魔法少女リリカルなのは 黒騎士の憂鬱 (孤独ボッチ)
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プロローグ

 一応、美海一人オリ主に再編したお話です。
 お試しに書いてみました。
 設定も前回から多少変わっています。

 では、お願いします。


              0

 

 私は宮殿を歩いている。

 宮殿だ。

 比喩でも頭の中にあるものでもない本物の宮殿を歩いていた。

 とても苛立っているのが分かる。

 何故、他人事みたいな言い方なのか?

 それは、これが夢だからだ。

 自分でも結構変わっていると思うが、私は二度の転生を経験させられた。

 これはもう終わった人生で、どうにもならない事だ。

 なのに何度も夢を見る。

 目を覚ましたくても、自分の意志ではどうにもならない。

 夢を見る私は、心の中を諦観が支配する。

 夢の中の私が、目的の部屋に辿り着く。

 扉の前を騎士が二人護っている。

 いや、監視していると言った方が適当だ。

 だが、私は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 私の魔法は、こいつ等程度に見破られやしない。

 荒々しく部屋に踏み込んでいく。

「レクシアお姉様」

 目的の人物が振り返る。

 オリヴィエ・ゼーゲブレヒト。

 私の妹分で聖王本家の直系の血筋の姫。

 一方、私は聖王選王家の一つとはいえ、外様もいいところだ。

 聖王は一応、選王家から選ばれる事になっているが、ここ何年かは本家が世襲でやって

いるので、実質は選王家等飾りに等しい。

 本来なら、姉呼ばわりされる事など有り得ない。

 でも、私達は仲が良かった。

 鬼子などと不遇な呼び名で呼ばれる姫と、聖王を何代も排出していない枯れた家の五女で

ある私は、偶然か必然か出会い、絆を結んだ。

 だからこそ、ここに来た。

「ヴィヴィ。聞いたよ。ゆりかごの王になるって!?正気なのか!?一度あの王座に着いて

しまったら死ぬしかないんだよ!?」

 そう、ここは古代ベルカの時代だった。

 そして、私はこの子と同じ時代に転生したチート転生者だった。

 一度目の転生した名をアレクシア・レイ・アーデンといった。

 容姿はPARA-SOLの谷田部美海と同じで、私の元の性別は男だったが…()()()()

 あの転生担当はミスばかりだった。まあ、意識も女にしてくれたのは助かったが、お陰で

恋愛感情部分が歪み、男にも女にも興味はなくなってしまった。

 そして、チートのお陰で、ベルカの聖王選王家・国家アストラの最強の騎士であり、将。

 ベルカ全土でも最強と目される存在にまでなった。

 今となってはお笑いだ。

 オリヴィエは、ただ寂しげに微笑んだ。

「お姉様の魔法ならば、ここに入る事など造作もない事でしたね。失念しておりました」

 彼女は、これから聖王のゆりかごに乗る。

 ゆりかごの王になる為に。

 私はコレを知っている。

 だからこそ、引き止めたかった。

「戦争なら、私が終わらせる。ヴィヴィがこんな事をする必要なんてないんだ」

 こんな言葉じゃダメだ。

 今の私が醒めた視線を昔の私に送る。

 いや、こんな事は当時だって分かっていた事だ。

 ただ、言わずにいられなかっただけで。

 案の定、オリヴィエが悲しそうに笑った。

「お姉様の軍は、度重なる出兵で疲弊し切っておりましょう。随分、兵や騎士に損害を出し

たと伺っております。お姉様が、それでご自分を責めておられるのも承知しております」

「っ…」

 オリヴィエの労りに満ちた声に、言葉が続かなかった。

 当時、弱小国である私の国は、聖王本家からいいように使われていた。

 なまじ強かったばかりに。

 潰れるまで使い潰す。

 その意図が透けて見えていた。

 私の我慢も限界というものがある。

 そう思った矢先にこれだった。

 チートを貰って転生したんだから、自分ならやれる!そんな馬鹿な考えは長くは続かな

かった。

 私一人がどれだけ強かろうが、軍で戦う以上、全て護るなど土台無理な話なのだ。

 それが戦略級魔法を使おうが、同じだ。

 私の魔法を警戒して攻めてくる敵は後を絶たない。

 戦略級魔法の恐怖故に。

 必然、誰かが死んでいく。

 だから、せめて身近な人くらいは護りたかった。

「それでも、シュトラに増援を…」

「それは止めて下さい」

 キッパリとオリヴィエが拒否する。

 増援の当てなんて、まともなシュトラくらいしか頼めなかった。

 しかし、今なら分かる。

 シュトラは今、それどころではなかったから。

「シュトラは今、隣国から攻め込まれています。森も焼かれてしまったので行軍も楽に

なっています」

 確かに、最後に聞いた情報では、かなりキナ臭くなっていた。

 私は別の戦線を担当していた為、情報が降りてこなかったのだ。

 そして、森が焼かれたという事は…。

「魔女達の殆どは…」

 殺されてしまったか…。

 あの森には、獣人みたいな特徴を持った魔女達が暮らしていた。私もオリヴィエ経由

で紹介され、仲良くしていた。

 オリヴィエの顔を見れば、察する事が出来た。

「聖王家は、アーデン家の躍進をこれ以上望みません。もうお分かりですよね?」

 分かる。

 アーデンとは、転生した私の旧家名だ。

 使い潰されずに済むように戦い、連勝してたからそろそろだと思っていた。

 そして、この戦いが終わったら、何か理由を付けて私達を潰す事を決めたという事だ。

 それまでは精々利用してやろうという訳だ。

 予想通り過ぎて、眉が寄ってしまう。

「私は護りたいのです。クラウスもリッドも、そしてお姉様も。そして、お姉様はこれ

からのベルカに必要な方です。なんとしてもお救い致します」

 必要な方か…。

 残念ながら、それは貴女も同じだ、とは言えなかった。

 シュトラの坊ちゃんや私にとって必要でも、王家からすれば私同様使い捨てして惜しく

ない存在だったから。

「お姉様。聖王になって下さい。私の様なゆりかごに乗っただけの王ではなく、本当の

ベルカの王に。お姉様だけなのです。民の為に太陽の光と、食事を与えられたのは。

 お姉様は私達の希望です。聖王家とは取引しました。ですので、引く事は出来ません」

 私はこの頃、国土を覆う分厚い雲を魔法でブッ飛ばして、日照時間を強引に作っていた。

勿論、それに加えて気流操作もやっていた。尤も、国土が猫の額みたいなものだから出来た

事だったけど。それで他国に迷惑が掛かっていると分かった後は、鹵獲した禁忌兵器の情報

を読み取って改造する事で、これまた強引に解決。ついでに別の禁忌兵器を改造して、土壌

改善までやっていた。魔力も厳しかったし、流石に自前の時は短時間しか出来なかった。

巨大なCADにしたお陰で、魔法の維持が格段に楽になった。今にして思えば、好き勝手

やったものだ。それに加えて、WEB小説でよくある農業チートを参考に、作物を育て、

保存食を造り、民の為に常備していたのだ。

 オリヴィエはそれを知っていた。

 しかし、聞き捨てならない事を聞いたよ。

「取引したって何!?」

 あの嘘八百の連中と何を取引出来る!?

「私が聖王家の為に戦争を終わらせる代わりに、シュトラやアストラに手を出さない事。

 援助をする事を約束させました」

 今の私は、渋面で目を閉じた。

 オリヴィエは、もう覚悟を決めていた。

 あれから現実にはかなり言葉を重ねた筈だが、それでも決意を覆す事は出来なかった。

 オリヴィエが別れ際、微笑んだ。

 その笑みに、何も言ってやる事は出来なかった。

 それが遠のいていく。

 いつもの展開だ。

 今の私が、諦観と共に見送る。

 

 宮殿が消え去り、陰鬱な雲が覆う大地に昔の私が立っていた。

 夕方だが、この頃のベルカは大体雲に覆われて、薄暗い。

 まあ、ウチの国は少し事情が異なったが。

 隣には、元護衛騎士であったのに、メイドにジョブチェンジした変わり者。

「姫様。聖王本家より使者が参っておりますが…」

 よく知ってるよ。

 因みに姫とは私の事だ。

 王位を継いでも、このメイドは相変わらず私を姫と呼ぶ。

 姫は勘弁してほしい。

 使者のほざくであろう内容も予想が出来る話だ。

 聞きたくないが、聞かないといけないだろう。

 私は一つ溜息を吐いて、歩き出す。

 

「聖王陛下は、お嘆きになっておられます。ベルカの平和への歩みを乱す蛮行を。まさか

降伏を打診してきた国を、陛下の判断なしに滅ぼしてしまわれるとは…。戦を終わらせる為、

ゆりかごに乗られたオリヴィエ陛下が報われませぬ」

 戻ると聖王家の使者が嫌な顔で嗤い、喋り始めた。

 何故、聖王がいるのにオリヴィエが陛下と呼ばれるのか?

 答えは簡単だ。

 元々在位している聖王はいて、オリヴィエはゆりかごの王になった事で名誉職として聖王

扱いされているだけで、オリヴィエに権力が備わった訳じゃない。

 兵器になった王様に政務は出来ないからね。

 だから、こういう事が起こる。

 因みに、私は降伏の打診など受けていない。私が戦っていた国は、最後の一兵まで戦ってやる

といったあの姿勢で、降伏の二文字は思い浮かんですらいなかった筈だ。完全に言い掛かりだ。

 こんな事になるんじゃないかと思っていた。

 連中が真面目に口約束なんて護る訳ないのだ。

「降伏するならば、君等の首だけで収めようと、陛下は仰せになっておられます」

 私の部下達が一斉に立ち上がり、聖王家を非難し始める。

 使者がニヤリと嗤う。

「それでは、最後の慈悲を蹴るというのだな?」

 未だに騒ぎ続けている部下を、私は手を上げて黙らせる。

 今の私が溜息を吐く。

 今も昔も感想は同じだ。

 こっちが何を言おうが、戦争に持ち込むんでしょ?って。

「慈悲?そんなものないだろう。そんな人らしいものは。それと勘違いするな。反旗を翻す

のは私一人だ」

 私は敢えてふざけた言い分に乗っかった。

 私がチートでも聖王家の戦船の数やら、魔導騎士の数やらで勝ち目はない。

 ウチに戦船なんてボロいのが一隻あるだけだ。足しになりやしない。

 唯一勝っているのは、人材の質のみ。

 ウチは騎士団というより山賊の集まりみたいなもんだ。勝つのに手段は選ばないから、対人戦

は強い。物量には流石に押しつぶされるけど、このままいいようにやられる可愛げはない。ない

が、死なせたくない連中だ。

 今の私が冷ややかに昔の自分を見る。

 そんな事言って、思って、何が変わる。

 使者が、侮辱されて顔を真っ赤にする。

「そんな都合のいい話は、通じない!!その程度の分別もないか!!ならば全員死ねばよい!!」

 使者は、捨て台詞を吐いて、プリプリして帰っていった。

 使者を手始めに血祭に上げるという意見もあったが、結局実行しなかった。

 あんな小物ぶち殺しても、なんの慰めにもならない。

 

「皆には、こんな事になって申し訳なく思う。だからせめて生きてほしい」

 私は開口一番にみんなにそう言った。

 重々しく告げた筈なのに、みんなが爆笑した。

 馬鹿な事を言ったとでも思ったのかもしれない。

「いやいや、アイツ言ってたじゃないですか。全員殺すって。戦うしかないでしょ」

 一番のお調子者がそう言うと、全員がテンションの差はあれど頷く。

「一応、考えはある」

 私はそう言うと、聞くだけ聞こうという姿勢になる。

「私を裏切れ」

 全員が沈黙の後、再び爆笑された。

 爆笑されたが、実際あちらも優秀な人材不足だ。

 物量を除けば、使える魔導騎士など少ないものだ。

 ハッキリ言って、ゆりかごと多数の戦船が聖王家の強さだ。

 だが、ベルカは基本、武が尊ばれる。

 腕のいい魔導騎士は、支配を確実にする為にも欲しい。

 私という目障りなヤツを除いて。

 色々と私は聖王家に対して、やらかしたからね。神聖剣強奪事件とか。

 聖王の権威に転んだと思わせれば、案外イケる手段だ。

 民にしても農業チートを知っているから、あちらも確保したいのが本音の筈だ。

 生産力低いから喉から手が出る程、欲しいだろう。

 更に、鹵獲して魔改造した禁忌兵器の数々を手土産にすれば、高い確率で助かる。

 犠牲は少なく出来る。

「御免ですな」

 何故、こんな弱小小国にいるんだ?って感じの宿将が、にべもなく断った。

 大軍を率いて戦う事が得意な男で、万旗将などと呼ばれた男だ。

 ご存知の方がいるかアレだが、爆裂ハンターのザッハトルテに似てる。

 最初、コイツ裏切るんじゃ…なんて疑った時期もあった。

「騎士としての誇りを捨てるくらいならば、死んだ方がマシですな。我等が仕える主は、

ここにおります。皆も同じ気持ちなのです。我等の事は気にせず、意地を通されませ」

 爆笑から一転、みんなが真剣な表情で頷いた。

「それに、ここで助かったところで信用などされないでしょうしね」

 元・騎士のメイドがシレッと痛いところを突く。

 まあ、連中は想像を絶する思考をするから、確かに信用されない可能性もあるか…。

 でも、それなら下った後にでもドロンすればいい。平和が云々言うのなら、大量の手土産

持って下れば、一時的にとはいえ受け入れるだろう。その後、戦場でピリピリしている時が

過ぎ、戦後のどうしても緩んでしまう瞬間を突けば、アンタ等なら幾らだって逃げ延びられる

でしょうに。実力があれば雷帝だったら平然としらばっくれて抱え込むだろうし。

「それに…」

 宿将がチラリと外に視線をやると、外から気合の籠った声が上がった。

 途轍もなく大勢の人間の声。嫌な予感がする。

 私は外を覗き込むと、そこには武装した民が集合していた。

 一揆でも始めるつもりか?と問いたくなる。

「「「アレクシア陛下!!アレクシア陛下!!」」」

 私を見た民が声高らかに私の名を叫ぶ。

「お分かりになったでしょう。裏切った日には我々は彼等に殺されてしまいますよ」

 宿将の声を呆然と聞き流す。

 

 何故、そんなに死にたがる。

 何故、そんなに支持してくれる。

 間違ったんだ、私は。

 時代も考えず、現実だと、現実になったのだという現実から目を背けて好き勝手やった

代償が、このザマだというのに。

 生きていればいい事があるだとか、命あっての物種だなんて気楽に言うつもりはない。

 でも、それでも生きていてほしかった。

 いや、正直に言おう。私の所為で死んでほしくなかった。

 この責任を私は取れないし、取りたくなかった。

 呆れる程の身勝手な話だ。

 それなのに、調子に乗って滅茶苦茶やった。自分はなんでも出来ると錯覚して。

 

「陛下の治世だからこそ、我々は生きてこられました。希望を持つ事が許されたのです!!」

 

 口々に民が叫ぶ。

 耳を塞ぎたくなる。

 叫び出したくなる。

 実際、今の私は声にならない叫び声を上げていた。

 全てが霞んでいく。

 そろそろ終わりに近い。

 

 次に現れるのは、死屍累々の中をただ一人立っている私。

 現れたのは、ゆりかご。

 満身創痍の私にゆりかごから一斉に攻撃が放たれる。

 攻撃が雨のように私に降り注ぐ。

 

『イヤァァァァァァァーーーーーー!!!』

 

 オリヴィエの絶叫が響く。

 

 更に場面が変わっていく。

 

 今度はスーツを着た女が、私に丁寧に頭を下げる。

「申し訳ありません。前任者が転生先を間違えてしまったようです。正しい場所に送らせて

頂きます。貴女は英霊となられました。特典はそのままで、英霊化を特典追加して、お詫び

の代わりとさせて頂きます」

 

 間違いでしたで、済むか。

 

 

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 私は声にならない絶叫を上げて、起き上がった。

 嫌な汗が流れ出ている。

 身体のベトツキがいつもより酷い。

「また…あの夢か…。酷い夢見た…」

 あの夢は、実際に起こっていない現象も、夢の中では起きている。

 オリヴィエが、あの段階で声を上げられた訳がない。

 ゆりかごは酷使され、オリヴィエの意識は殆どなかった筈だ。

 よって、私を殺した事をオリヴィエが認識していたとは思えない。

 あの声は、私の醜い心の産物だという事だ。

 心のどこかであの子に後悔をしてほしいという、身勝手な願望が現れたと思っている。

「クソだな。私は…」

 部下や仲間、友、民を全員死なせた私のどこが英霊だ。

 転生者の担当とかいうあのスーツのクソッタレな言葉が蘇り、私は顔を歪ませた。

 私は稀代の愚者だ。

 そして、現在、強引に転生させられら愚者の名を、綾森美海という。

 容姿は前世のベルカと同じだが、私にヤル気は残されていなかった。

 何もする気力が湧かず、風呂にすら入っていない。

 サッサとくたばった方が、今の両親の為にもいいだろう。

 じゃあ、サッサと逝けと思うかもしれないが、それが出来ない訳があった。

 それには、私の特典が関係している。

 

①魔法科高校の劣等生の魔法・技・技術全て。エレメンタルサイトの強化。再成のデメリット

 破棄。魔法の才MAX(再成のデメリットは、世界の修正で痛みの倍化なしのみ)

 

②剣を複数を浮かせて、達人と大差なく使えるようになりたい。(剣聖操技とベルカで呼ばれる)

 武術の才MAX

 

③ゲットバッカーズの赤屍蔵人の血液能力。レアスキル指定。血界戦線等の技も再現している。

 

④ベルカで英雄となった功績で、英霊化の特典が付けられる。サーヴァントみたいになるらしい。

 興味がないので、確認もしていない。

 

 他にも再現出来そうな技術を再現している。他の魔法・剣技はベルカ時代に現地で努力で習得

したもの。血液中には、ベルカ時代に使っていた武器などがそのまま入っている。

 

 以上となる。

 

 問題は魔法科高校の劣等生の魔法・自己修復術式だ。

 これは、戦闘不能な程の傷を受けると自動的に傷を修復してしまう。

 おまけに魔改造したので性能が上がり、傷を受ける前の状態まで戻してしまうのだ。

 つまり、自傷行為をやっても死ねないのだ。

 赤屍さんの特典も死に辛くなっている要因としてあると思う。

 それにうっかり今生の親に自傷行為でも見られたら、半狂乱では済まないだろう。

 今のところ死ぬ手段は、前世同様に魔法回復が追い付かない程の飽和攻撃くらいだ。

 そんなの原作が始まりでもしない限り、こっちにない。

 周囲の被害を顧みなければ、自殺も出来そうだが、流石に海鳴の街にそこまでの恨みはない。

 諦観と共に溜息を吐く。

 上体を起こしてベットから降りる。

 自分の部屋のドアを開けて玄関へ向かう。

 その途中にキッチンを覗き込むと、今生の母がテーブルに突っ伏していた。

 よその家なら、夕飯を作る時間だが、母が食事の支度に取り掛かった形跡はない。

 精神的に参っているのだ。私の所為で。

 申し訳なく思いつつ、外に出る。

 未練たらしく何か死ねる要素がないか、外をフラフラするのが日課になってしまっていた。

 昼も夜もなく、起きたら外に出ていた。

 原作開始まで困らせなければいいと、頭では分かっていた。

 今生の親は、とてもいい人だ。

 いずれ死ぬなら、死ねばいいと思われていた方が気が楽だ。

 そんな子供なら、死んでも悲しまないだろう。

 今日もあわよくばと思いつつ、無駄な探索をする。

 誰も私を気に留めたりしない。

 もうすぐ公園に辿り着く、道路を渡ればすぐそこだ。そこに横断歩道はないけど。

 私は平然と渡ろうとした。いつも通りに。

 だが、それが阻まれた。

「っ!?」

 突然、腕を掴まれたのだ。

 気配があるから、近くに誰かいるのは知っていたが、まさか私の魔法が通じないなんて思い

もよらなかったのだ。

「ダメだよ!あぶないんだよ!クルマくるんだから!」

 

 振り返ると、そこにはこの世界の主人公がいた。

 

 

              2

 

 思わず顔を顰めてしまう。

 私を止めたのは、高町なのはその人だった。

 別に、この子に恨みはないけれど、どうも出会いを喜べない。

 どうもそれは向こうも同じらしい。

「うっ…」

 なのはちゃんは、呻き声と共に顔をクシャクシャにする。

 これには私に心当たりがあった。

 私の臭いだろう。風呂入ってないし。

 今の私は癖毛が伸び放題伸びて髪はボサボサ。風呂にも入っていないので相当臭い筈だ。

 自分じゃ、もうベタベタで不快程度の認識しかないけど。

 子供故の素直な反応。

 思わずといった感じで腕を放し、一歩後ろになのはちゃんが下がる。

 鼻を摘ままないだけ、気を遣っていると言える。

「…こんなことしたらダメだよ!クルマにひかれちゃうんだから!」

「ああ、そうだね。ごめんね。それじゃ」

 私はアッサリと非を認めて謝った。

 こういう時は、サッサと認めて謝ってしまうのがいい。

 横断歩道は確かもう少し行ったところにあった筈だ。

 フラフラと歩き始める。

 今度は流石に呼び止められる事はなかった。

 ホッとしたが、どうも距離を置いて付いてくる。

 なんだ?

 少し考えてみると、当然の答えが浮かぶ。

 同じ場所に用事があるんだよね。公園だし。子供が用事があってもおかしくはない。

 ただ、子供が帰る時間帯に逆に向かってるのが気になるけど、私が言えた義理じゃない。

 それに臭いが酷い私に、敢えて近付く事はないだろう。

 今度はルールを守り公園に入る。

 公園にある幾つかあるベンチに腰掛ける。

 夕日なんて物凄く貴重だ。私はなんとなく夕日を眺める。

 何も考える必要がない時間。

 苦痛なまでに流れが遅い時間を忘れられる瞬間。

 なんだけど、なのはちゃんが二つ隣のベンチに座っている。

 公園は別に小さい訳ではない。もう少し向こうに行けばいいのに。ここが夕日が一番見易い

のに、なのはちゃんは下を向いている。まあ、私みたいな特殊な理由がないと夕日の有難み

なんて分からないか。前世では太陽を求めてかなり苦労したから。私には貴重な景色だ。流石

に魔改造した禁忌兵器でも、日が落ちるまでなんて維持出来なかったからね。

 夕日を眺めていると隣から恐る恐る声が掛けられる。

「あ、あのね。おふろとか…はいってる?」

 余計なお世話だ。臭いならアンタが移れ。

「お察しの通り入ってない。面倒だから」

「……」

 私のにべもない言葉に、なのはちゃんが黙り込む。

 何もする気にならない。まして自分の世話なんて。

 今生の親はいい人だから、私を風呂に入れて身綺麗にしようとするけど、私は拒否した。

 有体に言えば、暴れて抵抗した。私の面倒なんて見なくていい。

 寝ている時でも、接近されれば分かってしまうから、処置なしとして最近は干渉してこない。

 その代わり参っているようだ。申し訳なく感じているから、サッサと施設にでも入れてくれ

ればいいと思う。私の為にケンカなんてしなくていい。私を施設に放り込んで、二人でやり直

してほしいと思う。

「でも、おかあさんとか、おとうさんとか、こまってない?」

 まだ居たのか。

「困ってる」

「だったら、ダメだよ。こまらせるようなことしたら!」

 なのはちゃんの言葉は、まるで自分に言い聞かせているようだった。

「もうそろそろ、困る事はなくなるよ。きっと」

 父は、もう限界っぽい。母もかなりキテいる。

 父は無理に仕事を入れて家に帰るのを遅らせているみたいだし。

 母もどうしたらいいか分からず、途方に暮れている。

 そろそろ話し合いの時期だろう。

 そこで私が頭のおかしい話をして、目出度く施設行きとなるだろう。

「どうして?」

「私が終わらせるからだよ」

「どうしてそんなこというの?」

 しつこいな。

 私は眉を寄せて溜息を吐いた。

「世の中にはね。いなくなった方が上手くいく事もあるんだよ」

「そんなの!まちがってるよ!」

 なのはちゃんは、怒って立ち上がりこっちに来る。

 貴重な時間が台無しだ。

「貴女。誰かを失った事がある?」

「え?」

 いきなりの私の質問に、なのはちゃんが恐れるように怯んだ。

「誰か大切な人を失った事がある?」

 なのはちゃんは暫く黙り込んでいたが、ゆっくりと首を振った。

「私は一杯失くしたよ。大切の度合いに関わらず全部」

「……」

「それなのに私だけ生きている。納得なんて出来ないんだよ」

「おこってるの?じぶんに。あなたのせいじゃないんでしょ?」

「殆ど私の所為だね」

 元を正せば、私の配慮のない好き勝手な行動が元凶だ。

 なのはちゃんは子供の所為か、そんなに大切な人が死ぬ状況に違和感を感じないらしい。

「おはなし。きかせてくれないかな?」

 なのはちゃんが意を決したように言った。

 主人公は、こんな年から主人公らしい。

 でも、この子も明らかに問題を今抱えている。そんな事は容易に察せられる。もう子供

は帰る時間なのに、一人でこんな時間まで、しかも厄介なガキと一緒にいるんだから。

 そんな子に話しても余計な負担が増えるだけだし、何より話す義理もない。

「溺れてる人間同士がしがみ付いてどうするの?一緒に溺れ死ぬだけだよ」

「っ!」

 なのはちゃんは死という単語に反応してビクリと震えた。

 私は溜息を吐いて立ち上がると、なのはちゃんに背を向けて歩き出した。

「あ…」

 背後でなのはちゃんが迷う素振りを見せているようだが、私は立ち止まらなかった。

 結局、私は呼び止められる事なく公園を後にした。

 そういえば、どうして私が分かったんだろう?魔法で存在自体認識出来なかった筈なのに。

 まあ、いいか。どうでも。主人公補正でもあるんだろう。

 

 それが高町なのはとの最初の邂逅だった。

 

 

              3

 

 なのは視点

 

 おとうさんが、お仕事で大怪我をした。

 みんなで出来るお仕事を、始めたばっかりだった。

 それは喫茶店です。

 おかあさんはお菓子作りが得意で、おとうさんは飲み物を作るのが上手い?みたいだった。

 もうすぐ、おとうさんも今のお仕事をやめて、喫茶店をみんなでやろうっていっていたのに…。

 そのさいごのお仕事で、おとうさんは大怪我をした。

 かぞくみんなが忙しくなった。なのはは、ちっちゃいからお手伝い出来なくて、おばあちゃん

のおうちに行くようになった。

 ものすごくさびしい。

 でも、みんな大変なのに、困らせるようなことはいっちゃだめ。

 おばあちゃんは優しいけど、おばあちゃんだからいっしょに遊べない。

 だから、わたしはおともだちと遊びに行くといって出ていく。

 あんまり早くかえると、心配される。遅くても心配される。ちょうどいい時間に、帰らないと

だめ。

 

 きょうは少し遅く帰る。

 おかあさんが迎えに来るのはもっと遅いし、いつも同じ時間に帰るのも心配されるから。

 ちょうど公園をみつけた。

 さいしょは、探検のつもりで、少し楽しかったけど、いまは知ってるところばっかりになって

楽しくない。新しい公園をみつけてもわくわくしない。

 公園のまえの道路で、なんか変なかんじ。

 なんかグネグネしてる。上手くいえないけど…。

 よく見ようとすると、同じくらいの女の子が見えた。

「っ!!」

 思わずビックリしちゃう。

 それよりビックリなのは、その子は横断歩道もない道路を渡ろうとしてた。

 考える前に、そのこの手をつかんじゃった。

「ダメだよ!あぶないんだよ!クルマくるんだから!」

 手をつかんじゃったけど…ベタベタしてる。

 かみがボサボサでお顔がわからないよ。

 

 それにくさい。

 

 なんかキュ~とするにおい。

「うっ…」

 なんか、その子から少し離れちゃった。

 その子はいやな顔するかなっておもって顔を見ると、おこってないみたい。いやそう

だけど。

「…こんなことしたらダメだよ!クルマにひかれちゃうんだから!」

「ああ、そうだね。ごめんね。それじゃ」

 少し悪いなっておもったけど、出た言葉はこんなのだった。

 でも、この子はいいかげんに返事して歩き出した。

 少しむっとしてしまう。

 行く方向は同じ。あとをついていくように公園に入る。

 その子は行くところが決まってるみたいで、どんどん歩いてベンチにすわった。

 わたしも少し離れたベンチにすわる。

 だって、この公園、あんまり詳しくなかったから…。

 うっ、ちょっとくさいの。

 おかあさんもおばあちゃんもいってた。女の子ならみだしなみに注意しなさいって。

 おこられないのかな?

 おもいきってきいてみる。

「あ、あのね。おふろとか…はいってる?」 

「お察しの通り入ってない。面倒だから」

「……」

 この子、あんまりお話したくなさそうだ。

「でも、おかあさんとか、おとうさんとか、こまってない?」

 でも、気になってきいちゃった。

「困ってる」

 平気でそんなお返事。

「だったら、ダメだよ。こまらせるようなことしたら!」

 おもわずおこっていっちゃった。

 わたしだって、みんな困らせないようにがまんしてるんだから。

「もうそろそろ、困る事はなくなるよ。きっと」

「どうして?」

「私が終わらせるからだよ」

「どうしてそんなこというの?」

 その子は、悲しそうなのにスッキリしたようなお顔だった。

 わからないよ。

「世の中にはね。いなくなった方が上手くいく事もあるんだよ」

「そんなの!まちがってるよ!」

 そんなのわたしはいやだ。そんなこと考えたくない!

「貴女。誰かを失った事がある?」

 さっきまでと違うかんじ。

 なんか、おばあちゃんとお話してるときみたいな。

 でも、そんなこと、今きかれたくない。

「え?」

 じぶんでもビックリするくらい声がふるえる。

「誰か大切な人を失った事がある?」

 優しい声で、こわいことをきいてくる。

 でも、この子の目は、ジッとわたしを見てる。

 いやだったけど、首をふる。

「私は一杯失くしたよ。大切の度合いに関わらず全部」

 とし、同じくらい…だよね?

 でも、嘘をついてるようにはおもえなかったの。

 何もいわずに、ただきく。

「それなのに私だけ生きている。納得なんて出来ないんだよ」

 ああ…この子はおこってるんだ。じぶんに。

「おこってるの?じぶんに。あなたのせいじゃないんでしょ?」

「殆ど私の所為だね」

「おはなし。きかせてくれないかな?」

 わたしだって、お話をきくくらいは出来る。

 おばあちゃんがいってたの。お話するだけでもちがうって。

「溺れてる人間同士がしがみ付いてどうするの?一緒に溺れ死ぬだけだよ」

 つめたいこえ。

 お話しようってきもちが、こおりついたみたいにひえる。

「あ…」

 その子は、私のほうを見ないで立って、歩いていっちゃった。

 わたしは、何もいえなくなっていた。

 ただ、その子のせなかを見てただけ。

 わたし…がんばってたのに…あの子から見てもひどいんだ。

 

 あたまのなかで、あの子の言葉がグルグルまわって、何も考えられない。

 気がついたら、公園を出て、おばあちゃんのおうちについてた。

「おかえり。なのちゃん」

 おばあちゃんの優しい声をきいて、なみだが出た。

「どうしたの!?どこかいたいのかい?」

 おばあちゃんがあわてて、わたしのとこまで来てくれる。

 わたしはおもわず、おばあちゃんにしがみついちゃった。

「わたし…しんぱいかけてる!?わたし、みんなのめいわくにならないようにがんばってたの!

でも!わたし…そうみえないみたいで!」

 わたしは、じぶんでも何いってるのかわからないことを、おばあちゃんにいった。

 でも、公園のことは、話したとおもう。

 おばあちゃんは、わたしをギュッとしてくれた。

「大丈夫だよ。なのちゃんは頑張ってる。みんな知ってるから。もっと我儘言っても

いいんだよ。これはね。なのちゃんのしごとみたいなものだよ?おおきくなったら言えなく

なるんだからね。今のうちだけなんだよ」

 おばあちゃんは、優しい声でいってくれた。

 なみだがまた出てくる。もうとまらないの。

「でも、わたしはおばあちゃんだから、なのちゃんの我儘全部は受け止めきれないから、手加減

してね?」

 おばあちゃんは、さいごに片方の目をパチリととじていった。

 たぶん、おとなのひとのジョーダン?だとおもう。

 わたしはなんだか、胸の中が軽くなったみたいなかんじ。

 そうか、おばあちゃんがいってたお話するだけでもって、こういうことなんだ。

 

 わたしは、たぶん足りなかったんだ。あの子にとって。

 わたしはなりたいとおもった。

 今度は、あの子の手をとれる、お話をきいてあげられる人になりたいって。

 

 

              4

 

 :おばあちゃん視点

 

 なのちゃんの言葉を聞いて、随分考えさせられたねぇ。

 随分と無理させてたんだねぇ。無理して明るく振舞っているのは知ってたけど、ここまでとは

想像してなかった。

 まあ、不安にならない訳ないねぇ。父親が生死の境を彷徨ってるんだから。

 こりゃ、桃子に言っとかなきゃいけないね。

 大変なのは十二分に理解出来るけど、このままって訳にいかないしねぇ。

 

 それにしても、なのちゃんが会ったっていう子は、なんなんだろうねぇ。

 なのちゃんが言うには、大勢身内を亡くした子のようだけど…。

 そんな子が近所にいたら、噂になってそうなもんだけど。

 それを差し引いても、児童相談所にでも電話するべき話だ。

 なのちゃんの話じゃ、かなりしっかりした考えを持ってる子みたいだし、虐待されてる子って

印象は不思議とない。全部、自分の意志を持ってやってるようだしねぇ。

 なのちゃんは、嘘だと思わなかったって事は、少なくとも本人はそう思い込んでるって事だ。

 あの子は、優しい子だけど、鋭いところもあるからねぇ。

 まあ、なんにしてもだ。不思議な子供程度なら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 昔から、この街はもっと不思議なもんを呼ぶ街だからね。

 

 そんな事を考えていると、桃子が迎えにきたようだ。

 戸がスライドする音がした。

「ごめんなさい、母さん!遅れちゃって!」

 

 さて、バカ娘にお話しといこうかね。

 

 

 

 

 

 

 




 前作と評価があまり変わらないようならば、こっちを廃棄して
 凍結した作品を解凍する事にします。
 まあ、前回は変に実力もないのに捻り過ぎたなと、反省してい
 ますので、今回は素直にいこうと思っております。
 
 なのは視点は最初、平仮名だけで書いていましたが、流石に
 読み辛く、少し漢字を交える事にしました。
 セリフのみ平仮名で対応しています。

 物凄く暗い感じでのスタートで、我ながら大丈夫なのか?
 なんて思いますが、取り敢えず暫くは書いてみようと思って
 おります。
 どうなるか分かりませんが、お付き合い頂ければ幸いです。



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第1話

 随分と苦戦しました。
 ようやく書き上がり、ホッとしています。
 
 それでは宜しくお願いします。


              1

 

 この世界の主人公・高町なのはちゃんと出会って、数日経った頃だった。

 遂に来るべき時がきた。

 私の部屋に両親が姿を見せて、話があるという。

 私の心境はといえば、安堵と少しの不安だった。

 安堵の方は説明は要らないだろう。負担となる私をパージして二人が人生をやり直す決意

をしたという事だ。ホッとするというものだ。

 だが、不安も少しある。離婚するとか言い出したら、それだけは止めさせないといけない

けど、原因である私が言えた事ではない。

 まあ、頑張って説得してみよう。

 そんな事を考えながら、フラフラとリビングへ向かう。

 今更説明が要るかアレだが、ウチは一軒家である。

 今生の父は、結構な高給取りのようで結婚と同時に土地と家を購入した。

 勿論、ローンのようだが、別に苦にならないようだ。

 家を出ていく私には、意味のない事だけど。

 

 リビングに入るとそこには家族以外の人間がいた。

 うん?児童相談所の職員とか弁護士には見えない。

 だって、モロに外人だったから。

 

 

              2

 

 私に気付くと、その外人は立ち上がって笑顔を浮かべた。

「この人は、ヒルダ・ヒューズさんというんだ。お父さんの上司だよ」

 色々な感情がごちゃ混ぜになった顔で、今生の父が外人さんの紹介をしてくれた。

 何故、上司がいるの?遂に来るべき時が来たと思ったけど、外したか?

 私も曲がりなりにも王様をやっていたから、表情に出すような真似はしなかった。

 ヒューズさんとやらにも、読まれていない筈だ。

 あっちは顔は笑顔だったが目は笑っておらず、私は懐かしさを覚えた。

 決して、いい思い出じゃないけど。

 向こうはこちらをジッと観察している。

 私は前世の経験から、いつもと変わらぬ態度を貫いた。

 そのうちに父から椅子に座るように言われて、私は大人しく従った。

「実は…ね。これからの事を話し合いたいんだ。僕自身も…判断が難しくてね。それで

ヒューズさんに相談したら、同席してくれると言うんで、居て貰う事にしたんだ」

 父が余裕のない顔で私と母に話し掛ける。

 母の方はといえば、あまりいい顔はしていない。

 そりゃ、家のゴタゴタを他人に晒したくないだろう。

 父としては、自分一人じゃ抱え込めなくなって、誰かに助けてほしかったんだろう。

 これも原因である私が、どうこう言えた話じゃない。

 父が深呼吸して息を整える。

「美海。君は頭のいい子だ。だから、訊きたいんだ。美海が何を考えているかを」

 頭がいい子の評価は、どこから出たのか不明だが、普段の態度から何かを察したのかも

しれない。それにしても随分と直球できたな。

 遂に来た。

 直球の質問より、その事が私の頭の中を占めていた。

 母もヒューズさんも私を見ている。

 想定外の人物もいるが、まあいい。

「私には前世の記憶がある」

 単刀直入に言った。

 案の定、両親の顔が歪んだ。

 ヒューズさんは相変わらずこっちをジッと観察している。

 ヒューズさんは兎も角、両親は差し詰め、何を馬鹿な事を言い出したんだってところだろう。

 何を考えてるのかを問うて、返ってきた言葉がこれだ。

 何故、話してくれないとも思っているだろう。

 こんな事を言い出したら、他人事なら頭の病院を勧める。

 ここが畳み掛けるところだ。

「いや、待ってくれ」

「関係する事なので、最後まで聞いて下さい」

 私は父の言葉を遮る。

 そして、私は前世の生い立ちを語った。

 

 更に前の凡人だった事までは、要らないだろうから流石に話す積もりはないけど。

 

 

              3

 

 私が生まれた時、もう既に意識があった。

 稀に赤ん坊の頃の記憶があるという子もいるというし、別に構わないだろう。

 私がきつかったけど。転生の特典が大盤振る舞いされた理由も明らかになった事もある。

 そこは古代ベルカだったからだ。凡人じゃ、厳しい世界だ。

 しかも、私は女になっていた。意識も女に変わっていたのは幸いだった?

 そこで私は人生初の体験として殺されかけた。理由は簡単、虹彩異色の子供じゃなかったから。

 父は私の眼を確認し、激昂した。何しろ持っていた杖で私を殴り殺そうとしたんだから。

 その場に居た側近達に止められて、事なきを得たが、母は何をしていたかといえば、傍観して

いた。何もしなかった。我が子を護る気もなかったようだ。その時、私は嫌でも分かった。

 この両親に期待出来ない。 

 動けるようになるまで忍耐の日々が続いた。

 動けないからといって、何もしなかった訳ではない。

 この日々で、情報収集を可能な限り行った。赤ん坊だから、不用意な発言をする奴がいてくれ

たお陰だ。

 私は貧乏国・アストラの第五王女である事。私に五人の兄がいて、姉が四人いる事。

 聖王に選ばれる資格のある血筋である事。血が薄まり、聖王の証となっている虹彩異色の者が

生まれず、不始末を連発し、領土は全盛期の五分の一にまでに落ち込んでいる事などが分かった。

 不始末は血の所為ではないだろうが。

 そんな事を毎日のように愚痴るメイドさんしかいない段階で、うちの国はヤバかった。

 無双とか、考えてる前に生き残れといった現状だった。

 動けるようになると、すぐに私は自己鍛錬を開始した。遊んでいる余裕も姫の嗜みなんて、

そっちのけで、やり始めた。

 

 少し、マシに動けるようになった私は調子に乗って、外へと繰り出した。 

 そこで私は貧乏国とは、どういう事かを思い知らされた。命が軽いのだ。それも途轍もなく。

 そして、私は平和ボケした元・日本人。本気で命を奪いにくる人間に私は竦み上がった。

 後で分かった事だが、ウチは何時反乱起こされても文句の言えない状態だったのだ。

 そりゃ、殺気立ってるし、なんでもやるよ。

 だからといって殺されたくない。死に物狂いで逃げ切り、一人でやる事の限界を知った。

 私には師匠が必要だ。

 それで探し当てたのが、聖王の剣術指南をしているという剣の館の存在だった。

 そこでならと、意気揚々と()()()()()()

 こんな詰んでる国に未練はない、ってものだ。

 

 剣の館で修行する際には、試しの儀という試験のようなものがある。

 そこで私はボコボコにされた。散々な結果に、こりゃ落ちたな…と落ち込んでいると、意外な

事に、修行が許された。

 私をボコボコした師範代のパナメーラ師の下で、更にボコボコにされる日々。

 パナメーラ師は、剣の館で唯一の女性の師範代である。私の担当になったのは、そういう理由

だった。

 ここで私は心身共に鍛えられ、一応の及第点を貰えるまでになった頃である。

 国元で私の兄・第三王子が問題を起こした。

 バカ王子のお約束・初夜権の行使である。まあ、それが何かは説明するまでもないだろう。

 読んで字のごとくだ。剣の館の女性陣が激怒したのは言うまでもない。そして、私がなんとか

してこいという展開も言うまでもなかった。

 

 師であるパナメーラ師の命令で、私は帰郷した訳だが、それはそれは楽しい里帰りとなった。

 冷ややかな対応はデフォ。口を開けば、嫌味と叱責のオンパレードである。当然だけどね。

 一応、剣の館に入る時、私の身元を調べたようで王宮には一報を入れたそうだが、勿論、誰の

許可も得ていない。それは文句も怒りもあるだろう。

 そして、対処は私に投げられた。アッサリと。それは何故か。みんな身内を手に掛けるのを

嫌がったのだ。汚れ役等、誰も引き受けたくなかったのだ。それで丁度帰ってきたドラ娘に、

押し付けたという訳だ。素早い対処が求められる状況で何をやっていると言いたかったが、私に

何かをいう権利はない。

 本来なら、ここで王様になる為に競争相手減らしたるかい!となりそうだが、ウチにそんな

旨味は存在していないのだ。最早、どうしてまだ存続しているんだ?のレベルだ。

 バカ王子は、バカだが、腕はそこそこだったようだ。

 何しろ、踏み込んだら民=兵士のウチの国で、家に入り込んだ挙句、家族一人を除いて皆殺し

とかやっていたんだから。エロい王子がどんな人を残したか、想像にお任せする。

 ただ、バカ王子を殺すのに、私はなんの罪悪感もなく一瞬で殺したとだけ言って置く。

 部屋の惨状だけは、今も頭に再生出来る。これが私の見捨てたものだった。

 要は他の連中と私、なんの違いもなかったのだ。曲がりなりにも私は王族で、食事に困った事

もないし、訓練する時間さえ取れた。それは私が民と違って余裕があったからだ。そして、その

余裕は民の上に成り立っていた。それを私はチラリとも思い浮かばなかったのだ。

 後悔しても、もう遅い。ある意味、手遅れとも言える。

 

 しかし、このままでいい訳がない。

 私は、この騒動の後、剣の館に修行を中止する事を告げた。

 だが、剣の館の館主・剣匠は、パナメーラ師を派遣してくれたのだ。

 剣匠は私の剣の腕を惜しんでくれたのだ。武の才MAXである事を、負け過ぎてて忘れていた。

 私はそれを有難く受けた。

 そして、やれる事から始める事にした。

 優しさや思い遣りなんてものは、余裕がなければ生まれない。そんな事を言ったヤツがいた。

 至言である。だから、少しでも負担を減らしてやらなくてはならない。

 まずは資金作りだ。国の金など使えないから、自分の資金を作る必要があった。

 他国の貴族向けに、日用品をWEB小説から見繕い、造って売ったのだ。

 それと並行して、信用出来そうな人物を探す事。協力者は絶対に必要だった。

 発言力ないからね、私は。

 石鹸等は、貴族でも上級貴族くらいしか使えなかったから売れた。あとは富裕層にも。

 協力者もなんとか見付かって、協力を取り付けるところまで漕ぎ着けた。幸いにも小さい頃

から一緒に居てくれた騎士が味方をしてくれたから、なんとかなった。

 信用がないのは辛い。

 次は資金を作った伝手で、ジャガイモとサツマイモを探した。

 ビックリする事に、ウチの国、作ってなかったんだよ。ジャガイモも?って思ったよ。

 だから、似た作物を見付けて貰って、自分で育てて食べた。民の前で。

 最初は奇異の眼で見られたが、出来上がった物を蒸かして食べて見せたら、興味を持ってくれ

た連中がかなりいた。目敏い者は、気付いたのだ。芋の利点に。

 税で過剰に持っていかれないように、色々と暗躍したものだ。

 それが功を奏して、民が食べる分の確保は出来た。取れる税は取りたい連中との交渉は、神経

が擦り減って疲れたものだ。

 この時には、見付けて置いた協力者も活躍してくれた。やはりWEB小説は偉大だ。

 後は資金を使って傭兵を雇用し、治安維持に当たった。勿論、私も率先して参加した。

 まあ、傭兵だから勝手を遣らないように監視の意味もあった。

 当然、鍛錬という名の拷問も継続していた。

 

 そんな時、世界の情勢がキナ臭くなり始めた。

 アルハザードがベルカに本格的に介入し出し、聖王家にも使者がチラホラ姿を見せるように

なったのだ。

 そして、決定的な出来事が起きた。

 アルハザードが提供した禁忌兵器が使用されたのだ。アルハザードは関与を否定したが、

そんな事を心の底から信じている奴はいなかっただろう。

 これを機にベルカは戦争へと突入していく事になる。

 ウチの国だけは平和なんて、ご都合がある訳もなく。聖王家の尖兵扱いで使われた。

 私は当然の如く大車輪で働かされた。必死に戦っている間に、気付けば家族モドキが随分と

死んでいた。顔も大して知らない連中の死に悲しみはなかった。

 そして、遂に聖王が小王国の幾つかに出兵命令を下した。アストラを総大将として。

 碌に戦う術がない兄・姉・父に代わり、私が総大将として送り込まれる事になった。

 分かっていたが、碌な連中じゃない。

 聖王の檄を聞く為に、態々聖王のいる宮殿まで足を運ぶ手筈となった。

 正直、そんな事をしている場合じゃないと思うのは、私だけだろうか。

 

 いよいよ初陣となったが、所詮は小娘。

 指揮はザッハトルテ似の宿将・カイエンが執る手筈だった。

 私は戦場で無様を晒さない事を要求された。

 カイエンの指揮は見事だった。なんであんな国で仕えているのか、意味が分からない程だった。

 万旗将の二つ名は伊達ではない。名の由来は万の戦旗を指揮出来る男だからだそうだ。 

 凄過ぎて逆に参考にならない…筈だったのだが、何故か理解出来た。

 そして、カイエンより早く相手の軍の綻びに気付き、そこを突く事で手柄を上げてしまった。

 そう、上げてしまったのだ。

 禁忌兵器は、私の魔法で分解し破壊した。あったら馬鹿が使いたがるに決まっている。

 論功行賞で私は悪目立ちした。周囲がやっかむ程に。

 その夜、私に刺客が放たれた。私は襲撃を躱すうちに導かれるように聖王の宝物庫へと逃げ

込んでいた。そして一本の剣と()()()()。神聖剣・バルムンクとの運命の出会いだった。

 初代聖王しか扱えなかった意思のある神剣が、私を使い手として選んだのである。

 それが私にとっての真の始まりだったのかもしれない。

 バルムンクに関しては揉めに揉めた。聖王でもない小娘が選ばれたんだから当然だ。

 バルムンクの意志は固く、覆せないと知った聖王と取り巻きのお歴々は、苦虫を嚙み潰したよう

な顔で、私に対する褒美の追加として()()という形にした。

 話を聞いていた聖王は笑顔だったが、目は笑っていなかった。

 その後、私に対する当たりが方々で強くなったのは当然の流れというものだ。

 

 戦いが一段落しても、戦乱は収まる気配を見せず、雨後の筍のように戦を始める国が多発した。

 いずれも小国だったが、持っていた兵器から煽った犯人はバレバレだった。

 アルハザードの暗躍があったのは、今回も確実だったが証拠は掴めなかった。

 神聖剣を持つ私は、もう戦を避けられなくなっていた。

 次々と戦場に送り込まれ、戦う日々が何年も続いた。

 この間に、信頼してくれる仲間達、部下達が集まり始めた。

 気が付けば私は十四になっていた。

 誕生日のその日に私は剣の館で秘奥を授けられ、一人前の騎士と認められた。

 

 戦場を渡り歩く日々の中で、バルムンクが呼び寄せているのか、魔剣だの聖剣だの貰ったり、

拾ったりする機会がやけに増えた。これも特典の影響だと気付くのに大分掛かった私は悪くない

と思う。そんな特別な剣がゴロゴロあったら可笑しいでしょ、普通。

 

 私が十七になった年、重要な出会いがあった。

 とある小国の女王と側近の騎士二人、それに転生してきた闇の書の主と友人になったのだ。

 戦線の状況が芳しくない場所へ派遣され、そこで戦っていたのが彼女達だった。

 なんで闇の書が?と思ったが、最早気にしても仕方がない事と割り切った。

 闇の書の主の()は、いい奴だった。

 穏やかな性格で決して戦闘向きの奴じゃなかったけど、芯の強い男だった。

 女王と騎士、それに彼は、私と歳が同じだった事もあり、すぐに意気投合した。

 彼女達と彼、私を含めて五人で馬鹿もやった。結構楽しかったが、ガッカリする事もあった。

 守護騎士達だ。実は私は守護騎士ファンだったのだが、連中は何も喋らず、打ち解ける事も

しようとしなかった。彼がどんなに親しく接しようと、にべもない反応。

 この時には、私は闇の書というより、彼を自力で助ける事を考え始めていた。   

 私は闇の書を精霊の眼(エレメンタルサイト)で調べた。

 私の特典でも闇の書の初期構造など分からず、今の構造からバグを切り離しても、正常に

動作するようにアレンジする事に方針を変更した。

 はやてのように幼い身体の時に転生してきたのではない所為か、はたまた彼の潤沢な魔力と、

経験の所為か分からないが、彼は蒐集がなくとも一年は何事もなく過ごしていた。

 それでも私は、はやての事例を知っているだけに、急いでアレンジ案を検討した。

 流石に一朝一夕にはいかず焦りばかりが募った。

 そして、一年が過ぎた頃、彼の容態は急変した。

 寧ろ今まで無事だったのが、不思議だったのだ。

 アレンジ案は漸く半分目途が付いたところだった。

 私は友人の女王に、アレンジ案を完成させる為、暫くの間来れない事を告げると、彼女は言葉

短く頼むと言った。

 あと一歩のところで完成しない。彼の衰弱は危険領域に突入していた。粗忽者の騎士(友人)

は遠いだろうに、頻繁に私のところに進捗状況を確認に来た。

 時間がない。

 だから、私は最後の手段に出た。

 守護騎士に蒐集を秘密裏にやって貰うように依頼したのだ。

 彼ははやてと違い、魔導の心得がある男だ。時間稼ぎにはなる筈だ。私は必死に頼んだ。

 だが、守護騎士の返答はNOだった。

 曰く、命令されていない。

 曰く、死にたくないなら、早くやればよかった。

 曰く、他人を想って死にたいなら、死なせてやれ。

 最後は、私の言葉を黙殺が具体的な答えだった。

 はやての為だったら、あんなに必死だったじゃないか!はやての時は勝手にやってたじゃない

か!彼とはやての何が違う!彼だって守護騎士を家族として扱っていたし、色々世話も焼いて

いた。なのに、なんなんだ!?

 その思いを込めて、私は言葉の限り守護騎士を罵倒した。

 守護騎士達は私を醒めた目で見ていた。

 その瞬間、私の中の幻想は完全に崩壊した。もう、こいつらはどうでもいい。

 確かに、お前等は人間じゃないよ。プログラムだ。

 私は、そう言って背を向けた。

 守護騎士の過去は知っている。今よりずっと前の時代のベルカの戦乱時代に生まれ、辛い想い

もしてきたと、今なら冷静に考えられる。だが、この時の私にその余裕はなかった。

 尤も、今も私はあの連中が嫌いだが。

 

 私が無駄な時間を浪費した間に、女王の国では危機が迫っていた。

 女王の国と隣国が緊張状態に突入したのだ。原因はアルハザード。隣国の王は欲望を刺激され

ものの見事に、思い通りに動いたのだ。

 知らせを受け取ったのは、全てが終わった後だった。

 何故、その事が頭を支配した。

 小国が使用する事で改良された禁忌兵器を相手に、女王は戦いを挑み、彼は衰弱した身体を引き

摺って突入し、闇の書を暴走させた。禁忌兵器を道連れに。

 女王達は、ベルカを救う為、暴走を身をもって止めた。

 魔導王の二つ名を持つ女王だから、そういう手段があったのだろう。

 後に分かった事だが、女王は聖王にも私にも救援を依頼していなかった。

 小国ながら名声のある魔導王は、聖王家にとって邪魔だった。救援は無視されるか送ると言う

だけで何もしないのが分かっていたのだろう。それに女王は私を巻き込むまいと決めたのだ。

 聖王家の方は、私が調べたところによると、積極的に相手側にアルハザードを仲介した形跡すら

あった。そして、まだ使える私に彼女達の危機は知らせなかった。

 

 なんだ。これは。私達は駒か?実験動物か?

 

 静かな怒りが私を支配した。

 部下達がいなかったら、聖王家に一人でカチコミしに行っていただろう。

 内政も成果を上げ始め、漸く国内が落ち着き出した頃だった。

 内政といっても、部下達が干渉した結果で部下達の成果だったけどね。

 

 その年、父が遂に逝った。心労が祟っての事だったらしい。悲しみはなかった。

 友達を失くした年、身内が戦で極端に減った影響で、私が次代の王座に就いた。

 嬉しくもなんともなかった。

 

 物騒な玩具でハッスルした小国が大体一掃され、大国が領土を吸収する事で戦乱が沈静化した。

 そして、五年の歳月が過ぎた。

 勿論、その間、戦いがなかった訳じゃない。敗残兵が盗賊と化して各地で暴れ回っていた

のを討伐する事はしていた。

 私は内政に力を入れつつ(主に部下がやりました)、保存食の溜め込みと、どうにか農業が

出来る環境を確保する術を考え、鹵獲した玩具を改造したりして弄っていた。

 某・村人さんではないが、飢饉どんとこいくらいの気持ちでいないと、今の時代は生きて

いけないだろう。

 

 そんな時、私は聖王に呼び出され、王宮に向かった。

 用向きはなんて事はない。戦勝記念の宴というどうでもいいものだった。

 笑顔で探り合いと嫌味、取り入る為のよいしょにうんざりした私は外に出た。

 腐った空気より外の空気の方がおいしい。

 そんな私の眼に子供がうろついているのが見えた。

 随分と頼りない歩き方だった。気になった私は、その子供に声を掛ける事にした。

 その子供を見て、動きがぎこちない理由を知った。この子には両腕がなかったのだ。

 そして、その子供こそがオリヴィエだった。

 母を探していると言っていたが、オリヴィエの母は既に亡くなっている。探しても会えない

のだ。私は視線を合わせて、話し掛けた。母はもうこの世にいないと。

 随分と叩かれた。随分と器用に足や身体・頭を使って器用に暴れた。それを甘んじて受けた。

 子供になんて事をと思うかもしれないが、見付かる事のない母を探し続ける事の方が悲しい

じゃないか。

 私は叩かれながら、オリヴィエを抱き締めた。

 それ以来、私はオリヴィエに王宮に行く毎に会いに行った。最初のうちはいい顔をされな

かったが、少しづつ心を開いてくれるようになった。純粋に嬉しかった。

 オリヴィエは、私の事を姉と呼び始めたのは、この頃だったと思う。本来なら選王家の末席の

私が姉呼ばわりされる事はあり得ない。

 だが、同じく鬼子として家族に見放されていたオリヴィエにとっては、私が一番家族に近く

なっていたのだ。私にとっても今生では家族と呼べる人間はいなかったから、私は二人の時のみ、

その呼び方を許した。

 

 それから六年の歳月が流れ、オリヴィエはシュトラという国に留学する事が決まった。

 厄介払いである。

 それが分かっていても、オリヴィエは笑顔で楽しみと言っていた。

 私はオリヴィエに腕を贈った。

 オリヴィエは色々な飾り腕(義手)を試したが、どれもオリヴィエには扱い辛い代物だった。

 そこで私は、某・錬金術師が使う義手のような五本の指まで動く、関節の動きもリアルに

再現した腕を造ってプレゼントした。使い易いと喜んでくれた。

 オリヴィエは、ポツポツと手紙をくれた。

 何故、念話じゃないかって?オリヴィエの拘りみたいなものがあったようだ。

 手紙にしても、ベルカの郵便なんて事故に遭いやすい。確実性がないのに、オリヴィエは手紙

が好きだ。だから、私も付き合った。

 オリヴィエは、向こうで友達が出来たらしい。

 シュトラの王子と旅の学生だとか。向こうでは実家と違い、よくしてくれているようで楽し

そうだ。私も忙しい合間を縫って、遊びに行った。王子は兎も角、学生の方は黒のエレミアとか

いう物騒な奴である事が分かったが、どうも力の制御が出来るらしく、付き合って危なくなさ

そうでホッとしたものだ。二人共、楽しく話が出来る程度に、私も仲良くなった。シュトラ王と

も意見交換などさせて貰い、随分と参考になった。聖王より人間が出来ていた。

 

 だが、穏やかな生活は終わりを告げる。

 今までの事がそよ風だったと思うくらいに。

 小国が併呑され、次は大国同士の衝突が始まったのだ。

 世界大戦と言っていい有様だ。

 すぐさま私は戦場に出される事になった。

 オリヴィエ達の事は心配だが、今は自分の国を心配する必要があった。

 大国同士の戦いは、アッと言う間に小競り合いから、本格的な武力衝突へと発展した。

 私は国の舵取りをしながら、戦をするというアクロバットに挑む羽目になった。

 戦火は禁忌兵器の本格投入によりベルカの気候に及んだ。

 殆ど太陽が顔を見せなくなったのだ。

 分厚い雲に覆われ、太陽の熱は遮られ、気温が低下していく。

 太陽が差さなければ、作物への影響は甚大だ。

 備えと言うのは偉大である。

 保存食を切り崩しつつ、とんでもない方法で太陽の光を確保する為に、戦場と国を行ったり、

来たりする日々。試行錯誤が続き忙しく、死にそうだが、私はもう見捨てる事等出来なかった。

 この頃から、方々で戦争の被害になった難民がアストラに流れてくるようになった。

 あまりキャパがない国に大量の難民を受けれる事は出来ない。

 難民の対応と、自国の手当、戦場での戦いで、更に忙殺されている間に、私は何度目かの後悔

をさせられる事になる。

 

 私がその凶報を受け取ったのは、カイエンとローテーションで自国に戻った時の事だった。

 オリヴィエが聖王のゆりかごを起動する王になると。

 原作でなんとなく知識で知っていたが、不覚にも忙し過ぎて失念していたのだ。

 私は急いで王宮に向かった。

 止めなくては。それだけしか頭になかった。

 だが私は、翻意させる事は出来なかった。

 不甲斐ない。何もかも捨て去る事は出来ず、私は妹を死地に追いやってしまった。

 私は身の丈に合わない程のものを抱え過ぎていた。説得など出来る筈もなかったのだ。

 

 あの子の乗るゆりかごを私は見送らなかった。

 一刻も早く、戦いを終わらせる為に。あの子に私が出来る事などそれくらいだった。

 早く終われば、あの子の疲弊も減り、もしかしたらと甘い事を考えていた事もある。

 私を邪魔に思う者がいても、知った事ではない。私は諦める事が出来なかったのだ。

 そんな私の声望は、私の与り知らぬところで高まっていた。私の予想を超えて。

 私はチートの限りを尽くして、自分の受け持ちの国を倒した。

 降伏勧告を何度も無視され、致し方がなかった。

 だが、その直後、聖王家から難癖を付けられた。

 こちらが、降伏の申し出を無視し、平和への道程を閉ざしたというのだ。

 私を潰したがっていたのは、知っていたが、もう少し先だろうと思っていた。

 だが、待ちきれなかったようだ。

 私は、最早どうにもならない事を悟った。

 いくらなんでも戦船を大量に投入し、物量戦を挑まれれば勝てはしない。

 味方してくれそうなところは、どこも戦の最中か、余裕がない。応援はない。

 ならば、少しでも生かそうと私は思った。

 可能なら、私一人の首でどうにかならないかと。

 しかし、民達が義勇兵として全員、押し掛けてくるなど誰が予想出来るだろうか?

