桜場義和の野望  (メイトリックス)
しおりを挟む

第一話 転移




追記:読者様のご指摘により誤字を修正しました。
   一部の文章を改変しました。
   タイトルを編集しました。


 

 

 目を開くと、男は見知らぬ場所に立っていた。

 

 

「……なんなんだここは……」

 

 

 男の太もも近くまで伸びた雑草に一切の人工物がない森の中。枝葉の間から射し込む日光に眩しさを感じ、手をかざして光から逃れたところで全てを思い出した。

 

 

「確か……ああ、そうだ!」

 

 

 彼は桜場義和。二十二歳を迎えたばかりの社会人だ。

 彼を一言で言い表すならば、生まれた時代を間違えた男。その一言に尽きる。

 

 幼少の頃より武道家の祖父より厳しい鍛練を施され、立派な大和男子になるようにと教育を受ける。中学、高校の時には剣道、弓道、柔道、空手などといった武道の大会で様々な功績を残すようになった。

 趣味趣向も祖父の血筋が強いせいか、時代劇や盆栽といった年寄り染みた好みだった。そんな彼を当時のマスコミは『リアルサムライ』と特集したりとそこそこ話題にもなった。

 

 しかし、彼の腕前を時代は求めていなかった。昔と違って現代社会は利益や合理性を求められる時代だ。誇りやら仁義やらそういったものは時代錯誤な代物と化してしまった。

 履歴書に書かれた学歴や資格などで人間性が判断され、あとは決められた仕事を淡々とこなしていくだけの生活。平穏そのものな日常だが、義和には耐えきれないほどの退屈なものだった。

 

 どうせ生まれるなら、己の腕っぷしが物をいう戦国時代のような世界に生まれてみたかった。そんな願いを胸に、その日も会社勤めに励むように出勤する。

 

 そんな彼の心境を察するかのように、声がした。

 

 

『──その願い、叶えてやろう』

 

 

 誰かに声をかけられた。誰だ、と振り向いたその直後、雷が落ちる。青天の霹靂というやつだろうか。その雷は義和目掛けて落ちてきた。

 

 雷光が走り、辺りに雷鳴が響いた時には彼の姿は消えていた──。

 

 

 そして目が覚めて、現状に至る。

 

 

 

「一体どうなってんだが……携帯も繋がらないし」

 

 

 現在地を確認しようにもスマホは圏外。これでは助けも呼べない。財布の中身が無事だったのが唯一の救いか。

 

 

「何の音だ……?」

 

 

 遠くのほうで話し声が聞こえた。

 誰かがこんな森の中にいるのかと期待し、音のする方向へ歩き出す。やや丘状になっている坂を登りながら道すらない森を歩く。枯れ木や雑草に脚をとられ直進すら困難な道のりだが、進むにつれて例の音が大きくなっていく。

 

 やはり誰かがいる。僅かな期待を抱いて丘を登りきった義和の眼前に広がっていたのは思いもよらぬ光景だった。

 

 

「おいおい! 何だよこりゃあ……!」

 

 

 馬蹄と発砲によって生まれた煙が充満する平地で甲冑姿の足軽たちが雄叫びを上げながら殺しあっていた。義和から一メートルも離れていないところでに横たわる事切れたであろう男達や血塗れた槍や刀。

 

 最近見た大河ドラマの戦場シーンを遥かに越える生々しさがそこにあった。

 

 

「タイムスリップ……ってやつか? だとしたらここはどこだ──」

 

「むっ! 誰じゃ!」

 

「何だぎゃ、あの可笑しな格好は?」

 

「南蛮人だぎゃ?」

 

 

 義和の存在に気づいた数人の足軽が刃先を向ける。彼らの敵意を察した義和も臨戦態勢をとる。それは祖父から教わった柔道の構え。

 

 

「覚悟ぉ! みゃあああ、うぐぅ!?」

 

「だぎゃあああ……どわぁ!?」

 

 

 向かってきた足軽に一切の恐怖心や戸惑いもなく、一本投げで飛ばす。何時、如何なる場所でも心を乱すことなかれ。それは義和の座右の銘であったりする。

 

 ちなみにこの時代には柔道はまだない。彼らからすれば非武装の男に足軽が意図も簡単に投げ飛ばされたのだ。ある意味、不可解な光景だ。

 

 

「強いだぎゃこの坊主!」

 

「名のある武将みゃあ! 討ち取って褒美を貰うみゃあ!」

 

「勘違いだ!」

 

 

 数が増えていく足軽。鉄砲や弓兵がいないだけましではあるが、多勢に無勢とだけあって義和の顔にも焦りが見え始める。

 

 その時だ。足軽の喉に矢が突き刺さる。突然のことに周囲の足軽らに動揺が走るが、義和はこのチャンスを逃さなかった。

 近くの林に手を振る足軽がいた。彼が敵ではないことを祈り、林目掛けて走り出した。

 

 

 

 

 

「おみゃあ、見事なもんだぎゃあ! 尾張は弱兵ばかりと聞いていたんただぎゃ、おみゃあみたいな奴もおるんじゃな」

 

「俺は尾張の足軽じゃないよ。なんていうか……まあ、農民ってところか」

 

 

 追手から逃げ切れたところで、木の根本に座り込んで状況を確認し始めた。

 

 この足軽の話を聞く限り、先ほどの戦は織田と今川の戦いだったそうだ。ならここは桶狭間なのか?と思いきや、まったく知らない地名を言われたため、どうやら桶狭間の戦い前の小競り合いのようだ。

 

 そしてこの小柄な男は今川の足軽なのだが出世を見込めなさそうなので織田勢に寝返ろうと考えていたところ、俺を織田の忍びと勘違いし、恩を売ろうとして助けたそうだ。

 

 

「うーむ、あれほどの身のこなしなら忍びと思ってたんだぎゃ、的外れじゃったか」

 

「忍びが戦場のど真ん中であんな目立つ振舞いなんてするかね」

 

「それもそうか。なら坊主、おみゃあこれからどうするんだぎゃ? お主さえよかったら、一緒に織田について一国一城の殿様になってみるのはどうぎゃ?」

 

 

 そう言われ、いくばく考える。

 誰が何のためこの時代に自分をタイムスリップさせたのかは分からないが、自分自身の力を試せるこのチャンスを不意にしたくなかった。

 せっかく戦国時代に来たんだ。天下をとってやる! 義和の心はそんな少年のような探求心でみなぎっていた。

 

 

「……よし。俺も織田方につく。男なら一国一城の主にはなってみたいもんさ」

 

「話がわかる坊主だみゃあ! なら早速織田の当主様に仕えて貰うため頭を下げに、ふぐっ……!?」

 

「おっさん?」

 

 

 立ち上がった途端小さなうめき声と共に男は突然うずくまる。

 鎧の胸当てにぽっかり穴が空き、そこからおびただしい量の血が溢れていた。

 

 

「運がないみゃあ……。まさか流れ弾にあたるだなんて……」

 

「おい、しっかりしろ! 待ってろ、今助けてやる!」

 

 

 胸当ての紐を短刀で切っては患部を抑え込み、圧迫止血を試みたが、出血が治まる気配がない。

 

 

「無駄だみゃあ……。自分の死期は自分がよく知ってるだぎゃ……」

 

「ふざけたことぬかしてんじゃねぇ! 医者は、医者はこの近くにいないのか!」

 

「坊主……わしの代わりに一国の大名になってくれ……。わしの…相方をやろう……奴ならお主の力になってくれるぎゃ……」

 

「縁起でもねぇこと言ってんじゃねぇぞ!」

 

 

 呼吸が小さくなり、顔色はどんどん青ざめていく。素人目から見てもあきらかに末期と呼べる状態だった。

 ならばせめて名前だけでも──。

 

 

「おっさん、名前教えてくれ! 命の恩人の名前も知らずに別れるなんて寂しいからな!」

 

「うれしいみゃあ……。わしの名は、木下、藤吉郎……」

 

「木下藤吉郎……、豊臣秀吉……!?」

 

 

 どこにでもいそうなこの足軽は後の天下人、豊臣秀吉の若き頃の姿だったことに開いた口が塞がらなくなる。

 

 

「さらばじゃ……元気でな………」

 

「……!」

 

 

 その言葉を最期に藤吉郎は事切れる。

 天下を統一することなく、豊臣秀吉は林の中でひっそりと死んでしまったのだ。

 

 

 

 

 三十分くらいかけて藤吉郎の墓は完成した。少し掘り起こした穴に遺体を入れ、砂をかけて石を乗せて作っただけの簡素な墓である。

 本当なら立派な墓を作ってやりたかったが、戦場の真ん中で豪華な墓を作るほどの余裕はなかった。

 

 

「藤吉郎さんよ。あんたの代わりに大名になってやる。あの世で見てくれよな」

 

 

 気持ちを切り替え、これから織田家に仕官するためにもまずは当主である信長に許しを貰わなければならない。そのためにもまずは織田家の本陣まで向かうことにした。

 

 遺体から抜き取った刀をベルトに差し、人目のつかない林の中をひたすら突き進むと、やや広いところまで出た。そこから織田の家紋、五つ木瓜紋の陣幕が見える。あそこが織田軍の本陣のようだ。しかし近衛兵は出払っているのか、警備はスカスカである。

 

 と、そこへ今川兵が急襲してきた。激しい乱戦により陣幕が破られ、軍旗が倒される。聞こえてくるのは刃同士が激しくぶつかる音。

 

 間違いない。あそこにいるのはかの織田信長である。もしここで信長が討たれれば、日本の歴史は滅茶苦茶になってしまう!

 ここで織田信長を助け恩を売る。同時に歴史の崩壊も防げる。一石二鳥とはこのこと。というか、自分がタイムスリップしている時点で正史もクソもない話ではあるのだが。

 

 覚悟を決め、音を立てずに足軽達の後ろへ忍び寄り、一番近い足軽目掛けて抜刀した。

 

 

「ぎゃあ!」

 

 

 武に生きる者ならば誰もが見事と評したくなるような太刀捌き。十数年の鍛練の賜物ともいえるその斬撃は足軽を一刀の元に葬った。

 

 立て続けに二人、三人目と刀の勢いを殺すことなく確実に斬る。鎧で覆われていない喉や太股を中心に深い傷を与えていく。

 数分もしないうちにその場にいた足軽らは重体と化してしまった。

 

 

「ふぅ。信長公、大丈夫でし……あれ?」

 

 

 無事を確認するためにも信長と思わしき人物を見て義和は硬直した。

 そこにいたのは戦国の覇王と呼ばれた織田信長とは程遠い姿をした美少女であった。

 

 

「……どちら様でしょうか?」

 

「はあ!? あんた私が誰だかも知らずに助けたの? なんて無鉄砲なのかしら……」

 

 

 ありえないわ、といった呆れ顔を見せつけたところで少女は怒り顔に変えて怒鳴る。

 

 

「私は信奈! 織田家当主、織田信奈よ! いい? 間違ったらただじゃおかないわよ!」

 

「織田、信奈……?」

 

 

 信長ではなく、信奈と彼女は言った。突拍子もない出来事に義和の顔はポカーンとした表情だが、信奈は義和の格好に興味を抱いたのか、ジロジロと観察し始めた。

 

 

「……あんた何者? 忍び……じゃないわよね」

 

 

 なんて答えるべきか。混乱していて適切な答えが分からない。とりあえず出た言葉は。

 

 

「旅の途中に合戦に出会しただけの素浪人です。」

 

 

 そんな出任せを少女は当然のように半信半疑な態度で怪しがる。

 

 

「素浪人、には見えない服装ね」

 

「これは南蛮製のものでして……」

 

 

 その時、馬蹄の音が鳴る。

 勇ましさと可憐さを兼ね備えたポニーテールの少女が駆けつけてきた。再び義和の頭は混乱した。

 

 

「ご主君! ご無事でしたか! ……何奴!?」

 

「待ちなさい六! そいつは味方よ。私を助けてくれたの。彼がいなかったら、私は討ち取られていたかもしれないわ」

 

「な、なんと、そうでしたか。そ、そうだ! 此度の戦は我が軍の勝利です。今川軍は退却を始めました」

 

「デアルカ。なら私達も退却しましょう。万千代に使いを。それと負傷者を運ぶように指示させときなさい!」

 

「御意!」

 

(一体これは……何がどうなってんだ?)

 

 

 この時代が戦国時代なのは間違いないだろう。だが、彼が知っている歴史とは大きく外れた似て非なる世界(・・・・・・・)。つまり、パラレルワールドと呼ばれる世界なのだ。

 

 

(まさかそんなことありえるのか?)

 

「考え事しているところ悪いけど、あんた名前は?」

 

「……桜場義和」

 

「そう。助けてもらったお礼に、あんたには何か褒美を与えないといけないわね。なにがいいかしら?」

 

「それならば、是非とも俺を織田家に仕官させていただきたい」

 

 

 仕官を申し出た途端、信奈は目を丸くする。そしてすぐに笑った。面白いものを見つけたような年相応かつ可愛らしい笑みだ。

 

 

「仕官ねぇ……ちょうど男手が足りなかったところだし、結構使えそうじゃない。うん、そうね。あんた、今日から足軽大将やりなさい」

 

「信奈様!?」

 

「黙りなさい六。今回の戦はあまりにも被害が大きすぎるわ。次の戦までに人員を確保しないと、勝てる戦も勝てないわ。それに数人の足軽を忽ち斬り伏せるその腕……ただの足軽で収まるような人材とは思えない。それとも私の采配が不満なのかしら?」

 

「……承知」

 

 

 信奈の凄みに圧され、渋々引き下がる六。

 

 

「さて、カズ。積もる話は尾張に帰ってからにしましょう。馬をつれてきてちょうだい」

 

「カズ? あ、義和のカズってことか。えっと馬は……」

 

 

 こうして桜場義和は織田家の仲間入りを果たした。

 この男が歴史に介入した時、これからどうなるのかが見物である。

 

 

 




簡単なキャラ紹介

・桜場義和
 現代のサムライ、武道界の神童という異名を持つ。二十一歳。祖父の教育方針の原因か『欲しいものは力で勝ち取る』『男なら強欲であれ、野心家であれ』というジャイアニズムに目覚めてしまった。そのせいで退屈な生活に嫌気がさしていた。絶倫巨根という18禁作品主人公の伝統も受け継いでいる
 


・桜場甲士朗
 義和の祖父。武神と呼ばれ、あらゆる格闘技や武道に精通し、七十を越えていながらその肉体は老いることを知らない最強の男。実の孫だからこそ、強い男に育ってほしいという願いを込めて義和を鍛え上げた。愛人が数人いるらしく、義和曰く『下手したら隠し子もいそう』とのこと。けど一番愛しているのは妻(義和の祖母)。本編には登場せず、回想のみ。

~武神の伝説~

・素手で熊を葬る。
・修行のし過ぎで山の地形を変える。
・銃弾斬り。
・抜刀から納刀までが速すぎて見えない。
・継ぎ矢を十五本成功させる。
・背中に鬼の形相(かお)がある。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二話 愉快な面々

 

 

 今川軍との合戦後、尾張へ帰還中の織田家の者々は一つの村を通りかかった。

 そこの村の住人達は織田軍の活躍を労い、信奈を称賛する者が多数見受けられた。もはや崇拝と呼べるほどの称賛っぷりである。

 

 

「ここの村は三河との国境に一番近い村さ。そのせいで度々今川軍の狼藉に遭ったりして大変なんだ」

 

 

 と、後ろから現れたのは六と呼ばれた少女だ。鎧越しでも分かる爆乳が馬の動きに同調してぷるぷると揺れる。義和だって男である。目線がそちらにゆくのは致し方ないことなのだ。

 

 

「信奈様から織田軍のことを教えてやれと命されたのでな。特別に教えてやるから一度で覚えるんだぞ。いいな?」

 

「これはこれはありがたいことです。えーと、お名前は……」

 

「織田家家臣、柴田勝家だ」

 

「しば、た?」

 

 

 織田家屈指の猛将、柴田勝家がまさかこんな女の子だったとは、夢にも思わないだろう。やはりこの世界は何かが違う。しかし、だからこそこれからがワクワクしてたまらなかった。

 

 

「なんだその顔は!? 私の名前がおかしいとでも言うのか!」

 

「誤解ですよ。いやはや、まさかかの柴田勝家殿がこんな可愛らしい麗人だったことに驚きを隠せなかっただけでして……」

 

「か、可愛いだと!? ええい、やめろ! 私をそんな目で見るな!」

 

 

 勝家は真っ赤にして槍の石突きでついてくるものの、身をよじるだけで簡単によけられる。

 やがて諦めたのか、長いため息と共に槍を引っ込めた。

 

 

「彼らからすれば信奈様はそれこそ地獄に仏と同等なのでしょうね。しかし村を出るという選択は?」

 

「信奈様も何度か村長にそう助言したんだが、故郷の村を離れたくないと駄々こねてな。最悪、食料を渡せば命は助かるから大丈夫だと強情なもので困ってるんだ」

 

 

 そこから義和は勝家に尾張や周辺諸国の情勢を簡単に教えてもらった。

 

 駿河や遠江の守護大名である今川義元は上洛し、足利家を補佐するためにもこの尾張を手にいれたいらしい。

 本来なら織田家一丸となってこの今川家を討伐するべきなのだが、現在織田家は信奈派とその弟である信勝派で内紛状態にあり、戦える余裕はないとのこと。

 

 そこで重要となるのが美濃の大名である斎藤道三である。道三は信奈の父信秀と何度も戦った仲で、油商人から大名まで成り上がった傑物。まさしく下克上を体現した男。

 信奈はそんな男と同盟を結びたいというのだ。

 

 

「あたしは心配なんだよ。相手はあの美濃の蝮だぞ? 同盟というのはフリで、本当は尾張を手にいれようと画策してるに決まってる。下手したら信奈様の身を狙ってくるかも……」

 

「何、万が一の時は私が盾となってお守りします故」

 

「本当か!? お前いいやつだな!」

 

 

 という過程を経て、織田軍は尾張を経由して美濃の正徳寺という寺に来た。

 ここら一帯は寺院勢力が強く、非武装中立地帯を貫いており、会談の場としては最適ともいえる。

 

 信奈は庭で待つように指示し、着替えをしに別の部屋へと消えていった。

 

 

「……」

 

「……」

 

 

 残ったのは小ぢんまりとした少女と義和だけである。

 少女はチラリとこちらを見ると、その小さい口を開く。

 

 

「……誰?」

 

「先の今川軍との戦で織田家に仕官した桜場義和だ。好きに読んでくれて構わないよ」

 

「……犬千代。姫様の小姓」

 

 

 どうやらこの少女は犬千代という名らしい。見た目は幼女ながら小姓というのは、よほど信奈から信頼されているのだろう。

 

 さて、すでに本堂には斎藤道三が腰を下ろしていた。老年のハゲ親父ではあるが、纏う空気が他とは別格だった。

 

ギロリ

 

 そんな道三に睨まれる。それこそ蝮が睨むように、元油商人とは思えぬほど鋭い眼力である。隣の犬千代が目線から逃げるように義和の後ろに隠れるくらいだ。ただの老年の男と侮ってはならなそうだ。

 

 そしてもう一人。庭で警備をしている人物がいた。

 

 

「どうやら信奈様はご到着されたようですね」

 

 

 声をかけてきたのはおでこの広い女侍。義和から見てもこの女侍は相当の腕前というのが佇まいから分かっていた。

 

 

「ええ、しばらくは着替え中です。失礼ながら名をお聞きしても?」

 

「これは失敬です。道三様の小姓、明智十兵衛光秀と申す者です」

 

(……この女が……)

 

 

 その名を聞いた途端、義和の身には激震が走った。

 明智光秀。後に織田家の家臣となり、戦国最大のクーデター、本能寺の変を引き起こすこととなる戦国武将。戦国時代における裏切りの代名詞。

 

 この時はまだ道三の小姓として活動しているが、いずれその刃が信奈に向けられる日が来るのだろうか? だとしたら、義和は織田家の侍としてこの十兵衛を斬ることが出来るのだろうか? 

 

 自問自答してもその答えは出てこない。とりあえず今は道三との会談が成功することを祈るだけであった。

 

 

「美濃の蝮、待たせたわね!」

 

 

 

 

 

 結果だけを述べると同盟は成功といっていいだろう。ヒヤヒヤした会談ではあったが、最後は蝮が折れた形で決着がついた。

 

 美濃を中心とし、自由な商売が可能な国造り。さらには西欧列強と肩を並べることが信奈の最大の野望。他者からすればスケールが大きすぎる夢だ。誰からも理解されず、誰からも褒められぬ野望。

 だが、道三はこの信奈の夢に賭けることにしたそうだ。老い先短い自分では天下統一は不可能。なら同じ夢を持つ信奈に己の野望と美濃を譲ろうという腹だったのだ。

 

 これで信奈は道三という後ろ楯を得た。あとは尾張に帰るだけである。

 ところが部屋から去ろうとしたところ、道三が待ったをかけてきた。

 

 

「そこの小僧を少し貸してくれんかの」

 

「カズを?」

 

 

 義和を含め、この場にいた全員が『何故?』だと思っただろう。家臣でもないただの男に執着する理由がないからだ。

 

 

「なに、男同士のつまらぬ世間話じゃよ。そこまで時間はかけぬから、ちょいとばかし貸してくれんか」

 

「……ま、いいわ。それじゃカズ。蝮に無礼のないようにしなさいよ」

 

「はい」

 

 

 信奈達が全員出ていったところで、道三は控えていた十兵衛に目配せして下がらせる。

 部屋に残ったのは道三と義和のみとなった。

 

 

「さて、何から話すかの……」

 

 

 そう言って戸から取り出したのは徳利と御猪口である。

 おいおい、寺で飲酒ってどうなんだ?

