魔法少女リリカルなのはBlack The MOVIE 1st (黒崎ハルナ)
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Act.0 Prologue/序章にして終幕

 ──有り体に言えば、何処かで俺は間違えたのだろう。

 

 人の一生。その中には無数の選択肢が存在する。

 これ以上踏み込んではいけない。或いは逆に、更に一歩踏み込んで進まないといけない。触れてはいけない過去や、知る必要のある真実。他者と関わる必要があるか無いか。

 いつだって俺たちは、見えない天秤の上で選択を迫られている。

 人間はそうした無数の選択肢を、自分の意思で選びながら生きている。そうして選んでいった過程と結果を、『人生』と呼ぶ。そこに正解は無いし、間違いもない。少なくとも、俺は『彼女』にそう教えた。

 だから、この結末は俺が選択を間違えた結果なのだろう。

 灰色の空の下。乾いた大地の感触を肌で味わいながら、場違いなことを考えている自分に対して、呆れにも似た感情が芽生える。

 全身に力が入らず、手先の感覚はすでにない。

 ただ、喉をかきむしりたくなるほどの熱が体の真ん中を支配している。

 

 ──成る程……これが死ぬほど痛いってやつか。

 

 腹部を抉るように開いた大きな穴。そこから止めどなく溢れ出ていく自分の血が、乾いた大地を真っ赤に染めていった。

 何を間違えて、何を失敗したのか。確認できる術がない今となっては、それ自体は些細なことだ。

 大事なのは、俺が神様に与えられた選択肢を見事に間違えたという事実。

 親友を裏切り、大切な仲間を見殺しにし、最愛を自らの意思で手放した。

 何故? 簡単だ。

 

 ──助けたかった。この手が触れる全てを。

 

 その結果がこのザマだ。

 咳き込んで、口元から溢れる血の塊。身体中を焼き尽くすような熱。薄れていく視界。

 つまるところ、どうやらここが自分という人生の終着点らしい。

 その結果を理解した瞬間、急激に意識が遠のいていく。

 聴こえてくる銃声と足音が、やけに他人事のように感じた。

 死を運ぶ者がいる。その進軍は確実に、真っ直ぐに、此方へと向かっていた。

 なのに、不思議と恐怖を覚えなかった。そんなことはどうでもいいとばかりに。

 ──ただ願ったのは、『彼女』が無事でありますようにということだけだった。

 

「──クト」

 

 不意に、聞こえるはずのない声を聞いた気がした。

 きっと、それはただの幻聴だったのだろう。

 

 ──ああ、よかった。

 

 それでも、たとえ幻聴だったとしても、最期の瞬間にその声を聞くことができたのは、俺にとって何よりも救いだった。だから──

 

「よう……御苦労さん」

 

 見下ろされ、銃口を突きつけられている今でも、俺は不敵に笑っていられた。

 向けられている冷たい眼差しを流して、無機質な声に皮肉で答えてやる。

 

「ブルってんのか? ヤレよ、タマ無し」

 

 直後、耳をつんざくようなマシンガンの音が灰色の空に響いた。

 一発だけなんて生温い。容赦ない死の雨が、身体中に突き刺さる。

 かすかに跳ねる自分の身体。意識を丸ごと刈り取る激痛。叫びたくても、声を出す事すら許されない。

 血と硝煙の中で、またあの声が聞こえた気がした。

 

 ──だから、泣くなって。

 

 忘れるな。

 この痛みを。無力さを。過ちを。

 決して忘れるな。

 

 ──ったく……本当におまえは泣き虫だよな。

 

「……──」

 

 それが、今際の言葉となった。

 なんともしまらねぇ話だと、俺は他人事のように──小さく笑った。




原点回帰。


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Act.1 Begins Night/ビギンズナイト

 特別な力なんて、在るだけ無駄で、ロクなものじゃない。

 

 特別な力を持っている人間(当の本人)がそう断言しているのだから、間違いないだろう。

 そもそも特別な力を持つ者とは何か? 普通の人間とは違う能力や技能を持つ、『バケモノ』たちのことだ。人によっては超能力者だの、魔法使いだの、とコロコロ名称が変わるが、そんなことはぶっちゃけどうでもいい。

 俺が言いたいのは、はっきりと異能の力を持っていることがわかった時点で、可及的速やかにそいつからは距離を置くべきだということだ。ましてや嬉々としてその力を目的の為に行使したり、意味もなく極めようとするやつなら、本気でそいつの人格を疑った方がいい。例外なく、そいつらは人としての大事な部分が何処かしら狂っている。

 身近な例を上げておく。

 育ての親(じーさん)の知り合いで言えば、『夜の一族』とかいう現代吸血鬼の長を務めている月村忍は常識のあるマッドサイエンティストだし、その恋人の高町恭也は『永全不動八門一派・御神真刀流小太刀二刀術』とかいうやたら長ったらしい名前の古流武術を若くして極めた人外だ。現代科学よりも十年は進んでいる発明や研究をたった一人の女子大生が片手間でやったり、真剣一本で完全武装した機動隊を制圧できる大学生がまともなやつだと言えるだろうか。

 その他にも人外を目指して一直線なやつや、俺みたいに生まれた時から人外側だったやつは大勢いる。

 曰く、俺が住む海鳴市の街は、そういった人外を引き寄せやすい土地らしい。きっと俺が知らないだけで、探せば人間を辞めた馬鹿はもっと出でくるだろう。

 今のところ理性や常識といった側面が強い連中ばかりなのが唯一の救いだが、逆に言えばその側面が無ければ、俺たちはただの人外であり、化け物であり、暴力を振るうことでしか問題を解決できないクズ野郎以外の何者でもない。

 しかし、たとえ俺たちが人外で化け物のような存在だとしても、ささやかな良心すら失ったら、それこそ本当に『最低のクズ以下』の何かに成り下がってしまう。

 いくら俺だってそれは嫌だ。

 人外の化け物にだって、ルールや矜持はある。むしろ化け物だからこそ、自らが決めたルールや矜持にはとことん拘るものだ。俺たちは人外の化け物であっても、決して悪徳非道な外道ではない。

 本当に必要な場面では力を使う事を躊躇わない。自分よりも弱いやつから助けを求められたら断らない。借りたものはなんだろうときっちり返す。

 そういった人としての基本的な部分を守らなければ、そいつは本当に救いようのないクズ以下のクソ野郎だ。そういうクズ以下に成り下がったやつの末路は大抵決まっている。そうならない為に、俺も自らの決めたルールくらいは守ろうと決めていた。

 

 思えばそれが良くなかった。そんなクソの役にも立たない拘りなんてドブにでも捨てるべきだったと、後になって心底反省した。

 

 

 

 白い魔法少女と出会ったのは四月の初め頃だった。

 その日の俺は夜の海鳴市の街を一人で歩いていた。都心ではないが、住宅街でもない、そんな中途半端な道。不思議なことに人通りはまるで無い。

 だが、その時の俺はそんなことを気にもとめていなかった。とにかく機嫌が悪くて、いち早く帰宅したかったからだ。

 

 その日はとにかく最低の一日だった。

 朝から不愉快な夢を見た所為で目覚めは最悪だったし、せっかくやった宿題を全て自宅に忘れた所為で担任からめちゃくちゃ怒られ、とどめとばかりに放課後はこんな時間になるまで変態科学者(月村忍)の怪しい実験に付き合わされる始末だ。

 そんな一日だったからか、その時の俺は信じてもいない神様に向かって中指を立てたくなるくらいにはイライラしていた。

 こういうときはさっさと家に帰って、ポテチとコーラを片手に映画でも観るに限る。そうすれば多少は気も晴れるだろう、と、俺は謎の確信をしていた。

 じーさん曰く、最低の一日の特効薬は、ちょっと古いイカした映画と旨い酒らしい。後者はともかく、前者はよくわかる。なんならそこにゲームと冷えたコーラを追加してもいい。

 今日はとにかく最低の一日だった。だからこそ、俺は無理矢理にでも気分を上げようとしていた。なんなら人目がないのを良いことに、鼻歌でも歌っていた可能性はある。

 

 

 ──その少女は、よりにもよってそんな夜、俺の目の前に落下してきた。

 悲鳴はあげていなかった。落下して、勢いよく地面に激突し、アスファルトを砕いた。そのままゴロゴロと四、五回転ほどしただろうか。

 直後、少女が壁に激突して止まるまで、俺はその様子を黙って見ていた。

 

「……は?」

 

 訂正しよう。黙って見ていたのではない。突然の出来事に頭が真っ白になっていただけだ。

 これは俺の日頃の行いが悪いせいか、それとも単に俺が生まれつきツイてないだけか。困ったことになった。なぜ目の前に落ちてくるのか。確実に八つ当たりではあるが、俺は目の前にいる少女に向かって文句を言いたい衝動に駆られた。これだけ派手に登場されたら、流石に『気付かなかった』で押し通せない。

 つまり、俺は否が応でもこの少女と関わる必要があるわけだ。

 

「──いや、待てよ」

 

 そこまで考えて、ある一つの可能性が浮上する。まだ最悪の事態は回避できるかもしれない。俺は横たわる少女に近づいた。

 

「そもそも、こいつ、生きてるのか?」

 

 正直なことを言えば、死んでいてくれた方が助かる。非人道的な考えだと理解はしていても、死者ならば見ないふりがまだ有効だ。

 微かな期待をこめて、少女の顔を覗き込む。そいつは白い学生服らしき衣装に身を包んだ、幼い少女だった。

 たぶん自分と同じで小学生くらいなのだろうが、少女の横顔はどこか不釣り合いなほど大人びて、それでいて年相応な幼さが残る。その顔を見た瞬間、初対面なのになぜか見覚えのあるような、奇妙な錯覚を受けた。

 

「げっ……」

 

 だが、記憶をたどろうとした瞬間に、一気に憂鬱な気分になった。その細い眉が少し動いたからだ。顔色こそ死人のように青ざめてはいるが、唇も空気を求めて喘ぐように動いている。

 これは良くない。

 小学生くらいの女の子が、アスファルトを砕くほどの勢いで落ちてきて、まだ死んでいない。それどころか、腕も足も折れていない。とても人間とは思えない頑丈さだ。俺はそういう、異常な頑丈さを発揮できる連中を知っていた。

 すなわち自分たちと同類(人外の化け物)

 問題は、目の前にいる少女が道徳心や理性を持っているかどうかだ。

 持っていないのなら、瀕死の化け物にトドメを刺すだけで解決するが、正義の為に力を行使する馬鹿の類いだったら、高確率で厄介事に巻き込まれることになる。頭上から落下してきた瀕死の正義の味方(イかれた馬鹿)なんて、悪意あるナニカに追われているぐらいしか思いつかない。

 こいつの場合は、どうか。俺は絶望的な気分で少女をすばやく観察し、彼女の左手で視線を止めた。

 決定的な証拠に気づいたからだ。

 赤い宝石が埋め込まれた杖。一言でそれを表すなら、これほど適した言葉はない。何処か機械的なそいつを、少女は気を失いながらも大事そうに握りしめていた。

 注意深く観察してみれば、少女が着ている服の装飾も杖同様に機械的な印象を受ける。

 そして、俺はそれら全てに不思議な親近感を覚えていた。

 

 ──つまり、こいつは、もはや間違いない。ほとんど無意識だったが、俺はため息をついていた。なんの因果でこんな少女が、こんな人外魔鏡な世界に手を染めて、しかも()()()()()を手に入れているのか知らないが──

 

「こいつ、魔導師かよ!」

 

 直後、先程よりも大きな落下音が夜の街に響き渡る。

 

「今度はなんだよ……」

 

 音の発生源は背後からだった。本気でお祓いにでも行くべきか、でも近くにある神社は自称妖狐の女狐がいるしなぁ、などとこの後の予定を変更することを決める。所詮は現実逃避だが、ぶっちゃけ逃避でもしないとやってられない。

 俺はズボンのポケットに手を伸ばしながら、振り返る。暗闇の奥から歩いてくる、大柄な影がひとつ。こういうとき、心がけていることがある。まずは精神的な主導権を握ることだ。俺はそいつの姿を確認するよりも前に、喋りだしていた。

 

「誰だか知らんが、こいつの知り合いか? こんな夜遅くまで遊んでるなんて、感心しないな」

 

 いい加減なことを喋りながら、暗闇から姿を見せる影を観察する。

 一言で言うなら、そいつは見たとおりの怪物だった。先ず目を惹くのが、その容姿だ。ヘドロみたいにドロドロとした真っ黒な体に、獰猛な牙と鋭い目つき。おまけにやたらと臭そうな涎が、牙の隙間から零れ落ちている。

 少なくとも、マトモな会話が成立するような相手には見えない。俺は即座にこの怪物に『人外の化け物』のラベルを貼った。『クズ以下』ではない。いきなり有無を言わせずに背後から襲ってこなかったポイントだけは評価できるからだ。それに、もしかしたら近所の幼女趣味の変態(ロリコン)が、その腐り切った性欲によって突然変異した可能性も、微粒子レベルであるかもしれない。

 よって、俺はできるだけ友好的に、このロリコンの化身と対話をしようと試みた。言葉が喋れなくても、意味は理解できるかもしれない。コミュニケーションに大切なのは根気と笑顔だ。

 

「今日はお互いツイてないな。俺はこんな現場に出くわすし、あんたは俺に見られたしで、踏んだり蹴ったりだ。だからさ、ここは仕切り直しってことで、俺もあんたも何も見なかったことにして引き上げないか?」

 

 更に俺は困った様な素ぶりを加えた。

 

「実を言うとな、俺もなるべく早く家に帰りたいんだ。これから家でトゥナイト・ショーを観る予定があるんでな」

 

 だから、な。とジェスチャーで同意を求めてみる。これだけわかりやすく、友好的に接しているんだ。言語の壁なんて軽く乗り越えて──

 

『GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!』

 

 駄目だった。それどころか、こっちに向けて鼓膜を破るような咆哮を上げながら威嚇している。しかも目が血走っていた。やはり怪物との対話は無理があったようだ。

 

「あの久遠(駄狐)だって、多少は話が通じるってのに……」

 

 神社に行くと偶に現れる自称妖狐を少しは見習ってほしい、とかどうでもいいことを考えつつ、俺は密かに心の中で、この怪物の分類ラベルを貼り直す。こいつは『クズ以下』だ。

 人間ではないので分類が少し不適切な気もするが、俺の中でクズ以下=全力で打ちのめしてもいいやつの図式なので問題ないだろう。

 

「はぁ、最っ悪だ……」

 

 無駄な労働とか、一番俺が嫌いな類いのことなのに。

 ぶつくさと不平不満を言い続けていていたが、俺は途中でその文句を言うのを止めた。

 不意に、横たわっていた少女が身じろぎをしたのがわかったからだ。目が開き、俺をまっすぐ見上げている。そして、唇がひきつるように震えて、言葉を発した。単純な三文字の言葉だった。

 

「逃げて」

 

 こいつは生粋の馬鹿だ。俺は目の前で倒れている少女に『馬鹿』の分類ラベルを貼り付けた。本気で今日は厄日らしい。

 少女は喉奥から、苦しそうに声を絞り出した。

 

「はやく、逃げてください。アレは──アレはわたしがなんとかしますから、はやく──」

 

 なにかご立派な言葉を続けようとしたのかも知れないが、彼女は咳き込んで言葉を切った。それきり言葉は出なくなる。俺は多大なストレスによって、頭が痛くなるのを感じた。

 こういうときはいつもそうだ。こんな満身創痍な相手から『逃げろ』なんて気を使われて、ハイそうですかと言えない自分が嫌になる。せめて、わたしの代わりにこいつを倒して、とか言ってくれたら、即断即決で見捨てて帰るのに。

 

「いや、まあ……おすすめされた通り、逃げたいところなんだが」

 

 俺は少女を見下ろした。

 

「こっちにも、そうはいかない個人的な事情がある」

 

 確かに俺は、これから暴力で物事を解決しようとしているクズ野郎だが、ここで逃げたらそれ以下だ。人外の化け物だって、自分で決めたルールの一つくらいは持っている。

 例えば──俺が泣いている女の子を見捨てられないように。

 

「ところで、一つ訊きたいんだが」

 

 俺はさりげなくズボンのポケットからある物を取り出す。掌に収まるくらいの小さなサイズのソレを、隠すように握り込む。

 

「あれは打ちのめしても問題ないやつか?」

 

 目の前の怪物を指差して、俺は少女に尋ねた。

 すると、少女は面白いくらいにテンパり出す。

 

「だ、駄目です。わたしがアレの相手をしますから、貴方ははやく安全な場所まで逃げてください」

 

 何言ってんだ、こいつ。と、俺は思った。そんな状態で強がって何になるというのか。なので、少女のことは、徹底的に無視することにした。

 

「アクセス」

 

 小声で呟きながら、俺は掌に握り込んでいたソレ──ヴァリアントコアと呼んでいる赤と黒の二色のメダルの様な機械の中心を親指で押す。瞬間、頭の中に膨大な量の情報が流れ込んでくる。

 

 ──声帯認証によるヴァリアントコアの起動を確認。

 

 ──魔導術式・ベルカ。及びフォーミュラの稼動を開始。

 

 ──体内ナノマシン、正常。

 

 ──ヴァリアントユニットの展開を開始。

 

 ──メインプログラムをフォーミュラからベルカ式へ変更完了。

 

 ──全システムオールグリーン。

 

 ──フォーミュラスーツType0、セット。

 

「リライズアップ」

 

 そして俺の視界を、鈍色の光が埋めた。

 




一部タグの追加をしました。

登場人物紹介
月村忍
吸血鬼で頭のイかれたマッドサイエンティストにして、ナイスバディなお姉さん。恋人は戦闘民族。
高町恭也
戦闘民族高町の長男。魔法とかではなく、単純な身体能力と技術で化け物になったラスト・サムライ。イケメンで女にモテる男の敵。
久遠
見た目は普通の小狐だが、その正体は三百年以上生きている妖狐。幼女から美女まで幅広く変身でき、電気や天候を自在に操るチートキャラ。尚、たぶんこれ以上の登場はない模様。
謎の白い少女
ダレナンダロウナー(棒読み


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Act.2 Begins Night/ビギンズナイト PT-2

 変化は即座に訪れる。

 服装は黒一色に染まり、魔導師のローブめいたロングコートが夜風を舞う。

 次に変わったのは、掌に握り込んでいたヴァリアントコアだ。

 掌に納まるサイズだったヴァリアントコアは、一瞬で、片手で握れるリボルバーへとその姿を変化させていた。銀をメインカラーに、所々黒い線が走る六発式のリボルバー。ヴァリアントアームズと呼んでいるそれを片手に握り、銃口をまっすぐと正面にいる怪物へと向ける。

 

「さあ」

 

 ほんの一瞬の目眩の後、俺は挑発的な笑みを浮かべた。

 

「ショータイムだ」

 

 腰を屈めて身を隠すなどという無粋はせずに、堂々と直立したままで。焦らず、余裕を持って、ゆったりとした歩調で俺は怪物に近づいた。

 危険を感じ取ったのか、怪物は咆哮を上げて飛び交ってくる。間抜けな話だ。そんな暇があるのなら、さっさと襲えばよかったのに。とはいえ仮にそうなったとしても、俺は対処することができただろう。

 そう断言できるくらい、この状態の俺は素早い。

 

「──加速(アクセル)

 

 進む足を止めて、引き金を引く。そのまま意識だけが加速する。間近にいる怪物の動きも、放たれた弾丸の軌道も、俺にはすべて見えていた。

 

 エルトリア式エネルギー干渉術。

 通称《フォーミュラ》。分類としては《魔法》というよりは、《超科学》に近い。

 この力がもたらす影響は劇的だ。変化はほとんど瞬時に現れる。体内に循環させた専用のナノマシンによって、エネルギーの運用や《ヴァリアントシステム》の動力供給などが可能になる。

 俺の服装やヴァリアントコアが変化したのも、《フォーミュラ》がもたらす副産物の一つだ。

 このフォーミュラがあってはじめて、俺は人外なスペックを手に入れることができる。

 人体の強度は飛躍的に向上し、反射神経・運動神経も常人とは比較にならないほど強化される。ビルの屋上から落下しても致命傷を負わないようなタフネス、銃弾が発射されるのを見てから回避できる瞬発力。そういう類のものだ。

 しかし、それ以上に重要なのは、《フォーミュラ》によって様々な現象を発生させる力──《魔法》が使えるようになるということだ。

 その一つとして、俺が加速(アクセル)と呼んでいる《魔法》がある。

 これは『知覚の高速処理化』と呼ばれる能力で、知覚した出来事を何倍にも引き伸ばして認識することができるというものだ。カテゴリ分けするなら、この手の知覚力は《体感時間の延長》とか、《時間経過速度の操作》とか呼ばれている。五感で仕入れた情報を、普通の人の何十倍もの高速で処理して、思考して、判断をくだすことができる。

 これはたとえば、敵の攻撃を視認し、たっぷり考えてから動くことができる。

 その攻撃の軌道は当たるのか、当たらないのか? どう動けば回避できるか? たくさんの選択肢や可能性を、十分に検討した上で行動できる。戦闘というジャンルにおいて、これは極めて強力なアドバンテージだ。

 だが、何事もうまい話ばかりではない。

 接近戦において間違いなく最強の能力なのは間違いないが、高速処理という性質上、使用者である俺の脳にかなりの負荷がかかるという欠点がある。長時間の使用が最悪死に直結する可能性もゼロじゃない。そうでなくても、能力を行使した後は気持ち悪さから吐きそうになる。

 加えて、あくまで思考が加速しているだけなので、肉体が思考に追いつかなければ意味がない。《フォーミュラ》による身体能力の強化がなければ、まともに使えない欠陥能力もいいとこだ。

 それでも俺が《魔法》を使うには、加速(アクセル)の力が必要だった。なにせ俺が使う《魔法》は儀式でも信仰でもない、科学技術によるものだ。

 一つの現象を引き起こすのにも理論と計算式を要求し、その上で湿度、温度、風向き、次元の影響力、それらの要素を加味してリアルタイムで魔法の細かい部分を調整していく必要がある。控えめに言って、知覚を高速化でもしないとやっていられない。その辺をサポートしてくれる人工知能でもあれば、話は別なんだが。

 ともあれ。

 ──そうして加速した思考の中で放たれた弾丸は、見た目の適当さとは裏腹に、正確な軌道を描いて怪物の瞳を抉った。

 怪物が激痛で悲鳴をあげるよりもはやく、連続で引き金を引き、何発も怪物の瞳に追加の鉛玉を叩き込む。右目と左目に合計四発。これくらいのことなら十秒も必要ない。怪物は動物の本能に従うように、典型的な反射行動を示した。体を丸めて、這い蹲りながら逃げようとする。

 もちろんそれを許す俺ではない。

 逃走を防ぐ為に両目の視界を奪ったし、その直後に顎を力任せに蹴り上げている。『戦い』といえるような行動のやり取りは、これでほとんど終わった。

 あとは、脳なり心臓なりを撃ち抜くだけでいい。なんなら、複数発の弾丸を叩きつけてもよかった。如何なる怪物でも、生き物である以上はこの二つが弱点で、そのどちらかを壊せば大抵は死ぬ。

 だが、注意しなければならないのは、こんなときだ。

 形勢不利になった相手が逃げるのか、それとも反撃してくるのか。そこを見極めなければ、不用意に追撃をかけて痛い目を見ることになる。もちろん俺は、そんなヘマはしたくない。

 しかも相手は、両の目に鉛玉を食らっても死なない怪物だ。動きこそ封じたかもしれないが、時間が経てば負傷した箇所が再生する可能性も捨てきれない。

 故に、俺が取るべき選択は一つだ。

 

「術式展開」

 

 体内のナノマシンが活性化する。

 身体の中を無理矢理弄られる感覚に気持ち悪さを感じながら、頭の中に複数の数式が走っていく。

 

 ──リンカーコアに接続開始。

 

 ──射撃魔法を選択。

 

 ──直射型の術式を展開。

 

 流れる言葉の意味はさっぱりわからない。だが、それがどういう理屈なのかは不思議と理解できる。

 魔法なんてそんなものだ。使えるなら、それでいい。

 魔力とフォーミュラの同時使用に髪が淡く光を纏い、足元には三角形の魔法陣が描かれ、銃口に魔力が収束していく。

 やがて、一つの公式が組み上がる。反動制御に出力の調整。その他複数の微細な変化による術式の再構築。

 それら全てが完了したと認識した瞬間。

 すっと。

 羽を撫でるよりも軽く、静かに。

 

「死ね」

 

 引き金を落とした。

 慈悲や情けをかける理由はない。俺はアスファルトに倒れていた怪物の頭めがけて、鈍い銀色の光を纏った弾丸を放った。

 撃ち出された魔力弾が、白い光の尾を引いて怪物に直撃する。

 そして轟音。

 眩い閃光がアスファルトの地面を砕き、怪物の断末魔をかき消した。目論見通り頭部は吹き飛び、怪物はそれきり動かなくなる。しかし、よく目を凝らして見れば、微妙に四肢が痙攣していた。どうやらまだ生きているらしい。大した生命力だ、と感心する。目を抉られ、頭を消し飛ばしても死なないあたり、やはり普通の生き物ではない。

 念には念を入れておくべきだ。俺はさらにもう一歩近づいた。

 

「待ってッ!」

 

 背後で、鋭く尖った声がした。倒れていた少女だ。俺は一瞬だけ動きを止めた。何か追撃をためらわせるような仕掛けが、この怪物にあるのかと思ったからだ。

 だが、少女は驚くべき言葉を口にした。

 

「もう、いいですから」

「はぁッ?」

 

 俺は思わず振り返った。少女は震える手を地面に突き、立ち上がろうとしている。だが、うまくいかない。もどかしげに呻く。

 

「もう勝負はついてます。あとはわたしがなんとかしますから」

 

 とんでもない正義の味方(頭のイかれた馬鹿)もいたものだ、と俺は思った。小学生で、いきなり空から落ちてきて、勝手に死にかけておいて、追っ手に対してこの温かみのある言葉。信じられない。

 

「だから、これ以上は」

 

 それはもしかしたら懇願だったのかもしれない。

 俺は僅かばかりの善意を込めて言ってやった。

 

「だから、これ以上は? ああ、なるほど──つまり、こう言いたいんだろ。いまがチャンスだって」

「まっ──ッ!」

 

 俺は少女の制止を無視して、即座に瀕死の怪物の方に向き直る。先程よりも強い殺意と魔力を込めて、ヴァリアントアームズの引き金を引く。手応えはあった。

 再び耳をつんざくような轟音が、夜の海鳴市に響き渡る。

 少し遅れて、硝煙が風に流れていく。そこにはクレーターがあるだけで、怪物の死骸は跡形もなく消え去っていた。

 

「ふぅ──」

 

 俺は浅く息を吐き出して、自らに一区切りをつけた。そうしないと攻撃衝動が高まりすぎて、自らを抑えきれそうになかったからだ。魔法に限らず、こうした他者を殺める力というのは、麻薬にも似た中毒性がある。