 ここでも説得に失敗した私は、絶望的な戦いに挑むしかなくなった。

 

 信頼した仲間、小さい頃から一緒に居てくれた人、こんな私を信じて付いて来てくれた部下が、

次々と倒れていくのに、私だけが特典で怪我が無くなり、相変わらず剣を振るう。

 気遣う余裕などなかった。嘗て味方だった兵を殺す。

 自分が何をやっているのか分からなくなった。

 啖呵を切って格好を付けるのは、誰の為だ?

 

 そして、姿を現した。妹の乗るゆりかごが。

 私は、その飽和攻撃により死んだ。

 

 思えば、私が何かを護り抜けた事などなかった。

 こうしてクソみたいな私の人生が終わった。

 そして、更なるクソな事態が待っていた訳である。

 

 

              4

 

 私はおふざけを抜いて、殺伐とした部分を強調した生い立ちを語り終えた。

 父は、脳の許容量を超えたらしく額に手を当てている。

 母は顔を下に向けたまま硬直し、動く気配はない。

 ヒューズさんだけが、ジッと私を見詰めて考え事をしているようだった。

「「……」」

 無言の両親。

「今話してくれた事だけど、証明は出来るかな?」

 両親でさえ言葉がない中、ヒューズさんは果敢にも質問してくる。

「例えばどんなものを?」

「その世界には魔法があっただよね?魔法を使ってみてくれるかな?それとも転生?

したから無理?」

 ヒューズさんの質問に、私は一瞬だけ考える。

 魔法を使ってみせるのは簡単だが、ここはもう少しインパクトがある力の方がいいかな?

 私は軽く頷いた。

「では、少し変わったものを」

 私はそう言って、指を少し傷付けた。

 両親がギョッとする。その直後、両親が手を伸ばすのを、大丈夫と手で止める。

 プクリと血がドーム状に盛り上がり、そこから血が不自然に流れ始めた。上に向かって。

 両親とヒューズさんが息を呑む。

 みるみるうちに血液が剣となった。

 赤屍さんのブラッディソードだ。

 それを軽く振って見せる。

 鋭い風切り音がする。

 リクエストの魔法とは違うが、違いなど分からないだろう。

「これでいいですか?なんなら違うのも使いますけど。いかにもなのを」

 ヒューズさんは目を閉じて、首を振った。

「いや、いいよ。成程、完全な妄想という線は消えたよ」

 まあ、普通はそう思うだろう。

「それで、君はどうしたい?」

 両親が思わずヒューズさんを見る。

「私は施設に行きます。施設には迷惑を掛けてしまうかもしれませんが」

 勿論、力を使う気はないが、親しくなる積もりはない。

 まあ、赤の他人であるなら、気は楽だ。

「なんで施設へ行きたいの?祿郎君達じゃ、不満かな?」

 因みに父は祿郎。母は紗枝という名前だ。

 意外にしつこいな。

「気味悪いでしょ?私は必要とあれば、人を殺せます。なんの躊躇もなく。今まで子供らしく

なくて困惑したでしょ。原因は今言った事です。メンタルは子供ではないんです。御二人には

申し訳なく思いますが、これが私なんです。何も法に触れる事を遣る積もりはありませんが、

いざとなれば…。分かるでしょ?その時、せめて迷惑が掛からないようにしたいんです」

 施設なら知らせる必要はないし、何より向こうは仕事だろう。

「それも君の本音の一部ではあるだろうけど、それだけじゃないでしょ?君は幸せになる気が

ないんじゃないかな?」

「「っ!?」」

 両親が弾かれたように私を見る。

「君は淡々と話したつもりかもしれないけど、僅かな反応までは消せないよ。君は自分に強烈

な怒りを抱えているね?自分が許せない。違う?」

「……」

「祿郎君から相談された時、確かに子供らしくないと思ったよ。祿郎君も奥さんも、口には

出さなくともそう感じている印象だったしね。君は今、敢えて何をするか分からない危険な

存在であると、殺伐とした人生を語った。実の兄を殺した事とかね。でも、言葉とは裏腹に

君は暴れても、()()()()()()()()()()()

 両親はハッとなって私を見ている。

「君は過去を淡々と語ったけど、殺伐としていただけじゃない。君は大切な人達を精一杯護ろう

としたし、国民も護ろうとした人だった。君は優しい子だ。だから矛盾が生じる。離れていく

ように仕向けても、酷い事が出来ない。ここが嫌だという理由に説得力が生じない。第三者が

いなければ、追い詰められていた二人は、君を手放したかもしれないけどね」

 そう、もっと手っ取り早い方法はあった。

 だけど、私にはそれが出来なかった。こんな私にも愛情を持ってくれている人を、出来るだけ

傷付けたくないなどと甘い事を考えてしまったから。

「だから、敢えて言うよ。君は()()()幸せにならないといけない」

 ヒューズさんの言葉に、私は顔を顰めた。

「言って置くけど、これは厳しい言葉なんだよ?」

 確かに難しい事だ。

 ヒューズさんは、私の反応に首を振って答えた。

「物事に絶対なんて、本来ない。だからこそ、その努力は大変なものになるよ。でも、君はそれ

をやらないといけない。君の命は、大勢の血によって成り立っているんだから。今もね」

「支社長!!」

 父が声を上げるが、ヒューズさんは父を見なかった。私をジッと見ている。

 この人、支社長なんだ。と関係ない事を、私は考えていた。

「君には勝手に捨てられるものなんてない筈だよ?でも、納得しないのも分かるよ。そこで、

どうかな?少し考える時間を作ってみたら…。ウチに来ない?」

 は?

 私は内心でそんな阿保な感想しか出なかった。

 どういう展開だ?

「少し距離を置いて、お互い考えてみるというのも大切だよ。私は他人という意味では、施設

と変わらないよ。それにこんな酷い事を言う奴だ。気兼ねはいらないよ」

 彼女の落としどころは、ここのようだ。

「…ダメ」

 初めて母が口を開いた。

「何が?」

 ヒューズさんが訊いた。

「貴女の仰る事は、間違っていないんだと思います。すぐに整理する事は出来ません。でも、

ここで私達が何もせずに見送ってしまったら、もう戻れない気がするんです」

 そこまで言って、母は少し言葉を切った。

「何かに苦しんでいるのは…気付いてました。魘されていたし…。でも、何も訊けなかった。

多分、恐れていたんだと思う。拒否される事が。本当は私達が訊くべきだった。臆病でごめん

なさい」

 私は首を振った。

 無理もない。寧ろ、自分達と血しか繋がっていない子供なんて、本当に自分達の子か不安に

なり、恐れても仕方がない。

「仕方がない事です。異常なのは私なんです」

 だから、離れたとして、戻れなくても仕様がない事なんだ。

 だが、突然、母に抱き締められた。

「ごめんなさい…。私達を想ってくれていたのに、気が付いて上げられなくて…」

 違う。救いたかったのは、自分自身だ。

 この事に関しては、議論の余地はない。

「美海。私も一緒に頑張っていきたい。間違ってしまったけど、遣り直させてほしい…」

 父が、決死の覚悟を決めた人と同じような顔で、頭を下げた。

 普通なら、こんな前世の記憶を保持して異能まで有している子供なんて、簡単に受け入れられ

ない。それは恰も別の子供が自分の腹を借りて生まれて来たような、嫌悪感を感じるだろうから

だ。私は前世を語る事で、終止符を打つ積もりだった。なのに、ヒューズさんという人が、ブチ

壊しにしてしまった。

 落としどころなど、とんでもない。

 これこそが狙っていた事だったのだ。

 ヒューズさんは、飽くまでも私が自分の為に行動していた事に気付いていた筈だ。それなのに、

私を愛情深い子供に仕立て上げ、貴方達が躊躇するなら、この子を連れて行くと脅したのだ。

 思考力が鈍化している両親には、さぞ効いただろう。

 そして、こんな事を言われてしまっては、私も拒否は難しい事も読まれていた。

 私は、この人達を拒否出来ない。

 平和な世界で、私も随分と思考が雑になっていたようだ。

 溺れている人間の思考など、碌でもないのだ。

 命を絶つ術を見付ける、と思っていたんだから雑なのは当然か。

 

 だが、母の温もりは非常に懐かしく。私が前世で失くしたものだった。

 それだけに申し訳なさで一杯だった。

 

 

              5

 

 ヒューズ視点

 

 私は溜息と共に部下の家を出た。

 我ながら、あんな事しか言えなかったのかと自己嫌悪で一杯だった。

 でも、通り一遍の実感の伴わない言葉では、あの子は行くところまで行ってしまう。

 そんな危うい子だった。

 そして、私は汚い大人らしく弱みに付け込んだ。

「ヒューズ支社長、今日はありがとうございました」

 今出た家の主・綾森祿郎が出てきて私に頭を下げる。

「いや、要らないよ。あまり力になれなかったからね」

「そんな事は…」

 私は祿郎君の言葉を手で遮った。

「寧ろ、ここからがだよ。君達が試されるのは。まさか彼女が君達の愛情に感激したとでも思って

いないだろうね?」

 祿郎君も、冷静さが戻ってきた頭で感じていたんだろう。彼は黙り込んだ。

 彼女が感じたのは、抱え込んでしまったという忸怩たる思いだろう。

「私はトラウマを刺激して、彼女が()()()()()行ってしまわないようにしただけだ」

 あの子は恵まれた環境にいたのに、それを投げ捨てた。

 その環境こそ、国民の上に成り立っていたのに気付かず、彼女は投げ出した。

 その事に彼女は強引に気付かされた。剣の館の人達も、それに気付かせる為に彼女を送り出した

のだろう。彼女は見捨てたものの正体に気付かされた。そして、彼女は拒否が出来なくなった。

 そして、拒否が出来なくなった彼女は、抱え込んだ者を大切な人を護ろうして、護れなかった。

 それが、受け入れる事への恐怖も植え付けられてしまった。

 だからこそ、彼女にこの夫婦を抱え込ませた。

 決定的な破滅を少しでも先送りにする為に、彼女のトラウマを利用したのだ。

 でも、希望はある筈だ。

「ここからは時間が掛かる事だ。君達が証明するんだ。抱え込んだとしても失われないものがある

事をね。私も出来る限り協力する積もりだよ」

 それが私に生じた責任だ。

「はい。ありがとうございます」

 彼は前の彼のようにいい顔に戻っていた。腹は括れたようだ。

「これからは、毎日キチンと帰って上げなさい」

 彼は無言で頭を下げた。

 

 

              6

 

 なのは視点

 

 あれから、お母さんは私をおしごとに連れて行ってくれるようになった。

 おてつだいは、あんまりできないけど、ちょっとでもお皿をはこんだりとか、させてもらえる

ようになった。うれしい。あんまりうまくできないけど、おばあちゃんのいえにいるときより、

うれしい。

 おばあちゃんがおかあさんにたのんでくれたみたい。

 ありがとう。おばあちゃん。

 

 それからすこしたって、病院から電話がきた。

 おとうさんがめをさましたって!

 よかった!ほんとうによかった!

 

 

 

 

 

 




 オリ主の前世語り。
 ダイジェストで端折ってお送りしました。
 こんな事やってるの、あんまりいないだろうなと思います。
 ノート見ながら、書いていて、ヤバいと思いました。
 これ、3万字くらい行くぞ?と。
 必死に縮めました。
 三歩進んで二歩下がるの執筆状態。
 我ながらヤバいな。
 まだ、原作にはいきません。
 名前の出なかった人達は、後に出てくる予定となっております。
 出来事も語られていない点は、ありますので機会がありましたら
 その時に。 

 次回も気長にお待ち頂けると幸いです。






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第2話

 最近、時間が取れない事も有り書くのが大幅に
 遅れております。
 折れていません。

 注:原作開始前の出来事は、前回と変わりが
   ないので、新たに書く事にしました。
   素直に書いた方がいいと思ったという
   のに、またもやらかしております。
   書きたかったから仕様がないと開き直って
   おります。
   この話は本来、飛鷹君シナリオだった
   ものを改変し、付け加えたものです。





              1

 

 なんとか小学校の入学は出来た。

 汚女子であり、徘徊癖のあった子供で、他人に興味なし。

 やっていけるのか?と不安になっても仕様がないレベルだったから、お受験なんて

無謀だろうと思っていたが、無事に乗り切った。

 猫をどれ程被ったか、記憶にない。だが、頑張ったのは確かだ。

 本来なら公立小学校に行く予定だったけど、私があまりにも特殊な事情を抱えていた

から今生の親が難色を示したのだ。

「聖祥なら、色々と臨機応変に対応してくれる学校だし、僕等も安心なんだ。

ダメかな?」

 父上にそんな事を言われては、拒否も難しい。

 しかし、父上は何を想定しているのだろうか?小学校に臨機応変要素、しかも色々。

 何してくれるんだ、あの学校。

 まさか、この世界の主人公がいるから嫌だ、とは言えない。

 結局、聖祥大付属小学校に入学する事になった。

 学校での生活は、厳しいものとなった。

 あの身体が小さくなった名探偵君に言いたい。

 赤ん坊からやり直すより、君の方が恵まれている。

 精神的に小学生に合わせるのは確かに辛いが、女子特有の派閥染みた関係よりマシだ。

 加えて、私には重大なミッションがあった。

 徹底してなのはちゃんを避ける事です。

 あんな事を言って置いて、普通にいるなんてバツが悪い。

 なのに、二年間も同じクラスとか陰謀でしょう。

 幸い、汚女子時代に出会ったお陰で、あの時の私がクラスメートの綾森さんだとは

バレていないが、油断は出来ない。

 あの子とは基本関わらないようにしている。

 最小の出力で精神干渉魔法を使う事により、鉄壁の防御で毎日挑んでいる。

 犯罪だって?ここは97管理外世界。バレなければ犯罪ではないのです。

 はい、犯罪者のセリフです。 

 

 あれから家族とどうなったかって?

 精神年齢的に恥ずかしい話だが、魘される夜は、いつの間にか母が添い寝してくれる

ようになった。初めは、やはり反射的に拒否していたが、もう母は引かなかった。

 添い寝して貰う夜は、比較的穏やかに眠れるようになった。

 ベルカ時代は、愛情など無縁だったし、特に必要としない程度には精神的に大人だった

が、小さい頃に親に抱き締めて貰うという体験は意外に重要な事だったと気付かされた。

 劇的な信頼アップの出来事などない。ただ積み上げていく。

 それが大切な事だったのだ。

 そんな私も小学二年生。

 少しずつだが家族になれている気がする。

 

 年を越して学年が上がれば、原作開始という冬にそれは起こった。

「美海!今年の冬は特別なものになりそうだよ!」

 父上が何やら上機嫌で帰宅して、そんな事を宣った。

 私と母は頭の上に?を浮かべていたと思う。

「いきなりどうしたの?」

 私の代わりに母がテンションの高い父上に訊く。

「支社長…いや、ヒューズさんがチケットをくれたんだ!聞いたら驚くぞ!なんと!

あのクリステラ・ソング・スクールのコンサートのチケットだぞ!」

「ええ!?本当!?あれって入手困難だって、ニュースで言ってたような気がする

けど…」

 二人で驚いているけど、どこだって?

 ソングスクールっていうぐらいだから、歌手の養成校なんだろうけど、アマチュア

でしょ?そのチケットが入手困難?

 それともそういう名前のアイドルグループなのかな?

 なんとか中学とか、名前が付いてるグループがいた気がするし。

 凄さが全く分かっていない私に二人が気付いて、苦笑いする。

「ああ、美海は分からないかな。クリステラ・ソング・スクールは有名な歌手養成校

でね。世界的に活躍する歌手を多数輩出しているんだ。講師陣も軒並み有名な歌手

だしね」

 なんだ、そのチート学校。

 リリカルなのはに、そんな学校出てこなかったから知らないよ。

 まあ、私が知らないだけで存在はしていたんだろうけど。

「コンサートには未来の歌姫やスクール出身の歌手・講師陣なんかも参加するから、

毎年開催されるコンサートだけど人気なんだよ。あれだけの歌手が一堂に会するのは、

あのコンサートだけだから、チケットの入手は困難を極めるんだ。でも、今年は

ヒューズさんが急にコンサートに行けなくなってね。僕達に譲ってくれたんだよ!」

 なんでも、クリステラ・ソング・スクールの校長さんが親日家で、コンサート開催地

には毎年日本が入っているそうだ。

 ヒューズさんは伝手でチケットを入手して、ほぼ毎年家族で聴きに行っているそうだ

が、今年は息子さんの都合が悪くなって、断念したそうだ。

 それなら、夫婦で行けばいいと思うが、家族行事なのでダメなんだそうだ。

 それにしても、音楽か…。

「美海は音楽は好きかい?聴いてみるのも経験だよ!絶対に気に入るよ!」

 ベルカ時代には、音楽はパーティーや式典で演奏されていた。

 個人で音楽家を呼び付ける貴族もいたが、私には縁遠い存在だった。

「折角だから、行きます」

 両親は顔を見合わせて喜んだ。

 なんだかんだで、前世の二回ともコンサートやライブに縁がなかったから、生で聴いて

みるのも悪くない。

 何より、今生の両親の誘いだ。受けない理由もない。

 

 この時の私は、まさか原作開始前にあんな面倒が発生するとは思っていなかった。

 

 

              2

 

 フィアッセ視点

 

 我が校の恒例のコンサートツアーの準備は順調に進んでいる。

 だけど…。

 ある日、手紙が届いた。

 差出人不明。

『我々は、ティオレ・クリステラの最後の遺産の在処を掴んでいる。ついてはそれを当方

に譲って頂きたい。相応の対価をお支払いする準備があります』

 ティオレ・クリステラは私の亡くなった母だ。

 遺産に関しては生前に大体分与が済んでいる。

 まだ分与されていない遺産もあるが、父であるアルバートが健在だから、父が管理して

いる。遺産がどんなものか私自身も知らないのだ。その時にビックリさせる為だと言って

今でも教えてくれない。

 遺産は父の死後、又は私が結婚した時に全て譲渡される事になっているらしい。

 だから、私に手紙を送られても困るのだけど。

 教頭であるイリアは、この段階では悪戯の類と断じていた。

 だけど、暫く経った頃、私の銀行口座に多額の入金があった。

 それと同時に手紙も。

『勝手ながら前金を振り込ませて頂きました。譲り渡し方法についてご相談させて頂き

たく思います』

 不気味なものを感じて、私は父に相談した。

 父はすぐに駆け付けてくれた。

「全く、どうしてもっと早く相談してくれなかったんだ」

 ある事件で脚を悪くして、杖なしには歩けない父にあまり面倒を掛けたくなかった

のだから仕方ない。それに父には上院議員としての立場もある。

「ティオレの悪癖まで受け継ぐ必要はないのだよ。父親としての務めくらいは果た

させてくれ」

 そう諭されてしまった。

 母も議員である父の事を考えて、あまり相談を持ち込まなかったから、父は母の死後に

気に病んでいたみたい。少し申し訳なく感じてしまう。

 父の言葉に甘えて、ここからは遺産管理をしている父が対応の代行をする事となった。

 父は、何度も金額に見合うような遺産はない事。前金は返金させて貰う事を伝えたが、

平行線で先方に伝わる事はなかった。

 父は、ここでスコットランドヤードに相談し、捜査を開始して貰った。

 そうこうしているうちに、私の周囲で不気味な事が起き始めた。

 授業で向かった教室で、ピアノが赤いペンキに塗れ、花束が置かれていたり、仕事で

使っているデスクにナイフが突き立てられていたりした。

 そこからエスカレートして、鳥や小動物の死体が置かれたりもした。

 いずれも、犯人に繋がる物証は得られず不安な日々を過ごしていた頃、手紙がまた

届けられた。

『前金は既にお支払いしております。早急の引き渡しをお願い致します。さもなければ、

貴女の身に危険が及ぶかもしれません』

 ヤードの捜査官が動いてくれたけど、やはりここでも監視カメラの映像から収穫や

物証は出なかった。

 捜査官も焦りが見え始めていると、父が零していた。

 

 そして、遂にスクールの庭に設置されている噴水が突然爆発した。

 幸い、生徒や講師、職員に怪我人は出なかった。

 でも、これはもう相応の対応をしなければならないと判断するに十分だった。

 その日のうちに、父がヤードに捜査の継続と成果を早く出して欲しいと改めて急かし、

護衛にとマクガーレンセキュリティに依頼を出した。

 マクガーレンセキュリティは、私の幼馴染が社長兼ボディーガードをやっている

会社だ。どこよりも信頼が出来る。

 幼馴染のエリスも業界では名が売れているらしい。

 エリスは、すぐに部下の人達を引き連れてスクールに来てくれた。

 

 そんな時、人が訪ねて来た。

 その人が来たのは、丁度エリスと父、イリアに私で護衛態勢の打ち合わせ中だった。

 ノックがあり、扉の傍で立っていた護衛の人達が対応する。

 スクールの職員が何事か護衛の人に言っている。

 扉を閉めると、護衛の人の一人がこちらに遣って来た。

「どうした」

 エリスが真っ先に問い質す。

「はい。それが、議員に客人が訪ねて来たと」

「議員にか?」

「はい、クリステラ議員にです」

 父がここに来た事は、父の側近以外は知らない筈の事だった。

 エリス達の顔が鋭いものに変わる。

「誰が訪ねて来たのかね?」

 父も困惑気味だった。

「それが…。学校の同期でギル・グレアムと言って貰えば分かる…と」

「ギル!ギルバート・グレアムか!?」

 護衛の人の言葉に、父が驚きの声を上げる。

「お知り合いですか?」

 エリスが鋭い声で確認してくる。

「ああ。会うのはフィアッセが、これくらいの時が最後だったかな…」

 父が自分の腰の辺りに手を遣る。

 小さい頃にお会いした事があったのね。残念ながら、記憶にないけど。

「彼なら私がここにいると分かっても可笑しくないな。私だけで会って来るよ」

 父が苦笑いしながら立ち上がる。

「アレン。もう一人連れて議員と」

「分かりました」

 勝手に会いに行くと決めた父に苦い顔でエリスは、部下の人に指示を出した。

 

 でも、そのグレアムさんならって、どういう事なのかしら?

 

 

              3

 

 アルバート視点

 

 まさか、このタイミングで訪ねて来たのが彼とは。

 娘に起こった凶事の真っただ中でとは。

 いや、これも彼らしいと言えるか。

 護衛が先行して安全を確認しながら進む。

 応接室の扉を護衛の一人が慎重に扉を開き、中に入る。

 もう一人は、すぐにでも私を連れて逃げられる態勢だ。

 中で護衛と男の声がする。

 ボディーチェックを再度しているようだ。

 中に入った護衛が顔を出して頷く。

「議員。どうぞ」

 私は頷いて部屋の中に入った。

 私はまずは本人か、じっくりと確認する。

 驚いた事に彼は、まだ背筋が伸びており、歳が同じとは信じ難かった。

 顔付きには老いはあっても、まだまだ精力的に動ける印象だ。

 羨ましい…いや、間違いなく本人だ。

「ギル!」

「アル!」

 私達は久しぶりの再会にガッチリと握手を交わした。

「いやぁ。久しぶりだな!そっちはまだ若々しくて羨ましいよ」

「意地を張っているのさ」

 私の軽口に彼もジョークで応える。

 私は彼にソファーを勧め、二人で向かい合って座った。

「奥さんが亡くなったそうだな。済まない。外国暮らしなもので知ったのは昨日

だったんだ」

「いや、君がイギリスにいない事は知っていたよ。何しろ我が国ではトップニュース

だったんだからね。それなのに顔を出さなかったんだからな。それなら、せめて連絡

先を知らせて置いて欲しいとは思うがね」

 私は彼の謝罪に敢えて軽い調子で答えた。

 実は彼がイギリスにいないというのも、友人の間での噂のようなものだ。

 気が付くと姿を晦ましているので、結局は連絡先を聞きそびれる。

 それについては、彼の薄情な部分に思うところがあるがね。

「済まないな。ずっと忙しかったものだから、ついつい…な」

 彼も私の言葉に非難の陰を感じたのか、素直に詫びた。

「それにしても、よく私がここにいると分かったな?」

 そろそろいいだろうとばかりに、私は本題に入った。

「ヤードとは伝手があってな。帰国した時に丁度、話を聞いてな。協力したいと

思って来たんだ」

 ヤードにか。

 だが、部外者にそんな情報を漏らすものだろうか。

「ああ、私はヤードで特殊な一件限定だが、コンサルタントのような事をしている

のだよ」

 私の表情を見た彼は、やっぱりかと言わんばかりに、溜息を吐いて言った。

 私はポーカーフェイスだったが、こちらの疑念を読まれたようだ。

 私は気を引き締める。

「過分にして、そんな話は聞いた事がないが」

「疑念は尤もだと思うよ。ヤードに問い合わせてくれれば分かるさ。まあ、私のような

部外者が協力する事に、いい顔をしない者もいる。本当なら話は通っている筈だった

んだがね」

 特に誤魔化している様子はない。それに堂々と問い合わせろと言う。

 こんな事が本当だとすれば、捜査担当者からすれば好ましくないだろう。

 連絡など、しないかもしれない。

 まあ、確かに問い合わせれば分かる事だ。

「先に言って置くべきだったな。私はヤードに協力する形でここにいるのだよ。つまり

事件の解決まで付き合わせて貰うよ」

 穏やかだが、有無を言わせぬ口調でギルが言った。

 これが仕事中の彼なのだろう。

「では、今、確認を取らせて貰うが、構わないかね?」

 私は携帯電話を取り出して見せた。

 彼は平然と頷いた。

 私は彼の目の前でヤードへと電話した。

 確認の結果は、非常に不本意な口調で担当刑事が肯定した。

 どうも、どこかから圧力があったようだ。

 担当刑事は憤懣やるかたないといった感じだった。

 憤懣は分かるが、そういう事は事前に知らせて欲しいと文句は言わせて貰った。

「確認が取れたようだね」

 今度は私が頷いた。

「しかし、これが特殊と言える程の案件かね?」

 どの程度を知って協力しに来たか分からない為、敢えて尋ねる。

「ああ。非常に特殊だとも。明らかに資産価値より多額の前金を支払い。尚且つ、更に

金を支払おうというのだからね。しかも、嫌がらせに続いて、爆破騒ぎまで起こした。

逆に言わせて貰えば、どこが特殊じゃないのかね?」

「……」

 この男。事件の詳細を知っているだけじゃない。

 遺産の正体を知っているのか。

 彼がキチンと事件を承知した上で、捜査協力しているのは分かったが、ハッタリで

はないのか?

「君は、ティオレの遺産の事まで知っているのか?」

「ああ。君達夫婦の思い出の詰まった家だろ?」

 事もなげに彼が答えた。

 弁護士が喋るとは思えない。

 いや、資産調査を行い、精査すれば分かる事だろうが、話しぶりから察するに彼が

話を聞いたのは、つい最近だ。精査する余裕などなかっただろう。

「まさか、あの噂は本当じゃないだろうな」

 私は溜息交じりに言った。

「噂?」

「君がMI6ではないか、と同期の連中で噂していたのさ」

 彼は大学は外国へ行ったというが、それがどこか誰も知らないし、何処の国で働いて

いるかも誰も知らない。気付けば、帰国していて、知り合いの危機を助けたり、何事か

動いては、また姿を消す。小奇麗で、よくいる中産階級の出で立ちをしている。

 そこから悪ノリして話していた噂だった。

「私は残念ながら、君のように美女とは縁がないし、途方もない陰謀に一人で立ち

向かう蛮勇も持ち合わせておらんよ」

 ギルはジョークを交えて否定した。

 それはそうだろうな、と私は苦笑いする。

「それでは、幾つか君だけに質問したい」

「分かった。それでは答えよう。で?」

「フィアッセ嬢に対する遺産分与は、奥さんの生前にほぼ済ませている。価値があるの

は、この時期のものだ。だが、犯人は最後の遺産と限定している。譲渡されたものが

前座とするなら、最後の遺産はどれ程のものかと推測した馬鹿者ならいいが、そうで

ない可能性が高い。本気度が違う。金を持つ者は、そういううっかりミスはしない。

キチンと確認を取ったからこその筈だ」

 うむ。確かに、そういうものだろうな。

「だが、一向にあちらの欲しいものが分からない。一時、ヤードは君が金を使い込んだ

可能性まで潰していたよ」

 その担当者には、後で話をゆっくりと訊くとしよう。

「そんな前金を払える金があれば、そんな自作自演要らんだろうに」

 私のぼやきにギルが苦笑いした。

「ものが美術品か何かで、依頼主が代金代わりに支払ったと推理したようだぞ?まあ、

それなら脅迫に負けてモノは渡したと言えば、それで納得されるしな。可能性としては

低いが…。それ程、行き詰っていたという事さ」

 随分と強引な事を考えたな。確かに行き詰っている。成果を出せと言った私の言えた

義理ではないが、それこそ資産状況を調べれば分かるだろうに。

 ギルは私を宥めるように言う。余程ムッとしていたようだ。

 私が落ち着いたと判断したのか、一転してギルの顔が真剣な顔つきになった。

「私が懸念しているのは減った事ではなく、君が何かを足した可能性だ」

「足した?私が妻の遺産に勝手に付け加えた物があると?」

 心当たりは、全くないが?

 それに増やした事で何か問題が発生するのだろうか?寧ろ喜ばれるのではないか?

「何か、手に入れて運び込んだものはないか?」

「おいおい。まさか本気で訊いているのか?」

「勿論だ」

 私は腕を組んで考え込む。

 それは家が傷まないように偶に休日を過ごしたりしているが、日用品程度だ。

 ギルは護衛に懐を示して、取り出す仕草をした。

 護衛は頷いた。

 それを確認すると携帯電話を取り出して、それを見せた。

「では、これは?」

 私は携帯電話を覗き込むと、インタビュー時の写真だった。

「これは君の事務所の一室だな?」

 確かにそうだ。

 私は頷いた。

「この猫は?君は猫なんて飼っていなかっただろ?」

「猫?リニスの事か?ああ!確かにこの日、拾ったよ。雑種なんだろうが、やけに気に

なってね。連れて行く前に事務所で預かって貰っていたのだ。まさか、猫が元凶だと

でも言い出す気か?リニスは一時期あの家に居ただけで、今はフィアッセの家にいる

ぞ?」

 私は呆れて半笑いだったが、ギルは笑わなかった。

「猫の他に、拾ったり、手に入れたものは本当にないのか?」

「ないよ」

 ギルの問いにいい加減苛ついてきた。

「そうか。だったらいいんだ。済まなかったな」

 ギルは、そう言ってアッサリと引いた。

 てっきり、この下らない質問が、もう少ししつこく訊かれると思っていたから、拍子

抜けしてしまった。

「それでは、久しぶりにフィアッセ嬢に挨拶をさせてくれるか?と言っても、覚えて

いないと思うがね」

「ああ、覚えていないようだ。仕方ないさ。まだ小さかったからな」

「そうだな」

 そう言って二人で立ち上がり、娘に友人を再度紹介しに向かった。

 

 娘と引き合わせて、一通りの挨拶が終わり、ギル自身が協力する事等を告げ、部屋

にいたメンバーの紹介も合わせて行った。

 最初の挨拶の時、フィアッセは、ギルに一瞬だけビクッと怖がるような様子も見せ

たが、すぐにそれも消えた。ギルは昔から人当りがいいのだが、何故、一瞬怖がる

ような反応を見せたのだろうか?

 護衛のエリスは、どことなく警戒した様子を見せているが、仕事柄仕様がない

だろう。

「いや、若い頃のティオレにそっくりだな。アルに似なかったのは幸いだった」

 ギルが私を見ながら、そんな事を娘に言っている。

「ありがとうございます。Mr.グレアム」

 ギルの失礼な発言に、娘がにこやかに応じる。

 フィアッセ。君も否定するぐらいはしてくれ。

「失礼な事を言うな。私に似ているところだってあるぞ!」

「いや、済まん済まん。学校の運営も安定しているようだし、流石君達の娘だと

思うよ」

「最初から、そう言えよ」

 護衛以外の人間から笑いが漏れる。

「ところで、私が来た目的も分かって貰えたと思うが、フィアッセ嬢。早速、質問

してもいいだろうか?」

「はい。どういった事でしょうか?」

 穏やかな表情のままギルは、口を開く。

「君の家に今、猫がいるそうだが、ずっと家に居るのかね?」

 まだ、その冗談を引っ張るのか。

 この馬鹿げた質問には、護衛の面々までもポカンとした顔をしてしまった。

「はい…。リニスですよね?ずっと家に居ますけど…」

 フィアッセもあまりの質問に、戸惑い気味に答えた。

 ギルは笑顔でありがとうと告げた。

 

 それから、これからのフィアッセの動きや、警備の方針などを確認すると、

改めて顔を出すと言って、彼は帰って行った。

 おいおい。ギルよ。それでいいのか?

 やはり、MI6はないな。

 

 

              4

 

 グレアム視点

 

 私はスクールを普段と変わらぬ足取りで出た。

 おそらくはあのボディーガードの女性だろうが、窓からこちらを見ている。

 ただでさえ、怪しい登場をしてしまったのに、これ以上不審に思われても困る。

 歩きながら、私がこの案件に関わる事になった経緯を思い出す。

  

 切っ掛けは、一本の電話だった。

 正確にいえば通信だが、それはいいだろう。

 私は時空管理局本局で働きつつも、休暇等は故郷であるイギリスにちょくちょく

戻っていた。戻った折に、地球にもロストロギアがごく稀に流れ着く事があるらしく、

私がそれとなく手を貸しつつ回収していた。それがなんの因果か、知人であったり

する事が多く、それをなんとかしているうちに、気付けばヤードやら内務省やらに

繋がりが出来ていた。

 信頼出来る人物にのみ、私の身分を明かしたりした所為か、時折、地球用の端末に

電話がくる。

 やれやれ、暫く休暇は取りたくないんだがね。

 ある因縁あるロストロギアの封印について、その方針が固まり、実行の為のデバイス

の開発が佳境を迎えている為、本来なら出たくないのだが、仕方ない。

 私に連絡がくるという事は、地球の捜査官では役に立たない事件が起きたという事

だ。私にだって、故郷に愛着はあるし、一応愛国心だって持っている。無視するのは、

どうにも出来そうになかった。

 諦めて電話に出ると、やはりというか内務省の知人だった。

『グレアム、私だが、今いいかな?』

 この男はマイクといって、内務省では特殊な立ち位置にいる男だ。

 彼は博識であり、頭脳明晰であちらこちらから厄介事の相談を受ける男だった。

「あまりよくないが、用件を聞こうか」

『助かるよ』

 大して有難がっているような口調ではないが、これが彼と言う人間だ。

 もう諦めている。

『実は最近、例の遺物絡みと似た異変があちこちで起こっている。君の言う霊脈と

いう位置である事は確認している。君の助言通り、それを辿って原因を調べてみれば

奇妙な脅迫事件にぶち当たった』

 強力なロストロギアは、得てして周囲の霊脈に影響を及ぼす事がある。

 そして、それを辿っていく調査方法は、魔法の使えない一般人でも出来る為、私が

教えたものだった。

 マイクが言うには、霊脈の乱れの為に幽霊だの妖精だのの幻が目撃される事例が

増えたという。そして、霊脈の上に位置するある家に突き当たった。

 しかし、行き着く先が脅迫事件か。

 何かの惨劇が起こるよりマシだが確かに奇妙だった。

 それ程、乱れているなら、かなりの異変が起こっていても可笑しくない。

「ほう。どのような事が起こったのだね?」

『君の友人の娘の遺産を狙った事件だ。アルバート・クリステラ上院議員の娘だよ』

「アルの!?では、フィアッセ嬢が事件に巻き込まれていると!?」

 アルの娘がティオレと同じく世界的な歌手となった事は知っていた。

 だが、流石にその後の動向までは、忙しさにかまけて把握していなかった。

 自分にもそれどころではない事態が発生したし、今もそれは抱えている。

 だが、古い友人の娘の危機となれば、見過ごせない。

 それにしても、遺産か。生前分与で与えられたものか。

「遺産。それが異変の元凶であると?」

 遺産はマイクの調査だと、クリステラ夫婦の思い出の家らしい。

『それが分からんのだよ。彼の遺産は調べたが、それらしきものはない。だが、君の

言う調査をさせたところ、彼女の遺産の周りで現象が頻発しているから、発生源は、

そこで間違いないと思われる。だが、家自体に問題はない。その上、脅迫といっても

大金は支払われている。だが、家には調度品から小物まで遺物らしきものはないし、

支払われた大金に見合う物もないんだよ。相手もそれを口にしない。ただ最後の遺産

とだけ。議員達も対応に苦慮している。あんな家が欲しければ、その金で買えばいいの

だからね。なのに急かすように嫌がらせが始まり、遂に爆破騒ぎが起こった。どうも

我々の常識とは違う事件で、これ以上の対応が出来なくてね』

 数々の厄介事の解決に尽力してきた彼が導き出した回答が、私を投入する事だった訳

だ。聞いていると確かに、その対応しかないだろうな。

「…そうか。詳細はヤードで聞けばいいのか?」

『手を貸して貰えるかね?では、ヤードには話を通しておく。私の名を出せばいい』

「では、頼む」

 少しマイクが沈黙する。

 何かあったのか?

『ふむ。親切で教えて置こう。議員の奥さんだが、もう亡くなっている。一応、葬儀

に出席出来なかった事は、最初に詫びた方が円滑に進むだろうね』

「何!?」

 最後に会った時は、まだ彼女は現役で歌っていた。

 どうも、頭の中では友人達の時間が止まっていたようだ。

 当たり前のように、まだ生きていると思っていた。

 考えてみれば当然だ。遺産の話で察するところだろう。

 私もこんな年だ。友人・知人の誰かが死んだとしても驚くような事ではなかった

のだ。もう身体にガタがくる頃だしな…。

『それでは、成果を期待しているよ』

 人が感傷に浸っている間に、彼は一方的に電話を切った。

 

 

『お父様。件の家ですが、当たりです。あそこに拠点と表現すべきものを構築

しています。土地に同化しているのか、確認できていません。でもあの猫は、痕跡

を調べましたが、間違いなく誰かの使い魔…だったものです』

 物思いに耽っていた私の頭に、突然声が響き我に返った。

 歩きながら呆けていてはいかんな。

 私の使い魔のリーゼアリアからの念話だった。

 使い魔だったものか。

 つまりは今回の案件が私の予感通りのものだという裏付けが取れた訳だ。

 アリアは、魔法特化の使い魔だ。

 ロストロギアの正体は分からずとも、痕跡から魔力の質を調べたのだ。

 同化しているか。道理でマイクの調査に引っ掛からない訳だ。

『そうか。次はフィアッセ嬢の自宅を調査してくれ。猫の方は既に移動していた。遺産

の管理をしているアルではなく、フィアッセ嬢に譲れと言ってくるのは何か理由がある

だろうと思っていたが、フィアッセ嬢を見て分かった。あまり質の良くない品のようだ

な。家には猫がいる筈だから注意してくれ。あと、分かっている事を纏めて調査部に

送ってくれ』

『分かりました』

 アリアは簡潔な返事と共に念話を切った。

 幼い時に会った時は気付かなかったが、彼女には()()()()()()()()()()

 フィアッセ嬢から妙な気配がした段階で、この案件が厄介である事が分かった。

 彼女を魔法で見極めたところ、霊脈を通して、ロストロギア自体がフィアッセ嬢を

主としているようだった。無論、無断で。

 流石に自分自身以外の力が入り込んだ事に気付かないなどという事はない。

 記憶操作は確実に為されている。

 アルにもだ。

 拾った段階では、まだロストロギアは猫が咥えるなりしていた筈だ。

 どうやら相応しい、或いは資質を持った人間にある程度干渉する事が出来るタイプの

ようだ。しかも、自分の意思を持っている。そうでなければ、主に従うのが普通だから

だ。それなのに操るようなマネをするのは、自分の意志が存在する証拠だろう。

 不運な事に思い出の家は、霊脈の上に存在していた。

 更に不運な事にフィアッセ嬢は、この世界で珍しくリンカーコアを持っていた。

 おそらくは、元使い魔は今も道具として使われている。

 主に気付かれる事なく、コントロールする媒介として。

 そして、余計な事をしてくる者を排除する為に。

 都合のいい事に、彼女は仕事柄、世界中に出掛けて行く。

 霊脈は何本も存在しており、全てが繋がっている訳ではない。

 彼女はリンカーコアがあり彼女を通して力を振るい易い。

 しかも勝手に世界中の霊脈のある場所へ行ってくれる。

 これ程、都合のいい存在はいないだろう。

 ロストロギアというのは、どれも一筋縄ではいかないものばかりだ。

 応援に武装局員の派遣を引き出す為にも、管理外世界まで派遣するに足る説得材料を

見付けなければならない。

 土地に浸透し干渉するタイプであれば証拠集めは難しいが、友人の娘を不幸にする訳

にはいかない。

 これ以上の後悔を抱えて生きる事は出来はしない。

 年の離れた友人であり、部下の最後の顔が浮かぶ。

 もしかしたら、これが友人にしてやれる最後の事かもしれない。

 最もたる後悔にケリを付けたら、おそらく私は犯罪者として拘束されるだろう。

 故郷の地を踏めるのも、事によると最後かもしれない。

 ならば、精一杯やろう。私に出来る全ての事を。

 

『ロッテ。君にはフィアッセ嬢のガードと監視を頼みたい』

 もう一匹の使い魔・リーゼロッテに私は念話で指示を飛ばす。

『りょ~かいです!父様!』

『折を見て、部下という事で紹介する。気を付けてくれ。おそらく魔導師もいるだろう』

 あの土地が拠点化している事を掴んでいる事。

 フィアッセ嬢が現在ロストロギアに所有者という扱いを受けている事が分かったと

いう事は、相手も魔法の心得のある奴だろう。

 ロストロギア本体も主として利用する積もりの人物を守るだけなら、手出しはして

こないだろう。意思があるならなおの事だ。

『分かりました!』

 ロッテはフィジカル担当でガードには最適だ。

 並の魔導師ならば、抵抗すらさせずに鎮圧するだけの力量がある。

 さて、このロートルも働くとするか。

 

 

 

              5

 

 エリス視点

 

 身体を射線に晒さなないように、隠れて窓から例の男性が去って行くのを見届ける。

 どうも言葉通りの人物には思えない。

 彼は自分の事を海外で警備会社に勤めていると言った。

 民間軍事会社の方ではなく、警備員の方だと。

 しかし、警備員とは違う。姿勢がよく歩幅も一定、隙がなく、格闘技の心得がある

様子だ。室内にいる全員のボディーガードから警戒の視線を浴びても、一切動じない。

 警備員も似た特徴を持つが、どちらかといえば、軍人といった感じだ。

 しかし、どうも本能の部分が軍人と決め付けられないものを感じている。

 どちらにせよ、只の警備会社の老紳士という訳ではないだろう。

「フィアッセ。Mr.グレアムに最初怯えていたように見えたけど、どうしたの?」

 彼女は穏やかな見た目とは裏腹に、厳しいネゴシエーションを経験している。

 滅多な事では怯んだりしない。

 だからこそ、訊いて置きたかった。

「う~ん…。何か全て見通されているみたいな気がして…ちょっとね。でもすぐそんな

感覚はなくなったから、気のせいかなって」

 Mr.グレアムは確かに猫の事しか訊かなかった。

 全て見通すには程遠い。

 だが、そこに引っ掛かる。彼はなんで猫の事なんて訊いたの?

 私は、そうと短く応じると、小さくなっていく老人の背中をから視線を逸らした。

 今は彼の正体を探るには、材料が足りない。

 それに私は護るのが仕事で、捜査はヤードの仕事だ。

 彼が不審だというなら、それも含めて動くまでの話だ。

 決意を新たにすると、フィアッセから声を掛けられた。

「それとエリス。Mr.グレアムには言わなかったけど、友達にも手伝って貰おうと

思って電話したら、来てくれるって言うから仲良くしてね?」

「は?」

「エリスも知ってる子達だよ?確か、恭也とは知り合いだったよね?」

 キョウヤ。

 その名前を聞いて、私と議員の顔が曇った。

 私達の共通の知人でキョウヤといえば、タカマチ・キョウヤしかいない。

「確か、彼はボディーガードの仕事をやっている訳ではなかったと思うけど?」

 タカマチ。

 それは私にとっても、議員にとっても忘れ難い名前だ。

 何しろ、議員のボディーガードをしていたのが、キョウヤの父であるシロウだった

からだ。そして、彼は議員を狙ったテロにより重症を負い、ボディーガードを続け

られなくなった。議員も命が助かったものの、杖なしには歩けなくなった。

 そして、その惨劇が発生したのは、私の責任だった。 

 当時、子供だった。

 それが私の罪に対する免罪符になるなどと思っていない。

「私も士郎の子供を巻き込むのは、感心しないな」

 議員も私と同じく仕事とはいえ、シロウと議員は年の離れた友人だった。

 やはり、彼もシロウの子供を巻き込むのに難色を示した。

「大丈夫です。マスターであるシロウが認めた二人なんですから」

 いつの間に、そんな事を確認していたんだ。

 この後、私と議員で説得を試みたが、不調に終わった。

 

 これから、色々な意味で難しい仕事が始まると思うと、重い溜息が出た。

 

 

              6

 

 ???視点

 

 私は、ある女性からの通信を受けていた。

「それでは、このまま進めて構わないのですね?」

『ええ。結構よ。約束通り、ロストロギアの方は好きにしていいわ。売ってもいいし、

自分の物にしてもいい。ただ、私に捜査が及ぶような迷惑が掛からなければ、それで

いいわ』

 惑星干渉型のロストロギア。

 それだけで、その世界を手に入れる事が出来る代物も、彼女にとっては無用の長物

のようだ。

『ただ、面倒だから道具にされている使い魔は処分して頂戴』

 自分の使い魔だったというのに、愛着は一切なし。

 怖い雇い主だ。

「承知しました。では、報酬は主を変更する術式という事で…」

『もう、送ったわ。好きに使いなさい。ただし、報酬を支払った以上…』

「それも承知していますよ」

『なら、結構』

 無駄話は一切なく、通信は切られた。

 

 私は所謂次元犯罪者だ。

 広域指名手配もされている身だ。

 故に、管理外世界の方が居心地がいい。

 魔法文化はなく、機械文明のみで快適な生活が送れる。自身のアドバンテージを

活かして楽にこちらの世界に拠点や部下を得る事が出来た。いい世界だ。

 さて、囮として雇った奴の調子を訊くとしよう。

 数回のコールで相手が電話に出る。

『アンタか』

「ああ、そうだ。順調かね?」

『まあまあ、といったところだ。次の機会に挨拶する積もりだ』

 この男の事だ。爆弾だろう。

「まあ、任せるがね」

『それと念を押しておくが、依頼料や必要経費は惜しまない事。遺産の受け渡しが

済んだら、彼女は貰う事。忘れていないだろうな?』

 別に女に不自由はしていない。

 世界的歌姫だろうが、あのロストロギアに比べれば、そこらの小娘と変わらん。

 世界全てを手中に収める事が出来る私にとって、金など惜しくもない。

 この男は、私を愚かな男とでも思っているだろう。

 最後までそう思っているだろう。知る術は奴にはないのだから。

 だが、この男の執着は呆れるな。

「大した欲だな」

『欲?いや、違うね。愛だよ』

 私の揶揄に、爆弾魔は笑ってそう言うと電話を切った。

 

 さて、精々この世界の悪として注目を集めて貰おう。

 この世界に魔法はない。私の意図に気付く者などいないのだ。

 その間に、私はブツを頂く。

 

 

              7

 

 恭也視点

 

 父さんからの連絡で、フィアッセの身に危険が迫っていると知り、美由紀と

共にすぐに支度を整えた。

 丁度、訓練で香港に来ていて、喫茶店に関しては問題ない。

 父さんが日常生活に支障が出ない程度には、動けるようになったお陰で、俺達

も訓練に出掛ける余裕が出来た。

 なのはが、レジ打ちや接客が出来るようになったのも大きい。

 そういうタイミングだったのは、不幸中の幸いだ。

 フィアッセは家族の一員のような存在だ。

 一時期、ウチでホームステイをしていた事もあるからだ。

 こっちからイギリスに遊びに行ったりもした。

 なのはは知らないだろうが、俺達はよく一緒に遊んだ仲だ。

 家族の危機を見逃す事は、御神の剣士には有り得ない事。

 

 俺達はイギリスに向かうべく、飛行機に乗り込んだ。

 

 

 

 

 

 




 イギリス人なのにアメリカ人みたいな愛称。
 気にしないで下さい。本人が自覚しています。
 
 グレアムは途中まで学校と管理局を両立させて
 活動していた設定です。
 なのはちゃんのように、色々と巻き込まれて
 活躍していたでしょう。
 リリカルグレアムですな。

 内務省のマイク。
 この人の名前を思いっ切り出すのは止しました。
 チョイ役なのでクロスしませんし。
 
 なお、3話構成の予定となっております。
 あと2話で原作開始の予定です。
 いつ次を投稿出来るか不透明ですが、書き続け
 ますので、これからもお付き合い頂ければ幸い
 です。




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第3話

 随分と長い時間が掛かってしまいました。
 まさか、もっと時間が取れなくなるとは…。
 少しずつでも書いていますので、諦めては
 いません。

 では、お願いします。


              1

 

 恭也視点

「恭也!美由紀も久しぶり!」

 スクールに到着するなり、フィアッセは相変わらず独特のテンションで迎えてくれた。

 美由紀は流石に女同士だけあって、手を握った後にハグしている。

 流石に恋人が居て、男である俺にはアレは出来ん。

 女二人で再会を喜び合っているのはいいが、本題から聞いた方がいいだろう。

 ここにはイリアさんやアルバートさんだけじゃなく、もう一人知り合いがいるし、

関係者と思しき人物もいるからだ。

「フィアッセ。久しぶりだ。再会をもっと喜びたいところではあるが、話を聞かせて

貰えないか?」

 フィアッセも笑みを消して、静かに頷いた。

 遺産を譲るように脅迫を受けた事、それがエスカレートして遂に爆破事件まで起き

た事を聞いた。

 事前にある程度の事は聞いていたが、詳細を説明して貰った。

 脅迫文の文面からすると次は実力行使があるかもしれない。

 俺達にも協力出来る事はあるだろう。

「分かった。俺達も微力ながら協力させて貰う」

「勿論、私もだよ!」

 俺に続いて美由紀が答える。

 だが、俺達の知り合い二人は渋い顔だ。

 知り合いのうちの一人は、分かる。

 エリス・マクガーレンはプロのボディーガードだ。俺達のようなアマチュアに

しゃしゃり出て欲しくないだろう。

 小さい頃に一緒に遊んだ仲だが、それと仕事は別物だろう。

 だが、アルバートさんは何故だ?

 父さんも俺達の実力は説明した筈だが。やはり実績のない若造は不安なのか?

 それなら、時間を掛けて証明していくより他ない。

 一人だけ知らない人物が居るが、捜査官か何かか?

「ああ!紹介するね!こちらお父様の学生時代の御友人でMr.ギル・グレアム」

 紹介された人物は、笑顔で手を差し出す。

 俺は握手に応じる。

「ギル・グレアムだ。特殊な案件のコンサルタントをやっている者でね。今回、友人

の危機と聞いて駆け付けたんだ。宜しく頼むよ」

 グレアム氏はアルバートさんと歳が同じとは思えない程、若く見える。

 おそらくは、鍛えられた肉体の所為だろう。

 握手してみて分かったが、使う得物は棍か棒といったところだろう。

 身のこなしも格闘術の心得があるのは間違いない。

 それに纏う雰囲気は、まるで歴戦の軍人といった感じだ。

 訓練でそういう軍人とも出会うが、彼等と似た雰囲気をこの人物から感じる。

 あくまで似ているだけで、そのものではないが只者ではないな。

「こちらこそ、若輩者ですが、全力を尽くします」

 俺がそう言った瞬間に、こちらを見透かすようにジッと俺の眼を見た。

 それもすぐに消えて、笑みが戻る。

「ふむ。力が入り過ぎている訳でもなく、事態を理解していないが故の楽観もない。

 アル。そう心配せずとも大丈夫だろう」

 アルバートさんは、益々渋い顔をした。

「いや。シロウの子供達を危険に巻き込むのが問題なんだよ。ギル」

 アルバートさんの言葉で納得した。

 父さんの怪我の事を、今もアルバートさんは気にしているのか。

「父の怪我は仕事での事です。お気になさらなないで下さい。フィアッセは護り

切って見せましょう」

 俺は自分達の意思をハッキリと伝えた。

 アルバートさんは、それでも顔が曇っていた。

 御自分も怪我で杖なしでは歩けなくなったのに、友人とはいえボディーガードに

気を遣ってくれるとは、と苦笑いする。それがアルバートさんなんだが。

 美由紀の方は話を俺に任せ、荷解きを行っている。

 美由紀が俺の刀を渡してくるのを、礼を言って受け取っていると、今度はエリス

の顔が険しくなる。

「Mr.グレアム。これのどこが問題がないと?」

 エリスが鋭い声で言う。

 言われたグレアムさんは、平然としていた。

「うん?彼等の剣の事かね?」

「そうです!今時、刀だなんて!」

「逆に訊くが、何が問題なのだね?」

「なっ!?」

 確かに今の武器の主役は銃だ。刀は時代遅れと言われても仕様がないとも思う。

 だが、アッサリと何が問題だと言われたのも初めてだ。

 大抵の人間は、俺達の武器を見て最初は侮るもので、そういった対応に慣れて

いた。

「別に現代戦闘から言えば、刃物は銃に主役の座を譲っているが、役に立たない

訳ではないだろう?それどころか、剣の達人は恐るべき存在だよ。間合いに入ら

れたら手が付けられない。それにフィアッセ嬢を護るにも近接戦のエキスパート

は役に立つだろう。本来なら、護衛をやるなら危険な場所に行かせない事が重要

だが、フィアッセ嬢の場合、それは無理だろう。ならば、危険人物を近付かせ

ない事が重要になる。それでも掻い潜るなら、それは確実を期す為に相手は彼女

にギリギリまで近付く事になる。つまり彼等の間合いであり、彼等の独壇場という

訳だよ」

「っ!」

 エリスが言葉に詰まる。

 こうも理路整然と俺達が有効に使えると説明されては、彼女も何も言えなかった

のだろう。

「それに丁度良かった」

「丁度良かった?」

 アルバートさんが思わず訊き返す。

「私からも人を出そうと思っていたからね。入っておいで」

 グレアムさんが扉に向かって声を掛ける。

 すると、扉が勢いよく開いた。

 ボディーガード達が思わず懐に手を伸ばす。

「どうも~!」

 活発な感じの女性が、緊迫した空気を物ともせずに入って来る。

「紹介しよう。義理の娘でリーゼロッテ・グレアムだ」

「気楽にロッテって呼んでいいから!」

 呆気にとられる俺達を尻目に、フィアッセの手を握りブンブン振り回している。

 流石のフィアッセも押され気味だ。

「おいおい。義理の娘!?」

「ああ。結婚は出来なかったが娘は居るんだ。因みに双子だからもう一人いるぞ」

 友人であるアルバートさんも知らなかった事のようだ。

「おいおい!聞いてないぞ!」

「言う機会もなかったからな。取り敢えずはそういう事だ。この子もフィアッセ嬢

の護衛に就くからな。先に近接戦の得意な人間を就ける説明が出来てよかった。

 この子も腕は確かだ。安心してくれ。なんなら試して貰っても構わないぞ?」

 この言葉にエリスが前に出る。

「それでは試させて貰いましょうか」

 エリスは鋭い視線でグレアムさん達を射抜く。

「いいよ!」

 エリスとは真逆にロッテさんは気楽そうに笑っている。

「恭ちゃん…」

 美由紀が俺の耳元で囁く。

 分かっている。俺は黙って頷く。

「んじゃ、行くよ?」

 ロッテさんは言った瞬間に、スッとその場から消えた。

 正確には消えたと錯覚した。

 無拍子!

 ロッテさんはエリスが銃に手を伸ばしたその時には、彼女の首筋に手刀を突き

付けていた。

「はい。チェックメイト」

「なっ!?」

「君さ。銃に頼り過ぎだよ。近接戦も、もう少し鍛えないと痛い目見るよ?」

「くっ!」

 エリスは悔しそうに降参した。

 エリスが弱い訳じゃない。ロッテさんが強過ぎたんだ。

 アレだけ自然に動くとは。

 飄々としているが、間違いなく達人級の腕前だ。

「エリス君は、全体の指揮もあるだろう。美由紀君、だったかな?彼女とロッテで

フィアッセ嬢の護衛をメインにやって貰おう。女性同士の方が何かといいだろうし

な。エリス君も手が空き次第、フィアッセ嬢の護衛に回ると言う感じでいいだろう」

 最早、反論の声はなかった。

 もうグレアムさんが仕切るような形が出来上がっている。

 この人も食えないな。

 

 だが、この二人は何者だ?

