ソードアート・オンライン 仮想の城の反逆者 (奇述師)
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プロローグ
スバル・イン・アインクラッド
西歴2022年11月1日。1000人のユーザーによるベータテストを経て、世界初のVRMMORPG「ソードアート・オンライン」(SAO)の正式サービスが開始され、約10000人のユーザーは完全なる仮想空間を謳歌していた。
しかし、ゲームマスターにしてSAO開発者である天才量子物理学者の茅場晶彦がプレイヤーたちの前に現れ、SAOからの自発的ログアウトは不可能であること、SAOの舞台「浮遊城アインクラッド」の最上部第100層のボスを倒してゲームをクリアすることだけがこの世界から脱出する唯一の方法であること。
そしてこの世界で死亡した場合は、現実世界のプレイヤー自身が本当に死亡するということを宣言した。彼らは仮想空間の住人となり、時間と肉体、そして本当の名前を奪われた。「浮遊城アインクラッド」……その名前が、かつては日本という国で生きていた人々が囚われた仮初の世界の名前だった。
1
『まさか……あの後ログインするプレイヤーがいるとはね……。私の世界へようこそ』
私の世界、意味深な含みを持った意味不明な単語に、どういう訳か身の毛もよだつような悪寒が全身を駆け巡る。先ほどまであった眠気は嘘のように吹き飛んでいて、思考のギアは一気にフルスロットルに引き上げられていた。
『最初に言っておく。君が今から行く世界はもはや単なるゲームではない、君にとっての、唯一の現実だ』
フードの下で存在しないはずの口が大きく歪み嗤っていた、金属のように冷たい温度で圧せられた言葉が、福音の如く響き渡った。
2
俺はしがない大学生・
そんな余談はさておいて、世界初のVRMMOにログインするとフードを被ったお化けのような存在に『まさか……あの後ログインするプレイヤーがいるとはね……。私の世界へようこそ。最初に言っておく。君が今から行く世界はもはや単なるゲームではない、君にとっての、唯一の現実だ』と嘲笑されながら脅迫された。
中世をモチーフにした異世界間ゴリ押しの広場には未だ現実を見れていない人々が阿鼻叫喚している中、よくできたチュートリアルだなぁ……と現実を受け入れられずに空を見上げていたのはよく覚えている。
そこらかしこでいい年したおっさん達がまるで少女のような恰好をしたまま項垂れているところを見ると地獄絵図としか言いようがない。
ただ、ヒステリックに泣きわめいている少女や、この世の終わりに遭遇したような年下の子達を見るとどうやらあのローブが言っていたことは本当らしい。これが全部NPCだというのなら俺はもう人間を信じることは無いだろう。
それほどまでに情緒豊かに泣き叫び、絶望しているところを目の当たりにすると俺は、俺たちは受け入れなければいけない。
この仮初の世界が、俺たちの現実だという事を。
「
動揺しきった精神に冷や水をかけて落ち着かせる、取引開始、それはまるで呪文のように俺の思考回路を変革させる。
脳裏に浮かぶのは刻一刻と動きを続ける、場合によっては命を奪う数値が示す落ち着きのない線。
大事なのは負けない事、絶対的な法則のもとに自分を律する、そこに邪な感情は入る筈もなく、客観的に、冷静に、機械的に物事を判断そして行動するための引き金としてその言葉は作用していた。
合理的判断に基づき状況理解と脳を整理、淡い希望を抱いてひと眠りにつく。
とりあえず宿で一泊し、爽快に目を覚ますと……案の定何も変わっていなかった。
再び、呪文を口の中で転がす。何度も何度も。
いつもなら一回で入るスイッチが入らない、回路が停滞しているのかスイッチが機能として働いていないのか今の状態では一切判別がつかない。
始まりの町の始まりの地、おそらく100階層あるこの仮想の城の中で最も広い広場に俺は再び足を運んだ。
最下層から見える眼下に広がる果てしない夕暮れのような空は昨日と変わらずそこに存在している。
寂し気な景色を前に、もう一度呪文を唱えた。
もう一度、もう一度、もう一度………………。
走馬灯のように頭を過る思い出は圧縮すればたった1年にも満たないほど空虚なもの、二十歳を目前にした人生にもかかわらず結局のところ俺の人生は何も残っていなかった。
その景色を眺め、呪文を言い聞かせ、規則性に縛られた雲の動きを見続けると、このくそったれた世界の仕様で勝手にあふれ出した涙はもう枯れた。
偽りの名前、語ることのできない経歴、偽りの体に偽りの感覚。
現実世界も碌なことは無かったけれど、それ以上に嘘ばかりのこの世界を、俺は受け入れる事は出来なかった。
何れにしろ、現実世界での体が生きるためだけに管に繋がれ栄養を無理やり摂取させられて、この世界で機能できるだけの装置でしかないのなら、そう長くこの世界は保たれないだろう。
問題はその金がどこで出てくるか、このゲームの開発者はたんまりとお金を持っていたはずだが……それがいつまでつくのか。
βテストの時は1ヶ月で10階層まで進んだが、難易度の変化、つまりゲームオーバー=死となった今では攻略ペースが大体5倍は遅くなると仮定すれば。100層をクリアするまで単純計算すれば50ヶ月、つまり4年と少し。
何れにしろ、急がなければこの世界でこのまま終わる。偽りで塗り固められた世界で朽ちていくなど本能が許さない。
合理的に判断を下すのなら、このままこの街に滞在し誰かがこのゲームをクリアするまで待つのが元もリスクの低い方法に違いはないだろう。
しかし、それは無理だ。初めて自分を律する呪文が機能しない理由はきっとそこに在る。
誰かがやってくれるなんて何の情報もないまま下せるわけがないし、リスクを冒さなければリターンは決して得られない。
誰かが自分の代わりにやってくれる? 待っていればいつかはチャンスが来る?
そんな甘ったれた考えがよぎった自分に腹が立つ、自分で動かない限りそんないつかは絶対に来ない。
「
ようやく胸の中にストンと落ちた、今度の取引は金銭的、数字的なものではない。
文字通り命を懸けてリスクを冒す。
名前も、今までの経歴も、偽りだらけの世界。仮想現実という檻に囚われたまま変わることがない世界でただ時間が経つことだけを待つのを生きているとは言わない。それはただの経験だ。
心に刻みつけるように始まりの街をぐるりと巡る。希望はなく絶望の雰囲気だけがそこらかしこに漂っていた、果たしてこの街から飛び出してこの世界を出ようとするのは10000程いてどのくらいの数になるのだろうか?
もしかしたらいないのではないかと過ってしまう位、絶望を身にまとう人が多くて反吐が出る。何もしていないのに、明確にこの世界から出る方法が提示されているのに、何もしないで諦めるなど馬鹿馬鹿しい。
偽りしかないこの現実でただ生きているのは緩やかな死と同じだ。
この先、生きるにしろ死ぬにしろ最善を尽くさなければ何も得られない、幕末さながら剣のみで戦うこの世界、持ちうる武器は己の技術と一振りの剣のみ。
今はまだ心許ないがそれでも力は与えられている、このままこの街のプレイヤーと同じくただ腐っていくだけならば、必死に抗ってこの世界から出ようとみっともなくもがくことに決めた。
だから…………!
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邂逅
1
一度だけ、鬼を見たことがある。あくまでそれは比喩的表現で、目の前にいる人が鬼という事ではない。けれども鬼気迫ると表しても違和感のない気迫を纏いながら舞うというにはあまりにも雑で暴れているというには洗礼された動きが時折見えて少しだけ綺麗に見えた。
私は1対1でも苦戦してしまうような怪物を相手に囲まれても、臆することなく斬りつけている。この世界ではソードスキルと言う特殊な技を用いて怪物を切っていく単純明快なゲーム、システム上に組み込まれた動きをすると人知を超えた速度と動きでプログラムされた動きをトレースするというものだ。
ただ一つ、HPが無くなれば本当に死んでしまうと言う点を除いては…………。
閑話休題
目の前の人の戦い方は怖い、本能的にか、こういう状況も相成って恐いのかどうかは分からないのだけれど、その一言に尽きる。
完全な初心者の私にも今目前にいる人が凄い技術を持った人だということがわかる、けど……こんなに凄い人が居て、1ヶ月近くたっても100分の1も突破できないのが現実だ。
このゲームはクリアできない、クリアできるはずがない。どれだけ待っても、助けが来る様子もない。こんな世界で……、自分は何もせずに死ぬ。それだけは、耐え切れない、だったら足掻こう、私は頑張ったって思って死のう。
最期まで戦って、そして死のう。
そう思って一番危ないと言われているこの塔に入り浸った、斬って斬って斬って、どのくらい剣を振り続けたのかもわからなくなって、鬼のような人に見入ってしまった、魅せられてしまった。
その姿に時間を忘れてしまう位に魅せられて、ふっと糸の切れた人形のように意識が遠のいてしまったのは彼の剣が化物を貫いて霧散させたのとほとんど同時だった。
─あれ? おかしいな思考が纏まらない……これが最期なのかな? 意外に呆気ないや
私は意識を何の躊躇もなく手放してしまった。
2
一先ず今日はこれで終わりにするか……
意味もなく剣についた血を払うように軽く振る、血なんて付くはずないのだけれど無意識のうちに癖になってしまっていた。ただのデータの塊でこんなことをせずとも無くなるときはなくなるのに、払った方が心なしか長持ちしそうな気がするのだ。
癖といっても過言ではない、それくらいこの剣を握る非日常が日常になっているのが恐ろしい。データの塊を無に帰すのには何の感情も持ち合わせる必要はないが、データの塊とはいえこの世界で唯一の武器を粗末に扱う事は出来なかった。
そうしてしばらくこの場に沸く人型モンスターを駆逐すると先ほどまで次から次へと沸いて来ていたモンスターは出てこなくなった。こうなればある一定の時間はリポップしてこない。それならば、用事もあるし少し早いが久々に街の戻ろう、と考えて踵を返した瞬間、目の前には見慣れないものが落ちていた。
もっと詳細に言うと、プレイヤーらしき物体が倒れていた。
間違いなくおかしい、非日常が日常に成りつつあるとは思っていたけど、こんな展開は期待していなかった、予期していなかった。
落ち着け、女の子と断定したのが間違いだ。男かもしれないのだし……まず頭、フードを被っていて見えない、次……これはどっからどう見てもスカート以外の何物でもない、更に下は綺麗な足だこと……極めつけは洒落たブーツか。うん、間違いない俺は今試されているのだろう。
亜麻色の髪がフードから溢れていた、彼女の手にあるレイピアはどう見ても初期装備、相当な腕前でなければここにたどり着く前にゲームオーバーしてもおかしくない、それともいい装備が途中で壊れたかのどちらかだ。
酷く耐久値を消耗していてこの状態で今まで戦ってきたというのなら自殺行為にも等しい危険な行為だ。
何はともあれ、このプレイヤー、彼女と断定するのもおかしいだろう、彼女、もしくは女装癖のある男。仮に女の子だとしてもこのようなネットゲームの住人だ、さらにはフードで顔を覆い隠している。期待するだけ無駄だろう。
けれど実力者であることに間違いない、使える駒だ、最前線でソロでやっていると言うのも気に入った。あの町で行動すらせず悲劇の主人公を演じている奴らよりかはずっと、何倍も好感が持てる。
結論からいって俺はこのプレイヤーを助けることにした、人一人を運ぶにはギリギリの筋力パラメーターを駆使して最寄りの安全地帯へ向かう、余談であるがこのプレイヤーを運ぶときセクシャルコードが発動したので女性ということが確定した。
幸運にも、誰かがここら一帯で狩り尽くしてくれたのか一度もモンスターがポップすることなく、安全地帯へ辿り着くことができた。恐らくこの少女がやったのだろうが。
俺は女性プレイヤーをそっと地面に横たわらせ、傍にあったダンジョンの壁に乱暴に背を預けてずるずると力を抜く。
今の状況を現しているような暗い空を仰ぎ、大量の吐息と一緒に今までため込んできた疲労が重くのしかかる。
少女を抱えると言う現実では完全にアウトな行為と誰かに見られたらマズイと謎の緊張感が体を蝕み、精神は疲れ果てていたのかもしれない。
少しだけ仮眠を取ろうと目を閉じる。
こちらの苦労も知らず、心地よさそうに寝息を立てる女性プレイヤー、見ている夢はいい夢なのだろうか……それとも……。
考えても仕方がない、せめて夢の中でさえいい夢が見れればいいな、と願いに近い希望を抱いて俺も睡魔に身を任せた。
安全地帯に来てどのくらいだろうか、目を瞑っている内に本気で眠ってしまったらしい、どうもさっきのプレイヤーは近くには見当たらない、見捨てられたか……
「ヒィッ!?」
不意に、頭上から悲鳴が聞こえてくる、俺の体勢は壁に体育座りでもたれ掛かっていたが体の右側が全て床に接していて、本格的に休憩する体勢に入ってしまったようだ。
覚醒しきっていないぼんやりとした頭は未だ状況を飲み込めていない。
「あなた……まさか私の身体に何かしたの……?」
「は?」
「惚けるのもいい加減にしなさい! 私の身体を……その……色々してたんでしょう!?」
「勝手な罪を人に押し付けるな! 子供に欲情する癖はない!」
「ほらやっぱり知っているじゃない!」
「誰だって見ればわかる!」
埒が飽かない、この年頃の女の子は全くめんどくさいな……どうやら興味がないのがわかったらしい、それか俺の言葉に少しでも傷付いて黙ったかのどちらか、か。
「迷宮区で倒れていたのをここまで引きずってきたんだよ、覚えていないのか?」
それでも少女は動く気配を見せない、フードを深く被っているため表情は読み取りにくい、目は口ほどに物を言うと諺があるがあながち嘘ではないらしい、わずかに動く口元からは何も推測できない。
思い出して恥ずかしさや今までの言動に対する申し訳なさを感じてくれるととてもありがたいのだが。
気まずい沈黙が暫く続く、ついに振り絞った声を少女が発した。
「……どうして助けたの?」
「少なくとも、こんなところで死んでいいプレイヤーでないと思ったからだ」
「どうしてそんなことが……?」
「腰に装備されたレイピア、初期装備だろ? そんな装備でここまで来て俺が見つけるまで死んでいなかったんだ。相当の手練れじゃないとそんな事は出来ない、だから死んでもらっては困る。このくそったれの世界から抜け出すためには」
「帰れないわよ」
「やってみなくてはわからないだろう」
「無理よ……! このゲームをクリアするなんて、無理なのよ……それに、もう私には……何でもない、貴方達みたいな人に私の気持ちなんてきっと分からない」
貴方達……か、どうとっていいのか解らないけど悪い方にとった方がいいだろう、ここは熱狂的ネットゲーマーの集団一万人が収容されているのだから、少女の物言いから推測すると
「ついうっかり家にあったナーブギアを被って初めて経験したネットゲームがSAO、更に敷かれたレールを外れ絶望的。おおよそこんなものであってるんじゃないか?」
貴方達という物言い、隠しきれていない軽蔑の感情、ひしひしと伝わってくるこの世界に来てしまった後悔、そして死に急いでいるかのような戦い方。
これだけ条件がそろえば余程世間を知らないやつでなければ推測できる。
少女の目が見開かれた……ような気がした、口がポカンと空いていたからそう推測したのだがこれは結構自信がある。
だが、驚きのあまり開いた口はすぐ閉じて、また重い沈黙が流れる。
長く続くと思っていた沈黙を破ったのは意外にも少女のほうだった。
「最初の街の宿屋に籠って、腐っていくくらいなら……、最期まで全力で戦い抜いて、自分を貫き徹してそして────満足して死にたい、私が私でいるうちに」
「死にたがっているのに、何で戦ってたんだ? もっと簡単な方法だってあったはずだ、知らないわけないだろう?」
