女性不信なのにガールズバンドの面倒を見る事になってしまった (ひろぽん168)
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第1話
「お邪魔しまーす!!」
自室で寝っ転がってゴロゴロしていると、いきなり幼馴染の月島まりながドアを蹴破って突入してきた。ああもう、どうするんだよこんなにして。後で苦労するのは誰だと思ってるんだ。
「……なんか用?」
「一緒にバイトしよう!!」
駄目だ、会話が成立していない。一体どんな思考回路をしていれば、ドアをぶっ壊してこの話に繋がるのだろうか。
「私のバイト先、人が足りてないんだよね。
「人の気にしてる所をズバズバ言わないで欲しいな」
まりなの言う通り、僕は今無職だ。ただそうはっきりと言われてしまうと、僕の豆腐メンタルが粉微塵にはじけ飛んでしまう。
別にバイトする分には構わない。時間だけは無駄にあるのだから、ちょうどいい暇つぶしになるだろう。
ただその前に1つ、大切な事を聞かなくてはならない。
「そのバイト先、女性と関わらなくて済む?」
「うーん、無理じゃないかな? スタッフは女性しか居ないし、何なら客層もほとんど女の子だし」
「却下。そんな恐ろしい所で働けるわけないだろ」
女性がいる時点で、その職場は僕に適合していない。
女の人は怖いよ。ニコニコしていても、裏で何を考えているか分かったもんじゃない。話が弾んでいるようでも、次の瞬間ナイフで刺されてもおかしくないのだ。そんな恐ろしい生物と一緒にいられるわけがないだろう。
「もー、その女性不信直さないと、この先やっていけないよ?」
「別にいいよ。金輪際女性にはかかわらないって決めたんだ」
「なら、私は?」
「まりなはその…… 昔から一緒に居るから女性だと思えないっていうか……」
「ふふっ、面白い事言うね。顔面殴っちゃうよー?」
ほんわかな笑顔で言ってるけどその目はマジだ。だから女の人って苦手なんだよ。
「つべこべ言ってないで行こっか!」
「ちょ、まだやるって言ってな」
「それじゃあレッツゴー!!」
僕が何か言う前に、まりなは信じられない力で僕を引きずり始めた。女の人ってほんと、人の話を聞かないよね。マジで。
「この人が新人の
「…………
無理矢理まりなに連れてこられたのは、彼女がバイトしているライブハウスCiRCLE。そこのスタッフ一同(全員女性)に囲まれて、僕は自己紹介という名の公開処刑を受けていた。
女性に睨まれているという事実は、僕には到底耐えられるものじゃない。気を抜くと失神してしまいそうだ。
こういう時は彼女たちを野菜に見立てるんだ。右から、ニンジン、玉ねぎ、大根…… ちくしょう、なんてスタイルのいい野菜達なんだ! これじゃあ女性と何も変わらない!
「もしかしてまりなさんの彼氏?」
「やだ、すごいイケメンじゃん!!」
ああ、野菜たちがまりなに話しかけている。なんの話をしているのだろう。そんなに僕の自己紹介は駄目だったのか。もしかして服がダサいとか? 勘弁してください、お金は持っていないんです。
「……じゃあ早速、私の仕事を手伝ってもらうよ!」
「えー、ちょっとくらいお話しさせてよー!」
「だーめ! 皆もうあがりでしょ? なら帰った帰った!」
まりなにぐいぐいと背中を押され、スタッフルームへと連れていかれる。どうやら制服などは無いらしく、簡素なロッカールームが広がっていた。
「……ごめんね? いきなりこんな事して……」
バクバクと動き続ける鼓動をおさめていると、まりなが突然そんなことを言い出した。
心配しているのだろうか。僕と目を合わさずに1人ごちる彼女から、普段の活発さは感じない。
「いや、すぐに慣れるさ。気にしなくていいよ」
「……! そっか、よかった」
本当は僕にだって分かっているのだ。こんな事じゃ、この先の人生途轍もなく苦労するなど。そしてそれを見かねたまりなが、陰ながら僕を助けてくれているのだと。
今回も彼女からしてみれば、訓練の一環のつもりだろう。現代人として最低限度の生活を送れるようになるための矯正。
別にそんなもの送れるようになりたいと思わないけど、他ならぬまりなの願いだ。
世界で唯一信頼できる女性なのだから、その望みくらいは叶えてあげたいと思ってる。
僕もいい加減、立ち直らなくてはならないのかもしれない。
「じゃあ早速だけど、今日は受付をしてもらおうかな」
「受付って何するのさ」
「基本的には電話予約の対応と、後は実際に借りにきた人の案内かな」
「僕の所には男性だけ通してくれ」
「それじゃあ週に1回あるかないかだよ……」
なんてこった。世の男子諸君よ立ち上がれ。
「今日は平日だし、そこまでお客さんの出入りもないんだ。予約があるのは1件だけかな」
1件だけならなんとかなりそうだ。それくらいなら僕の精神も、崩壊一歩手前で踏みとどまってくれるだろう。
「常連さんだから、そこまで詳しく案内しなくても大丈夫だよ。気の良い子たちだから、多少失敗しても笑って許してくれると思う」
「子たち、って事は、女子高生かな?」
「そうだけど…… 魁人君って女子高生好きなの?」
「いや、奴らは僕が1番恐れる存在だ。その場のノリで人をいとも簡単に地獄に叩き落そうとしてくる」
「全国の女子高生に謝りなさい」
JK、それは一種の殺戮兵器だ。LINEの返事をすぐに返せなかった、憧れの先輩に告白された、そんなありふれた理由ですぐにいじめに発展する陰鬱な存在。くっ、思い出しただけで冷や汗が止まらない。
「そろそろ来ると思うけど…… っと、噂をすればってやつだね」
まりなの視線の先には、楽しそうに会話をしている女子高生5人組が居た。ドア越しで内容は聞こえないけど、随分と仲が良さそうだ。
ああいう絆が深いグループは特に注意しなくてはならない。誰か1人に嫌われたら最後、まるで親の仇のように一致団結して襲い掛かってくるからだ。接し方には細心の注意を払わなくては……
「いい? Afterglowは2番スタジオです、ってちゃんと言うんだよ?」
「任せてくれ。こう見えて滑舌は良い方なんだ」
「心配してるのそこじゃないけどね」
世間話をしている場合じゃない。きたるべき時に備えて精神統一しなくては。
目を閉じ、まりなの言葉を幾度となく反芻する。イメージするのは最高の自分。
……よし、完璧だ。
「こんにちは! アフターグロウです!!」
「アフターグロウは2番スタジオです」
「す、すごいよ魁人君!! ちゃんとできたじゃん!!」
「あれ? 新しい人ですか?」
「そうなの! 私の幼馴染でね! ほら魁人君、この子がひまりちゃんで、この子が――――」
「あの、まりなさん…… この人何だか様子が……?」
「つぐみちゃんどうかした…… あれ? 魁人君? もしかして気絶して……」
「大変だよ! 救急車呼ばなきゃ!!」
「でもこの人、すごーく満足げー」
「魁人君…… やり遂げたんだね……!」
「感慨に浸ってる場合じゃないですよ~!」
「……変な人」
「あはは! 面白い人だな!!」
わが生涯に一片の悔いなし……!
「あ、起きた?」
「ん…………」
目が覚めると、最初に見たロッカールームに僕は寝かされてた。そうか、あの後気絶して、そのまま運ばれたのか。
「もうそろそろ閉店の時間だから、お手伝いお願いできるかな?」
「……そっか、迷惑かけたね」
まりなは陽気に笑うけど、これが正規のバイトだったら即刻クビだろう。出勤初日に居眠りなんて、到底許されることではない。
「気にしなくていいよ。私が無理矢理連れてきたんだし」
「それでも、だよ。君にはいつも迷惑かけてばかりだ」
「――――――え?」
「……何かおかしなこと言ったかな?」
「いや、まさか魁人君の口からそんな殊勝な言葉が聞けるなんて……」
「グーで殴るぞ」
確かに柄にもない事言ったけど、そんなに驚かなくてもいいだろ。
僕だって感謝くらいするさ。何度も何度も裏切られ、朽ち果てた僕を支えてくれたのは紛れもなく彼女なのだから。
只の幼馴染という理由だけでここまで面倒を見てくれている彼女には、非常に癪だが頭が上がらない。
「……まだ、女の人と話すのはツラいかな?」
「ああ、正直いつ吐いてもおかしくない。何ならさっき、1回昇天しかけたからね」
「そんなにかぁ……」
今でも夢に見るのだ。今まで出会った女性たちの最後の表情を。
皆例外なく、口元を三日月の形に歪め、こちらを見下していた。いつだって、どんな時でも彼女たちは笑っている。
1度裏切られて、そこで見切りをつければよかったのだ。それでも次は大丈夫だと、無駄に諦めの悪さを発揮して、結果見事にトラウマを刻まれている。
鏡を見る度、いつも死人のような目をしているなとこき下ろされた自分の顔を嫌いになる。
テレビを見る度、お前は面白くともなんともないと馬鹿にされた自分の性格を嫌いになる。
本を読む度、何も知らないと馬鹿にされた自分の頭を嫌いになる。
何をしていても、亡霊のように彼女たちが耳元で囁くのだ。
お前は駄目だ、つまらない人間だ、生きてはいけない塵屑だ。今まで散々言われ続けた悪口が、いつまで経っても耳から離れない。
女性は何を考えているか分からない。だから怖い、信じられない。
所詮男女が分かりあうなんて不可能なのかもしれない。
「変われるといいね」
まりなの呟きに、僕は何も返すことができなかった。
それでも、確かに目覚めかけている何かを、僕ははっきりと自覚していた。
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第2話
「では魁人君を、次のガールズバンドパーティの責任者に任命します!!」
「正気かな?」
初出勤から一夜明けた朝、まりなに叩き起こされて連行されて再びやってきたCiRCLE。そこで僕は、死刑宣告をされてしまったのだった。
名前からして地雷だろう。ガールズバンドと銘打っているなら、どうかスタッフもガールズで固めてほしいものだ。
「いやー、我が家の教育方針はスパルタでして。魁人君の女嫌いを治すためには荒療治をするしかないと思いました!」
「僕がいつ月島家の子供になったんだよ。生憎、僕は放っておくことで真価を発揮するタイプなんだ。だからどうか、僕の成長を温かく見守っていてくれ」
「却下です。というか既に通達しちゃったし、今更変えることは不可能なんだよね」
「勝手に決めてくれちゃって……」
まともに会話すらできないのに、複数のガールズバンドを束ねろだって? そんなのできるわけがないだろ。
どうせまた失神するのがオチだ。こういうお祭り騒ぎにはまりなが適任だし、僕は裏で機械いじりでもしていた方がいい。
「こんな気色悪い男に指示されても、反発感しか湧かないだろうさ。今からでも遅くないから、誰か適当なスタッフと交換しなよ」
「大丈夫だよ。魁人君、顔だけは整ってるから」
「ハハハ、君は人のトラウマを抉るのがうまいな」
その悪口は僕が高校1年生の時に経験済みだ。曰く、顔は整っているのに中身が伴わないスカスカ野郎。それが僕らしい。
まぁそれくらいでメンタルブレイクするような僕じゃないけどね。トラウマレベルは精々1といったところか。夜涙で枕を濡らすレベル。完全に平常運転だ。
「とりあえずもう代表者には来てもらってるから、魁人君挨拶してきて」
「もしかしてまりなって、僕の意見聞く気ない? 全部事後報告なら僕の存在意義って無いよね?」
「まぁまぁ、一緒に行ってあげるからさっさと行くよ。皆待ってるだろうし」
「押さないでよ……」
僕の意志は完全に無視され、まりなに背中を押されてしまう。ちくしょう彼女はいつもそうだ。僕の言葉なんてまるで聞く耳を持たない。
「あ、こんにちは!!」
会議室の扉を潜ると、まず目に入ったのは元気よく挨拶をする女の子。
「Poppin'Partyの戸山香澄です! よろしくお願いします!」
「わざわざ来てくれてありがとう! ………ほら、魁人君も挨拶して」
「よろしくお願いします」
戸山さんはどうやら、人見知りをしない性格のようだ。こんな得体の知れない男にまで笑顔で挨拶するなど、並大抵のコミュ力では成し得ないだろう。
だが油断してはいけない。彼女の空気にあてられてこちらから距離を詰めれば、返ってくるのは嫌悪の拒絶だ。それで中学生の時痛い目を見た。その手には乗らないぞ。
「では今日は顔合わせという事で、他の皆も挨拶してもらえるかな?」
まりなの言葉の通り、この部屋には戸山さんの他に4人のJKが居た。先程から脂汗が止まらないのだが、ギリギリ挨拶だけはできそうだ。
「じゃあ次にアタシから! Roselia代表で来ました、今井リサでーす!」
「ちょ、ちょっと魁人君!? 大丈夫!?」
「こひゅ、は」
一発目から大惨事。僕はギャルが1番苦手なんだ。見た目からしてそうじゃないかと思っていたけど、今の話し方で確信に変わってしまった。
彼女らはすぐにキモイだの、うざいだの、息を吐くような気軽さで僕を殺しにかかってくる。今も僕の醜態を見て、内心笑い転げているに違いない。
「……その、アタシ来ない方がよかったかな?」
「いやいや違うよ! ほら魁人君、大好きなビニール袋だよ!! ごめんね皆、この人定期的にビニール袋に顔埋めないとダメな人だから!」
まりなが常備しているビニール袋に顔を突っ込み、過呼吸になってしまった体を元に戻していく。
「すぅー、はぁー……… もう大丈夫」
「はいじゃあ次に彩ちゃんお願いね!!」
「ええっ!? この空気の中でやるの……?」
まりな、ナイスプレイ。さっきの事を有耶無耶にしなくては、これからの人間関係に大きな亀裂が入ることになるからね。
「えー、こほん。まん丸お山に彩りを! Pastel*Palettesボーカル担当の丸山彩ですっ!」
「彼女はアイドルの丸山彩ちゃんだよ。テレビで見たことある?」
「いや、知らないな」
「うわぁ、ショック……」
自称アイドルか…… 小学生の時、自分はアイドルになると言い続けていたクラスメイトを思い出すな。ああいう奴は自分が1番かわいいと信じて疑わず、周りの女性を見下してばかりなんだ。
ついでに他の奴にブスって言われるとその場では笑って誤魔化していたけど、後で僕のお腹に延々と蹴りを入れていた。なんで僕なんだよ関係ないだろ。
「あ、ハロー、ハッピーワールド! 代表で来ました奥沢美咲です。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
「あれ? 魁人君持病の発作は大丈夫なの?」
「別に持病でもなんでもないけどね」
この中で1番、奥沢さんが無害そうだ。多分彼女は、こちらからアクションを起こさなければ何もしてこないタイプだ。多分僕の事も、その辺の道端に転がる石ころくらいにしか思ってないだろう。
逆に言うと、調子に乗って僕から話しかけにいったら終わりだ。表面上は何も変わらなくとも、帰る家が無くなっている事まで覚悟しなくてはならない。
「はいはーい! Afterglowのリーダー、上原ひまりです!! 先日はどうも!」
……ん? もしかして僕に言っているのだろうか。いいや違うか、僕に再会の挨拶をする人は大体金の無心をするか、ちょっとサンドバックにさせてと可愛らしくお願いしてくるかのどちらかだ。
「……ちょっと魁人君? 無視は駄目だよ」
「え? 僕に言ってたの?」
「そうですよ! 昨日受付してくれたじゃないですか!」
「ひっ……!」
一気に目の前まで距離を詰めれられて、つい後ずさってしまった。目の前に顔があると、純粋な恐怖が心を支配する。
普段鏡で見る僕の顔とは、何もかも違う存在。目は死んでいない、肌に艶がある、髪質はサラサラ。僕とは総てが正反対で、それが恐ろしい。
「……僕の名前は国府田魁人。見ての通り、僕は女性が苦手だ。今回のガールズバンドパーティの責任者を任されているけれど、嫌ならすぐにでも言って欲しい。我慢はお互いの為にならないからね」
「まあ、こんな事言ってるけど根は良い人だから。皆仲良くしてあげてね!」
「「「「「はーい」」」」」
いやなんでそうなるんだ。こっちとしては今すぐクビにしてもらって構わないのに。
「今日は責任者との顔合わせという事で、各バンドの代表者だけ来てもらったけど、これからの打ち合わせはこのメンバーでやるからそのつもりで!」
これからこのメンバーで会議を続けなくてはならない。だけどまぁ、意外と何とかなりそうだ。
何人かは僕のトラウマを刺激するけれど、決してレベルは高くない。精々1か2だ。これならだましだましやっていけると思う。
「とりあえず、魁人君は受付に戻ってもらえるかな? 後はこっちでやっとくから」
「ならまりなが責任者でよくない? 僕の居る意味ってないよね?」
「別に居てもいいけど、今から代表者のバンドメンバー全員来るよ。顔合わせだし」
「ボク、オシゴト、ダイスキ。ウケツケ、モドル」
君子危うきに近寄らず。身の丈にあった仕事をしようって事だね!