 

 

「主もどうじゃい? 美濃一の酒じゃぞ? どうせ飲んだところでバレはせんよ」

 

「いえ、私は遠慮しておきます」

 

「固い奴じゃのう」

 

 

 酒を注ぎ、グイっと一杯飲み干したところで、道三は口を開いた。

 

 

「──お主、何者じゃ?」

 

 

 核心をついた質問に心臓が跳ね上がりそうになった。

 義和は顔色を変えることなく、ただ冷静な口調で返した。

 

 

「……私はただの足軽です」

 

「嘘をつけい。見慣れぬ格好……南蛮のものではないな。それに部屋に入ってきた時から気になってたが、足軽にしては作法が出来ておる。はてさて、よほどの高名な家の者か……訳ありか……お主、何かとんでもないことを隠しているな?」

 

 

 恐るべき観察眼。さすがは蝮と呼ばれた男。

 道三の言葉を最後に、無音だけが部屋内を支配していた。彼に睨まれているせいか、肌寒さを感じてならない。

 そんな中、道三は『ふっ』と軽い含み笑いをした。

 

 

「安心せい。とって食おうとは思っとらんわ」

 

 

 室温が正常になった気がした。ここでようやく肩の荷がおりる。

 

 

「よくわかりましたね」

 

「ワシは油商人から成り上がった男じゃぞ。人の頭ん中見えなければ、大名などには登れんわい。あとな、堅苦しい口調はやめい。主には何故か似合わぬ」

 

「そう仰るなら……俺としても堅苦しいのは苦手でな。こっちのほうが気楽でいい」

 

「やっと小僧らしくなったもんよ」

 

 

 ニヤリと微笑んだ顔は無害な好好爺そのものだ。いくつもの顔を使い分けるその様はまさに策略家。

 道三相手に下手な隠し事は無意味。ここはいっそ、胸の内を明かすことにした。

 

 

「実を言ってしまうと、俺は未来から来た。この時代より四百年は先の未来からな」

 

「未来、じゃと……!?」

 

 

 さすがの蝮もこればかりは読めぬはず。その証拠に持っていた御猪口の酒が大きく波立ち、危うく溢れかける。

 

 

「神隠しってやつなのかな。突然この時代に放り出された。そこで信奈に仕官したってわけ」

 

「神隠し……か。不思議なもんじゃのう。もしやするとお主は神仏から送られた天の使いかもしれんな」

 

「そこまで大層な人間じゃないよ、俺は」

 

 

 徳利に残った酒を全て御猪口に注いだところで最高に楽しそうな顔で義和に問う。

 

 

「でだ。未来でワシはどのように語られておる? 日ノ本一の美男子とかか?」

 

「美濃を代表する大名として名を馳せてるよ」

 

「そうかそうか! 天下はとれなくとも名を残せただけで充分だわい!」

 

 

 満足がいったのか、最後の一杯を豪快に飲み干した。

 義和は初めて、この時代で初めて自分の理解者が現れたような気がして嬉しかったりする。

 

 

 

 

「……あんた達あの後何があったのよ」

 

 

 仲良しそうに正徳寺から出てくる二人を見て、一同は驚いた。

 蝮と呼ばれた男の満面の笑みと新入りの爽やかな笑顔。先程会ったばかりの二者がこうでは会話の内容が気になってたしょうがない。

 

 

「信奈ちゃんよ」

 

「……なによ。またお尻を触ろうっていうなら今度は容赦しないわよ」

 

「違うわい! ……まったく、信奈ちゃんに一つ助言しておこうと思っての。ま、老いぼれの戯言として聞き流してもよいぞ」

 

 

 その途端、スケベ親父の顔が腹黒そうな顔になり、周囲に聞こえぬように耳打ちした。

 

 

「……義和という小僧、大切にしておくべきじゃぞ」

 

「……は?」

 

 

 それだけ告げると、道三は十兵衛はつれて正徳寺を後にした。

 信奈は腑に落ちない顔でその後ろ姿を見続けるしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 道三との会談後、ようやく尾張に帰還した。

 残念ながら足軽の義和では主君の居城である清洲城には入れない。というか門のところで『お引き取りを』と門前払いされたのだ。

 

 宿にでも泊まるかと考えたが、この世界の通貨などは持ってはいない。さて、どうしようかと悩んでいると服の裾を引っ張られた。横を見れば、犬千代がいた。

 

 

「……こっち来て」

 

 

 犬千代に言われるがままついていくと城とは別方向へ向かい始める。

 十分くらい歩くと長屋が見えてきた。年季の入った建物で家屋の一部が朽ちかけている。どうやらこれが家のようだ。

 

 

「……私は隣の家。何かあったら呼んで」

 

「……わかった」

 

 

 それだけを告げると犬千代は我が家に帰っていった。

 ここで一つ、あることに気づいた。家を囲う生け垣なのだが、それは元の時代でもよく目にしていた植物からなる垣だった。

 

 

「これってウコギだよな」

 

 

 山形県米沢市ではウコギを食う文化がある。それは江戸時代、米沢藩藩主である上杉鷹山が倹約令の一環としてウコギを食べることを推奨したためである。

 防犯や保存食として使えるウコギは米沢を中心に広まり、鷹山の死後もその食文化は続いているのだ。

 

 義和の祖母は山菜が好きだったりする。時折、近所の山へ行っては山菜を採ってきて義和に食べさせていた。

 無論、その中にはウコギも含まれており、祖母と一緒にウコギ集めしたのはいい思い出である。

 戻ってきた犬千代にザルを手渡された。

 

 

「……義和のザル。これに集めて。集めたら茹でて食べる」

 

「これが晩御飯かよ……」

 

 

 さすがにこれだけというのは酷な話だ。男の胃袋を舐めないでほしい。というよりも、育ち盛りであろう犬千代にはもっと栄養を与えなくてはならない。

 そこで義和は一つ試してみることにした。力の使い時というのは、こういう時こそ発揮されるべきなのだ。

 

 

「なあ、犬千代。弓矢ってあるか?」

 

「……?」

 

 

 

 二時間後、帰ってきた義和の手には動物がいくつか握られていた。

 山の中はほとんど人の手が入っていないため、野生動物の楽園のようなものだった。それに祖父の修行では自給自足が基本。幼少の頃から祖父の側で全てを見てきた義和にとって、これくらいのことは朝飯前なのだ。

 羽毛をむしり、囲炉裏で塩焼きするだけで簡単な肉料理が出来上がった。

 

 

「ほれ、犬千代」

 

 

 いい焼き色となったキジのもも肉を犬千代に手渡した。

 食べていいの?と犬千代が目線で訴えてくる。

 

 

「さっきから腹鳴らしてるだろうが。子供はとにかく食って食いまくる。デカくなりたきゃ食うのが一番だ」

 

「……子供じゃない」

 

 

 むすっとした顔でモモ肉にかぶりつく。肉なんていつぶりだろうか。長い間食べていないせいか、肉の味なんて忘れてしまったようにも感じた。

 

 そんな犬千代をよそに、義和は採ったばかりのウコギを調理する。ウコギには和え物や塩漬け、味噌汁なんて調理方法もあるのだ。庶民にとっての万能素材といえる。

 

 その前に、天井を見つめ、話しかけた。

 

 

「そこにいるんだろ。隠れてないでいい加減出てきたらどうだ?」

 

「……なんと、お気づきであったか」

 

 

 微風とともに目の前に影が現れた。黒い装束に身を包んだ子供のくの一である。マスクと髪の間から覗く紅い瞳が何とも艶かしいものだ。

 咄嗟に犬千代が身構えたが、手でセーブさせておいた。

 

 

「拙者、蜂須賀五右衛門と申す。木下氏の遺言に従い、これより桜場氏におちゅかえ--」

 

「ほれ、お前の分」

 

「おっと、忝ない……。って、何故拙者に!? 敵だとは思わぬので御座るか!?」

 

「敵の前に現れた時点でそいつは敵じゃねぇだろうよ。っていうか、藤吉郎さんの名前だしてる時点で関係者なのは丸わかりだ」

 

 

 『そ、それは盲点であった』と五右衛門は目からウロコを流さんとばかりに驚いた。

 実際、彼女から殺意といったものは感じなかった。素性はどうあれ、彼女が敵ではないということには確証があった。

 

 

「し、しかし、何故これを?」

 

「何だキジは嫌いか? なら野うさぎを……」

 

「い、いや、拙者は結構で御座る! 忍が主と同じ釜の飯を食うようにゃまにぇは……!」

  

 

 勘弁してくれと言う顔でモモ肉を囲炉裏に戻す。

 義和は再び囲炉裏からモモ肉を取り、五右衛門の前につきだした。

 

 

「お前は俺と主従関係を結びたいんだよな?」

 

「う、うむ。それが木下氏の遺言であるからで御座る」

 

「じゃ、主の命令だ。飯の時は全員で食べること。旨いものはいくらでもあるけど家族とかで食う飯は格別だろ。違うか?」

 

 

 その言葉に五右衛門は唖然とした。

 

 忍とは影。影は光を引き立てるもの。忍の世界で生きてきた五右衛門にとって主より上に立つことはタブーともいえる。前主である木下藤吉郎とも、その間柄はどちらかと言えば親分子分の関係であり、対等の関係ではなかった。

 

 だが、義和は皆で食べたほうが旨いという理由で共食を許した。彼にとって部下とは友であり、それ以下はないというのだ。

 

 

(拙者、終生の主君を得たり--!)

 

 

 五右衛門はその場で平伏し、普段より凛々しい声で誓言した。

 

 

「──蜂須賀五右衛門はこれより生涯をかけて桜場氏に尽くすことをここに誓いたもう」

 

 

 契りを交わしたところで五右衛門は勢いよくモモ肉にかぶりつく。

 その食いっぷりは忍の部分が抜け落ち、子供らしさを取り戻したような食いっぷりだった。

 

 

 

 

 

「おやおや、なにやら旨そうな匂いがしますな」

 

 

 晩御飯を平らげて大の字になってる二人を跨ぎ、片付けしている最中に誰かがやって来た。

 昔話に出てきそうな優しい感じの老人と可愛らしい女の子の二人組だ。

 

 

「知り合いか?」

 

「……浅野のじい様。ここらの長屋で一番偉い人。それと孫娘のねね」

 

「おうおう、犬千代。しばらく見ないうちにいつの間にこんな旦那様を捕まえたんじゃ。お似合いな夫婦だのう」

 

「……夫婦に見える?」

 

「なんでお前は嬉しそうなんだ」

 

 

 いわゆるこの辺りの長屋を管理している家主のような爺様というわけか。

 そしてこのちっこいねねという少女は義和は見るや、畳に座り込んでニコニコ顔で挨拶してきた。

 

 

「ねねですぞ! どうぞよろしゅう!」

 

「桜場義和だ。まあ、仕官されたばかりの新人だが、ご近所同士仲良くしようか」

 

「うちのねねはお利口さんじゃぞ~。嫁にどうじゃ? ねねはいいお嫁さんになるぞ」

 

「お、爺様! このお方がねねの旦那様ですか!」

 

「……ダメ、義和は犬千代の旦那様」

 

「だから嬉しそうにするなよ」

 

 

 そんなやり取りはさておき、とりあえずお近づきの印に余ってたウコギの和え物を出してみたら好評だった。

 ねねに至っては三回おかわりするほどの気に入った様子で何よりである。

 

 




 
テレッテッテッテ-♪幼女の好感度が上がった!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三話 姉弟


今回はカッツがメインです。最初は男装っ娘だと思ってました。


 

 

 この世界に来て数日くらいが経った。

 

 この数日間は基本的には採取したウコギや山菜や川魚を売ったりして生活するためのお金を稼いだり、それを元手にして安物の武具を買ったりしていた。

 

 その間、いつでも戦に出れるように稽古も続けている。日々の鍛練が肉体を作る。一日やらないだけでも身体というものはすぐ鈍ってしまう。足軽の仕事は戦働きが基本だ。

 

 犬千代とはお隣さんだからか、よく家にやって来る。それこそ、一日の三分の二は一緒に過ごしてたりしている。というか犬千代は家事が苦手なようで、特に料理は壊滅的といっていいほどに出来ない。そのためか、義和が料理し始めるといつの間にか上がり込んで出来上がるのを待っているのだ。

 そして遊びにきたねねと料理の取り合いに発展したりする。そんな日が一週間続いたある日のことだった。

 

 

 いつものように犬千代と一緒にウコギを売りに城下町に行こうと長屋を出たところで、若侍の集団が待ち構えていた。そこそこ身なりのいい集団に混じり、一人白い馬に乗った貴公子然とした冷笑気味の美少年がいた。顔からして率直に分かった。彼が信奈の弟、信勝である。

 

 

「君が新しく入った足軽という桜場義和くんか」

 

「……そういう貴殿は織田信勝様でいらっしゃいますね」

 

「おや、僕のことを知っているのか。いやはや、さては僕の美形っぷりが伝わっているようで嬉しいね」

 

(うぜぇ……)

 

 

 ボンボンでナルシストというのは義和が苦手なタイプだ。何というか、生理的に受け付けないのだ。とはいえ、相手は主君の弟君なので、それを顔に出すわけにはいかないが。

 

 

「おい! 若殿がお前のためにわざわざこんなボロ屋まで足を運んだだぞ? 頭の一つや二つ、下げらんか!」

 

 

 横暴な態度で会釈を強要してくる彼らは織田家の重臣の子息かと思われる。そこに信勝の親衛隊という肩書きが加わり、ここまで傲慢になったのだろう。

 ボロ屋と発言してしまったことで、見物人達が嫌な顔をし始める。長屋に住むのは何も義和だけではない。彼らはここらの住民を敵に回してしまった。

 

 

「……ご足労いただき恐縮です」

 

「ははは、あのうつけ姫が雇ったにしては中々礼儀がなってますなあ」

 

「うむ。最近の姫様は何かとうつけに磨きがかかっておりますから、猿でも雇ったのではと思ってましたが──」

 

「案外使えそうですぞ、若殿」

 

(うぜえぇぇぇぇ!)

 

 

 やはりこいつらとは馬が合わない。一緒にいるだけで虫酸が走る。

 すると犬千代が袖を引っ張りか細い声で教えてくれる。

 

 

(……信勝様は謀反の常習犯。あまり口論してると斬られる)

 

 

 勝家が言っていた当主争いだろう。守護代ともなれば、こういったお家争いがあっても不思議ではない。しかしいつ今川軍が攻めてくるかも分からないこの状況下でこんなことしている暇はないのではないのか。

 

 とりあえず、面倒事は早めに処理したい。ということで去ろう。

 

 

「……では、我々はこれで──」

 

「まあ、待ちたまえ」

 

 

 信勝が馬から下り、目の前までやって来る。やはり近づけば信奈そっくりである。男とは思えないほど透き通った肌に人形のような愛くるしい顔付き。女と見紛うくらいだ。

 

 

「……まだ何か用が?」

 

「なに、ちょっとした勧誘さ。勝家から話を聞いたけど、姉上の窮地を救ったらしいね。さぞかし、剣の腕が立つんだろう。それでどうだい、僕の家臣にならないかい?」

 

「家臣……?」

 

「いずれ織田家当主は僕がなるだろう。その時のためにも有能な家臣を集めているんだ。それに僕のほうが姉上より金払いがいい。君のような人材は姉上よりも僕の元でその力を発揮するべきだね」

 

 

 金払いがいいのは彼の格好からしてよく分かる。金に糸目をつかないような浪費家という性格なのだろう。

 

 

「お主なら我らのように奥方様にも気に入られよう。どうだ、我らと共に若殿に仕えてみぬか?」

 

「悩む理由はないはずぞ。そもそもあんなうつけが当主では尾張はもちろん、日ノ本をダメにしてしまうだろうからなあ」

 

「織田家の面汚しとはよく言ったものよ」

 

「……」

 

 

 この取り巻き達には遠慮という概念がないのだろうか。

 信奈を姉同然と慕っている犬千代の前で彼女の悪口を言うのはもちろんのこと、自ら口の悪さを晒してしまっていることを自覚してないようだ。

 

 仕える価値もない。この一言に尽きた。

 

 

「……確かに、生活する上で給金は大事ですよね。それほどの厚待遇とは嬉しい限りです」

 

 

 そうだろうそうだろう、と一同は軽くふん反りかえる。だが、紡がれた言葉は彼らの予想を裏切った言葉だった。

 

 

「ですが、信奈様に仕えることは給料以上の価値がある。それは金額や地位だけでは語れないものなのです」

 

 

 義和はこの時代で一つ目的を見出だした。彼女の覇道の行く先を見てみたいという願望だ。

 

 彼女の望みを叶えるにはそれなりの年月と人材が必要となる。そしてそれをサポートするのが本来織田家に仕官されるべきだった木下藤吉郎。そんな彼が死んだ今、その役目を担うのは彼の後を継いだ自分しかいないのだとも悟った。

 

 だからきっぱりと断ってやった。こんな奴等に付き従うのは御免だった。

 

 

「私の主君は信奈様ただ一人。貴方はその弟という立場だけなのです。どうかお引き取りを」

 

 

 足軽にここまで言われてプライドが許さないのだろう、彼らの顔が面白いほど真っ赤になる。

 

 

「何だと貴様!」

 

「若殿よりあのうつけ姫を選ぶというのか! よもや貴様もあのうつけと同類……うわっ!?」

 

 

 家臣の一人が犬千代に押し出されて派手にスッ転んだ。犬千代はその小柄な体型に似合わず、パワー系だ。そしてその顔は幼いながらも怒りを秘めたしかめっ面である。

 

 

「……姫様を、馬鹿にしないで……!」

 

「このガキぁ!」

 

「や、止めないか!」

 

 

 残りの二人が抜刀した。まさか部下達が抜くとは思わなかったのか、信勝が焦りながら制止を試みようとするもののもう遅い。上げた刀を犬千代目掛けて振り下ろし──。

 

 

「義和……!」

 

「な、なにやってんだ君は……!?」

 

 

 犬千代を庇う形で義和が前にいた。

 刀を振り下した家臣の両腕を押さえる形で袈裟斬りを止めたのだ。しかし、流れに乗った一刀を急停止することは出来ないわけで、刃が義和の肩に食い込んだ。刀身を伝って血の滴が落ちたところで、辺りに悲鳴がこだまする。

 

 

「ぶべぇッ!?」

 

 

 二の太刀を許さぬよう、肘打ちが顔へと放たれた。あまりの速さに何の対処も出来ぬままその一撃を食らい、バキッと嫌な音を立てて後ろへ吹き飛んだ。

 

 

「あ、顎ぎゃぁ……、い、いてぇよぉ!」

 

「貴様ァ! よくも勘平をがぼぉ!?」

 

「ぐぶっ!?」

 

 

 鋭い蹴りが叩き込まれ、二人は簡単に失神してしまう。

 

 

「……強い……!」

 

「あわわわ……!」

 

 

 武器も使わずして三人を無力化するその強さは武勇に優れた犬千代から見ても目を見張るものがあった。

 対し、信勝は微動だに出来なかった。それは戦いを経験したことのない者が抱く恐怖心からくる竦みである。

 

 そのせいで逃げられなかった。眼前まで来たところで襟首を掴まれる。

 

 

「な、なにをするんだ! 僕を誰だと思ってる! のちの織田家当主、織田信勝だぞ!」

 

「お前、信奈が羨ましいんだろ?」

 

 

 その言葉に信勝の目が見開いた。図星なのだろう。焦点が合わない目を泳がせながら大した反論もなく狼狽えていた。

 

 

「やっぱりな。姉と比べると覇気の無さで分かるよ。まあ、お前が当主になって何したいのかは知らないが、これだけは言えるな。……信奈のほうがお前の何倍も優れている」

 

 

 容赦ないダメ出しに信勝の心はズタズタだ。悔しそうに涙を漏らし、抵抗する様も見られない。完全に心を折られたようだった。

 

 言いたいことを言えて満足した義和が手を放そうとしたところで囁き声が聞こえた。

 

 

「……が分かる……!」

 

「あ?」

 

「き、君にッ! 僕の何が分かるってんだ!? 何をやっても敵わない……そんな姉をもったことがあるのか!?」

 

 

 その場にいた全員が息を飲む。感情を爆発させた信勝を見るのは始めてだからである。

 

 そもそもの話、信勝は当主になりたくはなかった。

 それは自分自身が当主に似つかわしくないと自覚していたことと信奈という存在があったからだ。

 

 信勝は知ってしまったのだ、姉の天才ぶりを。信奈といういずれ天下をとってしまうような傑物を。今川軍を討ち滅ぼし、尾張を救えるのは姉の他にいないんだと。

 

 一つ欠点をあげるとするならばあのうつけぶりである。しかしこれを信勝は思春期特有のやんちゃな時期だからかぶきたくなるのも仕方ないし、いつかは治るだろうと思っていた。

 

 しかしそんな考えを全否定するように、事件は起こってしまった。

 先代である信秀の葬儀だ。父親の葬儀にはさすがに喪服で来るだろうと普段の信奈を知っている者は思うだろう。

 だが信奈はいつものように傾奇姿で現れ、位牌に向かって焼香を投げつけたのだ。その姿はまさしくうつけ。親族ですら織田家の恥と侮蔑した。

 

 だが、信勝には分かっていた。その行いは参列者の中から織田家に忠心がある家臣がいるか否かを見定めるための仮の姿。事実、葬儀後に数人の家臣が他の大名へ鞍替えしている。

 信奈は自らの評価が下がろうとも、織田と尾張のことを気にかけていたのだ。信勝はそんな自傷気味の姉を見てられなかった。

 

 

「誰も姉上を理解してくれない……! なのに、姉上はまだうつけを止めようとしない……!」

 

 

 表面でしか判断出来ない家臣団は信勝のほうが当主に相応しいと擁立してくる。中には信奈を討ち倒そうとする過激派も出る始末だった。

 

 さらに、彼にとって最大の障壁が立ち塞がった。母の土田御前だ。彼女はうつけの姉よりも、利口な信勝を支持した。信勝も最愛の母からそう言われては、『当主にならない』とは言えなかった。それは母を否定してしまうことと同義だったからである

 

 

「でも、僕が姉上に勝てるわけないのに……」

 

 

 昔からそうだった。すべての事柄で自分は姉の劣化という立場だった。剣術や学問などでも負けっぱなしで、父親に褒められたこともなかった。信秀は信奈を通して信勝を見ていたからである。次の当主に信奈を指名したのも自明の理といえよう。

 

 

「姉上が当主を譲ってさえくれれば、何とかなると思って……」

 

 

 何をやっても勝てない姉相手に勝負の仕様がなかった。なら信奈が負けを認めればいい。尾張内に姉の居場所が無くなれば、当主が嫌になって譲ってくれるはず。その日から信勝は、姉を追い込むような流言を流すようになった。

 

 しかし、ここで矛盾が生じる。姉を想っていながら、姉の居場所を無くすように仕向けていたのだ。結局のところ、姉を傷つけているのは信勝自身なのだ。だが、盲信的になった信勝にそんなことが気づくはずもなく、それが最善の道として信じてきた。

 

 母の期待を裏切りたくない。姉を救いたい。そんな思いから始まり、今の今まで続いたのが家督争いだったのだ。最も、信奈はそんな流言などに屈することはなかったが。

 

 

「僕が当主になれば、姉上は諦めてくれるだろうと思った……そうすれば母上と仲直りも出来るし、姉上がうつけと呼ばれることもないんだ……」

 

「無駄だろうよ、そんなの。例えお前が当主になっても、あいつは再び返り咲こうとしてくるさ。信奈はそういう奴だ」

 

 

 決めたら成し遂げるまで止めないほど一途過ぎる信奈。たかが当主の座を奪われたぐらいで諦めるような性分ではないことを義和は知っていた。

 

 

「おい信勝。お前、当主になって何がしたかったんだ?」

 

「決まってるだろそんなの……! 尾張と姉上を守るんだ……」

 

「ならあいつを支えてやれ。それが一番の得策だ。弟として、男として、あいつを守ってやるんだ。だからよ、まずは謝るんだ、ごめんなさいと」

 

「無理だよ……言えない……」

 

 

 その言葉に義和は怒った。仁王像のような怒り顔を見せ、叱りつける。

 

 

「相手はお前の姉だろうが! 何故ごめんなさいの一言も言えないんだ!」

 

「言えるわけ……ないだろ! 僕は何度も姉上に謀反を起こしてる。姉上は、僕のことなんて……嫌いに決まってる……!」

 

「謀反を起こす度に許される奴が嫌われてるわけないだろう!」

 

 

 信奈は謀反を起こす信勝に頭を抱えても、殺そうとはしなかった。

 実の弟を好き好んで殺す姉が、どこの世界にいるというのか。嫌いなら最初の謀反時に殺してるはずだ。

 

 

「まずはあいつに会え! 俺がついてってやる!」

 

 

 

 

 

 信奈と話がしたい、と清洲城にやって来た義和を見て、誰もが驚いたはずだろう。女中も家臣も、泣きじゃくった信勝と共にしている義和を見て、思わず道を譲る他なかった。

 

 そして信奈のいる部屋の戸を開けた。その時の信奈は小姓上がりの家臣、丹羽長秀と談笑中だった。いきなり入ってきた二人を見て驚いたものの、何事とすぐに冷静を取り戻した。 

 

 

「カズ! これは一体どういうことかしら!? ……なによその傷!?」

 

 

 信奈は怒りは最も。謝意を見せるためにも、その場で平伏した。

 

 

「いきなり入ってきたことを許していただきたい。私への処罰は後々に好きなようにしていただいて結構。まずは弟君です」

 

「……勘十郎じゃない。何の用よ」

 

「あ、姉上……」

 

 

 義和につれてこられている間、信勝は自分なりに考えていた。

 姉が何故こんなにも家督に執着したのか。それは信勝よりも、この尾張にいる誰よりも尾張のことを案じているから。信勝に当主を譲らなかったのも乱世に巻き込みたくないがためである。

 

 信勝はようやく気づいた。姉を苦しめていたのは自分なのだと。

 

 

「うわあああ! ご、ごめんなさい姉上!」

 

「な、なによいきなり……気味悪いわね……」

 

 

 突然大泣きしながら頭を畳に擦り付ける弟を見て、信奈は多少顔をひきつらせる。

 しかしそんなことも構わず、信勝は必死に謝った。

 

 

「今まで僕は姉上の足を引っ張っていました! 姉上のことないがしろにしてました! もうしません! これからは姉上のために生きます!」

 