「自殺は……そんな恥ずかしいこと、絶対にしない。最初はもちろん私が戦っているうちに少しでも前に進めば、そう思った。だから卑屈になることなく、前向きに耐えてきたつもり。けれど、この1ヶ月何も変わらなかった」
語調は比較的穏やかなものの、秘められた心のうちは苦しみ、絶望、葛藤、どんな感情か定かでないにしても激情が渦巻いていた、唇を噛みしめ拳はきつく握られる。
一度漏れた感情とため込んだ思いは一度堰を切ると今までに溜まっていたものが溢れだして止まらない。
「私は親が敷いたレールをひたすらに走り続けた、そしてそれが一番の幸せだと信じて止まなかった。勉強だって名門校の中でトップ3からほとんど落ちたことはなかったし、運動だってしっかりやった、音楽もたくさん聞いたし、ファッションだって雑誌を色々見て最近の流行りを覚えたりしていた。でもだからといってそれを誇示することは決してなかった。誰にも負けないくらい努力して生きてきた、けど、この世界に来てそれが全部崩れ去って……」
例えばここが始まりの町で、安全圏内でこの少女と出会っていたら俺は何も気に止めず「じゃあそうすれば」と酷い言葉を投げかけただろう、しかしここは死と隣り合わせの危険地帯ましてや俺の知る限り最前線、詰まるところこの初心者は相当な実力者。
ここで死なせるのは勿体ない、どうにかうまく、言葉巧みにゲーム攻略に対し前向きに導いていかないと惜しすぎる人材だ。
「俺も君と同じだよ、一つ違う事と言えば君みたいに優等生とはとても言えないけれど。最初の街の宿屋に籠って、腐っていくくらいなら……最期まで全力で戦い抜いて、自分を貫き徹してそして、満足して死にたい、自分が自分でいるうちに、と言ったね、俺もそのつもりでここにいる。もっとも君みたいな将来がある素晴らしい人間ではないけど」
「…………」
「だが、俺は君みたいに諦めてなどいない」
「……百層なのよ? 1か月もかかってまだ、一層さえ突破できてないじゃない! その間に何人死んだか分かってるでしょ……? 二千人よ!」
「らしいな」
「らしいなって……どういうことかわかって言っているの?」
「クリアが絶望的なのは目に見えて明らか、そう思っていてもおかしくはない、だろう? おっと気がおかしくなった訳じゃない、それは今現在の話のことだ」
ゲーム開始から1か月経って未だ、一層すら突破できていない、そしてその間、死者が二千人に及んだことも事実。
今の時刻は……15:00と少しか、頃合いだな
「希望があれば、死に急がないのか?」
「どういうこと……?」
「あと一時間で、トールバーナと言う町で第一層のボス戦に向けた会議が行われる。そこで、だ」
「…………」
この沈黙は肯定と取ろう。きっと言わなくても伝わっているだろうから。
「会議に参加するだけ参加してみないか?」
少女の回答はおおよそ俺の予想の斜め上をいったが、ひとまず俺と少女の利害関係は一致した。
これは約束、俺は彼女に希望を見せる。その代わりさっきの話は俺と彼女のだけの秘密にする。
この仮想世界で現実世界のことを話すのは禁忌だと彼女に釘を刺したのでこの話は俺以外に知る人はいない、俺もこんなことを約束しないでも話すつもりはないし、彼女もきっと話すつもりはないだろう。
故に、俺と彼女の約束を結ぶいい塩梅の楔となった。
全くもって釣り合いが取れていないけれど、彼女がそれでいいのなら問題はない。
さあ行きましょうと立ち上がった彼女の後姿は、暗い迷宮区を明るく照らしたように見えた。
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進展
3
迷宮区からわざわざアイテムを使うのもかったるく、時間も十分にあったので急ぎに急いで迷宮区をかけ降りた。
丁度良い時間に街についた俺たちは劇場へと続く道を歩いていた。
「というか、何そのお面?」
「顔を隠すためだ、お前がフードを被っているのと同じ理由だ」
「フード被ってそれって、逆に不審じゃない。趣味悪」
「何とでも言え」
なるほど、40人くらいか……思いの外、集まっているな。フルレイドが組めるくらいにはなったという事か、それならば余計に期待値も高くなる。
「凄い、こんなに大勢……。全滅するかもしれないのに……」
「みんながみんな正義感で集まっているとでも? お前の脳みそはお花畑か? ネットゲーマーの考えることだ、ここにいる奴全員が純粋な自己犠牲の精神で集まってることはあり得ない」
この少女が考えているように、はじまりの街に残ったプレイヤー達のために、と思っている奴らも少なからずいるとは思う。しかし、俺にはこの場にいる全員が純粋にそう思ってやって来たとは思えない。
「なら、どうしてこんなにたくさん……」
「不安だからだ。最前線から後れを取りたくない。死ぬのは嫌、だけど、自分が知らない所でボスが倒されているのも嫌だ。そんなところだ」
俺は多少MMORPGをプレイしてきた。だからこそ、その気持ちはわからないでもない。
「それって……、学年十位から落ちたくないとか、偏差値70キープしたいとか、そういうのと同じモチベーション?」
「……そうだな、間違っていない」
今ので確信した、これは本物のお嬢様だ。本当に何でここにいるのかわからない、もし俺も同じ状況だったら気が狂っている自信がある。あの空に身を投げ出してもおかしくはない。
やはりと言うか、間違いなかったというべきか。この少女は余程格式高い家のお嬢様とみて間違いないだろう。気品のあふれる佇まいに上品な話し方、時折ポロリと漏らす言動の端々にこの世界と本来ならば関わる筈のなかった少女であると。
特に話すこともなかったため暫く会議が始まるのをうたた寝しながら待っていると、朗らかな声で青い髪という特徴的な出で立ちの男が舞台に現れた。
「SAOトッププレイヤーのみんな! 俺の呼びかけに応じてくれてありがとう!」
劇場から大きく二回、拍手の音が響き渡る、そこに目を向けると、青色の髪のある程度目鼻立ちが整った男が劇場にいるプレイヤー達を見回しながら言った。
彼がプレイヤー達に呼びかけ、そして会議を仕切る人と見て間違いないだろう。
「俺の名前はディアベル! 気持ち的に、ナイトやってます!」
微笑みを浮かべ、胸をドン、と叩きながら言うディアベルという男。ああいうのを見ていると鳥肌が収まらない。こっちまで恥ずかしくなるような青臭いお芝居は苦手だ。
だがしかし、彼の手腕は認めざるを得ない。
おそらく彼は、第一層のボス部屋を見つけたパーティのリーダー格の人物とみて間違いないだろう。もしそのパーティがキモ……根暗だったり、ひき……コミュ障の集まりとかだったらどうしようかと不安に思っていたがいい意味で予想を裏切られた、この層を攻略したあとの99層もぜひ先頭にたって頑張ってほしいものだ。
「さて、こうして最前線で活動している皆は言わば、SAOのトッププレイヤーだ。そんな皆に集まってもらった理由は言わずもがなだ……。俺達のパーティは今日、第一層のボス部屋に到達した! ついに、俺達の力でボスを倒し、第二層への扉を開く時が来たんだ!」
ディアベルのコミュニケーション技術のおかげで霧散していった緊張の空気が戻る。
この会議の本題は第一層のボス部屋が見つかったという事。
この場にいるプレイヤー達でボスとの戦いに挑み、第二層へと到達する。そのために開かれた会議なのだ。
「ここまで一か月もかかったけど……、このデスゲームもいつかきっとクリアできるんだってことを、はじまりの街に籠ってしまったみんなに伝えるんだ。それが今この場所にいる、俺達の義務だ! そうだろ!?」
誰も、何も言わない。だが、決意を秘めたその目と、力強く頷くその姿だけで、この場にいるほぼ全員の目的は過程がどうであれ一つなのだという事は良く分かった。
「ちょお待ってんか、ナイトはん!」
気持ちを一つにいざ、会議を始めようかというところで、どこかから横やりが入ってくる。これはうまく演出された出来レースだろう。
その関西弁が混じった声が聞こえてきた方へ視線を向けると、ツンツンと尖った、センスの欠片もないおっさんがいた。
「仲間ごっこする前に、こいつだけは言わしてもらわんと気がすまん」
「積極的な発言は大歓迎さ。でも、まずは名乗るのが先かな?」
「ふん、ワイはキバオウってもんや」
ステージに立ち、ディアベルの前で立ち止まると、その男、キバオウはアバター名を名乗って大きく息を吸った。
いやいや知り合いだろ、如何にもというアイコンタクト駆使してよく言うな。
「元ベータテスターの卑怯共! 出て来い!!」
キバオウの口から吐き出された叫び声は、劇場中の空気を震わせるほど凄まじいものだった。そう感じさせる恨みがこもっている。
「こん中に五人や十人はおるはずや! 正直に名乗りでい! この1か月間、おどれらがなんもかも独り占めしくさったせいで死んでった二千人にワビ入れぇや! そしてずるして貯め込んだアイテムや金全部、この場においてけぇ!!」
成る程ベータテスターに嫉妬して、彼らから物をぶんどりたい。MMOでよくいる嫉妬深いプレイヤーなだけか、欲求に忠実な人は嫌いじゃないがこいつは嫌いだ。
だが、この男の叫びは中々効果的だったようだ。劇場にいるほとんどのプレイヤーはまるで嘲るように笑い、「そんな事言って、出てくるわけねぇだろ」などと言い合っている。
しかしそれ以外の……、大きなパーティに入っていない少数のプレイヤーは違った、特に俺の斜め後ろの黒髪少年はその叫びに反応したのか、表情が蒼白くなっている。
表情が出やすいこの世界のシステムでは注意深く表情を伺う事である程度の心の内が分かる、きっと彼らが捜しているのはあからさまに表情を変えた人物。
方法は素晴らしい、そこは認めよう。だが俺は……
「発言良いか?」
「なんや? 言うてみぃ」
「さっき言った死んだ2千人に詫びろって言っていたけど、2千人の死因をきちんと調べたのか?」
「なんやワレェ! どういうことやねん!」
「βテスターの死亡した人数、デスゲームが始まりこの城から飛び降りて死んでいった、錯乱した家族がナーブギアを無理やり剥がして亡くなられた……そういったβテスター利害関係の全くない方たち、そう言う人たちを知っているか?」
「知るわけあらへんやろ……」
「βテスターに責任を押し付けても何も始まらない、ここはβテスターを糾弾しに設置した場ではないはずだ……それに、ボス攻略前にわざわざ歪を作って何か徳があるのか? ディアベル、もし俺の意見がこの場において正しいと思うのなら会議を進めてくれ、そう思わないのなら弾劾を続けよう」
「俺からも一つ、追加の意見いいか」
ディアベルに決定権を渡した。するとそこに、さらにもう一人、大柄で色黒、スキンヘッドで強面な、筋骨隆々の両手用戦斧を装備した男が立ちあがった。
レベル低くても強そうだ……というかそれリアルな肉体なのか? 手鏡貰っていないとかでは?
「俺の名はエギルだ。キバオウさん、このガイドブックはあんたも持っているだろ」
エギルはキバオウの前で立ち止まった、エギルが取り出したのはA4サイズの本。
手のひらにすっぽり収まるその本を見ると改めてサイズの違いが判る、ステータスに影響はしなくともリーチの長さ等のPvsPで使えそうなアドバンテージが多そうだ。
「このガイドブックは、ホルンカやメダイの道具屋で無料配布されている。このガイドには、かなり詳しく情報が書かれてた。それに、俺が新しい町や村に行くと、どの道具屋にもかかさず置いてあった。あんたもそうだろ?」
「せや。けど、それがなんやっちゅうねん!」
「情報が早すぎると思わなかったか? 俺は、こいつに載ってるモンスターやマップのデータを情報屋に提供したのは、常に俺達の先を行ってたベータテスターたちだと思ってる。彼ら以外には、あり得ないからな」
キバオウは言葉を続けるエギルを見上げて、ただわなわなと震えるだけ。エギルのいう事は上げ足を取る隙もなく、完璧な正論だったからだ。
「いいか、情報は確かにあったんだ。だが、たくさん人は死んだ。しかしそれは、彼らがSAOを他のMMOと同じだと見誤り引くべきポイントを誤ったからだ。一方で、ガイドで情報を学んだ俺達は、まだ生きている」
キバオウは何も言い返せない。キバオウと同じように、ベータテスターを恨んでるプレイヤーが他にいたかもしれないが……、彼らも同様にも何も言えない。
「キバオウさん、君の気持ちはよくわかる。でも今は、前を見るべき時だろう? それに、元ベータテスターがボス攻略に力を貸してくれるなら、これより頼もしいものはないじゃないか」
「……ふんっ」
「じゃあ、この話題はもういいかな。そろそろ本題に────」
「おーい、ディアベルさーん!」
要約本題に入れるというところで、ステージに降りる階段を息を乱しながら駆け下りてくる一人のプレイヤーがいた。
そして、そのプレイヤーが手に持って、掲げていた物。
「これは……攻略本のボス篇!?」
キバオウが持ち出したベータテスターとの諍い問題の話はさておき、ディアベルは本体のボス攻略の議題を持ち出そうとする。すると、ステージに降りる階段を息を乱しながら駆け下りてくる一人のプレイヤーがいた。
「ついさっき、広場のNPC露店に入荷されてて……」
ディアベルの関係者と思われるプレイヤーから、エギルさんが出したガイドブックと同じ形をした本を受け取ると、ディアベルは驚愕の声を上げた。
わざとらしく大声で、でもこれくらいがいいのかもしれない、人の上に立つことは大変そうだ。
攻略本のボス篇。そしてその情報提供者は、鼠のアルゴ、らしい
劇場内が三度騒めき立つ。それぞれプレイヤー達は立ち上がり、攻略本を受け取ったディアベルの周りに集まっていく。
「…………」
ディアベルの周りに集まっているプレイヤー達の輪に俺は入らない、別に入れない訳じゃない、人が多すぎて見えないから座ったままである。ボス部屋はディアベルたちが見つけたばかりだ。それなのに、どうして鼠のアルゴはボスの情報を提供することができたのか……答えは言わずもがな簡単だ。
「ちょお待てぇ! これ見てみぃ!」
突然おっさんが大声をあげ、攻略本の裏側を指さした。
そこに書かれた文をディアベルは音読する。
「データはベータテスト時のものです。現行版では変更されている可能性があります……」
鼠はβテスターだ。βテスターであり情報屋、もしかすると近くにいる可能性もなくはない。
「やっぱりや! あの情報屋、ベータテスターだったんや!」
鼠のアルゴは、ベータテスター。今だからこそ思い出すがβの時に珍しい三本髭のプレイヤーがいると聞いたことがある。
「鼠が……ベータテスター!?」
「けどそれはホントなのか……?」
「でも、だとしたらこの情報の早さも頷けるだろ!」
「そうだ鼠! あいつさっきまでそこにいたよな!」
「どこだ? どこ行った!?」
「鼠にしっかり説明してもらわないといけねぇだろこれは!」
「あぁ! 大事な情報だけ省いて俺達を嵌めて、おいしいとこだけ持ってこうとしてるのかもしれねぇ!」
「いねぇ……まさかあいつ、逃げたのか!?」
皆の苛立ちも、どうしようもない怒りをβテスターへ向けるのは仕方がない、しかし、鼠はβテスターでありながら情報を提供してくれているのだ、この扱いはあまりにも酷すぎる。
やはりここにいる人間の多くは碌でもない、どうしてここまで会議の本題からかけ離れていくんだ……。
それなら最初からβテスター言及会と集めたあと言えばいいでないか。今、大事なのはそれじゃない、少なからず情報は提供されている。
さて、帰るかと思ったその時横から澄んだ綺麗な声が聞こえてきた。
そしてその声は、騒めきに包まれた劇場でやたらとしっかり通る。
「今は感謝以外の何をするというの?」
ステージに立つプレイヤー達が静まり、そして、近くにいた奴ら、いや、餓鬼に欲情した変態どもが途端に熱い視線を向け始めた。
雑然とした中でも通る声、凛としながらも厳格さのある響き、この状況でも啖呵を切れる度胸。これは……認めざるを得ない、彼女は間違いなく優秀だ。人の上に立つべくして生まれてきた人間だ、本当に、この時間は彼女にとって惜しすぎる。