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第3話
魁人君が退出して少し時間が空いた後、顔合わせと今後の予定のすり合わせの為に来てもらったガールズバンドの皆、総勢25人がこの会議室に集まっていた。
「皆集まってくれてありがとう!」
しっかりと話を聞く態勢になってくれて、何故だか誇らしい気持ちになってしまった。
私も真剣に、彼女達と向き合わないと。
「この度ガールズバンドパーティーの副責任者になりました、月島まりなです! よろしくお願いします」
「さっきも思ったんですけど、どうしてまりなさんじゃなくてあの人が責任者なんですか?」
先程の代表者だけで行われた顔合わせに居合わせた彩ちゃんが、当然の疑問を投げかけてくる。それも当然だろう。面識のない彼を態々責任者とした理由。それは、
「ごめんなさい。それは私の我儘です」
言い終わって、会議室にどよめきが走る。
「もうあった人は分かると思うけど、魁人君はとても女の人が苦手なの。だから皆と接して、それが治ればいいと思っています」
「つまり私たちを利用しているという事ですか?」
「ち、千聖ちゃん! そんな言い方……」
「いいの彩ちゃん。本当の事だから」
彩ちゃんと同じパスパレの白鷺千聖ちゃんが、恐らく皆の意見を代表していた。
「その認識で間違いありません。私は皆を利用して、彼の手助けをしている」
誤魔化しの効かない、私の本音。それを聞いて彼女たちはどう思ったのか。
未だ喧騒の鳴りやまない中、手を挙げた人物が居た。
「Roseliaの氷川紗夜です。個人的な意見ですが、女性が苦手ならば、尚更その方が責任者をするのはまずいのでは?」
「それにあの様子だと、まともに活動できるとは思わないし……」
紗夜ちゃんの言葉に、同じRoseliaのリサちゃんも同意のようだ。
そう、私のしている事は、彼を苦しめている事と同義。それでも、
「彼は元々ああなってしまったわけではないの。中学生の時から、ううん、小学生になる前から、ずっと女の人に苦しめられてきたんだ」
思い返されるかつての日々。見る度に彼は傷ついて、打ちひしがれて。その原因は、全部心無い女性の所為だった。
単に女運がないのだろう。それこそいい人はたくさんいるのに、彼はまるで狙ったようにハズレを引き当てていく。
「だから皆と触れ合ってもらって、この世の中には良い子もいっぱいいるんだって知って欲しいんだ」
今まで接していて思う。彼女たちは良い子だ。彼が出会ってきたクソ女…… あまり性格がよくない女性達なんか、極稀な存在だったって知って欲しい。
「私の大切な人の為に、皆さんどうか力を貸してください」
ずっと一緒にいた、私の幼馴染。こんなの自己満足に過ぎないって分かっているけれど、それでもあの頃の彼に戻ってほしいのだ。
「まりなさんにはお世話になってるし、私たちは問題ありません」
「そんなに大変な人のこと、放っておけません!」
「笑顔になれない人がいるなら、あたし達に任せて!」
次々に続いていく賛同の声たち。ああ、やっぱり思った通り、彼女たちは優しい。
人の温かさに触れて脆くなった涙腺を引き締めながら、私は、これからの予定を伝えるのだった。
夢を、見た。
忘れもしない、桜が舞い散る季節の事。
真新しい制服に身を包んだ君は、危ないよって言っても聞かずに走り回っていた。そして案の定転んで、それでも可愛らしく舌を出して笑うのだ。
親バカ、っていうのかな。君が何をしても、その全てが愛おしい。僕のすべてを捧げても構わないと思っていた。
仕事でミスをして怒られても、友人だと思っていた人間に騙されても、塵屑だと陰口を叩かれても、君の為ならどんな事だって乗り越えられると思っていた。
けれどそんな幸せは続かない。始まったものは、いずれ終わってしまう。
そんな当たり前を忘れて、僕は日々をのうのうと過ごしていたのだ。
―――――死ぬとは思わなかった。
なんだよそれ、おかしいだろう。そんな理屈が通るとでも思っているのか。
そんなくだらない理由で、僕の
許さない、許さない、許さない、許さない。
死ねよお前ら、塵屑だろうが。
どうかあいつらに然るべき罰を。命を奪った罪は、同じく命でしか償えないだろ。
さあさあ死んでくれ、今すぐ死ね。あの子と同じように、惨めに惨たらしく死骸を曝せよ。
―――――当校でいじめの事実は確認できませんでした。
今度こそ、今度こそ本当に、心の底から笑ってしまった。
何を言ってるんだお前らは。そんな筈がないだろう。あの子が意味もなく死ぬとでも思っているのか?
犯人はそこにいるだろう。ふざけるなよ。人の命を奪っておいて、何事も無かったかのように振舞うなよ。
―――――ごめんね? ウチの妹がやんちゃしたみたいで。
あは。あはっ、あはははは、ははははははははは―――
やんちゃ? 人を殺しておいてその言い方はないだろう?
僕の幸せを奪っておいて、そんな程度で済ませるのか?
ようやく分かったよ。僕は馬鹿だ。大切なものを失って、ようやく気が付くことができた。
お前らを信じた僕が馬鹿だったんだ。
思えばずっとそうだった。ずっと騙されて、そして傷つけられて、その原因はいつもお前らだ。
ならば、その結末しか有り得ないのなら。
もう信じない、期待しない。もう何もかも遅いけれど、せめてこれくらいはさせてくれよ。
いつか地獄に落ちたとき、永劫呪詛を吐き続けてやるからさ。
「行ってきます、
もう幾度となく繰り返した、彼女への挨拶。
分かっているとも、君を忘れたりなんかしない。
それでも、君と同じくらい大切なあいつが、僕の為に動いてくれている。それを無下には扱えないだろう?
安心してほしい。君のお兄ちゃんは、今も元気でやってるからさ。
そうして僕は写真の中で変わらず笑い続けるあの子に、無理矢理作った笑顔を向けるのだった。
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第4話
あれほど憂鬱だったCiRCLEでの仕事も、何日も続けていれば手慣れたもので、既に人間関係以外なら何でも問題なくこなす事ができるようになっていた。
「もう魁人君も立派なスタッフだね!」
「まぁね、本気を出せばこんなものさ」
「うんうん、順調に社会復帰してるみたいで……ってちがーう!!」
「どうしたんだよいきなり」
突然発狂されるのは高校生の時に経験済みだ。JK集団が電車の中で騒いでいるのを注意したら、金切り声をあげて掴みかかって来たからね。あれ以来知らない人に声をかけるのをやめたよ。
「当初の目的を忘れてるよ!」
「目的?」
「魁人君が女の人と普通に話せるようになるのが目的なの! 今まで私以外のスタッフとまともに会話すらしてないでしょ?」
「そんなこと……」
思い返されるここ最近の記憶。うーん、別にそんなことないと思うけどな。
「僕的には結構上出来だと思うけど」
「全然できてないよ!? 昨日なんて、折角飲みに誘ってくれたのに断ってたじゃん!!」
「いや、僕なんかが行っても空気が悪くなるだけだと思って」
「なんでそんなに自分を卑下するのさ!!」
逃げる勇気も僕は大切だと思います。
それに僕にだって言い分はある。
「大体、仕事中に無駄話をしちゃダメだろ。お金を貰っている以上、自分の責任は果たさないと」
「それはそうだけど……」
「それに、その気になれば会話くらい余裕だよ」
「……ほんと?」
「勿論」
証明の為、偶々エントランスに腰かけていた少女に声をかける。あれは確か、瀬田さんだったかな?
「こんにちは。今日はいい天気だね」
「やあ、国府田さん。お日様がかくれんぼしているようだけど、確かにいい天気だね」
「そうだね」
「かのシェイクスピアも言っていたよ。避ける事ができないものは、抱擁してしまわなければならない。つまり、そういう事さ」
「ははは、じゃあ僕はこれで」
パーフェクトコミュニケーション。楽しく話せたな。
「どうだった? 僕もやればできるものだろう」
「ぜんっっっぜん駄目だよ!! 今日は思いっきり雨降ってるし、何なら会話が繋がってないし!!」
「そんなことはないだろう。見てくれ彼女の満足げな表情を」
「儚い……」
「相手が悪い! もっと普通の子にしなさい!」
「クソ失礼な事言ってるの自覚してる?」
別におかしくともなんともないだろ。目が合っただけで泣かれるより数倍マシだ。
「そもそもの話、僕なんかと会話をしても相手が気の毒だ。面白い事の1つだって言えやしない」
僕の人生で、誰かを笑わせたことがあっただろうか。いや無いな。愛想笑いならさせるの得意だけど。
「うーん、まずはその自信の無さをどうにかした方がいいのかな」
「まりな、僕は思うんだ。中身が伴っていない自信程虚しいものは無いって。見栄張っても仕方ない。ありのままの自分で勝負するさ」
「それで負け続けてるから言ってるんだけどね」
「ちっ、口だけ達者になりやがって」
「わぁ! 魁人君ブーメラン投げるのじょうずー!」
やいのやいのと言いあっているけれど、実はこんな事している場合じゃない。今日は此処でライブが開かれるのだ。複数のバンドが集まる合同ライブ。ガールズバンドパーティのメンバーからは、ハロハピが出ている筈だ。
「その話は置いといて、とりあえず参加者と軽い打ち合わせをしようか。僕は引き続き受付と環境整備をするから、まりなは出演者の所に行ってきて」
「あっ、良い事思いついた!」
「余計な事考えなくていいから! どう考えてもこれがベストだろ!」
「ハロハピの打ち合わせ、魁人君だけで行ってきて!」
彼女が言い出した以上、その言葉は現実に変わる。やると言ったらやる人間なのだ。僕に拒否権は無い。
本当に、彼女には引き摺られてばっかりだ。
「ハロハピの出番は最後。伝えてもらった構成通りにステージは調整しておくから、安心してライブをしてほしい。では僕はこれで」
「ちょっと待って!」
連絡事項は伝え終わったので戻ろうとしたら、弦巻さんに腕を掴まれてしまった。この子、何を考えているかさっぱり分からないから怖いんだよな。
「笑顔になりましょう!!」
「こう?」
「うわ、こわ……」
「み、美咲ちゃん! ほんとの事でも言っていい事と悪い事があるよ……」
そう言われることは分かっていたとも。ていうか松原さん、フォローに見せかけて僕の事殺しにきてるよね?
「どうしてそんなに怖い顔をしているの? 笑っていた方が幸せじゃない!」
「どうしてそんなに笑っているの? こんなおっさん捕まえて何するのさ。オヤジ狩りはやめてくれよ」
「魁人さん、すっごくカッコイイから大丈夫ですよ!」
「ありがとう北沢さん。でもお金持ってないから無理しなくていいよ」
「ええっ!? はぐみそんなつもりないのに……」
マジ? 僕の事褒めるときってお金を無心する時じゃないの? 大体二の句はお金貸してだった気がする。返ってきたこと無いけど。
「ていうか国府田さん。ちゃんと話せてるじゃないですか。女性不信って聞きましたけど」
「美咲の言う通りさ。もう心配はないんじゃないかな?」
「いや、こう見えて内心吐きまくっているんだよ。気を抜くとホントに出てきそう」
「だ、大丈夫ですか!?」
「松原さん、袋を持ってきてくれるのはありがたいけど、それって中身空っぽかな? 僕の私物とか入れてきてない?」
「こりゃ筋金入りだ……」
ここでバイトし始めて最初に習得したものは、心と体を切り離すことだ。今までの僕だったら、最初腕を掴まれた瞬間に気絶していただろう。
蘇るトラウマを思考の片隅に追いやることで、危機を脱したのだ。見てるかいまりな、君のおかげで僕はここまで成長することができたよ。
「……やっぱり、笑顔が1番よ!」
「そうは言われてもね、無理に笑っても意味がないだろう?」
「なら、はぐみたちのライブを見ててください!」
「かのシェイクスピアも言っていたよ。どうせ歳をとるなら、陽気な笑いで顔にシワを作りたいものだ、と」
「あー、3バカのいう事はアテにならないですけど、見てくれればきっと何か変わると思います」
笑顔、ねぇ。この子たちがどんなライブをするか知らないが、スタッフだし嫌でも見る事になる。
「分かったよ。それじゃあ出番の時スタッフが呼びに来るから、それまで待機していてくれ」
これまた元気な返事を背に、僕は控え室を後にした。
期待とは違った理由で速くなる心臓の鼓動を感じながら、振り返ることもせずに持ち場へと向かったのだった。
「……まりな、1つ聞いてもいいかな」
「え? 良いニュースと悪いニュースがあるけど、どっちが聞きたい?」
「いや、今そういうおふざけをしたい訳じゃないんだ。これ、何?」
「何って、ハロハピのライブでしょ?」
「ライブって、こんなんだっけ」
大トリを飾るハロハピのライブ。それはまるで、曲芸ショーのような様相を呈していた。ステージの端から端を側転で渡る弦巻さん。演奏しつつもそれに追従する北沢さん。そしてキメ顔を所々に挟んでくる瀬田さん。まともなのは松原さんだけだ。
ていうか何で熊がDJしてるんだよ。奥沢さんはどこ行った。突っ込みたい所がありすぎて、何から言っていいか分からない。
一般的なライブとはかけ離れているが、それでもお客さんには好評のようで、今日1番の盛り上がりを見せていた。
「さぁ皆! あたしを運んで!!」
しまいには、満員の客席に弦巻さんがダイブしていた。なんだよこれ、ロックバンドじゃないんだぞ。
「は、はは」
「ッ!? 魁人君が笑った!? ちょ、ちょっと写真撮らせて1枚だけだから!!」
「真面目に仕事しなさい」
つい、心の底から楽しそうな彼女らにつられて笑みを零してしまう。感情は伝播する。そこには呆れの感情もあっただろうけど、きっとそれだけじゃない。
「わぁーー!!」
「うおっ!? つ、弦巻さん? 大丈夫?」
瞬間、こちらに投げられてきた弦巻さんをすんでの所でキャッチする。バンドもバンドなら客も客だ。ちゃんと訓練されてるみたいだ。
「魁人、良い表情してるわね!!」
「知ってるかい? 人は緊張しすぎると変な笑いが起きるんだ」
鏡が無いから自分の顔がどうなっているか見えない。それでもきっと、僕の思い通りの顔になっていることだろう。
「行ってらっしゃい、弦巻さん」
求められるがままに、発射準備万端の弦巻さんを客席に投げ返す。
今日のライブを、僕はきっと忘れないだろう。
それくらい衝撃的で、何より
そうして大盛況のまま、本日のライブは幕を閉じたのだった。
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第5話
「妙案を思いつきました」
「君はいつもそうだ。いきなり突拍子の無いことを言い出して、結局僕を苦しめる」
「いやほんと今回は大丈夫だから!」
なんだか最近、こういう事が多くなってきた気がする。彼女的には稀代の名案とでも思っているのかもしれないけれど、こっちからしてみればたまったものじゃない。
昨日言い出したハロハピとの打ち合わせ、兼ライブだって、終わってから何度もトイレで吐いたからね。
「ほら、魁人君ってハロハピの皆と仲良くなったでしょ? それって、無理矢理にでも一緒に居たからだと思うんだ。これからもそれを続けていけば、いつかは女性不信が治るんじゃないかな?」
「1つ間違いを訂正させてほしい。僕とハロハピは仲良くなってない」
「えっ!? でもライブが終わった後、あんなに楽しそうに話してたじゃない」
「向こうが勝手に笑ってただけだろ。少なくとも僕は楽しくなかった」
正直な話、あのライブを見て彼女たちを好きになりそうになってしまった。
だがすんでの所で踏みとどまる。あれは多分、ライブの雰囲気に
何より、僕は今までそうやって裏切られてきたのだ。ちょっとした事でその子を信じて、そして何度も期待は徒労に終わる。
ずっと続けてきた癖みたいなものだから、決心してもすぐそちらに向かおうとしてしまう。
「よし、じゃあ今日はロゼリアの練習に付き合ってあげてね!」
「僕の話聞いてた? その作戦は無駄だって分かってくれよ」
「男ならつべこべ言わず行ってきなさい!」
「でた! 君たち女はいつもそうやって男女を差別する!! 女も立ち向かえよ! 引き篭もる男が居たっていいだろ……っ!」
「あ、リサちゃーん! この粗大ごみ引き取ってもらってもいい?」
粗大ゴミか、言い得て妙だな。居るだけで邪魔になる存在、国府田魁人にぴったりだ。
「あれ? 魁人さんとまりなさん? 今日も仲がいいですね!」
「リサちゃん達はこれから練習でしょ? 魁人君、きっと役に立つと思うから連れてってあげて!」
「やめた方がいい。僕は例えるなら工場の煙突。居るだけでその場の空気が悪くなる」
「ええ…… どっちを信じればいいの……?」
僕を運用するときは必ず、10台以上の空気清浄機を稼働させておくべきだ。
高校2年生のとき、隣の席の子がガイガーカウンターを僕に向けて、『この人放射能に汚染されています!』と叫んだのを思い出す。不謹慎すぎるだろ。
「アタシは大丈夫だけど、友希那達がなんて言うかな…… 無駄なことはしたくないみたいだし」
「大丈夫! 魁人君こう見えてバンドやってたから、ギターもボーカルもドラムもキーボードもベースだってどんとこいだよ! アドバイスなら任せて!」
「うそ!? 結構衝撃の事実……!」
「できなくはないけど、どれも素人に毛が生えた程度だよ。ていうかギターはまりなの担当じゃないか」
「あれ? そうだったかな?」
「女性は脳の劣化が遅いって聞いたけど、どうやら君は例外みたいだ」
「こらこら~、顔面殴っちゃうよ~?」
何年か前、まりながバンドを組んでいた時期があった。僕はメンバーではなかったけれど、まりなに頼まれてそのバンドのサポートをしていたのだ。
それに伴い各楽器の勉強をして、ある程度教えられるレベルにまでは達することができた。
「とりあえず練習見てみたら? 魁人君そろそろ休憩時間だし」
「休憩の意味知ってる? 仮に知ってて言ってるならブラック企業すぎるだろ」
労働基準監督署に向かおうと、本気で決心した瞬間だった。
突然の乱入者にロゼリアの皆が驚くかと思いきやそれはなく、ただ湊さんが無機質な声で、そう、と言ったのみだった。興味が無いのだろう、嫌悪感もなく、されど決して好意的ではない。その辺の雑草くらいにしか、僕の事を認識していないみたいだ。
それなら僕もやりやすい。伊達に幼稚園時代に劇をした時、満場一致で地面役をやらされていない。
なんだよ地面役って。普通木の役だろ。保護者の人には、僕が延々と踏みつけられる光景はどう映ったのだろうか。先生も止めろよ、明らかないじめだろう。
そんなこんなで彼女たちの演奏に耳を傾ける事1時間。さすがにぶっ通しは疲れたのか、今井さんの号令で小休止が取られる事になった。
「魁人さん、アタシらの演奏どうだった?」
「リサ姉何言って…… え!? 居たの!?」
今井さんがタメ口なのは、まりながそうするよう促したからだ。まぁ僕なんかに敬語を使う価値もないけどね。
僕の気配遮断スキルはEXだから、宇田川さんが気が付かなかったのも無理はない。
「うん、とてもいい演奏だと思うよ。よく練習してるのが分かる」
「そんな上っ面だけの感想は必要ないわ」
「ちょ、ちょっと友希那! その言い方は……」
一刀両断。湊さんはどうやら僕の感想が気に喰わないらしい。
だけど、僕が彼女たちを素晴らしいと思うことに偽りはない。個人で練習を欠かさないのだろう、各々のスキルは既に学生のレベルを振り切っている。
「敢えて言うなら、多少ズレている程度かな。音色がほんの少し噛み合っていない。でもそれは、今みたいに何度も演奏することで解消されるさ」
「そう…… ならよかったわ」
「後は白金さん、ちょっとキーボード触らせてもらってもいいかな」
「は、はい……」
ごめんね白金さん。嫌だろうけど我慢してほしい。
彼女のキーボードは音を作れる。簡単に言うと、既存の音を組み合わせて新しい音を作り出せるのだ。
「この音とこの音を組み合わせて、こっちの音と組み合わせると」
「わぁ……!」
「こっちの方が、さっきの曲調に合うんじゃないかな」
「はい……! ありがとうございます……!」
「ちょっと待っててね、今からアルコール消毒するから」
「い、いえ…… 気にしてませんから……」
侮ってはいけないよ。一説によると、僕の体からは国府田菌と呼ばれる未知のウイルスが発されているらしいからね。アルコール程度で滅菌できるとは思えないが、やらないよりマシだろう。国府田菌強すぎない?