「か、勘十郎……?」

 

「許していただけるのなら僕は織田姓を捨てます! 分家の『津田』姓を名乗ります! 清流のように澄み渡った心でお仕えするよう名前も『信澄』に改名します! どうか僕をお許しください!」

 

 

 必死の謝罪に姉はどう思ってるだろうか。やっぱり許してくれないだろうか。けれども構わない。このまま斬首されようとも、最後に姉に本心を打け明けられただけで十分だった。

 

 そんな信勝に対し、信奈は落ち着いたような口調で--。

 

 

「ういろう、食べる?」

 

 

 そう聞いてきた。顔を上げてみれば、その手にはういろうが握られている。

 

 

「いいのですか?」

 

「なによ、いらないの?」

 

「い、いえ、食べます……」

 

 

 ういろうは信勝の好物だ。子供の頃、ほぼ毎日信奈が半分こにして自分に分けてくれたからだ。庶民のおやつであるういろうだが、信奈からもらったういろうだけはどんなご馳走よりも美味しく感じてきた。

 

 

「塩辛くて美味しいです、姉上」

 

「ういろうが塩辛いわけないでしょ。あんたの涙よ」

 

「そ、そうでしたか。ははは……」

 

 

 姉弟そろって一緒に食事をするというのは何時ぶりだろうか。思い返すと家督争いが激化する前、まだ信秀が存命していた頃以来な気がした。

 久しぶりの会食だというに信勝は歓喜の涙でういろうを濡らすばかりである。そんな信勝を見て、信奈は一つ忠告を入れた。

 

 

「二度と謀反なんて起こさないでちょうだい。さすがの私でも、今度ばかりは許さないわよ」

 

「は、はい! 絶対にしません! 僕は姉上のためになら死ねます!」

 

「……デアルカ」

 

 

 こうして二人は仲直りした。織田信勝改め、津田信澄は信奈の一家臣として活動することになった。反信奈派は信澄の改名を機に地方へ左遷。数年に渡った家督争いはようやく終わったのだった。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四話 犬千代 ※


初エロです。今度からエロ回は※マークをつけときます。


 

 二人の仲直りが終わった後、しばらく姉弟の時間を過ごしたいのか、信奈は義和に対して帰宅するよう命じた。その際、傷のことは自分の不始末と告げ、気にかけないでほしいとも伝えた。家族の団欒を血で汚すようなことはしたくはなかった。

 

 すでに日は沈みかけ、辺りが暗くなりつつ中、ようやく我が家についた。

 

 

「……おかえり」

 

「ただいま」

 

 

 帰ると犬千代が出迎えてくれた。しかしその視線はこちらの目ではなく別のものを見ていた。視線の先はすぐ横。昼間、犬千代を庇って負った刀傷だった。

 

 

「……その傷」

 

「ああ、これか? もう血は止まってるよ」

 

「……手当てしないと。ほら、こっち」

 

「あ。おい引っ張るなって!」

 

「……脱いで」

 

「わかったわかったって……おい、脱がすなよ!」

 

 

 手際よく上着を脱がされて上半身裸にされる。縁側に座らせられたところで犬千代は家の奥へと消えていった。

 と、ここで五右衛門が登場。懐から小さな箱を取り出し、蓋を開けた。

 

 

「まったく、桜場氏は無茶をするで御座るな」

 

 

 ぷんすか怒りながら五右衛門が薬を塗ってくれてる。秘伝の塗り薬らしく、裂傷部に塗ると数日後には傷が塞がってるとかなんとか。

 

 

「刀を抜いた者相手に素手で挑むとは、暴虎馮河もいいところでごじゃる」

 

「悪い悪い。抜くよりああしたほうが速いからな」

 

「一歩間違えれば首を斬られてたやも知れぬというのに……あんな真似は二度とやらぬと誓ってほちいでごじゃるな」

 

「前から思ってたけどお前って長台詞苦手なの? 語尾が噛み噛みなんだが」

 

「……そこは触れないでほしかったで御座る」

 

 

 どうやらコンプレックスに触れてしまったようだ。陶器のような白い肌を紅潮しながら恥ずかしそうにうつ向く五右衛門は見ていて可愛いところがある。

 そのまま塗り続け、傷が薬で埋まったぐらいになると手拭いで縛ってくれた。

 

 

「これでよし。それと桜場氏、拙者、今晩は留守にするで御座るよ」

 

「なんだ、どこか行くのか?」

 

「何やら美濃で不穏な動きがあるとのこと。拙者、その調査に参るで御座る」

 

 

 美濃と聞いて思い浮かべるのは美濃の蝮、斎藤道三である。まさかとは思うが、あの会談はフェイクで本当は尾張奪還を虎視眈々と狙っているのではないだろうか。

 いや、そんなことはない。あの会談の後見せた顔は何の後悔や未練もないような清々しい笑顔だった。では何なのか、それを知るためにも五右衛門に諜報活動の許可を出す。

 

 

「わかった。情報は多いほうがいいからな。気をつけて行ってこい」

 

「御意!」

 

 

 五右衛門が消えた。

 さて、信澄の件で今日は何も出来なかったが、もう遅い時間故に布団を敷こうと立ち上がったその時、ある異常に気がついた。

 

 

「……何か熱いな」

 

 

 水を被りたくなるほど体が熱い。それこそ熱い茶を一気飲みしたかのような熱気が身体の奥から沸き上がっていた。

 

 

「……もしや、あの薬か?」

 

 

 そう、あの塗り薬は効き目が強いが、血行促進という副作用がある。とはいえ、身体に害がないのでそう慌てる必要はない。

 

 とりあえず濡らした布で冷やしてみようと、部屋へ新しい布を取りに行こうとしたところで犬千代と鉢合わせた。

 

 

「おい! なんつー格好してるんだ!」

 

「……何か変?」

 

 

 襦袢姿なのだ。水をかければ透けてしまいそうな短めの襦袢で、しかもそれ一枚。これから身体を吹こうとしているのだろうか、手拭いと桶を手にしていた。

 

 犬千代はまだ十代の少女ではあるが、その身体は紛れもなく女の体つきをしている。それで布一枚しか羽織っていないというのは、情欲を掻き立てられるものがあった。

 

 

「……じー」

 

 

 犬千代の視線は義和の股間一点を凝視していた。なんとそこにはテントが張られているではありませんか。

 血行促進ということは当然ここ(・・)にも熱は集まる。そんな時にあの半裸同然の少女を見れば、こうなるのは致し方ないことなのだ。

 

 

「あ、いや、これは……」

 

「……犬千代でこうなった?」

 

「待て、違うから。これは不可抗力みたいなもんだから、な?」

 

 

 聞く耳を持たないのか、犬千代は前まで来て腰を下ろす。数センチでぶつかるくらい距離だ。

 

 逃げることも考えたが、それでは反って犬千代を傷つけてしまうだろう。このまま一時の心のはずみとしてスルーしてくれることを期待したが、それも無理そうである。

 彼女は熱を孕んだ目で張った部分をすんすんと嗅いでいた。そしてその細い手で触れようとしていたのだ。

 

 

「……辛そう」

 

「ま、待て犬千代!」

 

 

 自分が何をしようとしているのか、それを自覚させるためにも一度制止させた。

 しかし制止の手を振り払い、犬千代は不満混じりな顔を見せた。

 

 

「……お礼がしたい。犬千代を助けてくれた」

 

「昼間の奴か? こんなことのために助けたわけじゃないぞ」

 

「……それに、美味しいご飯を食べさせてくれる」

 

「勝手におじゃまして勝手に食ってるだけのような……」

 

「……それとも、犬千代は嫌?」

 

 

 そう言われ、襦袢の紐に手をかけてみた。徐々に紐を解いていくにつれ、犬千代は恥ずかしそうに目を背ける。普段無表情ゆえにこういった顔を見るのは稀ではあるが、ギャップということもあり、心を奪われかけそうになった。

 

 完全に解かれても犬千代は何も言わない。好きにしてくれという態度の表れでもあった。

 

 

「……義和ならいい」

 

「いいのか?」

 

「……うん」

 

 

 ここで止めたら男が廃る。彼女の思いに報いるためにも、その小さな唇に自分のを重ねた。

 

 

「……んっ」

 

 

 啄むようなキスだ。しかし犬千代は満足がいかないのか、さらなるおねだりをしてきた。

 

 

「……もっと」

 

 

 さらに二度、三度とキスしてくる。四度目になるとより深いものとなり、唇を味わうような長めのキスだ。

 次からは遠慮がなくなったのか、舌を出して口内へ進入してきた。その齢の少女がやるにしてはあまりにも淫靡なキスだった。

 

 

「んっ、ちゅ、……ちゅぱぁ……んちゅ…ぅあ……」

 

 

 虫の鳴き声に混じり、唾液の絡まる卑猥な音が辺りにこだまする。

 下手したら誰かに見られるかもしれない。そんな背徳的な状況にも関わらず、卑猥なリップ音は止まず、さらに大きくなっていく。

 

 

「んむ、ちゅ、んじゅ、る……ちゅぷ、ちゅ……ちゅる、んむっ、……んんっ、ぷはぁっ。……まだ、んむっ、ちゅ……」

 

 

 ようやく口が離れ、久しぶりの酸素が肺へ送られたところで再び口が繋がった。それはキスというよりも、一方的な口づけだ。だが義和も負けじと襦袢を脱がし反撃する。

 

 やや膨らみかけた胸をなぞり、桜色の突起が指に当たったところで犬千代は小さな吐息を漏らす。そこを入念にいじれば何度も身震いし、体を揺らす。

 

 

「よ、義和ぅ……!」

 

「大丈夫だ。俺に任せろ」

 

 

 両胸を揉みほぐし、乳首をコリコリといじめてやる。

 感度がいいのか、犬千代の身体は小刻みに震える。両手で左右の乳首をはじいたりつねったりすれば、もうキスどころの話ではなかった。 

 

 股に手をやればふんどしが水気と熱で染まっていた。擦ると犬千代の身体が大きく震える。それに伴い、布地はさらに水気が増していく。

 もっと間近で観察したいがために、ふんどしを脱がせる。無毛の秘裂が愛液でテカり、ひくひくと震わせていた。

 

 

「ひぅっ…!」

 

 

 まだ生えていないワレメへ人指し指を入れると膣内は熱っぽく潤っていた。埋もれた指を前後に動かせば、細々とした震えと共に愛液が滴る。太股や手を伝って水溜まりを作り、いかにもお漏らししたようにも見えた。

 

 

「んぁ…ひゃあ……ぃひっ……!」

 

 

 容赦ない愛撫に耐えきれなくなったのか、力が抜けるように義和に凭れかかる。その際に犬千代の太股に熱を帯びた硬いのが当たる。布越しでもわかる硬さと大きさを兼ね備える逸物。これに犯されるところを想像すると、ちょっと楽しみだったりする。

 

 

「……義和のアソコ、膨らんでる」

 

「お前がキレイだからな」

 

「……ホントに?」

 

「嘘ついてどうするんだよ」

 

 

 犬千代はキレイなどという言葉は言われたことなかった。胸もなければお尻も安産型でもないチビな田舎娘なのだ。キレイという言葉が当てはまるような容姿ではないことは充分自覚しているつもりだった。

 

 だがそんな自分の貧相な身体に欲情しているというのは、嬉しいものだった。ならそのお返しとして奉仕してならねばと犬千代は躍起になる。

 

 南蛮の下着(トランクス)をずらしたことで表れた剛直。ちょっと予想外の大きさだったことに犬千代は冷や汗をかくが、武士に撤退はないと自身を鼓舞させた。

 

 

「……初めてだけど頑張る。…れろ……んっ、ちゅ」

 

 

 チロチロと小さな舌で筋部分をなぞるようにして舐め始めた。性知識は持ってても、経験のない生娘なのだ。自分のやり方があってるかが不安になり、義和の反応を伺いつつ、その肉棒を舐め回していく。

 

 

「いいよ犬千代。最高に気持ちいい」

 

「……ホント?」

 

 

 褒められて嬉しいのか、さらに動きが激しくなる。さっきまでただねぶるだけだったのに、早くもコツを掴んだようだ。少しでも気持ちよくしてあげようと亀頭を咥え、舌で包み込むように舐め回す。

 

  

「れろ…んちゅ……んんっ………ちゅる、……じゅずるる……」

 

 

 そして奥深くまで咥えこみ、口内そのものを使って肉棒をしごく。さすがに全部を咥えることは出来ないが、それでも自分なりに必死な口淫だった。

 

 

「ぁむ、んふぅ、ふぅっ……、じゅぶ…ちゅっぷ、じゅるる、ちゅぷる、じゅる、じゅずぅるる……!」

 

「うっ、い、犬千代。上手いぞ……!」

 

 

 さらに褒められて、犬千代の口淫は激しさを増していく。初めてとは思えないテクニックに陰茎はびくびくと痙攣する。もはや爆発寸前といったところか。

 先程までとは違った様子を感づき、犬千代はラストスパートをかける。

 

 

「で、射精るッ……!」

 

「……んぐっ!?」

 

 

 口内に放たれた粘り気のある液体。喉奥深くまで流し込まれたせいで軽くむせてしまい、収まりきれない飽和状態の精液が口から流れてしまう。

 それでも陰茎から口を離すことなく、口内の精液を飲んでいく。粘り気が強いためにの飲み込むことに苦戦するが、ゆっくりかつ確実に吸いとっていき、飲み干した。

 

 

「……うぇぇ、苦い」

 

「…飲む必要なんてなかったのに」

 

 

 犬千代の表情から察するに、不味い一択という反応だ。当然、味なんかついているはずがない。いくら大食いな犬千代ともいえど、好き好んで食べるような物ではない。

 だが、犬千代は命令されたわけでもないのに、飲精したのだ。

 

 

「……義和のなら嫌じゃないから」

 

「……っ!」

 

 

 ヤバイ、可愛い。

 滅多に見れないであろう照れ隠しに、陰茎はより堅くなる。血管が浮かび、オスの臭いを辺りに漂わせる。それを目にした犬千代も下半身が疼き、今か今かとその肉棒を欲し始めた。

 

 

「……まだ硬い」

 

 

 あれだけの量を出していながらまったく硬さが変わらない。それどころか、まだまだイケるぞと言わんばかりの挑発を示すように、ヒクヒクと揺れる。

 

 

「……今度はこっち」

 

 

 その場に寝転がり、降参のポーズをとる犬のように股を大っぴらに開いた。その年に似合わぬ扇情的な格好だ。そんな彼女の意に添うようにいたいけな花弁に陰茎をあてがい、ゆっくりと腰を押し出していく。

 

 

「……んっ、くぅっ……!」

 

 

 ミチミチと肉を掻き分けていきながら逸物が沈んでいく。両者の性器の大きさが不釣り合い過ぎたのか、三分の二まで入ったところで子宮口にぶつかった。

 

 

「……痛い。けど嬉しい」

 

 

 接合部から血が滲み、その顔は痛みと緊張で歪んでいた。少しでも痛みを和らげるためにゆっくりと動く。カリの部分で膣壁を引っ掻くように、奥を突き、とにかく彼女の苦痛を和らげるためにピストンを開始する。

 

 

「んっ…んんっ、ああっ……ふっ、…ふぁっ、あっ、あんっ」

 

 

 彼女の弱いところを探し、腰を器用に動かして膣の至るところを突いていく。やがて声に色っぽさが出てきた。

 

 

「ひゃっ、…あ、あっ…あン、ぅあ…お、奥っ、コツって、しにゃいでぇ……!」

 

 

 奥のほうを突くと声色が一気に色気づいてきた。無口な犬千代が発したとは思えないほど色めかしい声だった。

 彼女の膣内は未開発だけあって狭くてキツく、陰茎をギチギチに締め付けてくる。気を抜けば射精してしまうほどだ。

 

 

「あっ、やっ、ああっ…、ふっ……ひぅっ! ふぅっ、うぅふっ、あっ、んあっ!」

 

 

 狭い膣道を逞しい一物で強引に抉じ開け、膣壁を掻きながら引き戻す。その一連の動作による快楽が常に襲ってくる。愛液が大量に噴き出されることでより潤滑な場を整わせ、さらなる快楽の渦へと陥れるのだ。

 そして子宮口を執拗に攻める度に、犬千代は艶めかしい喘ぎ声を叫ぶ。

 

 

「んあっ…あっ…あん…ぅはっ……ひぃぅんっ……もっ、とぉ……っ…!」

 

 

 焦点の合わない蕩けた目と舌足らずな口ぶりは義和の嗜虐心を掻き立てた。もっとその顔が見たい。犬千代の恍惚に染まった表情を拝めたい。そんな歪んだ情欲に比例して、腰の振る速度が速くなっていく。

 上から下目掛けて押し潰すように腰を振る。獣の交尾を思わせるほどの荒々しいピストンだ。皮膚が激しくぶつかり合う度に肉の波が立ち、パンパンとリズミカルな音色を響かせる。

 

 

「ふわっ、あっ…んぁ…んんっ……はぁっ! …あ、ああっ、んくっ……っはぁ……は、激し、いっ! ぁあっ……うんっ……ふぅっ! ぃあ……んちゅ、ちゅぱっ、ちゅ……」

 

 

 呼吸を妨げるように、口が塞がれる。舌がまるで別の生物かと思わせるほどの動きで、歯茎の隅々まで舐め回された。

 上下の口を支配され、犬千代はされるがままに全身を包む快楽に身を委ねるしかなかった。考え事など出来ないくらいに、脳が蕩けてしまっていた。

 

 

「…ぐっ……あっ……!」

 

「あんっ……んっ……ぅん……ぁあっ……あっ…!」

 

 

 ここでピストンが早まる。勘が鋭い犬千代はこの変化が、限界が近いことを示す動作であることに気づいた。

 優しさを無視したような腰使いに犬千代の子宮は疼くばかりだ。そして犬千代の意でもないのに、足が勝手に彼の腰に組まれる。子種を逃がすまいとする生物的な本能の表れでもあった。

 

 

「膣内に、射精すぞッ……!」

 

「ひぅ…んぁ、ぁあん……だ…射精してぇ…!」

 

「射精るぅ……!」

 

 

 これまで以上に膣の最奥まで突き入れて、亀頭で子宮口を完全に塞いだところで放出する。

 水鉄砲の如く、勢いよく放たれた精液は僅かな隙間さえも許さず、膣全体に行き渡らせる。出された勢いで犬千代の身体は小刻みに震え、さらなる絶頂を迎えた。

 

 

「はあ…はあ……」

 

「…んぁあ……あっ……」

 

 

 息も絶え絶えなところで目が合う。お互い何も口にしなかったが、考えることは一緒だった。

 義和は硬さを取り戻した息子を陰裂にあてがい、犬千代はそれを拒むことなく受け入れる

 

 一回でへこたれるよう柔な二人ではない。二人はそのまま二回戦へと移行するのであった。

 

 

 

 

 

 その後、四回もしたせいで犬千代は息切れ状態に陥った。にも関わらずすぐに回復する辺り、ただ者ではない。とはいえ、もう日を跨いだ時間帯なのでもう寝ようと諭して仲良く同衾中である。

 

 その間、犬千代は子供がどんな風に育つかといった未来予想図を立てたりしてた。無論、ここまで来た以上、知らんぷりは出来ないので嫁にとるつもりで義和も参加してたりする。

 

 

「……名前はもう考えてる」

 

「早すぎるな。まだ性別すら分からないってのに……」

 

「……男の子なら犬千代、女の子ならまつ」

 

「男の子お前と同じ名前なんだな……ん? まつ?」

 

 

 まつという名は聞いたことがある名前だった。それは昔見た大河ドラマのタイトルにもなっていて、戦国を代表する賢夫人の名でもある。

 恐る恐る犬千代に問い質してみた。

 

 

「……なあ、犬千代。お前、本名ってなに?」

 

「……? 前田利家。ちなみに犬千代は姫様がつけたあだ名」

 

 

 槍の又左、前田利家。つまりは加賀百万石の祖である。

 そんな相手を抱いたとなると、歴史がこれからどうなるのかちょっと不安になる。

 

 

「……眠い。おやすみ」

 

「おやすみ」

 

 

 とりあえず今は、犬千代の幸せそうな顔を見てるだけで充分だった。

 少しばかり眺めた後、義和は瞼を閉じ眠りにつくことにした。

 

 

 




 


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五話 暗雲

 

 犬千代との同衾から一夜明け、義和は清洲城に足を運んでいた。

 

 何故かと言えば、朝御飯を食べた後信奈の使者として勝家がやって来たのだ。聞けば昨日の件で話があるから清洲城へ来いというのだ。昨日の件というと信澄が頭に過るが、特に断る理由がないのですぐに向かうとだけを伝え、勝家には戻ってもらった。

 

 清洲城へ入り、女中に案内されている間、その隣にはもちろん犬千代が随行し、屋根裏には五右衛門がついていた。

 いつの間に帰ってきたのかと聞けば、なんと五右衛門は一夜で美濃の調査を終えてきたようだ。忍びは速さが命。諜報は忍びの独壇場。これぐらい出来なければ忍失格だとか。

 

 しかし、そんな五右衛門なのだが、朝からほとんど顔を合わせてくれない。帰還報告時には目を背けられる始末だ。『せ、せっちゃは何もみてましぇん……』と真っ赤な顔から察するに、事後を見たようである。さすがに一つの布団に二人して裸で寝てるとなれば、ナニがあったかは五右衛門にすら分かるだろう。

 

 

 そんなこんなで信奈のいる部屋まで来た。戸を開け、部屋の中には信奈の他、長秀、勝家、それと新たに一家臣となった信澄の姿があった。

 入室して座りこみ、平伏する。顔を上げたところで信奈は本題を切り出した。

 

 

「今日呼んだのは他でもないわ。昨日の勘十郎の礼、言わなかったわよね?」

 

「いえ、私はただ後押ししただけのこと。最後に決意したのは弟君です。礼なら弟君へ」

 

「謙虚ね。でも結果はどうあれ、最初にきっかけを作ったのはあんたよ。少なくとも、褒美を貰う理由はあるわ」

 

 

 問われたものの、特にこれといった要望はなかった。

 甚だ自分がこんなにも物欲のない人間だったとは驚きだ。この年代の男子なら多少の欲望は持ち合わせているだろう。だが、彼には何かが欲しいという欲望はからっきしだった。

 考えても何も浮かばない。そうこうしてるうちに、信奈が口を開く。

 

 

「まあ、褒美は欲しい時に言ってくれればいいわ。それで話は変わるけど、あんたって素浪人って言ってたわよね? どこから来たか教えてくれない?」

 

 

 急に質問をぶつけてきた。だが、義和にはわかった。これはただの質問ではない。詰問だ。その証拠か、彼女が纏う空気が変わったようにも感じたからだ。

 

 

「いきなりこんなこと聞くのも変だと思うけど、私の中で何かすっきりしないのよね。だって蝮がね、義和のこと大事にしとくべきだって言ってたの。あの蝮がよ? あんたのこと、ただの素浪人かと思ってたけど、もしかしたら実は違うんじゃないかって……そう感じたの」

 

 

 ねぇ、教えてくれない? と茶色がかった髪から覗かせるその目は獲物を狙い定める獣のような目付きだった。彼女は義和の素性を知りたがっているのだ。それは単なる興味本意ではなく、危機感からくる懸念というものだろうか。

 

 場を取り巻く家臣らもそう思ってるのだろう。長秀と勝家の目は信奈と同様の目付きだ。その二人に対し、信澄と犬千代は不安そうな目で見ていた。

 

 

「ねぇ、教えて、カズ。貴方は何者? どうして私に仕官したのかしら?」

 

 

 さらなる後押しに、義和は悩んだ。これは誤魔化す余地はないからだ。彼女は納得のいく答えを望んでいるのだ。下手な嘘では彼女を怒らせるだけである。

 これ以上、隠すことは反って身を滅ぼすことになる。

 

 

「私は未来から来ました。この時代からおよそ四百年は先の未来の日本からです」

 

 

 その言葉を聞くや否や、手にしていた刀を抜き、義和の首元に沿えた。少し力を入れるだけでその首に刃が沈むことだろう。誰も信奈を止めなかった。否、止められなかった。

 

