。もしかしたら、四つ巴でもやってるのかもしれない。

 ウキウキしながら中に入ると、そこでは。

 

「クタバレオラァッ‼︎ ファルコンパァァァンチィッ‼︎」

「当たるかボケェ! カウンタァッ‼︎」

 

 喧しくスマブラをやる師匠の姿があった。その隣にはチリチリ頭の男の人、その隣には目を半開きにした落ち着きのある男の人、師匠の反対側の隣には、ニヤニヤと楽しそうに微笑んでるクリーム色の髪の男、そしてその隣にはモジャモジャした髪に髭を生やした唯一、成人してそうな歳上っぽい人がソファーに並んで座っている。ソファーの隣には椅子が置いてあって、そこには帽子を被った人が座っていた。

 みんなでゲームをやるためにわざわざ大移動したのだろうか、ソファーの向かい側に置いてあるもう一つのソファーの上にテレビが置いてあり、挟まれた机の上にゲーム機が設置されていた。

 少し離れたベッドでは、見覚えのある鳥の羽のようなアホ毛が寝転がってるのが見えた。

 

「……え?」

「やりたかったんでしょ? スマブラ」

「…………え?」

「ほら、入って入って」

 

 呆けてる間に、国近に背中を押されて作戦室の中へ。その国近に、あんまりにも理解出来ないため、恐る恐る聞いた。

 

「あの……みんなで訓練してたんじゃ……?」

 

 一応、喧嘩とは言わず表現を和らげて言ってみたが、何にしても伝わらなかったようだ。キョトンと可愛らしく首を傾げた。

 

「何の話?」

「え、だって……喧嘩してるみたいな声が……」

「ああ、それはカイくん達だけだよー。他のみんなは仲良くスマブラ中。小南は一勝もできなくて、ふて寝してるけど」

 

 やっぱあれ小南先輩だったのか……と、思う隙もなかった。全力戦闘かと思いきや、ただのゲームを奥から聞こえた戦闘音も、スマブラのものだったようだ。

 ガッカリした。ストレートに。肩を落として大きくため息をついた。ようやく師匠の全力の戦闘が見れると思ったら、全力のスマブラを見る羽目になった。

 とりあえず、国近の後に続いてバカな男子達の輪に入る。すると、まず最初に太刀川が気付いた。

 

「お。おい、陰山。来たぞ」

「ファルコンバァァァァンツ‼︎ ……え、来た?」

「オラァ、隙ありじゃボケェ‼︎」

「んがっ、テメッ……!」

「オイ、海斗。後にしろよ」

「悪いな、黒江。俺が席譲るから。やるだろ? スマブラ」

 

 最後に言ったのは村上だった。ソファーから立ち上がり、席を譲ってくれたが、その優しさがまた苛立ちを隠せなかった。そこで気を使うなら、まず自分の勘違いを解いて欲しかった、と。

 落胆やら苛立ちやらが渦巻いて、なんかもう頭の中がぐちゃぐちゃになった双葉は、怒鳴り散らすように答えた。

 

「やります!」

「お、威勢が良いね〜。よし、やろっか」

 

 幸い、四月になったとはいえ、まだ春休みだ。明日も学校はない。

 ムカつきを抑えることもなく、双葉はコントローラーを握った。

 

 ×××

 

 ヤケクソになった双葉だったが、ガチ勢には勝てなかった。正確に言えば、ガチ勢は国近のみだが、そのゲームに付き合ってる出水と太刀川も必然的に強くなるわけで。

 太刀川のリト○マック、出水のダッ○ハントに速攻でボコボコにされ、国近の膝の上で不貞腐れた。

 

「可哀想にねぇ。今、お姉さんが敵討ちしてあげるからね」

「やっちゃってください。ギッタギタにしてやって下さい」

「おいおい! 国近きちゃったらゲームにならんだろ!」

「太刀川さん、荒船さん! まずは柚宇さんから叩きましょう!」

「了解だ、ぶった斬ってやる!」

「ほほう、面白い。三人がかりとは」

 

 最早、どうボタンを押したらそうなるのか分からない速さで、国近の操るジョーカーが画面内で縦横無尽に暴れ回る。

 それを引き気味に見つつ、双葉はその線に放置されてる二人の死体をチラ見した。言うまでもなく、バ影浦とバ陰山だ。

 プレイ中にも関わらず、双葉は呑気に国近に聞いた。

 

「あの、ところで何故、武天老師様は喧嘩を?」

「武天老師様?」

「陰山先輩です」

「え、なんでそんな呼び方させてんのカイくん……」

「お喋りとは余裕だな国近!」

「余裕だよー。えいっ」

「はー⁉︎ 死んだ!」

「何やってんすか太刀川さん!」

 

 荒船はともかく、太刀川と出水はとても同じチームとは思えないコンビネーションの悪さで、的確に足の引っ張り合いをしているのをまるで無視して、国近は続けた。

 

「ん、大した理由じゃないよー。顔を合わせたらとりあえず喧嘩するの、あの二人」

「ええ……なんでですか」

「さぁ? 私も出水くんから聞いただけだから」

「あいつらはよく喧嘩するんだよ」

 

 口を挟んだのは、村上だった。

 

「似た者同士だから、同族嫌悪って奴かな。前まではカゲ……あ、髪がチリチリしてる方な。影浦雅人って言うからカゲなんだけど」

「……それ、二人ともカゲなのでは?」

「起きてる前で言うなよ。それをやったゾエが『こんなのと一緒の呼び方すんな』って、酷い目にあったから」

「……」

 

 危なかった、と双葉はホッと胸をなで下ろす。

 

「まだ陰山がB級に上がったばかりの頃はカゲの方が勝ってたんだが……少しずつ互角になってきてな。その戦闘の様子が他の隊員達にあまりに強烈な印象を与え過ぎるからって、カゲと陰山の戦闘は禁止になったんだ」

「ええ……」

「それから、喧嘩になったら別のことで決着をつけることになったんだけど、今日の決着が、たまたま出水がいたから太刀川隊の作戦室でスマブラで決めることになったんだ」

 

 何それ、とジト目になる。本当にバカな人を師匠に選んでしまったものだ。

 

「じゃあ、小南先輩達がいるのは?」

「せっかくだからゲーム大会することになって……強いて言うなら、たまたま近くにいたからだな」

 

 まぁ、そういうノリも高校生ならではなのだろう。双葉ももしかしたら高校生になった時……いや、にしても女子高生がすることではない。国近と小南が異端なのだと理解しておくことにした。

 

「で、良いのか?」

「? 何がですか?」

「今日、別にゲームをしにきたわけじゃないんだろ?」

 

 聞かれ、双葉は少しどきっとした。その通りだ、本当はマジの戦闘を見に来たわけだし、期待外れといえば期待外れだったかもしれない。それに、緑川に勝ったことも報告したかったし、色々な意味で残念だった。

 

「はい。本当は模擬戦でもやってるのかと思っていたのですが……」

「起こすか? 俺で良ければ、陰山とやりやっても良いぞ。あいつの全力を出させるくらいなら出来る」

「いえ、次の機会にします。今は寝かせておいてあげたいので」

「そうか」

「あの……こんな質問しては失礼かもしれませんが……」

 

 控えめに双葉は口を開くと、恐る恐る聞いた。

 

「私の師匠は、この中では何番目あたりに強いんですか?」

「……そうだな」

 

 顎に手を当てると、村上は今いるメンツを見渡した。出水は攻撃手では無いので外すとして、他は攻撃手が六人も揃っている。

 太刀川、影浦、荒船、小南、陰山、そして自分。強化睡眠記憶によって、この中で全員のスタイルを一番把握している村上的に判断した。

 

「3、4番目ってところじゃないか?」

「……真ん中くらいって事ですか?」

「ああ。太刀川さんと小南がツートップなのは間違い無いと思うけど、やっぱりカゲと陰山は互角だから。若干、陰山の方が勝率は低いけどな」

「……そうですか。師匠でも、そのくらいなんだ」

 

 ボーダーの攻撃手は化け物揃いだ。近界に比べて、原始的と言われることもあるトリガーだが、言い換えればシンプルということにもなる。

 シンプルな武器を取り扱う場合、まず重要なのは使用者の腕だ。それによって、武器の威力は大きく変わってくるのだ。

 そのシンプルなトリガーが主力である組織のトリガー使いのレベルが低いはずがない。

 双葉が目指すのは攻撃手だが、それは目の前の化け物達と競い合うことになる。

 追い付くには、一朝一夕では無理だ。しかし、モタモタしていると距離を離されてしまう。

 そのためには、剣の腕以外の武器……つまり、師匠の格闘術が必要だ。実際、喧嘩で自然と身についたものだから格闘術なんて大袈裟なものではないが。

 

「実は、本当は武天老師様の本気の戦いを見られると思って、今日はここに来たんです」

「……ああ、陰山の?」

「はい。ですが、武天老師様はそれを教えたがらないみたいでして……」

 

 ふむ、と村上は顎に手を当てる。まぁ、あのバカの考えてることは大体、見当がつく。それに、何度かサイドエフェクトを利用して海斗のスタイルを真似してみた感じから、教えるのを嫌がる理由もなんとなく分かる。

 しかし、双葉の早く強くなりたいという気持ちも分からなくもないので、気持ちは汲んでやる事にした。

 

「まぁ、俺の方から一応、聞いておいてあげるよ」

「ありがとうございます!」

 

 期待に満ちた表情で言われ、多分拒否られるのが想像できるので少し胃が痛くなった。

 

 



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何事もまずは自分で試せ。

 春休みも残り僅か。今日も今日とて元気に双葉はC級ランク戦で無双していた。

 普段、海斗の修行を受けているため、他のC級などまるで相手にならない。唯一、互角にやりあえる緑川も一足先に正隊員に昇格し、A級の草壁隊に配属されてしまった。

 ちなみに、双葉も昇格は目前だ。というか、さっさと上がりたかった。色々なトリガーも欲しいし、早く上位攻撃手の先輩方と闘って力試ししたい。

 そういえば、村上は海斗に交渉してくれたのだろうか。あの拳闘術はとても気になるのだが、殴り合いの喧嘩などしたこともない双葉は教えてもらわないと覚えられない技だ。

 もし、村上先輩でもダメなら自分から直談判しようかなーなんて考えてる時だ。

 

「ねえ、少し良い?」

 

 後ろから声をかけられた。振り返ると、金髪美人、という言葉がこれ程までに合う人がいるのか、と思うほどの美人さんがいた。口元には黒子があり、それがまた美人さに拍車をかけている。

 

「はい……」

「良い腕ね、あなた」

「え、そ、そうですか?」

「ええ。名前は?」

「黒江双葉です」

「そう。双葉ちゃん、ね……」

 

 女性の双葉から見ても、その女性は綺麗に見えた。その口元から溢れるセリフ一つ一つが、双葉の胸に刺さる。恐らく、かなりの実力者だろう。そんな人が、自分に何の用だろうか? 

 ちょうど、双葉がそんな問いを浮かべたとき、それに応えるようなタイミングで加古が答えた。

 

「単刀直入に言うわ。あなた、私の部隊に入らない?」

「……え?」

 

 ×××

 

 今日も今日とて、陰山海斗は暴れていた。今日の防衛任務は玉狛と。小南と二人で組んで、レイジと烏丸に援護してもらってトリオン兵をバッタバッタと斬り裂いていた。

 

「ッシャオラ! 15体目ェ‼︎」

「遅いわよ! 私なんてもう16体だから」

「違った、数え間違えてた。17だったわ」

「いや、アタシは19だから」

 

 違った。二人は競い合ってた。全然、組んでなかった。まぁ、お陰で烏丸もレイジも楽していられるわけだが。

 

「ちなみに、レイジさん。何体目っすか?」

「海斗が16、小南は17だな」

「おお、意外と接戦すね」

 

 そうは言うが、一撃の破壊力は小南の方が上だ。極端な話、バムスターだろうがモールモッドだろうが一撃で処理出来る小南の方が多いのは、ある意味当然と言える。これから差は開くだろうが、海斗はよく食らいついてる方だ。

 バムスターの背中を走ってジャンプした海斗の拳が空を飛んでるバドの腹をブチ抜き、そのバドを踏み台にして大型トリオン兵の頭を一気に狙う。そこからさらにジャンプしてバドを狙い、烏丸やレイジでなければ狙えなかった空中のトリオン兵をバッサバッサと連続で倒し続けた。それにより、海斗が小南のスコアを抜く。

 それを見て、小南も「おお〜」と声を漏らし、真似をした。

 

「あっ、テメェ人の手をパクんじゃねぇよ!」

「地上にいなくなったんだし、別に良いでしょ⁉︎」

「テメェにはメテオラがあんだろが!」

「メインは双月なのよアタシは!」

 

 なんてやってる間に、再び空中のトリオン兵は全滅。というか、玉狛が担当分のトリオン兵が全滅した。また新たな門が開くまでは待機である。

 

「烏丸、木崎さん。俺のスコアは?」

「24だな」

「小南のは?」

「27」

 

 海斗の隣に立ってる小南が、それを聞いて大きくガッツポーズし、海斗に思いっきりドヤ顔をした。

 

「はい、アタシの勝ちね? 後で晩御飯奢りだから」

「まだ任務時間中だから! 決着はついてないから!」

「もうあと7〜8分じゃない。これからは差が開く一方よ?」

「……まだチャンスはあるだろ。お前を倒せば」

「バカなこと考えるんじゃないわよ……それ、最悪トリガー没収だから」

 

 模擬戦以外でのボーダー隊員同士の戦闘は禁じられている。規律違反により、上の人から怒られてしまうのだ。

 流石に海斗がどんな破天荒なバカでも、そこまでのリスクを負うつもりはなかった。何より、それ以上に風間の方が怖い。

 

「大体、小南。テメェ、B級に上がって一年の奴に賭けを挑むんじゃねえよ」

「良いじゃない。あんたとなら、賭けになると思ったのよ」

「はぁ?」

「それに、ちょうど行ってみたいお店があったからね〜」

「結局、そこじゃねえか! 人を財布代わりにしてんじゃねーよ! 学園のマドンナかお前は!」

「どんな例え⁉︎」

 

 なんてやってるバカ二人を眺めながら、烏丸は少し意外だった。今のセリフ、小南の中ではかなりの褒め言葉だ。あの負けず嫌いの先輩が他人に対してそこまで言うのは珍しい。

 

「……やっぱ仲良いっすね。あの二人」

「まぁ、そうだな」

 

 レイジが後ろから頷き返す。素直じゃない奴らほど、競い合うと熱くなるものだ。

 

「小南と競い合える腕を持つ攻撃手は中々、少ないからな。小南は玉狛だしあまり本部に行くこともない。それなのに、たまにだがわざわざうちまで『今日はボコボコにする』なんて下らない目標を掲げてうちに来るあいつを、それなりに気に入ってるんだろう」

「なんていうか……なんで攻撃手の人ってこう、血気盛んなんですかね」

「さぁな。まぁ、味方なら頼もしい限りだろう。競い合いでもなんでも、敵を倒してくれればそれで良い」

「そっすね」

 

 そう返しつつ、烏丸は少し面白そうな気配を感じた。烏丸は知っている。男女間の友情は成立しない事を。

 烏丸の視線の先では、バカ達が何やら言い争いをしている。

 

「大体、学園のマドンナなんて……そんなアタシ以外にも学校に可愛い人たくさんいるわよ! 那須さんとか!」

「今、その可愛いの枠組みに自分を入れてただろ。つーか、お前がマドンナを名乗るにはおっぱいが足りない。増量して出直せ」

「あんたが言い出したことでしょうが! ていうか、あんたそれセクハラだからね⁉︎」

「ゆっさゆっさ揺れるおっぱいに一万円札挟めるくらいには増量して来い!」

「あんたのマドンナのイメージがさっぱり分からないわよ!」

 

 そればっかりは小南に同意するが……とりあえず、烏丸はその微笑ましいやりとりを見守った。

 

 ×××

 

 任務が終わり、海斗は帰ろうとした。その肩に、小南の手が置かれた。

 

「逃がさないわよ。ご飯奢り」

「……」

 

 逃げられなかった。仕方なく頷き、小南の言うお店に向かおうとした時だ。聞き覚えのある声が飛んできた。

 

「おい、陰山」

「げっ……か、風間……」

「少し良いか?」

「良くない。今から小南とデートだから」

「えっ、で、デート⁉︎」

 

 真に受けた小南は捨て置いて、速攻で拒否した。普通、男と女がデートという話になれば、誰だって遠慮するものだと思ったが……。

 

「そうか、では付いて来い」

「話聞いてた?」

「聞いてなかった。お前の嘘話に付き合ってやる暇はない」

「え、嘘なの⁉︎」

「別に付き合えなんて言ってないし」

「ちょっと海斗!」

「すぐに終わるから付き合え。忍田本部長がお呼びだ」

「海斗!」

「うるせえよ、お前黙ってろ」

 

 小南を黙らせてから、海斗は小さくため息をついた。流石に本部長からの呼び出しは無視出来ない。それに、割とちょうど良かったかもしれない。

 小さくため息をついた海斗は、小南の方に向き直っていった。

 

「と、いうわけで、奢りは無」

「待っててあげるから早く済ませてきなさい」

「お前どんだけ奢って欲しいんだよ……」

 

 まぁ、そこまで言われては仕方ない。海斗は風間とラウンジを後にした。

 決して隣は歩こうとせず、自分の先を進む風間に海斗は後ろから聞いた。

 

「で、何の用?」

「お前、黒トリガーは知ってるか?」

「知ってるよ」

「言ってみろ」

「黒い銃の引き金だろ?」

「違う。お前ホントなんでそんな何も知らないんだ? ボーダーについての資料とか、説明会とかそういうの見たり聞いたりしてないのか?」

「してない」

「……」

 

 こいつ、本当にもっと厳しく指導してやろうか、とさえ思ったが、今は本部長の要件が先だ。

 

「……黒トリガーとは、強力なトリオン能力を持つ者が、自分の命を掛けて作り出した、強力な力や能力を兼ね備えたトリガーの事だ」

「命? 両手広げて片足上げる?」

「何故、その例えで聞いた。合ってるとも間違ってるとも言い難いが……とにかくそれだ」

「なんてこった……黒トリガーを作れば、一生あのポーズができなくなるのか」

「違う。そうじゃない」

「死ぬんなら一生出来ないじゃん」

「……」

 

 前を歩く風間のポケットに突っ込まれた両手が、プルプルと震え始める。発してる色的に割と本気の殺意を出していたため、そろそろからかうのをやめた。

 

「で、それが何?」

「それの適合試験を行う」

「絶対時間がかかる奴じゃねぇかクソチビテメェボテくり回すぞコラアーハン?」

「すぐに済む。黒トリガーには好き嫌いがあり、それを判断するには、ただ黒トリガーを起動するだけだ」

「電源入れてパスワード入れて指紋認証して網膜スキャンして声合認証だろ? 騙されねーぞコラ」

「何処の秘密基地だ。パスワードなんてない。強いて言うなら、黒トリガーの名前がパスワードだな」

「名前なんてあんの?」

「ああ。お前に試してもらう黒トリガーの名前は『風刃』だ」

 

 風刃、と聞いて、その名前を陰山は頭の中で反復させた。おそらく、風の刃と書くその名前は、普通のブレード使いなら憧れる所だろう。

 しかし、目の前のバカは普通のブレード使いではなかった。

 

「何それ、月牙天衝?」

「今の所、7ポイントくらいだからな」

「何のポイント? 風間ポイントカード的な? Kカード?」

「ブン殴りポイント、Bカードだな」

「……」

 

 割と暴力的なポイントに、海斗は黙り込むしかなかった。

 連れて来られた先は、風間隊の作戦室だった。中では、風間隊オペレーター三上歌歩と、見覚えのないサングラスの男が立っていた。

 

「あ、陰山さん。お疲れ様です」

「乙。そいつは?」

「もう、初対面の人に『そいつ』なんて言っちゃダメですよ」

「バカヤロー。初対面だからこそ敵意を持って接するべきだろ。第一印象が良い奴にロクな奴ぁいねえんだ」

「どんな初対面を迎えたらそんな価値観になるんですか……」

 

 まぁ、実際その通りだったのだから仕方ない。特に、自分の親の部下だった連中は酷かった。幼かった海斗を騙そうと必死だったのをよく覚えてる。まだ第一印象最悪のヤンキー達の方が分かりやすくてマシだった。

 

「まぁまぁ、三上ちゃん。俺は気にしてないから。そういう未来が見えてたし」

「もう、迅さん……」

「そうだぞ、迅。そのバカを甘やかすな」

 

 風間が口を挟んだことにより、男は少し意外そうな顔をする。

 

「ありゃ、風間さんまで?」

「そういう奴に限って、甘やかすとそいつのためにならないんだ」

「テメェは俺の保護者かクソチビこのヤロー」

「ほらな? こういうとこだ」

「あははー……」

 

 苦笑いを浮かべつつ、自分も年上にタメ口を用いてるので人のことは言えなかった。

 何はともあれ、自己紹介しなければならない。サングラスの男は、ニヤけた笑みを浮かべたまま自分の胸を親指で指した。

 

「俺は迅悠一。S級の実力派エリートだ」

「人毛域S級の陰毛派エリート? 陰毛の上にズラなの? その髪?」

「……風間さん」

「こういう奴だ」

 

 実力派エリートであり、いつでも不敵な笑みを絶やさない男ですら冷や汗を浮かべるレベルの口の悪さだった。

 

「もう、陰山さん! いい加減にしないとコーヒー淹れてあげませんよ⁉︎」

「じゃあ紅茶で」

「いやそういう事じゃありませんから! 飲み物出しませんよ⁉︎」

「じゃあラーメン」

「食べ物も出ません!」

 

 と、風間隊オペレーターですら良いようにからかって見せていた。しかし、風間隊のオペレーターはただのオペレーターではない。四人姉弟の長女であり、ボーダー女子を軒並みメロメロにしている姉属性の持ち主だ。

 早い話が、聞かん坊をボケさせたままにさせるような姉ではない。

 ジト目のまま海斗の前に顔を出すと、割と本気で睨みつけながら、低い声で言った。

 

「……あんまり失礼な事ばかり言ってると、風間さんの指導の後に何も出してあげませんよ」

「……」

 

 それは困る。タダ飯にありつけなくなるというのは海斗の見事なウィークポイントだった。

 しかし、素直に謝ることのできない海斗は、仕方なさそうにため息をつくと、迅にこう聞くしかなかった。

 

「……で、なんだっけ? 名前」

「迅悠一だよ。お前は?」

「陰山海斗だ」

 

 さっきまでのやりとりを丸々なかったことにして、一からやり直した。面倒臭い人種である。

 その挨拶を見て、風間も三上も呆れ気味にため息をつくしかなかった。

 ちょうどその時、風間隊作戦室の扉が開いた。忍田本部長が入って来た。

 

「すまない、待たせたな」

「ホントホント〜」

 

 直後、海斗の頭に二発の拳が入ったが、忍田は気にした様子なく海斗に声をかけた。

 

「陰山くんもすまなかったな。任務の後だというのに」

「いえいえ、ボーナスをもらえれば」

 

 ガッ、ゴッ、とまた一発ずつ。風間隊の作戦室でこう言ったやりとりが見られるのはかなりレアな事なので、忍田も物珍しそうな苦笑いを浮かべてしまった。

 しかし、今は真面目な話なので、ツッコミやコメントは入れずに続きを話した。

 

「では、早めに済ませよう。三上、訓練室の用意を」

「はいっ」

「迅、風刃を」

「はいはい」

 

 との事で、訓練室に入った。中にいるのは海斗と迅と風間の三人。トリオン体で居るのは風間だけで、迅と海斗は私服のままだ。

 オペレーター室で部屋をいじるのは三上と忍田の二人。忍田が中にいる三人に声をかけた。

 

『よし、じゃあ陰山くん。良いぞ』

「へいへい」

 

 迅から風刃を受け取り、海斗はそれを手に取った。

 

「起動しろ」

「はいはい」

 

 そう言うと、海斗は左手に黒トリガー、右手に自分のトリガーを手に持ち、自分の前にかざした。

 四人とも頭上に「?」を浮かべるが、海斗は気にせずに黒トリガーを自分のみぎのお腹の前に突き刺すような仕草をとる。

 

「ビギィン! サイクロン」

 

 そう声を低くして叫ぶと、今度はノーマルトリガーをお腹に挿した。

 

「ジョォォォカァァァッッ‼︎ でんでんでーん、ででででんでんでーん、ででででんでんでーん、ででででーん♪」

 

 と、ノリノリで二人で一つの探偵に変身してる中、オペレーター室から冷静な疑問が飛んできた。

 

『三上、彼は何を?』

『おそらく、起動の仕方がわからなかったのかと。その場合、まず彼は人に聞かず、自分なりにやり方を探そうとする子なんです』

『まぁ、悪いことではないが……』

 

 時間が惜しい。というか、少しイラっとした。それを察してか、迅が隣から声をかけた。

 

「海斗、風刃起動で良いんだよ」

「む、なるほど。ちなみに、黒トリガーだけど風刃の部分をとってサイクロンにしてみたんだけど」

「良いから早くしろバカ」

 

 風間にも促され、仕方なく海斗は自分のトリガーをしまって黒トリガーを手に持った。

 

「風刃、起動」

 

 直後、黒いトリガーからブレードが伸びて、10本の光の帯が生えた。

 一先ず、適合と言ったところだろうか。しかし、海斗は何処か納得行かない様子。どうした? と風間が視線で問うと、不満げに答えた。

 

「これ、姿とかは変わんないの?」

「変わらない。安心しろ、身体はちゃんとトリオン体になってる」

「へー……なんか変身感なくて好きじゃないかも」

「お前は普段の戦闘体も私服と変わらんだろうが」

 

 それもそうか、と、心の中で同意しつつトリガーを担いで、何もない天井に声を掛ける。

 

「これで終わりか? しのっさん」

『いや、すまないがもう少しだけ付きってくれるか?』

 

 その声音は、さっきまでと違って真剣なものだった。流石に海斗も茶化すようなことは言えなかった。

 

『ここからが大事なんだ』

 

 ×××

 

 ラウンジで一人、待たされていた小南は、椅子に座りながら退屈そうに足をパタパタと振っていた。その子供っぽい仕草とは裏腹に、表情は少し曇っている。

 はっきり言って、帰っておけば良かった、と後悔していた。なーんでわざわざ待つ事にしたのか自分でも分からなかった。

 いや、それは勿論、海斗の奢りだからだが、にしてもだ。別に後日にしておけば良かったのだ。

 元々、落ち着きのない性格なので、こうしてると身体を動かしたくなってくる。

 

「あら、桐絵ちゃん」

「? あ、那須さん」

 

 声を掛けてきたのは、那須隊隊長の那須玲だった。鳥籠、としてボーダーの射手の中でもトップクラスの頭を持ち、恐れられている。

 

「珍しいね。ここでのんびりしてるなんて」

 

 案に「一人で落ち着いて座ってるの珍しいね」と言ってるわけではない。少なくとも那須にそんなつもりはない。

 もちろん、そんな風に小南は受け取らなかったから、つまらなさそうに唇を尖らせて答えた。

 

「人を待ってるだけよ。今日、この後に晩ご飯を奢ってもらえるの」

「へー、それは良いね。誰から?」

「海斗」

「かい……? あ、ああ、陰山くんか……」

 

 表情を曇らせる那須だった。どうやら、本当に女性戦闘員からは怖がられているようだ。

 

「あの、あいつそんな悪い奴じゃないわよ? 顔が怖いだけで、バカだし、アホだし、沸点低いし……」

「うん。分かるよ。じゃないと、桐絵ちゃんは仲良くしないもんね?」

「いや、アタシとは別に仲良くないけど」

「あ、あれ? そ、そーなの?」

 

 どう見ても仲良さそうだし、今聞いた感じでもお互いの事、割と分かってるような感じだったのに真逆の事を言われ、少しうろたえてしまった。

 

「ま、あいつ女の子相手には手を上げないから、模擬戦は無理だと思うけど」

「意外と紳士なんだー」

「口の悪さは異次元だけどね。……あいつ、人の胸をサハラ砂漠だなんだって……」

「またすごい例えを……」

「大体、女の子の身体的特徴に触れるのは絶対ダメでしょ。自分だって、目つきを逆三角にしてる癖に」

「桐絵ちゃん、小さいもんね」

「何か言った?」

「ううん?」

 

 微笑んだまま毒が聞こえた気がしたが、今は愚痴ってスッキリしたい。

 

「それに、玉狛に来たらまず私に喧嘩を売るのよ。この私に勝てるはずないのに、性懲りも無く」

「そうなの?」

「そうよ。まぁ、調子が悪い時は6-4で負けることも極稀にない事もないけど」

 

 それはすごい、と少し感心した。恐るべき喧嘩スタイルとトリオン体を扱うセンスだ。それと共に、小南の言い訳のレベルの低さをちらっと痛感したり。

 

「とにかく、あいつムカつくから。仲良くは絶対にないんだから」

「分かったよ、もう」

 

 頷くと、小南は満足そうに大きく頷いた。すると、ラウンジの扉が開き、噂をすればと言わんばかりのバカが姿を現した。

 

「……あ、戻ってきた」

「じゃ、私は失礼するね」

「うん、お疲れ様」

 

 那須と別れ、席から立つとこっちに歩いてくる海斗の方に向かった。

 

「遅いわよ」

「俺じゃなくて風間と忍田さんと迅に言え」

「迅? あんた、何してたのよ」

「なんか風刃の適合テスト」

「ああ、なるほどね」

 

 そんな話をしながら、小南の言う飯屋に向かった。

 

「で、どうだったのよ?」

「適合したよ」

「あら、そうなの? 良かったじゃない」

「良かったのか?」

「今は迅のものだけど、何かあったらあんたがS級になれるかもしんないってことよ」

「へー、S級なんてあるんだ」

「知らなかったの?」

「知ってるわけないだろ」

「むしろ知らないはずがないんだけど……」

 

 呆れながらボーダー本部を出て、連絡通路に入った。中は一本の道になっていて、電気が入り口までの道のりをパッと灯す。

 

「S級はほとんどA級隊員みたいなものだからお給料もつくし、部隊に入らなくても済むし、悪くないわよ割と」

 

 それを聞いて、廊下を歩く海斗の足が止まった。それを不審に思った小南が「どったの?」と言うように片眉をあげる。

 

「……給料、だと?」

「そうだけど?」

 

 一度は諦めたはずだった。自分にチームを組むのが不可能である以上、安定した給料など無駄であると。たまに出るボーナスで満足しておこうと。

 だが、ここでまさかこんな簡単に給料をもらえる道が提示されるとは夢にも思わなかった。あの黒トリガーさえ手に入れば、安定した金が入る。それも、ソロのまま、だ。

 しかし、もちろん弊害はある。迅本人だ。奴が生きている以上、風刃は手に入らない。

 

「……始末するしかないか」

「何怖いこと言ってんのよ! 言っておくけど、風刃は迅の師匠なんだから、バカなこと考えるのは辞めなさいよ⁉︎」

「え、そうなの?」

 

 そういえば、黒トリガーは人間の全部を注ぎ込んで作ったものだ。それが知り合いの遺品であっても何一つおかしい話ではない。

 

「……なるほど。割とマジな遺品なわけか」

「そうよ。よっぽどなことがない限り、迅は手放さないから。S級は諦めなさい」

 

 他に黒トリガーが出る事を待つわけにもいかない。諦めた方が良いのかもしれない。儚い夢だった。

 

「でも、それならなんで起動試験なんてやったわけ?」

「決まってるでしょ。迅に何かあった時のためよ」

「何もないだろ。どれくらいやる奴なのか知らんけど、緊急脱出があんだから」

「バカね。黒トリガーに緊急脱出があるわけがないじゃない」

「え、そうなの?」

「そうよ。黒トリガーはボーダーが作ったトリガーじゃないから。当然、緊急脱出どころかシールドも無いんだから」

「……なるほどな」

 

 相槌を打ちながら、連絡通路を出た。外は暗くなっていて、街から出ている桜と月明かりが上手いことマッチして、とても幻想的な風景になっているが、花より団子の二人には関係ない。

 早い話が、風刃はかなり上級者向けのトリガーなのだ。未来視のサイドエフェクトを持つ迅悠一なら相当の実力者が相手でない限りシールドなど必要ないし、それ以外にも元々の剣の腕など様々な面で相性が良過ぎるわけだ。

 

「つーか、何処で飯食うの?」

「黙ってついて来なさい。すごい名前のお好み焼き屋を見つけたから」

「すごい名前、ねぇ……」

 

 釈然としないながらも、二人で夜道を歩いた。

 

 ×××

 

 お店の前に到着した。お店の名前は「かげうら」だった。

 

「……なるほど、そういうことね」

「そ。もしかしたら、って思わない?」

「思わねーよ。てか、あの野郎の顔を思い出しちまっただろうが」

「前からここの前通ると美味しそうな香りすごかったんだから。絶対美味しいわよ」

「聞けよお前」

 

 良いから、と小南に背中を押され、入店した。

 

「いらっしゃいませー」

 

 中に入ると、脳裏に浮かんだムカつくチリチリ頭は出て来なかった。出迎えてくれたのは、エプロンをつけた女性だ。そのことに海斗はホッと胸をなでおろし、小南はつまらなさそうに舌打ちをした。

 

「二名様ですか?」

「はい」

「こちらのお席へどうぞ」

 

 そう言われ、案内された先に向かう途中、見覚えのある二人組と目があった。

 

「……あ」

「あら?」

「……お」

「……武天老師様?」

 

 村上鋼と、黒江双葉だった。

 

 



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面倒見てる子は可愛く見える。

 双葉が村上に連絡を取ったのは、個人ランク戦が終わった後、加古と話してすぐのことだった。

 何故、村上にしたか、というのは色々と理由があるが、まずは海斗のことを知ってる人物になる。その時点でメンツは米屋、影浦、出水、太刀川、国近、村上、荒船、小南と別れる。東隊のメンツもあるが、双葉はその辺と海斗が知り合いのことを知らなかったし、双葉自身も絡みがない。

 で、その時点で米屋、影浦、太刀川、国近、小南は論外である。

 残りは出水、荒船、村上だが、この前のゲームの時に一番、会話したのが村上だったから村上に頼むことにしたわけだ。

 すぐに合流することができて、村上が良い場所あるというから、影浦の店に入った。ここなら海斗は絶対来ないと思っての判断だった。

 

「で、話って?」

「実は……私、加古望さんにチームに誘われてまして」

「……へぇ、良かったじゃないか」

 

 加古望の事は村上も知っていた。射手ながら、スコーピオンとテレポーターを使い、近距離戦もこなせるA級隊員だ。以前は東率いる東隊に所属していて、A級部隊に身を置いていたこともあり、実戦経験も豊富だ。

 双葉自身、そのチームに誘われたことは嬉しい。A級隊員に実力が認められた、という事だし、B級をすっ飛ばしてA級に上がれるのだから尚更だ。

 しかし、だ。それでも双葉にはB級に上がった時点で考えがあった。

 それに関して、中々、言い淀んでいる双葉を見て、何となく察した村上が声をかけようとした時だ。

 

「前からここの前通ると美味しそうな香りすごかったんだから。絶対美味しいわよ」

「聞けよお前」

 

 そんな会話と共に入店する影が見えた。聞き覚えのある声だった。

 

「……あ」

「あら?」

「……お」

「……武天老師様?」

 

 バカ達が入ってきやがった。

 

 ×××

 

「で、なんでお前ら一緒にいたの? ロリコン?」

 

 開口一番の失礼な質問にも、村上は一切、不愉快そうな表情は浮かべずに首を振った。

 

「違う、陰山。黒江から相談を受けていたんだよ、俺は」

「おい、双葉。どういう事だ。師匠に相談せず、何故村上に相談する?」

「そんなの簡単な事でしょ。あんたより、鋼さんの方が頼りになりそうだからよ」

「お前に言われたくねーよ機械音痴」

「それは今関係ないでしょうが!」

「落ち着け、小南。飯中だ」

 

 怒る小南を嗜める村上。ここにいたのが村上で良かった、と双葉は割と本気で思ってみたり。

 

「ていうか、そっちこそ何故ここに? 小南はともかく、陰山がここに来るのが意外で仕方ないんだが」

「なんでだよ。お前、俺お好み焼き超好きだぞ。8位くらいだ」

「それ超好きなのか?」

「バカヤロー、数ある料理の中で8位はかなりトップだろ」

 

 7位のもんじゃ焼きが未だにお好み焼きを抑えている。超どうでも良いが。

 

「てか、意外ってなんで」

「そりゃ、ここはカゲの実家だからな」

「え、そうなん?」

「そうだよ。知らなかったのか?」

「……え、じゃあ俺、今あのアホの実家でこのアホに奢りで飯食いに来てんの?」

「奢りなのか?」

「プフッ……!」

 

 アホと言われたのにも関わらず、小南はあからさまにバカにしてるように吹き出した。それほど、海斗の今の状況が面白かった。宿敵の店で別の宿敵に飯を奢るとか面白過ぎる。

 しかし、意外にも海斗は小南をひと睨みしただけで何かそれ以上に言うことはなかった。

 

「じゃあ陰山、俺と黒江の分も頼む」

「ふざけんなバーカ。テメェ歳上だろうが。お前が奢れ」

「冗談だよ。だから奢らない」

「宣言すんな」

 

 そんな話をしてる間にお好み焼きが焼けてきた。一人、中々会話に混ざらなかった双葉がコテを手に取り、切り分けようとしたが、その手の上に海斗が手をのせる。

 

「いいよ、俺がやる」

「いえ、武天老師様にやらせるわけには……」

「バカ、こういうのは男がやるって縄文時代から決まってんだよ」

 

 そう言うと、強引に会話を打ち切ってコテを自分のものにし、切り分け始めた。

 

「前から思ってたけど、海斗ってなんでそんな男だ女だうるさいわけ?」

「ああ?」

「別にお好み焼き切り分けるくらい、誰がやったって誰も何も気にしないわよ」

「バカ、そういう問題じゃねーだろ。『好きなダムは何?』『ガンダムです』って言ってるレベルで的外れだ」

「あんた、前々から思ってだけど喩えが下手すぎて分かんないわよ」

「俺のポリシーの問題だ。例え、相手が小南でも女がいる場合は男が面倒なことをする、それだけだ。……おら、双葉」

 

 四分の一に切り分けたお好み焼きを、双葉のお皿の上に乗せる。

 

「あ、ありがとうございます」

「ちょっと、例え私でもってどういう意味?」

「はい。村上」

「ちょっと聞い……そこはレディファーストじゃないわけ⁉︎」

「バカヤロー、村上は先輩だろうが」

「いやいや、あんた言ってる事滅茶苦茶よ! てか、私をからかってただけでしょ⁉︎」

「正解っ」

「ムカつく!」

 

 村上の後、小南に、そして最後に自分のを切り分けた。マヨネーズが嫌いな海斗は、ソースだけをお好み焼きにブチまけ、口に運んだ。

 

「ん、美味っ」

「ほんと、美味しいわねこれ……」

「だろ? 割とボーダー隊員はここ来るぞ。俺とか荒船とか……あと影浦隊のメンバーも来るな。他にも結構、来てるんじゃないか?」

 

 その「結構」は多分、影浦の事を怖がらない上位攻撃手や歳上の人達なんだろうなぁ、と思いつつも、海斗は口にしなかった。今はお好み焼きの方が優先だ。

 もっさもっさと呑気な顔してお好み焼きを食べてる海斗を見ながら、双葉は小さくため息をついた。なんか、この調子じゃ村上に自分の相談が出来そうにないな……と。

 相談の内容が内容なだけに、師匠の前では何と無くしづらいし。

 すると、さっさと食べ終えた海斗が二枚目を焼くために再びタネを鉄板の上に流し込んでると、村上が聞いた。

 

「そうだ、陰山」

「何?」

「お前、黒江の修行、蹴りやパンチは教えてないんだって?」

「ボフォ!」

「双葉ちゃん⁉︎」

 

 唐突に噴き出した双葉のお好み焼きが海斗の顔面に掛かった。海斗にその手の性癖はないので全然ご褒美ではない。無言でティッシュで顔を拭いてると、小南がティッシュを取ってくれた。双葉に。

 

「大丈夫? 口元に飛沫が飛んでるわよ?」

「おい、まな板。そっちじゃねえだろ」

「当たり前のように失礼な比喩表現するのやめなさいよ!」

 

 そういつものノリで喧嘩を始める二人を差し置いて、双葉は村上の袖を引いた。

 

「ち、ちょっと……村上先輩……!」

「ここで話しといた方が良いだろ。どの道、本人に聞かなきゃならないんだ。今日、受けてる話とも噛み合う話だし、隠してても仕方ない」

 

 まぁ、代わりに聞いてくれるのはありがたい。今のヒソヒソ話は全然、聞かれていなかったが。

 村上が喧嘩中の流れを全く無視して海斗に聞いた。

 

「でも、黒江はそれを教えて欲しいんだって」

「オラ! どうよ!」

「全然痛くない」

「聞けよ、お前ら」

 

 グリグリとヘッドロックされてる海斗だが、全く涼しい顔を浮かべている。割とマジで痛みを感じてないって顔だ。

 村上が口を挟んだことによって、その絞め技は一時、中断される。

 

「陰山、教えてやるわけにはいかないのか?」

「いかない」

「そ、即答ですか……」

 

 双葉が顔をひきつらせるが、海斗は返事を変えようとしない。とりあえず、その理由を説明し始めた。

 

「そもそも、殴る蹴るって孤月だとあんま意味ねーんだよ」

「どういう事ですか?」

「そのままだろ。スラスターと違って打撃の威力が上げられるわけでもねえし、スコーピオンみたくどっからでも出せるのを利用し、ブラフに使えるわけでもねぇ。人間相手なら多少、吹っ飛ばせるが、トリオン兵をただの蹴りで蹴っ飛ばせるか?」

「あんたたまにやるじゃない。ダルマにしたモールモッドでこの前、リフティングしてなかった?」

「そりゃダルマにしたからな?」

「飛んでるバドをオーバーヘッドキックで地上に落としたこともあったな」

「……あれはむしゃくしゃしてたから。てか、村上。余計なこと言わないで」

「あ、あとアレもあったわよね。スラスター使ってたけど、バンダーの首にしがみついて背負い投げとか……」

「おい、お前らわざとだろやめろ。黒江がとても目をキラキラと輝かせちゃってる」

 

 割とバイオレンスな技が好きなのだろうか、この小娘は。カンフー映画に憧れてる中学生のような目をしていた。

 

「とにかく、黒江。孤月使いのお前にその辺は……」

「じゃあ、レイガストかスコーピオンを教えてください!」

「それもダメ。まだC級だろうが」

「では、B級になったら……!」

「いーやーでーすー! じゃんねんでしたー」

 

 煽るような返事に、双葉は少しイラっとしたが、ここは抑えた。しかし、理由を聞かずには引き下がれない。

 

「せめて理由を教えて下さい」

「だから、孤月使いの場合はあんまり旨味が……」

「……それだけじゃ無いですよね。基本、師匠の教えって根性か『慣れろ』だけなのに。そんな立派な理屈、立てる方がおかしいです」

「なるほど」

「一理あるわね」

 

 目の前の三人が自分をどう思ってるのかよく分かってしまった。何処までバカだと思われてるのか小一時間ほど掛けて問いただしたいところだが、なんか三人の雰囲気がそんな感じではない。

 

「答えてあげなさいよ、海斗」

「師匠だろ。そういうのは言ってやった方が良いぞ」

「……お好み焼きひっくり返さないと」

「俺がやるから」

「師匠なら、弟子の質問には答えてあげなさい」

 

 小南にグイっと肩を引っ張られる。席は海斗が壁際だし、とても逃げられない。

 観念したようにため息をつくと、海斗は目を逸らしながら答えた。

 

「……まぁ、その……何? 嫌われるでしょ。拳なんか使ったら」

「は?」

「小南、お前ならどうだよ。戦闘の途中で殴られたりなんてしたら。斬られて負けるのとはわけが違うだろ」

「それは……まぁ?」

「特に、俺のスタンスは顔面とか股間とか鳩尾とか的確に狙うし、それを女の子の黒江にやらせるわけにいくか」

 

 海斗はそう言いつつ、目を逸らした。

 双葉は目を丸くして瞬きを繰り返した。

 小南も意外そうな顔で唖然とした。

 村上は何となく気付いていた。

 

「……あ、あんた……親バカ……いや、師匠バカなの?」

 

 小南が、もはやからかう気も起きずに呆れたような声で言った。海斗は目を逸らしながら言い訳をするしかない。

 

「うるせーな。親がやりたい放題やって、そのツケを追い回されんのはうんざりだ。俺ぁ、教えて良いものと教えちゃいけねーもんは弁えてんの」

「心配し過ぎでしょ……。別に、殴られたくらいで腹を立てるボーダー隊員なんていないわよ」

「うるせー! テメェにも弟子が出来りゃ分かるわ! 何かあったら俺の所為になっちまうんだから!」

「そんな気負う事ないわよ。どうなろうと、ボーダーじゃ問題ないわ。極端な話、どんな事したって戦闘訓練の一環なんだから。むしろあんたの方が態度改めなさいよ。可愛い弟子に変な噂が立つかもしれないじゃない」

「大丈夫だ、黒江は良い子だ」

「目付きの悪さとかあんたそっくりだけどね。それでも可愛さが違うけど」

「ああ? 黒江の悪い噂を立てる奴らがいたら全員八つ裂きに……」

「そこまでにしておけ、陰山」

 

 そこで、ようやく村上が口を挟んだ。何事かと二人揃ってそっちを見ると、村上の隣の双葉が顔を赤くして俯いていた。

 

「あんまり褒めちぎってやるな。ある種の公開処刑だぞそれ」

「「……」」

 

 キッとバカ師匠を睨む双葉。弟子にそこまで睨まれたのは初めての経験だったからか、海斗を押し黙らせるほどの気迫があった。

 

「あーあ、私知ーらない」

「いやお前も原因だろ!」

「これはもう教えてあげるしかないんじゃない?」

「それとこれとは話が別だろ!」

「でしたら、武天老師様」

 

 唐突に口を挟まれた。顔を赤くしたままの双葉が、今しかないと言わんばかりに聞いてきた。

 

「私、B級に上がったらレイガストを覚えます」

「……えっ」

「レイガストと孤月の二刀流を目指したいです。ですので、正隊員になったら、教えて下さい」

「……えー」

 

 顔をひきつらせる海斗。小南と村上を見たが、二人とも首を横に振った。

 

「それなら良いんじゃない? レイジさんもやってるし」

「そうだな。レイガストパンチなら、変な風評被害も出ないだろう」

「……お前らなぁ……」

 

 ……ダメそうだ。これはもう断れる流れではない。武器を用いた攻撃方法だし、確かに大丈夫かもしれないが……。

 

「怖がられたり」

「しないから。あんたと違って可愛いし」

「そうだな。陰山だから怖がられてるとこもある」

 

 ……やはり、逃す気は無いようだ。ここらが折れ時なのかもしれない。

 

「……わーったよ……」

「! 良いんですか⁉︎」

「まぁ、うん。もう良いや」

 

 まぁ、たしかに双葉に殴られるのは一部からはご褒美かも知んないし、と納得することにした。

 さっきまで頬を赤らめていた双葉は、今度はニコニコと嬉しそうにし始めた。仏頂面の時と変わって分かりやすい子である。

 そんな双葉に、村上がお好み焼きを切り分けながら、肘をつついて促した。本題に入るためだ。今の流れなら、それを言うのにもってこいのタイミングだ。

 

「あの、武天老師様」

「界王様」

「え?」

「俺が今から教えるのは界王拳って名前にするから、今日からは界王様です」

「分かりました。界王様!」

「いやいやいや、分かるなよ」

「ツッコミなさいよ、双葉ちゃん。そいつ、付け上がるわよ」

 

 と、無駄なやり取りの後、双葉が瞳を輝かせたまま声をかけた。

 

「あの、界王様!」

「俺に話しかけるときはまずダジャレを言うように」

「それは流石に面倒臭いです」

「え? あ、うん」

「実は、もう一つご相談が」

「何? 界王様に一体、どんな相談が?」

「実は、A級部隊の隊長さんにチームに誘われまして」

 

 お好み焼きを村上に分けてもらいながら、そう告白すると、海斗はしばらく真顔になった。

 双葉は確かに強い。スカウトされてもおかしくない。しかし、それでもまだ中学一年生だ。東や風間によく言われるが、個人が強けりゃ良いってものではない。戦略や戦術が重要なのだ。

 にしても、中学生の幼女に声をかけると言う事は……。

 

「ロリコンか。そいつを殺す」

「いや、違います。加古さんは女性の方です」

「あら、加古さんから誘われたの? 良かったじゃない」

 

 口を挟んだ小南に「知ってんのか?」と視線で問うと「逆に知らないの?」とすっごい小馬鹿にされたような顔で見られた。

 

「元A級一位部隊の射手よ。大ベテランじゃない」

「過去の栄光に興味ないんで。加古だけに」

「下らないこと言わないの。本人が聞いたら……いや、割と笑いそうな気もするけど」

 

 しかし、女性が相手、それもベテランなら海斗も安心出来る。変な目には遭わないだろうし、自分では教えられない戦術についても学べるだろう。

 

「行けば良いじゃん。なんで悩んでんの?」

「っ、そ、それは……」

 

 聞くと、突然言いづらそうに歯切れが悪くなった。それを見て、海斗も小南も頭上に「?」を浮かべる。

 どうしたものか、双葉は悩んだが、さっきのお願いもなんだかんだ妥協してくれたし、もしかしたら聞いてくれるかも、と思い、勇気を振り絞って言った。

 

「界王様も、私と同じチームに」

「ワリムリ」

「なんでですか⁉︎ ていうか早いですよ!」

 

 ガビーん、と音がしそうなほどショックを受けた双葉は大きなツッコミを入れた。

 

「その加古って人は俺知らんし。女の人が隊長ならなおさら無理でしょ俺が入ったら」

「で、でしたら、界王様が組む部隊に私が」

「ほれふぁ……もぐもぐっ、ゴクン。やめておいた方が良いわよ」

 

 お好み焼きを食べていた小南が口を挟んだ。

 

「そこのバカが隊長なんてやったら終わりよ」

「どんなに有能なチームメイトが集まっても秒で散るわ」

「テメェに言われたくねえよバカ」

 

 そう言い返したものの、あながち間違いではない。海斗自身、戦術なんて考えるのは真っ平だ。それよか、切り込み隊長でもやって大暴れしてる方がよっぽど性に合ってる。

 しかし、黒江は納得いっていないようで、海斗をジトーッと睨んでいた。それに対し、海斗は仕方なさそうにため息をつくと、真剣な表情になった。

 

「黒江、なんで俺が武天老師と名乗ったか分かるか?」

「ドラゴンボールが好きだからですか?」

「それもあるが違う。俺がそう名乗ったのは、早い話がお前と戦うためだ」

「へ……?」

 

 ポカンとする黒江に、海斗は続けた。

 

「武天老師……つまり、亀仙人は弟子の成長を見届けるため、ジャッキー・チュンと名乗って大会に出場した。俺は、それがやりたかったんだ」

 

 村上は「こいつ何言ってんだ?」と言った顔になってるが、双葉とついでに小南も興味深そうに頷いている。そもそも、今は界王だ。

 

「他所の隊に行って、俺の元で習った技と、俺以外から教わった技を組み合わせ、自分のスタイルを持って俺にぶつけて来い」

「……はい!」

 

 いつのまにかやる気満々になった双葉を前に、海斗はようやく一息ついた。

 そんな海斗を眺めながら、村上は思うしかなかった。これでこいつ、何処かの部隊に入らなきゃいけなくなったがどうする気なんだ? と。

 

 



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喧嘩はバカの華。
プライドの高い奴ほど義理堅い。


 例え地元の高校に通っていても、一人暮らしなら朝は早い。まずは朝早起きして歯磨きをして、洗濯機を回し、朝飯と弁当を作り、食べ終えたら洗濯物を干し、もっかい歯磨きをすればもう出発の時間だ。

 つまり、だ。寝坊なんてすればその時点でアウトである。

 

「……」

 

 現在、午前8:45。授業開始まで15分前、ホームルーム開始までマイナス15分前である。

 まぁ、寝坊しちまったもんは仕方ない。今から慌てたって遅刻は遅刻なのだ。

 そのため、海斗はのんびりと身体を起こし、いつものように急ぐことも慌てる事もなく、朝の身支度を終えて学校を出た。

 いや、正確には朝飯と弁当は諦めた。途中、コンビニで買い食いして行くしかない。

 制服に着替え、鞄を持ち、トリガーと財布をポケットにしまい、欠伸をしながら家を出た。

 規則正しい生活をしている者なら、心地よく目覚めた朝というのはとても気分が良い。寝起きはどうも機嫌が悪くなる場合が多いが、気分の良い目覚めはそれらを全て打ち消してくれる。

 まぁ、海斗の場合はこれから教師に怒られるわけだが。それくらいなら別に構わない。慣れてるし。

 そんな事思いながらコンビニに入ると、今日は月曜日であることを思い出した。

 その時点で脚は雑誌売り場へ向かった。ジャンプを手に取ると、他の手もそのジャンプを掴んだ。

 

「……」

「……」

 

 影浦雅人である。

 

「……なんだよ。いい歳こいて週刊少年漫画雑誌か?」

「テメェが言うなコラ。良いからその手ェ離せ。俺のが早かっただろ」

「いや同時だ。ここは歳上の俺に譲れ」

「歳上なら歳下に譲る度量くらい持てやコラ。テメェそれでもセンパイか?」

「センパイがなんでも言うこと聞いてくれると思うなよバカ。一昔前の体育会系は後輩が全部譲ってただろうが」

「いつの話をしてんだ。今の時代は先輩には器量があることで初めて価値が見出される時代になったんだよ」

「テメェ、優先席が何のためにあるのか知らねえのか。歳上の方を労わるためだろ」

「バカ、優先席は生後0〜1年の子供を抱える親御さん優先でもあんだよ。つまり、歳下優先だ」

「あれは親御さん優先であって赤ん坊優先じゃねえだろ」

「赤ん坊がいるから優先されてるわけで、つまり赤ん坊優先だぞ。親御さんソロプレイで優先されるか?」

「なんだよソロプレイって。じゃあ逆に」

「あの、お客様」

 

 全く別の方向に口喧嘩が飛んでる途中、店員さんがやんわりと声を掛けた。二人してそっちに顔を向けると、営業スマイルで言った。

 

「二冊あるので、さっさと買ってくれませんか?」

 

 ×××

 

 朝から教師に怒られるより不快な思いをした海斗は、その後もずっとイライラしっぱなしだった。

 しかし、単純な男は機嫌を直すのも単純だ。出水に飲み物を奢ってもらい、すぐに素のテンションに戻った。

 現在、放課後。正確に言えば、昼休み直後、つまり5〜6時間目辺りだが、突然の呼び出しによって防衛任務に就いていた。

 その雰囲気はかなり異様な空気に包まれていた。

 

「……」

「……」

「……」

 

 今日の防衛任務のメンバーは海斗、影浦、三輪の三人だった。いや、一応は古寺もいるが、かなりいづらそうにしている。

 はっきり言って、異色のチームだった。だが、仕方のない事だ。元々、予定だった三輪隊のメンバーの米屋と奈良坂が風邪でダウンし、急遽、呼び出しで三輪と同じ高校で非番だった二人が呼び出されたのだ。

 

「……」

「……」

「……」

 

 三人は突っ立ったままずっと目を合わせなかった。

 正直に言うと、海斗は三輪秀次という人間が苦手だった。姉が近界民に殺されてる事もあって、ボーダーにいるときは常にピリピリしている。高校では別のクラスだが、遠目に見てもあまりクラスに馴染んでる様子はないし、何となく言い放題言いにくい……なんてありきたりな理由ではなく、単純にこの前、本部の食堂でラーメンの器を片付けていたらぶつかってしまい、スープを頭からぶっかけてしまったからである。

 謝ったが、普通の奴ならキレるなり何なりする所だが、メチャクチャ眉間にしわを寄せて「……気にするな」と言われてしまったからである。その方が気にしてしまうものだ。

 それ以外にも、なんか前々から少し見られてる気がしたが、感情の色を見ても悪意的な感情は抱かれていない。むしろ興味を持たれている感じだから「なんか用か?」などと喧嘩腰で問いただす事も出来なかった。

 だから、こうして一緒にいるだけで、少しずつだがストレスが蓄積されていく。

 そんなムシャクシャしてる時に、門の開く音がした。それにより、海斗と影浦は顔を向けた。

 

「お、来た」

「おい、海斗」

 

 声を掛けたのは影浦の方だ。下の名前で呼んでるのは、苗字に自分と同じ「カゲ」が入ってるのが腹立つため。

 ギザギザの歯を剥き出し、好戦的に微笑んだ影浦が声を掛けた。

 

「朝の続きだ。どっちが先に倒すか競争しようぜ」

「はっ、上等だコラ。負けた方は?」

「風間さんの身長をメジャーで測る」

「「オーケー!」」

「……」

 

 三輪の視線を感じつつも、海斗は振り切って影浦とバムスターに突撃した。

 足の速さは海斗の方が上のため、バムスターに先に接近したのは海斗の方だ。途中で大きくジャンプし、目玉に一直線で一撃を狙う。

 しかし、影浦には自身が考案した中距離戦技、マンティスがある。

 

「海斗ォ! 怪我したくなきゃ、退きなぁ!」

 

 実際にはトリオン体のため、怪我なんかしない。しかし、誤射による緊急脱出なんてあってはならないし、馬鹿のくせにプライドは高い海斗にとってはある意味、大怪我だ。

 だが、海斗はその斬撃を、スラスターレイガストパンチで止めた。その衝撃をさらに自身の加速に用いた。

 そのまま一気に目玉を取ろうとした直後だ。バムスターが姿勢を崩したようにガクンと大きく傾いた。

 

「あ、この野郎⁉︎」

「お前への一撃は一瞬、動きを止めるためのもんだよ!」

 

 影浦が二発目のマンティスでバムスターの脚を大きく殴り飛ばし、標的を消したのだ。

 グラスホッパーのない海斗は、そのまま勢いを止められず、電柱に着地した。

 その隙に、影浦は距離を詰め、崩したバムスターの脚を踏み台にして大きくジャンプし、目玉に一閃を放っ……。

 

「させるかボケェ‼︎」

「うおっ⁉︎」

 

 唐突に電柱がとんできた。影浦に向かって。海斗が電柱を斬り裂いて、屋根の上から投擲したものだ。

 その電柱を踏み台にして、何とか空中で身を翻して地面に着地し、海斗に吠え散らかした。

 

「テメッ、何しやがんだコラァッ⁉︎」

「あ、ごっめーん、手が滑っちゃったー。キャハっ☆」

「気持ち悪ぃんだよハゲ!」

「アア⁉︎ テメェから片付けてやろうか⁉︎」

「上等だボケェッ‼︎」

 

 もはや、ただの喧嘩が始まりそうになった時だ。二人を影が覆った。ふと顔を上げると、さっきまでタコ殴りにされていたバムスターが起き上がっていた。「よくもやってくれたな」的な。

 しかし、トップランカーの攻撃手たる二人はそんな事じゃ慌てない。

 

「はっ、面白え。最初にやり合った時と同じだ」

「せーので、殴りっこだな?」

「「せーのっ‼︎」」

 

 と、拳を引いた時だ。バムスターに無数の鉛が付けられた。

 

「「……アア?」」

 

 間抜けな声が出たのも束の間、奥から二人の間を抜けて拳銃によるアステロイドが通り、バムスターの口の中の目玉に穴を開けた。

 それにより、完全に沈黙するバムスター。海斗も影浦もポカンとしてる間に、三輪が腰のホルスターに銃をしまいながら戻って来た。

 

「陰山、影浦さんも。競うのは結構だが、仕事はキチンとしてくれないと困る」

「アア⁉︎ んな事ァ、テメェに言われたかねェんだよ‼︎」

「人の喧嘩に水差すんじゃねえよツルツルヘアーが‼︎」

『陰山くん、影浦くん?』

 

 背筋が凍るような声が、海斗と影浦の耳に響いた。三輪隊オペレーター、月見蓮の声だ。

 

『あまりふざけてると後でお説教よ?』

 

 海斗も影浦も、俗に言う怒られ慣れたタイプの人間だ。だからこそ分かる事がある。この人の声はヤバいタイプのそれだ。

 

「……テメェ後で覚えてろよ」

「こっちのセリフだボケ」

 

 そう言うと、また新たに出現した門を二人は睨んだ。さぁ、八つ当たりの時間だ。

 

 ×××

 

 その後、海斗達は完璧以上に任務を遂行してみせた。と、いうのも、八つ当たりモードの海斗と影浦の活躍はまさに鬼神の如き活躍だった。

 例えば、影浦雅人。お得意のマンティスと、異様に早い剣速で近界民を片っ端から斬り刻んだ。

 例えば、陰山海斗。拳と脚でトリオン兵をサンドバッグにしていた。最早「それお前のストレス発散じゃね?」と言わんばかりに。

 例えば、三輪秀次。元々、近界民に恨みがあるため、もういつも通り無機質にボッコボコにし続けた。

 はっきり言って、古寺の役割なんか一ミリも無かったが、まぁそれは置いとくとして、だ。

 だから海斗は釈然としなかった。三輪隊の作戦室で、自分が歳上の綺麗な怖いお姉さんに説教を受けてるのが。

 

「わかるわね? 戦闘中に喧嘩は絶対ダメ。影浦くんは歳上なんだから、ちゃんと敬わないと」

 

 あんなのを敬う理由が無い、と心が叫びたがっていたが、ここで何か言えばまず間違いなく説教が長引くので黙っている。

 

「本当に反省しなさいね? 相手が統率されていないトリオン兵だから良いけど、それなりに大きな規模の侵攻を受けたら、喧嘩なんてしてる場合じゃなくなるのよ?」

「分かってるっつーの……」

「……そう。まぁ良いわ。次、同じ事をしたら今度は風間さんも来るからね?」

「へいへい。……鬼ババァ」

「もしもし、風間さん?」

「嘘です、ごめんなさい」

 

 スマホを取り出されたので土下座して謝った。軽い頭である。

 ようやく解散を命じられ、海斗が三輪隊の作戦室を出ると、扉の前で三輪が待機していた。

 何か文句でも言われるのだろうか。それはもう月見によってされてるし、何か言われたら思いっきり言い返してやろう、そう心の中で宣言してると、三輪が口を開いた。

 

「……陰山。もう説教は済んだのか?」

「済んだよ」

「なら、付き合ってもらえるか?」

「俺、のんけなんで」

「そうじゃない。ラウンジで何か奢」

「行こうか」

 

 そんなわけで、ラウンジ。二人で席に座り、コーヒーを飲んでいた。

 ズゴゴッとストローを啜ってから、片眉をあげた。

 

「で、用って? 告白?」

「違う。ただ、少し聞きたいだけだ。なんでそんな戦い方が出来るのか」

 

 ああ、いつものアレか、と半ば落胆した。要するに、こいつも自分の喧嘩スタイルが知りたいとかそんなんだろう。

 アレは、はたから見たら強そうに見えてるかもしれないが、海斗がこのスタイルなのはこれが馴染んでるからであって、他人が真似して出来るものではない。

 しかし、次に三輪から飛んで来たのは予想外の感想だった。

 

「その、なんていうか……お前の戦闘を見ていたら、かなりスッとしたんだ」

「は?」

 

 何言ってんの? と言わんばかりに聞き返すと、三輪は続けて語り始めた。

 

「あの近界民どもを、殴って膝蹴りして……武器を普通に使うより、遥かにエゲツなく戦っているだろう。側から見てても少し引くくらいに」

「や、そんなつもりはないんだけど」

「俺は、姉を近界民に殺された。ボーダーの中でも、かなり近界民に対する憎しみは大きいと思っている。しかし、お前の戦い方を見ていると、自分の戦い方はまだ緩い気がするんだ」

 

 そんな事ないと思うけど、と思ったが黙っていた。実際、鉛弾で身動き取れなくしてからトドメを刺すスタイルは、中々に海斗に負けず劣らずのエゲツなさな気もする。

 しかし、そんなことを気にしてる場合ではなかった。次に三輪の口から飛び出したのは、とてつもない勘違いだった。

 

「もし、良かったら、聞かせてくれないか? どうしてお前はそんなに近界民を憎んでる?」

「は?」

「憎んでいるから、そこまで相手を袋叩きにしようと思えるんだろう?」

「……」

 

 これはマズイ、と海斗の頬を汗が伝る。だって、全然憎んでなんかいないから。

 だが、目の前でバッキバキに近界民を恨んでる相手にそれを言える程、海斗は気が大きくなかった。ましてや、自分は両親を殺されているのに憎んでいない口だ。おそらく、目の前の悩める少年とは一生、分かり合えないかもしれない。

 

「……う、うーん……」

「まぁ、無理にとは言わない。近界民による被害で痛めた心なんて、自分にしか分からない事だからな」

「……」

 

 そう言う三輪は、姉の事を思い出したのか奥歯を噛み締めていた。

 さて、困った。正直、ボーダーに入って以来の危機だ。しかし、彼も自分と同じ境遇かもしれない人間を見つけて、相談相手が出来たと思っているのかもしれない。下手なことを言う気にはなれなかった。

 何とかして言い訳を言わねば。しかし、この言い訳も下手なことを言えば変な感じになりそうだし……。

 とりあえず、嘘ではない部分を言った。

 

「……まぁ、うん。えーっと、ほら、アレだよ。俺も両親死んでるし、別に恨んじゃいないが、ナメられたまま終わる気はない、みたいな……」

 

 嘘ではない。金が欲しい、という部分を丸々カットして言うと、三輪は顎に手を当てて意外そうな顔を浮かべた。

 

「……近界民を恨んでいないのか?」

「え?」

「両親が、亡くなられたのに?」

「あ、うん。まぁ、俺の両親は良い人だったわけじゃねぇし。家族旅行よりも接待ゴルフを優先されてたから」

「……そうか」

 

 三輪はまた再び、表情を曇らせた。やはり、色々と思うところがあるようだ。

 自分は、シスコンと言われても構わないほど姉が好きだったから、家族が好きではなかった目の前の男の気持ちは分からない。しかし、それでも海斗は近界民に対し、闘志を燃やしているのはよく分かった。

 戦闘バカの米屋陽介のはまた違い、ナメられっぱなしで終わるつもりはない、という思ったよりふざけた理由だった。

 しかし、三輪はその考えは何となく嫌いではなかった。さて、そろそろ帰らねばならない。

 

「……話を聞いてもらって悪かったな」

「あ、もう終わり?」

「ああ。そろそろ帰る」

 

 そう言って、三輪は立ち去った。その背中をぼんやり眺めながら「変なのに目を付けられたなぁ」と思いつつ、海斗もそろそろ帰宅することにした。

 席を立ち、小さく伸びをしてボーダー本部を出た。

 

 ×××

 

 街を歩いてると、もう夕方にも関わらず、外はまだ明るかった。街灯もあるんだろうが、何より日が伸びたんだろう。

 もう春だし、当然と言えば当然だが、これから夏がやってくると思うと憂鬱だった。暑いし外に出るのも嫌になるし、中間と期末もあるし。それを乗り越えれば夏休みだが、夏休みもボーダー本部まで来なければならない。それは少し憂鬱だ。

 また、八月といえば誕生日がある月だが、親から金以外のプレゼントを貰ったことがないため、特に特別感はなかった。いや、去年の夏だけは米屋と出水に祝ってもらえて馬鹿騒ぎしたのを思い出した。楽しかった。

 高校に入ってから友達が出来て、中々、楽しい思い出も増え、ボーダーに入ってからは更に友達や知り合いの幅が広がったので、出水と米屋には感謝しなければならないかもしれない。

 ……まぁ、こんな事、絶対本人達には言えないが。

 そんな事を考えながら歩いてると、ふと視界に変なのが見えた。

 

「残念、この道を通るには通行料が必要です」

「通行料はー……三千に負けてやるよ」

「通常は四万なんだけどな」

「ギャハハっ、負け過ぎだろ!」

 

 ……心底深いため息が漏れた。自分も前まで似たようなことをやっていたが、あのての原始人がいまだに消えないのは本当に厄介だ。自分達の仕事は、あの辺の連中も守らねばならないのだから。

 まぁ、とはいえ夕方に一人で歩いてる、あの中学生くらいの少年も良くないのだが。

 何はともあれ、見逃すのは良くない。歩いて声を掛けた。

 

「通行料が必要なんだって? 確かに良く整備された歩道だもんな」

「アア?」

「なんだテメェコラ」

 

 中学生くらいの少年の前に出て、海斗は詰め寄ってくる四人組をジロリと睨む。

 

「なんだって何。名前を聞いてんの? それとも職業? それとも行動の話? 抽象的過ぎて分かんねーよ」

「抽象的な質問をしてんだよ。まぁ、なんでも良い。とりあえず代わりにテメェが払えや、五万」

「一万増えてんじゃねーか! ギャハハ!」

 

 ……笑い声が鬱陶しい。しかし、完全に面倒なタイプだ。まぁ、いつものパターンで良いや、と思い、とりあえず口を開く。

 

「お前、笑い声うるせーよ。耳にキンキン響くんだよカス」

「ああ⁉︎」

「ガキ相手にバカな真似してんじゃねーぞオイ。今なら殴らないでおいてやるから、さっさと帰れ」

「ナメてやがるな。決定だ。まずはテメェから殺す」

 

 ……はい、掛かった。一人が海斗の顔面に拳を叩き込んだ。

 ゴスッ、と。頬に拳が減り込むが、海斗の顔面は動かない。姿勢も崩れない。電柱を殴ったように微動打もしなかった。

 

「は?」

「……はい、正当防衛な」

 

 今度は海斗の番。軽く拳を振ると、殴ってきた奴は大きく後方にブッ飛ばされた。殴られた相手はピクリとも動かない。

 さて、残りは三人だ。指をコキコキと鳴らしながら、距離を詰める海斗。

 

「はい、次」

「お、おい……こいつ……!」

「正当防衛の陰山か⁉︎」

「バカヤロウ! ビビってる場合か! ここでこいつの首を取れば、俺達の知名度は上がる!」

 

 なんだか優しく聞こえる通り名を言われたが、全然嬉しくなかった。なんだ「正当防衛の陰山」って。

 まぁ、何はともあれ、あと三人だ。片っ端から蹴散らせば良い。久々の生身の喧嘩に心を踊らせてると、後ろから袖を引っ張られた。

 

「ねぇ、ちょっと」

「あん?」

 

 片目が前髪で隠れた中学生くらいの少年だ。

 

「別に平気だから、その辺にしておきなよ」

「アア?」

「俺、ここで人と待ち合わせしてるし……」

 

 と、言いかけた直後だった。ガキッ、と頭に衝撃を受けた。硬い何かを叩きつけられたような衝撃。

 つぅっと視界を赤い液体が包む。少年が目を見開いているのがかろうじて見えて、殴られたことを理解した。それも、恐らく鈍器か何かで。

 後ろを見ると、ヤンキーのうちの一人がその辺からそこそこ大きめの石を持っていた。

 

「……は、ははっ、やったぜ!」

「おい! 畳み掛けろ!」

「っしゃあ!」

 

 襲い掛かってくる三人。しかし、この程度はハンデでも何でもなかった。金属バットで頭を殴られたこともある海斗にとっては良い眠気覚ましだ。

 今度こそ全員こいつら殺す、そう思った時だ。真ん中で石を構えた奴の股下を、足が見事に蹴り上げた。つまり、股間にウィークヒットした。

 

「グハッ……!」

「な、なんだ⁉︎」

 

 海斗も少年も何事? と言わんばかりに顔を向けると、そこには一番、見たくない顔が立っていた。

 

「何やってんだバカども」

「……雅人」

「カゲさん? ゾエさんも」

 

 え、知り合い? とお互いに聞こうとした直後、ヤンキーどもは足早に立ち去っていった。

 その海斗の前に、影浦は歩き、睨みつけながら聞いた。

 

「テメェ、ユズルと何してやがった?」

「アア? てか知り合い?」

「うちのチームメイトだ」

「……そうなの?」

「カゲさん、この人は俺を助けてくれたんだ」

「そうなのか?」

 

 影浦と海斗はお互いを睨み合うと、小さく舌打ちした。北添が、影浦に「どうするの?」と尋ねる。

 で、影浦の方から海斗に声を掛けた。

 

「……来い、チームメイトが世話になった礼だ」

「アン?」

「手当てしてやる」

 

 ×××

 

 影浦と北添は、絵馬ユズルという狙撃手の少年と待ち合わせをしていた。影浦の家で飯を食う予定だったのだが、影浦に任務が入ってしまったため、少しズラすはめになってしまった。

 一応、海斗は頭に包帯を巻いてもらったが、割と本気で痛みも何も感じていないので、あまり意味はない。

 

「本当はテメェなんぞに奢りは嫌なんだがな……」

 

 今は四人で飯を食っていた。かげうらのお好み焼きを焼くのは影浦本人だ。流石、その家の息子なだけあって焼くのはとても上手い。

 

「アア? テメェから奢るって言い出したんだろうが」

「世話になった以上、礼しないわけに行くかよ。特に、テメェに借り作りっぱなしなんざ、絶対ェごめん被るぜ」

「まぁまぁ、二人とも」

 

 北添が二人の間に入って仲介する。どうやったら初対面でここまで仲悪くなれるのか知りたいくらいだった。

 

「海斗くんも、ありがとね。ユズルを助けてくれて」

「別に良いっつーの。ああいう輩は個人的にムカつくだけだ」

「でも、少し意外かも。わざわざ助けてくれるのは。あんまり他人と関わりたがらないタイプだと思ってたから」

「それは間違っちゃいねえよ」

 

 実際、ボーダー内で海斗と知り合いになったメンバーのほとんどが向こうから海斗にコンタクトを取ってきたわけで。

 サイドエフェクトで他人が自分に向けている感情が分かってしまうから、不愉快な色を見せ付けられるくらいなら、そもそも関わらないようにしておきたかった。

 

「……でも、良い人だよね、陰山さん」

 

 ユズルが隣から口を挟んだ。それに、影浦が反応した。

 

「アア? こいつが良い奴なら一条楽も良い奴だろ」

「や、そういうんじゃなくて。弟子取ってたでしょ。女の子の。その時、すごい過保護だったから」

 

 ユズルがそのシーンを見たのは、つい2日ほど前。その女の子は正隊員に昇格し、A級部隊のエンブレムを付けていた子が、個人ランク戦で戦闘を終えてから「ここ最近、まぁまぁ頑張ってんな。おら、スポドリだ。運動後にはこれが一番だ。炭酸は飲むなよ。あと、疲れた時は甘いものだ。どら焼き買って来てやった。あとこれ。たまたま偶然拾ったから、使えよ。健康ランドのチケット。たまにはしっかり休んでこい」など抜かしていた。

 それを聞いて、影浦と北添はジト目で海斗を睨んだ。

 

「……テメェ、ロリコンか?」

「ゾエさん怖い」

「違ぇよ! 普通に労ってただけだろうが!」

「お前の普通が怖ぇよ……」

「えーっと……海斗くんの保護者は誰? 出水くん? 米屋くん? 小南ちゃん?」

「全員同い年だろうがバカどもが!」

 

 ……年上なら一先ず良いのかな、とユズルは思ったが、口に出さずに黙っておいた。

 しかし、それは海斗には逆効果である。

 

「ちびっ子、言いたい事あんなら素直に言え」

 

 なんで分かった? と少し焦った。自分ではあまり感情は表に出ないタイプだと思っていたから。

 しかし、まぁバレてるなら仕方ない。本人がそう言うなら、言ってしまって良いだろう。

 

「ん、年上なら保護者である事を甘んじて認めるのかなって」

「んなわけあるか! ブッ殺すぞチビ!」

「アア⁉︎ テメェ、うちのチームメイトに喧嘩売ってんじゃねえぞ‼︎」

「先に喧嘩売ってきたのこいつの方だろうがァッ!」

「まぁまぁ二人とも!」

 

 生身の戦闘力は木崎レイジに次ぐナンバー2の北添が間に入る中、ダイナマイトに火をつけた張本人であるユズルは焼けたお好み焼きを勝手に切り分けて口に運んでいた。

 

 ×××

 

 その日の夜、布団の中で海斗は影浦の事を思い出した。今の今まで、ただのクソッタレだと思っていたが、意外にも義理堅い一面があるようで、チームメイトを助けたってだけでわざわざ自分の家で飯を奢ってくれた。

 タダ飯に弱い自分はつい釣られてしまったが、あそこで焼いてくれたお好み焼きは美味かった。流石、倅なだけある。

 

「……チッ」

 

 考えてみれば、自分は今日、影浦に助けられたのだ。別にヤンキーに頭を殴られた時、影浦の助けが無くとも奴らを全滅出来た。

 しかし、それに影浦が入ってきた以上、助けられてしまった事に変わりはない。

 つまり、チームメイトを助けた貸し1に対し、助けてもらった、手当てしてくれた、飯を奢ってもらった、と借り3なわけだ。

 向こうが同じだったように、海斗も影浦に借りを作るのだけは御免被る。

 

「……覚えてやがれ、あのハゲ」

 

 ハゲてないチリチリ頭を思い浮かべながら、とりあえず今日の所は目を閉じた。

 

 ×××

 

 影浦は、自分の部屋で身体を横にしていた。まさか、新米の癖にやたらと態度がでかいあのムカつく野郎に助けられるとは思わなかった。

 自分ではなく、チームメイトを助けられた、というのが、尚更大きな借りだ。

 というか、そもそもあの野郎に人を助けるような気骨があるとは夢にも思わなかった。むしろカツアゲした金をカツアゲするタイプだとばかり思っていた。見直してしまった、なんて口が裂けても言えない。

 一応、借りは返したものの、自分ではなくチームメイトを助けられたものの、飯を奢った程度じゃ返し切れない。

 

「……覚えてやがれ、あのハゲ」

 

 そう呟くと、とりあえず今日の所は目を閉じた。

 

 



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卒業しても関係を保ちたければ連絡は忘れるな。

 それからというもの、バカとバカによる借りの返し合いが始まった。

 例えば、学校の食堂。出水、米屋、海斗の三人が飯を食い終えた後、影浦が荒船隊狙撃手の穂刈と現れた時、唐突に海斗が席を譲ったり。

 体育の授業中、たまたま海斗と影浦のクラスが被り、近くで別のグラウンドでソフトボールをやってると、ボーッとしてた海斗の肩にボールが直撃、それを影浦がわざわざ運んで手当てしてやったり。

 買おうとした飲み物がラス1だった時、海斗が何故か影浦に譲ったり。

 学校帰り、海斗が教師に押し付けられた近くのペナルティで、ノートを化学室まで運ばされてるのを影浦が手伝ったり……などなどと。

 それはボーダーでも同じで、作戦室の掃除をしたり、ランク戦後に飲み物を奢ったり、トリガーを磨いたり、靴を磨いたり、肩を揉んだりと、なんかもうメチャクチャだった。

 お陰で異様に気疲れした海斗は、玉狛に来ていた。本部に行くと絶対に影浦とかち合うからだ。

 扉の前でノックをすると、扉が開いた。

 

「はーい……あっ!」

 

 出て来たのは小南だった。何故か、海斗の顔を見るなり不満げな表情を浮かべた。

 

「え、何?」

「……何しにきたのよ」

「遊びに」

「何日も来なかった癖に」

「ああ?」

 

 小南の放ってる色は、赤い危険色だがどうにも不愉快に感じない。過去に見覚えのない色だ。

 

「とりあえず、上がって良いか? しばらく本部に行きたくない」

「ダメよ」

「お邪魔しま……今なんて?」

「だから、ダメよ。上がらせてなんてあげない」

 

 その一言がカチンと来た。頬を引きつらせ、額に青筋を立てた海斗は、喧嘩腰で小南に聞いた。

 

「……おい、大概にしろよテメェ。何キレてんだから知らねーけど、もう遊んでやらねーぞコラ」

「は? そもそも遊んでやらねーって何? アタシが遊んであげてた側で遊んでもらったことなんか無いんですけど?」

「ブチ殺されてェのかバカ。おれが一本取ると必ず子供みたいに『もう一本!』って駄々こねんのは誰だよ」

「あんたの方からここに来てわざわざ勝負を挑んで来るくせに笑わせてくれるわね」

「一応、言っとくけど、俺ァ、レイジさんに会いに来たんだからな? それなのにわざわざ挑発して来てんのはお前の方だからな? 高校生にもなってそんなこともわからねえのか」

「あんたにだけは言われたかないわよ。何せ、あんただって挑発だってわかっていながら毎回乗ってきてるじゃない」

 

 と、グタグタと御託を並べながら二人の額の青筋は増えていく。そんな時だ。いつのまにか足元にいた陽太郎が、海斗の足に手を置いた。

 

「まぁ、そうおこるな、かいと」

「おう、陽太郎。どら焼き買ってきてやったぞ。お前からも言ってやってくれ。この聞かん坊に」

「はぁ? それはどっちよバカ。良いからさっさと……」

「こなみは、ここ最近、かいとにかまってもらえなくてイライラしてただけだ」

 

 直後、その場に変な空気が流れ込み凍り付いた。海斗は「は?」と頭上に「?」を浮かべ、小南は一気に頬を赤くする。

 相手の感情が分かるサイドエフェクトを持つ海斗は、それが図星だったことを悟り、困惑したまま尋ねた。

 

「……え、そうなの?」

「ちっがうわよ‼︎ 陽太郎、あんたいきなり何言ってんの⁉︎」

「こなみはすなおじゃないからな。代弁してやった」

「頼んでないわよバカ!」

 

 うがーっと陽太郎の頬を摘む小南だが、海斗には分かってしまった。今、陽太郎へ顔を向けてるのは、もちろん制裁もあるのだが、それ以上に真っ赤になった顔を見せたくないのだと。

 こういう時、このサイドエフェクトは不便だ。ここで気付かないふりをして帰られれば良かったのだが、アドリブ力が残念な海斗は、正解の選択肢を選ぶ事は出来ない。

 故に。

 

「そうか、お前は寂しかったんだな。構ってやれなくてごめんな」

 

 無駄に優しいムカつく声で、久々に再会した彼氏みたいな台詞を吐き捨てた直後、小南の動きは実に緩やかだった。

 陽太郎の頬を摘んでしゃがみ込んでいた身体は立ち上がり、左手で海斗の肩に手を添える。

 全身のロールを全開に活かした身体の振りは、喧嘩慣れした海斗から見てもとても見事なものだった。出来れば脇を開いていなければもっと威力のあるビンタが出た事だろう。

 よって、海斗はこの攻撃を受けても良い、そう思った。しかし、ビンタが直撃する直前、小南の服装が緑色になってることに気づいた。

 つまり、トリオン体だ。

 

「……うそでしょ」

 

 バチィィィン、という心地よい快音が響き渡り、玉狛支部の屋根に留まっていた鳩達は一斉に逃げ出した。

 

 ×××

 

 トリオン体ビンタによって頭の傷口が開いた海斗は、結局、支部の中に入ることに成功し、手当てを受けていた。

 ヤンキーに絡まれたユズルを助けて以来、包帯を巻いていなかった傷口から血が流れ、流石にまずいと思った小南が結局、支部に引きずって入れたのだ。

 

「ていうかあんた、病院に行って検査してもらいなさいよ、全く……。普通、石で殴られたら死ぬからね?」

「るせーな。あの程度で死ぬようなヤワな体してねーよ」

「や、だからそれが普通なんだってば。ヤワじゃなくて」

 

 話が通じない。丈夫な体を持つのは良い事だが、ここまで化け物じみた防御力を持っていると、良い身体をしている、というよりは、普通にキモい、と思ってしまう。

 

「今日は小南しかいないのか?」

「後は陽太郎と支部長だけよ。何、ご不満?」

 

 やはり、何処か今日の小南は棘がある。何をそんなに怒ってるのだろうか? 手当が終わったら出直した方が良いのかもしれない。

 そう思った時、ちょうど良いタイミングで小南が手当てを終えてくれた。

 

「はい、終わったわよ」

「どうも。じゃ、俺帰るわ」

「え、も、もう帰るの?」

「あ?」

 

 何その反応、と思ったのもつかの間。小南は不満げに眉間にしわを寄せた。

 

「また影浦さんに会いに行くの?」

「なんであんなのに会わなきゃいけねーんだよ……」

「だって、あんた専らの噂よ? あんたと影浦さん、すごく仲良くなったって」

「…………あ?」

 

 ビキリ、と海斗の顔に、もう何度目かの青筋が立った。

 

「テメェ今なんつったコラ」

「だから、仲良くなったんでしょ? いつも一緒にいて、お互いに気を掛け合って、前までいがみ合ってたのが嘘みたいって……」

「ダァァァレがあんなクソッタレと仲良くするかァァァァッッ‼︎ 誰から聞いたそれッ⁉︎」

「とりまる」

「あんのモサモサクソスカしイケメン野郎ォォォォッッ‼︎」

 

 席から立ち上がり、大声で吠える海斗に小南は純粋な顔をして首を捻った。

 

「違うの?」

「違うわ‼︎」

「影浦隊の狙撃手の子を助けてあげたのがきっかけって聞いたけど」

「畜生! 動機はそれっぽい!」

 

 それを聞いて、小南の肩がピクッと動く。

 

「それは本当なわけ?」

「そうだよ!」

「……じゃあやっぱりホントなんじゃ……」

「違ぇよ! あんなのと仲良くするくらいなら、ミミズかオケラかアメンボと仲良くなるわ!」

「じゃあなんでお互いに親切にしてたのよ」

 

 それを聞かれると、海斗は鼻を鳴らして答えた。

 

「決まってんだろ。あんなのに借りを作りたかねえからだよ。向こうも多分、同じ事思ってるんだろうがな。ったく、アホかあいつは。一々こっちは借りなんか気にしちゃいねえっつーの」

「それあんたも同じ穴の狢なんだけど……」

 

 そこをツッコミつつ、小南は大きなため息をついた。当然の反応である。

 

「まったく……あんたらバカじゃないの? なんで借りを返すってだけで意地の張り合いになるのよ」

「るせーよ。言っとくけど、テメーもだぞ」

「何が」

「俺ァ、絶対テメェにも借りは作らねぇからな」

「好きにしなさいよ……」

 

 もうバカバカしくてため息しか出ない。よく海斗と同レベルでいがみ合ってる小南だが、自分がそこまで子供ではない自覚があった。

 

「ま、アタシはあんたに借りを作る機会がないと思うし、格下同士で争ってなさいよ」

「アア⁉︎」

 

 違った、同レベルだった。女性の精神年齢は男性よりも二つ上らしいが、必ずしもその通りではないようだ。

 小南がフフンと鼻を鳴らして、海斗の買ってきたどら焼きに手を伸ばそうとすると、それを海斗が手前に寄せて動かした。

 

「……」

「……」

 

 今度は逆の手で取ろうとするも、それも躱される。余裕の笑みに影が射すが、小南はそのまま両手で取りに行った。

 しかし、生身では海斗の方が数段上だ。というか、生身で海斗に勝てる人間の方が少ない。

 小南の両手によるどら焼きキャッチャーを全て回避してみせた。ハァハァ、と肩で息をする小南は我慢の限界がきたのか、余裕の笑みなどカケラも浮かべる事なく立ち上がり、海斗を指差した。

 

「ちょっと! なんでくれないのよ⁉︎ 誰に買ってきたのよそれ!」

「これは林藤支部長とレイジさんと烏丸と迅と宇佐美と陽太郎と雷神丸とゆりさんとクローニンさんの分だ。お前のじゃない」

「なんで私だけピンポイントで外してるのよ!」

「いると思わなかった」

「嘘つけぇ!」

 

 もはや涙目になってがなり立てる小南に、海斗はニヤリとほくそ笑み、座ってるのに立ってる小南を見下して言った。

 

「良いか? お前がこれを欲しいと言えば、お前は俺に借りを作った事になる」

「なっ……!」

「……どうだ、嫌だろ?」

「すっごい嫌よ!」

「これが欲しけりゃ、俺が「借りを作った」と思えるようなことをしてみろ」

「え? う、うーん……あ、さ、さっき手当てしてあげたでしょ⁉︎ それでチャラよ!」

「お前が殴ったんだろうが。しかも戦闘体で」

「うぐっ……!」

 

 いつの間にか、下らない格下の借りのなすり付け合いに参加していた。

 ギャーギャーと言い争った挙句、その言い争いに飽きた海斗がどら焼きを譲った。元々、ちゃんと人数分買ってあったし。

 

「……うしっ、じゃあそろそろ本部に戻るわ」

「待ちなさい」

 

 まだなんかあんの? と思って顔を向けると、小南がトリガーを放り、パシッと空中でキャッチして地下室を親指で指した。

 

「久々に来たんだから、一戦くらい付き合いなさいよ」

「別にその仕草カッコよくねえぞ」

「一戦くらい付き合いなさいよ!」

「わかったわかった! わかったから怒るな!」

 

 30戦やった。

 

 ×××

 

 無駄に疲れた身体を引き摺ってボーダー本部に到着すると、まず顔を合わせたのは荒船だった。揶揄う気満々、と言った表情を浮かべて、開口一番で一番聞きたくないセリフをぶちまけた。

 

「よう、海斗。カゲと仲直りしたんだって?」

「ボーダー本部屋上からキン肉バスターされたくなけりゃ訂正しろコノヤロー」

 

 噛み合ってないよう見えて、本人達的にはしっかりと噛み合った挨拶だった。

 

「冗談だよ。もうカゲに聞いた」

「ならそういう冗談やめてくんない。ついうっかりブッ殺しちゃうかもしんないから」

「お、良い度胸だな。ブース入れ」

 

 指をコキコキと鳴らす荒船だったが、海斗は首を横に振った。

 

「いや、今日はやめておく。それよりも、その仲良くなったって誤解を全力で解きに行く。むしろそのために来た」

「なるほどな……。となると、まずは風間さんの所に行った方が良いな」

「あ? なんで。あのクソチビは一番に見抜いてるだろ、仲直りなんかしてねえって事」

「いや、先陣切って噂ばら撒いてるぞ。『普段の態度が悪いから良い薬だ』って」

「ブッ殺してやるあのクソチビ!」

「落ち着け! 風間隊は今日、防衛任務だ!」

 

 だそうだ。仕方なく、仇討ちは延期することにした。ならば、もう本部にいる必要はない。

 さっさと帰ろうと思ったが、せっかく荒船と会えたし、飯でも誘おうと思った時だ。

 

「あら、もしかしてあなたが陰山くん?」

「アア? 馴れ馴れしく呼んでんじゃねーよ誰だテメェコラ」

「……おい、海斗」

 

 荒船が呆れ気味に呟いたが、海斗は喧嘩腰で振り返った。しかし、相手が女性、それも歳上の人だと分かり、とりあえずポケットの中の拳は解いた。

 声をかけてきたのは、加古望だった。荒船は知ってるが、海斗はもちろん知らない。

 

「ふふ、聞いてた通りの子ね。荒船くん?」

「はぁ……まぁ、そうすね」

「影浦くんと気が合うのも分かるわ」

「ちょっ、加古さんそれは……」

 

 禁句、と、言おうとしたが、海斗は意外にも冷静だった。いや、顔はかなりキレ顔だが、手を出すような素振りは見せていない。

 

「全然あってねえよ! 殺すぞババァ!」

「ふふ、元気な所も口が悪い所も一緒ね」

「そんなのそこら中にいんだろうが! 口が悪くて元気があるのは世界中で俺と雅人だけなんですか⁉︎」

「そうね。元気が良くて口が悪くて目付きも悪くて成績も悪くて喧嘩っ早いスコーピオン使いは貴方と影浦くんだけね」

「スコーピオン使いの所は規模狭いだろ! ボーダー限定じゃねぇか!」

「いや、ボーダーにも結構な人数いるからなぁ」

「荒船テメェどっちの味方だ⁉︎」

 

 まさかの先輩の裏切りに、海斗の矛先は荒船に向く。それを見て、加古は意外そうに微笑んだ。

 

「あら、本当に女の子には手を上げないのね」

「女の子って歳かテメェは」

「ふふ、風間さんに電話したくなってきちゃったわ」

「嘘嘘。超女の子」

 

 何となく理解した。目の前の女が何処から情報を仕入れてきたのか。おそらく、バ風間の奴だろう。あのチビ、マジ泣かすと本気で誓っていると、加古は海斗に何かを思い出したように言った。

 

「そういえば、自己紹介がまだだったわね。加古望よ」

「あ? ああ。俺は」

「知ってるから良いわ。陰山海斗くん、でしょ?」

 

 ニッコリと余裕の笑みを崩さない加古望は、それはもう綺麗なお姉さん、という言葉がこれでもかというほど似合う程、美人だったが、今、海斗が気になっているのはそこではない。

 加古、という名前は何処かで聞いた気がするのだ。何処でだっけ……とか思っている間に、海斗に加古は優しく言った。

 

「でもダメよ? 陰山くん」

「あ? 何が」

「ちゃんと弟子の面倒は見てあげないと」

「は?」

「双葉、拗ねてるわよ」

 

 その直後だ。右手首をガッシリと掴まれた。そっちを見ると、黒江双葉が頬を膨らませて立っていた。

 

「黒江?」

「界王様」

 

 なんで怒ってんの? と聞くまでもなく、双葉は海斗に質問した。

 

「ここ最近、指導もしてくれないで影浦先輩とずっと仲良くしてましたね」

「お前までそれ言う? 師匠はかなり悲しいんだけど」

「側から見てたら仲良しです。自分を客観視してください。そうは思いませんか?」

 

 まるで教師に怒られる時に言われるような台詞を言われてしまった。しかし、言われてみれば確かに事情を知らない周りの連中から見れば仲良しに見えるかもしれない。

 

「……いや、でも実際そういうわけじゃ……」

「その気回しを少しでも弟子に回そうとか思わなかったんですか?」

「え? や、うん。だから」

「ここ最近、ずっとです。影浦先輩と仲良くしてて……まだ、レイガストパンチだって全然、習得出来てないのに……」

「頼むから聞け。人の話は最後まで」

「今から面倒見てください。うちの作戦室に集合です」

「や、そんな時間は……」

 

 珍しく押されている海斗の様子に、荒船は少し新鮮だった。こんなの見たことが無い。

 このまま放置していても良いが、海斗がさっきから助けを求める視線をチラチラと送ってくるので、仕方なく助け舟を出してやることにした。

 

「ま、放置してたお前が悪い。今から少し付き合ってやれ」

「荒船さぁん⁉︎」

 

 双葉に。

 思い掛けないアシストに、双葉は「決まりですね」と微笑んだ。

 こうなってしまえば、海斗も従うほかない。何より、語気の荒さの割に涙目の弟子を前にゴネることは出来ない。

 

「わーったよ……」

「荒船くんはどうする? うちの作戦室に来る?」

「いいっす」

「そう。じゃあまたね」

 

 そう言って、海斗は加古隊の作戦室に連行された。

 中は割と片付けられていて、太刀川隊のようにゴミやゲーム機が散らかってるような事はない。

 しかし不思議なのが調理器具やらキッチンやらがある事。まぁ、作戦室に入るのは三箇所目なので、どの作戦室が普通なのか分からないためなんとも言えないが。

 加古隊のメンバーを全員知ってるわけではないが、女二人がいる部屋ってだけで少し良い匂いがする気がしてしまうが。

 

「さ、入って。訓練室の準備は私がしてあげるから」

「オペレーターとかいねえの?」

「今はいないみたい」

 

 ふーん、と素っ気なく返事をしている間に、双葉は海斗の腕を引っ張る。早くしろ、と言っているようだ。

 

「はいはい……」

 

 肩を落として、訓練室に入った。

 

 ×××

 

 それなりに形になってきたため、二人で模擬戦を開始。双葉が正隊員になってから、初の戦闘である。

 海斗はポケットに手を突っ込んだまま突っ立っていて、双葉は背中の小太刀状の弧月を構える。

 しばらくお互い睨み合い。海斗も双葉も動かない。その直後だ。キィィィン……と、耳に嫌に響く音が届いた。海斗が片眉を上げて双葉を見ると、身体からバチッと音が響く。

 それと共に、双葉の自分に対する敵意を示す色は、かなりドス黒い赤に染まっていった。

 

「『韋駄天』」

「イカ弁?」

 

 直後、双葉の身体が瞬間的に加速し、海斗の右側から回り込むように高速移動した。

 右に出た時点で一撃、回り込み、左斜め後ろから二撃目、そしてさらに前に出て三撃目を放ち、後ろに回り込んで背後を取った所で、一旦韋駄天は途切れた。

 ボトッ、と海斗の指先からスコーピオンの生えた左腕を落とし、完全に背後を取った双葉は、壁に膝を曲げて着地し、間髪入れずに甲高い音を発する。片腕を落として背後を取った程度じゃ、師匠には勝てない。

 

「待って、何それ。俺そのトリガー知らない」

「『韋駄天』」

 

 問答無用。今度は、サッカー練習のカラーコーンを置いたジグザグドリブルのように空中を移動し、今更振り返った海斗に迫る。

 それを海斗は反り身で回避したが、双葉はそもそも攻撃をしてきていない。

 低姿勢で再び背後を取った双葉は、右手にレイガストを出し、拳を構えた。この位置なら、例え海斗が反応して振り返ったとしても、一瞬だけなら死角を取れているため、反応を遅らせられる。

 狙うは顎ではなくボディ。背が高い相手とやるには、無理して顔は狙わず目の前のボディを狙えというのは海斗の教えだ。

 

「スラスター!」

 

 獲った、そう確信した双葉だったが、目の前から海斗が消えた。いや、正確には脚だけ見えた。宙返りで回避されたようだ。

 今度は海斗が反撃する番。しかし、双葉も想定内だった。背後を取った海斗が廻し蹴りを放った直後、振り返った双葉は手に握ってるレイガストをシールドモードに切り替え、自分を円形状に包んだ。

 

「お?」

 

 大体の奴はこれで終わりなのだが、この反撃を防ぐあたり、海斗の事をよく分かってる。

 蹴りを防いだ事で動きが止まった隙をついて、シールドを解除して反対側の手に握ってる孤月で斬り掛かった。

 しかし、そこでふと違和感を覚えた。右腕の感触が軽過ぎる。ふと見下ろすと、自分の右腕がなくなっていた。

 

「……え?」

 

 いつのまに、と頭の中が真っ白になる。思えば、海斗の左腕を落とした時、指先からスコーピオンが出ていた。あのスコーピオンは、一体いつ使われたのか? まさか、韋駄天の速度を初見で見切り、それを上回る……いや、腕を落としてる以上は互角の速さで、自分の腕をもぎ取ったと言うのだろうか? 

 しかしポカンと悩んでいる暇はなかった。攻撃手同士の戦闘において、その一瞬の隙は命取りだ。目前に海斗の拳が迫り、双葉の顔前で止められた。

 

「……!」

「はい、俺の勝ち」

 

 ペタン、と尻餅をついた双葉は、ポカンとするしかない。

 その双葉の頭に、海斗はポンッと手を置いた。

 

「強くなったな」

「……いえ、まだまだです。片腕しか取れませんでした」

 

 海斗にとって初見の韋駄天まで使って、お世辞にも互角とは言えなかった。未だに師匠は、自分と戦う時にスコーピオンしか使わない。それはつまり、他のトリガーは使うまでもないという事だ。

 しかし、海斗は首を横に振った。

 

「十分だろ。つい一瞬だけ本気出しちゃったし」

「え?」

「なんだっけ。イカ弁? あれヤバいな。速すぎでしょ」

「ほ、本気出したんですか……?」

「ああ」

「で、でも、スコーピオンしか使わなかったじゃないですか!」

「俺いつもそんなもんよ。シールドも使い忘れる事あるし」

 

 小南、太刀川、風間、影浦、村上などといったとんでもない化け物達の時以外はスコーピオン以外使わない。それは、縛りをしてるのではなく単に使う必要がないだけだ。シールドもレイガストも、避けられるのなら必要ない。

 逆に、双葉の中ではそれが新たな目標になった。次に戦うときは、師匠に盾を使わせる。

 

「で、イカ弁すごくね?」

「韋駄天です。加古さんに薦められて装備してみたのですが、どうでした?」

「速いし良いんじゃね」

「……」

 

 適当過ぎる意見にむすっとした時だ。訓練室の扉が開いた。入って来たのは、加古望本人だ。

 

「お疲れ様、二人とも」

「ありがとうございます、加古さん」

「どう? 陰山くん。双葉は」

「強くなってんじゃねえの。千葉県で翻弄して、トドメはスラスターパンチとか使い所も悪くないし、俺が教えた通りボディ狙いもキチンと守ってる」

「韋駄天です」

「ただ、志○けんの乱用で自分の受けたダメージを認識出来なくなるのは困るな。アレの仕組みがどんなのだか知らんけど、俺に最後に斬りかかるまで腕がなくなってたのに気付かなかったのはいただけない」

「その辺は使いながら慣れていくしかないですね。もちろん、気をつけるようにはしますが」

 

 訂正を諦め、スルーした双葉だった。こういったアドバイスはキチンと受けておいた方が良いので、アホなボケに付き合っている暇はない。

 そんな中、加古が微笑みながら口を挟んだ。

 

「ふふ、ちゃんと指導してるのね」

「まぁ、弟子ですから」

「界王様ですから」

「そう。まぁ、色々と積もる話はあるでしょうし、とりあえずご飯にしましょう」

「え、ご飯?」

「私がご馳走してあげる。もう出来てるのよ?」

「えっ」

「マジですか! やったぜオイ!」

 

 タダ飯への弱さが、ここでは仇となった。双葉の「え、まじで?」みたいな反応も聞こえずに、海斗は加古の後に続く。

 

「飯なんすか?」

「炒飯よ。好き?」

「超好き。ラーメンのお供ですよ」

「ふふ、良かったわ」

 

 簡単にタメ口ではなく敬語になってる海斗に、双葉は呆れるしかなかった。

 実際、海斗はお腹が空いていた。というか、小南と30戦もなんでやったのか分からなかった。アホか自分は、と。

 しかし、単純な奴ほど身体も単純な作りをしているわけで。飯を食えば体力は回復してしまうのだ。

 そのことにウキウキした海斗は、訓練室を出ながらトリガーを解除した。

 

「何炒飯すか? 海鮮とか?」

「ふふ、そんなつまんないものじゃないわよ」

「は? つまんない炒飯って何? 面白い炒飯があるんですか?」

「今日の炒飯は小豆りんご炒飯よ!」

「お前今なんつった?」

 

 遅かった。小豆とリンゴがブレンドされた炒飯が机の上に三人分、並んでいる。

 

「……何これ?」

「だから、小豆りんご炒飯」

「ごめん聞き間違えたかも。もっかい言ってくれる?」

「小豆りんご炒飯」

「あ、やっぱりそう言ってたんだ……」

 

 小さくため息をついた海斗が、割と半分くらいキレた様子でジロリと加古を睨んだ時だ。

 

「化学の実験に他人を巻き込」

「わ、わーわー! 待った! 界王様!」

「んぐっ⁉︎」

 

 唐突にとなりの双葉が飛び掛かって、海斗の口を思いっきり塞いだ。それはもう息を止める勢いで。どんなに海斗の肉体が強靭でも、窒息だけは効いてしまう。

 振りほどいて、ジト目になって双葉を見下ろした。

 

「なんだよ」

「なんだよ、じゃないです! 下手なこと言わないでください!」

「なんで」

「隊長と師匠の仲が悪くなるなんて絶対嫌です!」

「えー、そんなん俺関係無」

「い、い、か、ら!」

「お、おう……」

 

 本気で睨まれたので従っておくことにした。弟子に嫌われるのだけはゴメンだ。

 しかし、文句も言わずにこれを食べなければならない。食材を無駄にするのは嫌だが、これを苦言の一つも漏らさずに食べなければならないと思うと憂鬱だ。

 

「さ、食べて食べて」

「……この寄生虫のた……」

「界王様」

 

 失礼なことを言いかけた隣の海斗の太ももをギュウッと抓った。この小娘、意外にも力強い。割と効いた。

 

「じゃあ、いただきます……」

「ええ、召し上がれ」

 

 冷や汗を流しながら、海斗はレンゲで炒飯を掬った。

 口に運んだ。

 意識が飛んだ。

 

 ×××

 

「あら、寝ちゃったの?」

「……そうみたいですね」

 

 山育ちで鍛えられた双葉の胃は強靭だが、数年前まではそれなりに裕福な暮らしをしていた海斗の胃は貧弱だった。

 これではもう帰れないだろう。幸い、明日は学校は休みなので、作戦室に泊めてやっても問題ない。

 

「加古さん、ベッドに寝かせてあげて良いでしょうか?」

「もちろんよ。私が運ぼうか?」

「いえ、トリオン体になれば問題ありませんので」

 

 トリガーを起動し、海斗をおんぶしてベッドまで運んだ。中学一年生に背負われる高校二年生の姿がそこにはあった。

 ドスンとベッドの上に降ろしてもらい、寝転がらせた。その海斗の寝顔を見て、双葉は表情を曇らせた。

 

「……誰?」

 

 そんな呟きが漏れた。

 

「どうしたの? 双葉」

「いえ、ちょっと……寝顔が、全然違くて」

「……あらほんと」

 

 眠っているときは力が抜ける。海斗の寝顔からは、眉間のシワが完全に消えていた。

 それはもう別人のような顔をしていた。本来なら目つきの悪い人じゃないんだな、と認識してしまうほどだ。

 逆に、何があったらこんな表情が変わるほどのシワができるんだろう、とも思ってみたり。悪い人ではないのに、敵ばかり作ってしまう損な人だ。

 なんだかもったい無い人だなぁ、と思ってると、加古がスマホを取り出した。

 

「ふふ、可愛いわね。みんなに送っちゃいましょう」

「……加古さん」

 

 鬼の所業をする隊長をジト目で見つめたが、多分自分が言ってもどうもならないので放っておくことにした。

 

 



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感覚派に効くのは説教や授業より実践。

 ボーダー内の模擬戦ブース。転送された仮想の街には、当然だが人影はない。

 しかし、街そのものは本物に見えるくらいで、空には雲と太陽、道路には止められた車、微量な微風すら吹かせられていた。何処かの公園から野球ボールを追いかけて、手にグローブをはめた少年が走って来てもおかしくないような、そんなリアルな作り物の風景に、海斗はいつのまにか普通に慣れていた。

 ホント、人は案外「これでも良いか」と空気に流されやすい生き物だ。

 さて、何故、海斗はこんな所にいるのか。それは、こっちも聞きたいくらいだった。

 

「はぁーあ……」

『おい、海斗』

 

 通信越しに声が聞こえる。一番、ムカつく相手、影浦雅人だ。

 

『ため息をつくな。状況分かってんだろうな』

「わーってるっつーの」

『真面目にやれ。テメェに出番があるかはしんねーけどな』

「それも分かってない」

 

 海斗と影浦は、同じチームで身構えていた。

 

 ×××

 

 事の発端は、やっぱり影浦との事だった。仲良くなった、という噂が広がり、忍田本部長によってお互いの模擬戦が解禁された。

 勿論、海斗も影浦もお互い殺したくて殺したくて堪らない間柄なため、早速模擬戦開始。

 しかし、その戦闘の様子がまた酷かった。場所は市街地Dという特殊なマップなのだが、早い話がデパートなどの高い建物が多く、横に狭い割に縦に長いマップなのだ。

 お互い、遭遇したのはデパートの中。そこから、何があったのかは分からない。

 しかし、海斗と影浦の衝突はかなり激しく、建築物内のガスや車に火花が引火したりして爆発を巻き起こし、市街地Dのほぼ全域が焼け野原のようになってしまった所で止められた。

 止められた時点で影浦は片耳と左腕と脇腹が無くなり、左脚はスコーピオンの義足の状態で、海斗は右顔四分の一が消し飛び、両脚はスコーピオンの枝刃による義足、片方の拳にレイガストを握らせている状態だった。身体に刃の切り傷や穴なんていくつあるのかわからない程だ。

 トリオン体であってもグロい。これで1本目なのだから、止められないはずがない。この後はどんな地獄が待ってるのかわからない。

 

「お前らはなんでそんなズタボロになるまで戦うんだ?」

 

 呼び出された二人は忍田にお説教を受けていた。

 

「普通、そこまでやられたら撤退し、次の一戦にかけるだろう。緊急脱出があるとはいえ、引き際を弁える事は、戦場でも必要だぞ」

「「こいつに負けるのだけは絶対嫌だからです」」

「トリガー使いの戦闘で耳を口で喰い千切るなんて初めて見たぞ。というか、何故、緊急脱出しなかった? あれだけズタボロになったら緊急脱出するだろう」

「穴が開いたらスコーピオンや手でトリオンが止まるまで応急手当てした」

「長く戦うに連れて、まずトリオン漏出を防ぐのが重要になるから」

「止まるまでの間は片方のトリガーで戦う羽目になったけど」

「やり返せば相手もそうせざるを得ないわけだし、武器を減らせる」

「……」

 

 どうしたものか、と忍田は悩んだ。確かに、戦闘で最後まで残った場合、そうして戦う必要があるかもしれない。

 しかし、まだ味方が生きているのなら。或いは他の部隊が同行してるのなら。毎回毎回、そんなボロカスになるまで戦っていたら、いつか保たなくなる。

 ……まぁ、多分だが影浦と海斗が向かい合ってる時じゃなきゃここまでやらないだろうが。

 なんにしても、他の隊員……特に未来のボーダーを支えるC級隊員に悪影響だし、影浦はともかく海斗はそろそろ、協力や他人に任せる事、引き際を理解する時だ。弟子もとったらしいし。

 

「影浦、陰山」

「「?」」

「少し、時間をもらうぞ」

 

 ×××

 

 そんなわけで、突如始まったのは模擬戦だった。それも、木崎レイジとだ。

 言わずもがな完璧万能手であり、玉狛の隊長である。一人で一部隊並みの戦闘力を持ち、トリガー自体も改造されたもので、左右に合計13個のトリガーをセットしている。

 そんな人物に対し、海斗と影浦は二人でチームを組んで、10本中1本でも良いから勝利しなければならない。出来なければ影浦隊は解散、海斗に至ってはC級降格と命じられた。

 それは非常にまずい。防衛任務に参加は出来なくなるし、C級ランク戦ではまた戦いを挑まれない生活に逆戻りである。何より、弟子がA級で師匠がC級であることは笑えない。

 

『二人で組んで勝て』

 

 シンプルな命令だったが、嫌に海斗の頭に残った。

 オペレーターは月見蓮が引き受けてくれた。影浦は今回のことをチームメイトに知られたくないのか、自分の所のオペレーターを呼ばなかったからだ。

 海斗と影浦が通信で会話しているのを聞いて、月見の声がオペレータを開始した。

 

『レイジくんはバッグワームを着ていないわ。街の中で堂々と歩いてあなた達を探してる』

「はいよ。じゃ、俺がさっさと終わらせて来るわ」

『何勝手に決めてんだコラ。先にやんのは俺に決まってんだろ』

「アア⁉︎ テメェ状況分かってんのか? 一回も勝てなかったら減点だぞコラ」

『こっちのセリフだボケ! テメェは引っ込んでやがれ。俺が一人で片付けてやるよ!』

 

 オペレーターからの仲介はない。よって、二人とも口喧嘩を続けていた時だ。

 月見の声が聞こえた。

 

『陰山くん』

「アア⁉︎」

『警戒』

「は?」

 

 その直後、ドドドドッと発砲音が聞こえた。振り返る前にしゃがみながら民家の壁際に移動する。

 機関銃のアステロイドが放たれていることに気付いた。

 

「チッ……なんで見つかったよ……!」

『あなた、バッグワーム着ていなかったもの』

「ああ、忘れてたわ」

 

 しかし、バレてる以上はバッグワームを着ても仕方ないと思い、建物を壁にしてレイジの方を見る。建物越しであっても、海斗のサイドエフェクトなら丸見えだ。

 さて、どうするか。とりあえず、あの銃撃は何とかせねばならない。ならば、正面から突っ込まない事だ。壁を登り、ジャンプして民家の屋根に上がり、真上から突撃しようとした直後だ。

 レイジは上に追尾弾を放って来ていた。

 

「!」

 

 重さのあるレイガストより、スコーピオンで落とした方が良い。銃弾を正面から弾いてると、屋根を突き抜けてアステロイドが迫ってきた。

 左脚に何箇所か穴が空いたため、機動力が下がる。直後、足元が消え失せた。アステロイドによって屋根に穴があき、海斗の足場が落とされたのだ。

 

「グッ……!」

 

 家の中に落ち、恐らく寝室に落ちた。海斗は何とか受け身をとって着地するも、レイジからの射撃は止まない。ハウンドが天井の穴から追ってくる。

 海斗は天井にレイガストを向け、シールドを広げて一時的に蓋をした。

 その隙に部屋の扉をあけてスコーピオンで床に穴を空け、下に降りると壁を切り裂いて家を出た。

 レイジのオーラが出ている方に走り、庭の塀に穴を開けて一気に距離を詰める。

 

「よう」

「きたか」

 

 しかし、レイジの両手にはレイガストが握り込まれていた。完全にやる気である。

 誘い込まれたが、このスタイルなら海斗にとってもありがたい限りだ。スコーピオンを拳サポーターのように構えて突っ込み、レイジは一歩下がって構えた。

 カウンター狙いだろうか? 怪訝に思いつつも斬り裂いた塀を通り抜けようとした直前、足に何か引っかかった。

 

「ん?」

 

 ワイヤーだった。そしてその先には、炸裂弾のトリオンキューブ。

 爆発し、海斗の身体は吹き飛んだ。

 

 ×××

 

「カカ、あのバカやられてんじゃねえか」

 

 少し遠巻きでその様子を見ていた影浦は、バッグワームを装備して余裕まんまで見物していた。

 さて、どうするか。今の様子を見ている感じだと、正面から挑んでも勝ち目はない。火力差に押されて終わりだ。

 なら、後方から奇襲を仕掛けるに限る。建物を利用して移動を開始した。

 影浦はサイドエフェクトによって、相手が自分を意識しているかが分かる。バッグワームを利用してるからレーダーには映らないため、すんなりと背後を取れた。

 

「……チッ」

 

 しかし、思わず舌打ちが漏れた。何故なら、レイジのいる場所はスパイダーが張り巡られていたからだ。

 レーダーによって視界に入らなくとも場所を把握出来る事を逆手に取られた。人数の不利があるのにも関わらず、レイジがバッグワームを使わなかったわけだ。

 だが、狙撃手も銃手もいないため、自ら中へ飛び込むしかない。

 

「……面白ぇ」

 

 挑むなら、直線勝負だ。影浦は目に見えるワイヤーを把握すると、それらを避けて一気に突撃した。

 

「!」

 

 気付いたレイジは、影浦の一閃を回避する。手に持っていた突撃銃が斬り裂かれたが、すぐに両手にレイガストを装備して構えた。

 重さのあるレイガストだが、スラスターを多用すれば追い付かなくもない。

 しかし、相手は影浦だ。攻撃の速さは知っている。そのため、近接戦はなるべく控えめにした方が良い。

 シールドモードをメインにし、スラスターと織り交ぜて上手く切り替えてガードしつつ下がる。頬や腕を掠める事はアレど、どれも致命傷には程遠い。

 退がりつつ、さっき海斗が空けた塀の穴に入り、構わず追ってくる影浦の一撃を横に緊急回避しつつ穴を空けられた家の中に飛び込む。

 そこで手の中のレイガストを地面に置き、2メートルくらいの壁状にして置いて、まずはマンティスを防ぐと、片手のレイガストを機関銃に切り替えた。

 

「アア?」

 

 影浦が追ってきた直後、レイガストの一部に穴を空け、そこから銃口を覗かせる。

 ドドドドッという重低音が耳に響き、影浦はシールドを構えてガードしつつ下がった。最近はシールドの硬度が上がってるとはいえ、相手は機関銃のアステロイド。いつまでも空けられるものではないが、弾も同時に複数箇所に飛んでくるため、下手に横にも避けられない。

 影浦の脚が止まったのを視認すると、壁にしたレイガストを縮め、クワガタの大顎のような形にシールドを伸ばした。

 

「⁉︎」

「スラスターオン」

 

 それが影浦に迫り、腹を捉えて塀の穴を突き抜けて向かいの民家の壁に縫い付ける。

 

「チィッ……‼︎」

 

 壁を削って回避しようとした影浦だが、遅かった。レイジは銃口を傾けて影浦の頭を狙い撃ちにし、二人目の標的を薙ぎ払った。

 

 ×××

 

 戻った影浦は、海斗の方を見た。ドヤ顔を浮かべていた。頬に青筋を浮かべていた。

 

「プークスクス。負けてやんの」

「テメェが言うなボケ! 一発も当てずに落ちた奴の言うセリフかコラ!」

「テメェ見てたのかよ⁉︎」

「テメェの負けっぷりを見てねえはずがねえだろうがバーカ!」

「二人とも」

 

 そこに口を挟んだのは月見だ。呆れ気味の月見が、バカとバカに言い放った。

 

「二戦目よ。早く行きなさい」

「へいへい」

「おい、その前にどっちが先に行くか決めようぜ」

「先に当たった方で良いだろ」

「なるほど。上等」

 

 そう言って、二戦目に臨んだ。

 

 ×××

 

「珍しいことしてますね」

 

 モニター越しに海斗、影浦とレイジの戦闘を見ていた忍田に、後ろから迅が声を掛けた。

 

「一隊員のために、わざわざ模擬戦を命じるなんて」

「そうか?」

「はい。レイジさんも意外そうにしてましたよ」

「そうか……まぁ、そうだな。普段なら気にしないかもしれないが、陰山は私としても無視できない戦闘力を持っている」

 

 ボーダーは基本的に実力主義だ。だから、C級の時点で才能がある者にはボーナスを付けるし、ランク戦もハンディキャップなどは無く、強い者や部隊が勝ち上がり、高ランクへと駆け上がっていく。

 従って、かつて二宮隊隊長の二宮匡貴を東隊に入れた事で戦術を教えたように、実力者にはその力をもっと活かしてもらうため、上層部からヒントを与えることもある。

 

「そうですね。玉狛だと、小南と斬り合ってホントにたまにですけど勝ち越す事もあるみたいですし」

「なるほど……それは予想以上だ」

 

 小南桐絵は一人で一部隊並みの戦力を持つという。それに極稀とはいえ勝ち越すのはマグレじゃ無理だ。

 

「でも、もし負けて降格になっちゃったらどうすんですか?」

「それなら、それまでだっただけの話だ。どちらにせよ、我々はトリガーの性能が他国に劣る以上、個の力より部隊の力を重要視している」

 

 協調性のない者は、むしろ戦場をかき乱し、ピンチになることもあるかもしれない。そんな人材はどんなに個人的に優秀でも必要ない。

 しかし、小南と渡り合える駒には、願わくばこれを機にチームワークを覚えてもらえれば良いが。

 

「今後、彼がどのチームに配属になるかは分からないが、他の部隊と組む事もあるし、第一次侵攻の時のような事があった場合、黒トリガー使いでもない限り、一人で動く事はほとんどない。誰かと連携しなければならない時が来る」

「そうですね。……特に、海斗は無茶するタイプだから」

「何か視えたのか?」

「いや、まだ分かんない。ただ、割と良くない未来がチラホラと視えてる」

 

 未来視のサイドエフェクトは万能ではない。無数の未来がいくつも、枝のように分かれて見えている。だから、それが確定的なわけではない。

 迅は海斗と仲が良いわけでは無いし、むしろたまにイラっとする。しかし、あのバカはチームメイトである小南のお気に入りだ。見捨てるわけにはいかない。

 

「……ちなみに、迅。この模擬戦の結果はどうだ?」

「五分五分ですね。あの二人、よっぽどバカなんで」

「なるほど」

 

 二人が見据えるモニターでは、海斗と影浦はまた簡単に蹴散らされてしまっていた。

 そもそも、なんでこいつらは一人ずつ向かって行っているのだろうか。このままでは、二人に勝機はない。

 迅も忍田も、険しい表情のまま見守り続けた。

 

 ×××

 

 7戦目が終わった。今の所、海斗・影浦チームに勝ち星はない。

 というより、いつもの調子が出ない。その正体は、二人は薄々気づいていた。

 レイジが罠や銃撃によって上手く誘導することにより、二人との近接勝負を避けているからだ。

 どういうわけか二人とも同時にかかって来ないので、そう誘導するのは容易かった。

 残りの挑戦回数は三回。最早、海斗も影浦も悪口を叩き合うことすらなくなっていた。

 奥歯を噛み締めた影浦が、仕方なさそうにため息をつくと海斗に口を開いた。

 

「オイ」

「何?」

「好きに暴れろ。俺がフォローしてやる」

「アア?」

「テメェにはレイガストがあんだろ。あれで野郎を引きつけろ」

「ざけんな。テメェにだけは借りは作んねーぞ俺は」

「バカ、俺がテメェに借り作るんだよ」

「は?」

 

 キョトンと首をかしげる海斗。影浦は釈然としない様子ながらも答えた。

 

「俺は一応、チームの隊長だ。俺みてぇなのについて来やがる部下がいんだよ。こんなとこで解散するわけに行くか」

「……」

 

 そう言う影浦の顔を見て、海斗はユズルと北添の顔を思い出した。たしかにあの二人は影浦を慕っていた。それは、自分に対して畏怖や怯えの色を出していない事からよく分かった。

 自分の減点なんか恐れていない。目の前のチリチリ頭は、チームメイトのためにプライドを捨て、自分に共闘を持ち掛けてきたのだ。

 

「……チッ」

 

 そこまで言われて仕舞えば、海斗も了承せざるを得ない。元々、ボーダーの活動は遊びじゃない。状況次第では、嫌いな奴と組むことになるかもしれないのだ。

 ジロリと横目で睨むと、影浦に不機嫌そうに聞いた。

 

「俺がメインで良いのかよ」

「テメェが奴を引き付けろ。トドメは俺が刺す。レイガストがあんだろ。俺が死角から仕掛ける。そこから先は臨機応変にだ」

 

 そのセリフに頷くだけで返事をすると、8戦目に転送された。

 

 ×××

 

 8戦目、影浦は転送されてからマップを見た。レイジが一軒家で動いていないのが見える。

 恐らくだが、ワイヤーとメテオラの罠を張り巡らせていることだろう。攻撃手のワイヤーの外から、ハウンドやアステロイドで狙い澄ましてくることだろう。

 流石、歴戦の猛者なだけあって罠を張るのが早い。

 どうしたものか考えたが、それを考えるのは自分ではなく海斗の役目だ。合図が来るまで待っていた方が良い。

 その直後だ。かなり鈍い轟音が耳に届いた。何かと思って辺りを見回すと、レイジの潜んでる民家に車が3〜4台降ってきた。

 

「……は?」

 

 直後、ドドドドッと爆発が民家を包む。トリオン体にトリオン以外の攻撃でダメージはない。つまり、爆発によって罠を民家ごと吹き飛ばしたのだ。

 最後に一際大きな車……トラックが縦に降ってきた。その上には海斗が乗っている。

 

「……ハッ、派手な野郎だ」

 

 だが、その思い切りの良さは嫌いではない。影浦は初めて、海斗に対しそんな風に思えた。

 影浦は首をコキコキと鳴らすと、自分の仕事をしに向かった。

 

 ×××

 

 罠地帯を粉々にされたレイジは、舞い上がった砂煙の中、片腕にハウンドのアサルトライフル、もう片腕にレイガストを構えた。

 そして、辺りに銃口を振り回しながらハウンドをブチまける。自動的に敵に襲い掛かる追尾弾が煙の中、敵に襲いかかる。

 その追尾弾の後を追った直後、煙の中からスコーピオンをまとった拳が伸びてきた。

 

「!」

 

 それをレイガストのシールドモードで受け止め、ハウンドを近距離から放とうと銃口を向けた。

 その銃口を、海斗は左手で掴んだ。当然、弾は放たれるが、左手に当たっているため追尾はない。

 両腕を使わせた海斗は、その勢いでレイジの鼻の頭に頭突きを放った。

 

「グッ……!」

 

 だが、レイジもやられっぱなしではない。レイガストのスラスターを起動し、強引に海斗を押し飛ばした。後方に吹き飛ばされつつ、海斗の左腕にはレイジから奪った突撃銃が握られていた。

 後方に飛び立つ、脇にライフルを構えて引き金を引くが、弾が出ない。レイジがライフルのスイッチを切り変え、炸裂弾のトリオンキューブを手元に出現させたためだ。

 

「メテオラ!」

 

 その炸裂弾を放とうとした直後だった。横から勢いよく突っ込んでくるマントが見えた。

 影浦の鋭い一閃が、メテオラを出したレイジの右腕を斬り落とした。

 

「!」

「オラァッ‼︎」

 

 さらに二発目を振るう影浦。完全に虚をついた上に、片腕は潰した。増してや、影浦の剣速は常軌を逸している。ムカつく連中に対し、マンティスの一撃を容赦なく振るって「何かしたか?」と惚けられる程度の瞬速を誇る。まず間違いなく獲った。海斗も影浦も

 レイジの背中からアームが伸び、その先端のレイガストがそれを受け止めた。

 

「あ?」

 

 間抜けな声が漏れた。斬り落としたと思ったら、また腕が生えてきた。こんなトリガーあったか? と影浦が片眉を上げたが、それは致命的な隙だった。

 

「全武装、起動」

 

 レイジの冷酷な目が、真っ直ぐと影浦を見つめていた。

 

『警戒!』

 

 月見の冷静な声が聞こえたが、遅かった。生えてきた腕は一本だけではなかった。というか、腕だけではない。左肩に砲門、右肩にミサイルポッド(多分)、左腕にアサルトライフル、なくなった右腕にすらシールドが装備されていた。

 二本目の腕のレイガストがブレードになり、影浦の脇腹に振り下ろされた。

 

「ーッ‼︎」

 

 ギリギリ、二本のスコーピオンを横に構えてガードしたものの、大きく横に薙ぎ払われ、壁に叩きつけられた。

 

「チィッ……‼︎」

 

 その方向に、レイジは間髪入れずに両肩の武装のみで一斉射撃。

 

「雅人!」

 

 横から海斗が地面を蹴ってレイジに襲い掛かるが、反対側の肩のレイガストのスラスターに薙ぎ払われる。

 海斗のスラスターパンチとぶつかり合ったが、レイジの左腕が横に薙ぎ払われ、海斗のボディに炸裂し、殴り飛ばされる。

 薙ぎ払った左腕には突撃銃が握られていて、そのまま発砲された。

 

「クソッ……!」

 

 シールドを出し、その射撃をガードしながら民家の中に突っ込んだ。

 民家の一室で尻餅を突きつつ、通信で問い詰めた。

 

「オイ、雅人! 無事か?」

『生きてる。左腕が死んだが、まだ動けるぜ。そっちは?』

「こっちは一応、五体満足。お前とは違うからな」

『言ってる場合かよ。どうすんだよ。つか、何あれ』

「知らねーよ。とにかく、やるしかねぇ。俺から仕掛ける」

『バカ、待て。あの火力だ。真っ直ぐ突っ込んでも殺されるだけ……つーか、お前バッグワーム着てる?』

「あん?」

 

 その直後だ。部屋に使って大量の弾丸が降り注がれる。すぐに立ち上がって壁を切り裂き、転がり込んで回避した。

 

「クソッ……!」

『早くバッグワーム着てそこから離れて』

「わーってるよ!」

 

 月見の声に従い、バッグワームを着て家の中を移動した。

 

『逃走ルートを表示するわ。その道を通って影浦くんと合流して』

「おうよ!」

『あとなるべくなら内部通信にしなさい。敵に会話を聞かれるわ』

『それどうやんの?』

『出来てるじゃない』

 

 無駄口を叩きながら移動した。後ろからレイジが追ってくる様子は見えない。

 全武装はトリオンの消費が激しいため、解除したのかもしれない。しかし、このまま距離を離せば、また罠を張ったりする時間を与えてしまう。

 

『……雅人。木崎さんは見えるか?』

『あ? いや、俺も今、撤退中だ。マップ見りゃ位置はわかんだろ』

『いや、また罠貼られる前にこっちから仕掛けた方が良くねえか』

『……』

 

 言うと、通信の向こうの影浦は少し考え込むように黙り込んだ。

 

『……良いぜ。乗った』

『バッグワームを着たまま、道路を挟んで挟み撃ち。あとはその場のノリ次第で。これで良いか?』

『おう』

 

 そう言って、二人は動き始めた。

 

 ×××

 

 木崎レイジは、二人が撤退したのを見ると、武装をしまわずに辺りを見回していた。

 レーダーに反応はない。バッグワームを着てるのだろう。時間を与えてくれるならありがたい。自分はまた罠を張り巡らせるだけだ。

 車をいくつかぶん投げて引火させ、爆発させて罠を建物と木っ端微塵に吹き飛ばされた時は少し驚き、影浦の奇襲が決まり掛けた時は全武装を使ってしまった。

 逆に言えば、自分にはこれ以上の奥の手はない。まぁ、それでも負ける気は無いが。

 とりあえず、距離を取らせてくれたのなら、また罠を貼ろう……そう決めて市街地の民家に挟まれた一本道を歩いてると、影が自分を覆った。

 飛んで来たのはまた車だ。さっきは初見で驚いたが、今回は読めていた。メテオラを放ち、降ってくる前に爆発させる。

 その隙に、自分の前後から二人のバカ達が突撃してきた。

 

「……挟み撃ちか」

 

 それも読めていた。肩の砲を海斗に向けて放ち、左腕の突撃銃は背後の影浦に向けて乱射した。

 海斗はその砲撃をスラスターパンチで相殺し、影浦は射撃を回避しつつ接近した。

 レイジがまず狙ったのは海斗の方だった。砲撃で動きが止まったのを視認すると、背中のアームのレイガストで海斗の腹を掴み、スラスターを用いて遠くに投げ飛ばし、そっちに砲門を向けた。

 しかし、後方から接近してくる影浦がジャンプして民家の塀の上に乗り、走りながらマンティスを伸ばしたのが見え、砲撃を中断。

 それを海斗に使っていない方のレイガストで弾くと、肩のポッドから弾丸を飛ばす。追尾して来るが、それを側転やら前転やらを織り交ぜて軽やかに回避しつつ、銃弾によって穴を空けられた塀からジャンプして向かいの塀の上に降り立ち、スコーピオンで電柱にヒビを入れ、蹴ってレイジの方に倒した。

 

「トリオン以外の攻撃は、もう飽きた」

「ーっ!」

 

 その電柱が自分に当たる前に、アームのレイガストで押し返し、影浦のボディに電柱を直撃させて大きく吹っ飛ばした。

 直後、民家の屋根から大幅にジャンプした海斗が、直線的に飛び込んできた。

 その海斗が視界に入った直後、レイジはやや落胆した。序盤こそ連携してきていたものの、バラせば個々での戦闘に切り替わってしまっている。それでは、フルアームズを破ることは出来ない。

 迷わず肩の砲を放つと、海斗はそれをシールドモードレイガストでいなしつつ、空中で回転しながら迂回してレイジの前に降り立った。

 この距離では銃を撃つより、海斗の拳の方が早い。まずは手に持つライフルを破壊した。

 しかし、レイジの視線は海斗が向いてる方向に向けられていた。握られているのはスコーピオンではなく、レイガスト。

 

「シールドモード!」

「スラスター!」

 

 両拳を引き、力強く踏み込む海斗と、両サイドのアームを前方に構え、盾を貼るレイジ。

 その盾に向かって、全力のスラスターパンチを叩き込んだ。ドゴォッと激しい轟音と衝撃が発生し、周辺の塀と地面に亀裂が入る。レイガストを両腕で持っていたなら、痺れが響いていた事だろう。

 それくらいの威力だったが、レイガストの耐久評価はSSでも攻撃評価はBだ。スラスターを付けても割れるとは限らない。

 しかし、海斗の狙いは攻撃ではなかった。レイジの体勢を崩す事だ。

 

『雅人!』

『任せろ』

 

 ヒュガッと無機質を穿つ音が耳元で響き、首を後ろに捻った。ミサイルポッドを破壊し、鼻の頭を掠めて引っ込んだのは二本のスコーピオンが繋げてリーチを伸ばすマンティスだ。

 

「もう一本……!」

 

 更に接近し、海斗の拳を支えているアームを破壊しようとしたが、レイジの傾いた顔の後ろから、アサルトライフルの銃口が伸びていた。

 武器は破壊されても新しく出せるため、腕ごと持っていかないとあまり意味はないのだ。

 

「チィッ……‼︎」

 

 発砲され、無理矢理体を捻って後ろに飛んで回避し、塀の後ろまで距離を取った。

 

「スラスターオン」

「ッ……!」

 

 アームのレイガストの薙ぎ払いにより、今度は海斗がぶっ飛ばされる番だった。影浦の隣に大きくぶっ飛ばされ、塀を突き抜けて大きく後退した。

 

「ケッ、何やってやがんだ。ちゃんと奴を止めてやがれ」

「テメェこそ、武器もう一本くらい取って来いよ」

 

 軽口を叩き合いつつ、二人の視線はレイジに向けられていた。

 

「なるほど……個々で襲い掛かると見せかけた所、一気に連携し、俺の武器を一つずつ破壊する算段だったか……」

 

 そう言われた直後、海斗も影浦も「えっ?」とキョトンとした表情になった。

 それを見るなり、レイジも怪訝な様子で尋ねた。

 

「違うのか?」

「違ぇよ。俺もこいつも、連携なんか頭に入れてねえ」

「ただ、二人で同時に戦ってるだけだ。どっちがどう動くか、アドリブで各々で判断してな」

「片方が殴り掛かってる間、片方はダメージを入れられるように機会を狙う。それだけだ」

「……」

 

 シンプル且つ打算だらけな作戦だった。しかし、それで実際、上手く当てて来てるのだから仕方ない。

 さて、とりあえず武装の一つが破壊された。だが、それまでだ。まだやりようはいくらでもある。

 忍田には本気でやれ、と言われているし、簡単に負けるつもりはない。

 

「……さて、続行だ」

 

 左肩の砲門、左腕の突撃銃、両肩のアームの先のレイガストを構え、ゆっくりと海斗、影浦に近づいた。

 

 ×××

 

 スコアは9対1。アレから戦い続けた結果、最後の一本でようやく影浦がレイジにトドメを刺せた。

 八本目以降はレイジも戦略を変え、イーグレットを握って狙撃も含めた戦術を見せ、中々苦労させられたが、それでも最後に押し切ることが出来た。

 結局の所、ゴリ押しになってしまったが、戦略的ゴリ押しなので、忍田としては及第点だろう。

 とりあえず、二人へのお説教を済ませて解散し、忍田はさっきまでの記録を見直していた。

 海斗はちゃんとチームワークについて学んでくれたようだし、場合によっては近いうちに何処かの部隊に入るかもしれない。

 意外なのは、影浦も少し考えが変わっていたこと。近いうちに始まるランク戦で、彼のチームはまたレベルアップして来るかもしれない。

 

「……はぁ」

 

 とはいえ、ミーティングが終わった後、結局喧嘩しながら会議室を出て行った二人を思い浮かべて、まだ問題があることに変わりはない。

 そもそも、実際の戦闘で車を武器に使うなど絶対にやめてほしいものだ。警戒区域なら百歩譲って良いとしても、また第一次侵攻の時のような戦いになった時、バッキバキの人ん家の車をハンマーにし、爆発炎上させ、視界を塞いで攻めるなどすれば、根付メディア対策室長が心労で倒れるかもしれない。

 

「お疲れ様です、本部長。珈琲です」

「ああ、ありがとう。沢村くん」

 

 ため息をつく忍田の横にコーヒーを置いた女性は、本部長補佐の沢村響子だ。

 忍田に対し色々な感情を持つ女性だが、本部長には一切、気付かれていない。攻めが足りないとかではなく向こうが鈍感なだけなのだが。

 

「何かお悩みですか?」

「ああ、陰山の事でな……」

「……あの子がまた何か?」

 

 沢村の表情が目に見えて曇る。ここ最近、忍田は陰山の事ばかり気にしている。時と場合によっては風間とも戦える実力を持ちながら、忍田に迷惑を掛けている少年が忍田に構ってもらえていて少し羨ましいが、沢村も大人なので嫉妬だとかそんな感情はない。

 ただ「本部長を困らせないで」とは強く思うが。

 

「いや、大したことではない。もし、仮に彼を部隊に入れるとしたら、何処の部隊が良いか考えているだけだ」

「そうですね……。やはり、A級部隊でしょうか?」

「実力的にはそれでも良いかもしれないが、本人の成長に繋がる部隊に入れようと考えている。となると、B級中位が妥当だろう」

「なるほど……」

 

 実際、今日の戦闘を見た限りだと無理に入れる必要はないと思う人もいるかもしれない。影浦と「片方が意識を逸らして片方がダメージを与える」などといったザックリした戦略で木崎レイジと渡り合っていた。

 しかし、それは二人がレベルの高い上に感覚派の攻撃手であったために可能だった事だ。

 太刀川や風間、小南、村上などといった上位ランカーやA級以上の隊員でもその連携は可能かもしれないが、マスターレベルまで届いていない攻撃手なら付いてこれない。

 それに、ポジションはアタッカーだけでなくガンナーやシューターもある。あまり好き勝手動かれては、誤射を誘発する可能性だってある。

 

「……東隊、などは如何でしょうか?」

「確かに彼の所なら学ぶものは多いだろうが……東くんは小荒井と奥寺の指導をしている。それに陰山が加わるのは、少し苦労が偏ってしまう」

「なるほど……」

 

 そう相槌を打ちながら、二人でB級部隊のデータを見る。

 

「「……はぁ」」

 

 どうしたものか、と並んでため息をつくしかなかった。

 

 



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勉強は学力ではなく常識を身に付けるもの。

 最近、海斗には悩みがある。ように小南には見えた。何故なら、普段、滅多にしない難しい顔をしているからだ。

 普段の表情は、目付きが悪くてギスギスしてるように見えるが、中身はアホを二乗にしたアホで何も考えてないすっとぼけた奴だから、悩んでいる所なんか見たことない。

 数日前、また玉狛に遊びに来なくなってしまったので心配して見に行ったら、本部で真剣な顔で出水と話していたのが見えた。近くには太刀川の姿もあった。

 もしかしたら男同士でなければ話せない話題なのかも……と、思う事にして、その場は引き下がった。それに、なんだかんだ一番構ってあげてる自分には相談してくれると思っていたから。

 だが、一向に来ない。二週間が経過したが、何一つ音沙汰ない。しかも見る度に村上、荒船、米屋、三輪、東と相手を変えている。これには流石に限界だった。

 

「と、いうわけなのよ、レイジさん!」

 

 机を強く叩いて立ち上がる小南だが、レイジも烏丸も宇佐美も一切、気にせずに食事を続ける。

 何故、ここには三人いるのに俺にだけ話かけるのか、と思ったりしたが、まぁ大体理由はわかるので言わなかった。

 代わりに、とりあえず言っておかなければならない事を指摘した。

 

「食事中に暴れるな、座れ」

「うっ……ごめんなさい」

 

 まるで父親に怒られた娘のように大人しく引き下がると、宇佐美がニヤニヤしながら聞いた。

 

「というか、そもそもなんでそんなこと気にしてるの?」

「は? てか何よその顔」

「いやいや、だって何でも感覚派の小南が人から相談が来ないからって怒るの珍しいじゃん?」

「それはそうだけど……腹立ってるんだから仕方ないじゃない」

「だからなんで?」

「知らないしどうでも良いわよそんなの」

「……」

 

 単純な奴は羨ましい、この手の茶化しが効かない。まぁ、小南を茶化すのは自分の役目ではない。

 そう感じた宇佐美は、隣の担当に視線を移した。

 

「ね、とりまるくん。なんで相談されないと思う?」

「そりゃ決まってるじゃないすか」

 

 あくまで冷静にそう言いながら、味噌汁を口に含んで間を開けた。小南が如何にも「興味津々」といった感じの表情で身を乗り出しているので、サラッと伝えてやった。

 

「小南先輩がまだ、他の人と比べて頼りないからですよ」

「なっ……!」

 

 ガーン、と音がしそうなほどショックを受けたのか、手から箸が落ちた。

 烏丸は言ってから野菜を摘み、口へ運んだ。

 宇佐美はニヤニヤともニコニコとも取れる笑顔で焼き鯖の身をホカホカの白ごはんに乗せ、口へ運んだ。

 レイジは真顔で牛乳を口へ運んだ。

 

「そ、そんなことないわよ! 私が一番、あいつの面倒を見てあげてるんだから!」

「面倒? 面倒見てあげてたんですか?」

「あげてたわよ! あんたも何回か見たことあるでしょうが!」

「……ああ、アレ面倒を見てたんすか」

「見て分からなかったわけ⁉︎ あんた、意外とそういうとこ鈍いのね」

「……」

 

 本来なら、ひと段落したらまたすぐにネタバラシする予定だった。しかし、今の「お前にだけは言われたくない」と言いたくなるほどのセリフに、柄にもなくイラっとした烏丸は、サラダの入った器を平らげてから続けた。

 

「つまりですね、小南先輩には先輩っぽさが足りないんです。や、俺にとってはもちろん先輩ですが、陰山先輩にとっては同い年ですから。頼れる、というよりはライバル的な感覚なんでしょう」

「なるほど……や、でも出水や米屋にも相談してたのよあいつ?」

「それはー……付き合いの長さも違いますし、相談の内容によりけりですが、本部と玉狛の差もありますから」

 

 慎重に言葉を選び、的確に小南を言いくるめる烏丸。

 真剣に話に耳を傾ける小南。

 ニコニコしながら、烏丸の言葉に耳を傾ける宇佐美。

 食事を終え、流しに食器を片付けるレイジ。

 

「とにかく、相談をされたければ、先輩っぽく振る舞うことです。小言や小さな悪口にも反応せず、微笑んで受け流し、親切に接していれば、いずれ相談してくれるんじゃないすか?」

「……そう、そうね。確かにそうだわ!」

 

 小南の中では合点がいったようで、ガツガツとサバと米と味噌汁とサラダをかっ込み、勢い良く立ち上がった。

 

「よし、明日から少しは親切にしてやるわ! 見てなさいよ海斗!」

 

 その勢いのまま食器を片付け、勢いよくリビングを出て行く小南を眺めながら、二人残ってご飯を食べてる烏丸に宇佐美は聞いた。

 

「……良いの?」

「まぁ、失敗するでしょうね」

「二人とも早く食え」

 

 ×××

 

 翌日、海斗は今日も今日とて本部に来ていた。場所はラウンジ……ではない。風間に見つかる。模擬戦ブース、でもない。風間に見つかる。太刀川隊の作戦室、三輪隊の作戦室、荒船隊の作戦室、でもない。風間に見つかる。加古隊の作戦室、でもない。加古に見つかる。

 ていうか、基本、何処にいても風間に見つかる。

 しかし、仕事があるためサボるわけにはいかない。よって、屋上に来ていた。放課後のため、沈みゆく夕陽に顔を向け、黄昏た表情でボンヤリと摩天楼の向こうを眺めていた。

 最近、悩みがある。しかし、それを打ち明けた人達からはみんな「諦めろ」「やるしかないよ」「立ち向かえ」と言った意見しか返ってこない。

 海斗は、絶対にそんなのゴメンだった。ナイフを持ったヤンキー五人を相手に素手で喧嘩しに行く事ができる海斗にも、ダメなものはある。

 そんな海斗のご傷心な背中を背後から眺める不審な影があった。

 

 ×××

 

 小南は屋上で、海斗の背中を眺めていた。もう何度も見てきた珍しく丸まった背中だが、何度見ても小南の心もズキンと痛む。普段、悩まない奴が悩んでいるのを見ると尚更、痛ましく見えるものだ。

 自分がその悩みを解決し、元気付けてやらねばならない。コホンと咳払いすると、背後から微笑みながら接近した。

 

「かーいとっ。こんなとこで何してんのよ♪」

「寒気がする声出すな180度回って帰れバカ」

「……」

 

 ビキッ、と。頬に青筋が浮かぶ。しかし、ここで言い返すわけにはいかない。彼は悩んでいるのだ。

 

「そう言わないの。何か悩んでるんでしょ?」

「あ?」

「先輩のアタシが聞いてあげるわよ。だから話してみなさい」

 

 言いながら、海斗の隣に座り、さっき買ってきたコーラを差し出した。

 しかし、海斗は受け取らず、怪訝な表情を浮かべたまま隣の小南の顔に視線を移した。

 ジッと見つめられ「何よ?」と視線で問うと、海斗は引き気味に答えた。

 

「……どうしたんだお前。熱でもあんのか?」

「どういう意味よ?」

「親切すぎて気味が悪い。買ってたペットが死んで傷心気味にテレビをつけたら、美人の貞子が出てきて慰めてくれるレベルで逆に不気味」

「美人……って、不気味ってどういう意……!」

 

 怒鳴りかけた所で口が止まった。そうだ、今日は親切に、だ。怒鳴り散らすなんて言語道断である。

 頭上に「?」を浮かべつつ、若干、照れ臭くて頬を赤らめつつも言った。

 

「……いいから受け取んなさいよ。私にも話してみなさい」

「まぁ、一応もらえるもんならもらうけど……大丈夫? 青酸カリとかトリカブトとか入ってない?」

「入ってないわよ! 何処で手に入れるのよそんなの!」

 

 小南からの返しを右から左へ流しつつ、海斗はコーラを飲み始めた。喉を炭酸飲料独特のシュワシュワ感が伝っていくのを感じ、一息つく。

 その表情は何と無くだけど、小南には少し元気が出たように見えた。やはり飲み物を買っておいて正解だった、と内心でガッツポーズしていると、海斗が小南に聞いた。

 

「お前の分は?」

「無いわよ? 喉乾いてないもの」

「お前……そういう時は自分のも買ってこいよ」

「なんでよ」

「気を遣って、相手に変な気を遣わせちゃう事もあるって事だよ」

「あっ…………な、なるほど、そういうものなのね」

 

 あんたが言っても説得力ないわよ、という返しを飲み込み、相槌を打っておいた。

 その小南に、海斗がコーラを差し出した。

 

「オラ」

「今は良いわ。飲みたい時に言うから」

「そうか」

 

 頷き返すと、海斗はペットボトルを自分の胸前に戻す。なんか、割と良い雰囲気だった。ボーダー本部の屋上で、沈む夕陽を男女が並んで一本のコーラを片手にのんびりする……誰が見ても勘違いしそうな光景だ。

 海斗も特に変な感情は抱くことはなかったが、やはり気を使わないどころか悪口を正面から言い合える奴とこうしている時間は嫌いではない。特に、デリカシーの無さでは影浦に次ぐ小南にそんな気遣いが出来るなんて……と、どの目線からなのか知らないが感動してしまっていた。

 しかし、そんな気は毛頭無い小南が、我慢しきれずに聞いた。

 

「……で、悩みは?」

「え、話さないけど」

「なんでよ⁉︎」

 

 ガーン、とまたショックを受ける小南に、海斗は続けて言った。

 

「お前に話しても解決する悩みじゃねーし」

 

 その言葉が、小南を逆撫でさせた。不機嫌そうな声音を隠すこともなく、小南は隣の海斗に問い詰める様に聞いた。

 

「……何よそれ。そんなにあたしに相談したくないわけ? 太刀川や東さんや友達にはするのに」

「まぁな」

「アタシ、海斗の中ではそんなに頼りにならないわけ?」

「ならないだろ。任務中はともかく、普段は超アホだし」

 

 そのセリフがキッカケだった。海斗の手から小南がコーラを奪い、立ち上がった。

 

「もういいわよバカ!」

「え、そのコーラ俺のじゃないの?」

「悩みを打ち明けてくれないならあげるわけ無いでしょ⁉︎」

「なんのために渡したんだそのコーラ! てか悪かった! 俺が悪かったからコーラ返して下さい!」

 

 タダメシへの弱さがここに来て二人の関係を助けたと言えるだろう。小南は謝られたのに満足したのか、小さく頷いて再び海斗の隣に腰を下ろした。

 

「で、悩みは?」

「……え、俺ほんとに小南に相談するの? プライドって言葉知ってる?」

「全部飲み干しちゃおう」

「冗談だから待てや!」

 

 止められたものの、大声出して喉が渇いた小南はコーラを一口だけ口に含んだ。

 コーラを返すと、仕方なさそうに海斗は相談することにした。

 

「……実は」

「実は?」

「……もうすぐ、中間テストでな……」

「……は?」

 

 ポカンとする小南を余所に、海斗は続けて打ち明けた。

 

「風間のバカに『赤点は許さん』とか言って指名手配されてんだ。教えるときはマンツーマンどころか三上と組んで二対一で襲い掛かって来やがる……だから、助けてくれる奴を探してるんだ」

「……それだけ?」

「だけとはなんだ。いじめられてるんだぞ俺」

「……」

 

 もう呆れるしかなかった。やっぱこいつ馬鹿だ、と再認識するしかなかった。

 なんかもう何もかも馬鹿らしくなった小南だが、一つだけ確認しておかなきゃいけないのできいてみた。

 

「……なんでアタシには相談出来なかったのよ」

「だってお前も俺と同じ成績残念系攻撃手でしょ?」

「なんでよ⁉︎ あんたよりは成績良いわよ!」

「それならまだ『私、着痩せするタイプでBカップはあるのよ?』って言われた方が信じたかったな〜」

「だからそれどういう……願望⁉︎」

「だってお前、小南だろ? 小南が小南であり小南のままである以上、頭が良いなんてことは絶対無いんだよ。頭は小南なんだよ」

「っ……!」

 

 ヒクッ、と。小南の頬が釣り上がる。黙り込んだ後、自分のスマホを操作し、画面を見せてきた。そこには、高一の時の成績表が載せられていた。

 その成績は、平均4以上である。

 

「ーっ⁉︎ なっ、おまっ……!」

「ふふん、あんたと一緒にしないでよね。アタシは勉強できるバカなんだから。……いやバカじゃないわよ!」

「……」

 

 今のセリフを聞いた感じでも百パー気の所為な気がする。自分のセリフに自分でツッコミを入れているんだから。

 

「……お前何したの? 教師相手に誘惑でもした?」

「は? 何よユーワクって。ラーメンでも奢るとか?」

「や、そうじゃなくてな……」

 

 よく見たら、保健体育の評価は3だ。小南の運動神経は生身でも悪くないのに。おそらく、性知識とか皆無なんだろう。

 しかし、だとするとどうやって好成績を取ったのだろうか? 教員の弱みを握った? それはない。弱みを握ろうと跡をつけた所で、夢中になり過ぎてゴミ箱を倒して「いやぁ、はっはっはっ」と笑って誤魔化す図が目に見える。

 では、先生のお子さんを誘拐した? それもない。バカに誘拐は不可能だ。

 となると他は……。

 

「……あ、そうか。金握らせたのか」

「素直に受け取りなさいよもう少し!」

 

 相変わらず失礼な奴だ。しかし、小南の心には(小南的には)余裕がある。逆襲はここからだからだ。

 

「それで、どうするのよ?」

「何が」

「私が教えてあげても良いのよ? 勉強」

「はぁ?」

「私なら教えるのは玉狛になるし、本部から距離があるから風間さんは滅多に来ないわ。それに、仮に来たとしてもキチンと勉強していれば問題ないでしょう?」

 

 言ってやると、海斗は奥歯を噛み締めた。借りを作る作らないで影浦と喧嘩し、忍田とレイジまで引っ張り出した海斗にとっては屈辱だろう。

 いつのまにか趣旨が変わってきている小南だった。しかし、目的を見失えば、何事も上手くいかなくなるのは世の常なわけで。

 案の定、海斗はため息をつくと、キレ顔で小南の方に顔を向けた。

 

「絶対に断る」

「なんでよ⁉︎」

「テメェの力を借りるくらいなら風間のしごきに耐えてやるわバーカ!」

「はぁ⁉︎」

「ぜってー負けねえから。負けた方が今度なんか奢りだから」

 

 好き勝手に言い荒らした海斗に屋上を出て行かれてしまった。

 ポツンと取り残された小南は、今更になって「頼ってもらう」という目的を思い出し、両手で顔を覆った。

 

 ×××

 

「……ダメだったわ」

「でしょうね」

 

 その日の夕食の席、今日は宇佐美がいなくて迅が入ったメンバーでの食事だった。

 当然のように返した烏丸に、カッとなった小南が立ち上がった。

 

「ち、ちょっと! でしょうねってどういう意味……!」

「小南、座って食え」

「……どういう意味よ」

 

 完全に立ち上がる前にレイジの制止が入り、大人しく座る小南だった。

 

「いえ、まぁ犬猿の仲の相手に今更、優しくしたところで気味悪がられるのは目に見えてましたので」

「んなっ……! だ、騙したなああああ!」

「小南、飯中に暴れるな」

 

 なんだか1日前も同じような説教をもらった気がしたが、とりあえず座っておいた。

 しかし、恨みがましい視線は烏丸に向けられたままだ。

 その向かいで、未来視のサイドエフェクトによって、数日前に見えた(割とどうでも良い)未来を思い出した迅は何があったのか思い出し、肉をつまみながら聞いた。

 

「で、小南。お前どうなの? 試験の方」

「試験?」

「試験で勝負することになったんだろ?」

 

 烏丸の問いに対し、迅が小南に質問する形で答えると、小南も頷いて答えた。

 どういう流れで勝負することになったのか、大体わかってしまった烏丸もレイジも質問する事はなく、小南がため息をつきながら続けた。

 

「よく分かんないわよ……一方的に勝負って言われて逃げられたんだから」

「ふーん……じゃあ、小南先輩は勝負するの拒否するんすか?」

「なわけないじゃない。あんなのから勉強勝負で逃げたら人生の汚点よ」

 

 やっぱりね、と男三人が納得してしまったのは言うまでもない。

 小南がその空気に察する前に烏丸が口を開いた。

 

「でも、チャンスじゃないすか?」

「何がよ、とりまる」

「ここで陰山先輩に勝っておけば、頼りになるって所は強調できるんじゃないすか?」

「!」

 

 それに対し、小南は「確かに」と言わんばかりに目を見開いた。レイジが確認するように聞いた。

 

「小南の高校は試験いつなんだ?」

「一週間後よ」

「なら、まだ間に合うな」

「ま、あいつがいくら勉強したところでアタシに勝てるはずないし、余裕よね」

「それは分からないよ、小南」

 

 レイジの問いに答えた小南に釘を刺したのは迅だった。

 

「何よ、何か視えたわけ?」

「海斗の学校は試験二週間後だし、海斗に勉強を教えるメンバーが風間さん、三上ちゃんに追加して荒船、鋼も増えるっぽいから。このままだと確率は割と低くないよ」

「嘘⁉︎」

「これ以上はフェアじゃないから俺の口からは何も言わないけど……小南もそれなりに勉強しておいた方が良いんじゃない?」

 

 未来視のサイドエフェクトを持つ迅は、未来に見えたものを必ず本人に伝えるわけではない。何故なら、教えたからといって未来が良い方向に傾くとは限らないからだ。

 それなのに教えてきたということは、いつも通りの勉強法では、自分は海斗に勉強で負けるということだ。

 ……と、小南は解釈したが、迅としてはこんなどうでも良い未来など教えてどう転ぼうが知ったことではないので教えただけだった。

 

「……わかったわ。私も勉強する」

「そっか。頑張れ」

「見てなさいよ、バ海斗!」

 

 一人で気合を入れてる小南を眺めながら、レイジが冷静に迅に聞いた。

 

「実際、どうなんだ?」

「海斗だよ?」

「……理解した」

 

 いいとこ9:1だった。どんなに環境が揃っていても、二週間で学力がグンッと跳ね上がることはない。いいとこ、60〜70といった所だろう。

 

「で、迅。実際はどうなんだ?」

「何が?」

「一ヶ月も前から風間が海斗を試験勉強させるために追い回すとは思えない。この一ヶ月の間、海斗には二つ悩みがあったんだろ?」

「えっ⁉︎」

 

 さっきまで舞い上がっていた小南が顔を上げた。

 レイジの質問に対し、迅は少し真顔になる。迅の表情が変わるということは、何かボーダー的に関わることがあるかもしれない、という事だ。

 

「いやー……どうだろうね。俺もあいつの考えてること、よく分かんないし。ただ、確かに他に悩みがあるのは間違いないよ」

「らしいぞ、小南」

「……そう」

 

 少し表情が沈む小南。怒ったり闘志を燃やしたり凹んだりと忙しい奴だが、茶化す気にはならなかった。

 恐らく、自分の好敵手が相当心配なのだろう。ただでさえ、試験期間は模擬戦とかあまり多く出来ないのに、任務にも支障が出るようでは、ただでさえB級隊員なのに給料が入らないと生活が厳しく……。

 

「あいつがそんなに複数の悩みを抱えるなんてあり得ない……絶対、何かあったんだわ」

 

 だからその通りだっつーの、というツッコミを抑えて、烏丸はとりあえずレイジに質問した。

 

「そういえば、レイジさん。前に急に忍田さんに呼び出されてましたよね」

「……ああ、もしかしたらあの事かもな」

「何か知ってるの?」

「前に模擬戦したんだよ。俺一人対陰山・影浦で」

「何よその組み合わせ?」

「陰山にチーム戦をそろそろ教えよう、との事でな。後は、まぁ……バカとバカの制裁を兼ねてたらしい」

「てことは……あいつ、何処かの部隊に配属されるかもってこと?」

「いや、無理に配属するつもりは無いらしい。本人の希望を聞いてからにするつもりそうだが……多分、海斗自身も勘づいての事だろう」

「……」

 

 顎に手を当てて考え事を始める小南だった。その小南に、隣の烏丸が声を掛けた。

 

「ま、今は気にすること無いんじゃないすか? それより、テストに集中した方が良いですよ」

「そうね。……あいつに負けるのだけは嫌だし」

 

 そう言いつつ、小南は食べ終えて食器を流しに戻した。

 

 ×××

 

 その頃、風間隊作戦室。

 

「違う。こっちのプラス3xが右に行ったらマイナス3xになる」

「なんでだよ。信念を持て。お前はプラスだ」

「信念の問題じゃない。厳密には移動したわけではなく、イコールの関係が崩れないように辻褄を合わせているだけだ」

「敵があまりにも強過ぎて卍解じゃどうしようもないから、氷の花弁がすべて散ってからが本番になる、みたいな?」

「やめろ」

「あ、陰山くん。ここも違うよ。xとyを足しちゃってる」

「同じアルファベットなんだから仲良くしろよ」

「スコーピオンから旋空は放てないでしょ? そういう事」

 

 風間も三上も苦労していた。

 

 



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可愛い子には親心が芽生える。

 試験が終わり、小南は本部に来ていた。今日は海斗とテストの点数勝負である。我ながら下らない戦いを引き受けてしまったものだが、引き受けてしまったものは仕方ない。やるからには全力で勝ちに行くだけだ。

 とりあえず、点数は平均80点以上。これを海斗が超える事はない、と確信していた。何故なら、迅に予知を聞いたからだ。

 なんか「ただ……」とか何か言おうとしてた感じだったが、小南はそれを聞かずに本部に出向いた。

 ただ、今日は海斗が仕事だ。22時まで防衛任務。今日はB級の諏訪隊と組んでいた。ここ最近の海斗の仕事はB級部隊と組むことが多い。やはり、レイジの言っていた通り、海斗もチームに入る事になるのだろうか。

 まぁ、あのバカがどの部隊に入ろうが知ったことではないが。

 

「で、どうよ。海斗! 麻雀でも!」

「本当に儲かるんだろうな?」

「ったりめぇよ! やり方は教えてやっからよ! 堤が!」

「勿論だよ。加古ちゃんの炒飯の被害にあった奴は、みんな俺の友達だ」

「ちょっ、堤さん。ここラウンジですよ……。てか、諏訪さんも未成年を誘って良いんですか?」

「バッカお前、麻雀やってる最中は全員ハタチ以上だっつの」

「てことは、麻雀やりながらコンビニ行けばエロ本も買えるんじゃね⁉︎」

「その通りだな」

「コンビニで麻雀やる気か、海斗くん……」

 

 ラウンジで待機していると、海斗が戻って来たのが見えた。

 見た感じだと、諏訪隊の面々と仲良くなったようだ。まさか本気でお金を賭けて麻雀をやるつもりなのか分からないが、基本的に自分を偽らない諏訪と海斗は早い話がかなりウマが合うタイプのようだ。

 しかし、小南はそんなの気にしない。

 

「かーいとっ♪」

 

 勝ちが分かってるから超元気ハツラツで出て行った。オロ○ミンCいらずだ。

 その分かりやすく意地悪そうに楽しそうな小南の表情を見て、諏訪も堤も笹森も固まる中、海斗が不機嫌そうな表情で小南を見た。

 

「何の用だスモールサウス」

「人の名字を覚えたての英語を使って呼ぶな! 中学生か!」

「俺、悪いけど今から麻雀だから。じゃ」

「逃がさないわよ」

 

 ガッチリと右手首を掴まれた。トリオン体に掴まれたわけではないのに、その手はやけに冷たかった。

 普段、ふてぶてしい程に堂々としている海斗が、今だけは異様に強張っている。恐らく、自分でも分かっているのだろう。負けが確定しているのが。

 迅に聞いたのか、それとも点数が想像以下だったのか……なんにしても、こんなに痛快なことは滅多にない。

 一方、海斗は諏訪に目を移した。しかし、諏訪は海斗の肩に手を乗せ、無駄にキメ顔で言った。

 

「こんなに良い女が話したがってんだ。麻雀なんかしてる場合じゃねえだろ?」

「良い女? どこにいんの?」

「照れるな」

「照れてねーよ」

「行くぞ、堤。笹森」

「「はい」」

 

 諏訪隊の面々はそのまま立ち去ってしまった。

 取り残され、額に汗を浮かべて固まってしまっていた海斗に小南はすごく意地の悪い笑みを浮かべて近付いた。

 

「ほれほれ、何点だったのよ? トータルで」

「一万」

「何科目受けたのよ。てか、嘘はいいから」

「……ちっ、10科目で629点だよ」

「平均63点じゃない。全然ね。私は平均80超えたけどね」

「わーってるよ。何が食いたい」

 

 思いの外、潔かった。良くも悪くも負けず嫌いのバカなら、何かしら通らない言い訳をしてくるもんだと思っていたが。

 

「そうね……カレーなんてどう?」

「お前がそれで良いなら良いよ」

「悪いわね、何度も奢ってもらって」

「喧しい。今から行くか?」

「良いわよ。行きましょうか」

 

 そう言って、二人でカレー屋に向かった。

 

 ×××

 

 カレー屋に向かう途中、小南は試験に勝つ事にもう一つの目的がある事を思い出していた。そういえば、海斗には勉強以外に一つ、悩みがあるのを。

 試験勝負に勝った事で頭がいっぱいだったが、もしかしたらその事で今、悩んでいるのかもしれない。だとしたら、少し日を開けてから誘うべきだっただろうか? 心無しか、海斗の表情に若干、疲れが残っているような気がする。

 

「……」

 

 やはり、自分には聞いてくれないのだろうか、悩みの内容を。まぁ、試験バトルに負かされた後だし、相談しにくいのかもしれないが。

 しかし、待っているだけというのは焦れったい。そもそも、自分は海斗にとって頼りになる先輩になれたのだろうか? 

