重力使いのヒーローアカデミア (はじ)
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物語の始まり

雄英高校会議室。

プロヒーロー兼教師が集まり重苦しい空気のまま話し合いが行われていた。

 

「来期の生徒募集に関してですが・・・・・・」

 

司会をしている18禁ヒーローミッドナイトが書類を二度見して言葉を繋げずに校長を見る。

 

「HaHaHa、その書類に書いてある通りさ!彼を雄英初の特待生として呼ぼうと思ってるのさ!それに関して質問を受け付けるよ」

 

その言葉に教師達も書類に目を落としそれぞれ何かを考え始める。

 

元No. 2ヒーローの息子。現在は国外で(ヴィラン)ハンターという仕事をしている少年の事を。

 

No. 2ヒーローの失脚・・・・・・ヒーロー社会においてタブーとされていたが、現在はヒーロー協会の失態として事実が世間に広まっている。

 

「・・・・・・彼は来るでしょうか?」

 

教師の一人が声を上げる。

 

それもそのはずだ、この少年はヒーローを恨んでいる。あの事件のせいで日本という国で生活する事も出来ず海外に出て、どんな手を使ったかは分からないが父の名誉を取り戻した。それを成すには子供の彼には言葉では表せない苦労があったはずだ。それに(ヴィラン)ハンターとしての彼の仕事内容。日本では認められていないが、(ヴィラン)に賞金をかけての捕縛もしくは殺害。そして彼が行っていたのはDead or Aliveの賞金首ハンターだ。それが意味するのは子供と呼べる年齢で殺人を行っているということ。

 

「今この国は海外からの強烈なまでの批判にさらされている。もちろん理由は彼の事さ。どういう伝かは分からないがこのままではこの国、それにこの国のヒーローは世界から干される。現にヒーロー協会はあの事件に関わった人間達を(ヴィラン)認定して逮捕し、180度方向転換して彼の父の名誉回復運動をしている。もちろんヒーロー達は協会からの指示で動いただけだからお咎めはないけどね。それに今回のこれは国とヒーロー協会からの要望だから断る事が出来ないしね。彼が来ないんなら仕方ないけどね」

 

校長は、HaHaHaと力なく笑い紅茶を飲み始める。

 

「この書類によると、飛び級で大学も出てるみたいですが?」

 

「それも仕事の伝で手に入れたみたいだよ。本人の学力は相当高いみたいだけどね」

 

「来た。と仮定して問題は彼を抑えられるかですかね」

 

「来期から平和の象徴(オールマイト)が雄英に教師として赴任するのさ」

 

「あの事件はオールマイトが解決したのでは?」

 

逆効果になると教師の一人が声を上げる。彼の父を殺したも同然のオールマイトが抑える役では、煽ってると思われても仕方がない。

 

「オールマイトは恨まれているだろうね。でも彼の日本での後見人はオールマイトなんだよ」

 

書類にはない情報に皆声をつまらせる。

 

「どの科になるにせよ彼の入るクラスの副担任はオールマイトにしようと思う。ヒーロー科を選んでくれるのが一番いいんだけどね。その場合一応、一般入試を受けてもらおうと思うけど皆はどう思う?」

 

「実技試験で彼の実力を把握しようということですか?」

 

「その通りさ!そうすれば対外的な言い訳もできるしね」

 

「あとは本人にやる気があるのかどうかですね。まぁ、来るとなってから考えましょうか」

 

「早速連絡してみるのさ!」

 

ここまでの話しをまとめるとヤベー奴である。諸外国の権力者に伝があり、国に対して圧力をかける事が出来て、十四歳にして殺人歴まで持っている。客観的に見てもヤベー奴である。しかし、彼は人を殺した事はなく、海外に出たのも、唯一の血縁者がいたからである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

木製のテーブルの上に置かれた円盤。

そこから投影されたげっ歯類が『ウチの高校に来ませんか?』と勧誘のメッセージを送って来た。一応、書面上は大学卒になっているので、勘違いでは?と日本大使館の窓口に問い合わせたところ、本当に勧誘してるらしい。しかも今、日本では父の名誉回復運動も起きてるらしい。

 

「凄い事になってるんですね」

 

「何暢気なこと言ってんの?君の知り合いの弁護士も動いてるみたいだし、これから君も色々動くんでしょ」

 

まったく知らない事に巻き込まれている。いつもの事だと彼の脳裏には原因を作り出したであろう人物が浮かんでいるが頑張って平静を装う。帰ったら色々しなくちゃいけないなぁ、なんて考えながらなんとか挨拶をして帰る事にした。

 

しかし、彼の知らない所で物語は動き始めている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、あやつはどう動くかのぅ」

 

「御老公も人が悪い。彼と話し合ってからでも良かったのでは?」

 

この国では珍しい日本家屋の一室に御老公と呼ばれた和服の人物とザ・出来る人と思われるスーツをピシッと着た男性弁護士が今後の話し合いをしていた。

 

「あやつは自分の欲がないからのぅ、周りが世話を妬いてやらんと動こうとせん。老い先短い孫馬鹿な爺いのお節介じゃよ。それに婿殿の名誉回復は娘の為でもある。なんせ儂が認めた男がいつまでも謂れの無い誹謗中傷に晒されたままでは死んでから娘にも顔向けが出来んのでな」

 

鋭い眼光のまま御老公は言い放った。その言葉には怒りと悔恨が混じっている。

 

「分かりました。まぁ、彼は感情を顕にする事が少ない子ですし、子供を守るのは大人の役目でしょうしね」

 

「あやつの日本での生活を出来るだけサポートしてやってくれ」

 

「彼なら私がいなくても大丈夫でしょうが出来るだけの事はさせていただきますよ」

 

「よろしく頼む。うむ、これから面白くなりそうじゃ」

 

御老公は孫は行ってしまうが曾孫との生活を思い浮かべたのだった。



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入試試験

「圧倒的です」

 

「このままではこの会場の合格者は彼だけになりそうですね」

 

「まさかこれほどとは思わなかったさ」

 

この実技試験には4つのポイントがある。

 

『状況を素早く把握する為の情報力』

 

『遅れて登場など論外な機動力』

 

『何時如何なる時も冷静でいる為の判断力』

 

『純粋に脅威を排除する為の戦闘力』

 

平和を守る為の基礎能力に他ならないがそれを試す。ゆえに仮想敵の総数も配置も受験者には知らされていない。しかし、モニターに写っている少年は試験スタート位置から一歩も動いていないのにも関わらずポイントを取り続けている。彼がしたのは『はい、スタート』とプレゼントマイクが言った直後地面に手を置き十秒ほどしたら身体の回りに黒い球のようなものを発現させ一言、「行け、(ファング)」と言い、あとは黒い球が会場中のロボをまるで喰い漁るかのように破壊し続けている。

 

「焚き付け過ぎたかもしれない・・・・・・」

 

校長は、焦ったように項垂れている。

そんな様子を来期のヒーロー科の一年生の担任を受け持つイレイザーヘッドとブラドキングは説明を求めるかのようにジト目で見ている。

 

「彼がこの国に戻るということは、収入が無くなるということさ!実際向こうでは、彼のおかげで犯罪率の低下が実際問題として起きているほど優秀なんだ。しかし、(ヴィラン)になられたらこれほど困る人材はいないのさ」

 

(ヴィラン)ハンターでしたか・・・・・・だからヒーロー科に?」

 

「そう、未成年であることや、向こうのヒーロー協会や政治のおかげで彼自身の顔は割れてないのが幸いしたよ。これならヒーローに成れる」

 

「よく手放す気になりましたね」

 

「その疑問は最もさ!犯罪率という意味では彼を手放すのは日本からオールマイトがいなくなるのと同じだからね。でも、悪い意味で言えばヒーローが育たないのさ、今では各家庭で子供にも言われている、『悪い事をすると彼が来る』ってね。だから、向こうは彼を手放す事にした」

 

「一人に頼る事を良しとしないか・・・・・・」

 

「HaHaHa、耳が痛い話しだけどね。来期から平和の象徴(オールマイト)が教育に携わるのも先を憂いたからさ!」

 

「んじゃ、話しを戻して焚き付け過ぎたとは?」

 

「最初に、彼がこの国に来る事は収入が無くなると言ったけど、ヒーロー科に入るなら、この実技試験のポイントに応じて三年間、月々お金を支払う事を書面で決めたのさ!」

 

「・・・・・・金にがめついな」

 

「合理的だな。実力がなければ金は支払われない。プロと同じステージでやるつもりか・・・・・・」

 

「他にも条件は付いてるけど今どのくらい?」

 

「今ので400ポイント、会場中のロボ全部壊しました」

 

「これで彼は雄英から毎月100万円振り込まれる事になった」

 

「「はぁ?」」

 

「ポイントに付き2500円。これが国の文部科学大臣の前で取り決めた彼への給与型奨学金だよ」

 

「俺達の給料より高い・・・・・・」

 

「ちなみに他にも条件がつけられてるけど聞くかい?」

 

「・・・・・・書類で下さい」

 

「そろそろ0ポイントロボを出す時間になるかな?」

 

「二分後に全会場で動かします」

 

「救助ポイントもいつも通り付けて大丈夫ですか?」

 

「このVTR は国にも提出するからいつも通りじゃないとまずいよ」

 

「ん、ロボがいなくなったからか?」

 

今までスタート地点からまったく動かなかった少年がポケットに手を突っ込んで少し猫背で歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日本に来て彼が最初にやったことはお偉いさん達との会合だった。ほとんどザ・出来る人である彼の祖父の所に出入りしていた顔見知りが話していたので彼は黙って出されたお茶をちびちび飲んでサインしただけだが・・・・・・

 

そんな表情筋が仕事をしない彼の周りからの評価は恐怖に近いものがあった。次々と決められていくものはほとんど彼の要望通りになっていく様を表情も変わらず淡々と眺めており、この会合の場に着いてから一言も喋らないのだから当然かもしれない。

そして、雄英の校長から提示された給与型奨学金の話しで、ヒーロー科の一般入試の実技試験におけるポイントに付き2500円という『エンターテイメントさ!』という下りで初めて「フッ!」と笑ったのがさらに周りに緊張感を与えた。『古来より笑顔は攻撃的なもの』を体現するような彼の笑顔はげっ歯類の校長も捕食されるとしっぽがピンと伸びるほどだった。

 

彼は雄英校長の『エンターテイメントさ!』に某夢の国テーマパークを思いだし、今度あの子を連れて行こうと考えていただけだが・・・・・・

 

そんな会合を思い出しながらバスにゆられ、実技試験会場に着くと周りは今日という日に緊張と興奮を表情に浮かべた受験者達。対して彼の表情は変わらなかった。だが、やる気が無いわけではない。異常にテンションが高く矢鱈デカイ声の説明をしていた先生の話しではポイントを振り分けられたロボットを倒せとのこと。人間相手ではない事にホッとし、後から来る事になっている自分と生活を共にする子のことを思う。いくら貯金があるとはいえ、この試験の成果で生活水準が決まるとなれば頑張らなくてはならない。

 

『はい、スタート』

 

その放送と共に彼は地面に手を置いた。

彼の個性には色々と長所がある。その一つである索敵を行う。会場中の索敵を行うと黒い球を無数に発現させた。

今だに混乱している受験者達は放送で、

 

