灯台守の訪問者 (アンジョロ)
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観音崎
0人目


この回と次の回はかなり説明的になると思います。
お許しを


決して気を抜いたつもりは無かった、しかし日はとっくに暮れ辺り一面真っ暗闇であり、夜の航海は海上自衛隊でも初の試みだったのだから無理もない。

遠征隊は密かに近づいて来ていた敵の存在を察知する事は出来なかった。

砲音の後にすぐ側で水柱が上がり遠征隊の陣形はあっという間に崩れた。駆逐艦娘、吹雪は気づいたら一人、夜の海に取り残されていた

。夜空に瞬く星が嫌がらせのように輝いていた。

 

プロローグ

 

どれぐらいの時間彷徨っただろうか。

波は穏やか過ぎるほどに静かで、自らの艤装が海水を掻き分ける音のみが聞こえている。

敵の攻撃で自分の居場所と方位を知らせる機器は全て壊れてしまった。自分はこのまま死ぬのであろうか、さっきからそのような事ばかり考えている。

ああ、どうせ死ぬのであれば精々この美し過ぎる星空を目に焼き付けて死のう。

そう思い顔を上げて時に見えたものは希望の(ひかり)であった。

 

遠征隊が吹雪を欠いて帰還した後は、水を入れたアリの巣のようにあわただしかった横須賀鎮守府も、本人が自力で帰還した事で落ち着きを取りもどしていた。

手当を受けひと段落ついた吹雪に、この鎮守府の提督が面会に来ていた。

 

「それで吹雪君や、君はどの様にしてここまで辿り着いたのかね?」

 

初老の提督は白髪の増えた髪を掻き分けながら尋ねる。

 

「司令官、私、光を見ました。」

「ほう、どんな?」

「灯台の光です。わかるんです、艦艇だった頃の記憶で。」

 

吹雪は考え込む様に俯いた後、顔をはっと上げて続ける。

 

「灯台は全て深海棲艦の攻撃で壊れてしまったと記憶しています。だから、その、あの光はあり得ないと思うのです...。」

 

驚きと疑問を孕んだ言葉は必然的に尻すぼみになる。提督は優しそうな微笑みを浮かべている。

 

「司令官、どうして私には灯台の光が見えたのですか?」

「ああ、それは話すと長くなる。いやそうでもないかな...。」

 

その話をまとめるとこうである。

海自初の夜間遠征に合わせて灯台の必要性が議論された。

そうして発足した灯台守協会という組織は、妖精さんの力を借りて艦娘用の特殊な灯台を要所要所に配置した。

この灯台が完璧に機能するにはいくつかの条件が必要らしい。

1,灯台に人が常駐する事

2,常駐する人間はある程度の提督適正を持っている事

そういうわけである。

 

「それでは司令官。」

「うん?」

「あの光は誰かが意図的に私に向けてくれた物なのですか?」

「そうなんじゃないか。」

「じゃあ...じゃあ、私その方に会ってみたいです。会ってお礼が言いたいです。」

 

先ほどまで沈んでいた心が一気に浮上していくのが自分でも手に取るように分かる。

 

「どこにあるのですか?司令官。あの光は一体何処から発せらせたものなのですか?」

「わかった、教えよう。場所は...」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




………特に書くことがない。
こんな感じでいいんですかね?
5/7 「3、」を消しました。


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1人目

主人公にお任せ。


かつて横須賀を走っていた私鉄は海岸沿いの住民の移住により経営難に陥り、今は海自の支援を受けて日中に数本電車が来るのみとなっていた。

海自基地の最寄駅から自衛官養成学校の最寄駅の間に5つほどあった駅も今では全て廃止になってしまっている。

 

観音崎灯台(かんのんざきとうだい)...。」

 

朝の電車に揺られながら数日前に提督から伝えられた施設名を呟いた。電車は間もなく馬堀海岸駅(まぼりかいがんえき)に到着しようとしていた。

 

吹雪

 

「クソ、人がせっかく惰眠を貪っていたというのに。だいたいいっつも話が急なんだよなぁ、あのジジイは。」

 

波の音が聞こえる部屋でひとりの青年があわただしく片ずけをしていた。

男の一人暮らしである、その部屋の散らかり様は目も当てられないほどだ。

 

「よっと、取り敢えずこんなとこか。」

 

床に散らばっていた衣服を棚の中に押し込むと、ドカッとソファーに座り込んだ。

静まり帰った部屋に波の音のみがこだましている。定期的に且つリズミカルに聞こえるその音は、次第に青年の意識を刈り取っていった。

 

 

自衛官養成学校から歩いて十数分、吹雪はやっとこさ旧観音崎公園の前に到着していた。

 

「ここが...。」

 

碌に手入れされいなかったので当然であろう、ちらちらと見え隠れする灯台に続く道は獣道である。

初夏の強くなりはじめた日差しの中、何度も転びそうになり、膝を擦りむき笹の葉で腕を切りながら進む。

登るごとに上がっていく体温と心拍数はおそらく暑さのせいだけではない。

 

ようやく灯台に辿り着いた。

大して高くはない塀に囲まれた敷地の奥に堂々と白亜の灯台がそびえ立っている。

その手前に平屋が有りそこから歌手の友情を歌う声が聴こえている。

吹雪は柵を開け敷地の中に入ると平屋の玄関口と思わしき所に上がる。深呼吸をし目を瞑って呼び鈴を鳴らす、返事は無かった。

先程から聞こえてくる歌はどうやらサビに入ったらしい、歌手の声が少し情熱的に聞こえる。

もう一度呼び鈴を鳴らすと同時に、今度は声を上げてみる。

 

「すみません!どなたか居ないのですか?」

 

ドンドンと荒々しいノックを追加してみる。

 

「すみませーん!」

 

扉の向こうでドタバタと音が聞こえてくる。

 

「やかましいなぁ、もう少し静かに出来ないのか?」

 

扉が開くとひとりの青年が顔を出した。

背丈は170cm前後であろう、ボサボサの髪には寝癖がつきメガネを上げて眠たそうな目を擦っている。

目の前の吹雪を認めると、おもむろに言う。

 

「ああ、お前が、えーっと、雪、雪…何雪だっけ?」

「はじめまして、駆逐艦吹雪です。よろしくお願いします。」

「そうだ、そうだった。吹雪、吹雪ね…いい名前だ。」

「はぁ、それはどうも。」

 

そう思うのであれば忘れないでいて欲しいものである。

 

「まあ入れ、一応お前の提督から話は聞いている。ああ、そうだ。」

 

すると青年はニヤッと笑って言った。

 

「歓迎するよ吹雪、君はここの最初の訪問者だ。…どう?カッコいい?」

「「………」」

「「……………」」

「いえ、別に…。」

「…そうか。」

 

音楽はいつのまにか止まっていた。

 

 

建物の中はこじんまりとしている。玄関の靴箱と思わしきところに車輪の小さなロードバイクが立て掛けてある、ミニベロというやつだ。これでは靴箱が使えないのではと思う。

曇りガラスの入っているドアを開けると右手に台所、左手に洗面台がある。さらにその奥にもう一つドアが有り(こっちも曇りガラスのが入っている)、それを開けるとリビングだ。

キッチンと洗面所の天井が低かったのは、その上がロフトになっていたためであった。

 

「座っとけ、今お茶出すから。」

 

そう言ってソファーを指差す。

 

「そんな、わるいです。」

「良いから、気にすんな。」

「いえ、その…。」

「断られる方がショックだ。」

「はい、ええ、それでは」

 

青年は微笑んで冷蔵庫に手をかける。

 

「麦茶でいいか?」

 

チラッと見えた冷蔵庫の中身は何も入っていない様に見える。

 

「はい…。あの、いつもここで生活されてるのですか?」

「うん、まあここに来てまだ数ヶ月だからな。これからどうなっていくかは分からん。ほい。」

 

そう言って麦茶の入ったコップを机に置く。中で氷がカランと崩れた。

 

「それで、一体君はなぜここに来たのかな?」

「司令官から聞いてるのではないのですか?」

「いや、一人艦娘が来るとは聞いたが何故かはまったく聞かなかった。それで、どうして来たんだ?」

「それは…えっと。」

 

肝心な事というのは言い出そうとすればするほど言えないものである。どうしても、喉につっかえて出てこない。顔も俯いてしまう。

 

「言いたくないのであれば無理に言わなくても良いぞ。」

「え…。」

 

フッと吹雪は顔を上げる。

 

「ここは特に軍隊的なとこではない。だから、もっと気を抜いて貰って構わない。」

 

司令官によく似た優しそうな微笑みであった。だからと呟き青年は続ける。

 

「別に来たいときに来ていいし、その目的もただお茶を飲むというだけでもいい。欲しいのであれば飯も出す。」

 

吹雪はつい立ち上がって叫ぶ。

 

「本当ですか?本当に来ていいのですか?」

「ああ、いいぞ。」

「姉妹を、妹たちを連れて来ても?」

「いい。」

「毎日来ても?」

「うぐ、ま、まあ良いい。大丈夫だ構わない。」

「ふふ、ありがとうございます。嬉しいです。」

 

そこで見せた吹雪の笑顔は、まさに満面の笑みとであった。その笑みのまま吹雪は続ける、今なら言いたいこともすっと言えるような気がした。

 

「あの、私今日ここにはお礼を言いたくて来たんです。」

「お礼?」

「はい!この前私遠征隊のみんなとはぐれてしまって、暗い海に一人きりになってしまったんです。その時にこの灯台の光が見えて…それで、そのおかげで鎮守府に帰還できたんです。」

「そうか、この前の漂流艦(ひょうりゅうかん)は君だったのか無事にたどり着けたのであったのであれば良かった。呼び掛けたのに返答がなかったから心配だったんだ。」

「それは…すいません。」

「いやいや、無事だったのであればそれで良いさ。」

「はい、ありがとうございます。」

 

そう言われて吹雪は自分でも顔が熱くなっていくのが分かった。俯いた吹雪は、あわただしく誤魔化すように無理やりつづ。

 

「あの…それじゃあ私。今日はこれで失礼します。」

「え?」

「お茶ありがとうございました。」

「ちょっ。」

「それでは、また。」

 

そう言い残すと吹雪は風のように出て行ってしまう。状況に対応しきれていない青年から呟きが漏れる。

 

「早いなぁ、電光石火じゃないか。そんなにここにいるのが嫌だったのか。ショックだな。男子校の弊害とか出てなかったよな。」

 

ドカッとソファーに座りなおす。

この男の他に類を見ない程の貧相な学生生活と今の社会の状況は、人の心を腐らせるのには十分すぎる要因であった。

 

「…どうせこの場限りの縁だ、考えても仕方ない。」

 

そう言ってコップの片付けを始める。

吹雪のコップを手に取った時にフッと考えが頭をよぎる。

 

「普通に口付けて使ってたよなぁ。」

 

ゴクリと喉が鳴る。

 

「行っちゃう?行っちゃうか?………いや、いやいや。ダメ、ダメだ。そんなの…ダメだ。」

 

そう言ってボウルに張った水にコップを漬けた。水面に立った波がボウルの中を何往復かした後、やがて消えた。

 

 

灯台を出た後の足取りは行きとは違い嘘のように軽かった。森を抜け、坂を上り、駅に着き電車を待つのでさえも面白く感じた。

 

「ふふ、ふふふ。」

 

何がおかしいのかわからないが兎に角笑いが漏れ、口角は下がる事を忘れているようだった。

 

「やりました、やりましたよ私。これは帰ったら白雪達に自慢するしかありません。鎮守府の外にお友達が出来ました。」

 

吹雪のテンションは落ち着く事を知らずに上り続けている。

しかし、気持ちの上がり下がりというものは物理法則によく似ている。上がるのには多くのエネルギーが必要なのに対して、下がるのはあっけない程に簡単であった。

 

乗った車両に居たのは釣りの帰りと思わしきグループであった。

戦線の若干の押し返しに伴い、一部沿岸地域で釣りが許可されていたのだ。

そこから聞こえて来たのは恨み辛み嫉妬舌打ち。

上りきっていた吹雪の心をどん底に突き落とすのには十分であった。

吹雪は失念していた、わかっていたはずではあった。

あの青年の様に艦娘を一人の心ある生き物として受け入れる人間は少ないという事を。

だからこそのさっきの気の上がりようであったのだ。

足で地面を踏みしめている感覚が遠のいていく。

心臓が石を括り付けられた様に重くなる。

そういえば、あの青年の名前を聞くのを忘れていた事を思い出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




もう少しボリューミーな方が良いんでしょうか?


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2人目

多分こいつはかなりのコミュ力があると思うのです


初の夜間遠征実施の次の週には、既に鎮守府の中で観音崎灯台の名を全ての艦娘が知っていた。

しかし、彼女たちの中の殆どが行ってみたいと思うことはあれどそれを実行に移す者は一人としていない。

そうであるのも無理はない。

今まで人がいるところに出れば返ってくるのは、優しい言葉や微笑みではなくて石であった。

さらに、艦娘の殆どが世間に顔を知られているためどうすることもできない。

その理由については、誰かがマスコミにリークしただとか、自衛隊が広報のために広めただとか言われているが、ただの噂にすぎない。

 

とにかく、その様な理由で基本的に鎮守府に軟禁状態である艦娘達にとって観音崎の話は食いつかずには居られない話である。

ただ彼女たちは内輪でやっていた時間が長すぎた、その状態から殻を破り外に出ていくのは至難の技だ。

そんな中でも真っ先に動き出しそうな奴は、おそらくコイツだと思う。

 

長波

 

眼下には青い海が広がっている。

東京湾の対岸、房総半島はその奥に横たわる。

玄関の前で駆逐艦娘、長波は乱れた息を整えている。

駅から出ている次のバスが三時間後であった為ここまで歩いてきたのだ。

行動力があり気分屋である性質が仇となった結果だ。

何度か深呼吸をするとよし、と呟き呼び鈴に手を伸ばす。

キンコーンとピンポーンの間の様な音が鳴り。

中から今行きまぁーすとやる気のない声が聞こえてくる。

 

「はいはい、どなたでこざいやしょうか。仕事なら五月病にかかったんで休むって言ったでしょう。」

「あー、一応突っ込んどくが五月病は仕事を休む理由にはならねぇぞ。」

 

ドアノブに手をかけたままであった青年は、眉をひそめるとそのまま扉をバタンと閉めた。

 

「おい、ちょっと待て。開けろよ、開けろって!おい!」

 

 

「それで長波とやら。お前はここに何しに来たんだ?」

「んだよ、理由なく来ても良いんだろ?」

「はぁ?そんなこと誰が言ってたんだ?」

「吹雪がそう言ってたぜ。だいたい、もう横須賀鎮守府にここの名を知らない艦娘はいないと思うぜ。」

「…そうか。」

 

そう言うと青年はソファーに深く座り直した。少し俯き考える様な仕草を見せる。

 

「嫌ならそもそも来て良いとか言うなよ。殆どの奴が行く気になってるぜ。」

「ああ、うん。」

 

返ってくるのは気の無い生返事だけである。

 

「はぁ…、何なら長波様が言っといてやるぜ。ここには来るなって。」

「いや来るの自体は別に良いんだ、良いんだけど…。」

 

そうだ、人が来るのは大歓迎だ。

向こうが喜んで来るならそれで良いし、こちらだって退屈しないのは心底有難い。

別に人間強度が下がるとまでは言うつもりはない。

しかし、“絆”という字の古語である“ほだて”には束縛という意味合いもある様だ。人は昔から人間関係という物は、その自由を奪うということに気づいていたのだ。

 

「なぁーんか、ろくな事考えてなさそうなツラしてんな。」

 

青年が顔を上げ、目が合うのを確認してから長波は続ける。

 

「何を考えてるのかは知らねぇけど、人間傷つく事を恐れてちゃ何もできないぜ、おっさん。」

 

半目のまま長波を見つめていた青年が根負けしたかの様に言い出す。

 

「はぁ…、いいよ長波様、わかったよ。そのクサイ名言に乗ってやる。好きにしろ。」

「お、いいねぇおっさん。好感度アップだぜ。」

「そいつはどうも。あと、おっさんは無いだろう。」

「はぁ?何でだよ。」

「いや、まだそんな歳じゃ無いだろ俺。」

「仕方ないだろ、まだおっさんの名前しらねぇんだし。おっさんじゃなかったらなんて呼べばいいんだよ。」

「だから、おっさん言うなって。…はぁ、わかったよ。」

 