 戦うためには必要な高揚感だと割り切ってはいるが、あまり自由にやりすぎると、たちまち中毒者の仲間入りだ。

 今だって感覚が鋭くなり過ぎて、目眩がする。

 良くも悪くも、異能の力はお手軽過ぎていけない。自分が絶対強者になったような錯覚と、その錯覚を現実にできる力。この二つが揃ってしまうと、人は簡単に『クズ以下』の存在に成り下がってしまう。

 

「──あの」

 

 不意に、俺の足元で声がした。さっき落ちてきた少女だ。まだ体が自由に動かないらしい。恐ろしいほど真面目くさった顔で、どうやら俺を睨んでいるようだった。

 

「危ないところを助けてくれて、ありがとうございます。だけど、なにもここまでしなくても……」

 

 少女の視線は俺の背後、クレーターのある場所へと向けられている。

 命があった場所。それを容赦なく奪った相手。どんな命でも奪われる権利はないと言いたげな表情。

 非常に不愉快だった。そんなこと、言われなくてもわかっている。

 

「だから?」

 

 小馬鹿にするような仕草で、俺は少女をあざ笑った。

 ああ、違う。そんなことを言うつもりじゃないのに、俺は何を言っているんだ。

 だが、フォーミュラの使用による吐き気と苛立ちが、俺の意思を無視して口を開かせる。

 

「あの怪物は俺を殺そうとした。なら、殺されたって文句ないだろ。それともあれか? 今の戦いは正々堂々、スポーツマンシップに則った勝負だって言いたいのか?」

 

 俺は少女に対してまくし立てた。

 わかっている。これはただの八つ当たりだ。とても気分が悪かった。

 

「それにお前、忘れてるだろ。俺が助けてやんなかったら、()()()()()()()

 

 おそらくはまだ人外側に入ってきて日が浅いのだろう。三人に一人くらいは最初に考える綺麗事(妄想)が、まだ少女の中で抜け切っていないのだとわかる。

 正論でねじ伏せられた少女は、特に返答もなしに、ただ目を細めたり開いたりした。その仕草が俺を余計にイライラさせた。さらに何か説教じみたことを言うことで、こいつを不快な気分にさせてやろうかと思った。

 だが、その前に、背後から近づいてくる足音を聞いた。

 

「──なのは!」

 

 その声はやけに低い位置から聞こえた。振り返れば、一匹のフェレットが近づいて来ているのがわかる。まさか、と困惑する俺を尻目に、フェレットは迷いなく少女の元へと駆け寄った。

 

「大丈夫? 怪我とかしてない?」

「う、うん。あの人が助けてくれたから……」

 

 目眩がした。どうやら聞き間違いではなかったようだ。

 このフェレット、マジで喋る。反射的にヴァリアントアームズの銃口を向けなかった自分を褒めてほしい。知り合いに喋る狐がいなかったら、迷いなく撃ち殺していたと思う。

 

「貴方が……?」

 

 フェレットが訪ねてくる。

 喋るフェレットをお供に、夜な夜な怪し気な怪物と戦う女子小学生という絵面は、どう見てもファンシー系な世界の住人だ。こっちは魔法とは名ばかりの、血生臭い、血と硝煙の世界の住人だというのに。これが世界観が違う、というやつか。

 フェレットは明らかに俺を疑っているらしく、さっき俺がこさえたクレーターと、倒れたまま動かない少女、そして俺を順番に眺めた。

 

「もしかして、()()()()()の魔導師ですか?」

「知るか」

 

 知らない単語だ。時空管理局。名前から察するに、何かの組織みたいだが、聞き覚えがない。

 

「俺は偶々巻き込まれた不幸な一般市民だ。ロビンフッドを探してるんなら、悪いけど他を当たれ」

 

 俺は吐き捨てるように言った。フォーミュラのせいで、攻撃的な気分になっている。これ以上文句をつけられたら、暴力を伴う行為に出てしまうかもしれなかった。いち早く家に帰りたい。

 

「そいつを病院に運んでやれよ。俺はこれから用事がある」

「あの──待って」

 

 足元の少女は起き上がろうと片手をつき、また失敗した。

 

「まだ、お礼もしてないし」

「いらねェよ」

 

 それ以上、もう俺は何も答えるつもりはなかった。

 すごくイライラしていたからだ。今夜の俺の楽しいスケジュールは、まだ始まってもいない。ただでさえ時間に遅れている。

 この点に関して、俺はまったく譲るつもりがなかった。たとえ現金を百万だか二百万だか積まれたところで、同じことだ。

 

「じゃあな。できれば二度と会わないことを祈るよ」

 

 狼狽える少女とフェレットを無視して、俺はヴァリアントアームズをコアの状態に戻した。それをズボンのポケットに戻し、一瞥もしないでその場を去る。

 

 まったく今日は最低の一日だ。

 寝坊はするし、担任には怒られるし、挙げ句の果てには厄介ごとに巻き込まれるしで、とことんツイてない。

 俺は足元に転がっていた()()()()()()を蹴り飛ばしながら、改めて思った。

 

 

 ──特別な力なんて、在るだけ無駄で、ロクなものじゃない、と。

 




どうしてこうなった(真顔)
リリカルなのはな世界観に相応しい、ファンシーでスタイリッシュな戦闘シーンを書いていたのに、気がついたら血生臭くて、やたら主人公がど外道な戦闘シーンが書き上がっていた件。
魔法やフォーミュラの詳細は次回以降に。

登場人物紹介
謎の白い少女
このあと主人公が蹴り飛ばした石ころを必死こいて探す羽目になる。
喋るフェレット
美少女の私室で寝泊まりし、着替えから風呂まで覗き放題という、かなり美味しい立場。おまけに原作だと美少女の友人たちとプールに行ったり、一緒に温泉に入ったりしている。そこ代われ。
ちなみに原作のキャラの中でもトップレベルで強いやつだったりする(作者基準)


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Act.3 Melancholy morning/憂鬱な朝

 俺の通う私立聖祥大学付属小学校は、金持ちが通う学校で有名だ。

 通わせるにはそれなりの学費と学力が要求される為、保護者の多くは事業や投資を始めとした、様々な分野で成功を収めた人生の勝ち組が多い。当たり前だが、聖祥に通う生徒はそういった成功者を親に持つ者が大半を占めている。

 とはいえ、何事にも例外はある。

 生徒の全員が必ずしも金持ち、というわけではない。中には教育熱心な親が無理をしてまで入学させたり、俺のように庶民でありながらも済し崩し的に入学した者もいる。

 クラスメイトの樋口もその一人だ。

 本人曰く、両親は普通のサラリーマンと専業主婦で、聖祥には祖母の熱心な進めで入学したらしい。そのせいなのか、樋口は他のクラスメイトたちと比べて、年相応な幼さが目立つやつだった。

 勉強よりもゲームやアニメが好きで、放課後は習い事や塾に通ったりもしない。ある意味では、クラスの中で一番普通な生徒とも言える。

 

「コクトー!」

 

 と、教室に入るなり、樋口は俺の顔を見て上機嫌に声をかけてきた。『コクトー』は俺のあだ名だ。本名が黒道(こくとう)リクトだから、それをもじったものらしい。誰が言い出したのかは知らないが、いつの間にやら定着していた。

 

「昨日は災難だったな。今日はちゃんと宿題を忘れずにやってきたか?」

「うるせェ」

 

 一言だけ返事を返して、俺は自分の席に力尽きたように座り込んだ。

 

「なんだ? 随分と機嫌が悪いな。なんかあったか?」

「……色々あったんだよ」

 

 気怠く呟き、机に突っ伏す。

 機嫌が悪い理由はわかっている。間違いなく昨日の事だ。

 結局、あれから家に帰っても気分が晴れることはなかった。楽しみにしていた映画も、とびきり冷えたコーラも、何故かイライラを膨張させるだけで、ちっとも面白くない。本音を言うなら、こうして登校するのも億劫で、適当な理由をつけてサボりたかったのだが、そんなことをしたら一日と待たずに保護者代理の月村忍の耳に届いてしまう。そしてなによりも、わざわざこうして学校に通わせてくれているじーさんの顔を汚したくはない。

 それに何だかんだ言っても昨日の夜に比べれば、気分も幾分かはマシになったのだ。

 元凶たる人語を喋るフェレットを引き連れた正義の味方(イかれた馬鹿)に出会うことはもうない。あの時、あの場所だけの邂逅。その事実だけが、最低だった気分をマシにしてくれている。あとはさっさと忘れて仕舞えばいい。

 そんなことを考えながら、瞼を閉じようとすると、

 

「──なぁ、聞いてるのか!?」

 

 早口気味に樋口が怒鳴ってきた。非常に煩くてウザかったが、ここでキレても疲れるだけだ。心底面倒だったが、仕方なしに姿勢を正した。

 

「ああ、悪い。なんだって?」

「だから、昨日の夜に起きた事故のことだよ」

 

 話を聞いていなかったことに腹を立てたのか、樋口は唇を尖らせる。

 

「事故?」

「おう。昨日の夜、この辺で大規模なガス爆発があったんだと。朝通ってみたら、警察とかマスコミとかがうじゃうじゃいたぜ」

「ふうん……」

「ふうんって、食いつき悪いなァ」

 

 素っ気ない態度で聞き流す俺に、樋口は不満そうだった。やはり昨日の事は夢ではなかったらしい。そう考えるだけで、また気分が重くなる。

 

「でさ、コクトー。昨日の事故について、何か知らないか?」

「はァ? 知るわけないだろ」

 

 樋口からの唐突な質問に、俺はシラを切ることにした。

 表情を誤魔化し、俺は無関係だと言い張る。しかし樋口はどこか納得してなさそうな表情で、

 

「いやいや、コクトーってばあの月村忍と知り合いじゃん」

「……だから?」

「だからさ、他の人が知らないような情報とか持ってるんだろ?」

 

 期待に満ちた瞳で見つめる樋口に、俺は呆れ顔で言ってやった。

 

「んなもんあるか、馬鹿」

「本当か? ゲロるなら今だぞ」

「くだらないこと言ってる暇があるなら、一時間目の準備でもしてろ」

 

 俺は詰め寄る樋口を一蹴した。どうせ明日には、新しいネタが手に入った、とか言ってくるのだ。相手にするだけ無駄だろう。

 普通人代表みたいな樋口の数少ない欠点は、重度のカルトマニアに加えて、ゴシップが大好きなところだ。

 今でこそ済し崩し的に友人として振舞っているが、そもそも樋口が最初に俺に近づいてきたのは、俺が月村忍と関わりがあるという噂を聞きつけてのことだった。

 裏社会にそれなりの影響を与える夜の一族。その代表みたいな存在の月村忍は、当然のようにそれっぽい噂が跡を絶たない。そんな彼女と俺はそれなりに深い関係を築いている。そのことを何処で嗅ぎつけたのか、樋口は事あるごとに月村忍について聞きたがる。加えて、樋口は時折、俺が普通の人間ではないことに気づいているような素振りを見せてくるからタチが悪い。

 だからといって樋口は俺や月村忍の秘密を世間にバラしたいわけではないようで、特に騒ぎ立てるつもりもないらしい。単に面白がって俺のことを観察している、という程度の印象だ。なにより、この海鳴市では普通じゃない人間などありふれた存在で、たいして珍しくもない。

 とはいえ、その事を樋口が知るチャンスは、たぶん永遠に来ないのだろうが。

 

「なんだよ、少しはノレよな。つまんねー」

「つまんねーなら、話しかけんな」

 

 俺は投げやりな態度で息を吐いた。寝不足と昨日の疲労感から、動きが鈍っている。そんな状態で、朝からこのマシンガントークに付き合わされるのは、正直キツい。こんなにも担任教師が来るのを待ち望んだのは初めてだろう。

 

「──あれ? なんだ、あの騒ぎ?」

 

 そのとき、何かに気づいた樋口がぼそりと呟いた。教室の入り口に集まったクラスメイトが数人、誰かを囲んで盛り上がっている。

 根拠も理由もなかったが、何故だか不吉な予感がしたので、俺はすぐに入り口へと視線を向けた。

 そこには、一人分の少女の影があった。大人しそうな雰囲気の小柄な少女。見慣れた女子の白い学生服。残念ながら見覚えがある。冗談だろう、と俺は思った。俺の平穏無事な日々が、音を立てて急速に崩れていくのを感じた。

 

「コクトー」

 

 クラスメイトの一人が、俺の名前を呼んだ。それだけで、予感が的中したのだと察した。

 

「おまえにお客さんだぞ」

 

 無視をしたかった。反射的に顔を伏せて、寝たふりを試みるも、樋口が強く肩を揺すってくる。

 

「三年生の高町って子が、おまえに用事があるって」

 

 聞こえてくるクラスメイトからの声に、俺は観念して顔を上げた。これは、逃げられそうにない。

 茶髪の少女──高町と目が合う。服装こそ違うが、やはり昨日の少女だ。

 高町は俺を見ると遠慮気味に言った。

 

「こ、こんにちは」

 

 いや、遠くて聞こえねェから近くに来いよ。と、俺は一人溜息を吐いた。




登場人物紹介
樋口
今作のオリキャラ二人目。所謂モブ。どうでもいい設定として、別の学校に白斗このはという女子の幼馴染がいる。
高町
謎の白い少女の正体、というか名前。ちなみに原作主人公。


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Act.4 Melancholy after school/憂鬱な放課後

 帰りのホームルームが終わってすぐに教室を抜け出した俺は、憂鬱な気分で屋上にいた。話をしたいなら放課後まで待て、と俺が高町に言ったからである。場所は何処でもいいと言われたので、放課後に人があまり集まらない屋上を指定した。なにせ話す内容が内容だ。第三者にバレないようにするなら、屋上はそう悪くない場所だと思う。

 遠くから、校庭で遊んでいる生徒たちの笑い声が聞こえてくる。それが、日常と非日常の境界線のように感じてしまう。

 

「……」

 

 はあ、と長い溜息をついて、やはり助けるべきじゃなかったか、と今更ながら昨日の自分の行いを後悔してしまう。

 どう考えても、面倒な事に巻き込まれるのが目に見えている。

 

「にしても、遅い……」

 

 放課後の屋上。薄曇りの空から吹き付けてくる春風は、少し肌寒い。

 約束の時間にはまだ数分の余裕があるのに、俺は高町がまだ来ないことに腹を立てていた。どうやら自分で思っている以上に、俺は世の中の理不尽さに腹を立てているらしい。

 件の少女がやって来たのは、俺が指定した時間ギリギリになってからだった。勢いよく屋上の扉を開けた高町は、すぐに俺を見つけて近くに寄って来る。服装そのものは今朝に見た制服姿と変わっていないが、その肩には昨晩見た喋るフェレットがいた。

 

「お……遅くなりました」

 

 肩で息をしながら、高町は深々と頭を下げた。習うように、肩にいるフェレットも小さくお辞儀をする。

 俺は、いいさ、と言うかわりに、無言であらかじめ用意していた缶ジュースを高町に向かって投げた。突然のことで驚いた高町は、わわわ、と意味不明な擬音を口にしながら缶ジュースをお手玉する。そうして数回手の中で遊ばせた後に高町は、

 

「あっ……」

 

 と間抜けな声と一緒に缶ジュースを地面に転がした。コロコロと缶が転がる音と、なんとも言えない無言の空気が屋上に充満する。

 

「……ちッ」

 

 その様子を黙って見ていた俺は、小さく舌打ちを落とした。よりにもよって俺の足元まで転がすとは。

 無言で足元に転がった缶ジュースを拾い上げ、今度は手渡しで高町に渡す。中身が炭酸飲料じゃなくて、本当に良かったと思う。

 

「あ、ありがとうございます」

 

 行儀よくお礼を言ったあと、高町は缶ジュースのプルタブを開けようとする。が、爪がうまく引っかからないのか、カツン、カツン、と虚しい音が屋上に響いた。このまま放っておくと缶ジュースと格闘するだけで時間が過ぎてしまうのではなかろうか。半分以上本気でそう危惧した俺は、不本意ながら話を切り出すことにした。

 

「それで、俺に何の用だ」

「はい?」

 

 人の平穏な日々を無断で犯しておいてその態度か。

 

「何の為にこんな場所に俺を呼び出したのかってことだ」

 

 高町から缶ジュースを引っ手繰るように奪い取り、プルタブを開けてやる。受け取ったあと、高町は中身のミルクティーを一啜りしてから、可愛らしく小首を傾げた。

 

「この場所を指定してきたのはそっちじゃあ……」

「よし、帰るか」

「にゃあーっ、待ってください!」

 

 慌てて手を伸ばし、制服の端を引っ張り、高町は涙目で懇願する。その姿にどうしようもない情けなさを感じた俺は、再び居住まいを正した。

 

「ってか、そもそもおまえらは何者なんだよ」

 

 本音を言うなら、こいつらの素性など一ミリも興味がない。だが、本題に入る為には必要なことだろう。

 

「それについては、ボクから話します」

 

 そう言ってきたのは、肩に乗っていたフェレットだ。今まで無言を貫いていたくせに、フェレットはやけに凛々しい表情で、こちらを睨むように見つめてきた。そして、ピシッと背筋を伸ばすように直立する。

 その真面目くさった表情と仕草で、何となく察した。やはり、そういうことか……。シリアスは苦手だが、俺は仕方なしに言った。

 

「ふん。話してみろよ」

「はい」

 

 それから、唾を飲むほどの間があいて、フェレットはゆっくりと話しはじめた。

 

「……信じてもらえるかわかりませんが……ボクはこの世界の外……別世界から来ました。昨晩あなたが戦ったのは、ボクたちの世界の危険な古代遺産──ロストロギア『ジュエルシード』と呼ばれるものです」

「古代遺産?」

「はい」

「いや待て待て、昨日俺が殺した怪物は明らかに生きてたぞ。古代遺産ってのは、生き物なのか?」

「いえ、ジュエルシードはちょっとしたきっかけで暴走して暴れ出すこともある……危険なエネルギー結晶体です。昨日は野生動物が誤って触れてしまったことが原因で暴走しました」

「ああ……それで昨日は頑なにトドメをさすなって言ってたのか」

 

 そう俺が言うと、二人は唇を固く結んだ。

 濁してはいるが、ジュエルシードとやらに触れた野生動物がどうなったのかは、それだけで察することができた。要するに、ジュエルシードとやらに取り込まれて、暴走して、俺に殺されたのだ。

 可哀想に、とは思う。運が悪かったと同情もするし、どんな理由であれ、命を奪ってしまったことを少しくらいは後悔している。

 しかし、それは今この場で議論すべき話じゃない。

 

「とりあえず、おまえが別世界から来たやつで、あのわけわからんやつの正体がジュエルシードとかいうのはわかったよ。だが、肝心なところがわからない。──どうしてそんなものが海鳴市(この街)にある?」

「それは……ボクのせいなんだ」

「おまえのせい?」

 

 聞き返すと、フェレットは沈痛な表情で頷いた。それが肯定の意味だとわかった俺は、その先を話すように促す。

 

「ボクは故郷で遺跡発掘を仕事にしていて……ジュエルシードは古い遺跡の中でボクが見つけたんです。発掘して直ぐにジュエルシードを調べたら、とても危険な代物だとわかったので、管理局に保護を依頼したんだけど……」

「だけど?」

「ボクが手配した次元船が……途中で事故にあったみたいで」

 

 話の雲行きが怪しくなってくる。いくら俺でも、フェレットがその先に何を言うのかは容易に想像ができた。

 

「その事故が原因で、二十一個のジュエルシードはこの世界に散らばってしまったんです」

 

 そこまで話して、フェレットは一旦話を切った。それは適切な判断だった。今の話があまりにも非日常過ぎて、全てを理解するのに時間が必要だったからだ。

 要約すると、フェレットは異世界からの来訪者で、トレジャーハンターだったフェレットが見つけたヤバいお宝がジュエルシードで、そいつが何かの手違いで海鳴市に散らばった、ということになる。荒唐無稽だが一応は話が通っていた。ほとんど妄想染みた内容である事さえ意識しなければ、だが。

 

「なんとも迷惑な話だ」

「ごめんなさい」

「謝罪を求めてるわけじゃねェよ」

 

 俺がありのままの感想を言うと、フェレットは本当に申し訳なさそうに俯いた。全てこいつが悪い、とまでは言わないが、それでも原住民の俺には、元を辿ればこのフェレットがジュエルシードとやらを見つけたのが原因じゃないか、という感想しか出てこない。

 

「……兎に角だ。今この街はどんなものでも容易く悪魔に変えちまう、小さくて危険な遺産(レガシー)で溢れかえってるってことだろ」

 

 納得はしないが、嘘を言っているようにも見えない。ならば、やはり本当のことなのだろう。

 だが、そんなことよりも、ものすごく素朴な疑問があった。

 

「んで、何故そんなことをわざわざ俺に話す必要がある?」

「それは──……」

 

 俺は先手を取って言ってやった。

 

「もしも、ジュエルシードを探すのを手伝ってください、とかいう話なら、俺は帰るからな」

「そんな……どうして!!」

 

 信じられない、と言った表情で高町が声を張り上げた。フェレットも言葉にこそ出さなかったが、似たような心境だろう。

 

「当たり前だろ。協力する理由がない」

 

 どうしてもなにも、いきなりこんな話をされた所で色々と困る。しかも知り合いでもないやつに特大の厄介ごと(ビッグトラブル)を頼まれたのなら尚更だ。

 唯一理解できたのは、この二人はなんとしてもこの街に散らばったジュエルシードを回収したいという目的を持っている事だった。そして、その助けに俺がなれるかもしれない、という事実も。

 その事に対しては正直、なめくさっている……としか言葉が出てこない。

 都合が良いというか、話の流れが綺麗すぎるというか。なんというか、都合のいい部分にしか目を向けていないというか。まぁ、それはそれでいいのだ。問題は俺がこいつらの与太話に付き合うかどうかということだけだし。

 ぶっちゃけそこらへん、義理も義務も自分には欠片も存在していないのだから。

 

「これはボクたちの……いや、ボクだけの問題ですから、お願いできる筋合いじゃないのはわかっています。だけど、ボクたちには貴方の力が必要なんです」

 

 そう熱弁したフェレットは高町の肩の上で深過ぎる礼をした。

 

「どうか、ボクたちに力を貸してくれませんか」

 

 俺は自分がしかめ面になるのを感じた。イライラが湯沸かし器みたいに沸いてくる。ひどく不愉快な気分になってきた。

 長々と話に付き合ってやった代償がこれか。夜の一族の説明をされたときには、あの月村忍でさえ、もう少しまともなことを喋ったぞ。

 

「断る」

 

 俺ははっきりと、明確な意思を持って断言した。

 しかし、それでもフェレットはしつこく食い下がってくる。

 

「お礼は必ずします! だから──」

「銭金の問題じゃない。どんな事情があろうと、そりゃ請け負えない話だって言ってるんだ」

 

 可能な限り、付け入る隙を与えないよう、ビシッとした調子で言ってやったつもりだった。これでわからないのなら、本当に暴力に頼ってしまいそうだ。

 

「見ず知らずの赤の他人がやらかした尻拭いに命をかけろ? 冗談じゃない。命は一つだけだ。それとも、俺が死んだら別世界の不思議な力で蘇らせてくれるのか」

「それは……」

「あと勘違いしてるみたいだから言っておくが、俺は傭兵でも正義の味方でもない。そこらへんにいる普通の小学生で、民間人だぞ。おまえらの世界だと、民間人に命をかけて戦わせるのが当たり前なのか」

 

 言葉は返ってこなかった。明確な意思を持っての拒絶は、フェレットの沈黙を誘った。

 俺は改めて目の前のフェレットを見る。その顔つきは嫌になるほど生真面目なものであり、俺に言わせてもらえば滑稽なほどの真剣さを感じた。直視していると、いたたまれないどころか、苛立ちで撃ち殺してしまいそうだった。

 なので、俺はもう黙って空でも見つめているしかなかった。

 

「──もういいよ、ユーノくん」

 

 不意に、静かな声が聞こえた。諦めと、少しばかりの怒りを押しとどめているような声だった。そういえば、この場にはフェレットの飼い主らしき少女がいた。

 

「無理強いは駄目だよ」

「なのは……でもッ──」

「大丈夫。わたし、もっとがんばるから」

 

 高町はグッと力強く握り拳をつくり、笑みを浮かべる。 そこには、はっきりとした覚悟が決まっていた。俺が断ったのだから、きっと彼女はこの先も一人でフェレットの手伝いをやるのだろう。

 

 ──何が彼女をそこまで動かしているのか。

 

 単純な興味が湧きかけたが、それを無視した。これ以上、厄介事はごめんだ。

 

「ああ、そりゃよかった。せいぜい俺の見えない範囲で好き勝手にやってくれ」

 

 なるべく嫌味ったらしい口調と仕草を選んだつもりだ。あとは向こうが勝手にキレて、勝手に去ってくれる。それでもう二度と会う事はない。長年の経験から、ほぼ間違いない筈だ。

 ところが、高町と名乗る少女は怒るでもなく、去るでもなく、こちらをじっと睨んでいた。一言文句を言ってやらなきゃいけない、と瞳が言葉以上に語っている。

 

「何だよ。言いたいことがあるなら言えよ」

「あなたは……」

 

 挑発にも負けずに、少女は意を決して口を開こうとした。

 その直後、

 

「なのはッ!」

 

 フェレットが叫んだ。その理由は直ぐにわかった。

 

「なんだ──!?」

 

 ズン、と鈍い振動が校舎を揺らした。一瞬遅れて、屋上に突風が舞う。ベンチが吹き飛び、植えられていた花々が散る。

 何が起きたのか、本気で理解できなかった。台風が近づいているなんて情報はなかったし、地震ならば突風は起きない。

 それでも、思い当たる節が一つだけある。これは、非日常側の現象だ。

 

「おいおい……」

 

 屋上よりも高い場所に何かがいる。

 そこにいたのは、巨大なワタリガラスに似た漆黒の妖鳥だった。

 翼長は十メートルは超えている。闇を固めたような巨体が羽ばたく度に、暴風が吹き荒ぶ。

 自然界に存在しない生物。間違いない。

 俺は無意識のうちに呟いていた。

 

「ジュエル……シード」

 

 正解だ、と言わんばかりに、巨大なワタリガラスが咆哮を上げた。




お互いがお互いに微妙な誤解やら勘違いをした結果、色々と拗れるの図。
次回はワタリガラスなジュエルシードとの戦闘。

登場人物紹介
コクトー
主人公。フェレットからの無茶振りに、割と本気でキレている。落し物を命がけで探してください、と頼むよりも、困っている女の子を助けてください、の方がこいつには効くことをフェレットが知らない所為で地雷を踏み抜いた。
フェレット
ある意味では被害者であり、ある意味では全ての原因。ぶっちゃけ要らない正義感を働かさないで、素直に管理局の到着を待てよ。とか思った人はたぶん作者だけじゃないはず。
高町
原作主人公。色々あった所為で正義感の塊みたいな性格。その為、考え方が微妙に違う主人公とは少しばかり相性が悪い。