 

「……うー」

「何唸ってんの?」

「っ、な、なんでもないわよ……」

 

 思わず漏れた吐息にも反応され、小南は少し小さく肩を震わせた。

 そのいつもの小南らしからぬ反応を見た海斗は、真顔のまま黙り込み、無駄に神妙な声で聞いた。

 

「……もしかして、バストアップ体操でも始めたけど全然、結果がブベラッ」

「最近、あんたのその失礼か軽口に対しては殴った方が良い気がしてきたのよね」

 

 見事に鼻にストレートが決まった。トリオン体の戦闘はともかく、生身の喧嘩素人が人の顔を殴ると拳にも痛みが走るため、プラプラと小南は手を振ったが、その表情は割とマジでキレかけている様子だった。

 微妙にギスギスした空気の中、カレー屋に到着してしまった。先に食券を買うタイプのお店だったため、海斗は財布からお金を出して中に読み込ませた。

 

「何にするよ?」

「……チキンカレー」

「はいはい」

 

 小南のチキンカレーと、自分の普通のカレーの食券を購入した。

 並んで歩いて先を探してると、見知った顔が二人、四人席に座ってるのが見えた。

 

「……ん?」

「あら」

「へ?」

「……げっ」

 

 風間蒼也と三上歌歩だった。風間の前にはカツカレー、三上の前には甘口のカレーが置かれている。

 その二人を見て、まず開口一番がこれだった。

 

「風間、デートか? ロリコンか?」

「お疲れ様会だ、バカの勉強の面倒を見終えたからな」

「というか、陰山くん。ロリって誰の事かな?」

 

 風間の鋭い視線より、三上の笑顔の方が怖かった。その笑みに思わず冷や汗を流して目をそらして苦笑いで黙り込んでると、風間が声を掛けた。

 

「むしろ、お前らの方がデートじゃないのか?」

「は? バカ言え。テスト勝負で負けて奢るはめになっただけだ」

「テスト勝負? お前、風邪引いて試験を38度で受けてズタボロになっていただろう」

「まったく……普段から勉強しないからだよ。知恵熱で風邪引く人なんて初めて見たよ」

「え……?」

「うるせー死ね」

 

 小南が海斗の方を振り向いたにも関わらず、海斗は小南に視線を移すことはしなかった。

 ふいっと風間達からも目を逸らし、小南の手を引いて空いてる二人席に向かった。

 

「小南、行くぞ」

「あ、うん」

 

 席に座ると、店員さんがお冷やを持って机の隣に立った。

 

「いらっしゃいませ。食券をお預かりします」

「あ、どうも」

 

 食券を預かり、厨房に引っ込んだ。ボンヤリとその背中を見てると、小南がジト目で海斗を見つめていた。

 

「……言いなさいよ」

「何が」

「風邪の話」

「別に言うことじゃないだろ。負けは負けだし」

「いいわよ、払うわ」

「いらねーよ」

 

 ポケットから財布を出したが、海斗は首を横に振る。

 

「なんで? 本来ならどうなってたか分からないじゃない」

「そういう問題じゃねーんだよ」

「……奢ってもらう時にはがっつく癖に」

「それとこれとは話が別だ。いいから気にすんな」

 

 そう言いつつ、海斗は店内のカレーの匂いをクンクンと嗅いでいた。相変わらずお腹の空く匂いである。

 明らかに話を終わらせようとしていて、多分是が非でも譲らないと思った小南は、すっとぼけた顔をしている海斗に、お冷やを飲みながら文句を言うように話題を変えた。

 

「あんた、風邪引いてたんならなんで呼ばないのよ、私の事」

「あ?」

「一人暮らしなんでしょ? 一人で平気だったわけ?」

「まぁ、米屋とか出水とか村上とか風間が来てくれたからな」

「……ふーん」

 

 冷たい声で相槌を打つ小南。やはり、自分よりも先にその辺なのか、と思ってしまう。

 付き合いの長さや性別の違いがあるため仕方ないのも分かるが、結局、全然頼られることがない。やはり、もう少し頼りになる先輩のように振舞うべきだったろうか……。

 それとも、やっぱり自分じゃ頼りにならないのかもしれない。戦闘ならまだしも、悩みとか風邪とか……そういうプライベートの部分では、海斗はやはり……。

 

「なぁ、小南」

 

 小南の表情に影がさした時、ふと海斗が声をかけて来た。

 

「っ、な、何?」

「良い機会だし、少し聞いてほしい話があんだけどさ……」

「えっ⁉︎」

「え、何」

 

 いきなりの展開に小南は驚いた声を漏らしてしまい、海斗の方も少し引いてしまった。

 

「あ、ダメ?」

「や、ダメじゃないけど……何?」

「色んな野郎に聞いたんだが……どいつもこいつも『諦めろ』『男なら逃げるな』だとか言ってきやがってさ……」

「し、仕方ないわね! 小南先輩が聞いてあげるわよ!」

「なんで嬉しそうなんだよ」

 

 相談だ、それも色んな人に相談している奴だ。相談される側なのになんか嬉しくなってしまった。

 内容は分からないが、万が一、部隊配属に関する相談だとしたら、自分の中で50パターンほど解答をシミュレーションしておいたのでどんなものでも答えられる自信があった。

 深刻な表情をしている海斗は、低い声でポツリと呟くように自身の腹の中をぶちまけた。

 

「……加古の作る炒飯が怖くて、双葉の修行の面倒が全然、見れてねえんだ……」

「…………はい?」

 

 聞き違いだろうか? 全く別の相談が飛んできた気がする。

 

「だから、加古の作る炒飯が怖くて双葉の面倒見れてないんだよ」

「……」

 

 固まってしまった、思わず。何を言っているんだこいつは、と。

 

「……それだけ?」

「だけとはなんだ。お前だろ、弟子を取るなら責任とれっつったの。割とマジで困ってんだよ。男どもはみんな他人事でテキトーなこと言うし。お前しか頼れる奴がいねえんだよ」

「……」

 

 複雑だった。嬉しいやら殺したいやらでどうすれば良いのかわからない。

 しかし、海斗の気持ちもわかる。女性に対して態度以外は紳士的な彼は「変なもん食わすな、創部二年目のバスケ部監督かテメェは」とは言えないのだろう。

 だが、双葉に対する責任感と板挟みにされ、悩んでいるには悩んでいるのだろう。今日までは「試験勉強」という逃げ道もあったが、それも試験が終わって使えなくなってしまった。

 仕方ないので真面目に答えてやることにした。

 

「たまにならうちの支部使って良いわよ」

「マジ? サンキュー」

 

 解決した。

 事のついでなので、もう片方の話も聞いてみた。

 

「あんた、聞いたけど部隊に配属されるんだって?」

「あー……まぁ、決定じゃないけど」

「どこに行くのよ」

「まだ分かんない。てか、今度ランク戦あるからそこで見てからって事にする予定」

「ふーん……そう」

 

 そう呟くと、店員さんがカレーを運んできた。

 

「お待たせ致しました」

「お、きた」

「おいしそ」

 

 机の上にカレーが置かれた。スプーンを手に取り、いただきますと挨拶してカレーを掬った。

 

「あむっ……おいひ」

「あら、ホント。ここのカレーいけるわね」

「え、お前ここ来たことなかったの?」

「え? そうよ? 自分で払って美味しくなかったら嫌じゃない」

「……あそう」

 

 そんな話をしながら、海斗はふと思ったので聞いてみた。

 

「そういやお前、料理出来んの?」

「出来るわよ?」

「へー。や、玉狛で飯食うとき、木崎さんか烏丸か迅が飯作ってたから」

「たまたまよ。今度、アタシの作ったカレー食べさせてあげるから。覚悟してなさい」

「大丈夫? ジャガイモとか芽を取るの忘れないでね? ソラニンで死んじゃうから」

「忘れないわよ! バカにしすぎでしょあんた⁉︎」

 

 怒鳴った後、カレーを口に運んだ小南は、それを飲み込むと海斗をジト目で睨んだ。

 

「大体、あんたこそ料理できるわけ?」

「出来るわ。一人暮らしだし」

「そっちの方が意外よ」

「便利だよなぁ、レンジでチンすりゃあったかい飯がくえるんだから」

「冷食じゃない! 早死にするわよあんた」

「や、作れるには作れるけど、最近は面倒臭くてな。だから玉狛で食える飯はマジ助かってる。なんなら玉狛に入りたいレベルで」

「ご飯が目的で配属先を選ばないの……」

 

 言うこと為すこと全部、ナメた奴だ。まぁ、海斗の腕なら小南としても大歓迎だが、玉狛は戦力的にも現状で十分なので、本部が了承するかはわからない。

 むしろ、他のB級くらいの部隊に配属される可能性の方が高い。

 

「ちなみに、希望する部隊とかあるわけ?」

「毎日ラーメン奢ってくれる隊長がいる部隊」

「いないわよそんな隊長。ていうか、あんたラーメンが好きなの?」

「超好き」

「そ、そう……」

 

 あまりの断言に小南は目を逸らした。じゃあ、今日はラーメンの方が良かったかな、と一瞬思ったが、来てしまったものは仕方ない。次の機会に活かそう。

 

「でも、優しい隊長なら割といるわよ。東さんとかよく焼肉奢ってくれるらしいし、柿崎さんのとことかよく一緒に遊びに連れて行ってくれるみたいだし」

「ふーん……でも、東さんとこは小荒井と奥寺に怖がられてっからなぁ」

「何したのよ」

「何もしてねーよ」

 

 最近はあまり歳下と関わることがないため忘れていたが、基本的に何もしてないのに怖がられるのだ。それなら、いっそのこと部隊には所属しない方が良い気さえする。

 

「ま、あんたはうち以外ならどの部隊に入ったってエース張れる実力はあるんだから、作戦もあんたがメインのものになるでしょうし、気楽にやんなさいよ」

「いや、どっかに入ることになったら、俺はそのチームの戦略に合わせるつもりだぞ」

「あら、そうなの?」

「この前、木崎さん一人に二人掛かりでボコられたんだ。身勝手に動いて勝てるもんじゃねーのはよく分かった」

 

 そう言う海斗を、小南は意外そうな表情で眺めた。まさか、この男に協調性が芽生える日が訪れるとは夢にも思わなかった。

 

「成長したのね、あんた」

「どの目線で言ってんだテメェは」

「上から言うわよ? ボーダーでは先輩だもの」

「……けっ」

 

 不機嫌そうに海斗は悪態をついた。しかし、反論しなかったところを見ると、納得はしているようだ。素直じゃない奴はこれだから困る。

 

「ま、何かあったらまた私に言いなさいよ。なんでも相談に乗ってあげるから」

「……気が向いたら相談してやるよバーカ」

「うん。待ってる」

 

 つい漏れた「バーカ」という悪口に反応せずに年相応な意地悪い笑みを浮かべた小南がとても綺麗に思えたが、その後にスプーンで掬ったカレーをスカートに垂らしてシミを作って大騒ぎし始めて台無しだった。

 

 ×××

 

「ま、何かあったらまた私に言いなさいよ。なんでも相談に乗ってあげるから」

「……気が向いたら相談してやるよバーカ」

「うん。待ってる」

 

 その頃、カレー屋の別の席。風間と三上は黙ってバカ2人の会話を聞いていた。 別に聞き耳を立ててきたわけではない。聞こえちゃっただけだ。

 

「……あの、風間さん」

「なんだ、三上」

「あの二人、付き合ってるんですか?」

「いや、分からないが……」

「そういえばこの前、二人が屋上で夕陽を見ながら一本のコーラを飲んでいたって噂が……」

「こんな話も聞いたな。陰山がわざわざ玉狛に訓練しに行くのは、小南に会いに行くためだそうだ」

「それから、陰山くんが玉狛と組んで防衛任務の時、小南さんとのコンビネーションは抜群だそうですよ?」

「そうか……なんか今お互いに相談する仲になったようだしな」

「……くすっ」

「……ふっ」

 

 二人して笑みを浮かべた。態度も口も悪いが、海斗は根は真っ直ぐなバカだ。中々、自分の想いを伝えられない事だろう。

 風間と三上は後ろで楽しそうなお話しする馬鹿二人を微笑ましい目で眺めた。

 

 




感想を送っていただいた方からあったので、主人公のトリガーセットとパラメーター。基本、成長するタイプの主人公なので、今後もっと伸びる可能性アリ。

陰山海斗
ポジション:アタッカー
年齢:16 誕生日:8月8日
身長:165くらい 血液型:B型
星座:ぺんぎん座 職業:高校生
好きなもの:タイマン、ラーメン、少年漫画、タダ飯(飲み物も可)
FAMILY:父、母

TRIGGER SET
メイン:
スコーピオン
レイガスト
スラスター
シールド
サブ:
スコーピオン
レイガスト
スラスター
バッグワーム

パラメーター
トリオン:8
攻撃:13
防御・援護:10
機動:7
技術:7
射程:2
指揮:0
特殊戦術:2
TOTAL:49

RELATION
影浦→死ね
村上→いつ俺を勝ち越すん?www
荒船→友達
米屋→友達
出水→友達
小南→バカ
レイジ→神
双葉→溺愛
加古→料理と黒魔術は違う
風間→指導といじめは違う

バカに指導を受けた黒江双葉
トリガーセット
メイン:
孤月
魔光(試作)
シールド
旋空
サブ:
韋駄天(試作)
レイガスト
スラスター
バッグワーム

パラメーター
トリオン:6
攻撃:9
防御・援護:7
機動:11
技術:7
射程:2
指揮:1
特殊戦術:7
TOTAL:50

多分、こんな感じです。


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イベントがあると大事な事を忘れる。

 6月になり、ランク戦のシーズンになった。以前までは自分には関係ないイベントだと思っていたランク戦だが、今はそうもいかない。

 いろんな部隊のデータを頭に叩き込み、どの部隊に配属されても良いようにしておかなければならない。

 そのため、基本的に観戦席で見学しておくことにしている海斗だが、今日はまだいなかった。何故なら、双葉との修行中だからだ。

 場所は加古隊の作戦室、今日はランク戦を見に行かなければならないため、炒飯を食べている暇はないため、作戦室の訓練室を借り受けることにした。

 双葉の攻撃を、海斗は平然と回避し続ける。レイガストのスラスターパンチと韋駄天を織り交ぜた攻撃は日に日に鋭くなっていっているが、今日の様子は何かおかしかった。

 

「スラスター!」

 

 ブレードモードのレイガストの投擲を回避しながら接近する。それに対して、拡張したブレードを振るって来るが、それも回避し、拳を引いた。

 が、後ろからガギンと音がする。直感的に危険だと判断し、しゃがむと、レイガストが自分の頭上を通過した。スラスターで投擲したレイガストを旋空で弾いたようだ。器用な真似をするものだ。

 戻ってきたレイガストをキャッチしながら、孤月で斬り上げ、反対側の拳でスラスターパンチを同時に放って来る。

 だが。

 

「!」

 

 海斗の両腕が消えた。スラスターと孤月の挟み撃ちを遥かに上回る速さでスコーピオンの拳を振るい、双葉の両腕を落とした。

 カラン、と渇いた音を立てて落ちる二刀を見て、海斗は双葉に言った。

 

「はい、終わり」

「うぐっ……また……」

「てか、お前どうした? なんか調子悪い? いつもより動きが固かったけど」

「そ、そうですか……?」

「孤月とレイガストのアレは面白かったけどな。てか、よくあんな真似出来るな」

「余裕で対処してた人に褒められても嬉しくありません」

「余裕じゃねえよ。勘が当たっただけだ」

 

 で、なんで動きが固かったの? と言わんばかりに片眉を上げた。

 

「……別に固くなかったと思いますけど」

「界王様にまで隠し事か?」

「……いえ、大した事ではないので」

「初めてのランク戦のシーズンで緊張してるのよね?」

 

 後ろから弾んだ声が聞こえた。加古隊の隊長さんが微笑みながら図星を言うため、双葉の表情はほんのりと赤くなった。

 

「……加古さん」

「大丈夫よ、双葉。たとえA級でも、陰山くんに正面から1対1で勝てる隊員は少ないわ。だから自信を持ちなさい」

「そうだぞ」

「戦略をしっかりと練れば勝ち目はあるけど。バカだし」

「表出ろコラ」

 

 そんな話をしてもらえたものの、双葉の中では不安は拭えなかった。チーム戦は個人ランク戦とは違う。加古やチームメイトの喜多川真衣との連携がうまく行くか、実戦で試したのはトリオン兵相手の時だけだ。

 

「大体、A級のランク戦はまだ先だろ。今から不安になってどうすんだ」

「そう言われましても……」

 

 双葉の緊張は表情から隠し切れていない。その時だった。ノックの音が響いた。

 訓練室の扉ではない。作戦室の扉だ。

 

「私が出てくるわね」

 

 逃げるように加古が応対しに行った。本当に自由な隊長さんである。

 しかし、加古は別にいなくても良いかもしれない。ここは師匠として何か言ってやるべき所だからだ。

 腕を組んで考えた後、とりあえず言ってみた。

 

「双葉、良いか?」

「っ、は、はいっ」

「練習や訓練は何のためにやるものだ?」

「実戦です」

「そう、実戦だ。でも、ランク戦はある意味では訓練と一緒だ」

「? は、はい。そうですね?」

「つまり、訓練だ。実戦訓練でも訓練みたいなものだからー……えーっと」

 

 自分でも何言ってるのか分からなくなってきたが、悪い意味でここまで来れば押し通すしかない。

 

「訓練だから。負けても死なないし失う物はポイントと順位だけだから。給料に影響出るわけでもないし……えーっとー……うん。だから、なんだ。気楽にやれ」

「……」

 

 実際、双葉は何を言われているのか全然分からなかった。一つだけわかったのは、自分を励まそうとしてくれているって事だ。

 まったく、不器用でバカな先輩である。言い方なんていくらでもあるだろうに、それを文に出来ない語彙力の拙さ。この前の試験はそれなりに点数を取れたみたいだけど、それも風間と三上のスパルタ教育の賜物のようなものだ。

 クスッと微笑んだ双葉は、微笑みながら頭を下げた。

 

「ありがとうございます、界王様」

「……なんか声震えてない?」

 

 こんなバカな人の弟子であることを思い出し、連携以前に自身の戦力に不安を覚えた。

 小南や風間とそれなりに渡り合う師匠は確かにすごい人だけど、自分はどうなのだろうか。ランク戦では勝ったり負けたりだし、成果が出ているのか分からない。

 再び早鐘の如く鳴り出した自分の胸に手を当ててると、訓練室に加古が戻ってきた。

 

「陰山くん。お客さんよ」

「陰山、やっぱここにいたか」

「あ、村上」

 

 現れたのは村上鋼だった。現在、アタッカーランク10位のB級隊員だ。そう、B級隊員で自分とほとんど同時期のこの人は攻撃手10位なのだ。所詮、最初からA級だった自分に勝ち目はあるのだろうか。

 

「俺に用があんの?」

「ああ。B級ランク戦が始まるから、その前にお前と1本、戦っときたかったんだ」

「何それ。ドユコト?」

「同期だからだ」

 

 言わんとしてることは何となく分かった。一応、同期であり、同じくらいの戦力を持つ攻撃手、いわばライバルと決戦前に手合わせしておきたいってとこだろう。

 そういう気持ちは海斗にも分からなくはない。漫画のライバルみたいなことしてんなよ、と思うかもしれないが、今の三門市は漫画よりもファンタジーじみた世界だ。実際に漫画みたいな想いが生まれてもおかしくない。

 

「良いよ。やろうか。加古さん。訓練室借りても良い?」

「良いわよ」

 

 許可を取ると、二人は模擬戦を始めた。

 

 ×××

 

 二人の模擬戦見ていて、双葉の不安はなおさら大きくなった。とてもB級同士の戦いとは思えないほど、バカみたいにハイレベルな戦闘が展開されている。この人達、なんでB級にいるの? と疑いたくなるレベルだ。

 

「……はぁ」

 

 まだ自分はこのレベルに追い付いていない。そんな双葉の頭に、加古がポンッと手を置いた。

 

「大丈夫よ、双葉」

「は、はい」

「ほんとに。あの二人の戦闘だって、結局は個々の力でしょ? 部隊戦は全く別物なんだから」

「で、ですが……特に、風間隊はみんながみんな、ハイレベルです。いくら加古さんに援護していただいても、他の方と渡り合うのは……」

「……うーん、そうねぇ……」

 

 あからさまに自信をなくしてしまった双葉を見て、加古は顎に手を当てた。

 どうしたものか、と悩んでいると、またノックの音が響いた。今日はよく来客が来る日だ。二人で応対すると、立っていたのは武富桜子だった。

 

「お疲れ様です! 加古さん! 双葉ちゃん!」

「桜子ちゃん。お疲れ様」

「お疲れ様です」

「早速ですが、今日のランク戦、解説席に座っていただけませんか?」

「あら、私が?」

「はい。お願い出来ますか?」

「良いわよ」

「ありがとうございます!」

 

 桜子がやってきた時点で要件は大体、察していたので話はスムーズに進んだ。

 その隣で「解説席のオファーが来るなんてすごい……」的な視線を加古に送る双葉と、加古は目が合った。

 が、そこで加古はニヤリと微笑んだ。これは良い機会かもしれない。

 

「ね、桜子ちゃん。他の解説と実況の人は決まってるの?」

「まだですよ?」

 

 ランク戦の実況と解説はすべて、桜子が暇そうな隊員を見つけて声を掛けている。聞けば、今日の人が誰かすぐにわかる。

 

「なら、今日は私がもう一人、実況する人を指名しても良いかしら?」

「はい、勿論ですよ!」

「……え、まさか」

 

 頬を引きつらせた双葉の視線の先には、訓練室があった。

 

 ×××

 

『こんばんは。B級ランク戦夜の部、実況担当の三上です』

 

 実況席に座るのは三上歌歩、風間隊オペレーターだ。しかし、その表情は決して芳しくない。

 

『本日の解説は加古隊加古隊長とー……B級フリーの陰山隊員です』

『どうぞよろしく』

『すっげー、解説とかマジであるんだ。飲み物とか支給されないわけ?』

『陰山さん、黙ってて下さい』

 

 そう言うが、海斗が人の言うことを聞くタマではない。三上は不安で胃に穴があきそうだった。

 ちなみに、海斗と加古の間には双葉がいる。憧れの隊長と尊敬する界王様に挟まれ、そういう意味でも特等席だった。

 

『今回の試合は柿崎隊、諏訪隊、鈴鳴第一の試合。加古隊長はどう見ますか?』

『そうねえ。やっぱり、村上くんかしら? 確か、まだ入隊から1年も経過してないのに、もう攻撃手十番以内にいるのよね?』

『え、そうなの?』

『でも、村上くんのことは陰山くんの方が詳しいんじゃない?』

『あの、加古さん。今、陰山さん「え、そうなの?」って、言ったんですが……』

 

 微妙に噛み合っていないが、会場のメンバーの視線は当の本人に向く。

 海斗の脇腹を双葉が突いた。何か言え、との事だ。

 

『解説ってお茶出ないの? 双葉が飲みたいって』

「違います! 村上先輩について何か言って下さい!」

『え? ああ、そういう事』

 

 怒られたので、顎に手を当てて語る言葉を考えた。

 

『村上なぁ……良い奴だよ。たまに飯行くときとかラーメン奢ってくれるし、たまに風間のバカのしごきから匿ってくれるし』

『そうじゃなくて……陰山さん。村上隊員の戦闘面について語って下さい』

『ああ、村上についてってそういう事』

『あとこの会場に風間さんいますから。私知りませんから』

『ごめん、お腹の調子が……』

『いいから早くして下さい』

 

 両サイドに座る小さな後輩二人に脇腹をキュッと摘まれたので、そろそろ真面目に話すことにした。

 

『村上は強いよ。レイガストと孤月のシンプルな盾と剣で見事な攻防一体で非常に面倒臭いから。あとサイドエフェクトが……』

『あ、そういうサイドエフェクトの情報とかは言わないで下さい。次回からの戦闘で不利になってしまいますから』

『えー、じゃあ何言えば良いの?』

『……もう黙ってて下さい』

 

 黙らされてしまった。観客席からはクスクスと笑い声が聞こえるが、小型高性能の21歳の額には青筋が浮かんでいる。

 すると、ステージが選択されたため、解説はそっちに映った。

 

『鈴鳴第一が選択されたステージは、市街地Bです。高い建物が多く、射線の通りやすいステージです』

『別役くんの射線を通しつつ、地上戦は村上くんに任せるつもりかもね。他の部隊に狙撃手がいないところを上手くついたのかも』

『あーダメだ。喉乾いた。双葉、加古さん、三上、なんか飲む? 買ってくるよ俺』

「界王様……」

『私は紅茶で』

『加古さんも頼まないで下さい』

 

 そんな時だ。コトッと海斗の前にペットボトルのお茶が置かれた。何事? 霊? とパニックになることはなかった。

 何故なら、海斗の前には風間の形をした赤いオーラが見えるからだ。カメレオンを使っているのだ。

 

『陰山、後で作戦室に来い』

「……」

『全部隊転送開始! ランク戦スタートです!』

 

 何事もなかったように、ランク戦はスタートした。

 

 ×××

 

『柿崎隊長、村上隊員が相討ちで緊急脱出! ここで決着、柿崎隊には照屋隊員の生存点が入りまして、スコア4対3対3で柿崎隊の勝利です!』

 

 三上のそのセリフと共に決着はついた。ラスト、柿崎と照屋の二人掛かりで村上に挑み、柿崎のメテオラを、村上がスラスターレイガストパンチで破壊しながらカウンターの旋空を放とうとした時、柿崎もメテオラを弾かれる前提で放っていたためか、同じように旋空を放ち、一緒に真っ二つになった。

 

『うおー、すっげぇなランク戦って。マジでちゃんと戦術とかあんのな』

『今更、何言ってるのよ。そういうもんよ、ランク戦』

 

 完全に舐めた態度を取っていた海斗は、感動してしまって目をキラキラと輝かせている。

 

『だってお前、村上が倒されたよ。あのようわからん人に自爆されて』

『だからそういうものよ。どんなに強くても、戦術がハマれば倒せるわ』

『では、試合を振り返ってみましょう』

 

 三上が話を軌道修正した。

 

『まずは序盤の動きですが、諏訪隊の堤隊員と鈴鳴第一の来馬隊長が一人ずつ落ちましたね』

『ああ、それな。諏訪隊の銃のー……なんだっけ、集中砲火? が決まって来馬が落ちて、村上も片腕やられたからね』

『でも、お陰で村上くんは助かった、と言えるわね。別役くんのライトニングの狙撃で集中砲火のバランスが崩れて、村上くんが反撃出来て堤くんを落とせたわ』

 

 しかし、狙撃場所が割れた太一は笹森に取られてしまった。まぁ仕事は出来たし、良かったと言えば良かったかもしれないが。

 

『その後、驚いたわ。レイガストの取っ手の部分を斬られた腕に刺して、無理矢理盾にするんだもの。……ああいう発想、陰山くんから学んだんじゃない?』

『バカ言うな、あんなのやったことないわ。俺ぁ、スコーピオンで義手作るだけだっつの』

『そうね。レイガストは柄があれば割と自由にブレードや盾を出し入れ出来るから、そういうとこを応用したのかもね』

 

 しかし、逆に言えばレイガストの方の左腕はレイガスト以外使えない。引っ込めれば使えるが、盾にもブレードにも応用できるレイガストの方が便利だった。

 

『その後は、諏訪さんと村上くんだけ残った所に柿崎隊がぶつかったわね。それで1対1対3になったわ。笹森くんが奇襲を仕掛けたけど、あれで巴くんを落としに掛かったのに、村上くんにまとめて斬られたのが痛かったわね』

『早い段階での戦闘を全く無視し、部隊の合流を優先した柿崎隊が有利だった、ということでしょうか?』

『場合によりけりだと思うけど、今回はその通りね。村上くんはいくらトップクラスのアタッカーでも、まだランク戦初めてだから動きが固かった感じもしたし、これからだと思うわ』

 

 と、加古と三上が総評を進める中(海斗はついていけなくてお茶飲んでる)、双葉は加古の意図を知ることができた。

 化け物じみた実力を持つ村上でも、こうしてチームの試合になれば実力が発揮出来るとは限らない。

 諏訪隊も柿崎隊も、おそらく一番、村上を警戒し、村上の対策を立てたのだろう。

 

「……確かに、これなら……」

 

 自分と加古が組めば、格上も食える。そう確信した。

 何より、チーム戦には個人戦にはない魅力がある。敵に対して作戦や戦略が決まれば、これ以上なく気持ち良さそうだ。

 自分達の作戦が相手に通用するか分からない。だが、それまでに準備はしてきたのだ。考えても分からないことで悩んでも仕方ない。

 自分は、本番に全力を出すだけだ。

 

「……界王様」

「何?」

「この後、もう一戦お付き合いしてもらえませんか?」

「! お、おう! 良いなそれ、そうしよう!」

「勿論、風間さんのお説教の後で」

「……」

 

 界王様の胸を借りたい。でも、界王様に甘くするつもりはこれっぽっちも無かった。

 

 ×××

 

「……相変わらず口うるせーチビとチビだぜ……」

 

 ボヤきながら海斗は風間隊の作戦室を出た。コッテリと絞られた後だ、イライラは余計に増していた。

 風間は先に作戦室を出て行ったため、いつものように作戦室の扉に中指を立てたりはしない。でもムカつくので「あっかんべー」をしてやった時だ。

 ウィーン、と扉が開いた。

 

「陰山くん、まだ居……何してるの?」

「……」

「いつもそれやってるの?」

「やってません」

「やってるんだ」

「……」

「まぁ良いよ、入って」

「風間には言わないでね」

「話の内容次第」

 

 慎重に言葉を選ぼう、と心に決めて作戦室に入った。

 

「座って。コーヒー入れるね」

「いや、俺がやるよ」

「私が引き止めたんだから」

「バーカ、本来そういう雑用は男がやるもんなんだよ。お前が座ってろ」

「……大丈夫? 入れ方分かる?」

「ナメ過ぎじゃね? 俺、一応一人暮らししてんだけど」

 

 そう言いつつ、海斗はそれなりに手慣れた手付きでコーヒーを入れ始めた。

 

「ブラック?」

「今日はカフェオレで。何処かの『か』から始まる名前の誰かさんの所為で疲れちゃったから」

「風間の奴め……歳下の女の子に面倒を掛けさせるなんて」

「違った。『ば』だった」

「ば? そんな奴いたか?」

「バ陰山バ海斗」

「……」

 

 割と口の減らない女だった。海斗が言い返す言葉を無くすほどだから尚更だ。

 カフェオレを三上の前に置き、自分のコーヒーを持って三上の向かいの席に座った。

 

「で、何の用?」

「……あ、美味しい」

「どうも」

 

 コーヒーの感想を聞きつつ、三上は要件を言った。

 

「ん、用件は二つ」

「二つ?」

「そう。まず一つ目なんだけど……あんまり風間さんを困らせないであげてね」

「え?」

 

 割と真面目な話だった。三上の表情は、苦笑いこそ浮かべているものの、真剣そのものだ。

 

「風間さんにとって、陰山くんは生意気でバカだけど可愛い後輩なの」

「え、それ可愛いの?」

「バカな子ほど可愛いって言うでしょ?」

「やっべ、スゲェ嬉しくねえ」

「とにかく、あんまり世話を焼かせないこと。風間さん、上層部の人からの信頼も厚くて、割と忙しいんだから」

 

 同い年の女の子に怒られ、海斗は目をそらす。別に怖かったとかではなく、素直に頷けないだけだ。

 

「……別に、面倒見てくれなんて頼んだ覚えねーし」

「またすぐそうやって捻くれたこと言う……」

 

 そう返しつつも、三上も海斗がもう少し大人しくする、と言ったことは理解したようだ。まぁ、このバカの場合は理解したところで行動に移せるのかは疑問だが。

 

「それで、二つ目のお話なんだけど」

「何?」

 

 表情がひときわ真剣になる。おそらく、今の話は前座、二つ目が本題なのだろう。

 しかし、それ以上に大事な話となるとなんだろうか。ここ最近では、海斗にとって一番大事だったのは試験だ。それはもう終わったし、もしかして部隊配属について何か……なんて事は海斗は思っていない。

 

「小南さんと付き合ってるの⁉︎」

 

 サイドエフェクトによって、くだらない事を言おうとしてるのが一発で分かった。

 なので、三上のそのセリフにも何一つ反応したりしない。代わりに、毒を一滴ぶちまけた。

 

「バカなの?」

「違うの?」

「違うに決まってんだろバーカ」

「だって、とても仲良しだったから」

「え、どの辺が? いつも喧嘩してんじゃん」

「あ、アレ喧嘩だったんだ……」

「どう見えてたんだよ」

「……じゃれ合い?」

 

 間違っていなかった。戦闘を行なっている、的な意味では。

 しかし、否定されてしまい、三上はつまらなさそうにため息をついた。

 

「なーんだ、違うんだ」

「話は終わりか?」

「うん。ごめんね、付き合わせて」

「ホントだよ。お前これから俺、双葉と修行なんだぞコラ」

「うちに来たら、いつでもコーヒー出してあげるから」

「風間がいない時にな」

 

 それだけ話して、コーヒーを飲み干して風間隊の作戦室を出た。

 扉の前では双葉が待っていた。

 

「あれ、双葉? 何してんの?」

「遅いので迎えにきました」

「悪かったな。三上に捕まってた」

「三上先輩と? 風間先輩とではなかったんですか?」

「それが終わった後」

「何のお話をしてたんですか?」

「色々だよ」

 

 テキトーにはぐらかしつつ、二人で加古隊の作戦室に向かった。この後、ランク戦の見学の予定が済んでいることを忘れて。

 

 



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そもそもお前は選べる立場ではない。

 個人ランク戦ブースにて。海斗と米屋はランク戦をしていた。河川敷ステージの橋の上で、海斗と米屋は睨み合う。

 正直言って、海斗にとって米屋はやりやすい相手だ。理由は、単純に相性の問題。重さに加え長さもある孤月の槍は、幻踊さえ避ければあとは懐に飛び込み、一発スコーピオンで入れてやるだけだ。

 特に、米屋のスタイルは突きなので、先端の刃を避けることで掴んで投げ飛ばしたりカウンターを決めたりも出来る。

 

「海斗、一つ言っとくぜ」

 

 向かい合ってると、米屋が微笑みながら言った。

 

「今までの俺だと思わないこったな」

「は?」

 

 直後、地面を蹴って突撃して来た。構えている槍を振りかぶり、大きくジャンプして上から突き込んできた。

 かなり鋭い一撃だが、いかんせん直線的過ぎる。いとも簡単に回避した海斗は、孤月が地面に突き刺さった直後、右拳を横から叩き込んだ。

 しかし、米屋はそれを槍を持つ柄の部分で受け止め、自身の身体を着地させ、低い姿勢から短く持った槍の穂先を地中から軌道を隠しつつ振り上げた。

 

「!」

 

 それを回避しようとバックステップをしたが、地面に走る亀裂が大きい。旋空孤月でブレードが伸びている。

 直感的に左腕が危ないと思った海斗は、左手にレイガストのシールドモードを握り込ませ、地面を殴って孤月の一撃を止めた。

 右拳にスコーピオンを忍ばせ、低くなった姿勢のまま、米屋にアッパーをかましたが、米屋の姿が見えない。アッパーに合わせて、背面跳びをして拳を避けられた。

 

「オラァッ!」

 

 空中で背後を取った米屋は、孤月の刃先の反対側で背中を思いっきり殴り飛ばす。

 姿勢が崩れた海斗の背後から、思いっきり突きを放った。

 

「チィッ……!」

 

 殴られた勢いのまま前方に転がりながら受け身を取る。しかし、その突きはただの突きではなかった。

 ブレードの先端の形状が変化し、海斗の足首を切り落とした。すぐにスコーピオンで義足を作り、受け身を成功させるが、米屋の猛攻は止まらない。

 突きではなく、手首の返しでブレードの長さを活かして槍を回転させながら、流れるような連続攻撃を放つ。

 だが、海斗もやられっぱなしではない。ポケットに両手を突っ込み、手の中にレイガストを握り込んだ。スラスターを使って、無理矢理後方に飛んで距離を置いた。

 

「逃すか!」

 

 追撃する米屋の槍が迫る。それに対し、海斗も同じように地面を蹴った。これ以上は引けない。何処かで米屋の動きを止めないと、押されるがままになる。

 槍と拳が交差する。長いのは槍だが、速いのは拳だ。幻踊が伸びる直前、海斗の拳は米屋の孤月を握る手首を切り落とした。

 

 本命は反対側の拳、レイガストを握るスラスターパンチだ。

 

「死ねオラ」

「と、思うじゃん?」

 

 米屋の顔面を貫くほんの数秒前に、海斗の動きが止まる。米屋の反対側の手からスコーピオンが伸びて、海斗の胸を貫いていた。

 

「おまっ……スコーピオン?」

「片腕取られた時の対策だよ」

 

 そこで海斗は緊急脱出した。ブースに戻ると、音声通信で米屋の声が聞こえてくる。

 

『どうだオイ。お前のブレード以外での攻撃を真似してみた』

「もっかい」

『え? や、だからどうだった……』

「もっかいだコラ。次は殺す」

『お、おう……』

 

 20本やった。

 

 ×××

 

 結局、11対9で海斗が勝ち越したものの、割とギリギリだった。疲れたので、二人はラウンジでコーラを飲んでいる。

 

「ふぅ、ここ最近ヤラレっぱなしだったからな。風間さんに指導してもらって助かったぜ」

「あ? お前、あいつと俺の対策してたわけ?」

「ああ。お前の蹴りと拳のアクション映画みたいな動きは今までのボーダーにない戦法だからな。お前、あの人とよくやりあってるし」

 

 それを聞いて、海斗は小さく舌打ちをする。

 ここ最近、ボーダーの攻撃手は、レイガストやスコーピオンが流行りつつある。

 と、いうのも、理由は海斗にある。個人ランク戦で風間、村上、米屋といった上位攻撃手に対し、まるでスパイ映画の如く素手で(勿論、スコーピオンかレイガストを握っているのだが)渡り合っていく姿が、微妙に映えているようだ。

 しかし、素手での喧嘩の経験が無ければ簡単に真似出来るものでもない。かといって、その使い手は怖いから教わりに行けないしで、上手く使いこなせているのは弟子である双葉くらいのものだ。

 

「そう考えると、黒江はかなりラッキーなのかもな……」

「あん?」

「や、なんでもねえ。それより、どっか良いチーム見つけたのか?」

「いや、まだ。もっとこう……自由に動けるチームは無いもんかね」

「自由っつってもな……それこそ影浦隊とかだろ」

「今のは聞かなかったことにしてやる」

「生駒隊は既に四人いるしな……あ、そういや、影浦隊の戦法、かなり変わってたぞ」

 

 米屋にそんな事を言われて、海斗は片眉を上げた。

 

「ああ? 雅人が作戦なんか考えられんのか?」

「いや、カゲさんが考えたとは限らんだろ。作戦は隊長だけじゃなくて隊員全員で考えるもんだ」

「……ふーん」

「お陰で、影浦隊かなり勝ってるぜ」

 

 本当にアレから上を目指しているようだ。自分はいまだに部隊を組めていないのに、ライバルは上を目指し始めているというのに。

 すると、ふと何かを思い出したように「あっ」と声を漏らした。

 

「……あー、でも良さそうなチームは見つけたかも」

「お、何処?」

「スーツのとこ」

「二宮隊じゃねえか! 本気かよオイ⁉︎」

「本気だよ」

「またシレッと答えて……何でそこが気に入ったんだよ」

「この前、屋上で三輪にトリオン兵の殲滅について語られたんだけど」

「……何やってんだよ秀次……つーか、お前って秀次と仲良いの?」

「たまに愚痴に付き合ってるだけ。……なんか俺、三輪と同じくらい近界民を恨んでると思われてるみたいで」

「お、おう……」

 

 米屋が引き気味に相槌を打った。この件については、いつかなんとかしなくてはならないが、とりあえず話を元に戻した。

 

「で、その時は偶々防衛任務が二宮隊だったらしいんだけど、三輪と元同じチームだったみたいで色々、教えてくれてさ」

「ああ、元A級一位でソロ総合二位とか?」

「そうそう」

 

 トリオン量がボーダーの中でもトップクラスの二宮は、シューターという点の取りにくいポジションであっても平然とエースをこなしている。

 目の前のバカにも、もしかしたら他人に憧れる、なんて意外な感情があるのかも……と思ったが。

 

「スーツ姿カッコ良いよな。他のSFめいた厨二臭い隊服より全然、ナチュラルで良くない?」

「……え」

 

 まさかの波長がピッタリ合う系男子だった。

 

「……え、それだけ?」

「そうだよ。他に何があんだよ」

「シューターなのにエース張ってるとこがカッコ良いとか、戦術も戦闘も両方こなせる辺りが憧れるとか、そういうのは?」

「知らんよそんなの。や、まぁシューターも良いなーとか思ったけど、喧嘩はやっぱ肌で感じないとつまらん」

 

 指をコキコキと鳴らしながら微笑む海斗の表情は、もはやただの戦闘狂にしか見えなかったが、ボーダーに入る前は側から見たらヤンキーにしか見えない事してたし間違いじゃないんだろう。

 

「まぁ、なんかあの隊ピリピリしてるし、俺が入ったらヤバそうだよね。やめといた方が良いかな」

「そうしろ」

 

 割と本気で止めにかかる米屋だった。と、いうのも、目の前のバカが二宮とセンス以外で噛み合うところが想像できない。好き勝手にやりたい放題どったんバッタン大騒ぎしそうな海斗と、力押しも嫌いではないが、基本的には戦術を重視する二宮とでは絶対に問題が起こる。

 まぁ、幸いにも本人は諦めているようだし、わざわざ自分が何か言うことはしないでも良いだろう。変なフラグを立てたくないし。

 

「他はないのかよ。なんか入りたいチーム」

「さぁなぁ。鈴鳴とか?」

「鋼さんがいるからだろ。てか、そこもやめとけ」

 

 真の悪がいるからである。

 

「他はねえのか?」

「……柿崎隊とか?」

「お、なんで?」

 

 その回答は米屋が意外だった。奈良坂や歌川と新人王を争った照屋文香がいるものの、チームの戦略自体が3人まとまった行動を基準にする堅実な戦法のため、海斗が好むとは思えない。

 

「照屋文香が可愛い。あの子、肝が座ってそうだから俺と同じチームでもビビらないでしょ」

 

 海斗らしい理由だった。落胆もガッカリもしなかったが「まぁそうだよね……」みたいな呆れは漏れた。

 なので、とりあえず指摘しておいた。

 

「あの子、お化け屋敷でビビって幽霊にワンパンKOかました子だからな」

「……え、あの華奢な身体で?」

「トリオン体ならどうなるか分かんねえぞ」

「……やめておくか」

 

 結局、詰みだ。こういう時、本当に自分の強面が憎い。何とかして眉間のシワは取れないものなのだろうか? まぁ、無理だろうが。

 

「……ていうか、ぶっちゃけ俺がチームに入るとか無理くね?」

「……人生はまだまだ長ぇから」

「オイ、どういう意味だコラ」

「いつか、お前を受け入れてくれる部隊も出て来るだろ」

「現状は無理だって言いてえのかコラ。おい、良い歳して泣き散らしてやろうかアン?」

 

 なんて徐々に口喧嘩に発展して行った時だった。二人のの座っている席の横から声が掛けられた。

 

「陰山くん」

「あん? ……あ、沢村」

「呼び捨て?」

 

 沢村響子が眉間にしわを寄せたので、慌てて米屋がフォローをする。

 

「すみませんね、こいつ礼儀知らずなもんで」

「大丈夫よ、米屋くん。知ってるから。気にしないで」

「なんか用?」

「あなたはもう少し気にしなさい」

 

 無駄だとわかりながらも一応注意した。そういう若者の礼儀知らずを正すのは大人の義務だと思っているからだ。

 で、とりあえず本題に入る事にした。

 

「忍田さんが呼んでるわよ」

「何?」

「来なさい、一緒に」

「あそう。じゃあ米屋、悪ぃけど」

「おう。またな」

 

 呼び出されたのなら仕方ない。本当はもう少し駄弁っていたかったが。

 沢村の後ろについていきながら質問した。

 

「何の用すか?」

「いつものアレよ。風刃の」

「……ああ、アレ」

 

 風刃が起動できる海斗は、チョイチョイ風刃の試験を受けていた。と、いうのも、他の隊員とは違う使い方が出来るから、万が一の時のために色々とやらされているだけだが。

 

「それと、今晩空いてる?」

「なんで」

「急で悪いんだけど、夜間の防衛任務に入って欲しいのよ」

「なんで」

「調整ミスで今日のシフトとB級ランク戦が被っちゃった部隊があって。急だからかき集めのチームになっちゃったの」

「ふーん……」

「ほら、陰山くんは暇……フリーだし、そういう時助かるから」

「そのフリーって暇って意味じゃないだろうな」

「色んな意味」

 

 一瞬だけ殴りたいと思ってしまった。まぁ、まずは先に風刃の試験だ。

 

「で、混合の部隊って誰なの?」

「それは……」

 

 告げられたメンバーを聞いて、思わず唖然としてしまった。

 

 ×××

 

 防衛任務に就いたメンバーは、二宮、来馬、柿崎の三人だった。

 

「夢?」

「何がだ?」

「や、何でもない」

 

 二宮に聞かれてしまったので目を逸らした。

 これはもう笑うしかない。まさかさっき話題にあげた3人が来るとは。現実は小説より奇なりとは本当によく言ったものである。

 今は任務前の打ち合わせ。歳下の自分が一番最後に到着したが、風刃の試験のことを知っているのか、特に何か言われる事もなかった。

 

「じゃあ、始めるぞ」

 

 歳上の二宮がそう言うと、全員が机の中央を向いたので、海斗も席に着いて全員を見回す。

 初めて目の前でスーツの隊服を見たが、やはりコスプレ感が無くて良い感じだ。それに比べて他の二隊は、特殊部隊ごっこのつもりかな? と思うような装備だ。

 

「普通の防衛任務だが、このメンツでの任務は初めてだ。簡単に自己紹介してもらう」

 

 と言っても、二宮と柿崎は言わずもがなの古参だし、来馬も人当たりの良さで有名だ。新入りの海斗への配慮だろう。仏頂面の割に気の利く人だ。

 

「二宮だ。このチームの隊長を任された。ポジションは射手だ」

「柿崎隊隊長、柿崎だ。ポジションは万能手だ。一応」

「鈴鳴の来馬です。ポジションは銃手。よろしく」

「フリーダムガンダムの陰山海斗。攻撃手」

 

 ツッコミが誰からも来なかった。大学生以上は落ち着いている。未だに落ち着かない大学生なんて攻撃手ランク1位のヒゲくらいだろう。

 

「なら、陰山海斗をメインにして俺と来馬はフォロー。柿崎は臨機応変に前衛と後衛を切り替えろ」

「「了解」」

「はいよ……え? あ、了解」

 

 いまだに「了解」という返事に慣れない海斗だった。

 

「よし、時間だ。行くぞ」

 

 そう言って出撃する三人の後を海斗は追った。何はともあれ、これは良い機会だ。自分の連携力をこの機会に見せてやる、と心に誓った。

 

 ×××

 

 トリオン兵が出てくるゲートは、黒くておどろおどろしい雰囲気が出ている。そこから覗かれるトリオン兵の最初の一部は真っ白な目玉なのだから、それはもうある種のホラーである。

 しかし、それらも何度も何度も殺し続けていれば、ホラーでもなんでもなくただのサンドバッグになるわけで。

 モールモッドの殴打を、刃のついていない腕の部分を掴んで受け止めると、左手で反対側の腕を切り裂く。

 で、両手で切り裂いていない方の腕を握った。

 

「二宮ァ! そーらよっと!」

 

 空中に力任せにぶん投げると、別の方向からアステロイドがモールモッドに突き刺さる。

 

「ナイス連携!」

「これは連携じゃない、バカかお前は」

「え、違うの?」

「違う。というか、お前今俺を呼び捨てにしたか?」

「じゃあどんなのが連携なの」

「今のはお前一人でも仕留められただろう。連携は大事だが、一人で瞬殺出来るならその方が良い」

 

 なるほど……と、海斗は顎に手を当てる。すると、また新たなゲートが開いた。

 姿を現したのはバムスターが一体とバドが二体。海斗はまず、バムスターに突撃した。

 

「……二宮さん、あいつ大丈夫ですかね……」

「……柿崎、来馬。一応、援護してやれ」

 

 柿崎からの不安に対し、命令する形で答えた。

 正直に言って戦闘力に関しちゃなんの疑問も抱いていない。むしろ攻撃手の中では中々の腕前だと思っている。太刀川とは流石に比べ物にはならないが、風間が目に掛けるのも頷ける。

 しかし、今日は何か異様に張り切っているように見えた。特に連携に関して。いつもこんな感じということはないだろう。内容はどうあれ、連携に関してここまで頑張るなら、もっとまともな戦術が思いついてるはずだ。

 

「オラァッ‼︎」

「オイオイオイオイ! 何やってんだおまっ……!」

「ひ、ひぃっ⁉︎」

「逃げろ来馬ー!」

「……バカが」

 

 声が聞こえて顔を向けると、海斗がスラスターを用いてバムスターをぶん投げて、バドを落としていた。来馬を下敷きにして。

 その様子に、思わず二宮からも冷たい愚痴が漏れる。当たり前である。

 しかし、あのバムスターはよく見たら足が二本と尻尾が切られている。装甲の硬いバムスターの部位を破壊するなど、簡単にできることではない。

 

「……惜しいな」

 

 それゆえに、勿体無いと感じた。もう少し頭がまともならもっと良い駒になっただろうに。

 さて、そろそろ止めに入らねば。警戒区域とはいえ、あんな馬鹿騒ぎは上層部に怒られてしまう。

 

「そこまでにしろ、陰山」

「なんで。瞬殺しろって……」

「今の場合は連携しろ。敵が三体いたんだから」

「複数の時は連携なのかよ」

「空中に浮いている敵と装甲の硬い大型トリオン兵だ。一人より連携した方が早い。そういう事だ」

「……どういう事?」

「……だから、一人でやった方が早いか全員でやった方が早いかって事だ。それくらい分かれバカめ」

 

 今の言い草は、流石に海斗の神経に触った。しかし、さっきから二宮は割と堪えていたのでどっちもどっちである。

 

「……おい、二宮。テメェ調子乗んなよ。さっきからバカって言い過ぎだろコラ」

「だってバカだろう。最後まで言わなくても察せる事は察しろ」

「う」

「? なんだ?」

「『うるせえバカって言う方がバカだ』だ。最後まで言わなくても察しろ」

「……」

「……」

 

 一触即発、まさに喧嘩が始まりそうな時だ。柿崎が二人の間に入った。

 

「ま、まぁまぁ落ち着けよ。二宮さんも。歳下の言う事ですし」

「そーだそーだ」

「お前は黙ってろ! てか、今のはお前が悪いからな⁉︎」

「なんでだよ!」

「分かるだろ。なぁ、来馬?」

「うん。今のは流石にね……」

「……んだよー」

 

 来馬と柿崎にもそう言われ、少し不貞腐れる海斗。しかし、二人とも恐怖やバカにしてるような色は出していないため、割と本気で言っているのだろう。いや、来馬からは少し怖がられているが、さっきバムスターの下敷きにしてしまったし当然だろう。

 

「ったく……陰山、お前は俺の指示通りに動け」

「え?」

 

 面倒になった二宮は、完全に自分の保護下に置くことにした。

 

「柿崎、来馬。お前らはお前らで組んで戦え。俺はこいつが変に暴れないように面倒を見る」

「人を野生動物みたいに言」

「「了解!」」

「了解すんなよ、お前らも」

「氷見、陰山にマーカーをつけろ。絶対に見失うな。門よりも先に報告をよこせ」

『了解』

 

 問題児扱いされた。

 

 ×××

 

 作戦終了後、海斗は風間に連行された。「豪快な技(笑)をかますのは結構だが、チームメイトを危険に晒すな」と耳を引っ張られながら風間隊の作戦室でいつものお説教である。

 何処から情報を仕入れたのか分からないが、なんだかんだ海斗を可愛がっている風間の事だから戦闘の様子を見物していたようだ。

 作戦前は「風間さんはこのバカの何処が良いのか」と呆れていた二宮だったが、その気持ちが少しわかるような気がした。

 

「お疲れ様です、二宮さん」

 

 自身の作戦室で氷見が頭を下げた。

 

「お疲れ。……氷見、あいつの情報は聞けたか?」

「はい。三上先輩から。何でも、小学生の頃から喧嘩っ早い子だったみたいです」

「喧嘩だと……?」

 

 そんなふざけた経験であれだけの戦闘力を? と思ったが。

 

「なんでも、鉄パイプとかナイフとか持った多数の相手と喧嘩して勝って来たみたいなので」

 

 と、それを聞いて納得した。喧嘩であっても命を賭けた戦いだ。モールモッドの腕を取って投げ飛ばしたり、パンチや蹴りに関しても一番力の入る殴り方や蹴り方などが体に染み付いているのだろう。

 その上、素手で武器持ちを相手に戦ってきたのだから、緊急脱出のあるボーダー隊員よりも、命を賭けた戦闘に限って言えば経験はある。

 

「……なるほど」

 

 ヤンチャ小僧だが、その分才能や経験、度胸などは悪くない。有能なリーダーの下に着けば、その実力をもっと活かせるだろう。

 もっとも、自分のチームで扱うには破天荒が過ぎるし、関係の無い話だが。

 そう結論付けて、二宮は氷見がいつの間にか淹れてくれていたコーヒーを口にした。

 

 ×××

 

 来馬が鈴鳴支部に戻ると、オペレーターの今結花と部下の村上鋼が出迎えてくれた。

 

「お疲れ様です、来馬さん」

「災難でしたね」

 

 災難、というのは恐らくバムスターに叩き潰された事だろう。しかも味方の手によって。

 

「まったく……鋼くん、あなたの友達でしょ? もっと叱ってあげなさいよ」

「無理だよ。俺の言うことを素直に聞く玉じゃないし」

「……なら、私から言ってやろうかしら」

「ああ、頼む」

 

 適当に流しつつ、鋼は来馬に顔を向けた。

 

「どうでした? あいつ」

「うん、すごかったよ。鋼が勝てないのも頷ける。特に、後半で二宮さんの言うことを聞くようになってからは」

「やっぱり……」

「オペレートしてるときに私も思ったけど、すごいわねあの子。自由で。トリオン兵に飛び後ろ廻し蹴り放つ子なんて初めて見たわ」

「ちゃんと効果があるしな」

 

 スコーピオンを踵から出しているため、相手にダメージを与えられるのがまたすごい。

 

「最近の新入りはすごいのね。鋼くんに木虎ちゃんに、緑川くんに双葉ちゃんに陰山くん。みんなもうA級レベルじゃない。嫌になるわね全く……」

「むしろ、うちには鋼が来てくれてラッキーだったよね」

 

 ようやくランク戦に慣れてきた村上の活躍により、鈴鳴はB級上位と中位の間を行ったり来たりしている。

 しかし、それでも上に行けないのは、やはり村上一人で勝って行けるほど甘くはないという事だろう。

 

「はぁ……自信なくしちゃうよ……」

「まぁまぁ、まだ彼は何処の部隊にも所属していないようですし、ランク戦で脅威になることはないんじゃないですか?」

「そうですね。まぁ、仮に他所に入ったとしても、今度こそ俺が倒しますよ」

 

 そう言って頷く村上は、来馬や今から見てもかなり頼りになる男だった。まだ彼は勝ち越すには至っていないらしいが、それでも勝負の時はやってくれる、そう信頼することができる。

 

「そうだね」

「鋼くんならやれる」

「……はい!」

 

 そう返事をした時だった。

 

「ただいまー……って、来馬先輩! 帰ってたんですか⁉︎」

「あ、太一」

 

 この後、真の悪の登場によって、何かしらの問題が起こるのは言うまでもない。

 

 ×××

 

 柿崎隊作戦室では、柿崎は一人でログの見直しをしていた。明日のランク戦は自分達の試合だが、ここの所、連敗が続いている。

 隊員が揃ってから万全の態勢で叩く、この考えに間違いはないはずだ。しかし、敵に一人でもA級レベルのエースがいると、いとも簡単に陣形を崩され、全滅させられる。

 勿論、エース一人にやられるわけではなく、そのエースのチームの連携によるダメージだが。

 

「……はぁ」

 

 何より、さっき急に入った防衛任務で、大型新人の暴れっぷりを目の当たりにしてしまった。

 二宮に制御されていたが、あんなのがB級のフリーをやっているのだから、もはやランクなんか当てにならないと感じてしまうほどだ。

 もし、例えば彼がB級下位で二人部隊の茶野隊に入ったとしたら、そのチームは一気に中位まで駆け上がるだろうと思える程度には強い。

 チームメイトの照屋文香も巴虎太郎も、オペレーターの宇井真登華も、自分の部下には勿体無いくらいくらいの地力がある。その三人に負荷を掛けさせないためには、フリーである彼をスカウトするのも考えたが……。

 

「……それじゃ、あの三人が頼りないみてえじゃねえか……」

 

 このチームが勝てないのは隊長である自分が、三人の強さを引き出せていない事だ。

 ならば、なるべく四人で勝てるようにしたい。いや、勝てるくらいの地力はあるはずだ。

 

「……考えろ。次の相手のログをもっかい見直しだ」

 

 再び、パソコンとにらめっこを始める柿崎の姿を、照屋、巴、宇井の三人は後ろから眺めていた。

 自分達の隊長は割と繊細だ。また今日の任務で何かあったのか、ショックを受けて来たのだろう。抱え込まず、話してくれれば良いのに。

 

「……」

「……」

「……」

 

 三人で肯き合うと、飲み物を入れて、自分達の頼りないけど頼りになる隊長を支えに行った。

 

 



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バカにも悩みはある。

 ランク戦もいよいよ後半戦。つまり季節は七月だ。早い話が、猛暑である。

 ランク戦なんぞ参加することができない海斗にとってはただ暑いだけの季節だ。それに追加し、期末試験がある。大概にしとけコノヤローって感じだが、ランク戦のある隊員達にとってはもっと大忙しなので、その点では海斗はラッキーと言えるだろう。

 そんな環境的にも学生的にもボーダー的にも優しくない季節でも、影浦隊は絶好調だった。影浦隊にしては珍しく連携を使った新フォーメーションによって、ガンガン順位を上げている。

 今日の試合も、それによって点を稼いでいた。敵は王子隊、中・近距離もこなせ、脚を使った戦術を用いるチームに対し、影浦は一人で三人を相手にする。

 必要以上に距離を詰め、離されかければマンティスと絵馬の狙撃によって間合いを離させない。

 そして、点を取りに行くのは、援護をする北添千尋だった。新しくテレポーターを入れた北添は王子隊アタッカーの樫尾由多嘉の背後を取ると、影浦に向かって突撃銃のアステロイドを放つ。

 そうすれば、サイドエフェクトのある影浦はその射撃を回避し、敵にだけ攻撃を当てられる。逆に、その射撃が万が一外れても、影浦なら目の前の敵を逃すようなことはしないし、絵馬の狙撃も通るわけだ。

 

「くそっ……!」

 

 緊急脱出する樫尾だが、その隙を王子と蔵内が逃すことはない。蔵内が辺りにメテオラを放ち、距離を取りつつ民家沿いに動いて射線を切る。

 距離を離しつつ、ハウンドによる射撃を放って敵の隙を作る。その標的は勿論、北添だ。弱点が「足が遅い」「的がデカい」しかない彼はハウンドの格好の的だが、それもテレポーターによって埋められる弱点だった。

 一度、下がって影浦の横に移動する。

 

「カゲ、どうする?」

「言うまでもねェよ。追うぞ」

「はいはい」

 

 そう言って、次に北添が取った行動は、影浦隊本来の戦い方だった。両手に持つのは擲弾銃、つまりメテオラだ。

 レーダー頼りの通称「適当メテオラ」を放ち、民家を丸ごと丸裸にする。

 

「クッ……!」

「やってくれるね……!」

 

 王子と蔵内が姿を現し、それに向かって影浦が突撃する。しかし、敵は王子隊だけではない。

 

『警戒! 来るぞ!』

 

 耳元でオペレーターの仁礼光の声が響くと共に、レーダーの方を見た。ゴーグルを付けた女の子を切ったらアカン顔の男が腰の孤月に手を添えている。

 

「旋空孤月」

 

 射程距離、なんと40メートルを誇るブレードが両チームを襲い、影浦も北添も王子も蔵内も後方に下がった。

 生駒隊隊長、生駒達人だ。その後ろには、水上敏志が控えている。南沢海はまだ合流していないようだが、こうして雁首揃った今、その方が厄介かもしれない。

 これによって、本日対戦の3チームが揃った。三つ巴、と言わんばかりに三チームが三角形を結ぶように構えている。

 

「あーあ、揃っちゃったよカゲ」

「ハッ、面白ぇじゃねえか。こっからだぜ」

 

 ニヤリと好戦的に微笑む影浦は確信していた。別に遠征部隊を目指しているわけではないが、今の調子ならA級昇格も楽勝だ、と。

 

『どうする? カゲさん。誰から狙う?』

「取れる奴からだ」

『生駒隊の狙撃手には気をつけろよー。ユズル』

『分かってるよ、光』

 

 そんな会話を聞きながら、北添はウンウンと頷いた。

 

「いやー、まさかうちでこんな風に連携取る日が来るなんて。ゾエさん感激」

「うるせーぞゾエ。どういう意味だコラ」

「これも、陰山くんのおかげかな?」

「なわけあるかボケ。あのクソバカはカンケーねえよ」

 

 そう言いつつも、影浦もあの時の木崎レイジとの戦闘がキッカケであったことは否定出来ない。そして、あの戦闘が半分はいけ好かない茶髪バカのお陰である事も。

 その直後だ。自分の身体に不愉快なチクチクとした感覚が刺さる。これは、攻撃される予兆だ。

 内部通信で全員に命令を出した。

 

『来るぞ、ゾエ』

『了解』

 

 生駒により放たれた旋空孤月が、開戦の狼煙となった。

 

 ×××

 

 と、B級トップチームらしい戦闘をライバルがしているというのに、俺は何しているんだろう、と海斗は自分で自分を殴りたくなっていた。

 現在、学校の図書室。そこで出水、米屋、村上と試験対策中である。正確に言えば、村上が先生で他三人は生徒である。

 

「……俺は一応、明日ランク戦なんだが……」

「そう言わないで下さいよ村上先輩」

「俺達を見捨てる気ですか村上先輩」

「風間に差し出す気ですかムラムラ先輩」

「陰山は知らんぞ」

「嘘ですすみませんでした村上先輩」

 

 謝り倒した。実際、風間のスパルタ教育よりは全然、村上の指導の方が優しいし分かりやすい。同じ単元を学んだのが近いのもあるが、風間の場合は指導に使われる言葉が一々、厳しい。

 

「特に、米屋と陰山は酷過ぎる。お前ら授業中何してるんだ?」

「漫画」

「睡眠」

「……帰って良いか?」

「待って下さい!」

「今回のテストで150点以上取らないと留年なんです!」

 

 あまりの目標レベルの低さに、村上どころか出水すら呆れるしかなかった。実際、成績が悪くてもボーダーでペナルティを受けることはない。

 しかし、勉強が出来て損はないどころか勉強出来ないと厳しい人生が待っているものだ。残念ながら、ボーダーでは太刀川と国近とナンバー1スナイパーの当真の所為で説得力に欠けてしまうが。

 

「はぁ……これから大学受験か……今から気が重い」

「その辺は大丈夫だろ。ボーダー推薦があるし」

「え、そうなの? 俺じゃあなんで勉強してんの?」

「大学に入ってから苦労するぞ」

「それ高校入学前にも言われた」

「大学はマジだぞ。高校と違って留年されたら教師側が面倒になるとかないから、容赦なく単位とか落としてくるぞ」

「そもそも単位って何」

「……お前は大学の仕組みから知る必要があるみたいだな」

 

 呆れる村上だったが、海斗はあまり大学の話を聞いたことがないため、知らないのも無理はなかった。

 その辺は知ってて損する事ではないし、村上は説明してやることにした。

 

「大学は好きな授業を選んで取れる、それは知ってるか?」

「知ってる。なんかそんな話聞いた」

「その授業に1か2……いや、その辺は大学によりけりだが、単位ってのがつく。それを4年間で指定の数集めなきゃならないのが大学だ」

「落としたら?」

「落としたら来年やり直し。だから一年、二年の時にたくさん単位を取れば、三年や四年は授業を減らせるってわけだ」

「……なるほど。そういうアレか」

「単位を取れなければ、教員にとっては来年また同じ授業を受けさせるだけ。クラスや学年ごとの行事なんてものもないから、完全に個人プレイになって留年された所で痛くも痒くも面倒も無い。だから、今のうちに勉強しておかないと、大学に行った時に苦労するって事だ」

 

 わざわざ丁寧に説明してもらい、海斗は自分の顎に手を当てる。つまり、結局は今、勉強して先で楽するか、今遊んで先で苦労するかのいずれかである。

 

「……なんか面倒だな。大学って」

「そうだな。自己管理出来ない奴が苦労する場所だ」

「てか、鋼さんは進学するんすか?」

「まぁ、一応な。将来どうなるか分からないし、一般企業に就職するなら大学は出た方が良い」

「そういうもんすかね〜。お前はどうすんの?」

「俺も一応は進学するぞ」

 

 出水が答えると「やっぱりなー」と米屋は相槌を打つ。みんな進学する気があるようで、海斗は顎に手を当てた。両親がもういない海斗は、進学するよりも就職して食いぶちを得た方が良い気もするが、ボーダーが進学させてくれるなら、先のことを考えて進学した方が良い気もする。

 ま、正直、今はそんなことよりも目の前の試験に集中した方が良い気もするが。

 そんなことを考えている時だ。見知った顔が図書室に入ってきた。

 

「お、秀次」

「陽介。……と、出水と村上さんと陰山か。何してる?」

「勉強会だよ。三輪も一緒にどうだ?」

 

 村上が誘ったのを聞いて、海斗は思わず肩を震わせた。三輪秀次という人間があまり得意では無いため、サッと目をそらす。頼むからイエスの返事はやめてほしい。

 

「……では、お願いします」

 

 届かぬ願いだった。一人追加し、五人で勉強を始めた。空いてる椅子を四人席に持ってきて五人席にすると、そこに三輪が座って鞄から出した教材を広げる。

 

「そういや、三輪はどうすんだ? 大学」

 

 その三輪に出水が片眉を上げて聞いた。

 

「……俺は進学しない」

「え、そうなのか?」

「何、お前も成績悪い系男子?」

「いや、成績は普通だが……」

 

 出水の問いに何故か海斗が頭を上げたが、三輪の返答に大人しく引っ込む。仲間が出来たと思ったが、成績優秀者はみんな敵だ。

 

「じゃあなんで行かないの」

 

 海斗がぶっきらぼうな口調で聞くと、三輪はジロリと海斗を見る。

 

「……ボーダーの活動に集中するためだ」

「え、そこまで?」

「お前も同じだろう、陰山」

「え」

「え」

「「え」」

 

 海斗、米屋と声を漏らした後、他の二人が意外そうな表情で海斗を見るが、海斗自身、何処からそんな噂が芽生えたのかと思うくらいだ。

 

「そ、そうなの?」

「違うのか? 俺はそう思ったんだが」

「違うわ。なんでそう思ったんだよ」

「俺と同じくらい近界民を憎んでそうだからだ」

「え? お前別に」

「ちょっと黙ってて」

 

 あっさりと実情をバラそうとした出水の顔面に張り手を叩き込み、力を入れ過ぎて椅子ごと押し倒してしまったが、無視して三輪との会話を続けた。

 

「待て待て待て、俺そんなイメージ? ちゃんと進学するぞ俺は」

「そうなのか?」

「そうだよ。何? 俺じゃ無理って言いたいわけ?」

「実際無理だろ」

「黙ってろ」

 

 米屋の小言を張り手で張り倒すと、話を進めた。

 

「いや、お前も進学する時間を鍛錬にあて、トリオン兵の排除をしたがるものかと」

「ええ……や、それとこれとは話が別だから……」

「……なめられたまま終わるつもりはないと聞いてたが」

「だからそれとこれとは話が別で……」

「おい、陰山」

 

 村上に袖を引っ張られ、耳元で小声で聞かれた。

 

「どういう事だ? なんで問い詰められてる?」

「あー……三輪は俺が近界民に対して、自分と同じような感情を抱いてると思ってんだよ。戦い方がアレな上、両親が殺されてるから」

「……なるほど。でも、それマズイんじゃないか? 三輪の憎しみは相当なものだぞ」

「そりゃ分かってんだけどよ……」

 

 中々、踏ん切りがつかない。特に、三輪はかなりの古参で上層部からの信頼も厚い。そんな相手に嫌われれば、自分がチームを組めることが無くなるかもしれない。

 下手をしたら、成績よりもこっちをなんとかしなきゃならない。

 

「と、とりあえず、試験勉強しなきゃだから」

「……海斗からそんなセリフが出るとは」

「熱でもあんじゃね?」

「うるせーぞお前らさっきから」

 

 その日は珍しく勉強に集中出来た。

 

 ×××

 

 勉強会後、海斗は冷蔵庫に卵しか入ってないことを思い出し、スーパーに向かった。

 こう見えて一人暮らしは4年目くらいなので、スーパーの目利きに関しては自信がある。まぁ、最近は金欠なので安いのばかり買うし、今日は料理する気力が無いので半額の惣菜を買うので目利きを使うこともしないが。

 そんな事を思ってると、スーパーの前で見知った顔が見えた。

 

「ッシャオラ、今日は俺の奢りだ。好きなもんカゴに入れろや」

「おお! カゲ、太っ腹だな!」

「うう、カゲがそんな隊長っぽいことが出来るようになるなんて……ゾエさん感激」

「じゃあ、俺はカレーが良い」

「今日は鍋パだっつってんだろユズルコラ」

 

 何か良いことがあったようで、影浦隊の四人組は随分とご機嫌だ。しかし、バカとバカが出会ってしまえば、その空気は崩れるわけで。

 影浦と海斗の目が合った。揃って眉間にシワが寄った。先に口を開いたのは影浦だった。

 

「……スーパーでの強盗は難易度高ェぞコラ。コンビニに引き返せや」

「部下連れてお山の大将気取ってるボンバーヘッドがキャンキャン喚くな。他の客に迷惑だぞコラ」

 

 と、何故開口一番でそんな汚い言葉が出るのか、北添と光には不思議で仕方なかった。

 そんな中、以前、海斗に助けられた絵馬が臆する事なく声を掛けた。

 

「海斗さん。こんばんは」

「おう。ユズル。どうした? あそこのチリチリ頭に誘拐されるところか? 大丈夫、俺が今、助ける」

「やってみろコラ」

「違うよ。今から、カゲさん家でみんなで鍋パーティだから」

「は? 鍋パ? お好み焼きじゃなくて?」

「お好み焼きはいつも食べてるから、たまには別のにしようってなっただけ。カゲさんがお金出してくれるから、好きな食材を買いに来た所なんだ」

 

 ふーん、と海斗はテキトーに相槌を打つ。お前ら試験は平気なの? と思ったが、その辺は北添がいるから平気だろうし、それでも鍋パをするという事は、余程良い事があったのだろう。

 

「何かあったのか? 影浦が死んだとか?」

「じゃあテメェの目の前にいる俺は誰だコラ」

「違うよ」

「ただ、今日の試合結果でA級入りがほぼ確定したんだ」

 

 北添が横から口を挟んだ。これはちょっと聞き直さなければならない。

 

「は? え、A級?」

「そーだよ」

 

 北添が平然と答えたから、さらに追い討ちをかけるように全員が言った。

 

「テレポーターを使った新戦法が見事にハマって」

「アタシのお陰だけどな!」

「はいはい。光のオペレートのお陰だよ」

 

 ポカンとする海斗。まさか、レイジとの戦闘から? 一から作戦や戦略を考えて? 自分が仲間やら部隊やら探して、まだ候補を挙げてる段階で? 

 珍しく狼狽えている海斗に、影浦がとどめを刺すときのこれ以上にない程のドヤ顔を浮かべて言った。

 

「で、海斗くぅん? 君は何を何処までやれたんですかァ?」

「え……」

「チームは組めたんですか? いつになったら『陰山隊員』って呼ばれるようになるんですかァ?」

「カゲ、そこまでにしておきなさい」

 

 北添が止めに入り、やんわりと微笑みながら声をかけてきた。

 

「それもこれも、海斗くんがバカみたいにカゲと残虐な戦闘を繰り広げ続けて、木崎さんと模擬戦をしてくれたからだよ」

「ユズルを助けてくれたこともあったし、良かったら一緒にどうだ?」

 

 光も続いて海斗を誘う。反論しない辺りを見ると、影浦もその辺は認めているようで来るのは構わないと思っているようだ。もしくは、参加したらいじくり倒してやろうと考えているのか。

 いずれにしても、海斗の頭の中は全く別の事を思い浮かべていた。

 これはマズイ。まさか、ここまで差が開いていたとは。未だに入る部隊すら決まらないまま、中間試験に追われ、A級7位の三輪隊隊長との人間関係にギスギスし、夕食を買い忘れて一人でこれからくたびれたOLのようにスーパーで半額の惣菜を買い漁る自分と、新たな目標を掲げ、人とぶつかる事が多い自分についてきてくれる部下と新たな戦術を見つけ、ランク戦で連勝を重ね、A級入りがほぼ確定したライバル……スタートから既に違ったとはいえ、この差は何だろうか? 自分は今まで、何をしていたのか。

 

「……遠慮しとく。水入らずで楽しめ」

「そう? わかった」

「じゃ、またな」

「ありがと、海斗さん」

「……チッ、あばよ」

 

 四人ともスーパーの中に入っていった。その背中を、海斗はボンヤリと見送った。

 キャッキャッと四人ともとても楽しそうにはしゃぎながら、自動ドアの向こうで買い物カゴを手に取っている。

 海斗は基本的に嫉妬しない。他人の幸せを憎む、という考えは理解できなくも無いが、嫉妬はそもそも自分が持っていなくて、相手が持っているものを欲しがり、歪み、それによって憎しみに近い感情を生み出す行為だ。

 それなら、自分はどのようにそれを手に入れるか、或いはどうやってそれ以上のものを手にするか、或いは諦めるかした方がましだ。

 つまり、サイドエフェクトのお陰で、良くも悪くも真っ直ぐな人間になった海斗だが、故に今の感情はとてもストレートなものだった。

 

 ──ーチームって、なんか楽しそうだなあ……。

 

 という、哀愁漂うものだった。見えなくなっても、影浦隊の背中をボンヤリと眺めるしかない。

 自分にもああいう打ち上げの経験はある。去年の文化祭の後とか。しかし、それとはなんか、こう……違う。少数っていうのがまた違うのかもしれない。

 何はともあれ、羨ましいって事には変わりない。自分にもあんな少数での打ち上げがしたい……そんな風に思った時だ。

 

「意外と気遣い出来るのねあなた」

「……小南」

 

 背後から声が聞こえ、振り返ると同い年のバカがいた。目が合い次第、不思議そうな表情で海斗を眺める小南が、怪訝そうな表情で質問した。

 

「何? どうしたのよあんた。いつになく腑抜けた……」

「小南ィー!」

「ギャー⁉︎」

 

 唐突に抱き締められ、一気に頬を紅潮させる小南だが、海斗にはそんなもの関係ない。一度、離れると、小南の両手を包み込むように握った。

 

「なっ、ななっ……何よ⁉︎ いきなり女の子を襲うなんてもしもの事があったら……!」

「小南!」

「は、はひっ⁉︎」

 

 強く握り締めると、海斗は今にも泣きそうな顔で小南に強く宣言した。

 

「ランニング10キロ行こう」

「……は?」

「おら行くぞ!」

「ち、ちょっと待ちなさ……てか手を離しなさいよ!」

 

 小南の抗議も届かず、海斗は小南の手を引いて走り出した。

 

 



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一つの悩みが解消されれば、全て解決される。

 そもそも、小南がスーパーに来たのは迅に「今日の飯当番代わってくんない?」と言われたからだ。なんでも、飯当番になって買い物に行けば、何か良いことがある、と言われたからだ。

 しかし、結果はランニング10キロである。助けを求めて電話をしたものの「俺達今、飯中だから」との事らしい。あの、いらん予知一丁した奴とりあえずブッ飛ばす。

 で、ランニング10キロが終わった所だ。海斗のペースに合わせていたら2〜3キロでダウンしたので、10キロも走る事なく中止になったが。

 今は公園でベンチに座り込み、恨みがましそうな目で海斗を睨みつけている。

 

「はぁっ……はぁっ……あんた、何なのよ本当に……!」

「大丈夫か?」

「大丈夫じゃ、ないわよ……! てかあんた足早すぎでしょ……アレで10キロ保つわけ?」

「ゆっくり走ってたつもりなんだけど」

 

 こいつ、生身の体力ならレイジと同レベルなんじゃ無いだろうか、と思わざるを得なかった。

 

「はい、アクエリ」

「あ、ありがと……」

 

 それを受け取り、口に含む。ここ最近は飲んでなかったので、懐かしい味が口内に広がる。疲れているときには甘い物、というのは本当の様だ。

 

「で、何よいきなりあんた」

「あ?」

「普通、人をいきなりダイエットに付き合わせる?」

「ダイエットじゃねーよ」

「じゃあ何?」

 

 聞き返され、海斗は相変わらずの目付きの悪さなのに何も考えてなさそうな顔で平然と答えた。

 

「……打ち上げがしたい」

「…………は?」

 

 今度こそ。今度こそ理解不能と言わんばかりに小南の表情は真顔になる。内心はかなり狼狽えているため、すぐに真顔を崩して聞いた。

 

「……え、どういう事?」

「だから、打ち上げがしてーんだよ。お疲れ様会、みたいな」

「や、意味分かんない。え、ドユコト?」

「今から飯食いに行こうぜ」

「バカ言わないでくれる⁉︎ いいから一から流れを全部説明しなさいよ!」

 

 まぁ、そうなるよね、と海斗は自嘲気味に思い、とりあえず説明しようと口を開きかけた。しかし、冷静になった今、考えてみると、打ち上げに行く影浦隊が羨ましくて凶行を強行しました、上手いこと言えるはずがない。

 誤魔化すことにした海斗は、真剣な表情で小南に言った。

 

「お前太ったなーと思っ」

「トリガーオン」

「嘘ごめん冗談だから、ちゃんと説明するから殺気引っ込めて」

 

 とは言うものの、説明するには公開処刑にも程がある内容だ。何とかして誤魔化そうと悪知恵を働かせている時だ。

 

「次、誤魔化したら帰るから」

「……」

 

 完全に読まれていた。こうなれば正直に話すしか無い。仕方なくため息をついて、海斗は聞いた。

 

「お前さ、影浦隊の今日の成績聞いた?」

「ああ、なるほど。打ち上げが羨ましかったのね」

「ちょっ、バカ違うから」

 

 ヒントレベル1で図星を突かれ、思わず反射的に否定してしまったが、小南のニヤニヤした攻めは止まらない。サイドエフェクトを持っているわけでも無いのに、なんかもう何もかもを見抜いた小南は意地悪く詰め寄った。

 

「ふーん? じゃあ、私は帰っても良いわね?」

「え、いや……」

「というか、帰りたいし。割と汗だくになっちゃったから」

「分かった、あってる。あってるから待って」

 

 ここで捨てられるわけにはいかない。何故なら、今でもすごく羨ましいからだ。打ち上げとかすごくやってみたい。

 

「まったく……それならそう素直に言えば良いのよ」

「うるせーから」

「で、何処でするの?」

「は?」

「付き合ってあげるわよ。ちょうど、玉狛の夕食も先に始められちゃったし」

 

 実際には迅に謀られただけだが、わざわざ言うことでもない。しばらく目の前のバカな少年は自分を意外そうな目で見ていたが、すぐにいつものふてぶてしい顔に戻ると、平然とした顔で言った。

 

「じゃ、俺ん家で」

「良いの?」

「良いよ。……あいつらも手作り料理で盛り上がるらしいし」

「あ、そう……」

 

 鍋を料理と言って良いのか分からないが、とりあえず海斗の家で夕飯を食べることになった。

 

 ×××

 

「うわ……デッカ……」

 

 小南は海斗の自宅に到着し、思わず眉間にシワを寄せた。予想よりかなり大きい。骨川家のような豪邸では無いが、普通の一軒家よりは遥かに大きいものだ。三階建とか初めて見た。

 

「え、あんたここに一人で住んでるの?」

「みんな死んだからな」

「あ、そ、そうね……。お線香とかあげた方が良い?」

「や、仏壇ないから」

「……そ、そう……」

 

 相変わらず淡白な返事に少し引く小南。それを気にすることなく、海斗は家の鍵を開けた。その後に、若干、圧倒されつつも小南も続く。

 

「先にシャワー浴びるか?」

「そ、そうね」

「風呂場はこの廊下、真っ直ぐ行ったとこな。五分後に着替えとリセッシュを置きに脱衣所に入るから、さっさと風呂場でのんびりしてろ」

「あ、ありがと……」

 

 そう言い放つと、海斗はさっさと支度に向かった。とりあえず、こんなバカなことに了承してくれた小南には感謝せねばならない。冷静に考えてみれば、随分とバカなわがまましたものだ、と自分で自分が恥ずかしく思えてくる。

 昔からわがままで物をねだった所で両親からもらえるものは金だけだったため、こういうバカな頼みも聞いてもらえるのは新鮮に嬉しかった。

 というか、事情を知ったとはいえこんなアホな事を許してくれるとか、小南は実は割と良い子なのではないだろうか。

 何はともあれ、せっかくの機会だ。盛り上がらなければならない。特に、なによりもこの広い家で打ち上げなのに二人しかいないし。

 気合いを入れながらリ○ッシュと自分のジャージの上下を手に持つと、ふと疑問が浮かんだ。

 

「……ん? 広い家に、二人?」

 

 ふとそこで再度、冷静になった。広い家に、異性で同い年の、女子高生と二人。どう考えても周りに知られれば健全では無い空間に思われるのは明白だ。

 その上、小南桐絵はボーダーの中でも最古参であり、最も名の知られている女性隊員だろう。それがもし、何も無いにせよ男の家に男と二人でいる、なんて事が知られれば……。

 

「……ヤバイ」

 

 チームを組むどころの騒ぎではなくなる。永久にB級ボッチだ。

 

「……やっぱ外で食うか」

 

 今ならまだ間に合う。走って脱衣所に到着すると、ちょうど良いタイミングで小南が扉を開けた。

 どっしーん☆ なんて少女漫画のように押し倒すようなことはなかったが、小南の服装はまずい。私服姿なのだが、胸元のボタンは開き、靴下は履いておらず、明らかに脱ごうとしていた形跡がある。

 思わずドキッとしてしまったが、小南にはそんなもの関係ない。何故か眉間にしわを寄せて詰め寄ってきた。

 

「海斗!」

「っ、な、何?」

 

 グイッと胸倉を掴まれる。もしかして、下心があると思われたのだろうか? そんな気はなかったにせよ、状況的にはどう考えても下心のある男の行動だ。ましてや小南は騙されやすい奴だし。あれ? つーか、これ俺が悪い奴ならこいつヤバくね? とか何とか、もう頭の中がぐるぐる回っていると、小南は胸倉を掴んだまま、唐突に目を輝かせて風呂場の扉を指差した。

 

「もしかしてあれ、ジェットバス⁉︎」

「え? うん。…………えっ?」

 

 反射的に答えたものの、質問の内容を頭に入れるのに時間が掛かった。

 確かに、ジェットバスだ。両親がやりたい放題やって建てた家なので、普通の家には無いものがたくさんある。海斗は使った事ないが、ジェットバス、ゴルフのシミュレーター、ビリヤード台、ガラスのチェス……などなどと。

 まぁ、両親が死んだ今、ほとんど使わないものばかりだが。とってある理由はどうしたら良いのか分からないか、売却用かのどちらかだ。

 しかし、それを何故、今指摘されたのだろうか? という海斗の疑問を見透かしたようなタイミングで小南は吠え散らかした。

 

「アタシもジェットバス使いたい‼︎」

「……」

 

 何度こそ。今度こそ海斗は呆れてしまった。それと共に、自分の中の不安が全て浄化され、ホロホロとメッキが剥がれ落ちるように天に昇って行ったような感覚に陥った。

 自分はバカですか、と。こんなバカな女を相手に何を不安に思ってんのか、と。

 

「……お前、もしかしてそのためにわざわざ脱いだものを着たの?」

「そうだけど?」

「汗ばんだ服をわざわざ?」

「そうよ?」

「……」

 

 確信した。こいつバカだと。なんかもう何もかもどうでも良くなった海斗はため息をついて答えた。

 

「準備してやるから待ってろ」

「やった!」

 

 怒る時間が無駄だと悟り、従ってやることにした。

 

 ×××

 

 風呂から上がった小南は、まず興奮し過ぎて大忙しだった。相当、ジェットバスが心地良かったようで「すっごいわね! 何がすごいって、お尻と腰の辺りがもう……ゴオオオオッて! 直接お尻にゴオオオオッて! すっごいわね!」と、お尻がすごいと言われてるのに全然、エロさを感じさせないのがまたすごかった。

 で、飯。小南に作れるものはカレーだけなので、二人でカレーを作った。

 

「美味そうだな」

「当たり前じゃない、アタシのレシピで作ったんだもの」

「だから不安なんだけど……」

「何か言った?」

「ナンデモナイ」

 

 まぁ、野菜の皮むきやら何やらといった下処理は全て海斗がやったので、腹を下して便所で1日過ごす羽目になるような事はないだろう。食材に火が通ってれば。

 で、とりあえず一口。直後、海斗は目を見開いた。まるで、予想外の出来事が起こったように。

 

「カレーの味がする!」

「失礼ね! だからアタシはカレーが得意だって言ってるでしょ⁉︎」

「本当だったのか……てっきり、タラバガニがカニだってレベルで嘘だと……」

「分かりにくい例えやめなさ……え、そうなの?」

「あれヤドカリだよ」

「嘘⁉︎」

「ホント」

 

 割と一般常識だと思ってた海斗は、小南の反応が新鮮でちょっと面白かった。

 

「あんた……バカの癖にそういうの詳しいんだ……」

 

 前言撤回、何も面白く無い。こうなれば、喧嘩になるのはいつもの事だが……せっかくの機会だ。次は嘘をついてみよう。

 小南が麦茶を手にしたタイミングで、しれっと言ってみた。

 

「知ってる? カレー食べながら麦茶飲むと胃が爆発するらしいよ」

「ぶふぇえっ⁉︎ う、ウゾ⁉︎」

 

 小南の吹き出したお茶を一滴も顔に浴びる事なく回避した海斗は、さらに続けて言った。

 

「あとカレー食べる時のスプーンの上の割合はカレー4、飯6じゃないと歯が腐るらしいよ」

「ブフーッ! ぺっ、ぺっ……! う、嘘……⁉︎ なんで⁉︎」

 

 また吹き出しながら聞いたものの、とりあえず信じているようで口の中のカレーを皿の上に戻しつつ聞いたが、海斗は答えずに新たな話を始めた。

 

「それとー……そうだな、知ってる? カレーに人参を入れると地球上に存在するありとあらゆる元素がブドウ糖になるんだよ」

「えっ、そうな……いや、それはないわよ! 流石にそんな嘘に騙されるわけないじゃない⁉︎」

「それさっきまでの嘘は騙されても仕方ないって言ってる?」

「さっきまで……? あ、さ、さっきのも嘘なのね⁉︎」

 

 いいように騙されたばかりか、女の子であるにも関わらず2度も連続で吹き出したことを思い出し、顔を赤くして口元を拭いながら怒鳴り散らす小南を、すごく嫌な笑顔で眺めながら答えた。

 

「むしろよく気付いたな、騙されたと。褒めてやる、桐絵ちゃんよぉ」

「ッ〜〜〜‼︎ ムカつくムカつくムカつく! あんた何なのよ!」

「つーか、考えりゃ分かるだろ。なんでカレーの割合で歯が溶けるんだよ」

「だ、だって……歯なんてコーラでも溶けるし……でも、そうよね。タラバガニって言ってるのにヤドカリなわけないし……」

「え? や、それはホント」

「え、そうなの? ……いや、騙されないわよ!」

「いやホントなんだが……まぁ、好きにして良いよ」

 

 なんだか本当の知識まで疑われてしまったが、海斗は気にしない事にした。信じるも信じないも小南次第だし。

 

「にしてもな、小南。お前ちょっとちょろ過ぎるぞ」

「何よいきなり失礼ね」

「小南、お前の髪ってサラサラだな」

「へ?」

 

 唐突に言われ、キョトンと目をパタパタさせる小南。しかし、海斗は気にせずに身を乗り出し、小南のもみ上げを手で掬った。

 

「ほら、指を通しても引っ掛からないし、見るからにサラサラしてるし」

「ち、ちょっと……ヤダもう……急に何よ」

「ほらね?」

「確かにサラサラだけど……ほらね?」

「チョロいじゃん。話の流れ的に完全に騙す流れだったじゃん。なんでそんなナチュラルに騙されんの?」

「だ、騙したの⁉︎ もしかしてサラサラじゃない⁉︎」

「や、よく見てないから知らんけど。俺、髪ソムリエじゃないし」

「それはそれでショック!」

 

 しかし、たしかに騙されやすい。こいつ、ボーダーの関係者だっていえば簡単に機密をペラペラと話しそうなものだ。

 

「……お前、もう少し人を疑うことを覚えろよ……」

「う、うるさいわよ! みんな、嘘が上手すぎるのよ!」

「いやそんな上手くないだろ……。今の流れで騙される方がすごいわ」

「うるさいわね……大体、あんたは騙される、騙されない以前に頭が足りないじゃない」

「るせーよ、バーカ」

 

 そう返しつつも、海斗は反論はしなかった。今は学力の話ではなく、小南のチョロさだ。

 次はどんな騙したをしてやろうかなーなんて好きな子にちょっかいを出す男子小学生みたいな事を考えていると、小南の方から呆れ気味に声を掛けた。

 

「そういうのはいいから、悩みがあるんでしょ?」

「あん?」

「色々と頭の中でグッチャグチャになったから、こんな暴挙に走ったんでしょ? いくらあんたでも、学生服の女の子をいきなり走らせたりしないでしょうし」

 

 それはその通りだ。まぁ、今日は色々、影浦隊の勝利以外の悩みもドバッとなだれ込んできた日だったし、ある意味では仕方ない。

 それにしても驚いた。自分が悩んでいるか悩んでいないか、などを見抜ける奴なんか滅多にいないからだ。

 

「……まぁ、そうだが」

「聞いてあげるわよ」

「あー……実は……」

 

 と、言いかけた所で、海斗の口は止まった。自分の頬を、冷たい汗が流れると共に、思わず自問自答してしまった。

 

 ──ーえ、俺小南に相談するの? プライドって言葉の意味、知ってる? 

 

 そんなあまりにも失礼な自問自答をする海斗の目の前では、小南が可愛らしく小首を傾げる。こんな可愛らしい仕草なのにアホな顔してるように見える女の子も珍しいだろう。

 しかし、自分は実際に相談しそうになっていた。冷静になればコンチクショウってなるが、なんかふとした時にいろんな愚痴とか漏れそうになる。

 

「何よ、どうしたの?」

「……や、なんでもない」

「いいから言いなさい。先輩のアタシが後輩のあんたのお悩みを解決してあげるから」

「……」

 

 まぁ、そこまで言うなら良いか、と海斗は思う事にした。目の前の女から発している色は、見るからに優しい色だ。セリフの割に、割と本気で心配している様子だった。心配してくれているのなら、プライドとかなんとかいってるばあいではない。

 とは言っても、全力のアホの子だから、解決出来るとは思えないが。

 とりあえず、一つ目の悩みから言ってみた。

 

「三輪に誤解されてんだけど……」

「……三輪? 三輪って……三輪秀次?」

 

 あまりに意外な相談に、小南は思わず間抜けな質問を返してしまった。他に誰がいると言うのだろうか。

 

「そう」

「え、なんで?」

「なんか、戦い方がエゲツないからトリオン兵に対して、自分と同じくらいの憎悪を燃やしてると勘違いされてんだよ」

「あー……」

 

 それを聞いて、なんとなく察してしまった。海斗は両親が亡くなっているから、普通の感性の持ち主なら三輪以上の怒りを秘めていると思われてもおかしく無い。

 ましてや、インファイトスタイルで機嫌によっては「すぐに死んじまわねえよう、スコーピオンを出さないで殴らねえとな」とか抜かしながら拳と蹴りを容赦なく繰り出している馬鹿だ。あのシーンだけ見たら、家でトリオン兵に藁人形でも打っていそうなものだ。

 

「……いや、でもはっきり言えば良いじゃない」

「簡単に言うな。もうこの誤解を受けて何ヶ月経過してると思ってんだ」

「何ヶ月も経ってるわけ⁉︎ あんた何してんの⁉︎」

「なるべく三輪に会わないようにしてた」

「いやそういう意味じゃないわよ聞いてるのは! あんた、誤解を解こうとか思わなかったわけ⁉︎」

 

 そう言われたものの、海斗は反省してるんだかしてないんだか分からない表情で平然と答えた。

 

「バカ言え。あいつがあんな愚痴を言えるような奴、他にいるかよ。確かに近界民に恨みを持ってる奴は山ほどいるが、同年代で家族を殺されてて、そんでもってゴリッゴリに恨んでるように見える奴なんかそういないだろ」

「でも、悩んでるってことは困ってるんでしょ?」

「や、まぁ……なんか結構、申し訳なくて。割と気がひける」

「なら、言うしかないじゃない」

 

 それはその通りだ。しかし、そうはならない事情がある。

 

「でも、あいつ上層部のお気に入り……なのかは知らんけど、A級なだけあって上の人と仲良いじゃん。それで俺の部隊入りが邪魔されたりなんてしたら……」

「平気でしょ別に。てか、万が一そうだとしても部隊に入ってから誤解を解けば良いんじゃないの?」

「……なるほど」

 

 それは確かにその通りだ。しかし、チームに入るのも簡単な話では無い。多分、どこに行っても歓迎されない。自分だけ遊びに誘われないとかあったらさすがに凹む自信がある。

 

「で、部隊は何処にするとか、目星は付けたの?」

「まぁ、一応、二部隊くらい」

「嘘、何処?」

「嘘ってどういう意味だオイ」

「何処?」

 

 勢いで誤魔化しに行く小南だった。実際、どうせ海斗の事だから、やるやると言って何もしてないパターンかと思っていた。

 まぁ、海斗もその辺で突っかかるほどアホでは無い。

 

「柿崎隊か鈴鳴か二宮隊だけど……二宮は除外してるから」

「それは……そうね。ていうか、どっちの隊も隊長が優しい人ばかりじゃない。ダメなの?」

「米屋に止められたよ。鈴鳴の狙撃手とモメるだの、お化け屋敷のお化けをノックアウトした柿崎隊の万能手だの……」

「ああ、なるほど……」

 

 つまり、真の悪を相手にして揉めるか、お嬢様を怖がらせて殴られるかのどちらかという事だ。

 しかし、小南は学校が同じなだけあって、照屋文香という人間に関しては、それなりにわかっていた。

 

「文香ちゃんなら、あなたにビックリして手を出したりなんてしないと思うわよ。あの子、お化けがダメなだけで、割と肝は座ってるし」

「え、そうなん?」

「だから、下手に脅かしたりしなければ殴られるようなことはないはずよ」

「……なるほど」

 

 海斗は小さく頷くと、顎に手を当てた。

 

「一応、頼んでみるか。柿崎さんに」

「それが良いんじゃない? あの人なら、邪険にはしないと思うし」

 

 これで、もしかしたら全部解決するかもしれない。柿崎隊に入り、A級に上がれば全ての欲求が満たされる。

 ようやく自分の悩みに終止符が打てると、ホッと一息つくと、改めて思った。影浦の奴は相当、努力したんだろうな、と。自分がようやく立てたスタートラインの頂点に、既に立っている。

 これから、自分はようやく影浦に追いつかなければならない。B級ランク戦で勝ち上がり、A級を目指す。それは簡単なことではない。自分と同レベルの足りない頭で作戦を考え、チームメイトと協力したという事だ。

 自分も、それくらいやらねば勝てないだろう。

 

「大丈夫よ」

「は?」

 

 そんな海斗の考えを見透かしたように、小南が声を掛けた。

 

「作戦なら柿崎さん達が考えるから、あんたは命令通り暴れればそれで良いのよ」

「お前やっぱ喧嘩売ってんだろ」

「ほら、さっさと食べてビリヤードとかダーツやりましょ」

「結局やんのかそれ」

 

 



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チームを組むのも楽じゃない。
メダルゲームは時を忘れられる魔性の遊具。


 方針は決まったものの、しばらくは期末試験の勉強のため、柿崎隊の作戦室に行くことは出来なかった。

 なんとかそれも乗り切り、補習を回避した海斗は、本部に来てさっそく柿崎隊の作戦室に向かいたかったが、先週に忍田からメールが来て、風刃の件についてまた何かあるそうなので、集合をかけられている。

 しかし、一週間も前から頼まれるということは、それなりに重要な話なのだろうか。そんな重要なこと、自分に任せないで欲しかったりするものなのだが、サイドエフェクトが悪いので仕方ない。

 まぁ、今日の風刃の何かしらに関しては給料も出るらしいので、割と気合が入ってたりするわけだ。

 ルンルン気分で集合場所である会議室に入った。

 

「失礼しまスカンク!」

「来たか」

「遅いぞ、陰山」

 

 忍田の後に文句を言ったのは、風間蒼也だった。え? なんでここにいんの? と問おうとしたが、よく見たら周りには風間だけでなく、太刀川や冬島、それ以外にもA級上がりたての影浦などがいた。

 

「……え、何これ」

「では、これより遠征部隊選抜試験を始める」

「……え?」

 

 ついていけない海斗を置いて、話はサクサクと進められた。

 

 ×××

 

 要するに、遠征部隊を選ぶのに、黒トリガー使いと戦闘をさせる、との事だ。それに含め、迅に万が一、風刃を手放すことがあった場合のS級候補である海斗は、迅とローテーションでA級部隊の相手をすることになった。

 

「……普通、先にそういう事言っとかない?」

「だってお前、ここん所、試験で忙しかったろ? 変に緊張しないように、忍田さんが気を使ってくれたんだよ」

 

 隣で同じブースにいる迅が、呑気にそう言った。まぁ、そういう気遣いはありがたいが、そもそも海斗はあまり戦闘において緊張はしない。緊張なんかしてたら、ナイフやら金属バットやらを持っている喧嘩慣れしたヤンキーどもを蹴散らすことなどできない。

 

「にしても、なんで俺だけこんな待遇されんのかね。他にも風刃適合者なんていくらでもいんだろ?」

「そりゃお前、サイドエフェクトがあるからだろ。俺以上、とまでは言うつもりないけど、お前のその能力を使えば、風刃の力を別の方面で引き出せるんだぜ」

「それは分かるけどよ……」

 

 対戦の組み合わせはこれから発表される。S級は迅悠一、陰山海斗、そして別室の天羽月彦の三人。

 対するA級部隊は玉狛第一を除いた、太刀川隊、冬島隊、風間隊、草壁隊、嵐山隊、加古隊、三輪隊、片桐隊、影浦隊の9チームだ。

 この中から、黒トリガーに対応出来る、と上層部に判断された部隊が遠征に選ばれるわけだ。

 しかし、どうにもモチベーションが上がらない。今日は柿崎隊にお邪魔してチームに入れてもらえるようお願いしに行くはずだったのが、こんな時間の掛かりそうな物をしなければならなくなるとは。

 

「はぁーあ……めんどくせーな……」

「そういや、忍田さんが言ってたけど、勝ち星の数だけボーナス出るよう、唐沢さんにお願いしてくれるって」

「で、どの部隊を蹴散らせば良いの?」

 

 ちょうど、海斗がそう聞いた時、対戦チームの組み合わせが発表された。

 

 天羽 ー 太刀川隊

 天羽 ー 冬島隊

 陰山 ー 風間隊

 迅 ー 草壁隊

 迅 ー 嵐山隊

 天羽 ー 加古隊

 陰山 ー 三輪隊

 天羽 ー 片桐隊

 陰山 ー 影浦隊

 

「……お」

「うわー……」

 

 海斗は少しワクワクした。どこの部隊も、少なからず自分と因縁のある相手だ。特に一番下。

 一方の迅は、少し嫌そうな表情を浮かべる。嵐山隊とかとてもやりづらいのだろう。

 なんであれ、海斗の出番はしばらく無い。椅子にダラけるように座り込んだ。

 

「じゃ、俺寝てるから。出番になったら起こして」

「お前、自由過ぎるだろ……」

 

 迅のツッコミを無視して、海斗はその場で寝転がった。

 

 ×××

 

 太刀川隊作戦室。そこで、出水は嫌そうな顔を浮かべる。

 

「うわー……やっぱ天羽かー」

「やっぱ迅じゃなかったかー」

「俺としては海斗が良かったんすけどね」

「あいつも面白そうだけどな」

「太刀川さん、海斗くんと個人ランク戦やったことあるのー?」

「いや、ないな。中々、機会がなくてな」

「あいつ、中々やりますよ。もしかしたら、太刀川さんも1〜3本くらい取られるかも」

「そいつは楽しみだなー」

 

 なんて呑気に話してるときだ。急に悲痛な叫びが3人の会話を邪魔をした。

 

「ちょっと! そんな場合じゃないですよ! 相手、最強のS級なんですよ⁉︎ 作戦会議は⁉︎」

 

 唯一、取り乱しているのは唯我尊である。裏口入学のような真似をしてA級入りを果たした、早い話が足手まといだ。

 しかし、それでもA級一位を保っているのだから、ある意味すごい事だ。

 

「そんな慌てる事でも無いだろ。訓練なんだし、まぁなんとかなるさ」

「そうですよね。つーか、唯我。お前、ビビりすぎ」

「僕がおかしいんですか⁉︎」

「まぁ待て、出水。一応、一理ある。作戦会議だ」

「そ、そうですよ!」

「作戦、臨機応変に」

「そうすね」

「太刀川さん⁉︎ それ作戦ですか⁉︎」

「もー、二人とも真面目に考えなきゃだめだよ?」

 

 国近が間に入った事で、ようやくまともに作戦を決め始めた。

 

 ×××

 

 風間隊作戦室にて。風間隊の四人は、長机の前に向かい合うように座り、隊長を中心に話し始めた。

 

「今回の相手はバカだ。他の二人よりも楽ではあるが、風刃を装備している。油断はするなよ」

「風刃ってどんな能力なんですか?」

 

 歌川が真剣な表情で尋ねると、風間は真顔で答える。

 

「遠隔斬撃だ。目の届く範囲、何処にでも斬撃を放つ事が出来る」

「うえ、なんですかそれ……ただのチートじゃないですか」

 

 菊地原が心底嫌そうな表情を浮かべるが、それに対して風間は首を横に振る。

 

「いや、残弾数がある。ブレードから光の尾が何本か見えるが、その本数が残弾数だ。それが消えれば、リロードの隙が生まれる。そこを逃さずに殺し切るぞ」

「了解」

「了解」

「三上、奴の位置を的確にオペレートしろ。風刃は距離を詰めればただのブレードと同じだ」

「了解です」

 

 そう返事した後、歌川が顎に手を当てて呟いた。

 

「……にしても何故、俺達の相手が陰山先輩なんでしょうか」

「ていうか、そもそもなんであの人が黒トリガー使いとして試験に参加してるんですかね」

 

 菊地原も同じ様に疑問を浮かべる。それに対し、風間は厳しい表情のまま答えた。

 

「それは、奴のサイドエフェクトだ」

「色で相手の自分に対する感情が分かる、というアレですか?」

 

 三上の質問に風間は頷いて答えた。

 

「そうだ。正確には、相手の周りにオーラが見えるらしい。問題は、そのオーラが障害物越しにも反応するという事だ」

「え、それって……?」

「俺達自身の姿は見えなくても、赤いオーラによって場所は割れる」

「狙撃手とかたまったものじゃないですね」

「いや、こちらが奴に対し感情を抱いていない以上は見えはしない。逆に、感情を出しているとカメレオンも無意味だ。今回はステルス戦闘ではなく、バッグワームを羽織って奇襲を仕掛ける」

「なるほど……」

「逆に、見つかったら終わりって事ですね」

 

 菊地原の指摘に、風間は頷く。歌川も忍田があのバカな先輩に何故、風刃を使わせているのかが分かった。

 建物越しに斬撃を飛ばせる以上、一度でも自分の姿を相手に見せれば必ず警戒する。あとは出来る限り距離を離し、斬撃を放てば最強の狙撃手の完成だ。

 元々、ブレードの形状をしたトリガーと持ち主のポジションが攻撃手のため、近接戦闘も問題なくこなせる。

 迅悠一とは、また違った相性の持ち主だ。

 

「その通りだ、菊地原。初見の戦闘が勝負だ。距離を離せば、それだけ不利になる。……いや、あのバカの場合は、俺達が逃げたのを見ると調子に乗って俺を煽ることに必死になりそうなものだが……」

 

 割と的確な予想をするが、念の為、向こうも本気の可能性も考慮し、後半の部分は脳内で打ち消した。

 

「とにかく、接近してからの一発勝負だ。一気に行くぞ」

「「「了解」」」

 

 まじめに作戦会議していた。

 

 ×××

 

 加古隊作戦室。作戦会議どころではなかった。

 

「……戦闘……界王様とが良かった……修行の成果、見せるチャンス……」

「ま、まぁまぁ、双葉。それはまたの機会にしましょう? ね?」

 

 机の上で項垂れていた。

 

 ×××

 

 三輪隊作戦室。三輪、米屋、奈良坂、古寺、月見の五人は真剣に作戦会議をしていた。

 

「……相手は、陰山か」

「それな。つーか、なんであいつ風刃持ってんだ?」

「さぁな」

 

 その辺には興味がない、と言わんばかりに三輪は首を横に振って話を進める。元々、風刃の持ち主は三輪が最も気に食わない人物だ。風刃の性能は全員に話してあるし、それ以上はいい。

 

「とりあえず、今日の試験では陰山は風間隊と当たる。それを見学してから、さらに作戦を決めるが……とりあえず、現場では以前まで決めていた通りだ。狙撃手は場所を見られても構わない。どちらにせよ、海斗は360度見渡すだけで、居場所を見つけられる。隠れつつ撃つより、アタッカーと狙撃手による同時攻撃でお互いをカバーし合い、斬撃を撃たせるな。鉛弾が一発でも決まれば、それで終わりだ」

「リョーカイ」

「了解」

「了解です」

「月見さん、オペレートお願いします。特に、アラートを」

「了解よ」

 

 淡々と作戦会議は進められた。米屋としても三輪としても、陰山海斗と戦えるのは悪い気はしなかった。

 

 ×××

 

 影浦隊作戦室。組み合わせを見次第、影浦のテンションは柄にもなく上がっていた。

 

「……ハッ、面白え。まさか、こんなとこであの野郎とやり合う機会があるとはな」

「そうだね。なんだかんだ、最後に戦った時とか互角だったもんね。海斗くんと」

 

 北添が隣からのほほんとした声で言う。相手も同じだが、サイドエフェクトを全開に用いたスコーピオン同士の殴り合いによって、戦績はほぼ互角になっている。

 

「でも、相手は黒トリガーだよ? カゲさんだけで勝てるの?」

「バカ言え。俺一人で戦うわけじゃねぇ」

 

 絵馬の質問に、影浦は首を横に振る。

 

「とりあえず、風刃の性能を風間と三輪んトコの戦闘で把握する。それまでは、俺が惹きつけ、ゾエが裏を取る。ユズル、テメェも隙がありゃブチ抜いてやれ」

「はいよー」

「了解」

 

 そんな感じで作戦会議を進めた。

 

 ×××

 

「……おら、海斗」

 

 身体を揺さぶられて、海斗は目を覚ました。目の前には迅悠一の顔面が目の前にある。

 

「テメェ、朝チュンかコラ。そっちの趣味?」

「違うから。出番」

「あ、もう?」

「ちゃんと作戦考えておけよ。ステージの選択権はこっちにある分、向こうは転送直後から部隊がまとまってるんだから」

 

 あくまで遠征を想定しているため、序盤は部隊はまとまって始まり、敵地のため戦地は黒トリガー側に選ばせている。戦闘の結果ではなく対応力を見るためだ。

 戦闘の相手は風間隊。何度も顔を付き合わせ、カメレオンの効かない相手対策に戦わせられ、気が付けば師匠みたいになっていた人の部隊だ。

 勿論、どんな部隊かは頭に入ってる。カメレオンを用いたステルス近接戦闘部隊だ。だが、海斗にそのステルスは効かない。どんな対応をしてくるか、とても楽しみだ。特に、それを看破した上でやり返してやりたい方面で。

 

「……よし、やるか」

 

 ニヤリと薄く微笑むと、ステージを選択して転送されて行った。

 

 ×××

 

 風間隊が転送された先は、市街地Dだった。大型デパートがあり、縦に長いエリアである。

 しかし、風間、菊地原、歌川が転送された場所は、デパートの外だった。ビルの屋上で、デパート全体が見渡せる場所だ。

 バッグワームを羽織って、風間が通信を用いて聞いた。

 

「三上、奴の位置は?」

『4階のゲームセンターにいます。クレーンゲームの商品に目を奪われている様子です。……なんか動き的に、お金の1枚くらい落ちてないのか、クレーンゲームの下を覗』

「チャンスだな。一階に降りて、下から奇襲を仕掛ける。三上、奴に動きがあれば随時知らせろ。歌川、菊地原、一気に距離を詰めるぞ」

 

 そう言うと、風間は三上の誘導の元で、デパートに侵入し、海斗の真下にきた。一階と六階のため、距離はあるが、ここから一気に距離を詰めれば良い。

 

「三上、奴は?」

『メダル販売機を壊してメダルを手に入れて、メダルゲームに夢中です』

「よし、メダルゲームを開始し次第、スタートするぞ」

 

 真面目な風間隊は、海斗に対してツッコミを入れる者などいない。後で風間と三上が説教するだけだ。

 三人で海斗を囲むように一回で定位置に着くと、天井を切り裂いて上の階に進んで行った。

 そして、海斗の真下の階に来ると、通信を内部通信に切り替え、再度確認した。

 

『三上、陰山に動きは?』

『ありません。おそらく、ジャックポットで舞い上がっています』

『風間さん……あんなふざけた奴にここまで慎重になる必要あるんですか?』

『菊地原、これは勝ち負けが判断材料ではない』

『分かってますけど……なんか、バカバカしくなって来ますよ。あんなの相手をしてると』

『分かってるなら無駄口を叩くな。行くぞ』

 

 直後、三人は息を合わせて両手を高速で動かした。

 

 ×××

 

『陰山くん。まだやってるの? 盗んだメダルで』

 

 通信の向こうにいるのは綾辻遥だ。直接話すのは今回が初めてだが、今日は嵐山隊の試合はないため、引き受けてもらった。

 

「いやー来ましたわージャックポッド。これヤバイわ。マジ激アツだわ」

『聞いてる? 風間隊がレーダーから消えてるけど……』

「うっほー、メダル250枚とかマジかよオイ⁉︎」

『……嵐山さん。この人なんなんですか?』

『あ、あはは……おーい、陰山。聞こえてるか?』

 

 声が聞こえ、海斗は仕方なさそうに返事をする。

 

「しゃーねーなぁ……何?」

『ほら、綾辻』

『ありがとうございます。アラート。風間隊が消えてるよ』

「……は?」

 

 その直後だ。床が崩落した。メダルゲームの筐体ごと空いた床の大穴から落下、そして、三つの影が海斗を取り囲んでいた。

 風間隊の三人。オーラは言うまでもなく殺意のドス赤い。どう考えても一発は当たるし、避けられるタイミングでは無い。

 しかし、海斗は何となく理解していた。視界に入ってる三人の連携は完璧だが、それ故に全く同じタイミングで仕掛けては来ない。

 全員が同時に攻撃をすれば、回避された直後、三人揃って大きな隙が生まれてしまうからだ。特に、風刃を相手にそれはカモだ。

 ならどうするか? 3人が3人をフォロー出来るよう、ギリギリ最速のタイミングで仕掛けてくる。

 そして、それを見極められるのが、海斗のサイドエフェクトの真骨頂でもあった。

 攻撃のタイミングは風間、歌川、そしてトドメは菊地原だ。風間の攻撃をぬるっと避けつつ、手に持つ風刃に10本の尾が生える。

 

「! 歌川、菊地原、来るぞ!」

 

 それにより、菊地原と歌川は攻撃の速度を早めた。風間も同じだ。右腕のスコーピオンを振るうと共に、海斗の両サイドから二本のスコーピオンがコンマ数秒の差で海斗に迫る。

 直後、海斗は手に持つ風刃を振るった。海斗の拳速は目で追えないほどに早く、喧嘩慣れした海斗は相手が持っていた木刀を奪い、それを武器にすることも多かった。

 風刃のブレードの性能は孤月よりも斬れ味が鋭く、スコーピオンよりも軽い。当然、生身で持つ木刀よりもずっと軽く感じるのだ。

 

「ッ……!」

 

 風間の攻撃を回避し、三回風刃を振ってカウンターを叩き込んだ。風間に一発の正面からの叩き斬り、そして海斗の真横を二発の斬撃が通り過ぎた。

 風間は自分への一閃をガードし、サイドから攻める菊地原と歌川は斬撃に真っ二つにされる前にギリギリ回避した。

 

「速い……!」

『無事か、歌川。菊地原』

『はい』

『腕をやられましたが、戦闘は続行可能です』

『なら、まだ畳み掛けるぞ。俺がこのまま正面を引き受ける、お前らは隙を伺って行ける時に追撃しろ。絶対に距離は離させるな』

『『了解』』

 

 指示を出すと、風間は正面から海斗に二刀流での猛攻。左右のブレードで乱撃を繰り出すが、それを海斗は風刃一本で凌ぎ続ける。いや、正確には風間のブレードが出ていない手首や前腕など、素手で凌げる部分はブレードは使わずに打ち払っていた。

 

(チッ、流石、素手での戦闘力は場慣れしてるだけある。黒トリガーが無くともこの強さか……。なら、これはどうだ?)

 

 直後、風間は両手のスコーピオンを右腕は斜め上、左腕は斜め下から斬り込んだ。

 全く同時の挟み撃ち攻撃。スコーピオンの速さとこの間合いなら回避は間に合わない。

 しかし、海斗はそれに対し風刃を手放した。

 

「⁉︎」

 

 自由落下する風刃に、風間が一瞬だけ目を奪われる。その直後、海斗は風間の両手首を掴んでガードした。

 動きを封じられたが、海斗は武器を手放している。なら、手段は一つだ。強引な力技で歌川か菊地原の方に投げ飛ばし、どちらかと一対一になるつもりだと踏んだ。

 その前に、枝刃で海斗の腕を斬り落とそうとした時だ。真下からせり上がってくる海斗の右膝が顎にクリーンヒットした。

 

「ッ……⁉︎」

 

 いくらトリオン体でも、脳は存在する。顎に一発でも入れば少なからず脳に影響が入る。

 ほんの一瞬、風間は視界がブレ、後方に大きく蹴り飛ばされる。しかし、海斗は武器を手放しており、風間隊には二人の優秀な部下がいる。

 蹴り飛ばされた風間の両サイドから二人がブレードを握って一気に決めに来た。

 それに対し、海斗は左足でジャンプしながら手放した風刃を蹴り上げ、右手でキャッチして頭上で横にして左手を添えて構え、二人のブレードを受け止めながら後方に下がりつつ着地する。

 サイドエフェクトによって、菊地原から伸びているもぐら爪も見逃さなかった。仰け反って回避し、強引に距離をとった。

 

「……反射神経すごいね。思考回路にも少しは回したら?」

「今日の晩飯、たぬきうどんが良いなぁ」

「……やめておけ、菊地原。この人に揺さぶりは効かない。バカ過ぎて」

「んだと誰がバカだ歌川コラァッ‼︎」

「……」

「効いてんじゃん」

 

 その直後だ。二人の後ろから空中で受け身を取り、天井を踏み台にした風間が一気に距離を詰めた。

 

「チッ……!」

 

 舌打ちを漏らした海斗は、上からの二人のブレードを防御していた風刃の力の向きを下に強引に切り替えた。

 スコーピオン二刀が肩を掠めるが、大したダメージでは無い。下に力を切り替えた事により、風刃の風の尾が一発、解き放たれた。

 風間が自分の元に刃を届ける直前、上から一発の斬撃が風間のブレード、菊地原の右腕、歌川の左腕を斬り落とした。

 

「グッ……!」

『怯むな、歌川。アステロイドで牽制しろ。菊地原、分散して奴の意識を散らせ』

『了解……!』

『了解』

 

 指示通り、歌川は通常弾を飛ばす。それを回避してる間に、菊地原と風間が接近してスコーピオンを伸ばす。

 風刃は残り七発。さらにここで1〜2発使わせることが出来る。

 

「……成る程、そういうことか」

 

 海斗が何かを理解したように呟いた。菊地原と風間のブレードを回避しつつ、歌川の射線上に二人が来るようにすると、風刃を思いっきり振るった。

 それを見て風間隊の三人は反射的に自身の急所を庇うようにブレードをかざしたが、自分達の方に斬撃は飛んで来ない。

 直後、海斗の周りを光の壁が包んだ。

 

「じゃあな」

「! 三上!」

『追跡します』

 

 光の壁は、床ごと海斗を下の階へ斬り落とし、真上に向かっていった。いち早く、海斗の意図に気付いた風間は、三上の逃走経路を確認しつつ、歌川と最速で空いた床に向かった。

 穴の下に顔を向け、飛び降りた直後だ。菊地原の耳が直上から来る不気味な衝撃音を捉えた。

 

「風間さん、待った!」

「⁉︎」

 

 滅多に聞かない菊地原の声と共に、自分の襟を掴まれ、力任せに引っ張られた。

 歌川にも手を伸ばしたが、間に合わなかった。引っ張られた風間の目の前を、風刃によって切り裂かれた上の階以上の床が落下して来た。

 

「グッ……!」

 

 下に落下し、埋もれる歌川だが、直後に緊急脱出の柱がショッピングモール内に立った。恐らく、動けなくなったところで一撃でトドメを刺されたのだろう。

 

『警戒! 風刃が来ます!』

 

 床下から、三発の斬撃が飛ばされてくる。風間は左腕を失い、菊地原は強化聴覚によって余裕で回避しつつ一時的に撤退した。距離も置かれた上に、片腕を取られ、歌川も失った。

 おそらくだが、今のうちに風刃の刃を再装填している事だろう。遠征部隊の選抜試験ならば、ここで退くべき場面ではあるのだが……。

 

 バカ『あっるえええ? かじゃましぇんぱい? 僕ちん一人に負けちゃったんでしゅか〜も〜』

 

 想像するだけでも癪に触る。後で一発殴るか、と心に固く誓いつつ、菊地原に声を掛けた。

 

「菊地原、アレをやるぞ」

「やっぱりやります? 歌川もいないのにやれますかね」

「やるしかない。……後で陰山に煽られても良いのならここで撤退しても良いが」

「……わかりました。やりましょう」

 

 そう頷きあうと、二人は行動を開始した。

 

 



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道に落ちてるものは全て武器として見よう。

ワートリ最新刊買って読んだら、鳩原先輩がいなくなったのは犬飼誕生日肉の翌日だそうで。今度からスクエア買います。色々と修正して来ます。


 加古隊の作戦室では、双葉がモニターを食い入るように眺めていた。映されているのは、陰山海斗vs風間隊。歌川を緊急脱出させた海斗は呑気に服屋を見て回っていた。

 

「すごい……界王様、また強くなってる……!」

「あの、双葉。前々から思ってたんだけど、界王様って何なの?」

「師匠がそう呼べって言ってたので」

 

 質問しておいてなんだが、考えるのを辞めた。どうせバカのバカな思い付きなのだろう。

 

「にしても、やるわね本当に。風間隊を相手に一人であそこまでやるなんて。まぁ、黒トリガーって本来、そういうものなんだけどね」

「? そうなんですか?」

「そうよ。基本的に、黒トリガーはどれも理不尽な物なの。私達が戦う天羽くんのなんてもっとすごいんだから」

「……界王様より、もっとですか?」

「ええ」

 

 少し、双葉はむすっとした。双葉の中では、界王様はボーダー最強だ。相手がどんな奴でも絶対に負けない。色んな屁理屈と言い訳を捏ねて自分の中で無理矢理勝ちにしてしまう、全力の負けず嫌いだ。

 あれ? それ最強と違くない? まぁ良いや、とにかく私の中では最強だ、と言い聞かせた。

 

「でも、風間さんも簡単には勝ちを譲らないと思うけどね。あの人も中々に負けず嫌いだし」

 

 加古があくまで楽しそうにニコニコしたまま言った。それを聞いて、双葉の表情は益々、むすっとした。

 

「でも、界王様は絶対に負けません」

「ふふ、そうね」

 

 真剣な表情でモニターを眺める双葉は、実に揶揄い甲斐がある。

 

「……さて、風間さんはどうするのかしらね」

 

 ×××

 

 黒トリガーを手に持ちながら、海斗は服屋を見て回った。置いてある商品は全て同じようなものばかりなのだが、それでもキチンと一着ずつ作られている辺り、開発室の皆さんは割とバカなんじゃないかな、と思ったりもした。いくらなんでもディテールをこだわり過ぎている。実際の戦闘でも、これらのスーツで目眩しとかも可能ではあるのだろうが、にしてもわざわざここまでリアリティを追求する理由が分からない。

 そんな話はさておき、改めて黒トリガーというものを思い知った。風間隊をああも簡単にあしらえるとは思わなかった。まず、ブレードが使いやすい。軽いし斬れるし、どんな風にでも操れる。

 何より、トリガーの切り替えの必要がないから、生身の戦闘と感覚が一番似ている。正面からの殴り合い、己の直感と運動能力だけをフルに活かし、戦える。殴る瞬間にスコーピオン起動とか面倒なことをしなくて良いのがとても良い。

 やはり、喧嘩は肌で感じねえとなーなんて考えてると、なんか良い感じの服を見つけた。二宮隊のような黒いスーツだ。

 

「……」

 

 自分の身体に当てて、鏡を見てみる。二宮隊もホストの集まりに見えるが、自分の場合は怪しいキャッチに見える始末だった。

 しかし、他の人の感性は違うかもしれない。

 

「綾辻ー、似合う?」

『怪しいキャッチみたい』

「だよね知ってた」

『えー、そう? 俺は結構、似合うと思うけど』

『ああ。目付きの悪さが際立ってるだけで、普通に似合ってるぞ』

「マジか、佐鳥。嵐山」

 

 ちなみに、木虎は完無視を決め込んでいる。

 

『でも、良いの? 陰山くん。さっきから風間さん達は他のフロアを動き回ってるけど』

「良いだろ、別に。仕掛けて来ないなら、俺はのんびりしてるだけだ。……あ、こっちのスーツも良いかも。グレーとかどう?」

『それは合わない』

『黒のが良いですよ』

『俺もそう思う』

「……それ、俺の内心的な話をしてるんじゃないだろうな」

 

 なんて、嵐山隊のメンバーを巻き込んでスーツを選んでる時だ。鏡の後ろから、デッカいソファーが飛んで来た。

 

「うおっ……!」

 

 慌てて回避すると、ソファーの上に風間が乗っているのが見えた。思いの外、簡単に距離を詰められてしまったが、近距離での殴り合いも大歓迎だ。

 ソファーに気を奪われていると、急な通信が耳に響く。

 

『菊地原くんが来てる!』

 

 ソファーを投げた本人が背後から一気に距離を詰めてくる。風刃を放っても良いが、ソファーに乗ってきた風間が背後にいるため、両サイドに気を回さなければならない。

 そのため、風間に一発、風刃を放ちつつ、菊地原に接近した。風刃のブレードと、菊地原の裂かれた左腕からサーベルのように生やしたスコーピオンがぶつかり合い、右手のスコーピオンで斬りつける。

 それをブレードを握ってない左手で抑えると、菊地原の足を払って転ばせる。顔面に向かってブレードを突き刺そうとした時、ソファーが横から飛んできて大きく吹っ飛ばされる。

 菊地原の横に風間が着地した。

 

『無事か?』

『はい。一応、ダメージは受けてないです』

『頼むぞ。こちらの準備が終わるまで、なるべく引き付けろ』

『了解です』

 

 そう言うと、またソファーが飛んできた。それを菊地原が真っ二つに裂くと、両断された間からのんびりと歩いてくる海斗の姿が見えた。

 

「おーい、風間隊は椅子を投げるのが好きなのか? ソファーは座るもんでキャッチボールするもんじゃねえぞ」

「口が回るな、陰山。歌川を落としたってだけで調子に乗っているのか? 半人前め」

「ていうか、君だって投げ返してるじゃん」

「目には目を、歯には歯を、ソファーにはソファーを。俺の流儀だ」

「なら、スコーピオンにはスコーピオンを、だ。ノーマルトリガーに変えても良いんだぞ?」

「……確かに」

「いやいや、納得しちゃダメでしょ。風間さん、こいつバカなんだから下手なこと言わないで下さいよ」

「よっしゃ。まずは菊地原。テメーから殺す」

「やってみなよ」

 

 そう言うと、菊地原が先頭に、風間が続いて突撃する。海斗は遠隔斬撃を使わず、ブレードのまま構えた。

 菊地原と正面から撃ち合っている間に、風間が背後に回って来るので、その攻撃を回避しつつ菊地原の背後に回り込んで同士討ちを狙うが、ボーダートップのアタッカーの連携をモノにしているだけあって、簡単にはいかない。風間が上手く立ち回り、菊地原をカバーして同士討ちを回避している。

 しかし、そんな二人の様子に対し、海斗は違和感を覚えた。まず、風間が主体ではなく菊地原が正面を引き受けている事。黒トリガーを相手にして正面を引き受けるのは、一番腕が立つ奴のはずだ。

 それに追加し、風間の攻撃のタイミングは自分の背後を取った時だけだ。隙を突くのなら当然だが、直感的に他に理由がある気がした。他にも、背後を取る時、物音はしないし、回り込む速度も徐々に早くなっている。

 不可解な点が多いため、自分の視界から風間が消えた直後、とりあえず背後に風刃を放ってみた。

 

「! 風間さん!」

「チッ……!」

 

 目の前の菊地原を蹴り飛ばして距離を置かせ、後ろを振り向くと、風刃の一撃を回避した風間の周りを見て、海斗は眉間にしわを寄せた。

 

「……なるほど、そういうことか」

 

 気が付けば、店内には大量のワイヤーが敷かれていた。蜘蛛の巣に迷い込んだように、天井や壁、商品などを結ぶように薄く細いワイヤーが敷き詰められている。

 機動力と物音がしなくなった理由はこれだ。風間の手元には、ワイヤーを張るオプショントリガー、スパイダーが浮かべられていた。

 ステルスが効かない相手に対し、風間は自分達のアタッカー同士の連携をさらに高めることにした。スパイダーを上手く用いて、速さでゴリ押しする戦法だ。

 相当、繊細で緻密な連携を要求させるが、ボーダートップのアタッカーチームに、それくらい不可能ではない。

 

「やるぞ、菊地原」

「了解」

 

 そこから風間隊の二人は、ワイヤーを足場にして海斗の周りを二人で回りつつ、スコーピオンで斬りかかる。

 ヤンキー時代の経験で反射神経が異様に飛び抜けている海斗でも、反撃の隙が無かった。

 ならば、打つ手は一つだ。風刃の尾を、静かに唸らせる。

 

「オラッ!」

 

 高速で刃を振るい、四方向に斬撃を飛ばした。服屋の天井、壁、床を全て薙ぎ払い、ワイヤーを削ぎ落とした。服屋の周り一体が一気に大広間となったが、海斗は眉間にしわを寄せた。

 ワイヤーが張られていたのは、服屋だけではない。服屋のフロアと上の階と下の階、全てにワイヤーが張られていた。

 自分達の所に攻め込む前に動き回っていたのはこのためか、と、口笛を鳴らした。よくもまぁこんなに張ったものだと思う。

 それと共に、厄介だとも思った。風刃の残弾は五発。トータルで3フロア分のワイヤーを削ぎ落とせるほど残っていない。

 なら、ここで決めるしかない。相手にとって有利になるワイヤーだが、海斗にとっても有利になる。

 

「……上等だ」

 

 風間と菊地原は、下のフロアに落ちた海斗を見下ろしている。宙に浮いて見えるのは、ワイヤーを足場にしているからだろう。

 その二人に対し、海斗は珍しく構えた。喧嘩の前は自然体でいることが多い海斗が。斬撃は温存する気なのだろう。

 

『どうします? ここで決める気みたいですよ、あの人』

『受けて立つに決まっている』

『ですよね』

 

 いつになく、風間の声には熱がこもっていた。どうやら、柄にもなく熱くなっているようだ。

 そもそも、風間が他のフロアにもワイヤーを仕掛けられたのは、海斗が歌川を倒した後に追撃してこなかったお陰であり、スーツを選んでいた所為だ。

 そんなナメプ、風間は絶対に許さない。勝っても負けても、あとでボコボコにする。

 

『しかし、下手な攻撃はするな。奴はノーマルトリガーの時からカウンタータイプだ。気の無い攻撃はサイドエフェクトによって見抜かれ、簡単に反撃をもらうぞ』

『了解です』

『三上、菊地原の耳をリンクしろ。奴はトリオン以外での攻撃を用いる。目だけでは追い切れない』

『了解です』

 

 さて、準備は整った。歌川がいれば、罠を仕掛ける事も出来たし、中距離戦の要にする事も可能だったから、万全とは言えない。

 それでも、風間はそんなものを言い訳にするつもりはなかった。

 

「行くぞ」

「了解」

 

 ワイヤーを踏み台にし、一気にバカの懐に飛び込んだ。今度は主体は風間だ。正面から左手にスコーピオンを構えて突撃した。

 横に払うと、海斗はしゃがんで避けて立ち上がると共にアッパーを繰り出す。それを仰け反って回避し、右手スコーピオンを振り下ろす。

 自分の顔面に振り下ろされて来るスコーピオンを、海斗はブレードで斬り上げて叩き合った。

 宙を舞う折れたスコーピオンが消える前に、風間は先端をキャッチして海斗に投げ付けた。

 悪くない攻撃だが、あまりに仕留める気がない色を放っている一撃だ。首を横に捻るだけで回避すると、直感的にしゃがんだ。

 直後、自分の頭上を風間に投げられたスコーピオンの破片が通る。後ろに回った菊地原が、スコーピオンの剣身で跳ね返したのだ。

 簡単に挟まれてしまったものの、海斗の表情に焦りはない。前後から来る同時斬りを、背後の菊地原の一撃をブレードで、正面からの風間の一撃を手首に手刀を放ち、握力を一時的に抜せてスコーピオンを手放させると、落下するスコーピオンの柄を蹴り上げて、風間の掴んでいない方の腕に突き刺すと、風間の顔面に頭突きを叩き込んだ。

 

「ッ……!」

 

 後ろから菊地原が自分の腹に反対側のスコーピオンで背中から突き刺したがまるで無視し、頭突きが直撃して後方に姿勢を崩した風間の胸倉を掴んで強引に後ろの菊地原に叩き付けた。

 

「グッ……!」

 

 風間の身体が直撃した菊地原は、殴り飛ばされる直前に海斗の腹を横に斬り裂き、大きくトリオンを漏出させる。

 海斗は自分の脇腹から漏れ出すトリオンを抑えながら後方に跳んで距離を取った。

 

「すみません、風間さん。浅かったです」

「奴は元々、しぶとく生き残るのも上手い。一撃で仕留めるんじゃなく、トリオン切れを狙うつもりで攻撃を当てろ」

 

 壁に叩きつけられた風間隊だが、すぐに姿勢を整え、壁を蹴って突撃した。ワイヤーとワイヤーの上を移動し、引き気味に移動する海斗を襲撃する。

 

「おいおい、少しは休ませろよ。こっちは背中を刺されたばっかだぞ」

「菊地原、回り込め。奴の意識を散らせ」

「了解」

 

 軽口に付き合うつもりはなかった。崩落した服屋の床と一個下のフロアの狭間で、ワイヤーを用いて空中戦を始めた。

 風間と菊地原が上手くワイヤーを使うのを見て、海斗も同じようにワイヤーを踏み台にして、二人と渡り合っていた。だが、押しているのは風間隊の方だ。

 風間隊はワイヤーでの戦法をそれなりに使っていたが、海斗は初見のため、2人よりも踏み台を上手く使えていない。

 その上、風間隊の二人は高速で動き回るため、風刃を飛ばそうにも当たらない可能性の方が高い。

 直撃は受けていないものの、ブレードの先端が徐々に掠りつつあり、トリオンが少しずつ漏れ出している。

 

「クソが……!」

 

 奥歯を噛み締め、廻りを飛び回る二人を睨みつけた。

 

 ×××

 

「……なるほど、スパイダーか。流石、風間さんだね」

 

 北添が戦闘の様子を見ながら、顎に手を当てた。風刃の性能は大体、把握出来たので、あとはどのように戦うかを検証しなければならない。

 その隣で見てる光、絵馬もウンウンと頷きながらつぶやいた。

 

「だなー。確か、海斗の奴、サイドエフェクトでカメレオンが効かないんだろ?」

「それを見事に補ってるよね。風刃の性能も上手い事、封じてるし」

 

 空中戦にすることによって、風刃の命中精度を下げているのと、ワイヤーを切った所で自分に旨味がないのだ。

 戦闘の様子を眺めながら、北添が自分の顎に手を当てて唸る。

 

「さて、うちならどう戦うかだね」

「大丈夫じゃない? ゾエさんがいるから中距離と近距離でカバーし合えば」

「いつも通りって事だな」

「でも、ちゃんとあの斬撃を見切らないと、真っ先に死ぬのもゾエさんだよ」

「え、マジ? ゾエさん怖い」

「ユズルもだぞー。一発でも撃って方向だけでも見つかったら、海斗のサイドエフェクトで位置割れて斬撃飛んで来て終わりだからな」

「え、マジ? エマさん怖い」

「ユズル、今日機嫌かなり良い?」

 

 なんて呑気な会話ながらも中身はそれなりに真面目な作戦会議をしている中、真ん中で座っている影浦はつまらなさそうにモニターを眺めていた。その表情は明らかに不機嫌だ。

 今更、影浦の機嫌が損ねるのに恐る影浦隊のメンバーなので、だからと言って作戦会議を止める事はなかったが、影浦の漏らした呟きで、口が止まった。

 

「チッ……何やってやがる、あのバカ。俺の部隊以外に負けんじゃねえよ……!」

「「「……」」」

 

 一気にシンとなった作戦室から、明らかな不愉快な視線が突き刺さるのを感じた影浦は、ハッとなって後ろを振り向いた。

 ゾエさんと光、さらにユズルまでもが腹立たしい笑みを浮かべていた。

 

「テメェら……なんだコラァッ⁉︎」

「いや、カゲがベジータみたいなこと言い出したから」

「ベジータ? どちらかというとアタシは緑間っぽかったな」

「どっちも似たようなもんでしょ。カゲさん、ツンデレライバルポジだったの?」

「テメェら……! ブッ殺す‼︎」

 

 作戦室で鬼ごっこが始まった。

 

 ×××

 

 シャレになってない、と海斗は奥歯を噛みながら粘るしかなかった。さて、どうしようか。

 正直、ワイヤーを掻い潜って逃げるのも手だ。残った風刃は五発のままだ。やろうと思えば逃げ切れる。

 しかし、撤退は嫌だ。なんか負けた気がするし。なら、なんとかするしかない。二人の猛攻を凌ぎながら、辺りを見回した。

 

「武器になるものなど無いぞ」

 

 背後から聞こえた低い声に、ゾクッと背筋が伸びる。慌てて空中で身をよじって、背後に廻し蹴りを放つが、それを腕でガードされると、自分の胸に反対側の腕で突きを放たれた。

 ブレードを棟前で構えたが、迫ってくるスコーピオンの刃は、二手に分かれていた。

 

「テメッ……‼︎」

 

 防御代わりに構えられたブレードを見事に避け、海斗の胸に突き刺さる。喰らった部位は、トリオン供給器官の真横だ。

 良いのが入り、さらにトリオンが胸から吹き出す。さらに深く押し込まれる前に、ブレードを回転させてスコーピオンをへし折りながら抜き、近くのワイヤーを掴んで風刃の残弾を一発使って切り、移動した。

 

「逃がさないよ」

 

 しかし、別方向から菊地原が迫る。海斗がワイヤーにぶら下がる形、つまり自由落下で移動するのに対し、菊地原はワイヤーを足場にして自分の意思で接近してくる。

 そんな中、海斗の視界を巡らせた先は、菊地原が自分の元に到達するまでのワイヤーの数と位置と、自分の手の中に握られているワイヤーが突き刺さっている物だ。

 行ける、そう判断した直後、海斗は風刃を二発解き放った。

 菊地原にも風間にも、風の刃は飛んで来ていない。菊地原が怪訝そうに眉間にしわを寄せた直後、意図を察した風間が菊地原に叫んだ。

 

「菊地原、足場だ‼︎」

 

 そう言う通り、菊地原が足場にしようとしたワイヤーは切断されている。それが切れたらその真下を、と使えそうな下の足場も全て。

 いくらトリオン体でも、空を飛ぶ事はできない。グラスホッパーでもない限りは無防備になる。

 その菊地原に対し、風間はスパイダーを飛ばした。自分で身動きが取れないなら、他人が引き上げれば良い。菊地原も、そのワイヤーに対して手を伸ばす。

 だが、視界が黒い物体によって遮られる。

 海斗の二発目の斬撃の正体は、自分が握るワイヤーの先に刺さっている壁を削ぎ落としたものだった。

 それを引っ張り、菊地原に向けて落としたのだ。

 手に持ってるワイヤーが繋がっている壁を削ぎ落としたという事は、海斗に待っているのも自由落下だ。

 制御の効かない空中にいる海斗は、そのまま落下して菊地原に向かってブレードを突き刺せるよう、風刃を逆手に握った。

 その隙を風間が逃すはずがなかった。ワイヤーの上を移動して海斗まで距離を詰め、斬りかかった。

 海斗も風間の行動は読めていた。空中で身動きが取れないまま、風間の攻撃を回避し、胸倉を掴んで引き寄せた。

 直後、掴んだ胸倉からブレードが伸び、海斗の左腕を落とす。それも気にせず、海斗はブレードを振るって風間の右太腿にブレードを刺し、固定するとオーバーヘッドシュートのように宙返りしながら蹴りを叩き込んだ。

 蹴り飛ばされ、一気に床まで落下する風間だが、海斗も自由落下した為、身動きが取れずに床に落ちた。

 

「チッ……!」

 

 すぐに受け身を取り、落下している風間を見据える。片足を太ももから失った風間は、しゃがんだまま身動きが取れない。

 ここだ、と海斗は走りながら風刃を構えた。残弾、残り二発。風間の脚は千切れている。風刃一発ならともかく、二発はシールドじゃ防げない。つまり、逃げられない。

 風刃を二発、解放し、左右から曲線を描くように風の刃が風間に迫る。さらに、正面からは海斗がブレード本体を握って突撃して来ている。

 風間は直感的に思った。ここで自分は落ちる、と。しかし、だからこそ簡単に落ちるわけにはいかなかった。

 カウンター狙いで、両手にスコーピオンを構える。そして、海斗と風間のブレードが交差する直前──ー。

 

 ──ードスッ、と。海斗の背中に刃が突き刺さった。

 

「……は?」

 

 振り返ると、菊地原が自分の背中にスコーピオンを刺していた。目の前では、風刃に切り裂かれる直前の風間が、ニヤリと薄く微笑んでいた。

 

「……お前、菊地原のこと忘れてただろ」

「……忘れてた」

 

 菊地原のブレードは、海斗のトリオン供給器官を見事に貫通していた。

 決着はついた。

 

 



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友達は少ないけど敵は多い。

 影浦雅人は廊下を歩いていた。モニター越しで見ていても分かった。あのバカ、菊地原の存在を忘れてたな、と。瓦礫を落としただけでトリオン体を倒せるわけがないのに。

 こんなアホな負け方したライバル、煽らずして何をすれば良いのか。といった具合である。目の前で笑い転げてやる、とほくそ笑みながら移動していた。

 風間蒼也と三上歌歩も、同様に廊下を歩いていた。メダルゲームとスーツに加え、そもそも歌川を落とした後、すぐに追撃して来ていれば戦闘の結果はどうなっていたか分からない。

 要するに、舐められていたのだ。勿論、殴り合いにおいては真剣だったが、戦闘は直接の斬り合いだけではない。今日はこってり絞ってやるつもりだ。

 黒江双葉は、廊下を走っていた。バカ師匠が負けた。というのは割と負けることも多いので置いておいて、あの負け方は弟子として情けない、というのでも無く、試合中に試着していたスーツ姿がカッコ良かっただけである。双葉的には。

 だから、とにかくそれに関して何か言おうと思っての行動だった。

 で、風刃組のブースで四名は鉢合わせしたわけで。影浦、風間と三上、双葉の三組は三者三様の感情を海斗に向けて集っていた。

 

「あ?」

「む?」

「ん?」

 

 声を漏らすなり、風間と影浦は海斗のサイドエフェクトで言う、赤色のオーラを出した。要するに「俺の要件が先だ、お前らは引っ込め」という事だろう。

 唯一の女の子であり中学生の双葉が黙り込むしかない程度には空気が悪かった。

 

「三上」

「了解です」

 

 名前を呼ばれただけで指示を理解した三上は双葉の方に歩み寄り、頭を撫でてあげた。

 

「お疲れ様、双葉ちゃん」

「み、三上先輩、お疲れ様です」

「ごめんね、風間さん。陰山くんに用事があるみたいだから。後でも良いかな? 飲み物奢るから」

 

 と、上手い具合に懐柔する三上を他所に、風間は影浦を睨む。

 

「そういうわけだ。お前も下がれ」

「あ? そりゃ意味が分からねえな。俺の方が早かっただろ」

「いや同時だ。そもそもお前は明日、試合だろう。今のうちに作戦室に戻りログでも見直しておいた方が良いんじゃないか?」

「そりゃこっちのセリフだ。入隊して一年経たないバカ相手に随分手こずってたじゃねぇか。連携の見直しでもして来たらどうだ?」

「戦闘直後にやった所で疲れで頭に入らない。歌川と菊地原には休ませてある。むしろ、休んでいる間でなければ、バカに割く時間はない。譲れ」

「なら、お前も一緒に休めば良いじゃねえか。20超えたオッさんにはかなり疲れが響いて来てんじゃねえのか?」

 

 お互いに譲らない。なら、話は簡単だ。二人はお互いに拳を引き、眉間にしわを寄せた。

 

「「最初はグー!」」

 

 そう、ジャンケンである。

 

「「ジャン、ケンッ、ポ」」

「うるせえええええ‼︎ 人が恥ずかしさに悶えてんのが分かんねえのかあああああああああ‼︎」

 

 生身の海斗のドロップキックが二人の顔面に炸裂した。トリオン体でなければ即死だった。

 壁に叩きつけられる二人だが、トリオン体なのでダメージはない。しかし、顔面を蹴られれば腹立つことに変わりはない。

 

「何しやがんだクソがコラァッ‼︎」

「先輩に向かってその態度か。覚悟出来てるんだろうな、陰山?」

「うるせーよ! 人が余裕かまして負けた試合の後にわざわざご挨拶に来る腐れ外道どもが態度だなんだと説教すんじゃねえよ!」

「俺は説教じゃねえよ! 煽りに来てやっただけだボケ‼︎」

「尚更悪ぃんだよクソチリチリ頭が‼︎」

 

 と、一気に三つ巴になる三人。その様子をぼんやりと眺めるのは、ブースの中でぼんち揚を呑気にボリボリと齧る迅悠一だ。こうなる未来は見えていたが、海斗を止める手立てが一切、無かったため、逆に落ち着いていられた。

 海斗と影浦はともかく、風間が言い争いをするのは珍しいので、もうしばらく見学していることにした。

 

「大体、お前が悪いだろう。戦闘さえ真面目にやれば良いというわけではない。模擬戦は動きの一つ一つ全てが重要になる。メダルゲームやらスーツの合わせやらやってる場合ではない」

「うるせえよ! んな事ァ、俺が一番わかってんだよチビ!」

「……また教育が必要か? 先輩に向かってその口の利き方を何度、矯正されれば気が済む?」

「アア⁉︎ いつまでもテメェが上だと思ってんじゃねーぞコラ。目線はいつまで経っても下の癖によ!」

「……良い度胸だ。ブースに戻れ」

「待てコラ! 海斗と先にやんのは俺だ!」

「いや、お前との戦闘は禁止されてんだろ」

 

 と、肉体言語に移りそうになったので、流石に口を挟むことにした。戦うのは勝手だが、唯一、戦闘にならない用事の子がいたので、そっちに回してあげることにした。

 

「あれ? 黒江ちゃんも海斗に用事?」

「! は、はい!」

 

 それにより、海斗の意識はスパルタチビでもチリチリライバルでもなく可愛い弟子に移った。

 

「おう。どうした双葉! お師匠さんに何か用かい⁉︎」

 

 さっきまでの喧嘩相手を、突然のガンスルーによって挑発しようと、口調を変えて双葉に接した。風間と影浦の額に青筋が立つが、そんなのどこ吹く風。完無視を決め込んで双葉に接した。

 すると、双葉は頬を赤らめながらポツリと呟くように言った。

 

「その……界王様のスーツ姿、とてもカッコ良かったのでまた見せて欲しいです!」

「はぁ? ……あ」

 

 スーツ、から連想されたのは、余裕をぶっこいて負けたという事実だ。しかもそれを無邪気な弟子に言われてしまった。

 他意がないのは分かっているが、恥ずかしい事には変わりがない。元々、ドロップキックをバカ二人にかましたのはあまりの恥ずかしさに悶えている時にピーコラピーコラ喧しくされたからだ。

 気が付けば、風間も影浦も笑いを堪えている。

 

「界王様?」

「……」

 

 不安げな表情で海斗を見上げる双葉。それがまた辛かった。もうこうなったら、一刻も早く今日の記憶を消すしかない。

 そのための最終手段に出た。双葉の両肩にガッと手を置いた。

 かつてない力強さに肩を震わせた双葉は、少しドキッと心臓の音を鳴らしながらも、恐る恐る目の前のバカな師匠に聞いてみた。

 

「あ、あの……界王様? 何か……」

「…………れ」

「へ?」

「……加古さんの炒飯、食わせてくれ……‼︎」

「⁉︎」

 

 唐突にありえない頼みがきて、今度はあからさまに狼狽えてしまった。頭がどうかしてしまったのだろうか? と不安になる程度には狼狽えるしかない。

 

「か、海斗先輩⁉︎ どうかしたんですか⁉︎」

「界王様だ!」

「か、界王様……あの、どうかなさったのですか?」

「いいから早く! この気持ちが狼狽える前に早くあのキチガイ炒飯モンスターの元へ連れて行け!」

「いくら界王様でも、私の隊長をそう言う呼び方は許しません」

「アッハイ」

 

 なんかイマイチ、冷静なのか冷静じゃないのかわからなかったが、とりあえず了承しておいた。自分の作戦室で、師匠とご飯を食べるというのは悪くないシチュエーションだからだ。

 

「分かりました。では、行きましょう」

 

 そう言って、二人で移動を始めた。何があったのか分からないが、キチガイ炒飯モンスターとまで揶揄した相手の炒飯を食べるなど正気ではない。今度でいいやと思う事にした。

 

 ×××

 

 加古隊作戦室に向かう途中、海斗は異様にウキウキしていた。この恥ずかしい記憶を削除出来ると思えば、加古の炒飯だって食戟のソーマである。

 そのためにも、加古には激烈クソマズ黒魔術を披露してもらわねばならない。リクエストとか聞いてくれるのだろうか。その辺は双葉に確認したいが、今はまださっきの敗北の恥ずかしさが勝ってしまっていて、下手に口は開けない。何を言ってもさっきの試合の話をされてしまう気がするからだ。

 

「……」

 

 というか、師匠として情けない姿を見せてしまった。まさか負けるとは思わなんだ。あれだけ優勢に戦っていたのが、コイたお陰であっさりと形成逆転されてしまった。いい加減、調子に乗る癖を治したいものだ。

 この癖が弟子に移らないか心配だが、まぁ双葉はコくタイプではないので大丈夫だろう。

 とにかく、今は加古の黒魔術炒飯を楽しみに待つしかない。

 

「……」

 

 一方、双葉は。海斗の隣を歩きながらソワソワしていた。今日の試合の話をしたいが、何故か話しかけづらいオーラが出てしまっている。

 しかし、それはご飯中にとっておけば良いだろう。今は、炒飯のことを考えなければならない。別に、胃薬を用意しておくわけではない。眠ってしまった時のための毛布の準備でもない。デリカシー皆無師匠の口から飛び出す暴言を抑える口実づくりでもない。

 今回の炒飯は、自分も一緒に作り、海斗を助けると共に、ご褒美にスーツを着てもらうつもりだ。

 そのための、炒飯の具を考えておく必要があった。なるべく変なもの、ジャムやらフルーツは入れないようにし、何なら海斗のリクエストも受けるつもりでいないとダメだ。

 

「……ふふっ♪」

 

 なんだか色々と楽しみになって来て、思わず笑いが漏れてしまった。何がどうして炒飯を食べたいなんて言い出したのかわからないが、せっかくなら美味しいと言ってもらいたいし。

 各々が全く通じ合っていない望みをかけながら、作戦室に足を踏み入れた。中に入ると、加古が食材を揃えていた。

 

「あら、双葉と……陰山くん? どうしたの?」

「加古さんの炒飯が食べたくて」

「あら! 本当に⁉︎」

 

 ただでさえモデルに見える美人な顔が、さらに綺麗に咲き誇った。とても嬉しいことを言われてしまった。堤や太刀川にご馳走することもあるが、自分から食べたいなんて言ってくれた事はなかった。

 まさか、こんな所に可愛い後輩がいるとは。影浦のようにファントムババァとまでは言わないまでも、生意気な子だと思っていたが、そんな事はなかった。炒飯好きならみんな友達である。

 

「嬉しいこと言ってくれるわね! じゃあ、今日も腕をふるっちゃおうかしら♪」

「是非頼む。意識どころか記憶も正気もなにもかも一発でお持ち帰りテイクアウト出来そうなのを」

「それほど美味しいのを作れってことね? 任せなさい」

 

 悲しいほどに噛み合った会話だった。双葉もウンウンと頷いている。自分の隊長と師匠が仲良くしているのを見るのは、やはり嬉しいものだ。

 

「じゃ、すぐに作っちゃうから。待っててね?」

「あ、加古さん。せっかくなんでリクエストとか良いですか?」

「もちろんよ? あるものならなんでも良いわ」

 

 更に予想外の言葉だったが、考えてみれば当然な選択だ。加古の炒飯の腕前はかなりのものだ。具がアレなだけで。

 つまり、海斗は美味いものが食いたいのだ、と双葉は解釈した。それなら、むしろ自分は手を出さない方が良いのかとさえ思った。

 そんな双葉の気も知らない海斗は、顎に手を当てて、まず一つ目の食材を声に出した。

 

「焼きそば」

「……はい?」

 

 食材ですらなかった。まさかのセリフに双葉どころか加古も一瞬、口が止まるが、海斗は続けて言った。

 

「それから味噌汁」

「汁物?」

 

 どうやって炒めるというのだろう、本気で頭おかしくなったのかな? と双葉が割と本気で心配し始めているにも関わらず、海斗は最後のリクエストを答えた。

 

「あとはー……あれだ。鯖缶」

「良いわよ! 面白そう! 全部あるから!」

「……」

 

 海斗の凶行の理由は分からない。しかし、これだけは分かる。この人、ヤケになってる。

 でも、これだけウキウキしちゃってる隊長に「普通の炒飯にしませんか?」とは言えなかった。

 

「じゃあ、机のとこで座って待っててね。ちゃちゃっと作って来ちゃうから」

「あーい」

 

 そう言って台所に引っ込む加古の後を、双葉はひょこひょことついて行った。

 まるでピ○チュウ版のような双葉に気付いた加古は、同性からでも見惚れてしまうような笑みをこぼした。

 

「あら、どうしたの? 双葉」

「私もお手伝いします」

「良いわね。頑張って界王様のご飯、作りましょうか」

「はい」

 

 そう言って、二人で料理を始めた。双葉の目論見はもちろん、美味しいとまで言わないまでも、それなりのものを作って海斗に何があったのかを聞き出す事だった。

 

「……頑張ります……!」

「ふふっ……♪ そうね、頑張りましょうか」

 

 ×××

 

 会議室では、忍田が戦闘の記録を見直していた。風間隊vs陰山海斗の戦闘だ。

 今回の遠征選抜メンバーの選抜試験は他に狙いがあり、陰山海斗がどれだけ黒トリガーを使いこなせているかを見る為のものだ。

 そして、それを見極めるのに、風間にも陰山のテストを見てもらうため、わざわざ選抜試験を作って二人をぶつけたわけだ。ちょうど、二ヶ月ほど前に遠征選抜試験を実施したが、二宮隊の狙撃手が人を撃てなかったため合格を取り消しにし、遠征部隊を選び直しになっていた所だ。

 戦闘の様子を眺めていると、ノックの音が室内に響いた。

 

「風間です」

「ああ、待っていた。入ってくれ」

「失礼します」

 

 今日の報告を待っていた所だ。とりあえず、椅子をすすめて向かい合うように座らせ、まずは労いの言葉をかけた。

 

「戦闘終了直後だというのに済まないな」

「いえ、問題ありません」

 

 短く端的に答える風間を見て、相変わらずタフな奴だと感心する。目の前の小柄な男が疲弊しているところは、ここ最近見ていない。

 しかし、表に出さないだけで疲れてはいると思うので、話は早めに済ますことにした。

 

「それで、早速だが……どうだった? 陰山の風刃は」

「そうですね……戦闘力そのものは驚異の一言でした。風刃はブレードの性能もかなり高く、それを最大限に活かした上に、遠、中距離にも対応可能になり、サイドエフェクトにより一度遭遇すれば無限に敵を索敵出来るため、抜群の相性と言えるでしょう」

 

 風間にここまで言わせるとは、やはり相当激しい戦闘だったのだろう。実際、風間も最後は落とされ、瓦礫の中でバッグワームを羽織った菊地原がギリギリトドメを刺して勝利した形だ。

 しかし、そこから風間は「ですが」と言葉を継いだ。

 

「圧倒的に頭と精神力が足りません。それ故、退屈になれば遊び始め、敵を思うように蹂躙できれば調子に乗り、結果、逆転負けする。菊地原の存在を忘れていたにしても、忘れるのが早すぎます」

「君も、そう思ったか……」

「はい。ハッキリ言えば、思慮の浅いものに強大な力を与えるのは危険と言わざるを得ません」

 

 厳しい意見だが、全くその通りだ。忍田も同じような事を考えていた。

 

「……では、結論は出たな。陰山は、風刃候補から外す」

「どの道、迅が手放すような時は来ないでしょう。次期風刃候補に関しては、しばらく保留にしましょう」

「私は、君が候補となっても良いと思っているが?」

「いえ、自分はまだ風間隊を解散するつもりはありません」

 

 はっきりとした拒絶だった。まぁ、忍田としてもそこまで強制するつもりはない。また1から決め直しになるだけだ。風間の言う通り、今すぐ決めなければならない問題でもない。

 さて、それと共に問題児の所属先も決まった。圧倒的に頭が足りないのなら、頭を補えば良い。

 忍田はスマホを取り出し、海斗のスマホにかけた。

 

 ×××

 

 加古隊作戦室では、炒飯が完成していた。用意されているのはどういうわけか海斗の分だけだが、今の海斗にはそんなもの関係ない。この美味そうなのが逆に怖い炒飯を食べ、記憶も何もかもすべてダストシュートに流星のダンクをぶち込めればそれで良い。

 

「いただきまーす!」

「どうぞ、召し上がれ」

 

 元気良く一口食べると、海斗は目を見開いた。

 

「……え、美味い?」

 

 ドユコト? と、眉間にシワが寄る。なんで普通に美味いの? みたいな。

 

「あら、ほんと? 良かったわ」

 

 しかし、元々美味いものを作るつもりだった加古はニコニコ微笑んでいる。とても嬉しい一言だった。

 

「え……あの、なんで? 味噌汁入れたんだよね? もっとグッチャグチャになるんじゃ……」

「双葉がね? お味噌汁ってお味噌汁の素って意味なんじゃないかって解読してくれたのよ。それなら、ベチャベチャになることもなく、お味噌汁の風味を出せるでしょ?」

「焼きそばは? 炭水化物に炭水化物な上、米と一緒に炒めたりなんてしたら……」

「双葉がね、ご○盛りのカップ塩焼きそばは脂が濃すぎて単体で食べるには異様に喉乾くから、あれを湯ギリしてから一緒にって」

「……鯖缶は? あんなもん炒めたら生臭さで……」

「生姜を加えれば臭みを消せるのよ」

 

 見事に。見事に海斗の選んだ食材のウィークポイントを潰していた。それと共に、海斗は双葉に視線を移す。どういうわけか、ニコニコと嬉しそうに微笑んでいた。

 まさか、自分が気絶しようとしているのを止めてくれた、とでもいうのだろうか? 確かに、冷静になってみれば、コいてた自分が悪いってだけで、別にここまで大袈裟に恥ずかしがる事はない。

 そもそも、あの風間隊を相手にコいてる状態で半壊させてやったのだ。次はキッチリと作戦を考えれば確実に勝てる。次があるのかは知らんが。

 下手をすれば致死性すらある加古の炒飯を食べるとという自殺未遂を止めてくれたのだ。なんて師匠思いな弟子なのだろうか。

 感動のあまり、炒飯を勢い良く口の中にかっ込み、空になった皿を机の上に置いた。

 

「……双葉」

「? なんですか? 界王様」

「お前は最高の弟子だ」

「な、なんですか急に⁉︎」

 

 頬を赤く染める双葉だが、海斗は話を聞くタイプではない。双葉の頭に手を置き、撫でてあげながら力強く宣言した。

 

「蹴り技を教えてやる」

「本当ですか⁉︎」

「ああ。マジだ。だから……」

 

 何かを言おうとしたところで、不意に海斗の身体はよろめいた。後ろにひっくり返るように倒れ込み、そのまま目を閉ざした。

 

「界王様⁉︎」

 

 驚きのあまり体を揺するが、微動だにしない。急にどうしたのだろうか? まさか、不味さが後から回る炒飯だった? まさか、誠凛高校バスケ部監督でもあるまいに? 

 ふと加古の方を見ると、ニコニコ微笑んだまま毛布を運んできた。

 

「疲れで寝ちゃったのね」

「加古さん……あの、もしかしてリクエストされたもの以外に何か入れました?」

「ええ。面白い食材があったから隠し味に使ってみたの」

 

 そう言って加古が机の上に置いたのは、マーマイトだった。マーマイトはビールの醸造課程で増殖し、最後に沈殿堆積した酵母、つまりビールの酒粕を主原料とした、ビタミンBを多く含む食品である。

 本家はイギリス製のものだが、イギリスが本家と言っている時点で味はお察しである。

 

「……おやすみなさい、界王様」

 

 諦めて、眠った海斗の頭を撫でてあげると、海斗のズボンのポケットからゴトッとスマホが落ちた。ヴーッと震えており、メールを着信しているようだった。画面に表示されている名前は「忍田のおっさん」だった。

 

「加古さん」

「どうしましょうか?」

「運んであげた方が……」

「うーん……でも、流石に本部長に呼ばれているのに、寝たままっていうのは……」

「そうですよね」

「起こす?」

「いえ、それはやめておきましょう。可哀想なので」

 

 加古の隠し味と言う名の毒を盛られて完食して気絶した上、起こして本部長のお説教(おそらく)を受けるのは可哀想だ。

 しかし、上司からの呼び出しを無視するのもマズイ。いや、実際は呼び出しなのか内容を見ないと分からないが、連絡がある事には変わらない。

 

「仕方ないわね。私から忍田さんに連絡しておきましょう」

「それが良いですね」

 

 そう言うと、加古は忍田にメールを送った。

 

『お疲れ様です。

 陰山海斗は私の横で眠っているので連絡出来ないため、私がメールさせていただきました。

 用件があるのなら私が伝えますが、どうしましょう?』

 

 ×××

 

 会議室。風間が立ち去り、代わりに沢村が入ってきた部屋の中で、メールを開いた忍田は、思わず半眼になった。

 珍しいその表情に沢村は思わず尋ねた。

 

「どうしました?」

「いや……何か卑猥な事に……隊員達のプライベートを……いやしかし……」

 

 どうしたものか悩んだが、まぁ深くは聞かない事にした。加古望は勝手に人のメールを見るような人ではないし、画面に表示された件名から自分に連絡して来たのだろう、とすぐに推測出来た。

 まぁ、起きたら見てくれれば良い内容のため、加古にはお礼のメールを入れておいた。

 

「ふぅ……これで、一件落着か」

「でも、よろしかったのですか? 何かと揉めそうな気がするのですが……」

「問題ない。彼も引き受けてくれたし、陰山にとっても礼儀や戦術、戦略を学べるだろう」

「いえ、それはそうなのですが……これだと、B級の他の部隊が色々と苦労しそうな気もしますが……」

「それは……そうかもしれないが、それを乗り越えるのもランク戦だ」

 

 そう言いつつも、沢村は不安げに、もうメールを送ってしった忍田のスマホを見た。

 

『君の所属部隊が決まった。

 B級一位 二宮隊

 既に隊長には話を通してあるから、近いうちに挨拶に行くように。

 それと、明日以降の黒トリガーによる戦闘は迅と天羽のみで行うため、休みで構わない』

 

 簡潔な移動通知と、S級のクビ通知だった。

 

 



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フラグは狙いすました一閃であり、僅かな隙を逃さずに的確にクリティカルを発生させる一撃必殺である。

「なんか寝て起きたら1日の記憶が消えて二宮隊所属になってたんだけど、どういう事?」

「知らねーよ」

 

 夏休みに入り、ラウンジで出水に相談してみたものの、全く素っ気ない返事が返ってきた。

 実際、出水はそんな事知らないし知りたくもない。歳上とはいえ、二宮は自分が合成弾を教えた相手だ。師匠、なんて名乗るつもりはないが、それだけ二宮のことは知っている。

 そんな出水から言わせれば、忍田も随分な部隊にバカを放り込んだものだと思ってしまう。

 

「なんか分からないことだらけなんだよ。風間のとこと模擬戦したのは覚えてんだけど、なんか結果も朧げなんだよな……。しかも、目が覚めたの加古隊の作戦室だし」

「え、そうなのか? 何してた? ナニしてた?」

「や、それも正直、記憶が……」

「マジで⁉︎」

「多分、ないと思うけど」

「まぁ、俺もそうは思うけど」

 

 割と現実的だった。そもそも、二人とも童貞のため、猥談など盛り上がるものでもない。

 とりあえず、何かあったのか心配になりはしたので、聞いておいた。

 

「何お前、頭でも打った?」

「いや、そんなはずないと思うんだよね。トリオン体じゃ記憶は飛ばないし、生身で殴られるほど、俺に隙はないし」

「なんで生身の方が索敵値高ぇんだよ……」

 

 そこをツッコミつつ、出水は小さくため息をついた。

 

「ったく……でも、お前が二宮さんの下かぁ」

「なんだよ」

「いや、色々大変そうだなって」

「どういう意味だよ」

「だって、あの人、普通に気が強いしプライド高いし、お前とぶつかる未来しか見えねえよ」

「お前、俺のことどう思ってんの?」

 

 聞かれたものの、出水はサラッと流して続けた。

 

「それに、戦術を意識してる人だし、お前とは合わねえだろ」

「でも、良い人なんでしょ。結構、部下と一緒にいるところ見るし」

「まぁな。厳しい言い方をする事もあるけど、基本的には良い人だよ。たまに飯とか連れて行ってくれるし」

「マジで? めっちゃ良い人じゃん」

「ホント、タダメシに釣られやすいのなお前……。まぁ、でもあんま無礼なこと言うなよ」

「わーってるよ」

 

 そう返事をしつつ、コーヒーを飲み干した。さて、これから玉狛で小南と乱闘だ。約束はしていないけど、大体、玉狛にいるから問題ないだろう。

 伸びをする海斗に、向かいに座っている出水が、一応、確認するように聞いた。

 

「で、お前もう二宮さんに挨拶はしたのか?」

「あ? 挨拶? 今日はオフだし、任務の時で良いかなって」

「全然、わかってねえじゃねえか。これからお世話になるんだし、菓子折りなり何なり包んで持って行けよ」

「えー……」

「あからさまに嫌そうな顔すんな。この後、予定あんのか?」

「無いけど」

「なら、一緒に何買うか選んでやるから、持っていけよ」

「選んで買ってくれんの? サンキュー」

「何しれっと奢らせようとしてんだコラ。なわけねーだろ」

 

 そう言って、二人は街に出た。

 

 ×××

 

 二宮隊の作戦室は、基本的に片付いている。というより、物が少ないから片付けることもない。その上、それぞれが掃除していたりするから、むしろかなり綺麗な方だ。二宮が掃除してるとこに遭遇とかするとかなり気まずい。

 そんな作戦室では、銃手の犬飼澄晴と攻撃手の辻新之助とオペレーターの氷見亜季が揃っている。

 二宮隊で唯一、明るい性格の犬飼が今日も喧しく元気に辻に話しかけた。

 

「ねぇ、辻ちゃん辻ちゃん。聞いた?」

「今日、新しく入ってくる人の事ですか?」

「ありゃ、知ってたんだ」

 

 少し残念そうな声を出したものの、表情はいつもの飄々とした笑みのままだ。しかし、こう見えて銃手としてはかなりの腕前を持つ男で、B級でありながら香取隊銃手の若村を弟子に持っている。

 

「二宮さんに聞きましたから」

「どんな人だか聞いた?」

「いえ、それまでは」

「二宮さん、新入りの話のときすごい嫌そうな顔してたよね」

 

 隣から口を挟んだのは、氷見だった。落ち着いた様子で三人分のアイスティーを机に置く。

 

「ありがとう、ひゃみさん。二宮さんがそこまで露骨な拒否反応をするのなんて、加古さんくらいしか思い浮かばないんだけど……」

「加古さんだと良いね、辻ちゃん」

「そんなわけないでしょう……。それは俺がもたないです」

 

 辻は女性が苦手だ。まともに話せるのはチームメイトの氷見と、元チームメイトの鳩原未来だけだ。

 わざとらしく話を振ってくる犬飼に、辻は素っ気なく答えた。

 

「まぁ、加古隊が解散したなんて話は聞いてないし、違うと思うけど」

「うーん……じゃあ誰だろ。二宮さんが嫌がりそうな人、ねぇ……最近、C級から上がった子とか?」

「忍田さんから連絡が来て入隊することになったそうですし、あり得ない話ではないですね」

「でも、そんなすごい子いたかなぁ。少し前なら木虎ちゃんとか鋼くんとか緑川くんとか双葉ちゃんとかいたけど……」

 

 しかし、木虎は嵐山隊、村上は鈴鳴第一、緑川は草壁隊、双葉は加古隊……と、それぞれの所へ所属している。

 そこまでいって、辻は「あっ」と声を漏らした。そういえば、その辺に入隊した人の中でもう一人、すごい新人がいた。

 それによって、犬飼も氷見も理解したように少しだけ目を見開く。三人の頭に浮かんだのは、茶髪で目付きが悪く、トリオン隊の服がジーパンの少年だ。

 しかし、それだけはない、と確信した。だって一度、二宮と任務に出た事もあったが、その後の二宮は割と不機嫌だったし、聞いた話だとバムスターをぶん投げたりしていたそうだ。

 

「いやー、あの子はないよねー」

「そうですね、あの人はないです」

「うん、無い無い」

 

 あっはっはっはっ、と淡白な笑いが作戦室を包む中、コンコンとノックの音がした。

 

「あ、新入りの子かな?」

「かもしれませんね」

「私、出ますね」

 

 そういって氷見が立ち上がり、作戦室の扉を開くと、茶髪で目つきが悪くジーパンを履いた少年が姿を現した。

 

「すんません、今日からここに配属になった陰山っす」

「……」

「……」

「……」

 

 また荒れそうだな……と、三人は速烈でソッと目を伏せた。

 そんな歓迎的ではないムードの中、一切気にせずに海斗は目の前の氷見に声をかける。

 

「入って良い?」

「あ、はい。どうぞ」

「あ、これお菓子。なんか割と高くついたどら焼き」

「あ、ご丁寧にどうも」

 

 氷見に紙袋を手渡し、海斗は中に入った。思ったより礼儀正しい子なのだろうか? 

 まぁ、同じチームになっちまった以上は仕方ない。とりあえず、最年長の犬飼から立ち上がって声を掛けた。

 

「陰山くん? とりあえず座ってよ」

「あ、どうも」

 

 席を譲り、海斗は大人しく座る。氷見がお茶を淹れて、再び犬飼から口を開いた。

 

「とりあえず、自己紹介だけ済ませておこうか。俺は犬飼澄晴。ガンナー。よろしく」

「俺は辻新之助、アタッカー」

「氷見亜季です。オペレーター」

 

 と、簡潔な挨拶。海斗から見ても、全員から敵意や悪意のような感情は見えない。

 

「……あ、俺の番か。陰山海斗です。一応、アタッカー。まぁ、部隊に入ったこと無いからこのポジション紹介に、意味があるのかは分からないけど」

「アタッカーか。辻ちゃんと一緒じゃん」

「武器は何使うの?」

 

 ポジションが一緒だからか、辻が少し興味を持ったように質問してきた。それに対し、海斗は真顔で答えた。

 

「拳と脚と頭」

「ごめん、トリガー名で答えてくれる?」

「ああ、そっちの武器ね。スコーピオンとレイガスト」

「また珍しい組み合わせだな」

 

 そればっかりは海斗もそう思うので黙っておいた。そもそも、ボーダーに喧嘩慣れしてる程、喧嘩の経験がある奴がいない。

 従って、武器があれば使うし、スコーピオン使い以外で蹴りを放つ奴も少ない。未だにシールドを出せるのを忘れ、回避を優先する奴など少ない。

 

「ポイントは?」

「ポイント? 何それ」

「は?」

「ん?」

 

 氷見からの聞きなれない言葉に海斗が首をかしげると、ポイントの質問をして初めて返って来た返事に氷見も首を傾げてしまった。

 

「あ、ポイントってTポイント? ごめん俺カード持ってないわ。カードに貯まるポイントよりも年会費の方が多くかかるし」

「いや違くて」

「じゃあD?」

「ポイントカードから離れよう」

 

 徐々に声が冷たくなっていく氷見をいち早く感じ取った辻は、横からやんわりとフォローする。

 

「ま、まぁそういう人も割といるから。米屋とかも覚えてないんじゃなかった?」

「そういやそうだよね。調べれば分かる話だし。本場のデータベースにあるんじゃない?」

「見てみましょうか?」

 

 なんてワイワイと盛り上がって来ていると、作戦室の扉が開いた。現れたのは、我らが隊長、二宮匡貴だ。

 相変わらずの仏頂面で現れたにも関わらず、犬飼、辻、氷見は元気よく挨拶する。

 

「あ、二宮さん! お疲れ様でーす」

「お疲れ様です」

「なぁ、集まったばっかで疲れてないのに、なんでお疲れ様なんだろうな」

「いいから挨拶しなさい。お疲れ様です」

「乙」

「……ああ」

 

 若干一名、余計なことを言う奴がいたが、シカトして素っ気なく返事をする。

 二宮が来たことによって、海斗の個人ポイントを確認するのは中断し、全員とりあえず席に着いた。

 

「全員、自己紹介は済んでるだろうが、一応紹介しておく。新メンバーの陰山海斗だ」

「お前の自己紹介がまだだろ」

「……」

「うわあ……」

 

 間髪入れずに無礼にもほどがある口調で海斗は二宮に言った。犬飼がドン引きしたような声を漏らし、二宮はピクッと片眉を挙げる。

 しかし、バカの小言に一々、突っかかるのも無駄だし、自己紹介していないのも事実であるため、とりあえず言っておいた。

 

「二宮だ」

「うん、知ってる」

「……」

 

 直後、パカンと後ろから頭をひっぱたかれた。叩いたのは氷見だった。白く小さな手で引っ叩かれてもダメージはないが、心へのダメージはある。

 

「何」

「二宮さんを茶化さないの」

「茶化してねーよ。ただ思ったことを口に出してるだけで」

「いいから黙ってなさい。隊長の話は聞くものよ」

「……へいへい」

 

 反論してやっても良かったが、彼女から恐怖の色が多少ながら出ているにも関わらず、自分にキチンとお叱りをしてくる度胸を買った。何処と無く、小南や双葉に似た感じがある。

 氷見も、鳩原に助言をもらっていなかったら割とキョドッていた事だろう。

 

「話を続けるぞ。陰山、お前の入隊の経緯は知っているな?」

「や、知らない」

「陰山くん」

「待って、氷見。本当に知らないんだって。なんか昨日の記憶が全部飛んでんだって。今朝、目が覚めたのなんて何故か加古隊の作戦室だったからね」

「……チッ」

 

 加古隊の作戦室で記憶を失って眠っていた、その時点で加古の事を知る二宮の口から舌打ちが漏れた。何が起こったのか、想像に難くない。

 まぁ、二宮もわざわざ教えてやる義理はないので、強引に話を進めた。

 

「昨日、忍田本部長から連絡がきた。陰山を俺の部隊で引き取ってくれ、という話だ」

「俺は里親を待つ捨て猫か何かかよ」

「断っても良かったが、この前のランク戦で影浦隊の新戦術に敗北した。俺達にも変化を求めるため、お前を引き入れた。働いてもらうぞ、陰山」

 

 ちょうど、鳩原がいなくなった時期のため、B級に降格になった上、急遽三人になったため、新しく戦術を組み直す時間もなかった。それでもB級二位を保っていた辺りは、やはり元A級の地力の強さがあったが、負けは負けだ。

 鳩原の事など知るよしもない海斗だが、二宮から発せられている色からは、確かに「期待」の色が出ていた。他にも思惑があるようで様々な色が出ているが、期待されている以上は答えてやらねばならない。

 

「任せとけよ」

「でも、バムスター投げたりは無しだからな」

「わーってるわ」

「なら、早速行くぞ」

「え、何処に?」

 

 確か、今日はオフだったはずだ。もしかして早速、訓練だろうか? 連携の練習とかだったら、正直面倒臭い。基本的に好き勝手暴れたいタイプの海斗だから、誰かと連携するのは苦手だ。

 まあ、チームで戦うというのはそういうことだから、海斗も頑張るしかないわけだが。

 しかし、二宮が始めようとしているのはそんな事ではなかった。

 

「決まっている。隊服のスーツの試着だ」

「……え?」

「コスプレじみた格好は好かないが、だからといってGパンにTシャツはあんまりだ」

「俺も、スーツ着て良いの?」

「そうだ」

「……」

 

 マジでか、と海斗は唖然とする。そういえば、前々から二宮隊のことは気になっていた。主にスーツがカッコ良いから。変なコスプレじみた格好をするよりも、スーツで戦う方が遥かにマシだ。

 どうせコスプレじみた格好をするのなら、バ○トマンみたいな格好をしたいと思うほどだ。

 

「是非、お願い致します、二宮様」

「様はやめろ、気持ち悪い」

 

 バッサリと切り捨てたが、あまりのちょろさに二宮は少しだけ狼狽えた。

 

 ×××

 

「うわ……なんだこれ。動きづらくね?」

 

 トリオン体をスーツに設定したものの、海斗の反応はあまり良くなかった。そもそも、スーツで近接戦闘をこなすというのはドラマや映画のエージェントくらいのものだろう。

 

「これで殴り合いしろっての?」

「慣れればそうでもないよ」

 

 同じアタッカーの辻が声を掛けた。

 

「それに、どうしてもアレならネクタイを緩めたり上着を脱いだり腕まくりしたりして良いし」

「え、良いの?」

「ああ、まずは戦力優先だ。元々、ダサい格好をしたくないだけで、外見にこだわりはない」

 

 二宮の方に確認するように顔を向けると、頷いて返された。まぁ、学生服で喧嘩してたこともあるし、それなら問題ない。

 それに、スーツで戦闘にはそれなりに憧れていたし、むしろ慣らすために一度、ランク戦でもしに行きたいくらいだ。

 

「二宮、この後は?」

「連携の訓練などは明日以降に回す。今日は……そうだな。現状のトリガーを教えて、夜の予定を開けておけば何をしていても構わない」

「了解。じゃ、ちょっとランク戦してくるわ」

 

 トリガーの構成をその辺にあった紙に書くと、これからは自分の作戦室となった一室を元気に出て行った。

 その背中を見ながら、二宮隊の面々は呟いた。

 

「あーあ、はしゃいじゃってまぁ」

「意外と可愛いとこあるのね」

「学校だと、出水や米屋以外と絡んでるとこ見たことないんだけどね」

「……ふん」

 

 興味なさそうに二宮は鼻を鳴らすと、部屋の中を見回した。実際の所は知らないが、あの片付けの下手そうな奴が自分の部隊に入るとなると、色々とまた揉めそうだ。

 あのバカが抜けて行ったバカの代わりになるかは分からないが、自分以外のエースが入ってくれたのはありがたかった。

 

「でも、良かったんですか? 二宮さん。次のランク戦までの隠し球とかにしておかなくて」

「別に構わない。隠し球などにしなくても、このチームがB級で負ける理由が無い」

 

 そう返しつつ、二宮はトリガー構成を眺めた。両手にレイガストとスコーピオンを入れている上に、シールドは片方にしか入れていない。どう見てもチームで戦うよりも個人主義の構成だった。

 

「うわー、すごいですね」

「中々、脳筋というかなんというか……」

「……犬飼、あいつのランク戦を見て来い」

「はいはい」

 

 構成を変えさせるにしても、まずはどんな戦闘をするか、だ。それを図るためにランク戦を許可した。本当は作戦室の使い方とか、あんまり私物を持ち込むなみたいな注意もしておきたかったが。

 

「ひゃみちゃんも行く?」

「はい。陰山くんの対人戦を見たことがないので」

 

 二人で海斗の後に続き、ランク戦ブースに向かった。

 

 



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おにゅーのものはテンションが上がる。

 模擬戦のブースでは、双葉が戦闘中だった。師匠に蹴り技を教わる約束をしたため、それまでに今まで教わってきた技の確認をしている所だ。

 対戦相手は、香取隊隊長の香取葉子だった。スコーピオンとハンドガンを使いこなす万能手である彼女は、両方ともマスタークラスに上り詰めており、ボーダー内でもそれなりに実力者にあたる。

 そんな彼女を相手に、双葉は油断なく挑んでいた。スコーピオンの斬撃を片手のレイガストのシールドモードで包んだ拳で受けつつ、反対側の小太刀で切り返した。

 それをスコーピオンを引っ込めたシールドで受けると、近距離からハンドガンをぶっ放した。

 しかし、レイガストによって阻まれる。

 

「チッ……! チビの癖に……!」

「……」

 

 海斗からの教えに「簡単に挑発に乗るな」というものがあった。師匠曰く「怒りは判断力を鈍らせる。例えば、鉄パイプからの攻撃。冷静なら避けるが、頭に来てると頭突きで相殺しようとした事もあるから」とのこと。全然参考にならないし、それで軽い擦り傷で済んだそうなので、もはや生身でもトリオン体レベルなんじゃないかと思う程だ。

 つまり、その程度の小言は双葉には効かない。聞き流し、小太刀を両手で構えて突き込み、香取も同じようにスコーピオンを突き込んだ。

 香取のスコーピオンは、双葉の顔面に向かっている。それに対し、双葉は小太刀を斜めにして柄で受けると共に、先端を香取の胸のトリオン供給器官に差し込んだ。

 

「なっ……!」

 

 小太刀の取っ手はスコーピオンによって斬り裂かれたものの、顔面への軌道は反らせた。受けきるために、勢いに負けないよう両手で支えたのだ。

 香取から驚きの声が出ると共に、目の前から緊急脱出した。

 

「……よしっ」

 

 強くなっている、確かにそんな感触を掴めた双葉は、胸前で右拳を握り締めるとブースに戻った。

 

 ×××

 

 今日もたくさん勝てた双葉は、もう10本くらい他の人と戦いたかった。今日は調子が良い。さっきも笹森先輩、奥寺先輩、巴虎太郎に勝ち越してきたとこだ。

 なるべくならA級隊員と戦いたいなーなんて思ってブースを見て回っていると、見覚えのある先輩がモニターを眺めているのが見えた。

 

「犬飼先輩、氷見先輩」

「お、双葉ちゃん。お疲れ」

「お疲れ様です」

「お疲れ様」

 

 隊長同士が非常に仲良くしている所為か、その部下同士でも自然とよく話す仲になった先輩方だ。

 早速、二人が誰の試合を見ているのか聞いてみた。

 

「何を見てるんですか?」

「ん、うちの新隊員の試合」

「新隊員? 二宮隊のですか?」

「そうだよ」

 

 犬飼は真顔だが、氷見の表情は微妙に引きつっていた。誰なんだろう、自分も挑ませてもらおうかな、なんて思いながら画面に目を向けると、とてもよく知る顔が見慣れない服装で戦闘を行っていた。

 戦闘中、黒いスーツのまま横からくる孤月を、握っている手首を素手で打ち払ってガードし、顔面に拳を叩き込み、怯んだ所を相手の膝に向けて足払いをし、ガクンとしゃがみ込んだ所で顔面に拳をダンクした。

 相手は負けじとしゃがんだ状態のまま足にブレードを振るうが、それをあっさりとジャンプして回避すると、空中で無理矢理、身体を放って膝で敵の首をへし折るように蹴りを放ち、後方に蹴り飛ばした。

 後ろに転がり、衝撃で手放してしまった孤月を拾うと、それを投げつけてトリオン供給機関を破損させる。

 今ので、10:0。完封勝利を収めた。相変わらずのエゲツない戦い方をしているのは、我が師匠である陰山海斗だった。

 

「……え、新隊員ってまさか……」

「そ、陰山くん」

「相変わらず戦い方が酷いね……しかも、スーツ着て大はしゃぎしてるのか絶好調だし……」

 

 氷見はかなりドン引きしていたが、双葉はもう慣れたもんなので引かなかった。むしろ、下唇を噛み締め、二人の先輩をギギギっと睨む。

 

 ──ー羨ましい……! スーツの界王様をいつでも見られるなんて……! 

