迷宮演義 (AD)
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太師、降り立つ。

 

 

 

 「何が、起こった?」

 

 後一歩、足を後ろへと踏み出すだけで時代が変わるという刹那の時だった。

 世界が震えたと感じた瞬間、彼は先ほどまで己が立っていた崑崙山と金鰲島の成れの果てなど何処にも見えぬ、見渡す限りの茶色い荒野に立ち尽くしていた。

 霞んだ目ですらそうとわかる程の、ありえない光景に対する違和感に困惑する心を抑える事ができなかった。

 

「……新手の宝貝か? 今更私を捕えたところで何ができるとも思わないが」

 

 元より満身創痍もいい所だ。

 十二仙や元始天尊……飛虎に、太公望。各々並の相手ではなかった。

 立っているのがやっと、むしろ立てているのがおかしい程の疲労感が全身を包み込んで、今にも私を押しつぶそうとしている。

 それぞれの戦いに際して、万全の状態であればなどと言い訳をするつもりなどなかった。

 そう、負けたのだというその結果にだけ、意味がある。

 

「…………ここで立っていた所で、何があるわけでもない、か」

 

 最早歩く事すら困難を極めるが、何もせずに死に行くのはそれ以上に耐え難い。

 己が信じた道のために、数多の者を手にかけた自分がそのような最期を迎えてしまえば……その者達に対して申し訳が立たない。

 何があるのかは分からぬが、何もせずに封神されるよりは遥かに良い。

 

「うむ……?」

 

 無意識に頷いて動いた視界の端。

 今にも崩れ落ちそうな足の傍には、黒い……布? いや、人……女、か?

 

「この至近距離で気づくのが遅れるとは、これはいよいよだ」

 

 …………ふむ。

 息はあるが意識はなし、か。

 最期となるだろう荒野に放り出され、傍に行き倒れとは、何とも。

 そうか――――最期、最期か。

 最期くらい、人助けというのも悪くはなかろう。

 このような荒野で、なおかつ今の私にできる事なぞ、精々がこの女を日陰に連れて行く程度だろうが。

 

「く、おっ……!? ふ、ふふふ、はは……!」

 

 女を一人背負うだけで手一杯とは。

 漏れ出した苦悶の声に、自嘲。

 幸いにして、霞んだ目でもわかるそびえ立った岩の陰まではそう遠くなさそうだ。

 とは言え、これは厳しい道のりとなる。

 しかし…・・・決めたのだ。あの岩まで辿り着く、と。

 最早悠長に選択肢を選んでいるような余裕など無いのだから。

 ならば動くのみ。

 力の限りを尽くしても足を引き摺ってしまうとはいえ、まだ動く。感覚も有る。

 かつて体が壊死する程に肉体を鍛え抜いた事を思えば、できぬはずが、無い。

 

「あぁ、お前、私を助けるのかね?」

「!?」

「いやぁ、そりゃあありがたい事だ。全く以ってありがたい事だ」

「……残念ながら、こちらはそう長くもたないだろう」

「あぁ、そうか、そうだ、このにおいは血か。なんだお前、死ぬのかい?」

 

 一歩踏み出した瞬間、担いだ女から漏れた小さな声。

 あっさりと心の内をさらけ出すような言葉だったせいか、私の心へ警鐘を鳴り響かせる事なく、するりと『そういうもの』だと納得させる不思議な声だった。

 ……仮に悪意があった所で、最早それに対して私が何かできる状況でもない。

 一つ歩みを進めるだけで体中から力が抜け落ちていく感覚からして、日陰まで辿り着くのがやっとだろうから。

 

「これまで天界からそれなりに『人』を見てきたつもりだったけどね、いやはや、お前はその中でも飛び切りだ」

 

 ざくり、ざくりと荒野を踏みしめるようにして歩くだけで、今にも膝が崩れ落ちそうになっている。

 言葉を返す余裕などなかった。

 

「体は文字通りの死に体だと言うのに、魂はこちらの『目』が潰れそうな程に輝き続けている」

 

 まるで耳元で囁くかのようなその声が、するりと耳に滑り込んでくる。

 遠い昔、穏やかであれた昔日を想起させる声だ。

 

「最早私が何を言った所で、お前には最早関係の無い事柄として受け取られるのだろうか…………さぁ、日陰まで、もう少しだぞ?」

「わかった上で、声を掛け続けるか。中々にいい性格をしている」

「おや、まだ喋れたのかい? お褒めに預かり恐悦至極。じゃあ、もう少しだけ頑張れるように目標を明確にしようじゃないか」

 

 背中から何かを探している気配がする。

 何が出てこようと、今さらだ。

 斃れ、封神されるという結果は覆せない。

 

「そう、影へ向かえ。ひたすらに、ただひたすらに。あの影に入るまでが遠足だよ? そうさなぁ……そこからを、私の領分としよう」

「いいだろう。……ああ、いいだろう! そこが私の終着点だ」

「相も変わらず、人の子の最期はまるで蝋燭の炎のようだ。いやはや、こちらの目を焼き潰すつもりかな?」

 

 後十歩。

 もはや無駄口を叩く余裕すらも無くなってきた。

 

「そうさなぁ、ここらで一つ、断っておこうか。私は『人の子』じゃあない」

 

 後五歩。

 ごそり、と背負った女が何かを取り出したのを感じる。

 宝貝か、さもなくばただの短剣か。

 どちらにせよこの私を封神するには余りある。

 

「当然、魔物でもない。見方によっちゃあ魔物の方がよっぽど上等かもしれんがね」

 

 後一歩。

 

「皆は私に言うよ。――――死にたくない、助けてくれと。精一杯の願いを込めて、そう私に言うんだ」

 

 ざり、と

 

「そして私は私の力の及ぶ限り、それを成してきた。そんな私の前で死に体を晒したんだ。お前さん、そう簡単に死ねると思うなよ?」

 

 最早黒と白しかわからぬような目で、岩陰へ踏み入ったのだとかろうじて理解できたのは幸いだ。

 我を通して逝けるとは、中々どうしてやるものだろう?

 あぁ、そうだ、最期の自己満足だったが、どうだっただろうか?

 飛虎、お前は、どう思う?

 

「さぁさ御覧じろ、あのクソ爺から続く医の神髄。なぁに、こちらへ持ち込めた薬と私の技にかかれば……あ、ちょっ、待っ……ヤバくね?」

 

 …………

 

「ええいここまで根性を見せたんだ、生き抜いてみせろよ人の子よ!」

 

 ――――はは、死に際の相手を叩いて起こそうとは、何とも。騒がしい最後だ。

 

 

 

 



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太師、今を知る。

 

 

「持ち込めた薬はからっけつ。オラリオでの生活はどうしたものやら」

 

 ――――……?

 

「何にせよクソ爺を頼るのだけは、たとえ送還されたって御免被る」

 

 声が、聞こえる?

 

「あー、そういやぁヘファイストスの姐御もこっち来てるんだっけ。 ……たかるか?」

 

 声だけじゃない。体の内から響く鼓動に、ひょうひょうと寂しげな風の音、ぱちりぱちりと火の音。

 何が、起きた?

 

「おん? あー、お目ざめかい? 思ったよりも早かった……てか早すぎるくらいに早いねぇ。治療してる時も思ったけど、お前さんの体ナニでできてんの? 何か三つ目だしさ」

「ここは、封神台では、ないのか?」

「ホーシンダイ? なんだいそりゃ」

 

 重い瞼を持ち上げて、声のする方へ眼を向ける。

 少しばかり目は霞んでいるが、色も形も認識できる。

 

「そうか、私は生きているのか」

「あぁ、私に感謝しなよお前。昔の貸しを持ち出してまでこちらに持ち込んだ薬を、景気よくぜーんぶ使ってやったんだ」

 

 そうか、生き残ったのか、私は。

 しかしあの死に体、瀕死の状態から回復に至る治療……薬?

 腕を持ち上げて、握る。握る事が、できる。

 この感触であれば、起き上がる事もできるだろう。

 体が壊死する程の鍛錬を重ねたあの時と比べれば、何という事のない疲労感でしかない。

 ましてや太公望と殴り合いに及んだあの地での状態を思えば、平常と言っても差し支えない程。

 

「おいおいおい、起きるのはまだやめ――ておかなくても平気そうだな。本当にどんな体してんだよ」

「……助けていただき、感謝します」

「よせよせ、お互いさまだ。こっちは下界を甘く見て、あの炎天下の中でぶっ倒れてたんだ。下手すりゃそのまま天界へ送還されてたかもしれないところを助けたのはお前だよ」

「しかし、私の背で目覚めてすぐ、瀕死の私を治療するだけの余裕はあったのでしょう。ならば、あの状況下から抜け出すのはそう難しくはなかったはずでは?」

「こっちは所詮暇つぶしで下界に降りてきた程度の情熱しか持ち合わせてないんだ。あのまま還っても『やっちまったなぁ!』ってネタにするぐらいかねぇ」

 

 何にせよ、命の恩人であるには違いないと下げた頭へ降ってきた言葉の意味が理解できない。

 天界? 送還? 死んでも還るだけ?

 何を言っている?

 そう、そもそも、ここは何処か?

 

「どういう意味でしょうか?」

「あん? あ、それ本気で言ってるね。いやいやいや、でもさ、下界の子たちの間ではもう常識になってんじゃないの?」

「下界の、子たち?」

「えぇぇ…………記憶、無くしてるわけじゃないよね?」

「それなりに生きたとはいえ、いまだ若輩の域を出ぬ齢です。そうそうボケるものではない」

「若輩って、お前さんいくつよ?」

「正確に数え続けていた訳ではないのですが、おおよそ300歳程でしょうか」

「……私達神から見れば確かに若輩だけどさぁ。エルフでもないだろうに300歳って。あぁいや、三つ目だし何かしらの変わった種族かね?」

 

 誰何された事で、現状に対する不信感が増していく。

 殷の兵士だった。

 金鰲島の道士だった。

 何よりも、殷王朝の太師として、あった。

 私は今、どこに在る?

 

「確認をさせて頂きたい。ここは何処でしょうか」

「オラリオへ続く街道からちょっと外れただけと信じたい荒野。ちなみに私は好奇心に従って街道から逸れて迷った!」

「胸を張るような事ではないと思いますが」

 

 そのような地名は聞いた事がない。

 無い、が、どうにも嫌な予感が頭を離れてくれない。

 この地で目覚めた際に疑った宝貝による催眠や空間への隔離の可能性は、この状況では低いと言わざるを得ない。

 そんな事をするのならば、何故。

 そう、何故。

 

「お? え、ちょ、この状況で鞭を取り出すって何する気よお前」

 

 腰に、禁鞭が吊るされている?

 体が動く?

 

「てかそれ治療してる時も思ったけど、ヤバくね? 何か触れちゃいけない気配がムンムンしてるんだよねぇ」

「お聞かせ、願いたい」

「待って、その眼光はやめて、心臓止まりそうになるから」

「殷。さもなくば周。金鰲島に崑崙山。聞きおぼえのある地名は?」

「極東っぽい響きだねぇ。生憎と聞いた事はないが」

「では失礼を承知の上でもう一つお聞かせ願いたい。この地が、オラリオなる場所が如何なる場所か」

「――――あー、何となく察した。そういう事かい。現実は小説より奇なりとは言うが、いやはや」

 

 察した、だと?

 

「お前、正直に答えな。なに、悪いようにゃあしないさ」

 

 正直、心情としては答えて良いと思っている。

 この目の前の女は、敵にしては杜撰に過ぎるし、信頼はできないが信用はしていいと感じているのは事実だ。

 

「ちなみに私達、神に嘘は通じない。真偽がわかるんだ。……名は?」

「聞仲。聞太師とも呼ばれる」

「宜しい。で、ブンチュウ君は……そうさな、イン? とかいう場所から来た」

「その様に認識して頂いて結構です」

「オラリオ、ファミリア、私のような神について、何も知らない」

「その通りです」

「君の種族は?」

「……仙人。正確には道士、ですが」

「ッ!」

 

 300年の生に裏打ちされた勘が、警鐘を鳴らしている。

 受け入れがたい現実が迫ってきている、と。

 苦虫を噛み潰したような、痛ましいものを見るかのような顔をした、目の前の女性がそれを運んでくるのだろう。

 

「ここに、この荒野のど真ん中にどうやって来たのか、分かっていないね?」

「ええ、それもその通りです」

「――――お前さん、やっぱり迷子だね。それも道に迷ったんじゃない。世界から迷子になったんだ」

 

 あっさりと言い放たれた言葉に、やはりと思う自分と、そんな馬鹿なと思う自分がいる。

 やはりと肯定した自分は、これまでの情報から。

 馬鹿なと否定した自分は、その様な話は聞いた事がないという自分の常識から。

 

「悪いが私も専門外だし、これに関してはあまり吹聴しない方がいいと思うよ。神々は好奇心旺盛だからね」

「吹聴したら、どうなると?」

「ホラ吹き、頭のおかしくなった人の子として見られれば御の字だけどね、最悪神々のおもちゃにされる。そうでなくても、額に目のある種族はないんだ。倍率ドン、ってやつさ」

「私よりも遥かに多様な特徴を持っている種族(ようかいせんにん)が居るのですが……これまでの話からすると、居ないのですね?」

「居ない。断言していい。この世界に生きる人の子の種族は、ヒューマン、エルフ、ドワーフ、パルゥム、アマゾネス、そして多様な獣人種」

 

 どの種族も、聞いた事はない。

 

「獣人種のメジャーな所で言うなら、ウェアウルフ、シアンスロープ、キャットピープル、ボアズ、ラクーン。マイナーな所でルナール辺りかな」

「それは……」

「聞いた事がない、だろう? でもね、これは神々が、天界から下界の様子を見ていた遥か昔から変わっちゃいないんだ」

「…………」

「神々は文字通り世界を見つめてきた。そんな中で、仙人や道士って言葉はあるよ」

「ならば! ……ッ!?」

「察してくれたようだね。頭の良い子だよ、君は」

 

 言うな。

 

「その言葉が登場するのはね、神々の誰もが聞いた事があって、そして誰もいつからあるか分からないおとぎ話の中さ」

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――むかーしむかし、なんて使い古された……むしろこれが原典かってくらい古いお話。

 凄い力を持った化け物が、何度も何度も世界を作っては壊すっていうひっどいお話でさ?

 でも最期はそんな凄い化け物を『仙人』や『道士』が倒すんだ。

 世界は平和になりました。もう世界が壊される事はありません。ハッピーエンド。

 

 

 ――――――ところがどっこい、化け物は悪あがきをしていました。

 その悪あがきの結果、世界は再び壊されて、まっさらに。

 そこからまた新たな命が芽吹き、世界は再び輝きだした、ってね。

 

 

 

 

 

 

 

「要は創世神話さ。そっから神が生まれ、世界をかき回して世界を形作った。さて、道士のブンチュウ君」

 

 おとぎ話、だと?

 それがおとぎ話だと?

 そうであるならば、私は。

 

「心当たりがあったようだね。その化け物の名前、言ってごらん?」

「……歴史の道標」

「大正解。さて、私が言った迷子の意味はわかったかな?」

「…………」

 

 未来、だというのか。

 それも果てしない程の。

 

「信じられないというのも無理はないよ。私自身、荒唐無稽なお話をしているなぁって自覚はある」

 

 だとしたら、殷は、私の仕えた殷は。

 

「ま、とりあえず頭の中を一度からっぽにしてみなよ。ほら、水でも飲んでさ」

「……水?」

「君も私も運が良いよ。この岩陰の裏、水場だったからねぇ」

 

 渡されたコップで揺れる水面に映った私の顔を、すぐに己だと認識できなかった。

 この情けない顔をした男が私だと?

 あぁ、飛虎、お前はこんな顔をした私を笑うのだろうな。

 笑って、背を叩いて、しっかりしろとでも言ってくれるのだろう。

 

「そう、まずは落ち着くのが一番さ。なぁに、生きてさえいれば何とかなるもんさ」

 

 ぐい、と飲み干して一息ついた途端に、意識が遠のくのを感じた。

 ッ……何か薬を盛られた?

 

「ゆっくり休むといい。疲れた体じゃあいい考えも浮かばないさ」

 

 ――――いや、今さら、か。

 

 

 



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神、嘆く。

 

 

 

 あの荒野から半月。

 まぁ驚かされる事ばかりだった。

 この子を単なる『人の子』と表していいものかはかーなーりー迷うところだけどさ?