 

「私はね、冗談は嫌いよ。風流のない冗談は特にね。勘十郎との仲を取り持ってくれたことは感謝するけど、それとこれとは話が別よ」

 

 

 義和が仕官してから全てがプラスに動いている。それが信奈にとってある意味、恐ろしかったのだ。

 

 命を救われ、かの美濃の蝮に見込まれ、弟との軋轢を埋めた男。この男を中心に歴史が動いているようだった。天下一の美少女と自負している信奈からすれば、嫉妬の対象でもあった。 

 

 そんな男が『未来から来た』と口にした。もはやただの素浪人で片付けられる問題ではない。

 

 

「これを……」

 

 

 対し、義和は一つの証拠としてある物を信奈に手渡した。スマホである。それを見るや、怪訝そうな眉間を寄せる。

 

 

「なによこれ?」

 

スマートフォンと言いまして、遠くの人と連絡を取り合ったり、風景を記録したり……まあ、未来の人間が持つ万能な道具のようなものです」

 

 

 試しにスマホ内に保存されている音楽を流してみることにした。それは世界的な大ヒットソングで義和が好きなアーティストの代表曲でもある。音量を最大にしてスピーカーモードで再生させた。

 

 

♪~♪~

 

「わわわっ!? な、なんだいそれは!」

 

「い、板から声が……!」

 

「聞き慣れない言葉ですね。南蛮の言葉でしょうか。驚きました、九十点」

 

「……妖術?」

 

 

 一同が驚くのは無理はない。発達した技術は魔術と見分けがつかないと言うように、この世界から見ればもはや技術を通り越した代物なのだ。

 信奈も声には出さなかったが、内心は驚きっぱなしだった。

 

 

「……なるほど。あんたがただのホラ吹きではないことは分かったわ。でも、何が望みなの? こんな物があれば武田でも上杉でも仕官出来そうなのに、わざわざ織田を選んだ理由はなに?」

 

「織田を選んだのはある人との約束のため、そして貴女の覇道を見てみたいがためとでも言いましょうか」

 

 

 ある人とは藤吉郎のことだ。そして覇道とは新しい日本の創造。

 彼女の言動に義和はどんどん惹かれつつあるのだ。これも戦国のカリスマが成せる業とでも言おうか。面白みのない人生を送っていた義和からすれば、これほど一緒にいて楽しい人間は他にいない。

 

 

「私の覇道……?」

 

「古い悪習を潰し、新たな日ノ本のための天下統一。私もその夢の先を見たいのです。微力ですが、私もお力添えたいと思います」

 

 

 信奈の肩は微かに震えていた。

 嬉しかったのだ。自分の野望を褒めてくれたのは道三の他は今は亡き父である信秀だけだった。

 同世代の人間からは家臣らの除いて誰からも賛同されなかったこの夢を、義和だけは認めてくれた。

 ますますこの男が欲しくなった(・・・・・・)

 

 

「……もし、未来に帰れるならどうするの? やっぱり帰るの?」

 

「帰ろうとは思いません。私は貴女と共にあります

 

 

 義和は未来に帰りたいといった願望は持ち合わせてなかった。むしろこの時代で生き、往生することが望みだ。なら死ぬまでの間、彼女をサポートしていこう。今はそれしか考えていない。

 義和の返答に信奈は胸を下ろす。そしてなんだろうか、この胸の高まりは。感じたことのない感情に揺さぶられながらも誓いの言葉を吐く。

 

 

「なら、永遠に私に仕えなさい、いいわね? 」

 

「承知。その前に一つ、報せたいことが……五右衛門」

 

 

 呼び出しと共に一つ影が生じる。無音と共に現れた五右衛門を見て勝家が抜こうとするが、隣の犬千代に宥められて刀を下ろした。

 信奈もそれなりに警戒していた。攻撃と退避、どちらに転んでもいいような立ち方だ。

 

 

「名は蜂須賀五右衛門と言い、私の仲間です。彼女は昨晩、美濃へ諜報しに行っていました」

 

「蜂須賀五右衛門に御座る。我が主、桜場義和殿の手となり足となり織田家にちゅくしゅようここにちかい──」

 

 

 いつものように噛んでしまい、部屋に変な空気が漂う。

そんな中、信奈だけがこの空気を打破するように口を開ける。

 

 

「何よこの乱波? まともに会話も出来ないじゃない!」

 

「……五右衛門は長台詞が苦手なので……」

 

「……では、改めて」

 

 

 咳払いをしたところで、凛々しい顔に戻り報告を告げる。

 五右衛門の口から出た内容は予想外過ぎる内容だった。

 

 

「美濃で内紛で御座る」

 

 

 その情報に場はざわめく。しかし五右衛門は淡々と報告を続ける。

 

 

「『美濃譲り状』に不服のようで豪族らは道三の息子、斎藤義龍を担ぎ上げて謀反。道三の家臣もしゅうにんがねらえりして──」

 

「……それで蝮は?」

 

「居城である稲葉山城を追われ、長良川で父子決戦に望みゅにょもう──」

 

「……そう」

 

 

 それだけを口にすると、信奈は席に戻った。

 何もしない様子に痺れを切らした勝家が思いきって聞いてみる。

 

 

「──姫様、どうなさるつもりで?」

 

「……援軍は出さないわ」

 

 

 誰も何も言えなかった。彼女の顔から察するに本当は助けたいのが見え見えだった。

 だが、軍を動かすことは出来ない。いつ今川軍が来襲してもおかしくない状況なのだ。ここで軍を動かせば、上洛のチャンスと見て今川が攻めてくるだろう。数少ない軍を二正面で戦闘させるほどの余裕はないのだ。

 

 故に誰もそれ以上聞かなかった。一番つらいのは信奈なのだ。彼女の覚悟を逆撫でするようなことはしたくなかった。

 

 

「姫様!」

 

 

 そこで従者が登場した。

 何よ一体、と不思議がりながらそう返し、彼は驚きまじりの顔でこう答えた。

 

 

「美濃より斎藤殿が──!」

 

 

 

 

 外に出ると、なんとそこにいたのは斎藤道三だった。袴の裾には泥土が付着しており服全体が乱れていた。

 その傍らには彼の重臣や小姓の十兵衛の姿もあり、駕籠からは豪華な格好をした童女が降りてくる。

 

 

「蝮……あんた何でここにいるのよ?」

 

「いやなに、バカ息子に寝首を掻かれそうになったもんでな。とっとと逃げてきたんじゃよ」

 

「逃げてきたぁ!?」

 

 

 隣の勝家が驚きの声を上げるのも仕方ない。五右衛門が謀反を調べたのは数時間前。そしてその数時間後にはこうして眼前に現れているのだ。

 

 

「ぬふふ、義龍の軍はワシが長良川に陣を敷いてると思っとるだろうが、所詮戦もまともにしたことのないぼんくら共よ。今頃やつらは、誰もいない本陣で慌てふためいとるに違いないわい」

 

「まさか、偽の情報を?」

 

「当たり前よ。だが……最初は武士らしく討死しようと思っとったところでな。尾張に行くなど、考えもしなかったわ」

 

 

 道三の口から放たれる衝撃の言葉。もしかしてたら、この場に道三がいなかった可能性もあった。先日の会談が最後の相対でもあった可能性もあった。

 この時の信奈にはトラウマを思い出しかける。好きになった男の人は死んでしまうという一種の呪い。自分の夢を応援してくれた道三が死ぬという三度めの呪いがもしかしたら引き起こされていたこともあり得たのだ。

 

 だが、と道三は言う。

 

 

「気が変わったのよ。ワシは美濃の蝮。汚く生きるのがワシの生き方よ。敵前逃亡など、下克上を繰り返してきたワシにとっては誉め言葉だわい。それにな、残った時間をただ老いるためには使いとうないわ」

 

 

 それに、と一つ言葉を紡ぐ。

 

 

「信奈ちゃんの野望の先が一体これからどうなるものか、気になっておちおち美濃で寝ることも出来んわい。ならいっそ尾張に寝返るのが得策というもの」

 

「だからって……美濃を捨てたの?」

 

「今の美濃にワシの居場所などありゃせん。豪族共はワシの政策に反対し、義龍はワシを恨んどる……。あのままいたところで、後々殺られていたことは確かよ。潮時というやつじゃ」

 

 

 道三は自ら造り上げた美濃という物語に幕を下ろした。

 そして次の主役を信奈に譲り、新たな美濃を見るためにこうして生き永らえたのだ。

 

 

「どうせ、美濃に戻っても居場所はなし。だったら義娘の元で生きるのも悪くはないかもしれんな。ワシらは信奈ちゃんの客臣となろうぞ。好きに使ってもらって構わん」ぞ。  

 

「……デアルカ」

 

 

 感極まり、肩が震える。彼が生きていたことが嬉しいのだろう。その二人の様は親子のようにも見え、誰も彼らを邪魔する者はいなかった。

 満足がいったのか、道三は義和を見つけると扇子を開く。そして以前見せたような好好爺の顔を見せた。

 

 

「義和よ。お主の覇気に触発されたのか、若い頃滾らせていた情熱を再び呼び覚ましてくれたことを感謝するぞ。ワシはまだまだやれる。そう実感させてくれたわい」

 

「食えないじいさんだ……」

 

「お前さんほどではないがな」

 

 

 軽口を言い合ってる最中に使番がやって来た。先程のは違い、やたら血相を悪くしていた。

 彼が放った言葉はこの場にいた全員を震撼させる。

 

 

「今川軍が……尾張領内へ」

 

 

 

 

 

 今川軍、尾張へ進行。その報告を聞いた途端、和やかなムードは吹き飛んだ。すぐさま戦の支度に取りかかり、場は混乱の一言に尽きた。

 

 国境を守っていた各地の砦は次々と落とされ、すでに今川軍は目と鼻の先まで来ていた。対し、織田軍は大した準備も出来ておらず、ぶっちゃけてしまえば敗北まっしぐらと言っても過言ではない状況なのだ。

 

 そんな中、現在織田軍は諸将らを集めて作戦会議中だ。勝家の主張する『全軍で正面から突撃あるのみ』と『清洲城に籠り、籠城戦をするべきだ』と主張する他の諸将らの二手に分かれた。どちらにしろ、勝ち目が見えないのは明らかだ。だが、誰もそんな弱音を見せない。見せたら本当の敗北だ。

 

 決まることのない議論の最中、黙り込んでいた信奈が突然動いた。扇子を広げ、舞を舞う。

 

 

「人間、二十年──」

 

 

 敦盛。源平合戦の頃、源氏側の武将、熊谷直実が平敦盛を討ち、出家に至るまでを描いた能楽演目。今歌った節は織田信長が好んだ節として広く知られていることは有名である。

 

 本人が歌う敦盛は見事な歌いっぷりだった。そこへ信奈の容姿が加わり、その踊りはシンプルながらも芸術そのものである。

 

 

「馬を! 熱田神宮へ行くわ!」

 

 

 踊り終えると、あっという間の出撃。誰も彼もがその後を追う。ただ一人、義和は動かずその場に留まるように立っていた。

 

 

「義和よ。お主はどうするつもりだ?」

 

 

 同じく残った道三だ。彼は扇子を仰ぎつつ、縁側に腰掛けながら義和にそう問う。義和は刀を腰に差しながらこう返した。

 

 

「決まってんだろ。お転婆な姫様が道を通れるようにするのが俺みたいな輩の仕事だ。悪いが義元の首は俺が頂こう」

 

「くくくっ、若いのう……」

 

 

 面白そうにニヤつく義和。普段は見せないような暗黒面に堕ちたかのような笑みだ。 

 それは道三が若かりし頃、野望を胸に暴れまわったあの頃を彷彿させる笑みだった。道三からすれば、昔の自分を見てるようで懐かしささえ感じた。

 

 

「……義和は犬千代が守る」

 

「拙者も御供つかまつる」

 

 

 犬千代と五右衛門が並ぶ。両手に花と言わんばかりの光景に道三はスケベジジイへと移り変わる。

 

 

「童女が二人……主も物好きじゃのう」

 

「なに勘違いしてんだおっさん」

 

 

 とりあえずこのジジイは置いといて、皆の後を追う。馬に股がり、走らせた。目指すは桶狭間。

 鉛色の雲が空一面に広がり、すぐにも雨が降りそうな曇り模様をしていた五月のことであった。

 

 

 




原作では道三が好きでした。大抵の作品では渋いオッサンキャラが好きなんです(唐突な自分語り)。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六話 桶狭間の戦い

 

 

 織田本隊は熱田神宮へ向かったが、義和らは別方向へと馬を進めた。

 道中、馬に乗った五右衛門とその配下が現れる。

 

 

「桜場氏、これからどうするで御座るか?」

 

「桶狭間に向かうぞ。確か奴等は桶狭間にいるはず」

 

 

 教科書にも載っている有名な戦いだ。この戦いで織田信長の名は全国へと知れ渡ることになり、今川家は滅亡の一途を辿ることになる。

 

 

「それは未来の知識というやつで御座るか?」

 

「未来の知識というか、少なくとも俺が学んだ知識はそうだ。桶狭間と言う地名は知っているか?」

 

「桶狭間……確かこの先にある山の名に御座るよ」

 

 

 その提案に非難をあげる者々がいた。五右衛門の後ろを追うように張り付く強面の男達だ。

 

 

「しかし旦那! 相手は二万は下らねぇ軍数ですぜ!」

 

「まともにぶつかったら勝てるわけねぇぜ!」

 

「それに義元の本陣すら分からないってのによぉ!」

 

 

 川並衆と呼ばれる五右衛門の部下達だった。

 彼らは長良川ら辺を縄張りとしている川賊集団だが、鍛えぬかれたその隆々しい肉体はただの賊で済ませられるほどではない。聞けば元侍出身の者が多く、今は五右衛門に忠誠を誓う忍の一団なのだ。

 

 

「ふむ、川並衆の言っていることも一理。やはりここは援軍を待つのが得策かと」

 

「そうだ! 俺らだけじゃ多勢に無勢! 織田の姫様を待つのが一番だ!」

 

「親分の言う通りだぜ! 戦力を整えるんだ!」

 

「真っ向から突撃するなんて馬鹿の本分だ!」

 

 

 五右衛門の提案に大賛成と言わんばかりに首を縦に振る川並衆。

 しかし義和はそれを否定する。

 

 

「誰が俺達だけで戦うって言ったよ。俺らは偵察部隊だ。義元の本陣を見つけ、それを本隊に伝えるんだ」

 

「間諜に御座るか……。その案、乗ったで御座るよ」

 

「……犬千代も乗った」

 

「俺も乗った!」

 

「さすがは桜場の旦那! 親分が認めただけあるぜ!」

 

「俺たちゃああんたについていくぜ!」

 

「……なんだその手のひら返しは……」

 

「……気持ち悪い」

 

 

 さっきから川並衆の意見がはっきりしない。大の大人が幼女の意見に振り回されているところを見ていると、何とも哀れである。

 

 

「おやおや、カズ君! この僕を忘れるなんてひどいじゃないか!」

 

 

 突如、派手な戦装束に身を包んだ集団が現れた。そのほとんどが女の子だけで形成されており、その中心にいたのは白馬の王子様ぶりの気取り顔をした信澄だった。

 

 

「織田勘十郎信勝改め、津田信澄ここに推参! 姉上と尾張、そして仲立ちしてくれたカズ君のため、手を貸そうじゃあないか!」

 

「……なんだお前か」

 

「なんだとはなんだい、なんだとは!? この僕が助けに来たんだよ!? 泣いて喜ぶのが当然じゃあないかあっ!」

 

 

 あの家督争いとの一件以来、二人は兄弟分のような間柄になった。相も変わらず、信澄の貴公子キャラに振り回されてはいるが。

 

 

「……で、後ろの女子達は何なんだよ」

 

「ふふんっ、彼女達は尾張中から集めた僕の美しき部下達さ。総勢百人! 僕らの力を惜しみ無く使ってくれたまえ」

 

「……全然役に立たなそう」

 

「足手まといで御座る」

 

 

 犬千代らにもこう言われる始末だ。なぜなら彼女らは武家の生まれではない。農民や商人出身がほとんどだ。

 戦闘経験もあるかが怪しい素人同然の集団を活用出来る軍略など持ち合わせていない。精々、裏方の仕事が関の山だ。

 

 

「──いや、待つで御座る。これなら手分けして探索できるで御座るよ」

 

「そうだとも! これも僕の作戦通りさ」

 

「嘘つけ」

 

 

 ここで部隊は二手に別れる。

 義元の本陣を見つけ、その事を即座に熱田神宮にいる信奈本隊に報告し、進言する。これが彼らの作戦だった。そのために川並衆は西側を、義和+犬千代+信澄隊は東側を探索することにしたのだ。

 

 

 川並衆と別れて三十分もしない内に桶狭間山のやや開けた平地に置かれた陣幕を見つけた。丸に二引両という今川家の家紋を確認する。

 多くの近衛兵が辺りを巡回し、その陣幕からは笑い声がしていた。

 

 

「今川の本陣だ。休憩中のようだな」

 

「数はおよそ五千といったところかな。とはいっても、さすがに僕らだけでは太刀打ち出来ないね」

 

「……どうする?」

 

「俺達だけじゃ勝てない。信奈を連れてくるしか他にいい作戦はないな」

 

 

 では誰がいくか、それを決めようとしたところで信澄が待ったをかける。

 

 

「ここは僕らが足止めしておこう。これ以上、今川勢に進軍させられたらいくら姉上でも奇襲することは難しいからね」

 

「……足止め?」

 

「祝勝の前祝いとでも言って、彼らにお酒を振る舞うんだ。敵の領地内で休憩するぐらいさ。さぞかし、油断しきってるはずだよ」

 

「なるほど…そいつは名案だ」

 

「……犬千代は?」

 

「ここで残りの女子を守ってろ。敵もただ遊んでるわけじゃない。一人ぐらい斥候がいてもおかしくないからな」

 

「……わかった」

 

「それじゃ、二人とも気をつけてな」

 

 

 その言葉を最後に、各々が己の役割を全うするために動き始めた。

 熱田神宮にいる信奈本隊へ言伝てを伝えるために馬を走らせる。

 

 

 山中を駆けている時、背中より鋭い気配を感じた。

 その気配は駆ける馬がスピードを緩めた時、さらに色濃く強まった。

 

 

「……っ!」

 

 

 飛来してきた何かを超人的な身のこなしで避け躱し、落馬と共に臨戦態勢をとる。

 後ろの木に目をやれば、飛んできたのは手裏剣だった。そして殺気。

 

 

「我が手裏剣を避けるとは見事……」

 

 

 現れたのは全身黒づくめの忍者。声と容姿から男なのは間違いない。だが、彼の纏う殺気はそこらの足軽が抱くような殺意さえも生易しく感じてしまうほどの殺気だった。それは目の前に立つ忍が戦闘を専門としている忍である証しでもあった。

 

 

「今川の忍か…?」

 

「概ね合ってる。我が名は服部半蔵。織田の間者を見逃すわけにはいかぬ」

 

 

 忍者と聞いて真っ先に思い浮かべるであろうビックネーム、服部半蔵。徳川家康の元で暗躍した忍の頭領だ。

 彼は懐より手裏剣を手に取り、眼光を鋭く光らせる。

 

 

「その佇まい、名のある武士と見た。貴様の命、貰い受ける!」

 

「やってみろってんだ!」

 

 

 再び手裏剣が飛んでくる。

 ただ闇雲に投げているわけではなく、義和が今立ってる場所、そして彼が逃避するであろうルートを予測した先を目掛けた投擲だ。

 

 だが義和はそれを難なく避ける。しかも、ただ避けるだけではなく、避けた後、攻撃が来てもすぐ行動出来るような受け身をとっていた。

 このままでは埒が明かない、と半蔵が背中の刀を抜く。

 

 

「貴様には手裏剣が効かぬようだ……なら刀で参る!」

 

 

 凄まじい跳躍力で一気に近づき、喉元目掛けて刀を振るおうとする。大抵の武士ならこの一撃で沈むだろう。

 しかし相手は武道界の神童と称された男。これぐらい対処出来なければ、神童の名折れだ。

 

 

「なんと!」

 

 

 鞘から刀身を半分まで出して止め、そのまま受け流しながら完全に引き抜く。

 そしてすれ違い様に刃を走らせた。体勢が崩れてしまったために完璧な一閃は出来なかったが--。

 

 

「……まさかこれほどの手練れだったとは」

 

 

 半蔵の腕に傷を作ることは容易なことだった。鮮血と共に黒衣に闇色の染みを滲ませる。

 

 だが、義和とて無傷ではない。頬に一筋の裂傷が走る。半蔵相手に無傷で帰れるなどと甘い考えは持ち合わせていない。

 

 

「ますますここで逃すわけにはいかなくなったわ! 覚悟!」

 

 

 二人の得物が激しくぶつかり合う。お互い一刀に全身全霊をかけての一刀故、当たるだけでも致命傷になりうる。

 

 半蔵は言うまでもなく忍として一流だ。しかしながら相手は武神と称された男の実孫であり、その武神に育てられた男。 

 半蔵以上の強さを持つ男の元で育てられれば、どうなるかはお察しの通りである。

 

 

(これで決めるッ!)