 

 てな具合であった。しかし、目の前の二人は何処吹く風、気にした様子なく海斗の戦闘スタイルについて何か話していた。

 今はチャンスだ。そそくさと移動し、次の試合が始まる前に海斗のブースに入った。

 

「界王様!」

「あ? おう。双葉。なんでここにいるの?」

「スーツ! とてもカッコ良いです!」

「え? そ、そう? そんなに?」

「はい! さっきの模擬戦も見ました! とてもカッコよかったです!」

 

 普通の人が見たら「え。なんで殴る蹴る? トリガーの使い方知らないの?」ってなもんだが、双葉はそれに慣れきってる程度には毒されていた。

 そして、海斗は褒め言葉にはめっぽう弱い。特に、感情が読める分、本当に褒めているのかが一目で分かる。双葉の発している色は、それはもう優しい世界の色だった。

 

「よっしゃ、双葉。玉狛行くぞ。蹴り技教えてやる」

「! は、はい!」

 

 元気にブースから出た。

 

 ×××

 

 ブースを出た海斗と双葉は、二人で歩いてラウンジを通り掛かった。そこで出会したのは、影浦と北添と絵馬の三人だった。

 直後、海斗は眉間にしわを寄せたが、影浦は愉快そうに微笑んだ。

 

「カハッ、なんだその格好」

「あ? スーツも知らねえのかチリチリ頭」

「知ってるわボケ。なんで、んな格好してんだって聞いてんだよバカ」

「就活だよ」

「意味のねえ嘘ついてんじゃねえぞコラ。大体、テメーが就職出来るわけねーだろ。イタチを前にしたサスケみてーな目付きしやがって」

「ドーナツ作ってたらコンロが爆発しました、みたいな髪型してる奴に言われたかねーんだよ」

「ドーナツ作ってて何でコンロが爆発すんだよ。ブチ殺すぞコラ」

 

 相変わらず、お互いに気に食わない相手である。せっかくスーツをもらって戦闘にも勝利して良い気分だったのに台無しである。

 いつもの調子で口喧嘩を始めていると、北添が呑気な声を出した。

 

「もしかして、二宮隊に入ったの?」

「おう。なんか寝て起きたら二宮隊だった」

「んだァ? その改造手術を受けたみてえな言い方」

「んな言い方してねえよクソボケ。二つのコースを選べ。死ぬほどキツいけど最強になれるコースと、寝て起きたら最強になってるコース、どっちが良い?」

「通じてんじゃねえかジャンプバカ」

 

 それに対し、絵馬は少し目を伏せた。で、スタスタと海斗の横を通り抜ける。

 

「ごめん、カゲさん。俺、先行ってるよ」

「あ? 待てよ。俺らも行くから。あばよ、リクルート」

「ああ?」

 

 挨拶だけして影浦は絵馬の後を追う。その背中を眺めながら、双葉が「何あれ」と呟くと、残った北添は、申し訳なさそうに胸前で両手を合わせた。

 

「ごめんね。ただ、ユズルは二宮隊が好きじゃないんだよね」

「は? そうなん?」

「色々あったから。海斗くんのことは別だと思うから、あまり怒らないであげて」

「あそう」

 

 そう言う通り、別に嫌悪感や拒否反応は無かった。ただ、ほんの少し引っかかったような反応があっただけで。

 

「じゃ、行くね。あと、スーツ思ったより似合ってるよ」

「ん、おう。知ってる」

「知ってる?」

 

 北添はそう言うと、足早に影浦隊の二人の後を追った。

 まぁ、別に海斗も気になりするようなことではないので、さっさと歩みを進めた。

 

 ×××

 

 ラウンジを抜けて通路に向かっていると、任務を終えたところなのか、前から三輪隊の面々が歩いてくるのが見えた。

 三輪隊、で何かしなければならないことがあった気がしたが、今の海斗にそんなもの関係ない。あまり気にせずに、知らない仲ではない四人組に対し、片手を振った。

 

「よう。お疲れ」

「お疲れ様です」

「……お疲れ」

「ブハッ! 海斗、なんだその格好⁉︎ なんか無駄にカッケェ!」

「あ? 決まってんだろ、就活だ」

「界王様、そのネタはもういいです」

 

 隣の双葉から冷たく言われてしまった。

 高校生が就活以外でスーツを着る、という時点で、残る道は一つしかない。理解した奈良坂が、いつもの仏頂面のまま聞いた。

 

「……二宮隊に入ったのか?」

「ええっ⁉︎ バ……陰山先輩が⁉︎」

「おい、古寺。今、バカって言いかけた? バカって言いかけたよな?」

 

 もしかして、三輪隊で使われている陰山の別称のようなものなのだろうか? 悪意的な色が見えず、素でバカだと言われている分、タチが悪い。

 大体、この呼び方をする奴の検討はついている。一番、自分と関わっている奴が自分の話をする時に、毎度バカと言う奴だ。

 

「米屋、大体テメエの所為だろコラ」

「そうだ」

「簡単に認めてんじゃねえよ! ブッ殺すぞオイ」

「だって、お前バカじゃん。この前、太刀川隊でボ○バーマンやってる時、何回自爆したよ」

「やっ、あれは……」

「あと試験勉強中、じゃん負けで飲み物買いに行った時、風間さんの分だけ牛乳とカルピス間違えて買ってきたことあったよな」

「それは違くて……」

「しかもその時『今から牛乳飲んでも身長は伸びねえぞ』って逆ギレしてトリオン体で羽交い締めされてたよな」

「アレはだから……」

「バ界王様、さっきから一度も言い返せていません。諦めましょう」

「双葉ぁ⁉︎」

 

 弟子にまで見捨てられ、もはや悲痛な声を上げるしかなかった。

 そんな中、ずっと沈黙していた三輪ですら呆れ顔で海斗を睨みつけた。

 

「陰山……」

「な、なんだよ……!」

「二宮さんは基本的に才能のある人には寛容だが、バカには厳しい。気を付けろ」

「……お、おう」

 

 何故か三輪には反論し難かった。気を付けろ、とか言われても、バカは一朝一夕で治るものではないが、そもそもそこまで真面目に注意されるようなことではない。バカでもやっていけているソロ総合一位がいるくらいだから。

 そこで、三輪はフッと笑みを漏らした。初めて見た三輪の笑みに、海斗は逆にゾクっと背筋が立ったが、色的にはそんな邪悪な色はしていない。むしろ、安心しているような色だ。

 

「しかし、お前もようやく部隊に入ったか」

「一応」

「中々、部隊を組もうとしていなかったし、普段から見かけてもバカなことしかやっていなかったから、本当は近界民を恨んではいないのかと思っていたが……」

 

 その事に、海斗は今更になってハッとした。そうだった、三輪からはそんな勘違いを受けていた。

 そして、部隊を組んでからその誤解を解く予定だった。しかし、三輪の勘違いはさらに深くなっていく。

 

「二宮さんの部隊はかなりのものだ。戦術も戦力もA級部隊と遜色無く、二宮さん自身、ソロ総合二位にいる。そんな部隊に所属するとは、やはりお前の近界民への恨みは本物だな」

 

 弁解する前に納得されてしまった。こんなの、弁解できる空気ではない。

 普通の人ならこの場面は黙っておく場面だろう。下手なことは言わず、ぎこちない笑みを浮かべるなりする所だ。

 しかし、海斗は筋金入りのバカだった。

 

「だ、だよなー! 近界民マジウゼェよな! きもいし腹立つしなんか汚さそうだし! マジ八つ裂きにして微塵切りにして茹でてカレーの具材にしてやりたいわー!」

 

 全力で乗っかってしまった。

 

「ふっ、それはやめておけ。腹を壊す」

「だ、だよねー! 壊すよね! 腹を殴って壊してやりてーわ! やっべ、 話してたらなんかイラついてきた! 双葉、狩に行くぞ! ぶちのめして素材を手に入れて強力な武器を作るぞ!」

「モンハンですか」

 

 そう闘志を燃やし始める海斗を見て、三輪は再び笑みを漏らした。それくらいの殺気を、裏切り者の支部にも持って欲しいものだ、と言わんばかりに。

 

「頑張れよ。じゃあ、俺達は報告書を作成しなければならないから」

「じゃあな、陰山」

「お疲れ様です」

「プフッ……! お、お疲れ……海斗……!」

「……」

 

 立ち去られてしまった。取り残された海斗に双葉はキョトンとした表情で聞いた。

 

「……そんなに恨んでたんですか?」

「なわけないじゃん。いいとこストレス発散だわ」

「そうですか」

「絶対に三輪には言うなよ」

「はい」

 

 こういう時、従順な弟子は助かる、と割と本気で思った。

 

 ×××

 

 ようやく玉狛支部に到着した。胃が痛くなるような事はあったが、それはそれだ。せっかくだし、玉狛の人にも自分のスーツ姿を見てもらいたい。特に、レイジと小南には。

 とりあえず、トリオン体は解除し、私服でやってきた。なんとなく勿体ぶってみたくなった。

 

「うーっす」

「こんにちはー」

 

 二人で仲良く挨拶をすると、まず視界に入ったのは迅悠一だった。

 

「お、海斗と黒江ちゃん。お疲れ〜。今日も特訓?」

「そう」

「小南まだ来てないよ」

「あ? 小南に用があって来たわけじゃねえから。訓練室借りて良い?」

「良いぞ」

 

 来てないそうなので、双葉との訓練を優先する事にした。まぁ、蹴り技といっても教えられることなんかない。そもそも、双葉の体格じゃ蹴りは厳しいと思うので、成長が遅かった中学の時に編み出した、チビでも使える蹴り方を教えなければならない。

 どんな風に蹴ってたっけ、と必死に思い出しながら訓練室に入った。

 

 ×××

 

 小南は走っていた。迅悠一からメールが来たからだ。

 

『海斗が来てるよ』

 

 ここ最近、海斗が忙しいようで喧嘩しにやって来ることが少なくなったため、退屈になっていたところだ。

 しかし、今日は久しぶりに会えるというのだ。これはもう気合い入れてボッコボコにしてやるしかない。

 勢いよく基地の扉を開け、地下の訓練室に入ると、スーツを着た海斗が双葉の前で片膝をつき、双葉に片脚を大きく開かせ、太ももを握って固まっていた。

 

「っ」

「!」

 

 二人してビクッと肩を震わせ、小南の方を見る。加古隊の隊服はズボンだが、双葉のズボンは短パンであり、太ももは露出している。つまり、生足を両手で触っているわけだ。

 どう考えてもいかがわしい絵面に、小南は静かにポケットからちいさな武器を取り出す。

 

「……トリガーオン」

「おい待て、小南。違うぞ」

「そ、そうです。落ち着いて下さ」

「……」

 

 怒りのあまり、話を聞いていない。両手に巨大な斧を出し、ギロリと海斗を睨み付けた。

 で、振りかぶりながら地面を蹴って一気に接近した。

 

「このロリコンがァアアアアアアッッ‼︎」

「いやだから待っ……!」

 

 真っ二つにされた。海斗だけ。

 

 ×××

 

「つまり、蹴りを教えていたわけね?」

 

 今だに少し不機嫌そうな小南は、バカとバカの弟子を連れて居間にも持ってきて、眉間にしわを寄せたまま腕を組んで海斗を正座させていた。

 

「ったく……紛らわしいのよ」

「テメーが勝手に勘違いしたんだろ……!」

「何にしても、女の子の太もも触るのはどうなの?」

 

 指摘されて意識してしまった双葉は、恥ずかしそうに小南の後ろの椅子で体育座りしている。

 自分の為、というのを理解しているようで、恥ずかしそうにしてはいるものの、自分に対して怒りも嫌悪も出していない。これは一応、フォローしてやった方が良いと思い、海斗は親指を立てた。

 

「安心しろ、双葉。足フェチの俺が言うから間違い無いが、13歳とは思えない柔らかい太ももだったぞ」

「トリガーオン」

「待て待て待て待て! 生身の人間を蹴散らすために蹴り方を教えたわけじゃねーぞ俺は!」

 

 立ち上がって足首をプラプラ回しながら歩いて来たので、大慌てで止めた。

 体重が軽い奴が蹴り技なんてやったところで、上手くガードされれば片脚に乗せられた重心を綺麗に崩されて最悪すっ転ぶ。

 従って、教えたのは蹴りというより、は足払いや両手がふさがってる時に脚でガードする時などの脚の使い方だが、正座している海斗を足払いの蹴り方をすれば顔面、或いは首に当たり大ダメージである。

 

「……まったく、まぁ良いわ。勘違いして真っ二つにしたアタシも悪かったし」

 

 許しが出たので、ようやく足を崩した。ふぅ、と胡座になる海斗に、小南が聞いた。

 

「ていうかあんた、二宮隊に入ったんだ」

「あ? 何でわかったよ」

「バカね、スーツ着てるチームなんて二宮隊しかいないわよ」

 

 それは確かにその通りだ。というか、それも目的のうちだったので、とりあえず聞いてみた。

 

「そうだよ。どうだった? 俺のスーツ姿」

「どうって何よ」

「や、だから……何? カッコ良かった?」

 

 我ながら気持ち悪い聞き方をしたものだ。しかし、過去の友達に服を見せたりとか、そういう機会はほとんど無かった故の悲劇である。

 そんな言ってから後悔している海斗に対し、小南は難しい顔をしながら答えた。

 

「ごめんなさい、速攻で真っ二つにしちゃったからあんま覚えてないわ」

「テメェ訓練室に入れ。ボッコボコにしてやる」

「やってみなさいよバカ」

 

 ×××

 

 結局、夕方まで暴れ回った。せっかくなので双葉も混ざり、三人で暴れていたが、他の二人がハイレベル過ぎて途中から不貞腐れてしまい、小南と一緒にジュースを奢って謝り倒すはめになった。

 双葉を家の近くまで送った帰り道、海斗は小さくため息をついた。別れ際、小南に言われた言葉を思い出す。

 

『……まぁ、その……何? 隊服のスーツ……似合ってなくはなかったんじゃない?』

 

 と、感想を聞いたことなど忘れた頃に、自分から褒めてきたくせに頬を赤らめながら言われた。

 そんな褒め言葉とも言えない上から目線の言い方に、海斗はバカみたいに嬉しく感じてしまった。他の連中に褒められるのとは、何処か一味違った。

 何だったんだろうなーとか呑気に考えながら歩いていると、スマホが震えた。犬飼からのメールだった。

 

『19時から焼肉屋集合ねー。遅れたら、二宮さんがしばくってさ』

 

 端的に記された内容に、頭上に「?」が浮かぶ。そういえば、夜の予定は空けておけとか言われていたが、何故、焼肉屋なのだろうか。

 

『なんで?』

 

 短くそう聞いた。正直、影浦と口喧嘩し、三輪に胃をゴリゴリ削られたり、弟子である双葉に謝って謝って謝り倒したり、小南を相手にインファイトしたりと、中々にハードな一日だったため、帰って眠りたい。

 

『来ないと眼球にデコピンだって』

『何その可愛い拷問』

 

 まぁ、失明はしたくないので行くしかないわけだが。短く「了解」と返事を打つと、指定された焼肉屋に向かった。

 20分ほどかけて目的地に到着したが、店の前には誰もいない。一番乗りかな? と思った時、ちょうど良いタイミングでメールが届いた。

 

『みんなもういるから入って来て良いよ』

 

 一番乗りどころか最後だったようだ。まぁ、仕方ないよね、と気楽に思ってお店の中へ。

 店員さんが案内してくれたが、遠くの席から犬飼が手を振ってきたので、察した店員さんは引き下がり、海斗はそっちに向かう。

 

「遅いぞ、ノロマ」

「ああ? 玉狛にいたんだ。仕方ねえだろ」

「ほら、いいから座って」

 

 犬飼に促され、空いてる氷見の隣に座る。いい加減、気になったので聞いてみることにした。

 

「で、何で呼ばれたの? 財布代わり?」

「違うから」

「主役からお金は取らないよ」

「もう少し素直に捉えなさい」

 

 犬飼、辻、氷見のセリフだ。最後に、二宮がいつもの仏頂面で海斗にジロリと目を向けた。

 

「歓迎会だ。これから、チームメイトになるんだからな」

「……え、かんげーかい?」

 

 今まであまりに縁のなさすぎた言葉に、いよいよ変な裏声が口から飛び出た。

 それに対し、二宮は一切、声音を変えずに頷いた。

 

「そうだ。俺の奢りだ。好きなものを食え」

 

思わず感動してしまった。最初は、歓迎こそされたものの、自分を戦力の一人にくらいしか思われていないものだと思っていたが、わざわざ歓迎会まで開いてくれるとは夢にも思わなかった。

ホント、人は見た目で判断してはならない。二宮匡貴という人間は、顔に出ないだけで、普通に良い人なのかもしれない。

この部隊なら、自分は上手くやっていけるかも、そんな気さえしてきた。

 

「……二宮。いや、二宮さん」

「? なんだ」

 

 向かいに座っている二宮の手を両手で包むように握り、無駄にキラキラと輝いた瞳で言った。

 

「一生の忠誠をあなたに」

「……お、おう。そうか」

 

 珍しく二宮が動揺し、犬飼も辻も氷見も「いろんな意味ですごい新入りが来た……」と変に感心してしまった。

 

 




次回から数ヶ月飛んで原作に入ります。


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問題を先回しの利子はデカイ。
喧嘩は身体の強さではなく身体の使い方。


 冬、それは何もかもを凍てつかせる地獄の季節、なんてのは大袈裟な表現だが、上に羽織るものは増えるし、服以外にもマフラーやら手袋やらホッカイロやらと色々、追加装甲が必要になるので面倒な季節だ。

 しかし、この季節になると毎度思うのは、自分が女子ではなくて本当に良かった、という事だ。何故なら、学生服の下半身はスカートだからだ。

 だってアレ絶対に寒い。スカートなんてただでさえ通気性抜群で、下から上に向かってスカイアッパーの如く冷たい風が流れ込んでくる上に、太もも、或いは膝も露出し、膝下の防寒装甲は靴下と靴だけだ。

 校門を通りかかる女子生徒達を見て、足フェチの海斗はただただウンウンと頷き、寒そうな女子生徒への同情など一切しないで拝んでいた。

 そんな話はさておき、これからようやく慣れてきた二宮隊の作戦室に向かう。部隊に参加してから、ボーダーでの生活は更に楽しくなった。

 アレから、影浦隊がB級に引き返したりだなんだと色々あったが、とりあえず平穏に相変わらず影浦との模擬戦は禁止されたままだ。

 だが、それでも良い。B級ランク戦で殴り合えるからそれで良いのだ。

 ちなみに、今日はオフだ。それでも作戦室に向かっているのは「オフの日にも約束してないのに集まるのって仲間っぽい」という下らない理由によるものだった。

 ぶっちゃけ、他の二宮隊のメンバーは犬飼をはじめ、基本的に空気の読めるメンバーばかり(二宮以外)なので、海斗がそんなソワソワした空気を出している間は合わせてオフの日でも誰かが作戦室にいるものだが、いい加減慣れて欲しいものだったが……海斗はそんなもの知る由もなかった。

 ウキウキしながら街を歩いてると、路地裏に白髪の小さい少年の後をつけるように、ヤンキーが数人、入っていくのが見えた。

 

「……はぁ」

 

 本当に腹立たしい。あの手の輩は本当に消えない。なんだか前にもこんなことあった気がする。というか、ヤンキー時代にこの街のヤンキーのほとんどはボッコボコにしてきたはずだが、どいつもこいつも懲りないバカばかりだ。

 見過ごすわけにもいかないので、路地に入った時だ。ズドンッという轟音が耳に響いた。

 

「……は?」

 

 間抜けな声を出すと共に、白髪の少年が帽子のリーダーっぽい男を一撃で沈めていた。

 

「な……え……?」

「ちょ……」

「は……?」

 

 狼狽える男三人に、白髪の少年は肩を回しながら近付いた。

 

「だから、ぶっ飛ばすって言ったじゃん」

 

 手を握って開き、また握り、好戦的に微笑む。

 

「……あんたら、つまんないウソつくね」

 

 そういう声音は、喧嘩慣れしていて、尚且つボーダー隊員である海斗ですらゾッとする無機質さと冷たさが入り混じっていた。

 続いて、さらに二発目、三発目、四発目と絡んでいた男達に制裁を加える。まぁ、この調子なら自分の出る幕はないと思い、立ち去ろうとした時だ。その少年の拳は自分の顔面にも向かって来ていた。

 

「うおっと」

「!」

 

 首を横に傾けて避けると、白髪の反対側の拳がさらに顔面に飛んでくる。それをしゃがんで回避すると、また右拳で殴り掛かってくる。

 両手でマシンガンの如く交互に拳を叩き込んでくるのを、冷静に回避した。

 

「……あんた、やるね」

「あ? そりゃこっちのセリフだボケ」

 

 普通の人なら、ここは弁解するところだろう。「や、違うよ?」と。

 しかし、陰山海斗は元々、喧嘩や戦闘が嫌いではなかった。ここ一年くらいの戦闘のほとんどがボーダーでトリオン体での戦闘ばかりで、生身で戦うことなんかなかった。

 故に、久々の生身での喧嘩に、心を躍らせてしまっていた。久し振りに生身で面白い喧嘩が出来そう、と。

 白髪の少年の拳を回避し続け、タイミングを掴むと、右フックの攻撃を内側から外側に打ち払うようにガードした。

 手首の内側を払われた少年は、ガクッと体勢を崩す。その隙に顔面に拳を思いっきり叩き込んだ。

 

「⁉︎」

 

 大きく後ろに仰け反る少年だが、違和感を覚えたのは海斗の方だった。拳の感触が、初めて殴った時の感触だった。重いのでも軽いのでもなく、まるで無機物を殴ったような感触だ。

 

「……やったな」

 

 動揺した一瞬の隙を突き、白髪の少年は海斗の殴った手を掴み、自分の方に引いてボディブローを抉り込んだ。

 

「ーッ⁉︎」

 

 効いた。予想以上に。いや、効いただけではない。自分の身体は下から昇り詰めてきた拳一発で宙に浮き、後方に大きくブッ飛ばされ、喉をせり上がってきた唾液が、口からゲホッと吐き出される。

 この一撃、自分の生身の一撃よりも強い。目の前の小さい少年は、自分よりも肉体スペックは上のようだ。

 それでも、尻餅だけはつかない様に片膝をついて着地した。

 

「……なーにが『やるね』だ。テメェの方がよっぽど強ェじゃねぇか」

「そりゃそうだよ。一発殴ったし、おれはここまでにしても良いけど?」

「バカ言え。こっからだっつの」

 

 そう好戦的に微笑むと、白髪の少年もニヤリとほくそ笑んだ。バカを見下している目ではなく、ようやく喧嘩になりそうな奴を見つけた、という目だ。

 今度は海斗から仕掛けた。ジャリっと親指の付け根に力を込め、地面を蹴る準備だけし終えるのを見逃さなかった白髪の少年は、来る、と身構えたものの、キョトンとした表情になった。

 襲い掛かってきたのは自分ではなく、無気力に放られたスクール鞄だった。それを回避した直後、目の前に写っていたのはローファーの裏だった。

 

「うおっ、と」

 

 声の割に余裕でガードする少年。蹴り上げた脚を地面に下ろすと、今度は後ろ廻し蹴りを放たれた。

 それもしゃがんで回避され、脇腹の横で拳を作り、海斗の顎にアッパーを繰り出すが、海斗はそれを強引にガードし、横に打ち払って姿勢を崩させ、左手の拳を顔面に繰り出す。それを回避した直後、右拳が少年のボディに減り込んだ。

 突き上げられるような感触で真上に身体が持ち上がったものの、すぐに着地し、顔面に仕返しのストレートを捩じ込む。

 しかし、海斗はそれを外側に身をよじって回避し、少年の襟首を掴むと、膝の後ろに足刀を叩き込んで強引に転ばせ、仰向けになり無防備になった顔面に、グーパンチを叩き落とした。

 見事なクリティカルヒットし、確かな感触さえあった。相変わらずの無機質なものだが。

 しかし、顔面に拳を入れられ、頬がむにっと持ち上げられ、タコみたいな口になっている少年は、ずっと余裕な笑みを浮かべたままだ。

 

「無駄だよ」

 

 そう冷たく答えるセリフによって、周りの気温が一気に氷点下まで下がったように鳥肌が立った。

 直後、ドゴッとボディに強い重たい衝撃。最初にもらったボディブローより強い衝撃に、海斗の身体は後方に転がり、路地裏から叩き出される。少年の両足のそろった蹴りが見事に炸裂したのだ。

 何とか受け身を取り、ニヤリとほくそ笑む海斗。余裕の笑みを浮かべたままの少年は向かい合っている。

 これ、ヤバイ奴に喧嘩を売られちまったかも……と、海斗が珍しく冷や汗を流した時だ。

 

「ちょーっと良いかな?」

「は?」

 

 顔を向けると、警察官が立っていた。それによって、海斗の意識は一気に現実に戻される。

 

「ここでカンフー映画みたいな喧嘩が起こってるって通報があったんだけど……君達のことだよね」

「……」

 

 答えられない。そうです、とも言い難かった。というかマズイ。こんな事、二宮に知られたら……。

 白髪の少年は現状を理解していないのか、頭上に「?」を浮かべていた。

 

「署までこようか。もちろん、君も」

 

 君も、というのは白髪の少年のことだ。二人は派出所まで連行された。

 

 ×××

 

 その後、結局お互いに身を守るための勘違いであったことが発覚した。白髪の少年はウソをついて金を取ろうとしていた連中の一味だと勘違いしたし、海斗はなんか急に襲い掛かってくる奴、と思い込んでいたわけだ。

 で、警察官には白髪の少年の友達のメガネの説明もあって、お咎めなしで済んだ。

 しかし、強かった。あの少年。あの小柄な体型の下には、どんな肉体が潜んでいるのか、考えるだけで少し吐き気がした。見た目だが、140センチ程度のマッチョは普通に気持ち悪い。

 その分、喧嘩自体は楽しかった。アレほどの高揚感、緊迫感は久し振りだ。殴られると自分の身体に痛みが響き渡る辺り、ある意味ではトリオン体よりも緊張感があった。

 まぁ、流石に今日は疲れたが。これは帰ったら速攻で風呂入って眠るしかない。

 それなら作戦室に行くな、という感じだが、そこまで頭が回らないのが、海斗たる所以なわけで。

 到着し、扉を開けると、今日は氷見がいた。

 

「おっす、氷見」

「あ、今日は遅かったのね、海斗く……」

 

 振り返りながら挨拶する氷見の口が止まった。海斗は小首を傾げたが、それはそうだろう。何故なら、海斗の顔面は所々、青紫に腫れ上がっているからだ。

 

「……どうしたの?」

「あ? 何が」

「まさか、喧嘩したの?」

「ああ? ……あ」

 

 今更になって、傷を大量に作っていたことを思い出す。当然だが、二宮から喧嘩は禁止されている。トリガーを使う使わないに限らず、だ。と、言うのも、自分の部隊にそんな野蛮なことをするバカがいるのは嫌なんだろう。

 まぁ、元々の目的であった、絡まれてる奴を助けるためなら許してもらえるだろうが、今回は完全に気がついたらヒートアップしていた結果だ。

 

「あ、いや……これは、車に跳ねられて……」

「ふーん、二宮さんに用事思い出した」

「喧嘩しましたごめんなさい」

「まったく……」

 

 全力で頭を下げると、氷見は小さくため息をついた。

 

「何で喧嘩したの? 二宮さんに止められてるでしょ?」

「ヤンキーに絡まれてる白髪のガキを助けようとしたら襲われた」

「ふーん……じゃあ、人助けなんだ?」

「や、白髪のガキに襲われたから人助けの結果ではないかな」

「どうしたらそうなるの……」

「や、でもどちらにせよ俺、襲われた側だからね」

「はいはい、いいからジッとしてて」

 

 海斗を座らせると、救急箱を持って来た。まずは消毒から。白の布巾に消毒液を染み込ませ、ピンセットで持つとチョイチョイと触った。

 

「悪いな」

「気にしないで。それよりも喧嘩しないように気にして」

「アッハイ」

 

 怒られたので、再び頭を下げる。

 

「でも、白髪のガキって子供ってことでしょ? その子にこんなボコボコにされたの?」

「ああ。尋常じゃないくらい強かった。まるでトリオン体の奴と戦ってるみたいだったよ」

「そんなに。ていうか、そんな子いるの? ボーダーのC級隊員の子とか?」

「違うな。相手がトリオン体でも、こっちが上手く立ち回りゃ勝てなくても負けはしない。だが、あいつは俺に攻撃をしっかりと当ててた」

「ふーん……まぁ、喧嘩ウンチクはよく分からないけど」

 

 その上、殴ってもダメージを与えられない辺りがヤバかった。青タン一つ出来ないのに、殴った時に自分の拳にダメージもなかった。

 

「……次会った時はこっちがボコボコにしてやる」

「何、また喧嘩する気? 二宮さん案件?」

「嘘、冗談、ごめん」

「本当にまったく……はい、終わり」

「どうも」

「コーヒー淹れてあげるから、待ってなさい」

「おお、優しい。流石、氷見様。お礼に烏丸に代わりに告っといてやるよ」

「傷口からコーヒー飲みたい? 変わった飲み方するのね」

「冗談だから怒らないで……」

 

 氷見亜季は、ボーダーに数多くいる烏丸ファンの一人だった。宇佐美栞に「モサモサした男前」と評される烏丸京介は、顔だけでなく戦闘の実力もあって普通にモテる。海斗としては羨ましい死ねカスといった気分だが、玉狛で飯を作ってくれるから歯向かうことはできない。

 コーヒーを淹れてくれている間に、海斗は汗だくになったので着替え始めた。もちろん、部屋を移動して。この作戦室は基本的にものは置かれていないが、海斗が家から色々と持ち込み、着替えとかが入ってるタンスが置いてあったりする。

 今更、作戦室で海斗が着替える事に対し、氷見が何か思うことはないが、それでも気遣いは必要だ。

 真冬とはいえ、ガチで殴り合ったお陰で汗だくになったため、着替えたくて仕方なかった。ワイシャツは家に替えがあるから良いが、学ランは干しておくしかない。

 下半身のズボンを脱いで、置いてある私服のジーパンに履き替えると、今度は上着とワイシャツを脱いで、Tシャツに手を掛ける。

 

「コーヒー入ったよ」

「いやん! エッチ!」

「水鉄砲って熱々のコーヒー入れても壊れないのかな」

「あの、一々遠回しに具体的な制裁方法言うのやめない?」

 

 そう言いつつも、氷見は「ていうか」と言葉を続ける。

 

「……どんだけ激しい喧嘩して来たの?」

「は?」

「身体。両腕も。すごいよ」

 

 言われて体と両腕を見下ろすと、痣と腫れが大量に出来ていた。改めて、こうして見ると激しい喧嘩だったのが分かる。金属バットか何かで殴られたのかと思うほどだ。

 流石の氷見も、普通に心配になってきていた。

 

「……病院行ったら?」

「別に平気だろ」

「行っといた方が良いと思うけど。ここ最近、警戒区域外でゲートが発生してるから、もしかしたら病院も襲撃されるかもしれないんだから」

「いや、めんどくせーよ。だってめんどくせーだろ。何がめんどくせーって……そりゃもう普通にめんどくせーよ。何もかもめんどくせーよ」

「どこまでめんどくさがってるの……でも、ちゃんと消毒はしないとだよ」

「……へいへい」

 

 小さく頷きつつ、氷見は引き続き、消毒液を含ませた布巾と湿布を持ってきた。

 

「え、いいよ。一人で出来るから」

「背中だけは出来ないでしょ」

「あー……まぁ、うん」

「ほら、早く」

「なんか、悪いな」

「気にしないで。弟いるし、こういう世話は慣れてるから」

「烏丸がいるのに」

「手が滑った」

「傷口を押すなああああ! ていうかテメェそれトリオン体だったのかオイ⁉︎」

 

 グリグリと背中の青タンを押され、ビクンッと背筋を伸ばしながら反射的に避けようとするが、肩をしっかりと掴まれて逃げられない。海斗の動きを封じられている時点で、まずトリオン体なのは明白だ。

 

「ったく……暴力的な女はモテねーぞ」

「うるさいな……大体、海斗くんに言われたくないから」

「は?」

「小南さんとはどうなの?」

「……は?」

 

 唐突に聞かれ、海斗からは思わずマヌケな声が漏れる。

 

「一部で噂になってるけど。小南さんと海斗くんは出来てるって」

「出来てるって何」

「だから、付き合ってるんじゃないの?」

「ねーよバカ」

 

 いきなり何を言い出すのか、目の前のオペレーターは。仕返しのつもりだろうか? 付き合うどころかあがり症で烏丸とは会話もまともに出来ていない奴が何を抜かすのか。

 

「そもそも、小南は俺の中で雅人、風間の後に次ぐ敵だぞ。そんな事、あるはずねえだろ」

「……ふーん。ま、どーでも良いけど」

「なら聞くなよ」

 

 湿布を貼り終え、今度は海斗の腕を握った。

 

「ことのついでよ。全部やってあげる」

「良いのかよだから。烏丸がい」

「この方が逃さず確実に制裁を加えられるからね」

「いだだだだ‼︎ 悪かったって!」

「うん、というかこんな機会、滅多にないからもう少しいじめてあげる」

「え、お前そんなキャラだっ……いって! デコピンすんなテメェ!」

「……しかし、良い筋肉してるね。羽矢さんが喜びそう」

「変な触り方すんな!」

 

 王子隊オペレーターの橘高羽矢は、実は隠れオタクであり、秘密裏に漫画家を志していた事もあった。

 どちらかといえば、上半身裸で傷だらけの男を身長低めの女の子がいじるという現状の方が喜びそうな絵面が展開されていたが、それも長くは続かない。

 

「ひゃみちゃーん、コーヒーちょーだい」

「犬飼先輩、いきなりそれは失礼……」

「え」

「え」

 

 二人の凸凹コンビが入ってきた。二人の視界にまず飛び込んできたのは、上半身裸の海斗の腕を握っている氷見の姿だった。誰がどう見たって不純異性交遊のアブノーマルverだ。

 二人の姉に鍛えられ、コミュ力抜群の犬飼ですら何を言えば良いのかわからない。だが、二人とも理解できたのは、とりあえずこの場を立ち去るべきだということだけだ。

 

「「失礼しました」」

 

 そう言って扉を閉めると、廊下から「二宮さーん! 海斗くんとひゃみちゃんがー!」という大声が聞こえてくる。

 翌日には「海斗と氷見が付き合っている」という噂が広まり、犬飼はしばらく氷見と海斗に口を聞いてもらえなかった。

 

 ×××

 

 夜中。何処ぞのビルの屋上で、白髪の少年──空閑遊真は自立型トリオン兵であるレプリカと二人で街を見下ろしていた。

 

「……どう思う? レプリカ」

『何がだ?』

「この身体のおれと生身で喧嘩できる奴がいたじゃん」

 

 空閑の身体は、正確には生身ではない。そもそも、空閑は向こうの世界……所謂、近界から来た人間だ。

 そっちの世界で色々あり、生身の身体を失って常にトリオン体でいなければならない遊真だが、トリオン体である以上、肉体スペックは普通の人間より大幅に高い。

 しかし、今日、路地裏で申し訳ない事に勘違いで殴りかかってしまった目付きの悪い男と、タイマンを張ったわけだが、まさかあそこまで食らいついてくるとは思わなかった。

 勿論、結果は負けていないし、むしろ勝ちと言えるだろう。しかし、アレだけの戦闘力を持っているのなら、もしかしたらボーダー関係者かもしれない。

 自分の父親に言われたことを思い出す。もし、俺が死んだらボーダーに行け、と言っていたことを。三雲修以外に、その繋がりが出来たかもしれないのは有難かった。

 今度、接触してみても良いかもしれない。

 

「ボーダーかな、あの人」

『分からないが、その可能性はなくもないだろう』

 

 となりで浮いている黒い炊飯器……もといレプリカから、無機質な返事が返ってくる。

 それと共に、仮にボーダーだとすれば、油断ならない相手でもある。トリガーを使えばまず負けないだろうが、腕が立つ事には変わりはないし、修の立場を考えれば下手に手を出すわけにもいかない。

 

「……まぁ、一先ずは大丈夫か」

 

 別に目を付けられたわけではない。仮に付けられたとしても、あの人頭悪そうだから、割とどうとでも誤魔化せる気がするし。

 クラスメートの話を聞いた感じだと、近界民はこっちの世界じゃ恨まれている。あまり自分が近界民であることを知られたくないが、まぁあの人に勘付かれても問題ないだろう。

 

 



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トリオン兵が現れれば皆ボーダー隊員。

 普通校に通うボーダー隊員は多い。米屋、出水、海斗の他にも大勢いて、特に一年生が多い。

 しかし、その全員が学校に揃うことはない。防衛任務で特別早退やら特別遅刻やらと色々とあって、割と教室を空けることが多い。

 今日は、その中でも極めて人数の少ない日だった。つまり、海斗の大ピンチの日だ。同じ高校で、海斗と一度でも絡みがあったのは出水、米屋、三輪、村上、影浦、北添、光、穂刈、小佐野、烏丸、時枝、佐鳥、奥寺、小荒井、人見、笹森のメンバーだけだ。他の人達とは、まだ防衛任務で同じになったことも、たまたま知り合った会話したこともない。

 さて、そんなメンバーの中で、今日の任務が入ってる部隊は。

 

 太刀川隊→遠征

 嵐山隊→本部で待機

 三輪隊→本部で待機

 玉狛→いる

 影浦隊→防衛任務

 東隊→防衛任務

 鈴鳴第一→防衛任務

 諏訪隊→防衛任務

 荒船隊→防衛任務

 

 と、ことごとくメンバーはいなかった。話せるのは烏丸くらいだが、烏丸も一個下だし、わざわざ他の学年の教室に行って一年生を怖がらせることもない。

 チームメイトの辻、犬飼、氷見は進学校に通っていて、従って自分とは違う学校だ。二宮に至っては高校生ですらない。

 しかし、久々に一人になったが、これがまた退屈だ。飯を食うのも、教室も食堂も何となくいづらくて、屋上で食べるハメになっていた。

 こういう時のカマちょの相手は決まっている。

 スマホを取り出し、電話を掛けた。1コール、2コール……3コール目で電話の向こう側から声が聞こえた。

 

『もしもし?』

「あ、氷見? 暇。かまえ」

『……』

 

 当然、黙り込む氷見だった。まぁ、大体の事情は察しているが。

 

『……悪いけど、今は宇佐美さんとお昼食べてるの』

「じゃあ悪いけど一人で飯食って。俺が暇だから」

『清々しいほど自分勝手ね、あんた』

 

 さっきの五倍くらい冷たい声が聞こえる。その後に『誰?』『海斗くん』『えっ⁉︎』と、声が聞こえてくる。何を驚いてるのか、と思ったが、すぐに宇佐美が続けて言った。

 

『今、噂になってるカイくん⁉︎ まさか、本当に付き合ってるの⁉︎』

 

 それを聞いて、海斗も氷見も半眼になる。

 昨日、誰とは言わないがどっかのバカな犬飼が大声で廊下で叫んでいたのを思い出す。宇佐美とかもうそういう話は超好きそうだ。

 

『……そんなわけないでしょ』

『だよねー。ひゃみちゃんにはとりまるくんがいるもんねー』

『うるさい……』

「おいおい、悲しい事言うなよハニー。昨日はあんな激しく人の体触って来た癖に」

『ねぇ、学校の体育倉庫にある金属バットって借りられるの?』

『無理だと思うけど……』

 

 相変わらず恐ろしい制裁方法を遠回しに言う女だった。

 

『じゃあ、切るからね』

「いやいや、待て待て。昼休み終わるまであと30分以上あんだけど」

『それまで相手してられないから。大体、辻くんとか犬飼先輩に構って貰えば良いじゃない』

「辻は昨日の件で変に気を使ってるし、犬飼の阿呆は阿呆だし」

『二宮さんは?』

「本気で言ってる?」

『……ごめん』

 

 歓迎会の日以来、あまりに二宮に懐き過ぎ「次、俺に触ったら二度と奢らない」と言われてしまった海斗は、微妙に二宮との距離感を測りかねている。チームメイトなだけあって、嫌悪感以外に好意的な感情も抱かれてはいるのだが。

 何にしても、二宮に色んな意味で気を遣わせている海斗は大物である。悪い意味で。

 

『良いじゃん、せっかくだし三人でご飯食べようよ』

『っ……』

 

 宇佐美も知らない仲ではないし、むしろ玉狛に行けば友好的に会話をしてくれるし、数少ない仲良くしてくれるオペレーターである。たまに風間に情報を流されるのが玉に瑕だが、今はその風間が遠征中のため、ただの良い人だ。

 氷見が返事をする前に、宇佐美が海斗に質問した。

 

『で、ひゃみちゃんとはどうなの?』

『ないから。そういえば、三輪くんの事で悩んでたのは解決したの?』

 

 名は体を表すとはこの事か、氷の如く冷たく宇佐美の話題をスルーし、海斗の苦手な話題を選ぶ。

 

「まだだよ」

『ええ……いい加減、言えば良いのに』

「きっかけがねーんだよ。せめて米屋が協力してくれりゃ良いんだが……」

『陽介はそういう話はからかうのが好きだからねー』

 

 米屋と従姉妹である宇佐美は、よく知っているようにウンウンと頷く。電話越しなので、頷いているかはわからないが。

 

『でも、そういうのは先延ばしにすればするほど言いづらくなるんじゃないの?』

「そうなんだよなぁ、延滞料金と一緒だよね」

『そう言うとなんか軽く感じるよね』

 

 そう言いつつも、もう軽い案件ではない。最早、三輪から海斗が逃げ回っている状態だ。

 ちなみに、そんな海斗に対し、三輪は「人と話す暇があるなら近界民を排除したい危ない奴」と思っている。彼の中の海斗は、一体どんな狂戦士なのだろう。

 まぁ、何にしてもこのままでいるのは良くないのは、海斗にも分かっている。何とかして誤解を解かねばならない。

 そんな事を考え込んでいる時だった。昼飯を食べながら寄っ掛かっている屋上の入り口の裏に、見慣れた黒い穴が出現した。

 

「……ああ?」

『どうしたの?』

 

 その氷見の問いに答えるように、門発生の警報が鳴り響く。警戒区域外のゲート発生、それがまさか自分の高校で発生しようとは。

 しかも、門の数は一つではない。屋上に一つ、校庭に一つ、そして校門前に一つ現れた。

 

「おいおいおい……!」

 

 普段の海斗なら問題無いが、門の位置が余りにも悪過ぎる。ポケットの中のトリガーを起動する暇もない。

 さらに悪いことに、中から出てきたのはモールモッドだった。言わずもがなの戦闘用トリオン兵。それが、三箇所に一匹ずつ現れる。

 慌てて立ち上がった海斗は、弁当を投げ捨ててモールモッドと向かい合うように構える。

 

『ゲート⁉︎』

『カイくん、平気⁉︎』

 

 スマホからそんな声が聞こえるが、返事をする余裕などない。モールモッドが間髪入れずにブレードを振るい、海斗は後ろに下がりながら回避する。

 その振るったブレードを、そのまま切り返された。刃の付いている方ではないから、切断されない。しかし、それでもトリオン兵の腕力だ。それも、生身で受けるのではわけが違う。

 薙ぎ払われた海斗の身体は、屋上の柵まで殴り飛ばされた。 背中を強打し、柵は大きく変形する。

 

「グハッ……!」

 

 柵があるということは、当然、後ろには何もない。落ちれば、4階建の建物から真っ逆さまだ。

 そして、それを狙うかのようにモールモッドは距離を詰めてくる。そんな相手に対し、海斗は壊れた柵の金属の棒を引き抜き、両手に構え、最後に柵がある現状を打破するために移動する。

 モールモッドは逃さずに追撃し、両腕のブレードを激しく振り回した。

 

 ×××

 

 昼休みのため、校庭にいる生徒は少ない。しかし、昼休みを献上して部活の練習をしている生徒もちらほらといた。

 そこに現れたモールモッドは、牧場に放たれたケルベロスの如く、低いうなり声を漏らしているように見える。トリオン兵に鳴き声などないが。

 テニスコートで自主練をしていた二年生の女子生徒は、まさに阿鼻叫喚。悲鳴を上げ、パニックになり、激しく慌てふためき逃げ回っていた。

 しかし、モールモッドから見て一番近くにいた人間が彼女だった。テニスコートは金網に囲まれてこそいるものの、入り口は一つしかなく、運の悪いことにモールモッドが現れたのは、その唯一の入り口の方向だった。

 走馬灯が見える、とはこの事か。いや、まだ見えてはいない。柵があるからか、ほんの僅かだが余裕があった。

 テニスコートの整地用のブラシなどを入り口に固めておき、涙目で少しでも生き残る可能性を高める。

 しかし、そんなものはトリオン兵には改札口と変わらなかった。真っ直ぐ通るだけであっさりと破壊され、ゆっくりと女子生徒に近付く。

 

「あっ……ああ……!」

 

 あまりにリアルな死のイメージ。逃げ場など完全に無くなり、尻餅をついてヘタリ込むしかない。涙目で、ただただ動けなくなっている時だった。

 モールモッドに、2〜3発の弾丸が降り注いだ。それにより、無機質なトリオン兵の意識は後方へ向く。動けなくなっている標的より、攻撃してくる敵の方が重要だ。

 こちらに銃口を向けているのは、モサモサした男前だった。いつもの感情が読み取れない真顔で、真っ直ぐとこちらを見ている。

 

「本部、こちら烏丸。警戒区域外でのゲートと保護対象を確認。近界民を始末します」

『了解』

 

 そう静かに言うと、右手のアサルトライフルをしまい、孤月を出した。さっきはこちらに意識が向いていない上に時間が無かったから撃てたが、今回はこちらを警戒している。敵の後ろに民間人がいるのに、飛び道具はご法度だ。

 女子生徒は不安だった。目の前の少年は、ボーダー隊員とはいえ、学校でも有名なイケメン一年生だ。ボーダー隊員とトリオン兵が戦うところを見るのは初めてだが、果たして本当に人間があの化け物に太刀打ちできるのか。それも、たった一人で。

 そんな少女の不安を他所に、先に動いたのは烏丸だった。地面に手を置き、静かにトリガーの名をとらえた。

 

「エスクード」

 

 直後、モールモッドの真下から壁トリガーが出て来る。殴り上げられる形で宙に浮いたモールモッドは、前方に大きく回転しながら落ちてくる。

 大きな隙が生まれた直後、烏丸は一気に距離を詰め、高さを合わせてジャンプすると、モールモッドの身体を一撃で両断した。

 見事に真っ二つにし、テニスコートの中に着地し、腰を抜かしている二年生の少女の隣に降り立った。

 

「……目標沈黙」

 

 静かにそう言う彼を前にして、彼女は恋に落ちる音を聞いた。

 

 ×××

 

 校門の前に現れたモールモッドは、校舎内に入ることはしなかった。それよりも、街の通行人に襲い掛かる。横を通りかかった車に対し、ブレードを思いっきり振り下ろした。

 運転席に直撃するような事はなく、ボンネットを丸々切断し、衝撃で車の後方は大きく跳ね上がった。

 

「キャアアアアア‼︎」

 

 車の中で悲鳴が響き渡る。エアバッグが発生したが、それによって視界が塞がれる。空中で回転する車内では、前も後ろも横も分からない運転手が回転している。

 死んだ、なんて諦める余裕もなかったが、ガクンとその車体が止まった。頭から血が流れていて、何がどうなっているのか分からないが、とりあえず窓の外を見た。すると、目の前にいるのはいつも如何にもツンツンしてそうな、タコさんウィンナーみたいな髪型の少女だった。

 そんな少女が、車を受け止めて、地面に着地した。

 

「ふぅ……まったく、海外の映画じゃないっつーの」

 

 香取隊隊長香取葉子が、実に面倒臭そうに立っていた。

 そう舌打ちしながら呟くと、車を降ろし、ドアを開け、自分に対して不機嫌そうな表情のまま言った。

 

「さっさと出て逃げて」

「え、あっ……」

「何よ、立てないの? 仕方ないわね」

 

 何も言っていないのに、肩を貸して車から出してくれた。意外と良い子なのかもしれない。

 優しい人で良かった、とホッと胸をなでおろしたのもつかの間。後ろからガシャガシャと無機質な足音が聞こえる。

 迫り来ているのは、言うまでもなく戦闘用トリオン兵だ。

 これはまずい。自分を抱えたままでは、このボーダー隊員は戦えないかもしれない。

 

「チッ……余裕のない奴ね」

 

 自分に言ったのか、それともトリオン兵に対して言ったのか、何れにしてもさらに不機嫌そうな表情になったが、彼女だけは唯一、余裕のある様子だった。

 そして、誰か向かって言っているのか、さらに不可解だったが、少女は話し口調で言った。

 

「麓郎、雄太。狙わなくて良いからさっさとやっちゃいなさい」

「「了解」」

 

 直後、どこから出て来たのか、急に姿を現したメガネとモジャモジャした髪型の二人組がサイドからトリオン兵の両足を吹っ飛ばした。

 これによって、モールモッドは攻撃の手段をなくす。残り、出来る行動は逃亡だけだ。

 しかし、それは自分を担いでいる少女が許さない。いつのまにか手にハンドガンを握っていた少女は、ドカンドカンと3〜4発放ち、モールモッドの目を貫通した。

 

「はい、終わり」

「お疲れ、葉子」

「俺達、オフで良かったよね、葉子ちゃん」

「まだ終わりじゃないわよ。この人、病院に運ばないと」

「終わりっつったのはお前だろ」

 

 そう気安く話す三人は、どうやら見知った顔のようだ。

 

「病院より保健室で見てもらった方が早くない?」

「一応、救急車呼んだいた方が良いでしょ。麓郎、あんたは救急車。雄太はこの人、一緒に連れて行って」

「はいよ」

「分かった」

 

 テキパキと役割分担していた。こうして見ると、ボーダーというのは本当に頼りになる組織だ。警戒区域から離れているにも関わらず、敵が現れたすぐに助けに来てくれる。しかも、まだ成人もしていない少年少女達が。

 その事に安堵しつつ、保健室におとなしく運ばれていった。

 

 ×××

 

 屋上では、海斗が生身でモールモッドと戦っていた。まぁ、海斗の攻撃は通らないので、ほとんど一方的に防御していただけだが。

 ほんと、非番の隊員が少ない時に限ってこれである。せめて距離をおければ変身できるのだが、生身よりモールモッドの方が早いため、それもかなわない。

 

「……チッ」

 

 ただでさえ昨日、白髪のチビにボコボコにされていたというのに、さらに生傷が増える。

 どうにかして距離を離したいものだが、反撃しなければ話にならない。屋上で逃げ場がない辺りが、また厄介なのだが……。

 

「……あ」

 

 いや、あった。距離を取る方法が。一つだけ。死ぬかもしれないが、その時はその時だ。

 モールモッドの攻撃を避けながら、徐々に下がっていく。下がった距離だけ詰めてくる。流石、プログラムされているだけあって、攻撃のテンポは徐々にこちらを追い込むように仕込まれている。しかし、だからこそ次の攻撃は読めるものだ。

 屋上の金属の柵を盾に、正面から打ちあわず横からの攻撃は下、あるいは上から、上下からの攻撃は横から打ち込むようにガードし、軌道を逸らす。それでも無傷ではすまないが、身体を半分こされるよりマシだ。

 背中を柵まで追い込まれた。これ以上は、一撃で一階まで自由落下だ。それでも慌てずにモールモッドの一振りをジャンプして回避する。

 その直後、先程と同じようにブレードの付いていない部位で自分の腕を横に薙ぎ払った。ギリギリ、鉄パイプを横にしてガードしたものの、踏ん張りはどうしようもない。

 メキリ、と肩を軋ませる音と共に屋上から投げ出された。

 しかし、それこそ海斗の望んでいた展開だ。空中で落下しながら、ポケットからトリガーを取り出す。

 

「シャザム‼︎」

 

 直後、海斗の両手・両足が光に包まれる。先から順に身体の中心に向かうように、学ランから黒いスーツへと変化し、傷の多かった身体は新品の無傷へと姿を変えていく。

 トリオン体への変身を完全に終えた直後、海斗は片手にレイガストを出した。

 

「スラスター」

 

 直後、海斗の身体は右手を中心に一気に真逆の真上に切り返され、屋上まで逆噴射する。片膝と片拳を地面に着け、着地した。

 目の前に相対するモールモッドに表情なんてものはない。それでも狼狽えているように見えた。

 

「100倍返しな」

 

 直後、海斗の身体は真っ直ぐに直進する。スラスターもテレポーターもグラスホッパーも使っていない。

 ただ、突撃し、正面から両手のスコーピオンを振るい、モールモッドをバラバラに斬り裂いた。通り過ぎた頃にはモールモッドの両鎌と全ての脚はその辺に転がり、弱点の目には拳の形の穴が開けられている。

 

「……あー、疲れた」

 

 ボヤきながら、攻防の最中に落としてしまったスマホを拾った。画面は粉々で、ホームボタンを押してもうんともすんとも言わない。

 

「……壊れちまった」

 

 こういうの、ボーダーはお金出してくれたりするのだろうか。新しくスマホ買い換えるお金なんかない。

 トリガーを解除して元の姿に戻ると、全身に傷の痛みが走る。改めて両腕や身体を見ると、割とズタボロにされていて、チラホラと血が出ていたりする。

 胸の踊る喧嘩は好きだが、別にボロボロにされたいわけではない。昨日に引き続き、今日もズタズタにされた海斗の機嫌は一気にすこぶる悪くなった。

 

「教室に戻るか」

 

 そう呟いて、屋上を後にしようとした時、屋上に人が現れた。烏丸京介だ。

 

「陰山先輩。いたんすか」

「おせーよバカ」

「大丈夫すか?」

「大丈夫じゃねーよ。生身でトリオン兵とやり合ってたんだぞ」

「すみません。俺も校庭の奴、始末してたんです。校門の方は香取隊がやってくれました」

「え、なんで屋上に誰も来てくれなかったの?」

「だって屋上は普段、立ち入り禁止されてるじゃないすか。人が少ないんですから、多い方から優先するに決まってるでしょう」

 

 校則を破るとロクなことが起きないことを、身を以て痛感してしまった。実際、普段は屋上には人はそれなりにいる。今日だけは、海斗しかいなかったわけだ。

 まぁ、何はともあれこれで終わりだ。せっかく来てくれたイケメンの後輩に、海斗は任務を言い渡した。

 

「丁度良いわ。俺、病院行くから午後の授業サボるって言っといて」

「了解です。……ちゃんと病院行ってくださいね?」

「るせーわ。分かってるっつーの」

 

 行くつもりはないが。作戦室にこもって、傷の手当てをするだけだ。

 

「しかし、こうしてるとやっぱ危ねえな。警戒区域外でのゲートっつーのも」

「当たり前すよ。俺のとこもギリギリでしたし。あと一歩で一人死んでましたから。香取隊も吹っ飛んだ車の運転手は怪我してましたし」

「……車が吹っ飛んだの?」

「はい」

 

 怖っ、と海斗は思ってもないことを呟いてみる。まぁ、その辺は自分達の仕事ではない。

 さっさと作戦室に戻った。

 

 ×××

 

 本部に向かう連絡通路に到着した。トリガーを起動しているため、トリオン体でここまで来た。と、いうのも、ズタボロで帰還したら他の人に見られ、最悪、通報されることもあり得るからだ。

 通路を通り、本部に到着して、足早に作戦室に向かう。二宮隊はオフで高校生3人は6限まであるが、二宮は大学の時間で3限まで、つまり昼休みの後の講義で帰宅してきてしまう。

 大学の講義は90分だから、3人より少し早く一番怖い人が帰ってきてしまうのだ。

 だから、一刻も早く作戦室に向かおうと……。

 

「ウィス様ぁー!」

 

 うるさいのが来た。自分をそう呼ぶのは一人しかいない。

 

「……ふ、双葉……!」

「ウィス様、お疲れ様です!」

「お疲れ。じゃ、俺は作戦室に」

「待ってください。お稽古つけて下さい!」

 

 嫌だった。今は特に。疲れてるし、傷の手当てもしておきたいし。しかし、ここ最近は二宮隊との訓練が多かったため、双葉との特訓の時間はあまり取れず、今では双葉はかまってちゃんになってしまった。

 ちなみに、ウィス様とは第三の呼び名である。次は何にしようか悩んでいるとこでもあった。

 そんな話はさておき。双葉の面倒を見るのが嫌なわけではないが、流石に今は無理だ。心を鬼にしてお断りさせてもらうしかない。

 

「悪い、今はちょっと……」

「また、ですか……?」

「よし分かった。今すぐ面倒見てやる」

 

 本能がコンマ数秒で勝ってしまった。

 

 




バカのトリガーセットが変わりました。
MAIN
スコーピオン
レイガスト
スラスター
???
SUB
スコーピオン
バッグワーム
シールド
???

???はまだ決まってないとかじゃないです。本当に。


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社会人にならなくても「報連相」は大事。

 さて、どうしたものか、と海斗は悩んでいた。ついうっかり了承してしまったが、何処で面倒を見れば良いのか。

 二宮隊の作戦室では二宮がいつ帰ってくるか分からないし、かと言って加古隊の作戦室では怪我の上にチャーハンという泣きっ面にハチ状態になるのは明白だ。

 従って、二人の部隊の作戦室は使えない、とかなんとか色々と考えたが、なんかもう面倒になってきた海斗は、修行を優先することにした。

 ちなみに、双葉に傷を手当てしてもらうのもなしだ。下手に心配をかけさせたくないので。

 訓練室に入り、早速弟子に声をかける。

 

「よし、じゃあやろうか」

「はい! アレから私も強くなりましたから。そろそろウィス様に勝っちゃうかもしれませんよ?」

「どんぞ、勝っちゃってください」

「ええ……師匠としての矜持は……」

「勝てるもんなら」

「む、やっぱりウィス様ムカつきます」

 

 そう言いつつ、海斗は自分の身体の様子を確かめるように、首や腕、足首を回して準備体操する。大怪我したものの、トリオン体に問題は出ていないようだ。

 

「……」

「ウィス様?」

「っ、な、何?」

「どうかしましたか? 何か、ボーッとしてましたが」

「や、何でもない」

 

 何か、違和感を感じる。怪我がトリオン体に響いているのだろうか? いや、そんなはずはないのだが。

 毎日とは言わないが、風間、小南、村上に次いで海斗との戦闘が多い双葉がそれに気づかないはずがなかった。

 

「……どこか調子が悪いのですか?」

「いいからかかって来い。瞬殺するぞ」

「出来るものなら」

「よっしゃ。来いや」

 

 そう言った直後だった。双葉が正面から突っ込んで来て、拳を自分の顔面に振るってきた。

 

「うお」

 

 危ね、と言わんばかりに仰け反って避けると、さらに次は孤月の一閃が目の前を通り過ぎる。

 身体を後ろに倒して避けると、ガクンと脚の体重が抜ける。足払いによって、身体が大きく傾いた。

 その海斗に対し、スラスターで追撃する双葉だが、その前に海斗は後ろに手をついてバク転で距離を置いた。

 

「逃がしません」

 

 その海斗に旋空孤月。そしてそのブレードの裏に被るようにスラスターによる投擲。

 それを海斗はあっさりと回避したが、連続攻撃はそれだけではなかった。最後に飛んできたのは双葉自身。韋駄天を用いて、孤月を振るった。

 顔面ではなくボディに飛んでくる高速の一閃に対し、海斗はようやくガードした。レイガストとシールドを重ね、後方に大きくぶっ飛ばされながらもダメージを回避する。

 

「っ……!」

 

 奥歯を噛み締めながらも双葉は攻撃の手を緩めない。しかし、その単調になった動きを待っていた海斗は、双葉の孤月を握る手を握り、足を払って転がそうとした。

 だが、双葉はそれも想定済みだった。その払いをジャンプで回避し、顎に膝蹴りを放った。

 

「ちっ……!」

 

 クリーンヒットしたように後ろに仰け反る海斗を見て、ようやく隙が生まれた、と双葉は小さく笑みを浮かべた。あとはトドメを刺すだけ。ジャンプしながら両手を振るった。

 スラスターで無理矢理、加速した拳と、伸びるブレードで挟み撃ちするようにトドメをさす。後ろ、横、上、何処に逃げても必ず何かは当たる。

 しかし、双葉には違和感しかない。どうにも、自身のカウンタータイプの師匠を、簡単に追い詰め過ぎた気がする。両手での同時攻撃は強力だが、その分、隙は大きい。

 考えてみれば、自分の膝蹴りは、本当に当たったのだろうか? 

 

「警戒したか?」

 

 ゾッとする声が響いた。目の前を見ると、海斗は自分の膝を顔の前で受け止めていた。

 直後、脚からグンッと引っ張られる感覚が全身を襲った。スラスターによってそれは加速する。

 巴投げの要領で、後ろに放り投げられた黒江は、韋駄天を使って無理矢理、海斗から距離を置いた。このまま近距離で戦うのはマズイ。

 しかし、海斗はそれをも許さなかった。壁に着地した双葉にレイガストを投げ、壁に固定する。

 

「!」

 

 その隙に一瞬で距離を詰め、海斗は右手に光のブレードを出す。だが、双葉も負けじと身動きが取れない状態のまま片手のレイガストのスラスターを噴射し、ブレードを飛ばす。

 それをスコーピオン脚で蹴り上げて相殺すると、海斗の勢いは止まらずに双葉に拳を振るう。双葉も孤月を突いたが、海斗の拳速はそれを遥かに上回る。

 双葉の顔の横を通り過ぎ、訓練室の壁に直撃した。

 

「……まだやるか?」

「……うー」

「んこ?」

「ーっ! ーっ!」

 

 悔しそうに唸る愛弟子のセリフの続きを当ててみたら、無言で孤月と呼び出したレイガスト(刃)を無言で鼻息をふかしながら振り回す。どう考えてもバーサーカーだ。これはレイガストはしばらく解けない。

 

「よし、じゃあ今日はここまでな」

「待って下さい。まだ物足りないです」

「悪いが、今日は疲れてんだ。一戦で勘弁してくれ」

 

 やはり、どうにも本調子ではない。普段なら一戦で疲れるような事はないし、双葉の攻撃も余裕を持って避けることが多かった。カウンターを測るには、余裕を持つことはタブーであり、敵の攻撃がキャンセル出来ないギリギリまで引きつけて回避し、反撃する事が鉄則である。

 今日はもう帰ろうかなーなんて思いながら訓練室の扉を開けようとする海斗を眺めながら、双葉は悔しそうに奥歯を噛み締めた。

 弟子にしてもらって、半年近く経とうとしているのに、未だ白星を獲得することができない……とかではなく、加古に教わった事を思い出していたからだ。

 

『ふふ、双葉。男の子におねだりする時はね? 女の武器を最大限に使うのよ』

 

 同性の双葉から見ても美人な表情が、頭の中で悪戯っ子のように微笑む。

 

『例えば、顔とか、表情とか。後はー……そうね。身体、とか』

 

 思い出すだけでも、頬が紅潮し、体温が高まっていくのがわかる。「後はー……そうね」なんて思いついたように言っているが、こちらが照れるのを分かっている意地悪のつもりなのは明白だった。

 しかし、そんな内容でも隊長の教えである。物足りない双葉が師匠におねだりするには絶好の機会だ。

 深呼吸をし、呼吸を整えると、一気に走って駆け寄り、後ろから海斗の腕に抱き着いた。

 

「お、なんだ?」

「う、ウィス様!」

 

 狼狽えた海斗の腕に、ない胸を押し当て、真っ赤になった顔で精一杯の上目遣い(海斗から見たら睨んでるようにしか見えなかったが)で、勢いに任せて言い放った。

 

「も、もっと師匠とたくさんシたいです!」

「も、もうあと500戦やろうか」

 

 もうあと500戦やった。

 

 ×××

 

 バカみたいにハッスルしてしまい、双葉は疲れ果てて作戦室で眠ってしまった。体力馬鹿の海斗は割と元気で寝てる双葉の頭を撫でてやっていた。

 すると、作戦室の扉からノックの音。誰だろうと思い、応対すると三輪が立っているのが見えた。

 

「三輪?」

 

 あ、そういえば誤解はどうしよう、なんて思いついたのもつかの間、三輪はすぐに用件を話した。

 

「海斗、少し良いか?」

 

 いつのまにか、下の名前で呼ぶような仲になっていた。と、いうのも、たまに三輪隊のメンツと遊びに行ったり飯を食いに行ったりする事があるからだ。

 しかし、海斗は「秀次」なんて気安く呼ぶことはできない。やはり、騙しているようで気がひけるからだ。

 

「お茶でも飲んで行くか?」

 

 とりあえず、これは良い機会だ。今日こそ、誤解を解かねば、そう思って部屋の中に招き入れようとした。如何に三輪が気難しい性格で、仮にブチギレたとしても双葉のキューティーエンジェル寝顔を見れば怒る気も失せると思ったからだ。

 

「いや、大きな声で話せる内容ではない。うちの作戦室で話そう」

 

 ダメだった。自分の作戦室なら良いけど三輪隊のじゃ無理、とも言えないし、付いていくしかない。

 

「ちょっと待ってて」

 

 扉を閉めると、トリガーを解除し、学ランの上着を脱いだ。眠っている双葉の上に掛けてやると、再びトリガーを起動し、スーツ姿で扉を開ける。

 

「お待たせ」

「誰かいるのか?」

「双葉が寝てる」

「……ロリコンか?」

「シスコンが言うな」

「……チッ」

「や、お前から言い出したんだろうが」

 

 そんな話をしながら二人で三輪隊の作戦室に向かった。

 しかし、大きな声で話せない内容とはなんだろうか? まさか、自分が実は近界民を憎んでいないことがバレたのかも。

 

「そういえば、海斗」

「な、何?」

 

 ビクッと肩を震わせる海斗。こんな反応を見せるのは三輪だけなので、本当に天敵になりつつあった。実際、トリオンを使っての戦闘も鉛弾は海斗のスタイルからは相性最悪なので、天敵になってるのは何も人間関係だけではない。

 

「大丈夫だったのか? 学校にもトリオン兵が出たと聞いたが」

「ああ、そっち……」

 

 話題に少し安堵しつつ、なるべく平常心を保って答えた。

 

「平気だ。烏丸とか香取隊も動いてたみたいだし、死人が出るような騒ぎにゃならなかったよ」

「そうか。なら良かったが……しかし、烏丸や香取達とも連携していたのか」

「連携はしてねーよ。それぞれ、トリオン兵が現れた場所に急行しただけ。屋上と校門とグラウンドの三箇所に出たらしいからな」

 

 実際の所、海斗だけは急行した、というより目の前に現れた感じなのだが、そうなると「じゃあなんでお前無事なの?」って話になりそうなのでやめておいた。

 

「しかし、お前が無事で良かった。お陰で、こいつも返せるからな」

 

 そう言って三輪が手渡してきたのは、一冊の漫画本だった。タイトルはDr.ストーン。

 

「ああ、どうだった?」

「面白かった。勉強にもなったしな。理系科目にも興味が出た」

「だろ? ゼロから始まるってのはこういうのだよな」

「逆に、これを読んでて何故お前は勉強したくならないのかが分からなかったがな」

「……うるせーよ」

 

 端的に言えば、Dr.ストーンとはすごく頭の良い少年が文明の滅んだ世界で科学の力で一から文明を再築していく話だ。一話でいきなり、全人類が石になるあたり、割とスリリングな話でもある。

 

「しかし、海斗。お前が両親が殺されても平常心でいられるのが分かる気がしたぞ」

 

 その台詞に、海斗は肩を震わせた。唐突に触れたくない話題に、体内から爆発しそうになったが、三輪はふっと微笑んだまま続けた。

 

「こういった、漫画やゲームとかの娯楽によって、ストレスや過去の苦しみから逃れているんだな……」

 

 違います、と一発で否定してやりたかったが、そう簡単には出せなかった。実際、そんな気は毛頭無いし。

 しかし、そろそろ話すべきだ。昼休みに氷見や宇佐美に言われた通り、いつまでもダラダラと引き延ばせる話ではないし、引き延ばせば延ばすほど言いづらくなる話でもある。

 意を決して、声をかけようとした。

 

「三輪、俺実は……」

「着いたぞ」

「……」

 

 着いちゃった。これから、三輪の案件を話されることだろう。まぁ、その後に話せば良いか、と思い黙って中に入った。

 中に入ると、まず出迎えてくれたのは月見蓮だった。相変わらずの美少女お嬢様っぷりで、微笑みながらコーヒーをカップに注ぐ。

 

「おかえりなさい、三輪くん。いらっしゃい、陰山くん」

「ただいま」

「おーっす」

「……海斗。おっすじゃないだろ」

「気にしてないから良いわ、三輪くん」

「ほら見ろバカめ」

「風間さんが遠征から帰って来たら、まとめて報告すれば良いだけだから」

 

 風間隊は太刀川隊、冬島隊と共に遠征に出向いていた。この3チームはボーダーに存在する8チームしかないA級部隊の中でもトップ3の部隊であり、玉狛を除けば最強と言っても過言ではない部隊だ。

 だから、遠征部隊に選ばれるのも当然と言えば当然だが、お陰で海斗はものすごくコいている。たまに二宮に怒られないと、もはや暴れん坊将軍だ。

 

「ははっ、おわったな。海斗。蓮さんはマジで報告するぜ」

 

 作戦室の後ろから陽気な笑い声が聞こえる。米屋が愉快そうに笑っていた。

 

「あの、月見。いや月見さん。いや、月見様」

「なあに?」

「今度どら焼き買ってくるんで勘弁して下さい」

「それはどれの話? 歳上の人にタメ口をきいてる話? 夏休みに出水くん達とカブトムシとってきて、私の肩に乗せた話? 風間さんの作戦室でカマキリが大量発生した時の犯人が陰山くんと影浦くんだった話? 先週、米屋くんと作った雪だるまを開発室に持ち込んで『これ鬼怒田さんの弟!』って見せる前に溶かして大惨事にした話?」

「……どら焼き四つで手を打って下さい」

「お前、弱味握られ過ぎじゃね?」

 

 月見の好きなものが和菓子だったために成立した取引の様子に、米屋が普通にドン引きしていた。

 まぁ、今回も秘密は守られたので問題ない。それよりも話に戻ってさっさと終わらせて双葉の寝顔を拝みたい。今はスマホが壊れているので、脳内メモリに保持するしかない。

 

「で、話って?」

「ああ、頼みがある。人型近界民と接触している可能性のあるC級の尾行を手伝ってほしい」

「おっほほーい思いの外真面目な話」

 

 どうせ「蓮さんにバレないよう害虫の処理を頼む」的な内容かと思っていた海斗にとっては意外な話で、少しギャップがあった。

 しかし、真面目な話なら海斗も真面目にならざるを得ない。特に、三輪秀次という人間に仕事関係の話で冗談は通じない。

 

「てか何、ボーダーに内通者がいんの?」

「そうだ。詳しく説明すると、昨日の夜に警戒区域内に現れたバムスターがバラバラになっていたんだが、ボーダーのトリガーによって倒されたものではなかった。しかし、それを三雲……C級隊員は自分がやったと言っている」

「なるほど……つまり、その三雲が近界民って事か?」

「バカか。そいつは正真正銘のC級隊員だ。今日も学校に出たモールモッドをC級の訓練用トリガーで撃退したとこだ」

「つまり、そいつは訓練用でボーダーのものじゃないトリガーでバムスターをバラバラにしたのか?」

「……月見さん」

「もうそういう事にしておいてあげたら? 多分、小一時間ほどかけて説明しないと理解しないし」

 

 助けを求める三輪の視線に、月見は優しく微笑む。

 なんだかすっごくバカにされた会話を目の前でされたが、海斗は一切、気にしなかった。今、変に食いかかって月見の機嫌を損ねるわけにはいかない。

 

「でも、なんで俺に協力を? お前らなら俺の協力なんかなくても行けるだろ」

「決まっている。ようやく、トリオン兵を使って俺達の家族を消した黒幕に会える。お前にも声をかけておきたかっただけだ」

「え、そうなの?」

「そうだ」

 

 厳密には、そうとは限らない。近界には無数の星があり、その近界民が自分達の家族を殺したトリオン兵を送り込んだ星とは限らない。勿論、そんな事を海斗は把握していないが。

 しかし、三輪にとっては近界民は全て敵であり、国が違かろうが関係無かった。そして、それは海斗にとっても同じだ。

 そもそも、海斗がボーダーに入ったのは、米屋と出水に誘われたのと、家族を殺されたまま終わるつもりはなかったからだ。あとは金のため。

 今回の三輪の誘いは、全てに合致する。犯人に会えるなら楽しみだし、ここで近界民を仕留めれば、ボーナスも入るかもしれない。

 

「良いよ。やろうか」

「……お前なら、そう言うと思った」

「今から?」

「明日の朝からだ。三雲の家の前に張り込む」

「えーそれ平気なの? 通報されない?」

「問題ない。ボーダーと言えばどうとでもなる。なるべく自然な格好を心がけろよ」

「自然な……良し、任せろ」

 

 そう言って、その場で作戦会議が始まった。

 こうして、海斗はまた誤解を解くのを忘れた。

 

 ×××

 

 海斗が三輪隊の作戦室を出た頃には、もう夜9時を回っていた。明日の作戦会議に追加し、ジャンプ系漫画について語り合ったり、二宮について語り合ったりした。

 さて、それよりも、だ。明日は朝早いし、さっさと帰らねばならない。一応、作戦室に顔出すことにして、未だにソワソワしてしまう作戦室に向かった。

 到着して中に入ると、なんかやけに忙しない空気が流れていた。

 

「辻、病院には行っていないんだな?」

「はい、近くの病院にあたってみましたが、来ていなかったそうです」

「犬飼、携帯は繋がったか?」

「いえ、ずっと通じません。電源が入っていないか、電波の届かないとこだそうです」

「チッ……氷見、黒江から何か聞けたか?」

「いえ、やはり双葉ちゃんも詳しい事は知らないそうです。確かにさっきまで一緒にいたそうなのですが……」

「お、何何? 誰か探してんの? 俺も手伝うぜ」

 

 ノコノコ出て行ったのが海斗の運の尽きだった。二宮、犬飼、辻、氷見の四人が海斗の方を見る。真顔で。これほど恐ろしい真顔を、海斗は知らなかった。

 

「え、なに」

 

 また反射的に漏らしてしまったその台詞に、四人はビキリと青筋を立てる。唯一、普段と変わりない二宮が、海斗に尋ねた。

 

「お前、今までどこにいた」

「え、三輪隊の作戦室だけど……」

「じゃあ聞き方を変えよう。学校を早退して何処で何をしていた?」

「そりゃあ、双葉と修行を……」

「学ランの上着に血痕が残る程の傷を負っておいてか?」

 

 そう言いつつ、二宮は真顔で上着を見せつける。黒い学ランなので目立ってはいないが、確かに血が付着していた。今更になって、自分の迂闊さを習った海斗だが、何もかも遅い。

 四人、全員が海斗を睨んでいる。

 

「あの……なんで怒ってんの?」

「……なんで、だと?」

 

 思わず聞き返すと、二宮の眉間にシワが寄った。珍しく冷静じゃないその挙動は、すぐに海斗と距離を詰めると、胸ぐらを掴んだ。

 

「チームメイトが通ってる高校が襲撃され、血痕の残された上着を残し、音信不通になれば心配して当然だろうが……!」

「え、いや連絡してくれれば……あ、そっか。スマホ壊れてたんだ……」

 

 心配され慣れていない海斗は、こういった事態にも慣れていなかった。というか、心配されるなんて思ってもみなかった。両親ですら、自分が誰かと喧嘩した時は毎回、金で片付けていて「怪我はない?」なんて声をかけてくれたこともなかったから。

 

「どうせ、お前の事だ。トリオン兵と生身で戦っていたんだろう。近距離にゲートが出現したとかで」

「お、よくお分かりで」

「良いか。二度と危険な真似はするな。仮に危機が回避出来ず、怪我を負ったとしたら、俺にすぐに報告しろ」

「危険って……別にこのくらい平気……」

「黙れ。すぐ開くその口を少しくらい閉じていられないのか。大人が説教している」

 

 大人って、大学生じゃん。とは流石に言えなかった。こういう時、どういう顔をすれば良いのか分からず、海斗は不思議な表情を浮かべたままボンヤリしていた。

 海斗から手を離すと、二宮は海斗を睨んだまま言った。

 

「トリガーを解除しろ」

「え?」

「隊長命令だ。早くしろ」

 

 何処で隊長権限使ってんの? とも思ったが言えず、黙って解除した。もう慣れてしまった痛みが身体に響く。

 そんな海斗とは対極に、四人全員がその傷を見て、少し痛々しそうな表情を浮かべる。トリオン体で戦闘を繰り広げている以上、特に緊急脱出機能のあるボーダーの隊員は生傷とは無縁のものだ。

 二宮も顔にこそ出さなかったものの、小さく舌打ちをした。

 

「……チッ、氷見。救急箱は何処だ」

「あ、はい。オペレータールームにあります」

「取ってくる」

「私がやりますよ?」

「いや、いい。お前らはその間にそいつに制裁を加えてろ。何しても許す」

「待て待て待て待て待って。何しても許すって何? 何されんの俺」

「隊長権限だ」

「それはパワハラだろ!」

 

 ツッコミを入れたものの、二宮は無視してオペレータールームに入った。

 それによって、さらに居心地が悪くなった作戦室で、海斗に詰め寄ったのは、まず氷見だった。

 

「ビンタとビンタ、どっちが良い?」

「え、一択じゃんそれ」

「生身でビンタとトリオン体でビンタ」

「……生身で」

「分かった。トリガーオン」

「え、待て待て待て。生身って言わなかった?」

「あんたが生身かトリオン体かって事」

「なんて引っ掛け!」

 

 氷見はオペレーターの護身用、戦闘体に身を包む。流石に殺されると思い、逃げようとした海斗だが、犬飼が後ろからそれを抑えた。トリオン体で。

 

「ダメだよ、海斗くん。大人しくしてなきゃ」

「歯医者に連れてかれた子供みたいな言い方すんな! 辻! 助けろ!」

「無理」

「そうだったな! お前は氷見に逆らえないもんな!」

 

 直後、バチンッという一発の音が響き渡った。思わず犬飼も辻も目を逸らす。

 開いた時には、真っ赤に腫れ上がった頬から煙をたなびかせる海斗と、トリガーを解除した少女は作戦室から立ち去っていくのが見えた。

 

「……痛そ」

「まぁ、痛いでしょうね」

 

 倒れている海斗の横に、犬飼と辻がしゃがんでツンツンとつついた。

 

「おーい、生きてる?」

「これに懲りたら、いい加減『報連相』を覚えることだね」

「……身に染みた」

 

 身体を起こし、小さくため息をつく海斗に犬飼が珍しく真面目な表情で続けた。

 

「海斗くんが知ってるかは知らないけど、うちのチームは前に一人、いなくなってるんだよね」

「あ?」

「民間人にトリガーを横流しして、ゲートの向こうに渡って行ったんだよ。弟を探しに」

「……え、それヤバくね?」

「勿論。記憶封印措置になる最大級の違反行為だよ」

 

 そんな奴がいたのか、と海斗は少し意外そうな顔をする。

 

「だから、二宮さんもひゃみちゃんも、勿論、俺や辻ちゃんも、もうチームメイトの誰かを失うような事は経験したくないんだよ」

「……」

 

 なるほど、と海斗は少し悔やんだ。正直に言って、あの場で生身でトリオン兵を相手にしたのはやむを得ないと思っている。逃げれば他の生徒が巻き添えになっていたかもしれないし、あの間合いなら下手に逃げれば逆に殺されていたかもしれない。

 しかし、怪我を隠そうとしたり、他の誰かに……それこそ烏丸にスマホを借りるなりして無事だと連絡をするべきだった。

 

「……悪かったよ」

「俺に、じゃないよ。や、俺や辻ちゃんやひゃみちゃんもだけど、二宮さんに謝ってきな」

「ああ、そうする」

 

 珍しく割と本気で反省した海斗は、小さく会釈するとオペレータールームに入った。

 中では、二宮が救急箱を探していた。まだ探してんのかよ、と思ったが、とりあえず用件を済ませることにした。

 

「二宮さん」

「分かれば良い」

 

 謝る前に止められてしまったが、謝り慣れてない自分への二宮なりの気遣いなのだろう。

 なので、代わりに「報連相」を理解した事を示すために、一つ報告しておくことにした。

 

「もう一つ良いですか?」

「なんだ」

「明日、三輪隊と合同でC級隊員を追うことになったんですよ」

「……ほう。聞いておくが……とりあえず、怪我の手当てが先だ」

 

 そう言って救急箱を見つけた二宮に手当てをしてもらいながら明日の任務について話をしておいた。

 途中、二宮から忠告を受けたりしたが、とりあえずは許可をもらえた。

 

 



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バカの凝り性は後悔するように出来ている。

 翌日、早朝から三輪と米屋と月見はボーダー本部に来ていた。今日はとあるC級隊員を尾行するからだ。

 三輪と米屋だけなら現地集合でも良いのだが、今日はもう一人いる。そいつはバカだから多分、住所とか読めないんだろうな、と予想してのことだった。月見は、念のため海斗に真面目にやるよう、釘を刺すために待機している。

 ラウンジで制服で待機しながら、米屋がスマホの時計を見てぼやいた。

 

「……遅ぇな、あのバカ」

「ふむ、そうだな。もう五分過ぎている」

「修学旅行の集合時間じゃねえんだぞ。あいつ」

「いや修学旅行は遅刻したらマズイとおもうんだが……あいつ修学旅行でも遅刻したのか?」

「先生にめちゃくちゃ怒られてた」

 

 そりゃ怒られる。飛行機にはギリギリ間に合ったものの、10分遅れは流石にキレられる。

 すると、月見がメモ帳に何か書いてるのが見えた。

 

「あれ、蓮さん。何してるんすか?」

「風間さんへの密告メモよ。また一つネタが増えたわ」

 

 開かれているページはメモ帳の後半の方である辺り、相当弱味を握られているようだ。

 流石に友人の弱味が面白いくらいに増えていくのは気の毒なので、少し気にかけてやることにした。

 

「……電話してみるか」

「ああ。頼む。陽介。10分も遅れられたら普通に困る」

 

 そう言って米屋がスマホを取り出したときだ。「おーい」と呑気な声が聞こえてきた。言うまでもなく海斗の声だ。

 

「悪い、遅くなった」

「遅いぞ。海……」

「何やってたんだよ、海……」

 

 文句を言う二人の口が止まる。

 何故なら、海斗の服装がすごかったからだ。いや、すごいのは服装だけではない。迷彩柄の軍人みたいな服装に、緑色に塗りたくられた肌、そして頭に緑な鉢巻を巻き、コメカミから木の枝を生やしていた。言うまでもなく、周りの注目を集めている。

 

「……なんだそれ」

「あ? 変装だよ。尾行に変装はつきものだろうが」

「住宅街でなんで植物に化けてるんだお前は! というか、お前、ここまでその格好でここまで来たのか⁉︎」

「なわけないじゃん。トリオン体で来たよ」

「つまり生身はそのままか⁉︎ 肌の色まで変えるとか何処まで間違った方向に本気出してるんだ!」

「馬鹿野郎! こういうのはやり切らないと意味ねえんだよ!」

「緑色の人に馬鹿って言う資格があると思っているのか⁉︎ 今すぐ洗い流して来い!」

「なっ……テメェ! 俺がここまで変装するのにどれだけ時間かかったと思ってんだ!」

「知るか! そんなナメック星人みたいなのと歩いてたら、それこそ目立つに決まってんだろ!」

「お前らもオレンジの道着と戦闘ジャケットを着れば良いだろ!」

「ここは真夏か真冬のビ○クサイトか⁉︎」

 

 なんて言い争いをしている二人はさらに注目を集めてしまう。ちなみに米屋は少し離れたところで腹を抱えて大爆笑中である。

 そんな中、二人の間に月見が入る。下らない内容で口喧嘩してる三輪は珍しいので見ていても良かったが、今はそんな場合ではない。

 

「三輪くん、陰山くん。いいから早くしたら? 時間無いわよ?」

「……蓮さん。でも、流石にこんなのと一緒に街を歩く勇気はないです」

「分かってるわ。先に陽介くんと行っててくれる? 私は彼を綺麗にしてから行かせるから。あと住所の読み方も教えておくわ」

「え、綺麗にって何? あ、住所の読み方は正直、助かる」

「了解しました。行くぞ、陽介」

「あいよ」

 

 無情にも立ち去る三輪と米屋。取り残された海斗は嫌な予感が心身ともにのしかかってきていた。

 ちなみに、海斗の肌の緑色はパンツの面積を除いて全て塗りたくっている。というのも、お袋の趣味がサバゲーで、狙撃手として動くための茂みに身を隠す、少しやり過ぎな程のセットが家にあるのを知っていたからだ。迷彩服もお袋のものである。

 綺麗に、というのは勿論、肌の色を落とすこと、と海斗は何となく察していたため、早い話がこれからパン一姿を年上の綺麗なお姉さんに見られるかもしれない、ということだ。

 

「……あの、月見様。いや月見女王」

「女王じゃないけど何?」

「自分でやるから、どうかご勘弁を……」

「ダメよ。あなたは面倒な事があるとすぐ逃げる子でしょう? 風間さんに聞いたわ」

「……」

 

 あの野郎、余計な事を、と思ったが、口にはできない。弱味が増えるだけだ。冷や汗を流している間に、月見は海斗の腕をガッチリと掴んだ。勿論、オペレーター用のトリオン体で。

 

「ほら、時間無いんだから。早く行くわよ」

「あの、ちょっ、待っ」

 

 待ってもらえず連行された。

 

 ×××

 

 とある一軒家から一人のメガネの少年が出て来た。みるからに真面目そうな雰囲気をまとった少年は、迷い無い足取りで家を出た後、何処かに歩いていく。

 その後ろで、三輪と米屋は駄弁っている高校生のように壁にもたれかかってその様子を見ていた。

 

「あのメガネボーイが近界民と繋がりあんの?」

「可能性はある」

「うへー、見かけによらねー」

 

 圧もプレッシャーも感じない、如何にもC級隊員といった雰囲気の少年を、陽介はコーヒーを飲みながら観察した。

 

「油断するなよ、陽介。人型近界民は大型トリオン兵をバラバラにした奴だ」

「そういやそうだな。やべー、テンション上がってきた」

 

 もたれ掛かっていた壁から離れ、二人も眼鏡の少年の後を追おうとする。

 その直後だった。

 

「よう、秀次。ぼんち揚食う?」

「っ! 迅……さん」

 

 さん、を付けるのがはばかられるのか、若干、言い淀む三輪だった。相変わらずだなーと米屋が思ってる間に、迅は二人に一枚の用紙を渡した。

 

「ほい。お前らに別の任務の指令書。結構、重要な任務っぽいから」

「なんだと?」

「じゃ、よろしく〜」

 

 のほほんとした声で立ち去る迅の背中を目で追いながら、三輪は奥歯を噛みしめる。

 

「迅……!」

「このタイミング、どうも読まれてるっぽいな」

 

 しかし、任務を放棄するわけにもいかない。それに、自分達の動きを封じてももう一人、強力なバカがいる。

 自分達が続行不可能になったのをメールすると、三輪と米屋は一時、本部に戻った。

 海斗が、尾行対象の少年の顔を見ていないことを忘れて。

 

 ×××

 

 メガネのC級隊員、三雲修は何があったのかも気付かずに歩いていた。向かっている場所は、以前、助けられたS級隊員、迅悠一との待ち合わせ場所。

 昨日、C級隊員であるにも関わらず訓練以外でトリガーを使い、クビになるところだったが、迅のお陰でなんとかそれを免れた。

 その代わり、これから迅が請け負った「イレギュラー門の調査」を手伝う事になっている。

 昨日、爆撃型とモールモッドに遭遇し、死人も出ていてイレギュラー門の危険性を感じた修は、緊張気味に冷や汗を流しながら歩いていると、目の前で茶髪の男の人がうなだれているのが見えた。

 具合でも悪いのだろうか? 微動だにしない様子を見て心配になり、声をかけてみた。

 

「あの……大丈夫ですか?」

「……?」

 

 顔を上げると、見知った顔だった。正確に言えば、少しちらっと見た程度だが。

 一昨日、空閑遊真と喧嘩して警察に連行された人だ。その時の傷が癒えていないのか、顔にちらほらと傷跡や絆創膏が貼られている。

 とりあえず、感想としては「ヤバい人に声を掛けてしまった」だった。

 しかし、目の前の男は自分を見るなり、虚ろな目のまま答える。

 

「誰?」

 

 覚えられていなかった。一昨日、警察沙汰になった人間の友人を忘れるか、と思ったが、まぁそれはそれでありがたかったので、特に何も言わなかった。

 

「あ、いえ……蹲っているようなので、どこか悪いのかなと」

「……ああ、悪いよ」

「え?」

「心が」

 

 知らないよ、と言いたかったが、ほぼ初対面、それもあの空閑とタイマンを張れる相手に、逆上させてしまうかもしれないことを言う必要はない。

 

「そ、そうですか……では、僕はこれで」

「待てやコラ。傷心気味のいたいけな少年を置いてどこに行こうとしてんだ」

「いえ、僕の方が歳下だと思うんですが……それに、人を待たせているので」

「あいたたたた! 胸が痛い! 心臓が痛いよ二宮さーん!」

「だっ……」

 

 誰だよ二宮さん、と喉まで出かかった。このままじゃ間違いなくこの変な人に足止めを食らう。

 どうしたものか悩んだが、それはすぐに解消された。

 

「海斗、お前ここで何してんの?」

「! じ、迅さん……!」

「……迅?」

 

 サイドエフェクトによって修のピンチを悟った迅が顔を出した。

 

「迅! お前で良いや、聞いてくれ!」

 

 今度は迅の方に泣きついた。S級隊員と知り合いなあたり、もしかしてこの変な人もボーダー隊員なのだろうか? しかし、にしては実力派エリートに対し「お前で良いや」なんて失礼過ぎる事を言っている。

 

「悪い、俺はこれからやる事あるから」

「なっ……お前まで俺を見捨てるのか! この薄情者!」

「なははは、そう言われても」

「警察にこれまでのセクハラ歴をぶちまけてやる!」

「待て待て待て。分かってるよ、ちゃんとお前の愚痴を聞くのに適任者がいるのを教えてやるから」

「誰?」

「レイジさん」

 

 それ以上の会話は無用だった。海斗の尊敬している人ランキング(別名:ご飯たくさんごちそうしてくれた人ランキング)堂々の一位であるレイジに会う口実が出来、一瞬でその場から消え失せた。

 トリオン体になった海斗は、スラスターを上手く用いて空中を高速で移動し、直線で玉狛に向かった。

 ポツンと取り残された修は、冷や汗を流しながら迅に尋ねた。

 

「……あの、迅さん。あの人は?」

「陰山海斗。B級一位部隊の攻撃手だよ」

「B級一位……」

「B級でも、あいつ一人の性能はA級並みだよ」

 

 そんなすごい人なのか……と、思ったが、同時に別の疑問が浮かぶ。

 

「……その、失礼ですけど……あんなに、バ……いや、頭良くは……いや、賢く無……その、思慮が浅そうな方なのに?」

「バカって言い切っちゃって良いよ。だってバカだし」

 

 やっぱそうなんだ、と思いつつ、それを口にはしなかった。

 

「まぁ、バカだしああやって操りやすい奴だけど、悪い奴じゃないから」

「そ、そうなんですか……?」

「さ、それより行こうか。イレギュラー門の原因を調べに」

 

 そう言って、二人は警戒区域に向かった。

 

 ×××

 

 玉狛支部は、ここ最近空気が悪かった。と、いうのも、小南がイライラしているからである。

 数日前からボーダーでは「陰山と氷見は付き合っている」みたいな噂が流れているからだ。それを聞いた小南は、それはもうイライラしている。自分でも何故、そんなイライラしているのかは分からない。しかし、イラついてる物は仕方ない。

 まぁ、空気が悪いと言っても、玉狛の隊員に空気を気にする奴はあまりいないため、ギスギスしているわけではないのだが。

 

「あーもうっ、とりまる! あんたちょっと模擬戦の相手しなさいよ!」

「嫌ですよ。ここ最近、小南先輩の戦い方、変に陰山先輩に似てきてますし」

 

 拳や蹴りを多用し、双月以外の攻撃もするようになった。一時期ではスコーピオンを入れたりしていたが、誰が見ても弱くなったのですぐに辞めたが。

 

「そんなに陰山先輩が遊びに来ないのが残念すか?」

「はぁ⁉︎ あんた何言ってんの⁉︎ そんなわけないじゃない! むしろ、せーせーするわ!」

「じゃあなんでそんなキレてんすか。あ、陰山先輩に彼女ができたから?」

「ちっがうわよ! ただ、氷見さんが可哀想なだけよ!」

 

 と、まぁ分かりやすいキレ方をするものだった。実際の所、烏丸には小南と海斗がお互いにどう思っているのか、なんて分からない。ただ、まぁ少なくとも小南にとっては友達以上ではあるんだろうな、と思う程度には仲が良い。

 だが、チームを組んでからというもの、海斗はあまり玉狛に来なくなった。まぁ、連携の練習やら任務やらで忙しいのだろう。二宮隊なら尚更だ。

 それを理解してか、小南もその時はイライラしていなかった。しかし最近になって例の噂が流れてからは、それはもうブチギレている。チームメンバーとの恋愛は不健全だ、だの、何しにボーダーに来てるの、だの、やる気ないならやめろ、だのと。

 いい加減、鬱陶しいので、とりあえず自分から遊びに行けば良いのに、とアドバイスするための、遠回しな言い訳をプレゼントした。

 

「なら、今ちょうど陰山先輩、怪我してますし、お見舞いのついでに問い詰めに行ったらどうすか?」

「嫌よ。まるで私があいつの彼女事情を知りたがってるみたいじゃない」

「……」

 

 本当に面倒臭い。いっそのこと、自分を助けるつもりで海斗にはここに来て欲しかった。

 そんな時だ。玉狛の扉が開かれた。

 

「レイジさああああああん‼︎」

 

 バカの怒声と共に本人が飛び込んできて、小南と烏丸が座ってる椅子の間の机の上に着地した。

 

「烏丸! レイジさんはいるか⁉︎」

「机から降りてください」

「そうだな、悪い」

 

 一時的におとなしく机から降りると、再び喧しくなった。

 

「で、レイジさんは⁉︎」

「下にいますよ」

「よっしゃ。今会いに行くぜ!」

「待ちなさいよ!」

 

 横から小南が口を挟む。何故か、怒りが地肌まで浸透している表情で海斗の腕を掴んでいる。

 

「なんで私は完無視なのよ! 挨拶くらい出来ないわけ⁉︎」

「また後でね」

「後でって何よ! 今、しなさいよ!」

「んだようるせーな。かまってちゃんかお前は」

「っ、だ、だれがかまってちゃんよ! あんたにだけは言われたくないわ!」

「ああ? 俺ぁ、かまちょじゃねーよ」

「あんた学校で一人で暇だったからって氷見さんに電話したんでしょう⁉︎ 知ってるわよ!」

「なんで知って……! ……宇佐美か。あの野郎、余計な事を……」

 

 しかし、このままでは話が進まない。さっき出来立てホヤホヤのトラウマを誰かにぶちまけるには、さっさとレイジの元に向かうしかないのだが。

 

「つーか、なんでお前にそんなこと指摘されなきゃいけないわけ? 別に俺が氷見に電話しようとカンケーなくね」

「っ、そ、それは……!」

「それとも何、もしかして自分に電話して欲しかった系女子? かまちょはどっちよ」

 

 直後、小南の顔は一気に真っ赤になり、烏丸は「あーあ……」と言わんばかりに額に手を当てた。なんでそんな言い方するかなあ、みたいな。

 案の定、小南の眉間にはシワがより、真っ赤になった顔は怒りの他に恥ずかしさも含まれている。ワナワナと徐々に開かれる口は大きく開かれ、それと共に小南の身体は海斗へとゆっくり伸ばされていく。

 

「出て行けこのバカァ────ーッ‼︎」

 

 絶叫と共に、玉狛から追い出された。

 

 ×××

 

「てわけで、結局、話聞いてもらえなくてさぁ。だから代わりに聞いてくんない?」

「え、今のそういう話だったの?」

 

 現在、真っ昼間。緊急招集をかけられた全ボーダー隊員は小型トリオン兵「ラッド」の駆除のため、街に駆り出されていた。

 それは二宮隊も例外ではなく、戦闘力を持たない雑魚を相手に四人まとまって動くのは無駄だと判断した二宮は、自分の部隊を二手に分けて捜索していた。

 

『そこの路地裏、ゴミ箱の裏にいます』

「ありがと、ひゃみちゃん」

 

 路地裏に入り、もう使われていなさそうなボロボロのゴミ箱の裏を見ると、本当に白い虫みたいなのがわしゃわしゃと動いていた。

 それに犬飼がサブマシンガンを向けてアステロイドを撃ち処理すると、海斗に顔を向けた。

 

「小南ちゃんとの話じゃなかったの?」

「や、それはいいよ。あいつアホだし、一週間も経てば頭から抜けてるだろうし」

「まぁ、海斗くんがそう言うならそれで良いけど……。で、どうしたの?」

 

 正直、小南の話を聞きたかったが、本人がそう言うのであれば口を挟むのはやめた方が良いだろう。それに、彼が傷心するのは中々、ない事なのでそっちの話に耳を傾けることにした。

 

「実はさぁ、今日C級の奴の尾行任務を三輪隊とやってたんだけど、そのために気合い入れて服装と肌を緑にして頭から木を生やして行ったら、ダメだって怒られて」

「うん、ツッコミどころは色々とあるけど、まず肌を緑って何? ナメック星人?」

「その下りはもういいわ。で、その時にさ、月見さんに身体を洗われて」

「え、何それ。どういう状況?」

「もう最悪だよ……女の人にパンイチ姿見られたの初めてだよ……。超死にてーよ……」

 

 割とどうでも良い。や、その相手が氷見か小南か双葉なら面白そうなものだったが、月見ならまず変なことは起こらない。歳下好きにも見えないし、中身が子供の男のパンイチを見たところで「あら、良い筋肉」程度にしか思わないだろう。

 

「……別に気にしなくて良いんじゃない?」

「バッカお前、男のプライド無し衛門か。絶対嫌だわ」

「なんでさ。プールとか行ったらパンイチ見られるじゃん」

「そこじゃねぇ。オトコが女の人に裸を見られて身体をタオルで拭かれたってのが嫌なんだよ。全身、触られたんだぞ」

「あー……そういうことね」

「メイドに世話される大富豪のダメ息子じゃねえんだよ」

「まぁ、でもほら。あの人はダメ人間を面倒見るの上手いじゃない。太刀川さんだってお世話になることもあるみたいだし、やっぱ気にしなくて良いと思うけど」

「あのダメヒゲと一緒にされてもな」

 

 そんな話をしていると、再び耳元に氷見の落ち着いた声が届く。

 

『無駄話してないで、次の獲物に向かって。そこのコンビニの角』

「あいよ」

 

 今度は海斗が見つけ、スコーピオンで一刺ししてやった。

 

「つーか飽きたわ。なんでこんな雑魚探して駆除しなきゃいけねーんだよ」

「そりゃイレギュラー門のためでしょ」

「分かるんだけどよ……。お前、テキトーにハウンド乱射しろよ。そうすりゃ勝手に追ってくれんだろ」

『バカ言わないの。流れ弾で街や市民に被害が出るに決まってるでしょ』

 

 耳元からも冷静なツッコミが聞こえる。ぐうの音も出ない正論に、海斗は何も言い返せない。しかし、そのまま黙り込むだけの奴ではない。

 

「あーもうっ、無理。作戦室に帰る」

「帰っても良いけど、誰もいないよ。本部もろとも」

「……チッ」

 

 正直、上層部のメンバーと防衛任務のメンバーはいるが、絡みのない海斗にとってはいないに等しい。

 

「てか、尾行の方は良かったの?」

「ああ、そっちは明日もやるってよ」

「ふーん」

 

 三輪には怒られそうになったが、意外にも月見がフォローしてくれた。男子高校生の気持ちを考えてくれたのだろう。特に、高校生に限らず男はバカのくせにプライドだけは一丁前な奴が多いため、その辺は謝っておく他ない。

 

「で、誤解の方は?」

「うっ、頭が……!」

『……はぁ、ヘタレ』

 

 耳から心底バカにしたような声が聞こえる。というか、そろそろツッコんでも良いだろうか? 

 

「お前さっきから男同士の話に聞き耳立ててんじゃねーよ」

『なら通信切れば良いじゃん』

「お前から繋いできてんだろうが」

『そりゃそうでしょ。あんたの弱みは月見さんに好評だもの』

「あの野郎、異常に詳しいとおもったら!」

 

 絶対に許さん、と心に誓っていると、隣の犬飼が声をかけた。

 

「まぁ、実際のとこ、ちゃんと言った方が良いよ、ホント。向こうが気付いて恨まれるパターンが一番、最悪だから」

「わーってるっつーの」

『それと、小南さんともちゃんと仲直りしなさいよ』

「それはいいっつーの」

 

 なんて軽口を叩きながら、ラッドを駆除して回った。

 

 ×××

 

 翌日。警戒区域内の駅、つまり運行はすでに中止された駅ではあるが、改札口や電線、線路、駅の運行表や路線図などがしっかりと設置されている。いつ電車が来てもおかしくない雰囲気だ。

 普段なら人や生物はおらず、静けさが支配している場所だが、今日はそうもいかずに、合計六人の人間がいた。

 中心にいるのは白い髪で、身体中に重しをつけた少年、その前で仁王立ちしているのは、茶髪のスーツの少年だった。

 しかし、その彼の視線は白髪の少年ではなく、その背後で白髪の少年についているものと同じで重さをつけ、線路に這い蹲っている黒い髪の少年に向けられていた。

 黒い髪の少年から発せられている色は、裏切りや失望の色が発せられていた。

 

「……海斗、貴様……!」

 

 自分の名を呼ぶ少年の瞳は、これ以上にない敵意を秘めている。

 

「やはり……近界民を恨んでいなかったんだな……⁉︎」

「……」

 

 海斗の視線は、逆に何の感情もこもっていないように見えた。

 

 



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人より頭の良いものはたくさんある。

 時刻は少し前に遡る。今日も海斗は三輪隊と元気に尾行中だった。

 今回は変な変装もせず、学生服で大人しく尾行していた。打ち合わせ通り、どちらかが前の時のように追えなくなった時のために、三輪と米屋、海斗に別れて、別の場所から監視していた。

 しかし、迅の介入もなくなんの弊害も無く尾行に成功し、ボーダー以外のトリガーの使用を確認した。何やらトリオン量を測っているようで、小さな女の子が黒い炊飯器のようなものから出ている舌のようなものを握っている。

 

「……使ったな、トリガー」

 

 別の場所から見物しているわけだから、米屋が声を掛けた先にはスマホがあり、海斗に繋がっている。

 

『あれ、つーかあの白髪……』

「知っているのか、海斗?」

『この前、あいつと街で喧嘩したわ』

「喧嘩だと? 勝てたのか?」

『勝ったよ。喧嘩は心が折れない限り負けないから』

「……そうか」

 

 そこは割とどうでも良いので、生返事で返す。すると、海斗の方から聞いてきた。

 

『どうする? 三輪』

 

 聞かれた三輪は平然と答えた。

 

「決まっている。海斗、隠密行動に徹して、俺達が万が一の時まで動くな。陽介、狙撃手が配置につき次第、仕掛けるぞ」

「了解」

『了解』

 

 普段の海斗なら噛み付くとこだが、昨日の失敗もあって今日は素直に従っていた。二宮にも怒られたし。

 その後、奈良坂と古寺から配置完了の声が届き、三輪と米屋はゆっくりと姿を現した。

 

「動くな、ボーダーだ」

「……⁉︎」

 

 メガネの少年、白髪の少年、小さな女の子が一斉に三輪と米屋の方に顔を向ける。

 

「ボーダーの管理下にないトリガーだ。近界民との接触を確認。処理を開始する」

 

 そう言いつつ、二人ともポケットから銃のグリップのような形状をした、小さな武器を取り出す。

 

「トリガー、起動」

 

 その声を合図に、二人の体は学ランからA級7位のエンブレムを掲げた戦闘服へと変化していく。

 日本刀型の孤月とホルスターを腰に付けた三輪と、槍型の孤月を手にした米屋が三人に接近した。

 

「さて、近界民はどいつだ?」

「今、そのトリガーを使っていたのはその女だ」

「だな。てか、あれトリガーなのか? なんか浮いてるけど」

「関係ない。仕留めて本部に持ち帰ればわかることだ」

 

 そんな会話をしつつも、2人に油断している様子はない。女の子から目を離すことは無かった。

 当然、その会話が聞こえていた眼鏡の少年、三雲修は、背の低い女の子、雨取千佳を庇うように立つ。

 

「待ってください! こいつは……!」

「ちがうちがう。近界民はおれだよ、おれ」

 

 横から白髪の少年、空閑遊真が口を挟む。三輪と米屋は足を止め、遊真に目を向けた。

 表情を変化させることもなく、あくまで機械的且つ、冷酷な真顔のまま目を向ける。

 

「……間違いないんだろうな?」

「まちがいないよ」

 

 ノータイムの返事が返ってきた直後、三輪もノータイムでホルスターからハンドガンを抜き、顔面に向かって三発の弾丸を浴びせる。

 

「なっ……何を……!」

「近界民はすべて敵だ。退いてろ、三雲。邪魔をするな」

 

 もはや、三輪の意識は修には向けられていない。静かな青い殺意が冷酷に遊真を見据えているだけだ。

 相手はA級部隊の隊長、自分の敵う相手ではないが、空閑遊真という人間を、少なくともこの世界では誰よりも知っている修には、見殺しには出来なかった。

 

「ま、待ってください! こいつは……!」

「おいおい、俺がうっかり一般人だったらどうするつもりだ?」

 

 うしろから呑気な声が修のセリフを遮る。弾丸はすべて、遊真の持つ盾によって塞がれていた。

 

「!」

「マジか、この距離で防いだ」

 

 よっこいせ、と起き上がる遊真はあくまで平和的に三輪に声を掛ける。

 

「あのさ、ボーダーに迅さんって人がいるだろ? 俺のこと聞いてみてくれない?」

「そ、そうです! 迅さんに聞いて貰えば……!」

「……ふん、やっぱり一枚噛んでいたか。裏切り者の玉狛支部が……!」

 

 その一言に、修は「裏切り者……?」と冷や汗を流すが、三輪は敵の前でそれ以上の情報を流すつもりはない。孤月を抜き、本格的に戦闘開始の準備を整えた。

 

「もう一度言うぞ、三雲。退け」

 

 その一言は、逆に言えば「この一度で警告は終わりだ」と告げていた。それでも修は食い下がろうとする。

 

「いえ、僕は……!」

「退いてろ、オサム」

 

 しかし、再び遊真によって遮られる。遊真も同じように戦闘体に身を包んだ。

 

「こいつらが用あるのは俺だ。俺一人でやる」

 

 真っ黒いスーツに変身したその姿に、銃や剣のような武器はない。素手での殴り合いメインだろうか? それなら、必要以上に距離を詰める事もない。

 と、普通の使い手だろうがそう思うだろうが、ボーダーには既に、拳と拳で語り合うバカが存在した。

 

「へー、海斗と同じスタイルか? 強そーじゃん。秀次、サシでやらせてくれよ」

「ふざけるな。こいつは、二人掛かりで確実に仕留める」

「二人掛かり?」

 

 何気なく張った三輪のブラフに、目の前の白髪の少年は反応してみせた。

 

「お前、面白いウソつくね」

「……!」

 

 見破られた? と三輪は一瞬だけ狼狽えてしまった。確かに、自分と米屋以外に、スナイパー二人とバカが一人、各々の持ち場に待機している。

 ハッタリでカマをかけているのか、それとも本当にバレているのか分からないが、やる事は変わらない。

 

「ここはひとつ、全員でじっくりと掛かるとしようか」

 

 米屋がそう言った直後、槍を一瞬で突き込んだ。A級部隊で戦闘狂らしい鋭い一閃だったが、目の前の少年はいとも簡単に避けてみせた。

 

「不意打ちがみえみえだよ」

「……と、思うじゃん?」

 

 直後、ブフォーッと首からトリオンの煙が漏れる。身体と切り離されたわけではないが、大量にトリオンが漏れ出し、慌てて自分の首を手で押さえる。

 その隙に三輪はハンドガンを向け、4〜5発の弾丸を放つ。それを斜め後ろに退がりつつ回避すると、接近していた米屋が槍を横に構えていた。

 

「やっぱりいきなり首は浅かったか」

 

 次の一撃は、ボディを狙ってのものだ。旋空によって穂先を拡張し、横に薙ぎ払った。

 それをジャンプで回避したものの、今度は三輪が接近している。壁際に追い込みつつ、拳では届かない距離で、一応武器での攻撃を警戒しつつハンドガンを放つ。盾を構える遊真だが、その盾を避けるように弾丸が曲がった。

 

「ハウンド」

 

 強引に跳んでジャンプして回避すると、別の建物の屋上が二箇所、パッと光った。飛んできたのは二発の弾丸。体を捩って回避したものの、片腕を吹き飛ばされた。

 

「チッ……!」

 

 そのまま落下し、線路に着地する。そこにさらに追撃しようとする米屋を、三輪が止めた。

 

「どうした? 秀次」

「大人しすぎる。こいつは何かを狙っている」

「それな。反撃する気がなさ過ぎるからな」

「この手のタイプはカウンターが得意なタイプかもしれない。不用意な攻めは避けろ」

「はいよ」

 

 やりづらい、と遊真は内心で舌打ちした。別にカウンターを狙っていたわけでもないが、無力化を狙っていたのは本当のことだ。

 そう言って、三輪はハンドガンを構えた。放たれたのは変化弾。遊真を囲むように襲いかかり、シールドを張ってガードされる。その隙に米屋が接近し、孤月を大振りで振り回す。

 それを遊真が避けた直後、飛んできたのは脚だった。

 

「⁉︎」

 

 蹴りが顔面に直撃し、後方に蹴り飛ばされる。そこに、三輪が弾丸をぶっ放した。さっきまでと違い、黒い弾丸だ。

 盾を構えたが、それをすり抜けて腕に直撃し、ズシンと全体重が持っていかれる程の重みがかかる。

 

「うおっ、なんだこりゃ。重っ」

 

 座り込むしかない上に立てない。かなり大きな隙、米屋も三輪もとどめを刺しにかかった。しかし、修の立場を考慮している遊真にとって、最も欲していたものだ。

 

『解析完了。印は「射」と「錨」にした』

「OK」

 

 無機質な声が聞こえる。それにより、遊真は殺される寸前だというにはあまりに正反対な笑みを浮かべた。

 

「『錨』印+『射』印、四重」

「⁉︎」

 

 直後、拡散するように飛んできたのは三輪の撃った鉛弾。それが三輪隊の二人に襲い掛かり、同じように線路、ホームにドシャリと這いつくばるように倒れた。

 

「おおー、いいなこれ。かなり便利だ」

「っ……!」

 

 奥歯を噛みしめる三輪に対し、遊真はニヤリと無機質に笑いながら立ち上がり、声をかけた。

 

「さて、じゃあ話し合いしようか」

「……ふんっ、勝った気か? 近界民……!」

「狙撃手なら問題ないよ。おれの相棒が」

「どうだかな」

「……!」

 

 その直後だ。遊真の顔面につま先がめり込んだ。生身なら首の骨が折れていたくらいの重さはある蹴りが直撃し、再び後方に飛ばされた。

 

「ふぅ、大丈夫か? 三輪」

「……ああ。すまない。油断した」

「いやいや、拘束するまではしてくれたようなもんだろ。あとは任せろ」

 

 拘束? と三輪が片眉を上げた時だ。海斗は落ちていた三輪のハンドガンを拾い、銃口を遊真に向けた。

 

「久しぶりだな、白髪ちび」

「あんたは……この前の助けてくれた人?」

「まさか、お前が近界民だったとはな」

「そっちはボーダーだったんだね」

 

 二人の間では視線が交わされる。後ろから三輪が声を掛けた。

 

「撃て、海斗! 弾は通常弾にしてある!」

「まぁ、待てよ。三輪。こういう時は殺さずにこちらに来た目的を聞いてやった方が良いんだろ」

「な、何を呑気な事を……!」

「二宮さんから聞いたんだよ」

 

 一昨日、まだ最初の尾行をすると決まった時の話だ。二宮から尾行に関して、色々教わった。

 

『月見がついているなら問題ないだろうが、なるべく自然な格好を心がけろ。目立つような真似だけはするな』

 

 これに関しては昨日、懲りたので問題ない。

 

『それから、対象が走ってもお前は走るな。追ってるのがバレバレだ。そのために、二手に分かれてお互いに連絡の取れるようにしている』

 

 これも問題ない。今日は難なく追うことが出来た。現状は三つ目だろう。

 

『拘束に成功した場合、敵の仲間が助けに来ることを想定しろ。聞きだせることはその場で聞き出せ。敵の目的が分からない場合、そいつは手掛かりだ。無闇に殺したりするな』

 

 つまり、ここで殺すわけにはいかない。しかし、それは近界民に恨みをもっている人間ほど、その考えは理解しない。殺せる時に殺した方が良い、と考えるからだ。

 

「ふざけるな! 殺せ! お前だって近界民に両親を殺された人間だろ! 目の前に敵がいるんだぞ⁉︎」

「一時のテンションに身を任せる奴は身を滅ぼすんだよ。銀魂でもやってただろうが」

「漫画と現実を一緒にするな!」

「いやいや、フィクションから学ぶこともあるだろ。お前だってこの前、Dr.ストーン勉強になるって言ってたじゃん」

「グッ……!」

 

 徐々に緊張感が解けていく。当事者でありながら、完全に蚊帳の外になりつつある遊真は、キョトンとしたまま立ち上がった。

 

「ねぇ、俺はどうすれば……」

 

 直後、銃口が火を吹いた。遊真の足元に着弾し、線路に小さなクレーターが出来る。

 

「動くな。次、動いたら頭吹っ飛ばす」

「……」

 

 三輪以上にやりづらい男だった。何を考えているか分からない分、自分のペースで話を進めるため、気を抜いたら一発で持っていかれる。

 

「……そうか、そういうことか」

 

 三輪から薄い笑いが漏れる。海斗の目に映ったのは、影浦でさえ自分に向けたことのない、殺意以上の危険色だ。いや、それだけではない。その中には哀しみやら裏切りやら、様々な色が混ぜ合わさったブラックホールのようなどす黒い色を出している。

 

「近界民を恨んでいるくせに玉狛なんぞに顔を出しているからおかしいとは思っていた」

 

 ギロリと鋭い視線を向け、これ以上にない低い声で言い放った。

 

「やはり……近界民を恨んでいなかったんだな……⁉︎」

「……」

 

 あーあ、こうなったか、と海斗は落胆するしかなかった。自業自得とはいえ、深い怒気が烈火の如く巻き上げられた感情を向けられているのは、流石にきつい。特に、気まずいとは思っていたものの、三輪をジャンプオタクに染めていくのはなかなか、楽しかったため、尚更だ。

 

「今まで、俺を騙して楽しんでいたのか? 何処までが嘘だった。まさか、家族も生きている、なんて事ないだろうな」

 

 生きてちゃ悪いのかよ、と思ったが、海斗はその問いには答えなかった。騙して楽しんでいるつもりなかったし、騙して利用しようとしていた奴に言われたくない。

 

「お前だって、俺を騙しただろうが」

「……なんだと?」

「二宮さんから聞いたが、この白髪チビが俺の両親を殺した犯人である保障はないんだってな」

「……!」

 

 一昨日、三輪はトリオン兵を使って街を荒らした犯人に会える、と断言をした。しかし、それは厳密には違い、近界には無数の星が存在し、それらの国のうちの一つが襲ってきたに過ぎず、空閑遊真の住んでいた国が犯人である証拠は何処にもない。

 

「お前はA級だし、元は一位の部隊にいたんだろ? そんな奴がその事を知らないはずがないよな。それなのに嘘の情報を流した事が『騙す』って事なんじゃねえの?」

「っ……!」

 

 正直、海斗はそんな事、気にしちゃいないし、元を辿れば自分が「本当は近界民なんて怨んで無かったんですよー」と弁解しておけば良かった話なので、とやかく言うつもりはない。

 ただ、やはり正しい情報を伝えずに自分を使おうとしていたのは良い気はしない。

 

「だまれ! 間違ってはいないだろう! 近界民は全て敵だ!」

「……まぁ、お前がそう思うならそれで良いけど。俺が舐められたまま終わるつもりはないって言ったのは、あくまで俺の両親を殺した連中に対してだけだし」

 

 何が何だか分からないが、修はとりあえず千佳の前に立っていた。いきなり出て来たこの人が何者なのか分からないが、単純に敵、という立場でも無いようだ。

 昨日、会った時は「あ、この人頭おかしい」と素直に思ったが、今日は「この人になら話が通じるかも」と判断した修は、海斗に声を掛けた。

 

「あのっ、すみません。こいつ、他の近界民と違うんです!」

「黙ってろメガネ。お前がなんと言おうと、この白髪チビは基地へ連行するし、お前も後で尋問する」

「っ……!」

 

 味方でもないようだ。冷たい目で一瞥されただけで黙り込んでしまった。

 いつになく厳しい口調の海斗は、目の前の近界民が自分の両親の仇である可能性も捨ててはいなかった。

 そんな中、このまま話していても拉致があかない、と判断した三輪は、もはや近界民ですら視界に入れる事なく、海斗を睨んだまま言った。

 

「……このままで済むと思うなよ、海斗。俺はお前を絶対に許さない……!」

「……」

「緊急脱出!」

 

 ドンッと光の柱が立ち、三輪秀次の身体はその場で消えた。

 

「はい、そこまで」

 

 ちょうど、別の声が三人の間に割り込まれる。

 姿を現したのは、迅悠一だ。駅の後方には奈良坂と古寺が控えている。

 

「あ、迅」

「迅さん?」

「うおっ、迅さんじゃん」

「迅さん……!」

 

 なんでいるの? みたいな顔をする海斗と遊真、顔見知りの人を見つけて少し明るい米屋、助かったみたいなニュアンスを込める修と、四人がそれぞれの反応を見せる中、実力派エリートはいつもののほほんとした表情のままだった。

 

「よう、海斗。今日も元気だな」

「るせーよバーカ。何、邪魔しに来たの?」

「そういう事だな。それにこいつを追い回してもなんの得もない」

「は? だって……」

「こいつに他所の世界から来た仲間はいないし、こっちの偵察に来たわけでもないよ。捕らえて本部に連行して殺した所で何の得もない」

 

 未来視のサイドエフェクトか、と米屋も海斗もすぐに合点がいった。

 

「むしろ、黒トリガーを敵に回すことになるぞ」

「はぁ⁉︎ 黒トリガー⁉︎」

「マジでか!」

 

 米屋と海斗が声を漏らす。二人が黒トリガーを迅と天羽のもの以外見たことがなかったから尚更、驚いた。

 しかし、確かにその節はあった。敵の攻撃を学習するトリガーなど黒トリガー以外にありえない。それも、学習の期間は1分どころか10秒も掛からない。

 

「……俺より頭良いな、その黒トリガー」

「……」

「おい、黙るな米屋」

 

 本当のことなので何も言えなくなってしまった米屋にキレる海斗はさておき、迅はこれからの方針を決めた。

 

「さ、秀次が飛んでからあまり時間もない。報告は間違いなく偏るだろうし、俺も本部に行かないとな」

「あーあ、任務失敗かー」

 

 ぐてーっと米屋はトリガーを解除し、その場で座り込んだ。海斗も任務は一時中断だと悟り、トリガーを解除した。

 

「あーあ、せっかくこの前の決着つけられると思ったのに」

「決着も何も、あんたこの前おれにボッコボコにされただけじゃん」

「バカ、お前喧嘩は心が折れるまで負けねーもんだろうが」

 

 海斗の小言に遊真が毒突くと、負けじと言い返してくる。その会話に米屋が口を挟んだ。

 

「何お前、前にも戦ったの?」

「まぁな。生身で」

「うへー、生身でお前に勝てる奴なんかいるんだな!」

 

 実際、遊真は生身ではないが、わざわざ説明はしなかった。

 

「ていうか、あんたらは近界民キライじゃないの?」

「別に、なぁ?」

「ストレス発散で殺しても許される存在だし、別に」

「え、お前そんなパスった理由で殺してたの?」

「パスったって何」

 

 なんて二人で仲良さそうに会話しているのを見て、遊真はほほうと顎に手を当てた。さっきまで険悪だった人と同じ隊服を着ている人と仲良く話しているのは、何となく不思議な感じだ。

 

「でも、あんたは両親殺されてるんでしょ?」

「ああ、さっきの聴いてた? その通りだけど……まぁ、両親にも色々あるから」

「や、お前は普通じゃねえぞ。秀次なんかは姉を近界民に殺されてああなってんのに、全然、気にしちゃいないってのもおかしいからな?」

「気にするには思い出が少なすぎたからなぁ……」

 

 ボーダーにも色々いるんだなぁ、と遊真は思うしかなかった。

 さて、無駄話している場合ではない。米屋達三輪隊の連中も、いつまでもここに残っていても仕方ない。修も一応、今まで黒トリガー持ちの近界民と行動していたこともあって、一緒に本部に向かうことになった。

 

「海斗はどうする?」

「俺?」

 

 声を掛けられたものの、海斗は少し顎に手を当てて悩んですぐに答えた。

 

「俺はこの白髪チビと一緒にいるよ。形だけでも監視役がいた方が良いだろ」

「なるほど。じゃあ、城戸さん達にそう報告しとくよ」

「どうも」

 

 そう言って、海斗は遊真に声を掛けた。

 

「よし、行くか。白チビ」

「空閑遊真だよ。えーっと……キックの人」

「ウィス様だ」

「ウィスサマ」

 

 絶対偽名ですよね、と修も千佳も言えず、修は迅と一緒に、千佳は遊真、海斗と一緒に警戒区域を出た。

 

 



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厳しい上司ほど自分を見てる。

 海斗と遊真と千佳は、警戒区域外の公園のベンチに座っていた。海斗が自販機でコンポタを三人分買い、二人に手渡した。

 

「おら」

「おお、ありがとう。ウィスサマ」

「ありがとうございます……」

 

 嘘を見抜くサイドエフェクトによってウィスサマが本名ではないのは分かっているくせに、わざとらしくウィスサマと呼ぶ遊真だった。

 一方の千佳はまだ、海斗の強面に慣れていないのか、少し怖がっている。

 まぁ、その手の反応はもう慣れた海斗は、気にせずに遊真に聞いた。

 

「で、お前は何なの?」

「親父に言われてこっちに来たんだよ。『俺が死んだら向こうの世界に行け。ボーダーっていうこちらの世界との架け橋になる組織だ』って言われて」

「ふーん……。何しに?」

「そこまで詳しく聞いてないから。こっちの世界の人は近界民のこと超恨んでるし、親父から聞いてた話ともだいぶ違うから」

 

 そう答えつつ、コンポタをひとくち飲む。「おお、うまい」と感動する遊真に、隣の千佳が声を掛けた。

 

「遊真くんのお父さんって、どんな人なの?」

「変な人だったよ」

 

 ノータイムで帰ってきた返事がそれだった。

 

「俺が小さい頃、親父から三つの教えってのがあってさ」

「今も小さいけどな」

「うるさいよ、ウィスサマ」

 

 そこをつっこんでおいてから、人差し指を立てて続きを話した。

 

「『自分のことは自分で守れ。親はいつでもおまえを守れるわけじゃない。自分を鍛えるなり、頭をひねるなり、自分でどうにかしろ』」

 

 続いて、中指を立てる。そのセリフを千佳も海斗も黙って聞いていた。

 

「『正解はひとつじゃない。物事にはいろんな解決法がある。逆に解決法がないときもある。ひとつのやり方に捉われるな』」

 

 最後に三つめ、と薬指を立てた。

 

「『親の言うことが正しいと思うな』」

「???」

「おい待て。なんだそれ。ちょっとタメになると思ったらなんだそれ。今までのなんだったんだオイ」

「だから言ったでしょ。変な人だって」

「変っつーか奇人の類だろそれ」

 

 珍しく真面目に人の話を聞いていたのに、なんかオチがアホ過ぎていっきに力が抜けた海斗だった。

 

「なるほどな……。なら、別に敵とかじゃないって事でしょ」

「そだよ。それに、俺はずっと親父と色んな国を旅して回ってただけだから、どこかに所属してたわけでもないし、こっちにトリオン兵を送るってことも出来なかったよ」

 

 それを聞いて、海斗のやる気はさらに落ちた。なんかもう色々と馬鹿馬鹿しい。

 

「一応、今のことは報告しとくか。悪い、ちょっと米屋に電話して来る」

「ほいほい」

 

 遊真と千佳をおいて、海斗はスマホを取り出した。プルルルっとコール音がするものの、応答はない。まだ報告の途中なのかもしれない。

 

「あれ、ウィス様?」

 

 声が聞こえて顔を向けると、私服姿の弟子が立っていた。

 

「あ、双葉」

「何してるんですか?」

「あー……」

 

 遊真が近界民だと知られてはならないのは何となく分かっていた海斗は、適当に返事を濁す事にした。

 

「修行だよ。この公園、筋トレの遊具あるし」

 

 ウンテイしかないが、懸垂をするのにちょうど良い高さなので嘘は言ってない。

 とにかく、男が筋トレするなんてむさ苦しい場面にそうぐうしたい女の子はいないと思っての言い訳だったが。

 

「私もご一緒してよろしいですか⁉︎」

「え」

 

 双葉は普通の女の子ではなかった。師匠に構ってもらいたくて仕方ない女の子だった。

 

「や、それは……」

「ダメですか……?」

「よっしゃ行こうか」

 

 ついまた考える前に返事をしてしまった。これだから師匠バカとチームメイトにからかわられるのだが、してしまった以上は仕方ない。

 公園の中に入る前に、双葉に声をかけた。

 

「悪い、ちょっと待ってて」

「? なんでですか?」

「や、うん。まぁ、何? 待ってて。1〜2分」

「分かりました」

 

 説明はなかったが、今の双葉はルンルンなので深く聞くことはしなかった。そのことにホッと息を吐きつつ、海斗はベンチの二人に声をかけた。

 

「おい、空閑。雨取」

「何?」

「なんですか?」

「これから俺の弟子が来るが、空閑が近界民であることは言うなよ」

「弟子?」

「お弟子さんがいらっしゃるんですか?」

「さもないと、

「わかった」

「は、はい!」

 

 二つ返事で了承してくれたので、公園の入り口まで戻った。双葉を連れてベンチに来ると、遊真と千佳が「おっ」と声を漏らす。

 

「この人が弟子?」

「そうだよ」

「……ウィス様、この人達は?」

「え? あー……」

 

 そういえば、まだ関係をハッキリさせていなかった。近界民であることを伏せる以上、見張りの対象とも言えないし。

 

「まぁ……何? 弟子?」

 

 端的に言って、その誤魔化しは地雷だった。双葉の目つきは一気に鋭くなり、遊真と千佳を睨む。

 

「……この人たちが、ですか?」

 

 遊真も千佳も頭上に「?」を浮かべる中、双葉は問い詰めるように海斗に聞いた。

 

「どういうことですか⁉︎ 弟子は私だけではないのですか⁉︎」

「え、なんで怒ってんの?」

「仮に他にも弟子をとるのなら、何故私にも相談してくれないのですか!」

「いや別にそれは良くね?」

「良くないです! 私との修行の時間が減ってしまいます!」

「ええ……正直、お前もう俺がめんどう見なくても十分、強いだろ」

「そんな事ありません! テキトーなこと言わないでください!」

 

 何やら急にもめ出した二人に、遊真も千佳も顔を見合わせる。なんだかよく分からないが、コンポタのお礼があるので助け舟を出す事にした。

 

「おれ、別に弟子じゃないよ?」

「え?」

「そ、そうだよ。弟子っつーのは、こう……何? 軽くからかってみただけで……」

「な、なんだ……そうでしたか。なんでそんな変な嘘つくんですか」

「なんとなく」

 

 海斗が意味もなく人をからかうのは今に始まった事ではないため、上手くごまかせた。

 

「えーっと、改めて。空閑遊真と雨取千佳。迅の後輩の友達で今だけ俺が面倒を見てる感じ」

 

 ようやく思いついた言い訳を口にすると、隣の遊真は「上手い事、誤魔化したなぁ」と少し感心してしまった。

 確かに、ボーダーという単位で見れば修は迅の後輩だし、その友達なのだから間違ってない。

 

「そうでしたか。改めて黒江双葉です」

「どもども」

「よ、よろしくお願いします」

 

 挨拶を終えると、双葉は海斗に目を向けた。

 

「では、ウィス様。筋トレをしましょう」

「え、あー……」

 

 そういやそんな事言ってたな、と今更になって思い出したが、正直面倒臭かった。ただでさえ、今は仕事が終わったとこだし。

 どう断ろうか考えてると、遊真が隣から口を挟んだ。

 

「あれ、ウィスサマって名前、ウソじゃなかったんだ」

「は?」

「いや、てっきりウソだって思ってたから」

「ああ、いや嘘だよ。本名じゃなくて弟子に呼んでもらうための愛称だから……あっ」

 

 直後、自分に対して不快感を露わにする色が目に入った。言うまでもなく双葉だ。

 

「……どういう事ですか? ウィス様。弟子なのは嘘なんじゃないんですか?」

「え、あ、いや……」

「何故、遊真くんもウィス様と呼んでいるのですか?」

 

 嘘をついたことで嘘じゃない所も嘘だと思われ始めてしまった。おかげで、海斗はしどろもどろになってしまう。今の双葉の色では、説明しても信じてもらえない可能性の方が高い。

 遊真は「ほほう……」と何故か楽しそうに唸り、千佳は何故かあわあわと可愛らしく慌て始めた。

 そんな時だ。タイミング良く、海斗のスマホが鳴り響いた。発信源は、迅悠一だ。

 

「あ、わ、悪い! 電話だ」

「どうせ米屋先輩から『今日、太刀川隊の作戦室でスマブラ大会な』的なアレでしょう?」

「違うわ! てか、太刀川隊、今遠征だし! 迅さんだよ!」

「証拠は?」

「おら!」

 

 画面を見せる海斗と、それを見てようやく渋々納得する双葉を見て、遊真は引き気味に呟いた。

 

「ふぅむ……すごい師弟だな。全然、信頼されてない……」

「あ、あはは……」

 

 千佳からの乾いた笑いも無視して、海斗はスマホを耳に当てた。

 

「もしもし?」

『おう、海斗。お前どこにいる?』

「公園」

『悪いけど、玉狛まで二人連れて来てくれない? 色々と話もあるし』

「オッケェ、我が命にかえても」

『お、おう? じゃあよろしく』

 

 そこで電話は切れ、海斗は遊真と千佳に声を掛けた。

 

「よし、行くぞ。玉狛に」

「ま、待ってください! まだ話は……!」

「仕事だから。今度聞いてやるから、な?」

「〜〜〜っ!」

 

 すると、双葉はキッと遊真を睨んだ。本人は頭上に「?」を浮かべるが、双葉は足早に立ち去ってしまった。

 流石に悪いことした、と思った海斗は、今度謝りに行かないとなーと思いつつ、二人を連れて玉狛支部に向かった。

 

 ×××

 

 支部に遊真と千佳を送ると、海斗は本部に戻った。自分はあくまで中立であるため、千佳はともかく、必要以上に遊真と親しくなるのを避けるためだ。これも二宮に教わった事だった。

 自身のサイドエフェクトを使ってしばらく共に過ごした結果、彼は少なくとも敵ではなさそうなことは報告したが、それを真に理解してくれたのは忍田だけだった事は言うまでもない。

 勿論、海斗は別に遊真の味方でも無いため、変に肩を持つような言い方をしたわけでもない。自分の思った事をそのまま言っただけだ。

 さて、そんな事よりも、だ。今はそれ以上の問題がある。双葉のことではない。流石に自重している。

 三輪の事だ。完全に敵だと思われた以上、もはや顔を合わせるのもマズい。しかし、海斗には思いの外、三輪に対して情が湧いていた。なんだかんだ、一緒にジャンプ作品について語るのは楽しかったし、ジャンプショップに一緒に行った事もあった。

 嫌われたから嫌う、と割り切るには、仲良くなり過ぎたのだ。もちろん、その過程で負い目がなかったわけではない。仲良くなればなるほど、胸を痛めていたのも事実だ。

 

「……はぁ」

 

 ため息をつきながら作戦室に入ると、中では二宮が掃除をしていた。

 

「……」

「……」

 

 二宮隊の作戦室は、各々、手が空いた者がたまに掃除をしている。勿論、それは海斗も例外ではなく、一人暮らしをしている海斗はむしろ一番、掃除が上手いと言っても良い。

 それ故だろうか、隊長である二宮が掃除をしている所に遭遇すると、少し気まずい。

 

「……」

「……」

「……手伝います?」

「頼む」

 

 二人で掃除をした。二宮が箒と塵取りを持ってる姿は、それはもう似合わなかった。

 さて、二人で一通りの掃除を終え、ようやく席についてのんびりした。海斗がその間もずっと三輪のことについて頭を悩ませていると、そっと前にグラフが置かれた。中には金色のシュワシュワした炭酸ジュースが入っている。

 

「ジンジャーエールだ」

「……あ、すんません」

「三輪と何かあったか?」

「え?」

 

 ドキッと心臓が跳ね上がる。まさに図星だった。

 

「なんで分かるんすか」

「誰だって分かる。尾行を失敗でもしたか?」

「や、それは平気でしたよ。ただ、まぁ……何? その近界民を捕らえるか殺すかで一悶着あって。そこから『お前、近界民とか別に恨んでないやろ』みたいになって」

「……なんだ、やっとバレたのか」

「やっとってなんだよ」

 

 そこにツッコミを入れつつ、二宮は自分のジンジャーエールを口に含んだ。

 

「まぁ、自業自得だがな」

「わーってますよ……。こうなった以上、三輪とはもう一生、話さなくなりますよね」

「お前がそれで良いのならそうなる」

 

 相変わらず変化が起きない仏頂面だが、その顔はいつも以上に真剣に見えた。

 

「だが、もし三輪との関係を修復したいと思うのなら、このままでいるわけにはいかないのは分かるな?」

「……」

 

 黙り込むしかない。そんなことは分かっているが、殴り合いの喧嘩をしたことはあっても、この手のすれ違い的な喧嘩はしたことが無かったため、どうすれば良いのか分からない。

 しかし、共にジャンプについて語り合う友達が減るのは嫌だ。や、実際は米屋とか出水とかいるが、一人でも多い方が楽しいのは言うまでもない事だろう。

 ジャンプ関係を抜きにしても、三輪秀次という人間は悪い奴ではない。真面目だし、勉強で困ってると助けてくれるし、ツッコミも上手い。そんな奴を手放したくないと思うのは、海斗でなくても当たり前だ。

 

「なら、ちゃんとぶつかって来い。話す前から諦めるな。まず、お前は奴の気持ちを理解してやれ」

「あいつの……?」

「そうだ。お前には分からないかもしれないが、家族を殺されて恨まない人間はいない。奪われたのは命だけではなく、これから先の生活、その人は存在しなくなるわけだ。一緒に飯を食って、泣いて笑って感動することができなくなる。それを想うと、何年経過したとしても涙を流す奴だっている」

「ふーん……そういうもんかね」

「親が難しければ、お前の仲の良い奴で考えてみろ」

 

 言われて、海斗は顎に手を当てた。そう言われても、仲の良い出水が遠征でいなくなっているが、大した差は感じない。あ、それは米屋がいるからか、と納得し、他の人を探す。

 仮に、小南が周りからいなくなったら、というのを考えてみた。まず喧嘩友達がいなくなる。それも、小南は他の人とは違って、本気で殴り合っても勝てない相手だ。

 それに、最近はあまり一緒にいないが、小南と遊ぶのは楽しい。色んな悩みを相談したり、からかったりからかわれたり、烏丸と一緒に騙したり、夏には二人でプールに行き、秋はお互いの高校に学祭に行き、それなりに思い出を作ってきた。

 万が一、そんな小南が近界民に殺されたら……。

 

「……」

「っ、おい、陰山?」

 

 気が付いたら、手に持っていたグラスが粉々に割れていた。ガラス製の物なのに、残っているのは底だけで、他は粉々である。

 

「うん、少しは気持ちは分かったかも」

「そのようだな。なら、次は仮にそいつが殺されたとして、自分ならどんな行動に出るかを考えろ」

「……俺なら」

 

 仇を打とうと思うだろう。しかし、様々なジャンプの漫画を読んできて、色んな人達が亡くなっていくのを目の当たりにしてきた海斗なら、怒りを向ける相手を間違えてはならないのは良く理解している。サスケだって高杉だって三虎だって、それで闇に身を落としている。

 それに、近界にも星があると知った以上、仇はそこに絞り込まなければ、余計な犠牲が出る。今回の黒トリガーの少年のように。

 

「そこが分かれば、関係修復した上に、これからどのように接していけば良いのかも分かるはずだ」

「……」

 

 言われて、海斗は顎に手を当てる。しばらく考え込んだ後、無言で立ち上がった。とりあえず、机の上の粉々になったガラスを片付けてから、作戦室の扉の前に立った。

 

「二宮さん」

「どうした?」

「ありがとうございました」

「どこに行く気だ?」

「玉狛に向かいます」

 

 まずは、あの白髪の少年が本当に白なのか確認しなければならない。いや、髪の毛じゃなくて敵が味方という意味で。

 作戦室を出て行った海斗の背中をぼんやり眺めながら、二宮は小さくため息をついた。

 

「……ふん、世話の焼けるバカめ」

 

 そう呟きながら、自分はジンジャーエールのお代わりをした。

 

 



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バカの喧嘩は放っておけば無害。

 玉狛支部の前では、迅悠一が待っていた。ぼんち揚を摘みながら、片手を気安く振ってくる様子は、相変わらずのほほんとしている。とても実力派エリートには見えなかった。

 

「よう、海斗。来ると思ってたよ」

「うるせーバカ」

 

 何となく読まれていたことが腹立ったので毒づいてみた。

 

「なら、何の用かも分かってんだろ?」

「ああ。遊真なら今は部屋で休んでると思うよ」

「……よっしゃ。カチコミだ」

「待て待て待て。あいつの事ならある程度、聞いたから。俺で答えられる範囲なら答えるよ」

「あそう。じゃあ早速。あいつは何なの?」

 

 ストレートなのにわかりにくい問いだった。しかし、未来視のサイドエフェクトがあれば、大抵のことは分かる。

 

「本当に親父さんに言われてこっちの世界に来た奴だよ。今は、メガネくんと千佳ちゃんと組んで遠征部隊を目指すことになった」

「ふーん……そりゃまた壮大なこった」

「それに、これは今はお前にしか伝えない事だが、あいつは近々予想されてる大規模侵攻で活躍する。味方のふりをした敵、なんてことは万に一つもないよ」

「……あそう」

 

 サイドエフェクトに、迅が嘘を言っているような色は出ていない。それどころか、真剣な表情でただありのままの事を話しているような色だ。

 

「じゃあつまり、三輪がやろうとしている事は自分の敵討ちから遠回りになる事なんだな?」

「そういう事。秀次だけじゃなくて、ボーダーという組織が損をする」

「分かった。じゃ、帰るわ」

「あ、待った」

 

 帰ろうとしたが、今度は迅の方から声をかけてきた。

 

「せっかくだ、泊まっていけよ」

「え、いやいいよ」

「飯も出るぞ。今日は鍋だ」

「いただきます、迅さん」

 

 泊まることになった。

 

 ×××

 

 翌日、遊真と修と千佳は宇佐美からボーダー隊員のランク戦の仕組みについて教わっていた。

 この前の小型トリオン兵ラッドの駆除の手柄のおこぼれをもらい、B級入りを果たした修はともかく、遊真と千佳はC級から上がって行かねばならない。

 そのための仕組みを説明と、千佳のポジションを決める必要がある。

 

「遊真は攻撃手の方が良いよな?」

「うん。黒トリガー使う前から剣とか使ってたし」

「じゃあ千佳ちゃんだけど……どうする?  オペレーターか戦闘員か」

「そりゃ勿論、戦闘員でしょ。トリオンがあんだけすごいんだし」

 

 宇佐美の問いに、遊真が頷いて答える。そうと決まれば、次は適正ポジションである。トリオン体を扱う才能以外にも、どのポジションに適性があるかを計らねばならない。

 

「千佳ちゃんは運動は得意?」

「いえ、あんまり……」

「数学は得意?」

「成績はふつう……です」

「将棋とかチェスは?」

「したことないです……」

「チームスポーツも経験無しかー。うーん……」

 

 珍しく頭を悩ませる宇佐美に、千佳は思わずショボンと頭を下げた。

 

「すみません……。取り柄がなくて……」

「えっ、ううん。大丈夫だよ」

 

 そうは言うものの、千佳は割と責任を感じてしまうタイプだ。自分の所為でなくとも勝手に反省してしまう。

 その隣から、メガネの幼馴染がとりあえず、といった感じで言った。

 

「千佳は足は速くないですけど、マラソンとか長距離はけっこう速いです」

「おっ、持久力ありね」

「それから、我慢強くて真面目なのでコツコツした地道な作業が得意で集中力があります」

「おおー……!」

 

 遊真が千佳の反対側から驚いたような声を漏らす。千佳本人も、良い所を連呼されたからか、少し頬を赤らめていた。

 それらをホワイトボードに書き留めると、宇佐美は「ふむふむ」とわざとらしく唸った。

 

「よし、わたくしめの分析の結果、千佳ちゃんに一番合うポジションは」

「狙撃手だな」

「あー!  迅さん!  せっかくあたしが言おうとしてたのに!」

「お前がもったいぶるから」

 

 などと和気藹々としてきたときだ。勢い良く部屋の扉が開かれた。

 

「アタシのどら焼きが、無い!!」

「「「……」」」

 

 突如現れ、子供みたいな言い分を涙目で部屋全体にブチまけた女の子or人に全員の視線が集中する中、その学生服の女の子or人はズンズンと歩き、第一容疑者の両脚を持ち上げた。言うまでもなく、林藤陽太郎である。

 

「さてはまたお前か!  お前が食べたのか!?」

「むにゃむにゃ……たしかなまんぞく……」

「お前だなー⁉︎」

 

 流石に眠っている五歳児に冤罪を突きつけるのは見過ごせないので、真犯人が両手を合わせて軽く言った。

 

「ごめーん、小南。昨日、お客さん用のお菓子に使っちゃった」

「はあ!?」

「また今度買ってくるから〜」

「あたしは今、食べたいの!」

 

 などと叫んでいると、あとからさらに二人の男が部屋に入ってくる。

 

「なんだ、騒がしいな。小南」

「いつものことっすけどね」

 

 小南桐絵、烏丸京介、そして木崎レイジの三人だ。迅と宇佐美の仲介を通してお互いの自己紹介を終えると、早速といった感じで本題に入った。

 

「さて、全員揃ったところで本題だ。この三人はA級を目指しているわけだが、C級ランク戦までの約三週間、レイジさん達3人には、メガネくん達の師匠になってマンツーマン指導してもらいたい」

「はぁ!? ちょっと、勝手に決めないでくれる!?」

「待てよ、小南。これは、支部長からの命令でもあるんだから」

「っ……」

 

 そう言われてしまえば仕方ない。玉狛は本部と比べて緩いが、それでも縦の繋がりはあるし、上司、それもボスの命令から背くわけにはいかない。

 しかし、ここ最近の小南はどうもそんな気分になれなかった。理由は単純……というかもうここ最近はいつも同じことで悩んでいた。

 

「どうしてもやらなきゃいけないわけ?  正直言って、誰が相手でもアタシのサンドバッグにしかならないと思うけど」

「どうしても、ってわけじゃないよ。もし断るなら、もう一人候補がいるし」

「ふーん……なら、そいつにやらされば……」

「……おーい」

 

 寝ぼけた声が割り込んできた。入って来た人物を見て、迅と宇佐美以外の全員が「え、お前なんでいんの?」みたいな顔をする。

 言うまでもなく、陰山海斗である。それも超寝惚けていて、玉狛に借りた寝間着に身を包んでいるものの、上半身は白いTシャツ一枚、下半身はパンツ一枚だった。

 その姿を見るなり、修はポカンと口を半開きにし、遊真は相変わらず「ほほう……」とよく分からない呟きを残し、レイジと烏丸と迅と宇佐美は呆れ顔になり、小南と千佳は頬を赤らめる。

 

「なっ……なんて格好してんのよあんたは⁉︎」

「……」

 

 一番、早くツッコミを入れたのは小南だった。喧嘩して以来、会えて嬉しいやら、でもパンイチ姿を晒されて恥ずかしいやら、というか「この前のことあやまれ」やらでいろいろとパニックな小南だが、海斗が寝惚けた顔を向けた事で押し黙る。

 そんなのに一切、気付かず海斗はのろりのろりと小南の方へ歩いた。

 

「な、何よ……!」

「……あのねえ、あなたね。朝から騒がしいよね……」

「はぁ!?」

「……ここはーね、あなた以外の人も住んでるー、支部でしょ……。あなた、一人が住んでるわけじゃあ、ないでしょ……」

「な、なんの話よ!」

「……それなのにーね、カラオケみたいにギャーギャーギャーギャー……騒いでりゃとりあえず空気に飲まれる高校生じゃないんだから……ちゃんと時と場合を踏まえて騒いでくれないと……あなただけが住んでるわけじゃないんだから……」

「高校生よアタシもあんたも!! てか、どの口が騒ぐなって説教してんのよあんたは!?」

「……なんだその態度は……。あなた、朝から騒がしくしておいてーね、まさかあんた……人に説教垂れてるわけ……?  まさかあんた……自分は悪くないって言いたいわけ……?  こうして喧しさに目を覚ました人がいるっていうのに……」

「大体、朝って言ってももう10時回ってるでしょうが!  真人間ならとっくに目を覚まして朝ご飯と歯磨きと洗濯を済ませてコーヒーをのんびり飲んでる時間よ!」

「……そんなの人によりけりでしょ……。じゃあなんですか……。みんなが寝静まってる夜に深夜営業している社会人の方々は、真人間じゃないって言うんですか……」

「うぐっ……!」

「……そういう、若者独特の意識の低さがね、公共的な問題になるんだから……きちんと人に迷惑かけないよう心掛けてくれないとぉー……分かった?」

「っ、わ、分かったわよ……!」

 

 何故か押し倒され、小南は思わず納得してしまった。そんな無駄に長い一幕を見せられている間に、各々の師匠が決まっていた。レイジは千佳、烏丸はメガネと組み、残りは遊真の師匠だけだ。

 改めて迅が遊真の頭に手を置きながら声を掛けた。

 

「で、どうする?  小南。こいつの師匠。もしやらないなら、こいつは海斗に面倒見てもらうけど」

「……うぐっ」

 

 勿論、今の問いは小南なら「私が面倒みるわよ」と言うのがわかっていての問いだった。なんだかんだ面倒見が良く優しい女の子なので、サイドエフェクトを使うまでもない。

 小南自身、寝惚けているとはいえ海斗とのああいったやり取りは久し振りだったので、小さく頷こうとした所だったが、先に遊真が口を挟んでしまった。

 

「迅さん、おれが選んじゃダメなの?」

「ん、希望があるのか?」

「ウィスサマ」

「んなっ……ど、どーゆー意味よあんた!」

「だって、なんかこなみは頭がダメそうだし。その点、ウィスサマなら生身で俺とやり合える人だし」

「え、な、生身で……?」

 

 引いたのは迅の方だった。遊真の身体がトリオン体であることを知る迅は、流石に驚いてしまったが、それは少しまずい。海斗の弟子になってしまえば、修行場はここではなく本部になってしまうかもしれない。

 せめて、師匠が二人とかになってくれれば玉狛で全然、良かったのだが……。

 こうなれば小南も意地を張って「分かったわよ!」となりそうなものだ。どうしたものか悩んでいると、隣から海斗が迅の肩に手を置いた。

 

「なんだ?  何か考えが……」

「……あなたもーね、あんまり人を騒がせるようなことは……」

「宇佐美、こいつ風呂場に放り込んどいて」

「はーい」

 

 世話好きの宇佐美に連行されそうになる海斗だったが、小南がそれを止めた。

 

「アタシがやるわよ」

「えー、だって小南は遊真くんの……」

「師匠やるから!」

「あ、そう。じゃ、お願い」

 

 怒鳴った小南は寝惚けてる海斗の腕を引いて部屋を出て行った。

 その背中を追いながら、遊真は顎に手を当てて、隣の迅に声をかけた。

 

「……迅さん、おれやっぱ師匠はこなみで良いや」

「お、なんでだ?」

「なんか色々と面白そうだから」

「さんきゅ。あ、海斗にも何か教わりたかったら師匠二人にするよ」

「お、それ最高」

 

 ×××

 

 海斗の腕を引いてる小南は、風呂場に到着した。

 

「あーもうっ……なんでこいつこんなに重いのよ……!」

 

 ほとんど小南が引きずっている状態だったが、とりあえず風呂場に放り込めば目は覚ますだろう。

 ゴツゴツして傷跡の多い体だが、そんなバイオレンスな日々を送ってる割に身長は高くない。むしろ男子にしては低めなものだ。

 

「ほら、着いたからシャワー浴びてきなさい!」

「あなたね……朝から男をこんな風にね……」

「良、い、か、ら!!」

 

 ドンと背中を押すと、脱衣所に倒れ込む海斗。うつ伏せに倒れ、服が巻かれてパンツがむき出しになり、恥ずかしくなって慌ててトビラを締めた。

 その前に座り込み、扉に背中を預けた。なんで自分はこんなことしてるんだろう、と思わずボンヤリと考えてしまう。

 本当は言いたい事はもっとたくさんあったはずなのに、久々に合えばいつも悪口しか出てこない。や、その悪口も言いたい事の一つではあるのだが。

 

「……はぁ」

 

 さっきも、つい何となく宇佐美に介抱されてる海斗を見ていられなくて、自分からやると言い出してしまった。

 ホント、変な相手がある日、急に現れてしまったものだ。別にイケメンでもないのに(前に加古から送られて来た寝顔は可愛かったけど)、性格だって良くもないのに(女の子や歳下には割と紳士的な面もあるけど)、変に意識してしまっている。

 この感情は一体、なんだというのだろうか。考えれば考えるほど、沼にハマっていった。

 

「あっづぁっ!?」

「……」

 

 熱湯を浴びたのだろうか。マヌケな声が小南の悩みを全て吹き飛ばした。

 なんかもう何もかもバカバカしくなった小南は、さっさとさっきの会議室に引き返した。

 

 ×××

 

 さて。訓練室にようやく入った遊真は、結局、師匠は小南と海斗の二人になった。

 と言っても、感覚派の小南と正当防衛の陰山の二人が師匠だ。あまり教えられる事はなく、ボコすからてめーで反省しろ、というスタイルになってしまう。

 そんな中で。遊真が先に戦ったのは海斗だった。最初に遊真が選んだトリガーは孤月。重さがある分、耐久力と攻撃力に優れた万能ブレードである。

 

「うし、じゃあやるか」

「よろしく、ウィスサマ」

 

 礼儀正しく頭を下げる遊真は、とりあえず孤月を抜いて、軽く振ってみる。

 

「うーむ、中々良いブレードだな。扱いやすそう」

「とりあえず、俺もスコーピオンしか使わんから。始めるタイミングはお前の好きにしろ」

「そういえば、前の決着がまだだったね」

 

 前、というのは路地裏での戦闘のことである。トリオン体だった遊真は、それはもうボコボコにしたが、逆に言えばあそこまで喰らいつかれてしまったのだ。それも生身で。

 

「10倍返しにしてやるから。覚悟しとけよ」

「ほほう、良いね」

 

 そう言った直後、遊真は正面から突っ込んだ。ブレードを最短でトリオン供給器官である胸の横に突き込む。

 流石、戦争をしていただけあって鋭い一閃であり、並の使い手では一発で持っていかれた事だろう。海斗のサイドエフェクトにも攻撃色は無かった。

 しかし、並みの使い手ではない海斗は、その一撃を外側にターンして回避すると共に、拳を遊真の顔面に叩き込んだ。拳の先端からほんの一瞬だけ顔を出した光の刃により、遊真の頭は斬り裂かれ、一撃で戦闘不能になる。

 

「……速いね」

「このくらい反応しろよ。ほんのジャブのつもりだったんだけど」

 

 その言葉にウソはない。これが、ウィスサマの実力か、と遊真も奥歯を噛み締めた。速い上にジャブでさえ、このキレを持つ一撃である。簡単に崩せる相手では無さそうだ。

 

「おら、次だ。もうへばったか?」

「まさか。おかげで、スイッチが入ったよ」

「……へえ」

 

 海斗も遊真の一言が嘘でない事を理解した。どうやら、中々スリリングな時間になりそうだ。

 

 ×××

 

「三雲、お前弱いな」

 

 そう吐き捨てられた修は、ソファーでドサリと横たわっていた。何本やったか知らないが、烏丸がただただ修をボッコボコにする作業で終わったようだ。

 

「修くん、お疲れ!  はい、スポドリ」

「あ、ありがとうございます……!」

 

 肩で息をする修に、宇佐美が飲み物を差し入れる。ありがたく受け取り、一口啜った。

 そんな中、別の訓練室から同じチームになる小柄な少年が出てきた。

 

「うーむ……全敗か……」

「ぜ、全敗!?」

 

 何気なく漏れ出したと思われる一言に、修は思わず大きくリアクションしてしまった。

 遊真の強さはこの目でよく見てきた。大型近界民をバラバラにし、訓練用トリガーで戦闘用トリオン兵を葬り、A級部隊である三輪隊を単独で退けた遊真が、ボーダーに慣れていないとはいえ全敗を記すなど考えられなかった。

 後から訓練室から出て来たのは、敵なのか味方なのかいまだに判断しづらい茶髪で目つきの悪い先輩だった。

 

「ヨユー。どうしたの白チビ。お前その程度か?」

「むぅ……悔しいが反論できない……」

「こりゃ、あの時の路地裏の決戦はむしろ俺の勝ちだよね。だよな? そうだと言え」

「そして意外と器が小さい……」

 

 ドヤ顔でそう言う海斗を、修は思わず驚愕の表情で見つめてしまった。その視線に気づいた海斗が、修の方に目を向ける。

 

「なんだコラ。ガン飛ばしてんのか?  喧嘩なら買うぞオイ」

「い、いえ……」

 

 本当に敵なのか味方なのか分からなかったが、どうやら本物の実力者のようだ。

 すると、続いて小南が遊真に声を掛けた。

 

「ほら、次はアタシとよ、遊真」

「ふむ……その前にウィスサマ。ウィスサマが使ってたのってなんてトリガー?」

「スコーピオンだよ」

「そっちの方がおれには合ってるかもな……。しおりちゃん、スコーピオンのトリガーってどれ?」

「はいはい、これ」

 

 手渡されたトリガーを持ち、しばらく顎に手を当てて見つめた後、小南の方を見た。

 

「こなみ先輩、引き続きお願いします」

「良いわよ?  何を使おうとアタシには勝てないけど」

 

 軽口を叩き合いながら、二人は訓練室に引き返す。その背中を海斗が眺めていると、烏丸が海斗の肩を叩いた。

 

「すんません、陰山先輩」

「何?」

「三雲の奴にレイガストの扱いを教えてやってくれませんか?  あいつ、感覚派よりも思考派みたいなので」

「ああ?  なんで俺が」

「今日の晩飯もご馳走し」

「おらメガネ。訓練室に入れ。それとももう少し休むか?」

「い、いえ、いけます!」

 

 この人、割とちょろいのか? と思いつつも、少し不安が残っていた。この人は自分と対極の位置にいる人だと何となく理解しているからか、修は少し海斗が苦手だった。かといって、自分が使ってる武器に関して詳しいなら教わる他無いのだが。

 遊真達とは別の訓練室に入った。とりあえずトリガーを起動し、海斗はレイガストを出す。

 

「えーっと、お前名前なんだっけ?」

「み、三雲修です!」

「じゃあメガネで良いな」

 

 名前を聞いた意味も、何が「じゃあ」なのかも分からなかったが、あまり口答えしないほうが良いのは分かった。

 

「つっても……レイガストの扱いっつっても、俺もスラスターパンチにしか……」

「え?」

「あーいや、一応他の用途にも使ってたか」

 

 それを思い出し、海斗は修に聞いた。

 

「メガネ、レイガストってのはスラスターがついてんのは知ってるな?」

「は、はい」

「こいつの用途は鈍いやつでも速度のある攻撃が出来ること」

「あ、はい」

「なんかじゃない。速い奴にはスラスターなんか使った所で躱されてカウンターをお見舞いされて終わりだ」

「え? は、はぁ……」

 

 じゃあなんで言ったんだよ、とも思ったが、それも口にはしない。海斗は説明を続けた。

 

「俺は、正直に言って人に物を教えるのが苦手だ。だから、俺が過去に使ったレイガストの用途を教える。その中で、お前が使えると判断したものを覚えろ」

「わ、分かりました」

 

 そう言って、海斗はレイガストからブレードを消し去った。

 

「まずはこいつだ。スラスターパンチ」

「ぱ、パンチ?」

「レイジさんもよくやってる。勢いを増させ、相手に拳を叩き込む。これを応用し、シールドモードで拳を包み込んで、敵の攻撃を弾いたこともある」

 

 そう言って、拳を光の膜で包んだ。

 

「このシールドモードってのが便利だ。ブレードとの切り替えが可能だし、敵を捉える事もできる」

「敵を、ですか……?」

「スラスター」

 

 直後、海斗の手元からY字型に変形したシールドが飛び、修の腹を捉えた。そのまま壁際まで押し込まれ、固定されてしまう。

 

「おぶっ……!」

「こんな感じ」

「な、なるほど……」

「そもそも、スラスターってのはなかなか便利だ。予備動作無しで攻撃出来る上に、勢いがあるから当たれば敵の姿勢を崩せる。俺は風間のバカにこんな使い方もしてた」

 

 一度、レイガストでの封印を解くと、修に近付いた。近距離まで近付くと、レイガストのスラスターを起動し、拳に当てて地面に急降下する。

 

「⁉︎」

 

 腕が地面に固定されれば、這い蹲る姿勢にならざるを得ない。土下座するような姿勢になる修の眼前に、蹴りを放った。

 直撃する前に足を止め、ゆっくりと元の位置に戻す。

 

「こんな感じだな。……あの時の風間のアンチキショーの顔ったらねーわ。めっちゃ驚いてた。ぷーくすくす」

 

 この人は風間さんのことが嫌いなんだろうか、と思ったが、黙って冷や汗を流した。

 満足するまで笑い終え、一通りの説明を終えた海斗は、トリガーを解除して訓練室の扉に向かった。

 

「ま、こんなもんだ。あとはテメーで考えろ」

「あ、あの、陰山先輩!」

「あん?」

 

 振り返ると、おそらく三雲修から初めて発された尊敬の色が出ていた。その中に、恐怖や警戒の色はない。「変な人だな」って色はあるが。

 

「ありがとうございました。参考にさせていただきます」

「……バカヤロー」

 

 馬鹿正直に頭を下げる修に、海斗は振り返る事なく片手を上げて答えた。

 

「ウィス様と呼べ」

 

 ×××

 

 訓練室を出て、小さく伸びをする海斗に、宇佐美が横から声を掛けた。

 

「中々、面倒見が良いね、カイくん」

「そんなんじゃねーよ」

「いやいや、良い事だと思うよ。なんだかんだ、双葉ちゃんとも上手くやってるもんね」

 

 そういえば、双葉とも気まずい関係になっていることを思い出した。

 

「……そうでもねえんだよなぁ……」

「何、何かあったの?」

「なんでもねーよ。それより、雨取は?」

「千佳ちゃんなら、そういえばまだ朝から出て来てないよ」

「ちょっと見てくるわ」

「……やっぱ面倒見良いじゃん」

「黙れ」

 

 冷蔵庫の中のスポドリを持って、千佳の訓練室に入った。中ではそれなりの量の穴の空いた的が横たわっている。普通ならこのくらいでトリオンが切れ、休みに来るはずだが、千佳は余裕で撃ち続けていた。

 駅で千佳のトリオンのサイズを見た海斗から見ても驚くべき量だが、海斗はとりあえず用件だけ済ませることにした。

 

「雨取」

「あ、陰山先輩!」

「疲れただろ。一旦、休めよ」

「いえ、まだいけます」

「いやいや、休むのも練習だから」

「でも……修くんや遊真くんと違って私だけ素人ですから。二人以上に頑張らないと」

 

 そう言う千佳の表情は、真剣そのものだった。どうやら、彼女も本気のようだ。なら、これ以上は何も言うまい。

 

「……あまり根を詰め過ぎるなよ」

 

 そう言って、スポドリを千佳の横に置く。

 

「あ、ありがとうございます……!」

 

 お礼に対し、片手を上げるだけで返事をすると、訓練室を出た。

 

 ×××

 

 その日の夜、支部の屋上で海斗はのんびりしていた。今日も夕食をご馳走になるため、のんびりしているしかない。

 三人とも朝から晩までそれぞれの師匠の指導を聞き、頑張っている。その様子をさっきまで眺めていたが、飽きたのでスマホをいじっていた。

 

「よう、海斗」

「……迅」

 

 隣に現れたのは、実力派エリートだ。

 

「どう? うちの後輩達」

「まぁ……中々、悪くないんじゃねーの」

「相変わらず素直じゃないなぁ。素直になった方が、得する事も多いのに。特に、海斗の場合は尚更」

「なんだよ」

「なんでもなーい」

 

 それ以上は野暮だと思ったのか、迅は誤魔化した。ぼんち揚を摘みながら、いよいよ本題に入る。

 

「で、どうだった?  遊真は、殺すべき奴だと思った?」

「いーや。全然だ。むしろ、メガネや雨取みたいなチームメイトも見つけ、小南みたいな師匠も出来て、普通のボーダー隊員と変わらん」

「そうかそうか、それは良かった」

 

 そう言いつつ、海斗にもぼんち揚の袋を差し出した。ありがたく中のせんべいを一枚、もらって口に放り込む。

 

「所でさ、海斗」

「何?」

「城戸さん達が攻めてくる。遠征部隊と三輪隊を引き連れて」

「……ふーん」

 

 三輪隊、という部分が出た時、海斗の表情は一瞬だけ強張ったが、何とか平静を保った。

 

「狙いは勿論、遊真の黒トリガーだ。忍田さんにも応援を要請するつもりだけど、戦力は多い方が良い。手伝ってくれない?」

「なんで俺なんだよ」

「秀次が来るからだよ」

「……随分、ストレートに言うんだな」

「お前は回りくどいの嫌いだろ」

 

 その通りだ。サイドエフェクトがサイドエフェクトなだけに、本音を隠されると腹立つことが多い。

 

「お前的にも、良い機会だと思ったんだよ」

「……」

 

 確かに良い機会だ。三輪の気持ちを少しは理解し、その上で遊真は殺すべきではないと判断した今、和解のタイミングにはもってこいだ。

 しかし、人の感情は理屈ではない。そう簡単に踏ん切りがつくものでもなかった。

 

「何、あと三日ある。それまでにゆっくり決めると良いさ」

 

 迅はそう言うと、海斗の背中を叩いて屋上を後にした。

 しかし、海斗の気持ちは決まっている。この機会を逃せば、おそらく三輪とは和解しあえない。

 なら、どんなに踏ん切りがつかなくとも行く他ないわけだ。

 

「……」

 

 遊真は絶対に殺させない。そう決めた海斗は、そのまましばらく星空を見上げた。

 

 



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雨を降らせて地を固める。

 海斗は屋上が好きだった。何処の建物でも良いから、とりあえず高い所にいると落ち着くタイプだった。バカは高いところが好き、というのも含まれているが、それは無意識なものなので、海斗は深層辺りでもうバカなのだろう。あとは、他人の目なんか気にならないし、一人でボンヤリするには持って来いだ。

 今日の屋上は、玉狛支部の屋上。高い建物ではないが、付近にここより高い建物はないため、十分である。

 夕日を眺めつつ、今日の事を考えていた。迅の予知では、今日になって遊真を始末しにA級部隊がやって来る。その戦いに参戦することにした海斗は、今回の自分の敵について考える。

 相手は三輪秀次。結果的に、自分が長い間、騙していた相手になってしまった。そんな相手に「今までごめんね、でも遊真を殺すのはやめて」と言わなければならないのだ。絶対、キレられるし戦闘は免れない。

 

「……はぁ」

 

 憂鬱だ。でも、二宮さんにも許可を貰ったのだ。一応、この前の迅とのやり取りの後、万が一、二宮隊に迷惑が掛かるようなら遠慮無く切り捨ててくれて構わない、と言ったら「今更なことを言うな。最後まで面倒見てやるから好きにやれ」と言ってくれた。今度、ジンジャエールを奢ることを決めた。

 

「何ため息ついてんのよ」

「?」

 

 振り返ると、小南が腰に手を当てて立っていた。

 

「……なんだ、バカか」

「誰がバカよ誰が⁉︎ ていうか、出会い頭にその挨拶はないんじゃない⁉︎」

「喧しい。今、俺はのんびりしてんだ。邪魔しに来たなら出ていけアホ」

「んがっ……! あ、相変わらずムカつくわねあんた……!」

 

 奥歯を噛み締めつつ、小南は隣まで歩いた。海斗がもたれ掛かっている柵の上に、湯気のたったコーヒーカップを置く。

 

「……んっ」

「くれんの?」

「他に何があんのよ」

「どもども」

 

 ありがたく受け取り、コーヒーを飲む。ブラックで飲めないのを知っていてか、砂糖とミルクが入っていた。

 

「美味い」

「当然よ、アタシが淹れたんだもの」

「最近のコーヒーメーカーはすげぇんだな」

「アタシが淹れたんだもの!」

 

 強調するも海斗はスルー。コーヒーを飲みながら、頭の中で三輪にかけてやる言葉を考える。

 しかし、隣の小南はそれを許さない。ぐいっと海斗の手を引いた。

 

「ちょっと、それよりあんたアタシに言うことあるんじゃないの?」

「ねえよ」

「あるわよ!」

 

 そう言われても心当たりがない。こんばんは、とかか? と思ったりしてると、小南が睨みつけながら言った。

 

「本当に氷見さんと付き合ってるの?」

「テメェはそんな事を聞きにわざわざコーヒー持ってきたのか⁉︎」

 

 クソどうでも良いことを言われ、思わず大声で反論してしまった。

 

「そんな事って何よ⁉︎ 大事なことでしょ⁉︎」

「どこがだよ! んなわけねーし、テメェにゃカンケーねぇだろ!」

「あるわよ! だって……!」

「だって、何」

「っ……」

 

 言おうとした言葉を飲み込む。自分で何を言おうとしたのか直感で分かってしまい、慌てて口を押さえた。

 

「何、吐くの? トイレ行けよ」

「なわけないでしょ! あんたどこまでデリカシー無いのよ!」

「じゃあ何」

 

 片眉を上げて聞くと、小南は黙って目を逸らす。若干、頬を赤らめているあたりが可愛らしかったりするのだが、今は三輪との事で集中しなければならない。

 何処か、海斗の様子がおかしいのを察した小南は、小さくため息をついて答えた。

 

「……別に、今じゃなくて良いわ」

「はぁ?」

「ただし、関係ない話じゃないから。絶対に後で話するから」

「……お、おう?」

 

 デタラメを言ってる感じではないが、海斗には心当たりがない。しかし、小南は説明することも無くそのまま立ち去ってしまった。

 何のこっちゃ、と思いつつも、とりあえず力は抜けたので、決戦の準備をする事にした。

 スマホを取り出し、今回の相棒に電話を掛ける。

 

『もしもし?』

「氷見、始めるぞ」

『了解』

「よっしゃ」

 

 オペレーターへの連絡だけすると、海斗は屋上から飛び降りた。

 迅から襲撃のタイミングとルート、そしてこちらの攻撃のタイミングも教わった。まぁ、いい加減、待ってるのは飽きたのでそれに従うつもりは無くなってしまったが。

 

 ×××

 

 ボーダー本部では、遠征部隊が帰還し、会議室で新たな任務が命じられた。勿論、その内容は黒トリガーの確保である。

 太刀川が部隊の指揮を執ることになり、他に風間隊、冬島隊、三輪隊の3チームが付いてくる。

 玉狛の黒トリガーがボーダーのトリガーを学習するのを少しでも減らせるようにするため、今夜に襲撃することにした。

 勿論、玉狛の隊員との戦闘も考慮されているわけだが、三輪の懸念はそこよりもバカに対する警戒心があった。

 アレから張り込みをしている米屋と古寺の報告によれば、毎日玉狛に顔を出しているらしい。

 今は出撃前。既に待機しているメンバーは風間隊全員と三輪と奈良坂、出水。五分前になってもやって来ないのは太刀川と当真の二人だった。

 本部の屋上から飛び降りるため、集まっている各々は壁に寄っかかったり、スマホをいじったりとそれぞれリラックスしている中、三輪は左足を垂らし、右足の膝を曲げて立てて座っていた。その表情は、明らかに不機嫌そうだ。

 

「……チッ」

 

 自分の任務の邪魔をしてくるかは分からない。だが、ヘラヘラと近界民と同行している気持ちは理解できない。本来、敵とも言える相手であるはずなのに。

 とはいえ、海斗も普段の様子は悪い奴ではなかった。あの性格でさえ虚構だとすれば許さないが、おそらくあの性格は素なのだろう。それゆえに、一番嘘であって欲しくなかった近界民への憎悪が嘘であった事は、やはりショックだった。

 

「……三輪、どうかしたか?」

「っ、い、いえ、なんでもありません」

 

 考え事をしていたのが顔に出ていたのか、風間が横から声を掛けるも、三輪は首を横に振った。

 そんな三輪を見かねてか、風間は真剣な表情で三輪の肩に手を置く。

 

「……月見から聞いたが、あのバカと揉めたらしいな」

「……!」

 

 余計な事を……と、少し三輪は心の中で毒突く。

 いらない事は絶対に周りに言わないオペレーターだが、風間には口にしたという事は、必要な事だと判断したのだろう。正直、余計なお世話だと思った。優しいお節介も大概にして欲しい。

 

「すまないな。あのバカが」

「いえ、大丈夫です。近界民の肩を持つ海斗は、俺にとって敵でしかありません」

「……」

 

 そう言い切る割に、三輪の表情は何処か苦しそうにも見えた。恐らく、それなりに海斗に情が湧いたのだろう。

 あのバカの魅力は、不思議な事に生意気なのに何処か憎めない性質にある。デリカシーが足りず、口も頭も悪く、歳上を舐めてるとしか思えない態度を取るのに、何故か嫌いにならず世話を焼いてしまうのだ。要するに、嫌いになれないダメ人間タイプだ。

 風間にもその気持ちはよく分かり、三輪の近界民を憎む心と海斗を想う心がぶつかり合っているのは、事情を知る者なら誰にでも分かった。

 普通の喧嘩なら、思い切り殴り合いでもしてくれば済みそうな話だが、今回の元々の原因は黒トリガー持ちの近界民だ。殴り合いではなく、話し合いでなければ決着はつきそうにない。

 とりあえず、今は余計な口を挟むべきではない。それよりも、玉狛とぶつかる可能性もあるのだから、そっちに集中させねばならない。

 

「三輪、本当に奴は敵でしかないのか?」

「……はい」

「間があったな。お前は、まだ陰山を嫌いになれていないのだろう」

「っ、そ、そんな事は……!」

「別に無理に取り繕う必要はない。『そうあるべき』と『そう思いたい』は別のものだ。陰山を無理に嫌う必要なんてない」

「……」

 

 そう厳しくもあり、優しくもある声で唱えられ、初めて三輪は顔を上げた。

 

「お前も陰山も不器用だからな。一度、正面からぶつかり、お互いに言いたいことをぶつけ合った方が良いだろう」

「い、いえ、ですから俺は海斗の事など……!」

「嫌いだと言うのなら、まずは名前の呼び方を気を付けろ。下の名前で呼んでいれば仲良しに見えるぞ」

「っ……!」

 

 ハッとして自分の口を手で押さえる三輪。そんな彼の仕草は珍しい。前までは近界民を殺すことが生甲斐みたいなとこが見えたが、ここの所はそうでも無いようだ。

 あのバカに影響されたのだとしたら、割と悪い影響ばかりではないのかも、と思いつつ、ふっと微笑んだ。

 

「もし、機会がないというのなら、俺でも月見でもその機会を設けよう。何、あのバカはチームを組んだとはいえ、俺と三上の二人掛かりなら無理矢理、言うことを聞かせる事もできる」

「……はい、ありがとうございます」

 

 そんな風に言われてしまえば、三輪としても自身を振り返ざるを得ない。確かに、なんだかんだ憎めない性格をしている海斗を、三輪は嫌いではなかった。

 ただ飯に弱い所も、ジャンプ作品が好きなとこも、困ってる人を見捨てないとこも、割と歳下の面倒見が良いとこも、友達として気があう奴だと思った。

 そこを思い返してから、あの時の駅での戦闘を思い出す。確かに、すぐにトドメこそ刺さなかったものの、動こうとした近界民を相手にハンドガンを鳴らしたり、それなりに容赦のない面も見せていた。

 

「……」

 

 おそらく、近界民を憎んではいないのだろう。否定はしなかったし。でも、自分の敵と決め付けるのは早計だったかもしれない。

 

「おーう、お待たせー」

 

 呑気な声が聞こえて顔を上げた。太刀川慶と当真勇が並んで立っている。

 

「遅いぞ、太刀川」

「悪い悪い、風間さん」

 

 なははーと軽い謝罪を返す髭面の男が、三輪はあまり得意ではなかった。味方としては頼もしい限りなのだが、どこか苦手に思ってしまう。

 そんな三輪の心情を知る由もなく、スタート位置に立つ太刀川は、頭の後ろで腕を組んで肩を伸ばしながら歩いた。

 

「さて、さっさと終わらせるか」

「だな」

 

 当真が頷き、屋上の淵に立つ。米屋と古寺とは途中で合流するため、これでメンバーは全員だ。

 横並びになった、合計八人は一斉に屋上から飛び降りた。

 うじうじと悩むのは後だ。まずは、近界民を始末し、任務を遂行する。

 

 ×××

 

 走り出して数分ほど経過した辺りだろうか。トリオン体によって人が走っているにしては速すぎる速度で移動する八人は、誰もいない夜の街を真っ直ぐに玉狛へ向けている。

 

「おいおい、そんな早く走るなよ、三輪。疲れちゃうぜ」

「……」

 

 太刀川からの小言は聞き流したものの、若干、速度は下げられた。やはりこの人はなんとなく苦手だ、と思いつつ、ふと前を見たときだ。

 

「止まれ!」

 

 風間の大声で全員が足を止める。その直後だった。目の前に隕石が落下してきたような勢いで何かが降ってきた。

 ズンッ、と衝撃がコンクリートの道路に響き、亀裂が蜘蛛の巣のように響き渡る。

 砂煙が舞い上がり、それによって八人全員が構える。菊地原と風間を先頭に、その互い違いになるように、中距離に三輪、歌川、太刀川が並び、さらにその後ろに出水、奈良坂、当真が控えている。

 何者かの攻撃か、新手のトリオン兵か……と、思考を巡らせる三輪は、徐々に晴れていく煙の中央にしゃがんでいる人物を見た。

 そいつは、今は最も見たくない相手だった。

 

「……陰山か?」

 

 風間が片眉を挙げる。

 クレーターの真ん中で片膝と片拳をついているのは、陰山海斗だった。

 相変わらずの目つきの悪さで「よっこいせ」と緊張感のない声を掛けながら立ち上がった海斗は、真っ直ぐと三輪を見据えていた。

 何故こいつがここに? 何をしにここへ? と三輪が奥歯を噛み締めている間に、海斗はぬぼーっとした顔のまま声を掛けた。

 

「三輪、話付けに来た」

 

 ×××

 

 玉狛支部から出た迅は大慌てで走っていた。集合場所に使っていた空き部屋に、海斗の書き置きが残されていたからだ。

 

『三輪のとこ遊びに行ってくる♪』

 

 ♪ が非常に腹立たしかった。おかげで、協力を要請した忍田への報告も忘れてはならない。

 

「まったく、あのバカは……!」

 

 実を言うと、迅は海斗の行動が読みづらかった。確かに未来視によって海斗の行動はいくつも分岐されていたが、海斗の場合は可能性が多過ぎる。

 頭が足りないのか、それとも考えが軽いからか、その行動をすればもう引き返さない。

 例えば、ジャンプを買いに行こうとしていた海斗がいたとする。だが、その前にトイレに行くか、自室に本屋のポイントカードを取りに行くか、それとも徒歩じゃなくて自転車で行くか、或いはそのまま真っ直ぐジャンプを買いに行くかで、本屋に到着する時間が異常にズレるのだ。本屋に行く以外の行動を取ると、その時点で「ジャンプを買いに行く」という目的を忘れてしまい、他の事をやり始めてしまう。ジャンプを買いに行くのは、その日が月曜であることを思い出す時だけだ。

 

「……ったく、これだからバカは……!」

 

 忍田に連絡を入れながら、とにかく出来る限りの速さで走った。

 

 ×××

 

「話しに来た、というのはどういう意味だ? 陰山」

 

 問い詰めたのは風間だ。その視線はキュッと細くなり、遠征に行く一週間前にカンチョーをした時にキレられた時と同じ目をしていた。

 

「久し振り、風間」

「そこを退け。バカに付き合っている暇はない」

「いやいや、無理無理。だって俺、三輪と話に来たんだし」

「後にしろ。話なら任務の後でいくらでも付き合う」

「空閑がやられてからじゃ遅いから話つけにきたんだろうが」

 

 その台詞に噛みついたのは三輪の方だった。

 

「海斗……! まさか、お前近界民を庇うつもりか⁉︎」

「近界民を、じゃねぇよ。空閑遊真を、だ」

「⁉︎」

 

 驚愕の表情を見せる三輪の前で、風間が続いて聞いた。

 

「……言っている意味が分かっているのか? 陰山。それはつまり、俺達とここで戦うという意味になるが」

「なんでもデュエルで解決するデュエル脳かお前は。だから、話し合いに来たって言ってんじゃん」

「無理だな。俺達は城戸司令の命令で任務を遂行している。お前にそれを止める権限はない」

「権限?」

 

 復唱したその声は、普段の能天気な海斗から出たとは思えないほど冷たい声だった。

 

「権限が無きゃ次の行動にも移れねーのかテメーらは」

「そういう話ではない。俺達を止めたければ、それなりに手順を踏んで」

「問答を押し通して強奪という手を打ったのは、その城戸のオッさんだ。迅から聞いたが、忍田は強奪には反対し、結論は出ていなかったらしいじゃん。手順を飛ばしてんのはどっちのボスだ?」

 

 いつになく、海斗の言う事は筋が通っていた。いや、厳密には総司令である城戸が兵隊を運用するのに手順なんてものは必要ないのだが。部隊に直接、命じれば良いだけなのだから。

 しかし、そんなやり方では反対する意見が出るのは当然の話だ。

 

「……何れにしても、黒トリガーを野良で放置しておくわけにはいかない。ボーダー隊員として、黒トリガーを回収しなければ」

「したよ、回収」

「なんだと?」

「空閑遊真は昨日から玉狛支部に入隊した。あんたらがこれからやろうとしているのは、強盗以前に大麻規定違反って奴だろ」

「隊務な」

 

 少し恥ずかしいところで間違えて、出水がしれっとツッコんだが、海斗はいつもみたいに頬を若干、赤らめて「うるせーよ」とは言わなかった。

 そんな中、今まで黙っていた太刀川が口を開く。

 

「残念だが、陰山。そのクガって奴はまだ正式な隊員にはなれていないぞ」

「あ?」

「玉狛で手続きが済んでても、本部での正式入隊日を迎えるまではボーダー隊員とは認められない。仕留めるのになんの問題もないな」

「……え、そうなの?」

 

 さっきまでの勢いはどこへ行ったのか、海斗は一気にひよってしまった。さらに風間が正面から追撃する。

 

「そうだ。任務中の部隊を襲撃し、隊務規定違反を犯しているのはお前の方だ、陰山」

「……」

「分かったら、そこで大人しくしていろ。三輪との話の席は後で設けてやる」

 

 そう言って、八人は足を進める。三輪だけは海斗の事が気になっていたようだが、他のメンバーはまるで無視するように海斗の隣を通り過ぎようとする。

 風間が真横をすれ違う直前、海斗の手が消えた。

 

「! 風間さん!」

 

 歌川が声を張り上げた直後、風間の前の道路に深い溝が入った。海斗が腕を振り下ろし、スコーピオンで亀裂を作ったものだった。

 それにより、足を止めた風間は隣の海斗に声を掛ける。

 

「何の真似だ? 海斗」

「一瞬、迷ったけど……まぁ良いわ。クビになっても」

「……なんだと?」

「俺のクビで、あの白髪チビの命が助かるのなら安いもんだろ」

「……そうか」

 

 このバカは損得勘定で動かない。自分のやりたい事を、自分のやりたいようにして来ただけだ。

 ついでに言うなら、勝敗も気にしない。勝てる勝てないではない。自分のルールで生きるためなら、例え意味のない事でも平然と実行するバカだ。遠征部隊が相手でも、A級部隊が4チーム相手でも退くつもりはないだろう。

 ならば、話は簡単だ。

 

「ーっ!」

「っー!」

 

 風間の一閃と海斗の拳がぶつかり合い、お互いに後方へ弾け飛んだ。それが開戦の狼煙となった。

 歌川と菊地原が飛んだ海斗を挟むように移動し、スコーピオンを振るう。

 しかし、それより速く。腰に当てたレイガストのスラスターによって身体を急速によじって、二人の顔面と脇腹に廻し蹴りを放った。

 

「「ッ……‼︎」」

 

 両サイドへの蹴りのため、威力は低い。しかし、ダメージは少しは入った。

 様子見のつもりか、それ以上は仕掛けて来ない。海斗も下手な追撃はせず、ゆらりと辺りを見回す。

 直後、太刀川が玉狛の方に一歩踏み出した。

 

「悪ぃな、風間さん。ここは任せる」

「ああ、先に行け」

「いえ、待ってください」

 

 そこで声をかけたのは三輪秀次だった。

 

「俺が足を止めます」

「……!」

 

 腰から光り輝くブレードを抜きながら、海斗の方に歩みを進める。

 

「出来るのか?」

「分かりません。ですが、奴は風間さん達が遠征に行っている間にも力を付けていました。この中で一番、奴の戦闘力を把握しているのは自分です」

「なるほど」

 

 それに、と三輪は話を続ける。

 

「あいつが用あるのは俺です。俺が相手をすべきでしょう」

「了解。じゃ、頼むぞ」

 

 太刀川がそう言うと、太刀川隊と風間隊、当真、奈良坂は先に向かおうとする。

 

「チッ……!」

 

 海斗が舌打ちをして行かせまいと後を追おうとしたが、三輪がそれをさせない。孤月で一気に距離を詰めた。

 

「話があるんだろう、海斗?」

「……」

 

 まぁ良いか、と心の中で呟いた。他にも迅達がいるし、残りは任せておこう。

 

 



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戦地は何処でも激しく燃える。

 夜の街を駆け抜ける影は、一人減って七人になった。奈良坂も残ろうと声を掛けたが、迅の介入が予測される今、バカに必要以上に戦力を割く必要はないし、あのバカをわざわざ倒す必要もない。

 目標地点まで残り1000、と各オペレーターの声が耳元で聞こえたときだ。再び七人は足を止めた。

 灯りのない街のマンション付近、横断歩道の中心に立っているのは、今度は太刀川の良く知る人物だった。

 

「なるほど、そう来るか。迅」

「久しぶり、太刀川さん。みんなお揃いでどちらまで?」

 

 尋ねられたものの、答えるはずがない。そもそも、答えなくても分かっているから。そういうサイドエフェクトの持ち主なのだ、あのS級は。

 

「分かってるだろ。悪いけど、問答はもう飽きてんだ」

「へぇ、海斗と何か話した?」

「邪魔するなら、お前も切り捨てていくぞ」

「お前も、ねぇ?」

 

 薄く迅は微笑み、風刃を抜いた。今のが、海斗を倒したと言って自分を動揺させよう、なんて手でないことは迅にも分かっていた。

 おそらく、太刀川は三輪が海斗に勝利し、追ってくると思っているのだろう。その未来は迅にも見えているが、海斗が勝つ可能性だって残っている。

 結果的に、一人とはいえ敵の戦力を分散してくれたし、後は自分の用件を済ませてくれれば良い。

 

「……さあ、やろうか」

 

 強力な増援である嵐山隊が来るまで時間が掛かるから、しばらくは自分が相手をするしかない。

 風刃を構え、一斉に襲い掛かってくる敵に備えた。

 

 ×××

 

 本部の外の戦闘で、タイマンの勝負になるのは中々あることではない。必ず、どちらかの援軍や無断で警戒区域に入ってくる民間人の救助などが入るし、そもそも最初から一対一であることが無い。

 その不自然な状況にも関わらず、二人の動きはいつも以上の動きを発揮していた。

 三輪のアステロイドをスコーピオンで打ち払っている間に、三輪は一気に距離を詰めて孤月を振るう。

 バックステップで回避するが、三輪は逃さない。孤月を消してハンドガンを出し、近距離から鉛弾を連射するが、それも回避され、目標はT字路を曲がって建物を壁にして移動する。

 

「……」

 

 それを逃す三輪ではない。カウンターを警戒し、変化弾を先に追わせてから、自分もT字路の後を追う。

 しかし、海斗の姿は無い。レーダーを見ると、二階建て民家の屋根の上に立っていた。容赦なく、三輪はハンドガンを向ける。足場を崩すため、屋根を貫通させてアステロイドを放つが、海斗はそれを体操選手のような身のこなしで回転しながら回避する。

 

「チッ……!」

 

 奥歯を噛みながら、ハンドガンの弾を切り替えた。

 直後、下からせり上がってくる弾は急に屋根を避け、海斗本人に直接襲い掛かる。

 それを振り身で回避するが、その隙に同じように三輪が屋根の上にジャンプし、さらにハンドガンを向けた。

 ドンドンドンッと放たれた弾は黒い鉛弾。飛んで来る黒い弾丸は直線ではなく、海斗を取り囲むように進んで行く。

 

「……変化弾……!」

 

 さらに正面からは三輪本人が孤月を持って突撃する。左右に逃げればレッドバレット、正面は三輪本人。

 その危機的情報に対し海斗は、足元の屋根を削り、民家の中に落下して避けた。

 

「チッ……! 逃すか!」

 

 落ちた先に容赦なくハンドガンを五発、ぶっ放す。家の中の海斗はその辺にあった机を放り投げ、黒い弾丸を防ぐ。

 しかし、ここはアホな海斗たる所以である。鉛弾が五つもくっ付けば、その物体の重さは何倍にも跳ね上がる。

 

「うぶぉ!」

 

 まるで跳ね返ったかのように自分に向かって落ちてくる机の下敷きになり、床を突き抜けて一階に落ちた。

 何だかよくわからんが好機と悟った三輪は、机に向かって孤月を突き立てて飛び降りた。

 直後、机に薄っすらと直線が入ってるのが見えた。ズルリと机にズレが生じ、下からスコーピオンを出した海斗が自分の方を向いている。

 

「しまっ……!」

 

 カウンターは海斗の得意技だ。その上、空中では身動きが取れない。風間とも張り合える近接戦闘では勝ち目がないため、三輪は落下しながらシールドのタイミングに全神経を注いだ。

 しかし、予想外にも海斗は真下から退き、三輪から距離を取った。真下の空間はリビングで、ソファーを挟むようにして三輪と向き合っている。

 孤月をしまった三輪は、ハンドガンを抜いてゆっくりと海斗の方に向き直る。

 

「……何のつもりだ? 海斗」

「何が」

「何故反撃しない? 俺を舐めているのか?」

「あー……」

 

 気まずそうに目を逸らす海斗。それが三輪は気に入らなかった。自分から話があると言い、クビを覚悟で喧嘩を売ってきたくせに、未だに自分に負い目があって手を出さないとでも言うつもりだろうか? 自分の友人に、こんなヘタレはいない。

 目を逸らしていた海斗は、頬をぽりぽりと掻きながら答えた。

 

「や、実はまだお前に何を話せば良いのか決まってなくて」

「……は?」

 

 こいつ、何言ってんの? と思ったが、海斗は難しい顔をしながら答えた。

 

「色々と話したいことはあったんだが、いざこうなると言葉選びが難しくて……特にほら、俺ってデリカシーないらしいし。まずは謝るべきなんだろうけど、それもなぁんか良い感じの言葉浮かばなくて」

「……まさか、そんな事を考えながらずっと戦っていたのか?」

「そんな事ってなんだよ。お前、俺はお前と仲直りするためにだな……」

「反撃しなかったのは?」

「考え事に夢中だ」

「……」

 

 あ、と海斗は冷や汗を流す。なんかまた言葉選びを間違えたようで、三輪の殺気が高まる。

 

「ナメるな‼︎」

 

 ハンドガンを勢い良く向け、二〜三発のアステロイドが放たれる。それをしゃがみながら回避し、足元のソファーを蹴って三輪に叩き付け、その隙に窓に飛び込んで家から出た。

 真剣にぶつかり合ってる最中、やたらと反撃して来ないと思ったら他の事を考えていました、なんてふざけている。

 

「ええ……何で怒ってんの……?」

 

 まだ惚けたことを抜かしているアホに、三輪は尚更、殺意が芽生えた。

 正直、このまま抑えられれば良いと思っていた。これは消極的な考えではない。目の前のバカを殺す必要があるのなら、全員で囲んで叩けば良いだけの話だ。

 しかし、太刀川も風間もそうしなかったということは、それ以上に海斗との戦闘中に迅と合流される事を危惧したのだろう。

 一度、分散した以上はさっさと蹴散らそうとするより抑えた方が良い。というより、海斗はトップクラスのアタッカーである上にカウンタータイプのため、下手な攻撃はむしろ自分が殺されるリスクの方が高い。

 そうは分かっていても、ナメプされて怒らないほど、三輪の人間は出来ていなかった。

 

「……はぁ、氷見。これなんでこいつキレてんの?」

 

 今まで、三輪はカウンターを警戒して攻撃用のトリガーは銃か孤月のどちらかしか出さなかった。即座にシールドで対応するために。しかし、今は両手に武器を持っている。殺す気満々である。

 ハンドガンと孤月の猛攻を、凌ぎながら自分のオペレーターに相談し始め、三輪の機嫌は余計に悪くなった。

 

 ×××

 

「なんでって……」

 

 そりゃ怒るでしょ、と氷見は心の中で毒づいた。自分から用があると言っておいて、戦闘になったら他の事を考えるなんてナメている。いや、厳密には他の事ではないのだが、その事情を理解していない三輪に直接言っちゃうのは絶対ダメである。

 

「どうかしたか? 氷見」

 

 二宮隊の作戦室のオペレータールームの後方では、二宮がジンジャーエールを飲みながら声を掛けてきた。

 

「……あの、二宮さん。支援なら私一人でも……」

「黙れ。何かあったのか? あのバカに」

「……」

 

 本当なら、氷見一人でオペレートするつもりだったのだが、二宮が「俺も一緒にいてやる」と聞かなかったため、何故か二人で画面を見ていた。

 その癖、後ろの方で興味なさそうにソワソワしているのだから、割と自分の隊長は面倒臭い。

 

(素直に心配だから俺も指示を出す、って言えば良いのに……)

 

 犬飼曰く「二宮さんはなんだかんだバカには甘いよね」との事。

 辻曰く「俺にはよく分からないけど、何処か鳩原さんに似てるんじゃない?」との事。

 つまり、なんだかんだ目の前のバカにいなくなって欲しくないのだろう。だから、それなりに気をかけるし、偶に飯も奢ってあげている。

 まぁ、生身でトリオン兵と戦っちゃう人だし、心配になる気持ちは氷見にも理解出来るため、下手な事は言わないが。

 

「自分から売った喧嘩中に『どうやって謝ったら良いかな』と考え事してた事を本人に言って怒らせちゃったみたいですよ」

「……チッ」

 

 せっかく、二宮も今回の戦闘の件について、忍田にクビにならないよう話を通しておいたのに、随分とナメた戦闘をしているようだ。

 本来なら、自分で考えさせるところだが、これでやられてしまったら何もかも無駄だ。氷見からマイクを取り、声を掛けた。

 

「おい、バカ。聞こえるか?」

『二宮さん? なんかこいつ超怒ったんだけど。なんでですか?』

『戦闘中にお喋りとは……余裕だな!』

『まぁね』

『まぁね……貴様⁉︎』

「頼むから内部通信に切り替えてくれ」

 

 もはや、挑発する作戦なのか、と思ってしまうほどだった。実際、ブチギレている三輪の攻めは単調になって来ているので、余裕でいなしているようなのだが。

 まぁ、余裕なのならこっちの話に耳を傾けられるだろう。

 

「お前は何のためにそこにいる?」

『そりゃ、三輪と話をつけるためだけど……でも、もうこいつ話聞きそうにないですよ』

「なら、さっさと三輪を倒して迅の援護に向かえ」

『ええ……でも』

「どうせお前のことだ。反撃しない理由に『結果的に裏切ってしまった三輪を倒すのは気がひける』というのも含まれているだろう」

『……』

 

 黙り込む、ということはどうやら図星のようだ。隣の氷見はつくづく不器用なバカだなぁ、と呆れてしまう。

 

「お前がここで負ければ三輪は迅達の戦闘に加わり、空閑遊真が死ぬ可能性は高まる。逆に、お前が三輪を倒せば迅の援護に向かい、空閑遊真の生存率は上がる」

『そりゃそうですけど……』

「最初から話し合いに持って行けなかった時点で倒すしかないだろう。話し合いの席が必要なら後で設けてやる。だから今は戦闘に集中しろ」

『っ……』

 

 また声が止んだ。しばらく考え込んでいるのだろう。

 が、やがてか細い声が届いた。

 

『……了解です』

 

 そこで通信は途切れた。自分の席に戻った二宮は、実に面倒臭そうにどっかりと座り込み、ため息をついた。

 

「……まったく、本当に世話の焼けるバカめ……」

(……この人、本当にツンデレだな……)

 

 氷見は必死に言葉を飲み込んだ。

 

 ×××

 

 海斗への猛攻を止めない三輪は、ハンドガンと孤月を上手く切り替えて使っていた。ハンドガンで牽制し、避けた方向を先読みしてブレードで斬りかかる、というシンプルかつ巧妙な乱撃を繰り返していた。

 

(海斗から借りた銀魂が役に立った……!)