 薬で眠らせて一息つかせてからというもの、そりゃあもう、月並みに言うなら凄いの一言。

 バリバリ、なんて擬音をつけてやりたいくらいに(わたし)の持つ知識を片っ端から吸収してこの時代に適応していく柔軟さに、大昔にダンジョン外に出て弱くなっているとはいえ、繁殖して群れを成したモンスター共をあっさりと蹴散らす武力。

 オラリオまでの道のりで立ち寄ったいくつかの村や街で目にした人々の営みを見て、感じて、聞いて。目を覚ましたらそこは遥か未来、自分を知る者は誰一人として居ませんでしたなんて状況、そうそう受け入れる事ができるもんじゃない。

 それでもこの子はそれができてしまう。いやぁ、強い子だ。

 

 

「ただの疲労だね。精の付く物を食べて2~3日ゆっくり休みな。不調のまま無理して仕事をするより、回復してから全力で取り組む方が君のためでも、周りのためでもある」

「いや、でも俺が抜けると他の奴らが!」

「気にしなくていいんだよ。あぁそうさな、力仕事だったね? 君の穴埋めに適任の子が居るから心配しなくていい。いやマジで」

「は?」

「日雇いの仕事で稼がないと、路銀がねぇ……」

「は、はぁ……?」

「てことでブンチュウ先生、出番デスヨ! あ、君は帰ってゆっくり休みな。お大事にー」

 

 

 そして信じられない事に、この子ってば神の恩恵(ファルナ)無しでも話に聞いた冒険者以上の事ができるんだもの。

 モンスターを蹴散らした時にも思ってたけど、あのイカれた性能のパオペエ・きんべん? とやら抜きでも、まぁ強いこと強いこと。

 数メドルの距離を一足で軽々跳躍するわ、道中で拾った錆びた剣で返り血ひとつ浴びずにモンスターの群れを始末するわ……これ何て言えばいいんだろうねぇ? 強くてニューゲーム?

 道士とやらの性能はバケモノか!

 

 

「承知しました。――――が、私が傍を離れても、無駄遣いはなさらぬように!」

「うひゃい!?」

「過日のような『珍しい薬草あったから買っちゃったー』などと無計画な散財は困ります。分かっておいでですね?」

「いやでも、それで薬も作れるし「分かって、おいでですね?」その目はやめてってば、マジで、マジで心臓止まるからさぁ!?」

 

 

 騒ぎにならぬようにと額の目は布で隠しているとはいえ、まぁ目力が3分の2になったところで怖いものは怖い。

『ギン!』とか『ギュピィン!!』とか擬音つけてやりたくなる眼光を神にぶん投げて来るのは流石にどうかと思う。

 聞けば、イン王朝とやらで太師(ぐんし)をやっていた頃は王の側近かつ教育係もやっていたと言うのだから、然もありなんと言うべきかもしれないけどさぁ?

 さぞ厳しく叩きあげられたのだろうね、その王朝の王たちは。

 

 

「いや……たまには貴女も力仕事をするべきでしょうな。大体平坦な街道を歩いているだけで『疲れた、もう歩けない、おぶって?』とは何事ですか!」

「いやいやいやいや、私、医神よ? 力仕事だの体力だのは専門外! それにほら、神の体は成長しないし!」

「身体能力は変わらずとも、できる事はあります。動き方のコツを覚えればその限られた体力も有効に活用できるというもの」

「それちょっとちが……い、ません、はい、お手伝いさせていただきます」

 

 

 これ、オラリオについてからこの子を眷族にしようかなって計画してたけど、見直すべきかもしれない。スパルタや、スパルタンやこの子。あかんわぁ、マジで。ロキ弁の感染確認してまう位にあかんわぁ。

 自分にも他人にも厳しいタイプ。この私が見誤るとは、不覚である。ぐーたらしたい。

 

 

「丁度患者も途切れていますので良い頃合いでしょう」

「いやほら、お片付け……って終わってるゥ!」

「薬の処方も無いのですから、この程度は片手間で済ませておくべきでしょう」

「あふん……」

 

 

 頭を抱えて苦悩していた隙に、綺麗に片づけてくれた事で。

 私でも背負える程度の鞄から覗くのは一部の隙も許さぬとばかりに整理された中身の数々。

 あれだね、この子の本質の一部、めっちゃ厳しい教育係だわ。

 クソ真面目な一部の神であればこの上なく波長が合うのだろうけど、私のようなのんびり系でたとこ勝負神にはつらい。

 マジでつらみ。

 

 

「今の患者は木こりを生業にしているとの事でしたな。であれば、丸太……は厳しいでしょう、端材の運搬からですか」

「神に丸太を運ばせようとしたの、もしかして君が初なんじゃない?」

「何でも結構。さぁ行きますよ」

「うぅ……やっぱり嫌だ! 私はここで患者を診るんだァ! ってドナドナァ!」

 

 

 神が運ばれてゆーくーよー。

 そりゃあこれでも女神だし、そう体重のある方じゃあないよ?

 でもね、いくらこの着ているローブが頑丈な物であるとはいえ、首根っこを掴んでヒョイと持ち上げて連れて行くってどういう事?

 これでローブが重さに耐えきれずに破ける音でもしたら女神としての尊厳が……ッ!

 

 

 

 ピリ。

 

 

 

「…………神の体型が変わらぬ事が悔やまれますな」

「言うなよ馬鹿ァ!! 降ろせ! 公開処刑をされる位なら自分で歩く!!」

 

 

 強い子だけど酷い子だよ、この子は!

 女神を何だと思っているんだ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 傷ついた。そりゃあもう女神のプライドに大きな傷がついた。

 あんな連れ出し方さえされなければつかなかった、そりゃあもう大きな傷だ。

 

 

「私をキズモノにした責任、取って貰おうか!」

「良いでしょう。ではまずこの手ごろな丸太から運んでもらいましょうか」

「丸太はやめておこうって話だったじゃないか――――アッー!?」

「持てたではありませんか。ではその丸太はあちらの集積所へ」

「ま、待って、ま、ホァー!? ホァ!?」

 

 

 覚えておきたまえよこの野郎!?

 女神の細腕に丸太を持たせるなんて鬼畜な所業、仮にクソ爺や偉大なる我が父が許してもこの私は許さぬ!!

 今度の食事にあの時の睡眠薬でも混ぜてやろうか!?

 ……って駄目じゃん、食事、この子が作ってくれてるんじゃん。

 しかも私より上手い。あっ駄目、女神以前に女としてすっごい負けてる気がしてきた。

 炊事洗濯掃除、さらに言うなら文武両道。アカン、冷静に考えなくてもこの子チートスペックや。

 

 

 ただしスパルタである。

 

 

 ただし、スパルタで、ある。

 

 

「どうやら余裕がありそうですな。ではこちらも」

「さらに積むんじゃない! お前、私に恨みでもあるのかねぇ!?」

「恩こそあれ、恨みはありませんな。あるのは怠惰に対する憤りでしょうか」

「格安診療所を開いてるだろうに! 私は癒しを司る女神! わかるか!? め・が・み!!」

「それだけ叫べるのならば、まだ余裕が「無いッ! ええいやればいいんだろう、やれば!!」――その意気です」

 

 

 うむ、と満足げに頷くその顔だけ見れば、非情に癪ながら、これまた整っていると思う。おかげで一瞬『あぁそれも良いかな』と誤魔化されてやる程度には整っていると思う。

 神とまではいかずとも、下界の子たちで言うところのエルフとかとタメを張れるんじゃないかね。

 ただしコイツはアレだ、眼鏡をかけさせてやったら神々で言うところの『鬼畜眼鏡』属性持ちと見た。

 傍から見ている分にはキャーキャー騒げる自信はあるが、自らが鬼畜っぷりを発揮される側になるのは御免被る!

 

 

「ぬ、ぅぅぅ……!」

「か、神様、それは俺たちが……」

「いや結構! これをこなさなかった暁には、あの子に更なるイニシアチブを握らせる事になってしまうのさぁ!!」

 

 

 退く、媚びる、省みる! だがしかし、それをやれば追い詰められていくのはこちらである!!

 あの子はそれを文字通り体に叩き込んで来るからね。

 いや、理不尽な暴力なんぞは欠片も無い。

 だがしかし、こちらの上限をきっちり見極めてギリギリのラインを攻めてくる。

 更にはガス抜きのさせ方も心得ている。

 くそう、くそう、あの鬼畜眼鏡予備軍めぇ……。

 

 

「……あー、旦那、良いんですかいアレ?」

「良いのだ。最低限の仕事をさせねば、あの神はひたすらに堕落する性質のようだからな」

「まぁ確かに、旦那程の偉丈夫がついてりゃ左うちわで楽できるでしょうが」

「させると思うか?」

「思いやせん。ま、何にせよ旦那方が手伝ってくれるおかげでこっちは仕事が早く終わりそうなんで万々歳でさぁ。その分、嫁と一緒に居られるんだから」

「そうか。ならば私も気合を入れるとしよう」

 

 

 好き勝手言ってくれるな!?

 ってぇ、ほわっつ?

 あらためて思うけど、あの子ナニでできてんの、マジで。

 大の大人がなんとか腕を回せるかな、っていう切り出したままの木を片手で担ぐとか何ぞ。

 あの子の背中に恩恵がないとかギャグでしょ。

 

 

「ふむ、そちらも持って行こう」

「あいや、旦那……え、えぇー?」

 

 

 木こり君、君はおかしくない、まったくもって正常だ。

 追加でドン、とばかりにもう一本担いだその子がおかしいんだ。

 しかも担いだ木を揺らしもせずに平然と歩きだすんだから。

 見ろ、周りの木こりたち全員が目を丸くしているじゃないか。

 

 

「……運び終えたのであれば、次の物を運ぶように」

「アホォ!こっちはさっきので腕がもうぷるっぷるだよォ!?」

「ふむ、確かに震えていますな。しかし腕を持ち上げる事はできている。まだ行けます」

「アホォオオ! もう何て言うか、アホッ!!」

「心外な」

 

 

 ズン、と二本の木を降ろしてこちらに向き直ったかと思いきや、心底心外であると言わんばかりに腰に手を当てての呆れ顔を披露してくれやがった。

 こいつ、いつか執事服を着せて女神たちの集いへ放り込んでやる。

 さぞや人気が出る事だろうさ!!

 

 

「腕の力だけで持とうとするからそうなるのです。重心を体に預けるようにして抱えれば、貴女の腕力でも先の丸太を運ぶのはそう難しい事ではない」

「……それ先に言えよぅ!?」

「それすらも知らぬとは思いませんでしたので」

 

 

 この野郎、この野郎、この野郎!!

 いけしゃあしゃあと言い放ちやがってなぁ!

 そのくせなんだ、さあ次に行くぞとばかりに人の背を押しながら歩くとは!

 

 

「それ抜きで運べた辺り、頑張ったのは認めましょう。次です」

 

 

 そこらの男がやったら問答無用にぶん殴りたくなる、口の端だけを持ち上げるような笑み。

 それがまぁ様になる事。イケメンは得ですこと。

 やっぱお前さん、鬼畜眼鏡の素養持ちだわ。

 

 

「なるほど、次はさらなる増量がお望みであると。いい心がけです」

「しれっと神の心を読むんじゃないよ、お前さん」

「それ程までにわかりやすく顔に出されては仕方がないでしょう」

 

 

 出てるわけないだろうに。

 なぁ木こりの諸君?

 

 

 

 おい君ら、一斉に目を背けるんじゃないよ。

 

 

 

 ぐるっと逆へ顔を向ければ、こちらも慌てて目を逸らしてくる有様。

 おいそこの君、今の何が面白かった? 言ってみ? 神は好奇心旺盛だからね?

 

 

「場を和ませるのは大変結構。しかし、他者の仕事を邪魔しないように」

「今のは私のせいじゃないだろう!? なぁ君達!!」

 

 

 そうやって周りへ再び目をやれば、思わず噴き出した子たちの数は知れず。

 馬鹿な!

 おのれブンチュウの罠か!

 

 

 



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神、ようやく始点へ。

 

 

 

 あれから更に一年。

 私も聞仲君も長命故に、急ぐことなく、かつ確実にオラリオへと向かい続けた結果ようやくの到着である。

 いやぁ、厳しい道のりだった。正しく教育係だったからね、聞仲君。

 名前の発音がおかしかったのも矯正されたし。ついでに極東の漢字も少しばかり覚えた。

 

 

「さて、オラリオに着いてまずやる事と言ったら何かね、聞仲君」

「拠点の確保と挨拶でしょう」

「アッハイ」

 

 

 あわよくばすぐに恩恵刻んでダンジョン潜って貰おうとか思っていたのは内緒にしておこう。

 道中に恩恵の説明と納得は貰ってたからね。てかこれがないとダンジョンに入れないらしいし。

 いやまぁ、聞仲君なら放流してもいつの間にか名を轟かせていそうだけども。

 

 

「ではまず、心当たりというヘファイストス殿のもとへ向かいましょう」

「言われた通り、手土産に薬を作ってきたのはいいけどさぁ……あらためて考えてみれば、この程度の火傷軟膏なんかを手土産にしていいのかねぇ?」

「鍛冶をする者にとって火傷は避けて通れぬ道。しかし、効率良く癒せるのであればそれに越したことはないでしょう」

「まぁ治る過程で強くなるもんだし、そこはいいんだけどさ。聞く限りだと冒険者としてのレベルが上がればそれも大した問題にならないだろうしなぁ」

「上がりきる前。駆け出しの頃こそが肝要です。基礎をおろそかにせぬ一助となるのであれば良いかと」

「ま、それもそうか。こないだ寄った港町で聞いた話だと姐御のファミリアは結構な規模らしいし、駆け出しの一人や二人居るわな」

「先を見据えて行動している集団であれば、駆け出しが居ない方が問題となります」

 

 

 文字通り先が無くなるからね。人の生は短いし。

 だからこそ輝いて、美しいものなんだけど。

 

 

「そいでは聞き込みと参りましょーかねー。あぁ、そこの君、すまないがヘファイストスの姐御のファミリアはどこかねェッ!?」

「人に物を尋ねるのであれば、それ相応の態度で臨むように」

「だからってゲンコツはないだろう君ィ!?」

「すまない、先に問うた通り、ヘファイストス殿のファミリアへの道を教えてはもらえないだろうか」

「無視かぁ!?」

 

 

 君にしてみれば随分と加減したゲンコツなんだろうけどね? あぁ、それは分かるよ?

 そこらの立派な木をぶん殴ってへし折って木材として売るなんて真似をそこかしこでしてたのを見て来たんだ、あぁ、それくらいは分かるともさぁ。

 でも、私、女神。め・が・みぃ!!

 女神の、女の頭にほいほいゲンコツを落とすんじゃない!!

 

 

「あ、あはは、は……そちらの女神様、大丈夫ですか?」

「問題ない。そこはかとなく頑丈なのは旅の中で確認済みなのでな」

 

 

 問題、ない、わけ、なかろうにっ!

 聞仲君程の偉丈夫の拳だよ? あの大きな拳が握りしめられて脳天にドーンだよ?

 痛いわ!! すんばらしく痛いわ!!

 

 

「とりあえず道よりもアレです、アレ。あの塔に向かって進めばいいんですよ。中にヘファイストス様のお店がありますので」

「感謝する。礼と言っては何だが、こちらを」

「いやそんな、礼を貰う程の事じゃあ……何コレ」

「手荒れに効く軟膏だ。これまでも立ち寄った村や街でも販売してきたが、よく効くとの評判を頂いてきた」

「……お兄さん、その顔でこの手の品を渡すって、女を殺しに来てますよね」

 

 

 うむ、君、正解。

 きゅっと寄せられている事の多い眉間の、そりゃあもう恐ろしいサインがほろりとほどけた瞬間、まぁ落ちる子の多い事。

 少しばかり長逗留しようものなら街の奥様方がまぁ騒ぐ騒ぐ。

 それでいて見るからに分かる実直な性格も相俟って、男衆の受けも良い。

 聞仲君、恐ろしい子ッ!! やっぱり顔は大事だよねぇ、うん。

 いやまぁ、聞仲君も鈍くはないから、好意はしっかり把握してきっぱりと断りを入れるタイプなんだけど。

 やはり……鬼畜眼鏡かッ……!

 あ、そうだそうだ伊達眼鏡買っておかなきゃ。ついでにサングラスも。無駄に似合うと思う。いやマジで。

 

 

「こちらとて下心が無いわけではない。私達はこれからここオラリオにて活動する身。まずは知名度を上げねば売れる物も売れぬ」

「なるほどなるほど、ではありがたく頂戴しましょう。でも私、こういう事は素直に喋っちゃうタイプですよ?」

「かまわない。粗悪品をさも良品であるかのように売るほど落ちてはいないつもりだ」

「あらま、言いますねぇお兄さん」

 

 

 これだ。こうやって人を惹きつけていくんだからある意味タチが悪い。

 なにが悪いって、本人はあくまでも自然体な所だよ。

 そこそこ年が行ってるからだろうねぇ、この余裕とカリスマは。

 てか私大丈夫? さっきから空気になってる気がするんだがねぇ?