青年は呆れた様な間をおいて続ける。

 

殿畑(とのはた)。」

「は?」

殿畑 寅之助(とのはたとらのすけ)。それが俺の名前だ。」

「そっか。これからよろしくな、おっさん。」

「治さねぇのかよ。」

 

寅之助の呆れた様なツッコミが綺麗にツボに入った様だ。長波はその場で爆笑し始める。

 

何が面白いのか全く分からない。

そこまで笑う要素が何処かにあっただろうか。いや、おそらく違う。この遠慮という言葉を知らなそうな少女はきっと楽しいのだ。

鎮守府という箱庭から出てきて、出てこれて。

 

「なぁ、おっさん。」

 

そんな事を考えていると長波が思い出した様に話し出す。

 

「だから…、もういいや。それで、何だよ?」

「あたしと吹雪の他に知り合いの艦娘っていないのか。」

「知り合いねぇ。向こうが覚えていればだが鳳翔さんとは会ったことがあるぞ。」

「鳳翔さん?何でだ?」

「一応、灯台守は妖精さんの力を借りて動いてるから鎮守府に研修に行く機会があったんだ。一日だけな。」

 

寅之助は手元の麦茶を口に含む。

 

「へぇー、初耳だな。」

「そうか。その日に夕飯を出してもらったのが鳳翔さんなんだよ。美味かったなあの鯛茶漬け」

「ほーん、そうか。」

 

自分から聞いたくせに嫌がらせの様に興味の無さげな返事が返ってくる。勝手に何かを納得する長波を見つめていると、ニヤニヤしながら見返してきた。

 

「どうした?そんなにこの長波様を見つめて。まさか惚れたか?寅之助。」

 

コイツ、わざわざおっさん呼びを辞めて煽ってきたな。

長波の意図を読み取った寅之助は嘲笑いながら返す。

 

「いや、まぁ実はその髪がずっと気になっていたんだ。」

「ん、これか?いいだろ、長波様の自慢だ。」

「そう、それだ。その髪って、一本一本の髪の毛が外は黒色、内はピンク色になってるのか?それとも、髪全体の外側が黒髪で内側がピンク色になってるのか?」

「さあ、どっちなんだろうな?自分でもしっかり見た事ないからわからねぇな。何で急にそんなこと聞くんだ?」

「ああ…、もし、プッ 、前者だったら、プフッ、坊主にした時面白そうだと思ってな、ククク。」

 

笑いを必死で堪えて寅之助が言い切ると、長波の顔は青色リトマス紙の変色の様に紅くなる。

 

「な…なぁぁ…。」

「クッ、ククク。ダメだ。ヤベェ面白そう。」

「お、おぅ、おっ、おっさん。お前仮にも女の子に向かってなんて事を。」

「あ、あはは。ダメだ、ダメだって。ツボった、お前の坊主姿想像しただけでもう……、腹筋が腹筋がぁ。」

「クソ、クソォ。おっさんのバカ、ヴァーカ。死ね、絶対死ね。」

 

顔を怒りと羞恥で真っ赤に染め上げた長波は、渾身の捨て台詞を吐き小屋からドタドタと出て行く。

その耳には“仮にも女の子がクソとか言うもんじゃないぞぉ。”との寅之助の呟きは届いていなかったであろう。

 

「クソ、なんだよ何なんだよ。おっさんのくせに。いつか絶対仕返ししてやる。」

 

坂道を早歩きで下っていく長波はそう硬く誓った。

 

その一方で寅之助は乱れた呼吸をようやく取り戻していた。

 

「いやぁ、久し振りに笑ったなぁ。楽しかった楽しかった。」

 

こんだけ楽しいのであれば足枷でも悪くない。

 

 

 

その晩、鎮守府の風呂場にて。

 

「なぁ、夕雲。」

「何ですか、長波さん?」

「あたしの髪ってどんな感じになってる?」

「へ?」

 

夕雲の本当に不意打ちを食らった様な声は久しぶりに聞いた気がした。




一人称がわかんねぇ
3人目が思いつかない
誰にしましょうか


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3人目

4人目がまだ思いついていない
取り敢えず3人目です


感情を表現するのが下手であった。

とは言っても某空母みたいに感情が表情に出ないというわけではない。どうも、自分の心の内を曝け出そうとするとそれを冗談でコーティングしてしまうのである。

ふざける事で無理やり流してしまう。

 

だから筆を手に取った。

絵の中でなら自分の思いを心ゆくまで表現できた。言葉にできない感情を絵に乗せれば良いと思った。

ただその絵自体を他人に見せることはなかった。

私はまた逃げているのだ。

そんな不器用で恥ずかしがり屋な少女は上を向きながら歩いていた。

 

「さぁて、今日はどうしよっかなー。」

 

手を頭の上で組み横須賀鎮守府構内を船着場に沿って歩く。

水面に垂直になっているコンクリート製の岸壁のせいで、砂浜と違い波の音は聞こえない。

壁に当たった波がしぶきを上げて宙を舞い、チャプンと再び海に消える。

 

鎮守府の中で見える景色は粗方描き尽くした、思いも載せ尽くした。

そろそろ、新鮮な物を描きたいところである。

ああ、ならばあそこはどうであろうか。あそこならばきっと新鮮だ。長波は酷く愚痴っていたが。

 

秋雲

 

寅之助が周辺設備の見回りと点検を終えて退息所に戻ると何者かが海を向かってイーゼルにキャンバスを立てていた。

十中八九艦娘であろう、服装が長波と似通っている、というかほぼ同じ。

違うのは髪型、目の前の奴は茶髪…いや、栗色?の長い髪を後ろで一つにまとめている。

 

寅之助はなるべく音を立てない様に気を付けながら退息所に入る。

中の窓からはさっきの栗色の髪が海風に靡いている。

長波と服装が同じということは恐らく彼女と長波の間には、決して浅くはない関係があると見ていい。

となるとこの前の長波の訪問について文句を言いにきたのかもしれない。なるべく関わらないのが身のためだ。

 

今日は朝っぱらから仕事があって疲れている。

だが灯台協会もお役所の一部であるらしい、仕事を終えると報告書が待っている。

一体どれだけの人間がこの文章を真面目に読むのであろうか、そんな事を考えながらPCのキーを叩く。

一度斜め読みをすれば“くそじじい”と読めるように作ってみたこともあったが気づくやつは誰もいなかった。

今回は普通に書こう。

 

 

二時間ほど経ったであろうか。

時計はもうすぐ12時を示そうとしている。

顳顬を揉みながら背中を目一杯伸ばすとコキコキと背中が音を立てる。

 

「確か焼きそばの麺が余ってたよなぁ。肉あったかな?」

 

寅之助はそろそろ昼飯の準備をしようと立ち上がる。

そういえばさっきの奴はもう帰ったかなと思いふと窓の外に目を向けると、絵画用と思われる道具に両手を塞がれた少女が此方を見て立っていた。

目が合ってしまったため、仕方なく窓を開けて少女に声をかける。

 

「ビックリしたぁ。さっきからいらっしゃったようですが何の用ですかお嬢さん、新聞なら結構ですよ?」

「見れば新聞の勧誘じゃないってことぐらいわかるでしょ、っていうか気づいてたなら声かけてくれてもいいじゃん。」

「不審者の艦娘に声かけるほど俺の肝っ玉は大きくない。」

「もう、そういうのは要らないから早く入れてくれなーい?今日晴天だし日差しきついのよ。」

 

名も知らぬ少女は返事を待たずに玄関の方に歩いて行った。

扉の開閉の音がすると中に入ってくる、“ふぃーあつぃー”と言いながら適当な場所に画材を置くと軽そうな声で言う。

 

「秋雲さんだよー、よっろしくぅー。」

「此方としては宜しくしたく無いから、お引き取り願いたいのですが。」

「またまたぁーそんなこと言ってー。所でさっきは立ち上がって何しようとしてたの?」

「いや…だから…。」

「お昼ご飯?そうなら秋雲さんの分も作ってよー。」

「あの…。」

「いいじゃん、いいじゃん。こんな美少女を炎天下の中外に放置したお詫びだよー。」

「……。」

「あれ、なんか言おうとした?」

「いや、いいよ何でもない。」

 

もう諦めた。

あながち、長波が送り込んだ刺客でもおかしくはないかもしれない。

 

「ほい、できたぞ。」

「おぉ、待ってましたーって、何だこれ。」

「つゆ焼きそばだよ、前に青森の黒石ってとこで食った覚えがあってな。普通の焼きそばじゃつまらんから。」

「へぇー、いいねぇいただきまぁーす!」

 

秋雲は手を軽く合わせると、麺を啜り始めた。

 

「うわ、しょっぱい。塩辛過ぎなーいこれ。」

「どうやら青森県人はしょっぱいのが好きみたいなんだよ、だからあそこは短命県。」

「へー、青森出身なの?」

「違う。」

 

秋雲は興味なさそうに“ふーん”と言って再び麺を啜り始める。しょっぱいのはもう慣れたみたいだ。

 

つゆ焼きそばを食べ終わった秋雲は床に寝転がってまるで実家にいるかの様にくつろいでいる。

寅之助は皿を洗い台所から出てくるとソファの上で横になる。

 

「んじゃ俺は一眠りするから適当に帰っといてくれ。鍵は開けっぱなしで良いから。」

「えー、寝ちゃうのー。なんで?」

「眠いから。特に今日は疲れたし。」

「えー、それじゃつまんないー。」

 

寅之助は秋雲のぼやきを無視してソファーで横になり寝る体制に入る。

 

どうやら寅之助は本当に眠ってしまったらしい、規則正しい寝息が波の音と被って聞こえてくる。ソファの側のテーブル上には水の入ったコップが置かれている。

 

手持ち無沙汰の秋雲は部屋の粗探しを始める。

とは言ってもシンプルすぎるほどの部屋である。ここにはテーブルの他にデスクと思わしき机がある。

散らかり放題の机の上にはぐちゃぐちゃの書類の他に天球儀とノートPCが置かれている。

ドアを開けて玄関の方に行くとキッチンがある。食器棚の中に食器は無く、そこはインスタント食品で埋め尽くされている。

冷蔵庫の中には1/4のキャベツ、賞味期限切れの牛乳と調味料が少々入っているだけだ。

これだけでも不健康な生活を送っているという事がわかる。

 

これは萩風なんかをけしかければ面白いことになりそうだと思いながら秋雲はリビングへと戻る。

ソファに腰を下ろし背もたれに寄っかかるとロフトが目に留まった。当然秋雲は梯子を登る。上には布団が敷きっぱなしになっている。

そしてその中で眠っている妖精さん。

………妖精さん⁉︎

 

鎮守府では見たことのない姿をしている。黄色いレインコートの様な服を着て枕元には変な形のステッキの様なものが置いてある。

先端に化け物の目のようなものが付いている。

秋雲は何も見なかった事にして静かに梯子を降りようとしたが、梯子が軋んだような音で妖精さんが目を覚ましてしまった。

目をこすりながら起き上がると秋雲を目に留める。

 

「だれですか?おまえは。」

 

舌ったらずと言うか鼻にかかる声というか、そのような声がした。

 

「うーん、えーっと。寅之助さんの友達?」

 

完璧に困惑した秋雲は口調と思考がごちゃごちゃになっている。

 

「うそですね、だいちょうさんにともだちは居ないです。」

 

妖精さんは眼を細めてしたり顔である。世間一般からすれば誇っていいものではないと思うが。

 

「だいちょうさん?大腸?台帳?」

「なにいってる?だいちょうさんはだいちょうさんです。」

「ああ、台長さんかそういう事ね。彼ならそこでねてるよー」

「ああ、またねてる。でもきょうはあさからしごとだったからゆるせるです。」

 

秋雲も落ち着きといつものペースを取り戻したようだ。梯子から降りきるとソファーに座りなおす。

 

「朝から仕事って何やってたかわかるー?」

「それはきみつだから教えないです。」

 

秋雲は“ふーん”と興味なさげな返事をすると、思いついたように先ほど置いた画材を取りに行く。

持ってきた画材をソファの前に設置すると絵の具を練り出す。

部屋の中に鼻を刺すようなクラっと来るような臭いが立ち込める。

妖精さんはウーウー唸ると、フラフラしながら窓を開ける。

 

「なにをかくつもりです?」

「うーん?ちょっと寝顔を書いてやろうと思ってね。」

「ちんじゅふでみせるです?」

「いやー、見せないよ。私の絵はそんなに上手くないし恥ずかしいし。」

「じゃあいいです。」

「良いのか。」

 

それだけ言うと妖精さんはロフトへ戻って行く。

秋雲はその姿をちらりと見ると、筆をとって絵を書き始めた。

 

 

西日が部屋へと差し込んでくる時間になってきた。

夢中で仕上げの筆を動かしている秋雲の目に集まってくる数人の妖精さんは入らなかった。

粗方描き終わった秋雲は深く息を吐く、そこでやっと数人?匹?の妖精さんが集まっているのに気づく。

 

「描き終わったです?」

 

先ほどの妖精さんが聞いてくる。

 

「うーん、まぁ、一応。」

 

秋雲が少し考えるように言う。

 

「まっててくれてありがとう。」

「じゃあ台長さん起こすです。全員突撃!」

 

1人の妖精さんの号令とともに、周りの妖精さんが文字通り寅之助に向かって突撃する。

四方八方からの衝撃を受けた寅之助は“うぎゃ”っと悲鳴を上げて飛び起きる。

 

「お前たちは毎度毎度どうしてそんなやり方しか取らないんだ?」

「普通に起こしても起きない台長さんが悪いです。」

「それもそうか。」

「あ、納得しちゃうんだ。」

 

秋雲は思わず突っ込む。

妖精さん達と寅之助の目がこっちを向いた。

 

「なんだお前、まだいたの?」

 

寅之助が心底不思議そうに尋ねてくる。

 

「艦娘って外の出歩き制限されてんじゃねーの?」

「あたしは今日終日休みだし、ちゃんと許可取ってますー。」

「さいですか。でも門限とかいいのか?もうそろそろ17時回るぞ?」

「え、あ、やべ。あたし帰るわ、じゃーねー。」

 

秋雲は反射のように立ち上がるとガチャガチャとした画材を抱えて飛び出ていく。

寅之助は秋雲が出て行ったのを確認し、再び書類との格闘に突入した。

 

18時に近づく横須賀鎮守府の正門。守衛として勤めている男は一人の艦娘が走って来るのを見てホッと一息をついた。

 

「セーフ!」

 

息を切らして正門を通り抜けた秋雲は男の方を向いて両腕を広げる。

男は黙って頷くと正門を閉めた。

何度か深呼吸をした秋雲は持っていったキャンバスが一つないのに気づく。

 

「あっちゃー、忘れたかー。まあいいや、次行く子に回収してもらおう。」

 

まったりとした口調で言うと寮の方へと歩き出した。

 

 

 

 




そろそろ駆逐艦以外を出したいところ

誤字、ご意見など有りましたら何なりとお願い致します


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4人目

遅れますた
言い訳はリアルが忙しかったからです


横須賀鎮守府では狭い箱庭の中で娯楽を求める艦娘たちのために、情報共有の場として隔週で壁新聞が掲示される。

今日は三週間ぶりにそれが更新されていた。

掲示板の前には人だかりができていて、周辺では何人もの艦娘たちがその感想を語り合っている。

その様子を柱の陰から見ている少女は一人口角を上げニヤニヤと笑っている。

 

「フフフ、そこにある情報は又聞きの情報です。が、待っててください皆さん、明日は久しぶりのお休みですので私が直々に赴きます。そしてより面白いことをお届けいたします。秋雲さんから忘れていった絵の回収も頼まれていますしね。」

 

人だかりに背を向け歩き去って行く少女の目は五月の温度を上げつつある太陽光のようにギラギラと光っている。

空からはその太陽がコンクリートの地面をあたためていた。

 

青葉

 

「はぇー、綺麗なところですねー」

 