 

 この戦法を使っていたのは、見廻組局長佐々木異三郎だ。あの鬼の副長、土方十四郎を追い詰めただけあって、相手に反撃をさせていない。

 流石にあそこまでの練度とはいかないため、まだ攻撃を当てられてはいないが、それはそもそも海斗が受けに徹しているからであり、反撃をするつもりが無いからだ。

 

(過去の行動が仇となったな、海斗。緊急脱出しながら俺にジャンプをハマらせた事を後悔しろ……!)

 

 そう言って、ハンドガンを回避した先の海斗に孤月の突きを放った時だ。こちらを向いている海斗が薄く微笑んでいるのが見えた。あの顔は知っている。カウンターを仕掛ける時に「ブァ〜カ!」とほくそ笑みながらトドメを狙っている時の顔だ。

 

「ッ……‼︎」

 

 腕を引っ込めようとしたが、もう遅い。半径3メートル以内からの攻撃は、すべて海斗のカウンターの間合いだ。

 最低でも腕を取られる、と覚悟し、拳銃で同時に少しでもダメージを与えてやろうと逆側の手を海斗に向けたときだ。不可解な行動に出られ、思わず迷ってしまった。孤月を握る手を掴まれると共に鳩尾に掌底を喰らわされた。

 

「……っ!」

 

 さらに、背中を向けられ、腕をグイッと引っ張られる。腰で腰を支えられると感じた時には視点はグルリと回転し、気が付けば背中を地面に強打していた。

 

「グッ……‼︎」

 

 さらに、ボディにつま先がめり込む感触が走る。後方に蹴り飛ばされ、壁に叩きつけられた。

 生身なら吐血してるであろう衝撃だったが、片膝をついてなんとか大きな隙を見せまいとした。

 

「はっ……! なんだ? 急にやる気出して……!」

「ん、いや何。まぁ本当は戦う前に色々と話したいことがあったんだけど……」

「その割に、トリオンを使わない攻撃か。つくづくナメた奴だな」

「いやいや、フェアじゃないからだよ、それは」

 

 そう言うと、海斗は首をコキコキと鳴らすように左右にひねり、手首と足首をプラプラと振るった。

 

「ただ、ゴチャゴチャ考えんのはやめにしただけだ。今は、俺は空閑を守りたい、お前は空閑を殺したい。それだけ分かってりゃ十分だろ」

「……ふん、ようやくお前らしくなったか」

 

 そう言うと、三輪は立ち上がり、孤月を腰に戻した。その代わり、手に持っているのはハンドガン。銃口を海斗に向けることはない。殺気で反応される。

 

「よし、やろうか」

「上等」

 

 お互いに殴り合いを始めた。

 

 ×××

 

 黒トリガーとは、ノーマルトリガーをかなり超越した性能を持つ。まるでライトノベルに出てくるキャラのような能力を持つわけだ。

 迅の持つ風刃の性能は、目に見える範囲に斬撃を飛ばせることだ。つまり、ブレードでありながら遠距離戦もこなせるわけだ。

 だから、間違っても包囲されないように後方へ下がっていくのは当然の判断に見えるのだが……。

 

「……消極的すぎるな。攻め気が無さすぎる」

 

 違和感に太刀川は言葉を漏らす。その隣で、頬からうっすらとトリオンを漏らす歌川が聞いた。

 

「このままじゃ、警戒区域外まで出ちゃうんじゃ……」

「いや、それはない。迅は市民を危険に晒さない」

 

 そう否定しつつも、たしかに消極的過ぎると違和感を抱く。

 

「ずいぶんと大人しいな、迅。昔の方がまだプレッシャーあったぞ」

「……」

 

 軽口を叩かれても返事をしない。ただずっとにやけているだけだ。

 

「いいや、迅は予知を使って守りに徹しながらも、確実にこちらのトリオンを削っている」

 

 しかし、風間がそのセリフを口にしたことでその表情には余裕が消えた。

 

「こいつの狙いは、俺たちをトリオン切れで撤退させることだ」

「……⁉︎」

「あらら……」

 

 見事に当てられ、頬に汗を流した。その方が、本部との摩擦が少なくて済むから。

 しかし、そんな狙いは太刀川や風間からしたら不愉快でしかない。特に、ライバルと戦えると思っていた太刀川にとっては、随分とナメられたものだとカチンと来るものがあった。

 

「風間さん、やっぱりぼくたちだけで玉狛に向かいましょうよ」

 

 そう口を挟んだのは、菊地原だった。

 

「この人を追い回したって時間の無駄ですよ。元々、狙いは黒トリガーなわけですし」

「……そうだな。玉狛へ向かおう」

 

 部下の迅の逃げを封じる手を読んだ風間が頷いて肯定する。

 やっぱこうなったか、と観念した迅は、頭の中でプランを切り替えた。直後、振るったブレードが11本の尾を帯びる。

 民家の壁を沿って斬撃が走った。

 

「! 全員退がれ‼︎」

 

 風間隊の全員は後方に大きく飛び退き、太刀川は反射的に急所を庇うようにブレードでガードするように構える。

 間一髪、狙われた菊地原は回避に成功したが、左腕を持っていかれた。

 

「うわー……あのバカ先輩より全然、鋭い……」

「当たり前だ、菊地原。そもそも、あのバカと迅では風刃を使っている年季が違う」

 

 回避しつつ、距離をとった菊地原は珍しく冷や汗を流す。あの時の模擬戦で風刃の性能を把握する機会がなければ危なかったかもしれない。

 

『どうします? 風間さん』

『歌川、菊地原は太刀川を援護しろ。狙撃手も同様に援護だ』

『風間さんはどうする?』

『迅が風刃を抜いた以上、太刀川。お前には俺達の新戦術に参加してもらう。良いな?』

『了解了解』

『仕込みが終わるまで、奴を惹きつけろ』

 

 そう指示を飛ばし、風間はカメレオンを起動した。

 

 ×××

 

 別の場所では、激しい銃撃戦が行われていた。米屋、古寺と合流した出水は、嵐山隊と戦闘を繰り広げていた。

 佐鳥を取りに行った米屋に対し、木虎がカバーに回ったため、これで二対二。太刀川達が迅を仕留めるまでの足止めで良いと考えている以上、出水に攻め気はなかった。

 嵐山隊からの攻撃を持ち前のトリオン量に比例したシールドの硬さで凌ぎつつ、敵の気を引く。

 その隙に、高めのビルがパッと光った。

 

「! 充!」

「はい」

 

 嵐山と時枝がシールドを張り、狙撃を防いだ。射撃地点は遠過ぎるため、嵐山と時枝は手が出せない。佐鳥は移動中のため、狙撃手の頭は狙撃手が抑えるという定石は使えなくなっていた。

 そのほんの少しの隙を突いて、出水は反撃した。変化弾と追尾弾を織り交ぜた攻撃により二人を怯ませる。

 上空に高く上げたハウンドが嵐山の斜め上から突き刺さる直前、パッと嵐山の姿は消えた。

 テレポーターによる十字砲火を狙い、出水を挟み撃ちにしたが、射撃は放てなかった。さっきとは別の箇所からの狙撃により、間一髪シールドで防ぎ、引き退る。

 

『綾辻、弾道解析は?』

『はい。先程とは別の方向から来ていました。明らかなワープです』

『やっぱり、冬島さんもきてますね』

『船酔いでダウンしてると思ってたんだけどな。太刀川さんが無理矢理引っ張ってきたのかな?』

 

 時枝が冷静に分析する。探そうにも何処にいるかは分からないし、狙撃手を抑えに行ってもワープで逃げられるだけだ。

 

『綾辻、ワープのポイントにマーカーを付けておいてくれ』

『はい』

『よし、迎え撃つぞ』

 

 嵐山はそう言うと、再び出水に銃口を向けた。

 

 



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戦いもなんやかんや勢いと流れとノリ。

 マンションの一室では、木虎と米屋がお互いに近距離戦を繰り広げていた。槍の孤月の猛攻を回避しつつ、ハンドガンでワイヤーを張りつつ距離を置いていた。

 逃さずに米屋は槍で追撃する。しかし、何か違和感を抱いていた。木虎からの攻めが少な過ぎる。勿論、こちらが隙を見せれば攻撃はして来るが、深追いはせずに距離を保ちつつスコーピオンで反撃してくる。

 

「……なるほどな」

 

 足を止めた米屋は、部屋の中で旋空孤月を至る所に放った。それにより、壁や床、天井が削ぎ落とされ、木虎が仕掛けていたワイヤーが宙にひらひらと浮いた。

 

「っ……!」

「悪ぃな、カウンターはお前より何倍も鋭いバカにやられなれてんだ」

 

 動揺した隙に米屋は突きを叩き込み、それが木虎の頬を掠める。

 頬から薄っすらと漏れるトリオンを手の甲で撫でながら、上から降ってくる米屋に目を向けた。

 

(……まずいわね。嵐山さん達も苦戦してるみたいだし、このままこの人の相手をしてても良い事はないわ)

 

 かといって、佐鳥が逃げるまでは相手をする他ない。せめて次の狙撃ポイントに着くまではこのままだ。

 

「おらどうした、優等生!」

「っ……!」

 

 降りて来ながらの幻踊孤月をシールドでガードしながら、腰に構えた銃口からアステロイドを放つ。

 それをシールドでガードしつつ米屋は距離を詰め、斜め下から斬りあげた。拳銃が破壊されつつも後ろにバックステップで回避し、後ろの椅子に足を置き、蹴って斬りかかった。

 それを槍でガードし、鍔迫り合いのようにお互い、両腕に力を入れる。が、すぐに米屋が木虎の足を払い、転ばせると、刃のついていない方で顔面を殴り飛ばし、壁に叩きつけた。

 

「っ……!」

「旋空孤月」

 

 ブレードが瞬間的に拡張し、穂先が木虎のボディを捉える。斬り裂かれる直前、木虎は負けじとハンドガンで米屋の槍を撃ち抜いた。

 孤月の耐久性はボーダー公認でA評価をもらっているため、アステロイド1〜2発で壊すことは出来ない。

 しかし、ブレードの軌道を逸らすことは可能だ。

 

「うおっ」

「グッ……‼︎」

 

 片腕を落とされながらもなんとか凌いだ木虎は、ハンドガンを米屋に向けて乱射しながらベランダの窓ガラスに飛び込んだ。

 

『申し訳ありません、嵐山さん。このまま米屋先輩を連れて合流します』

『了解だ。無事か?』

『左腕を失いました』

 

 報告しつつ窓から飛び降りると、ちょうど真下で二対一の銃撃戦が行われていた。

 その後に続き、米屋も飛び降りて木虎の後を追いかける。しかし、それは木虎も読めていた。落下しながらハンドガンの銃口を米屋に向ける。

 

「そこ!」

「旋空!」

 

 一騎打ち、しかし引き金を引くだけの銃と、腕から動かさなければ威力は発揮できない孤月では、間合いに差があった。

 しかし、他のメンバーがそれをそのままで終わらせるつもりが無いのは、当然であった。

 

「槍バカ、盾張れ!」

「誰が槍バカだ、弾バカ!」

「充、カバーだ!」

「了解!」

 

 出水がアステロイドを飛ばし、木虎は構わずに米屋に弾丸を浴びせ、米屋はフルガード。時枝が木虎をカバーし、嵐山は出水に銃口を向け、出水はそれは気付いてシールドを展開。

 この一瞬のやり取りの直後、屋根から四つの光が夜の街を灯した。突き刺さる四発の弾丸。一発は時枝の頭、一発はギリギリ反応した木虎がガード、そしてもう二発はその場で戦闘していた全員の頭を通り越し、光った一箇所に向かった。

 直後、二つの光の柱が立つ。時枝と古寺が緊急脱出したものだ。

 

「⁉︎ 充!」

「すみません、嵐山さん。先に落ちます」

 

 時枝を撃ち抜いた射線の奥を見ると、当真がイーグレットを構えていた。

 

「……当真か」

 

 冷静にビルの上を見る嵐山の隣に木虎が着地し、出水の横に米屋が着地する。

 

「おいおい、古寺はやられたのか?」

「ぽいな。佐鳥か?」

『まぁまぁ、俺が来たんだし良いじゃねえの。佐鳥の場所も割れたしな』

「すみません、嵐山さん」

「いや、気にするな。結果的に、賢を仕事出来る場所まで逃がせた」

 

 そう言いつつも、嵐山の額には汗が流れていた。

 

 ×××

 

 三輪のレッドバレットを、海斗は民家の塀を殴り壊してレンガで相殺する。ゴトリゴトリ転がる黒い重しを飛び越え、海斗は回転しながら飛び後ろ廻し蹴りを放つ。

 それをバックステップで回避しつつ、アステロイドを乱射した。弾が当たる個所をピンポイントで海斗はスコーピオンを生やして弾き飛ばして着地すると、スラスターを使ってブレードを投げた。それを三輪は横に回避し、低姿勢に身体をかがめ、両足を大きく広げ、上段に一発、半回転して腰に銃を構えて中断に一発、さらに横にスライドするように半回転し、さらに下段、中段、上段と一発ずつ弾いた。

 それに対し、近距離のままスコーピオンを振るったガードと前方への宙返りで回避する海斗は、最後の上段への一撃は下から銃を掴み上げ、銃口を空に向けることで回避した。

 腰の前で握りこぶしを作ると、先端にスコーピオンを出し、ボディブローを放つが、三輪は孤月を地面に突き刺してガードした。海斗の一撃は片手では防げないため、地面に固定する他、無かった。

 

「……お前は体操でもやっていたのか?」

「独学」

「本物の、化け物か!」

 

 海斗の拳を膝で蹴り上げて退かすと、突き刺した孤月を下から斬りあげた。それも、旋空を用いて地面を大きく抉り飛ばして。

 バゴッと派手に道路が変形したが、派手な技の隙を地味に突くのが海斗の特技だ。

 地面に両手を着け、肘と膝を折り曲げ、足の裏の照準を三輪の身体に向ける。

 

「よっこい、しょーいち!」

 

 両腕で自分の身体を押し出し、下からのドロップキックが三輪の胸に直撃する直前、ギリギリ孤月でガードした。

 後方に大きく飛ばされながらも、三輪は海斗の足を狙って鉛弾を叩き込む。足元に黒い重しが大量に出来つつも、ピョンピョンと跳ねて回避しながら距離を詰めた。

 

「ッ……!」

 

 しかし、その海斗の攻撃に対し、カウンターを放った。孤月の一閃が海斗のボディに向かい、それを後ろにバク転する事で回避し、距離を置いた。

 

「お前、旋空なんか入れてたか?」

「入れたんだ。お前のようなバカを相手にする時のためにな」

「そりゃ厄介だ」

「それは良かった」

 

 今度は三輪から仕掛けた。ハンドガンの牽制を放ちつつ、孤月を振るう。それを後ろにそり身で回避しようとしたが、慌ててしゃがんだ。ブレードの長さが微妙に長く、しゃがまなければ胸を薄く斬られていた。

 

「っ……!」

 

 途中から急転換でしゃがみ回避をしたため、姿勢が万全ではなかった。その隙を突いて、三輪の蹴りが海斗の顔面に向かう。

 右腕を折り曲げてガードしたものの、大きく蹴り飛ばされた。空中に身体が浮いた海斗に、三輪はアステロイドを放つ。

 

「シールド」

 

 眼前にシールドを広げて弾丸を何とか防いだ。おそらくだが、まともに海斗がシールドを使ったのは初めてのことだ。

 海斗が着地すると共に、三輪は再び孤月を振るう。孤月の長さを見誤ったか? と海斗は普段のギリギリの間合いから少し外して回避した。

 しかし、長さは元に戻っている。

 

「……?」

 

 眉間にしわを寄せている間に、三輪が再び孤月の二撃目を放った。今度の一撃は、また若干、ブレードの長さが変わっていた。それにより、再び大きく回避する羽目になり、あとからバイパーが襲い掛かってくる。

 

「チッ……テメェ……!」

 

 それを両手で斬り払っている間に、三輪は再び距離を詰めてきた。

 三輪の攻撃は、旋空孤月の応用だった。旋空孤月は効果時間とブレードの伸縮が反比例し、普通のアタッカーは効果時間を1〜2秒にして17メートル伸ばしているのに対し、三輪は効果時間を長くさせてブレードの伸びを10〜20センチほどにしていた。

 ガンナーの間合いで戦う場合にはあまりに意味が無いが、アタッカーの間合いで戦う際に、一振りごとに長さの変わる攻撃は鬱陶しいこと、この上ない。特に、カウンタータイプのような間合いが重要な相手にとっては。

 

(しかし、まさかここまで綺麗にハマるとはな……)

 

 勿論、海斗用に入れていた戦法であり、さっき派手に旋空を使う事でこの使い方をカモフラージュしていたわけだが、モロに引っかかっていた。そして、バカはこんな旋空の使い方があるとは思わないだろう。だってバカだから。

 その中に、さらにアステロイドを組み込まれていて、海斗はしばらく引き気味に戦う他なかった。

 

 ×××

 

 迅は太刀川、歌川、菊地原の三人がかりの攻撃を一人で凌いでいた。正確に言えば、奈良坂も入れて四人がかりだが、それも含めて予知を全開にして使い、攻撃を受けつつ、斬撃を放つタイミングを伺っていた。

 

「どうした、迅! いつまで逃げ腰になっている!」

「なはは、そう言われても四人がかりじゃね……。一対一でやらない?」

「そいつは無理な相談だな!」

 

 ノリに乗ってる太刀川の猛攻を凌ぎつつも、他の二人からも目を離さない。回避とガードを織り交ぜて距離を保ちつつ、違和感の正体を探っていた。いや、その正体はすでに掴んでいる。

 三人があまりに深入りして来ない事だ。迅のカウンターを再警戒し、かといって風刃の有効距離までは離されないよう、適正な位置を保っている。

 狙いは分からないが、予知のお陰で絞り込むことは出来た。あり得るのは、カメレオンを用いての奇襲。しかし、予知を使うまでもない戦法だ。それはない。

 となると、他の戦法は一つしかない。

 

(……あれをやられると、かなりしんどいな……)

 

 その前に、一人くらい片付けておきたいものだ。太刀川はついでで倒せる相手ではない。つまり、菊地原か歌川の二人だが……すぐに標的は決まった。

 

「……海斗みたいな真似するのは、後で怒られそうな気もするけど……!」

 

 つぶやきながら薄く微笑んだ迅は、三人の即席とは思えない連携の一瞬の隙を突いて、強引にその場から後方に大きく飛び退いた。

 

「逃すな!」

「分かってますよ」

 

 三人の連携は、誰か一人が迅にくっ付き、とにかく風刃の遠隔斬撃を使わせず、互いにフォローし合うのが目的だ。

 別の部隊のアタッカーが即席の連携を組んでいるため、誰がくっ付く役割を果たすかは決まっていない。そのため、臨機応変に各々が迅にくっ付かなければならない。

 今回では、菊地原が一番、近かったため、退がった迅にくっ付いたのは菊地原だった。しかし、それが迅の狙いだった。

 菊地原の攻撃を予知で回避しつつ、迅は合計五発の斬撃を飛ばす。それは誰かを狙ったものではなく、一発は菊地原一人と太刀川と歌川の間に大きな亀裂を生ませるため。そして残りの四発は、左右の民家を狙ったものだ。

 

「「「!」」」

 

 それにより、1対4だった戦闘は二軒の一軒家の瓦礫によって、一瞬で1対1になった。

 菊地原はA級隊員に恥じない剣技を持ち、ボーダートップのアタッカーの連携を持つ風間隊のキーマンでもある。

 しかし、それでもソロ総合一位の太刀川と互角の実力を持つ迅悠一には敵わない。

 

「ッ……!」

「よし、1人」

 

 菊地原の身体をブレードで両断し、緊急脱出させた。

 直後、崩した瓦礫の山が爆発する。歌川のメテオラによって一瞬でも道は開通したが、菊地原は既にこの戦場にはいない。

 

「悪い、風間さん。一人やられた」

『気にするな。こちらの準備は八割ほど終わっている』

「了解。じゃ、少し早いけど始めようか」

 

 強引に吹っ飛ばされた民家の残骸の奥から、太刀川と歌川が姿を表す。

 

「遅かったね、太刀川さん」

「余裕をこいていられるのもここまでだ、迅」

「風間さんがワイヤーを広げて待ってるから?」

 

 あっさりと考えを見抜かれ、太刀川は思わず黙り込む。その反応を見て、予測確定、と確信を持った迅は、にやけ面のまま続けた。

 

「悪いけど、ワイヤーの中には入らないよ。何処に敷いてるのか、大体は分かっているし」

 

 迅は常に未来を見続けているが、その中でも基本的には確率の高い未来を重視する。というより、確率の低い未来はお子様かバカしか選ばない。

 目の前の太刀川もバカではあるが、それは学力の話であって戦術面はスパルタ幼馴染によって鍛えられている。

 しかし、である。逆に言えば、迅の裏をかくにはバカになれば良い。

 

「一つ間違ってるぞ、迅」

「?」

「風間さんはワイヤーを広げて待っているわけじゃない」

 

 そこまで言うと、今度は太刀川が邪悪に微笑む番だ。

 

「もう、ワイヤーを広げ終えてる」

 

 直後、真上から。キラリと光るブレードが叩き付けられ、間一髪で後ろに飛び退いた。

 しかし、踵が何かに引っ掛かり、思わず後方に転びそうになるのを受け身をとって片膝をついて構える。

 

(……まさか)

 

 辺りを見回すと、既にワイヤーを張られていた。民家の壁や屋根、至る所に張られている鋼線が視界に入る。そして自分を強襲した風間は、ジャンプすると空中に着地した。いや、正確に言えばワイヤーの張られた箇所に立っている。

 

「……まさか、この短時間で張り終えたの?」

「時間が無いからワイヤーの配置を計算するには至らなかったがな」

 

 意外だった。風間は理詰めした動きをする人だ。ワイヤーにしても、テキトーに張ることはせず、罠を仕掛けるなり、味方が使いやすいように計算して配置をする人だ。

 

「誰に習ったのさ、その雑さ」

「今、三輪と戦闘しているバカだ」

「……ホント、余計なことばかり教えるよなぁ……」

 

 そう言いつつ、ワイヤーの位置を把握する。確かに乱雑に張られているものの、A級部隊のアタッカー達なら難なく使いこなせるだろう。

 ここから先、見える未来の中には、ワイヤーによって自分が敗北するパターン見えている。

 

「……さて、迅」

 

 仲間が一人堕とされたというのに、両チームの状況は変わらない。むしろ迅が不利になっていた。

 

「形勢逆転だ」

 

 そうほくそ笑むと共に、太刀川は腰の二刀流を抜いた。

 

 ×××

 

 三ヶ所での戦闘は、あまり好転したものではなかった。当真の参戦により、防戦一方の嵐山隊、風間のらしくないテキトーなワイヤーの配置により、風刃の残弾を五発残したまま防戦一方の迅。このままでは全滅する可能性も少なくない。

 そんな現状をクールなオペレーターから聞かされた海斗は、微妙に伸びたり縮んだりする孤月の猛攻から距離を置き、壁沿いに隠れていた。

 

『お前さ、もう少しポジティブな情報は出せないの?』

『仕方ないでしょ。嘘言ったって意味ないもの』

『チッ……』

 

 おそらく、今の情報は他の箇所の戦闘にも伝わっている事だろう。どこかで逆転の火蓋を落とさないと、勝ち目はない。

 

「……仕方ねえな」

 

 小さくため息をついた直後、自分の元に弾丸が降り注ぎ、後ろにバク宙しながら回避した。壁沿いの屋根の上で三輪がハンドガンをこちらに向け、冷たい目で見下ろしている。

 

「遊びは終わりだ、海斗」

「こっちのセリフだっつんだ、ボケ」

 

 海斗は姿勢を低くして、片手を地面に着けた構えのまま三輪を睨みつけた。空閑を助ける、そのために三輪とは敵対する、そう決めた時点で遠慮は無用だ。

 三輪からの斬撃を回避しながら、三輪の立っていた家と向かいの家の塀を破壊して転がり込んだ。

 

「……?」

 

 その行動に、三輪は疑問を抱いた。あのバカが、こんな風に逃げるなんてあり得ない。小さい脳味噌なりに、何か策があるのだろうか? 

 そう思ったのもつかの間、海斗はすぐに屋根の上から顔を出した。その癖、仕掛けてくる様子はない。

 

「何の真似だ?」

「いや何。なんか俺より高い位置にいられたのがムカついたから」

 

 相変わらずふざけた態度で戦闘を行う奴だが、海斗はいつでも自身のノリと気分で戦法を変える奴だ。それがなんだかんだベストであることが多いのだから、真面目な三輪には余計に癪に触った。

 別の一軒家の屋上で、道路を挟んで向かい合った二人は、油断無くお互いを見据える。三輪も不用意にハンドガンを向けることはしなかった。どうやら、海斗は本気になったようだ。今までが本気では無かったわけではなく、エンジンが温まってきた頃、と言うことだ。

 ひゅうっと二人の間に風が吹く。肌寒さが残るはずの季節だが、トリオン体の二人にはそんなもの関係ないはずだった。

 しかし、何処かお互いに背筋が伸びるような寒気がする。武者震いにも似た振動が身体を襲っていた。

 呼吸を整え、心身ともに充実させ、殺意を高める。ここから先は、泥沼の戦闘になりそうなものだ。

 

「……」

「……」

 

 直後、お互いにニヤリと笑い、三輪がハンドガンをぶっ放し、海斗はブレードモードのレイガストをぶん投げた。

 アステロイドを弾き飛ばしながら自分に向かってくるレイガストを旋空で弾いた直後、海斗はジャンプして一気に襲い掛かった。

 海斗のかかと落としはバックステップで回避され、屋根に大きなクレーターが形成され、瓦が反動で宙に浮く。

 三輪が容赦なくハンドガンを海斗に向けて乱射する中、海斗はその場で浮き上がった瓦を殴って三輪に叩きつける。

 近距離で飛び道具である通常弾と瓦がぶつかり合い、若干煙が舞い上がる中、そこから先に仕掛けたのは三輪だった。微妙に伸ばした旋空を振るい、海斗のカウンター封じに掛かる。

 その攻撃に対し海斗は、ジャンプして避けることで対応してみせた。前後に避けられないのなら、上下に避けるまでである。

 しかし、三輪は海斗と違ってバカではない。自身の微旋空(仮名)の弱点は分かっていた。腰に構えたハンドガンは空中で身動きの取れない海斗に向けられている。

 

「死ね」

「テメェがな」

 

 ハンドガンから放たれる銃撃。アステロイドが三発、海斗に襲い掛かる。

 普段の海斗であれば。シールドを使い忘れ、一部では「回避厨」とまで称されているバカであれば、無理矢理、身を捩って回避して距離を取ったことだろう。

 今日は違った。空中の海斗は身体を横に傾けながらラリアットを繰り出した。

 アステロイドの全てが腕に直撃し、海斗の右腕には三つの穴が開いて針金細工の人形のようになる。

 だが、そのズタボロになった腕はスコーピオン製の光の腕に切り替わった。

 

「しまっ……!」

 

 振り抜かれるスコーピオンラリアット。辛うじて孤月をしまってシールドを張ったが、勢いと威力が違う。軌道をそらす程度にしかならず、脇腹とハンドガンを構えていた腕の肘を持っていかれた。

 

『警告。トリオン漏出甚大』

「チッ……!」

 

 落ちていく腕から力が抜け、ハンドガンが落ちる。それを反対側の手で握り、抉られた脇腹から銃口を向けた。

 

「!」

「勝ち逃げなどさせるものか!」

 

 再び襲い掛かる弾丸に対し、海斗は空中に身体を捩りながら浮かせて回転して回避する。

 しかし、弾丸は軌道を変えて、海斗を追うように真横に直角に曲がった。

 

「テメッ……!」

 

 海斗の胸を貫通したがギリギリ、トリオン供給機関は外れた。

 

「……チッ」

 

 無事でいる海斗を見て、三輪は小さく舌打ちをした。自分のトリオンはもう残っていない。どうやら、ここまでのようだ。

 顔にヒビが入っていくが、緊急脱出まではまだ時間がある。

 

「……海斗、聞かせろ」

「何?」

 

 声を掛けると、海斗は腹立つドヤ顔で片眉を挙げた。やはり鉛弾をブチ込んでやりたくなったが、グッとこらえて続けた。

 

「……お前だけは分かるはずだ。近界民の危険さや脅威が。何故、そこまでしてあの近界民を庇おうとする? お前が両親のことを好きじゃなかったからか?」

「あ? なわけあるか。両親が死んで、苦労する所は苦労したんだぞ。炊事洗濯掃除に家計の節約、親の会社の社員の突撃、学校での同情の視線……家族が二人減っただけで、労力は前の倍以上だったんだから」

「……なら、何故だ?」

 

 心底、怪訝そうな顔を向けられる。海斗は真顔のまま答えた。

 

「あいつはあいつで苦労してんだよ。親父が死んだり、向こうではずっと戦争やってたりと、とにかく色々。あいつが俺の両親を殺したトリオン兵を送り込んできた星の国民とは限らねーし」

「っ……!」

「それにほら、復讐心に覆われるとロクなことがないだろ? ジャンプでも大体、悲惨な事になってるし」

「……」

 

 最後の一言が余計だったが、海斗が本気である事は十分に理解した。反論してやりたいところはいくつかあったが、もう時間切れのようだ。顔全体に亀裂が走り、今はもう一言しか告げられない。

 

「ならば、守ってみせろ。遠征組から、近界民を」

 

 それだけ言い残し、三輪はその場から緊急脱出した。飛んで行った三輪を見上げて、海斗は一言呟いた。

 

「……言われるまでもねえよ、バァカ」

 

 



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本当の友達には本音をぶつけろ。

「ふぅ、三輪は倒した」

『お疲れ様』

 

 通信越しに報告すると、氷見から労いの言葉が返ってくる。こういう時は素直に声を掛けてくれるのは嬉しい。

 

「で、どうすれば良い?」

『嵐山隊も迅さんもあまり良い状況じゃないから、どちらかの援護に向かった方が良いと思う』

「どちらかっつってもな……」

『なら、こちら側に来れる?』

 

 割り込んで来たのは綾辻の声だ。

 

「なんで?」

『迅さんが、二手に別れた以上は援軍をよこさないように言ってたから』

 

 迅のプランBは風刃のみでA級の遠征部隊を蹴散らし、風刃の価値を引き上げる事だ。それによって、遊真の入隊を引き換えに風刃を差し上げるつもりだ。

 そんな事情を海斗は理解していないが、まぁ本人が「来るな」と言うならそれで良いのだろう、と判断した。

 

「じゃ、今からそっちに向かう」

『了解』

『場所はマップにマークしておいたから』

「ども」

 

 氷見の案内の元、次の戦場へと駆け出した。

 

 ×××

 

『迅さん、陰山くんが三輪くんを撃破しました』

「りょーかいりょーかい」

 

 ワイヤー陣の中、太刀川達の猛攻を回避する。サイドエフェクトを持つ菊地原を落とせたのは良いものの、やはりアタッカー達の連携は厄介なことこの上ない。

 予知が無ければ何回死んでるか分からない猛攻の中、この先の対策を練り続けた。この中で一番、厄介なのは太刀川だ。攻撃に関して、やはり1番、鋭く首を取りに来てる。旋空によって風間が張ったワイヤーを切り裂くのも御構い無しなあたりがまた厄介だ。

 それを上手く立ち回っているのが風間だった。太刀川が切ったワイヤーを上手く補強しつつ、サポートと攻撃を交互に織り交ぜている。

 風間を倒せれば、彼らの攻撃力と機動力は大きく削れるのだろうが……しかし、三人がかりの中、風間を先に倒すのは無理だ。奈良坂の狙撃もあるし。

 

「……やっぱ、順番にやるしかないか……」

 

 そう呟くと、迅は風間の攻撃を回避しつつ風刃のうちの一発を解き放った。その一発は太刀川を狙ったもの。

 複数のワイヤーを巻き込んで襲い掛かる斬撃を、シールドを貼りながら後ろに下がって凌ぐ太刀川。

 

「っ……!」

 

 その隙に、風間と歌川が前後で迅を挟んで襲い掛かるが、背後の歌川の方が若干、早い未来を予知し、一閃が自分に直撃する前に手首を掴んで風間の方に引き寄せた。

 風間に歌川を叩きつける事に成功したが、風間の一撃は受けきれず、片腕を持っていかれる。

 

「チッ……!」

 

 風間の身体は後方に大きく飛ばされたが、歌川は風間に受け止められ、迅の目の前に着地する。

 

「このっ……!」

「待て、歌川!」

 

 今、迅に距離を取られると、まずやられるのは風間だ。張り付くのは一番近い自分の役目、と歌川は理解していた。

 しかし、そもそもの地力が違う。歌川の攻撃を全て凌いだ後、横に斬り払った。ガードし、真横に飛び退いてワイヤーの上に着地しようとする歌川だったが、そのワイヤーがブツッと切れる。

 

「っ⁉︎」

 

 足元が急に無くなったことにより、姿勢が一気に崩れた。その隙を逃す迅ではない。一気に距離を詰めて斬りかかったが、その前に太刀川が立ち塞がり、迅の一撃をガードする。

 

「そう簡単にやらせると思うか?」

「もうやったよ」

「⁉︎」

 

 直後、真後ろで小さな爆煙と光の柱が本部に向かう。どうやら、太刀川がガードした一撃から斬撃が放たれていたようだ。

 

「……チッ」

『太刀川、そのまま抑えていろ』

 

 カメレオンによって姿を消していた風間が、スパイダーを使って高速で迅の背後に回り込み、蹴りを放っていた。

 しかし、それに対してしゃがんで回避してみせると、太刀川の足元に足払いを仕掛け、自身の周りに残りの四発分の風刃を全て解き放った。

 

「っ……!」

 

 それにより、大きく飛び退く太刀川と風間。奈良坂が狙撃をするが、迅はそれを回避しながら風刃のリロードを行なった。

 

「ありゃあ……まぁ、片腕は取れたし良しとしますか」

「だが、こちらも俺とお前と奈良坂しかいない」

 

 ゴリ押しでいけば勝てるというものでもない。特に、迅が相手では尚更だ。

 

『……太刀川、ここから先はワイヤーは狙わない。そのままいくぞ』

『りょーかい』

 

 本来であればじっくりワイヤーを張って慎重にいきたいとこだが、歌川、菊地原を失った今、そういうわけにもいかない。

 それに、迅の片腕も奪ったし、距離を離されて遠距離に徹しられるくらいなら詰めて二人掛かりで攻めた方が良い。

 二人掛かりで地面を蹴った二人に対し、良くも悪くも考えを読み取れないにやけ面の迅は構えを取った。

 

 ×××

 

「あ? 三輪が落ちた?」

 

 そう声を漏らしたのは当真勇。ボーダー内トップの狙撃者であり、A級2位部隊である冬島隊の隊員である。

 

『はい。あのバカ、柚宇さんによるとこっちに向かってるらしいから気を付けて』

 

 出水から返事が来て、当真は「はぁ?」と声を漏らす。

 

『マジかよ。つか、なんでこっち来てるって分かったわけ?』

『あいつ、よくバッグワームすんの忘れるんですよ。途中で気づいて羽織ったからこっちに向かってるのは確実です』

『なるほどな……。じゃ、あのバカが来る前に終わらせた方が良いわけか』

『そうだけど、一応警戒してくださいよ。あいつ、何してくるか分かりませんから』

『おう』

 

 はっきり言って、嵐山隊を追い込むのは簡単だ。時枝がいれば話は別だが、嵐山と片腕のない木虎では、バカの感染によってパワーアップした二人とは撃ちあえない。

 その上、当真は冬島がいるからワープが可能だが、佐鳥はそうもいかないため、当真を確実に抑えられる時に撃たないと一発撃ってアウトである。

 

『……おーい、当真……』

『お? どうした、隊長?』

『吐きそう……。もう無理……』

『いやいや、せめて佐鳥の野郎を落とすまでは働いてくれねーと困るぜ』

『うおっぷ……くっそー、俺は来たくなかったってのに……太刀川の野郎……』

 

 そんな話をしながら、当真は狙撃地点に到着した。スコープから覗いて眺める相手は、嵐山の頭だ。手負いの木虎は後回しだ。

 狙撃手は攻撃の直後が一番の隙。周囲にバカがいない事を確認し、引き金を引き絞ろうとした時だ。

 

 ──ーボバッ、と。壁を突き抜けたアイビスが自身の身体を吹き飛ばした。

 

「──ーっ⁉︎」

 

 唐突な狙撃、それも佐鳥ではない。しかし、佐鳥以外に狙撃手なんているはずがない。

 そう思って自分を射抜く前にブチ抜かれ、大きな穴の空いた床に目をやると、ボーダー内でおそらく一番、狙撃手用トリガーの似合わないバカが、当真のいたマンションの真後ろの道路から自分を見上げていた。

 

「……おいおい、嘘だろ」

『どうした? 当真』

「隊長、すぐに出水達に知らせてくれ。ありえねー奴が狙撃を……!」

 

 そこで、当真は緊急脱出し、最後まで報告を伝える事は出来なかった。

 

 ×××

 

「はぁ⁉︎」

「当真さん⁉︎」

 

 突然の味方の緊急脱出に、出水も米屋も顔を上げる。何が起こったのか分からない。佐鳥に撃ち負けたとも思えないし、嵐山と木虎も「誰だ?」と言わんばかりに眉間にしわを寄せている。

 

「綾辻、誰だ?」

『……言っても信じないと思いますが……一応』

『俺だよ、嵐山』

 

 割り込んできたその声に、嵐山は眉間にしわを寄せ、木虎は心底嫌そうな表情を浮かべた。

 そんな事、知る由も無い通信相手は、ものっそいイケメンボイス(のつもり)で続けた。

 

『冴羽獠だ』

『バ陰山バ海斗です、嵐山さん』

 

 氷見の的確な翻訳が水を差した。

 

 ×××

 

 そもそも、海斗がアイビスを握ったのは、迅が何気無く漏らしたセリフがきっかけだった。

 黒トリガーをクビになって間も無い頃、小南と元気に殴り合いをしてヘトヘトになった海斗に向けて告げた一言だった。

 

『そういや、海斗って警戒さえされてれば敵の姿が見えるのなら、アイビスで壁抜きとか練習してみれば?』

 

 それを早速、二宮にも相談すると、意外な事に二宮も同じことを考えていた。

 四人編成でありながら狙撃手という射程持ちがいないのは弱点になり得るが、バカのサイドエフェクトを利用した壁抜きスナイパーとなれば、かなり有利に立てる。

 早速、二宮隊の訓練室で試し撃ちをしてみたのだが……。

 

『ヘタクソめ』

『ヘタだな〜』

『ヘタ過ぎない?』

『ヘタ男』

『お前らもう少しオブラートに包めよ‼︎ 二宮さん以外!』

 

 当然のキレ方をした海斗だが、実際、ヘタなのだから仕方ない。何日か練習してみたが、動く的だけはどうにも当てられなかった。

 

『犬飼、テメー教えろよ』

『銃手と狙撃手じゃ全然、違うよ』

『辻、なんかコツとか知らんの?』

『俺、そもそも銃を使わないから』

『氷見』

『なんで私に振るの。戦闘員ですらないのに』

 

 と、四人が頭を抱えていると、二宮が口を挟んだ。

 

『……いや、陰山。動かない的で良い』

『へ?』

『よく考えれば、お前の狙撃が切り札になることなんてない。俺やアタッカーとしてのお前がいれば切り札は十分だ』

『じゃあなんで言ったんですか』

『お前はスナイパーキラーになれ』

『……はい?』

 

 戦闘中、定期的に必ず動かなくなるポジションがある。それは狙撃手だ。撃った後、狙撃地点を変えたりと走る必要もあるが、狙撃の直前は自身の身体は止まる。

 つまり、そもそも動く的を当てられるようになる必要がない。自分に対し、警戒心を抱いている狙撃手を撃ち抜く時だけ、狙撃手になれば良いだけだ。その他の場合はアタッカーをすれば良い。

 

『ある意味、お前に対し警戒心を抱かない奴はいない。お前は狙撃手対策に使える』

 

 そう言って、二宮は海斗に狙撃の練習をさせた。まぁ、持ち前のセンスの無さや壁抜きの練習などによってかなり時間がかかったし、実戦で使ったことも無いのだが。

 しかし、たった今実戦で使える事は証明された。誰もが思わず足を止めた中、ゆっくりと当真が緊急脱出したマンションの下から、のんびりと歩いてくるバカの姿が見えた。

 そのバカの両手にはアイビスが握られ、胸前で構えたまま真っ直ぐと歩いてくる。

 

「……次の標的を捕捉。処理を開始する」

『一発で決められて舞い上がって格好つけるのは結構だけど、勝手にアイビス使って二宮さん怒ってるからね』

「……」

 

 冷たいオペレーターからの指摘が入り、一気に冷や汗を浮かべる海斗だった。よほど、大きな戦闘が無い限り、次のランク戦でお披露目の予定だったのを、まさかこんなバカな戦闘で使ってしまったのだ。

 

『ま、まぁでも、実戦で使える事も分かったし……え? 二宮さん? いえ、甘やかしてるわけでは……あ、は、はぁ。帰ったら説教、ですか』

 

 なんか怖い事を言ってるので、一方的に通信を切った。これ以上は聞きたくない。

 さて、改めて出水と米屋に目を向ける。片手をヒラヒラと上げて挨拶した。

 

「よう、出水。久しぶりだな」

「おう、海斗。三輪とのデートは済んだのか?」

「急用あったみたいで帰られたよ」

 

 アイビスをしまいながら、出水の軽口に付き合う。そんな海斗の表情を見て、米屋がひくっと頬を引きつらせた。なんか怒ってるからだ。

 

「か、海斗? なんかキレてね?」

「良いか、米屋。俺は今から自分のことを棚に上げてお前に八つ当たりするぞ」

「は?」

 

 棚に上げる、なんて難しい単語知ってるんだ、と木虎が密かに思ったのはさておき、海斗はクラウチングスタートの姿勢を取った。

 ヤバい、と本能的に察した出水は米屋から一歩離れ、嵐山と木虎は道を開けた。そんな中、米屋は何となく言うことを察したようで、孤月を構える。

 地面を蹴った海斗は、途中でジャンプし、空中で2〜3回転ほどすると、右足を真っ直ぐに米屋に向かって伸ばし、左脚の膝を曲げて綺麗なライダーキックフォームになった。

 

「テメェがハナっから誤解を解いときゃ、こんな事になってなかっただろうがァアアアア‼︎」

「本当に棚あげてんじゃねえかああああ‼︎」

 

 米屋も同じように槍を持って突撃し、二人の足と槍が交差した時、迅の方の決着がついて作戦は終了となった。

 

 ×××

 

 ボーダー本部の会議室では、上層部が揃っていた。塩ラーメン大好きな林藤支部長を除いたメンツが顔を合わせている。

 

「どういうつもりじゃ、忍田本部長!」

 

 デスクに拳を叩きつけ、怒声をブチまけるのは鬼怒田開発室室長だ。普段から割と怒りっぽい人だが、今日の怒りはそれらを遥かに上回っていた。

 

「嵐山隊と陰山を使い、任務の妨害をするとは! ボーダーを裏切るつもりか⁉︎」

「『裏切る』……?」

 

 烈火のごとき鬼怒田の怒りに対し、水面の波紋のように静かな怒りを広げている忍田が、ジロリと鬼怒田をにらみ返す。

 

「論議を差し置いて強奪を強行したのはどちらだ?」

「……!」

「もう一度言っておくが、私は黒トリガーの強奪には反対だ。これ以上、刺客を差し向けるつもりなら、この私が相手になるぞ」

 

 忍田はA級一位太刀川に剣を教えた師匠、つまりボーダー本部においてノーマルトリガー最強の男だ。

 こうなれば、強硬策よりも懐柔策が必要だと唐沢が頭の中で自分なりに損得計算を行なっていると、城戸が机に置いた手を組みながら、平然と言った。

 

「なら、次の刺客には天羽を使う」

「⁉︎」

 

 天羽月彦は迅と同じS級隊員であり、単純な戦闘力では迅ですら凌ぐ少年だ。そんな奴が相手では、忍田と迅が組んだところで勝てるかどうかはわからない。

 

「城戸さん……街を破壊するつもりか……⁉︎」

 

 奥歯を噛み締めながら忍田が城戸を睨め付けている時だ。会議室の扉が開いた。

 

「どうもみなさん、お揃いで。会議中にすみませんね」

 

 顔を出したのは、迅悠一だった。やってきた理由はたった一つだ。自分の後輩の入隊と引き換えに、自分の師匠を手渡しに来た。

 

 ×××

 

 一方、その頃。二宮隊の作戦室では、海斗と三輪が来ていた。二人は仏頂面のまま、氷見の淹れたコーヒーを前に黙り込んでいる。

 何か話さなければならないのだが、二人して何を話せば良いのか分かっていなかった。一体、どこまで不器用なのか。

 一応、二宮と氷見と月見が付き添ってはいるものの、なるべく口出ししないようにしている。本人達のためにならないからだ。

 

「……」

「……」

 

 しかし、このままでは話が進まないのは目に見えていた。仕方ないので、二宮が口を挟んだ。

 

「おい、バカ」

「っ、な、なんですか?」

「俺は帰る」

「帰るんですか⁉︎」

 

 まさかの返答に思わずツッコミを入れてしまう海斗だが、二宮は本気で帰るつもりのようだ。上着を羽織り、席から立った。

 

「そうね。私達がいてもお邪魔みたいだし」

「氷見、帰るぞ。送って行く」

「え? あ、は、はい……」

「え、本当に帰るの?」

「お前達も早く帰れよ」

 

 本当に三人とも帰ってしまった。実際、ここまでほとんど二宮ありきでここまで来たため、これ以上、手間をかけさせるのは男として情けない。

 さて、そんなこんなで二人になった。そんな部屋の中で、シン……と静まり返った空気の中、三輪の方から口を開いた。

 

「……仲良いんだな、二宮さんと」

「え?」

「あの人、気難しい所があるから、お前とは絶対に衝突すると思っていた」

「あー……いや、俺の中では飯奢ってくれた人は友達みたいなとこあるから……」

「そ、そうか……」

 

 自らのチョロい宣言に少し引きつつも、三輪も三輪で会話が出来たことにホッとした。

 今度は海斗の番だ。空気が柔らぎ、目を逸らしながら頬をぽりぽりと掻いた。

 

「……悪かったな」

「え?」

「お前の近界民への恨みは知ってたが……まぁ、だからこそっつーか……中々、言い出せなくてな。もっと、こう……さっさと言ってやれりゃ良かったんだが……」

「……」

 

 三輪は何も言わない。海斗の表情がかなり弱ったものだったから、文句を言う気にもならなかった。

 それに自分も割と、海斗が近界民を恨んでいる、ということを決めつけてきた節もある。冷静になって思い返してみれば、確か最初に会った時は「恨んでいない」とはっきり言っていた覚えもあった。

 

「俺の方こそ悪かったな。お前の話や態度を振り返れば、恨んじゃいない事は分かった。でも、俺は察しなかった。ボーダーには俺みたいな奴は少なくないが、どういうわけか強い奴ほどヘラヘラしたやつが多い」

 

 確かに、太刀川やら迅やら影浦やら当真やらは実力者でありながら、三輪のように近界民排除に躍起になっているわけではない。特に玉狛は全員が実力者だ。

 それが三輪には気に入らなかった。実力があるなら、何故もっと近界民排除の努力をしないのか。結局、目の前の男も同じなだけだ。力はある。才能もある。だが、舐められたままじゃ終わらないなんてふざけた理由でボーダーに所属しているに過ぎないのだ。

 

「お前も、そのうちの一人であっただけだ」

「それは違うでしょ」

「……何?」

 

 謝った癖に、海斗はハッキリと三輪のセリフを否定した。

 

「別に、真面目にやってないわけでも手を抜いてるわけでもない。みんな必死にやってんだ。お前の見えないところでもな」

 

 海斗は知っている。迅が予知を使ってあの手この手で最悪の未来を回避しようとしていることを。小南はあれだけの強さを持っておきながら、まだ腕を磨こうとしているし、影浦も部隊の戦力強化や戦術に力を入れている。太刀川と当真は……別に仲良いわけじゃないので知らない。

 

「……まぁ、俺も勿論、色々とチームのために努力してるしな」

 

 それを聞いて、三輪の脳裏に浮かんだのは、当真を撃ち抜いた床抜きだ。アタッカーが狙撃手をやるなど普通ではない。それこそ荒船とレイジくらいのものだろう。

 それをモノにするなど、相当努力したはずだ。確かに、みんながみんな手を抜いているわけではないのかもしれない。ただ、近界民を恨んでいないだけで。

 

「……」

 

 三輪は悩みこんでいるのか、顎に手を当てたまま目を閉じる。しばらく考え込んだあと、海斗に小さく微笑んだ。

 

「……まぁ、確かに近界民を恨んでいないからと言って、敵と認識するのは早計だったな」

「三輪……!」

「あんなことを言っておいて虫が良い話かもしれないが、またジャンプショップに一緒に行ってくれるか?」

「ったりめーだろ」

 

 そう言って、二人で微笑み合いながら、海斗は小さくホッとした。これで、元の関係に戻れる、と。なんだかんだ素直な性格である三輪のジャンプ作品への感想は、それはまた気持ち良いものが多い。

 早速、今度は黒バスを読んで一緒にバスケでも誘おうかと思った時だ。先に三輪が口を開いた。

 

「……これで、ようやくお前の言動を本格的に躾けられるようになるな」

「……え?」

「前から気になってはいたんだ。風間さんを毎度毎度、疲れさせているからな。遠征に行ってからは暴れん坊将軍っぷりに拍車が掛かっていたし」

「……」

「近界民を恨んでいて、荒れているものだと思ったのだが、アレが性格ゆえの行動であるなら、俺もボーダーの風紀のために尽力せざるを得ないな」

「……ごめん、俺ちょっとお腹の具合が」

「行くぞ。まずは反省文からだ」

 

 前の関係に戻ることはできなかった。

 

 



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大規模侵攻までの間、日常パートが長くなる期間。
恥ずかしい事は思い出すと中々、頭から消せなくなる。


 三輪との問題も無事に解決した翌日、海斗は陽気に玉狛支部に来て、新入り三人の面倒を見ていた。

 

「オラ、空閑ァッ! そんなもんかいボケナスがァッ‼︎」

「まだまだ」

「駄眼鏡ェッ! シールドモードばっか使って逃げ回んじゃねぇ‼︎」

「は、はい……!」

「雨取、まだ左に逸れてるから。一層の事、的から外れるくらい右側撃ってみたら?」

「わ、分かりました!」

 

 どういうわけか、三人の使う武器全てを持つ海斗は、それぞれの師匠が任務やらバイトやら料理やら休憩やらで席を外している間は代理で面倒を見ていた。

 

「……あれ? 俺の休憩時間はどこに……」

 

 一人、ヘトヘトになりながら今度は遊真の作戦室に向かっていると、その前に休憩を終えた小南が腕を組んで立ち塞がった。

 

「ちょっと」

「え?」

「話あんだけど」

 

 呼び出され、屋上に連行される二人の様子を、たまたま壁沿いで見学していた烏丸がしっかりと見ていた。

 

 ×××

 

 そんなわけで、屋上の入り口には現在、玉狛に来ているほぼ全員が集まっていた。

 つまり、烏丸、迅、修、遊真、千佳の五人である。わざわざ特訓を中断してまで見に来る事なのだろうか、とツッコミを入れる人物は誰もいない。いや、修だけは「なんで僕まで……」といった顔をしていたが、周りが面白がっているので見学するしかない。

 

「……え、あの二人ってそういう仲なの?」

「はたから見ればそうだな」

「迅さん、予知で何か見えてないんですか?」

「千佳ちゃん、今それ聞いて面白い?」

 

 千佳が割とノリノリなあたりがまた怖かった。

 監視されてるとも知らず、小南は海斗に声を掛けた。

 

「あんた、明日あたり暇?」

「や、無理。防衛任務」

「じゃあ明後日」

「その日も任務だな」

「明々後日」

「防衛任務だわ」

「どんだけ入ってんのよ⁉︎」

 

 そんなこと言われても、豪邸に住んでいるだけで貧乏な海斗のためを思ってシフトを増やしてくれた二宮に「この日出れません」なんて言えない。

 普通、こういう時はお約束で予定は空いてるものでしょ、と隠れて見学している面子は震えて笑いを堪えていた。

 

「いいから1日くらい空けなさいよ〜!」

「嫌だよ。俺だって生活厳しいんだから。ちゃんと働かないと」

「じ、じゃあ、年末年始は⁉︎」

「年末年始もダメ。その日は出ればB級でも時給出るし」

「〜〜〜っ!」

 

 すごくイライラする小南だった。こいつは自分よりも金かよ、と。見学している五人も笑えば良いやら小南に同情すれば良いやら分からない。

 そもそも、側から見てるだけでも小南は乙女の表情をしているというのに、あのバカはそれに気付かないものなのだろうか? 何の為のサイドエフェクト? と思わざるを得なかった。

 こうなれば、小南は最後の切り札を出すしかない。本当なら恥ずかしいので回避したいが、

 

「じゃあ、クリスマス……とかは?」

「ああ、クリスマスは出水と米屋と三輪で『ドキッ♡ 男だらけの聖なるクリスマス☆パイ投げ大会』だけど」

「キャンセルしなさい!」

「なんでだよ⁉︎」

「良いからキャンセルしなさいよー!」

 

 ぐいーっと頬を引っ張り回されるも、別に痛くないのでされるがままにしてきた。それに、小南にそういうことされるのはなんとなく悪い気はしない。

 

「……ふぁあ、良いふぇふぉ」

「ほ、ホント⁉︎」

 

 小さく頷くと、嬉しそうな顔で手を離した。少し頬がヒリヒリするが気にしない。

 

「や、約束したからね! 後から無しって言ってもダメだからね⁉︎」

「分かったから」

「はい、指切り!」

「何それ」

「え、あんた指切り知らないの? 昔、お母さんとかとやらなかった?」

「やってねえな。親と何かした記憶があんまり……」

「……ごめん」

 

 いつのまにか悲しい雰囲気になっていて、覗き見五人組は目をパチパチとさせる。

 それに一切、気付いていない小南は構わずに海斗の手を握った。

 

「じゃあ教えてあげるわ。こうやって小指を立てて」

「は? ああ。『俺のこれ』のハンドサインか」

「だ、誰があんたの彼女よ!」

「お前だなんて言ってねーけど」

「んがっ……⁉︎」

 

 もう既に彼女をからかう彼氏の図になっており、迅と烏丸は微笑ましい目、遊真は「ほほう……」と唸りながら謎のキメ顔を決め、修は罪悪感に胸を高鳴らせ、千佳はずっとソワソワしていた。

 それに一切、気付いていない小南は構わずに海斗の手を握りながら自分の小指を絡めた。

 

「ほら、こうやって……」

「何これ、別の地方の指相撲?」

「どんな指相撲になるのよ! これで、ゆっびきっりげっんまっん!」

「げんまん? 逆から読んだらまん……」

「ぶっ叩くわよ本当に」

 

 なんだか彼女と彼氏というより、姉弟に見えてきた。今度は五人揃ってほっこりとその様子を眺める。

 それに一切、気付いていない小南は構わずに海斗との指切りを終えた。

 

「じゃ、じゃあアタシは遊真を軽く揉んでくるから!」

「あっそ」

 

 そう言って、小南は屋上の出口に向かった。この後、五人とバッタリ遭遇するまで残り4秒。ずっと監視されていたことに気付いていた海斗は、小南のマジギレシーンには興味が無く、屋上から飛び降りて本部に向かった。

 

 ×××

 

 しかし、クリスマスか……と海斗はため息をついた。こんな風に予定が出来るのは初めての経験だった。去年のクリスマスは出水と米屋で顔面シュークリーム大会だったため、なんか少し嬉しかったりする。

 まぁ、今年「小南と出掛けるからダメになった」なんて言えば多分、キレられる事は間違いないのだろうが。

 そんな話はさておき、二宮隊の作戦室に入った。今日はオフのため、また誰か掃除してるのかな? なんて思いながら部屋に入ると、双葉がいた。

 

「あ、ウィス様!」

「なんでお前いんの?」

「勿論、文句を言いに来ました」

「は?」

「誰なんですか! あの空閑って人は! まさか、本当に私以外の弟子を取ったのですか⁉︎」

 

 こいつ、まさか今の今までずっとそんな事でここで待っていたのか? と思わないでもなかった。

 しかし、下手な嘘をつくと痛い目を見るのは三輪の事で学習済みだ。

 

「そうだよ。新しい……まぁ、小南と兼任だけど、弟子だな」

「つまり、あの人は小南先輩との子供という事ですね?」

「どんだけ人聞きの悪い捉え方してんだよ!」

「私だけじゃ不満だと言うのですか⁉︎」

「いや、そういう問題じゃなくてな……」

「では、なんだと言うのですか⁉︎」

「あー……まぁ、何? 成り行き?」

 

 と言うか、何故こんなに怒られているのか。そんなに自分以外の弟子が出来るのが嫌なのだろうか。

 

「良いだろ、せっかく出来た弟弟子だ。仲良くしろよな」

「……むー。これでは、私との特訓の時間が減ってしまいます」

「大丈夫だって。どうせ、ほとんど面倒見てるの小南だし。俺はスコーピオンの取り扱い教えてやっただけ」

「……スコーピオンですって? 私より弟子っぽいです……!」

 

 あ、地雷踏んだかも、と悟った海斗は、もう雰囲気で誤魔化すことにした。

 双葉の頭に手を置き、優しく撫でてやりながら微笑んだ。

 

「今度、丸一日面倒見てやるから、そう怒るなよ。確かにあいつはお前より飲み込み早いし身軽だし俺のスタイルに似てたからお前より優秀だけど、お前の方が俺が面倒見る時間は多くしてやるから」

「ぶっ飛ばします、空閑遊真」

「あれっ?」

 

 落ち着けていたらマジギレして作戦室から出て行かれてしまった。何が悪かったのか考えていると、すれ違いで犬飼と辻と氷見が入って来た。

 

「お疲れー」

「お疲れ、海斗くん」

「お疲れ様」

「乙」

「で、何したの?」

「何が?」

 

 早速、声をかけて来たが、心当たりがなかった。しかし、すぐにたった今、すれ違った双葉の事だと理解して「ああ」と相槌を返す。

 

「弟子をもう一人とったら怒って出て行っちゃっただけ」

「え、なんで?」

「特訓の時間が減るからだとよ。空閑に喧嘩売りに行ったのか、それともそのために修行しに行ったのか知らんけど暴れに行ったのは確か」

「うわあ……」

「まぁ、大丈夫でしょ。それより犬飼、お前良いとこに来たわ」

「お、なになに。どしたの?」

 

 興味深そうに犬飼が椅子に座った。海斗が正直に話があると言うのは珍しい。普段は話しかけて欲しそうな顔をしてソワソワするだけだ。

 

「や、クリスマスにさ、小南と出掛けることになって」

「なるほどね」

「どこに出掛けるの?」

「詳しく」

「おい、なんでお前らまで興味持ってんの」

 

 辻と氷見も同じように席に着いた。

 

「だってクリスマスデートでしょ?」

「気になるじゃない」

「やっぱこれデートなのか……」

 

 何となくそんな気はしていた。今まで見たことのないピンク色のオーラを発していた小南は、多分あれはそのつもりなんだろう、と海斗は察していた。

 

「や、まぁデートでもなんでも良いんだが……なんか、クリスマスの日とかってやっぱ高い服とか着て行った方が良いのかと思ってな」

「なんで?」

「よくクリスマスのCMとかじゃあるだろ。高級そうな服に身を包んで、女の方はドレス……みたいな」

「あー……なるほどねぇ」

 

 相槌を打ちつつ、犬飼は頭の中でニヤニヤしてしまう。そういうのを気にする、と言う事は、やはり目の前の少年も小南に対してそれなりの感情を抱いているのだろう。

 こいつも成長したなぁ……なんて思っているのは当然、海斗にはバレバレで、顔面に張り手が飛んで来たが。

 椅子ごと後ろにひっくり返った犬飼を無視して、隣の辻が声をかけた。

 

「あまり気にしなくて良いと思うよ。海斗くん」

「そうなんか」

「クリスマス、と言っても二人はまだ高校生だからね。それどころか付き合ってもいないんだし、いつも通りの服装で良いと思う」

「なるほど……そういうもんか」

「少し高めのお店でオシャレなディナーを食べる、って言うなら話は別だけど……」

「そんな金無ぇから」

「だよね、だったら……」

「待った」

 

 良い感じのことを言っている辻の二つ隣、つまり犬飼の反対側に座っている氷見が口を挟んだ。

 

「何? この季節にぴったりな苗字の氷見さん」

「あんたのその意味のないボケはなんなの……。いや、ていうか陰山くん。ちょっとトリガー解除しなさいよ」

「なんで。また殴るつもり?」

「殴らないから。解除してみて? その下、私服でしょ?」

「えー。俺このスーツ気に入ってんだけど」

「良いから早く」

 

 有無を言わさず、という勢いだったので、仕方なく海斗はトリガーを解除した。

 現れた海斗の格好は、青と白のジャージの背中に金色の昇り竜が描かれた服の上、ズボンはダボっとしたジャージ生地のスエットのような感じの如何にも「元ヤン」と言った服装だった。

 

「……」

「……」

「……」

 

 半眼になる氷見も、起き上がった犬飼も、さっきまで肯定的だった辻も、三人揃って、改めて「こいつやっぱ元ヤンなんだな」と認識した。

 そして、こんなのとお嬢さまの小南を二人きりで出掛けさせるわけにはいかない。

 

「ね、陰山くん。私服を買いに行こうか?」

「は?」

「うん。行った方が良い」

「や、別に気にしなくて良いって……」

「特別な奴じゃなくていいから、せめて一般学生に見える服装を買っておこう」

 

 三人に「良いから行くぞ」と言われた気がした海斗は、観念してそのまま買い物に向かった。

 

 ×××

 

 そんなわけで洋服を探しにきたわけだが、海斗はあまり洋服などに興味はない。正確に言えば、琴線に触れるものが普通の高校生が着るようなものではなく、昇り竜や鳳凰など、そういうのが大好きだった。

 

「……なんか動きづれえな」

 

 だから、今着させられているシャツやスラックスは、なんだか少し息苦しさを感じた。

 そんな海斗の気を知ってても無視する三人は、顎に手を当てて海斗を眺める。

 

「……なんか、爽やかさが足りないよね」

「というか、何を着てもヤンキーに見えるよね」

「もう少し色を明るくしてみる?」

 

 などと海斗のことなどまるで無視して次の洋服を探しに行ってしまう。その間、どうしたら良いのか分からない海斗は試着室の前でぼんやりと待機するしかなかった。

 そんな中、海斗は一人でスマホをいじるしかなかった。しかし、まさか小南に好意を持たれるとは思わなかった。あの子も中々、アホだが、そんなアホな好意を持たれてると知って、嬉しくなってしまっている自分も大概アホだ。

 

「海斗くん、これ」

「ん? ああ、どうも」

 

 渡されたのは水色のシャツだ。それから氷見がコートを持ってきた。

 

「スラックスは黒で良いと思うから、あとは上だよね」

「顔が余りにも超サイヤ人過ぎるから、あんまり威圧しない感じにしないと」

「……俺の目ってそんなに怖いか……?」

 

 何故、そこまでズケズケと言えるのだろう、と思ったが、それは海斗も割とズケズケ言うからだろう。

 そんなわけで、二宮隊によって改造され続けた海斗の服装はようやく完成した。黒のスラックス、グレーのコート、水色のシャツを装備し、マフラーまで巻いた。

 

「おお……これなら、なんとか……」

「伊達眼鏡は……いらなさそうですね。やっぱり明るい色の方が目付きの悪さも少しは柔らかくなりますね」

「うん。目付き以外は割と平気だし、目付きも小南さんと一緒なら平気だと思う」

 

 色々とツッコミどころはあるが、まず一番先に海斗が気になったのは、氷見の発言だった。

 

「おい、なんで小南と一緒なら目つきが変わんだよ。あいつは目薬か何かか?」

「何よ、あんた気付いてないの?」

「あ?」

「あんた、小南さんと一緒の時は割と目付きが普通な事もあるのよ」

「……は?」

 

 え、そうなの? と言わんばかりに海斗はマヌケな面を浮かべるが、逆に氷見は真顔だった。

 

「え……? そ、そう……?」

「そうだよ」

「……」

 

 その時、自分はどんな色を発していたのだろうか。このサイドエフェクトでは自分の感情の色は見ることが出来ないため、非常に厄介なとこがある。

 もしかしたら、あの小南と同じ色を……なんて考えるだけでも恥ずかしくなってくる。

 

「……ま、ちゃんと男見せなさいよ」

「何の話だよ」

「良いから、買っておいで」

 

 追い出されるようにレジまで背中を押された。

 

 ×××

 

 買い物を終えた海斗は、のんびりと二宮隊の作戦室で椅子に座り込んだ。なんか、明日から玉狛に行きづらくなった。小南に顔を合わせるのが恥ずかしい。

 そもそも、何かもう現状が何処か気恥ずかしかった。胸が痛いやら頬が熱いやらでもうてんやわんやだ。なんかむしゃくしゃもする。

 ランク戦で八つ当たりしに行きたい。行っちゃおう。速攻で決めると、作戦室を出た。風間がいた。

 

「……」

「……」

「え、何?」

「お前、俺がいない間に随分とやりたい放題やっていたようだな」

「そんな事ないから」

「月見に聞いた」

 

 わざわざ海斗の蛮行をメモっている三輪隊のスパルタオペレーターを思い浮かべ、海斗は心底、腹立たしい表情を浮かべながら、トリガーを起動した。黒いスーツに身を包む中、風間もトリガーを起動する。

 

「模擬戦以外の戦闘を禁ず……まさか、こんな所で規律を破るつもりか?」

「この前、お前とはやり合えなかったからな。それも悪くない。……だが、それは無いから安心しろ」

「じゃあどうする?」

「正々堂々と受けてやる。ランク戦でテメェをギッタギタにしてやるよ」

「ほう……面白い」

 

 二人でブースに向かった。

 

 ×××

 

 ランク戦のブースに珍しく風間が姿を表したことにより、その場は騒然としていた。しかも、相手はいつのまにかボーダー本部でも「正当防衛の陰山」と通り名のついたバカが相手である。ほとんどの隊員がモニターに目を向けていた。

 その隊員達の中に、一人オールバックの男が眉間にしわを寄せて立っている。名前は弓場拓磨、弓場隊隊長でボーダーでもトップクラスのガンナーである。

 個人ランク戦でバリバリの武闘派であり、猛者達を相手に何千何万と勝ち負けを積み重ねてきた男だから、風間が個人ランク戦をしているのは珍しく、何と無く興味を持った。

 モニターでは、風間と海斗が市街地で静かに構える。といっても、風間は両手にブレードを出し、海斗はポケットに手を突っ込んだままだが。

 直後、二人は中心でぶつかり合っていた。風間の右腕のブレードと海斗の左の掌全体に張ったスコーピオン、左腕のブレードと右脚の膝がぶつかり合う。

 掌を握り拳にして風間のスコーピオンを砕くと、膝蹴りを放った脚を振り上げ、風間のブレードを持つ腕を膝で挟んで飛び上がり、風間の肩の上に登り上がった。

 

「⁉︎」

 

 眉間にしわを寄せる弓場。あの動きはボーダー隊員のやる動きではない。生身での戦闘に慣れた動きだ。

 上に乗った海斗は、スコーピオンをトリオン供給器官に突き刺しに行った。しかし、それを風間がシールドを張ってガードする。

 その隙に後ろにバックドロップをするように倒れ込み、海斗を上から追い払うと、スコーピオンを生やした廻し蹴りを放った。

 その蹴りをバク転で回避して距離を置いた直後、ドスッと肩に何かが刺さる。風間の片手から伸びて来たそれは、スパイダーだった。

 そのスパイダーを一気に縮めるとともに距離を詰めた風間は、海斗にスコーピオンによるメリケンサック拳を振るうが、海斗も同じようにレイガストを握り込んだスラスターパンチで拳と拳をぶつけて相殺し、お互いに反動で後方に弾け飛んだ。

 

「おお……」

「すっげ……」

「この後に試合したくねー……」

 

 C級隊員たちがボヤく中、弓場は険しい表情でモニターを眺め続けていた。

 風間とほぼ互角……その上、初めて見る戦法だった。今まで幾千の相手と戦ってきたが、あんな喧嘩スタイルは見た覚えがない。ランク戦で何度か見たことがあったが、二宮の教育の賜物か、部隊での戦闘を重視していてあまり目立っていなかった。

 本来なら、割り込みたい所だが……今日は残念ながらこの後、防衛任務だ。

 

「弓場隊長、何を見ているのですか?」

「……帯島ァ」

 

 褐色肌のJCオールラウンダー、帯島ユカリが声を掛けた。弓場隊の隊員でもある。

 

「風間先輩ですか?」

「違ェ。今、見てんのは風間じゃねぇ。相手の方だ」

「相手……?」

 

 陰山の文字が出ていて、風間相手に互角の戦いを繰り広げている。

 

「す、すごい……!」

「……陰山ァ、覚えたぜ」

 

 名前を小さく呟くと、しばらくモニターを眺め続けた。

 

 ×××

 

「クソッタレがああああ‼︎」

「……ふんっ、まだ甘い。半人前め」

 

 結局、10本やって5対5で延長3本やって2敗1分だった。ブースを出て、ソファーの上で暴れる海斗の横で、風間は落ち着いてコーヒーを飲む。

 

「しかし……中々、やるようになったのは確かだ。その腕に免じて、今日の説教は抜きにしてやる」

「マジで? マイルドになったな、熱でもあんのかチビ」

「……なんだ? 説教されたいのか?」

「冗談っスよ、そーやちゃん」

「殺すぞ本当」

 

 そんなアホなやり取りをしているときだ。座ってる二人に、二人分の影が覆った。

 ジロリと顔を向けると、見覚えのないインテリヤクザみたいな男と、褐色の少女が立っていた。少女の方はともかく、メガネの男は完全に海斗と同じ部類の人間に見えた。

 

「……陰山ァってのは、テメェで間違いねえか?」

「あ? んだコラ。ちげーよ、喧嘩売ってんのか」

「やめろ、陰山。何か用か? 弓場」

 

 風間が仲介したものの、弓場と海斗のメンチの切り合いは止まらない。海斗は立ち上がり、弓場の前まで距離を詰める。

 二人ともトリオン体ではないが、仮に喧嘩になった場合、その方が取り返しのつかないことになる。それを見越して、風間もポケットの中でトリガーを握った。誠に不本意ながら生身では分が悪い風間は、喧嘩が始まればトリガーを使う他ない。

 

「俺が用があんのは陰山、お前だ」

「……喧嘩の受け付けなら午後10時から午前9時までに係りの小南までお申し付け下さい」

「アア? なんで深夜なんだお前コラ。口頭じゃダメかオイ」

「……」

 

 その言葉の意味する所は、つまり喧嘩を売りにきた、と言う事だ。ここ最近、そんな風にストレートに喧嘩を売って来る奴は、それこそ影浦以外いない。逆に愉快になってきた海斗は、好戦的に微笑んで見せた。

 

「……上等だコラ。ブース入れリーゼント、ブッ殺してやる」

「悪ィが、俺達ァ今から防衛任務だ」

「ア?」

 

 喧嘩売ってきたのにやらないの? みたいな顔をする海斗に、弓場は堂々と宣言した。

 

「近い内、テメェにランク戦を挑む。首ィ洗って待ってろ」

「……はっ、面白え」

 

 弓場が立ち去り、その後ろで帯島が小さくお辞儀して立ち去って行った。その背中を眺めながら、海斗は風間に聞いた。

 

「風間、あいつは?」

「弓場琢磨。B級上位部隊のトップガンナーだ」

「ふーん……」

「甘く見るなよ。今はガンナーはポイントが取りづらいポジションだが、あいつや里見は別格だ」

「なるほど」

 

 その時は、面白い喧嘩になりそうだ。そう思いながら海斗は風間と別れ、家に帰って小南とのデートを思い出し、しっかりとテンパった。

 

 



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弟子の面倒は見過ぎるな。

 クリスマスまであと少し、それが死刑執行日に感じないでもない海斗は、持ち前の鈍さですぐにその緊迫感に慣れてしまった。基本的に「まぁなんとかなるだろ」主義である海斗は、今日も呑気な顔で本部にやって来た。右手に大きめの紙袋を持って。

 

「あ、海斗くん」

「犬飼」

 

 その途中、バッタリと犬飼と遭遇した。

 

「お疲れー」

「お疲れ。作戦室までか? 一緒に行こうぜ」

「良いよー」

 

 微笑みながら頷き、二人で廊下を歩く。今日はオフだが、こうして本部で会うのは慣れたことだ。

 

「今日はどうしたの?」

「俺? いつも通り作戦室でダラダラしに」

「ああ、なるほどね」

「そっちは?」

「俺は若村くんの面倒を見に」

 

 そういえば、犬飼は香取隊のガンナーの射撃の訓練をしているのを思い出した。若村という男の事を海斗はよく知らないが、この前たまたまランク戦でやりあった時は10:0で完封勝利を収めた。

 

「あいつ、どうなの?」

「まぁ、正直、センスは人並みだよね」

「ふーん……」

「ただ、ガンナーはシューターと違って訓練すればするほど強くなれるから。若村くんの場合は、まだ発展途上なだけだよ」

「何、ガンナーって割りかし難しいの?」

「そりゃまぁ、最近はただでさえシールドが硬くなって不利なポジションになったからねぇ。それこそ、うちの隊長くらいゴリ押せる人じゃないと」

 

 そういうもんかね、と思いつつも、それにしても10:0で完封したのは何かまずいんじゃねえの、と思わざるを得なかった。

 

「ていうか、海斗くんを相手にしたガンナーは中々、キツイでしょ。SMGやARの銃撃を回避出来るのはおかしいからね」

「ふーん……じゃあ、弓場も?」

「え?」

 

 急にどうした? と言わんばかりに声を漏らした。何故、弓場の話になったのだろうか、と。

 

「ああ、今度あいつとやり合うからな」

「え……そうなの?」

「この前、喧嘩売られた」

「ああ〜……そういえばあの人もどっちかっていうと海斗くんタイプだったね……」

 

 インテリヤクザにしか見えないメガネのオールバックの強面を思い出し、犬飼は小さく冷や汗を流す。これは二宮さんには教えらんないな、的な。

 

「あの人は若村くんや俺とは全く別のタイプだよ。ガンナーってポジションでバリバリ点数稼げるから」

「ふーん……」

「気になるならログ見たほうが早いよ」

 

 それはそうか、と海斗は思うことにした。もちろん、ログの見方をいまだに覚えていない海斗は、氷見とか辻とか二宮の力を借りるほかないが。

 まぁ、海斗としては初戦の相手の情報は知らないほど喧嘩が楽しくなるし、あまり喧嘩を売られた事は、特に二宮には知られたくないため、これ以上、聞くのはやめておいた。

 

「じゃあ、若村はダメそうなのか?」

「いやーどうだろうね。結局、本人が成果出せないのは、俺には関係ないから。師匠に出来る事はアドバイスをあげることだけだからね」

「まぁ、面倒の見過ぎはそいつのためにならないしな」

「それ、海斗くんが言う?」

 

 的確すぎるツッコミに、確かに、と海斗は共感してしまった。

 

「だけど……まぁ、面倒を見てる身としては、少し気になるよね。弟子の成長が芳しくないのは」

「ああ、やっぱそういうのあるんだ」

 

 自分の弟子は優秀で良かった、と。ランク戦では、上位クラスの使い手を相手に中々に渡り合っているし、良かった良かったと腕を組んで頷く。

 そうこうしてるうちに、二宮隊の作戦室に到着した。

 

「じゃあ、この後はすぐ出掛けんの?」

「いや、若村くんの方からこっちに来るから」

「なるほど。じゃあ、この前部屋の押入れから7〜8年くらい前の遊戯王のカード見つけたから、デッキ組んでやろうぜ」

「……え、その紙袋って……」

「そう。全部持ってきた」

 

 そんな話をしながら作戦室に入った時だ。

 

「ウィス様〜!」

「……え、また来たのお前」

 

 現れたのは、黒江双葉だった。しかも、何故か涙目で。

 

「……あの、双葉ちゃん? ここ、二宮隊の作戦室なんだけど……どうやって入ったの?」

「ウィス様! 助けて下さい!」

「どうした、双葉。お前を泣かす奴は死ぬまで泣かして海に流してやるよ」

「あれれ? 海斗くん? 面倒の見過ぎはなんだって?」

 

 手の平がグルングルンに回転する中、双葉は全く無視して続けた。

 

「お願いします! 私を強くして下さい!」

「ええ……もうなったでしょ強く」

「空閑先輩に負けました!」

「……え、返り討ちにあったのお前」

 

 まさかの敗北である。いや、元々、元黒トリガー使いであり、戦争の経験値はボーダーの隊員の中でも多い方である遊真に負けるのは分からなくもない。

 しかし、こんな風に弟子に泣かれてしまえば、親バカより甘い海斗は一発でニンマリしながら言った。

 

「……よし、じゃあ今から勝ちに行こうか」

「今からですか⁉︎」

「当たり前だ! 思い出したら吉日、それがなんか凶日だ!」

「思い立ったが吉日、その日以降は全て凶日では?」

 

 などと話しながら、とりあえず作戦室を出て行った。

 その背中を眺めながら、犬飼は色々な意味を含めて盛大にため息をつくしかなかった。

 

 ×××

 

「そぉら!」

「うおっ……!」

 

 玉狛の訓練室では、遊真と小南がバチバチと斬り合っている。双月による孤月以上の一撃を、バカ正直にスコーピオンで受ける事はせず、回避と殴打によって軌道を逸らして凌いでいた。

 

「やるじゃない、随分と長持ちしてるわね」

「……!」

「けど、まだまだね!」

 

 が、それも長くは続かない。コネクターにより接続された斧によって、真っ二つに両断された。

 今ので6:4。フィフティーフィフティーの壁はまだ厚い。

 

「ふーむ……やはり互角にはどうにも持ち込めない……」

「何度も言うけど、あんただけが腕を上げてるんじゃないのよ」

「もうすこしで、こう……こなみ先輩の動きがつかめる気がするんだけど……」

「はぁ? 10年早いから」

 

 そんな話をしながら一時休憩。訓練室を出て二人でスポドリを飲み始めた。

 

「でも……なんかこの前、あらためて思ったけど、こなみ先輩ってホントに強いよね」

「? な、何よ。急に?」

「ん、いや……この前、なんか急にかいと先輩の弟子が来たでしょ? あの人、あんまたいした事なかったなって」

「あー……」

 

 実際のとこ、黒江は強い。ボーダーでもそれなりにランクは高いし、海斗の弟子なだけあって、孤月のポイントは9000ポイント代後半をウロウロしている。

 

「まぁ、言っちゃうとあの子がマスタークラスの平均レベルみたいなとこあるわね」

「そうなの?」

「マスタークラスの中でも上位ランカーとなると、全力でまぁまぁな連中は多いわよ。太刀川とか風間さんとか鋼さんとかね。まぁ、どいつもあたしには敵わないけど」

「ふーん……じゃあ、ウィスサマは?」

「かいっ……」

 

 そこで、急に頬を赤らめる小南。事情を何もかも覗き見していて網羅している癖に、遊真は微塵も気まずい話題を選んだという自覚は何一つ持たず「ほほう」と目を光らせた。

 しかし、名前を思い出しただけで頬を赤らめるとは……ウブな師匠である、と思わざるを得ない。

 そんな遊真の視線に気づいてか、小南は無理矢理、余裕な笑みを冷や汗を浮かべながら作り、腕を組んで見せた。

 

「……あ、ああ、あいつ? あいつは雑魚よ、雑魚。雑魚中の雑魚」

「こなみ先輩もツマンないウソつくんだね」

「えっ……」

「べつに、好きな人を褒めるくらい恥ずかしいことじゃないと思うけど」

「んがっ……だ、誰が誰を好きだってのよ⁉︎」

「こなみ先輩がウィスサマを」

 

 ハッキリと言われてしまった。しかし、遊真にウソは通用しない。それは分かっているため、質問された以上はどんな答えを言っても正解が伝わってしまうのだ。

 

「……ど、どうだろうね?」

「ふむ……まぁ、師匠と師匠がカップルになるのは、なかなかおもしろいから良いけど」

「か、カップルってあんた……!」

「まぁ、ウィスサマとこなみ先輩は普通にお似合いだよね」

「も、もう! やめなさいよ!」

 

 これが、師匠と弟子の関係である。良いように弟子にからかわれる師匠は、ボーダーでもあまりいないだろう。

 要するに、舐められ放題なわけであり、小南もそれを自覚してはいた。しかし、反論する余地がないのがまた辛い。

 でも、別にそんな事は些細な事だ。二宮隊(主に氷見)から聞いた話では、海斗は自分とのデートに、割と緊張しているようでデート服を買いに行ったりしたそうだ。

 少しは意識してくれている、そう思うだけで何となく嬉しくなってしまった。

 そんな時だ。バッゴーン! と何かを破壊する音が聞こえた。

 

「お、なんだ?」

「遊真、修達と合流して。それとレイジさんを呼んできて。とりまるは宇佐美を守らせて」

「りょーかい」

 

 流石、ボーダー内でも古株なだけあって、切り替えと判断はなかなかなものだった。建物に対し破壊音を立てる奴など、よっぽどのバカじゃない限りはしない。つまり、敵だ。

 警戒区域からどうやって漏れた? とか疑問は多いが、今は処理を優先すべきである。まだ戦力にはならない千佳、修を庇わせつつ、地下から一階に上がると、扉から二人のトリオン使いが入って来ていた。

 

「我らは酷道流! 本日は道場破りに参った!」

「あ、アホの子ツンデレ拳の師範、小南桐絵の弟子、空閑遊真はおるか⁉︎」

 

 来た、よっぽどのバカが。師弟揃ったバカ達が。まだ弟子には照れが残っているが。楽しそうで何よりだが、小南の苛立ちは増した。具体的に言えば、大きな音を立てるなとか、普通に入って来いとか、双葉ちゃんを馬鹿にするなとか……そして、私以外の女の子と仲良くするな、とか。

 

「紛らわしいのよ、あんたら! 普通に入ってきなさい!」

「決まってただろ」

「はい。せっかくなので黒い道着も用意したかったのですが……」

「無駄に凝らなくて良いのよ! てか戻って来なさい双葉ちゃん! 馬鹿が侵食してる!」

 

 酷い言われようだった。そんな騒ぎを聞きつけてか、レイジと遊真が顔を出した。

 

「……なんだ?」

「なにごと?」

「おはようございます! レイジさん!」

 

 気持ちの良い挨拶をする海斗に、レイジは「おう」と短く挨拶する。

 

「紛らわしい真似はするな。何しに来た?」

「だから、道場破り」

「それは、俺達とやり合うということか?」

「違いますよ。双葉がこの前、空閑に負けたっていうから、修行して出直しにきたんです」

「……なるほどな。まぁ何でも良いが、静かに入ってこい」

「うおっす!」

 

 そう返事をしつつ、自分には関係ないと悟ったレイジは、そそくさと退散した。どんな用事にしても、絶対に噛み付く奴がいるからだ。

 案の定、そいつは噛み付いた。

 

「……ふーん、弟子のためにわざわざやってくるなんて、随分と仲良しなのね。双葉ちゃんと」

「当たり前だろ馬鹿め。もう双葉は俺にとっちゃ妹みたいなもんだ」

「おお……ウィスサマがお兄さんですか? 嬉しいです! もっと構ってもらえそうですし!」

「ま、待てよ? 妹ってことは弟子じゃなく妹子?」

「遣隋使みたいですね!」

 

 いつからなのだろうか、双葉までアホが侵食し始めたのは。何があったらこうなるのか、不思議で仕方ない。

 

「……つまり、海斗。あんたロリコンだったってことね?」

「バカ言うな。俺は巨乳が好きだ」

 

 その一言で双葉の眉間にシワが寄るのだから、小南はバカと馬鹿弟子の扱いを心得ている。

 

「……ウィス様、それはどういう意味ですか?」

「え?」

「私の身体が幼児体型だと言いたいのですか?」

「そう言いたいけどその通りじゃね?」

 

 直後、海斗の鳩尾を見事に捉えたのは、双葉のボディブローだった。トリオン体で習っているとはいえ、海斗の喧嘩術を身体に叩き込んでいる双葉のボディブローは、もはや生身ではJC最強と言っても過言ではない威力だ。

 

「ふぉぐっ……な、ナイスブロー……」

「ふんっ、空閑先輩と決着つけてきます」

「もう負けてんじゃん」

「おかわりですか?」

「じ、冗談です……」

 

 地下の訓練室に慣れた様子で降りる双葉を眺めながら、小南は膝をついてる海斗に言い放った。

 

「あいかわらず師匠としてのメンツ丸潰れね」

 

 どの口が言うのか、という感じだが、海斗は小南も遊真にナメられてるのを知らないためツッコミは入れられなかった。

 

「うるせーよ。つーか何、お前何で怒ってんの?」

「ふん、別に怒ってないわよ」

 

 言えるはずない。他の女の子と仲良くされてイラついてたと。そして、自分が狼狽えていたにもかかわらず、海斗の様子から、いつもと一切、変化が感じられないのも腹立たしいなんて。

 しかし、海斗は気にした様子を見せることなく「あっそ」と答えた。

 

「それより弟子の勝負だ。せっかくだし見に行こうぜ」

「はいはい」

 

 二人で見学しに行った。

 

 ×××

 

 ステージは市街地D。遊真と双葉はそこの立体駐車場で遭遇した。二人の戦闘にはルールがあり、まず韋駄天のようなオプショントリガーは禁止。そもそも、遊真がボーダーのトリガーを慣らしている段階であるため、双葉は魔光や韋駄天といった特殊なトリガーを使っていない。

 ちなみに、遊真もスコーピオンのみでなくシールドをセットしている。少しでも公平にしたい双葉が互角ルールを設定した結果である。

 

「えーっと、じゃあやろうか」

「前までの私と思わないで下さい。本気を出します」

「え、この前は本気じゃなかったの?」

「はい」

 

 すごく悔しそうな顔で平然とウソをついた双葉に対し、流石に「つまんないウソつくね」とは言えなかった。

 そのため……。

 

「おまえ、かわいいウソつくね」

「ブッ殺します」

 

 マイルドにしたつもりが、いつのまにか地雷を踏んでいた。師匠譲りの考えの足りなささである。

 地面を蹴った双葉は、旋空を横斬りで放ちながら一気に接近する。遊真はその一撃をジャンプで回避すると、天井に足をつけて、さらに勢いを増して突っ込んだ。

 スコーピオン拳とレイガストのシールドモードがぶつかり合い、双葉の足元のコンクリートが若干、沈み込む。流石、海斗の弟子なだけあって、拳を使った一撃は重い。しかし、それは自分とて同じ事だ。

 空中の遊真に対し、下から顎にアッパーを叩き込む。それを空中の遊真は殴った勢いを使って、身体を倒して双葉の後ろに着地すると、手に置いた地面を押して両足で後頭部に蹴りを叩き込む。

 

「! スラスター!」

 

 ギリギリ見切った双葉はスラスターを使って自分の身体を無理矢理、半回転させて横にスライドしながら、跳ね上がって再度天井に着地している遊真に孤月を投げ付けた。

 天井にスコーピオンで張り付いている遊真は、下半身を振って回避しながら天井に張り付き、反撃の姿勢を整える。

 顔を向けた直後、スラスターを握り込んだ双葉が殴り込んできていた。

 

「うおっと」

 

 それも紙一重で天井に張り付いたまま回避するも、双葉の拳は天井を突き破って上のフロア、つまり屋上に上がった。

 天井には車が止まっており、それを貫通して空中でようやくスラスターの勢いを止めた。車が爆発炎上したものの、さほど驚いた様子を見せずに立体駐車場から遊真を見下ろす。

 直後、煙の中からブワッと穴を空けて瓦礫が複数、飛んできた。空中にいる双葉はスラスターを使わない限り自由落下を待つのみだ。なので、孤月を再度、手に呼び出して瓦礫を斬り伏せる。

 しかし、腑に落ちない。この瓦礫が自分に向かって飛んできたのは一発だけだ。他のコンクリートの破片は別の方向に飛んでいる。

 

(まさか……!)

 

 しまった、と双葉はハッとする。今のは自分の位置を割り出すための牽制。つまり……。

 そこまで考えが及んだ直後、煙の中から本人が飛び込んできた。マズい、と思いながら遊真の拳を孤月でガードする。

 

「グッ……!」

 

 さらに遊真の猛攻は止まらない。空中で双葉の脚を掴むと、空中逆上がりをするように背後を取りながら姿勢を崩させて舞い上がり、背中にスコーピオンを振るった。

 それもスラスターで無理矢理、姿勢を整えながらガードしようとしたが、上半身の肩口から腰に向けて表面を薄っすらとブレードが削った。

 

「このっ……!」

 

 このままではまずい、と思った双葉はスラスターを使って無理矢理、駐車場の上に落下した。

 が、勿論、遊真は逃さない。落下しながら両足の蹴りを叩き込む。ビシビシッと亀裂が屋根に広がる中、双葉は横に転がりながら回避しつつ、別の車の下に潜り込んだ。

 

「ふんっ……ギギッ……!」

 

 直後、その車が持ち上がる。それを見て遊真は突撃した。投げられる前に斬りつければ良いし、投げられても避けられる。

 案の定、双葉は投げつけてきた。それをスライディングで回避しようとした時だ。その車を双葉が爆破させた。

 

「ーっ⁉︎」

 

 何事かと思ったが、トリオン体でも爆風は防げない。ダメージがあるのではなく、衝撃を相殺できないと言うことだ。

 それでも飛ばされないよう踏ん張っていた遊真に対し、双葉が正面から斬り込んだ。レイガストと孤月のタイミングを若干、ずらしての二連撃。孤月は旋空を使ってるため、後ろに避けても直撃コースだ。

 その二発が遊真に襲い掛かる。轟音と地響きが立体駐車場全体を震わせ、屋上に十字の大きな穴が空けられる。

 

「……」

 

 やったか? と双葉が思った時だ。どすっ、と。下から小さな衝撃が的確にトリオン供給機関に突き刺さった。

 

「……え?」

 

 そのブレードは床から伸びている。床下から、片腕のない遊真がひょっこりと顔を出した。

 

「カウンターは、正当防衛拳法の基礎の基礎でしょ」

「……」

 

 だが、すぐにビュワンっと戦闘体は元の状態に戻る。それは、本来の戦闘であれば緊急脱出していた事を告げていた。

 

「……」

「えーっと、おわりでいいの?」

 

 キョトンと聞いた遊真の胸倉を、双葉は掴んだ。ふるふると震えていて、その手には力がこれでもかというほど込められている。

 ジロリと前髪の隙間から覗かれた双葉の目尻には涙が浮かべられていた。

 

「……もっかいです」

「え?」

「次からが本番です……!」

「いいけど……」

 

 しばらく終わりそうにないな、と遊真は珍しく疲れたような表情を見せた。

 

 



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褒め言葉ハイマットフルバースト。

 さて、アレから20戦目。未だに一勝も出来ない双葉の様子を眺めて、海斗は小さくため息をついた。

 

「何やってんだ、あの馬鹿……」

 

 やればやるほど勝てなくなっている。というのも、負ければ負けるほど力むからだ。動きが単調になったところでサクッとカウンターを良いように繰り返されている。

 

「あんた、なにも言ってあげないわけ?」

「バカ、なんでも俺が口を挟めば良いってもんじゃねえだろ。ここはあいつ自身が気付く場面だ」

「ふーん……ちゃんと考えてるんだ」

「あと、これはあくまでついでの理由なんだが、あいつが不機嫌な時に口を挟むといつもの三倍くらい切れ味鋭い悪口言われるから」

「あんた、がさつなのか繊細なのかわかんないわね……」

「お前には分かんねーよ、弟子……いや妹子に反抗される気持ちが」

「まずその妹子って言うのやめない? 意味わかんないし」

 

 まぁ、思ったより面白くないし、と思いながら、海斗はしばらく様子を眺めた。

 

「で? 実際、どうなのよ」

「何が」

「あの子のこと」

「あの子?」

「だから、双葉ちゃんとよ!」

 

 何を聞かれているのかいまいち分からない、なんて考えが顔に出ていたのか、いらだっている小南がとうとう、大声を張り上げた。

 

「だ、か、ら! あの子と付き合ってるのかって聞いてるの!」

「なわけねーだろタコ」

「……なら良いわ」

「や、つーかお前ホント何で怒ってんの?」

「何でもないわよ」

「何でもないことないでしょ」

 

 言われて「うっ……」と言葉を詰まらせる。しかし、さほど興味のない海斗は真顔のまま訓練室の中を見ているままだ。双葉なんかもう涙目になっているので、さすがに見ていられなくなってきた。

 

「……そ、それは……あんたが他の女の子と」

「ったく、仕方ねえな……」

「う、うるさいわね! てか最後まで……って、どこ行くのよ?」

「双葉が泣きそうだから助けに行く」

「……」

 

 ブチっ、と。小南から何かがキレる音がした。自分から話を振ってきたくせに興味なさそうな所や、「ったく、仕方ねえな……」という呟きが自分に向けられたものではなかった所が火をつけてしまったのだろう。

 文字通り、小南の色は烈火の如く燃え上がったように真っ赤になった。

 

「……あんた、訓練室に入りなさい」

「は?」

「妹子のためにも、お手本を見せてあげるべきでしょう?」

「お前何妹子使ってんだよ」

「うるさいわよ。いいから早くしなさい馬鹿」

 

 なんか怒ってるので、仕方なく従っておいた。二人で訓練室に入ると、双葉と遊真がまだ争っていた。

 

「ねー、もういいでしょ」

「もっかい! もっかいです!」

「ええ〜……」

「お願いしますよ〜!」

 

 遊真の手を両手で握り、駄々をこねる双葉の口座に海斗は口を挟んだ。

 

「おい、お前ら。ちとそこどけ」

「あ、ウィスサマ」

「ウィス様と呼んで良いのは私だけです!」

「え、そうなの?」

 

 実に面倒臭い、と思いながらも海斗は双葉の頭の上に手を置いた。

 

「双葉、アホみたいな独占欲はやめろ。これからはお前を中心に面倒見てやるって言ってんだから、変な敵対心は持つな」

「う〜……」

「それに、車投げとか教えてない技をやって勝手に負けてるのはお前だろ。変に気張らずにいつも通りやれバカ」

 

 問題はそこだった。海斗が教えたのは突きや蹴り、柔道や合気道とかの格闘技っぽい投げ技だけで、車を投げるとかは教えていない。

 しかし、おそらく前シーズンのランク戦での海斗と影浦の暴れん坊将軍っぷりから「カッコ良い……」と思ってしまったのか、双葉もそんな技を真似し始めてしまった。

 

「空閑先輩の瓦礫投げはどうなんですか⁉︎」

「あれは空閑自身のアイデアだろ。そいつ、俺の戦法とか知らんし」

「うぐっ……!」

 

 模倣しただけの技と、その場のアドリブとはいえ効果的な戦法を選び、使うのでは訳が違う。

 

「目眩しを逆に利用されてるようじゃダメだろ。ちゃんと考えてものは使え。まぁ、殴り合いに関しちゃ悪くなかったけど」

「そ、そうですか……?」

「そうだよ。戦いに関して経験の差が出てただけ」

「……」

 

 ふむ、と双葉は顎に手を当てる。やはり、この人はちゃんと見ててくれている、と海斗をキラキラした瞳で眺めた。

 そんなやり取りを気に入らない奴が、ますます機嫌を悪くしていた。

 

「ふーん……そんな偉そうなこと言うのなら、お手本を見せてもらいたいわね。間近で」

「は?」

「チーム戦やりましょう。あたしと遊真、バカと双葉ちゃんで」

「あれ? 俺はどこのチーム?」

「ウィス様、無理があります」

 

 弟子に「バカはお前だ」と言われる海斗だったが、何も気にする事はなかった。それ以上に小南に対して片眉をあげる。

 

「あの……ほんとに何なの?」

「別に?」

「別にじゃなくて、お前なんかさっきからすごいキレてない?」

「別に?」

「いやだから別にじゃなくて」

「別に?」

 

 ダメだこいつ、と海斗は内心でため息をつく。全然、話を聞くつもりがないし、なにより色を見ても「別に?」以外の返事を返すつもりはなさそうだ。

 どうしたものか悩んでいると、弟子二人が口を挟んだ。

 

「お、いいじゃん。楽しそう」

「私も参加したいです!」

「ええ……」

 

 予想以上にノリノリな二人にまで言われてしまえば、海斗としても断りづらい。

 

「なんでよ」

「おれ、まだウィスサマの本気の戦闘見た事ないし」

「……双葉は?」

「わ、私も……足を引っ張らないよう全力で参ります!」

 

 何か質問の答えがズレてる気がしたが、やる気満々ということだろう。こうなってしまえば、頷かざるを得ない。

 

「わーったよ……」

「よし、じゃあやるわよ」

 

 と、小南がキレ気味に言いながら、とりあえずスタートした。

 

 ×××

 

 場所は相変わらずの市街地D。今回のルールは、最初からチームが合流している事と、弟子ルールと同じで韋駄天とかバッグワームとかのオプショントリガーは無し。アタッカー四人も集まり、早い話がガチンコのインファイトだ。

 

「この模擬戦に意味はあんのかね」

「あります」

 

 思わずボヤいた海斗に、双葉は即答で返してみせた。

 実際の所、双葉は少し舞い上がっていた。何故なら、どんな形であれ、海斗と一緒に戦闘を行うのは初めてだからだ。海斗が二宮隊に入ってからは、加古隊である双葉は、隊長達のあまりの仲の悪さに一緒に出撃することはなかったから、今はとても楽しみである。

 従って、この勝負では絶対に負けたくないわけだが……そのためには、まず小南を何とかしないとマズい。あの一人で一部隊の戦力を要する化け物を倒さなければならないのだ。

 早速、作戦会議……と思って隣の師匠の顔を覗き込むが、肝心の師匠はやる気無さそうにげんなりしていた。

 

「お前元気だなー……」

「そんな子供を見る目はやめてください。むしろ、ウィス様の方が不思議です。喧嘩大好きなのに」

「や、なんか知らんけど小南の奴、スゲェキレてんだよ」

「そうなんですか?」

「そうなんだよ。何かした覚えはねえっつのに」

 

 三輪の次は小南か……と思いつつも、むしろ小南との諍いの方が厄介な気もした。何せ、理由が分からないのだから。その上、クリスマスには二人で出掛けなければならないのだから。

 

「ま、どうせウィス様が何かしたのでしょう」

「おい、なんだその冤罪を生むような言い方。違うから。マジで心当たりないんだって。強いて言うなら、ドアをぶっ壊す勢いの轟音を立てたくらいで」

「普通ならそれで怒ってもおかしくないのですが……まぁ、小南先輩はそんな事でいちいち、腹を立てませんね」

「そこから先はもう、お前も一緒に居たんだから、見てた通りだろ。なんか双葉と一緒にいるだけで機嫌悪くされてさー」

「確かに……ん? 私と一緒に?」

 

 冷静に顎に手を当てて考えると、たしかに自分と海斗が一緒にいると機嫌を悪くしていたような気がする。

 いくら元山ガールの双葉でも、この手の女心は分かってしまった。要するに、海斗の事が好きなのだろう。それはサイドエフェクトで海斗にも分かっているはずだが……もしかして、ヤキモチとかそういう情緒には疎いのだろうか? 

 何にしても、師匠の気持ちも聞いておかねばなるまい。

 

「……あの、海斗先輩」

「ウィス様だ」

「いえ、海斗先輩に聞きますけど……小南先輩の事をどう思っているのですか?」

「はぁ?」

 

 いきなり何? と言わんばかりに片眉を上げる海斗に、双葉は正面から聞いた。

 

「いえ、ですから異性として」

「……イセイ?」

「威圧するような勢いでも異なる星でも無いですよ。女の人としてどう見てるんですか?」

「お前……コイバナするなら相手を選べよ」

「だから聞いてるんです」

 

 つまり、目の前の弟子も小南の気持ちを理解しているようだ。そうなれば、確かにこれ以上にない恋バナの人選ではあるが……。

 

「……別に、どうも思ってねーよ」

「そうなんですか?」

「ああ。ただ、一番話しやすくて喧嘩相手になって一緒にいて楽で今まで会ってきた女の中で唯一、初対面なのに俺の事を怖がらなかっただけだ」

「……」

 

 どういうわけか、呆れられた目で見られてしまった。

 

「え、それでどうも思ってないと?」

「そうだよ。あ、あと最近あいつ可愛くなったよな。今日なんかピアスとかリップつけてたし。まぁ、本人にこんなこと言ったら絶対、調子こくから言わないが」

「……」

 

 これはー……どうしよう、と双葉は腕を組んで眉間にしわを寄せた。ツッコミを入れるべきか入れないべきか。だって、これだけ気付いてて相手の気持ちにも気付いてて、自分の気持ちに気付かない阿呆はそうはいない。このままでは一生、気付きそうにないが、そこまで師匠の世話を焼いて良いのだろうか? 

 

「ま、ピアスなんてしてたら学校の先生に絶対、キレられるし。休み明けが楽しみだぜ」

 

 こんなこと抜かしているが、果たして本音はどうなのだろうか。いや、今のは本音っぽいが。

 最早、模擬戦中であることなど忘れ、双葉がどうしたものか本気で悩んでいるときだ。目の前のショッピングモールの入り口から、ガサッと飛び出してくる人影が見えた。

 

 ×××

 

 その頃、小南・遊真組。あまりの小南のキレっぷりに、遊真は珍しく居心地悪そうにしていた。

 なんかもう隣で貧乏ゆすりと歯軋りが尋常ではなく、それだけでMADが作れそうなほどであった。

 

「……あの、こなみ先輩?」

「良い? 遊真、あのバカ達はショッピングモールに向かっているわ。トリオン以外の攻撃を好むバカを先に消すから、入り口で奇襲を仕掛けて袋にしてやりましょう」

「う、うん……」

 

 ……とはいえ、ビビってる場合ではない。自分には関係無いし、それに第二の師匠のサイドエフェクト的に、視界に入ってると奇襲は通用しない。建物越しであってもだ。

 

「こなみ先輩、俺は上から奇襲しようか?」

「大体ね、どんな神経してればあんな小さい女子中学生の女の子と仲良くできるわけ⁉︎ 周りから見たら事案でしかないのよ!」

「あの、こなみ先ぱ……」

「それに、少し早めにアタシの気持ちとか察してくれても良いでしょ! や、別に全然好きじゃないけど!」

「だから、こなみせ……」

「まぁ? あいつ、普通の子供とは違う育ち方したみたいだし? 他人の気持ちに疎いのは分かるけど……でも、だからって少しくらい考えてくれても良いんじゃない⁉︎」

「……うん、そうだね」

 

 諦めた。しかも、いまだに「好きなんじゃない」と意地を張っているようだ。もう遊真もげんなりしている時だ。呑気な足音が聞こえてきた。

 

「ま、どうせウィス様が何かしたのでしょう」

 

 双葉の声だ。何やら呆れた声音を発している。

 

「おい、なんだその冤罪を生むような言い方。違うから。マジで心当たりないんだって。強いて言うなら、ドアをぶっ壊す勢いの轟音を立てたくらいで」

「普通ならそれで怒ってもおかしくないのですが……まぁ、小南先輩はそんな事でいちいち、腹を立てませんね」

 

 何の話をしているのか知らないが、戦闘中まで仲良くおしゃべりとは良い度胸だ。小南の怒りのポテンシャルも上手い具合に引き出されていく。

 

『遊真、入り口に足を踏み入れたら狩るわよ。メテオラでぶっ放すから続きなさい』

『りょうかい』

 

 というか、模擬戦の途中で会話とかふざけているにも程がある。ナメられてる? と、単純にムカついた。

 それでも確実に討ち取れるように、作戦通り入り口に来るまで手を出さないように身構えていると、双葉の澄んだ声が耳に届いた。

 

「……あの、海斗先輩」

「ウィス様だ」

「いえ、海斗先輩に聞きますけど……小南先輩の事をどう思っているのですか?」

「はぁ?」

「……はぁ?」

『こなみ先輩。声、声』

 

 思わず反射的に口から漏れ、慌てて口を塞いだ。しかし、本人達に声は届いていないようで、会話を続ける。

 

「いえ、ですから異性として」

「……イセイ?」

「威圧するような勢いでも異なる星でも無いですよ。女の人としてどう見てるんですか?」

「お前……コイバナするなら相手を選べよ」

「だから聞いてるんです」

 

 いつのまにか、小南の顔つきは怒りで真っ赤になっているのではなく、恥ずかしながらも堪えて興味津々になっている赤さに変わっていた。

 

「……こなみ先輩?」

「遊真、静かに」

 

 心配になって声をかけてみたが、封殺されてしまった。確かにオペレーターもいないし、直の耳で聞かないと聞こえないが、そもそも今は何の最中なのか思い出して欲しかった。

 さて。海斗は自分の事をどう思っているのか。普段の小南なら絶対に聞けないことを聞いてくれた双葉に感謝しつつ、ソワソワしながら海斗の返答を待った。

 

「……別に、どうも思ってねーよ」

 

 直後、小南は凍り付いた。せめて少しくらいは意識してくれているものだと思ったが、まさかの返答だった。嫌われてすらいない。

 まさかの返事に、遊真ですら空気を読んで目を逸らす。何か声をかけるべきか、しかし何と声をかけたら良いのか……こんな時、オサムがいてくれれば、なんて思ったりさえした。

 

「そうなんですか?」

 

 無情にも、二人に気づいていない双葉が質問をする。これ以上は聞きたくない、と小南が耳を塞ごうとすると、海斗が頷きながら答えた。

 

「ああ。ただ、一番話しやすくて喧嘩相手になって一緒にいて楽で今まで会ってきた女の中で唯一、初対面なのに俺の事を怖がらなかっただけだ」

「……」

「……」

「……」

 

 ん? と、三人が心の中で相槌を打った。え、お前今なんて? みたいな。

 唯一、それを聞ける立場の双葉が、狼狽えた様子で質問してくれた。

 

「え、それでどうも思ってないと?」

「そうだよ。あ、あと最近あいつ可愛くなったよな。今日なんかピアスとかリップつけてたし。まぁ、本人にこんなこと言ったら絶対、調子こくから言わないが」

「……」

 

 調子こくどころではない。頭を抱えて嬉しいやら恥ずかしいやらで、今すぐにでものたうち回りたいくらいだ。何やら憎まれ口を叩いているが、耳に入らなかった。

 なんかもう戦う空気ではなくなり、遊真はその場で胡座をかいた。ふと師匠の方を見ると「どうしたら良い?」みたいな顔をしている小南と目が合った。

 しばらく考え込んだあと、身振り手振りで遊真の考えを伝えた。

 

『ヒューヒュー』

「〜〜〜っ!」

 

 これ以上は小南の限界だった。気が付けば二人の前に飛び出し、武器も出さずに真っ赤になった涙目で海斗をまっすぐと指さした。

 

「き、今日の所はこの辺で勘弁してあげるわ!」

「「は?」」

「う、宇佐美ー! とりまるー!」

 

 何故か模擬戦を中断して飛び出して行ってしまった。その背中を眺めながら、遊真も後から入り口から姿をあらわす。

 しばらく海斗、双葉と小南の出て行った出口を見比べた後、両手を合わせてお辞儀した。

 

「おしあわせに」

 

 そんなこんなで、クリスマスまであと数日だ。

 

 ×××

 

 数日が経過し、防衛任務は夜間だったが、難なくこなした二宮隊の面々は、作戦室でしばらくのんびりしていた。

 なんだかんだでクリスマスは明日。つまりイブなわけだが、サンタの存在を信じているメンバーはこの中にはいない。そのため、隊員それぞれがプレゼントを買って来て、交換会を開催していた。本来ならクリスマスにやるべきなのだろうが、明日は海斗がデートのため、今日やることになった。

 二宮が持ち寄ったクリスマスソングに合わせて、五人で机を中心にプレゼントを回す。

 

「……なんで山○達郎なんだよ……。全然、ノれねえだろ……」

「ちょっとスタイリッシュ過ぎるよね……。や、別になんでも良いんだけど」

「なんだ、文句があるのか陰山、辻。俺に任せたのはお前らだろう」

「そうだよ、海斗くん。辻ちゃん。それに、高校生以上しかいないのにジングルベルとか流されても困るでしょ」

「まぁ、二宮さんがじゃんけんで負けたから任せたんですけどね」

 

 いまいちノれなかったが、まぁつまらないわけでもない。ある意味ではみんな知ってる曲だし、クリスマスソングの中では最高の部類だ。まぁ、山○達郎の曲でクリスマスプレゼントを回している17歳以上の五人組の絵は中々にシュールだが。

 すると、曲が終わった。それにより、それぞれの元に回ってきたプレゼントを開ける。

 

「よし、まずは二宮さんですね」

「……何故、俺だ。犬飼」

「隊長だからでしょ」

 

 まぁ、別にそんなところで恥ずかしがるほどガキではない。無言で二宮がプレゼントを開けると、中はマフラーだった。

 

「……これは」

「あ、俺のですね」

「辻か……」

「おー良いじゃないですか。辻ちゃんセンス良いなー」

 

 犬飼に褒められ、二宮はマフラーを首元に巻く。すると、隊員四人が「おお〜!」と声をあげる。

 

「やっぱ似合ってますよ」

「今年、寒いですからね」

「大学に付けて行ったらどうです?」

「仮面ライダーの変身前みたい」

「……次、辻開けろ」

 

 褒められ慣れてないからか、さっさと次の部下を指名した。辻がプレゼントを開けると、今度は茶色のブーツが入っていた。

 

「おお〜。俺のじゃん。辻ちゃん」

「犬飼先輩……これ高かったんじゃ……」

「良いの良いの。それ内側モコモコしてて暖かいよ」

「うわ、良いなー辻。俺、ブーツとか持ってないんだけど」

「海斗くんはブーツの前に普通の靴を買いなよ。なんで靴に虎が描いてある奴とか普通に履いてんの」

 

 お陰で、この前のデート服の買い物では靴も買うことになった。

 さて、次は犬飼の番。袋の包みを開くと、中から出て来たのは手袋だった。

 

「あ、それ私の」

「おお〜。ひゃみちゃんの?」

「そう。本当は参考書と迷ったんだけど……海斗くん以外に当たったら困ると思ってやめておいたんだけど、正解だったわね」

「……良かった、踏み止まってくれて」

「だから、あなたには別で参考書を用意したわ」

「え、うそでしょ? うそだよね? うそだと言ってよバーニィ」

「あ、それ俺も用意したよ」

「俺も」

「……」

 

 無言で二宮まで本を差し出した。どうやら、三学期の定期試験もサボれそうになさそうだ。可愛がられているようで何よりである。

 さて、次は氷見のプレゼントである。それは五人の中で一番、大きい箱に入っていた。

 

「……あら、すごいわねこれ」

「それ俺のじゃん」

「え……海斗くんの?」

「おい、何その目?」

 

 すごい不安そうな目で見られてしまった。どういう意味なのだろうか、その目は。

 

「だって、ねぇ?」

「不安になるな」

「俺でも不安だわ」

「分かる」

「……」

 

 全員から一斉射撃を喰らい、心が蜂の巣になった気がした。

 しかし、もらった以上は仕方ない。あまり期待せずに氷見が封を解くと、中に入っていたのは意外にもストールだった。

 

「……え、何よこれ。ムカつくけどまとも……」

「ムカつくけど、って何?」

 

 思わず漏れた氷見のセリフに、海斗は眉間にしわを寄せる。しかし、周りのメンバーも意外そうな顔で、そのストールを見ていた。

 その視線に負け、思わず言い訳をするように海斗は目を逸らして答えた。

 

「や、本当はワンパンマンの単行本全巻と悩んだんだけどよ……でもほら、この前は世話んなったし……あの時の経験を踏まえて、少しは洒落たもんをと……」

「ふーん……良いんじゃない? 少し大きいけど、使わせてもらうわ。ありがと」

「おお……氷見がデレた」

「これ、絞殺に使えそうだもの」

「どんな用途だ⁉︎」

「いいから、海斗くんで最後だよ」

 

 辻にツッコミを入れられ、海斗は目の前のプレゼント箱に目を向けた。残りは二宮からの箱。尊敬している隊長からのプレゼントだ。

 まさか受け取れるとは思っていなかったため、それが当たって表には出さなかったが、かなりソワソワしていた。

 

「……開けて良いですか、二宮さん」

「……好きにしろ」

 

 言われて、海斗は箱を開けた。中から出て来たのは、手袋だった。雪だるまの刺繍が付いたものだ。

 

「おお……可愛いですね」

「そうか?」

「はい……。バ……陰山くんには勿体無いくらいです」

「今、バカって言いかけた? 酷くない? ストールあげたのに?」

 

 氷見が惚れ惚れした目で海斗の手袋を見ていた。

 

「それ、明日のデート服にも合うんじゃない?」

「あ、そうですね。合うと思うよ」

「そうなんか?」

 

 犬飼のセリフに辻が同意し、海斗が首をかしげる。

 

「そうね。この前は予算オーバーで手袋だけ買えなかったし、着けて行ったら?」

「まぁ、氷見達がそう言うなら……」

「陰山」

 

 そんな中、二宮が口を挟む。海斗が顔を上げると、二宮が真剣な表情で言った。

 

「男を見せろよ。時には素直になることも大切だ」

「それ、二宮さんが言います?」

「……黙って聞け」

 

 茶化した海斗のセリフに、全員が笑うのを堪えたが、二宮が一瞥するだけで全員黙った。

 

「お前が小南をどう思っているのかは知らんが、俺はあいつとお前との関係がどう発展しようと知った事ではない。だが、後悔を残すようなことだけはするなよ」

「は、はぁ……」

 

 いまいちピンと来ていない海斗だが、二宮からのありがたいお言葉なので素直に受け取っておいた。

 そんな時だ。犬飼が「そうだ」と人差し指を立てた。

 

「俺が姉から教わった『女が男に求めるもの』ってのを教えてあげるよ」

「え、いや別にいいよ」

「いいから聞いといたほうが良いって。特に、海斗くんは下手なこと言いやすいんだし」

 

 そんな感じで、二宮隊のクリスマスイブは珍しく騒がしく過ごしていった。

 

 



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空気を溜め込んだ風船に針を突くと全てが解放される。

 クリスマスとは、本来キリストの誕生日である。海外では家族と共に過ごす日でもあり、間違っても恋人と過ごす日ではない。つまり、日本だけなのだ。恋人とロマンチックな日々を過ごす、みたいなのは。

 そんな事、全く知る由もない海斗は何も考えずに、先日、購入した服を着て待ち合わせ場所に来た。

 駅前のクリスマスツリーの前で、ボンヤリと待機していた。周りにはチラホラとカップルの姿が見えるが、一切気にせずにぼんやりと空を眺めた。昼間なのに曇り空のため、陽射しとかそういうものとは無縁だから、空を眺めるのに適している。

 最近、たまに思うのは、改めてよく第一次侵攻の時に自分だけ生き残ったなーみたいな事だ。生前にやりたい放題やって因果応報の如く亡くなった両親だが、考えてみれば「正当防衛の陰山」とか言われてある種、喧嘩を売るよりタチの悪い事をしていた自分も、割とやりたい放題やっていたものだ。

 別に悪い奴だけが死んだわけではないが、自分だけたまたま、被害を逃れたのには何か理由がある気がする……なんて柄にもないことを考えていた。実際、両親が死ななかったらボーダーに入ろうなんて思わなかっただろうし、ボーダーに入ってからは楽しいことが増えた。

 もしかしたら、自分が生き延びたのには何か理由があるのかも……。

 

「……今日は、トリオンが騒がしいな……」

 

 なんて「哲学系厨二病ごっこ」を暇つぶしがてらしていた。心の中で妄想するのは割と楽しいものだ。高校に入学するまで友達が出来なかったために出来たクセみたいなもので、他にも自転車を漕いでる時は「頭上のヘリコプターから銃撃を避けるごっこ」や、複数のヤンキーに絡まれた時は「軽口を叩くクモ男ごっこ」などで暇を潰している。

 そんな下らない妄想に合わせて身体を動かしていたからか、身体能力も変態的に向上したわけだが。

 しかし、哲学系厨二病ごっこは、例え内心であっても死にたくなってきたので、そろそろ別の何かにしようとした時だ。

 

「あんた、バカな事考えてるでしょ」

「ああ?」

 

 背後から声を掛けられ、振り返ると思わず息を飲んだ。目の前にいたのは、普段のガサツな残念貧乳美少女とは思えない程の綺麗な女の子が立っていた。貧乳、と言えば聞こえは悪いが、言い換えればスレンダーという事だ。胸以外も細い腰や足の流線形を隠すどころか強調した冬用のワンピースと黒タイツに目を奪われた。

 

「……」

「……ちょっと、何ぼけっとしてんのよ」

「っ、し、してねえよ」

「あ、さてはあんた……」

 

 小南の底意地の悪そうなニヤケ面を見て、海斗はひやっと汗をかいた。まさか、少し見惚れていたことがバレたのだろうか? だとしたら、厄介この上ない。特に普段は海斗がいじる側のため、それが逆転したら面倒な事この上ない。

 何を言われるのかドギマギしていたが、そんなことは気にもせずに小南はドヤ顔で言い放った。

 

「朝ご飯食べて来なかったんでしょ? アタシに奢ってもらうつもりで!」

「……」

 

 イラっとした。思わず。男なら鼻の穴に指を突っ込んで背負い投げする鼻フックデストロイヤーファイナルドリームの刑だった。まぁ、男に見惚れる事はないので一生やる機会はないと思うが。

 なんであれ、イラついたことには変わりない。海斗は耳をほじると、小南の頭をゴシゴシと撫でた。

 

「何すんのよ‼︎」

 

 当然、ノーモーションで繰り出される拳。しかし、生身で海斗に勝てるはずもなく、あっさりと受け止められると、何をしたのかを答えた。

 

「仕返し」

「何のよ⁉︎」

「何のでも良いだろ」

「良くないわよ!」

 

 わしゃわしゃと髪を掻きむしって、耳くそを払う小南。実際はマジで付けたわけではないのに、これではせっかくの服装も台無しである。

 ムキーっとしてる小南を眺めていると、ふと犬飼に言われたことを思い出した。

 

『デートの時の最初は、女の子の服装や細かいとこに気付いてあげる事。これ基本だからね』

 

 との事だった。そんなわけで、小南の服装を褒めてやらなければならないわけだが……まぁ、とりあえずやってみる事にした。

 まず、目に付いたのは服装だ。微笑みながら小南の頬に手を当てた。

 

「そうだ、小南。お前のそのワンピース、とても綺麗だぞ」

 

 海斗にとっては。ある意味予定通りのセリフだった。

 しかし、小南にとっては、汚い事されたと思ったら急に心臓にギムレットをぶち込まれたような衝撃が全身を走ったわけだ。それも完全に不意打ちで。

 

「き、急に何を言ってんのよあんたはああああ!」

 

 今度は、ビンタが直撃した。真っ赤になった小南から飛んできたビンタは海斗の頬にクリーンヒットする。まぁ、鍛えられた肉体を持つ海斗の顔を殴れば、痛むのは小南の掌の方だったわけだが。

 

「〜〜〜っ……!」

「……何してんの? てか何すんだよ」

「こ、こっちのセリフよ! いきなり何を言い出すのよ!」

 

 何って言われても……と、海斗は頬をぽりぽりと掻く。

 

「女の子の服装は褒めてやれって言われたから、とりあえず今日の小南の服装を褒めただけだが」

「あ、あんたねぇ……! ていうか、無理に褒めなくても良いのよ別に!」

「や、本当に綺麗だと思ってるけど」

「んがっ……! ……う〜」

 

 嬉しいやら恥ずかしいやら怒りたいやらで複雑になりながらもしっかりと顔は赤くしている小南を眺めながら、海斗は真顔で、しかし頭の中ではニヤニヤしていた。

 はっきり言って、感情が読めるので小南の反応を見て楽しんでいる節はあった。勿論、本当に綺麗だと思っているし、さっきは本気で見惚れたわけだが。

 まるて好きな子にちょっかい出す小学生のように小南を翻弄すると、そろそろ話を進めたくなったのか「で?」と声を掛けた。

 

「今日はどこ行くんだよ」

「テキトーに街を歩くの。あ、でも晩御飯は決まってるからね」

「そんなんで良いのか?」

「あんたなんか考えてたわけ?」

「全然」

 

 海斗としても、別に不満があるわけではない。こういう時は、彼女の行きたいとこに行かせてやるべきだと思ったからだ。

 

「で、どこ行くよ」

「そうね……本当はあんたのヤンキーみたいな私服を正してあげようと思ってたんだけどー……」

 

 思いの外、普通におしゃれな服を着てきた。実は、二宮隊に選んでもらったエピソードがあったわけだが、そんな事は知るよしもない小南は、少し海斗のことを見直しつつあった。

 

「ま、ここのショッピングモールは何でもあるし、好きなとこ行けば良いと思うわよ」

「マジ? じゃあボクシング体験道場とかも?」

「ないわよ……。てか、アタシと一緒にいてケンカできるなんて思わないことね」

 

 だから合法的な喧嘩道場を選んだのだが……まぁ、ここ最近は生身での喧嘩が減ったからって、別に欲求不満になったりしていない。

 とりあえず、ショッピングモール内……というかほとんどアウトレットでもある店の中を見回ろうと、海斗が歩き出した時だ。後ろから小南が肘をつかんだ。

 

「待ちなさいよ」

「何、まだなんかあんの?」

「……ん」

 

 恥ずかしそうにしながらも差し出されたのは手だった。

 

「……握手?」

「繋ぐのよ! 何でこの場面で握手になると思ったわけ⁉︎」

「ええ……繋ぐって……。別に良いけどよ」

「何、嫌なの?」

「や、嫌じゃないけど」

 

 ただ、そういう恋人っぽいことは少し照れ臭いだけだ。特に、ヤンキーの中では二つ名まである海斗にとっては尚更だ。

 しばらく悩んだ後、海斗は無言で手を取った。

 

「……おら」

「ふふっ……♪」

「っ……」

 

 嬉しそうに、はにかむ小南を見て、思わず海斗も頬を赤らめそうになった。しかし、何とか表には出さず、二人で出掛けた。

 

 ×××

 

 まず到着したのは、やはりというか何というか、服屋だった。女の子が大好きなレディース専門店。置いてあるのは服だけでなく、鞄や小物も多く、どちらかというとレディース専門店のようなお店だ。

 

「ね、どう? これ可愛くない?」

「ん? ああ、そうね。特にクリーム色なあたりが」

「可愛さがわからないなら無理して乗らなくて良いわよ!」

 

 小南が持ってきたモコモコの何かに対し、海斗は真顔で返した。正直、女子の「可愛い」とはよく分からないというのが本音だった。だって何でも可愛いって言うから。ジ○ニーズのアイドルですら可愛いって言うから。

 

「ったく……あんた本当に読めてるのか読めてないのか分からない奴ね」

「何を?」

「なんでもないわよ。さ、出ましょう」

「買わないの? 欲しいなら金出すけど」

「いいわよ。見て回ってるだけだし」

 

 あそう、とそっけなく返事をして、お店を出た。あれから、犬飼に言われな通り「女の子の話には乗る」「途中で彼女が欲しそうにしているものは金を出してやる」などといったテクニックを実行しようとしているのだが、微妙に振るわなかった。

 どうにも小南には通じていないというか……気を使っているのがバレているのだろうか? 普段の喧嘩の時の方が楽しそうな色を見せている。

 

「……海斗」

「何?」

「べつにいつも通りで良いわよ」

「は?」

「アタシはね、いつものあんたが良いの。誰に何を聞いたのか知らないけど、少し喧嘩腰くらいのがちょうど良いわ。だから、いつも通りに接してくれる?」

「……」

 

 小南が好きになったのは普段の海斗だ。喧嘩っ早く、勝てない相手にも譲れないものがあれば勝負を挑み、かと思えば女性には割と紳士的な部分もあり、不器用に優しく、おそらく理解者が現れなければ一生モテない男、そんな海斗が好きだった。

 だから、今日という日が特別だからって、態度まで特別にしてくれる必要はない。

 そんな風に言われてしまえば、海斗も普段通りにならなければならない。それでは、出会ったときからずっと言いたかったことを言った。

 

「お前、寝癖ついてるよ」

「え、嘘⁉︎ てかなんで今言うわけ⁉︎」

「女の子に恥をかかせちゃいけないらしいからな」

「言わなきゃ恥をさらしたまま歩いてたことになるでしょうがああああ!」

 

 もー! と頬を赤らめながらポコポコと肩を叩きながら、近くのトイレを見つけて駆け込んだ。

 ちなみに、寝癖なんてついていない。そもそも、今日という日に寝癖がついたまま来るなんてあり得ない。それでも直ぐに騙される小南なら、絶対に引っかかると思ったら、案の定だった。

 しばらく待機しながら、海斗はぼんやりと天井を眺める。どうしたものか、と考え込んだ。結局の所、自分は小南のことが好きなのだろうか。いや、好きなのだろう。よく心臓の鼓動が早くなるし、小南の細かい変化には自動で気付くし。

 しかし、付き合って良いものなのかは別の問題である。二宮隊からの後押しがあった以上はボーダーでの恋愛は禁止されていないのだろうが、それでも自分は街のヤンキー全員に目の敵にされている。

 

「……はぁ、やりたい放題やってきたツケが……」

 

 ゴヌッ、と後ろから何かが後頭部に直撃した。早速、本日のヤンキー一号がやって来たか? と後ろを振り向くと、小南が立っていた。

 

「寝癖なんてないじゃない!」

「……お前かよ」

「他に誰がいるのよ!」

 

 ……まぁ、もし万が一のことがあれば、その時は自分が守ればそれで良いか、と思うことにした。

 ぷんすかと怒る小南を見て、なんか色々とバカバカしくなった海斗は、再び微笑みながら小南の頭に手を置いた。

 

「大体、素に戻れとは言ったけど、わざわざそんなウソつかなくても……!」

「分かったから。長ぇよ」

「長ぇよ、ですって⁉︎ 誰の所為だと思ってんの⁉︎」

「はいはい」

「なんであんたが宥める側になってるのよー!」

 

 むきーっと怒って両手を振り回す小南と、心底愉快そうにほくそ笑む海斗。なんだかんだ、海斗としてもこの方が楽しかった。

 

 ×××

 

 続いて到着したのはボウリングなのだが……ここから先の海斗は気遣いという枷を外し、完全に大暴れしていた。

 流石の運動神経によって、パカパカ取るストライク。フォームはめちゃくちゃなのに、力任せに10人小隊の目標を正面から絶滅させていた。

 

「楽勝でやんす」

「あんた……相変わらず、化け物じみた運動神経してるわね。なんでそんな真っ直ぐ投げられるのよ」

「勘」

「むー……ま、アタシだって上手いけどね」

「そうだな。三回に一回はガーターだけどな」

「それはあんたが後ろから変な嘘つくからでしょ⁉︎」

 

 やれ「小南、ボウリングは真っ直ぐ投げたら負けだぞ」だの「両手で脚の間から転がすとストライクが取れる」だのと、まぁわけのわからない嘘をグダグダと言われたものだ。

 

「てか、そう思うなら学習したらどうだ」

「うるさいわね!」

「そういや、ボウリングって踊りながら投げるとストライク確約らしいぞ」

「え⁉︎」

 

 え⁉︎ じゃねぇよボケが、と思いつつも海斗は何も言わなかった。もちろん、そんなルールはない。

 

 ×××

 

 続いて、ゲーセン。今度は小南が翻弄する番だった。なんだかんだ、女の子には甘い海斗は小南の上目遣いにいいように使われ、ゲーセンによくある巨大なお菓子の袋を取らされていた。もちろん、奢りで。

 そんな中、ゲーセン内で小南が「あっ」と声を漏らした。絶対に今度こそ言うこと聞いてやらんと心に決めながら「何?」と顔を向けると、小南はプリクラを指していた。

 

「ね、海斗! プリクラ撮らない?」

「ええ……やだよ、恥ずかしい」

「なんでよー。別に恥ずかしがるような事じゃないでしょ」

「そうは言われても……あんまそういうの苦手なんだけど……」

 

 あまり表立ってイチャイチャするのは苦手な海斗だが、小南はそうもいかない。今日、全てを決めるつもりだから、海斗対策女性陣(月見、三上、宇佐美、氷見)から教わった女の武器は全て使わねばならない。

 組んでる海斗の腕にしがみついて、上目遣いで小首を傾げた。

 

「……ダメ?」

「……わーったよ」

 

 色を見れば自分を従わせようとしているのは分かるのに、承諾してしまう海斗も中々に甘い。

 

「やたっ!」

 

 嬉しそうに微笑んで海斗の腕を引く小南を見れば、海斗も「まぁ良いか」と思えてしまった。

 そんなわけで、海斗と小南はプリクラの筐体の中へ。勿論、海斗のお金で。

 二人でフレームを選ぶと、早速、筐体が『二人とも笑って〜』みたいなキャピキャピした声が聞こえる。

 

「笑えって言われてもな……俺の笑顔、怖いらしいし」

「そんな事ないわよ。私は怖くないもの」

「……」

 

 それはつまり「私は怖くないんだからそれで良い」という事だろうか。何にしても、海斗の心臓を的確に貫いた気がした。

 しかし、呆ける事は小南が許さない。普段、小さいだなんだとバカにしていた胸が腕に押し付けるようにくっつかれ、意外な柔らかさが腕を包んだ。

 

「ーっ」

「ピースっ」

 

 変な顔をしていた気がしたが、シャッター音は無情にも鳴り響いた。

 そのまましばらく小南のペースで写真を撮り続け、落書きコーナーへ。ほとんどの写真でキョドっている海斗を見て、小南は隣に座ってる海斗を肘でつついた。

 

「あんた、その顔で可愛いとこあるのね」

「ブッ殺すぞホント」

 

 ×××

 

 その後も色んなお店を見て回り、ようやくアウトレットを出た。

 

「あー……疲れた」

「でも、楽しかったでしょ?」

「……まぁな」

 

 そこは肯定せざるを得ない。結局、普段と同じように喧嘩だなんだしてしまったが、それが楽しかった。つまり、普段から目の前の女といるのを、喧嘩含めて楽しんでいる、という事だろう。

 双葉に技を教えるのとも、氷見と軽口叩き合うのとも、月見に弱味を握られるのとも、三上に風間と一緒に勉強の事で監禁されるのとも違う。

 しかし、それでもやはり終わりの時間は来てしまう。晩飯の予定が終われば、今日という日は解散になってしまうのだ。

 

「ね、海斗」

「何?」

「晩御飯なんだけど」

「……ああ、どうする? フレンチとかイタリアンとか回らないお寿司とか勘弁してくれよ。奢るどころか自分の金も出せない」

「そんなこと言わないわよ。てか、これから行くのはスーパーだから」

「は?」

「あなたの家で一緒にご飯食べましょ。ついでにケーキも買って」

「えっ」

 

 思わず、海斗の口から声が漏れる。前にも自分の家に来たことはあったが、あの時とは状況が違う。特にメンタルのあたりが。

 

「……ダメなの?」

「や、ダメじゃないが……」

「なら良いじゃない、行きましょ」

 

 そう言うと、小南は海斗の手を引いて歩き始めた。ショッピングモール内にもスーパーはあるから、買い物はそこで済ます事にした。

 スーパーの前は、エスカレーターがあって大広間が出来ていた。そこには、大きなクリスマスツリーが置いてあり、周りにはチラホラとカップルの姿も見える。

 そこで、小南が足を止めたので、思わず海斗も止まってしまった。

 

「……どうした?」

「ん……いや、なんか……ちょっと」

 

 珍しく歯切れの悪い小南は、周りのカップルを見た。手を繋いでいたり腕を組んでいたり……大胆な人はキスまでしている。

 そんな光景が、何処か羨ましく思えた。何の根拠もないが、自分と海斗の方がある意味では一番、たくさん本音をぶつけ合っている仲であるはずなのに。あの中には、彼氏と彼女が肩を並べて戦った事なんてないはずなのに。

 それでも自分達は、今はまだ友達……というか喧嘩仲間で、目の前の男女達は恋人同士の関係を築いている。

 そんな光景が、何処か悔しくて、羨ましかった。

 

「……ね、海斗」

「あん?」

 

 本当は。夕食後のケーキの時に言う予定だったが、もうそれはやめた。

 振り返ると、深呼吸をしてから真っ直ぐ海斗を見据えた。

 

「すぅー、はぁー……よしっ」

「何が?」

「好きよ。海斗」

「は?」

「だから、好き。私はあなたが」

「え? や、おい。ちょっ……おまっ、こんなとこで何を……!」

 

 何故、告白した側よりされた側が狼狽えているのか小南には分からないが、無視して海斗の手を強く握る。

 

「……付き合って、欲しいんだけど……」

「……あ、はい。分かりました」

 

 テンパっていた海斗は思わず反射で返事をしてしまった。しかし、それを聞いて小南は思いっきり舞い上がってしまった。嬉しくなり、思わず正面から海斗に飛びついた。

 

「ん〜〜〜っ! 長かった! 長かったわ!」

「うおっ⁉︎ お、おう。や、待った。どうした急に周りの人たち見てる見てる」

「もうそんなの気にしなくて良いのよ! だって恋人同士だもの!」

「声大きいって! 頼むからもう少し声のボリュームを……!」

「だから良いのよ! 気にしなくて」

 

 なんだかんだ、長いこと海斗を想ってきた小南のリミッターは爆発したようだ。

 抱きついたまま海斗の腕を抱き締め、今度こそお店の中へ向かった。

 

「さ、早く食材を買いに行きましょう」

「あ、うん。お願いだからもう少し……てか何食うの今日」

「カレーよ」

 

 小南と特別な関係になった。

 

 




小南さん誕生日おめでとうございます。


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決戦の準備は武器だけでなく精神も。
お手本がどんなにハイレベルでも、内容が見合ってなかったら意味がない。


 小南は欲求不満だった。別に、エッチなことをしたいという意味ではない。お付き合いを始めて以来、海斗が玉狛に来ないのだ。もっと来てくれれば良いのに、任務でも入っているのだろうか? 確かに、金を欲している海斗のために二宮がシフトをたくさん入れてあげていたのは知っているが……にしてももう少し構ってくれれば良いのに、とも感じる。

 しかし、だからと言って本部に行くわけにもいかない。海斗に「あんま周りの人に付き合ってる事バレたくない」と言われてしまったからだ。別に友達のふりをしていれば良いじゃん、と思うかもしれないが、小南的にはイチャイチャゲージが理性ゲージに勝てる自信がなかった。

 

「……はぁ」

「どうしたんですか、小南先輩」

 

 後ろから声をかけてくるのは、烏丸京介だ。玉狛支部にて一番小南を騙す、モサモサした男前だ。

 その顔を見て、小南はさらにため息をつく。

 

「……なんすか、そのリアクション」

「別に……あんたには話せない事よ」

 

 からかわれるから。

 一方の烏丸は真顔で小南を見つめた後、とりあえず全て察したので、提案してみた。

 

「俺、今日は遊真達が正式入隊日なんで様子見に行きますけど、一緒に行きます?」

「行く!」

 

 これは確かに海斗みたいな、ある種で純粋な男が堕ちるのも分かるかも、と思いつつ、とりあえず二人で本部に向かった。

 

 ×××

 

 本部では、海斗は一人で食堂にいた。まだ何を食べるのか決めていないのだが、まぁどうせラーメンか何かにする予定なので、特に迷う必要は無いのだが。

 入り口付近にある食券の券売機の前で顎に手を当てていると、ちょうど見知った顔が入って来た。

 もちろん、影浦雅人である。

 

「……」

「……」

 

 見事に同時に額に青筋を浮かべた。これだから、二人のことを良く知る連中に仲良しとか言われるのである。

 

「何しに来やがった黒マリモ」

「テメェこそ何してんだ。ここはテメェみてぇな青筋ピキリ野郎が来るとこじゃねんだよ」

「見てわかんねえのかボケナスが。飯食う以外に何があんだってんだ。これだから脳を使えないアホは困るんだよ」

「なら俺だって飯に決まってんだろ。ここが何処だか分かってなくて飯食いに来てんのかよテメェは。これだからラーメンしか食わねえ塩分摂取マシーンは嫌なんだよ」

「テメェ、ラーメンなめてんじゃねえぞ。学生にナンバーワン人気のラーメン敵に回すってのは学生全員を敵に回すのと同じだぞコラ」

「ああ? ボーダー内ではうちのお好み焼きのが人気だぞバカが。そこらの『昼何にすっかー』『めんどくせーからラーメンで良くね?』みたいなカス学生にゃ分かんねーだろうがな」

「ボーダー内って……ぷーくすくす。範囲狭すぎんだろ。大体、ラーメンは店の回転率も食事の早さもバリエーションも値段も全てにおいて優ってんだよ。お好み焼きなんか遥か後方にある程度には」

「値段が違うってことはそれだけクオリティが違うって事だろうが。地方によって風味や味、焼き方も異なり、プロだけでなく素人でも手軽に調理に参加することが可能であり、楽しみながら食事出来るお好み焼きのが上だ」

「人気ナンバースリーのもんじゃ焼きはそいつの悪口言ってたけどな。調理方法や外見が自分と被ってるって」

「同じクラスのつけ麺や油そばは『あいつの人気、実際俺達の働きも加味されてっから』って言ってたから」

 

 お互い、眉間にしわを寄せたまま徐々に話を脱線させる。ちなみに2人が勝手につけてるランクは全てイメージとテキトーである。

 そんな時だ。いい加減、早くして欲しい海斗の後ろに並んでいた香取葉子が口を挟んだ。

 

「ねぇ、そこの馬鹿二人。下らない喧嘩してるんなら表でやってくんない? いい加減、邪魔」

 

 香取の言い分は最もだった。まだ11時過ぎとはいえ、朝からいる隊員はお腹空いているし、そうでなくても混む事を予測して早めに昼飯を食べている人も少なくない。

 しかし、どんな正論にも言い方というものがある。特に、バカのくせにプライドだけは三人前の連中にその口の聞き方は、ホワイトハウスに火炎瓶を放り投げるに等しい行為だ。

 ちょうど、海斗と影浦の喧嘩はお互いのソロランク戦以外のもの、と決められていた。

 

「よーし、雅人。今日の対戦が決まったな」

「アア。こいつを最速ラップで倒した方の勝ちだな」

「はぁ⁉︎」

「5回やって平均取るか」

「一回じゃ分かんねーもんな」

「ちょっ、アタシお腹空……!」

 

 数分後、香取の泣き声がランク戦のロビー全体に響き渡った。

 

 ×××

 

「レイジさん! 急いでよ!」

「暴れるな、小南。危ないぞ」

 

 ちょうど良い言い訳を見つけた小南は一刻も早く本部に向かいたくて、レイジも無理矢理、引っ張り出して車で三人で向かっていた。迅がいれば一発だったのだが、今は防衛任務のようだ。

 

「小南先輩、あまり急かすと俺達でも危ないんですけど」

「うるさいわね。付き合ってから一回も会ってないのよ⁉︎ や、全然、付き合ってないけど!」

 

 一応、隠している小南だが、これで口を滑らせるのは194回目である。12月25日から1月8日までの間で。

 

「……レイジさん」

「堪えてやれ、京介。どの道、俺達が小南に付き合ってやれるのは到着するまでだ。本部に着けば、勝手に海斗を探しに行って俺達からは逸れる」

「そうですね」

 

 自分達が変な目で見られることはない。その事に安堵しつつ、安全運転で本部に向かった。

 

 ×××

 

「……テメェの所為だぞ、海斗」

「……お前が言うな、雅人」

 

 二人がいるのは、ランク戦のラウンジだった。まだC級隊員は戦闘訓練のため、ここにはいない。

 勿論、怒ったのは風間蒼也だ。香取があまりに酷くボコボコにされたので、流石に口を挟まざるを得なかった。

 そのペナルティとして、嵐山隊のオリエンテーションの手伝いをすることになったのだが……。

 

 嵐山『よろしくな、二人とも!』

 木虎『待って下さい。このお二方に普通にお手伝いさせる気ですか?』

 時枝『裏に徹しさせた方が……』

 綾辻『特に陰山くんを表に立たせるのは……』

 佐鳥『(不在)』

 

 との事だが、二人の実力が一級品である事も事実だ。この二人がお手伝いをすることになった以上は、何とかして使わないといけないし、従ってその実力を使わない手はない。

 その結果、嵐山の提案で二人が模範戦闘をすることになった。エキジビションのようなもので、お互いに訓練用トリガーを使って、戦闘の技術以外にも間合いや動き、立ち回りなどについて知ってもらうためだ。

 今は待機中。今回のエキシビションではアタッカーだけでなくガンナートリガーも使わなければならないため、テキトーに手元で弄ばせていた。C級に見せるため下手な所は見せられないからある程度、嵐山隊にレクチャーを教わったが、2人ともほとんど聞いていなかった。

 

「はぁ……まぁ、でも悪くねえな。テメェと決着つけられんならな」

「そういやそうか。B級ランク戦以外でテメェとやれんのも久々だなオイ」

「フル装備じゃねぇのが物足りねえが」

「精々、首洗って待ってやがれ」

 

 そんな風にギラギラした目で待機している時だ。ランク戦ラウンジの扉が開いた。

 

「おお〜。本当にいるよ」

「カゲさん、またやらかしたんだって?」

 

 顔を出したのは影浦隊の面々だ。その時、海斗は少なからずホッとした。考えてみれば、二宮隊のメンバーにも顔を出される可能性があるのだ。二宮に迷惑をかけたと思うとゾッとする。

 そんな気も知らず、北添と絵馬は影浦の元へ歩み寄った。

 

「来んなよ、テメェら」

「まぁまぁ、そう言わないの」

「そうだよ。そもそもやらかしたカゲさんが悪いんだし」

「俺の所為じゃねぇよ。そこのバカの所為だっつの」

「アア⁉︎」

「そういうとこだよ、二人とも」

 

 さっきまで反省しかけていたのもどこ吹く風、速攻でブチギレた海斗に、冷静に北添が指摘した。的確過ぎて返す言葉も出なかったのは言うまでもない。

 その隣で、絵馬が真顔で二人に聞いた。

 

「で、何やるの?」

「訓練用トリガーを使ってこいつとやり合うんだよ」

「ガンナートリガーも含めて、こいつと三種類ずつ使うから三回やり合う」

「変化弾は抜きだけどな。アレは流石に正規のガンナーじゃなきゃ厳しい」

「C級のトリガーだから、当然、シールドもオプショントリガーもねぇ」

「俺がスコーピオン、孤月、シューターでハウンド」

「俺はレイガスト、拳銃のアステロイド、突撃銃でメテオラだ」

「使うトリガーの順番は各々で決めて良いってよ。どんな相手と戦えるか分からない時の対処も見たいらしい」

「それと、相性の悪い武器でもある程度、戦えるって事も示すらしいぜ」

「「……」」

 

 二人の交互の説明に、思わず北添も絵馬も黙り込んだ。なんて分かりやすく息ぴったりの説明なのだろうか。これで仲が悪いのだから、同族嫌悪って本当にあるんだなと感心してしまった次第だ。しかし、それを口に出せば百パー消される。

 そのため、代わりに北添が提案した。

 

「なら、ガンナートリガーはゾエさんが軽く解説しようか?」

「あー大丈夫。嵐山の説明は正直、あんま聞いてなかったんだけど、俺は犬飼とか二宮さんからよく教わってるし」

「俺も普段からテメェが戦ってんの見てっからな」

 

 そこでも合うのかよ、と思いつつ、C級が来るまでの間はしばらく待機した。

 

 ×××

 

 ボーダー本部に到着した直後、一応、玉狛の面々は打ち合わせをした。

 

「俺はスナイパーの雨取を見に行く」

「俺は修と合流します」

「アタシは二宮隊の作戦室に行くわ!」

「……一応、聞くがお前何しに来たんだ?」

「遊真は模擬戦のブースにいると思いますけど」

「海斗が律儀にC級の訓練を見学してるわけないでしょ。今頃、作戦室で二宮さんに遊んでもらってるに決まってるわ」

「……」

「……」

 

 仕方なさそうな顔でレイジと烏丸が目を合わせた後、烏丸が真顔で提案した。

 

「もしかしたら、黒江や氷見先輩と仲良くしてるかもしれませんね」

「ごめんなさい、急用が出来たので先に行くわ」

 

 秒でトリガーに換装し、その場から消え去った小南を見て、レイジは心底、深いため息をついた。

 

 ×××

 

 ランク戦のブースで、C級隊員を集めた嵐山がパンパンと手を叩いた。

 

「よし、全員注目!」

 

 それによって、遊真を含めたC級隊員や、ついてきた修、烏丸が目を向ける。

 

「ここはランク戦ブースだ。みんなにはこれから、ここでお互いに戦い、ポイントを稼いでB級に上がってもらうことになる。ポイントは多い人を倒せば多くポイントを得られ、低いポイントの人を倒せば低いポイントしか得られない。つまり、早くB級に上がりたければ、強い人に戦いを挑めば良い」

 

 しかし、それは裏を返せば勝てない奴に挑んで負ければ、ただ点を取られるだけという事だ。戦場ではただ闇雲に見つけた相手と戦うのではなく、相手の実力を見極め、時には戦わずに他の戦地へ向かう事も必要だ。

 そう言った判断力を育むためのシステムとも言えるが、それは自分で気付かなければならないため、嵐山は口にすることはなかった。

 

「今日はお手本として、二人の先輩達が、君達と同じ条件でお手本となる戦闘を三回、見せてくれる。二人ともボーダー内ではかなりの実力者だ。君達の目標になるよう、しっかりと見ておくように」

 

 その説明で、全員から「おおっ!」と歓声があがる。正隊員同士の戦闘は、やはりC級といえども興味津々のようだ。

 唯一、割と冷静だった遊真は、となりの修に声を掛けた。

 

「これいつもやってるの?」

「いや……僕の時はなかった」

「俺の時もなかったな」

 

 烏丸も同じように答えた時、モニターに二人の男が映り、遊真は「おー……」と何故か関心し、修は冷や汗を流し、烏丸は全てを察した。

 影浦雅人と陰山海斗。このバカ達が並んでいる時点で、何があったのかは想像に難くない。

 さて、まず二人が選んだトリガーは、スコーピオンとレイガストだった。影浦のスコーピオンと、海斗のレイガスト。最初からクライマックスだ。

 

「かいと先輩、スコーピオンじゃないのかー」

「相手の方は誰なんですか?」

「影浦先輩だ。ボーダー内じゃ、五本指に入ると言われてるアタッカーだよ」

「そ、そんなに……!」

「ふむ……」

 

 そんなやり取りをしてる間に、戦闘は始まった。先に仕掛けたのは影浦だった。枝刃によって無理矢理、二刀流にした双剣で攻め立てる。

 それに対し、海斗はトリガーも出さずに回避し続けた。というのも、レイガストは重さがあるため、出しているだけでも回避に手間取る。特に、影浦の猛攻は防げない。

 その上、スラスターパンチも出せないため、今回ばかりはブレードで倒すしかないのだ。

 

「……確かに、はやいね。かげうら先輩」

「す、すごい……全然、見えない……」

 

 修にとっては、もはや別次元だ。しかし、早いのは影浦だけではないのを、少しとはいえ、教えを受けた二人はよく知っている。

 影浦の攻撃を見切り続けた海斗は、二本のブレードでの同時攻撃が来た直後、行動に移した。

 レイガストをシールドモードに移行し、自身の周りを包んで二刀を防ぎ、砕いた。枝刃ということはスコーピオンをそれだけ長くしているという事だ。範囲が大きくなるほど、スコーピオンは脆くなる。

 

「砕いた!」

「防戦一方だったのに……」

「や、でもアレじゃ、あの人も反撃できないんじゃ……!」

 

 盛り上がるC級の中、海斗は自分を包んだレイガストの真ん中に穴を空けた。そこから繰り出されるのは、海斗の渾身のアッパー。それが、影浦の鳩尾を捕らえた。

 後方に殴り飛ばされたものの、ギリギリ後ろに飛んで衝撃を弱めた影浦だが、それこそ海斗の読み通りだ。空中なら回避は出来ない。

 その影浦に、海斗はレイガストパンチの応用を放った。レイガストを握り込み、そこからレイピアのように加速してブレードを伸ばした。

 それも影浦には分かっていた。ブレードでの点の攻撃が自分のトリオン供給器官にまっすぐと来ているからだ。サイドエフェクトによって、斬撃ではなく突撃である事は予測出来ていた。

 空中で横に無理矢理、振り身して自分の右脇腹を犠牲にすると共に、そのブレードを掴む。これで、逃すことはない。

 かつてない攻撃色と、影浦の邪悪な笑みを視界に捉えた海斗は、レイガストの刃の方向を影浦がいる方向にし、横になぎ払おうと力を入れた。

 しかし、スコーピオンの方が速い。最大まで伸ばしたスコーピオンの突きが、レイガストの一振りの前に海斗の胸に突き刺さる。

 

「決まった……⁉︎」

「スゲェ……!」

「スコーピオン使おうかな……」

「や、レイガストも中々……」

 

 などと盛り上がっている間に、海斗は緊急脱出した。

 

「はやいね、かげうら先輩」

「ああ。海斗先輩もあと一歩だったけど……まぁ、スラスターのないレイガストじゃあんなもんだろ」

「……僕にも、あんな使い方が出来るでしょうか?」

 

 などと、玉狛のメンバーも同じように盛り上がる中、最後尾にいる木虎はホッと胸をなでおろしていた。割とまともな戦闘だったからだ。あの二人に戦わせるのは、正直、お手本でもどうかと思っていたが、中々、ボーダー隊員らしい戦闘だったんじゃないだろうか? アッパー以外。

 スコーピオンとレイガスト、それぞれの強みや弱点も出ていて、頭のある人ならそれなりに理解出来ただろう、と思う程度には良かった気がした。

 願わくば、このまま他のトリガーでも進んでもらいたいものだ。

 

 ×××

 

 二宮隊の作戦室に到着した小南は、ノックもせずに入室した。

 

「失礼しまーす!」

「あら、小南」

「バカは?」

「いないよ」

「あら、そうなの?」

 

 というか、返答した氷見しかいなかった。その氷見も私服姿である。どうやら、今日はオフのようだ。つまり、あのバカは任務じゃないのに玉狛に来なかったことになる。

 

「……あいつぅ……!」

 

 サイドエフェクトがなくても、小南から赤いオーラが発せられているのが分かった。海斗が小南と付き合ったことを報告した、数少ない隊員の一人である氷見は「またあのバカが変なウソついたのか」と速烈で察し、宥めてやることにした。

 

「そういえば、聞いたわよ。海斗くんとお付き合いを始めたんでしょう?」

「あ、うん。そう。え? あいつから聞いたの?」

「そうだけど?」

「……アタシには他の奴に言うなって言っておきながら」

「いやいや、私達も口止めされてるから。ただ、まぁチームメイトだし色々と協力してあげたから、本人も教えてくれたんだと思う」

「ああ、そういう……」

 

 とりあえず誤解を解いてから、ニヤニヤと意地悪そうな笑みを浮かべた。

 

「あの子、とても楽しそうに語ってたよ。あなたとのデートの日のこと」

「ふえっ? そ、そうなの?」

「そうよ。表情自体は不機嫌そうだったんだけどね。尻尾と犬耳が生えてたらぴょこぴょこ動いてただろうなって程度には分かりやすかった」

「そ、そうなの……まぁね、あいつ犬っぽいものねっ」

 

 彼氏の反応を聞き、すぐに機嫌を直した小南を見て、氷見はしばらく小南と馬鹿の惚気に付き合う事にした。

 

 ×××

 

 木虎藍は、すぐに落胆するハメになった。海斗と影浦の戦闘では、次のトリガーはメテオラとハウンドとなった。

 それが、もはやただの超人同士の殴り合いだった。元々、アタッカーの二人は射撃の撃ち合いで敵を倒す、なんて考えてもいなかった。拳と拳で語り合うインファイトの中、敵の姿勢を崩してようやくトリガーを呼び出し、ゼロ距離でぶっ放す戦法を取っていた。

 

「……お手本にならないな」

「本当に……」

 

 遊真も修も呆れ気味にモニターを眺めていた。

 近距離戦から、海斗が突然、住宅街でメテオラを放ち、爆発。その辺一体が吹き飛び、影浦は後方に飛びながらハウンドを放って索敵する。

 しかし、ハウンドが敵に届く前に。自身の脳天にチリッと殺気を受信した。それも、極太の線が脳天どころか頭全体を包んでいる。

 

「うおっ……!」

 

 目の前にあるのは、電柱だった。それが縦に振って来ている。ヤバい、と思ってバックステップしようとしたが、腹の辺りに直撃し、一気に地面まで押し込まれる。

 電柱を押し込みながらハウンドを避けた海斗は、アサルトライフルを地面に向けて乱射した。コンクリート一帯が爆破し、影浦も巻き込まれた。

 

「す、スゲェ……?」

「電柱で……」

「怖い……」

 

 徐々にC級隊員達の反応も変わる。見学しているのはC級だけでなく、通り掛かった正隊員の姿もちらほらと見えた。そいつらにとっては、B級ランク戦で割と見ていた光景なので、特に何も思わない。あいつら、ガンナートリガーでも近距離で戦えるのか、と呆れている。なんなら「ガンナーって何だっけ?」と思わないでもなかった。

 しかし、熱くなってる二人には届かない。嵐山も、まさかガンナートリガーでこうなるとは思わなかった。

 

「じゃあ、次で最後だ」

 

 そう言って、ラスト一戦。孤月vsアステロイドハンドガンが始まった。

 

 ×××

 

 二宮隊の作戦室でしばらく談笑していた小南と氷見だったが、その部屋の扉にコンコンと乾いた音が響いた。

 席から立ったのは氷見だった。二宮隊の作戦室へのお客さんなら、二宮隊の誰かが応対せねばならない。

 

「はーい……あ、月見さん?」

「こんにちは、氷見さん。小南さん」

 

 ゴキブリの存在も知らない高嶺の花子さん、月見蓮だった。

 

「どうかしたんですか?」

「二宮くんは?」

「いませんよ」

「そう……じゃあ、氷見さんに伝えるわね」

「任務ですか?」

「ええ。バカ関係の任務」

「バカ関係⁉︎」

 

 食いついたのは小南だ。バカ、という言葉で共通認識がある辺り、この女達も中々良い性格している。

 

「月見さん、何か知ってるの?」

「やらかして今、ランク戦のブースにいるわ。本当は二宮さんに密告したかったんだけれど、氷見さんに言えば自動的に二宮さんにも伝わるわよね?」

「はい。ていうか、ブースで何してるんですか? 確か今日は正式入隊日のはずじゃ……」

「ペナルティでC級隊員達に模範戦闘を見せているそうよ。訓練用トリガーで。ガンナートリガーも有りで」

「な、なるほど……? とりあえず、私も今からブースに……」

 

 そこで、小南の姿が消えているのに気づいた。入り口は一つしかないのに、入り口に立っている月見ですら気付かない速度で消え去っていた。

 

「……」

「……私、一応後を追いますね」

「お願い」

「いえ。伝えてくれてありがとうございます」

 

 何か嫌な予感がしたため、氷見も作戦室を出た。

 

 ×××

 

 小南は走っていた。久し振りに海斗に会える、と。今までは携帯でやり取りしていたから、付き合えてからほとんど顔も合わせていない。勿論、周りにバレたくない、という海斗の気持ちも分からなくはない。鳥丸みたいな、人をからかうのが好きな人もいるし、周りの隊員に気を使わせることもあるかもしれないから。

 しかし、それでも溜まりに溜まった「かまってちゃんオーラ」は、理性など軽く吹き飛ばてしまう。

 ウキウキしながらランク戦に到着した。そこでは。

 

「やっぱこの人達おかしい」

「強いけど、なんか違うよね」

「俺の知ってる孤月の使い方じゃない……」

 

 散々な言われようだったが、仕方ないことだった。影浦がまず、ブレードと鞘の二刀流だった。鞘を投げて隙を作り、距離を詰めて強襲。鞘が無くなれば、アステロイドを近距離でわざと孤月で受けて折らせ、擬似的な投げナイフを作り出す始末だ。

 そして、その相手である海斗も中々におかしい。慣れないハンドガンのはずだが、アホみたいな精度で影浦は必ず避けるなりガードするなりしなければならない。

 そもそも、近距離で孤月を相手に拳で戦ってるのがおかしい。その上、ここぞという時に撃ってくるもんだからタチが悪い。

 孤月の薙ぎ払いをバク宙で回避しながらハンドガンをぶっ放すも、影浦はそれを前に出ながら回避して、横に払った孤月を引いて突き込む。

 それを着地した海斗が横にスライド回転しながら、孤月を持つ影浦の拳を抑え込みつつ、顔面にハンドガンを向ける。

 銃口が火を吹く直前、後ろに影浦は身体を倒しつつ、抑えられてる手を軸にしてバク宙しながら海斗の顎につま先を直撃させる。

 後ろに海斗がよろめいた隙を逃さずに、着地してすぐに孤月を真下から斬りあげようとするが、よろめいている海斗の手にある銃口が自分の方に向けられている事に気付いた。

 発砲されたのを孤月でガードするも、さらに顔面、右脇腹、左足、右腕、左肩と殴る勢いで発砲。それを近距離で全て孤月で弾きつつ、鋭い突き返しを顔面にお見舞いする。

 孤月の鋒が頬を掠めても一切、気にせずに避けた海斗は、身体を影浦の懐に背中を向けて潜り込ませ、孤月を握る腕と腰を掴んで強引に背負い投げをし、目の前に転んだ影浦にアステロイドを叩き込む。

 それを横に転がってギリギリ回避するものの、顔面に海斗のつま先が飛んできて、後方に大きく蹴り飛ばされた。

 ドスッ、と民家の壁に背中を叩きつける影浦に銃口を向けたが、その銃口にいつのまにか投げ付けていた孤月が突き刺さり、貫通。ギリギリ身体に当たる前に回避した。

 

「……これもうガンナーじゃないよね……」

 

 いつの間に後ろにいたのか、氷見が小南に声をかける。しかし、小南からの反応はなかった。普段なら「ほんとよね! あいつ何の為にあそこにいるのか分かってるのかしら? ホント、バカなんだからほんと!」などとまくし立ててくる所なのだが……と思って隣を見ると、うっとりした表情をして呟いた。

 

「銃+スーツ+海斗も良いわね……」

「あんた……」

 

 何がどう作用すれば、こうなるのだろう……と、氷見が呆れた時、海斗の放ったアステロイド、銃口、肩を影浦の孤月が貫いた。

 決着がつき、C級達をシーン……と静寂が包む。自分達が正隊員になれば、あれとしのぎを削り合うのか……と、いった感じの静けさだ。しかも、あれで2人ともメイン武器でないのだから困る。

 そんな空気の中、嵐山はにこやかに微笑んだ。

 

「みんな、あれを目指してくれ」

 

 出来るか、と全員の見解が一致した。

 実際、アタッカーはともかくガンナーにはあまり良いお手本とは言えない。これは二宮のお説教項目に一つ加わりそうだなーなんて氷見が思ってると、隣にいた小南がまた姿を消していた。

 

「……落ち着きのない奴め……」

 

 珍しく口調を荒げて、相変わらず嫌な予感が止まらない氷見は、小南の後を追いかけた。

 

 



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隊長の心部下知らず。

 大慌てで小南が海斗と合流しに行った時、バカはバカとメンチを切り合っていた。

 

「おーい、海斗……」

「よぉ、ザコ。威勢良く挑んで来た割に返り討ちにされた阿呆じゃねえか」

「メインウエポン取っておいて抜かす奴のセリフかボケが。むしろハンデありで2:1とか恥ずかしくねえのか。あ、恥ずかしくないんだろうな。だからそんな面白え頭で街を歩けるんだもんな」

「スカした茶髪に言われたくねんだよ。色落ちして腐ったプリンみたいになってんぞボケ」

「ねぇ、海……」

「ちょっと待ってろ。出たー、腐った○○系比喩表現。本当はそういうの見たことないくせに、なんとなくリアリティある侮辱表現として用いられる奴ね。そういうのは一度でも見てから使え、エアプ勢め」

「ああ? 大体、イメージすりゃ分かるもんだろ禿げ。想像力の欠如が甚だしいなバカ。テメェにガンプラバトルは一生無理だなタコ」

「あの、か」

「バカやろー。もし俺がプラフスキー粒子のある世界に行ったら、最強だぞ悪いけど。ビルドバーニングなんか目じゃねえから」

「寝言は寝て言えアホめ。俺の考えたV2ガンダム-FXに勝てるかよ」

「は? 俺のデルタプラス・シルヴァ・バレットに勝てるわけねーだろ。大概にしとけよ」

「大概にするのはあんたの方よ、バカ!」

 

 突如、怒鳴り散らすように声が響いた。勿論、小南桐絵である。ようやく、小南がいることに気付いた海斗は、間の抜けた顔で尋ねた。

 

「おう。なんでお前いんの?」

「あんたに会いに……じゃない、遊真の様子を見に来たのよ!」

 

 一応、秘密にしたいという海斗の願いを覚えていてか、小南はそう誤魔化す。まぁ、影浦にとってそんなことはどうでも良い。

 

「オイ、後にしろ。今、俺がコイツと話してんだよ」

「何よ、うるさいわね。風間さんにチクるわよ」

「……チッ」

 

 そう言われてしまえば、影浦も黙るしかない。仕方なくその場から背を向けて立ち去る。これ以上、正式入隊日のオリエンテーションのお手伝いを求められることはないだろう。なにせ、熱くなりすぎてどのトリガーでもアタッカーのように戦ってしまったし。

 

「オイ、バカ」

「アア⁉︎」

 

 去り際、振り返って影浦は声を掛けた。

 

「次のランク戦でまた受けてやる」

「なんで上からなんだクソボケがァッ‼︎」

 

 中指を立てる海斗だったが、無視して影浦は立ち去った。で、ポツンと残ったのは海斗と小南のみ。

 ようやく落ち着いて話せる、と思って小南がとりあえずブースの中に海斗を押し込もうとした時だ。何かに気づいた海斗が、小南の後方の曲がり角と壁に声をかける。

 