 

 

「では、これにて。店を出したらまた来てくれるとありがたい」

 

 

 目立つからあの特徴的なマントは外させたけど、まぁそれでも目立つ目立つ。

 あれだけの上背に鍛えられていると一目で分かる体つき、さらにはあの顔だ。

 颯爽と去っていく姿に惚れ惚れするね。ただし、私に教育係根性を発揮しなければ。

 いやまぁ、大事にされているとは思うよ? 私のためになるかならないかで言えば、間違いなくなることしか言わないんだもの。

 

 

「あ、ちなみに女神様のお名前は?」

「…………あ、私か」

「へ?」

「いや、事ある毎に私は女神、女神……だよなぁ? って確認してるんだけど、聞仲君がそれをブチ壊してくれてねぇ」

「人聞きの悪い事を言わないで頂きたい」

「あーあーあー今はお説教は無しで。私はパナケイア。癒しの女神、パナケイアだ。よろしく」

 

 

 神的感覚で言うところのメタ部分。何か初めて名乗った気がするぞ?

 それもこれも聞仲君の私の扱いのせいだ。女神に丸太を運ばせたり、掃除洗濯炊事を仕込んだり。これが女神に対する扱いかぁー!って思わなくも無いんだけど、そもそも女性であれば云々を持ち出されると弱い。

 できない女神も数多だという事実を主張しても、よそはよそ、うちはうちを地で行きやがった。

 おかげで女神の中でもそれなりにデキる女になった自信はあるよ。悲しい事に。

 私の理想はそういうのをやってくれる可愛らしい眷族を作って、のんびりぐーたらやる事だったんだけどねぇ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、やって参りましたよヘファイストスの姐御がおわすショップへ。いやぁ中々良いじゃないか、この雰囲気。

 駆け出しの子たちが買い求めるらしい安価な武具が並ぶフロアで、ざっと品揃えを見て聞仲君が満足げだったのもポイントが高い。

 それなりの質は保たれているのだろうね。流石は姐御や、やりおるでぇ……!

 ただ、武器の棚を一通り眺めて回った結果、多少残念そうな雰囲気も出してるのは不思議だけど。

 満足そうなのに残念そうって矛盾してない?

 

 

「どうかな、聞仲君のお眼鏡にかなう品はあったかね?」

「駆け出しが打ったという触れ込みに反して、良い品ぞろえだと思います。が、できれば棒、ないしは長刀があればと」

「長刀はわかるけど、棒?」

「頑丈で重さのある棒は、打撃武器として有用です。私の……私の友は、それ一本で昇りつめたと言っても過言ではない」

「……そっか。ならちょっと値は張るだろうけど、オーダーメイドって手もあるんじゃないかね?」

「考えておきましょう。ただ、こちらに並べられた武器に不足はない。後程この中から選ばせて貰います」

 

 

 言い淀んだね、珍しく。

 それにしても言い淀む部分が『友』かぁ。忘れそうになるけど、この子はそういう(・・・・)子なんだよねぇ。

 ま、お互いに時間だけはあるんだ。時が癒してくれる事ってのはこれが意外に多いもの。気長に待つとしようじゃないか。

 

 

「さて、では上層にあるという上級鍛冶師の武具を見てからヘファイストス殿へお目通りさせてもらいましょう」

「あいよ。いい品が揃ってるんだろうなぁ。君もちょっと楽しみだったりするんだろう?」

 

 

 気づいてるともさぁ。『ふむ』なんて感心するような声を漏らしてたしなぁ。

 私の考えている事をいつもさらりと読んでくる君が、逆に読まれる。

 この事実に直面して、今君が浮かべている少しばかり驚いた顔はちょっと可愛らしいと思うよ?

 

 

「さ、行こうか。傷つけるための武器はあまり好きじゃあないけど、その美しさは嫌いじゃない」

「あら、嬉しい事言ってくれるじゃない」

「ふぉう!?」

「あなたもこちらに降りてきたのね。こんな実直そうな子を連れているのには驚いたけど」

「姐御、さらっと人の背後を取るのはやめてくれるとありがたいなぁ」

「姐御と呼ぶのをやめたら考えてもいいわ」

「じゃああれだ。姐さァん!」

「同じじゃないの!」

 

 

 同じか? ――――同じだね、うん。

 ならばこのパナケイア、容赦はせぬ。

 非常に癪ながら、若干ロリ寄りだと言われたこの容姿を活かしたこれで如何かなぁ?

 

 

「お姉ちゃんっ」

「ッ!?」

 

 

 語尾に『はぁと』なんて付けてもいいくらいに媚びた声色での『お姉ちゃん』に、さしもの姐御も意表を突かれたと見える。

 ついでにこちらへ聞き耳を立てていた姐御の眷族君、噴きだした事は忘れないからな。

 いくら私でもちょっと恥ずかしかったんだぞ、今のはさ。

 

 

「それは恥ずかしいからやめて頂戴……」

「無言で背後に立つのをやめるなら、そうだね……カンガエテモイイワー」

「わかった、わかったわよ。わざとらしい棒読みまでしなくたって結構」

「いやぁ、お互いに幸せになれる選択肢ってのはいいもんだよねぇ」

「言ってなさい」

 

 

 意趣返しのように『考えてもいい』発言をしてみれば、返ってきたのはまさに『我がままな妹に対する寛容な姉』の態度。

 そんなだから姐御とか言いたくなるんだよ。自覚が足りないねぇ、自覚が。

 

 

「あなたが引っ掻き回すから妙な空気になっちゃったじゃない。ほら、そっちの子の紹介は?」

「姐御が悪いんじゃないか。なぁ、聞仲君?」

「突然の訪問、申し訳ありません。私は聞仲。この度、こちらのパナケイア様と共にオラリオにて活動するに当たり、まずはご挨拶にと参りました」

「うっわぁ、スルーしてくれやがった挙句にかったーい……待て、落ち着け、そっちの硬さはいらない!! この場でゲンコツはやめろォ!?」

「いいわよ、そのゲンコツなら落としても」

「良かぁないわっ!」

「つきましては、こちらを。差し出がましい事かもしれませんが、火傷に効く軟膏の詰め合わせになります」

「あら、ありがとう。いいわね、こういうのは助かるわ」

「更にスルーかっ!?」

「ヘファイストス殿。失礼であるのを承知の上で、先ほどのお言葉に甘えさせていただきます。 ――――此度のような挨拶の場において、先ほどからの態度は何事ですか!!」

「げっふ!!」

 

 

 ここ一年でいっちばんのゲンコツだった気がする!

 てかやばいかなぁコレ。ガチのお説教に入る雰囲気だわこれ。あれだ、いつもの如く擬音で表すなら『ガミガミガミ!』ってやつさ。

 うーわやっべぇ。なにがやべぇって、もれなく『正座!』が来るんだよね、最近。

 やめろ、あれは私に効く。

 いそいそ対面に正座して長いお説教を始める聞仲君は顔色一つ変えやしないけど、私にしてみればあれは拷問以外の何者でもない!

 5分もあれば白旗を上げてのたうち回る自信がある。

 

 

「この場ではこれ以上の事は申しません。ただし、覚悟はしておくように」

「オワタ」

「……ふ、ふふっ」

 

 

 おや、姐御がそんな笑い方をするなんて珍しい。

 というよりも私が酷い目にあってるのを笑うのはよして欲しいなぁ。

 

 

「いい子を見つけたわね、パナケイア。大事にして貰ってるんだから、大事になさいよ?」

「私だってそれくらいはわかってるさ。何だかんだで私がこのオラリオまで来れたのも、聞仲君のおかげだし」

「分かってるならいいわ。さて、ご挨拶のお返しをしなきゃね」

「いえ、お気遣いは結構」

「そういう訳にはいかないわよ」

「しかしこちらは挨拶に伺った身。その上で頂き物をするのは厚かましいというもの」

「これは天界での知己がこれから頑張っていく事に対する餞別。むしろ受け取る事がお互いのためになると思いなさい」

「おおう、姐御カッコイー! ――――わかった、待て、おかわりはいらない」

「ならば、相応の礼というものがありましょう。できるのですから、するべきです」

「わぁいスパルタァ……んー、うぉっほん」

「あなたの見た目で咳払いは似合わないわよ?」

「ぬぐっ……待て、わかってる、おろせ、ゲンコツはもう頭一杯だ」

 

 

 あ、仕切りなおしたらちょっと照れくさいぞコレ。

 もっと飄々とした感じで行こうと思ってたのに、おのれ聞仲君、覚えておきなぁ!

 ええい、とりあえず乱れた服を整えて、髪は……あ、オーケー? 聞仲君オーケー出ました。準備万端であります。

 見てろよ、私はちょっと本気を出せばできる子なのさぁ。

 

 

「――――この度、過分なるご配慮を賜りましたこと、深謝申し上げます」

「よろしい、精進なさい。――――さて、随分と頑張ったみたいだけど、どうかしらブンチュウ君」

「宜しいかと思われます。日頃から言われずともこうであれば良いのですが」

「冗談じゃない、息がつまって死ぬ!!」

「……との事ゆえ、どうぞご容赦を」

「ええ、かまわないわ。というより、君もそう畏まらなくて良いわよ? この子とは知らない仲ではないんだもの」

 

 

 ああ、もっと言ってやっておくれ。

 それで私に対するゲンコツが減れば大勝利だ。

 パナちゃん大勝利。とりあえず未だにひかないゲンコツの痛みの中でよく耐えていると思うんだよ、私は。

 怒られるのが目に見えているから取り繕ってるけどね!

 

 

「椿! あなた柄の重心を見誤ったとかって放った長柄があったでしょう? 結局あとから柄を作り直したやつ。あれを持って来て頂戴」

「……ぬ? 主神殿が駆け出しへ与える武具に手前を関わらせるとは珍しいな」

「この子なら大丈夫。振り回されるような子じゃないわ」

「まぁ主神殿がそう言うのなら手前は構わぬが。しかし良いのか? ただの棒だぞ」

「その棒で良いってこの子が言ってたじゃない。穂先までついていたら流石に問題があるけれど、柄だけなら問題ないわ。言ってしまえばただの頑丈な棒だもの」

「うむ、ならば持ってこよう。――あいや、しかしこの御仁が持つとなれば多少の調整が必要か。ついてくると良い」

 

 

 おや珍しい、聞仲君の困惑顔とは。

 でも姐御もツバキ君とやらも良いって言ってるんだから素直に受け取っちゃいなよ。

 これを恩に着せるような陰湿さは姐御にゃあ無いしさ。

 

 

「良いんだろう、お姉ちゃん?」

「それやめなさい。まったく妙な所で味をしめるんだから」

「だってあの姐御が可愛らしい反応をしてくれるもんだからさぁ」

「そうね、あんまり続けるようならブンチュウ君に叱って貰えばいいのかしら?」

「全面降伏しかない選択肢は選択肢じゃあないと思うんだ」

「選択させる気がないから仕方ないわね。さ、行ってらっしゃいなブンチュウ君。彼女の腕は信用していいわよ?」

「……なれば、ありがたく頂戴いたします」

「ええ、存分に使ってあげて? むしろ綺麗に使い潰してくれる事が、あの子のためにもなる」

 

 

 ほーん、鍛冶神は言う事が違う。大事に使ってね、の一歩先を行くんだから流石。

 医神で言うところの使われない薬に意味はない、と同じようなものかねぇ。

 良い物を貰えそうじゃないか、聞仲君。

 出来る事ならそれで機嫌をなおして、後に控えているお説教を軽減してくれると助かる。

 それはもうひっじょーに、助かる!!

 頼んだよ椿君とやら!

 

 

 



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太師、オラリオに在り。

 

 

 

 長物の柄というからには円柱状の棒を予想していたが、良い意味でそれは裏切られた。私の手には少しばかり細くはあるものの、打撃にも利用できる六角柱状のものが出てきたのだから。

 こちらの言い方をするのならば2メドル程のそれは、細さに反して十分な強度も持っているように思う。

 許可を得て試しに振り回してみれば、その思いは更に増す事となった。

 

「お見事。なるほど、確かにそれだけ振り回せるのならば『頑丈な棒』が良いなどと言うのも頷ける。ダンジョンで今の軽い試技を披露してやれば、それだけで酷いミンチが量産される事だろうよ」

「ダンジョン内のモンスターにどこまで通じるものかは、やってみなければわからぬ。無論、やすやすとやられるつもりなど無いがな」

「それはそうだ、お主自身が実感としてその経験を得ぬ事には始まるまいよ。他人から受けた万の評判なんぞより、自身の実感一つが勝る事の何と多い事か」

「聞くより見よ、そしてやってみよ、だ。経験の伴わぬ技に意味など無い」

「言うものよな。 ……しかし、お主が今やって見せたように長刀の様に振り回すと言うのであれば、むしろ端に少しばかり幅を持たせた柄をあつらえてやった方が良いやもしれぬな?」

「鉄鞭か。そうであれば柄には硬皮を巻く程度で済むな」

「然り。まぁそれだけでは手前が満足せぬのだがな」

「何?」

「先にも言ったが、手前の主神殿が『駆け出し冒険者に手前を関わらせる』事など普段はありえぬのだ。ならばそのあり得ぬ体験をより楽しみたいと思うのは自然な事であろうに」

「酔狂な事だ」

「酔狂の一つもなしに鍛冶師などやっていられるものか。さもなくば皆同じ鉄の剣でも鍛えて、変わりばえのしない毎日を味わう事になる」

 

 その酔狂が過ぎれば、かつて目の当たりにしてきた奇天烈な宝貝作者共の様になるのだろうがな。形状と性能の乖離が激しい宝貝をいくつ見たことか。

 

「さぁ何ぞアイデアを寄越せ。今なら大盤振る舞いだぞ?」

「いや、遠慮しておこう。それでも納得せぬと言うのならば、もし何か思いついた時にまた頼むとする」

「そうなると手前は高いぞ? 伊達に鍛冶系のトップファミリア団長をやってはおらぬ」

「なれば、猶更だ。その業は安売りして良いものではない」

「――――ほう?」

「それを知った今、私がお前に頼るのは、私がお前に遠慮をする必要が無くなった(・・・・・・・・)時になるだろう」

「…………」

「あぁ、これは昔の部下に言われたのだが…………私の要求はハードルが高いらしい」

「はは、はははははは! 手前にそれ程の啖呵を切るとは!! 良いだろう、ああ良いだろうさ、その暁には是非とも無理難題をふっかけて貰おうではないか!!」

「ああ、そうさせて貰おう」

 

 抑えきれぬ笑いを隠そうともせずに、私が返した棒へ硬皮の柄をあつらえる様は異様なもののはずなのだが。

 何故だろうな、それに嫌悪感を抱かぬのは。

 

「そらできたぞ。残念ながら手前は裁縫が苦手でな。吊るすためのベルトなんぞは他所を当たってくれ」

「感謝する。丁度いい、皮の扱い方もそろそろパナケイア様へ教えるべきだろうからな」

「それは良い! さぞや愛のこもった逸品ができるだろうさ!」

「ここぞとばかりに怨念を込めて来そうでもあるがな」

「そうして作られた品を使ってやるのも眷族の度量よ。そら、私に遠慮なぞせぬ冒険者になるのだから(・・・・・・) まったく以って些細な事よなぁ?」

 

 言葉を返さず、口の端を持ち上げるだけの笑みを返す。ただそれだけで目の前の相手は心得たらしい。上背の差もあって随分と見上げるような形にはなったが、私の顔を覗き込んで獰猛に笑いかけてきた。

 

「よし、では戻るとしようか!」

「そうだな、今はもうここに用はない」

「さっさと用を作ってくれよ? なぁ聞仲殿!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 居を構えるには手持ちが足りぬ。そんなわかりきっていた事情を踏まえ、仮の拠点としてヘファイストス殿に紹介された手ごろな品の良い宿で荷ほどきを済ませた時だった。

 

「それじゃ聞仲君。――――しよっか?」

「前に押し付けてきたライトノベルとやらの台詞ですか。わかりました、そこへ正座なさい」

「わかっててこの扱い! まったく酷いったらありゃしない!」

「ならばわかりきった返答に憤慨するのはやめて頂きたいものです」

「へいへい、じゃあネタは置いといて本題だ。恩恵(ファルナ)を刻もうじゃないか。あぁそりゃあもうねっちょりと刻み込んでやるともさぁ……!」

 

 頬を染めながらわきわきといかがわしげに指をくねらせて私ににじり寄ってくる姿は、控えめに言っても鎮圧対象(説教もの)だが……あぁ全く、困ったものだ。

 少なからず私の境遇を知っている事もあってか、勢いを付けなければ言い出しづらいと感じていたのは分かっていた。だからと言って、何故そちら方面へと走るのか。

 まるでどこぞの道士を思い出させる言動は、褒められたものではない。

 

「やめろよぅ……その生暖かい視線は心に刺さるんだようぅ……」

「御託は結構」

 

 涙目になった彼女がちくしょーちくしょーとぶつぶつ呟きながら、背に恩恵を刻むための神血(イコル)を指先に用意しようとしたまでは良かった。ただし、問題は目測を誤った事だ。

 

「あんぎゃああああああ無駄にいってぇぇぇぇぇ!?」

「お静かに。他の客の迷惑になります」

「おっまえ、愛する主神の指先がパッカーいってんねんぞ!? ちったぁ心配せぇやアホォ!」

「継ぎ足しが必要無さそうで結構」

「おんどりゃあ覚えとれよ!? ゼータクに使われた神血の威力を思いしれやぁ!」

 

 左手に持った短剣で右の指を僅かに傷つけるだけで良いはずなのに、さくりと大きな傷を作ってしまったようだ。べちょり、とやけになったかのように背中へ小さな掌が叩きつけられたのを感じる。そうして背を伝う事になった血の感触は決して気持ちの良いものではないが、この神のものであるならば忌避するものではない。

 

「えーと、こっからどうすりゃいいんだっけ……何か絵でも描く? へのへの……むぅーりぃー、痛いぃ」

 

 ぐりぐりと言葉通りに描こうとしたのだろう。結局情けない声と共に断念したようだが。しかしながら神血、恩恵と大層な持ち上げようだった割にそういった実感は沸かない。

 むしろ、感じたのは暖かさ。こちらの心に触れて良いのか迷っているようで、そのうち爆発して突っ込んで来るかのような、そういう妙な暖かさが、今この胸の内にある。

 私の背で唸っている彼女を表しているかのようなその実感を、どこか心地がいいように思うあたり、私も毒されてきたか?