 軍人に近いが違うように思う。

 強いていうなら香港警防の人間に近い。

 それに、イギリスで警察関係のコンサルタントなんて聞いた事がないが…。

 

 

              2

 

 グレアム視点

 

 あれからアルには散々薄情だなんだと言われたが、私としても流石に真実は言え

ない。彼女が猫の使い魔だなどとは。

 私にとっては娘だが、娘と地球で紹介する訳にはいかないから出来れば説明は

遠慮したいのが本音だった。だが、友人の娘の安全には代えられない。

 だからこそ義理の娘と言ったのだが…。

 これでも文句を言われるのも仕様がない。

 あれから今日到着した若者達と一緒にティオレの墓に行き、不義理を心の中で

詫びた。

 どうもエリス嬢と高町兄妹は、何かあるようで知り合いという割にピリピリして

いた。主にエリス嬢がだが。

 あれから若者同士で色々とあったようだが、エリス嬢もプロだ。

 すぐに切り替えたようで安心した。

 美由紀嬢は、まだしっくりときていないようだったが、仕事には支障はなさそうだ。

 そして、フィアッセ嬢が本格的にコンサートツアーに向けて行動を始める。

 といっても、色々と並行して活動するようだがね。

 

 護衛の鉄則である対象を危険な場所に行かせない、立たせないは前回説明した通り

無理なので、不審者をフィアッセ嬢に近付けないが重要になる。

 私もエリス嬢と共に行動する。

 フィアッセ嬢の護衛に関しては、ロッテに美由紀嬢がメインで行っている。

 本日は劇場の視察が予定されている。当然、フィアッセ嬢は延期はしない。

 マクガーレンセキュリティの実動員達は、もう先行して劇場内の危険の有無を確認

している最中だ。

 私とエリス嬢も当然、護衛達も今から行く劇場の構造は頭に叩き込んでいる。

 車を護衛達が先に降りて、周辺を警戒しつつフィアッセ嬢の移動動線を確保する。

 そして、狙撃対策の為にロッテと美由紀嬢がフィアッセ嬢の左右を固めて素早く

目的地の建物に入り、残りの面々も素早く予め決めてあった配置に就く。

 エリス嬢が車に合図を出すと、素早く車が走り去った。

 爆弾騒ぎがあった以上、車を止めたままにして置くのは危険だ。

「警備員は快く協力してくれたのかね?」

 私は、エリス嬢の歩調に合わせて早足で歩きながら訊く。

「劇場の支配人が話の分かる人でしたから、スムーズに済みました。警備室にもウチ

の人員が入っています」

「では、益々気を引き締めて行こう」

 爆弾対策はしている。不審者対策もしている。だが、それでも万全はない。

 身内や関係者がなんらかの事情や、欲によって内通者になってしまう事はあるから

だ。そうなれば、やった対策は意味を失うかもしれない。

 常にベストを尽くす事、それしかないのだ。

 エリス嬢は、私の言葉にやや不満気に頷いた。

 仕切られているようで気分が悪いだろうが、我慢して貰うしかない。

 エリス嬢の視線は、それでも前を行くフィアッセ嬢を追っている。

 といっても、視野を広く持ち、周りも警戒している様子だ。

 流石に若くして、その業界で名が売れてているというだけあるな。

 

「ありがとうございました」

 劇場の支配人との話は、スムーズに終わった。

 どうもこの視察はコンサートの方ではなく、卒業性のコンサートを開催する会場に

なる場所で、学園長であるフィアッセ嬢が自ら出向いたようだった。

 フィアッセ嬢が支配人と握手を交わす。

 そして、予定通りに出ようとした時だった。

「もしや、Miss.フィアッセ・クリステラでは?」

 エリス嬢が、フィアッセ嬢の盾となるような位置に素早くさりげなく移動した。

 フィアッセ嬢の左右を固めるロッテ、美由紀嬢もいつでも動けるように備えている。

 この二人は、声の人物の接近に気付いていた。

「これはMr.オースティン。いついらしたのです?」

 支配人が驚きの声を上げる。

「明日、劇団が使うでしょう?私が金を援助しているのですよ。それでリハーサルを

やるというので見学しようと思いましてね」

「ああ!あの劇団は、そう言えばそうでしたね!失礼いたしました」

「いやいや、いいんですよ。突然押し掛けたのは事実ですしね。そしたら、かの有名

な世界の歌姫の姿があるじゃないですか!思わず声を掛けてしまったのですよ」

 その男は、あまり印象に残らない容姿をした中年男で、一見無害そうな紳士だ。

 どうも来たのは偶然だと言っているが、どうにも臭う男だ。

 行動の端々に作為的なものを感じる。さりげなくやっているが、印象に残らない

ように心掛けているのが分かる。しかも相当慣れている。

 世界の歌姫の前に態々現れて置きながら、印象に残らないように注意するというの

は、どうにも解せない。こういった男は、犯罪者でいえば知能犯に多いタイプだ。

 勿論、違っている可能性もある。

 だが、次元犯罪者と長年対峙し続けた勘が警戒を促している。

 勘と言っても馬鹿にしたものではない。経験に裏付けされたものなのだから。

 この男から魔力の気配はない。

 こちらで犯罪を犯している現地犯罪者か、さもなければリンカーコアを封印して

隠しているのか、そこまでは判断出来ないが近寄らせていい相手でもなさそうだ。

「はじめまして、Mr.オースティン。フィアッセ・クリステラです」

 男が手を出して握手を求める。

 フィアッセ嬢は握手に応じようとしたが、私は止めた。

「Mr.グレアム?」

 フィアッセ嬢が驚いたように私を見上げるが、それに応えずに男に鋭い視線を

送る。

「済まないが、腕に何を仕込んでいるのか見せて貰えないかな」

「「「っ!?」」」

 男本人も驚いている。

 エリス嬢は既にいつでも銃を抜けるようにしている。

 男は慌てたように手を上げた。

 その拍子に腕から紙が飛び出す。

 私は慎重にそれを拾い上げると、紙を見た。

 私は表情を変えずに、エリス嬢に渡す。

 エリス嬢は紙に書かれた文に目を通すと、男を睨み付けた。

「え!?何!?」

 フィアッセ嬢が戸惑ったような声を上げた。

「行こう。フィアッセ。次の予定があるだろう?」

「う、うん」

 エリス嬢が、肩を怒らせてフィアッセ嬢を引き摺るように連れて行った。

 支配人は、突然の展開に付いて行けずにオロオロしている。

 男の方は、誤魔化し笑いを浮かべて支配人に帰る旨を伝えると、そそくさ

とその場を離れて行った。

 男の書いた文面は食事の誘い。

 だが…。

『アリア。この男をマークして置いてくれ』

『分かりました』

 下心があるというだけならいい。

 だが、アレは随分とわざとらしく感じた。

 まるでこれ以上のものがないと示すように。

 故に、私はアリアにこの男をマークして置くように命じた。

 私は逃げるように去って行く男の背をチラリと見て、フィアッセ嬢達の

後を追った。

 

「あの少し…」

 丁度みんなに追い付いた時、フィアッセ嬢が申し訳なさそうに口を開いた。

 成程。

 エリス嬢がロッテ達に目配せすると、二人は頷いた。

 

 お手洗いの方向に消えていく三人を見送ったその後、悲鳴が上がる。

 私はすぐに悲鳴の方へ向かおうとしたエリス嬢を押し止めた。

 銃の腕前はいいのだろうが、反射的に助けを求める声の方へ行ってしまうのは、

まだ若いな。好ましくはあるがね。

「君はフィアッセ嬢を」

「…分かりました」

 そして、私達は二手に別れて走り出した。

 

 

              3

 

 美由紀視点

 

 フィアッセがお手洗いに行く途中で、何か声が聞こえた気がして立ち止まる。

 フィアッセも聞こえたのか立ち止まった。

「ほら、早く行った方がいいよ?」

 ロッテさんが私達を急かすように言う。

 ロッテさんには聞こえなかったのかな?

「あの、何か聞こえませんでしたか?」

 フィアッセは気になるのか、ロッテさんに訊く。

「これだけボディガードがいるんだよ?無線に何も情報が上がらないんだから大丈夫

だよ」

 ロッテさんはなんでもないようにそう言った。

 まあ、確かにそうだけど…。

 ロッテさんは笑顔で私達の背をグイグイ押してくる。

「早く済ませて、合流すればいいって!漏れちゃうよ?」

「そんな事しません!」

 フィアッセは顔を真っ赤にして、小声で叫ぶという器用な事をやっていた。

 

 お手洗いの前まで来ると、ロッテさんと私は同時に足を止める。

「ロッテさん」

「うん。だね」

 お手洗いの中から複数の気配が感じられる。

 念入りに建物内はチェックしていた筈だ。

 複数の気配だけなら、誰か入っているんだろうで済む。

 でも、微かに殺気が漏れている。明らかに変だ。

「まあ、万全とはいかないもんだよ。美由紀ちゃん、フィアッセちゃんを頼むよ?」

 ロッテさんは、変わらぬ笑顔だが、笑顔の質が変わっている。

 獲物を狙う獣のような鋭い眼光になり、ギラギラした笑みだ。

 ロッテさんは気負った様子も見せずに、獰猛な笑みを浮かべてお手洗いの中に消えた。

「さあ!変態さん達!出ておいで?」

 中でロッテさんの声が響くと同時に、ドアが蹴破られるような音と共に複数の気配が

ロッテさんに殺到する。複数の奇声が上がる。

 そして、打撃音と人が崩れ落ちるような音が立て続けに聞こえたと思ったら、物音が

消えた。

「美由紀ちゃん!」

「はい!どうしました?」

「入口空けてくれる?」

 私は返事と共に、フィアッセと一緒に入り口から離れた。

 直後、人が次々と投げ出されて行く。

「っ!?」

 フィアッセが驚いて硬直する。

 何せ、人がゴミ袋みたいに投げ出されてるんだから、驚くよね。

 ロッテさんがお手洗いから出てくる。

「うん。フィアッセちゃん、いいよ。入っても」

「ああ…はい。ありがとうございます…」

 いつもは人を振り回す側のフィアッセが、今はどう言っていいか分からず戸惑って

いる。結構レアな光景かも。

 私はロッテさんが強いと知っているので、驚きはないけど。

「ロッテさん!美由紀さん!フィアッセさんは!?」

 男性のボディーガード・デニスさんが銃を握り締めて走って来る。

 彼はエリスさんの左腕なのだそうだ。

 因みに、右腕は年配の経験豊富そうなピトックさんなんだそうだ。

 なんにしても、彼が裏切る事はまずないようなので、取り敢えず警戒は低めでいい。

「ああ!見ての通り無事だよ」

 ロッテさんが逸早くデニスさんに答える。

「そうですか!よかった!不審な物音がして駆け付けたんですが…ってなんですか!?」

 デニスさんが床に転がっている人達を見て、ビックリする。

「ああ、暗殺者かな。薬で操られてる捨て駒だから尋問は無駄だと思うけど、警察に

引き渡してくれる?」

「は、はい!」

 デニスさんは、すぐに無線で応援を呼ぶ。

 そこにエリスさんが到着する。

「これは!」

「フィアッセちゃんは無事だから!大丈夫!中の安全も確認してあるし」

「そうか…」

 エリスさんはホッとした顔を一瞬していたが、すぐに複雑そうな顔になってしまった。

 ロッテさんが活躍した事に何か思うところがあるのかな?

 私達は(ロッテさんを含めて)あんまり歓迎されていないみたい。

 

 私達だって別に遊びでやってる訳じゃないんだけど…。

 私は、恭ちゃんみたいに物分かりよくなれないよ。 

 

 

              4

 

 恭也視点

 

 劇場内を見回っていく。

 要所の警戒はボディガード達が担当している。

 だから、俺は劇場内の巡回をランダムに動き担当する。

 別にエリスやグレアムさんに指示された訳じゃない。自分に出来る事を探したまでだ。

 何もないなら問題はない。

 そんな事を考えた直後、女性の悲鳴が聞こえた。

 やはり何もなしはないのか!

 俺は素早く悲鳴の方へ向かうと、そこにはショットガンを持ったパンクロッカーの

ような恰好をした男がいた。銃の先には女性がいる。

 男の様子は明らかにおかしい。

 まずは銃の無力化だ。

 俺は、御神の歩法である神速で踏み込みと同時に一気に間合いを詰め、刀を一閃した。

 男は腕を斬られ鮮血が舞うが、案の定男が銃を取り落とす様子はない。

 そもそも痛みを感じている様子がない。やはり麻薬の類を使っているな。

 俺は慌てる事なく、銃を抱え込み女性から銃口を逸らすと、刀の柄頭で肺と横隔膜に

衝撃が伝わるように打ち込んだ。空気を全て吐き出し、呻き声を上げて男が倒れる。

 ショットガンが床に滑り落ちる。

 倒れたからといって油断せずに、ワイヤーで拘束する。

 その瞬間、頭上で何か影が走った気がした。

 一瞬、そちらに注意を向けたが、影は文字通り影も形もない。

 それより、確認すべき事がある。

 女性の無事を確認すべく、顔を上げた瞬間、俺は驚愕する。

 女性が、いつの間に拾ったのか、こちらにショットガンを向けていたからだ。

「っ!」

 咄嗟に動こうととしたが、それより速く影が俺を追い越して行く。

 女性の手が天井に跳ね上げられる。銃弾が天井を穿つ。

 女性が反応するより速く、銃が魔法のように手から離れ、女性の身体が宙を舞う。

 驚異的な反応で叩き付けられる前に受け身を取ったが、アッと言う間に抑え込まれ

腕を極められて拘束された。

 それをやったのは、グレアムさんだった。

「大丈夫かね?」

 グレアムさんは息も乱さず平然と俺に尋ねた。

「ええ。助かりました」

 俺は素直に礼を言った。

 グレアムさんは微笑むと、未だ拘束を解こうと暴れる女性の意識を刈り取る。

 後からこちらに来る足音が複数接近して来る。

 いずれもボディガード達だ。

 それでも女性の一件があるので警戒し、いつでも動けるように備える。

 結果からすれば、杞憂だったようだ。

 二人はボディガード達によって連行され、警察に引き渡された。

 俺は、それを黙って見送った。

「あの女性、薬を使われている様子もありませんでした。油断しました。これではエリス

の言う事に文句が言えませんね…」

 思わず漏れてしまった弱音に、グレアムさんは俺の肩を強めに掴む。

「気にするなとは言わない。だが、これからどうするかを考えなさい。君はまだ若いのだ。

 取り返しのつく失敗なら、次に活かせばいいのだ」

「そうですね。みっともない姿を見せてしまいました」

「それに君の眼は正しい」

「え?」

「あの時点では、彼女は被害者だったのだ。いや、今も被害者なのだよ」

「どういう事です?」

「人を操る手段は薬だけではない、という事だよ。どういう事かは私も分からん。だが、

私は君より離れた位置で見ていたから、分かる。彼女は本当に怯えていたし、君が来て

ホッとしていたよ。だが、突然変わった。原因は分からんがね」

 グレアムさんが俺ではなく、別の所を見ながら話している。

 俺もそちらを見ようとしたが、すぐにグレアムさんは俺の方へ向き直ってしまった。

 一瞬、窓に猫がいたように思ったが、まさかそれが気になった訳じゃないだろうしな。

 俺は思考を切り替えた。現実の問題へと。

「それでは、いつ誰がどういう行動に出るか分からないと?」

「そういう事だね」

 俺の冷汗塗れの顔を平然と見返し、グレアムさんは淡々とそう言った。

 この人は不安にならないのか?

 修羅場の違いの一言では、納得する事は出来なかった。

 俺はそれをグレアムさんに問い質す気だった。

 だが、それは結果的に先送りする羽目になった。

 

 何しろ、エントランスで爆発が起きたのだから。

 

 

              5

 

 アリア視点

 

 お父様の命で、あのオースティンとかいう男を追跡する。

 建物の屋上を猫の形態のまま追う。

 お父様の考えは当たっていると思う。

 なんというか存在感が無さ過ぎる。人混みに紛れてアッサリと見失いそうだ。

 金持ちの癖に歩きなんてね。

 魔法の気配はないけど、どこか不自然な印象を感じる。

 人混みにいくら紛れようと、私を振り切る事など本来出来る事じゃない。

 でも、時々見失いそうになる。

 本当に見失う事などないけれど。

 その違和感の正体も時機に分かるだろう。

 こちらも気取られないように慎重に距離を置いて追跡している。

 

 気が済んだのか、オースティンが人気のない方に歩き出した。

 何度も周囲の気配を探っているのが分かる。

 やっぱりね。堅気じゃなかったわね。

 いくらフィジカルではロッテに劣るとはいえ、私もそこら辺の奴に負けるような実力

じゃない。後ろをキョロキョロしていなくても、それくらいは分かるのだ。

 それに、今までは人混みの中でノイズがあって分からなかったが、コイツはリンカー

コアを持っている。凄く微力だけど。それがサイキックという形で現れているんだろう。

 本来なら専用の機器がないと分からないレベルだが、邪魔なノイズが無ければ、魔法

を最も得意とする私なら気付ける。

 こっちではごく稀にいる存在だ。

 魔法を使う事は出来ないが、一種のみサイキックという形で力を発揮するという人間が。

 でも、これならフィアッセ嬢の方がリンカーコアが大きいわね。

 ドングリの背比べみたいなものだけど。

 気を抜いていた積もりはない。

 だが、突然背筋に悪寒を感じる。

 本能に従い、その場から跳び退く。

 今まで私がいた場所に高速の魔力弾が通過する。

 魔導師!ハイディングした上で直前まで私に攻撃を悟らせない技術。並じゃないわね。

 遮蔽物を取ったが、安心は出来ない。

 これ程の腕を持っているなら、ヴァリアブルバレットくらいは熟すだろうし、物質透過

で私だけを狙い撃ち出来るかもしれない。

 相手の攻撃を警戒しつつ、オースティンの位置を探る。

 相手の位置に私は下品にも舌打ちしそうになった。

 どうも人気のない場所から大通りに出て、タクシーに飛び乗ったようだ。

 狙撃手を探ろうとしたまさにその時、青白い稲妻が走り爆発音が響く。

 魔法だ。だか、明らかに狙撃手とは違う。

 何!?私は慌てて爆発地点にサーチャーを飛ばす。

 そして、見た。タクシーが黒焦げになっているのを。

 おそらくはそうだろうと予想はしていたが、やはりタクシー内では男が黒焦げになっていた。

 だが、運転手は無傷で放り出されていた。私に捕捉される前に口封じした?

 咄嗟にそんな馬鹿な考えが浮かんでしまう程、思い切りがいい行動だった。

 狙撃手は逃亡を手助けしていた。そして、魔法は別となれば答えは一つしかない。

 答えはアッサリと現れた。

 私の傍に人が降り立った。

 人の姿だが、私には分かる。同じ使い魔だ。人化しているだけだ。

「管理局の使い魔ですか?」

「ええ…」

 使い魔の質問に私は誤魔化しは諦めて正直に告げた。

 使い魔の口調が断定だったからだ。ハッタリではないくらいは分かってしまう。

「ロストギアの回収がしたいなら、あっちをなんとかする事です。随分と用心深いようで、

狙撃手の方は仕留められませんでしたよ」

「……」

 オースティンを殺したのは、この使い魔。

 この使い魔は、おそらくはフィアッセ嬢達のいうリニスだろう。

 何故姿を現した?

「貴女も邪魔はしない事です。死にたくなければね」

 その場を離れようとする使い魔に私は一歩踏み出すが、そのまま動けなくなってしまう。

 

 彼女はとても悲し気な顔をしていたから。

 

 

              6

 

 リニス視点

 

 遂に人殺しにまで手を染めるまで墜ちた。

 最早、プレシアの目を覚まさせる事も、フェイトやアルフに会う事も叶わない。

 私に意思決定がない以上、殺されるのを待つのみだ。

 幸か不幸か、管理局であろう勢力が関わっている。

 捕縛ではなく始末する事を選ぶだろう。

 私に出来る事は、出来るだけ早く始末を付けてくれる事を祈るくらいだろう。

 私の脳裏にあの日の記憶が蘇る。

 主人であったプレシアの秘密を知ったあの日から、約束の日は遂にやって来た。

 フェイトは見事な空戦技術を遺憾なく発揮し、自分の作成したターゲットを全て

ノーミスで撃ち抜いた。アルフもフェイトをよく補佐した。

 この年では有り得ない成果であり、大人と比べても遜色ない実力だ。

 もう私に教えられる事はない。

 本来ならば誇らしい気持ちでいたかったが、これからのあの子の行く末を思えば、

素直に喜ぶ事など出来ない。

 だが、私はプレシアの使い魔だ。

 余計な事は口に出来ない。

 私は歯を食いしばって、全てを話してしまいそうになる自分を抑えた。

 教えたところで傷付けるだけなのに。

「どう?リニス!」

 フェイトは笑顔で地上に降り立ち、私に駆け寄りそう言った。

 私は笑顔を無理やり作る。

「完璧です。私に教えられる事はもう何もありませんね」

「そんな事ないよ!リニスの教え方が上手かったからだよ!これで母さんも喜んでくれる

かな!?」

「ええ…きっと」

 私は彼女の秘密を知った。

 だからこそ言える。プレシアが喜ぶとすれば、使える手駒になった事のみだ。

 そして、私はその片棒を担いだのだ。

 許して欲しいとは言いませんよ、フェイト。

 罪の告白さえ出来ずに、この世を去る私を恨んでくれて構いません。

 せめて、最後には貴女が救われる事を祈っています。

 

 契約破棄の条件は術式に組み込まれている。

 私は自分の仕事が終わったと感じた瞬間、強烈な脱力感に見舞われた。

 フェイトやアルフの前から怪しまれる事なく、立ち去れた事だけが幸いだ。

 遂に人化を維持する事も出来なくなり、通路に横たわる事になった。

 何一つ救えずに、主人の目を覚まさせる事も叶わず、死ぬ。いや消滅するだろうか。

 私もまた造られた存在なのだから。

 終わりを諦観と共に受け入れ、目を閉じた時、その声は聞こえた。

『お前を救ってやろうか?』

 頭蓋骨に響く大きく耳障りな声が聞こえた。

 私に返事をする余裕はない。

『返事は出来ぬか。ならば、頷け。対価はお前の労働だ。悪くはあるまい』

 私は頷かない。

『私が力を取り戻せば、お前の元主もあの小娘も救える。私は世界そのものとなる事が

出来るのだから』

 これで声の正体も察せられた。

 私がプレシアに言われて集めたロストロギアの一つに、心当たりのある物があった。

「神に…でもなれる積もりですか…」

 馬鹿馬鹿しい。ロストギアといえども万能ではない。

 プレシアの倉庫がそれを物語っている。

 あそこには、プレシアの目的に使えなかった物が無造作に放り込んである。

 無視してもいいのだが、私は掠れた声で辛うじてそう言ってやった。

「貴様が手を貸すならな」

 話にならない。

 私は、そう思った。

『残念だ。貴様になら理解してもらえると思ったのだがな。この怒りが、この憎しみが。

 俺を手に入れながら、あの女は私をゴミ扱いしやがった。お前もゴミのように捨てら

れた。怒れ、憎め、復讐しろ。なに、仲良くやれるさ、きっとな。仕返しや復讐とは、

甘美なものだぞ?私がそれを貴様に教えてやろう』

「っ!?」

 突然何かに巻き付かれ、取り込まれた。

『心配するな。約束は護ってやるさ……可能な限りな』

 

 気付けば私は命令に縛られた奴隷に成り下がっていた。

 願わくば、速やかに止めて貰う事を願う。

 それくらいしか、私には出来ないのだから。

 

 

              7

 

 グレアム視点

 

 私達は爆発音がした方へ走る。

 目的地はすぐに判明した。

 何しろ、劇場のエントランスが見事に吹き飛んでいたのだから。

「これは…」

 あの残骸は、おそらく車のフレームの残骸だろう。

「車に爆弾を積んで、突っ込ませたようだね。怪我人の確認を急ごう」

「ええ、そうですね」

 恭也君の行動は素早かった。

 先程のミス(というには酷だが)は、既に切り替えが出来ているようだ。

 将来有望な若者だな。

 この世界に魔法はないのだから過度に気にする必要はない。

 あれはアリアの報告によれば、ロストロギアを狙う者の仕業のようである。

 あの使い魔の言葉を信じるならだが、おそらくは嘘ではないだろう。

 狙撃に精神魔法も使う術者とは。

 おそらくはオースティンを使って、劇場内の人間に術式を紙か何かの媒体で仕込んだ

のだろう。全く疑われない手紙を出して、不審に思われないようにする手際は手慣れた

ものだ。術式さえ仕込めば、それを頼りに遠隔でも魔法の効果を及ぼす事が可能になる。

 それに即座に気付き追跡した上で、オースティンを始末した使い魔も相当だが。

 しかも運転手を巻き込まず、オースティンのみを殺している。

 随分と優秀な魔法の使い手だ。どこの魔導師の使い魔なのか、いやそれともだったのか。

 どうも本人の意思で使われている訳ではないようだし、早くこっちもなんとかしたい

ものだ。

 第二の車が突っ込んでこないか警戒しつつ調べる。

 結果は、怪我人はいるようだが全員掠り傷程度で済んでいた。

 理由は簡単だ。不審車両が向かって来るのを察知した護衛達が自分達を含めて、早々に

退避したからだ。

「運転手はどうしたのかね?」

 私は現場に居た護衛の一人に事情を訊いていた。

「済みません。衝突の寸前に車から脱出したようで…今、追跡しているのですが…」

「見失ったかね?」

「…はい、おそらくは…」

「では、もう捕まらないだろう。人員を戻した方がいい」

 これはもう決まりと言っていい。

 どこかから内部情報が漏れている。

 でなければ、車に爆弾を搭載して突っ込ませるなどという手段は取れない。

 ロストロギアも厄介だが、こっちも厄介だ。

「あの…子供がこんなものを持ってきましたが…」

 別の護衛が私達に手紙を差し出す。

 便箋の刻印を見て恭也君の顔が険しいものに変わる。

 不用意に手を伸ばす彼の手を掴んで止める。

「安全確認は済んでいるのかね?」

「い、いえ。すいません。まだです」

「っ!!」

 恭也君の顔が苦いものに変わる。

「では、安全の確認をしてから内容を教えてくれるかな?あと、エリス嬢にも報告して

くれないかな」

「はい!」

 手紙を持って来た護衛は、慌てて走って行った。

 では、訊いて置くか。

「で?あの手紙に心当たりが?」

 若いが実力のある恭也君が冷静さを欠く程だから、よく知る相手という事だろう。

 彼は、どうするか悩む様子を見せたが、教えてくれた。

「便箋の刻印を見たでしょう?黄色いクローバーに鎌の意匠。直接は知りません。しかし、

俺に、いや、俺達家族にとって因縁のある相手です」

 彼は事情をポツポツと話してくれた。

 彼の剣の師であり、父親がアルの護衛をしている時に、襲撃した相手が使っていた刻印

なのだそうだ。そして、爆弾を届ける役割を担ったのは、幼い頃のエリス嬢だったと。

 成程、アルが渋る訳だな。事情を知れば納得だ。

 エリス嬢が高町兄妹と微妙な関係なのも納得だ。

 私は、それを聞いている最中もジッと彼を観察していた。

 万が一、恨みに呑まれているならば危険だからな。

 だが、恭也君は憎悪ではなく、闘志を燃やす。

 かなりの因縁のようだが、憎悪でないのは救いだな。

 仮に彼が復讐を考えているようなら、彼を外さなければならないからな。

 私の言えた義理ではないがね。

 

 若く未熟な彼が復讐に囚われていないのに、自分がそれに憑りつかれている事に苦い

ものが口の中に広がった。

 

 

              8

 

 ???視点

 

 いやはや恐ろしい。

 管理局が管理外世界だというのに出張っているとはね。

 どこかで見た顔だと思えば、有名人じゃないか。

 最初は仕込みの一つを使って、危険な剣士の一人も潰して置こうとしたが、失敗して

しまった。

 流石は有名人といったところか、魔法を大して使っていないにも拘らず、大した

腕前だ。

 それを確認出来ただけでも、よしとしないといけないだろうな。

 いや、脅威はそれだけじゃない。

 ロストロギアの使い魔も恐ろしい。

 この世界では使える男だったのだが、なんの躊躇もなくアッサリと私の部下を殺した

な。表の顔としても、小細工をするにしても便利だったんだが、代わりを探す必要が

あるな。極小とはいえ、リンカーコアを持ち、サイキックという形で認識を曖昧に

する奴で、尚且つ小細工も得意な奴の代わりを探すのは大変だがね。

 それでも奴と一緒に殺されるよりマシだろう。

 一歩間違えば、私も危うく捕捉されるところだった。

 あの派手な殺し方も警告か何かかな?

 だとすれば、私も危うく黒焦げになるところだった訳だ。

 そんな事を考えつつも、自分が雇った男の電話を聞いていた。

『挨拶は済ませた。次に決行するぞ』

「ああ、頼むよ。報酬の念押しならいらないよ。仕事さえキチンとして貰えればね」

『結構だ。実に結構だ。それにしてもアンタは顔が広いな。あのスライサーまで雇う

とは』

 私も現場で観察したが、あの剣士は危険だ。油断すると火傷するだろう。

 魔法を使えないからと甘く見たよ。

 始末出来なかったのだから、こちらでケアしないといけない。

 だからこそ、今回声を掛けた。

 向こうも腕のいい剣士と殺し合いがしたいと言っていたから、二つ返事でOKして

くれた。

『気難しい男で使い辛いらしいじゃないか?』

 面白がるように男は言う。

 お前も十分に使い辛い男だがな。

 まあ、裏社会の人間で腕に自信のある奴など、みんなそうだ。

「別に協力し合う必要はない。君と彼、それぞれ自分の仕事、目的を達成すればいいさ」

『そうさせて貰おう』

 そう言って、彼ことクレイジーボマーは電話を切った。

 

 扉が静かに無音で開く。

 そちらに目を遣れば、白尽くめの男が静かに私の前に立っていた。

 背には白い布でグルグル巻きになった巨大なものを背負っている。

「待っていたよ。スライサー。必要な書類は揃っている」

 私は驚きもせずに、書類を机に滑らせる。

 彼は、自分の目の前にまで滑って止まった封筒を黙って受け取った。

 そのまま去って行くと思った彼だが、そのままの位置で動かない。

「どうしたのかね?」

 私はゆったりと彼に訊く。

「クレイジーボマー、ザ・ファン。奴を雇ったのか?」

 表情に変化はないが、若干声に不満が混じっている。

 盗み聞きしていた事については何も言わない。

 私は彼の懸念を理解した。

「なに。彼に君の邪魔はさせないさ。それ以前にしないだろうね」

「アンタがそう言うなら、そうなんだろうな。犯罪コンサルタント」

 私はニヤリと笑った。

 別に私がそう名乗った訳ではないが、いつの頃からか、そう呼ばれるようになった。

 確かに私はコーディネートする事が多いからな。

 互いの目的を達成するのに必要な事をやっているうちに付いた名だ。

 まあ、こんな二つ名で信用が担保出来るなら安いものだ。

 

 さて、私も彼等を使ってロストロギアを頂くとするか。

 かのロストロギアには意思があり、霊脈を使ってこちらを探っている事は分かった。

 種が分かれば、やりようはある。

 私は、世界を手に入れる術式を組み込んだデバイスを握り締めた。

 

 だが、この時の私はとんでもない化物が参戦し、何もかも引っ繰り返す事になると

は夢にも思わなかったのだ。

 

 

              9

 

 え~と、随分と久しぶりな気がしますが、転生二度目の綾森 美海です。

 もうすぐコンサートの日がやって来る。

 それも今生の両親と一緒に聴きに行く。 

 自分が思いの外、楽しみにしていた事が驚きだ。

 愛情とは重要なものであると、何度も自覚させられる。

 あれ程、死を求めていたのに現金なもので、今は両親と一緒に穏やかに暮らせる日々

を尊いと思っているのだから。

 今回のコンサートが、いい思い出になればいいと思う。

 いくらなんでも次の人生はないだろうし、自分の地獄行きは決まりだろう。

 そんな私でも、この人達の為に生きてもいいと思ってしまう。

 身勝手で最低だけど、今生の両親の望む限りは多少は頑張ろうと思う。

 ベルカ時代に大切だった人達には会えないだろうけど、私が地獄に送った連中には会う

だろう。その時は、自慢の一つもしてやろう。

 

 今からどんな歌声なのか楽しみだ。

 ベルカ時代は、音楽を楽しむなんて暇なかったからさ。

 

 

              10

 

 士郎視点

 

 恭也から国際電話があった。

 その内容は驚くべきものだった。

 私とアルバートさんの因縁の相手が、フィアッセを狙っているというのだ。

『裏で何かが起こっているのは、間違いないと思う。だけど、俺達は引かないよ』

 恭也の声は決然としていて迷いがない。

 憎悪や敵討ちなど考えているようなら、無理矢理手を引かせる積もりだったが、どう

やら翻意は難しいようだ。

「恭也。分かっているだろうが…」

『分かってるよ。フィアッセの身の安全が第一だ』

「それでいい」

 もう既に分かっていると承知で私は言った。

 こういう事はキチンと口に出して言わないといけない。

 ボディーガードは依頼主の身を護るのが仕事だ。

 失敗して引退を余儀なくされた私のセリフではないが。

『コンサートなんだけど…』

 恭也が声を濁す。

「勿論、聴きに行く。お前達が居るんだ。大丈夫だろう。それに自分達だけ安全圏に

いるというのも、な。私は見届ける事にするよ。なのはや桃子の事なら心配ない。

 引退したとはいえ、家族くらいは護ってやるさ。私はお前の師匠だぞ?」

 桃子やなのははどうするか考えたが、桃子は兎も角、なのははフィアッセの歌を

知らない。家族同然の間柄なのに、一人知らないというのも、どうかと思うしな。

『気を付けてくれよ?相手は爆弾を使うし、今回も子供を使っているから』

「ああ、分かった」

 そして、恭也は電話を切った。

 

 穏やかに、フィアッセをなのはに紹介したかったが、少し派手になりそうだ。

 ただ家族同然の人を紹介するだけなのに、何故こんな困難が付いてくるのか。

 私は一人、溜息を吐いた。

 

 

 

 




 主人公、少しだけ出しました。
 次回にはいよいよ日本へと舞台が移ります。
 彼女が大いに活躍する!筈です。


 


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第4話

 随分長い期間投稿出来ませんでした。
 いつもの調子で長くなっています。
 一話で二度胃もたれする仕様になっています。

 それではお願いします。





              1

 

 ???視点

 

「〇〇〇様。おはようございます。本日のご予定は…」

 朝の目覚めにむさくるしい男が、人を無礼にも起こし、許可も得ずに話し出す。

 所詮は下賤な者か。

 最初は女が起こしにきた。

 だが、俺が慈悲を与えてやると、すぐに姿を消した。

 仕舞いには男しか私の周りにいなくなった。無礼な話だ。

 下賤な女に、この俺が慈悲を与えてやった事に苦言まで言う輩まで出始めた。

 次期王になるこの私に仕える喜びを理解しない輩が多過ぎる。

 それもこれも父上が、下賤な連中に勘違いをさせたのが原因だ。

 私が王になった時には、真っ先に勘違いを正す必要があるだろう。

 

 私は古きミッドの王家に生まれた。

 後継者は何人か存在したが、盆暗ばかりで真面なのは私だけだ。

 私は母から、王の振る舞いについてよく言い聞かせられていたから、承知した

ものだが、他の後継者は所詮はどこの馬の骨とも知れぬ女の胎から生まれた連中

だ。王には王者として振る舞う義務があるのだ。

 だからこそ、思うが儘に振る舞った。

 

 そして、そんな日々は暗転する。

 

 私に屈辱を与え、晒し者にして憎き簒奪者が何事か喋る。

 愚民共が歓声を上げる。

 お前の魂胆は分かっている。

 私を貶める事で、愚民共に媚び諂い、愚か者共に真の王を否定させる事だ。

 愚民共など、少し心地の良い話をしてやれば容易に騙せるからな。

 私は近付いてきた簒奪者に唾を吐いてやった。

 簒奪者は、眉を寄せて無言で去って行った。

 

「貴方の暴虐に人々は苦しめられてきた。最早、誰も庇い立て出来ません。命を

奪う事すら生易しい。貴方を精神の牢獄へ繋ぎます。ミッドの至宝に封じられる

だけ、有難いと思う事です」

 

 司法官の無能がそんな事を宣った。

 そして、私の高貴な身体は殺された。

 

 精神が無機物に封じられ、身動きが取れず狂いそうになる日々が続いた。

 だが、耐えた。簒奪者への憎しみを糧に。

 そんな気の遠くなる時間の中で、簒奪者連中が死に、国が滅びた。

 私の国だった筈の物がなくなった。

 そのゴタゴタで私の封印が緩んだ。

 私を封印していた術式を刻んだものが、削れたのだ。

 そんな時、元は我が国の至宝が転がり、私の目と鼻の先にきた。

 運命だと思った。

 これは真の王たるこの私に、至宝が反応したのだ。

 私の身体は遠にない。

 至宝に私は精神を移した。

 

 それから幾つもの国が滅びては興った。

 私は至宝の力をその間に把握した。

 その力を利用し、遊んだ。

 指先一つで都市を灰燼に帰す兵器を飛ばした時は、楽しかったものだ。

 

 そんな事を思い出していると、予想より早く望む時はやってきた。

 潤沢に広がる霊脈。素晴らしい。

 今、憑いている女の意識を追い遣る。

 女は、僅かな抵抗をしたが、すぐに大人しくなった。

 女はこうでないといけない。

 

 私は本物の顔で笑顔を浮かべた。

 

 

              2

 

 いよいよコンサートの当日がやってきた。

 会場は有名なコンサート会場だった。

 まだ開演前だというのに、人が長蛇の列になっている。

 日本のマスコミは勿論、海外のマスコミもカメラを構えている。

 周りの若い客はテレビに映るかもとか、盛り上がっていた。

 警備員の数も多いし、外国人のボディーガードらしき人達も見掛ける。

 海外の有名歌手ともなれば、日本のアイドル以上に厳重な警備体制になるんだね。

 日本のアイドルの警備体制の実態は知らないけど、多分そうだろう、きっと。

 それにしてもなんだか空気が殺気立ってる気がするな。

 日本人警備員も外国人ボディーガードも雰囲気が違う。

 実際になんらかの脅威があるような空気だ。

 私の気の所為ならいいけど…。

 

 順調に客の収容が進み、私達家族の番は結構早くきて会場に入る事が出来た。

 そこで私は立ち止まる。

「ん?どうしたんだい、美海?」

 父上が私の様子に不審な様子を感じたのか、訊いてきた。

 母上も同様で心配そうに見詰めている。

 いかん。

 私は無理矢理笑顔を作った。

 王様なんてやっていたから、作り笑いは得意分野だ。

 どっかの魔王さんが王様なんてハッタリでやっていると言っていたが、私もその口

だった。実際、平和な時代に生きた凡人が王様やるなら、ハッタリ抜きにやれない。

 まあ、要はバレないようやれるって事だ。

「初めてなので、少し圧倒されてしまいました」

「うん。ならいいんだけど。気になる事があるなら言っていいんだよ?」

 私の答えに納得していない口調だが、父上は取り敢えず今は訊かない事にしてくれた

ようだった。正直、助かります。

 ベルカ時代、部下を信頼しなかった訳じゃないけど、会場の安全確認とか自分でも

やっていたから、今度も無意識にやってしまったのだ。結果、やって正解だったけどね!

 無意識に精霊の眼(エレメンタルサイト)を起動して、調べたら出てしまった。

 ヤバいブツが。ヤバい危険人物候補者が。

 しかもこの世界にいない筈の魔力反応まで複数存在している。

 それになんだか、一つ厄介な気配だよ…。

 まあ、一応()()()()か…。

 

 私は天を仰ぎそうになった。

 前世の行いの悪さなの? 

 会場内の要所要所に既に爆弾が仕掛けられている。

 爆発すれば会場が瓦礫の山と化すだろう。

 しかも、私が座る予定の席の下にバスケットに入った爆弾がモロに置かれている。

 私の席の下という事は、必然的に今生の両親にも迷惑が掛かる。

 

 これは、私に牙を剥くよりも許せない行為だ。

 

 こんな私を家族だと言ってくれた人達を殺そうして、ただで帰れると思うなよ。

 私は精霊の眼(エレメンタルサイト)で全ての爆弾の在処、設置した人間を探り、

まずやるべき事を片付ける。

 爆弾の処理だ。

 雲散霧消(ミストディスパージョン)を発動させ、一瞬にして爆弾を分解処理してやる。

 設置した奴が気付いて、妙な動きを見せると厄介だ。

 ここは爆弾魔から始末する為にも、設置した奴から締め上げよう。

 上手くすれば、本人かもしれないし。

「ちょっと、トイレに行ってきたいから先に席で待っていて下さい。すぐに戻り

ますから」

 私は笑顔を維持したまま言った。

「一緒に行かなくて大丈夫?」

 母上が私にそんな事を訊いてくる。

 いやいや、もう小学生だし、そもそも精神年齢はもっと上なんですけど…。

 付き添いでトイレなんて行かないよ。

 賢明な私は勿論そんな事は言わない。

 私は両親から離れると、トイレ方面に向かったフリをして追跡を開始する。

 魔法を使う方は、取り敢えず存在を気取られれないように動いていれば、後に回せる。

 一番厄介な気配は、今のところは変な動きはなし。

 いや、人に干渉していないというだけで、霊脈に干渉している。

 こっちも急ぎたいところだけど、後回しだ。

 そうと決まれば、サッサと片付けますか。

 私は凡人時代から、嫌な事は手短にやりたい質だったんだよ。

 

 実戦を意識した瞬間に、私の中に懐い感覚が蘇る。

 帰って来たという失望と、培った力を解放出来るという度し難い喜びが入り混じる。

 バカは死んでも治らないね、本当に。

 何一つ学習しちゃいない。嫌になる。

 そんな事を思っていても、身体は勝手に駆け出している。

 子供のままの姿と気付いて、慌てて立ち止まる。

 このままだと不味いか。

 私は変身魔法で自分が成長した姿になる。一度経験しているから想像が楽だ。

 姿をチェックする。

 うん。大体二十代くらいの頃だね。

 服もボディーガード風にスーツにバイザーで目を覆っている。

 よしよし。パッと見、私とは分からないだろう。

 

 さて、身の程知らずに教育してやるとするか。 

 

 

              3

 

  なのは視点

 

 私は突然、コンサートに行く事になった。

 私は知らないけど、凄く有名な歌手さんがウチと仲良かったんだって。

 それで、私も丁度日本に来てコンサートをするから聴きに行く事になった。

 私にも紹介してくれるんだって。

 楽しみだなぁ。仲良くなれるといいな!

 お兄ちゃんとお姉ちゃんは、その人を護るお手伝いで一緒に聴けないのが、ちょっと

残念だけど…。会場のどこかで聴いてるよね。

 並んでいると、どこかで見たような覚えのある子が居たのが見えた。

 声を掛けようにも、遠くて無理だし、会場で会えたら挨拶しようと思った。

 

 でも、なんか空気がピリピリしてるような?

 

 

              4

 

 

 ザ・ファン視点

 

 いよいよ彼女を手に入れる日がやってきた。

 楽しみで珍しく昨夜は興奮してしまったよ。

 プレゼントも沢山用意してある。

 大した価値のない遺産を受け渡し、彼女との生活を始める。悪くない仕事だ。

 しかし、エリス。彼女も成長したものだ。侵入にここまで苦労するとは。

 偽造書類が役に立たない上に、警備も隙が無い。 

 侵入には、柄でもない戦闘をする羽目になった。

 まあ、報告が暫く出来ないようにしてきたがね。

「失礼。ミスター」

 後から声が掛かる。

 女の声だ。

 振り返るとスーツ姿の女が立っていた。

「なんでしょうか?」

 にこやかに対応するが、銃は既にいつでも撃てるようにしてある。

「スタッフパスを提示して下さいますか?」

 女はバイザーを付けており、感情が読み辛い。

「ああ。これは失礼」

 私はにこやかに銃を抜いて引き金を引いた。

 銃にはサイレンサーが付いているし、周囲にこの女以外に人は見当たらない。

 始末してしまえと思ったのだ。

 子供なら上手く騙して、私の作品を運ばせる事も考えたんだが、興味のない

大人の女となれば、サッサと始末してしまうに限る。

 だが、そうはならなかった。

 女は弾が発射され、着弾したであろう場所に手を握り締めた状態で立って

いたのだ。

「っ!?」

 まさか!?銃弾を手で掴んだというのか!?

 信じ難い。

 私は信じられずに銃を弾倉が空になるまで撃ち続ける。

 その度に女の手が霞むように消えて、銃弾が手に収まっているようだった。

 その証拠に女は銃弾に倒れていない。

 思わず素人のように弾が切れた銃の引き金を引き続けてしまった。

 女は弾が出ないと分かると、手を広げて砂のような物を地面に流すように

落とした。

 まさか、本当に銃弾を素手で掴んで止めていたというのか!?

 女がふざけているのか、手を銃の形にしてこっちに向けてきた。

「なんの真似だ?」

 女は私の問いに答える事なく、何かを撃つ仕草をした。

 その途端、肩に痛みが走った。

 なんだか分からずに倒れる。

 撃ち抜かれている!?なんだ!?隠し銃か!?

 訳が分からないが、勝負出来る相手ではないのは分かった。

 私は素早く立ち上がると、無事な方の手で起爆スイッチを取り出す。

「おっと、妙な真似をするなよ?この会場には爆弾が仕掛けられているんだ。

それも会場が吹き飛ぶくらいの量がね」

 驚きの情報の筈なのに、女の反応は薄かった。

「ああ、アンタが犯人かよかった。それで?」

「押すぞ!!分かってるのか!?」

「どうぞ」

 アッサリとした物言いに、頭に血が上った。

 フィアッセは手に入れたかったが、こんなところで捕まるくらいなら、

諸共吹き飛ばした方がまだマシだ。

「死ねぇ!!」

 スイッチを押した。

 その筈なのに会場は無事だった。

「っ!?何故だ!?」

 無様と分かっていても、何度もスイッチを押してしまう。

 それでも爆弾は一つたりとも爆発しない。

 信号の妨害くらいで、どうにか出来る作品など造っていない。

 何をした!?

 私は気が付けば、反射的に携帯用のトンファーを手に女に襲い掛かって

いた。だが、トンファーはアッサリと女の手に阻まれた。

「断空拳」

 女は言葉少なくそれだけ言って、拳を突き出した。

 流れるような動きだった。

 気が付けば、私は回転しながら吹き飛んでいた。

 そして、衝突と同時に私は意識を失った。

 

「銃が効かないと分かっても、向かって来た事は評価するよ」

 意識を手放す寸前、女のそんな声が聞こえた。

 

 

              5

 

 エリス視点

 

 警護は厳重に行われた。

 悔しい事だけど、Mr.グレアムの手腕は本物だ。

 見事な采配で、勉強させられる。

 現地の警備員とも、こちらの想定以上に連携が取れている。

「何かおかしな事があれば、すぐに知らせて貰いたいのですが」

「ええ。分かっておりますよ。爆弾魔による事件が起きたとあっては、こちらとしても

いつも以上に気を引き締めていかねばなりませんから」

 日本の警備責任者は、冷汗を滲ませてMr.グレアムの言葉に答えていた。

 日本の警察のOBが多いという警備会社らしいが、実際に事件が起きるだろうという

現場はそうそうないだろうから、緊張しているようだ。それも世界的な爆弾魔が相手と

あっては。

 私は矢継ぎ早に部下に指示を出している。

 私は私で仕事を全うしなければならないから。

 フィアッセの控室は複数用意して貰い、当日までどれを使うか分からないようにして

ある。その日のフィアッセの気分に任せている。その方が下手にこちらで決めるより

余程悟られ辛い。

「肩に力が入り過ぎるようだね」

 考え事をしていると、穏やかな声が掛けられる。Mr.グレアムだ。

「これだけの厳重な警備と警護です。このまま侵入を許さないのがベストですから」

「理想ではあるが、実際はそう上手くはいかないものだよ」

「どういう事ですか?」

 私の言葉を、作戦立案者が自ら否定とは、どういう事なのか?

「勿論、何があっても対応出来るように配置しているが、それでも相手のスキルが上

なら対処されてしまうなど、よくある事だよ。前回のようにね」

 私は言葉に詰まった。

 そんな私にMr.グレアムは、穏やかに笑った。

「まあ、そうならないように連絡を密にしているんだ。違和感をすぐに見付けられる

ようにね」

 彼がそう言った直後、報告が入る。

「あの…。同僚の様子が少しおかしいのですが」

 警備員の一人が上司に報告に来ていた。

 私達は、それに耳を傾ける。

 触れられるのに、極端な抵抗を示したというのだ。

「その彼を別室に呼んでくれ」

 Mr.グレアムは、即座に発生する穴埋めの人員配置を指示すると、すぐに別室へと

移動した。老齢とは信じ難い行動力だ。

 呼び出された件の警備員は、水でも浴びたような汗をかいていた。

 Mr.グレアムは、即座に余計な人員を部屋の外に出して、調べ始める。

 そして、調べた結果、見事に防弾チョッキが取り換えられていた。

 爆弾付きの物に。

 一見すると分からないが、確かに他より少し膨らんでいた。

 警備員だけで行動する機会は、極力減らしているが、それでも穴は存在する。

 交代の一瞬の隙を突かれたようだ。

 ツーマンセルで行動していたが、一瞬で拘束され、素早く防弾チョッキを器用

に取り換えられてしまったそうだ。

 そして、この事は言わずに予定通りに行動するよう指示されたそうだ。

 起爆スイッチを見せながら。

 彼等は、涙ながらにそう語った。

 てっきり、このまま警察を呼ぶのかと思ったら、Mr.グレアムは自分でそのまま

解除作業をやり出した。周囲は当然焦ったが、そんなものはどこ吹く風とばかりに、

彼は無視して解除を最後までやってしまった。

「さて、それでは賊は、もう早い時間に侵入しているようだ。皆、気を引き締めて

当たろう」

 彼は汗一つ掻かずに、そう締め括った。

 だが、事態はそう簡単にはいかなかった。

 

「大変です!侵入者と思しき人物を発見しました!警察に連絡を!!」

 僅かな動揺を押し殺すように、新たな指示を出そうとした私に、日本の警備員

側の警備責任者が声を上げた。

 驚きの知らせが齎された。

 どういう事だ?あの三人を殺す程の腕の持ち主が、アッサリと発見された?

「取り囲んでいるのかね?」

 Mr.グレアムは顔を顰めて言った。

「い、いえ。その大怪我をして気を失っているのです。一緒に救急車も依頼

しますよ」

 更に驚かされる知らせが、突き付けられた。

 

 そして、爆発音が響く。

 一体何が起こっているの!?

 フィアッセは!?

 

 

              6

 

 恭也視点

 

 俺は遊撃要員だ。

 グレアムさんからは、自分の考えで自由に動いていいと言われている。

 しっかりとした監視体制を構築したグレアムさん本人が、こうした自由に動く人

員がいるのが重要だと俺に語った。

 俺もその方が有難い。

 だから、俺だけは不規則に動き回っている。

 気配を感じて立ち止まる。

 地下荷捌きの駐車場の辺りから怪しい気配がする。

 香港で訓練した際に散々感じたもの。武装した人間の気配。

 俺は気負いもなく地下に降りて行く。

 

 そこには何台ものトラックが止まっていて、作業員がコンサートに使う機材を運び

込んでいた。

 トラックを見ればどうも本物のようだが、運ぶ作業員は違うようだ。

 許可証の写真はどうやったか分からないが、変えられているのだろう。

 偽造防止に色々とグレアムさんが仕掛けていたが、そこにも対応したようだ。

 だが、片手落ちだ。

 さりげなくだが、作業員達が俺を警戒する素振りを見せている。

 それに何より決定的な事がある。

 それは血の臭い。微かだが、俺には分かる。

 本物は素早く殺し、トラックを乗っ取ったのだろう。

 ジッと許可証を見る俺に、責任者と思しき人物が話し掛けてくる。

「あの…。何か?」

 戸惑ったような声で、日本語のイントネーションにも不自然なところはない。

 だが、訓練ではそういった化けた連中の見分け方も叩き込まれた。

 完璧に真似た積もりだろうが、それが逆に不自然になる時もある。

 特に東洋系の人間であれば、異なる仕草は徹底して矯正しているが、嘘は身体の

反応に僅かに現れてしまう。日本人には有り得ない事だ。

「いえ、特に何も」

 俺はそう言いつつも、じっくりと許可証の顔写真を眺める。

「ああ!作業のお邪魔でしたね。失礼。では…」

 俺はアッサリと背中を見せると、責任者が腰の辺りの工具入れに手が伸びるのが、

分かった。

 アッサリと掛かったな。

 工具入れから工具ではなく銃が取り出される。

 俺は素早く反応するとワイヤーで銃を床へ落とし、遠くに蹴飛ばした。

 責任者が素早く距離を取ると、中国語で指示を出し始めた。

 繕うのも止めたか。ここまでボロを出したら当然だが。

「何者だ。と言っても無駄だろうな。御神の前に立った事を後悔するがいい」

 俺は刀を静かに抜いて、即座に走り出す。

 御神の歩法である神速を使った上でだ。

 連中が一瞬、俺を見失い棒立ちになる。

 俺は素早く縫うように通り過ぎつつ、斬り捨てる。

 遅れて鮮血が舞い。男達が倒れ伏す。

 連中もやられっ放しではない。即座に狙いが碌に付けられずとも拳銃弾で弾幕を

張るように複数人が固まって射撃するが、既に俺は射程外に逃れている。見当違い

な場所を撃った連中に今度はワイヤーで一度に固まっていた連中を縛り上げる。

 仲間の犠牲も構わずに撃ってくる残りの連中に、遠慮なく拘束した連中を盾に

すると、銃弾を掻い潜りつつ接近し斬り付ける。

 結果を見定める必要はない。

 最後の集団も既にこちらに銃を撃ってきているが、俺は神速を連発して躱して

いく。そして、すぐさま袖に仕込んだ飛針を取り出し、投げる。

 針は悉く銃を持つ手に吸い込まれていく。

 俺は躊躇わずに最後の集団に向かっていく。

 男達は、流石にいつまでも刺さった針に気を取られていない。

 無事な手でナイフやバックアップの銃を抜くが、こちらの方が速い。

 素早く踏み込むと、刀を立て続けて振るう。

 血煙を上げる前に俺は、全ての敵を斬り伏せていた。

 

 息が流石に乱れる。

 最小限にしたとはいえ、神速をかなり使用したから仕様がない。

 交戦中、無線がきていたのは気付いていたが、流石に答えられなかった為

放置していたが、戦闘は終了した為、無線に手を伸ばした。

 

 だが、突然の爆発が起きた。 

 

 

              7

 

 断空。

 覇王が発展させた技だ。

 実はこの覇王、私の知り合いだったりする。

 妹分だったヴィヴィの留学先のこぞ…王子様だった。

 何故、自分も回る?と初めて会って技を披露して貰った時に、馬鹿正直に感想を

言ってしまったのも、今は何もかも懐かしい。

 私は(フェン)を螺旋に回転させて打っている。

 当人も後年ではそうしていたものだ。

 次に向かうのは、コソコソ隠れて様子を窺っている魔導師の始末に向かいつつ、

そんな事を回想していた。

 精神干渉魔法を極小の出力で使っているので、無人の通路を堂々と歩く。

 だが、極小だったのが災いした。

 私は予定を変更して立ち止まる。

 そして、こっちを見ている覗き野郎に声を掛けた。

「そんなに慌てなくても、会いに行って上げるのに」

 そう言うと、壁から滲み出るように金髪の男が姿を現した。

 格好はミュージシャン風だが、雰囲気は確実に物騒な職業をやっている事を示唆

している。楽器ケースを背負っているが、中には楽器ではなく武器が入っているの

は明らかだ。

「そうか。やる積もりだったか。それは済まないな。だが、メインディッシュを前

に邪魔をされるのも不愉快なんだ」

 私の肩眉がピクンと上がる。

 ここに私より強い奴居たっけ?私の眼を誤魔化せる奴は混じってなかったけど?

「お前はファンを倒したようだが、奴は所詮爆弾魔に過ぎん。生粋の戦闘者である

俺とは比べられない。闘気は中々だったがな。俺の相手にはならん」

「……」

 ダメだこりゃ。

 実力を正確に測れないのか。そりゃ、弱く見られても仕様がないわ。

 断空を最小限で打つ為の(フェン)が、私の本気と勘違いしたらしい。

 何も言わない私に金髪男が金髪を床に投げ捨て、楽器ケースから大剣を取り出した。

「始末させて貰う」

 自信たっぷりに大剣を一閃させた。

 派手に剣風で床や壁が抉らせるように破壊され、私の方にまで剣風と粉塵が飛んで

くる。私は躱したのだが…。

「思わず派手にしてしまったな。これで御神が来てくれれば結果的にいいか」

 あちらは仕留めた的な雰囲気である。

 確かに避けないと直撃していただろうけどね。確認くらいはしなきゃダメでしょう。

 スカして背を向けた馬鹿に、私は溜息を吐いた。

「っ!?」

「私の流派じゃね。剣風で物を壊す事は物笑いの種になったもんだよ。剣閃のみで

物が斬れないって事だからね」

 パナメーラ師が見たら、笑顔で千日行を命じるレベルだ。

 ああ、私も最初出来なくて目から汗が出たものだ。

「何?」

 男の殺気が膨れ上がる。

「こっちも急ぐんだ。サッサとこい」

 私が言った瞬間、男が突っ込んでくる。

 なんか血管が浮き出て、切れそうだけど大丈夫?

 男が大剣を振りかぶる。

 それと同時に私は血液の中から剣を取り出した。

 どういう事かって?

 私の特典です。血を武器化出来るし、物を仕舞って置く事も出来るんだよ。

 転生しても血液中に保管したベルカ時代の武具やらなんやらは付いてきた。

 だから、生前はあまり活躍の場面がなかった剣を取り出した。

 特に特別な力が振るえる剣じゃないし。

 一応、精霊鋼で鍛えてある一級品だけど、私が手に入れた剣は全部聖剣やら魔剣

だから目立たないし、使わなくなっちゃたんだよね。

 民が私の為にって、サプライズで用意してくれた物だから、使わなくなったのが

申しわないと思っていたけど、今になって出番が回ってきたよ。

 剣を握り締める。

 大剣は、もうすぐ私の頭蓋を叩き壊すというところまできている。

 それでも私に焦りはない。そのまま気にせず動く。

 一瞬の交錯。

 そして、澄んだ音が一つ響く。

 剣風が派手に床や壁を削り、粉塵を撒き散らす。

 私は静かに後ろを振り返り剣を構える。

 男の大剣の剣身が中半から床に落ちた。

「っ!?」

 男が自分の大剣の剣身を見て驚愕する。

 おそらくは折れたから驚いたのではない。斬られていたから驚いたんだろう。

 実力差がこれだけあれば、ベルカじゃ珍しくない話だったけどね。

 しかし…。

 

 ヤバいレベルで鈍ってる。

 

 この世界にパナメーラ師がいなくてよかった。殺されているレベルだわ、これ。

 ベルカ時代の私なら大剣ごと男も真っ二つに出来た。(フェン)の補助なしに。

 転生してから一度も剣を振るわなかったんだから、当然だけどね。

 この分じゃ、魔法も戦闘となると鈍ってるな。

 男が斬られた大剣を投げ捨てたが、諦めたように感じられない。

 私は構えを解かない。

 そして、突然の哄笑。狂ったのか?と思うのが普通だが、私には分かる。

 これは歓喜だ。

 それを裏付けるように、男が細身の剣を取り出した。まだ持ってるのか。

「いやはや、申し訳ない。これ程の腕ならそのビッグマウスも納得だ。さあ!