 

 

 相討ち覚悟でこれまで以上の一刀をお見舞いせんと躍動する。

 右側面からの鋭い一撃。狙いは右胸、心臓目掛けて飛び掛かる。

 

 しかし──。

 

 

「ッ!?」

 

 

 鞘で防がれた。腰から引き抜いた鞘を犠牲にする形で半蔵の刀を防いだのだ。

 深くまで食い込んでしまい、引き抜こうにも手間がかかる。ならば、これを捨てて懐の暗器でと考えたが、もう遅い。

 半蔵が動くより先に、胴体へ一刀が刻まれた。

 

 

「見事……」

 

 

 脇腹からこれまで以上の血が流れた。内臓に届いてるかはさておき、さすがの半蔵といえど、これほどの傷を追っては戦闘続行は難しいはず。

 

 

「……殺せ」

 

 

 膝をついて前のめりになり、首を差し出す。だが、義和は半蔵の覚悟を一瞥したのち、納刀した。

 

 

「主君の元に帰りな。一つ貸しだぞ」

 

「なっ……!? この俺を見逃す気か!?」

 

 

 何故、逃がすのか。それは保険(・・)である。

 

 もし──、もしもだが、本能寺の変が起きてしまった時、秀吉の代わりである自分が死んでしまった時、その後を担うのは松平元康、即ち後の徳川家康だ。

 

 本能寺の変の後、家康は明智軍から逃れるために京から浜松城へ逃走することとなる。そのためには最短ではあるが道などはなく、おまけに山賊が蔓延る伊賀を越えなければならない。その際、伊賀忍者を活用して家康の安全と逃走ルートを確保し、無事浜松城へ送り届けたのはこの服部半蔵である。

 

 つまり、ここで半蔵を逃がすことは元康の幕府設立のための保険なのだ。

 

 

「元康は三河の大名として独立したがっている。違うか?」

 

「……だとしたら何だというのだ?」

 

「この戦いで信奈は義元を倒し、元康は今川の手から離れるだろう。そして信奈は元康を仲間にするはずだ」

 

「織田の犬になれというのか!?」

 

「違う、同盟国だ。確か元康は信奈とは顔見知りだよな?」

 

 

 信奈の狙いは三河ではなく、美濃だ。そのためにも、避けれる戦いは避け、少しでも兵力を温存するだろう。そして幼なじみである元康を滅ぼすような真似はせず、仲間に取り入れるはず。

 

 これにより、三河という東国への牽制のための要所を手にいれ、信奈は西国へ駒を進めることが出来るようになる。

 

 

「これから信奈が天下統一するためには多くの有能な家臣が必要だ。それは元康も一緒だろ。だからお前を逃がす」

 

「……なるほど。姫のため、か」

 

 

 合点がついたのか、忍者刀を鞘に納めた。

 そして消えた。霞のように、ぼんやりと姿を歪め、風と同化する。風音と共に聞こえるは半蔵の声だ。

 

 

「あくまで俺は織田ではなく、姫のために動く。だがお前に救われた命、忘れるわけではない──!」

 

 

 一拍置き、さらに半蔵の声がこだまする。

 

 

「此度の合戦、どうなるか楽しみぞ!」

 

「織田信奈の戦い、しかと目に焼き付けるがいい! 」

 

 

 ただの忍びなら義和の言葉に耳を傾けることもなければ、堂々と一騎討ちすることもなかった。だが半蔵は忍でありながら武士の魂を持つ男。彼もまた、義和の性根に惚れた者なのだ。

 

 

 

 

 織田本隊はすでに熱田神宮に集結しており、戦勝を祈願して参拝に来ていた。

 熱田神宮は三種の神器である草薙の剣が御神体として納められている。戦勝祈願するにはうってつけの寺社といえるだろう。

 

 

「信奈様! 義和が信奈様に申したいことが!」

 

 

 満身創痍で現れた義和を見て場はざわめくが、信奈は違った。

 彼の目を見て何かを感じ取ったのか、彼女は凛々しい顔のまま義和に問う。

 

 

「カズ、何か言いたいことがあるようね」

 

「はい、吉報です。桶狭間山の東の麓にて今川義元本隊が休憩中。現在は信澄隊が足止めしています」

 

「勘十郎が? あの子ったら……」

 

「いかがなさいますか?」

 

「決まってるわ! 全軍で突撃! この奇襲に私のすべてをかけるわ!」

 

 

 その一言に兵達は鬨の声を上げる。調子を良くしたのか、信奈は神殿の前まで近寄ると天まで届くような声で叫んだ。

 

 

「まったく、八百万の神々と聞いて呆れるわ! この国が乱れたままでいいの? 私がこの国をまとめあげるから私を勝たせなさい! いいわね!」

 

 

 隣に立つ長秀が冷や汗をかくほどに、神殿を前に神をも恐れぬ所業。それは他の部下たちも同じで難色を示す

 

 

「信奈様は神仏をも恐れぬお方!」

 

「なんと罰当たりな!」

 

 

 そして天もが顔色を悪くしたのか、天候が大きく変わる。鉛色の空はより深い色へ移り変わり、龍の遠吠えのように雷鳴が走った。

 横殴りの豪雨が激しく地に降り注ぐ。

 

 

「これぞ我が天運! 天照大神までも私達に味方してるわ! この雨が私達の足音をかき消し、今川兵の足をからめとろうぞ!」

 

「「「うおおー!!」」」

 

 

 織田軍の士気は最高潮。雄叫びを上げて馬を走らせ、我一番と桶狭間目指して突き進む。

 豪雨の中を進軍するその姿はあたかも地を走る黒龍の如き姿だった。

 

 木々を駆け抜け、義元本陣が崖下に見えたところで信奈は抜刀し、その先を本陣に向ける。

 

 

「かかれぇぇー!」

 

 

 単騎、谷より駆け下りる。家臣らが後に続き、本陣へと雪崩れ込む。

 

  織田の奇襲により、今川軍は何事かと慌てふためき、事態を読むことが出来ずに討ち取られていく。

 あまりに一方的な戦いに不満を抱く勝家が馬上で声高に叫んだ。

 

 

「私は織田家が家臣、柴田勝家! 今川の将に骨のある者はいないのか!」

 

 

 鬼柴田の名を聞き、今川兵の足はすくむ。ところが、中からがたいのいい壮年の武者が現れ、抜刀ともに口上を述べた。

 

 

「我こそは今川家家臣、松井宗信! かの鬼柴田が相手となれば、武門の誉れ! いざ、尋常に勝負!」

 

「面白い!」

 

 

 一部の猛者は勝家に夢中になり、義元本人の護衛が疎かになったところで、義和は本陣奥へと走る。

 

 そこへいたのは大きな和傘の下、毛氈を広げて宴会をしていた見目麗しい女性だった。しかし、どこかポンコツ臭が漂っており、気が抜けている感がすごかった。

 

 

「な、何事ですの~! ま、まさか奇襲だなんて……も、元康さんっ、やっておしまいなさい! ……あれ、元康さんは何処に?」

 

「この子が今川義元か……」

 

 

 今川義元は昔話に出てくるお姫様といって風貌をしていた。

 最高級の生地から作られた十二単は戦場には似つかわしくあらず、むしろ逃げれたであろう好機を自ら不意にしてしまった。

 

 

「ひぃ! な、なんですの貴方は!」

 

「今川義元公。此度の戦、織田の勝利。降伏を薦めよう」

 

「い、いやですわ! 妾は今川家が当主、"東海一の弓取り"、今川義元ですのよ!? 尾張の山猿どもに降伏なんてするものですか!」

 

 

 公家のプライドからか降伏をはね除け、その煌びやかな太刀を抜き放つ。しかしその切っ先は大きく震え、まともに扱ったことがないことを見せつけてしまう。

 

 そんな義元に対し、こちらも切っ先を向けながら再度、先程よりドスの利いた低い声で降伏勧告を促す。

 

 

「義元公、降伏を」

 

「…くっ…こ、これまでですわ……」

 

 

 敵わないと自覚したのか、その手から太刀が転げ落ち、首を項垂せた。敵意も戦意も感じられない。言うなれば、脱け殻だ。

 脱力感漂う義元に軍の采配は不可能と確認した義和が辺りに聞こえるように大声で叫んだ。

 

 

「大将、今川義元は降伏いたした! これ以上の争いは無意味! 両軍、武器を納めたまえッ!!」

 

 

 その声高に今川兵は無気力に膝をつき、織田兵は歓喜の声を上げ大いにはしゃぎ始める。

 

 信長の天下統一への道を刻む最初の戦、桶狭間の戦いは僅か三十分足らずで織田軍の大勝利に終わったのだった。

 

 

 

 

 

 その晩、清洲城ではドンチャン騒ぎの宴が繰り広げられていた。織田家の家臣はもちろん、城の女中や警備の足軽などもが宴に加わり、無礼講の酒宴と化していた。

 

 

「うわははっ! 飲め飲め~! おい侍女、酒が足りないぞ! もっと持ってこい!」

 

「か、勝家、僕は侍女じゃあないぞ! 信澄だってばぁ!」

 

「信澄~? そんな侍女いたっけか?」

 

「女中じゃあないって! 信奈の弟、信澄だって言ってるじゃあないかっ!」

 

「勝家殿、はしたないです……五点です……」

 

 

 勝家が徳利片手に信澄にからんでいるところを除けば、和気あいあいとした宴会といえる……というのは嘘で、勝家が最悪なだけでほとんどの家臣らは酒癖が悪かった。上着を脱いだり、中にはふんどし姿になる家臣とまだ始まって早々経っていないにも関わらず、酔いが回っていた。

 

 義和らはそんな粗暴集団から離れ、上品に飲み食いしていた。

 

 

「ささっ、義和殿。どうぞですぞ!」

 

 

 ねねや浅野のじい様も宴にかけつけ、嬉々たる様で宴を楽しんでいた。

 お猪口から中身がなくなる度、ねねがこうして注いでくれる。将来は良妻まっしぐらの計らいぶりが垣間見え、酒がよく進む。

 

 

「なんといっても義和殿は義元公捕縛の立役者! 全国へとその名が轟きますぞ!」

 

「……おまけに義元の本陣を突き止めた。これは大手柄」

 

「これで川並衆も侍として取り立てられるで御座るよ」

 

 

 次から次へと酒が注がれ、さあイッキイッキと囃し立ててくる。ダメ、イッキ飲み。 

 しかし義和はそれを一気に飲み干し、見事な飲みっぷりを披露する。彼の身体は生まれながらにして酒豪でもある。これくらいのことは造作もないことだ。

 

 

「おいおいお前らも飲めよ~! ひっく!」

 

 

 さらには顔を真っ赤にしたベロンベロン状態の勝家が絡んでくる。

 この手の輩は非常にめんどくさい。一番手っ取り早いのは本人を酔い潰すことだが、潰れる気配がない。さすがは鬼柴田。身体の頑丈ぶりは伊達ではない。

 

 

「お前らは飲むなよ。ああなったら手がつけられんだろうからな。最低でも二十歳になってからだぞ」

 

「……むっ、子供じゃないもん」

 

「飲むなって言ってるだろうが!」

 

 

 子供扱いが癪なのか、直に飲もうと徳利に口をつけたところを無理やり押さえつける。その体型のわりに力強いため、引き離すのが困難である。

 

 取っ組み合いの終止、新しい飲み物を取りに行こうと辺りを見回してみると、肝心の人物がいないことに気づいた。

 

 

「そういや信奈は?」

 

「……部屋にいると思う」

 

 

 大勝利の祝賀会にも関わらず、信奈は参加していなかった。

 何故、と犬千代に聞くと罰の悪そうな顔で教えてくれる。

 

 

「……姫様はあまり本心も見せたがらない。主君は冷然であるべきだと思ってるから」

 

 

 彼女は常に織田信奈であろうとする。弱音を見せることもなければ、勝利に驕ることもなく、そして誰にも心の内を明かさない。 

 その場の情に流されれば、自身の本心がぶれてしまう。故に誰とも交わることがない。

 

 

「……本当は姫様も嬉しいはず。さっきういろうの山が姫様の部屋に運ばれてた」

 

「ふーん……」

 

 

 とはいえ大将のいない宴会など、義和にとって素直に楽しめなかった。

 

 

 

 

 

 ほとんどの人間が宴会に参加してしまってるため、無人と化した城内を一人歩いていた。

 勝家に無理矢理飲まされたせいで体が熱く、熱を冷ますために風当たりのいい場所を探していたところである人物に出会った。

 

 

「信奈様?」

 

 

 寝間着姿の信奈だった。当主という肩書きから解放されて年相応の普通の女の子らしい姿の信奈だ。

 

 

「あら、カズじゃない。向こうに参加しなくていいの?」

 

「いえ、ちょっと風に当たろうかと思いまして」

 

「そう、ならちょっと付き合いなさい」

 

 

 そう言われ、後をついていくと部屋に通された。

 彼女の部屋は様々なもので散らかっているものの、そのほとんどが南蛮の物だ。南蛮かぶれと言われる所以の物だろう。

 

 信奈は座るなり、酒器に飲み物を注ぐ。意外にも、中身は甘酒だった。

 

 

「お酒は飲まないのですか?」

 

「あまり飲めないのよ。飲むと気持ち悪くなるっていうか……苦手なの」

 

 

 織田信長は下戸という一説を聞いたことはあるが、本当だったとは。

 とはいうものの、元の世界なら彼女は未成年扱いだ。いくら元服した身とはいえ、身体が飲酒についていけてないのかもしれない。ただ単に彼女の舌に合わなかっただけな可能性もある。

 

 

「あんたは平気なのね」

 

「祖父の血筋が強いせいか、あまり酔わない体質でして」

 

「へぇそうなの。カズの祖父ってどんな人なの?」

 

「人間をやめた人間ですよ」

 

「な、なによそれ……」

 

 

 それ以外の表現法がないので致し方なし。

 

 

「ま、まあ、今回の戦いは見事だったわ。あんたを召し仕えた私の目に狂いはなかったっていったところかしら。そうだ、奉公に対しては恩賞で返さなきゃいけないわね。これは断っちゃダメよ?」

 

 

 その恩賞とは──。

 

 

「褒美として家臣にしてあげる。これからも私のために奉公なさい」

 

「恐悦至極です」

 

 

 仕官されて数週間で家臣とは、異例の大出世である。それもそのはず、この数週間で彼の功績は多い。足軽のままにしておくほど無価値な訳がない。

 

 同時に、義和を織田家に釘付けにするための餌でもある。これほどの逸材、他国も欲しいはず。信奈の性格上、自分の物を他人にあげるような性分ではないのだ。

 

 

「さ、出世祝いに私が注いであげる。天下一の美少女の酌よ。泣いて喜びなさい」

 

「ありがとうございます」

 

 

 酒器に並々まで注がれた甘酒をありがたく頂きながら喉へ流し込む。

 

 

「どう? 美味しい?」

 

「はい。中々の美味です」

 

「でしょ? なんたって私が認めた甘酒よ。不味いわけないじゃない」

 

 

 太陽のように明るい満面の笑顔で話しかけてくる信奈に義和の胸は思わずときめいた。

 こんな少女に魔王は似つかわしくない。彼女は信長ではない、信奈だ。ただの少女、織田信奈なのだ。

 

 

「俺……やっぱり貴女に仕官してよかったですよ」

 

「ち、ちょ、ちょっと! いきなり何言ってんのよ!」 

 

  

 向かい合って褒められたことなど、信秀以来だ。しかも同年代で顔もいい。それでいて爽やかな笑顔を向けられては冷然ぶる信奈の顔にも羞恥が生じた。

 

 真っ赤な顔をした信奈を肴に、義和は残った甘酒を流し込む。

 祝勝の余興と言わんばかりに輝いている月が、二人の時間を見守ってるようだった。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七話 今川義元 ※

義元ちゃんはチョロそう(偏見)





 

 

 

 今川義元は清洲城に近い場所にある広い屋敷で生活することなった。

 将軍家に連なる家柄なことも含め、冷遇したらば彼女が喚き出すことも考えての処置らしい。とはいえ明日には戦後裁判が開かれ、彼女の処遇が決められるため、最後の贅沢として多少の贅沢は目をつぶるとのこと。

 

 そんな義元から呼び出しを食らった。理由は不明だが、側女を通じて呼び出された。

 屋敷の門をくぐり、側女達から出迎えられて案内された部屋に義元はいた。彼女は義和に気づくと、上品な振る舞いで軽く一礼する。

 

 

「義和さん、お待ちしてましたわ」

 

 

 桶狭間で出会った彼女とは同一人物とは思えないほどに、義元の姿は美々しかった。

 

 なんというか、人が変わっていたのだ。今の義元は本陣で会った時の勝ち気で横柄な態度が抜き落ち、凛として清明な令嬢といったところか。

 平安時代の貴族の女性を連想させる、そんな雰囲気を醸し出していた。悪い物でも食ったのか。

 

 

「つかぬことをお聞きしますが、元康さんは今どうしてますの?」

 

「桶狭間の合戦後、信奈が和睦の使者を遣わせた。が、まだ返答は来てないな」

 

「……そうですか。元康さんのことです。無駄な戦いは避けることでしょう」

 

「で、俺をここに呼び出した理由はなんだ?」

 

 

 するとどうだろう。義元は紅潮した頬を振袖で隠し、照れくさそうにこう言った。

 

 

「わ、わたくしを抱いてくださいませ」

 

「……は?」

 

 

 開いた口が塞がらないとはまさしくこのこと。義和の顔は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた。

 

 

「何故そんなことを……」

 

「そ、それはですわね」

 

 

 義元は頬をさらに紅くさせながらもじもじとくねらせる。

 ここで義和が無神経な発言をする。

 

 

「まさか、色仕掛けか?」

 

 

『ち、違いますわ!』と激しく怒るものの、すぐに落ち着きを取り戻し、覚悟を決めたような目で全てを明らかにした。

 

 

「……惚れましたの」

 

「え? 今、なんと……」

 

「貴方に惚れましたの! 何度も言わさないでくださいまし!」

 

 

 惚れた。こんな台詞聞くのはドラマの中だけと思っていたが、絶世の美女と言っても過言ではないルックスの義元からコクられれば嬉しいものだ。

 

 

「鬼神の如き戦いぶり……貴方の姿を見たとき、逃げることが出来ませんでした……。男に負けるなんてこれで二回目。屈辱的ですが、不思議と嫌ではありませんわ」

 

 

 義元は自分でも気づいていないが、屈強な男が好みである。

 何せ、彼女の周りにいる男達は彼女を煽てて気に入られようとへりくだった態度をとる。そんな環境で過ごし

てきたせいか、いつしか男は不甲斐ないものと思ってしまっていた。

 

 そんな中、本陣の奥深くまで攻め込んだ義和にメロメロなのだ。ちなみに一回目の男とは彼女の育て親ともいえる太源雪斎だ。

 

 

「しかし、何故に今?」

 

 

 すると義元は暗い顔を見せ、細々とした声で訳を話し始めた。

 

 

「わたくしの詮議は明日と決まりました。そして詮議では良くて島流し、悪くて斬首といったところでしょう」

 

「……」

 

 

 そんなことはないと言い切れなかった。

 織田家としては今まで今川家に侵略されてきた恨みがあるはず。それを降伏したからといって、水に流せる家臣達は何人いるだろうか。

 

 

「どうせ死ぬなら最後に好いたお方から抱かれたいと思い至ったです」

 

「……あい、わかった」

 

 

 まさか了承してくれるとは。断れなかったことに安堵し、自然と胸を撫で下ろす。

 そんな義元を一瞥すると呆れたように一つ促す。

 

 

「言っておくがやめるなら今のうちだぞ。一時の気の迷いってやつだろうからな」

 

「構いません。覚悟は決めましたわ」

 

 

 義元は立ち上がると十二単を一つ一つ脱いでいく。一歩歩むことに一枚ずつ衣服が床に散乱し、小袖になったところで隣の部屋の襖に手を沿え開ける。

 

 部屋には小さな行灯と一つの布団に枕が二つ。完全にそういうムードだった。

 その布団に腰を下ろしたのち、小袖に手をかけた。

 

 

「脱がすぞ」

 

「はい……」

 

 

 肉体が露出したところで義和は驚いた。意外にも義元は巨乳である。勝家や長秀を比べるとやや小さめだが、歳の割に似合わぬ果実の持ち主だった。

 餅をこねるかの如く捏ね回せば柔らかな肌が手に吸い付き、波を立てつつ震え揺れる。

 

 

「ぅわっ……あっ…」

 

「すべすべだな。身体も美容に気をつかってるのか?」

 

「い、いえ。わたくしほどになれば美容に気をつかわずとも、美しさは保たれるものですわ。美とはわたくしのことであり、わたくしこそが天下一の美少女ですもの」

 

「そ、そうなのか」

 

 

 決して曲げない自尊心はある意味尊敬に値する。

 ならばその自尊に満ちた顔がこれから堕落するとどうなるものか、楽しみである。

 

 

「あっ…いや…そこはッ……!」

 

「綺麗なピンク色だな」

 

「乳頭はやめて、くださいまし……! ぁう……!」

 

 

 たわわに実った乳房を鷲掴み、ぷっくりと膨らんだ乳首に舌を走らせる。

 乳輪を舌でなぞり、歯で甘噛みしてやると義元の身体が仰け反った。

 

 

「ぁッ……ああ……ん…あ」

 

 

 舐めて甘噛み。吸って甘噛み。そんなアメとムチを繰り返した口撫に義元はただひたすら耐えるのみだ。

 まさかここまで乳首が弱いだななんて、誰も思わないだろう。ただ一人、今ここで彼女の胸を弄ぶ義和を除いて。

 

 

「ま、るで赤子のッ……ようで、すわね……」

 

「男はみんなおっぱいが好きなもんなんだよ」

 

 

 母性の強い女性を好むのは男として普通だ。ならば、母性の象徴たる胸に執着するのも何もおかしくない。

 義元は子供のような性格ながら、体つきは大人である。これに興奮しない男がいるわけない。

 

 

「…ぅふッ……ぅう"……」

 

 

 声を荒げることが恥ずかしいのか、指を噛んで声を抑えようとしていた。

 そんな義元の手を口から離させて、耳元でドラマチックな台詞を吐いた。

 

 

「素直になるといい。義元の美声が聞きたいんだ……」

 

「はうぅ……!」

 

 

 義元は貴族の嗜みとして古典文学を読んでいる。その中にはエロスな描写やロマンスな台詞も綴られている。義元はそんなシーンが好きだ。もしも現代世界で生きていたなら、ラブロマンスな映画やドラマに熱中すること間違いなしである。

 

 話がずれたが、男からこんな台詞を言われるのは義元からすれば最高のシチュエーションなのだ。

 

 彼女が余韻に浸ってる間、こちらも裸になる。上、下と脱いだところで勃起した逸物が露になり、義元は驚嘆の声を上げた。

 

 

「な、なななんですのそれは!?」

 

 

 初めて見る男の逸物に義元は思わず引いた。

 経験のある側女から聞いたモノとまったく違い、大きくて逞しくグロテスクな逸物なのだ。ピクピクと震えるその様はまるで別種の生き物だ。

 

 

「殿方のはそんなに大きいものなのですか……?」

 

「さあ? 他人と比べたことはないからな…」

 

 

 陰茎を見つめてくる義元は興味津々といったところだ。

 目にハートが浮かんでいるように熱を孕んだ眼差しで見つめ、息を荒くしている。

 

 痙攣する肉棒を恐る恐る触ってみると熱くて硬い。未知なる感触だった。

 

 

「な、なんて面妖な……!」

 

 

 得体の知れないものに怖じ気づいてしまい、全身がすくんだ義元のために、こちら側から動いた。

 股に手を伸ばしてみればヌルリと手が滑り、生暖かい液体がべっとりと手につく。

 

 

「そこは……!」

 

  

 目をやれば僅かな陰毛に埋もれ、淫靡な秘裂が愛液でテカっていた。甘酸っぱいメスの臭いを漂わせ、今か今かと待ちわびているようだ。

 準備は万端。ならばとひくつかせてる陰裂に亀頭をあてがった。

 

 

「挿入れるぞ。力をいれないほうがいい」

 

「はい、どうか、一思いに……うっ!」

 

 

 未開発な陰部を亀頭が強引に抉じ開けるが如く、奥へ奥へと沈んでいく。苦痛を和らげるためにも乳首を苛めながら少しずつ挿入していく。途中、亀頭の侵入を遮る膜が当たったが、腰を落とすことで大した力も入れずにその膜は破れた。

 

 

「これが殿方のモノなのですね……」

 

 

 苦痛の表情は見せまいと顔を強張らせるも、目元には涙を滲ませる。涙を手で拭ってやると義元の表情は綻んだ。

 

 

「お優しい御方ですわね。戦場で会った時とは大違い……」

 

「最初の出会いがあんな泥臭い場所で悪かったな」

 

 

 とはいえ、痛いことは変わるまい。時間を置かせ、痛みが緩和されるまで待ったところで腰をゆっくりと動かしていく。

 

 犬千代と比べると義元の膣内は膣中のヒダが肉棒全体を包み込むように締め付けてくる。

 すると義元が両手で顔を捉えてきた。やや憤怒に染まった眼差しから察するにご立腹の様子。

 

 

「ちょっと! 今ほかの女子のこと考えましたわね! 顔に出てますわよ!」

 

 

 義元は勘が鋭かった。ちょっと犬千代が頭に過っただけで見透かすほどの勘の良さには感服する。

 

 

「まったく……今はわたくしだけを見てください……んっ」

 

 

 そう言うと己の唇で塞ぎ、決して離さまいと深いキスを交わす。

 他の女など忘れてさせてやると言わんばかりの口吸いだ。初体験の少女がやるにはあまりにもディープなキスだった。

 

 

「むふっ……ぅん……んむ…んんぁ……あぁっ……!」

 

 

 こちらも負けずと舌を動かし、口内を凌辱にかかる。連動するように下半身にも力を入れて膣内を蹂躙する。口と膣を攻められ、義元の表情は絶頂に浸っていた。

 

 

「ぅうあ……はんっ…んんぅ……」

 

 

 ゆっくりとだが、奥深くまで突き刺すピストンに悶えつつある。

 そんな時、義元が喘ぎながらその涎だらけの口を開く。

 

 

「もっと、いぅ…激しくても……構いませんので……んぅあっ!」

 

「仰せのままに」

 

 

 挿入したまま正常位からバックへと体勢を変えた。ドリル状に蠢く肉棒に浅い快感が押し寄せたところですぐさまピストンが開始される。

 

 

「んあっ……ぃひん…ふ、深い、ですわ……ぁあっ…!」

 

 

 パンパンとリズミカルな肉弾が奏でられ、その一音ごとに奥を攻められる。

 さらにはカリの部分が膣内を引っ掻くようにして引き戻される。

 

 

「まるでッ……んんっ…、獣の、よう…ぅう…ですわね……っ!」

 

 