 

「お、できた? えーと、経験値(エクセリア)を引き上げて、文字にするんだったな」

 

 しかし、唸りつつもぺちぺち私の背を叩かなければ引き上げられないものなのだろうか。件のエクセリアとやらは。

 聞いた話では一滴垂らせば事足りるらしいのだが。

 

「おおおおおおキタキタキタキタ! これやな? これがええんやな!? やぁってやるともさぁ!」

 

 胸の内にあった暖かさが、まるで自爆でもしたかのようにぐっと熱を持った。

 逸り過ぎてやらかしてはおいででは無いでしょうな? そうであったならば、私としても考えねばならぬ事があるのですが。

 

「神とペン! じゃない、紙とペンを持てぃ! このあつぅいパトスを書き留めねばならぬ!!」

「では、こちらを」

「……いや、冷静すぎやしないかね、聞仲君」

「そうですね、背中で失敗をしているのではないかと」

「ヒヤヒヤしとるやないかーい! ってぇ、君がそんな冗談を言うなんて珍しいね?」

「冗談ではなく、本心なのですが」

「ぬぐっ!? ええい、見てろよ、やればデキル神だってのを再確認させてやるからさぁ…………んぁー。んぉー? ……おうっふ」

「妙な鳴き声をあげぬように」

「…………あるだろうとは思ってけど」

「やはり何か失敗をしていましたか。ですから日頃から言っている通り――――」

「失敗なんてしていないさ」

 

 一転して静かになったかと思えば、結果を書き留めていたらしい。無言で背中越しに差し出された紙を受け取って目を通してみれば、記載に時間をかけなかった割に、彼の神の本質(・・)を表したかのような、綺麗に整った文字で結果が記されていた。

 おかげでいくらか慣れたとはいえ、あくまでも異国の文字である共通語(コイネー)で書かれているにもかかわらず、目を通すにあたり困る事はなかった。

 

聞仲

レベル1

 

力 :I0

耐久:I0

器用:I0

敏捷:I0

魔力:I0

魔導:I0

 

スキル

 

【鋼の矜持】

・守るための戦闘において、肉体の耐久限界を超える行動が可能となる。

・矜持を捨てぬ限り、効果持続。

・力、耐久への超高補正。

 

 

魔法

 

【】

 

 

 テンプレートとやらがあるらしく、ほとんど神は似たような形式でこのステイタスを表すらしい。基礎的な身体能力の評価、己の在り方を示すに等しいスキル、そして魔法。私としては魔法などと言われて思い浮かぶのは仙術であるが。

 

「……スキルが最初から発現している子は珍しいって話は知ってるよね」

「そう聞いていますね」

「そういう珍しい子ってのはね、言うまでもなく何かしらのつよーい経験を貯め込んでいるから、発現するわけさぁ」

 

 今泣いた烏がもう笑うと言うのなら、その逆もまた然り。先刻までの異様な盛り上がり様が嘘であるかのように、まるで寄り添うかの如く背中へ小さな手が添えられるのを感じた。

 

「聞仲君、君は君でいい。そして私はそんな君でいい。だから、一つだけ約束してくれないかね」

「何でしょうか」

「守るべきものができたら。そう、何に代えても守るべきだと思えるものができたら、迷うな。何を犠牲にしてでも(・・・・・・・・・)守れ」

「……承知」

「あぁ、そうしてくれたまえよ。それが君のためだ」

 

 初めて作った自らの眷族へ向けるには、少々酷な言葉を紡がせてしまったか。なれば、それに応えぬのは武人として恥ずべき事。出会ってからそう長い月日を共にしたわけではない。だが、向けられた思いはそれを補うに足るものだと感じているのは間違いない。

 ……この神の心根が優しい事を私は知っている。ぐーたらしたいだとか鬼畜だとか散々騒ぎ立てるが、その本質は相手に寄り添うものである事も。癒しの女神というのは伊達ではない。

 

 私を形作っていたものは時の流れの中に消えた。……消えて、しまった。

 殷――――飛虎の居た、殷はもう無いのだと、そう実感するにつれて冷めていく感情に火を灯したのは誰か。怠惰で、口が悪く、何度教育係としてあった経験を生かしたかはわからぬが。――――だとしても。それを成したのは、今この時、我が背へ小さな手を預けたこの神であるのだ。

 

我が神よ(・・・・)、ご照覧あれ」

 

 この背に描かれた神の血による恩恵。

 

「貴女の目に映る背は、貴女を守るもの。貴女が手を添えた背は、その誓いを写すもの」

「ッ!?」

 

 殷の代替などと考えているのではない。それだけは考えてはならない。

 されど、今を生きる者として、再び矜持を抱かせてくれた神だからこそ、こう想うのだ。

 

「我が神よ、お言葉の通りに守らせていただこう」

「なっ……!」

 

 背に添えられた手が思わずといったように離れ、続いて響いたのは情けなく狼狽える声の音。

 

「うぁ、え、えぇー……? ちょっとお前さん、それは……はっ! 聞仲君がデレた! ついにスパルタからの脱却か!?」

 

 照れ隠しだというのは、この私でも分かる。だがそれにも限度というものが、ある。

 

「では、正座なさってください」

「ちょっと待てぃ、この流れでそれはないだろうに!?」

「正座です」

「待て、落ち着け、君は今冷静じゃないんだ!」

「聞こえませんでしたか?」

「……うぇーい」

「返事はハッキリとなさい!」

「はいぃっ!」

「よろしい。先のヘファイストス殿への挨拶に始まり、貴女は――――」

 

 

 見ているか、飛虎。立ち止まってばかりいるのは私らしくないと、お前なら言っただろうからな。今こうして私の前で正座に涙目で耐える姿は少しばかり情けないが――――我が神は、良き女神だ。私は私なりに、この女神と在ろうと思う。…………見ていて、くれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待ってくれ、せめて足を崩させろォ! もう君の声が頭に入ってすら来なくなってきたんだ!」

「ならば3分の休憩を挟みましょう」

「……その後は?」

「決まっているでしょう。正座です」

「ばぁぁぁぁぁるぅぅぅぅぅぅぅすぅぅぅぅぅぅぅ!!! 3分間待ってやるとか神の鉄板ネタやないねんぞ!?」

「それだけ叫べる気力があるのなら、このまま続けても一向に構いませんが」

「やめて! 私の気力(ライフ)はもうゼロよおおおおおお!!」

 

 

 

 

 

 



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太師、オラリオに在り。(2)

 

 

 

 ダンジョンにて生まれたモンスターは、古代に外へ這い出て繁殖したモンスターよりも手強い。そう聞いていた。だがそもそも脆弱な基盤しか持たぬ上層のモンスターではその度合いも知れるというものだった。

 

「脆い。今日は様子見で済ますつもりであったとは言え、この有様ではな」

 

 ヘファイストス殿のご厚意で頂く事になった鉄鞭を試しに全力で横薙ぎにしてやれば、そこに残ったのはただの肉塊だった。その肉塊とて、体内の魔石ごと砕かれた事により灰となって消えてゆくものでしかない。低層で収入としての魔石を手に入れるためには加減して頭を吹き飛ばしてやらねばならぬとは、何とも手間がかかるものだ。我が神にいつまでも宿暮らしなどさせるわけにはいかぬというのに、これでは我らの拠点を得るまでどれ程の時が費やされると言うのか。

 先刻ギルドにて冒険者登録を済ませた際、どれほど無理をしても(・・・・・・)今日は5階までの探索とするよう釘を刺されたばかりではあるが、これでは話にならん。

 

「ギルドは時に冒険者への強制依頼も出すという話だが、戦力分析が杜撰に過ぎる」

 

 事務方であるため致し方のない事だなどと言うつもりか。ああいった仕事を生業とするのであれば、人を見る目こそが肝要だろう。名声でしか判断できぬ采配者など使いものにならぬ。

 …………とは言え、パナケイア様とも様子見の約束を結んでしまっているのも事実。

 

「約定通りの5階層。ここまでとするべきか」

 

 フロッグシューターの舌のつるべ撃ちが向けられたところで己が耐久を抜くことはできぬと確認できた。ダンジョンリザードの群れとて駆逐は既に済ませている。当初の目的は果たしたと見て問題ない。

 無用の混乱を生むだろう禁鞭はなるべく使わぬようにと我が神より念を押されたが、この分であればその様な事態にもなるまい。

 

「魔石の換金比率に応じて計画を立て直さねばなるまいな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「無理なんてしなくていいんだよ? あの宿は姐御が薦めてくれただけあって、店主の人柄も含めて居心地が良いし。てか初日からギルドの担当者をヘコませるあたり、流石聞仲君だと褒めるべきか、やっぱり聞仲君だと呆れるべきか。悩みどころだねぇ」

「最低限の要求をしたまでの事」

「君の最低限は一般人の熟練だからね? 300歳オーバーが20歳そこらの新人に観察眼についてのガチ説教なんて大人げない!」

「仕事に必要な技能を持たぬ事がそもそも問題なのです。そこに立つ以上、やらねばならぬ事」

「厳しいねぇ。で、君にしてみればヌルゲーも良い所だったようだけど、ダンジョンそのものの感想はどうだった?」

「集めた情報を加味した上で、上層であれば何ら問題は無いかと」

「私みたいな新米のファミリア主神であっても、言うべきは『レベル1の子が初日で言うセリフじゃない』ってところなんだろうけどさ……君の場合はそもそもスタートラインが違いすぎるからなぁ」

 

 宿へ戻った途端に再び街へと連れ出された道中で、呆れたように我が神から投げかけられた言葉に物申したいところではある。――――だが、私の手を握りしめて先導するかのように楽しげに歩く姿に脱力させられてしまった事だ、今回は見逃すとしよう。

 

「ま、それは置いといてさ、パーっといこうじゃないか! 宿の奥さんから美味しい店を聞いといたんだ。褒めていいよ?」

「魔石の換金比率から見て、節約が必要な状況には変わりないのですが」

「それは安全マージンを取り過ぎた今日の成果だろう? オラリオに着くまで節約を重ねて来たんだ、ちょっとばかりハメを外したって良いじゃないか!」

「その言い様であれば、明日からは再び節約を始める事に否は無いと。良い心がけです」

「墓穴ったぁ!? ……いや、ほら、聞仲君の収入がアップしたんだから節約度合いは要相談じゃないカネ!」

「フッ」

 

 引っ張っていた私の腕を、まるで手繰り寄せるかの様に抱き締めて訴える様は、まるで幼い子どもが親へ何かをねだるかのような仕草に見えた。そして、それは周りからもそう見えたのだろう。私とパナケイア様の髪色が似ている事も相俟ってか、微笑ましげな視線を向けられているのが分かる。更に言うならば、背丈も『大人と子ども』の差があるのだからなおさらだろうな。

 

「あ? あ、ああああ君、今の冗談か!? 私を弄んだな!?」

「人聞きの悪い事を叫ぶのはやめて頂きたい。いえ、そもそも街中でそのような大声をあげぬように。常々言っていますが――」

「やめろ! 街中でまで説教を始めるんじゃない!!」

「……そう思われるのであれば、相応の振る舞いがありましょう」

「うぃ、むっしゅ」

 

 この自由さがあるからこそのパナケイア様だとは思う。ただ、そうやすやすと縛られてやらぬとばかりに気炎を上げては、鎮圧(説教)されて口から煙を吐いて真っ白に。何度それを繰り返した事か。最早数える事もできぬ。

 

「それで、行先はどのような店なのですか?」

「街でも評判の食事処ですわ。そちらのパスタとサンドイッチがとても美味しいと耳にしましたの。ですから私、もう楽しみで!」

「どちらも注文して、いつぞやのように『もう無理、お腹いっぱい』などと言わぬように。結局私が2人前を食べる事になったのですから、無駄も良いところだったではありませんか」

「おい待て、まずはそこじゃなくて口調に突っ込むべきだろうに。君の要求に沿った言動だったろう、今の私は!」

「今その主張をしなければ合格点でした」

「ヴぁー……」

 

 無言の主張とでもいうのか、握った私の手を振り回すのはやめて頂きたい。周囲からの微笑まし気な視線が増したではありませんか。デキル女神だろうなどと胸を張るのであれば、それを持続させて貰わねば。

 

「そういえば君がダンジョンに潜ってる間にさ、口に出すのも憚られる我が祖父のファミリアの噂を聞いたよ。あぁ、まったく胸糞悪い」

「はしたない言葉は使わぬように。どこで誰が聞いているとも知れぬのですから」

「使いたくもなるさ。そこそこ大きなファミリアを形作っているというから少しはマシになったかと思っていたら、相変わらず腐臭すら感じる有様だというんだから!」

「貴女がそれほどまでに言うとは、よほどですか」

「よほどさ!」

 

 アポロンとやらは困った事をしてくれる。好色な神だと聞いているが、私が窘めたのをおしてまで我が神がこれ程までに嫌うとは。嫌悪を向けていたのはこれまでの道中でも察して余りある程だったが、こうして近くに存在してしまった事でそれが否応なしに増してしまったと言ったところか。漏れ聞こえてくる性質は趙公明に近いようにも思えるが。

 

「自分が気に入った子が居れば、夜討ち朝駆けで嫌がらせの襲撃をかけてまで眷族にしようとするっていうんだ。今回その標的になったのが私の知神のたった一人の子だって言うんだから更に胸糞悪い! しかも冒険者になりたてだっていうんだよ、その子は!?」

「ほう」

 

 いや、趙公明の方がマシか? あれは手段を選ばぬところは多々あれど、自身の美学とやらのために芯が通っていた。それが好ましいかと言えば、問答無用で否ではあるが。どちらにせよ、どこにでも似たような手合いは居るものだ。

 そして気になるのはそれを言い出した我が神の顔だ。宿に戻ったばかりの私を連れ出した時点でどこか様子がおかしいとは思っていたが。

 

「よくできた神格者なんだよ、ヘスティア姉さんは。私も大層可愛がって貰った。ただし見た目はロリロリしいけどさぁ」

「最後が余計でしたな」

「姉さんには悪いが事実だ! 大変立派なお胸はされているがね!! そして待て、ステイ! ゲンコツはステイ!!」

「タイミングを読めるようになってきましたか。では次はそういった機会を作らぬようにしていただきましょう」

「正直すまなかった」

 

 この流れであれば、何かしらの手助けをしたいが言いだしにくいとでも思っているのだろう。先ほどから何かを言いかけてはやめる、の繰り返しだ。その度に軽口を叩いては勢いをつけようとしているのがわかる。

 自身は新米の主神であり、私も新米の冒険者でしかない状況だからと躊躇しているといったところだろうか。

 