「なんか用か? 烏丸、氷見、メガネ」

「へっ?」

 

 小南が声を漏らした時、後ろの曲がり角から顔を出したのは、海斗が挙げた三人だった。

 自分がいるのに他の奴に話しかけた海斗に、少し小南がむすっとしたのにも気付かず、3人は各々挨拶する。

 

「どうも」

「お手本になってなかったよ全然」

「お疲れ様です」

 

 全く違う言葉を三人それぞれにかけられたが、とりあえず海斗の返す言葉は一つだ。

 

「うるせえ。バカども。何の用だコラ」

 

 聞くと、烏丸が修に視線を移す。まるで、何かを言わせようとしているかのように。

 それを受けて、相変わらず冷や汗を流しているメガネは「実は……」と話し始めた。

 

「先ほど、風間さんと模擬戦をしまして。24敗しましたが、最後の一戦で勝つ事が出来ました」

「は? 風間と?」

「は、はい……! 一応、少しですが陰や……ウィス様には技を教わったりしたので、ご報告をと……」

 

 最後に風間の動きを見切り、海斗に教わったスラスターとシールドモードによる固定。アレでシールド突撃して壁に追い込み、両手両足を封じ込めた。モグラ爪を警戒して、足が地面につかないように。

 しかし、風間ならどうにかして脱出するのが分かっていたため、師匠のように「え、捕まっちゃったんでちゅか? 足届かないでちゅね〜。それなのに身長も届いてないでちゅね〜」なんて調子こく事なく頭を吹っ飛ばした。

 大金星どころではない勝利に、報告しておかなくてはと思ったのだ。

 しかし、海斗はそれを聞いてメガネの額にデコピンを放つ。

 

「痛ッ……!」

「バカヤロー。んなことで一々、報告すんな」

「ちょっ、陰山先輩……」

 

 宥めようとする烏丸を無視して、海斗はニヤリと微笑んで言った。

 

「せめて、勝ち越してから報告しろ」

「……! は、はい! ウィス様!」

「うむ」

 

 そんなことを言われてしまえば、もっと精進せざるを得ない。烏丸に顔を向けると、察した師匠も頷いてその場を後にした。これからまた玉狛で特訓である。

 その背中を眺め、弟子の成長にウンウンと嬉しそうに頷く海斗に、残っている氷見は冷たい目で言った。

 

「……あんた、適材適所って言葉知ってる? あの子が風間さんに勝てるとは思えないし、そもそもそういうタイプに見えないんだけど」

「目標は高くした方が良いだろ。てか、お前は何の用?」

「説明が必要?」

 

 ニッコリと笑っていない目で微笑まれ、一気に師匠モードから怒られ慣れてるガキ大将モードに戻る。要するに、影浦とやらかした件がバレたのだろう。

 

「悪い、俺用事が」

 

 と思って振り返ると、双葉が真顔で後ろに控えていた。

 

「……ウィス様。あの人もウィス様と呼んでいましたがどういうことですか?」

「……」

 

 さらに、隣から腕を掴まられる。言うまでもなく、不愉快そうにしていた小南だ。

 

「ち、ちょっと! そろそろアタシにも構いなさいよ!」

「……」

 

 全く嬉しくない女の子に引っ張り回される構図がそこにはあった。

 

 ×××

 

 二宮匡貴は、屋上に来ていた。呼び出された時刻は12時頃だが、既に10分オーバーしている。そもそも、呼び出した人物があまりに意外すぎる人物で、何の話をされるのか見当もつかない。まぁ、何にしても待たされている時点で文句は言ってやるつもりだが。

 屋上から遠くを眺めつつそんな事を考えている間に、その人物はやって来た。

 

「どーも。二宮さん」

「……遅いぞ。迅」

「ごめんごめん。実力派エリートはどこでも引っ張りだこだからね」

 

 相変わらず読めない男だ。太刀川と同じでヘラヘラしている癖に実力がある、色んな意味で気に食わない男だ。

 しかし、そんな男にいつになく真剣な声で「話がある」なんて言われれば、それは当然気になるし、行かざるを得ない。

 

「何の用だ。手短に話せ」

「いやー、それがそうもいかなくてね」

 

 ぽりぽりと頬をかきながら、とりあえず二宮にぼんち揚の袋の口を差し出す。無言でその中から一枚とって齧った後、二宮はジンジャエールをポケットから出して飲んだ。

 

「……ふっ、悪くない」

「や、何が?」

「食べ合わせだ」

「あ、そう……。本題に入るね」

 

 実力派エリートの華麗なスルーというレアカットがあったが、二人の間に話が起こることもなく迅は続けた。

 

「海斗の事なんだけど」

「……ああ。あいつか。何かあったのか?」

「いや、これから起こるんだよ」

 

 その言葉に、二宮の視線は微妙に鋭くなる。迅が手放した風刃の持ち主に抜擢された……とかそんな話なら良いのだが。

 

「大規模侵攻の話は知ってるでしょ?」

「ああ。忍田さんから聞いてはいる。近々、起こるらしいな」

「そう。まだ会議も始まってないし、何処の国とか情報が出てるわけでもないから、ハッキリしたことは言えないんだけど」

「回りくどいな。要件を言え」

 

 あまりムダ話が好きではない二宮は、ストレートに迅を問い詰めた。

 言いにくい話なのだが、それがお望みなのであれば仕方ない。遠慮なく、しれっと迅悠一は視えた未来を告げた。

 

「海斗が死ぬかもしれない」

 

 今度こそ。二宮匡貴は動揺を表に出した。背中こそ向けているものの、迅にもそれは伝わった。二宮匡貴が言葉を失っている。こんな事は滅多にない。

 

「……なんだと?」

 

 搾り出すような声で、二宮は迅に視線だけ向ける。隊員を失い、B級に降格を喰らった二宮隊だが、その穴を埋めるようにバカが転がり込んできた。

 しかし、そのバカまでもを失うはめになるかもしれないとなれば、動揺のあまり迅に八つ当たりじみた敵意すら向けてしまうのも仕方ない。

 

「いい加減なことを言うな。ボーダーのトリガーには緊急脱出がある」

「いい加減じゃないよ。あいつ、バカで生身でも強いから」

「……」

 

 それを聞いて、二宮はなんとなく察しがついた。要するに、どういう状況なのか知らんが、あのバカはトリオン体を解除して戦う、というのが分かってしまった。

 

「……チッ」

「だから、二宮さんにはあいつから目を離さないで欲しいんだ」

「どういう意味だ。あいつは確かに俺の言うことなら聞くが……」

「二宮隊から離れるようなことが無ければ、あいつが生身になることはないんだ」

「……なるほど」

 

 どういう意味かわからないのだが、要するに自分さえ一緒なら平気という意味だろう。

 

「それは俺以外のやつには伝えたのか?」

「いいや。誰にでも伝えれば良い結果になるってもんでもないし、言い方は悪いけど海斗に敵が集まった方が周りの被害が減ることだってある」

「……なるほど」

 

 二宮は噛みしめるように目を閉じた。要するに、自分も下手に周りに教えるようなことをするべきではないのだろう。

 予知を持つのも大変だ、と改めて思う。迅悠一は、見えている結果の中から常に取捨選択を迫られ、分かっていて見捨てねばならない事もあるのだろう。

 初めて、迅に敬意を抱いてみたりもした。

 

「本当は小南や黒江ちゃんにも伝えようと思ったんだけど……あの子達まで海斗を守るために集まったら、一般市民に大きな被害が出る可能性もある。そういう意味でも、あまり多くの人には伝えられないんだ」

「……陰山本人には伝えないのか?」

「あいつはー……なんだろ。伝えても無駄というか……」

「どういう意味だ?」

「伝えたところで、あいつは万が一、その時が来てもトリガーを解除すると思う。多分だけど、意地だけでトリガーを解除するんじゃなく、誰かを守るために解除しているように見えるんだ」

「……つまり、死ぬと分かっていてもその行動に出ると?」

「そう」

 

 チッ、と二宮から舌打ちが漏れる。苛立ちが収まらない。今まで、二宮隊には海斗が必要だと伝えて来たはずだった。いなくなられたりするのは困るし、当然、感傷的になる。自分達を除いても、彼女や弟子、友達も出来て、ようやく海斗の人生はこれから、という時だ。

 海斗自身、分かっていないわけではないはずなのだ。それでも自分の命を軽く見て、他人のために命を投げ捨てようとしている。

 

「迅、バカが死ぬ可能性はどのくらいだ?」

「今のとこは五分五分だよ。でも、二宮隊と別れたら70〜80パーセントを超える」

「……なるほど」

 

 つまり、自分達に掛かっているわけだ。それなら問題ない。自分だってみすみす部下を殺させるつもりなどない。

 

「情報、感謝する。迅」

「良いの良いの。俺だって、海斗には死んでほしくないからね」

「……そうか」

 

 小さく相槌を返すと、二宮はスマホを取り出した。今の話は下手に周りには知らせられないが、伝えておいた方が良い人材だっているはずだ。その人達に連絡するために。

 海斗を守る戦いは、もう始まっている。

 

 ×××

 

「ねぇ、私はわざわざ会いに来たのよ、あんたに。玉狛から。それなのになんで他の女の子と一緒にいるわけ?」

「で、今度は何をやらかしたの? 二宮さんには黙っててあげないから言ってみなさいよ」

「どういうことなんですか? ウィス様。何故、空閑さん以外にも弟子がいるのですか?」

 

 三者三様の質問が飛んでくる。どれから応えれば良いのか分からないが、とりあえず歳下の双葉から聞くことにした。

 

「そうだよ。黙ってたわけじゃなく」

「開き直ってるわけ? 堂々とした浮気? 別れたいわけ?」

「やらかしたのは分かってるから。内容を言いなさいよ」

「黙ってましたよね。告白のタイミングはいくらでもありましたよね」

「うるせーよ! 一人ずつ話させろお前ら!」

 

 三者三様に各々の質問通りの捉え方をされ、流石に声を荒げた。このままでは会話にならない。

 

「とりあえず一人ずつにしろ」

「それもそうね」

「聖徳太子ってわけじゃないし」

「すみません、ウィス様」

「「「それで、どういうこと?」」」

「主役しかいない合唱部か! 1人くらい遠慮しろよバカどもが‼︎」

 

 そう言えば、普通なら3人は話し合うとこだろう。しかし、3人はそれなりにバカに染まっていた。

 海斗から目を離すことなく、自分の胸に手を当てた。

 

「「「私達の誰を選ぶの⁉︎」」」

 

 直後、カシャっとシャッター音。廊下の端には、口の軽さには定評のある米屋が立っていた。

 しばらく海斗と目を合わせたあと、奥歯を光らせて親指を立て、その場から走り去っていった。

 

「よし、殺」

「逃がさないわよ」

 

 生身だった海斗だが、他の三人はいつのまにかトリオン体になっている。わざわざ層の薄い氷見ですら、わざわざ護身用のトリガーを起動してるんだから抜け目がない。

 さて、こうなれば一人ずつ撃破していくしかないわけだが……さて、まず一人は確実に後でも良い奴がいる。

 

「小南」

「な、何? 私を選ぶの? まぁ当然よね? 私、一応……」

「この様子を見て、こいつらが俺に迫って来てるように見えるか? むしろ別件で迫って来てるだろ。だから、お前の要件は無いに等しい。よって後にしろ」

「……むー」

 

 むくれている小南だが、反論はこない。なら後回しで結構だ。さて、次。

 

「氷見。今日の件に関しては後で二宮さんに俺から言うから」

「嘘ね。あなた絶対に逃げるもの」

「バカヤロー。俺が二宮さんに嘘ついたことがあるか?」

「……そう言われればその通りだけど」

「それにな? 俺だって今回の件は反省してる。香取のアホを影浦と合計20回袋叩きにしたのはやり過ぎだと思ってる」

 

 実際、やり過ぎた。何せ延長五回まで続いたくらいだから。

 頭の良い氷見は、今の一言でだいたい、何があったのか察した。何かあって対戦相手だった影浦と口論になり、それで周りの人の迷惑になり、突っかかった香取が生意気な口を聞き、20回ボコボコにし、ペナルティを受けた。そういうことだろう。

 

「……よく分かった。じゃ、二宮さんに報告しておく」

「おう。……なるべくマイルドに伝えてね」

「ヒヨるのが早い……」

 

 そう呆れつつ、氷見は早速、二宮のもとに向かった。その背中を眺めながら、最後の1人に目を向けた。

 

「よし、双葉」

「なんですか? 言っておきますが、私はお二人のように」

「白髪にもメガネにも教えてない新必殺技を今度教え」

「そういえば今日は任務でした!」

 

 こうして、海斗と小南だけになった。海斗がちらりと小南を見ると、やはり何処か不機嫌そうに見える表情を浮かべている。

 

「……なんか随分とあの子達の扱い方を心得てるのね」

「はぁ?」

「うまく誤魔化しちゃって。性格悪いんだから」

「……」

 

 これは分かる。要するに、嫉妬の色だ。まさか自分の影浦との喧嘩がここまで来るとは思わなかったが、自業自得だと思えば仕方ないと思える。

 しかし、小南はチョロい子である。一番扱いやすいのが自分であることを知らない。

 海斗は驚くほどストレートな表現で言った。

 

「デート行くか。カラオケ辺りに」

「っ、も、もう……! そんな事、こんなとこで……人に聞かれても知らないんだから……! 大体、あんたはいつもいつも……!」

 

 ぐちぐち言いながら自分と手を繋いで来る小南の愚痴を適当に頷いて返しながら、ボーダー本部を出た。

 素直な彼女で良かった、と心底思いつつ、とりあえずサイドエフェクトをフルに使って人に遭遇しないように歩いた。

 

 



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噂が拡散するのは秒単位なのに、噂を消すのにはかなりの時間を要する。

 黒江双葉は、今日もランク戦会場に来ていた。最近はランク戦で勝つことが楽しくて仕方ない。というのも、海斗に様々な技を教わり、それが敵に通用した時の快感が本当に心地よい。バッティングセンターで思い切りかっ飛ばした時と同じくらい気持ち良いものだ。

 それに今は打倒、空閑遊真に信念を燃やしているため、少しでもいろんな人と戦って腕を上げたい所だった。

 さてさて。今日もカモを探しにランク戦会場に来た。今日は誰と戦おうかなーなんて考えながら辺りを見回していると、ブース内の壁の向こう側でコソコソと自分をじーっと眺めている影が見えた。

 

「?」

 

 その少女の顔は見覚えがある。あまり絡みがあったわけではないが、たまに見に行くB級ランク戦などに出ていたから名前だけは知っている。

 あんまりジロジロ見られるのも好きではないため、思い切って声をかけてみた。

 

「……あの、何かご用ですか? 帯島先輩」

「っ、ふ、双葉さん……!」

 

 少しブルってしまったが、自分の隊長の事を思い出す。こんな時、あのお方なら「しっかり挨拶しやがれ!」と喝を入れてくれる事だろう。

 それならば、自分もシャキッとしなければならない。

 

「実は自分、双葉さんに憧れていまして」

「……私に?」

「最近では、レイガストがマスタークラスになり、孤月のポイントは一万を超えたと聞きました。最年少のA級隊員でありながら、その勝負強さについて教えていただきたいです」

 

 それを聞いて、双葉は少し困ったように黙り込んだ。自分が歳上の方に憧れられるなんて驚いてしまっていた。これはこれで普通に嬉しいものがあるが、少し困ってしまう自分もいる。

 案外、街中で自分のファンと出会ってしまったアイドルってこんな感じなのかも……なんて思ったりもした。ファンだなんて一言も言われていないのに。

 

「そ、そんな、やめてください。私は尊敬されるような人間では……」

「? は、はぁ……?」

「でも、そこまで言うのなら良いでしょう。かかって来なさい!」

「……い、いえ、あの……そうではなくて、何か強さの秘訣のようなものがあるのでは、と」

 

 言われて双葉は頬を赤らめる。憧れてると言われて舞い上がってしまった。

 確かに、双葉が注目されるのもわかる。まだ入隊からようやく一年と言った所なのに、そうとは思えないほど実力をメキメキあげている。年齢が近い女の子の帯島としては、かなり気になるところだった。

 しかし、双葉はあまり教えたくなかった。何故なら、その秘訣である師匠の指導の時間が減るからだ。特に、今度新技を教えて貰う約束もしたし。

 それでも、目の前の少女は目をキラキラさせている。歳下である自分より純粋でまっすぐな瞳をされては、双葉としても断りづらい。

 どうしたものか悩んでいると、双葉のポケットの中のスマホが震えた。師匠からだった。

 

 ウィス様『今、うちの作戦室にいるけど来る?』

 黒江双葉『行きます』

 

 反射的に返事をしてから後悔した。目の前の少女はどうしたものか。いや、こうなってはもはや手は一つしかない。

 

「あの……良かったら会いに来ますか? 私の師匠に」

「本当ですか⁉︎」

 

 二人で二宮隊の作戦室に向かった。

 廊下を歩きながら、帯島は双葉に相変わらず純粋真っ直ぐな声で聞いた。

 

「あの、双葉さんの師匠ってどんな方なんですか?」

「どんな……えーっと」

 

 正直、説明が難しい。何せ訓練生の時は戦闘スタイルが凶悪過ぎて誰も勝負を受けてくれなくて、正隊員に上がるのに時間が掛かった人だ。女の子の帯島に説明すると怖がられてしまうかもしれない。名前を出すのも割と控えたほうが良いかもしれない。

 

「……風間さんとも良い勝負ができる方で」

「風間さんと⁉︎」

「シールドを使わずとも射撃を捌ける方で」

「避けるってことですか⁉︎」

「女性にはトリオン体であっても手を出したがらない方で」

「フェミニストなんですね!」

 

 嘘は言っていない。実際、怖がらなければ普通に良い人だ。デリカシーは足りないが。

 まぁ、此れだけ説明すれば少なくとも顔を見て怖がることはないだろう、と高を括って、到着した二宮隊の作戦室を開けた。

 中では、生身の米屋が逆吊りにされていた。海斗と小南と氷見に囲まれて。

 

「……」

「きゃあぁあああああ⁉︎」

 

 呆れ気味に白目を剥く双葉と、普通の女子中学生らしく悲鳴をあげて腰を抜かす帯島だった。

 それに気づいた海斗は、ふと双葉に目を移した。

 

「お、来た。……あれ、もう一人は」

「何してるんですか……?」

 

 せっかくあげた株も一発で台無しである。これで引かない女子は流石にいない。

 

「ああ、こいつがこの前の写真を色んな奴にばら撒いたから、逆吊りにして全員に俺の喧嘩術を叩き込む所。双葉もやるかなと思って誘ったんだけど」

「逆吊りと喧嘩術の指導が繋がってない……というか、氷見先輩は必要無いですよね……?」

「ナンパ対策に必要だから」

 

 どうやら、全員が殺す気満々のようだ。殺気立つにも程がある。とはいえ、確かに許し難い事をされた。誰と誰が修羅場なのか。海斗は自分だけの師匠であり、小南や氷見にも弟子の座を譲る事はない。

 いや、色々と問題点がズレているが双葉だが、それでも譲れないものは譲れないし、その地位が脅かされるような事をした米屋は許せない。

 

「実はですね、ウィス様。帯島さんがお話があるみたいなんです」

「帯島……ああ、メガネリーゼントの部下か」

「是非とも人の殴り方を教えてもらえませんか?」

「おk」

「おい、お前ら鬼か本当に」

「「「「黙れ」」」」

 

 そんなわけで、晴れて双葉の強さの秘訣を教えられることになった。微笑みながら双葉は後ろで尻餅をついてる帯島に声を掛けた。

 

「帯島さん、そんなわけで教えてもらえますよ?」

「い、いえ……その、遠慮しておきます……」

 

 涙目になってる帯島は、その場で逃げ出してしまった。

 

 ×××

 

「で、一体何がどうなっているのですか?」

 

 最初に冷静になったのは双葉だった。頭に血が上って真っ赤になって大の字に倒れ込んでいる米屋に見向きもせず、海斗が説明した。

 

「あん? こいつがテキトーなことほざくからよ」

「今日、私がオペレーターの子達と集まってた時にね」

 

 まず話し始めたのは、氷見からだった。

 

 ──ー

 ──

 ー

 

 ボーダー本部に到着した氷見は、早速、二宮隊の作戦室に向かおうとしていた。

 しかし、通り過ぎる隊員達が自分を見て、何か頬を赤らめてヒソヒソとお話ししているのが目に入った。

 何か噂でもされているのだろうか? しかし、心当たりがない。まぁ、一々そんなの気にしていられないし、構わずに作戦室に向かったが。

 

「……あ、おーい。ひゃみちゃーん」

 

 自分を呼ぶ声が聞こえ、ふと振り返ると国近と太刀川が二人で話していた。

 

「国近先輩。太刀川さん。お疲れ様です」

「お疲れさん」

「ね、ひゃみちゃん。米屋くんからもらったんだけど」

「? なんですか?」

「なんで修羅場ってたの?」

 

 国近がそう言いながら見せてきた画面には、海斗を小南と氷見と双葉が取り合っている写真だった。

 

「……」

 

 そういえば、あの時撮られていた事を冷静に思い出した。

 

「いやーにしても驚いたなー。小南はともかく、ひゃみちゃんと双葉ちゃんまでカイくんがすきだったなんてなー」

「それな。なんか深夜アニメのようわからんキャラみたいになってたな」

 

 アニメをあまり見ない太刀川は上手い例えが頭に浮かばなかったが、何となく深夜アニメのほとんどがハーレムだろ、みたいな感覚でそんなことを言った。

 当然のように勘違いしているアホの子二人に、一応、氷見は答えた。

 

「あの……違いますからね」

「何がー?」

「別にそういう意味の修羅場ではなく、全員が全員、あのバカに話があっただけで……」

「告白も浮気の問い詰めも立派な『話』だろ」

 

 バカのくせにこういう時だけやたらと舌が回る人達だな……と呆れ気味に氷見は呟く。

 

「で、どうなの? 私は、ひゃみちゃんは烏丸くんが好きって聞いたけどなー」

「ちょっ、それどこで……」

「なんかみんな知ってるけど……」

「俺もそれ迅から聞いたな」

 

 一体、どこまで広まってしまっているのか。まぁ、何にしてもここから先にやるべき事は一つだ。

 

「とりあえず、米屋くんさがしてきます」

「殺さないようにね〜」

 

 ー

 ──

 ──ー

 

「な、なるほど……?」

 

 話を聞いた双葉は困惑の表情を浮かべるのみだ。いや、事情は把握できたが、米屋の伝達力が音速である事が、困惑しかない。

 しかし、実際のところ米屋は友達が多いし、確かに大きく広まってもおかしくないとも思える。

 

「……では、小南先輩も?」

「え? あ、アタシの話は良くない?」

「小南の時はな」

「ちょっ、バカあんたやめ」

 

 ──ー

 ──

 ー

 

 小南は今日も海斗に構ってもらうため、本部に来ていた。なるべくなら海斗が周りに知られたくない、と言っていたのだが、それは裏を返せば知っているメンバーの前ならイチャつけるということだ。

 つまり、二宮隊の作戦室の中は安全地帯ということだ。そんなわけで、ルンルン気分で歩いていると、正面から小型高性能が歩いて来るのが見えた。

 

「あら、風間さん。久しぶり」

「小南か。久しぶりだな」

 

 小南が双月を手にする前、鎬を削り合った好敵手である二人は、タイプは違えどそれなりに仲が良い。

 しかし、風間の様子が何処かおかしかった。小南の顔を見るなり、ふっと小さく笑いを漏らす。

 

「何?」

「いや、何。お前も女だった、ということだな」

「???」

 

 海斗なら「何言ってんだこのチビ頭逝ったか?」とか抜かしそうな所だったが、小南も似たような感想を抱いた。風間にしては回りくどいし、要領を得ない。

 しかし、それも数秒前までの話だ。風間はすぐに言いたい事を告げた。

 

「まさか、お前が他の女子と1人の男を取り合うなんて、夢にも思わなかったからな」

「へ……?」

「米屋から聞いたぞ。バカを氷見と黒江と取り合ったらしいな」

「あっ……」

 

 そういえば、あの時に撮られたことを思い出した。なんか恥ずかしくて顔が徐々に赤くなり、とても好敵手だった相手を目の前にしているとは思えないくらいに翻弄されている表情になる。

 

「ち、違うわよ! あ、あれは取り合ってたとかじゃなくて……!」

「三方向から引っ張り合っていたと聞いたぞ。写真にもその通り写っていたしな」

「写真まで見たわけ⁉︎」

 

 さらに真っ赤になる小南。一言一句に一々、赤面した反応するあたり、風間でも可愛らしいとは思う。まぁ、その分、斧の時とのギャップがすごいわけだが。

 

「ふっ、しかし……お前にもそういう恋愛をすることがあるとはな」

「だ、だからそれは……!」

「しかも、相手がバカで他に三人も女子をはべらせているとは……陰山も中々やるな」

「ま、待ってってば! 他の二人は違うわよ!」

「つまり、お前はそういう事だったのか」

「っ……〜〜〜!」

 

 顔を両手で覆い、自分の舌の軽さを憎む。しかし、それにしても今日の風間はいつになく意地悪だ。珍しくどこか楽しそうにも見える風間は、不敵にニヤニヤした笑みを浮かべたまま続けた。

 

「まぁ、奴はああ見えて悪い奴ではない。いや、良い奴でもないが。口や性根は曲がっているが、その中でも真っ直ぐなものがある。……いや、お前には言うまでもない事か。とにかく、近くにいて支えてやってくれ」

「そ、そんな支えてやれ、だなんて……結婚なんてまだ早いわよ……」

「……お前は何処まで話を飛躍させているんだ?」

 

 当然の質問だが、それでも小南は頬を赤く染める。どこまで照れやすいのか。

 

「……まぁ、とにかくがんばれ。俺も三上も菊地原も歌川も出水も冬島さんも当真も真木も三輪も古寺も奈良坂も月見も応援している」

「どこまで広がってるのよ⁉︎」

「もっと広がっているんじゃないか?」

「ちょっとあのバカ探してくる」

 

 ー

 ──

 ──ー

 

「と、いうわけらしい」

「は、はぁ……」

「あんたなんで言うのよー!」

 

 海斗の胸ぐらを掴んでガンガン振るう小南だったが、海斗は涼しい顔で答えた。

 

「別にはずかしいことじゃないだろ」

「恥ずかしいわよ! 良いように弄ばれるなんて恥ずかしいじゃない!」

「いつもの事だろ」

「何をおおお!」

 

 さらにポコポコと叩く小南を無視して、双葉は海斗に聞いた。

 

「あの、ウィス様は?」

「あー、俺は」

 

 ──ー

 ──

 ー

 

「よう、海斗。昨日は修羅場ってたな!」

「あてみ」

「ぐはっ……」

 

 ー

 ──

 ──ー

 

「それだけ⁉︎」

「悪・即・斬、遂行致しただけだ」

 

 首の後ろに手刀をトンッと一発お見舞いして気絶させる、という映画みたいな技を決めて、小南と氷見を集めた。

 

「……おいおいおい〜、だからって三時間も逆吊りにする事なくね?」

「何言ってんだ。三十分しか経ってねえぞ」

「え……うそ?」

「ホントだよバカめ。よし、休憩終わりな。あと今のを5セット行くぞ」

「結局、三時間じゃねえか! ふざけんなよお前!」

「こっちのセリフだバカめ。今すぐ広めた奴ら全員に訂正すんのと、もう5回三十分逆吊り耐久大会すんのとどっちが良い?」

「分かった、分かったからやめろ!」

 

 よし、と海斗は小さくうなずいて見せる。あとは目の前の男を謝りに行かせなければならないわけだが……1人で行かせれば逃げるのは目に見えていた。

 

「氷見、付いて行って監視してくんない? 逃げたら俺に言えば、明日からそいつが出すのはおでこだけじゃなくなるから」

「はいはい」

「剃る気かお前⁉︎ てか、俺だってどこまで広がってんのかわかんねえんだけど⁉︎」

「一人も妥協すんなよ」

「おまっ」

「はいはい。行くよ」

 

 氷見が米屋の管を掴み、作戦室から出ようとした時だ。その前に扉が開いた。前に立っていたのは、二宮匡貴。言わずもがなの隊長だ。後ろには辻と犬飼も控えている。

 

「あ、ニノさん」

「お疲れ様です」

「二宮さん。ジンジャエールいれます?」

 

 米屋、氷見、海斗と挨拶する。双葉と小南もぺこっ小さく会釈した。

 それらに対し、二宮は「お疲れ」と短く挨拶を返すと、早速、全員に声をかけた。

 

「すまないが、作戦室をあけてもらえるか?」

「二宮隊の作戦会議っすか?」

「まぁ、そんなところだ。氷見、お前は残れ」

「了解」

 

 テキパキと指示を出し、米屋と双葉と小南は作戦室を出る。

 

「悪い。小南、氷見の代わりに槍バカについて行ってくんない?」

「バカ、お前も出て行け」

「なんで⁉︎」

 

 まさかの仲間外れである。しかし、二宮から発せられている色は意地悪や悪意はなく、真剣そのものの表情で海斗を睨んでいる。

 

「いいから。さっさとしろ」

「はぁ……了解です」

 

 仕方なく、海斗も作戦室から出て行った。

 ポツンと追い出された4人は、これからどうするか、みたいな空気になったが、とりあえずやらなければならないことをする。

 

「よし、米屋。訂正しに行くぞ」

「へいへい……あ、その前に実際のところどうだったん?」

「小南、本部の屋上でバンジーってやって良いの? ロープは首に巻いて」

「それバンジーじゃなくて自殺だからな⁉︎」

 

 アホな話をしながら、呑気に四人で本部を歩き回った。

 

 ×××

 

 さて、残された二宮隊の作戦室では、二宮によって急遽集められた三人が席に座っている。

 

「早速で悪いが、大規模侵攻の時に陰山から目を離すな」

 

 突如、告げられた言葉に犬飼がまず聞き返した。

 

「どういう意味ですか?」

「そのままの意味だ。俺と辻と犬飼と氷見、誰か一人は必ずあいつから目を離さないようにしろ」

「なんでですか? 海斗くんは強いですよね。いくらバカでも、そこまで過保護になることないと思いますが」

 

 辻がそう言う通りだ。海斗の実力は普通に化け物じみている。放っておいた所で敗北どころか傷一つ負わない可能性すらあった。

 しかし、二宮は首を横に振る。

 

「迅から予知を聞いた。あのバカが、死ぬ未来が見えたそうだ」

 

 その言葉に、三人とも息を飲む。二宮隊のメンバーは海斗以外がそれなりに頭が良い。間違ってもバカではない。緊急脱出があるにも関わらず死ぬ未来が見えるというのは異常な事だ。

 三人の中で一番うろたえた様子を見せた氷見が、二宮に聞いた。

 

「どういう意味、ですか?」

「奴が俺達と離れれば、何が起こるか分からないが奴はトリガーを解除するそうだ」

「解除って……戦場でって事ですか?」

「そうだ」

 

 何処までバカなんだ、と言わんばかりに犬飼も辻も頬に冷や汗を流す。しかも、海斗にそれを伝えないということは、伝えない方が良いということなのだろう。

 

「……他の人にはそれを教えないんですか?」

 

 辻が聞くも、二宮は首を横に振る。

 

「いや……奴に他の隊員が集中し過ぎれば、他の場所に被害が出ることもあるそうだ。陰山以外にもピンチになる隊員はいるだろう。それでも俺がお前らに伝えたということは、俺達だけで陰山を守るしかないということだ」

「……小南さんには伝えないんですか?」

「やめておいた方が良いだろう」

 

 正直、風間やレイジ、烏丸、出水といった賢くて海斗をよく知るメンバーには伝えても良いと思った。

 しかし、四人とも腕が立つ上に、それぞれが別の場所で重要な役割を果たすそうだ。やはり、自分達だけで守るのがベストだろう。

 それに、一応対策は出来ている。

 

「しかし、俺達が離れなければ奴が死ぬ未来は消えるそうだ。絶対に海斗から目を離すな。忍田さんに頼み、大規模侵攻が予想される間はなるべく、部隊での防衛任務や本部での待機を入れてもらっている。お前たちには苦労を掛けるが」

 

 言われて、辻も犬飼も氷見も表情を引き締めた。

 

「了解です」

「俺も目を離さないようにします」

「私もモニターから目を離さないようにしておきます」

「……ああ、頼む」

 

 二宮としても、一応は海斗にそれとなく釘を刺しておくつもりだ。

 しかし、万が一、海斗と離れ離れになってしまったら。その時の対策もしっかりと練らなければならない。これからその後の話を4人で進めた。

 

 ×××

 

 なんだかんだで夕方になってしまったが、小南は海斗と一緒に帰宅し始めた。米屋の阿呆は締めておいたお陰で、あまり海斗に構ってもらうことはできなかった。

 一応、その間は一緒にいられたわけだが、米屋や双葉も一緒だったので、2人でいられた感じがしない。むしろ途中で双葉のことを肩車し始めた海斗に苛立ちが隠せなかった。

 

「おい、小南。何むくれてんだよ」

「……ふんっ」

「や、わかるけども。え、でもそれって小南も肩車して欲しかったってこと?」

 

 そうじゃない、と小南は心の中で海斗を張り倒した。自分がして欲しいのではなく、他の女の子とのスキンシップが嫌なだけだ。

 人の感情を読み取るサイドエフェクトがある癖に、人の気持ちが分からないこのバカでは、自分が何故、怒っているのか一生分からないだろう。

 大きくため息をつくと、海斗をジロリと睨んだ。

 

「……全然、分かってないじゃない」

「あ? 嫉妬してたんじゃねーの?」

「言い方ぁ! 合ってるけど内容が違うのよ!」

「え、じゃあ小南も俺の弟子になりたいわけ?」

「なんでそうなるのよー! や、そこも羨ましいって言えば羨ましいけどー!」

 

 しかし、そこばっかりは割り切るしかない。付き合う前からの師弟関係だし、双葉も楽しそうにしながら実力をつけているし、自分の都合だけで辞めさせるわけにもいかない。

 

「じゃあ何?」

「あまり他の女の子とベタベタくっつかないでってことよ!」

「え、いやいや。俺がどんなに脚フェチでも、流石に双葉の太ももに欲情はしねえよ」

「脚フェチなのあんた⁉︎」

 

 そう言いつつ、小南は反射的に自分の両足に視線を落とすが、すぐにハッとして頭を横に振って煩悩を打ち払う。今はそこはどうでも良い。

 

「そうじゃなくて! あんたなら嫌でしょ⁉︎ アタシが他の男と仲良くするの!」

「え、いや別に。玉狛の連中と十分仲良いでしょお前」

「じゃあ、とりまるに肩車してもらっても良いのね?」

「オイオイ。ボーダーの女子ナンバーワン人気の男を俺に殺させるつもりか?」

「そういうことよ!」

 

 なるほど、と海斗は顎に手を当てる。確かにそれは嫌かもしれない。

 しかし、今まで自分が教えたことを上手くできた時や、任務でよく活躍できたときや、ランク戦で格上に勝利した時は、頭を撫でてあげたり、ご飯を奢ってあげたり、疲れ果てて眠ってしまった時はおんぶして加古に届けてあげたり、加古に引き渡そうとした時に、背中を掴まれ「やー……」と寝惚けて言われたり、それを起きてから話してあげると顔を真っ赤にしてポカポカ叩かれたりしている時点で手遅れ感があることは否めない。

 仮にそれが許されたとしても、これからそれをしなくなったら「彼女でも出来たの?」と察されるかも可能性もある。

 

「じゃあ、こうするのはどう?」

「あ?」

 

 とりあえず前半の具体例はカットし、それなりに双葉と今までにスキンシップを取っていた事だけを伝えると、小南は頬を軽く赤らめたまま提案してきた。

 

「双葉ちゃんにかまってあげた日は、必ずアタシにもかまいなさい」

「あー……それで良いのか?」

「良いわよ。それでイーブンだし、今日の件で確かに周りにバレたら面倒になるっていうのは分かったから。付き合ってる事は絶対に周りにバレたくないし」

 

 ボーダーの隅から隅まで走り回ったため、割と大変な思いをしていた事は否めない。沢村にまでニヤニヤしながら「あらあら?」とか言われた時は「で、忍田さんとはどうなんですか?」と忍田の前で聞いてしまったほどだ。勿論、喧嘩になり、海斗と米屋が慌てて仲裁した。

 

「よし、それで行こう」

「うん。じゃ、これからもっと双葉ちゃんと仲良くしなさいよね?」

「……」

 

 それ、周りから見たらかなりの二股野郎に見えるんじゃないだろうか、と懸念が浮かんだが、考えるのが面倒になったので話を逸らした。

 

「じゃ、今から飯食いに行くか」

「へ?」

「今日、双葉を肩車しちまったからな。嫌ならこのまま解散でも良いけど」

「い、行くわよ! じゃあ、久々にかげうら行かない?」

「正気?」

「大丈夫よ! 今日、影浦さんは防衛任務だし」

 

 確かに、狙撃手の訓練室に行った時、絵馬がそんな事を言っていた気がする。

 

「じゃ、行くか」

「海斗の奢りね?」

「はいはい……」

 

 そう言って、二人で無意識に手を繋いでかげうらに向かった。

 

 



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最後の最後で解釈が逸れる。

 年明けの学校で、海斗は出水と米屋と三輪の三人と、食堂で飯を食べに来ていた。しかし、やはり昼飯時は混んでいるので、食堂はやめて購買で昼飯を買うことにした。

 カップ麺の容器を手に持つ海斗の手を、三輪が横から掴んだ。

 

「おい。毎日ラーメンはよせ。身体に良くないだろう」

「ああ? 俺がいつどこで何を食おうが俺の勝手だろうが」

「しかし、毎日はやり過ぎだろう。ラーメン自体、炭水化物がほとんどで赤い食べ物と緑の食べ物が少ないんだ。三色きっちり、とまではいかないまでもそれなりにバランスよく取らないと、数年後に後悔するぞ」

「うるせーよ、知るかってんだボケナスが。大体、赤の食べ物と緑の食べ物って何だよ」

「二宮さんに言うぞ」

「たまには唐揚げ弁当も良いかも」

 

 気持ちの良いくらいの手のひら返しに、出水と米屋は小さくため息をつく。色々あったが、今ではこんな兄弟のような仲である。色んな意味で友達同士にも見えないのが、二人としては逆に面白かった。

 結局、唐揚げ弁当を購入し、食堂ではなく屋上に移動した。頭の後ろで両手を組んだ米屋が呑気な声で聞いた。

 

「海斗、今週のジャンプ読んだ?」

「当たり前じゃん。ワンピやばかったな」

「それな。てか、最近のジャンプはワンピ以外読むもんないんだけどな」

「ふっ、米屋。お前は何も分かっていないな」

 

 そこで、三輪が口を挟む。なんかすっごい勝ち誇った顔で、今にも「やれやれ」とか言い出しそうな雰囲気だ。

 

「それは読まないからそう感じるだけだ。ドクターストーンにブラッククローバーにサムライ8……面白い作品はいくらでもある」

「全盛期がおかしかっただけだから。読めば面白えんだよ」

「読まないから『知らんけどつまらんでしょ』みたいな空気になるだけでな」

「……」

 

 海斗はともかく、三輪までこうも語り始めると、米屋も出水も軽く引いてしまう。しかし、二人ともジャンプ作品は嫌いではないので、とりあえず話に乗ることにした。

 

「ブラッククローバーなら俺も知ってるぜ。魔法の奴だろ?」

「そうそれ。魔法使うのに本が必要なのが中々、スタイリッシュだよな」

「ああ。そのかわり、あまり戦闘の参考にはならないが……まぁ、魔法の使い方が面白いから、トリガーの使い方も別の視点で見ることができるようになったが」

「そうなのか?」

 

 三輪が乗ると、出水が意外そうな表情で聞き返す。

 

「ああ。ただ単に強い魔法にはさらに強い魔法をぶつけるわけではなく、各々の技の使い時を弁えている辺りがな。特に、糸と空間魔法で主人公をギリギリまで加速させ続けるのは良かった」

「あー……なるほどな」

「それなら出水も十分だろ。確か、この弾バカはノリで合成弾開発してたもんな」

「黙れ、槍バカ」

 

 軽口を叩き合いながら各々の弁当やパンを口に運ぶ。こうしていると、周りから見たらかなり奇妙な組み合わせに見えるだろう。出水と米屋はともかく、ヤンキーみたいな風貌の海斗に、仏頂面の三輪が一緒に並んでいるのは、中々に奇抜な面子だ。

 

「そういや、そろそろ大規模侵攻なんでしょ」

 

 一応、サイドエフェクトで周りに人がいないのを知っていての発言だった。この学校で、海斗に恐怖心を抱いていない生徒はいない。

 海斗らしからぬ発言に、三輪が意外そうな表情で聞いた。

 

「よく知ってるな、海斗。てっきりお前のことだから把握してないかと思ってた」

「や、二宮さんがしつこく言ってくるから。なんか異様に俺に気をつけろって言ってくるんだよね」

「何かあったのか?」

「さぁ?」

 

 正直言って、心当たりがない。むしろ、最近はすごく調子が良い。生身での戦闘もすこぶる快感だった。喧嘩をしたわけではない。絡んできた身の程知らずに教育してやっただけだ。

 

「まぁ、大丈夫でしょ。なるべく二宮隊はまとまって行動する予定らしいし」

「それが良いだろ。基本、戦いってのは数が多い方が有利だしな」

 

 出水がアンパンを食べながら頷いた。今度は海斗が三人に聞く番だった。

 

「お前らはどうなん? 当日、なんか聞いてんの?」

「さぁ? うちは太刀川さんが隊長だからなぁ。唯我はどうなろうが知ったこっちゃないし」

「秀次、うちはどうすんの?」

「うちも同じだ。いつも通りに戦い、人型と当たれば俺と米屋で惹きつけつつ、奈良坂と古寺の一撃に繋げる」

「えー、せっかくの人型なんだぜ。もっと俺にも遊ばせろよ」

「……ふざけるな。せっかくの人型だ、確実に潰すに決まっている」

 

 へいへい、と米屋は軽く返事をする。白髪の人型近界民の件については納得した三輪だが、他の近界民まで許すつもりはない。今度こそ、人型を……もしかしたら自身の姉を殺したかもしれない相手が来ると知り、それなりに殺気を溜め込んでいる。

 そんな三輪に、出水が片眉を挙げた。

 

「何、人型も来んの?」

「あくまで予測だがな」

「ふーん……。ま、うちも太刀川さんがいれば何とかなると思うけど」

「人型かぁ。そういや、遊真以外の人型って俺初めてだわ」

 

 海斗が唐揚げを一つつまむ。

 

「近界民のトリガーってどんなんなの?」

「どうだろうな。それこそ国によって違うけど……」

「少なくとも、ボーダーのトリガーよりも性能は上だ」

 

 そもそも、ボーダーと近界民のトリガーでは方向性が違うわけだが、それでも無理矢理、性能を比べれば当然、ボーダーの方が技術力は低い。その分、と言ってはなんだが、近界民のトリガーに「緊急脱出」の安全装置は付けられていないわけだが。

 

「ふーん……黒トリガーじゃなくて?」

「ああ。そもそも、こちらは向こうの技術を真似てトリガーを作っている。向こうの方が性能が上であることは、ある意味では当たり前だ」

「なるほど……俺もワンオフ品とか欲しいわ。お前ら良いよな、A級なの」

「何言ってんだ。お前んとこの二宮隊は元A級だぞ」

「それ俺がいなかった時の話だし」

 

 そりゃそうか、と出水は小さく相槌を返す。しかし、三輪も出水も目の前のバカがA級になったらまずいんじゃないか、と思っている。例えば、レイガストとかスラスターパンチでしか使っていないのだから、ボクシングのグローブのような形にしてくれ、なんて言い出しそうで怖い。

 

「や、でもなんか楽しみになってきたわ。喧嘩の相手は強い方が燃えるからな」

「おい、海斗……」

「大丈夫だろ、三輪。こいつはなんだかんだ、こういう時が一番強ぇんだから」

 

 遊びじゃないんだぞ、と言おうとした三輪を、隣の米屋が軽く諌める。確かにそういう時もあるので、ここは何も口を挟まないでおいた。

 

「そういや、こういう大規模侵攻の時に休みの奴ってどうしてんの?」

「そりゃ、もちろん参戦するだろ。個人で」

「え、そうなの?」

「ああ。授業中なら早退じゃねーの。そもそも、ボーダー隊員以外は危険だから授業自体が中止になって避難するだろうし」

「マジで⁉︎」

 

 出水の台詞に、海斗が目を輝かせる。

 

「それは最高だな!」

「バカ言うな。民間人に死者を出すわけにはいかないんだぞ」

「大丈夫だろ。そのために俺らがいるんだし」

「……それは、そうだが」

「てか、そのために休みの隊員がいる説もあるよな。警戒区域外から出動すれば、民間人が襲われる前にボーダー隊員が駆けつけられるし」

 

 海斗らしからぬ発言に、三人とも意外そうな顔をするが、まぁ二宮隊にいればそのくらい思いついてもおかしくないので、黙っておいた。

 

「けど海斗、油断はするなよ。戦いなんて何が起こるか分かったものではないし、敵のトリガーの性能も不明だ」

「わーってるよ。てか、二宮さんが今回は俺に好き勝手やらせるつもりはないっぽいし、出来る範囲でおとなしくするっつーの」

「……なら良いが」

 

 そんな話をしていると、スマホが震えた。双葉からだった。

 

「お、誰から?」

 

 米屋が茶化すようにニヤニヤしながら聞いてくるのに対し、海斗は顔も上げずに答えた。

 

「弟子」

「なんだ、そっちか」

「残念だったな。小南からじゃなくて」

「お、何? もしかしてお前と小南ってやっぱなんかあんの?」

「紐なしバンジーがしたいのか?」

「それただの投身自殺!」

 

 ワーキャーワーキャー騒がしいバカどもを無視して画面を見ると、海斗は思わず半眼になった。

 

 黒江双葉『もうすぐ大規模侵攻と聞いたので、それに備えてまた指導して下さい』

 

 どうやら、双葉も大規模侵攻に備えたいようだ。まぁ、それくらいなら海斗としても悪い気はしない。もちろん、その後は小南に構ってやらなければならないわけだが、まぁ海斗も小南と一緒に居られるのは悪くないので、嫌な気はしないが。

 

「で、なんだって?」

「大規模侵攻に備えて相手してくれって」

「へぇー。大変だねぇ、お師匠さんも」

「茶化すなよ」

 

 正直、師匠と呼ばれるのが恥ずかしいからウィス様にしている節はある。カリン様と神様を飛ばしてしまったのには少し後悔していたが……まぁ、あんま後悔していない。別に別称だしなんでも良いやって思ってる。

 そんな米屋の横で、三輪がお茶を飲みながら言った。

 

「しかし、黒江はなかなか、良い腕をしているな」

「え? そ、そう?」

「ああ。正直、孤月使いの拳や蹴りが意味あるのかと思ったが、敵を崩すのが目的なら悪くない。……とはいえ、鉛弾を素手でガードした時は何をしているのかと思ったが」

「……え、何。三輪、あいつとランク戦したの?」

「挑まれたからな」

 

 マジか、と海斗は意外なものを見る目で空を見上げた。あいつが割と見境なくいろんな奴に挑んでいたとは。しかし、三輪を相手にするのは無謀ではないだろうか。

 

「ただ、剣技の方はまだ甘いな。一撃一撃に重みがない。孤月でそれは致命的だろう」

「あー、なるほど。それは俺は教えらんないからなぁ」

 

 正直、海斗はどんな武器でも直感的に自分の身体の一部のように扱えるのだが、その使い方はどれも正しいと言える扱いではない。少なくとも、孤月のお手本とも言える太刀川や村上とはかけ離れた扱い方をしている。

 

「……ま、そのための韋駄天なんだし、大丈夫だろ」

「まぁ、確かにそうだな。加古さんの援護があれば、重みなどいらないかもしれんしな」

 

 そんな話をしながら、四人で食事を続けた。

 

 ×××

 

「良いか、双葉。お前の剣には重みが足りない」

 

 まるで自分が気付きました、と言わんばかりに海斗は双葉にそう注意する。とても「大丈夫だろ」とか抜かした男のセリフとは思えない。

 

「そ、そうですか?」

「ああ。間違いない」

 

 確信をもって頷く海斗は、三輪からの助言だなんて言うつもりはカケラもない。そのままの勢いで説明した。

 

「そもそも、技の重みというのは重要だ。敵にダメージを与えられなくても姿勢が崩れれば、つぎの攻撃に繋がる」

「な、なるほど……」

「そもそも、孤月一つ取っても、力の入れやすい振り方ってものがあるからな。とりあえず、俺が得物を使って喧嘩する時は腕力よりも手首の振りが重要だったから……」

 

 そんな風にドヤ顔で、さりげなく会話で三輪から聞き出した孤月の扱いを自分で考えたように話している時だ。

 訓練室の扉が開いた。

 

「よう。海斗」

 

 顔を出したのは迅悠一。言わずもがなの実力派エリートだ。

 

「今日も双葉ちゃんと修行? 精が出るね」

「うるせーバーカ。引っ込めうんこたれ」

「なんでそんな邪険にするの……」

「お前から話しかけて来るときは大体、ろくな話じゃないって小南に聞いた」

「あいつ……まぁ、良いじゃん。ラーメン奢るから」

「双葉、小南に話通しとくからそっちに教わってくれる?」

 

 相変わらずちょろい男だった。しかも、教わる対象がよりにもよって小南とか、パッと思いついただけにも程がある。

 

「分かりました」

 

 しかし、双葉は割と二つ返事でオーケーしてくれた。まぁ、小南の武器もスコーピオンと違って重さと耐久があり、一撃に重さもあるため中々に適任ではある。これで感覚派でなければ良かったのだが……まぁ、そこは海斗は目を瞑った。

 で、海斗は迅とラーメンを食べに行く。嬉しくないデートだが、タダメシには変えられなかった。

 醤油ラーメンを注文し、麺をすすりながら迅に声を掛ける。

 

「美味いなこれ!」

「だろ? 俺のおすすめ」

「麺がもっちりしていて歯応えがあるし、スープは濃厚なのにあっさりしていて、具材であるネギやメンマの素材の味も活かされている……その上、テーブルに置いてあるワサビを入れると味ががらりと変わり酸味が口内に広がり、醤油ワサビの波紋が脳髄を刺激する……」

「お、おう……割と語彙力あるのな」

 

 ワサビを入れる醤油ラーメン、というのは中々珍しいが、それが見事に調和している〜なんて頭の中で繰り返す。

 アッサリしているためいくらでも食べられるからか、すぐに食べ終えてしまった。箸を置き、ふぅ……と一息ついた海斗は、水を一口飲んで口の周りを拭いた。

 

「うし、ごっそさん。じゃ、俺明日も学校だから」

「おい待て。何のために呼んだと思ってるの」

「……ラーメン奢ってくれるんじゃなかったの?」

「なわけあるか! 話を聞けよ!」

 

 当然である。まぁ、海斗もそこまでは分かっていたので、からかっていた節はあるが。

 

「で、何の用?」

「ああ。いや、つまんない話だよ」

「なら帰」

「待て待て。いいから話聞けって」

「えー……だって、俺この後、小南と」

「すみませーん、餃子一皿お願いします!」

 

 奢りを使ってまで引き止められたので、仕方なく席に戻る。

 

「で、何?」

「いや何、小南とはどうなのかなーって」

「は?」

「だから、小南とは仲良くやってんの?」

「てめええええ‼︎ わざわざ呼び出しておいて何の話だコラアアアア⁉︎」

「いやー気になったから……なはは」

 

 ケタケタと笑う迅に一瞬、ブチギレかけた海斗だが、迅の発している色は何か他に含みがある。言いたいことは別にあるようだ。

 

「それに、小南が毎日のようにお前との話をして来るから、仲良くやってるんだなって」

「要件を言え。何が言いてえんだお前は」

「いや、本当にそれだけだよ。前から明るい奴だったけど、お前と関わるようになってから更に楽しそうにしてるって事」

「それを俺に言ってどうすんの。『ちょっ、やだもうっ! そんな褒めても何も出ないんだからね!』って言えば良いの?」

「なんでそんな小南の真似が上手いの……」

 

 そこをツッコミつつ、迅はあくまで遠回しに言葉を選ぶ。要するに「次の大規模侵攻では無理はするな」と言いたいわけだ。二宮に一応、ちゃんと見ておくように伝えておいたわけだが、何せ目の前の男は特上のバカなだけあって何をするか予測できない。迅がついていれば何とかなるが、他にも守らなければならないことがあるため、海斗につきっきりになってるわけにはいかなかった。

 

「そうじゃなくてな? お前がいなくなったら、小南は悲しむだろ。それだけ頭に入れておけってこと」

「はぁ? 急に何の……」

 

 話だよ、と続けようとしたところで、海斗はハッとした表情になる。それを見て、迅は小さくため息をついた。鈍い奴はこれだから手間がかかる。まぁ、でもこの程度の労力で無理はせず、死ぬようなことがなければ安いものだ。

 いつのまにか運ばれてきていた餃子をつまんでいると、目の前の海斗は突然、机を叩いて立ち上がった。

 

「おい、まさかお前……俺が双葉と浮気する未来でも見えたって言いたいのか⁉︎」

「……は?」

「ありえないからな! 何度も言うが、俺はロリコンじゃない!」

「……」

 

 何も分かっていない。しかし、これ以上に明確なヒントを言えば本人に何が言いたいか分かってしまう。海斗に死ぬかもしれないことを教えれば、ほぼ間違いなく悪い方向に向かうのは目に見えていた。

 

「……まぁ、とにかく無理はするなよ」

「いやいや、小南と付き合うのは無理じゃないから」

 

 目の前のバカに対し、本人は一切、あてにならないことを察した迅は、とりあえず自分と二宮だけでなんとかするしかない事を悟った。

 

 



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一人で勝ち残れる戦場はゲームの中だけ。
バカの動きは何処までも読めない。


「あー、暇……。なんだよ、待機任務って」

 

 二宮隊作戦室で、海斗は椅子に座ってのんびりしていた。周りに揃っているのは二宮隊の面々。何故か、普段の防衛任務やランク戦の時と違って全員が険しい表情を浮かべている。

 何かあったのだろうか? しかし、聞いても答えてくれない。「なんでもない」とか「集中しろ」とか「勉強しろ」とかしか言われない。最後のは絶対に余計だ。

 真面目な雰囲気があまり得意ではない海斗としては、正直言っていづらかった。そのため、席を立ってみたわけだが……。

 

「何処へ行く、陰山」

「え、や、三輪隊か太刀川隊に遊びに行こうかなーと」

「ダメだ。ここにいろ」

「……うっす」

 

 この通り、二宮に止められてしまう。戦闘員ではない氷見ですら険しい表情を浮かべていた。この空気が数日前から続いていた。

 とりあえず、この空気をなんとかしたい。緩くするために、まずは同い年で同性の奴に声をかけた。

 

「辻ー、シャドバやらん?」

「やらない」

 

 次はノリの良い奴。

 

「犬飼は?」

「やらない」

 

 なりふり構っていられない。

 

「氷見はやるよな?」

「やってない」

 

 念の為、一応。

 

「二宮さんはー?」

「……」

「はい、すみません」

 

 空気が重かった。しかし、海斗に心当たりは無……や、心当たりはある。風間の頭に肘を置いたり、小南を騙して遊んだり、三輪とBLEACHの技をどう再現するか研究したりと、割とやりたい放題だ。

 でも、どれもここまで空気が重くなるほどではないはずだ。というか、二宮と氷見が怒り、犬飼が笑い、辻が呆れるというのが、普段の二宮隊の流れだ。

 

「……え、A○EXでもやろうかなあ……」

 

 気まず過ぎて独り言を呟いてみたものの、誰も反応しない。まさか二宮隊が大規模侵攻だからってピリピリするとも思えない。

 とりあえず、ゲームを始めた。やろうかなあって言っちゃったし。そんな海斗に対し、二宮が声を掛けた。

 

「陰山、小南とはどうなんだ?」

「は、はい?」

「連絡とかとってるのか?」

 

 いきなり何の話だろう、と海斗は小首をひねる。

 

「なんでですか?」

「いや、最近は防衛任務が続いて会えてなかっただろう。自然消滅のようになってなければ良いと思っただけだ」

 

 いや、シフト入れてるの二宮さんなんですけどね、と言いかけてしまったが、そのシフトも自分の給料のためなので何も言えない。

 

「まぁ、たまにですね。なんか毎日、L○NEするカップルって別れるの早いらしいんで」

「……そうか」

 

 目を閉じて、何か納得したように頷く二宮。一体何なのか、感情の色を読んでも「何か心配している」ということだけしか分からなく、むしろ余計に何が言いたいのか理解できなかった。

 しかし、尊敬している二宮さんの心配だ。理解してやらなければならない。顎に手を当て、二宮のセリフから何に心配しているかを考える。

 小南関係……連絡を取っている……心配事……頭の中でこの三つのワードを繰り返した後、一つの答えにたどり着いた。

 

「いくら二宮さんでも小南は渡しませんからね⁉︎」

「プフッ……!」

「……犬飼、お前今笑ったか?」

 

 問い詰めると、無言で首を振る犬飼。しかし、周りにいる氷見と辻も笑いを堪えていたので手遅れだった。それらをジロリと見た二宮は、三人に低い声で告げる。

 

「お前ら、覚えてろよ」

「「「……」」」

 

 三人が額に手を当てる中、二宮は無視して、面倒臭いのでストレートに言いたいことを言っておくことにした。

 

「これから10日間、忙しくなる。今のうちに連絡くらいしておいたらどうだ?」

「いやー、平気でしょ。大規模侵攻ってことはほとんど全部隊出るんですよね? なら、その場で会えるでしょうし……」

「そうとは限らない。被害地が広がれば、それだけ部隊も分散せざるを得ないのだからな」

 

 なるほど、と海斗は腕を組む。確かに、これからはろくに連絡も取れなくなるかもしれない。二宮隊とかずっとシフト入ってるし。

 納得した海斗は、二宮に声を掛けた。

 

「じゃあ、電話しても良いですか?」

「好きにしろ」

「うっす」

 

 仕方なくスマホを取り出し、その場で電話をかけた。勿論、全員が「廊下でしろよ」と思ったのは言うまでもない。

 

「もしもし、小南?」

『っ、な、何よ。急に電話なんて……』

「や、声聞きてーなって」

 

 夫婦か、と全員が思ったのは言うまでもない。

 

『こ、声って……そんな、旦那が出張中の夫婦みたいな……!』

「あ? 夫婦ってそういうもんなの?」

『し、知らないけど……』

 

 心の声が聞こえたのかと、周りの二宮隊のメンバーはビクッと肩を震わせたが、小南が同じことを言ったのだとすぐに理解した。

 

「そういやさ、小南。お前今日は今どこにいんの? 任務?」

『アタシはオフ。学校よ』

「ふーん……その割に周りから声聞こえてこねーな」

『あ、あー……それは……』

 

 何故かそこで歯切れの悪くなる小南。しかし、電話の向こうではサイドエフェクトは使えないため、何が言いたいのか分からない。

 超がつくほど鈍感なバカは、どう理解したのか割と心配そうな顔で聞いた。

 

「え、もしかしていじめられてんの? 何人消せば良い?」

『違うわよ! 今日は一人で食べてるの!』

「じゃあ友達いないの? 那須に友達になってくれるよう頼もうか? 話したことないけど」

『だから違うっての!』

「じゃあ、男性職員からのセクハラか? キ○タマ捥いでやろうか?」

『あーもうっ、うるっさいわね! 良いから聞きなさいよ‼︎』

 

 あまりの大声のツッコミに小南の声でさえ聞こえてきていた四人は「キ○タマはスルーなのか……」と小南にすら呆れていた。

 その直後、何となく面白そうな気配を感じ取った海斗は、耳からスマホを話し、スピーカーボタンを押して机に置いた。

 

『アタシもあんたの声が聞きたくて電話しようと一人になってただけよー‼︎』

 

 よー! よー……! よー…………! ……っと、作戦室に声がこだましている。ような気がする。つまり、してはないが。

 しばらく、静寂が支配する。二宮隊の面々からしたら盛大な惚気だし、小南からしたら最高の公開処刑だし、小南が一人でいる屋上の入り口の階段の下を通りかかった生徒からしたらスクープだ。

 やがて、まず発声したのは氷見だった。頬を赤く染めて、口元に両手を添えて呟く。

 

「……ひゃあー……こ、小南可愛い〜……」

『⁉︎』

 

 その台詞に、当然電話の向こうの小南は狼狽えてしまう。

 

『ちょっ、あ、あんっ……か、海斗っ……あんた何処で電話してんの⁉︎』

「うちの作戦室だよー、小南ちゃーん」

『犬飼先輩までぇえ⁉︎』

 

 絶望的な悲鳴を上げる小南。辻は顔を赤くして目を逸らし、二宮は興味なさそうに冷蔵庫のジンジャエールをコップに注ぐ。

 

「いやー、ベタ惚れだね小南ちゃん。そんなにうちの陰山くんが大好き?」

『ち、違うわよ! や、違くないけど……うう〜!』

「照れなくて良いのよ、小南。普通に可愛かったから」

『そういうこと言うから照れるのよ!』

 

 うう〜……と、恥ずかしそうな唸り声が聞こえて来る。そんな中、ふと小南が異変に気付いた。普段、必ずからかって来る奴が余りに静かだ。

 

『っ、そ、そうよ! バ海斗は⁉︎ あんた何してくれてるのよ⁉︎』

「あ、そうね。陰山くんは……」

 

 あ、と今度は氷見が声を漏らす番だった。椅子の背もたれに全てを預けた海斗の目は白目を剥き、舌をベローンと口から漏らしていた。

 その普通じゃない様子に、犬飼と二宮も顔を向ける。辻が海斗の口と鼻の前に手を当てた後、胸に耳を近付けた。

 しばらく経った後、辻は二宮と犬飼と氷見に顔を向け、首を横に振った。

 

「……死んでる」

「「「ええええっ⁉︎」」」

『ええええっ⁉︎』

 

 電話の向こうとその場にいる3人……二宮までもが驚いたような声を上げた。

 

「ちょっ、オイ。待て待て。まだ俺達、離れてもないぞ。どういうことだ?」

「さぁ……しかし、おそらく尊死というものかと……」

「あー……小南ちゃんの反応が可愛すぎたんだ」

『アタシの所為なの⁉︎』

 

 電話の向こうからさらに悲痛な声が聞こえる。

 

『ていうか大丈夫なの⁉︎ 息してないの⁉︎』

「してない」

「おい、冗談じゃないぞ……! 大規模侵攻に備えて待機中だってのに……!」

「迅さんは私達が離れなければ死なないって言ってたんですよね?」

『死ぬ⁉︎ 死ぬってどういう事⁉︎』

「馬鹿、氷見……!」

「……あっ」

『ちょっ……だれか詳しく……!』

 

 そんな現場が混乱し始めた時だ。スピーカーから警報が鳴り響いた。

 

『門発生、門発生。待機中の隊員は戦闘準備をして下さい』

 

 最悪のタイミングに、全員が黙り込むしかなかった。

 

 ×××

 

 三雲修は中学の屋上で、遊真と千佳と夏目出穂とお昼を食べている最中だった。千佳が最初に気づき、遅れて顔を上げた頃には警戒区域に無数の黒い穴が出現していた。

 

「……空閑、これは……!」

「ああ。はじまったっぽいな」

 

 そうと分かれば、修はすぐに周りにいるボーダー隊員に指示を下した。

 

「千佳、お前はみんなと一緒に避難しろ。必要な時は迷わずトリガーを使え」

「うん、分かった」

「夏目さん、千佳のことを頼む」

「了解っす。メガネ先輩」

 

 C級隊員である彼女達に、自ら戦線へ足を運べなどとは言えない。訓練生の上に緊急脱出機能のないトリガーを武器に戦わせるわけにもいかない。

 そして、最後の一人……C級隊員でも例外と呼べる男に声を掛けた。

 

「空閑。一緒に来てくれ」

「そうこなくっちゃ」

 

 ニヤリと微笑み、拳を自分の手のひらに叩き付けた。海斗と小南という感覚派武闘派不器用派と三拍子揃ったダメ師匠を持つ遊真は、スコーピオン一本でも充分に戦える。

 修と共にトリガーを起動し、警戒区域に顔を向けた。

 

 ×××

 

 本部より南西部。大型トリオン兵バムスターの正面に斬撃が入る。頭から中の目玉を一気に斬り開かれ、ズズンと地面に横たわる。

 その正面に降りたのは、村上鋼。ボーダーで五本指に入るアタッカーである。

 

「鈴鳴第一現着! 戦闘開始!」

 

 そう報告をするのは隊長の来馬だ。目の前の頼りになる自分の隊のエースに対し、微笑みながら声をかける。

 

「ノってるね、鋼」

「……そうですね。海斗に負けていられませんから」

 

 村上は、同期である海斗をライバルだと思っているし、海斗も差が徐々に縮まってきている村上に対し、気を抜けなくなってきていた。今日も、任務とは別に討伐数で海斗と競えれば、と思っていた。

 

「でも、無理はしないようにね」

「はい。あくまでも任務は街の防衛ですから」

『俺のことも防衛して下さいね、村上先輩!』

『自分の身は自分で守りなさいよ』

『そんな⁉︎ 今先輩⁉︎』

 

 そんな隊員の微笑ましいやり取りに、来馬は小さく微笑むと、痺れを切らしたかのようにトリオン兵達が動き出した。

 それを見据えて、来馬は三人に優しく声をかける。

 

「よし、じゃあいこうか」

「了解」

『『了解!』』

 

 隊員達の声が重なり、トリオン兵達に向かって行った。

 

 ×××

 

 南部では、東がバンダーの頭をアイビスで吹っ飛ばした。その後に横に並ぶ小荒井と奥寺は、ゆっくりと孤月を抜き、敵を見据える。

 

「東隊現着。攻撃を開始する」

 

 静かに東がそう告げた時、両隣から二人のアタッカーが飛び出し、正面にいるモールモッドに襲い掛かる。

 小荒井と奥寺の連携は風間隊に次ぐコンビネーションを誇る。瞬殺し、次の獲物に襲いかかる。

 その様子を見て、東はあの二人の成長を良く実感していた。陰山が自分の隊に来るかも、という話は聞いていて、二人にも話した。

 しかし、二人はそれを断った。理由は三つあり、一つは単純に怖いから、もう一つはパシらされそうだからだった。いやそれ一つでも良くね? と思った東だったが、それはスルーして最後の理由を聞いた。

 

『あの人に加入して貰えば、俺らのチームは強くなるかもしれません』

『でも、俺達が成長するわけじゃないと思うんです』

 

 だから、お断りしたいです。それを聞いて、東は小さく頷いた。その後のランク戦では、確かに二人は成長を見せ、未だに上位チームに留まることができている。

 ならば、自分は全力でその2人をサポートするのみだ。

 

「よし、次に行くぞ。二人とも」

『『了解』』

 

 隊長として指示を出し、二人は小さく頷いた。

 

 ×××

 

 東部では、風間隊がトリオン兵を撃破して行っていた。そもそも、隊員一人一人のレベルが高い風間隊は、そこらの雑魚を相手に、使うだけでトリオンを消費するステルス戦法など使う必要もない。それぞれが敵をなぎ倒していた。

 正確に言えば、一人だけ機嫌の悪い男がいるわけだが。

 

「……チッ、あいつめ」

 

 いつもいつも、自分のことを小馬鹿にする、ボーダー1のバカが気に食わなかった。別に身長をいじられるのは構わない。気にしていないし、実際、自分でも小さいと思うし。

 気に食わないのは、年下……しかも、バカにバカにされることだ。というか、海斗にバカにされることだ。

 とはいえ、それは目の前の敵には関係ない。菊地原と歌川に指示を送りつつ、敵を排除し続けた。

 

『機嫌悪いですね、風間さん』

「当たり前だ」

 

 最近は特に、小南と付き合い始めて上機嫌な海斗が鬱陶しい。毎日のように「え、風間って彼女できたことないの? それとも相手にしてもらえないの?」と煽りよる。振られちまえ、と思う程度にはウザかった。

 何より気に食わないのは、そんな奴のお陰で自分の実力がさらに上がってきたことだ。瞬間的にブレードを出すだとか、あの小賢しい喧嘩拳法と、トリガー以外の攻撃を使う発想で、さらに実力を伸ばした。

 だからこそ、気にくわない。自分も奴の実力を伸ばした自覚はあるが、自身も奴によって伸ばされていたという事実が。それと、やっぱり調子に乗ってチョッカイ出してくるバカが。

 

『でも、チョッカイ出して来るってことは、やっぱり風間さんの事好きなんですよ』

「……気持ち悪いことを言うな。それより集中しろ」

 

 特に、あの黒トリガー使いの近界民のお目付役とやらである黒い炊飯器によれば、今回の敵は厄介らしい。

 何か迅と二宮がコソコソと話していたが、バカ関係だろうか? まぁ、あの二人が何かしているなら問題ないだろう。後でキチンと制裁を加えられる。

 

「……三上、次の敵の位置を教えろ」

『了解』

 

 とりあえず、今はバカのことは忘れて仕事を進めなければならない。菊地原と歌川と共に、トリオン兵を駆除し続けた。

 

 ×××

 

 各戦地は、激しさを増していた。ボーダー側はあっさりとトリオン兵を排除していったが、無数と表現しても過言ではないトリオン兵達も各地に広がり、休む暇を与えない。

 そんな中、二宮隊の作戦室では。

 

「おい、どうする。こいつ全然起きないぞ」

「小南の声じゃ眠りが深くなるだけだし……!」

「忍田さんに怒られますよね、これ」

「俺と辻ちゃんだけ先に出ましょうか?」

『ちょっと! 死ぬってどういうことよ⁉︎』

「氷見、電話を切れ」

「了解」

「……あっ、そうだ。黒江さんに声を掛けてもらうというのはどうです?」

「それだ! 電話しよう」

『ちょっ、死ぬって……』

 

 バカの所為で大きく出遅れていた。

 

 



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戦いは基本的に後出しジャンケン。

 例え量が多くても、普段から防衛任務をこなしている隊員であれば、徐々に慣れて来るものだ。それはB級隊員でも同じであり、上位ともなればA級予備軍とまで呼ばれる実力を持つ彼らなら、すぐに対応してみせた。

 一匹ずつトリオン兵を捌き、確実に自分達の周りから敵を逃さないように仕事を続けた。

 その辺、一帯の最期の一匹を切り刻んだ奥寺と小荒井は、隊長である東に報告した。

 

「東さん、最後の一匹が片付きました」

「よし、じゃあ他の隊の加勢に行くぞ」

 

 そう指示をした直後だ。背後で既に骸と化していたはずのバムスターから、バキリと何かを割るような音が耳に響く。

 そのあとは徐々にバキバキッと連鎖的に響き渡り、やがて大きな穴を作った。そこから姿を現したのは、今まで東でも見たことのなかったトリオン兵だ。

 ウサギのような耳、太い腕、比較的小型かつ人の形をしている。一つだけ分かるのは、かなり不気味な雰囲気を纏っていたことだ。

 

「こいつもトリオン兵か?」

「初めて見るカタチしてんな……!」

 

 未知のトリオン兵を前にしても、中々に冷静な部下達だったが、東としてはあまり好ましくない。こちらが動かないからか向こうも動かないが、睨めっこしている場合ではないし、そもそも間合いが近すぎる。新型なだけあって何をして来るかわかんないのも厄介だ。

 すると、他の箇所から新手の群れか、衝撃音が他所から聞こえる。

 しかし、何をして来るか分からないバカなら、ボーダーにも一人存在した。運の良い事に、ランク戦で幾度となくぶつかった相手でもある。

 

「奥寺、小荒井。引き気味に戦るぞ。何者か分からないが、周りは気にせずこいつ一人に集中した方が良さそうだ」

「「了解!」」

 

 返事をしながら、3人揃って退がろうとした直後、一気に新型は距離を詰め、右腕を一番近くの奥寺に向かって行った。

 

「!」

「奥寺……!」

「小荒井、動くな」

 

 姿を消していない状況で撃つのは好ましくないが、この際仕方ない。奥寺と小荒井の間を抜けてアイビスが新型に向かう。

 直撃したはずだが、分厚い腕に弾がはじかれる。

 

(アイビスを弾いただと……⁉︎)

 

 とはいえ、多少でも動きが止まったため、奥寺は殴打を回避することが出来た。

 

「すみません、東さん」

「気にするな。それよりも目の前の奴に集中しろ」

 

 ほんの一瞬だったが、数メートルほどしか離れていなかったとはいえ、こちらの動き出しの方が早かったのに一瞬で距離を詰められた辺り、かなり素早い身のこなしだ。その上、アイビスを弾く装甲を持っている。おそらく、パワーも相当なもののはずだ。

 本部にすぐに報告しようとした直後だ。本部から先に報告がきた。

 

『こちら本部、各地の隊員へ。新型トリオン兵の存在を確認。サイズは3メートル強、人に近い形態、戦闘力は頭部から電撃、ショットガントリガーのアステロイドを受けても無傷の装甲。特徴として隊員を捕らえようとする動きがあり、諏訪が捕らえられた。以上』

「忍田さん、こちら東。アステロイドどころか、奴はアイビスも弾く」

『アイビスも……⁉︎ 了解!』

「ひぃ、た、隊員を捕らえる……?」

 

 小荒井がぶるりと身体を震わせる。捕らえられたらどうなるのだろうか? その後に新型が撃破されれば大丈夫なのだろうが、それも敵わなかったら? 考えれば考えるほど恐ろしい。奥寺も同じことを思ったようで、額に汗を浮かべている。

 

「落ち着け、二人とも」

 

 そんな中、二人の後ろから東が声をかける。その声に、2人ともハッと意識を取り戻した。

 

「目の前の人型を見ろ」

「……」

「……」

 

 無機質な目がジロリとこちらを見ている。無感情に攻撃して来る敵というのも、これ以上にない程怖い。その上、殺されるのではなく近界民の世界に連れて行かれてしまうのだ。両親とも、友達とも会えなくなる。

 青ざめる二人に、続いて東がさらに聞いた。

 

「アレと陰山、どちらが怖い?」

「「ぶふっ……!」」

 

 思わず吹き出してしまった。あのアタッカーの中でもトップクラスの実力を持ち、感情の色を読めるとかいうアニメではサイコキラーが持ってそうな能力、アタッカーの癖にアイビスを持ち、何処からでも壁抜きをぶっ放せる「見つけたら絶対殺すマン」の称号、B級ランク戦では毎度毎度の影浦との死闘の結果、二人の戦闘の半径20メートル以内の隊員は巻き込まれる事があるため「アレは最早自然災害」「ステージトラップ」「竜巻」とまで言われている、ある意味では二宮レベルで恐ろしい男の1人だ。

 そんな先輩と、所詮はプログラム通りに動くトリオン兵……そんなの、比較するまでもない。

 

「「……陰山先輩です!」」

「なら、まずは冷静になれ。怖がるな、とは言わん。適度な恐怖心は必要だ。しかし、必要以上に恐れることはない。忍田さんからの指示にもよるが、それが出るまではいつも通りやるぞ」

「「了解……!」」

 

 返事をした直後、さらに距離を詰めて来るラービットを相手に、奥寺と小荒井は孤月を構えて向かって行った。

 

 ×××

 

 本部より東、風間隊。菊地原に新型トリオン兵「ラービット」の拳が直撃し、後方に大きく殴り飛ばされる。

 それに追撃しようとラービットが動き出した直後、両耳が微妙に反応した。風間と歌川のステルス攻撃に反応し、弱点の口の中を閉じて一閃を防いだ。

 瓦礫の中から身体をパンパンと払いながら菊地原が2人に憎まれ口を叩く。

 

「もー、何やってんですか。一撃で決めてくださいよ」

「隠密攻撃に反応されたか。こいつも耳がレーダーっぽいですね。ワイヤーを使いますか?」

「いや、そこまでするほどの相手ではない。菊地原、装甲が厚いのはどこだ」

「特に厚いのは両腕、あとは頭と背中ですね」

「なら、まずは耳、その後に足、最後に腹をバラしていく」

「「了解」」

 

 そう返事をし、ラービットの動きをうかがう。今度は向こうから攻めて来ることはなかった。囮戦法を使い、隠密フィニッシュを決める風間隊の動きを学習しているのかもしれない。

 それならば、今度はこちらから攻めるまでだ。歌川がメテオラをラービットの足元に放ち、砂煙を立ち上げる。まず、耳よりも敏感な目を潰すと、三上から視覚支援をもらい、煙の中に突入した。

 風間と菊地原がラービットを囲んで、両腕の動きを封じつつ引き気味に立ち回る。その直後、ラービットは両腕を地面に振り下ろした。さっきと同じパターンだ。

 それによってコンクリートの地面が隕石が落下したように大きくサークル状に割れ、砂煙が晴らされてしまう。

 さっきと同じように、今度は歌川に拳を繰り出そうとした。今度は、拳を繰り出される前に菊地原が動いた。足を狙うよう、低姿勢になって一気に掻い潜るが、それも学習されていた。

 周りを薙ぎ払うように両腕の裏拳を振り回して一回転する。それを菊地原と歌川が後方に跳んだのと、風間がラービットの耳をステルスから一気に切断するのが同時だった。

 

「今度は一回で決めたぞ、菊地原」

「……聞こえてました?」

「次は足ですね」

「行くぞ」

 

 新型を前にしても、風間隊は慌てる様子を見せないどころか完全に平常運転だ。

 A級三位部隊の名は伊達ではない。元より遠征メンバーは黒トリガーに対抗できると判断された部隊、どんな新型が出て来ようと、彼らが負ける要素などまるで無かった。

 

 ×××

 

 某所、修と遊真は二人で大量のトリオン兵を相手に奮闘していた。そんな修の横で、黒豆サイズのレプリカが静かに告げる。

 

『数が多すぎるな。ここは退いた方が良い』

「でも、ここを通したら千佳達が……!」

『忍田本部長から、B級隊員は全部隊合同で避難の進んでいない地区から一箇所ずつ回っていくそうだ』

「そんな……!」

 

 それはつまり、避難の進んでいる地区は後回しになるということだ。現在、一番進んでいるのは千佳がいる地区だ。完全に修のしたことが裏目に出てしまった。

 多分、忍田の判断は正しいのだろう。自分の師匠である烏丸も、その判断に従い、部隊の合流を優先するだろう。逆にもう一人のウィス様なら、その指示などガン無視して、一人でここのトリオン兵を一掃しそうだ。例え、新型がいたとしても。

 

「っ……!」

 

 どうするべきか悩んでいる時だ。近くのビルから轟音が聞こえる。ラービットが姿を現した。

 

「新型……!」

 

 修をターゲット決めたラービットは、一気に飛び降りて拳を叩き付ける。それに対し、修はレイガストのシールドモードで対応した。

 拳は黄色い薄い壁に阻まれる。しかし、勢いまでは相殺し切れない。修の立っていた地面が沈み込んだ。二発目はマズイ。

 そう判断した修はレイガストに穴を開けた。

 

「アステロイド!」

 

 大玉の一発がそこから放たれる。しかし、反対側の腕で弾かれると共に二発目の準備に入られた。まさに攻防一体、厄介なことこの上ない相手だ。

 

「『強』印」

 

 横から聞き慣れた落ち着いた声が聞こえる。

 

「五重」

 

 ラービットの身体をガードした片腕ごと持ち上げて蹴り飛ばした。さっきまでとは違い、宇宙服のような戦闘体に身を包んだ遊真が修の横に立つ。

 

「うおっ、かってーなこいつ」

「空閑! 黒トリガーは使うなって言っただろ!」

「でも、このままじゃチカがやばいんだろ?」

「……!」

「出し惜しみしてる場合じゃない、一気に片付けるぞ」

 

 そう言って、追撃しようとした直後だ。銃声と共に降り注いだ弾丸が遊真に襲い掛かる。

 

「⁉︎」

「命中した! やっぱこいつボーダーじゃねーぞ!」

「本部、こちら茶野隊! 人型近界民と交戦中!」

「そこのメガネ、さっさと逃げろ!」

 

 ハンドガンを構えた少年二人が銃口を向けていた。修が弁解しようとした直後、二人の少年の横からゆらりとラービットが立ち上がる。

 

「そいつを蜂の巣にして……」

「! スラスター!」

 

 それが視界に入った修が、レイガストを投擲した。茶野隊の2人を巻き込んで、シールドモードのレイガストが後方に飛ぶ。

 

「なっ……⁉︎」

 

 裏切られた? と思ったのもつかの間、間一髪、2人が立っていた所にラービットの腕が降り注ぐ。

 さらに、そのラービットにアステロイドが大量に降り注いだ。絶え間なく、雨のように注がれる弾丸は、元々ダメージを受けていた頭部の外殻を砕き、中の目玉に穴を空けた。

 それにより、トリオンを噴き出して地面に横たわる。

 

「目標沈黙!」

「あ、嵐山さん!」

 

 嵐山隊が佐鳥を除いて揃って立っていた。レイガストから解放された茶野隊の二人が、嵐山に声を掛ける。

 

「あ、嵐山さん! 人型近界民が……!」

「落ち着け。彼は味方だ」

「え……⁉︎」

 

 そう諭してから、本部に声をかける。

 

「本部! こちら嵐山隊! 新型を一体排除した!」

『……っ!』

「……本部?」

 

 しかし、応答がない。いや、正確に言えば何か聞こえて来るがノイズが酷くて何を言っているのかわからなかった。

 反射的に本部の方に振り返ると、爆撃型トリオン兵イルガーが自爆モードで本部に突っ込もうとしていた。

 

「あれは……!」

 

 木虎が声を漏らした直後、本部で大きな爆発が起こった。

 

 ×××

 

 ズズン……と、内部にも大きな衝撃が響き渡る。それによって、作戦室の面々は一度、動きを止めた。

 

「なんだ?」

「本部にこの前の爆撃型が突っ込んで来たそうです」

「直接攻撃を仕掛けてきたのか」

 

 二宮は奥歯を噛みしめる。他にも新型のラービットなどが表で暴れているらしいし、本格的にこんな所で遊んでいる場合ではない。

 そんな時だ。ようやくバカの声が聞こえた。

 

「うおっ……揺れたな……。地震?」

「……寝過ぎだぞ、バカめ」

 

 ようやく目を覚ました。本当に死んだかと思った二宮としては、ホッと胸をなでおろす他ない。犬飼と辻も同様だった。

 

「何があったんですか? 俺、気絶してました?」

「大規模侵攻が始まった。もう一時間以上、外では戦闘が続いているぞ」

「あらら。それはすんません」

「ま、楽できたって言えば、楽できたんだけどね」

「そういう問題ではないでしょう」

 

 犬飼が隣からケタケタ笑うと、辻がツッコミを入れる。

 それにより、二宮はとりあえず忍田に報告した。

 

「忍田さん、ようやく陰山が目を覚ましました」

『やっとか』

「自分達もB級合同に参戦しますか?」

『いや、遅れた分は働いてもらう。二宮隊は単独で新型の相手だ。基地南部の敵を片付けろ』

「了解しました」

 

 返事をすると、そこで通信を切る。さて、ようやく出動だ。

 

 ×××

 

 B級合同のうち、合同できた部隊の中央で影浦が報告を聞いて声を漏らした。

 

「アア⁉︎ 二宮隊は別行動だァ⁉︎」

 

 言ってしまえば、B級と一口に言ってもその中での実力はムラが多すぎる。影浦や弓場、二宮、生駒、東といった単品の実力はA級並みである隊員もいれば、A級隊員レベルなら一人を相手に全滅させられてしまうかもしれない部隊もいる。

 しかし、影浦の不満はそこではなかった。ただ単純に……。

 

「チッ、あのバカがくりゃ、新型討伐数勝負でなんか奢らせようとしてたのによ」

「残念そうだね、カゲ」

「ああ? なわけあるか。いないならいないで清々するわボケ」

 

 隣の北添にチャチャを入れられ、舌打ちと共にそう返す。そんな二人の耳元に、柿崎の声が届く。

 

『オイ、カゲ! くっちゃべってる暇があんならこっちの新型手伝え!』

「ちっ、了解。ザキさん」

 

 ボーダー内でも、人当たりの良い柿崎に対し、流石に「うるせーバカ。テメェでなんとかしろこの野郎」とは言えなかった。そもそも、ラービットと張り合えるB級隊員は上位のエースしかいない。

 短く了承した影浦は、マップに写っているラービットの元へ向かう。この新型は確かに手強いが、影浦からすれば大した相手ではない。じっくりやれば倒せるし、部隊が揃っていればもっと楽に倒せる。

 とりあえず、柿崎が相手をしているラービットの前に立った。

 

「お待たせっす、ザキさん」

「やっと来たか!」

 

 他のB級隊員も次々に集まって来ているし、東の合流が済めばもっと楽に仕事が終わるだろう。

 せっかくの大規模侵攻なのだから、もっと面白い奴と戦り合いたい、そう思いつつ、とりあえず新型との交戦を始めた。

 

 ×××

 

 出水と米屋は走っていた。学校での昼飯を中断し、急ぎ足でトリオン兵を駆除しながら本部に向かっている。

 

「『変化弾』+『炸裂弾』」

 

 両手のトリオンキューブを、正面で混ぜ合わせる。

 

「『変化炸裂弾』」

 

 16分割されたトリオンキューブが、全て発射される。同じ方向に向かい、一番端の1発が正面のモールモッドの目を貫くと、残りの15発は方向を変えて別の獲物に襲い掛かる。

 一発ずつ、まるで各駅停車のバスがバス停を経由していくようにトリオン兵の目玉を撃ち抜きながら、最後の一発が消えるまで一六匹の敵を薙ぎ払った。

 その出水の背後から、モールモッドが襲いかかるが、それを米屋が飛び蹴りで弾きとばし、崩れた所を槍の投擲によって目玉をブチ抜く。

 倒したモールモッドの上に着地すると、槍を目玉から引き抜いて、頭上で振り回しながら次の敵に向ける。

 

「おい、背中がお留守だぜ弾バカ」

「るせー、お前がいたのが分かってたんだよ、槍バカ。おら、崩すぞ」

「はいよ」

 

 今度はハウンドを使った。自動で敵を追尾する弾で当たりどころよりも崩しをメインに使い、足元や体勢を傾かせる。

 警戒区域内であれば、わざわざハウンドを細かく分割などしなくても、メテオラで建物を瓦礫に変えて隙を作れるのだが、普通の住宅街ではそうも行かない。

 

「オラァ! 旋空孤月!」

 

 崩れた敵を一掃するように、真横に孤月を振り抜いた。正面にいた敵がほぼ全て真っ二つに割れ、トリオン兵達は一斉に動かなくなる。しかし、その後ろからさらにワラワラと湧いて出て来た。

 

「やれやれ……キリがねえな」

「それな。せめてもう一人二人いてくれりゃ……」

「二人とも動くな」

 

 直後、後ろから2人の間を抜けて弾丸が通る。それらが、正面のバムスターの口を穿った。

 後ろを見ると、三輪秀次が歩いて来ていた。

 

「俺を置いて行くとはどういう了見だ、お前ら」

「あー……悪い」

「クラス違ったし、走ってりゃ合流出来ると思ってたからな」

 

 三輪隊も太刀川隊も今日はオフだったが、大規模侵攻ともなれば休んでなどいられない。なんであれ、頼もしい援軍である事には間違いない。

 二人を見て、三輪があと一人足りないことに気づいて聞いた。

 

「海斗はどうした?」

「あいつは本部で待機だ」

「ここ最近、二宮隊は毎日入ってるよな」

 

 それを聞いて、三輪の表情は少し曇る。二宮は真面目な性格であり、それはボーダーの活動だけでなく大学生活に対しても同じはずだ。

 そんな人が毎日、シフトを入れるとなると、何かあるのではないだろうか? 二宮隊に何かあるとすれば、九割の確率でバカ関係だ。

 

「三輪、来るぞ」

「ああ」

 

 今は考えている暇はない。目の前から迫ってくる白いバケモノの群れを片付けなければ。そう思ってハンドガンを向けた直後だ。その白いバケモノ達の隊列が突然崩れた。

 何かと思って群れの中心を見ると、小さな少年が両手にスコーピオンを構えて立っていた。

 

「あれ? いずみん先輩とよねやん先輩と三輪先輩?」

「緑川!」

「そこはみわりん先輩でも良いんじゃね?」

「陽介、お前から殺すぞ」

 

 これで援軍は二人になった。A級一位部隊の射手、A級四位部隊の攻撃手、A級七位部隊の隊長と攻撃手。狙撃手がいないが、これだけ間合いが近ければ、むしろアタッカー2人、オールラウンダー1人、シューター1人はベストのバランスと言えるだろう。

 一旦、緑川が3人の前に飛びのき、3人は各々の武器を構えた。

 

「俺が指揮を執る。前衛に陽介と緑川、お前らは好きに暴れろ。俺と出水でフォローする。良いな?」

「「「了解!」」」

 

 即席の4人部隊は、三輪の号令と共に突撃した。

 

 ×××

 

 遠征艇の中には、6人の近界民がモニターを眺めていた。うち、5人は角付き、所謂トリガーホーンという人工的に作られたトリオン受容体だ。トリオン量に加え、質も大幅に上がる。

 アフトクラトルの面々は、ボーダーの戦闘員の戦闘をじっくりと見物していた。

 基地を叩いてみたが、目標である雛鳥達は見えなかった。分散の手にも掛からなかったし、中々に手強いのかもしれない。

 なんであれ、自分達の出番は、彼らの戦力の底が見えてからだ。その時が来るまで、しばらく待機し続けた。

 

 



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戦いはノリとタイミングと相性。

 修は木虎と共に千佳の元に到着し、新型を撃破した。修がモールモッドを二体相手にしてる間に、木虎は片脚を失いつつも新型を撃破。

 その様子を、近界民達が見ていないはずがなかった。ラッド達が倒したラービットから姿を現し、新たなる門を発生させる。

 

「なっ……⁉︎」

「新型が三匹⁉︎」

 

 それを見た直後、木虎はすぐに合点がいった。ここに来るまでの途中、遊真の豆粒から聞いた話によれば、かなりトリオンを注ぎ込んで作られたラービットを使って隊員を捕らえる作戦にしては、ボーダーの緊急脱出機能を無視されたものだった事が腑に落ちないそうだ。

 しかし、C級隊員には緊急脱出機能はついていない。

 

「逃げなさい! こいつらの狙いは、C級隊員よ‼︎」

 

 そう木虎が叫んだ直後、目の前のラービットが地面に手を着いた。地点に亀裂が入った時点で嫌な予感のした修は、もう一人のバカ師匠譲りの直感を働かせた。

 

「木虎、足下だ‼︎」

「!」

 

 ボーダーのスコーピオンにも似たようなモグラ爪という技があるように、死角からの攻撃を予期した木虎は反射的に後方に飛んだ。

 しかし、違ったのは生えてくるブレードの数だった。4〜5本の黒いブレードが木虎の右腕を飛ばす。

 

「ぐっ……! こいつ……!」

 

 宙に浮いた木虎に対し、さらに反対側の腕で黒いブレードを作り、木虎に振るう。しかし、それは修のスラスターの投擲とアステロイドの大玉によって阻まれた。

 右腕と右脚を失いながらも何とか生きながらえた木虎は、修の横に引き下がった。

 

「助かったわ、三雲くん」

「どうする、木虎⁉︎」

「……っ!」

 

 正直に言って絶望的だ。自分は片足と片腕を失い、後ろには複数のターゲット、自分と修で運良く一体ずつ抑えられたとしても、残り一体は抜けていく。

 しかし、もはや迷っている時間は無かった。敵のうちの砲撃を放てるラービットが、背中のスラスターを全開にして飛び出した。

 

「クソっ……!」

 

 考えている暇はない。修が盾を構えて立ち塞がったが、殴打一発で近くの民家に吹き飛ばされてしまう。

 

「修くん!」

「僕のことは気にするな! 早く逃げろ!」

 

 千佳に指示を出したが遅かった。飛び出したラービットが千佳の隣の夏目を掴む。

 

「クッ……!」

 

 木虎も援護に向かおうとするが、白いラービットに行く手を阻まれる。

 

「うわっ、ちょっ……タンマタンマ!」

 

 ラービットの胸が開き、夏目を回収しようとした直後だった。ドッと、ラービットの砲撃よりもさらに大きな轟音が市街地に響き渡る。

 発砲されたのは、千佳のアイビス。それがラービットを吹き飛ばした。

 

「……はぁ」

 

 ペタン、と尻餅をつく千佳。助けられた夏目が慌てて千佳に駆け寄る。

 

「こらチカ子! アタシも吹っ飛ばす気か!」

「ご、ごめん……」

「でも、助かったわ。ありがと」

 

 そう言って、二人は再び前方を見据える。まだ気の抜ける状態ではない。ラービットは二体いる。

 民家に吹き飛ばされた修がすぐに千佳達の前に降り立ち、忍田に声をかけた。

 

「忍田本部長! 現在、新型数体と交戦中! 狙いはC級隊員です!」

『状況はほぼ把握した。あと少しだけ凌いでくれ。ボーダー最強の部隊がそちらへ向かっている』

「ボーダー最強の部隊……⁉︎」

 

 とりあえず、言われた以上は凌ぐしかない。C級隊員達に叫んだ。

 

「全員、走れ! とにかく新型から離れるんだ!」

 

 それを聞いて、C級隊員達は走り出す。一体のラービットに手こずっていた木虎が、再び修の横に降り立った。

 

「忍田さんはなんて?」

「ボーダー最強の部隊が来てくれるそうだ。それまで、僕達だけで凌ごう」

「了解よ」

 

 そう言った直後、白と液状化のラービットが襲い掛かってくる。スコーピオンで足を補強した木虎は液状化のラービットの前に立ち、ワイヤーとハンドガンを使って遠巻きに戦い始めた。

 修はレイガストを持ち、白いラービットの拳をガードする。修にはラービットを倒せる攻撃力はない。レイガストの師匠であるウィス様からの教えは、攻撃よりも防御だった。

 敵の動きを観察し、ガードする。幸い、レイガストの防御力はSS評価、それにシールドを重ねれば時間を稼ぐことは出来る。

 

「クッ……!」

 

 ラービットの両腕の猛攻を盾一枚で防ぐ。長引けば、ラービットの攻撃パターンを見切ることも可能だ。

 両腕の攻撃をスラスターを使ったシールドで防いだ後、大玉を近距離からラービットの腕に放つ。修のアステロイドでは効きもしないが、それが跳ね返ってラービットの顔面にいい感じに直撃する。

 その隙にスラスターを用いてラービットの反対側の腕に当てる。スラスターの勢いに負けてラービットは足を軸に一回転するように回り、その隙に修は飛ばしたレイガストを引っ込め、手元に再び召喚し、レイガストをシールドモードで広げて、正面からスラスターでラービットの身体を押し込み、若干、ラービットを後退させた。

 

(新型は強力だけど……烏丸先輩やウィス様、風間先輩の猛攻に比べたら……!)

 

 普通じゃない猛攻を受けて来た修にとって、ラービットの攻撃などまだ単調に思えた。

 それでも、修のトリオン量ではあんまり長くこんな戦い方はできない。あくまでも守りを重視して、無用な追撃はしなかった。油断なくレイガストを盾にしたまま引き気味に構えた。

 しかし、ラービットもまた学習する。その修に対し、両腕で襲い掛かった。

 

「!」

 

 自身を包み込むようにシールドモードを展開する。その修に、ラービットは休む間も無く殴打を繰り返した。いくらレイガストでも、何発も受ければ割れないわけではない。

 徐々に自身を包み込む盾に亀裂が入り、修も冷や汗を浮かべる。直後、ラービットは地面を思いっきり殴った。その衝撃で、修の体は宙に浮く。

 

「しまっ……!」

 

 ラービットの殴打を堪えるには、シールドモードとスラスター以外に、足腰の踏ん張りが重要だった。

 それが足元から崩された今、修に防ぐ術はない。拳が修に直撃し、後方に大きく殴り飛ばされる。

 

「ぐあっ……!」

「三雲くん!」

 

 木虎が反射的に修に目を移すが、目の前のラービットの攻撃が迫っていて、助けに行くこともできない。木虎のトリオン量も決して多いわけではないので、いつまでも弾丸で凌いでいられるわけではない。

 

「クッ……!」

 

 まだC級隊員達は視界に入る範囲を走っている。このままでは、崩されるのも時間の問題……そう思った時だ。

 

「藍ちゃん、下がってて」

 

 やけに怒気を孕んだ声が耳に響き、強引に後方に飛んだ時だ。メテオラがラービットに降り注がれた。

 それによって怯んだ直後、双月による四発の斬撃がラービットに直撃する。

 

「小南先輩……⁉︎」

「もう大丈夫よ」

 

 援軍が到着した。同い年のメガネは無事だろうか? と後ろを見ると、ラービットの殴打を筋肉が素手で(正確にはレイガストで)受け止めていた。

 

「修、よく持ちこたえた」

「レイジさん……!」

 

 直後、レイジのアッパーとボディブローが炸裂し、ラービットは後方に殴り飛ばされた。

 唖然とする修の横に、烏丸がアサルトライフルを持って立った。

 

「遅くなったな、修」

「烏丸先輩!」

 

 小南と木虎も一度、レイジと烏丸と修の横に飛び退く。

 

「修、遊真はどこ?」

「空閑は別行動で嵐山隊と一緒にいます」

「そう。……海斗は?」

「へ? さ、さぁ……?」

「……」

 

 なんか小南の機嫌がすごく悪かった。その所為か、助けられたはずな木虎も少し気まずそうにしている。

 

「とにかく、さっさとこいつら片付けて次に行くわよ」

 

 小南がそう言い放った時だ。民家の横でラッドがカサカサと動いているのが視界に入った。

 

「! 待ってください! まだあの門開けるヤツが……!」

 

 そう言った直後、門から人影が姿を現した。

 

 ×××

 

 基地東部。風間隊がちょうど、ラービットを一体片付けた時だ。ラッドの開いた門から大きな男が姿を現した。

 

「なんだ、三人だけか? しかも少年兵ばかり……拍子抜けだな」

「……角付き。アフトクラトルか」

「人型きましたね、風間さん」

 

 好戦的な笑みを浮かべるその男は、およそ身長2メートルほどだろうか? 武器を手にしているようには見えないが、マントの下に隠しているのかもしれないので油断は出来ない。

 なんであれ、どういうタイプか分からない以上は下手に攻撃はできない。

 

「いや、数を見て侮るのは良くないな。コツコツと片付けていこう」

 

 キィィィン……と耳に響く音とともにマントの下が光る。来る、と理解した直後、三人は回避行動に写っていた。

 大男から離れた弾は三人を素通りし、後ろの警戒区域内の民家に直撃する。民家を貫通し、その後ろの民家も貫通し、さらにその後ろの民家も……と連鎖的に爆発させた。

 

「!」

 

 かなりの威力。流石に風間でも驚かざるを得ない。

 菊地原がズタボロになった街を見てポツリとつぶやいた。

 

「すごい威力ですね」

「ああ。意外と射撃タイプだったな」

「しかし、あの威力で連射が可能とは思いたくないですね」

 

 歌川がそんな事を言ったのが、まさしくフラグになったのだろうか。大男の武器が姿をあらわす。大型の銃が現れ、残弾と思われる光球がいくつも繋がっている。銃弾が大量にバレットからはみ出ている機関銃のようだ。どう見ても連射可能である。

 

「そういえば、貴様らはラービットを余裕で倒していた連中だったな」

 

 映像を見られていたようだ。と言うことは、戦法もばれていると見た方が良さそうだ。

 

「ならば、なるべく近付かずに離れて戦うとしよう」

 

 男がそう言った直後、肩が盛り上がり、下からいくつかの光が見える。まさか、と風間の背筋に冷たい汗が流れる。

 嫌な予感は的中し、目の前の赤鬼は空高くに飛び上がった。アタッカーの弱点とは、実に単純だ。撃ち合いでは絶対にかなわないことだ。何せ、射程がないのだから。

 地上戦ならステルスなりワイヤーなりと対応出来るが、空中となると話は変わってくる。

 さて、どうしたものか。策を練りながら、降り注ぐ弾丸を回避し始めた。

 

 ×××

 

「ばいちゃ──ー‼︎」

 

 ラービットの口にレイガストを突っ込んでつっかえ棒のように開かせた後、その口の中の目玉に口から生やしたスコーピオンで一撃で貫く。これで二宮隊は新型二匹目撃破である。

 しかし、海斗の表情は何処か青い。おえっと吐き気を催しているような声を漏らしながら、辛そうにつぶやいた。

 

「……口スコーピオンって割と呼吸出来ない……もう二度とやらない……」

「当たり前でしょ……」

 

 辻が呆れ気味に後ろで呟いた。完全にふざけた殺し方だったが、4人揃って無傷で倒しているので何も問題はない。

 

「陰山」

 

 その海斗に、後ろから二宮が重々しい声で呼び掛けた。

 

「集中しろ」

「あ、すみません」

 

 やはり、今日の二宮隊は何処かピリピリしている。何かしたっけかな、と海斗は顎に手を当てるが、やはり心当たりはない。

 まぁ、確かに戦闘に集中せねばならないのはその通りなので、何も言わなかったが。

 そんな時だ。何処からにラッドがいたようで、急に門が開いた。そこから現れたのは、黒い角の人型近界民だった。

 

「……あ、人型」

 

 海斗が声を漏らすと共に犬飼も辻も二宮も首を門に向ける。

 おかっぱの人型近界民は、姿を現わすなり不満げに言い放った。

 

「……なんだ? お前ら本当にそれ戦闘服か? 変な格好しやがって」

 

 着地しながら言ったそのセリフは、端的に言って地雷だった。主に二宮の。

 

「アステロイド」

 

 速度重視のフルアタックがコンマ数秒で黒トリガーの人型に向かう。

 全弾直撃し、貫通までしたが、まるで水に石を投げたように再生されてしまう。

 

「⁉︎」

『下から赤いオーラが来てます』

 

 海斗が内部通信で全員に伝えた直後、海斗と犬飼と辻は後方に跳びのき、二宮は地面の下にシールドを張って攻撃を弾いた。

 

「ああ⁉︎」

 

 避けられた? とオカッパは眉間にしわを寄せる。

 それと同様に、海斗も眉間にしわを寄せた。海斗の視界に映っているのは、オカッパの真っ赤な殺意なのだが、人の形をした所を中心に空中、地面の下など全体に蔓延していた。

 どういうわけか知らないが、こいつの体は液体やら気体やらになれるのか? ……なんて小難しい事は考えていなかった。

 

『どうかした? 海斗くん』

「っ……」

 

 犬飼に聞かれ、海斗は自身の疑問を口に出してぶちまけた。

 

「ブッハハハハ‼︎ モ──ームリ! どんなセンスしてたらあの髪型に行きつくんだよ! アッファッファッファッファッ‼︎」

 

 ゲラゲラと笑い始める海斗。集中しろと言われたばかりだろうに、と辻と犬飼は呆れ、二宮は「お前命かかってんだからマジで本当に」と言わんばかりに額に青筋を浮かべる。

 勿論、黒トリガー自身も堪忍袋の緒を緩めた。空気中、地面の下、そして自身からバカに向かってフルアタックする。

 しかし、それに対して海斗は。ジャンプ、空中で宙ひねり、着地してスライディング、横からの黒いブレードにはスコーピオンを右腕の腕刀に生やしてギィィィンっと滑らせるように相殺しつつ弾き、目の前の瓦礫を踏み台にして大きく飛び上がって避けた。

 

「はっ、バカが!」

 

 空気中の自らのトリガーをブレードにし、海斗に向けて伸ばす。それを、レイガストのスラスターで回避し、ブレードの上に降りてそのまま走った。そこから先は空気中のブレードを警戒して息を止める。

 

「アア⁉︎」

 

 なんだこいつは、と言わんばかりに声を漏らすが、近づいて来れば来るほど攻撃は当てやすくなる。

 さらに別の箇所からブレードを伸ばすが、そのブレードが別の箇所からの弾丸に撃ち砕かれる。二宮と犬飼の援護射撃だった。

 ならば、奴が走っているブレードからさらにブレードを生やせば良い、と判断したが、その攻撃すらジャンプで避けられた。

 

「っ、クソ猿がァ〜〜〜ッッ‼︎」

 

 ならば、背後からの奇襲だ。もう距離もそんなに遠くない。斬られても問題ないが、雑魚に簡単に攻撃を避けられた上に斬られるのは気に入らない。

 後ろからブレードを生やすが、それを辻がカバーする。シールドでガードすると共に斬り返し、ブレードを粉砕した。

 

「くたばりやがれ」

 

 もう間に合わない。海斗の顔面への飛び膝蹴りが炸裂し、スコーピオンが生えて頭を粉々に打ち砕かれる。

 その勢いのままオカッパ黒トリガーの後ろに着地し、背後を見たが、頭部は簡単に再生した。

 

「おいおい……どういう理屈だオカッパ野郎」

「こっちのセリフだ、ヤンキー猿」

 

 こうも簡単に自分の攻撃が避けられるはずがない。

 海斗は海斗で、顔を斬っても死なない相手など初体験だった。とりあえず、もう一回喧嘩を売ろうと海斗が思った時、内部通信で二宮が声を掛けた。

 

『待て、陰山』

『なんすか?』

『奴の黒トリガーの性能はなんだ?』

『性能って言われてもまだ完全に理解したわけじゃないですけど、ただ気体にも液体にも固体にもなれるっぽいです』

『……なるほど』

『端的に言ってロギアですね』

『いらないことは言わなくて良い』

 

 怒られた。それ以外にも性能はあるかもしれないが、とりあえず正体は割れた。

 

『ならば、トリオン供給器官を探すしかない。とりあえず、攻撃を仕掛ける。陰山を主体に俺と犬飼と辻で援護。辻、奴に接近する時は息を止めろ。体内に侵入されればブレードで引き裂かれる可能性もある』

『了解』

『陰山、奴を絶対に見逃すな』

『了解』

 

 スーツの四人組は、黒トリガーに向かって行った。

 

 



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似てる二人のコンビネーションは異常に抜群。

 基地の東部では。空を飛んでいるランバネインからの射撃を風間隊の面々は回避し続けるしかなかった。どんなにシビア且つ強力、それもステルストリガーを用いたアサシンのような戦法も、ブレードが届かなければ意味が無い。風間隊の射程持ちは歌川のメテオラのみだ。撃ち合いではかなわない。

 そのため、バッグワームを羽織って民家や建物の中に身を潜めていた。

 

「クソッ……ここまで相性が悪いとは」

「どうします? 風間さん」

 

 めずらしく歌川が毒づき、菊地原が聞くも、風間は顎に手を当てたまま、窓から見える空飛ぶ近界民を見上げる。今は何処かの建物の屋根に止まっているあたり、無限に飛べるわけでもないのだろう。

 

「退いた方が良いですかね」

「それはダメだ。奴は角付きの人型、事前から手強い事が分かっていた相手だ。俺達以外に止められる部隊はない」

 

 あの性能なら、最悪、今逃げている最中のC級の方に行ってしまうかもしれない。何やらそっちにも人型が出たらしいし、もう片方の二宮隊の方に行かれても厄介だ。

 それに太刀川隊はオフで部隊は散り散り、冬島隊も待機中だ。この騒ぎになって出て来ていないと言うことは、忍田がまだ待機を命じているのだろう。

 となれば、自分達がやるしかない。ならば、敵のトリガーの性能を一からまとめておく。

 相手は飛行可能の射撃タイプ。射撃の威力も民家を一つ二つ吹っ飛ばす威力だ。トリガー角によってトリオン量も自分達では段違いで、弾切れを望むことは出来ない。というか、弾切れまで撃たせるわけにもいかない。それに対し、自分達は最高峰といえど、アタッカーの間合いでしか発揮出来ない。やはり、相性は最悪だ。

 しかし、その程度で勝つのを諦めるほど、ボーダー最高のアタッカーの連携は甘くない。

 

「三上、近くに市街地Dや工業地帯のような場所はあるか? いや、近くでなくても良い。警戒区域であれば良い」

『探してみます』

「それと、菊地原のサイドエフェクトをリンクだ」

『了解』

 

 三上に指示を出した後、歌川と菊地原に視線を移した。

 

「歌川、菊地原。やるぞ」

 

 短く指示を伝えると、行動に移した。

 

 ×××

 

 警戒区域外。玉狛第一の面々がアフトラトルの遠征メンバー、ヒュース、ヴィザとぶつかっていた。

 機関銃とアサルトライフルのアステロイドでヒュースに集中射撃をするレイジと烏丸。

 しかし、反射盾と宙に浮いた尖ったカケラによって、弾丸は器用に跳ね返ってくる。それをバックステップで回避した。

 

「あの盾、やっぱ撃って壊せる感じじゃないすね。弾はやめておきますか?」

「そう思わせて接近戦を誘っているのかもしれん」

 

 あのトリガーの仕組みはわからないが、まだ距離を保っていた方が良さそうだ。後ろのC級から離れるわけにもいかない。

 

「小南の一撃に繋げるぞ。もう片方にも注意しろ」

「了解!」

「了解」

 

 しかし、小南の中には引っ掛かりがあった。今の戦闘ではなく、やはり海斗の事だ。死ぬ、とはどういう事だろうか? 結局、二宮隊のメンツは教えてくれなかったが、やはり気になってしまう。

 そんな小南に、内部通信でレイジが声を掛けた。

 

『陰山の事なら気にするな』

『……レイジさん?』

『おそらくだが、迅が死ぬ未来が見えた、と二宮隊のメンバーに伝えたのだろう。でも、お前には伝えなかった。それはつまり、お前は知らない方が良い未来だったって事だ』

『……』

『初めての恋人だ。それが死ぬなんて話を聞けば気になるのも分かるが、今は目の前の敵に集中しろ』

 

 そうだ。迅は幅広い未来を見る。もしかしたら、自分が海斗に関して気になった所為で、目の前の敵に集中出来なくなり、何もせずに落ちる未来が見えたのかもしれない。いや、下手をしたらそれによって狙われている千佳を奪われる可能性すらある。

 

『……了解よ』

 

 短く返事をすると、小南は頭の中でスイッチを切り替えた。

 

 ×××

 

 基地南部では、二宮隊と泥の王が正面からぶつかりあっていた。エネドラからの全方位攻撃を、二宮達からの援護もあって全て回避した海斗は、一気に距離を詰めて両手のスコーピオンで細切れにした。

 両腕、頭、右脚、腰を切断したが、すぐに元の体に戻り、反撃してくる。それを回避しながら、距離を置いた。

 

(なんだこのクソ猿……! 移動だけじゃねぇ、手の速さも尋常じゃねえぞ……!)

(なんだこのクソオカッパ……! マジでロギアなんじゃねぇの?)

 

 お互いに奥歯を噛み締め、効かない攻撃と当たらない攻撃をぶつけ合う。お互い、余計にイライラし始めていた。

 特に、エネドラは腑に落ちないなんてものではなかった。死角からの攻撃を避けられるのは、百歩譲っても経験による勘とも取れる。そこまで年食ってるように見えないが、遠征メンバーの中にも似たような直感を持つ爺さんがいるから。

 しかし、狙いを変えて後ろで援護している猿を狙っても見切られるのは納得がいかなかった。何かトリックはある。トリガーか? しかし、その割に他の同じ服を着た猿どもは目の前の茶髪猿の声が無いと避けようともしない。

 まぁ、何にしても茶髪を消せば終わる話のはずだ。どんなにサイドエフェクトで先読みしても、チームメイトが援護してくれても、回避には限界がある。

 海斗は左腕がない状態だ。

 

「……チッ、雑魚のくせに、ピョンピョン跳ねまわりやがって……!」

「俺も覇気が使えればなぁ。いや、ある意味ではこのクソサイドエフェクトも見聞色の覇気か?」

「何の話だオイ⁉︎」

「ワンピース!」

 

 近くの瓦礫を掴み、エネドラに放り投げる。本体ではなく、液体の上に、だ。自身の体を誇大化させないとブレードには出来ないのなら、液体や気体のうちに分離させてやれば良い。

 当然、液体の部分をブレード化させれば瓦礫など容易く砕けるわけだが、無駄な処理情報を増やしてやるだけでも敵に手間を与えられる。もちろん、バカの考えた作戦ではなく二宮の指示だ。

 しかし、海斗としてもそれで上手く戦えているわけではない。こちらの攻撃も一切、効果が無いのだから。

 

「チッ……!」

「陰山、退がれ」

 

 二宮の指示に従い、海斗が後方に遠退いた時だ。背後から二宮のフルハウンドがエネドラに降り注ぐ。いや、エネドラどころかそこら一帯全てを吹き飛ばす威力だ。

 砂煙が舞い上がり、エネドラの姿は見えなくなる。普通のトリガー使いなら肉片一つも残らない威力だ。例え黒トリガーであっても無傷じゃすまない。

 しかし、今回の相手は普通では無い。

 

「陰山、どうだ?」

「全然、ピンピンしてます。多分、供給器官を自由に移動させられるんでしょう。地中にでも隠してるんじゃないですか?」

「……なるほど」

 

 二宮は小さく舌打ちする。つくづく、面倒な相手だ、と。

 

「煙に紛れて来ます。全員下がるか息を止めて」

 

 海斗の指示で、4人で後方に飛び退いた。正直、手がないわけでもない。しかし、それをやるには近距離で海斗と同等の速さで敵を斬り刻める奴がいないと実行出来ない。

 

「……なら、別の方法を探るしかないか」

 

 そう思った直後だ。氷見の声が届いた。

 

『二宮さん。報告が』

「なんだ?」

『B級合同部隊の一部がこちらに来ています』

「なんだと? 遠ざけろ。B級隊員では、いたずらにこちらの戦力を減らすだけになる」

『いえ、それが言っても聞いてくれなくて……』

 

 その直後だ。視界に入っている海斗も犬飼も辻も動いていないにも関わらず、エネドラに爆撃が降ってきた。エネドラの周囲を囲むように炸裂弾が六ヶ所、爆発し、二宮の視界もふさがる。

 さらに、その煙の中に突っ込む人影が見えた。あまりの勢いに煙は一気に晴らされ、その時には突っ込んだ人影はエネドラの背後に立っていて、エネドラの身体はバラバラに刻まれている。

 最後に何処からか一本の射線がバラバラになったエネドラの胸と頭を貫通する。しかし、当然だがすぐに再生されてしまった。

 

「よォ、海斗。随分とお疲れみてェだなオイ」

 

 耳元に海斗が一番聞きたく無い声が届いた。思わずうへぇっとゲンナリした表情になってしまう。

 立っていたのは、影浦雅人。さらに遅れて北添尋が降りてきた。確かに、この部隊ならA級にも引けを取らないし、簡単にはやられないだろう。特に、影浦のサイドエフェクトなら攻撃も回避出来るし、これ以上にない人材だ。

 ただ一つ、海斗との仲を除けば。

 

「……何しに来たチリチリ野郎」

「ああ? どっかのB級一位部隊が苦戦してるみてぇだから助けに来てやったんだろうが。ありがたく思えバカ」

「どっかのB級一位部隊って、特定してんじゃねえか。ランク戦の順位がそんなにコンプレックスかこのヤロー」

「テメェのダセェ茶髪と高二病が極まった眉間のシワに比べりゃ屁でもねーよ」

「イカ墨綿アメみたいな頭した奴が言えた事かボケ」

「……」

「……」

 

 まさに一触即発、といった感じだ。味方同士で。さすがに二宮も北添も呆れてものが言えなくなる。お前ら大規模侵攻中にもそれか、と。

 そんな中、二人に向かって地中から黒いブレードが飛び出した。

 

「! 海斗くん!」

「カゲ!」

 

 犬飼と北添がカバーしようと銃口を向ける。

 しかし、二人はその攻撃に見向きもせず、拳(実際にはブレード)を亜音速に近い速さで動かした。泥の王の二撃は全く同じタイミングで弾き壊され、その後にエネドラが続いて出てくる。

 

「テメェら……クソ猿が三匹、増えやがったか……!」

「クソ……」

「猿……?」

 

 その言葉に、海斗と影浦が片眉をあげる。あ、これは地雷を踏んだかな? と二人を知る全ての人が思ったのだが……意外にも馬鹿二人の表情は徐々に緩んで行った。

 エネドラが「あん?」と声を漏らす中、やがて二人は「ぷふっ」と吹き出し始める。

 

「プッハハハハハ‼︎」

「ギャハハハ! な、なんだテメェ! いきなり自己紹介始めやがって!」

「ああ⁉︎ んだコラ! テメェらの事を言ってんだよ‼︎ 大体、俺の何処がクソ猿だコラァッ‼︎」

 

 しかし、二人は笑うのをやめない。それどころか、聞かれたことに対してご丁寧に説明まで始めた。

 

「ああ? いや猿の方は知らねえけど」

「基本的に固形で」

「たまに水っぽくなるって」

「どう考えもクソそのものじゃねえか」

「クソは気体になんのかよ!」

「ああ? んなもん、決まってんだろ」

「言わなきゃわかんねーのかよ」

「「屁だよ」」

「ブッッッ殺す‼︎」

 

 本気でブチギレたエネドラがフルパワーで全方位攻撃をぶっ放すのを、バカ2人はサイドエフェクトを全開に用いて回避する。

 周りで見ている二宮は「こいつらツボと感性同じなのか」とか「本当はかなり仲良いんじゃないのか?」とか「あの近界民も普通にトリガーの情報を漏らしたな」とか色々と思ったが口に出さずに、元気に暴れる2人を援護するためにその場にいるメンバーに通信をした。

 

「全員、あの二人を援護するぞ。犬飼、辻はさっきまでと同じように海斗の背後を守れ。北添、二人が先読みしても避けれない攻撃の時か俺のフルアタックのタイミングで、テレポーター二人を無理やり引き下げろ。絵馬、奴は地中を移動することも可能だ。陰山から指示があれば狙撃ポイントを変えろ」

 

 4人とも「了解」と返事をした。二宮隊が嫌いな絵馬としては、その隊長の指示を聞くのは憤慨物だったが、影浦と陰山の助けになると思えば我慢出来た。

 さて、バカ二人は。正面から影浦が飛び出し、マンティスによってエネドラの首を取りに行く。

 綺麗に吹っ飛ばした首からブレードが伸びてきたが、しゃがんで回避すると、ブレードの上にスコーピオンを引っ掛け、滑り降りながら両足を揃えた蹴りスコーピオンをボディに叩き込む。

 しかし、ボディもパシャっと弾け飛び、ダメージはない。その水滴から細かいブレードが影浦を囲むように降り注ぐ。海斗がスラスターレイガストを投擲し、それを影浦に掴ませて脱出させる。

 その海斗の足元からブレードが伸びてくるが、それを後ろにそり身して回避した海斗は、スコーピオンを指先に纏わせて黒いブレードに貫通させると、無理矢理、地中から引き抜いた。

 ズボボボッと芋掘りのようにエネドラの身体が引っ張り上げられる。しかし、エネドラとしてもただ引っ張られたわけでは無い。むしろ逆襲のチャンスだ。

 至近距離からのフルアタックを前に、海斗は何もしなかった。何故なら、そのエネドラの背後から影浦がスコーピオンを両手に、フルアタックする前にバラバラにしてしまったからだ。

 当然、飛沫が2人を囲うように落下し、一斉に二人に襲いかかる。それに対し2人は、お互いの背後をかばうように交差し、背後の飛沫からブレードが出る前に斬り払った。

 

「クソッタレが……‼︎」

「「それはテメェだ‼︎」」

 

 出て来たエネドラの顔面にも、間髪入れずに拳を叩き込む。さすがに地中から移動し、エネドラは距離を取った。

 そんな戦闘を背後で見ていた犬飼や北添達は、ただただ真顔になった。なんていうか、連携の練習も事前の打ち合わせもしていないのに、あの息の合いようがすごい。え? それアドリブなの? と言わんばかりだ。

 

「てか、テメェ! 余計な真似すんじゃねぇよ! するんならもっと俺の動きに合わせろバカが‼︎」

「こっちのセリフだボケ! 他人に何でも合わせてもらおうとするんじゃねぇ!」

 

 しかも、まだ本人達的にはズレがあるらしい。そんな二人の前に、エネドラはズズズッと本体を現す。

 

「テメェら……なめてやがるな……!」

「「いやいや、う○こはなめねーよ」」

「いつまで引きずってんだ猿どもがァアアアア‼︎」

 

 怒りのあまり、再びフルパワーの全方位攻撃を放つが、それこそ二人は一番躱しやすいものだった。

 的確に攻撃を躱しながら、二人は内部通信でチームメイトに声を掛けた。

 

『二宮さん、ここで決めます』

『ゾエ。ここで終わらせんぞ』

『俺達が奴を粉々のバラバラにします』

『テメェのグレランで地中に埋まってる奴の肉片ごと掘り返せ』

『二宮さん達には、バラバラにした飛沫を一つ残らず撃ち抜いて欲しいです』

『ユズル、テメェは逃げようとしてる部位があればそいつをブチ抜け。そこに核があるはずだ』

 

 指示の出し方も完璧に息があっていた。分かりやすく且つシンプルな2人らしいゴリ押しである。ちなみに、二宮が考えていた作戦も同じだった。

 身勝手なのも同じで、返事を待たずに突撃した。迫り来る津波のような黒いブレードに対し、スコーピオンで刻んだり、液状の弱い部分に瓦礫を蹴りつけて軌道を反らしたりして、阻害してくるエネドラの猛攻を跳ね返した。

 

「クッ……猿どもが……!」

 

 またクソって言うといじられる気がしたので、猿に切り替えるエネドラだったが、焦りは本物だった。背後から奇襲を仕掛けたかったが。

 

「ほいっ、と」

「旋空孤月」

 

 後ろの邪魔な黒髪スーツとデブがそれをさせない。他のチームメイトも何処から仕掛けても援護出来るように散開し、射撃して来ている。

 

「北添!」

「ほいほい。メテオラ」

 

 海斗と影浦が残り数メートルの位置に接近した時、北添のメテオラがエネドラを囲むように落下した。まるで小さな隕石がいくつも落下してきたようにクレーターを形成する。地面を大きく抉り、地中に潜めていたエネドラの一部も出て来る。

 

「グッ……まさか、この俺が……!」

 

 逃げ場を失った。いや、また潜れるが、目の前の猿二匹が自分を斬る方が早い。

 そうなれば、もはや手は一つだ。

 

「ふざけんな! 俺は、黒トリガーだぞ‼︎」

 

 至近距離からのフルアタック。それが海斗と影浦に襲い掛かる。二人の頬や身体を掠め、影浦の右腕を吹っ飛ばしたが、それでも勢いは止まらない。

 直後、2人の両腕が消えた。一瞬、自分が斬ったと希望したが、錯覚に過ぎなかった。気がついた時には、二人は通り過ぎ、自分は粉々になっていた。

 

「全員、総攻撃。肉片を一つ残らず撃ち落とせ」

 

 直後、二宮の指示が飛ぶ。エネドラが再生を望む前に。誰の弾丸かは分からない。身を潜めていたエネドラの下核を、白く光った弾が撃ち抜いた。

 

 ×××

 

 戦闘中の小南は、のらりくらりと自分の攻撃を凌ぎ続けている爺さんを前に思わず身震いをさせた。嫌な予感が背筋を伝ったからだ。

 しかし、それは隙になる。ヴィザが杖をゆっくりと上げた直後、反射的に後ろに遠のいた。

 

「っ……」

「おや、何かありましたかな? 動揺が見えましたが」

 

 その通りだ。ヴィザが殺すつもりであれば、今頃自分は緊急脱出していたかもしれない。

 聞いた話によれば、海斗も黒トリガーと戦っているらしい。

 

(海斗……!)

 

 奥歯を噛み締めつつも、自分は海斗も強いことを必死に思い直し、再び斧を構えた。

 

 



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小型ス○イダーマン。

 戦闘体から生身の体に戻ったエネドラは、二宮隊と影浦隊の面々に取り囲まれていた。

 向けられている銃口やブレード。敵のエースと思われる馬鹿二人だけが武器を出していないのがまた困った。

 流石にこの状況で焦らないことはない。額に汗を浮かべながら、中腰になって距離を置こうとする。しかし、背中にドンっと何かがぶつかった。二宮がポケットに手を突っ込んで立っていた。

 

「逃げられると思うな、近界民。お前は捕虜にする」

「チッ……猿どもが……!」

「おっと、下手な事は言わない方が良いよ、近界民さん」

「テメェ今二宮さんのこと猿っつったかアーハン⁉︎」

「……二宮さん大好き人間がいるから」

「犬飼、気持ち悪いことを言うな」

 

 油断も隙もない。ワープでもしない限りは。それを可能とする遠征メンバーが来るまで、時間を稼ぐしかない。

 

「ハッ、テメェら……街を守らなきゃなんねえって時に、こんなとこで雁首揃えてて良いのかよ?」

「黙れ。それとも、捕虜になるまで眠っていたいのか?」

 

 直後、二宮の周りにトリオンキューブが浮かべられる。星の数ほど、というか夜空が目の前に浮かんでいるような数だ。ボーダーのトリガーは生身の人間は傷つけないが、それでも気絶するほどの痛みを与える事が可能だ。

 

(……何やってやがる、ミラ……!)

 

 奥歯を噛み締めた時だ。後ろから海斗がエネドラを蹴り飛ばした。

 

「ガッ……⁉︎」

 

 うつ伏せに倒れた所、背中を海斗が踏み付け、背中に「泥の王」本体が装備されている腕を回して捻じ上げた。

 

「こいつなんか知らんけど時間稼ぎしようとしてますよ」

「なっ……⁉︎」

「なるほど。なら、陰山。そのまま押さえ付けておけ」

 

 そう命令しつつ、二宮は影浦に顔を向けた。

 

「影浦、救援感謝する。しかし、ここは俺達で受け持つ。B級合同に合流しろ」

「……チッ」

 

 正直、二宮の命令に従う必要はない。しかし、ここに残っていても退屈である事は確かだ。

 

「おい、海斗」

「あ?」

「テメェを殺るのは俺だ。相手が黒トリガーだろうとやられんじゃねえぞ」

「そりゃこっちのセリフだボケ」

 

 それだけ言って、影浦隊はB級合同部隊の方へ引き返した。その影浦の背中を眺めながら、エネドラは思わずつぶやいた。

 

「テメェらよ、どういう関係なんだ? 戦闘中、クソ仲良かったくせに憎まれ口叩き合うとか……」

「誰と誰の仲が良いんだボケがァッッ‼︎」

「いだだだ! 肩外れる、肩外れるって!」

 

 正直、エネドラもこっちの世界出身なら仲良しトリオになってそうだな、と二宮も犬飼も辻も氷見も思ったが、口にしなかった。言わぬが花である。

 そんな時だ。ブゥン、と海斗の周りに黒い穴が空いたことで、緩みかけた空気が一気に引き締まった。

 

「!」

 

 再び、トリオンキューブを出す二宮と銃口を向ける犬飼、孤月を構える辻、反射的にエネドラを持ち上げてその場から離れる海斗。全員が全員、油断なく黒い穴を睨むが、さらに海斗を追うように暗い穴が出現し、黒い棘が向かってくる。

 

「うおっ、ちょっ、何……!」

「はっ、終わったなテメェ! こいつはミラの……って、待て待て待て! 俺を盾にすんなコラ! 俺にも刺さんだろうが!」

「クソガード!」

「テメェ、今はトリガー使ってねえんだからクソじゃねぇだろ! つか、いい加減にしろ猿!」

 

 なんかあの二人が話すと緊張感が無くなるが、それでも海斗は狙われ続けるわけで。

 二宮隊のメンバーは気を抜く気にはなれなかった。黒トリガーは撃破した。しかし、新たな敵の攻撃。迅の予知はもしかしら、現在の状況を指しているのかもしれない……。

 そう思った時だ。海斗がエネドラを腰を掴んで頭上に持ち上げて走っている時、そのエネドラの真上に暗い穴が現れた。

 

「! 陰や……!」

 

 そう二宮が言いかけた時には遅かった。その穴から出て来た棘は、エネドラの腹に突き刺さる。

 

「グァッ……⁉︎」

「え? どうしたの? なんか赤い雨が……あれ? 血?」

 

 思わず足を止めてエネドラを見上げると、黒い棘がエネドラに突き刺さっていた。

 

「え、嘘⁉︎ 俺の所為か⁉︎ 俺の所為なのか⁉︎ ちょっ、止血止血……や、やり方分からんし……!」

「て、テメェ……何のつもりだ……!」

「いやいやいや! 一応、お前を庇うために持ち上げてたとこあんだけど⁉︎ 逃げてる奴を止めるにはまず足を狙ってくるかなって思って!」

「ミラ‼︎」

 

 何言ってんだこいつ、と思った時だ。さらに別の箇所からザシュッと人体を切り裂いたような音が耳に響いた。そっちに顔を向けると、エネドラの左手首が斬り落とされていた。

 

「おいおいおい! もしかして狙われてたのって俺じゃなかった?」

 

 というか、なんで左腕? と思いながら、落ちる左腕をギリギリキャッチする。

 とりあえず、頭上のエネドラを地面に置いた。

 

「おーい、生きてる? 平気?」

 

 人体にいくつも穴が空いた上に片腕を取られたのなら、無事でいられるはずがない。そもそも、そんな状態の人間に普段と変わらない様子で声を掛けられる海斗も中々の神経だったが、そんなものにツッコんでいる場合ではない。

 

「海斗くん、とりあえずそこから離れて!」

「狙われてるぞ!」

 

 犬飼と二宮がそう言った直後だった。海斗の真下に大きな穴が空き、その中に海斗は落下していった。

 

 ×××

 

 時は遡り、基地南部。そこは旧・三門市立大学だった。そこの屋上で、ランバネインは辺りを回していた。

 小さい隊長とその部下達を追って来たが、ここにきて姿を隠された。場所は高いビルが多い。恐らくだが、屋内戦を仕掛ける気なのだろう、とランバネインは予測した。

 今まで、ランバネインの飛行トリガーを見て、屋内戦を仕掛けてくる気の敵は何人もいたが、そもそも飛行よりも火力がメインのランバネインとしては、屋内戦の方が攻撃が当てやすくなる。

 中々、手強い部隊であったはずだが、その程度の事に気付かないとは、とやや落胆してしまう。

 それがおそらく隙になったのだろう。自分に目掛けて、ボッと大きな炸裂弾が飛んできた。

 

「!」

 

 屋上から飛び降り、回避しながら撃ち返すランバネイン。射撃の方向には、さっきまで戦闘していた部隊の男がいた。

 射撃戦を仕掛けて来た? と、微妙に腑に落ちない。ここまでわざわざ誘導して来ておきながら、不利である撃ち合いとは、必ずしも裏がある。

 そう思った直後、別の場所から射撃がきた。見覚えのないオレンジ色の隊服の男がアサルトライフルをこちらに向けていた。

 それを回避しつつ、ランバネインは「なるほど」と、小さくほくそ笑んだ。ここに追い込んできたのは、屋内戦のためではない。そもそも、ここは敵地だ。援軍が来る可能性は大いにあるに決まっている。地の利を活かした射撃戦だ。

 これでは、あまり高く飛んでは的になる。

 

「面白い……!」

 

 この射撃戦に応じよう、そうほくそ笑みながら、建物の間を飛び続けた。

 

 ×××

 

「そうだ。撃ち続けろ。敵は人型近界民だ」

 

 大学の一教室の窓からランバネインを監視している風間は、協力を得たB級隊員に声を掛けた。

 参戦しているのは柿崎隊、荒船隊、鈴鳴第一の三部隊だ。村上は来馬と別役を逃がすために1人、新型三体と戦っているので不在だが。

 

「……風間さん。本当にやるんですか?」

 

 菊地原が風間に尋ねる。

 

「ああ、やる」

「確かにその戦法の練習もしてましたけど……」

「なら、集中しろ。お前の援護も必要になる」

「なんか、陰山先輩のバカが移ってません?」

「……気の所為だ」

「なんですか、今の間は」

 

 正直に言って影響を受けていないわけでもないかもしれない。以前の自分ならこんな戦い方は思い付かなかった。

 しかし、それでも悪い気はしない。元々、近界民の存在自体がSFの世界なのだ。映画の戦法を真似したところで、悪い事は何もない。

 

「じゃあ、行ってくる」

「いってらっしゃい」

 

 それだけ言うと、風間は窓から飛び出した。

 

 ×××

 

 空を飛びながら、ランバネインは敵の分析を行っていた。恐らくだが、ガンナーが五人に狙撃手が四人。しかし、腕の良い敵は少ない。決して下手なわけでもないが、避けるのに苦労はない。たまに飛んでくる追尾弾は厄介だが、この弾は小回りが利かない。地形を利用すれば建物に命中するので問題なかった。

 

「とりあえず、一人ずつ潰していくか」

 

 そう決めて、曲がり角を曲がった時だ。自分の身体に重たい衝撃が響いた。何かと思って顔を向けると、小さな隊長が自分に飛び蹴りを放って来ている。その足からブレードが生えていて、自分の脇腹を貫通していた。

 

「ッ……!」

 

 捨て身の特攻かと思えば、飛んできた小さな隊長の頭上の手には、ワイヤーが握られている。

 しかし、それを視認した頃には、遠心力を用いた勢いによって体勢は崩され、近くの建物に突っ込んだ。

 

「グウゥウッ……‼︎」

 

 廊下に投げ出され、尻餅をつきながらも受け身をとり、なんとか体勢を立て直す。

 それをさせまいと、風間が追撃した。一教室の中で風間とランバネインが正面からぶつかり合う。別に銃器を出さなくても光球を放てるランバネインの猛攻を回避しつつ、天井や壁、床に張り付きながら風間は距離を詰め、一発当ててすぐに距離を置いた。無理な攻めはしない一撃離脱作戦のようだ。

 

(…………いや)

 

 違う、とランバネインはすぐに頭を切り替える。おそらくこれは、陽動! 

 そう確信し、背後にシールドを張る。後ろから、歌川がメテオラを放って来ていた。それを防ぎ切ると、お返しと言わんばかりにビームを放つが、元々距離があったからか、避けられてしまう。

 

「チィッ……‼︎」

 

 あの高度な連携を誇る部隊が2人とはいえ揃っている。それをこの狭い空間で相手にするのは厄介だ。真上に光球をまとめて放ち、逃げ道を作るとすぐに飛び上がった。

 そのランバネインを眺めながら、風間はすぐに次の指示を出す。

 

「人型が屋上に上がった。射撃地点の移動が完了した者から射撃を開始しろ」

『『『了解』』』

 

 全員から返事を聞くと、風間は再び窓から飛び降り、ワイヤーを出しながら空中を移動する。

 飛行中のランバネインは、敵の射撃を回避しながら反撃した。飛びながらでは当たらない上に、一発でも反撃が来れば、当たろうが当たるまいが建物の壁を利用して逃げ、別の狙撃地点を探しに行かれてしまう。中々に面倒な相手だ。

 そんな中、またワイヤーで空中を移動しながら風間が蹴りを入れてくる。

 今度は当たらない。シールドでガードをしてビームで反撃するが、それは読まれていたようで、回避しながら壁に張り付き、再びワイヤーを用いて攻撃してくる。

 

「ハハハッ、この俺に向かって空中戦を挑んでくる奴は初めてだ‼︎」

「そうか。良かったな、初体験だ」

 

 風間は敵とお喋りしながら戦うつもりはない。短く会話を打ち切り、計画通りに離れ、一撃離脱を試みる。ランバネインが風間の背中に射撃しようとした時、別方向から狙撃が飛び、ランバネインの頬を掠めた。

 

「チッ……なるほど。囮の囮というわけか。ならば」

 

 その狙撃の方向に、雷の羽を4〜5発撃ち返した。狙撃手や射撃手には精度ではなく、数と火力で押し切ることにした。直後、放った狙撃地点から光の柱が立つ。

 

「なるほど、負けたら逃げられる仕組みか。玄界は便利なトリガーを持っているな」

 

 そう言ってる間に、別の建物の窓から射撃が飛んできたため、回避しながら次の獲物を狙う。敵を倒せば倒すほど厄介な射撃は減っていく。

 続いて、次の射撃手に5〜6発の弾丸を浴びせた。そこからも脱出の軌跡が見える。

 その跡を見て、風間が三上に確認を取る。

 

「誰だ?」

『鈴鳴の別役くんと柿崎隊の巴くんです』

「チッ……荒船や半崎でないだけ良かったが……やはり、長くは保たないか。聴覚共有だ」

『B級隊員にはどうしますか?』

「必要ない。慣れていないと射撃や狙撃の精度が落ちるかもしれん」

『了解です』

 

 耳を使って敵の動きを先読みし、必ず裏を取れるようにする事にした。

 空中を移動しながら味方の隊長達に言った。

 

「荒船、柿崎、来馬。敵はお前らを集中的に狙って来るぞ。精度より数を優先されているから、わかっていても避けられないかもしれない。気を付けろ」

『『『了解!』』』

 

 指示を飛ばした直後、また新たな光の柱が立った。また一人、荒船隊の穂刈が落ちたようだ。グズグズはしていられない。

 建物と建物の間にワイヤーを張りながらランバネインに再び奇襲を仕掛けた。

 

「ほう、またも先手を譲ったか……俺の動きを先読みするトリックでもあるのか?」

「どうかな」

 

 そう言いつつ、空中戦を展開する。奇襲はいなされたが、そのままの勢いで逃げるランバネインを追う風間。

 直後、ランバネインから2時の方向から射撃が飛んできた。来馬のハウンドだ。追尾弾であるため、ランバネインの後を追う。それに対し、ランバネインは正面から4〜5発飛んできた追尾弾に自身の弾を被せて撃ち抜き、そのまま来馬を撃破した。

 来馬の捨て身のお陰で脚は少し止まった。一気に風間が距離を詰め、襲い掛かる。

 しかし、それは端的に言って罠だった。空中で身を翻したランバネインは、風間に球を向ける。

 

「熱くなり過ぎたな!」

「……そうだな」

 

 その球が放たれる直前、ランバネインに一発の射線が向かって来る。隣のビルの屋上の一つ下の階から、帽子を被った男が狙撃して来る。

 それは、ランバネインにとってカモでしかなかった。風間と荒船に対し、射撃を思いっきり放った。ビルと風間が爆発し、ランバネインは動きを止める。これで終わった。後は雑魚を狩れば良いだけ……そう思ったのだが、おかしい。敵を倒した時に出るはずの脱出トリガーの跡が見えない。

 そう思って両サイドを見た時、風間は片腕を失いつつも、周囲のメンバーからシールドを受けて生き残り、そして荒船は片足を失いながらも、ビルから飛び出して孤月を抜いていた。

 

「なんだと……⁉︎」

 

 二人が生き残れたのは、二箇所への同時射撃によって狙いと弾数が半端になっていたのと、周りの人間のシールドをもらった事だ。なんであれ、ランバネインが動揺したことには変わりない。

 真逆からの斬撃に対し、ランバネインはシールドで対応する。イーグレットを防ぐシールドで斬撃を止め、手の平から雷の羽を放つ準備をする。今度こそ、ゼロ距離だ。絶対に防げない。

 

「中々楽しかったぞ。玄界の戦士達よ」

 

 本当に気が高ぶっていた。こんなに興奮する戦いは久しぶりだった。ニヤリと好戦的な笑みを浮かべながらも、後一歩叶わなかった戦士達に敬意を向ける。

 

「受け取れ」

 

 そう呟き、トドメを刺そうとした時だ。

 

「残念ながら、こっちのターンはまだ終わっていない」

「……なに?」

 

 その直後、突如現れた二人組みが、ランバネインのトリオン供給機関を一撃で破壊した。姿を現したのは、目の前の小さな隊長の部下2人だった。

 

「っ……まさか、最後の最後でステルス戦法だったとはな……!」

 

 悔しげに、しかし愉快そうにほほえむランバネインの顔に、ピシピシと亀裂が走る。

 

「迂闊だった……」

 

 そう言って戦闘体から生身に戻り、そのまま地面に落下していったが、そのランバネインの脚を風間がスパイダーで巻き付け、激突する前にキャッチする。

 

「本部、こちら風間隊」

 

 通信機越しに忍田に報告した。

 

「人型を撃破した」

『……っ!』

 

 しかし、通信の向こうでは何やら忙しない声が聞こえる。何かあったのか? と思ったのもつかの間、忍田から連絡が来た。

 

『……風間隊。突然で申し訳ないのだが、緊急任務だ』

「はい?」

『陰山隊員が敵に連れ去られた。即刻、捜索と救出を頼む』

「……」

 

 バカは、いつも風間の予想の遥か上を行く。風間の額に珍しく冷や汗が浮かんだ。

 

 ×××

 

 海斗は、気がつけば知らない船で尻餅をついていた。目の前には黒い角の近界民が二人、海斗の右手にはエネドラの左腕が握られていた。

 

「何お前ら。近界民?」

「無駄だと思うが聞いておこう。そいつを渡せ」

「そいつ?」

「手に持っているものだ」

「あそう。了解」

 

 素直に了承すると、海斗はエネドラの腕から「泥の王」を外し、握り拳を作った。

 

「はい、ロケットパンチ」

 

 エネドラの腕を敵の近界民のうちの一人、ハイレインに渡す。

 ハイレインはその腕を横に打ち払うと、相変わらずの無表情のまま海斗に片眉を挙げた。

 

「……何のつもりだ?」

「いやだって腕が欲しいって言うから」

「……ミラ、何故こいつをここに連れて来た」

「隊長のご命令でしたので」

 

 ハイレインの予定では、どの道簡単に黒トリガーを渡すとは思っていなかったので、元の場所に戻るのと黒トリガーを引き換えにする予定だった。あとは卵の冠で海斗ごと回収すれば、泥の王を相手に左腕一本で勝利した優秀な兵隊を手に入れられた。

 しかし、まさかここまでリラックスされるとは思わなかった。そもそも、こいつは敵の遠征艇に捕まっていることすら分かっていないのかもしれない。わかっていても、それがどれだけの窮地を示しているのか理解していない。

 バカとはある意味面倒なものだ、そう思った時だ。

 

「それよりさ、一つ聞かせてくれない?」

「……なんだ?」

「なんであいつの事殺したん? 仲間じゃなかったのか?」

「こちらの都合だ。貴様には関係ない」

「……」

 

 なるほど、と海斗は内心で相槌を打つ。最近、三輪秀次という友達が出来て、少し人の死について考えることもあった。自分の両親の死に関しては今だに特に何か思う事もないが、三輪は自分の姉が殺されて本気で悔やみ、悲しみ、憎んでいた。その為にボーダーに入り、近界民を片っ端から片付けるマンに変化した。

 エネドラにも両親や家族がいたはずだ。ムカつくオカッパウ○コだったが、その家族が「エネドラは仲間に殺された」と知ればどう思うのだろうか? その怒りはどこにぶつければ良い? 

 

「……よっこいしょーいち」

 

 海斗はその場で立ち上がり、首をコキコキと鳴らす。抵抗される可能性も考えていたハイレインは、海斗に見えないよう遠征隊の中に動物達を張り巡らせる。

 しかし、海斗は好戦的に微笑み、ハイレインに告げた。

 

「見えてるぜ、このワクワク動物野郎」

「……何?」

「テメェらなんか相手にしていられるか。それより、この船の何処を壊しゃ、テメェらはこっちの世界に永久に留まる事になんだ?」

 

 そう言った直後、海斗は脚を振り上げ、遠征艇の机を蹴り飛ばした。床から浮かび上がり、ハイレインの視界を塞ぐ。

 すぐさま回避した時、レイガストの投擲が目前に迫っていて、反射的に回避したが、背後のトリオン兵を生み出す卵に直撃する。

 

「チィッ……ミラ! こいつを追い出せ!」

「泥の王は如何いたしますか?」

「ヴィザとヒュースに追わせろ。必要ならば俺も出る」

「了解」

 

 そう告げられた直後、海斗の正面に再び黒い穴が開かれる。突撃しようとしていた海斗は見事にその中に突っ込んだ。

 

 



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戦場を転々とし過ぎ。

「二宮さん!」

 

 珍しく焦った様子の犬飼が二宮に声を掛けるが、隊長本人は落ち着いた様子だった。

 

「待て。迅はあいつが死ぬ未来は見えたが、連れ去られる未来は見えていない」

「敵に捕まった先で殺される可能性は?」

「それもない。何処にいるのか分からないが、奴が捕まって死ぬ可能性は70〜80%だ。残りの20〜30%を引いて奴が死なないで敵を倒したとして、そこからどうやって帰還する? それでは、結局連れ去られたことになってしまう」

 

 つまり、何らかの方法で帰還するということだ。とりあえ内部通信で迅に報告した。

 

「迅。海斗が敵に拉致された」

『あー、そうなっちゃった? じゃあ、あいつが降って来た所に急いで駆け付けてくれる?』

「場所は分からないのか?」

『複数未来が見えてるからね。正確な予測は無理だから。確率の高い未来は分からなくも無いんだけど……バカは確率の低い未来を選ぶから』

「……」

 

 やはり、こういう時、バカは困る。

 ならば、自分達はバカが帰ってくるまで通常通り任務を遂行するのみだ。

 

「犬飼、辻。行くぞ」

「「了解」」

 

 自身の部下に声を掛け、トリオン兵の排除に向かった。

 

 ×××

 

 警戒区域外では、玉狛のメンバーがヴィザとヒュースと戦っていた。

 千佳へのヒュースのマーキングを修が盾で弾き、今だに全員でジリジリ退くことが出来ていた。

 しかし、トリオン兵が街の方に向かうまでのらりくらりと時間稼ぎをしていたヴィザの作戦により、烏丸が街を守りに抜け、木虎と修はC級を連れて一気に駆け出した。

 残ったレイジと小南がヒュースとヴィザを足止めしていた。

 

「ふむ……いやはや、やはり玄界の進歩も侮れませんな。多彩な上に腕も良い」

「そう思うなら尻尾巻いて逃げてくれない?」

「そうはいきませんよ、お嬢さん。我々にも任務がありますゆえ」

 

 とは言うものの、とヴィザは内心で現状を見渡す。戦闘中である敵二人は明らかに時間稼ぎの構えの上、少女の方は遠征艇の中で見て来た他の隊員達とは違うトリガーを使っている。おそらく、ワンオフ品かもしれない。

 男の筋肉の方も一見、普通の武器に見えるが、使用している武器の数は他の隊員達とは段違いだ。全てを使いこなせる技量と器用さが無ければ不可能だ。

 これは、簡単にはいかない相手だ。その上、逃げている雛鳥達に就いている隊員2人も、脚を失いながらもフットワークの軽いお嬢さんと、逆に動きは鈍くともガードの固い眼鏡のコンビネーションは中々に厄介だ。このままでは逃げられてしまう。

 

「クッ……!」

 

 ビルの上で小南と斬り合っている最中、その真下から爆発音と自分の弟子が苦戦しているような声が聞こえた。

 

「失礼、お嬢さん」

「はぁ?」

 

 ビルから飛び降りたヴィザは、煙の中でレイジからの銃撃を浴びそうになっていたヒュースを救い出し、ビルの中に隠れた。

 

「ヒュース殿、お気をつけて。罠が張り巡らされています。地の利も向こうにありますし、間違いなく持久戦の構えでしょう」

「はい。ここは二人掛かりで片方ずつ……」

 

 そうヒュースが言いかけた時だ。ミラの穴が突如、目の前に現れ、そこから見覚えのない男が走って来た。

 

「うおおおおなんだああああああ⁉︎」

「!」

「!」

 

 反射的にヒュースが磁石の盾を張り、目の前の男はその壁に脚をついて後方に大きく跳んだ。

 距離を置き、目付きの悪い少年をヴィザとヒュースは睨み付ける。

 

「何者、ですかな?」

「地獄からの使者、スパイダーマッ!」

「ハイレイン殿、こちらは?」

 

 無視して通信機に声をかける。

 

『泥の王を奪われた。そいつを最優先で仕留め、泥の王を奪い返せ』

「ほう……ということは、エネドラ殿は」

『ああ』

 

 その短い返事が全てを物語っていた。つまり、そういうことなのだろう。

 

『お前達は金の雛鳥の確保を中断し、黒トリガーを確保してもらう。必要があれば俺とミラも出る。可能であれば、両方手に入れたいところだが……まずはそいつだ』

「畏まりました」

 

 元より、自身の国の神になりうる金の雛鳥の捜索はからぶる前提だった。当初の目的は大量のトリオンと、これ以上いては害悪になりうる隊員達の処理だ。

 短く方針を伝えると、二人は見るからにバカっぽい少年に目を向けた。

 一方、そのバカっぽいというかバカな少年の海斗は。よく分からんが同じ服着てる時点で奴らが敵であることを察していた。

 さて、どうするか。まぁとりあえず向かってくるなら反撃するまでだ。

 

『陰山か?』

 

 内部通信で落ち着いた声が聞こえる。尊敬している筋肉、木崎レイジの声だ。

 

『あ、俺です』

『忍田さんから聞いたが、拉致されたのではなかったのか?』

『拉致⁉︎ あんた何してたのよ!』

『なんか帰してくれました。あれが近界民の船なんですね。なんかラスボスの隠れ家っぽくてカッコ良かったです』

『ちょっ、どういう……ていうか、そうよ! 死ぬってなん……』

『『小南、少し黙れ』』

 

 話にならないので一人は黙らせた。

 

『あ、敵の黒トリガー確保しましたよ。ボルボロス、だったっけ?』

『黒トリガーを……⁉︎』

 

 あっさりとしたその返事に、流石の落ち着いた筋肉も驚きを隠せなかった。しかし、お陰で護衛対象は変わった。奴らにとって千佳のトリオン量がどれだけの価値があるのか分からないが、黒トリガーよりは流石に優先されないだろう。

 いや、それなら一層のこと……。

 

『海斗、黒トリガーを手放せ』

『え?』

『俺達の目的は街とC級の防衛だ。黒トリガーの奪取ではないし、必要以上にお前が狙われるだけになる』

 

 チラッと聞いただけだが、海斗は死ぬかもしれない。おそらく、迅の予知の結果だろう。それなのに、黒トリガーを持って敵に狙われ続けるのは余りにも危険な賭けだ。それなら、黒トリガーを返した上でC級の護衛に加えた方が良い。

 しかし、海斗は首を横にする。

 

『いやいや、手放す気は無いですよ。チラッと聞いた話だけど、今はC級が危ないんでしょ?』

『それは……そうだが』

『なら、とりあえずC級が逃げる時間を稼ぐのに、今の俺は最良の囮になりますから』

『……』

 

 反論の余地はない。こういう場合「お前死ぬかもよ?」と言えれば良いのだが、恐らく海斗の場合は死を恐れるタマではない。「だから何?」と言った感じになりそうなものだ。

 迷っている時間はないが、海斗の意思を曲げさせる術もな……いや、あった。

 

『海斗。今、黒トリガーを手放し、俺達とこいつらを仕留めることに成功すれば高級ラーメンをご馳走する』

『了解』

 

 早かった。こういう時、素直なバカは助かった。だって絶対、考える前に答えを出してるから。

 早速、海斗がポケットから泥の王を取り出した時だ。

 

『では、戦場を移動いたします』

 

 直後、海斗とヴィザとヒュースの足元に、黒い穴が空いた。

 

「はえ?」

『海斗……⁉︎』

 

 小南の声を最後に、海斗は穴に吸い込まれた。

 

 ×××

 

 本部では、レイジからの報告を忍田が受けていた。

 

「了解した。陰山隊員が黒トリガーを確保し、敵と別の場所にワープした、と」

 

 場所はマップでも確認している。警戒区域内の、C級隊員達が最速で基地に逃げ込むのに最適な場所にワープさせられていた。

 しかし、問題ない。もうすぐだが、頼りになる2人が到着する。まだC級隊員だが、黒トリガーを持つ少年と、未来視のサイドエフェクトを持ち、アタッカーランキング一位の太刀川慶と同格の実力を持つ実力派エリートだ。

 それよりも、C級隊員を誘導している修と木虎に指示を出さなければならない。

 

「三雲と木虎に逃走ルートを変更させろ。陰山が人型を引き受ける。陰山には人型のデータを送れ!」

「了解」

「近くの部隊には陰山の援護に向かわせろ!」

 

 他のトリオン兵もまだいるから全員は向かわせられない。それまで、海斗には一人で頑張ってもらうしかない。

 そう思っていた時だ。遊真と迅の前に、先に到着しそうな援軍から通信が入った。

 

 ×××

 

 落下した海斗達は、すぐさま戦闘になった。ヒュースがメインで、海斗と戦闘を開始する。

 車輪のような形をした磁石のブレードを海斗に向けて飛ばすが、実に緩やかな動きで開始され、一気に接近して来る。派手な技は牽制。本命の技は小さな苦無の形をした小さな弾だ。

 後から飛んできた弾だが、見えている攻撃でしかないそれを海斗はあっさりとブレードでジャンプしながら弾き、沈み込むようにヒュースの前に姿勢を低くして着地する。

 そこから繰り出されるのは右拳。何の真似だ? とヒュースが眉間にしわを寄せたのもつかの間、拳から薄っすらとブレードがはみ出ているのが見えた。

 

「っ……!」

 

 しかし、ただやられるわけにもいかない。ヒュースも同じように左拳に磁石を纏い、叩き付けた。拳と拳が正面から激突し、あたり一帯に衝撃波が走る。

 それにより、海斗は一旦、後方に飛び退き、ヒュースは逃さずに磁石を飛ばすが、それに対し、スコーピオンの投擲で全て相殺させた後、着地しながらアイビスを取り出し、二発放った。

 磁石の盾はアイビスも通さない。ガインッと明後日の方向に弾き飛ばしたが、ヒュースの手には若干の痺れが残った。

 

「クッ……!」

 

 奥歯を噛み締めた直後、アイビスの後ろからレイガストを背負い、スラスターの勢いで突っ込んできている海斗が飛んで来た。

 

「蝶の楯!」

 

 磁力によって宙に浮いているトリガーを一斉に海斗に向かわせたが、レイガストの範囲が広がり、海斗を包み込みガードする。弾の一発が背負ってるレイガストの柄に直撃し、破壊され、シールドが破壊されたが、海斗は既にヒュースの目前に迫っている。

 

「柔拳法……!」

 

 何かの技か? と、独特な構えをしながら呟く海斗を見て、ヒュースは眉間にしわを寄せた。片腕はスコーピオンの義手、もう片方の手は指先に少しはみ出させているスコーピオンを構えて、一気に乱撃を放った。

 

「八卦六十四掌‼︎」

 

 足首の回転から腰の捻りを加えた回転力による連打。ヒュースの目の前にある盾に点穴があるわけではないため、狙いはテキトーだが、威力は本物だ。

 

「二掌」

 

 盾に小さな凹みが入る。

 

「四掌」

 

 二箇所の凹みにさらに二発ずつ入り、クレーターが大きくなる。

 

「八掌」

 

 先端のスコーピオンが、盾の中に食い込んだ。

 

「十六掌」

 

 亀裂が盾全体に響き渡り、ヒュースの表情に驚愕が浮かぶ。

 

「三十二掌」

 

 砕ける直前……という所まで来た時、ヒュースの色に変化が起きた。六十四掌まで放つ直前、反射的にバク宙で回避しようとしたが、砕けた盾の後ろからレールガン状の弾が飛んできて、海斗の足に突き刺さった。

 

「うおっ……⁉︎」

 

 それには流石に焦りを感じ、着地したまま後方に飛ぶが、その後ろからヒュースの磁石弾が見え義手スコーピオンを引っ込めた。

 

「シールド!」

 

 躱せない、と判断し、磁石の攻撃をギリギリ防ぎながら民家の中に入る。

 その様子を眺めていたヒュースは油断なく磁石の弾を作る。八卦六十四掌……どういう原理の技であるか、名前の由来からしてよく分からないが、盾を壊されるとは中々の威力だ。近接戦闘は危険かもしれない。

 どう攻めるか考えていると、ヒュースの肩にヴィザが手を置いた。

 

「ヒュース殿、ここはわたくしがお相手致します。援護を頼めますか?」

「いえ、奴は自分が……!」

「彼は先程の相手と違って何かを仕掛けてくるタイプではなく、真っ向からの近接戦闘がメインのようだ。しかし、それだけで最新鋭のトリガーであるヒュース殿と互角に渡り合っています」

「まだ探り合いの段階です! 奴の動きは頭に入れました!」

「彼を殺すわけにはいかないのです。何故なら、脱出トリガーがあるのですから。それを使えば、泥の王を持ったまま逃げられてしまう」

「……しかし、ヴィザ翁のトリガーでは」

「はい。やり過ぎれば殺してしまいますが、両脚を奪うだけにすれば敵の動きは止められます。この星の杖を初見で凌いだ人間はいないのだから」

 

 そこまで師匠に言われてしまえば、ヒュースとしても頷かざるを得ない。

 

「……了解しました」

「では、参りましょう。ヒュース殿、巻き込まれないようお願い致します」

 

 そう言うと、ヴィザは手に持っている国宝を握り直し。

 

「『星の杖』」

 

 自らのトリガーの名を呼んだ。

 

 ×××

 

 民家の塀に隠れている海斗は、とりあえずスコーピオンで義手を再び作り、どうしたものかと頭の中で策を巡らせた。敵は二人、片方は遠・中・近距離全て戦えるオールラウンダーの上、もう片方は全く動いていないため、トリガーの情報も分からない。

 

「……こりゃシャレになってないな」

 

 これにジジイの方が加われば、流石にマズイかも……なんて思ってる時だ。塀の向こう、自身に対して敵意を持つ爺さんの方に動きがあった。杖を少し持ち上げるのを見て、攻撃が来る、と反射的に察知し、避けようとジャンプした時だ。

 無数とも呼べる斬撃がノータイムで飛んで来て、左腕を失った。

 

「うおっ……⁉︎」

 

 当たったのがたまたま左腕だったのは、ラッキーかもしれない。既に失っている部位で、義手を失っただけに過ぎないから。

 しかも、崩されたのは自分の腕だけではない。あたり一帯の民家が全て粉々になった。

 

「お、おいおいおい! こんなのズルじゃないの⁉︎」

「黒トリガーというのはそういうものです。あなたが持つ、泥の王も本来ならそのくらいの威力を誇るものですよ」

「……遠回りにオカッパウ○コディスったな……」

 

 そう思いつつ、少しヤバいと内心では焦っていた。ワンチャン、自分で泥の王を使うのも考えたが、そんな暇はあの爺さんが許さないだろう。

 次の一撃が来そうなので、とにかく集中しようとした時だ。目の前の人型近界民に複数の弾丸が降り注いだ。

 

「「!」」

 

 その直後、さらに追加されたのは黒い弾丸。戦闘モードに入ったヴィザが自身のトリガーで迎撃しようとしたが、ブレードにズシっと重みが掛かる。

 

「これは……⁉︎」

 

 鉛弾、攻撃力がない代わりに敵にペナルティを与えるオプショントリガーだ。それにより動きをほんの一瞬、制限された隙に、二人のアタッカーが攻撃に加わった。

 軽量ブレードのスコーピオンと、孤月の改良品の槍。

 

「ヴィザ翁!」

 

 反射的にヒュースが磁力の弾を飛ばし、二人を退けさせた。

 まるで海斗を庇うように降りて来た4人組は、海斗がよく見知った4人だった。

 

「よう、バカ。随分と辛そうじゃねえか」

「助けてやろうか?」

「片腕まで失うとは、情けない奴め」

「どーもー、双葉の師匠先輩」

 

 出水公平、米屋陽介、三輪秀次、緑川駿の四人だ。思い掛けない救援に、一瞬だけ海斗は驚いて見せたが、すぐにいつもの生意気そうな顔に戻った。

 

「バカ言え。これから1人で大逆転するとこだったんだよ」

「抜かせバーカ」

 

 米屋が軽口を叩くと、三輪が真剣な表情で海斗に確認をとった。

 

「聞いたぞ。敵の黒トリガーを奪ったらしいな?」

「……ああ」

「なら、話は早い。奴らを倒し、その黒トリガーは俺達の新たな戦力にする」

「りょーかい」

 

 そう返事をし、改めて海斗は首を鳴らしながら敵を見上げた。

 一方、ヴィザとヒュースは。中々に落ち着いている敵が来たが、特に焦りを見せることはなかった。また敵が増えた、程度にしか思っていないのだろう。

 ヒュースが隣のヴィザに声を掛けた。

 

「ヴィザ翁、ブレードの様子は大丈夫ですか?」

「ふむ……」

 

 小さく唸ると、広げられたブレードに付いた重石を斬り削いだ。

 

「これで、少しはマシになりましたかな」

「如何致しますか?」

「やる事は変わりません。私が泥の王を持つ者以外を斬ります。ヒュース殿には援護を頼みたい」

「了解致しました」

 

 その指示に従い、ヒュースは一歩後ろに退がり、ヴィザはトリガーを構えた。

 

「では、参りましょうか」

 

 その一言を合図に、全員が一斉に動いた。

 

 



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ギリギリなのもいいとこなんですけど。

 鉛弾によって重さを増した星の杖のブレードだが、それでも速さはギリギリ目で追える程度の速さは保っていた。その上、ヴィザの攻撃からは「攻撃するぞ」という感情がほぼ感じられない。それでもほんの些細な変化からなんとか海斗が見据え、内部通信で指示を出して全員が回避なりガードなりで凌いでいた。

 しかし、敵の人型はヴィザ一人ではない。横からヒュースが磁力による攻撃が飛んでくる。その攻撃は、出水が全て相殺していた。

 ヒュースの弾を凌ぎつつ、ハウンドをヒュースに放つ。それを盾と宙に浮いてる破片で跳ね返されるが、その隙にグラスホッパーを踏んだ緑川がヒュースに接近する。

 ブレードを振るおうとする緑川に対し、カウンターを放とうと身構えるヒュースだが、目の前で再びグラスホッパーを使われ、通り過ぎた。

 直後、さらに別方向から米屋が仕掛けた。幻踊孤月によって肩を穂先がナメたが、致命傷ではない。

 突いた槍を引っ込めて、すぐさま突きかかる。槍の長さを活かしてそれなりに距離を保ちながら攻防を繰り広げる。

 本命は、その後の三輪秀次だ。ハンドガンを向け、弾を放った。銃弾はヒュースに一直線に向かうも、盾がそれを阻むように形成される。しかし、その弾は軌道を変えた。

 

「!」

 

 初見なら当たっていただろうが、この弾を使う相手とは既に戦闘済みだ。ガードを広げ、弾を防ごうとした時だ。頭上からバカが奇襲して来た。緑川のグラスホッパーを借り、大きく真上にジャンプした海斗はアイビスを構えている。

 しかし、ヴィザが構えを取っているのを見て、攻撃はキャンセルせざるを得なくなった。

 

『斬撃が来る。全員しゃがめ!』

 

 それにより、全員ヒュースから距離を置きつつ、斬撃を紙一重で回避する。それでも肩や脇腹を掠めたりしていたため、完全に回避しきることは出来ない。

 

『どうする? このままでは削り殺されるだけだ』

『あの全方位斬撃のお陰で数の優位も活かせてないしな』

『分断した方が良いんじゃない?』

『だな』

 

 攻撃を凌ぎつつ、作戦を展開する。会話に参加できていないのは、もちろん海斗だけだ。バカ過ぎるというのもあるが、会話している暇があるならヴィザの斬撃のタイミングを口頭で伝えなければならない。

 

『あの斬撃は海斗でなければ躱せない。鉛弾をさらに重ねれば斬撃の速度は落ちるし、俺と海斗で黒トリガーを引き受ける』

『了解。じゃあ俺と出水と緑川で磁力の方だな』

『じゃ、とりあえず一発ぶっ放すから、だれか磁力の方を連れて行ってくんない?』

『はいよ』

『はいはい』

 

 そう言った直後、出水は二種類のトリオンキューブを混ぜ合わせ、八分割する。

 

「『変化炸裂弾』」

 

 その弾が突撃し、四つずつ左右に分かれ、ヴィザとヒュースに向かって行く。

 

「「!」」

 

 その二発をガードする事により、大きな爆破が起こる。その隙を突いて、米屋と緑川がヒュースに突撃した。

 

「チィッ……!」

 

 二人の斬撃を磁力の盾によってガードする。直後、自分の腹に何かが直撃した。レイガストのシールドモードが、自分の腹を掴むような形で突撃していた。

 それに気づいた時にはもう遅い。スラスターにより、自分の身体は大きく後方に連行されていった。

 

「……さて、黒トリガー相手に2人になったわけだが」

「問題ない。忍田さんの話によれば、もう2人ほど援軍が来るらしい」

「へぇ、誰?」

「俺が嫌いな二人組だ」

 

 一発でわかってしまった。それが誰なのか。考えるだけで胃が痛くなるメンツだが、この際、気にしている場合ではない。

 

「お前は良いのか?」

「問題ない。目の前の敵を倒すぞ」

 

 その声は、つい数週間前に聞いた声だ。空閑遊真を見つけ、殺す気が昂っている時の三輪の声。あの時は厄介この上なかったが、現状ではここまで頼もしい存在になるとは思わなかった。

 

「……やるぞ、海斗」

「あいよ」

 

 短く返事をして、2人で敵の遠征部隊最強のコマに襲い掛かった。

 

 ×××

 

 スラスターにより飛ばされたヒュースは、途中で自身のトリガーでレイガストを破壊した。

 しかし、そのヒュースにさらに米屋と緑川が強襲する。2人がかりで攻防を続けながら機動戦に持ち込んだ。

 

(なるほど、俺とヴィザ翁を引き離すつもりか)

 

 狙いは読めた。確かに、自分がヴィザの援護に回れば、たとえ5人掛かりでも返り討ちに出来る。

 しかし、ヴィザに対し2人がかりというのは少な過ぎないだろうか。まぁ、敵に対してそんな助言をするつもりは毛頭ないが。むしろ、自分で三人も足止めできるなら、それこそ望むところだ。

 

「『メテオラ』」

 

 後方から声がすると共に、前の二人が後ろに飛び退いた。爆発する弾が自身の盾に直撃し、ヒュースも距離を置くように下がった。

 さて、まずは的確な分析からだ。まずは槍使い。相当、戦い慣れたように見える大胆かつ繊細な動きは中々にやりづらい。特に、自分が受けた躱しても当たる攻撃には注意が必要だ。

 続いて、小さい奴。動きは機敏で、空中で跳べるジャンプ台のようなものは厄介で、腕も悪くない。しかし、3人の中では一番若い。隙があるとしたらこいつだろう。

 最後に、後方の黒コート。黒いコートは自分達の黒いマントとかぶってる、なんてしょーもないことは思わなかったが、一番の要注意はこの男だ。操る弾の精度は高い上に、直撃すればタダでは済まない威力、その上、援護をするのが敵ながら上手いのはかなり厄介だ。

 とりあえず、まずは数を減らす所からだ。

 

「『蝶の楯』」

 

 自身の唯一の武器でありながら、応用の幅は唯一と思わせないトリガーを車輪の形にし、目の前の三人に飛ばした。

 

「うおっ、来た」

 

 米屋が声を漏らすと共に、襲い来る攻撃を回避する。

 派手な攻撃は目眩し。本命は、磁力を使った死角からの攻撃。しかし、それは出水のハウンドに阻まれる。蝶の楯はボーダーの弾を弾き返す。それでも磁石の弾の軌道を変える事は可能だ。

 さらに、跳ね返らせた弾を別の弾に当て、複数の磁石の軌道をそらす真似を見せた。

 その隙に、グラスホッパーを使った緑川が一気に距離を詰める。スコーピオンを使った双剣の剣技が襲い掛かってくるが、ヒュースも近接戦は苦手ではない。何せ、自分の剣の師匠は、国宝の使い手なのだから。

 ヒュースも同じように両手に磁石の双剣を作った。磁力の反発によってスコーピオンより速く、スコーピオンより一撃が重い。

 緑川の乱撃を跳ね返すと、両手の双剣を合体させて大剣を作り上げ、一気に振り下ろした。反射的にスコーピオンを交差してガードした緑川だが、二本とも叩き斬って肩から腰までの表面を撫でた。

 

「っ……!」

「浅かったか……」

 

 しかし、磁力の反発を使えば、大剣でも速度を出すことは可能だ。まず一人目、と心の中で唱えたヒュースだが、緑川もA級4位部隊のアタッカーだ。簡単にはやられない。

 下からせり上がってくる大剣に対し、グラスホッパーによって空中で一回転して回避した。その着地点にさらにグラスホッパーを置く。

 今度はヒュースの斜め上をとった。そこからさらにグラスホッパーを置き、今度は、背後に、その次は斜め前に。徐々に加速し、すれ違う度にブレードを出し、ヒュースの身体を徐々に削っていく。

 乱反射と呼ばれる、緑川の身軽さと機動力が重なってようやく出来る早業だ。

 

「チッ……すばしっこい……!」

「トロいね!」

 

 磁力を用いた双剣でも、二本手持ちでは追い付かない。中々の速さだ。

 ならば、他に持たずに本数を増やせば良い。ヒュースの周囲に磁石の破片が浮かび上がり、さらに苦無のような短刀の形をした弾が作られる。

 

「あ、ヤバい……!」

 

 そう判断し、緑川はいち早く間合いから抜け出した。直後、ヒュースの周りをブレードが取り囲むように展開された。流石にどんなに速くても、あの中では生きられない。

 

「あっぶねー……」

 

 結局、大きなダメージは与えられなかった。せめて腕の一本くらい取りたかったが……まぁ、それでも十分に役割は果たしたと言える。

 

「旋空孤月」

「ーッ‼︎」

 

 何故なら、背後を取った米屋が本命だからだ。いや、正確にはそれだけが本命ではない。

 

「『変化炸裂弾』」

 

 後方に待機していた出水も含めての本命だ。前後左右上からの攻撃がヒュースに向かい、大きな爆発と爆煙がその辺り一帯を支配した。

 流石にやったか? と思ったが、フラグになりそうなのでその可能性は打ち消す。こういう場合は、生きている事態を想定すべきだ。

 そのため、緑川と米屋は一旦、敵から距離を置く。

 

「……どうだ?」

 

 出水が声をあげる。その質問に答えるかのように、煙の中から声が聞こえて来た。

 

「なるほど……『玄界の進歩も目覚ましい』か……」

 

 師匠の言ったその言葉が頭の中で反復する。自分の最新鋭のトリガーに対し、まだまだ進んでいない技術のトリガーでここまで食い下がられるとは……数の優位があるにしても、たった三人がかりであるにも関わらず、だ。エネドラ程ではないがまだまだ自分も敵を侮っていたのかもしれない。

 恐らくだが、ここからヴィザの救援にも金の雛鳥の確保にも、目の前の敵を倒さない限りは参加出来ないだろう。

 ……ならば、だ。

 

「良いだろう。ここからは、俺も本気でやろう」

 

 目の前の敵に集中するのみだ。

 

 ×××

 

 バカが騒いで行った遠征艇は、トリオンにより大方修理された。と言っても、壊された卵は元には戻せなかったが。

 そんな事はさておき、現状はあまり好ましくない。金の雛鳥の行方は、ミラがバドを使って捜索中の上、泥の王を持つバカっぽい男もヴィザを相手に中々、堪えている。

 これならば、いっそのこと金の雛鳥と泥の王を一纏めにした方が良さそうだ。

 

「ミラ、金の雛鳥は?」

「発見しました。おそらくですが、別の入り口の方に向かっていると思われます」

「ヴィザに連絡し、泥の王を金の雛鳥の方に誘導するよう指示を出せ。雛鳥達の方にはラービットを複数体投入し、ルートを迂回させろ」

「了解しました」

 

 続いて「それから」と言いながら立ち上がる。首をクルリと回しながら、ミラに伝えた。

 

「俺も出る。大窓の準備をしておけ」

「了解」

 

 どういうわけか、泥の王を持つ男はエネドラの死角からの攻撃もヴィザの高速斬撃にも対応して見せている。それでも無傷で済んでいるわけではないが、二人では相性が悪いのかもしれない。その上、脱出トリガーを使われるわけにはいかないのだから、これは相当ヴィザもやりづらいだろう。

 ならば、相性など関係ない自分自身が行くしかない。キューブにして、本国に持ち帰れば黒トリガーも強力な兵士も自分のモノにできる。

 

 ×××

 

「三雲くん、あなた腕を上げたのね」

 

 C級を引き連れて別の入り口を目指している途中、木虎がそんな事を言い出した。この同級生が自分を褒める事など今まで一度も無かったため、思わず唖然としてしまう。それが、木虎には少しカチンと来た。

 

「何?」

「あ、いや……木虎も人を褒めることがあるんだなって……」

「どういう意味よ。私は認めるべきところは認めるわ。さっきだって、他の正隊員達が簡単にやられていった新型を相手に粘っていたじゃない」

「あ、あー……いや、粘ることしか出来なかったけど……」

 

 自分の最大火力のアステロイドも、新型は怯む程度でダメージにはならなかった。あのまま戦えば捕まっていただろう。

 

「それでも十分でしょう。あなたが粘ったから、C級達は無事でいられるのよ」

「それはそうだけど……でも、それも陰や……ウィス様から教わったことなんだ」

「……あの人から?」

「ああ。『喧嘩は心が折れた時点で負けだ。殴られても蹴られても切られても刺されても撃たれても沈められても絶対に立ち上がれ』って」

「あの人、どんな喧嘩を送って来たのよ……撃たれてって……」

 

 その上、かなりデタラメなことを言っているが、それでも結果的に間違った方向には進んでいない。敵の視線を引き、ほんの少し気を引くだけで味方の奇襲が成立する。レイガストのシールドモードを上手く使いこなせれば、剣の腕は無くても粘ることは可能だ。

 

「ウィス様も最初から喧嘩が強かったわけじゃないんだって。まずは精神的に負け犬にならないようにして、殴られ続けて、敵の隙を伺い、その上で反撃してたって。そしたら、いつのまにかレンガや金属バットで殴られてもピンピンするようになってたらしいよ」

「そこはいいわ。聞きたくない。バイオレンス過ぎ」

 

 まぁ、当然だろう。ボーダーに所属しているとはいえ、喧嘩が好きなわけではない。ましてや、リアルの人間は殴れば血が出るし。

 そんな話をしてる時だ。後ろにいた千佳がピクッと反応し、前方を見た。その後に出て来るゲートとラービット。三色揃っている。

 

「! 新型……!」

「こっちの道はダメだ! 迂回するんだ!」

 

 すぐにC級隊員に指示を出した。

 

 ×××

 

 ヴィザが急に機動戦に持ち込んできた事により、三輪と海斗は退がるのを余儀なくされた。レッドバレットによりブレードの動きは見えるが、それでも距離があり過ぎる。スコーピオンの投擲やハンドガンで狙いを定めている間に、次の斬撃が来てしまう。

 

「おいおいおいおい! これあいつらと別れたの失敗だったんじゃねーの?」

「バカ言え! あの磁力使いがいれば、俺達はまとめて斬られていた」

「でもなんかあの爺さん元気になってんぞ! 別の狙いがあるっぽいけど!」

「別の狙いだと……⁉︎」

 

 現状で黒トリガーの回収以外、向こうに狙いがあるとは思えない。それは変わらないだろう。

 なら、他に何を狙う? 自分が向こうの指揮官ならどうするか? 黒トリガーの確保に、一番必要な事は何か? 