『どうしたぁ!実戦じゃカウントなんてねぇんだよ!走れ!走れぇ!賽は投げられてんぞ!?』

 

そんな言葉に慌てて皆動き出す。しかし、彼は動かなかったが、

 

「行け、(ファング)

 

その一言で彼の周りにふよふよ浮いていた無数の黒い球が会場中に飛び散った。

 

数分後、同じ会場の受験者達は絶望的な表情を浮かべていた。ポイントが振り分けられたロボットが壊されているのである。一方的なまでの蹂躙であった。ポイントが取れない受験者達の間で混乱が広がる。

 

「何が起きてるんだ?」

 

そんな言葉をのみこむかのように受験者達に更なる混沌が動き出す。

 

索敵に引っ掛かったロボを倒し終えた彼はポケットに手を突っ込んで確認の為歩き始めた。

今のところどれくらいポイントを取れたか分からないが動いてるのは受験者だけになっているはずと散歩するように周りを見ながら確認していく。そんな中地響きが会場を襲った。

 

『0ポイントギミック』お邪魔虫、ドッスンとは良い例えではないだろうか?見上げても把握するのが困難なサイズの仮想敵が受験者達に牙を剥いた。

 

「おっきいなぁ」

 

そう呟く彼は逃げ惑う受験者の波に逆らうように歩を進めて行く。

 

0ポイントの仮想敵を倒す為ではない。ポイントを持っているロボがいないかの確認の為である。今の彼はお金を稼ぐ事に貪欲である。

 

そんな歩みの中彼は見つけてしまった。仮想敵の歩みに巻き込まれた受験者達を・・・・・・それを見捨てて逃げる受験者達を・・・・・・

そんな様子を彼は声を上げて笑った。特にヒーローに興味があるわけではない彼だが、ヒーローを目指す試験で、救助者を見捨てたヒーローに成りたかった者達に対し嘲笑した。

そして、手を銃の形にすると仮想敵の方に向け、

 

重力波砲(グラビティブラスト)

 

0ポイントの仮想敵を消し飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれが彼の個性『重力操作』ですか・・・・・・」

 

VTR に写る彼は仮想敵を消し飛ばした後、瓦礫に挟まれている者や怪我をした受験者達を助け、そのまま試験は終了した。

 

「あれって完全に僕の上位互換ですよね」

 

13号は乾いた笑いしか出なかった。最初に地面に手を置いたのは感知する為の行動なのだろう。そしてロボを破壊しつくした黒い球。多分一つ一つが高重力圧で発生させた擬似的なブラックホール。あれほどの数の緻密な操作をするためにどれだけの修練を積んだのか、それに加え圧巻だった先程のビームのようなものの威力。個性を使用するということは人体における筋肉を使う事に似ている。試験終盤にあの威力のものを放ちなおかつ、受験者の救助においても個性を使用しているところを見るとその限界値が伺いしれない。

 

「彼はどんな思いで生きて来たのだろう・・・・・・」

 

そんな呟きにVTR を見ていた面々は思い出す。仮想敵を消し飛ばす前の今にも泣きそうな顔で笑う彼の姿を。

 



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入学式

春───新たな一歩を踏み出す季節。

そんな本日は、国立雄英高等学校の入学式である。

 

入学試験が行われた2月末から彼は二ヶ国を行ったり来たりし、雄英の敷地内に新しい平屋の3LDKを貰って引っ越したり、義理の娘と共に某夢の国テーマパークに出掛けたりと忙く過ごしていた。

 

義理の娘とは、とある(ヴィラン)を捕まえた時に出会った。彼女の両親は件の(ヴィラン)に殺害されており、彼女自身誘拐された子供だった。事件解決後、血縁をたどってみたがおらず、更にはこの事件のせいで厄介なおまけが付いてしまった為、周りと相談した結果、彼が引き取る事になった。最初は義理の兄妹で戸籍の登録をしようとしたが基本的に法定血族は養子縁組しかないと言われ義理の娘として戸籍登録した。この時、御老公は死んだ事になっている事を涙を流して後悔していた。彼は未成年ではあったが十分な収入あるのと、彼の住んでいたその国に対する貢献が認められ国籍と共に養子縁組が認められた。この時彼は13歳。飛び級で大学の卒論を書いてはいるが、中学生の父である。ちなみに娘は、この時4才だった。

 

そんな愛娘を連れて行く時向こうの国で、御老公と呼ばれていた孫・曾孫馬鹿な爺は「まってぇ~、その子まで連れて行くなんて聞いてないぃ~」と涙、鼻水その他もろもろを流し叫んでいたことをここに記しておく。

 

そんな愛娘と新しい生活を始め数日たったが本日、ベッドの上である事件が起きた。事件の名は、“おねしょ”である。

二人共に濡れてしまった為、とりあえずお風呂に入り洗濯機を回す。申し訳なさそうにしている愛娘に「気にするな」と頭を撫でてやり、替えのシーツや毛布が無い事に気付いた彼は、昨夜愛娘にジュースをたくさん飲ませ“おねしょ”の原因を作ったミッドナイトが明日は入学式の後ガイダンスで終わりと言っていたのを思い出し、雄英高校の事務に電話を入れる事にしたのだった。

 

彼はこちらに来る際、雄英との条件の一つに卒業に関し単位取得は関係なしと前代未聞の契約をしている。これは彼が1日も出席しなくても雄英を卒業出来るという破格な条件。これに給与型奨学金も連動しているため三年間寝て過ごしていても毎月お金が振り込まれる。さらにヒーローライセンス。雄英高校では二年生で仮免を獲りに行くが、彼は海外での(ヴィラン)ハンターとしての経験を加味し、すでに仮免許が発行されている。彼自身更々使う気もないため財布に入れっぱなしだが、これもみな、ザ・出来る人のおかげである。

 

そんな彼は小学校の途中から学校に通っていない為、簡単に休むという選択肢を選び買い物に出かける事にした。後々、この選択のせいでクラスメイトの一人に多大なる迷惑をかけてしまい謝罪する事になるとは思ってもいなかった。

 

 

 

 

 

■  

 

 

 

 

 

彼女の名前は、『八神 フラン』。六歳である。

義理の父は、現在買い物に出掛けてしまいお留守番をしている。この事について非常に申し訳なく思っており、なんとか父の為に出来る事は無いかと考えを廻らせている。理由は昨晩、こちらに来てから仲良くなったミッドナイトが入学式前夜祭と言いランチラッシュやプレゼントマイク、イレイザーヘッドとブラドキングを連れ家に突入してきたことが原因である。ミッドナイトが言うには『一生で一回しかない高校入学を祝いに来た』との事だったが、そんな父の大事な日を自分のせいでダメにしてしまったことを、どうにか挽回したいと思っていた。

そこでふと思いついたのは父からの言葉。

 

「分からなかったら周りに聞いてみる」

 

そしてそれを実行する為にフランは、部屋のドアを開けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「担任の相澤消太だ。よろしくね」

 

無精髭でボサボサ髪の不審者が寝袋を脱いで皆に挨拶をした。

 

「訳あってこのクラスは今年21人になっている。一人は今日休みだが・・・・・・」

 

1ーA教室入り口から兎ミミが伸びていた。生徒は相澤に集中している為気づいてないが、相澤を誘うように揺れていた。

 

「・・・・・・ちょっとまってろ」

 

相澤はそう生徒達に伝えると捕獲するために廊下に出て近づいて行った。

 

「フランちゃん、どうした?」

 

予想通りの少女を廊下で捕まえ声をかける。兎ミミかと思ったら長めのリボンが可愛らしく揺れている。父親の教育が良いのか日本語も少しなら話せるし、頭の良い子だと相澤は評価している。そんな子が内緒話をするように口に手を当てたので話しやすいようにしゃがむ。

 

「フランのせいでパパのだいじなひをダメにしちゃったの、だからどうしたらいいかききにきたの。パパがわからないことはわまりのひとにきいてみなさいっていってたから」

 

どうやらこの子が原因で、彼は休む事になったらしい。大事な日とは、昨日ミッドナイトが入学式を理由に彼を祝いに行くのに相澤自身付き合わされたから分かっている。だが、このあと生徒達には『個性把握テスト』を行うつもりだ。その為入学式には出席しない。どうしたものかとフランを見る。この子の個性や身体の秘密については彼から聞かされているので問題はない。

 

「フランちゃん、パパの変わりにみんなとテスト受けてみるかい?」

 

「テスト?」

 

「そう、かけっこしたり跳んだりするテストだよ」

 

「パパみたくできないけどいいの」

 

「パパみたくやらなくても大丈夫だよ」

 

「パパよろこぶ?」

 

「そうだね。パパも喜ぶと思うよ」

 

「ならがんばる!」

 

ふんす!と身体の前で両手を握るフランに相澤は頭を撫でてじゃあ行こうと教室のドアを開け、今年の生徒達に失望させるなよ。と思いながらこの後の試練を伝えに行った。

 



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個性把握テスト 前編

シーツや毛布の他に愛娘の為に新しく可愛らしいパジャマを買った彼は、高めのテンションで食料品売り場にいた。今朝落ち込んでいた娘を喜ばせようと彼女の好物であるシチューの材料を選んでいるところを見ると御老公と呼ばれる爺と血の繋がりを感じられる。そんな今の彼はどこからどうみても親馬鹿だ。

 

そんなルンルン気分な彼に水を差すようにスマホが振動するが、そんな事ではこのテンションは下がらないとばかりに流れるような動作で操作する。

 

『相澤だ』

 

電話の相手は担任だった。相手の確認をしなくて後悔した。

 

『今日休んだ理由は、フランちゃんが言いにくそうにしていたから聞かないが、お前の了解を得ておこうと思ってな』

 

どうやら彼が買い物に出た後、娘は1ーAに行き相澤に相談したらしい。うん、一人悩むより選択肢も増えるし良い事だ。

 

運動する事になったから、雄英ジャージと運動靴を買った。

 

うん、朝着替えた服は運動に向かないし良いんじゃないかな。ってかよくサイズあったね。帰ったらお金払いに行きます。

 

お前、『蛙吹』と幼馴染みだって言ってたよな?フランちゃんの着替えとか『蛙吹』にやらせたぞ。

 

いや、クラスメイトの顔写真と名前見せてもらった時に言ったけど、こっちが覚えてるからって向こうが覚えてるとは限らないんだぞ。これ、向こうが覚えてなかったら恥ずかしいやつだからね。

 

フランが自分の変わりに『個性把握テスト』を受ける事になった。

 

ファ!?

 

そんな事より、とりあえず早く帰ってフランの雄英ジャージ姿を写真に撮らなければ!