「……そこで、モノは相談だ」

「薬を用立てますか?」

「許してくれるかね?」

「当然でしょう。そのような事情であれば、浪費ではありません。義理を通すとは良い心がけです」

「そ、そっか、許してくれるのか!」

「では食事の後に薬草などを仕入れましょう。宿の主人にも調剤の許可を貰わねばなりません」

「荷物持ちは任せたよ!」

「丸太担ぎの応用です。嵩張りはしますがそう重いものではありません。重心を意識すれば大丈夫でしょう」

「ヘイ君ィ。私、女神。君、冒険者。オーケー? 何度でも言うが、力仕事を女神にさせようとするんじゃないっ!」

「できる事はご自分でなさるべきです。必要とあらば手は出しましょう」

「ぬふぅ」

 

 友を想い、慮り、必要な物を贈る。私はそれを浪費だとは思わない。そして、そのような想いを抱いて無茶な真似をするでなく、自分のしてよい事の範疇を超えない範囲で手助けをしようとする在り方は好ましいとも思う。怒られるかもしれないという考えの上で、このパナケイア様がそれを口に出したのだ。私なりに応えるのは当然の事。

 

「戦闘に関しては私は素人だ。君、どういう種類の物が良いと思う?」

「その前にまず、表立った協力をするのか否かによります」

 

 表立って協力すると言うのであれば、まずは情報共有をせねば話にならない。この様子であれば、そうはしないのだろうが。

 

「……今はまだ裏からこっそり、だね」

「では、私が頂いたような数種類のポーションを一まとめにしたポーチを複数個。また、使った分を拠点にて補充できる体制作りが必要となるでしょう」

「さらりと具体策が出て来るね、君……ってそうか、君はそれが本業だったか」

「規模こそ違えど、やる事は同じ。であればできぬ道理はありません」

 

 本来であれば、必要な物資は多岐に渡るが、本格的な支援をすると言うわけではない現状であればこの程度に留めるべきだろう。

 

「むしろ問題となるのは、こうした支援を行う事によって貴女にまでその矛先が向く危険性です」

「そこまでしてくるかね、あのクソ爺は」

「仮に肉親の情でそうまでせずとも、その眷族の暴走はありえる事です。命令の伝達ミス、曲解などはあるものとして考えるべきです」

「…………」

「怖くなりましたか?」

「違う」

 

 そうだろうな。今の逡巡は自己保身の類ではなく、むしろ私に対してなされたものであると感じた。こちらは実情はどうあれど、あくまでも駆け出しが二人だ。自分のわがままが発端で私に怒られるだけで済んだこれまでの道中とは違い、今回のような状況であれば私にも累が及ぶ(・・・・・・・)事になる。この優しい神はそれが気がかりなのだろう。

 

「見くびるなよ、聞仲君。私は確かに退くし媚びるし省みる。むしろぐーたらこそが理想だとも思ってもいる」

「胸を張って言う事ではありません」

「まぁ聞け。その眼光はやめろ、下腹部のあたりがヒュンッてするから。……あぁもう、わかったよ! こう言えばいいんだろう!?」

 

 私の正面へ向き直って、精一杯の覚悟を示すかのように見上げて来る様を見て、決心したのだと感じ取れた。幸いにして今この場は往来から少しばかり外れた横道であるため、人目も少ない。

 

私を守れ(・・・・)。 いいか、私は弱い。だから、君が守ってくれ(・・・・・)。 ――――君は、強いんだろう?」

「承知しました。痴れ者は存分に打ち据えて御覧にいれましょう」

「あ、まて、そこそこ、そこそこでいいんだからな!?」

「そこそこに守るなどと半端な真似をすればつけこまれるだけです。やるのなら徹底しなければ意味は無い」

「あ、やっべぇ私やらかしたか……?」

 

 ようやく言えたか。それで良い。それでこそ我が神(・・・)だ。

 

「…………ご飯、食べに行こうか。噂の店、すぐそこのハズだから」

「ご自身の限度を見誤る事の無いように」

「やぁ、たった今見誤った感がハンパないんだけどね……はっはっはぁ……」

 

 

 



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神、読み違える。

 

 

 

 私の状況を説明しよう。オラリオでの正装を見事に着こなした聞仲君の腕の中だ。もっと正確に言うなら、お米様だっこではなく、お姫様だっこで逞しい腕の中にIN! して非常に恥ずかしい。周りの女神様たちの黄色い声がその恥ずかしさを後押ししてくれていやがるのも非常にポイントが低い! あぁもう、クソ爺はやっぱりどこまで行ってもクソ爺だった。招待状が届いてしまったからといって、のこのことクソ爺主催のパーティーに出るべきじゃなかった。知神の姉さん方の傍に居れば大丈夫だろうなんて楽観的に思ったのは一体誰だよ! 私だよ! アーハーン!?

 

「我が神への侮辱について、ご説明頂こう」

「おや、神へ随分と生意気な口を叩いたものだね。我が孫を可愛がってやっただけじゃないか」

「ほう……」

 

 うわっはー……この至近距離に居るせいで嫌ってくらいにわかるけど、びしりと聞仲君の周りの空気が凍る音が聞こえてきたわ。それもこれも姉さんを馬鹿にされたのが頭に来て、つい売り言葉に買い言葉なんてしちゃったのが運の尽き。血縁である事も相俟って、遠慮のえの字も無いクソ爺による数々の暴言の末、姉さんがこの場で戦争遊戯を申し入れられた瞬間に、私が隣に聞仲君が居た事を忘れる程に腹を立ててしまった事。これが最大の原因だった。たかが孫ごときが噛みついた事に腹を立てたクソ爺が投げてよこした、ワインが注がれていたゴブレットと、ついてきた耳に入れたくもない暴言の数々。あの時、私を守ってくれると言った聞仲君からすれば、己の逆鱗の上でタップダンスを踊ってくれやがったようなものだろうさ。

 

 まぁその結果が、飛んできたゴブレットとそれに付随するワインの着弾地点から私を引っこ抜いた末の現状なわけで。

 君、女神たちの中で一時期流行った乙女なゲームに出てきそうな事をやってくれやがったね?

 

「なればその返礼として、そちらがヘスティアファミリアへ行った戦争遊戯の申し入れを踏まえた上で、同時に私達パナケイアファミリアよりアポロンファミリアへ行わせていただく」

「受ける謂れはないな。分を弁えるべきだね、君は」

 

 アホ、マジでアホ! 煽るなよクソ爺ィ!! てか空気読め。無駄にビキビキと青筋立ててないで、周りに居る他の神々の眷族たちの反応を見れ! お前んとこの団員よりレベルの高い子らが揃って戦闘態勢取ってるだろうに、それが見えないかねぇ!? 私ですらわかるぞ、あの子らが冷や汗流してんの! もうアホ! アホォ!! 聞仲君にこんな事をさせやがってさぁ!

 

「弁えているとも。下種如きが我が主神を侮辱したのだ。せめて形だけでもと申し入れたこの状況を、弁えていると言わずして何と言う」

「……何?」

「この瞬間、お前が天界へ還っていないのはパナケイア様の温情と知れ」

 

 あんまり事を荒立てないでねって聞仲君に言っておいたパーティー前の私、ファインプレイやぞ。聞仲君の逆鱗の上に薄皮一枚くらいのクッションは敷けたんじゃないかな! やったぞ! 即死無効効果があった!

 色んな意味で聞仲君とクソ爺がどうやっても反りが合わないのは分かっていたけど、実際に顔を合わせたらコレだ。

 

「……レベル1の新人冒険者ごときが言うじゃないか。いいだろう、受けてやる!」

 

 やだ、私のクソ爺、煽られ耐性低すぎ……? あいや、そりゃあ低いか。クソ爺だからね、仕方ないね。オワタ。どっちがとは言わぬが華。いやほら、私なりにレベルと力量の目安くらいは情報収集したんだよ? 結果、資料をブン投げたけど。

 あの禁鞭一つあれば事足りるって結論しか出なかったんだもの。……出せなかったんだもの。

 実演と解説を要求した時の『小細工無しのガチンコ仕様です、ドヤァ!』と言わんばかりのあの武器をどうしろと。ついでに聞仲君自身も中身まで余すところ無くガチンコ仕様。色んな事情を加味しても仕様が酷い。

 

「負けるのが分かって挑んだお前たちへのせめてもの温情だ。パナケイアは天界へ送還しないでおいてやろう。あぁそうさな、私のファミリアの傘下に入ってもらうとしようか。そいつは私の下で薬でも作っているのがお似合いだろうよ!」

 

 火に油ァ! 太陽神だから炎がお好きとでも言うのかね!? あぁもう、聞仲君の顔を見上げるのが怖い。正座でお説教3時間コースの方がまだマシだ! 地獄やぞアレ!

 

「私の要求はただ一つで良い」

「聞いてやろうじゃないか!」

「我が神の前にその姿を見せないで貰おう」

 

 ――――永遠に。そうはっきりと聞こえてきたよ、私や他の神々には。見ろよ、周りを。悪ノリ好きな男神共が示し合わせたようにオワタポーズを取ってるじゃないか。……ああもう、馬鹿、私の馬鹿。聞仲君の気配に当てられて無駄な現実逃避を展開してる場合じゃない!

 今ならまだ取り消せる! 聞仲君の主神である私が同意していないんだ!

 

「ご安心を、パナケイア様」

「ぅぁい!?」

 

 うわぁぁぁぁちょお待てやぁお前さん!? その顔、その声でその台詞はアカン! 周りの女神の姉さん方を見ろ!『んまぁ! 若いっていいわぁ!!』みたいな目ぇしてんよ!?

 男神共は『イケメンはぜろ!』とか『ウホッ……良い男』とか騒いでるしさぁ……待て、ウホッたの誰?

 

「よし、パナケイアたんがご安心めされた事で合意がなされたと見ていいな!」

「ならば勝負形式は俺たちが預かった! 任せなパナたん!」

「ちなみにお前ら何にするつもり?」

 

 

 

『総力戦!』『……デスヨネー!!』

 

 

 

「選ぶ余地がねぇー!!」

 

 

 

 アホどもめ、ノリに乗ってんじゃない!

 ってやめて姉さん方、可愛い可愛いって頭撫でてくれるのはありがたいけど、それどこじゃないんだよ!

 まだ断れるんだよ、まだァ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「姐御ォ……聞仲君の愛が鉄壁すぎてつらい……」

「あれからの噂は聞いてるわよ? 特に女神たちが『彼に執事喫茶を任せましょう、通うわ(真顔)』だとか『パナケイアにも春が来たのね!』なんて騒いでたもの」

「……私が今何て呼ばれてると思う?『横槍禁止(アンタッチャブル)』だよ? 何で私が生暖かく観察される対象になるのさぁ!」

「ご愁傷様」

 

 ヘスティアの子に関わるいざこざに巻き込まれる形になったのを目の当たりにして、この子たちの行く末を案じたのも今は昔。今じゃヘスティアへ戦争遊戯を申し込んだ所を横から見事にインターセプトされたアポロンへ同情票(安らかに眠れ)が集まっている始末だもの。アポロンファミリアの眷族が街中で二人にいちゃもんを付けて、その末に付けた側である面々が揃って往来で粗相をするハメになったのは、悪ノリ好きの神々をして笑い種を通り越した苦笑に値したようだし。

 数多の神々の中でも、アポロンは『そう』思ったら『そうとしか』思わない傾向がとりわけ強いからね。空気が読める神なら間違っても踏まないような地雷をあっさり踏み抜いてしまうのは流石にどうかと思うけど、今更変わりようもない。

 今回アポロンが開催したパーティーで『眷族同伴』なんて言い出さなければそんな悲劇は起こりえなかったのに。

 

 ――――好奇心旺盛な神々にとっては喜劇でしかないけどね。

 

「あんなスタイリッシュ宣戦布告を誰がやれと言ったのさぁ!? 私は『守ってくれ』と言ったんだよォ!!」

「祖父を見誤った貴女にも責任があるわよ。あのアポロンが孫だからと言って自分の欲望を飲み込むわけがないじゃない」

「ぐぬううう!」

 

 綺麗な真っ白い指で頭を抱えて悶える様は、事情さえ知らなければそれなりに絵になったわね。淡い金糸のような透き通った長髪に、大輪の華が咲き誇る間際の美と言わんばかりの容姿は、静かにさえしていればなるほど、あのアポロンやアルテミスの血縁なだけはあると思うもの。でも事情を加味した途端に、凡ミスをやらかして自爆したお馬鹿でしかなくなるけど。

 

「天界で世話になった知神へ味方した程度の事で、あそこまでするか!?」

 

 言い分は分かるわ。常識神であればあの程度の事に腹を立てるわけがない。ただ、相手はあのアポロンよ? あの不義を見て見ぬふりができなかった、実直なヘリオスならまだしも、同じ太陽神であるのが不思議な程のアポロンよ? 見通しが甘いとしか言い様がないわ。祖父の爛れたやり口に辟易として耳を塞いでいたのが仇になったわね。ついでに、この子を可愛がっていた女神たちが神格者であった事もあるかもしれないけれど。醜聞を耳に入れないように皆が気を回してたもの。

 

「うあああああどうすんだよコレェ……! あの子がマジでマジの全力なんて出してみろ、少し目を離しただけで更地が一つ出来上がってたって驚かないぞ、私は!?」

「いや、いくらあの子でもそれはないでしょうに」

「あるんだなぁ、コレが! ちょっと気合を込めただけでクレーターを作るんだよ? グッとガッツポなんてするまでもなくズゴーンってさぁ!!」

「はぁ?」

「いやマジで。路銀をちょろまかして甘い物を買ったのがバレた瞬間にね? 物理的威力のある気合って何だよ一体!? ……ちなみにここだけの話、ちょっと粗相をしちゃったくらいに怖かったとも!」

「しかも理由がくだらないじゃない。何してるのよ、あなた達」

「仕方ないじゃないか! 聞仲君が気落ちしてるみたいだったから、甘い物でも食べさせれば幸せになれるだろうって気づかいだったんだよ!? むしろ褒めろよぉ!! 事情を説明したらゲンコツは免除されたけどさぁ!」

 

 天界でやってた事を下界でもやろうとして失敗したのね。この祖父のせいでいらない苦労をさせられてます、みたいないい意味で素直な子が一生懸命考えてくれたものだからって、大喜びして機嫌を直してた私達にも責任があるのかしら。

 …………いや、でも仕方ないじゃない。相手が気落ちしているのを察しようものならすぐさま『これで元気出して』なんて、傷だらけになりながら珍しい果実をとって来たり、他の女神に教わって作ったハーブティーなんかを持ってくるのよ? 出来はお察しでも、あの馬鹿共が勢ぞろいの中で、そんな小さくとも温かい心遣いをしてくれる子を可愛がらないわけがないじゃない。デメテルなんて本気で『うちの子になりなさい』なんて発言しちゃったからね。おおらかさは誰もが知る所ではあれ、あの子煩悩を地で行く女神にそれを言わせただけで大概だわ。

 

「しかし今回の件はマズいわね。面白がってる神々が多すぎる」

「聞仲君のアホー! 君が真っ先に矢面に立つ事ないじゃないかぁ!!」

「あぁもう、落ち着きなさい」

 

 抱き締めてぐしぐしと頭を撫でてやれば大人しくなるのは昔とちっとも変わらないんだから。毒気を抜かれるにも程があるわ。

 胸に顔を埋めてからちょっと残念そうな顔をするのはどうかと思うけど。失礼な。デメテルやヘスティア程ではないにせよ、そこそこはあるわよ。

 

「……どうしよう。あの子を矢面に立たせたくなんて無かったのに」

 

 私の部屋のソファに並んで座っていたのは良かったかもしれないわ。この子を抱きしめてやるのに困らないから。ちょっとお馬鹿な子に育っちゃったのは頭の痛い所ではあるけれど、本質は何も変わっちゃいない。あの頃の優しい子のままだもの。

 でも思っていたより根が深そうだわ。これほど静かに後悔を滲ませるなんていつ以来かしら。

 …………あぁ、そうか、あのアポロン(好色馬鹿)が今回やらかしたアレは、こうなるまでこの子を傷つけたのね。

 初めての眷族には思い入れが強くなるものとはいえ、あれだけ立派な子を眷族に選んだのは慧眼でもあるし、愉快犯どもの目に映る火種を灯したとも言える。

 そんな気を揉んでいたであろう所にアレだ。

 

「まったく、私の胸で落ち着くのなんて貴女くらいのものよ? どうせ埋もれるならデメテルの方が落ち着くでしょうに」

「デメテル様に迷惑かけたくない」

「あら、私ならいいの?」

 

 んー、流石はデメテル。あのロキですら白旗を上げたおおらかさ、この分だとこの子の中で神聖視すらされてても驚かないわ。その次に来るのが私だというのは喜ぶべきかしら? ヘスティアはどちらかと言えば年の離れた遊び相手くらいのノリだったように思うし。こんな状況でこう思うのはちょっと悪いけれど、照れくさいわね。

 

「あ、こら、鼻水をつけるんじゃないわよ!?」

「……ズビー」

「口で言っても変わらないわ!」

 