階段と坂を登り切り灯台の足元に到着した青葉は思わずそう漏らした。一枚撮っておこうと思いカメラを構えると後ろから声がかかった。

 

「なんだ、画家の次は写真家か?鎮守府の中には結構多彩な人種がいるんだな。」

 

青葉はいきなり声をかけられて少し狼狽えるがすぐにいつもの調子を取り戻す。

 

「どうもぉ、青葉です一言お願いします。」

 

今度は寅之助があっけにとられる番だった。

 

「えっと…艦娘はアポイントメントという言葉を知らないのかな?」

 

焦ってひねり出した言葉がこれである。

 

「は?何言ってるんですか?」

「いやな、最初の吹雪が来た時は連絡があったんだよ。だからそれ相応の対処ができた、心の準備もできた。」

 

寅之助は攻め立てるように続ける。

 

「それがなんだ、その後に来た長波といい秋雲といいなお前といいなぜ一言よこさない。ここにだって機密のようなものもあるんだぞ?」

「はぁ…」

 

青葉が圧倒されて返答に困っていると寅之助は呆れたように問いかける。

 

「それで一体何のようだ?そもそもさっきなんて名乗った?」

「青葉です。」

「そうか…で何の用だ?」

 

青葉は待ってましたと言わんばかりの笑顔を作り、

 

「はい!取材に来ました」

 

そう元気よく答えた。

 

取材を受けるというのは実に不思議な体験である。

どうなるかわからない記事のために、何なのかよく分からない質問をされる。

ボロを出さないように気をつけてもまるで意味はない。

どの発言が“ボロ”になるかは記者が決める。こうして取材を受けていると、なるほどペンは剣よりも強しとはよく言ったものだと思う。

当の寅之助もよく分からん質問を青葉に大量にぶつけられ、それを捌くのに必死だった。昨日の夕飯とか絶対何にも使えないでしょ。

しかも最近めんどくさくてカップ麺しか食べてないし。

 

しばらく質問の嵐をいなしていると青葉が急に静かになった。目を向けてみるとあたりをキョロキョロと見回している。

 

「何を探しているんだ?」

「いえ、何でも…っあ!」

 

青葉は突然叫んだあとそそくさとこっちに向き直る。

しばらく焦ったように目線を泳がせた後また質問を再開した。

 

「なにも無かったように質問を続けるな、何を見つけたんだ?」

「いやーははは、まあいいじゃないですか。そんな事より質問に答えてください!」

 

怪しき事この上ないが気にしない事にした。このまま追求しても何も出てきそうにないし。

 

「うーん、今日のところはこんなもんですかね。」

 

永遠につ続くかに思われた質問攻めが突然終わった。

 

「じゃあ青葉は帰ります、有難うございました」

「ん、そうか気をつけろよ。」

「あ、そうだええっと。あそこに飾ってある絵ってどこで手に入れたんですか?」

「ああ…あれか?前にここにきた奴が置いて行ったんだよ…上手いから飾って…。そういえば次来る奴には一言よこすように言っとい…って居ないし。」

 

良くも悪くもどこまでもマイペースな奴だった。

なんだかあいつを見ていると人間関係について考えるのがバカらしくなってくる、そんな気がした。

気がしたでけだと思いたい。

 

 

「それで…例のブツは回収できましたか?」

「すみません失敗しました。」

「え⁉︎なんでさぁ絶対回収してきますて言ってたし間宮券だって渡したじゃん、青葉さん!!」

「うっ、だって飾ってあるんですもん。額縁付けて…大体秋雲さん、そんなに大事なもんなら自分で取りに行ってください。」

「そ、それは。」

「それに殿畑さん、上手いから飾ってるっていってましたよ。」

 

秋雲の上顔が真っ赤に染まる。

 

「それが一番嫌なんだよ。あーもうどうしよう。」

「兎に角、どうしても取り戻したいならご自分で取りに行ってくださいね。青葉は今から文字起こしと編集作業があるので。」

 

そう言って青葉は巡洋艦寮に戻って行った。



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5人目

お久しぶりです


冷蔵庫の中に一晩置いておいた水出し麦茶が暴力的な苦さを発揮していた。1リットル1パックって書いてあったよなぁ?

 

最近食に関しておざなりになり始めた。

先週は一週間丸々インスタントだったし、昨日久し振りに料理をしようとして作ったのは素パスタであった。

まあ、一人暮らしの男性であるならば当然の帰結と言えるだろう。

 

そろそろちゃんとした飯を食いたいところである。

外に食べに行こうにも深海棲艦が海に見え隠れするこのご時世、灯台の近くに飯屋があるわけない。

しっかりとした食事をするには自炊をするか車で30も移動しなければならない。

 

「誰かここに来て飯でも作ってくれないかなぁ。」

 

切実な願いが思わず口を突いて出た。

思えば実家にいた頃は随分と楽だったものだ。

時間になれば食事ができていて掃除洗濯も親まかせ。

人間一度は一人暮らしを体験してみるべきだ、本当に母親の偉大さを噛み締めることになる。

 

「あぁ…ちゃんとした飯が食いたい。」

 

鳳翔

 

天使はここにいた。

 

若干青みがかった長髪が数メートル先で揺れている。

この女性、鳳翔が来てから散らかった服は片付き、乱雑な机が整理された。

埃がかっていたコンロでは青い炎が踊りその上で食材が旨そうな匂いを上げながら炒められている。

 

「まさか自分の事を覚えていてくれてたなんて感激ですよ鳳翔さん。」

「そんな…灯台は私達海に出るものにとっての生命線です。」

 

目線だけをこちらに向けながら鳳翔が続ける。

 

「ましてや、その守り手となる人の事を忘れるだなんて。」

 

天使を通り越してもはや神である。

 

「それよりもいきなり押しかけてしまって…迷惑だったのではないですか?」

「いえいえ、いつでも来ていただいて結構です。アポ無しでも、唐突でも平気です。むしろもっと来てください。」

 

どっかにパパラッチには全く別のことを言った覚えがあるが気にしない事だ。

 

「えぇ…そんな。」

「あぁ、そんな真剣に考えないでください冗談ですから。」

「そうなのですか…。」

 

心なしか沈んだ声音であった。

 

そこからは双方特に言葉わ交わすことは無くただ炊事の音だけがしていた。

やがて出来上がった残り物の有り合わせで作った炒め物は寅之助にとって実に数日ぶりである”しっかりした食事”であった。

それを一瞬で平らげた寅之助は鳳翔からお茶を受け取っていた。

 

「そういえば提督のおっさんは元気してるか?」

「ええ、今日も駆逐艦の子達と走り回っていました。」

「そうか…無駄に元気なんだな。」

「本当に、ええ本当にその通りなんです!」

 

鳳翔が急に饒舌になってきた。

明かに地雷というより何かの琴線に触れたようだ。

さっきまでこれでもかというほどに物腰柔らかだった彼女が急に捲し立てるように提督への愚痴が出てきた。

 

「この前もですね、あれ程、あ、れ、ほ、ど、岸壁の近くで駆逐艦の子を追いかけるなと言ったのに…

 

それは日常生活のだらしなさから職務の怠慢まで。どうやらよほど溜まっていたらしい、川の水が堰を破ったように次から次に出てきて止まらない。

 

(これはこれであのおっさんも大変だな)

 

などと寅之助が思っている裏で怒りのBGMは止まる事を知らず、ついに空が赤くなり始めていた。

いまだ提督に対して何かを言い続けている鳳翔さんの肩を叩く決心がついたのはその時であった。

 

「おーい、鳳翔さん。」

 

そう言って呼びかけるとようやく鳳翔さんの愚痴は鳴りを潜めた。

 

「あ、あの。私、私なんて事を…こんな…。」

 

そう言って顔を真っ赤に染め上げた鳳翔はぱくぱくと口を動かし始めた。

 

「うん、まあ、本当によく喋ってましたね。一体いつ息継ぎしていたんですか?」

「う、ううぅぅ。い…。」

「い?」

「言わないでください〜。」

 

ソファの上で丸くなってしまった。

 

「えーっとですね、外見た感じもうそろそろ帰宅された方が良いのではないかと思うんですが。取り敢えず荷物はまとめておきましたので道が封鎖されないうちに。」

「本当に、本っ当に申し訳ございませんでした。」

 

荷物を受け取った鳳翔は何度も何度も頭を下げながら出口へ向かう。

 

「いえいえ、そんな…気にしないでください。美味しいご飯食べさせてもらいましたし。」

 

悪い顔の寅之助が続ける。

 

「何よりあのおっさんの弱みを大量に握れましたし。」

「お恥ずかしい限りです。」

 

最後にそう言ってもう一度礼をすると鳳翔はやっと帰って行った。

 

「うし、それじゃあ夕飯作りますかね。」

 

せっかく鳳翔が片付けてくれたのだ。この最高の状態のキッチンを使わない手はない。

そう呟いて寅之助は冷蔵庫を開けた。

果たしてそこはまさにすっからかんであった。

正確には少しの調味料が残っていたが食材はまるで無かった。

 

「よし、きょうの夕飯は素パスタ。」




多分亀返信は続きます


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6人目

船団が海峡を通り過ぎてゆく。

ここ観音崎灯台の対岸、つまり房総半島からも灯台の光が見えていた。多分あっち側の灯台守も同じような景色を見ているのだろう。

数ヶ月前の艦娘による遠征成功により彼女達は船団の護衛も任されるようになっていた。

 

今は大規模な船団輸送が人目を憚る為に真夜中に実施されている。

要所要所の灯台守はそれを見守っているよう言い渡されていた。

真っ暗な海の上を灯台と船にあるわずかな光のみを頼りに進んでいく。一説によればその昔インド洋を横断する船には海に飛び込むものも居たそうだ。

 

「本当に気が狂いそうになるんだろうなぁ」

 

朝風

 

自分の睡眠を妨げんとする音がしている。

それは耳から侵入し頭蓋の中で反響して寅之助を不快にさせる。

それにもう少し寝かせて欲しいという発音言への苛立ちと早く目覚めねばならないという焦りが加わり更に不快になる。

朝というのは全てをして自らを不快にしてくれる。

 

「うぅ…」

 

不快感を抑えこみ、起き上がって目を開ける。

そこにはおたまを持ち仁王立ちをしている少女が立っていた。

 

「やっと起きた、もう朝よ!早くそこから出てきなさい!」

 

時計を確認する…七時三十分。

 

「アホじゃねぇのお前」

 

おやすみなさい。

 

 

 

 

 

「ちょっ、起きなさいって。鳳翔さんが心配だって言ってたからせっかく朝ごはんも作ったんだから。」

 

布団から頭を出し恨めしそうに目を細める。…そげな事言われたら起きるしかないじゃないですか。

 

「わかった、わかった起きるから。だがな昨日俺は三時まで仕事だったんだよ。頼むから来るときは事前に言ってくれ。」

 

そこまで言ってふと思い当たる。

 

「……って、あれ?この前も同じような事言ってなかったっけ?」

「そんな事知らされてないわよ。」

「……そうか。」

 

うーむ誰かに言ったような気がするがまぁいいか。思い違いだろう。

 

腹が膨れて一息つく。

ふと時計に目をやると針は八時半くらいを指し示していた。

そういえば叩き起こされたのは七時半だったな。こんなに早い時間に起きるのは久しぶりだ。

 

「そう言えば堤t…えぇっと、灯台守さんは何で昨日夜遅くまで起きてたの?」

「うん、まぁ今更だけど名前は殿畑寅之助と言います」

 

少女が目を逸らす、耳が真っ赤だ。

 

「あ、朝風よ。」

「うん、よろしくな朝風。それで?」

「え?」

「さっき何か言ってたろ、思いっきりスルーしちゃったけどさ。何だっけ?」

「あぁ、そんな夜中まで起きてなきゃ行けない程灯台守って忙しいのかなって思って。」

 

本当は機密なんだけど艦娘なら大丈夫だろう。

 

「昨日船団護衛の任務があっただろ。」

「無かったわよ。」

「そうだr………え?」

「無かったわよ。」

「本当に?」

「本当よ。」

 

いやいやいや、そんな筈は無い。確かに昨日真っ黒な海を進む船団を見守っていた筈だし。何なら命令文は控えてある。

 

「あっ、まさか。」

 

思わず叫んで朝風を見る。どうやら同じことに思い至ったらしい、がっつり目が合った。

 

「ちょっと!!あんた、なに普通に機密もらしてんのよ!どうするの、どうしてくれるの?」

「待て、待て落ち着け。大丈夫、大丈夫だお前が黙ってれば問題無い。」

「そうね…そうよね。黙ってればいい黙ってればいい。」

 

そうだ黙ってればいいのだ何を騒ぎ立てる事があろうか。ぶつぶつと何かを呟いていた朝風は片付けると言って立ち上がった。

 

 

 

食器を片付けて後ろを向くとそいつはすでに眠っていた。

結局昨日何があったのかは聴きそびれてしまった。

こんなに早くに来るのはやはり迷惑だったのだろうか?

ふと当たりを見回すがやはり毛布などあったかそうなものは無い。

 

「仕方ないわね。」

 

呟いた朝風が自分の羽織りを眠る寅之助にかける。夏とは言え朝は冷える持ってきておいて良かった、良かったのか?

 

「今日のところはお暇します。話の続きは今度来たときに。」

 

そう言ってこじんまりとした部屋を後にした。

 

 

まさしく気絶だった。

布団に入って三分以内の就寝は気絶であり逆に不健康だと聞いたことがある。

四時に寝て七時半に叩き起こされた満腹になったのだ。

 

「こんなの寝るに決まってるだろ。」

 

そう言いながら起き上がるとパサっと何かが体から落ちた。見慣れない羽織が自分の膝に掛かっている。

 

「あいつ、わざわざこんなもの………めっちゃ良い匂いするじゃん。」

 

密閉された部屋は正午の太陽に焼かれそれこそ蒸し焼き状態になっていた。

 



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7人目

誤字報告ありがとうございますm(._.)m


汗ばんだシャツは体にベットリと張り付き寅之助の不快感をさらに強めた。

 

「くそ、昨日のうちに返しておけばよかった。」

 

レンタルビデオの返却期限に昨日の夕方頃気がついた寅之助はその時の彼自身に恨み辛みを吐き出していた。

普通なら車を使う距離にあるレンタルビデオ屋にわざわざ小一時間歩いて行ったその帰りであった。

 

季節は梅雨である。

 

先日朝風が置いて行った羽織は家宝にでもして家に飾ろうと考えたが流石に理性が止めた。

着物は湿気が敵だと聞いた事が有ったような無かったような…。

そんな物を梅雨入り直前に置いて行ってよかったのだろうか。

湿気凄いしハンガーで部屋に吊るしておいても普通にカビとか生えそうで怖いんだけど。

 

そんな事を考えながら坂を上きると真っ白な灯台が見えてきた。

 

「うん?」

 

その直ぐそばにある宿舎の玄関前に誰かが立っていた。

頭のてっぺん辺りからひょっこりと耳のようなアホ毛が飛び出ている。

宿舎に近付く寅之助に気付いた彼女はこっちを向くとニッコリと微笑んだ。

 

「こんにちわ。僕は時雨、良い雨だね。」

「いや!良くない。」

 

本当に良くない。

 

時雨

 

「だいたい時雨、お前はいつからあそこに居たんだ?」

 

寅之助は水出しの番茶をグラスに注ぎそれをテーブルの上にことりと置くとそう切り出した。

 

「いつからって…ずっとさ。」

「は?」

「君がこの宿舎から出ていくのも見ていたし何ならあそこの階段を降るときに転びそうになっていたのも見ていたよ。」

 

声も出ないというのははまさにこの事なんだろう。

こいつ…今まで会った艦娘の誰よりも群を抜いてやばい奴だ。

と、寅之助の直感が全力で警鐘を鳴らしている。

 

「そ…そうか。は、ははは。まぁ、恥ずかしいところを見せてしまったな。」

「そんな事は無いさ。昨日完徹で書類仕事をしてれば足元も覚束なくなるさ」

「………」

 

こいつ…どこまで把握してるんだ。

 

「君の事ならだいたい判るさ、全てでは無いけどね。」

 

とっとと用件を聞いて帰らせてしまおう。

 