「お、女の子だ……」
「可愛いかな……?」
「スタイルは良さそうだ……」
「たかがネトゲ廃人だろ? 期待するだけ無駄無駄」
そういいながら凝視するな、というかお前はまず鏡見てから発言しろ。自分のことは棚に上げてよく知らない年下の女の子によくこうも酷い言葉を投げかけれるものだ。
俺やエギルが発言したときは殺気立っていたのに性別が女と分かるとこれか、だがしかし確かにこの状況は耐え難い。
「視線が嫌だったら俺を使って遮れよ」
「……そうさせてもらうわ」
横にいる少女に向けて背中を指でちょんちょんと叩く、おい男どもそんな熱い目で俺を見るな気持ち悪い。
「その通りだ!」
ようやくディアベルが声を上げてくれた。
「俺達の敵はβテスターじゃない。フロアボスだ! 今はただ、この情報に感謝しよう……よし、じゃあ早速実務の話を始めよう。まずはレイドの構成からだ」
ようやく本題に入ることができる、長かった、そして眠い……
「とりあえず、みんな自由にパーティーを組んでくれ」
既にある程度のグループが出来上がっていた。ヤバイな……これは予想をしておくべきだった。
虚を突かれ硬直していると下の方から大柄な男が手を振ってやってきた。
「よぉ仮面の兄ちゃん、俺はさっきも言ったがエギルだ。どうもあと1人足りなくてな……どうだ? 入らないか?」
驚くほどスムーズな日本語、そこら辺の日本人より遥かに表現豊かなイントネーション、思わず引き込まれてしまう。
フードを被って顔を隠した不振極まりないプレイヤーに戸惑いもなく勧誘をしてくるところを見ると本当にいい人なのだなと分かる。
いい話だ、しかし……
「こんな得体のしれないやつを勧誘するのか?」
「誰にだって事情はある。ただ、俺はあんたの心意気を買ったんだ」
「なるほど、非常にありがたい話だが、生憎俺には厄介な相棒がいるので遠慮させてもらうよ。ありがとうエギルさん」
「なんだ、そうだったのか……なら仕方ねぇな! そんなに畏まらなくていいぞ、俺たちはもう兄弟だからな!」
豪快に笑ってバンバン背中を叩いてくるエギルさん、ノリがアメリカンだ。
さて、厄介な相棒のとこへいこう
「パーティーを組もうか」
「……そっちから申請するなら、受けてあげないでもないわ」
コイツ……
「そうは言うものの、さっき俺が彼に誘われたときびびっただろ?」
「っ……そんなことないわ」
「そんなに全力で否定するところが怪しいな。だがさっき俺がエギルと話している時ちらちら心配そうに見ていたのは分かっているんだよ。まったく、正直じゃないな」
「なっ……み、見たの!?」
カマかけ成功、第一そんなに深くフードを被っていて表情どころか顔も見えない。少し考えれば分かることなのに、流石に動揺しているな。後はじっくりいたぶってや「あのー」誰だお前。
黒のコートと胸にアーマープレートを装備した緊張が浮かんだ表情の少年が立っていた、確か……
「あのさ……俺ちょっとあぶれちゃって。パーティーに入れてほしいなぁ……なんて」
「あぁ、成程。何の心配もいらないさ、俺もソロだからな。よろしく」
「……え!? あ、その横にいる彼女は?」
「私もソロよ」
「え、えぇ!?」
困惑している表情を見るのは面白いが、時間の無駄だ。ここは年長者(?)として大人の対応を見せるべきだ。
パーティー申請を送ると黒ずくめの彼は素直に、彼女は躊躇いを見せてから承認する。
「あの……アリス? さん」
「ああ、別に敬称をつける必要はないよ。この名前なんてただの記号だ」
「そっか、じゃあアリス、改めてよろしくな!」
「ああ、こちらこそ」
横でやたらと静かな厄介なお嬢様を見ると震えていた、俺の方を確かに見て。
「まさか……プッ……アリスなんて……フフッ」
「何だ、文句でもあるのか?」
「えっと、君は……アスナ、さん?」
「……アスナで良いわ、でもどうしてわかるの?」
「目線だけ左上に移せばいいんだよ、改めてよろしくな、温室育ちのお嬢様」
「あら、ありがとう。よろしくね、ア・リ・スちゃん」
バチバチ熱い火花を散らしてにらみ会う俺たち2人(温室育ちのお嬢様の目は僅かしか見えないが)慌ててキリトがそんなこと言っていいのか? と仲裁に入る。
そう言えば現実世界の情報は禁忌だった、だがこの少女が果たして温室育ちのお嬢様かどうかは彼女しか知らないのでグレーだとは思う。
「君達は、三人パーティーかい?」
わざわざリーダー直々に声を掛けてくるとは。何か嫌な気もするがキリトは何も答えない俺たちの代わりに代弁してくれた。
「あぁ。他にプレイヤーは余ってなさそうだし……三人で決まりだな」
「……非常に申し訳ないが、君達は取り巻きコボルド専門のサポートで納得いただけないだろうか?」
「取り巻き専門だと?」
確かに、見たところ俺たちのパーティーが最少人数だが、実力も何も知らないで雑用を押し付けるのは不可解だ。
頭を下げるディアベルをキリト戸惑いを浮かべた目で見下ろす。彼はソロでこの攻略会議に参加してきた、それに背中にあるのはアニールブレード、強化値は2くらいだろうか。ちょっとこのゲームをプレイすれば装備単体の強さは彼はトップレベルの筈。
おそらくボス戦の役割分担で一悶着あったのだろう。そしてそんな流れの中、一番誰もがやりたがらないだろう役目を、人数が少ないパーティーに頼みに来たということだろうが……なにか、いや、この場で疑っても仕方がない。
「いや、フルレイドを組める人数は集まってないんだ。仕方ないさ。それに、取り巻き潰しだって重要な役割だしさ」
「そう言ってくれると助かるよ」
本当にキリトが礼儀正しく返してくれて助かる、俺は先ほどのように喧嘩腰だし、お嬢様に至っては話もしない。
パーティーを代表してキリトが一歩前に出て、ディアベルに了承の返事を返す。
俺達のパーティーの役割が決まった所から、会議はさらに本格化していった。
ボスの名前から始まり、HP量に使う武器。それによって繰り出されるソードスキル。
ボスだけでなくその取り巻きの詳細もしっかり確認しながらパーティーの役割を決めていく。
「じゃあ、そんなところかな。ボス戦本番は明後日午後からだ。集合はここに朝八時。明日は休養にあてるもよし、各隊で連携の練習をするもよし、親睦を深めるもよしだ。自由にやってくれ。A隊の練習に参加したい隊はこのあと残って相談しよう。では、解散っ!」
最後にディアベルがボス戦の日時と集合時間、そのボス戦の日までは自由行動だということを報せて二時間にも及んだ攻略会議は終了した。
「どうするアリス? A隊の練習に参加するか?」
「いや、俺達のパーティーの役割は取り巻き処理だし、今日はゆっくり風呂にでも浸かって休養を取ろうと考えてる」
「いやいや、まだ俺たちパーティー組んだばかりでお互いの実力とかわかってないし……ん?」
俺をキリトがどうにかして引き留めようとするとお嬢さまの姿が忽然と消えていることに気付く。そういえばすでにステージの階段を上って帰路に着いていたな。
「待て待て待て待て……って戻ってきた!?」
「どうしたキリト?」
キリトは慌てて追いかけるも、何故か戻ってきたお嬢さまは心側が激しい模様で。
「これからちょっと話し合いをしましょう。ボス戦までそう時間はないし、連携の練習しとかないと」
「そんなの必要ないだろ。たかが取り巻き潰し。練習しなくても何とかなる」
「万が一、があるわ。そこは警戒しないといけないでしょ」
「そうだぞアリス。せめて明日の計画とか、さ」
……小さなことで腹をたてるのは大人げないな。俺としたことがつい頭に血が上ってしまっていた。
「仕方ない、こういう役割は誰かがやらないといけないんだ。ここは皆のためにやるしかない」
「じゃあ明日はパーティ戦闘についてレクチャーしよう。明日の……正午で良いか? トールバーナの北門集合で」
「了解」
「…………わかった」
「なら決まりだ。えっと……じゃあ、これで解散……だな」
「ああ、またなキリト。お嬢さんも寝坊するなよ」
今日の所はここで解散する事になった。三人はそれぞれの帰路に着き、歩き出す。
はずだった。
「どうしてついて来ているんだ? もう宿ならいくつか通りすぎたぞ」
「……あの、さっき言ってたこと本当?」
「何のことだ?」
「お風呂に浸かってゆっくりするって」
「ああ、間違いない。厳密に言えば少し違うのかもしれないが揶揄的表現なんかではない、もちろん通常の宿屋と比べたらもう天と地の差があるな。値段は張るが」
突然左腕を捕まえられ前に進むのを止められる、振り向くとお嬢様が物凄い剣幕でこちらを睨め付けていた。何か言おうとしているのか口を開けたり開いたりしている。
俺がそんなに良いところに泊まっているのが気にくわないのか……。
ホールドされている左腕を抜こうとするがガッチリとホールドされていて簡単には抜けない。対して筋力ステータスに差がないのだろう、こうなると全力で引き抜くしかないがそれは流石に失礼にあたる。
「どうした? 何も言わないなら俺は宿へ行くぞ」
「ねぇ! 今言った事、本当!? ねぇ!!」
「いったい何がだ!? 主語を言え!」
余程興奮していたのか手は放してくれたが、更に顔をぐいと顔は近づけ口を開いた。
「あなたの借りてる部屋! お風呂あるって本当!?」
「……は?」
つい呆けた声が出てしまった、フードの中の、端正に整ったアスナの顔が覗く。初めて見えた、そんな彼女の目が、輝いていたように見えたのは気のせいではないだろう。
一瞬だけ垣間見えた彼女は、凛として美しかった気がした。
4
風呂を貸すことにはなったが流石に同じ空間にいるのは気まずい、あちらとしては借りている身なのだしそこは我慢すると言っていたがそういう事ではなく、風呂に入っている時に身近に異性がいることを考えてものを言ってほしい。
丁度用事もあったので部屋を貸す代わりに留守番をしてくれと頼んでおいた、彼女としては1泊分の料金を出すとは言っていたが、風呂を貸したぐらいで見返りを求めるほどひねくれた人間ではない。
ただ、現実世界の風呂とは違い過ぎるためがっかりするなよとだけ言い残し俺は無理やり作った用事を消化しに外へ出る。
指定された場所へ行くと一人の人物が街灯の下に佇んでいた。
「あんたが鼠、か?」
「そうだヨ、オレっちが鼠のアルゴ。全くこんな夜中に呼び出しておいて何の用ダ?」
「そう警戒するな。俺の名前はアリス、よろしくな。以後お見知りおきを」
「ふーン、お前がアリス……仮面のプレイヤーカ」
アルゴ。そのプレイヤー名は聞き覚えがあった、というか、一方的に知っていた、先程まで行われていたボス攻略会議がきっかけで思い出したようなものだが。
通称鼠のアルゴ、正しい情報を誰よりも早くプレイヤーに提供してきた有名な情報屋。
「情報を買いたいなら欲しいものを言ってみナ。あったら売ってやるヨ」
「いや、情報を買いたいわけではないんだが……」
「用がないならモウ行かせて貰うヨ。それと人と話すときはその趣味の悪い仮面を外した方がいいゾ」
やはりというか、当然というか……警戒心は非常に高い、声、背丈から判断するに完璧に女性だし、俺は男、何もないと言えども普通に警戒はしてくるだろう。
しかし、こんなところで引き下がれない。彼女はおそらくこの先も最先端を征く情報屋としてこのゲームの攻略に必要になってくるだろう。なら今のうちに手中に納めれば!
「少し話をしたいだけなんだ、それじゃダメか?」
「……話だけは聞いてやるヨ」
「俺と、組まないか?」
「……!」
「近いうちに組織を作ろうと思っている。そこで、情報収集に長けた貴女の力をその時には是非とも借りたい。返事はあとでで構わないからこの話を頭に入れておいてくれ」
「この手の誘いは初めてダ。もちろん返事はNOダケド」
「だろうな」
「だろうなって……フラれるの覚悟で口説いていたのカ?」
「違う、間違っているよ。俺があくまで望むのは協力関係、まぁ上手く事が運べば主従……専属でやってもらいたいと思っていただけさ。それに理念も実体もない組織に入り出すほど愚かでなくて良かった。それで今日は充分だ」
「上手く誤魔化したと思っているだろうけど、全然隠せてないからナ」
本音を言えば了承を得たかったが、逆にこれでトントン拍子に話が行くならばこの情報屋は信頼に値しなかった、自分で言うのもなんだが、今の格好も言動も怪しすぎる。
それに彼女はどこにも属する気はないのだろう、フリーランスの情報屋としてこれからやっていくつもりか。どこかと繋がっているという話があるよりかは情報屋としては確かに箔が付くのは間違いない。
「だがまぁ……交渉は決裂か。時間をとらせてすまないな、これからはお得意様としてよろしく頼む」
「お得意様も何も、まだ情報を買ってもらってないんだけどナ」
「それならば、いくつか情報を売ってもらおうか。ディアベルという男はβテスターか?」
俺が知りたいのは情報屋の鼠のアルゴではなく、アルゴというプレイヤーの情報だ。彼女の信念や譲れないもの、俺がするいくつかの質問に対しての反応が一番の情報になる。
特に感情の起伏が激しいこの世界ではつい現れてしまう表情からある程度のことは把握できてしまうからな。
「……そういう情報は売らないと決めているんダ」
正直のところ、俺はディアベル自身もβテスターなのではないかと思っている。ディアベルがβテスターだと思った理由は一番最初にボスの部屋を見つけたからだ。
一度もこの世界を経験したことがないプレイヤーのみでボス部屋に一番乗りで辿り着くはずがないと考えただけのこと。
俺としてはほとんど黒なのだが、彼女の反応を見ると間違いないだろう。まぁどうでもいいが。
それに、この手の情報に関しては彼女自身もβテスターであるためか、あぶり出しを防ぐためか、何にせよこのゲームの秩序を乱すことはしたくないらしい。
「成程、それならば必要ない。ではキリトというプレイヤーについての情報をあるだけ売ってくれ」
「お前、一体……」
この質問に対しての返答は意外なものだった、ここまで露骨に動揺する意味がよく分からない。もしかすると2人の間で何かあるのかもしれないが……
「何を神経質になっている? 俺はただパーティーメンバーの情報が知りたいだけだが? 別に言いたくないのならば仕方ない。さっきの話は考えていてくれ、じゃあまたな」
キリトに関してはひとまずパーティー組んだのだから多少は知っておこうと思った程度、この2人がらみで何か大きなことが裏で怒っているのかもしれないが、俺には想像もつかない。
もう、話す余地はない。これ以上話すと更に印象を悪くしてしまいそうだ。
彼女はいつか必ず手中に収め……いや手と手を取り合い協力しようと決心して、厳しい表情で俺を見上げる情報屋に背を向けて来た道を戻っている時だった。
「組織を作っていったい何をするつもりなんダ?」
俺がレッドギルドをつくると思い込んでいるのか鼠の目線は厳しい。
怪しさだけなら得体のしれない宗教と同じぐらいなのだから文句は言えないが。
「俺はただ帰りたいだけさ、この世界の誰よりも。そのための組織だ」
嘘はつかない、つく必要もない。何をするか細かくは決まっていないけれど、目的だけは変わらない。
「もしそのことが本当デ、お前を信頼できる時が来たら力になるヨ」
「その言葉、忘れるなよ」
言質は取れた、それならば御望み通り行動で示そうじゃないか。
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最初の番人
5
ボス攻略当日、様々なパーティーが集合場所へ到着してボス部屋への大移動が始まった。
この日までに空いた空白の時間でキリトとアスナの仲はある程度縮まっているようにも思える。俺も誘われはしたもののこんな人間が一緒にいるのは場の雰囲気を乱すと思い2人きりで楽しんでもらっていた。
キリトには感謝してほしいものだ。
そんな事よりも気になるのはあの時情報屋にした質問、キリトとディアベルの関係は一体何なのだろうかと考えるも手掛かりすらなく、答えに辿り着くはずもない。