もっと見せてくれ!!剣技の極致を!!」

 いつの間にか、もう片方の手にも剣が握られていた。

 剣技の極致?パナメーラ師が以下略。

 剣を両手にこちらに飛び込んでくる。

 まあまあの速度で剣を走らせる。

 二剣にしたからといって、実力が向上する訳じゃない。寧ろ使うのが難しく

なるが、コイツは余程剣に拘りがあるようだ。使い方が様になっている。

 様になっているだけだが。

 私はすぐさま二剣を切り飛ばし、新たに刃物を出そうとしていると思しき

手を斬り付けた。

 鮮血が飛び散ったにも拘らず、男はナイフを取り出す。

 斬られた剣を私に投げるが、私は首を傾けるだけで躱し、男が空いた手で

更なる武器に手を伸ばそうとした隙に両脚の腱を斬った。

 男は笑顔のまま床に転がるが、ナイフをこちらに向けている。

 私はお見通しとばかりに、案の定飛んできた刃を躱す。

 床に転がったまま柄だけになったナイフを捨て、哄笑している。

「まだだ。まだだ。まだ足りない!!もっとだ、もっと!!」

 脚の腱は斬った切った筈なのに、ヨロヨロと男は立ち上がった。

「こんな楽しい…一方的に蹂躙される等、修行の時以来の経験だ。楽しい。

 もっとやろう!!」

 男の目には狂気が見える。

 再起不能な傷を与えても、コイツは治らなくてもどうにかする術を探すだろう。

 そして、私が相手をせざるを得ない状況を作るだろう。どんな手を使っても。

 今の私の姿が大人であろうが関係ない。コイツは私を探し出すだろう。

 そして、私の家族に害を及ぼすだろう。戦う為の手段として。

 今生の両親には申し訳ない。私は漫画の主人公じゃない。殺さずにどんな時でも

対処するなんて甘さは持っていない。確実に両親の安全を護る為には、こうする

しかない。いや、手っ取り早い。

「アンタの剣はここで終わりだ」

「シャアァーーー!!」

 新たな刃物を手に向かって来る男に、私は冷静に剣を振るった。

 閃光のような銀光が一筋走る。

 男が糸の切れた操り人形のように崩れ落ちる。

 床に血が広がっていく。

 

 ごめんなさい。今生の父上、母上。

 どんなに愛情を注いで貰っても私は所詮、人殺しの剣鬼に過ぎず、ここで

転がっている男と同じ穴の狢に過ぎないんだ。

 

 でもだからこそ。

 

「そこで覗き見してる奴。私の事は放って置いて。私の前に立つなら斬るぞ」

 私はそれだけ言うと、動物の足音が遠ざかって行った。

 賢明で何より。応援を呼ぶ為だろうけど。

 

 あの二人だけは護り抜いて見せよう。

 剣王なんて呼ばれた人殺しに出来る唯一の方法を以って。

 

 歩き出そうとした私は立ち止まる。

 転移魔法が行使された。大量の人間がこの会場に送り込まれた。

 私は舌打ちする。

 それと同時に爆発が起きる。

 魔力と魔力のぶつかり合いだ。

 

 全く。感傷に浸る暇すらありゃしない。

 

 

              8

 

 アリア視点

 

 私は引き続き影ながら、敵の動向を探る役目に付いていた。

 あの使い魔も気になるし、その使い魔から見事に逃げおおせた敵も気に

なる。だからこそ、慎重な立ち回りが必要となる。見付かればアウトだ。

 どこかにいるだろう使い魔と、狙撃してきた魔導師の目を掻い潜らないと

いけない。

『アリア。どうも異常事態が起こっているようだ。申し訳ないが、こちらも

気を配って貰えるかね?』

 主である父様の念話が届く。

 異常事態?

 そこで説明される内容は、何処の誰か分からないが犯罪者を人知れず倒し

ている者がいるというものだった。

 起こった事自体は悪い事ではないが、相手の目的がどういうものかによって

敵対する可能性がある以上、警戒しない訳にはいかない。

『分かりました。そちらも探ってみます』

『済まんが、頼む』

 念話を切って行動を開始すると、幸か不幸かすぐに発見出来た。

 若い女性が大剣を抜いた男と向き合っている。

 その戦いは、まさに異様だった。

 魔力なしに、アレだけの戦闘を行うこっちの世界の剣士にも驚かされたが、

一番は相手の若い女性だった。

 いつの間に抜いたのか気付けば剣を抜いており、剣士の大剣を()()()()()

 ロッテなら今の動きも目で追えたかもしれないが、私にはさっぱりだった。

 その後も斬られながらも、驚異的な執念で立ち上がる剣士を若い女性は一方

的に斬り殺した。なんの躊躇もなく。

 私は背筋に冷や汗を掻きつつ、身を潜める。見付かる訳にはいかない。

 だが。

「そこで覗き見してる奴。私の事は放って置いて。私の前に立つなら斬るぞ」

 なんの殺気も含んでいない只の言葉。

 その筈なのに全身の毛が逆立った。

 間違いなく、この女性は化物だ。

 この事を父様に伝えなくてはならない。

 

 私は素早くその場を離れた。相手の気が変わらない内に。

 

 だが、私の足は早々に止まる事になる。

 大量の転移反応と魔力爆発が起きたからだ。

 

 私は止めてしまった足を強引にでも動かし走り出した。

 

 

              9

 

 美由紀視点

 

 グレアムさんの指示で当日使う控室を、フィアッセに選んでもらう。

 会場の準備は既に終わろうとしていた。

 機材の一部が少し遅れているという報せがあったけど、特にコンサートに

支障はないらしいし、ここまではまず順調かな?

 

 なんて訳はなく、それ以降立て続けにキナ臭い情報が無線から聞こえてくる。

 私はフィアッセが使っている控室で、気を引き締め直す。

 ロッテさんを見れば、表面上何も変化は感じられない。

 いつも通り飄々としているように見える。

 意外な事にフィアッセも落ち着いていた。

 慌てられるより余程いいけど、違和感を感じる冷静さだった。

 そして、気付いた。

 ロッテさんが、さり気なくフィアッセを観察しているのを。

 なんなの?私は内心で不安を感じた。

「来たね」

 ロッテさんが、突然そんな事を言った。

 フィアッセが無表情でロッテさんを見ている。

 私も遅れて気付いた。

 突然、()()()()()()()()()

 私は壁の向こうでも人が居れば、気付く事が出来る。だが、今回は湧いて出た

としか表現出来ない現象だった。

 そんな事に驚いている暇はなかった。更に爆発音が響いたのだ。

 会場が爆発の影響で揺れる。

 そんな事は関係ないとばかりに、突然始まる銃撃戦。

 外に居るボディーガードが応戦しているんだ。

「フィアッセっ…!?」

 私はフィアッセに声を掛けようとして、言葉に詰まった。

 フィアッセが、微かに嗤ったのが分かったからだ。

「呆けている場合じゃないよ、美由紀ちゃん。この数だと、もう抜けてくるよ!」

 ロッテさんの言葉にハッとする。そうだ。私はフィアッセを護らないといけない

んだ。しっかりしないと。

 私は御神の呼吸法を繰り返し、精神を落ち着ける。

 もう大丈夫。

 準備が出来たのが分かったかのタイミングで、ボディーガードを突破して、人が

迫り来る。

 ロッテさんが何の躊躇いもなく、扉を内から蹴破った。

 突っ込んで来ようとした敵が、三人程纏めて吹き飛んだ扉に挟まれて沈黙する。

 でも、敵はそれでも怯んだ様子もなく、部屋に雪崩れ込んできた。

 銃を持っているのに、遮蔽物を利用する様子もない。

 でも、突っ込んで来た敵を見て気付く。この人達、麻薬を使ってるんだ。

 何も考えずに突っ込んでくるなら、寧ろこちらに有利だ。

 間合いにしても、入り口が狭く大量に人が入れないから、向こうは多人数の利を

活かせない。

 私はロッテさんと並んで、入り口で敵を排除していく。

 

 だけどこの時、私は気付かなかった。

 私の気のせいなんかじゃなく、後ろでフィアッセが楽し気に嗤っていたのを。

 

 

              10

 

 犯罪コンサルタント視点

 

 全くもって不甲斐ない結果に私は苛ついていた。

 雇った裏社会の腕利き、いや元腕利きがアッサリ何者かに返り討ちにあったのだ。

 どうも、クレイジーボマーが苦労して潜入し、仕掛けた爆弾もどういう手を使った

のか分からないが、処理されているようだ。

 管理局の英雄殿は、随分とやり手のようだ。

 仕様がない。自分自身でやらないといけないだろう。

 アレを手に入れる事が出来れば、余裕で元が取れるというものだ。

 ここは手持ちのカードを出し惜しむところではない。

「さあ、出番だ」

 私は自分の魔力から居場所を気取られないように気を遣いつつ、召喚で人員を輸送

する。私は双眼鏡を敢えて使い、自分の魔法を結果を見届ける。

 複数の召喚陣が発生し、武装したジャンキーが現れる。

 さて、どう対応する?

 直後、背筋に悪寒が走り、勘に従いその場から跳び退くと、閃光と轟音が起こり、

私が居た場所に大穴が空いていた。

 やれやれ、自分の今の主もいる場所だというのに、大胆な事をしてくれる。

「今度は逃がしませんよ」

 使い魔が冷ややかに言い放った。

「なに。逃げる積もりはないさ。欲しい物はここにあるからね。君の主とて、私に

使わる事が得と考える筈さ。なんなら仲介して貰えないかな?」

 私は拳銃型のデバイスを引き抜いて、そう嘯いてやった。

「死になさい」

 交渉の余地なしか。

「それはお断りだね」

 

 久しぶりに本気でやろうじゃないか。

 

 

              11

 

 ???視点

 

 私は私を護っている連中の背を見詰めて嗤う。

 そう、かつては私も護られる立場だった。それが当然だったのだ。

 尊い私の身を下々の連中が護るのが、当然のことだった。

 あの時までは。

『貴方は王の器ではない。貴方の専横は目に余る』

 王の座まであと少しだった。

 だというのに、突然引き摺り下ろされた。

 専横などと、ふざけた理由で私を除いた。

 だが、今は感謝しているちっぽけな国の王から、世界の王になる機が訪れたの

だから。

 

 この国はいい。霊脈が豊富で力が漲るようだ。

 本来なら、使用者の意識を乗っ取るなど、もっと時間が掛かるものだが、この国

の霊脈がそれを可能にしてくれた。

 不遜にも私を使おうなどという不届き者は、私の僕に相手をさせている。

 邪魔をする者は全て殺す。

 ()()使()()()()()()()()。他の誰にも好きにさせる積もりはない。

 不安があるとすれば、護っている連中でも、私を狙っている魔導師でもない餓鬼

だ。どうも魔導師のようだが、毛色が違う。なんだ?あれは?

 

 私はどうにも嫌な予感がした。

 

              12

 

 全く、折角爆弾全部処理したのに、何故に爆発させるの?

 人の苦労を台無しにしてくれるとか、勘弁してほしい。

 これで両親が心配したりしたら、使える時間が更に短くなるでしょうが!

 感傷を文字通り吹き飛ばされて、走り出す。

 

 そして、到着した先は魔導師と守護獣の戦闘だった。

 魔導師の方も、守護獣の方もまだ余力を残しているようだが、挨拶代わりの

戦闘でこの被害を出すとか、纏めて殺すしかないな。

 でも、あの守護獣、どっかで見たような?

 

 まっ、いいか。

 

 結論と共に私は一歩踏み出した。

 

 

              

13

 

 グレアム視点

 

 後手に回ってしまっているな。

 防御とはそんなものだが、これは状況が宜しくない。

 それが私の感触だ。

 アリアからの報告にある謎の女性に、ロストロギアを狙う勢力に護る使い魔。

 そして、始まる魔法戦。

「会場には、ガス爆発という事で伝えて欲しい。申し訳ないが、客には避難して

貰おう」

 間違っても犯罪だと、馬鹿正直に伝えてはならない。

「警察に通報は?既にしているね?」

 矢継ぎ早に現状を確認していき、足りない部分に指示を出す。

 その最中に、恭也君からも連絡があった。

 地下の駐車場に敵が潜んでいたようで、始末していたようだ。

『それでは、俺はフィアッセのところへ』

 ここは素直に任せる事にする。

 相手がどれだけ捨て駒を用意しているか分からないからだ。

 

 ここからは、正確な判断と決断の早さが重要になって来る。

 なんとしても、主導権をこっちに戻さないといけない。

 召喚で引き込まれた敵は、全員が重度の麻薬中毒者で痛覚もなく、生半な攻撃

では止まらない連中だ。だが、正常な判断を下せないという欠点がある。

 護衛と警備員の配置を変更していく。

 警備員に客の誘導を。護衛に敵の撃退を任せる。

「ロッテ。美由紀君。フィアッセ嬢の様子は…」

 最後に確認の為に入れた連絡は、驚いた事に通じなかった。

 ロッテが居ながら、無線を取れない状況なのか、それとも…。

「Mr.グレアム。ここの指揮を改めてお願いします」

 矢継ぎ早に同じく指示を出していたエリス嬢が、決意に満ちた目で私に言った。

 何故、と問うまでもないか。

「今、君は指揮官だ。それでもかい?」

「確かに指揮官であり、今は私の会社です。でも、友人に危険が迫っているんです。

そして、動けるのは私です」

 これは譲る気はなさそうだな。

 下手に残して、反発されるより行かせた方がいいか。

「それに今は貴方がここにいる。お任せします」

 私の返事も聞かずに、走り出すエリス嬢の背を見送る。

 まあ、自分の未熟さを埋める事を諦めた訳ではなさそうだから、今回はよしと

するか。

 

 私は、アリアに念話でフィアッセ嬢の無事の確認に回って貰う事にした。

 エリス嬢だけでなく、恭也君も向かっている。

 不測の事態が起こっている可能性を考えつつも、私は必要な指示を出した。

 

 

              14

 

 リニス視点

 

 既にこの手で人を殺めている私に、誰かを救う力はないだろう。

 黙々とアレの命令を熟すべく動いている私自身に、もう絶望しかない。

 会場を観察していると、魔法の気配を感知した。

 召喚陣の発動だ。

 かなり大量の人員を投入しているにも拘わらず、術者の居場所がよく分からない。

 だが、皮肉な事にアレが力を蓄えた事で、私自身の力も上昇している。

 つまり、やろうと思えば探す事が可能になっているのだ。

 今の私に命令を拒否する事は許されない。

 即座に術者の居場所を探し出す。

 巧妙に隠しているが、特定に至った。

 すぐさま移動を開始。

 敵を捕捉した瞬間に容赦なく雷を放つ。

 轟雷が周囲を白く染め上げ、遅れて爆発音が轟音となって押し寄せてくる。

 だが、無事なのはすぐに分かった。だからこその宣言。

「今度は逃がしませんよ」

 私は冷ややかにそう告げたが、向こうは余裕で笑みを浮かべてさえいた。

「なに。逃げる積もりはないさ。欲しい物はここにあるからね。君の主とて、私に

使わる事が得と考える筈さ。なんなら仲介して貰えないかな?」

 敵は拳銃型のデバイスを引き抜く。

 それが戦闘の合図になる。

「死になさい」

「それはお断りだね」

 魔力弾と雷がぶつかり合う、筈だった。

 だが、双方ともに攻撃は無力化されていた。

 一体、何が?

 疑問はアッサリと氷解した。第三者の女性によって。

「いきなりで悪いけど、どっちも殺すよ?」

 攻撃を無効化した人物はそう言った。

 ただそれだけ。殺気もない。ただこれから起きる事を告げただけといった感じだ。

 私の本能が激しく警鐘を鳴らし、全身の毛が逆立つ。

 射撃型の敵も同じものを感じたらしく、同時に女性に攻撃を仕掛けていた。

 私は体術と雷の魔法を織り交ぜて攻め、射撃型の敵は用心深く距離を保ち嫌らし

い攻撃を繰り出しているが、女性は何時の間にか抜いた剣と()()()()()()で、

私達の攻撃を剣一本づつで捌いている。

 その動きには余裕どころか、退屈そうですらあった。

「化物め!」

 射撃型の敵が不意に砲撃を放つ。

 魔力の蓄積が出来る魔導具でも持っていたのだろう。まさに不意打ちだった。

 だが、女性は溜息一つ吐くだけで、砲撃を斬り払った。

「「っ!?」」

 彼女の持つ不思議な紅い剣が、もう一度閃光のように走る。

 それだけで、射撃型の敵から背を向け、私に向き直った。

 私は怪訝な顔で女性を見た。

「舐めるなぁ!!」

 敵は女性の背を撃とうとしたが、突然動きを止める。

「はぁ。鈍くて困るよ。こんなんだったら、前の剣士の方が強かったかな」

 女性が溜息と共に言った。鈍い?

 次の瞬間、疑問は消えた。敵と私の身体の至る所から鮮血が舞ったからだ。

 敵も私も倒れ伏す。

 確かに鈍い。ただ防御していただけじゃなかった。

 攻撃の正体は剣閃だ。

 どれだけの修練を積めば、ここまでに至るのか想像も出来ない。

 剣閃のみで敵を斬り裂いたのだ。防御で魔力弾や攻撃を対処すると同時に敵を斬って

いたのだ。

「こ、こんなところでぇ!!死んでたまるかぁ!!」

 血走った目でよろけながら立ち上がると、敵は女性に向かって行く。

 女性は無表情で剣を一閃した。

 敵はそれだけで糸の切れた人形のように倒れた。

 

 私に恐怖はなかった。

 これで終わる。ただそれだけの感想しかなかった。

「気持ち悪い顔しないでくれる?誰かさんもそうだったのかと思うと凹むよ」

 女性が不意にそんな事を言った。そう言った女性の顔は、苦々しく歪んでいた。

 それにしても気持ち悪いは酷い。

 酷い言いように苦笑いしてしまった。

「そんなに死にたいなら、どうしてあんなのの守護獣になったの?」

 迷惑そうに女性が言う。

「好きでなった…訳ではありません!!」

 意識が段々ハッキリしなくなってきても、これだけは言って置きたかった。

 あんなのの使い魔に好きでなった等と思われたくない。例え、もうすぐ死ぬとしても。

 私は朦朧とする意識の中で、プレシアやフェイトの事を暈して事情を話した。

 女性は黙って聞いていた。

 聞き終えると紅い剣は、彼女の指へと戻っていった。

 あれは血液だったと、今頃になって気付いた。

 女性は剣を収納した手で銃の形を造ると、私に銃口にあたる指先を向けた。

 何やら魔力が籠る。これは魔法だ。

 ああ。これでやっと。

 

 だが、不意に使い魔の契約が()()()()()。そう、文字通り。

 私は驚いた。ロストロギアの意思が造り出した契約だ。それをこの女性はいとも簡単に

解除してのけたのだ。それでも私の死は止まらないけれど…。

 だが、更に驚くべき事が起きた。

 ミッド式の使い魔の契約とは異なるが、同じような契約が再度結ばれたのだ。

 女性との間に。

 そして、傷が嘘のように消えてなくなった。

 私は女性の顔を弾かれたように自身の顔を上げて見た。

「その程度で死ぬ積もりだって?こんな私でも生きて一緒に居て欲しいと思ってくれる人

がいる。アンタにだっているだろう」

 フェイトやアルフの顔が浮かぶ。

 それにしても、この女性、どれだけの修羅場を潜ったのだろうか。

 眼には年に似合わぬ虚無が横たわっていた。

 私の沈黙をどう取ったのか、女性が再び口を開く。

「どっちにしても、今回の尻拭いはして貰うよ?アンタが悪いんじゃないとしてもね。

 どうしてもって言うなら、その時は私が引導を渡してやるよ」

 

 この時、彼女と私が長い付き合いになるとは思ってもいなかった。

 

 

              15

 

 なのは視点

 

 家族全員でコンサートが始まるのを待ってたんだけ、なんか様子が変なの。

 会場全体が気持ち悪い空気っていうのかな?なんかちょっと変な感じ。

会場に入る時のピリピリとした感じと違う。本当に上手く言えないけど。

 大人しく待ってたら、なんか事故があったって言って、コンサート中止になる

んじゃないかって話になってきた。

 お父さんの顔がなんか怖いけど、これ以上何もないといいな。

 

 そんな事を考えてたら、突然、何かが爆発したみたいな音がして、会場が揺れた。

 スタッフ?の人の誘導で外に行く時に、私は突然身体を揺さぶられたような気が

して、立ち止まっちゃった。なんか、実際に揺れたのと、なんか違う感じ。

「なのは?どうしたの?」

 お母さんが心配そうに私を見た。

「分かんない」

 私はそれしか言えなくて、困った。

 でも…。

 何かがぶつかり合ってる?

 誰かが悲しんでる?

 何か訳が分からない確信が私の足を動かした。

 

『溺れてる人間同士がしがみ付いてどうするの?一緒に溺れ死ぬだけだよ』

 

 もう何年も前なのに忘れられない言葉。

 私はあれ以来、誰かの助けになれる自分になりたかった。

 だからだと思う。お母さんやお父さんが何か言ったけど聞こえなかった。

 何も考えずに走り出してしまった。

 

 私の胸の真ん中が、ドクンと一つ脈打った。

 

 

              16

 

 ???視点

 

 使い魔とのリンクが切断された。

 やられたか。意外と使えないな。

 だが、最低限の仕事は熟してくれたか。時間稼ぎという仕事は。

 質のいい霊脈との接続で予想以上の回復を遂げた。

 これだけの力があれば、十分と言えるだろう。

 私を護る連中は、取るに足らない奴等相手に奮闘中だ。

 片方は人化している使い魔なだけあって、まだ余裕があるか。

 さっきから無線の問いに応じられていないがな。

 

 さて、そろそろ動くとするか。

 

 私は滑るように音を立てずに使い魔の背後に近付く。

「っ!?」

 直前に使い魔が私の気配に気付いたのか、こちらに反応したが遅過ぎる。

 霊脈と繋がり、潤沢に使えるようになった魔力をただ放つ。

 なんの工夫もない一撃。

 それだけで、咄嗟に魔力シールドを展開した使い魔を吹き飛ばした。

 全てが薙ぎ払われる。

「フィアッセ!!」

 ん?巻き込まれなかったか。

 もう一人の私の宿主を護っていた女が、信じられないといった風に立ち尽くしていた。

 安心しろ。時間稼ぎに協力してくれたお前も苦しませはしない。

 私は更に一撃放とうとした時、腕に何かが当たった。

「美由紀!!ボケッとするな!!そいつはフィアッセじゃない!!」

 コイツは宿主の友人だったな。女と一緒に宿主を護る存在。

 しかし、よく分かってるじゃないか。

 何やらワイヤーのようなものが伸びて、私を拘束する。

「これは、那美さんでも連れてくるべきだったな…」

 男がぼやくが、この程度で拘束出来た積もりなのか。

 笑わせる。

「恭也!!何をしている!?」

 ワイヤーごと二人を吹き飛ばして片を付ける積もりだったが、新たな人物の登場で

遮られる。いや、これは面白いか?

「エリス!恭也達が急に!」

 私が宿主の真似をして言ってやると、宿主の幼馴染は面白いくらいに動揺した。

 銃は奴等に向けているが、迷っている。なんだかんだ言って信用していたか。

「エリス!こいつは身体はフィアッセだが、中身は違う!俺は霊能力者に知り合いがいる

から間違いない。同じような現象を体験して、多少だが分かるんだ!信じられないだろう

が…」

「エリスさん!ロッテさんはフィアッセに憑りついた?ヤツにやられたんだよ!」

 女が援護の積もりなのか声を上げるが、本人も戸惑い気味な所為で信憑性がない。

 幼馴染は銃を手にまだ迷っている。

 嗤いを堪えるのに苦労させられる。

 さて、楽しませて貰ったが、そろそろお別れといこうか。

 手に力を集中させる。

 今度は一度で全員を始末する為に、魔力を只放出するような真似はしない。

 だが…。

 

「危ない!!」

 

 子供の声が突如響き渡る。

 思わず舌打ちしつつ、三人に向けて魔力の収束砲を放とうとして、止まる。

 いつの間にか、男が接近して来ていたのだ。

 子供の声に気を取られた時か!

 男が気合一閃で剣の柄頭で打ってくる。無力化が目的だろう。

 甘い!物理障壁を展開し防ぐが、顔を顰めた。これでバレたからだ。

 こいつ等の間抜け面を拝みながら消してやろうとしたのに、だ!

 私は子供に怒りの視線を向ける。

「フィアッセ!?」

「だから言ったろ!フィアッセじゃないんだ!…なのは!何故、こんなところに!?」

「えっと…」

 子供は根拠が説明出来ないようで言葉に詰まった。

 だが、私の楽しみを台無しにした報いはくれてやらないとな。

「美由紀!」

「分かってる!」

 男の指示で女が動くが、そうはさせない。

 今度は展開速度を上げて収束砲を放った。子供に向けて。

「「なのは!?」」

 収束砲が真面に子供を捉える。

 これで粉微塵だ。抑えられずに笑みが浮かぶが、それもすぐに消え去った。

 

 女が…いや使い魔か。それが子供を護っていたからだ。

 

「ロッテさん!?じゃ…ないよね?」

 女が相変わらず間の抜けた事を言った。

「アリアです。ロッテは妹ですので。すみません。時間は稼ぎますので、皆さんは

退避を」

「何を言っている!?」

 使い魔の片割れの言葉に幼馴染は声を荒げる。

「皆さんでは、申し訳ありませんが、アレに勝てませんよ。攻撃は効かないし、向こう

の攻撃は避けるしかないでしょ?それだっていつまでも回避出来るとは限らない」

 全員が使い魔の片割れの言葉に黙り込む。

 そう、私が無差別に魔力攻撃を実施すれば、こいつらに手はない。

「だから、この子を連れて早く!ついでにこの子も連れて行って貰えると助かります」

 使い魔はもう片方に目を遣る。

「分かった」

「恭ちゃん!?」

「恭也!?」

 男の返事に女二人が抗議の声を上げる。

 男は、早く動き使い魔の片割れの後で腰を抜かしている子供を回収する。

 判断がいい。だが、それを見送ってやる義理はない。

 幼馴染はまだ迷いがあるのか、こっちをチラチラと見ている。

 安心しろ。全員一緒に始末するさ。

 私は手を撤退しようとする連中に向ける。

 使い魔が魔力障壁を強化するが、潤沢に魔力を使える私には意味がない。

 使い魔は収束した魔力に顔を強張らせる。

 今度こそ消えろ。

 

 そしてまたも邪魔が入る。

 

 

              17

 

 この守護獣、フェイトの師匠かなんじゃなかったっけ?

 朧げな記憶じゃ、死んだんじゃなかったっけ?なんでこんなところにいんの?

 

 それが生かす判断の一端ではあるけど、本命は尻拭いをして貰う事だ。

 残りは不穏な気配の主とブツだけだ。繋がっているから一緒のモノなんだろうけど。

 もう避難が始まってるから、両親が私の心配をしているだろう。

 急ぐ必要がある。

 駆け付けてみれば、何やら見た顔と見たことない顔が雁首揃えて危機に陥っていた。

 その危機を振り撒いている張本人は、不穏な気配の主。

 あれは憑依か。

 精霊の眼(エレメンタルサイト)で更に情報を探る。

 その結果、完全に霊脈と繋がっている事を確認した。

 そこまでの時間は刹那の間。

 それにしても、なのはちゃんはなんでいるんだ?

 つくづく面倒を起こす子だな。

 仕方ない。

 私は悲壮な覚悟を決めている守護獣の前に出た。

 溜息交じりに魔法を展開。

 十文字家の切札魔法。ファランクスを。

 魔力砲撃を受け止める。

 ファランクスは多重障壁を展開し、しかも次々と新たに障壁を増す事が出来る。

 力任せと変わらない砲撃なんて、余裕で止められる。

「貴女…」

「アンタも後の連中と一緒に逃げなさい。私と敵対したいなら好きにすればいいけど?」

「…後で事情を」

「却下」

 それ以上、話す積もりはない。

「私の邪魔をしておいて、お喋りとはな!!」

 喋るブツが逆ギレをかましてくる。

「死ねぇぇぇーーー!!」

 霊脈の力に物を言わせて、無差別攻撃をバラ撒く。

 だが、残念。今の私には手駒がある。

「やれ」

 私の一言で影が走る。

 直後、稲妻が縦横無尽に走り、魔力攻撃を相殺する。

「なっ!?」

「散々いいように使ってくれましたね」

 私が無理に契約した守護獣・リニスが矢鱈と格好いい登場をした。

「き、貴様!?消滅したのでは!?」 

「貴方のような存在を野放しに死ぬなんて、死んでも死に切れなかったようです

よ?」

 よく言うよ。

「なんにしても、この世界に害になるアンタは始末するよ」

 今度は私が口を開いた。

「この私を誰だと…!?」

「君はこの状況をどうにか出来るのか!?」

 喋るブツの話は突然、口を挿んできた人物に遮られた。

 まだ喋る予定を狂わされて怒りの視線。私はウンザリと声の主を見た。

 確か、なのはちゃんのお兄さんだったっけ?

 おまけにのんびりと不審者に任せるのかとか、揉めている。

「巻き込まれても知らないよ?」

 正直、私はコイツを始末するだけだ。忠告を無視するなら自己責任で宜しくだ。

「フィアッセを!フィアッセを助けてくれ!」

 お兄さんが必死に叫ぶ。

 ああ。喋るブツに使われてる小娘か。

「善処するよ」

 私は手をヒラヒラさせて言った。

「頼む!」

 お兄さん。初対面の怪しい人物によくそんな事頼む気になったね。

 他の人が文句言うのも当然だよ。

 後は手駒のリニスに丸投げする。

「リニス。適当に安全な場所に放り出してきて」

「…分かりました」

 リニスが何か言いたげだったが、聞く気はない。

 私は面倒になり、()()()()()()()()()()()

「封鎖領域展開」

 三角形のベルカ式魔法陣が結界となり、外界から切り離される。

 最初から使えと思うかもしれないが、ベルカでは実はコレ、あんまり使いどころが

なかった。戦争で周りの被害なんて気にする連中が、殆ど居なかったからだ。

 敵国に与える被害ならウェルカムだったしね。

 更に隔離した後、外の状況がヤバいものになっても解除しないと手が出せなくなる

デメリットもある。両親の安全を常に把握していたい私にとって、あまりいい手じゃ

ないんだよね。

 でも、今回は特別だ。要求が鬱陶しい。こうなれば迅速に片付ける。

 

「待たせたね」

 私は血液から剣を取り出す。

「貴様…。何者だ」

 今更?

「私の本体の在処まで把握していなければ、この結界は成立しない!!」

 そう、憑依した身体だけ隔離しても、死んだフリでもされて逃げられたら厄介だ。

 それでも私の眼は見逃さないけど、余計な手間まで背負う必要はない。

 私は質問に答えずに戦闘態勢へ。向こうも無駄と分かったか身構える。

 だが、私は一瞬相手の口角が僅かだが、上がったのを見逃さなかった。

 何かが大気を切り裂いて飛んでくる。

 私の手が霞むように消える。

 直後、銀の剣閃が網のように閃くと、それにぶつかった何かが、魔力光を散らして

消える。

「何故、分かった!?」

「周りの景色に溶け込み、音を消し、風圧もなく、魔力反応も極限まで抑えられている。

 並の使い手なら気付かずにやられるかもね。でもさ。大気を押し退けてくるんだから、

気付くよ」

 ベルカじゃ、もっとトンデモないものと戦っていたんだ。

 この程度、物の数じゃない。

 コイツ、魔力量が無限に近くなっても魔導技術が低すぎるし、戦闘経験も浅過ぎる。

 奇声を上げて、闇雲に魔力弾や収束砲を放つが、どれも程度が低い。

 初動で潰す必要すらない。

 剣一本で剣閃の嵐が出来上がる。銀光に輝く嵐が。

 鈍った剣技だけで対応出来る。悉くを斬り払ってやった。準備運動にもならない。

 気付けば、喋るブツは呆然とした表情で固まっていた。

 下らない。

 私は一歩、喋るブツに向かって踏み出す。

「ひっ」

 情けない声を上げるブツ。

 

「そうだ。私が必要だろう?」

 

 その時、響いた声に私の足は止まる。

 同時にブツと私は声の方を見た。

 重傷を負いながらも、這いずっていたのは、私が斬った魔導師だった。

 コイツ、仮死状態か何かで息を潜めてたな。

 結界が除外したのは生きた者のみ。()()()()()()()

 仮死状態だった為、魔導師を死体と術式は認識したのだろう。

 昔なら、もっと視野を広くもって戦っていた。こんな手落ちはやらなかった筈だ。

「よかろう。お前の願いを叶えよう」

 希望を見付けたかのように、ブツは偉そうに宣った。

 ブツが宿主を捨てた瞬間、使われていた小娘が倒れる。

 そして、傷が逆再生するように治った魔導師が立ち上がった。

 霊脈の魔力が身体から溢れ出す。

「素晴らしい!この力!これが霊脈を支配するという事か!」

 馬鹿嗤いする魔導師を、私は眉を寄せて見た。

 だが、やがて身体の不調に気付いたように、ピタリと嗤いが止む。

 突然、魔導師が喉を掻き毟るように暴れ出すと、唐突に動かなくなる。

 そして、徐に起き上がった。

『感謝するぞ。望み通り、私の糧となる事で、お前の望みは果たされる』

 起き上がったのは、喋るブツこと思念体の方だった。

 今回は、憑依ではなく魂ごと吸収したようだ。

『ふむ。確かに技量とは重要なようだな』

 魔導師の持っていた拳銃型のデバイスを、ふざけた仕草で構える。

『こうか?』

 魔導師の培った技術を手に入れた思念体が、魔力弾を放つ。

 バカ魔力を背景にした一撃ではない。

 それでも、大した事はない。

 悠然と構え、剣で魔力弾を斬り落とそうとして、止まる。

 脳内に危険を知らせる警報が鳴り響いたからだ。

 剣を引き、反対の手でファランクスを起動。

 直前に魔力弾が破裂するように分裂し、クレイモア地雷のように散弾を撒き散らす。

 しかも、一発一発が強度と威力があった。これはバカ魔力の産物だろう。

 危うくアメリカアニメのチーズになるところだった。

『そら!どんどんいくぞ!』

 次々とバレットイメージを変えて弾丸を放つ。

 防戦一方になった私を見て、愉悦の表情を浮かべたが、すぐに消えた。

 私が薄っすらと笑っていたのを見たからだろう。

 漸く、マシにやれるようになったじゃないか。

 ファランクスが消失する。

 それを逃さず、思念体が弾丸各種を殺到させる。

「空斬糸」

 紅い血の鋼線が、無数の弾丸を斬り落とし、打ち落とす。

 何発かの弾丸が破裂し、散弾が殺到する。

 或いは物質透過して、紅い鋼線をすり抜けるが、私に動揺はない。

 このくらい眼を使う必要はない。リハビリに丁度良くなった。

絶対不破血十字盾(クロイツシルトウンツェアブレヒリヒ)

 空斬糸の何本かに十字の盾が造られる。

 散弾がそれに弾かれるが、物質透過弾はすり抜ける。

 そして、剣が振るわれる。

 すり抜け様で、透過する命令が伝達されず、なすすべなく斬り落とされた。

 紅い楯が、すぐさま鋼線へと変わり、幾つもの鋼線が思念体へと殺到する。

 舌打ちして思念体が防御を選択する。

 その防御に鋼線は、阻まれてしまった。

 それだけで、私は鋼線を引いた。

 その時、何本か極細の鋼線があらぬ方向へ伸びていった事に、思念体は気付いて

いない。

 自分を傷付ける事が出来ないと分かり、思念体の余裕が戻る。

『ふん。その程度…』

「血液の制御は、大分思い出したね」

『何?』

 セリフを遮られた事より気になったのか、訝し気に私を見た。

「次は本命の剣で対しないとね」

 思念体の表情が憤怒に染まる。

 意味を理解したのだ。

 私が、勘を取り戻すのに自分を使っていると。

『殺す!!』

 だが、使ったバレットは全て散弾を撒き散らすタイプ。

 それで弾幕を張ったのだ。

 少しは、頭を使うようになったね。

 だけど、それこそリハビリにいい。

 弾丸が殺到し、私の手が届く寸前で一斉に破裂した。

 感覚が研ぎ澄まされる。

 撒き散らされるという事は、均一に押し包んでいる訳ではない。

 極限まで集中した私の目には、魔力の散弾がコマ送りのようになった。

 その中を剣一本で円を描くように剣が走る。

 その勢いを殺さずに次の動きへ、次の動きへ…。

 気付けば、私は全弾斬り終えていた。

 物足りないな。

 思念体の表情は固まっていた。

 まさか剣一本で、本当に対応するとは思わなかったのだろう。

『舐めるな!!』

 拳銃型のデバイスから刃が形成される。あの魔導師は、接近戦まで修めていたようだ。

 意外に洗練された動きに加え、バカ魔力の影響で速度が半端じゃない。

 それと同時に魔力弾も織り交ぜて、攻撃してくる。

 だが、私には掠りもしない。

 目だけでなく、感覚も研ぎ澄まされている。どちらにしても、目だけでは達人の反応

に至らないのだ。

 思念体に焦りが出ている。

 どれだけ斬り付け、撃ち込もうとも私を倒すには至らない。

 私は剣で銃剣のようになったデバイスを跳ね上げる。

 反対の肘で、もう一方のデバイスを外側に逸らすと、思い出すように技を繰り出す。

「四の剣、風花乱舞」

 剣が凄まじい冷気を帯びて青白く輝く。

 それを流れるような動きで切り刻んでいく。

 斬ったと同時に凍り付き再生を阻み、氷を斬り砕き、また広範囲が凍り付く。

 これが繰り返される。

 吹雪の如し連撃の技。

 デバイスが脆くも崩れ去り、人の原型が分からない程、粉々に砕け散る思念体。

 だが、そんな事で倒せるなどと考えてはいない。

 案の定、霊脈の潤沢な魔力が身体を復元する。

 コイツからは、これ以上のモノは出ないだろう。

『いくら破壊しようと私は死なないぞ』

 セリフの割に冷や汗が出てるけど、ご愛嬌としておきますか。

「そうだね。これ以上は付き合いきれないから、もう決着付けるよ」

『ぬかせ!霊脈の魔力がある限り、私を滅ぼす事は出来ない!』

 失われたデバイスまでは、直せないようで魔力で刃を形成する。

「じゃあ、切断するまでだ」

 私が、あまりにもアッサリと言ったものだから、思念体が唖然とする。

 

 精霊の眼(エレメンタルサイト)での術式解析完了。

 

 カウンター術式構築完了。

 

 極細の紅い鋼線が、妖しく光り輝く。

 鋼線がロストロギア本体の防御術式に接触する。

『貴様!?何を!!』

術式解散(グラムディスパージョン)

 私は応えずに、カウンター術式を込めた魔法を空斬糸経由で放つ。

 魔力が大量の水のように、奔流となって地面に吸い込まれていく。

 霊脈が、吸い上げられた魔力を、いきなり還元された所為で荒れる。

 残されたのは、普通より腕が立つ程度の魔導師の身体のみ。

『こ、こんなもの!また繋ぎ直せば!!』

 私の糸が、お前に届いているのを忘れたか?

 丸裸になった本体に鋼線の先から剣が形成され、ロストロギアに突き刺さる。

 そう、旅のトランクに入ったリニスの首輪に付いている宝玉に。

 残念ながら、普通の魔導師なら偽装として成り立っただろうが、私の眼は

誤魔化せない。

「七獄」

 導火線を伝うように魔力が注がれ、内側からロストロギアに亀裂が入り、炎が

噴き出す。

『ぐぅわぁあぁぁぁぁーーー!!!』

 本体の炎の影響で、手に入れた身体も燃え上がる。

「龍搦めからの天羽鞴」

 更に残りの糸で風を造り出し、炎の勢いが増す。

 凄まじい爆炎が巻き上がり、ロストロギアが砕け散る。

 爆炎に包まれ、目の前の人間が倒れる。

 既に憑代の本体を失い、思念体は沈黙している。

 さて、あとは霊脈を落ち着かせるだけ…。

 

『貴様は…貴様は!私に!殺されるべきなんだ!!』

 

 炎に包まれた人間の上に、青白い靄が浮かび、霊脈に向けて魔法を放つ。

 咄嗟に反応が遅れる。

 霊脈が胎動するように震えて、暴れ出した。

 ほんの僅かな差で、露になった思念体へ徹甲想子弾を撃ち込んだが遅かった。

 思わず舌打ちが出る。

 靄は存在を維持出来ずに、煙のように薄れて消えていった。

 

 最後の最後に厄介事を残して。

 

 

             18

 

 グレアム視点

 

 アリアからの念話で粗方の状況が伝えられる。

 エリス嬢達は無事だったようだが、敵だった使い魔が急に味方に転じた。

 それに謎の女性が関わっているらしいという事。

 どうしてロストロギアの案件に首を突っ込み、()()()()()()()()()()()のかが

分からない。そう、解決ではない。片を付けようとしているだ。

 先程、結界が展開された。

 まるで未知の広域結界だ。

 アリア達は、使い魔に安全圏まで連れられて離脱に成功したが、解決に向かうのは見事

に困難になった。

 おまけに事情を訊こうにも使い魔にも逃げられる始末だ。

 アリアがロストする程だから、相当な力を持っているのだろうが、口の中に苦いものが

広がる。

 フィアッセ嬢を謎の女性が助けてくれるか分からない以上、結界の解析を急ぐしか

ない。

 私とアリアで解析を継続しているが、術式に分からない部分があったり、プロテクト

されている部分が多く、進んでいないのが現状だ。

 全く情けない。ここまで何も出来ないとは。

 周りに悟られないように、内心で自分自身に苛立つ。

 戦艦が沈む姿が私の脳裏を過る。

 いや、まだだ。まだ終わっていない。ここで諦める訳にはいかない。

 決意を新たに指示を出しつつ、結界の解析を続ける。

 だが、その決意を嘲笑うように、地面が揺れ始めた。

『お父様!結界内からの振動です!』

 くっ!管理局から人を引っ張ってこれなかったのが痛い!

 

 ロストロギアが引き起こす悲劇が、現実になろうとしているようだった。

 

 

             19

 

 荒れている程度であれば、私の力で可能だった。

 しかし、最後に放たれたのは、暴走を引き起こす相手を世界諸共滅ぼす一手だ。

 私は、早々に覚悟を決める。

 この身体がどうなろうが、この暴走を食い止めると。

 暴走は、既に私の結界を破らんばかりに荒れ狂っている。

 荒波かマグマが噴き出すように魔力が、周辺を破壊する。

 精霊の眼(エレメンタルサイト)を駆使して、流れを弱める為に魔力を削る箇所

を検索し実行するが、すぐに腕に裂傷が走り血が噴き出す。

 ダムに出来た穴を人一人で塞ごうとしているようなものだ。

 一度空いてしまった穴からは、水がどんどん漏れる。

 そして、溜まった恐ろしい量の水が人如きを押し潰すのだ。

 だが、魔法という便利なものが私にはある。

 ボロボロになった腕を気にぜず、霊脈の魔力と格闘する。

 大粒の汗が血と共に滴り落ちる。

 一向に収まる気配は見せない。

 更に魔力を注ぎ込もうとしたその時、予想外のところから魔力が噴き出し、天井を

打ち砕く。魔力を霊脈の鎮静化に回している今の私にとって、瓦礫ですら脅威だ。

 それが、私の上に大量に降り注いだ。

 私は片手でそれを迎え撃とうとしたが、それは無駄に終わった。

 巨大な雷が降り注いだからだ。

「なにやってるんですか!!貴女は!!」

 リニスである。結界を出入り出来るようにしてあったが、どうして戻ってきた?

 私の怪訝な顔に苛立ちを隠さず、のしのしと大股でやって来る。

「貴女は、私にも生きていてほしいと思う人はいるだろうと言いましたね!?自分

にもいると!!それなのに、なんですか!?その有様は!!」

 さっきまで、死にたがっていた猫とは思えない程、激怒である。

「大切な人の為に生きるというなら、自分も大切にしないと駄目じゃないですか!!

 大体、貴女でしょ!?尻拭いをして貰うとか言ったのは!!それなに、人を運ぶ

だけとかなんなんですか!!一体!!」

 そういえば、ベルカ時代もそんな事があって怒られた事があったけ。

 頭では人にやって貰おうと思うのに、気付けば一人で足掻いていた。

 随分、最初の頃の話だ。

『貴女は一人でやろうとし過ぎです。貴女一人に何が出来ます?猛省して下さい』

 パナメーラ師に言われた事を思い出す。

 不意に笑いが込み上げてきて、大声で笑ってしまった。

 そうだ。折角、手駒を用意したのに何やってんだか、私は。

 ベルカ時代から、いい加減、進歩しないといけない。

 じゃないと、あの両親に申し訳ないものね。

「何、笑ってるんですか!?今は貴女の使い魔です!!言うべき事は言わせて貰い

ますよ!!」

「いやいや、アンタの言う通りかもしれない。それじゃ、守護獣らしく護って貰おう

じゃない」

「手はあるんですか?」

「気が進まないけど、ある」

「では、防御は任せて下さい!」

 リニスは、私の前に素早く出ると手を翳すと、魔法陣を展開する。

 無数の雷光がバチバチと辺りを照らす。

「フォトンランサー・ファランクスシフト!!」

 魔力があちらこちらから吹き上がり、直接間接問わず襲い掛かる。

 雷の槍の群れが形成されると、一斉に襲い来る魔力や瓦礫を撃ち抜く。

 私は、呼吸を整えて呼び掛けた。 

 

「起きろ。バルムンク」

 

 血液が沸騰するかと思う程、熱く震えている。

 そして、血液から蒼いクリスタルのような材質で出来た美しい剣が姿を現した。

 ベルカ最強の剣であり、私の戦争本格参入の幕を開けた因縁の剣。

『漸く呼んで下さいましたな、我を。随分と待ちましたぞ』

「煩い。サッサと仕事をしろ」

『相変わらず、剣遣いが荒い主ですな』

 変に余裕ぶって、苦笑いしてみせる気配が伝わり、軽くイラッとくる。

 バルムンクを使う事に、精神的な抵抗があった。

 バルムンクさえ、私を主としなかったら、私はもっと皆とマシに過ごせたので

はないかと。それが例え八つ当たりであったとしても、そう思っていた。

 だからこそ呼ばなかった。

 だが、バルムンクを握った瞬間、懐かしさが胸を過る。

 身体全体をバルムンクの蒼い神気が覆う。

 リニスの背は驚きで小刻みに揺れていた。

「集中して。今まで放置してたから準備がいる。私をガードしろ」

『本来であれば、貴様の如き山猫が主の守護獣など烏滸がましいのだが、仕様が

ない。少しの間であるならば、我慢しようではないか』

「貴方?に我慢しても貰う必要はないと思いますけどね!!ガードは任せて下さい」

 その背は少し張り切っているように思えた。

 私は()()()()()()()()()()()()()()()()()

 雷鳴が轟き、脅威を除いていく。

 リニスは魔力を節約しつつ、効率よくガードしてくれている。

 実力は高いな。

 バルムンクは手際が悪いと、小姑の如くブツブツ言っている。

 

 そして、掌握は完了する。

 

 瞬間、私はバルムンクを振り抜いた。

 蒼い奔流が空間全てを覆い尽くす勢いで満ちた。

 表に出ていた魔力が、根こそぎ消え去った。

 リニスが驚きのあまり振り返った。

『うむ。時間が掛かりましたな。昔の貴女なら一瞬だったでしょうに』

 確かにその通りだが、ムカつく。

 神気を人の身で扱うには、魔力を介在して指向性を持たせて操るしかない。

 だから一々掌握してから使う必要があるのだ。

 それが終われば、あとはやるだけだ。

 この剣の主となった者は、ベルカにおいて、神の地上代行者と認められた。

 古くは、だけどね。つまり真面に扱えれば、それ程の剣なのだ。

 つまりは、霊脈の暴走を抑え、不調を整えるくらい造作もない。

 バルムンクを霊脈へと突き刺し、神気を流し込む。

 そこから霊脈の魔力をコントロールし易いように弱め、私の魔力で指向性を

持たせた神気で調律していく。今までの苦労が無駄だと言わんばかりに、霊脈の

流れが穏やかになっていく。その様は、まさに神器と呼ぶに相応しい力だ。

 ついでに残留している思念体の魔法式も消去して、元の状態に復旧させていく。

 霊脈の流れが、完全に戻った事が確認出来た為に地面から剣を引き抜く。

 精霊の眼(エレメンタルサイト)もフルで使用していたので、眼精疲労が酷い。

 視線を地面から上げると、リニスが微笑んでいた。

「何?」

「いえ」

 意味有り気にそう言うと、リニスは私を抱え上げた。所謂、お姫様抱っこである。

 憧れないよ。こんなイベント。

「私が運びますよ。疲れ切っているでしょ?人を運ぶ仕事は得意なので」

 最後に嫌味を言うのも忘れない。いい性格の守護獣だ。

 解雇でいいかな。

 どうもパスが繋がった事で、私の身体の状態まで把握しているらしい。

 どうも癪に障るので、突然、結界を解除してやる。

「!?解除する時は、一言言って下さい!!」

 慌ててリニスが気配を遮断して、高速で走り出した。

 私とバルムンクの笑い声が周囲に響く。

 

 迫りくるサーチャーに、私はリニスを煽って遊んでやったのだった。

 

 

             20

 

 グレアム視点

 

 揺れは収まっているが、感じからすると事態は悪化しているのだろう。

 結界越しでも嫌な手応えが伝わってくる。

 結界の解析をしているお陰で、中の状態も朧気ながら察する事が出来た。

 このまま手を出せなくても、運よく介入が可能だったとしても、最早、私の手に

余る事態である。だが、諦める訳にはいかない。私とアリアは、必死に結界に入れ

るだけの隙間だけでも、こじ開けようと足掻く。

 どれだけ時間が経ったか曖昧だが、事態は突然片付いた。

 霊脈の暴走が収まり、正常に復旧したのだ。

 それと同時に結界が、私たちを嘲笑うように消失した。

 

「Mr.グレアム!ここにいらっしゃったのですか!?フィアッセさんを無事確保!」

 

 ここにきて朗報が齎された。

 アリアの報告でロストロギアの意志のような存在に、身体を乗っ取られていたの

だが、どうやら謎の女性は恭也君の頼みを聞いてくれたようだ。

 謎の女性に一任してきたと聞いた時は、卒倒しそうになったが。

 安堵と共に湧き上がる無力感は、久しぶりの感覚だった。

 

 あとで状況を確認すれば、アリアが言っていた違法魔導士は消息不明。

 これは、おそらくは死んでいるだろう。

 ジャンキーは、大怪我をしているが全員無事確保。

 大剣を持った不審者死亡。

 爆弾魔は重症ではあるが、一命は取り留めている。

 恭也君が倒した連中も、大小怪我はあるが確保。

 

 そして、肝心のロストロギアは残骸を確認した。

 それをやったと思われる謎の女性はロスト。

 利用されていたと思われる使い魔もロストした。

 すぐに意識の戻ったロッテも加えて追跡をしたが、全く行方は掴めなかった。

 有り体に言って惨敗と言っていい内容だ。

 

 落ち込んでいる暇はない。

 恭也君にも言った事だが、次に活かせばよいのだ。

 みっともない結果であろうが、友人の娘を無事を確認できたのだから、私の

プライドなど考慮外だろう。

 

 次、この世界を訪れる時こそが本番だ。

 命を長らえた以上、次は失敗しない。いや出来ない。

 私はエリス嬢達と今後の方針を話し合いつつ、決意を新たにした。

 

 

             21

 

 リニス視点

 

 あれから管理局員のサーチャーを躱して、私と主は逃げ切った。

 未だに私が主に付き従っているのは何故かと言えば、それは偏に放って置け

なくなったからだ。

 彼女と繋がった時、彼女の過去は垣間見た。

 意識がある状態だったから断片的だったけど、彼女がこの世にあまり価値を

見出していない理由は分かった。私の悩みなど、確かに彼女から見たら下らない

だろう。今はご両親の愛情で繋ぎ留められているけど、それが外れてしまえば、

彼女はアッサリと人生を再び投げ出す事でしょう。

 だからこそ、彼女をこの世に繋ぎ留めるモノの一つになろうと思った。

 勿論、打算もある。

 彼女ならば、フェイトやアルフを救ってくれるかもしれない。

 もしかしたら、プレシアすら助けられるのかもしれない。

 私の手は汚れている。

 ならば、汚れた手でも出来る事をしようと思う。

「よければ、これからもよろしくお願いできませんか?」

 逃げた先で、私はそう言った。

『分を弁えろ。山猫』

 剣は主の血液の中の筈なのに、声が聞こえた。

 だが、無視だ。

 私は主の返答を待つ。

 主が溜息を吐く。

「これから、両親に怒られるんだよ。そんな最中で飼い猫を強請るなんて、難易

度高過ぎる。期待はしないように」

 主はそう言って歩き出した。

 

 私は主の後を追って歩き出した。

 

 

             22

 

 案の定、両親に泣かれるわ、怒られるわで散々な目にあった。

 修業は大切なのだと、今更ながらに実感させられた。

 てっきり死ぬかと思われたリニスは、守護獣を引き続きお願いしますと言って

きた。どういう心境の変化か知らないが、打算はあるのだろう。

 フェイトの事とか。

 まあ、なんとかとかいうロストロギアが原作開始で降ってくるから、どちらに

してもフェイトとは関わるし、まあ、いいかと思う事にした。

 問題は怒らせた直後に、飼い猫を強請るという暴挙が成功するかどうかだ。

 ところがあの猫、何をトチ狂ったのか、両親の前で人化して自分で交渉したの

だ。両親も私のカミングアウト以来、腹が据わったようで、驚きはしたものの、

極めて冷静に話し合いをした。

 結果はOK。

「私も全力で主を支える積りでおります」

「無謀な行いを止めてくれると、尚助かるよ」

「この子、まだ態度が固いから、一緒に家族になれるように頑張りましょう?」

 最後に謎の連帯感を持って、交渉は幕を閉じたのだった。

 

 因みに、コンサートは後日日程をズラして行われた。

 あの日、実施出来なかったコンサートをツアー終了後、戻ってやり直してくれた

のである。行けなかった人はいなかったそうだ。二か月後だったから、調整もやり

易かったのだろう。

 そして、冒頭で学園長である世界的な歌手さんが、出てきて話し始めた。

 謝罪から始まり、最後にとんでもない発言をやった。

「私を助けてくれた女性が聴いていると信じて、感謝を込めて歌います」

 事件は、ガス爆発と地震という決着を見ていたから、会場は?の嵐である。

 結界で隔離されていたとはいえ、被害は現実にも多少の影響を与えた。

 それでか、すぐに地震で何かあったんだろうというストーリーを構築したようで、

誰も何も言わなかった。

 だけど、何故か私の方を見たように思うのは気の所為か?

 まあ、気の所為としておこうじゃないか。ねえ?

 そういえば、なのはちゃんを会場で見掛けたけど、落ち込んでたな。

 今の君に出来る事なんてなかったんだから、一々気にしなくていいのにね。

 

 管理局もうろついていなかったし、諦めてくれたようだ。

 尤も、あの場に局員など猫二匹以外見なかったけど。

 まあ、勝利という事でいいだろう。

 自分の机で頬杖をつきつつ、今回の出来事を振り返り、私は一人頷いた。

「あの…。何に納得して頷いているか知りませんが、これはどういう事ですかね?」

 リニスが机に向かって、宿題をやっていた私に声を掛けてきた。

 私はなんの事か分からず、振り返ってリニスを見た。

 リニスが猫の形態で座っていた。

「何が?」

 私は怪訝な顔で訊いた。

「この姿ですよ!!」

 姿?プリティだと思うけど?

 リニスは、私の反応に苛立つ。

「どこにいるんですか!?こんな招き猫を、そのまま生き物にしたような姿の猫

なんて!!」

 え?可愛いじゃん。ニャンコ先生。

 某少女漫画に出てくる妖怪の仮の姿で、凡人時代に好きだったキャラクターだ。

「目立って仕様がないじゃないですか!!」

「戦闘形態はカッコイイでしょ?強いし」

「そういう問題じゃありませんよ!山猫の姿でいいじゃないですか!」

 この街なら、変わった猫で済むかもしれないが、下策だ。

「そりゃ、出来ないかな」

「どうしてですか!?」

「そりゃ、管理局員に山猫の姿も、戦闘形態も、人化した姿も割れてるんでしょ?」

「っ!?それは…」

 そう。今、リニスにはボディスーツのようなデバイスを身に着けさせている。

 これならバレない。

 目立つような姿で潜伏するなんて、誰も考えないだろう。

 私の趣味である事は否定しないけどね。

 リニスにしてみれば、自分は猫ではないという誇りがあるから、普通の猫にして

くれとも言えないようだ。

 バルムンクが忍び笑いしているが、リニスにも聞こえているので青筋を立てて

怒っている。

「それより、ブランクを埋める協力をして貰うよ」

 不満そうに黙り込んだリニスだが、渋々頷いた。

 

 さあ、これから忙しくなるよ。

 

 

       23

 

 プレシア視点

 

「そう。それじゃ、ロストロギアは破壊されたのね?」

 私は()()()()()()、今回の顛末を確認していた。

「そうだ。グレアムの老人が確認した。持ち帰った破片では君に繋がる証拠など

到底望むべくもないだろう」

 サウンドオンリーで姿は見えないが、管理局の内部事情を探る上で重要な知り合い

だから、重宝している。

「そういえば、君の探していた遺跡をスクライア一族の発掘隊が発見したようだ」

「へえ、そう」

 私は内心の歓喜を隠す為に、態と軽く返事をした。

「例のブツが出るかは分からないが、輸送情報を流そうか?」

 願いを叶える機能を持つエネルギー結晶体。

 私が最後に希望を託している物。

 アルハザードへの切符。

「そうね。お願いするわ。お礼はいつも通りに」

「期待しているよ」

 そんな言葉と共に通信が切れた。

 俗物。

 そんな感想が頭を過るけれど、文句を言う筋合いのものじゃない。

 そんな俗物にも利用価値があるのだから。

 もうすぐよ。もうすぐ、願いは叶う。

 アルハザードならば、私が望むものがある筈だ。

 ()()()の存在がそれを裏付けている。

 

 それにしても、リニスもこれで消えた。

 あの道具を納得させる手間は、煩わしかったけれど、居なくなってくれてホッと

している。偽物なんて、もう必要ないのだから。

 

 そこまで考えたところで激しく咳き込んだ。

 吐血して血液が床に飛び散る。

 

 時間がない。

 

 私は血液の痕跡を荒い息を吐きながら、消し去ると歩き出した。

 ロストロギアの確保までに、やる事は山のようにあるのだ。

 

 この瞬間、私の頭の中からリニスの存在は消え去った。

 

 

             24

 

 なのは視点

 

 あれはなんだったのか、分からない。

 フィアッセさんが、悪い幽霊?だかなんだかに憑りつかれて、皆に酷い事を

しようとしたらしいんだけど、結局、逃げる事しか出来なくて、後で皆に怒られた。

 お兄ちゃんやお姉ちゃんでも、どうにも出来なかったんだから当然なんだって

頭では分かってても、落ち込んだ。

 そういえば、お兄ちゃんも皆から怒られてた。

 無事だったからよかったけど、フィアッセさんを正体不明の人に預けてくる

なんてって。

 でも、お兄ちゃんは全然平気で言い返してた。

「あの状況で、どうにかフィアッセを助け出す手段を持った人間はいなかった。

 なら、少しでも可能性のある方に賭けるしかないだろう」

 お兄ちゃんは、なんか変わったと思う。

 なんか硬過ぎたのが、少し柔らかくなった感じかな?