「それで、今日は何しにここにきたんだ?」

「うん、いいよ誤魔化されてあげよう。用件はね…特に無いんだ。」

 

えぇ…。

 

「うんうん、露骨に嫌そうな顔するね。」

 

寅之助は梅雨でジメジメしているのも合わさって本気でイライラしてきていた。

梅雨というのは誰もが憂鬱になり苛立つ季節である。

会って数十分だがこの時雨という少女は並々ならぬ裏があるように感じてならない。

と、寅之助が思った時であった。

 

「だいちょうさん、点検終わったです。」

 

掌サイズの小人がどこから現れたのか、テーブルの上によじ登って来た。

 

「お、そうかそうか。じゃあ今日はもうそれで全部だ。」

「わかったです。…ところでさっきからこっちを見つめて動かないこの人はいったい誰です?」

「そいつは…やばい奴…?」

「それはやばいですね、では退散するとするです。」

「うん、お疲れ様。」

 

その言葉にひらひらと手を振ると、妖精はテーブルから飛び降りた。

時雨は固まったまま微動だにしない。

 

「時雨?時雨…時雨ぇ?」

「……で?」

「うん?」

「なんでここに妖精さんがいるの?」

「なんでって……知らんよ。」

「嘘つけ!絶対知ってる。その顔はなにか隠してる。」

「あーあーうるさいうるさい、機密だ機密。分かるだろ軍人の端くれなら、言えないんだよ。」

「……じゃあ…仕方ないか。」

 

やっと引く気になったようだ。

その後も他愛のない話を続けた後時雨は満足げな顔をして帰っていった。

二度とくるなと言いたいところだがまた来るとか言ってたな。

勘弁して欲しい。

 

 

「ごめんなさいです、だいちょうさん。」

「いやいや、今回は相手が悪かったさ。何というか知りたがりと言うか、知識欲の権化と言うか。」

「この前の人には全然追求されなかったですが。今回は危なかったですね。」

「うーん、まぁ俺個人としては別にそんなに隠す必要もないと思うんだけど…。」

「仲悪いですもんね。」

「灯台守達が一方的に嫌ってるだけだけどな。向こうは多分気にもしてないと言うかどうでも良いんだろ。」

「だいちょうさんも嫌いです?」

「いや…別に…。嫌いだったらここに艦娘入れんだろ。」

「それもそうですね。それじゃあ今度は砲台見てくるですよ。」

「頼んだ。」

 

妖精さんが自分専用の窓から晴れ渡った空へと飛んでいった。

 




0〜6人目に少し修正を加えました。


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8人目

誤字修正の報告を入れた回に誤字るって言う…本っ当に報告ありがとう御座います。


シーレーンが崩壊し人類が危機に晒されてもセミは元気だ。

数日前に土の中から這い出てきた彼らはそれまで静かだった森の中を騒がしく囃し立てる。

こいつらの鳴き声を聞くとうるさいと思いながらも自然と浮き足立つのは多分僕だけじゃないだろう。

まだ無邪気でただただ毎日が楽しかった子供時代を思い出す。

 

「ふふ、あはは。」

 

何故だか笑いが溢れる。

こんなに気分が良いのは久しぶりだ、きっと今日はいい日になるだろう。

彼には大いに期待しよう。

 

・・・

 

夏の海は最高だ、力強い太陽光は海面で反射しその威力をさらに強める。

しかしその勢いも強い潮風で全て洗い流される。

特に灯台が位置する高台はその分だけ風が強い。

こう言う時は宿舎の窓を全開にして吊るしたハンモックの上でゆっくりと時間を過ごすに限る。

 

「ようやっとの…暇…。」

 

噛み締めるように寅之助は呟いた。

数日前までの激務が嘘のように静まり返っている。

艦娘の活躍によって船の往来が多少…いや、少しだけほんの少しだけ現れ始めた。

それに伴い全国の灯台守達は行き来する船と艦娘を全てカウントしなければならなかった。

そのカウントを自動化するプログラム、というか設備を妖精達と共に作っていたのだ。

その妖精達は今灯台の屋根で潮風に吹かれている。

そんな至福の最中ノックの音が聞こえてきた。

 

最上

 

「久しぶりだね寅ちゃん!」

「その寅ちゃんって言うのいい加減やめないか?」

「良いじゃないか呼びにくいんだもん君の名前。」

 

人の本名に対して随分と不躾なこいつは寅之助の古くからの知り合い…と言うより幼なじみである。

 

「どうせ言っても直す気ないのは分かり切ってる。」

「わかってるじゃないか。」

 

最上の戯言を聞き流す。

 

「せっかくの暇で至福な俺のひと時を押して最上は一体なんの用なんだ?」

「用がなきゃ来ちゃダメなの?」

「なんでそこで上目遣いを使うんだ?まぁそれは良いけど、別にダメってことはないけどさ、わざわざあの心臓破りの坂を登ってまでくるところじゃ無いでしょここは。」

「良いじゃ無いか昔は特に用が無くても一緒に遊んだだろう?」

「それとこれとは話が違うような気がするけど…」

「違わないよ。」

 

最上は珍しく人の言葉を遮って力を込めて言い放った。

寅之助は驚いて最上の方を向く。

最上も真っ直ぐこちらを見ていた。

 

「違わない。」

「……そっか、そーゆーもんか。」

「そっかって、ちゃんと伝わってるのかな?」

「伝わってる、伝わってるって。」

「うーん、君のそれは昔からにわかには信用できないからな。」

 

そう言って最上は手元の漫画に目を向ける。

言われてみれば昔から最上はよくうちに上がってきては蔵書の漫画を読み漁っていた。

いつだったか少年漫画で楽しいのかと聞いたこともあった。

あの時は“楽しいよ、かなりね”とただ言われた気がする。

全く不思議な奴だ。

何が楽しいのか全くもって判らない、別に迷惑してるわけでは無いから良いのだが。

ただ漫画を読み漁るのは良いけど本棚を漁るのはやめて欲しかった。

いろいろ隠してあるのだへそくりとか薄い本とか。

そいつらを隠す為にわざわざ最上が絶対に読まないであろうゲームの分厚い攻略本を買いその中に挟んでいた。

そう、昔と言えば昔からだ、最上はよく“昔から”と言って子供時代を引き合いに出す。

 

「おや?その顔は……なんか疑問が浮かんだようだね。」

 

何こいつ、怖い。

 

「あ、うん。まあそうなんだけど。」

「聞かせてよ。」

「いや…最上は良く昔を引き合いに出すだろう。それはなんでかと思ってな。」

 

最上よ、なぜ顔がパッと輝く?

身を乗り出して今にもソファーから落ちそうだ。

 

「そうか…そっか、寅ちゃんと気づいてたんだ!」

「気づいたと言うか、ふと思っただけだよ、それに」

「それでも構わないさ!」

「ああ…そう?」

 

また言葉を遮った。

 

「それで?なんでなの?」

「フフ、知りたい?」

「まあまあ知りたい。」

「そっかぁ、まあまあかぁ。じゃあ教えない。」

 

めんどくさいな。

 

「嘘嘘、めっちゃ知りたい。」

「それでも教えないー。」

「イラ」

「声に出てるけど?」

「いかんいかん、つい本音が口をついて出てしまった。そんなに重要な事なのか?」

「えー、ヒントは乙女心だよ乙女心。」

 

なるほど判らん。

 

「これっぽっちも判らないのだが。もう少しヒントないのか。」

「えー、そうだなぁ。」

 

やたらと上機嫌だ。

さっきから足をばたつかせている、犬だったら尻尾を振り回しているところだろう。

 

「強いて言うなら優位性の確認かな?」

「優位性?何が?何に対して?」

「そこは…言えない。」

 

判らん、ますます判らん。

こうやって良く俺の事を煙に巻いていた。

少年漫画を読んでて楽しいのか聞いた時もこんな感じだった気がする。

 

「もう!そろそろ気付いてもいいと思うんだけどな!」

 

また急に強い言葉が出ている。

情緒不安定かこいつ。

すぐに最上はハッと気付いたような表情を浮かべ拗ねたように喋り出した。

顔を俯け耳まで真っ赤にして。

 

「最近さ、いろんな艦娘がここに来たんでしょ?」

「ああ…来たぞ。この前なんか」

「そう、それだよ!」

「それ?」

 

最上が真っ赤な顔を上げる。

 

「ええ!?まだわかんない?……ええっとだからね…僕が…その、その子たちに対して優位でいたいと言うか…何というか。」

 

寅之助の顔はまだ疑問符で埋まっている。

 

「いや、判らん。なんでだ?」

 

寅之助が不思議そうに続ける。

 

「今更優位性を示したところで最上が一番であることには変わらないんだぞ?」

「ああ!まだ判って…って、え?何だって?」

 

最上が今日一日驚いて、今日一日滑稽な顔を浮かべている。

 

「いやだから、今更優位性を示しても変わらないぞって。」

「違うその後」

「最上が一番である事には変わらんぞ?」

「う!!」

 

首絞められたみたいな声を出し最上が慌てたように目を逸らす。

そして急に立ち上がったかと思えば玄関に駆け出した。

 

「じゃ、じゃあ。今日はこれで。」

「あ、おい待てそんなに走るとコケるぞ。」

 

そう言ったときにはもう玄関から飛び出していた。

地雷踏んだかな?

ちゃんと埋め合わせとかんと、拗らせるとめんどくさいからなぁ。

 

・・・

 

「はぁ…。」

 

灯台が位置する丘を駆け下りた最上はバス停にもたれ掛かってため息を付いていた。

 

「何やってんだ…僕は?」

 

そんな最上を嘲笑うかのようにひぐらしが鳴いていた。




そう言えばこの作品プロットとかが全くないので自分でもこれからどうなっていくか判らないんですよね…。


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9人目

遅ればせながらこっちも更新です。


迷った、完全に。

異国の地で一人で炎天下の中。

たまの休暇に少しその辺でも散歩するかと考え基地を出たはいいが道がわからない。

どころか車が走っている向きも電車の乗り方も故国とはあまりに違い過ぎる。

あてもなく歩いた結果迷ったわけである。

 

「あーもう、どこなのよここ。」

 

噴き出る汗と日本の夏特有の湿度の高い空気が不快感を倍増させる。

 

「誰か…。」

 

これだけは言うまいと思っていたが、ついぞ口に出してしまった。

 

「誰か助けてぇ。」

 

悲痛な呟きは生い茂る木々と鳴き続ける蝉と陽炎のたつアスファルトに吸い込まれた。

 

・・・

 

この炎天下自転車で買い出しに出たのは完全に失敗だった。

久しぶりにミニベロを引っ張り出した。

寅之助愛用のミニベロロードバイクにはカゴがついていない為買ったものは背中のリュックに放り込まれる。

暑くて暑くて仕方ない。

 

「あーー、激坂。」

 

目の前に斜度の高そうな坂が現れる。

背中のリュックが重力を増し、油の抜けきったチェーンは軋みペダルの抵抗を増す。

寅之助は立ち漕ぎでえっちらおっちら漕いでいた。

車道を挟んで反対側に金色の長髪をはためかせた女が歩いている。

一度で良いからあんな子と街を歩いてみたいものである。

しかし今はスルーさせていただこう、早く家に帰りたい、帰ってアイス食いたい。

 

「ちょと、あなた。」

 

後十数メートルで登り切れる所で反対側の歩道から声が掛かった。

いや、嫌な予感はしてたんだよなんかキョロキョロ辺りを見回してるし、スルーしようとしたら縋るように手を伸ばしてくるし。

 

「はい、なんでしょうか?」

「何よその顔、なんか文句あるわけ?」

 

顔がグッと近寄ってきた。

いかんいかん、めんどくささがつい顔に出てしまった。

近い近い近い。

反射的に顔を横に向ける。

目を合わせたら負けだ。

顔に血が上っていくのを感じたが元々暑いしそんなに変わらない…よな?

 

「いえ、暑いなと。」

「ふぅん、まあいいわ。」

 

女は顔を引っ込めるとコホンと可愛く咳払いをした。

 

「あなたに私をエスコートする権利をあげるわ。」

 

前言撤回である。

光栄に思いなさいとでも言いたげに豊満な胸を張る。

 

「光栄に思いなさい。」

 

しまいにゃ言ったよ。

めんどくさいなこいつ、こう言う手前は適当にあしらって逃げるのが正解だ。

この炎天下の中ただでさえ気が立っているのだ、勘弁して欲しい他人に気を遣っている暇はない。

寅之助はうやうやしく申し訳なさそうなふりをする。

 

「誠に残念なのですがその権利は放棄させていただきます。」

 

早口で、出来るだけ早口で。

一刻も早くこの場を脱出するのだ。

 

「この坂真っ直ぐ下って道なりに行けば駅があるので、レディのエスコート権はそこの駅員さんにお譲りします。いい人なんでしっかり道案内してくれますよ。」

 

すまん名も知らぬ駅員の人、頑張ってくれ。

こいつはきっとめんどくさいぞ。

 

「それでは、自分急いでいますので。」

 

寅之助はそう言い捨てて残りの坂道を駆け上がる。

後は下り坂だ、この時ばかりは背中の重りが役に立つ。

歩行者が自転車に追いつけるわけない。

背中から何か声が聞こえるが無視した。

殿畑寅之助、風になります。

 

・・・

 

意気揚々と坂を下ったは良いがしばらく走るともう一個上り坂が出てきた。

この坂が国道から灯台へと直接続く坂で正にラストスパートである。

さっきコンビニで我慢できずにアイスを食っておいてよかった。

でなければ心を折られていた。

そんなに長い坂ではないから一気に駆け上がる。

駆け上がった先では一気に視界が開けて海が……。

 

「遅かったわね!」

 

見えなかった。

 

ビスマルク

 

なんでいるの。

それしか頭に思い浮かばなかったがよくよく見たら息は絶え絶えで頬は上気し汗が滝のように流れている。

ちょっと良いなと思ってしまったのは秘密。

 

「なんでいるの?」

「待ってたのよ、ずっとね。」

 

ずっと待ってたらもう少し息も整ってると思うが。

 

「嘘つけ、明らかに今着いたばっかだろ。」

「………」

 

黙らないでくれ頼むから。

これでも結構恐怖してるんだ。

だって自転車だよ?しかも下り坂だよ?なぜ追い越せているのか。

困惑する寅之助を他所に暴走列車は走り出した、走り出してしまった。

 

「チャンスを…もう一回だけチャンスをあげるわ。」

「何の?」

「は?わからないの?エスコートよ、光栄に思いなさい。」

 

電光石火。

 

「お断りします。ったく、道に迷ったとかなら素直に言ったらどうだ?」

「うっ…迷ってないわよ。わかったかしら?わかったらエスコートしても良いのよ。」

 

どこまでも強情な奴だ。

日本に来たばっかであまり日本語が上手じゃないのかな?

英語でとかの方がいいのか?

どうだっていい、もう帰りたい。

 

No thank you , ask others.(いらないから他当たれ)

「え?なに?サンキュー、なんて言ったの?」

 

英語も不自由かよ…。

付き合ってられないとばかりに寅之助はビスマルの脇をすり抜ける。

後ろで何やら喚いているがもう聞こえないふりをした。

 

無視し続けて歩いてもどこまでも付いてくる。

流石にもう大人しくはなったが結局退息所までついてきた。

ここまで来ると流石の寅之助も鬱陶しくなって来た。

ついつい尖った声が出る。

 

「いつまで付いてくるんだ?そんな言い方じゃいつまでも相手にしないぞ!」

 

よほど効いたらしい、完全に虚を突かれた顔になる。

俯いた女が声も絶え絶えに喋りだす。

 

「あの、わたし、その、プリンツ達に聞いてたから、少し離れたところに灯台守がいるって、その。」

「全くわからん!そもそもお前何者だ?自己紹介すらしてない奴をどうエスコートしろと?」

「…………」

「はぁ、もういいから帰ってくれ。」

 

寅之助は手を追い払うように振る。

金属製の小さくも重苦しい玄関扉を開ける。

しかし女が再び口を開いて出た言葉に足が止まった。

 

「艦娘!」

「…なんだって?」

「私艦娘で、まだここに来たばっかで、鎮守府に戻れなくて、その…。」

「その?」

「た……すけてください。」

 

まったくこいつはいつまでこの損な性格を続けて行くのだろうか?