「それと実際のライブでは、氷川さんの音を大きくするようまりなに言っておくよ。PAは彼女だからね」
「理由を聞いてもいいですか?」
「単純に、君の技術が素晴らしいからさ。勿論曲によっては変わるだろうけど、氷川さんのギターはロゼリアを代表すると言っても過言ではない。僕みたいな素人同然の塵屑でも、相当な時間を練習に費やしたと分かるほどに」
「……ありがとうございます」
才能だけでは決して到達し得ない場所に彼女は居る。これからも伸び続けるであろう彼女には、誰もが期待を寄せるだろう。
「……なんか、聞いてた話と違う。ちゃんとスタッフしてる……!」
「あこの言う通りね。女性は苦手と聞いていたけど、仕事はキッチリこなすのね」
「苦手だからって、ないがしろにしていい理由にはならないだろう」
彼女たちは皆、高みを目指してもがいてる。とっくの昔に地に堕ちた僕とは、文字通り天と地の差がある。輝かしいのだ、ロゼリアは。
そんな輝きを、僕個人の感情で穢してはならない。気に入らないから、理解できないからその人の足を引っ張るのは、なんの価値もない屑のやることだ。それだけは認めない。
「……次にライブをする時は、貴方にPAをお願いするわ」
「僕がPA? できなくはないけど、まりなの方が手慣れていると思うよ」
PAは言ってしまえば、バンドメンバーに近い、と僕は勝手に思っている。
そのバンドに最も適した音を、客席に届ける役割。それにはバンドメンバーとの意思疎通が不可欠であり、コミュニケーション力に長けているまりなが適任だろう。
まりながバンドをしている時は、ライブハウスの人にお願いして僕がPAをやっていた。だからできなくはないけれど、彼女たちは満足しないと思う。
「それでも、私は貴方にして欲しい。私たちの音を最大限に引き出せるであろう貴方に」
「確かに! 魁人さんなら安心できるかも!」
「異論はありません」
「……前向きに検討しておくよ」
彼女たちの、恐らく心からの言葉が、どうしようもない程に僕のトラウマを刺激する。
信じてる、お願い、安心できる、して欲しい。
何度も何度も言われ続けた、紛うことなき優しい言葉。それでも結末が脳裏にちらつくのだ。
―――最後には、どうせ裏切るんだろ。
違う、彼女たちはそうじゃないと言い聞かせても、1度刻まれた傷跡は、古傷となって僕を縛り続ける。
雑音、雑音雑音雑音雑音雑音雑音。
テレビの砂嵐みたいに、ざーざーとノイズが走っていた。
彼女たちが何か言っている。ああ、そうだね。僕もそう思う。
耳に入らない言葉に染みついた相槌を打ちながら、僕は嵐が過ぎ去るのをずっと耐えていた。
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第6話
意外とライブスタッフっていうのはやる事が多いもので、今日もその例に漏れず仕事が溜まりに溜まっていた。
いつもはバイトの何人かで分担しながらやっていた作業だけど、ここ数日、不運にもほとんどのバイトが風邪、法事、事故、バックレで居なくなってしまった。そしてまともに動けるのは僕とまりなだけになってしまったのだ。
それでもオーナーから通達されたのは、平常営業の4文字。控えめに言ってバカだ。
2人でこれだけの量の仕事を捌くのは不可能であり、故にバイトにもかかわらず残業を強いられてしまう。
貸し出し用の楽器の点検、エントランスの掃除、挙げればキリがない。
2日目までは何とか営業できていたものの、それ以降は最早寝る暇が無かった。
そんなこんなで訪れた二徹目の朝、僕はエントランスでまりなとこれからの予定を話し合っていた。
「今日は待ちに待ったライブだね! 今から楽しみで仕方ないよ! さぁまりな! 明日に向かって駆け抜けよう!! 希望はいつもそこにあるからさ!!」
「魁人くん!? ……そっか、あまりの激務に頭がおかしくなっちゃったんだね……」
「何を言ってるのさ! 僕は元からこんな感じだよ! まりなは疲れているみたいだね! なら少し休むといいよ! 後は僕がやっておくからさ!」
全く、まりなはだらしがないなぁ。でもま、大切な幼馴染の為だし、一肌脱ぐとしますかね!!
「僕に任せてくれ! 今日はなんでもできそうな気がする!」
「……今日の予定、分かってて言ってるんだよね?」
「勿論さ! 近くで行われるアイドルライブイベントの手伝いだろう!」
「あー! もう無理だよ無理!! 2人でどうしろって言うのよー!」
現在此処のスタッフは僕とまりなしかいない。そして今日は、パスパレも出演するアイドルイベントの手伝いを、前々から頼まれていたのだ。
「オーナーも随分気の利いた事をするよね! 無理難題を与えて僕たちを成長させようとしてるのさ! 男として立ち向かわないわけにはいかないよ!」
「今更キャンセルできないっていうのは分かるけど…… ならせめてこっちは閉めさせてほしかったなぁ……」
幸い、手伝いは1人で構わないと言われている。だがそれでも致命的な人員不足には変わりない。今日は此処でライブが無かった事が唯一の救いだろう。
片方がライブ、片方がCiRCLEの運営をすることで、今日という日を乗り越える事ができる。
「じゃあ、私はアイドルフェスに行ってくるね…… 何かあったら連絡よろしく……」
「何を言ってるのさ! そんな状態の君を激地に向かわせるわけにはいかないよ! 僕が行ってくるから、まりなは此処で休んでいてくれ!」
「本当に大丈夫!? 今から向かう先には女の子が何人も居るんだよ!?」
「勿論だとも!! 諦めなければ、夢は必ず叶うって信じているのさ!!」
「ダメだ…… 話が通じてない……」
僕の目から見て、まりなは既に限界だ。もしかしたら肉体労働もあるかもしれないし、辛い時こそ男が頑張らなくてはならない。
「時間も押してるし、そろそろ僕は行ってくるよ!!」
「うーん、まぁどうせ大した仕事は任されないだろうし、お願いしようかな」
「了解! それじゃあ行ってきます!!」
「いってらっしゃい。……あ、やば、頭痛い……」
まりなの悲痛な叫びを背に、僕は指定された場所へとスキップをしながら向かった。
「おはようございます! CiRCLEから来た国府田魁人です!!」
「おはようござ…… ええっ!? 魁人さん!? そんなキャラだったかな……?」
「やぁ彩ちゃん! とても素敵な衣装だね! 君の花のような笑顔にぴったりだ!!」
「えへへ…… ありがとうございます!」
会場に着くと、まず目に入ったのはパスパレの皆、正確には彩ちゃん、麻弥ちゃん、千聖ちゃんの3人だった。知り合いとはいえ、今日の僕は部外者。挨拶はしっかりしないとね!
「あの…… 国府田さんの目が大変な事になっていますが……」
「あれ? もしかして麻弥ちゃんかな? 眼鏡を外すと雰囲気変わるね! 今の君も可愛いよ!!」
「じ、ジブンが可愛い……?」
「ナンパをしにきたのなら帰ってもらえませんか?」
「ち、千聖ちゃん! すみません魁人さん…… 千聖ちゃん最近撮影が続いてるみたいで、疲れてるんです」
「それは大変だ! 今すぐ仮眠室に行こう!」
「ちょっとなにして―――きゃっ」
千聖ちゃんを抱きかかえて仮眠室へと向かう。
睡眠は何より優先すべき事柄だ。寝れば疲れは取れるし、不安は吹き飛ぶ。出番までは多少時間があるようだし、寝ていても問題はないだろう。
「到着!! さぁ千聖ちゃん、今すぐに眠るんだ!! 出番が来たら起こしてあげるから!」
「寝られるわけないでしょう!!」
恐らく前日、会場設営の為にスタッフが泊まり込んだであろう一室に千聖ちゃんを寝かせたけれど、すぐに体を起こしてしまった。もしかして枕が変わると眠れない子なのかな?
「子守歌が必要かな?」
「結構です!!」
なら早く寝なよと思った矢先、入り口の扉が大きな音を立てて開かれた。
「あー! 千聖ちゃん此処に居た!!」
「大丈夫ですかチサトさん! 誘拐をした不届き者は成敗します!!」
「日菜ちゃん、イヴちゃん、少し静かにしてくれるかな? 千聖ちゃんが眠れないから」
「あれー? 彩ちゃんから千聖ちゃんが攫われたって聞いたけど、犯人は魁人さんだったんだね」
「なら安心ですね! 私たちは戻りましょう!」
「待って2人共!! 私を1人にしないで!!」
なんて友達想いな子たちなんだ。獅子は生まれたばかりの子を崖に突き落とすらしいが、これも1つの愛なんだろう。
助けを呼ぶ千聖ちゃんを敢えて無視することで、彼女を成長を促しているのだ、中々できることじゃない。
「パスパレの出番は最後の方だから、まだある程度の時間はあるさ。安心して寝ててくれ」
「……そういう貴方こそ、酷い顔をしているわよ」
「ああ、そっちの話し方の方が気楽でいい。敬語なんて、必要とされる人にだけ使えばいいからね」
「話が繋がってない……」
個人的に敬語は好きじゃない。同じ人同士何故上下関係をつけなくてはならないのだ。人類皆兄弟! 男女平等! 希望の光は此処にあり!!
「僕の事は気にせず、今は疲れを取ることを優先した方がいい。最高のパフォーマンスには最高のコンディションが不可欠だ」
「セクハラで訴えますよ」
あれ? 頭を撫でるとリラックス効果があるって聞いていたけど、どうやら千聖ちゃんにはお気に召さないらしい。
だけど振りほどかないあたり、意外と満更でもないのかも。
「どうだい? 妹からも絶賛されたこの手腕、捨てたモノじゃないだろう?」
「確かに気持ちいいけど…… 妹が居るんですか?」
「うん。居たよ」
「居たって……」
「僕の話はいいじゃないか、さあ横になって」
「あ…………っ」
やはり相当疲れが溜まっていたのか、布団を被せるとみるみるうちに瞼が閉じていく。
これが小さいとき、暴れる妹をものの数秒で寝かしつけた僕のテクニックだ。
「おやすみ、千聖ちゃん」
返事は無い。寝起きは体が固まってしまうから、それをほぐす時間も計算しておかなければ。
「お邪魔しまーす……」
「皆、静かにね」
先程とは打って変わって、音もせず扉が開く。するとそこには千聖ちゃんを除いたパスパレの皆が勢揃いしていた。
「千聖ちゃんが心配で来たのかな? 見ての通り、彼女はお休み中だよ」
「それもあるんですけど、国府田さんにお願いがあって来たんです」
「何かな麻弥ちゃん。君の為ならどんな困難でも乗り越えて見せよう」
「き、気持ちは嬉しいですけど、それは違う人に言った方が……」
「音響スタッフさんが徹夜続きで倒れちゃったんだって! だから魁人さんに代理でやってもらえないかって、プロデューサーから伝言だよ!」
大人たちの間では徹夜でも流行っているのだろうか。
それはともかく、事態は深刻だな。おそらく彼女たちの言っている音響スタッフは、このライブの中核を担う存在だった筈。1人倒れた程度で部外者に委託する時点でそれは明らかだ。
全く、気合が足りてないよ。どんな苦難も気合と根性さえあれば乗り切れるっていうのにさ。
「わかった、引き受けるよ。僕は打ち合わせをしてくるから、君たちには千聖ちゃんをお願いするよ」
「はーい! どうする皆? 千聖ちゃんのおでこに何書く?」
「日菜さん!? さすがにそれはまずいんじゃ……」
「ブシドーなんてどうでしょう! 勇気と希望をくれる魔法の言葉です!」
「イヴちゃんダメだって! 温厚な千聖ちゃんでもそれは怒るよ~!」
ハハハ、元気がいいねえ子供たちは。
打ち合わせは滞りなく行われ、設備の使用方法も完璧に覚える事ができた。
そして始まるアイドルフェス。そこまで規模は大きくないが、複数のアイドルが順番にライブをしていくらしい。
順調に進んで行くフェスだけど、午前中で一旦休憩を入れるらしい。
そろそろ千聖ちゃんも起こしに行った方がいいだろう。
「おはよう千聖ちゃん、よく眠れたかな?」
「ん…………」
寝相がいいのか、初めと全く変わらない体勢で寝ていた千聖ちゃんの体を揺する。
他のメンバーは、今はいない。千聖ちゃんの分のお弁当を貰いに行ったのかな?
「そろそろ出番だから起こしに来たよ。さぁ体を起こしてこっちへ」
まだ寝ぼけ眼の千聖ちゃんは、言われるがままに椅子へと腰かけた。
寝癖は付いてないみたいだけど、多少は乱れている。ちゃんとお色直ししないといけない。
「……こんなこともできるんですね」
「昔からせがまれる事が多かったからね」
「妹さんにですか?」
「うん。それと、まりなにも」
「ふふっ、意外な一面ですね」
やはり彼女はアイドルだ。只の微笑みにも箔が付いている。加えて僕が今整えている髪も、まるで絹を触っているみたいで心地がいい。
自然にこうなったわけではないだろう。間違いなく、並々ならぬ手間暇をかけて手入れされている。
「君は、頑張り屋さんなんだね」
「いきなりどうしたんですか?」
「ううん、こっちの話さ」
彼女が人の目に触れる職業である以上、身だしなみには細心の注意を払わなければならない。
人々から向けられる視線は重く彼女へ圧し掛かるだろう。
「髪梳くの、上手ですね」
「一流のスタイリストさんには遠く及ばないさ。最低限整えたら、後は彼らに任せるよ」
「でもその人たちより、ずっと心地いいです」
そう言ってもらえると、やってる甲斐があるってものだ。
「はい、終わり! さぁ行こう! たくさんのファンが君を待っている!!」
「ありがとうございます。それじゃあ行ってきます」
そういって千聖ちゃんは、柔らかい笑みを浮かべて部屋から出て行った。
あの子に負けないくらい、僕も本気で取り組まなくちゃな!!
そうして満を持して始まったパスパレのライブの出来は、もう語るまでもないだろう。
ただ一言残すのなら、最高だった。それしか言う言葉が見つからない。
可愛い子に囲まれて、今日は約得な一日だったなぁ! こんなおいしい役を譲ってくれたまりなには感謝しないと!!
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第7話
ちなみに高評価が入ると、感謝しますbotが作動し、あとがき欄に感謝の一言が追加されます。
目が覚めると、まりなの部屋に居た。
何を言っているか分からないと思うが僕も分からない。状況から察するにまりなの部屋で眠ってしまったようだが、その直前の記憶がきれいさっぱり消えているのだ。
アイドルフェスの手伝いに行ったのは覚えている。何をしたか、誰と会ったのかは覚えていないが、朧気ながら何か機材を動かした記憶はあるのだ。
そしてそれが終わって店に戻った時、苦労した分、丸1日休みを貰ったのは完璧に覚えている。嬉しすぎてまりなと即興のデュオライブをしてしまった。観客は居なかったけど。
「今何時だ……」
スマホで時間を確認しようとして、自分の左腕が動かない事に気づく。寝ぼけ眼で違和感を確認するとそこには、まりなが僕の左腕を抱きしめて眠っていたのだ。それも下着姿で。
「オーケー状況を整理しよう」
こういう時慌ててはいけない。まず僕がすべきことは彼女に服を着せることだ。女の人が苦手だからと言って、性欲が無くなったわけじゃない。まりなは僕から見て綺麗な女性に思える。ゆえにこのままでは僕の愚息がスタンドアップ立ち上がリーヨしてしまうのだ。幼馴染に欲情したなどと知られたら、この先顔を見合わせて会話もできやしない。
だから何故僕もパンツ1枚なのか、心なしかイカの臭いが漂っているとか気にしてはいけない。気にしたら負けだ。
まりなを起こさないようにそーっっっと腕を抜けば……
「んっ…………!」
いや無理だってこれ。だって足まで絡めちゃってるもん。そうなると必然、腕をうごかすことでまりなの色んな所に当たるわけで…… 彼女が色っぽい声を出すのも当然で……
マイサンも元気に起き上がってしまうわけで。
いいやこれは違うねッ! 朝起きたら誰だってこうなってるんだよ!