 

やはり、親馬鹿である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「早速だが、体操服(コレ)着てグラウンドに出ろ!それと蛙吹、金渡すから購買で、この子のサイズのジャージと運動靴を買って一緒に着替えてグラウンドに来てくれ」

 

『とりあえずその子誰?』とクラスメイトの心の声が一致したあと、蛙吹梅雨は担任の相澤に言われた通り少女を連れて地図を見ながら購買に向かった。

 

「ケロッ、そう言えば貴女のお名前は?」

 

「フラン!おねえちゃんはつゆちゃんでしょ」

 

「っ!何で私の名前を知ってるの?」

 

「しょーたくんがしゃしんをみせてくれたときにパパがいってた」

 

しょーたくん?あぁ、先生の事ね。この子のパパ?外国の人の知り合い何ていたかしら?と蛙吹はニコニコしている金髪少女を良く見る。

 

まるで物語の世界から抜け出して来たかのように見える女の子。黒リボンに青いワンピースで白いニーソックス。エプロンを着けていたらアリスみたいだ。

 

「フランちゃんも一緒にグラウンドで何かするのかしら?」 

 

「うん、しょーたくんがパパのかわりにテストがんばるとパパがよろこぶっていってた」

 

パパの変わり・・・・・・とすると、今日休んでるという21人目のクラスメイトの事だろうか?高校一年生でパパとはなんだろうか。それにテスト?入学式はどうなっているのだろう?様々な疑問が浮かぶがフランと手を繋いで歩く。弟や妹がいるからか考え事をしていても子供を見失わないようにしているのは流石である。

 

「きょうはパパのだいじなひなのにフランのせいでダメにしちゃったの。でもパパはわらってきにしないでいいよっていうの。だからパパみたくできないけどがんばるの」

 

大事な日。入学式の事だろう。とするとやはり休んだクラスメイトなのだろう。謎が深まる。

 

「フランちゃんのパパは私の事を知っていたのよね。何か言っていたかしら」

 

「う~ん、つゆちゃんはパパのヒーローなんだっていってた」

 

「ヒーロー?」

 

「うん、むかし、たすけてもらったんだっていってた」

 

昔助けた事がある人?分からない。人助けが出来る程積極的に他人と関わっていないのだ。他の高校に行った親友を思い出すが彼女は女の子。それと昔救えなかった幼馴染み。あの子の事は今でも苦い思い出だ。

 

「フランもいたいことするこわいおじさんたちからパパにたすけてもらったの。だから、そんなパパのヒーローのつゆちゃんはもっとすごいんだよね」

 

フランから尊敬と期待と色々混ざった目を向けられる。ため息を飲み込み色々と腑に落ちない感情のまま、蛙吹は購買での買い物を済ませ指定された更衣室へ楽しそうなフランと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

相澤は、1ーAの生徒達とフランがグラウンドに揃ったのを確認してからフランを呼んだ。

 

「フランちゃん、皆に挨拶をしようか」

 

「『やがみ フラン』です。きょうはよろしくおねがいします」

 

お辞儀をしながら挨拶する姿にほっこりしながら、フランが蛙吹の横に戻ったのを確認すると相澤は皆に告げた。

 

「これから個性把握テストを行う」

 

「入学式は?ガイダンスは?」

 

「ヒーローになるなら、そんな行事に出る時間ないよ」

 

騒ぎ出す生徒達に、相澤は淡々と返す。

 

「雄英は自由な校風が売り文句。そしてそれは先生側もまた然り、中学の頃からやってるだろ?個性禁止の体力テスト。国は未だ画一的な記録を取って平均を作り続けてる。合理的じゃない。まぁ文部科学省の怠慢だよ」

 

言葉を失う生徒達をしり目に爆豪に向かってソフトボールサイズの計測器をぽいっと投げる。

 

「中学の時ソフトボール投げ何メートルだった?」

 

「67メートル」

 

「じゃあ個性を使ってやってみろ、円から出なきゃ何してもいい。早よ。思いっ切りな」

 

爆豪は、円に入り軽くストレッチをすると振りかぶる。

 

「んじゃまぁ、死ねえ!」

 

腕を振り切ると同時に爆音と爆風が周りを襲う。

 

「まず、自分の最大限を知る。それがヒーローの素地を形成する合理的手段だ」

 

相澤は、手元のタブレットを生徒達に見せる。そこには705.2メートルと表示されていた。

 

「なんだこれ!すげー面白そう!」

 

「705メートルってマジかよ!」

 

「個性思いっきり使えるんだ!さすがヒーロー科!」

 

色めき出す生徒達の言葉を相澤は静かに否定した。

 

「面白そうか・・・・・・ヒーローになる為の三年間、そんな腹づもりで過ごす気でいるのかい?・・・・・・よし、トータル最下位の者は見込み無しと判断し、除籍処分としよう。それと爆豪、小さな子供がいるんだ。言葉遣いに気をつけろ。あとはまぁ、生徒の如何は先生の自由。ようこそ、これが雄英高校ヒーロー科だ」

 

剣呑な雰囲気をまとい相澤は髪を掻き上げニヤリと笑いながら生徒達を歓迎した。

 

「最下位除籍って・・・・・・入学初日ですよ!いや初日じゃなくても・・・・・・理不尽すぎる!それに今日一人休みって!」

 

「自然災害、大事故、身勝手な(ヴィラン)たち・・・・・・いつどこから来るかわからない厄災。この世界は理不尽にまみれてる。そういう理不尽(ピンチ)を覆していくのがヒーロー。放課後マックで談笑したかったならお生憎、これから三年間、雄英は全力で君たちに苦難を与え続ける。『Plus Ultra(更に向こうへ)』さ。全力で乗り越えて来い」

 

挑発するように人差し指で招きながら焚き付ける。

 

「それと今日休んだやつの変わりはフランちゃんにやってもらう。本人にちゃんと了承も得ているから気にせずやりなさい。さて、こっからが本番だ」

 

──第一種目 50メートル走 最終組──

 

「フランちゃん、誰かと一緒に走るかい?」

 

出席番号と奇数人数の為、一人で走る事になったフランに相澤は声をかけた。

 

「ひとりでだいじょうぶ。フランはパパのためにがんばるから!しょーたくんはしるのここからでもいい?」

 

フランが構えた場所は、スターティングブロックを外れ、測定ロボから数えて3レーン目だった。

 

「大丈夫だよ、じゃあ始めるから準備してね」

 

フランは背中から炎を出すとそれは一対の翼に形を変化させ構える。

 

『よーい、スタート』

 

羽ばたきの勢いと共に駆け抜ける。

 

『3秒82!』

 

「なっ!」

 

生徒達の中でも好成績なタイムに驚くが、生徒達には良い刺激になると相澤は笑みを浮かべる。

 

──第二種目 握力測定──

 

「うにゃあ!」

 

気が抜けるような掛け声と共にフランは力をいれる。

 

『7.1Kg 』

 

これは普通なんだ!と生徒達に安堵が広がる。しかし、彼等は知る事になる。フランの実力を! 

 

──第三種目 立ち幅跳び──

 

背中から炎の翼を出し、ばっさ、ばっさと飛び上がる。 

 

「フランちゃん、どのくらい飛べるんだい?」

 

「ん~、やったことないからわかんない!」

 

結果、『無限』

 

「無限ってなんだぁ!」

 

「あっ!」

 

無限という記録に色めく生徒達を他所に空を飛んでいたフランは何かを見つけたのか凄い勢いで飛んで行った。

 

「フランちゃん!?」

 

それに気づいた相澤が声をあげる。生徒達もフランが飛んで行った方を見つめる。

 

そこには、グラウンドの端からこちらに歩いて来る人とその人に向かって先ほどの50メートル走なんか比べられないほどのスピードで飛んで行くフランがいた。

 

「あれ、危ないんじゃ?」

 

「ヤバいって!」

 

そんな声の中、こちらに向かって歩いていた人は立ち止まり、フランをその身体で受け止めるのだった。しかし、勢いは凄まじくグラウンドを抉り砂埃を上げながら滑っていく。

 

「なんだ、あいつ来たのか・・・・・・」

 

相澤の呟きを聞いていた蛙吹は、目を見開いて驚きを隠せなかった。その人はようやく止まるとフランを肩車して、何故かグラウンド脇にある水道に行き、水道でハンカチを濡らしフランの顔を拭くと満足したのかこちらに向かって歩いて来る。そんな様子をぼーっと見続けた。だってその人は、数年前に自分の前から突然居なくなった幼馴染みだったのだから・・・・・・

 



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個性把握テスト 後編

フランを肩車しているせいで何となくのほほんとした空気の中、こちらを見ている生徒達のもとに歩いて行く。

 

「フラン、テスト楽しいかい?」

 

「うん、ば~んて爆発したり、ご~っていったりしてびっくりしたけど、うにゃっ!ってがんばってる!」

 

そうかそうかとフランと話しをしていると、じーっとこちらを見ている女の子が目に入った。フランを肩から下ろし、その女の子に近づく。

 

「久しぶっ」

 

ケロっといきなり舌が伸び左頬を叩かれた。

 

「ちょっ」

 

ケロっ!()、バシ!

 

「いきな」

 

ケロっ!()、バシ!

 

「つっ」

 

ケロケロ!(右、左)!バシバシ!

 

「蛙吹、落ち着け」

 

まるで、君が泣くまで殴るのを止めないとばかりに、相澤の制止も無視し、バシバシと舌で叩き続ける。彼が叩かれ続けているのを見ているフランは、彼の強さを知っているので、「梅雨ちゃん凄い」と何故か憧れの眼差しを向けており、生徒達は突然の出来事に「何事?」とか「アオハルだぁ」等と好き勝手言われている。

 

落ち着いたのか蛙吹は舌で叩くのを止めると彼に近づき、

 

「心配したんだからぁー」

 

と彼の顔に向け思いっきり右ストレートを放った。

 

それはとても綺麗なフォームから繰り出されたストレートだった。周りもその芸術とも言うべきフォームに見とれ、プロヒーローである相澤も目をみはり、彼も時が止まったように動けず、ただ懐かしい思い出が頭の中を駆け巡っていた。

 

「ブファッ」

 

そして走馬灯すら見せるストレートを顔面にくらい、そのままグラウンドに仰向けに倒れたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、静かになるまで10分もかかりました。時間は有限、君たちは合理性に欠くね。それと蛙吹。お前達に何があったかは聞かないがガキみたいなことはもうするなよ。最後のストレートのフォームは見事だったがな」

 

ケロぉと落ち込む蛙吹を他所に相澤は続ける。

 

「それとそこで蛙吹に土下座してるのがこのクラスの21人目だ」

 

フランに頭を撫でられながら脇に脱いだ靴を置き、蛙吹に土下座してる男を生徒達は見下ろす。

 

「そいつは雄英高校初の特待生だ。名前は八神凛」

 

「「「「はぁ?」」」」

 

クラス全員の間抜けな声が一致した。

 

「それじゃあ、テストの続きをやるぞ」

 

何事もなかったように相澤は手元のタブレットを操作し始める。

 

「ちょっと待って下さい。確かフランさんが、この方の変わりとおっしゃってましたが、どうするんですか?」

 

八百万の質問は生徒達にとっては除籍がかかっている為当然の疑問だった。

 

「八神、お前どうする?」

 

「このままフランが受けてくれて構いません」

 

土下座したまま彼は頭を上げる事なく答える。

 

「なら、このままフランちゃんにやってもらうが、一種目はやってもらう」

 

「分かりました」

 

「んじゃ、始めるぞ。続きは反復横飛びだな。青山からやるぞ」

 

「ウイ!」

 