 実質、獣である。乱暴に腰を打ち付け、快楽しか望まぬような行為はまぎれもなく獣の交尾だった。

 

 しかし、だからといって止めるわけがない。只ひたすらピストンあるのみ。だが乱雑ではない。より深いところを掻き出すように腰を使って抉っていく。

 

 

「ぃうぁ……待っ、てぇ……んあぁ…、くだ、さ…ぃい…」

 

 

 小ぶりなお尻にアザが出来るぐらいの腰使いだ。生娘の身には激しすぎる動きに脳がチカチカする。

 

 

「ひやぁッ! む、胸を…弄らないでぇ……!」

 

 

 枝毛やアホ毛が一切ない美髪に顔を埋め、後ろから胸を揉みながら腰を早める。

 

 二人の睦事はポルノ映画のワンシーンの如く、エロスと愛を兼ね備えたような睦事だ。

 会って一日にも満たない男とこうして行為を交わすなど、情婦にも似た所業ではあるが、何故か険悪さを感じない。むしろ、今こうして抱かれていることで最大の幸福を実感していた。

 

 こんな時間がいつまでも続けばいいのに--、と。そう思うと下半身が疼く。この人の子を産みたいと子宮が疼いていた。

 

 奇しくも、義和もがこの女を孕ませたいという動物的な思想に支配されていた。その思惑が行為にも表れ、より一層動きに激しさが増す。

 そして二人の体は限界を迎えようとしていた。

 

 

「ぐっ、射精すぞ……!」

 

「ど、どうか、中へッ……! ぁあっ…!!」

 

 

 奥へと突いた瞬間、たがが外れたように精液が放たれた。それと同時に、義元の身体が大きく仰け反った。最大の絶頂に身をやつし、彼女の肉体は快楽に染まったことだろう。

 肉棒を引き抜くと陰穴からドロッとしたモノが流れて、布団を汚していく。

 

 

「はあ……はあ……」

 

 

 義元は疲れ果てたのかその場に崩れ、寝てしまった。さすがに年頃の少女には酷すぎた初体験だったようだ。

 

 

「義和さま……」

 

 

 寝言を立てる義元の頬にキスしてやると安堵を得たようにより深い眠りについた。

 

 

 

 

 

 後日のことである。

 義元の処遇についての裁判は信奈の独断のみで決定したといっていい。

 

 敵対していた家の当主となれば重罰は免れない。いくら義元が降伏したからといって、何の咎めも受けないわけがない。しかし最後の最後まで義元は今川家の人間として役目を終えようとしていた。

そんな義元に対して信奈は判決を下した。

 

 

『そうね……。政治に口出ししないってなら命まではとらないわ。とりあえず私に完全服従ね』

 

 

 意外にも信奈は寛容だった。後で聞けば、まだまだ使える余地があるから生かしておいたとのことである。

 かくして、今川義元は織田家預かりとなり、今川家は事実上滅亡。

 領地の遠江・駿河は元康との今後の協議で決めていく所存らしい。

 

 さて、それで現在の義元はというと……。

 

 

「義和さ~ん! 貧相な部屋で地図眺めてる暇があるなら蹴鞠でもやりませんの?」

 

「ちょっと! こっちはあんたの領地について話し合ってるんだからあっちに行ってなさいよ! っていうかなんで城の中を自由に歩き回ってるの!」

 

「あら? わたくしがどこを歩こうとわたくしの勝手でなくて?」

 

 

 昨日の凛然ぶりな姿はどこへ言ったのやら、いつもの義元に戻っていた。

 もしかすると、あれは酒が生んだ幻覚だったのかもしれない。そうとも、絶対にそうである。でなければ、この義元があんな風になるわけがない。

 

 

「『蹴鞠で右に出る者なし』と呼ばれたこのわたくしの妙技を間近に目に出来るなんて世界で貴方ぐらいですわよ。そうですわ、信奈さん。今度、尾張に蹴鞠大明神という神社でも建てませんこと?」

 

「誰が参拝するってのよそんな神社! だいたいなに!? 妙にカズにベタベタしてるじゃないの! あんた人質ってこと忘れてるんじゃないでしょうね!」

 

「おーほほほ! 義和さんはいずれわたくしの夫となる殿御ですの。口の聞き方に注意してあそばせ。それに同じ『義』の字を持つ二人。これは運命として決まってることですわ」

 

「は、はあ!? 夫!?」

 

 

 いらぬ爆弾を落としていった。家臣団の目が一点、義和に向けられる。

 さらには隣の犬千代の殺気がエライことになる。

 

 

「……浮気者」

 

「ま、待て! 違う!」

 

「おーほほほ! それでは皆さん、ごめんあそばせ。さっ、義和さん。いきますわよ」

 

 

 義元にはこの惨状が見えていないのか、蹴鞠に誘おうと袖を引っ張って場から逃げようとする。

 相変わらず、頭のネジが外れていた。今の義和の感想はそれしかなかった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八話 美濃攻略

~先日あった出来事~
 
職場の同僚の中国人Rさん「コノ人ハ誰デスカ?」

作者「これは織田信長っていう戦国武将だよ。中国じゃ、曹操みたいな人かな」

Rさん「デハ、コノ女ノ子ハ?」

作者「これも織田信長だよ」

Rさん「コノ犬ハ?」

作者「信長」

Rさん「……怒ラレマセンカ?」

作者「フリー素材だからね、仕方ないね」



 

 

 桶狭間の戦いを経て、織田家の評判はうなぎ登りである。

 

 何せ、今川家を相手に少数で攻め入り、義元本人を捕縛という前代未聞の完勝を成したのだ。これには近隣諸国はのみならず、全国へとその名を轟かせんとの勢いだ。

 

 義和もまた、その名を知られるようになった。仕官してわずか数週間で家臣まで成り上がった新参者となれば、ある意味話題なるのも致し方ないこと。しかし驕ることはない。家臣となったことで公私ともにこれまで以上に気をかけなければならない。

 

 

『あんたも家臣なんだから、私の顔に泥を塗らないように心掛けなさい!』

 

 

 信奈にもそう言われ、義和は顔を引き締める。

 まるで初出勤の頃のように清洲城へ赴けばとある客人が招かれていた。

 

 

 タヌキ耳にタヌキの尻尾という飾り物をつけても尚、地味さが拭えない眼鏡っ娘。波乱万丈な幼少時代を過ごしたのち、念願の独立を成し遂げた三河の大名こと松平元康。つまりは後の徳川家康なのだ。

 

 

「久しぶりね、竹千代。何年ぶりかしら?」

 

「う"わ"~ お、お、お久しぶりです、吉姉さま~」

 

 

 信奈が現れた途端、額を畳に擦り付けるぐらいほど平伏し、さらにはそれを二度三度と繰り返す。

 

 長年、強国に支配されてきたせいか、腰の低さがすっかり定着してしまっていたのだ。それに加え、一時期は織田家にも身を寄せていた頃があり、その時は毎日毎日信奈にいじめられてきた日々。誰かのパシりに定評があるのがこの元康という大名なのである。

 

 

「本当に同盟でいいんですか~?」

 

「ええいいわ。今の織田家には三河を食べさせていけるほどの力はないもの。だったら同盟のほうが何かと安上がりだもん」

 

 

 というのは一個の建前で、本当は三河に接する武田・北条のための盾扱いである。

 

 無論、元康もそれを承知の上だ。だが、独立したてで小国な三河など大国にやられるのがオチなのでここは織田家の力を借りる他ない。そもそも、信奈に逆らおうとするなど、元康には出来っこない話だが。

 

 

「今度ともよろしくお願いいたします~」

 

「約束通り、八丁みその関税はなしね。そうそう、後ろのは新入りの家臣なの。カズ、自己紹介しなさい」

 

「どうも~、三河の松平元康です~」

 

「桜場義和だ」

 

 

 手を揃えて深々と頭を垂れる元康に釣られるように義和もまた深くお辞儀をする。

 なんというか、毒気のない人間なのだ。人の恨みも怒りも買わない、無に近いようで気にならない、つまりは地味ということだ。

 

 そんな元康が頭を上げる時、義和にだけ聞こえる声でボソッと呟いた。

 

 

「……半蔵がお世話になりました~」

 

「あ、ああ…」

 

 

 半蔵負傷には元康でさえ驚いた。家臣を家族同然に慕う元康にとって義和は憎むべき相手でもあるが、半蔵自身『これは拙者の未熟さが招いた事。姫が気負う必要はありませぬ。それよりあの者は松平・織田にとっても必要な存在になりうるかと』と意味深なことを口にしたため、元康は拳を下ろすことにした。

 

 いろいろ思うところはあるが、元康のやることは常に同じ。彼相手にどう立ち回るか(・・・・・・・)である。

 

 

(上手いこと利用させてもらいますよ~、ふふふ~)

 

 

 後に『狸女』と呼ばれる元康の腹黒さと策士としての才能はこの頃から発揮されていた。

 

 

 

 元康と他愛のない話をしていると再び来客がきた。この時間帯、来客の予定などないはず、と信奈が溢す辺り、予定外の客人の様子。

 

 長秀によって連れてこられたのは女々しい顔つきで長身の美青年だった。町を歩けば十人中十人が振り向くであろう紅顔の若侍。その陣羽織に刺繍された蜂の巣のような形の家紋は"三盛亀甲"。

 

 

「私は浅井家当主、浅井長政にございます。此度は織田信奈殿に一目お会いしたいがため、近江は小谷城からはるばるやってまいりました」

 

 

 優雅な仕草で挨拶するこの青年は浅井長政といった。

 名を聞いた信奈も『へぇ』と感心しつつ、供物皿の"なごやこーちんてばさき"を一つ取り豪快に食らいついた。

 

 

「浅井長政と言えば北近江一帯を支配している浅井家の当主様じゃない。先の戦じゃ、自軍の倍の敵相手に逆転勝利したって聞いたわよ」

 

「はははっ、信奈殿の桶狭間には敵いますまい」

 

 

 数年前、浅井家と六角家の両家による野良田の戦いがあり、浅井軍は二倍の数である六角軍に勝利。これにより北近江は浅井家が支配することとなった。

 この時に大将を担っていたのがこの長政だ。この戦いで長政の名は全国へと知れた渡り、若当主としての歩みを進めた。

 

 そんな長政を一同は信用ならないといった目線で見ていた。

 

 

(なんか生け簀かない奴だな……。それに姫様とあんな楽しそうにお話しやがってぇ! ひ、姫様はあたしのなんだぞー!)

 

(会談中なんだから落ち着け)

 

 

 家臣になってから勝家や長秀との関係も緩和し、今では対等とも言える関係になりつつあった。

 愛する主君を盗られることに危惧し激昂する勝家をこうも抑えられる人間など、この世に二人とていないだろう。

 

 

(犬千代、勝家が変な行動しないように見張っとけ)

 

(……どうどう)

 

(しかし、長政殿も何か理由があって来られたはずです。それも、近江からここ清洲まで来るそれなりの理由が)

 

 

 信奈も同じことを考えていたのか、真っ先に確認したのは清洲城に来た理由だった。

 

 

「で? わざわざ近江から清洲まで何しに来たのよ。まさか観光ってわけじゃないでしょうね。さぞかし、何か理由あって来たってところかしら?」

 

「いやはや、こうも見抜かれては取り付く島もありません。信奈殿は噂に違わぬ慧眼の持ち主のご様子ですな」

 

「ご託はいいからさっさと話しなさいよ」

 

 

 きつめに言われ、コホンと咳払いして心の内を打ち明けた。

 

 

「東の脅威である今川家を倒した信奈殿が次に目を向けるのは道三殿の居城である稲葉山城であるのは誰の目にも明らかなこと。その後は上洛をお考えかと思われまする」

 

「もちろんそうよ。すみやかに上洛して、天下に号令を出すの」

 

「となれば、北近江を領する我が浅井家と不戦同盟を結びたくなるのも必定。此度はそのため、こうして清洲までやって参りました」

 

 

 己の心境を察するがの如きその眼。『慧眼はむしろそっちね』と信奈も関心せざるを得ない。

 

 信奈はこういった頭の回転が早く、聡明な人間とは気が合う。自分と似た性格なことで、仲間が出来たと感じるためである。

 

 

「ちょうど浅井家とは同盟を組もうと思ってたところなの。鴨がネギ背負ってやって来たってところかしら?」

 

「鴨というよりは"猿"かと。私の幼名は猿夜叉丸。お気軽に読んでもらって構いませぬ」

 

 

 下手に出過ぎず、確実に信奈との親密度を上げていく。こう見えて、爽やかな顔付きに似合わぬ策士家である。

 

 信奈も、そんな長政を簡単に信用したりはしない。同盟成立を餌に、長政の腹の内を明かそうと試みる。

 

 

「あんたほどの大名なら他のところでも同盟出来そうなのに、なんで私のところに来たの?」

 

「私はそれほど器用な人間ではありません。それに信奈殿は日ノ本に新しい伊吹を吹き込む御仁。この国から争いを無くし、新しい国を造っていくには信奈殿のような新しい人間なのです」

 

 

 褒められて嬉々とした表情を見せる信奈に長政は一気に畳み掛ける。何とも人を手玉に取るのが上手い。

 

 

「それは我が浅井家も同じ。父、久政は古くから付き合いのある越前の朝倉家との友好関係を続けたいと考えています。ですが、今の当主はこの私。家督譲渡を機に、浅井家に新しい風を吹き込もうと考え、こうして信奈殿の所まで来たというわけです」

 

「なるほどね。それじゃ、そこの竹千代と同様に私の天下取りに協力してくれるってわけね」

 

 

 長政はいえいえ、と否定的な態度で信奈の発言を撤回した。

 

 

「この猿夜叉丸、生来の業突く張りでして。信奈殿のただの一家臣ではもの足りないものです。出来ることならば、信奈殿と共に天下取りの道を歩みたいと思っておりまする」

 

「ふん、じゃどうする気なのよ?」

 

「単刀直入に申しましょう。信奈殿、私の妻になっていただきたいのです!」

 

「「「妻ぁーーー!?」」」

 

 

 全員の驚き声が部屋中にこだました。

 件の信奈は顔色は赤くしたり青くしたり、手からてばさきを落としたりとパニック状態だった。

 

 

「そ、そそそそそそれって私が好きってこと!?」

 

「いえ、惚れただの愛だのというのは世情を知らない庶民の遊び事。我々のような大名家ともなれば、政略結婚が習い。むしろ愛が家を弱くするのです」

 

 

 冷徹な発言に場は一気に冷え込む。ロマンチストかと思いきや、打算的。言い意味、悪い意味で長政は現実主義な人間なのだ。

 

 

「とはいえ、政略結婚とはいえ、私と信奈殿ならば日ノ本一の美男美女の夫婦となりましょうぞ。どうです? これからは我ら二人で天下を取るのです」

 

「わ、わ、私は……」

 

「何を躊躇ってるのでしょう。切れ者の信奈殿ならば、政略結婚をも天下取りの謀略に使うはず。それとも天下統一の夢を諦めるのですか?」

 

 

 唯我独尊、傍若無人な信奈は意外と純情な性格の持ち主だ。結婚相手は自分で選んだ人でなければ嫌なのだ。それは、信奈が幼少の頃から夢見てた事。天下統一と同じくらい大切な夢。

  

 だからこそ、ただの政略というだけで結婚なんてしたくない。故に、出た返答は。

 

 

「わ、悪いけどそれは無理な話よ。私には婚約者がいるの。だから無理! はいはいこのお話はおしまい!」

 

 

 無理に終わらそうと虚言を吐いたはいいが、テンパっていたせいで言葉を選んでる暇はなかった。あまりにも無理がある嘘だった。

 長政は余裕の表情を見せつけるように微笑を浮かべた。

 

 

「それは初耳ですな。して、お相手は如何に?」

 

「ふぇ? え、えーと、それは……」

 

 

 目線を泳がせて言葉が途切れる。ここで大半の者は悟った、嘘だなと。長政もとうに嘘と見抜いていながらこうもカマをかけていたのだ。

 と、ここで義和と信奈と目が合う。そして唐突に閃いたような顔。何だが嫌な予感がしてたまらない

 

 

「そ、そう! そこにいるカズってのが婚約者よ!」

 

 

 嫌な予感が的中してしまう。

  

 

「じ、実はカズの家は名のある武家の生まれなの。そこでお父様がうちの娘をどうだと勝手に決めちゃったらしくてね。わ、私も最近知ったんだけど……」

 

「なんですと!? おのれ、カズぅ! あたしの姫様になに手だし--むぐぅ!?」

 

「……邪魔はダメ」

 

 

 事態を読めていない勝家が犬千代に口を抑えられる。

 そのまま隣の部屋に消えていったところで最初に口を開いたのは長政である。

 

 

「ほう、そこの御仁が……」

 

 

 ライバル心を剥き出し、激情を忍ばせたかのような目付き。婚姻と同盟を結ばせ、織田家を吸収するせっかくの予定が狂ってしまった。

 ここまで来て、おめおめと帰るわけにはいかない。何がなんでも、結果を残さなければ!

 

 

「……しかし、本当に婚約しているのでしょうか?」

 

「な、何言ってるのよ?」

 

「私には浅井家の姫になるのが嫌で、仕方なく家臣と偽造婚約をしようとしているしか見えないのです」

 

「お、面白いこと言うじゃない……」

 

 

 長政は信じていない様子。何か、大きな後押しがなくてはこの嘘を信用しようと思わないだろう。

 ならばと義和を睨んだ。

 

 

(カズ、あんたからも何か言ってやって! 長政のやつ、全然信じてないのよ!)

 

 

 信奈が周囲に聞こえないように耳打ちしてきた。

 仕方なしに義和は一つ芝居を打つ。

 

 

「というわけだ、信奈は俺の嫁なんでね。近江からはるばる来たところ申し訳ないが、人の女に唾つけるような真似はしないでほしいな」

 

 

 この男は加減を知らないのか。信奈の肩を抱いては寄りかからせ、いかにも『俺の女だ』と言わんばかりの態度と無礼な振る舞いで長政に喧嘩を吹っ掛けてるように言い放った。

 

 

「よ、嫁ぇ…!? ふしゅ-……」

 

 

 頭が沸騰させ、目を渦巻かせ、心臓がバクバクと高鳴る。普段からだらしない格好をしても心は乙女そのもの。うつけと呼ばれてもその実態はただの少女なわけでこういう恋愛関係にはすこぶる弱い。

 

 長政もどこか苦虫を噛み潰したような顔を見せるが一同の手前、涼しげな態度を装った。

 

 

「なるほど……。その様子では婚約は事実な模様。私はお邪魔虫のようでした……」

 

 

 納得がいったのか、刀を手にして長政は立ち上がる。

 

 

「……では私はこれにて失礼させていただきます」

 

「おや、もうお帰りになられるので?」

 

「こう見えて私は多忙の身。近江でまだまだやるべきことが残ってましてね。同盟の件は後日、返答をお聞きしても構いませんか?」

 

「ええ。あの様子ではまともに会話も出来ないでしょうから」

 

「そうでしょう。では、また」

 

 

 去り際に鋭い眼光を飛ばし、長政は襖の向こうへと消えた。

 足音が遠ざかってることを確認したところで場の空気が一段落つく。

 

 

「……なんとか婚約はしなくて済みましたが、まあ面倒なことになってしまいましたね。二十点です」

 

「……あれ以外方法がなかったからな」

 

 

 終わってみてようやく気づいた羞恥心。人前でああも気取った振る舞いを見せるのは、中々恥ずかしい部分もあったものだ。

 

 

「吉姉さま~? 大丈夫ですか~?」

 

 

 元康の呼び掛けにも反応せず、呆然とした表情の信奈。

 『嫁……私が…嫁…』と空ろげに語る信奈を長秀が一喝して正気を取り戻させた。

 

 

「あ、あれ? 長政は?」

 

「もうお帰りになられました。その前に姫様。さすがにあんな嘘をつくのは後々大変なことになりますよ」

 

「仕方ないじゃない……いないって言えば長政と結婚しなければならないし……」

 

「そうかもしれませんが、義和殿のことも考えてはいかがでしょう」

 

 

 ハッと気づいた信奈は義和を見ると、先程の芝居のことを思い出して再び紅潮させながら礼を言う。

 

 

「た、助かったわカズ。無茶ぶりだったのによく応えてくれたわね」

 

「いえいえ、気にしないでください。それより、こちらも急な展開だったものであんな猿芝居で申し訳ありません」

 

「そ、そ、そんなことなかったわよ。……むしろ嬉しかったっていうか……」

 

 『男の人の体って意外と大きいのね……』と信奈は真っ赤な顔で呟く。

 再び妄想に耽る信奈を長秀は咳払いした。

 

 

「コホン! 姫様、浅井家との同盟はもちろん為さるつもりですね?」

 

「もちろんよ。使えるものはとことん使うのが私のやり方なの。とりあえず長政との同盟は後回しにして、美濃に専念するわ」

 

「美濃、ということは……いよいよ実行するのですね」

 

 

 『そうよ』と力強く頷き、部屋に拡げられた日本地図に指差して高らかに宣誓した。

 

 

「さて、稲葉山城を落とすわよ!」

 

 

 

 

 

 その数日後、織田軍はボロボロの姿で帰還した。見るに堪えない満身創痍という姿でだ。

 

 念願の美濃攻略とだけあって、ほぼ全軍といえる勢力で美濃領へ進行。その際、少数の美濃兵が迎撃に打って出てきたが、先駆け隊の柴田隊に難なく蹴散らされ、破竹の勢いだった。織田勢の誰もが美濃奪回は時間の問題だと高を括っていた。

 

 だが、事態は急変。濃い霧が出てきたと同時に、四方八方を敵に囲まれた。危うくやられかけ、必死の逃走によりおめおめと清洲城まで戻ってきたわけである。

 

 帰還後、再び軍議が開かれた。軍議とはいうが、実質反省会のようなものだ。

 

 

「むー……」

 

 

 先日、今川家を打ち破った軍と同じとは思えぬほどの失態。信奈が機嫌を損ねるのも仕方のないことだった。

 

 全員が複雑な表情で打ちひしがれている時、一人の男が入室してくる。

 

 

「ふぉふぉふぉ。その様子じゃと、義龍めにひどくやられたようじゃのう」

 

 

 かつては下克上で国主まで成り上がったものの、息子に座を追われた美濃の蝮こと斎藤道三である。

 現在は相談役として織田家に居座っている。豊富な知識と修羅場を潜ってきたその敏腕は重臣達からも支持され、それなりに信頼されている模様。

 

 

「……私は今虫の居所が悪いの。用なら手短にしてよね」

 

「用ならむしろそちらのほうがじゃと思うんがのう。何せ、わしが築き上げた稲葉山城は山頂に立つ難攻不落の堅城。容易に落とせるはずありゃせん」

 

 

 美濃は自然を利用して作られた防衛都市だ。

 都市部である井ノ町を囲うように山々が聳え、稲葉山城が立つ金華山の尾根には防衛設備が配置されている。北に長良川、南には木曽川が流れ、天然の堀として機能していた。

 道三が巧緻を尽くして設計された美濃は攻めるとなれば一筋縄ではいかない、天然の要塞なのだ。

 

 

「仰るように稲葉山城はおろか、美濃に入ることも出来ずにやられてしまいました。これは三点です」

 

「予想通りじゃな。義龍はわしの悪い所だけ似おったせいか、狡猾な部分はわし譲りよ。大方、包囲でもされて逃走したってところか」

 

「うぐっ!? 痛いところ突くなあ……」

 

「あんたの息子ってこんなに強かったのね。そりゃ、下克上してもおかしく話だわ」

 

「その話はよせい。しかし、こうも惨敗してるとなると義龍め、奴を使ってきたか」

 

「奴?」

 

 

 誰のこと? と一同が首を傾げる。

 

 

「こう考えたことはないかの。何故、わしが長良川で義龍と戦おうとしなかったのか。それはな、あやつの側には軍師がついておるからじゃ。奴さえいなければ、あの時退くことなく義龍を叩きのめせたんじゃが……」

 

「軍師? 蝮が恐れるほどの?」

 

 