だが、その質問をした時の隠せなかった動揺は一体何なのか、それがやけに心に引っかかっている。
「ねぇ……ねぇってば!」
「ああ、悪い。どうした?」
「これ、あげる」
答えなど出るはずもなく、頭の中で自分の世界に入り込んでいるとアスナのこの前より高い声が俺を現実に引き戻した。
差し出されたのは赤と黒と白の3色で出来たミサンガ。
「この前のお礼よ、これくらいなら受け取ってくれる?」
先日の風呂の借りをどうしても返したいらしい。俺が思っている以上にそのことを恩に感じているらしく、一泊分を代わりに負担するだの食事を奢らせてくれとしつこく言い寄られていた。
見返りを求めていたわけではないので断固としてそれらを受け取らなかったが、どうしても俺に借りを作りたくなかったようだ。
「ミサンガか……」
「気に入らないの?」
「逆だ、気に入った。君からの最初で最後の贈り物だろうから大事にしておくよ」
「ええ、大事にしなさい」
いつものように皮肉が返ってくるかと思ったがそんなことは無かった。今日は特段に、俺が知りうる限り一番機嫌がいい。
不自然なくらいに。
「そんなに静かでどうしたの?緊張してる?」
そして俺に自ら話題を振ってくる始末。鎧と剣が擦れ合う音、むさ苦しい談笑が不協和音となり知らないうちに精神を蝕む中、彼女の透き通った声は大変ありがたいものであったが。
それよりも、フードの中から僅かに覗く彼女の表情の硬さが気になる。多分、緊張をしているのは彼女だろう。
まさか自分がこのような非現実に巻き込まれると思っていなかっただろうに、見知らぬ土地で見知らぬ男たちに囲まれ怪物を倒しに行くなんて非日常は70億人の人類がいる中でたったの40人程度、その一人になるだなんて思いもしなかったはずだ。
「いや、少し考え事をしていただけだ。緊張しているのは本当だがな、そういう君は随分とご機嫌に見えるが?」
「本当にそう見えるの?」
横を歩く彼女は、気丈に振る舞っているのが丸わかりだった。声は少し震えていて、声は上ずっている。だが、俺はどうやって彼女を扱えばいいのか、どういう対応が正解なのか分からない。
「変に気を遣われると気持ちが悪いわ、あなたが気を遣っているのは分かってる」
「俺がおかしいと思うのなら、それは俺も緊張しているからだろう。お前だけじゃない、皆が緊張している。考えたくはないが、もしこの攻略が失敗すれば……そう考えると気が気ではない」
「全くそうは見えないのが癪だけれど」
「こんな仮面しているからだろう」
「それは確かに……ねぇ、1つ聞いてもいい?」
「なんだ?俺に出来る限りのことなら答えれるが」
「なんで、仮面をつけているの?」
「…………」
「初めてあなたに合った場所で、あなたの顔は、その……決してかっこいいとは思わなかったけど、隠すような理由はないと思った。だから見られたくないんだと勝手に考えていたけど……私は知っている。けれどもキリト君には見せようともしていない、ここにいる皆にも」
「逆に聞くが、君はなぜ顔を隠している?」
「聞き方が悪かった、何を企んでいるの?」
「別に何も……といったところで納得いかなさそうだからな。ただ、今答えるのは面白くない。君が死に場所を探さなくなったら教えるとしよう」
「その答えにも納得はいってないけれど……まぁ、すんなり教えてもらえるとは思わなかったし。約束は守ってよ」
「もちろんです、お嬢様」
「あと、その呼び方やめて」
「気が向いたらな」
目的地にたどり着くまでに何度か戦闘があったが、大きなトラブルも無く、アイテムの消費も少なく収めてボス部屋前へ辿り着くことができた。
ボス部屋の前で立ち止まると、それぞれのレイドに分かれて集まり、そしてディアベルが先頭に立ってボス戦に挑むプレイヤー達に声を掛ける。
「────俺からは以上だ。何か質問はあるか?」
ボスの装備やソードスキルの対処法などを改めて確認した後、ディアベルは何か質問はあるかと問いかけてくる。直後、一本の手があげられた。その手の主はキリト。
「どうぞ」
「一点だけ聞きたいことがある。ベータテスト時の…攻略本の情報と異なる状況が起きた時はどうする?ディアベル。リーダーのあんたから、撤退の指示が出ると考えていいか?」
ディアベルの許可を得てから質問したキリトに、周りのプレイヤーから視線が注がれる。その視線のほとんどが、キリトを嘲る物だった。
「相手にせんでええで、ディアベルはん。こいつらはあんさんの指揮ぶりを知らんからそんな杞憂が出てくるんや」
ディアベルがキリトの問いかけに答えようと口を開いた時、その前にキバオウがキリトに向かって言い放った。
他のほとんどのプレイヤー達もキバオウと同意見らしい。こくこくと頷く者までいる。
βテストの時とは比べ物にならないレベルの差と、自分たちがこの世界を担っているという興奮と思い込みで楽観的になっているのだろう。
俺から言わせてみればそういう時ほど冷静にならなければいけないのだが……
「まぁまぁキバオウさん。人命が最優先なのはもちろんだ。でも事前のシミュレーションは完璧だから、誰も死なせやしないよ」
「……そうか」
だが、周りはそうであっても少なくともリーダーであるディアベルにはそんな慢心を抱いている様子は全くない、むしろ別のことに気をとられているようだ。
リーダーの気持ちは周りにも伝染する、今はこんな状態でも、ボス戦が始まれば何かしらプレイヤー達の気持ちの変化もあるだろう。
「俺だってこのレイドじゃなかったら不安だった。けど、このレイドだから絶対にボスを倒せるって言う確信がある」
たった今から、ボス戦が始まるのだとようやく実感が沸いてきたのだろう。誰もが緊張の面持ちを浮かべ始め、やがて静まりかえる。
そんなプレイヤー達に向かって、ディアベルは最後に短くこう言った。
「勝とうぜ」
ディアベルが振り返り、ボス部屋の扉と向き合った。
勢いよく扉を押しこの場にいる全員が戦いの場へ足を運んでいる時、どうしてもぬぐえなかった嫌な予感から俺は2人に忠告をした。
「どんなことがあろうとも死ぬなよ」
「……何、急に」
「どうしたんだ、いきなり?」
「優秀な人材の喪失はこのゲームの離脱に大きく影響する。だから何があっても生きろ」
「まぁ、善処するわ」
「ああ、わかった」
根拠のない危機感がただの思い込みで済めば越したことは無いが、もし的中した場合ディアベルがいかに上手くこの場を撤退するかに全てが掛かっている。
最後まで自分でいるために戦って死にたいと言っていた少女が、もし今回の攻略が絶望的になった時に単騎で突っ込んでいくことはもしかすると考えられる。
この期を逃すと絶対的に攻略は遅延し、それこそこの世界に囚われ続けることになってしまう可能性があるから。
「大丈夫、絶対に無茶はしないわ」
「人の思考を読んで会話するのはどうかと思うが?」
「だって分かりやすいんだもの」
「ははは……2人は仲がいいな」
「お前頭沸いてるの?」
「さすがにそれは失礼だわ」
今度はキリトが苦笑いする、内心『そういうところだよ』と突っ込んでいる気がしてならない。
開かれた扉の向こう、横幅十メートル、奥行きは三十メートルほどはあるだろうか、そんな広い部屋の一番奥に、そいつはいた。
立派な王座に腰を下ろした、巨大なコボルド型モンスター〈インファング・ザ・コボルドロード>
圧倒的な空気を纏ったボスコボルドは、プレイヤー達がボス部屋へと足を踏み入れた直後、ゆっくりと立ち上がり、文字通り怯ませるほどの雄叫びをあげた。
6
アインクラッド第一層迷宮区最上階、フロアボスが守護する巨大な部屋の中。44人のプレイヤー達による攻略戦が激戦を繰り広げていた。
最前列でボスたるイルファング・ザ・コボルドロードに対峙しながら、レイドのリーダーであるディアベルが指示を飛ばす。ボスが繰り出す猛攻、しかしディアベルの指示通りに動いて対処するプレイヤー達には、開戦当初ほどの焦りは見られない。
パーティーメンバーは皆、自分に与えられた役割をこなしながら、ボスのHPを確実に削っていた。
これもディアベルが短い間で勝ち取った信頼という見えない武器のおかげだろう。
「C隊、ガードしつつスイッチの準備……今だ! 後退しつつ側面を突く用意! D、E、F隊、センチネルを近づけるな!」
ほとんど計画通りといってもいい、面白いほどに順調にことは進んでいく、順風満帆とはまさにこのことだと言ってもいいくらいに、恐ろしいまでに筋書き通りに。
最前線でディアベル率いる数パーティーがボスの相手をする中、俺とキリトとアスナが属する後方支援部隊(雑用orハブられ組)は、取り巻きであるルインコボルド・センチネルの相手をしていた。
「キシャァアアッ!!」
「クッ!」
センチネルの一匹が長斧を上段から振り下ろしてくるが俺は難なく体を横に必要最低限僅かにずらしてソードスキル【スラント】を叩き込む、鈍い感触いわば携帯の振動の少し強めの衝撃が手に残る。
「スイッチ!」
弾き飛ばすほどの威力(システムアシストの妨げにはならないようにそれ以外の部分でソードスキルをアシスト)で弱点であるこめかみ部分に当てたというのに、センチネルのHPは未だ全損していない。
このままやりあってもおそらく全てを削れるとは思うが、今は俺一人で戦っているわけではないし、素質のある初心者にとっても経験と経験値を積むのにはいい場面だろう。
「……ハァッ!」
相変わらずほれぼれとするような流星の如き剣閃、彼女が唯一使える細剣ソードスキル【リニアー】がセンチネルの喉元に炸裂する。勢いよく急所を穿たれたセンチネルは今度こそHPを全損し、ポリゴン片を撒き散らして爆散した。
彼女とは迷宮区であったあの時からとてつもない才能は感じていた。しかし、たった今その異常性とポテンシャルの高さがうかがえる。
彼女が今使えるソードスキルはたった一つだけ、そのソードスキルを誰に言われるまでもなく、諡号錯誤を繰り返し磨き続けた戦闘テクニック、発動するソードスキルには一切の無駄がなく、システムアシストに意図的な身体の動きを加えることで威力・速度を底上げする技術を無意識に身に付けている。
本人に聞いてみたところ「改善できるところ、修正できるところがあれば学習、修正するのは生きていくうえで最低限のスキルだけど」と涼しい顔としてやったりと眉毛を上げた腹立たしい顔を思い出す。
だがしかし、その技術はβテストとこの1ヶ月研鑽を積んだつもりの俺に迫るくらいの技量、あと1ヶ月も経つ頃にはこの世界の強さを換算すれば優に俺を越えるだろう。
今後の攻略において高い戦力になることは間違いないのだけれどただ一つ、アスナの精神には少し不安だ。ゲーム攻略に挑む意志力はあるものの、この世界を正当に攻略して現実に戻る気なんて更々ないのだろう。
最初に出会った時に倒れたのも、この世界を脱出するという目標があったわけではなく、ただ自分を貫いてその結果なら死んでもいいと思った挙句にあのようなことに至った。
彼女は死に場所を探していた、今も自分でいるために死地を彷徨っている。おそらく、今この場でもその場面があったなら迷わず突き進んでしまう可能性は捨てきれない。
「アテが外れたやろ。ええ気味や」
そこまで考えを巡らせたところで、ふと近くから声がかかる。人を威圧する濁声の関西弁。取り巻きを相手するE隊のリーダー、キバオウが悪い笑みを浮かべて歩み寄って来ていた。
「いったい何がだ?」
「……何のことだ?」
「お前じゃあらへん! ったく変な仮面しおって、びっくりするやろ! 用があるのはそこのあんちゃんや。ヘタな芝居すなや。こっちはもう知っとんのや、ジブンがこのボス攻略部隊に潜り込んだ動機っちゅうやつをな」
わざわざ持ち場をほったらかしてあぶれ組まで顔を出してくるとはどういうことだ? 何故目の敵のようにキリトを煽る?
昨日の鼠の反応、ディアベルとキリトの情報を聞こうとしたときの動揺ぶりを鑑みると何かあるのだろうか?
「わいは知っとんのや。ちゃーんと聞かされとんのやで……あんたが昔、汚い立ち回りでボスのLA取りまくっとったことをな!」
「…………」
確かに聞いたことがある、ベータテスト時代にフロアボス攻略でことごとくLAを搔っ攫った縦なしの片手剣使いがいると。
賛否両論あるけれど基本俺は掻っ攫ったという言い方は不適切だ、手負いの獣は危険だ、それはこのゲームでも同じなのだ、そういったシステムはキッチリしているというかなんというか兎にも角にも追い込まれると強いモンスターほど手強くなる。
それに、わかっているのならその前にとどめを刺せばいいだけのこと。
仮にキリトがそのLA取りだったとして気になるのはどこからその情報が漏れたか、だ。
キリトは最初に合ったときソロだった、ソロであるキリトがそんな情報を漏らすことはない。
しかし、逆説的に考えれば情報を隠すためにソロだったということも考えられる、つまりキリトから漏れるこはあり得ない。
次に、鼠……は無いか。
彼女はβテスターがよく思われていないことを避けようとしている、たとえ誰がどれだけ金を積んだところでその情報だけは決して口を割らないだろう。
となるとボスのLAを狙う以上目的の障害になり得る自分のようなプレイヤーはできる限り前線から遠ざけておきたい、そういうプレイヤーがその情報を握っていても不思議ではない。そのためには、キバオウのような排斥派プレイヤーに脚色した情報を流すのは当然のことであるが、矛盾点というか不可解なことがある。
キリトの情報をキバオウたちに広めたのはβテスターで尚且つ彼らを忌み嫌っているディアベル組の中に在籍していることになる、ディアベルの問答に意味は無い。
「心配するな、そのために俺がいる。ディアベルには問題ないと伝えておけ」
ぎりぎり聞こえる声でキバオウに言うと、勝手に納得したのか「なるほど、ほな任せた……ディアベルはんも色々考えとるんやなぁ」と勝手に自己完結し始めたので急いで持ち場に戻る。
「早く!」
「悪い!」
攻撃に移る前にのど元へソードスキルを急所にピンポイントでつき、スタンさせるという大技を見知らぬ間に身に着けたらしいまったく恐ろしい子だ。
急いで【バーチカル】を発動させてセンチネルに切りかかる
「何を話してたの?」
「まずはこの場を乗り切ってから、後で話すからまずは目の前の敵に集中だ」
「……そうね」
街を出発してから子供達に対して非友好的な態度を示していたキバオウとキリトの会話だったので、遠目から様子を見ていたアスナは気になったらしい。
ただ、それよりも死に場所を求める彼女にとっては一人で持ち場に残って戦うことの選択権が大きかったようで、それ以上は追及してこない。
虎視眈々と目の前の敵を駆除し、ふとした時に最も危険な戦闘地域に目を向けている。だがそれは、今まで散々推測をしているけれど俺の主観であって本人がどう考えているのかはまったくもって分からない。
彼女が送る視線の先にはこの44人を束ねて導くディアベルが的確な指示を送っている、気持ち的には騎士やってます! と言ってた割に物騒なプレイヤーネームだ。ゲームでの名前の付け方は人それぞれの自由だけれど勇者を演じているのにその名前はないだろう。
「下がれ! 俺が出る!」
考えたくはなかったが、もし彼が。
ディアベル、青い髪の勇者、彼なら……彼だったとしたら。
コボルド王を包囲するのは、ディアベル率いるC隊。そして、武器の持ち替えに入るコボルド王の正面に、ディアベルが躍り出る。
確か腰につけている武器はタワール【湾刀】だったはずだ。
俺もアスナにつられてふとC隊に目をむける。
ぼろ布が解けて露になった刃が見えた。
「一つ質問していいか?」
「何? いきなり」
「確かタルワールって湾刀って意味であっているよな?」
「そうだけど、それがどうし「ディアベル! やめろ!」」
考えるよりも先に口は動いていた、手遅れに近い悪寒が体を駆け巡るがそうすることしか俺には出来ない。それと同時に、最悪の状況が頭をよぎった。
ここはパーティー全員囲むのがセオリーのはず、わざわざ踊りでたということは、だったらどうしてここまで出来た? 受け入れてもらえた? いや、先ずは……クソッ、対処の仕方がわからない!