相澤が準備を始めたので生徒達もそちらに向かう。そんな中、蛙吹と土下座のままの彼が残された。

 

「あとで、何があったのか教えて・・・・・・」

 

「分かった」

 

「凛ちゃん、お帰りなさい」

 

「ただいま、梅雨ちゃん」

 

そんな短い会話で、数年ぶりに幼馴染みは再会したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

緑髪のモジャモジャが、「先生・・・・・・まだ・・・動けます!」とか悪人面が手のひらを爆発させながら「どーゆうことだ、ワケを言え!デクテメェ!」などと青春ドラマが繰り広げれている中、彼はスマホでパシャパシャとフランを写真に収めていた。

 

「ねぇねぇ、蛙吹さんだっけ?あの特待生って人とどーゆう関係なの?」

 

ピンク色の角の生えた女の子と透明で服が浮いているようにしか見えない子が蛙吹の傍にやって来た。除籍がかかるテストとはいえ、女の子の燃料である恋バナの匂いに釣られたのだろう。

 

「数年ぶりに会ったけど、幼馴染みよ」

 

「運命の再会?」

 

「いいねぇ!アオハルっぽい」

 

「違うわ。あれを見てもそんな事言える?」

 

蛙吹が指差す方を見ると、フランの写真を撮っている彼の姿があった。

 

「ロリコンさんかなぁ・・・・・・」

 

「フランちゃんは、パパと呼んでいたわ」

 

おっさんがJKや、JCにパパ呼びされるのは犯罪臭ただようが、フランちゃんくらいの子にパパ呼びされてるのはもっと不味い気がする。

 

「ちなみに年齢(とし)は、私達と一緒よ」

 

二人はフランを見る。見た目だと多分5、6歳くらい。自分達と同じ年齢なのにそのくらいの娘がいる・・・・・・逆算すると9、10歳くらいの時の子供という事になる。一人は透明だが、二人は顔を見合わせた。恐る恐るだが、蛙吹に聞かなくてはいけない事がある。

 

「ちなみに数年ぶりに会ったって言ってたけど、いつぶりなの?」

 

「小学・・・・・・確か三年生だったから、だから6年ちょっとぶりかしら」

 

ぴったり計算が合ってしまった。

 

「「はっ、犯罪だぁー」」

 

叫ぶ二人を見て、「私も同じ事考えたわ」と蛙吹はため息をはいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

八神凛よ、メモリーの貯蔵は充分か?と言わんばかりにフランが頑張っている。仕事用のスマホのメモリーも動員し、写真と動画をスマホ二刀流で撮っていると相澤から怒られた。

 

フランは反復横飛びでは、6歳女子の平均を越える回数を記録し、ソフトボール投げでは、背中から火の鳥が飛び出し、フランの手からボールを足で掴むとそのまま飛んで行き再び無限を記録した。持久走ではスタートで走り出さず、あえて皆がスタートしてから炎翼をだし、空から生徒達を抜き見事一位になった。残りの長座体前屈、上体起こしでも6歳女子平均を獲得した。全種目終了し、トータル最下位が除籍になる。クラス21名+αが集められ、その前に相澤が立つ。凛は生徒達の顔を見る。フランの成績を聞く限り彼が除籍になることはない。一番暗い顔をしてるのは先ほど悪人面と青春ドラマを繰り広げた緑髪のモジャモジャである。恐らく自身で最下位を自覚しているからこそ落ち込んでいるのだろう。

 

「んじゃ、ぱぱっと結果発表な。トータルは単純に各種目の評点を合計したものだ。口頭で説明すんのは時間の無駄なので一括表示する。ちなみに除籍は嘘な。君らの最大限を引き出す合理的虚偽」

 

鼻で「はっ!」っと笑い。良い笑顔を浮かべた相澤が

タブレットを操作し、順位を表示する。

 

その言葉に生徒達の多くが『はーーー!?』と叫ぶ。よほど除籍にびびっていたのだろう。緑のモジャモジャはもはや人間がして良い表情の限界を超えている。表情筋があんまり仕事しない彼と足して2で割ると調度良いかもしれない。そんな緑モジャモジャに八百万と呼ばれた女子が止めを差しにいく。

 

「あんなの嘘に決まってるじゃない・・・・・・ちょっと考えれば分かりますわ」

 

「そゆこと。んじゃ、八神。どの種目やる?」

 

「なら、50メートル走で」

 

「なら準備しろ!」

 

着ていたジャケットをフランに渡すと、上半身をストレッチしながらスタート地点に歩いていく。その背中を見送りながら相澤は生徒達に告げる。

 

「お前ら、良く見ておけよ」

 

『よーい、スタート』

 

合図の瞬間、彼の姿が消えた。

 

『0秒91!』

 

「現時点でお前達の前を行く者の実力の一端だ」

 



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戦闘訓練 その1

八神凛との関係を聞かれると幼馴染みと答える。それが蛙吹梅雨という少女だ。しかし、彼との記憶があるのは小学3年生までであり、その最後は火の手が上がる彼の家という最悪なものだ。だから、昨日数年ぶりに再会した時に飄々と長期休暇開けの学校で会ったみたいなノリで挨拶してきた彼に暴力を振るったのは悪くないと思う。

 

そんな蛙吹は今、八神凛の自宅の物が少ないリビングに落ち着かないでいる。

 

「ちょっと待っててね。今温めるから」

 

キッチンから顔を出す彼の顔は、記憶にある子供の顔ではなく、少し大人びていて 少し時間の流れを感じ寂しさがわき出てくる

「凛ちゃん。今日も休んでたみたいだけど・・・・・・それにフランちゃんはどうしたの?」

 

「フランなら今日から学校だよ。午前中は小学校に挨拶に行ってたんだ。だから、授業は午後から出るよ」

 

保護者は大変なのね。でも似てないのよね。本当に親子なのかしらと考えていると、

 

「出来たよ。残り物でごめんね」

 

出された食事はシチューとパン。簡素ではあるが家庭的な料理だった。

 

「充分美味しそうよ。ありがとう。いただきます」

 

自分でも家族に料理を作っている蛙吹は驚いた。

 

「負けた気分ね」

 

「どうしたの?」

 

「とっても美味しいわ。凛ちゃん料理出来たのね」

 

「覚えたのはフランの為だよ。あの子にはいろいろあってね。俺の料理で申し訳ないけど家庭の味っていうのかな。そういうのを知って欲しいんだ」

 

「そう、なら話して・・・・・・あの日何があったのか、今まで何をしていたのか。フランちゃんのことも含めて教えて欲しいのよ」

 

「そうだね、順番に話したほうが分かりやすいかな」

 

そう言うと思い出すように凛は目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの日は、確か後見人が来るから家に居ろって言われてたんだ。それで待ってたら来たのは弁護士でね。

 

『君と血の繋がった人物の依頼で来た』

 

みんな死んでると聞いていたから驚いたのを覚えてる。それで話しを聞いてたら母方の祖父が、実はヤの付く職業の人で父さんの職業といろいろ裏でやってた人だから死んだ事になってる。って話だったんだ。

 

「凛ちゃんのお父さんは・・・・・・」

 

今は気にしてないよ。あの事件で表に出ちゃったけど、あの役割を選んだのは父さんだし、今ならその選択も理解出来るし・・・・・・ただ俺は選ばないけどね。

 

そんな話しをしてたら、何かが襲って来たんだ。その時は弁護士さんのおかげで逃げる事が出来たんだけど、周りに連絡とかしちゃうとその人達も襲われる可能性もあったから連絡出来なかったんだよ。後から聞いたけど、家も火事になったみたいで、連絡先が書いてあるものとかも全部焼けちゃったみたいだから連絡出来なかったってのもあるんだけど、本当にごめんね。

 

「それは良いわ、私もあの火事を見たもの。それに凛ちゃんが悪い訳じゃない」

 

ありがとう。あの時は、父さんの事件のせいで恨みがある(ヴィラン)、証拠を隠滅したいヒーロー協会、マスコミ、社会的善意の人達。そんな中から逃げるってなったからほとんど何も出来なくてね。それで日本にいるのは不味くて爺さんが暮らしてるっていう国に行く事になったんだ。ん?梅雨ちゃん。悪いけど、とりあえず話はここまでだね。

 

「どうしたの?」

 

いや、そろそろ出ないと授業に遅れるよ。

 

「もうそんな時間なのね・・・・・・分かったわ」

 

続きはまた今度だね。皿はそのままで良いよ。

 

「悪いわね。今度何かさせてもらうわ」

 

気にしないでいいよ。梅雨ちゃんには迷惑かけてばっかりだしね。じゃあ、行こうか。

 

「その前に、一つだけ聞いていいかしら?」

 

何?

 

「フランちゃんって実の娘なの?」

 

そうだったら良いけど違うよ。日本だと養子というのかな?

 

「分かったわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わーたーしーがー!普通にドアから来た!HAHAHAっぶふ!」

 

ドアから現れたのはオールマイト。ご存知、No.1ヒーローである。クラスが一気に沸き立つ瞬間、八神凛に蹴り飛ばされた。凛はあまり表情は変わっていないがかなり怒っていた。昨夜、夕食を作っていたところ呼び鈴がなりフランが対応する為玄関に、ここのところ毎日のように来るミッドナイトだろうと考えてたら玄関からフランのがちの泣き声が響き、何事だと玄関に行くとガリガリの骸骨おっさんが血を吐いていた。

 

通りかかったげっ歯類が『オールマイト!』と骸骨を呼んで、骸骨を引き取りその場を治めてくれたが、家に入りフランを落ち着かせ話しを聞くと物凄いマッチョがいきなり血を吐きながらガリガリの骸骨おっさんになったらしい。ただのホラーじゃないかと思い、人の娘にトラウマを刻んだオールマイトを蹴り飛ばすと決めた。

 

「何をするんだい凛少年!先生に暴力なんて感心しないぞ!」

 

「うるさい!このロリポンコツ!お前のせいで昨日の夜からフランが赤ちゃん返りして大変だったんだぞ!人の娘にトラウマ作りやがって!」

 

「何もしてないじゃないか!挨拶しただけだよね」

 

クラス中が冷や水を掛けられたかのように沈黙をしているなか二人はヒートアップしていく。

 

「もうお前の存在がもうダメなんだろ」

 

「それ、おじさんちょっとショックなんだけど・・・・・・」

 

グダグダになったところで蛙吹が助け舟を出した。

 

「いい加減にしないと怒るわよ」

 

「「すみませんでした」」

 

『蛙吹スゲー』クラスの心の声が一致した。

 

「えーと、何かグダグダしちゃったけどヒーロー基礎学の時間だ!ヒーローの素地を作る為さまざまな訓練を行うのがこの科目!早速だが今日はコレ!戦闘訓練!」

 

『BATTLE』と書かれたプレートを力強く掲げる。

 

「それに伴って、こちら!」

 

教室の壁が動き始める。

 

「入学前に送ってもらった個性届けと要望に沿った・・・・・・戦闘服(コスチューム)!」

 

一人を除いてクラス全員のテンションが上がる。

 

「着替えたら順次グラウンドβに集まるように!」

 

「はーい!」

 

「格好から入ることも大事だぜ、少年少女!自覚するんだ、今日から君たちはヒーローだと!」



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戦闘訓練 その2

被服控除────入学前に『個性届』『身体情報』を提出すると学校専属のサポート会社がコスチュームを用意してくれるステキなシステム!