 考えてみれば、何故あのジジイが急にやる気を出したか、だ。そもそも、あの黒トリガーは生け捕りには向いていない。即死斬撃が運悪く海斗の身体を斬り裂けば、緊急脱出待った無しだ。

 生け捕りに一番必要な駒は、思い付く限り一つだけだ。

 

「新型か⁉︎」

 

 そう理解した直後、背後の民家がぶっ壊された。その後に出て来たのは、予想通り新型トリオン兵、そして逃げ惑うC級達と三雲修、木虎藍だった。

 

「しまった……!」

「三輪先輩……ウィス様⁉︎」

「あれ、メガネと木虎じゃん。なんでお前ら戻って来てんの」

 

 見事に嵌められた。護衛対象が増えた上に、まともな戦闘員は自分と海斗だけ。修は弱いし木虎のダメージは大きい。

 

「さて。では、参りましょうか」

 

 そう言ったヴィザがまず向かったのは、新型の相手をしている木虎だった。いち早く気付き、強引にラービットから距離を置こうとした木虎だが、まともにヴィザと戦闘していなかったので戦闘力を知らない。

 

「っ……!」

「まずは、1人目ですね」

 

 目で追えない居合によって、木虎の身体は真っ二つに斬り裂かれた。

 

「っ……!」

 

 タダでやられるつもりなかった。アステロイドを銃口から放つが、あっさり回避され、緊急脱出してしまう。

 続いてヴィザが目を向けたのは修だった。腕利きは無視し、先に弱いのから落とすつもりのようだ。C級の確保はラービットに任せ、戦闘員は自ら叩く。

 

「クソッ……メガネ、逃げろ!」

 

 新型の相手をしている三輪が叫ぶ通り、修はスラスターを使って後方に跳んだ。しかし、空中に浮けばヴィザの遠隔斬撃が待っている。星の杖を起動しようとした直後、海斗がそのヴィザに突貫した。

 スラスターを使ったスコーピオンライダーキックを放ち、ヴィザは攻撃をキャンセルして杖で防御する。

 

「ここまで近付きゃ、遠距離斬撃も意味ねえだろ。その上、俺を斬るわけにもいかねえよな?」

「面白い」

 

 近距離でヴィザに居合だけは使わせないように拳を連続で叩き込む。右腕でスラスターを使いながらのパンチを回避され、腰に来る杖の殴打をジャンプで回避すると、空中で半回転しながら後ろ廻し蹴りを放った。

 それも回避され、居合の構えを取るヴィザに対し、海斗は唾を飛ばした。それがヴィザの目に向かう。

 

「おっと……」

 

 流石に目を潰されては居合は放てない。首を横に倒しつつ居合を続行しようとしたが、着地した海斗がモグラ爪を放ち、それを読んで後方に下がり、居合を放った。

 大分、姿勢が崩されたからか、海斗はそれも左腕の義手を犠牲にして回避して接近を仕掛け、右拳による最速のスコーピオンパンチを放つ。それをヴィザは鞘でガードした。

 

「テメェ……まだ本気でやってねえな?」

「ふむ……その直感力、まるで獣ですな」

「がおー」

「その軽口には、些か頭に来ることもありますが」

 

 海斗の拳をあっさりと鞘で押し返すと、今度はヴィザが仕掛けた。杖の居合によって、海斗の左足を持っていく。

 

「わ、やべぇ」

「まず一本。そして、2本目ですな」

 

 そう言って、二度目の居合を放とうとした時だ。空から無機質な声が聞こえて来た。

 

「『強』印『五重』」

 

 その直後、降り注ぐ拳。反射的にヴィザは居合の目標を変えた。

 遊真の拳とヴィザの居合が直撃する。小さな爆弾が爆発したかのような衝撃が走り、その場にいた海斗は後方に飛ばされた。

 

「遊真……!」

 

 思わず声を漏らした海斗に狙いを定めたラービットが拳を降り注ぐが、その前に壁が現れ、ラービットの顎を強打する。浮かび上がったラービットに斬撃が複数入った。

 

「悪い、遅くなったな。海斗」

「迅……!」

 

 ようやく、二人の強力な援軍が到着した。三輪にとっては気に食わない援軍だが、それでも強力なことに変わりはない。

 

「海斗、秀次。こいつらは俺達が引き受ける。お前らはC級とメガネくんを連れて本部まで行け」

「ああ? あのおっさんとの喧嘩はまだ終わってねえぞ」

「海斗、ラーメン」

「了解」

 

 随分と三輪は海斗の扱いを慣らしたものだ。迅の指示に従うのは癪だったが、それがベストなのはよくわかっていた。

 

「オラ、C級! 俺について来いやボケ!」

「お前は片足ないだろう。殿を頼む。俺についてこい」

 

 ラービットを切り抜けながら、三輪と海斗と修はC級を引き連れて走り出した。

 

 



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言い間違えたわ。

 ヒュースの本領発揮は、戦闘している場所そのものを自分の有利な地形を変える力を持っていた。空中には加速と飛行を可能とする磁石のレールが引かれ、機動力を活かした攻撃に出水と緑川と米屋は手を焼いていた。

 弾丸よりも速く動くヒュースから、さらに速い弾丸が放たれ続け、緑川と米屋には磁石がいくつか刺さっていた。明らかに多対一の戦闘にも慣れた様子の戦術だった。

 

『オイ、どうすんだ弾バカ!』

『俺に聞くなっつーの! お前らが序盤のうちに仕留めねーからだろうが!』

『ちょっとー、いずみん先輩。俺たちの所為にしないでよ』

 

 そう、この三人の中には隊長がいないのだ。戦闘においては頭が回り、それなりに戦術を考えられるメンバーでも、敵が人型近界民の上にトリガー角を付けたイレギュラーの上、人数的にもたった三人で勝つ戦法を思い浮かべられるほどキレ者ではない。

 せめてA級部隊の隊長がいればそれも可能だろうが、今はどこも手一杯だ。草壁隊に至っては県外にいる。

 

「……無い物ねだりしても仕方ないか」

 

 出水がそう呟き、どうするべきか思考を巡らせ始めた時だ。耳元で落ち着いた声が聞こえた。

 

『おう、出水。奴の足を止めろ。ほんの1〜2秒で良い』

「は? 了解」

 

 とりあえず了承した。出水がとったトリガーは変化弾。この弾なら、足を止めるのに持ってこいだ。

 

『米屋、緑川! 奴の足を止めるぞ、気張れ!』

「「了解!」」

 

 建物越しにヒュースに弾丸が襲い掛かった。それを盾で跳ね返している間に、米屋と緑川が前後から急襲する。

 

「『幻踊孤月』」

「『蝶の楯』」

「グラスホッパー!」

 

 米屋の穂先が変形する刺突に対し、磁石で巨大な手を作って突き刺させて受け止めた。磁力により、抜けないし動かない。

 そして、背後からの緑川には磁石を利かせて地面に這いつくばらせた。最後に磁力による加速で米屋を後方に思いっきり放り投げる。

 直後、脚にザクッと何かが突き刺さる感覚。地面に縫い付けられた緑川がモグラ爪でヒュースの両脚を貫通させた。

 

「捕まえた」

「チッ……!」

 

 捨て身の一撃を入れたからだろうか? 絶体絶命にもかかわらずニヤリとほくそ笑む緑川に、トドメと言わんばかりに車輪を放ろうとした時だ。遠くに見える本部の屋上がパッと光った。

 

(狙撃……!)

 

 反射的に車輪の軌道を変更した。襲いかかってきた狙撃は全部で三つ。一発は受け止めたが、残りの二発は腕と脚に突き刺さった。

 

「グッ……!」

 

 腕の良い狙撃手が二人、これはマズイ。 流石にあそこまで弾は届かない。せめて遠征部隊の怖いワープ女がいれば何とかなるが、そうもいかないだろう。つくづく面倒な相手だ。

 一方、狙撃手の参戦によって一気に有利になった出水達は、一度距離を置いて合流した。

 

「助かりましたよ。冬島さん、当真さん、奈良坂、古寺」

『気にするな。ちょうど良いからオレが指揮る。全員、合わせて動けよ〜』

 

 冬島の気が抜けるような指示に、全員が「了解!」と返事をした。

 

 ×××

 

 慌てて撤退中の海斗と三輪と修は、前方のラービット三体、後方の二体に対して身構えた。

 先頭を走るのは修と三輪で、最後尾に海斗がいるのだが、はっきり言って三輪がいる時点でラービットなど相手にならない。何故なら、トリオン兵に対し鉛弾は効果が抜群だからだ。

 その上、受けに徹すれば数十秒ほどラービットの猛攻を凌げる修が組めば、少なくともトリオン兵相手になら全滅させられる。

 

「……チッ」

 

 正直、玉狛の考え方はいまだに好きになれない三輪としては、あまり認めたくない事実だが、修がいて助かっているのも事実だった。どうやら、本当にバカの教えを受けていたようだ。

 そんな中、背後で大きな音が響く。片腕と片足が無いのが響いているのか、海斗が苦戦しているのかも……と、思ったのだが、そうでもなかった。海斗が敵の気を引き、千佳がとどめを刺しているようだ。

 

「……ふっ、師弟揃って壁役か」

「え?」

「何でもない。それより、敵はまだ来る。集中しろ」

「は、はい……!」

 

 割と順調に進んでいる時だ。後方にいた千佳が、何かに気付いたように、近くの建物の屋根を見上げた。

 

「? どうした、雨取? トイレか?」

「来ます……近界民が」

「ニュータイプ? 見聞色?」

「あ、いえ、サイドエフェクトで……」

 

 なんてやってる時だ。千佳の視線の先に現れた黒い穴から、白い鳩と見るからに冷徹そうな男が姿を現した。見覚えのあるその男は、間違いなく遠征艇の中で会った隊長と思われる男だ。

 

「あいつは……」

「知ってるんですか?」

「さっき遠征艇で会った」

「え、遠征艇……?」

 

 困惑する千佳だが、説明している暇はない。とにかく、かなり強敵であることは分かっていた。

 

「やはり、ラービットでは足止めにしかならんか……。『卵の冠』」

 

 出て来たのは何匹もの鳩や魚。それらがこちらに向かってくる。それに対し、海斗はスコーピオンの投擲を放った。どんな弾だか知らないが、C級に当てさせるわけにはいかない。

 右手から投げ、左手の義手は一度引っ込め、ロケットパンチの如くスコーピオンを飛ばす。

 しかし、それらは向かい来る動物達に当たると、トリオンキューブと化した。

 

「あ?」

 

 爆発でもなければ貫通でもない。ただ、その場に落下するだけだった。理解不能だが、ぼんやりしてる場合ではない。落としきれなかった分を回避した。

 鳩や魚は海斗以外にも降り注ぎ、C級隊員にも直撃した。

 

「ぐわっ……!」

「ああ……!」

 

 その隊員達ですら、その場でトリオンキューブと化す。それには流石に海斗も肝を冷やした。

 

「オイオイ……チートだろ」

「海斗、無事か⁉︎」

「無事に見えるかコラ⁉︎ 動物に当たるな、即死するぞ!」

 

 それを聞いて、修はトリオンキューブを、三輪はハンドガンを取り出す。三人が最後尾に立ち、C級をカバーするしかない。

 

「海斗、お前は退がれ!」

「バカ言え! 俺だって射撃くらい出来るわ!」

 

 そう言うと、海斗は腕のスコーピオンを引っ込めてアイビスを取り出す。普通の狙撃手なら狙う必要があるが、バカの場合は近距離でも手にあればアイビスで戦える。実際にB級ランク戦で狙撃しようとしてる中、後ろを奥寺に取られたものの、アイビスを剣の代わりにして、トドメ近距離射撃で落としたくらいだ。

 三人が何とか射撃で目の前の動物をキューブに変えるが、それでも何匹かは後ろに抜けていく。

 

「あ、そゆことね。カバーに回ります」

「早く行け」

 

 三輪の指示の意味を理解し、海斗は飛び退いてC級のカバーに回った。右腕と左脚の表面にスコーピオンの膜を張る。左腕の義手は捨て、右脚に義足を生やした。

 スコーピオンの部分でわくわく動物に触れた直後、スコーピオンのスイッチをオフにする。それでじぶんもトリオンキューブになるのを防いでいた。

 直後、ピリッと背後から悪寒が走る。ドシュッと右の義足に突き刺さり、膝から下を削ぎ落とした。

 

「チッ……!」

 

 ワープ使いの黒トリガーだ。ガクンっと体制が崩れた事によって、海斗に魚がさらに詰め寄ってくる。

 それでも、海斗の往生際は普通の人間の倍悪い。レイガストでスラスターを使い、強引に後ろに飛び退いた。

 海斗のサイドエフェクトは視界に入っていて自分に何かしらの感情を抱いている奴なら、壁越しにでもその姿を視認できる。しかし、視界の外、つまり背後からの攻撃は避けられない。

 いつのまにかハイレインの横にいたミラが、ワープの穴を広げ、その中に魚や鳥が入っていく。

 その直後、自分の背後でバチバチッと音がする。ぐにゃりと視界が歪む。苦し紛れに後ろを見ると、ワープの穴から魚が寄ってきていた。

 

「海斗!」

「陰山先輩⁉︎」

 

 前から二人の声が聞こえる。これは最悪だ。自分は何も出来ないし、キューブ化がポケットの中の黒トリガーに影響するかも分からないが、どちらにしてもC級を守る囮がいなくなる。

 薄くなる意識の中、奥歯を噛み締めた海斗は苦し紛れに叫んだ。

 

「トリガー解除‼︎」

 

 直後、切り裂かれていた自分の左腕と右脚が蘇生し、スーツだった戦闘服は学ランへと変化していく。キューブ化が進行しつつあった身体はいつものふてぶてしい細マッチョと成り代わり、海斗の横に泥の王が落ちた。

 

 ×××

 

「ーっ!」

 

 ふと、迅悠一は自分達からは遠く離れた戦場に目を向けた。目の前の黒トリガーの爺さんの斬撃は一時も目を離さないのだが、今ばっかりは思わず意識が飛んでしまう。

 

『何かあったの?』

 

 遊真が迅の隣に降りて声を掛けた。

 

『マズい事になったな……。遊真、さっき言った通りにいけるか?』

『りょうかい』

『心得た』

 

 短くそう伝えると、遊真の左腕から黒い炊飯器が出撃して行った。

 その背中を目で追いつつ、心の中で「急いでくれ」と祈った。

 

「おや、二手に別れてしまってよろしいのですかな?」

「正直、あんまり良く無いんだけどね。でも、ここよりも重要な戦場が他にあるから」

「という事は、我々の仲間が黒トリガーに王手をかけたそうですな」

 

 その通りだ。迅と遊真のコンビを目の前にして、ほぼ無傷で凌いでいるのは、あの相手が自分達に対して足止めで十分と考えているという事だ。

 まぁ、ボーダーに最近入隊したとは思えない功績を持つ特別顧問が出て行ったため、大丈夫だとは思いたいが。

 

「……どうかな? 王手をかけたのはこっちかもよ?」

「それは無いでしょう。ならば何故、救援などに向かわれたのでしょうか?」

「あはは、だよね」

 

 そんな軽口を叩きつつ、再び戦闘を開始した。もう星の杖による斬撃で辺りの民家はほとんどバラバラになってしまい、地の利も使えない。

 

「……中々、骨の折れる相手だな」

「でも、負けられないよ」

「分かってるさ」

 

 そういつもの飄々とした笑顔で答えると、迅はスコーピオンを構える。

 迅はしばらくここから離れられない。後はボーダーの仲間を信じ、目の前の敵に集中するしかない。

 そう心に言い聞かせると、遊真と共にヴィザに向かって行った。

 

 ×××

 

 トリオン体を解除したバカに、余った動物型の弾丸が降り注がれる。しかし、特にダメージを受けた感じはなく、むしろ動物達の方が砕け散った。

 とりあえず自分の身体が五体満足であることを確かめるように、両手足に目を移した。指先の感覚を確かめるように、手を開いて握り、また開く。

 その後、ふと気付いたように落ちている泥の王を拾い上げた。どうやら、この厄介な代物は一緒にキューブ化されなかったようだ。

 そんな中、自分の前に黒い影が立つ。顔を上げると、三輪秀次が立っていた。

 

「……海斗」

「三輪……」

 

 差し出される手を取ろうとした直後、その手がグーになり、早押しボタンを押すように頭に叩き付けられた。

 

「馬鹿かお前は‼︎」

「なんでー⁉︎」

 

 顎から地面に叩きつけられるように強打したが、三輪は構わずに胸倉を掴み上げた。

 

「普通は! やられたら! 緊急脱出だろ! なんで! そこで! トリガーを! 解除するんだああああああ‼︎」

「咄嗟に出ちまったんだから仕方ねえだろっつーかガックンガックン揺するな舌噛む!」

「トリガーを解除すれば緊急脱出も出来ないし、腕も足も取られたら終わりだぞ! 少なくとも無事では済まない! 分かっているのか⁉︎ 分からないんだろうな! この軽過ぎる頭では!」

「テメェ、それは言い過ぎだろ‼︎ 大体、俺の頭はそんなに軽くないわ!」

「軽いだろ!」

「軽くない!」

「あ、あの、先輩方!」

「「ああ⁉︎」」

 

 後ろからメガネの声が聞こえ、振り返ると鳩と魚が攻撃して来ていた。それに対し、シールドを細かく分割して防ぐ三輪。その先に、海斗は戦いの衝撃によって抜けかけたガードレールを拾う。長さは2〜3メートルほどで折れてしまっているが、そのくらいの長さの方がちょうど良い。

 

「三輪、頭下げろ‼︎」

「っ!」

 

 言われるがまましゃがんだ直後、ブロロロッとプロペラのような音を立てながら、ガードレールが回転しながら鳩や魚を崩しながらハイレインに向かう。

 見事にハイレインのボディを捉えて後方に飛ばされる……かのように見えたが、片手で受け止めている。手首のスナップでガードレールを返されたが、お陰で動物弾幕は止み、海斗も三輪も返された攻撃を回避して民家沿いに退がる。修も一旦、2人の横まで退がった。

 

「……ミラ、あのバカっぽい奴はトリオン体か?」

「いえ、今の泥の王の持ち主にその反応は出ていません。生身のはずですが……」

 

 正直、ミラ自身も信じられていない。ハイレインの手が少し痺れるほどの威力の投擲を生身でしてくる奴がいるのは想定外だ。相手が普通の人間なら間違いなくこちら側に有利に働くはずの動きをしているのに、どんどん状況が悪くなる。

 もはや、バカという言葉では片付けられない。存在がイレギュラーそのものだ。とはいえ、泥の王だけは失うわけにもいかない。

 

「……殺すしかないか」

 

 冷酷に、冷淡に、冷徹に。近界民はそう判断する。どんなに身体能力が高くても、所詮は生身だ。自分が手を下すまでもなく、ラービット一体……いや、ラービットも必要ない。誰を出したって勝てる。とはいえ、念には念を入れるが。

 ラービットを複数体出し、ごり押ししても良いが、まだ援軍が来る可能性もある。さっきから良いタイミングで救援に来られているから。

 ならば、やはりバカを孤立させた方が早い。

 

「ミラ、近くのラービットを連れて来い。混戦にした所でバカを孤立させて殺す」

「了解」

 

 直後、C級と三人の正隊員を囲むようにラービットがゲートから現れる。それにより、三輪と修は対応に追われた。明らかに人手が足りない。

 攻撃出来ない海斗がC級を引き連れて逃げ、それをカバーするように三輪と修が奮闘するが、限界があった。

 そんな中、海斗の足元に黒い穴が空いた。

 

「……もう何度目だよ、このパターン……」

「海斗……⁉︎」

 

 そんな呟きを漏らしながら、海斗は穴の中に吸い込まれた。

 落下した先は、人っ子一人いない住宅街。正確に言えば、海斗とハイレインの2人しかいない。恐らくだが、警戒区域内だろう。

 片膝をついて着地する海斗と、ハイレインがお互いに向かい合う。

 

「……お前何、そんなに俺のことが好きか? なんなら、一緒に住んでやろうか?」

「悪いが、お前の軽口に付き合っている時間は無い。金の雛鳥を追う必要があるのだからな」

「だったらさっさと追えば良いだろ。そんなにこいつが大事か?」

 

 ポケットから泥の王を出し、手元でポンポンと弄ぶ。挑発しているのが目に見えて分かるからか、ハイレインは顔色ひとつ変えなかった。

 

「分かっているぞ。お前がそれを持っていれば、少なくとも雛鳥達の追っ手から戦力を割かなければならない、そう思っているのだろう?」

「ビンゴ」

 

 あっさりと正解を告げた。この手の駆け引きは海斗には出来ない。最終的に「バーカバーカクソッタレ!」とか子供みたいな悪口になるだけだ。

 一方のハイレインは、目の前の男が生身で黒トリガーと遭遇したからと言って逃げるような男ではないのは分かっていた。

 とはいえ、所詮は生身。さっさと殺して泥の王を奪い、金の雛鳥を回収する。

 

 



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戦争の終結は地味。

「くそッ……! 本部、こちら三輪! バ……陰山が生身のまま敵近界民に拉致された!」

 

 目の前からバカが消え、三輪はすぐに忍田に報告した。今は目の前の敵に集中しないといけないが、無防備な友人が囚われたとあれば報告しないわけにもいかない。

 目の前から来るラービットに鉛弾を浴びせて動きを止めつつも、トドメまでは手が回らない。こういう時、攻撃力0防御力100の仲間だけでは頼りにならない。敵の数が減らないからだ。

 その上、ワープ使いが上手い事、援護に回っている。ラービットをワープさせたり、黒い棘で隙を突いて来たりと、おかげで大忙しだ。

 しかし、それでもまだ三輪に被弾箇所がないのは、バカと個人ランク戦を積み重ねてきた結果とも言える。

 そんな時だ。目の前のラービットが突然、真っ二つに裂けた。

 

「⁉︎」

 

 その後ろに立っていたのは、あまり見慣れないショートカットの斧使い、小南桐絵だった。

 

「無事?」

「無事だ」

 

 五体満足である。しかし、この硬い新型をダメージが入っていたとはいえ一撃で真っ二つにするとは……玉狛のトリガーの強力さに感心しつつ、現状を伝えた。

 

「C級は何人かキューブにされたが、まだ捕まってはいない。道に落ちているのがそうだ。正隊員は俺とメガネしかいない」

「海斗は?」

「……」

 

 返事がないことに小南は片眉をあげる。

 

「何?」

「小南、後にしろ。今はC級のカバーだ」

 

 レイジが指示を出すと、小南は頷いてラービットの相手に回った。これ以上、C級を奪われるわけにはいかない。

 全員を守りながら、ジリジリと本部の入り口まで後退する。

 

 ×××

 

 ハイレインと海斗の攻防は、大人と子供の喧嘩のように一方的だった。冠の卵による派手な撹乱と、動物達の地味な足止めにより、海斗の気はいちいち散らされ、その隙にハイレインのトリオン体での殴打が来る。紙一重で急所を避けていなければ、一発でノックダウンされている威力だ。

 勿論、海斗もやられっぱなしではなく反撃を何発か当てているが、生身の攻撃はそもそも効果が無い。微妙に後退させているだけで、目に見えた効果はなかった。

 

「チッ……涼しい顔しやがってこの野郎」

「……」

 

 戯言には付き合わない。さっさと殺して金の雛鳥を獲りに行く。

 しかし、海斗としてはC級が逃げるまでの間、1分1秒でも引きつけたい所なので、口喧嘩に付き合ってもらえないのは困る。逆に、C級が逃げられれば黒トリガーなんか必要ない。差し出したって構わない。

 そんな海斗の考えがまるでお見通しなハイレインは、再び地面を蹴って陽動の鳩を散らしながら地面を蹴った時だ。

 海斗の前に「盾」の文字と薄暗い黒の膜が現れる。

 

「っ!」

 

 それにより、ハイレインは一時、後方に飛び退いた。

 海斗の横に、小さな援軍が飛んできた。

 

『遅くなったな、カイト』

「……炊飯器?」

『レプリカだ。ジンとユウマの指示により、援護に来た』

「援護ぉ? テメェに何が出来んだよ。戦えんの?」

『私はユウマのトリガーを使える。トリオン体を強化する「強」、物体を弾く「弾」、シールドを張る「盾」、敵を拘束する「鎖」、それとボーダーのトリガーから頂戴した「射」「錨」、他に分裂、解析、ブースター、情報記憶・開示も可能だ』

「覚えきれねーよ。まぁ良いわ」

 

 しゃがんでいた海斗は、よっこいせと立ち上がった。首をコキコキと鳴らし、ハイレインを睨んだ。

 

「戦えるんなら文句はねーわ。とりあえず、俺の動きに合わせて戦え」

『承知した』

「え、出来んの? 大体、みんな文句言うんだけど」

『私はユウマと共にカイトの戦闘を何度も見ている。可能だ』

「ほほう。じゃ、遠慮なく」

 

 そう言うと、海斗はレプリカの身体を鷲掴みする。レプリカから「えっ」と声が漏れた気がしたが気にしない。

 

「鎖」

『心得た』

 

 レプリカから近くの瓦礫に対して鎖が伸び、連結する。脚を思いっきり踏ん張ると、海斗は両手の力を目一杯入れて振り回した。

 

「フンッ……グゴゴッ……‼︎」

 

 振り回そうとすると、レプリカはブースターを使い、一気に振り回した。これにより、ハイレインは下手に近付けない。

 丁度、目標から真逆のところまで振ると、一気に上に持ち上げる。正面から、瓦礫をハイレインに叩き付けた。勿論、いくらブーストしていても所詮はトリオン以外での攻撃だ。ハイレインは無言で瓦礫を頭上で握っていた。

 しかし、それは海斗にも読めていた。レプリカのスラスターを使って鎖を一気に縮めると、高速での飛び蹴りが舞い上がった砂煙の中から飛び込んでくる。

 

「ッ……!」

 

 後方に蹴り飛ばされつつも、片手を地面に着いて着地するハイレイン。ダメージは無いが、良いのが入った。このままでは粘られる。どうやら、あの黒い炊飯器の自立型トリオン兵は中々、戦えるようだ。次の手を打たれる前にキューブにする。

 

「『冠の卵』」

 

 手元から、大量の鳩を召喚した。自身の防御を固めつつ、攻め込んで来たところを返り討ちにする。

 目の前から海斗の姿が消えている。トリオン体でなければレーダーに反応しないため、その辺はある意味では厄介だが、おそらく落ち着きのない性格のあの男なら直ぐに仕掛けてくるだろう。

 案の定、すぐに姿を現した。どこから持って来たのか、玄関を半分にしたものを手に持って。炊飯器の姿は見えない。

 よく見れば、海斗の周りには黒い豆粒が5体ほど並んでいた。

 

「行くぞ」

『心得た』

 

 直後、玄関を持って突撃した。鳩の目眩しが飛んで来たのに対し、海斗は横に回転しながら回避し、サイドスローで玄関を投擲した。

 生身から投げられたとは思えない速度と回転で飛んで来た。それを今度はハイレインは回避した。正面のガードが削られてしまったが、すぐに再生出来る。

 しかし、海斗の周りの黒豆粒から射撃がとんできた事により、正面のガードが剥がされ始めた。

 

「チッ……!」

 

 どんなにデカイトリオンでも、一発当たれば無力化出来る強力な黒トリガーだが、逆にどんな小さい攻撃でも同じように相殺されてしまう。

 それが五箇所から飛んで来るため、徐々にだがシールドが剥がされる。正面のみを狙っている以上は、やはりあの少年が殴り掛かってくる算段なのだろう。

 しかし、それだけで崩せるほど黒トリガーは甘くない。両サイドのガードを外し、正面に集中させつつ、豆粒に向けて迎撃を始めた。あれがなんなのか分からないが、トリオンであればキューブにしてやれる。

 直後、ドドドドッと背後から自分の肩と腹を小さな弾が貫通する。

 

「⁉︎」

 

 何かと思うと、後ろにレプリカが浮いていて口を開いていた。まさか、序盤の玄関の投擲の時に潜ませていたのだろうか? 

 それにより、小さくともそれなりのダメージが入る。しかし、お陰でまず潰すべき敵が近くに現れた。レプリカ本体に向けて蜂を飛ばそうと卵から生み出すが、正面から走り込んでいた海斗のアッパーが顎に入る。

 

「ッ……!」

 

 一発入れば海斗の猛攻は止まらない。次は左脇腹、右膝へのローキック、蹴りによって強制的に折り曲げられた膝の上に乗ってジャンプし、空中で回転しながら後ろ回し蹴りを放ち、後方に蹴り飛ばすと、片手を横にかざした。

 その手の中にレプリカは鎖を放つと共に、自身に「強」印を掛けてスラスターを放つ。勢いを利用して、レプリカをハイレインに叩き付けた。ボディに直撃し、それなりにダメージが入る。

 さらに追撃しようと、海斗は接近して顔面に拳を放とうとした時だ。その前にハイレインは手を伸ばし、拳を掴む。ギリギリと力の押し合いになるが、そうなれば海斗に勝ち目はない。

 油断無く、ハイレインと海斗の周りには魚と鳥と蜂が張り巡らされ、レプリカもチビレプリカも侵入する隙は無かった。

 

「……調子に乗るなよ」

「ッ……!」

 

 左手の拳を放ったが、それも受け止められ、顔面に頭突きを叩き込まれた。一撃で意識を持っていかれかけたが、片膝をついた時に自分の顔面を殴り、気付する。

 意識をハッキリさせたのだが、その海斗の腹にハイレインの蹴りが入り、地面に叩きつけられる。

 

「グアッ……‼︎」

「泥の王を返してもらおう」

 

 さらに、顔面に拳が降り注がれるが、海斗の懐に隠していたちびレプリカが出て来て盾を張る。そんなものは一時的な凌ぎにしかならなかった。すぐにキューブにされてしまい、首を掴まれ、ギリギリと締められる。

 

「っ……!」

 

 脚が届かないところまで持ち上げられたあと、ハイレインは海斗の学ランのポケットに手を入れた。蹴りや拳を放つが、手は離されない。ゴソゴソとポケットを弄られた後、泥の王を拾われてしまった。

 

 ×××

 

 ヒュースとA級合同チームの戦闘はその辺一帯が真っ平らになる程の激化を見せたが、すぐに決着は付いた。

 元々、戦闘員が一人しかいない冬島隊に追加し、アタッカー2人とスナイパー2人とシューター1人がついたのだ。出水と米屋と緑川の連携の上、ワープするスナイパーの一閃が見事に突き刺さり、ヒュースはトリオン体から戻った。

 ワープ使いが回収に来る……と、予想したのだが、4〜5分待っても来ないので連行している所である。

 連行しているのは現場にいた3人。一応、連行中に戦闘になった時を考慮し、多目に人数を割き、スナイパーとトラッパーは別の現場の援護に向かった。

 

「しかし、大丈夫かね。三輪とバカの方は」

 

 米屋が軽いノリで声を掛ける。

 

「それな。なんかあの爺さんめっちゃ強そうだったし。黒トリガーなんだろ?」

「オレも聞いたよ。こっちに結果、6人も来ちゃったけど向こうに人数割かなくて良かったのかね」

 

 出水と緑川も頷く。相性は悪くないが、黒トリガーに相性なんてものは基本的に無意味だ。

 

「つーか、海斗も良くやるよな。敵から黒トリガー奪って遠征艇にカチコミに行くとか。あのバカじゃなきゃまず出来ねーから」

「ホントそれ。色んな意味であいつは遠征には連れてけねーな」

「遠征に行って死者が出たなんて事があったら、ご両親に何を言えば良いかわからないもんね」

 

 緑川がそう言うと、出水と米屋は「いやいや」と首を横に振る。

 

「あいつに家族はいねーから。前の大規模侵攻で死んでる」

「そうだよ。まぁ、本人は気にしてないらしいけど」

「へぇ……そうなんだ。知らなかった」

「だからかね、あいつ自分に何があっても自己責任になるから、割とやりたい放題やってるもんな」

「ボーダー入る前はヤンキー狩りしてたし」

「あーそれは聞いた。正当防衛の陰山、だっけ?」

「そうそれ」

「どんな喧嘩してたらそんなあだ名つくんだっつのな」

 

 そんな緊張感のへったくれもない会話をしながら連行されているヒュースは、静かに耳を傾けていた。

 なるほど、と心の中で相槌を打つ。今回、自分達の遠征の計画が逸れるに逸れまくったのはその男の所為か、と。

 その上、少なくとも自分はまだ様子見のつもりだったとはいえ、蝶の楯と互角にやり合った腕前だ。

 

(玄界の進歩も目覚ましい、か……)

 

 心の中で、進歩のない人間の顔を思い浮かべながら、そんな事を思った。

 

 ×××

 

 ヴィザと遊真と迅の戦闘は、二人掛かりでもヴィザが押していた。攻めは遊真、守りと援護は迅が引き受けていたのだが、どうにも攻めきれないどころか守りきれない。

 遊真の黒トリガーは中々に多彩だが、それらから繰り出される攻撃は全て凌がれている。その上、あの斬撃が無くても瞬速の居合は予知で分かっていても対応しきれない速さを誇っていた。

 その上、海斗の援護にレプリカを寄越してしまったため、中々に厳しい。

 

「……こりゃ、シャレになってないな……」

 

 迅から珍しく弱音に似た呟きが漏れる。ここはどうしても負けるわけにはいかない相手だ。ここで負ければ、この超人爺さんはフリーになり、他の戦地に向かってしまう。海斗が死に、千佳が連れ去られるのは最悪の未来だ。修が死ぬ未来も、まだ完全に消えたわけではない。

 それならばいっそ、足止めだけで十分かもしれない。

 

『遊真』

『何?』

『計画変更だ。このじいさんは、ここに釘付けにしよう』

『それでウィスサマは助かるの?』

『‥……わからない。正直に言って五分五分だ』

 

 迅の表情は真剣そのものだ。ウソは言っていないのはよく分かるが、五分五分と言われてあまり良い気はしない。運の要素がデカすぎる。

 次の海斗関連の報告で、このまま行くとどうなるか分かる。端的に言って、海斗が生きるか死ぬか、だ。

 ちょうどその時、耳元に通信が届いた。

 

 ×××

 

「到着した。陰山の救援に入る」

 

 報告したのは、二宮匡貴だった。生身のままボロカスにされて、人型近界民の足元に転がっている海斗と、顔に亀裂が入り、煙を漏らしているレプリカを見て、二宮は心底舌打ちをした。

 

「おい、お前は無事なのか」

 

 二宮が声をかけると、胸ポケットからちびレプリカが声を出す。

 

『問題ない。ほとんどの機能は停止しているが、サブ電源に入れ替えた』

 

 二宮が居場所を知っていたのは、事前に迅からちびレプリカを受け取っていたからだ。

 

「……そうか。C級が逃げるまでの時間は?」

『およそ、4〜5分といった所だ』

「分かった」

 

 二宮は両手に無数のトリオンキューブを浮かべる。その二宮を見て、ハイレインは冠の卵から魚や鳥を出す。

 

「ミラ、泥の王は確保した。こちらに来れるか?」

『了解致しました』

 

 返事を聞くと、早速黒い穴が背後に出現する。それに向かって二宮は。

 

「ハウンド」

 

 フルアタックをかました。もちろん、鳩や魚に防がせるが、二宮の攻撃は止まらない。

 

「チッ……!」

 

 さらに、犬飼の援護も入る。それでも、壊れたレプリカを拾ったハイレインにワープを許してしまった。C級の元に向かってしまったが、そちらへはすぐに行けるので問題ない。

 その前に辻が海斗を拾い、肩を貸した。

 

「海斗くん、無事? 聞こえてる?」

「……いたい。あの野郎、本気で殴りやがって……」

「意識はあるんだ……。立てる?」

「当たり前だろ」

 

 海斗がゆっくりと立ち上がり、額から流れている血を拭う。

 

「ていうか、なんでいるの?」

「お前を助けに来たに決まっているだろ、バカめ」

「あ、そうでしたか。ありがとうございます」

 

 二宮が高圧的に言った。立ち上がった海斗は、血が出過ぎたのか足元がふらついてしまう。

 

「すみません、二宮さん。C級が逃げるまで気を引く予定だったのですが……」

「黙れ。お前はもう何もするな」

 

 怒りのポイントを理解していない海斗を黙らせ、すぐ指示を出した。

 

「トリガーはまだ使えるか?」

「トリオンを構成する程度でしたらありますが」

「なら、それを使って本部に帰れ。ここから先は俺達の仕事だ」

「いや、まだやれますよ?」

「お前は十分、よくやった」

「や、だから」

「ラーメン」

「帰ります」

 

 帰った。

 海斗が本部に向かって歩いていくのを眺めながら、二宮は地面に手をついた。

 

「冬島さん、お願いします」

『あいよ』

 

 ワープを使い、C級防衛の戦場に向かっていった。

 

 ×××

 

 C級の防衛戦に二宮隊が到着し、玉狛と三輪と合流した。ハイレインの弾幕に対し、レイジがフルアームズで対応していた。

 二宮隊が現れた事により、黒トリガー使いの2人は足を止めた。

 

「……」

「如何されましたか? 隊長」

「これ以上は、消耗戦になるだけだな。撤退だ」

「そうですか?」

「敵の巣まであと数十メートル。その上、手練れが四人だ。ヒュースも敗北し、ヴィザも抑えられている。金の雛鳥の確保は無理だ。ヒュースとエネドラの件にせよ、泥の王の確保にせよ、当初の目的は果たした。後は、ラービットに任せ、我々は撤退しよう」

「しかし、神になり得るトリオン量の持ち主など、そうはいません。今を逃せば……」

「それは他の領主にとっても同じだ。それに、元より遠征は空振る前提だった。それに、思わぬ収穫もあった」

 

 そう言うハイレインのポケットには、レプリカが入っている。

 

「……了解しました」

 

 そう言うと、アフトクラトルの遠征部隊は撤退した。

 

 




こうして私は、風刃の存在を最後まで忘れる。
色々と引っ張った割にどうにもこれ以上の展開が思いつかず、地味な決着になってしまいました。バトルものって難しいですね。


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ゾンビか、お前は。

 本部に到着した海斗は、二宮隊の作戦室に入った。

 

「ふぃ〜……やれやれ。疲れたわ」

「……疲れたのはこっちよ」

「あ?」

 

 直後、中から出て来たのは氷見だった。二宮隊のメンバーをずっと追っていた身としては、疲労が溜まって仕方なかった。何せ「寝坊→新型→黒トリガー→敵の遠征艇→人型二人(片方黒トリガー)→別の黒トリガー一人→生身」と、ちょっと普通じゃない激戦が連続している。

 だからだろうか、氷見はすごい形相で海斗を睨みつけていた。

 

「……あんた、本当にオペレーター泣かせね」

「え? あ、あー……もしかしてずっと俺のこと追ってた?」

「当然でしょ」

 

 ジト目で睨まれ、海斗は思わず目を逸らす。色から見て、どう考えても怒っている。

 しかし、それを押し殺して氷見はため息をついてから言った。

 

「……でも、帰って来たから許してあげる」

 

 どうやら、本当に心配かけてしまったようだ。何であれ、今度お詫びしないとな、なんて思いつつ、海斗は作戦室を出た。

 

「とりあえず、病院行ってくるわ」

「なんで?」

「結構、ボコボコに殴られたから。今はトリオン体だけど、生身になったらすごいよ」

「外はまだトリオン兵がいるでしょう。基地の医務室まで運ぶわ」

「いやいや、1人で行けるから」

「すみません、二宮さん。海斗くんが帰って来たので医務室まで運びます」

『了解した』

「聞いてる?」

 

 無視して氷見は海斗の腕を握って作戦室から出た。前科がある以上、簡単に逃すわけにはいかない。海斗としては逃げる気なんてなかったのだが……まぁ良いや、と思う事にした。

 2人で医務室まで歩く途中、海斗が「そういえば」と声を漏らした。

 

「他の所はどうだったん? C級って全部無事なの?」

「全部って……備品みたいな数え方しないの。残念ながら、そうもいかなかったみたいよ」

「何人か連れ去られてるんだ」

「部隊の到着が遅れた所はね。まぁ、まだ数えたわけじゃないから何とも言えないけど」

「小南は無事?」

「全然平気。今も元気に暴れてるよ」

「……あそう」

 

 正直、自分的には情けない気がしないでもなかった。トリオン体での戦闘ではあまり関係ないが、男が女よりも早く戦線を離脱することがなんだか嫌だった。

 数ヶ月の間、同じチームで付き合っていれば、単純な奴なら考えている事が分かる。氷見は海斗の肩に手を置いた。

 

「……別に、そんな事気にしなくて良いから。戦う場所によって、敵の数も戦力も違うんだし、たまにはそういう事だってあるわよ」

「や、まぁ分かるけどよ」

「なら、凹まないで。鬱陶しい」

 

 普通の人なら優しいんだか優しくないんだか分からない所だが、海斗ならサイドエフェクトで照れ隠しだとすぐに分かった。基本的に、氷見や風間は海斗に冷たい態度を取るので、気を使う時は必ず照れ隠しが入るのだがバレバレだ。

 かと言って、今日はそれをからかう気などないが。生身でボコボコにされて割と疲れが溜まっている。

 

「てか、今更だけど、この基地に医務室とかあったんだな」

「そりゃあるよ。民間人を保護する事だってあるし。この前だって、中学生の子たちを保護したよ。機密保持のために記憶封印処置になっちゃうけど」

「うえ、そんなこともできんの?」

「知らなかったの?」

「なんか悪の組織みたいだな」

 

 とは言うものの、海斗も民間人にトリガーが渡った時のことを考えるとゾッとしないわけでもない。トリガーを使えば、生身の攻撃など通らないのだから。強盗、窃盗、テロ、殺人なんでもござれだ。

 

「たまーに、警戒区域に民間人が侵入して怪我とかするからね。近界民が出る所に救急車呼ぶわけにもいかないし」

「ふーん……」

 

 大変だなーなんて他人事みたく思いつつ、医務室に到着した。

 

「さ、まずはトリガー解除しないと」

「あー、そうだな」

 

 海斗がトリガーを解除した時だ。直後、ふらりとした目眩が襲う。というか、そもそも視界が真っ赤だった。ていうか、さっきはすぐにトリガーを起動してしまったから気付かなかったが、左腕が動かない。

 

「か、海斗くん……?」

 

 隣から震えた声が聞こえる。氷見が怯えた目で自分を見ていた。近くにあった鏡を見ると、鏡に映った自分は頭から血が出ているだけでなく、鼻や頬からも血が流れて青く腫れ上がり、左腕は明らかに普通は曲がらない方向に曲がっている。

 

「……あれ、俺こんな感じなの?」

 

 そう思った時には、全身に痛みが走り、その場でぶっ倒れた。

 

 ×××

 

 残った戦場では、迅と遊真の前に立つヴィザの背後に、ハイレインとミラが現れる。

 

「作戦終了だ、ヴィザ。金の雛鳥は逃したが、泥の王は回収した」

「畏まりました」

 

 黒い穴に戻るヴィザ。その背中を無言で追いながら、消えるまで迅と遊真は黙っていた。

 

「っ……ふぅ、ヤバい爺さんだったな……」

「おつかれ〜。じんさん」

 

 割と疲弊した様子の2人は、3人がいなくなったのを確認して一気に力を抜いた。他にもトリオン兵は暴れているが、後から加古隊や嵐山隊が街の防衛に加わったりするので問題ない。

 ここから先、海斗や修が死ぬ未来も千佳が連れ去られる未来も見えない。とりあえず一息ついて、その場に寝転がった。しかし、ただ一人だけ、連れ去られてしまった仲間を除いて。

 

「……すまん、ユウマ」

「何が?」

「レプリカ先生は、救えなかった」

「……それはいいよ。レプリカがウィスサマを助けに行った時点で、それは覚悟してた」

 

 そう言う遊真を、少し驚いた様子で迅は眺めた。

 

「それに、レプリカがいなければウィスサマは死んでたんでしょ? それなら、仕方ないよ」

「……」

「それより、他の場所にもトリオン兵はいるんでしょ? 片付けに行こう」

「……ああ、そうだな」

 

 それだけ言って、二人はトリオン兵の処理に向かった。

 

 ×××

 

 C級を無事に送り届けた小南とレイジは、警戒区域外でトリオン兵を排除していた。結局、海斗が死ぬだなんだの話は聞かなかったが、今は市民を危険に晒さないことが大事だ。

 目の前のモールモッドを切り裂くと、後ろから生き残ったまま警戒区域外まで来たラービットが砲撃準備をしている。

 それに対し、小南は双月を投げた。右から小さい斧と、左からメテオラを飛ばし、曲線を描いてラービットに向かう。砲撃の準備をしている以上、狙いを変更できない。

 正面の小南への砲撃はジャンプで回避され、首と腕にそれぞれの攻撃が直撃した。ジャンプした小南は投げた双月を引っ込めて手元に出し、コネクターで接続して巨大なハルバードにすると、一撃で頭をカチ割った。

 

「ふう……」

 

 レーダーを確認すると、他のボーダー隊員達の活躍で敵のマークは急速に消えて行っていた。これなら、もう大丈夫だろう。

 そんな中、フルアームズを引っ込めたレイジが何か話しているのが見えた。

 

「……そうか。分かった」

「どうしたの? 次の敵?」

「小南、さっさと敵を片付けるぞ」

「え?」

「ボーダー隊員に怪我人が出たらしい。トリオン兵が多いと救急車が出せない。敵を早急に片付けて道を空ける」

「怪我人? 緊急脱出があるのに?」

「……そうだ」

 

 レイジは怪我人が誰だか知っている。しかし、下手な事は言えない。ほぼほぼ間違いなく、小南には影響する事だからだ。早く病院に搬送するなら、小南にはよく働いてもらった方が良い。

 幸い、良くも悪くも素直な性格の小南は、何一つ疑わずに戦闘を続けた。

 

 ×××

 

 C級を二宮隊と共に案内した三輪と修は、出水と米屋と緑川と合流して街の敵の排除を行なっていた。

 修が盾を使って敵の気を引いている間に、米屋と緑川が瞬殺し、その2人に気を取られた所を、出水と三輪が射撃する。

 一通り片付け終わり、出水が修の肩を叩いた。

 

「よう、メガネくん。流石、バカの弟子なだけあって良い護りだな」

「い、いえ、僕に出来るのはこれくらいですし……」

「いやいや、助かってるぜ」

「それ。俺と模擬戦やった時もなかなか、崩せなかったし」

 

 米屋と緑川がさらに修の肩を叩いた。改めて見ると、豪華なメンバーである。A級1位射手、A級4位攻撃手、A級6位万能手、A級6位攻撃手、そして自分がB級21位射手。4人は自分を褒めてくれてはいるが、1人ではモールモッド一体が相手でも手間取るのが自分だ。

 もっと強くならなければならない。今度、またウィス様や烏丸先輩に修行してもらいたい。そんなことを思った時だ。

 

「そういえば、ウィスさ……陰山先輩はどうしたんですか?」

「あー……どうなんだろうな?」

「まぁ、あいつの事だから大丈夫だろ」

「三輪先輩は聞いていませんか?」

「俺も聞いていない。今は目の前の敵に集中しろ」

「あ、はい……すみません」

 

 そう言いつつ、三輪も気になってはいた。生身に戻り、そのまま人型とともに消えていった友人が気にはなっている。まぁ、死んだとか連れ去られたという話も聞いていないし、そういうのは真っ先に耳に届くはずなので大丈夫だとは思うが。

 

「次に行くぞ」

 

 三輪が声を掛けたことにより、全員が気を引き締めて敵に向かって行った。

 

 ×××

 

 前線にようやく到着した加古隊は、烏丸と嵐山隊と共に近界民を片付けていた。

 そのメンバーの先陣を切っている唯一の攻撃手の黒江双葉は、韋駄天を使って一気に敵を殲滅した。

 

「ふぅ……」

 

 出遅れたからか、ほとんどの敵は雑な死兵とも取れる敵ばかりだ。噂の新型とやらと戦ってウィス様との修行の成果を試したかったが……まぁ、今回はついてなかったと諦めるしかない。

 

「なんだか、ほとんど終わっちゃってるのね」

 

 隣の加古がそう呟いた。

 

「はい。せっかくの機会でしたのに……」

「まぁまぁ。そう凹まないの。例の近界民の国が離れるまで、まだ10日あるんだし、明日以降は三門市内で遊びましょうか」

「そうですね」

 

 そんな話をしながら、とりあえず尊敬すべき先輩の場所を探ろうとしたのだが……どうやら近くにはいないようだった。

 あまり情報は仕入れられなかったけど、あの先輩の事だから恐らく何処かでまたバカな活躍している事だろう。

 

「さ、遅れた分を取り戻すわよ。双葉」

「はい!」

 

 2人は元気に参戦した。

 

 ×××

 

 各地でボーダー隊員達が奔走し続け、ようやくトリオン兵の排除は完遂された。

 それにより、救急車が一台、本部の前に止まった。警戒区域を出るまではボーダー隊員が同行し、万が一の事態に備えていた。

 その現場に到着した小南は、救急車をぼんやりと眺めつつ、本部に入った。今は海斗と合流するのが先だ。

 そういえば、結局、二宮隊が話していた「死ぬかも」というのはなんだったのだろうか? まぁ、その辺は二宮隊の面々に聞けばわかる事だ。

 本部の中に入り、トリガーを解除して二宮隊の作戦室にスキップで向かった。

 

「お邪魔しまーすってあれ開いてないなんで」

 

 それどころか、中から人の気配もしない。もしかしたら、もう解散したのかもしれない。

 

「連絡してみようかしら」

 

 小南がメールを送れば、睡眠と入浴中以外は絶対に1分以内に返信を寄越すのが海斗だ。電話であれば10秒を過ぎたことはない。

 早速、スマホを取り出して電話を掛けたが……。

 

『お掛けになった電話番号は、電波の届かないところにいるか、電源が入っておりません』

 

 少し、嫌な予感がしないでもない小南は、とりあえず事情を知っていそうな予知男の元に走った。

 

 



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バカは風邪ひかないけど怪我をする。
痴話喧嘩で一番困るのは第三者。


 それは、ほんの偶然だった。商店街で小南とデートしていると、福引券をもらったので引いてみたらベルリンの旅とかいうよくわからない需要のチケットをもらった。

 そんなわけで、しばらく二人で冒険している中、そいつは突如、現れた。

 

『跪け、跪け。さぁ、跪け!』

 

 ロキの怒号により、その場にいた全員は片膝をつく。トナカイみたいな王冠(?)を被り、杖を持ったその男は明らかに近界民だと直感的に理解した海斗と小南は、ポケットの中のトリガーを手に取った。

 

『『トリガー起動』』

 

 その声と共に戦闘体に変化し、地面を蹴って襲い掛かる。

 しかし、ロキは近界民どころかそもそも人ですらない。その上、魔法を使うのでそれなりに苦戦を強いられた。

 トリオン体に生身でついて来られた上、あの杖にトリガーの斬撃は通用しない。刺突をまともに受けた海斗は後方に飛ばされ、トドメと言わんばかりにビームが放たれそうになった時だ。

 目の前にアメリカのケツが降りてきて、それを跳ね返した。

 スティーブ・ロジャース。愛国心故に、90年ぶりに復活してもその身をふたたび戦地に送り出した超人兵士である。

 そんな彼が目の前に降りてきて、海斗の肩に手を置いた。

 

『何者か知らないが、よく国民を守ってくれた。後は我々に任せろ。……と言いたいが、奴は強い。力を借りれるか?』

『超貸す』

 

 即決だった。そこから小南、ブラック・ウィドウ、アイアンマンと共にロキを鹵獲し、世界の危機という事でアベンジャーズに力を貸すことになった。

 その途中、内輪揉めに巻き込まれたり、バートンから強襲を受けたり、ハルクと戦闘中のソーを守ろうとして、トリオン体なのにハルクにボコボコにされたりと色々あったが、仲間の死によって結束を結んだ。

 そして、ニューヨーク。スタークタワーの真上に次元の穴が開き、宇宙人達が襲来、アイアンマンが先行し、海斗と小南はクィンジェットに同乗してキャプテン達と遅れて街を守りにやってきた。

 ソーとハルクも合流し、街の中心で全員は辺りを見回す。何処を見ても宇宙人だらけだ。

 

『バートン、カイト。上から敵の位置を知らせろ。隙があれば、撃ち落としてくれて構わない。スターク、君は外側だ。三ブロックから外に出る奴は押し戻すか灰にしてやれ』

『運んでくれ』

『俺も』

『君には空飛ぶ盾があるだろう』

 

 置いていかれてしまったが、とりあえず海斗は走って行った。

 

『ソー。あの通路を頼む。出て来るやつを君の雷で痺れさせてやるんだ』

 

 直後、ハンマーを回して近くのタワーまで飛んで行った。

 

『ナターシャとコナミは僕とここで戦闘を続行。……ハルク!』

『ッ!』

 

 鼻息で返事をした緑の巨人に、キャップはシンプルに指示を下した。

 

『……暴れろ』

 

 その言葉を背に、ハルクはジャンプと共に近くの敵に襲い掛かった。さて、これから憧れのキャプテンと戦闘である。

 指を鳴らした海斗は、背中にレイガストを背負うと、スラスターでビルの壁にしがみつき、さらにスラスターを使って上へ上へと狙撃ポイントに向かっていったところで目を覚ました。

 

「はっ……!」

「きゃわっ⁉︎」

 

 悲鳴を上げたのは、隣にいた看護婦さんだ。少なくとも、まだ眼を覚ますと思っていなかったのだろう。まるでお化けでも見たかのように肩を震わせ、腰を抜かして転んでしまった。

 意識が回復した海斗は、身体を起こすと辺りを見回した。見慣れない壁、見慣れない天井、それだけでなく見慣れない病人服も着ていた。

 そんな中、海斗はとりあえず一言呟いた。

 

「……キャプテンは?」

「は、はい?」

 

 困惑する看護婦さんに構わず、海斗は聞いた。

 

「キャプテン・アメリカだよ! あとスターク、ソー! クリント、ナターシャ、バナー博士! 俺と一緒に戦ったアベンジャーズ!」

「……い、いませんが?」

「嘘だ! まさか夢か⁉︎ フザケンナよ⁉︎ せっかく、アベンジャーズと会えたってのに……よりにもよって開戦前に⁉︎」

「先生! 陰山さんが錯乱しています! 鎮静剤をお願いします!」

 

 涙目の新人ナースさんがナースコールをしていた。

 

 ×××

 

 大規模侵攻の翌日、病院から「陰山さんが意識を戻しました」と涙声の連絡を受けた小南はすぐに本部を飛び出した。二宮隊は大量にシフトを入れていたため、すぐにお見舞いには行けないため、小南が代わりに行くことになった。どちらにせよ行く予定ではあったが。

 で、その報告をしたら二宮から5千円渡された。これでお見舞いの品を買って行け、とのことだ。

 

「……にしても五千円は多いでしょ……」

 

 本当に部下には甘いなぁ、と思いながらも、小南はしっかりと5千円使って両手いっぱいにスーパーの袋を持って病院に向かっていた。

 しかし、昨日、入院と聞いた直後に来た時は眼を覚ますのはいつになるか分からない、と言われたのに、まさかこんなに早く目を覚ますなんてなぁ……と、彼氏の人外っぷりに少し引いていた。聞いた話では、入院の原因だって生身でトリオン兵と戦ったのが原因らしいし。

 

「……」

 

 なんかそう思うと、よく生きててくれたな、と涙ぐんでしまう。昨日、それを聞いた時は「顔を合わせたら絶対ぶっ飛ばす」と心に誓ったものだが、今となっては生きていたことにホッと胸をなでおろす他ない。

 しかし、そんな情けない顔を見せるわけにもいかない。だって絶対にからかわれるから。

 

「……ふぅ、よし」

 

 とりあえず、深呼吸して、いざ海斗の病室に入った。

 

「海斗、起きて」

「看護婦さーん! 飯お代わりー! 大盛りで!」

「食べ過ぎです」

「タダメシ食える機会だぞ。なるべくたくさん詰めておきたい。あとなるべくなら生姜焼きとか食べさせて欲しいんですけどー!」

「バカ言わないで下さい。そんな重たいもの食べさせるわけにはいきません」

「じゃあラーメン!」

「話聞いてます?」

 

 看護婦さんと仲良くコントをやっていて、小南の機嫌は一気に悪くなった。眉間にしわを寄せ、今にも舌打ちが漏れそうな感じだ。というか、海斗のベッドの前の机に山盛りになっているお皿はどういうわけなんだろうか。

 当然、室内にいた海斗は変わった色が見えた事により、小南に意識を向ける。

 

「あ、小南」

「帰るわね」

「いやいやいや待て待て待て」

「何よ」

「何じゃないでしょ。そこで帰るって俺じゃなくても『何しに来たの?』ってなるよ」

「そう。じゃあ帰るわね」

「だから待てって! 何怒ってんの?」

「怒ってないわよ! あんたは私がいなくても看護婦さんとよろしくやってれば良いじゃない!」

「人聞きの悪い言い方すんな! お代わりお願いしてただけだろうが! てか、妬いてんのかよ⁉︎」

「そ、そうよ! 妬いてるわよ! わ、私だって珍しく弱ってるあんたの世話を焼きたいのよ!」

「ならまずはナース服着て来いや!」

「そ、それは恥ずかしいから嫌!」

 

 いったい、私は何を見せられているんだろう、と新人ナースはつくづく思う。話を聞いなる感じだと、この2人は付き合っているのだろう。怪我をした彼氏のために両手いっぱいの見舞い品を持ってくる彼女は中々に可愛らしいけど、何も目の前で惚気られるとは思わなかった。

 ここはどうしたら良いのだろうか? 一応、海斗の身の回りの世話をする事になったのだが、彼女が来た以上は任せてしまっても良いのか? しかし、それで何かあったらマズいし……かといって、患者さんにもプライベートは必要だし……。

 ああもうっ、と頭を抱えたくなってしまった。ナース長が「高校生でボーダー隊員なら良い子だと思うから」とか抜かしていたが、その幻想をぶち殺したかった。実際は起き上がった時は「アベンジャーズに加入する夢を見た」とかで超面倒くさかったし、病み上がりなのに馬鹿みたいに食べるし、まず間違いなく初心者向けの患者ではない。

 その上、今は彼女と修羅場である。なんでこうなるのか、頭を抱えたい所だったが、それでも仕事を投げ出すわけにはいかない。コホン、と咳払いして2人の間に入った。

 

「陰山さん。せっかく彼女さんが」

「ちょっと待ってて。お前は退院してからでも十分、一緒にいられんだろ! むしろお前に世話を焼かせると足元にカップ麺とか零されそうで怖いわ!」

「零さないわよ、私をなんだと思ってるわけ⁉︎ 大体、カップ麺なんて病人に買ってくるわけないでしょ⁉︎」

「はぁ⁉︎ お前、ラーメンも買って来てないの⁉︎ ラーメン食えば俺の身体は回復するのに⁉︎」

「グルメ細胞でも持ってるのあんたは⁉︎ そんな奇天烈な身体してるわけないでしょ!」

 

 聞いてもらえない。何なのこいつら、と思わざるを得なかった。イチャイチャした方ではなく文字通りのバカップルっぷりに、どうしたら良いのか分からなくなった新人ナースは、とりあえずバカみたいにお代わりさせるのをやめさせるため、海斗の前の食器が乗ったトレーを持った。山盛りの皿が乗っているトレーを持ち上げている辺り、このナースも只者じゃない。

 

「ていうかてめぇ……あっ、ま、待てよ!」

「これ以上、食べたければ彼女さんの持ってきたお見舞いの品をお食べになられたらどうですか?」

 

 それだけ言い放ち、新人ナースさんは出て行った。しれっと小南がお見舞いの品を大量に買ってきたことをバラされ、一気に気まずい空気が流れる。端的に言って二人とも少し照れている。

 沈黙がその場を支配したが、こういう場合は女の方が強いものだった。小南が先に口を開いた。

 

「……隣、行っても良い?」

「お、おう……」

 

 半端な返事だったが、了承は了承だ。椅子を持って海斗のベッドの隣に置いて座る。

 

「……あの、これ。お見舞い。ま、あんだけ食べればもういらないでしょうけど」

「いや、まだ腹三分目」

「どんだけ食べる気よ……。いつのまにそんな大食いになったわけ?」

「タダメシの場合は大体、こんなんだぞ」

「あっそ。サイアク」

「うるせーよ」

 

 悪態をつきながら、小南は袋からとりあえずリンゴを取り出す。病院のお見舞いと言ったら……というかどんな時でもりんごは定番だろう。

 

「俺、病気ってわけじゃないんだけどな」

「いらないわけ?」

「冗談だよ」

 

 しゃりしゃりと器用にリンゴを剥く小南。その様子をぼんやりと眺めながら、海斗は思わず感心したようにため息をついた。

 

「おお……お前、りんごの皮剥きできるんだ……」

「当たり前じゃない」

「でもお前、カレーしか作れなかったよな?」

「……彼氏ができていつまでもそんなわけないでしょ」

 

 あなたのために頑張りました! とは言えなかった。まぁ、感情の色がわかる海斗にとっては、もはや言ったようなものだが。

 しかし、冷静になってまず思ったのが、やはりこうして小南と顔を合わせられたのは奇跡だった事だ。なんか生きてたのが奇跡だし、意識を戻したのも奇跡だし、それが一日も経たずに成された事も奇跡だったようだ。医者から聞いた話だと。

 だからだろうか、からかう気にはならなかった。

 

「……なんか、俺お前と付き合えて良かったわ」

「素直ね。もっと感謝しなさいよ?」

「お前はもう少し謙虚にな……」

 

 謙虚になれ、と言おうとした直後、小南がリンゴを剥き終えて机の上に置くと、正面から抱きしめてきた。

 

「……ほんと、あんたバカよ……」

「るせーよ」

「普通、ベイルアウトでしょ……。なんで、あそこでトリガーオフなのよ……」

「お陰でC級は無事だったろうが」

「あんたは無事じゃないでしょ……」

 

 まったくだった。

 

「もう、二度と……馬鹿な真似はしないでよね」

「へいへい」

 

 この時、小南に抱きつかれて内心、かなりキョドり、周囲への索敵を怠った海斗を誰が責められよう。病室の扉に、同い年のバカが手を掛けているのに気づかなかった。

 

「よう、海斗。見舞いに来たぜ」

「意識戻ったんだろ?」

「……今日、発売のジャンプだ。土曜発売のな」

 

 そう言った三人は、ベッドの上で小南に抱きつかれている海斗を見て、一気にフリーズした。当然、海斗もだ。そんな中、一人だけ気づいてない奴がいる。

 

「……ふふ、海斗。医療品くさい……♪」

「え? それどういう種類の笑い?」

「こんな匂いが海斗から香るなんて新鮮だもの……。でも、クリスマスの夜に包まれたあなたの匂いの方が好きだわ」

「おい、誤解される言い方をすんな。俺の家に来て泊まった時に俺のジャージ着ただけだろうが」

「だから、早く元気になりなさいよ」

「……」

 

 もうダメだ、と海斗は額に手を当てた。お見舞いに来たバカ達は片手にスマホやら何やらを持っていて録音している。左腕を骨折し、右腕は小南に抱きつかれて動かせなくなっている海斗に為すすべはない。

 やがて「ごちそうさま」とだけ言って出て行った。せめてお見舞いの品を置いてけと思ったが、この際、諦めて小南の感触を堪能した。

 

 ×××

 

 ボーダー本部では、忍田が昨日の戦果をまとめていた。これからも近界民からのトリオン兵による攻撃が来る可能性はあるが、やはり初日の攻撃が一番大きいだろう。敵は仲間を一人失い、一人は捕虜にされた。捕虜を取り返しに来る可能性が無いわけではないが、これ以上の無理をしない可能性の方が高い。

 それよりも、だ。今回はどの部隊も頑張ってくれていたから、出すべき戦功者が多い。

 例えば、新型を三体も惹きつけ、自分の隊長とスナイパーをB級合同に参加させた村上鋼。風間隊の人型討伐に参加した荒船隊、柿崎隊、鈴鳴第一。B級合同の指揮を執った東隊。C級の防衛に途中まで片手足を失いながらも尽力した木虎藍。

 これらは二級戦功にあたり、報奨金30万円と350Pが与えられた。

 C級の防衛を最後まで貫いた三雲修と、途中からそれに参加し、黒トリガーを持つ人型とも交戦した三輪秀次。

 人型近界民を鹵獲した出水公平、冬島隊、緑川駿、米屋陽介、奈良坂透、古寺章平。

 街を広範囲に防衛した嵐山隊と烏丸京介。

 人型をB級と共に撃破した風間隊。

 人型二人(内一人は黒トリガー)と交戦し、途中からC級の防衛に参加した小南桐絵、木崎レイジ。

 二宮隊と共に黒トリガーの撃破に協力した影浦隊。

 敵の最高戦力と思われる黒トリガーを抑え切った迅悠一、空閑遊真。

 報奨金80万円と800Pが与えられる一級戦功は以上だ。

 続いて、最後に特級戦功。特に優れた活躍をし、報奨金150万円と1500Pが送られる隊員達だ。

 まずは天羽月彦。持ち前の黒トリガーを使い、広範囲に渡り街を防衛した。

 そして太刀川慶。これも同じく広範囲に戦闘を続け、新型を13体撃破した猛者だ。

 さらに、二宮隊。影浦隊と共に黒トリガーを撃破し、C級の防衛にも参加。その道中、陰山隊員の救助をし、新型もかなりの数を撃破した。

 

「……」

 

 ここまでは良い。問題は、1人だ。というか、こいつがもう半年くらい前からずっと悩みのタネだ。

 ──陰山海斗。初期ボーナスをもらって入隊したものの、顔の怖さから正隊員になるのに時間をかけ、正隊員になってからは禁止になるほど影浦と文字通りの死闘を繰り返し、黒トリガー「風刃」と適合し新たな用途を生み出したものの、責任感の無さと頭の軽さからそれをクビにし、二宮隊に入隊後も二宮に怒られない範囲でやりたい放題をやっている問題児。

 そんなバカだが、実力は確かで今回の大規模侵攻でもかなりの活躍を見せた。

 まず、遭遇した人型が、6人中5人と全隊員中トップだ。その内、黒トリガーを撃破し、敵の遠征艇に侵入し撃破した黒トリガーを奪って帰ってくるという山賊のようなことをしてみせた。

 その後、黒トリガーを持っていることを良いことに上手く囮になり、人型を結果的に三人惹きつけ、木崎レイジ、小南桐絵、三雲修、木虎藍、三輪秀次、出水公平、米屋陽介、緑川駿、迅悠一、空閑遊真と様々な隊員達と協力して人型、新型と奮闘し、C級の防衛に力の限りを尽くした。

 しかし、尽くし過ぎなのが問題だ。普通の隊員なら緊急脱出するべき場面で、まさかのトリガー解除はかなり問題行為だ。そもそも、緊急脱出トリガーが付けられているのは、学生が多い隊員達に怪我人や死者を出さない事が一番の理由だ。

 彼の身体は敵の攻撃の直撃を受け、戦線を離脱するはずだった。彼は、それを拒んだ。生身になっても戦闘を続け、特別顧問であるレプリカを失い、本人も病院で治療を受けている。彼だけが、文字通り命を賭けていた。

 結果的に言えばC級は守り通したし、敵を追い返す決め手にもなったわけだが、彼のやり方を認め、戦功をあげれば他の隊員に真似をする者が出てくるかも知れない。

 また、彼自身も調子に乗りやすい上に生身での喧嘩も好む性格であるため、万が一の次の機会で、またトリガーを解除しかねない。その時は生きて帰って来れるかわからない。

 

「……どうしたものか」

 

 本当に、悩みのタネが尽きない男だ。この辺りは、唐沢と一緒に考えようと決めた。

 

 



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入院とかさせると動きがなくてやりづらい。

 翌日、今日の検査を終えると、先生は眉間にしわを寄せて呟いた。

 

「……え、なんでこんな回復早いの? 怖い……」

 

 怖いってなんだよ、と喉元まで出かかったが、堪えた。この調子なら、一ヶ月くらいで完全に運動出来る状態まで回復するそうだ。

 とりあえずその診察に満足し、海斗は病室に戻った。

 

「……ま、学校に行かなくて良いってのは最高だよな」

 

 ポジティブに考えながらベッドで寝転がってると、病室の扉が開いた。

 

「ほう、本当に回復したのか。手土産だ」

「もう少し寝てれば良いものを……」

 

 そう言ったのは、風間と二宮だった。昨日も来た二宮からは特に何もないが、風間からは食べ物が送られた。

 どんな組み合わせ? と思った海斗は、挨拶する事も忘れて考え込んだ。が、すぐに結論が出て二宮に気の毒そうな顔で言った。

 

「やっぱ、二宮さん優しいですね。わざわざ、風間の『歳下の大学生よりも小さい俺』っていう自虐ネタに付き合ってあげるなんて」

「二宮、やはり金属バットを持ってきた方が良かった気がするんだが」

「……すみません」

 

 二宮が謝るというレア過ぎる事を目の前にした海斗は、素で「違うの?」と言わんばかりの顔をしていて、風間はなおさら、怒りが込み上がった。

 とはいえ、ここで怒れば目の前のバカの思う壺だ。キレるのは退院してからで良い。

 

「相変わらず、バカを炸裂させたようだな、陰山。入院とはな」

「うるせーよ。誰のおかげでC級が無事だったと思ってんだバァカ」

「働いたのは自分だけだと思っているのか?」

「思ってねーよ。一言もそんなこと言ってねーだろ」

「……陰山、相手は年上だ」

「すみません、二宮さん」

「……」

 

 この扱いの差。目の前にして堂々と差別を展開され、風間の機嫌は徐々に下降するが、今更そこを怒っても仕方ない。こいつの無礼は治らない。

 

「二宮とは偶々、病院の前で会っただけだ」

「高校生は今は学校だからな」

 

 大学生なら、特に二宮と風間はきちんと単位も取れているため、ここに来る余裕はある。

 二人は椅子に座り、先に風間が声を掛けた。

 

「で、どうだ。陰山」

「何が?」

「怪我の具合だ」

「ああ。なんか一ヶ月くらいで運動できる範囲には回復するってさ」

「そうか。なら、ランク戦は間に合うな」

「……ああ、もうそろそろランク戦か」

 

 忘れてた、と海斗は相槌を打つ。

 

「参加して平気なのか?」

「大丈夫ですよ。雅人を今度こそボコボコにします」

「そうか……まぁ、なるべくなら影浦との戦闘よりも他の奴を倒してポイントを稼いで欲しいものだがな」

 

 実際、ランク戦で二宮隊と影浦隊の2組と同じグループになった部隊は大変だ。海斗と影浦の戦闘は半径5〜7メートル以内を巻き込み、通称「ストーム」と呼ばれ、近くの隊員達は余波で削り殺される。

 範囲外から射撃や狙撃などしようものなら、2人のサイドエフェクトにより躱され目をつけられるし、下手に手を出すよりもほっといて他の隊員と戦った方が良いとされている。

 しかし、二宮隊としても別に大きなメリットがあるわけではない。厄介な影浦を抑えることは出来ても、他にメリットなどない。それでも結局、部隊としては勝てるので何も言わないでやっているが。

 

「……ランク戦に間に合うなら良い。一応、お前にいなくなられると困るからな」

「二宮さん……!」

 

 あまりの褒め言葉に、海斗は思わず泣きそうになる。生まれてきて良かった、と思う程度には感激した。

 

「そうだな。お前の戦法からは、なかなか学ぶことが多い」

 

 風間までもが口を挟む。

 

「そうなの?」

「ああ。認めたくはないが……特に影浦との戦闘では、中々面白いものを見せてくれる」

「自覚ねえよ」

「グラスホッパーもないのに空中で斬り合えるアタッカーなどお前と影浦くらいだろう」

 

 建物の外壁を走って登りながら斬り合ったり、距離が離れれば車や瓦礫をぶん投げて牽制、その投げたものを踏み台にして空中から距離を詰めたりと、二人だけナルトやワンピースみたいな戦闘を繰り広げている。

 

「じゃあ何? 俺が風間の師匠って事? 月謝払え」

「調子に乗るな」

 

 スコンと手刀が海斗の脳天にあたる。

 

「では、俺たちは行く。お大事にな」

「へいへい」

 

 テキトーに返事だけして、二人の背中を目で追いつつ、小さく会釈した。なんだかんだ、わざわざ来てくれるのはありがたいし嬉しい。人に心配されたりしたことがあんまりない海斗としては照れ臭かったりもするのだが。

 

 ×××

 

 入院中とは、割と退屈なものだ。特に、スマホも壊れ、今あるジャンプとかの漫画も読みつくしてしまった海斗としては退屈この上ない。

 そんな時だ。再び病室の扉が開いた。

 

「陰山先輩。こんにちは」

「違う、ウィス様だ」

 

 入ってきたのは三雲修と空閑遊真、そして雨取千佳の三人だ。

 

「どーも」

「こんにちは」

「ちゃんとお見舞いの品買って来た?」

「自分で言うんですか……」

 

 呆れ気味に呟きつつ、修はスーパーのビニール袋を差し出した。

 

「りんごとかそういうのしかないですけど……」

「全然、オーケーよ。サンキュー」

 

 ありがたく袋を受け取り、中を確認する。りんごの他に飲み物も入っている。

 

「雨取。そこに包丁あるから剥いて」

「あ、は、はい!」

 

 素直な従う千佳。その隣で、修が海斗に声を掛けた。

 

「……あの、ウィス様」

「謝らなくて良いぞ」

「え……?」

 

 まるで自分が何を言おうとしているのか分かっているかのように、目の前の師匠は釘を刺してきた。

 

「俺が怪我をしたのは勝手にトリガーを解除したからだ。お前らに謝られる義理はない。むしろ、謝るのはこっちの方だ」

 

 神妙な顔で修が黙ると、海斗は首を横に振る。

 

「空閑、お前のレプリカは俺を助けて敵に連れ去られた。悪かったな」

「いやいや、それこそ違うよ。ウィスサマ」

 

 口を挟んだのは遊真だった。

 

「レプリカにウィスサマを助けるように言ったのはおれだ。レプリカは、俺の頼みに応えただけだよ」

「……」

 

 言えない。鷲掴みにして投げてダンクしてやりたい放題使っていたとは言えない。まぁ、壊したのは決して海斗なわけではないが。

 

「だから、修が謝る必要ないなら、ウィスサマも謝る事ないよ」

「……へいへい」

 

 見事に跳ね返され、海斗は目を逸らす。その海斗の前に、コトッと皿が置かれた。

 

「剥けました」

「お、さんきゅ。……てか、剥けるんだ」

「し、知らないで頼んだんですか?」

 

 苦笑いを浮かべる雨取の頭を、海斗はよしよしと撫でてやる。りんごを齧り「で」と修に声をかけた。

 

「お前ら、ランク戦の対策はちゃんとしてんの?」

「あ、はい。一応は」

「……じゃあ何。もしかして、俺の対策もしてる?」

「いえ、まだです。とりあえず、目の前の相手から……」

「いや、しろ。そして俺の対策を教えろ」

「……はい?」

 

 ちょっと、何を言っているのか分からない。対策を言っちゃそれは対策にならない。しかし、海斗は真顔だ。

 

「いや、一度で良いから聞いてみたいんだよ。自分が対策されるっていう感覚」

「は、はぁ……自分が有利になるため、ですか?」

「違ぇよ。お前メガネ本当分かってねーなー。対策会議とか見ると、自分がボスクラスだなーって実感出来るからだよ」

「……すみません、少し何を言っているのか……」

 

 本当に理解出来ない。なんだろう、「ボスクラスだなって実感」って。

 

「お前には分からない? 自分が対策されてる心地良さ。『あの人にはこう戦おう。じゃないと勝てない』みたいなオンリーワンの対策。二宮さんとかの対策なんて無いからね最早。逃げの一手か殺される覚悟か相打ち狙いか、みたいな。俺もそんな対策されてみたいんだよ」

「わ、分かりました! 対策はしますから!」

「それを俺の前で言え!」

「それは無理ですから! 対策の意味が全然ないですよ!」

 

 徐々にヒートアップする。本人の対策を本人の前でするとはどんな意味があるのだろうか? 

 

「あ、でも俺の中でウィスサマの対策はあるよ」

「マジで?」

 

 遊真がそう言ったことにより、海斗は目を輝かせる。あくまで遊真の中での話だが、対策されていることに変わりはない。

 

「どんなの?」

「ずばり、死角からの攻撃だね」

「死角?」

「そう。正面からじゃ崩すのは難しいから、背後からの奇襲とか、数で囲んで叩ける人で叩くとか」

 

 そう言う遊真に対し、海斗はジト目になった。

 

「テメェ、それは誰にでもそうじゃねえか」

「あ、バレた」

「ナメんなテメエエエエ! いいから俺の対策会議をしろよ!」

 

 非常に面倒くさい……と、思った修がどうしたものかと頭を悩ませた時だ。千佳のスマホが震えた。

 

「……あ、私そろそろレイジさんと狙撃の練習に行かないと」

「む、それはやばいな。遅れたら俺が許さんから早く行け」

「は、はい……!」

 

 秒で手の平を返す海斗の「レイジさんには忠実」という特性に助けられた三人は、病室を出て行った。

 

 ×××

 

 玉狛三人が出て行った数分後、また病室の扉が吹っ飛んだ。

 

「ウィス様ぁああああああ‼︎」

 

 バカがきた。扉を吹っ飛ばす勢いでヘッドスライディングし、前転による受け身の後、俺のベッドの前に着地する。

 

「お元気ですか⁉︎」

「元気に見えるかこの惨状」

「申し訳ありません、私がいればこのような事にはならなかったでしょうに……!」

「いやいや、お前いても変わらんから。つーかあれ、多分周りに誰がいても変わらなかった」

 

 何せワープで連行されたわけだし。

 

「ウィス様、お怪我の具合は……」

「全然平気。一ヶ月で運動出来るって」

「そ、そうでしたか……良かったです……」

 

 ホッと胸をなで下ろす双葉。こういう反応をしてくれる人はなかなか少ない。というのも、大体の人が迅から結果を聞いているからだ。接点のない双葉はここに来て確認する他なかった。

 

「一人で来たのか?」

「はい! 学校が終わり次第、掃除当番を終わらせて日直を終わらせてから走って来ました!」

「意外と忙しかったのなお前……」

 

 わざわざ走って来なくても良かったのに、と思わないでもなかった。なんか最近は双葉は自分の言うことにはアホほど献身的になり、海斗がツッコミに回る事も多くなってしまっていた。

 

「あ、すみません。ウィス様……急いでいたので、何か買ってくるのを忘れてしまいました……」

「いやいや、気にしなくて良いから。今日だけでりんご5個食べてるし」

 

 そのお陰でトイレに行く回数も多かった。

 

「でも、なんにしても寂しいです……。一ヶ月はウィス様の授業を受けられないんですよね……」

 

 それを聞いて、海斗は思わず真顔になる。確かに、と顎に手を当てた。今、双葉は打倒空閑遊真を目指しているわけだが、それの協力をしてあげられないのは申し訳ない。

 

「よし、抜け出すか。ここ」

「はい?」

「トリガー使えば身体は一気に全快に戻るからな。鈴鳴なら人もあまり来ないし、来馬さん優しいし。このベッドに戻ってきてトリガーを解除すれば何とかなるだろ」

 

 前に村上と戦う約束をして鈴鳴に遊びに行った時、来馬に晩飯を奢ってもらって以来、「二宮、レイジ、来馬」の3トップが海斗の上にいたりする。

 その海斗の提案を受け、双葉は。

 

「それは……天才ですね!」

「だろ?」

 

 ノリノリだった。さて早速、と思いトリガーを手に取った時だ。冷たい声が病室に響いた。

 

「そのトリガー、どうするつもり?」

「あ? 決まってんじゃん、抜け出して双葉と特訓を……」

「ひえっ」

 

 双葉から声が漏れる。後ろを振り向くと、いつの間にか開かれた病室の扉の前に氷見、三上、月見のうるさい3トップが立っていた。

 

「……え、なんで?」

「……ふーん、そう。そういう事するの」

「いや、ジョークですけど……」

「月見さん、誰にします?」

「そうねぇ……風間さん、二宮くん、あとは……」

「小南に伝えるのが一番、クリティカルでは?」

「そうね」

「待って待ってすみませんでした!」

 

 とにかく謝って謝って謝り倒すと、とりあえず3人は動きを止める。相変わらずタイミングの悪さは世界一を誇れる男である。

 まず動いたのは三上だった。基本的に姉属性の三上は、当然、姉並みの圧がある。そのプレッシャーを発揮し、視界に捉えたのは双葉だった。

 

「双葉ちゃん、ちょっと」

「は、はひ……」

「師匠のことが大好きなのは結構だけど、無理を強いるのはダメ。特にそいつ、基本的に自分より他人の事だから」

「す、すみません……」

「たまにはご厚意に甘えるばかりじゃなく、相手に気を使うことも覚える事」

「わ、分かりました……」

 

 ショボンと肩を落とす双葉。わかればよろしい、と言わんばかりに双葉の頭を撫でてあげると、三上は引っ込めて次のバカに目をやる。

 

「で、どういう了見?」

「あなた、自分から抜け出すとか言い出すなんてどういうつもり?」

「他の人がどれだけ心配してるか分かってないの?」

「待て待て待て! 何で俺の時だけ3人がかり⁉︎ 怪我人なんですが⁉︎」

「だからこそでしょ。ただでさえ言っても聞かないバカなんだから」

「キツめに言っても分からないんでしょうしね」

「むしろ今なら体罰の良い機会かもね」

 

 あまりの容赦の無さに、海斗は黙り込むしかない。そもそも、なんであなた達がセットで来たの? と思わないでもないが、こうなった以上は仕方ない。

 どうにかして逃がれる術を探していると、海斗の手を月見が強めに掴んだ。

 

「……あなたね、どれだけ他の人があなたを心配していたか分からない?」

「え?」

「トリガーを解除して戦うなんて、それはもはや本物の戦場と大差ないのよ?」

 

 ボーダーのトリガーを使っての戦場で一番の違いは、ベイルアウトの存在だ。やられても基地に逃げ帰ることができる。それによって最悪の事態を防ぐことができるからだ。

 しかし、トリガーを解除すれば、それはもう兵隊と変わらない。

 

「もっと周りの気持ちを考えなさい。どんな理由があっても、もう無理はしないこと。良いわね?」

「……へいへい」

 

 あくまで素直じゃない海斗は窓の外に目を向けて頷く。目の前の男は何処までも素直ではない。本当に反省している時に限ってそれを表に出さないタイプだ。

 そのため、それを見て言ってる事が通じた、と判断した月見は、小さく頷いて隣の氷見を見た。

 それにより、氷見は紙袋を海斗に手渡した。

 

「はい。作戦室にあった漫画本。どれが良いかわからなかったから、テキトーに目に付いたのを持ってきてあげた」

「おお、さんきゅ。流石、我がオペレーター。俺が今、一番必要なものを理解してる」

「どこまで上からなの。ぶっ飛ばすよ?」

「はい、すみませんでした」

 

 本気で睨まれたため、慌てて目を逸らした。

 

 ×××

 

 オペレーターと双葉が帰り、残された海斗はボンヤリと天井を見上げた。今日だけで9人もお見舞いに来てくれたわけだが……改めて今までにない経験だったな、と目を閉じる。

 まさか、自分をこんな風に心配してくれる人達が出て来るとは思わなかった。ボーダーに入らなければ、今頃自分は学校で一人で喧嘩ざんまいの暮らしをして、どこかのヤクザにスカウトされていたかもしれない。

 そう思うと、やはりこんな怪我をしたとしてもボーダーに入隊したのは正解だった。

 でも、逆にこれからは自由でいられない。周りのために気を使わなければならない。喧嘩して怪我を作って帰ってくるのは自己責任ってだけでは済まない。周りに心配を掛けさせてしまうから。

 

「……」

 

 もう少し大人しくするか、と思い、寝ようとした時だ。ガララッ……と控えめに扉が開いた。

 

「……海斗、寝てる?」

「起きてる」

 

 小南が入って来た。そういえばまだ今日は来ていなかった。

 

「ごめんごめん。学校の後、すぐに防衛任務で……」

「別に無理に来なくて良いぞ」

「そうはいかないわよ。私だって顔見たいもの」

 

 こいつも前に比べりゃ随分と素直になったものだ、と感心してしまった。なんだかんだ、やっぱ彼女なんだな、とか思いながら心の中で頷いてると、突然、頬を引っ張られた。

 

「あんた、ここを抜け出そうとしたって本当?」

「いだだだだ何で知ってんの⁉︎」

「月見さんから聞いたのよ!」

「あの野郎⁉︎」

 

 密告はしっかりとされていた。絶対にあの女に逆襲してやる、とか考えている間に、小南は力強く宣言した。

 

「あんた、次そういうこと考えたら許さないからね」

「分かったから離せって! 頬っぺとれる!」

「取れないわよ!」

 

 まったく、と小南は手を離した。

 

「まぁ良いわ。でも、今回のことでよく分かったわ。あんたを一人にするとどうなるか分からないって事は」

「人を予測不能な野生動物みたいに言うのやめてくんない」

「退院したら、あんた覚えてなさいよ」

「はぁ? 何を?」

「何でも」

 

 何故だか楽しそうにそう言う小南は、その日、海斗が眠るまで横でずっと漫画を読んでいた。

 

 



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恋人というより母親。

 数日後、退院した海斗は、それでもしばらくは個人ランク戦も訓練も出来なかった。

 そんなわけで、しばらくは退屈な日々を送るはめになる……と、思ったのだが、そうもいかなかった。何故なら。

 

「海斗、起きなさい」

「ん……」

 

 自宅に、小南が毎日のように顔を出してくれるからだ。片腕にギプスをしている生活では色々と不便なため、学校がない日は小南が朝から家に来て甲斐甲斐しく世話を焼いてくれていた。

 

「朝ごはん出来てるわよ。食べたら本部に行くから、ちゃっちゃと準備しちゃいなさい」

「あーい……」

「ああもう、シャキッとしなさい。寝ぼけてないで、先に顔洗ってきたら?」

 

 割と朝に弱い海斗は、よろよろと起き上がって小南に腕を引かれて洗面所に向かう。

 

「はい、着いたわよ」

「んっ……」

「顔前に出して屈んで。……そう、うん。じゃ、顔流すから」

 

 サァァァッと顔を洗ってもらい、ようやく意識が回復した。

 

「ふぅ、ん〜……よく寝たぁ……」

「今目が覚めたのね……。ほら、朝ご飯出来てるから」

「着替えないと」

「ズボンを脱ぐなら私のいないとこでやりなさい!」

 

 慌てて小南が洗面所を出て行って、海斗は何事もなかったように着替えを始めた。

 着替えを終えると、居間に戻って食卓についた。今日の朝ご飯は目玉焼きにサラダに白米にハム、味噌汁。オーソドックスだが、美味そうだ。

 

「……これ、小南が作ったのか?」

「前に言わなかった? 彼氏が出来たんだから、私だってカレー以外の料理も練習するわよ」

「上達し過ぎだろ……」

「良いから食べなさいよ」

 

 照れながらも促されたので、海斗は無言で箸をとった。

 

「……ん、美味い」

「そ、そう……。ま、当然よね。私が作ったんだもの」

「照れながら言うな。こっちまで恥ずかしくなんだろうが」

「う、うるさいわね! 慣れてないのよ、こういうの!」

「俺だって同じだっつーの……」

 

 お互いに恋人が出来た試しなど無かったため、ちょいちょい反応に困っている。もう付き合い始めて二週間経過しているのに、未だに付き合いたてのようだ。

 とりあえず、顔を隠すように海斗は味噌汁のお椀に手を伸ばす。箸を親指と人差し指の間の関節に挟み、お椀を持ってグイっとあおった。当然、熱いのが急速に口の中に流れ込む。

 

「あっづぁっ⁉︎」

「何やってんのよバカ! 熱いに決まってるでしょ⁉︎ お味噌汁よ」

 

 慌てて氷を取りに行く小南の後ろで、海斗は近くにあった牛乳を流し込んで舌を冷やす。火傷を癒せるほど冷たくなくて、あまり意味を見出せなかった。

 

「ほら」

「お、おお……サンキュー」

 

 氷をもらい、口の中に入れた。

 

「まったく、子供じゃないんだから、お味噌汁くらい落ち着いて飲みなさいよ」

「へいへい……」

 

 小さくそう返しつつ、食事を続けた。

 その途中、何となく気まずくなった海斗がテレビをつけると……ちょうどニュースがやっていた。それを見て、海斗は吹き出した。何故なら、三雲修が映っていたから。

 

「はぁ⁉︎」

「ああ。あんたは知らなかったっけ? 修、テレビでバラしちゃったのよ。遠征の事とか。これから行く計画って事にして」

「や、そうじゃなくて。なんで出てんの?」

「唐沢さんが仕組んでいたそうよ」

 

 なんで唐沢が? と察しの悪い海斗に、わざわざ小南は説明しない。言っても多分わからないだろうし。

 

「で、テレビで宣言していたわ。遠征部隊に選ばれる、って」

「ふーん……なるほど、あのメガネが。生意気だな」

 

 そう言葉では言いつつ、表情は楽しそうだ。まるで、新たなライバルを見つけたかのように、好戦的な笑みを浮かべた。

 

「面白ぇ。なら、俺は師匠らしく背中を押してやるか」

「はぁ? あんたの手なんか借りなくても、遊真はあたしが育てるけど」

「バーカ、遊真だけじゃねぇよ。メガネと雨取も全員、俺が鍛えてやる」

「あんた、そんなことしたら不利になるだけよ? 一位とはいえ、二宮隊もB級なんだから」

「相手が弱くちゃ何の面白みもねえだろ。今日は本部に行かずに玉狛に行くぞ」

「はいはい」

 

 今日、ようやく海斗らしい表情を見れて、小南はホッと一息ついた。寝惚けて普段とのギャップがある海斗の顔や、女性との交際に慣れてなくてドギマギしている顔も好きだけど、やっぱりこういうギラギラした顔をしている時が好きだ。

 

 ×××

 

 玉狛支部に到着すると、メンバーは当然のように特訓中だった。修は烏丸と、千佳はレイジと各々の修行に励んでいる。

 唯一、師匠がまだ来ていなかった遊真は、小南と海斗が現れるなり顔を上げた。

 

「こなみ先輩、かいと先輩。どーも」

「こんにちは、遊真」

「かいと先輩じゃない、ウィス様だ。……珍しいな、お前が間違えるなんて」

「間違えてるのはあんたでしょ。てか何なの? その呼ばせ方」

「師匠と言えば亀仙人→界王様→ウィス様だろ」

「カリン様と神様は?」

「忘れてたんだよ言わせんな」

 

 そんなどうでも良い会話の後、遊真が首を横に振った。

 

「いやいや、まちがえてないよ」

「は? 脅迫状か? 上等だコラ」

「下克上よ」

 

 冷たいツッコミが隣から突き刺さったが、海斗は鮮やかに無視。すると、訓練室から修と千佳が姿を現した。

 

「ふぅ……あ、お疲れ様です。小南先輩。……と、陰山先輩」

「おつかれ」

「ウィス様だ」

「いえ、陰山先輩です」

 

 その言葉に海斗は片眉をあげる。

 

「なんだ? お前まで下校時刻か?」

「だから下克上よ」

「雨取、何とか言ってやれ」

「いえ、陰山先輩」

「え、なに。お前まであしたのジョー?」

「下克上よ! てかわざとでしょあんた⁉︎」

 

 小南のツッコミを無視して狼狽える海斗。反抗期が来た初日の親のようになっている。

 そんな師匠に向かって、修がキチンと宣言した。

 

「陰山先輩には感謝しています。僕が新型を相手にあそこまで粘れたのは陰山先輩のおかげですから」

「だからウィスさ……」

「でも、これから始まるランク戦では、僕達はウィス様の敵です。情報をみすみす渡すわけにはいきません」

「情報とか言われても俺は覚えられないし……」

「これから先はライバルです。ライバルに手を借りて勝つわけにはいきません」

 

 なるほど、と海斗は内心で頷く。考えてみれば、確かにこれから戦う敵同士から物を教わったりするのは困るかもしれないし、二宮に怒られるかもしれない。

 しかし、そうなると自分はもう3人の師匠ではいられないという事になる。

 

「……ふっ、言うようになったな。ポンコツの駄眼鏡に近界民の白チビにトリオン量以外戦闘向けじゃないダメトリオが」

「ちょっ、海斗……」

「そこまで言うからには、俺の部隊に勝ってみせろ。負けたら……そうだな。お前のメガネをシャアのマスクに改造してやるから覚悟しろ」

「え、いやあの……それは正直、困るんですけど……」

「勝ちゃあ良いじゃん」

「……せめて委員長のメガネにしませんか?」

「それは普通だろ。ゼクスとクルーゼくらい言えないわけ? そんな自信ない?」

「いやそれさっきから仮面ですよね、どちらかというと。……分かりました。ハリーで手を打ちます」

「あんたらなんの話をしてんのよ」

 

 小南がようやく止めに入ったことにより、とりあえず下らない言い合いは止まった。徐々に修にもアホが感染してきていたが、今はその事はいい。

 

「じゃ、俺は本部に行くわ」

「あ、あたしも……」

「小南は遊真のことを見ててやれよ」

「……平気?」

「平気だ。本部まではトリガー使って行くし、俺達を倒すなら一分一秒も無駄に出来ないだろ」

「……そうね。分かったわ」

 

 それだけ言うと、海斗は本部に歩いた。

 

 ×××

 

「と、いうわけで、師匠が弟子に勘当されました」

 

 その一言で犬飼と氷見は爆笑し、辻と二宮は失笑していた。

 

「笑うなよ。まさかクビになるとは思わなかったんだから」

「いやー笑うでしょ。完全にナメられてるんじゃない?」

「違うわ。俺の事をナメてる奴なんかいねえよ」

「そりゃ喧嘩的な意味で、でしょ?」

 

 呆れ気味に氷見も横から口を挟む。

 

「でも、これでしばらく暇になっちまうんだよなぁ。怪我の所為でランク戦も出来ねえし。二宮さん達もチーム戦の特訓ですよね?」

「……そうだな。そろそろA級に上がる」

「海斗くんも外から見ててくれれば良いじゃん。連携のズレとか」

「無理無理無理。俺、割と根深い感覚派だから自分でそこに立たないと何も分からない」

 

 辻に言われるも、海斗は首を横に振る。実際、感覚派すぎて中学の時の模試では、マークシートテキトーに埋めて七十点を超えたこともあるほどの感覚派だ。

 

「相手を殴る時のフォームとかなら教えられるよ」

「それはもういいよ」

 

 犬飼に首を振られる。

 

「……なら、陰山。しばらくはここにいろ。一応、これからランク戦に向けての作戦会議をするから、耳を通しておけ」

「へいへい」

「と言っても、俺達が警戒すべき相手はいいとこ、影浦、生駒のとこくらいだがな」

「確かに、弓場さんのとこは神田さんが抜けちゃいましたからね」

 

 それは、油断でも驕りでもなく確信だった。元A級部隊であり、問題を起こしているバカ以外の三人はマスタークラス。そのバカもブランクは空いてしまっているものの、元々は風間や小南、影浦や村上と鎬を削り合っている猛者だ。

 何せ、その問題というのも「どうせバレねえべ」とかいうナメくさった態度で影浦と個人ランク戦をしてバレて怒られる、というのを繰り返した結果である。

 最近のボーダーは影浦と海斗のお陰で孤月とスコーピオンが同程度の人気を誇るようになり、レイガストもちょいちょい使われるようになってきていた。そういう面でも、忍田は頭を抱えていたが、本人達はそんなもん知った事ではない。

 しかし、そんなにわか流行した所で、迅や風間、影浦や海斗のトップクラスのスコーピオン使いには届かない。

 そんな中、海斗が口を挟んだ。

 

「もう一チーム、警戒に値する部隊はありますよ」

「ほう。参考までに聞くが、何処だ?」

 

 どうせ、バカの言うことだが、百万分の一の可能性も捨て切れない。二宮がいつもの仏頂面で聞くと、海斗が口を開いた。

 

「いや、今はやめときます。どうせ鼻で笑われるだけなんで」

「玉狛か」

「……」

 

 もったいぶってみたものの、もったいぶれなかった。

 

 ×××

 

 ランク戦のブース。影浦は個人ランク戦を行っていた。相手は迅悠一。ランク戦に向け、自分の対戦相手のバカが持つ未来予知に等しい回避能力以上の性能のサイドエフェクトを持つ相手でありながら、剣の腕も海斗以上の実力者だ。

 つまり、迅に勝ち越せるようになれば、海斗など楽勝で倒せるようになる。そんなわけで、ぼんち揚の袋を持ってヘラヘラした顔でウロついている19歳をひっ捕らえてランク戦に付き合わせている次第である。

 しかし、勝ち越せるようになれば、と言うが相手は太刀川と同じレベルのアタッカーだ。簡単にはいかない。

 

「クソがっ……!」

「ほいっと」

 

 攻撃を回避され、代わりに軽い一撃が返される。その一撃は大したものではないが、しっかりとこちらのトリオンを削って来ていた。ねちっこい上に、こちらの攻撃を躱した上で確実に当たるものを仕掛けてくるため、海斗とは違ったタイプのカウンターを仕掛けてきていた。自分のサイドエフェクトがなければ何発直撃していたか分からない。

 勿論、こちらもやられっぱなしではないはずだが、割と軽々と回避されている。予知というのは想像以上に面倒だ。

 一度、牽制でマンティスを放ち、距離を置く。予知で自分の行動は読めていたはずなのに追撃してこないということは、何か仕掛けてくるのだろうか? 

 警戒した影浦が迅を睨みつける。

 

「カゲらしくないな。割と頭使ってるでしょ」

「アア? るせーよ。つか、どういう意味だコラ」

「あのバカに勝つには、考えるより動いた方が良いと思うよ」

 

 どうやら、自分が迅に挑んだ理由が分かっているようだ。それはそれで腹立たしいが、この際、置いておくことにした。

 

「チッ……ムカつくぜ」

「はは……手伝ってるのにムカつかれてもなぁ……」

 

 苦笑いを浮かべつつ、迅はスコーピオンを構える。自分が襲い掛かろうとしている未来が見えたのだろう。全くその通りだ。

 アドバイスを素直に活かすのは癪だが、考えるより直感の方が良いと言うのなら。

 地面を蹴って、牽制のマンティスも放たずに突貫した。

 

 ×××

 

 風間隊の作戦室では。双葉がお砂糖とミルクたっぷりのコーヒーを飲んでいた。少し不服そうな顔で。

 

「……むー、何で私はいつもこの部屋で監禁されているのでしょうか」

「隙あらば海斗くんに会いに行こうとするからでしょ」

 

 三上が、至極当然、と言わんばかりにそう言ってお菓子の袋を開ける。

 

「言っておくけど、本当に口が滑っても『お稽古つけて下さい!』なんて言っちゃダメなんだから」

「分かってます。私はそこまで子供じゃありません」

「加古から『双葉は寝言では陰山くんのことお兄ちゃんって呼んでるのよ』と聞いたが」

「嘘⁉︎ 私そんなの聞いてませんが⁉︎」

 

 風間からまさかのカミングアウトをされ、一気に顔が真っ赤になる双葉。

 

「うわあ、どんだけ師匠大好きなのキミ」

「お、おい菊地原。あまり言ってやるな。師匠がいる人からしたらそういう感じあるのかもしれないし」

「うわあああ! やめて下さい二人とも!」

 

 容赦がない菊地原と、ギリギリなフォローをする歌川だが、正直どちらもきつかった。

 しかし、赤面する双葉など一切興味ない菊地原は、話を風間に振った。

 

「でも、あの人大変ですよね。完治するまでトリガー使うの禁止なんですよね?」

「ああ。ランク戦では流石にブランク明けで思い通りの動きは難しいかもしれないな」

「なにせ最後の戦闘ですらトリオンを使わずに生身での殴り合いだったそうですからね」

 

 歌川もウンウンと頷く。正直に言って、風間も菊地原も歌川もブランク明けであってもバカならそれなりの活躍をすることは目に見えている。しかし、B級上位には影浦や弓場といった化け物が多い。そいつらと渡り合うのは厳しいかもしれない。

 

「……大丈夫です。私のウィス様なら、そう簡単にはやられません!」

「それ、小南さんの前で言わないようにね。修羅場っていうか修羅になるから」

「例え小南先輩が相手でも、ウィス様の弟子というポジションは譲れません」

「そ、そう……。ほどほどにね」

 

 これは喧嘩になる気さえする……と思ったが、まぁそこは彼氏の手腕に任せることにした。決して面倒くさいとかそういうのではない。関わると疲れそうとか、太るから糖分控えたいとか、そういうのではない。

 

「そういえば、風間さんが目を付けてたメガネはどうなんですか?」

「さぁな。黒トリガーの近界民とトリオン怪獣と組んで、遠征部隊を目指すつもりらしい」

「ふーん……遠征部隊ねえ」

 

 その話題が出た直後、双葉は少し不服そうな顔をした。姉弟子であるはずの自分より強い空閑遊真を思い出し、少しイラっとしたようだ。今度こそ自分が勝つ。

 

「……あの人達には絶対負けません」

「いや、そもそも黒江はA級だろ?」

 

 隣から歌川の冷静なツッコミが入ったが、双葉の耳には届いていなかった。

 

 



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設定してないのに災害が起こる。
星座占いもバカにできない。


 2月1日。B級ランク戦のシーズンになった。それに伴い、B級部隊達は気合を入れて来ている。

 で、現在、集められているのは、ランク戦会場。実況席に座っているのは綾辻遙。時間になったため、コホンと咳払いして開始した。

 

『ボーダーの皆さん、こんにちは。嵐山隊オペレーター、綾辻です』

 

 綾辻がそう言うと、後ろの観客席で騒がしかった隊員達が静かになり、モニターに目を向ける。

 

『B級ランク戦昼の部を実況致します。本日の解説者は、風間隊の風間隊長と、加古隊の加古隊長にお越しいただきました』

『『どうぞよろしく』』

 

 全く同じタイミングで挨拶する二人だった。加古の実況席の真後ろに双葉がヒョコヒョコしていて、綾辻はちょいちょいと手招きして自分の膝に座らせた。バカの弟子になってから、ツンツンしていた双葉は随分と柔らかくなった。勿論、木虎以外に。

 

『それと、加古隊アタッカー黒江隊員です』

『どうぞよろしく』

 

 で、今度こそ説明を開始した。

 

『本日の対戦はB級一位二宮隊、二位影浦隊、六位東隊、七位香取隊です』

 

 要するに、トップチームのトップ争いとなる。初日からぶっ飛んだ組み合わせとなったが、まぁそうなった以上は仕方ない。

 先にランク戦の説明を終えてから、解説席の二人に声を掛けた。

 

『さて、B級上位チームの戦闘ですが……どう思われますか?』

『ストームだろう』

『ストームね』

 

 声を揃えてそう答えたのは、風間蒼也と加古望だ。

 

『陰山隊員と影浦隊長がぶつかる事で、周囲の隊員や建物を全て巻き込む小さな暴風雨のようになる、災害そのものを表した言葉ですね?』

『そうだ。お互いにサイドエフェクトによって狙撃は効かない上に、唯一ストームを止められる能力を持つ二宮は陰山と同じ部隊であるため、味方諸共吹き飛ばす可能性があるから介入出来ない、本当に厄介極まりない迷惑な戦闘だ』

『まぁ、正直に言ってどちらかが勝つまで他のチームは手出し出来ないし、無視するのが良いんじゃないかしら? でも、オペレーターの子は大変ね。何処に移動して来るかわからないし、キチンとストームがどこで起こってるか目で追わないといけないもの』

 

 前に工業地帯で二宮隊、影浦隊がぶつかった時は、中々決着がつかずにマップの建物の7割を壊し尽くしたことすらある。巻き込まれてやられた隊員は6人。アレは中々にエゲツない絵だった。

 しかし、忍田からお叱りの言葉はなかった。というのも、近界では何が起こるか分からないため、そのための訓練にはちょうど良いわけだ。

 

『そういう意味では、やはり影浦と陰山以外のエースの働きが重要になる。二宮隊には二宮がいるし、影浦隊の北添は一人でも点を取れる重銃手、絵馬は一万ポイント超えの狙撃手だからな』

『もしくは、ストームは二人が出会わないと発生しないし、戦い始める前に止めておく、とかね? その点では、香取ちゃんや東さんの働きも重要になってくるんじゃないかしら』

 

 そう解説している隣では、自分の師匠が驚異的に思われていて、双葉はとても機嫌がよかった。

 そうこうしているうちに、最下位の香取隊によってマップが選択された。

 

『ステージが決定されました。香取隊が選んだマップは河川敷Aです!』

 

 それを聞いて、解説席の加古は片眉を上げた。

 

『……なるほどねぇ。このマップは川を挟んで二つのサイドに別れるから、オペレーターが何処でストームが起こっているのか指示しやすいのよね』

『仮にストームが起こらなくても、橋を壊し、川を挟んで対岸から撃てばアタッカー封じになり得る。その分、東さんと絵馬の狙撃と二宮のフルアタックが通りやすくなってしまうが、影浦と陰山、そして小荒井と奥寺のコンビも防いで来たか』

 

 しかし、アタッカーを封じた所で二宮と東の威力が発揮され過ぎるステージな気がしないでもない。香取隊の意図は恐らく別のところにあるのだろうが……まぁ、それは気にしても仕方ない。

 

『さぁ、転送開始! B級ランク戦初日、昼の部スタートです!』

 

 綾辻のセリフと共に、戦闘が開始された。

 場所は河川敷、しかしモニターに映されているのは、白い靄ばかりだった。

 

『これは……⁉︎』

『……なるほど。そういうことか』

『これなら、二宮くんや東さんの射線を切れるどころか、カメレオンを持つ香取隊の独壇場になるかもね』

 

 B級ランク戦初日、昼の部。ステージ『河川敷』天気『霧』。

 口ではそう言いつつ、風間としては香取隊に同情せざるを得なかった。

 

 ×××

 

「おいおいおい……。なんだこりゃ」

 

 転送された海斗は、自分がどこにいるのかもわからないほど、濃い霧に覆われていた。

 幸い、サイドエフェクトで何処に誰がいるのは分かる。しかし、霧が深過ぎてかなり近付かないと建築物を視認することもできない。

 とりあえず、こうなった以上は連絡を取って隊長の指示を待つしかない。

 

「もしもし、二宮さん? どうします?」

『……そうだな。犬飼、辻は合流して様子を見ろ。決して視覚情報だけに頼るな。香取隊は常にカメレオンを使ってると思え』

『『了解』』

『陰山。お前は高台を取れ』

「ええ〜……そっちで行きます?」

『当たり前だ。この霧では、敵の位置は把握出来ても障害物は分からないんだろう?』

「……了解です」

 

 小さくため息をつくと、海斗は面倒臭そうに歩き始めた。

 

 ×××

 

 影浦はのんびりと霧の中を歩いていた。敵がどこにいるかは分からないし、今の所、自分のサイドエフェクトに反応は無い。とりあえず、敵が仕掛けて来るまで下手に動かない方が良さそうだ。性分に合わないが、自分の部隊のオペレーターと銃手に止められるのが目に見えてわかる。

 

「……チッ、めんどくせー展開になったぜ」

 

 そう思いながら歩いていると、土手に到着した。広いからか、微妙に視界が良く、川を跨いで橋が綺麗に掛けられているのが見える。暇だし、橋を渡って北添と合流しようとした。

 そんな時だ。後頭部に数ヶ所、チリッと不快な線が来た。それを反射的に首を曲げて避けると、弾丸が数発通り過ぎる。

 

「……出やがったな」

 

 現れたのは、若村と三浦。香取の姿はないが、おそらく合流することだろう。

 なるほど、と影浦は納得してしまった。霧で狙撃を封じ、逃げ道のない橋でカメレオンを使って複数人で叩くつもりのようだ。

 格上に対しては悪くない作戦だ。しかし、相手が影浦でなければ、の話だが。カメレオンによって姿を背景に溶け込ませる二人に対し、影浦は二刀を持って襲い掛かった。

 

 ×××

 

 川の近くの建物では、犬飼と辻が合流を済ませていた。

 

「よし、どう動こうか?」

「今、川の橋で影浦先輩と香取隊がやり合ってるみたいですよ」

「もう? 流石カゲ。喧嘩っ早いね」

 

 そんな呑気な話をしつつ、とりあえず動き始めた。様子見、と言われたが、それは他が動き出せば、こちらも動くという事だ。

 霧が酷いのは屋外だけ。つまり、近くの民家の中から行けば、霧の被害に遭わずに進められる。壁を破壊し、民家と民家の間を抜けて移動している時だ。

 ヒュルルルッ……と、花火が上がる時のような音が耳に響いた。

 直後、爆発する自分達がいた民家。ギリギリ回避出来たが、他の場所でも同じようなことが起こっているようだ。

 

「出た、ゾエのテキトー炸裂弾」

「今日はいつもより遅かったですね」

「霧で慎重になってたんじゃない? もしくは、各地を荒らせる高台を取れてなかったか」

 

 何にしても、ここから北添は近い。浮いたコマだ。

 

「行こうか。辻ちゃん」

「はい」

「二宮さん、ゾエが近いんで取りに行きます」

『了解した。俺は橋へ向かう』

『俺はどうします?』

『俺でも犬飼の方でも構わん。狙える奴から獲っていけ』

『はーい』

 

 海斗からの質問があったものの、とりあえずその指示を頭に残しておいて、近くの重銃手の方に走った。

 現場に到着すると、北添は誰かと戦闘中だった。何シーズンか前のランク戦の時から入れたテレポーターによって遅さをカバーしつつ、グラスホッパーを用いて空中戦を展開しているのは、香取葉子。

 

『ありゃ、香取ちゃんもいるのか』

『どうします?』

『問題ないよ。こっちにとっては三対一対一だ』

『了解。……でも、香取さんはお願いします』

『分かってるよ』

 

 犬飼が手元に突撃銃を出すと共に、辻も孤月を抜いた。

 

 ×××

 

 橋の上での戦闘では、影浦は数の不利を全く感じさせない立ち回りで香取隊の二人を翻弄していた。しかし、霧の上にカメレオンによって、影浦も思いの外、手こずっている。

 その様子をモニターで眺めながら、綾辻が実況する。

 

『東岸では北添隊員、香取隊長、犬飼隊員と辻隊員が戦闘中! 橋の上では、影浦隊長、三浦隊員と若村隊員が激突! 早くも二か所で戦闘が起こった!』

『香取隊はついていなかったな。遭遇したのが北添でなければ、無視して橋に合流出来ただろうに、放っておけば影浦の援護に行ってしまう奴を見てしまえば無視するわけにはいかない』

『香取ちゃんの方は、逃げようにも敵の両チームにはガンナーがいるし、北添くんはテレポーター持ってるし、少し厳しいわね』

 

 しっかりと作戦を立ててきたのは分かるが、流石に運がなさ過ぎた。今頃、香取は内心でブチギレている事だろうが、こればっかりは仕方ない。

 影浦に香取隊の二人が仕掛けたタイミングも悪かった。仕掛けた直後に適当炸裂弾が降ってきて、それが原因で香取は近くの北添を見つけて仕掛けざるを得なくなったのだから。

 適当炸裂弾により、隙が生まれた三浦は影浦に腕を持っていかれるし、中々に厳しい。

 影浦のマンティスの射程には絶対入らないよう、遠距離から射撃戦に徹する香取隊。三浦も旋空で牽制しつつ、引き気味に戦っていた。

 

「加古さん、加古さん」

「ん? どうしたの双葉?」

 

 綾辻の膝の上の双葉に袖を引かれ、加古は顔を向ける。

 

「ウィス様は?」

『あー……そういえば、陰山くんの動きが無いのは意外ね。何してるのかしら?』

 

 解説になりそうな質問だったので、マイクを通して言うと、その正体に気づいている風間が答えた。

 

『今回は、あいつは二宮の指示で動いているらしい』

『と言うと?』

『見ていれば分かる』

 

 返事を濁しつつ、モニターを眺めているとさらに動きがあった。敵に距離を離された影浦は、適当炸裂弾によって北添に開けられた穴に飛び込んだ。何のつもりだ? と、三浦と若村が顔をしかめたのもつかの間、マンティスを橋の下に突き刺し、水面を滑りながら橋の横から跳ね上がった。

 

『橋の下から一気に距離を詰めた⁉︎』

『ス○イダーマンか?』

『それ、風間さんが言う?』

 

 一気に三浦と若村の背後を取った影浦が、上空から一気に強襲しようとした時だ。自分の身体にチリッと不快な感触が突き刺さる。

 その直後、橋の一番端に二宮の姿が見えた。両手の下には三角錐のトリオンキューブが無数に浮いていて、一気に同時発射される。弾丸の雨が降り注がれ、影浦は間一髪回避したが、残りの二人は砂煙に巻き込まれる。

 1秒もたたないうちに、一本の緊急脱出の軌跡が見えた。

 

『橋の上の戦場を二宮隊長が強襲! それにより、三浦隊員が緊急脱出!』

『影浦は横取りされたな』

『ほんと二宮くんはやる事が陰湿よね』

『あ、あはは……』

 

 相変わらず二宮に対しては切れ味しかない加古の苦言に、綾辻は苦笑いで返すしかない。

 モニターに動きがあったため、そちらに話を戻した。

 

『今の一撃で若村隊員は戦線を離脱していきますね』

『当然だな。影浦、二宮が揃っている場所では、若村では勝ち目がなさすぎる』

『あの動きなら、香取ちゃんの援護に行くんじゃないかしら?』

『逃げ切れるなら、な』

『逃げ切れるわよ。この霧の中なら影浦くんも二宮くんも後を追いづらいもの』

 

 おそらく、それも踏まえた上での霧だったのだろう。万が一、二宮や影浦、海斗に見つかった時の保険。

 しかし、その中でも一人だけ霧など関係ない奴がいた。

 霧に隠れていてよく分からないが、おそらくビルの屋上からの一閃が、逃走中の若村の脇腹を削った。

 

『! これは……アイビス?』

『いえ、ポイントは二宮隊のものです!』

『二宮隊にも一人、狙撃手がいる』

 

 ×××

 

 マンションの屋上では、海斗がアイビスを担いで立っていた。スーツでスナイパーライフルを構えているあたり、タバコでも吸いながら仕事完了後の一服を吸う一流の暗殺者に見えてもおかしくない雰囲気だった。

 

「うおお! 見た? 氷見! 動いてるマトに当ててやったぜ!」

『嬉しいのは分かるけど、若村くんのことをマト呼ばわりしないの』

 

 言動は全然一流じゃなかった。

 

『これからどうするの?』

「とりあえず、二宮さんからの指示があるまではここで狙撃する」

『そう。意外と従順なのね』

「二宮さんからの指示なら、俺は基本的に従順だよ」

 

 何せ、元々はA級レベルのアタッカーなのだ。狙撃ポイントがバレ、寄られても何の問題もない。

 

「うし、ガンガン撃つぞ」

『はいはい。一応、視覚支援入れておくからね』

「どーも」

 

 しばらく海斗は狙撃を続けた。

 

 ×××

 

「うひー……あっぶねえ……」

「どうします? 東さん」

 

 橋の近く、建物の近くで身を潜めていた奥寺と小荒井は、壁にもたれかかって一息ついた。影浦と香取隊の戦闘に突撃するまであと一呼吸、という所で二宮が強襲し、慌てて脚を止めた。その上、海斗の狙撃もしっかりと通ったため、尚更、踏みとどまって正解だった。

 自身の隊長からの指示を待った。

 

『……そうだな』

 

 自分が狙撃ポイントに着き、目の前にエースクラスが二人いるとはいえ、二宮と影浦とここでぶつかれば、先がきつくなる。

 現状は、影浦はバッグワームを着て退散し、二宮は恐らくだが自分の隊員の援護に向かったのだろう。今の戦闘で二宮隊は2得点先制。のんびりはしていられないが、賭けに出るわけにもいかない。

 

『俺も動こう。しばらく狙撃は出来なくなる』

「了解です」

「陰山先輩はどうしますか?」

『あいつはただの狙撃手じゃないし、狙撃も効きにくい。無視だ。準備が整い次第、乱戦で点を取るぞ』

「「了解」」

 

 返事をすると、二人の部下はバッグワームを羽織って移動を始めた。

 

 



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香取さんとばっちり喰らいすぎ。

 香取の今の感想としては「なんでこうなるの」だった。自身の部下は大物に目をつけられて全滅、自分自身も二宮隊の二人に影浦隊の銃手、そしてバカの狙撃に囲まれている。

 バカこそ、狙撃が上手いわけでもないのでガンガン外しているが、アイビスが降り注ぐのはある意味、面倒だ。

 本当は浮いたコマから取りに行きたいが、東と絵馬は一発撃てばバカに捕捉されるからか、なかなか動かない。

 霧による視界の制御も、全員が慣れてきてしまったためほとんど効果はないし、こちらでカメレオンを使える隊員ももういない。

 

「クソッ……!」

『葉子、北添先輩がテレポーター使った』

「分かってるわよ!」

 

 北添からの射撃を回避する香取。何が厄介って、橋での戦闘で2ポイント取ったからか、二宮隊の二人に攻め気が見えない所だ。ここに海斗でも二宮でもきたら、その時点で自分も北添も落とされるだろう。

 せめて、味方のうちの一人が生きていてくれれば。或いは、東隊のアタッカーがこちらに来てくれれば、この膠着は崩せるはずなのだが……味方は死んでいるし、東隊は隊長が隊長なだけに慎重に行動しているからか、下手に動く事をしない。

 引き気味にハンドガンとスコーピオンで距離を置きながら戦っている時だ。犬飼がハウンドで自分に向かって銃撃する。

 相変わらず、憎たらしいほどのマスタークラスの銃撃だが、覇気が無い。何故なら、隣から辻が迫って来ているから。

 

「チッ……!」

 

 ハウンドをシールドで受けているため、スコーピオンは出せない。ハンドガンでは距離が近い。

 これはまずい、そう思った時だ。目の前の辻に一発の線が走り、肩を貫いた。

 

「!」

「なっ……⁉︎」

「辻ちゃん!」

 

 よく分からないが、チャンスでしかない。良い間合いにいたので、ハンドガンを近距離から放ち、なるべく多数のトリオンが漏れるように乱射した。そうでないと、狙撃者の点になる。

 ギリギリ自分達のポイントにしつつ、オペレーターに確認をとった。

 

「誰の狙撃⁉︎」

『影浦隊の絵馬くんね』

「ってことは……⁉︎」

『ええ。陰山先輩が止められている』

 

 間違いなく影浦だ、と思った香取は決して間違いではない。普段のランク戦なら二人はたとえ正反対の位置に居たとしても喧嘩を始めるし、なんなら二人は会うためにそれまでの障害を瞬殺している節もある。そもそも、二人が揃っているランク戦で二人がバッグワームをしているところを見た事がない。

 

『警戒!』

 

 だから、耳元からの幼馴染の声が聞こえるまでほんの一瞬でも気が楽になったのは仕方ないことだった。

 ハッとレーダーに反応があった方を見ると、影浦が降って来ていた。あのチリチリには、霧の影響なんか関係ない。

 

「⁉︎」

 

 ハンドガンを向けるが、もう遅い。着地と共に狩り出されたスコーピオンは、香取の喉とトリオン供給器官を貫通した。

 

「俺達のポイントを横取りした罰だ」

「……クソッ」

 

 そのまま香取は緊急脱出した。

 その場に立った影浦はポケットに手を突っ込んだまま、一人になっている犬飼を見た。

 

「おおー、カゲ。こっち来たんだ」

「アア。今日はあのバカと遊んでも楽しそーじゃねえからな。……けど、あんま良い状況じゃねーぞ」

「え?」

 

 そう言う通り、犬飼の横に一番厄介な奴が来た。個人総合二位でありながら、圧倒的なトリオン量を誇る二宮匡貴が立っていた。

 

「犬飼、無事か?」

「一応、無事です。でも、辻ちゃんを取られました」

「反省は後だ。こちらは二人、相手は影浦隊が揃っている」

「東隊の介入は?」

「問題ない、バカが抑えてる。俺達は俺達の仕事をするぞ」

「了解」

 

 そう言うと、二宮は両手の下に巨大なトリオンキューブを出した。

 

 ×××

 

 モニターのポイントでは、二宮隊2ポイント、影浦隊1ポイント、東隊0ポイント、香取隊1ポイントとなっている。この時点で香取隊に勝機はないが、ビリではない可能性も無くはない。

 それよりも、今はまだ生きている隊員に注目しなければならない。

 

『住宅街では影浦隊vs二宮隊、マンションの狙撃ポイントでは、陰山隊員vs東隊が繰り広げられています!』

 

 綾辻の実況の隣で、加古が落ち着いた様子で解説をした。

 

『影浦くん達、大変ね。二宮くんに食いつかれたのは痛いわね。まぁ、人数が揃ってるのと揃っていないのじゃ、だいぶ差が出てくると思うけど』

『残ったのが犬飼だから尚更だな。火力勝負では勝ち目がないし、かといって簡単に近付ける相手でもない』

 

 犬飼と一緒にいるのがただのシューターなら、海斗並みの回避力を持つ影浦は回避しながら接近戦を仕掛けられる。

 しかし、流石に二宮が相手では厳しい。一応、北添がテレポーターを使って翻弄してはいるが、テレポーターの移動先を予測するのは難しくない。

 要するに、二宮が影浦の相手をし、犬飼が北添の視線の先の観察に徹すれば難しくない。

 

『……となると、鍵になるのは』

『絵馬くんの狙撃ね』

 

 そう言った直後だ。犬飼に一発の狙撃が突き刺さる。集中シールドでも相殺出来ない威力だ。つまり、アイビス。

 犬飼が崩れた事により、北添のテレポートが活きるようになる。

 二宮の背後に回り込み、アステロイドを放つが、シールドでガードする。しかし、片方に意識を向ければ挟むように立っている影浦が活きるわけで。

 正面からのマンティスに、二宮は舌打ちしつつ回避した。しかし、そのマンティスはただの牽制。その隙に、さらに北添がテレポートした。

 狙いは二宮……ではなく、犬飼だ。近過ぎず遠過ぎず……そして、アステロイドを放つには絶好の間合いに立った。

 そう言って射撃を開始した直後だ。モニターを見ていた会場がざわついた。誰もが直撃したと思った。犬飼が落ちると思った。

 しかし、犬飼を庇うように出てきたのは、レイガストだった。

 

『……あら』

『ほう……』

 

 加古も風間も驚いたように声を漏らす。犬飼はレイガストを呼び出し、北添の射撃を防ぐ。

 予想外のトリガーが出現したことにより、一瞬止まった北添の動きを見切り、犬飼はレイガストの投擲を放った。

 それが北添の腹を捕らえ、後ろの民家の壁に叩きつける。

 

『まぁ、当然と言えば当然か』

『二宮達の面子があの子に影響されてたとしても仕方ないわよね』

 

 片腕のない犬飼には、訓練していたレイガストガンナーの動きは出来ない。しかし、それでも首の皮一枚を繋ぐことはできた。

 さて、ここからが本番だ、と言わんばかりに、二人の銃手は影浦隊と背中合わせに向かい合った。

 

『……相変わらずね、二宮くんは。不利でもその場で戦うみたい』

『これは、陰山がどれだけ早く合流するかにかかってるな』

『あら、分からないわよ、風間さん。確かに陰山くんは強いけど、奥寺くんと小荒井くんだって二人掛かりで組めば負けていないわ』

 

 アタッカー同士の連携では風間隊に次ぐと言われる二人に、一人で打ち勝てるアタッカーなどそうはいない。太刀川や風間と言った高位ランクのアタッカーでなければ厳しいだろう。

 しかし、風間はフッと微笑んだ。

 

『どうかな。あいつの場合は少し違う』

『え?』

『稀なタイプだということだ』

 

 珍しく、風間が愉快そうに言った。

 

『あいつは俺の部隊を風刃で半壊させた奴だ。サシより、多人数戦の時の方が強い』

 

 ×××

 

「え、犬飼レイガスト抜いたの?」

『ごめーん、本当のピンチの時まで使わない予定だったんだけど』

 

 屋上で、隙の伺い合いをしている海斗は、能天気にそんなことを言った。目の前に奥寺と小荒井がいるにも関わらず、だ。

 

「大丈夫? 俺もそっち行こうか?」

『問題ない、陰山』

 

 遮ったのは二宮だ。

 

『こちらの事は気にしなくて良い。そっちで好きに暴れろ』

「了解です」

 

 そう短く返事をして、目の前の二人の攻撃を海斗は避ける。さて、まぁとりあえずさっさと片付けることにした。

 東隊の基本戦法は、厄介な連携を持つアタッカー二人は実は陽動で、死角から東が狙撃する事だ。ならば、こちらは目の前の男達を屋内戦で蹴散らした方が良いかも……。

 なんて頭を使うような事はしなかった。

 

「オラクソガキどもォッ‼︎ 何をのんびりしてやがんだコラァッ‼︎」

 

 奥寺の横なぎ払いを手首を掴んでガードすると、力任せに後ろにぶん投げる。そっちに向かってスコーピオンを投げようとする海斗の腕を、小荒井が斬りかかって追撃はさせまいとする。

 しかし、その一撃も後ろにバク宙しながら回避と顎の蹴り上げを同時にこなし、怯んだ所を着地の直後に地面を蹴ってボディに拳を叩き込む。

 

「〜〜〜ッ‼︎」

 

 カハッと小荒井がツバを吐き出しそうになり、その直後にスコーピオンが身体を貫通する。トリオン供給機関こそ外れたものの、トリオンが漏れ出す。

 しかし、小荒井はニヤリとほくそ笑む。

 

「捕まえたぜ、陰山先輩」

「捕まえてねーよ」

 

 後ろから奥寺が強襲して来ていたのは気付いていた。力任せに後ろに振り上げ、奥寺に小荒井を叩き付け、後方に大きく吹っ飛ばした。

 

「私は今まで侵略や虐殺を不本意で行ってきたが、地球を破壊するのに関しては楽しませてもらう」

「嘘つけ!」

「絶対、いつもいつでも楽しんでますよね⁉︎ 地球も別に破壊しようとしてないし!」

 

 二人のツッコミが炸裂するが、実際、小荒井にとっても奥寺にとっても目の前の先輩はサノスクラスに手強い先輩だった。

 しかし、かと言って逃げるわけにもいかない。作戦通りに事を運べば、きっと上手くいくはずだ。

 今の戦闘で、二人掛かりでも倒すのに時間がかかるのは分かった。ならば、やはり作戦通りに行くしかない。

 

「行くぞ、奥寺」

「おう」

 

 二人はラスボスのようなオーラを放っている男を前にし、息を合わせて突撃した。

 

 ×××

 

 二宮隊と影浦隊の戦闘は、徐々に激しさを増して行った。影浦の徐々に海斗に似てきた喧嘩スタイルとマンティスの近・中距離、フォ○トナイトのようにグレランと突撃銃を使い分ける北添、そして奥からの絵馬の狙撃に対し、二宮と犬飼は霧を利用して遠巻きに対応していた。

 霧のおかげでお互いにレーダー頼りの射撃だけ。正確な攻撃をして来るのは影浦だけだ。

 有利なのは影浦隊だ。全員揃っているから当たり前だが、それを凌いでいる二宮隊も普通ではない。

 

「……仕方ないな。犬飼、絵馬を片付けろ」

「マジですか?」

「やるしかない。奴らは俺が食い止める」

「1人で、カゲとゾエをですか?」

「東さんが動いていないのが気になる」

 

 二宮の懸念はそこだった。東隊の二人は海斗を相手に粘っているようだが、東は一発の狙撃も行っていない。

 いつもの東隊なら、まず東が狙撃ポイントについてから奥寺と小荒井が突撃する。そのため、そもそも狙撃が通用しづらい海斗を狙う事自体が稀だ。

 隠された意図は必ずあるが、何が起こるかは分からない。その前に、点でのリードを開く。海斗なら、相手がどんな手を使って来ようかと二点取ってくる。犬飼が絵馬をとれば5得点だ。それだけ取れば、仮に二宮隊が全滅しても負ける事はない。

 変な動きが起こる前に点を取ることにした。

 

「了解」

 

 犬飼がそう返事をし、二宮と犬飼がバッグワームを同時に羽織った時だ。

 

『! 二宮さん、東さんが……!』

「……!」

 

 レーダーに動きがあった。出現したのは大量の奥寺、小荒井、東のマーカー。

 

「ダミービーコンか……このタイミングで……!」

「どうします?」

「氷見、必要の無いビーコンを消せ。犬飼、絵馬を取るのは中止だ」

「了解」

 

 まさかとは思うが……と、二宮は嫌な予感を頭に巡らせる。ハッキリ言って、試合全体で見ると、影浦隊か二宮隊が有利だ。東隊も誰も落ちてはいないとはいえまだ0点。得点を取っていて、部隊がほぼ合流出来ているB級1位2位を逆転出来るとは思えない。

 しかし、それでも一つだけ生存点を含めて勝つ方法はある。少なくとも、二宮が思いつく限りでは一つだ。

 

「おそらく小荒井の案だろうが……東隊はここまでバカを引っ張って来るつもりだ」

「え? でもそしたら……」

「ああ、ストームが起こる。それこそ、奴らの思う壺だ。ストームによってここにいる全隊員を釘付けにしたあと、小荒井と奥寺は唯一、浮いた駒の絵馬をとりに行き、東さんはストームの対応に追われるお前と北添をとりに来る……こんなとこだろう」

 

 賭けのような方法だ。

 とはいえ、手が読めた以上はその通りにいかせてやるつもりはない。すぐに動かなければならない。

 

「一度、俺達が陰山と合流して小荒井と奥寺を挟みにいけば、この作戦は崩せる。すぐに行くぞ」

「了解」

 

 そう動こうとしたが、遅かった。既に、作戦は完遂しつつあった。家を丸ごと吹っ飛ばしたような轟音と共に、自分達の真横に一人の馬鹿が降り立つ。

 

「あれ、二宮さん? ちょうど良かったっす。この辺に奥寺と小荒井落ちて来ませんでした?」

「……バカが」

 

 そう思わず毒を吐いた直後だ。海斗に向かってマンティスが伸びて来る。それを海斗はレイガストパンチで正面から打ち砕く。

 ゆっくりと攻撃の方向を向くと、真っ赤な殺意色を放ったもう一人のバカ、影浦雅人がゆっくりとこちらに歩いて来ている。

 

「よォ、バカ」

「バカはテメェだバカ」

 

 北添がスタコラとその場から離れる。二宮と犬飼も後ろに若干、下がった。

 理由は単純、バカたちが臨戦態勢……いやむしろ乱戦態勢に入ったからだ。これはもう誰にも止められない。二宮が海斗を殺す覚悟でフルアタックしない限りは無理だ。

 闘争心をギラッギラに輝かせた二人は、地面を蹴って一気に暴風を起こした。

 

 



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ドッタンバッタン大騒ぎ。

 先に手を出したのは影浦だった。近くにあった車にマンティスを伸ばし、グルングルンと回転しながら車を振り回し、二宮隊に叩き込む。

 その車を二宮と犬飼が回避する中、海斗はスラスター昇竜拳で車を突き破ってまっすぐと影浦の元に突っ込み、正面から空中で一回転しながら廻し蹴り、後ろ廻し蹴り、もう一回廻し蹴りの三連攻撃を叩き込む。

 影浦は全て回避しつつ、地面を両手で殴って下から太いマンティスを掘り起こした。

 コンクリートが粉々になって舞い上がり、ジャンプで後方に下がった海斗は、その宙に浮いたコンクリートの破片を足場にして移動し、接近しながらアイビスを放った。

 壁をぶち抜く威力も、回避されれば意味がない。あっさりと影浦が避けたことにより後ろの民家が滅んだが、一切気にする事なく正面からマンティスを構えて突っ込んだ。

 後ろに飛んだ海斗はアイビスを投げ捨て、両手からスコーピオンを投擲して牽制するが、全てマンティスに弾き落とされる。

 鞭状にシナるマンティスは道路や地面、民家の屋根をガンガン削ぎ落とすが、海斗は気にしない。

 接近を許されるのは想定内だった。レイガストを約束された勝利の剣のように伸ばした海斗は、一気に正面から振り下ろす。民家一つ両断し、影浦のマンティスも粉々に破壊した。

 しかし、横にスライドしつつ回転して躱した影浦は、煙に紛れて海斗に接近し、拳を構える。

 読んでいた海斗も拳を構え、お互いに顔面に向かって突き抜いた。

 正面から直撃し、若干、はみ出させていたスコーピオンは砕け、拳と拳がぶつかり合う。

 ワンピースのワンシーンのようなその光景に、モニターの前にいるボーダー隊員達は思わず半眼になった。

 

「……これランク戦だよな?」

「ドラゴンボールとかワンピースとかじゃないよな?」

「私にもあんな戦いができるでしょうか……!」

「双葉、お願い。やめて」

 

 若干、一名だけ憧れちゃってる奴がいたが、大半は引いていた。二人がいる所だけ、戦闘の衝撃で霧が晴れてきていた。

 

『影浦隊長と陰山隊員によるストームが発生! 周りの隊員達は巻き込まれないように距離を置き始めた模様! 見学中の訓練生には念のため申し上げます、真似しないで下さい!』

 

 出来ねーよ、と綾辻の実況に全員がツッコミを入れたのは言うまでもない。スコーピオンは元々、型がない自由な扱いが可能な武器だが、あいつらは自由にも程があるレベルのインファイトを繰り広げている。

 

『訓練生が真似すべきお手本の風間さん、どう思う?』

 

 加古が隣の風間に尋ねた。確かに、トップクラスのスコーピオン使いの中では風間が一番、まともな扱い方をしている。

 

『どうも何もない。個人ランク戦であれば悪くないが、部隊のランク戦で一人の相手に固執し、どちらかが死ぬまで殺し合うのは良いとは言えない』

『まぁ……確かに私が隊長でもいい加減にしてとは思うかもだけど……エースをエースが抑えるのは悪くないんじゃない? 影浦隊は元々、個人主義だし、二宮隊には二宮くんがいるし』

『結果的にそうなっているだけだ。俺が隊長なら部隊から叩き出す』

 

 逆に、二宮が海斗を部隊に置いてやっているのが意外だ。まぁ、影浦さえ絡まなければ、アタッカーなのにアイビスを持ったりとチームプレイを意識している所が見られなくもないから、置いてやる理由も分からなくはないが。

 

『どちらが勝つと思いますか?』

『さぁな。勝率が高いのは影浦だが、最近ではほぼ五分五分になって来ているし、どちらが勝ってもおかしくない。注目すべきは、東隊の動きだ』

 

 そう言う通り、モニターのマップ上では東隊の動きが見えない。ダミービーコンを起動し、ストームを食い合わせた割に、対応に追われている両チームの戦闘に参加しようとしない。

 このままでは、二宮隊が北添を削り殺し、さらに得点を得てしまう。それを指をくわえて眺めているような東では無いはずだ。

 モニターを見ていた風間には何となくその先の手が思い浮かんだ。これが当たっているのなら、次の狙撃手の一撃で確実に大きな動きがあると予測している中、その一発がモニターに映り込んだ。

 

 ×××

 

 狙撃ポイントについていた絵馬は、スコープから霧の中を見ていた。

 

『ドヒー! これゾエさん死ぬ本当に! テレポーターとストームと霧が無かったらとっくに死んでる!』

 

 耳元からチームメイトの先輩の情けない声が聞こえるが、気持ちは分かる。ストーム付近で二宮と犬飼に追われているのだから。

 

「‥……仕方ないな」

 

 ため息をつくと、絵馬は引き金を引いた。流石に手を出さないわけにはいかない。このままでは北添が死ぬだけだ。

 狙いは二宮ではなく犬飼。こちらの方が隙があるし、点も取れる可能性は高い。この霧では外す可能性も考慮し、ライトニングで弾速と連射を重視した。

 スコープの奥の犬飼の片腕は吹っ飛ばせたが、シールドを張ってすぐに退避された。

 しかし、お陰で北添は上手い事、距離を置くことに成功する。

 

「……よし」

 

 一応、狙撃ポイントを変えることにした。ストームの周りにはダミービーコンが大量に置いてある。今でこそストームに巻き込まれて減ってきているが。

 そのビーコンの効果は出ていない。自分なのか、それとも向こうが狙われているのかは知らないが、警戒するに越した事はない。そう思って移動しようとした時だ。

 旋空孤月が自分の身体を真っ二つにした。

 

「なっ……!」

 

 後ろを見ると、奥寺が孤月を振り抜いていた。

 

 ×××

 

 狙撃の直後、絵馬が緊急脱出した。それにより、正確に東隊の作戦が読めた二宮は、犬飼に声を掛けた。

 

「犬飼、狙撃を警戒しろ!」

「了解!」

 

 そう返事をした直後だった。犬飼の身体に穴が空いた。集中シールドも突き破る威力、アイビスだ。東の狙撃である事は明白だった。

 

「チッ……!」

 

 舌打ちをした二宮は、やや強引に両手にハウンドを出した。このままでは追い付かれる。北添に対し、フルアタックを仕掛けた。

 テレポーターで逃げるのは目に見えていた。これだけ見ていれば、北添のテレポーターの使い分けの予測はついた。攻撃に使う時は、影浦にとっても敵にとっても死角になる位置、そして回避の時は敵に狙われないよう、視界に入らない位置だ。

 

「ハウンド」

 

 右手の人差し指を立て、後ろに北添がいることが分かっているように。振り向きざまに北添に向けた。大量のトリオンキューブは北添に突き刺さるように襲い掛かり、すぐに北添を蜂の巣にした。

 

 ×××

 

 これで、二宮隊は3点、影浦隊1点、東隊2点、香取隊1点。人数は2対1対3対0だ。

 思わず、二宮の口から舌打ちが漏れる。東の狙いは最初から絵馬だった。そのため、ストームを食い合わせ、こちら側にはダミービーコンで強襲のフリをし、隙あらば狙撃でこちらの戦力を削ぐ。

 

「……チッ」

 

 流石、自身の戦術の師匠と言った所か。見事に決められてしまった。

 こうなれば、東隊が有利だ。そして、東隊の次の狙いは目に見えている。

 

「旋空……」

「……孤月!」

 

 左右から二発の旋空が放たれ、片方は回避して片方は集中シールドで防いだ。

 暴れている馬鹿二人は放っておいて、浮いたコマである自分をとりにくる。

 A級に上がるには必ず倒さねばならない敵でありながら、個人総合二位の二宮に対し、ジャイアントキリングを仕掛けてきた。

 いくら抜群のコンビネーションを誇る小荒井と奥寺が相手でも、普段なら負ける事はない。しかし、東が入って来る上にダミービーコンも既に周りに敷かれ、霧もあるとなると話は別だ。

 2人のアタッカーの攻撃はハウンドとアステロイドによって凌ぎつつ、狙撃に対しても警戒を解かない。

 弾速重視のライトニングの銃撃はシールドで抑え込んだ。

 

「チッ……」

 

 しかし、それにも限度がある。必ず距離を取らせないようにくっついて来るアタッカー2人がとても鬱陶しい。

 とうとう、東の狙撃が二宮の腕をかすめた。それにより、二宮はメテオラを使って爆破を起こし、強引に後方に飛び退いた。

 その直後、背後からレーダーに映った奥寺が近寄って来る。

 

「アステロイド」

 

 弾速威力重視の弾を叩き込んだ。しかし、穿ったそれはダミービーコン。背筋が凍りついたのが自分でも分かった。

 嫌な予感は的中した。奥寺と小荒井が一気に接近してきていた。両手には孤月を構え、左右からタイミングをずらして攻撃して来る。

 しかし、その攻撃が二宮に直撃することはなかった。

 

「誰の許可を得て二宮さんに斬りかかってんだクソガキどもがァアアアア‼︎」

 

 何故なら、怒声をあげたバカの蹴りが小荒井の顔面を直撃し、奥寺を巻き込んで後方に吹っ飛んだからだ。

 二宮の隣に降り立ったのは、陰山海斗。二宮隊のもう一人のエースだ。

 

「オイ、テメェら! うちの二宮さんに何ナメた事してんだ? アア⁉︎」

「……影浦は片付けたのか?」

 

 小物のチンピラのようなことを抜かす海斗にそう聞いた直後、レーダーに反応があった。奥寺と小荒井の後ろから、ゆっくりと歩いて来るチリチリ頭が見えた。

 影浦雅人が、後頭部をガリガリと掻きながら歩いて来ていた。

 

「チッ、急にいなくなったと思ったら、やっぱ二宮関係か」

「悪ぃかコラ。テメェを殺すより二宮さん優先に決まってんだろハゲ」

 

 影浦と軽口を叩き合う海斗に、二宮は隣から声をかけた。

 

「……決着がついていないのに、こっちに来たのか?」

「俺も子供じゃないんで。私怨より、二宮さんを助けることを優先すべきと判断しただけです」

「……」

 

 その言葉を聞いて、二宮の口から思わず笑みが溢れる。バカでも成長するのか、と初めて海斗の判断を褒められると感じた。

 が、それと同時に少しイラっとし、海斗の頭を小突いた。

 

「痛い⁉︎」

「誰が誰を助けるんだバカが」

 

 そう言いつつ、二宮はバッグワームを出して海斗に指示を与えた。

 

「海斗、お前は引き続き目の前のアタッカーを片付けろ」

「二宮さんは?」

「俺は東さんを取りに行く。場所はお前が指示を出せ」

「了解です」

 

 海斗のサイドエフェクトなら、たとえ霧があっても遠くにいる敵を視認することが出来る。

 その指示に従えば、逃げ切り戦法が得意な東を落とすのも可能だ。海斗が場所を指示すると、氷見がその場所にマーカーを指し、二宮は出撃した。

 一方、ストームの間に挟まれた小荒井と奥寺は。

 

「……どうする?」

「逃げる?」

「変態サイドエフェクトの2人に挟まれた状態から?」

「戦う?」

「本気でいってる?」

「やるしかなくね?」

 

 涙目になった2人は、半ばヤケクソになって突撃した。

 

 ×××

 

 モニターでは、海斗の意外な判断に風間は目を丸くしていた。

 

『……ほう。成長したな。あいつ』

『えー。もっと影浦先輩との熱いインファイトが見たかったです』

『双葉、あとで少しお話ししようか?』

 

 加古ににっこり微笑まれ、押し黙る双葉。

 

『でも、確かに珍しいわね。……まぁ、里見くんと遭遇したらどうなるか分からないくらいの二宮くん信者だから、あり得ない話でもないけど』

『二宮隊長は東隊長を抑えに向かわれたみたいですが』

『狙撃手が残っていると面倒だからな。陰山と影浦にサイドエフェクトがあるとはいえ、狙撃が混ざると三つ巴の戦闘に集中できなくなる』

 

 何より、と風間は言葉を継いだ。

 

『東隊の2人も影浦も、陰山が仕留めきれなかったお陰で、今こうなっている。そろそろ、暴れ始めると踏んだのだろう』

『なるほど……そういう事ですか』

 

 なんだかんだ、二宮からの海斗への信頼は厚い。頭の緩さはともかく、実力は本物だ。

 影浦も、その海斗との戦闘時は普段以上の実力を発揮する。マンティスだけでなく、ありとあらゆる手を使って海斗を殺しに掛かっている。

 ここから先のアタッカー達の戦闘は見ものだ。

 

 ×××

 

 霧の中、4人のアタッカーがぶつかり合う。海斗と影浦の間合いはスコーピオン使いの中でも広い。物を投げたり、車を爆発させたり、電柱を振り回したりとやりたい放題やるからである。

 そのため、奥寺と小荒井は下手に間合いに入ることをしなかった。

 

「……」

「っ……」

 

 アイコンタクトだけで、2人で戦法を決める。いくら間合いが広くとも、マンティス以外の攻撃は孤月を下回る威力しかない。

 ならば、落ち着いてトリオン以外の攻撃は孤月で捌き、遠距離から旋空で取る。

 影浦がぶん投げた電柱を、空中にいる海斗はスコーピオンで8頭分する。そのまま、バラバラになった破片を地上の影浦、奥寺、小荒井にぶん投げた。

 8発の瓦礫の雨が降り注ぐが、それを影浦と奥寺は回避し、小荒井は孤月で斬り砕いた。

 その目眩しの直後、海斗が小荒井に急接近する。

 

「はい、一人目」

「こっちがっすよ」

 

 しかし、それを読んでいたように隣から奥寺が孤月を抜く。間合いには入らず、遠間からの一閃。ブアッと刀身が拡張し、まるで飛ぶ斬撃のように刃が伸びる。

 エスクードすら両断する威力の孤月が自身の身体を両断するために伸びて来るその動きと、同じく孤月を目の前で下から振り抜こうとする小荒井に対し。

 それこそ読んでいたと宣言したかの如く、海斗はニヤリとほくそ笑んだ。

 

「……ッ!」

 

 ゾッと背筋が伸びた気がした。

 海斗は小荒井の一振りを、蹴りで孤月を弾き飛ばして防ぐと、奥寺の攻撃に対しては、体を横に倒して回避しつつ、右手にレイガストを出した。

 

「スラスター」

 

 まるでサイドスローのように投擲した。回避と反撃がほぼ同時、遠距離からのカウンターが奥寺に向かった。

 旋空を放った直後の一番無防備なタイミング。回避率0%だが、シールドがあれば話は別だ。

 投擲は銃口がないため、着弾地点を予測する事はできない。そのため、広範囲になってしまい、簡単に突き破られて片腕を持っていかれたが、まだ生きている。

 落とした孤月を逆の手で持ち替え、再度旋空を放とうとした時だ。

 真上からの奇襲により、身体を細切れにされた。

 

「っ⁉︎」

「やっと2点」

「奥寺!」

 

 影浦に相棒を殺された事により、小荒井が動揺した一瞬の隙を突いた。

 海斗は目の前の東隊の片割れの首を掴み、足を払って転ばせた。

 視界がグルンと回転したと思った時には、自分の首はスコーピオンによって切り裂かれていた。

 これでアタッカーは再び海斗と影浦のみとなった。

 お互いに一人ずつ狩った所で、顔を見合わせる。ニヤリとほくそ笑んだ時には、二人ともその場からいなくなっていた。

 拳と拳が交差したときには、お互いの顔面の前にシールドが出現し、拳を防いでいた。

 

「覚悟しろよ」

「こっちのセリフだボケ」

 

 二度目のバカ達の決着は、割とすぐについた。

 

 



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戦闘は新たな因縁を結びつける。

『試合終了です! 勝者は二宮隊、最終スコアは5対3対2対1!』

 

 試合が終わった。最後、二宮は東を落とした。理由は、海斗に影浦をマークさせつつ、戦闘中も随時、東をオペレートさせた。

 霧の中、バッグワームを使おうが、カメレオンを使おうが、バカには全て見えているため、東の逃げ切り戦法は使えなかった。

 しかし、その後も海斗は結局、影浦に落とされ、残りは二宮と影浦のみ。霧の中、お互いにバッグワームを使い、遭遇する事なく終わってしまった。

 

『どうでした? 風間隊長』

『まず、香取隊は単純にツイていなかったな。霧の中、カメレオンで溶け込むのは面白かったが、転送位置と相敵するタイミングが最悪だった』

『そうね。まずは部隊が合流したかったでしょうし。そういう意味では、序盤から合流出来て、作戦をじっくり決められた東隊は幸運だったわね』

 

 まぁ、東さんの事だし、霧の時点で合流の指示を出したのだろうけど、とまでは言わなかった。下手に仕掛けず、敵の意図と他の部隊の動きを読もうとする慎重さは流石の一言に尽きる。

 

『結果、奥寺と小荒井は狙撃手を取ることに成功したし、格上の二宮を苦しめる事もできた』

『まぁ、意外にも戻って来た海斗くんのお陰で結果的には負けちゃったけどね』

 

 海斗が戻って来ることを考慮していなかった、と言えば浅はかにも聞こえるが、そもそもこれまでの試合でストームが起こってから決着がつくまで馬鹿達が戦闘をやめた試しがないので、仕方ないと言えば仕方ない。

 

『そうそう、ストームと言えば、あえてストームを起こしたのは少し驚いたわね。あれ多分、小荒井くんの案でしょ?』

『そうだろうな。普通なら博打が過ぎる気がしないでもないが、能天気……いや楽しさを重視におく小荒井ならではの発想だった』

『どんなに陰山くんと影浦くんがバカでも学習すると思うから、次からは使える手じゃないけど、割と悪くない判断だったと思うわ』

 

 ×××

 

 東隊の作戦室では。

 

「よかったな、褒めてるぞお前のこと」

「褒められてねえだろアレ!」

「はっはっはっ。まぁ、博打に出た甲斐はあった、という意味では褒められているんじゃないか?」

「オペレートする私はすごく疲れたけどね……」

 

 ×××

 

 総評は、続いて影浦隊の評価に入った。

 

『影浦隊は、良くも悪くもいつも通りだったな』

『特に対策してる様子もなく、各々で好きに動いてちゃんと点を取れてるものね。対応し切れてる……かどうかは正直微妙だけど、それでも3点取れるのは流石ね』

 

 影浦が全部取っているが、絵馬も北添もキチンと点を取るアシストは出来ているし、対応し切れていなかったから2人とも落ちたのだが、それでも後半まで部隊は全員残っていた。

 

『特に、北添のテレポートは厄介だ。アレによって二宮が仕留めきれない事もあったし、脚の遅さを上手くカバーしている』

『うん。ていうか、二宮くんはそろそろ危ないんじゃないかしら? いつまでもB級一位でいられるかしらね?』

 

 相変わらず、二宮には厳しい加古だった。トゲがあるセリフに綾辻は苦笑いを浮かべる。お願いだから、解説に私怨を混ぜないで欲しい。リアクションに困るので。

 最後に、風間がまとめるように言った。

 

『もう少し敵の作戦を先読みする力があれば、もっと上へいけるだろう』

 

 ×××

 

 影浦隊の作戦室では。

 

「だって、カゲさん」

「そういうのカゲの仕事だよね」

「なにせ隊長だもんな」

「うるせーぞテメェら!」

 

 ×××

 

『さて、最後は二宮隊だが……』

 

 風間がそう言うと、唐突に双葉が声を張り上げた。

 

『ウィス様が最強でした!』

『加古、そいつを退かせ』

『双葉、今、個人ランク戦に空閑くんがいるそうよ』

『とっちめてきます!』

 

 馬鹿を追い出すと、改めて風間は解説を続けた。

 

『……まぁ、陰山が成長した事は認める。二宮のピンチには駆け付けていたし、狙撃は最初の一発を決めたのは大きかった。徐々にランク戦というものを理解してきている』

 

 逆に、今更理解したのか、と思わないでもないのは黙っておいた。

 

『しかし、まだ甘い。結局、奥寺も影浦も仕留め切れていないし、狙撃だって最初の一発以外は当てられていない。そもそも、狙撃だって一発撃ったら移動するのが普通だ。それは寄られたら弱いという狙撃手の適正以外にも仕事の邪魔をされないという理由もある。今回のように釣られる事だってあるし、小荒井と奥寺が喧嘩を売ってきた割に引き気味に戦っていたことに少しは疑問を抱け。お前はそういうところが……』

『風間さん、長いわよ。とりあえずその辺で』

 

 今度は風間の私怨が大きかった。いや、私怨というより私情という感じもしたが。

 

『二宮くんはいつも通りね。……いや、いつもよりピンチになっていたから、私としては面白かったけど』

『お二人とも、もう少し真面目にお願いします……』

『俺は真面目に言っている』

『私も真面目よ?』

 

 もう二宮隊の戦闘でこの人達呼ぶのやめよう、と心に固く誓った。

 言われた通り、加古から真面目に解説を続けた。

 

『犬飼くんがレイガストを持ち出したのには驚いたわね。アレのおかげで影浦隊からの猛攻を防げていたし、サポート能力にまた磨きがかかったんじゃない?』

『レイガストはアタッカー専用トリガーの中でも扱いが難しい。今後は盾メインとして使っていくのだろう』

『辻くんにも、何か隠し玉があるのかしら? いずれにしても、陰山くんは色んな子に影響を与えるのね』

『それが吉と出るか凶と出るかは分からないがな』

『今の所、吉なんじゃない?』

『黒江は凶だろう。主に頭が』

『……そうね。今日、ちゃんと面倒を見ておくわ』

 

 ×××

 

 二宮隊作戦室では。

 

「ああん⁉︎ 風間テメェ誰が誰の弟子をバカにしたんだコラァッ‼︎ 今日こそボコボコのボコにしてやろうか⁉︎」

「落ち着いて、海斗くん。意味分からない」

「ていうか、悪影響じゃない。あんたと関わらなければ双葉ちゃんはあんなんにならなかったでしょ」

「まぁ、強くなったのも事実だけどね」

「……もしもし、はい。二宮です。はい、予約で……5人席。19時から。はい、お願いします。……はーい、失礼します」

 

 ×××

 

『総評としては、香取隊のステージを東隊が上手く利用し、影浦隊と二宮隊が上手く。対応した、という感じね』

『ストームは褒められた戦法ではないが、あの2人の戦闘技術そのものはとても参考になる。参考にしたい奴は、真似すべきところとそうでない所を見極めろ』

 

 と、いう総評を眺めているのは玉狛のメンバー。修と遊真と千佳だけでなく、烏丸と小南、それにヒュースまでもがテレビの前で頬杖をついていた。

 

「……これと戦うのか、僕達は」

「怖気ついたか? オサム」

「まさか。どう戦えば勝てるのか考えてたとこだよ」

 

 しかし、今の自分達では実力差があり過ぎる。どう状況を転がし、どのタイミングで目の前のエースを当てるかによって戦術を変える必要がある。

 その隣で、ヒュースが真顔で呟いた。

 

「……あれが、蝶の楯とまともに戦った奴か」

「そーよ。言っとくけど、あんたなんかじゃ例えあのトリガーを使ったとしても勝てないんだから」

 

 小南の憎まれ口を全く無視して、ヒュースは顎に手を当てる。あの破天荒さ、相手を殺すために手段も武器も問わない攻撃、あそこまでやりたい放題やる奴はアフトクラトルどころか近界にも……いや、いた。エネドラがいた。

 しかし、エネドラと一緒という事は、それだけ……いや、今の戦闘を見ていた限りではそれ以上に頭が緩いわけだ。

 そう思うと、顔を両手で覆ってしまう。

 

「……俺はこんな奴を相手に手間取ったのか……」

「……急にどうしたのよ、あんた」

 

 落ち込み始めたヒュースに、小南が引き気味に呟いた。

 真面目に作戦会議をする玉狛第二の横で、烏丸が小南に声を掛けた。

 

「実際、二宮隊ってB級にいて良い部隊じゃないですよね」

 

 烏丸が言うように、海斗が部隊での戦闘を意識し始めた以上、無条件でA級に入れてしまっても良いほどの実力がある。まぁ、そんな特殊処置は許されないだろうが。

 

「しかし、ストームねぇ……。A級にあんなの来たらどうなるのかしら?」

「どうでしょうね……。太刀川隊なら何とか凌げるんじゃないですか?」

「そうね。あいつなら普通に割って入れるだろうし、出水もいるから普通になんとかなりそう」

「逆に、風間隊は大変ですよね。みんな近距離だから割って入らないと止められないし」

「冬島隊も同じよね。狙撃が効かないって本当に厄介そう」

 

 そんな話をしていると、隣からヒュースが入った。

 

「俺なら、片方に加勢する形で仕留めに行く。あの災害そのものの攻撃さえ回避して接近出来れば、2対1になって……」

「それは鋼さんがやったわよ。カゲさんが狙われたけど、海斗が『邪魔すんな』ってブチギレて追い返したわ」

「なら、弾丸トリガーを使い、複数人で狙えば良い」

「壊した壁や瓦礫で防ぐか剣で弾き飛ばした後、瓦礫が降ってきて視界塞がれた後にマンティスかレイガストが飛んでくるだけよ。王子隊が試したわ」

「……なんなんだあいつらは。迷惑か?」

「今更?」

 

 ヒュースも珍しく、嫌そうな表情を浮かべた。

 

 ×××

 

「「「「かんぱーい!」」」」

 

 二宮隊の五人は、ジョッキをぶつける。六人がけの席に挟まれた鉄板の上では、肉がジュージューと音を立てていた。

 飲み物で喉を鳴らした後、まだ赤い肉をこれでもかというほど凝視している海斗の襟を、氷見が掴んで背もたれの前に引いた。

 

「まだダメだからね」

「知ってるか? 食べ物ってのは腐る一歩手前が一番美味いんだ」

「いや腐る以前に生だって言ってるの」

 

 相変わらず我慢を知らないバカに、当然のツッコミを入れる。

 

「……陰山、待っていろ」

「はい」

 

 今日はまた二宮の奢りで、海斗の忠誠心はなおさら大きくなっている。もはや犬になっている。

 

「いやー、今回は割とギリギリでしたね」

「……そうだな。霧という天候は、やはりやりづらい。そこのバカの独壇場になると思ったが……影浦一人にそれも潰されるようではな」

 

 ジロリと海斗を睨む二宮。しかし、海斗の視線は鉄板に向けられていた。

 

「あんたに話しかけてるのよ、二宮さんは」

「え? あ、は、はい。なんですか?」

「何でもない。まぁ、今回は影浦ではなくこっちを優先していたし、良しとしよう」

 

 その一言に、氷見が思い出したように海斗に言った。

 

「そうですね。あんた、よく影浦さんとの戦闘より二宮さんの方を優先したね」

「俺だってガキじゃねーんだぞ。現状の得点と残った部隊メンバーを考慮すれば、あんな馬鹿に構ってたって仕方ないことくらい……」

「はいはい」

「おい、聞けよ!」

 

 軽く流されたが、流さない方がどうかしている。

 

「犬飼はどうだった? レイガスト」

「うーん……やっぱ重いねアレ。海斗くんがアホみたいに投げてるの、少し引くくらい」

「スラスターがあるからな。無くても投げられるけど」

 

 そもそも、レイガストは投げるものではない。

 すると、二宮が箸で鉄板の上を摘んだ。

 

「焼けたぞ」

「いただきます!」

 

 早速、肉に手を伸ばす。白米の上に乗せ、口の中に運んだ。

 

「ジュースィー!」

「普通に美味しいって言いなさい。声大きい」

 

 隣から冷たいツッコミが入った。相変わらず、海斗には冷たい氷見である。しかし、アホ過ぎる海斗が悪い感じもあるので他のメンバーも何も言わない。

 

「そういえば、今日は小南ちゃんは来てたの?」

「きてねえよ。あいつは今頃、玉狛で俺を倒すための対策立ててんだろ」

「ええ……良いの? 小南ちゃんと毎日のように模擬戦してたんでしょ?」

「そうだよ、割とガチの対策立てられるんじゃ……」

「問題ねーよ。弟子がいくら集まった所で師匠には勝てねーんだよ。ベジータと悟空が束になっても敵わないウィス様の脅威を忘れたか?」

「ふーん、ずいぶんな自信だよね」

「実際、海斗くんが敵だったらどう対策します?」

 

 辻が二宮に顔を向ける。

 

「……こんなバカに対策はいらん。俺自身が対策だ」

「確かに、二宮さんならそうですけど……こう、戦術的に」

「だから、対策はいらん。こんなバカ、罠に嵌めようと思えばどうとでも出来る。殺すには背中を狙撃するだけ。その場面に誘導してやれば、いくらでもやれる」

 

 なるほど、と犬飼も辻も相槌を打つ。確かに、やりようによっては勝てるのかもしれない。

 

「だから、お前は頭をもっと鍛えろ。良いな?」

「二宮さんがそう仰るのなら」

 

 最後に海斗にそう言うと、当然のように海斗は了承の返事をする。

 

「なら、とりあえず今学期の期末試験、赤点が一科目でもあれば容赦はしない」

「え、なんの容赦ですか?」

「……聞きたいのか?」

「……ひ、氷見さん? お勉強を教えてくれませんか?」

「小南に教われば」

「あいつ感覚派なんだもん。勉強で感覚派ってなんだよ」

「いや私に聞かれても……」

 

 と、そんな風にいつも通りに宴会は盛り上がって行った。

 

 ×××

 

 作戦室で、眼鏡を光らせてモニターを見ているのは、弓場拓磨。海斗と影浦の戦闘の様子を繰り返し、再生していた。

 

「……はっ」

 

 面白い、と思った。自分の射撃は、何度ログを見られただけでは見切られない自信がある。それだけの速さとフォームを体に叩き込んだ。

 それは、二宮のシンプルな攻撃や、影浦のマンティスも同じだろう。一度、喰らってみないと何も分からない。

 そして、その影浦とタイマン張っていた海斗も同様だろう。オンリーワンで自分だけの技がある。

 ならば。やってやるしかない。今まではあまりぶつかるタイミングが無かったし、ログ以外でぶつかる事もなかった。

 その上、今回はチームメイトが1人、ボーダーを辞めてしまい、かなり不利になっている。だから、情報を渡すことになってしまうかもしれない。

 しかし、それでも事前に戦っておくべきだ。そのため、筆ペンを握り、紙に文字を綴った。

 

『果たし状』

 

 と。

 

 



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次のランク戦までの日常的な。
エキシビジョンは唐突に。


 翌日、今日はランク戦も防衛任務も入っていない海斗だが、それでもボーダーに顔を出すのは日課にありつつある。

 まずは二宮隊の作戦室に顔を出す‥‥つもりだったのだが、その途中で見覚えのある眼鏡リーゼントが行手を遮った。

 

「よォ、陰山ァ」

「あんたは……弓場だっけ?」

「オォ。単刀直入で悪ィが、こいつをお前ェに届けに来た」

 

 そう言う弓場は、ポケットから一枚の紙を差し出した。それには、果たし状と書かれている。

 思わず一周回って愉快になった海斗は、ニヤリと微笑で答えた。

 

「俺も少なくない数は喧嘩売られて来たけどな、ここまで堂々と叩き付けられたのは初めてだ」

「今からやるが……まさか、断らねェよな?」

「上等だっつの」

 

 それなら果たし状は必要ない、なんてツッコミを入れる者もいなく、二人は個人ランク戦に向かった。

 

 ×××

 

 その途中。

 

「よぉ、昨日俺に負けたクソ雑魚海斗ちゃんよぉ。彼女が見てなくて良かったな?」

「アア⁉︎」

 

 ×××

 

 その途中。

 

「おう、ダブルカゲ。相変わらずストームすごかったな」

「「ダブルカゲっつったかクソ髭コラアン?」」

 

 ×××

 

 その途中。

 

「お、ウィスサマ……じゃなくてかいと先輩。今、くろえをいっちょ揉んでやったとこだよ」

「誰が揉まれたんですか。今すぐ再戦すれば絶対私が勝ちますから」

 

 ×××

 

 その途中。

 

「お? 太刀川さんやん。これはなんの集まりなん? え? 弓場さんと陰山の一騎打ち? ……この人数で? あ、うん。ええなら俺も参加するわ」

 

 ×××

 

 その途中。

 

「見つけたぞ、陰山。今日こそお前を……ていうか何の集まりだ? ……ほう、おもしろそうだな。参加しよう」

 

 ×××

 

「はぁ……中々、作戦が決まらない……」

 

 玉狛支部で、三雲修はモニターを前にため息をついていた。次の相手は荒船隊と諏訪隊。どちらのチームもB級中位で、強力なチームだ。特に荒船隊は全員狙撃手で中々、戦いづらい相手だ。

 それを崩すための作戦を考えているのだが、その良い考えが決まらない。地形を決める権利は自分達にあるのだが、狙撃手が不利になるステージなんて基本的にはない。

 市街地Dも考えたのだが、そうなれば諏訪隊に有利になる。散弾を使う諏訪隊を相手に通路が狭いステージで戦うのはリスキーだ。

 

「何よ、悩んでるの?」

 

 そんな修に、後ろから小南が声を掛ける。

 

「今からそんな調子じゃ、この先が思いやられるわよ」

「そうかもしれませんが……あ、ありがとうございます」

 

 口では厳しいことを言いつつも、コーヒーを淹れてくれていた。

 

「ただでさえ戦力にならないのに、その頭を使えないんじゃ、あんた本当に足手まといじゃない」

「は、はい……」

「しっかりしなさいよ。あのバ海斗を叩きのめしなさい!」

 

 なんでこの人、彼氏に対してそこまで本気になってるんだろう、と思っても口にしない修だった。

 ちなみに、その様子を遠目から見ていた陽太郎は「小南が修の気分転換をしてやっている……」と、幼児らしくなく看破していたのは言うまでもない。

 そんな中「よし」と小南は立ち上がった。

 

「仕方ないわね、私が今から本部で偵察してきてあげるわ!」

「え?」

「もしかしたら、諏訪隊か荒船隊がランク戦してるかもしれないし!」

「い、いえ! でも、レイジさんからは自分で調べろと……」

 

 そう言いかけた修の口を塞ぐように小南は人差し指を立てる。

 

「良い? 私は、彼氏に会いに本部に行く……そこで、たまたま荒船隊か諏訪隊の個人ランク戦を見る……そして、私はあんたの前で独り言をぼやく……それだけよ」

「あの……陰山先輩に会いに行くって所が本音で……」

「う、うるさいわよ! じゃ、行って来るから!」

 

 生意気な言い分を途中で遮り、小南は騒がしく玉狛支部を飛び出した。

 勿論、修のために情報を得るのも目的のうちだが、海斗にランク戦をさせないためでもあった。

 個人ランク戦はモニターに表示されるため、ブースにいる人にも見えてしまう。そこから戦法や戦術を覚え、部隊ランク戦で対応する事も可能なわけだ。

 自分の彼氏は超が付くほどの阿呆なので、そんなのお構いなしにランク戦をガンガンやるだろう。

 そんなことをさせれば、玉狛の後輩にはともかく他の部隊にも全てバレてしまう……なんて事は一切、関係なく、敵同士になってから玉狛に顔を出さなくなり、自分と戦えなくなったのに、他の人とはバラバラにやり合うのはどういう了見だ、という事だ。

 羨ましいにも程があるので、たまには自分に構ってもらおうと思った次第である。

 走って本部に到着し、二宮隊の作戦室に向かおうとした直後、走ってる隊員達が声を張り上げる。

 

「おい! ランク戦会場がスゲェ事になってるぞ!」

「マジか、行こうぜ!」

 

 ‥……嫌な予感がした。何となくだが。

 自分も気になってランク戦会場に走ると、嫌な予感は的中していた。

 

『何故か唐突に始まった個人ランク戦エキシビジョンマッチ! 実況はわたくし、武富桜子でお送りします!』

 

 モニターには太刀川、風間、双葉、海斗、影浦、弓場、生駒、遊真の8人が映っていた。

 

『なんと、ここにいるメンバーは全員が敵同士! 市街地Aに転送され、すぐに戦闘が開始されます!』

 

 本当に悪い方向に期待を裏切らない、と思わざるにはいられない小南だった。

 

 ×××

 

 転送された双葉は、とりあえず辺りを見回した。こういう八人全員が敵の戦闘なんて初めてだ。やるからには勝ちたい……と、言いたいところだが、師匠とそのライバルの影浦、さらには太刀川に風間も出てきた試合だ。

 とりあえず、あの憎き白チビをやっつける所を目標にした。

 レーダーを見ると、誰一人バッグワームを使っている様子はない。7人……‥いや、自分合わせて八人の隊員が、近くの敵に喧嘩を売りに行っている。

 

「……まったく堂々とした人達だなぁ……」

 

 呆れ気味に呟きつつ、自身の方へ寄ってきている敵を確認する。

 

「……あれ?」

 

 さっきは近くにいる敵に向かっているように見えた各隊員の動きだが……違った。八人中、風間、影浦、弓場、太刀川の4人が師匠の方へ向かっている。

 

「相変わらずモテモテだなぁ……」

 

 くすっと微笑みつつ、双葉もとりあえずそっちに向かうことにした。どうせ生駒、遊真の二人もすぐにそっちの方に向かうと思うし、自分も参加するしかない。

 乱戦の場合、負けるのは弱くて隙の多い奴。そのうちの1人にならないよう動かねばならない。韋駄天とレイガストのスラスターを使い、空から一気にその乱戦の場所に向かう。

 

 ×××

 

 海斗と一番近くにいたのは弓場だった。俺との決闘が何故、こうも邪魔されるんだ、と思わないでもなかったが、こういうエキシビジョンも面白いし、結果オーライと言える。

 それに、どうやらあの茶髪野郎と一番に遭遇したのは自分のようだ。

 

「お、来たな。リーゼント」

「生意気な野郎だ」

 

 間合いに入った直後、腰のホルスターからリボルバーを抜き、即銃口を向ける。

 ドドドドッと音がした時には、海斗に通常弾が向かっていく。しかし、それを海斗は全て、着弾する順に集中シールドで防いでいた。

 ピンポイントで自分の弾を防ぐイカれた動体視力に驚きつつも、この回避メインの男にシールドを使わせた辺り、手応えを感じた。

 しかし、ここで単純に撃っていれば勝てるというものではないのは確かだ。アレだけの手だれが、手を撃たない理由がない‥‥と思ったら案の定、海斗はレイガストを出した。真ん中から真逆の二方向に刃を伸ばし、両刃ブレードを作る。

 

(何のつもりだ……?)

 

 そんな事をすれば、射撃が受けにくくなるだけ……と、思ったのも束の間だ。自身の射撃に対し、海斗は柄を軸に回し始めた。

 

「スラスター」

 

 さらに加速し、ブレードを回転させながら、弓場の射撃を弾き始めた。

 高速回転によりアステロイドを弾きつつ、スラスターの向きを変更。横にターンして回避し、サイドスロー投擲を行った。

 その動きはログで見た事がある。横に回避し、ローリングしながら弾丸を撃ち続ける。

 その攻撃に対し、海斗は横に回避しつつにやりとほくそ笑んだ。その目は、自分を見ているようで見ていない。

 

(何を見て……まさか……!)