呆れを通り越して愛着が湧いてきた。

 

「少し待っていろ、俺も今日は鎮守府に用があるから。」

 

・・・

 

カーテンの隙間からチラリと待っている女を見るとデートの待ち合わせ場所に早く着きすぎた時ような動きをしている。

寅之助は短く笑うとリュックの中身を冷蔵庫にしまった。

そして机の上の紙袋と貴重品の入ったサコッシュを手に取ると再び外に出た。

 

外は正午を過ぎてちょうど風向きが海風に変わってきていた。

海に面した高台は風が強く吹き女の綺麗なブロンドは質量高くはためいていた。

どこか安心したような顔をする女に寅之助は手を差し出す。

 

「殿畑寅之助だ。呼び方は好きにするといい。」

 

女は不思議そうな顔をした後手を握り返してきた。

彼女の手は細く柔らかい甲に反して平には所々固い豆が目立った。

 

「ドイツが誇るビスマルク型戦艦ネームシップビスマルクよ。」

 

高らかに宣言すると微笑んで言った。

 

「よーく覚えておきなさい!」

「物覚えは良い方でね。肝に銘じておくよ。」

 

手を離し道をを降り始める。

相変わらず急でハイキングコースのような道であった。

 

「腹減ったしどっかで飯食ってくか?」

「イタリアンが食べたくないかしら?」

「そんな洒落た店ねぇよ。」

「じゃあいいわ。」

 

さいですか。

 

荒れた道を抜けると国道に出る、バス停がポツンと立っていて日に数本バスが来る。

今日は既にバスが到着していた。

非常に運がいい。

このバス停で捕まらなければ自衛官養成学校まで歩かなければならない。

 

バスに乗って坂を二つほど越えると視界が開ける。

横須賀の港町が眼前に広がる。

海岸沿いのヤシの並木は大きく靡き車も人も居ない大通りは閑散としていた。

 

「不思議ね。家はあってこんなに立派な道があるのに人が全くいない。」

 

ふとビスマルクが呟く。

 

「全部廃墟だよ。」

 

寅之助は前だけを見つめながら答える。

 

「戦争の初期にデマが流れたんだ。最初はネット上で囁かれる程度だったんだけどテレビが取り上げてからは一瞬で広まった。」

 

目を細めた寅之助が続ける。

 

「深海棲艦が陸上攻撃をするって言うデマだ。彼らによれば海岸沿い20kmは敵の射程内だから危険らしい。それで沿岸部からは人がいなくなった。残ってるのは土地に愛着がある者、デマに踊らされなかった者、そして軍人やら自分達みたいな仕事がある者、こいつらだけだ。実際には深海棲艦は本土への陸上攻撃は何故かしないし、射程20kmもどっから出てきたかわからない数字だ。」

 

寅之助はつまらなそうに目を瞑る。

 

「そう。」

 

と言ったっきりビスマルクも押し黙った。

海岸を離れたバスは市街地に入るさすが横須賀元50万都市なだけあって人も多く残っている。

デマが自衛隊によって訂正されてからはチラホラと人も戻ってきてはいるのだ。

二人は汐入駅でバスを降り徒歩で基地に向かう。

歩くとビスマルクはごねるかと思ったが杞憂だったようだ。

そう言えばこいつは今バスで来た道をほぼ全部歩いてきたのだろうか。

 

「なぁ、お前は…」

「お前じゃない。」

「は?」

「ビスマルクよ、お前じゃないわ。」

「失礼。ビスマルクは歩いて灯台近くまで来たのか?炎天下の中を歩きだけで。」

「馬鹿ね。私がそんな事するわけないじゃない。」

「じゃあ電車かバス使ったのか。」

「そんなの使い方わからないわよ。基地の外に出るの初めてなんだし。」

「じゃあどうやって?」

「どうって、ここまで来たら一つしかないじゃない。」

 

ドヤ顔がこっちを覗き込む。

チャリか?いやそれは無い。持ってなさそうだしなんなら乗れるかどうかすら怪しそう。

 

「ヒッチハイクよ!!」

「あ、ふーん。」

 

このコミュ力お化けぇ。

 

・・・

 

正門でアポを告げるとすんなりと通った。

この前は五分くらい待たされた気がしたが、ビスマルクが一緒に居たからだろうか。

 

「んじゃこれから自分の用事を済ませてくるからこれで。」

 

そう告げてビスマルクと別れようとする。

 

「何言ってんの?ついて行くわよあんた一人じゃ迷うでしょ。」

「お前……暇だな?」

「なっ!?ち、ちがうわよ。これはそうここまで連れて来てもらったぶん案内しなきゃいけないでしょ。ごおんとほーこーよ。」

「ハイハイ。」

 

御恩と奉公は100%違うと思うが。

これ以上何か言っても可哀想だからほっておくことにした。

実際のところ寅之助は横須賀基地に何度も足を運んでいるため迷うことはない。

 

「あっちがグラウンド、あっちが埠頭、あっちが工廠…」

 

テンション高らかに指を指すビスマルクを尻目に歩き出す。

 

「で、どこに用があるの?」

「まずはおっさんに挨拶だな、話はしてあるからすんなり通ると思うけど。」

「おっさん?おっさんって誰?」

五境英洋(ごきょうひでひろ)、ここの基地司令だよ。」

 

・・・

 

すんなり通された。

作戦司令棟の1階その奥に重厚な扉がある。

その向こうには秘書官のデスクがある。

基地司令の中には艦娘を秘書に据えてる人もいるが五境は人間の秘書であった。

先日の初の遠征もこの敏腕秘書の働きあってこそだった。

 

秘書の部屋に入って右側には両扉が備えてある意味。

内開きの両扉を開くと基地司令の執務室だ、左手に基地司令である五境のデスクがあり窓からは横須賀の穏やかな海が見える。

 

「お久しぶりです、基地司令殿。」

 

執務室に入った寅之助はうやうやしく礼をする。

 

「今更そんなわけのわからない態度は取るべきじゃ無いよ寅之助クン。」

 

初老の男性が書類から顔を上げて笑うと皺が一層深まった。

決して笑顔ではない人を威嚇するような笑みだった。

白髪の混じった髪は年々薄くなっている気がした。

隣にいるビスマルクは直立不動のまま固まっていた。

さっきまでの俺への態度が嘘みたいじゃないか。

 

「じゃあいつも通りに。一応挨拶にだけは来たぜおっさん。」

 

出来ればここには居たくないこんな態度取ってるが苦手なんだよこの人。

 

「じゃあそれだけだから生きてたらまた会おう。」

「待ちなさい、そう焦らないで。」

 

案の定止められた。

こいつはきっと俺が自分のことを嫌っているのを知ってるんだ。

わかってて引き止めるんだよな。

 

「2点だけ伝えたい。」

 

仕方ないから居直す。

 

「まず今日はもうバス無いでしょうから泊まって行きなさい部屋は用意してある。」

「…わかった。」

 

悪くない話だ。

こいつが嫌いなだけでそれ以外の横須賀基地は割と好きなんだ。

鳳翔さんのご飯食べられるだろうし。

 

「もう一つ、近々用があって私自らそっちに行くからよろしくね。」

「承知した……はぁ?」

「ではそういうことで。」

「いや、いやいや。自ら来るの?灯台に?」

「そうだ」

 

マジか。

でも飲み込むしかないんだよな。

 

「どうせもう決定事項なんだろ。」

「良くわかったじゃないか。」

 

何回も同じ手を食らっているからな。

 

「もういいよ、わかった。これで以上か?」

「以上だ。」

 

用がないなら長いは無用である。

さっさと出て行こう。

 

寅之助は踵を返すと早足に退室し司令棟からも脱出した。

後はもう一つの用事をこなすだけである。

 

うん何か忘れているような気がするぞ?

あっ!

ビスマルク。

 

「ひどいひどいひどい、おいていくなんてひどい。」

 

涙目である。

なんなら泣いてる。号泣である。

さすがにそこまで怖がらなくてもいいと思うけど。

 

「悪かったって。だからほら泣きやめって、なんか俺が泣かせたみたいになるだろう。」

 

あながち間違いでも無いが。

 

「ほら、次の用事あるから行くぞ。そしたらどっかで甘いものでも食べよう。」

「ご飯。」

「はい?」

「イタリアンがまだよ。」

 

そういえば昼ごはんがまだだったな。

普段気にせず生活してるから気付かなかった。

 

「じゃあ食堂だな。ここの食堂ならなんでもある。」

 

涙を湛えた目で頷くとビスマルクは微笑んだ。

めちゃめちゃ可愛いなこいつ。



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灯台守が訪問者

タイトル通り今回は少しだけ趣向を変えてみました。


「それで」

 

飯に行こうって言った瞬間泣き止んだビスマルクが口を開く。

その変わりよう素直にすごいと思う。

 

「次の用事って一体何なの?」

「駆逐艦寮。……待て待てこれ見よがしに距離を取るな。」

 

こいつ、自分で聞いたんだろ。

 

「忘れ物だよ。うちにこれ置いていった奴がいてな。返してやらなきゃならん。」

 

と、持っていた紙袋を揺らす。

 

「何なのそれ?」

「羽織だよ、着物の。後お土産を少々。」

 

着物は管理がめんどくさいから早いとこ返したかったのだ。

折り畳んで紙袋に入れるのでさえネットで調べながら一時間ぐらいかかった。

 

「お土産?」

「ああ、これだ。」

 

紙袋の中から取り出して見せる。

 

「もも。」

「そう、桃。殿畑家は毎年夏に家族旅行行くんだけど今回俺は行けなかったんだよね。そんでお土産として大量の桃が送られて来たから少し分けようと思ってな。」

「ふーん。」

「お、着いたな。」

 

駆逐艦寮である。

立派な鉄筋コンクリート4階建が数棟並んでいる。

ちょっと前、割とけっこう最近まで木造で四人一部屋だったが、大改装の後一人一部屋与えられた。

駆逐艦はこれから増えるだろうと考えられていた為多く建てたが今のところスカスカらしい。

その中の1号棟の玄関に入る。

靴を脱いで靴箱に放り込む、するとすぐ右手に受付がある、受付は寮に入居している艦娘が交代で行っているのだが今日は。

 

「よう、久しぶりだなおっさん。」

 

長波だった。

 

「長波、そんなに久しぶりでも無いと思うけど。3ヶ月くらいだろ。後俺は寅之助だ。」

「ダメだなおっさん。その感覚はダメだ。」

 

かぶりをふる長波が何を言いたいのか皆目検討がつかない。

 

「いいかおっさん。過ぎゆく日々が早く感じてるから久しぶりって言えないんだ。日々を早く感じるのは日常に新鮮さが無いから、日常に慣れてるから。」

 

長々い台詞であった。

一体どこで息継ぎしているのか。

 

「その感覚は歳を取った大人ほど顕著に現れる。つまりおっさんはおっさんだって事だ。」

 

なるほど。

 

「つまり長波、俺をおっさんだと言いたいが為にそんな詭弁を弄したのか?俺を、おっさんと、呼びたい、だけだろう!」

「違うぜおっさん。もっと日々を刺激的に楽しく生きようぜって話だ……おっさん。」

「わざわざ溜めてからおっさん言うな!大体お前、」

「ちょっと!!」

 

後ろから本気7割くらいの怒鳴り声が飛ぶ。

ビスマルクの金色がかった眉がひくついていた。

 

「あんたたち私を忘れて無いかしら。寅之助、早く本題に入ったらどうなの?」

「「はい。」」

「と、言うわけだから長波、朝風の部屋ってどこだ。」

「二階の端っこ、201号室。出て行くのは見てないから多分いると思う。」

「ありがとう、それじゃ。」

 

後ろからの圧がすごい、そそくさと受付を離れる。

じゃなーと言う投げやりな長波の声が聞こえた。

 

階段を一階分上がり奥の部屋201と書かれたプレートのある戸を叩く。

 

「朝風いるか?殿畑だ。」

 

ちょっと待ってと扉の向こうから聞こえると小走りの足音が聞こえて来る。

 

「はいはーい、待ってたわよ。って一人じゃ無いのね、どちら様?」

「ビスマルクだ、道端で拾った。」

「ああ、新人の。あんた…寅之助でいいかしら、外部の人間のくせに顔広いのね。」

「いやいや、こいつは本当に道端で拾ったんだって。迷子になって泣いてたから。」

「泣いてないわよ!」

 

ビスマルクが叫ぶ。

そうだったであろうか。

 

「まあいいわ入りなさい。」

 

通された部屋は備え付けの家具に申し訳程度の私物がある程度であった。

艦娘は滅多に基地の外に出られないと聞くがそれ故に自分の私物を買えないのであろうか。

通販とか使わないのかな。

 

「この表現が適切かどうかわからないが、嫌に質素だな。」

 

率直な感想が寅之助の口をついて出る。

 

「ビスマルク、艦娘の部屋は誰もこんなもんなのか?」

「わからないわ、私はまだ来たばっかりだもの。」

「そっか。」

「とにかく!わざわざありがとうね、届けてくれて。」

「こちらこそこんなに高そうなもの、流石に取りに来させる訳にはいかないしな。」

 

朝風が割って入った。

女の子の部屋に対して不躾だっただろうか。

 

「ついでにお土産入れといたから。福島の桃。硬くてうまいぞ。」

「あら、じゃあありがたくいただくわ。良ければ今切ろうか?」

「いや、大丈夫。家に大量にあってな、ここ最近の朝食は桃なんだ。」

「またそんな不健康な生活してるのね。」

「…返す言葉もございません。」

「ねぇ。」ビスマルクが口を開く。「もう用事は済んだでしょ?早くランチに行きましょ。」

 

乗り出すビスマルクの頭の中はもう昼飯でいっぱいらしい。

 

「お前な…まあいい、悪いな朝風こいつは多分もう止まらない。一緒に来るか?」

「止まらないのはなんとなく察したわ、私は自分の分のお昼はもう作ってあるの。大丈夫よ。」

 

冷蔵庫の方を顎で指す朝風。

たしかに皿にラップがかけてある何かが冷蔵庫の上に置いてあった。

 

「そうか、じゃあお暇だな。今夜は基地に泊まるからまた会ったら声でも掛けてくれ。」

「ええ、そんときはなんか奢ってちょうだいね。」

「気分次第だな。」

 

そんな軽口を掛け合いながら寅之助は部屋を出て行った。

この間既にビスマルクはそそくさと扉を開けていた。

 

二人が居なくなったことで一人部屋はやけに静かに感じる。

足音が遠ざかって行く音を確認してから朝風は立ち上がると押し入れの取っ手を引いた。

 

ドサッと大量の何かが雪崩れ落ちてくる。

シワだらけの着替えとか、ゴミ袋とか、本とかその他もろもろ押し入れは生活雑貨品の墓場になっていた。

 

「これを片付けたら追いかけるから。」

 

誰も居ない部屋で誰となくつぶやいた朝風は何故か誇らしげであった。

 

・・・

 

「早くしなさい置いて行くわよ。」

 

ビスマルクは駆け足で寮から飛び出して寅之助を急かす。

仕方がないので二、三歩駆け足をするフリをしてすぐ歩く。

 

「そんなに急がんでも飯は無くならんぞ。」

 

居住区である寮から食堂はそれなりに距離が離れている。

食堂は工廠やら司令棟などがある海に近いところに位置しているのに対し、寮は森の側に立っている。

なお甘味処間宮とは別である。

 

「昼からは外れてるから人はまばらだな。」

 

残っているのは午後休か非番の者だけであった。

入り口脇の食券機は半分程度のボタンが赤く光り売り切れのサインを出している。

だだっ広い空間には時たま皿洗いの過程でプラスチックの食器同士がぶつかるカツーンと言う硬質な音が響く。

 

寅之助は迷わずカレーのボタンを押す。

デフォルトのカレーが海軍カレーなのだ選ばない手は無い。

ビスマルクはずっとイタリアンと言っていたから余ってるパスタを選ぶだろう。

そう思ってビスマルクを待っているとボタンに手をかざして寅之助を見つめていた。

 

「いやいや…奢らないぞ。」

 

・・・

 

16時間ぶりの食事を済ませた寅之助は満足そうに水を啜っている。

結局奢らされたのは言うまでも無い。

さてどうしようか。

用事は全て済ませてしまったし特にする事も無い。

強いて言えば眠いからあてがわれた部屋で昼寝でもするか。

 

「俺のここでの用事は全部済ませたんだけどビスマルクはこれからどうするんだ?」

「寅之助について行くわ。暇だもの。」

 

遠回しの解散宣言は見事にスルーされた。

ビスマルクを置いて寝たら確実に後でふてくされるだろう。

自分が一人寝こけてもビスマルクが退屈し無さそうな場所に行く必要がある…あそこしか無いな。

ビスマルクが暇しないかどうかは基地の中でどんな人脈を築いているのかにかかってくるがそこはこいつのコミュ力に期待しよう。

なんせ見知らぬ土地で見知らぬ人の車に乗るくらいなのだ心配ないだろう。

 

そろそろ行くかと席を立ち食器を片付けた寅之助は食堂を後にした、ビスマルクも続いて暖簾をくぐる。

 

「結局これからどうするつもりなの?」

「俺が研修時代仲良かった奴の所。」

「へー、え?研修?あんたここで研修受けてたの?」

「ああ、観音崎の赴任が決まった後に半年くらい…。」

 

あ、まずった。

ここの事あまり知らないっていう設定忘れてた。

 

「詳しかったのなら、知ってたんなら言いなさいよ!」

「いやいや」どうしようか「あれだあれ。」

「なによ」

「前回俺が来た時とは中がだいぶ変わってるからさ分からないとこも多くて困ってたんだよだから………。」

「だから?」

「だから、ありがとう。」

 

どうだうまく誤魔化せたか?