 

『要望』を添付することで便利で最新鋭のコスチュームが手に入る。

 

しかし、凛のコスチュームはまだ届いてなかった。国、雄英が凛の『要望』に答える為、とある人物に依頼した結果、納得がいくものを作りたいと少し時間がかかっているのだ。

 

今凛が着ているコスチューム。これは(ヴィラン)ハンターをしていた時に着ていた物だ。特殊な効果など何もない私服。どうせ、すぐに傷むとウニクロで買った総額1万2千円のもの。えんじ色のシャツに黒のスラックス、そしてロングコート。靴にいたっては先程まで履いていた革靴である。やる気はあるのだろうか?

 

「うんうん、良いじゃないか!全員カッコいいぜ!さぁ、始めようか、有精卵ども!戦闘訓練の時間だ!」

 

ロボットみたいな格好の飯田がガションと挙手した。

 

「先生!ここは入試の演習場ですが、また市街地演習を行うのでしょうか?」

 

「いや!今回はその二歩先に踏み込む!屋内での対人戦闘訓練さ!(ヴィラン)退治は屋外で見られる事が多いが・・・・・・統計で言えば、屋内の方が凶悪な(ヴィラン)出現率は高いんだ!監禁、軟禁、裏商売。このヒーロー飽和社会・・・・・・真に賢しい(ヴィラン)は室内・・・・・・闇に潜む!君らにはこれから『(ヴィラン)組』と『ヒーロー組』に分かれて、2対2の屋内戦を行ってもらう!」

 

「基礎訓練もなしに?」

 

首をコテンと蛙吹が傾げる。

 

「その基礎を知る為の実践さ!ただし、今回はブっ壊せばオッケーなロボじゃないのがミソだ!」

 

「勝敗のシステムはどうなります?」

 

「ブッ飛ばしてもいいんスか……!!」

 

「また相澤先生みたいな除籍とかあるんですか……?」

 

「分かれるとはどのような分かれ方をすればよろしいですか?」

 

「このマントヤバくない?」

 

「んんん~~~~聖徳太子ィィィ!!」

 

皆からの質問の嵐にプルプルとポーズを決めたオールマイトがカンペを取り出した。

 

「いいかい、状況設定としては『(ヴィラン)』がアジトに『核兵器』を隠していて『ヒーロー』はそれを処理しようとしている!『ヒーロー』は『(ヴィラン)』を捕まえるか『核兵器』を回収すること、『(ヴィラン)』は制限時間まで『核兵器』を守るか『ヒーロー』を捕まえるのが勝利条件だ。なお、『確保テープ』を相手に巻き付けることで、『捕らえた』証明となるので気を配るように!」

 

「ペア決めはどうするんですかー?」

 

「ペア決めはクジだ!では早速決めよう!……と言いたいところだが、やはり実践の一番最初というのは誰もが緊張するところだよね!このクラスは21人。二人ペアだと一人余るだから、第1回戦はデモンストレーションとして私と余る一人がこの訓練を行う」

 

「スゲー!いきなりオールマイトが戦うところが見れんのか!」

 

「っていうかオールマイトと戦う?」

 

コスチュームの時のように皆のテンションが上がる。

一人だけは頑丈さがうりの腕時計を見てそろそろフランが帰って来る時間だなぁ。とぼんやりしていると、

 

「私の相手は、凛少年だ!」

 

いきなりの指名に20人が一斉にグルンと首を回した。急に動かして首を痛めたりしないだろうか?なんて現実逃避する。目立たないように最後尾にいたのに視線を集めるのは何か気まずい。

 

「先生!何で凛ちゃんなのかしら?」

 

「君達は知らないだろうが、凛少年は雄英史上初の特待生であると同時に君達も受けた実技試験において(ヴィラン)ポイントパーフェクトを叩き出した逸材でもある。それに個性把握テストを受けてないからクラスメイトの皆も実力を把握出来ていない。それゆえソロで受けてもらうのが一番良いだろう?」

 

生徒達は、表情筋が仕事をしない凛を見て、

 

「あの試験でパーフェクトだと!」

 

「オールマイト直々に指名してるのに表情一つ変えないなんて!」

 

などと騒ぎ出したが、蛙吹だけは『面倒くさくて考えるのを止めたわね』と心の中で思っていた。凛自身も、あのテストは相手がロボだけに手加減を考えなくて良く、思う存分個性を使ってお金を稼いだ認識しかない。それにポンコツ(オールマイト)と差しでやれるなら昨日の恨みをはらせると笑みを浮かべる。周りはその笑みを見て背筋が少し伸びた。

 

「それじゃあ、凛少年!『ヒーロー』と『(ヴィラン)どちらかいい?』」

 

「なら、『(ヴィラン)』で、どうせなら皆、ポンコツ(オールマイト)がヒーローやった方を見たいでしょ」

 

「HAHAHA!そんなこと気にしなくても良いさ! 」

 

「でも、まぁ負けるつもりもないからどっちでも構わないんだけどね」

 

「凄い自信!・・・・・・それなら私が『ヒーロー』で、凛少年が『(ヴィラン)』だ。君達も『ヒーロー』の思考、『(ヴィラン)』の思考をよく考えるんだ!意図や状況何かが見えてくると思う。そこの建物にモニターと無線機が用意されているから君達はそちらに移動してくれ。皆の準備が出来たらスタートする。持ち物はコスチュームの付属品以外は建物の見取り図と確保テープだけだ。制限時間は15分。さぁ、凛少年も『核兵器』の設置など準備に取りかかってくれ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

八神凛────私にとって親友の形見である。

平和の象徴などと呼ばれているが私はいつも遅い・・・・・・親友だった彼の異変に気づいたのもの事件が終息へと向かう頃だった。結果、事件解決は私がしたことになった。当時、声をあげ親友の功績を訴え続けたがヒーロー協会の策略により消されてしまった。せめて彼の息子だけは守ろうと法的な後見人制度をまとめてみれば彼の家は(ヴィラン)に襲撃され、彼の息子は行方不明。ようやく足取りをとらえたと思えば海外に出た記録を見つけただけだった・・・・・・凛少年の言うとおり、私は本当にポンコツだな。しかし今回は、『アイツがヒーローを目指すなら、壁として相対してやってくれ』そんな親友の頼みを実行させてもらおう!

 

『先生、準備出来ました』

 

モニタールームから無線が入った。それじゃあ、始めようか!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぞろぞろとモニターのある部屋へと生徒達が向かう中、

 

「蛙吹さん、八神君の個性って何だか知ってるの?」

 

しっぽが特徴的な尾白がそういえばと聞いてきた。

 

「梅雨ちゃんと呼んで。そうねぇ、私も子供の頃のことしか分からないけど・・・・・・引き寄せたり引き離したり、重くしたり軽くしたりしてたわ」

 

少し考え答えたが、それに皆反応し、

 

「4つ!複合型の個性か!」

 

「才能マンじゃねぇか」

 

と騒ぎ始めるが、次の蛙吹の一言で静まった。

 

「あれ?子供の頃?梅雨ちゃんと幼馴染みって言ってなかったっけ?」

 

「・・・・・・そうよ。でもね、6年ぶりに会ったのよ。その間何をしていたのかはまだ聞いてないわ。凛ちゃんの家が、火事になっていろいろあって海外に行ったところまでは教えてもらえたし、フランちゃんが義理の娘なのは聞いたけど、本当に何をしてたんだか・・・・・・」

 

個性把握テストの時に見た蛙吹の怒りのオーラに皆気圧される。しかしそれ以上に皆の恐怖を煽った人物がいた。

 

「引き寄せたり引き離したり?そうか!引力と斥力か。でもそれだと、重くしたり軽くしたりが分からない。重くしたり軽くしたりたは、重力か、重力を操れるなら重くしたり軽くしたりが出来る。引力と斥力も重力として考えれば可能だけど本当にそんな事が出来るのか?それに個性把握テストで見たあのスピード。もし重力を使っていたとすると身体にかなりの負荷がかかるはず、それにデメリットは何だ?身体にかかる負荷がデメリットだとしても八神君はテストの後フランちゃんを肩車して普通にしてたし、それにオールマイトが相手だっていうのにあの自信・・・・・・」

 

「怖ぇぇよ!」

 

ブドウみたいな峰田が皆の気持ちを代弁し、その声に皆正気を取り戻した。

 

「私達も準備をしましょう。早くしないと先生達を待たせてしまいますわ」

 

八百万の言葉を合図に無線機やモニターの準備を整えたところでオールマイトに連絡した。

 

「先生、準備出来ました」

 

 

 

 



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戦闘訓練 その3

オールマイトが感傷に浸っていたり、生徒達が騒いでいた頃。凛はこの戦闘訓練の意味を考えていた。この訓練は実践とはほど遠いお遊びみたいなものだ。ヒーロー側も(ヴィラン)側も相手の無力化には確保テープを掛ければ良いし、核兵器の確保もタッチすれば良く、(ヴィラン)も時間切れまで粘れば良い。そんな子供の遊びみたいな事から何を学ぶんだろうか・・・・・・と実践経験者(元ヴィランハンター)には疑問が浮かぶ。まぁ、それを考えるのは教師の仕事だと思い、これからやることを考える。とりあえずフランを泣かせたオールマイトをぶん殴る、さっきのだけじゃ気が収まらない。それで確保テープを掛けて終わり。これで行こう。さっさと終わらせて帰ろう・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『わ、私の負けだ!』

 

戦闘訓練を開始してすぐの事だった。

 

「・・・・・・何だ、・・・・・・今の?」

 

「わ、分からない」

 

生徒達が釘付けになっているモニターに映されていたのは、片膝をついたオールマイトに確保テープが掛かっている姿とそれを見下ろす八神凛の姿だった。

 

生徒達が唖然とするのもの無理はない、No.1ヒーローのオールマイトが『ヒーロー』として戦う姿以前にあまりに呆気ない決着だったのだから・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

凛は核兵器のハリボテを持って上の階に上がらず一階の入り口から見える通路の一番奥に置いた。これでオールマイトは警戒するだろう。確保テープを建物の入り口から見えない入り口裏側の上まで『個性』を使い浮かせた。二人ペアなら確保は任せるが一人でやらなくてはいけないので『個性』解除のタイミングをはからねばと考えていると、無線機から『さぁ、始めようか!』とオールマイトの声が聞こえたので入り口と核兵器のある場所のちょうど中間くらいのところに立つ。これでオールマイトからも姿が見えるだろう。これでオールマイトは警戒するだろうが凛のこの挑発にのらざる得ない。その理由は2つある。一つ目は、これが訓練という授業である為だ。先程凛が全員の前で啖呵を切ったこともあり、調子に乗った生徒の鼻を折る意味も含め正面から来るだろう。二つ目は、相手がオールマイトであるということ。オールマイトは平和の象徴としてこの状況で搦め手を使うことが出来ない。正面からしか来れないし、それが出来るだけの力を持っている。

 

果たして、オールマイトは堂々と正面から来た。

 