 『あの道三殿が?』『一体どんな軍師なんだ?』と騒然となる。

 道三が音を上げるほどの軍師とはよほどの策略家なのか。一同の目が集中したところで道三は口を開いた。

 

 

「奴はの、大の人嫌いなせいか滅多に人前に出ん。わしも数える程度しか会った事のない食えん男よ。しかしその知略は甲斐の虎・武田や越後の軍神・上杉、さらには謀神と称される毛利にも匹敵するほどの軍略家。奴が軍師に座している以上、美濃は堕ちぬ」

 

「えぇー! 嘘だろぉ!?」

 

「そんな奴いたのか……」

 

「で、その者の名は?」

 

「ぬっふっふ……。名は竹中半兵衛。わしは奴に"臥龍"というあだ名を授けたのよ」

 

 

 『……がりゅう? なにそれ美味しいの?』と犬千代が意味わからないという顔を見せるので意味を教えてあげた。

 

 

「臥龍……確か、地に伏して、天に昇る前の龍って意味の中国の諺だったけかな……」

 

「おうそうじゃ! 義和め、よく知ってるものよ。まあ、奴はその知略以外にも陰陽道が得意でな。陰陽師としても日ノ本一の腕前よ」

 

「陰陽師ねぇ……胡散臭い野郎じゃない」

 

「だが、お主らは負けた。胡散臭いはともかく、奴の手のひらで踊らされたのは事実じゃな」

 

 

 痛いところをつかれて、全員の顔が歪む。

 さっきから気にしてることを連呼されては軍議を続けるるやる気が失せたのか、

 

 

「……とりあえず美濃攻略はしばらく時間を置くわ」

 

 

 それだけを口にして自室へと戻っていった。

 残った面子も信奈にそう言われては何かしらの行動をすることが出来ず、ただ次の攻略命令が来るのを待つしかなかった。

 

 ほぼ全員が出ていき、義和の他は道三、犬千代が残る。この時の義和の脳裏にはある考えが浮かび上がった。

 

 

「竹中半兵衛ねえ……」

 

 

 どこかで聞いたことのある名かと思えば、それは高校時代の教師が教えてくれた偉人だった。

 義和が所属していた剣道部の顧問にして日本史担当だった担任。大の戦国時代ファンでもあり、授業中や部活中に戦国のうんちくを披露したりしていた。

 

 担任から聞いた竹中半兵衛という人物は後々秀吉の家臣となり、彼の大名までの道程を補佐してきた知略家ということだ。つまり、秀吉の代替わりでもある自分が家臣として召し使えなければ、これからの天下取りに支障がきたすであろう。義和はそう考えた。

 

 

「なあ、じいさん」

 

「なんじゃ」

 

「一つ、頼み事があるんだが……」

 

 

 この後、義和は信奈にあることを進言した。兵を温存し、無駄に血を流させないための方法にして、下手すれば二度と清洲に帰れないであろう危険な作戦。

 

 竹中半兵衛、調略である。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第九話 犬千代と五右衛門 ※

お久しぶりです。スランプやら仕事やらで手がつかなかったですね。やっぱり仕事は自分にあったぐらいが一番だね(白目)。

今回は初3Pです


 

 

 美濃は稲葉山城の城下町、井ノ口町に義和、犬千代、五右衛門は潜入していた。

 

 井ノ口は重商主義の道三が設計した商いのための町だ。

 しかし、そんな商業都市も夜になれば勢いを失う。夜間に商談をしようとする者はさすがにおらず、誰もが家に帰り明日の仕事に向けて一休みする。

 それは義和らも同じで、井ノ口の一界にある宿屋で休憩中である。

 

 

「ほれ、犬千代。鮎の塩焼きだぞー、あーん」

 

「……はふはふ」

 

 

 織田家と斎藤家は現在敵対関係のため身分を偽る他なく、ここで尾張から来た兄妹の商人として名乗っている。

 

 

「さて、飯の途中だが明日の予定を再確認するぞ」

 

 

 そう言って懐から取り出ししたのは道三直筆の書状だった。

 

 

「清洲城でも言った通りだ。道三のじいさんに頼んで明日、半兵衛に会う約束を取り付けてもらった」

 

 

 道三曰く、彼の部下が半兵衛の親代わりらしく紹介状を書いてもらった。義父を中介することで調略をスムーズにする作戦だが、成功するか否かは義和の交渉術に託されている。

 

 何せ、相手は天才軍師と名高い半兵衛だ。弁論が得意でもない義和がやるには荷が重すぎる。しかしやらなければならない。そうしなければ、稲葉山城はいつまで経っても落とすことが出来ない。そうなれば今後との天下取りに支障をきたすこととなる。

 

 

「……大丈夫。義和ならやれる」

 

 

 様々な不安が押し寄せる義和を犬千代が頬張った口で宥めてくれる。嬉しいのだが、ご飯粒が飛んでくるので飲み込んでから宥めてほしかった。

 

 

「犬千代殿、口を拭くで御座るよ」

 

「……むー」

 

 

 五右衛門と犬千代のコンビは馬が合うのか、よく二人で行動している。

 世話焼きな五右衛門とめんどくさがりな犬千代。正反対な性格がお互いの長所短所にマッチし、対となることでいい味を出していた。

 

 

「仲いいんだなお前ら」

 

「……五右衛門とは気が合う」

 

「拙者も同年代の知り合いがいないもので」

 

 

 親友とも言える間柄の二人に感心しつつ、鮎の塩焼きを頬張る。

 

 

「明日は交渉するんだから夜更かしは厳禁だからな、早めに寝るぞ」

 

「っ! そ、そうで御座るな!」

 

 

 五右衛門が何や顔を真っ赤にして狼狽えた。その際、箸からタケノコがポロリと落ちてしまったが、見事な早業で落下中のタケノコを箸で掴み直す。

 しかしそのタケノコが口に運ばれることはなく、赤面顔のまま犬千代と耳打ちする。

 

 

「こ、この後で御座るか……?」

 

「……そう。それとも嫌だった?」

 

「拙者みたいな貧相なのが……」

 

「?」

 

 

 こちらに聞こえないように二人がヒソヒソと密談している様子を脇目に残りのご飯をかきこんで近所にある風呂屋へと足を運ぶことした。

 

 

 

 

 

 風呂屋から戻ってきたら布団が敷かれていたが、その布団にいたのは肌着一枚だけを残した姿の犬千代と五右衛門。

 予想外の事態に整理が追い付かず、頭を抱えながら問う。

 

 

「……何やってんだ?」

 

「……同衾。それともあの高飛車女がよかった?」

 

 

 高飛車女とは義元のことだろう。新たなライバルの出現に犬千代は危機感を覚え始めたのだ。何せ、義元に勝てる要素が見当たらない。ルックス、髪質、胸、家柄、身長、胸、雄弁さ、胸……とにかく全てで負けていた。

 強いて言うなら。

 

 

「……夜伽なら犬千代が上」

 

 

 という謎の偏った答えに思い至ったわけである。

 そして視線はすぐ横へ。

 

 

「五右衛門……お前まで……」

 

「せ、拙者は日頃に世話になっている桜場氏への恩返しというだけで……べちゅに他意は……」

 

「……うそ。本当は混ざりたがっていた。だってこの前、義和の肌着で手淫していた」

 

「にゃ、にゃに言ってるでごじゃるか犬千代殿っ!? ち、違うでごじゃるぅぅ!!」

 

 

 自身の秘め事を赤裸々に暴露され、恥ずかしさのあまりに語頭から噛み噛みのままだ。

 そんな五右衛門に犬千代は提案を促す。

 

 

「……じゃあやめる?」

 

「……そ、それは…嫌でごじゃる……」

 

 

 顔に迷いが生じたものの、すぐに覚悟を決めた顔つきへと変貌する。

 それを確認した犬千代は服の紐を解きながら義和の手を引いた。

 

 

「……というわけで犬千代達がしてあげる。義和は寝てて」

 

 

 

 

 

「…れろ、れろぉ…んれろ……」

 

「んんっ……ど、どうで御座るか、桜場氏」

 

 

 横になった義和の両足を二人の幼女が覆い被さりら天に向かって怒張している義和のモノを舐めて奉仕中である。

 

 

「いいぞ二人とも……!」

 

 

 現代ならそのルックスから人気が出てもおかしくない美幼女らの口淫はあまりにも夢心地で肉棒もより硬く変貌していく。

 下手すれば顔よりも大きいであろう肉棒を二人は必死になって舐めあった。

 

 

「ちゅ、ちゅぱ、んぅ……」

 

「ぅぷぁ、んぷっ……」

 

 

 唇を使って左右から挟み込み、息が合った動きでモノをシゴく。スジの部分を下から上に向かって舐め上げ、全体が涎まみれになればカリの部分を重点的に舌で舐め回し、ヒクヒクと開閉している鈴口をほじくり始めた。

 

 

「う、っく!」

 

 

 いつもとは違った二倍の口淫にたまらず声が漏れる。

 それを聞いた二人は舌の動きを加速させる。

 

 

「んっく、ぅんっく、んっぐ……」

 

「ぴちゃ……ちゅぱ、ちゅっ、んちゅうっ」

 

 

 気を抜けば射精してしまいそうな口淫に思わず腰が浮いた。

 だが、男として矜持がかかってるために歯を食いしばって必死に耐える。

 

 

「……次は歯は立てないように優しく咥えて」

 

「こ、こうで合ってるで御座るか? んぷっ、んむぅ」

 

 

 経験のない五右衛門を教え諭す犬千代はどこか先輩風を吹かす様子。

 そんな五右衛門のフェラは初めてなこともあってたどたどしさを感じた。

 

 

「んぷっ、んぷっ、むぷっ、んむっ、ちゅぱ……」

 

「……次は奥まで咥える」

 

「……んぐっ、……じゅる…んんっ、じゅっぷ」

 

 

 舐ぶるだけの奉仕から口全体を使ったフェラチオへ。

 喉の奥まで肉棒を入れると亀頭が口蓋に当たって擦れ、より深みが増した快感を生み出した。

 

 

「んっ、じゅっぷ…じゅっぷ…じゅっぽ、ぢゅぷ、じゅっぱ、ぐじゅるるっ!」

 

 

 今の五右衛門にはただ義和に気持ちよくなってもらいたいという献身的な考えしかなかった。その証拠に五右衛門は涙目になりながらも肉棒全体を飲み込んでいた。

 

 

「……っ」

 

「うっ!?」

 

 

 口に咥えたままの五右衛門と目が合った。

 羞恥に満ちた紅い瞳に睨まれたせいか緊張の糸が解け、限界を迎えた陰茎から大量の精液が放たれた。

 

 

「……むぐぅ!? ……じゅずるるるぅ……んく、んくっ」

 

 

 喉奥まで出された白濁液に軽くえずくものの、口を離すことなくそれを躊躇せず飲み込んだ。

 そしてモノに引っ付いた精液を再び舐め回して掃除した。

 

 圧倒的なまでの滅私奉公。それが五右衛門という女だった。

 

 

「ど、どうだったで御座る? せ、拙者のは、上手かったで御座るか?」

 

「……ああすごくよかったよ。しかし犬千代もだけどなにも飲まなくとも……」

 

「……出されたものは飲むのが礼儀だから」

 

「そう思ってるのはお前だけだ!」

 

 

 やはり犬千代が一枚噛んでいたようで五右衛門に余計な知識を教え込んでいたようだ。しかし犬千代はどこでこんな偏った知識を覚えてきたのか甚だ疑問である。

 

 

「つ、次は……ごくっ」

 

 

 義和の一物は衰えない。むしろ先程より硬く膨張し、血管がはち切れんばかりに浮き出ていた。

 怪物の如き陰茎に怖じけついた五右衛門を見て何を思ったのか、犬千代が名乗りあげる。

 

 

「……犬千代がやる」

 

 

 横たわった義和に馬乗りになり、腰を浮かして膣口に亀頭をあてがう。

 

 

「……五右衛門は見てて。んっ……」

 

 

 腰を落として体重に身を任せ、ぺニスをゆっくりと飲み込んでいく。

 飲み込んだところで犬千代はゆっくりと腰を上下に動かし始めた。つい最近まで未経験だった犬千代も幾度の行為を得て、すっかり熟練されてしまった。今では時間があれば誘ってくるほどの淫乱ぶりである。

 

 腰をバウンドさせ、水気を帯びた太ももがパチャパチャと卑猥な水音を立てる。

 

 

「あっ、ああっ、あっ! きもっ、ちぃ! んあっ! んあっ!!」

 

 

 その一連の様を五右衛門は顔を真っ赤にして見つめていた。初めて見る男女のまぐわいに瞬きすら忘れてしまう。

 

 

「はあっ、あっ、ああっ! んぅあっ……あっ、んっん、ぅあっ! あっ!」

 

 

 とここで義和の太い腕が犬千代の太股を掴んだ。突然のことに犬千代は腰を止め、怪訝な表情を見せる。

 

 

「……? どう、したの……んっ!?」

 

 

 上半身を起こして身体を反転させバックの体位に。

 そしてすかさずピストンを開始すれば、結合部から愛液が飛び散った。

 

 

「今度はこっちからいくぞ……!」

 

「……ま、待って、んうっ! よ、義か、ずぅ! ぅあっ! ああっ!」

 

 

 小振りなお尻を鷲掴みして乱暴に突いた。子宮口に鋭いストレートが放たれ、犬千代の脳には火花が散った。

 さらには二度三度と繰り返し、そのままピストン運動へ。一往復する度に犬千代の身体は小さく波打ちイってしまっている。

 後ろから突く様はまさしく盛った獣の如し。肉同士が激しくぶつかり合い、手拍子に似た音を部屋中へ響かせる。

 

 

「義和ぅ、いいぃ!」

 

 

 乱暴なのに犬千代の顔はご満悦な表情。Mっ気があるようで、凌辱染みた行為にも順応出来るほどだった。日頃から無表情だった顔つきはトロ顔と化し、目の前にいる五右衛門に見せびらかすように顔を歪ませていく。

 

 ここで犬千代と五右衛門の視線が合った。

 

 

「……!」

 

「……ぅあっ! ひぃっ、ひゃっ、あっ、ああっ!」

 

 

 --羨ましい。

 

 友が乱れる姿を見て、第一に思ったことがそれである。

 そしてその後浮かんだとてつもなく強い願望。

 

 --自分も愛されたい

 

 知らず知らずのうちに五右衛門の白い指は濡れそぼった秘裂へと伸びていく。 

 

 産毛すらない無毛の秘所を軽く撫で上げると全身に快感が走った。二人の行為に触発されたのか、感度が尋常じゃないほどに高ぶり、それに後押しされるように指の動きが増していく。

 

 

「んっ、あっ……」

 

「義和ぅ……もっとぉ……いうっ、あっ、んあぁっ!」

 

 

 眼前の睦み合いに比例し、手淫がより過激になっていく。目の前に最高のオカズがあるせいで五右衛門の秘所は水気に満ち、指二本を難なく受け入れた。  

 

 

「い、犬千代! そろそろ限界だ……!」

 

「な、中へぇ……んぅあっ、あっああっ! んあああぁっーーっ!」

 

「はあ…んっ、んあっ、んっん……んーー!」

 

 

 二人に釣られて五右衛門の指も速くなる。

 肉珠を摘み、陰裂をなぞり、Gスポットを刺激しとあらゆる手段で絶頂に導こうと試みた。

 

 

(あと、少しーーっ!)

 

「……まだ果てちゃダメ」

 

 

 イキそうなところで腕を捕まれ止められた。

 気づけば、指にはネバついた愛液。布団は水溜まりでびちょびちょ。そこまで夢中だったんだとでも言いたげな犬千代の視線が突き刺さる。

 恥ずかしい。羞恥心で死にそうなほどに恥ずかしかった。

 

 

「……すごい濡れてる」

 

「ーーっ!」

 

 

 気にしてることを指摘され、五右衛門は悶絶する。

 犬千代はそんな五右衛門の恥態も構わずに手を引っ張って義和の前につきだした。

 

 

「……次は五右衛門の番」

 

「う……」

 

 

 ピクピクと痙攣する枯れる気配がない逸物を前にし、子宮の奥が熱を帯びていく。

 雌としての本能とでも言うのか。頭の中は義和一色、彼のことしか頭になかった。あまつさえ、この人の子を孕みたい、とそんな情欲までもが芽生えてしまった。

 

 

(っ! み、身の程を弁えるで御座るよ蜂須賀五右衛門! 主君に対してそんな劣情を……!)

 

 

 忍としての自分と女としての自分の感情がぶつかり合う。言うなれば願望と正気のせめぎ合い。

 

 どこか踏み切れない五右衛門にどうしようと犬千代が訴えかけてくるが、義和は構わずに五右衛門を押し倒した。

 

 

「さ、桜場氏っ!?」

 

 

 普段、黒装束と鎖帷子に身を包んだ五右衛門とは違い、月明かりに照らされた五右衛門は絶世の美少女と言ってもいいほどに美しく、そして色気があった。

 そんな五右衛門を前にして、我慢するなど男として不可能である。

 

 

「責任は取るつもりだ。それでもいいか?」

 

「拙者でこうなってるで御座るか……」

 

 

 痛いほどに勃起したぺニスがお腹に当たる。それを見て、五右衛門は決断した。

 

 

「せ、拙者を桜場氏の女にしてくだされ……」

 

「……ああ、喜んで」

 

 

 つるつるの秘裂に亀頭を当て、そのままを腰を押し出して挿れていく。五右衛門の膣内はとてもきつく、媚肉が竿を蠢くようにして咥え込み、そして受け入れていった。

 

 

「くうぅにゃああっーー!」

 

 

 最奥まで突き入れられた肉棒が子宮を殴るように揺さぶり全身に快感が走った。

 役職上、苦痛には慣れているが痛みなど感じなかった。身体の相性が良すぎるのだろう。快楽が痛みに勝ったのだ。

 

 

「んにゃ……にゃあ……♪」

 

 

 凛々しさを感じさせる顔はトロ顔と化し、猫なで声を晒していた。

 ギャップ萌えというものなのか。見たことのない五右衛門の姿に義和は興奮を隠せない。

 

 

「あっ、にゃああっ……んあっ!」

 

 

 アクメの余韻に浸る五右衛門に休みを与えず、ゆっくりと腰を動かしていく。

 緩めに動かすことで固く閉じた膣内を解していく。その際にカリの部分で膣壁を引っ掻き回し、僅かな快楽の波を彼女へと押し付けた。

 

 

「ふあ、ぁっ、はあっ、はあっ……んちゅっ!?」

 

 

 目の前にあった息切れ中の唇に貪りつき、舌を絡めて歯茎を舐め回す。少し経てば向こうから舌を絡めてくる。五右衛門はよほどディープキスが気に入ったのか、離すものかと言わんばかりにがっついてくる。

 

 ディープキスに夢中な五右衛門の虚をつくように鋭い突きをお見舞いしてやる。

 

 

「にゃあぁっ、ぁ、あぅんっ! っんあっ!」

 

 

 パン、パンと張りのある音が水音といっしょに奏でられ、そこに嬌声も加わることでトリオが繰り広げられる。

 

 彼女の細い腰に手を据えたその時、白髪から覗かせた紅い瞳をじっと見据えて何かを訴えかけてきた。

 

 

「さ、桜場氏ぃ…… !」

 

「なんだ五右衛門ッ」

 

「ど、どうか、拙者を捨てないでください……んぅっ!」

 

「……」

 

 

 こんな時にも関わらず、五右衛門の脳裏に浮かんだのは過去の苦い思い出だった。

 

 五右衛門にはさよならも告げられずに生き別れた妹がいる。今となってどこで何をしているのか、検討もつかない。生死すらわからない状態なのだ。

 

 その後、立身出世を目指して忍ぶ日の中、息が合った人物(藤吉郎)と出会いコンビを組んだものの、彼は合戦中に流れ弾に当たり死んでしまった。

 

 そして現在、主従関係を結んでいる義和もいつかいなくなってしまうのでないだろうか。

  それが怖い(・・・・・)。自分の周りから人が消えていく。忍ぶの性と心得ても齢十数歳の五右衛門にとっては耐え難き所業だった。

 

 

「拙者の前から、消えないでっ……! どうか、どうか……んむっ!?」

 

 

 唇を塞がれ、侵入した舌が口内全体を蹂躙していく。先程よりも断然過激的なディープキスだった。

 

 突然のことに目を見開くが、抵抗すら許されず身を委ねて快感に身を浸す他なかった。

 

 数十秒したところでようやく口同士が離れる。

 

 

「いいか、五右衛門」

 

「あっ、な、なんでごじゃるかッ」

 

「俺はお前を捨てやしないし、消えたりもしない。ずっと一緒だ。だから安心しろッ!」

 

「あ、ああっ……! んはあっ!!」

 

 

 その言葉に感涙を流す。ああ、やはりこのお方は終生の主君なのだと改めて認識した。

 

 そこからの腰の動きは激しさを増していく。より荒々しく、より速く、より深いところまで刺し穿つ。

 犬千代との行為が霞んでしまうほどに苛烈なピストンに五右衛門は何も考えられなかった。だが、そのおかげで不安は無くなった。なにも怖くなかった。

 

 

「あっ、あっ、あんっ、はあっ!」

 

 

 離れたくない、離したくないと彼の広い背中に手を伸ばし、抱きついた。

 それに応じ義和も五右衛門を優しく抱き締めた。

 

 

「一生側においてくださいませ……!」

 

「離すもんか! お前は俺の女だ!」

 

 

 その発言が決め手となり、下腹部に熱が収縮していく。子宮口が亀頭に吸い付いて離さない。本能的に分かる、これは受精するための準備だと。

 でも構わない。ここで妊娠したのなら忍を辞めて、彼と共に家庭を築こう。人里離れた田舎で家族だけの幸せな生活を送ろう。

 

 そんな妄想を垂れ流しながら足をも絡め、一切の逃げ道も許さなかった。

 

 

「五右衛門ッ! そろそろ射精すぞ!」

 

「か、構わないでごじゃる! にゃかへ、中へくだしゃいっ!」

 

「くぅっ!」

 

「んにゃああっ!」

 

 

 今日一番の射精により小さな子宮袋はすぐさま精液で満たされ、逃げ場を失った分は逆流するほどの勢いだった。

 完全に出し切ったところで肉棒を引き抜けば幼い肉体には不釣り合いなほどの量が淫裂から溢れてきた。

 

 そんな中五右衛門は熱を持った液体がお腹の中にあることに幸福を感じていた。

 

 

「……終わった?」

 

 

 犬千代が生まれたての小鹿のような四足歩行で五右衛門の元へ寄ってくる。

 

 

「い、犬千代殿……?」

 

「……抱かれているときの五右衛門、綺麗だった」

 

「そ、そんな、拙者なんぞが綺麗なわけが……」

 

「……ううん、綺麗。犬千代よりもずっと綺麗だった」

 

 

 やはり二人は仲睦まじい。そんな二人を前に義和は一歩前に出た。

 

 

「……悪いなお前ら」

 

「……?」

 

「ふむ?」

 

 

 突然の詫びにどうしたのかと思った矢先、すぐ視線は股の方へと向かざるを得なかった。

 三発出してもまだ底を見せない雄の象徴。愛液と精液が混ざったエグみのある臭いが鼻へと運ばれ、二人の子宮が再び疼いた。

 

 

「まだ満足してねぇんだわ。--今夜は寝かせねぇからな」

 

「……♡」

 

「っ♡」

 

 

 その晩、部屋から嬌声が途絶えることはなかったという。

 

 

 




あ~やっぱロリはいいっすねぇ~。





目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十話 半兵衛調略

 

 

 半兵衛が住むという座敷は井ノ口町から離れた竹林の中にポツンと座していた。

 どうやら大の人嫌いという噂は本当のようで、よほどの偏屈者と見れる。でなきゃ、こんな人里離れた辺境の地に家など建てないだろう。

 

 

「……緊張してきた」

 

「俺もだ犬千代。相手は天才軍師の竹中半兵衛だもんな。だけど虎穴に入らずんば虎子を得ず。多少の無茶は必要不可欠ってものさ」

 

「……義和は犬千代が守るから」

 

「ありがとな」

 