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Act.5 The Only Neat Thing to Do/たった一つの冴えたやり方

「広域結界、展開!」

 

 焦った様なフェレットの声が、俺の耳に届く。

 その声を聞いた瞬間、空間が歪んだのがわかった。

 フェレットを中心に、円を広げるように世界が変わる。別世界に転移した、という意味ではない。先程まで感じていた人の気配が、一瞬で消えたのだ。

 校舎内や校庭。ほんの数秒前まで視覚や聴覚で感じていた人の気配が、例外なく消失した。

 

「これは……おまえがやったのか?」

 

 フェレットが頷く。

 

「ここ一帯の空間を切り離しました。今この場にいる人間は、なのはとボク。それと、貴方だけしか居ません」

「何でもありだな」

 

 俺は素直な感想をフェレットに言った。世辞抜きで、凄いと思ったからだ。

 どういう理屈なのか、理解できたわけじゃない。わかっているのは、目の前にいる小さなフェレットが空間を丸ごと切り離したということだけだった。

 

「いくよ、レイジングハート」

『Standby ready』

 

 怪物を見上げる俺の真横で、高町が胸元から紅い宝石を取り出した。呼応するように、宝石から女性の声が聞こえてくる。

 

「レイジングハート…….セーット! アーップ!!」

 

 力強く高町が叫び、天高くその宝石を突き上げると、桜色の光が彼女を包んだ。

 

『Barrier jacket setup』

 

 光が晴れた先に居た高町の姿が変わっていた。

 昨晩見た時と同じ白い防護服。紅い宝石を先端に埋め込んだ杖は、魔法使いの杖というよりも、俺のヴァリアントアームズみたいな、洗練された近代兵器のような外観をしていた。

 おそらくは、これが彼女の戦闘時の正装なのだろう。

 くるくると変わる状況に、俺は完全に置いてけぼりだった。

 

「下がって!」

 

 咆哮をあげたワタリガラスの怪物が、巨大な爪で武装した脚を突き立てて突進して来た。俺が回避しようとするよりも先に、高町は前に出る。

 

『Protection』

 

 再び杖から女性の声が聞こた。やはり、あの杖もフェレットと同じで喋るらしい。最近は何でも喋る時代なのか。

 

「うっ……」

 

 高町が呻くような声を上げた。突進、というよりも、のしかかりに近い攻撃を杖から広がった魔法陣が受け止める。

 高町どころか、近くにいる俺やフェレットまでもまとめて押し潰してしまいそうな巨体を受け止めながら、高町は左腕を怪物の胴体へと向けた。直後、彼女の左手から閃光が疾る。桜色の光は怪物の胴体に深々と突き刺さり、苦悶の呻きを上げた怪物は空高く逃げていく。

 しかしそれが逃走ではなく、再度の攻撃の為の行為だというのは直ぐにわかった。牽制代わりにワタリガラスの怪物は暴風を巻き起こし、ベンチや花壇を吹き飛ばす。

 安全性の為に固定されている筈のベンチが、あっさりと宙を舞い、地面に落下した。落下の衝撃に耐えきれずに破裂したベンチの残骸が、俺たちの真横を横切る。

 ここに来てようやく、フェレットが神経質になっていた理由がわかった。こんな化け物を容易く生み出せるアイテムが街中に散らばっていたら、呑気にNYPDブルーを観ることもできない。

 

「おいおい……洒落にならねェぞ」

 

 思った以上に事態が深刻なことに気づいた俺は、無意識のうちにポケットのヴァリアントコアに手を伸ばしていた。いざという時に自衛する為だ。

 高町は怪物からの攻撃を防壁を展開して、どうにか凌いでいる。体格の差は絶望的。しかし彼女は、その差をものともしていない。

 

「当たって!」

『Shoot bullet』

 

 高町が杖の先端から桜色の閃光を放った。

 先程よりも太く、力強い光の塊が怪物を狙うが、怪物は空高く飛んで射程距離から離脱する。負けじと高町も追撃するが、距離が離れ過ぎている所為で思うように当たらない。続けて放った攻撃は、掠ることも出来ずに容易く躱されてしまった。

 下手くそめ。ランボーは弓で落としたというのに。

 

「よく狙えよ、下手くそが!」

「そ、そんなこと言われても」

 

 俺の野次に反応した高町が、振り返って泣き言を零した。どうやら高町は見た目からして射撃型なのに、射撃が得意ではないようだ。

 

『Watch out!』

 

 警告音のような声を杖が発した。高町が慌てて向き直る。

 爪と魔方陣が再びぶつかり合う。周りの残骸を吹き飛ばし、時間にしたら数秒の、しかし一瞬の油断も許さない硬直が訪れた。客観的に見て、単純な力比べなら負けていない。だが桁外れの巨大が荒れ狂う暴風を引き連れて、生きた台風のように襲い掛かってくる。

 徐々にだが、均衡が崩れてきた。質量に任せた怪物の攻撃に、高町が後退る。このまま力づくで押し切るつもりだ。

 

「どうすんだよ。このままだと、みんな仲良くぺちゃんこだぞ」

 

 これは、かなりまずいことになった。持久戦に持ち込まれたら、いくら高町の防御が強固なものでも勝てる保証はない。おまけにこちら側からの攻撃はことごとく躱され、致命傷になる一撃が当たらない。

 このままだと、ジリ貧だ。最悪の場合、死ぬかもしれない。

 そんな未来を決定付けるかのように、怪物が吼えた。羽の一部が、青白く発光する。ゆらり、と目の前の空気が、陽炎のように揺れ、渦を巻く。

 その瞬間だった。

 目の前でワタリガラスの怪物の姿が消えたのは。

 

「えッ!」

 

 敵の突然の消失に、高町の表情が凍る。高町とフェレットは、何処だ、と辺りを見渡す。

 

「後ろだ、馬鹿!」

 

 俺は反射的に叫んだ。その声は高町たちの耳にも届いた。敵を探している彼女の動きが硬直する。

 そして。

 

「なのはッ!」

「ちッ……!」

 

 俺の視界を何かが奪った。髪の毛が逆立ち、風圧で吹き飛ばされそうになる。轟音が鼓膜を震わせ、辺り一帯の諸々が粉々に砕け散った。

 高町の華奢な身体が、爆風で飛ばされる。勢いよく屋上入り口の壁に叩きつけられて、彼女は潰れたような声を上げた。

 

「まじかよ……」

 

 上体を起こした俺は絶句する。

 瓦礫の山と化した屋上を背景にして、ワタリガラスの怪物が此方を見ていた。

 手品のタネはわからない。だが、怪物はその手品を使って高町の死角を突いて、強烈な体当たりを食らわせたらしい。

 フェレットが駆け寄る。高町は意識こそ失ってはいなかったが、それなりにダメージを負っていた。

 障害を排除したことを確認した怪物が、今度は俺に狙いを定める。

 高町は動けない。

 安否が気になるが、今の俺にはそれを確かめる余裕がなかった。フェレットは動けない彼女の前で固まっている。味方の少女と無関係な俺。二人を同時に守るのは、フェレットでも無理なのだろう。

 どうする、と決断を迫られる。

 普通に考えたら、逃げるべきなのだろう。事実、俺一人が逃げるだけなら難しくはない。簡単だ。あの二人を囮に使えばいいのだから。

 そもそも俺は、あの二人に巻き込まれただけなのだ。言ってしまえば、俺は被害者。助ける理由なんて一ミリもない。

 どうせ他人だ。間抜けな二人には、せめて俺の役に立ってから死んでもらう。

 

 だがしかし、それで本当にいいのか。

 

 仮にこのまま逃げたら、高町とフェレットがどうなるのかは容易に想像がつく。きっと俺が逃げる為の時間を稼ぎ、最後には力尽き──そして無様を晒して死ぬ。

 

加速(アクセル)

 

 ヴァリアントコアを右手に握りしめた俺は、思考を加速させた。ほとんど時間が止まっているように認識できるレベルまで、意識を集中させる。

 加速する意識の中でまず胸中に去来したのは、高町とフェレットにに対しての怒りと、攻撃衝動だった。

 あれだけ自信満々に、覚悟が決まったような顔つきで啖呵を切ったのだから、それなりに腕に自信があると勝手に思い込んだ。フェレットが空間を切り離すなんて芸当を披露したから、きっと高町もかなり強いのだと油断していた。

 はっきり言おう。この女、死ぬほど弱い。というか、ただの素人だ。

 よくまぁ、それで偉そうな態度が取れたものだ、と呆れるくらいに弱い。

 今すぐにでも高町の肋骨をへし折り、顔面に何度もサッカーボールキックを入れてやりたかった。しかし、この衝動は《フォーミュラ》によって過剰に増幅されたものだ。落ち着く必要がある。一秒以内に考えろ。

 

 ふと、記憶が濁る。

 

 生前のじーさんの言葉を思い出す。

 曰く、『クズ野郎』と、『それ以下』のやつを分けるのは、自分の命や健康に危険が及ぶときである、とか。

 そうでないとき、人はいくらでも『クズ以下』じゃないフリができるらしい。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

 誰かが泣いている。女だ。知らない。いや、よく知っている。

 金色の髪の女と──の女が泣いていた。

 

 ──有り体に言えば、何処かで俺は間違えたのだろう。

 

 声が聞こえた。

 

 ──助けて。

 

 

「クソったれ……」

 

 俺の明晰すぎる頭脳は、こういうときに下す『正しい選択肢』がどういうものか、判断できてしまっていた。それだけの時間があった。

 高町とフェレットが助かりそうな方法が、ひとつだけある。彼女らに代わって、彼女らよりも強くて優秀な魔導師がジュエルシードの相手をすることだ。

 そこからは、思考ではなく行動の時間だった。

 

「やってられるか、こんなの」

 

 俺はつくづくそう思った。

 だが、他に俺にはやりようが無かった。そういうやり方で十二年の人生をやってきた。

 

「アクセス」

 

 ──声帯認証によるヴァリアントコアの起動を確認。

 

 ──魔導術式・ベルカ。及びフォーミュラの稼動を開始。

 

 ──体内ナノマシン、正常。

 

 ──ヴァリアントユニットの展開を開始。

 

 ──メインプログラムをフォーミュラからベルカ式へ変更完了。

 

 ──全システムオールグリーン。

 

 ──フォーミュラスーツType0、セット。

 

「リライズアップ!」

 

 ヤケクソ気味に叫んで、ヤケクソ気味にヴァリアントアームズを怪物に向けた。

 ありったけの恨みを込めて、弾丸を放つ。翼の一部が抉れ、巨体が僅かに震えた。激痛で怪物が悲鳴を上げる。ざまあみやがれ、と悪態を吐く。

 

「ああっ……やっちまったよ、クソが」

 

 助けるつもりなんて微塵もなかったのに、助けてしまった。自分から関わりに行くとか、ホントに馬鹿だ。

 高町とフェレットは、呆けたような表情で此方を見ていた。どうして助けてくれたのか、本気でわからないと言いたそうだった。

 それでいい、と俺は思う。気持ちを落ち着かせる為に、肺の底から深い溜息を吐き出す。

 こいつらに俺の気持ちがわかってたまるか。俺はすごくイラついている。たまには俺だって、『最低のクズ以下』という身分を甘んじて受け入れてもいいのではないか、と思う瞬間がある。しかし、それは最後の砦だ。

 これは生き方の問題である。俺には俺の趣味とか、やりたいことがあって、俺はクズ以下のやり方で生きるつもりはない。

 助けて、と言われた。それが理由だ。

 

「高町」

 

 俺は彼女の名を呼んだ。反応がなかった。いつまで呑気に放心してやがる。俺はものすごく腹が立った。

 

「──どうやったらこいつを止められるか教えろ!」

 

 俺にはやるべきことがある。

 家に帰ってコーラとポテチを片手に、ゲームや映画を楽しみ、翌日は学校で樋口たちとくだらない馬鹿話に花を咲かせる。そんな、とてもくだらなく、とても貴重な予定が待っているのだ。

 その為なら、俺はいくらでも正義の味方(頭のイカれた馬鹿)の真似事だってやってやる。

 

「早くしろ、タコ!」

「ふ、封印をすれば止まります!」

 

 封印。それがどういった意味なのかはわかる。知らないのは、その方法だ。

 

『To seal, either get closer and invoke the sealing magic or use more powerful magic.(封印のためには、接近による封印魔法の発動か、大威力の魔法が必要です)』

「つまり、ゴリ押しで叩き潰せってことか?」

『Good answer(好ましい回答です)』

「オーライ。それなら得意分野だ」

 

 宝石が伝えてきた方法は、実に俺好みでわかりやすい。要するに、力づくだ。それなら、話は早い。

 俺は高町に向かって、実に名案な作戦を言った。

 

「今からおまえが立ってる場所の真正面にあのクソ鳥を落とすから、封印とやらはおまえがしろ」

「え、でも……」

「返事!」

「は、はいッ!」

 

 意外にも、怪物の反応は冷静だった。

 この場にいる最大の障害を高町とフェレットから、俺に変更した怪物──改めジュエルシードの暴走体は、羽根を広げて威嚇している。迂闊に近づかないのは、先程の不意打ちを警戒しているからなのか。

 中々に慎重なやつだ。

 だが、遅い。巨体が羽ばたくよりも先に、俺の指は引き金を引いていた。実際のところ、俺なんか無視して、さっさとあの二人にトドメを刺せばよかったのだ。

 そうすれば、少なくとも負けはなかったのだから。

 

「ビンゴ!」

 

 暴走体が激痛から悲鳴を上げた。自慢の武器だった脚の爪。その一部が粉々に砕かれていた。身体の一部を武器にするのはメリットもあるが、常に弱点を晒しているというデメリットもある。図体がでかいやつなら、尚更のことだ。

 だから俺は、もっとも脆い場所を狙って撃った。人間で言うなら、脚の小指。効果は絶大だった。激痛で暴走体がのたうち回っている。いい気味だ。非常に気分が良い。

 絶叫が屋上に木霊する。金属を力づくで引き裂くような、不愉快な響きには、明確な殺意が宿っていた。羽の一部が青白く発光したのはそのときだ。

 

「気をつけて!」

 

 背後からフェレットの焦るような声が聞こえ、身構える俺の目の前でジュエルシードの暴走体は姿を消した。 先程と同じで一瞬の揺らぎの後、煙のように暴走体を見失う。

 

「黙ってろ」

 

 言って、俺は思考を一気に加速させた。鈍化していく風景。その中で俺は見た。

 あれだけの巨体が突然消えるわけがない。

 真正面に立ったことで、それがよくわかる。一秒の思考時間の中で、既にそのカラクリは看破していた。

 ほとんど時間が止まったような感覚の中で、俺は三歩分だけ横にズレる。それだけで十分だった。

 

「悪いが、手品の時間は終わりだぜ」

 

 何もなかった筈の空間が歪み、空けたスペースに暴走体が突っ込んでくる。それを真横で見た俺は、通過する暴走体の左目に向かってヴァリアントアームズを発砲した。

 

 手品のタネは非常にシンプルなものだった。

 ワタリガラスの怪物こと、ジュエルシードの暴走体は、羽の色を光を屈折させることで変化させ、その巨体を消していたのだ。現代兵器風に言うなら、光学迷彩。一般的にステルスと呼ばれる能力だ。

 いずれにせよ、その光学迷彩のおかげで、やつの姿をまともに見ることはできない。

 突然姿が消えるのだから、回避も防御も困難だ。高町が無様を晒したのも頷ける。

 普通ならば、初見で対処はできない。

 だが、俺の場合は少し違う。いくら光を屈折させようが、質量は消せない。ならば当然そこにはいる。空気の揺れ、羽ばたく音、屈折による光のズレ。これらを見極めれば、所詮は子供騙しと同義だ。

 そして、思考を加速させている状態ならば十分な時間を費やして、その軌道を測定することも可能ということだ。

 

「レイジングハートッ!」

『Cannon Mode』

 

 左目を抉られ、反動で暴走体の巨体が右側にゆっくりと倒れる。

 倒れた先は──杖を構えた高町がいた。

 俺は小さく笑みを浮かべる。チェックメイトだ。

 

「ジュエルシード……封印!」

 

 形状が変化した杖から、今までとは比較にならない熱量が放たれる。

 可哀想なことに、ワタリガラスの怪物は断末魔を上げる暇もなかった。桜色の光があれだけ苦戦した巨体を丸ごと飲み込み、チリ一つ残さずに消滅させたからだ。

 最後に残っていた石ころが足元に転がって来た。きっとこの石ころがジュエルシードだ。

 

「お……?」

 

 空間が再び歪んだ。すると、先程まで消えていた人の気配が復活した。結界とやらが消えたのだろう。半壊していた屋上も、殆ど戦闘前と変わっていない。改めて、フェレットが凄いと思った。

 

「じゃあ、俺は帰るから。後片付けは頼んだぞ」

 

 そう言って、俺は見習い以下の白い魔導師に石ころを投げる。彼女はびっくりしたような表情でこちらを見ていた。とてつもなく間抜け面で、噴き出しそうになる。

 

「あの……待って!」

 

 呼び止められ、振り返る。なんだよ、と訪ねると高町は必死に言葉を選んでいた。

 

「わたし、なのは。高町なのは……です」

「ボクはユーノです。ユーノ・スクライア」

 

 高町なのはとユーノ・スクライア。それが二人の名前らしい。

 だからどうした、と鼻で笑ってやることもできた。だが、一応とは言え、共闘した仲だ。ならば、名前くらいは名乗るべきだろう。

 

黒道(こくとう)リクトだ」

 

 それだけ言って、俺は今度こそ振り返ることなく屋上を後にした。

 階段を下りながら、頭の中で二人の名前を反復する。

 高町なのはとユーノ・スクライア。

 出会いは最悪。受けた印象も最悪。二人がどこで死んでも知らん顔する自信もある。

 だけど、自分の意思で関わってしまった。関わった以上、二人は赤の他人じゃない。

 

「どーするかなァ……」

 

 これが後に厄介事(ビッグトラブル)製造機として、俺の平穏な日々をぶち壊した高町なのはとの最初の共同作業だった。

 

 




サブタイトルは有名な小説から。
漸く原作主人公の名前が出せた。英語に自信がないから、レイジングハートの台詞が一番大変です。
評価、お気に入り登録、ありがとうございます。

登場人物紹介
黒道リクト
主人公。助ける理由はないけど、助けない理由もないので助けてしまった。たぶんこの後はなし崩し的にジュエルシード探しを手伝うことになりそう。
高町なのは
原作主人公。時間軸的には魔法と出会ってからまだ三日くらい。白い悪魔の片鱗はまだない。代わりに、既に覚悟が決まっているような表情はもうしている。
ユーノ・スクライア
原作のヒロイン……じゃなかった、裏方の主人公。後の高町なのはの師匠で、その卓越した魔法の技術はコクトーも素直に認めるほど。


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Act.6 Let's go to the pool/プールに行こう

 あの強烈な邂逅から数日が過ぎたある日の夜。夕飯の支度をしていると、唐突に自宅の電話が鳴り出した。電話口から聞こえてきたのは、よく知る女の声。

 

『──やっほー、元気してる?』

 

 その声を聞いた瞬間、俺は反射的に電話を切りそうになった。

 

「……忍さん?」

 

 予期せぬ電話の相手に俺は身構える。この女の声を聞いているだけで、身体中から嫌な汗が吹き出すような気がした。月村忍は大学生になった今でこそ優しいお姉さんなキャラで通しているが、高校時代は非常にアグレッシブなことを盛大にやらかしていたのを知っている。その過去を知っている、というか共有している恋人は、よく愛想を尽かさないものだといつも不思議に思う。

 窓の外はまだ薄明るい。普段なら恋人の実家でバイト中の筈なのに、何をやっているのやら。

 

「なんの用だよ?」

 

 俺は声を低くする。つい先日も怪しい発明品の実験に付き合わされたのだ。しかもその日の夜に高町なのはと出会い、面倒事に巻き込まれることになった。彼女のことが嫌いなわけではないが、否が応でも警戒してしまう。

 そんな俺の本音を知ってか、

 

『いや、特に用事はないんだけど』

「オツカレッシター」

『ああ、待ちなさい、ちょっと! 場を和ませる為の、小粋なジョークよ。本気にしないの』

 

 無視することにした。

 そもそもな話で、この女に対して礼儀とか空気を読むとかは無駄な労力でしかない。忍とはじーさんが生きていた頃からの付き合いで、家族みたいな間柄だからだ。だからといって彼女が色々と世話を焼いてくれたわけでもない。ついでに言うなら、じーさんからも碌な教育を受けた記憶がない。よく考えなくても、我ながらよくこれまで生きてこれたものだと思う。

 

『おじ様が生きていた頃はもう少し素直だったのに、どこでこんなに捻くれたんだか。幼稚園のときは、忍お姉ちゃん、っていつも後ろを付いて来てたのにね。お姉さんは悲しいわ』

「……ウゼェ」

 

 なにやら電話口の向こう側で好き勝手に捏造した過去話を語る彼女を無視して、俺は夕飯用の新じゃがの煮っころがしの準備を始めた。幼稚園のときとか言っているが、そもそも俺は幼稚園も保育園も通っていないし、忍お姉ちゃんと呼んだ記憶もない。

 

『もう、ノリが悪いわね』

「はいはい」

 

 新じゃがは皮を剥かずに使えるので、下ごしらえが楽でいい。味付け用に醤油と砂糖、ついでにだしの素を用意し、加熱した鍋に油を引く。すると忍は思い出したかのように、

 

『──あ、そうそう。明日、授業が終わったらノエルたちを迎えに寄越すから』

「……なんでさ?」

『明日は午前中で授業が終わりでしょ? それで、午後からすずかたちと新しく出来た温水プールに行こうって話になったの。せっかくだから、コクトー君も来なさい』

 

 唐突な忍からの誘いに、俺は危うく持っていた鍋を落としそうになった。

 温水プール? そういえば、そんなのが近くに出来たと樋口が言っていたような気もする。

 

「嫌だよ、面倒くさい」

『チケット代はこっちが出すわよ』

 

 即断で断る俺に、食い下がるように忍が言う。

 

『すずかが久しぶりにコクトー君と一緒に遊びたいって言ってたのよ。ほら、最近は家にも来てくれないし』

「あー、まぁ、そうだけど……」

 

 そこを突かれると困る。俺は言葉を詰まらせた。月村忍だけならいくらでもぞんざいに扱うことができるのだが、その妹が出てくるとなると扱いが変わってくる。それくらいに、月村すずかという存在は厄介だ。

 

『すずかのお友達のアリサちゃんや恭也も来るし、なんなら私もいるからさ。行きましょうよ』

「うーん……」

『もしかして、何か予定があった?』

「そういうわけじゃないけど」

 

 正直、気が進まない。

 忍とすずか、それにメイドのノエル。更にはすずかの友人のアリサ。

 女子率が高いってレベルじゃない。男が俺と恭也さんだけで、他は全員女子。おまけに同い年のやつもいないしで、場違い感がすごい。なんとなくだが、行くのを躊躇ってしまう。

 

『予定がないならいいじゃない。すずかもコクトー君のことを気にしてるのよ。この前実験に付き合ってくれた時だって、色々と聞かれたんだから』

「え? なんで?」

 

 ぶっちゃけ姉と違って、妹とはそれほど接点があるわけではないのに。

 そんな疑念が声にも出ていたのか、電話口の向こうで忍が深々とため息を吐いた。

 

『普段は察しが良すぎて怖いくらいなのに、どうしてこういうのには鈍いのかしら……。ああ、でも恭也もそういう所があったしなァ』

 

 余計なお世話だ。あと、人外の恋人と一緒にしないで欲しい。

 

『ま、いいわ。それじゃあ、明日は忘れないでね』

「ちょっと待て、なんで行くことが確定したみたいな流れになってんだ」

『え、行かないの?』

 

 予想外だ、というふうに忍が驚いたような声で聞いてきた。今までの話を聞いていなかったのか。いや、たぶんだが、都合が良いように記憶を改竄している。いつもの事だ。

 

『仕方ない。それなら、ノエルとファリンに拉致らせるか……』

「さらっと犯罪予告をするな!」

『冗談よ、冗談』

「あんたの場合、冗談に聞こえないんだよ……」

 

 段々とどうでもよくなってきた。早くこの電話を終わらせたくて仕方がない。俺は色々と意地を張るのを諦めた。

 

「……わかった。明日の午後に温水プールな」

『え? いいの?』

「どうせ暇だしな」

 

 チケット代もそっちが出してくれるみたいだし、プールは別に嫌いじゃない。喧しい姉代わりの相手は恋人に任せれば、それなりに楽しめそうだ。身内だけの集まりだから、余計な気を使う必要がないのも楽で良い。

 

『なら、授業が終わったら正門前で待っててね』

「はいはい」

 

 それだけ言って、俺は一方的に電話を切った。俺は電話機を握ったまま、疲れたように嘆息する。短い時間だったが、なんだかどっと疲れた。

 

「うわ」

 

 電話に夢中で、鍋を見ていなかった。火にかけていた鍋が吹きこぼれている。鍋に入っていた煮汁がガスコンロを汚してしまった。最近になって、色々とツイてない気がする。真剣にお祓いに行こうか悩む。

 それにしても、温水プールか。

 水着……何処にしまったっけ?