「さっさと来いよ『ポンコツ(ヒーロー)』!フランを泣かせたんだタダですむと思うなよ!」

 

「むぅ・・・・・・それを言われるのは辛いところだが、いくぞ!」

 

凛の言葉に少し傷付きながら、そう言うとオールマイトは構え、一歩で凛までの距離を詰め自分の間合いに入った。そのまま構えた右を繰り出そうとしたところ凛の右手でパンチが受け流され体勢を崩しかける。

 

「なっ!」

 

オールマイトは驚きを露にするが、流石No.1ヒーローといったところか?崩しかけた体勢を無理矢理戻す。しかし、その一瞬、そのスキを凛は逃さずオールマイトの顔に『個性』を使った左のパンチを叩き込む。

 

「ぐぅぅぅ・・・・・・」

 

オールマイトは入り口のところまで吹き飛ばされ片膝をつく。そしてその首のところには確保テープがスッと降ってきたのだった。

 

確保テープを唖然とした顔で確認したオールマイトは動揺を隠せないまま自分の負けを理解した。

 

「わ、私の負けだ!」

 

「んじゃ、フランの迎えがあるから帰る」

 

「ま、待ちたまえ凛少年!これから講評があるんだ!それくらいは出てくれ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

言葉を失う。それが一番このモニタールームに適した表現だなぁ。とオールマイトと共にモニタールームに来た凛が最初に思ったことだった。

 

「HAHAHA!凛少年は凄かったな!負けてしまったよ」

 

少し落ち込んでいたが、モニタールームの様子にオールマイトは空元気で場を盛り上げようとする。やはり私は負けてはならない。そう心に改めて誓うのだった。

 

「さて、講評をしようじゃないか!勝ちも負けも理解してこその経験だ!みんな!私達の演習を見て感想は?」

 

「よく分かりませんでした」

 

「そうだね、私も分からないまま負けてしまったよ。多分、凛少年の作戦勝ちなんだろう。どういった事が演習で起きていたのか凛少年に教えてもらおうか?」

 

その言葉で訓練開始前と同様にまた凛に視線が集中する。さっさと帰りたいと思っていたが梅雨ちゃんがじっとこちらを見ているので彼女の納得がいかなければ帰してもらえないだろう。凛は一つため息を吐くとこの状況を作ったオールマイトに嫌がらせはしておこうと決めた。

 

「相手してたのに分からないなんてやっぱりポンコツなんだな」

 

「うぐっ!」

 

オールマイトが落ち込んだのを横目に凛は説明を始める。

 

「まず、俺が考えた方針は『核兵器』の防衛ではなくヒーローの『確保』だね。その方針にそって、確保テープを『個性』を使い浮かせて、その罠の位置までヒーローを誘導して確保したんだ」

 

それだけだよ。と続け、帰ろうとした。

 

「それじゃ、全然分からないわ。最初から説明して」

 

やっぱり梅雨ちゃん(こいつ)が立ちはだかるか!しょうがない。改めてため息を吐き開きなおる。如何にヒーローが面倒臭いかを教えてやろう。

 

「俺が訓練開始前に言ったことを覚えているかい?」

 

「オールマイトがヒーローやる方が皆見たい」

 

「それもだけど、俺は『負けるつもりはないからどっちでも構わない』ってのも言ったんだ。これでポンコツ(オールマイト)は思ったはずだ、『その鼻っ面折ってやる』ってね」

 

「そそそんなことは考えなかったさ!」

 

『『『考えたんだ!』』』

 

「それを踏まえ、次に打った手は『核兵器』を入口から見えるところに置いたことだよ」

 

「何かあると思わせる?」

 

「あぁ、その上で俺が姿を見せることでポンコツ(オールマイト)は、正面から来なくてはいけなくなったんだ」

 

「何故ですか?」

 

平和の象徴(オールマイト)だからだよ。ここに着いた時も思ったが、皆、そこのポンコツ(オールマイト)に憧れてるんだろう?No.1ヒーローのポンコツ(オールマイト)が負けたから皆暗い雰囲気になっていた。それくらいの影響力を持ってるのはこっちに帰って来てから聞いていたから利用したんだ」

 

「オールマイトだから正面から来るように仕向けた訳?」

 

「そうだよ。それに訓練開始前にポンコツ(オールマイト)が言っていた一般入試の実技試験だけど、俺は遠距離攻撃しか使わなかったから元から脳筋なポンコツ(No.1ヒーロー)は、近接戦闘を仕掛けてきたんだと思う」

 

「凛少年、何故そこまで相手の心理を考えられるんだい?」

 

「お前が脳筋なだけだ。この訓練は選択次第で楽に勝てるそんな遊びだったよ。そもそも実践じゃ(ヴィラン)の『個性』なんて余程のレベルの奴じゃなきゃ分からないんだ。それに対してヒーローはその情報がほぼほぼ割れてる。その上ヒーローが必要になるのは事件が起きた後、常に後手に回ってる訳だ。そんな中解決しなくちゃならないんだから状況やら相手の心理やら引っ掻き回して自分のフィールドに引っ張り込むのは当たり前だろう?そもそもポンコツ(オールマイト)のやり方なんて脳筋丸出しで参考になんてなるわけないしな」

 

度重なる凛の口撃で本格的に落ち込むオールマイトをほったらかしのまま説明を続ける。

 

「戦闘に狡いなんて概念はない。そもそも(ヴィラン)ってのは狡猾な奴が多い。人質をとったりな。今回だと『核兵器』を盾にする奴だっているだろう。効果があるなら姑息な手段を躊躇うことはない。もちろん(ヴィラン)も自分が有利なフィールドを作ってくる。だから考え続けなきゃならない。この訓練だとヒーローをやるにしても(ヴィラン)をやるにしてもな。もう良いか?娘の迎えがあるから帰らせてもらうぞ」

 

そう言うと凛は、手を振りながら帰っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『壁になってくれ』そんな親友の頼みをこなすことは出来なかった。予想はしていたが、まさかここまでとは思いもしなかった。凛少年はまるで遊ぶかのように全力なんて出さなかった。最低限の力で勝てるように全て組み立てられていて、講評の際もまるで未熟な者達を導くかのように(ヴィラン)の狡猾さを教えていた。(ヴィラン)との戦闘経験はもしかすると私よりも上かもしれない。あぁ、八神蓮よ。君の息子はすでに私達を越えているぞ!そして願わくは凛少年が(ヴィラン)ではなくヒーロー側でその力を奮ってくれることを祈ろう!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オールマイトとの戦闘をただの遊びと言いきり、訓練での内容を説明した凛が帰った後、モニタールームでは開始前のテンションは見る影もなくオールマイトも含め皆少し落ち込んだ様子が見てとれた。

 

「なんか八神ってスゲーな!」

 

「オールマイトより先生してたな」

 

そんな言葉にオールマイトは落ち込んだ。しかしそう落ち込んでもいられない。これから生徒達の訓練を始めなくてはいけないからだ。

 

「さて、凛少年は帰ってしまったが最初に言ったようにみんなにはこれからクジを引いてもらう。凛少年も言っていたが自分が出来ることを最大限に活かして訓練をしていこう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ホームルーム後教室で生徒達により、ワイワイ騒ぎながら今日の戦闘訓練の反省会が行われていた。最後の話題は帰ってしまったが八神凛のことだ。

 

「八神は凄かったな!実践まで考慮した考えなんて思いつきもしなかったぜ。訓練を訓練で終わらせるところだった」

 

「そうですわね。勉強すべきことは多いです」

 

「オールマイトも早退することに何も言わなかったから先生達も八神のことは特別扱いしてるみたいだな」

 

「八神の実力って本当どれくらいなんだろうな?オールマイトをパンチ一発でぶっ飛ばしてたよな」

 

「爆豪や轟も凄かったけど、なんて言うのかな凄味があった」

 

「なぁ、蛙吹!子供の頃しか分からないって言ってたけどそのころから八神って凄かったのか?

 

「ケロ?そうねぇ、昔は優しい子だったわね。その頃は『個性』もほとんど使わなかったし、必要な時以外もの静かだったわ」

 

「ってことは海外に行ってた間に強くなったってことだな」

 

考察をしてみるが八神凛という人間の謎が増えるだけだった。

 

「おい、お前ら下校時刻だ!さっさと帰れ!」

 

見回りに来た相澤に声をかけられたところで反省会は終わりをつげた。

 

「先生!八神のことを教えてくれませんか?」

 

「本人に聞けと言いたいところだが、あいつのことだ、しゃべらんだろう。教師が特別扱いしてることもあるしな。明日のロングホームルームで時間が余ったら教えてやる。だから今日はさっさと帰れ」

 



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LHR

朝からマスコミの襲来をこなした1ーAの面々はそれぞれの席に着き担任である相澤から昨日の戦闘訓練のダメ出しを受けていた。

 

「オールマイトから聞いたが、八神の講評がこれからのお前達に一番必要になる話だと俺も思う。(ヴィラン)との戦闘に自分の現状理解は最低限必要でありそれが出来ない奴から最悪死ぬ事になる。しっかり覚えとけ!さて、今日のLHRだが、急で悪いが・・・・・・君らに学級委員長を決めてもらう!」

 

「「「学校っぽいのキターーーーーー!!!!」」」

 

ダメ出しで下がったテンションを上げるかのように生徒達は立候補したのだった。しかしテンションのままに皆が騒ぎ、結局飯田の意見を採用して投票という形に落ち着いた。

 

「委員長は緑谷、副委員長は八百万で決まりだな。んじゃ、昨日言った通り『八神凛』について教えてやる。気になることとかはその都度答えるから言ってこいと言いたいところだがまずはこれを見ておけ」

 

放課後残っていた生徒から聞いていたのか、あの場にいなかった者達も姿勢を正し相澤に視線を向けた。『見ておけ』と言った相澤は手元のタブレットを操作すると黒板の前にスクリーンが下りてきた。

 

「一応、校長の許可もとってはいるがこれから見る映像について許可なく洩らした者は除籍処分になるから気をつけろよ!」

 

『何その危険映像!』

 

生徒達の心の声が一致する。

 

「個性把握テストや戦闘訓練で八神の力の一端は見ているだろうがこれからお前達が見るのは八神の実技試験の映像だ。それと八神の『個性』を教えてやる」

 

「・・・・・・え?」

 

誰が上げた声だろうか?相澤には分からなかったが、生徒達も『八神凛』のことを少しでも知っておけば何処にあるかは分からないが八神の地雷を踏み抜く事はないだろう。(ヴィラン)ハンターとして顔は割れてないが一躍有名になったとされる二年前の事件でとある島の3分の2を消し飛ばした事があるのだから・・・・・・八神が(ヴィラン)認定された時、訓練とはいえ平和の象徴(オールマイト)に何もさせず勝てる八神をこの国で止められる者はいないだろう。

 

「八神の『個性』は『重力操作(グラビティコントロール)』だ。それを踏まえて実技試験の映像を見ろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

映像を見終わった生徒達は、驚愕の表情を浮かべていた。

 

「・・・・・・先生、・・・・・・あれは何ですか?」

 

相澤は13号の言葉を思い出していた。

 