 

 勘で横に避けると、後ろから電柱が倒れて来た。押し潰されなかった事にホッとしつつ、目の前で接近して来るバカから意識を逸らさない。握り拳を作って攻めて来る海斗に対し、カウンターを叩き込むためにハンドガンをホルスターにしまう。

 が、海斗と共に動きを止めた。二人が戦っているのは十字路。その、空いている通りにいるゴーグルをかけた男が、片膝をついて孤月に手を掛けていた。

 

「旋空、孤月」

 

 直後、コンクリートの道路を抉り上げる斬撃が2人に迫る。

 海斗も弓場もジャンプして建物の上に回避しつつ、お互いにスコーピオンと銃口を向ける。海斗の頬をアステロイドが掠め、弓場のリボルバーが粉々に砕かれる。

 その二人の真上に、フッと影がさした。

 

「⁉︎」

 

 投げ込まれて来たのは、巨大なダンプカー。こんなもん、どこにあったんだって感じだが、あるものは仕方ない。

 二人が真逆の方向にバックステップで回避した直後、その車をマンティスが貫通する。それにより、大爆発が起こった。

 

「うおっ……!」

「よう、俺をフッてそこのメガネヤンキーとやり合おうってのか?」

 

 直後、海斗に向かって突っ込んでくるのは、影浦雅人。影浦の廻し蹴りスコーピオンと、海斗の頭突きスコーピオンが激突する。

 衝撃波で2人がいる民家の屋根の瓦が宙に浮く中、その2人を挟むように生駒と弓場がジャンプして各々の武器を構えた。

 

「獲ったぜオイ」

「まず一点やな」

 

 2人に向かう旋空とアステロイド。普通の隊員なら、細切れ蜂の巣という秒で緊急脱出となっていただろう。

 しかし、海斗と影浦は普通ではなかった。特に、ストームの時は尚更だ。

 空中で身体を横に倒す海斗と、同じように身体を横に倒し、転がるように回避した影浦はお互いの場所を入れ替えた。2人の間を弾丸と旋空が通り抜ける。

 海斗はその旋空を空中で回転しながら回避すると、右脚をオーバーヘッドシュートのように振り上げ、足先からスコーピオンを飛ばして反撃した。

 影浦は舞い上がった瓦をスコーピオンで弾き、弓場に反撃した。

 二人を通り過ぎた事で、旋空と弾丸に追加し、瓦とスコーピオンも弓場と生駒に向かう。

 しかし、それだけでやられるほど、B級上位部隊の隊長は甘くなかった。シールドを張りつつ後方に飛び、その攻撃を無ダメージで凌いで見せた。

 民家の屋根の上に残ったのは影浦と海斗のみ。お互いにフォローし合ったのは、助かるという共通の利益があったからではない。

 お互いはお互いが殺すためだ。

 

「ッ……‼︎」

「っ……‼︎」

 

 振り向きざまの拳と拳が激突し、一瞬さがった影浦はマンティスを海斗に向ける。触手による殴打のような斬撃が海斗に不規則に向かうが、海斗はあっさりと回避すると空中にレイガストを投げた。

 そこに跳ね上がった海斗は、踵落としでレイガストを足に装着し、一気に振り下ろす。

 

「チィッ……‼︎」

 

 スラスターにより加速した踵落としが影浦に向かい、シールドでガードするも、衝撃で屋根を突き破って民家の中に影浦と海斗は落下して行った。

 民家の外にいる弓場と生駒は、とりあえず距離を取った。位置が分かっているお互いに殴り掛かっても良かったが、ストームが発生した以上は、それはリスクが高いと言わざるを得ない。

 民家の方を見ると、ドズンッという音の後に屋根を突き破って何かが飛び出して来る。テレビだった。さらにそのあとは机が窓を突き破って出て来る。今度は壁を破ってソファーが出て来た。

 直後、家が一気に倒壊し、屋根から海斗と影浦が飛び出した。大きな鞭……ウルトラマンガイアのフォトンエッジの如くブンブンと振り回されるマンティスを回避しつつ、片手にレイガスト、片手にアイビスを持って相対し、スラスターで攻撃を避けつつスコープも覗かずに銃口から火を吐かせ、流れ弾で周りの家を吹っ飛ばす海斗が暴れていた。

 当然、流れ弾は生駒や弓場の方にも迫って来て、2人は回避しながら当然と言わんばかりにストームの中に突っ込んだ。

 集まっているのは上位といえど、B級隊員達の四つ巴。しかし、そうとは思えないハイレベル且つ迷惑な乱闘が繰り広げられた。

 

 ×××

 

「おーおー、スッゲェなぁ。オイ」

 

 それを遠目から見ていた太刀川は、愉快そうにケタケタと笑っていた。太刀川が参加したのは、単純にストームの中に入ってみたかったからだ。実際、改めて見てもすごい。ストーム、と名付けたのは誰だか知らないが、それを名乗る程度の威力はあるようだ。

 さて、参加したからには自分もあの中に入りたい。何処から入るか? 勿論、正面からだ。コソコソするのは性に合わない。

 ニヤリと微笑み、グラスホッパーを蹴って突撃した。

 

 ×××

 

「まったく、あいつらめ……」

 

 風間は遠くの屋根から小さくため息をついた。あのバカに、まさかの弓場と生駒も参戦。本家ほどではないが、二人も凌ぎ、反撃にまで手を動かしている。

 本来、風間はああいう戦闘には興味がない。派手なだけだし、味方がいる時を想定すると、ああいう戦い方は間違いなく敵味方問わずに被害を出す。

 しかし、それでもあの個人技は普通より明らかにレベルが高い。だからこそ出来る芸当だ。

 さて、ではそろそろあのバカたちに仕置きを据えてやらねばならない。それが、先輩としての務めであろう。何より、同じスコーピオン使いとしては、自分より上がいるのはあまり良い気がしない。

 地面を蹴って、ストームの中心に向かった。

 

 



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なんだかんだ王道が好き。

 四つ巴のストームは、さらに激しさを増していた。

 海斗のマンホール投擲を生駒が回避し、旋空をカウンター気味に放つ前に海斗はスラスター投擲を行ってマンホールの前に先回りさせて跳ね返し、生駒の後頭部にマンホールを当てる。

 お陰で旋空の軌道は明後日の方向に行き、その隙に接近した。右手にスコーピオン、左手にレイガストを……というか握り拳を構え、殴り掛かった直後だ。

 横から強い紅の殺気が目に入り、慌てて横に宙返りして回避した。自分の真下を通ったのは弓場の弾丸。さらに、真下の民家の屋根を貫き、マンティスが伸びて来る。

 それに対しスラスターで回避し、距離を置く。元々、海斗に対して喧嘩を売った二人が揃っているため、狙われやすかった。

 そんな中、新たな白い影が向かって来た。宙返りしながら飛んで来たのは、C級の白い悪魔、空閑遊真だった。普通の相手であれば、その一撃は見事に決まっていただろう。

 しかし、バカは普通では無い。身体を無理矢理、空中で捩って回避するばかりか、そのロールを活かして顔面に拳を叩き込んだ。咄嗟だったからスコーピオンを出し損ねたから仕留める事はできなかったが、窮地は去った。

 

「うおっと……!」

「よう、弟子。下克上にはまだ早いんじゃねえの?」

 

 そんな話をしつつ、遊真からの攻撃を民家の屋根の上を移動しながらあしらう。

 その遊真に、別の女が突っ込んできた。

 

「させません! ウィス様を倒したいなら、私を倒しなさい!」

「さっき倒したじゃん」

 

 韋駄天による斬撃を回避する遊真。そのまま反撃しようとした直後だった。いち早く気づいた海斗が後方に飛んだ直後、旋空が二人の中学生の身体に突き刺さった。

 

「!」

「シールド!」

 

 遊真は真っ二つにされ、双葉はレイガストとシールドを重ねて防ぐ。が、その頭に穴が空いた。横に回り込んでいた弓場の弾丸が貫いたのだ。

 A級レベルのアタッカーとA級のアタッカーがあっさりと退場してしまった。

 それに目を移すこともなく、再び生駒、弓場、影浦は海斗を追撃する。彼らにとって、戦闘中は弱い奴らに興味は無い。

 

「よくも俺の弟子達をやってくれたなオイ」

「弱ェ方が悪い」

 

 弓場の射撃を見切った海斗は、スコーピオンを両手に構えて回避しつつ、当たる物は弾き飛ばす。

 後ろからの生駒旋空とマンティスが移動する民家を片っ端から切り刻んで行く。海斗もアイビスを担いで反撃するが、元々、狙撃が上手いわけでも無いので当たらない。当たりそうな奴も避けられてしまう。

 そんな中、海斗の背後にマンションがそびえ立っているのが見えた。狙撃手が狙撃場所に使うポイントだ。

 その中に、海斗は拳で壁をぶっ壊して侵入した。その後に弓場、影浦と侵入し、最後に生駒が入る。マンションの一室、お風呂場から入り、辺りを見回す。

 中は、不自然なくらい静かだ。さて、何処から何が飛んで来るか分かったものでは無い。気を抜く事なく、孤月に手を掛けたまま部屋を出てマンションの廊下に顔を出す。

 直後、ズドンという轟音が響いた。その後の主を理解した生駒は、孤月に手をかけて次の一発を待った。

 今のはアイビスの音だ。遮蔽物で遮り、壁抜きを海斗が何処かから放った音。ならば、こちらも同じ事をしてやれば良い。

 

「旋空孤月」

 

 アイビスの一撃が放たれた直後、自分もそっちに旋空を放った、長く高威力の旋空を放つことが出来る、通称「生駒旋空」をマンション内で放ったらどうなるのか。

 答えは単純、普通に滅ぶ。

 大きな曲線がマンションに縦に入り、一気にガラガラと崩落の音が耳に響いた。

 直後、生駒がいた部屋の隣の部屋の玄関が壊された。中から出てきたのは、影浦雅人だ。

 

「チッ……あのバカをやるには、邪魔な奴が多過ぎんなオイ」

「よォ分からんけど、俺が勝ったらナスカレー奢りな」

「じゃあ俺が勝ったらうちのお好み焼き食ってけや!」

 

 そんな勝手な約束をして、二人のアタッカーは激突した。

 

 ×××

 

 その頃、海斗は狙撃をしながら影浦と生駒の戦闘を眺めていた。このままどっちかを狙撃しても良いが、それでは面白く無い。

 ならば、先に弓場を……と頭を巡らせた時だ。自分のいる真下の階に真っ赤な殺意が見えた。

 慌てて部屋を出た直後、床から弾丸が生えて来る。さらに、回避した自分を追うようにアステロイドの雨が下から襲いかかる。

 元々、床抜きで狙撃を行なっていたため、海斗の周りの床はかなり脆くなっている。

 とうとう、床が崩れて海斗は下の階に落ちた。それに合わせて弓場は射撃を行なったが、レイガストで防がれる。

 シュウウ……と、レイガストから煙が上がる。弓場はリボルバーを腰のホルスターにしまい、海斗もレイガストを解除した。

 

「……ようやく、タイマンだな」

「何、俺のこと好きなの? 友達になりたいの?」

「バカ言え。テメェの対策立てンなら、テメェとやりあうのが一番早ェに決まってンだろ。まぁ、余計な奴らもゾロゾロと付いてきちまったがな」

「ふーん……まぁ、難しいことはよくわかんねえけど」

 

 難しいことを言ったつもりはない弓場は眉間にシワを寄せたが、海斗が好戦的な笑みを浮かべたことにより、気を引き締め直した。

 

「俺とやるからには、現代アートみたいになることも覚悟しとけよ」

「ジェノス」

「正解」

 

 二人のヤンキーは、その言葉と共に衝突した。

 

 ×××

 

 二箇所で行なわれる激しい戦闘の余波は、やがてマンション全体に広がった。亀裂がマンションの外壁に走り、何処かから旋空やマンティスやレイガストなどの巨大化したブレードと、アイビスやアステロイドの流れ弾が突き抜けて来る。

 そんな時だ。四箇所に旋空による斬撃が飛んで来たことにより、マンションは一気に瓦解した。

 

「「「「!」」」」

 

 4人ともその旋空に気づき、反射的に回避する。マンションが崩れたことにより、全員の身体が宙に浮き上がるも、近くの瓦礫の上に全員が退避して姿勢を立て直した。

 直後、海斗の元へ接近する小さな人影があった。

 

「うおっ、と」

「そろそろ、俺たちも混ぜてもらうとしよう」

「随分と重役出勤だなチビ」

 

 風間の全体重を乗せた蹴りを海斗は避けながら足首を掴んでキャッチする。掴まれた部位からスコーピオンを生やすが、海斗も同じタイミングで生やしたので相殺された。

 ブレードとブレードが衝突した衝撃により、海斗は手を離し、風間は後方に大きく跳び退き、空中に着地した。

 いや、正確には空中ではない。馬鹿たちがマンションの中で騒いでいる間に、周りの住宅に張り巡らせたワイヤーの上だ。

 

「……おいおい」

「なんやねんこれ」

 

 影浦と生駒も同じような感想を漏らす。弓場も小さく舌打ちした。さらに追加されたアタッカー一位と二位。B級の各エース達はそれを前にして怖気つくでも恐るでもなく、ただ好戦的に笑っていた。半額弁当を狙う狼のような表情で。

 

 ×××

 

 戦闘が開始され、まず激突したのは海斗と影浦と風間だった。戦場がワイヤーに囲まれた事により、普段から鍛練で慣らしている風間が完全に有利だ。

 スコーピオン使いの近接戦闘は速度がある。特に、この三人はトップ3と言っても過言では無いので、その速さは常人では目で追えない程だ。

 三人が近接で三つ巴の戦闘を繰り広げる中、他の中距離攻撃が可能な三人が放っておくわけがない。

 

「「旋空孤月」」

「変化弾」

 

 曲がる弾丸と伸びる斬撃が三人に向かう。その攻撃を前に、海斗も影浦も風間も回避、弾丸は斬り落とすことで対処して見せた。

 しかし、三人とも今ので仕留められたとは思っていない。近接攻撃を仕掛けに行った。弓場の弾丸を回避した海斗が廻し蹴り投擲スコーピオンでカウンターを放つが回避される。

 しかし、その海斗の上から風間がかかと落しを放ち、それをレイガストアッパーで相殺しつつ、地面に着地。

 その風間に太刀川が仕掛けた。右腰の太刀を、居合を放つように抜いた。それを空中で回転しながらスコーピオンで弾いて軌道を逸らしつつ、左ストレートを放った。

 それを回避した先に、さらに手首からブレードが伸びる。

 

「うおっと」

 

 後ろに体を逸らして回避した太刀川が反撃しようとした直後、二人の間に影浦が割って入る。両手にスコーピオンを出して2人に斬りかかるが、風間はスパイダー、太刀川はグラスホッパーで後方に跳んで回避し、影浦をターゲットにする。

 しかし、さらにその三人をまとめて吹っ飛ばすように最強の旋空が三人に向かう。シールドやら回避やらで対処している間に、生駒にアステロイドが飛ぶ。これで一周した。

 隙がある奴が狙われるが、全員、隙を見せない。ならば、無理矢理、隙を作れば良い、というゴリ押し的観念で全員がぶつかり合っていた。

 そんな中、きっかけは風間だった。

 風間がとりあえず自分が一番、落としやすい奴から、と決めた白羽の矢先が生駒だった。

 旋空メインの生駒に足りないのは生駒自身の速さだ。旋空の速さと威力と射程は脅威的だが、こうも敵が多いと一人を狙っている間に必ず隙が出来る。カメレオンが効かないスナイパーは弓場との戦闘に夢中だ。

 スパイダーを使って微妙に距離を離した風間がカメレオンを使った。本来、こちらが本領である。息を潜め、気配を殺し、一気にトリオン供給器官を刺し殺そうとした時だった。

 

「4枚抜きだ」

 

 心臓を鷲掴みされたようなゾッとする声が耳に響いた。海斗がレイガストの小さいシェルターを作り、アイビスの銃口をはみ出させていた。無理矢理、自分を狙いに来ていた。

 しまった、と思った時には狙撃が放たれていた。太い弾丸が、影浦の股下を通り太刀川の脇の下を通り、透明化した自分に突き進む。

 シールドを固定モードにして貼った。姿は現れるが、斬撃も狙撃も防げるかもしれない。

 だが、その前に生駒が風間の前に出て旋空を放った。その射撃を待っていたと言わんばかりに狙撃を斬り落とすと共に反撃を放つ。射線上にいる太刀川と弓場は回避し、海斗に斬撃が向かう。

 だが、それこそサイドエフェクトを持つ海斗も読めていた。アイビスを引っ込めた海斗は、レイガストを握って構えを取った。左拳に握り、右手を半開きにして前に差し出す。

 

「ふっ……!」

 

 直後、後ろ足の足首、腰、肩を回転させ、渾身のスラスターパンチで旋空と弾き飛ばした。左腕の半分を失ったが、生駒旋空を相殺したのだ。

 

「……嘘やん」

 

 思わず生駒が呟いた直後だった。風間が自分を狙った海斗に向かって一気に接近する。まだ残っているワイヤーを足場にして機動力を高めて接近、海斗はアイビスもレイガストも捨てると、スコーピオンを構えた。

 風間の攻撃を回避すると、カウンターと言わんばかりに拳を叩き込む。それをシールドで防ぐと、風間はジャンプしながら膝蹴りを放つ。

 それを海斗は左手でキャッチした。

 

「ちっ……!」

 

 膝からスコーピオンが生える。海斗の左腕を消し飛ばした。直後、消された左手首からスコーピオンが生え、風間の脚を吹き飛ばした。

 

「クッ……!」

 

 お互いに正面から斬り合うが、風間の方が有利だ。スパイダーによる加速で海斗のトリオンをジリジリと削る。

 そんな中、その二人のところに影浦が割り込んだ。明らかに風間を狙い、片腕を吹き飛ばす。

 

「風間ァ、そいつをやんなぁ俺だ!」

「チッ……影浦……!」

 

 直後、集まった三人に旋空が飛んで来た。太刀川からだ。五体満足の影浦と左腕だけが削られた海斗はともかく、片脚を失った風間が避けるのは無理だった。

 

「風間さん、邪魔するなよ。俺はストームを体験にしに来たんだ」

「チッ……邪魔なのはお前の方だろう……!」

 

 風間が緊急脱出する。これで残ったのはストームのバカ達。しかし、ストームを起こされては困る奴もいた。

 変化弾が影浦、海斗、太刀川に向かい、三人の間に距離が出来た。割り込んだのは、バカとの一騎討ちを望む弓場だった。

 

「また1人増えたか……!」

 

 太刀川が弓場に狙いを定めた直後、影浦と太刀川に旋空が飛ぶ。その主は生駒だった。

 

「俺はとりあえず楽しめればええわ」

「チッ……!」

 

 これで弓場は念願の一騎討ち。残念ながら、隙の伺い合いなどしている暇はない。すぐに弓場が仕掛けた。

 早撃ちを海斗は回避し、右腕からスコーピオンを飛ばす。弓場のハンドガンを破壊するも、一定の距離を保った弓場が残ったハンドガンで射撃を繰り返す。

 それに対し、海斗は回避しながらレイガストを握り、道路を殴った。

 地面が大きく割れ、弓場のところまで衝撃が伝わり、足元が安定しなくなる。

 

「チィッ……!」

 

 直後、地面から半透明の壁が現れた。レイガストのシールドモードを最大まで大きくしたものだ。

 その壁に穴が開き、アイビスの銃口が現れる。反射的に弓場がシールドを貼った時だった。海斗がジャンプでレイガストの壁を飛び越えて降って来た。

 

「ッ……!」

 

 シールドを引っ込め、ハンドガンを放った。片方はアイビスのスイッチを切ってシールドで防ぎ、片方は左腕を犠牲にして回避した。

 壁にしているレイガストの形を変形させ、ブレード状にする。

 

「スラスター」

 

 そこから弓場に突撃、右足を吹き飛ばした。

 

「! しまっ……!」

「じゃあな、メガネヤンキー」

 

 直後、海斗の右拳が消えた。スコーピオンをほんの少し、はみ出させた一撃が弓場のボディを貫通した。

 崩れていく自分の身体を視界にとどめながら、愉快げに弓場は口元を緩ませた。

 

「なるほど、こいつがテメェの拳か」

「満足か?」

「……次は負けねえぞ」

「言ってろ」

 

 弓場が緊急脱出した。

 

 



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ライバルと決闘と敗北が強者への三要素。

「で、何か申し開きはあるか?」

 

 二宮隊作戦室。目の前で腕を組んで仁王立ちしているのは言わずもがなの二宮匡貴隊長で、その前で正座しているのは陰山海斗だ。

 

「いや、あの……」

「言ったよな? 上層部に目をつけられるような事はするな、と」

「はい」

「その上、個人ランク戦は許可したが、なるべくなら全力の戦闘は控え、せめてランク戦の間くらいは手の内を明かすような真似はするな、と」

「はい」

「で、この有様だ」

 

 二宮がモニターを見せると、そこに映されていたのは市街地Aのフィールドである。綺麗に並んだ住宅街が映されていたが、二宮がボタンを押し、画像を切り替えた事で隕石が降った直後のような風景に変わる。言うまでもなく、戦闘後の市街地Aだ。

 あの後、海斗と影浦が正面から激突し、その中にのうのうと太刀川が参加、三人で斬り合いが始まり、その三人に生駒も突撃。で、なんやかんやで影浦、生駒、海斗の順で落ちて太刀川が優勝し、街は滅んだ。

 

「玉狛や生駒、弓場に情報を与えたばかりか、忍田さんにも怒られ、風間さんにも目を付けられていたな。もう一度、聞くが、何か言い訳はあるか?」

「え、風間の奴、目を付けたんですか? 参加してた癖に」

「話を逸らすな、殺すぞ」

 

 ストレートな殺意が一番、怖かった。それに加えて二宮の仏頂面である。ホントに殺りかねないオーラはある。

 

「でも、雅人のアホよりは長く生きてましたよ!」

「太刀川のおこぼれをもらっただけだろう。調子に乗るな」

 

 褒められようと声を張りあげたが、冷たい台詞で返り討ちに遭う。そんなバカを見て、二宮は小さくため息をついた。

 このままではまずい、と海斗は珍しく冷や汗をかいた。このままでは二宮に嫌われてしまう。何とか言い訳を考えて答えた。

 

「で、でも……情報を取られたのは俺だけじゃないですよ! 何せ『戦った』という条件はお互い様ですから!」

「ほう、そこまで言うからには先程の戦闘で何か掴めたんだろうな?」

「はい!」

「何が分かった?」

 

 聞かれて、海斗は即答した。

 

「どんなに早い攻撃でも、直感で判断すれば回避は可能です!」

「今まで通りだな」

「そ、それと、近距離戦において一番の隙は攻撃の直後なので、カウンターが一番効果的ですね!」

「それもいつも通りだ」

「あ、あとは……ト」

「トリオン以外の攻撃が有効、と言ったら眼球にデコピンする」

「……」

 

 サイドエフェクトを持っているわけでもないのに先読みされていた。バカの思考は読みやすい、と言うのがよく分かる一幕だった。

 それ以上の弁明は無い、と判断した二宮は、結論を付けるように海斗に言い放った。

 

「とにかく、今日から一週間、ラーメンを禁止する」

「そんな……! 水から魚を奪うような事を……!」

「逆だバカめ。その一週間以内に今日と同じような事があれば二週間に延期するからな」

「ぎゃーす!」

 

 冷たく宣告され、海斗はその場で崩れ去った。二宮が作戦室を出て行った後も、海斗はしばらく動かなくなった。

 一人、頭を抱えて蹲っていると、その後から遅れて作戦室の扉が開く音がした。おそらく、二宮隊のメンバーが追い討ちをかけにきたのだろう……と思っていると、全く別の人物から声が掛かった。

 

「あんた、本当懲りないわね」

「……ハニー?」

「変な呼び方やめなさいよ!」

 

 そう言う割に顔を真っ赤にして満更でもなさそうな表情を浮かべているのだから、本当に素直になれない女の子はからかわれやすい生き物である。

 とはいえ、バカの場合は意味も無く何も考えずにテキトーなボケを平然とやるので、単純に可哀想な気もするが。

 

「てか、お前なんでここに……?」

 

 もしかして、叱られた自分を慰めに来てくれたのだろうか? だとしたら、自分の彼女は改めて良い女の子だな、と実感してしまう。

 まぁ、あくまで慰めに来てくれていたのだとしたら、だが。強い嫉妬色と頭の上に足の裏が降り注がれた事により、そうではないことを瞬時に理解した。

 

「いだだだっ⁉︎ てめっ、何のつもりだコラァッ‼︎」

「な、ん、で! 私とは戦わないのに他の人、七人とは平気で戦ってんのよあんたはああああああ!」

「どこにキレてんだテメェは!」

 

 思わず顔をあげようとするが、小南はいち早くトリガーを起動し、それを許さない。

 

「今からやるわよ! 模擬戦!」

「勘弁しろよ! 今、二宮さんに怒られたばっかりだぞ⁉︎」

「情報取られるわけでも禁じられている相手と戦闘するわけでもないんだから平気よ! さっさと訓練室に入りなさい!」

「いやいやいや! そういう問題か⁉︎ 怒られたばっかなのに元気に喧嘩してる所を二宮さんに見られたら、流石に神経を疑われるだろ!」

「彼女に一切、構ってくれないで他の人とばっかランク戦やる神経の奴が何言ってんの⁉︎」

「ケースバイケースだろうが! ランク戦中なのに玉狛に顔出せるか! むしろお前からこっちに来いや!」

「ランク戦中に後輩のラスボスのとこに顔出せるか!」

「テメェも同じだろうが!」

 

 と、まぁ本当に喧嘩が始まってもおかしくない雰囲気で口喧嘩が勃発する。罵り合いになる中、海斗の方が小さくため息をついた。

 

「はぁ……ったく、お前にも構ってやれば良いんだろ?」

「何よその上から目線。今日は本気でボコボコにするから」

「は? やってみろやボケナス」

 

 結局、喧嘩を始めた。

 ズガンドカンバギンドドドドチュドーンバボーンという轟音が響き渡る事しばらく、ようやく戦闘が落ち着いた。25戦中、彼氏が10勝、彼女が15勝となった所で、海斗が片膝をついた。

 

「あーくそ、もう無理。疲れたわ」

「情けないわね。いつもの半分もやってないじゃない」

「うるせーよ。テメェと違ってさっきまで怒られてたんだよ」

「怒られてても体力使うのね、あなた……」

 

 憧れの人に怒られていたわけだし、むしろその方が精神的にこたえていたと言えよう。

 

「で、満足か?」

「まだまだ不満よ。……でも、今日の所は満足してあげる」

「そりゃどーも」

「分割の方が満足感も多そうだし」

「明日からも来る気か、お前」

「嫌なの?」

「嫌じゃねーよ」

「なら良いじゃない。せっかく来たんだし、しばらくここにいてあげるわ」

「あそう」

 

 そう言って、二人は訓練室を出てソファーの上でのんびりし始めた。並んで横に座り、肩と肩をくっ付け、海斗の肩に小南が頭を置く。こうして二人きりでのんびりした時間を過ごすのは久しぶりだった。

 だから5分後に、早々と退場してしまった弟子二人が師匠二人の元に修行の申し出に来た時は、割とそれなりに空気が重くなった。

 

 ×××

 

 弓場拓磨は、一人でさっきの戦闘の様子を眺めていた。お互いに初見ではあったが、二人とも初見殺しタイプの強さを誇る。それでもやられたという事は、現状では自分の方が実力は下、という風に受け止めた方が良いだろう。

 正直に言って相性は悪い。あのサイドエフェクトは予想以上に厄介だ。それに加えて本人の喧嘩の経験からの先読みは、自分の射撃を的確にガードし、慣れてきたら回避までこなすようになっていた。

 

「チッ……簡単に行く相手じゃねェか」

 

 とはいえ、奴には致命的な弱点がある。まぁ、誰もが知っている事ではあるが、頭の弱さだ。やたらと適応能力の高い野生動物だと思えば対策は立てられる。

 しかし、あの部隊には二宮とマスタークラスの部下二人も付いているのが厄介だ。ていうか、あの部隊に何故、バカを放り込んだのか。最強の部隊が完成するのは目に見えていただろうに。

 まぁ、愚痴っていても仕方ない。A級に上がるには必要な事ならば、成し遂げなければならない。

 

「……やるなら、タイマンより部隊で各個撃破だな」

 

 A級レベルのエースが二人いる以上、絶対に合流させてはならない。自分と帯島の二人で……いや、場合によっては狙撃手も含めて三人がかりで確実に仕留めた方が良いかもしれない。

 ちょうど、そう思った時だ。自分の作戦室に部下が入って来た。

 

「お、お疲れ様です、弓場隊長!」

「帯島ァ……もしかして、見てやがったのか?」

「は、はい……!」

 

 自分の負け試合を見られたところで気にする男では無いが、隊長として部下を不安にさせてしまったかもしれない。帯島の頬に浮かんでいる汗がそれを表していた。

 しかし、勝ち試合よりも負け試合の方が学ぶ事が多い事を知らないほど間抜けな部下ではない。

 

「なら、分かってんだろうな。さっさと対策立てんぞ」

「は、はい……」

「あん?」

 

 所が今日の返事はいつもよりハリがない。何事かと片眉を上げた時だ。

 

「も、申し訳ありません! 実は以前、二宮隊の作戦室にお邪魔した時、陰山先輩が米屋先輩を逆吊りしている所を見てしまい、その上に弓場隊長と同等の実力を持っていると知り、少しブルってしまいました!」

「……」

 

 まさか、今日以前から部下にバカが恐怖を植え付けているとは思わなかった。確かに、あの目付きの悪さと喧嘩スタイルを見て歳下の女の子がビビらない方がおかしい。

 なんであれ、どんな事情でも自分の部下にトラウマを植え付けたのは見過ごせない。

 

「……陰山ァ……!」

 

 バカが一人増えた瞬間であった。

 

 ×××

 

 風間隊の作戦室では、風間は今の戦闘を繰り返し見ていた。あの中で自分の実力は二番目だったはずだが、割と早々と退場してしまった。どんな状況であったにせよ、それは事実だ。

 ストームの破壊力が想像を超えていたのも事実だが、それ以上に影浦と陰山の実力がグングン伸びて来ている。それこそ、数値に見えて現れるポイントではなく本来の実力でトップ3争いをしているんじゃないか、と思える程だ。

 

「……」

 

 今回は正直、バカに固執し過ぎたという点もある。それでも、アタッカー二位にいつまでも居座ってはいられないかもしれない。

 これから先、もっと精進しなければ、と思ったちょうどその時、歌川と菊地原が入って来た。

 

「お疲れ様です、風間さん」

「ちょっとー、何やってるんですか。バカ達にあっさりやられてたでしょ」

「見ていたのか、お前ら」

 

 なら話は早い、と言わんばかりに風間はトリガーを起動した。

 

「少し付き合え、お前ら」

「「?」」

「模擬戦だ。とりあえず、50本ずつ相手しろ」

「「えっ……」」

 

 変なスイッチが入った隊長を目の前に、二人とも顔が引きつった。

 

 



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バカの特技はバカを増やす事である。
知らない間に恨みを買う。


 よく雪の降るこの季節、昼であっても決して明るくは感じられない空からチラホラと降り積もる白銀の埃が、真っ白なカーペットに降り積もっていく。その風景は、まるで枯れ葉が敷き詰められた地面に舞い散る紅葉のように幻想的だった。

 そんな日常の幻想とも言える景色とは一切、無縁なボーダー本部では、今日も今日とて元気なバカ達が暴れていた。

 個人ランク戦会場にて、バカと風間がやり合っているのを、犬飼が呑気に笑いながら辻に声をかけた。

 

「はは、流石だね、風間さん。うちのバ海斗くんと互角以上に戦ってるよ」

「まぁ、ボーダーで二番目のアタッカーですからね」

 

 しかしこうして見ていると、やはり海斗も中々におかしい。何せ、まだボーダーに入って一年ちょいのはずだ。それにも関わらず、アタッカーナンバー2と平気で鎬を削り合えるのは、並のことではない。

 同期の、学習能力が普通ではない村上ですらランク4位に収まっているのに、サイドエフェクトがあるとはいえ、それを超える実力を開花させている。

 

「やっぱ、生身の戦闘力も重要なのかな。アタッカーだと特に」

「まぁ、生駒先輩も居合を孤月に応用してますからね」

 

 しかし、その強さの根源が喧嘩なのはいただけない気もするが。

 とはいえ、まだトリガーを使っての戦闘の経験値は多くない。未だにいざという時以外はシールドを張る事を覚えないバカは、風間の猛攻を回避だけで凌ごうとしていた。

 そのため、動きを誘導されればあっさりと引っかかる。結局、7対3で負けてしまっていた。

 

「あーあ……これはまた荒れそうだな……」

「見つかる前に退散しましょう」

「だね」

 

 負けたら子供みたいに機嫌を悪くするのは、あの馬鹿の悪い癖だ。早めにランク戦ブースを離れた。

 

「でも、ちょっとアレだよね。このままだと、後半に進むにつれて厳しくなりそうだよね」

「どういう事ですか?」

「だってさ、うちの強みは二宮さんと海斗くんのダブルエースじゃない。まぁ、元々A級部隊だったとはいえ、鳩原ちゃんが抜けた穴をバ海斗くんが全く別の方向性の狙撃手として埋めてくれて」

「そうですね。壁抜きしかしない狙撃手とか性格悪いにも程がありますから」

 

 元より本職がアタッカーなので寄られても問題無いし、狙撃をしなかったとしても、存在するだけで敵の狙撃手への抑止力になる。

 

「……二宮さん、もしかしたら味方になった時のありがたみより、敵に回った時の厄介さを考慮して引き取ったのかもしれませんね」

「東さんでも同じバ海斗くんの使い方思いつきそうだし」

 

 飛車と角が融合したような性能を持つ駒は中々いない。それ故に、頭の性能が驚くほど低いことはとてもバランスが取れていると思った。

 

「でも、どんなに強力でも部隊戦で頭が弱いのは致命的でしょ。なんか見え見えの罠に簡単に掛かりそうじゃない? 落とし穴とか」

「落とし穴……?」

「や、例えだから。流石にランク戦で落とし穴はないと思うけど、なんかこう……呆れるほど単純な手に引っかかりそうで」

「そういう事ですか」

「今のうちに、勉強させた方が良いかもね。学校の方だけじゃなくても……こう、戦術な方面を」

 

 確かに、と辻は顎に手を当てた。トリオン兵相手なら問題はないが、ランク戦ともなるとそうはいかない。

 

「まぁ、あの頭だと覚えるのに時間かかりそうですけどね」

「大丈夫でしょ。まさか、転送運が悪過ぎて二宮さんが一人に孤立して集中攻撃を受けて落ちて、海斗くんがアホほど単純な罠に簡単にハマり、俺達だけが無事に残る、なんて事はそうそうないだろうし」

「二宮さんの言うことなら絶対に聞くのが海斗くんですし、大丈夫でしょう」

「まぁね」

 

 そんな呑気な話をしながら、作戦室に戻った。

 

 ×××

 

 ラウンド2まで残り僅かとなった二宮隊の作戦室では、そろそろ次の作戦を決める会議が行われていた。

 今回の相手は弓場隊、生駒隊、そして王子隊の三部隊だ。弓場と生駒とは、この前のふざけたエキシビジョンで対決した二人だ。特に、弓場には果たし状なんて侍みたいな事をされた相手だ。

 

「次の相手は、どこも狭い場所で有利になる所だ。弓場の射撃にしろ、生駒の旋空にしろ、王子隊の走りにしろな。俺達はB級トップなだけあって、恐らく狙われるだろう」

「つまり、選ばれるとしたら狭いステージ、って事ですか?」

「正確に言えば、狭い箇所が多いステージだな」

 

 入り組んだ地形では弓場のように近距離で素早い攻撃が光る。間合いにもよるが、ステージによっては不利な相手だ。

 また、建物も何もかもをまとめて薙ぎ払う生駒旋空も厄介だ。海斗以外は、レーダーでしか把握出来ないため、唐突に壁から旋空が飛んで来たら耐えられないだろう。

 

「じゃあ、どうします?」

「決まっている。バカ、お前が片方を足止めしろ」

 

 犬飼の質問に答えながら、海斗に声を掛けた。しかし、海斗は腕を組み、下を向いたまま動かない。二宮からの言葉に海斗が返事をしないのは異常事態だ。

 何かあったのか? と、犬飼と辻が眉間にシワを寄せる中、氷見が後ろからハリセンを振るった。

 

「起きなさい!」

「すぴー」

 

 寝ていた。しかし、目を覚さない。馬鹿の頭は生身でも鋼鉄なのだ。生半可な攻撃では通らない。

 困った顔で氷見が二宮に声を掛けた。

 

「二宮さん、金属バットかなんか無いんですか?」

「……あるわけないだろう。トリガーオン」

 

 トリガーを起動すると、二宮は海斗の頭に拳を振り下ろした。

 

「起きろバカめ」

「ふぁぐっ⁉︎」

 

 勢いで顎を机に強打し、椅子から転げ落ちて顔を押さえて悶える。そのザマを見て、誰一人同情する者はいない。明らかにバカが悪いのだから。

 

「……い、いたい……」

「自業自得でしょ? なんで寝てるの。起きてなさいよ」

「……む、寝てたか……通りで会議中にいきなり食べても減らないラーメンが目の前に出てくるわけだ」

「どんだけ幸せな夢を見てたの⁉︎」

 

 ちょっと羨ましい、と思わないでもないのだから腹が立つ。まぁ、ラーメンが減らないというのはある意味では地獄かもしれないが。

 そんな海斗に、二宮が威圧的な声を掛けた。

 

「おい、バカ。起きてろ」

「す、すみません……難しい話を聞くとどうにも眠くなってしまって……」

「まだ全然、難しい所に至っていない。本物のアホか、お前は」

「いや、戦術とかそういう話になると全部、難……」

「いいから起きてろ。学ぶつもりで話を聞いていろ」

「マナブ……?」

「外国人か。氷見、寝たら椅子で殴って良いから起こせ」

「はい」

「デスクで⁉︎」

「椅子はチェアーだ」

 

 リアクションですらツッコミを入れられ、海斗はもう黙るしかないし、それを側から見ている犬飼と辻は二宮に気付かれないように笑いを堪えるしかなかった。

 

「とにかく、だ。バカ、お前は生駒か弓場を止めろ。この2チームから同時に挟まれれば、俺達に勝ち目はない」

「はーい」

「無理に仕留める事はないからな。細部は後から詰めるが、大まかには一部隊ずつ各個撃破していく。そのために、お前だけは単独行動をしてもらうという事だ」

「分かりました」

「何が分かった?」

「とにかく俺だけ単独行動ですね?」

「……」

 

 やはり理解されていなかった。まぁ、兵士ならば何も考えずに行動できる駒も必要ではある。

 しかし、ここまで空っぽだとこれはこれで厄介だ。何とかして頭を使えるようになってもらいたい気もする。自己判断させると何をしでかすか分からない奴は必要ない。

 

「……氷見、そいつを月見の所に持って行け。戦術を詰め込めるだけ詰め込んでもらえ」

「はい」

「え、何その不穏な命令……」

「ほら行くよ」

「待って。今、二宮さんが不穏な事を……」

「ちゃんと学べたらラーメン奢っ」

「超行く」

 

 次の日、海斗は学校に姿を現さなかった。

 

 ×××

 

 弓場隊の作戦室では、弓場隊のメンバーが全員揃って会議をしていた。

 

「次の相手は王子隊、生駒隊、二宮隊の三つだ。帯島ァ、各隊の強みを挙げろ」

「は、はいっ!」

 

 元気よく緊張気味な返事をした帯島は、答えを言った。

 

「王子隊は全員が走れる所。それと、全員が弾トリガーを装備しているため中距離も近距離もこなせるという所です」

 

 黙って耳を傾ける弓場と外岡一斗と藤丸のの。

 

「生駒隊は人数が四人いる所と、生駒先輩の『生駒旋空』、隠岐先輩の『機動型スナイパー』です。そもそも南沢先輩以外は皆、スカウトされた方達で、南沢先輩もマスタークラスに近い実力を持っていて、個々の平均能力が高い部隊です」

 

 今、挙げた二部隊は、割と多く戦ってきた事もあるため、言葉にするより身体が覚えている事の方が多い。

 問題は、最後の一部隊だ。

 

「二宮隊は?」

「二宮隊は……隙が無い所です」

「オイオイ……何弱気な事言ってんだ」

 

 ののが隣から呆れたように呟いたが、弓場がそれを止めた。

 

「まぁ、間違っちゃいねェ。二宮さん一人でも化け物じみてる上に、犬飼も辻もマスタークラスに達してやがる。あのバカに至っちゃ、狙撃手狩りが出来るアタッカーだ。狙撃はともかく、アタッカーの腕は風間さんや迅、カゲと一緒に『変態スコーピオン四天王』とか言われてやがる」

「誰を狙っても時間掛かりそうっすね。一人ずつ殺して行くのは無理そうだ」

「ああ。だが、一番、隙があるとしたら、やっぱりバカだ」

 

 その言葉に、ののが片眉を上げた。

 

「そうなのか? そいつ……相当、隙がねえだろ。狙撃手に反撃出来るって点じゃ、二宮さん以上じゃねえのか?」

「かもしんねえ。だが、本職は狙撃手じゃねぇし、腕自体は並み以下だ。……つーか、狙撃の腕だけじゃなく潜む事すらしてねえだろ。なぁ、トノ?」

「確かに……そうっすね。動き自体は狙撃手の動きじゃないっす。ぶっちゃけ、狙撃手のトリガーをセットしているだけで狙撃手じゃない感じ」

 

 補足・掩蔽訓練で常に上位を取る外岡がそう言うなら、周りのメンバーも頷かざるを得ない。

 それを聞くなり、弓場は結論を出すように言った。

 

「今回、ハッキリ言って俺達の狙いは二宮隊だ。だが、それは他の部隊も同じなはずだ。二宮隊を落とすのに1番の壁である二宮は他の部隊に任せるとして、俺達はこいつを狙っていく。‥‥良いな?」

 

 その確認に、全員が頷いた。

 

 ×××

 

 王子隊の作戦室では、隊長の王子一彰が作戦について話し始めていた。

 

「さて、じゃあ今回の作戦だけど……二宮隊を狙っていこうと思う」

 

 まずは結論を話されたが、とりあえず聞いてみることにした樫尾と蔵内は耳を傾けた。

 

「どういう事だ?」

「今シーズンから、クワイエットが本格的にアイビスを使うようになって、二宮隊はさらにパワーアップされたよね」

 

 クワイエット、とは海斗の事である。影浦との戦闘を見た王子が、あまりの煩さに「静かに」という意味と、単純に「カイトを外国人っぽくスローで読んだらクワイエットになりそう」という独特過ぎる感性のもとに生まれた呼び名である。

 

「このままだと、多分、序盤のラウンドで二宮隊に大きなリードを許して、後のほうのラウンドになるたびに追う側の僕達に厳しい展開になってしまうと思うんだ」

「それはその通りですが……他の部隊もいるんですよ?」

「うん。でも、少なくとも弓場隊はクワイエットを狙うと思う」

 

 何故? と隊員達に聞かれるまでもなく、王子はイケメンスマイルで答えた。

 

「なんか最近、弓場さんがカゲくんと同じ空気をクワイエットに発してるんだよね」

「なるほど……」

 

 思わず納得したような相槌を返してしまう蔵内だった。しかし、説得力的には十分だ。今の件を無しにしても、弓場隊は12月で神田という隊員が一人、抜けてしまい、今シーズンで上位から落ちると、その隊員に気を使わせてしまうかもしれないからだ。

 

「で、話を戻すけど、二宮隊はみんな強敵だ。上位と言えど、B級にいるのがおかしいレベルの人材が揃ってる。当然だけど、狙うにしても全員を相手にするわけにはいかない」

「隙のある隊員を狙うわけですね?」

「その通り」

 

 王子は満足げに頷いた。

 

 ×××

 

 生駒隊の作戦室では、いつものフリートーキング……かと思いきや、割と真剣な表情で生駒が切り出した。

 

「今回はガチで行くで。狙いは、海斗のアホや」

「お、どうしたんですか、今日は?」

「何か変なものでも食べたん?」

 

 隠岐と細井真織が聞くと、悔しそうに歯を食いしばった生駒がギリギリと歯軋りを立てながら答えた。

 

「俺、この前見たんや……!」

「何を?」

「あのバカが……あのバカが! 小南ちゃんと腕を組んで歩いている所を‼︎」

「「「「……はい?」」」」

 

 生駒隊の全員が怪訝そうな表情になった。いつもの事だが、思わず真織は呆れ顔になってしまう。これから次の試合に向けての大事な話し合いを始めるというのに、何の話を切り出すのか。

 まさか、そんな理由で海斗を狙うとか言っているのか? と不安になる中、自分と同じように呆れ顔になっている水上が声を掛けた。

 

「マジスかそれ?」

「マジに決まってるやん」

「や、そこじゃないやろ!」

 

 真織が声を上げるが、無視して男達は話を進める。

 

「え、マジですか⁉︎ 海斗先輩と小南先輩が⁉︎」

「ボーダーにカップルとかいたんですね」

「え、どんな感じでした?」

「あんたらも興味津々かい!」

 

 唯一の女性からのツッコミなどどこ吹く風、憎しみを隠そうともしない生駒は、そのまま続けた。

 

「この前見た時はこうやった。腕を組んでボウリング場から出てきたと思ったら、小南ちゃんが嬉しそうにピカチュウのぬいぐるみを持って出てきた」

「ああ、ラウ1に行ってたんすね」

「あまりに羨ましかったんで、後をつけたら……」

「高校生2人のデートをつけてる大学生って……よく通報されませんでしたね」

 

 割と的確な水上からのツッコミも無視し、憎しみの吐露を続けた。

 

「途中にあった鯛焼き屋で別の中身の物を買って半分こしたり、公園でベンチでのんびりしたり、カフェでファッションについて語ったり……俺がしたいデートをそのままやりやがってん……!」

「それは災難でしたね……」

「尾行した自業自得なのでは……」

「とにかく、決めた! 次はあのバカを狙うで!」

 

 なんか知らない間に、海斗のヘイトが高まっていた。

 

 



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同じ弱点を持つ奴らが同じチームに入るのは中々に稀。

 B級ランク戦ラウンド2が始まった。その筆頭の試合は二宮隊、生駒隊、弓場隊、王子隊の四つ巴の戦場となっている。

 先頭に設置されている、一番モニターの見やすい席では、実況と解説が合わせて三人、腰を下ろしていた。

 

『みなさん、こんちは〜。実況の太刀川隊、国近で〜す』

 

 のほほんとした声がランク戦会場内に響いた。国近柚宇の呑気な声により、その場にいた隊員達の空気も緩む。

 

『解説席には、三輪くんと空閑くんに来てもらってまーす』

 

 しかし、その解説席は明らかにギスギスしている。後ろの席の隊員達の大半は知らないが、近界民絶対殺すマンと近界民が隣に仲良く並んでいるわけで。

 その事情を知っているはずの国近もニコニコしているのはある意味、肝が座っている。

 

「……あいつすげぇな」

「たまに柚宇さんって怖いですよね……」

 

 会場の後ろの方に座っていた太刀川と出水が引き気味に呟いているのも知らずに、国近は実況を進める。

 

『今日の試合は二宮隊、生駒隊、弓場隊、王子隊の四つ巴でーす』

『……』

『ほほう……よつどもえ……』

 

 遊真も遊真で全く気まずさを感じていなかった。三輪だけがただ一人、不機嫌そうな仏頂面を浮かべている。

 

『で、早速だけど、三輪くんはどう思う?』

『……なんでこいつを解説に呼んだ? 新入りだろう』

『え? ダメ? 強いし良いかなって』

『……まぁ、普通にやれば二宮隊が有利だろう』

 

 タメ口になってしまいつつも遊真を指差して聞いたが、あまりにすっとぼけた返事が戻って来たので、会話を諦めて解説に移った。

 

『だが、それは他のどの部隊も分かっている事だろう。つまり、逆に言えば二宮隊は集中狙いをされやすいという事だ』

『なるほど……あれ? でも、前回の試合ではあんま狙われてなかったよ?』

『特に、今回は弓場隊長がいる。どういうわけか、あのバカと因縁のある弓場隊長が海斗を狙うのは、周りの部隊も察し、流れに身を任せる可能性が高い』

 

 遊真の質問をガン無視して解説を続ける三輪の様子に、会場の隊員達は「ん?」と小首を傾げるが、何一つ察しちゃあいない国近が聞いた。

 

『でも、生駒隊の動きは読めないよね?』

『そうですね。良くも悪くも安定しているし、チームメイトも全員、ハイレベルだから試合展開次第で狙いが変わって来るでしょう』

 

 なんだかんだ、生駒隊はB級三位を維持している。元A級……つまり、A級部隊レベルの実力を持つ二宮隊と影浦隊を除けば、B級部隊でトップの実力を持つ生駒隊も、マップ選択権を得る機会があまりないが、それでも上位をキープしている。

 すると、モニターの画面が切り替わった。

 

『お、王子隊がマップを選択したよ。場所は……工業地帯』

『こーぎょーちたい?』

『高低差があり、高台を取れれば狙撃手が有利になるステージだな。スナイパーのいない王子隊が選ぶには意外な場所だが……』

 

 しかし、建物の中に入れば射線は切れるし、入り組んだ地形から二宮隊を削るつもりかもしれない。

 狙撃手を封じた上で入り組んだステージでもある市街地Dという手もあったが、そのステージは海斗が得意なステージでもあるから避けたのだろう。

 

『まぁ……海斗が存在するだけで狙撃手への牽制になるし、下手な狙撃はして来ないと踏んだのかもしれない』

『なるほど……お、全隊員の転送が開始です』

 

 国近がそう言うとともに、隊員の転送が開始され、三輪はただただ「なんで俺とこいつが解説なんだ……」と呟いていた。

 

 ×××

 

「おお……すげー、こんな所もあるんだ」

 

 フィールドに降り立った海斗は、何処かの工場の連絡通路に立っていた。

 

「やべー、なんかエージェントっぽくてテンション上がるわ。俺が前に仁義がどうだのなんだの言ってる連中に拉致られた時と似てるわ」

『あんた……どんなバイオレンスな人生を歩んでるの……。ていうか、それ本当の話? 大丈夫だったの?』

「大丈夫だったよ」

 

 耳元に氷見の声が届いたが、平然とした声で答えつつ、辺りを見回した。

 

「さて、どうしようか……みんな、何処いる?」

『俺と辻ちゃんは割と近くにいるけど……』

『二宮さんが遠い上に、転送位置が最悪ですね』

 

 辻の言う通り、二宮はエリアの真ん中から若干、東よりにいる。その周りに、生駒隊の水上と生駒が合流出来そうな場所と、王子隊の三人が合流出来そうな場所に囲まれている。

 それに引き換え、海斗と辻と犬飼が転送された場所も遠い。海斗と辻が比較的、近くにいるが、その間には弓場隊が合流しそうな場所があるし、犬飼もかなり遠くに転送されている。

 

「……どうします? 俺、合流しましょうか?」

『……そうだな』

 

 とにかく、前から立てていた作戦は使えなくなった。というか、転送位置が悪すぎた。特に、二宮が来た場所は最悪だ。

 考え込むようなセリフの後、二宮は何かを決断したようにため息をついてから答えた。

 

『ふぅ……よし。辻と陰山は弓場隊を狙え。その位置ではどう動こうと捕まる。犬飼もそっちに合流だ。良いな?』

『え、それって……』

「了解っす」

 

 それはつまり、二宮は一人で周りの連中を相手にするという事だ。いくらソロ総合二位でも、流石に一人で大勢の相手に敵うはずがない。

 何一つ理解していない海斗は二つ返事でOKしたが、犬飼と辻は理解したため、思わず押し黙る。ただではやられないだろうが、二宮は必ず落ちる。つまり、自分達の……というか十中八九、海斗の判断力を育成するためだろう。

 

「よっしゃ。じゃあ辻、何処で待ち合わせする?」

『遊びに行くんじゃないんだから……』

「とりあえず、俺の所まであと10秒で来……」

 

 そう言いかけた直後、ドドドドッと連射するような音が耳に響いた。

 

 ×××

 

「海斗くん?」

 

 犬飼が耳元に声を掛ける。

 

『うおー、危ねー危ねー。弓場に見つかったわ』

「生きてる?」

『生きてる』

 

 そう返しつつ、声に余裕は無い。どうやら、二人がかりで襲い掛かってきているようだ。

 

『とにかく、俺はしばらく動けそうにないわ』

「了解。俺もなるべく早くそっちに行くよ」

『はいはい』

 

 テキトーな返事に苦笑いしつつ、犬飼も早足で移動した。

 まるでトップチームにはそれなりの試練を、と言わんばかりの転送位置だ。あまり余裕を持ってはいられない。

 

 ×××

 

 二宮は工業地区の中でも開けた場所に転送された。バッグワームを解除し、辺りを見回す。

 まるで、奇襲をかけるつもりがないように姿を現したのは、生駒と水上だ。二宮相手に下手な攻撃をするのは命取りと分かっているようだ。

 さらに、その二人とは正反対の方向に、王子と樫尾がいる。蔵内はまだ合流していないのか、それとも姿を眩ましているのか。何れにしても、油断は出来ない。

 一方、生駒隊の二人は。

 

「どうします? 陰山狙いって話では?」

「どの道、ぶつからなあかん相手やし、今以外にチャンスはないやろ」

「ですよね」

 

 一先ず、クソリア充を置いておいて、目の前の敵に集中した。

 

「さて、まず一発かますで」

「了解っす」

「旋空孤月」

 

 生駒旋空が開戦の狼煙となった。二宮に一発の斬撃が伸び、シールドを張らずに回避し、右手の下からトリオンキューブを出す。

 が、その両横から二宮を挟むように王子隊の二人が片手に孤月、片手にハウンドを出して回り込む。

 それに対し、二宮は後方に退がりながらの、ハウンドによるフルアタックで応じた。左右の相手との撃ち合いになったが、そもそも王子隊の二人にそこまでの攻め気が無かったからか、あっさりと撤退させることに成功した。

 が、直後、サラマンダーが真上から降り注ぐ。水上による強襲だった。直撃は避けたものの、地面が大きく爆発し、爆風で二宮の身体は後ろに転がりつつも受け身を取った。

 

「……」

 

 続く猛攻に対しても、常に二宮は片腕の下にトリオンキューブを出し続け、攻撃を仕掛けていた。速度重視のハウンドによる嫌がらせ弾で牽制しなければ、耐え切れずに削り殺される。

 それにしても、と何か違和感を感じる。王子隊に続いて生駒隊からの追撃がない。距離が開かれるのは二宮的にも助かるというのに。そこまで思考が至った直後、近くの建物の屋上から、パッと光が見えた。

 イーグレットが二宮に向かって来て、集中シールドでそれを防いだ。

 

『二宮さん、生駒さんが消えてます』

 

 氷見からのセリフが耳に届いたのと、真上から遠回りしてくるハウンドが視界に入るのが同時だった。

 真上からハウンドが雨のように降り注ぎ、さらにその真ん中に孤月を構えた生駒がジャンプして孤月を構えている。

 

「チッ……!」

 

 ハウンドを回避しながらでは生駒の旋空に対処出来ない。二宮は傘を差すようにシールドを頭上に張りながら更に下がった。

 このまま開けた場所でやり合うのはマズい。建物を利用して射線を切った方がよさそうだ。

 生駒旋空を、自分に届かない位置でもう片方のシールドに当てて軌道を逸らしつつ、回避して工場らしき建物の方へ走る。

 旋空とハウンドが地面に突き刺さり、空襲のように砂煙が舞い上がる大地を走る中、自分の両サイドを王子隊が追って来ているのがレーダーから分かった。

 生駒に使ったシールドを引っ込めると、二宮は自分の頭上にメテオラを出した。

 両サイドに半分ずつ飛ばし、ハウンドの最初の一発に当てさせて次々と誘爆させて凌ぐ。ここで孤月を持って深追いして来てくれればカウンターを叩き込めるのだが、やはり王子隊から来るのは慎重な攻めだ。下手に追ってはこない。

 

「……いや」

 

 追ってこない、というより誘導しようとしているようにも感じる。このままではまるで……と、思った所で、工業地区の建物と建物の間に差し掛かった。

 そこで、バッグワームを羽織った蔵内がアステロイドとハウンドを両手に作って待ち伏せしているのが見えた時は、流石に肝を冷やした。

 ドキリと頭に氷水をぶっ掛けられたような感覚に陥り掛けたが、シールドを正面にも張った事でなんとか凌いだ。肩と腰をハウンドが貫いたが、致命傷ではない。

 

「ッ……」

 

 流石にしんどい。ここまであからさまに狙われるのは、想定内ではあったが最悪の想定だった。

 だが、まぁとりあえずは凌げた。さて、ここからはどうやってポイントをもぎ取るか、である。

 

 ×××

 

 海斗と弓場、帯島は工場の室内に入った。弓場の射撃を回避と室内の障害物で回避しつつ、孤月を可愛く両手で握り締める帯島の斬撃をテキトーに相手する。

 正面からの横振りをしゃがんで回避すると、帯島の後ろからアステロイドのトリオンキューブが姿を表す。

 その攻撃を、横に行った帯島の頭に手を添えて側転跳びをする事で、回避と後ろを取ることを同時に行った。

 

「……!」

 

 そのまま後ろから孤月を握る帯島の手を取り、背中に回して捻り上げる。

 障害物を避けた弓場がリボルバーを構えて顔を出した事により、そっちに帯島の身体を向けた。

 

「チッ……!」

 

 銃口を引く弓場の方に、帯島を盾にした海斗は強引に接近し、手を離すと背中を押した。

 それを弓場が思わず抱き抱えた直後、海斗はアイビスを出した。その狙いは、帯島の頭の上にある弓場の頭だ。

 しかし、抱えられている帯島の周囲にトリオンキューブが浮いてる事に気付いた事により、アイビスを引っ込めた。

 向かってくるハウンドを回避するには近過ぎる距離のはずだが、海斗はレイガストのスラスターを使って強引に回避した。

 だが、弓場隊の二人を相手にする事に距離を置くのはあまり良い判断では無い。

 帯島から離れた弓場が持ち前の早撃ちを放ち、海斗はレイガストで壁を作って凌ぐ。その壁の外側から、さらに帯島がバウンドを放ち、それは回避するしかなかった。

 光の弾丸が海斗の後ろの「液体窒素」と書かれたガス缶に突き刺さり、穴から煙が噴き出す。良い感じに煙幕が完成し、敵の姿が視認できる海斗は煙の中から敵の様子を窺う。

 が、真っ赤なオーラが点々と増え始めたことにより、海斗は眉間にシワを寄せる。どうやら、煙幕を利用しようとしているのはお互い様のようだ。

 さらに襲い掛かる帯島のハウンドを横にジャンプとスライディングを加えて壁沿いに回避すると、正面から弓場が顔を出した。両手に持っているのはリボルバーだ。

 

「お」

「死ねや」

 

 射撃を放とうとした直後だった。耳元でののの声がした。

 

『弓場ァ、上!』

「あ?」

 

 直後、降り注がれるのは旋空孤月が三発。それをバックステップで回避しつつ、帯島と合流した。

 海斗の横に旋空孤月の主、辻新之助が降り立つ。

 

「ごめん、遅くなった」

「いや、良いタイミングだったわ」

 

 思うように暴れられない。弓場隊の連携が中々に厄介だ。対策でも立てられているのだろうか、中々こちらの間合いに入ってこない。

 一方、弓場隊の二人もアレだけ撃って無傷で凌がれている事に奥歯を噛む他無かった。

 元々、帯島には「下手に近づくな」と指示を出していた。射撃メインで削り殺す予定だったが、こういう複雑な地形での戦闘に慣れているようで、こちらの射線を上手く切っている。

 

「帯島ァ、ここから先は無駄弾撃つな。トリオンの無駄だ」

「は、ハイっ……!」

「……」

 

 しかし、弓場には解せない点がいくつかあった。弓場の見立てでは、海斗と帯島が今の時間、やり合えば5回は帯島が死んでいるはずだ。それは実力差があるから仕方ないが、自分が援護をした時、帯島は無傷だった。まぐれでどんなに上手く凌いでも、帯島が無傷で戻って来るのは不可能なはずだ。

 

(まさか、あの野郎……)

 

 そこまで弓場の思考が思い当たったのとほぼ同時、海斗と辻は内部通信で話し合っていた。

 

『よし、じゃあお前があのちっさい方をやれ』

『バカ言わないでくんない? 海斗くんがやりなよ』

『ふざけんな、俺に小南と香取以外の女を殴らせるな』

『いやいや、何も出来ずに落ちるよりマシでしょ』

 

 まさかの、女の押し付け合いである。

 

 ×××

 

 その内部通信がガッツリ聞こえていた氷見は、必死に二宮の援護をしながらも犬飼に通信を繋いだ。

 

「犬飼先輩?」

『ひゃみちゃん? どったの?』

「急いで下さい。バカとバカの援護に」

『えっ……あの二人、何かあった?』

「ヒント、帯島ちゃん」

『……あー』

 

 



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汚ぇ花火だ。

 女性に手を上げない、それは男なら当然の話だし、褒められるべきポリシーとも言える。

 しかし、それはあくまでも「戦う力のない女性」に限った話だろう。何故なら、戦う力を持つ女性が敵であった場合、何もしなければ殺されるのは自分であり、自分の仲間だ。

 ポリシーとかモラルとか、そういうものは全て安定した秩序の中でのみ意味を成すものであり、従って敵と味方の戦力がイーブンである場合、例え相手が女性であっても然るべき対応を取らねばならない。

 つまり……。

 

『えーっと……三輪隊長はこの場面をどう見ますか?』

『どうも何も……俺には、チワワがライオンと黒豹を追い回しているようにしか見えないな』

 

 呆れ気味に……というか、実際に呆れてそう言う三輪と、同じく呆れる国近、さらには遊真の視線の先にあるモニターでは、帯島にハウンドと弧月をブンブン振り回しながら追いかけられているバカスーツ二人が映されていた。

 

『ハッハァーッ! 良いぞ、帯島ァッ‼︎』

『どうしましょう、私今ならいじめっ子の気持ちが少しわかってしまいます!』

『今は許す! やっちまえ‼︎』

 

 音声までは聞こえないが、追い掛けている二人の表情から、何を言っているのか何となく察してしまった。

 戦力的には五分と五分、人数も2対2、入り組んだ地形ではあるものの、近距離ガンナー&オールラウンダーvsダブルアタッカーのため、決して相性もどちらかに偏っているとはいえない。

 それなのに、ここまで一方的な試合になると誰が予想しただろうか? 見学している隊員達も「この人達何してんの?」と言った感じだ。

 

『チッ、あのバカ……情けない』

『ねぇ、みわ先輩。これ、後でしのださんとかに怒られたりしないの?』

『俺がそんなこと知るか。前例が無いからな。……まぁ、無気力試合と見なされればペナルティはあるだろうが』

 

 辻は恐らく問題ないだろう。アレは本人の性格であり、治すには恐らく時間が掛かる。

 だが、海斗はそうもいかないだろう。何せ、女を殴らないというのはただのポリシーだからだ。それに、小南のような格上や、香取のようにムカつく相手には割とガンガン殴るし、絶対に後で怒られる。

 

『この後どうなるんだろうね?』

 

 実況とは思えない質問が国近から飛んだ。その質問に半ば呆れつつも、三輪が答えた。

 

『さぁな。あのままなら、削り殺されるだけだな』

『そうだねー。かげやま先輩、くろえとの修行の時も顔面パンチの寸止めで留めてるらしいし』

『へぇ〜……え、双葉ちゃん相手にそんな舐めプを?』

『なめぷ?』

『舐めたプレイの略。あ、物理的に舐めてるってわけじゃないからね』

『物理的?』

『嘘でしょ?』

『お前ら帰ったら? 後は俺が一人でやるから』

 

 当然なツッコミが隣から来て、慌てて二人は画面に目を向ける。コホン、と唯一まともな三輪が咳払いをすると、改めて解説を再開した。

 

『確かにあいつら二人では性格的に厳しいかもしれんが……それでも、動かす術はある』

『というと?』

『あのバカの隊長は、こういう時にとても頼りになる方だからな』

 

 ×××

 

「おいいいい! どうすんのこれ、どうすんの⁉︎」

「俺に聞かないでくれる? どうしようもないんだから」

「どうしようもないことないだろ! ……いや、どうしようもないなこれ」

「ないんじゃん」

 

 二人で走りながら工場内を逃げ回っていた。その会話の内容は誰が聞いても頭痛を覚えるものだったが、本人達は必死である。

 実際の所、かなりギリギリだ。逃げて回れているのは、主に海斗のサイドエフェクトあってのものだ。特に、弓場の射撃は簡単には避けられない。先読みしても肩や足をかすめ、ジリジリとトリオンを減らされてしまう。

 

「犬飼! お前まだ来れないわけ⁉︎」

『行っても良いけど……あんまオススメ出来ないかも』

「なんで?」

『弓場隊が掛かって来てるってことは、十中八九、俺はトノくんにつかれてると思うんだよね。ほら、あの人、初撃はほぼ100%外さないから』

「だから?」

『‥……要するに、まだ合流しない方が良いってこと』

 

 意味を理解してくれなかったが、要するに今、合流すれば敵に隙を突かれる可能性がある、ということだ。今は最警戒しているが、合流して戦わざるを得ない状況に陥った時、果たして回避出来るかは微妙である。

 つまり、やはり無理矢理、逃げるしかないわけだ。そう思っていると、三人の元に通信が入った。

 

『お前ら、聞こえるか』

 

 隊長からだった。通信の向こうでは、戦闘音が鳴り響いている。おそらく、交戦中なのだろう。それも、王子隊、生駒隊に囲まれた状態で。

 そもそも生きていること自体が流石なのだが、それ以上に会話すら可能なことが驚きだ。

 

「二宮さん?」

『仕事をしろ、お前ら』

「いや、そんなことを言われましても……」

『こういう状況は今後、ランク戦でなくても必ずやって来る展開だ。その時に「相手が女だから勝てませんでした」は言い訳にならない。……っと』

 

 やはり向こうも相当、無理して通信しているのか、切羽詰まっているようだ。そんな中でも、二宮は続けて説教をした。

 

『それでも、なんとかしろ。現状から緊急脱出までの間で使える手、全てを持ってして突破口を見出せ。良いな?』

 

 そこで、返事をする間もなく通信は切れた。そのセリフに、海斗も辻も犬飼も黙り込む。というか、辻と海斗に至っては背後からの攻撃を避けながらなので返事を返す暇も無かった、という感じだが。

 

「……で、どうする? 辻」

「仕方ないよ。ここまで言われたら、やるしかない」

 

 とりあえず、犬飼はやはり合流しないのがベストだろう。外で遊んでいるだけで外岡を抑えられるわけだから。

 ならば、辻は。小さく唾を飲み込むと、決心したように物陰に隠れて孤月を抜いた。

 

「……よし、海斗くん」

「何?」

「俺が、帯島さんを抑える」

「は?」

「だから、海斗くんは弓場さんをお願い」

「いやいや、平気なんかお前」

「平気だよ。……今は、あの二人を分断させて、弓場さんをなんとかした方が良い」

 

 せめてメテオラとかあれば分断も可能なんだけどね、なんて呟いていると「あっ」と、海斗が声を漏らした。

 

「何?」

「思いついた。二宮さんも俺達もみんな助かる手」

「え?」

 

 何となく嫌な予感がする辻だった。

 

 ×××

 

 三つ巴の中、複数の敵を一人で相手にする時、まず意識しなければならないのは、包囲されないことである。

 理由は単純、四方八方から狙われるよりも、一方〜三方くらいから狙われた方がまだ凌ぎやすいからだ。

 だが、当然、他の面子は囲んで叩こうとする。

 

「チッ……!」

 

 何とか工業地帯まで逃げ込んできたが、あまり状況は変わっていない。狙撃手の射線は切れるが、弾や剣が大量に飛んで来る。

 生駒の旋空を回避したと思えば、別方向から蔵内の誘導炸裂弾がやってきて、それを爆発する前にシールドで止めると、王子と樫尾が近接戦を挑んで来る。

 

「クッ……!」

 

 海斗と軽く近接になった時のための訓練をしていなければ、おそらく死んでいただろう。

 近寄って来てくれるなら、それはそれでありがたい。速度重視のアステロイドが当てやすくなるから。

 回避すると共に両手の下にトリオンキューブを出現し、それぞれを真逆の方向に飛ばす。深く斬り込んできたわけではないから王子には回避されたが、樫尾の右腕はもらった。

 かと言って、喜んでいる場合ではない。今度は水上の弾丸が飛んでくるからだ。

 それが、自分がいた地面の手前にえぐり込み、爆発。爆風により、後方に吹き飛んだ。

 その二宮を狙って、生駒旋空が飛んで来た。

 

「チィッ……‼︎」

 

 シールドを張り、バリアした直後だった。背後から、弧月が飛んできた。慌てて回避しようとしたが、左腕を持っていかれた。

 

「南沢……!」

「一点もらうよ、二宮さ……やばっ」

 

 が、ただで腕をやるつもりなかった。逆側の手からアステロイドを放った。南沢の左腕が飛んだが、ギリギリ回避される。

 そこで、近くの建物に身を隠した。とりあえず壁沿いに身を隠せば、そっちから攻撃が来ることはない。

 勿論、二宮を追って来ている。が、両チーム共、敵同士のため、必要以上に隙を見せたり距離を詰めたりはしてこなかった。

 

「……ふぅ」

 

 さて、どうするか、仕掛けて来ているのは厄介な一撃離脱作戦。当たろうが当たるまいが、問答無用で退がってしまう。

 しんどいが、その分、他の隊員達が楽できる。あそこまで言ってやれば、流石に発破は掛かっただろう。特に、あのバカはバカのくせにプライドだけは三人前あるバカだ。なんとかすると思いたいが……。

 

『二宮さん?』

「!」

 

 そのバカから通信が来た。さっきのも大分、無理していたし、なるべくなら勘弁して欲しいものなのだが……。

 まぁ、悩んでいる暇はない。どうした? と、声をかけようと思った時だった。

 

『衝撃に備えて下さい』

「は?」

 

 どゆこと? と思った時には遅かった。

 工場が、爆発した。

 

 ×××

 

 何が起きたのか分からない、というのが、帯島ユカリの最初の感想だった。

 作戦はうまく行っていたはずだった。カウンターが上手い海斗を警戒し、必要以上に距離はつめなかった。辻の足を吹き飛ばし、海斗の肩にも穴を開け、そろそろトドメというところで弓場が裏取りをし、弾を放ったはずだった。

 それが海斗の腹に穴を空けたが、海斗はアイビスを真後ろにあったタンクに向けていた。

 急に「さらばだ、ブルマ‥トランクス……そして、カカロット……!」とか言い出したかと思えば、タンクが爆発した。

 繋がっているガス管から誘爆し、他のタンクも爆発し、徐々に工場全体に広がっていった時には、視界は真っ赤やら真っ黒やら真っ白やらでてんやわんや、気が付けば、付近は焼け野原だった。

 

「……ゆ、弓場隊長……? 外岡先輩?」

 

 トリオン体だから無事とはいえ、安否の確認をせざるを得ない。何せ、爆発に巻き込まれて吹き飛ばされたのだから。微妙に頭がまだパニックで、レーダーで位置を確認、なんて当たり前のことができなかった。

 

『ケホッ、ケホッ……俺は無事だよ、帯島ちゃん』

『チッ……俺もだ。のの、何が起こった?』

『……爆発だよ。あの野郎、イカれてやがる。弓場の射撃を受けながら、ゼロ距離からアイビスをガスタンクにぶっ放しやがった』

 

 なるほど、と帯島も今、起こったことに関しては理解出来た。だが、普通それを実行しようと思うだろうか? 爆発に生きたまま巻き込まれる、なんて頭おかしい事、普通は出来ない。

 なんとか気持ちを無理矢理、自分の中で落ち着けつつ、バッグワームを羽織った。爆炎と黒煙と工場の瓦礫が視界を包んでいる現状ではレーダーで位置がバレ、誰が近くにいるかもしれないまま奇襲をもらう可能性がある。

 

『とりあえず、合流だ帯島』

『り、了解』

 

 そう言って合流しようと動き出した時だ。煙と炎によって揺らめく影が一つ。思わず近くの瓦礫に身を隠してしまった程、鬼気迫るオーラを出した男が立っていた。

 爆発を引き起こした張本人、陰山海斗だ。こっちを見ていないからか、バレてはいない。奇襲を仕掛けるなら今なのだろうが……。

 

「っ……」

 

 ダメだ、いけない。あの人は、なんか色々と怖過ぎる。さっきまで調子こいていた自分が恥ずかしくなるほどに。元々、目つきは悪いし茶髪だし、せっかくのスーツも悪いお仕事してそうな人にしか見えない人だったが、今はもう熟練の殺し屋にしか見えない。

 すると、至る所から光の柱が立った。大量の緊急脱出だ。それに気づくと、海斗も走って敵を見つけに向かってしまった。

 

「……ふぅ」

 

 その事にホッと一息つきつつ、とりあえず自分のやるべきことを再開した。

 

 ×××

 

『バ海斗くんの爆発により、工場は大きく倒壊! それにより、試合が大きく動いたー!』

 

 緊急脱出は全部で六つ。各隊員は、爆発でたまたま近くに飛ばされた敵を倒した。

 二宮が南沢を撃破し、生駒が樫尾を落とし、蔵内と王子が水上を落とし、隠岐が狙撃で蔵内を落とし、犬飼が外岡に腕を落とされつつも撃ち落とし、弓場が辻を落とした。

 

『……ストームとか関係ないんだね』

『ああ。バカが絡めば何処も壊れるみたいだ』

 

 冷静にドン引きしたように二人が呟いた。実際、誰だって工場一つ吹き飛ばす爆発には巻き込まれたくないだろうし、ゼロ距離で狙撃トリガー最高威力のライフルをぶっ放す馬鹿なんていないと思っていた。

 しかし、海斗はそんなものお構い無しだ。「トリオン体なら平気でしょ」とか完全に感情を抜きにした他人事感で吹っ飛ばした。

 

『にしてもすごいねー。……というか、これ何の工場なの?』

『さぁ……なんか、こう、危ない工場なんでしょう』

『地形を利用した形勢逆転……って事で良い、のかな?』

『そうだな。これで二宮隊は三人、生駒隊は二人、王子隊は一人、弓場隊は二人になった。点差はまだ2対2対1対1。一気に二宮隊が有利になった』

『でも、にのみや隊に無傷の人は一人もいないよね』

『ああ。そういう意味では、勝ちが決まった、と確定することは出来ない』

 

 空閑のセリフに、三輪が頷く。特に、二宮はもうほとんどトリオンが無いし、海斗も肩と腹に穴が空いている。次にぶつかる相手次第では負けもあり得る。

 

『だが、おそらく今はオペレーターのバックアップが使えない。そうなれば、常に視覚支援が入っているようなものの海斗が有利だろう』

『なんで?』

『ああ〜……なるほど、新マップの作成か』

 

 オペレーターの国近がすぐに合点が言ったように答えた。何せ、マップにある工業地帯の詳しい地形が吹っ飛んだのだ。瓦礫の位置や炎などを単純にでもマップ化し、隊員達に送らなければならない。

 その点、サイドエフェクトのある海斗なら、炎も煙も瓦礫も関係なく敵を見つけられる。今、一番近くにいた帯島を見逃して行ったが。

 

『おっ』

『んっ?』

『あっ』

 

 そんな中、三人が声を漏らす。モニター上でまた動きがあったからだ。

 本当の火薬を使った戦場のど真ん中みたいになっている工場地帯の真ん中で、二人のヤンキーが対峙したからだ。

 弓場拓磨と、陰山海斗。まるで果たし状を出し、ここで落ち合うと決めていたかのように、お互いに歩きながら向かい合った。

 二人とも、ニヤリとほくそ笑み合うと、海斗は拳、弓場は拳銃を構えて、一斉にお互いに突撃した。

 

 



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バトロワかっつの。

「ホンッッットにオペレーター泣かせなんだから、あいつ!」

 

 大慌てで新たなマップを作成する氷見は、後で絶対に文句を言ってやる、と心の中で固く誓いながらキーボードを叩く。結果的に有利になったとはいえ、腹立つ事、この上ない。増してや……。

 

『あれ? なんでこんな爆発すんの? 俺、何撃った?』

 

 テロの張本人がこんな呑気な事を抜かしていれば尚更だった。その直後、試合が大きく傾き、自分達のチームメイトも一人、帰って来た。

 後ろのベッドに辻新之助が落ちて来る。

 

「ふぅ……ごめん、やられた」

「大丈夫よ。悪いのはあのバカだから」

「いや、俺も案を聞いた時、止めなかったから」

 

 一応、どうなるか分からなかったため、備えてはいたのだが、一緒に飛んだ相手が悪かった。

 

「それで、どう?」

「二宮さんは一人落としてから逃げてる。犬飼先輩も同じ」

「そっか」

 

 ここから先はゲリラ戦になるだろう。マップもない、オペレーターの支援もない、海斗を除いて全員がバッグワーム。遭遇したら即戦闘になるのが目に見えている。

 

『全員、聞こえるか』

 

 すると、二宮から声が聞こえた。

 

「はい、聞こえます」

『氷見は自分の作業に集中しろ。犬飼、陰山は俺と合流だ。ただし、敵を見つけ次第、攻撃することを許可する』

『了解』

『あ〜……二宮さん?』

 

 海斗から通信が来た。どうせロクなことじゃないだろう。爆発犯を信用するのは無理な話である。

 

『どうした?』

『弓場と向かい合ってます。やっちゃって良いですか?』

『……』

 

 今度は敵のエースとご対面である。本当に次から次へと忙しい奴だ。まぁ、こいつの策(?)で助かった感じも否めないし、何より向かい合っているなら、もうやるしかないのだろうけど。

 

『帯島がそっちへ行ったらどうする?』

『次は問答無用で殺します』

『なら、好きにしろ』

『やったぜ』

 

 明るい返事を最後に、海斗の通信は切れた。その後も二宮との通信は続く。

 

『犬飼、こっちに来い。俺のトリオンは残り少ない。援護しろ』

『了解』

 

 それだけ話すと、各自は移動を開始した。

 

 ×××

 

「帯島ァ、こっちに来なくて良い」

『え?』

「どうやら奴ァ、タイマンを御所望みてェだからな。お前はもう片方に顔出しに行け。無理せず、取れる点を狙えば良い」

『り、了解!』

 

 部下に命令を出し、目の前の男に目を向けた。確実に勝つのなら、こちらに寄越した方が良いのだろうが、何せ海斗は仲間との通信を、あえて内部通信にせず口に出して抜かした。こんな正面から売られて、買わない手はない。

 神田がいれば向こうも安心して任せられるのだが、今回はそうもいかないだろう。つまり、速攻で片付ける。

 結果的には、帯島は海斗にビビってしまったわけだし、この判断は正しいと言えた。

 

「……」

「……」

 

 ここから先は、言葉は不要だった。地面を蹴った二人は、一気に戦闘を開始。弓場の射撃を回避しながら拳を振るい、避けた方向に回し蹴りを放つ。

 その蹴りをしゃがみながら回避しつつ、真下から射撃。体を逸らして回避しながら距離を置くと、さらに銃撃が迫る。

 回避しながら地面に落ちていた瓦礫を真上に蹴り上げ、キャッチしながらぶん投げた。

 台形のような形をしたスチールっぽい質の瓦礫を回避する。その瓦礫の真後ろから、海斗が迫って来ていた。

 しかし、モノを投げて接近するのは海斗の常套手段だ。銃口は海斗を捉えている。

 

「ッ……!」

「チッ……!」

 

 無理矢理、身体を横に逸らしながらの左フックを放った。弓場の頬を拳が掠め、弓場の銃撃は海斗の脇腹を貫いた。

 これでまともに弓場の射撃をもらうのは三発目。どれも致命傷は避けているものの、トリオンの漏出は決して少なくない。

 普通の奴なら、もう少し慎重に戦おうと思うだろう。そんな奴ほど、アタッカーのような戦い方をする癖にアタッカーよりも間合いが広い弓場にとっては絶好のカモだ。

 しかし、このバカは違った。どんな傷を負おうが、どんなに残りのトリオンが減ろうが関係ない。必ず、攻めてくる。

 左フックの直後に、左の回し蹴りが飛んで来た。

 

「チッ……‼︎」

 

 それが、自分の片方のリボルバーを飛ばす。回転しながら宙を舞うリボルバーだが、弓場は二丁拳銃持ちだ。反対側の銃で発砲した。

 が、銃口の目の前にシールドを張られ、防がれる。シールドを出してしまったため、素殴りの拳を腹に叩き込む。

 

「グッ……!」

 

 後方に殴り飛ばされながらも、手放してしまったハンドガンを消しつつ、新たな銃を呼び出して発砲した。

 が、タイミングを見切られ、その場でバク宙で回避される。着地してレイガストを呼び出し、地面を蹴って盾で突撃した。

 それに対して弓場は、近くにある破損した電柱を持ち、それを横から振り抜いた。

 正面から来る攻撃に対し、横からの殴打は効果抜群である。直撃する前にレイガストを手放した海斗は、真横に体を放って電柱を回避しする。

 ガスンッ、ガツンと転がるレイガストを無視し、海斗は再度突撃したが、それは電柱を同じく捨てた弓場の射撃により阻まれる。

 真後ろに跳びながらシールドを張るが、太ももに一発の銃弾が掠める。

 

「チッ……」

「逃すかよ!」

 

 さらに飛んで来る射撃。それを回避しようとした直後、弾丸がクイッと自身の方向に曲がってくる。

 

「っ……!」

 

 変化弾、また厄介な銃撃である。モロに直撃し、さらにトリオンが漏れ出した。近くに大きめの瓦礫が転がっていて、身を隠せたのは幸いだったかもしれない。

 

「……ふぅ、しんど」

「どうしたオラ陰山ァ! ビビってんじゃねえぞオイ!」

「うるせえリーゼントコラァッ‼︎」

 

 ナメられたままじゃ終わらない。ここからどう逆転するか、それに頭を回そうとしたが……まぁ、結局正面突破しか思いつかなかった。

 

 ×××

 

「すみません、二宮さん。お待たせしました」

 

 犬飼と二宮が瓦礫を背に合流した。二宮が振り向くと、犬飼はワイシャツ姿でネクタイを外し、腕まくりをしていた。その上からバッグワームを羽織っている。

 

「……なんだその格好は」

「スーツに火が燃え移りまして」

 

 なるほど、と心の中で相槌を打つ。というか、火が燃え移っていなくても普通に暑い。何処を見ても炎と煙だらけで、見ているだけで熱くなって来る。

 が、それでもスーツを脱ぐことなく、二宮は現況を確認した。バカは弓場を単独で抑えている。動けるのは自分と犬飼だけだが、犬飼は片腕がなく、二宮自身も残りのトリオンはもう僅かだ。

 

「点を取りに行くぞ、犬飼」

「了解。誰狙います?」

「おそらく、奴らはもう俺を集中して狙うことはしないだろう」

 

 人数も少ないし、点もほぼイーブンだから、残りのトリオンが少ない二宮を集中狙いするより、他の敵を倒して点を取った方が良い。勿論、隙あらば二宮も狙うつもりではあるが。

 

「俺はこれから、速度と威力重視のアステロイドしか使わない。お前はハウンドで敵を揺さぶれ」

「狙いは?」

「王子と帯島だ。現状、一番有利なコマは生駒だが、生駒を落とすよりも生駒隊に点を取らせない事を優先した方が良い」

「了解」

 

 作戦を決めると、煙と炎の中を歩く。オペレーターからの援護も無く、マップも役に立たない。バカと弓場以外、全員がバッグワームを羽織っているからか、レーダーにも映っていない。こんな戦闘は初めてだ。

 要するに、敵を見つけるには目視しかないわけだ。緊張を保ったまま歩いていると、何処かから足音が聞こえた。コツ、コツ……と音が聞こえる。それにより、瓦礫に身を隠した。

 

『止まれ』

『はい』

『‥……足音がする』

 

 なんか、バトルロワイヤルのFPSをリアルでやっている気分だった。特に、犬飼はガンナーだから尚更だ。

 揺らめく煙の中から姿を現したのは、二人でのんびり歩いている生駒と隠岐が目に入った。

 

「いやー、こうしてイコさんと俺が歩くのって新鮮ですよね」

「そらな。お前いつも狙撃手やし」

「海斗くんがいるとこういう機会増えるからホント飽きませんよね」

「分かるわー。でも同じ部隊に入るのは絶対、ゴメンやわ」

「それ分かります」

 

 正直、二宮と犬飼も少し共感してしまった。まぁ、それ以上に恩恵も多いし、追い出すつもりもないが。

 そんな事よりも、せっかく見つけた敵部隊である。しかも自分達に気付いていない。

 

『隠岐も一緒か……』

『まぁ、狙撃地点ないですし、おっきーくんならグラスホッパーで無理矢理にでも逃げられますしね』

 

 それ以上に十中八九、ガンナー対策だろう。いつでもシールドを張れるようにか、手に狙撃トリガーを持つ事はしていなかった。

 

『仕掛けます?』

『……いや、間合いが悪いな……。生駒旋空を相手に正面から喧嘩を売るのは避けたい』

『じゃあ、回り込みますか』

『ああ』

 

 他の部隊のメンバーはもう一人ずつしか残っていない。恐らくだが、自分達が戦闘を始めるまで待っている事だろう。何せ、人数で負けているのだから。

 なら、自分達が開戦の狼煙を上げるしかない。

 足音を立てないように側面に回り込み、射撃地点についた時だ。一斉にバッグワームを解除すると共に、フルアタックを始めた。

 

「「っ‼︎」」

 

 気付いた隠岐と生駒はバッグワームを解除してシールドを張りながら退がる。

 

「二宮隊……‼︎」

「ヤなのに見つかったわ……!」

 

 二宮のアステロイドが、隠岐の足を貫いたが、とりあえずライトニングを出した。この距離なら、スコープを覗くまでもない。

 撃ち返しながら後ろに退がる。それと共に、生駒がジャンプして弧月を抜いた。

 

「『旋空弧月』」

 

 40メートルを超える生駒の旋空を回避すると、犬飼はレイガストをシールドモードにして2メートルほどの壁を作った。その一部に穴を開け、そこからハウンドを放つ。

 今度は生駒隊の二人がシールドを張る番だった。それを見ると、犬飼はスラスターのスイッチを入れた。それが真っ直ぐと生駒隊の二人に向かう。

 

「イコさん」

「任せろ」

 

 そう言って、そのレイガスト壁を旋空で切った直後だった。いつの間にかバッグワームを羽織って、瓦礫の陰に身を隠して移動した二宮がアステロイドを放った。

 旋空の射程外から速度重視のアステロイドが迫って来て、生駒の身体を貫く。頭と胸のトリオン供給機関を貫通しなかったのは幸運だった。

 そこから、さらに犬飼からもハウンドが降り注ぐ。隠岐が辛うじてシールドを張るが、削られるのも時間の問題だ。

 

「しゃーない……イコさん、あと頼んますわ」

 

 そう言うと、生駒の後ろにグラスホッパーを配置した。それにより、生駒はその上に乗り、真後ろに大きく飛び退いた。片足がない自分がグラスホッパーを使ったところで間違いなく逃げ切れない。

 これで、二人の標的は隠岐一人になった。シールドを使ってなんとか凌ぎつつ撃ち返すが、二人がかりの弾は防げない。肩や脚に弾が掠めて行く。

 

「グッ……!」

 

 とうとうシールドが破られ、二宮の弾が隠岐の胸に大きな穴を開けた時だった。

 

「! 犬飼!」

「っ……!」

 

 犬飼の背後に、王子が姿を現した。スコーピオンによる強襲。二宮の警告が無ければ首を飛ばされていた。

 回避しながら距離を取ろうとした直後、瓦礫の陰から帯島が姿を表す。振りかぶった孤月を思いっきり振り抜いた。

 シールドを張ってガードする犬飼だが、流石に間合いが悪い。王子からスコーピオンを喉にもらい、緊急脱出した。

 続いて王子はすぐに帯島を見据える。帯島も同様だった。お互いに近距離で使う武器を握り締め、斬りかかる。

 それを、黙って見ている二宮ではない。犬飼が落ちた今、あそこには敵しかいないのだ。片腕が無くても弾を出せるシューターの強みを活かして、残りトリオンを一切、計算に入れる事なく、瓦礫の陰から姿を表して大玉のハウンドと小玉のアステロイドを放った。

 それが、帯島と王子に襲い掛かる。狙いは王子、運が良ければ帯島も一緒にもらう。

 すると、王子は自分が狙われるのを分かっていたように、弾丸に向けてシールドを張ることなく、捨て身で帯島の身体を両断した。

 弾と剣、どちらの対応にも追われた帯島はなす術なく緊急脱出。王子も同じように弾に射抜かれて緊急脱出した。

 

「今度こそ、もろたで」

 

 直後、二宮の背後からゾッとする声。だが、自分の背後には壁があったはず……と、思ったのも束の間だった。壁越しに生駒旋空をもらい、二宮も緊急脱出した。

 これで、二宮隊4点、生駒隊3点、王子隊3点、弓場隊1点。奇しくも、雌雄を決するのは、先日のバカエキシビジョンの参加者達となった。

 

 



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スパルタ強化素材系男子。

 ヤンキー同士の決闘、と聞いてほとんどの人はまず河原を想像するだろう。その上で、武器は各々の肉体のみ、武器を使うなど言語道断、ましてや飛び道具などもっての他、根性と度胸と意地を武器に、血反吐吐いても相手が倒れるまで拳を止めない、そんな風景が思い浮かんだはずだ。

 何があっても折れずに貫き通すのは、各々が守りたいものを守るため。不器用に、泥臭く、みすぼらしく。

 なんていう喧嘩の風景からはだいぶ離れ、むしろスタイリッシュなくらいに滑らかなヤンキーの喧嘩があった。

 モニター上では、武器も飛び道具もなんでもアリの殺し合いが展開されている。

 海斗のワンツーパンチからの回し蹴りを回避し、まずは足元に牽制する弓場。それを回避してスコーピオンを投げ、躱させた方向に右フックを放つ。それをシールドで止めつつ、逆手の銃を放つが、逆側の手で銃口を逸らされ、ジャンプしながら顔面に飛び膝蹴りを放つ。

 身体を後ろに逸らして避けながら、自分の上を飛び越えるスーツのシルエットに銃撃、ドンドンドンッとスーツに穴を空けるが、本人に当たることはなかった。

 背後を取った海斗が裏拳を放つが、それを銃でガードする。微妙にスコーピオンの刃がはみ出ているが、そのブレードにリーチはほとんどないため、物を間に挟めばガード出来る。

 が、それをまるで読んでいたように海斗は銃をぬるりと躱し、背中越しに弓場の顎を掴んだ。

 身体を前に折り曲げながら強引に顎を持ち上げて弓場を前方に背負い投げし、尻餅を着いた弓場に正面からジャンプして、顔面を踏みつけようとする。

 横に転がりながら避けた弓場が、両手を地面について着地した海斗の脇腹を足刀で蹴り飛ばす。

 肘を折り曲げてガードした海斗だが、身体はふわりと宙に浮き上がり、弓場はそこに躊躇なく銃撃を放った。

 その射撃を、シールドを自分の足元に出して空中で宙返りする事で回避し、一気に距離を詰めた。空中で廻し蹴り、後ろ廻し蹴り、さらにまた廻し蹴りの三連攻を回転しながら放ち、それを前方に転がりながら回避する弓場。

 二人ともほぼ同時に着地すると、銃口とレイガストを向け合うのがほぼ同時だった。

 スラスターにより加速したブレードが弓場の銃口から腕までを破壊し、レイガストを避けるように軌道を変えた変化弾が、海斗のスコーピオンの義手を破壊する。

 そんな戦闘の様子を、なんとも言えない顔で実況と解説のメンバーは眺めていた。

 

『……これ、実況も解説追いつかなくない?』

『しなくて良いと思いますよ』

『トリガー使いがこんな長く戦ってるの初めて見た……』

 

 三人ともしっかりとドン引きしている。まるでストームを見ているようだ。まぁ、ストームよりは大分、規模は小さいが。

 とりあえず、国近も今は実況をしなければならないので、それっぽい事は言っておくことにした。

 

『両者の実力はほぼ互角! しかし、ガンナーである弓場隊長が片腕を失ったのは若干、厳しいところか!』

『まぁ、そうですね。特に、弓場隊が勝つには海斗……陰山隊員を落とした上で、生駒隊長も落とさなければなりませんから、特に苦しい展開と言わざるを得ないでしょう』

『というか、生駒隊はかなり鷹から尻餅だよね』

『棚からぼた餅だ。鷹から尻餅ってどんな状況だそれ』

 

 まだこちらの世界の言語に不慣れな遊真にキチンと教えつつ、三輪は解説を続ける。

 

『どちらもここは負けられない所でしょう。……でも、おそらく二人ともそんな小難しいこと考えていないと思いますよ』

『と言うと?』

『「とにかくこいつには負けたくない」という一心だと思います』

 

 結局、ヤンキーの喧嘩と同じである。どんなにスタイリッシュだろうと、死んでも意地を貫き通す、というだけだ。忍田辺りには怒られそうだが、少なくとも現状は勝たなければチームが負けるので、間違ってはいないわけだ。

 

『みわ先輩はどっちが勝つと思う?』

『有利なのは陰山隊員だろう。トリオンはかなり減っているが、アタッカーはトリオンの消費が激しいわけではない。だが、ガンナーは攻撃に大きくトリオンを使う。サイドエフェクトで先読みが可能な陰山隊員には、それだけ多くのトリオンを消費する』

『たしかに……』

 

 だが、と三輪は解説を付け加えた。

 

『陰山隊員は良くも悪くも、戦っている最中に自分も相手も実力以上の力を発揮させる事がある』

『あー……それ分かるかも』

『影浦さんも風間さんも小南もうちの陽介も村上さんも「あのバカと戦っていると、先読みの先読みの先読みの先読みが必要になる」と仰っていた。その結果、直感力が大きく上がるらしい』

『おお〜……なんかアレだね。強化合成素材みたいだね、カイくん!』

『いやその例えはどうかと思うが……』

 

 あんまりな例えに、三輪は引き気味に呟いたが「とにかく」と強引に話を進めた。

 

『今の弓場さんも、過去最高クラスに調子が良くなっていると思う。どちらかが勝つのは、決着がついてからでないと分からないだろう。何より、陰山隊員は逆に調子が良い時に限って何かやらかすタイプだから、尚更な』

 

 思い当たる節のある、観客席にいる何人かの隊員は、思わず笑いを堪えてしまった。

 

 ×××

 

 お互いに片腕が無くなり、トリオン残量も残り僅か。ここから先は、トリガーを使った時点でトリオン切れになる可能性も考慮しなければならない。

 ならば、一番成功率が高い上に手っ取り早い戦法を、海斗は知っていた。後は、何処でそれを使うか、だ。勿論、そんなものは決めない。今まで通り、直感に委ねるのみである。

 拳を構える海斗、銃をホルスターに戻す弓場。一番速いのは、抜くとともに撃つ早撃ちである。

 周りで燃え盛っていた炎は徐々に収まり、煙と多分、身体に有害なガスだけが付近を支配する。なんか変な匂いがするし、ガス臭かったりもするが、気にも留めなかった。

 カタカタ……と、僅かな風によって瓦礫のドラム缶が転がる。それにより、僅かに残っていた炎が消えた直後だった。

 

「ッ……‼︎」

「……ッ‼︎」

 

 弓場がリボルバーを抜き、海斗がカウンターの姿勢に入る。この距離からのカウンター、方法は一つだ。

 ムカつくチリチリの顔がチラつくから使いたくなかったスコーピオン唯一の中距離技、マンティス。それを、失った左腕に委ね、一気に斬り裂く。

 わずかな瞬きも許されないそのタイミング、二人の斜め45度から姿を現したのは、生駒達人だった。

 

「「‼︎」」

 

 もはや回避は間に合わない。弓場は一点を取るつもりでそのまま海斗に放った。

 一方、海斗は。振り上げれば、二人抜きもいける、と判断し、無理矢理、身体を捩った。それが、カウンターに必要な体捌きの範囲を必要以上に小さくしてしまった。

 弓場の弾が、海斗の右胸を捉え、海斗のマンティスは弓場の身体を両断し、そのまま生駒の方へ振り上げる。

 

「チッ……!」

 

 最後の最後で、らしくない攻撃をした、と海斗は奥歯を噛み締める。

 直後、生駒の旋空が放たれた。お互いの攻撃が直撃した事により、緊急脱出が始まる。そのすぐ後を、旋空が通り過ぎて行った。

 

「なんや、遅かったわ」

 

 無理に振り上げた海斗のブレードは、生駒に届くことなく四散する。

 残されたのは、生駒達人一人。得点は、二宮隊5点、生駒隊には生存点が入り5点、王子隊3点、弓場隊2点。

 二宮隊と生駒隊の同率一位により、幕を閉じた。

 

 ×××

 

 ボフッと、海斗がベッドに戻って来る。炎の中にいたからか、急に涼しくなった感じがあった。

 

「お疲れ、陰山」

 

 二宮から声が聞こえる。が、海斗は身体を起こすことをしなかった。代わりに、返事になっていない返事をする。

 

「……すんません」

「何がだ?」

「……負けました」

「? 相討ちだろう?」

「最後の最後で、あのクソ関西弁野郎に気を取られました。あれは、俺の負けです」

「……」

 

 二宮は何も言わない。犬飼と辻も、だ。別にチームが負けたわけではないし、バカかよって思うほどに転送位置最悪の状況から同率一位まで持っていったのだ。負けではない。

 だからこそ、二宮は冷たく言い放った。

 

「……悪いが、俺はお前個人の勝ち負けに興味はない」

「え」

「お前のサイコパスな機転で、負けにはならなかった。それで十分だ」

「二宮さ……え、サイコパス?」

「総評が始まる、ちゃんと聞いていろ」

 

 それだけ言うと、実況に耳を傾けた。

 

 ×××

 

 総評が終わり、海斗は作戦室でのんびりした。総評のほとんどが「あの爆発はいかれてる」とかそんなんだったので、ほとんど聞いていなかったわけだが。

 そんなわけで、少し疲れが出た海斗は、ソファーで休もうとした。そんな時だ。コンコン、とノックの音が響いた。

 無視することにした。疲れているから。

 

「……」

 

 コンコン。

 

「……」

 

 コンコンコン。

 

「……」

 

 コンコンコンコン。

 

「……」

「グルァッ‼︎ いい加減にしやがれ! いんなぁ分かってんだコラァッ‼︎」

 

 喧嘩腰の女の声。だが、海斗はそんなもの関係ない。喧嘩を売られたら、相手が女の場合は暴力を振るわない程度に買う男だ。

 

「いい加減にすんのはテメェだよ! シカトしてんのが分かんねえのかゴルァッ‼︎」

「シカト⁉︎ テメェ、ナメてんな?」

「こっちのセリフだボケ! てか、誰だよテメェ」

 

 聞き返すと、目の前にいる巨乳の女性は、その胸を大きく張って言い放った。

 

「アタシは藤丸のの、弓場隊のオペレーターだ!」

「そうか、帰れ」

「ぶっ飛ばすぞコラ! テメェ、なんなんだよ⁉︎」

「こっちのセリフなんだけど。さっきまで敵だった奴が何の用だよ」

「あん? せっかく、アタシがあの弓場と互角にやり合ってた奴を見つけたから、褒めにきてやったってのによ」

「は?」

 

 何言ってんだこいつは、みたいな顔になる海斗。

 

「なんだよその顔!」

「何言ってんだこいつって顔」

「説明すんな! とにかく、次回はあんな相打ちなんかじゃ終わらせねえ、次はボコボコにしてやるから覚悟しとけよ!」

「あそう。じゃ、俺寝るから……」

「どんだけ早く追い返してえんだよお前は!」

 

 そんな話をしている時だ。その、ののの後ろから別の声が聞こえて来た。

 

「ちょっと、あたしのになんか用?」

「あん? ……小南?」

「小南……」

 

 面倒なのが来た、と言わんばかりにげんなりする海斗。

 

「あたしのって……なんだ?」

「どうせそいつ、さっきの弓場ちゃんとの戦いは負けだと思ってるでしょうから、慰めに来てあげたのよ」

「そうなのか?」

「最後の一撃、弓場ちゃんは海斗を仕留めに来ていたけど、海斗はイコさんに気を取られたでしょ? そういうこと」

「ははーん、ますます気に入ったぜ。さては漢だな?」

「気に入られちゃ困るんだけど」

「なんでだよ。お、まさかあれか? これか?」

「ち、ちちちっ、ちっちっ……ちぎゃっ……ちぎゃっ……ちぎっ……ちぐぉっ……違うわよ!」

「あっ……(察し)」

 

 小指を立てるののの仕草を見て、一発で顔を赤らめて全てを見抜かれる小南を、止める事もせずに海斗は欠伸をしながら眺めた。疲れたから寝たいのだ、早く。

 そろそろ口を挟むか、それとも無言で扉を閉めるか悩んでいると、さらにうるせーのが来た。

 

「ウィスさまぁー!」

 

 黒江双葉である。もう無理なので扉を閉めた。直後、全員がダンダンと扉を叩く。

 

「ゴラァ! 何また閉めてんだクソガキ‼︎」

「ちょっ、あたしまでこの扱いなわけ⁉︎」

「ウィスさまー!」

 

 他の人から見ればモテモテに見える図かもしれないが、迷惑極まりない。彼女がいてモテても修羅場が待つだけだ。

 ちなみにこの後、普通に二宮が戻って来て三人を追い返してくれた。

 しばらく作戦室で寝込んだ後、身体を動かしたくなった海斗は、ソファーから起きる。いつのまにか、身体にはかけた覚えのないブランケットが掛けられていた。

 

「んー……」

「起きたか」

「あ、二宮さん。これ二宮さんが?」

「いや、それは小南だ。負けて心配してたからそれくらいは許可してやった」

「そうですか」

 

 実際、負けてショックを受けるような奴ではない。いや、それなりに凹むだろうが、明日には忘れているはずだ。

 

「次は負けませんよ。……てか、前はあいつに勝ってるし」

「そうか。練習で勝てても、本番で負けては意味ないがな」

「へいへい……じゃ、俺行きますね」

「何処に?」

「腹立って来たから、ランク戦に」

「そうか。気を付けろよ」

「へ?」

 

 聞き返したが、二宮が説明を加える様子はない。頭上に「?」を浮かべたまま海斗が作戦室を出ると、長蛇の列が出来ていた。

 

「……は?」

「お、海斗! ランク戦やろうぜ!」

「おい、順番抜かすな! 先にやるのは俺だ!」

「俺ともお願いします! 陰山先輩!」

 

 とりあえず扉を閉めると、また激しいノックが繰り広げられる。

 

「二宮さん⁉︎ なんすかこれ!」

「……三輪が、解説中に『海斗は強化合成モンスター、戦えば強くなる』とか言ったそうだ」

「どういう事⁉︎」

 

 意味がわからない。いや、確かに実際のところ、よくランク戦をやる奴や双葉はメキメキと実力を上げてくるが。

 

「だから言ったろう、気を付けろ、と」

「どう気を付けりゃ良いんですか⁉︎ スタート地点から落とし穴になってますが!」

 

 丸投げである。こうなれば仕方ない。ちょうど、イライラが昂っていた頃だ。

 勢い良く扉を開け、全員に怒鳴り散らした。

 

「上等だボケども‼︎ まとめてたたんでやるよ!」

「おおおおお‼︎」

 

 そして、一週間後……海斗は、アタッカーランク3位になっていた。

 

 



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どんな師匠でも、強くなれるかは弟子次第。
肩書を手にすると仕事も増える。


 ラウンド3でも勝利を収めた二宮隊は、今日はお昼に焼肉を食べに来ていた。

 今回は、二宮隊勝利以外にも海斗アタッカー三位の祝いでもあった。

 

「「「おめでと〜!」」」

「なんか実感ないし、どちらかというと事故にあった気分だけどな……」

 

 何せ、雪崩れの如く敵が現れ、勝ったり負けたりを繰り返したのだから。

 実際の所、あれは実力が瞬殺されない程度には拮抗している者同士が戦うからこそ強くなるのであり、先読みの先読みの先読みの先読み以前に目の前の攻撃を読めない者が海斗に挑んでも即死するだけである。

 微妙にお疲れ気味の海斗に、犬飼が尋ねた。

 

「で、どうだった?」

「何が?」

「強い人いた?」

「何とも言えねえよ。なんだっけ……ほら、四字熟語の……た、たまいし金剛?」

「玉石混交ね」

「そうそれ。そんな感じだった」

「難しい言葉知ってるのね、えらいえらい」

 

 明らかにバカにしている氷見が茶々を入れたが、イラっとする前に二宮が口を挟んだ。

 

「どんな奴が強かった?」

「えーっと……全員と10本ずつ以上やりましたけど、俺が負けたのは太刀川、風間、迅、出水だけですね。弓場、三輪、生駒辺りは毎日来て、日によって勝ったり負けたりでしたし……ああ、あと村上とか遊真とか双葉とかあの辺も負けなかったけど、まぁまぁでしたね」

「ほう……秀次も毎日来たのか?」

「はい。あいつ、面倒ですよね、あの鉛弾」

 

 そっちではなく、言い出しっぺとはいえ、そういうある種の催しに顔を出すのが意外だった。色々あったとはいえ、海斗には相当、気を許しているんだろう。

 

「……そうか」

「ああ、あと2回だけ那須と熊谷も来ました」

「……へぇ」

「それは意外だね」

 

 氷見と辻が驚いたように呟いた。実際、意外だったのだから仕方ない。あんな工場を爆発させる奇人っぷりを見て、このヤンキーとランク戦をやろうと思える女の子がいると思わなかった。

 それは海斗も分かっていたようで、肉を焼きながら眉間にシワを寄せて言った。

 

「なーんか……なりふり構っていられないような形相だったよ、二人とも。今のランク戦は少しでも勝ちたいとかなんとか」

「へぇ〜。何かあったのかな?」

「さぁ?」

 

 要するに、恐怖よりも強くなるという意志が勝ったわけだ。だからこそ、なるべく女を殴りたがらない海斗も戦闘に応じ、なるべく傷つけないようにカウンター一撃で決めたわけだ。

 

「でも、海斗くんなら勝てたでしょ?」

「あー熊谷はアレだけど、那須は危なかったな。6:4だった」

「へぇ、意外……でもないかな? 相手、女の子だもんね」

「いやいや、それは関係なくて。や、無いこともないけど……こう、シューターを相手にするのが苦手っぽいわ、俺。‥‥二宮さん、焼けました」

「ん、ああ」

 

 その一言に、二宮が片眉を上げた。海斗に肉をもらいつつ、聞き返した。

 

「そうなのか?」

「はい。……いや、雑魚シューターには流石に負けませんけど、出水とか那須とか……ああ、あと水上とか? あの辺は割と相手にするのしんどいですね。変化弾が得意だと、どんなに避けても追いかけて来ますし」

「……なるほどな」

 

 確かに基本的に学習能力のないこのバカは、弓場の射撃を避けるのもかなり苦労していた。なんなら避けられていなかった説もある。

 

「でも、あれだね。そういう紆余曲折を得て気がついたらアタッカー三位だもんね」

「ていうか、前の三位って誰だったっけ?」

 

 辻のセリフに犬飼がふと思ったように聞くと、氷見が答えた。

 

「小南さんよ。双月‥‥だっけ? あれ使う前の弧月使ってた頃のポイントが、未だに風間さん以外から抜かれてなかったと思うわ」

「へぇー。すごいね、小南ちゃん」

「俺ぁ、全然、勝てた気しねえけどな。……まだ、小南どころか雅人のクソッタレも抜いたわけじゃねえし」

「そういや、カゲは来なかったの?」

「禁止令解けてないからな」

 

 読み合いでは海斗とほぼ同じ能力を持つ影浦とやり合えば、特に二人の実力はメキメキと伸びるだろう。それはもう、まさにベジータと悟空の如く。口の悪さ的に言えば、ベジータが二人いる、と例えた方が正しいかもしれないが。

 そんな中、二宮が口を開いた。

 

「……なるほど。よく分かった」

「何がですか? ……あ、また肉焼けましたよ」

「いや、たまには自分で食え。お前の課題だ」

 

 正直、あの量の隊員と戦えば、海斗の手の内は全て知られる事になる。特に、野生動物のような動きをする海斗の戦法は、強い奴は何処をどのように攻めれば崩せるか、というのを掴めてしまう。

 それでも二宮が、あの長蛇の列を追い返さずに全て許可した理由は、逆に海斗の弱点を把握するためだ。本来なら自分で探す所だが、このバカはそれをしないだろう。

 

「お前の弱点はシューターだ。マップによって車でもその辺にあれば、ぶん投げて爆発させて接近、という手を使えるが、無ければそれは出来ない。この前、工業地帯を爆発させた時だって、近くに武器になりそうなものが無かったから、避けるかガードするかの二択だっただろう」

「そうでしたっけ?」

「そうだ。ならば、そこを補う」

「エスクードでも持たせるんですか?」

 

 辻が隣から聞いたが、首を横に振った。

 

「いや、海斗の装備は現状がベストだ。狙撃手がいなければアイビスを抜く、という手もあるが、全員に対処するならそれがベストだろう」

「じゃあどうするんですか?」

「単純な話だ。俺が相手になり、鍛えてやる」

「え」

 

 思わず海斗から複雑そうな声が出てしまった。何故なら、二宮のしごきは十中八九、スパルタだからだ。

 

「氷見、今晩の試合の組み合わせはどうだ?」

「那須隊、玉狛第二、鈴鳴第一の三つです」

「なら、その試合を見に行く。そこで、このバカにシューターの癖を叩き込むぞ」

「あ、いや俺、他人の試合とか見ても眠くなるだけで……」

「寝たら、頭からホットコーヒーかけるからな」

 

 本当にやりそうだから怖い。いくら海斗でも熱いものに触れれば火傷はするので、その手の攻撃は勘弁して欲しいものだった。

 

「マジかよ……また勉強会か……」

「お前の直感でも対応しきれないものがあるということだ。諦めろ」

「へいへい……まぁ、また出水に『え、どした? どしたの?』と煽られるのもゴメンだし」

 

 こうして頭を使うことに前向きになっただけでも、少しは進歩したと言えるだろう。

 今日の午後の予定を決めつつ、とりあえず焼肉パーティーを続けた。

 

 ×××

 

 玉狛第二、鈴鳴第一、那須隊の戦闘が終わった。

 試合の結果は、玉狛第二の勝利。嵐の中、大砲で橋が壊れ、東岸と西岸に別れ、東岸は那須、修、千佳、来馬、太一の五人、西岸は遊真、村上、熊谷、日浦の四人だ。

 結局、東岸で残ったのは修と千佳だけ。最後、那須に対して修がスラスター斬りを放ったが、来馬に那須が放った変化炸裂弾が戻ってくるのに気付き、慌ててガード。直後、来馬のハウンドが降りて来て、修は凌いだが、那須は致命傷をもらった。

 その後、正面から戦えば自分が負けると分かっていた修は、那須からの攻撃をひたすら受けに回り、トリオン切れを待って何とか凌いだ。

 一方、西岸では熊谷を村上、日浦を遊真が落とし、残りは一騎討ち。二人とも強化合成素材との戦闘を毎日、行ったため、実力はメキメキと上がっていて、東岸対決が終わった後も長時間続けた結果、相討ちとなった。

 それを個室で見ていた海斗と二宮と、たまたま一緒になった出水は、大きく伸びをした。

 

「ん〜……いやー、なかなか面白かった。メガネくんは戦い方がいい感じにやらしーな」

「え、あいつ何かしてたの?」

 

 海斗が振り返って聞くと、出水が笑いながら答えた。

 

「お前見てなかったのかよ。てか、弟子の動きはちゃんと把握しとけよ」

「いやいや、俺はあくまで射手の勉強としてここに来てたから」

「どうだ、陰山。少しは分かったか?」

「はい! つまり、合成弾の作成は時間が掛かる、という事ですね!」

「いやもっと他に見るべきところはあっただろ……」

 

 試合の、特に射手の動きに関しては二宮だけでなく出水も解説してくれた。弾を放つ時、ガンナーと違って一々、設定をする必要があるため、時間が掛かる、とか、海斗が挙げた通り合成弾は強力だが時間が掛かる、とか。

 

「でもさ、出水。なんで那須はもっと早く走って他の連中殺そうとか思わなかったわけ? 俺なら東岸にいた奴ら全員、秒で殺せたよ」

「狙撃手を警戒していたからだよ。他のに夢中になってる間、狙われたら終わりだろ」

「二宮さんは狙撃手いてもガンガン落とすよ。片手を空けてガードの準備してるんですよね?」

「玉狛のチビちゃんの大砲は集中シールドでも防げないだろ」

 

 出水の説明に「なるほど」と海斗は顎に手を当てる。どちらにせよ、自分にはサイドエフェクトがあるから回避するのは簡単な話だが。

 すると、その海斗に二宮が声を掛けた。

 

「……海斗、お前は玉狛をどう見る?」

「え?」

「警戒に値する部隊はある、と言っていただろうが」

 

 そういえば、確かに以前、そんなことを言った事を思い出した。すぐにその部隊が玉狛だと看破されてしまったが、まさか覚えてくれているとは思わなかった。

 

「まぁ……今の段階じゃ相手にならないですよね。俺と辻だけでも壊滅出来ます」

「だろうな」

「えーそうですか? あの白いのはA級レベルですし、狙撃手の子もトリオンが黒トリガー並だし、メガネくんも中々、やらしいじゃないですか」

 

 前の試合では諏訪隊、荒船隊に対しても見事に勝利を収めた。だが、二宮は真顔のまま解説する。

 

「確かに白い奴は厄介だが、結局、点を取れるのはそいつだけだ。メガネも那須の猛攻を凌いだのは悪くないが、反撃しなければ点は取れないし、大砲に至っては論外だ」

「と言いますと?」

「あのチビは、人が撃てない」

 

 地形を変えられる、という点では役に立つが、結局はそこまでだ。

 三人と戦うのを待つ身の海斗は、小さく伸びをした。

 

「やれやれ……もう少し強くなるのを待つしかないか」

「そうもいかないんじゃね? このままだと、玉狛はすぐ上位入りするぜ。それに、侮ってると足元掬われると思うけどな〜」

「……出水、お前やたらと玉狛を評価しているが、あいつらが太刀川隊に勝てると思うか?」

 

 二宮が聞くと、出水は飄々としたまま答えた。

 

「まさか。流石にそれはないです」

「‥‥だろうな。要はそういうことだ」

 

 そう言うと、二宮はジンジャエールを飲み干して立ち上がった。

 

「さて、陰山。そろそろ行くぞ」

「何処にですか?」

「特訓だ。言っただろう、俺がお前の相手をしてやる、と」

「あ、あー……」

 

 忘れていた。気まずげに声を漏らす海斗に、面白がっている出水が声をかけた。

 

「お、何何? 特訓?」

「お前もこのバカとランク戦をしたのなら分かるだろうが、こいつの弱点は射手だ。ならば、そこを補うしかない」

「あー‥……確かに。楽しそうですね、俺も手伝いましょうか?」

「……良いのか? 正直、精度で言えばお前より上の射手はいないからありがたいんだが」

「良いっすよ」

 

 二宮が射手一位だが、二宮以上のトリオンを持つ射手はいない。ハウンドとアステロイドのシンプルな作戦も、二宮のトリオンがあってこその戦術だ。ならば、技巧派の出水に手伝ってもらう方が確実だ。

 なんだか勝手に話が進んでいくが、正直、二宮より出水の方が特訓に関しては優しそうなイメージがあるため、海斗としてはありがたい。

 

「どんな感じでやります?」

「身体に叩き込む。容赦無くボコボコにしてやれ。疲れたら俺が交代する」

「え」

「休憩は無しだ」

 

 そうでもなさそうだった。苦手な射手との戦闘を休み無し。死ぬことも覚悟しておかなければならないだろう。

 

 ×××

 

 翌日、作戦室で泊まって行った海斗は、ヘトヘトの身体を起こした。まさか本当に休みがないとは思わなかった。しかも夜に特訓させられた。これは死ねる。

 身体を起こすと、今日は二宮隊は非番だからか、誰もいない。まぁ、たまには一人でいるのも悪くないだろう。

 とはいえ、とりあえず作戦室から出ることにした。お腹空いたから。

 

「ふわあぁ……」

 

 暇そうにあくびしながら歩き、食堂に到着した。食券を買ってラーメンを持って席に座ると、向かいの席に忍田が座った。

 

「おはよう、陰山」

「しのっさん。ども」

「昼食か?」

「朝飯だよ?」

「……もう昼だぞ?」

「朝も昼も夜も大して変わらないから。重要なのは、起きてから食う飯か否かって事。昼に食べる飯でも、起きた直後なら朝飯だし、朝に食べる飯でも貫徹してゲームした後の飯ならそれは朝飯だ。……しのっさん、俺は今、何を言っていたのかね?」

「いや、全然分からん」

 

 全然、分からないことに対して長く話し過ぎである。

 そんな事はともかく、と。忍田はコホンと咳払いをする。

 

「スマホは見ていないか?」

「スマホ?」

「メールしたんだが……」

「あーすんません。昨日、充電忘れて切れてたから作戦室に、ケーブル挿して放置してある」

「そうか。なら、今伝えよう。今日の予定はあるか?」

「ゾボッ、ゾボボボ」

 

 目上の、それも所属している組織の幹部とのお話だというのに、躊躇なく醤油ラーメンを啜る。風間か二宮がいたらゲンコツモノである。

 

「なぁ、一口」

「や」

 

 自身の好物を目の前で食べられ、思わず交渉してみたが一文字で断られた。

 

「今日? 暇だよ。……あーいや、二宮さんと出水との特訓があるけど」

「ほう。射手対策か? 熱心な所あるじゃないか」

「じゃあボーナス」

「バカか。……で、それは何時頃になる?」

「さぁ? まだ二宮さんから連絡来てない……というか来てても見れてないし」

「ならば、我々に力を貸してくれないか?」

 

 それに、片眉を上げる。上層部が海斗の力を借りたがるのは珍しい。

 

「どゆこと?」

「今から、捕虜にした近界民を尋問する」

「俺は顔に布かぶせて手足を縛って叩けば良いの?」

「いや、そういうことじゃなくてな……サイドエフェクトを借りたい」

 

 なるほど、と海斗は理解した。サイドエフェクトを使えば、確かに嘘をついているか、とか相手がどういうつもりなのか、とか把握出来る。

 

「良いよ。行こうか」

「君のサイドエフェクトは、君に対する感情を色で見るものだろう? ならば、君に尋問も任せることになるが……大丈夫か?」

「暴力は何処までOK?」

「無しだ」

「うーん……まぁ、ヤンキー時代も似たようなことやってたし、良いよ」

「決定だ。なら、13時に会議室に来てくれ」

 

 そう言って、珍しく予定が出来た。

 

 



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カツアゲは一番、身近な脅迫。

 会議室に到着した海斗は、鬼怒田、城戸、忍田、そして菊池原が揃っている部屋の中でのんびりしていた。もうすぐ、玉狛が捕虜にした近界民がここに来るらしい。それまでの間、ここで待機である。

 

「しのっさん、なんで菊池原もいんの?」

「強化聴力のサイドエフェクトだ。彼がいれば、捕虜が動揺したか否かが分かる」

「俺がいれば十分じゃね?」

「情報は多い方が良いと言うことだ」

 

 なるほど、と控えめな返事をする。

 しかし、この会議室内。菊地原や忍田はともかく、城戸と鬼怒田は自身に対して良い感情を持っていないのが目に見えてわかる。そりゃ、トップクラスの問題児である自覚はあるから、そうなるのも分かるが。

 こういう空気の中にいるのも久々で、この際、懐かしんでいると、扉が開かれた。現れたのは林道支部長、空閑遊真、三雲修、そしてヒュースだった。

 海斗の顔を見るなり、ヒュースは顔を顰める。

 

「……貴様」

「……?」

「なんだ、知り合いか?」

「え、俺知ってる人?」

「貴様……まさか、忘れたのか?」

 

 ヒュースとしては忘れられない相手である。まだ探りあいの段階とはいえ、蝶の楯を使った自分と互角に戦った男。長期戦となれば負けなかっただろうが、それでも万全の自分がダメージを与えられなかった相手でもある。

 その上、なんか泥の王を奪ったとか遠征艇を壊したとか、アフトクラトルでこの話をすれば酒のつまみになりそうな武勇伝をやってのけた男だ。

 しかし、当の本人はキョトンとした顔で首を傾げた。

 

「え、俺、遊真以外に近界民の知り合いいないんだけど」

「いや、知り合いとかそういうんじゃないだろう! ……え、本当に覚えていないのか?」

「ごめん」

「謝るな!」

 

 コホン、と咳払いの声が聞こえる。城戸正宗が放ったものだ。それにより、海斗は黙り、ヒュースはとりあえず席に座る。

 その直後、ヒュースは平然と言い放った。

 

「本国に関する質問には、いかなるものであっても回答しない。それ以外に言うことはない」

 

 それにより、会議室はシンッと静まり返った。忍田以外の全員、敵意に近い視線をヒュースに向ける。

 そんな中、海斗が口を開いた。

 

「……えーっと、まずは自己紹介から頼むわ」

「ヒュースだ」

「そうか、急須」

「ヒュースだ! お茶は淹れられん!」

「ヒューズ?」

「貴様……わざとだな……⁉︎」

「覚えにくいんだよ!」

「覚えやすいだろう! ランバネインやエネドラと比べてどうだ⁉︎」

「いや、どうとか聞かれても……」

 

 このままでは話が進みそうにない。忍田が口を挟もうとした所で、海斗が立ち上がり、ツカツカとヒュースの前に歩いて口を開いた。

 

「まぁ、リンスでもシャンプーでも良いけどよ」

「全然合っていないだろう!」

「とりあえず、態度に気を付けとけよ。こっちの気分次第じゃ、テメェをコンクリで固めて海に沈めることだって出来んだ。命が惜しけりゃ、大人しく言う事を聞いとけ」

 

 海斗の凄みは、とても学生とは思えない圧があった。本当に殺しかねないオーラを出していたし、なんなら経験があるんじゃ? と勘繰ってしまいそうなほどに。

 

「……命が惜しけりゃ、だと?」

 

 しかし、ヒュースは物怖じする事なく睨み返した。

 

「侮るな。遠征に出る以上は、命を投げ出すことも覚悟の上だ」

「死にたいと思わせてやっても良いんだぜ」

「好きにしろ」

「そんなに、テメェの国が大事か?」

「当然だ」

「遠征の最中に、仲間を断捨離するような国でも、か?」

「どういう意味だ?」

 

 そこで、ヒュースは片眉をあげる。

 

「テメェ以外に見捨てられた野郎がもう一人いる。そいつは始末されたが、テメェは始末もされずに置いて行かれている。奴らはお前なら国に関する情報を吐かない、と思い込み、未だお前はそんな奴らに使われている、というわけだ。それでも、その小さい意地を通すつもりか?」

「そのつもりだ。兵士の役割は、国に使われる事だ」

「ガキが兵士ごっこではしゃいでんなよ」

『陰山先輩』

 

 内部通信で口を挟んだのは、菊地原だ。

 

『なんだよ。これからが面白ぇとこだったのによ』

『確かに仲間が一人死んだ話で多少、動揺してましたけど、基本は平常心ですよ。これ以上は無駄でしょう』

『ああ?』

『それに、情報源の本命はこいつじゃなくてもう一人です』

「……ちっ」

 

 舌打ちをすると、海斗は席に戻った。もう一人、情報源がある、という話は聞いていなかったが、まぁそれならそれに越したことはない。

 一応、忍田から言えと言われていた内容は伝えておいたし、仕事は果たした。

 

「ヒュースくん、だったな?」

 

 今度は、忍田が口を開いた。

 

「私はこの組織の軍事指揮官の忍田だ。私個人は君を捕虜として真っ当に扱いたいと思っている」

「……」

「君の仲間から聞いた話だが、君はこちらの世界において行かれた。そういう話をしていたと聞いた者もいる。ならばこれ以上、義理立てをする必要は無いんじゃないか?」

 

 その忍田の台詞は、端的に言って地雷だった。ヒュースはヤンキーを前にしていた時以上に眉間にシワを寄せて返した。

 

「侮るな。何度も言うが、遠征に参加した以上は命を落とすことも覚悟している。これしきのことで本国の情報を漏らすものか」

「……あ?」

「よせ、陰山」

 

 殴りやすいように姿勢を崩した海斗を止める忍田。その忍田に、菊地原が内部通信で声をかけた。

 

『仲間が死んだ話で少し揺れましたが、陰山先輩の恐喝にも全く平常心です。これ以上、揺さぶっても無駄ですね』

『……そうか』

 

 その通信は他の幹部達にも繋がっていて、すぐに城戸が結論を出した。

 

「……ご苦労。今日はこれまでにしよう。林藤支部長、ご苦労だった。さがらせろ」

「了解」

「空閑隊員は鬼怒田開発室長についてこちらの任務に協力してもらう」

 

 とのことで、修、遊真、ヒュース、林藤、菊地原、鬼怒田は部屋から出て行った。

 残ったのは城戸、忍田、海斗の三人。普通の人なら緊張する場面でも、一切、何も感じない海斗はその場で伸びをした。

 

「あーあ、ダメだったかー。いけると思ったんだけどなー」

「一度、刃を交えた君になら、動揺して何かを漏らすと思ったんだが……それもなかったな」

「殴って良いならいけるんだけど」

「それはダメだろう」

「だよね」

 

 そんな海斗に、城戸がジロリと瞳を向ける。

 

「……随分と、尋問に慣れていたな」

「そう?」

「経験があるのか?」

「まぁねぇ……ほら、俺って割と誰とでも喧嘩する奴だったから、胡散臭い連中の下っ端に狙われて返り討ちにして尋問してその不良グループごと壊滅とかさせてたよ」

「……なるほど」

 

 そんな話をした後、よっこいせっと海斗は立ち上がる。

 

「俺の用件も終わり?」

「あ、ああ。ご苦労だった」

「ランク戦してこよっと」

 

 気楽にそう言うと、バカは足早に立ち去っていった。

 

 ×××

 

 修と遊真、そして菊地原は、もう一人の捕虜であるエネドラの尋問を終えて、ラウンジに来ていた。

 菊地原に飲み物をご馳走してもらいながら、さっきまで話題に上がっていた話を続ける。

 

「そういえば、あのエネドラッドあれでしょ? かいと先輩の部隊が倒したんでしょ?」

「らしいね。だから、そっちの尋問には陰山先輩は呼ばれなかったらしいよ」

「そうだったんですか」

「あのカニもどき、プライド高そうだからね。自分を倒した相手がいると情報とか渡さなさそうだし」

 

 実際の所はどうだか知らないが。あのエネドラのトリガーの情報は聞いている。液体、固体、気体の三形態へと姿を変えた特殊な黒トリガーを扱う強敵。

 そんなA級部隊でも勝てたか分からない相手を、たった二つのB級部隊が仕留めてしまった。そんな相手と、次に当たる可能性は大いにあるのだ。

 

「おっ、ときえだ先輩とすわ隊の人達だ」

 

 そう言ってヒョコヒョコと立ち去る遊真の背中を眺めながら、菊地原が修に声を掛けた。

 

「……で、どうなの? 次の試合は」

「え……?」

「昨日までの試合だと、良いとこB級止まりだと思うけどね」

 

 菊地原は、修を気に掛けていた。大規模侵攻前は、自分の部隊の隊長から一勝をもぎ取り(24敗しているが)、その風間が気に掛けているのと、もう一人気に入っている陰山の弟子でもあり、現在はこうしてB級中位にまでスピード出世を果たしている。

 自分の弱さを自覚した上での立ち回りをする頭と、この前は記者会見場に乗り込み、遠征に行くと啖呵を切った度胸もあり、中々見どころはあると思っている。

 

「……はい。わかっています。ですが、下手に小技を覚えると、受けの姿勢を崩すと陰山先輩が……」

「あのバカ先輩の言うこと信じてるんだ。愚直だね」

「え……?」

 

 聞き返されたが、菊地原は特に説明を加える様子はない。飲み物を飲み干すと、ゴミ箱に容器を放った。

 

「僕はあの先輩の事、バカって事と風間さんが気に入ってるって事以外知らないけど」

「……」

「誰よりも喜怒哀楽が激しいから、気を付けてね」

「あ、コーヒーご馳走様です」

 

 それだけ言うと、菊地原は立ち去った。その菊地原に頭を下げてお礼をしつつ、何が言いたかったのかを頭の中で繰り返した。

 

 ×××

 

 ランク戦会場で、海斗は相変わらず挑んでくる正隊員達を捌き回していた。が、一度、ブースから出て飲み物を飲んでいる所だった。

 

「……ランク戦もうやめておこうかなぁ」

 

 実力はメキメキついてきたし、ポイント幾つかも知らないが、なんか疲れるだけだ。ほとんどが自分が一方的に叩きのめす作業、たまに実力者が隠れているけど、そいつが出て来るまで面白味がなかった。

 自分の所の隊長に鍛えてもらおうかなぁ、ちょうどシューター対策をしたいし……なんて考えてる時だ。スマホに連絡が入った。二宮からだ。

 

『悪いが、今日は用事がある。特訓はなしだ』

 

 マジか、と心の中で呟きつつ「了解です」と返信した。さて、これからどうしようか。久々に弟子の面倒でも見に行くか、小南とデートに行くか、或いは米屋、出水、三輪を誘って雪合戦でもするか……なんて考えている時だ。

 

「陰山くん」

「?」

 

 声を掛けられ、後ろを振り向くとそこには那須玲が立っていた。

 

「なんか用?」

「良かったら、私とランク戦しない?」

「えー……」

 

 正直、面倒だ。何が面倒って、女の子が相手な所。この前のランク戦でやり合った時はかなり昂っていたし、相手が女の子であることが原因で部隊ランク戦も追い込まれたこともあってあっさり手を出したが、今の自分に気遣いせずに手を出せるかは微妙である。

 

「だ、ダメかな……?」

 

 あんまり表に出して嫌そうな顔をされたため、思わず那須はひよってしまった。

 しかし、今の部隊でランク戦を行えるのは今期が最後。A級に上がる、とはいかなくても過去最高の好成績を残したい、そのためには、彼と戦う事がベストだろう。

 

「いや、ダメって言うかなぁ……」

 

 シューター対策にはなるが、今もう割とバチバチやり合った後だし、今じゃなくても良いという感じだった。

 それを察した那須は、小南から聞いた話の最終兵器を出す事にした。

 

「付き合ってくれたらラーメ」

「何戦でも付き合おう、我がプリンセス」

 

 この様子を見ていた小南と揉めるに揉めたのは別の話。

 

 



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あなた達が真剣に対策を練っている相手はこんなバカです。

 烏丸京介は、割と忙しい人間だ。家が決して裕福ではないため、ボーダーでの活動以外にアルバイトも掛け持ちしているから。

 そんな彼は、最近になって弟子も出来て、さらに忙しくなってしまったわけだ。が、別にそれが嫌だというわけではない。弟子は才能はからっきしだが、素直で賢くて、己が弱い事を自覚している上で出来ることをこなそうとする奴だから、師匠として面倒の見甲斐がある。

 そんな忙し過ぎる高校一年生は、今日はその弟子の面倒を見に来ていたのだが……修行の前に、弟子から相談を持ちかけられた。

 

「すみません、時間をとってもらって」

「気にするな。……それで、どうした?」

「は、はい。……その、次の試合の組み合わせが決まりました。僕らはとうとう、二宮隊、影浦隊、東隊と当たります。その……僕らの今の力で上位と渡り合えるのか、少し疑問で……」

「……なるほどな」

 

 決して師匠が悪いと言っているわけではない。ただ、単純にチームとしての完成度の差を感じているようだ。実際、遊真はともかく、自分はガードしかできないシューターで、千佳は人が撃てない狙撃手、つまり点を取れるのが遊真しかいないのだ。

 

「僕も、点を取る……とは行かないまでも、空閑一人に負担をかけている現状を打破できるような……そんな戦術かトリガーが欲しくて……」

「……なるほどな」

 

 言わんとしている事は分かる。確かに、遊真一人で勝っていけるほど上位は甘くないし、単品で見ても遊真以上の実力者は多い。

 

「話は分かったが……でも、今までお前らが勝ってこられたのは、お前自身が勝負をせず、状況を動かしたり受けに徹する事で勝てていた、というのは分かっているな?」

「はい。おそらくですが……僕程度が多少、力をつけても、点なんか簡単には取れっこない、というのは分かっています」

 

 そこまで分かっているのなら……とも一瞬だけ思ったが、やはり修の技術では、射手としての実践的な手は教える段階ではない。覚えられるとは思うが、少なくとも上位相手に通用するまで研ぎ澄ませられるかは微妙だし、通用しない、というのが目に見えて分かる。

 

「……分かった。じゃあ、俺が万能手としての動きを教える」

「え、オ、万能手、ですか……?」

「お前のスタイルは防御重視のシューターだろう。その防御に、シールドではなくレイガストを使っているし、そのレイガストの盾捌きは陰山先輩仕込みで簡単には崩されなくなっている。それなら、それを活かさない手はないだろ」

「……は、はい」

 

 ただし、と烏丸は続けて言った。

 

「次の試合の対策もちゃんと考えろよ。隊長の仕事は戦うだけじゃない、勝たせることも含まれているからな」

「は、はい……!」

 

 そう返事をする修を見つつも、流石に1から万能手の運用を一人で教えるのはキツい。割とバイトも多く入っているし。

 そのため、自分の顔が効く範囲で、もう一人の万能手の先生に連絡を取っておく事にした。

 

「とりあえず、今からやるぞ」

「お、お願いします」

 

 頭を下げた修は、訓練室に入った。

 

 ×××

 

 その頃、空閑遊真は。村上と個人ランク戦を終えた所だった。ボーダーにおいて、昨日負かした相手から情報収集する、という事はあまり少なくないため、村上も快くそれを受け入れてくれていた。

 

「かいと先輩とかげうら先輩か……」

「そうだ。その二人が、俺が戦ったアタッカーの中じゃ、三位と四位だな」

 

 小南や迅といった、戦った回数が少ない人達は除いてある。

 

「カゲも、陰山と一緒で『感情受信体質』っていう副作用を持っている。他人から感情を向けられると、それが身体に伝わり、負の感情ほど不愉快に感じるそうだ」

「……なるほどね」

 

 確かに、それは大変だ。学校でも、もしかしたら孤立しているのかもしれない。

 

「その二人が同じランク戦の組み合わせになると、ストームが起こるんだっけ?」

「ああ。とにかく凄まじまいからな」

「この前のエキシビジョンで身をもって知ったよ。何も出来ずに落とされちゃった」

「ああ、ログにあったな……」

 

 太刀川や風間、弓場、生駒はその中に平然と入っていったのを覚えている。その時点で、自分はまだボーダーのトップアタッカーよりも格下なのだろう。

 

「でも、空閑ならすぐに追いつくだろ」

「そう?」

「そう思うよ。俺も、前の一戦ではやられたしな」

 

 あれは地形をうまく利用できてない過ぎないのだが、まぁ、そう言ってもらえるのなら、もっと頑張ってみようと思えるものだ。

 

「ちなみに、空閑は次の一戦、ストーム対策は考えてあるのか?」

「そんなハッキリと考えてるわけじゃないけど……チームの事を考えると、やっぱりストームを起こさないのがベストだと思ってる」

「意外だな。てっきり混ざりたがるもんだと思ってた」

「前のエキシビジョンみたいな感じなら混ざりたいよ。もう、簡単には落とされないと思うから」

 

 ストームに対してそんな風に言える奴は中々、いない。確かに、前と違ってグラスホッパーを装備していたりするから、簡単にはやられはしないだろう。

 

「でも、チームでの連携を考えたら、やっぱり起こす前にどちらかを片付けられたら良いと思う」

「そうか……」

「ま、俺が勝手に言ってるだけで、まだみんなで作戦会議をしたわけじゃないんだけどね」

 

 気楽にそう言う遊真を見て、村上はつくづく思った。やっぱり、こいつの雰囲気は何処かカゲや海斗に似ている、と。

 必ず、近いうちにアタッカー内で、こいつとトップ争いをする日が来る。それまでに、自分ももっと腕を上げる事にした。

 

 ×××

 

 東隊の作戦室では、次のステージの選択権があるため会議を行なっていた。

 

「なーんか……前にも似たような組み合わせありましたよね、俺ら」

「だなー。……ていうかさ、ずるいよな。二宮隊と影浦隊は」

「はは、そういうなお前ら。腐る前に対策を立てよう」

 

 東のセリフで、二人はとりあえず黙る。指導してもらう形になっている二人は、まずはいつも通りどういう作戦で行くか、各々で考えてきたことを話す事にした。

 先に話したのは、小荒井からだった。

 

「まず俺ですけど……俺はやっぱりストームは起こさせない方が良いと思うっす。ストームが起こると、二宮隊は二宮さんを軸に完全に別行動をし始めるし、影浦隊は漁夫を狙い始めるのでとても厄介ですから」

「俺も一緒です。まずはストームを起こさせない、という方向がベストだと思ってます」

「なるほど。じゃ、今回の作戦は『どうストームを起こさせないか』だな」

 

 結論付けるように東が言うと、三人の前に人見がコーヒーを置いた。それにより、三人は「ありがとう」「あざっす」「あ、ありがとうございます……!」と三者三様のお礼を返す。

 その後に一口コーヒーを口に含んだあと、小荒井から話した。

 

「俺は、地形からストームを起こすのがどうかなって」

「というと?」

「この前の那須隊じゃないっすけど……気候をいじってマップと組み合わせれば、何かしらあると思うんすよ」

「そういう事か……うん、面白いな」

 

 好感触を示した、と嬉しくなった小荒井だが、これは裁判ではないので裁判長への好感とか考えている場合ではない。

 

「奥寺は?」

「俺は、いつものマップで……こう、例えば那須隊みたいに橋を爆破するとかして物理的に引き合わせない方法を探していました」

「二人とも、地形戦を練る、という事だな?」

「「はい!」」

 

 その確認に、二人は小さく頷いた。だが、それでも人数が減ればストームが引き起こされる可能性は上がる。つまり、それまでにどちらか片方を倒さなければならない。

 その会議に、人見が口を挟んだ。

 

「多分、玉狛も同じ事思ってるんじゃない? あの子達の基本戦術は『敵をいつも通りにさせない』って事っぽいし」

「そうだな。誰からとっても一点は一点だ。玉狛が陰山か影浦を捕捉したら、漁夫の利をいただくのもアリかもしれない」

 

 勿論、そんなにうまく行くとは限らないし「玉狛が動くかも」は当てにできない。あくまでも想定だ。

 

「で、まずどうやってストームを封じるか、まずマップを選ぶわけだが……」

 

 直後、奥寺と小荒井の目の奥が光る。

 

「気候いじって機動力を下げた方が良いだろ。この前の暴風雨みたいに」

「アレやってもうまくいくとは限らないだろ。第一戦じゃ香取隊はそれやって負けたし、那須隊だって結局、作戦通りに行かなくて負けてたろ」

「でも、せっかくマップ選択権あんだぜ? ストームとかいうあの人達が気候そのものの時は、やっぱり気候をぶつけるしかなくね?」

「それでも封じられるのはストームだけだろ。その後はどうすんだよ」

「だから、その上で面白い作戦を考えるんだよ。他にはなくてうちには活かせるヤツ」

「そんな都合の良い設定あるかよ」

「あー分かったから落ち着きなさいあんた達」

 

 徐々に意地の張り合いになって来たため、人見がとりあえず諫める。この二人は仲が良い割に意見が衝突するのは割としょっちゅうある事なので、慣れた感じで止めてしまった。

 で、改めて東が小荒井に聞いた。

 

「小荒井、気候ってのはどういじりたいんだ?」

「お、やっと聞いてくれました? ちゃんと考えてあるんですよね、これが」

「どうせ面白さで決めたんだろ」

「まぁ待て、奥寺。まずは聞こうじゃないか」

「気候だけに?」

「……」

「……」

「……」

「はい、すんませんっす……」

 

 小荒井の渾身のボケをスルーして、とりあえず会議を進める事にした。

 

 ×××

 

 二宮隊作戦室では、バカが那須の相手をしていた。本当は二宮と特訓の予定だったのだが、まぁ那須のシューターとしての実力は二宮も分かっているし、ライバルを育成する事にはなっても馬鹿の特訓にもなるため許可をしたわけだ。……のはずなのだが。

 

「那須、そのバカだけじゃなく、上位アタッカーは中距離にも対応してくる。半端な距離を取るくらいなら近距離のまま速度重視の弾で下がらせた方が良い」

「は、はい……!」

「オイバカ、お前何度言えばバカじゃなくなるんだ? ボーダーの弾をキャッチしようとするな。せめて弾け」

「す、すみません……?」

 

 いつの間にか、二宮が二人を指導していた。敵同士なのに正面からお世話になるのは申し訳ない、という那須の気遣いで、最初は「取引」という形で海斗のお世話になっていたのに、今では10割お世話になってしまっている。

 薄々勘づいてはいたが、二宮は実はただの良い人なのかもしれない。しかし、こういう事になった以上は「あの……取引ですので」とか言うわけにもいかないし、これは後でお礼をしなければ……。

 なんて思ってる時だ。

 

「那須、那須!」

「な、何?」

 

 声を掛けてきたのは海斗だ。彼自身は割と楽しんでいるようで、何かを考えている様子もなく声を掛けてくる。

 

「合成弾をさ、かめはめ波撃つようなフォームでやってみて?」

「……」

 

 何れにしても、彼自身がこんなにバカなら、二宮に面倒を見てもらえるのはありがたいのかもしれない。

 そんなことを思いつつ、とりあえず今は何も言わずに修行に励んだ。

 

 



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強者ほど窮地に挑まされる。

 シューター対策を詰んだ海斗だが、次のマッチでぶつかる相手にシューターは修しかいない。それでも、これから先、水上、蔵内と言ったシューターの中でも実力者とぶつかる事もあるだろうし、大きな括りでみればガンナーへの対策にもなった。

 一発のアクションの速さはガンナーの方が速いが、海斗にとっては敵がどんなに速かろうと、脅威にすらならないので何の問題も無かった。

 とりあえず二宮や那須との特訓もひと段落つき、ようやくのんびり……というわけにもいかなかった。もうすぐランク戦である。

 それによって、二宮隊では作戦会議が開かれる事になった。

 

「あーあ……作戦会議ねぇ……」

「何か嫌な事あるの?」

 

 作戦室に向かう海斗に、辻が片眉を上げて尋ねる。

 

「やだよ。だって俺、やる事ないし。そもそもマップ選択権もないのに作戦会議って意味あんの?」

「だから、どんな時にも備えておけるように、でしょ。それに、マップとか気候とか、その辺は細かく考えたらキリがないけど、部隊ごとの戦術があるんだから。それに関しても考えておかないと」

「直感じゃダメなの?」

「それで凌げるのは海斗くんだけだよ……。弓場さんはアタッカーキラーって言われてて、普通のアタッカーじゃ互角に戦うのも難しいんだから」

 

 実際、海斗はサイドエフェクトで敵が攻撃を仕掛けるタイミングを色事に識別出来るため、直感だけではない。それに追加し、変態的な反射神経……確かに、それで何とかなっている面もある。

 だが、相手にチームでこられたら直感だけじゃ避けられないものもある。それらの対策を頭に叩き込んでおくだけでも、落とされる確率を下げるものだ。

 

「……あ、そういや辻。上野で南半球出身の恐竜展やるらしいよ」

「ホント? 行きたい」

「今度の休み行こうぜ。犬飼とか二宮さんとかも誘って」

「え、良いの? ……その、小南さんとデートは……」

「あいつとは今、喧嘩中」

「えっ」

 

 この前の那須の件が相当、後を引いていた。まぁ、仕方ないといえば仕方ない事だが。

 で、作戦室に到着し、中に入ると既に全員が揃っていた。

 

「あ、来た」

「遅いよ」

「悪い悪い」

「海斗くんが替え玉二杯も頼むから……」

「……始めるぞ」

 

 話を遮り、二宮の号令で作戦会議を始めた。全員が席につき、ホワイトボードに目を向ける。元々、そんなものはなかったが、どこかのバカが図解しないと作戦の要項を理解出来ないために導入されたものだ。

 

「さて、じゃあ各部隊の対策だが……影浦隊、東隊に関しては特に無い。今まで通りで十分だろう。海斗、今回もストームを許可する」

「……今回こそあの寝癖ヤロウぶっ飛ばしてやる……!」

 

 ストームは、二宮隊にとってなんの不利益ももたらさない。エースは一人減るが、元々は二宮一人でエースを張っていたし、敵のエースも一人、抑えられるし、別の隊員を巻き込めれば最高だ。

 

「さて、玉狛の対策だが……まぁ、特に無いな。気をつけるべきは空閑遊真くらいだろう。他の二人は問題にならない」

「大砲のチビちゃんはいいんですか?」

「ああ、おそらくあれは人を撃てないからな」

 

 過去の玉狛の試合は、他のメンバーも海斗を除いて目を通していた。確かに、撃てばポイントになりそうな狙撃の箇所も撃っていなかった。

 

「……なるほど。じゃあ、やっぱり警戒すべきは東隊か影浦隊って事で」

「ああ。影浦、空閑と遭遇した場合、犬飼と辻は必ず二人がかりで行け。陰山は一対一で行けるならそれで良い」

「「「了解」」」

「あとは、いつも通りだ。試合は明日だが……それまで全員、鍛錬を怠るな」

 

 そんな感じで、ホワイトボードを使わずに会議を終えた時だ。部屋の扉からノックの音が響いた。

 

「どうぞ」

 

 氷見が声を掛けると、入って来たのは那須だった。

 

「失礼しま……あ、タイミング悪かったですか?」

「いや、今終わったところだ。……何か用か?」

 

 二宮が声を掛けると、小さく会釈しながら那須は手に持っている紙袋を机の上に置いた。

 

「あ、いえ。ランク戦中なのに二宮さんにとてもお世話になってしまったので……これ、つまらないものですが」

 

 直後、瞬間移動する勢いで走り出した海斗の両腕を、犬飼と氷見が掴んで引き止める。

 

「食いもん……!」

「海斗くん、お行儀悪い!」

「すぐに食いつかない、文字通りに」

「はっ、す、すまん……!」

 

 ハッとして身体を止め、大人しく引き下がった。那須の目にはなんか躾中の飼い犬みたいに写っていた。

 まぁ、確かに普通の人では無いので、色々と躾が必要なのは本当の事なのだろう。大規模作戦中にトリガーを解除するバカさ加減だし。

 援護、というわけでもないが、今も食べ物を前にして「まて」を喰らってるワンコみたいになってる海斗を落ち着けるように言った。

 

「そんな興奮するほどのものじゃないよ、陰山くん」

「あ? そうなの?」

「うん。私も部隊で色々と作戦会議とかしてたから良いものを買いに行く余裕がなくて……」

 

 最近は二宮隊の躾の成果もあってか、簡単にはただ飯に釣られることはなくなった。前のランク戦では何食わぬ顔でラーメン一杯で新戦術を漏らした事もあって大変だった。

 笑顔で那須が紙袋から出したのは、なんかすごい高級な箱だった。

 

「はい。ピ○ール・マルコリーニのチョコレートです。皆さんで召し上がって下さい」

 

 直後、犬飼と氷見が抑えていたはずの海斗の姿がいつの間にか消え、那須の前で跪いていた。那須の片手を手に持ち、その手の甲に唇をつける。

 

「あなたに一生の忠誠を……」

「ええっ⁉︎ ちょっ、陰山く……」

「海斗ー、いるー?」

 

 そこで、まさかのバカの彼女が登場である。那須はノックをしたのに、小南は当然のように扉を開けた。とても同じ高校に通っているとは思えない。

 とりあえず、二宮は関わらないように音楽プレーヤーとイヤホンを装備し、氷見はコーヒーを入れに行き、辻は元々、女の子に関わらないようにするために部屋を移し、犬飼は耳を塞いだ。

 この後、揉めるに揉めた。

 

 ×××

 

 翌日、ランク戦当日、会場の実況・解説席には、三人のA級隊員が座っていた。

 

『皆さん、こんばんは。B級ランク戦Round4夜の部、実況は私、三上歌歩。解説は太刀川隊隊長、太刀川慶さんと、玉狛第一隊員、小南桐絵さんにお越しいただいています』

『『どうぞよろしく』』

 

 あくまで表面的には平静を保ってはいる……が、三上は内心、泣きたかった。なんでこの二人なの、みたいな。まともな解説になるかすら怪しい所だ。

 

『さて、今回の試合……二宮隊vs影浦隊vs東隊vs玉狛第二となりましたが……太刀川さん、注目すべき点は何処になるでしょうか?』

『え? あー……どうだろ。小南、どう思う?』

『海斗のタコをぶっ飛ばす』

『いやお前がどうとかじゃなくてランク戦が』

 

 ほらもう解説になってない。また小南は喧嘩したようで、微妙にやさぐれている。

 

『二人とも、ちゃんとしてくれませんか?』

『え、あ、ああ。そうだな。まぁ、普通に考えていつも通りストームだろ』

 

 ガチトーンで怒られたので、改めて解説を始める。

 

『けど、正直そろそろストームの攻略を他の部隊が考え出しても良い頃だから、何か動きがあると思う』

『そういえば、太刀川さんはこの前、唐突に始まったエキシビジョンでストームを体験されたそうですね?』

『ああ、あの時は色んな奴が集まって久々に楽しかったな。迅も来りゃ良かったのに』

『そこじゃなくて、ストームの感想を……』

『ああ、すごかったよ。さすが、ステージを半壊させるだけの事はあったわ。特に、陰山も影浦も、狙撃も不意打ちも効かないから、尚更厳しんじゃね』

 

 唯一、それを止められる二宮はバカと同じ部隊だから、止める必要もない。生駒も止められそうなものだが、どちらかというとバカ寄りなので一緒になって混ざる可能性が高い。

 

『けど、まぁ玉狛はまだストームを体験したことないっぽいし、崩れるとしたら玉狛次第なんじゃね』

『崩すに決まってんでしょ。なんてったって、あたしの後輩なんだから』

『お、何。なんか知ってんの?』

『いや、知らないけど。部屋から追い出されたし』

『お前、あんま尊敬されてないんだろ』

『そ、そんな事無いから!』

『と、とにかく! B級ランク戦、間も無く始まります!』

 

 解説にならないので、とりあえず話を進めた。

 

 ×××

 

 決められたステージは市街地C。高低差のある街のステージだ。東隊のエースは言うまでもなく、東春秋。スナイパー有利のステージにするのは当然と言えるだろう。

 

「市街地Cか……陰山、働いてもらうぞ」

「ちぇー、今回は俺も狙撃手ですか?」

「ああ。無理に狙う必要はない。足を止めるつもりで撃て。とどめは俺、辻、犬飼が各々で刺す。ただ、影浦と接触した場合は好きに動いて良い」

「了解です」

 

 ストームでついでに狙撃ポイントを壊して回っても良いし、どう動いても利点しかない。

 

「でも、二宮さん。東さんにしては安直なチョイスですよね。マップ選択が」

 

 犬飼に言われ、二宮も小さく頷いて答える。

 

「ああ……そこが、俺も気になっている。……おそらく、何か仕掛けか作戦があると見て間違い無いだろう」

「どうします?」

「実際にどんな仕掛けをしているかを見なければ対応のしようがない。とりあえず、いつも通りだ。向こうに着いて敵の描いた構図が分かり次第、また指示する」

「「「了解」」」

 

 強者ならではの作戦だった。アドリブと言っているようなものだから。しかし、B級一位部隊は常にアドリブが求められる。この手の理不尽には、もう慣れっこだ。

 

「時間だ、行くぞ」

 

 その二宮の合図で、全員が転送された。

 

 ×××

 

 市街地Cは、スナイパー有利の高低差があるステージだ。今回、狙撃手として戦いに来た海斗にとって、これほど良いステージはない上に、その高い方に転送されたから、かなりの好条件となった。

 しかし、天候を無視すれば、の話だが。

 

「……チッ」

 

 二宮は思わず舌打ちをした。狙いがすぐに理解できたからだ。流石に転送位置は偶然だろうが、にしてもついてない、と言わざるを得なかった。

 天候は、雪。狙撃手に追いつく足を消しつつ、海斗を狙撃手に徹しさせ、ストームとこちらのエースを片方消す一石三鳥の妙手。

 この戦闘も、簡単に勝てるような相手では無くなりそうだ。

 

 



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解説が解説じゃねえ。

「わはっ、すっげ! 雪だ! なのに全然、寒くねえ!」

 

 何も状況が良くないことを理解していないバカは、屋根の上で楽しそうにはしゃいでいた。雪を掴み、握り、遠くに投げる。

 そんな事をしているウマシカの元に、通信が届いた。

 

『二宮さん、バカが雪で遊んでます』

『陰山、真面目にやれ』

「ダグバは何処だ?」

『クウガ気取りも大概にしろよ』

 

 そのネタ通じるんだ、と誰しも思ったが、とりあえず今はスルー。

 その直後だった。ひゅるるるるっ……と、甲高く耳に響く音が聞こえた。ふと顔を上げると、メテオラが降り注がれてきた。

 それが、海斗だけでなく、おそらく隊員達がいると思われる場所全てに降り注がれた。

 

「うおっ、あぶねっ」

 

 北添の適当メテオラだ。レーダー頼りとはいえ、当たらないことはない程度の精度だが、中々鬱陶しいものだ。

 その直後、海斗は手元にアイビスを取り出した。何故なら、割と近くに北添が見えたからだ。

 スコープを覗くと、自身に対して警戒心を抱いている北添のシルエットが煙の中から見える。

 

「誰かナターシャの役やってくんない?」

『良いから撃てるなら撃て』

「……任せろ」

 

 仕方ないので、一人ホークアイごっこをしながら、引き金を引いた。正確に言えば「ドヤ顔ロキを吹っ飛ばす直前のホークアイ」である。

 その一閃は煙に穴を開け、真っ直ぐと巨体に向かっていく。

 

「うわっ……!」

 

 その一撃は、北添の肩を吹き飛ばした。余計なことを吐かす前に撃っていれば倒せたかもしれない。

 

「腕落としました」

『仕留めろ』

「逃げられちゃったんですけど……」

『チッ……使えん奴め』

 

 全くである。二宮から吐かれた毒に、地味にショックを受けている間に、二宮が全員に指示を下した。

 

『犬飼、辻と合流して狙撃を最警戒しろ。空閑、影浦には必ず二人でかかれ』

『『了解』』

「え、いやあの……俺は?」

『お前は好きに動いて良い』

「え、良いんですか?」

『東隊の狙いが分かるまではいつも通りやれ。場合によっては、当初の予定通り狙撃手に徹しさせるが……それはこちらで指示をする』

「了解」

 

 短く返事をすると、とりあえず好きに動くことにした。それが指示なら、その通りに動くだけだ。

 

 ×××

 

『オサム、どうする?』

 

 修が転送された場所は、割と良い位置と言える場所だった。マップの中でも上の方、つまり狙撃手が有利を取れる位置を、既に修は取っているわけだ。

 しかし、修がとっても意味がないというのが実際な所だ。上をとっておけば、とりあえずヒョロヒョロ弾で敵を射抜けるかもしれないが、仕留めるには至らない。そもそも修自身、合流をしなければ何も出来ないわけで。

 

「空閑、合流だ。こっちに来れるか?」

『りょーかい』

 

 軽い返事と共に、空閑からの通信は切れる。とりあえず合流しないといけない。立てた作戦は、まずはストーム封じである。東隊に有利なマップでトップ2の2チームを攻める以上、まずは東隊を援護する形でトップチームを落としつつ、乱戦で東隊のアタッカーも減らし、残りを東一人にすることで撤退、或いは時間切れをさせる作戦だ。

 問題は、やはり二宮、影浦、海斗の三人だろう。これらを倒すには、自分のチームには遊真しかいない上に、遊真よりも実力が上だ。

 ならば、理想は影浦、二宮が遭遇した時に、自分達は海斗を捕捉して三人で叩く。

 そのためには勿論、まず他の敵の隊員に見つかるわけにはいかない。バッグワームを羽織ってコソコソと下層に移動している時だった。

 

「……!」

 

 自分に影が重なり、ふと上を見上げた。犬飼がスコーピオンを構えて降りて来ていた。

 

「やっ、メガネくん」

「! 犬飼先輩……!」

 

 マズい事になった。まだ遊真まではそれなりに距離があるというのに。

 いや、それにしても何故バレたのか。ちゃんとバッグワームを羽織っていたというのに。スコーピオンの一撃をレイガストで受け止めると、ふと視界に映ったのは足跡だった。

 

「クッ……!」

「悪いけど、1点もらうよ」

 

 スコーピオンの一閃を受け止めたが、その距離は至近距離。レイガストの外側に腕を回し、サブマシンガンを構える。

 

「スラスター!」

 

 が、強引に後ろに下がることでその場を離脱した。その修を追撃するが、近くの建物付近にトリオンキューブが隠れているのが見えた。

 置き弾、シューターのテクニックの一つだ。それを知っている犬飼はシールドを張ってガードする。

 直後、さらに正面からレイガストがスラスターに乗って飛んで来た。

 

「おっ……!」

 

 シールドを使ってしまった以上は、もう一つのシールドを使う他ない。サブマシンガンを引っ込めると共にレイガストを出し、その一撃を防ぐ。

 犬飼の足が止まったのを見ると、一気にその場を離脱しようとした。が、後ろから何分割もしたトリオンキューブが迫って来る。

 

「!」

 

 距離があるうちに横に逃げようとしたが、その弾の軌道が横に曲がった。

 

「ハウンド……!」

 

 避けきれず、右腕が吹っ飛んだ。それでも、まだ生きている。レイガスト使いは片腕が吹っ飛ぶのはかなり厳しいが、片腕でも体勢を崩さずに攻撃をガードする構えをマスターした修にとっては致命的では無い。

 とにかく、足は止められない。狙撃手がいつ撃ってくるか分からないから。後ろからさらに飛んで来るアステロイドをシールドで受けつつ走っている時だ。

 二つの影が、二人の間に割り込んできた。

 

「……!」

 

 現れたのは小荒井と奥寺組。狙いを定めたのは犬飼の方だった。シールドとレイガストでギリギリ凌いだものの、腕に孤月が掠めて微量のトリオンが漏れる。

 

『外した……!』

『一気に畳むぞ』

『二人とも、奇襲警戒!』

 

 人見の声が響いた直後だった。小荒井と奥寺の頭上から、バカが飛んで来た。

 

「シエン・ミル・エスパーダ!」

 

 どっかで聞いたことある技名と共に繰り出されたのは、レイガストと投げスコーピオンが犬飼を挟むように小荒井と奥寺の元に降って来た。

 

「……!」

「っ……!」

 

 二人とも後方に下がり、その間に犬飼の横に海斗が舞い降りた。これで1対2対2。いや、正確には1対2対3だろう。

 

『助かったよ、海斗くん。でも、あいつらがかかってきたってことは東さんが狙撃位置についてるよ』

『あの人なら上層、北西の民間の屋根でこっちを狙ってるよ。それと、地味に絵馬がこっちを狙える位置を取ってる』

『了解。一応、メガネくんにも警戒しておきなよ。前にログ見た時より上手くなってる』

『はいよ』

 

 そう言いつつ、目の前の敵を眺める。

 海斗と犬飼を眺めながら、小荒井と奥寺も内部通信で作戦を話す。

 

『あらら、まさか陰山先輩が来るとは』

『まぁ想定内だ。雪の中であのアクロバティックな動きをして来るとは思えないし』

『三雲逃さないようにやるぞ。フィニッシュはいつも通りやろう』

『分かってる』

 

 作戦を決めつつ下手に動かないよう、慎重に足を運ぶ。

 修も全員を眺めながら、少しずつ後ろにさがる。

 

『空閑、こっちに来れそうか?』

『今、一応フリーだよ』

『急いでくれ。色々と不確定要素はあるけど、元々の計画通りいける。千佳は狙撃位置につけたか?』

『うん……!』

『分かった……何とか凌いでみる』

 

 各々の思惑を交差させつつ、全員が動き始めた。

 

 ×××

 

『マップ内の東では、三雲隊長vs東隊vs二宮隊犬飼隊員、陰山隊員が勃発!』

 

 三上が実況し、解説席の小南が声を張り上げる。

 

『やれー修! ぶっ殺せー!』

『ガラの悪い観客かお前は』

 

 太刀川のツッコミというあまりにもレアなやり取りは、会場を沸かせるには充分だった。実況の席に座っている三上は冷や汗を流したが。

 

『てか、三雲があそこから全員ぶっ殺すのは無理だろ。並のシューターの腕前があっても無理だと思うぞ』

『全員ぶっ殺せなんて言ってないじゃない。海斗をぶっ殺せば良いのよ』

『一番難易度高い相手だなそれ……てかお前ぶっ殺すって言い過ぎ』

 

 このままじゃ解説にならないため、三上がやんわりと口を挟んだ。なるべく解説になるように遠回しに。

 

『太刀川さん、三雲隊長では全員をぶっ殺……倒すのは無理、というのは?』

『いやいや、見りゃ分かるでしょ。三雲が5人いても勝てないよ』

『……解説してくれません?』

 

 ストレートに怒られたので解説することにした。

 

『まぁ、単純に人数差があるからな。良くてあのまま凌げるか、ってとこだろ』

『逆に言えば、凌げるかもしれない、ということですか?』

『三雲は守りに特化したシューターだからな。要するに弱いけど落としにくい面倒な奴って事だ。このまま合流しに向かってる空閑が来れば、玉狛か有利になるだろ』

『でも、二人で組めば格上を仕留められる奥寺隊員に小荒井隊員が揃っている上に、陰山隊員と犬飼隊員を相手に凌げますか?』

『各々の思惑は違うからな。二宮隊の二人は援護が来れるか分からない以上、このまま二人でやるしか無い。一人でも多く減らしたい所だろうが、東隊にとっては三雲がいなくなれば東さんの狙撃が効かない陰山の牙が完全に自分達に剥く。せめて、三雲が消える前に犬飼を消しておきたい所だろ』

 

 なるほど、と三上はようやく解説になった事にホッとする。

 すると、マップ上ではもう片方の戦場が動き始めていた。

 

 ×××

 

 一番下の住宅街で、二宮は辻と合流し、影浦と北添もそこに集まった。

 雪の中ではシューターである二宮が有利であるため、北添と影浦は下手に動かず民家沿に距離を置いた。

 一方、二宮と辻は逃さずに追撃を始めた。

 

「辻、俺が家を壊す。奴らが見えたら旋空でトドメをさせ」

「了解」

 

 短く返事をしつつ、二宮はアステロイドを放った。細かく分割したものではなく、大きめの弾丸を影浦隊が壁にしている民家に飛ばす。家が粉々になった直後、辻が旋空を放った。

 直後、その奥からメテオラが降ってきたので、それをシールドで凌ぐ。北添からの一撃だろう。

 

『二宮さん、こっちはこっちで始めちゃいましたけど……来れます?』

『影浦を捕捉している。瞬殺するのは無理だ』

 

 海斗と同様、影浦も回避メインで動くようになっている。滅茶苦茶細かく分割した弾は無理だが、それなりなら弾丸と弾丸の間に身体を通して避けるという離れ技をする。

 その上、海斗から聞いた絵馬の位置は向こうの戦場もこちらの戦場も狙える位置だ。二宮も迂闊にフルアタックはできない。

 

「……辻、奴らを分断する。俺が影浦と絵馬を引きつける。北添をやれ」

「了解」

 

 そう言うと、二宮は合成弾の準備に入った。

 

 



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戦場に最後まで残る奴は強い奴だけ。

 解説のたびに「ガードが上手い」と言われる修だが、本人的には決してそんなつもりはなかった。

 何故なら、師匠である烏丸にはボッコボコにされているからだ。近距離も中距離もこなせるモサモサした男前は、ある程度のクオリティであれば出来ないことはない。弓場の射撃や生駒の旋空などのオンリーワンの技は無理だが、他の技なら大体、出来る。

 そんな器用にも程がある烏丸は、あの手この手で修のガードを崩すことが可能だ。

 基本的に自己評価が低い修は、B級ランク戦で今の今まで凌いでこれたのは「戦ってきた人達が烏丸先輩より強い方ではないから」という認識であった。

 だから、自惚れがない分、どんな相手からの攻撃も油断なく対応していた。

 その結果、長くその場で凌いでいた。

 

「……ふぅ」

「やるようになったな、メガネ」

「……バ陰山先輩……!」

「……なんで『バ』をつけた?」

「え? いえ、なんか小南先輩が『あたしが良いって言うまであいつの頭文字にバを付けろ』って言われて……」

 

 上手い事、攻撃を躱し続ける修と海斗が会話を続ける。その場にいるのは修だけでなく、東隊もいる。三つ巴ならば、このままだらだらと時間は掛けられない。

 そんな中、ボシュッと何処かから光の柱が立つ。誰だ? と、顔を上げると、氷見から通信が入った。

 

『二宮さんが北添先輩を落とした。代わりに影浦くんが離脱してるから、気を付けて』

『りょーかい』

 

 犬飼は返事をすると、続いて作戦を決めて海斗に言った。

 

『海斗くん、東隊を先に片付けよっか』

『え?』

『正確には、東隊の片方を消そう。連携できなきゃ、かなり戦力は下がる』

『メガネじゃなくて良いの? 多分、白チビもこっちに向かってるけど』

『ここで先にメガネくんを倒しちゃうと、空閑くんがこっちに来る理由がなくなるでしょ。どうせ来るなら、うちの点にしておきたいじゃない。ここで追加点取れれば、もう勝ちはほぼ確実でしょ』

 

 なるほど、と海斗は内心で呟く。

 

『でも、気を付けろよ。空閑は……』

『分かってるよ。A級並みなんでしょ?』

『そうそう』

 

 それだけ話しながら、二人は東隊の方に視線を向けた。まずは海斗が間に突っ込む。

 その海斗を前に、東隊の二人は身構えた。とにかく何をしてくるか分からない人だ。警戒に警戒を重ねるしかない。

 

『小荒井、気を付けろよ』

『分かってる』

 

 孤月を構えたまま距離を置く二人。狙撃手有利の市街地Cで、雪が積もった一本道で、二宮隊は東隊と修に挟まれている。それに対し、全く不利と感じていなかった。

 犬飼の射撃の中、まっすぐと海斗が割り込み、奥寺に狙いを定めた。拳が飛んで来て、奥寺は横に身体を逸らしながら回避する。

 その後ろから小荒井が突きかかるが、海斗はそれを横に避けて、顔の横を通り過ぎた手を掴み、奥寺の方へそのまま投げる。

 その攻撃を奥寺は斜め前に回避しつつ孤月を振るうが、その腕を海斗は足で止める。その足の裏からスコーピオンを生やそうとした直後、投げ飛ばした小荒井が孤月を振るった。

 

「旋空……!」

 

 姿勢を低くしていた奥寺の真上を通すような一撃に対し、陰山は身体を真後ろに逸らしつつ、両手を地面に着け、奥寺の腕を止めていた足を外し、下から引っ掛け、上に持ち上げつつ反対側の足で身体を蹴り上げ、真上を通った孤月を握る小荒井の腕に直撃させ、二人を重ね合わせた。

 

「は⁉︎」

「マジか……!」

 

 その直後、犬飼から射撃が飛んでくる。サブマシンガンのアステロイドだ。奥寺も小荒井もシールドを張りその攻撃を凌ぎつつ後ろにグラスホッパーで跳び、距離を置く。

 犬飼の背後から、大きく距離を取った修のアステロイドが飛んで来た。しかし、犬飼はしっかりとシールドを背後に張っている。

 その直後だった。一発の射線が全員の前を遮った。唯一、気づいていた海斗が反応して動く。

 狙われたのは犬飼。そして、撃ったのは東だった。アイビスが犬飼へ降り注ぎ、それを海斗が集中シールドで凌ぐ。

 

「げっ、マジ?」

「! 小荒井、前!」

 

 仕止めきれなかった、と悔やんだほんの一瞬の隙を、海斗は逃さなかった。さらに踏み込み、拳を繰り出す。

 が、奥寺がシールドを遠巻きに張られたことにより拳は止められた。

 

『っぶねぇ……サンキュー、奥寺』

『気を抜くなよ。その人、アタッカー3位だぞ』

 

 そんな話をしている中、海斗は犬飼に声を掛けた。

 

『犬飼、気を付けろ』

『何が?』

『メガネが自分から撃って来たって事は、近くに……』

 

 直後、隣に並んでいた民家がまとめて吹っ飛んだ。ガラガラと瓦礫が崩れ出し、二宮隊の二人と東隊の二人の方へ崩れ込んでくる。

 理由は一発で理解できた。千佳の大砲だろう。こんな派手な真似をして来た理由は一つだろう。

 

『犬飼、4時の方向。空閑が来る』

『了解』

 

 そう言った直後だ。空閑に狙われたのは小荒井だった。瓦礫の中から飛んで来た遊真が、奥寺を目掛けてスコーピオンを振るう。

 

「ッ……!」

 

 身体を逸らして回避した奥寺だが、片腕を飛ばされてしまった。さらにトドメを刺そうと遊真が追撃しようとする中、小荒井がカバーする。

 

「旋空……!」

「はい、2点目」

 

 が、海斗が割り込んで小荒井の背中に拳を叩き込み、スコーピオンを生やす。

 

「小荒井……!」

 

 奥寺が動揺した隙に、遠くにいた修がアステロイドを放った。それと同時に、グラスホッパーを使った遊真が奥寺の後ろに回り込む。

 

「ッ……!」

 

 スパッ、とあっさり首を落とされてしまった。残りは玉狛と二宮隊のみ。

 攻撃してきた修に犬飼が銃口を向けると、修はすぐにレイガストを構える。が、犬飼の銃の動きはフェイントだった。本命は、反対側の手に出したレイガストだ。

 

「っ……!」

「オサム!」

 

 ガスンッ、と修のレイガストに穴が空く。カバーに入ろうとする遊真を無視して、穴を重点的にアステロイドを放とうとした時だ。

 別の方角から一発の狙撃が通る。東の狙撃が修の身体を貫いた。

 

「っ……!」

「東さんか……!」

「犬飼、下がれ」

 

 言われて犬飼が後ろに下がった直後、真上からの影浦の奇襲に合わせて海斗が前に出た。影浦の攻撃を海斗が凌いでいる間に、犬飼は銃口を影浦に向ける。

 その直後だった。犬飼に一発の狙撃が突き刺さった。

 

「おっ、と……やられたね」

「……絵馬か」

「ごめんね、海斗くん。先落ちる」

「おつかれ」

 

 海斗が挨拶すると、犬飼はとんで行った。

 

 ×××

 

『立て続けに多くの隊員が落ちました! 二宮隊2ポイント、影浦隊1ポイント、玉狛第二1ポイント、東隊1ポイントです!』

 

 三上の実況に、太刀川が煎餅を食べながら解説した。

 

『一気に動いたな』

『そうですね。崩しに来た玉狛が、影浦隊に漁夫られた感じですね』

 

 解説にならなかった小南は追い出され、代わりに太刀川が急遽、呼び出した出水が入った。

 

『でも、やっぱ二宮隊強いっすねー。……B級一位部隊にあのバカ入れちゃダメでしょ』

『それな。今度、あのバカとタイマン張ってみようかなー』

『太刀川さん、あいつとやり合った事ないんですか?』

『あんまやってねーわ』

『二人とも?』

 

 再び緩み出した空気を引き締めるように三上が微笑みかけるが、太刀川は煎餅をかじりながら答えた。

 

『まぁ待てよ、三上』

『何をですか?』

『どうせ、すぐにまた試合が動く』

 

 そう言う通り、試合展開は大きく変わった。

 

 ×××

 

 オペレーター室にいる修は、マップを眺めながら顎に手を当てる。千佳は一発撃たせた後は逃げに徹しさせ、緊急脱出するように命令を出してある。

 二宮隊の動きは、二宮が絵馬を押さえに行き、辻はアタッカー三人の元に向かっていた。

 もはや、戦えるのは遊真一人だけだ。それも、目の前には格上のアタッカーが二人いる。

 

「っ……」

 

 奥歯を噛み締める。死力は尽くしたつもりだった。遊真が来るまでガードに徹したし、挟まれないように立ち位置にも気を配った。

 それでも、自分達の力では上位に遠く及ばない。単純に戦術を含めた地力が何もかも足りないことを、まだ試合が終わる前から思い知らされた。

 どうするべきか、これは考える必要がある。そう決めると頭を切り替え、他の部隊に注目して、試合を観戦した。

 

 ×××

 

「さて、どうするかな……」

 

 遊真は目の前にいるスコーピオン使い二人を眺めながら、身構えていた。勝てない相手とは戦うな、とは父親から教わった言葉の一つだが、そうも言っていられない事だってある。今がそれだ。

 浮いている駒も無ければ、格下もいない。取れる点など無いかもしれない。撤退するのも手ではあるが……。

 

「どうせなら、敵の情報一つでも取っておこうか」

 

 そう呟くと、影浦と海斗を見比べる。どちらから情報を抜くか……考えた結果、先に海斗の方へグラスホッパーを出した。

 それにより、海斗は油断なく遊真を見据え、影浦は漁夫の利を狙う。

 が、グラスホッパーを踏んだ遊真が距離を詰めたのは影浦の方だった。

 

「!」

 

 遊真の一撃をしゃがんで躱すと、影浦は下からアッパーを放つようにスコーピオンを出した。

 さらに遊真はシールドを張って躱しつつ、影浦の後ろをとってスコーピオンを構える。

 その戦闘を、海斗は黙って眺めていた。混ざっても良いが、二人とも一切、油断なく海斗も警戒している為、下手には混ざれない。というより、どう混ざったら面白いかを考えていた。

 

『海斗くん、もう直ぐそっちに着くよ』

『あ、了解』

 

 どうやら、辻がこっちに来ているようだ。

 そのため、ちょっかいを出すことにした。二人の斬り合いに向かって、海斗はレイガストを取り出すと、シールドモードを変形させて巨大なスコップのようにして、雪を思いっきりぶちまけた。

 

「「!」」

 

 雪がかかって来た事により身構える二人。その雪の中からの奇襲を警戒しつつ、影浦と遊真はお互いから距離を置いた。

 が、奇襲は来なかった。掛かってくるのは、ひたすら雪が落ちて来るだけ。そんな時だった。ふと遊真の耳元に宇佐美の声が響く。

 

『狙撃警戒!』

「!」

 

 直後、東の狙撃が飛んで来て、左手を吹き飛ばした。

 

「チッ……!」

「旋空孤月」

 

 さらにその後、辻の旋空が襲い掛かる。それを、遊真はグラスホッパーで回避し、距離を取った。

 その後ろに、影浦が回り込んでいた。

 

「オラ!」

「……!」

 

 影浦のマンティスを、遊真は同じようにマンティスで相殺する。伸びきった刃と刃が正面から衝突し、へし折れた直後、お互いにさらに距離を詰め、拳と拳から微妙にはみ出させた刃をお互いの顔面に向け合った。

 が、さらにその間に海斗が入る。ジャンプしながら回し蹴りを二人に三発ずつ放ち、遊真と影浦は再び、お互いに距離を取った。

 その遊真が下がった先に、再び辻が待っていた。それを理解していた遊真は、スコーピオンを二刀、構える。辻も同じように孤月に手を掛ける。

 微妙に備えていた辻の方が早い、そう思った直後だ。東の狙撃が辻に突き刺さった。

 市街地Cの高所を取っている東は、簡単に狙撃位置を変えられる。それでも辻が堂々と戦っていたのは、その狙撃位置を簡単に割り出せるチームメイトがいるからだ。

 

『……海斗くん、どういう事?』

『あ、ごめん。東さんの位置伝え忘れてた』

 

 ごめんじゃ済まない理由で辻が緊急脱出した直後、別の場所からもその緊急脱出が出る。絵馬が落ちたようだ。

 これで、市街地Cに残っているのは各隊のエースのみとなった。

 

 



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どうしようもない。

 空閑遊真には、かなり悔しい思い出があった。少し前に行われたエキシビジョン、思い返してみれば「なんであんな高ランクの人達とあんなことする羽目になったんだっけ?」という感じだが、とにかく、あれはかなり悔しい事だった。

 何故なら、自分はあまりにも簡単にあしらわれてしまったからだ。あれだけの人数がいた中で、自分がいの一番に緊急脱出……A級並みだなんだと言われていたが、それでもトップランカーには通用しないのか、と奥歯を噛み締める程度には。

 自分の師匠は「海斗がいたらとにかくぶっ殺せ」と試合前にアドバイスをもらったが、その理由は分からないものの「ぶっ殺す」という意見には賛成だった。負けたままでは終われない、とにかくやり返す。

 辻新之助が落ちて、残りは三人で再び隙の伺い合い……というより、何をして仕掛けたら面白くなるか、を考えている海斗と影浦に、遊真は平然と言った。

 

「ストームはやらないの?」

「「……ア?」」

 

 音声を拾っていたら、おそらく会場中が「何を言い出すんだこの子は」となっていたであろうセリフに、海斗と影浦も片眉を上げる。

 

「なんか二人とも、今日は大人しいけど。雪マップだから怯んでるの?」

「……ハッ、言うじゃねェか」

「なんか言ってるぜ、雅人ちゃんよ」

 

 驚く程、チョロい先輩達だが、それは実力がある、という自信の裏返しだろう。

 好戦的に微笑み、二人は一気に大技を放った。マンティスによる斬り上げと、レイガストのスラスター投げが迫って来て、遊真はジャンプして回避すると、まずは影浦に狙いを定めた。

 両手に構えているのは、スコーピオン。しかし、そのスコーピオンの形が左右で微妙に違うことに気がついた。

 右手から苦無の形をしたスコーピオンが一足先に投擲される。それをバク転で回避した直後、左手のスコーピオンで決めに来た。

 しかし、それをやられる前に、背中にシールドを出してガードしつつ、着地して姿勢を整えると、今度は影浦が攻撃する番。

 右手にスコーピオンを構えて襲い掛かるのとほぼ同時に、遊真もスコーピオンを出し、斬りかかる。

 が、その動きが二人とも止まった。影浦はサイドエフェクトで、そして遊真は動きを止めた影浦に気づき「何かヤバいのが来る」とそう踏んだ。

 直後、超近距離からアイビスが、躱した二人の真横を通り過ぎた。それにより、遊真と影浦は僅かに左右にバラける。普通ならその程度を隙とは思わない。実際、回避した本人達も警戒を解かず、隙を作ったつもりはないから。

 しかし、それを隙だと判断して突っ込み、強引に一点、もぎ取るのが海斗なわけで……。

 

「「「!」」」

 

 が、そこに降り注いだのは弾丸の雨だった。危うく、海斗も巻き込まれかねない範囲でハウンドが降って来る。フルアタックではないが、フルアタックのような範囲と数だった。

 それにより、三人はそれぞれ別の方向に逃げる。攻撃して来た主は見るまでもない。二宮匡貴だ。

 

「に、二宮さん……?」

「引っ込んでいろ、海斗」

「え、いやここは俺が……」

「バカ言え。点差は大きく開いていないのに、勝ったり負けたりを繰り返している影浦を相手にしている上、空閑も同時に相手にする気か? 東さんの狙撃もあるんだぞ」

「あ、そ、そうですね……」

 

 言われてみれば分かる。サイドエフェクトによって避けられはしても、それは東にとっても分かっていること。ならば、避けられないタイミングで狙撃してくる事だろう。

 

「そもそも、辻の一件があってよくまた好き勝手やれると思ったものだな。一度はストームの許可は出したが、こうなれば話は別だ」

「す、すみません……」

「俺は今からフルアタックをして奴らを追い詰める。お前は東さんの狙撃を警戒しろ。あのフォーメーションで行く」

「はい」

 

 それだけ話し、二人は影浦と遊真を見据えた。

 

 ×××

 

 試合が終わった。最後の戦法は、二宮隊の切り札とも言えるゴリ押し的戦法だった。何故なら、海斗がアイビスとレイガストを構え、その後ろで二宮がフルアタックをするだけだから。

 単純だが、強力過ぎた。何せ、バカのサイドエフェクトのおかげで、居場所は丸見え、遠けりゃ狙撃、近けりゃハウンド、なんならホーネット、サイドエフェクトを抜きにしても、変態的な反射神経を持つ海斗が敵を感知したら、避ける必要もなく避ければ勝ち。

 一言で言えば、機動要塞である。

 

『……おい、あれどうすんの? アレこそ出水でもいないと攻略不可だろ』

『二宮隊が全員、揃ったらそれこそ勝ち目ないですよね』

 

 ボーダー本部最強の部隊から、以上のレビューをいただきました。今期のB級には「ご愁傷様」と言わざるを得ない。

 

「東さん……」

「これは……ちょっと困ったな……」

 

 涙目になっている小荒井に、流石に東も「腐らずに対策を考えよう」とは言えなかった。

 あの二人を合流させなければ済む、と単純な問題でもない。何故なら、単品でも、二人ともめちゃんこ強いからである。それこそ、B級にいるのが反則と思われるレベルで。

 要するに、今回で分かったことは「試合がどう転ぼうが、最後に二宮と海斗が揃えば、結局負ける」という事だ。

 

「どうしましょう……」

「まぁ、今回、当たった以上、しばらく二宮隊と当たる事はない。他の部隊との試合を見て考えよう」

 

 奥寺にも聞かれ、東はそう返事をした。とはいえ、何となく大丈夫な気もしていたが。

 

 ×××

 

「あーあー、なんて事考えんだよ。……間合いも駆け引きもあったもんじゃねえぞ」

 

 影浦隊の作戦室で、光がボヤいた。それは、北添と絵馬も同じ感想である。

 

「確かに、アレはちょっとエグいね……」

「なんかゲームのハメ技みたいでズルい……」

 

 それを思う者は決して少なくないだろう。実際、揃ったら手も足も出ない。ただでさえ「タイマン最強」を誇る二宮が、タイマンでなくても戦えるようになったのだから。

 

「おい、どーすんだカゲ? 何か考えねーと……」

「ア? 心配いらねーよ」

 

 光に声をかけられるもの、影浦は余裕そうに答えた。その自信満々な態度は、とてもさっきその戦法で負けた奴の態度ではない。

 その様子に、北添が声を掛けた。

 

「何か作戦があるの?」

「作戦なんてねーよ。ただ、あのバカがあんなハメ技に近い戦法を好むわけがねえってだけだ」

「……なるほど」

 

 それを言われるとしっくり来る。人の顔面をとても楽しそうに殴り付けるサイコパスに近い少年が、距離を置いたどつき合いを好むはずがない。

 

「それなら、二宮さんもそうかもね。今は戦術で戦ってるし、火力でゴリ押しするような事はあまり無くなったから」

「……うん。つまりあの技は、保険?」

 

 絵馬の確認に、北添が頷いた。

 影浦が席から立ち上がり、好戦的に微笑んだ。

 

「とにかく、こうなりゃ後はオレがあのバカの相手をして、さっさと片付けりゃ、あの戦法は使えねえ。結局、今までとなんら変わらねえんだよ」

「なるほどね。じゃ、変に臆することなく行こう」

「うん」

 

 まとめるように言い、とりあえず解散した。

 

 ×××

 

 全くビビっている様子を見せていなかった影浦隊とは真逆に、三雲修は肩を落として本部の廊下を歩いていた。

 現在、遊真と千佳、宇佐美とは一時的に解散し、一人で考え込んでしまっている。

 あの凶悪な戦術は何とかならないのだろうか? その辺を何もかも巻き込んで蹂躙していく戦法は、自分に果たして破れるのだろうか? 