というわけで、次回は所謂水着回。
映画ベースだけど、漫画版や原作のTV版みたいに日常回的なのもいくつか取り入れていきたいです。

登場人物紹介
黒道リクト
育ての親が遺した家で一人暮らし。自炊はそれなりにできるが、面倒くさくて基本的にはやらない。育ての親の苗字は引き継いでいない。
月村忍
育ての親こと、じーさんの知り合い。忍がまだ幼い頃から色々と世話になったらしく、その縁でコクトーの保護者代理を務めている。
ノエルとファリン
月村家のメイドたち。ちなみにこのメイドも原作のとらは3だと色々と美味しい設定があったりなかったり。
月村すずか
月村家の末っ子。彼女が未来の白い悪魔と親友なことをコクトーはまだ知らない。


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Act.7 Unexpected reunion/予期せぬ再会

 翌日の午後は晴れていた。

 今朝のニュースで見た天気予報では、午後に雨が降る予定はないらしい。これから行く場所的に天候はあまり関係ないのだが、やはり雨が降っているよりは晴れている方がいいだろう。

 いつもよりも早い下校時刻。俺は水着が入ったバッグを肩に引っ掛けて、校門前へと向かっていた。

 月に一度あるかないかの回数だが、俺が通っている聖祥大学付属小学校は午前中で授業が終わる日がある。そういう日はクラスメイトの樋口と出掛けてるか、家でゴロゴロしながら映画を観ているかの二択なのだが、今日は少し違う。

 

「ったく、樋口のやつ……」

 

 ボヤきながら歩く速度を上げる。

 放課後に温水プールに行くと、樋口にうっかり教えてしまったのがいけなかった。俺も行くと駄々をこねた樋口は、どうにかしてついて来ようとしたのだ。当然のように俺はそれを拒否した。

 月村家に興味津々な樋口を連れて行けば、それだけで俺の気が休まらないことが確定する。そんなことは絶対に阻止するべきだ。なんなら足の骨でもへし折って、物理的に行かせない方法も考えた。

 だが、いくら俺でも友人の足をへし折るのは心苦しい。

 最終的に樋口の分のチケットが無いから無理だと説得し、それで漸く樋口は引き下がったのだが、そのせいで予定時間ギリギリになってしまった。

 

「あ、コクトーくん!」

 

 ようやく待ち合わせ場所の校門前にたどり着いた俺に、元気よく手を振ってくる少女がいた。月村忍の妹で、三年の月村すずかだ。

 すずかは姉と同じ紫色の髪を揺らしながら、こっちこっち、と跳ねるような仕草をしていた。よく見れば、まるで忠犬みたいに表情を綻ばせている。一瞬、彼女に尻尾が生えたのかと錯覚したほどだ。

 

「よう」

 

 片手を上げてぶっきらぼうに言うと、すずかは本気で嬉しそうに笑い、

 

「久しぶりだね。お姉ちゃんからコクトーくんも来るって聞いて、びっくりしちゃった」

 

 行くつもりは微塵もなかったけどな、と俺は小声で呟いた。

 それにしても、どうしてここまで懐かれたのだろうか。

 今でこそ疎遠になりがちな関係だが、少し前までのすずかは事あるごとに俺の後ろを金魚のフンみたいに着いてくるようなやつだった。しかも、そこまで彼女に懐かれるようになった理由が全くと言っていいくらいに思い出せないときてる。

 正直に言えば、年下の女の子に懐かれ、頼られることは嫌ではない。

 嫌ではないのだが、実際に四六時中引っ付かれたり、事あるごとに呼び出されて、単純に喜べるほどお気楽な性格でもない。なにせすずかはあの月村忍の妹で、姉と同じで夜の一族なのだ。あまり深入りする関係ではないことも、薄々だがわかっている。

 すずか以外の面々も、既に全員集合していた。すずかと同じ聖祥大学付属の制服を着て、プールバックを大事そうに抱えている女子生徒二人と、紺色を基準としたメイド服を着た二人。

 すずかを含む女子五人に対して、男子が俺一人だけ。明らかにアンバランスだった。

 

「お久しぶりです、リクト様」

 

 メイドの一人が無表情なままそう言って、深々と頭を下げた。その畏まった話し方と仕草に背中が痒くなった俺は苦笑して、

 

「ノエル。前にも言ったが、小学生のガキ相手に様呼びはやめてくれ」

「……では、以前のようにリクトお坊ちゃまと?」

「頼むからやめてくれ、いやほんとに」

 

 外でそんな風に呼ばれているところを知り合いに目撃されたら、恥ずかしさから不登校になる自信がある。

 そんな俺の悩みを察してないのか、メイドことノエル・K・エーアリヒカイトは真剣な表情で考え込んでいた。おそらくは、月村家のメイド長を務めているプライドから、適切な対応を模索しているのだろう。やがて名案を思いついたとばかりに、

 

「でしたら、若様はどうでしょうか?」

「……俺は月村家の子になった覚えがないんだが」

「いずれはそうなるのでは?」

 

 ノエルは俺の隣にいるすずかを見て、そんな冗談を言った。唐突に話を振られて、しかもやたらと洒落にならない内容に、すずかは困ったように顔を赤く染める。あの、とか、いやでも、とわけがわからない単語を口にするすずかの姿を見た俺は、疲れたようにため息を吐いた。

 真顔で笑えないギャグを飛ばさないでほしい。ただでさえノエルは表情の変化が乏しいのだ。変な誤解が生まれたら、すずかも困ってしまうというのに。

 

「ファリン、なんとかしろよ。アレ、一応はおまえの姉だろ?」

「あはは……」

 

 ノエルの妹のファリン・K・エーアリヒカイトに助けを求めてみるが、彼女は愛想笑いを浮かべているだけだった。こうなった姉を止めることは不可能です、と目が語っている。

 それでいいのか、専属メイド。

 月村すずかのお世話係がこんな態度なのだから、もしかしなくてもノエルの冗談には、若干のマジが入っているのかもしれない。

 

「まあ、いいか」

「言質を取りましたよ。お嬢様」

「そういう意味じゃねェよ」

 

 それにしても、さっきから視線が気になって仕方ない。

 後ろにいるすずかの友人らしい二人と俺は初対面の筈だ。話を逸らす為にも、俺は後ろを振り返った。そして、

 

「──はっ!?」

 

 ぶは、と思いっきり吹き出してむせた。思考が本気で固まった。

 信じられないことが目の前で起きている。

 女の子が二人。それはいい。

 片や金髪に翡翠色の瞳という組み合わせ、片や茶髪に黒の瞳。それもいい。

 彼女たちはまだ幼いながらも顔立ちが非常に整っていて、非常に将来が期待できそうな容姿をしていた。しかし、今はそのことが重要ではない。

 そのうちの一人を、俺はよく知っている。

 忘れもしない。つい先日、厄介な非日常に巻き込んでくれた女。魔導師見習いの女だ。

 

「おまっ……」

 

 反射的に身体が反応していた。俺は間抜けな表情で大口を開けて、茶髪の女の子──高町なのはを指差していた。

 

「えっ……」

 

 高町もこちらに気づいたらしく、大口を開けていた。どうやらここに俺がいたことは、こいつにとっても予想外の出来事だったらしい。

 二人仲良く大口を開けて、お互いを指差し合う構図は、側から見なくても間抜けな光景だろう。

 

「どうかしたの?」

 

 不思議そうに首を傾げて、すずかが聞いてきた。

 俺は返答に困った。面倒なことになったなあと、心底思う。魔導師の知り合い、などと説明できるわけがない。

 

「もしかして、なのはちゃんのこと知ってるの」

 

 すずかが俺を見上げながら聞いてくる。どうしたものか、と俺は言葉を詰まらせる。どう考えても共通点が見えない俺と高町の関係を、他人に上手く説明できる方法が見つからなかった。下手なことを話して、自分の正体がバレるのだけは避けたい。

 

「あー……前に俺が彼女の落し物を拾ってやったことがあってな」

 

 嘘は言っていない。ただ、本当のことを話していないだけだ。

 

「落し物?」

 

 ちらり、とすずかは高町に視線を向けた。高町はブンブンと首を縦に振っている。この馬鹿、と俺は内心で高町のことを罵った。少しは演技をしろ。どう見てもわざとらしい。

 

「ふーん」

 

 案の定、納得がいってなさそうな表情のすずか。だが、根が純情な彼女はそれ以上の追求はしてこなかった。

 

「それじゃあ、そろそろ出発しましょうか。お互い挨拶は車の中で、ということで」

 

 パンッ、と手を叩いて、ファリンが気持ちの良い笑顔でそう言った。

 続いて、手慣れた手つきでノエルが後ろに停めてある車のドアを開ける。その車を見て、俺は目眩がした。

 ただの車ではない。黒塗りの高級車。それも、日常生活ではまず見ないであろう高級車の代表格として名高いリムジンである。

 近場の温水プールに遊びに行くだけなのに、どうしてこんな車を用意したのやら。小学校の校門前に黒塗りのリムジン。アンバランス過ぎて笑えない。

 今だって、通り過ぎていく生徒の何人かがひそひそと話す声が聞こえてくる。

 

「コクトーくん?」

 

 固まっている俺を心配してか、すずかが近寄って来る。

 高町ともう一人のすずかの友人は、気後れすることもなくリムジンに乗り込んでいた。もしかして、高町はいいところのお嬢様なのだろうか。

 

「すまん、なんでもない」

「そっか、よかった」

 

 にこりと笑うすずかと、頬を引きつらせる俺。

 出発する前に言うのもアレだが、早くも家に帰りたくなった。




Q 更新が遅れた理由は?
A FGOのぐだぐだとルルハワやってたから。

そんな感じで、一息ついたので更新を再会します。待っていた皆さん、本当にすいませんでした。

登場人物紹介
ノエル・K・エーアリヒカイト
月村家のメイド長。普段は月村忍のお世話係もしてるらしい。
ちなみに正体は高性能ロボットで、必殺技はロケットパンチ。
ファリン・K・エーアリヒカイト
ノエルの妹。十五歳のJKで、こっちは生身の人間。捏造設定でノエルの義理の妹。ちなみにすずかのお世話係担当。
月村すずか
月村家のカースト最強ポジション。夜の一族の超人的な身体能力を引き継いでいる。こちらも捏造設定で、彼女の白いヘアバンドは小さい時にコクトーがプレゼントしたもの、という裏設定がある。尚、ヒロインポジションではない。
金髪の女の子
すずかの友人その二。くぎゅうな人。自己紹介シーンが丸々なのはとすずかによってカットされた。カナヅチ。
高町なのは
すずかの友人。知り合いが来るとは聞いていたが、それがコクトーだとは知らなかった為、かなり驚いている。


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Act.8 It’s a small world /世間は広いようで狭い

 目的地の温水プールは、三十分ほど車を走らせたところにあった。

 つい最近に完成したとあって、施設内は清潔感があり、中々に広い。平日の昼間だというのに客で溢れかえっていることから、それなりに繁盛していることがわかる。

 飛び込み台や流れるプールなどの設備も充実していて、遊ぶには困らないのも好印象だ。本命の夏になれば、この倍以上の集客が見込めるだろう。

 

「儲かってやがる」

 

 ひとしきりプールサイドを見渡した俺は、思わず毒づいた。言うまでもなく、嫌味である。

 ここに来るまでの道中で不愉快になる出来事があった所為で、言葉に少しだけ苛立ちが混じっていた。

 

「それ、来て早々に言う感想じゃないわよ」

 

 隣にいる忍が苦笑いを浮かべた。本人曰く、忍と恋人の恭也さんは期間限定でここの監視員をしているらしい。うっかり人体実験用の子供を誘拐しないか心配だ。

 彼女をはじめ、女性陣は全員水着に着替えている。ビキニだったり、ワンピースだったりと、多種多様でカラフルな水着姿の女の子たちに囲まれているという状況は、健全な男子として非常に喜ばしいシュチュエーションだ。と言っても、その内の半分くらいは自分よりも年下の女の子なので、喜びも半減しているわけだが。

 

「仕事中だろ。こんなとこで油売ってていいのかよ」

「少しくらいは大丈夫」

 

 そんないい加減でいいのか。

 まあ、それが原因でクビになっても俺には関係がない話だ。むしろ、プールサイドの平和の為にもクビにするべきだと思う。

 

「それよりも、何か言うことあるんじゃない?」

 

 ほらほら、と催促するように忍が言う。彼女が着ていたのは大胆に背中を露出したワンピースタイプの水着だった。忍のスタイルが良いのもあって、お世辞抜きで似合ってはいる。なんなら、そのままグラビア雑誌の表紙を飾れそうだった。ぶっちゃけ、非常に目と下半身に毒だ。有り体に言うならエロい。

 

「……そういうのは恭也さんとやれ」

 

 だからといって、この女を相手にそれを素直に認めるのは嫌だった。というか、女子大生が小学生の男子に水着の感想を求めないでほしい。

 

「なに? 恥ずかしいの?」

「うぜェから近づくな。暑苦しい」

 

 何を勘違いしたのか、忍は無駄にスタイルの良い身体を押し付けてくる。その行為に他意がないことはわかっていた。小さい頃からずっと一緒に居た所為で、お互いの距離感がやたら近いだけだ。今となっては忘却したい過去だが、一緒に風呂に入ったことだってある。そんな相手に今更性的興奮なんて感じるわけがない。

 むにむにと形を変える二つの塊を背中で感じながら、俺はこの変人をどうしようか真剣に悩んでいた。と、そこに、

 

「忍、小学生相手にあまり揶揄うな」

 

 救世主が現れた。

 俺は思わず安堵の息を吐く。

 忍は男子がどきりとするような挑発的な笑みを浮かべて、救世主に近寄る。

 

「ヤキモチでも妬いてるの?」

「当たり前だ。恋人を取られていい気はしない」

「ふふ、珍しく素直ね」

 

 そう言って、忍は残念そうに俺から離れた。

 大人だ。とてもこの女と同い年とは思えない。

 俺は改めて目の前の男性を見た。色染めしていない綺麗な黒髪と、同性でも見惚れる端整な顔立ち。更には服越しからでもわかる鍛え抜かれた肉体。しかもそれは魅せる為に作られた身体(モノ)ではなく、実用性を極限まで追求して作られたものだ。

 研ぎ澄まされた刀のような肉体と、反比例するような穏やかな表情。

 ある意味、男が求める男の完成形がそこにはいた。

 

「助かりました、恭也さん」

「いや、こちらこそすまない。忍が迷惑をかけた」

 

 救世主──高町恭也は小さく肩を竦めて、苦笑いを浮かべた。

 恭也さんは俺と同じトランクスタイプの水着を着て、長袖のジャージを羽織っている。首に笛をぶら下げて、いかにもプールの監視員という出で立ちだ。

 

「そう思うなら、首輪でも付けといてくださいよ」

「……重ね重ねすまない」

 

 冗談を言いながら苦笑いを浮かべる俺を見て、恭也さんは深々と頭を下げた。どうやら、見た目以上にこの人も苦労しているらしい。

 

「元気そうで安心したよ」

「……ん?」

「余計なお世話だとはわかってはいても、色々と心配してたんだ。あの家に一人暮らしするって忍から聞いていたから、余計に」

 

 恭也さんは言葉を選ぶように話しかけてきた。慎重に、慎重に、俺の深い部分を傷つけないように気遣っているのがよくわかる。きっと、この辺りが女の子を落とせるイケメンポイントなのだろう。

 

「大丈夫ですよ。一人暮らしって言っても、月村家の人たちが色々と世話を焼いてくれてますし」

 

 なにより、一人で色々とすることには慣れている。じーさんが生きていた時もじーさんが家事を何一つできなかったので、俺が全て担当していたくらいだ。ノエルに家事のイロハを叩き込まれたおかげで、じーさんが死んだ後も生活には困っていない。

 ……ただ、無性に寂しく感じる時があるだけだ。

 

「まったく」

 

 恭也さんは困ったようにため息を吐いた。

 

「最近の小学生はしっかりしているんだな」

「そんなことはないですよ。できることと、できないことをわかっているだけですって」

「……本当に小学生だよな?」

「残念、来年には中学生です」

 

 というか、それを言ったら恭也さんも大概な気がする。

 柔らかい物腰と、落ち着き払った態度に騙されるが、実はまだこの人は成人していない。

 しかもその経歴は非常にドラマチックで、最近では海外の特殊部隊と実戦訓練をしていたらしい。現代に生きる武士。生まれる時代を間違えた人。まあ、要するに俺とは別ベクトルの化け物だ。

 そんな化け物だと知っているからこそ、俺は素朴な疑問があった。

 

「ところで、なんで恭也さんがプールの監視員なんかを?」

 

 普段の恭也さんは実家の喫茶店を手伝ったり、外国で特殊訓練や要人の警護の仕事をこなしていると聞いたことがある。当然、普通の大学生が持つには多すぎる金額を持っている筈だ。しかも高町恭也という人間は、金銭に対して驚くほどに無欲だった。

 正直、恭弥さんが短期のバイトをする理由が思い浮かばない。

 

「それがだな」

 

 沈黙が降りた。

 五秒──十秒。

 なんとも言いづらそうな表情を浮かべる恭也さんが話を切り出すまで、俺はプールサイドで遊んでいるすずかたちを見ていた。見れば、恭也さんの妹の高町美由希とすずかが競泳をしている。高校生が小学生相手にガチでやっていいのか。

 しかし長すぎる。しびれを切らして、再び訪ねようとしたところで、恭也さんがようやく口を開いた。

 

「実はここのプール、近頃女子更衣室が荒らされたり水着や下着が盗まれる事件があってな……」

「は? それってつまり、下着泥棒ってことですか?」

 

 恭也さんは困ったように頷いた。

 

「幸い直ぐに更衣室事件の犯人は捕まえたんだが、プール側も再犯防止の為に警備強化をすることにしたんだ」

「ああ、それで恭也さんがプールの監視員を」

 

 御神真刀流の師範代を警備に使う時点で、かなり過剰戦力な気もしないでもないが、どうして恭也さんがプールの監視員をしているのかは納得した。

 聞けばここのプール自体が月村の会社の傘下らしく、月村家現当主の忍が警備強化にうってつけの人物がいると推薦したらしい。

 オープンして間もない時期に起きた不祥事。名誉回復の為に、忍も妥協しなかったということだろう。

 

「なんつーか……同じ男として、情け無い話ですね」

「まったくだ」

 

 俺と恭也さんは合わせたように同時に溜息をついた。

 他人の趣味趣向に意見はしないが、人様の下着や水着を収集するのはどうかと思う。とはいえ、そういった特殊な性癖は一定数いるのも事実。せめて、知り合いが狙われないことを願うばかりだ。

 

「でもせっかく遊びに来たんだ。楽しんでいってくれ」

「ウッス」

 

 それから恭也さんは見回りに戻ると一言告げてから踵を返すと、爽快な足取りでスタッフルームに向かっていく。

 

「ああ、そういえば」

 

 その途中、何かを思い出した様に足を止めて振り返る。

 

「コクトー」

「はい?」

 

 何故だか無性に嫌な予感がした。具体的には忍から夜の一族に関することを、より正確に言うなら知りたくもない事実を無理矢理に聞かされた時のような予感が。

 

「おまえ、いつの間にウチの妹と知り合いになったんだ?」

「へ? 知り合うも何も、美由希さんとは前から……」

「いや、そっちじゃなくてな」

 

 恭也さんが微妙に困ったように声を潜めた。

 この人にしては珍しいことだと、俺は少し奇妙に思ったが、その次の台詞で疑念が全て吹き飛んだ。

 

「もう一人妹がいるんだ。名前は高町なのは。さっき一緒に話しているところを見たから聞いたんだが……もしかして、知らなかったのか?」

「……へ?」

 

 愕然とした。

 

「お──おう。わかったぞ。そういうオチかよ!」

 

 ひどい茶番を見せられているような気がした。

 そして新たな発見もあった。世間というやつは、自分が思っている以上に狭いらしい。




久しぶりに更新。
ついでに今更ですけどリリカルなのは15周年おめでとう!
現在YouTubeでTVシリーズが無料配信中だからみんなで観よう(ステマ

登場人物紹介
月村忍
ナイスバディな女子大学生。ちなみに水着デザインはドラマCDを参照。
高町恭也
原作ゲームの「とらいあんぐるハート3」の主人公。ある意味、初代主人公とも言えなくもない。イケメンでクール、超強い古流剣術を使いこなす、CVがグリーンリバーな人などなど、色々と美味しすぎる設定が山盛りだが、リリカルなのはの世界線ではあまり役に立っていない。


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Act.9 The trouble suddenly/トラブルは突然に

 世間というやつは、自分が思っている以上に狭い。

 それは最近起きた様々な出来事や、過去の実体験から十二分に理解しているつもりだった。だが、いくらなんでもこのオチはないだろう、と思ってしまう。

 

「なんだよそれ……マジでただのピエロじゃねぇかョ」

 

 プールサイドの端っこで、俺は過去最高と言っていいくらいに落ち込んでいた。穴があったたら入りたい。そんなくだらない事を本気で考えるくらいには重傷だった。

 なんだそれ、と俺は頭を抱える。

 高町恭也という人物について、俺はよく知っているつもりだった。

 世話になっている恩人の恋人で、俺にとっては兄貴分のような人。もちろん家族構成も知っていたし、恭也さんの家族とも忍経由でだが、何回か顔を合わせてもいた。

 ……ただ一人の例外を除いて。

 

「にゃはは……」

 

 隣に座っている高町なのは(たた一人の例外)が、困ったように笑う。それが無性に俺の弱り切った神経を逆撫でした。

 つまるところ俺は、知らなかったとはいえ自分にとって恩人とも言うべき人の妹に対して、相当な無礼を働いていたということになる。マジで穴があったら入りたい。

 ちなみにこの場に恭也さんの姿はない。これからボイラー室の見回りに行くと言って、俺と高町を置いて行ってしまった。兄貴分、カムバック。

 

「っていうか」

 

 微妙な空気に耐えきれなくなった俺は、率直な気持ちを語ることにした。

 

「なんで恭也さんの妹が魔導師なんてやってるんだよ。しかも恭也さんはおまえが魔導師なの知らないっぽいし」

「それはその、なんといいますか……色々ありまして」

「何が色々だよ。大方、バレたら魔導師を辞めるように言われるから、とかだろ」

 

 誰にだって、他人様に知られたくない秘密の一つや二つはあるものだ。

 高町は家族に自分が魔導師になったことを知られたくないのだろう。

 それは仕方のないことだ。

 ジュエルシードという、下手をしなくても命に関わる戦いを強いられている現状を恭也さんや美由紀さんが知ったら、まず間違いなく高町に魔導師を辞めるように説得するに決まっている。家族ならば、それは至極当たり前だ。最悪、実力行使に出る可能性も否定できない。

 

「まあ、俺には関係ない話だからいいけどよ」

 

 だが、高町の気持ちもそれなりに理解はできる。

 俺だって、世話になっている月村の人たちに自分が魔導師であることを隠している。『人外の化け物やってます』なんて、笑顔で言えるやつは正気じゃないだろう。俺はそういう人間も知ってはいるが、そういうやつらは基本的に正気じゃない。頭の中にある大切な部分の何処かが焼け落ちてる。

 つまりはそういうことだ。

 俺たちは所謂一般人と呼ばれる人種とは遠く掛け離れた存在で、必要に応じて躊躇いなく暴力を振るったりもするクズ野郎だが、それは決して望んでやっているわけではない。他に方法かないからやむを得ずに力を使っている──という言い訳を、どこの誰が真面目に聞いてくれるものか。ましてや同情や哀れみ、或いは共感をしてくれるわけもない。

 突き詰めれば、俺たちはどう転んでも人外の化け物なのだから。

 考えるだけで辛気臭い気分になってくる。俺は辛気臭いのが嫌いだ。

 だから俺はあえて軽薄に、高町の真面目さを茶化してやることにした。

 

「ところで、あれからジュエルシードは集まったのか? 俺はそればっかり気になって、授業中におちおち昼寝もできないんだが」

「いや、そもそも授業中に寝たら駄目だと思うんですけど……」

 

 高町は引きつった笑みを浮かべながら、俺の小粋なジョークを正論で返してきた。どうやら高町は見た目通りにクソ真面目な性格らしい。

 

「まさかとは思うけど……」

 

 ちょっとからかってやりたくなった。俺は軽い冗談のつもりで、高町に訊く。

 

「あれから、()()()()()()()()()()()()ってわけはないよな?」

「…………」

「ちょっとマテや」

「ナ、ナンノコトカナ?」

「顔を見て言えや、おい」

 

 先程とは別の意味で目眩がした。

 異世界の遺跡で発掘され、何かの手違いでこの街にばら撒かれた古代遺産ことジュエルシード。その数は二十一個。それら全てを回収することが、高町たちの目的の筈だ。

 だというのにあの出会いから数日が経ってた現在に至るまで、未だに追加のジュエルシードを見つけられていないとか、流石に笑えない話だった。やる気あるのか、こいつら。

 

「なあ」

 

 俺はちょっとだけ高町と話を続けてみたい気分になった。単純に高町が()()恭也さんの妹だから、という興味もある。

 

「そもそもな話で、ジュエルシードってなんだ? おまえのとこのフェレットが言うには、何でも願いを叶えてくれる不思議系アイテムってわけじゃないんだろ」

「ふぇ?」

「いや、ふぇ、じゃなくて。おまえも多少は知ってるんだろ?」

「うっ」

 

 俺の素朴な問いかけに、ピタッと高町の動きが止まる。しかもふるふると体を震わせながら、俺から逃げるように視線を逸らし出した。

 

「……知らない」

「はあ?」

「いや、その、なのはもジュエルシードのことはよくわかっていないと言いますか、まだ勉強中と言いますか」

「えぇ……」

 

 俺は本日三度目の目眩がした。

 いくらなんでも探しているブツの詳細くらいは知ってろよ、と高町を罵倒したくなる。俺だってあの喋るフェレットから散々危険な代物だと説明されたのだ。必然的に、高町は俺以上にジュエルシードについて詳しいと思っていた。

 

「フェレットから何も訊いてないのかよ」

「ユーノくんから?」

 

 そうそう確かそんな名前だった、と俺は現在進行形でプールの中で泳いでいるフェレットことユーノを指差した。どうでもいいが、公共のプールにペットを連れてきて大丈夫なのか。

 

「ユーノくんは持ち主の願い事を叶えてくれる代わりに、本人の意思を無視して暴走したり暴れたりする危険な石だって」

「なんだその欠陥品。安いシャブじゃあるまいし。異世界の古代遺産ってのは、アホの集まりが作ったのか」

 

 高町は『わたしにそんなことを言われても』とでも言いたげに、困った様な表情を浮かべて俺を見てきた。

 気持ちはよくわかる。俺も同じ立場だったら、たぶん似たような表情を浮かべている筈だ。

 

「ってか、高町はなんであのフェレットを手伝ってるんだ? おまえはジュエルシードの紛失とは無関係だったんだろ」

「それは……」

 

 高町は考え込む様に黙った。実際、真剣に考え込んでいるのだろう。首にぶら下げてある紅い宝石を握り締めて、目蓋を閉じている。

 やがて、少しの間の後に高町が口を開く。

 

「自分にできることだから……かな」

「はあ?」

 

 反射的に俺はそう訊き返していた。なんだそのアホみたいな理由は。

 自分にできることだから手伝っている。それは理屈としては正しいとは思う。だが、命を賭ける理由としてはあまりにも脆い。

 

「変……かな?」

「いや、変と言うか……」

 

 損得を考えて無さ過ぎる。欲がない、とか言うレベルではない。偽善にも程がある。

 呆気に取られる俺に高町は言う。

 

「お父さんからの教えなの」

「士郎さんの?」

 

 高町が小さく頷いた。

 

「困っている人がいて、助けてあげる力が自分にあるなら、その時は迷っちゃいけないって……」

「だから、ジュエルシードを集めるのを手伝っているのか」

 

 父の教え。

 それは俺にとって、一番共感できることだった。なにせ俺自身がそうなのだから。

 彼女がどんな経歴で魔導の才に目覚めたのかは知らない。だが、高町なのはという少女がジュエルシードを集めている理由はわかった。

 つまるところ、高町は自分の意思でジュエルシードを集めている。決してフェレットことユーノに強制されているわけではなく、あくまで自らの意思で。

 それでも、だ。

 

「なんつーか……」

 

 本音を言うなら、俺は高町の事をコケにしてやりたかった。高町は正義の為だとか、赤の他人を守る為だとか、そんなくだらない理由で戦いに身を置いているものだと決めつけていたのだ。しかし、彼女の理由は俺の想像以上に単純で、どこか()()()()()()()