「ダメだ! ソードスキルをキャンセルして後ろに跳べ!!」
キリトが、叫んだ。
「ウグルォォオッ!!」
「ぐぁぁああっ!!」
武器の持ち替えと共に垂直に飛び上がったコボルドロード。
空中で身体を逸らし、着地と共にそのエネルギーを周囲に放出するかの如く刃を振るう。
水平に360度、コボルドロードを取り囲んでいたプレイヤー達を、竜巻のように襲う。
発動したのは、未だかつて見たことのないソードスキル
コボルド王が持ち替えた武器をカテゴライズするのなら《太刀》
「くぅっ……ぁあっ!」
当初の攻略の予定ではあり得なかった、β時代とは完全に違ったコボルドロードのイレギュラーな攻撃に、前線で戦っていたパーティー全員に氷のような緊張が走る。
人間というものは不測の事態にはあまりにも弱い。標的になっているのは、コボルドロードのLAを取るべく真正面に躍り出ていたディアベル。
その行為、その思想、その責任感、すべてが今ここで仇となる。
1撃目、コボルドロードがフロア内の柱を使い上から襲い掛かる。
2撃目、今度は下から斬り上げ。
そして3撃目、勢いよく突進しながらも上から大きな太刀を振り下ろした。
初撃の上段斬り同様、眼にも止まらぬ速さのそれでいて3度目の激突を経て、ディアベルの身体は宙を舞う。
攻略本でも知らされていなかったソードスキルが発動し、あまつさえレイドのリーダーがその攻撃に倒れているのだから、弾き飛ばされ絶体絶命の危機に瀕しているのだから。
精神的支柱が折られたのも同然だ。
「ウグルゥゥァァアッッ!!」
そして、コボルドロードの猛攻は続く、止まらない。
「そんなのありかよ……」
思わず笑ってしまうほどに、苦笑いをさせられてしまうほどに、俺も不測の事態に巻き込まれる。聞いたことはあった、第十層の迷宮区には刀を扱うモンスターがいて、結局そこでβテストは終わってしまったということを。聞いたことはあったけれども、まさかこれほどとは思いもしなかった。
「でぃ、ディアベルさんがやられたぁ!!」
「こ、こいつまた出てきやがった! 聞いてねぇぞ!?」
ディアベルという指揮官の死は(実際のところまだ死んではおらず今目の前に息絶え絶えのご本人がいる)、レイド全体に影響を及ぼした。
指揮官がいれば簡単に処理できた事態にプレイヤー達は驚き、緊張が走り、動きが硬直してしまう。
この場にいる全員、楽観から醒めた。
死を、デスゲームの本当の意味を、ここが仮想現実であることを認識させられてしまった。
指揮官の犠牲という、最悪の代償と引き換えに(まだ死んではいないけれど)
幸いこういう不測の事態を考えるのは日常茶飯事だった、むしろうまくいかないことを前提に動くことのほうが多く、逆に最高の事態になったときに戸惑うことのほうが多かったような……
とにかく、この場ではその悪癖が幸いした。コボルドロードにふっ飛ばされ瀕死の状態の指揮官様の救助に誰よりも早く、だれよりも適切に対処できるのだから。
それに、あの時帰らずに、きちんとディアベルの戦略を聞いててよかった。
「おい! これを」
体力回復のアイテムをディアベルに渡すがそれを彼は拒む。
「頼む……ボスを……ボスをたうぉ!」
「逃げるな」
そんな感動的な死を遂げようとするディアベルの手を押しのけて口にさっさと回復アイテムを突っ込む、ここで死なれてたまるか。
「誰もなしえなかったボス攻略を計画した張本人が投げだすな。やる気がないんだったら俺に指揮系統を渡せ、ここで引くのと進むのではこれからに影響する」
「……っ、君に任せた」
甲高い耳をつんざくような金属音
すぐそばでは、キリトの持つ剣がコボルドロードの持つ《太刀》の芯を捉える瞬間が映った。
「ぐっ……アスナ、スイッチ!!」
隊列はバラバラだ、まともに機能する部隊がどれだけあるか……
「全員、隊列を整えろ! パターンCをそのまま続行だ!」
引き受けた以上逃げるわけにはいかない、幾度となく鳴り響く剣戟が戦いの恐ろしさを物語っている。
「みんな! 今はこのプレイヤーに従え!」
僅かながらパターンCに動く部隊が出てきた、これがディアベルの影響力か……やはりすさまじいな。
「お膳立てはしたんだ、後は頼んだ」
「何を言っている? お前も早く準備しろ。A隊・C隊は隊列を整えろ!」
「……わかった」
キリトは少し距離は遠いが現状最も射程が長いソードスキル【ソニックリープ】で一気に跳躍、何というか本当に恐ろしくタイミングがいい。
「C隊はその三人のサポートに回れ! F隊の2人は回復をしておけ」
「おうよ!」
C隊はエギルさんのいる部隊だ、一番立て直しが早かった彼らはすぐさまスイッチを行いキリトとアスナを後ろへ退かせる。
ボスの体力はあと少し。しかし、油断はいけない。
言わば次が鼬の最後っ屁ならぬ正真正銘の最後の攻防になることだろう。今は互いに待機状態、俺は情報のないあまりにうかつに動けないし、しかもコボルドロードはいつスタンが解けるかわからないためそう簡単に接近できない。
「ディアベル、行けるか?」
「もちろんだ!」
どうやらそんなに悠長に物事を考える暇はくれないらしい、おもむろに手に持つ太刀を薙ぎ払い、近づくなとばかりに牽制を入れてくる。
重い、流石に今の俺では押し返せない……けれど、まだ想定内、次は何が来る……?
あの3連撃のソードスキルか? それともあの範囲攻撃か?
時間稼ぎは大丈夫か? いや、まだ10秒くらいしかたっていない、せめて時間稼ぎをするのなら30秒は最低条件だ、まだ戦線復帰させれない。
悠長に相手もこちらの出方をうかがっているだろうという思考とは全く逆の行動をコボルドロードは起こした。それもそのはずだ、相手はプレイヤーをゲームオーバーにさせるためだけにプログラムを組まれた怪物なのだから。
筋違いの論理の組み立てはミスだ、その間予想外の攻撃、ディアベルたちの部隊は先ほど隊列を崩された攻撃にも彼は物おじせずに見事に防ぎ切った。
これ以上にない大きなチャンス、そのままA隊で止めを刺すのもいいが……
「F隊、スイッチ! 君も突っ立ってないで行け!」
ディアベル自らそういった、今回は譲るという意思の表れだった。
それがお前の出した結論なら、俺は従うまでだ。
「頼む、倒してくれ」
俊敏性を最大限に生かしてボスへ向かう途中、ディアベルが小さく呟いた。
もとよりそのつもりだ
「アスナ! お前も来い!」
自らを奮い立たせるためにとにかく叫ぶ、同じくキリトも。
一挙一動に集中しろ、それだけにすべてを注げ。
一歩、また一歩進むごとに無駄な考えは消えていき世界はどんどん停滞をし始める。
コイツと肩を並べるには俺では役不足なのが悔しいが。
キリトが上段からの斬り落としを弾こうとするや否や俺はソードスキルを発動させるべく、剣を構える。
片手剣突進技『レイジ・スパイク』
コボルドロードの剣技はキリトの剣技と交わることはなく、避けるようにその剣を引き付けながら再び下から上へ斬り上げる。
が、その軌道はキリトに届くことはなかった。
それより先に、抑え込む。互いにソードスキル発動中といえども、初動の動きと最大時のときの剣速や威力は後者のほうが力強い、それはステータスの大きな差すらも埋めてしまうほどに。
そのままの勢いで、コボルドロードの横を通り過ぎる、硬直時間には逆らえない。だが、心配する必要なんてどこにも見当たらない、このくらい計算済みだ。
終わりは近い、たかが第一層の攻略をしたくらいだ。先はまだまだ遠く果てしない、ほんの小さな一歩だ、果てしない望みにたどり着く唯一の方法。
「いけ、キリト……アスナ」
そして、その瞬間は訪れた。
「「おぉぉぉぉぉおおおおおお!!!」」
雄叫びと共に、この世界の法則に身をまかせ突進する2人のプレイヤー。
2人の背中は小さく頼りなかったが、これから未来を暗示しているかのように眩く映った。
静寂が訪れる、後ろを振り向くと祝いの言葉が浮かんでいるのを確認すると大きく天井を見上げた。霧散するポリゴンがようやく勝ったと、先に進めるのだという実感をもたらしてくれた。
最後にとどめを刺したプレイヤーたちは、ペタリと床にへたり込んでいる。
「おめでとう、君たちの勝利だ」
「そりゃどうも」
「あなたこそ」
フードの下で笑う少女の笑顔が眩しかった。
仮面を被っていて照れ隠しをする必要などないのに。
少しだけ躊躇って出した両手を2人は笑いながらとってくれた。
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始まりと別れ
7
たかが一層、されど一層、ようやくゲームクリアへと近づくことができた。
キリトとアスナの手を取り、引き上げられるとアスナの膝が笑っていることに気づく、これがどういったものか、恐怖なのか、喜びなのか推測しづらい、だがこの場合間違いなく恐怖ではないだろう。
「見事な剣技だった。見事な指揮だった。この勝利は紛れもなく、あんたの…あんたらの手柄だ」
「これはみんなの力で成し遂げた勝利だ」
「そんな面はしてないけどな。ああ違った、それは仮面の柄だった」
「みんな好きだろう?仲良くやるのは」
「いや、これは紛れもなく君のおかげだよ」
ディアベルとエギルさんたちに囲まれて特にキリトとアスナは散々もてはやされていた。最後の猛攻は素晴らしいの一言に尽きる。
多くの人に囲まれ祝福の言葉をかけあっていた最中だった。
「何でだよ!!」
不意にボス部屋中に叫び声が響き渡る。
声が聞こえてきた方へ…いや怒りを露に肉薄してくる方へと視線を向けると、そこには両目に怒りを浮かべ俺をを睨みつけてくる男性プレイヤーが立っていた。
一体なんだ、こいつは?と疑問が浮かぶが、直ぐにそいつがどんな人物であるかわかった。なぜならそのプレイヤーをディアベルが宥めるようにしていたからだ。
「何であんたは…あんた達は、ディアベルさんを見殺しにしようとしたんだ!!」
男性プレイヤーは俺とキリトの方を指さしながら再び叫んだ。
だが、俺はこの男が言っている意味が分からない、理解できない、ディアベルを見殺しにした、という言葉の意味が。
「あんた達はボスの副武装が何なのかを知ってた!それにあのボスの技も見切ってたじゃないか!……知ってたんだろ?あのボスが使う技を!最初からその事を教えていたら、ディアベルさんが死にそうになることはなかったのに!!」
騒々しかった音は、称賛の声から疑念の声へと変わっていく。
生きてることを実感し、達成感を得ていたはずの微笑ましい雰囲気は一瞬にして消え去った。
「ま、待て!こいつがベータテスターだと決めつけて言ってるみたいだがこいつは「違うな、間違っているぞ」」
「何が間違っているんだ!まずはこっちの質問に答えろ!βテスターが!!」
「違う、さっきも言ったが、こいつはベータテスターじゃない!」
疑念の視線が俺に向けられているのがわかる、キリトが俺の前に立ってプレイヤー達の疑念を否定するがその言葉は、叫んだプレイヤーへ油を注ぐ行為だ、俺はキリトを、そいつはディアベルを押し退けて鼻と鼻が当たりそうになる位置まで近づき睨みあう。
こちらは睨みあってるつもりだが、相手としてはどういう心境なのだろうか。
「だったら先に答えてやる。まず副装備のことだが…お前ら気付かなかったのか?あの布が剥がれた時点でタワールでない事に、それとも知らなかったのか?タワールを。あの形状はどう見ても違うだろ」
「じゃあそれを言えばよかっただろ!」
しかし一向に火は消えない、こうなれば攻略に差し支えのないよう被害を最小限に食い止めるのが定石だ、俺だけに向ければ……何て事もない、それだけで済むのなら。
「ボスの攻撃パターンをどうやって見切れたんだ?知っていたんだろ?こいつらはボスの攻撃パターンを、知ってて教えなかったんだ!LAボーナスが欲しかったから!」
「そんなもの知るわけないだろ」
「嘘をつくな!だったらどうして……」
「ディアベルがやられるときの3連撃、小隊を分裂させるために使った範囲攻撃。一度見れば自ずと対処法は見えてくる、学習して対応すれば何て事はない…第一、予想と同じようにに事が運ぶと思って突っ込んだディアベルが悪い」
「う、嘘をつくな…そんなことは出来るはずないだろ!!!それにそんなことを言うな!勝手に仕切りあがって!」
ここまで感情的になられては理屈は通用しない。
「元よりそのつもりだった。言ってなかったのかディアベル?」
ここはディアベルに賭ける、上手く擁護してくれ。
「あ、ああ。あんな状況をわざわざ作り出してしまったのは恥ずべき事だ、なんの覚悟も、なかった。それに隠していたことは謝るよ、でも時には隠さなければいけない作戦もある」
「て、てめぇディアベルさんになんて事言いあがる!ほらディアベルさんも何か言ってやって下さいよ」
はぁ、また逆ギレか、このままでは埒が明かない。ガンガン燃え盛っている家を消火器で対応している気分だ。
折角ディアベルが上手く対応してくれたというのに……
「ベータテスターの情報は私達だって得たじゃない」
思わぬところでアスナが口を開いた。アスナが一歩前に出て、周りのプレイヤーを見回しながら続ける。
「あのボスについて、ベータテスターと私達には知識の差はなかった。ただ、このボス戦が過去問通りと思い込んで私たちが窮地に陥った時、彼らはもっと先で得た知識を応用して対処法を示してくれた。そう思うのが自然じゃないかしら?」
アスナ、それは悪手だ、間違っているぞ……その文言だと俺達をβテスターと認めている事と代わりはない。
悪気がないから余計複雑な心境だが、フォローにはなっていないぞ。
「違う、それは間違いだ」
声が聞こえてきた方へとアスナが振り向く。にやりとした笑みが厭らしい男性プレイヤーだ。
「アルゴとかいう情報屋とそいつらはグルだったんだ。ベータテスター同士で共謀し、俺達を騙してたんだ」
「なっ……」
「ベータテスターだけで美味しい所をかすめ取ろうとしたんだろ?まったく、恐ろしい奴らだよ」
アスナの方から、ぎりっ、と音が鳴る。
面白い仮説だ…辻褄もあっているし否定した後の反論もきちんと用意されているのだろう。
「そんなことっ!」
あり得てしまう、だからアスナは出来れば口を挟まない方がいい。
「それよりあんた、ずいぶんベータ共の肩を持つな?……あ、もしかして、あんたもそいつらとグルとか?」
「…そう「最初から、そのつもりだった」」
案の定、アスナにまで疑念の矛先が向けられようとしている。まったく、親切のつもりだろうが大きなお世話だ。
ここで、アスナをかばう事のメリットは殆んどない、がデメリットはある。
その分俺にその被害が来てしまうけれど、今後の事と秤に掛けるまでもない。
「俺とディアベルの打ち合わせ通りのことだ。ボスにとどめを刺したときのL.Aを確実に取るためには凄腕プレイヤーをマークしなければならない。話し合った結果、俺が他のプレイヤーと一線を画す奴らについて牽制していたわけだ」
なるべく低く、通る声で淡々とそれでいて鼻につく話し方で言葉を綴る。
「普通に考えてβテスターが群れると思うか?答えはNOだ。だからこの2人に張り付いていた……まぁ、女の方は期待外れだったが」
そして、伝わるかどうかは分からないが目で釘を指す、頼むから黙っていてくれよと。
「……あんたって」
「なんだ?俺の味方をしていい思いをしようと?まぁ長いものには巻かれた方がいいからな」
「ちが「それとも、俺がそんなに良い奴に見えたのか?」………」
「これだから温室育ちのお嬢様は漬け込みやすい、良かったなこの人たちに感謝しろよ、これ以上利用されずに済んだのだから」
これで、俺とアスナの関係は終わりだ。そして他のプレイヤーに付け込みやすくなったはずだ。凄腕、かつ女性プレイヤーという事だけあって引く手は数多なはず。
後は、キリトとアルゴと…他のベータテスターを庇うのは癪だが致し方がない、キリトにはやって貰うことがあるし、アルゴには借りがある。
今は俺が大きく動きβテスターなどに注目を向かせなければいい話だ。
「1000人のベータテスターの中でどれだけ本物のMMOプレイヤーがいたと思う?ほとんど初心者だった。だがな、俺はそんな初心者共とは違う。これを言えば流石に馬鹿でもわかるか?俺が誰も到達できなかった第十層まで一人で駆け上がったプレイヤーだ」
……嘘だ。何も知らない。あのコボルド王の攻撃も初見で誰かの犠牲によって防げたようなものだ。
ただ、今は全部知っているふりをしろ。
「だから俺はここにいる誰よりも、この城のことを知っている」
ここから先はもう誰にも口を挟ませない。
「これから俺が、俺たちが攻略を引っ張る、なぁディアベル」
その言葉を言い切ってから、俺は今は消えたコボルド王の玉座があった方。第二層へ繋がっているはずの扉に向かって歩き出した。
「何だよ…。何だよそれ…!」
「ふざけんなよ!チーターだろそんなの!」
「そうだ!ベータとチーターで、ビーターだ!」
背中から幼稚な非難が飛んでくる、それならばバカだのアホだの言われた方が傷つくな。
「……まぁいい、これからもよろしくな」
「こっの…!待てよ!ディアベルさんも何か言わないんですか!?」
「彼の言っていた通りだ、これからは一緒に行動する」
「キバオウさん、言ってなくてすまなかった。これからは力を貸してくれ」
「なんや、そういう事か!全くディアベルはんも人が悪いな!」
「待てっつってるだろ!おい!」
やはりディアベルの力は絶大だ、彼の求心力にあやかるしかない。なんだかんだ文句を言いつつ俺を受け入れられないながらもディアベルが納得しているのなら異物すらも受け入れる。
近いうちにはったりでも何でもかまし俺の地位を確固たるものに固定しないといつかは不満が充満し組織は内部分裂だ。
時間が足りないがやるしかない。
「待ちなさい!」
「ディアベル、今夜話がある」
「ああ、わかったが……あの子はいいのか?」
「待ちなさいって言ってるでしょ!」
「……分かってる。先に上に上がっていてくれ、後始末は自分でやる」
ディアベルたちが昇って行った上を見上げる。第二層に上がるには、螺旋状の階段を上っていかなければならないらしい。
この少女の前では、俺は仮面を被る必要はない。いや、これからは被る必要があるが今だけは。
「一体なんだ?」
「まず一つ、エギルさんから伝言」
「……は?」
思っていたシチュエーション声色に肩を透かされてしまい自分でも驚くほどに抜けた声が出た。事実の追及かと思えば伝言係の役割か?