「…………あれ? なんで魁人君がここに……?」
「おはようまりな。とりあえず服を着ようね」
ちくしょう最悪のタイミングだ。
だが下手に言い訳をするのは愚策。嘘がばれたときあらぬ誤解を生むことになる。ならばここは彼女の羞恥心を煽り、なんだかんだで有耶無耶にする作戦がベストだ。
そしてその間に心の中で般若心経を唱え、息子を
「そういえば昨日、あの後すぐに寝ちゃったんだね」
なんだそれ、知らないぞ。そして何故頬を赤らめるんだ。まさか僕は、彼女と致してしまったのだろうか。
「すごく気持ちよかったぁ…… 魁人君の―――――」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「ちょ、ちょっとどうしたの!?」
もう決まりだ。僕は幼馴染に手を出し、あろうことか行為の内容を覚えていない糞男だ。もう死んで詫びるしかない。
「ごめんまりな。何も覚えてないんだ。もしかしたら君に酷いことをしてしまったのかもしれない」
「あー、確かに昨日の魁人君ちょっと激しかったかも」
「……激しいとは?」
「目が血走って獣みたいだったよ」
「そっかぁ……」
ちゃんと合意の上だったのだろうか。それだけが心配だ。
「私はもうやめて、って言ったんだけど。魁人君は無理矢理奥まで捩じ込んできてね。ほんと壊れちゃいそうだったよ」
これは事案ですね間違いない。
もう、覚悟を決めるしかない。大切な彼女に対し、不義理はしたくないのだ。
「まりな、結婚しよう」
「別にいいけど…… ってはいぃィ!?」
「嫌なら断ってくれ。僕は君を幸せにしなくてはならない」
「いきなり何言って……」
そう言いつつも怪訝な表情だ。それもそうだろう。こんな無職コミュ障の伴侶になど、誰もなりたがらない。それでも僕には、君と寝てしまった責任がある。
君が望むのなら僕は樹海で首を吊ろう。それでも願わくば、男としての責任を果たさせてほしい。
「僕は責任を果たす。絶対に幸せにするから、どうかこの先の人生を一緒に歩いてほしい」
「……うれしい。ずっと待ってたの」
よかった。どうやら自害する必要は無さそうだ。
それにしてもずっと待ってたとはどういうことだろうか。まさか離婚後の財産分与目当て? いやまりなに限ってそれは無いか。
なし崩し的とは言え、僕とまりなは結婚することになった。一夜を共にしたのだから、多少なりとも好意はあったのだろう。頬に伝う涙を拭うこともせずに、まりなは僕に抱き着いてくる。
一刻も早く服を着てほしいものだ。まりなの話によると昨夜の僕は獣のように出し尽くした筈だが、どうやら再装填はとっくに済んでいるみたいだ。
何か気を紛らわすものは無いかとあたりを見渡すと、前見た時よりも随分と部屋が散らかっていた事に気づく。
彼女は酒好きではなかったけれど、テーブルの上には酒類の空き缶がこれでもかと並べられていた。
「まりな、僕も手伝うから、先に部屋を片付けよう」
「あ、うん。昨日耳かきしてもらった後、そのまま寝ちゃったからね」
「…………耳かき?」
そんなのした覚えないんだけど。
同時に浮かび上がる記憶の断片。そうだ、昨日の僕は酒を飲んでいた。そしてつまみに、何故か大量に置いてあったイカを、様々な方法で調理して振舞ったのだ。
そうして熱くなった僕は服を脱ぎ捨て、ジミ・ヘンドリックスばりのエアギターを披露したのだった。まりなは何故脱いだか知らないけど。
「それも忘れちゃったの? 魁人君すごい酔っぱらってたから私は止めたんだけど、無理矢理されちゃったの。気持ちよかったけど、危ないからもうやめてね?」
「ゴメンネコレカラハキヲツケルヨ」
ようやく全てが繋がった。一瞬酒の勢いに任せてセッ……してしまったのかと思ったが、どうやら全部僕の勘違いだったようだ。
いやぁよかったよかった。これで責任を取る必要はなくなったし、まりなも僕のような塵屑と生涯を共にする必要は無くな―――――
「えへへ、魁人君と結婚かぁ…… ここまで長かったね!」
これすっごい言い出しづらいんだけど。今のまりなはとても幸せそうだ。それこそ今なら、何をしても受け入れてくれそうなくらいに。
言わせてもらうけど、こんな塵男と結婚するなんて罰ゲームじゃないかな? 彼女に自ら不幸を被りたい性癖があったとは驚きだ。
「ぺろぺろ、ちゅっちゅっ……なーご。かぷり」
「ハハハ、まりなさん? まだお酒が残ってるんじゃないですか? というか歯型つけないでほしいな」
「にゃーんちゃって~ ネコのものまね~」
一体どうしてしまったんだ。確かにかわいいが、君は意味もなくこんなことをする女性じゃなかった筈だ。
いつ打ち明けようか迷っていたが、これは今やってしまうと僕が殺されてしまうかもしれない。少し様子を見よう。
「とりあえず魁人君は、家に帰ってシャワーでも浴びて来たら? 片付けはその後でもいいし」
「まりにゃんは?」
「………………」
「……ごめん。今のは流石に気持ち悪かったね」
言ってから、なんだこのIQ1カップルのような呼び名は、と思ってしまった。どう考えても成人済みの男女がすることではない。
「じゃあシャワー浴びたらまた集合って事で!」
「了解」
ベッドの下に散らばっていた僕の衣服を着なおして、隣の自宅へと向かった。帰ってきたら、ちゃんと勘違いでしたって言おう。そうしよう。
「じゃ、しよっか」
今何が起こっているか説明しよう。時刻は20時。起きたのは昼頃だから、少し寝付けないでいる時間帯だ。
互いにシャワーを浴びた後、再びまりなの家に戻った僕は、1人で勝手に片付けられてしまっていたまりなの部屋に招かれた。
するとパーカーだけを羽織ったまりなが、録画してたテレビを見ようと言い出したのだ。ここで即座に勘違いを正しておけばよかったのに、まぁテレビ見てからでもいいかと思ったのが運の尽きだった。
1つ間違いを勘違いしておきたいのだけど、僕だって一応男なのだ。綺麗な女性を見ればドキドキするし、チラリズムに並々ならぬ興味がある。
まりなはパーカーを羽織っているだけなので、必然的に下が見えてしまうのだ。普通にしていればギリギリ見えない程度の長さだが、今日に限ってはまりなの距離が近すぎた。
僕の膝の上に乗っかったり、突然抱き着いてきたり。彼女の無自覚な誘惑に悶え、言い出すタイミングを逃し続けてしまった。
そして現在、どうしたものかとベッドの上で仰向けに寝っ転がっている所に、まりなが乗っかってきたのだ。当然目を向ければ、昼のものとは明らかに趣向の違う布がモロに見えている。
「お馬さんごっこかな?」
「騎乗って意味ならそうかもね」
目がマジだと言っている。下手なごまかしは通用しないらしい。
「女の子と男の子、2人ずつほしいな」
理想の家庭環境を口にしないでくれ。逃げ場が無くなる。
「まだ早いんじゃないかな? ほら、生々しい話、お金の事とかあるし」
「こんなこと言いたくないけど、魁人君お金もちでしょ? それに私だって、ちゃんと貯金してるんだよ?」
「……なるほど、準備は万端ってわけか」
どうやらなんの憂いも無いみたいだ。だが譲るわけにはいかない。
ここで場に流されてしまえば、もう身を固める他なくなってしまうだろう。僕個人の感情としてはそれでも構わない。まりなは気立てのいい女性で、唯一気の休まる女性でもある。だからこそ、僕と一緒に居てほしくないのだ。
彼女に見合った素晴らしい男性が、きっとこの世の中に居る。どうかその人との門出を、僕に祝わせてほしいのだ。
だから、もう終わりにしよう。泡沫の夢は、もう目覚めなければならない。
「まりな、実は―――――」
「もし結婚が冗談だって言ったら、もぐよ」
「ガールズバンドパーティが終わったら子供を作ろう!! ご褒美があったほうがやる気が出るからね!」
僕の馬鹿野郎!! 勝手に口が動いてしまった!!
もぐってなんだよ。そんな簡単にもげるものじゃないぞ。
くっ、まぁいいさ。ガルパが終わったら、また言い訳をつけて無かったことにすればいい。
「うん! 今の録音しておいたから、やっぱ無しは通じないから」
「アハハ、準備がいい女性は好きだよ」
「ありがとう! 私も魁人君のこと大好き!」
どうしよ、これ……
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第8話
複数のタスクをこなす場合、まず初めに行うべきなのは、優先順位をつけることだ。
今回に限って言えば、可及的速やかに行わなくてはならないのは、まりなの誤解を解くことだろう。
このまま放っておけば、彼女の人生は灰色のものへと変わる。ゆえにさっさと元の関係に戻らなくてはならないのだ。
だがいくら考えてもいい案が思い浮かばない。自分の息子を人質に取られている以上、下手な作戦は使えないのがつらいところだ。
そんなこんなで、あの日から実に3日が経過している。そして今日は、『CiRCLE』主催のライブが開かれることになっていた。
エモいバンド募集という曖昧なテーマで集められた出演者たちが、暇を持て余しエントランスに集結していた。
「あ、魁人さーん! こんにちは!」
まだ開催まで時間があるという事でエントランスがごった返している中、上原さんがこちらに駆けよってくる。後ろには他のメンバーも追従していた。
彼女達アフターグロウは、今回のライブの参加者でもある。同じ学校、かつ幼馴染だけで構成されたメンバーということもあり、メンバー間の仲はとてもいい。
女子高生は怖いが、彼女たちはまだ安心できる部類だ。5人で人間関係が完結してるのだから、こっちから関わろうとしなければ特に危害を加えてこない。
「さっきスタッフの人から聞いたんですけど、まりなさんと魁人さんって結婚するんですか?」
前言撤回、なんて事を言うんだ。突如喧騒に包まれるエントランス。これで出演者にも、僕たちの関係が広まってしまった。
というのもこの3日間、まりながスタッフの皆に結婚の事を言いふらしていたのだ。当然色めき立つ『CiRCLE』のスタッフ。
ほとんど交流の無い人からもおめでとうと言われてしまった。着実に逃げ道が無くなっているようで笑ってしまう。
「違うんだよ上原さん。それには深い理由があって」
「そうなんですか? 2人共お似合いなのに」
そう言われるのは嬉しいけれど、問題はそこじゃないのだ。誤解とはいえ既に解は出ている以上、広まったこの話を是正するのは容易ではない。
どうしたものか、この3日間熟考していたけれど、一向にいい案が浮かばない。それどころか状況は悪くなる一方だ。
「あの、魁人さんもしかして、何か悩み事ですか?」
「いや特に何もないよ。いたって平常運転さ」
羽沢さんは意外と目聡いな。どうやら心配してくれているみたいだが、この話を打ち明ける訳にはいかない。
女性の間で噂が広まるのは早いものだ。学生時代、絶対に秘密だよと念押ししても、次の日にはクラスどころか学校中に広がっている事も珍しくない光景だった。
万が一まりなの耳に入ろうものなら、僕の息子と永久におさらばしなくてはならないだろう。
「でも私たち、まりなさんに頼まれたんです。魁人さんの力になってほしいって」
「だから悩みがあるなら言って下さい!」
余計なお世話だとも。正直こうして会話しているだけでしんどいのだから、これ以上の接触は控えて欲しい。
女性との会話は用法用量を守って行うべきだ。
「まーまー、話すだけでも楽になるかもですよー?」
「モカの言う通りですよ! アタシらでも力になれるかもしれません!」
「本当に何もないんだけどなぁ……」
とは言ったものの、僕が本当に困っているのも事実だ。自分で考えて答えが出ないのならば、素直に人を頼った方が賢明だろう。
だが内容が内容だ。今回の件、悪いのは明らかに僕で、まりなは被害者だろう。ゆえに素直に総てを話せば、叱責は免れない。
「――――いや、少し助けて欲しい事があるんだ」
「任せてください!」
ようやく、大切な事に気が付けた。
僕は罰を受けなくてはならない。今まで解決方法が出なかったのは、そもそも前提条件が間違っていたのだ。
ずっと、この件を無かった事にしようとしていた。加害者であることを棚に上げ、喜ぶ彼女に目を背け続けたのだ。
悪い事をしたら謝る、そんな当たり前をないがしろにしていた。それは許されない。
唯一彼女にだけは、僕は不義理をしないと決めている。だから甘んじて罰を受けなくてはならないのだ。
殴られても、何をされても構わない。それでも彼女を騙すような事だけは、僕はしたくない。
できるだけ彼女を傷つけないような方法を、この少女たちに教えてもらおう。
きっとこんなクソ男よりかは、立派な案を出してくれる筈だから。
新しく高評価を入れてくださった方々
☆9
じゃどあ 様
ありがとうございます。感謝します。
ちゃんと完結はさせますので、それまでお付き合いお願いします。
☆8
くらくらぴえろっと 様
ありがとうございます。感謝します。
シンプルに褒めてくれてありがとうございます。めっちゃやる気出ました。
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第9話
結構な頻度で行われる会議に使用されている会議室で、僕はアフターグロウのメンバーに事の顛末を話した。
「サイテー」
「返す言葉もございません」
美竹さんに心底軽蔑してそうな目で見られていると、なんだかイケない何かに目覚めてしまいそうだ。
「ちょっとこれは……」
「ああ、魁人さんが悪い」
やはり、というべきか、皆の反応は芳しくない。
全て話したと言っても、勿論伏せるべきところは伏せた。彼女たちはまだ未成年だし、R-18な部分は全てカットさせてもらった。JKに淫語連発なんて事案発生以外の何物でもないだろう。おまわりさん僕です。
それでいてこの軽蔑の眼差しだ。どれだけ重い業を僕が背負っているかよくわかる。
「今回の件、悪いのは100%僕だ。それは重々承知の上で君たちにお願いがある」
今更分かり切ったことを言われても何とも思わない。大切なのは、ここからどう失敗を取り返すかだ。
「できるだけまりなを傷つけないように、元の関係に戻る方法を教えて欲しいんだ」
「多分、無理です」
「……上原さん、理由を聞いてもいいかな」
「お嫁さんになるって、そんな軽い出来事じゃないんですよ。それが実は勘違いでしたー、なんて言われて、傷つかない人なんていません」
その言葉に、この場の女性陣もうんうんと首肯した。成程、女性からしてみればそう思ってしまうのか。
いや、これは僕の経験不足だろう。今まで真剣に女性とお付き合いしたことなんて無いし、結婚なんて考えたことも無かったからなあ。
「だから大切なのは傷つけない方法を探すんじゃなくて、どう許してもらうかを考えることだと思いますよ?」
「わー、ひーちゃん恋愛マスターだー」
「ふっふーん! もっと褒めてもいいのよ!」
「彼氏いたこと無いくせに」
「ちょっと蘭!?」
僕をほっぽってゆるゆりし始めた彼女達だが、とても有意義な話を聞くことができた。男女の脳は造りが違うなんて言っていた人もいるけど、あながち間違いではないのかもしれない。
「ありがとう。おかげで何をすべきか見つかったよ」
答えは出た。ならば後は実行するのみ。
「もう、まりなさんを困らせちゃダメですよ?」
「ありがとう羽沢さん。もう二度と間違えないよ」
終始天使だった羽沢さんの言葉を背に、僕はその場を後にした。
「まりな!」
「あれ? 魁人君どこに居たの? もう打ち合わせ終わっちゃったけど」
部屋から出て暫く歩き回ると、何やら紙の束を持っているまりなに会うことが出来た。居なくても問題ないとはいえ、打ち合わせをすっぽかして尚お咎めが無いのは、彼女の機嫌のよさを表しているだろう。
見ているだけで伝わる幸せオーラ。それを今から破壊するのは僕だ。
「もう! サボりは駄目だよ! まぁ旦那様の不足を補うのも、お嫁さんの勤めってこと―――――」
「聞いてほしいことがあるんだ」
「どうしたの? そんな改まって」
キョトンとしているまりなに、僕は事の顛末を総て話す。
勘違いをしていたこと。騙す形になって申し訳ないと思っている事。
そして、君と結婚する気はないという事。
「殴ってもらって構わない。何なら今すぐ、君の前から姿を消してもいい。どうか君の望む総てを僕にぶつけてほしいんだ」
「―――――」
まりなは何も答えない。付き合いは長いのに、その表情からは何も読み取れなくて。
だからほんの少し、怖くなって、
「そんなの初めから知ってたよー!」
続く彼女の言葉に、絶句してしまった。
「知ってた、って」
「だって魁人君、根性無しじゃん。いきなり結婚してくれなんて言われて、信じる方がどうかしてるよ」
なんだか、すごく気が抜けてしまった。
悩んでいたのが馬鹿らしいくらいだ。結局僕はいつも通り、彼女にからかわれていただけだった。
「いやー、魁人君見てて面白かったよ! 今日なんてずっと顔真っ青だったじゃん!」
「……人が悪いぞ」
「先に最低な嘘ついたのそっちじゃん」
「正論やめて!」
事が事だけに何も言い返せない……!