 どうするべきか、俺は悩んだ。

 諭してやる義理も理由も無いのだが、これはあまりにも──

 だが、そんなふうに珍しく考え込んだのがいけなかったようだ。

 

 

 

「──うわああああぁぁ!!」

 

 最初は、何が起きたかわからなかった。

 遠くから、恭也さんの悲鳴じみた声が聞こえて来た。

 それとほぼ同時に周りの景色が変わる。その現象には見覚えかあった。以前、屋上でユーノが使っていた世界を切り離す魔法『広域結界』。

 ぐにゃりと歪む世界と、溢れ出る魔力の気配が、俺に警告を告げてくる。

 マジかよ、と俺は思った。

 ジュエルシードが現れたのだ。

 突然の結界の発動に、恭也さんの悲鳴、極め付けはこの魔力反応。間違いない。おそらくは、何かしらの要因がきっかけで発動したジュエルシードが暴走したのだろう。

 それにしても、どうして今なんだよ。

 確かに俺は高町たちが未だ新しいジュエルシードを見つけていないことに呆れてはいた。なんならさっさと姿を見せろよ、とジュエルシードに対して無茶な注文をしたくもなった。

 しかし、だからといって別に今すぐ現れろとは言ってない。フラグ回収には早過ぎる。せめて、俺が居ない時に出て来てくれたらよかったのに。

 そんなどうでもいいことを考えていたので、俺もすっかり対応が遅れた。

 

「高町!」

 

 気づけば高町が走り出していた。おそらくはプールのある方向だ。

 恭也さんの安否も気になるが、妹の高町がそちらに向かわないということは、問題のジュエルシードはプール側にあるのだろう。

 プールには知り合いが大勢いる。どいつもこいつも殺しても死ななそうな気もするが、それとこれとは話が別だ。

 俺は最低最悪な気分になっていくのを感じていた。きっと側から見たら、もっのすごく不機嫌な表情になっているに違いない。

 

「きゃあああああ!!」

 

 プールから、今度は女性の悲鳴が聞こえた。すずかとその友達のバニングスの声だ。

 なんてこった。現在進行形で最悪のケースが起きている。

 俺は高町の後を追いかけるように、プールに向かって走り出した。

 そして──

 

「──は?」

 

 プールに辿り着いた俺は、目の前の光景に言葉を失った。

 プールにやたらとデカい水の化け物がいる。たぶんアレがジュエルシードの暴走体だろう。

 その暴走体がすずかたちを捕まえていた。……何故か水の触手で。しかも触手は彼女たちの水着を脱がそうとしている。

 

「……いや、なんでだよ!」

 

 状況説明を求める俺の叫びが、プールサイドに反響した。




あけましておめでとうございます。
2020年も黒崎ハルナをよろしくお願いします。

登場人物紹介
高町なのは
原作主人公。まだ他人行儀な態度。尚、兄たちが知り合いだったことは本人も知らなかった模様。
黒道リクト
本作オリジナル主人公の様なもの。たぶん作中内で一早く高町なのはの異常性に気づいた人物。だけど直してやるつもりも、教えてやるつもりもないので、現状放置。
ジュエルシード暴走体
エロ漫画に出てきそうなスライム。女の子達から水着と下着を掻っさらう紳士。忍や美由希を狙わずに、すずかやアリサを狙ったあたり、ロリコンの疑惑有り。


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Act.10 Hentai Pandemonium/変態の巣窟

「なんだアレ」

 

 と、俺は隣で自分と同じ様に呆気に取られている高町に状況説明を求めていた。

 こいつがジュエルシードに対してほとんど無知なことは知っているが、それでも自分の頭だけでは目の前の光景を冷静に分析することは不可能だったからだ。というか、なんなら夢とかの類いにして欲しいとすら思ったほどだ。

 もう一度言おう。

 

「いや、マジでなんだアレ」

 

 プール中央で偉そうに我が物顔で陣取り、うねうねと水の触手らしきものを動かしている化け物。水場でジュエルシードが暴走したのだから、そういう形状なのは納得できる。デザインセンスについても、それなりに及第点だろう。

 唯一問題なのは、そのジュエルシードが知り合いの女の子たちを触手で捕まえていることだった。

 

「……ユ、ユーノくんパス!」

「えッ! 僕ッ!」

 

 高町がユーノに絶妙なキラーパスを投げつける。パスを受けたフェレットことユーノは、あたふたと手を動かしながら顔を赤く染めていた。なんだ、ただのエロペットか。

 

「た、たぶんだけどジュエルシードを発動させた人間、捕まったっていう更衣室荒らしの願いと興味が形になったんじゃないかな、と……」

「つまり?」

「つ、つまり女の子の服を集めたいっていう願いだから……」

 

 ヤバい。ものすごく帰りたい。

 要するに今回のジュエルシードは、さっき恭也さんが話していた更衣室荒らしの犯人が残した執念にも似た想いが形になったものらしい。原因がくだらなさ過ぎて、笑う気すら起きなかった。

 それでも、ジュエルシードはジュエルシードだ。その危険性については理解している。

 とにかくあの二人に危害が及ぶす前に、なんとかしなければなるまい。ジュエルシードを牽制しながら、俺は周囲を観察する。これこそ俺の得意分野だ。

 先ずは、捕らえられている二人の安否。

 

「いやあああああ、やらしい動きするなぁ!」

「ぬ、脱がされちゃう……」

 

 ……真面目に考えるだけ無駄ではなかろうか。いや、割とマジで。

 アリサ・バニングスが悲鳴に近い抗議の声を上げ、月村すずかは涙目になりながら水着を奪われないように必死の抵抗を続けている。側から見る分には非常に艶やかな光景だが、悲しいくらいに色気がない。せめて、無駄にスタイルが良い忍やノエル、妥協してファリン辺りが被害者だったのなら、俺は全力でジュエルシードを応援していた。

 それなのに、何が楽しくて自分よりも年下の幼女たちの触手プレイを見なければいけないのか。

 

「だからやめなさいって!」

 

 とりあえず、怪我などの危険は無さそうではある。今まさにビキニの下を脱がされようとしているバニングスを見ながら、そう結論づけた。

 続いて、ジュエルシードの暴走体がいる付近の状況。

 幸い、と言って良いのかは微妙だが、すずかとバニングスの二人を除けば、他に一般人が巻き込まれた様子は見られない。二人が捕まっている原因は、おそらくユーノが結界を発動する際に全員を切り離せなかったからだと予想がつく。

 運が悪かった。二人には悪いが、そう割り切るしかない。

 最後に確認したのは、この場での戦闘要員こと高町なのはだ。

 流石に武器を更衣室に忘れて来た、なんて無様は晒してはいなかった。首にぶら下げた紅い宝石を握りしめて、ジュエルシードの動向を警戒している。

 直ぐに待機状態の紅い宝石を起動しないのは、すずかたちが捕らえられているからだろう。

 それでも、顔をしかめてジュエルシードを睨んでいた。

 なるほど、確かにこいつは恭也さんの妹だ。戦いに対するスイッチの切り替えが恐ろしく速い。

 

「──だいたいわかった。高町」

 

 俺は水着のポケットから待機状態のヴァリアントコアを取り出した。魔法という暴力を使う為の必須アイテム。ジュエルシードが街中にばら撒かれている状況とはいえ、こんな場所に行く時も武器を常備している自分に悲しくなってくる。カムバック、平和なスローライフ。

 

「特別に、俺が手を貸してやる。感謝しろよ?」

 

 俺は高町とユーノに対して恩を着せてやろうと思った。

 コアの中心部を押して、ヴァリアントをアームズに変形させる。起動の瞬間、視界が一瞬だけ歪んだ気がした。世界が入れ替わる。

 フォーミュラスーツは展開しない。リボルバーだけなら、万が一すずかに魔導師であることがバレたとしても誤魔化せるが、フォーミュラスーツのままだとそれも難しいからだ。

 

「だから、安全な方法で確実に仕留めろ。すずかに傷一つでも付けたら、マジで許さないからな」

「……うん! わかった!」

 

 何故か高町は嬉しそうに返事を返して来た。何か変な誤解をしている気もしなくもないが、そんなことはどうでもいい。

 

「決まりだ。先ずはあの二人を救出するとこから──」

 

 と、その時だ。

 

「「きゃああああああ!」」

「──だ……な?」

 

 ぺい、と何故かジュエルシードが全裸になった二人を吐き出した。水着は脱がされたらしく、その姿が見えないところから、あのジュエルシードが体内に吸収したのだろう。変態の化身みたいなジュエルシードだ。まあ、人質の救出という手間を省けたのは助かるが。

 

「返せ! 戻せ!」

 

 涙目でバニングスがジュエルシードに近づいて行く。怒りで我を忘れているのか、それとも羞恥心から恐怖が薄れているのかはわからないが、それは悪手だろう。俺は思わず叫んだ。

 

「あの馬鹿ッ!」

 

 案の定、ジュエルシードは咆哮を上げて高波を生み出した。その大きさは全裸の二人を楽に飲み込めるほどに巨大だ。これはいけない。

 

「……加速(アクセル)

 

 咄嗟に俺はプールに向かって走り出した。わざわざ隠していたフォーミュラスーツを展開して、体内のナノマシンをフル稼働させる。こうなっては、なりふり構っていられない。ナノマシン によって強化された脚力を駆使して、ほぼ全力で駆け抜けた。

 

「術式展開。選択、障壁魔法」

 

 すずかとバニングスの前に立ち、左手を高波に向けて広げる。その間、僅か一秒弱。素晴らしい手際に自画自賛しながら、俺は障壁をして襲ってくる高波を弾いた。

 

「今だ!」

 

 あえて名前を呼ばずに、俺は後方にいるユーノに指示を飛ばす。極力、すずかに身バレする要素を排除する為だ。高町のアホはそこら辺を理解しているかは怪しいが、ユーノは違うと信じたい。

 

「ごめん二人共、プールサイドでちょっとだけ眠ってて」

 

 言って、ユーノは俺のとは異なる丸型の魔法陣を展開する。ふわり、と翡翠色の光がすずかとバニングスを包み込むと、二人は力尽きたように眠ってしまった。

 

「でかした。後でペットフードを奢ってやる」

「いらないよ!」

 

 倒れた二人を抱き抱え、プールサイドに横たわらせる。真っ裸なのもアレなので、近くにあったタオルをかけてやった。これで人質の心配は排除。後は……

 

「ユーノくんナイス! これなら……」

『Barrier jacket』

 

 ペンダントになっている宝石から女性の声が聞こえると、高町の姿が水着から白い防護服へと変わる。

 

『Cannon mode,setup』

 

 機械的な杖に変形した紅い宝石が、今度は槍のような形状に変形する。

 俺はこの時になって、ようやくまともに魔導師としての高町なのはの姿を見た気がした。前回も前々回も、高町に興味らしい興味を持っていなかったからだ。

 槍にも見える杖の先端をジュエルシードに向けて構え、左手は杖の横に取り付けられたトリガーにかかっている。その構え方から、高町の戦い方は俺とは違うタイプの射撃型。前回見たあの火力から推察するに、典型的な固定砲台タイプだろう。

 

「趣味や興味は人それぞれですが、人様に迷惑をかける変質的行動は良くないと思います!」

 

 やや怒りが篭った声で、高町が断言した。

 すでに彼女の足元には魔法陣が展開され、砲撃の為に必要な魔力が貯められている。まあ、女性の敵のような発動理由に加えて、大切な友人を危険に晒されたのだから、その怒りも肯ける。

 

「封印すべきは忌まわしき器ジュエルシード……」

 

 バサリ、と杖から羽が生えた。おそらくは魔力によって生成されたものだ。高町の趣味なのか基本構造なのかはわからないが、集めた魔力を分散しない為のものだと、フォーミュラが解析してきた。

 

「……あれ? なんだか違和感が……」

 

 不意に、高町がやたら不穏な一言を発した。まさか、と俺は改めて周囲を確認する。

 

「な、なんだかわからないけど、とりあえず封印!」

『Shooting』

 

 胸に抱いたその不安を消し飛ばすように高町が叫んだ。

 放たれた砲撃は巨大なジュエルシードを丸ごと飲み込み、そのまま建物内の壁へと突き刺さる。相変わらずふざけた火力だ。余波でプールの水が弾け飛んでるじゃないか。

 

「……ん?」

 

 雨が降るみたいに頭上からプールの水が落ちてくる中、俺は高町の違和感の正体を理解した。

 

「水着と下着はたくさん出てきたけど……」

「肝心のジュエルシードは何処だよ?」

 

 ぷかぷかとプールに浮かび上がる女性ものの下着と水着。数えるのがアホらしくなる量の中には、元凶たるジュエルシードの姿がなかった。

 

「反応が消えてない。まさか、分裂してるのか?」

 

 困ったときのユーノ先生が一つの仮説を立てた。

 この仮説が本当なら、ジュエルシードはこのプール内で増殖を繰り返しているということだ。

 

「ジュエルシードってのは、そんなこともできるのか?」

「たぶん、発動者の強過ぎる願いに反応して起きたんだと思う」

「ああ……確かに一人分で満足するような感じでもなさそうだしなぁ……」

 

 俺はプールに浮かぶジュエルシードがかき集めた戦利品たちを見ながら呟いた。これだけの量を欲するほどの欲望だ。分裂くらいしても不思議ではない。欲望の内容が、何一つ共感も尊敬もできないのがアレだが。

 一つ言えることは、今年に入って以来、最高にヤル気が削がれる戦闘だと言うことだ。

 

「はあ……帰りたい」

 

 早く本体を見つけないと、と張り切る高町とユーノを尻目に、俺は深々と溜息を吐き出したのだった。




リリカルライブ最高でした!
黒崎は運良くアリーナ席で見れたんですが、もうね……途中からなんか涙が出てきたんですよ。自分の中でこれだけ大きな存在になってたんだなぁ、って。まあ、物販を並んでる間のリアル『snow rain 』には参りましたけど(笑
そして、新プロジェクト始動のお知らせ。はたして何が始まるのやら。今からワクワクが止まりませんよ。
すいません。たぶんテンションが上がり過ぎて、しばらくこんなノリになりそうです。

登場人物紹介
黒道リクト
変態過ぎるジュエルシードにドン引き。とはいえ、当たり前のように性欲はあるし、年相応に知識や興味もある。ただし、ロリコンではない(重要)
高町なのは
友人が触手プレイされたあげくに全裸にされるという珍事を目撃した。性知識に関しては、当たり前だがほとんど無知。なんならピュア。
ユーノ
困ったときのユーノ先生。通称ユノペデュア。又の名を淫獣。原作でも風呂やら着替えやらで顔を赤くしていたあたり、ミッドチルダの性教育はかなり早い模様。


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Act.11 Welcome to the outside world/人外の世界にようこそ

 プールが水の化け物で溢れ返っていた。

 暴走体を構成する主な物質が水なせいで、吸収した本体を中心に際限なく分裂と増殖を繰り返しているのだろう。放っておくと建物内全域がジュエルシードの支配下になりかねない勢いだ。

 

「うわ……たくさんいる」

 

 プールサイドの端っこに隠れながら、高町がぽそりと呟いた。

 道中にユーノから聞いてわかったことだが、ジュエルシードは暴走体を完全に沈黙させることで初めて封印可能状態になるらしい。つまり、件のジュエルシードを封印したい俺たちは、今からこの大量の数の敵を相手する必要があった。

 

「よかったな。これだけいたら、トリガーハッピー的には楽園もんだろ」

「いや、わたしトリガーハッピーじゃないですし」

「違うのか?」

「違います!」

「そうか……そうかぁ……」

「なんで露骨に残念そうにしてるんですか!」

 

 騒ぎ出した高町を彼女の肩に乗ったユーノが「まあ、まあ」と宥める。わざわざ隠れて様子を伺っているのに、馬鹿みたいに騒いだら隠れている意味がないだろう。まったく、これだから素人は困る。

 

「さて、そろそろ真面目な話でもするか」

「最初からしてください!」

「場を和ませるのも時には必要なんだよ──それで、どうする?」

 

 どうやってジュエルシードを封印するか。それが問題だ。

 高町がバ火力な砲撃を単発で打ちかましても効果がないのは既に立証済み。いくら破壊力があっても、撃ち漏らしが一つでもあれば封印は失敗。直ぐに新しい個体が増殖される。中々に面倒な状況だ。

 

「とりあえず俺は……高町がこの辺り一面を更地にして封印するってプランを提案してみるが」

「やらないからね!」

「なるほど……できない、じゃなくてやらないか。流石は恭也さんの妹。思考が脳筋だな」

「どういうリアクションを取れば良かったんですかわたし!?」

「とりあえずは、そういう方向性が求められている」

「助けてユーノ君! わたしの中の常識が通用しないの!」

 

 逐一反応が面白い。段々と楽しくなってくる。

 小さなツインテールを振り回して、全身を使って目一杯にリアクションを取る高町を見た俺は内心でそう思っていた。

 

「だが、あながち間違いでもないだろ?」

 

 そう言って肩に乗っているユーノに視線を向けると、ユーノは真面目な表情で頷いた。このことにショックを受けたのは高町だ。

 

「そんな……ユーノ君までわたしのことをそんな風に思っていたなんて……」

「違うよ、なのは。彼が言っているのは、ジュエルシードの封印方法についてだ」

「はえ?」

「こういった複数の封印対象を同時に相手する場合、大型の魔力放射砲でまとめて強制的に停止させるか、複数用のロックオン系魔法を使って一箇所に固めてしまうのが一番効果的なんだ」

 

 一応、もう一つだけ裏技的な方法もなくはないが、それは今この場で話す必要はないので黙っておく。そんなことをしたら、間違いなく俺が疲れる。

 

「おまえに複数同時の捕縛なんて器用なことができるわけないだろ? それなら更地にした方が早いって話さ」

 

 というか、現状の手札ではそれしかできない、が正解だ。忍に対してほんの数ミリ単位くらいの罪悪感はあるが、背に腹は変えられない。

 

「というわけで、やれ」

「やりません!」

 

 高町は声を荒げて拒否の姿勢を取った。どうやら、彼女的には俺の天才的な作戦はお気に召さなかったらしい。

 

「要するに、動きを止めてひとつにまとめたらいいんですよね。ちょうど今朝ユーノ君に教わった魔法の応用でやれると思います」

「えー、更地にした方が早いだろ。どうせできないだろうし」

「できますよ!」

 

 鼻息を荒くして叫ぶと、そのまま高町はズンズンとジュエルシードの暴走体が集まっている場所へ向かって行った。逞しいことこの上ない。

 

「……ワザと煽りましたね?」 

「さあ? なんのことやら」

 

 いつの間にか高町の肩から飛び降りていたユーノがジト目でこちらを見てきたので、俺は肩を竦めてそう返事をした。

 煽るとは人聞きの悪い。俺はあくまで善意で提案してあげただけだと言うのに。

 

「レイジングハート……いける?」

『If that's what you desire. (貴女がそれを望むなら)』

 

 高町の意思に答える様に彼女の持つ魔導の杖──レイジングハートが機械音声を発すると、足元に桜色の魔法陣が描かれる。

 高町はスッと、小さく息を吸い込み、

 

「イメージを魔力に乗せて……」

 

 高町の魔力が一気に収束していくのがわかる。可視化できるレベルまでに膨れ上がった魔力に反応した暴走体が高町に気づき、彼女の元へと集まっていく。

 

「……へえ」

 

 その光景を見ていた俺は感心するように呟いた。

 高町の並外れた魔力量にではない。彼女の豪胆過ぎるクソ度胸っぷりにだ。

 敵に囲まれているというのに、高町には焦りの表情がない。それどころか、収束していく魔力の密度が更に上がっている。この女、かなり肝が据わっているらしい。こんな状況下でも正確に魔導の術式を構築しているし、焦りや恐怖の感情も見えないのは、素直に凄いと思う。

 

「捕獲の……魔法……そして、固定の魔法……!」

『Restrict lock』

 

 それは一瞬の出来事だった。

 桜色の光がプールを包み、高町の魔力によって生み出された光の輪が大量に発生した暴走体を力づくで縛り上げる。収束系の上位に位置する高度な魔法だと、右手に持っているヴァリアントが教えてくれた。これは、俺の中での高町の評価を改める必要があるかもしれない。

 高町なのはには、本人も知らない才能が眠っている。おそらくはこの魔法もその片鱗、ほんの一部分だろう。

 

「そのまま固まってて! いくよ、レイジングハート!」

『OK!』

 

 制御装置の羽が勢いよく広がり、杖の先端に高密度の魔力が収束される。今か今かとお預けをされている魔力の塊。それをどうするつもりなのかなど、考えるまでもなかった。

 

「シュート!!」

 

 叫び声とともに逃れられぬほどに膨れ上がった強大な魔力の奔流が、ジュエルシードの暴走体を一瞬で飲み込んだ。桜色の砲撃はそこで止まる事を許さず、そのままプール中心部に着弾。そのアクションに遅れるように半瞬後、物理法則が追いついてプール内の水は着弾点を中心に勢いよく吹き飛んでいきながら辺り一面を崩壊させてゆく。その姿を言葉として表すのであれば、”暴力”の一言がふさわしい。圧倒的暴力。何もかも飲み込み、そして消し去るだけの暴力。改めて、自分たち魔導師が人外のバケモノなのだと悟る。こんなふざけた力を小学生のガキが当たり前に使えるのだ。冗談抜きで一国程度簡単に滅ぼせる。 

 

「いたた……」 

 

 砲撃の反動を完全に殺せなかったからか、その場で尻餅をつく高町を見て、俺は小さく息を呑んだ。幸いだったのは、その様子を高町にもユーノにも見られなかったことだろう。

 あれだけの破壊行為。もはや兵器の類いと何ら代わりない異能の力。

 しかも、その力を行使した対価が尻餅の一つだけ。

 

「ああ」

 

 俺は天井を見上げる。

 これは予想外だ。俺の見通しが甘かった。高町なのはは凡人ではない。むしろその逆。

 天才が目覚めた。今の今まで知ることのなかった天賦の才の使い道を、高町なのはは不運にも知ってしまったのだ。

 

「Welcome to the outside world……ってか」

 

 Welcome to the outside world──人外の世界へようこそ。

 高町なのはは今日この日を境に、俺とは違うベクトルの化け物になろうとしている。

 

「ん? 何か言った?」

「言ってねえよ。それよりもほら」

 

 高町の声にそう返し、俺はプールに浮かぶソレを指差した。

 指差した先にあるのはジュエルシードだ。既に封印状態になっているのか、再度の暴走の気配はない。

 

「さっさと封印しろ」

「う、うん」

 

 スッと高町がレイジングハートでジュエルシードに触れると、ジュエルシードがレイジングハートの宝石部分へと吸い込まれていった。どうやらレイジングハートはジュエルシードを収納する役割も担っているらしい。

 

『Receipt No.17』

「よし、今度はバッチリ!」

『Good job』

 

 無事に戦いを終えることができて喜ぶ高町たち。その様子からは危険な匂いや気配は感じられない。

 当然だ。高町なのはの本質は善なのだから。それは俺にとって、唯一の救いだった。もしも何かのきっかけで彼女が道を間違えて『最低のクズ以下』に成り下がったら、文字通りの厄災になるだろう。

 

 ──ともあれ、

 

 最高にヤル気が削がれる最低な戦闘がようやく終わったな、と俺は盛大にため息を吐いたのだった。




本日は原作主人公こと、高町なのはの誕生日。
まあ、誕生日とまったく関係がない話ですけど。
評価、お気に入り登録、ありがとうございます。

登場人物紹介
高町なのは
所謂天才。後の白い悪魔。非殺傷で結界内なら大丈夫の理論で核ミサイルばりの破壊を振り撒くデストロイヤー。
黒道リクト
クソ雑魚認定していたなのはの評価を改めて、未来の化け物候補に。仮に戦った場合、今はまだ勝てるが、将来的にはわからないとは本人談。
ユーノ
高町なのはのデストロイぶりを表沙汰にしない為に今日もせっせと結界を張るフェレット。頑張れユーノ、君の肩には高町なのは悪魔化計画阻止の希望がのし掛かってるぞ。


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Act.12 I have(get) a bad feeling/不安と予感

「おっはよう! マイフレンド!」

 

 翌日の登校日。

 教室に入った俺を出迎えたのは、無駄に爽やかで非常にウザい笑みを浮かべる樋口だった。寝不足で頭が回っていないのに、朝からこんなに腹が立つ友人の相手をする必要があるのかと考えると──嬉しさのあまり、裏拳の一つでも叩き込んで、樋口の鼻をへし折りたくなってくる。ここが学校の教室で、相手が友人の樋口で良かった。どうでもいい赤の他人なら間違いなくやっている。それくらいに、今の樋口はウザかった。

 

「……はぁ」

 

 胸の奥から湧き上がるイライラをグッと呑み込み、俺は樋口を華麗にスルーする。触らぬ馬鹿になんとやら。こういう時はシカトが正解。

 だが、それを当人が許すかは別問題だ。

 

「おいおい。いくらなんでも無視は酷くね?」

 

 と、俺の肩を掴んで樋口は笑った。ただし、その瞳の奥は微塵も笑っちゃいない。

 

「いやー、昨日の放課後はやることが無くてさァ。珍しく宿題もなかったから、親友と遊ぶつもりだったんだよ。それなのに、親友は男の友情を捨てて女とデートに行きやがってよ──どう思うよ、()()?」

 

 素直に面倒くさいと思った。わざわざ親友の部分を強調するあたりが特に。思ったのだが、こいつがこうなった原因が俺にあるのもわかってはいる。たかだかプールに行く面子にハブられただけ、と馬鹿にはできない。誰だって、仲間外れは寂しいものだ。

 

「あー……わかった、わかった。今度はおまえもちゃんと誘うよ、()()

「絶対だからな! 次もハブりやがったら、マジで泣くからな!」

「はいはい。次があったらな」

「なんか引っかかるけど、まぁいいか。それでさ」

 

 席に座って次の授業の準備をしながら、樋口はそんな風に話を切り出してきた。

 

「どうだったんだ? プールデートの感想は?」

「別に」

 

 プールで突如発生したジュエルシードの暴走。その顛末はあっさりとしたものだ。

 すずかとバニングスの二人が目覚めたのは、あれから直ぐのことだった。二人に目立った外傷はなく、暴走体によって脱がされた水着もちゃんと着せられていた。

 結界内で起きた事柄は、結界を解除すれば大半が元に戻る。そう説明したユーノが言った通り、高町の砲撃魔法によって粉砕された建物の一部や、砲撃の余波で蒸発したプールの水などはすっかり元通りとなっていた。この場所で核兵器クラスの爆発があったことなど、誰が信じるだろうか。つくづく、異世界の魔法は便利だと思った。

 

「適当に遊んで、適当な時間になったら帰って、帰り道に近所の飯屋で飯食っただけだよ」

「めちゃくちゃ充実してんじゃねぇか!」

「何処がだよ」

 