「次のボス戦を一緒にやろう、だって」
「攻略に参加するならそれは叶う、心配しないでくれと伝えてくれ。正直に言えよ、聞きたいことがあるんだろう?」
「……あの言葉、本当?」
「何がだ?」
「知っているくせに。あの人たちの手先だったという事、私達に張っていたという事、私を利用したこと」
「ちょっとこっちにこい」
「隣に来いって?私たちそんなに仲良かった?」
「最初で最後、一度しか言わない」
「はいはい、わかりました…………」
煩わしく響くブーツの音が止まり、赤色のフードを被った少女は隠していた顔をのぞかせて唇を少しだけ持ち上げて微笑んだ。
「あら、その仮面ようやく趣味が悪いって気付いた?」
「趣味の悪さは気付いている。注目が集まるならそれでいいさ、こういうことは予想していなかったが」
いつかは組織を作り、この世界から一刻も早く脱出しようと考えていたが、ここまでは早くに組織を持つとは思わなかった。
「やっぱり、アドリブだったんだ」
「でも、いずれはこうするつもりだった」
「いずれはって、組織を?」
「そうだ、笑えるだろう?」
「ううん、あなたらしいと思う。随分と様になってたし。あ、結構若く見えるけどもしかして経営者とかやったことある?」
「冗談が上手だな、しかし答えはNOだ。だったらこんなところにいるわけないだろう」
「確かに。勢いで潜り込んだのは良いけど上手くやっていける?私はそこが心配」
「大丈夫だ。正直不安だが。組織を乗っ取ったんだから……やるしかない、ただし内部分裂だけは避けなければ。だが俺を受け入れてくれるか」
「大丈夫、出来るよ。私が保証する」
「慣れないことをするんじゃない、おふざけが過ぎると思うが」
「ふざけてない。あの時、あなただけが冷静だった。ディアベルさんを助けて、周りを見て的確な指示をだして、貴方だけが勝つために前を向いていた」
「違うよ、あそこで退けば還るのが遅くなる。それだけは嫌だった、だから退きたくなかった。レベルのアドバンテージを、情報がないから無理難題を押し付けた。君と彼に」
「それは間違っている、無理難題じゃなかった。だって貴方は私達を信頼していたでしょ?」
「根拠がなかった。結果上手く行っただけでこの先上手くいくかどうかわからない。一つ言わせてもらうが君は俺を信頼しすぎだ」
「信頼は、ちょっと怪しいけど信用はしてる、だって助けてくれたもん。それに死のうとしてた私をこうやって前向きにさせてくれた……ようやくこっち見たね、アリス君」
綺麗な相貌が俺の目をしっかりと捕えていた。
花のような笑顔を咲かせ彼女は佇んでいる。
「ったく、茶目っ気をこんなところで出しあがって。今まで見た中で最高の笑顔だ、眩しすぎて直視できないな」
「何て言った?」
「聞こえているくせに。綺麗だ、見惚れてしまうほどに。絶対に俺以外に見せるなよ」
「かしこまりました。だったらアリス君も素顔見せるのは私だけにしてよね」
「もとよりそのつもりだ、これからはアリスになりきる。還るために……」
今更後戻りできない。
「キリト君があなたに謝ってた。『俺にはもうあいつと合わせる顔がない。けど…、あいつに俺が謝ってたって伝えといてくれ』って」
「……そうか、じゃあこう伝えといてくれ『アスナをよろしく頼む』ってな」
「……今、なんて言った?」
「キリトに君の口から伝えてくれ、私を鍛えてくださいって」
βテストの時唯一10層の迷宮区最上階までたどり着いたプレイヤーがいたと聞いたことがある。片手剣の大きな特性として剣を持っているもう片方の手で盾を持つことが出来る。その盾を装備せずにLAを掻っ攫っていったβテスター最強といわれていたプレイヤーがいたと。
おそらくそのプレイヤーはキリトだ、俺とは全く違うやり方でボスモンスターの攻撃をしのいだ。それも恐ろしく高い精度と最も効率的なやり方で。
認めざるを得ない、彼が現時点最強のプレイヤーであり攻略のためには……少なくとも10層までは確実に彼の情報が必要になってくる。
「私が、私だけがここに来た理由わかるでしょ?」
「もちろん、だがそれだけはやめろ」
「私はあの時の貴方の姿を見てついて行こうと思った、だからここにいる」
「だからそれが間違っていると言っているんだ、お前は生まれたての小鳥か。こんな小物についてくる必要はない」
「あなた以外に凄い人が出てくるとは思わない!あなたほどここを出たがってて、あなたほどリーダーにふさわしい人はいない!」
「いるじゃないか」
「じゃあ紹介してよ!いるなら私の前に連れてきて!」
「だから、いるじゃないか。今ここに」
「……まさかとは思うけど、私のことを言っている?」
「気付くのが遅いな、君らしくない」
「ふざけないで、そんなの方便に過ぎない。なんで?そんなに邪魔?確かにこの世界のことを何も知らないし、ここにいる人たちを見下しているのは確か。でも、でも……還りたいって気持ちも、頑張ろうって気持ちも誰にも負けるつもりはない!」
「だから私を連れて行けってか。正直者が馬鹿を見るって習ったことがなかったか?誠実なのは評価ポイントではあるが、歪を生む人材を入れるわけにはいけない」
「うっ……でもこんなに綺麗で、可憐で、聡明で、それからそれから」
「十分承知だ。だから、どうしようもなく利己的で、非現実的な妄想に酔っていて、非現実的な役割を誇りに思っている人たちの中にいて欲しくない……俺のエゴだ」
「ねぇ、アリス君。もしかして……私に惚れてるの?」
「ほぅ、急に年相応になったな。ちなみに答えは教える気はない、せいぜい俺のことを意識して敵わない初恋を終えることだな。安心しろ、相手は俺が見つけてやる」
「遠慮しておく、君と付き合うつもりは一切ないけど落としてやるって決めたから。せいぜい後悔することいいわ」
「出来るかな?碌な奴じゃないぞ」
「それは同意、承知の上でやってみせる」
本当にそれだけはやめてほしい、と言うか先ほどの場でこの二人と敵対をしていると宣言したようなものだからなるべく一緒にいたくない。
そうでなければディアベルたちに示しがつかない。
「契約しないか?」
「契約?」
「俺と君の決まり事だ、法的な拘束力はないが」
「ふーん、内容は?」
「1つ、仮面を被っている時俺とお前は知らない者同士でいること。散々虚仮みしたんだ、そこそこ親しいと怪しまれる。そこそこ親しいという間柄には突っ込むなよ、風呂を貸した仲だったはずだ」
「感謝してますよ。じゃあ仮面を被っていない時にもあってくれる?それなら飲むけど」
「約束しよう、頻度は気が向いたらでいいか?」
「私が呼び出したら直ちに従う事」
「じゃあ無しだ、これっきり俺は無視を決め込む。強く生きろ、俺の作った組織には寄り付くな、キリトにはしばらくお世話になれ。じゃあな」
「あーウソウソ、冗談。でもあなたが無視しようと私は絡みにいくから。2つ目は?」
「2つ目、もし信頼できる人にギルドに誘われたら迷わずその人のギルドに入るんだ、なるべく有望な奴にしろよ、お前が率いていくっていうのも悪くない話だが……その様子じゃやらなさそうだから」
「あなた以上の人を見つけろってことか……この中ではなかなか厳しそう。念のために聞いておくけど、その時は頼らせてもらっても?」
「その時は歓迎しよう、絶対にそんなことは起きないように手は尽くさせてもらうけどな」
この時間が嫌ではないけれど、もう行かないと。こんなに長く心地良い所にいれば決意が揺らいでしまう。
別れの言葉は告げなかった。今生の別れではないし、どうせすぐに会う。
彼女にはボス攻略の場で近いうちに鉢合わせる。
第二層に続く階段を登る、ブーツが床を叩く音が静かに響いた。
「何でわざとあんなことを言ったの?」
「どちらのことだ?」
「……キリト君と情報屋のアルゴさん、そして他のβテスターを庇ったときの言葉」
「あいつらが非難の声を浴びて攻略が進まなくなるより、俺が引き受けた方がいいと思ったからだ。実際俺に対する話題で持ちきりだろう」
「最後に……もし、こんな事態が起きなければ、君の作る組織に私はいた?」
「愚問だよ、答える必要なんてない」
やれることはたくさんある、やらねばいけないこともそれと同じで、立ち止まるのはもうおしまい、俺は前に進まないと気が済まないから、一刻も早くここを出るために。
立ち止まることも、振り返ることもしなかった。
「一度だけ、たった一度しか言わないからよく聞いて!」
SAOというデスゲームが始まってから、二か月。プレイヤーはようやく、第二層へと辿り着く、その階段を一歩一歩踏みしめながら彼女の言葉に耳を傾ける。
「ありがとう。君に会えて本当によかった」
思わず目を逸らしてしまいそうになる、輝かんばかりの笑顔だった。
「俺の方こそ。頑張れよアスナ、また会おう」
この言葉は届くことは無いだろう、いつか言う日が来るとすればこの世界から出る時だ。
上に続く階段を踏みしめて前に進む、後ろはもう振り向かなかった。
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仮面の暴君
モラトリアム
1
「キバオウ……? ちょっと何その格好は!?」
「ん、なんかおかしいんか?」
「どっからどう見てもおかしいに決まっている! トレードマークの髪型はどうしたの? その清潔感の欠片もない格好は!?」
「そんなんかまわへんやろ、誰が見ているわけでもないんやし」
「現にあなたの上司がここにいるでしょ! それに、その格好は人目が無いにしろひど過ぎ!」
「いいやん、そんな事。別に誰が見ているわけでもあらへんがな、じゃあ今日はオフやしゆっくりするわ」
「待ってキバオウ……ちょっと! ……私たちが! 見ているでしょうが!」
聞きなれたはずの声の聞きなれない声量が部屋の外から聞こえてくる。
激しい口調と悟りを開いたがごとくやっていることは違うだろうが、キバオウの冷静そのものの受け答えが癇に障ったのか彼女はやや荒れた様子で部屋に訪れた。
「一体どうしたというんだ? 一旦落ち着いた方がいいぞ、君らしくもない」
「これが落ち着いていられる? あんなもの見せられてたまったもんじゃないわ」
「落ち着いて聞いてくれ、あれは俺にも責任がある」
「あなたに?」
「そうだ。俺が彼の武装を解除させてしまった」
「武装解除?」
「男はな、女性がいないと武装を解除するんだよ」
「だからといって……あんなことになる?」
「考えてみるといい、もし男がこの世から居ないと仮定する。この世界では化粧なんてほとんど必要ないが……必要として、他にもいろいろと外出するときや人前に出るときは準備が必要だろう。だが、異性がいなかったら、君達でも多少はルーズになるだろう?」
「原因が分かった。私としてはあんまり見て気持ちのいいものじゃないけど」
「すまないな、リア。だが、君が男装をせずにもっと可愛らしい格好をすれば彼も戦士としての自覚を取り戻すだろう」
「うん、考てみる……流石にキモイ」
「ちなみに言うが、君がいなければもっと酷いからな」
「………………」
「モロダシだぞ……いい年下大人が3歳時並の行動をとるんだぞ?」
「受付に女の人何人か置くべきかもね、犯罪が起こるかもしれないけど」
「近々そうする予定だ、君の懸念が当たらないことを祈るばかりだが」
このデスゲームの攻略が始まり、約半年がたった。
最初のクオーターポイントで一度攻略は停滞してしまったがそれも一瞬。多少ペースは狂ってしまったが、順調に攻略は進んでいる。
第一層を攻略した後、多少のもめごとは合ったものの、最初の足踏みは何だったのかというように攻略は順調に予想以上の速さで進んでいっている、目覚ましい結果ではあるが変わっていったのはそれだけではない。
当然の如く、取り巻く環境も変わっていた。俺にしろ、キリトにしろ、アスナにしろ。
同じ方向には進んでいるものの道は全く違っている。いいのか悪いのかは客観的には判断しずらいが、主観的な観点からだと良いことだと勝手に思っている。
現在俺はアインクラッドでトップギルドと呼ばれている集団の創設者の一人として攻略に精を出して日々を暮らしている。とは言っても俺のやることは如何にして攻略に精を出させるか、攻略をしてくれる人数を増やしていくのかという仕事だ。
欲に目がくらんだ腕が確かなプレイヤーを率いては破格の待遇と歩合制の資金で攻略へ勤しませたり、中層部プレイヤーへの投資、レベルも実力も確かではあるが危険は犯したくないという人たちには面倒だが攻略には有益になる情報が得られるクエストをこなさせ、その分の報酬を与えるといった如何にして効率よく攻略を行うかという目標を掲げて運営をしてた。
余談ではあるがアスナは約束通り、契約通り血盟騎士団という少数ながらも戦闘という点に関しては我がギルドと張り合えるだけのトップギルドの副団長に就任している。
キリトはというと一人で気儘に攻略しているとの情報を耳にはさむ。現実世界に戻りたくないのでは? と疑ってしまうほどに、彼はこの仮想の城に適応していた。攻略もしっかりやってくれ情報提供もしてらっていることもあり、これ以上何も要求できないのは事実だが少しだけ不安になってしまう。
あの時、彼と彼女……キリトとアスナたちと袂を分かってからは攻略や情報収集、自己の強化、ギルドの運営など効率の悪さも相まって多忙を極めている。
能力がない人間が無茶をしでかすとこういうことが起こるとは知っていた。だから音を上げるわけにはいかないが、あの後からはずっと同じことを繰り返している感じだ。
俺から2人に対する関係性はずっと平行線をたどっているだけで一切変化はない。
そんな中で大きく変わったことと言えば、俺自身が皆に認められ始めてしまっているということと専属の情報屋を引き入れたという事だろうか。
彼女のここでの名前はシステム上定められた呼び名ではなくあくまで通称、そう呼んでほしいと言われたから【リア】と呼んではいるが、実際のプレイヤーネームとは似ても似つかないほどかけ離れている。
彼女はビーストテイマーと呼ばれる珍しいプレイヤーで、聞いた話によるとごくごくまれにモンスターがこちらに興味を示してやってきて、餌付けするなり、アイテムを渡すなり……とまぁ何でも構わないらしいけれど、そのモンスターから気に入られる条件を満たすと自分の使い魔へとなって共に行動をしてくれるらしい。
俺自身も自己申告してくれるまでは気付かなかった、トレードマークのように首に巻かれている飾りかマフラーかわからないものがまさか使い魔だとは思いもしないだろう。
この現象自体非常に稀なことらしく、モンスターを使い魔へとした暁にはその賞賛と嫉妬を含めてビーストテイマーと称されているわけで。
イベント発生条件としては、その系統のモンスターを多くは殺してはいけないらしく必然的にイベントを発生させようともするならば戦闘は避けられない、テイムできるモンスターは比較的小型で割と高度なアルゴリズムを持っているため簡単には倒せないし、逃げるのだってそこそこ難しいようだ。
その点に関して彼女は比較的運がよかった、というか奇跡的な連鎖が幾重にもつながっていった結果だと本人は言っていた。
余談ではあるが下層の方で青い竜を使い魔へすることに成功した女の子が出てきたらしく、いまはそっちで話は持ちきりだ。
彼女と出会ったのはいつ頃だったかは定かではない、しかし、アルゴの紹介で俺のもとに来たという事だけはぽつりと漏らしてくれた。どういう文言で紹介し他のことは聞かせてくれないが。
ちなみに結局のところアルゴを専属の情報屋として引き入れることは叶わなかった。リアがいる手前アグレッシブにアルゴを勧誘することは出来なくなったが、リアはアルゴに劣らず優秀だ。ただ一つ、気になる点を除いては不満は無い。