「あの黒い球はそれぞれが擬似的なブラックホールらしい。俺も詳しくは分からん」

 

個性のコントロールどころの話ではない。見えない場所まで飛ばし的確にロボットを破壊しているのだ。それも

猛獣が食い荒らすように・・・・・・(ファング)とはよく名付けたものだ。名が表す通りの行為を行っている。雄英の実技試験は都市を模した会場で行われる。言い換えれば都市中が八神凛の射程範囲内ということだ。

 

「オールマイトと近接でやりあえて中長距離も出来るって最強じゃねぇか・・・・・・」

 

「最後のは何だったんだ?景色が歪んだと思ったら0ポイントのロボが消し飛んだぞ」

 

「それじゃ、八神の事をこれから話す。とは言ってもプライバシーの問題もあるから本人に許可を得た部分になるぞ」

 

相澤がそう言うと騒ぎ出した生徒達は静まりかえる。

 

「先生、そう言えば八神は今日も休みですか?」

 

「そのあたりも話してやる。まず・・・・・・八神は雄英に来る必要がない。そもそも八神は海外で大学を卒業している」

 

「「「はぁ?」」」

 

「お前達みたいな反応になるのも分かる。日本でもあるが、飛び級制度を利用して八神は大学を卒業した」

 

「じゃあ何で雄英に?」

 

「理由は2つある。これから話すのは『プロヒーロー』として俺も含め雄英の教師達も考えさせられた内容だ。そもそも俺は話すつもりはなかったが、八神が『良い教材だろう』と言うもんでな。話を聞いてお前達も『ヒーロー』とは何なのかを考えろ。まず・・・・・・八神が海外に行くきっかけになったのが六年前の事件だ。最近改めて元No.2ヒーロー『マグネティ』の名誉回復運動が起きてることは知ってるな?」

 

「はい!確か『ヒーローの悪夢』と呼ばれたオールマイトが解決した事件です。マグネティがヒーローと(ヴィラン)の二重スパイをしていたとされ、その事件の最中にマグネティは亡くなってしまったはずです。ですが真相はヒーロー協会が(ヴィラン)と繋がりマグネティ失脚を画策したと最近の報道で言われています」

 

オールマイトオタクの緑谷が答えたが、相澤は視線を下に向け言いにくそうに言葉を吐き出した。

 

「八神はマグネティの息子だ。この事件のせいで八神の実家は焼かれ、この国から追い出されたんだ。そして八神は言葉も分からない外国に九歳という年齢で行った。この国を出るのも一苦労あったらしいが、八神は言わないからわからん」

 

予想外の話に生徒達は黙るしかなかった。ただ一人蛙吹だけは凛から聞いていた話と当時の関係もあり言葉を出す事が出来た。この後の話、それが今の凛を取り巻く状況なのだから・・・・・・真っ直ぐ視線を相澤に向けた。

 

「先生、凛ちゃんは外国に出てから何をしていたの?」

 

「この国では、(ヴィラン)を捕まえるのがヒーローや警察などの役目になっているな?だが、外国には(ヴィラン)に懸賞金をかけ、捕縛もしくは殺害を生業とする職業がある。それが(ヴィラン)ハンターだ。ヒーローになるのと同じ様に一応試験があり、免許が必要になるものだが、八神が海外に行き最初にしたのがその免許を取ることだったらしい。自分の命がかかる職業なんだが、その国では年齢制限はなかったから良かったと八神は言ってたよ。これは俺の推測でしかないが・・・・・・八神から見ればこの国自体が(ヴィラン)だったのかもしれないな」

 

「そんな・・・・・・」

 

「まぁ、九歳から(ヴィラン)相手に死線をくぐり続けた力の一端をお前達は映像と戦闘訓練で見た訳だが八神のことをどう思う?」

 

「・・・・・・分かりません。講評では俺達がヒーローになるために必要な事を教えてくれたけど、正直言ってレベルが違いすぎる。でも先ほどの映像の、あの表情の理由は先生の話を聞いて少しだけ分かった気がします」

 

「そうか、・・・・・・なら八神が雄英に来た理由を教えてやろう・・・・・・それは国からの要請だ。八神の事をヒーロー協会や政治家達は怯えてるんだ。八神は(ヴィラン)ハンターとして得た伝を使いヒーロー協会や政治家達に圧力を掛けたから今、マグネティの名誉回復運動が起きている。そんな事が出来るんだ首輪を付けたいんだろうさ」

 

「凛ちゃん・・・・・・そんな事をしていたのね」

 

 

「八神は許せなかったんだろうな、自分の父親にかけられていた罪が・・・・・・そして今回堂々と罪を撤回させこの国に戻ったんだ。それと八神が休んでる理由だったな。ヒーローにも免許が必要だ。雄英のカリキュラム上二年になってから仮免を取って段階をへて行くんだが、八神は(ヴィラン)ハンターとしての経歴もあり、既に仮免をもっている。下手に出たヒーロー協会や政治家達はプロのヒーロー免許を交付しようとしたんだが八神が救助系のスキルがあまりないからと断ったから仮免に落ち着いたそうだ。そう言う訳で、八神はプロヒーローの元でヒーロー活動をやってる。これからも休みは多いだろうが、八神もまたお前達と同じヒーローの卵ってことだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヘックショイ!」

 

凛は盛大なくしゃみを炸裂させた。

 

「風邪かい?」

 

「いや、多分相澤さんが例の話をしてるだろうからそのせいだと思います。ところでセメントス先生、小学生高学年から高校一年までの国語のカリキュラムってありませんか?」

 

「急にどうしたんだい?」

 

「娘よりも出来ないのは、格好つかないので頑張ろうかと・・・・・・」

 

「君にも苦手があったか・・・・・・」

 

「ずっと海外(向こう)にいたんで漢字とか日本特有の表現が分からなくて」

 

恥ずかしそうに笑う八神を見てセメントスは漸く緊張をといた。

 

八神凛という少年の話も聞いている。過去にあった事も今現在の状況もだ。だからこそ警戒し、緊張もしていた。彼の普段仕事をしない表情筋が珍しく仕事をするのも彼が雄英(こちら)に対し警戒心を持っていないからだろう。

 

「漢字は反復だよ、まぁテキストも用意するからやってみなさい」

 

「うへぇ」と()()()の反応をみせる八神にセメントスは忙しくなるなと微笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「凛君が笑ったですってぇー!」

 

今日の出来事を職員室で語ったセメントスにミッドナイトは掴みかかった。

 

「落ち着けミッドナイト!」

 

近くにいた相澤やブラドキングがミッドナイトを羽交い締めにして止める。

 

「私はまだなのにぃー」

 

地団駄を踏んで悔しがるミッドナイトに周りは苦笑いを浮かべ、フランとの第一印象が最悪だったオールマイト(ポンコツ)はどうすれば挽回出来るか頭を抱える。そんな様子を目撃した校長(げっ歯類)は深いため息を吐くのだった。



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USJ その1

雄英高校正面玄関。そこに学校所属のヒーローが集合していた。

 

「ただのマスコミがこんなこと出来る?」

 

校長である根津が他の皆に問う。答えは、「出来るわけが無い」。ヒーロー科の教員全員がそう思う。理由はここが日本で最高峰のヒーローを育てる学舎で、勿論セキュリティシステムだって現代科学の最先端の技術を利用していることだ。マスコミに破られる程度のセキュリティでは(ヴィラン)と相対する事すら出来ない。

 

この隔離壁だってそうだ。剛性・柔軟性・耐熱・耐震・耐水・耐電等々、ありとあらゆる機能テストに耐える最高水準で仕上げた特殊合金製である。

 

これを突破出来るというのはつまりそう言う事なのだろう。

 

「そそのかした者がいるね…」

 

根津校長は崩壊した壁を見つめながらそう呟く。口調は軽いが視線は真剣そのもの、眉をひそめ瓦礫の残骸を注視している。

 

「邪な者が入り込んだか」

 

そこには何かがある。その点だけは明確だ。

 

「もしくは宣戦布告の腹づもりか…」

 

敵の正体は見えてこない。しかし、今回の騒動は「事を起こす」予兆以外の何物でも無い。

 

・・・・・・悪ならば迎え撃つ。

 

決意を固め一同はその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

プロヒーローミッドナイト。本名香山睡。彼女にとって、八神凛とは弟のような者だ。

 

初めて凛に会ったのは彼が赤ちゃんの時、職場体験先である。凛の父親であるマグネティはまだ事務所を開いたばかりだったが、若手のホープと言われ事務所を持つ前からヒーロービルボードチャートにランクインする実力者だった。そんなヒーローから指名を受け教えを受けた。

 

彼女自身の個性『眠り香』でヒーローコスチュームの改造で悩んでいた時もマグネティのコネを使い色々と活動していたら、『コスチュームの露出における規定法案』が通り彼女自身、多大な恩と尊敬をマグネティに持っていた。

 

プロとして活動を始めしばらくたった時に起きた事件『ヒーローの悪夢』。尊敬するマグネティの無実を祈り彼女自身行動したが、その結果は最悪だった。職場体験以降、インターンやチームアップ等プロになってからもマグネティと関わり、その息子である凛と交流してきた彼女が知ったのは彼らの家が、思い出が焼かれ、それを良しとする世論だった。彼女は憤り、心に傷を負った。そんな彼女に手を差し伸べたのは雄英高校であり根津だった。

 

教師として未来のヒーロー達に指導しながら日々を過ごしていた彼女は一つの資料を見た時に心から歓喜した。元No.2ヒーローマグネティの名誉回復運動。師匠がこれで浮かばれる。そんな思いだった。そして、根津からもたらされた凛の情報。驚愕とも言うべき事実。そして、実技試験における凛の力と表情。モニター越しに見た凛と離れていた六年という時間を感じた。

 

「久しぶり睡姉ちゃん?その格好(ヒーローコスチューム)はちょっとどうかと思うんだけど・・・・・・」

 

そんなぐちゃぐちゃした感情の中、再開した時どんな言葉をかけようか悩んでいた彼女は凛によるこのセリフで拳骨を落とした事に後悔していない。そして、この後凛の義娘のフランに凛の小さい頃の恥ずかしい話をした事も反省していない。ただ気になったのは凛の表情がほとんど変わらない事。どうにかしてやりたいと悩みとりあえずノリの良いプレゼントマイク(馬鹿)を巻き込み馬鹿騒ぎを敢行する事にした。そして昨日セメントスから驚愕の報告に歯噛みした。凛が笑った。それも年相応に・・・・・・ズルイ。そんな感情が沸き上がるが、ホッと肩の荷が降りるようにも感じた。

 

しかし、凛の心の闇は中々深いようだ。

 

昨日起きた雄英マスコミ襲撃事件。これにより漸く届いた凛のヒーローコスチュームを渡す事が出来ず、今日になってしまった。午前中はいつも通り、雄英教師についてのヒーロー活動をしていた凛に連絡し、午後の授業の前に渡す約束をしていた彼女は凛に会ってそう感じた。(ヴィラン)ハンター。言葉にすればそれだけだが、それは確かにヒーローとは違う職業。合法的な(ヴィラン)と呼ぶ者も確かにいる。それでも、と悩み、六年前から苦しんでいる凛の心の闇。

 