 むにー、と頬を引っ張ってやるとまぁ伸びる伸びる。もっちもちの肌は指に心地良い。

 

やめふぇ、ほふぇんなさいあふぇご(やめて、ごめんなさい姐御)!」

「駄々っ子をやめたら考えてあげるわ」

まふぁ(また)ふぁんふぁえてあふぇる(考えてあげる)ひゃん(じゃん)!」

「相変わらず触り心地が良いわね、あなたのほっぺた」

やふぇれ(やめれ)!」

 

 むいー、むいーと引っ張って遊ぶのが楽しくなってきちゃったわ。

 何よりも、この子が出していた空気が少し軽くなったんだもの。これなら後はいつも通りあやしてやれば、元の調子に戻るのも時間の問題でしょう。

 

「姐御にキズモノにされた!!」

「あ、こら人聞きの悪い!」

「聞いたぞ主神殿、聞仲殿の主に手を上げるとは何たる事か! これは責任を取って手前を派遣するが良いと見た!!」

「勝手な事を言うんじゃないの! それに貴女、団長ともあろう者が聞き耳を立てていたなんて他の子たちに示しがつかないでしょう!」

「細かい事は気にしないでいいではないか。ほれ、聞仲殿が本気で振るうのがあんな棒一本では恰好がつくまい? ……な?」

「だ・め・よ!」

「ケチ臭いぞ、主神殿!」

「鍛冶系トップファミリア団長っていう自覚を持ちなさいって言ってるの!」

「そーだそーだ! 自覚を持った上で聞仲君にイイ物を打ってやるんだ!」

「貴女はお黙りなさい!」

「むぁー!?」

 

 あぁもう、何よこの空気! 椿も随分と聞仲君の事を気に入ってしまったみたいだし、どうしようかしら。流石に無償で武器を打たせてやるわけにはいかないもの。

 

「なぁパナケイア殿、物は相談だが……」

「おーけー! やってくれたまえよ椿君ッ!」

「おお、話が早いな!」

「やめなさいって言ってるでしょう!? パナケイアも内容を聞かないで二つ返事をしない!」

『横暴だぞー』

「黙らっしゃい!!」

 

 随分と息が合ったものね!? ちょっとデメテル、今すぐここに来てくれないかしら。貴女くらいしかこの空気を抑え込めないわ。

 

 

 



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暗躍しようとした、神。

このクロスオーバーを読んで下さっている皆さまへ。

まずは小説タグを良く確認しましょう。
そして、クロス先の空気を思い出しましょう。


……そういえば、前書きを書いたのは初めてさぁ。


 

 

 

 あのパナケイアの子が行った見事な宣戦布告の夜が明けて。あの場ではうやむやになってしまったけれど、元々アポロンから戦争遊戯を申し込まれていたあの(・・)ヘスティアファミリアが、あらためてそれを受けたという話がオラリオに広まり始めたと報告を受けた。いえ、広められている、の方が正しいのでしょうけど。あのアポロンは何を思ったか、我がアポロンファミリアが二つのファミリアをまとめて相手取って勝利の栄冠(ベル・クラネル)を手に入れるなどと眷族に吹聴させているようだし。

 

ただ、その噂を流していた眷族たちの目が死んでいたという報告も同時に受け取る事になったせいで、最早笑い種にすらならないわ。思い込みの強さは相変わらずね。良い方向へ情熱を燃やしている時は『デキる神』なのに、情欲を乗せた途端にこれだから困ったもの。

 今回の件は上手く転がればあの子(ベル)の輝きを彩る糧にできたでしょうけど……ねぇ?

 

「オッタル、あなたはどう見るかしら?」

「パナケイアファミリア単独で事足ります。他の要素は些事として片づけられましょう」

 

 やっぱりあなたでもそう思ってしまうのね。あのアポロンが触れてはいけない逆鱗に手を出した事なんて、あの場に居た誰もが感じていたのだし。むしろ、第一級の冒険者が揃って冷や汗を流す程の気配の中であれだけの物言いができるなんて、この私をして素直にある意味凄いと思わされたもの。アポロンの近くに居た子が、アポロンの言い様を聞き届けた瞬間に泡をふいて倒れたのは仕方ないわ。可哀想なこと。

 

 ――――あの魂の輝きを、たとえ目にする事はできなくとも、感じ取る事はできたでしょうから。膨大な熱量を以って果てしなく鍛え上げられたかのような、朽ちることなど想像もできない密度の鋼色。パーティー会場で初めてあの色を目にした瞬間、私ですらあれが人の子である事が信じられなかったもの。

 

「でもそれじゃあの子(ベル)の成長は見込めないわ」

 

 パナケイアへの物言いは正直聞いているだけで不快だったから、あの見事な宣戦布告は不覚にもよく言ったとすら思ったわ。

 ……でもね、同時に困った横槍を入れてくれたものだとも思うの。 あの子が成長するための良い踏み台になるはずだったのに。

 

「オッタル。貴方はこの状況でアポロンファミリアが善戦する可能性があると思う?」

「先に申し上げた通り、ありません。あの冒険者の立ち居振る舞いを見る限り、凡百の冒険者では太刀打ちすらできますまい」

「そう、よね。…………もー、どうすればいいのよぅ」

 

 もすっとお気に入りのクッションへ顔を埋めても解決策は思い浮かんでこない。ぱたぱたと脚を振った所でそれは同じ事。……オッタル、そっとスカートの裾を戻しにくるのはやめなさい。

 

「ならば、前提条件を変えるほか無いでしょう」

「――続けなさい」

「ベル・クラネルが成長するための余地を広げる。最早、これに尽きるのではないかと」

「貴方がそう口にするという事は、具体策もあるのね?」

 

 最悪の中で最善を尽くす。そういうレベルの話。

 

「まず、総力戦の形式を防衛戦のような拠点攻略方式に設定。その上でアポロンファミリアを防衛側とし、攻め手の2ファミリアの侵攻開始地点を防衛拠点を挟むように配置します。そこに共闘禁止とでも条件を付け足してやれば、せめてもの経験値稼ぎにはなるでしょう」

「あの戦争遊戯は個別の申し入れだったのだから、あの場で私達(神々)が肌で感じた戦力差を持ち出せば押し込めない事はないかしら。それに、面白い事に飢えている神々だもの。長く楽しめるなら(・・・・・・・・)そもそも反対意見は少ないでしょうね」

「それも踏まえ、可能であると愚考します」

 

 それならば現状よりは成長の余地はあるわね。――ある、わよね?

 

「オッタル、動く前に少し情報が欲しいわ。パナケイアの子を測りなさい。ただし現時点では敵対せず、武力行使も控える事」

「…………承知」

 

 頼んだわよ、オッタル。貴方ならやってくれると信じているわ。

 でも………この部屋を出ていく時にちらりと見えた耳が、少しだけ萎びているように見えたのは気のせいかしら? あのオッタルに限って、そんな事はないと思うのだけれど……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ウォーシャドウ、キラーアント、ニードルラビット。そして毒の鱗粉を撒き散らすパープルモス。特にウォーシャドウは新米殺しなどと異名を付けられていると聞いていたが、これではな。モンスターを打倒する時間よりも魔石を回収する時間の方が長いこの状況は好ましくない。……やはり、ダンジョン前に居たサポーターとやらを雇うべきだな。魔石の回収を任せるだけで大きく効率は上がるだろう。

 

「やはり、脆い。その割に数ばかりが多いのは困ったものだ」

 

 モンスターの群れを打ち据えた先に、10階層への階段が見えてきた。この階層の入口は休憩ポイントとして利用される事が多く、食事をするには適しているとギルドの受付職員より聞いている。大事を取ってヘファイストス殿へ預けてきたパナケイア様が、出がけに渡してくださった弁当を頂くには良い頃合いだろう。先客はあのパーティーで顔を見た覚えのある男が一人だけで、スペースは十分にある。腰を落ち着けて食事をとるに当たり困る事はなかろう。

 

「ふむ……また腕を上げられたか」

 

 天界にて懇意にしていたというデメテル殿のはからいでいただく事となった新鮮な野菜によるサラダは、器へ綺麗に収められており彩りも良い。……もう一つの器はサンドイッチとジャガ丸くんだな。こちらも形は綺麗であるし、挟まれている具もバランスが取れているように見える。――ジャガ丸くんという商品名はどうかと思うが、この料理自体は中々考えられていて悪くない。芋に衣をつけて揚げただけとは言え、癖のない味であるからこそ調味料が生きる。後付けで味を決められるこの料理は効率が良いように思うし、片手で食べられるというのもそれを後押ししている。行軍食とするには調理の手間がかかり過ぎるが、街で屋台を出すには理にかなったものだろう。

 

「……美味そうだな。手作りか?」

「む……ああ、我が神の手製だ」

 

 ジャガ丸くんについての考えを巡らせていた折に、向かいに腰かけていた男から発せられた問いかけは正直意外であったと言っていい。巌のような武人といった様相の、見事な空気を纏う男から出たとは思えない言葉だった。だが気になるのは、あちらから声を掛けてきた割に、考えあぐねているのが手に取るようにわかる気配だ。悪意は感じないが、何が目的だ?

 

「そうか、お前の神も中々できた神物のようだな」

「できるようになった、が正しいな。始めたばかりの頃は『食べられるだけのもの』が出てきたものだ」

「ほう……」

 

 味はそう悪くは無かったが、形は不揃いで彩りも悪かった。そして何かにつけて甘味を入れようとする。とはいえ、覚えは良いのですぐにそれも矯正できたが。……こういった事は素直に身に着けてくれるというのに、何故礼儀作法の改善は遅々として進まないのだろうか。やはり、もう少しばかり厳しくするべきだろうか。

 

「だがお前のような男であれば、それでは足りぬだろう。少なくとも俺は肉が無ければ満足できん」

「生憎と燃費は良い方なのでな」

「……そうか」

「無論、あるに越したことはないが」

「!」

 

 何故ここで嬉しそうな顔をするのか、理解に苦しむ。

 

「しかし、そうか、神が料理をするのか……」

「まぁこれは我が神の性質に合っていたという事もあるだろうがな。薬の調合と通ずるところがあると、上達は早かった」

「なるほど」

 

 第一印象よりも口数の多い男だ。決して多弁ではないが。

 そうしてしばらく、お薦めの屋台の話題に始まり、背丈が似通っている事から派生した服の仕入れ先、冒険者に評判の良い商店など、私自身意外な程にこの男と話が続いて行く事に驚かされた。

 

「時間を取らせた詫びだ、受け取れ」

「む……ならば私からはこれを。我が神、パナケイア様特製の軟膏だ。止血作用がある。嵩張らぬし、ポーションを使うまでもない傷に応急処置として塗るといい」

「俺は見返りを求めた訳では無い」

「こちらも宣伝活動だ、気にするな。……我が神が良く口にするのだがな、私にはこうした他愛のないやり取りが必要なのだそうだ。言うなれば、これは私の都合と思って貰って構わない」

 

 あれで、私が教えられる事も多い。言葉が足りぬ事を指摘された事もあれば、威圧感について諭された事もある。私の境遇を知った上でかけられた言葉であると思えば、無碍にはできまい。

 

「……そうまで言うのならば、貰っておこう」

「今後はどちらかと言えば冒険者向けではない、日常生活に必要な薬を取り扱う小さな店舗を出す予定だ。それが気に入ったならば立ち寄ってくれ」

「ああ」

「女性向けの商品を出す予定もあるようだ。詳しい所はわからないが、話を聞いていたデメテル殿を初めとした女性冒険者たちは色めき立っていた。こちらについても話を広げて貰えると助かる」

「ふむ……いいだろう。――――ではな」

 

 思いのほか長い時間話し込んでしまったな。紙に包まれた串焼きを置いて去っていく男の目的は結局最後まで分からなかったが、悪いものでは無かったように思う。

 我が神へ教えてきた種々の生活技能等について妙に食いつきが良かったのは、あの男の印象からして少々笑いを誘われてしまったが。

 

「……しかし、多いな」

 

 数えて20本。いかにパナケイア様のサラダやプレーンのジャガ丸くんがあるとは言え、この肉の比率は如何なものか。肉が無ければ満足できぬ、と口にしていたのは覚えているが、それでもこれは多すぎると思うのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「只今戻りました」

 

 今朝言い渡したばかりの仕事を即座に済ませて報告に来るあたり、流石はオッタルと言うべきかしらね。ええ、貴方なりの印象を聞かせて貰いましょう。

 

「気取られぬよう遠目で数回程確認をしたにすぎませんが、武器を振るう様を見る限り、やはり一廉の人物でした。重心の移動に、速さ、力強さ。全力には程遠いと見受けましたが、それを加味しても見事の一言。懸念されていたベル・クラネルへの影響についても、彼の冒険者であればマイナスにはならないかと」

「ふむ……」

「また、必要とあらば力は振るいましょうが、やみくもに振るう事は無いと思われます。精神性においても高潔であるように見受けられました」

「それは僥倖ね」

 

 この子にしては珍しく饒舌ね。おまけに気分の良い仕事ができたと言わんばかりの清々しさだもの。

 

「付け加えるならば……教育者としても優秀かと」

「そう。――――教育者?」

 

 冒険者としての実力が、やはりあのパーティーで感じさせられた印象そのままという事は、まぁいいわ。あの子に悪影響を及ぼしそうにない人柄というのも、いい。でも、教育者? 貴方一体何をしてきたの、オッタル。

 

「ダンジョンにて力量を確認した際、偶然同じ場所で休憩を取っていたという体で話をする機会を作れましたので、人となりを確認したまでの事です」

「そ、そう……」

「あの男が教えたという料理の腕を、彼の主神が持たせたという弁当を通じて確認しましたが、見事なものでした。ただ、冒険者に持たせるには肉が足りないと言わざるをえません」

「待ちなさい、オッタル。待って。……貴方何を言っているの? 料理?」

 

 私の問いかけに対して貴方が首を傾げる姿というのは珍しくて面白いけれどね? 一体、何を聞いてきたのかしら。冒険者の観察がどうして料理につながるのよ?

 

「聞けば、炊事に始まり掃除や洗濯、礼儀作法など、種々の技能を教えていたようです。あの男の事ですから、そちらもきっちりと仕上げているでしょう」

「仕上げるべきところがおかしいと思うのだけれど」

「あの男は『自分勝手な押し付けかもしれないが』と苦笑していましたが、こういった忠義の尽くし方もあるのだと知れたのは私としても良い経験でした」

「それはまた、随分と気に入ったのね? 貴方がここまで手放しに称賛するなんて」

「お恥ずかしながら、好ましいと感じたのは事実です。機会があれば酒など酌み交わしたいものですが……」

 

 パナケイア、あなた自分の眷族に何をさせているのかしら? 何よりも、私のオッタルが妙に毒されてるじゃない!?

 冒険者としての頂点に立ってからというもの、私へ忠義を尽くす事が第一になってしまっていたこの子が、お酒を酌み交わしたい?

 心底不思議だわ。この短い時間で何があったのよ……。

 

「今回のような例外は仕方ないとして、あの冒険者があの子(ベル)の成長を妨げない限りは、許しましょう」

「ありがたき幸せ」

 

 …………パナケイア、私もちょっと、貴女とお話しなくちゃいけないわね。

 

「――申し訳ありません、伝え忘れておりました。パナケイアファミリアは今後一般人向けの薬店を出す予定との事。女性向けの商品もあるとの事でした」

「また珍しい方向性ね?」

「デメテルファミリアが主神を含めて随分と関心を寄せている様子であったと聞いています」

「……デメテルが? 待ちなさい、オッタル、他に何か言っていなかったの?」

「申し訳ありません、あの冒険者自身、薬店における女性向けの商品について詳細は理解していないようでしたので」

「そう……」

 

 神が関心を寄せるとなれば、それは生半可な物では無いでしょう。それに考えてみれば医神、薬神に連なる系譜だもの。

 

 

 

 ………………………………パナケイア、私も、よーく、貴女とお話しなくちゃいけないわね。

 

 

 

 





※追記
お肉について、感想欄にて散見されましたのでこちらにて捕捉を。

大前提として、このクロス作品は藤崎竜先生の封神演義をもとに書いています。

筆者が調べた中に、崑崙サイドでは確かになまぐさは禁止の記述がありました。
また、本来の仙人という存在についての記述の中でも確かにその旨の記載があります。

ただ、金鰲島の方は……感想で書いてくださった方もいらっしゃいましたが、妖怪仙人主体(食べ物お察し)という事もあって、その旨の記述はありません。

それを踏まえての投稿としています。


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神、覚悟を決める。

 

 

 

 紆余曲折を経て、戦争遊戯は四つの(・・・)ファミリアによる変則的な攻城戦と決定された。ヘスティア姉さんはこの決定について不服を申し立てたけど、多勢に無勢。面白がっていた神々に押し切られての決定だったのは予想していた通り。

 

「姉さんは最後に半ばヤケで勝利時の条件をふっかけてたけどね。あのクソ爺、その条件だと負けた暁には全てを失う事になるってのに、自らの勝利を疑ってないんだろう。あっさりと飲みやがった」

 

 アポロン・ソーマ(・・・)ファミリアの連合(・・)が配置されるのは『古城』であり、つまりは防衛側。対するヘスティア・パナケイアファミリアは各々単独で(・・・)それを攻略しろ、と。せめてもの情けのように、防衛側の大将首を獲れば勝利を認めるとされたとはいえ、常識で考えれば馬鹿な話さ。姉さんのファミリアも、私のファミリアも、眷族はたった一人しかいないんだもの。対する連合ファミリアは何十人居るんだろうね?