 

「そ、そう。なら良かったわ。」

 

良かった本当に。

そもそもこいつは俺が簡単に駆逐艦寮に着いていたことに違和感を感じないのだろうか。

…感じないのだろうな。

 

「あ、待て待てビスマルクここだ。」

「今度は軽巡寮に用?」

「用というよりも暇つぶしだ。明石でも良かったんだがなあいつ多分この時間忙しいし。」

「誰のところに行くのよ。」

「実験軽巡、夕張だよ。」

「夕張……って誰?」

「えぇ、知らないのかよ、艦隊の仲間だろ。」

「知らないわよ、同じ任務にもついた事ないわ。」

「まぁ君まだ来たばっかだもんね。」

 

とにかく、と寅之助は寮の扉を押す。

基本的な構造は駆逐艦のそれと同じだ。

と言うよりも軽巡寮の形に合わせて駆逐艦寮が建てられている。

右側にはもちろん受付がある。

 

「すみません、夕張の部屋ってまだ210で大丈夫ですか?」

 

受付の艦娘はどうやら文庫本を読んでいたようだ、慌てて閉じて顔を上げる。

 

「ん?あらー、あらあらー。寅之助ちゃん久しぶりねー。」

「龍田……久しぶりだな。」

 

めんくらった寅之助はたじろぎ目を見張った。

 

「生きてまた会えて、元気そうで何よりだ。」

「ええそうね、ちゃんとやれてるわー。」

「そうかそうか良かった。本当に良かった。」

「それで、また夕張ちゃんかしら。」

 

龍田が長い睫毛の目を細める。

 

「ああ、そうだ。部屋は同じで良いな。」

「おんなじよー。」

「そうか、ありがとう。」

 

言うなり寅之助は踵を返す。

後ろにビスマルクが続いた。

龍田はその様子を細めた目をさらに細めて見つめていたがやがて手元の文庫本に向き直った。

 

「ねぇ」

 

受付から遠ざかるビスマルクは心なしか早足だ。

 

「ものすっごい視線を感じるんだけど。背中が焼けそうなくらい。あんたあの子と何があったの?」

 

前を直視し冷や汗を流しながら事はやに捲し立てる。

 

「顔向けて話してる時もなんか凄い威圧感があったし。」

「ああ」焦るビスマルクに対し寅之助はあっけからんと答える。「これ本人の了解無しに喋って良いのかな。まぁ軽くならいいか。俺が昔ここに居たって話はしただろ。」

「ええ聞いたわ。」

「その時龍田は問題を抱えていてな。それを解決したのが俺なんだよ。」

「何それ、あなたのヒーロー自慢?」

 

階段に差し掛かり龍田の視線から逃れたビスマルクは余裕が出ていた。

 

「お前が聞いたんだろ。これ以上詳しくは話さないから今度直接龍田に聞いてくれ。」

「そう。」

 

それっきり二人とも口を閉ざした。

 

210号室、住民は夕張。

横須賀にいた時代からのゲーム友達であった。

 

「夕張ぃー!」

 

無遠慮に扉を叩く。

 

「あんた、いきなりどうしたのよ人が変わったみたいに。」

「こうでもしなきゃ出てこないんだよ。起きてればヘッドフォンしてゲームしてるし寝てたら起きないし。」

 

扉の向こうから何か大きなものを倒す音の後悲鳴が聞こえた。

 

「おい、大丈夫か?」

 

鍵が掛かってないことは知っていた。

何の躊躇いも無く開けると半裸の夕張が転がっていた。

ビスマルクにケツを蹴られた。

 

・・・

 

「いてぇ。」

 

ビスマルクの見事な横蹴りによって後から骨にじわじわと痛みが広がっていった。

 

「ほんっと有り得ない、クズよクズ。大体あなたノックしたでしょう。」

「まぁまぁ、ビスマルクさん落ち着いて。」

「夕張!?何であなたがそっちに着くのよ。」

「えぇ!いや、それは…。」

「見慣れてるし、見慣れられてるからな。なぁ夕張。」

「うーん、そうね、そんな感じね。」

「…………」

「…………」

「…………」

 

おや?予定ではここでもう一発蹴りか拳が飛んでくる筈であった。

そう思ってビスマルクの方を見る。

耳まで赤くして俯いていた。

なるほどこいつはそう言う奴か。

……めちゃめちゃ弄りがいがあるじゃないか。

そう思ってニヤニヤしていたら夕張が一歩身を引いた。まぁ当然である。

 

そこからはいつもの夕張であった。

数本テレビゲームをしたり数時間経ってやっと復活したビスマルクを交えてボードゲームをした。

そうこうしているうちに既にとっぷりと日は暮れていた。

そのまま3人で食堂へ行き夕飯を食らいその場で解散となった。

夕張とビスマルクはすっかり打ち解けられたようだった。

ビスマルクは新人であるため友達も皆無と言って良かっただろう。

夕張という友達ができて本当に良かったと思う。




もう一回分くらい横須賀に滞在するかと。


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灯台守が訪問者2

後付けのプロットを無理やり考えたりしていたので今回はモリモリです。



夜の帷が降りて建物の窓からはカーテン越しの灯りが漏れている。

数ヶ月前まではこの時間、午後8時近くなっても明るかったが秋口に差し掛かり見てわかる程に日が短くなっている。

 

実にこの時間帯はする事に困る。

先ほどまで一緒に居たビスマルク、夕張とは既に別れていた。

ビスマルクは夜間演習が夕張は工廠に用があるそうだ。

 

今から基地を出て外に行ってもいいが特に外に見たいものがある訳でもないから始末に困る。

あてがわれている部屋も馴染んだもので特に何も置いてないのを知っていた。

そんなわけで寅之助は手持ち無沙汰に基地の中を歩き回っていた。

どこか適当に時間を潰せるところは無いだろうか。

そう思いながら基地内をフラフラと歩き回って既に15分経過しようとしている。

日が落ちて再び風向きが変わっている。

陸海風はいま陸の喧騒を沈黙の海へと吹き流していた。

 

そいつが現れたのはちょうど士官棟のあたり。

士官棟周辺はそれなりに背が高い建物が多くビル風の容量で煽られた風邪が強く吹く。

風上から顔を背けたときだった。

無表情に少し下を俯き猫背気味なそいつを寅之助は見逃さなかった。

 

「やぁやぁ、今日もお疲れ様秘書殿。」

 

敏腕秘書官 山並京介(やまなみきょうすけ)

 

「寅之助、君は全然疲れてなさそうだな。腹立たしいぞ。」

 

普段はよく通る年齢にしては高い声も今は覇気が全く感じられない。

幸薄そうな顔はそのままイメージ通り何かと振り回される、寅之助も山並だけは遠慮なく振り回せた。

 

「そんな事はない、一日中ビスマルクに振り回されて疲れている。」

 

少しどころか、かなり盛って伝える。

途中からビスマルクは完全にただの腰巾着だったため振り回したのはどちらかと言うと寅之助の方である。

 

「振り回すのがあのレベルの美女なら本望だろ。」

 

眉を顰めて声も一段と低くなっていく。

さて本題だ。

 

「ところで夕飯はもう食べたのか?」

「食べてないけど、食べていても無理やり連れていくだろう君は。」

「よく知ってるじゃないか。」

 

と言うわけで鳳翔さんのところに行く。

寅之助と山並、久々のサシであった。

 

・・・

 

居酒屋、というよりも小料理屋。

酒も出しているが料理が絶品であるためどうしても箸が進みすぎる。

寅之助と山並は四人がけのテーブル席に向かい合って座っていた。

 

「おっさんは相変わらずなのか?」

 

本人が居ないところに限らず寅之助は横須賀基地司令である五境(ごきょう)の事を“おっさん”と呼んでいた。

 

「相変わらずだ。」

 

横須賀基地内に置いて五境は恐れられている。

いや、恐れられているよりも畏れられているの方が正しいかもしれない。

過去の実績と今の役職がどうしても不釣り合いなのである。

その指揮を受ける側としては丁度大学でノーベル賞を取った教授の授業を受ける感覚に似ている。

その為かよそよそしい部下の態度が五境の密かな悩みの種であるのだが、寅之助はおろか山並であってもその事は知らない。

 

「なんでいつまでもあそこに居座ってるんだろうな、あの人。早く霞ヶ関行けば良いのに。」

「その話毎回してるぞ。」

「そうか?そうかもな。」

 

他愛の無い取るに足りない言葉の応報が幾らか続く。

 

「そう言えば今日人が少なくないか?」

 

この時間普段であれば店は混み辺りから大声が溢れている。

 

「今は遠征中でな。基地内の戦力は最小限だ。」

「となると第3回目だな。」

「ああ、そうだ。予定では明日の朝に帰ってくるぞ。」

「待てよ、今日帰ってくるなら灯台に俺がいないのはまずいんじゃないか?」

「お前がいなくても妖精が動かすだろ。」

「……それもそうだな。そう考えるとそうか、やっと3回目か。」

 

1回目の遠征は吹雪が寅之助を訪ねる少し前。

2回目の遠征は朝風が来た時である。

今日はその3回目であるらしかった。

 

「今回の目的地はどこなんだ?」

 

寅之助は本来海上自衛隊にとっては外部の人間である。

しかし、灯台守と言う職務に五境との仲が相まってある程度海自内部の事情に精通していた。

 

「沖縄だ。」

「輸送任務か。」

「うん。」

「ふーん。」

「多分君が会った事ある娘たちも出てるぞ。」

「え、マジ?」

「うん、吹雪と最上、後は秋雲も出てるな。」

「ちょっと待て、何でお前がそれを把握している?」

「何でって、艦娘の行動は非番でも事細かに記録する事になってるからな。」

「そうか…。」

「そうだ…。」

「お前も大変だな。」

「本当にその通りだよ。」

 

今、海上自衛隊が行っている艦娘を使った作戦は遠征のみで、出撃は行っていない。

そもそも、人類と深海棲艦の戦いは瀬戸内海が日本の管理下から離れて以来膠着状態にある。

深海棲艦はどうも海中や海上にある人工物をその攻撃の対象と選んでいるようであった。

その為、散々危ぶまれていた陸上への攻撃や上陸、侵攻などと言った事は起きていないのだ。

一時はデマや憶測が飛び交い海岸沿いの街から一気に人が消えた事もあったが徐々に人々は元いた地域に戻りつつある。

それでも今日本一の人口を誇る都市は甲府であった。

 

しかし既に海は人外の手に落ちている事は変わらない。

通行する船はおろか海に掛かる橋でさえ攻撃される。

この状況を打破する為、果ては深海棲艦を撃退する為日本が打った最初の手が遠征であった。

 

「つまりなんだ、そこに満面の笑みで立っているそいつは悲しくも今回メンバーから外された訳だな。」

 

寅之助に言われた山並さっと後ろに振り返った。

 

「なっ!その言い方心外なんですけど。」

「赤城…。」

「殿畑さん酷いです。仕方ないじゃないですか、私たち空母は夜は役に立たないんですもん。」

 

赤城は精一杯抗議の声を上げながら山並の隣の席に着く。

そんな声を無視した寅之助はいつも通りの声をかける。

 

「久しぶりだな赤城。」

「お久しぶりです。」

「待て待て」待ったをかけたのは山並だった。「お前夜間演習は?」

「交代になりました、翔鶴と。」

「翔鶴と?え?なんで?」「翔鶴って初めて聞くな、どんな奴だ?」

 

赤城の暢気な一言に寅之助と山並が同時に口を開いた。

 

「順番にお答えするので待ってください。まずは京介さんです。」

 

そう言って横を向く。

 

「どうやら司令からのお達しみたいです。京介さんの仕事をやりやすくする為だとか。それで私気になって貴方を探してたんです。まずは部屋に行ったのですが居なかったのでこっちかなと。そうしたら殿畑さんの声も聞こえたので、ご一緒させて貰おうかなと。」

「なるほど、そう言う。悪いがな赤城、その仕事はついさっき終えた。」

「あら、そうなんですか。じゃあ遠慮なくご一緒できますね。」

 

寅之助にはさっぱりであるが、どうやら山並には合点が行ったらしい。

山並の仕事とやらが気になるが海自には海自の事情がある、あまり深入りすべきでも無いだろう。

 

「殿畑さんは翔鶴についてですよね?」

「うん?あぁそうだ。」

 

と、唐突に寅之助に話が振られた。

 

「彼女は殿畑さんがここを離れたちょっと後に来た正規空母です。いい子ですよ。何というか、お淑やかと言うか。」

「ふーん。まぁ今度あってみればわかるかな。」

 

寅之助がそう漏らすと赤城は一拍置いた。

 

「さぁ、お二人とも。他に聞きたい事は?」

「「ない。」」

「よろしいです。あ、わたしこれ食べたいです。」

 

赤城はそう区切りをつけると、意気揚々と注文を始める。

それに続いて寅之助と山並も追加で料理を注文する。

 

さて、赤城である。

寅之助が横須賀基地で研修を行っていた時期からの基地付きの艦娘である。

そして何を隠そう、山並と付き合っている。

当時まだ一介の事務員であった山並はその事務処理能力と赤城との付き合いがあって五境の秘書に抜擢されるのである。

どうしても艦娘を戦力として活用する上で橋渡し役が必要であったのだ。

 

「ほら、京介さん。あーん。」

「やめ、おま、恥ずかしいからやめろって。」

 

などと言って寅之助の前でイチャついている。

 

「いいじゃないですか。どうせ殿畑さんしか見てないじゃないですか。」

「そう言う問題じゃなくて…。」

 

面白くなってきたと言わんばかりに寅之助は茶々を入れる。

 

「そう言う問題だぞ、赤城、もっとやったれ。」

「はい!ほらほら山並さん。殿畑さんは私たちをくっつけてくれた謂わばキューピットじゃないですか。そんな人の前で恥ずかしがる事無いですよ。」

「そうだそうだ。」

 

全員少しずつ酔いが回ってきて箍が外れだす。

 

「わかった、わかったから。ほら。」

 

遂に折れた山並が赤城の差し出す箸に口を付ける。

と同時にシャッター音がなった。

赤城と山並が揃って寅之助の方を振り向く。

 

「毎度ありぃ〜。」

「なっ、ちょ寅之助!消せ今すぐ消せ。」

「そうですよ、殿畑さん。恥ずかしいです!」

 

口々に寅之助を責め立てる。

 

「消せと言われて消す奴が居るかよー。赤城には後で送ってやるからな。」

「おい、てめぇ。本当にマジで。赤城もそんな甘言に騙されるなよ。」

「………きっとですよ?」

「約束する。」

「赤城いいいぃぃー。」

 