 いっそ、千佳に撃たせることが出来れば、勝つことも難しくないのだろう。だが、それは出来ない。

 つまり、戦術で崩す他ないわけで。しかし、おそらく通常のメテオラも通用しないあのフォーメーションは、それこそ地形をも変えかねない威力の攻撃でないと……。

 

「す、すみませんでした! 次からはちゃんとやりますから!」

「ダメだ」

「ついうっかりやる事を怠ったのは反省しています! だから許して下さい!」

「ランク戦が終わるまで、ラーメン禁止だ」

「ああああああ! そんな、人類から愛を奪うような事を!」

「どんな例えだ」

 

 ……バカの声が聞こえた。声のする方を見ると、廊下で二宮の足に縋り付いている海斗の姿が見えた。

 あの変な人達が、自分達が超えるべき大きな壁とは本当に思いたくないものだ。現実はいろんな意味で厳しいものだと思い知らされる。何より、自分の部隊の隊員が、自分と向かい側から縋り付いている阿呆の無様な姿をスマホに収めているのを見るのも中々、キツいものがある。

 そんな時だった。ふと、二宮が自分の方を見る。続けて、海斗もこちらを見た。

 

「……陰山、俺は行く。俺に嘘ついて勝手にラーメンを食べたら、眼球にアステロイド(速度重視)だからな」

「あの、地味にリアルなのやめて欲しいんですけど……」

 

 バカのセリフを無視し、空気を読んで二宮は立ち去って行った。さて、残った修はとりあえず海斗に声を掛ける。

 

「あ、あの……大丈夫ですか?」

「なぁ、メガネ。カップ麺はラーメンだと思う?」

「え? さ、さぁ……」

 

 普通にラーメンだと思うが、今、肯定する勇気は無かった。

 が、すぐに海斗は何とか立ち直り、立ち上がってメガネを見る。

 

「ま、とりあえずもう少し待ってやるよ。俺を負かす日が来るのは」

 

 いきなりなんだろう、この人、と思わないでもなかった。何かミスをして怒られていた癖に。

 

「俺達に勝ちたきゃ、もう少し工夫しろ。今のままじゃ、点を取れるのは結局、白チビだけだからな」

「……!」

「要するに、お前や雨取は無視してたって良いんだ。空閑一人を倒せば、極端な話、あとは無視で問題ねえんだから」

 

 それを聞いて、修は俯く。確かにその通りなのかもしれない。やはり、今のままでは勝てない。

 自分も、多少なりとも無視されない駒になる必要がある。

 

「ありがとう、ございます……」

「あ、今『ありがとう』って言ったな?」

「え?」

 

 急に言質をとって来た。なんだろう、この人。

 

「あのさ、小南をちょっと呼んできてくんない?」

「え、な、なんでですか?」

「ラーメンを禁止された今、小南とも仲直りしないと生きていける気がしない」

「……」

 

 なんでこんなバカな人を倒すのに、自分は悩まないといけないんだろう。とはいえ、断る理由もないので結局はOKしてしまうのだが。

 

「でも、小南先輩ならそこに……」

「分かってるよ。俺が呼んでも逃げるだろあいつ。写真撮ってやがったんだから」

「そ、そこまで気付いていたんですか?」

「分かりやすいもの。あいつの行動なんて」

 

 言われて、修は冷や汗をかきつつも、近くの小南を呼んだ。10秒後、結局仲直りしていた。

 

 




本当に二宮隊強過ぎるんだけどどうしよう。


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少数精鋭にとても憧れる。
予知予知バトル。


「え、近界民が?」

「そうだ」

 

 数日後、二宮隊の作戦室で、二宮から通達があった。その二宮には忍田から指示が出ている。

 

「近いうち、近界民が『トリオン能力者を奪いに来る』という以外の目的でこっちに来るらしい。出動するのは、必要最低限の人員のみ……まぁ、平たく言えば次のランク戦に出場しないB級以上ってとこだ」

「なるほど……この前の大規模侵攻ほどの相手ということですか?」

「いや、そこまでではない。ただ、可能な限り対外秘にして作戦を行なうという事だ」

「? なんでですか?」

 

 犬飼の質問に、二宮は飲み物を飲んでから答えた。

 

「大規模侵攻から日が浅いからだ。市民の恐怖や不安を再び募らせるより、可能な限り隠密に作戦を展開し、何事も無かったかのように終える……ということだ」

「そういうことですか」

「細かい指示はまだ来ていないが、迅の進言により、大きく分けて全隊を二つに分ける事になった」

 

 とりあえず、一人だけバカがいるので、なるべく可能な限り分かりやすく説明しなくてはならない。

 

「いくつかパターンを想定しているが、迅の予知によると市民にもC級隊員にも拐われる様子が無いため、警戒区域内での戦闘が想定されるが、俺達は敵の様子次第だが、序盤は本部で待機だ」

「なるほど……分かりました」

「が、全部隊の狙撃手は最初から屋上で待機、序盤から出撃する隊員は地上で待機……大きく分ける全隊員はこの二つに分類される。……陰山、お前はよく頭に叩き込んでおけよ」

「了解!」

 

 こういう時、素直なのは非常に良い事なのだが、頭の能力が追いついていないのが困る。

 作戦がどう転ぶか分からないが、普段のランク戦はともかく普通の任務の時くらいはちゃんとしてくれないと困る。

 

「……ひとまず以上だ。解散」

 

 その号令で、各々は隊室を後にした。とりあえず、近いうちにまた人型とバトる機会がある。不謹慎にも、海斗はワクワクして……。

 

「まて、バカ」

「えっ」

「お前は戦術の勉強だ。俺が叩き込んでやるから覚悟しろ」

「ちょっ……あの、聞いてな」

 

 絞られた。

 

 ×××

 

 風間蒼也は、珍しくラウンジに来ていた。次にまた予想される、近界民による襲撃についてだ。

 今回は、以前と比べて小規模のものらしいが、それでもこちらの世界に近界民が来る以上は気が抜けない。

 で、迅の予知を聞いた限りだと、もしかしたらトップアタッカー四人が集まり、敵を退けることになるかも……との事だ。

 実際の実力で言えば、太刀川、迅、風間、小南となるだろう。

 だが、今回は予知が頼りになる為、迅は抜け、小南も玉狛であるため木崎レイジ、烏丸京介と共に行動する可能性もある。

 そうなると、次に来るトップは太刀川、風間、影浦、馬鹿となる。影浦は問題ない。何故なら、ランク戦だからだ。

 だが、あのバカと、もし共に戦う事になるとしたら……。

 

「……」

 

 面倒臭いが……やるしかない。まずはどうやって言うことを聞かせるか、だが……。

 まぁ、まだあのバカと組んで敵を迎撃するかは分からない。それよりも、今はちゃんと鍛錬を積み、任務に備えるべきだ。

 そういえば、自分が目にかけているもう一人の部下は、昨日、惨敗していたが大丈夫だろうか? 

 出ていたのは、単純に地力の差。相手を見る観察力と、師匠譲りのガード性能だけでは限界があるのは目に見えている。

 だが、修がどんなに技を磨こうと、結果が大きく変化する事はない。

 

「……ん?」

 

 噂をすればというか何というか、修が珍しく個人ランク戦会場に来ているのが見えた。

 何か研究しているのだろうか? それとも……まさか、自分のランク戦で実力を磨くつもりなのか。

 最近……と言っても昨日からだが、バカによる個人ランク戦道場は開かれなくなった。まぁ、海斗が二宮にこってり絞られていると想像はつくが、修も同じような事をしているのなら、それは間違いだ。

 1チームに肩入れするようで良い気はしないが、声を掛けてやることにした。

 

「こんな所で油を売っている暇があるのか?」

「あっ……か、風間先輩。お疲れ様です」

 

 頭を下げる修。相変わらずの冷や汗をかいていた。

 

「ランク戦でもやるつもりか?」

「……いえ、見学しに来ました。この前の試合で負けたので、何か新しい戦術が欲しいと思いまして……」

「……なるほど」

 

 流石にバカと同じ事をしに来たわけではないことにホッとしつつ、それなら自分が何か言うことはない。まぁ、声をかけた以上は何か話しておこうと思った時だ。先に修から声をかけてきた。

 

「あの……風間さんは、陰山先輩の事をどう思っていますか?」

「? なんだ、急に?」

「いえ……その、やはり今回のB級ランク戦は、二宮隊の攻略が必須になるので……陰山先輩と距離の近い方にお話を聞かせてもらえれば、と……」

「情報収集か?」

「は、はい」

 

 言われて風間は少し考え込む。やはり、そういう意味での情報は渡すべきではないのだろう。二宮の戦法のようにシンプル且つ「知ってても防げない上に知れ渡っている情報」なら話しても問題ないが、海斗単体で見れば対処方法が無いわけでもない。自分の考えを話すのはアンフェアだろう。

 

「それよりも、お前は次の相手に集中した方が良いだろう」

「そ、そうなんですけど……」

「相手は二宮隊だけではない。お前ら三人の師匠が相手で力が入るのも分かるが、敵は一部隊だけでない事も忘れるな」

「……は、はい」

 

 甘やかすつもりはない。今後が楽しみである後輩ではあるが、自分が口を挟めばそれも変わってしまう。

 ……が、まぁやはりあの部隊を見ると、下手したらA級よりも強い説はあるので、その時点でフェアじゃない感じもある。助言くらいはしても良いだろう。

 

「お前の所のエースは空閑だろう。あいつは、二宮と一緒に行動しなければ、陰山とも渡り合える器だ。仲間の援護があれば、な」

「は、はい……?」

「なら、お前は自分のなすべき事に専念しろ。部隊を勝たせるだけではなく、味方に点を取らせるのもお前の仕事だ」

 

 言われて、修は少し目を丸くする。少しヒントを出し過ぎたかも、と思ったら風間は、もう立ち去る事にした。

 

「邪魔したな」

「は、はい。ありがとうございました!」

 

 お辞儀をする修を背に、風間はその場から立ち去った。

 

 ×××

 

「あ〜……クソしんどい……」

 

 一先ず今日のお勉強会を終えた海斗は、作戦室を出てランク戦会場に来た。勉強嫌いの阿呆は、勉強が終わると途端に元気になる。勿論「これから先、もう勉強しなくて良いんだ!」という開放感からだ。そして、次の日の勉強の時間にまた絶望するのだ。

 今は、開放感が最高潮のタイミングだった。つまり、誰でも良いからぶっ殺したい、というテンションだった。完全に通り魔である。

 さて、そんな海斗の目に、一番最初に止まったのが……。

 

「あ、迅」

「げっ、海斗……」

 

 迅のサイドエフェクトは、決して万能ではない。たまに、本人が「読み逃す」こともある。故に、この場合はその典型とも言えるだろう。

 次の近界民との戦闘において、対策を練るために予知を使ってその辺ぶらぶら歩こうと思って来た先にこれだ。

 しかも、この先の未来、どれを見ても目の前のこいつと戦う未来しか見えない。何処まで強引なんだこのバカは。

 

「喧嘩しようぜ」

「どんな誘い文句だよ……や、良いけど」

 

 と言うより、やるしか無いけど。

 

「じゃ、とりあえず5本な」

「50本?」

「なんでだよ。とにかく、5本だけだからな?」

「よっしゃ」

 

 二人はブースに向かった。

 

 ×××

 

 緑川駿は、少し自信を失いつつあった。最初に入隊した頃がピークだった気がするからだ。

 最初は良かった。対近界民戦闘訓練でトップの成績を叩き出し、そのままB級隊員へスピード出世、A級の草壁隊にスカウトされ、個人ランク戦においても現在、9千ポイントを稼ぐ程の実力は身につけた。

 しかし、現実は才能だけで勝てるほど甘くない。

 C級にいた白チビに負け、幼馴染みで変な師匠がいる黒江双葉に負け、勝率は下がって来る。

 さらには、トップアタッカーのスコーピオン使いは皆、化け物だらけという事が、さらに自分の胸を締め付けた。尊敬する迅悠一は勿論、風間蒼也、影浦雅人、陰山海斗、そして空閑遊真……機動力だけで勝っていけるほど甘くなくなって来た。

 

「おれも師匠とか……いや、それはなんか嫌だ」

 

 正直、感覚派だし、誰かに何かを教わるのは合わない。

 そんな事を思いながら個人ランク戦会場に来ると、モニターでちょうどその変態アタッカー二人が戦っているのが見えた。

 

「え」

 

 が、まぁ軽く引いた。

 戦っているのは、迅と海斗。スコーピオン使いでありながら、レイガスト、或いはエスクードを用いる防御や援護も可能な二人……なのだが、二人とも防御はしていなかった。

 何故なら、避けるからだ。文字通り未来が見える迅と、サイドエフェクトの僅かな色の違いと経験と直感と動体視力と反射神経で「え、未来見えてる?」ってレベルで避ける海斗ならば、お互いの攻撃が当たらないのはある意味当たり前かもしれない。

 迅の両手のスコーピオンによる猛攻を回避しながら、手首を掴んで後方に引き込もうとする海斗だが、掴んだ箇所からスコーピオンが生えて来るのが見え、手を離して逆側の手で拳を振るう。

 が、しゃがんで回避した迅がローキックによる足払いを放……とうとしたが、そのローキックを脛と足首でうまく掬い返し、バランスを崩してくる未来が見え、蹴りを放とうとした足を強引に地面に着け、エスクードを放った。

 真下からの攻撃を察知した海斗は、うまいこと利用し、迅の真上で宙返りしながら拳を振るうが、迅も首を横に捻って回避しつつ振り返る。

 お互いに近距離で向かい合うと、顔面に拳と刃を叩き込みに行くが、相討ちになる未来が見えたため、お互いに手を引っ込めて回避しながら引き下がり、距離を取る。

 

「……なんだあれ」

 

 要するに、攻撃をし終える前に「あ、これ当たらんわ」と分かり、手を引っ込めて回避に専念する事もあるわけで。まるで空想喧嘩をしているような感じだった。

 まぁ、なんだ。緑川は思った。あの中に入れるように、もっと頑張ろう、と。

 

 ×××

 

 場所は市街地。海斗と迅は向かい合ったまま足を止めていた。

 

「はは、やるね。海斗」

「何、余裕こいてんだコラ」

 

 不満げに言う海斗ととは対照的に、のらりくらりと笑う迅。

 

「お前、全然本気じゃないだろ」

「そんな事ないから。本気だよ」

「俺、喧嘩で手を抜かれんのが一番、腹立つんだけど」

 

 そう返しつつ、海斗は両手をポキポキと鳴らす。実際、バカのくせにプライドだけは一丁前な生き物は、ナメられるのがとても気に食わない。

 

「じゃあ、そっちから先にマジで来いよ」

「は?」

「海斗もまだ、様子見でしょ?」

「……」

 

 言われて、海斗はニヤリとほくそ笑む。実際、海斗は迅の実力を知らない。滅多に戦わないし、戦闘のデータも少ないし、そもそもログを見るタイプではないから。

 だから、今の感想を表すなら「予想以上にやりにくい」という程度だ。様子見だが、そんな感じだ。

 だが、未来視のサイドエフェクトを持つ迅が「本気でこい」と言うなら、自分の本気の実力を前にしても勝つ自信がある、ということだろう。

 

「カハッ、後悔すんなよ」

「しないよ」

 

 直後、海斗は手元にレイガストを出し、一気に投擲した。迅が回避した直後、走って急接近し、飛び蹴りを放つ。しゃがんで避けられるが、それを読んでいたように背中を踏み台にし、真上に上昇した直後、手元に再びレイガストを呼び出す。

 

「オラ……!」

 

 一気にスラスターにより急降下し、迅を殴り付ける。当然、回避されるが、地面がバキバキに割られ、地響きによってすぐに攻撃に移ることができなくなった。

 その直後、海斗は殴りつけたレイガストのスラスターの向きを変える。拳自体は真上に振り上げる。が、それによる衝撃で割れた地面の瓦礫が迅に向かっていった。

 

「!」

 

 それらに対し、迅は一度、エスクードを三枚出す事で視界を遮りつつも瓦礫も凌いだ。こうすれば、まず正面からは来ないし、視界もクリアに出来る。これなら、予知が効く。

 さて、問題は何処から来るかだが、左右か上か……。壁沿に身を寄せたまましゃがんでいると、隠れているエスクードにドォンッと衝撃が走る。何をして来ているのか知らないが、エスクードを正面から壊すつもりだろうか? 

 何であれ、それならこちらはコソコソとモグラ爪で一発ダメージを……と、思った時だ。

 

「っ!」

 

 先に向こうがそれをやっていた。サイドエフェクトで場所を特定し、アイビスで壁を殴りながら気を引き、まずは一発、という具合に真下からスコーピオンが伸びて来る。

 が、それは迅も読めていた。ギリギリだが、後方にジャンプして回避した。

 直後、目の前に海斗がジャンプして襲いかかって来ていた。

 

「……!」

 

 まずった、と迅は奥歯を噛み締めるが、まだ慌てるような時間ではない。向こうが有利なだけで負けが確定したわけではない。

 が、それを理解した上で、海斗は猛攻を繰り出した。両手にスコーピオンをメリケンサックのようにはみ出させ、顔面に殴りかかって来る。

 それを回避すると、その先にアッパーが迫って来る。それをも身体を逸らして避けると、足元にローキックをもらった。

 

「っ……!」

 

 姿勢が崩され、さらにボディに拳が来る。それをシールドを張ってガードし、なんとか姿勢を整えたが、顔面に周りからが来る。スコーピオンがはみ出ているのが見え、片手にスコーピオンを生やしてガードした。

 余りの威力に、両手が痺れる。正そうとした姿勢がさらに崩される。そこが、海斗にとって大きな隙だった。

 右手の握り拳が火を吹いた。シュボッ、と着火しそうな風を切る音と共に、拳が発射される。狙いは迅の胸。つまり、トリオン供給機関だ。顔面は躱されると理解していた。

 見事に拳は貫き、迅の片腕が吹き飛ぶ。が、それは胸に直撃したわけでなく、左肩に直撃したに過ぎなかった。

 

「っ……!」

 

 まずい、と思った時には遅い。モグラ爪が自分を逃さないように足を縫い付けている。

 

「終わりだよ、海斗」

 

 迅の左手から生えたスコーピオンが、的確に自分のトリオン供給機関を貫いた。

 

 



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バカは注目されやすい。

 ガロプラの遠征艇内では、玄界の兵士達の戦闘の様子を見ていた。ここ最近の戦闘データから、アフトから送られてきた大規模侵攻のデータも全てを見終え、隊長のガトリンが話を続ける。

 

「……以上のデータから分かるように、玄界のトリガーは決して優れていないが、兵士個人の技術は高い」

「流石、アフトの精鋭を退けただけの事はありますね」

「そういう事だ」

 

 隊員のラタリコフのセリフに、ガトリンは頷いて答える。

 

「特に要注意なのは、この男だ」

 

 そう言って画面を拡大。写っているのは、ガラの悪い茶髪の男。

 

「うわ、チンピラじゃん」

「頭悪そう」

「俺も最初はそう思った」

 

 レギンデッツとウェンが漏らした正直な感想に、ガトリンは頷いて答えた。

 

「だが、戦闘能力はかなり高い上に、アフトから送られてきた映像によると、あまりにも不可解な点が多い」

「と、言いますと?」

「まず、黒トリガーでも無いのに、一瞬で各地を転々と移動し過ぎている。この黒トリガー『泥の王』と戦闘後、距離にして5キロ以上離れた『星の杖』と、現在、捕虜となっている兵士の元へ移動している。……おそらくだが、ここまでの間にアフトが我々にも見せられない失態があったのだろう。逆に言えば、この男はそれを引き起こした張本人とも言える」

「ザマァねえな、あの角野郎ども」

「あんたが勝ち誇る所じゃないよ」

 

 毒を吐いたレギンに、冷静にウェンがツッコミを入れる。そのアフトに何かをやらかした相手と、これから自分達もぶつかるのだ。

 

「その後、この男は執拗にアフトから狙われている。所々、映像はカットされているが、俺の想像では、この男は黒トリガーを奪取したと考えている」

「黒トリガーを……⁉︎」

「というより、ここまで狙われた理由はそれくらいしか浮かばないからな。かなりのトリオン能力、という可能性も考えたが、それにしてもあそこまで執拗に狙う必要がない。トリオンの大きさだけなら、逃げていた隊員の中にもっと凄まじい者がいた」

 

 あの小さな身体の何処に、巨大なトリオンが眠っていたのか不思議なくらいの大きさだった。

 

「防衛戦の最中、攻めて来る側から物を奪った、という事ですか?」

「詳しい状況を見たいわけではないから何とも言えないが、そういうことになるな」

 

 コスケロの確認に、頷いて返した。

 

「我々が何かを奪われる、などとは思っていないが、それくらいの大胆さと無謀さを持った相手だ。こいつを前にした場合は、決して気を抜くな」

「了解です」

「なるべくなら相手にしたくないね。この『泥の王』の死角攻撃が見えているような回避能力、私とは相性悪そうだし」

「俺もこいつとやり合うのはゴメンだぜ」

「逆に、俺なんかは相性良いかも」

 

 そんな話をしながら、作戦会議を進めた。

 

 ×××

 

 ブラブラしていた迅によって、各隊の動きが発表された。内容は細かく定められたわけではないが、序盤から表で哨戒任務に当たる部隊と、途中まで待機する部隊に別れ、敵の目的次第でどのようにも動けるように備えているわけだ。

 

「やはり、俺達は待機班だそうだ。変更はなく、途中まで本部に残り、迅の予知次第でどちらの相手もする事になる」

「了解です」

「やっぱりそうですか」

「ただし、陰山。お前は別行動だ」

「え?」

 

 ここ最近、迅に負かされて微妙に不貞腐れていて面倒臭い奴は、話を聞いていなかったのか急に顔を上げる。

 

「お前は太刀川、風間さんの班に加わり、三人で基地の防衛に加われ」

「え、なんですかその面子?」

「お前ら三人が一緒に戦う未来が見えた、という事だ。もう一人いたかもしれないが、その辺は定かではないらしい」

「了解です」

 

 そう短く返事をする海斗に、二宮は続けて忠告した。

 

「良いか? 一応、言っておくが、今回はちゃんと緊急脱出をしろ。間違ってもトリオン使いが斬り合いをする戦場で、トリガー解除なんてバカとバカを足して超バカになったようなバカな行動はとるなよ」

「しませんよ。そんな事、したことありませんし」

「殺すぞ」

「あ、はい。すみません……」

 

 割と本気で睨まれ、思わず肩を落として頷いてしまった。

 

「待機中は、なるべく共に行動する隊員同士で固まっていた方が良い」

「え……じゃあ何。俺って風間と太刀川と一緒にいないといけないって事ですか?」

「そういうことになるな」

「やだぁ」

「文句を言うな。これも任務だ」

「任意に出来ませんか?」

「難しい言葉を知っているんだな。すごい」

「バカにしてますよねそれ⁉︎」

 

 実際、バカなんだから仕方ない。そういう言葉を覚えられたのは、二宮の戦術教室の副産物だった。

 ……とはいえ、だ。そこでふと思い出す。太刀川隊の作戦室ならば、出水がいる。退屈になりそうな待機中の時間も、同級生と一緒であれば……。

 

「ちなみに、出水くんは次の試合の解説らしいから一緒にいないと思うよ」

「なんでそうなるの⁉︎ てか、氷見テメェ心を読むなコノヤロー!」

「読むまでもないから」

 

 結局、楽しめそうになかった。まぁ、どの道、待機場所によっては風間隊の作戦室である可能性だってあるわけだし、あまり意味ない事ではあるのだが。

 

「とにかく、早めに行ってこい。待機中は基本的に何をしていても構わないはずだ」

「風間のこと、身長でいじっても平気ですか?」

「平気だ(投げやり)」

「よっしゃ、少し楽しみになってきた!」

「なら、今のうちに行け」

「はい!」

 

 元気よく作戦室を飛び出していった。

 

 ×××

 

 集合場所は司令室だった。空気自体はそこまで重くなかった。なんかもう迅やら小南やらと、部隊ではなく単品で動くと思われる隊員が集まっていたからだ。

 流石にこのメンバーの中、風間も空気を引き締めようなんて思わない。というか、周りが楽しんでいる以上、風間も同じように楽しむ性格なので、むしろ全員に混ざっていた。

 他にも、天羽や忍田などがその場で待機し、マップを見て何かを話している。

 

「……」

 

 少し意外そうにしながらも、海斗はとりあえず声をかける事にした。なんかはみられてる気がするし。

 

「小南、何してんの?」

「あ、来た。今、トランプやってる最中よ。あんたもやる?」

「俺にトランプ挑むとか正気?」

「ほほう、自信あるのね? じゃ、次からね」

 

 そういう意味ではないのだが、まぁやると言うのなら良いだろう。

 今やっているのは大富豪。おそらく、迅の予知がなるべく働かないゲームにしたのだろう。

 例えば、ブラックジャックやポーカーは、予知によってスタンドのタイミングも、引けるカードも全て先読みできてしまう。

 それは、ババ抜きでもダウトでも豚の尻尾でも同じことだが、唯一、違うのが大富豪だ。何故なら、相手の手や自身の出すカードの順番から最善手を放っても、かならず勝てるとは限らないからだ。

 つまり、一番読み逃す事が多い。まぁ、それでも迅が有利であることには変わりないが。

 

「はい、小南の負け」

「うがー! むかつくー! ムカつくったらないわ!」

「いやお前、顔に出過ぎなんだよ……。なぁ、風間さん?」

「そうだな。戦闘中とは真逆だ」

「うぐぐっ……!」

 

 そんな楽しそうなやりとりを眺め、海斗は少し黙り込む。なんか、面白く無い。

 特に顔を出すようなことはなかったが、とにかく何か面白く無い。

 

「おい、バカども。次は俺もやるぞ」

「好きにしろ」

「言っとくけど、晩飯賭けてるからな?」

「上等だよ。お前ら全員にご馳走させてやる」

 

 そんなわけで、大富豪大会が始まった。

 メンバーは全部で五人。ダンガー、セクハラエリート、小型、斧、バカである。特徴だけ言えば全員バカだが、その中身は予知、21歳の大学生、お嬢様学校の成績優秀者、バカだけど相手の感情が見えるSE持ちと、曲者が集まっている。ダンガー? それは知らない。

 まずは、スペードの3を持っている人から。カードを出したのは、風間だった。堅実に9を2枚出した。

 

「そういやさ、迅。今回の相手ってどんな奴なの? 10捨て」

「ん、あー分かんないよ、まだ。俺だって会ったことのない奴の未来は見えない」

「ふーん……まぁ良いんだけどね。ネタバレとか好きじゃないし」

「何よ、ネタバレって。パス」

「いやだって戦うからには、なるべく楽しみたいじゃん」

「あーそれちょっとわかるわー。俺もパス」

「はい。イレブンバック」

「バカ言え。任務を完遂させることが最優先だ。楽しむ楽しまないは二の次だ。パス」

 

 全員パスを選択し、今度は迅からだ。

 

「ほい。風間さん7渡し。でも、風間さんだって最近、そういう……戦闘狂? なところ出て来たよね」

「8切り。からの4。人聞きの悪い事言うな、迅」

「12。え、そう?」

「あー確かに。この前だってなんか変なエキシビジョン参加してたし。……どうしよう。とりあえずパスで」

「A。あーあれか。あれ楽しかったな。今度、迅もやろうぜ」

「良いよ。忍田さんに怒られない範囲でね? 2」

「パス」

「俺も」

「あたしも」

「俺も」

 

 場は流れ、次は迅から。

 

「6、2枚」

「7渡し、階段」

「8切り……」

「ねぇちょっと海斗! あんた私にだけ出番回さない気でしょ⁉︎」

 

 突然、その場で立ち上がる小南。なんなんだ、と全員が顔を向けるが、たしかに思い返してみれば、いまだに小南は一枚のカードも出せていない。

 

「そうだよ! お前に負けるのだけはごめんだからな!」

「むかつくー! 大体、なんであんた私の隣に座るわけ⁉︎」

「うるせーバーカ!」

「子供か⁉︎」

 

 なんて揉め出した時だった。ふと、迅が目を見開く。ふと、未来が見えた。それも、意外な奴がやられる未来だった。

 

「お、迅。どうした?」

「敵が来る」

「やっとか」

 

 立ち上がり、肩をグッと伸ばす太刀川の横で、迅は忍田に声をかける。

 

「忍田さん、敵が来る! パターンはAで!」

「分かった。予定通り人員を配置する」

「Aって事は、本部基地防衛ね。OK OK」

「油断するなよ、太刀川」

「分かってるよ、風間さん」

「そこのバカに後ろから刺されないようにな」

「流石に俺でも味方を刺しはしねーよ。風間以外は」

「殺すぞお前」

 

 なんて言いながら、配置につき始めるアタッカー達の後ろで、迅が小南に声をかける。

 

「小南、お前は太刀川さん達についていけ」

「? なんで?」

「太刀川さんが、ぶった斬られる未来が見えた」

「……!」

「今回の相手、思ったより厄介かもしれない」

 

 それを伝えると、次は海斗に声を掛けた。

 

「海斗、トリガーセット今どうなってる?」

「え? 変えてないけど」

「大至急、ひゃみちゃんに変えてもらえ。アタッカー用に」

 

 



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海斗が風刃を使ってれば一瞬で片付いたとか言わないでね。

 敵が開いたゲートから現れたのは、大量の人型近界民「アイドラ」だった。それらが、ゆっくりとボーダー本部に歩みを進める。

 それらに対し、作戦通り狙撃手組が狙撃を開始する……という戦闘中、本部の司令部にいる迅に、海斗から通信が入った。

 

『迅? 今平気?』

「なんだ、海斗? さっきのトランプの勝敗なら後に……」

『いや違くて。なんか、気の所為かもしんないし、ボーダーのうちの誰かかもしんないんだけどさ』

 

 前置きを言ってから、一応報告した。

 

『なんか外にいる連中の中に五人分の警戒色が見えるんだよね』

「警戒……?」

『そう。そのうち二人は後方で何かしてるっぽくて、三人はトリオン兵の中に紛れて行動してるっぽい』

「マジか……」

 

 考えてみれば、敵はあくまでもアフトクラトルの指令によってこちらを攻撃しているに過ぎない。ならば、そのアフトから動画をもらった上で攻めてきていてもおかしくない。

 

「……というか、敵にとっては海斗はかなり警戒に値する人物ではあるだろうな……」

 

 おそらく黒トリガーを奪われかけたことは伏せているだろうが、それでも五人の人型と遭遇して生き残っている限り、警戒する他ないだろう。

 とはいえ、海斗を監視役にはさせられない。せっかく敵が海斗を警戒しているのなら、それを活かさない手はない。

 

「海斗、そのまま敵の位置を探って俺に連絡してくれ。敵が基地に侵入した場合、こっちのことは考えなくて良い。太刀川さん達の援護に向かえ」

『良いのか? 狙撃とかしなくて』

「良いよ。そっちは本職達に任せて」

『了解』

 

 それだけ言うと、迅はとりあえず基地内での移動を始めた。奴らの姿さえ見えれば、狙いが分かる。あとはアドリブで凌げば良い。それくらいの事を、ボーダーの隊員達はやってのける。

 

 ×××

 

 シールドを重ねて狙撃を防ぎながら、アイドラはゆっくりと攻めてくる。人型なだけあって、攻撃方法は射撃。つまり、中距離での撃ち合いが始まっていた。

 地上では、嵐山隊、玉狛第一、鈴鳴第一、諏訪隊による射撃で、トリオン兵を押し返す。

 そんな中、海斗も屋上に現れた。

 

「陰山、お前も撃つのか?」

「いや、撃たねーよ」

 

 荒船のセリフに、海斗は首を横に振るう。

 

「ちょっと、敵の場所を調べようと思っただけ。佐鳥、イーグレット片方、10秒だけ貸せ」

「えー、アイビスあるでしょ?」

「今は抜いてきた」

 

 それだけ言うと、イーグレットを借りてトリオン兵の方を見る。見た目は人型トリオン兵にしか見えないが、やはり自分を警戒している奴が三つほどある。もっと後方には、さらに一人、警戒色を発している奴がいた。

 

「迅、やっぱりなんかいる。トリオン兵の中に、俺を警戒している奴が。見た目はトリオン兵なんだけどな。あと、もっと奥に一つある」

『はいよ。隊員を向かわせる』

 

 その直後だった。ヒュルルル……と、甲高い音がする。そっちを振り向くと、何か小さな針のようなものが降ってきていた。

 

「? なんか来たぞ」

「何?」

 

 それが地面に突き刺さった直後、そこからゲートが開かれる。姿を表したのは、犬型のトリオン兵だ。

 

「チッ……」

 

 覗きに来ただけのつもりだったが、こうなれば自分も参加するしかない。スコーピオンを構えて殴り掛かろうとしたが、その前にレイジと荒船が動いた。

 

「おお……武闘派スナイパートップ2」

「頼りになるぜぇ〜」

 

 別役と当真が声をかける中、レイジは海斗に声を掛けた。

 

「犬型は俺と荒船が引き受ける。お前は敵の近界民の位置を捕捉し次第、元の配置につけ」

「良いんですか?」

「忍田さんや迅から指示が来ていない以上、それがベストだ。急げ」

「了解です」

 

 それを聞き、海斗はもう一人、トリオン兵を送り込んでいる場所を探した。もう一人、家の影に隠れている奴がいた。

 

「いた。氷見」

『もう送った』

「了解」

 

 敵の位置情報を送り、本部の中に入った。

 

 ×××

 

『海斗くんから送られて来た位置から、敵の場所を把握したわ』

「ありがとうございます。蓮さん」

 

 オペレーターから通信をもらったのは、三輪秀次。これより、トリオン兵を送り込んでいる近界民を倒す。

 

「海斗の奴、結構ボーダーで働いてるよな」

「そうだな。もっと破天荒な感じだと思っていたが」

「まぁ、とにかくせっかく見つかった敵だ。慎重に派手に行こうぜ」

「矛盾しているな」

 

 米屋に言われつつも、三輪はトリガーを構えて移動を開始する。二人で、向かった先には、屋上にトリオン兵を送り続けていた隊員がいた。野球でもやっていそうなスポーツ刈りの男だった。

 

「! 見つかったか……」

「敵を捕捉」

 

 米屋と三輪に距離を詰められても、冷静な表情を崩す事なく、自身のトリガーを起動する。背中にランドセルのような形のトリガーが出現し、周りには光の円盤が浮かび上がる。

 

「隊長、敵と交戦します」

『了解した。こちらは、基地への侵入を開始した所だ』

「分かりました」

 

 それだけ報告しておくと、三輪と米屋に対し、円盤を飛ばしながら身構えた。

 

 ×××

 

「トリオン兵に化けとったじゃと⁉︎」

 

 そう声を漏らすのは、鬼怒田だった。司令室で、映像を眺めながら壁抜けのトリガーを使い、中に侵入した三人の様子を眺める。一人は、額に傷がある大きな男、もう1人は髪を束ねた女、そして最後の一人が長身のキノコのような髪型の男だ。

 

「基地に直接来るとは……よほどの自信があるのか、それとも捨身できているのか……どちらにせよ手強いな」

「迅隊員が接触します!」

 

 そう言う通り、モニターでは迅が風刃を構えて立っている。しかし、放たれる前に壁に穴を開けて逃げてしまった。

 

「逃げたじゃと?」

「風刃は先の大規模侵攻で使用していない。情報がないものに対しては、使われる前に距離を置くのは当然だろう」

「なるほど……」

 

 しかし、元々、風刃で仕留めるつもりではなかった。通信により、迅から声が掛けられる。

 

『忍田さん、奴らの狙いは遠征艇だ! 部隊を先回りさせて!』

「! わかった!」

 

 なるほど、と忍田は頷く。それならC級隊員や一般市民に被害が出ないのも頷ける。

 何にしても、それなら予定通りで良いだろう。むしろ、敵が来る場所が確実に分かって、此方としても備えられる。

 

「鬼怒田開発室長、遠征艇がある倉庫の強化を頼みます」

「了解した」

「冬島隊長も同行してもらう」

「了解っす」

「那須隊に敵部隊の足止めをさせろ」

 

 遠征艇が壊されれば、遠征計画が一年は頓挫する。そんなわけにはいかない。

 

 ×××

 

 一先ず予定通りに進んでいるガロプラの面々は、基地の中を進んでいった。おそらく、遠征艇は地下にある。どこの国の基地でも、大体そんなものだ。

 そんな中、後方からトリオンの反応がする。振り返ると、弾丸が5〜6発飛んで来ていたので、最後尾のウェンがシールドを貼る。

 

「追ってきてる」

「振り切れるか?」

「鬱陶しいし、ここで止めるわ」

 

 ちょうど、広間に差し掛かった。ここなら、自分も思いっきり戦える。足を止め、隊長と副隊長に先に行ってもらいながら振り返った。

 後ろからくるのは、自分と同性の少女達。ピタッとした隊服で、片方は素手で片方は剣を持っている。

 

「目標補足」

「近界民との戦闘を開始します」

 

 そう言う二人前にして、ウェンも付近にとりあえずドグを撒き散らす。

 

「来な、お嬢ちゃん達」

「喜べ、この超エリートに遊んでもらえるんだからな」

「……はい?」

「玲、お願いだから普通に……」

「黙ってろ、トランクス」

 

 ドラゴンボールに染まりつつある那須が、熊谷のセリフを無視して静かにそう告げた。

 自分の隊長を……いや、親友をこんな風にしたあの男は絶対に許さない、そう心に決めつつ、今は目の前の敵に集中した。

 

 ×××

 

 残ったガトリンとコスケロは、少しずつ目標への歩みを進める。しかし、ガトリンは微妙に違和感を抱いていた。警備が手薄すぎる。途中で仕掛けて来たのは、ウェンが止めたあの二人のみ。

 何にしても、ここから先は待ち構えていると見て良いだろう。

 

「コスケロ、気を付けろ。おそらく」

「はい。待ち構えていますね」

 

 副隊長も同じように頷く。戦闘中の隊員とトリオン兵の様子を見学していたヨミから、あの警戒すべき茶髪の姿がないという報告を聞いた。正確に言えば、屋上にちらりと見かけはしたが、すぐに本部の中に戻ったらしい。

 

「おそらく、奴もいる」

「ええ。何れにしても、俺は隊長のバックアップ、メインはお任せします」

「分かっている。後は……玄界の兵士がどれだけの腕前か、という所か」

 

 そう言いつつ、床に穴を開けてショートカット移動する。そこは大広間だった。それこそ、遠征艇を出撃させる為のような空間だ。

 そして、その真下に構えているのは三人の剣士だった。その中には、茶髪のヤンキーの姿もあった。

 

 ×××

 

「お、来たぞ」

 

 太刀川の視線の先には、二人の長身の男が穴から降りて来る。渡り通路にキノコのような髪型の男が立ち、そこからさらに降りて屈強そうな男が立つ。

 

「壁は鬼怒田さんが分厚く補強済み、壊しちゃダメなものはしまってある。地下だから音もそんな気にしなくて良い」

「つまり、やりたい放題やって良いってわけな?」

「海斗、あんたの場合は少しで良いから気を使いなさいよ」

 

 何しろ、たった二人のアタッカーの戦闘の余波でショッピングモールを壊滅させた事のある男だ。どんなに備えても備え足りないかもしれない。

 渡り通路にいる方の男が自身のトリガーを起動し、液状化の盾を生み出すと共に、下にいる男が数体の犬型トリオン兵「ドグ」を追加する。

 さて、早速開戦……と行く前に、太刀川が全員に声をかけた。

 

「あんたらのお目当ては、この中だ」

「……⁉︎」

「遠征艇をぶっ壊したきゃ、その前に俺たち3人をぶった斬らなきゃなんないな」

 

 そのセリフを聞いた直後、敵の警戒色がさらに濃くなったのを感じた。

 

『行けるぞ、風間』

『了解した』

 

 直後、犬型が小さく反応したが、遅かった。透明だった姿を一気に顕現させた風間の一撃が、男の片腕を斬り飛ばす。

 

「!」

「透明化のトリガー……!」

「おっと、悪い。三人じゃなくて四人だったな」

 

 そのセリフを聞きながら、ガトリンも背中から自身のトリガーを出現させる。

 

『陰山、上で見た感じ、犬型はどういう奴だ?』

『使い捨ての攻撃特化って感じ。攻撃方法も角を構えて突撃するくらいだし、大したことねえよ』

『分かった』

 

 情報の共有を済ませている間に、ガトリンは斬られた腕にメモリのようなものを刺す。そこから、巨大な砲門が生えて来た。

 

「ありゃあ、腕まで生えちゃったよ。風間さん」

「次からは足を狙う」

「何やってんだ風間テメー仕事しろコノヤロー」

「お前は黙ってろ」

「後ろのも、ただのシールドって感じしないわね」

「陰山、迂闊に手を出すなよ」

「むしろ、迂闊に手を出すのが俺の仕事じゃないの?」

「はは、まぁ任務完了できればなんでも良いぞ」

「「太刀川、こいつならテキトーな事言うな」」

「お、おう……」

 

 そんな話をしている中、ガトリンがようやく口を開いた。

 

「悪いが、そんなにおしゃべりもしていられんのでな」

 

 そう言うと、ジロリと破壊目標に目を向けた。

 それを合図に、ボーダーのトップアタッカー達も各々のトリガーを構える。

 

「「戦闘開始だ」」

 

開戦の幕が切って落とされた

 

 



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アニメやゲームの真似をするのは厨二病ではなく、ただ痛々しいだけ。

 戦闘開始した直後、まず先手を撃ったのは、ガトリンだった。背中に生えた大量のアームを床に突き刺し、砲門を構える。

 

「格納庫だ!」

 

 風間が声を張り上げるまでも無く、海斗が動いていた。両脚を地面に踏み付け、構えを取る。手には、レイガストが握られていた。

 

「スラスター!」

 

 砲弾が放たれた直後、海斗の拳は発射される。正面からシールドモードのレイガストと砲弾がぶつかり合った。衝撃波によって轟音と突風が巻き起こったというのに、全員の注目が集まっておかしくない事態だと言うのに、風間も小南も太刀川も、敵の奇襲を警戒していた。

 そんな中、すぐに海斗は察した。このままでは、格納庫は守れても片腕は吹っ飛ぶ。ならば、砲弾の軌道を変えるしかない。

 もう片方の手の中にレイガストを出し、今度は下から砲撃を殴り上げた。殴られた砲撃は一気に天井に向かい、大きく凹ませる。

 その海斗に、数体の犬が向かって行った。

 

「チッ……!」

 

 相手をしようとしたが、両腕が痺れている。仕方ないので足で戦おうとした直後、他のメンバーが先に犬型を撃破する。

 

『あぶねー、いきなり終わるとこだった』

『あんた……殴って跳ね返すとかどれだけデタラメなのよ』

『デタラメなのはスラスターとレイガストでしょ』

 

 内部通信で話していると、後ろにいたコスケロが動いた。ドグで牽制しつつ、まずは海斗の方に距離を詰める。ブレードを振るって来るが、それを回避すると共にカウンターを叩き込みに行く。

 顔面へアッパーが吸い込まれて行く。拳の先端にはスコーピオンがはみ出ている。

 それに対しコスケロは、液状化のシールドで対応した。

 

「あ?」

 

 ジャブッとゼリーの中に突っ込んだような感触が手に残る。嫌な予感がするが、それに神経を使うような間合いではない。コスケロのボディに蹴りを放って強引に距離を置かせつつ、拳を引き抜いた。

 その海斗に、ドグが距離を詰めてくる。その突進を回避し、濡れたままの拳を放つが、一発で首をへし折る威力のつもりで放ったはずだが、衝撃で吹っ飛ぶこともない。

 

「あれ、何これ」

 

 なんて言ってる場合ではない。その海斗に、ガトリンがアームを伸ばして振るう。

 その一撃に、太刀川が旋空を放って衝撃で相殺させると、海斗は軽くジャンプしてガトリンに向かった。液状化の腕が使えないのなら、反対側の手がある。

 レイガストを振りかぶってスラスターによる投擲を放つが、それを別のアームでガードする。

 そのガトリンの背後から、透明になった風間が奇襲を仕掛けるスコーピオンによって足を狙いにいくが、別のアームでガードする。

 その風間に、コスケロが狙いに行く。液状化のシールド「黒壁」が広がって迫る。

 

「チッ……!」

 

 近くの冬島隊のトラップを踏み、風間はその場からワープして回避すると共に、コスケロの背後を取った。

 スコーピオンを肘に生やして肘打ちを放った。その一撃を盾でガードすると、そのコスケロに小南がメテオラを放つ。

 そのコスケロの前に、ガトリンが移動し、ガードした。それにより一時、両陣営の距離が置かれ、距離を置く。

 風間が、とりあえず海斗に声を掛ける。

 

『陰山、その手はどうだ?』

『殴っても吹っ飛ばないし、スコーピオンを出しても液体から出て来ない。斬り落としちゃって良いかな』

『使えないのなら構わないだろう。お前ならスコーピオンで腕も作れる』

『はいはい。手に持つ武器組は気をつけて。これ多分、武器を握れないから』

『はいはい』

『分かった』

 

 言いながら、海斗は手を斬り落とし、手でトリオンの漏出を止めながら、改めて聞いた。

 

『で、どうする?』

 

 それを聞いて、とりあえず現状で集まった情報を出し合う。

 

『踏み込んだ感じだが、あのアームはかなり硬い。その上、かなり早く動くししんどいぞ』

『レイガストを握った海斗の腕が痺れる威力の砲撃だし、多分連射は無理ね』

『次止められるか分かんないよ。レイガスト二刀出来なくなったし』

『普通に盾として使ってシールドと重ねれば不可能ではないだろう。あと一発を防ぐのはお前に任せる』

『はいはい。大砲のチャージがいつ溜まるか、多分俺なら分かるしね』

 

 まぁ、何とかなるだろう、と海斗は軽く返事をした。続いて、小南が声をかけた。

 

『ノッポの方はどうすんの? 私の双月、トリオン消費大きいから何度も捕まってられないわよ』

 

 とはいえ、海斗は最後の砲撃を止める役割として、その砲を持つガトリンを相手にしなければならない。小南も武器のトリオン消費から同様だ。

 そこで、風間が口を挟んだ。

 

『液状化の方は、何度も武器を出し入れできる俺が相手をしよう。スパイダーを使えば、液の動きを制限できるかもしれない』

『風間一人で平気かよ? あのノッポのトリガー、多分俺がパクろうとした黒トリガーと一緒で死角からの攻撃とかもして来るぞ』

『じゃ、俺がノッポと重い方の両方をケースバイケースで狙うよ。陰山は小南と組んで重い方、風間さんはノッポ、犬は各々で対処、それで良いんじゃないか?』

 

 その太刀川の決定に、全員が頷いた。ちょうど、向こうもそれなりに方針を決めたようで、動き始めた。

 格納庫を背に、太刀川が真ん中に立ち、左に風間、右に海斗と小南が展開する。

 

『行くわよ、海斗。足引っ張らないでよね』

『うるせーバーカ』

 

 それだけ言うと、二人は一気に突撃した。

 

 ×××

 

 ガロプラに開発されたトリガー「踊り手」は、単純に言えば、飛び回る斬撃攻撃である。近距離でも遠距離でも使える上に、基本装備としてラタ自身にも剣と盾がついているため、万能に戦えるわけだ。

 ただし、攻撃力はさほど高くない。一撃で全てを持っていけるようなアフトクラトルのトリガーとは違う。

 飛び回る円盤を前に、いつもと違って狙撃手の援護がない三輪と米屋は、引き気味且つ慎重に戦っていた。

 敵の攻撃を前に、米屋は槍型の孤月で弾きながら急接近した。正面から突き込みに掛かるが、それを読んでいたように盾で弾きつつ横に回避する。

 その避けた先に、三輪の弾丸が三発迫る。それを「踊り手」で弾いた直後、巨大な黒い鉛となり、円盤は下に落ちた。

 

「!」

 

 慌てて残りの攻撃は強引に後ろに跳んで回避する。

 さらにその回避した先に、米屋が孤月を持って襲いかかって来た。上からの一閃に盾を構えるが、穂先の形がグニンっと変形し、自身の足を斬り落とす。

 

「!」

「最近はこれが足狙いなんだな」

 

 そう言った直後、ラタは円盤を飛ばすが、深く斬り込んできていなかったからか、腕を掠めた程度で回避される。

 が、その後ろからドグが迫ってきていた。

 

「! 陽介、後ろだ」

「っ、と……犬型か……!」

 

 その一撃も回避しつつ、距離を離して三輪の横に降りる。その直後、大量の踊り手が襲い掛かり、シールドと孤月で凌いだ。

 

『あの円盤、斬って壊せる感じじゃねーな。旋空をクリーンヒットさせねえと無理だろ』

『その分、一度に使うには限度があるのだろう。鉛弾は有効のようだし、俺が一つずつ減らして行く』

『犬はどうするよ? 意外と邪魔クセーぞ』

『各々で対処する他ないだろう。可能であれば処理し、基本は近界民を狙う。それで良いな?』

『了解』

 

 それだけ返事をすると、再び戦闘を開始した。踊り手からの斬撃を弾き飛ばしつつ、米屋は距離を詰めるが、ドグとアイドラがカバーに入る。

 そのトリオン兵に、三輪が鉛弾を放ち、動きを止めに掛かる。それに伴い、米屋は軽くジャンプして上を取ると、敵全員の頭を貫いた。

 ラタから円盤が飛ばされて来るが、それらを回避と迎撃で返しつつ、そっちに旋空を放つ。

 それを回避された直後、距離を詰めていた三輪が孤月を振るったが、シールドで防がれる。その後、三輪と米屋の周りに大量の踊り手が攻めてくるが、三輪も米屋も跳ね返しながら距離を置いた。

 その隙に、またトリオン兵を呼ばれたが、怯む様子も見せずに二人は向かっていった。

 

 ×××

 

 あれ? 私の親友ってこんなんだったっけ? と、熊谷友子が思うようになったのは、B級ランク戦で玉狛に敗北してからのことだった。

 今年度限りで日浦茜がボーダーを辞め、三門市から引っ越すとが決まり、今シーズンは今のチームで一番の成績を収める、そう決めたが、新入りの玉狛に戦術面であっさりと敗北してしまった。

 那須一人が頑張っても意味がない、部隊の面々も、そして実力だけで無く戦術面も育てなければならないのだ。

 そんな中、間が悪いことに聞いた噂があった。それは「バカと戦うと強くなれる」という噂だ。

 熊谷も那須も、バカと戦うのは極力避けてきた。何故なら、あの人なんか怖いからだ。目つき、ガラ、態度、全てがヤンキーのそれだ。

 しかし、今季は最高の成績を取る、そう決めたのなら選り好みしている場合ではない。噂であっても、そんな強化合成用モンスターがいるのなら試してみるべきだ。

 で、なんやかんやあって那須が二宮隊のお世話になり、強くなって那須隊の作戦室に帰ってきた。ドラゴンボールの単行本が入った紙袋を抱えて。

 その結果……。

 

「ぢゃあッ‼︎」

「クッ……!」

 

 正面から蹴りを放ち、それをしゃがんで回避され足元を狙われたが、ジャンプして回避して顔面に拳を放つ。それを両腕でガードしながら近界民は下がり、犬型を出現させて那須に突撃させる。

 すると、今度は大きく後ろに跳ねながら、那須は半身になり、右膝を高く上げつつ、自身の顔の前で両腕を重ねて構える。

 

「『変化炸裂弾(ギャリック砲)』‼︎」

 

 直後、両腕を伸ばして一気に弾丸の群れを射出する。それらが犬型に直撃し、まとめて吹き飛ばした。

 その戦闘の様子を眺めながら、熊谷はただただ呆然とする。人とは、こんなに変わってしまうものなのだろうか? ほんの少し前までは美人でお淑やかで物静かで、病弱とはいえ周りに気を配ってくれる最高の隊長だったのに。

 今でも本質は変わっていない。しかし、ちょいちょい挟んでくるドラゴンボールネタ、剣を持っている、という理由だけでたまに息子扱いしてくる面倒臭さ、格闘技を一つでも入れるために、わざわざトリガーセットに捩じ込まれたスコーピオン……全てが、もう熊谷の知る那須ではない。

 

「くまちゃん!」

「!」

 

 その熊谷に、ウェンが距離を詰める。孤月を構えて斬りかかるが、その身体は空振りに終わる。

 

「⁉︎」

「後ろよ!」

 

 反射的にシールドを張りながら下がるが、熊谷の左脚が斬り落とされる。

 

「! このっ……!」

 

 斬り返しに掛かるが、攻撃は躱される。それを読んでいたように、さらにメテオラを飛ばした。

 その一撃は、ドグが庇うようにウェンの前に出てガードする。爆発により、視界が煙に奪われた。

 徐々に視界が晴れ、辺りを回すと、室内に大量のウェンの姿があった。

 

「……分身……!」

「どうする、玲?」

「任せて、くまちゃん」

 

 そう言うと、那須は右手にトリオンキューブを出し、半身になってニヤリと不敵に微笑んだ。

 

「私が一気に殲滅する」

「へ?」

「こいつが、スーパー玲のビッグ・バン・アタックだ」

「ちょっ、玲。さっきから思ってたんだけど、ここ室内……!」

 

 直後、メテオラが放たれた。

 

 



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なんか他所の漫画が混じってる。

 本部の外、つまり警戒区域での戦闘は、ボーダーが有利になりつつあった。本部で待機していた部隊も出撃し、地上に射撃部隊と狙撃手の半分、本部の屋上からさらに狙撃手のもう半分が射撃戦を挑み、敵のトリオン兵を減らしていく。

 地上部隊はさらに、左右に展開し、角度をつけた火力を集中させ、敵を確実に減らしていった。

 指揮をとっているのは二宮。海斗がいたら「イエス・サー!」とか抜かしそうな的確な指示で、全部隊に通達しつつ、トリオン兵を押し返していく。

 

「行けそうだな、このまま」

「向こうが何も手を打って来なかったらな」

 

 地上班の穂刈と荒船がそんな話をしていた時だ。部隊の前衛、ガンナーが撃ち合いをしている付近で、動きがあった。

 急に速度が上がったアイドラが村上を捕捉した。その一撃を、村上はレイガストでガードする。

 

「! な、なんだ⁉︎」

「来馬先輩、退がって下さい」

 

 村上のガードしてからの強烈な切り返しを、アイドラは大きく退がって躱してみせた。

 

「敵のエース機を捕捉しました」

『こっちもだ』

 

 別の班にいるレイジから頷く声が聞こえた。

 

『一機、やる気なのがいる』

 

 明らかに他の機械的な動きと違い、こちらの隊列を崩すように奇襲を仕掛けて来ている。

 全部で二機、隊列を崩すためのエースが登場。二機だけ性能が違うのか、それとも操縦でも出来るのか分からないが、押さえなければこちらが崩される。

 

「鋼、僕は平気だから、エース機を抑えるんだ!」

「了解」

 

 一人で村上は孤月を抜いた。別の箇所では、双葉と木虎が迎え撃ちに行った。

 

 ×××

 

 メテオラで何もかも吹き飛ばした那須は、下を眺める。だが、分身は誰一人減っていない。

 

「! どういう事……?」

 

 思わず熊谷は声を漏らす。今のを受けて、無傷なのはおかしい。平然としたまま、距離を詰めて来た。

 

「玲、下がって!」

「っ……!」

 

 思わず、言われるがまま後方に大きく飛び退いた。近接戦闘をサイヤ人の見様見真似で学んだものの、やはり本職には叶わない。

 

「どう言うことなの……?」

「おそらく、本物は一体だけなのよ。例えば……映像とか幻覚とか、そんなトリガー」

「なるほど……となると、本物以外はどれも攻撃しても無駄って事ね」

 

 それを把握すると、那須は再び構えを取る。

 

「なら、話は簡単ね、全員倒せば良いわ」

「まぁその通りだけど……」

「なんとかするにはそれが一番、手っ取り早いわ」

 

 いつからここまで脳筋に……いや、自分の隊長は割と脳筋だった。この前のランク戦でも、仕方ないとはいえ「私が全部倒す……」と言っていたし。

 

「やるわよ、シャアちゃん」

「あの……確かにあの作品に主人公と釣り合う腕のキャラはその人しかいないけど……そこはケーラなりチェーンなり……」

「やるわよ」

「……」

 

 もうダメだ。とにかく、自分の親友をこんなにした奴は絶対に許さない。そう決めて、ひとまず目の前の敵に集中した。

 さて、一体どのように殲滅するのか? 熊谷友子は知っている。自分の隊長がバカに教わったものは、ドラゴンボールだけではないということを。

 目をしばらく閉じた後、一気に見開くと共に、自分の背中にトリオンキューブを出現させた。

 

「行け……フィンファンネル‼︎」

 

 直後、ドドドドっと背中から一気に発射される。それらが、全く別々の方向に飛び散りながら、敵に向かっていった。

 残像に過ぎないウェンの偽物一つ一つを穿っていく。

 

「チッ……な、何なのあの子⁉︎」

 

 思わず、ウェンは舌打ちを漏らす。さっきからよく分からない事を抜かしながら、理解し難い必殺技が出て来る。もしかして、それが玄界のトリガーの仕組みなのだろうか? 

 分身が増えて行く中、ウェンはそこから回避を重ねつつ、ドグを追加する。犬型トリオン兵を使うのは勿論、派手な真似をしている奴の隅から迫って来るアタッカー対策だ。

 

「っ……!」

 

 孤月を振るう熊谷の一閃を、ダグでガードする。

 

「あんたの……隊長? 何言ってるの?」

「私も分かりたく、ない!」

 

 ウェンの疑問に、素っ気なく返しながら、ドグを斬り払いつつ、ウェンに距離を詰めていく。

 その熊谷の耳元に、内部通信による指示が届く。

 

『クマちゃん、今!』

『え、あ、あれやるの?』

 

 左手をウェンに向けた。その先には、トリオンキューブがある。

 それにより、ウェンは眉間にシワを寄せる。この子も射撃トリガーを放つのだろうか? 

 何が来ても良いように身構えた直後だ。刀を持つ少女も、頬を赤らめたまま告げた。

 

「行け、アクシズ。忌まわしき記憶と共に!」

 

 直後、放たれたのは巨大なトリオンキューブ。分割されたものではなく、丸々一つがそのまま飛び出した。しかも、かなりのスローで。

 威力98、弾速1、弾数1の大振り。それにより、ウェンは眉間にシワを寄せた。何のつもりか知らないが、そんな大球、当たると思っているのだろうか? 

 その間に、熊谷は後方に大きく離脱した。てっきり、数ある可能性の一つとして、大玉に視線を向けて接近するのかと思ったが、そうでもないようだ。

 なら何を? と、思った直後、その大玉に那須の一撃が貫いた。直後、爆発。たった一発で、追加したドグが全滅した。

 

「チッ……!」

 

 再び、爆風で視界が塞がれる。ダメだ、こいつらのペースに合わせていては、こちらが危ない。考えていないようで、考えている。もしかしたら、あのアホなセリフもブラフなのかもしれない。

 

「……」

 

 気を落ち着かせて、目を見開いた。ここからが、自分の本気だ。

 

 ×××

 

 アタッカー四人組の戦闘は、ほとんど乱戦となっていた。何せ、仮にもボーダー変態アタッカー四人が揃っている上に、敵のガロプラも隊長と副隊長が揃っているからだ。

 コスケロが放つ液状化に対し、太刀川は身体を逸らしながら回避し、液と液の間をすり抜けて旋空を通す。

 その一撃をシールドで受けつつ避けると、その背後から風間がスコーピオンを握って距離を詰める。

 右脚の裏からスコーピオンを出して蹴り込みに行ったが、それをドグがガードした。さらに時間差で別のドグが風間に向かって行く。

 その隙に、風間の背後からガトリンが動く。が、その前に海斗が移動した。アームの一撃に対し、スラスターパンチを放ち、相殺する。その海斗の後ろから、小南が斧を振りかぶった。コース的に丸々、吹っ飛ばす勢いだ。

 

「うおおおいマジかお前⁉︎」

 

 大慌てでスラスターを使い、回避する。直後、真下を斧が通り、ガトリンに向かっていった。

 その一撃をアームでガードするが、真上に避けた小僧が空中からスコーピオンの腕を伸ばして来る。

 それをドグが庇う形で受け、その二人の背後から液状化が飛来する。それを、太刀川が近くに落ちているドグの残骸を鞘で打つことで散らせた。

 その隙に、一度、海斗と小南は離脱する。

 

『あーイライラする。硬いなあいつら。あと斧、お前後で覚えてろ』

『落ち着け。こちらをイラつかせるのも、奴らの作戦のうちだ』

『それに、長引いて困るのは向こうの方だ。俺達は極論、このまま適当に相手してるだけでも良いんだ』

『太刀川、あんたが言っても説得力ないわよ』

 

 実際、引き分けなんて最高につまらない終わりは、死んでもごめんの癖に、よく言うと思った。

 

『一先ず、何か変化を起こさないと崩せそうにないな』

『私が引っ掻き回そうか?』

『いや、しばらくは現状維持だ。このまま向こうが手を打つまで待つ。各自、何をされても対応できるよう気を引き締めておけ』

『今日の晩飯、何にしようかな……ラーメン禁じられてるし……』

『俺がファミレスでご馳走してやるから集中しろ』

『じゃあ俺も!』

『私も!』

『……』

 

 バカを黙らせるつもりが、もう二人バカが釣れたことに後悔しつつ、一先ず頷いておいた。

 一方で、ガロプラの精鋭二人は、黙って目の前の手練を見る。

 ヒゲ、若いの、斧使い、ヤンキー。そのうち、斧使いとヤンキーはこちら、ヒゲと若いのはコスケロに意識を割いている。上手いこと乱戦にして、死角からの一撃をコスケロにやらせているが、まるで見えているように避けられる。いや、正確に言えば「誰か見えている奴が指示して避けている」という感じだ。

 しかし、逆に言えば、手練のうち一人はそれによって意識を割かれている、ということだ。

 いずれにしろ、このままでは時間が掛かる。

 

『隊長、どうします?』

『大砲のチャージにはもう少し掛かる。作戦時間を20分に延長だ』

『了解です』

『それまでに、敵の戦力を少しでも減らしておきたい。コスケロ、誰でも良い。奴らの手足を捕らえろ』

 

 そう指示しつつ、ガトリンは今度は自分から仕掛けた。犬に牽制させつつ、地面を蹴って突撃する。

 狙いは、一番若そうなの。コスケロを狙っている鬱陶しい奴だ。あの剣では、処刑者のアームは防げない。

 勿論、それはさせまいと言わんばかりに斧使いが前に立ち塞がる。が、その片手に斧はない。代わりにあるのは、トリオンキューブだ。

 メテオラが放たれ、それをガードしつつ、今度はアームで突き刺しに向かった。

 

「!」

 

 それを、小南は真上に跳んで回避する。その小南に向かうドグだが、それは太刀川に遮られた。

 その隙に、ガトリンは風間に向かった。執拗に狙って来ることに風間が違和感を覚えつつも、身構えながらコスケロへの警戒も解かない。

 しかし、その横からヤンキーが加速するグローブみたいなのを使って、自身を狙いに来る。敵のトリガーは斧、刀、盾にもグローブっぽくもなるよく分からん加速する硬いの、そして軽そうで切れ味が良さそうな短剣。そして、短剣を握っているのは、一番若いのだけではない。

 

「陰山!」

 

 アームを一本、地面に突き刺し、強引に方向転換したガトリンは、別のアームで海斗を狙いに行った。

 流石に加速した状態では、横からの殴打は防げない。その上、もう片方の腕は斬られ、脆い剣で新たな腕を作っている始末。あれではガードも出来ない。

 ヒゲと斧がガードしようとするが、間に合わない。アームはメジャーリーガーの木製バットの如く、振り抜かれた。実際、何かを弾き飛ばした感触はあった。

 斬った、そう確信しかけた直後だ。カランと奥から音がする。そこに落ちているのは、加速するブレードの本体の柄だ。それが、真っ二つに裂けて落ちていて、フッと姿を消した。

 

「……!」

 

 まさかと思って振り抜いたアームを見上げると、その真上にヤンキーが膝をついて座っていた。

 

「これが、白夜叉……! って言わないの?」

 

 自分の通り名だろうか? だとしたら痛々しい。そんなことを呟きながら、スコーピオンを自分に振り下ろす。

 その一撃を、別のアームでガードすると、バカはそれを読んでいたようにアームの上から降りながら、無事の腕にレイガストを握り込み、乗っていた腕を殴った。

 そのアームの先端が、スコーピオンの一撃をガードした腕に突き刺さる。

 

「何っ……⁉︎」

 

 あまりに滅茶苦茶で、予想外の一撃。だが、呆けてはいられない。それに、想定外はあっても、予定の本質に変化はない。

 そのまま海斗が、さらにガトリンに追撃を掛けようと、レイガストを振りかぶった直後だ。その腕に何かがまとわりつく感触。後ろを見ると、その腕に液状化がくっ付いている。

 

「あ、やばい」

 

 そう思った直後だ。さっきまで自分が相手をしていた大物は退がり、代わりに大量の液状化が飛来する。

 強引に手を引き抜きながら下ろうとするが、逃がさないようにドグが距離を詰める。

 

「海斗!」

 

 声がする方を振り向くと、小南がメテオラを放ちながら、自身に手を伸ばしている。そのメテオラがドグを殲滅すると共に、爆風で視界を塞ぐ。その隙に、海斗は手に持っているレイガストで加速しながら、小南の手を掴んでギリギリ、離脱した。

 液状化がまとわりついた腕はもう使えない。切り落としてしまった。漏れるトリオンを抑えながら、奥歯を噛み締める。

 

『無事か? 陰山』

『平気。悪い、しくじった』

『いや、液状化の方を抑えられなかった俺のミスだ』

 

 聞いてきた風間が珍しく謝る。謝ること自体が珍しいのではなく、海斗に謝る事が珍しかった。

 しかし、何がまずいって、これから先のことだ。これで、大砲を凌げる奴はいなくなった。次に、あのでかいのが大砲を撃つ時が、自分達の任務失敗を意味する時だ。

 

 



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なり切れば武器になる。

「ヒーローネーム『どすけべ』。希望変更ネーム『マジックハンド』」

 

 直後、脆い光の刃で象られた両手がビビビビッと正面に伸びる。なんて訳の分からない遊びをのうのうとこなしている阿呆の頭を、後ろから小南と風間のが殴った。

 

「何馬鹿やってんのよ⁉︎ わかってる? 大ピンチよ!」

「頼むから集中しろ。分かってるのか、現状が?」

「うーるせーなー。両手無くすことなんて中々ないよ? 楽しまないと!」

「じゃ、俺は……そうだな。雷光ゲンジか?」

「「ヒゲを引き抜かれたくなかったら、お前も黙ってろ!」」

 

 相変わらず緊張感のない奴だ。頼むから大人になって欲しい。

 

『で、どうする? 風間さん』

『どうするもこうするもない。とにかく、速攻で重い方を片付ける他ないだろう。次に撃たれたら終わりだ』

『とにかく、海斗。あんたは下がってなさいよ。一応、あんたのレイガストがあれば、防げる可能性はゼロじゃなくなるんだから』

 

 簡単な話で、レイガストを出して誰かが使えば良い。その際の候補は小南だろう。理由は、双月という巨大な斧を使うから。

 そんな中、海斗がふと思いついたように言った。

 

『よし、こうしよう』

『『『断る』』』

「聞けよ!」

 

 一方で、バカやっている敵を眺めながら、ガトリンはコスケロに声を掛ける。

 

『よくやった、コスケロ』

『なんか、あまりやった感じしないんですけどね。あの余裕を見てると』

『奴らは手練れだ。どんな状態でも余裕は崩さないだろう。だから、戦力を削いで選択肢を削る事が必要だった』

『ああ、まぁそうなんですが……』

 

 ……とはいえ、両手を失って遊ばれると、やっぱり「うまくいった」感じが半減する。

 

『とにかく、まずはあのヤンキーを集中狙いだ。あの義手は敵のブレードトリガーだから、あの状態でも油断は出来ん』

『大砲の方は?』

『あと4〜5分といった所だ。終われば、強引にでも撃ちにいく。援護しろ』

『了解です』

 

 そう言うと、再び敵を眺める。向こうも、おそらく内部通信で作戦を立てている。ずっと遊んでばかり、というわけではないだろう。

 可能性としてあり得るのは、あの片腕のアームを解除し、あの盾トリガーを仲間に譲渡して使う事。それが可能であれば、敵はあの男を引き気味に使うだろう。

 防御力は使い手より明らかに下がるだろうが、それでも0というわけではない。確実に仕留めておいた方が賢明だ。

 従って、まずはあのヤンキーから……と、思った直後だ。茶髪の男が、自分から突撃して来た。

 

「!」

 

 狙いは、ガトリンだ。よりにもよって火力が一番高い自分を選んできた上に、他の仲間は一応、フォローするように動いてはいるが、明らかに突出し過ぎている動き……とても戦術的な作戦とは思えない。

 ヤンキーに対しアームを振るうが、それを跳び箱のように回避しながら蹴りを放ってくる。

 それをガードしつつ、大砲の銃口で横から殴りつけるが、それをわざと食らって殴り飛ばされながら、手前のアームにスコーピオンを引っ掛けてしがみつき、蹴り返す。

 

「チッ……!」

 

 ただの蹴りのわりに、なかなか重い。喧嘩慣れしている奴の威力だ。バシリッサのアームを床に突き刺し、体制を崩さないようにしながら、3本のアームで猛襲を仕掛ける。

 それを、回避しながら本体に腕を突き込んだ。

 

「っ……」

 

 ガードし、反撃を受けるが、それを読んでいたように体を横に倒しながら、手を地面につけてローキックを放つ。

 また蹴り、トリガー込みの攻撃で無ければ、踏ん張れば何の問題もない。ましてや、パシリッサならば踏ん張る必要すらない……と、思った直後、脚の脛の辺りに、刃が出ているのが見えた。その代わり、片腕から義手が消えている。

 

「ッ……!」

 

 踏ん張るために使ったアームで強引にその場から引離れようとしたが、間に合わず足の甲の先を切り飛ばされる。

 

『隊長……!』

『問題ない。それより、他のメンバーに動きがないのが気になる。警戒しておけ』

 

 動きがない、というのは語弊があるが、ヤンキーをフォローする為か、左右に展開し、犬を処理しつつ、遠巻きにコスケロの相手をしている。まるで、ヤンキーを鉄砲玉にしているようだ。

 

「よそ見してんなオッサン」

「!」

 

 直後、さらに追撃する為か、振り抜いた脚を強引に地面につけたヤンキーは、足から刃を消すとともに、片腕から生えた腕を伸ばして天井に貼り付け、引っ張りながらジャンプし、上空からさらに接近してくる。

 しかし、それはこちらの味方が持つトリガーにとってカモでしかない。

 

『コスケロ、やれ』

『了解』

 

 発射される黒壁。ヤンキーを取り囲むように放たれた直後、海斗も天井に張り付いたまま指示を出した。

 

「釣れたぞ。やれ」

 

 直後、動いたのは太刀川と小南。コスケロを挟み、黒壁に捕まらないよう遠巻きに旋空とメテオラを放つ。

 

「!」

 

 勿論、手元に残しておいた黒壁とドグで応対する。凌ぎつつ、空中の海斗を追うコスケロと連携し、ガトリンも海斗を狙おうとする中、ふと違和感に気付く。

 

「コスケロ、一人足りないぞ! 気を付けろ!」

「!」

「もう遅い」

 

 直後、風間がコスケロの黒い壁の内側に接近し、ブレードを振り抜いた。

 

「っ……!」

 

 反射的に後ろに身体を逸らしたが、片腕を持っていかれる。そして、その隙を逃す風間では……。

 

「風間、後ろだ!」

「!」

 

 が、その周囲からガトリンとドグが接近して来ていた。周りは黒壁、左右からドグ、後ろからガトリン。抜ける隙はない。

 

「チッ……!」

 

 小南と太刀川がガトリンに一撃ずつ放って止め、片方のドグは海斗がマンティスを放って自分の元に引き寄せて砕いた。

 敵の数が減れば十分だ。残りの1匹は風間自身が叩き潰しながらスパイダーを壁に放ち、強引に黒壁の隙間を抜けて脱出した。

 再び四人揃うと、風間が一息ついた。

 

「……これだけやって、腕一本か……。やはり、所詮はバカの考えた手だな」

「あ? テメェ文句あんのかコラ。てか、重い方をやれっつったろ最後」

「やめなさい、海斗。重い方に行ってたら、風間さん死んでたわよ」

「はははっ、まぁ良いだろ。でも、陰山。やるならもう少し俺にも暴れさせてくれ」

 

 聞いていると、太刀川も頭が悪いように思えて来た。

 

 ×××

 

 機動戦士ガンダムと、ドラゴンボール。相反するアニメだが、共通している面は二つとも戦闘を行うという点だ。

 見ていれば分かるが、この二つの戦闘に戦術はない。作戦はあるが、基本的には超強い人達が敵と戦う、という物語だ。その戦いに「技」はあっても大きな「駆け引き」は無い。

 が、それが強さになることもある。よって、那須の新たなバトルスタイルは「サイヤ人モード」と「ニュータイプモード」に別れていた。

 サイヤ人モードでは、近接戦闘を挑み、崩した所で気弾を放ち、フィニッシュするゴリ押しタイプ。

 ニュータイプモードではファンネルを用いて敵に躱させ、当たるタイミングでビームライフルを撃って次に行く搦手タイプ。

 まぁ、早い話が頭の中でどのアニメをイメージするか、が重要になってくるわけだ。

 だが、今回の相手は、その二つとも通用する相手では無かった。

 

「チィッ……!」

「玲、舌打ちの時くらいアムロ風はやめて!」

 

 何故なら、敵は分身を使うからだ。実体は一つで、広域殲滅を何度しても、実体がないから分身が減らない。レーダー解析をしてくれてはいるものの、こちらが消してしまうのでそれらは無意味と化してしまうのだ。

 

「仕方ないな」

「どうするの?」

「第三のモードを、解放する」

「え……?」

 

 まだあるの? と思いつつ、玲の方を見る。

 

「ごめんなさいね、クマちゃん。これはまだ実践で使ったことがないモードなの」

「え? あ、そ、そう……」

 

 割とどうでも良いが、ウキウキ気分の那須は止まらない。

 

「だから、合わせてね」

「え、あ、合わせるって? せめて漫画のタイトルを」

「フライデー?」

『こんにちは、ボス』

「小夜子⁉︎」

 

 平然と声をかけると、玲は耳元に声を掛ける。

 

「僕達のバックアップは考えなくて良い。君は敵のトリックを見破れ」

『了解しました』

「アベンジャーズ、もう一仕事だ!」

「私しかいないんだけど……」

 

 無視して、那須は両手からアステロイドを放った。大玉が一気に敵の元へ向かう。

 が、敵の近界民はジャンプして回避し、分身を増やす。

 それらを前に、那須は両肩の上に細かい変化弾を24発分、作り出し、発射した。

 飛び交うミサイル(という設定の弾丸)は敵の分身を的確に穿っていく。もちろん、残像である為、避けてしまうわけだが、フライデーのバックアップで透けた分身はマーキングされていく。

 外したのは5人。その中に本物がいる。とりあえず、1番近いやつに接近し、蹴りを放った。

 

「!」

 

 偶然にも本物だったようで、その近界民はシールドでガードする。

 

「なんで、私が本物だと……!」

「諸君、話し合えば分かる」

 

 言われても無視して近界民は反撃する。が、それを那須は手首を掴んでガードし、反対側の手で殴り掛かる。

 その一撃はシールドに阻まれた。近距離でお互いに両腕が封じられる。ならば、頭数の多い方が勝つ。

 付近のドグが那須の方を向き、頭部のブレードを伸ばして突っ込んできた。……が、それらは熊谷によって阻まれる。

 

「っ……!」

 

 直後、那須の胸前にエネルギー(という名のトリオンキューブ)が集まる。胸部のヤユニビームに模した変化炸裂弾が一気に放たれた。

 ゴウッと放たれた一撃により、弾丸は爆発。視界から近界民は一気に後方へ弾き飛ばされ、後方の壁に背中を強打する。

 瞬間的にトリガーを切り替えることで自信を守っていた那須の周りには固定シールドが囲んでおり、機械的な目で煙の奥を見る。

 

「話せて良かった」

「何処が話し合いよ……!」

 

 奥歯を噛み締めているかのような声が聞こえてきたのは、煙の奥。咄嗟にシールドで防いだのだろう。片腕が無くなった近界民が姿を見せる。

 

「! まだ……!」

「大丈夫だ、ローディ。分身の中に一人だけフック船長がいれば、すぐに見分けはすぐに付く」

「なんであなたさっきからあらゆるキャラを完コピしてるわけ?」

 

 直後、まだ残っている分身、さらに追加された分身、全員の片腕が消滅した。

 

「全員、フック船長になっちゃったじゃない」

「フライデー?」

『問題ありません、ボス。本物へのマーキングは完了しました』

「ご苦労。さ、ダンスの時間だ。全員、タキシードを用意しろ」

 

 そう言うと、那須はさらに接近する。本物に向かって一直線。拳を放つが、それを回避されて反撃が来る。

 それをガードして受けつつ、射撃を放って接近する。ノリについていけない熊谷も、ひとまず仕方なく援護をする。

 正面に来た那須は、ゼロ距離から射撃を放つ。回避され、ボディに斬撃が来た。

 それを避けた直後、首に手が伸びてくる。

 

「!」

「あまり調子に乗らないことだね」

 

 ギギギっ……と、指先に力が込められ、締め上げられる。直後、その手を強引に後方へ伸ばされ、投げ飛ばされた。

 腰を床に強打しつつも、射撃を放ち続ける。が、拙いものとなり、近界民は接近し、片手の刃を構えてトドメを刺そうとした時だった。

 背後から、ドッと背中を刺される感触。後ろを見ると、熊谷が尖ったドグの頭部を突き刺していた。

 

「ッ……!」

「終わりね」

「……最後に一つ、良い?」

「何?」

「その子なんなの?」

「知らね」

 

 もう考えないようにする熊谷だった。

 

 



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一番好きなライダーキックはカブト。

 緊急脱出があるとはいえ、ラタが王子であることを知らなかったが故に起きた「王子が遠征で孤立して戦う」という事態に目を瞑ってくれると幸いです。


 踊り手のトリガーは本来、一人で使うものではない。単純な言い方をしてしまえば、飛んでいる円盤が敵を切り刻むだけ。その動きは複雑で円盤自体も決して柔らかくはないが、他のメンバーのトリガーと比べると、援護向きと言った方が良いだろう。

 そんな踊り手だが、それでも盾やブレードと並行して使える上にドグも召喚できるため、ボーダーのトリガーよりは高性能だ。

 三輪の弾丸、鉛弾が当たれば動きを封じれるが、それに備えてドグでカバーしている。

 というより、ドグの使い方が上手い。何度か米屋が後方に回り込もうとするが、うまいか間合いにカバーされている。

 

『中々、後ろを取らせてもらえねーな。俺ら二人以外に援護がないこともバレてそうじゃね?』

『そうだな。あまり踏み込むなよ。あのリング、一つ一つを奴の意思で動かしているのなら、迂闊に踏み込んだ所を切り刻まれて終わりだ』

『分かってるよ』

 

 正直、このまま適当にのらりくらりと相手をしていても構わない……が、敵が止められたまま手を打って来ないわけがない。何より、近界民を見つけたら倒し、捕らえるのが基本的な三輪の方針だ。

 何かされる前に、さっさと仕留めて他のメンバーの援護に向かう。槍を構えた米屋が突撃した。

 

「幻踊弧月」

 

 そう言って首を取りに行く。それを、過剰に避ける近界民だが、真っ直ぐ突かれたはずの槍は真下に急降下する。

 それを腕についているシールドでガードしようとしたが、穂先は形を変えてシールドを持つ腕を切り落とした。

 

「!」

 

 距離をおこうとする近界民は、ドグに両サイドから米屋を襲わせる……が、そこを鉛弾で動きを止める。

 そうなれば、近界民は踊り手を使うしかない。それにより、米屋の足止めに掛かった。複数の飛び回る斬撃を相手にするには、槍はかなり使いづらい。

 米屋は足を止めて、穂先をうまいこと回転させながら対応し、そしてその後ろから援護をしていた三輪は背中を踏み台にして跳ね上がった。

 

「! 上……⁉︎」

「そこだ」

 

 慌てて踊り手を真上に跳ね上げて方が遅い。降りながら孤月を振るった三輪の一撃は、ラタの身体を両断した。

 

 ×××

 

 室内の戦闘は、さらに苛烈を極めた。ここが基地内で無ければ、それこそ「ストーム」が発生していたであろう乱戦であった。

 バカが向かってくる犬型を捌いていると、真横から液体のシールドが流れてくる。それを両腕でガードし、スコーピオンをへし折って生やし直している間に、背中についた巨大なアームが迫って来る。

 それを小南が斧でガードしつつ、メテオラで足を止めさせる。その隙に太刀川が接近した。

 二刀による猛攻、それらがアームの動きを制限していく。その隙に、冬島隊のワープを使った風間が突き刺しに行く。

 しかし、それをまた液状化のシールドが阻害した。

 

「チッ……!」

 

 その風間に犬型が迫る。その首を落とすと、ブレードがついている頭を掴むと、投擲して強引にガトリンを狙ったが、それはアームに阻まれる。

 やはり、硬い。攻め手をどんなに増やしても、とにかく守りに入られて面倒だ。

 何せ、相手は砲撃一発かませば勝ちなのだ。守れるシールドを持っている奴も両腕を失っている。適当に相手して、タイミング見て撃てば終わりだ。

 

『どうする? どっかの誰かが両腕無くした所為で、ずっと後手よ?』

『あ? 俺の所為かコラ』

『やめろ、バカども。撃つ前にあの重い方を倒せば良いだけの話だろう』

『だな。とりあえず……あの液状化の方をやっちまった方が良さそうだ』

 

 見事に捕まらないよう全員が立ち回っていた。馬鹿以外、五体満足ではあった。

 そんな中、太刀川が提案した。

 

『相手は油断してないだろうけど、有利な状況だ。何せ、あと一手で勝てるからな。多分、真っ二つにしたとしても撃ってくるぞ』

『あのアームがあれば、片腕も片足も両足も、なくても撃てるでしょうね』

『けど、長引くほど不利になるのは向こうだろう。近いうちに撃ってくるぞ』

『後一回なら止められるよ。隙はかなり大きくなるけど』

『どうやってよ』

『言ったら「無理でしょ」って言われそうだし、あと多分、言わない方が良さそうだから言わない』

 

 自信はあるようだ。とはいえ、こちらが止めるような内容なら聞いておきたい所だが……しかし、彼をここに残したのは迅だ。村上もいたにも関わらず海斗をよこした以上、信じるしかない。

 

『……なら、こうするか』

 

 風間が作戦を決め、全員に内部通信で話した。

 その間、敵の近界民であるガトリンとコスケロも同じように作戦を決めた。敵は数でこそ優っているものの、トリガーそのものの性能であれば自分達が有利だ。

 

『大砲のチャージは溜まった。コスケロ、誰か一人の片腕を封じろ。それが無理なら、格納庫の前にはヤンキー一人だけにする。格納庫の前にヤンキーのみ、或いは、それに追加してその片腕を封じた相手以外がいなくなった時、砲撃で終わらせる』

『了解』

 

 他の連中が、あの盾を使っていたことはない。仮に、他人にトリガーを貸し与えることができたとしても、片腕さえ奪えれば、使い慣れていない盾使いが防げる程、砲撃の威力は甘くない。

 まず動いたのは、ガトリン。犬型に先行させつつ、ヒゲに狙いを定めた。踏み台のトリガーで真上にかわされつつ、伸びる斬撃を放ってきたが、アームでガードしつつ別のアームで斬りかかる。

 それをブレードでガードされるも、壁に押し込んだ。

 コスケロが、若そうな奴を相手に、黒壁を広げて強襲する。周囲に張ったスパイダーを足場にしてスイスイ回避しつつ、若いのは距離を詰めて反撃する。

 しかし、派手な見た目の割に、躱すのがあまりに簡単すぎる。そう思ったのか、急に声を張り上げた。

 

「陰山!」

「! 小南!」

 

 すぐに意図を理解したのか、こちらの死角からの攻撃を、まるで見えているように回避し、味方にも指示を出せるのにバカっぽいのが声をあげる。直後、女に向かって瓦礫の隙間から液体が這い出る。

 すぐに小南は後方に飛んで回避する。直後、犬型がその隙を捉えるように接近した。

 

「当たらないわよ」

 

 しかし、それでも小南は斧を分断し、その犬型をまとめて斬り落とした。あまりに完璧な対応ではあったが、さらに迫る黒壁に、遠くへ飛ぶしか無かった。何故か、特にこの女が武器を黒壁に捕まらないよう意識していたから狙った。

 つまり、格納庫にはヤンキー一人。ワープ出来る使い手もいない。その隙を見て、ガトリンは砲門をハンガーに向ける。

 

 ──もらった……! 

 

 そう確信し、砲撃を放った。太く重いトリオンの砲弾が一気に格納庫へ放たれた。

 視界に入ったのは、若いの、髭が冷や汗をかきつつ、バカを見守っている所。唯一、それを見せていないのは女だけだ。

 勝ちを確信する中、男はこちらに背中を向けて構えた。

 

「one、two、three……!」

 

 おへその前あたりを、何かボタンを押すような仕草をした直後、砲弾の延長線上にあの盾トリガーの取っ手を呼び出す。

 まさか、と嫌な予感がしたガトリンは、すぐに声を張り上げた。

 

「コスケロ! 奴を止めろ!」

「了解!」

 

 同じく嫌な予感がしたコスケロが黒壁を発射する。しかし、それらに爆発する弾丸トリガーが向かい、阻害した。

 それと同時に、層が広がって薄くなった隙を突き、若いのがコスケロの手足を斬り刻んだ。やられたが、やられるのを覚悟の行動ではあった。

 そんな中、あの男は。腰をフル回転させながら、廻し蹴りを放った。いつの間にか靴を脱ぎ捨て、裸足になった足の裏が、召喚された盾トリガーの柄を捉え、脚をシールドが包み込む。

 

「スラスター!」

 

 脚が砲撃を捕らえた直後、加速する。

 突きと蹴りの場合、威力は桁違いだ。単純な話、パンチを放った時は全体重を乗せるのは難しいが、蹴りの場合は遥かに勢いと重心を乗せやすいから。

 その上、レイガストのシールドモードによる硬さとスラスター。蹴りと砲弾が、まるでかめはめ波とギャリック砲が衝突したように押し合っていた。

 だが、それでも相手のトリガーは威力だけ見れば黒トリガー並み。脚に亀裂が走る。

 

「んっ、なろッ……!」

 

 額に青筋が走り、生身であれば脚の筋に痛みが走るであろう感触が響く。

 そして、ついに砲弾は脚を吹き飛ばし、ハンガーに向かう……直前、新たな壁が直撃を堰き止めた。海斗が、念のために出した集中シールドが、完全に砲撃を凌いでみせた。

 

「……!」

 

 ガトリンが、思わず驚いてように目を見開く。まさか、両手がなければ足とは。それも、完璧にインパクトのタイミングを捉えていた。

 が、惚けてもいられない。さっき吹っ飛ばした髭が迫って来ているから。一撃を回避しつつ、アームで強襲するが、それは防がれてしまう。

 砲撃は防がれたが、あの男は今度こそ再起不能。ならば、時間は掛かっても次の砲撃で決める。

 そう思った時だった。

 

「残念だが、もう終わりだぞ」

「何……⁉︎」

 

 ヒゲの後ろから、一気に小南が巨大斧で二人まとめて斬り落とした。

 

「ッ……!」

 

 完全なトリオン漏出過多。手足を斬られたコスケロも、ダウンしてしまった。身体が爆発し、煙が舞い上がる。

 

「!」

「おいおい……」

 

 が、その煙の奥に発生したのは、黒いゲートのようなものだった。そして、二人の体は完全に消えている。

 すぐに脳裏に浮かんだのは、緊急脱出。ボーダーオリジナルだと思っていたが、近界民も開発したようだ。

 

「緊急脱出か……」

 

 おかげで、敵の大胆さの理由がわかった。確かに、基地への破壊工作を行っても生きたまま帰れるというものだ。

 耳元から、沢村の「トリオン反応消失!」という言葉を聞き、間違いないと確信する。

 

『いやー、勝った勝った。……と言っても、小南。何で俺ごと斬ったの?』

「いや、私の目の前にあんたの背中があったもんだから。わざわざ回り込む時間もなさそうだったし」

「文句を言うな、太刀川。敵は落とせる時に落とした方が良いだろう」

「どんまい、太刀川」

『てか、お前は何でずっと呼び捨てなわけ?』

 

 そう告げたのは、もはや四肢が足一本しか残っていない海斗だった。

 

「てか、あんた緊急脱出してなかったわけ?」

「スコーピオンで傷口塞いだ」

「確かに、あんな真似を提案されたら、反対していたな。上手くいったから良いものの」

「よくあんな無茶な真似したわね」

「コナンが劇場版でアレだけボール蹴って無茶苦茶やってんだぞ。俺だって一回くらいの無茶通るだろ」

「どういう理屈だ」

 

 そんな話をしていると、ぐらりと海斗は倒れそうになる。片足一本だから、立ちにくかった。

 それを、小南が隣で支える。

 

「あーあーもう、トリガー解除したら?」

「いや、いいよ。ケンケンで帰る」

「どんな罰ゲームだ」

「見てるこっちが痛々しいのよ」

「でもほら、俺をガンダムだと思ってごらん? 終わった後、ボロカスになってる姿ってカッコ良くね?」

「風間さん、こいつ何言ってんの?」

「戯言」

「お前らコラ」

 

 そんな中、小南がふと何か思い付いたのか、手を打った。

 

「そういえば、風間さん。こいつ今、まさに手も足も出ない状態よね?」

「……そうだな」

 

 とても風間が浮かべているとは思えないほど、意地悪い笑みを浮かべた。

 

「え、ちょっ……君たち?」

「武器はなしね。ベイルアウトしちゃうから」

「どうするか。やっぱりくすぐりか?」

「それしか無理そうね」

 

 この後、イジられるにイジられた。

 

 



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喧嘩だ喧嘩。

 外の近界民を片付けた部隊のうち、二宮隊と嵐山隊が残って警戒を続けていた。

 その中の二宮隊隊長、二宮の元にオペレーターから通信が入る。

 

『二宮さん。陰山くん、中で近界民の撃退に成功したそうです』

「……そうか」

「勝ったんだ。良かったねぇ」

 

 犬飼が隣から呟いた。正直、太刀川、風間、小南がいるとはいえ、二宮抜きであのバカタレがいて大丈夫だったのか不安ではあったため、ホッとしてしまった。

 

「驚くことじゃない。あいつらなら当たり前だ」

「またまたー。本当は?」

「殺すぞ。犬飼」

 

 バカの影響か、最近は犬飼や辻、氷見も少しずつ気安くなってきた。まぁ、それが嫌というわけではないが。

 

「終わったのなら、こちらを手伝わせろ」

『それが、両手片足を失った状態のようでして……』

「チッ、どこまでも使えない奴め……」

 

 そうは言いつつも、二宮はさほど不愉快そうにはしていない。どうせ無茶したのだろうが、緊急脱出せずに乗り切ってはいる辺り、大規模侵攻での反省を踏まえてのことだろう。

 

「……まぁ良い」

 

 そう呟くと、再び見回りを続けた。もう残っていたトリオン兵も片付けたし、レーダーに狩り残しも表示されていない。終わった、と見て間違い無いだろう。

 

「氷見、陰山はそこにいるか?」

『いますよ。あと小南も』

「小南はどうでも良い。今、玉狛の試合がこれから始まるとこだったな?」

『はい』

「なら、観戦に行っても良いと伝えろ」

 

 いくら別行動していたとしても、同じ部隊の隊員同士。二宮にだけ礼儀正しいバカは、一人だけ先に休むような事はしない。

 それを読んだ上で声をかけてやった。

 

『だって』

『良いんですか⁉︎』

「構わない。どの道、お前がそこにいても出来ることなどないだろう」

『出来ますよ! 氷見の手伝いとか!』

『邪魔、目障り、気持ちだけで』

『お前俺のこと馬鹿にしてんの⁉︎』

『バカ、行きましょう。許可をもらったんだし、あなたは無理しないで自分にできることをしなさい』

『小南、もしかしてお前も売ってる?』

『菜香楼』

『じゃあ、お言葉に甘えます!』

 

 速攻で籠絡されていた。

 そんな時だった。その二宮隊の元に走って来る影があった。

 

「二宮さん!」

「?」

 

 顔を向けると、そこにいたのはわざわざ見下ろさないと目を合わせられない小さな少女だ。

 

「黒江か。何か用か?」

「陰山先輩はここに来ないんですか?」

「何故だ?」

「褒めてもらうためです。仕事を全うしたので」

 

 途中、出現した二体エース機を抑える役目を果たした村上と他二人、木虎と双葉だった。

 確かに、上手い事抑えてくれていたし、助かったといえば助かった。……が、残念ながら海斗はここは来なくて良い、と指示を出してしまった後だ。

 

「あいつならここに来ないぞ。まともに戦える状態では無いため、玉狛の観戦に行かせた」

「あ……そ、そうなんですね」

 

 少し肩を落としてしまったが、別に自分は悪くないので、二宮は仏頂面のまま警戒を続ける。

 そんな中、黒江が何かに気がついたように相槌を打ち始めた。

 

「はい。……え? え……そ、それを? はぁ……分かりました……」

 

 誰かから通信が入ったようで、何かしらにOKすると改めて自分を見上げる。……少し困惑した表情のままだったが、やはり真面目そうな顔で言った。

 

「えー……『隊長なら、自分の部下の弟子が褒めてもらいにくることくらい、察しておいて下さい。そんなんだから、いつまでもジンジャーエールばかり飲む大学生になってしまうんですよ』……です」

「……加古。部下を使って嫌がらせをするのはやめろ」

 

 秒で看破した。こんなバカな真似をさせる女、少なくとも自分は一人しか知らないから。

 

『あら、もうバレちゃった?』

「当たり前だ」

 

 むしろバレないと思ったのか? なんて言葉さえ出て来ない。単純にムカついた。

 そんな二宮に、追い討ちをかけるように、かつての同じ部隊に所属していた加古望は言う。

 

『相変わらず面白味のない人ね』

「結構だ」

『あなたみたいな人に、どうして陰山くんが懐くのか不思議で仕方ないわ』

「そっちこそ、そこまでワガママなかまってちゃんに、よく黒江がついてくるものだ」

 

 そんな言い争いが始まる中、少し、黒江は後悔していた。通信越しでまさかの口喧嘩。もしかして、自分の所為だろうか? しかし、黒江は海斗と同じくらい加古の事も尊敬している。

 言われた事をしないようでは……いやでもどうしたらよかったのか? と、思っていると、氷見から通信が入ってきた。

 

『ごめんね、双葉ちゃん』

「いえ、私の隊長が吹っかけた事なので」

『陰山くんには、私から後で伝えておくから』

「ありがとうございます」

 

 昔、何があったのか知らないが、本当に毎回、仲良い二人だなぁと思ってしまった。

 正直、こういう特定の相手とは喧嘩ばかりする所、二宮と海斗は似ていると思わないでもないが、命が惜しければ口にしないに限る。

 

 ×××

 

 今回攻めてきた国はガロプラ。アフトクラトルと従属関係にある国であり、ヒュースはそれを介して帰還を図ったが、その遠征兵であるレギンデッツから「お前は国に捨てられた」という情報と共に、拒否される。

 それに伴い、陽太郎から『蝶の楯』を一時、返してもらったヒュースがレギーを撃破。迅に自分を国に帰す事を約束させ、ボーダーに入隊し、三雲修が率いる玉狛第二と組んで遠征部隊を目指すことを決めた……。

 と、いうわけで、その入る予定のチームの試合を見にきた。勿論、表立って見るわけにはいかないので、会場の少し上に設置されている席で、だ。

 陽太郎も連れて三人でそこに観戦しに来た。

 

「あっ」

「ん?」

「おっ」

 

 が、そこには既に先客が来ていた。すぐに騙されるバカと、単純なバカがくっ付いたバカップルである。もっとも、ヒュースはその二人が付き合っていることなど知らないが。

 

「あ、この前の……えーっと、ヒューズ?」

「惜しい、ヒュースな」

 

 バカの呟きを訂正したのは迅だ。そのバカっぽいセリフを聞き、ヒュースは小さく声を漏らす。

 

「……ふんっ、チンピラか」

「ああ⁉︎」

「はーい、落ち着く落ち着く」

 

 声を荒立てたバカを、慌てて小南が止めた。それと同時に、ヒュースの方へ振り返って注意してくる。

 

「ちょっとあんた! あんまりこいつを刺激しないでよ。見ての通りなんだから」

「小南さん?」

「……ふんっ。迅、席を変えるぞ」

「いやいや、一緒に見ようよ。海斗とヒュースは仲良くなっといた方が良いぞ」

「はぁ?」

「俺のサイドエフェクトがそう言っている」

「「知るか、嫌だ」」

 

 いや割と仲良いんじゃね? と3人揃って思ったのは、言うまでもない。が、口に出さなかったのは英断だった。迅と小南はともかく、陽太郎は特に。

 二人はすぐにジロリと顔をつきあわせ、眉間にシワを寄せる。

 

「あ? お前何ハモらせてんの?」

「こっちのセリフだ。貴様なんぞと何故、声を合わせなければならん」

「そっちが合わせてきてんだろうが。いい加減にしろよカス」

「いい加減にするのは貴様の方だ。一々、突っかかってくるな」

「お前も同じだろうが。キン肉バスターかけてやろうか?」

「キン肉バスターってなんだ? 筋肉でも壊すのか?」

 

 徐々に口喧嘩はヒートアップしていく。玉狛のアタッカー二人は「どうする?」みたいに顔を見合わせた後、小南が口を挟んだ。

 

「まぁまぁ、とにかく黙ってなさい、二人とも。これから、あんたの元弟子とあんたの入るチームが戦うんだから」

「……元弟子?」

「一ヶ月くらいだけどな」

「しかもクビになったのよね?」

「ふふっ……」

「お前今笑ったか?」

「笑った。悪いか?」

「よし、殺すか」

「だからやめなさいってば!」

 

 こういう時、沸点低いのが彼氏の面倒な所だ。まぁ、嫌なわけではないが。なんだかんだ、自分自身が海斗と喧嘩するのも嫌いじゃなかったりする。

 そんな中、二人の間にのそのそと割り込む小さな影があった。

 

「まぁ、おちつけ。ふたりとも。ここは、おれの顔をたてて、りょうせいばいとしよう」

「チッ……まぁ良いだろう」

「良いんだ。お前、五歳児以下」

「やめられないあんたもね。それ以上ゴネたら二宮さんに言うわよ」

 

 すると、海斗は黙って画面に目を向ける。ヒュースも同様だ。

 

「チッ……」

「……ふんっ」

「ちなみに、ヒュース。ついさっき、基地内にガロプラが攻めてきたわけだが……それを退けたうちの二人がそいつらだぞ」

「……何?」

 

 少し、興味を持ったように小南と海斗を見上げた。それを聞き、いかにもバカそう……というか、少なくともヒュースはバカなとこしか見てない二人は、自慢げに胸を張った。

 

「……何かの間違いじゃないのか? このバカ二人が?」

「「ああん⁉︎」」

「賢い人がいたからね。……それにほら、小南はともかく、海斗の強さはこの前、体験したでしょ」

「……」

 

 確かにこの男は、まだ探り合いの段階だったとはいえ、蝶の楯を持った自分と互角に戦っていた。体術と体捌きと受け身は中々のものだ。

 自分に色々と仕込んだ陽太郎の話では、B級一位部隊所属らしい。つまり、今後自分がこのボーダーという組織に入った際の敵になる男だ。

 

「……おい、貴様。名はなんという?」

「人の名前を聞くときは、まずは自分から名乗りなさい」

 

 さっきから名前呼ばれてただろ、と思ったが、まぁ言わんとすることはわかるし、そんなことで喧嘩するのもごめんなので従うことにした。

 

「……ヒュースだ」

「俺の名前は、ウィス様だ」

「なるほど……ウィス・サマー。覚えておこう」

「え、あんたそんな名前だったの⁉︎」

「ふむ、べつめいというやつか……!」

「……俺が訂正しないといけないのか……」

 

 小さく迅がため息をつくと、心底嫌そうに言った。

 

「陰山海斗だよ。みんなには、バカって呼ばれてる」

「迅、死にたいのかな?」

「ふむ……では、俺もそう呼ぶとしよう」

「お前も殺すぞ」

「良いわよ、バカでも海斗でもバカイトでも」

「全員、八つ裂きにしてやろうか」

 

 結局、カイトで落ち着いた時、ちょうど玉狛第二、香取隊、そして諏訪隊の試合が始まった。

 

 



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何事も客観的に見られるようになれば成長する。
ガンダムの映画にカップルで見に来るな。こちとら男二人なんですけど。


 試合開始前、玉狛第二の作戦室では、隊長である三雲修が全員に作戦を発案した。

 

「次の相手、諏訪隊と香取隊は、二つともスナイパーがいない。そこを上手く崩す」

 

 スナイパーを抑えるのはスナイパー。隠れるのが上手い狙撃手ならなおさらのことだが、相手にそれがいないのなら千佳の射程が有利に働く。

 

「序盤、合流は目指さずに千佳は狙撃地点を押さえて、僕はワイヤーを張る」

「オサムの新兵器だな」

 

 エースの確認に、修は頷いて答える。

 

「マップにもよるけど、よほど開けた場所……或いは狭い場所じゃない限り、ワイヤー陣は活きるはず。空閑、点は頼むぞ」

「おう」

 

 大体、敵が選ぶマップもこちらの作戦を展開した際のリアクションも想像ついている。

 新兵器を使う以上、負けるわけにはいかない。それに、迅の予知を聞いてしまった。

 

『今回の一戦、多分バカが見にくるよ』

 

 だとしたら、なおさら負けられない。この前の戦闘ではボロカスにされたが、その時とは違う所を見せてやらなければならない。

 情報を与えてしまうかもしれない、とも思ったが、そもそもあのバカな人にそこまで考える脳みそはない。

 

「やるぞ、みんな。上位に戻って、今度こそあの憎たらしい先輩を倒す」

「おう」

「うん!」

「了解!」

 

 四人で声を合わせ、力を込めた。

 

 ×××

 

 さて、各隊員が転送されたマップをヒュース達はのんびり眺める。場所は工業地帯。高低差があり、地形戦が重要になるマップ……なんて印象はなく、単純にバカが爆破したマップだ。

 あれをやれるのは「トリオン体なんだから爆破くらいどうって事なくね?」という無神経さがあればの話であり、基本的にはあんな事しちゃいけない。

 

「……前から思っていたんだが、玄界にはこういう建物があるのか?」

「ああ。工場って言って、トリオン無しでも様々なものを作るための施設だ」

「子供たちの、えんそくのていばんだ。おれは行ったことないが」

 

 陽太郎が補足説明をする。興味深そうに、ヒュースは顎は手を当てた。

 

「トリオン無しで動くのか?」

「ああ」

「お前らの星にそういうのねえんだ」

「ない。俺にとっては、手品の一種だな」

「てことは、ゲーム機とかねえんだ」

「ゲイムキ? ゲイの上腕二頭筋か?」

「何言ってんだお前」

 

 全然、通じていなかった。まぁ、どうせ娯楽の一つだろう。と、思う事にして、試合に集中した。

 なんでも、迅が言うには新しいトリガーを入れたらしい。尤も、見ていれば分かるとはいえ、それをランク戦の敵であり、超えるべき壁の前で言うつもりはないが。

 そうこうしている間に、試合が始まった。各隊員が配置され、海斗は作戦室から持ってきた飲み物とおやつを開ける。

 その海斗に、隣から小南は聞いた。

 

「ここは映画館?」

「食うか?」

「もらう」

 

 小南に袋を差し出しつつ、もう一袋を迅の方へスライドさせた。

 

「ほれ、お前らの分」

「俺らのか?」

「本当は俺らのお代わりのつもりだったんだからな。ありがたく思え」

「うむ、ありがとう。かいと。今度、うちに来たとき、どらやきをやろう」

「そりゃどうも」

 

 正直、好みで言えばあんこは好きじゃないが、くれるのであれば文句は言わない。食えるものは最高だ。

 さて、モニター上では、修がバッグワームを使って移動している。合流ではなく、一人で何かしているように見えた。

 一方で、遊真は。

 

「お?」

「香取ちゃんが喧嘩売るみたいよ」

「香取ってどこかで聞いたことあんだよな……」

「あんたと影浦さんがいじめまくってた子よ!」

「そんなことしたっけ?」

「あんた……」

 

 とにかく、香取が遊真に迫っていた。一気に強襲しにかかり、スコーピオン二刀を前に、ハンドガンとスコーピオンで近距離戦闘を挑む。

 グラスホッパーを使い、真横へ移動しながら香取スコーピオンを躱すと、その先にアステロイドが来る。

 が、それもシールドでガードしつつ、スコーピオンを投げて牽制し、下がりながら壁に手を置く。

 そこから、壁を通り抜けてモグラ爪で挑むも、回避されてスコーピオンで薙ぎ払いが来る。それをさらに回避してグラスホッパーで距離を離す。

 逃さず、アステロイドをかまされるが、シールドで凌ぎながら距離を置いた。

 

「……白チビはやけに引き気味じゃん。血の気が下がったか?」

「見てりゃわかるわよ」

「だよな」

「いやそうじゃなくて、何が狙いか」

「?」

 

 その直後だった。追撃しようと距離を詰めた香取に、小さな弾丸が数発、迫る。シールドで受けつつ足を止めて飛来してきた方向を見ると、メガネがレイガストを構えて立っていた。

 

「お。珍しいな、メガネが自分から絡みに行くの」

「そうね」

「もしかして、俺の影響?」

「あんたとは違うわよ。ちゃんと戦術的な考えがあってのことだもの」

「ふーん……なーんだ、つまんねーの」

「あんたねぇ……少しは二宮さんの負担を減らそうとか思わないわけ?」

「減らしてるだろ。いつもいつも」

「同じ分だけ増やしてれば同じよ」

 

 ……そうかな、と少し不安になった海斗は、迅に聞いてみた。

 

「迅、俺ってそんなに迷惑かけてるか?」

「どう思う、ヒュース?」

「エネドラと同じタイプだな」

「エネドラって誰? ドラえもんズにそんなのいたっけ?」

「あんたが倒した相手でしょうが!」

「???」

 

 全然覚えていなかった。その純真な顔がムカつくが、まぁ馬鹿な子程可愛いというのは本当のようで、小南は不思議と憎む気にはなれなかった。

 もちろん、それは小南だけで、ヒュースや迅だけでなく陽太郎でさえ「バカだこいつ」と呆れていた。

 さて、試合では勿論、香取は二人まとめてなんて相手していられない。狙いを定めたのは、弱い修の方だ。

 壁を蹴って修に向かって突撃した直後、バインっと何かに弾かれるよう姿勢を崩す。

 

「あ?」

 

 思わず片眉を上げる。残念ながら、今の修は試合に集中していて、自身に対してカケラの感情も抱いていない為、何があるかは見えない。

 しかし、なんとなく何があるかは分かった。

 

「ワイヤーか?」

「正解よ」

 

 さらに、修はその姿勢を崩した香取にスラスターで突撃する。ゼロ距離且つ空中で捕らえた直後、レイガストのシールドモードで香取を閉じ込めた。

 そして、再びスラスターを使い、空中へ舞い上げる。

 

「ここ!」

 

 小南が叫んだ直後、ビルの屋上から一発、射線が通る。その一撃は、レイガストを透過し、香取の足に直撃した。

 太ももから、ズシンと黒い重石が出現する。

 

「あれは、三輪の……なんだっけ。クラウド&バレット?」

「レッドバレット!」

 

 馬鹿なやりとりがあったものの、試合は続く。空中に舞い上がったかと思えば、一気に地上へ叩き落とされた香取に迫る遊真。

 ワイヤーを用いた変則的な軌道から、一気に首を刈り取りに来る。

 それが直撃する前に、三浦雄太が姿を表してカバーした。幻踊孤月に弾かれ、一時距離を置く遊真だが、すぐにグラスホッパーを使い、二度目の強襲をしに掛かる。

 が、その直後、側面から射撃が飛んで来て、一時、修の方へ退避した。諏訪と堤のダブルショットガンだ。

 三浦と香取はシールドで凌ぎつつ、鉛弾により重くなった足を切り落とし、若村の援護も交えて挟まれている状況から脱する。

 スパイダーと、鉛弾。それが、玉狛第二……三雲隊の新戦術のようだ。

 

「……ふぅん?」

 

 それを見て、海斗は薄く微笑んだ。中々どうして面白い手を浮かべたものだ、と。

 その海斗に、小南は自身ありげに「ふふんっ」と微笑んで聞いた。

 

「どうよ、海斗。あれが修達の新技よ?」

「面白ぇじゃん。あれ迅の入れ知恵か?」

「俺は何も言っていないよ。ただ、メガネくんが風間さん達の新戦術を参考にしてた」

「ああ……あの鬱陶しい奴か」

 

 海斗の質問に答えた迅は、隣のヒュースにきいた。

 

「どうだ? あれが新しい玉狛第二だ」

「悪くはない……が、大きく変わったとは思えない。結局の所、ユウマ以外に点が取れる奴がいない事に変わりはないし、あのワイヤーも範囲から出てしまえば良いだけの話だろう」

「俺も同感。ワイヤーなんかあったって、懐に飛び込んで遊真殺せば終わりだろ」

 

 海斗までもが賛同した。その意見は間違いじゃないし、人によるだろうがワイヤーは味方も使えるが、敵も使えるのだ。使えない奴は、ワイヤーを張っていない場所まで出れば良い。

 が、その二人の意見を聞いて、迅が意外そうな顔で言い返した。

 

「なんだなんだ、お前ら。同じ意見なのか? 意外とウマが合うんじゃないのか?」

「「殺すぞグラサン」」

「ほら、息ぴったり」

「ちょっとヒュース、あんた海斗を取ったらブッ飛ばすわよ。こいつ私のだから」

「私の? お前ら姉弟なのか?」

「小南、お前から殺すよ」

 

 なんか色々とアホなやり取りが飛び交う間にも、試合は進んだ。

 ワイヤー陣の中、諏訪隊はまず香取隊を挟み込むように移動し、香取のスコーピオンの間合いに入らないよう、射撃を続ける。

 それを意図した上で、遊真は香取達を挟むように移動しつつ、千佳も鉛弾を放ってジワジワと三浦の片腕、香取の手首を削っていった。

 香取隊は何とか挟み撃ちを回避し、ワイヤーの外に出た。それは諏訪隊も同様だ。

 

「やっぱ外に逃げられんじゃん。遊真もメガネも追わねーし、あのままじゃ諏訪さんの所とか……かー……カートリッジ? のとこがかち合うんじゃね」

「いやいや、ここは玉狛第二、一番の売りでしょ」

「はぁ?」

 

 その直後、大きな爆発音。モニターに顔を向けると、ワイヤーが張られていない建物が爆発した。

 射線の元は、やはり雨取千佳。アイビスで、ワイヤー地帯以外、全てを破壊していた。

 

「ああ……なるほど。派手過ぎでしょ。本当に怪獣じゃん」

「それに関しちゃ同意。でも、大幅な有利はとったわ。あんたならどうする?」

「二宮さん次第だけど……まぁ、二宮さんならアイビスで雨取狙わせるんじゃね。もしくは、うち四人だから犬飼と辻の二人が雨取をとりにいって、俺と二宮さんで他の点取る事になると思うよ」

「……そうね、なんかそうっぽい」

 

 そんな二人に、ヒュースが口を挟んだ。

 

「前から思っていたんだが、何故、二宮隊にだけ戦力が集まっている? 明らかに過剰だろう」

「そりゃ、俺が強いから……」

「上層部が放り込んだんだよ。そいつ、見ての通り問題児だから、中身と頭と素行を矯正するために」

「おい、グラサンかち割るぞ禿げ」

「全然、その成果は出ていないようだが?」

「そんな簡単に治るもんじゃないでしょ、こいつの頭」

「お前らあとで覚えとけ」

 

 バカ達が口喧嘩している間にも、試合は進んでいった。

 

 



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そろそろなんとかしなければならない。

言い訳です。
前回の話の続きをどうする予定だったか忘れたので、諏訪さんの活躍とかどうするつもりか忘れましたので、せっかく柿崎隊と変えたのにあんま意味ないことになっちゃいました。すみません。


 玉狛第二の試合は、ほとんど圧倒的だった。新たな戦術を取り入れたメガネと白チビと大砲&鉛弾が、ヤらしくもハメに近い戦術で点を荒稼ぎ。

 玉狛第二ならではの戦術に、思わず海斗は普通に引いた。

 

「……なるほど、これが戦術ね」

「そういう事。ま、相手にスナイパーがいないから、ここまで綺麗にハマったっていうのもあるけどね」

「でも結局、白チビがやられたら終わりなのは変わってないよね」

 

 それはその通りだ。バカのくせに核心だけたまにつけるあたり、割とムカつくけど嫌いじゃない。

 

「分かんないでしょ。もしかしたら修が超強くなって帰ってくるかもしれないじゃない」

「それはないな。俺も多くのトリガー使いを見て来たが、あれは稀に見る才能のないトリガー使いだ」

「あんたは黙ってなさいよ、ヒュース!」

「だろ? あいつほんと弱くてよ、飲み込みも悪ぃーし」

「あんたも仮にも師匠でしょうが! 少しは弟子を持ち上げる方向でいきなさい!」

 

 なんて話していると、その三人の会話に迅がしれっと口を挟んだ。

 

「良いのか? 海斗。余裕こいてて」

「あ? 何がだコラ口の中に百葉箱ダンクシュートすんぞアン?」

「何でそこまでされないといけないの……いや、まぁ色々と面白い未来が見えてるからな」

「?」

「このままボケッとしてると、お前負けるかもよ?」

「……は?」

 

 イラっと、少し片眉を上げる海斗の横で、小南がニヤニヤしながら肩に手を置いた。

 

「ふふっ、だってよ。海斗?」

「バーカ、あり得ねーよ。メガネが五京人いたってあり得ねーよ」

「いやそんだけいたら負けるだろ……」

「世界の総人口より上じゃないの……」

「頭の悪い数字の引き合いだな」

「お前ら殺すよホント」

 

 全く失礼であるが、失礼JAPAN日本代表選手のエースを張れる海斗が言えた話ではない。

 

「ま、でも俺達に勝つつもりなら、もっと強くなる事だな。今なら、百戦やっても百回うちが勝つ」

「……そうか。まぁそうなるだろうな。今のままでは……な」

 

 ヒュースがそう言うと共に、席を立った。

 

「戻るぞ」

「そうだな。そろそろ帰って、メガネくん達に話もしないといけないから」

「よし、いくか。ヒュース」

 

 との事で、3人は観戦席から出ていく。その背中を眺めながら、海斗と小南は顔を見合わせた。

 

「……どうする?」

「そろそろ戻るかー」

「そうね」

「なんか、腹減ったな。飯食って帰らん?」

「良いわね」

 

 なんて話しながら、二人もとりあえず観戦室を出て行く。もう既に海斗は忘れていた。迅に予知された未来など。

 

 ×××

 

 さて、翌日。二宮隊の作戦室にて、海斗が飲み物を飲んでいると二宮が入って来た。

 

「あ、二宮さん! お疲れ様です。なんか飲みますか?」

「……コーヒー」

「お任せあれ!」

 

 相変わらずのなつき具合である。すぐにインスタントコーヒーを淹れにいった海斗は、まずお湯を沸かし始める。

 その海斗に、後ろから二宮が声を掛けた。

 

「昨日はどうだった? 玉狛の試合」

「派手になってましたよ。大砲ばんばか撃って」

「……隠れる地点を片っ端から壊し、空閑の間合いにした、と言ったところか?」

「あ、大体そうですけど何でわかるんですか?」

「わからない奴がいるか。他にスナイパーがいなかったらそうなるだろう。特に、雨取の場合は一発撃てば場所が割れる。こそこそ隠れるより、バレる前提で撃った方が良い」

「あ、なるほど。そういう事なんですね」

「……分かってなかったのか?」

「い、いいえ? 分かってましたよ?」

「……まぁいい。他に何か分かったか?」

「あ、はい。後は、なんか鉛弾狙撃と、メガネのスパイダーとー……あと、マンティス? 白チビがめっちゃスパイダーで加速してましたよ」

「……」

 

 その説明を受けて、二宮は小さくため息をつく。本当にこいつは、この野郎という感じ。要するにあの試合を見て派手なとこしか分かっていない様子だ。

 おそらくだが、今の情報から察するに、千佳に高台を取らせ、メガネが建物の間にワイヤーを張り巡らせ、その陣の中で速度にバフが掛かった遊真が点を取る……と言ったところか? 

 また、鉛弾の狙撃もプレッシャーと敵へのデバフ、二つの意味を兼ね備え、中に入れば大抵のやつ……いや、A級隊員でも何も出来なくなる所だろう。

 

「ワイヤー陣にレッドバレットに高速斬撃……か」

「何でわかるんですか⁉︎」

「バカいえ、分かるに決まってるだろう。それだけの要素が揃っていればな」

「スッゲー、あったま良いー!」

「お前のその褒め言葉は、褒め言葉になっていない事を理解しろ」

「え、そ、そうですか……?」

 

 まぁそこはさておき、だ。せっかく試合を見て来たのなら、色々と試して見ることもある。

 

「じゃあ、陰山。お前ならどうそれを攻略する?」

「え?」

「せっかく試合を見たんだ。それを考えないと意味がないだろう」

「え、えーっと……俺もワイヤーを使って、白チビの相手をしながら、レッドバレットを避け続けて隙を見て眼鏡を倒す?」

「何をニュータイプみたいな事を言っている。対応策を考えろと言っている」

「え、えー……ゴリ押しはダメですか?」

「ダメ」

「じゃあ、えーっと……あ、まずは白チビを倒す!」

「それはゴリ押しだろう……」

 

 ダメだ、分かっていない。もっと分かりやすくする為に喩えを出す事にした。

 

「犬飼と辻がこの中に入ったら?」

「え? えーっと……あーそっか。白チビと鉛弾狙撃の中か」

「ああ」

「えーっと……なんだろ。あの二人なら……」

「……」

「……」

「……対応策を聞いて、採点してやる。50点満点中、30点以上で合格」

「し、失格だったら?」

「聞きたいか?」

「……」

 

 真剣に考え始めた。少しバカには難しいかもしれないが、いい加減脳筋のままでは色々と任せられない。せめて自分がやるべきことくらいは理解できるようになって欲しいものだ。

 

「え、えーっと……まずは雨取を倒す? いや、グラスホッパーないし、白チビいるから無理か。まずはー……メガネから殺す?」

「何故?」

「落としやすいから」

「……まぁ良いだろう。+5点」

「ひっく⁉︎」

 

 ワイヤーの追加を防ぐため、も言っていれば10点あげた。まぁ、メガネはああ見えて受けが上手いので簡単にはいかないだろうが、辻と犬飼なら行けるだろう。

 

「その後は?」

「その後はー……えー、あー……あ、ワイヤーを削る?」

「……5点」

「だからどうして!」

「その前にやることがあった」

「えー……な、なんだろ」

 

 射線を切れ、という話だ。砲撃でもワイヤーを結んでいる建物を壊せば削れてしまうので、千佳は移動する必要が出て来てしまう。ワイヤーを切ってでも狙撃してくる可能性もあるが、ワイヤーかレッドバレットどちらかを防げるなら問題ない。

 

「で、その後」

「白チビを倒す!」

「……5点」

「だからなんで!」

「スナイパーが浮いているだろう。先にそっちの点を取れ」

「……な、なるほど……ちなみに、二宮さん的に満点の回答は?」

「そもそもワイヤー陣を完成させない」

「ズルい!」

「当たり前だ。完成されたら、犬飼と辻だけでは対処しきれん。それほど決まれば厄介な陣形だ。……今の場合で言えば、ワイヤーを削りつつ俺かお前が来るまで時間稼ぎ、が正解だ」

「おごっ……!」

 

 確かに、という顔をする。それも対応策の一つだ。二人がワイヤー陣にいた場合どうするか、といっただけで「仲間を呼ぶ」を無しとは言っていない。

 

「おそらくだが、あのワイヤー陣を作った時点でどこの部隊も、今後は玉狛を狙うようになるだろう。単体の話だけで言えば、メガネも大砲も落としやすい駒だからな」

「な、なるほど……」

「と、いうわけで、お前の得点は15点だ」

「いやそれで罰ゲームはちょっと勘弁してくださいよ!」

「そもそもお前の頭には柔軟性というものがない。全て肉体でなんとかできると思っているからだ」

「そ、それはー……」

 

 まぁ意地が悪い問題であった自覚はあるため、罰ゲームまでは考えていない。だが、もう少し普通の判断力が欲しい所でもある。

 良い機会だ。罰ゲームと称して、戦術の勉強でもさせる事にした。

 

「とりあえず……特に東隊の戦闘ログを全て見直せ。そして何をどう思うか、自分ならどうするかを考えられるようになれ。このランク戦の最中ならまだ良い……が、実戦において、前の試合のようなミスは許さん」

「……えー、他人の試合を見て学ぶって超退屈そう……」

「そうか。つまり、次の祝勝会でお前だけ焼肉抜」

「嘘です超やります!」

 

 その返事に満足すると、二宮は作戦室を出て行った。勿論、バカから質問があれば答えるつもりだが、基本的にはやはり自分で学ばせたいものだ。

 

 ×××

 

 犬飼は、ラウンジに訪れた。今日は試合ではなく防衛任務。昨日に次いですぐに任務だ。

 なので、トリオン体に換装するからあんまり意味ないとは言え、左右に首を倒しながら歩いていると、ふと視界に入ったのは出水と米屋。バカと仲が良い二人組だ。

 何やら盛り上がっている感じなので、ちょっと声をかけてみた。

 

「二人とも、おつかれー」

「あ、犬飼先輩」

「お疲れ様です」

「何話してんの?」

「いや、もうすぐスカウト組が帰ってくるじゃないですか」

「それで、バカも結構、色んな人と絡むようになりましたし……今後に備えて、絡ませちゃいけなさそうな人たちをあらかじめピックアップしていました」

「……あー」

 

 確かに、と犬飼は理解する。結構、気難しい人が多いが、その筆頭がバカであり、そのバカに負けずとも劣らない人は割と多い。

 つまり、早い話が二人目の影浦にならないようにするためだ。

 

「今、誰が挙がってるの?」

「草壁ちゃん」

「……あー」

 

 確かに、と思う。まぁそもそも絡む機会が無さそうだが……いや。

 

「……あっ、里見」

「そうなんすよ……そっちは逆に絶対意気投合するじゃないですか」

「二宮さん信者だもんね……」

 

 つまり、三人の頭に浮かんだフローチャートは「バカ→里見→草壁」とたどり着く図。あの年上も恐れない系女子中学生は、まず間違いなく里見とバカが作戦室で絡んだらキレ散らかす。

 里見はまだ良い。だが、沸点の低さとプライドの高さが反比例しているバカは……と、今から胃が痛くなった。

 

「……気をつけよっか」

「そうですね……」

「とりあえず、海斗をなるべく小南といちゃつかせる方向で……」

「いや、俺らは近付かなくて済むように」

「「切り離し作業になるんですか!」」

 

 いや、そんなこと言われても犬飼には関係ないのだ。普通に関わり合いになりたくない。

 

「じゃ、俺行くねー」

「ちょっ……頼みますよホント! 俺ら気まずいの嫌っすからね!」

「でも、そうか。俺も関わりたくはないわ。出水、任せた」

「殺すぞ槍バカ!」

 

 なんて話を聞きながら、犬飼は自分の作戦室に向かった。

 とはいえ……まぁスカウト旅以外にも、色んな意味で会わせたらいけなさそうな人は多くいる。そろそろ遠征訓練もあるし、何かあってからでは困るので、確かにあのバカを何とかしないといけないかもしれない。

 そんな風に考えながら作戦室の前に向かうと、辻と氷見がこっそりと中を覗いていた。

 

「おつかれー、ふたりとも。何してんのー?」

「「しーっ」」

「え、なに?」

 

 二人に人差し指を立てられ、少し気になる。何かヤバいものでも部屋の中にいるのだろうか? 

 

「どしたの?」

「中で、海斗くんが……」

「ログ見てる……」

「えっ……あ、あの喧嘩大好きで落ち着きがないあの子が……?」

 

 その確認に、二人とも頷いて答えた。信じられない、と言った表情だ。暇さえあればランク戦で問題を起こす子が……と少しだけ感動し、中を覗いた。

 どうやら、彼は彼なりに変わろうとしているのかもしれない……そう思うと、ちょっとだけ感慨深くなったり。

 さて、どうしようか。本当は中で任務の時間になるまでまったりしたいのだが、邪魔しちゃ悪い気もする。三人とも、とりあえずこっそりと作戦室から出て行った。

 

 ×××

 

 さて、それから2日後。二宮が、作戦室で海斗に声を掛ける。

 

「じゃあ、陰山。この二日間の成果を見せろ」

「はい!」

 

 思った事や理解した事をノートに書き記してあるそれを渡す。さて、割と真剣に映像を見ていたようだし、少しはまともな事を書いているかも、と思いながら開くと、とても短くこう書かれていた。

 

『先手必勝。

 ・なんかごちゃごちゃやってるけど、おれが的を見つけて、そこに二宮さんと犬飼がぶっ放して、おれと辻がきしゅーを仕駆ければ勝てるとおもいます』

 

 イラッとした。誤字が多かったり、漢字で書けってとこが多かったり、あと「的」を「マト」という意味なのか「敵」の誤字なのか無駄に悩まされたりしたが、何より結局、脳筋であることにムカついた。

 そのため、ノートをパタンと閉じると、二宮は冷たく言い放った。

 

「やり直せ」

「えっ」

「まずは漢字を覚えるところからやれ」

 

 やはり、バカは一筋縄じゃいかないことを理解した。

 

 ×××

 

 さて、まじめに取り組んでものの見事に地雷を踏み抜くことに成功した海斗は、一度作戦室から出た。疲れが出たからだ。

 今まで頭を使って来なかったからか、急に頑張っても成果は出ない。でもそれは喧嘩のやり始めと同じだ。流石に海斗も、小学校四年生になるまで喧嘩で高校生に勝てたことはなかった。

 これからもう少し足を引っ張らない程度に頑張らせてもらおう……なんて思っている時だった。

 

「「……アア?」」

 

 影浦と目が合い、一気にさっきまでの気合いを忘れた。

 

「ここはストレートパーマかけるとこじゃねーぞ。髪の悩みなら美容師にしやがれ」

「いい加減、人の頭以外でいじることを覚えたらどうだ? ワンパターン野郎が」

「ワンパターンの何が悪ぃーんだよ。今も昔もワンパターンなドラマが流行ってんだろうが、ご○せん然りド○ターX然り。いつでも王道が重要なんだよバーカ」

「その安易な王道が広まりすぎた結果が、今のな○う系だろボケ。何事も王道にオリジナリティを合わせんのが大事になんのが分かんねーのか」

「そのオリジナリティが行き過ぎたら誰も付いてこれねーんだよ。バカ面白かったのに先進的過ぎて打ち切られたHUNGRY J○KERの悲しみ忘れたか?」

 

 なんて話が徐々に逸れていったときだ。ガタッ、と一席から誰かが立ち上がる音が聞こえる。

 それに伴い、二人とも黙ってそちらを向く。やたらと圧があるオペレーターが着ているスーツ姿の女性が、そこに立っていた。

 

「ちょっと、そこの二人」

「「ア?」」

「うるさいんですけど?」

 

 直後、影浦はフリーズした。ヤバい女に目を付けられた、と。面倒な事になるのはほぼ間違いない。

 しかし、関係ない海斗はのうのうと口を開いた。

 

「うるせーよ、腐れババァ。他人の喧嘩に口挟む暇があんならさっさと食い終わってここからクシャトリヤでも押し出しながら出て行ってNT-Dでも展開してろクソが」

「……は?」

「俺知らね」

「あ、テメェ待ちやがれコラ!」

 

 立ち去る影浦を追おうとした直後、その海斗の襟がガッと掴まれる。

 

「アア⁉︎」

 

 掴んだのは、声をかけて来た女。ショートヘアに、オペレーターとは思えない程、鋭い視線……真木理佐が立っていた。

 

 



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誰にでも勝てない相手がいる。

真木ちゃんのキャラ合ってんのか分かんないので、目を瞑ってください。


「おい、アレはなんだ」

 

 二宮隊の作戦室では、ベッドでバカが不貞寝を決め込んでいたのを、二宮がドン引きした様子で呟く。

 隣に立っている犬飼が真顔のまま答える。

 

「無謀にも真木さんにバトルを挑んだらしいですよ。口で」

「……あいつはバカなのか? いや、そうだったな」

 

 真希理佐……冬島隊のオペレーターだが、その強さと圧は戦闘員を遥かに凌ぐ。気に入らない事があれば、年上だろうと年下だろうと容赦はしない。三上には容赦する。

 理屈が通っていれば理解はするけど、それでも後からプライベートに問い詰める。

 さて、その時のバカ対天才のダイジェストがこちら。

 

『アア? なんだテメェは!』

『食堂では静かにしなさいと言っているの。それに対するご返答が「なんだテメェは」? 日本語を理解出来ないわけ?』

『なんで関係ねェ奴にんな事言われなきゃいけねェんだよ!』

『関係あるでしょ。被害を被っているんだから。路上の喧嘩で二次被害を被った人が、その二人に文句を言う立場にないと言いたいの?』

『おごっ……そ、それは……!』

『そもそも、ここは多くのボーダー隊員が使う場所。時には感情を殺して作戦に従事しないといけない隊員達がリラックスして食事を摂れる場にも関わらず、そこの空気を悪くするようなことをするのは人としてどうなの?』

『なっ……⁉︎』

『組織にあなたのような協調性のない人間がいると迷惑なの。作戦も場も何もかもが崩れるの。二宮隊があなたを受け入れていること自体が不思議で仕方ないくらいだわ。分かったら少しは態度を改めなさい』

『…………はい』

 

 以上である。フルボッコだ、フルボッコ。正論の火炎放射器によって、何もかも焼き尽くされた。

 で、不貞腐れてベッドの上で寝ている。まぁ、二宮には当然、そんなこと知ったことではないわけだが。

 

「……まぁ良い。そんな事より犬飼。次のランク戦は少しフォーメーションを変える。そこのバカをスナイパーにして使う。遊撃隊のつもりではあったが、やはり役割分担というものがないと厳しいところがある。最低限、敵の位置を知らせるという事もできないアホがいるからな」

「分かりましたー」

 

 そのアホはいまだに不貞寝しているが、作戦についてアレに話しても仕方ない。とりあえず、氷見と辻が来たら話す事にした。

 

 ×××

 

 翌日、海斗はスナイパーの合同訓練に来ていた。来たくなかったけど。

 でも二宮の命令ならば仕方ない。一応、狙撃用トリガーもセットしているし、当たらないスナイパーほど意味のないものはない。正確に言えば、海斗に限っては割とあるけど、本人はその理由をよくわかっていない。

 しかし……気が進まない。何せ、敵を殺すときは拳でやらないと気持ち良くないから。遠距離からコソコソと隙をついて狙撃とか、あんまり好きじゃないのだ。

 

「お、珍しい奴が来てるじゃねーの」

 

 そんな風に声をかけてくるのは、当真勇。相変わらずのリーゼントとニヤけた顔で声を掛けてきた。

 

「俺だって来たくて来てねーよ。二宮さんが行けって言うから」

「ま、良いんじゃねーの。お前がもっと狙撃出来るようになんなら、二宮さんはもっと助かると思うし。そしたら、またラーメンとか奢ってもらえんじゃね?」

「この待ち時間なんなの? 時間の無駄だろこれ。さっさと始めようぜ、一瞬の隙を見せた奴から脱落する、死のゲームって奴をよ」

「マーカーつけるだけだから、緊急脱出もしないけどな」

 

 なんて話している時だった。その2人の元にまた新しい人影が現れる。

 

「陰山先輩、お疲れ様です!」

「雨取と……C級か?」

「ち、チカ子! 挨拶したい人ってこの人⁉︎」

「ア?」

 

 今、売られたのだろうか? アホ毛と猫が目立つ少女と千佳が駆け寄ってきた。

 

「大丈夫だよ、出稲ちゃん。陰山先輩、優しい人だよ」

「どこが⁉︎ 軽く2〜3人は殺ってそうじゃん!」

「あと、女の人に手を出せないし、二宮さんとレイジさんに頭が上がらないし、ラーメンって言えば言うこと聞くし、風間隊に目を付けられてるし、可愛くて強い彼女もいるし、割と弱点多いから大丈夫だよ」

「雨取さん? お前そういうこと言うキャラじゃないだろ? どこのボケカスが入知恵した?」

「小南先輩が『怖がられてるバカを見かけたらこう言え』って……」

 

 あの野郎、余計な真似してくれやがるものだ。多分だが、怖がられるのを回避するために気を回したのだろうが、余計だ。怖がられるのは慣れているし。

 

「もう言わなくて良いからな。舐められる方が余程不愉快だから。OK?」

「は、はいっ」

 

 そう言うと、後ろから当真が口を挟んだ。

 

「まぁでも、こいつは確かに怖い奴じゃねーから。そんな怖がるな。損だぜ」

「ア?」

「ついさっき、うちのオペレーターに論破されて肩を落として撤退してたからな」

「テメエエエエエ! なんでその恥ずかしいエピソード知ってんだああああああ!」

「いやだからうちのオペレーターだから」

「あのクソ女……次あったらボコボコにしてやる! ……いや、あれ一応女だし、手を上げんのはアレか。い、言い負かしてやる!」

「無理無理無理」

「アア⁉︎ ……まぁそうか。無理だなあれには」

 

 残念だけど、勝てる気がしない。海斗特攻が突き刺さっており、海斗が生まれて初めて関わりたくないと思える人物だった。

 

「だから、次誰かにバラしたらお前を殺すから。生身で」

「おー怖っ。怖ぇからやめとくよ」

 

 ……中々、肝が据わっている。自分にビビらない奴は珍しいので、なんかちょっと仲良くなれそうな気がしていると、また新しい奴が現れた。

 

「あれ、珍しい奴がいるな」

「おい、誰だ同じ入りで来る奴は」

 

 そこにいたのは、荒船と穂刈。たまに村上と話したりする時、顔を合わせる事もある二人だ。

 

「何してんだお前」

「訓練に参加する以外の何があんだよ」

「お前も来るのか? スナイプ界に」

「スナイプ界って何。てか、そんなわけないだろ。コソコソ隠れて長距離陰キャ砲を撃つくらいなら、正面から正々堂々と拳で語り合うわ」

「お前これだけスナイパーがいる中でよくそういうこと言えるな……」

 

 そんなの気にするような奴らじゃないくせに……と、ため息をつきつつも、だ。

 そろそろ訓練が始まるようで、狙撃手達は自分達の席に座り始める。海斗はとりあえず当真の隣に座る。そして……反対側には千佳が座ろうとした……が、それを止める影。

 

「雨取さん、こっち空いてるから、そこ俺に貸して」

「あ、うん。ユズルくん」

 

 絵馬がわざわざ隣に座ってきた……いや、サイドエフェクトによってわかる色的に目的は自分ではなく、千佳の方っぽい。

 

「おう、絵馬」

「どうも、陰山先輩」

「お前好きなの? その子のこと」

「ぶほっ!」

 

 吹き出された。あ、好きなんだ、とすぐに理解し……ている間に、自分の胸ぐらを掴んできた。

 

「なんで言うのなんで言うのなんで言うの」

「コクれよ、男なら」

「無理だって……!」

「ユズルくん? もう始まってるよ?」

「っ、ご、ごめんっ……!」

 

 千佳がそう言う通り、他のスナイパーはみんな撃ち始めている。訓練の内容は、的に銃を撃つ普通の感じのもの。

 ふと隣の当真の的を見ると、割と随分外していた。弾はまばらに散らばり、的には不規則に穴が……いや、違う。

 多分だけど、これ撃ち終わった後に完成するのは、木の葉の額当てのマークだろう。

 

「へぇ……」

 

 面白い。そういうの出来るんだ……と、思ったのとほぼ同時。良いこと思いついた。

 

「絵馬、絵馬」

「……何」

「ハートマーク作って送れ」

「ブフォ!」

 

 吐き出しながら、引き金に当たった指が明後日の方向に弾を飛ばす。

 

「な、何そのキモい発想……!」

「バカやろう、中坊の女なんざベタなくらいがちょうど良いんだよ。捻くれて見せてホントは愚直なのが好みなんだから」

「木虎先輩とか見て同じこと言えんのかあんた⁉︎」

 

 割と愚痴にも聞こえる事を言いながら騒がしくしている時だった。海斗の反対側の席の当真が口を挟んだ。

 

「じゃあ……唇のキスマークとか作ってみたらどうだよ」

「当真さんまで何なの……⁉︎」

「峰不二子的な」

「女は秘密を着飾って美しくなる?」

「そうそれ」

「いや俺男だから!」

「そういう女になれよってことで」

「雨取に」

「あんな下品な女になられてたまるか!」

 

 それは確かにそうだ。千佳はトリオン量以外の全てが小さいし、何もかも真逆も良いところである。

 

「でもお前、良いのか? 青春はあっという間なんだぜ?」

「そうだぜ、ユズル。好きな女とイチャイチャするなんて機会、一生のうちに何度もあるもんじゃねーぞ?」

「そうだよお前。好きなあの子は、待ってるばかりじゃ振り向いてくれないんだよお前」

「勇気を振り絞れ、ユズル。あの子のハートに壁抜き狙撃」

 

 嫌な年上二人組によってユズルは問い詰められる……が、残念ながらそれで流される程、ボーダー隊員はちょろくなかった。小南以外は。

 

「しないから!」

「ちぇー」

「まぁそんなら良いわ」

 

 その前二人揃って狙撃に戻った。海斗はのんびりとスコープを覗き込んで、的の中央を狙う。

 引き金を引いてみると、少し右に逸れる。止まっている的にくらいは真ん中に当てたいものだ。

 そんなわけで、次は少し左を狙うが……今度は左すぎた。こうして改めてやってみると……的には当たるけど、中々真ん中は難しいものだ。

 何度か調整して撃ち続けていると……隣から声がかけられる。

 

「へぇ、筋は悪くないじゃねぇの」

「あん?」

 

 なんだ急に、と思う間もなく、当真からさらに声を掛けられる。

 

「独学か?」

「ガンナートリガーの撃ち方なら犬飼に教わったけど。無いよりマシだろっつって」

「なるほどな。それでそこそこ当てられるってのも中々やるじゃねぇの」

「? 狙えば当たりはするじゃん?」

 

 相手が動かなければ。

 自分は本職のスナイパーではないので、二宮も百発百中を期待しているわけではないのだろう。

 

「ほーう? 益々面白ぇじゃねぇの」

「何が。てかお前自分の練習しろよ」

「もう終わった」

「は? ……ほんとだ」

 

 的には綺麗な額当てのマークが完成している。思った以上の精度にドン引きである。

 

「お前……すげーな」

「No.1は伊達じゃねえぜ。それよりお前、構えてみろ」

 

 言われて、構えてみる。スコープの先の的が表示され、中央に赤い点を合わせる……が、得物が長いとどうしても少し揺れてしまう。スタンドで立てているとはいえ、これだから狙わないといけない武器は苦手なのだ。

 それでも、若干の手ブレは合わせようとすれば的の中心に行くので、後はその時に狙うだけなのだが……。

 

「……っ」

 

 引き金を引いた。トリオンによる弾丸は真っ直ぐと突き進み、的へ向かう。でも、当たる前に分かった。

 

「ダメだこれ」

 

 また中心から逸れて、的の右側に穴を空ける。撃つ直前に、少しズレたのが見えた。やはり、狙撃は苦手だ。特に今日は調子が悪い。

 

「あーくそっ」

「なるほどなー」

「んだコラ。茶化してんのか。チャカで殴るぞ」

「いやいや、お前はどうやら俺と同じタイプらしい」

「は?」

「ズバリ……感覚派だな」

「……いや俺別にニュータイプじゃないよ」

「いやそんな超感覚じゃなくて」

 

 じゃあ何? と、視線で問うと、当真は真顔で答える。

 

「当たる時っつーのが肌感覚で分かるってことだよ。俺の場合はリーゼントの揺れ具合とかで気流を読んだりしているが、とにかく他の奴にはない何かで撃ってる奴のことだな」

「ほう、きりゅー……」

 

 気流って何? と思っても口にしない。自分より頭悪そうなやつが知ってる単語を自分が知らないとか嫌だ。ちなみに、トリオンの狙撃に気流は関係ない。

 

「お前の場合は、まだ狙撃自体の経験不足でその当たるっつー感覚を掴めてねーが、撃てば撃つほどそういうのは分かるようになるもんだ」

「……つまり、とにかく練習ってことか?」

「そういう事だ」

 

 何の助言にもなっていなかった。なんだそれ……と、少しため息を漏らしていると、当真が少し弁解するように言う。

 

「いやいや、その感覚って誰でも分かるもんじゃないぜ。普通は狙い方とか、撃つ時は何処を見るとか、そういうのを教わって覚えるモンだから。早い話が、お前は割と才能あんだよ」

「……マジか」

 

 まぁ、スナイパーの才能というより、人と戦う才能だろう。孤月や銃手トリガーだって、基本的にはそこそこ扱えた。アタッカーになったのは人を殴るのが得意だったからだが、武器の取り扱いは全体的に得意なのかもしれない。

 

「もしお前が良けりゃ、あとでうちの作戦室来いよ。撃ち合いの練習台になってやる」

「マジか。やるわ」

「ま、風穴何発も貰うのはお前の方だと思うけどな」

「言ったなコラ。じゃあ負け込んだ方は真木理佐の後ろから膝カックンな」

「良いぜ」

 

 話しながら、とりあえずスナイパーの練習を続けた。

 

 ×××

 

 さて、当真vs海斗の戦闘が、二人しかいない冬島隊の作戦室で始まった。市街地のステージで、二人はランダムに配置される。

 動きながら、海斗は市街地内で早速、人影を見つけた。副作用によって自身に対する感情を色で見分けられる……が、当真の色は少し変わっていた。

 

「……あん?」

 

 殺意も警戒もない。一つあるのは「こいつ面白い奴」みたいな浮かれた感情の緑色だ。

 なんか……変な奴だな、と思いながらも、まぁ見つけたは見つけたので、自分はこの場でアイビスを構えた。元々、自身がスナイパーを持たされているのも、マップ選択権がなくても壁抜きをできる副作用を持っているからだ。

 味方をコソコソ狙っているスナイパーを見つけ次第、壁や天井、床下をぶち抜いて牽制できる。

 そんなわけで、撃った。民家の壁と天井を抜いて、真っ直ぐと弾丸は当真の元に向かう。

 が、動いている的に当てるのは苦手だった。バッグワームに穴を開けたものの、少し逸れて外した。

 

「チッ……」

 

 自身のサイドエフェクトではシルエットしか分からないため、バッグワームのようなヒラヒラしたものを身に付けられていると狙いづらい。

 とりあえず、肉眼で見るしかない。そう思い、スコーピオンで天井をあけて、そこから顔を出した直後だ。額を、一本の斜線が貫いた。ギレン総帥のように。

 

「……!」

 

 やられた……いや、というか早すぎる。

 顔を出したのだって、まだ顎さえ空けた穴の淵から出ていなかったにも関わらず、見事に抜かれた。

 そんな疑問を解消するように当真から通信が届く。

 

『バカかオメーは。ンなところに穴空けたら、誰だってそこから顔出すと思うだろうが。言っとくが、俺や奈良坂……B級なら半崎とかトノなら余裕で今の隙くれー当てるぞ』

「……マジか」

 

 スナイパー……あんまり驚異に感じたことはなかったけど、こっちが狙撃するって考えると厄介だ。

 ……なおさら、アタッカー以外をやる気にならない。

 

『あとお前、シールドあんま使わねーのな。お前なら今の場合、回避は無理でもシールドくらい使えば凌げたんじゃねーの?』

「あー、まぁそれはな」

 

 シールドはどうにも使い忘れてしまう。そもそもシールドって自分の手で操るわけではないので、あまり扱うのが得意じゃないのだ。ガードにしても殴るにしても、物を使うなら手で扱うものの方が良い。

 

『で、もう終わりか?』

 

 その煽るようなトーンの口調に、イラリと眉間に皺を寄せる。

 

「あ? ふざけんな。お前をぶち抜くまでやるわ」

『面白ぇ、上等だ』

 

 との事で、またしばらく二人で撃ち合いを始めた。

 

 ×××

 

 バッグワームを着込んだまま、海斗は民家の中に潜む。ここまでフルボッコにされ続けたわけだが、もう少しで勝てそうな気がする。

 挟んだままライフルを片手に、当真の場所を確認する。向こうはこっちの場所に気がついていないはずだ。

 段々と分かってきた。自分のサイドエフェクトは狙撃手同士の撃ち合いに向いている。向こうに居場所は分からなくとも、こちらには筒抜けだからだ。

 ならば……初手、最初の一発を当てれば勝てる。

 だが、その一発を向こうは待っている。途中からバッグワームを解除して、片手にイーグレット、片手にはいつでもシールドを使えるように身構えられている。

 つまり……当真に確実に当てられる狙撃位置が重要になるわけだ。

 

「……よし」

 

 決めた、作戦。当真は逆にこっちに早く撃って欲しくて仕方ないはずだ。場所は分からないが、一発撃てばバレるから。

 壁・天井抜きも最初こそいけるはずだったが、おそらく向こうは逆に障害物が壊れた場所を利用してシールドや銃口をこちらに向けているはずだ。

 

「近付くしかないか」

 

 絶対にバレないように……と、コソコソと民家の間を移動する。正直、隠密行動は得意ではないのだが、近づけば近づくほど向こうはシールドも間に合わなくなるはずだ。

 とにかく移動し、いよいよ民家一軒を挟んで当真までの距離、直線で18メートルほどまで近づいた。

 ここはもはやスナイパーどころか旋空孤月の間合い。というか、自分ならここまで寄れば斬り殺せる。

 それでも一応、スナイパーバトルなので、ライフルを構えた。

 

「……いや」

 

 ダメだ。ここから民家まで、壁と天井は三枚。後でバレる可能性はある。だが、これ以上近づくのは危ない。

 ならば……これだ。アイビスを解除し、レイガストを出した。その上で、レイガストにバッグワームを巻きつけ、思いっきり投げつけた。

 

「!」

 

 反射的に当真がそっちに気を取られた隙に、レイガストを解除してアイビスを出し、銃口を向けて放った。

 当真はシールドを出したが、少し焦ったのだろう。シールドをアイビスの弾丸が貫き、当真のイーグレットも破壊した。

 しかし……本人は消しきれていない。その隙に接近。片手には、拳を構えている。

 

「死ねコラ」

「いや待て待て待て! それルール違……」

 

 胸を貫く一撃を叩き込んでから、そういえばスナイパー限定だったことを思い出した。

 

「……おい」

「……悪い」

 

 そんなわけで、反則負けである。

 結局……一勝もできなかった。せめて接近OKなら何とかなったものの、スナイパー同士の戦闘となると大分厳しい。

 

「いやー、惜しかったな」

「どの辺が?」

「あの辺?」

「あの辺か」

「やっぱりその辺かも」

「殺すぞ、この辺で」

 

 余裕まんまで適当なこと言いやがって……と、思わないでもないが……当真は苛立ちに気がつく事もなく、しゃあしゃあと続ける。

 

「まぁでも、俺とスナイパー限定であれだけやり合えりゃ十分なんじゃねえの? 最後とか危なかったし、もっと経験積めばスナイパーも出来るようになんだろ」

「……あそう」

 

 そんな事を言われても、実感は湧かない。実戦で試す他ないが……勝手に個人ランク戦なんてしたら、また二宮に怒られそうだし……やはり、次のランク戦でスナイパーをするしかない。

 

「あとは実戦で試してみろよ」

「へいへい……」

 

 あまり実感は湧いていない。結局、当真には弾を当てられていない。惜しいとこでイーグレットを一度、破壊出来た程度。他は全部、射線が読まれていたように集中シールドで凌がれた。

 まぁ……でも、とりあえずなんか途中から特訓みたいになっていたし、ひとまず今日は二宮からの任務は果たせたと思っておこう。

 

「飯行こうぜ。世話になったし、晩飯奢るわ」

「バカ、お前後輩だろ。飲み物で良いわ」

「結局奢られるんかい」

 

 なんて話しながら、冬島隊の作戦室を出て行こうとした時だ。扉が開かれ、中に入ってきたのは真木理佐だった。

 

「うわっ」

「は?」

 

 嫌な奴と会った。と、そこでさらに当真が余計なことを思い出す。

 

「あ、てか罰ゲーム」

「あー……」

 

 結局、勝てなかったのでやらなければならない。しかし……さっきのトラウマだろうか? 割とこれに膝カックンするのはしんどい。

 だが……勝負は勝負だ。やるしかないので、ため息をつきながら目の前の理佐に声を掛けた。

 

「真木」

「あなたに呼び捨てされる筋合いは無いんだけど」

「……」

 

 ダメだ、隙を窺うには……これしかない。

 

「じゃあな、当真。また礼は今度するから」

「おう」

「仮にも他部隊の作戦室を使ったのに、そのオペレーターに何もなし?」

「……オジャマシマシタ」

 

 カタコトでそう言いながら、立ち去った。

 真木理佐はその海斗の背中を眺めつつも、ため息を漏らしながら当真に声を掛けた。

 

「……ちょっと、なんであんなの作戦室に入れたの」

「いやー、面白そうな奴だったから」

「二宮隊はただでさえ今、反則級なのにさらに強くしてどうするの」

「俺らは関係ないだろ。……てか正直、真木ちゃんだってあいつ嫌いじゃないだろ」

「……もう少し礼儀を覚えればね」

 

 正直な人間を嫌いになる程、偏屈ではない。それに、強いし成果も上げているし、隊員としても有能であることは認めている。

 

「てか、二宮隊がA級に来たら、A級も喰われるとこあんだろうなー。特に俺らなんか相性最悪」

「やるからには負けるつもりないけど?」

「わーってるわ。あいつの副作用は、視界に入ってなきゃ使えねえ。うちのワープなら勝ち目はある」

 

 まぁ、それは確かにだけど、二宮ならまたそれに備えて作戦を考えるだろう。面白くなりそうだ……なんて思いながら、とりあえずいつまでも作戦室入り口で話すのはアレなので、中に入ろうとした時だった。

 後ろから、膝の裏をカックンと突かれた。綺麗に入りすぎで、無様にも床に尻餅をついてしまった。

 

「っしゃ入ったー! 当真、見たよな。これで罰ゲームOK?」

「オッケーオッケー。だからお前もう逃げたほうが良いよ」

「あん?」

「……」

 

 前言撤回、こいつ嫌い。

 

「殺す」

「あ、やべっ」

 

 逃げたので追いかけた。

 

 



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なんだかんだ仲が良い。

 ランク戦の最中でも、防衛任務はなくならない。如何にボーダー内で大事なイベントが起ころうと、近界民には何も関係ないからだ。

 当然のように外では近界民達が暴れ回り、それに対応する隊員も必要になるのだ。

 さて、今日の防衛任務だが……海斗は二宮隊ではなく、那須隊と一緒に出ていた。暇そうにしていたら、珍しく熊谷が絡んできたのだ。

 

『あんた暇でしょ。ちょっと付き合いなさいよ。任務』

 

 との事だ。まぁ金も入るし、断る理由もなかったので、一先ず出撃する事にした。

 で、今は警戒区域。退屈そうにあくびをしながら、建物の屋根の上で腰を下ろしていると、自分の隣に熊谷夕子が腰を下ろした。

 

「ちょっと、話あるんだけど」

「え、何?」

「あれ、なんとかしてよ」

 

 そう言う熊谷の指差す先では、那須が腕を組みながら胡座をかき、目を閉じている。ピッコロがよくやる瞑想のモノマネだろう。

 

「ピッコロじゃん。なんでなんとかしなきゃいけないの?」

「あんなの玲じゃないわよ! ほとんど別人になっちゃったじゃない!」

「え、俺が悪いの?」

「あんたが貸したドラゴンボールとガンダムとマーベルのお陰でしょうが!」

 

 そういえば貸したような気がしないでもない。ていうか、あの時の菓子折り美味しかったし、また貸してみようか。

 

「他にどんな漫画好きかな。俺としてはワンピースとかおすすめ」

「おすすめ、じゃないから! 人の話聞いてんのかあんたは⁉︎」

 

 なんて騒がしくしていると、その二人の元に遠くから声がかけられる。

 

「騒がしいぞ、貴様ら」

 

 低い声を出そうとしている高い声。顔を向けると、瞑想をしていたはずの那須がこちらに来ていた。

 

「れ、玲……」

「ピッコロだ」

「……」

 

 全く困った話だ。これを恥ずかしげもなく、標準語と真逆の口調でやれるのはすごいものだ。

 ほら、どうしてくれんのよ、と言わんばかりに海斗を見上げる熊谷。それに対し、海斗は真顔のまま答えた。

 

「ピッコロさん、申し訳ないんですけど、パンのお迎え……今日もお願いして良いですか?」

「なんであんたまで乗ってんのよ⁉︎」

「え、いや陰山くんが悟飯ちゃんなのは違うかな……私がピッコロさんなら、陰山くんはフリーザ」

「え、どう言う意味で言ってんの? 別に良いけど」

「良くないから!」

 

 熊谷が口を挟みながら海斗を蹴り退かし、那須の両肩に手を置く。

 

「お願いだから戻ってきて玲! 今のあなたはハッキリ言って痛々しいから! よりにもよってドラゴンボールにガンダムって!」

「何を言っている?」

「今、アムロのモノマネやめて腹立つ!」

「良いじゃん、別に。那須だって前より今のが強くなってんだし。なぁ?」

「ガンダムの性能のおかげです」

「そういう問題じゃ……!」

『それに、那須先輩カッコいいですよ?』

「茜、あんたは本当に黙ってて良いから!」

 

 なんて話している時だった。志岐小夜子から耳に通信が入る。

 

『門反応です!』

「了解した。フィンファンネルで勝てるさ」

 

 そう言いながら、那須はビルから飛び降りて門の方へ走る。

 近界民の数は、全部で10体。そこそこの数だが、アムロは12機のリックドム隊を殲滅した。負けていられない。

 

「ちょっと、玲! 一人で突撃しないで……!」

「そこ!」

 

 無視して、アステロイドを数発放つ。近くにいるバンダーの目に突き刺さり、一体撃破。そのまま、建物の屋根の上を駆け抜けて空中戦をおっ始める。

 

「フィンファンネル!」

 

 変化弾がさらに空中を不規則な動きで舞いながら、飛んでいるバド3体に襲い掛かった。不規則とは言うけど、全部那須が設定した弾道の通りに飛んでいるだけなので、ファンネルっぽい動きをして向かっていた。

 だが、流石は那須の操るファンネルでもあるので、キッチリと敵に風穴をあける。

 バドを片づけ終えた直後だった。キィィィン……と、甲高い音。まるで、砲撃をチャージするような。

 顔を向けると、バンダーが砲撃の準備をしていた。

 

「やられる!」

 

 嘘である。適当なアムロのセリフを思いついたので言ってみただけ。何故なら、ビルの上で固定シールドを張ったからだ。ファンネルによるバリアの再現で。

 だが、砲撃が放たれる事は無かった。バンダーの目玉に、アイビスが突き刺さったからだ。

 

「え?」

 

 というか、今ので倒し切ったらしい。地上にいたはずのモールモッドやバムスターは? と、小首をかしげるが、まぁ海斗がいるなら自分より早く血祭りにあげてもおかしくない。

 

「茜ちゃん、援護ありがとう」

『私じゃないですよ。陰山先輩です!』

「それはないわよ。あの暴れん坊将軍に何を言われたか知らないけれど、無理してあげることないよ」

『いや本当に……』

「……小夜ちゃん、撃破スコアは?」

『熊谷先輩が三体、茜一体、陰山先輩が二体です……』

『お前、どんだけ疑ってんだよ……』

 

 本人から苦々しそうな声が聞こえるが、そりゃ信用されないものだろう。だって馬鹿だし。ダルマにしたモールモッドで三輪隊の前衛と斬魄刀の名前を答えながらバレーボールを上げるゲームとかやるバカである。疑うな、と言う方が無理だ。

 

「クマちゃん?」

『いや、ホントよ。玲が敵の目を引いてくれたお陰で、茜と陰山が援護してくれて、私三体も落とせたわ』

「……」

『ちょっと当真とやり合って、スナイパーの動きをかじったからやってみただけだ』

 

 と、言うことは……今日の自分は二宮隊で言うならバカと同じ役割だった事になる。

 そう考えると……なんか、酷い辱めを受けた気分だ。なんだか悪い夢を見ていたような感じ。

 何が嫌って、あの……陰山でさえたまには頭を使って戦うと言うのに、ここ最近の自分の暴れん坊将軍っぷりが本当に死にたくなる。何も考えていなかった。

 

「……クマちゃん、茜ちゃん、小夜ちゃん……」

『何よ?』

『なんですか?』

『どうしました……?』

「……改めます……」

『『『う、うん……』』』

 

 今夜は不貞寝しよう、と強く決めた。

 

 ×××

 

 さて、次のランク戦の組み合わせが発表された。前回の試合で、自分達は見事に上位入りを果たした。これは初めてのことなので、割と嬉しかったりしないでもない。

 だが……那須としては、ここ最近のはしゃぎ方があんまりだった自覚はあるので、少し抑えていきたい。

 

「では、次の対戦相手だけど……」

「いきなりですよね……」

 

 小夜子がため息をつきながら、那須の部屋で小夜子が作った対戦相手のデータをまとめた資料を読む。対戦相手は、東隊、生駒隊……そして、二宮隊だ。

 今シーズンで、残念ながら日浦茜がボーダーを抜けてしまう。そのため、四人で今の一番を目指そうと言う話になったのだ。

 だから、上位入りした今、過去一番はすでに抑えられた。後は、更に上をどこまで目指せるか、ということだ。

 だが……初上位でまさかの二宮隊。少し勘弁して欲しいと思わないでもない。まぁストームが発生しないだけマシと思うしかないが。

 

「どうします?」

「そうね……どこの部隊も、スナイパーがいるわ。けど、陰山くんはスナイパーと言えるほどの腕はない……と、言いたいけど……」

 

 今日はスナイパーに専念していたのか、たくさん狙撃しているとこを見られたのはラッキーだった。その結果……そこそこの精度を誇っていた。

 

「多分、今回はどの部隊も簡単に近距離戦にはならないと思う。生駒さんも水上先輩メインで、旋空を使って中距離を保つと思うし、二宮さんは犬飼先輩と射撃に徹しそうだし、うちも私がいるから」

「そうね。そうなるとどこもアタッカーが浮くことになるけど……」

「ええ。それを崩しに来るのが、東隊の2人だと思う」

 

 そう言いながら、資料にある奥寺と小荒井の文字を指す。二人とも個人ランクはそこまでではないが、連携を行うことで格上も倒せるようになると評判の二人だ。

 

「ハッキリ言って、今回うちが勝つには漁夫の利を狙うしかないわ。他の部隊が近距離戦を始めた直後、裏を取る形で私とクマちゃんで奇襲するの」

「じゃあ、那須先輩はドラゴンボールモードですか⁉︎」

 

 元気の良い茜の一言で、ピタッとベッドの上の那須は固まる。そして、少しずつ顔が赤くなっていく。

 

「っ……あ、いや……あの、あれはもう……なかったことに……」

「えー⁉︎ どうしてですか⁉︎ カッコよかったのに!」

「いや、もうホント……その、黒歴史というか、若さ故の過ちと言うか……」

「まだ若干、抜けてないわよ。玲」

「うう……いつ思い出しても恥ずかしい……あのテンション……ケホッ、ケホッ……!」

「体調悪化するほど⁉︎」

「だ、誰か呼んできましょうか⁉︎」

「平気だから……」

 

 割と正気に戻ると黒歴史だった。あのテンションをランク戦だろうと近界民の前だろうとやっていたのだから致命傷である。

 でも、枕元にはしっかりとワンピースの単行本が重ねられているあたり、漫画はまだ好きなのだ。

 

「と、とにかく……今回は普通に行くわ……」

「えー、でも普通で大丈夫なのかな……」

「茜、そこまでにしておきなさい」

「いや、だって那須先輩が陰山先輩と戦うようになって、漫画にハマってからじゃないですか。うちがたくさん勝てるようになったの」

 

 言われて、他の三人は顔を見合わせる。それはその通りだ。那須の陰に隠れているが、熊谷もそれなりに実力をつけたので、それで上位までこれたのは確かにあった。

 

「那須先輩のモードチェンジ、相手は嫌だと思いますよ。近距離と遠距離に対応出来るわけですから!」

「茜ちゃん……」

 

 そう言われると、なんだか少し恥ずかしさも和らぐ。あの口調も、戦闘スタイルも、全ては戦闘力を上げるためと思ってくれるのなら恥じることではないのかもしれない。

 それに、なんか三輪隊だって割と漫画に影響されているのか、銀魂のモノマネとかしていることもあるし、それで三輪も米屋も強くなっているし、悪いことは何もない。

 

「ありがとう、茜ちゃ」

「まぁ、口調まで真似する必要は全くないて思いますけど」

「ーッ!」

「あれれれっ⁉︎ な、那須先輩どうしたんですか⁉︎」

「あんたがトドメ刺したんでしょうが!」

 

 恥ずかしさが再燃し、布団の中に潜ってしまった。もう無理。しばらく立ち直れないし、心無しか熱が上がってきた気がする。

 

 ×××

 

 海斗は、個人ランク戦に来ていた。なんか、暴れ足りない。どうにもスッキリしない。やはり肌で感じて敵を倒さないと、どうにもダメだ。スナイパーに徹する、と言うのも楽ではないかもしれない。

 それを察してか、昨日の防衛任務の活躍を見た二宮から「個人ランク戦やるなら近接戦のみで行け」と言われたので、遊びに来た。

 今日は誰と戦おうかなーなんて思いながら呑気に歩いていると、目に入ったのは風間蒼也だった。珍しい奴が来てるな、と思ったので、後ろからカンチョーをする事にした。

 両手を組み、人差し指を二本とも立てて、慎重に背後から接近し……そして、一気に射出! 

 

「千年殺しィイイイイ‼︎」

「させるかああああああ!」

 

 だが、その自分の真後ろから飛び蹴りをかましてくる影。見事に直撃し、思わず前方に転がってしまう。当然、風間を巻き込んで。

 

「痛ってぇな! 何すんだ三輪!」

「先輩に何をするつもりだったお前⁉︎」

「先輩じゃねーよ! ただのチビだよ!」

「小さくても先輩だろうが! お前ホント最近は大人しくしてると思ったら……怒られても知らんぞ⁉︎」

「うるせええええ! 戦闘でも大人しくさせられ続けてて、もう割と疲れてんだよ! たまには大暴れしないとストレス発散できねえんだよ! ストレスが発散できないボーダーなんて、覇気のない新世界みたいなもんだろうが!」

「知るか!」

 

 なんて口喧嘩が始まる中、2人の肩に手が置かれる。

 

「おい……人を巻き込んでおいて、こっちには何も無しか?」

「すみません、風間さん……」

「何もしてねえんだから何もないだろ」

「千年殺ししようとしていただろう」

「どうせトリオン体じゃん」

 

 いつにも増してバーサーカーだった。なんかもう誰が相手でも良いから暴れさせてほしい、という感じがしみじみと出ている。

 風間もそれは察している様子で、イライラより面倒臭い、と言う感じが滲み出ていた。

 

「なら、暴れるか?」

 

 察した三輪が横から口を挟む。

 

「あ?」

「風間さんもどうですか? 最近、俺と陽介と出水とバカの間で流行っている遊び」

「何をするんだ?」

「ああ、あれか。よし、やろうぜ」

 

 話しながら、三人で三輪隊の作戦室に向かった。

 

 ×××

 

 途中、見つけたので拾ったのは黒江と遊真。そして、作戦室にいた陽介を連れて、訓練室を起動した。

 

「はい、と言うわけで始まりました。ドキッ♡ ボーダーだらけの増え鬼大会!」

「「「「いえーい!」」」」

 

 海斗の掛け声でノリノリの合いの手を入れたのは三輪、米屋、遊真、黒江の四人。唯一、ついていけていない風間は三輪に強く重々しく言う。

 

「おい、あの厳格で真面目で規則に忠実だったお前はどこへ行った?」

「真面目です。訓練です」

「増え鬼の何処がだ⁉︎」

「初めてな人もいるので、ルールを説明します!」

 

 海斗が強引に話を進めてしまう。こいつらいつもこんなことしているのだろうか? 頭がおかしいのだろうか? 

 

「基本的には増え鬼と変わりませんが、鬼はバッグワームアリ、逃げ手はバッグワーム無し! 殺されたら殺された者は鬼に参加する! 当然の事ながら、逃げ手も反撃アリですが、自分から仕掛けるのは無し。あくまでも、鬼に仕掛けられた場合のみ反撃可能です! 逃げ手が全員、鬼となったら終了し、最初に捕まった者が鬼となる!」

 

 本当に意外と考えられていた。つまり、逃げることを想定した訓練だが、当然のことながら逃げるばかりでもないと言うこと。

 それこそ、この前の大規模侵攻のようなものだ。中にはC級を逃す任務についていた者は反撃は当然するが、基本的には逃げに徹しなければならない。

 その上、敵はどこから湧いて出るか分からないこともある。だからこそのバッグワームは鬼のみというルールかもしれない。

 

「鬼が殺された場合はどうなる?」

「10秒スタン」

「……なるほどな」

 

 その間に逃げる、と言うことだろう。ちょっと面白そうだ。

 というか、鬼側もそうだ。どの味方を増やせるか、は戦略次第だが、強い奴を狙ってもタイマンで勝てるか否か、ということになる。

 また、大規模侵攻の時には、非番の隊員はあまり慣れていない奴と組む機会もあっただろう。そう言う意味でも、どんな奴と組む時にしてもそこそこの連携を出来るようになる、という特訓にもなる。

 

「ふっ、面白い」

「よし、じゃあやろーぜさっさと」

「これはどれくらいで終わるゲームだ?」

「俺とか海斗とか出水とか秀次とか黒江とか空閑とか迅さんとか緑川とか鋼さんとか荒船さんとかイコさんとか王子先輩とか弓場さんとか辻ちゃんとか帯島ちゃんとかカゲさんとか太刀川さんとか京介とかとやる時は10分くらいでしたよ」

「何でプチ流行してんだ。ていうか、その人数でやって10分で終わるのか?」

「いや、やる時はこの中から4〜8人くらいっすよ? 俺と海斗は毎回いますけど」

「歌川が参加したこともあったじゃん」

「ああ、あった」

「後で事情聴取だな……」

 

 まぁでも、仮に10分と見積もろう。5ゲームで50分と見積もっても多くはない。

 

「今から5ゲームほどやるが……俺を1〜3番目に一度でも落とせたなら、全員に夕食をご馳走してやろう」

「マジですか⁉︎」

「ほほう……きまえが良い……」

「何かあった方がやる気が出るだろう?」

「言ったな。ブッ殺す」

 

 海斗も殺る気が上がっていた。

 さて、ではゲーム開始になった。

 

 ×××

 

 場所は、市街地D。最初の鬼はジャンケンで決まり、遊真となった。

 

「よっし、いっちょ揉んでやるかね」

 

 そう言いながら、指を軽く鳴らす。もう1分数えたので、探索開始。このマップはショッピングモールがあり、縦に広いが横に狭いマップ。

 遊真はバッグワームを羽織り、早速敵の位置を確認した。幸いと言うかなんと言うか、奇襲は自分も得意だ。

 さて、まずは誰を狙おうか? 最初なので、風間を狙うのは控えた方が良い。勝てるかはやってみないと分からないが、やはり可能な限り勝ちたいのだ。

 海斗もやめておきたい。まぁサイドエフェクトなので仕方ないとは思うけど、姿はもう見られているだろう。

 そうでなくても、ランク戦的な事情から情報は出したくないので、サシでやるのは避けたい。

 そうなると……。

 

「くろえだな」

 

 そう決めて、そっちへ向かった。黒江がいるのは、ショッピングモールの中。さっさと突撃して、黒江をとりに行く。

 早速、目に入った。バッグワームからの奇襲は、自分の得意とするところ……と、一気に首を落としに掛かった時だった。

 

「『韋駄天』」

「!」

 

 二人の身体が交差する。ふっ、と着地し、お互いに足を止める。その後……ボトっ、と落ちたのは、遊真の腕だった。

 

「絶対、私を狙ってくると思ってました。何度も負けてるし。……だから、師匠直伝の韋駄天カウンターを狙わせてもらいました」

「やるね」

 

 そうほくそ笑みながらも、スコーピオンなら腕は作れる。遊真は色んなスコーピオン使いの使い方を心得ているので、海斗の真似をして腕を作った。

 

「でも悪いけど、なかまになってもらうよ」

「10秒止まっててください」

 

 そう話しながら、また突撃した。向こうから来る韋駄天を、今度は完全に回避し、背後をとって義手で斬りかかる。

 しかし、黒江はレイガストを使って自身の身体を包み込むシールドを張る。

 それにより義手が弾かれる中、孤月でカウンターを放ってきた。それをグラスホッパーで回避しつつ、背側に回って義手ではないスコーピオンで斬りかかるが、蹴りが自分の手首を直撃し、武器を落とさせられた。

 それと同時に、レイガストのスラスターで加速しながら斬り掛かってくる。

 

「むっ……!」

 

 それをシールドを張って顔面にぶつけて動きを止めさせると、後ろに下がりながら黒江の周りにグラスホッパーを大量に出して囲んだ。

 その中に、スコーピオンの手裏剣を投げる。スコーピオンだけのピンボールだ。

 

「!」

 

 それを、黒江はレイガストと孤月でガードするが、どっちも重さがあるので少しずつ腕や足を掠める。

 だが、所詮は軽い武器。捉えさえすれば弾き落とせる。道路にはたき落とした黒江は……後ろを向いた。そこには、遊真が移動している。

 

「そういうことすると、思ってました!」

 

 真横に孤月を振るった。遊真は体を後ろに逸らして避ける。しかし、この次の攻撃は避けられっこない。師匠直伝、レイガストパンチを叩き込む……と、思った直後だ。

 

『トリオン供給期間破損』

「え……」

 

 胸を貫くスコーピオンのブレードは……弾き落としたはずのスコーピオンから伸びていた。

 

「え、なん……」

「マンティスだよ」

 

 そう言われた通り、いつの間にか遊真の義手は消えていて、足元の道路にヒビが入っていた。

 モグラ爪からスコーピオンを繋げ、下から胸を狙って来た。

 

「うがああああああ! また負けたああああああ!」

「まだまだ青いな、くろえ」

「うるさああああああああい‼︎」

「ほらほら、お仲間のくろえ。次は誰ねらう?」

「むっきいいいいいいいい!」

 

 ニヤニヤしながらそう聞くと、さらに良い反応をしてくれる黒江だった。

 

 ×××

 

「おいおい……このジャンプ今週号じゃん。芸細かすぎだろ」

 

 ショッピングモール内の本屋。そこで、米屋は漫画を読んでいた。どうせ見つかっているのだから、こうして呑気にしていても良いという判断だ。

 黒江の反応がマップから消えて時点で理解した。捕まってバッグワームをきたんだろうな、と。

 そんな中、手元に槍を召喚する。すぐに分かった。敵が来た、と。なんとなく、直感で。

 

「『韋駄天』」

「うおっ、と!」

 

 首を横に傾けて回避しながら、その背中に槍を振るう。

 幻踊孤月を放ったが、流石に知り合い同士。読まれていて、シールドに阻まれる。

 その直後、背後から悪寒。反射的にしゃがむと、白いチビが首を刈りに来ていた。

 

「おっ、やるね。良い勘」

「あのバカとやり合ってりゃ、そんなもんいくらでも身につくだろ」

 

 そのまま近距離で遊真がスコーピオンを使って攻め立ててくるのを、槍を使って捌く。グリップではなく中心を掴み、クルクルと回しながら二刀を弾き続ける。片方は義手だが。

 が、その直後で黒江が攻めてくるので、足を使って強引に躱した。

 

「っぶねぇ……! お前ら仲良いな」

「良くないです!」

「師匠同士がなかいいもんで」

「肯定しないで下さい!」

 

 二人がかりを躱しながら、足を使って引き気味に戦う。

 しかし、二人とも口で言う割に面倒なコンビではあった。スピードの遊真と威力の黒江。二人で三種類のブレードをコンプしているとこもあり、一秒も気が抜けない……そんな中、左右から挟み込むようにブレードが迫ってきた。

 

「ぬおっ⁉︎」

 

 後ろの黒江の孤月は孤月の穂先、遊真のスコーピオンは自分もスコーピオンで受けた。

 ギギッ……と、刃と刃が擦れ合う音を響かせながら、流石にヤバいと米屋は苦笑いを浮かべながら軽口を叩く。

 

「おいおいお前ら……風間さんの奢りは良いのか?」

「そのための仲間集めです」

「かいと先輩はバカだし、みわ先輩はおれのこと嫌いだし、あとはよねや先輩しかいないよ」

「消去法かよ。光栄だなオイ……!」

 

 なんて思わず呟いた直後だった。ドゴッと真横の壁が崩れる音がして、思わず三人とも顔を向けてしまった。

 そこで起こっていたのは、風間とバカと三輪の喧嘩だった。

 

「遊真、今だ! このチビ殺して奢らせろ!」

「やってみろ! まとめて畳んでやる!」

「二人ともルール違うから止まってマジで!」

 

 奢りのために仲間割れが出来ていて、三人とも力を抜いてしまった。もうこれは……ルール無視の乱戦が始まるまで、後何秒か、と言う空気。

 六人揃って喧嘩が始まり、大暴れが始まってしまった。

 

 



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