「まぁ大目に見てあげるから、このセトリ皆に配っといて―」
「ん、了解」
手渡された紙の束は、どうやら今回のライブのセットリストだったようだ。
これまで気が気でなく仕事に身が入っていなかったのだから、ここらで1つ汚名返上と行きますか!
この3日間、ずっと幸せだった。ようやく私の願いが通じたんだって、今ならなんだってできるって思ってた。
「バカだな、わたし」
外まで出て、誰も居ない裏側の外壁にもたれかかる。力が入らなくて、そのままへたり込んじゃった。
だって仕方ないでしょ? それくらい嬉しくて、それくらい悲しかったんだから。
終わってみれば、私は騙されたことになる。乙女……なんて歳でもないけど、その純情を弄んだんだから、ちょっと仕事を押し付けても文句は言われないよね?
それでも、あの言葉が偽物だと分かった今でも、嬉しいと思う気持ちは本物なのだ。
忘れられるはずの無い、この3日間。途中魁人君の様子がおかしいと思っていても、その理由を知るのが怖くて、ずっと自分を誤魔化し続けた。
言葉は偽物だったとしても、積み重ねたあの一瞬は紛れもなく真実だった。
小学生ぶりに、1つのベッドで寝たこと。手料理を振舞って、振舞われて。そして2人で一緒の仕事をしていた事。ずっと欲しかった光景が、永遠に続くと勝手に思い込んでいた。
彼が私を選ぶなんてこと、有り得ないのに。
もっといい女性が居るよ。私なんかじゃ、貴方に釣り合わない。
だからこの想いは、二度と明かさない。文字通り墓まで持っていこう。
「よしっ! ライブ頑張ろう!!」
私の独り言は、澄んだ空に溶けて消えていった。
新しく高評価を入れてくださった方々
☆9
ジャングル追い詰め太郎 様
Natu7276 様
ありがとうございます。感謝します。
おかげさまで評価バーに色が付きました。実際に執筆している人なら分かるかもしれませんが、色が赤とそれ意外とだとやる気が全く違うモノなんですよね。
赤を維持できるように頑張ります。
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第10話
オーナーが気を利かせてかは分からないが、基本的に僕とまりなの休日は被る様になっていた。なので大体まりなが部屋に突撃してきて、ゲームをしたりどこか遠くへ遊びに誘ってくれるので暇はしていなかった。
だが今日、親が死んで葬式をしなくてはならないとバイトの子から連絡が入り、まりなが代わりに出勤することになった。非常に嫌そうな顔をしていたが、オーナー直々の頼みとあれば断れない。
というかあの子、ここ最近で親族死にすぎじゃない? 父親なんて3回は死んでいるだろう。それはもう祟りだからお祓いに行くことをお勧めするよ。
まぁそんな具合に1人寂しく休日を過ごす事になってしまったのだが、何を血迷ったか散歩に出かけてしまったのだ。
日頃の運動不足を解消する目的もあったけど、しかし浅慮であると言わざるを得ない。朝の自分に渾身の右ストレートをぶち込んでやりたいくらいだ。
「どこだここ……」
そして現在、僕は絶賛迷子中だ。気の向くままに歩いてみようと思ったのが運の尽き。瞬く間に景色は見慣れないものへと変わっていき、ついには此処がどこか分からなくなってしまった。
そして最も致命的なのは、スマホを家に置いてきてしまったことだ。どうせなら俗世に染まらず、自然本来の姿で歩いてみようとか訳の分からない事を考えていた自分を殺したい。なら服も脱げよ。
そんなこんなでさ迷い歩き早数時間。辺りは夕日に染まり道路には学校帰りの小学生が元気な声を上げて下校していた。それを見つめる一般男性。今のご時世、見ているだけで罪に問われる可能性もある。早急な帰還が求められているのだ。
解決方法は分かっている。通りすがりの人に道を聞けばいいのだ。だが不運な事に、道行く人は皆女性ばかり。僕なんかが話しかければ、あっという間に塀の中へご招待だろう。男女比率可笑しくない?
さらに不運は続き、僕は現在住宅街の中に迷い込んでしまった。態々インターホンを押して道を聞くコミュ力は僕には無い。万が一女性が出てきてしまったら、卒倒してしまう事間違いなしだ。
どうしたものかと歩き続けると、ある道が目に入った。
「……星?」
狭い道、その両側には、夥しい数の星のシールが貼ってあったのだ。ぶっちゃけ怖くてちびりそうになった。
だが虎穴に入らずんば虎子を得ずという言葉もある。このまま彷徨っていても仕方ないので、その道に賭けてみようと思った。
するとそこには――
「あれ? 魁人さんですか?」
「戸山さん? どうしてこんな所に……」
立派な日本家屋の門の前、そこには戸山さんの姿があった。いったいどういうことだってばよ。
「ここ、有咲の家なんです!!」
「香澄なにして―― げっ……!」
なるほど、此処が噂に聞く市ヶ谷さんの家か。そして噂をすれば影が差すと言わんばかりに、中から市ヶ谷さんが顔を出す。
露骨に嫌な顔をされているが、そんなのもう慣れっこだよ。僕の精神は微塵も揺るがない。
「ごめん、道に迷ってしまったんだ。よかったら帰り道を教えてくれないかな?」
「わかりました! ついでに私たちの練習見てってください!」
「おい香澄! 家主に許可取ってからにしろ!」
違う、そうじゃない。一体どういう思考回路をしていれば、道案内から練習見学に繋がるのだろうか。
「ええ~! いいじゃん有咲!」
「よくねえ!!」
「2人共遅いと思ったら、魁人さんとおしゃべりしてたんだね」
「あっ、おたえ! 魁人さんが練習見てくれるって!!」
「大歓迎だよ」
「勝手に決めんな!!」
なにやら場がカオスになってきている。僕の意見は全く聞かれないようだ。
「さあさあ魁人さん! これが有咲家の蔵ですよ~」
いつの間に背後に回り込んだのだろうか、戸山さんが僕の背中をグイグイと押してきた。
それだけで、僕は何も言えなくなってしまう。
以前、満員電車に乗っている時痴漢に間違われたのを思い出す。両手でつり革持ってたのにどうやって痴漢するんだよ。あの状態で痴漢できるのはアシュラマンしかいないだろう。
こういう時は黙して従うしか道は無いのだ。男性は女性の前に社会的に無力、はっきりわかんだね。
話によると、彼女達ポッピンパーティは市ヶ谷さんの家の蔵で練習しているらしい、というのはまりなから聞いた話だ。よくそんな埃っぽい場所でできるなと思っていたけど、実態はまるで違った。
「まさか、地下室があるとは……」
蔵へと連行された僕が初めに目にしたのは、地下へと続く階段だった。地上は普通の蔵だったが、ひとたび階段を降りればあら不思議、実に女の子らしい空間が広がっていた。
楽器が十分なスペースをとって置かれており、練習には支障が無い事が伺える。
「パン食べますか? うちの新商品ですよ」
「沙綾ちゃんの所のチョココロネ、本当に美味しんですよ~」
中には山吹さんと牛込さんがソファに腰かけており、これまた歓迎されている様子だ。唯一家主の市ヶ谷さんだけは不服そうだが。
勿論歓迎されて嬉しい気持ちもある。だが問題なのは、この狭い空間に複数の女性と一緒に居ることだ。
高校生の時、教室に閉じ込められてR-18な行為を無理矢理された時の事を思い出す。あれ以来、女子高生ものでは抜けなくなってしまった。
「魁人さんギター教えてください!」
「そうは言うけどね戸山さん。僕は別にギターが得意ってわけじゃないんだよ」
「でも、出来るんですよね? 紗夜先輩と彩先輩が言ってました」
なるほど、逃げ道は塞がれたという事か。
「あ、私もドラムで分かりづらい所があったんで、教えてもらいたいかなー、なんて」
「ベースもお願いできますか?」
沈黙は肯定とみなしてか、続々とやってくるメンバーたち。いや、別に教えることは構わないんだけど、僕は教えられる立場にないっていうかなんというか……
「別にいいけど、変な癖がついても怒らないでよ?」
「じゃあ、一緒に演奏しましょう!」
どうしてそうなるんだ。何故か僕の周りには思考回路がぶっ飛んだ女性が多い気がする。
だが意外と悪くない案かもしれない。一緒に演奏することで僕のクソさ加減が分かれば、彼女達も解放してくれることだろう。
「おーけー、何かリクエストはあるかい?」
「じゃあ私たちの新曲に合わせてみてください! 私のギター貸します!」
戸山さんは、結構鬼畜の素養があるのかもしれない。
「ふぅ……」
譜面を渡されて、何とか最後まで引ききる事ができた。まあこんなの誰でもできるわけだし、大した演奏技術を持たない僕なんかすぐに女の園から追放されるだろう。
「す、すごいです魁人さん! 私全然できないとこスラスラ~、ってやっちゃって」
嘘だろ戸山さん。自分ができない事を人にやらせようとしたのか。
「何かコツとかあるんですか?」
「いや、これはもう練習しかないよ。繰り返し練習して、身体に沁み込ませるしかない」
思い返されるまりなとの修行の日々。彼女はギター担当だったから、ギターをピアノ線に変えて演奏して爪をズタボロにしていた。僕が。
というかなんでまりなの特訓なのに僕が血を見る羽目になったんだろうか。若い頃は何をするか分からないね。
「ですよね…… ライブになったらパパパパーンってできたら良いんですけど」
「まあ無理だろうね。下積みがあってこそ演奏に重みが出る。それができるのは一部の天才だけだよ」
よく漫画なんかで、本番になったら覚醒する展開があるけれど、あんなものは所詮お伽噺の世界だ
例えばの話、臆病者がある日突然、何か決意を得たとしよう。今までの己を恥じて悔い改めたと仮定しよう。
それは確かに素晴らしいことだろうが心を変えたその瞬間、素晴らしい人間に生まれ変わるかというのならば答えは否だ。
そんな一朝一夕で、誰しも立派になれはしない。
心の革新は一瞬でも、身体は血と肉でできているのだから。
「ほら有咲、ちゃんとごめんなさいして」
「子供扱いすんなぁ!!」
戸山さんと語り合っていると、花園さんに連れられて市ヶ谷さんが僕の前に現れる。なんだかんだ一緒に演奏してくれたあたり、彼女も人がいいみたいだ。
「その…… 変な態度とってすみませんでした」
「有咲、めっ!」
「だぁーもう! 演奏上手で正直尊敬しました! 良かったら私のキーボードも見てください!!」
「よくできました」
怒涛の花園市ヶ谷コンビの漫才に置いてきぼりになっているが、これは認められたという事でいいのだろうか。
そんな彼女たちを聖母のような笑顔で見守る山吹さんと牛込さん。彼女たちの関係が少しづつ見えてきた気がした。
思えばこうして、女の子たちを知ろうとしたのはいつぶりだっただろうか。
あの日を境に信じることを辞めて、拒絶して。それだけを実行し続けて……
ついには、僕の周りにはまりなしか残っていなかった。
それでいいと思っていたんだ。何より平穏で、そして愛おしい時間だった。
だけど――――
「魁人さん! ここなんですけど……」
「ん、ここはね――――」
こういう時間も、意外と心地よかったりするのかもしれない。
新しく高評価を入れてくださった方々
☆10
ワウリンカ 様
ありがとうございます。感謝します。
ぱっと見男女比率0.1:9.9の世界で女性不信はヤバいですね。それもこれも政治が悪い。
☆9
ジャムカ 様
雛斗 様
ピカルンZ 様
ありがとうございます。感謝します。
☆8
那須屋 高雄 様
ありがとうございます。感謝します。
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第11話
『そろそろ本格的に準備を始めようか』
そんなまりなの声で、そういえば僕はガールズバンドパーティーの責任者だったことを思い出す。忙しくて忘れていたけど、僕は彼女たちを統括するべき人間なのだ。今まで何もしてこなかったのは少し拙いかもしれない。
せめてそれっぽい事をしようと思って、僕は出演予定の皆をCiRCLEの会議室に集めた。今まで偶然にも交流していた事もあってか、なんとその全員が集まってくれたのだ。
多分僕を憐れんで来てくれたのだろうが、それでもこうして集まった事には変わりない。ちょっとだけ感慨に浸りつつも、僕は手始めにセトリを決めようと彼女達に向き合った。
それから僕たちの打ち合わせが始まる――
筈だった。
「………………」
無言。所狭しと皆が座っている会議室を、まるで見えない圧力が押しつぶさんと錯覚するほどの静寂が支配していた。
そして誰もが僕を穴が空くほど覗き込んでいる。いわば此処は裁判所。判決を下すのは彼女達だ。
こうなってしまった原因は分かっている。
「選んでください、魁人さん」
総勢25名の双眸が僕を射抜く。丸山さんの言葉が皆の心を代弁していた。
「この中で、どのバンドが1番好きか」
ああ、本当に、どうしてこんなことになってしまったのだろう。それを解明するためには、ほんの少し時間を巻き戻さないといけない。
「皆集まってくれてありがとう。改めまして、僕が責任者である国府田魁人です」
なし崩し的にも女の子たちと会話し続けたせいか、こうして挨拶をする程度では発作が出ることはなくなった。これもまりなのおかげだ。ありがとう。
「よろしくお願いします!」
「丸山さんたちも忙しい中来てくれてありがとう」
「そんなかしこまらなくても、名前で呼んでもらって大丈夫ですよっ」
「いやいや、僕は女性を苗字で呼ぶ主義なんだ」
「あれ? でもこの前は名前で呼んでくれたじゃないですか」
瞬間、理由は分からないけれど室内の空気が重くなる。そして僕に、丸山さんを名前で呼んだ記憶はない。
「そんな事あったかな?」
「ありましたよ! パスパレの皆の事を名前で呼んでましたし、何なら千聖ちゃんにお姫様抱っこしてたじゃないですか!」
「嘘だッ!!」
「いいえ、嘘ではありませんよ」
僕がそんなことできるわけないだろう、と叫んだけど、それは他ならぬ白鷺さんに肯定される。
仮に、本当に仮にそうしたのならば、僕は今頃塀の中で生活していなければならない。番号で管理され、檻の中に閉じ込められていなければおかしいのだ。
「私を抱えて仮眠室に運んでくれたではありませんか。その後は髪を結ってくれて、かわいい、綺麗だと愛の言葉を囁いて……」
「「「ええー!?」」」
さすがはアイドル兼女優。目を潤ませ頬を赤らめるその姿はまるで恋する乙女のよう。
だが僕にはわかる、あれは僕をからかっているのだ。対応に困る僕の姿を見て、内心笑い転げている。
しかし効果は抜群で、叫びを皮切りに次々に新たな証言が飛び交う。
「じ、ジブンも可愛いって言ってもらいました……フヘヘ……」
「あの時の魁人さんすごかったよねー! 皆にかわいいって言ってたし!」
丸山さん、その言い方だと僕が手当たり次第に女性を褒めるヤリ〇ンになるからやめようね?
「しかも倒れたスタッフさんの代わりに私たちの楽器の調整までしてくれたもんね! ちょっとるん♪ってきた!」
「無茶を気合で乗り切る様はまさにブシドーでした!」
パスパレから飛び出す男の逸話。一体誰の話をしているんだろうか。少なくとも僕とは正反対の人間らしい。
「……貴方、前に私たちがPAをお願いした時はかなり渋ってたわよね?」
「アタシもちょっと悲しいなぁ、なんて」
「ズルいですよ! あこたちがあれだけお願いしてようやくOKしてもらったのに!」
当然吹き出すロゼリアからの不満。だがちょっと待って欲しい。
そもそもパスパレが本当の事を言っているかすら怪しいのだ。気合なんて僕とは程遠い言葉が出ている時点で、それは国府田魁人ではない別の男だろう。
そして混迷とした場は、更なる混沌を呼ぶ。
「湊さんたちの演奏が拙かったんじゃないですか?」
「ちょ、やめなよ蘭!!」
「……それは、私たちの演奏が、パスパレよりも劣っているということかしら?」
火に油を注ぐとは正にこの事だろう。アフターグロウのメンバーが止めに入るがもう遅い。既に互いに臨界点を振り切っており、もう自然鎮火は望めないだろう。
もうこれ以上ない程燃え上がったと思うけれど、彼女にとってはまだ手の加えようがあったらしい。
「そうですね…… 考えられるのは、愛の差ではないかしら?」
「愛?」
「白鷺さん、何か分かるのかしら?」
「ええ。好きだから手伝いたいと思う。それは当然の感情でしょう?」
「じ、じゃあ魁人さんは、パスパレが1番好きってことに……」
「そういうことになるわね」
「いやいや、1番はアフターグロウでしょ! この前も相談に乗ってあげたし」
「詳しく聞かせて」
君は一体何を言ってるんだ。別にどのバンドが好きとかはないし、そもそも好みで態度を変えるようじゃ問題だろう。
「魁人ー!!」
「こっぽぁ! ど、どうしたんだい弦巻さん。後危ないからいきなり飛びつくのはやめようね?」
当事者である筈の僕を放って言い合いを始めた3バンドをよそに、弦巻さんが僕の腹部にダイブしてきた。豹変した彼女たちとは違い、いつも通りの弦巻さんだった。他のハロハピのメンバーも、遠巻きに僕たちをやれやれといった風に見守っていた。
「あたし、とってもいい事を思いついたの!」
「うん? ライブの事かな?」
「そう! まず初めにミッシェルがステージに上がって……」
ミッシェルが奥沢さんだという事はつい最近聞いた。また何かやらされるのかと不憫な気持ちになるが、なんだかんだで弦巻さんのアイディアには舌を巻くことが多いから楽しみだ。
「真ん中に行ったらミッシェルがどかーん! ってするの!」
正気か? 此処をテロの中心地にするつもりだろうか。
奥沢さんが首を横にぶんぶんと振っている。誰だって死にたくないもんね。
「どうかしら?」
「いや、そりゃあ……」
否定しようとして、弦巻さんと目が合ってしまった。
爛々と輝いた瞳。期待に溢れたそれを裏切ることはできない。
「とてもいいアイディアだと思うよ。是非実行させてほしい」
「すみませーん! 此処に女子高生に抱き着かれて喜ぶ変態がいまーす!」
報復に奥沢さんが珍しく声を張り上げた。だが無駄だとも。既に室内は喧騒に包まれ、君程度の声量では何かを伝えることもできないだろう。
とはいえこの絵面はちょっとマズイ。
「弦巻さん、いつまでくっついているんだい?」
「なんだかこうしていると、心がぽかぽかするの!」
一説によると、ハグにはストレス解消効果があるらしい。かくいう僕も、ほんの少しだけ落ち着いて行くような感覚がある。
それは偏に、弦巻さんの容姿によるものだろう。決して性的に見る事はできず、何なら小型犬と戯れているような気持ちになる。
ありがとう弦巻さん。君たちハロハピは僕に平穏を運んでくれる。
「またぎゅってしてちょうだい!」
「「「また?」」」
ちくしょう!なんてこった! 君が持ってきたのは平穏じゃなくて核弾頭だ!