 

「不思議な空気だったよ。誰もが連合の勝利を信じていない(・・・・・・・・)のさ。どうすれば長く楽しめるのか。どうすれば少しでも長く戦争遊戯の体が成立するような条件にできるのか。そればかりさ」

 

 あのクソ爺以外は。

 

 むかーしむかし天界に居た頃に、あの胡散臭さが神の形を取ったかのようなヘルメスが、クソ爺の事を『彼はこうと思ったら、一直線なのさ。良くも悪くもそれしか目に入らなくなるんだ。それが吉と出るか凶と出るかは状況次第だけどね』なんて評したのを聞いた覚えがある。その視野狭窄っぷりを無駄にキレのいい動きで表現していたけどさ、まさかここまでとは思わなかったというのが正直な所。そりゃあもう癪だけど、あのクソ爺には驚かされてばかりだよ。神々が自分(道化)に向ける視線を、自分のファミリアが行うと信じている蹂躙劇に対する期待の表れだと思い込んでいるんだもの。

 その有様に、あのパーティーに居合わせた皆が(・・・・・・・)感じたんだろう。このままじゃあ話にならない、と。今回は悪い方にその視界が絞られたのを把握した悪知恵の働く神々が、クソ爺のファミリアとソーマファミリアの共闘による戦争遊戯外のヘスティアファミリア襲撃を持ち出して、『ソーマファミリアも参加するべきだろ。拒否権? ねぇよそんなもん』なんて、決定の場にソーマが居ないのを良いことにゴリ押しすぎる提案を出してきたのも無理はないのかもしれない。あの場に居た眷族たちの顔ぶれと反応を考えれば、クソ爺のファミリアだけで事足りない事はわかりきっていたんだろうさ。新興の2ファミリアに対する戦力として過剰であると反対する神が居なかった辺り、それが良くわかる。あのタケ兄貴ですら苦笑してたくらいだもの。よっぽどだよ。

 

「私はね、正直なところを言うならば君に行って欲しくない。君が力を振るう様を見せたくはない」

 

 正直な所、もう手遅れだと感じているのは事実さ。遅かれ早かれこうなる事は知れていたと言っても、こうまで早いとは思わなかったけど。

 レベル詐欺や、神の力の不正使用を疑われるといったような話題は一切出なかった。そんな薄っぺらいものではないと、あの時の有様が神々の心胆に刻まれていたのだから。神々が様々な権能を持っているのは事実だけど、子らの神話に語られる様な力をそのまま全て持った神というのは、そうそう居るものじゃない。何度も世界を滅ぼせるだけの力があるだとか、宇宙より大きな体を持つだとか、そういったスケールの神なんて居やしないんだ。あの時、聞仲君が発した気配に『今のような力を制限している状況でなくとも、あれは手に負えない』と思わなかった(・・・・・・)神が、どれだけ居たんだろう。ガチガチの戦神や特殊な権能を持つ神ならまだ話は違うんだろうけど。

 

「でも、君を眷族にしたあの時。路地裏で私の我を通させてくれたあの時。守ってくれと言ったのは私で、君はそんな私を言葉通り守ろうとしてくれている。こうなった以上、私が君にお願いするのはたった一つだけ」

 

 聞仲君が眷族となってくれたあの日。誓いを立ててくれたあの日から、私はその誓いに対して何を返してあげられるのか、考えてきた。

 

 よく効く薬を作ってあげる?

 ――――その気になればいくらでも作れる程度の物と釣り合うのか?

 

 聞仲君が言う通りの立派な神格者として振舞う?

 ――――自分の楽天的な性質は自覚してるさ。それに猫を被って上辺だけ取り繕えと?

 

 ……そんな裏切り、できるわけがないだろうよ。

 

「私を安心させてくれ。これから先、どんな事があっても。君が守ってくれるならば(・・・・・・・・・・)と、安心させてくれ」

 

 あれも駄目、これも駄目。そうやって純化させていった先に残ったものは、わたしのちっぽけな信頼だけだった。

 我ながら情けないと思うけどね、私にはこれくらいしかないんだ。

 

「出来の悪い主神で悪いけどね、そこは目をつぶってくれると助かる」

「いいえ。それでこそ我が神です、パナケイア様」

 

 君、女神に向かって背中でものを語るんじゃないよ。神血を刻む手が震えちゃうじゃないか。

 

「そっか。――――あぁ、安心したよ(・・・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やぁぁぁぁぁぁって参りました! ついに! この日がァ!!」

 

 久々の戦争遊戯とあって準備をした者が気合を入れたのだろうと一目でわかるような、そんな無駄に豪華な特設会場がギルド前に誕生してしまうのは、ここオラリオならではと言えばいいのかね。馬鹿騒ぎが大好きな神々が多すぎるよ、ホント。

 

「実況を務めさせていただくのはこのワタクシ! ガネーシャファミリアの熱ぅい男! 火炎爆炎火炎(ファイヤー・インフェルノ・フレイム)こと、イブリ・アチャーです!! ……おいソコ、アホな二つ名だとか言うんじゃない! どこの馬鹿がこの二つ名を付けたと思ってるんだ!? うちのガネーシャ様だよこんちきしょおおおおおお!!!!」

 

 おい実況、私情が自己主張しすぎじゃないかね。

 

「まぁそれは置いといて! 幸いにしてと言うべきか、それとも不幸にもと言うべきか迷うところではありますが、本日は雲一つない晴天! 戦争遊戯を開催するに当たり、絶好の天候です!!」

 

 本当にね。雲一つない、お天道様がよーく見えるいい天気だよ。

 ヘリオスおじさん、見てるー? 敬愛する我がパパンも。

 

「今回の戦争遊戯が『攻城戦』の形式で行われる事は皆さまご存じの通り! アポロン・ソーマファミリアの防衛連合へ、ヘスティア・パナケイアファミリアが各々単独で挑む事となります!! 人数比どうなってんだオイィ!?」

 

 今頃、あのだだっぴろいシュリーム平原にぽつんと残った古城には防衛側の連合が入っている事だろう。神の力(アルカナム)が解禁されていない今、その様子が見えない現状は誰にとっての幸いだろうねぇ。

 

「パナたんとこが全部持ってくにウチの全財産賭けたらぁ!」

「おいこらロキぃ! 僕のファミリアだって居るんだぞ!?」

「うるっさいわドチビィ! ウチは今リヴェリアママからお小遣い減らされてひぃひぃ言うとんのやぞ!? 鉄板に賭けんでどないすんねん!」

 

 おぉう……初めて生でロキ弁を聞けた! なんかこの小気味いいテンポがクセになって、天界の雑誌とか映像でよく追っかけてたけど、やっぱり生だと違うねぇ。うん、やっぱりこの喋り方好きだわ。

 打てば響く、打たなくとも響く。つまり響く。

 何にって? ――――心にさ。

 

「うぬぬぬぬ……パナケイア! 君も何か言ってやりたまえよ!」

「何言うとんねん、ヘスティア姉さん。ウチから言う事なんてもう何もないわぁ」

「パナケイアがバグったぁ!?」

 

 うん、いざ自分で喋ると合ってるかイマイチわかんないけど、ロキ弁はこんな感じでいいのではなかろうか。ロキさんが目をまん丸にしてるけど。あー、やっぱりどこかおかしかったのかね?

 

「あのパーティーで怒っとるトコしか見とらんかったけど、なんや、おもろい子やなぁ。ほれ、飴ちゃん食うか?」

 

 食べる! と即座に返したい所だったけど、あの包装見た事があるぞ。ハッカでしょアレ。やだよ、ハッカ辛いもん。食べるならハチミツ飴とかの甘いヤツがいい。

 

「ウチ、ハッカは苦手やねん」

「なんや、お子ちゃまやなぁ」

「そらそうや。あっこで無駄にふんぞり返っとるクソ爺の『孫』やで? これがお子ちゃまやのうて何や言うん?」

「言うなぁ自分! ほれ、おもろい子には飴ちゃんやろ。口あけぇ」

「ありがとぉ……ってこれハッカや!」

「ノリツッコミまでこなすんかい!」

 

 心あたたまる歓談を続ける私達に、ヘスティア姉さんが信じられないものを見たような目を向けてくるんですが、これ如何に。

 ロキさん独特のこのテンポ、楽しいじゃないのさ。ハッカは辛いけど。あースースーするぅ。

 

「ロキさんロキさん、ちなみに私のロキ弁の点数は?」

「満点くれたろ。ようもまぁここまで特徴を掴んだもんや!」

「おー! もっと褒めてくれてええんやで?」

「おし。ならウチの事『お姉ちゃん』って呼ぶ事を許したろ! ロリロリしいしなぁ、自分」

「ロキお姉様ァ!」

「ちゃうやん!?」

「ロキ姉!」

「ちょっとグっときたけどそれもちゃう!」

「ロキさん!」

「戻っとるやないかい!?」

「いや君達なんで漫才を始めてるんだよォ!?」

 

 ああ、これだよ、これ。打てば響くこのテンポ! 悪ノリ好きの神と喋ってる映像を見て、いつかやってみたいと思ってたんだよねぇ。懐かしいなぁ、天界放送。

 どうしたのさ、ヘスティア姉さんってば。可愛がってた子がグレたみたいな悲愴な顔をされる覚えはないんだけども。……あれ、何か遠くで姐御まで頭抱えてる?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……えーと、お三方、話を進めてもよろしいでしょうか?」

『あっ』

 

 ごめん、えーと、イブリ君?

 

「……ロキお姉ちゃんがムリヤリやらせたんだよ。私だって君みたいな頑張ってる子を邪魔したくなんて無かったさ」

「おいコラ待たんかい!?」

「てか君、さらっと『お姉ちゃん』を混ぜ込んだね」

「てへぺろっ」

 

 おお、一部の男神共にウケた。あざと可愛い、頂きましたー!

 ――――どうしてこうなった。

 

「相変わらず無駄に可愛らしいから困るんだ、君のそれは……あと誰にでもお姉ちゃんお姉ちゃん言ってすり寄るんじゃない! 減るだろう!」

「何が!?」

 

 …………いや、こんな他愛のないやりとりができるのも、安心させてくれた聞仲君のおかげだとも。感謝の一言。

 

 

 

 だからこのやり取りが後から聞仲君の耳に入りませんように!

 正座は嫌だ! 断固拒否する!! させてくれないけどね!!!

 

 

 



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太師、振るう。

 

 

 

 遠く離れた丘より銅鑼の音が聞こえれば、それより先、神の力によりオラリオ中へこの戦争遊戯の映像が流れる事となる。一般人、冒険者、神を問わず、オラリオ中に。

 我が神の今後を考えれば、ここでの半端な勝利などむしろ害悪にしかならない。私の力量が『あの程度ならば潰せる』と冒険者や神々に侮られる事はパナケイア様を危険にさらす事と同義だ。

 今この状況であれば。そう、私が冒険者として駆け出しであることが周知の事実として知られている、この状況であれば。パナケイア様へ手を伸ばしたその先に何が待つのかを知らしめる事で、私の存在を抑止力として使えるようになる。

 そうさせてやるつもりなど毛ほども無いが、主神さえ送還してしまえば私はただの雑魚だなどと考えられては困るのだ。

 故に、思うところは多々あれど、此度の戦争遊戯は本気でかからねばならん。

 

「あのような目をした若人たちの成長機会を奪うのは本意ではないが、致し方あるまい」

 

 ヘスティア殿は当初、パナケイア様一人に重荷を背負わせてしまったと感じてはいても、己がたった一人の眷族を想って参戦の意思を固められなかったらしい。それを決断させたのは、他ならぬベル・クラネルだったとパナケイア様を介して聞いた。これを若さゆえの青臭い視野狭窄と取るか、それとも情に厚いと取るかは人によるだろうが。

 取り決めがあるゆえに共闘こそできぬとは言え、同じ敵を持つ者としての確認のために敢えて同じ馬車へ乗る事にしたあの時。それとなく会話をした上での結論として、考えていた人物像については後者寄りであるように思えた。とはいえ、前者の要素が無いかと問われれば否と答えるが。

 いまだ若く、至らぬと感じる所は多々あれど、私に対して萎縮の空気をにじませながらもしっかりと目を見て会話をしようという気概は感じ取れた。このまま真っすぐに成長すれば良い男になれるだろう。

 ……ここで同乗者との会話からヘスティア殿の眷族が増えていたのを知ることになり、少々驚かされたが。ベル・クラネル当人はあのパーティーで顔だけは見ていたのですぐにそれと知れたが、他の三名は初の顔合わせとなったのだ、仕方があるまい。

 

「ヘスティアファミリアは戦力として心もとない。悪いが、この状況を利用させて貰おう」

 

 こちらにはこちらの事情がある。出立の前に様子を確認したが、このオラリオの空気から予想していた通り、大がかりな賭け事が行われていた。この戦争遊戯が賭け事として扱われる事に思うところはあるが、周囲の心情を推し量る参考とするには丁度いい。その中でヘスティアファミリアはオッズだけで言うなら二番手であり、次いでアポロンファミリアが三番手、ソーマファミリア四番手だった。

 ――しかし狙っていた通りの結果とはいえ、一番人気が他を寄せ付けぬ勢いで私達パナケイアファミリアであった事をどう捉えるべきか、若干悩ましい所ではある。あれでは二番手ですら大穴の扱いだ。未だ私が戦場へ立つ姿すら目にしていないというのに、あれほどのオッズの差は如何なることか。

 

 ……本来であれば只人を相手取って禁鞭を振るうつもりはないが、今回の相手は全員が冒険者だ。神の恩恵を受けた冒険者として少なからず活動している以上、只人とは一線を画す存在である事は間違いない。中にはランクアップを果たしてそれに拍車がかかっている者も居る。

 そのような存在がああも醜悪な振る舞いをしているこの状況に対して、禁鞭を振るう事に否はない。今回の戦争遊戯に関わった敵ファミリアの性質は、殷の世を乱した悪しき仙道と変わらぬと知れている。

 無論、中にはあのダンジョンで出会った冒険者のように、気骨のある者も居るだろう事は承知している。だが、主神に始まり、街中で難癖をつけてきた眷族を擁するアポロンファミリアは言わずもがな、当初は巻き込まれただけかと思っていたソーマファミリアも、僅かな時間であったとはいえ聞き込みをしてみれば、拍子抜けする程にすぐさま素性が知れたのだ。

 彼の神々が腹の中で何を考えているかは知る由もないが、そもそも眷族の暴走を止める事ができていない事は主神として大いに問題がある。そして組織としてそういった行いを看過している時点で言い訳はできん。

 

「……始まったか」

 

 つらつらと現状の確認を済ませていた中で、遠くの丘より響く銅鑼の音が聞こえる。

 ならば、それに伴って神の力による映像配信も始まったはずだ。

 

 ――――趙公明の様に無駄な演出をするつもりは無いが、私を抑止力として扱わせる(・・・・)条件が揃っているこの状況、利用しない手はあるまい。……柄ではないが。

 

「命まで取るつもりはないが、覚悟するがいい」

 

 酷く目立つとパナケイア様から指摘され、これまで仕舞っていたマント。

 人の目に触れる場所で外すのは初となる額当て。

 パナケイア様の前でしか振るって見せたことのない禁鞭。

 

 私へ注目を集めさせるには十分だろう。

 

「古城の攻略期限とされた三日もかけるつもりはない。アポロン、そしてソーマよ。私が本気を出すこの日、お前たちのファミリアは終焉を迎えると知れ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まさか一日目のしょっぱなから仕掛けられるとは思っていなかった。いくら例の冒険者であっても、最初くらいは様子見をするだろうと、そう思っていた。

 そんな考えが頭にあったからこそ、最初は何かの見間違いかと己が目を疑った。例の冒険者がゆっくりと、何一つ気負うところなどないとばかりに堂々と、真正面から歩いて距離を詰めてきたのだから。

 

「狙え、放てェ!!」

 