 

 私自身にも少し変わった事が起きている。

 アリアさん。お姉ちゃんと一緒にお仕事してたロッテさんのお姉さんを見て

以来、胸の奥の方が脈打つようになった。

 上手く、これも言えないけど、身体のどっかの異常じゃないと思う。

 

 暫く、私はこの感覚に困る事になる。

 けど、それがこれからを決定するような事に繋がるなんて思いもしなかった。

 

 

 

 




 年始早々にトラブルに見舞われ、時間が掛かってしまい
 ました。
 加えて、あともう少しだから書こうとやっていたら、こ
 んな長さになっていました。
 
 生まれてから勘を取り戻す事をしていなかった美海は、
 今回、手落ちをしております。
 なのはちゃんは、原作に向けて胎動しております。




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第5話

 今回は少し短いです。
 それではお願いします。


 


              1

 

 あっという間に運命の三年生に進級してしまった。

 その間、せっせと勘を取り戻すべく、珍しく頑張っている日々が続いた。

 リニスは、私の守護獣というより、両親の手先となっている感が強い。

「今日は、ここまでにしましょう」

 そんな事を言って、サッサと鍛錬を終えてしまう。

 精々六時間位しかやってないんだからさ。もうちょっと付き合ってよ。

 ベルカ時代なんて出来るまで寝れないとか、珍しくなかったんだから。

 まあ、ある程度はどうにかなったんだけどね。

 

 そして、今日も今日とて鍛錬である。

 相手はリニス…ではなく。次元犯罪者。

 今回の相手は人身売買組織。若い女、子供を拉致して売っている連中。

 遠慮は無用な連中だが、殺す訳にはいかない。

 ベルカ時代なら、サーチ&デストロイで片が付いたんだけどね。

 法律って、面倒な側面があるって思う時がくるとは思わなかった。

 精霊の眼(エレメンタルサイト)で攫われた人達の位置を確認済み。

『リニス。先に攫われた人達を確保する。私が先に突入するから、後から

突入して逃げる連中を確保』

 念話で守護獣であるリニスに指示を飛ばす。

『分かりました』

 実戦訓練はリニスに不評の為、返事も少し不機嫌な声だ。

 だが、女子供に手を出す連中には、怒りを感じているようで協力自体は

してくれている。不機嫌なのは、実戦訓練の名目で行われる金稼ぎだろう。

 私は素早く建物で攫われた人達の場所へ、最短で行ける場所へ陣取った。

 血中から、剣と金稼ぎするようになって造ったシルバーホーンを取り出す。

 左手でシルバーホーンを構え、魔法を使用する。

 雲散霧消(ミストディスパージョン)で壁を分解し、静かに分解された壁が砂状に崩れる。

 私は躊躇なく、突入していく。

 そして、私は壁を分解しながら、真っ直ぐに攫われた人達の元へ向かう。

 最後の壁を分解した時に、悲鳴が上がる。

「大丈夫だ。助けにきた。私の後に付いてきて」

 因みに、私の今の姿は大人バージョンだ。

 子供がこんな事言っても、言う事を聞いてくれそうにないから。

 騎士甲冑もミッドチルダに合わせて、軽鎧にコート姿だ。

「考えている時間が惜しい。助かりたい奴だけ付いてきて」

 私は冷酷に言った。

 私の言葉に弾かれたように全員が立ち上がる。

 子供が泣きそうになっているが、若い女性が泣かないように言い聞かせ

ている。まあ、泣いてもいい。どうせ、もう見付かっているから。

 そんな事を考えていると、早速魔力弾の弾幕が私に集中する。

 後の攫われた人達のみ魔法でガードして、自分にくる魔力弾は全て剣で

無効化していく。この時も丁寧に、そして正確に素早く振る事を心掛ける。

 弾幕が弱まる瞬間に、前に出る。

 案の定、弾幕で足止めし、本命の接近戦タイプがこちらに向かってきて

いた。弾幕が弱まったとはいえ、それでもかなりの攻撃である。それを

ものともせずに前に出た私を見て、接近戦タイプの敵は目を見開く。

「邪魔だ」

 敵の手には槍に双剣、ナックルと様々だが、使い手として二流以下。

 私は即座に、そう見抜いていた。

 だから、基礎訓練通りに剣術の技量のみで剣を振るう。

『魔力強化すれば子供でも大人と遜色ない一撃が打てるのです。しかし、

その後はどうなります?止めるのに、又は再度攻撃するのにどれ程の魔力

が掛かりますか?それだけ魔力が無駄になるのですよ』

 パナメーラ師の言葉が思い浮かぶ。

 自身の身体の使い方が分かっていなければ、魔力強化も意味がないのだ。

 飛燕のように剣が一切の無駄なく、力を失う事なく銀光の軌跡を残し、

通過する度に敵が倒れる。

 勿論、非殺傷設定だから死ぬ事はない。

 まどろっこしいし、甘いが仕様がない。

 一度も武器で打ち合う事なく、敵が全て地面に倒れ伏した。

 本来なら、いくら実戦訓練といってもこの程度の連中では鍛錬にならない

が、縛りプレイのように魔力を極力使わないようにして、やっている。

 サッサとアジトから出ると、魔法障壁で攫われた子達を護る。

「ここにいなさい。残敵を掃討したら戻る。大人しくしてて」

 私はそれだけ言うと、返事を聞かずに踵を返す。

 

 戻ると既にリニスが始めていた。

 派手にアジトが壊れている音がするが、気にする必要はないだろう。

 私はリニスと挟み撃ちの形で人身売買組織を制圧していった。

 

 そして、最後の扉を蹴破ると、丁度組織のトップが逃げ出すところだった。

 分かってたけど、秘密の通路から外に出る気らしい。

 行動が遅い奴だな。だけど、そっちは地獄だと思うけどね。

 案の定、白い大きな獣の足がトップを薙ぎ払った。

 

 あのトップが逃げ遅れた理由は、証拠になりそうなデータを消していた

からのようだ。だけど、残念。私の得意分野なんだわ。

 リニスが白い犬のような戦闘形態で、倒した敵を睥睨している。

 正体がバレないようにリニスには、特殊なデバイススーツを着用させて

いるので、性能試験もこれでクリアだね。

 勿論、倒れた敵全員意識などないが、余程頭にきているようだ。

 子供達をフェイトちゃんにでも重ねているのかもしれない。

「証拠の確保は出来そうですか?」

 リニスが敵を睥睨したまま、私に声を掛ける。

「制圧が早かったからね。これなら復旧出来るよ」

 私は連中がデリート中だったコンピューターのデータを復元している

最中だ。ベルカ時代に使う事がなかった特典が、今役に立っている。

 私は最後にキーを軽く叩くと、復元されたデータが姿を現した。

 それを手早く保存する。

「完了」

「お疲れ様です」

『大分、勘が戻ってきましたな』

 私の言葉にリニスとバルムンクがそれぞれ言う。

 私は頷くと、リニスを振り返って言った。

 

「それじゃ、()()()()()()()()?」

 

 私は、実戦訓練をやるだけでなく、小遣い稼ぎもしていた。

 管理局の手配している連中に掛けられた賞金で。

 そう。所謂、賞金稼ぎという奴だ。

 

 

              2

 

 連中を押っ取り刀で駆け付けてきた管理局に引き渡してやる。

 まさか、同じく管理局にとって害になる奴が、何食わぬ顔で賞金稼ぎを

しているとは思うまい。

 

 場所が変わって管理局・本局。

 私は今回の事に対しての説明を求められ、態々出向いていた。

 目の前には青筋を浮かべて不機嫌全開のお人がいる。

「事情は分かりました。…でも、言いましたよね!!()()()()()()()()

だけでいいって!!」

 賞金を払ってくれる担当部署の局員・ジーン・トワイトさんである。

 最初は、捜査員が説教していたが、無駄と分かったのか怒るのも彼任せ

になった。

 本来の賞金稼ぎは、犯人を検挙までしない。

 だって私人だものな。

 アジトを通報して賞金を貰うのが常道だ。

 だが…。

「サッサと突入しないと、攫われた人達が出荷されたかもしれないんだ。

 なら、行くしかないでしょうが」

 事実、危ないタイミングだった。

 買われた先で洗脳などされていたら、社会復帰にどれだけ時間が掛かる

か分からない訳じゃないだろう。

 洗脳されると魔法で即回復とはならないのだ。

 根気強く精神科の医者が治すしかない。

 トワイトさんが、重い溜息を吐く。

「本来なら逆に逮捕される案件なんですよ?もっと気を付けて下さい。

 それに、そんなに正義感があるなら管理局に入って下さいよ。前から

お誘いしてるじゃないですか」

 人手不足が深刻な状況なのは知っている。

 賞金稼ぎとして関わっていてさえ、察せられる位だ。相当なものだ。

「肌に合わない」

 それに尽きる。

 トワイトさんが、更に重い溜息を吐いた。

「兎に角、今回は賞金から保釈金を引くしかありません。異議は認められ

ないでしょう。理不尽でしょうけど、これが私達に出来る精一杯です」

 本来なら逮捕だが、それを省略して保釈金を払って出た事にしてくれて

いるのだ。向こうも面倒な手続きを省略出来て、私は無駄な時間が掛から

ないので、まあWIN-WINと言っていい。

 好意は無駄にはならない。

 いつもこの調子では不味いけど。

「有難う。差っ引いた残りは、いつもの口座に」

 トワイトさんが返事の代わりに溜息を吐いた。

 組織一つ丸々だ。

 残りの幹部や関連組織、買い手まで突き止めたのだ。

 かなりの額になる。余裕で差っ引いても金が残る。

 

「お待たせ」

 私は外で待っているリニスに声を掛ける。

「…早く出ましょう」

 リニスにしてみれば、居辛い場所だろうから流石にいつもの落ち着き

がない。

『堂々としてればバレないよ』

 招き猫のアンバランスな愛らしい後ろ姿に、念話で声を掛ける。

『私はそこまで肝が太くないんですよ!!』

『ふん。だらしのない奴よ』

 バルムンクが呆れた声で感想を述べる。

『普通の感覚ですよ!!』

 招き猫の顔に青筋が浮かぶ。

『まあまあ、それで使い心地は?』

 リニスの偽装も兼ねたデバイススーツの調子を尋ねる。

 幾度か実戦を熟したものの、不具合が出ていたら事だからね。

『魔力の消耗が戦闘形態になるとキツイですね』

『魔力の自動吸引スキームを見直すか』

 デバイスにやらせれば多少負担も減るだろう。

『それよりもデザインの是正をお願いしたいんですが?』

『却下』

 念話なのに、不満気な唸り声が身体から漏れているように感じる。

 そして、不意に私は立ち止まる。

 突然、立ち止まった私にリニスが訝し気な顔をする。

「どうしました?」

「ごめん。先に帰ってて。換金してくるの忘れたわ」

 指定口座から引き出し、地球の日本の金に換金する必要があったり

する。換金出来る場所は、かなりダーティーな場所だったりもするが、

仕様がない。管理局にとって地球は管理外世界なのだから。

「待ってますよ?」

 リニスが言うが、それでは困る。

「母上の手伝いがあるでしょ?先に戻ってよ。大して時間掛からない

からさ」

 渋るリニスを帰らせ、私は管理局内の食堂へ向かう。

 何故、換金場所に向かわないのか。

 勿論、換金云々は口実に過ぎないからだ。

 ここだけは用のある人物は、一般人でも使用出来るようになっている。

 何も私が賞金稼ぎなどして、管理局に関わっているのは金稼ぎの為や

ら、実戦訓練の為だけではない。

 ある人物が念話圏内に入ってくるのを、ジッと待っていたのだ。

 滅多に自分の執務室と転送ポート以外に来ないから、時間が掛かった

が漸くだ。

 

『初めまして。()()()()()()()()()

 

 

              3

 

 :グレアム視点

 

 通常業務を熟しつつ、目的の為に動く毎日に不満はない。

 私の身体が決着まで持てばそれでいい。

 通常業務を終わらせて、残り時間を進捗状況を確認し、ハイスピード

で処理していく。

 だが、年には勝てないもので、身体が疲労を訴えていた。

 老眼鏡がないと、ウィンドウを睨むのも辛い。

 老眼鏡を外して、目頭を揉む。

「お父様。最近、休んでいないじゃありませんか。少しでもいいので、

休んで下さい。あとはロッテと私でやっておきます」

 アリアが何時からいたのか、背後から声を掛けてきた。

 いかんな。熱中し過ぎて気付かなかった。

 本来なら休んでいる暇などないのだが、このまま続けてもいい結果に

繋がらないだろう。

 私は一つ溜息を吐いて、頷いた。

 

 娘達にすぐに戻ると念を押して執務室を出る。

 本来の業務ではない作業だが、過去の功績の貯金のお陰で何も言われ

ずに済んでいる。

 市販の紅茶を飲む気になれずに、食堂まで足を延ばす事にした。

 私は英国人にあるまじき事に、市販の紅茶擬きでも平気だ。

 いや、慣れたというべきだろう。

 事件を抱えていると、それを気にしている場合ではないからだ。

 だが、今回ばかりは少しはマシなものが飲みたくなったのだ。

 食堂のものの方が人が淹れている分、マシな出来栄えだ。

 

 紅茶を受け取り、適当な場所に腰を下ろす。

 味わって飲むには物足りないので、胃に流し込むような飲み方になって

しまう。英国人とは掛け離れてしまったな。アルが見たら、けしからん

というだろう。結局、イギリスに帰ったのに本場の紅茶を飲み損ねたの

が痛い。

 そんな益体もない事を考えて飲んでいると、突然念話が頭に流れ込んで

きた。

『初めまして。ギル・グレアム提督』

「っ!?」

 辛うじて声を上げなかったが、過剰に反応してしまった事で周囲の目

を引いてしまった。

 私は何でもないというように、穏やかに微笑んで集中した視線に対処

した。少しずつ視線が外れていく。

 関係ない人間からの念話など、本来はシャットアウトしている筈だが、

どうやらそのプロテクトをいとも簡単に突破したようだ。

『貴方の守護獣とは会っていますがね』

 それで正体に察しがついた。

 それにしても守護獣か…。

『君は、あの騒動の時の女性かね』

『ええ。まぁ』

 アッサリと認めた。

 どういう積もりなのか。

『大胆というより、随分と迂闊なように見えるがね』

『そうでしょうか?あそこは管理外世界です。あそこで起こった事に

関しては、貴方に逮捕権はない』

 ついでに証拠は娘達の証言のみ、それも承知している訳か。

 あのロストロギアの残骸からは、何も分からなかったからな。

『それで、何か用なのかね?』

 私は諦めて本題を促す。

『提督のなさろうとしている事に関しての提案ですよ』

 今度は表面上は何も変化を見せずに済んだ。

 これも年の功という奴だ。

『さて、この年でやる事がまだ減らないからね。どういった事を指し

ているのかな?』

 鎌かけかもしれないから冷静さを保つ。

『こちらも率直に。闇の書の件ですよ』

 言葉を失ってしまう。

『八神はやて。現在の闇の書の主。貴方が確保している子ですね?

 率直と言ったので、ズバリ言います。協力しませんか?』

『協力?』

 はやての事まで掴まれているとは…。

 冷や汗が流れる。

 この女性も闇の書の封印を望んでいるという事か?

 それとも、私を強請り、闇の書を悪用する積もりだろうか?

『私にプランがあります。貴方のキャリアを台無しにする事なく、闇の書

()()()()し、因縁に決着を付ける事が出来るとしたらどうです?

しかも、八神はやてを生贄にする事もない』

『なっ!?』

 

 完全破壊だと!?

 しかも、はやてを犠牲にする必要がない方法!?

 

 そして、彼女はプランをザっと話してくれた。

 まさか、そんな事が出来るというのか…。

『いきなりこんな事を言っても信じられないでしょう。まだ若干の時間が

ある。ゆっくりと信頼を深めるとしましょう』

 彼女は今、賞金稼ぎとして本局に出入りしているらしい。

 最近、噂になっている賞金稼ぎが彼女だったとはな。

 大胆不敵もいいところだ。

 安易に手を取るのは危険だ。

 例え、それが喉から手が出る程のものであってもだ。

 

 取り敢えず、連絡手段を決めて彼女は念話を切った。

 

 

              4

 

 流石に有能な提督だけあって、老練な魔法の使い手だ。

 ギリギリまでこっちに来てくれないと、プロテクトに干渉出来なかった。

 勿論、実力的には強引にやれば出来るが、それで管理局に張り巡らされた

センサーにキャッチされ、管理局と揉める事にでもなったら最悪だ。

 提督とのホットラインは、持てた。

 今回はそれでよしとする。

 信用を得る算段はある。

 旨そうな餌をぶら下げられても、淡々と()()()()

 お互いに後ろ暗い秘密を共有しているとはいえ、どちらも決定打に欠ける。

 言い逃れはいくらでも出来るし、証拠はない。

 だからこそ、こっちに変な下心がない事を証明するのに、うってつけの事

がもうすぐ起きる。何しろアレは汎用性の高いロストロギアなのだから。

 提督を利用するより、着服した方が簡単だ。

 それを引き渡せば、多少の信頼の担保にはなる。

 あとは時間が迫れば、自ずと答えは出るだろう。

 そう、向こうは出来るならはやてを犠牲にせずに済むなら、無事に済ませ

たいと本音を見せている。誰も好き好んで小さい女の子を犠牲にしたくない

だろう。

 信頼は多少で十分。それだけで、取引は可能だ。

 あの提督は、はやてに罪悪感を持っている。

 闇の書の封印に関しては、あくまで封印であり、解除が可能という欠点がある。

 完全破壊出来るならしたいし、はやても助けられるとあれば、時間が迫れば多少

怪しかろうが、私の手を取るだろう。

 どうせ、リニスの関係でアレの案件に首を突っ込む事になりそうなのだから、

最大限利用させて貰う。

 それがなくても、自分の家が燃えているのに、居眠りする程呑気ではない。

 

 私は、これ以降、闇の書を存在させる気はない。

 はやてには恨まれるだろうが、人の恨みを気にして剣など振れないのだ。

 

 

              5

 

 :プレシア視点

 

 懸案事項が片付いたが、肝心の情報はまだ届いていなかった。

 だが、あと一息だ。

 そう考えて、苛立つ気持ちを抑える。

 それが功を奏したのか、待っていた連絡が届いた。

『待たせたね。漸く発掘が終了し、全てを回収したとの連絡が入った』

 私の身体の状態から、これがラストチャンス。逃す訳にはいかない。

 それをおくびにも出さずに、素っ気なく頷く。

『通るルートは、送金と同時に送る』

 これもいつも通り。

 今更、不快に感じる事もない。

 ただ、私を裏切れば、どうなるかを分からせているから、持ち逃げの心配

はない。

 私は、隠し口座に金額を送金する。

 暫くすると、こちらに輸送ルートの詳細が送られてきた。

『どこでどうするかは、そちらの自由だ』

「勿論、迷惑は掛けないわ」

『信用しているよ』

 お互いに信用とは無縁だろうに、お互い笑顔で通信を切った。

 ただ利と実力で繋がっているだけの間柄に、信用などお笑いだ。

 

 私は輸送ルートから、()()()()()()()()()()()()()、慎重に魔法式を構築

していった。

 

 

              6

 

 小学校に登校して、周りの知り合いに適当に挨拶して、机に教科書を

仕舞っていく。

 昨日のどんな番組を観たかとか、他愛のない会話が周りで繰り広げられる。

 私は、それに参加せずに、暇つぶしの本を広げる。

 適度にクラスに馴染んでいればいい。 

 普通なら駄目な手だが、私には魔法がある。それも高度なテクニックが。

 気付かれない程の魔力で、思考を誘導するなどお手の物だ。

 だが、問題は存在している。

 

「おはよう!アリサちゃん!すずかちゃん!」

 

 転生者の宿命なのか、これ。

 そう、同じクラスなんです。

 なのはちゃん、アリサちゃん、すずかちゃんと。

 

 こんなテンプレいらん。

 

 

              7

 

 :プレシア視点

 

 慎重に次元航行船の動きを見守る。

 もうすぐ魔法を施したポイントへ船が到着する。

 あくまで事故でなくてはならないのが面倒だ。

 もう、どの次元世界にも未練はないのだから、あの提督への配慮などする

必要はないが、騒ぎを大きくして変に邪魔をされては堪らない。

 それにあの手の俗物は、自分に被害が及ぶとこちらを売るかもしれない。

 不確定要素は排除しておくに限る。

 

 集中力を極限にまで高め、いつでも魔法を発動出来るように備える。

 あと少し。

 きた。

 魔法を発動する。

 突如としえ空間が乱れ、プラズマが走る。

 船体が大きく揺れている。

 ロストロギアの保管場所へ向けてプラズマを走らせる。

 ここからだ。

 創った穴からロストロギアがこぼれる。

 それを散らばったように見せ掛けて、回収する。

 最後の仕上げだ。

 

 だが、上手くいかなかった。

 

 突然、身体が悲鳴を上げる。

 口から熱い液体が、逆流するように血を咳と共に吐き出す。

 当然、集中が乱れ、回収する筈だったロストギアは、見せ掛けでなく、

本当に次元の海に散らばった。

 

 発作が治まった頃には、ロストロギアは海に消えていた。

 舌打ちと共に、杖を床に叩き付ける。

 本来なら、ここで全て終わる筈だったのに…。

 だけど、落ち着きなさい、私。

 最悪に備えはあったわ。

 あの人形に関わらないといけないのはストレスだけど、こんな時の為

に飼っていたのだ。

 落下した場所を探ると、見事に管理外世界に落ちたようだ。

 無人世界にでも落ちてくれていれば最高だったが、落ちたのは人がいる

世界だ。97管理外世界。魔法文化がないところだ。これなら、あの人形を

使えば、楽に回収出来る。

 私は内心の苛立ちを押し込めると、人形を呼んだ。

 

「フェイト。話があるわ。すぐに来て頂戴」

 

 

 

 

 

 




 次回から原作に突入します。
 美海は先を見据えて動き出しました。
 相変わらず、彼女は家族を守る事第一です。
 これからどう変化するか、楽しんで頂ければ
 幸いです。

 かなり時間が掛かりますので、気長にお待ち
 頂ければ…。





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第6話

 比較的、適度な長さ…なのかな?と思います。
 それでは、お願いします。


 


              1

 

 いつ頃、ロストロギアが落ちてくるか予想はつく。

 だが、ずっと空を監視するのも怠い。

 でも、今は苦労をするべきところだ。

 あれから少しは、前世の技術はマシな完成度になった。

 元の子供の状態と、賞金稼ぎをやっている大人形態で別けて訓練するという

面倒をやった甲斐もあった。そう思いたい。

 無駄な訓練時間の浪費などと考えてはいけない。

「美海。星を観る趣味がある…訳ないですよね?」

 横で招き猫が失礼な発言をする。

 確かにないけど。

 こういう時に便利なのは…。

「勘かな?最近、嫌な予感がしてね」

 招き猫ことリニスが胡散臭そうに私を見る。

『臣下であれば、主を信じて待てばよい。なっておらんぞ、駄猫』

 血液の中からバルムンクが立派な事を宣う。

 口を開けば、ムカつく苦言しか最近言わないアンタが何を言う。

「長年、放置されて文句言っていた剣が言っても、説得力ありませんよ」

 リニスも皮肉っぽく応戦する。

『「……」』

 互いに無言で圧を掛け合っている。

 最近、こいつ等、仲がいいんじゃないかと思い始めてきた。

 好き勝手な事をしている奴等に青筋を立てつつ、精霊の眼(エレメンタルサイト)で空を監視して

いると、祈りが通じたのか魔法の反応が爆発的に高まり、空から何かが落下

してくる。

「きた!!」

『「っ!?」』

 私の鋭い声に、リニスとバルムンクが反応する。

 リニスが空を見上げ、何かが落下してくるのを確認しているようだ。

「ロストロギア!?」

 その可能性が高い反応だ。

 おそらく、魔法の遠隔攻撃による事故に偽装した襲撃であった為に、ロスト

ロギアが魔力に反応して、分かり易くなっているのだ。

 バルムンクは、私を通して空を見ているだろうが、無言で警戒しているよう

だ。いつもこのくらい黙っているといい。

 内心で文句を言っていても、私は既に飛び出している。

 高速でロストロギア・無印で重要アイテムジュエルシードに迫る。

 某願いを叶えてくれる玉みたいに、その場で掴んでしまえば面倒がない。

 探す手間が省ける。

 この為に、今まで守護獣の招き猫に色々言われながらも、監視を続けて

いたのだ。

 グングン目標に近付いていく。

 もう少し。一つ目に手を伸ばした時だった。

 晴れているにも拘わらず、突如として稲妻が走った。

 明らかに魔法によって発生した稲妻。

 落ちるところまで、監視してたのか!暇人か!?

 深く考えるとブーメランだろうが、私は大真面目にそう思った。

「プレシア!?」

 リニスが覚えのある魔力に反応する。

『呆けるでない!!』

 バルムンクの叱責が飛ぶ。

 稲妻がジュエルシードを護るように走る。

 私は舌打ち一つして、誘雷の魔法で稲妻を逸らしつつ、血液中からシルバー

ホーンを取り出す。

 魔法式の発生場所を特定。

 照準。

 引き金を引く。

 稲妻が魔法式をバラバラにされた事で無力化される。

 だが、それと同時に分かった。

 精霊の眼(エレメンタルサイト)で監視していなければ、気付かなかった。

 魔力を似せているだけで、これはおそらく本人の物じゃない。

 パターンを似せれば、それっぽく仕上げる事は出来るが、私は兎も角リニス

まで騙されるレベルとなると、犯人は限られる。

 向こうも気付かれた事は察したようで、取り繕う事を止めた。

 複数の魔法式が同時に別の場所で展開され、空を狂ったように魔力が渦巻き、

大気が乱れる。

「こ、これは!?」

 リニスも流石に、おかしいと気付いたようだ。

「リニスにとっては、朗報になるか分からないけど、これは元の主人の仕業

じゃないみたいよ」

「では、誰が!?」

 さてね。

 私は稲妻を回避しながら、魔法式の発生場所を読み取り、立て続けに魔法

式を破壊していく。

 リニスも自らの雷で迎撃しつつ、ジュエルシードを追う。

 私は空中に足場を作成し、それを器用に踏んでドンドン加速する。

 片手で稲妻の魔法式を破壊しつつ、血液中から精霊鋼の剣を取り出すと、

魔力を籠めて一気に振り抜いた。すると、稲妻が一気に斬り飛ばされた。

 傍から見たら、冗談のような光景だろうが、私は稲妻であろうが斬れる。

 リニスが驚いたように、私を振り返る。

 私は、それに反応する事なく、下を見て舌打ちする。

 稲妻にかまけている間にジュエルシードが落下してしまったのだ。

 ジュエルシードが稲妻の影響でどこに落下したか、分からなくなったのだ。

 稲妻は、ジュエルシードの落下場所を特定させない為に、ある物は飛ばし

ある物は弾いて、落下場所を変えていた節がある。

 これで原作知識でジュエルシードを探すという手が、どこまで通じるか

分からなくなった。

 だが、やられっぱなしではない。

 私は監視しているであろう犯人に向けて、剣を血液中に収納すると、挑発

するように、指の間に挟まっている二つのジュエルシードを見せ付けた。

 魔法式に注意を向けていると見せ掛けて、物体を引き寄せる魔法で、回収

出来る物はしていたのだ。

 リニスも舌を出すと、そこには一つジュエルシードが輝いていた。

 だが、相手は挑発に乗らずに、魔法の痕跡を消し去ると、退いていった。

 空にあれだけ渦巻いていた魔力が、跡形もなく消えている。

 制御能力も化物クラス。

『退いたようですな。退き際も見事ですな。普通は勝っていると踏み込んで

しまうものですがな』

 バルムンクが言葉とは裏腹に、不機嫌そうに言った。

「あれは…プレシアではなかったのですね?」

 リニスが深刻な声で、私に訊く。

「まあ、私は貴女の元主の魔力を知らないけど、偽装していたみたいだね」

「……」

 リニスが考え込む。

「まあ、関わりがないって事はないだろうから、会うんじゃない?元主に」

「そうですね…」

 リニスは複雑な表情だ。

 まさか、ここまで早い再会になるとは思っていなかっただろう。

 だが、警戒すべきは、魔力の偽装であれだけの事をやってのけた相手。

 偽装するだけで、魔法の工程が増える訳だから、負担は相当なものの筈だ。

 にも関わらず、相手は完璧に制御して見せた。

 その手腕は、プレシア女史を下手をすれば上回る。

 

 全く、楽はさせて貰えないものだ。

 

 

              2

 

 ???視点

 

 少しロストロギアをバラ撒く後押しをして、仕事は終了。

 その積もりだったが、思わぬ事が起こった。

 すぐに回収しようと動く者があったのだ。

 まだ、私が表立って動く訳にはいかない。

 故に、プレシアの魔力を偽装して稲妻の雨を降らせた。

 結果的に、バレてしまったが、そんな事は些細な事だ。

 ()()()()()()()()()()()

 あんな事が出来るのは、数多ある世界で過去現在でも彼女しかいない。

 ああ!我が宿敵よ!

 楽しいダンスがまた踊れるようだ。

 三つ程回収されてしまったのに、忍び笑いが漏れる。

「しかし、よかったのですか?」

 我が子と呼ぶべき女性が、私に問う。

 彼女は、ずっと私の傍でデータを記録してくれていたのだが、堪り兼ねて声

を掛けたのだろう。彼女は合理的に事が運ぶのを好むからね。今回の件は無駄

だらけに感じるだろう。だが、楽しむ事も人間にとって重要な要素だ。思考の

柔軟性もなければね。これからの教育では、そこも教えていかないといけない。

 おっと、そろそろ答えて上げないとね。

「何がだい?」

「素直に回収させればよかったのでは?」

「ああ、プレシアにかい?」

「はい」

 私はニヤリと笑う。

「それじゃ、()()()()()()が動いているところが観れないじゃないか」

 あの子も、私にとって重要な成果の一つなんだ。

 キチンと実用に耐えると証明されるか。これは重要な事だ。

 プレシアの事だ。ここで回収出来てしまえば、あの子を用なしとばかりに

始末し兼ねない。全く、勿体ない話だ。ならば、こちらで、あの子の動く理由

を作ってやればいい。

 仕事の結果は知りたいのが、人情というものだよ。

「成程、データ取りですか」

「君は、まだ硬いな。もっと人間らしさを覚えなさい」

「…努力します」

 表情を変えずに、彼女が頷く。

 だけど、私は気付いている。返事に間があったね?それこそが人間としての

感情のある証。ゆっくりといこう。時間はまだあるのだから。

「さて、私達の娘と我が宿敵。どれ程、食い下がれるだろうね?」

 私は、こちらにロストロギアを見せ付ける彼女を見て、楽し過ぎて笑った。

 

 そして、私はラボにいる()()()()に振り返る。

 

「君も、取引損にならなかったようじゃないか?こんな形とは思わなかったが

ね。君にとっては最良か」

 

 もう一人は、壁に背を預けたままニヤリと笑った。

 

 

              3

 

 結界は大事だ。

 こんな魔法文化のない世界だと。

 ただ回収して終了すると高を括っていた。

 それなのに、遠慮なく稲妻が雨霰と降り注ぐ事になり、早々に撤退する羽目

になった。間抜けな結果でも甘んじて受け止めないといけない。

 この世界でも勘の鋭い者は、気付く可能性が高い。

 例えば、なのはちゃんとか。

 最悪、取りこぼしはそのまま地上に拾いに行けばいいと思っていたが、原作

通りに落ちてくれなかったので、何度も言うが諦める。

 まあ、サンプルが手に入ったからよしとする。

 

 家に戻って、予定通りにグレアム提督に連絡を入れる。

 勿論、変身済みで。

 繋がるまでに少し時間が掛かるのは、向こうが忙しいのだから仕様がない。

『管理局に通報するのですか?』

 リニスが繋がった時の為に、念話で訊いてくる。

『そりゃそうでしょ?何しろロストロギアなんだから』

 私はなんて事ないように言ったが、リニスは例によって胡散臭そうに目を

細めた。

『主の成す事に一々五月蠅い奴よ』

 バルムンクは、退屈なのか参戦してリニスをイジる。

 リニスは青筋を浮かべて、黙り込んだ。

 この性悪の剣は、言い返せば喜ぶといい加減悟ったのだろう。

 漸く繋がり、グレアム提督がウインドウに映し出される。

『済まないね。出るのが遅れてしまった』

 なんの悪びれもない顔だが、別に気にしない。

「いいんですよ。突然の連絡ですからね。多忙な提督と連絡が取れるだけ

よしとしたものです」

 嫌味ととられ兼ねない言葉だが、向こうも気にしない。

『それで、どういった用件かね?』

 私は、ジュエルシードの映像を向こうに表示する。

 グレアム提督は、眉を顰めて映像を観た。

「実は先程、こちらの世界にそれが降ってきましてね。三つ程回収したのです

が、どうにも危険物のようなので、連絡したのです」

 グレアム提督は、私が送り付けた映像をジッと睨んでいる。

「これについて、心当たりが?」

『全ての仕事を把握している訳では当然ないが…。少し待って貰えるかね?』

「勿論です」

 グレアム提督は、何やらコンソールを高速で操作する。

 目的の情報にアクセス出来たのか、顰められた眉に更に皺が増えた。

『つい最近に発掘された物のようだ。管理局に知らせが有り、回収に向かった

ようだが…流石にまだ、それからの情報はないな』

 私はグレアム提督の次の言葉を待つ。

『こちらで回収に向かった艦に問い合わせよう。こちらから連絡するよ』

 そう言って、グレアム提督は通信を切った。

 

 私は、フッと息を抜く。

 だが、リニスがジト目で私を見上げる。

「美海。なんだか悪い顔をしていますよ」

 失礼な。

 非常にいい事をしているでしょうが。

 

 招き猫のジト目という、得難い経験をして待っていると、すぐに返信が

返ってきた。ウインドウを表示すると、グレアム提督は渋い顔だった。

『今、調べて貰った。輸送任務中に次元嵐に巻き込まれ、()()()()()()()()

ロストロギアをロストしたとの事だ』

 グレアム提督の言葉で、容易に担当者が事故を主張しているのが窺えた。

 襲撃されたとなれば、それを奪われたに等しい。

 出世に響くミスだろう。

 だから、あくまで自然災害によるものと主張している訳だ。

 多少しか変わらないと思うが、少しでも度合いを軽くしたいのが人情だろう。

 管理局員としては、グレアム提督が渋い顔なのも仕様がない。

 ピンポイントでカーゴ部分を稲妻が撃ち抜いたなんて、どう考えてもおかしい

だろうと気付くだろうに。

 次元航行船が、その程度で穴が開くかという話だ。

 重要な品を運ぶ艦なのだから、そこら辺は頑丈に造られている筈だ。

 明らかに自然の稲妻ではあり得ない。

 だが、輸送責任者は、それを認めないだろう。

 何故だか知らんが。この一言にグレアム提督の感想が透けて見える。

「で?どうなります?」

 私は内心でニヤリと笑いつつ、グレアム提督の意向を確認する。

『優秀なチームに、私の伝手ですぐに動いて貰う事にしたよ。それでだが、君

の回収した三つを、そのチームに渡して貰いたい』

「信用が置けますか?輸送ルートは普通…」

『分かっているよ。それに関してはこちらで対処する必要があるだろう。信用

面は私が保証するよ。ハラオウン。聞いた事があるんじゃないかな?』

 リンディ・クロノ親子か。原作通りだ。それに評判は聞いている。

「最年少で執務官になった英才だとか。不甲斐ない結果を出す管理局内で、

一人気炎を吐いているらしいですね」

 グレアム提督が苦い顔で一瞬黙る。

『容赦のない意見だが、彼等の評価はその通りだ。そこで頼みたいのだが…』

 きた。

 そう、彼はこの件を放置出来ない。

 既に時期的には、はやては闇の書を所持している。

 原作では影響が出なかったし、彼も関知していなかった部分もあっただろう

が、今回は私が教えている。

 下手をすれば、はやてがジュエルシードを使うなどという最悪の事態は、

起こり得る。無視は出来ない。

『出来れば、他の散らばったジュエルシードもチーム到着まで、回収を継続

して貰えないだろうか。本来なら、外部に頼むのは規則に反するが、緊急時

という事で、私が話を通すよ』

 パーフェクト。

「信頼して頂いたのならば、応えないといけませんね。お任せを」

 私は神妙な態度で、依頼を快諾した。

 

 これで、公的に大手を振って動ける。

 

 

              4

 

 グレアム視点

 

「いいんですか?リンディ提督もいい顔をしませんよ?」

 通信を切ると、秘書としての役割を熟すアリアが懸念を伝えてくる。

「リンディなら呑んでくれるだろう。寧ろ、クロノが嫌な顔をするだろうな」

 リンディは、人手が足りない現状をキチンと認識している。

 多少の規則違反も、上手くやる手腕を持っている。

 そんな事は、アリアも承知している。

 本当に言いたい事は、別だろう。

「ハッキリと言ってくれて構わんよ」

 だから、私はアリアに促してやる。

 懸念は出来る限り解消すべき事だ。

「…では、彼女は信用出来るのでしょうか?」

 疑念がありありと分かる声でアリアが言った。

 ロストロギアを、素直にこちらに知らせてきたのはいい。

 だが、私に直接となると、疑わしく思うのも理解出来る。

「完全に信用など出来ないし、あちらも信用して貰えるなどと思っていないさ」

「どういう事ですか?」

 私の言葉に、アリアが怪訝な顔で言った。

「彼女が言いたいのは、利害が一致していると強調しているのさ」

「……」

 何か企みがあるなら、ジュエルシードを着服しておいて損はない。

 エネルギー結晶体なのだから、なんにだって利用出来る。

 そんなものより、我々との協力関係が大事だと言っているのだ。

 それに、はやてに残された時間は、あまりないと推測される。

 ゆっくりと信頼関係を構築する時間はないと、彼女も思っているのだ。

 故に、今回の事件は都合がよかった。

 勿論、これが彼女の自作自演でないかは、念入りにこちらで調べる。

 だが、可能性は低いだろう。

 そんな疑いが残るような事で、協力関係を築けるとは、彼女も楽観的ではない

だろうし、私もそこまで低く見られていないだろう。

 今回の件で、彼女がどう動くのか、それも判断の材料となる。

 そんな事をアリアに説明するが、釈然としないのか、顔色は晴れなかった。

 まあ、これから色々と見えてくるだろう。

 今は仕事だ。

 

「輸送ルートの漏洩元も突き止めなければな」

 

 

              5

 

 翌日から、すぐに探索するという訳にはいかない。

 学校をサボる訳にはいかない。両親が怒るから。

 あくまで優先するのは、家族だ。

 だから、リニスに密かに探し回って貰う。

 主に人が密集している箇所だ。

 そこで発動でもされた日には、最悪家族が巻き込まれる。

 動物が発動した程度なら、被害は少なくて済みから後回しにしている。

 発動して場所が分かれば、話は別だけど。

 

 手に入れたジュエルシードで探索魔法を創作して、リニスに渡したものの、

発見の報はなく、あっという間に夜になった。

「申し訳ありません…」

 リニスは項垂れて流石にバツが悪そうだった。

 だけど、これはリニスが無能だった訳じゃない。

 大々的に探索魔法を使って調べれば、おそらく幾つか見付かっただろう

けど、それをやるとなのはちゃんとかはやてとかにバレて面倒になりそう

だ。不思議がるくらいならいいが、何かに触発されてうろつかれると、下手

をすれば、ジュエルシードに遭遇してしまう。必然的に最小限で使う必要が

ある。それだと、余程近付かないと反応しないのだ。

『フン。使えんな』

「うっ…」

 ここぞとばかりに、守護獣に不満を感じているバルムンクが嫌味を言った。

 いい加減、前の守護獣と比べるのは止めればいいんだよ。

「気にしなくていいよ。まだ発動はしてないんだから」

 私の方はバルムンクを無視して、リニスを慰めてやる。

 まあ、真実しか言ってないけどね。

「次は抜かりません」

 リニスが決意に満ちた声で宣言する。

 まあ、フェイトちゃん達にも関係してくるのが、リニスにだって予想出来

るだろうしね。

 

 夜の町を疾走して、かなり時間が経ったが一向に反応がない。

『これは、いくらなんでも反応しなさ過ぎですな』

 バルムンクが懸念を伝えてくる。

 私は黙って頷いた。

 町中がゼロって事はないだろう。

 可能性としては、もう誰か或いは何かによって移動している?

 私達が回収したジュエルシードに、自立行動出来る要素がない以上、その

可能性は高い。

 それか、もう既に私達が回収した夜に、魔力の影響でジュエルシードに

なんらかの影響が出ているというのもあるか…。

 あの魔力の稲妻は、私達の邪魔を目的としていた。

 ジュエルシードが願いを形にする魔力結晶だとすれば、私達の邪魔をする

という願いをジュエルシードが、魔法を通して叶えたという事になる。

 魔法は、意志の強さとかも関係しているから可能性はゼロではない。

 もし、これなら発動前のジュエルシードを確保するのは、事実上無理と

いう事になる。可能性としては、こっちは低いかな?

 

 そんな事を考えていたら、突如として不気味な魔力の反応が現れた。

 だが、この反応は…。

「ジュエルシード!」

「発動したんですか!?」

『それしかあるまい!下らん事を訊くな!』

 不幸中の幸いな事に、場所は山中だ。

 手早く抑える。

 私は血中から精霊鋼の剣を取り出し、風のように走り出した。

 リニスが遅れずに、ピッタリ付いてくる。

 結界が構築された反応が飛び込んでくる。

「結界っ!?一体誰が!?」

 リニスが驚きの声を上げる。

 ここは魔法文化がない世界。

 私以外に、今は真面に魔法を構築出来る人間はいない事になっている。

 この前みたいに、次元犯罪者が紛れ込んでいない限り。

「急げば分かる」

 私は、そう言い捨てて更に加速した。

 その甲斐あって素早く駆け付ける事は出来たが、結界内を見通すと決着が

着こうとしていた。

 そこにいたのは、敵に止めを刺さんと腕を振り上げるジュエルシードの

思念体と思われる黒い人型。それに止めを刺されそうなユーノだった。

 まだ、管理局すら到着していないのに、早いお着きだ事。

 戦闘が不得意なのに、出てきたのは頂けない。

 お蔭様で、周囲の被害が笑えない。これは結界解除しても影響が出るぞ。

 結界を破壊しないようには、結界の魔法式を精霊の眼(エレメンタルサイト)でハックして

入り込むと同時に黒い人型が腕を振り下ろしていた。

 大地が割れて、土砂と一緒に木が衝撃波でユーノに殺到する。

 既に戦闘開始から時間が経っていないにも拘らず、既にボロボロのユーノ

は、避ける事も出来ない態勢と有様だ。

 ユーノが悲鳴を上げてその奔流に流される。

 私は舌打ち一つして、血液に精霊鋼の剣を収納し、新たな剣を取り出す。

 出てきたのは、私が所持する剣の中で一番の大剣である。

 

 大地剣・ヴェルト

 

 その名の通り、大地を司る神剣である。

 大地を支配する権能は凄まじいものがある。

 それを素早く投擲する。

 大地剣は奔流に突き刺さると、その権能を遺憾なく発揮した。

 私の望み通りに。

 あれだけ荒れ狂った大地がピタリと止まり、土砂も木々も動きを止める。

「リニス。あの子を」

「お任せ下さい」

 私は、地上に降りるとリニスにユーノを任せる。

 リニスが素早くユーノの探索を開始する。

 大地剣を引き抜き、私は一閃する。

 それだけで衝撃波が発生する。

 一撃の強力さは、私が持つ剣の中でも上位に入る。

 黒い人型は、堪らず足を踏ん張る。

 そのお陰で無様に吹き飛ばされる事を避けた。

 黒い人型が、紅い目を細める。

 私は、無言で踏み込み、加速する。

 黒い人型は、私の速度に驚いたのか、紅い目を見開いて飛び退る。

 だが、遅い。

 大剣が黒い身体をゴッソリと削り取る。

 魔力の流れを見極めて大剣を振り下ろした為に、ジュエルシードを傷付ける

事なく削れた。

 ジュエルシードが露になった瞬間、黒い人型は足を地面に叩き付け、土煙

を起こそうとした。だが、残念ながら私の大地剣は、そんなものを抑え込む。

 私は、手首の返しと体捌きのみで勢いを殺さずに、大剣で二の太刀を放つ。

 黒い人型は叩き付けた足で、そのまま飛び上がり、大剣を蹴り付けた。

 足を犠牲にして致命傷を逃れたのだ。

 更に、黒い人型は身体を丸い形に変化させて、高速で遁走した。

 私がそのまま見送る訳もなく。

 シルバーホーンの引き金を引く。

 飛行魔法自体を阻害しようとしたが、向こうも素早く魔法をキャンセルし

抵抗する事なく破棄した次の瞬間、転移を実行した。

「っ!?」

 魔法を待機させてたのか!

 思念体だから、そんな知恵はないだろうと、高を括っていたのが災いした。

 高速で逃げられればよし。

 逃げ切れないのであれば、即座に転移発動という訳か。

 当然ながら飛ぶのと転移するのでは、消耗が違う。

 転移の方が消耗が激しいのだ。

 念を入れて準備していたという事は、高度に思考出来る事の証明である。

 思念体にそこまでの力はない筈だ。

 最後に私が上げた可能性、あれは冗談じゃないのか?

 私は憮然とした面持ちで、シルバーホーンを下した。

 

『美海!見付けました!』

 

 そっちは無事かな。

 私は大地剣を血液に収納すると、リニスの方へ歩き出した。

 到着すると、ユーノは薄汚れたフェレットになっていた。

 魔力の回復の為だっけ?

 ただ、傷だらけの為に汚れは頂けない。

 やむを得ず傷の治療や消毒は、やってやる事にする。

『誰か…助けて下さい。この声が聞こえる人…』

 微かに意識があったのか、全方位に向けてユーノが念話を放つ。

 放ってしまった。

 思わず、舌打ちしてしまった。

 これで、なのはちゃんに聞かれたな。下手をすればはやてにも。

 

 妙な動きをしないといいけどね。

 

 私はフェレットを不機嫌な顔で見下して、そんな事を思った。

 

 

              6

 

 なのは視点

 

 私は今、多分夢見てる。

 でも、不思議な夢なの。

 私もお友達も一切出てこない。

 誰かの夢でも覗いてるみたいな不思議な感覚。

 

 男の子が、山?かどこかで、何か黒い大きな人影と戦ってる。

 その大きな人影は、人じゃないみたいで、顔に当たる部分?に紅い目が光って

いるの。

 その大きな影みたいなのが、大きく手をグーにして振り回すと、まるで嵐みた

いな強い風が吹いた。大きな腕が振り回されるだけで木々が風で倒れそう。

 そんな危ない攻撃を、男の子はバリア?みたいなのを張って、防いでる。

 でも、何度も攻撃されたバリアは、罅が入って破られそう。

 私は夢の中なのに、必死に逃げてと念じたけど、全然届かない。

 夢なんだから当然なのかもしれないけど、なんか嫌だ。

 思った通り、バリアはアッサリと壊されてしまった。

 ガラスが割れるような嫌な音が響く。

 私は男の子がペシャンコになってしまうと、思わず目を閉じたくなった。

 でも、閉じられないし、男の子はバリアが壊れる瞬間に身体を地面に投げ出し

て攻撃を避けていた。

 しかも、ただ倒れただけじゃない。男の子は何かをポケットから取り出すと、

手を黒い大きな影に翳した。

 手の平から出てきたのは、紅いビー玉みたいなもの。

「妙なる響き、光となれ! 赦されざる者を、封印の輪に!ジュエルシード封印!」

 なんだか魔法の呪文みたいな言葉を、男の子が唱えると紅いビー玉が物凄く

光り出した。

 黒い大きな影が、驚いたみたいに仰け反る。

 影が光に蹴散らされるみたいに、吹き散らされて、身体の中心に青い菱形の宝石

が見えた。だけど、宝石が脈打つみたいに震えると、影が光を押し退けた。

 影が元通りになると、怒ったような叫び声を上げて、男の子に突進する。

 男の子は、倒れたままだったから避けられないで、影に跳ね飛ばされた。

 男の子が物凄く痛そうな音と一緒に、遠くに飛ばされる。

 男の子は地面に叩き付けれて、ゴロゴロと斜面を転がって、木にブツかって

止まった。

 影は、それで満足しなかった。

 大きな声で叫ぶと、両手をグーにして地面を思いっ切り叩いた。

 すると、地面が割れて木と一緒に斜面を、物凄い勢いで流れていった。

 男の子は痛みに耐えて、なんとか逃げようとしたけど、木々に押し流されて

しまった。

 男の子の悲鳴が聞こえる。

 耳を塞ぎたいけど、夢だから出来なかった。

 私に出来るのは、ただ見て聞くだけ。

 男の子は、どうなったの?

 

『誰か…助けて下さい。この声が聞こえる人…』

 

 消えそうな掠れた声が最後に聞こえた。

 

 ピピピピピピピピ!

 

 私は、その音で跳ね起きた。

 音の正体は、目覚まし時計。

 

「変な夢、見た」

 

 この時、これが始まりだなんて思ってもいなかった。

 

 

  

 

 

 

 

 




 次回から無印本格始動です。
 少しでも暇潰しになっていれば幸いです。
 次回も時間が掛かると思いますので、気長に
 お待ち頂ければと思います。




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第7話

 随分と時間が掛かっていますが、折れていません。
 長くなってしまった…。気を取り直して、それでは
 お願いします。





              1

 

 翌朝、私は不機嫌さを隠さずに目を覚ました。あれからどうなったかって?

 フェレットことユーノを回収して、現場を立ち去ったんだよ。地滑りでも起こしたような有様だから、関係機関が押っ取り刀で駆け付けてきたから。

 化物が破壊した結果だとは流石に思わないから、自然災害ってことになると思う。そして、ここからが前夜の回想だ。

 

 私はまず安全な場所までユーノを連れて退避した。パトカーやら消防車やらのサイレンを背に感じて。

「ここら辺でいいかな」

「もうかなり離れましたしね。結界がいきなり解除された時はどうなるかと思いましたけど」

 そう、当然の帰結だけど結界を張ったのはユーノ。その術者が意識不明になってもある程度結界を維持していたのがレイジングハートってとこだ。私達がユーノを保護したので解除した訳だ。ユーノの魔力残量の関係もあっただろうけど。

「取り敢えず応急処置で治療しよう」

 私は、薄汚いフェレットと化したユーノに治癒魔法を施す。再成を使うまでもない傷ではあるからこれでいいだろう。だが、治療中に問題が発生した。

『誰か…助けて下さい。この声が聞こえる人…』

 無意識なのだから仕様がないが、助けてやったのに助けて下さいとはね。

 しかも、これで大々的になのはちゃんや下手をしたらはやてにも伝わった可能性が高い。これは提督に探りを入れて貰わないといけない。初っ端で下手を打ったな。これは今後の活動で挽回する必要がある。それを考えて眉間に皺が寄る。

可能性が高い。これは提督に探りを入れて貰わないといけない。

「取り敢えず、この迷惑な奴を起こそう」

「事情は分かりませんが、そういう言い方は酷いですよ」

 リニスが私のセリフを窘める。

『愚かと言わんだけ優しいと思うがな』

 バルムンクが一番容赦なかった。

 傷は、もう問題がないから多少揺さぶってやる。最初は反応しなかったが、流石に何度もやると漸く意識を取り戻した。

「ここは…」

「地球だよ。管理外世界97番。それより自分がどうなったか覚えてる?」

 意識を取り戻したユーノの寝言に等しい問いに答えてやると、ユーノは勢いよく起き上がる。フェレットじゃ様にはならないけど。

「ジュエルシードは!?」

「待った」

「っ!」

 ユーノが今気付いたとばかりに私達を見て驚く。取り敢えず、記憶の欠落がないか確認して置かないといけない。

「貴方、名前は?なんでアレと戦ってたの?」

 私は既に答えを知っている訳だから、白々しさ大爆発だ。だけど、ユーノがキチンと回復したか確認しないと次に進めない。いちいち眼で確認するのも面倒だ。

「そう言う貴女は?」

 ユーノが警戒心を滲ませた顔と声で私達を伺う。

「私はレクシアとでも呼んで。職業は賞金稼ぎ。今回は管理局からの委託でロストロギアの回収をやってる。なんなら管理局のお偉いさんに通信繋ぐけど?」

「賞金稼ぎ…。そんな職業があるとは聞いてはいましたが、実際に会うのは初めてです。管理局へは、僕から連絡してもいいですか?」

 成程。こっちが繋いだ通信じゃ、偽物の管理局員かもしれないって訳か。

 用心深くて結構だけど、それはこんな事をやる前に発揮して貰いたかった。

「いいよ。ギル・グレアム提督に確認とるように言ってね」

「……」

 ユーノがレイジングハートを前足で抱えたまま固まっている。そうだよね。

 連絡出来ないよね。まあ、表向き事情を知らない訳だから容赦はしないけどね。

「どうしたの?連絡していいよ」

「あ、あの!その前に訊いていいですか?」

「どうぞ」

「賞金稼ぎが管理局の委託で動くなんてあるんですか?そういう場合、嘱託魔導士とか使うんじゃないですか?」

 思わず笑ってしまう。局員自体が全く足りない現状で嘱託魔導士がそんなにいると思っているのか。ユーノは笑われてなんだかムッとしているようだ。

「ああ、悪いね。気を悪くさせて。正論だけど人手不足は深刻でね。私が丁度現場にいるからやむを得ない処置でってヤツだよ」

「……」

「君もいい加減腹割って話そうか」

 ユーノは、フェレット形態でも分かり易いくらいに悩んでいる。そろそろ事情をゲロして貰わないと、邪魔しないように拘束してアースラが来るまで休憩して貰う事になるよ。

「分かりました…」

 彼の自己紹介から開始してポツポツと話し出した。聞いた事情は大体私の知っているものだった。

「いくらなんでも無謀だ」

 聞いた上で私はそう断言してやった。現に被害が出ている以上、これは言うべき事だろう。管理局が、不用意に与えた情報をもとに、ここまで来た情熱というか責任感は凄いが正直迷惑だった。

「……」

「何はともあれ、君は大人しくしてて貰うよ。ここは私の住んでる世界なんだ。荒らされたら困る」

「住んでる!?」

 ユーノが驚きの声を上げる。ああ、そうか。違法に住み着いてると思ったか。

「出身世界がここだから」

「あ、そうだったんですね…」

 一応、管理局の仕事してる時点で察して貰いたいけど。もうすぐ管理局の局員が到着すると説得して、どうにか納得して貰った。

 

 これで、なのはちゃん魔法入手はどうなるか。

 

 と、ここで冒頭に戻る訳だ。あのユーノを私の家に居候させる気はない。

私の正体は管理局に知られる訳にはいかない。全て終わった時に姿を晦ますのに不利だから。やる事をやったら関わりは断つ積もりだ。あの忌々しい闇の書を葬り去って終わりだ。ストライカーズ?そんなもの知らん。火の粉が降り掛かるなら払うまでだ。

 随分と脱線してしまった。ではユーノはどうしてるのかと言えば、動物病院に放り込んできた。だってフェレットだし。私が弱ってるところを拾った事にして、動物病院に放り込んだ。勿論、大人の姿でだ。ホテル代は後で管理局に必要経費で頂く。それまでは私が立て替えている。仕事で暫く引き取れないと病院の先生にも言ってあるし問題ない。問題があるとすれば、ユーノの全方位の念話だ。あれではやてに影響がないといいんだけど。原作じゃ無反応だったが、私というイレギュラーがいる以上、楽観視は止めておいた方がいい。グレアム提督にも素直に謝っておいた。

『それは仕様がないだろう。こちらで探りは入れておくよ』

 身内の調査で忙しいだろうに、ご丁寧に通信に出て対処を約束してくれた。

 初っ端に不始末を報告せざるを得ない事態に腹が立つ。目覚めが不機嫌になろうというものだ。

 

 

              2

 

「じゃ、いってきます」

 両親に挨拶して家を出る。こんな事があった次の日も怠い学校には行かないといけない。これも両親を心配させない為だ。

「美海。言うまでもない事ですが、気を付けて下さいよ」

 リニスが玄関先で山猫形態のまま、お見送りしてくれる。私は頷いて家を出た。

 

 スクールバスを停留所で待ち乗り込む。バスに揺られ考える事は昨夜の事

だ。あの思念体は明らかにおかしい。イレギュラーな存在である私がいる以

上、どういう変化をしていてもおかしくはない。だが、強さと思考力が思念

体の域を越えているような気がする。なんらかの介入があったと考えるのが

自然だろう。ユーノに関しては無策で動物病院に放り込んだ訳ではない。

 ユーノが察知されないように手は打ってある。これならユーノが、またも

や助けを求めてなのはちゃんが魔法を得る事態にはならない筈だ。転生する

前の凡人時代なら、彼女が魔法少女になった方が面白いと感じて、邪魔しな

かっただろうが、今は自分達がよければどうでもいい。場を引っ掻き回され

るより、彼女には一般人でいて貰った方が都合がいい。あとはリニスの義理

でフェイトちゃんをなんとかする。

 

 まあ、それもこれも繰り返しになるけど、ジュエルシードをなんとかした

後だ。

 

 

              3

 

 ユーノ視点

 

 レクシアと名乗った女の人は、僕を動物病院に放り込んだ。文字通りにだ

よ。信じられないと言いたいけど、僕は既に彼女が住む世界に被害を与えて

しまったのだから何も言えない。僕の安全も確保していってくれたようだし、

悪い人ではないのだろう。態度は刺々しいけど。

「大丈夫~?」

 動物病院の先生が僕が入れられているゲージを覗き込む。

「キュ、キュ~?」

 我ながら死にたくなる演技だよ!怪我はレクシアさんが治してくれたから

ないんだよ!?それなのに衰弱してる振りしてるんだよ!

「う~ん。君、ホントにフェレットなのかな?」

 先生が納得いかない顔で、僕をシゲシゲと観察する。スルドイですね。人

間です。僕は人間です。すいません。

「暫く、我慢してね!仕事が片付いたらお迎えが来るからね!」

 お迎え?僕死ぬの?かなり不機嫌な顔を思い浮かべると…いや、大丈夫…

だと思う。いい人そうだしね!

 

 この時、僕は気付いていなかった。外に紅い目のカラスが僕を外から見て

いた事を。

 

 

              4

 

 なのは視点

 

 家を出た頃には、あの不思議な夢の事は頭から薄れていた。だって夢だし。

 バス停でスクールバスを待っていると、あんまり待たずにバスが来た。窓

からアリサちゃんとすずかちゃんが手を振っているのが見える。私は手を振

り返してバスに乗り込むと二人のところへ行った。

「おはよう!アリサちゃん!すずかちゃん!」

「「おはよう!なのは(ちゃん)!」」

 お友達になってからの毎朝してる挨拶。こんな当たり前な事が凄く嬉しい。

『本日はルートを一部変更します。到着時刻は少し変わりますが、我慢して

下さいね』

 バスの運転手さんが、珍しくそんな事を知らせてくれた。ルート変更?

なんで?