気の抜けていくような山並の断末魔は尻切れトンボのごとく酒気に紛れて虚空へと消えた。

 

・・・

 

呑んだ夜は何度もトイレに起きる。

これは多分寅之助だけでは無いはずだ。

酒は利尿作用の塊である。

そのため水分補給と言って酒を飲むのはより一層体内から水分を排出させる行為であるため危険だ。

山並、赤城のカップルとはあのまま一緒に飲み続け日が変わる前辺りで解散となった。

それから一人充てがわれた宿舎に戻り寝ようとしていた。

しかし、今夜もご多分に漏れず寅之助は何度もトイレに起きていてやがて寝るのがめんどくさくなってぼーっとただ白む空を眺めていた。

 

丁度5時を半刻程回っていただろうか、寅之助の携帯電話が鳴った。

出てみると灯台付きの妖精であった。

 

『あ、よかったです。ちゃんとかかったです。』

「おう、どうした。」

『しょうとうきょかをおねがいします、だいちょうさん』

「了解した、消灯を許可する。」

『ありがとうです。』

 

切れた電話から耳を離す。

そう言えば今日は遠征隊が帰ってくると言っていた。

どうせこのままここに居ても暇だし散歩がてら出迎えにでも行こうかと思い立った。

 

日の出前の海は良いものだ。

街の喧騒は無く、ただ海鳥の鳴く声と波の音がこだます。

最も岸壁だらけの基地内で波の音は聞こえない。

外に出た寅之助はまだ暗い道を一人歩いていた。

道端の街頭は一人迫り来る朝日に立ち向かうかのようにまだ煌々と光っている。

そう言えば艦隊の具体的な帰投時間を聞きそびれていた。

 

「あぁ、やらかしたな。」

 

と、一人ごちる。

横須賀基地において艦娘が帰投する岸壁は決まっている。

そこで待っていればいずれくるだろうと言う希望的観測に身を任せることにした。

 

到着した艦娘用の岸壁にはまだ誰も居なかった。

どうやら完全に早過ぎたようだ。

寅之助は近くにある自販機でコーヒーを買うとその横のベンチに腰を下ろす。

岸壁には数羽のカモメが止まっている。

どこからかコーンコーンと言う何かを打ち付ける音が響く。

その音に混じって見知った声が聞こえた。

 

「あれ、寅之助じゃん。こんな所で何やってるの?」

 

夕張だった。

 

「どうにも寝付けなくてな遠征の出迎えでもしようと思って。」

「成る程。」

「夕張は?」

 

そう聞き返すと、夕張は後ろを指さした。

 

「その遠征の子達が使った艤装を工廠まで持ってくのよ。」

 

なるほど。

昨日の夜の用とはこれのことか。

 

「その準備に一徹を要したのか?」

「そうよ。」

「となると、昨日訪ねたのは迷惑だったのか?」

「いや、あの時間部屋で寝てたら完全に間に合わなかった。ある意味助かったわ。」

「そう言う事なら。」

 

良かった。

 

「何時に帰投予定なんだ?」

「後30分くらいかしら。………まさか貴方、帰投時間知らずにここに居たの?」

「……そうだけど。」

 

夕張は“はぁ”とため息をつくと被りを振る。

 

「全く、いつも変わらないな寅之助は。」

「俺もそう思う。」

 

“ずずっ”と寅之助がコーヒーを啜る音が再び沈黙を作り出す。

しかし、その静寂も山並が赤城に引き摺られて来たことで破られた。

 

「ほらほら、しっかり歩いてください。もうすぐですよ。」

「ううう、気持ち悪い。」

「ほら、殿畑さんも夕張さんももう来てますよ。」

「そんなん知るか。」

 

ふらふらと足元のおぼつかない山並を赤城が半分背負っているような構図である。

すかさず寅之助が反応した。

 

「赤城動くな、いま写真撮ってやる。」

「なっ、ちょい待て、離せ赤城俺が悪かったちゃんと自分で歩くから許して。」

「別に私は怒ってませんよ?寧ろ久々に頼ってくれたような気がして嬉しいです。」

「じゃあ離せ、頼むから。」

「嫌です。」

 

無常にもまた寅之助のスマホからシャッター音が鳴った。

 

山並と赤城の到着により岸壁は賑やいでいった。

彼らを皮切りに多くの艦娘や職員がやって来たのだ。

さながら授業参観に来た父母の様相を呈している。

最も多くは寅之助の知らない人々であり、向こうも寅之助を一職員だろうと思っているみたいであった。

そして(まさにその通りであるのだが)重役出勤とばかりに最後に基地司令、五境が現れた。

 

「気をつけ!!」

 

誰かが声を上げた。

思い思いに話していた集まっている面々も黙って背筋を伸ばしている。

五境が敬礼をした手を下ろした時再び号令が飛ぶ。

 

「直れ!」

 

緊張した空気が一気に弛緩した。

再び話し声が出始めた。

五境は集まっている人間や艦娘からの挨拶に答えながら寅之助の方にやってきた。

 

「おはよう、寅之助クン。よく眠れたかな。」

「おはようござます。いつも通りでした。」

「そうか。」五境は寅之助から目を離し山並見る。「いつも通りか。それは良かった。」

 

やはり顔色の優れない山並はむりくり微笑んだ。

 

五境が来てから十数分後、誰かが水平線を指差して“来たぞ!”と叫ぶ。

集まった頭が一斉に海を見た。

確かにその先にはゆらゆらと人影が踊っている。

時間とともに人影は大きくなりやがて形がはっきりしてきた。

それと共に周囲から拍手や歓声が上がる。

中には指笛を吹いている者もいた。

 

旗艦である軽巡洋艦を先頭にして吹雪や最上など寅之助の見知った艦も見られる。

五境は気付いたら陸で待つ集団の先頭に出ていて岸壁には着眼する艦娘を迎えていた。

陸に上がろうとする艦娘たちが伸ばした手を五境がしっかりと握り陸に引き上げる。

陸に上がった艦娘は背負っていた艤装を外しそれを夕張がそそくさと回収していった。

隊列の最後に居た最上が五境に引き上げられると同時に更に歓声が上がった。

仲間たちに囲まれた最上は明るく微笑んでいる。

 

「殿畑さん。」

 

赤城が前を向いたまま喋り出した。

山並はその横でベンチに腰掛けて項垂れながらダウンしている。

 

「これを貴方に見せるのが昨日の京介さんの仕事でした。」

「仕事?」

「ほら、私がいるとスムーズに進むって。」

 

そう言えばそんな事も言っていた気がして“ああ”と声が出た。

 

「五境さんは、いや、私達はこれを貴方に見せたかったのです。」

 

赤城は寅之助をまっすぐ見据えて続ける。

 

「これからですよ殿畑さん、これからなんです、私達は。」

 

“だから”と、そう言って赤城は再び前を向く。

 

「いつかまた、戻ってきてくださいね。部屋はいつも通りあの場所にありますから。」

 

言われた寅之助は散る気配の無い人集りを見つめながら小さく、けど確かに。

 

「そうだな。」

 

と呟く。

 

「いつかな。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

因みに。

遠征艦隊の出迎えがあった朝。

ビスマルクは部屋で点呼ギリギリまで寝ていたらしい。

後で夕張から聞いた話であった。




次から観音崎に戻ります、きっと
2021 2/3 誤字訂正 報告本当にありがとうございますm(_ _)m
新規投稿に合わせて登場人物整理も随時新しくしてるので覗いてみてください


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10人目

ついに二桁!10人目です。

自分でもこの短いスパンで書き切ったことに驚いています。

こっから休みなんでペースあげていきますよぉ(多分)



灯台下暗しという言葉がある。

とにかく、観音埼もご多分に漏れず灯台の側といえど夜は暗かった。

周囲に民家は無く小高い丘の上に海に突き出す様に立っている灯台は孤独の局地とも言えた。

波打つ音と終わる夏を運ぶ海風が網戸をすり抜けてきた。

だいぶ風も冷たくなった。

 

この季節の風は不思議な匂いがする。

いや、この季節というよりも季節の変わり目の風といった方がいいかもしれない。

春も同じような匂いがする。

日本の学校の学期の始まりは春であるが欧米ではそれが秋であることが多い。

日本にとって春が出会いの季節であり、それに因んだ陽気が風に乗るのだとしたら秋の陽気は偏西風にでも乗って遥か海の向こうから来るのかもしれない。

 

と、したところまで思考を巡らせて寅之助はふとそのくだらなさに辟易したように溜息をついた。

どこかで虫が鳴いている。

上を見れば半月が輪を伴って浮かんでいた。

その月も回る灯台の光によって見えたり見えなかったり。

点滅を繰り返していた。

 

こんな日はナイトランと称して自転車で深夜徘徊をするに限るのであるが、今日はどうも灯台付きの妖精たちがそれを許してくれなかった。

どうしても居てほしいらしい。

ついこの間ほぼ一日中外でウロウロしていたのを根に持っているのかもしれない。

 

もう既に慣れたとは言ってもこのように暗い中、一人でいることに何も思わない寅之助でも無い。

誰でもいいから誰か話し相手がほしいところである。

なんなら話さなくてもいいただ隣に居るだけでもいい。

そう、例えば…例えば…誰が良いだろうか。

鳳翔さんが居れば月と波も音と虫の音を肴に何かお酒でも飲んでいたかもしれない。

最上であれば黙って座っているだろうか、それとも何かゲームでもしているだろうか。

ビスマルクは一人で延々と喋っていそうである。

多分あんまり無視しすぎると怒り出すだろうか。

 

ああ、良くない、良くないぞ。

あんまり考えると余計寂しさが増す。

普段考えないようなことまで思考が巡る。

孤独、暗闇は人をおかしく変容させる、深夜テンションと言うやつである。

 

しかし俺は孤独を愛すからこそこの不毛な仕事についてるのでは無かったのだろうか。

自分は孤独がいい、孤独を愛するとそう言い聞かせてきたはずである。

上司にゴマをするかのごとく現実にゴマをすってきた。

今更戻れない、戻りたくない。

 

ちょうど寅之助が窓から離れてとこに着こうとしたその時であった。

 

「あのー。ごめんくださーい。」

 

今最もほしくて、いつも最もほしく無いものが現れた。

訪問者である。

 

 

 

阿賀野

 

 

 

「ごめんなさい、道に迷っちゃってー。」

 

などと言いながら女は毛恥(けは)ずかしそうにはにかんだ。

やたらに高いそれでいて耳に付かない声だった。

黒い質量のある長髪は真っ直ぐ腰まで垂れ、何も考えていなさそうな深青色の瞳は細めた目のうちから存在感を放っている。

 

「む、むむむ。今すごい失礼の感じがしたんですけど。」

「気のせいだろ。ええっと。」

「あ、そう言えばまだだったね。最新鋭軽巡、阿賀野でーす。」

「…そうか、殿畑寅之助だ。」

「殿畑さんですね、よろしくお願いしまーす。」

「ところで阿賀野。君はあれかな、横須賀の娘かい?」

「はい!本日付で!」

「うん?…なんだって?」

「横須賀の基地には今日からお世話になる予定でした。」

 

なんと、横須賀に配属になって1日と経たずにここまで来たのか?

そうであるならいいのだが、もし違うとすれば。

……大変だぞ。

 

「それで、君は、もう横須賀の基地には挨拶に出たのかな?」

 

最悪の事態を想定した寅之助は恐る恐る尋ねる。

そんな彼の心象もどこ吹く風、阿賀野はあっけからんとあまりに軽く答えた。

 

「いいえ、まだですよー。」

 

それは、不味くないかい?

 

・・・

 

取り敢えず横須賀に電話した。

出たのは事務員であった、数分して山並(やまなみ)まで回った。

向こうも大変だったそうだ。

このすっとぼけたお嬢さんの到着予定時刻は17時であったようで、それを遅らせる事3時間、やっと消息が掴めた次第であるようだ。

迎えの車がここまで来るそうだ。

 

当の本人は呑気に鼻歌なんかを歌ったりしていた。

上空の雲が流れて月を隠した。

 

「今日から横須賀だと言っていたな。」

 

そんな寅之助の言葉に阿賀野は大仰に目を瞬かせた。

 

「そうだよ。」

「ではその前はどこに?」

「うーんとね…滋賀。教育隊だよ。」

 

なるほど新人であった。

各基地に艤装の建造と整備を行う設備は一通り揃っているが、人員はどうしようも無い。

特に艦娘ともなるとその訓練には時間を要した。

 

元来艦娘の訓練を行っているのは呉のみであった。

しかし戦況が悪化してついには瀬戸内海が敵の手に落ちると、ついぞ新人訓練をする場所が無くなったのである。

そこで艦娘の訓練のみは琵琶湖で行うことになった。

船の建造はどうしても海に面するところでなければならないが。

艦娘は大きさが人並みだし、人間と同じように陸上移動もできる。

海上自衛隊が護衛艦や空母中心の戦略から艦娘中心の戦略に転換したのもこのためであった。

いや、転換せざるを得なくなったと言う方が正しいかも知れない。

なんたって未だに深海棲艦に護衛艦の攻撃が通用すると思っている輩も居るのだから。

それが海自内の者からな発言であるから驚きだ。

今艦娘の訓練は滋賀県の琵琶湖と徹底抗戦の末漸く取り戻した青森県の陸奥湾で行われていた。

ついでに青森は今、唯一の造船ができる土地として大いに人が集まっているようだ。

 

「陸奥には行かなかったのか?」

 

そう寅之助が疑問に思うのも無理はない。

琵琶湖は淡水で陸奥湾は海水である。

安全な琵琶湖で一通りの訓練を終えてから陸奥で海水に慣れると言うのが訓練生の通る道だった。

 

「なんか人手不足なんだって。でも阿賀野は寒いの嫌だから良かったな。」

「そうか、それは確かにそうだな。」

 

ふと、と言うには少し語弊がある。

ちょっと前から少し違和感は感じていた、それが言葉になって口をついたのが今に過ぎなかった。

寅之助は続ける。

 

「ところで君。僕が部外者だって事忘れてるよね。」

「え?灯台は部外者じゃないでしょ。」

 

寅之助が驚く番だった。

いや、思えば一回も順番は変わっていなかった。

驚いてるのはずっと寅之助のみであった。

 

「数日前、阿賀野が滋賀をはなれる前日だから…

三日前かなー?灯台会は完全に海自に移ったんだよ。」

 

言われて寅之助は咄嗟にパソコンの画面を睨み出した。

マウスのウィールが慌ただしく回っている。

果たしてそれは発見された。

確かにそこには灯台会の管轄が海保から海自に完全に移る旨、またそれに伴う事務的な手続きなどが長々と記されていた。

 

しまった完全に見逃していた。

こんな、組織に関わる、重要なことを、見逃していた。

 

「ありがとう、阿賀野。」

「うーん?よくわかんないけど、どういたしましてー。」

 

さて大変なことになった。

数日中に必要書類を全て完成させなきゃいけない。

これは寝れないぞ。

などと思案していたら、腹のなる音が聞こえる。

阿賀野が真っ赤になっていた。

 

「ち、違うわよ。阿賀野じゃない、阿賀野じゃ無いから。殿畑さんお腹空いてるなら阿賀野が何か作ってあげようか?」

 

このレベルに見えすいた嘘はどうにも気持ちがいい。

 

「なんか摘めるものいるか?」

「お菓子くれるの?」

 

変わり身が早いこって。

 

「棚探してみてあったらな。」

「やったー。」

 

・・・

 

バリボリと煎餅が砕ける音だけが無言の部屋に響いていた。

たまたま棚の奥底で眠っていた煎餅を引っ張り出してからの阿賀野は鬼神迫る勢いで貪り出した。

寅之助はそれをみて呆気に取られていた。

言ってしまえば引いていた、声も出ない程に。

 

「そんなにお腹空いてたの?」

「もがっ!もっご、ごごぐごがぐご…」

「待て待て、わかった俺が悪かったからまず飲み込め。」

 

ぼろぼろと破片が溢れて阿賀野の胸元に溜まる。

いかん、目に毒だ。

そう思った寅之助はお茶出すからと言って席を立つ。

麦茶を入れてテーブルに戻ると阿賀野は胸元から破片を拾い集めて口に運んでいた。

無意識のたわわごっこは終わったようである。

 