「やぁ、遅くなってすまないね。お取込み中だったかな?」
そこでいったん思考を止めた。
そして、俺の思惑通りこのデスゲームを率いる攻略組の中でも1,2位を争うまでに成長したギルドのトップであるディアベルが相変わらず趣味が悪い青い髪とさわやかな笑顔で、なんてことはなく、やつれた笑顔でやってきた。
「いやいや、こちらこそ急にすまない。フロアボスの方はどうだ?」
「問題ないよ、寧ろ拍子抜けしたくらいだ。それより、いい加減君がトップに就いてくれないか? もう勇者を演じるのはきついんだ」
「馬鹿なこと言うな、貴方が始めたんだぞ。第一俺じゃ務まらない、情報を基に思いついた出鱈目な案をあんたが上手く改善修正して結果につなげていっている、うまくやっているよ……貴方だから上手く回せている。適任は他にいない」
ディアベルはよくやっている、俺がアルゴとリアから得た情報を基に出した案をディアベルへ提出、それをさらにいいものへと昇華させて実現させている、非常にいい指揮官だ。
「だけど、正直言って俺には重荷だよ。どうかな? 君がトップに就くっていうのは」
壊れたラジオのようになっているな……そんなに勇者の役目が嫌か? 第一層の時は嬉々として名乗っていたのに。
いや、あの時は騎士だったか? まぁどうでもいいか。
「ディアベル、頑張れ。大体俺の立ち位置は憎まれ役となってしまっているし……今の状態で手がいっぱいだ。こんなこと言うのもなんだが、キバオウに任せたらそれこそお終いだって言うのは分かっているだろう?」
「……確かに」
「それに俺なんかが君の場所に就いたらうるさいやつが出てくる。話し合いでこの役割を決めたんだ、今更変えられないさ。頑張れ……もしギルドの3分の2のメンバーが俺を推すのならばやってもいいが……その場合、ツケが回ってくるのは自分自身だぞ」
「脅しは効かない。言ったからな、言質はとった」
「何度目そう言っているか覚えているか? まぁ……その場合、俺がやっている業務全て受け持ってもらうというのは忘れるなよ? 責任は今の比ではないという事だけは覚えておいてくれ」
「…………」
「その分しっかり報酬は弾ませる、ある程度の要求も飲む。だから引き続きよろしく頼む」
納得がいったのか、諦めたのか、はたまた淡々と計画を練っているのか。虚ろだった目が若干マシになったところで意見交換を重ねるとディアベルは重い足取りで部屋を後にした。
ディアベルが一体いつまでこの重荷耐えれるかわからない。
簡単に言えば優しすぎる。圧倒的強者ではなく、こうやって人間味があるからこそあれだけ大規模な組織になってもみんな変わらずについてくるのだろう。
だが、権力に決して溺れることはなかったディアベルの贖罪の意思と強い意志は本当に賞賛に値する。
「あんまりギルドの運営に口を出したくはないけれど、私もあの人と同意見。貴方はもっと前に出るべき。血盟騎士団のように攻略だけに専念すればいいじゃない」
「君まで何を……俺がやらないといけないことは知っているだろう、とてもじゃないけど難しい。あと血盟騎士団のことは話題に出すな、これは命令だ」
「かしこまりました。でも、ここまで上手く行っているのは貴方のおかげ。実績も信頼も十分にある」
「それは違う、皆はディアベルだからついて行っているんだ。情報屋なら耳に入っていると思うが、今の攻略ペースは相当なものだろ? 血盟騎士団の副団長こと攻略の鬼、解放軍団長こと青い髪の鬼畜野郎と副団長のパワハラクソ頑固じじいが必死にケツを叩いて攻略速度を保っているが、俺に言わせればまだ甘い。ただ、俺がやれば間違いなくこのバランスは崩壊するのは目に見えている。だから前には出れない」
「また屁理屈、いつもそう。逃げてばっかり」
「逃げてなどいない、それに仮面を被り素性を見せないやつを信頼できるか? 未だにこの仮面を利用して詐欺まで行われているんだぞ?」
「案外、そういう事が狙いだったりするんでしょ? 悪い噂が残り続ける限り、貴方は恨みを引き受けられる」
「出鱈目だな、第一この立場にいるのは君との約束のせいでもあるんだぞ」
「私のため?」
「俺との契約を忘れたとは言わせない」
「もちろん、私は貴方に精一杯尽くす。だからあなたに私の望みを叶えてもらう。それが契約」
「そう、確かに君は俺に尽くしてくれている。君のおかげで本当に助かっているのは言うまでもない。しかし俺は君の望みを叶えていないと言うか、そもそも知らない」
「言ってないから」
「だから調べたよ、君のこと」
「…………」
「安心しろ、大した情報は得られなかった。わかったことと言えば君が前ギルドに所属していたことと、今はそのメンバーと君が別行動していることだけ。もちろんパーティーメンバーの名前なんて知らないし、構成もわからない。ただ、初めて俺と契約したあの日、憎悪にまみれた瞳を俺は忘れていない、だが何を企んで「何も言わないで」」
彼女は自虐気味に笑った、俺が言いたいことは分かっている筈だ。だから言葉を遮るように否定する、言葉を重ね俺の発言を潰していた。
「私が一番理解っている」
哀しい声音が全てを物語っていた。
「……そのつもりならその先は言わない。ただ、俺は万能じゃない……それだけは覚えておいてくれ」
彼女は沈黙を貫いた、否定も肯定もせずに佇んでいる。
わかっていると言いたげではあったが言葉に詰まったのだろう。鋭くなる目つき、盛り上がるこめかみ、喰いしばった口から読み取れるものは決して多くは無いが答えを出せずにいるのはわかる。
こんな話の後だ、一般的に言えば気まずい空気が流れる。もっとも俺も、彼女にも関係のないものだが。
「それはそうとアリス君、うちのギルドに現実世界で税理士の人がいてね……もうそろそろやばそうだよ。と言うか、多分ばれてる」
「そのために君がいる。何とか宥めていてくれ」
トップが金銭を横流しにしていたとかありえないのはどっちの世界でも同じことだ、この関係ももうそろそろはっきりさせた方がいいかもしれない。
「……使い方は間違っていない、けど、額が大きすぎる。それに隠していること自体が問題。そろそろ公に公表すべきだと思う。悪いことをしている訳じゃない」
「いや、どんな手を使ってもいいからそいつの口封じを頼む。それでも無理だったら直接行く」
「わかった。貴方がそういうなら」
まだ足りない、現状ではまだまだ不十分だ。
アインクラッドをより早く攻略するために必要不可欠である要素が大多数ある中そろっているのはほんの一部。
俺はそれをそろえるために秘密裏に動いてきた。この行いの行く末がどこに行くのかはわからない、停滞かもしれないし、大きな歩みになるかもしれない……
けれども、俺はやることはやるつもりだ。しかしあくまで大義名分を背負ったように見せかけた勝手な推測の押し付けと、ただただ合理性を求めた人の心など意にも介さない思想を尤もらしく遂行するだけ。詰まるところ自分のためにしか動いていない最低な人間だ。
そんなことは置いといて、さっさとキリトの方をどうにかしないとな。
攻略はしていないがレベリングだけはしっかりしているという意味の分からない行動をしているキリトを前線に引き戻さなければ。これだけの期間の離脱するという事はおそらく何らかの事情があるのだろう。
だから無理強いは出来ないが。
アルゴの情報からすると……この時間帯はレベル上げをしているのか。最前線から離れていることは今までに何回かあるが、ここまで下に下がったことは珍しい。なのにレベリングは続けている。
立ち位置が分からない、考えられるとしたら脅しか温情かのいずれかで一時的に人助けをしているか攻略組から下りたのか2通りだろう。
仮に後者であった場合、趣味のように彼が行っている迷宮区のマッピング作業を血盟騎士団と一度話し合わなければならなくなる。
ただ、幸か不幸か彼が今所属していることになっている【月夜の黒猫団】は直接的ではないがこのギルドが(秘密裏に)援助しているギルドであることだけが救いか。
もしそうなれば、キリトという最高の駒が手に入るのは間違いないし、彼の行動をある程度掌握、上手くいけば制御できる。
もしそうできれば現在攻略に支障が出ていたとしてもお釣りが帰ってくる。
もちろんこの情報と推測が正しければの話にはなるが。
「リア、少しばかり下に行くが一緒に来るか?」
「いい、私にはやることがあるし」
「そうか、それなら助かるよ。やはり君は頼りになる」
「どうもありがとう、貴方こそ頑張り過ぎないように」
「そこは頑張れだろ?」
「頑張りすぎてこの前みたいに倒れられても困るから」
「……善処する」
こんな世界だからこそ、希望を探し続けていけばいつかは結果がついてくる……
誰しもがそう信じていた。
この時のアインクラッドは、現実から目を背けるために見えない物に縋っていて、 俺も同じように微かな光にすがって、自分が助力することでこの世界はもっと良くなるんだと、ここできちんと生きているんだと仮想の世界で自分を偽って。
そんな事はあり得ないのに。
刻一刻と不穏な暗闇が希望を飲み込もうとしていた。
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罪と罰/決意と覚悟
1
20層、陽だまりの丘。
アフリカあたりで悪魔の木と呼ばれているような背格好の木々が生い茂り、乾燥した草地をテーマとしたのどか……とは言い難いが、悪いところではない。
一つ欠点があるとすれば、ポップしてくるモンスターが気色悪いということだけだろうか。
やたらと図体のデカい昆虫類が嫌がらせのように湧いて出てくるし、そこそこ忠実に再現されいて攻略組全体としてもビジュアルになれるのに時間がかかった気がする。
嫌な思い出がフラッシュバックするが立ち止まるわけにもいかない、まるで出迎えてくれるかのように次々に湧いて出る昆虫系モンスターを斬り伏せながら彼等のもとに向かっていた。
しかしまぁ、10層くらい下だけど、案外覚えていないもんなんだな。
短期記憶は得意だけど長期になるとすっかりだ。さて、このあたりにいるはずだが……おっと丁度いいところに見つけた。
あれが月夜の黒猫団か、皆高校生くらいか。随分若いギルドだな。それにしてもパーティー構成が悪すぎる。
接近要員3名、しかも一人は手練れでもう一人は普通、更に残る一人はビビりまくり、槍一人、壁2枚……何でこんなのが急成長しているのか全く理解できない、その要因が何なのかすらもわからない。
しかし、ここでじっとしている訳にもいかないしわざわざ時間を割いたのに何の成果も得られずに戻るのも消費した時間がもったいない。
だが、異常なハイペースで最前線に近づいていることは間違いない。アルゴからの情報ではそう書いているから疑うことはあまりしたくないが……。
モンスターを倒しワイワイと盛り上がっているところに接近するも周りが見えていないのか俺の方に一向に気付く気配がない。
「おいおい、俺たちが血盟騎士団や解放軍の仲間入りってか?」
「なんだよ目標は高く持とうぜ、まずは全員レベル30な」
こうやって和気藹々と戯れているところ割り込むのは何度も経験しているし、空気を読んで、なんてする義理もない。
「忙しいとこ申し訳ない、君たちが月夜の黒猫団か?」
「……ああ、そうだけど」
「何だよいきなり」
と喧嘩腰でいきりたっているバカそ……頭が弱そうな奴が忌々しげに言ってくる、おそらく自分に酔っている危ないタイプの中二病だろう。
「おい、やめろ何でそんなに喧嘩腰なんだ」
面識があるのはリーダーのたけし? だったか忘れたがそんな感じの奴で、実質ギルドメンバー全員と会うのは初めてだ。
リーダーは普通にいいやつそうだが……メンバーはそうでもないらしい。
金髪碧眼にしてどこぞの民族衣装をもしているかわからない物を着ている中二病、細目の地味めなやつ、いきりくせ毛、大人しそうで大和撫子とでもいった女の子に、黒髪黒装束を身にまとい、この階層に適した武器を装備している見知った男。
「初めましてと言っておこう。自己紹介はいらないだろう、俺はアリス。解放軍の創設者の一人だ」
やはりいたか。これでようやく急成長の理由にも説明がつく。
「ご無沙汰してるよ。改めて俺はこのギルドのリーダー・ケイタ。でどうしたんです?」
「うれしい知らせだ。君たちが急成長を遂げているって噂を聞いてね、君とはもう一度話がしたい。今までは微々たる援助しかしていなかったが、近々攻略組に上がることを期待して正式に手を組みたい。あと、その盾なしの片手剣使いの新入りのことも少し聞かせてもらおうか」
「ああ、別に構わないけど……」
「キリトは俺たちの仲間だ。それで何の用だ……ベーター!」
中二病がそれなりの演技で凄んでくる、急にキレるのがかっこいいと思ってしまう年頃なんだろうか? まだ何もしていないのに。
ただ、ビーターと、そう言われるのはなかなか久ぶりの事だ。寧ろ懐かしくもある。
アルゴによると根も葉もないうわさが独り歩きをするのは有名人の特権だから気にするな、とのことだが……こうも阿保みたいにキレられると面白いな。
仮面を被っていなかったら更に怒りを加速させていたかもしれない、それはそれで見たくもある。
中二病が意味の分からないいちゃもんが止まらない中、地味とワカメと地味子が興味本位で寄ってくる。違った、仲裁に入ってくれているのか。
だが、中二病にはそれが許せなかったようで結果的に火に油を注ぐ結果になってしまったが面白いから問題ない。
その後ろでキリトはその輪の後ろで必死に俺と目を合わせないように下を向き続けていた。
後ろめたい何かが、俺とこの場において関わりたくない、そういっているようにも見えた。キリトとは第二層時点でなし崩し的に和解はしているし、つい最近までは迷宮区でばったり会って即席のパーティーを組むことだってあった。
だからその沈黙に意味がある、このメンバーたちに話していない後ろめたいことがあって、俺と知り合いという事実を隠したいからそうやっているのだ、そう推測せざるを得なかった。
「言いたいことは言い終わったか? 俺は君たちのリーダーと話がしたい。もう良ければそこらへんで遊んできてほしい」
「この野郎!」
「まぁまぁ落ち着けって、この人は信頼できる。話に入ってくれても構わない、どうせすぐに終わるんだろ?」
「俺のことが分かってきたな。まず確認したいのだが君たちは解放軍入るつもりはなく、あくまで月夜の黒猫団としてやっていくってことでいいのかな?」
「ああ、それでいい」
「それじゃあ細かいことを詰めていこう。まず………………」
「え!? そんなに……ちょとそれは…………」
話を進めること5分、思いの外長引いた話を終わらせた。本来はわざわざ会いに来る必要はなく、メッセージを飛ばせばいいのだがそれはフレンドリストに双方がいればの話。
俺のフレンドリストにはリアとアルゴしか登録されていないためにこの様な手間がかかることをしないといけない。いつもならリアに任せているのだが今回は自分の目で確かめないといけないことがあったために面倒なことをしたが来た甲斐はあった。
「OK、それじゃ頑張ってくれと言いたいが、少し君たちを見てて指摘したいことがある」
聞いてくれるかは怪しかったが、話だけは聞いてくれた。
勤勉であったし、キリトを除く他の男たちは上昇志向もあったので助かった。しかしキリトがいたとしても如何せん組み合わせが悪い、そのことの指摘も事細かに、そしてこれから先の層の情報もある程度は話した、信用されているか否かはまだわからないが。