言い合いをしていたバンドが一斉にこちらを見た。控えめに言ってめっちゃ怖い。
「ちょっといいですか?」
生まれた空白を利用したのは戸山さんだ。今まで静かにしていてくれたポピパには頭が上がらない。
「もういっそ、魁人さんに決めてもらいましょう!!」
「どういう事かな?」
「どのバンドが1番好きか、魁人さんが決めてください!」
なんてこった、静かにしていたのは原爆を落とすタイミングを見計らっていたからだったのか。
君たちもそんな妙案みたいな顔しないでくれよ。どう考えてもおかしいだろう。
――――――――こうして舞台は冒頭へ戻る。
これから一体どうすればいいのか、頭を悩ませながら、僕は終わる気配の無い会議に身を投じるのであった。
新しく高評価を入れてくださった方々
☆10
アイミア 様
ありがとうございます。感謝します。
少女達と触れ合い、心が成長していく主人公を見守ってあげてください。
☆10
こういっちー 様
ありがとうございます。感謝します。
毎回読んでくれてありがとうございます。これからも楽しんでもらえるよう頑張ります。
☆8
那須屋 高雄 様
ありがとうございます。感謝します。
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第12話
「……皆1番じゃダメかな?」
「「「ダメです」」」
どうしてダメなんだ。皆違って皆いい。それで世界は平和になるっていうのに。
しかしどうしたものか。曖昧な回答では彼女たちは絶対に満足しないだろう。だが僕は別にどのバンドが好きとかない。皆それぞれ良い所があり、決して優劣は付けられないのだ。
「パスパレが1番ですよね?」
「確かに白鷺さんたちのバンドには華があるよね」
この中で唯一プロと言っていいのがパスパレだ。演奏してお金を貰っているわけで、必然的にレッスンも苛烈なものへと変わる。事務所のサポートもあり、この中で最もCiRCLEの使用頻度が少ないのも彼女達で、それゆえに交流が浅いのも彼女達だ。
「貴方たち、そもそも此処を使用した回数が少なすぎるでしょう」
「湊さんの言う通りです。その点で言えば、1番は私たちRoseliaでしょう」
「あら? 回数だけ重ねても愛は深まらないわよ?」
確かに彼女達の言う通り、Roseliaはお得意様だ。他のライブハウスも使っているようだけど、最近は此処を使ってくれているようで、ほぼ毎日見かけている。
まりなも喜んでくれているみたいだし、貢献度で言えば1番と言ってもいいかもしれない。
「いや、それならあたしらも同じくらい来てますよ」
「確かに美竹さんたちAfterglowも結構来てくれるよね」
「そ・れ・に! 私たちは秘密を共有してるじゃありませんか!!」
「上原さん、その話はちょっと……」
張り合うようにして湊さんを睨みつける美竹さん。彼女たちは仲が悪いのか知らないけれど、いつも言い争いをしている気がする。そして上原さんは、何故かあの相談をしてから心の距離をぐっと縮めてきたのだ。
圧倒的な弱みを握られている以上、僕には彼女達に従うしか残された道は無い。加えて此処の使用頻度もロゼリアに匹敵するだろう。もう彼女達でいいんじゃないかな。
「なら、優勝はアフターグ」
「ちょっと待って」
もう面倒だからアフターグロウを1番に決めようと思ったけど、ポピパの花園さんが割って入った。突然の乱入者に他の皆の目もそちらに向かっている。
この子は何を考えているか分からないから苦手だ。嫌いというわけではないけど、積極的に関わりたくはない。
勘違いしてしまうのだ。嫌悪感を表に出してくれれば分かりやすいけれど、内心が読めないからこそ希望的観測を抱いてしまう。
あれ? この子俺の事好きなんじゃね? みたいなアレだよ。モテない男子が誰しも通る道だろう。
「私、魁人さんのこと好き」
「はいぃ?」
「この間皆でシタ時、すっごく気持ちよかった」
「魁人さん!?」
うーん、弦巻さんを核弾頭と称するなら、花園さんはクレイモアに近いかな。触れれば起爆する殺人兵器。彼女は正しくそれだろう。
当然僕にそんな記憶はない。おそらくこの間、市ヶ谷さんの家でセッションしたことを言っているのだろう。随分長い事お邪魔していたし、その間何度も花園さんから質問された。
「魁人さんのって、太くて、ごつごつしてて、触ってると安心するんだ」
「お、大人だ……」
勿論彼女が言っているのは僕の指だ。正直ボディータッチは心臓に悪いのでやめて欲しいが、花園さんはまるで子供のような無垢さで僕の指に触ってきたのだ。
「魁人さん? 少しお話を聞かせてもらえるかしら?」
万力のような握力を発揮する白鷺さん。流石女優と言うべきか、ゴリラの演技もできるなんて幅が広いなあ。
「お、おたえ? いつの間にそんな関係に……」
「沙綾も一緒だったでしょ? すっごい気持ちよかったって言ってた」
「山吹さんも?」
「してません!!」
当然困惑はポピパ全体に伝わる。哀れなことに山吹さんは、花園さんに問いを投げてしまったがために犠牲になったのだ。犠牲の犠牲にな……
恐ろしい顔をして振り向いた白鷺さんだが、彼女はどうやら公序良俗に厳しいらしい。
女子高生と致すことは犯罪だし、こうして僕に詰め寄るのもそういった面を危惧してのことだろう。芸能界ってコンプライアンスに厳しいって言うし、そこをきっちりしてるのは好感が持てる。
やった、やってないの不毛な争いが続く中、僕は一種の悟りを開いていた。
―――これはもう、手に負えない。
「もしもしまりな? ちょっと会議室に来てくれない?」
混迷とした場は、絵具をぶちまけたようなマーブル模様を描いていた。
そして無力な僕には、それを真っ白に戻すことも手直しすることもできない。だから備え付けの内線で、受付に居るはずのまりなに救援要請を送った。
『え? 何かあったの?』
「君には聞こえないのかい? この部屋に飛び交う怒号が」
『確かにちょっと騒がしいとは思うけど……』
「この場を収めるためには、まりなが此処に来ることが最善なんだ」
『ええ…… でも私、今手が離せなくて……』
スケープゴートを用意しようと思ったけど、まりなの返答は芳しくない。だが僕もここで引き下がるわけにはいかないのだ。何せ命がかかっている。
「頼む。僕には君が必要なんだ」
『っ! わかった! 今から行くね!!』
よし、これでどうにかなりそうだ。
がちゃりと慌ただしく切られた電話を置いて、僕は言い争いを続ける彼女たちを遠巻きに見つめるのだった。
「で、魁人君はどうするんですか」
「……まりな、怒ってる?」
「怒ってません」
いや明らかに怒っているだろう。事の経緯を話している間から、どんどん不機嫌になっていったのだ。
「気に障ったのなら謝るよ。確かに無理矢理呼び出したのは申し訳なく思ってる」
「まあ確かに? 仕事をほっぽりだして駆け付けたと思ったら、まさかガールズバンドに言い寄られてるとは思いもしませんでしたよ、ええ」
「言い寄られてたって……」
絶対違うだろ。あれは獲物を見定める獣の目だった。
そして彼女たちは依然、やったやってないの口論を続けている。曰く、ご飯を奢ってもらっただの、マッサージをしてくれただの、明らかに僕ではない誰かにやってもらった事を自慢げに話していた。
このままじゃ打ち合わせどころじゃない。
「頼むよまりな。君ならどうにかできるだろ?」
「あのね魁人君、私はそんなに都合のいい女じゃないの。自分の身を切らずに場を収めようなんて、考えが甘いんじゃない?」
そう言われると何も言い返せないな。まりなのいう事は正論で、間違っているのは僕だ。そんなこと百も承知だとも。
だからもう、覚悟は決めた。
嫌々とはいえ、与えられた仕事を最後までこなさないのは僕の流儀に反する。
「僕はどうなってもいい。どうにかしてこの場を収めてくれ」
「ふーん?」
罵声を浴びせられようとも構わない。この世は結果が全て。過程を見てくれる人間は少数なのだ。
「わかったよん。そこまで言うなら何とかしてくれる」
「ありがとう」
よかった、これで当面の危機は去っただろう。後でまりなに何かを要求されるだろうが、とりあえず今を凌ぐことができた。
「みんな! ちょっと聞いてもらっていい?」
「あれ? まりなさん?」
声を張り上げるまりなに皆の注目が集まった。
そう、もはや悲劇は幕を閉じた――
さあ刮目せよ、いざ讃えん。その姿に民は希望を見るがいい。
「今日から1バンドずつ、魁人君を貸し出します!!」
さすがはまりなだ、あれだけ騒がしかった室内が一気に静まり返っ―――
はい? 今なんとおっしゃいましたか?
「それじゃあ今日は解散!!」
「ちょ、ちょっ、まっ……!」
僕の叫びが聞き届けられることはなく、皆はどこか納得したような表情で部屋を後にした。
新しく高評価をいただいた方々
☆10
よーた 様
ありがとうございます。感謝します。
シンプルな褒め言葉ありがとうございます。
タルト 様
ありがとうございます。感謝します。
その言葉がどれだけ励みになるか、書いている側にしかわからないと思います。
これからもお付き合いしていただけると嬉しいです。
魁人 様
ありがとうございます。感謝します。
まさか主人公と同じ名前とは驚きました。作中では扱いが悪いと思いますが、どうか気を悪くしないでいただきたいです。
クロメ 様
ありがとうございます。感謝します。
簡単な言葉でも、言ってもらえるだけでとても嬉しいです。どうかこのまま、一緒に作品を作り上げられればな、と思います。
ひょい三郎 様
ありがとうございます。感謝します。
次も読んでもらえる、ということは、非常にモチベーションの向上につながります。
飽きさせないよう頑張っていきますので、温かい目で見守ってくれるとうれしいです。
☆9
伊咲濤 様
カプ・テテフ 様
苺ノ恵 様
〇わ. 様
Morita 様
積怨正寶 様
ありがとうございます。感謝します。
☆8
音々リン 様
零崎罪識 様
ありがとうございます。感謝します。
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第13話
まりなの発行した『国府田魁人1日貸出券』は、なぜか瞬く間に各バンドに配られた。焚火にくべて暖をとるつもりなのだろうか。普通は只の塵だろうに。
何より恐ろしいのは、対象である僕の許可を一切取っていないことだ。人権が保障されているとかいったのはどこのどいつだ。ここでは奴隷制度が闊歩しているぞ。
券の用途は様々、買い物につきあう等のプライベートなものから、各楽器の師事まで様々だ。前者であっても僕のアルバイト代は出ることになっている。実質この店の最高責任者はまりなであり、もう何でもありといった感じだ。
無法国家サークル。その名がふさわしい。
そして誉れ高き一番槍を買って出たのはロゼリアだった。わからない話ではない。先の会議で一番怒っていたのはロゼリアだったし、身に覚えがないとはいえケジメはつけるべきだろう。
彼女たちのレベルは高く、僕なんかの力が必要だとは思わないけど、それでもやれることはやろうと思っていたのだ。
しかし、
「NFOやりましょう!」
そんな宇田川さんの言葉で、考えていた全てがご破算になってしまった。
ロゼリアのバンド活動に対する情熱は生半可なものではなく、どうせ券を使うなら技術を高めるものに使うだろうと思い込んでいた。
だが開口一番、サークルにやってきた宇田川さんの言葉はそれとは正反対。まさかの遊びに振り切った券の使い方だった。
NFOは僕も知っている。大手のオンラインMMORPGで、最近ではCMがひっきりなしに流れている。
だが意外だったのは他のメンバーだ。特に湊さん、氷川さんたちはこういった遊びに興味が無さそうだし、よく認めたな。
「遊んじゃっていいのかい? 僕は楽だから一向に構わないけど」
「……じゃんけんで負けたのよ」
そんなもので決めていいのだろうか。リーダーなんだから権限をフルに使えばいいのに。
なんて雑談を交わしていたら、目的地であるネカフェに辿り着いた。どうやら前にもロゼリアで来たことがあるらしく、手慣れた様子で受付を行っていた。
どうやらここは一部屋にパソコンが二台あるタイプのネカフェらしい。
「部屋割りどうするー?」
「あこはりんりんと!」
「んー、アタシは友希那と同じにしようかな」
「では、私が国府田さんと同じ部屋ですね」
流れるように決まった部屋割り。ハブられなくてなんだか新鮮な気持ちになる。
学生時代は男女ペアのフォークダンスが何より苦痛だった。普通は相手を交代交代するものだと思ってたけど、僕の相手はずっと担任の先生。おかげで2人の息はぴったりだった。
さて、なんてことのないように思える僕の心だが、実際はもう破裂寸前だ。
女性と狭い部屋で2人きりの時点で、生命維持装置が警鐘を鳴らし続けている。どうなってしまうんだろうか僕の命は。
無情にも救いの手は差し伸べられず、湊さん&今井さんペア、宇田川さん&白金さんペアは揚々と指定された部屋へ入ってしまった。
残されたのは僕と氷川さんだけ。さて、受付の人に大切な事をお願いしないとな。
「すみません、空気清浄機を1台お願いできますか?」
「……国府田さん、それは何に使うんですか?」
「狭い部屋で僕と一緒になると、国府田菌が氷川さんを襲うかもしれないからね」
感染することでどうなるかは分からないけど、とにかく有害な物らしい。どうやらバリアも貫通するらしく、触れれば最後の死のウイルスなのだ。国府田菌強すぎない?
「必要ありません。皆さんを待たせるわけにもいきませんから、早く部屋に向かいましょう」
身の安全を確保するために用意したのに、どうやら氷川さんには必要ないみたいだった。きっと何時間もの間呼吸を止められるのだろう。肺活量鬼すぎるだろ。
国府田菌に抗体は存在しない。しかし氷川さんはそんなのお構いなしにどんどん密室へと突き進んでいく。
今更ながら、男性と二人きりになることに抵抗は無いのだろうか。相手が僕だからって事もあるけど、普通は躊躇おかしくないだろう。
というより成人男性と女子高生が密室に居ては明らかな事案だ。心なしか女性店員の僕を見る目が汚物を見るようになっている気がする。これは困ったぞ。
「氷川さん、今からでも遅くないから部屋を分けよう」
これは決して逃げているわけではない。全ては氷川さんの身の安全の為だ。断じて僕のメンタルがもたないから、世間体を気にしているからとかではない。
「……私と一緒になるのが、そんなに嫌ですか?」
「そんなわけないよ。ただ僕は君が心配で――」
「なら何も問題はありません。私は、貴方と話がしてみたいからこの割り振りに納得をしました」
そう言われてしまうと、何も言い返せなくなってしまう。
凛々しくこちらを見つめる氷川さんからは、なんというか一種の『スゴ味』があった。なら黙して従うしかないのだろう。いつだって男性は、女性の尻に敷かれることしか能がないからね。
「わかった。変な事言ってごめんね?」
「気にしてません。では行きましょうか」
一悶着ありながらも、ドキドキ☆国府田魁人の心臓耐久ゲームが幕を開けたのだった。
一見して引きこもり、さらに言うと社会不適合者のような僕の生態だけど、その実ネトゲの類に手を出したことはなかった。そもそもゲームに興味が湧かず、ニートしている間もただ食べてただ排泄してただ寝るだけのうんち製造機になっていたものだ。
だからこんな機会が訪れたことに意外とワクワクしている。
「ええと、これで大丈夫かな?」
「はい、まずは始まりの街に転送されます」
氷川さんは経験者なので、自分のアカウントを既に持っていた。僕は本物の初心者だからキャラクリエイトから入ったのだけど、氷川さんの教えの下、満足のいくアバターを作れた。
ついでにある程度操作の方法も教えてもらったけど、氷川さんはとても教え方がうまい。自らの経験則で物事を語る癖があるのか、まるで僕自身が体験したかのように話が頭に入ってくるのだ。
多分操作自体に問題はないだろう。感謝します。
「これからはチャットで会話しましょう」
「ん、了解」
言い終わるが早いか、氷川さんはヘッドホンを装着してしまった。きっと僕の声を聞いていては耳が腐ると思ったんだろう。いい選択だな、だが無意味だ。
このネカフェはどうやら珍しい種類らしく、完全防音になっている。普通はただ仕切りが置いてあるだけだろうけど、完全に下界から閉ざされているのだ。
今回僕たちが借りたのは2人部屋。普通は友達同士、ないしは恋人同士で使う場所らしく、パソコンの他にもカラオケやらゲームやらが置いてあった。
だから別に大声を出しても構わないのだけど、氷川さんはゲーム内チャットを選んだ。
ポジティブに考えれば、彼女がゲームの雰囲気を大事にしていると捉えるべきだね。決して僕の声を聴きたくないわけじゃないはず。僕は学んだのだ。
同じく僕もヘッドホンを装着し、耳に入るのはゲームのSEと環境音のみ。泣いてなんかないよ。
『kaitoさん、私です』
とりあえずその場に立ち尽くしていると、女性のアバターに話しかけられた。このアバターは氷川さんだな。
ちなみにプレイヤーネームが本名なのは氷川さんの勧めだ。師匠に言われては断る理由は無いからね。
『こんにちは氷川さん』
『ここではプレイヤーネームでお願いします』
『了解だよsayoちゃん』
意外と氷川さんも凝り性なのかもしれない。ゲームの世界に没頭するなら、その世界の名前で呼び合うほうがいいだろう。
『とりあえず皆と合流しようか』
『そうですね。集合地点まで私についてきてください』
言われるがままについて行くと、その過程で街、というより村の様子を眺めてしまう。
各々まるで生きているかのように動く人々。グラフィックが現実的ではないにしろ、アナログな僕からしてみればまるで人間が生息しているかのように錯覚してしまう。
不慣れな操作に戸惑いながらもついて行くと、道端に一人の女の子が座り込んでいるのが見えた。所謂NPCというやつだろうか。
すすり泣く声がヘッドフォン越しに聞こえてくる。本当に只の女の子みたいだな。
かわいそうだがこれはゲーム。僕らにも予定があるのだからスルーさせてもらおう。
『少し話を聞いてみましょう』
『え? でもみんな待ってるんじゃ……』
『泣いている女の子を放っておけません』
言われて、大切なことに気が付いた。たかがゲームたかが一勝負、でもだからこそ全力を尽くさなくてはならない。そうでなければこの世界に生きる意味も資格もない、というある尊敬すべき人の言葉を思い出したのだ。
氷川さんは手を抜かない性格だから、弟子である僕もそれに倣うとしよう。
『どうかしましたか?』
『……もうと』
察するにこれはクエストだろう。事前情報によるとNPCに話しかけることでクエストが発生し、それをクリアすることがまず初めに初心者が行う事らしい。
多分、泣いている子はお姉ちゃんで、はぐれた妹を探すクエストだと思われる。初期の街でそんなに難しいクエストが出る筈もないし、さっさとクリアしてしまおう。
『妹ちゃんだね? すぐに探してくるから待ってて』
『
『オーケイsayoちゃん。このまま集合場所に向かおう』
『飛龍毛頭零式改二剣ですね。少し待っていてください、すぐに持ってきます』
『どう考えてもその辺にある訳ないよね? ラスボスダンジョンの宝箱にあるべき剣だよね?』
もうとの部分しか合ってないじゃないか。もしかしてこのキャラバグってるんじゃないの?