「ああ、なんかね崖崩れっていうか、地滑り?みたいなのがあって危ないか

らルート変更するみたいよ」

「そう言えば、物凄い音がしたらしいね」

 アリサちゃんとすずかちゃんが、原因を教えてくれた。バスのルートを変

えるという事は、結構近く?私が考えているとアリサちゃんが声を上げた。

「ホラ!あそこ!」

 いつも通る道路にお巡りさんが立っているのが見えた。そして、お巡りさ

んの誘導で道を逸れて迂回ルート?へバスが入っていく。

「あれ?」

 私は思わず声を上げちゃった。

「どうしたの?なのはちゃん」

 すずかちゃんが不思議そうに私に訊いてきたけど、私は答えられなかった。

だって、夢で男の子が戦ってた場所にそっくりだったから。

 

「カァ!」

 

 突然、カラスが大きな声で鳴いた。思わずビクッてなっちゃった。

「何よ、あのカラス!なんか不気味」

 アリサちゃんが不機嫌な声で怒ったように言った。

 

 不気味…。

 

 そのアリサちゃんの言葉はピッタリだと思った。だって、気の所為かあの

カラス、こっちをジッと見ていた気がした。

 

 それに気の所為だと思うけど、目が真っ赤に光ってた気がした。そんな事

を考えている間に、バスは小学校の前へと着いていた。

 

 

              5

 

 今更、小学校に通うのは辛い。あれ?そうだったんだ…と思う事は勉強し

直していると感じる事はあるけどね。恥ずかしながら。言い訳だけど、三十

年以上こういう勉強から遠ざかっていたからね。忘れるさ。それでも進学校

といえどもやった事のある内容だ。大半は覚えている。だから辛い。そして、

何が一番辛いかと言えば。

「美海ちゃん、おはよう!昨日のスナップの番組観た!?」

 これだ。スナップというのは、凡人時代にいた超人気のアイドルグループ

のバッタものみたいなアイドルの事だ。男六人、のち五人になるんじゃない

かな?どちらにしても男のアイドルに興味なんてないわ。

「いや、観てないよ」

 本来ならばハブられる事間違いなしの発言を平然とする私。だって、深く

親しくなる必要はないし。いちいち話を合わせる為に観たくもない番組を観

る気はない。それでもハブられない理由。それは魔法です。違法?ここは管

理外世界だ。知らん。

 魔法で私に大して興味を持たないように誘導しているのだ。だから、彼女

は話たい事をただ話したいだけなのだ。だから、こう言ってやる。

「どんなだったの?」

 彼女は我が意を得たりとばかりに笑顔で話し出す。私は作り笑いでただ聞

いて上げる。それだけ。

 

「おはよう!」

 そう言って聞いた事のある声が教室に入ってきたのは、私が彼女の話を大

体聞き終えた後だった。アリサ・バニングス嬢だ。その後に月村すずか嬢、

そして主人公・高町なのはちゃんが入ってきて、教室の皆に挨拶をしていく。

 流石カーストトップ集団。一気に耳目を掻っ攫っていった。魔法が使い易

い。私は精神干渉魔法を極小で発動して、こっちに関心が向かないようにし

て存在感を消す。

「おはよう!美海ちゃん!」

 席が近いすずか嬢が、私に挨拶してきたので軽く返事して終了。他の二人

も軽く挨拶する程度の仲だ。なのはちゃんは私があの時の汚幼女が私だと気

付いていない。そりゃそうだと思う。今は癖毛ではあるものの髪は整ってる

し、身綺麗にしてるからね。

 

 そして、暫くしてチャイムが鳴った。

 

 

              6

 

 放課後になり、あっという間に夜になる。勿論、放課後もジュエルシード

探しは継続したが、見付ける事は出来なかった。これは本格的に何者かの介

入を疑った方がいい。今更だな。

「発動している物は、一つは確実にある筈なのに何も掴めない。そんな事が

あるんでしょうか?」

 リニスが参ったとばかりに声を上げる。彼女は昼間も山猫形態で探索して

いる。勿論、母上の手伝いの合間にだ。

『馬鹿者が!主の前で泣き言を言うとは何事か!』

 バルムンクが、人の血液の中からリニスを叱責する。いつものバトルが開

始されると長い。ここは割って入っておくべきだろう。

「異常事態である以上、そう喚くな。彼女はよくやっているさ」

『……』

 バルムンクは、私に窘められて不機嫌に黙り込む。ここで反撃に転じない

リニスはバルムンクより大人だ。まあ、面倒なだけだろうけど。

「もっと深いレベルで眼で観るべきかな」

「深いレベルですか?」

 私の言葉にリニスが不思議そうに訊いた。私の精霊の眼(エレメンタルサイト)は元ネタ以上の

性能を誇る。ただし、性能をフルに活用する為には集中して観ないといけな

い。つまり、不意打ちされる恐れが出てしまう。そこを説明してリニスに護

衛を託す。

『しっかり務めるのだぞ』

 バルムンクが小姑の如くリニスに言った。

「お任せ下さい」

 リニスは面倒臭いのか、大して反応せずに引き受けた。

 

 だが、その必要は今日に限ってはなかった。私は血液中から剣を取り出す

とダラリと剣を下げたまま周囲を見渡した。

「どうかしたのですか?」

『鈍感め!野生はどこへやった!』

 疑問を呈したリニスにバルムンクの叱責が飛ぶ。これは少しリニスを擁護

出来ない話だ。何故なら、薄っすらとはいえ嫌な気が私達の周囲を取り囲み

だしていたからだ。

「喧嘩は後にしろ。リニス。ユーノのところへ急げ」

「え!?彼の!?」

「この気配、ユーノを襲っていたヤツと同一だ。それが足止めするかのよう

に動く。こういう時は、狙いは別にあるのが定番だ。そして、今回私達と関

係あるのは、ユーノだけだ」

「しかし、彼には用心の為、察知されないように魔法で処置したのでは!?」

「確かに居場所を()()()()()()()()()()()()()()()はした。

 だけど、()()()()()のであれば、話は別だ」

 例えば、動物を操って探させたりしたなら意味をなさない。あそこで引い

たという事は、向こうも私相手だと勝ち目が薄いと気付いたからだと思って

いた。まさか勝ち目がない戦いを強いられる私の庇護下のユーノを襲わない

だろうと高を括っていたが、なんとしても仕留めないと気が済まないらしい。

だが、甘い。

「すぐ追い付く。道は開くから迷わず突っ込め!」

「分かりました!」

 リニスの返事を合図にしたかのように、カラスが一斉に私達に向かって

突っ込んでくる。カラスからは薄っすらと魔力反応が感じられるが、どうも

質が普通の魔力と違っている。感知し辛いのはこの所為だろう。私は一切の

躊躇なく剣を振るおうとして、目を見開く。カラスの体内から生命力が膨れ

上がるように膨張したからだ。

 

 これは!?

 

 剣が届かないギリギリまで近付いたところで、カラスが爆発する。

 

 

              7

 

 ユーノ視点

 

 動物病院は夜には人が居なくなる。もしかしたら、目が離せないような状

態の動物がいる場合は違うのかもしれないけど、今はいるのは僕一人(断じ

て一匹ではない)で、なんちゃって衰弱の仮病患者だ。残る必要はない。

 言ってて虚しくなる。何気なくゲージの外から夜空を眺める。月の光が差

し込んで綺麗だ。ゲージの中じゃなければ。溜息を吐いた時、大きな音を立

ててカラスが窓の外に止まった。今は外へ自由に出れるカラスが羨ましい。

そんな羨望の眼差しを注いでいたカラスの眼が一際紅く輝いた。背筋に悪寒

が走る。すぐさま魔力を使ってゲージを破ると外へ飛び出す。その判断は正

しかった。直後、轟音と共に僕が居た場所が押し潰される。僕は逃げつつ後

を確認すると、僕を殺す寸前まで追い込んだジュエルシードの思念体がそこ

にいた。

「まさか!?僕を殺しにきたっていうのか!?」

 思わず声を上げてしまった。声に反応して思念体がゆっくりと顔を上げる。

僕と目が合ってしまった。思念体が目を細める。

 

 笑っている。

 

 何故か、そう確信出来た。全身の毛が逆立つような悪寒が走る。どうする!?

 戦っても勝つ見込みは、残念だけどない。蛇に睨まれた蛙みたいに動く事

が出来ない。レクシアさんを呼ぶか?呼んできてくれるのか?思考が悪い方

に向かっている。大丈夫、迷惑は掛けたけど助けてくれる!僕がそんな事を

考えている間、相手が待ってくれる訳もなく。アッサリと睨み合いは終わり

を告げた。向こうが嬲るように手を伸ばしたのだ。身体が咄嗟に動いたのは、

偶然だ。小さい身体もこの時に役に立った。的が小さければ当て辛い。動物

形態は当然好きじゃないけど、今は感謝してもいい。咄嗟とはいえ、身体が

動いた事でいつも通りに動けるようになっている。

『レイジングハート』

『開けます』

 首輪のように僕の頸に着けれれているレイジングハートが、僕の思考を正

確に察して僕の魔力で扉の鍵を解除して開け放つ。魔力は大体のところは回

復している。この程度の魔力消費はどうにかなる。相手が舐めてくれている

内にレクシアさんが来てくれればいい。

『レクシアさん!』

 念話を彼女に向けて送ると同時に、遠方で爆発音が響き渡った。

 

 なんだ!? 

 

 

              8

 

 なのは視点 

 

 夜、いつもなら普通に宿題が終わってる時間になっても、私はまだやっと

半分位終わったところ。なんか、物凄くザワザワする。外からそんな空気っ

ていうのかな?上手く言えないけど、気になって集中出来ないの。それは物

凄く良くないもの。そんな気がして仕様がない。外が気になってシャーペン

をクルクル回しちゃう。

 そして、物凄い音がした。なんか爆発したみたいな!慌てて窓を開けて外

を見る。皆、一斉に窓から顔を出しているのが分かる。でも、その後、信じ

られない事が起きた。空に澄んだ楽器みたいな音が鳴って、波紋みたいなの

が広がった後、空があんなに光ったのに皆興味をなくしちゃって、窓を閉め

ちゃったの!

「ええ!?」

 思わず大きな声を上げるけど、現実は変わらなくって。その後、それ以上

に信じられない事が起こったの!三角の透明の膜みたいなのが広がったの!

物凄く変な感じ。私は慌てて下の階に降りていく。

「お父さん!お母さん!」

 あれ?いる筈のお父さんもお母さんもいない。家の中を探したけど、お兄

ちゃんもお姉ちゃんもいない。さっきまでいた筈なのに…。何が起きてるの!?

混乱してたら、外でまた爆発するような音がした。もう我慢出来ない。私は

心の中でお母さん達に謝りながら外に飛び出した。ホントはこんな時間に外

に出ちゃいけないんだけど!夜の街を走るけど、私の脚は遅い。凄くもどか

しい!慌てて音がした方へ行こうとして、角を曲がったら何かにぶつかった

の。胸の辺りに。気付けば私の胸にフェレット?が張り付いていた。

「「ええ!?」」

 お互いに驚いた声を上げちゃった。上げちゃったんだけど…。

「え?…喋った!?」

「なんで結界内に人が!!ってレクシアさん!僕も結界から弾いてくれれば

いいじゃないですか!!」

 なんか、アリサちゃんが言っていたような気がする。自分より慌ててる人

を見ると落ち着けるって。なんか、今そんな気分。胸にへばり付いてるフェ

レット?を、引き剥がす。

「ああ!そうだ!き、君!急いで逃げて!」

「え?」

 そうだ。私、危険な所に行こうとしてたんだった。夢中で忘れてたかも…。

 だけど、思い出すの少し遅かったみたい。だって、いきなり暗くなったか

ら。恐る恐る上を見て後悔した。なんか黒くて大きいものが頭の上に落ちて

きたから。

「ふぇぇぇぇえぇ!!」

「ぎゃぁぁぁぁぁ!!」

 二人?同時に悲鳴を上げた。

 

 だけど、緑色の綺麗な光が黒い大きいものを遮って私達は助かった。

 

 

 

              9

 

 ユーノ視点 

 

 爆発音を聞きながら、僕はなるべく人に迷惑を掛けないよう逃げようとし

たけど、圧倒的に向こうの方が速い。また迷惑を掛けてしまうなと、レクシ

アさんの冷ややかな顔を思い出して冷汗が出た。そしたら、空に魔力の波紋

が広がり結界が展開されるのが分かった。よかった!あんな事をするとすれ

ばレクシアさんだけだろう。魔力反応が、あの人分かり難いけど直後にこの

世界を気遣う結界が展開されたところを見るとレクシアさんは無事だ。思っ

てみれば僕が結界を張ればよかったんだよな。つくづく僕は戦闘に向いてな

い。現実逃避気味に自分を掠める攻撃から必死に逃げ回る。

 

 そして、曲がり角を曲がった瞬間に運命に出会った。じゃない。丁度向こ

うから女の子が来ていたから、ぶつかってしまったんだ。正確には女の子に

へばり付く格好だけどね。

「「ええ!?」」

 お互いに我に返って、驚きの声を上げてしまった。

「え?…喋った!?」

「なんで結界内に人が!!ってレクシアさん!僕も結界から弾いてくれれば

いいじゃないですか!!」

 思わず愚痴のような文句が口からついて出る。でも、なんで結界内にこの

子はいるんだ!?僕なら囮の時間稼ぎ辺りで残された可能性はあるけど、こ

の子はどう見ても普通の子だ。魔法の才能はあるみたいだけど…。それでも、

レクシアさんが入れたとは思えない。だとすれば…。

「ああ!そうだ!き、君!急いで逃げて!」

「え?」

 急いで逃げるように言ったけど、そこに黒い傘が僕等の上に出来上がる。

咄嗟に上を見上げた。

「ふぇぇぇぇえぇ!!」

「ぎゃぁぁぁぁぁ!!」

 押し潰される寸前で、頼れる相棒レイジングハートが防御してくれる。物

凄い音で思念体が止められるものの、長くは持たないのは明らかだった。

「走って!」

「う、うん!」

 女の子は僕を抱え直すと走り出した。レクシアさんはまだ!?彼女が多分

いるだろう方向へ視線を向けると、空に閃光のような光が飛んで行った。結

界をすり抜けて。

「ええ!?」

 女の子は、逃げるのに必死で僕の声には気付いていない様子だった。そし

て、着弾(?)。轟音と土煙を上げながら、僕等から何かが遠ざかっていく。

 何が起こっているのか分からないけど、明確に彼女の邪魔をしている存在

がいる。とすれば、応援がくるまで凌ぐのは難しいかもしれない。女の子に

抱えられながら、そんな事を呑気に考えていたけど、そんな場合じゃなかっ

た。女の子の足が突然止まった。

「考え事なんてしてる場合じゃなかった…」

 自分の呑気さに呆然としそうになった。僕等の周りには黒いカラスが紅い

眼を光らせて包囲していたから。これは実体じゃない思念体の一部だ。魔力

反応からそれを察したけど、それが役に立つ訳じゃない。襲われたら実体だ

ろうが、違おうが一緒だ。カラスの爪か嘴が掠めたのか、女の子が悲鳴を上

げる。見ると二の腕の袖が切れて血が滲んでいた。

「っ!!」

 僕があんなものを発掘したから!そんな傲慢な考えがチラリと浮かぶのを、

首を振って打ち消す。今はそんな事を考えている余裕はない。

 

 この子には魔法の才がある。

 

 僕の脳裏にそんな悪魔的な思考が過った。抱えられて確信した。この子に

は、リンカーコアがある。魔力量なら僕を凌ぐ予感がある。あとは覚醒しな

い事には判断が出来ない。

 

 レクシアさんの冷たい表情が思い出される。

 

 だけど、このままじゃ二人共助からない。こんなのは今からやる事の正当

化になんてならない。僕がやる事は間違っているだろう。だけど…。

 僕はレイジングハートを通じて魔力そのものを放出して、カラスを遠ざけ

る。

「お願いがあります」

 驚いている女の子に僕を意を決して口を開く。

「は、はい!」

「突然で驚くかもしれませんが、貴女には魔法の才能があります!このまま

じゃ、二人共死んでしまう。だから!貴女の才能に頼らせて下さい!」

 動物形態で必死に頭を下げる。

「危険な事です。怖い思いもするでしょう。でも、僕はこのまま死ぬ訳には

いかないんです!!」

 女の子からの返事はない。カラスが僕等を侮るように旋回している。どう

せ何も出来ないと高を括っているんだ。その間に説得しないと…。

「そしたら、助けられる?」

 不意に女の子の声が響く。

「え?」

 普通は戸惑う。ここが魔法文化がない事くらい僕でも分かるから。目の前

の光景だって、すぐに受け入れられないだろう。でも、この子は違う。僕を

助けようとしている。この状況を打開するには、どうすればいいかを考えて

いる。この子は魔導士に向いているのかもしれない。

「はい!」

 だから、肯定した。

「どうすればいいの?」

「まずはこれを!」

 僕はレイジングハートを差し出す。女の子はレイジングハートを受け取る。

「繰り返して!風は天に…」

 

 

「風は天に…」

 

 

「星は空に…」

 

 

「星は空に…」

 

 

「不屈の心は子の胸に…」

 

 

「不屈の心は子の胸に…」

 

 

「我が手に魔法を!」

 

 

「我が手に魔法を!」

 

「レイジングハート!セ~ットアップ!」

 魔力が奔流となって天に昇っていく。

 

 だけど、この時の僕は閃光のような光が巻き戻るように戻っていった事に

気付かなかった。

 

 

 

              10

 

「舐められたもんだな。この程度で足止めか?」

 爆発が収まった時、私達は無傷だった。この程度で死ねるかって話だ。窓

が開けられて、次々と人々が顔を出す。なんで探すだけで結界を張る必要が

あると思う?戦闘になってからでいいだろう、普通。仕様がないので魔法を

使う。カラスが大挙して飛んでくるが無視だ。私の手に魔力で造られた弓が

生み出される。その弓を空に向けて引くと、矢を番えていない状態で放つ。

 梓弓。元ネタでは人を落ち着かせる為に使ったが、私は人の興味を消し記

憶をすり替えた一瞬だけではあるけどね。すぐさま結界を張り、ここら一体

を封鎖する。カラスが襲来するが、私の表情は変わらない。

「リニス行け!」

「分かりました!」

 私の命令に一瞬の躊躇なく飛び出すリニス。カラスがリニスに襲い掛かろ

うするが、させる訳がない。私は情け容赦なく剣を一閃する。カラスが爆発

する前に、剣閃で真っ二つに切り裂かれて地面に落ちていく。可哀想?そん

な事は考えない。何時だって優先すべきものがある。それは少なくとも私の

中ではカラスではない。もしかしたら、心優しい魔法少女ならカラスも救っ

ただろうが、私はそんな情けは掛けない。カラスが前方からいなくなり道が

開かれる。リニスはそこを勢いよく飛び出した。だが、私はある反応から空

中に足場を造り、踏み込みと同時に加速。一瞬でリニスに追い付くと、彼女

の頭を押さえて下げさせると同時に手で超高速で飛来したものを掴み取った。

 

 これは!?

 

 結界をすり抜けるように放たれたのも信じられないが、これ程の威力で投

擲しただけでなく、間違いなく魔力だけでなく使い手が少ない気まで使用

していた。流石に空中で受け止める事が出来ずに地面にそのまま叩き付けら

れるように着地する。それでも勢いは殺せない。掴んだものの勢いのまま引

き摺られるように後退する。魔力だけでなく気を使い威力を殺す。かなり引

き摺られたものの、数十m程で止まった。精霊の眼(エレメンタルサイト)は投擲者を捉えている。

今更だが、掴んだのは槍だった。ただのなんの変哲もない鉄製の槍。それを

ここまでの威力で投擲するとは、ヤルものだ。相手は女で身体にピッタリの

ボディスーツを着用している。

「美海!」

 リニスが心配したのか、ユーノのところではなく私と所に来た。本来なら

叱責せねばならないが、今は優先すべき事がある。

「退け」

「は?」

 余程自信があるのか、まだその場に留まっている。つまりは反撃してみろ

という訳だ。上等。私は不敵な笑みを浮かべているのを自覚しつつも、槍を

クルリと回して投げ返した。リニスが咄嗟に頭を下げると同時に、先程とは

比べ物にならない程の威力で槍が持ち主に向けて放たれた。まさに流星みた

いに魔力光を放ち飛んでいく。向こうも今更不味いと感じたのか回避行動を

取ろうとしたようだが、間に合わない。結界を高速ですり抜けて海沿いの高

台の一つが削り取られ、やがて威力が減衰して海に着弾。大きな水柱が上が

るのが私の眼で捉えられた。死人怪我人なし。問題なし。

「逃げたな」

 残心を解いた。

「逃げたな…じゃありません!!」

 リニスの怒りの大声が耳朶を打ったが、私は反応しない。命令を実行しな

かった奴の怒りなど知らん。

「しかもユーノに怒っておいて自分も街壊してるじゃないですか!!」

 知らんな。

 だが、知らんぷりも通じない事態が起きた。

 

 強大な魔力の柱が立ち昇ったから。こっちの柱は問題だ。

 

 

 

              11

 

 なのは視点

 

 この前の出来事で胸の奥で脈打っていたものが、私の中で激しく鼓動する

みたいに反応しているのが分かる。そこから力が溢れ出す。それが服となっ

て変わっていく。私は気付けば白い服(なんとなく聖祥の制服と似てる)を

着ていた。手には杖を持っている。

「成功だ!」

 男の子の声がして周りを見てみると、う、浮いてる!?慌てそうになった

けど、それが分かってたみたいにゆっくりと地面に降りて、静かに地面に足

が着いた。安心したよ…。って安心してる場合じゃない!カラスが一斉に私

達目掛けて降りてくる。勿論、怪我しそう。

『手を前に出して下さい!』

「は、はい!」

 なんだか分からないけど、声の通りにすると杖からピンク色の光が広がる

と、私とフェレット君?を覆う。カラスが光に当たると凄い音がする。雨み

たいに立て続けにぶつかる。思わず目をぎゅっと閉じちゃう。

『一気に振り切ります』

「え、ええ!?何!?」

『彼女の肩へ』

「え!?確かに残ったら死ぬけど…」

 どうも喋ってるのは、杖みたい。喋る動物に喋る杖。おまけに私は変身?

したし。

「ごめん!」

 フェレット君?が私の肩に飛び付く。置いてきぼりになってる私。

『行きます!』

 ピンク色の光が波打つみたいに上に集まると、爆発した。

「ふぇぇぇぇえぇ!!」

 爆発に少し遅れて空に私の身体が打ち上げられる。飛んでるんだろうけど、

全く私の意志が入ってない。空に打ち上げられた私達をいつの間にカラスが

囲んでいた。カラスが一気に襲い掛かってくる。また悲鳴を上げて目を閉じ

ちゃうけど、気が付くとまたピンク色の光が守ってくれていた。

「これは…?」

『どうも初めまして。私はインテリジェンスデバイス・個体名レイジング

ハートです。暫定的ではありますが、貴女のサポートを実行します。なお、

現在は他者の物ではありますが、結界が展開されています。ここで起こっ

た被害を防ぐ事が可能です。勿論、魔法の力量を超える被害は防げません

が。ですが、この結界の主は腕がいいようです。存分に力を発揮出来ます』

 自己紹介している間にカラスはピンクの光にぶつかって爆発している。

「あ、あの!結界とかの説明もいいんですけど!大丈夫なんですか!?」

『問題ありません。よい魔力量と質です。マスターより護り易い』

「すいません…」

 フェレット君?が項垂れてるの。

「それで!これ!どうすればいいんですか!?」

『片手を前に出して下さい』

「こうですか!?」

 私は言われるままに片手を突き出す。

『シュート』

 手から光が飛び出してカラスを吹き飛ばす。吹き飛ばされたカラスは溶け

るように形を変えてどこかに飛んで行って、一つに固まった。それから夢で

見た黒い大きい人影になっちゃった。それから何かを溜めるみたいにギュッ

と縮める。

『退避します!』

 杖が気の所為か慌てた声を上げると、黒い人影は一気に身体を開く。何が

起こったか分からないまま、身体がどこかに叩き付けられた。凄くぶつけた

筈なのに、あまり痛くない。起き上がって私は震えた。

 

 ここら辺の一帯の家が無くなっていたから。

 

「こんなの…」

 私はポツリとそれだけ口から絞り出すみたいに言った。

「こんなの…逃げ回って時間を稼ぐしか…」

 フェレット君が震えた声で言った。それでハッとした。

「ダメだよ!そんなの!」

「え!?でも!!」

「結界っていうので大丈夫でも、これが外に出たら皆が危ない!!」

「いや、助けが…」

「待てない!!」

 必要なのは今なの!

「あの!杖…さん?」

『レイジングハートとお呼び下さい』

「レイジングハート。私が攻撃防いだり出来るのは、貴女のお陰だよね?」

『その通りです』

「どうすればいい?私に出来る事はない?あれをなんとかしたいの!!」

『イメージして下さい。まずはそれを実行して下さい。それを私が形にしま

す。飛ぶ事を、先程のような攻撃をイメージして力を私へ』

「やってみる!イメージ…」

 自由に自分が空を飛ぶイメージ。そう、翼があったら!そう思ったら靴か

ら羽が生えた。光る綺麗な羽が。何かを蹴るように黒い人影がこっちに近付

いてくる。

「イメージ!」

 自由に空を飛ぶ!そのイメージまま靴の羽が羽ばたく。

「凄い!」

 本当にイメージ通り飛んでる!私はよし!って気合いを入れると片手を突

き出す。さっきと同じ攻撃を!胸の奥がドクンって反応する。紅い眼を細め

て追い掛けてきていた黒い人影が目を一杯に開いて驚く。

『「シュート!」』

 レイジングハートと声が重なる。近付いてくるまで引き付けた甲斐もあっ

て、向こうは腕で身体を守るのがやっとだった。当たった!黒い人影が攻撃

でまた吹き散らされる。なんか青い宝石みたいなのが見えた。

「あれは?」

「っ!?あれを押さえれば止められます!封印を!」

 肩にしがみ付いているフェレット君が声を上げる。なんだかよく分からな

いけど!

「お願いします!」

『お任せを。杖を向けて下さい』

「分かった!」

 私は指示通りに杖を突き出す。

『シーリング』

 杖からさっきの攻撃とは別の感じの光が放たれる。

「凄い魔力!」

 フェレット君が興奮した声で言った。確かに凄そう。だけど、当たる前に

黒い影が、大きい腕に変わって攻撃を受け止めちゃった。

「ああ!」

 フェレット君が、サッカーでシュート外した人みたいになった。それに反

応した訳じゃないだろうけど、黒いものが青い宝石に纏わり付くと逃げ出し

た。

「あっ!逃げちゃう!」

 慌てて後を追うけどそれが分かったのか、黒いものは三つに分かれて逃げ

始めた。

「ええ!?どれか分からないよ!?」

 私は速度を緩めずに追うけど、どっちかを追えば二つ逃げられちゃう。本

物を一つだよね?どうすれば…。

 

 私の頭に片手の攻撃が浮かぶ。私は空中で止まる。

 

「ど、どうしたの!?」

 フェレット君が驚いたように言った。

「ねぇ。さっきの飛ばす攻撃、もっと遠くまで三つ同時に出来る?」

 私はレイジングハートに訊いた。

『可能です。貴女がイメージして力を用意してくれれば』

 私は建物の屋上に降りる。

「ちょっと降りてて」

 私はフェレット君に言うと、彼?は慌てて肩から降りた。

『杖を構えて下さい。カノンモードへ移行します』

 杖を言われた通りに黒いものに向けると、杖がガッションガッションいっ

て形を変えた。胸の奥が今までにない程に反応する。

「こ、この子砲撃型!?」

 フェレット君の声が聞こえるけど、何を言っているか集中してて分からな

い。照準が三つ同時に現れる。これが重なった時に撃てばいいんだよね。辛

抱強く待つ。そして、重なった。

 

「封印!いきます!!」

『シーリング』

 

 三つの光が物凄い勢いで黒いものに迫る。避けようとするけど、もう捉え

てる。光が三つ同時目標を捉える。

「やった!」

 フェレット君の歓声で、やっと力が抜けた。でも光が治まると宝石は紅い

光を放っていた。

「あれ?様子がおかしいような…」

「あれでもまだダメなのか!?」

『追撃を!』

 フェレット君とレイジングハートが慌てた声で言う。も、もう一度!だけ

ど、それはする必要がなかった。別の黒い人影が紅い光を放つ宝石に拳を打

ち込んだから。

 

久遠棺封縛獄(エーヴィヒカイトゲフエングニス)

 

 何かが宝石の中に送り込まれるのが分かった。それで青い宝石は紅い宝石

に変わって黒い服?鎧?を着た女の人に回収された。

「大丈夫ですか?」

「わっ!」

 突然声を掛けられて驚いちゃった。いつの間にか茶色の髪の女の人が立っ

ていたから。いつの間に後に立ったんだろう?だけど、そんな疑問はすぐに

無くなった。物凄く冷たい視線を黒い服の人から感じたから。

「ピッ!」

 フェレット君が情けない声を上げて固まった。私もだけど。

 

 これがレクシアさんとの出会いだった。 

 

 

 

              12

 

 ???視点

 

「いやはや、悪かったな」

 私は間一髪で槍の反撃を逃げ切った功労者に感謝をした。受け止められる

と踏んでいたが甘かった。出来るだけ時間を稼ぎたいという奴の依頼で来た

が、逆に迷惑を掛けてしまったな。

「あの方の命でなければ助けなかった。精々感謝する事だな」

 私を助けた女は、抱えていた私を放り出すように放した。

 

 あの槍の反撃の瞬間、この女が私を抱えて離脱したのだ。これが魔力を使

わない力だというのだから時代は変わったものだ。感心していると紅い光が

消えた。これは彼女だな。救援は間に合ったようだ。あのままなら勝ったと

勘違いした未熟な魔導士が感染し、身体を乗っ取られていたかもしれないか

らな。魔力の主同様に質が悪いようだ。

「向こうも流石に彼女が出てきたら終わったな。感染型魔力に浸食された物

でも、血液と魔法式が融合した封印では意味もないか」

「御託はいい。さっさと戻るぞ」

「分かってるさ。向こうはまだ本調子という訳ではないようだが、あれだ。

この身体、もう少し使えるようにしないと駄目だな」

 女は忌々しそうに舌打ちしただけで何も言わなかった。

 

 精々利用すればいいが、私は私で勝手にやるぞ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 美海はベルカでは結界を予め張っておくという習慣はありません。
 常に戦場にいたので。どうしても後回しになってしまいます。暫く
 は治らないでしょう。

 ユーノの思いなどは、凍結した作品で語った思いがあります。それ
 も語る事があるでしょう。

 調子の良し悪しが激しく最近進みが余計に遅くなっています。
 次回も長くなると思いますが、気長にお付き合い頂ければ幸いです。

 









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第8話

 かなりの時間が掛かりましたが、毎度言っていますが折れていません。
 それではお願いいたします。


 


              1

 

 やっぱり魔法少女になったか…。

 甲冑…まあいいか、同じだし。姿のなのはちゃんを見て眉間に皺が寄る。そし

て、元凶たるユーノを睨み付けると、フェレットが小さく悲鳴を上げる。ついで

になのはちゃんも悲鳴を上げていたが。

「これは一体どういう事?」

 私は冷ややかにユーノを問い質した。事情は概ね理解している。私のミスも影

響している事も承知しているが、言わずにはいられない。

「一般人の、しかも子供に魔法を与えるなんて」

「すいません…」

 流石に自分の仕出かした事に自覚はあるようで、ユーノは素直に謝罪の言葉を

口にした。なのはちゃんは、不味い流れを感じたのか庇うように慌てて声を上げ

る。

「責めないであげて下さい!私が…」

「そうだね。私が貴女の存在にもっと早く気付いて結界内から放り出していれば

良かった。私にも責任はある」

「あ、あの…そうじゃなくて…」

 なのはちゃんの声を遮り、私は言ってやった。

「こうなったら仕様がないか。魔力を封印して、今の事を忘れて貰う」

「ええっ!?」

「ちょっと待って下さい!」

 私の決定に二人がそれぞれ声を上げる。

「異論があるの?貴女、そんな力持ってどうするの?日常的に使う積もり?」

 私は気を籠めて言葉を発する。それに中てられてなのはちゃんの抗議が止ま

る。軽い気持ちで持つべき力じゃないと私は思っている。彼女の力は。

「…そんな事する積もりはありません!ただ、放って置けないんです!」

 私の気に中れば、大抵の人間が反駁出来なくなる。それなのに、彼女は言い返

した。流石はこの世界の主人公といったところか。

「ユーノの事?なら、私がどうにかするよ。仕事でもあるし」

 会ったばかりの彼女にユーノの手助けをする義理などない。

「それもあるけど…あんな、危ないものがいるって知ってて何もしないなんて出

来ません」

 出来ないのは覚えているからでしょうが。だから忘れさせるって言ってるの

に。私の表情から納得していないと察したのか、なのはちゃんの表情が曇る。

「……正直に言います。私、誰かを助けられる自分になれて嬉しかったんです。

前の私じゃ、誰かを護る事も助けて上げる事も出来なかったから…。誰かに手を

差し伸べて上げられる人になりたいんです!」

 私は溜息を吐いた。今だから分かる。それは順序が違うのだ。手を差し伸べる

のに力はそれ程重要ではない。まずは強い心が必要なのだ。

「そういう感情に覚えがないとは言わない。でも、それは魔法がなくても出来る

事だ。寧ろ、芯の強さの問題。優しさを間違えない事が重要なんだよ」

 この子は誰かが傷付くところを見たくないんだろう。魔法に拘ってしまったし

まっているのは、ユーノが傷付くところを夢を通してみてしまったから。街が破

壊される可能性を体感してしまったからだ。要するに私やユーノのミスって事

だ。

 こんな事がなく魔法の力を得たのなら、彼女も封印に同意してくれただろう。

今なら、自分に何かが出来る。そう感じさせてしまっては説得は難しい。

「マスター。記憶を消すのはいくらなんでも乱暴ではありませんか?」

 強引に記憶を消す事を考慮しだした事を察したのか、リニスが口を挿む。

「じゃあ、貴女はこの子に戦闘させろと?」

「そうは言いませんが…」

 懇願する視線をなのはちゃんから感じて、私は溜息を吐いた。確かに許可なく

他人の記憶を一部抹消するのは乱暴ではある。もしかしたら、また日和見すれば

ミスを招くかもしれないが、リニスからも猶予を与えるべきとでも言いたげな視

線を受けて保留する事にした。

「分かった。取り敢えず、判断は保留する。けど、これだけは覚えておいて。力

は人を護る為に必要になるけど、それ以上に厄災を招くんだよ」

「厄災…」

「悪い事が起きるんだよ」

 なのはちゃんは少し理解が追い付かないといった感じで悩んでいた。

「本当に君に必要な力なのか、それを振るう事で失われるものについて、考えて

返事を今度聞かせて貰う。悪いけど、納得いかない場合は記憶と魔力は封印す

る」

「…分かりました。考えます」

 私がこれ以上譲歩しない事を察したのか、なのはちゃんはしょんぼりと返事し

た。

「あと、これが重要。あれは感染型魔力の特性を得ているものがあるみたいだか

ら、見付けても決して触れない、戦わない事。身体をいいように扱われたくなけ

ればね」

 ユーノがそれを聞いてブルリと震える。それはそうだろう。なのはちゃんの馬

鹿魔力が破壊に転じれば、被害は災害レベルに広がるからね。

「あと、ユーノ。貴方が責任をもって監督する事。私も出来るだけのフォローは

する。デバイスで通信すれば連絡が付くようにして置くから」

「は、はい!」

 ユーノは素直にそれは引き受けた。それと、なのはちゃん達にあの状況の危険

性を伝えて、注意を促す事も忘れずに行った。

 

 私はそれだけ言うと結界を解いて、リニスを連れて姿を消した。 

 

 

 

              2

 

 すぐに離れたのは、感染型魔力対策をする為だ。全てのジュエルシードが感染

しているかは不明だが、対策をしないなどという選択肢はない。

 感染型魔力の強味は、対象に魔力を潜り込ませればウイルスのように増殖し対

象を意のままに操る事が出来る点だ。感知も難しく、精密に調べなければ本来で

あれば、いいようにやられてしまう。だが、タネが分かっていれば、その魔力パ

ターンから感染を阻害する魔法式の構築が可能なのだ。

 なのはちゃんの選択がどういうものであれ、感染型魔力の対策は彼女に施して

おかなければならない。

「どういう決断をするんでしょうか?」

 リニスが呟くように言った。

「それは彼女にしか分からない。それにリニスには彼女に気を配る余裕などない

でしょうが」

 私の容赦のないセリフに、リニスが黙り込む。

 それになのはちゃんの答えは、危険が迫っている時にどうにかする力を得たか

ら手放したくないというものだった。要約するとそういう事だろう。それではダ

メなのだ。

『左様。未熟者ならば、尚の事あちこち手を出さん事だ。困った事になるぞ?誰

かのようにな』

 バルムンクが余計な事を喋った。余計なお世話だ、この野郎。一番の原因がほ

ざくな。腹が立ったので無視してやる。

 

 感染型魔力に未知の戦力。一筋縄じゃいかない。

 

 

              3

 

 なのは視点

 

 あの黒い服?の女の人が去って行くのを見送って、私達も帰る事にした。

「ごめん。なんか折角協力して貰ったのに…」

 フェレット君?が申し訳なさそうに私に言った。

「そんな事ないよ。あの人の言っている事も、なんとなく分かるから…」

 あんなに強い人がいるなら、私は要らないのかもしれない。それでも素直に引

き下がれなかった。この魔法という力があるから強くなれる訳じゃない。なんの

武術もやってないけど、お母さんが強い人であるみたいに。

「ああ!そう言えば、自己紹介してなかったよね?僕はユーノ・スクライア。考

古学が専門だけど、魔法も結構使えるから!防御とか!」

「あのバリアみたいなやつだよね!凄いよ!」

「え、そ、そうかな…」

 ユーノ君が照れたみたいに頭を掻いた。フェレットの姿でやるとなんか違和感

が…。

「私は高町なのは!小学三年生!ウチは喫茶店やってます!」

「喫茶店かぁ。今の僕じゃ、ちょっと入れないかな…」

「ああ!大丈夫だよ!家は別だから!ちょっと内緒にしないといけないかもだけ

ど!」

「それ、大丈夫なの?」

 見付からなければ…大丈夫、だよね?私達はお互いに不安を誤魔化しながら、

私の家に向かって歩いた。ユーノ君は私の肩に乗ってたけど。

 

 家に着いて、コッソリと引き戸を開けて中を覗いても家族が待ち構えている様

子はないみたい。私はユーノ君に唇に指を当てて静かにするようにジェスチャー

すると、ユーノ君は何度も頷く。緊張してるみたい。私もドキドキする。許可な

しで勝手に飛び出したからなぁ。

 コッソリと抜き足差し足で中に滑り込む。玄関の戸に触れる直前に。

「こんな時間に出歩くのは感心しないぞ」

 突然、後からお兄ちゃんの声がしてビックリして飛び上がっちゃった。それで

も、ユーノ君は背中に隠す事に成功している。咄嗟にしては上出来だよね。

「あれ?何?この子」

 後からやっぱり突然にお姉ちゃんの声がして、気が付けばユーノ君を取り上げ

られていた。

「ああ!駄目だよ!」

「もしかして、フェレットかな?うわ~!可愛い!」

 私は返して貰おうとするけど、お姉ちゃんは全く聞いていなかった。ユーノ君

はお姉ちゃんに奪われた時に変な声を上げてたけど、幸いお兄ちゃん達には聞か

れてなかったみたい。ユーノ君はぎこちない感じで普通の動物のフリをしている

けど、なんだか可哀想になってくる。

 

 お兄ちゃん達に連れて行かれて、お父さんとお母さんにも怒られた。言い訳の

しようもないよね。私はユーノ君が偶然知り合った女の人のペットで預かる事に

なったと一部本当の事を話した。みんな一応は納得してくれたからよかった。

 

 お姉ちゃんは早速ネットでフェレットの飼い方を検索していたけど、ユーノ君

の目が死んだ魚みたいになってたのは、気の所為じゃないと思うの。

 

 

 

              4

 

 感染型魔力を解析する手掛かりは既に入手してある。封印したジュエルシード

だ。既に手にしたジュエルシードに異常はなかった為解析し損ねたが、今回は感

染した現物がある。そこから慎重に解析作業を進める。

「やっぱりと言えばやっぱりか…」

 感染型魔力などというレアなものを持っている奴等、そうそういるものじゃな

い。全く、闇の書に引き続き因縁を引っ張り過ぎだ。

「どうかしたのですか?」

 解析結果を見て呟いた私に、リニスが首を傾げつつ訊いてくる。

「ああ。昔、何度殺しても飽き足らない奴が居てね。そいつと一致したんだ」

「ええっ!?」

 アイツがまだ性懲りもなく舞台に上がるというなら、やってやる。丁度、殺し

足りないと思っていたんだ。知らず知らずのうちに口元に笑みが浮かぶ。

「美海。また悪い顔をしてますよ?」

 放って置け。

「兎に角、ソイツが相手なら対抗術式は目を瞑っても出来上がる。手間が若干省

けると前向きに考えておこう」

(まあ、後ろ向きよりはマシでしょうからな)

 バルムンクが真面目ぶって言ったが、絶対に馬鹿にしているだろう。呼んだ事

に後悔している。

「兎に角、対抗術式を組み上げるよ」

 私はそれだけ言うと、外界からの声をシャットアウトした。集中力を極めれ

ば、これくらいは簡単に出来るからね。

 

 徹夜する事なく術式は完成した。

 

 

 

              5

 

 そして、次の日の夜。

 何故、夜になったかは簡単だ。私も学校だったからだ。サボると親が泣くから

だ。そういった訳で、なのはちゃんにデバイス(今はまだユーノのものだけど)

に対抗術式を組み込む予定だったが、予定が更に変更された。何、大した事じゃ

ないんだけど。

「キィシャァァァーーーーー!!」

 私の目の前に、地球上には存在しない巨大な怪鳥がいるってだけだから。

 

 なのはちゃんに会う積もりで連絡しようとしたが、丁度ジュエルシードの起動

を確認した為に予定を中止して向かうと、既に怪鳥が羽を広げて飛び立とうとし

ていた。私は即座に封鎖領域で余人を完全に排除する。この前の失敗を教訓に視

線を巡らせて人が居ないか念入りに確認する。お陰で向こうの迎撃態勢が整って

しまった。奇襲で一撃で済ませようと思っていたが、そうは都合よくいかない。

 私は舌打ちすると血液中から剣を取り出し、問答無用で剣を振り下ろした。鮮

血が飛び散るが、致命傷ではない。鳥の姿であるだけに空中でかなり自由に動け

るようだ。咄嗟に翼で態勢を変える事で、私の斬撃を避けたようだ。奇襲になら

なかった時点で予測出来た事だ。慌てる事なく着地する。感染型魔力の気配は若

干だがある。浸食のスピードが違うのは、受けた魔力量の違いだろう。

 

 そこで、怪鳥の威嚇に繋がる訳だ。

 

 怪鳥は怒りに満ちた眼で私を見ているが、私にしてみれば感染の危険もないデ

カいだけの鳥に威嚇されてもなんとも思わない。怪鳥はこっちが全くビビッてい

ない事が分かったのか、実力行使に出た。空中に飛び上がるとクルリと身体を横

に回転させると羽根が矢のように颶風を纏い雨のように地上に降り注ぐ。私は慌

てる事なく剣を軽く振ると、羽根は私に届きそうなものは全て斬り落とされた。

 周りに着弾したものは、威力故に爆発したかのような衝撃と土砂を撒き散らし

たが、私は鬱陶しいとばかりに空いた手で軽く土煙と土砂を払う仕草をした。そ

れだけで視界がクリアになる。怪鳥が驚いたように高度を取ろうとするが、足に

絡まった紅い糸・空斬糸がそれ以上の上昇を防ぐ。手で払った時に既に空斬糸を

飛ばしていたのである。私は不敵に笑うと、空いた手の指をクイッと動かした。

 すると、怪鳥の足が切断される。それと同時に、飛び上がった私は一瞬で怪鳥

の眼前にいた。

「願いを叶えたところ悪いね。私に見付かったのが不運だったと諦めてくれ」

 言い終えると同時に銀の剣閃が複数走る。それだけで鳥がアッサリと解体され

た。零れ落ちようとするジュエルシードを掴み、封印する。

 

 さてと、それではなのはちゃんのところへ行くかな。と思った瞬間。

 

「ジュエルシードが!?」

 リニスが声を上げるが、勿論私も理解している。ジュエルシードが複数同時に

起動した事に。

「くっそう!!」

 私はリニスと手分けして飛び上がる。

 

 それから公園で触手男を殴り倒し、大量の黒いスズメバチを駆除した。リニス

の方は、暴走する牛を仕留めた。なのはちゃんが動き出す前に。

 それもこれも…。

『ユーノ。その子動かしたら串に刺して丸焼きにするから』

『ひぃ!!』

 という念話での交渉の結果だったけど。

 

 そして、終わった頃には深夜になっていたが、なのはちゃん宅に押し入りデバ

イスに対抗術式を強引ブチ込み、ユーノに説明しておくよう釘を刺して帰宅し

た。因みに良い子はお寝んねしていたよ。流石に深夜まで起きていられないよう

だ。

 

 それにしても、今まで見付からなかった癖して、なんでいきなり忙しくなるん

だ。

 

 

 

              6

 

 ジュエルシードが一夜にして前回含めて7つゲットした。あんまりよく覚えて

いないが、これは海に落っこちてた分くらいは回収したんじゃないかな。後半楽

になったと前向きに考えよう。でないとやってられない。

 子供の身体は夜更かしに弱いようで、かなり朝がキツイ。結局はなのはちゃん

から結論を聞けていない。よくある時間切れでサッサと封印措置を目論んでいた

が、謎の修正力でなのはちゃんへ時間が与えられていると邪推してしまう。流石

にジュエルシードを短期間にここまでばら撒く理由はないだろうから、奴は関

わっていないだろうが。今日こそは何がなんでも答えを聞きに行くぞ。

 そんな事を考えて欠伸を噛み殺していると、カーストトップ集団が入場してき

た。なのはちゃんも欠伸している。ユーノの話だと、頑張って起きていたようだ

が寝落ちしたようだ。深夜といっても丑三つ時だったしな。始終眠そうにしてい

たなのはちゃんを見て、アリサちゃん達が心配していた。本人は大丈夫と言って

のほほんとしていたけど。

 

 授業が全て終了し、放課後。

 私としてはアリサちゃん達と別れた瞬間が狙い時である。今日で終わらせる。

 その決意を持って放課後は粛々と帰り支度を済ませる。が…。

 

 キィィイィーーーーーン。

 

 なんだ、このタイミングは。なのはちゃんもハッとしたように反応する。嫌な

予感がするな。そっと目の端でなのはちゃんを確認すると、アリサちゃん達に何

やら謝りながら駆け出して行ってしまった。ヤバい。決断が早過ぎだろう。対抗術式は組み込み済みだけど、私は答えが出るまで戦うなっていったよね?愚痴っ

ても仕様がない。

 

 私も行くか。

 

 

 

              7

 

 なのは視点

 

 ジュエルシードは意外に近くで発動したみたい。音の感覚でなんとなく分か

る。分かるようになっていた。下手をすれば学校の中かもしれない。戦うなって

言われてる。あの人が居れば私は要らないのかもしれない。でも、ここで知らな

い振りをして帰る事は出来なかった。

 

『考えて返事を今度聞かせて貰う。悪いけど、納得いかない場合は記憶と魔力は

封印する』

 

 あの人はそう言った。答えはまだ出てない。それでも、今困っている人が居る

なら、手を差し伸べる力があるなら、私は手を伸ばしたい!

『なのは!頑張ってくれるのは嬉しい!嬉しいけど、取り敢えず止まろうか!せ

めて僕が行くまで待って!お願いします!!』

 ユーノ君の必死過ぎる念話が聞こえてきたけど、お願いは聞けない。私の頭の

中でこの前の危険な怪物?がハッキリと思い出せるから。あれがこの近くで暴れ

たらアリサちゃんやすずかちゃん、学校のみんなが危ない!

『待てない!学校の近くみたいだし、待ってたらこの前みたいに暴れるかもしれ

ないんでしょ!?』

 ユーノ君が言葉に詰まるのが分かったけど、謝る余裕は私にはなかった。

『分かった…、でも、気を付けて。僕もすぐに向かうから!』

『ごめん。ありがとう!』

 私に取り敢えず預けられたレイジングハートを取り出す。今はネックレスみた

いに首から下げているから、すぐに取り出せるの。

「レイジングハート!力を貸してくれる?」

『貴女がそれを望むなら』

「お願い!」

 レイジングハートが答える代わりに力強く輝く。

『スタンドバイ レディ』

 丁度、人目に付かないところにきたところで光に包まれる。あの時と同じだ。

 聖祥の制服と似た服に変わり、手には杖になったレイジングハートが握られて

いた。それを確認すると飛び上がった。すぐに靴にピンク色翼が出てきて、私は

空の上にいた。何も言わなくても、ここまでフォローしてくれるレイジングハー

トは優秀なんだろう。そして、すぐに異変を発見する。やっぱり近かったんだ。

 なんか羽が生えた黒い犬が神社のある方の森から飛び出して、真っ直ぐにこっ

ちに飛んでくる。もう目が合ったし、気付いてるよね。

『パターン検知を実行します。感染型魔力を5%確認。対抗術式を起動します』

 ああ!ユーノ君が言ってたやつだ!乗っ取られないようにする為の魔法だって

言ってた。身体にピンク色の光が灯ると、すぐに消えていしまう。これでいいみ

たい。

「それじゃ、いくよ!」

『承知しました』 

 レイジングハートの形が変わり、前に使った大砲を撃つ形態になる。ピンク色

の光がレイジングハートに集まる。それを察したのか、急に黒い犬が物凄い速さ

で左右に忙しなく移動し始める。照準が定まらない!

『焦らないで下さい!当てれば勝てます。ギリギリまで狙って下さい!』

 レイジングハートの言葉に私は流れ出る汗も気にせずにジッと狙いを定める。

 黒い犬はドンドン接近してくる。実際は多分もっと速い。でも、集中する事で

周りがゆっくりと動いているように見える。いい感じ。

 

 今。

 

 照準が定まった瞬間にレイジングハートの引き金を引く。

『シーリング』

 大砲みたいな力の塊が柱みたいに飛んでいく。黒い犬はこっちから見ても

ギョッとしたみたいに目を見開いてる。

 

 当たる。私はそう確信した。

 

 でも、直撃寸前に黒い犬が()()()()()。文字通りの意味で、今度は

こっちが驚いた。散らばった黒い犬は、もう犬の形はしてなかった。気持ち悪い

蛇みたいなものに翅が付いたものが押し包むみたいに襲ってくる。私は慌ててレ

イジングハートを構え直して撃とうするけど、頭の中に響いた声で止まる。

『なのは!落ち着いて!きっとコアであるジュエルシードを封印しない限りそれ

は止まらない』

「ユ、ユーノ君の声が聞こえる!?空耳!?」

『いや、これは念話だよ。待ってて、今結界で隔離するから…』

 あれ?なんか中途半端に途切れたような?なんて思っている間にも蛇みたいな

のが次々襲い掛かってくる。避けきれなく何度かレイジングハートに張って貰っ

たバリアにぶつかると、何かの力が働く。

『対抗術式を発動しました。無効化に成功』

 背中がヒヤリとする。そういえばあの人が言っていた。操られてしまうかもし

れないと。それを止めてくれたんだと分かった。

「ありがとう!」

『お気になさらずに』

 でも、このままじゃどうにもならない。

 

 悩んでいると、あの夜みたいに何かが世界を覆い尽くした。

 

 

 

              8

 

 私、レクシア。今、貴方の後にいるの。

 ユーノが、冷や汗を流して私の張った封鎖領域を見上げている。後ろを見ない

ようにしているようだけど、別に私は今回に関しては怒っていない。何しろ私も

止められなかったしさ。あそこで私がデバイスに通信を入れても彼女は無視した

だろう。だから、周りに気付かれないように急いだが、流石に戦闘が始まってし

まった。結界もなしに。一応、ここまで来てるって事は止めてはくれたようし今

回は仕様がないと思っておく。

「そんなに身構えなくても、何もしないよ」

 私の声にユーノがヘナヘナと地面に突っ伏した。メンタルの弱い奴だな。呆れ

て見ていると、突然ユーノがバネでも入っていたのかってくらいにピンと立ち上

がった。

「ああ!そうですよ!なのはを!」

「分かってるよ。あのままじゃ埒が明かないからね」

 なのはちゃんは頑張っていた。デバイスに護られているとはいえ、何度も攻撃

を受けているのに怯まずに戦っている。なってないけど。さて、片付けるかとか

思ったら、なのはちゃんが驚きの行動に出た。探知魔法を使用したのだ。いくら

デバイスが優秀だからって、いきなりノリで使えるもんか?なのはちゃんの馬鹿

魔力で探知はすぐに終了するが、だから一直線に勝利とはいかない。あちらも分

身体を盾に本体を護り、空いた分身体はなのはちゃんに攻撃を仕掛けている。そ

の所為で照準がズレるみたいで直撃に至らない。まあ、このまま見学って訳にい

かないからね。私はシルバーホーンを血中から取り出すし構えた。その間にもう

なのはちゃんは複数の誘導弾を曲がりなりにも発射するなど異常な成長を見せて

いた。もう応援要らんような気がするけど、まあいいか。私も誘導型の魔力弾を

複数撃ち込む。なのはちゃんの制御の甘い弾を弾き命中させたり、彼女の射線を

邪魔している分身体を一撃で片付ける。さあ、空いたよ。

「レイジングハート!」

『シーリング』

 なのはちゃんはその機を逃さずに封印砲を本体に叩き込んだ。

「馬鹿魔力もここまでくると偉大だ。術式デバイスに丸投げでもここまでなんと

かなるのか」

 ユーノが私の思わず言った本音に苦笑いする。

『普通なら、綻びがあればそこから破られますからな。あの馬鹿みたいな魔力の

厚みがあってこその封印ですな』

 バルムンクが、ディスってるのか褒めているのか微妙な事を血中で言った。

 

 私達がそんな勝手な評価を下していたが、当然本人は私達に気付いている。当

たり前だけどね。手を出したんだから。ジュエルシードを回収し、彼女はゆっく

りとこちらに降りてくる。

「あ、あの!ありがとうございました!それから…すいません」

 

 一応言い付けは覚えていた訳か。付ける薬はないな。

 

 

 

              9

 

「さて、君の答えを聞かせて貰えるかな?」

 私は彼女が降りてきたと同時に問うた。それが約束だったからね。随分と時間

が過ぎてしまったくらいだ。時間があった所為か知らないけど、なのはちゃんの

顔には不思議と前に見た時の悩みのようなものは消え去っていた。あの戦闘で何

か悟りでもしたのか?

「このままユーノ君の力になろうと思います」

 なのはちゃんはきっぱりとそう告げてきた。私は溜息を吐いた。こうなるとな

んとなく察していたからだ。

「貴女の言う事は分かります。なんとなくだけど…。ウチも武術をやってるか

ら。お父さんが怪我をしたのも武術を仕事にしてる部分があったからだし、危険

なものを寄せ付けるって事は少し分かります。でも、私は後悔したくないんで

す。このままユーノ君を助けたいんです。一度、手を差し伸べられた手を伸ばせ

なかったから。貴女の言う通り心の問題でした。でも、だからこそ伸ばせるなら

伸ばしたいって思ったから!記憶を失くしても、私はきっと後悔だけ残り続ける

気がするから!だから!」

 なのはちゃんなりに一生懸命に言葉にしたんだろう。説得出来ないような気が

していた。彼女はどこかオリヴィエに似ている。

 

 会ったオリヴィエは既に両の腕が無かった。それでも彼女は武術の習得を目指

した。私は一度言った事がある。彼女の未来を多少なりにも知る者として。

「貴女が武術をやる必要はないんじゃない?貴女の他に王子・王女は山ほどいる

んだ。期待もされていない貴女がやらずとも他がやるでしょう?」

 そう敢えて冷たく言ったが、オリヴィエは微笑んで首を振った。

「心配して頂いているのは分かっていますよ?レクシア姉さまは優しさが隠せな

いですからね。でも、私も民の血税で生きている身。他ならぬ私自身が義務を全

うしたいのです」

 これの一点張りだった。そのうちに私は根負けしてオリヴィエに義手を贈った

のだ。

 

 そのオリヴィエと嫌な事に顔付きがそっくりだ。透明な決意に満ちた表情。確

かに私がなのはちゃんの記憶を消し、魔力を封印したとしても無駄なのかもしれ

ない。私がサッサとそれが実行出来なかったように、よく分からない謎の修正力

で結局は彼女は戦うのかもしれない。それに考えてみれば面倒というだけで、な

のはちゃんが戦おうがどうしようが、彼女自身の勝手だ。譲れない事案だったら

徹底して抵抗する積もりではあるが、これは譲っても別に構わないように思えて

きた。

「捨て身なんて、どんな馬鹿にも出来る。自分の身の安全と危険物の回収する

事。それが出来ると?それに心の強さは鍛錬でって訳にもいかないよ」

 ここは重要だ。

「心の強さも、私自身の安全も、大切な人達の安全も、ユーノ君の願いも全部や

ります!それが私の答えです!」

 だから、心は鍛錬で完全にどうにかならないっての。言っても無駄かね。

「それは英雄ですら到達出来ない領域だ。それで出来ると言い張る積もり?」

「やります!!」

『私も協力させて貰います』

 デバイスまで後押しし出したよ。

「だから!戦い方を教えて下さい!」

 まあ、そうな…。ええ!?私が教えるの!?フェイトちゃんの件もあるから、

そんなに構えないんだけど!リニス、怒るかね。まあ、こっちも容認するって言

うなら、それなりに手を貸さないと無責任過ぎるかね、流石に。

 

 こうして私は、この将来の無敵少女の先生にされたのだった。

 なお、遅れて駆け付けたリニスには文句は言われなかったとだけ言って置く。

 

 

 

 

 

 




 なのはちゃんゴリ押し成功。
 美海はなのはの師匠役もやる羽目になりました。アドバイス程度ですけど。
 なのははオリヴィエと頑固さが同じくらいと判断し、美海は引いてしまい
 ましたね。彼女が忠告を聞き入れなくても、最終的に美海にとってどうで
 もいい事です。操られないよう手を打った段階でいいと思った次第です。
 美海は精神面が退行気味ですね。武術の腕は戻ってきていますが、剣王時代
 の精神に追い付いていない事に気付いていません。

 次回も時間が掛かると思われますが、気長にお付き合い頂ければ幸いです。



 


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第9話

 年内に投稿が間に合いました…。
 申し訳ありませんが、著しいモチベーション低下が
 起こり、文章を書き易くする為に従来に大部分戻し
 ました。
 ご指摘を蔑ろにしたい訳ではありませんが、ご勘弁
 願えればと思います。
 それでは、お願いします。



 


              1

 

 考えてみれば、なのはちゃんに気を遣ってやる必要がどこにあったのか。

 別に彼女が一生引き摺る傷を負おうが、それは彼女の選択じゃないか。

 聞かないならそれでいい。

 なんて思ったが、何やら気付けば先生役を押し付けられていた。

 自分がなれなかったものになれると言うなら、止める必要もない。

 だから、その場のノリとはいえ、引き受けてしまった以上は多少真面目にアドバイスしないといけない。

 だから、偶に気付いた点を指摘するだけはしている。

 更に考えてみれば、私とあの子では魔法自体異なるから戦いの呼吸みたいなものをアドバイスするのみになっている。

「だから、攻撃がヌルいんだよ。手加減なんて強者にしか許されない贅沢なんだよ」

 標的を撃ち抜くだけの訓練ではなく、もっと素早く動き、人や動物型の思念体を想定し、魔法で表面上そう見える標的で模擬戦をさせているが、動くだけの的と違って途端に動きが悪くなる。

 非殺傷設定で傷など付けないのだから遠慮なくやれないと駄目だ。

 殺気や敵意を放っていないのに、これでは道は遠い。

「分かってはいるんですけど…」

「いきなりハードルが高いんじゃ…」

 なのはちゃんが項垂れ、ユーノが甘やかす発言をする。

「殺す心配がないのに躊躇するなんて、殺して下さいって言ってるようなもんなんだよ」

 私はユーノの寝言を切って捨てる。

 私を超えるなどと言った以上、これくらい出来ないとお話にならない。

 まずは自分を護る。これが重要な事だ。私だって最初そうだった。

 自分が死んでしまったら、残された人達も当然死ぬんだから。

「それが改善されるまで、何か言う事はない。それじゃ」

 黙り込んでしまう二人に背を向けて、私は今日も義務を果たした。

 

 こうまで言われて気分が悪いなら、前言撤回も有りだ。好きにしたらいい。

 

 

 

              2

 

 なのは視点

 

 レクシアさんが去って行って、私は基本的な訓練に戻る。

 考え込んでいても、こればかりはいい案が浮かばないから。

 何かをしてないと落ち着かない。

 レクシアさんの言っている事は理解してる。

 でも、どうしても標的がリアルで躊躇っちゃうんだ。

 レクシアさんが造ってくれた標的は、本当に生きているみたいでビクッとしちゃう。

 最初に出てきたようなのなら、本当に怪物みたいだし出来るんだけど…。

 レクシアさんの話だと、宿主の姿形が色濃く出ている思念体もいるって言ってた。

 だから、凄い人になるって言っちゃった手前、頑張らないといけないんだけど…。

 

 悩みがある所為か、その日は基礎訓練である魔力制御も上手くいかなかった。

 

 

 

              3

 

 そろそろリニスの気にしてる子が来る頃だと思うんだけど、まだその気配はない。

 まあ、ゆっくりでも構わないけど。

 ジュエルシードも、なのはちゃんの答えを聞く邪魔をしてきた思念体以降、サッパリと音沙汰がない。

 後から来るあの子に感染型魔力対策しないといけないから、思念体より先に接触して置きたいから、この隙に来て欲しいもんだけど。

 

 なのはちゃんの修行は漸く魔力制御が形になりつつあるってところのようだ。

 これはユーノからの定期報告だ。

 魔力が強大だから難しいのは仕様がない。

 と言っても、短期間で魔力制御以外の基礎の魔力運用をマスターしつつある才能は流石は主人公だと思う。

 どっちにしても実戦レベルではない。

 

 アースラも原作より早く到着しそうだし、一気に方を付けてしまいたい。

 アースラにしてもあの子にしても来ないし、ジュエルシードも姿を見せない以上やる事もない。

 そんな時、嫌な誘いを受けた。

「ねぇ!綾守さん!温水プールに行かない!?」

 教室で本を読んでいた私に佐伯さんが私に声を掛けてきた。

 実は一番紛れ込むのが多いグループのリーダー格の子だ。

 まだ泳ぐには少し早い。

 温水プールなんだから関係ないんだろうけど、何故にわざわざ行かなきゃいけないんだ?