 あれじゃあただ的になりに来ただけじゃないか、何を考えているんだ。

 ――――古城の城壁上に陣取った俺たち弓隊にそんな感想が許されたのは、ほんの僅かな間だけだった。

 風に揺られて大きく翻ったマントに、右手には一本の鞭のような物が握られているだけ。魔剣を持っている風でもない。十分な高さと堅固な足場、そして距離の三つが揃った状況の俺たちに、そんな装備で何ができるというのか。

 

 俺たちは、そう思ったんだ。

 

「お前ら何やってんだよ!? 当てろ! 当てろぉ!!」

「何だよあれ!?」

「聞いてない! こんなの聞いてない!!」

 

 その思いが崩れていく音が聞こえてくるようだった。

 俺たちがどれだけ必死になって撃てども、十分に引き付けたはずの相手へ矢が届くことは無かったのだから。

 あの冒険者が手に持つ太い鞭のような物を振るったかと思えば、全ての矢が叩き落とされているという悪い夢のような光景が続く。皆が皆、矢筒の中身が空になるまで狂ったかように射かけ続けたというのに、あの冒険者に届いた矢は一本たりとも存在しない。足元に置かれていた矢束すらも尽きた。ならばその射かけた矢はどこに行ったのかといえば、相手の遥か手前で無残にもへし折れた残骸が散らばるばかりだった。その状況の中で、あの冒険者はもう終わりかとばかりに三つの目(・・・・)でこちらを見据えていた。

 ――――辺りを見回せば、矢筒が空になった事にも気づかずに必死に手を伸ばし続ける者や、ただ茫然とその有様を見ているだけの者……中には脇目も振らず、逃げ出した者まで居る。

 ついさっきまであれほど頼り甲斐があると思っていた城壁という堅固な足場が、まるで薄氷のように頼りなく感じるようになるなんて思ってもみなかった。

 

「……話にならんな」

「ひっ!?」

 

 弓を扱う者として自慢だった視力をこうも呪わしく感じさせられたのは初めてだった。音として聞こえずとも、あの冒険者の口がそう動いたのがはっきりと見えてしまったのだから。

 

 そうして思わず一歩、二歩と後ずさった瞬間だった。鈍い音と共に、隣に立っていたヤツの手足が曲がっちゃいけない方向へ一斉に曲がったのは。ぐにゃぐにゃと、まるで骨なんて最初から無かったかのように投げ出された手足を見てしまった瞬間、理解させられた。射かけられた矢を悉く撃ち落としたアレが、今度は的を変えて俺たちに向けられたのだと。

 

 そこで腰が抜けて、無様にも尻もちをついてしまったのは幸運だったのか、俺にはわからない。

 そう、城壁という薄氷の高さが俺の姿を隠してはくれた。だがその先にあったのは、現実離れした、まるで出来の悪い悪夢のような光景を眺めさせられるという結果だったのだから。

 

 

 

「母さん! 母さぁん!! 助けてよ、ねえ!」

 

 一言目には金、二言目にも金。何を言うにも金、金、金とうるさかった濁った目のソーマファミリアの男が、恥も外聞も無く『母さん』と叫び続ける姿。

 それを馬鹿にできた者は居なかった。

 

 

 

「あ? あ、ああ? ああああああああああああああああ!?」

 

 レベル2になったからと威張り散らしていたあのいけ好かないクソ野郎が、現実を直視できずにひたすら叫び続けて、砕けた手足を引きずりながら必死で這いまわる姿。

 それを嘲った者は居なかった。

 

 

 

「俺の腕、腕がああああ!!」

 

 弓の腕もいい、気風もいい、そして何より持ってる(・・・・)奴だった。あいつの弓はいつだって困難な状況を打破してくれた。でも、もうこの場では叶わない。

 それを悲しむ者は居なかった。

 

 

 

 ――――城壁を巻き込みながら、そしてその城壁をものともせずに手足を砕かれていく奴らの中で、俺だけが未だに無傷だったのだから。

 

 俺たちにアレが向けられてからほんの数秒で、城壁の上に立っている奴はだれ一人居なくなってしまった。現実逃避の乾いた笑いが自分の口からとめどなく溢れてくるのを聞きながら、そこで俺は意識を失うべきだったんだ。

 

 

 

「ここはお前で最後か」

 

 

 

 そうしていれば、俺だけは無傷のままでいられたかもしれなかったんだ!

 

 

 

 



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太師、見誤る。

 

 

 

 矢の雨を払うだけであれば力加減など気にせず狙うだけで済むが、冒険者相手ではそうもいかん。ただ排除するだけであれば容易いが、無駄に命を散らせば我らのファミリアの行動に支障が出よう。何しろパナケイア様は癒しの女神(・・・・・)だ。降りかかる火の粉を払う程度に留めねば、その名に傷を残す事になる。

 

「手足のみを砕き戦闘不能にするというのは、中々難しいものだな」

 

 しかし、これは開戦前に想定した冒険者の質について再考が必要だな。存外に脆い。

 これほど加減し、狙いを絞った振るい方をしたというのに、既に城壁上に立っている者は一人として居はしない。

 ダンジョンで出会ったあの串焼きの冒険者とまでは言わずとも、少しはできる者が居ると思ったのだが。払うなり避けるなりして、私がここに辿り着くまでそこそこ残ると踏んでいたのだが――――残っていたのは腰を抜かしていた事で私の視界から外れていた、たった一人の冒険者のみ。

 

 これでは内部での戦闘においても、いたずらに振るえば相手へ想定外の被害を出しかねんな。いっそ籠城に意味など無いと知らしめてやる方が話は早いか?

 

 

 

 …………これ程とは想定外だったのだ。仕方あるまい。

 

 

 

「アポロン・ソーマ両ファミリアの冒険者に告ぐ! 無意味な籠城はやめよ! さもなくば貴様らの冒険の道はここで途絶えると知れ!!」

 

 城壁上に転がっている冒険者の反応からして、食らいついてでも私を打倒しようという気概を欠片でも持つ者が居るかどうか。それすら怪しいものだ。

 かつての戦の最中、私が崑崙山へ乗り込んだ際に立ち向かってきた仙道たちは、弱卒ながらも命を賭けて私へ挑んで来た。だが、これでは比べる方が間違っていると言わざるをえない。

 実力は言わずもがな、精神においてもこのレベルでは話にならん。

 私自身が力を振るった戦の中でも、こうまで加減してやらねば成立すらしない戦というのは初めての経験となるな。ままならないものだ。

 

「ふむ」

 

 籠城の無意味さを示すために冒険者の居ない箇所の城壁を打ち崩してやった途端、城内より聞こえてくる喧噪には呆れさせられる。

 ……各々が好き放題叫ぶだけではな。これでは烏合の衆と評する他あるまい。

 

「この人数の統率すらできず、ファミリアとは良く言ったものだ」

 

 結論を待つ事しばし。私の居る城壁とは逆方向の扉が開け放たれ、冒険者の集団が城から出たのだろう。ただがむしゃらに叫んでいるだけだと手に取るように分かる叫び声が聞こえてきた。

 

 ――――脅しが過ぎたか?

 いや、あちらにはヘスティアファミリアの者たちが居る。そちらだけでも撃破を目論んだか?

 どちらにせよ、ヘスティアファミリアの方へ向かっている事に違いは無い。

 やぶれかぶれで、周囲の者へ害をなす。これでは賊の集団と何が違うというのか。

 

 いや……取り方によっては、私の勧告通りに籠城をやめたと言えなくもないが。

 しかし、そちらがそう出るのなら、こちらもそう動くとしよう。

 

打って出た(・・・・・)ならば、仕方あるまい」

 

 城壁から古城の尖塔へ禁鞭を振るい、巻きつけ、引く。この規模の古城において、逆方向の扉などその程度の意味しか持たない。

 ――――空中へ躍り出て、眼下に蠢く冒険者の群れへと狙いを定め、振るう。それだけだ。

 

「む?」

 

 城門の外にて叩き伏せた冒険者の集団のただ中へ着地したところで、またしても視界の外にただ一人だけ残っているとは。

 開かれた城門の下で、ただ茫然と立ち尽くす男。見覚えがあるな、アレは。アポロンファミリアの団長だったか?

 倒れ伏した冒険者たちとの距離、自らの位置取り、気配からして高みの見物のつもりだったのだろう。

 

 …………ふむ、その程度の輩、か。

 

「ベル・クラネル」

 

 人数からして将狙いだっただろう者たちが、目の前に居る。

 そしてこの場で立っている敵対冒険者はたった一人、その将だけ。

 

 私が名を呼んだ事の意味を察したのだろう。驚きに染まっていた目の色が変わった。

 

「やれるか?」

「やります!」

 

 この動きの激しい状況下に於いて自らの役割を理解し、即座に返答できるのは良いことだ。だが、そうではない。

 

「ベル・クラネル。私はやれるか(・・・・)と言ったのだ」

「――――やれます!!」

「ならばやって見せるがいい」

「はい!!」

 

 事前に収集した情報からして、レベルの違いによる地力の差はあるだろう。

 だが見比べるに、この程度の差ならばやってやれない事もあるまい。

 そもそも男が覚悟を決めてやれると宣言したのだ。自分の言動には責任を持たねばな。

 

 さて、私も始末をつけて来るとしよう。再度の勧告、しかる後に古城の破壊……ますます趙公明じみた行動だな、これは。

 まったく、気が重い。

 この私があの目立ちたがりの愉快犯と同じ行動を取るのだから、黒麒麟や四聖が見たとしたらどのような顔をされるのやら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『これが冒険者なりたて? アホ抜かすな』

 

 オラリオでの勢力図から言うて、この場ではウチがそう問い詰めるべきなんやろうけどな?

 

「…………」

 

 神の鏡から目を逸らさずに、悟ったような顔しとる姿を見たら答えなんてわかりきっとる。『やっちゃったよ……』なんて考えが透けて見えるわ。あれがあの冒険者のありのままなんやろ。

 この反応からして、パナたん的にはああまでして欲しくは無かったんやろなぁ。

 

 パナたんが良い子ちゃんなんはファイたんからも聞いとったし、あのドアホ(アポロン)みたいな手段を選ばんような子やないんはよう分かる。それこそ戦争遊戯が始まる前の会話で本質も大方掴めた。

 むかーし口八丁で戦争引き起こしたんは伊達やないわ。この子はそういう腹芸はできん。断言してもええ。

 

 しっかしアポロンのアホがやらかしたあの瞬間の気配で、何となく察しはしとったけど、これ程かい。

 開始前に開き直ったとばかりにウチと話しとったパナたんの表情が凍り付いて、あんな顔になるまでどんだけの時間がかかったんやろか。

 あの痛快な宣言、目を疑う攻城開始、そしてその結末。

 一般人が騒ぐのはまだええわ。問題は目ぇ輝かせてはしゃいどるアホな男神どもや。気持ちはわかるけど、今後あんまり妙な手ぇ出さんとええけど……。

 

 まぁ頭のネジがそもそも無い系統のアホでもない限り、ウチが仲良うして(気に入って)可愛がる姿を見せた子に手ぇ出す輩はそうそうおらんやろうけど。

 おまけにファイたんやらデメテルみたいな常識神かつ影響力のある女神たちが可愛がっとるんも知られとんのや。探索系、鍛冶系のトップグループを敵に回してまでやるか言われたら、大体んとこは尻込みするやろ。

 それを押してもやる、いう輩はたとえ何があってもやる輩や。そこ気にし始めたらしゃーないわ。

 

「えー、これは……どう表現すれば良いのでしょうか!? パナケイアファミリア団長ブンチュウ氏が、鞭……ほんとに鞭か、あれ……? あー、鞭(仮)で城壁上に陣取っていた両ファミリアの弓隊を制圧しました! 圧倒的と言う他ありません! 他に何て言えってんだコンチキショー!?」

 

 ……実況しとるガネーシャんとこの子、ようやるわ。とりあえず喋っとけみたいなヤケクソ感があるけどな。

 この混沌とした空気ん中で喋れとるだけいいモン持っとる。

 

「おっとブンチュウ氏、降伏勧告でしょうか!? あれを見せられて籠城をやめろとは、お前ら一列に並べ、首を出せィ! と言っているようなものです! さあ防衛のファミリア連合、どうするー!?」

 

 あかんわ、もう。城内の映像を見たら誰にだってわかる答えが出とる。あれが直接自分に振るわれたわけやなくとも、折れとるわ。

 

 ――って。

 

「ッちょお待たんかい! ほんま何やあれ!?」

 

 あの鞭っぽい何か。あんな何気なく振るうただけで一辺分の城壁を木っ端微塵とか何や!?

 魔剣みたいに炎が出るとかそんなもんやない、あの吹き飛び方は純粋な物理攻撃やぞ!? 何か? あんな片手間なんが分かる程度に振るうただけであの範囲をあの威力で吹き飛ばす武器言うんか? アホな、そんな武器が下界にあってたまるかい!

 

「あんなんアリか!?」

「いやいやいや実況的には嬉しい反応ありがとうございますロキ様! いやほんと! しかしながらアリもナシも、現実として起こっちゃってるわけでして! 防衛側の城内、凍り付いたぁ!! おおおおおアポロンファミリア団長ヒュアキントス、男を見せたぞ! 後ろへ向かって突撃指令!! でーすーよーねー!!!」

 

 ある意味初心に戻ったとも言えるっちゃあ言えるけどなぁ……ないわ。これアレや、あからさまに無駄な被害を増やすだけの流れやん。

 付き合わされる子らが不憫やなぁ。アポロンとこに入ったのが運の尽き言うたらそれまでやけど。

 

「あ、この状況で叫び声上げちゃう? 心なしかブンチュウ氏呆れてるように見えますが……」

 

打って出た(・・・・・)ならば、仕方あるまい』

 

「アッハイ…………あーあーあー、はい……はい! グッドラック!」

 

 ……せやな。確かに籠城はやめて打って出たなぁ、後ろ向きに。

 あの堂々とした勧告の前ならまだしも、この状況が出そろった中でこれやってもうたら、後ろからやられた所で『禁止事項の共闘である』なんて言い訳はできんわ。『共闘ではない。追撃である』で楽にゴリ押しできるんやから。

 そら実況も察して敬礼までするわ。ついでに空気を読んだ悪ノリ好きの男神共も。

 

「――――おうっふワザマエッ!? ブンチュウ氏見事な鞭捌きから大ジャーンプッ! ……かーらーのー、オタッシャデー!! 叫ばなければワンチャンあった!! ……かもしれない! 多分!! もしかしたら!!!」

「それ無いって言うとるようなもんや」

「ロキ様からの『呆れた視線』頂きました! ……えっと、こっちに視線向けてるんですよね?」

「糸目馬鹿にすんなやワレェ! オゥ!?」

「申し訳ありませんでしたァ!!」

 

 この実況やりおるわ。この状況で私にネタ振ってくるんかい。

 そして何よりもジャンピング土下座がこなれすぎやろ、なんやその無駄に見事なフォーム。周りのアホ神共が思わずスタンディングオベーションやないかい!

 

「あー…………何にせよ終わったなぁ、これは」

「終わっちゃいましたねぇ、コレ。実況あんまり喋ってないんですが」

「しゃーないわなぁ、こんなん見せられたら。…………あん?」

「お?」

 

『ならばやって見せるがいい』

 

 うーわー、やりおったわアイツ。

 

「おおおおおおおおアポロンファミリア団長ヒュアキントス氏の処遇をブン投げたァァァァァ!! さぁどうするヘスティアファミリア団長ベル・クラネル氏! レベル差をちゃぶ台返しするジャイアントキリングを見せるかぁ!?」

 

 消化試合なんは知れとるけど、こらアレやで?『自分とこの団長やっとる子を眼中にすら入れて貰えんかった』っちゅー事やぞ? 新参の、結成したばかりのファミリアの子から。

 名実ともに終わりやわ、あのドアホ。(アポロン)

 

 まぁアイツに先があるかは果てしなく怪しいもんやけどな。あの宴でパナたんとこの子が見せた目ぇからして、パナたんを守る(自分の目的の)ためならなんぼでも殺すぞ、あれは。

 筋は通す系統のガッチガチな武神ばりの気配出しとったからなぁ……あの三つ目といい、ほんまに子か? 気配も何か違和感あったし。

 

「馬鹿ぁ! 最後までちゃんと君がやりたまえよ!? ベル君に万が一があったらどうするつもりだァァァ!!」

 

 お気楽やなぁオイ、このドチビ。

 

「……というかこれ、ジャイアントキリングが成ったらオッズ一番人気の『パナケイアファミリアが全部持ってく』はどうなるんでしょう? ある意味持って行った(事後)とは思いますが」

 

 

 

 

 

『――――アッ』

 

 

 

 

 

 



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