このケイタってやつの望みを聞く限りではあるが、あまりにもお気楽なもので驚いた、攻略組をあまりにも美化しすぎている、このギルドが攻略組に加わることによって平均年齢がぐっと下げてしまうほどに若い、俺もそのことは言えないが、このメンバーは一人を除いていい奴すぎる。いい意味でも悪い意味でも、幼い。
このギルドが攻略組へ加わることによってこの甘ったれた雰囲気がどう作用するのかは分からないが……大半は若い者には負けられない! とか言って決起するに違いないと思いたい。
それでもまだ幾何か先の未来の話、それなりの収穫得られなかったけど、まぁ無駄ではなかった。
それよりも気になるのはキリトのことだ、どうやら自分の情報を偽って、経歴を隠してその場に無理やり溶け込んでいる……ようにも思えた。
「というわけで、話は終わりだ。時間とらせてすまなかったな……取り合えずあんたらには頑張ってほしい。しかし急成長したからといって調子に乗っていつもと違うことをしようとするなよ。お前らギルドの雰囲気は良くいえば和やか年相応に長閑なものだが、悪く言えば危機感がなく、楽観的に物事を考えていて更に今ちょっと調子いいからって何でもできる気になっている子供と変わらない、ここがどういう場所であるか忘れないように」
心理的に今は相当警戒されているため、怪訝な顔でお見送りをされた。特に中二病患者からはありがたいことばをたくさんもらった。
少し先、27層あたりではトラップが巧妙に、そして強力に作り替えられていた、安全マージンが必然的に上げられるほどに凶悪なものへ。
それよりも久々にキリトと話してみるか……聞きたいことと議論したいことがあるし、彼の現状も気になっている。
月夜の黒猫団とはどういう経緯で、どんな巡り合わせで一緒にいるのか、もしかしたら何か弱みを握られて……は流石に考えすぎた。このお花畑のギルドのメンバーがそんなことを考える脳があるとは思えない。
キリトのことは置いといてこのギルドが成長するにはサチとかいう女の子くらいの恐怖感を持っていて前に進む勇気さえあれば丁度いいんだけどな、男4人の中に女1人(本来のメンバー)という組織構造であれば発言力は彼女にないのかもしれない。
第一このゲームにいるってことはそこまでイケイケの感じではないだろうし、あんな連中だし、調子に乗ると何でもできる気になるだろうからな。
閑話休題。
真相がどうであれ今のキリトの居場所はあそこだ。
そこに口出しする権利なんて俺にはない、とやかく言うつもりはないが、知人としてアドバイスするくらいなら問題ないだろう。
しかし、良かったな。いい人たちに出会えて。
少しだけ羨ましそうに思っている自分を少し恥ずかしく、そして苛立たしく思いながら安らかに微笑む彼は斧と木の少年とは全く違うように思えた。
2
28層のフィールド、通称狼ヶ丘。キリトが最近現れるという少しさびれたレベリングスポットに最近はよく顔を出しているらしい。
時間は丑三つ時、つまるところ午前2時くらいの深夜。
ここ狼ヶ丘は名前の通り狼のモンスターが多数ポップするレベリングスポットである、その他にも攻撃力は高いがある程度決められた攻撃パターンと経験値の多さから実力のある人たちからは非常によく好まれている、またこの狼自体非常に凶暴なので割に合わないと言えばそうかもしれないが、俺個人としてはもう用がなかった筈の狩場だ。
トン・トン・トンと、軽やかに左右に跳び死角から襲い掛かってくるがそのパターンはすでに対応済み、軽く剣の側面で突進の威力をそらしすれ違いざまに一撃を首元へ叩きこみ、怯んだところへ短剣突進技リーパーを押し込む。
少しの振動が手に伝わった後、フッと手ごたえが消えた。
暫くはリポップしないため少しばかりの充足感を得ながらペン回しならぬ剣回しをした後で自分の思い描いた軌道を描く。
速く、迅く、疾く。
薙ぎ払い、突き、斬り上げ、回転しその勢いを利用して斬り払う。
ソードスキルは使わないオリジナルの剣術、動きを最小限にフェイクも入れて迅く剣を動かし疾く動く、最も大事な足運びは細心の注意を払い意図的に意識して動かす。
風を切り裂く音が静かに響き一息をつくと乾いた音が3回ほど耳に届いた。
「また……腕を上げたみたいだな」
「まぁな、ステータス上昇による補正も関係しているが……しかし大分遅かったじゃないかキリト。何か楽しいことでもあったのか?」
昼間とは違い見慣れた感じのキリトが立っていた。
装備も昼よりも黒々と彼らしい風貌になってはいたけど、よそよそしい感じは昼間よりももっと顕著に、言葉は表面上平静を繕ってはいたが俺の目を見て言うことは無く……何かを受け入れるような表情をしていた。
この表情を俺は知っている、解っている、見たことは無いがその表情は罰を受けたがっている表情だ。
まさかまだ引きずっている? いやいや半年も前のことだぞ、あの時はこれからβテスターたちがその他のプレイヤーからよく思われなくなり攻略に支障をきたすよりかは特定の個人にその思いを集めた方がいいと思ったからだ。
特にβ時代を経験し、尚且つその内部情報だけは詳しく知っていた俺が適任だっただけだ、確かに俺がソロで活動するには酷く危険が伴う行為だがそれ相応の対価をキリトとアルゴからもらっているから俺はまだ生きている、それも返しきれないお釣りを今もまだくれている。
気にすることなんて何もないのに、寧ろ俺の方が図々しいくらい施しを受けているというのに……
「その……話って、何だ? 偶然ここに来たわけじゃないだろ」
重くなっていた雰囲気をさらに重い空気にすべくキリトは口を開いた、狼がリポップした為ひとまずは剣を抜き撃退した、パーティーを組んでいないため経験値はキリトの方だけに行ってしまったが、やはり技術の衰えは目に見えて顕著だ。
プロのピアニストは一日練習をサボるとその遅れを一週間かけてその鈍りを取り戻すというが……キリトの場合は一週間以上もぬるま湯につかっていたわけで、それに夜は最前線まで来ていたらしいが、その程度では±マイナスになってしまう。
俺もそんなことつべこべ言うつもりはないし、フォローしてやる優しさも、ない。
それとは別に聞こうとしていたことなんて忘れてしまうほどに俺の心は冷静じゃなかった。
「あまり口出ししたくはないが……お前あそこにいていいのか?」
「……楽しいというか、落ち着くっていうか、何だろうな。甘えてしまっているのかもしれない、彼らの雰囲気に」
「……あの場で言うことが出来なかったこと言おうと思ってな」
「あの時は……すまなかった。あんたと知り合いだとばれたら色々困ると思って」
「あからさまな不審人物と知り合いだなんて嫌だもんな?」
聞かなくてもいいことだとはわかっているが、悪癖だけはどうも直せなかった、元より直すつもりは一切ないが。
「いやっ、そ、そんなことは無い。久々に会えて恥ずかしかっただけだ」
恋する乙女か。
「そんなどうでもいいことは置いておいて、これからどうするつもりか聞きに来た」
一体俺は何様なんだ、口走っておいて我ながら虫唾が走る。
そんな感情をも噛み砕いて、俺は再びキリトに問いかけた。
俺が本当に心配しているのはキリトではなく、攻略に支障が出ることだ。ソロで行動するキリトや俺をはじめとする幾何かのプレイヤーはたいていどこかのギルドの支援を受け……もとい雇われている身の人が多い。
その為か、非営利での情報を配信しているプレイヤーは少なくその点においてキリトは非常に優秀であった人材だ、俺とは違い隅々まで迷宮区を探索しほとんど完璧なマッピングデータを無償で提供する行いは合理的行動をモットーとする俺には出来ないことだ。
マッピングデータの無償支給はしているがそれでは遠くキリトに及んでないことは自分が一番よくわかっていた、その大切な人材が現在下でぬくぬく過ごしているとなると多少なりともこれから大きなことに繋がりかねない。
夜な夜な最前線には顔を出しているようだがあまりにも無駄な時間、あいつらと関わっている時間が多すぎる。それに、あの程度のプレイヤーと一緒にいたらキリトの足を引っ張りかねないし、ああやって遠慮している状態が続くのだったら長く一緒にいてもらう方が困る。
アルゴによればあのギルドは高校のパソコン部の集まりらしくこの世界で作られた仮の関係ではない、キリトとあの連中の溝は埋まるのにはもう少し時間がかかる、最短でも半年以上は……
結局、何の重みのない言葉に動かされるくらいのものならそれだけの話だ。
「そう、だな……俺がこんな事していいわけな「違う、俺はそういうことを言っているんじゃない」」
筋違いな謝罪や罪を勝手に背負うのはどうでもいいがその間違った思い込みで自分を罰するのは間違っている、それはキリトに言葉で伝えても届くことのなかったことなのですでに諦めているが認めたわけではない。
「お前、あいつらに隠していることがあるだろ……推測だがレベルとか偽っているんじゃないか? 隠すことがあるんだったら正直に話すべきだ、長く一緒にいるんだったらな」
「でも……そしたら……」
言いたいことは分かる、あのメンバーの俺に対する態度がそれを物語っていたからだ、俺とキリトは客観的に見たら似た者同士。
本質こそは違えど、そんなことわかってくれるのはほんの一部の人間だ。
「そんなことも受け入れてくれない奴らだったら、一緒にいるのをやめてしまえ。その程度の薄っぺらい信頼関係なんだ、そんな連中と時間を浪費するくらいだったらさっさと最前線に戻ってこい、一緒に行動する意味は皆無だ」
キリトにとっても、俺にとっても、そしてあいつらにとっても。
「そうだよな……俺みたいなやつに「だ・か・ら! そういうこと言ってんじゃない」」
全く、ひねくれすぎだ。対人関係は不器用なやつだな……言葉から真意をくみ取ってくれたらどんなに楽なことか、その分言葉で伝えれば素直に受け止めてくれるが。
こいつはいつも、いつだって、本心で話してくれることは無かった、いつだって遠慮して何かを償うようにしていた。
俺はそれがやっぱり気に食わない。
「埒が明かない。一つだけ質問だ、あの場所はお前にとっていい場所なのか? そうかそうではないかで答えろ」
「……ああ、そうだ」
「その間が、答えだってことを、自分でもよくわかっているはずだ」
「…………」
「自分の情報を偽って、いいやつを演じて、一つ一つは我慢できてもいずれは我慢できなくなるもんだ、お前が隠していることだって上に来れば確実にばれることになる。お前が言わなくともいつかきっとばれる事なんだよ、それが遅いか早いかの違いだ。そして例え、ばれなくともこのまま関係が続けばお前はいつか必ずあいつらを見殺しにする」
「……そんなことは絶対しない!」
「見解の相違だな、お前あの団体で発言を積極的にしないだろ、ボロが漏れないように、それにずっと遠慮して気を使って……これからお前が知っているはずの数多の危険区域は死に直結することろもある、でもまだ新入りで発言権がないお前は強く主張できないし、かと言って自分の情報は明かさない、理由を聞かれれば押し黙って結局数に流されて、危機的状況に追い込まれ見殺しにする」
「違う!」
「何も違わないさ」
「俺は……あの人たちを守るって決めたんだ、絶対に。お前に口出しをされることじゃない!」
やっと本音で話してくれたな。
「その道がどれだけ厳しいかわかっているのか? 自分を守るだけでも精いっぱいだった奴に他人を守れるのか? 始まりの町で自分を守るためにひたすら逃げていたお前が」
「やってみせる!」
「本気か?」
「当たり前だ!」
「ならその覚悟を貫き通せ」
「…………え?」
「ただしその道は想像よりもずっと険しいぞ、何かを守るってことはそんな簡単なことじゃない。失うということは……思っているよりも遥かに苦しい、関係ないと、ただの駒だと思っていたやつらでさえ」
最初のクオーターポイントで、3人を失った。
そのうちの一人が同じギルドの戦闘員で、深い喪失感と恐怖に囚われた。
我ながら細い神経だと自嘲しているが、思いの外関係者の死を目の当たりにするのはきついものがある。
それに俺はあの時、とうの昔に、守りたかったものと自分を秤にかけ迷うまでもなく自分を選んだのだから。
「アリス……」
「それに俺は本当に失いたくないものを、手の届かないところに遠ざけてしまった。お前に押し付けて、この道を進み始めた俺にはもう立ち止まる権利なんて、ない。だから、一度覚悟したら引き返せないことだけは覚えておいてくれ」
本音を言わした代償は本音で返さないといけない、だから……歩み続けるしか残されていない。
自分で選んだこの道を、文字通り命を懸けて。
3
後日、正確にはクリスマスイブの12月24日、ある一通のメッセージがアルゴを通して俺のもとに届いた。
そこには少年少女6人が、事情を知っていなければ旧知の間柄のようにじゃれあっているかのように映っていた、俺がよく知る友達も見たことないくらい眩しい顔で笑っている。
攻略組に仲間入り! という文字が写真の下の方で映えていた、そして短いが何かしら伝えた方がいいのかと思ったがそれは止めた。
そんなことしなくとも、近いうちに合う日が来るだろうから。
「さて、クリスマスに一緒に過ごす相手もいない寂しい野郎ども! 戦う準備は出来ているか!?」
「「「「おおおお!!!!」」」」
さて、今夜のメインイベントは何でも蘇生アイテムをドロップするボス級モンスターがもみの木の下に出現するらしい、俺の考えからすると蘇生アイテムがどんなプレイヤーにも適応されるのならこのゲームは外部からナーブギアの電源を切ってもこの世界から解放されることを意味する、だから極限られた条件のもとでしか効果を発揮しない代物であるだろう。
ただとんでもない値が付くことは間違いないので金に釣られ一緒に過ごす相手もいない暇人兼金の亡者たちが驚くほど集結している。
というわけで、解放軍の皆さんとともに大勢で寂しくクリスマスを過ごすことになってしまった……こんなことに戦力を分散させるよりかは攻略に力を注いでいただきたいが、蘇生アイテムだけではなくクリスマスプレゼントとしてハイリターンな報酬が受け取れるらしく、この事情であればこの熱の入れ方も納得がいく。
最も誰がそのアイテムを獲れるかは運次第でもあるが。
そしてちょうど0時00分クリスマスの12月25日、そらから醜悪なサンタ……いやサタンが下りてくる、まるで服の赤色は血で染め上げたように生々しく、目は血走っている。
とても子供たちへ夢と希望を配る聖職者には見えない、逝喰者だ。
装備は斧だし、まるでアメリカンジョークの桜の木を切った男の子みたいだな、斧を畏れた先生は起こることが出来ませんでしたという話。
「今夜はこのクソサンタと血祭じゃぁぁぁぁあああああ!!!!」
「「「「うおぉぉぉぉぉぉおおおおおおお」」」」
最近は違う意味で吹っ切れたディアベルが情緒不安定さを伺わせる激励を飛ばしサンタクロースへ突撃しに行った。
その様子を若干呆れながら少しだけ眺めてキリトへとかけた言葉を思い出す。
あれは彼だけにではなく、自分にも向けた言葉だったと。
罰を受けたがっている甘ちゃんは俺の方だった、人のふりを見てようやく気付くこともあるんだな……。
未だに腕に残る赤黒白の3色のミサンガ、罰を受けたがっている象徴がそこにはある。
「ありがとう。君に会えて本当によかった」と頭に染みついて離れない呪いも、何も知らずに凛として美しく微笑む大馬鹿野郎が離れない。
後悔はしている、たらればの話なんて何度考えたかもわからない。
この決断はきっと正解ではなかったのだろう、ただそれでも、いやだからこそ。
なおさら立ち止まってはいられない、きっとそういう理由が欲しかったのだから。
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