 とりあえず二人には遊び疲れて眠っていた、という説明をしておいた。イマイチ腑に落ちない表情を浮かべてはいたが、年長組がそれなら時間も良いしそろそろ帰ろう、と帰り支度を始めた事で有耶無耶になったから問題はないだろう。

 

「六年は俺だけで、しかも周りは女ばっかりだから居心地が悪いったらない。こんな事なら家で昼寝でもしとけばよかった」

 

 元々は休日に知り合いたちとプールに行くだけだった。それが蓋を開けてみたら、一度もプールに入ることなく、何故か異世界から来た化け物のハンティングの手伝いをやらされることに。予想外な事態のせいで、俺だけが得をしていない。完全に貧乏くじだ。

 高町かユーノ辺りに報酬金でも請求しようかとも考えたが、それは不可能だろう。彼女の兄貴が俺の知り合いである以上、何かの拍子に俺が魔導師であることが他の人達にバレたら堪らない。もしもバレたら忍のオモシロ実験室に直行コースだ。

 抜け切らない精神的な疲労でひどく落胆する俺の肩を、樋口が叩いた。

 

「まあ、あれだな。今度は俺もちゃんと一緒に行ってやるからさ。男の友情ってやつを見せつけてやろうぜ。手始めに月村の当主様とかに」

「そんなもんがある事に驚きだよ」

 

 俺は樋口の妄言を遮った。こいつは俺に月村の人間を紹介してほしいだけだ。なぜなら、月村家の秘密を暴きたいから。死んでもこいつの思い通りにはさせたくない。

 

「けどよ、最近のコクトーは随分と女にモテるよな」

「はあ?」

「いやいや、無自覚かよ」

 

 呆れた様子の樋口にイラッとした。こいつに馬鹿にされるとか、屈辱以外のなにものでもない。

 

「月村の当主様の妹にバニングス家の御令嬢。それにほら、この前教室にきた女の子。選り取り見取りじゃねぇか」

「アホか」

 

 俺は吐き捨てた。誰がモテるだ。今すぐに目と頭を入れ替えてこい。

 

「下級生のガキ相手にモテるもクソもないだろ。あんなちんちくりん集団、こっちから願い下げだ」

「贅沢だなぁ。ハーレムは男の夢だろうに」

「興味ねェな」

 

 すずかはただの幼馴染み。バニングスはすずかの友達(ダチ)。メイド連中は月村の当主様のお気に入り。高町に至っては、ただの厄災製造機(トラブルマシーン)だ。運命的な出会いもなければ、ドラマティックなエピソードもない。ぶっちゃけ、どうでもいい赤の他人と大した差はなかった。

 

「じゃあ、なんだ。コクトー」

 

 樋口は教室の入り口を指差した。なんだか非常に嫌な予感がした。

 

「この前来た下級生の女の子とは友達じゃないのか?」

「最初からそう言ってるつもりなんだけどな。樋口はホントに人の話を聞かないよな」

「ふーん。友達じゃないのか……── だったら、ありゃ何だ。お前が呼んだんじゃないのかよ」

 

 俺は直ぐに樋口が指差す方へ振り向いた。既視感、デジャブを感じる。

 そして、教室の入り口に立っている下級生の女の子を発見した。そいつは、なんとなく居心地が悪そうな表情を浮かべている。

 

「……ちょっと行って来る」

「いってらー」

 

 ひらひらと手を振って見送る樋口の表情は腹が立つくらいにニヤけていた。絶対に後で色々と聞かれることを覚悟しないといけない。

 

「何しに来た。六年生の教室に入るには、後三年の下積みが必要だぞ」

 

 俺は言外に、さっさと帰れ、と意味を込めて下級生の女の子──高町なのはに話しかけた。

 

「あ……あの、お礼を言いたくて」

「お礼?」

「昨日のプールでのこと」

「ああ、アレか」

 

 なんのことだ、と疑問は一瞬。それが昨日のジュエルシードの一件の事だと理解するのに時間は必要なかった。

 高町は背筋をピンと伸ばして、それから丁寧に頭を下げた。お手本のような御辞儀だ。

 

「すずかちゃんとアリサちゃんを助けてくれて、ありがとうございました!」

「……どういたしまして」

 

 少しの間の後に絞り出せたのは、そんな言葉だった。

 本当は悪態の一つでも吐きたかった。けれど、高町があまりにも真面目くさった眼差しでこちらを見て来るものだから、つい言葉を詰まらせてしまう。

 これはいけない。調子が狂う。

 

「……何個だ?」

「え……?」

()()()の数」

 

 オブラートに包んだ言葉の意味を理解した高町が、『ああ』と頷く。

 

「えっと……昨日のを加えて、残りは十六個……かな?」

「多いな」

「にゃはは……まだまだいっぱいたくさん捜さないと」

 

 高町は胸の前で小さく掌を握って、そんな事を言ってきた。それは聞き逃せない台詞だった──呆然とさせられる。こいつは本気で全てのジュエルシードを一人で集めるつもりだと、俺にはすぐわかった。

 助けて、と言えばいいのに。辛い、と泣けばいいのに。高町はその弱さを見せなかった。自分よりも三つも下の女の子なのに。

 面倒くさいなァ、と思う。自分でもらしくない考えなのはわかってはいる。それでも、気になってしまう。

 だから、今からこいつにかける言葉は、きっと世迷言の類いだと自分に言い聞かせた。

 

「そうか、無理はするなよ」

「……へ?」

 

 高町が信じられないものを見る目で俺を見てきた。失礼なやつだ。

 手伝いを断った人間から『無理をするなよ』なんて言われたら、普通は嫌味にしか聞こえない。それでも、なんとなくそう言うべきだと思った。

 

「なんだよ」

「あ、いや……」

 

 どう返事をしたらいいかわからない、といった感じの高町。しかし、高町が何か続けようとする前に、俺は廊下を指差した。

 

「話は終わりだ」

 

 都合よくホームルーム前のチャイムが鳴る。物理的なタイムリミットを前に、高町は会話を止めて首を立てに振った。

 

「ほら、早くしないと遅れるぞ」

 

 それだけ言って、俺は教室内へと戻った。

 背後で高町が再び頭を下げたような気もしたが、興味がなかったから見ていない。数秒後に、タッタッタ、と廊下を走る音が聞こえた。

 

「友達じゃない……ねえ?」

「うるさい」

「はいはい」

 

 教室に戻ると、樋口が揶揄うように笑っていた。俺はそんな樋口を無視する為に、頬杖をついて窓の外を眺めた。担任教師が教室に入って来たのは、それから直ぐの事だ。

 

「……大丈夫か、あいつ」

 

 

 

 高町なのはがジュエルシード絡みの事件で大怪我をしたのは、それから数日後だった。

 

 




お久しぶりです。黒崎ハルナです。
更新が止まっている間に新しい評価と初の感想を頂けました。本当にありがとうございます。
今回は前回の蛇足と次回の布石回。そろそろもう一人の原作主人公を登場させたい。

登場人物紹介
高町なのは
家族や友達が襲われても誰かに頼らずに一人で余計に頑張ろうとする。色々な意味で背負い込むタイプ。
樋口
口の悪い友人にも優しく接する凄いやつ。ある意味で聖人。
黒道リクト
口が悪い。愛想は無い。無駄に現実的で悲観的。自分が一番優先な自他共に認めるクズ候補。それなのに、他人の心の闇的な部分を暴くことに長けているからタチが悪い。


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Act.13 Another magic girl/もう一人の魔法少女

 非日常側にいる者同士の出会いというのは、大抵の場合が殺伐としたものになる。

 異能者が断罪されるのが当たり前の現代社会で、大手を振って、自分は化け物です、と自己紹介する阿保はいない。そんな事をするのは、頭の何処かが焼き切れた真性の阿保だけだ。俺のように、何がなんでも自分の素性を秘密にしている奴が大半だろう。

 戦場か、或いはそれに類似した血生臭い臭いがする場所。俺たち非日常側同士の出会いはそれが基本で、平和的な場所での邂逅は奇跡でも起きなければ有り得ない。事実、じーさんとの出会いも、高町なのはとの出会いもそういう場所だった。同族を嫌う俺たちが殺し合いに発展しなかったのは奇跡的とも言える。

 それくらいに、俺たちは歪なのだ。

 

 そう言った意味では、あの日、彼女に出会ったのは紛れもなく奇跡だったのだろう。

 

 その日は俺にしては珍しく、暇な一日だった。

 学校の宿題もなく、休日なのに樋口からの誘いも、忍からの呼び出しもない。溜めていた映画も全て消化していたし、部屋の掃除も先日したばかり。これほどにやる事がなく、暇な日は久しぶりだ。

 ここ最近はジュエルシードの所為で俺の愛する平穏な一日が奪われがちだったのもあって、この日の俺はとても気分が良かった。

 こういう時は、普段とは違うことをしたくなるものだ。少なくとも、俺の場合はそうだった。

 予定が無くて時間を持て余していて、ついでに珍しく機嫌が良い。となれば、外に散歩でもしよう。

 そう思って昼前に家を出た。目的地は決まっている。これまた珍しく、普段は行かない海鳴臨海公園だ。選んだ理由は、なんとなくそういう気分だったから。

 忍曰く、海岸沿いにあるこの公園は、市内随一のデートスポットとして有名らしい。クリスマスの時期になると、海が見えるベンチで恋人たちが夜を過ごすそうだ。最初にその話を聞いた時、寒空の下でわざわざ肩を寄せ合うとか馬鹿じゃねェの、と俺は思った。

 と言っても、鳴海臨海公園はデートスポット以外にも散歩やジョギングをするのにも有名な場所なので、実は忍が適当な事を言っているだけの可能性もある。あの女は、意外といい加減なのだ。

 

「あれ?」

 

 臨海公園に設置されているベンチへと訪れた時、金髪の少女が蹲っているのが見えた。そいつは俺が知らないやつだった。

 よく見れば、少女は蹲っているのではなく、何かを探している様だ。その表情は必死そのもので、瞳には焦りの色がはっきりと見て取れる。俺にはその姿が、泣いている様にも見えた。

 周りにいる人間たちは誰一人として彼女に声を掛ける事をしていない。にも関わらず、周囲の視線の一部は彼女へと向けられている。

 おそらく、その容姿から少女が日本人ではないと思っているのだろう。日本人にとって、初対面の外国人を相手に、英語で自分から話し掛ける行為はかなりハードルが高い。相手が小さな子供なら尚更だ。中には不安そうに少女を見つめている人間もいたが、彼らも話しかける事はしなかった。英語力か、話し掛ける勇気か、或いはその両方が足りていないのだろう。

 

「ふむ……」

 

 俺はわざわざ他人と関わる事を嫌う性分だ。普段の俺なら、どんな理由があろうが絶対に目の前にいる女の子の事を無視している。しかし、今日の俺はとても機嫌が良い。少なくとも、偶には無償の人助けも悪くないと思えるくらいには。

 薄情な連中め、と俺は傍観している連中に向かって、内心で悪態を吐いた。

 

「ちょっといいか?」

 

 そう言って俺は金髪少女に近づくと、彼女は俯いていた顔を上げた。しかし、彼女の口から中々言葉が出でくる気配がない。

 突然現れた俺を警戒しているのか、それとも日本語が苦手なのかはわからないが、それならそれでどうにかなる。こう見えて、俺は英語が得意な方だ。

 俺は小さく喉を鳴らし、

 

「あー……Are you weak in Japanese? Then I talk in English(日本語は苦手か? それなら英語で喋るけど)」

 

()()()()に英語で会話をした。最後に喋ったのは、何年前だったか。ぶっちゃけ、学校とかで習うよりも先に覚えた英会話なので、発音や文法があっているかは知らない。それでも、外国人と会話するのには問題はない筈だ。

 

「えっと……日本語で大丈夫です。一通り、日本語の勉強はしてきましたから」

 

 目の前の少女は、少しだけ警戒気味に言葉を続けた。俺は少し驚く。日本人離れした見た目とは裏腹に、少女の日本語はとても流暢だった。

 俺は改めて、目の前にいる少女を見る。

 一言で纏めるなら、仕草一つ一つがとても様になる女だった。

 シャツからスカートまで黒一色で統一されたファッションは、一見すると地味で暗い印象を受けるが、彼女のツインテールに纏められた金色の髪がその暗さを吹き飛ばしている。むしろ、彼女の金色の髪を映えさせる為に、態と黒一色のファッションにしているのではないかと思えてくるくらいだ。天然物の金色の髪と赤い瞳に加えて、透き通るように白い肌。それを目立たせずに、さりとて隠さないような服のセンス。

 つまり、全体的に日本人離れした女だった。

 

「それは良かった。一応は喋れるといえ、やっぱり日本語の方が楽だからな」

 

 俺は笑った。釣られてなのか、少女も不器用に笑った。そのおかげか、彼女の警戒心が薄らいだ気がする。

 さて。

 そろそろ本題だ。

 

「何か困ってるみたいだけど、財布でも落としたのか?」

「どうしてそれを……!」

 

 少女は心底驚いた表情で俺を見た。

 

「いや、適当に言ってみただけなんだが……もしかして、本当(マジ)に財布を落としたのか?」

 

 無駄に広い公園敷地内を見渡してから、俺は少女に尋ねる。すると、少女は恥ずかしそうに首を縦に振った。

 

「この場所で落としたのは間違いない……とは思うんだけど」

 

 少女が自信なさげにそう言った。いくら入っているのかは知らないが、流石に財布を失くしたらマズいことは共感できる。俺だって、もしも同じ目にあったら半ベソをかく。それくらいに、お金とは大切なのだ。

 

「そうか──」

 

 言葉を紡ぎながら、俺は視線を少女へと向けた。視線に気づいた女の子も、同じ様に赤い瞳で此方を見つめ返してくる。

 

 ──まあ、暇だしいいか。

 

 自分でも何故そうしようと思ったのかわからない。

 彼女に対し、そうしてやる義理などないはずだ。おかしいとは思う。変だという自覚はある。だけど、何故かその時はそうしようと思った。

 

「なら、日が暮れる前に見つけないとな」

「え?」

 

 惚ける彼女に対し、口を開く。

 

「この辺りは地元なんだ。迷惑じゃないなら、俺にも手伝わせてくれ」

「でも、そんな……」

「いいんだよ。現地民としちゃあ、せっかく日本に来たのに嫌な思い出で終わる方が後味が悪い」

 

 一方的に会話の流れを断ち切り、多少強引に落とした財布を探し始めると、慌てて彼女も俺の背中を追いかけて来る。許可は取らない。人助けで大事なのは、即断即決な行動力だ。

 背後で彼女は数秒、「あうー」「ううん」「でもっ」と変に色っぽく悩んだ後に、

 

「──あ、ありがとう」

「どういたしまして。ああ、そうだ」

 

 大切なことを忘れていた。一度足を止めて、振り返る。キョトンとした少女と目が合った。

 

「自己紹介がまだだったな。俺はコクトー─―黒道(こくとう)リクトだ。君の名前は?」

 

 それに合わせて片手を差し出す。人間関係を良好にする為にも、自己紹介は大切だ。

 

「フェイト──フェイト・テスタロッサ」

 

 金髪の彼女──フェイト・テスタロッサはそう言って、俺の差し出した手を取ってくれたのだった。

 




タイトルでネタばらしをしていくスタイル。
外伝で戦記絶唱シンフォギアとのコラボ小説を別作品で公開していますので、よかったらそちらも読んでもらえたら嬉しいです。

登場人物紹介
黒道リクト
本人曰く、実は日本語よりも英語の方が話すのは楽。ただし勉学はまったく駄目で、英会話に全振り。感情が昂ると英語で喋る。機嫌が良い時は人助けもする。
フェイト・テスタロッサ
みんな大好きフェイトそん。一部性格が作者の趣味で改編されている事を除けば、他はほとんど原作と同じ。ため口なのは日本語が覚えたてだからなのと、コクトーが大人ではないから。余談だが、コクトー君の好みにどストライクな性格と容姿らしい。


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Act.14 Another magic girl/もう一人の魔法少女 PT-2

 探すのを手伝うとフェイトに言った手前で非常に言いづらいのだが、俺には真面目に探し物を見つけるつもりなど欠片も無かった。

 考えなくてもそれは当然だ。

 俺たちがいる海鳴臨海公園はとにかく広い。敷地内に限定したところで、子供の足で探すにはかなりの体力と時間が要求される。ましてや、探し物が財布なんていう小さいものなら尚更だ。

 なら、どうするのか。

 簡単だ。

 普通じゃない方法を──裏技を使えばいい。

 俺には魔導という、普段はクソの役にも立たない力がある。こいつを使えば、探し物を見つけるくらいわけも無い。

 

「ありがとう」

 

 ベンチに座ったフェイトが小さく頭を下げた。彼女の手には、先程まで探していた黒の長財布がある。年頃の女の子が持つには些か洒落気のないソレを、フェイトは大切そうに抱き抱えていた。

 

「本当にありがとう。君が見つけてくれなかったら、どうしようかと……」

「大袈裟だな」

「そんなことない」

 

 フェイトはふるふると頭を横に振った。その度に、両サイドに纏められた彼女の金色の髪が左右に揺れる。

 

「本当に……本当に助かったから」

 

 落ちてた財布を見つけただけなんだけど、と口にしようとして、それを俺は呑み込む。美人に感謝されているのだから、この礼は素直に受けるべきだ。偏屈は良くない。

 

「無事に見つかってよかったよ」

 

 探し始めて一時間足らずで、フェイトの探し物は見つかった。

 その方法は単純で簡単だ。落とし物を探しているフリをして、フォーミュラを使って臨海公園内に設置された監視カメラに不正アクセスをした。ただ、それだけである。

 後は録画されていた監視カメラの映像をヴァリアントを通して複数台同時に再生し、公園に入ってから俺に出会うまでのフェイトの動向を追いかければ、彼女が財布を落としたであろう場所に当たりを付ける事は容易い。思考の高速処理は俺の得意分野だ。

 

「でも、本当によかったの?」

「何が?」

「その、お礼が()()で」

 

 言って、フェイトは俺が持っている一缶を指差した。財布を見つけてくれたお礼に何でもする、とフェイトが言ってきたので、俺は迷う事無くコイツを報酬に選んだ。美少女とお近付きになれて、手元には愛飲しているコイツがある。俺には十分過ぎる報酬だった。

 赤い缶に白のラインで描かれた洒落た文字。プルタブを開ければシュワ、と爽快な音が聞こえてくる。

 我が生涯の相棒こと──コーラを一口飲んだ俺は、フェイトに言ってやった。

 

「十分さ。労働の一杯ってやつは格別だからな」

「でも、もっと高いのでも良かったのに」

「小学生にとって、ジュース一缶は中々に高級品なんだぜ?」

 

 イマイチ納得のいかない表情を見せるフェイトを尻目に、俺はコーラを喉に流し込む。むせ返るような強めの炭酸と甘さが、喉を通して体全体に染み渡る。

 

「一つ、聞いてもいい?」

「なんだ?」

「それって……美味しいの?」

「はぁ!?」

「ひぅ!」

 

 フェイトの問いに、俺は思わず声を張り上げた。今、こいつは何と言った? コーラを指差して、美味しいのか、だと。

 

「……もしかして、フェイトはコーラを知らないのか?」

「う、うん」

 

 こくり、と頷くフェイトの事を、俺は信じられないものを見る目で見ていた。まさか、コーラを知らない外人と出会う日が来るとは。

 俺は興奮気味に話した。

 

「そいつは勿体ない! 人生の半分くらいは損してるぜ!」

「そうなの?」

「おうさ! 俺のじーさん……あ、いや、俺の父親……みたいな人が言ってたんだ。世の中のクソみたいな悩みの大半は、ビールとコーラと熱々のピザが有れば解決できるってな」

「面白い人だね」

「だろ」

 

 俺の熱弁を聞いたフェイトは口元に手を添えて、クスクスと笑う。その仕草は、不思議と俺を不快な気分にはさせなかった。むしろ逆。じーさんの事を褒められた気がして、俺はとても気分が良くなる。

 フェイトは俺の持っているコーラの缶をジーっと見つめてから、

 

「……わたしも飲んでみようかな?」

「そいつはいい。俺もこいつの美味さを共感してくれる相手が欲しかったんだ」

 

 樋口の野郎はコーラよりもサイダー派らしく、恭也さんに至っては炭酸飲料よりも紅茶やコーヒーの方が好きだという始末だ。妹の方がどうかは知らないが、趣味が合わないのは中々に寂しい。

 だからこそ俺は、この機会にフェイトにもコーラの素晴らしさを教えたかった。俺は気分良く、手に持っていた缶をフェイトに突き出す。

 

「とりあえず、一口飲んでみな」

「ええ!? いや、でも……」

「遠慮するなって。まあ、元はおまえが買ってくれたやつだけど」

「そ、そうじゃなくて……」

 

 何とも歯切れが悪いフェイトを無視して、俺は強引に彼女の手に突き出していたコーラの缶を握らせる。フェイトは暫しの間、その缶を見つめ続けていた。おそらくは、初めて飲む飲料だから緊張しているのだろう。あー、とか、うー、とかよくわからない言語を呟きながらコーラの缶を見つめている姿は、中々に面白い。

 やがて、意を決して缶に口を付けたフェイトは、その中身を一気に喉へと流し込んだ。

 

「あ、そんな一気に飲んだら──」

「……ンッ! ゲホッ! ゲホッ!」

「あー、いわんこっちゃない。炭酸強いから咽せ易いんだよな」

 

 気管に入ったのか、胸に手を当てて咳き込むフェイト。幸いにも、中身を盛大にぶち撒けることはなかった。美少女が口からコーラを吹き出す様子とか、放送事故ってレベルじゃない。

 

「の、喉が……」

 

 涙目で此方に助けを求めるフェイトに俺は苦笑する。その様子がなんというか、普通に可愛らしい。俺の周りにはマッドサイエンティストや、脳筋砲撃女みたいなやつしかいなかったからか、こういう普通に可愛い女の子というのは新鮮だった。

 

「こ、これ、なんか凄いね」

「嫌なことを吹っ飛ばしてくれる味だろ?」

「う、うーん……」

 

 歯切れが悪そうに返事をするフェイトを見て、俺は少しだけ悲しくなる。どうやら、彼女にコーラは早過ぎたらしい。

 

「ところで」

 

 出会って間も無いが、俺はフェイトの事が気に入った。なので、俺はもう少し彼女の事が知りたくなった。

 

「フェイトは日本に来て長いのか?」

 

 それを聞いた瞬間に、何故かフェイトは肩を小さく震わせた。暫しの間があった後に、フェイトはふるふると首を横に振る。

 

「三日くらい前に来たばかり、かな」

「へー。観光か?」

「ううん。……探し物を見つけに」

 

 初めてフェイトの視線が俺から外れた。やたらと歯切れの悪い言い方に、俺は無自覚に彼女の地雷を踏んだことを理解する。

 その時、なんとなく俺はフェイトから面倒事の匂いを感じた。感じた上で、彼女の探し物とやらを手伝ってあげたくなった。これほどまでに俺をイラつかせない人物と出会ったのは初めてだったからだ。だが、俺は便利屋じゃないし、フェイトの抱える個人的な問題に首を突っ込むつもりもない。そんな奴が好奇心で関わっていい内容で無いことは、流石の俺も察している。

 代わりに、話を変えてみることにした。

 

「じゃあ、探し物を見つけたら帰っちゃうのか?」

「そうなるかな」

「残念だ。おまえ可愛いし、デートにでも誘いたかったんだがな」

「かわッ!」

 

 陰りの刺していた顔から一転、フェイトはその白い肌を茹で蛸みたいに真っ赤にする。その反応もいちいち可愛らしいと思った。

 

「そんなこと」

「あるさ」

 

 俺ははっきりと断言した。

 

「嘘を言わない主義だ」

 

 少なくとも俺の中でフェイトは、あの月村忍や高町なのはよりも遥かに上だ。あいつらは見た目こそ一級品だが、中身が色々と残念な連中だ。

 その点、フェイトは大人っぽい雰囲気の割に感情表現も豊かで、喋っていて不快になるようなことも言ってこない。今日限りの、一日だけの出会いなのが本気で惜しいとすら思えるほどだ。

 

「自信持てよ」

「う、うん……ありがとう?」

「そうそう。何事も素直さが大切だぜ。美人の場合は特にな」

「……もしかしなくても、揶揄ってるよね」

「ああ。今、すごい適当なこと言ってる」

 

 ほんの数秒、見つめ合う。それでも俺がへらへら笑って眺めていると、やがてフェイトもくしゃっと笑った。

 

「君は」

 

 フェイトは言葉を選んでいるようだった。何度か眉をしかめたり、額を抑えたりしながら、口を開く。

 

「不思議な人だね」

「ああ、よく言われる」

「ほら、そういうところだ」

 

 何を思っているのか知らないが、フェイトは複雑そうな顔をした。

 

「今まで、初めて会った人とこんなに話すことなんてなかったんだ。君は優しいし、面白いし、わたしが知らないことをたくさん知っている。だから、その、わからなくて」

 

 何度もつっかえながら、フェイトは言葉を紡いでいた。きっと、俺を不快にさせないように気を使っているのだろう。気にしなくてもいいのに、と俺は思った。

 

「どうして、助けてくれたの?」

 

 偶々俺の機嫌が良かっただけ。そう答えるのは簡単だった。だけど、そう答えるのを少し躊躇ってしまう。

 何故なら、俺にはフェイトの問いが、誰かに救いを求めている様にも見えからだ。勘違いならそれで良かった。だが、この質問には真剣に答えるべきだと思ったのも事実だ。

 

「声が聞こえたからな」

「声?」

 

 俺は頷いた。

 

「助けて、って声が聞こえたんだ。だから助けた」

「それだけ?」

「それだけじゃあ、理由にならないか?」

 

 フェイトは首を横に振る。

 その反応で、俺は満足だった。

 結局のところ、人助けってやつは自己満足でしかない。一々助ける理由なんてものを深く考えるだけ無駄なのだ。

 人助けは趣味程度にしておけ。でないと、後で後悔する。

 昔、じーさんにそんなことを言われたのを思い出す。その時だ。

 

「フェイトー!」

 

 不意に、俺たちが座っていたベンチから少し離れた場所で、聴き慣れない女性の声が響いた。

 

「アルフ」

 

 フェイトが女性の方を見て、そう呟いた。ジーパンに黒シャツの女性は、此方に向けて手を大きく振っている。俺はフェイトに聞いた。

 

「知り合いか?」

「うん。わたしの大切な家族」

 

 こくり、と頷いて、フェイトも手を小さく振る。明らかに自分よりも年上の女性は、俺の存在に気付いて眉を内側に寄せた。不審者を見る様な視線が俺に突き刺さる。

 

「ああ……アルフったら」

 

 視線に気づいたフェイトが、オロオロしだした。更に女性の睨みがキツくなった気がする。困った。こういうのは苦手だ。

 