「ありがとう!」

 

ああ、笑顔が眩しい。

改めてと心の中で呟く。

 

「そんなに腹減ってたのか?」

「だってお昼から何も食べてないもん。」

「なるほど、午後はずっと道に迷っていたんだな」

「ずっとじゃないわよ、半分くらい?」

「あっ、おいそれは明日の朝メシだからやめて。」

 

煎餅を即座に完食した阿賀野は机の上の菓子パンに手を伸ばしていた。

寅之助に嗜められて頬を膨らます。

 

「悪いがもうここにおよそ食料は無いぞ。明日買い出しの予定だったし。」

「えーーー!ここなら美味しいものあるかなって思って来たのに。ケチ。」

「食料を期待していたならさっきの腹の虫の誤魔化しはなんだったんだよ」

「あ、あれはフェイクよ。」

 

何を言っているのだか。

 

「もう少しで迎えの車が来ると思うから。帰ったら基地でちゃんとしたもの食べなさい。」

「はぁーい。」

 

寅之助は気のない返事をする阿賀野を見ていたら何か言いようのない違和感に襲われた。

なんだ、何かがおかしい。

そう思って部屋を見回したり、外を見たりするが阿賀野の存在以外何も変わらない。

気のせいだろうか。

 

・・・

 

それから数十分寅之助は必死で移行の為の書類を書き上げている。

ちょっと奮発して買った青軸メカニカルキーボードの乾いた、爽快な音のみが場を支配していた。

阿賀野は本棚の漫画を手に取り寅之助の許可のもと読み始めてから微動だにしていない。

先ほどから寝息が聞こえてきたから寝ているようである。

 

寅之助はぐぐぐっと両手を上にあげて伸びをする。

固まっている筋肉が解れて気持ちがいい。

そのまま脱力すると視界にモヤがかかり頭がぼーっとする感覚がした。

貧血に近い。

疲れている証拠だった。

後ろ首を両手で揉み解すようにして抑える。

 

「ちょっくら灯台を見てきますかね。」

 

ソファの上で寝ている阿賀野にタオルをかけると独り言を言い静かに外へ出た。

相変わらず波の音だけがこだましている。

退息所から出て右側、数段の階段を下った所に灯台本体は根を張っている。

重い入り口の扉を開けて中に入るとちょっとした物置のようなスペースになっている。

そこから上に伸びる螺旋の階段こそが灯台の心臓部、光源に向かうものである。

狭い、一メートルにも満たない幅の階段は灯台を中心に数周して登るものを上に届ける。

 

「お疲れ様ー。」

 

そう言って光源の下のちょっとしたスペースに顔を出すと、何人かの妖精がトランプをしていた。

妖精の手に合うように作られた特注品である。

 

「あ、とらのすけだっ。」

「よくきたなとらのすけ。」

「さっききてたかんむすにはもうあきたのか?」

「おうおう、飽きたってどう言うことだ。」

「そのままのいみだ。」

 

寅之助は苦笑いで返した。

 

「お菓子足りてるか?大丈夫か?」

「たりてる」

「でもあしたはわからない」

「了解。んじゃ明日は持ってこよう。」

「あのかんむすはみてなくていいのか?」

「まぁ大丈夫だろう。」

「ほんとうかおかしいとったりしないか?とったらあのかんむすただじゃおかないぞ。」

「そうだな、よこすかのやつらとけったくして」

「いくらおかしをたべても」

「おなかがみたされない」

「のろいにかけてやろう」

 

妖精たちは一つのセリフを飲み回しのように言った。

 

「なんだ菓子を食べても腹が満たされない呪いって」

「ふとる」

「ああ、ふとる」

「さいげんなくたべるからな」

 

成る程確かにそれは恐ろしい。

 

・・・

 

少し前。

寅之助が退息所を出た直後あたり。

阿賀野はむくりと体を立ち上げた。

 

「ふふふふ、阿賀野にはわかる。ここにはお菓子の匂いがする。」

 

そう呟くと部屋の中を物色し出した。

とは言っても機密の多いデスクには近寄らず先ほど寅之助が煎餅を引っ張り出した棚のみを探したのは流石に弁えているのか、あるいは本当に菓子の匂いを嗅ぎ取っていたのか。

阿賀野は呆気なく求めるものを探し当てた。

しかしそこには追加のものがあった。

 

「妖精さん用?」

 

そう書いてある付箋が貼ってあったのだ。

 

「ふーん、灯台にも妖精が居るのね。」

 

ここへ来て阿賀野の中では二つの勢力が熾烈な争いを繰り広げていた。

即ちこの菓子を食べようか食べまいかである。

数分にも及び逡巡の後やがて阿賀野はそっと菓子を棚の中に戻した。

 

「タオルを掛けるっていう気概を見せてくれたし、許してあげまーす。」

 

そういうとソファに戻り今度は完全に横になった。

阿賀野、危機一髪。

 

・・・

 

灯台から退息所に戻ると阿賀野が完全に横になっていた。

一度起きたのだろうか。

まぁいい。

 

寅之助は阿賀野にちらりと目を向けるとデスクに戻る。

再びパソコンを立ち上げて小気味打鍵音を響かせた。

 

阿賀野は寅之助がキーボードを叩く音を背に本格的に意識が遠のくのを感じた。

 

それから十数分、寅之助のポケットで携帯が小躍りした。

山並からだった。

 

「はいはい。」

『こんばんわ、殿畑さん。』

「うん?その声は、山並お前裏声でも使ってるの?」

 

電話越しに話している声はどうやら山並ではない。

誰か別人だ。

 

『失礼。私、陽炎型駆逐艦 不知火です。』

 

駆逐艦娘とは思えない低い声だった。

落ち着きを伴った声は威圧感すら感じ取れた。

 

『以後お見知り置きを。』

「ああ…うんよろしく。」

 

寅之助は少し状況についていけずにしどろもどろに答えた。

 

『夜遅くに申し訳ございませんこの度は大変ご迷惑をおかけいたしました。阿賀野はどうしていますか?』

「うん、大丈夫。いまは寝てるよ。」

『そうですか。それではそろそろ着くので起こして下まで来させてくださるようよろしくお願い申し上げます。』

「りょ、了解しました。」

 

過剰に礼儀正しい。

海自がこうも下手にでるとは。

その口調に寅之助も釣られたようである。

 

「ところで、山並は?」

『今運転中ですのでわたしが代わりに。』

「成る程そういうことですか。それでは阿賀野を起こしますので、失礼いたします。」

 

・・・

 

プツッと切れた音が鳴り通話が終了した。

車の中で山並笑いを堪えている。

不知火に釣られた寅之助が面白かったのだ。

喋ったのは不知火だけであったが、スピーカーでその様子は聞き取れていたのだ。

周りの雑音で気づかれるかと思ったが案外大丈夫だったようだ。

 

「悪趣味ですよ、山並ニ尉。」

 

不知火の目は蔑んだ目だ。

 

「そう言ってくれるな不知火。この前の意趣返しだよ。」

 

全くとでも言いたげに不知火は頬杖をつく。

シートベルトが首に食い込み苦しかった。

 

・・・

 

電話を切った寅之助は阿賀野を揺りにかかる。

 

「起きろ阿賀野。迎えが来たぞ。ってうわ、お前よだれ。」

 

手のかかる奴である。

テーブルのティッシュを数枚掴み取るとソファの上に垂れた阿賀野の涎を拭き取る。

 

「あ、殿畑さん。お迎えですかー?」

「そうだ迎えだ。早く起きろ。」

「はーい。」

 

そう言ってむくりと起き上がる。

起き上がった阿賀野の髪は乱れ、服の襟は立ち、スカートは捲れていた。

寅之助はいいしれない苛立ちを覚える。

 

「ったく。おい。これ使って髪とかせ。洗面所あっちだから。」

 

そう言いながら、寅之助はまた違和感に襲われた。

先程と似たようなものであった。

あたりを見回すがやっぱり普段と変わらない。

 

「うー、とかしたよー。」

「そしたらはいこれ。お前のだ。」

 

そう言ってコートを差し出す。

 

「待て待て、襟、襟。鏡見て気がつかなかったのか?」

 

直っていなかった所を折り返す。

 

「いいな、忘れもんは無いな?じゃあ行くぞ。」

 

そう言って阿賀野の手を引いて退息所から出る。

出た時に寅之助は気がついた。

いつもと立場が逆なのだ。

今までであれば鳳翔だったり朝風だったり、自分が世話を受ける側であった。

受けないまでも世話をする方に回ったことは無かった。

ビスマルクは…あれはただ道に迷っただけだったし。

先ほどから感じていた違和感はそれであった。

 

「俺が、他人を世話している…だと?」

 

なんせ水出し麦茶を半腐らせる男である。

その生活力は言うに及ばない。

そう思った寅之助は急に阿賀野が恐ろしくなってきた。

自分にすら世話を焼かれるこの者は一体。

そもそも海自に居ても大丈夫なのだろうか。

などと思案していたららどうやら後ろが疎かになっていたようだ、ふと振り返った時阿賀野は消えていた。

 

はぐれたわけではなかった。

50メートルほど戻ったら阿賀野が海を向いて佇んでいるのが見えた。

 

「おい、あが…」

「殿畑さん。」

 

声が被さった。

 

「ありがとうね。」

「え?ああ、うん。どういたしまして、いいから行くぞ。」

 

寅之助は焦り始めていた。

不知火の声に押されていたのかもしれない。

或いは阿賀野の次の言葉を聞きたくなかったのかもしれない。

おそらく後者である。

 

「私ね、本当は迷ったんじゃないんだ。」

 

声音が変わっていた。

先ほどまでの高い声とは違って、幾らか低い。

でも確かに根本的な声質は阿賀野のもので、それでいて…。

 

「殿畑さん、私は一回も海に立ってない。琵琶湖の波は穏やかで。水が目に入っても滲みないし、髪も肌も服もベタつかない。湖と海とじゃ根本的に性質が違うんだよ。」

「……」

 

寅之助は言われて押し黙っていた。

艦娘の苦労は地上の者たちにはとても察することはできない。

 

「ねぇ殿畑さん、阿賀野は大丈夫なのかな?こんな事半分部外者の殿畑さんだから言えるけど、正直、阿賀野は怖いよ。」

「……」

「一人見慣れない土地で逃げ出すくらいには。逃げ出した末初めて会った人の家で疲れ果てて眠って。」

 

海から九十度回り阿賀野は寅之助の目を見据えていた。

潤んだ目、食いしばった奥歯、赤らんだ鼻は今にも泣き出しそうだ。

 

「ごめんね。殿畑さん。」

「俺は…。」

「いいの、何も言わないで。多分殿畑さんが何を言っても阿賀野は受け入れられないと思う。」

 

そう言って阿賀野は再び歩き出した。

 

「行きましょう、殿畑さん。車来ちゃいますよー。」

 

底抜けに明るい声が蘇っていた。

阿賀野は微笑みながら寅之助の横を通り過ぎる。

 

「おい。」

 

些か鋭い声が阿賀野の足を硬直させた。

 

「いきなり語り出したかと思えば。なんだ、色々言った末何も言わないでだ?」

 

声に怒気がこもる。

 

「俺はここで“はいそうか”と見送れるほど人間できていないのでな。」

 

いつのまにか風が止んでいた。

 

「人の話ぐらい最後まで聞けって。」

 

静かな観音崎の森には寅之助の荒い息遣いだけが聞こえている。

 

「怖いのはいい、当たり前だ、相手は圧倒的力を持った異形の人外だ。逃げるのもいい、強くあれなんてベタなことは言わない。戦っているのは君たちで俺じゃない。」

 

寅之助の口調は穏やかになっていた。

 

「見知らぬ人の家で寝るのはどうかと思うが、愚痴だろうとなんだろうといつでも聞いてやろう。恐らく俺は艦娘の苦悩や苦労なんてこれっぽっちも理解できていない。」

「……」

 

阿賀野は前を向いたまま動かない。

 

「だけど」

「……」

「それでも。」

 

阿賀野はやっと寅之助と目を合わせるように振り返った。

 

「俺はお前がこれから直面するであろう事を知らない。推し量ることもしない。けどこれだけは知っていてくれ。俺は海自をやめてここにいる。」

 

有り体に言えば逃げた。

そうは言うまい、阿賀野も理解しているはずだから。

ただこれでこいつが少しでも救われるのであれば。

それは、ああ、嬉しいことであろうとも。

 

ここまで思い至って急に寅之助は恥ずかしくなってきた。

そそくさと足を進めて寅之助を見つめている阿賀野を追い越す。

先ほど阿賀野が言った通り寅之助は半分部外者だ。

その自分が出過ぎた真似をした。

そう思った。

 

「なによ、半分部外者の癖に。」

 

心を読まれたようでヒュっと延髄が冷える感覚に襲われた。

何か言い返そうとしたが何も言えなかった。

声が(ども)って出ないのである。

押し黙った寅之助に嫌気がさしたのだろうか。

阿賀野が続け様に言い放った。

 

「ねぇ、また来ていい?」

 

その言葉は意外なものであった。

どうやら嫌気がさしたようではないみたいだ。

内心安堵した寅之助はやっとの思いで一言。

 

「いいよ。」

 

振り向かずにそう言った。

雲が流れて月が出てきた阿賀野はきっと月光の中で美しく笑っていたのだろう。

無理やりにそう思った。

 

・・・

 

下まで行くと既に車は来ていた。

それに寄りかかった恐らく不知火が声に似合った眼光で腕を組んでいた。

横には山並が立っている。

 

「お疲れ様です。はじめまして不知火です。」

 

先に口を開いたのが不知火だった。

 

「殿畑寅之助だ。よろしくこれから頼む。」

「ええ、こちらこそ。そちらが阿賀野ですか。」

「最新型の、阿賀野型軽巡洋艦一番艦、阿賀野でーす。よろしくお願いしまーす。」

「よろしくお願い申し上げます。そしたら時間もあまり無いので車にどうぞ。」

「はーい。」

 

そう言って阿賀野は素直に車に乗り込んだ。

 

「じゃあねー、殿畑さん。また今度。」

「おう、また。」

 

不知火もそれに続き寅之助に一礼して助手席に乗り込む。

外には山並と寅之助だけが残った。

 

「すまんね、迷惑かけたな。」

 

山並がわびる。

 

「いいさ、ここ数ヶ月で艦娘の扱いには慣れた。」

「そいつは結構、これ、一応口封じだ。」

「おお!間宮じゃん!マジか、サンキュー。」

「泣きの一個だ。心して味わえ。」

「そうさせてもらおう。」

 

しばし沈黙。

 

「なぁ、阿賀野は…」

 

言いかけた寅之助を山並が制す。

 

「わかっている、最近はそんなに少ないケースでは無いんだよ。」

 

そう言って車内で不知火と話している阿賀野を一瞥する。

阿賀野は後ろから身を乗り出して不知火の肩に手を置いて笑っていた。

 

「そうか。」

 

寅之助の返事は短かった。

山並みは“じゃ”と軽く手を挙げると運転席に乗り込み穏やかに扉を閉めた。

 

「行くぞー。シートベルトしな。」

「「はい。」」

 

阿賀野と不知火の声が被る。

山並は静かにアクセルを踏み込んだ。

バックミラーを見ると寅之助は位置を変えずに佇んでいる。

その様子を見た山並が正面を向きながら言った。

 

「不知火。さっきの電話の録音消しといてくれ。」

「へぇ、どういう風の吹き回しで。」

「いや何、別の意趣返しを思いついたのさ。」

「意趣返し?ってなんですかー?」

「ほう、聞きたいか阿賀野。」

 

海岸線沿いの道に他の車は通っていない。

坂を越えた先の横須賀には少しづつ灯りが戻っていた。

 




阿賀野はあの底抜けの明るさの裏に何かある、はっきりわかんだね。

せっかくの10人目記念なので何かしたいですね。何かして欲しいこととかあります?

2/12 誤字修正&ちょっと書き換え 報告ありがとうございます!あと読み返してて何か違うなーと思ったので少し弄りました。後半部分です。


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