 夏に行け夏真っ盛りに。

「う~ん。今回はパス…」

「今回ね!なんと!バニングスさん達とも一緒に行くんだよ!?」

 益々遠慮したいわ。

「月村さんのご両親が関わってる施設らしくってね!」

「ことわ…」

「綾守さんも来るんだ!?珍しい!楽しみだね!」

 どこから現れたのかすずかちゃんが近くに来ていた。

 心の中だけで舌打ちする。

 カーストトップ集団にこんな事を言われて断ったら角が立つ。

 影の薄い子を自認している私には、こうなってしまっては修正不可能だ。

 精神干渉魔法を四六時中使ってる訳にいかないからな。

 そんなこんなで私の意志を確認しないまま、周囲は盛り上がり私も引っ張り出される事となったのだ。

 

 

 なんでプライベートまで付き合わなきゃならない。

 

 

 

 

              4

 

 突然の発熱でドタキャンするという野望は、リニスによって打ち砕かれた。

「何馬鹿な事しようとしてるんですか!?友達と出掛けるなんてって紗枝や祿郎が喜んでたんですよ!?それをすっぽかそうなんてとんでもない!」

 リニスの親に言うぞ?という脅しに屈する形で家を出る羽目になった。

 母上からは水着を買わなくていいの?なんて言われた。

 いいわ、そんなもん。スク水という強い味方が私には付いている。

 どこのプールで使っても小学生のうちならセーフという有難い一品だ。

 異論は認める。

 母上は最後まで渋っていたが、私は自分を曲げなかった。

 

 そして、集合場所へ到着する。

 海鳴レジャープールの前。

 もっと洒落た名前にしてやれよ。月村さん。

 私が到着すると、お約束のように早く来ている人たちの姿があった。

「綾守さ~ん!」

 佐伯さん達のグループに、お馴染みの三人組まで勢揃いだった。

 時間前に到着したよな?

 時計を確認しても、10分前に到着していた。

 時計も正常に動作している。

「大丈夫よ。ギリギリだけど時間前よ」

 アリサちゃんが偉そうに、私の時計は間違っていない事を告げた。

 それにしてもギリギリね。

 どれだけ余裕持って来たんだよ。

 

 そして、ゾロゾロと中へと入って行った。

 

 

 

              5

 

 中は地味だが、しっかりとした造りのようだった。

 値段もまあ安いんだろう。

 更衣室で着替えていざ出陣。

「ちょっと待ちなさい」

 アリサちゃんに後から声を掛けられる。

 なんだ全く。

「なんで学校指定水着なんて持ってきてるのよ!?」

 見れば一人を除き全員が可愛らしいワンピースタイプの水着だった。

「何か問題でも?」

「一目見たらどこの学校かバレるでしょうが!最近は物騒なんだから!個人情報をバラすような事しちゃダメじゃない!」

 心配してくれているのは分かる。

 だが、余計なお世話だ。

「まあまあ、ダメって校則で決まってる訳じゃないし、スクール水着なんてどこも一緒だから特定されないよ」

 佐伯さんがアリサちゃんを宥める。

「それにこれから遊ぶ訳だし、後で注意もしとくからさ」

 佐伯さんが、拝むように勘弁してくれメッセージを送る。

「まあ、そうね。悪かったわ。でも、綾守ってよく見れば可愛いんだからお洒落とかした方がいいと思うけど?」

 女として二度の人生生きたけど、未だ男の価値観が消え失せていないもんで。

 それにしても、私はアリサちゃんが少しばかり冒険し過ぎな気がするけど?

 なんせビキニだ。 

 当然、今の彼女の年齢ではスタイルがって訳にはいかない。

「そう?どうもありがとう」

 私はサラッと流す事に決めた。

 流された事を悟られたようでアリサちゃんはジト目で私を見ているが、私はそんな事で恐れ入らない。

 

 少しばかり揉めたが、プールへと到着。

 皆が歓声を上げる。

 広いし新しいだけあって綺麗だ。

 既に家族連れや私達のような子供の姿もある。

 娯楽に飢えていたんだな。

 早速、基本通りに準備運動。

「ちょっと、何やってんの?」

 アリサちゃんが、私の準備運動を見て引き攣り気味に言った。

 全身ほぐしてるだけだけど?

「なんで全身バキバキ音立ててんの!?」

 よく見れば、周りもドン引きしていた。

 いや、ドラマで見てベルカ時代からこれだけど?

 そういえば、剣の館でも変な目で見られていたような?

「どうやってやってるのか全然分からないの…」

 なのはちゃんが苦笑いして初めて私にコメントした。

 

 そして、いよいよ泳ぐ。

 いやぁ、水着だと泳ぎ易くていいわ。

 ベルカだと、騎士甲冑で泳いでたからね。

 初めて水練させられた時は、救助訓練は兎も角泳がされた時は馬鹿かって言いたくなったわ。

 しかも激流の川。

 殺しにきてるとしか思えなかったものだ。

 言ったら殺されてただろうけど。

「ま、負けた…」

「全然追い付けないの…」

「普通のクロールだよね?」

 うん?競争してたっけ?

 気が付けば何やら隣でゼェゼェ息を乱している。

 まだまだだね!と心の中で決めてみる。我ながら下らない。

 思いっ切り泳いだ後、プールサイドに座り込んだ時だった。

 

「ママ!綺麗な石ぃー」

 子供が、その手に握っているのはジュエルシードだった。 

 

 

 

              6

 

 こんなとこに!?

 どうやって入り込んだんだ!?

 なのはちゃんは!?気付いてないか!発動してませんもんね!

 コッソリとパクるか!?

 感染型魔力の影響は…ないみたいだ。

 だけど、早目に取り上げとかないとな。

 一歩踏み出した瞬間に、誰かに腕を掴まれる。

「綾守さん!一緒に泳ごうよ!私達とはまだだし!」

 佐伯さん!今それどころじゃない!

「いや、ちょっとお手洗い…」

「あ!私も!一緒に行こう!」

 佐伯さんグループの子の一人が乗ってくると、続々と参加を表明するグループの子達。

 出たよ!意味不明な団体でトイレ!男子の連れションと質が違うし!

 我慢せずに行こうよ!身体に悪いんだからさ!

 どうする?魔法使うか?

「こら!どこで拾ったの!?汚いでしょ!?捨てなさい!」

 親が子供の手を掴んで、ジュエルシードを捨てさせる。 

 ジュエルシードがボチャンとプールに落ちた。

「やぁぁぁー」

 子供が泣いた時、水中のジュエルシードが反応した。

 なんてこと…。

 流石になのはちゃんも気付いて振り返る。

 ジュエルシードの光が柱のように伸びる。

「逃げて!」

 なのはちゃんが声を上げると、同時に首から下げていたデバイスに手を伸ばす。

 デバイスが封鎖領域を展開する。

 優秀なデバイスだね。

 そんな事に感心していたら、私となのはちゃん二人だけになっていた。

 

 何故、私を残すかな…。

 

 

 

              7

 

 暫し呆然とするが、歴戦の感覚は発動したジュエルシードを警戒していた。

 咄嗟にふらつくように倒れ込むと、硬質化した温水が壁をブチ抜いた。

 うん。結界に関しては私が文句言える立場じゃないな。

 前に同じミスしたし。

 一応はプロだ。この期に及んで運命の所為にはしない。しないが、文句はある。

「綾守さん!」

 なのはちゃんの悲鳴染みた声が聞こえる。

 あんな攻撃当たる程間抜けじゃない。

 魔法の影響でふらついて偶々回避したように見えただろう。

 王様のハッタリ演技をずっとしてたから、この程度は容易い事だ。

 温水プールの水が巨人のような形で立ち上がる。

 子供のジュエルシード拾いたいから、どうしてこうなったんだ。

 本格的に壊れた代物だ。

 あの余命幾ばくもない女は、こんなのに頼る気か。

 エネルギーだけだとしてもふざけてるぞ。

 温水魔人は、私にターゲットロックオンしたようで腕を振り上げる。

 さて、なのはちゃんに分からないようにしたいけど、どう誤魔化すかな。

 呑気にそんな事を考えていると、温水魔人の後からピンク色の柱が天に昇る。

 なのはちゃんは魔法少女となった。

 足から魔力の羽が伸びて、私に向かって高速タックルを食らわせてくれる。

 なのはちゃんが、迫りくる拳を回避し華麗に空中へ逃れる。

「た、高町さん?」

 私は精々驚いて戸惑っている声を上げた。

 繰り返すが演技は得意分野だ。

「えっと…これは…」

 いや、敵の前で何やってる。

「殴られるっ!」

「っ!?」

 温水魔人の拳のラッシュをデバイスの操作で華麗に回避していく。

 基礎が固まってきたとはいえ、咄嗟だからか知らないけど動きはデバイスの操り人形みたいだな。

 なのはちゃんお得意の人間感ない敵だけど、デバイスの方はまだ任せられないと感じているのかね。

 飛んでいる姿を分析していると、攻撃が止んだ隙に着地。

「隠れてて!」

「…う、うん」

 てってってーと物陰に隠れる。

 さて、これで安全に暗躍可能…。

 私は咄嗟にバックステップすると、温かい拳が壁を粉砕する。

 おい、高町タゲチャンととっとけ。

『アレに注意を引き付けるなんて芸当を期待する方が間違っておりますな』

 バルムンクが呆れたような声を出す。

 ああ!教えてないしな!悪かったな!

 バルムンクが鬱陶しいので声をシャットアウトする。

「綾守さん!」

 飛び上がり魔力弾で攻撃しているなのはちゃんだが、温水魔人ガン無視。

 こっちを脅威と感じているって事か。

 キッチリ魔力も隠しているんだけどな。

 魔法生物みたいなもんだから、何かしら感じているのかもしれない。

 なんにせよ、この位置ならなのはちゃんから見えない。

 再び振るわれた拳の風圧で吹き飛ぶ振りをして、指から極細の紅い糸を伸ばす。

「空斬糸」

 これはレアスキルだから魔力はない。

 なのはちゃんからバレないナイスな力だ。

 まあ、戦船とか鍛えられた騎士の魔法となると、すぐに修正されたりと欠点も多いからそんなに使わない技だけど。

 ベルカ時代に漫画やアニメの技の再現に血道を上げていた頃に習得した。

 空斬糸を弦のように張り巡らせると、人間の耳には届かない音を奏でる。

 すると、温水魔人の動きが鈍り一部温水が人型を維持出来ずに崩れる。

 温水魔人が腐った巨神兵みたいに前のめりに倒れる。

 温水が襲い掛かってくる。

 更に流される。

 身体が一部崩れたんだから温水がこっちにくるわな。

「綾守さん!?」

 私の事はいいから、そっちを片付けろ。

 流されて恰好が付かないが、なんにも出来ない奴アピールは出来たから、よしとしたものだろう。

 空斬糸もまだ張り巡らせてあるし、音を継続して発して置こう。

 普通の糸なら水に濡れれば厄介だが、私の血液製の糸だ。

 このくらいじゃ、扱い辛くならない。

 眼でなのはちゃんを観察すると、腐った温水魔人に相変わらず苦戦を強いられていた。

 何せ身体が水だから魔力弾が貫通するばかりで、ダメージが入らないんだ。

 いい加減コアを封印する方法を考えてみようか。

 動きは随分鈍くなっているんだし、君なら出来るでしょう?

 うん。流石にデバイスがアドバイスしたな。

 動きが変化した。

 無理に攻撃して弱らせる方針から、コア狙いに漸く変えたようだ。

 それにしても、このデバイス動きが鈍くなったとはいえ、飛行制御をなのはちゃんに渡したみたいだ。

 今までの無駄のない飛行じゃなくなっている。

 温水魔人の拳のラッシュもキレがないので、なのはちゃんもギリギリ避けられている。

 それにしても度胸あるな。

 避けながら接近してるよ。

 ベルカに転生したばかりの頃は、こんな事私には出来なかった。

 主人公って事なのかね。

 懐に入り込んだところで、温水魔人がなのはちゃんを抱き留めようとする。

 勿論、そのまま潰す算段だろう。

 だが、なのはちゃんも闇雲に突っ込んだ訳ではないようだ。

 瞬時に魔力自体を身体から発する。

 力業だな。

 なのはちゃんは、まだ複数の魔力弾を誘導弾にして放てないから苦肉の策だ。

 温水魔人の腕と胴体の一部が吹き飛び、無防備にする事に成功した。

 デバイスが、この時を待っていたとばかりに変形し砲撃モードへ移行する。

 ジュエルシードが、胸の中央に輝いているのが確認出来る。

 大きく胴体を抉った事で見えたのだろう。

 だが、向こうも大人しく封印されたりする気はないようで、腕が駄目なら倒れて押し潰そうと前のめりに傾こうとしていた。

 仕様がないな…。

 空斬糸を維持したまま、別の武器を血液で造り出す。

赤い剣(ブラッディソード)

 血液の剣を高速で振り抜く。

 子供で魔力強化がなくとも、この剣は重みはあまりない。

 技術のみで死角から足を少し斬るくらいどうという事もない。

 ほんの少しとはいえ、斬られた事で咄嗟に足を踏ん張り行動が僅かではあるが遅れた。

「ジュエルシード封印!」

『シーリング』

 なのはちゃんが封印砲を放つ。

 僅かな遅れが命取りとなり、封印砲はジュエルシードを捉えた。

 強力な魔力は、抵抗すら許さずにジュエルシードを無効化した。

 流石は馬鹿魔力。

 なのはちゃんが無力化したジュエルシードをデバイスに収納する。

 私は密かに空斬糸を回収する。

「あっ!綾守さん!大丈夫!?」

 なのはちゃんがパタパタと駆け寄ってくる。

「ごめんなさい!巻き込んじゃって!」

 私は無言で首を横に振った。

 これ以降は注意すればいいんじゃないかな。教訓として。

 私もそう思う事にしてる。

 出来れば、早く自分の世話は自分で出来るようになってほしい。

「あのね…出来れば、この事は誰にも言わないでほしいんだけど…」

 困った顔でなのはちゃんが言った。

「こんな事、誰も信じない」

「そ、そうだよね!」

「コスプレして戦う趣味がある事は黙ってる」

「う、うん!ありが…って違うよ!これはそうじゃなくて!」

 私は分かってるよって感じで頷く。

「分かってないでしょ!?」

 このくらいの意趣返しはさせて貰う。

 

 なのはちゃん、ジュエルシードゲット。

 

 

 

              8

 

 封鎖領域を解除して通常空間に戻した途端に、知った顔が突撃してくる。

 幸い突然現れるなどという超常現象は見られなかった。

「なのは!なんか変なのいたよね!?」

「なのはちゃん、いなくなるから心配したよ!」

 お馴染みのアリサ・すずかコンビである。

 因みに私が厄介になっているグループは後で空気になっている。

 分かるよ。割って入れないよね?

 何気に私、無視されてるしね。

 好都合だから、この隙に逃げよう。

 だが、いつの間にやら腕がなのはちゃんにロックされていた。

 何やってんの?

 当のなのはちゃんはといえば、苦笑いしつつアリサ・すずかコンビの相手をしている。

 いいから放せ。

 なのはちゃんは、下手にカバーストーリーをでっち上げるより、なんだかよく分からないで押し切る作戦のようだ。

 消えた件についても、自分達もみんなを見失ったとすっ呆けた。

「そう?」

「……」

 二人共なんだか怪しんでるぞ。

 それでもなのはちゃんは小動もしない。

「ところでなんで綾守掴んでるの?」

「うん!一緒にアリサちゃん達を探してたんだよ!その時に友達になったんだ!」

 いや、なった覚えはない。

 これは流石に訂正する必要があるだろう。

 口を開きかけた私に、なのはちゃんがジッと私の目を覗き込む。

 訴え掛けるような視線に、私は心中で顔を顰めた。

 つまり身近において監視しようと?

 意外な慎重さだな。まあいいだろう。

 私は渋々ではあるけど頷いた。

「そう!じゃあ、私達とも友達って事ね!」

 ちょっと何言ってるか分からない。

 アリサちゃんが謎の論理を展開した。

 何故か、それにすずかちゃんも笑顔で賛同している。

 これはアレか?私がなんちゃって女子だから分からないのか?

 因みに、佐伯さん達は私を売る事にしたようだ。

 取巻きの如く賛同している。

 アリサちゃん達はハイソな人達だ。

 彼女達とは一緒にいても、どこかで線引きしている。

 真剣に仲良くなろうとすれば、彼女達の圧倒的な差に嫌気が差すだろうから。

 そこを気に入っていたのだが、カースト上位の決定に迎合し現状維持を選択したのだろう。

 どうでもいい私という存在を売って、自分達の世界を守れるなら安いだろう。

 正しい決断だ。

 だが、私はそれなりのものを彼女達に返すだろう。

 裏切りは許してはいけないのだ。

 

 今度は私が巻き込んでやろう。

 

 

 

              9

 

 なのは視点

 

 綾守さんに魔法を使ってジュエルシードを封印するところを見られてしまった。

 レクシアさんに知れたら、また物凄く怒られる気がする。

 でも、私としては良い事もある。

 実は前から気になってた子だったから。

 綾守さんは不思議な子だった。

 お話ししようとしてもすぐにどこか行っちゃうか、誰かに話し掛けられたりして話せない。

 挨拶するだけのクラスメイト。

 でも、何回かなら偶然だと思うけど、正直に言って毎回だとどうなっているのかきになってしまう。

 綾守さん自身に私達を嫌う様子はないから余計に目を引いた。

 最初は放っておけばいいとアリサちゃん達も言っていたけど、あんまりに話し掛けるところまでいかないから、二人もどうなってるのか興味を持った。

 プールも好奇心もあって誘っていた。佐伯さん達と一緒に。

 そして、今。

 私達が戦っていた最中に消えた理由を訊かれて誤魔化したんだけど、アリサちゃん達は疑っているみたい。

 実は私も結構困ってたんだけど、アリサちゃんが綾守さんを掴んでいるのに気付いて訊いてきた。

「ところでなんで綾守掴んでるの?」

「うん!一緒にアリサちゃん達を探してたんだよ!その時に友達になったんだ!」

 私は、この機会に飛び付いて言った。

 予想通り、アリサちゃん達の興味を別のモノに逸らせたよ。

 綾守さんの雰囲気が何かモヤっとしたのを感じて、お願いと念じて見詰めると綾守さんは納得したように渋々頷いた。

 これ絶対勘違いしてるんじゃないかな…。

 本当に友達になりたいだけなんだけど…。

「そう!じゃあ、私達とも友達って事ね!」

 もう追及するより、綾守さんの方へ話題が完全に逸れる。

 う~ん。これは後で説明しないと…。

 

 レクシアさんに怒られるという事から目を逸らして、そんな事を考えていた。

 

 

 

 

              10

 

 あれから大変だった。

 怒涛のメアド交換だったよ。

 たった3人、されど3人だ。

 疲れた。

 大体何故私が携帯を持ってるって知ってる。

 誰にも見せた事ないのに。

 実は無理矢理両親から持たされたんだけど、活用してなかったのだ。

 リニスと両親は、なのはちゃん達の話を聞いて物凄く喜んだ。

 ドツボに嵌まっているような気がする…。

 これどうにかならないかね…。

 

 ベットで不貞寝していると、リニスが招き猫形態で近寄ってくる。

「そんなに不貞腐れなくても…」

「私は必要最低限の事しか基本したくないんだ、今は」

「それはダメ人間です」

 放って置け。

 私は億劫だったがリニスに顔を向け、反論を口にしようとして止まった。

 

 魔力反応。

 

「フェイト!アルフ!」

 もう来たのか!

 だが、問題はそこではなかった。

「ジュエルシードが近くにあるだと!?」

 しかも発動している。

「美海!!」

 私は返事もせずに窓から飛び出した。

 

 あの子には、まだ感染魔力対策を施していない。

 

 

 

              11

 

 フェイト視点

 

「ここに母さんの求めるものが…」

 夜の街明かりを見ながら思わず言ってしまった。

「それじゃ、ちゃっちゃと集めて終わらせようよ!」

 使い魔であるアルフが軽い口調で言う。

 私に気を遣ってくれているのが分かるので、少しだけ笑顔で頷く。

 これが終われば、母さんのお仕事が終わる。

 これからは家族で静かに暮らせる。

 

 そんな事を考えていると、魔力反応を捉えた。近い。

「幸先がいいね!早速見付かるなんてね!」

 獲物を捉えた獣のようにアルフが獰猛に笑う。

「行こう」

「応さ!」

 

 ジュエルシードのある場所へは、すぐに辿り着いた。

 だけど…。

「発動してるのに、そのまま?」

 暴走もしてないし、思念体に変容してもいない。

 何か聞いていた話と違う。

「フェイト、取り敢えず封印しちゃえば安全なんだしさ!」

 アルフの言う事に一理ある。

 でも、なんだろう?もう凄く気持ち悪い感じだ。

「バルディッシュ」

『イエッサー』

 封印を施すと魔力反応も止まった。

 バルディッシュの中にジュエルシードを収納しようとした。

 だが、ジュエルシードはバルディッシュの中に入る寸前に軌道を変えた。

 ジュエルシードが妖しく光を放ち、私の胸に飛び込んできたんだ。

「フェイト!」

 私は勿論、アルフもバルディッシュでさえ、咄嗟の事で反応が遅れた。

 何か途轍もない悪意を感じたけど、一切抵抗も出来なかった。

 

 私の意識はそこで途切れた。

 

 

 

 

              12

 

 舌打ちしたくなるのを堪えて、すぐさま封鎖領域を展開し他人を徹底して排除する。

 これ以上、乱入者は御免だ。

 既にジュエルシードに接触しているのは、反応から明らかだ。

 到着時、既に手遅れ感が凄い。

 禍々しい魔力は、彼女のものと似ても似つかない。

 守護獣は、あまりの出来事に呆然としている。

『未熟過ぎるな…』

 バルムンクの溜息が漏れる。

「フェイト!」

 リニスが人形態で飛び出すのを、腕を掴んで止める。

 フェイトちゃんの身体は既に別人の気配がする。

 一歩遅かった。

「リニス!?アンタなんで!?」

 守護獣が戸惑いの声を上げる。

「再会のアレコレは後だ」

 フェイトちゃんが顔を上げる。

「いやいや、久しぶりと言うべきかな?」

 フェイトちゃんの口からふざけた口調の言葉が吐き出される。

「悪趣味だな」

「誉め言葉だよ、私にとってはね」

 そして、守護獣に手を伸ばす。

 私は無言でシルバーホーンを構えると、引き金を引いた。

「おっと」

 フェイトちゃんモドキが、当人が扱う以上のスピードで後退する。

 術式解散(グラムディスパージョン)の照準を外されたのだ。

 魔力影響を排除しようとした私の行動も外された。

「だけど、こっちは防げない」

 私は眼を見開く。

 アルフが突如狼形態に戻ると、苦しみだしたのだ。

「アルフ!」

 フェイトちゃんモドキが嗤う。

「おっと!おかしな真似はしないように。君が何をしようとしても、この子達を自害させるくらい容易いよ?」

 これ見よがしにデバイスの刃を頸に当てがって見せる。

「私も自分の子を殺そうとは思わないよ。ただ()()に付き合って欲しいだけさ」

「自分の子!?実験!?何を馬鹿な事を!!」

 奴のイカレ発言にリニスがキレる。

「君になら意味が分かる筈だ」

「一回死んだくらいじゃ、物足りないらしいな。いいだろうさ、殺してやるよ」

「そっくりそのままお返ししよう。では、今日のところは失礼するよ?」

 大人しくなった守護獣の背に飛び乗るフェイトちゃんモドキ。

 守護獣は、真っ黒に身体が染まり目は深紅に光っている。

「待ちなさい!!」

 私は、リニスの肩を掴んで止める。

「どうして止めるんですか!?」

「一番警戒してる時に襲い掛かったところで効果はない。下手をすればあの子が死ぬぞ?」

 あのクソが背中なんかタダで見せる訳もない。

 アレは誘っている。

「そんな!」

「心配するな。約束は守るさ」

 私は、その背をジッと見詰めた。

 

 フェイトちゃんモドキの姿が消えた頃、通信が入った。

 グレアム提督からだ。

『次元航行船はすぐにそちらに着くだろう。話は付いている。頼んだよ?』

 本来なら早い到着は、マイナスにならない筈だった。

 だが、今は事態がややこしくなりそうで、溜息が漏れた。

 一つ良い事があるとすれば、フェイトちゃんの心神喪失を主張出来るくらいだ。

 前向きに考えるならだが。

 

 面倒事は一気に押し寄せてくるものだ。

 

 

 

 




 少しは書き上げてモチベーションはマシになった
 ような気がします。

 来年も懲りずにお付き合い頂ければ幸いです。

 よいお年をお迎えください。




 


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第10話

 投稿したのは、去年…。
 いや、ずっと順番に書いていたんですが…。
 書く時間が取れなくて、いつも以上に時間が掛かってしまいました。
 すいません…。
 では、お願いします。






              1

 

 ???視点

 

 自分の娘とも言うべき子供の身体で動くというのは、不思議なものだね。

 今、私は感染型魔力を使って、この子に憑依しているような状態だ。

 体毛が黒く変色した守護獣は、今は大人しく座っている。

 この子の魔力回路を使って逆に浸食するくらい余裕だからね。

 最初は、この子自身の実力に任せようと思ったが気が変わった。

 こっちの方が面白い結果になるように感じたのだ。

 非科学的だと感じる者もいるかもしれないが、こういう感覚的なものも重要なのだ。

それに、この子の資質だけに任せると電気系の魔法のみになってしまうからね。

 流石に彼女の相手をさせるのは厳しいだろうと気を回した訳だよ。

 いわば親心というヤツだよ。

 少し魔法を試したが、少し使い辛いくらいで問題はないだろう。

 我ながら中々の出来栄えだ。

 今は確保した拠点で、ゆっくりしていた。

 これからの実験に向けて。

 すると、デバイスが通信を報せて来た。

『フェイト。セーフハウスには着いたかしら?』

 ウインドウにはよく知る人物が映し出される。

「やあ!早速一個集めておいたよ」

『!?…そういう事…どういう積りなの?』

 この子の胸のジュエルシードを見て、瞬時に状況を把握したようだ。

 流石は、才媛プレシア・テスタロッサだね。

「何、ちょっとした協力さ。この子は私の作品であり子供でもあるからね。君の勝手で廃棄されては勿体ない。だから、性能試験がてら協力しようと思ってね」

 プレシアが胡散臭そうに睨む。

 心外だね。本心なのに。

『…本当に渡して貰えるのでしょうね?』

「勿論だとも。生憎、誓える神はいないがね」

『言葉を重ねる必要はないわ。余計に怪しいわ』

「酷いね。報酬はこの子を貰うって事でいいかな?」

 少しの沈黙の後、彼女は言った。

『好きにすればいいわ』

 そして一方的に通信が切られた。

 酷い扱いだね。

「いや、順当な扱いだろう。アンタの口は臭いからな」

 部屋の中に女性が入ってきて、開口一番嫌味を言った。

「おや?傷はいいのかい?」

「まあ、戦う訳ではないからな。陣中見舞いというやつさ」

「まだ、戦ってないがね」

「そりゃ失礼」

 彼女の顔が真顔になる。

 冗談はここまでという訳か。

「あまり趣味がいいとは言えないな」

 私も一応笑みを抑えて置く。

「そちらのやり方に口出しはしない積もりだ。だから、そちらも同様にして貰いたいが?」

 彼女は鼻を鳴らした。

「それで、彼女が本気でやる気になれば御の字か」

 それだけ言うと、彼女は背を向けて出ていった。

 本当にそれだけだったらしい。

 仕様がないじゃないか。

 

 楽しい趣向で再会したくなったのだから。

 

 

 

              2

 

 フェイトちゃんの身柄を奪われてしまってから数日後。 

 レクシアとして、なのはちゃんに会う約束を取り付けた。

 だって、次元航行船来るからね。

 彼女とユーノの事は、話しておかないといけない。

 あと、当然私を巻き込んでくれた説教もする。

 ユーノに近況報告がてら、白状させたから言うよ。

 お前が言えるのかって?当然言える。

 他人の事だから言えるんだ。

 因みに、ユーノは自分が人間であり男だと告白しているようである。

 原作よりも賢明と言えるだろう。

 動物だと思われたら着替えとかも気にしなくなったりするだろうし、普通に言っとかないとエロ扱いされるでしょ?って案件だしさ。

 という訳で、彼は着替えイベント確定の現場に付いていかなかったらしい。

 賢明だけど、それで結果が伴わないとは不遇な男だな。

 私が言える事じゃないけど。

 

 なのはちゃんは、約束の場所にいた。

 まあ、真面目な子だから、すっぽかすとは思ってなかったけど。

「お待たせ」

 声を掛けると、なのはちゃんはビクッと反応する。

「は、はい!」

 ユーノの目は早くも死んでいる。

 まあ、ユーノが異変に気付いても、なのはちゃんが独力で解決しちゃったからね。

 サポートと師匠としての役割を果たせていないから当然と言える。 

 気付いてから移動したって間に合う筈もないしね。

「まずは初の戦闘はどうだった?」

 ジャブを最初に入れてみる。

「済みません…。巻き込んじゃって…」

 素直でよろしい。

「悪いと思うなら、気を遣って上げる事だね」

 自分の待遇をさり気なく要求する私。

「戦闘は?」

「…訓練通りにいかなくて」

 そりゃそうだ。

 実戦ともなれば、不確定要素が付き纏う。

 それを上手く捌いて初めて一人前だ。

「ユーノは、少し一緒にいるべき時とそうでない時を見極めるように」

 言われたユーノは、項垂れた。

 自覚はあるようで結構。

 取り敢えず話し合いで詰めていって貰おう。

「君も自分の魔力を過信しないように。いくらデバイスからサポートがあるといっても、使い手がダメじゃ仕様もない」

「はい…」

 なのはちゃんも項垂れる。

 それからデバイスの記録映像からダメ出ししていく。

 魔力運用から発動から魔法のセレクト、空中機動から見逃した隙、全て指摘し終えた時には、二人共小さくなっていた。

 そこから良かった点を上げて、褒める。

 突き落として、少し引き上げる。

 これがないと、あっという間に折れるから。

 折れても私は困らないけど、教えている以上は必要な事だと思う。

 そして、満を持して本題へ。

「それと、残念ながら本題はそこじゃないんだ」

「「?」」

 二人に?が浮かぶ。

 

「連絡あってね。管理局もう来るから」

 

 

 

 

              3

 

 ユーノの顔が強張る。

 動物形態でも分かるくらいに強張った。

 器用だな、と他人事のように思っていると、なのはちゃんの目が点になっていた。

「管理局、話くらいは聞いてるんでしょ?」

 あんまりななのはちゃんの反応に私は尋ねる。

「そんなところから聞いてユーノ君がこっちに来たって事は…」

 私は、思わずユーノを睨む。

 さては、どうせ後回しになると高を括って詳しく話さなかったな。

 ユーノもまさかこれ程早く来るとは思っていなかったのか、汗が滝のように流れていた。

 色々とバレたら管理局からも言われる事請け合いだからね。

 仕様もない。

 私は管理局について、改めてなのはちゃんに説明してやった。

「そうなんですね?」

 なのはちゃん、分かってなさそうだな。

 そりゃ、次元の海を航行する戦艦とか管理世界とかピンとこないのも無理はない。

「まあ、実際来たら会って貰うから。黙ってる訳にもいかないしね」

「は、はい」

 なのはちゃんは、よく分からないけどみたいな感じで頷き、ユーノは冷汗を流しながらカクカクと頷いた。

 

 そして、あのクソ野郎は出てこず、管理局が来る日が来た。

 

 

 

              4

 

 落ち合う場所に一番目立たない場所という事で、海鳴公園の展望台を指定した。

 時間帯によっては閑散としている。

 夜に海を眺めに来る地元民などいないし、観光客が訪れるスポットでもない。

 故に夜に三人で並んで待っている。

 因みに、なのはちゃんは親に一応断ってきたらしい。

 どんな言い訳をでっち上げたかは聞かない。興味ないし。

 見晴らしはいいが、地元民は見飽きているから結構人が来ないし、接近してきても一目で分かるのがいい。

 ユーノは人間形態で直立不動で固まっていた。

 なのはちゃんも若干緊張気味といったところか。

 私はといえば、溜息を吐きたくなる。

 今回の事では私も言われる側だから。

 

 それぞれが色々な感情を抱いて待っていると、私の眼に97管理外世界付近の次元の海にアンカーがセットされるのを見た。

 流石に次元航行船は、あまり見かけないから新鮮な気持ちだ。

 そして、転移反応。

 二人の人間が姿を現した。

 一人は子持ちとは思えない若々しい女性。

 それにチビの黒尽くめ。

 言わずもがなハラオウン親子である。

 意外と顔とか覚えてるもんだな。

「貴女が賞金稼ぎのレクシアさん?」

 リンディ・ハラオウンがまず口を開いた。

「ええ。それで、貴女は?」

 流石はリンディ・ハラオウン。

 気に入らない存在だろうに、表面上は穏やかな友好的な態度を保っている。

 それに身が入っていないとは、気付く人間は少ない事だろう。

 隣の執務官殿は、敵意すら感じられるっていうのにね。

「済みませんね。グレアム提督から話は聞いているものだから、知り合いのように感じてしまったわ」

 笑顔でそんな事言っても信じないよ。

「リンディ・ハラオウン提督よ。今回の捜査の責任者をさせて貰います」

 笑顔一つ見せない私に、ピシリと敬礼するリンディ提督。

「執務官のクロノ・ハラオウンだ。捜査の指揮を執る事になる」

 クロノは、チラリとユーノやなのはちゃんを見る。

 私も視線を向ける。

「あ、ぼ、僕はユーノ・スクライアです」

「高町なのはといいます!」

 リンディ提督が笑顔で二人の目線に合わせて屈む。

「よろしくね。詳しい話を聞かせて貰えるかしら?」

「「は、はい!」」

 

 こうして、楽しい顔合わせは終了した。

 

 

 

              5

 

 詳しい話は流石に立ち話という訳にはいかず、次元航行船の中で行う事になった。

 なら、最初からそっちに呼べばいいんじゃなかろうかと思ったが、大方の目的は察しがつく。

「デバイスを持っているなら、ここで預かるよ」

 クロノが艦に入るなり、そう言って私達に手を差し出した。

 なのはちゃんは、デバイスを素直に差し出した。

 私はシルバーホーン二丁を懐に手を入れて、血液中から出すと懐から取り出す振りをした。

 クロノは無言でそれらを受け取り、ユーノを見る。

「僕のは、なのはが今使ってるレイジングハートを使ってたから他にありません」

 少しの間、ジッとクロノはユーノを見たが、嘘を吐いていないと判断したようで短く分かったと告げた。

 

 そして、私を中央に三人で座り、向かいにリンディ提督が座り、クロノは後ろに立って控える。

 クロノは、いつでも動ける態勢だ。

 犯罪者という訳でもないのに、随分な警戒だ。

「それでは、詳しい話を聞きましょうか?」

 リンディ提督が穏やかに微笑みながら話を促す。

 まずは、私の事情を話す。

 まあ、建前だけだけど。

 まさか、グレアム提督の信用を得る為にやっているなどと言えば、なけなしの好感度が無くなるだろう。

 個人的にはどうでもいいが、今はあからさまに敵対する訳にはいかない。

 次はユーノの事情である。

 本人は緊張している為に、たどたどしいが最後まで話し終えた。

 ところどころなのはちゃんが、協力したい理由やフォローを入れる。

 それを二人は黙って聞いていた。

 全て聞き終えて一言。

「立派だわ」

「だが、言語道断な行いも含まれている」

 リンディ提督の発言が甘いと感じたのか、クロノがすかさず厳しい発言をした。

「責任感があるのは良いが、自分で回収しようなどと無謀過ぎるし、魔法文化のない世界の、それも子供に魔法を渡すなど言語道断だ」

 クロノが険しい顔で首を振る。

 ユーノも自覚があるので、項垂れる。

 まあ、当然の感想だろう。

「クロノ。その辺にしておきなさい」

「母さん!」

「今は艦長よ」

「失礼しました…」

 リンディ提督の言葉に、クロノが苦虫を嚙み潰したよう顔で言葉を絞り出す。

 ああ、そういえばこんなやり取りしてたな。

 なのはちゃんは、そのやり取りに思わず微笑みを浮かべる。

 それをリンディ提督は目の端で捉えていた。

 計算か。

「取り敢えず、回収したロストロギアを渡して貰える?」

 私達は、素直にジュエルシードを渡した。

「確かに」

 そして、真剣そのものな表情に切り替え宣言した。

「これからは、管理局が回収を担当します。協力には感謝しますが、これからは予想出来ない程の危機があるでしょう。関わらせる訳にはいかないわ」

「私は関わるよ。グレアム提督に協力を約束してるからね」

 子供は、それで黙っても私は黙らないよ。

 リンディ提督が一瞬困ったような顔をした。

 ほんの一瞬なので、気付く人間は少ないだろうが前世が濃かった私は見逃さなかった。

「別に邪魔する積もりもないから、心配しないでいい」

『こ奴等には、いるだけで邪魔なのでしょうがな』

 今まで大人しかったバルムンクが我慢出来なくなったのか、余計な感想を口にする。

 リニスと話す時と違い、念話のようなものなので、向こうには聞こえないけどウザい。

 暫しの間、無言で視線をぶつける。

 先に根負けしたのは、リンディ提督だった。

「それなら、率直に訊きましょう。貴女はグレアム提督に取り入って何を狙っているの?」

 随分と悪意的な捉え方だね。

『的を射ておりますがな』

「平穏を」

 バルムンクの茶化しを無視し、本音を告げる。

 本気で言っていると流石に分かったのか、親子の顔が怪訝なものになる。

「自分の家を火付けされて、穏やかでいられる程豪胆じゃなくてね」

「「……」」

 親子は無言で私の発言を考えている。

「何度も言うけど、ロストロギアに興味はないよ。全部引き渡したでしょ?実力は実績が示してる筈だよ」

 管理局には稼がせて貰った。

 お互い視線を逸らさない。

「…いいでしょう。グレアム提督からも協力させてほしいと言われてますし」

「かあ…艦長!」

 リンディ提督の言葉にクロノが目を剝いて声を上げる。

「そのロストロギアを回収に現れたという女の子の正体も気になるわ。身体を乗っ取る事が出来るのも脅威だし、対抗手段がある彼女の協力は必要と判断しました」

 内心では認めたくなかっただろうに。

「それでは、宜しく。術式は置いていくよ」

 言質が取れたので良しとしておく。

「待ってください!私も協力したいです!」

 なのはちゃんが纏まり掛けた話をややこしくしてくれた。

「なのは…」

 ユーノは、ちょっと感激したような顔だ。

「お願いします!」

「ぼ、僕も最後までやりたいです!」

 二人揃って頭を下げる。

 リンディ提督は、私の方をチラッと見てから二人に視線を向ける。

 これは、メリットデメリットを天秤に掛けてるな。

「君達は一般人なんだぞ。ここから先は、どんな危険があるか分からないんだ。止めるべきだ!」

 クロノは、言い方は厳しいが一番管理局員らしいな。

「二人共、一度帰ってゆっくり考えてから、もう一度答えを聞かせて貰えますか?一度冷静になった方がいいわ」

 リンディ提督は、私と同じような事を言った。

 この人と私と違って諦めて欲しい訳じゃなさそうなのが、気に掛かるが。

「艦長!」

 クロノが非難の籠った声を上げるが、リンディ提督は微笑んだまま二人を見ていた。

 

 これ以上、聞いてくれなさそうな空気に二人は黙って言う事きくしかなかった。 

 

 

 

              6

 

 二人を先に地球に転送し、私は術式の供与と話し合いの為に残っていた。

 本当は術式だけ置いて帰ろうとしたが、止められた。当然か。

 術式の方は記述したものをエイミィに渡した。

 それをクロノと二人で調べている。

 珍しいだろうが、変な術式が紛れ込んでいないかのチェックである事は明白だ。

 失礼とは言わない。

 私は向こうからしたら、怪しい賞金稼ぎなのだから。

『しかし、この分だと先が思いやられますな』

 バルムンクが若干不満気に語り掛けてくる。

 正しいと認めても、疑われるのは気持ちのいいものじゃない。

 それは私も同感だ。

「それで、現れた少女とは知り合いなの?」

 リンディ提督が訊いてくる。

 言わずもがな、フェイトちゃんの事だ。

「面識はないね。でも、これだけは言える」

「何かしら?」

「あの子は、助け出さなければならない子だ」

「…それはそうでしょうけど」

 訊きたい事は理解しているが、馬鹿正直にリニスに頼まれたなどと言う積もりはない。

「ロストロギアを回収するから、どうせ助ける事になるけどね」

 私は、リニスの依頼をおくびにも出さずに嘯いて見せた。

 リンディ提督は笑顔だが、眼はずっと笑っていなかった。

 

「それで、捜索の方はどうなってるかしら?」

 クルーにリンディ提督が、ジュエルシードの捜索状況を訊く。

「少なくとも一つは、話に出てくる少女が稼働状態の物を持っている筈なんですが、反応がありません。これは難航しそうですよ」

そりゃそうだろう。

 あの野郎は、性格最悪で能力も最悪だ。

 居所をそう簡単に掴ませないだろう。

 流石に私も、あの野郎の事まで話していない。

 前世だのと、説明するのは御免被りたい。

 だから地道に別のヤツから回収すべきだろう。 

 尤も、それも奴の掌次第の可能性大だけどね。

「ロストロギアの反応をキャッチしました!」

 これをフラグ回収というのだろうか。

 

 よりにもよって反応を示したのは、市街地だった。

「艦長!現場に急行しまず!」

 クロノが真っ先に出ていく。

 それを私は後から追う。

 制止の声は掛からなかったから、別にいいだろう。

 協力しますよ。近い未来の為にね。

 しれっと武装局員達を率いて出動しようとするクロノ達に交じって転送される。

 

 フェイトちゃんから、あの野郎を叩き出さないとね。

 

 

 

              7

 

 なのは視点

 

 私達は結局帰るしかなくて、帰って来た。

 危険だというのは分かってる。

 戦うのは、物凄く怖い。

 でも、私は強くなるってレクシアさんに言った。

「ユーノ君…」

「うん。僕もこのまま任せきりで帰りたくない。ごめん、なのは。協力してくれないかな」

 私の決意を感じ取ってくれたのか、ユーノ君が同じくキッパリとした声でそう言った。

「管理局の人には、僕が話すよ。ようは僕達を使うメリットを売り込めばいいんだ。レクシアさんみたいにね」

 そっか!レクシアさんは、もっと前からそうなるように提督さん(来た人と別の人)に信用して貰ってたんだものね。

 それにしても、ユーノ君は凄いな。

 管理局の人に納得して貰う当てがあるんだ。

 私なんて、頑張ります!とかしか言えそうにないよ。

「うん!頑張ろう!二人で!」

「改めてよろしく、なのは!」

 私達が自然と握手して、家への道を急いだ。

 だけど、突然レイジングハートが輝く。

 原因は私達にも分かった。

 物凄い魔力が柱みたいに立ち昇るのが分かる。

 身体が冷たくなる。

「「ジュエルシード!?」」

 私達は互いを同時に見た。

 考える事は一緒。

「「行こう!」」

 私達は走り出した。

 ユーノ君は、まだ人の姿でいるのが辛いみたいでフェレットの姿に戻り、私の肩に乗る。

「ごめん…。まだ魔力が回復しきらなくて」

「大丈夫!頑張ろう!」

「うん!サポートは任せて!」

 勢いよく頷いたけど、やっぱり私の脚はあんまり速くない。

 カッコ悪いよね…。

 

 汗を物凄く掻いて、息も上がっているけど意外に場所が近かったお陰で危ない事が起きる前に到着出来た。

 もう何度目かの結界が張られようとしてた。

「なのは!飛び込んで!まだ、入り込める!」

 私は何か考える前に身体を動かした。

 転がるように前へ。

 景色が変わる。

 結界の中だと確信する。

「まだ、完全に構築される前だったからね。タイミングはギリギリだったよ」

 ユーノ君の言葉に返事は出来なかった。

 次の瞬間には物凄い光が辺りを照らしたから。

 そして、人が次々と落ちていく。

 ジュエルシードの前には女の子が浮かんでいた。

 歪んだ笑みを浮かべて。

 

 それがあのカラスみたいに不気味だった。

 

 

 

              8

 

 転送され、すぐさま市街地へ。

 私は既に騎士甲冑を纏っていた。

 そして、市街地に転送された瞬間に狙い澄ました魔法が放たれた。

「っ!?」

 武装局員は防御が間に合わずに、雷に焼かれて落ちていったが、クロノだけはどうにか防御に成功していた。

 勿論、私も成功している。

 あの精度と威力は、フェイトちゃんじゃ出せそうにないな。

 流石と言ったところか。

 それだけではなく、私の場合だとすぐに血液中から剣を取り出して、空中に造り出した足場で踏み込み一瞬で奴との距離を詰める。

 フェイトちゃんの顔をした奴は、ニヤリと嗤う。

 ジュエルシードが妖しく輝く。

 紅い柱となって私を吹き飛ばそうとする。

 大人しく吹き飛ばされても、はたまたどうにか向かっていっても奴の想定内だろう。

 だから、私は拳をジュエルシードに叩き付けた。

 血液による強制封印。久遠棺封縛獄(エーヴィヒカイトゲフエングニス)

 それを狙ったように紅い光を突き抜けて、奴が戦斧を振るう。

 だが、その戦斧が私に届く事はなかった。

 叩き付けた拳が戦斧を弾いたからだ。

 奴が不意を突かれたような顔をする。

 この封印は、基本的に封印が終わるまで片腕が自由に動かせない。

 故に片腕以外でどうにかするしかない。

 私が弾いたのは封印を行っていた拳。

 実は封印を実行したようなフリをしただけだ。

 疑似的な魔法式を構築して、それらしく見せただけ。

 こちらの手の内を知っているが故の早とちり。

 弾かれた戦斧を無理に引き戻す事なく、自分の得意分野を使う。

 一瞬にして雷の矢が無数に展開させ、射出。

 当然のようにホーミングが付いている。

 だが、それだけの筈もない。

 クロノと私を追尾する雷の矢をそれぞれ叩き落していく。

 でも、どうも二人分にしては数が少ない。

 なんて、誤魔化しても仕様がない。

 そんな中で悲鳴が上がる。

 下を向くと、やっぱりというか、なのはちゃんとユーノが当然のようにいた。

 クロノは流石管理局員の鑑と言おうか、庇う為に急降下していく。

 二人は、クロノに任せていいだろう。

 そして、奴に向かおうとして…。

 急停止。

 いつの間にか、魔法陣が出来上がりつつあった。

 雷の矢に紛れて反応を分かり難くし、術式を構築していたようだ。

 流石に綺麗な構築ではなかったが、アルハザードが使用している魔法である。

 それを見ただけで、凶悪極まりないのを察した。

 妖しげな紫の光が灯ると同時に、血液中からシルバーホーンを取り出して術式解散(グラムディスパージョン)を放つ。

 発動寸前に魔法陣を破壊する。

 シルバーホーンを持つ手に魔法の枷がはめられる。

 バインド!?

「いや、お手製の玩具だよ。魔法の気配なんて感じなかっただろ?」

 奴の手には、いつの間にか趣味の悪い爪が装着されていた。

 そこから、紅い糸が伸びており、よく見れば私の手の枷に繋がっていた。

「君の血液の技のリスペクトだよ。受け取ってくれたまえ」

 そう言うと、腕を振り上げる。

 飛行魔法で踏み止まろうとしたが、上手くいかずに空中に投げ出される。

 魔法が阻害されている。

 こっちが本命か。

 変身魔法の維持も厳しくなっている。

 早目に勝負を決める必要がある。

 満を持して魔法式が構築される。

 先程の魔法陣の比ではない威力の魔法。

「それでは、受け取ってくれたまえ!」

 紫色の光が靄のように発生する。

 わざと恐怖を煽る為の演出だ。

 腐蝕魔法。

 これに触れると、全てのものが塵となり消え去る。

 私は腕に力を籠めて拘束を引き千切ろうとする。

「無駄だよ。その糸は腕力では決して切れない」

 私はフッと笑みを浮かべる。

「丈夫で助かるよ」

「っ!?」

 気付いたようだが、もう遅い。

 私は頑丈な糸で腕を傷付けた。

 魔法は阻害されているが、体内の魔力まで無効になった訳じゃない。

「空斬糸!」

 流れた血から無数の糸が造り出される。

「そこまでだ!」

 はっ!?

 クロノが空気を読まずに突っ込んでいた。

 どうやら、私は技のチョイスを間違えたらしい。

 クロノは、私の空斬糸と奴の玩具を混同している。

 奴がニヤリと嗤う。

 くっそ!

「時空管理局・執務官クロノ・ハラオウンだ!デバイスを捨てて投降しろ!」

 格好よく決めた積もりかもしれないが、操られていると伝えた筈だが…。

 まあ、当人の意識があったとしても拒否しただろうけど。

 予め仕込んでいた術式を開放する。

 クロノ目掛けて。

 私は舌打ちする。

 平時なら兎も角、今彼を見捨てる訳にはいかない。

 これからの私の目標の為には、グレアム提督の信用が必要だ。

 強力な魔法で飲み込むという手もあるが、それではクロノやなのはちゃん、ユーノを巻き込んでしまう。

『なんだかんだで助けるのですな?』

 バルムンクが、余計な事を口走っるのが喧しい。

 精霊の眼(エレメンタルサイト)を使い、術式を打ち砕いていく。

 流石はアルハザードの魔法使いだ。

 認めたくはないが、発動スピードが化物染みている。

 いや、化物か。

 私も素早い発動が可能だが、奴のは桁が違う。

 クロノも迎撃しているが、威力が足りていない。

 空中で激しく態勢を切り替えて、両手はシルバーホーンに切り替えて打ち砕くと同時に、クロノを射線外に蹴り飛ばす。

『抜け!』

 そして、本命に気付きながら打ち砕き切れない。

 ここでバルムンクを抜けば管理局の事だから、私の正体に気付き兼ねない。

 一瞬の躊躇。

 その隙を見逃す程、甘い相手ではない。

 積層型魔法陣が完成し、一気に解放される。

 選択魔法はファランクス。

  

 そして、轟音と閃光が世界を包んだ。

 

 

 

              9

 

 なのは視点

 

 あの管理局の捜査官?みたいな子に助けられた。

 突然、速い矢みたいな魔法が降り注いだから。

「大丈夫か!?」

「う、うん。ありがとう!」

「僕もついでにありがとう!」

 管理局の人が眉を寄せて、不機嫌そうに頷いた。

「君達は、すぐに避難を!」

 すぐに管理局の人は飛んでいく。

 空では、もうレクシアさんが戦ってるけど、私じゃ高度過ぎて何が起こってるのか分からない。

 けど、レクシアさんが危なくなってる。

 何かしなきゃいけない!

 物凄い冷気に身体が竦む。

 そうこうしてるうちに管理局の人が二人を止めに入る。

「なのは!」

 ユーノ君の大きな声に、金縛りみたいになった私の身体はビクッと反応した。

「君のやり方でやって。僕は君を全力でサポートする。協力して貰ってる立場ではあるけどね」

 最後におどけたような声で、ユーノ君が言った。

 その言葉に私は笑った。

 うん!私はレクシアさんと約束した。

 やる以上は、レクシアさんが出来なかった事が出来る魔導士になるって。

 こんなところで止まってられない!

 私はレイジングハートを握り締める。

 空で凄い爆発が起きる。

 衝撃で転がってしまう私。

 でも、レイジングハートは手放さない。

 ユーノ君は無事なのか確認出来ない。

 でも、ユーノ君なら大丈夫だと信じる!

「レイジングハート!!」

『スタンバイ・レディ』

「セッ-トアップ!!」

 私は魔導士に変身する。

 魔力運用の応用で、身体を保護して立ち上がる。

 不気味な感じがする女の子は、こっちなんか見てない。

 だからこそ、今のうちにあの子を助ける!

 ジュエルシードは女の子の胸中央に貼り付くみたいに付いている。

 ここから封印砲を撃っても、躱されるかもしれない。

 なら、ギリギリまで近付く。

 最速で。最短で。

 いくよ!!

 足に光の翼が広がり、地面から弾かれるみたいに空へ飛び上がる。

 レイジングハートが砲撃する形へと変化する。

 女の子が興味のなさそうな目でこっちを見た。

 女の子までの距離は、あと五歩位のくらいの距離。

 ここまで近付けば、防御ごと貫ける!!

 女の子が手を伸ばす。

 その瞬間、女の子の腕に光の枷が絡み付く。

「なのは!!」

 ありがとう。ユーノ君。

「ジュエルシード、封印!!」

 封印砲が杖から出た。

 その筈だった。

 でも、次の瞬間、封印砲が粉々に砕け散った。

 魔力量はレクシアさんですら認めていたのに、この女の子は蠅でも追っ払うみたいに軽く手を振っただけで、私の封印を砕いてしまった。

 ユーノ君の拘束魔法も当たり前みたいに砕かれてる。

 これがジュエルシードの力なの!?

 呆然とする私に女の子がデバイスを振り上げる。

 冷たい眼と空気。

 レイジングハートがバリアを張ってくれる。

 その直後、デバイスが振り下ろされた。

 バリアもアッサリと壊れ、刃が私に迫る。

 時間が飴のように伸びた気がした。

 でも、その刃は私を掠めて外れた。

 髪が何本か切られた。

「っ!?」

 女の子の目が驚きで見開かれる。

 女の子の腕が震えている。

 私には判った。

 これは女の子本人が抵抗してくれているんだと。

 なら、私も最後まで諦めない。

 絶対に貴女を助けてみせる!

 私はレイジングハートを再び、女の子に向ける。

 それを鬱陶しそうに脚で蹴飛ばしてくる。

 腕が思うように動かないからだ。

 レイジングハートを飛ばされないように、必死で握り締めて抵抗する。

 我慢が出来なくなったのか、女の子が魔法を展開する。

 私じゃ、避けられる数じゃない。

 でも、決めたんだ。諦めない!