「行けよ」

「え、でも……」

「いいから」

 

 躊躇っているフェイトに、俺は気にするな、と笑う。異国の地で離れた家族を心配して探していたのだろう。普通に考えて、あの女性の対応は正しい。

 

「ほら、呼んでるぞ」

 

 指差した先で、再び女性がフェイトの名前を叫んでいる。痺れを切らして、こちらに向かって来たら面倒くさい。

 俺はベンチから立ち上がった。釣られて、フェイトも立ち上がる。

 お別れの時間だ、と俺が言うと、フェイトは小さく頭を下げた。

 

「その、今日は本当にありがとう」

「どういたしまして。もう落とすなよ」

 

 皮肉のつもりで言った言葉に、フェイトは笑いながら頷いた。邪気が無さ過ぎて、皮肉を言ったこっちが恥ずかしくなってくる。

 

「また、会えるかな?」

 

 魅力的な提案だった。だから俺は迷うことなく答えた。

 

「運が良かったらな」

「素直じゃないね、君は」

 

 フェイトと俺は顔を見合わて、それから示し合せた様に笑みを浮かべる。それがなんだか嬉しくて、可笑しくて、不思議と笑った。

 

「それじゃ、またな」

「……うん。またね」

 

 俺は次第に小さくなっていくフェイトの背中を、なんとなく眺めていた。

 フェイトは途中何度も振り返っては、小さく頭を下げていた。そして最後に、アルフと呼んでいた女性と一緒に会釈をしてから臨海公園を出て行った。

 また、会えるといいな。

 柄にもなく、そんなことを思った。

 

 

 

 

 この出会いから数日後に、俺とフェイトは再会することになる。

 戦場という、最低最悪な場所で。

 




ようやくメインキャストたちが出せました(まだ後半組が控えていることに目を逸らしながら
何時もながら、UAや評価、お気に入り登録、感想とありがとうございます。

登場人物紹介
フェイト・テスタロッサ
可愛い。優しい。空気が読める。の完璧美少女。ただし、ほんのり漂う地雷臭。ちなみにお母さんLOVE。最近、コーラを飲み始めたらしい。
アルフ
台詞無しな不遇なお姉さん。フェイトの家族で、思考は常にフェイト最優先。フェイトが見知らぬ男と仲良く笑っていたことに、少しだけ嫉妬中。


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Act.15 The past of the black/黒の過去

 年齢を問わずに学生は学校での勉学よりも、放課後の時間に何をするかの方を重要視するべきだと俺は思っている。

 時間は有限。いくらあっても足りやしない。だからこそ、学生の放課後は貴重なのだ。

 それを肯定するかの様に、最近は小学生ですら放課後は多忙なやつが多い。

 友達と遊びに行くやつは少数派で、将来の為に塾へ行くやつが大半だ。珍しいとこなら、ピアノやバレエみたいな習い事をするやつもいる。

 俺が通う私立聖祥大学付属小学校は教育熱心な親が多いからか、余計にその傾向が強い。身近なやつなら、すずかが放課後に塾の他にもバイオリンの稽古を受けているそうだ。

 そんなご時世だからこそ、俺みたいな普通なやつはかえって珍しい。

 極稀に月村忍に呼び出される場合を除けば、基本的に樋口と遊ぶか、寄り道せずに真っ直ぐ家に帰るかの二択。逆に今時珍しい、習い事も塾にも行かない小学生だ。

 そして、今日の予定は後者の日だった。

 

「あ……」

「げっ……」

 

 授業が終わって家に帰る道中、高町と偶然出会った。おかしい。確か、高町の家は反対側にあった筈だ。

 

「なんでいんだよ」

「なんでって言われても……」

 

 俺が心底嫌そうに言うと、高町は困った様に眉を内側に寄せた。

 

「ジュエルシードの探索中か?」

 

 俺がそう訊くと、高町は小さく首を縦に振る。

 高町の服装は小学校の制服のままだった。今いる場所が彼女の家から離れていることや、学校指定鞄を背負っていることから、高町は家に帰らずにジュエルシードを探しているらしい。

 おそらくは魔導に目覚めてからずっと、こうやって遅くまで近所を探索していたのだろう。仕事熱心というか馬鹿正直というか、如何にも高町らしい生真面目さだ。

 俺はやれやれと首を横に振って、

 

「手伝ってやろうか?」

「……え?」

 

 途端、高町は胡散臭いものを見る目で俺のことを見てきた。失礼なやつだ。先日会った金髪美少女の爪の垢でも煎じて飲ましてやりたい。

 

「今日は暇だしな。晩飯の時間までなら付き合ってやる」

「で、でも……」

「不満か?」

「そんなことは、ないですけど……」

「なら、さっさと行くぞ」

 

 俺はそう言ってから、足を自宅とは真逆の方角へと向けた。その後ろを高町がオドオドしながら着いてくる。

 その様子を黙って見ていた俺は、もしかしなくても高町は俺の事が嫌いなのではなかろうか、とふと思った。出会いは最悪で、その後も決して友好的ではなかったのだから、当たり前と言われたら当たり前ではあるのだが、それでも当の高町本人が露骨にその事を顔に出さないのが気に入らない。言いたいことがあるのなら、はっきりと口に出して言えばいいのに、高町は顔色を伺う様な仕草ばかりする。

 

「ありがとうございます」

 

 そんな俺の悩みなど知らずに、高町が律儀にお礼を言ってくる。俺は振り返らずに答えた。

 

「気にするな。どうせただの暇潰しだ」

「暇潰し、ですか」

「それ以外に理由があるか?」

 

 途端に高町が不機嫌になったのを背中越しに感じた。不謹慎だと思ったのだろう。俺はそれを無視して、歩く速度を少しだけ上げた。

 

「それで、何処を探すんだ?」

「ふぎゃ!」

「……」

「ご、ごめんなさい」

 

 目的地を訊く為に足を止めて振り返ると、高町が俺の背中に鼻をぶつけていた。鈍臭い。手間のかかる小動物を見ている気分だった。高町は鼻を押さえながら、

 

「今日は山の方に行こうかなって」

「山の方って言うと、あそこか?」

「うん。人気のない場所の方がジュエルシードを見つけやすいと思ったから」

 

 月村の家が管理している山の一つを指差すと、期待と不安が入り混ざったような声で高町が言った。中々に冴えた考えでしょ、と誰かに褒めて欲しそうな表情だ。実際、人気のない場所にこそジュエルシードが落ちている可能性は高いと話す高町の考えは悪くないと思う。

 俺がそう答えると、高町は安堵した様に息を小さく吐き出した。一々リアクションが大袈裟なやつだ。

 山までは距離がある。それまで無言でいるのも疲れるので、俺は軽い気持ちで世間話をしてみることにした。

 

「魔法、少しは上達したのか」

「え?」

「前に言ってたろ。ユーノに魔法を教えてもらってるってさ」

「うーん。ユーノくんは褒めてくれるけど……」

「いまいち実感がない、か?」

 

 こくん、と高町が首を縦に振る。それもそうか、と俺は当たり障りのない返事を返す。

 

「そういえば、コクトー……さんはいつから魔法を?」

「さあな」

 

 はぐらかされた、と思ったのだろう。高町は眉を内側に寄せていた。

 

「覚えてないんたよ」

「覚えてない?」

「気がついたら使えてた。誰に教わったとか、いつから使えるようになったとか、一度も考えたことがない」

 

 これは本当だ。使えたから使っている。俺の魔術に対する感情なんて、そんな程度だ。

 

「孤児なんだよ、俺」

「……孤児?」

「親無しって意味だ」

「親無しって……それじゃあ、お母さんもお父さんも」

「ああ。いない」

 

 高町が驚いた表情で俺のことを見つめてくる。

 

「産まれてから直ぐに、東南アジアの端っこにある港町に捨てられたらしい。だから、親の顔すら覚えてないんだ」

「捨てられたって……なんで」

「なんでもなにも、こんな力を持ってるやつの親とか普通に考えて嫌だろ」

「そんな……」

 

 その返答に、高町は言葉を失っている様だった。いや、実際に言葉が出ないのだろう。俺の身の上話を訊いたやつは、大抵がこうなる。その事がわかっているから、俺はあまり他人に自分の昔話はしない様にしていた。

 

「じゃあ、コクトーさんはどうして日本に?」

「拾われたんだよ。お人好しな日本人に」

 

 じーさんについて、俺は幾つかのことを思い出す。

 正直、どれもあまり良い思い出ではない。俺にとってじーさんは恩人であると同時に、クズな悪党の代表みたいな人だったからだ。 

 じーさん曰く、昔はクズ以下な悪党たちから『ネクタイを締めた海賊』と呼ばれていたらしい。それが本当かどうかを確認する術はないが、じーさんはその言葉通りにあのクソ暑い港町では不釣り合いな程に似合わない白シャツを着て、ネクタイを締めていた。

 

「日本で隠居するからついて来いって、半ば無理矢理にな」

 

 出会いはそれほど劇的だったわけではなかった。生きる為に《フォーミュラ》を使って鉄砲玉の真似事をしていた時期だ。小学生にも満たないガキ一人に警戒心を抱くやつは中々いない。親無しだから依頼主の良心も痛まないし、何より当時から俺はそこら辺のマフィアやギャングの一つくらいなら容易く壊滅できるくらいには強かった。

 故に、それなりに結果を出していけば、依頼はそこそこ入ってくる。なにせ俺がいた街は、複数のマフィアやギャングが我が物顔で闊歩する様な掃き溜めだ。人の形をした生ゴミが路地裏に捨ててあっても大した問題にはならない。おかげで喧嘩を売る相手さえ間違えなければ、食い扶持に困ることはなかった。

 そんな時に気まぐれ気味に現れて、ついでに当時の依頼主とターゲットの両方を同士討ちにさせたのがじーさんである。しかも自分自身の手は全く汚すことなく、口の上手さと知り合いのマフィア連中の力を利用して。

「ふざけるな」と同時の俺はじーさんに対して本気でキレた。

 依頼主が死んでしまっては、明日食べる為のパンが買えない。ならばと転がっている死体から金品を奪おうにも、じーさんが連れて来たマフィアたちが居るせいでそれすらもできなかった。

 仕方がないので、俺は直接じーさんに文句を言いに行った。じーさんは悪党特有の空気を微塵も感じることもなく、鉄火場が日常的なこの街で銃の一つも持たない命知らずで、それでいて度胸だけは信じられないくらいにある。そんな男だった。

 思い返せば、それはあの掃き溜めの街で長年生き延びてきたじーさんなりの自衛手段だったのかもしれない。

 

「ほんと、迷惑な話だ」

 

 後ろを付いて来る高町に、そう断言した。

 後で知った話だが、じーさんはその仕事を最後に裏稼業を引退するつもりだったらしく、俺が来ることもある程度は予想していたそうだ。予想した上で、俺を日本に連れて行くつもりだったらしい。

 頭がイカれている。でなければ、初対面の子供(ガキ)を引き取ろうなんて発想は湧いてこない筈だ。

 

「嫌だったの?」

「何が?」

「その、日本に来ることが」

「……そう見えたか?」

「なんとなく、ですけど」

「そうか……」

 

 高町からの質問を訊いた時、俺はどう答えるべきか悩んだ。

 あの掃き溜めに未練なんかあるわけがない。たぶん、あのままの生活をしていたら、そう遠くない未来に何処かの誰かに殺されていただろう。

 それでも、考えてしまう時がある。

 何故、俺だけが此処にいるのだろうか──と。

 くだらない話だ。

 じーさんは疑いようのないくらいに、素晴らしく善行的な人間だったのかもしれない。しかし、だからこそじーさんは周到で、慎重で、冷酷な男だった。自分の目的の為なら、誰の命でも平気で賭けれる怖さがあった。

 そして、口癖の様に「君には幸せな世界の中で生きてほしい」と、いつも言っていたのを覚えている。

 悪党の最期は必ずロクな死に方じゃない。早いうちに足を洗って、学校に通い、友達を作って、陽だまりの中で幸せに暮らすべきだ。生きる選択肢がない子供なら、尚更そうするべきなんだ。だから、こんなクズみたいな世界からは、早く抜け出した方がいい──と。

 そう言っていたじーさんも、俺を遺してあっさりと事故で死んでしまった。いや、もしかしたら事故死ではなく、誰かに殺されたのかもしれない。それくらいのことをじーさんはしてきた。

 やったらやり返される。因果応報。その真理が、いつだって俺たち化け物に残酷な現実を突きつける。それでも、時折り当たり前の日常が窮屈に感じてしまう。自分が化け物なのだと実感する。

 俺自身、特別な力や立場にはうんざりしていた。

 じーさんが死んでから、もう、ずっと。

 

「コクトーさん?」

 

 高町の声が思考の世界から俺を現実に引き戻す。目的の場所がもう直ぐ近くまで来ていたが、ジュエルシードの魔力反応はまだ感じない。

 馬鹿馬鹿しい、と俺は小さく笑った。

 

「いや、日本に来たことは俺にとって幸運だった。学校に通える様になったし、友達もできたからな」

 

 嘘で塗り固めた言葉を口にしながら、隣にいる高町を見る。

 高町は真面目な性格だ。きっと、馬鹿正直に無関係な俺の身の上話を訊いていたのだろう。こんなくだらない話、適当に聞き流せばいいのに、馬鹿なやつだ。

 

「まあ、まさか日本でトレジャーハンターの真似事をする事になるとは思わなかったがな──っと、そろそろ到着か」

 

 そんな話をしているうちに、目的地の山に近づいていた。

 月村の家が管理しているこの山には、野良猫を始めとした野生動物が数多く生息していて、人通りはあまり多くはない。それでも小学生が許可なく入ることができる程度には整備されている。

 入り口から続いている長い階段に、少々うんざりしそうになりながら、俺は一歩目を踏み出そうとした。

 その直後だ。

 ズン、と鈍い振動が辺りを大きく揺るがした。一瞬遅れて、爆発音が鳴り響く。

 

「これって──!?」

 

 異様な気配に反応して高町は爆発音がした場所──これから向かう予定だった山の方角を見つめた。

 爆発音は、なおも絶え間なく響きつけている。単なる事故や自然現象で説明がつかない出来事が起きているのは明白だった。それと同時に、ここ最近ではすっかり感じ慣れてしまった魔力反応もビリビリと伝わってくる。

 

「あ、待て、高町──」

 

 俺の静止を無視して、高町が勢いよく駆け出した。断続的に響き続ける巨大な爆発音が、俺の声をかき消してしまう。仕方がないので、俺は高町の跡を追いかける様に走り出す。

 疾走しながら、俺は表情を歪める。前方を走っている所為で確認はできないが、おそらく高町も似たような表情をしている筈だろう。この異常事態の原因がわかったからだ。

 それは圧倒的に巨大で、無差別に荒れ狂う魔力の塊。誰でも、どんな物でも容易く化け物に変えてしまう特大な厄介ごと(ビックトラブル)

 そして今の俺たち二人にとって、限りなく身近な存在であるもの──

 ジュエルシードだ。




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登場人物紹介
じーさん
仲間たちと犯罪紛いの運び屋をしていたかもしれない人物。既に故人の為、真実を知る術はない。コクトーを拾った理由は、過去に助けたくても助けられなかったとある双子の子供が原因……かもしれない。


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Act.15.5 Tangle of the girl/少女の葛藤

 高町なのはは焦っていた。

 原因はわかっている。最近知り合った自分よりも少しだけ年上の少年の存在だ。

 つい最近まで普通の小学三年生だったなのはにとって、魔法は未知の世界だった。

 特別を望みながらも、特別に恵まれなかったなのはがようやく見つけた特別。それが魔法だった。

 誰かの助けになりたくて。誰かに必要とされたくて。誰かに自分の存在を認めて欲しくて。願い続けた先で手に入れたのが魔法の力だった。

 初めて魔法に触れた時、恐怖心よりも好奇心によって自分の心が満たされたのを覚えている。ユーノに助けを求められて、そのユーノに自分は魔法の才能があると認められた。

 嬉しかった。

 自分にも誰かの為にできることがある。その事実が、高町なのはにとってこの上無い喜びだったのだ。

 だからこそ、なのははがむしゃらに頑張った。それこそ、生まれて初めてと断言してもいいくらいに魔法を、ジュエルシード集めを頑張ったのだ。

 苦手だった早起きをして、朝早くから魔法の練習をした。自信がなかった体力をつける為に走り込みを始めたりもした。

 頑張って、頑張って──頑張り続けた。

 しかし、そうして頑張ったからといって、必ずしも直ぐに結果が出るわけではない。

 上手くいっていたのは最初だけ。

 二回目は不意打ちにやられ。

 三回目は手も足も出ずに。

 四回目は自分の保身による躊躇いで、危うく大切な友人たちを失いかけた。

 高町なのはのジュエルシードとの戦績は散々な結果ばかりだ。

 その理由は至極単純。

 

 ──わたしが未熟だから。

 

 未熟だからこそ、なのはは生まれて初めて、他人に強く嫉妬した。

 黒道リクトは自分よりも強く、自分よりも()()()な魔導師だ。

 ジュエルシードとの二回目の戦闘の際に偶然巻き込んでしまった彼は、冷静に残酷に暴走したジュエルシードを無力化した。

 三回目の時には自分が手も足も出ずに負けた暴走体を、まるで赤子の手をひねるように倒してしまった。

 四回目のプールでの戦闘は、運悪く巻き込まれた友人たちを颯爽と助け出してみせた。

 圧倒的な強さを持っていて、いつも冷静に物事を考えることができ、最適な判断を瞬時に選ぶ事ができる魔導師。それが、黒道リクトだった。

 それでも、高町なのはは黒道リクトの事を素直に尊敬する事が出来ない。

 何故なら、黒道リクトは高町なのはにとって、最も嫌う部類の人柄の持ち主だったからだ。

 それだけの才能と力を持っていながら、黒道リクトは他人の為に動くことは決してしない。誰かに必要とされ、頼られて、それを容易く実行できるのに、彼はそれら全てをくだらないと吐き捨てる。

 

 ──わたしが欲しかったものを全部持っているのに、どうしてなの。

 

 黒道リクトの考えを高町なのはは否定したかった。でも、今の彼女にはそれができない。

 何故なら、高町なのはは呆れるくらいに弱いから。弱い人間の声は、決して届かないことをなのはは良く知っている。

 自分の様に強い意志も覚悟もないはずなのに、黒道リクト(嫉妬の対象)高町なのは(弱い自分)よりもずっと強い。だから、彼の言葉は弱い自分の心に強く響いてくる。

 その事実が、高町なのはの心に黒いシミを生み出していく。

 

 ──今度こそ上手くやれるはず。

 

 そんな思いが胸の奥底から湧き出てくる。

 あれから魔法の練習をユーノくんと一緒にいっぱい練習した。今日もレイジングハートと一緒にいる。

 

 ──だから、きっと大丈夫。

 

「レイジングハート……これから努力して経験積んでいくよ……! だから教えて! どうすればいいか!」

『If that is what you desire……and you are willing to put in the work(全力にて、承ります)』

 

 愛機からの頼もしい言葉に、なのはの心に火が灯る。

 

『Stand by Ready』

「レイジングハート! セーット アーップ!」

 

 眩い光がなのはとレイジングハートを包み込み、バリアジャケットを構築する。

 

 ──大丈夫。今度こそ。

 

 再度自らに言い聞かせ、なのはは未だ爆発音がする場所へと飛んだ。

 

「居た!」

 

 飛行すること数分。階段を登り切った先にある開けた広場で、ジュエルシードの暴走体が暴れていた。

 周囲の木々が力任せに薙ぎ倒されている。破壊痕こそ派手ではあるが、火の手が上がる気配は無い。その事に、なのはは小さく安堵する。

 幸いにも、山の中には人の気配はなかった。もともと人が通らない様な場所ではあるし、平日の夕方に好き好んで山登りをする人はそう居ない。

 なのはは大きく空を旋回しながら、ジュエルシードが暴れているであろう場所へと向かう。

 暴走体は、巨大な虎に似た漆黒の怪猫だった。

 全長は余裕でなのはの背丈の倍以上はある。闇を塗り固めたような巨体が、背中に生えた禍々しい翼を広げて、荒々しい咆哮を響かせていた。

 どうやらあの暴走体は、野生の猫が核になっている様だと、愛機のレイジングハートが教えてくれる。

 暴走体には飛行能力が備わっているようだが、いままで戦ってきた暴走体の様に、自然災害にも似た力を発する能力は持ってはいないらしい。それでも、あの巨体が街中で好き勝手に暴れ回れば、それだけで大災害級の被害が出てしまう。

 早く封印をしなければ、となのははレイジングハートを強く握った。

 その時だ──

 

「え?」

 

 ジュエルシードの暴走体に接近しようとしたなのはは、眼前に広がる光景を前に、飛行する速度を落とした。

 暴走体がナニカに向かって攻撃をしている。荒々しく獰猛な牙と爪を力任せに振り回して、絶えず攻撃を繰り返しているのにもかかわらず、一向に戦闘が終わる気配が無い。それどころかジュエルシードの方が苦悶の声を上げていた。凶暴な魔力の塊であるジュエルシードを取り込んだ暴走体が、何者かに圧倒されているのだ。

 

「あれって……」

 

 夕暮れの空を引き裂く様に疾る閃光に気づいたなのはが、困惑の声を零す。

 閃光の正体は漆黒のマントを翻しながら、夕暮れの空を駆ける少女の姿だった。

 明らかに普通の人間ではない。少なくとも、普通の人間は何の装置や補助も無しに空を自由自在に飛ぶ事はできないからだ。

 高速で飛行を続ける少女が、漆黒の怪猫と空中で接触する。

 そして次の瞬間、怪猫が苦悶の声を上げた。

 怪猫の翼が根本から引き裂かれて、泥の様な塊が周囲の木々に飛び散った。

 体勢を崩した怪猫の巨体に、謎の少女が追撃をかけていく。

 敵に向かって接近し、身の丈はあるであろう巨大な戦斧を少女は軽々と振るい続ける。そうして徐々に、しかし確実に少女はジュエルシードの暴走体を追い詰めていく。

 

「あれは……魔法、なの?」

 

 少女の闘い方を観戦していたなのはは戦慄した。自分やユーノが扱う魔法、或いは魔道と呼ばれるものは、遠距離からの攻撃方法やその為の補助に特化したものが大半だ──少なくともなのはが知る限り、こうして敵の懐に飛び込む様にして戦う魔道師はユーノからも聞いたことがない。

 そして、未知の魔道を操っている少女の姿を改めて見たなのはは、さらに動揺した。

 魔道士の少女は、なのはとほぼ同い年くらいだったからだ。ほぼ白一色のバリアジャケットを着るなのはとは対照的に、少女はほぼ黒一色のバリアジャケットを着ている。同い年の親友(アリサ)を彷彿とさせる金色の髪。宝石の様に美しい色合いをした紅い瞳。

 なによりも、なのはの視線を奪ったのはその瞳だ。

 たおやかな黄金の女の子の目には、感情という名の色が消えていた。

 

『Scythe form』

 

 呆然と立ち尽くすなのはの前で、金色の髪の少女が持つ戦斧が、その形状を大鎌へと変える。まるで死神の鎌を彷彿とさせるソレを、少女は天高く振り上げた。

 

「ジュエルシード……封印!」

 

 少女が大鎌を振り下ろすのに呼応し、空から雷撃が落ちた。怪猫が断末魔にも似た悲鳴を上げ、その直後に起きた巨大な爆発が、周辺の木々を大きく揺らす。

 立ち登る煙が晴れると、暴走体の怪猫は消滅していた。おそらくはジュエルシードが封印されたことで、核となって取り込まれていた猫と分離したのだろう。民間人に被害が及んだ形跡も無く、ジュエルシードの暴走はほぼ被害ゼロの完璧に近い形で終わったと言っていい。

 しかし、それを今のなのはは素直に喜ぶことができない。

 見慣れない少女が自分と同じ能力(ちから)を使って、暴走するジュエルシードを封印した。その予想外過ぎる出来事に、なのはの思考はフリーズしかけている。それでも、本来の目的を思い出したなのはは、謎の少女との対話を試みた。

 

「──あ、あの……ッ!」

 

 恐る恐る声をかけたなのはに気づいて、少女がハッと振り返った。

 空中で停止し、封印したジュエルシードを挟む様にして、お互いの視線が交差する。

 先に動いたのはなのはの方だった。

 

「ま、待って!」

 

 いの一番になのはは、自分が少女と争う意思が無いことを伝えようとする。

 少女は、そんななのはを睨みつけ、周囲に魔力の球体を出現させた。明確な敵意を前に、なのはは意を決して黒衣の少女に近づく。

 

「あの……あなたもそれ……ジュエルシードを捜してるの?」 

「それ以上近づかないで」

 

 はっきりとした拒絶の態度だった。黒衣の少女は、なのはと会話をするつもりが無いらしい。

 

「いや、あの……お話したいだけなの。あなたも魔法使いなの? とか、なんでジュエルシードをとか……」

「……ファイア」

 

 少女はなのはの言葉を切り捨てて、周囲に展開していた魔力の球体をなのはに向かって放った。

 

「……ッ!!」

 

 レイジングハートが指示を出すよりも早く、なのはは翔んだ。不意打ちに放たれた魔力の槍を、なのははぎりぎりで避ける。

 

『Scythe slash』

 

 背後から機械的な男性音が聞こえた。その声に反応したなのはが振り返ると、そこには大鎌を振り下ろそうとする少女の姿があった。

 

「……待っ!」

 

 躱せたのはほとんど運だった。紙一重と言っていいほどの距離感とタイミングで、なのはは少女の斬撃から逃れる。

 しかし、少女の攻撃はそれだけでは終わらない。振り下ろしてなのはの下を取った事を利用し、今度は下段からの斬撃を仕掛けていく。

 今度は避ける事はできない。そう判断してからのなのはの動きは早かった。レイジングハートを両手で構えたなのはは、少女が振り上げた大鎌を真正面から受け止める。

 

「待って! わたし、戦うつもりなんてないっ!」

「だったら、わたしとジュエルシードに関わらないで」

「だから、そのジュエルシードはユーノくんが見つけたもので……」

 

 少女はなのはと会話をする意思が欠けらも存在しない。それどころか、なのはを敵と認識し、排除しようとしている。

 それでも、なのはには戦うことが出来なかった。人間である黒衣の少女を攻撃することに、躊躇しているからだ。その一瞬の隙を、目の前の少女は見逃さなかった。

 鍔迫り合いの形から、強引に少女が背後へと下がる。

 

「バルディッシュ」

『Arc saber』

 

 少女の命令を受けて、彼女の持つ大鎌が光った。それを少女が力強く横一線に振るうと、なのはに向けて金色の円弧状の魔力刃が射出される。

 吹き飛ばされた反動で、その場で身構えているなのはにはこの攻撃を避ける事ができない。

 

『Protection』

 

 主の危機に、レイジングハートが自己の判断で魔法の障壁を展開する。強固に練られた魔法壁は、魔力の刃を容易く弾き飛ばす──筈だった。

 