『今から探しに行ったんじゃネカフェの使用時間終わっちゃうよ! 可哀そうだけどこの子は見捨てるしか……』
『落ち着いてくださいkaitoさん。この子は落としたと言っていました。ならこの子の行動範囲内に飛龍毛頭零式改二剣が落ちている可能性が高いです』
言われてみれば確かにそうだ。ネーミングだけで判断していたが、こんな小さな女の子の持ち物なんてたかが知れている。大方おもちゃの類だろう。
『さっきまでどこにいたのかな?』
『魔王城にいる時は持ってたんだけど……』
『完全に魔王討伐に向かってるじゃないか!』
『デス〇ムーアちゃんの所に遊びに行ってたの』
『それただのド〇クエ!! 何勝手にゲームクリアしようとしてんの!?』
『では魔王城から探してみましょうか』
『なんでそんなに冷静なの!?』
意外と氷川さんは天然みたいだ。
今まで高評価をつけてくれた方々の名前を後書きに載せていましたが、そんな晒し上げみたいな事はやめた方がいいという意見をいただきましたので、今回から取りやめようと思います。
ですが、わざわざ時間を使ってまで評価してくれている皆さんの行為には頭が上がりません。
きちんと全員分目を通して、元気とやる気をもらっています。
遅筆ではありますが、これからもお付き合いしていただけると嬉しいです。
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第14話
人権を無視した1日利用券を配布されてしまった国府田魁人。1発目の利用先はロゼリアだが、まさかネトゲを一緒にやることになるなんて……
狭い部屋、紗夜と二人きり。何も起こらない筈が無く……
通報されるか、トラウマを掘り起こされて心臓が爆発するのが先か。
社会的に死ぬか肉体的に死ぬかの違いしかないが、魁人の未来はどちらに!?
次回、『魁人死す』、エグザムシステムステンバーイ!
はい、というわけで皆様お久しぶりです。就活がようやく終わったので舞い戻ってきました。
これからは投稿頻度が上がると思いますので、どうぞよろしくお願い致します。
ついでにタイトルクソ長いので、適当な略称を募集中です。感想欄でもTwitterでもいいので、案を貰えると助かります。
私にとって妹は、忌むべき存在だ。
何度、貴女さえ居なければと思ったのだろう。
何度、貴女と私を比べて絶望に打ちひしがれただろう。
私は後何度、貴女の輝きを見せつけられればいいのだろう。
勿論こんなこと他人に言えるわけないし、言うつもりだってなかった。
それでも、
「魁人さんには、妹が居たんですよね」
そう彼に言ってしまったのは、心の何処かで救いを求めていたからなのかもしれない。
「まりなに聞いたの?」
返って来たのは、普段の彼とは想像もつかないほど冷たい声。それも当然なのかもしれない。他人のプライベートに首を突っ込むなどあり得ない話で、私も同じ立場だったらいい心地はしないだろう。
「いいえ、白鷺さんから聞きました」
「……うん、愛菜っていう妹が《居た》」
居るではなく、居た。その言葉の意味が分からないほど愚鈍ではない。
それでも吐いた言葉は戻らず、それを免罪符に私の口は動き出す。
「その子を憎いと思ったことはありますか?」
「ありえない」
「それは何故?」
「僕の総てだから」
答えになっているのか分からない回答は、私の知りたい言葉ではなかった。
他人の価値観を否定する気は毛頭無いけれど、彼の答えは極端すぎる気がする。
「そういえば氷川さんって…… ああ、パスパレのあの子か」
何か合点がいったように、魁人さんはひとりごちる。
同じ苗字であり、双子なだけあって顔立ちも似ている。気づかれるのも無理はない。
「妹さんとうまくいってないの?」
質問に対して顔を顰めてしまった。それを回答とみなしてか、魁人さんは薄っすら微笑んでみせる。
「なるほどね。その話をするために皆から離れた訳だ」
好意には鈍感だが、こういった事に察しがいいのは彼の性格を表している気がする。
沈黙は肯定とみなされ、普段の彼からは想像もできないほどに饒舌になっていく。
「僕から一つだけ言えることは、その子がいつ死んでもいいように生きることだ」
瞬間、胸を大きな衝撃が襲った気がした。日菜が、死ぬ?
そんなことありえない……とは言えなかった。どんなに低い確率だって、決して無いわけではない。仮にその時が訪れたとして、私は一体どうなるのだろう。
待ち望んでいた筈の、彼女の居ない世界。私にはそれが、何故か灰色に見えてしまった。
「別れはいつも突然だよ。それが何年後か、明日かの違いでしかない」
「魁人さんは、その……」
「うん。まだ言えてないありがとうも、ごめんねも、総て彼女には届かない。氷川さんにはそうなってほしくないんだ」
自分だって悲しい筈なのに、魁人さんの瞳は真っすぐとこちらを捉えて離さない。
「私に、そんな資格があるのでしょうか」
「うん?」
「今までずっと、酷い言葉をかけてきました。汚い感情を抱えていました。今更こんな……」
「その気持ちだけで十分じゃないかな。謝って許してくれないなら、許してくれるまで謝る。単純な話だよ」
「ですが……」
煮え切らない私に、魁人さんは困ったように笑って、
「なら僕が君を支えてあげるよ。悲しい事は2人で半分こしよう。それなら君も頑張れるだろう?」
「……はい?」
予想もしていなかった一言につい間抜けな返事を返してしまった。一体どうしてしまったんだろうかこの人は。
まるでプロポーズのような言葉に、頬が熱くなるのが分かる。いや、多分そんな気は毛頭ないのだろうが、つい勘違いしてしまいそうだ。
「といっても、僕にできるのは精々が話を聞いてあげる事くらいだ。だから、総ては氷川さん次第」
「それは勿論です。何から何までお世話になるわけにはいきません」
そもそもこれは私個人の問題だ。他人を巻き込んでいい道理はない。
「君が笑顔になれる日を、いつまでも待っているよ」
……この人は本当に女性不信なのだろうか。まりなさんが言うには数々の女性に裏切られたせいだと言っていたけれど、誰彼構わずこんなセリフを吐いていれば恨まれても仕方ないのかもしれない。
「じゃあ一段落着いたところで……他の皆と合流しようか」
「あ、そうですね。すっかり忘れていました」
時間も結構経っていて、恐らく宇田川さんと思われるメッセージがスマホを鳴らしていた。
きっと怒られてしまうだろう。でも、気持ちは晴れやかだ。
どこか軽くなった手を動かしながら、私は他の仲間にメッセージを送るのだった。
氷川さんの話を聞いた翌日。
今日も今日とてバイトの日だ。全く嫌になる。
次の『国府田魁人一日貸し出し券』、通称死刑宣告カードが使われるかびくびくしながら業務にあたらなくてはならない。
当然の話だが、あの後僕と氷川さんは怒られた。ネカフェの利用時間は決まっているのだから、数十分とはいえ失踪していた僕たちの罪は重い。
でもそれも仕方のないことだ。同じ妹が居る身としては、氷川さんの話を無下にはできない。
本気で悩んでいるようだったし、長男、長女同士見守ってあげたいところだ。
妹と仲が悪いなんて悲しいもんね。
これに関していえば、別に裏切られても構わないと思っていた。話が嘘なら二人の関係が良好なわけで、それは僕にとって喜ばしい事だ。だから陰で『あのおっさん作り話信じてめっちゃ語って来たわぁw』『草が生えるねおねーちゃんw』とかなっていても気にしない。トラウマレベルは精々3。何日か外に出られない程度で済む。
「こんにちはー!」
「いらっしゃい氷川さん。他の皆はまだ来てないよ」
なんて考え事をしていたら、お客様である氷川さんが来ていた。勿論妹の方だ。
今日は珍しくパスパレの予約が入っていたので、よく覚えていた。
昨日の今日でなんだか運命的な物を感じてしまうが、女子高生にそれを言ったら塀の中まっしぐらなので何も言わない。
「なら少し時間を潰して……」
歯切れの悪い言葉が気になって氷川さん(妹)を見ると、何やら入り口を凝視していた。そしてその理由はすぐに判明する。
「こんにちは。次の予約の確認に……日菜?」
「おねーちゃん……」
まさかまさかのバッティング。2人並ぶとやっぱり双子なんだなぁとか現実逃避している場合ではない。
氷川さん(姉)だって、まさか昨日の今日で変われる訳が無いだろう。助けになると誓った以上、ここは僕がなんとかしなくては。
「予約の確認はカフェテリアで――」
「日菜、魁人さんにあまり迷惑をかけないようにね。貴女は私の妹なんだから」
「…………!?」
「近くに寄ったついでだったので、確認は後日また来ます。日菜の事をよろしくお願いします」
茫然とする僕、間抜けな顔のまま固まってしまった氷川さん(妹)。それを知ってか知らずか、氷川さん(姉)は僕の耳元にまで近づいて、
「それと、私の事は名前で呼んでください」
それだけ言うと、彼女は早歩きで店から出て行ってしまった。
残されたのは、状況が呑み込めない2人。
「……おねーちゃぁぁん!?」
心からの叫びが、エントランスに木霊した。
Twitterでは作品の投稿をお知らせしているので、是非フォローしてくださいね。
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第15話
その中で私的にも最高の奴があったので発表します。
「年刊女性不信」
今後ともよろしく!
紗夜ちゃんが帰った後、すぐにパスパレのメンバーが集まった。
「一体どういう状況なの……」
「僕にも分からないんだよ白鷺さん」
氷川さん(妹)は未だ放心状態であり、普段の活発そうな雰囲気は鳴りを潜めている。僕の精神衛生上は問題ないのだが、いつまでもこのままではいられないだろう。
「部屋は3番だね。じゃあ僕は仕事があるのでこの辺で」
「待って下さい!」
かいと は にげられなかった!
丸山さんに肩を掴まれ、夢の逃避行は終わりを告げる。
「今こそ貸し出し券を使います!」
「くっ…… やはり持っていたか……っ」
煙に巻いて逃げようと思ったが、それを見せられてしまってはどうすることもできない。恨むよまりな。
「日菜ちゃんを元に戻してください!」
「そうね、これはきっと魁人さんのせいでしょう?」
あれよあれよと話が進んで行くが、生憎僕には否定する材料が足りない。間接的に関わってしまっている以上、無関係を決め込むことは許されないだろう。
「うーん、時間が経てば戻ると思うけどね」
「ワタシにいい考えがあります!」
どうしたものかと悩んでいると、元気いっぱいの若宮さんが手を挙げた。正に渡りに船、ここは彼女の案に賭けてみるとしよう。
「カイトさんがメイド服を着てご奉仕するんです!」
「それはとてもいいアイディアだわ! 早速準備しましょう!」
「どうして白鷺さんがそんな乗り気なのか知らないけど、そんなんじゃ甘いよ」
「何故ですか?」
「男の女装姿で喜ぶのは一部の
僕に男の娘になれだなんて、見かけによらず鬼畜すぎないか?