「レイジングハート!!」

『オーライ』

 レイジングハートも付き合ってくれる。

 レクシアさんみたいには出来ないけど、一点突破する。

 その決意でレイジングハートを握り締める。

 すると、突然別方向から魔力の壁が飛んできて、女の子がそれをデバイスで斬り払った。

 だが、それはすぐに次々女の子目掛けて迫って来た。

 飛んでくる方向を見ると、管理局の人を抱えたレクシアさんだった。

 すぐに、レクシアさんは管理局の人を放り出した。

 思わず声を上げそうになったけど、これも当たり前みたいに管理局の人は魔法でゆっくりと地上に降ろされた。

 レクシアさんは凄い人だ。

 ここまで凄くても出来ない事があるんだと言う。

 どれ程凄い努力をしたのかな…。

 斬っても斬っても壁は飛んでくる。

 斬り払われた壁は、魔力の粒になって消えていく。

「お返しだ」

 魔法が女の子の周りに一杯出来上がる。

 魔力の粒が広範囲に巻かれて、気が付かなかった。

 これを当たり前みたいに出来るんだ。

 女の子が不気味な笑みをまた浮かべる。

 女の子に魔法が殺到する。

「おやおや、幼気な女の子を囮に魔法の構築時間を稼ぐとは悪辣になったもんだね」

 殆ど躱す隙間なんてなさそうなのに、スイスイと魔法を回避して、そんな事を言った。

 多分、私が戦っている間に大量の魔法を使う準備をしてたんだと思う。

 でも、私はそれに文句を言う積もりも余裕もなかった。

 目の前の光景を目に焼き付けるように見る事しか出来ない。

「無駄にする積もりはない」

 造り出された魔力弾が残らず停止する。

 一瞬、驚き動きを止める女の子。

 だが、すぐにバリアを厚くしようとしたみたいだけど、レクシアさんが指を鳴らした瞬間に全てが爆発した。

 その爆発に躊躇いなく飛び込んでいくレクシアさんの姿が見えた。

 女の子が所々服に焦げ目を作りながらも脱出してきたところに、レクシアさんが銃から剣へと一瞬で武器を持ち換えて空中で踏み込む。

 物凄い音と共に閃光のような一閃。

 女の子の斧みたいなデバイスが切断され、身体が薄っすらと切り傷を残す。

 魔法で護られている筈なのに、そんなの全く関係ないみたいに斬った。

 女の子が微かに震える。

 顔だけは忌々しそうに歪んでいた。

「悪いが、ここで失礼しよう」

「ふざけるな。次などない」

 レクシアさんが剣を構える。

「いや、あるさ」

 そう言うと女の子が自分の首に手を掛ける。

「知っての通り、この子を殺したところで私は無事だ。どうするね」

「みっともないやり口だな」

「そうだね。言い訳を言わせて貰えば、お互いに本領発揮出来る状況にないからね」

 首に手を掛けたまま、女の子が空いた手を振ると、黒い獣がレクシアさんに突っ込んでいった。

 レクシアさんが体術のみで突進をいなしている間に、女の子は魔法の気配を一瞬させて消えていった。

「消えた…」

 私の間の抜けた声に反応したみたいに、黒い獣が逃げて行く。

 女の子は追おうとしたレクシアさんだけど、黒い獣は全く追わなかった。

 私は、ただ見ている事しか出来なくて俯いた。

「なのは…」

 ユーノ君がいつの間にか近くに来ていた。

「私もああなってたかもしれないんだね」

「なのは…」

「私はホントは分かってなかったのかな…。でも、私、あの子を助けたい!」

「…そうだね。これは僕の責任でもある。発掘したのは僕だから。助けよう。絶対に」

 もっと、教えて貰わないと駄目だ。今のままじゃ何も出来ない。

 管理局の人達にも、一生懸命頼もう。

 私は、この時にやっと本当に決意が固まったんだと思う。

 

 あの街中で発動したジュエルシードは回収された。

 あの女の子、いや操っている人が置いていったから。

 目を覚ました管理局の人は、怪我をした人達をあの戦艦に運び込むと、レクシアさんと帰って行った。

 管理局の人は、凄く怖い顔してたけど、無理はないんだと思う。

 力の差が凄かったんだから…。

 でも、あの人も諦めた風じゃない。

 私もだ。

「この状況なら…」

 

 ユーノ君の言葉が大きく響いた。

 

 

 

 




 あんまり話が進んでないって?
 次回からはスピードアップします。
 投稿スピードではないのが申し訳ないですが…。

 これに懲りずに付き合って頂ければ幸いです。



 


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第11話

 相変わらず難産で時間が掛かりました。
 それではお願いします。


 


              1

 

 私はクロノと武装局員の回収を手伝い、アースラに戻っていた。

 このまま、後は宜しくで帰るのも好感度がね。

 碌にないけど、わざわざもっと悪くする必要もない。

「相手は知り合いなのかしら?」

 リンディさんが責めるような視線を向ける。

 実際、責めてるだろうけどね。

「もしかして、そうかもしれないけど確信はないよ。恨まれる覚えはそれなりにあるからね」

 しれっと惚ける私。

 実際、奴とは深い話はしていないから、現段階ではまだ惚けられる話だ。

 私としてもフェイトちゃんの身体乗っ取りという手段で奴が介入してくるとは想定外だった。

「それが本当ならいいのだけど」

「勿論、本当だよ」

 嘘は言っていない。

 確信はあるけど、名乗り合った訳じゃないから。

「まあ、いいでしょう」

 リンディさんは目を閉じて、私への追及を止めた。

 訊いても答えないと分かったからだろう。

「この分だと増員をする必要がありそうね」

「いや、必要ない」

「それはどうして?」

 リンディさんが目を細めて問う。

「数を揃えればいいって相手じゃないからね。あの技量を見たでしょう?腕が並み程度の魔導師何人投入しても意味はないよ」

 これはあわよくば、なのはちゃん達を手伝わせようと目論むリンディさんへの牽制だ。

「……」

 ブリッジ内が静まり返る。

 ここまでハッキリと言われて全員が、少なからずプライドを傷付けたようだ。

 不機嫌な沈黙が場を支配するけど、私は平気で話す。

「で?全部私がやりましょうか?」

「冗談はよして頂戴」

 リンディさんも取り繕う余裕が消えたのか、不機嫌そうにそう吐き捨てた。

 私は、素っ気なく頷いた。

『いやはや、順調に嫌われているようですな』

 バルムンクが嫌味っぽく言った。

 

 これで、あの二人を使おうとかいう思惑も見直す事になるだろう。

 

 

 

              2

 

 ユーノ視点

 

 僕は緊張した面持ちで、レイジングハートで通信相手を見詰めた。

 まだ、フェレット形態の方が楽なので、その姿で向き合っていた。

『それでは返答を聞かせて貰えるかしら?』

 僕は目を少しだけ閉じて開く。

 自分を落ち着ける為だ。

「僕達は最後まで見届けたいし、関わりたいと思います。なのはも同様です」

『命の危険があるのですよ?』

「承知の上です。それに僕達が協力するのはロストロギアの回収です』

 リンディさんが怪訝な顔をする。

 別に違いはないように思われるだろうけど、違いはある。

「そちらが心配しているのは、主にあの女の子の戦闘力では?ただの思念体ならば、なのはが役に立つし、僕もサポートは得意です。なのはの魔力量についてはご存知でしょう?」

 あの女の子もセットで登場しそうではあるけど、それこそこちらの攻めどころだ。

 なのはの魔力量に技量が加われば、どんな思念体であっても封印は可能になる。

 もし、なのはの才能が完全に開花したなら、あの女の子とだって。

 そんな風に思えるくらい凄い。

「僕達が協力するのは、言わば雑用です」

 本来なら、ジュエルシードの回収が主な仕事。

 だけど、今は強力な敵と言うべき子が現れた事で事情が変わった。

 僕達が入り込む余地はある。

『成程、考えたようですね』

 リンディさんが目を閉じて、僕の発言を吟味している。

 メリットとデメリットを天秤にかけているんだろう。

 沈黙。

 もっと言葉を重ねたくなるのを、ジッと堪えて返答を待つ。

『これから、暫く宜しくお願いしますね?』

 リンディさんがニッコリと笑ってそう言った瞬間、腰が抜けそうになるのを根性で堪える。

「ありがとうございます。きっと、役に立ちます」

『ただし、条件が一つ。絶対にこちらの指示に従う事』

「分かりました」

 リンディさんが釘を刺してくるのを、当然とばかりに頷く。

 

 状況次第だけど、と内心で付け加えながら。

 

 

 

              3

 

 リンディ視点

 

 ユーノ君との話し合いが終わり、フッと息を吐く。

「艦長。僕は反対です」

 治療が終わったクロノが後ろに立っていた。

 気付いていたから、驚きはしない。

「もう傷はいいの?」

「御心配をお掛けしました。もう平気です」

 クロノが憮然とした表情で答えた。

 瘦せ我慢しているようではないので、取り敢えず内心で安心する。

 それならばと、クロノの意見に答える事にする。

「そうね。言いたい事は分かるわ」

「だったら何故!?」

「ここで断ったとして、あの子達、きっと勝手に動くもの」

 クロノもそう思っていたのか、グッと言葉に詰まる。

「だったら、こっちがある程度折れた方が安全は確保出来るわ。勿論、関わらせないのが最良だけど、はいそうですかって納得は出来ないでしょう」

 クロノが苦々しい顔で押し黙っている。

 理解は出来ても、納得は出来ない。

 まだまだ柔軟性に難があるわね。

 内心で苦笑いする。

「彼女は怒るかもしれないけどね」

 付け加えるように言うと、クロノの眼が鋭くなる。

「彼女と言うと、あの賞金稼ぎですか?」

 私は頷いた。

「怒りますか?」

 納得し難いと顔全体で表している。

「彼女、随分と捻くれているけど優しい子よ。こっちの心証はよくないけどね」

 ユーノ君が自分達を売り込む際に知った事だが、彼女は徹底的に基礎となる技術と魔力の制御法に重点を置いて教えていたらしい。

 本当にどうでもいいならば、実戦技術を適当に教えればいい。

 地味で効果がすぐに見られないキツイ訓練なんてさせる必要はない。

 その方が長続きするだろう。

 尤も途中からスパルタ式実戦訓練を採用してたみたいだけど、それも差し迫った実戦が控えていたからでしょうしね。

「それに、なのはちゃん達を使わないように釘も刺してきたしね」

 数を揃えればいいというものではない。

 彼女はそう言った。

 それは、遠回しになのはちゃん達を使おうとした私に対する牽制だ。

 彼女には分かっていたのね。

 私達が欲しているものが。

 キチンとした協力者だ。

 欲得に塗れていない志ある魔導師なんて今日日確保も難しい。

 ウチのクルーは、ほぼ志を持ったメンバーで固めているが、全てではない。

 強力な魔力を持った志ある魔導師の協力は、喉から手が出る程に欲しいのよね。

「艦長は、あの二人も引き込む積もりだったのですか?」

 クロノが責めるような視線を向ける。

 強力な敵がいる以上、味方は少しでも多い方がいい。

 まして優秀ならば言う事はないわ。

 あとは覚悟だけだったけど、それもクリア。

「クロノ、貴方もなのはさんに戦闘技術を教えてあげてね?」

「本気ですか…」

 真面目なクロノには嫌な仕事だろうけど、危険なロストロギアの捜索で失敗する訳にはいかない。

 あの子達を巻き込む以上、万全を期す必要があるもの。

 出来る事は全てやる積もり。

 

 世界もあの子達も無事に送り返す。

 

 

 

              4

 

 私は若干不機嫌に訓練風景を眺めていた。

 思わず溜息が出る。

 諦めさせる為にも、厳しくやっていたのにこれじゃ意味ないな。

 クロノの教え方が良いのか、既にバインドまで上手く使えるようになっていた。

 ああいうタイプは出来る事増えると無茶するぞ。実体験だぞ。

 幸か不幸か、あれからジュエルシードは見付かっていない。

 もうフェイトちゃんにくっ付いているのを除けば、残りは10個。

 そのうち幾つあちらが手元に置いてるのやら、といったところだが…。

 それにしてもここまで穏やかだと逆に気持ち悪い。

 何か裏がある可能性があるが、それが分からない。

 魔法的な仕掛けは、ジュエルシードには感染型魔力以外に見当たらない。

 となれば、その場でどうにか出来るのか。

『それにしても、あのような子供まで動員せねばならぬとは、人材不足が深刻なようですな』

 考え事をしていた私に、突如バルムンクが嘲りを含んだ声で言った。

『これなら地上本部とやらの、あの男の遣りようも仕方ない事ですかな?』

 バルムンクの言う、あの男とはレジアス・ゲイズの事だ。

 賞金稼ぎとして本局に出入りしている時に、偶々テレビに映っていた。

 少将へと出世し、淡々と地上本部の行く末を論じていた。

 かなり強硬な政策を話していた。

 要は人材がいなければ、物でカバーしようという話だ。

 ロストロギアの技術を部分利用しようという話だった。

 明らかに危険思想だろう。

 お前等、管理局だろうが。管理しろよ。使うなよ。

 本局からの批判にも眉一つ動かさずに、淡々と反論していたのが印象的だった。

 レジアスの私の印象というのは、いいように利用されて殺された奴だった。

 優秀だったのだろうが、そういったエピソードがあまり出てこなかったのが原因だと思う。

 死んだ筈の親友が生きていた事に動揺したりと、覚悟が決まっている人間には思えなかった。

 まあ、あくまで断片的な記憶を頼りに語っている内容だから、違っているかもしれないが。

 私の観たレジアス・ゲイズは、そんな事で動揺するようなタマには見えなかった。

「どこも人材不足極まれりだね」

 

 そして、追加のジュエルシードがないまま時は過ぎていった。

 

 

 

              5

 

 ジュエルシードが出てこない以上、こちらから捜索しても限りがある。

 何しろ、奴が関わっているのだ。

 下手に探し回っても碌な結末にならないのは、経験則から分かっているので大人しく牙を研いでいる。

 それは、気合が入っているなのはちゃんも同じ事。

 なんだけどもね。

「アンタ!いい加減にしなさいよ!」

 大人しく小学校に通っていた私だが、休み時間に大声を上げて怒るアリサちゃんを目撃した。

 周りは、何事かと様子を窺っている。

 下手に口を挿めない状況にクラス中が緊張に包まれる。

 クラスのカーストトップの諍いだ。

 静観したくなる気持ちも分かる。私もそうだし。

 どうやら、訓練に集中し過ぎてアリサちゃん達を放置気味にしていたなのはちゃんに、アリサちゃんがキレたようだ。

 なのはちゃんは、流石に人助けの為に魔法の訓練をしてて、それどころじゃないとは言えずにいた。

 もう少し、穏やかに問い質す事は出来ませんでしたかね。

 クラスの雰囲気が悪くなったぞ。

 しかも、この雰囲気を放置して二人共出て行きやがった。

 すずかちゃんは、こっちを見て目だけでフォローして!みたいな感じて訴えているけど、噓でしょ?

 自分達で蒔いといて、私に尻拭いさせるとか本気か?

 そして、二人の姿が消えた瞬間に、なのはちゃん以外のクラスメイトの視線が私に集まる。

 これじゃ、弱い出力の魔法で気を逸らす手が使えない。

 少し取り込まれていた私は、既になのはちゃんグループのサブメンバーと認識されていた所為で、後処理はお前やれ的な空気が醸成されていた。

 最悪だ。

 溜息を一つ吐いて、ノソノソと立ち上がる。

 全員の視線に負けて、私はなのはちゃんの肩を掴んだ。

「え?どうしたの?」

 珍しく私からの接触にビックリした顔をするなのはちゃん。

 私は視線で教室の外へ出ようと告げる。

 幸いにも彼女は意図を察したようで、立ち上がり一緒に教室を出た。

 背後で空気が弛緩するのが分かる。

 ちょっとイラッとしたが、無理もないから堪える。

 

 教室から離れ、屋上の入り口へ場所を移す。

 屋上の入り口なら、誰も来ないから連れて行ったのだ。

 屋上は危険なので一般生徒は出入り出来ないから、ここまでくる生徒などほぼいない。

 内緒話をするには丁度いい。

 そもそも、この学校に盗み聞きする不心得者は少ないんだけどね。

「美海ちゃん。それで…」

 あのプールの一件で友達認定されたお陰で名前呼びだ。

 仲良くなる積もりなかったんだけどね。

「喧嘩してたけど、どうしたの?」

 クラスの空気が悪くなるから止めて貰えるかな。

「美海ちゃんは…知ってるから、いいよね?」

 よくないね。

「実はね…」

 なのはちゃんは、ポツポツと話し出した。

 事情は察した通りだった。

「私ね。誰かを助けられる自分になりたいって思ってる。だけど、あんな力を手に入れても全然上手く出来なくて…。最近ね、教えてくれる人が二人出来たんだ。それで出来る事が少しづつだけど、増えてきてるところなの。私はユーノ君、アッ!友達なんだけど!その子や、魔法の品に操られた子を助けたい!だから、練習とかで最近ボケっとする事が多くなっちゃって、心配してくれてるのは分かるんだけど…」

 最後にそう言って、なのはちゃんは黙り込んだ。

「遊ぼう」

「え?」

 私の一言に唖然とするなのはちゃん。

 私の経験からすると、今のなのはちゃんには余裕が足りない。

 そういうのは、重大なミスを招く。

 自身の安全、この街に住む両親の安全の為にも見過ごせない。

 私は、強引になのはちゃんを引っ張ってゲーセンに連れて行った。

 私も凡人時代以来、随分と久しぶりに来たよ。

 格ゲーで大人げなくなのはちゃんを完封し、シューティングゲームでボコボコにされて楽しんだ。

 私は大人だから、何度となく再戦を申し込んでボコボコにされて上げたよ。

 大人だからね。重要な事だから二度言ったよ。

 実戦ではそうはいかないからね。

『明らかに、大人げないですな』

 バルムンクがツッコんでくるが無視だ。

 なんか、なのはちゃんは私の顔まで見る余裕があったようで、視線を感じる。

 その笑みがムカ…微笑ましい。

「うん。来てよかった…」

 なのはちゃんがそんな事を呟いたが、私は聞こえない振りをした。

 日が大分傾いてきたので、お開きにする事にした。

 帰る時のなのはちゃんには、少しだが本来の笑顔が戻っていた。

 まあ、こんなもんかな?

「今日はありがとう。アリサちゃんやすずかちゃんとも話してみる」

 なのはちゃんは、そう言って帰って行った。

 

 なんで、私がこんな事してんだろうか…。

 

 

 

              6

 

 なのは視点

 

 訓練の事、操られた女の子の事、私の事、ユーノ君の事。

 色々考える事が多過ぎて、ボンヤリする事が多かったのが原因だと思う。

 勿論、訓練の疲れっていうのもある。

「アンタ!いい加減にしなさいよ!」

 アリサちゃんを怒らせてしまった。

 アリサちゃんが怒るのも、心配してくれているからだと分かっているけど、正直に全てを話すのは難しいの。

 魔法の事なんて、どう説明していいか分からないし…。

 結局は、何も言えないままアリサちゃん達を帰らせてしまった。

 全然、足りない自分自身に落ち込んでいると、いきなり肩を掴まれてビックリした。

 掴んだ人を見て余計にビックリした。

 だって、美海ちゃんだったから。

 お友達になってからも、あんまりお話出来なくて、避けられてるのかな?って気にしてたから。

 黙って引っ張って行かれて、連れてかれたのは屋上の扉の前。

「美海ちゃん。それで…」

 どんな用なのか、気になって訊いてみる。

 美海ちゃんは、あんまり表情に感情を出さないけど、今日はなんか機嫌が悪そうだった。

「喧嘩してたけど、どうしたの?」 

 もしかして、心配してくれてるのかな?

 表情があんまり変わらないから分かり難いな。

 でも、美海ちゃんはプールの時に私のバリアジャケットを見てるし…。

 多分、魔法も見られてる。

「美海ちゃんは…知ってるから、いいよね?」

 話せる人って、ユーノ君くらいだし…。

 こうして相談出来る人って、いなかったんだな…。

 私は上手く言えたか自信はないけど、私の心の内を話した。

 アリサちゃん達が私を心配してくれているのは分かってる。

 でも、相談するのは躊躇っちゃう。

 美海ちゃんは、それを黙って最後まで聞いてくれた。

 それで一言。

「遊ぼう」

 え?どういう展開で、そうなったのかな?

 また、強引に引っ張って行かれた先は、ゲームセンター。

 美海ちゃん、こういうところに来るんだ。

 ちょっと意外。

 まずは、格闘ゲームのところに座らせれる。

 え?私、やった事ないよ?

 あわあわしているうちに、一方的に負けちゃったの。

 やり慣れてる?

 少しずつ私も慣れてきたけど、全然勝てないよ。

 動きが読まれてるみたいに、攻撃が当たらない。

 唸っていると、美海ちゃんが立ち上がった。

 帰るの?

 今度は、飛行機?で戦うゲームに座った。

 弾は色々選べるんだ…。

 うん。こっちはクロノ君と訓練してるし、なんとかなりそうかな!

 美海ちゃんは強かった。

 でも、マルチタスクと空戦シュミレーターを使ってるから、応用出来てる。

 ゲームの中の飛行機は、クロノ君に比べれば遅いし私の動きより遅いけど、ミッド式(私の使う魔法は、こっちよりなんだって)の私には相性がいい。

 一つ一つの弾がコントロール出来る訳じゃないけど、凄く弾が広がってくれるから弾の物量で相手の動きをコントロールする。

 成果は出てるんだな…。

 私達の周りにいつの間にか人だかりが出来ていた。

 美海ちゃんは、もう一回と何度も挑んできた。 

 意外と負けず嫌いなんだと知れて、なんだか嬉しかった。

 美海ちゃんの事が少しは分かったから。

「うん。来てよかった…」

 終わった後、頭は疲れてるのに、身体は軽かった。

 なんだか、自分が凄く力が入ってたんだって気付いた。

 分かってた積もりだったけど、全然分かってなかったんだね。

 全部話せなくたっていい。

 もっと、アリサちゃんやすずかちゃんと話そう。

「今日はありがとう。アリサちゃんやすずかちゃんとも話してみる」

 別れる時に、私は美海ちゃんにそう言った。

 美海ちゃんは、少しだけ頷いてくれた気がした。

 それだけ聞くと、美海ちゃんはアッサリと私に背中を向けて帰っちゃった。

 

 不愛想だけど、優しい友達だ。 

 

 

 

              7

 

 なのはちゃんのガス抜きした数日後、アリサちゃん達とは無事に仲直りしたようだ。

 素直に謝罪があったそうな。

 どこ情報かというと、すずかちゃんである。

 わざわざ私に報告に来てくれた。

 別に必要なかったんだけどね。

 感謝する彼女に私は一つ頷いただけ。

 それだけで満足気だった。

 楽でいいけど。

 

 そして、帰り道に事態は動く。

 沈黙を守っていたジュエルシードが発動したのだ。

 同時に8つも。

 しかも都市部での事だった。

 明らかにあんな場所には存在していなかった事を考えると、奴めばら撒いたな。

 サウンドオンリーで管理局から連絡が入る。

『もう気付いていると思いますが、ジュエルシードが発動しました。かなり高密度の魔力反応です。魔法文化のない世界では危険な程です。すぐに対処する必要があります。最悪の場合、次元震の発生もあるでしょう』

 リンディさんが、相当焦っているのが声だけで分かる。

 普段、魔力に触れない人が高密度の魔力に触れると体調を崩す可能性がある。

 慣れないエネルギーに感覚が刺激されるからである。

 下手をすると、そのまま昏倒する事も起こり得る。

「ジュエルシードを隔離する準備は?」

 私は声だけ変えて、それだけ訊く。

『武装局員は既に出動。クロノの式で結界を張ろうとしていますが、困難を極めています。空間が安定していないみたいなの』

 既に次元震の兆候が出ているって訳だ。

 それなら結界を張るのも、梃子摺るのも頷ける。

 簡単に言えば、結界は空間を弄る魔法だ。

 故に、空間が安定しない状態での結界の構築は難しい。

 だが、そのまま放置する選択肢はない。

「分かった。私が張る」

『…出来るの?』

「出来る出来ないじゃない」

『お願い』

 緊急時の判断の早さは流石と言える。

『なのはさん達も向かって貰っているわ』

 最悪だな。

『リニス、現場へ急行。多分、出てくるよ』

 私はリニスに念話を飛ばす。

『…分かりました。今度こそ、助け出します』

 リニスの決意に満ちた声が聞こえて、溜息が出そうになった。

 なんで、全員面倒を抱えているんだろうか?

 私の言えた義理じゃないけどさ。

 頼むよ、なのはちゃん。色々な意味で。

 

 さて、パーティーのお誘いだ。

 

 

 

              8

 

 地獄絵図とは言わない。

 本当の地獄絵図を見たから。

 でも、これは酷い。

 管理局が一般市民の誘導に頭を痛める必要はなさそうなのは、あの人達にとっては幸いだろうけど。

 大規模地震だよ。

 もう警察や消防が避難誘導を開始している。

 流石は日本だ。

 お蔭で管理局も大助かりだろう。

 全員、死にそうな顔だけども。

 なのはちゃんは既に現場にユーノ共々到着し、ジュエルシード封印しようと飛び回っている。

 ユーノの支援があってギリギリの模様。

 普通のジュエルシードではない為に、封印する為の狙いを定める時間を与えてくれない。

 だって、光の柱から赤い触手がうねうねしてて、ちょっと間違うと薄い本の世界に突入しかねない。

 実際は絞殺されるだろうけど。

 どっちにしても十八禁だ。

 連携の必要な作業には、まだまだ参加させられないだろうから、これは当然の役割分担か。

 うっかり目撃されたりしなきゃいいけどね。

 黒歴史が更新される事になるよ。

 一般市民には光の柱や局員は見えてないけど、霊感とかある人なら見えてる可能性も無きにしも非ず。

 一刻も早く結界を構築する必要がある。

 不必要に未知のエネルギーを見せびらかす事はない。

 私はクロノに近付いて、肩を叩く。

 クロノが不愉快な顔を隠しもせずに振り返り、黙って場所を譲った。

 それに倣って、他の武装局員達もゆっくりと後退する。

『ここで失敗したら赤っ恥ですな』

 バルムンクが揶揄するように言った。

 喧しいわ。

『リニス。ちょっと集中する。ガード任せた』

『お任せ下さい』

 リニスは念話で気合十分に応えた。

 空間の振動を感じ取り、その振動が最も安定した瞬間を捉える。

 ゆっくり広げるのは不可能。

 一気に一瞬で世界を塗り替えなければならない。

 唾棄すべきチートでも役に立って貰おう。

 8つのジュエルシードが同時起動している所為で複雑ではあるが、この程度で泣き言を漏らす程落ちぶれてはいない。

「3…2…1…起動」

 その瞬間に空間が音を立てて変わった。

 8つのジュエルシードを結界内に隔離する事に成功した。

「こんなにアッサリと…」

 誰かが呆然と呟いた声が聞こえたが、特に反応はしなかった。

 私にしてみれば…。

『大分戻ったとはいえブランクは深刻ですな。まだ全盛期には届きませんな』

 バルムンクがやはり余計な感想を漏らす。

 そんな事、私が一番わかってるよ。

 魔法は遜色ないと思っていたけど、振動を読むのに時間が掛かり過ぎだ。

 ウンザリしてきたな。

 サッサと使う必要がない環境を整備する必要がある。早急にだ。

「やはりね。君は腑抜けたよ。喝が必要なようだね」

 決意を新たにしていると、フェイトちゃんの声が聞こえた。

 上を見上げると、丁度空間を斬り裂きフェイトちゃんの姿をしたアレが現れた。

 フェイトちゃんに寄生するという恥知らずの癖に、大口を利くな。

『フェイト…。今、助けます』

 リニスがフェイトの姿をした奴に飛び掛かろうとしたその時、黒い物体がリニスの進路を妨害する。

『アルフ!!』

 闇堕ちしたアルフが黒い毛を逆立ててリニスを威嚇する。

『いいでしょう。どれだけ成長したか見て上げましょう』

 リニスは静かな声で言った。勿論、念話で。

 アルフは聞いてないのか、聞こえないのか無反応。

 そして、黒と白が高速で交錯した。

 私もそれをボウっと見てる訳にはいかない。

 だけどね。管理局御一行から注がれる視線がウザいんですけど。

 疑い確定みたいな顔してるよ、皆さん。

 ユーノの反応はフェレットなのでよく分からないが、ボケっとしているところを見ると驚いているんだろう。

 サポート真面目にやれ。

「レクシアさん?」

 なのはちゃんの驚いた声が聞こえるが、今は相手をしている暇はない。

 それより、身体を動かしなさい。

 

 私は無言でフェイトちゃんの姿をした奴を睨み付けた。 

 

 

 

              9

 

 なのは視点

 

 やっと反応したジュエルシードは今までにないくらい危険な場所に危険な反応をしていた。

「早く対処しなければ、次元震が!!」

 局員の人達が、必死にジュエルシードを空間ごと隔離する結界を張ろうとしてるけど、なかなか張れない。

 次元震ってなんなんだろう。

 響きからして、なんか危険そうだなんて思ってたけど、ユーノ君の説明で甘く考え過ぎてた事が分かった。

 世界ごと壊れちゃうような危険な現象なんだって!!

 しかも周辺の世界も巻き込むくらいに。

 全身から嫌な汗が噴き出る。

 早く封印しなきゃって頑張ってるけど、撃つ時間が稼げない。

 少しでも狙ったり、チャージしたりしようものなら攻撃があちらこちらから仕掛けられるの。

 ユーノ君のサポートがなきゃ、墜とされてたと思う。

 早く1つでも封印しなきゃいけないのに!

 下の光景を見て益々慌てる。

『なのは!落ち着いて!』

 ユーノ君から念話が届くけど、ユーノ君の護りもあんまり持たないからゆっくり落ち着いていられない。

 そこへレクシアさんが到着して、アッサリと結界を張っちゃった。

 やっぱり凄い。

 何人も魔導師が決壊を張ろうと頑張って無理だったものを、すぐに張っちゃったんだから。

『おそらくは膨大な経験からくる絶技です』

 レイジングハートが解説してくれる。

 センスだけに頼っちゃダメってよく言われたもんね。

 焦った気持ちが落ち着いていく。

 よし!私も頑張る!

「やはりね。君は腑抜けたよ。喝が必要なようだね」 

 不吉な気配がどこからともなく現れる。

 いつの間にか、あのジュエルシードに乗っ取られた子が空中に浮いていた。

 クロノ君やリンディさんが、知り合いじゃないかって疑ってたけど、知ってるのかな?

 でも、ロストロギア?って人じゃないし…。

「レクシアさん?」

 私は思わず声に出して言っていた。

 だって、レクシアさんが見た事もないくらいに、険しい顔をしてたから。

 その感情は怒っているのとも少し違う。

 あれは…。

 

 そんな事を考えていた直後、黒と白の動物が激しくぶつかり合った。

 

 

 

              10

 

 フェイトちゃんの姿をした奴は、不敵に嗤った。

 前回でバルディッシュを飛ばされて、逃げ帰ったから無手だ。

 因みに、バルディッシュは私が回収して持っていたりする。

 奴が手をオーケストラの指揮者のように気取って振ると、ジュエルシードが一斉に不吉な輝きを放つ。

 なのはちゃんや武装局員が、あまりの眩しさに目を瞑る。

 私は、そんな事くらいで眼を逸らしたりしない。

 相手は最悪の悪魔なんだから。

 光が収まるとそこには紅い8つの首を持つ龍が鎮座していた。

 物凄い大きさで田舎のビルなんて余裕で見下ろしていた。

「さて、決戦の前の軽い準備運動だ」

「後なんてやるか」

「そうだといいんだけどね。嘗ての君は傲慢で美しかった。だけど、今はどうだい?死んだ魚の方がまだましといった感じの幽鬼だ」

 思わず笑ってしまう。

 コイツに傲慢なんて言われるとはね。

 しかし、死んだ魚とは言い得て妙だ。

 屑の癖に上手い事を言う。

 奴が手を大仰に翳すと、紅い光が収束し杖が姿を現した。

「やはり、これくらいじゃないと調子が出ないからね」

 私も血液中から埋葬剣を取り出す。

 埋葬剣・オルクス。

 私が前世で使っていた魔剣の一本だ。

 この件は私にとっても前哨戦だ。

 サッサと終わらせたいところだ。

「いくぞ?」

 私も埋葬剣を構える。

 

 そして、光が激突する。

 

 

 

 

              11

 

 なのは視点

 

 レクシアさんの感情が正確に分かる訳じゃない。

 でも、あれはきっと良くないものだ。

 私には、まだ理解出来ないもの。

 そして、レクシアさんとあの女の子の戦いも始まった。

 魔法と剣の物凄い激突。

 今は、まだ全然足りない。色々なものが。

 でも、今やれる事を全力でやる。

 それがきっと私の道に通じてる。

 私は、五本の首を持つ龍の前に立つ。

 今までにないくらいに強い思念体。

 武装局員の人達やクロノ君が龍の周りを包囲する。

 私は一人じゃない。

 ユーノ君やレイジングハート、それにクロノ君達管理局の人達がいる。

 そうだよね?美海ちゃん。

 だから、絶対に勝つ!

「力を貸して、レイジングハート」

『貴女が望むなら』

 龍が8つの口から一斉に光線を撃つ。

 私は散開し、龍に立ち向かっていく。

 

 厳しい戦いが始まる。

 

 

 

 

 

 




 戦闘は次回にやる事にしました。
 大きく展開すると言った事に嘘は…ないですよね?
 もうじき無印最終決戦開始です。

 次回は苦手な戦闘回なので、これ以上の時間が掛かります。
 懲りずにお付き合い頂けれ幸いです。


 


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第12話

 多くは語るまい。
 お願いします。



 


              1

 

 ???視点

 

 最初は黙って観戦する積もりだった。

 あの地での心躍る遊びの日々が再び来ると、そう思っていた。しかし、あの傲慢なまで獰猛な輝きは失われていた。

 嘗ての彼女であったなら、自分の存在を嗅ぎ付けたら探し出し食らい付くまで止まらなかった。

 彼女の興味深い能力は、唯一私の造り出す芸術的な作品に匹敵していたのだ。

 それなのに、今の彼女はどうだ。

 対処方法だけを管理局や他人に投げ渡し、自分は積極的にやろうとしない。臆病になったとすら言える。

 それではダメだ。楽しくなんてない。楽しくないものは必要ない。これで目が覚めないならば、彼女とはここでお別れとなるだろう。

 苛立ちから、私の娘ともいえる子の精神を乗っ取るというらしくない行動を取っている。

 ならば思い出させてあげよう。そんな事で私を止められないという事に。

 

 

 

              2

 

 リニス視点

 

 白と黒が激突する。

 白は私、今の私の身体。目立つからとかなり不細工な姿に変えられたけど、この真の姿は気に入っている。

 何故、この姿で小さくしてくれなかったのか分からない。いえ、目立つからだと分かっていますよ?でも納得出来るかは別でしょ?

 今は、そんな事より相手の方です。

 嘗ての教え子と言っていい子。アルフ。今は浸食されて黒い狼と化しています。

「狂気に囚われ、他人の魔力で底上げしてその程度ですか!?」

 狂ったように突撃してくるアルフをいなし、身体を素早く回転させて体当たりをして吹き飛ばす。

 操られているとはいえ、この子はこんなに弱い子ではない。もしかし、彼女が抵抗しているのかもしれない。

 それは、勝負が着いてから確認するとしましょう。

「それで終わりと言うなら、ここまでです!」

 魔力を素早く身体中に巡らせる。身体が帯電していく。そして、一気に魔力を解放する。爆発的なスピードで竜巻のようにアルフの周りを回る。あまりのスピードにアルフが反応出来ない。

 遂に、アルフが隙を晒す。それを見逃さずに私はアルフの胴体に向けて突っ込む。だが、次の瞬間にアルフの身体から紅い魔力が噴き出る。

 不味い。

 このまま突っ込んでは危険だ。私の野生が警報を鳴らす。プレシアは野蛮だと嫌がっていたが、私はこの感覚を信じている。警報が鳴った時には必ず悪い事が起きる。

 私は紅い魔力に接触する寸前で、魔力で足場を作成し、それを蹴ってアルフをやり過ごす。

 すかさずアルフが私を追って飛び込んでくる。紅い魔力を纏ったまま。

 私は身体に纏った雷を放つ。溜め込んでいたいたものが無駄になるかもしれないが、相手の手の内を見る為には惜しまずやるべきです。

 そして、私の野生が正しい事が証明される。

 紅い魔力が、生き物のように伸びて口を開き雷を食らったのだ。それだけではなく、アルフの身体が一回り大きくなった。食らった魔力を自らの糧として成長したのだ。

 おそらく、私の身体も食べられる筈だ。そうじゃなければ、避けない訳がないから。

 厄介ですね。どうやって攻撃すればいいでしょうか…。美海ならば、魔力を無力化するのですが…。

 こうなったら、私も多少無茶をしますか。本当は安易に無茶をするのは好まないのですが、後を任せても大丈夫なマスターも居ますし、やりましょう。

 アルフの身体中から紅い魔力が文字通り牙を剝いている。こちらに対抗手段がないと高を括っていますね。

 宜しい。勝負といきましょう。

 その時、アルフが前足をヒョイと上げ、ウインクした。

 これは、私の予想が当たりなのか、それとも罠へ誘い込まれているのか…。

 悩む余地などありませんね。手札的に。私の出来る手段は限られているのですから。

 再び、身体中から帯電させ、身体が青白く輝く。

 全力でいきます。

 帯電した雷を頭上に集中させていく。まるで、太陽の光のように煌々と辺りを照らす。まずは一発。

 気合と共に放つと、アルフは避ける気配もない。当然だ。自分に利のある事なのだから。

 雷光が紅い魔力に接触すると、みるみるうちに食い尽くされていく。

 想定内です。まだまだいきます。

 今度は複数同じものを造り出す。わざわざ動き回って隙を窺う必要はない。何しろ相手は避けないと分かっているのだから、余計な手間というものだ。

 ドンドン撃ち込んでいくと、みるみるアルフが大きくなっていく。

 まだまだいけますよ。ありったけの魔力を籠めて攻撃を繰り出す。ただし、最低限は残さないといけない。加減は難しい。変に魔力を残そうとケチれば失敗する。思い切りよくやり過ぎても駄目です。

「はあぁぁあーーー!!」

 全て撃ち切り、全てが直撃。だが、相手は無傷。

 息が切れる。魔力で身体を維持出来ず。無様な招き猫形態へ戻ってしまった。

 それでもまだ、空中に意地で留まる。

 ここまで魔力を使ったのも久しぶりです。

 アルフがニヤリと嗤い、動き出そうとしてよろめく。

 魔力が明らかに循環異常を引き起こしている。

 今度は私がニヤリと笑う。

 そう。幾らでも食べられて力を付けられるのでしょ?でも、アルフの身体は違う。扱える魔力の総量は私達使い魔は、主と身体に依存する。

 アルフの身体では、今の操られているフェイトの魔力に自分の総量を越える魔力を流せば身体は壊れる。

 アルフが藻掻き苦しみ始める。身体が壊れる寸前。

 フェイトを操る者が、対処を始める。魔力の回収を開始。そこを突きます。

 今、助けますよ!

 私の今の主が作成した術式。浸食型魔力の対策術式。私にも施されているものなのだから、術式を観る事は可能だ。そして、複製も。

 使えないと分かれば、切り捨てる。美海の言った通りですね。寧ろ有難いですよ。

 今までにあった異常なまでの制御能力が失われ、魔力が暴走状態になっている。

 つまり、魔力が粗い。付け入る隙がある。

 目を凝らして、魔力の流れを観る。勿論、突っ込みながら。今の私ではほぼゼロ距離で撃ち込まないと、あの薄い層の部分ですら弾かれそうです。

 こっちを気にしている暇が向こうにないのも最高です。

 今。

 静かに狙いを定め、術式を組み込んだ魔力を撃ち込む。

 物凄い悲痛な咆哮が上がる。アルフ、もう少しの辛抱です。

 力を使い果たし、落下する。魔力がほぼ空なのだから仕方がないでしょう。それでも姿を維持出来ているのは、美海とのパスのお陰。

 

『アタイさ。前足上げてから走る方が気合入るんだよね。合図はそれでいい?』

 

 在りし日の記憶が蘇る。

 

『貴女は大体そうじゃありませんか。それじゃ連携の合図としては不十分です』

 

 小さなアルフが唸り声を上げて、頭を抱える。頭を使うのが苦手な子でしたね。

 

『じゃ、じゃあ!ウインクするよ』

『は?』

『前足上げて、ウインクするよ』

『ダメです。分かり易過ぎます』

 

 そう言っても直らなくて、こっちが折れたんでしたか。

 私の未来があまりなかったから、連携する事はありませんでしたが、こんな時に使うとは思いませんでした。

 美海。フェイトの事を頼みましたよ…。

 

 何か暖かいものに包まれたような感触を最後に、意識が途切れた。

 

 

 

              3

 

 なのは視点

 

 龍は、8つの首からホントに怪獣みたいに光線を吐く。首を滅茶苦茶に振るから光線があちらこちらへ飛んでいく。

 私は回避しつつ接近してレイジングハートを構える。砲撃を撃つと見せ掛けてバインドを設置して逃げる。勿論、攻撃しようとしたけど光線の攻撃が激し過ぎて駄目だった風で。

 一つのジュエルシードだったら良かったけど、アレは8つのジュエルシードから生まれた思念体だから、封印砲は確実に8つ封印出来るくらいの威力を出せるくらいの隙を作らないと駄目だ。

 ユーノ君もバインドで行動を止めようとしてるけど、あの大きい身体とパワーで簡単に引き千切られちゃう。

 他の管理局の人まで見ている余裕はないけど、きっと大丈夫だ。だってクロノ君が経験のある腕のいい人達だって言ってたから。それに砲撃で攻撃してるみたいだし。クロノ君だって指揮を執って戦っている。

『来ます』

 レイジングハートから注意で、気付いた。龍が足に力を籠めてる。これは…。

 そんな事を考えた瞬間に大きな身体が飛んだ。こっちに向かって。左右への回避は間に合わない。なら、後ろ。足に生えた光の羽が私の意志に反応して輝き羽を伸ばす。

 高速での後退しながら、レイジングハートを構える。

『アクセルシューター』

 誘導弾を放つ。顔目掛けて勢いよく飛んでいった光弾は、首を振る事で軽く避けられるけど、これは誘導弾。私は素早く光弾を操作すると、避けたと思っていた龍の横顔に光弾が直撃する。

 首の一本だけの事だけど、気は逸れた。

 その事が分かってるみたいで、他の首7本が私を襲ってくるけど、気が逸れた首を楯に隙を作って7本の首を回避して懐へ飛び込む。

 レイジングハートを砲撃モードにして構え、頭の中でバインドを一気に起動!

 ピンク色の枷が首と脚・胴体・腕に嵌まる。でも、向こうも大人しくなんてしてくれない。暴れて身を捩ってバインドを振り解こうとする。バインドの強度は術者の力量と魔力量で変わる。クロノ君とユーノ君の授業で教わった。だから、少しの間くらいは持つ。でもそれじゃ足りない。そう考えた瞬間に緑のチェーンが絡み付いた。流石はユーノ君!それに続いてクロノ君の強力なバインドが放たれる。

「各自!バインドで拘束!一瞬でもいい!動きを止めろ!」

「「「了解!!」」」

 クロノ君も、この隙は見逃さなかった。他の管理局の局員さんも。まだ、一人じゃ無理だけど、今はこの街を護る事が一番やるべき事!

 封印砲のチャージが進み、今まで撃った事のない程の魔力が充填される。これなら!

「ジュエルシード!封印!」

『シーリング』

 砲撃が一直線に龍に突き進む。全員がやったと思ったと思う。私もそうだ。でも、龍は口から紅い砲撃を放って迎撃してきた。封印砲と向こうの砲撃が激突する。

「くぅっ!!」

 思わず私の口から声が出た。徐々に押されてきてる。ここで決めないと、魔力が流石に頼りない量になる。

『退避を!』

 レイジングハートからの警告に、身体が勝手に反応して砲撃を切って退避行動を取る。一瞬遅れて紅い魔力が私の髪を掠めていった。威力を突然に変えてきたんだ!

 でも、どうしよう?魔力が少なくなってる。今の威力の封印砲を撃つのは出来なくはないけど、もう後がない。それは今も同じだけど!

 立て続けに紅い砲撃が首から放たれ、管理局の局員の人やユーノ君達にも向けられる。

「負傷した者は、下がれ!」

 クロノ君の鋭い声が響く。怪我をした人が出たんだ!レイジングハートを強く握り締める。

 速度を上げて、狙いを定めさせないように飛び、光弾で怪我をした人が逃げるのを助ける。

 威力は、それ程高くないけど相手は無視出来なくて反応してる。

「無駄に魔力を消費するな!こっちは大丈夫だ!」

「なのは!僕が支援する。君は封印を!」

 クロノ君とユーノ君が私に叫ぶ。

 私は歯を食いしばって追加の攻撃を諦めた。

 今は封印に集中する。封印すれば、皆が安全になるんだから。再び、近付いて離れるを繰り返してバインドを設置していく。

 片足、片腕に設置したところで、8つの首が一瞬だけ止まる。私は考えるより早く龍と距離を詰める。

「不用意に突っ込むな!」

『退避を!』

 クロノ君とレイジングハートの注意が重なる。

 8つの首が一斉に私に襲い掛かる。今まではバラバラに攻撃してたのに!竜の口から魔力が漏れ出す。

『魔力砲のチャージを確認』

 わざと近付かせて狙いを絞ったんだ!ただでさえ、封印する為の魔力が足りるか分からなくなっているのに、ここで防御すれば完全に封印に足りなくなる!

 時間が飴の様に伸びる感覚。避けられる?8つの首は私を逃がさないように広い範囲を攻撃出来るようにしてる。

 

 どうするの?どうするの?ここからどうしたらいい?

 

 心臓が五月蠅い。汗が目に入るのに閉じられない。身体が固まったみたいに上手く動かない。

 そんな時、頭の中で何かが弾けた。

 何かは分からない。どう言ったらいいかも分からない。でも、そうとしか言いようがなかった。

 8つの首の真ん中に微かに青い光が灯っていた。

 あれはジュエルシード?なんなの?

 

『これは人々の願いを叶えてくれる。頼れない神に代って人を助けてくれるものになる』

 

 これは、ジュエルシードに刻まれた記憶だ。

 人を助けたい。ささやかな効果だけど、人の想いで起動するエネルギー結晶。

 これを造った人は、分かってた。強い力が不幸を呼ぶ事を。だけど、途中で改変されたんだ…。それで壊れた。

 

『悪用される事のないように、これを残す』

 

 緊急停止。自己診断プログラム。

 まだ残ってるの?

 微かに光る灯が教えてくれる。まだ残ってるって。

 術式に似てるから覚えられてる。だから、()()()()

 

 燃え上がるように紅い魔力を蒼い光が一瞬退ける。それで十分!砲撃が遅れる。それで掻い潜れる。

 頭の芯が熱くなる。

「レイジングハート!これで魔法撃てる?」

 脳裏に緊急停止の術式を描く。それをレイジングハートへと伝える。

『複雑なものではありません。実行します』

 頼りになるね!思わず笑みが浮かぶ。今まで負けそうだったのに。

 龍の動きは、ほんの少しだけど悪くなってる。避けながら近付ける。グングン龍の胴体に近付いていく。

 ここ!

「レイジングハート!」

『緊急停止コード、撃ち込みます』

 ピンク色の今までとは違う細い光線が走る。避ける気配も防ぐ気配もない。大した事のない一撃だから。

 胴体になんの抵抗もなく命中する。龍の身体はどうにもなってない。でも、効果はすぐに表れた。

 私の魔力が胴体から首へ、ジュエルシードへと伝わっていく。

 そして、ジュエルシードが機能を停止して、エネルギー供給を止める。

 効果はささやかなもの。ジュエルシードが止まれば、龍の姿のままではいられない。みるみるうちに身体が崩れていく。

 でも、紅い魔力は未だ暴れている。けど、大丈夫。()()()()()()()()()()()()()()()()

「再起動。自己診断プログラム起動」

『……』

 私は手を翳してジュエルシードにアクセスする。それに即座にジュエルシードは反応して、起動と同時に自己修復を開始する。

 その間に紅い魔力が、またジュエルシードを使おうとするけど、私が同調する事でそれを防ぐ。だって、私の中にはレクシアさんがくれた備えがあるんだもの。それを願いと共にジュエルシードへ捧げる。

 それだけで変化は起こったの。蒼い光が紅い光を駆逐していく。

「なんだ!?これは!?」

「こんなの…聞いた事もない…」

 クロノ君の声とユーノ君の声が聞こえる。でも、今は先にやらなくっちゃいけない事がある。

 私は再起動したジュエルシードへ手を伸ばす。

「辛かったね…」

 私は集まったジュエルシード8つを胸に抱いて言った。造った人の想いとは違う使われ方をして少しづつ歪んでいったんだから。でも、もういいんだよ。

「おやすみなさい」

 ジュエルシードは私の胸の中で光を失った。機能を停止したから。

 

 私は呆然とする人達に微笑んだ。 

 

 

 

              4

 

 ヤツが紅い稲妻の雨を降らせる。どうやら、フェイトちゃんの力以外は制限されているらしい。そうじゃなければ遠に使っているだろう。いや、駆け引きで控えている可能性もあるか。

 稲妻を全て逸らし、埋葬剣を手に空中を走る。

『殺す気でやらねばなりませんぞ!』

 バルムンクが血中で叫ぶ。そういう訳にはいかないでしょうが、リニスとの約束があるんだから。私の場合は、本当に殺しかねないからね。

 剣で舞うように動く、身体に負担が掛からない動きで斬り掛かる。

 奴は余裕を持って杖でいなし続けている。

 しかし、焦りはない。身体がリズムを刻むように動く。それは単調なものでは勿論ない。次々と鋭い一撃を繋げていく。それがやがて嵐になる。

 遂にヤツがいなしきれずに距離を取ろうと動くが、私は止まらない。魔法を打ち落とし、斬り落とす。

 そして、隙を僅かばかり抉じ開ける。すかさずそこに斬り込もうとして、強引に剣を止めて身体を後退させた。

 直後、眩い閃光が走る。

 大きく飛び退き距離を取ったが、障壁を張らなければならない程の威力だった。

「電気の魔力変換資質を馬鹿にしていたかね?嘗ての君ならば、そんな無様は晒さなかっただろうに」

 あんな魔法は、フェイトちゃんの手札にはなかった筈だ。だとすれば、ヤツが造った魔法だ。

「まあ、想像の通りだよ。即興だけどもね。プラズマもなかなかのものだろ?と言っても、魔力消費の割に威力がイマイチだから、改良の余地があるけどね」

 こういう得意気に語っている時は…。

 私は油断せずに周囲を警戒し続けていた。そして、それは正解だった。バラ撒かれた魔力が突然に弾けて、爆発したように雷光を放った。それもあちこちから。

 魔力残滓に仕掛けられた分割型遅効性魔法。残滓をバラ撒き、分割された魔法式が結合した時に発動する遅効性の魔法を使った事は瞬間的に私の眼で理解した。

 私は焦る事なく魔力で逸らし、回避し反撃の機会を窺う。勿論、こちらもタネが分かった手口にいつまでもやられる事はない。すぐに分割された魔法式を砕きに掛かる。

 血中からシルバーホーンを取り出し、術式解体(グラムデモリッション)を使って危険な術式を破壊していく。

 その間も、ヤツから目を離したりしない。右手に握り込んだ埋葬剣でフェイトちゃんの解放を狙う。

 私は魔法を迎撃しつつ、少しづつ接近していく。砕かれる魔法式と銀光を放つ剣閃で傍から見れば美しい光景だが、間違いなく攻撃が命中すれば死ぬ死の嵐だ。

 向こうも、それは察していて一定の距離を嘲るような笑みを浮かべて取っている。

 私は歩みを止めずにシルバーホーンを術式ではなく、ヤツに向ける。

 ヤツは笑みを深くする。魔法では自分を傷付けるに至らないと確信しているからだろうが、これから使う魔法は食らった事のないものだ。

 バリオン・ランス。原作では、銃剣型の特別なCADを使用するのだが、私の場合は飛ばす刃は血中にあるので、それを用いる。

 一直線に凄まじいスピードで刃が飛ばされる。

 ヤツから笑みが消え、ソニックムーヴで回避する。

 だが、それが私の狙いだ。咄嗟の魔法起動。それによりヤツの魔法に刹那の間であろうが隙が生じる。

 そこに乗じて本気の踏み込みで接敵する。

 だが、その瞬間ヤツが嗤った。ヤツが自分を護るのを止めたのだ。

 私は咄嗟に刃を止めた。フェイトちゃんを斬る訳にはいかないと感じて。そして、致命的な隙を晒してしまう。

 閃光の如きプラズマの刃が私を捉える。なんとか障壁と身体で受け止めたが、衝撃まで殺し切れずに吹き飛ばされる。

 無様な!!

 内心で自分を罵る。

 

『美海。フェイトの事を頼みましたよ…』

 

 パスを通じてリニスの声が聞こえた。

 その瞬間に私の身体は動いていた。魔法で落下するリニスを受け止める。相対していた変質したアルフは倒しているようで、リニスは無事に下へ降りていくが、問題は私が隙を自ら晒した点である。

 容赦のないプラズマ攻撃のオンパレードが襲い掛かってくるが、意識を失っているリニスに避ける事は出来ない。当然、私が盾になるしかなかった。

 猛攻に防げているとはいえ、口から呻き声が漏れる。威力が洒落にならない。フェイトちゃんの身体への負担は想像を絶する筈だ。気持ちが焦る。 

 

『いい加減になされよ!!』

 

「!?」

 突如キレたバルムンクの一喝に驚く。なんだ?このジジィ、ボケたのか?

『何をやっておられるのか!()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!』

 そんな事って、助けるとか?いや、必要あるだろ。

『本当にそうですかな!?』

 ナチュラルに心を読まれて沈黙する私。

 楽観的にしてはいるが、この状況は不味い。切り抜ける事は可能だ。だが…。

『よく思い出してみなされ!過去の貴女の事を!助けるのに必要であれば、非難も恐れずに行動していたではありませぬか!』

 私は内心では苦笑いする。やってたね。味方には、とことん不評だったけど。皆、民を護る為ならやむを得ない事と苦笑いして許してくれていた。今思えば、よくあんな真似をして戦っている奴に付いて来てくれたものだと思う。

 でも、繰り返すだけじゃ、何も変わらない。あの人達の子供じゃない気がしていた。だから無意識に自分自身に心理的な制限を掛けていた。

 でも、今それが必要なのは認めなければならない。このままじゃ、ズルズルと長引き、助ける事が困難になる。

 リニスに託された以上、多少非難されるのも覚悟しないと駄目か…。

 

 最低の剣王に戻る。

 

 やる以上は、引っ繰り返す。なのはちゃんもジュエルシードを封印したみたいだし、私がチンタラやっている訳にいかない。

 管理局の連中やなのはちゃんも加勢しようとしているみたいだし、余計な枷が増える前に片付ける。

 なのはちゃんの原作にない謎パワーは気になるけど。今は自分の事だ。

 過去の自分を再現する。培った技術、技能、魔法を。

 決別した筈の人生を飲み込む。吐き気がする。だが、止めない。

 その間も、身体を絶えず動かし続ける。

 ヤツは嫌らしくリニスを狙うが、私は突如()()()()()()()()()()()

 リニスが吹き飛ぶ。あの招き猫の皮は厚い。耐えられる筈だ。()()()()()()()()()()()

 ヤツがニヤリと嗤い、魔法を使う。

 プラズマランサー。槍が無数に造り出され放たれる。

 私は槍を縫うように回避していく。これはヤツの思う壺だろう。分かっている。観えている。槍を回避した先に罠が仕掛けられていた。

 突然、閃光が走る。散々改良がいるとほざいていた魔法だ。

 私は、最小限の動きで直撃を避ける。直撃だったら一瞬行動不能になっていた。この場合の最小限は、致命傷にならない程度に避けたという事だ。普通に完全に避けられないタイミングだったから。

 シルバーホーンを持った左腕が魔法防御すら抜いて炭化して落ちた。だが、その腕とシルバーホーンが一瞬で再生する。私は気にする事なく、そのままヤツに斬り掛かる。

 ヤツは笑みを消して、フェイトちゃんの身体の魔法防御を一部消す。

 今度は私が笑う。フェイトちゃんの胴がアッサリと斬り裂かれた。

 憑依していたヤツは、目を見開いたまま血を吐いた。返す刀で杖を握る手を埋葬剣で両断する。ここで追撃の手は緩めない。剣を心臓へと突き込む。

 流石に簡単にやられて堪るかとばかりに、魔力で傷を止血すると突きを魔力障壁で逸らす。

 突きは、勢いを止められなかった場合は隙に繋がる。

 すぐさまヤツが砲撃を一瞬でチャージして放とうとした瞬間に、術式解体(グラムデモリッション)を着弾させて砲撃を散らす。観えているからこそ出来る芸当。

 ヤツの顔に笑みが広がる。何を笑ってる。暫く動けないようにしてやる。

「次は本体を殺してやる。何度でもやってやる」

 突きが逸らされた勢いを殺す事なく舞うように、横薙ぎを放っていた。

 首が宙を舞った。

 現場にいた人間の悲鳴や怒りの叫びが上がる。

 フェイトちゃんから生命が消えると同時に、ヤツの気配が霧散する。

 そのタイミングでシルバーホーンをフェイトちゃんの遺体に向けて引き金を引いた。

 死の痛みや身体を乗っ取られる恐怖、それらがそのまま私に流れ込んでくる。再成。過去の記録を遡りフェイトちゃんがまだ無事だった時のデータを現実の身体に上書きする。

 特典で軽減されて、濃縮されてやってこないとはいえ厳しい体験だ。流石に耐えるコツみたいなものは、何度もやって掴んだけど。

 フェイトちゃんの目が開き、周りからどよめきが起きる。まさに驚愕といった風情のクロノが非難も忘れて浮いていた。なのはちゃんも混乱しているのか、アワアワとせわしなく動いていた。意味がある行動はない。ユーノも頻りと目を擦っている。

 私は周りの反応を無視して、リニスにも再成を使う。リニスもすぐに意識を取り戻し、起き上がった。次はアルフに使ってやる。

「随分と無茶したようですね」

 リニスが周りの反応から、私にそんな事を言ったが返事はしなかった。後悔はあるが、必要だと納得してやったのだから目を逸らす気はない。

「結果はいいんだから満足してよ」

「そう…ですね」

 リニスは、無事にアルフと抱き合うフェイトちゃんを眺めて呟くように言った。

 これが不評だったゾンビアタックだ。本人達は、一度死んだなんて認識はないだろうけど助けはした。気分はよくないが、救えないよりマシだ。

 

 そうでも思わないとやっていられない。

 

 

 

              5

 

 クロノ視点

 

 正直、目の前の出来事が信じられない。

 謎の力でジュエルシードを封印したなのはに、自ら殺した人間を蘇生させる賞金稼ぎ。

 許されるのか!?こんな力が!

 脳裏に父の葬儀が過る。何かしらの制限は存在しているだろうが、出鱈目過ぎる。

 僕にその力があれば…!無意識に握り締めた拳から血が滴り、我に返った。

 僕には遂行すべき仕事がある。私情を殺して使い魔と抱き合う金髪の少女へと歩み寄った。

 少女は、あれだけの魔力消費による疲労でフラフラしていたが、しっかり立って歩いている。常人であれば昏倒しているだろうに。凄い精神力だ。

 使い魔もボロボロではあるが、こちらを警戒しているのが分かる。

「済まないが。話を聞かせて貰えるか?」

「「……」」

 二人(一人と一匹)の顔が強張る。

「管理局にも温情はある。頼む。話を聞かせてくれ」

 二人の視線から逃亡を考えているのが分かる。だが、僕も彼女達が逃げられないように少なくなった人員でも配置は済ませてある。

 二人もそれは気付いている。公務執行妨害で拘束は出来ればしたくない。こんな子供が自らの意志で次元犯罪を起こす積もりだとは思い難いからだ。操られていた事といい、必ず大人が絡んでいる筈だ。 

 未来をドブに捨てるような事はするなよ。

「二人共、そこまでです」

 不意に賞金稼ぎのレクシアの使い魔が口を開いた。それにしても不細工…いやユニークな使い魔だな。

「その声…!?」

 金髪の少女が驚きの声を上げる。知り合いか?という事は…。

 僕は、レクシアを睨み付ける。胡散臭い人物だと思っていたが、やはり裏のある人物か!

 当の本人は、知らん顔して自分の使い魔と二人を眺めていた。

「どうしたの!?その姿!?」

「…ちょっと、訳がありまして…」

 不細工な姿の使い魔が哀愁漂う声で言うが、姿が姿だから物悲しく感じられない。少女の使い魔の方は苦笑いしている。

「兎に角、君達にはアースラまで来て貰うよ」

 僕は強引に割り込み話を打ち切らせる。

 口裏を合わせるような暇は一応与えないようにしないといけない。

 そして、忘れてはいけない一言を口にした。

 

「レクシア。君にも来て貰う」

 

 

 

              6

 

 ???視点

 

「大丈夫か?それにしても、寝た子を起こすとはマゾか?」

 精神を自分の身体に戻した瞬間に嫌味を言われる。

「感謝して貰いたいね。君もあのままじゃ詰まらないだろ?」

「まあな」

 取引して私が身体を上げたというのに、酷い話だね。

 そんな事で恐れ入ったりしないけどね。

 更に口を開こうとした時、通信が入る。まあ、誰からかは考えるまでもないけどね。

 通信に応じると、予想に違わぬ人物が大写しで現れた。映像の調整をキチンとして欲しいね。

『どういう事なの?あれは!』

「どういうとは、どれの事かな?」

 しらばっくれると、プレシアが怒気を露に叫ぶように喚き立てる。

『フェイトは殺された筈でしょ!?なのに、生き返った!あの女を捕まえて、あの子を!」

「まあ、落ち着き給えよ。彼女の魔法は二十四時間以内でないと使えないんだ。君の子には使えないよ」

『知っていたのね!術式を手に入れる価値はあるわ!偉そうにしていた癖に失敗したのだから、貴方にも協力して貰うわよ!』

「アルハザードは諦めるのかな?」

『材料は多い方がいいわ!当然行くに決まっているでしょ!だから、ジュエルシードも手に入れる!いえ、私がやるわ。もう、貴方は引っ込んでいて!』

 そして、通信が乱雑に切られる。

「全く、余裕がないね」

 肩を竦めて私は苦笑いする。

「どうするんだ?引っ込むのか?」

「ふむ。どうするかな?」

 お互いに楽しそうに笑う。

 

 ちょっかいは出すかもしれないね。

 

 

 

 

 

 




 3話辺りから書き直すか、とか悩みましたが続ける事にしました。
 頑張って投稿は続けていく積もりではあります。
 次回はいつに投稿出来るやら…。
 お付き合い頂ければ幸いです。





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