「俺はこれ(ヒーローコスチューム)を着る資格はあるのかな・・・・・・」

 

そう呟く凛に彼女は教師として姉としてそして一人のヒーローとして答える事にした。

 

「確かにあんたは(ヴィラン)ハンターとしてヒーローとは違う事をしてきたのかもしれない。だけどね、あんたがやったことで救われた人もたくさんいるはずだよ。フランちゃんだってその中の一人。それにあんたはヒーローを助けるヒーローになるのが夢だったはずだよ」

 

それは凛が小さい頃彼女に語った夢。幼馴染みがヒーローになるならそれを助けるヒーローになる。凛自身が目指した幼い頃の夢。

 

「・・・・・・そうだった。ありがとう睡姉ちゃん」

 

それは思い出の中に消えていた凛の柔らかい笑顔。

 

思わず凛を抱きしめてしまった事は反省しないが、うっかりヒーローコスチュームが破れて凛が寝てしまった事はさすがに反省した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一かたまりになって動くな」

 

相澤は叫ぶ。

 

「あれは」

 

(ヴィラン)だ!」

 



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USJその2

「凛!起きなさい!」

 

スヤスヤと寝てしまった凛を起こす為にミッドナイトは必死だった。

 

「どうしようかしら?」

 

破れたコスチュームは応急処置したもののここは廊下である。騒げば人がくる。悩んでいたミッドナイトに声をかけたのは、

 

「こ、校長先生!それとオールマイト!」

 

最悪だった。それと説教が確定した瞬間だった。二人が事情を理解した後、八木(トゥルーフォームオールマイト)とミッドナイトで凛を校長室へ運び、出来る限り凛を優しく起こしたミッドナイトは目を覚ました凛に謝り着替えさせた。

 

凛のヒーローコスチュームは、オールマイトの親友であるデヴィット・シールド博士に作られた物である。

 

お披露目のそれを着た凛を見たミッドナイトは一言。

 

「本当にヒーローコスチュームなの?」

 

校長先生(げっ歯類)八木(トゥルーフォームオールマイト)も同じ意見だった。

 

凛のヒーローコスチューム。それは、(ヴィラン)ハンターの時に着ていたものがベースになっている。但しベースになっていたモノは、コート、シャツ、ズボンの三点全てウニクロ製総額一万二千円と、セール品の合皮の革靴である。

 

比較すると、まず足元。革靴でよくあるウィングチップの焦げ茶色シューズの様に見える物。ズボンは変わらず黒色のスラックである。それを留めるベルトは、靴に合わせた焦げ茶色のメッシュベルト。シャツは光沢あるワインレッドでその上にズボンに合わせた黒色のベスト。それに(ヴィラン)ハンター時とはまったくかけ離れた色である白色のロングコート。前が黒色で重たい雰囲気だったものが一転し明るいものとなった。そしてオマケの様に付けられたモノは手袋(白色)とコスチュームではないが、救急セットが入ったオサレなトートバッグまである。

 

先程まで着ていた物は少しくたびれた私服感満載だったが、コスチュームとしての性能は天と地ほどあり、高校生平均身長より十五センチ高い身長と平均体重より二十キロ重く意外とガッシリしているがスマートに見える体型の凛が纏うとその筋の人に見えたりするのは血筋なのだろうか?

 

他に今回着てはいないが上記までの物の色違いのシャツやズボン。ベルトや靴もある。さらに各ズボンに合わせたジャケットまで用意された徹底振りであるが、教室の隠しギミックには入り切らないので選んで入れて置く事になる。

 

ちなみに入学の際提出した被服控除における凛の『要望』は、『今と変わらず動きやすい格好』である。種類の豊富さに呆れない事もないが、後日オールマイトによるデヴィット博士への確認電話によると、「予算が潤沢な割に作成するものにかかる金額が安かったので種類を増やした。それでも予算を使い切れてないから要望があればいつでも言ってくれ」という回答を頂いたので、凛はこっそり『フラン専用コスチューム』を発注。この話には、夏休みの事件でミッドナイトにバレて怒られるという未来があるが、これは凛の自業自得だろう。

 

その後『八神凛のヒーローコスチュームが私服みたいだった件について。』なんてラノベのタイトルみたいなお披露目会からみんな正気を取り戻し、今授業中じゃね?っと慌てて凛を送り出すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黒い霧の(ヴィラン)が首魁の所に戻って来た。

 

「死柄木 弔」

 

「黒霧、13号はやったのか?」

 

「行動不能には出来たものの散らし損ねた生徒がおりまして・・・・・・一名、逃げられました」

 

「・・・・・・は?」

 

素っ頓狂な声を上げて黒霧と呼ばれたを(ヴィラン)見る死柄木と呼ばれた男は、苛立ちを顕にして唸り声を上げながらガリガリと指で首をひっかく。表皮が破れて地面に落ち、徐々に首には血が滲んでいったが、首を掻き毟る事を止めない死柄木。だが、唐突に何かを思いついたようにピタリと静止した。

 

「流石に何十人ものプロ相手じゃ敵わない。ゲームオーバーだ。帰ろっか」

 

まるでゲームで負けて興味を失ったかのような発言をする。そして・・・・・・

 

「その前に、平和の象徴の矜持を少しでも・・・・・・」

 

その悪意は蛙吹梅雨に向かって行った。

 

コンマいくつかの走馬灯。

 

先ほど自分の担任である相澤先生の腕を破壊した手が私の顔に向かってくる。思い出すのは家族である父や母、大事な弟や妹じゃなかった。あの事件以来離ればなれになった幼馴染みの八神凛、そして幼い頃の約束。

 

「梅雨ちゃんはヒーローになるんでしょ!なら僕は相棒(サイドキック)になるよ。それで梅雨ちゃんを守るんだ!」

 

「本当に守ってくれる?なら私も凛ちゃんを守るわ」

 

「うん!」

 

そんな貴方のことだった。これで終わり・・・・・・痛いのは嫌だなぁ・・・・・・なんて、覚悟決めたのに・・・・・・

 

予想した痛みはいつまでたってもやって来なかった。

 

「大丈夫か?」

 

そんな声と共に私を壊そうとした(ヴィラン)がふっ飛んで行く。私の前に立つ純白のコートを着た貴方は『大丈夫か?』と言いながらはにかむ笑顔。一緒にやったヒーローごっこはしかめっ面だったけど・・・・・・

 

「緑谷、説明してくれるか?」

 

「八神君!」

 

そこに立っていたのは私の幼馴染みだった。

 

「あれ?夢じゃない?」

 

それに、はにかむ笑顔じゃなくいつもの無表情で(ヴィラン)を見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

急いで来て良かった。凛が心の底から思った事だった。普段より動きやすい事にちょっとテンション上がっていて開いていた入口からダイナミックエントリーをしていたのはナイショだ。そのまま梅雨ちゃんに何かしようとしていた死柄木に着地したのは運が良かった。この状況から、途中で飯田っぽいのを見かけたのも見間違いじゃなかったのだろう。

 

「脳無ぅぅ!殺せぇぇ!」

 

起き上がった死柄木がそう叫ぶと先程まで相澤を痛めつけていた脳ミソむき出しの(ヴィラン)が凛へと向かって行った。

 

「凛ちゃん!」

 

先程の反動なのか腰が抜けて動けない蛙吹は叫ぶ事しか出来なかったが、()()()()は杞憂でしかなかった。

 

「ふっ」

 

脳無の攻撃が当たる、その瞬間逆に脳無が吹き飛んで行った。

 

「・・・・・・は?」

 

あまりにも間の抜けた声を上げたのは死柄木だった。

 

そんな反応を無視して凛は拘束するものがいなくなった相澤に向けて手を握ると、相澤が何かに引きずられるように凛に向かう。

 

「改めて緑谷。説明してくれ」

 

「へ?あ、はい。(ヴィラン)がオールマイトを殺す為に乱入して来てそこにいる黒い霧のやつがワープゲートって呼ばれててみんな飛ばされてそこの死柄木ってやつがボスみたいで相澤先生が・・・・・・」

 

「落ち着け緑谷。大丈夫だからな」

 

凛は相澤を柔らかく受け止め、救急セットが入ったトートバッグと一緒に峰田に渡す。

 

「わ、分かった」

 

「とりあえず白髪がボスで黒いのがワープ持ちで見慣れないのは全部(ヴィラン)で良いか?」

 

「うん」

 

「んでヤバそうなのは白髪、黒いのとさっきの脳ミソだな。梅雨ちゃんそろそろ動けるか?」

 

「大丈夫よ。それより相澤先生を」

 

漸く立ち上がる事が出来た蛙吹は相澤の様子を見る。

 

「なら、合図したら緑谷と峰田で相澤先生連れて、梅雨ちゃんはその援護しながらここから逃げてくれ」

 

「なっ!」

 

批難の声を上げるのは緑谷だが凛は正論で潰す。

 

「俺の事は聞いてるだろうから言うが邪魔だ。さすがにこのメンツ相手に手加減しながらお前等を守るのはキツイ」

 

凛は3人を見る。納得してない顔の緑谷。怯えた顔の峰田。そして理解し納得した顔の蛙吹梅雨。

 

「任せたわよ」

 

「サンキュー梅雨ちゃん。愛してる」

 

「えぇ、私もよ」

 

そんなやり取りを惚けて見ていた死柄木はようやく起動する。

 

「おいおいこんな所で告白かよ。青春してるなぁ・・・・・・」

 

「知らないのか?ここは高校だぞ。青春して何が悪いんだ?」

 

「チッ。皮肉も通じねえのかよ。さっきのお前めっちゃヒーローだったぜ。あの女も落ちたんじゃねぇの」

 

死柄木との会話で凛は確信した。これは時間稼ぎ。『平和の象徴(オールマイト)を殺す為に乱入して来た』と先程緑谷は言っていた。ならば脳ミソは対オールマイト用のモノ。似たようなモノは過去にも掃除()したことがある。それは愛すべき義娘のフランを助けた時に相対したモノ。思い出しても怒りがこみ上げ溢れ出しそうになるが抑える。凛はもう人形に成り下がったモノ(人間)を人とはみなさない。これは(ヴィラン)ハンターとして学び、実践し生きてきた経験からの答えである。先程の脳ミソが切り札と言うのならばここでその自信をへし折ろう。そして誰に手を出そうとしたのか死ぬ程後悔させてやろう。死柄木の言葉を無視し、

 

「先に言っておくがさっきの脳ミソ程度なら瞬殺出来る。俺の価値観ってやつはこの平和な国だと(ヴィラン)よりらしいからな」

 

そう凛は死柄木に言うと右手を上げ自分から真っ直ぐ出入口のある階段に向けて右手を振り下ろした。

 

『ズガンッ』そんな衝撃音。そして空気が割れた。

 

そんな表現が一番適切ではないだろうか。土煙が1m程度の空間を残し左右に広がる。その余波なのか無事だったはずのチンピラ(ヴィラン)達も皆地に伏っして動かなくなる。

 

「さぁ道は作った。行ってくれ」

 

凛は3人に促す。そして、

 

「さっさと切り札呼べよ。俺がまとめて相手してやる」

 

死柄木に対し挑発的に吐き捨てるのだった。

 



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