「そもそもどこでそんな知識を仕入れてきたのさ」
「日本ではメイド服が標準的な給仕服だと、祖国の友人が言っていました!」
「生憎日本にそんな文化は無いよ。メイドは日本発祥じゃないと思うよ」
「そうなんですか? でもワタシの友達は
「メイド服だけ流暢な時点で絶対偏った知識だって分かるよね」
「彼は皆からa-boyと呼ばれていました!」
「多分、その子はいじめられているよ」
akiba-boyとbad-boyの違いは、小さいようでとてつもなく大きい。
「その、月並みですがキスで起こすっていうのはどうっすか?」
「ダメよ麻弥ちゃん。それだけは絶対にダメよ」
先程の若宮さんの意見とは違い、即座に否定に入る白鷺さん。これがメンバー内格差というものなのか。やはりアイドルの闇は深いのだろうか……
「直接するのはアイドル的にNGよ。だからここはまず魁人さんが私にキスをして、そこから私が日菜ちゃんにキスをする方法を提案するわ」
「ダメに決まってるでしょ!? 千聖ちゃんだってアイドルだよ!?」
「私は女優だからノーカンよ」
真面目な顔をしてぶっ飛んだ提案をする白鷺さんだが、バラエティの練習だろうか。女優、アイドル、バラエティと様々な分野に挑戦する彼女には、一種の覚悟のようなものがあった。
「そのどっちかしか選択肢が無いなら、僕は喜んでメイド服を着るよ」
「えっ…… まさか魁人さん、元からそういう趣味が……!」
「冷静になってほしい。アイドルの唇を奪うのと僕が笑いものにされるの、君たちにとってどっちが得かな?」
「私は奪われたい側ですね」
「白鷺さんは疲れているのかな? なんか今日はちょっと変だよ」
「そういう事なら……」
白鷺さんの狂言を無視し、丸山さんがスマホの画面を少しいじった矢先、倉庫へと続く扉がゆっくりと開いた。
「あ、魁人君。さっき彩ちゃんから連絡があったから、倉庫に置いておいたメイド服持ってきたよ」
「仕事が早いのは君の良い所だね。後は常識を持ってくれると非常に助かるよ」
「いや、魁人君も常識に欠けてるよね。仕事先でメイド服着るなんて」
「くぅぅ…… 仕事先にメイド服を持ってきてる奴に常識の有無を問われる日が来ようとは……!」
絶対に僕の方が常識人の筈なのに。
まりなの手にはそれはもう見事なメイド服があった。クラシカルなそれは、秋葉原のメイドカフェで使われているものと一線を画す。
なんで持っているのかは……今は聞かないでおくとしよう。幼馴染の暗部を知るのはまだ早い。
「じゃあ早速着ようか。ちょっと倉庫で着替えてくるよ」
「ごめん、なんでそんなに乗り気なのか教えてもらってもいい……?」
しまった、これじゃあ僕が女装大好きの変態で、自らメイド服を着たがっているみたいじゃないか。
勿論僕にそんな性癖は無い。ただなんというか……先程から無言の白鷺さんから発せられるオーラの所為だ。
例えるなら野獣の眼光。隙あらば喉笛に喰らいつかんと身構えているような気がしてならない。
先程キスを拒んだことにご立腹なのだろうか。だがちょっと待って欲しい。
今をときめくアイドル&女優である白鷺千聖。そんな彼女の唇を奪う事がどれだけ重罪なのか。
どこに耳があり目があるか分からない現代のネット社会。こんな公の場でそんなことをすれば瞬く間に広がり、Twitterのトレンド1位を飾ることは想像に難くないだろう。
そもそも未成年に手を出すことは犯罪だし、スタッフが逮捕されることでこの店もつぶれてしまうかもしれない。
ゆえにメイド服という代案は渡りに船。惨劇を回避する為ならば僕は喜んで恥を晒そう。全然嬉しくないけど。
とにかく今大切なことは、僕に女装大好き人間なんていう不名誉なあだ名をつけられないよう、あくまで嫌々着ていると思わせることだ。
「いやしょうがないんだよ。君が配った貸し出し券を使われちゃ抗うことはできない」
「その割に嬉しそうだね」
「そんなわけないじゃないか。本当は悲しくてしょうがないよ」
「英語で言ってみて」
「happy」
海を割ったモーゼの如く、目の前が真っ二つに割れた。具体的に言うと皆との距離が一気に離れた。
くっ、さすがはまりな。巧妙な誘導尋問により僕の深層を吐かせるとは……! いや別にメイド服は着たくないけど。
こうなった以上メイド服を着ることはできなくなった。このまま素直に着てしまえば無理矢理女装させられることに悦びを感じるマゾヒストへジョブチェンジしてしまう。そのままマゾヒスト=ヘ=ジョブチェンジに改名まであるだろう。
「やっぱり着るのやめます」
「まりなさん、ここからどうにか着させることはできませんか?」
手に持っていたメイド服を投げ捨て拒否の姿勢を見せたが、丸山さんはまだ諦めていないようだ。それも当然か。親友の唇を奪われたくはないもんね。
だがさすがのまりなも、この状況をひっくり返せる手札を持ってはいないだろう。
「あるよ」
「えっ!?」
「まず魁人君をボコボコに殴ります」
おまわりさんこの人です。ていうかまずってなんだよ。抵抗できないくらい殴った時点で目的達成じゃないか。
「くそっ! こんな変態だらけの場所に居られるか! 僕は家に帰るぞ!!」
こうなってはもう逃げることしかできない。足腰が立たないくらい殴られるか、女子高生たちの前で女装させられて笑いもの、もしくはネットのさらし者にされるかの二択しかない。
肉体的な死と社会的な死の二択。どうしてこうも僕の人生には死という選択肢が付きまとうのだろう。
虚を突いたはずの逃走、しかしドアに辿り着くまでに呆気なく腕を掴まれてしまう。
万力のような力で締め付けられる腕を必死に見ないようにしながら、僕は人生最後の選択を迫られた。
「キスでもいいんですよ?」
「殴ってください。泣いて謝るまで」
もはや選択の余地は、残ってなどいなかった。
散々投稿頻度を上げるとか言ってきましたが、あれは嘘だ。
というのも昔からの夢があってですね、それを叶えるには自粛中の今しかないんですよ。
軌跡シリーズ制覇という中学生くらいに抱いた野望ですね。
とりあえずリベールを制覇してから、共和国、帝国まで物語を見届けたいと思ってます。
騙すような形になりましたので、もう見限ってもらって構いません。それだけ不義理な事をしていると自覚しています。
息抜きに投稿するとは思いますが、もう今月中には投稿しないと思います。
年刊女性不信の名に恥じないよう、1年に1回は必ず投稿しますが、さすがにそれを待てというのも図々しい話でしょう。
それでも願わくば、皆様と一緒にこの物語の最後を見届けたいです。
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第16話
Twitterもグラブルbotみたいになってますが、フォローしてもらえると嬉しいです。
多分、思春期の人たちは皆思うのだろう。
いつの日か、自分は価値のある誰かになるのだと。
特につらい思いもせず、努力を重ねることもなく、平和な日常に垂らされたスパイスが、自分を何者かにしてくれると信じて。
そうしていつの日か、現実を知り大人へとなっていく。
人によって程度の差はあるだろうけど、何もない人が辿り着く平凡な人生なんて、所詮そんなものだ。
多分、もう手遅れだ。
「私なんて……」
価値のない少女の独り言は、煌々と辺りを照らす夕日に溶けて消えていった。
特に何か失敗をしたわけでもなく、誰かに何かを言われたわけでもない。それでも今日みたいに、気分が落ち込むことはよくあることだ。
そんなときは大抵、ふて寝していれば元に戻るのだが、なぜか今日に限っては、外に出たい気分だった。
特にあてもなくぶらぶらと、彷徨い歩くこと数十分、或いは数分、もしくは数時間。
時間感覚など意識の底に沈み、気づいたら土手の斜面に体育座りしていた。
少し遠くを見れば、段ボールを下に敷いて斜面を滑り降りる小学生たちの姿がちらほらと。
どうやら中にお金持ちのおぼっちゃんがいるらしく、メイドの人が段ボール製のそりをせっせと作って渡していた。
今時珍しいなあとか、金持ちは違うなあとか思ったりして。私も昔は輝いてたなあとか一瞬思ったけど、よく考えたら私にあんな輝いていた時期は無かった。
いつも遠巻きに眺めていた事を思い出して、結局今もこうして眺めている事実を突きつけられて死にたくなる。進歩してないなあ。
「私も、やってみたいな」
多分、何も変わらないけど。
あの日踏み出せなかった一歩を踏み出せば、もしかしたら私は、何者かになれるのかもしれない。
今更遅いか。
「なーんて、言ってみたりして」
今日は自分の口がよく回る。いつもはろくに働かないくせに、こういうときだけ饒舌だ。独り言だけ喋る口なんて、なんの価値もないのに。
あーあ、私が所謂
イケメンで背が高くて頭がよくて、誰からも羨ましがられる人が、傍らにいてくれたらなあ……
そこまで考えて、やっぱり私には似合わないと勝手に落ち込んだ。今日だけで何回落ち込めば気が済むのだろうか。
瞳に映る総てが私を追い詰めるような気がして、逃げるように顔を埋めた。
ああ、どうか白馬の王子様。
憐れな小娘の手を、颯爽と掴んでくれませんか。
そう、性懲りもなく縋った時に――――
「ちょっといいかな?」
「きっと輝かしい未来が待ってる……そう考えていた時期が私にもありました……」
「ああ、確かに僕もそんな時期があったよ。大人になって現実を見るまではね……」
どうも皆様こんにちは、国府田魁人です。今私は中学三年生の子とお話しています。
どうしてこうなった……(絶望)
元をたどればパスパレ+まりなが着せてきたメイド服だが、彼女たちはそれだけに飽き足らず、どこからどう見ても女性にしか見えないほどメイクを仕上げてきたのだ。
さすがは芸能人というべきか、ウィッグを被ればあら不思議、僕自身鏡を見て『えっ、これが私……』なんて思ったほどだ。
それで満足してくれればよかったのだが、しまいには女性用下着を着せてこようとしたので店から逃げた。
何か新しい扉が開きそうになっているのは事実だが、僕はまだ男でいたい。
現実逃避を兼ねて河原で一人黄昏ていたのだが、メイド服の物珍しさから小学生男児たちに囲まれてしまったのだ。
小学生男児と話す女装男……おまわりさん私です、と思いきや、なぜか男だとばれなかったのだ。確かに見た目は完璧な女だし、声も低めの女性だと言われればそうかもしれないが……
「それにしても、まさか本物のメイドさんに会えるとは思ってませんでした」
「ハハハ」
そして件の中学生である倉田さんも、僕の完璧な女装を見抜けなかったみたいだ。
請われるがままキッズたちの遊びに付き合っていたが、その時こちらを見ている倉田さんに気付いたのだ。バレたら即人生終了RTAをしている身からすれば、通報されるのが怖くて気が気でなかったのだが……
彼女の表情が気になってしまって、つい声をかけてしまった。
まるで総てを諦めているようなその顔が、
そのせいで、今の自分が女装変態野郎だということを忘れて話しかけてしまったのだ。国府田魁人一生の不覚だろう。
幸いバレずにすんだが、一歩間違えれば塀の中だっただろうなあ。
「やっぱりあの中の誰かにお仕えしてるんですか?」
「ん? いや違うよ。偶々通りかかっただけさ」
「子供好きなんですね!」
話は変わるが、僕は子供は好きな方だ。相も変わらず女性が苦手な僕だが、子供ならさほど気にもならない。まあ最近の女の子はませているから、小学生低学年でも油断できないところではあるんだけど。
しかし先ほどまで遊んでいたのは全員男子だ。女の子がいないのなら恐れることなどどこにもない。さながら彼らは、心のオアシスだ。
「小さい男の子って、いいよね……」
「へ、へえ……」
違う、そうじゃない。
一体何を言っているんだ僕は。これじゃあまるで僕が、小さい男の子が好きな女装不審者みたいじゃないか!!
「いや違うんだよ倉田さん」
「ですよね…… さすがに犯罪はちょっと……」
「僕は女の子も好きだ」←現在女装中
「あっ私帰ります」
「なぜ!?」
やはり僕の嘘はわかりやすいのだろうか。
「ちょっとだけ悲しいです。なぜか親近感がわいていたので」
立ち上がった倉田さんは、確かに少し悲し気な表情をしていた。
彼女のいう事もわからなくもない。確かに僕と彼女は少し似ている。卑屈な所とか、自分に自信がない所とか、諦め癖がついていることとか。
上げればキリがないくらいだ。それこそ、出会い方が
女性が苦手な僕が、こうも倉田さんと自然に話せていることが何よりの証拠だ。決して女装中だからとか、新たな世界が開けているからとかではない。
「貴女なら新しい世界を見せてくれるかもしれないって思ったのに……」
「待ってくれ、いくら僕にも
「そんなの私だって見たくありません!!」
いや僕は男だから無理って事なんだけど……もしかして何か勘違いしてる?
「倉田さん、もしかしたら僕たちは、何かすれ違っているのかもしれない」
「すれ違うも何も、貴女が――って、そういえば名前も聞いてませんでしたね」
「僕の名前は月島まりな。サークルってライブハウスで働いているから、よかったら遊びに来てね」
すまないまりな。メイド服徘徊ショタコンの名前は君が被ってくれ。代わりに店の宣伝はしておくから。
って名前何てどうでもいいのだ。早く僕の誤解を解かなくては……
「恐らく倉田さんは誤解しているんだ」
「誤解も何も……まりなさんが小さな男の子と女が好きな女性ってことは確かですよね」
「いいや、それは誤解なんだ」
今ので確信した。倉田さんは大きな誤解をしている。とてつもなく不名誉な事なので、早く真実を教えてあげなければならない。
「誤解って……子供嫌いってことですか?」
「いいや。でも子供嫌いって人はあまりいないだろう? 僕の好きもそれと同じで、邪な気持ちなんて一切ないんだ」
「はあ……? なら女が好きっていうのは」
「それだよ。そこが大きな誤解なんだ」
そもそも女が好きってこと自体が嘘なのだが、今更それを言って信じてもらえるはずがない。
ならばとるべき行動はただ一つッ!!
「実は僕、男なんだよね! だから女が好きでも不都合は――――」
「いらっしゃいませー……って、警察の方が何か御用ですか?」
「こちらに月島まりなさんはいらっしゃいますか?」
「それは私ですが……」
「(ガシャン)19時45分、容疑者を確保しました」
「ちょ、ちょっと待ってください!! 何かの間違いでは!?」
「貴方には先ほど、メイド服を着て男子小学生の身体をみだりに触り、女子中学生の身体を淫らな目で見ていた疑いがあります」
「それ絶対私じゃありませんよ!?」
「いえ、犯人は逃走しましたが、通報者に名前を明かしていたそうです。月島まりな、と」
「律儀に名前言う筈ないじゃないですかッ!!」
「話は署で聞きますから」
「あっちょ、まっ」
アモングアス難民です。
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第17話
フリーハグをご存じだろうか。元はアメリカの誰かが始めた行動で、簡単に言ってしまえば見知らぬ人同士抱き合い、愛やら思いやりやらを生み出す活動のことだ。
そこに邪な気持ちは一切なく、誰かと愛を分かち合ったり、何気ない日常を過ごせることへの感謝を捧げるなど、一種の啓蒙活動に近い。
結構前に日本のメディアで取り上げられたこともあり、実際に見たことはなくても、知名度はそこそこあるだろう。
「でも魁人さんがやって大丈夫なんですか?」
「多分だめだろうね。だから助けてほしいんだ奥沢さん」
此処は皆の憩いの場サークル……の筈だが、そこに僕は縛られて転がされていた。
下手人はまりな。朝出勤した瞬間、目にも止まらぬ速さで僕を縛り上げ、そのままバックヤードへと消えていった。フリーハグの刑ね、という言葉を残して。
「恐らくまりなは看板の準備をしている筈だ。その準備が終われば僕は女性にハグを求める変態として社会に吊るし上げられ、心労から自死を選ぶことだろう」
「そんな大げさな……」
比較的マシになっているとはいえ、僕の女性不信は未だ深刻だ。特に悪意に晒されると数々にトラウマが蘇ってしまう。
「あんなに怒っているまりなさん見るの初めてですよ」
「確かに珍しいね。あまり負の感情を出さない人だから」
まりなは基本的に明るく振舞うようにしているらしい。僕の気分が落ち込んだ時、いつも励ましてくれたのは彼女の笑顔だ。普段口にすることは無いが、これでも感謝はしているのだ。
「なのにあんなに怒ってるなんて……何か怒らせるようなことしたんですか?」
怒らせるような事か……
女性不信は元からだから、今更怒るようなことじゃないだろう。
偽プロポーズは、僕と結婚しないで済む以上、願ったり叶ったりだろう。
昨日はまりなの名前を借りてメイド服を着ていたが、元はと言えば彼女がメイド服を所有していた事が発端だ。
「そんなの一度もしたことない」
「絶対何度もしてると思いますけど……」
なぜだ。昔から仲良しで有名だったんだぞ僕たちは。
「あれ? 美咲ちゃん?」
「こんにちはまりなさん。私は何も見てないので」
さすがは奥沢さんだ。面倒ごとの気配を察してか、まりなの姿が見えた途端僕を視界から消した。その危機管理能力には目を見張るものがある。
え? なんで見ただけで面倒ごとか分かるかだって?
「そんな大げさだよ~。さすがの私もそこまでひどいことしないよ。ね?魁人君?」
「嘘だッ!! 酷い事しない人はそんな大きな石を持っていない!!」
まりなが持ってきたのは大人が両手でようやく持てるか、くらいの平べったい石だ。それを4枚荷台に乗せている。
「あの……魁人さんからはフリーハグって聞いてたんですけど……」
「ん? そうだよ?」
「ならそれは何に使うんだ!!」
どう考えてもフリーハグに使う物じゃないだろ!
「まず魁人君を正座させます」
「くっ……僕はそんな程度の責め苦に屈しないぞ!!」
「太腿の上にこの石を重ねていきます」
「すみませんでした……ッ!」
これは江戸時代に行われた、石抱という拷問だ。令和になってお目にかかれるとは思わなかった。
「フリーハグは!?」
「お店に来た人が自由に置けるなら、フリーハグにならない?」
なんてことだ。僕の命は今日来店する人間の数に委ねられた。
一般的に石抱は、4枚目を乗せた時点で命の危険が生まれるらしい。今の時点でまりな、奥沢さんの2枚。つまり後2人来た時点で僕は死ぬ。
「さあってとー。もっとたくさん持ってこないと♪」
上機嫌で追加の意思を探しに行ったまりな。一体サークルの倉庫はどうなっているんだろうか。
ちらりと目をやると、ゴミを見るような目をしている奥沢さんと目が合った。きっと僕の惨状を憐れんでるに違いない。
「もう一度聞きますけど、何か怒らせるようなことしましたか?」
「しいて言うなら昨日、まりなの名前で女装してたくらいかな」
「魁人さんがハグしてくれるって、外に居る皆に声かけてきますねー」
なぜそんな
「魁人君お待たせー」
奥沢さんが店を出ると同時に、まりなが大量の石を運んできた。どう考えても僕の身長より高いんですがそれは……
「まりな考えなおして欲しい。もし昨日の事で怒ってるのだとしたら余計にね」
「私昨日逮捕されかけちゃったんですけど? はい1枚目」
「ごふっ……ッ! 待ってくれ、身内から逮捕者が出るのと、君が逮捕されかけるのどっちがいいか考えて――」
「逮捕されるようなことをしないって選択肢はないの? はい2枚目」
「ぎっ……!? 1人1枚じゃないの!?」
「置く置かないのもフリー、何枚置くかもフリーだよ。はい3枚目」
「ちょ、ちょっと待って!! 僕が悪かったから、なにか違う罰ゲームにして!!」
2枚目を置かれた時点で分かる死の足音。足の感覚がなくなっていくと同時に、僕の思考もどんどん希薄になっていくのが分かる。
「別の、かあ……」
「これ以外だったらなんでもやるよ!」
どんな苦痛が伴うとしても、命には代えられない。
「じゃあこれ、お願いね」
ピッとまりなが取り出したのは、いつぞやの国府田魁人貸し出し券だ。そういえばあったなそんなもの。
「美咲ちゃんが来てたのも、この券を使う為だったんだよね。内容はもう聞いてるから、外のハロハピメンバーと合流してね」
「それくらいならお安い御用だよ。ちなみに何をする予定なの?」
ピタリとまりなの動きが止まった。覚悟はしていたが、石抱に匹敵するレベルなんだろうか。
「今度ミッシェルがTV番組で取り上げられるらしくてね。その企画のテストをしてほしいらしいよ」
「なんだそんなことか。だったら安心だね」
「考えたのはこころちゃんだから、詳しくは彼女に聞いてね」
さすがにテレビで拷問シーンは流さないだろう。一先ず命の危機は去ったようだ。
「企画名は?」
「――特別バンジージャンプの刑」
弦巻さん考案の特別バンジージャンプ、かあ……
「一応聞くけど、その特別バンジージャンプってどんなものなの?」
流石に僕でもバンジージャンプくらいは知っている。問題はどう特別なのかだ。
「そうだね…… 多くを説明すると不安になるからヒントしか言えないけど……」
まりなが空を見るように窓を眺める。
「パラシュートのないスカイダイビング、とだけ言っておくよ」
人はそれを死刑と呼ぶ。
「い、いやだッ!! 僕はまだ死にたくない!!」
「逃げれるの? その足で?」
言われて気付いた。僕の足は石抱によってズタボロだ。走り出すことはおろか、立つ事すらままならないだろう。
「まさかここまで計算して……ッ!」
「いやまったく。魁人君が私に変態の汚名を着せなければこんなことしなくて済んだのに……」
「何も間違ってないじゃないか」
「(ゴキッ)行ってらっしゃい♪」
首の骨が折れる音を最後に、僕の意識は闇へと落ちて行った。
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