『Saver explode』

 

 障壁と刃が激突する直前に、刃が爆ぜた。

 

「きゃあああぁ──っ!」

 

 爆発に呑み込まれたなのはが絶叫する。飛行魔法が維持出来ずに、力無く地面へと墜落していくなのは。

 

「あっ──」

 

 落下して行く中で薄めを開けたなのはの視界には、少女が複数の魔力の塊を生成しているのが見えた。止めを刺すつもりなのだと、瞬時にわかったなのはだったが、今のなのはにはそれをどうにかする手段が無い。

 落下していく速度にあの一撃を加えたら、いくらバリアジャケットで保護されていても大怪我をするかもしれない。最悪の場合、死ぬ可能性もある。

 その最悪の結末をなのはは瞬時に理解した。

 理解し、嫌だ、と頭が否定してもどうしようもできない現実に打ちのめされる。

 

 ──なんで。どうして。あんなに頑張ったのに。あんなに努力したのに。

 

 ──どうして自分は──こんなにも弱いの。

 

 不意に、なのはの頭の中に見知った少年の姿が脳裏をよぎる。ほんの数日前に知り合ったばかりの、苦手な少年の面影が。

 彼ならば、きっとこの状況でもどうにかしてしまうのだろう。

 悔しい、となのはは思った。その直後の事だ。

 

「──そこまでだ」

 

 夕暮れ時の空を引き裂く様な、一発の銃声が響いたのは。




主人公擬き、最後以外出番一切無し回。ちなみに二人が戦っている間、主人公擬きは呑気に歩きながら現場に向かっていた模様。

登場人物紹介
高町なのは
原作とは違い、味方サイドに自分以外の魔導師がいるせいで少々屈折した性格に。誰かに必要とされる自分でいたいという、承認欲求の持ち主。
黒衣の少女
スク水みたいな黒一色な衣装に、黒のマントとかいうハイセンス。何よりすごいのは、原作でそのハイセンスな衣装に当人含めて誰も突っ込んでいないこと。いったい、ナニ・テスタロッサなんだ……(棒


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Act.16 Reunion with Fate/魔法少女との再会

 今更な話だが、そもそもジュエルシードとは何を目的として作られた物なのだろう。それを知る為にユーノは遺跡からジュエルシードを発掘したのかもしれないが、肝心のジュエルシードが行方不明になっている現状では調べる方法が存在しない。だからといって、俺自身が躍起になってまで全てのジュエルシードを集めて調べたいのかと問われたら、別にそんなことはないと断言できる。なんなら、最近まで興味の欠片すら持たなかったくらいだ。

 それでも、これだけジュエルシード絡みのトラブルに関わっていると嫌でも興味くらいは湧く。

 意思のある人間や動物、もしくはそれらの強い思念が残っている場所に反応して起動する古代遺産。言葉にするならこれだけだが、実際は所有者の願いを無理矢理にでも叶えようとする傍迷惑な舞台装置。しかもその叶え方は、かなり屈折した形となって現れる。

 少なくとも俺は、ジュエルシードのことをそう認識していた。要するに、俺にとってのジュエルシードはファンタジー世界産の爆弾だ。迷惑かつ危険な、可能な限り早急に排除すべき厄介な代物。ジュエルシードに対する考え方は概ねそれで間違ってはいないと思う。

 だからこそ俺は、ジュエルシードの存在を知った時に()()()()()を最初から否定していた。

 あり得ない。特にならない。リスクが高い。そんな、一般常識的な考え方をしていた。

 馬鹿な話だ。俺が海鳴に来る前に居た場所は、一般常識が間違いで、外道な思考こそが正常だったというのに。

 

「──そこまでだ」

 

 空高く打ち上げた空砲が、空中と地上で対峙する二人の魔導師の動きを止める。

 特に何か深い考えがあっての行動ではない。ただ、偶々知り合い同士が戦闘をしていたから、とりあえず割って入ってみただけだった。

 

「コクトー……さん?」

 

 無様に地面へと墜落していた高町が、震える声で此方を見てくる。高町の真っ白な防護服は煤で汚れ、プロテクターの一部は派手に破損していた。誰の目から見ても、高町が敗北したことは明らかだ。

 わざとらしいため息を一つ溢して、俺は高町に言ってやった。

 

「世話が焼かすな。この馬鹿」

「ば、馬鹿!?」

「どうして俺かユーノが合流するのを待たなかった。単独行動ができるほど、おまえは魔法が達者だったのか?」

「そ、それは──」

「これに懲りたら、もう少し賢くなることだ」

 

 うー、と高町が物言いたそうに口籠もる。俺自身、詳しく事情を理解しているわけではないが、高町本人にも予想外なイレギュラーが色々とあったのだろう、ということは想像ができた。

 高町が勢いよく飛び出して直ぐに聞こえた爆発音と魔力の反応。それは、いつも通りにジュエルシードが暴走を始めた事を意味していた。

 正直、どうしようか悩んだ。ジュエルシードが暴走したからといって、俺がわざわざ鼻息荒くして出しゃばる必要は欠けらもない。とはいえ、そのまま無視して帰るのは座りが悪いのも事実。

 そんなことを考え、渋々ながらも高町に追いついた時には、最初に暴れていたであろうジュエルシードは既に倒されて、高町はもう一人の魔導師と戦闘の真っ最中だったわけである。

 

「で……何でこんな事になってるんだ?」

「それは、あの子がいきなり襲ってきて……」

 

 上空で此方を見下ろすもう一人の知り合いこと、フェイトを見上げて高町が答える。混乱気味な高町の様子と、周りの状況から瞬時に判断した俺は、左手で頭を軽く掻いた。

 

「ああ、もういい。大体わかったから。とりあえず、おまえは暫く黙ってろ」

「黙ってろって、そんなこと言われても。それにあの子は、まだ……」

 

 高町からの抗議の声が終わるよりも先に、背後から稲妻が疾った。その正体は魔力によって生成された槍の形状をした弾丸だ。雷を纏ったソレは、高町がジュエルシードとの戦闘で使っている誘導弾よりも鋭利で殺傷能力が高く、明らかに攻撃をすることのみに特化している。

 

「慌てるなって、せっかちな奴は嫌われるぜ?」

 

 不意打ちに放たれた攻撃を、俺はほぼノールックの背面撃ちで撃ち落とした。既に加速(アクセル)の魔法は使っている。この状態の俺に不意打ちは殆ど無意味に近い。

 振り返った先にいるフェイトからは動揺が見て取れた。一層に険しくなった瞳が俺たちを──正確には俺だけを射抜く。

 

「縁があるな。元気そうで何よりだ」

「……バルディッシュ」

『Get set』

 

 左手を上げて話しかける俺を無視して、フェイトは自らの足元に魔力を廻らせた。ばっ、と、周囲の落ち葉が踊る様に舞い、勢いよく散る。それは彼女が攻撃動作に移ったことを意味していた。その速度は、一般的な人間が出せる限界の領域を超えている。まともに視認することも困難なレベルだ。

 

「危ない!」

 

 後ろで倒れていた高町が叫んだ。

 だが、高町が叫ぶよりもフェイトが戦斧を振るう方が遥かに早い。ほぼゼロ距離まで急接近したフェイトと俺の視線が交差した。直後、甲高い金属音が辺りに鳴り響く。

 確かに速い。だけど……遅い。

 

「ハグにしてはちょっと過激過ぎないか。まあ、あんたみたいな美少女に近づかれるのは嬉しいが……」

 

 右手に持っていたヴァリアントで戦斧を受け止めながら、俺は冗談混じりに言った。リボルバーと戦斧。質量的に明らかに不利な状況ではあったが、コンマ数秒のタイミングを上手く合わせれば、質量の差を無視して相手側の攻撃の速度と威力を完璧に殺すことは不可能では無い。

 受け止めて、即座にフェイトの魔法のカラクリを解析する。

 

「瞬間移動……ではないな。となると、単純な素早さか。その手にある馬鹿でかい斧はデバイスか?」

 

 防がれた事に驚愕の表情を浮かべたフェイトが再び距離を空けた。その間も彼女の口からは言葉が一切出てこない。おそらくは意図的に無言を貫いているのだろう。賢い判断だ。戦いの場においては余計な情報を漏らすことが命取りになるのだから、なるべく無言で戦った方がいい。

 中には俺の様にわざと戦いとは関係の無い話をして自分のペースを保とうとする奴や、威嚇の意味も込めて雄叫びや奇声を上げながら戦う奴もいるにはいるが、そんなものは例外もいいとこだ。

 

「なあ」

 

 俺は右手に持っていたヴァリアントアームズを地面へと下げた。此方に戦う意思が無いという意思表示だ。

 

「前に話してくれた探し物ってのは、ジュエルシードのことだったんだな」

 

 フェイトからの返事は無かった。低く腰を落とした構えで、俺のことを睨んでいる。紅い瞳からは敵意と警戒が読み取れた。

 

「そんなに身構えるなって。俺は確かにこの馬鹿とは知り合いだが、別に仲間ってわけじゃない」

 

 それでも、俺は会話することを諦めなかった。

 

「だから、お前が今すぐ帰るなら俺から襲ったりはしないと約束する。ジュエルシードはそっちが回収したんだろ?」

 

 高町が一人でジュエルシードを封印なんて芸当は、今のところ不可能だ。消去法ではあるが、暴走したジュエルシードはフェイトが封印したものと考えるのが妥当だろう。事情は知らないが、この場での勝者は間違いなくフェイトだ。ならば、それを咎める権利は俺には無い。

 

「やめとこうぜ。こんなところで戦っても、お互い一文の得にもならない」

 

 実際、この状況はフェイトにとっても面倒なはずだった。どんな戦闘があったかはわからないが、大なり小なり体力も魔力も消耗している筈だ。

 俺の読み通りなら、フェイトの目的はジュエルシードの回収。その目的が完遂された現状、彼女がこの場に居座る理由は無い。俺以外の仲間の出現まで考慮するなら、撤退が一番賢い選択だろう。

 

「俺は、お前の敵じゃない」

「……」

 

 暫しの無言の中で、俺は目の前にいるフェイトを観察する。

 俺のフォーミュラスーツと同じ黒を基準とした防護服。肌にピッタリと張り付いたワンピースタイプの水着に似たデザインとそれを包む様な身の丈くらいありそうな黒マント。白をメインにしたカラーリングに重装甲みたいな防護服──バリアジャケットを着る高町とは、色々と正反対な姿だった。

 しかし、なんと言うか……

 

「エロいな……」

 

 フェイトの事を上から下まで観察した後に、心の声が思わず漏れてしまった。

 自分よりも歳下な筈なのに、その人形みたいな整った容姿と身体のラインがはっきりとわかるバリアジャケットの所為で、色気が半端ない。しかもそれを大胆に露出することはせず、逆に隠す様な黒マントが魅力を更に引き立てている。

 日本に来る前に娼婦やらの類いは飽きるほど見てきたが、そういった連中とは別ベクトルなエロさが今のフェイトにはあった。正直、この場に高町がいなかったら戦場である事を忘れて、全力で口説いていたかもしれない。

 

「エ、エロいって……!」

 

 顔を真っ赤にしてフェイトがマントで自らの身体を隠した。どうやら、聞こえていたらしい。

 

「ああ、すまん。つい」

「つ、ついって」

 

 戦斧を抱きしめる力が、心なしか強くなった気がした。

 

「いや、てっきり好きでそんな格好をしてるもんだと」

「ち、違……くないけど、違うから! これはリニスが用意してくれたもので、私がデザインしたとかじゃなくて──」

「ああ、はいはい。心配しなくても普通に可愛いし、良く似合ってるぞ」

「あ、ありがとう……じゃなくて!」

 

 段々と面白くなってきた。顔を真っ赤にしたり、褒められて照れたり、喜んだりと、フェイトは喜怒哀楽が割と激しい性格みたいで、一々リアクションが面白く、見ていて飽きない。

 

「あの……コクトーさん?」

 

 後ろからジト目で此方を睨む視線に気づいて振り向く。視線の主の高町は、軽蔑と侮蔑が入り混じった表情をしていた。

 

「なんだ、まだ居たのか」

「扱い酷くないですか!」

 

 本気で存在を忘れかけていた高町と俺のやり取りを見ていたフェイトが、プルプルと頭を振っていた。気持ちを落ち着かせたのか、再び低い構えのまま、此方に敵意を向けてくる。

 ふざけた会話をしながら、どさくさに紛れて解散する予定だったが、中々上手くはいかないものだ。

 さて、どうしよう。俺が新しい会話の掴みを考え始めた時だ。

 

「一つだけ」

 

 と、フェイトの躊躇いが混じった呟きが、はっきりと聞こえた。

 

「一つだけ約束して欲しい」

「内容によるな。金を貸してくれ、とかは無理だ」

「もう、私とジュエルシードには関わらないで」

 

 今度は冗談すらも通じない空気だった。次に会ったら、間違いなく殺し合いに発展する。そんな意味を含めた、彼女なりの警告だろう。

 

「悪いが、それは無理だ。ジュエルシードには興味がないが、この街に住んでる以上は街の異常を無視するわけにはいかないんでな」

 

 だけど、と俺は更に言葉を続けた。

 

「偶々現場で会ったとしても、俺からジュエルシードの回収を邪魔しないってことだけは約束する。まあ、後ろにいる馬鹿は知らないが」

「……そう」

 

 構えを解き、俺たちに背中を向けるフェイト。それを見た俺も、ヴァリアントアームズを待機状態のコアへと戻した。それが解散の意味を示しているのは、お互いに理解している。

 去り際、フェイトは背中越しに倒れている高町を見た。その瞳は酷く悲しそうだ。

 

「今度は手加減できないかもしれない。ジュエルシードは……諦めて」

 

 そう言い残して、フェイトは上空へと消えて行った。段々と小さくなっていく後ろ姿を見送った後に、もう一度周囲を見渡す。

 一部の木々が薙ぎ倒されている事を除いて、被害らしきものはない。視界の端っこには一匹の傷だらけの子猫と、心配する様に取り囲む二匹の子猫がいた。おそらくは、あの子猫が今回のジュエルシードの被害者なのだろう。

 俺は展開していたフォーミュラスーツを解除して、倒れている高町のもとへと歩いていく。近くまで行くと高町は緊張の糸が切れたのか、力尽きた表情で意識を手放していた。

 

「……面倒くさいことになってきたな」

 

 遠くから聞こえるユーノの声と高町の寝顔を眺めて、俺は弱々しく溜息をついた。

 本当に──特別な力なんて、在るだけ無駄で、ロクなものじゃない。




ただいま。
ドン・キホーテでコラボするらしいので復活。王様のタペストリーが買えたら、また投稿します。

登場人物紹介
コクトー
シリアスブレイカー。頭の中は意外と煩悩塗れ。金髪ロングな美少女がタイプらしい。
フェイト・テスタロッサ
コクトーの被害者その一。エロい。だけど原作では誰もそのバリアジャケットにツッコミを入れていない。あのバリアジャケットにハイニーソは反則とは、コクトーの談。
高町なのは
コクトーの被害者そのニ。好き勝手に暴言を吐かれ、挙句に存在を忘れられそうになる。今回はずっと寝てただけ。ちなみに原作主人公。


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Act.17 good food solves everything/美味い食事は全てを解決する

 それなりに退屈で、平穏な日々が続いた。

 最近はやたらと人外側の面倒事に巻き込まれてばかりだったからか、こういう普通の毎日というやつに懐かしさすら感じてしまう。それは間違いなく俺が望んでいた日常だ。

 大学生活が忙しいからなのか、忍からの呼び出しはなくなった。素晴らしい事だ。できることなら、永遠に忍からの呼び出しがこない事を切に願う。樋口のやつは相変わらず日替わりで何処で仕入れたのかすら謎なオカルト話を俺に持ってくる。その大半がガセで、胡散臭さ爆発な内容ばかりなのも何時ものことだ。

 学校に行き、友達とくだらない話で盛り上がり、家に帰って趣味の映画を観る日々。そんな、変わらない毎日が続いていた。俺にとっての全てであり、あらゆるものを犠牲にしてでも護りたいもの。

 その筈……だった。

 高町なのはとは、あの日以来会っていない。

 以前の様に本人が直接会いに来ることも、フェレットのユーノが連絡を寄越すこともなかった。何処で何をしているのか、その一切合切がわからない。それが良い事だと楽観視できるほど、今の俺は脳天気ではいられなかった。

 高町がこれから何をしようとしているのか。それは容易に想像がつく。魔道士としての技術を上げる為に一人で鍛錬でもしているのだろう。

 そこまでして高町が魔導師として強くなりたい理由はたった一つ。フェイト・テスタロッサの存在だ。

 今まではジュエルシードを見つけるだけで良かったのに、そこに競争相手が加わった。言葉にすればそれだけのことなのだか、その所為で高町たちが今まで通りにジュエルシードを回収することが困難になるのは目に見えている。たった一度だけの戦闘だったが、そう断言できるほどに今の高町とフェイトととには魔導師としての明確な実力差があった。それでも、高町はきっと引かない。あの馬鹿はそういうやつだ。

 なによりも俺を憂鬱にさせる要因は、これから先は知り合い同士があのふざけた石ころをめぐって殺し合いをする可能性が濃厚なことだった。あの二人にはそれぞれがジュエルシードに対して譲れない理由と覚悟があり、お互いに妥協点など存在しないこともわかっている。

 そうやって生まれる争いは、経験上碌な結末を迎えない。

 それを考えると益々気が重くなってしまう。

 知り合い同士が一つの目的の為に殺し合いをする。日本に来る前までは比較的当たり前な話だったが、何度経験しても気分が良くなる話ではない。

 高町のやつが現在進行形でどんな心境でいるのか、フェイトが何故ジュエルシードなんてものを集めているのか。その答えは本人のみしかわからない。

 そもそも話で、フェイトのやつはジュエルシードを集めて何をしようとしているのか。

 考えること、気になることはいくらでもあった。

 だが、それらをわかったところで俺にどうこうできる問題でもないことは、他ならぬ俺自身が一番理解している。だからこそ、俺は無関心を貫いた。

 掃き溜めにいた頃、教会のシスターが言っていたありがたい言葉を思い出す。

 隣の便器は覗かない。

 人外の世界で生きる残る為にも、この言葉はガキの頃から常に胸に刻んでいる。自分の周りが上手くいっているのなら、赤の他人の事なんか気にしない。すべて世は事も無し。

 それなのに、自問自答をする時間が終わらない。

 これでいいのか。俺ならもっと上手く立ち回れる筈だ。そんな巫山戯た戯言が、頭の奥底から訊こえてくる様な気がした。

 寝ぼけるな。おまえに何ができる。と、内側の自分自身をどれだけ罵倒しても、声が途切れる事がない。

 その所為なのか、最近はやたらとイライラする頻度が多くなっている。あの樋口にですら、

 

「最近やけにイラついているな。大丈夫か?」

 

 と真顔で心配されたほどだ。

 きっと今の俺には、気晴らしが必要なのだろう。そう思ってしまうくらいに、思考が悪い方向に向かっている自覚があった。

 

「……人、多いなァ」

 

 人混みを眺めた俺は、誰に言うわけでもなく小さな声でそう呟いた。当たり前だが、その声に返事を返すやつはいない。

 その日の俺は久しぶりに一人で映画を観る為、海鳴市の都心側に来ていた。普段は滅多な事でもないと行くことのない場所にわざわざ来たのには、勿論理由がある。

 自分が生まれるよりも遥か昔に流行った洋画が、期間限定で全国の映画館でリバイバル上映されるとインターネットで知ったからだ。

 俺自身はあらすじ程度しか内容を知らないが、その映画は生前にじーさんが観たいと言っていた映画だった。じーさん曰くBlu-rayやDVD、はてはビデオデッキまで遡っても手に入らなかったらしく、非常に残念そうにして笑っていたのをよく覚えている。

 だが、その古さから上演される映画館は全国でもごく一部のみに限られていて、この海鳴市でも上演される映画館は僅かに一館のみ。その為、俺は普段はあまり行かない都心側へとこうして足を運んでいた。

 

「あと少しか」

 

 時刻は夜の七時を過ぎ、溢れんばかりの人が街並みを埋め尽くす。人の波に流されながらも俺は歩く速度を上げた。上演時間まであまり時間はないが、さりとて急ぐほど余裕がないわけでもない。それでも、何時もよりも歩く歩幅は大きく、そのスピードは早くなっている様な気がした。自覚していないだけで、相当楽しみにしているみたいだ。ポップコーンとコーラを買う時間を確保する為にも、早めに到着するのは悪いことではないだろう。

 ただ一つ問題があるとすれば、こんな時間に小学生が一人で映画を観る事を映画館側が許可してくれるかだ。

 歩きながら頭の中で上手い言い訳を考える。最悪の場合はフォーミュラを使って、チケットを不正アクセスで購入することも想定するべきだろう。そうまでしてでも、大画面のスクリーンで観たい映画なのだ。

 映画を観て、帰りにパンフレットを買って余韻を楽しむ。そんな予定を立てていた時だ。

 

 ──そいつらは、丁度そんな時に現れた。

 

「……あれ、フェイトか」

「──えッ……!」

 

 お互いの存在に気が付いたのはほぼ同時。目の前で金色の髪が横切る瞬間に、俺は反射的に名前を呼んでいた。人混みの中で偶然の再会とか、どんな確率だと心底驚く。

 フェイト・テスタロッサ。

 現在進行形で俺の頭を悩ませている人物の一人が目の前にいる。こんな夜遅くに歩き回っていることから、彼女も高町と同じでジュエルシードを探索している最中なのだろう。よく見れば、整った顔立ちには僅かだが疲労の色が見えた。

 

「あんたッ!」

 

 そんな風に俺がフェイトの事を観察していると、彼女の隣にいた成人女性がいきなり胸倉を掴んできた。

 オレンジ色の髪を腰まで伸ばした女性は、俺に対して明らかな敵意を剥き出している。殺気と置き換えてもいいくらいだ。しかし、目の前の人物にここまで敵意を向けられる理由が、俺は全くと言っていい程に心当たりがなかった。

 それでも女性の姿には見覚えがある。記憶に間違いがなければ、最初にフェイトと出会った公園でフェイトを迎えに来ていた女性の筈だ。たしか名前は──

 

「アルフ! 待って!」

「でもフェイト! こいつは……」

 

 たまらずフェイトが咎める様に成人女性──アルフの名を叫んだ。連れの突然の行動に、フェイトも動揺している様だった。 

 

「お願いだから……」

「フェイト」

 

 首元を服ごと引っ張られる圧迫感に息苦しさを感じながらも、俺は自分でも驚くほど冷静に二人のやり取りを傍観していた。

 アルフとかいう女性がここまで激昂し、敵意を向ける理由。おそらくだが、俺がフェイトに魔導師であることを隠していたことだろう。

 詳細はわからないが、俺が魔導師であることを隠していたこと、その数日後に偶然再開し、その流れで戦闘になったこと。それらはフェイトにとって、酷く傷ついた結果だったのだ。有り体に言えば、親切にしてくれた恩人に騙された。そう思っているのかもしれない。

 そう結論づければ、目の前にいるアルフの怒り具合も納得がいった。こいつは敵だ、と瞳の奥から言葉以上に訴えてくる。

 事実、俺はフェイトに自分が魔導師である事を隠していた。

 

「あー……ミス・アルフ? とりあえず、少し落ち着かないか」

「あ!?」

 

 睨みつけてくるアルフを宥めながら、俺はできるだけ敵意の無い表情で語りかけてみる。

 街中でいきなり成人女性が小学生男子に掴みかかるという光景に、周囲の人たちからも注目の視線が集まっていることに気がついたからだ。これ以上騒ぎになるのは、あまりよろしくない。だが、そんな俺の心境など知ったことかと言わんばかりにアルフの表情は険しくなっていく一方だ。

 この時の俺には二つの選択肢があった。

 一つはこの場を早々に一人で離脱して、本来の目的である映画館に行く事。正直な話、こちらの方が今の俺には優先度が高い。掴まれた腕をへし折り、人混みに紛れてしまえば、逃げ出す事は容易だ。

 もう一つの選択肢は二人を連れて、何処か落ち着ける場所に行く事だった。二人もこのまま周囲の注目を浴び続けるのは望まない筈だ。幸いにも、俺はこの辺りの地理には詳しい。適当な喫茶店にでも連れて行き、そこで改めて話でもすれば問題はないだろう。

 しかし、俺がそこまで彼女たちの事を気にかける必要はあるのだろうか。

 そもそもな話で、フェイトにしろ高町にしろ俺が親切に手を貸す理由が全くと言っていいくらいにない。何時もの俺なら、考える必要すらなく無関心を決め込んでいる。高町の場合もそうだった。

 だが、どうにも気になってしまう。理屈抜きで、強いて言えば本能的に俺はフェイトの事が気になっていた。

 それは決して好意的なものや、同情めいた心理でもない。自分でもよくわからない感情だった。

 そんな感じで胸ぐらを掴まれながら思考の渦に入りかけていた時だ。

 ぐー、とやけに大きな、それこそコメディ映画とかでよく聞く様な腹の虫が鳴り響いた。

 胸倉を掴んでいたアルフの動きが止まり、彼女の頬が羞恥で赤く染まっていく。

 その低い唸りの正体に気づいた俺とフェイトは、なんとなく気まずい表情を浮かべた。音の発生主はアルフの腹からだ。みるみる彼女の顔が恥ずかしさから真っ赤に染まっていく。

 

「アルフ、もしかしてお腹空いてるの?」

 

 硬直したままのアルフに、フェイトが訊いた。

 問われたアルフは無言。それが答えだ。

 

「ちッ、違うんだよ! あたしは腹が減ったとか、そんな事なくて……!」

 

 尚もなり続ける自らの腹を黙らせようと、アルフは必死に腹を押さえながら言った。その声は上擦っている。

 その姿には、先ほどの殺気混じりな感情は微塵も感じられなかった。一回り小さい少女にあたふたする成人女性の姿は、はっきり言って情け無い。

 俺は小さくため息をついた。真面目に考えていた自分が馬鹿らしくなったからだ。いつだって物事は単純な方がいい。例えば、

 

「なあ、腹減ってるなら安くてそれなりに美味い飯屋を教えてやろうか? なんなら金もあるし奢ってやるよ」

 

 どんな時代においても美味い食事が大抵の問題を解決してくる、とか。アルフのお腹がもう一度、今までよりも大きく鳴った。つまりはそういう事だ。

 

 仕方ないことだが、観たかった映画は諦めた。




登場人物紹介
コクトー
基本的に引きこもり体質。本人曰く映画は自宅で観るタイプだが、偶に大画面のスクリーンでも観たくなるらしい。洋画は吹き替えなしでそのまま観る派。
フェイト
色々と悩めるお年頃な少女。最近知り合った男の子に感情を振り回されている。コクトーの事は正直苦手なタイプ。
アルフ
腹ペコ。好きなものはフェイトと肉。


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