 

 頭を撫でれば嬉しそうに目をつむる犬千代はまさしく犬のよう。

 

 戸を叩けば出迎えたのはそこそこ身なりのいい初老の老人が出てきた。腰が低く愛想が良さそうだが、どこか腹に一物ありそうな親父だった。

 

 

「おう、お二人が織田家から使者かな?」

 

「はい。私は織田家家臣、桜場義和。こちらは同じく家臣の前田犬千代です」

 

「……どうも」

 

「ほっほっほ。お主らのことは道三様からの書状で知っておる。わっちは安藤伊賀守守就。美濃三人衆の筆頭にして斎藤家の家老……っていうのは昔の話でな。今では家老の座を奪われた爺よ」

 

 

 安藤守就のことは道三から聞いた。美濃の国主だった頃の片腕で他の家臣からは『毀誉褒貶これあり反覆常無きご仁』と囁かれるなど黒い噂が絶えない男だという。

 名を聞いた途端、二人は警戒心を抱いた。

 

 

「さて、半兵衛が待っておるぞ。中に入るといい」

 

 

 守就に案内され、家の敷地にお邪魔にする。

 庭園には案外素朴でよく言えばわびさび、悪くいえば殺風景という日本庭園にありがちな池、石灯籠などはなかった。

 半兵衛はこういうのが好みなのかと感心していると玄関であることに気づいた。

 

 

(草履……? 見るからに高い物だが……)

 

 

 靴底がひどく汚れている。これは先日まで降っていた雨で道がぬかるんだために付着した泥だろう。内向的な半兵衛が外出することもないだろうから、この靴は第三者の物と推測する。

 

 誰のだろうかと考えていると守就を口を開いてきた。

 

 

「……そういや、桜場と言えばかの桶狭間で義元公捕縛の男じゃろうて。主の名はこの美濃まで届いておるぞ」

 

「私のことをご存知なのですか?」

 

「逆に知らん方がおかしいぞよ。そんな者が半兵衛に会いたいとは、さぞかし織田家に仕官してもらおうといったところか」

 

 

 どうやらこちらの考えはお見通しだったようだ。温厚そうに見えるが、やはり食わせ物。道三の右腕というのはあながち間違っていない。

 

 

「俺を半兵衛殿に会わせてもいいんですか」

 

「構わん。斎藤家でのわっちの肩身も狭いんでのう。ここはどこぞの大名に鞍替えするのも一興。じゃが、いざ鞍替えするのならしっかりとした家に仕えたいものよ」

 

 

『お主らは半兵衛に見合うかな?』と言わんばかりの笑みを浮かべる守就。

 どうやら半兵衛は仕官先を探してる様子。ならば後は背中を押せばいいだけの話だ。この誘致に光が見え肩の荷が降りる。

 すると守就はおっとと表情を変える。

 

 

「実はもう一人客人が来ておる。その者も半兵衛を召し仕えたいと言うんでな。先に上がってもらっておる」

 

 

 なるほど。あの草履はそいつのものだったのか。しかし一体どこの家の者なのかと考えていると一番奥の部屋まで来た。

 守就が襖を開けると部屋にいたのはよく知っている顔だった。

 

 

「浅井長政……!」

 

「き、貴様は!? 何故ここに!?」

 

「おや、お二方はお知り合いかな?」

 

 

 相変わらずキザな顔立ちをした浅井長政はこちらを見るや荒々しく声を上げた。

 

 

「てめぇも半兵衛目当てか。たくっ、今日はついてねぇなあ……」

 

「私を誰だと思っている! 北近江が国主、浅井長政だ! そもそもの話、何故貴様が半兵衛殿の屋敷にいる!?」

 

「あっ? ここに来ている以上、目的は一緒だろうが。よく考えろよ」

 

「私に対してその減らず口……いつか後悔することになるぞ……!」

 

 

 『仲悪いお二人ですなあ……』『……義和が嫌いな性格。仕方ない』と巻き込まれないように部屋の隅に寄る守就と犬千代。

 

 いがみ合いながらも仕方なく座る一同に『ではわっちはこれで』と会釈すると守就は出ていった。

 残ったのは見えない火花を散らしている犬猿の仲とも言える義和と長政、そして犬千代だ。

 

 

「……なるほど。お前たちも半兵衛殿を誘降するために来たのか。言っておくが、邪魔立てしようものなら問答無用で叩き斬るぞ」

 

「おうやってみろや。っていうか、信奈に協力したいと言ってたのに先に美濃を横取りしようとしてるだろ? 涼しい顔して汚いこと考えてるなあおい」

 

「ふん、私は狙った城と娘は必ず落とす主義なのでね。半兵衛殿はうら若い女性と聞く。なればこそ、私の側室にふさわしいということよ」

 

「お前みたいな会う度に口説いては飽きて捨てるクズ野郎の元には嫁ぎたくないってよ」

 

「……貴様、本当に斬られたいようだな……」

 

 

 二人が顔をつきあわせて喧嘩しているそんな最中にだ。

 

 

「お初にお目にかかる。俺が竹中半兵衛重虎だ。よくぞ参られた桜場義和殿、犬千代殿。そして浅井長政殿」

 

 

 一体いつの間に現れたのだうか。平安時代の貴族を連想させる浅葱色の狩衣姿の若い男が横になっているではないか。

 爽やかで清涼さを感じさせられるが、狐を擬人化させたような不気味な顔の男。彼が竹中半兵衛か。

 

 

「いつの間に……!」

 

「この私が気配すら感じなかった……だとっ……!?」

 

「……腰が抜けた」

 

 

 三者三様の驚きぶりを見てくくくっと含み笑う半兵衛は図太い性格なのか、起きず寝そべったままだ。

 

 

「……起きないのか?」

 

「起きるとくたびれるのでな。それに寝る姿勢は肝の臓に良い」

 

 

 半兵衛が大儀そうに手を叩くと狼の耳を生やした少女がお盆を手に入室してきた。お盆に乗せられた団子とお茶を三人の前に置くとすぐさま退室していく。

 

 

「ケモミミ……?」

 

「今の娘は我が式神の"後鬼"。俺の身の回りを世話をしている。さぁてお三方、遠路はるばる井ノ口までよくぞお越しなされた。まずはこちらをどうぞ」

 

「……美味しそう」

 

 

 犬千代がよだれを垂らすのも無理ない。三河名物八丁みそがたっぷり塗ってあり、お茶も優しげで香ばしい香りを漂わせている。

 

 だが何故か食欲が沸かない。別にみそや団子が苦手なわけではないが、どうしても食べる気になれない。その理由として。

 

 

「食わねえほうがいいぞ犬千代、長政。この団子とお茶、毒でも入ってんじゃねぇの?」

 

「なんだと!? 真か!?」

 

「そいつの顔が作り笑顔っぽいんでな。こういう顔をしてる奴ってのは大抵何か隠してるもんなんだよ」

 

 

 さっきから執拗に眺めている半兵衛にどこか怪しさを感じたからだ。ドッキリを仕掛けてターゲットが掛かるのを待つ仕掛人のような、そんな顔なのだ。

 

 一同の視線を向けられた半兵衛は扇子にで口元を隠して小声で笑った。

 

 

「くくくっ、ご名答。だが、毒は入れていない。陰陽術でめくらましをしているが、そいつは馬糞を塗った団子。そっちのは馬のゆばり」

 

「馬ふッ!?」

 

 

 長政は後退りすると同時に柄に手をかける。抜けばちょうど切っ先が喉を引き裂ける距離。長政からは凄まじい殺気が漏れていた。

 

 

「竹中半兵衛……! 貴様まで私を愚弄する気かッ!」

 

「やれやれ。これだから武家の生まれは困ったものだ。いいかね、浅井殿。これは取引だよ」

 

「取引だと!? なんの取引だと言うのか!」

 

「それを完食したならば仕官してやってもいいということだ。まあ、俺の中で答えは決まっているのだがな」

 

「おのれぇ……!」

 

 

 一触即発の睨み合いが続く。長政は刀を薙ぐだけで半兵衛に致命的な傷を与えることは可能だろう。だが、竹中半兵衛は微動だにしない。それがかえって不気味で何か仕掛けてくるのでは?という猜疑心を作り出してしまい、迂闊に手が出せなかった。

 

 そんな睨み合いが一分くらい続いたのち、とうとう長政が折れた。

 

 

「……もう我慢ならん! 私は失礼させていただく!」

 

 

 長政は乱れた服を直すと踵を返して部屋を後にした。

 

 ここで半兵衛を斬ってしまえば竹中家はもちろん、その主君である斎藤義龍との仲も拗れてしまうだろう。独立したばかりの浅井家にとって敵を増やすような真似は出来なかった。

 

 この家に足を踏み入れた時点で長政の敗北は決まっていたようなものだったのだ。

 

 

「おや、せっかく用意したのだが帰ってしまうとは……。やはり侍共は好かん。何かあれば刀を抜いてくる野蛮な連中よ。陰陽道の『お』の字も知らん田舎猿め」

 

 

 やれやれと肩を竦めながら目線をこちらに向ける。獲物を狙う狐のような細目。二人の額に冷や汗が流れた。

 

 

「さて、そち達はどうする? それを食らい、頭を下げて頼み込めば話ぐらいは聞いてもやってもいいぞ。くくくっ」

 

 

 小馬鹿にする目付き。いくらなんでも人嫌いの度を越えていた。

 

 

(交渉する余地すらなさそうだな……)

 

 

 やはり調略は無理だったかと諦め、立ち上がろうとしたその時。

 

 

「っ!!」

 

 

 誰もいないはずの場所から気配がした。もしや間者を忍ばせていたのかと思い、瞬きすら置き去りにする神速の抜刀術で掛け軸をバサリ。

 真っ二つになった掛け軸の裏には武者隠しが備え付けられていたようだ。人一人分が隠れられるスペースから何かが転がってきた。

 

 

「きゃっ、い、い、い、いじめないでください……」

 

 

 犬千代よりもちんまりとしたまるで子リスのような可憐な少女。その姿を見た半兵衛が諦めたように笑った。

 

 

「おやおや、バレてしまったか。我が主よ、これ以上の戯れは終いぞ」

 

「主? おい半兵衛。この子は一体───」

 

「……義和。腰に指してるのは名刀"虎御前"。多分この子が竹中半兵衛」

  

「……は?」

 

 

 開いた口が塞がらないとはこの事を言うのだろう。

 この子が天下に名高き竹中半兵衛だとは誰が信じられようか。事実が理解を越えてしまっていた。

 

 

「ひ、ひぃ……!」

 

「……義和、刀を納めて。怖がられている」

 

「……あ、ああ」

 

 

 少女の服に刺繍された家紋がチラリと見えたが、九枚笹だった。道三から事前に教えてもらった竹中家の家紋である。それが意味するものはつまり。

 

 

「本当に……この子が竹中半兵衛なのか……」

 

 

 すると立ち聞きしていたであろう守就が慌てふためきながら入室し、勢いよく土下座した。

 

 

「いやはや申し訳ないご両人! 半兵衛は大の人見知りでして、初対面の相手に挑発したりして反応を確認する癖があるんじゃ! 普段は式神に客の相手をして物陰でじっと観察してるんじゃが、まさか見破られるとは……」

 

「ぐすんぐすん……やっぱり貴方もいじめるんでしょうか……?」

 

「……義和のせい」

 

「……申し訳ない」

 

 

 これから交渉しようとする矢先に印象を悪くさせてしまう。

 長政と会うわ、馬糞を食べられそうになるわ、踏んだり蹴ったりの一日だなと深く痛感する義和であった。

 

 

「ぐすん……前鬼さん、ありがとうございました。あとは私がお話しますので」

 

 

 前鬼と呼ばれた男はうむと頷くと文字通り煙のように消えてしまった。

 半兵衛が陰陽師ということはあの男は式神の類いということか。

 

 前鬼が消えたところに座り直す半兵衛はぺこりを挨拶し始める。

 

 

「えっと、改めまして……私が竹中半兵衛です。」

 

 

 改めて見れば、竹中半兵衛は触れれば壊れてしまいそうなほどに弱々しい少女だった。

 歳の頃は犬千代、五右衛門と同年代。しかしその見た目とは裏腹に織田軍を敗走させたという事実に恐れを抱く義和と犬千代。

 

 そんな二人を前に天才軍師は出され直したお茶を一服する。

 

 

「えっと、私の元に来たのはやはり仕官がお望みなのでしょうか?」

 

「ああ。俺は織田家家臣、桜場義和。で、こっちのが信奈様の小姓の前田犬千代だ」

 

「……よろしく」

 

「は、はい! よ、よろしくお願いします!」

 

「単刀直入に言おう。半兵衛には織田家に仕えてもらいたい。今日はそのために尾張から来たんだ」

 

 

 その言葉は聞いた半兵衛は心の中で落胆した。

 

 

(やっぱりですか……)

 

 

 先程の浅井長政しかり、半兵衛を召し使えようとして高名な大名家が度々やって来る。

 そして半兵衛はその勧誘と同じ数だけ断ってきた。彼女の義父守就は一応斎藤家の家臣。恩人を捨てて他家に行くことなど出来るはずがなかった。

 

 そんな半兵衛はことごとくやって来る使者達に前鬼を通して必ずしている質問がある。

 『私への見返りはなんですか?』と。

 

 ある者は地位を与えましょうと約束し、またある者は多額の報酬を約束した。

 

 聡明な彼女だから瞬時に理解してしまった。彼らが求めているのは軍師としての軍略の才、陰陽師としての占術の才のみ。『竹中半兵衛』という人物が欲しいのではなく、『天才軍師にして陰陽師の竹中半兵衛』が欲しいだけあった。

 

 

(私にはそれ(・・)しか価値がないということですか……)

 

 

 とりあえず金や地位をやれば簡単に食いつくだろうという見え見えの下心が半兵衛は嫌いだった。どんなに綺麗事を並べても、半兵衛には本音が分かってしまう。そんな他人の心中を読めてしまう自分の頭脳も嫌いだった。

 

 

(この人も私を金品や地位で縛るのでしょうか……)

 

 

 本当の自分を必要としている人はいない。そんな絶念の元、半兵衛は再度質問する。

 

 

「一つ聞きますが、私が織田家につくことで私に何の得がありますか?」

 

 

 半兵衛の問いに義和は悩んだ。腕を組んで答えを捻り出そうと深く考える。

 

 

「……あー、そうだな……」

 

「……ういろう?」

 

「そんなのでついていくのはお前か信澄ぐらいだ」

 

 

 実のところ、半兵衛に対して贈られる恩賞はないに等しかった。

 

 理由として急な訪問もそうだが、織田家家臣団は今回の半兵衛調略に対してあまり前向きではない。半兵衛の人間嫌いの噂や義和の実績の少なさから今回の調略は失敗が前提の『やるだけやってみろ』という投げやりな作戦なのだ。

 

 

「ここで嘘をつくわけにはいかないしなあ……。もっとしっかり計画立ててくるべきだったな……」

 

 

 心の中で反省しつつどうしようかと悩んだ末、浮かんだのは一つの案。

 

 

「それでは貰ったばかりの俺の所領を半分ってのはどうだろうか? 所領といっても織田家内じゃ、底辺なんだけど」

 

 

 そんな重要なことをさらっと打ち明けた。犬千代も守就も、半兵衛さえも目を見開いた。

 主君と家臣が同じ石高など聞いたことがない。いや、前代未聞と言っても過言ではないはず。

 

 

───ドクン

 

(……な、なんでしょう。この気持ちは……)

 

 

 心臓が熱い。運動した後の動悸ではなく、心の奥底からナニかが沸き上がるような感触だった。

 それが知りたい。そのためにも半兵衛はさらに問い質した。

 

 

「な、何故私を選ぶのですか?」

 

「選ぶ……というのは?」

 

「わ、私よりも叡知が優れた人はいます。播磨には黒田官兵衛というお方がいますが、その方は南蛮の知識も兼ね備え名軍師として名高いお方です。

私は陰陽師ですが、身体が弱いせいで満足に術も使えない人間です。こんな私より、世の中には逸材になるお方がごまんといるのに、どうして私のところへ来たのでしょうか?」

 

「……」

 

「よ、義龍様から私を引き抜くことで、斎藤家の力を削ごうという魂胆でしょうか?」

 

「それはないとは言い切れんな……」

 

 

 半兵衛の言うことは的を得ていた。交渉の発端はただ頭の中に担任のことを思い出し、それを実行しただけのことだ。

 

 だからこそ(・・・・・)である。劉備に諸葛孔明という片腕がいたように秀吉にも半兵衛という存在が不可欠である。さらには不思議なことに、彼女でなくてはならないと義和の直感が告げていたのだ。

 

 

「担任……えっと、ある人が言ってたんだ。竹中半兵衛という人間は天才だと。日本中探しても半兵衛に並ぶ人間はいない、そう評価してた」

 

「で、でもそれはその人が作った虚像です! 本当の私なんて弱くて、一人じゃなにも出来ない惨めな女です!」

 

「自分が弱いって自覚している人間は弱くはないよ。ただ強くなる方法を知らないだけさ」

 

 

 義和の祖父はよく言ってくれた。『武神は誰にでもなれる。誰でも強くはなれる』と。

 祖父とて生まれながら武神だったわけではない。あらゆる鍛練で自身を磨いてきたからこそ、武神という称号にありつけたのだ。

 

 

「それに……何て言うのか……。俺個人として半兵衛が欲しいんだ」

 

「ふぇ、ふぇぇぇっ!?」

 

 

 突然の告白に半兵衛は顔を紅潮させ、てんやわんやと慌てふためる。

 二人の世界に入ってる義和に嫉妬した犬千代が軽くパンチしたところで場を一変させた。

 

 

「君のことは話で聞いただけの人物だったが、今日初めて会ってわかった。君の力はこれからの織田家に必要だと。そして貴女についてくる恐怖や敵は俺が振り払おう。だから織田家に来ていただきたい!」

 

 

 清々しいまでの土下座。大の男がするような真似ではない。

 だが、その土下座に一切の下心や野心すら感じなかった。自分の力を借りたいという純粋な気持ちが溢れていた。

 

 

(そこまでして私を……)

 

 

 半兵衛は我欲のない人間である。何かをなそうという野心や野望を持ち合わせておらず、ただ何でもない日常が好きな少女だった。

 

 半兵衛は生まれながらにして病弱だった。そのせいで何かをするにしても身体が悲鳴を上げてしまい、何を成すことが難しい。そんな人生を送ってきた結果、半兵衛はいつしか自分が『この世に必要のない存在』と思うようになってしまった。

 

 そんな自分が欲しいと言ってくれた。半兵衛は初めて心から自分を必要としてくれている存在に出会ったのだ。

 

 

「義和さんは……私が困ったら助けてくれますか?」

 

「ええ、もちろん」

 

 

 分かりきった答えだったが、その一言に半兵衛の冷えきった心は溶けた。そして新たに生まれた感情。今まで味わったことがなく、本の中でしか知るしかなかったこの情念に胸の高鳴りを感じていた。

 

 三つ指をつき、深々と頭を下げる半兵衛に守就はさぞ驚いたことだろう。こんなにはっきりと自分を主張する半兵衛は見たことがなかった。

 

 

「……私の負けですね。この竹中半兵衛、不肖の身ながら今より桜場義和さんに仕えさせていただきます」

 

「ほ、本当か!? よっしゃあ! ありがとう半兵衛! やったぜ犬千代!」

 

「……わぁいわぁい」

 

(……ズルい人。そんな笑顔を見せられたら困ります)

 

 

 二人が歓喜に沸く中、半兵衛が熱っぽい視線を向けていることに義和は気づかなかった。

 

 

「───話はまとまったようじゃの」

 

 

 今まで傍観を決めていた守就がようやく口を開く。

 

 

「叔父さま……申し訳ありません」

 

「構わん半兵衛、謝らなくともよい。むしろわっちが謝るべきじゃ。わっちのこれまで所業が、お前は苦しめてしまった」

 

 

 『そんなことありません』と半兵衛を声をあらげる。

 しかし守就は半兵衛の訴えを否定し、ただただ口上し続けた。

 

 

「可愛い娘が立ち上がろうとしているのを止める親がどこにいるという。……桜場殿。どうか、わしも連れていってはくださらぬか」

 

 

 守就はその白髪だらけの頭を深々と下げた。

 その平伏は命乞いや降伏の意味合いではなく、半兵衛の成長を見守りたいという完全な親心だった。

 

 

「叔父さま……」

 

「今になって道三様が何故信奈殿についていったかがわかった。道三様は信奈殿に未来を感じ、美濃を託したのだろう。ならば半兵衛よ。桜場殿についていけばお主は夢を見れよう。わっちはそれを見届けたい」

 

「……構いません。家族がついて来てくれるなら半兵衛としても心強いでしょう」

 

 

 断る理由なんてなかった。

 半兵衛が他家に仕えなかったのは育て親が斎藤家に属しているため。その守就までもが仕官を望むとなれば半兵衛も後ろ髪を引かれることなく、織田家についてくれるだろう。

 

 義和の答えに安堵した守就はすくっと立ち上がり、襖に手をかけた。

 

 

「では、わっちは一度家に帰って準備してきます。半兵衛よ、お前の決断は間違っておらぬ。自分を信じるのじゃ」

 

 

 

 

 

 そして帰ってこないまま半日が過ぎてしまった。

 すでに日は沈み、辺りはすっかり暗くなっていた。にも関わらず守就は戻ってこない。

 

 

「叔父様……一体どうしたのでしょう? なにかあったのでしょうか?」

 

「俺の忍びに調べさせてもらってる。もうそろそろ戻ってくる時間か……」

 

 

 その直後、草むらが揺れ五右衛門の顔だけがポンっと現れたせいで隣の半兵衛が『ひぇっ』と悲鳴を上げる。

 五右衛門は焦り気味の顔で守就の所在を報告した。

 

 

「……一大事に御座る。どうやら安藤殿は主君である斎藤義龍にうりゃぎりをかんぱゃされ、ちとじちにしゃれもうした」

 

「……なんだって?」

 

「守就殿は義龍に拉致されたで御座る!」

 

「そ、そんなっ!?」

  

 

 斎藤義龍は六尺五寸の背丈に似合わず、頭は切れる男だった。

 それこそ悪いところだけ似た男と道三が評した通り、他人の心情を読み抜いたりと頭の回転が速く、道三にも引けを取らないぐらいだ。

 

 

「……元々叔父様は道三様びいきでしたので義龍様との折り合いはよろしくありませんでした。それに……私のせいで義龍様に疑心を抱かせてしまったのが原因です……」

 

 

 無益な殺生を嫌う半兵衛では戦でも不殺を誓い、極力兵を傷つけない戦術を敷いていた。しかし義龍は『軍師が敵を滅ぼさぬとは何事か!』と激情し、さらには『敵を滅ぼさないのは敵と内通しているからでは?』という謀反の疑いまでもかけていた。

 

 

「半兵衛は悪くねぇよ。どうやったって人が死ぬのが戦国時代だ。その中で不殺を誓うなんてこと、簡単に出来ることじゃねぇ」

 

 

 気落ちする半兵衛を励ますが、叔父が捕縛されたショックから抜け出すには至らない。

 

 

「それで安藤殿は?」

 

「行方知らずに御座る。川並衆が手分けして捜索中にごじゃるが……」

 

「……うむ」

 

「……これからどうする?」

 

 

 重々しい空気が流れる。守就が捕らえられたとなると次は半兵衛にもその矛先が向けられることは必定だ。ぐずぐずしていると義龍軍がこの座敷にも来るだろう。

 

 そんな中で守就を助けられることが出来るだろうか。無理である。いくら各々が秀でた猛者であろうと多勢に無勢。火を見るより明らかだった。

 

 だからこそ、半兵衛が聞きたくないであろう言葉を告げるしかなかった。

 

 

「……守就のことは川並衆に探させることにする。少なくとも、捕まったということは殺す気は今のところないということだ。ここは一度尾張に戻り、日を改めて奪還しよう」

 

「……はい」

 

 

 一同は馬を歩かせる。夜が明けるうちになんとか美濃の国境を越え、尾張まで帰りたい。すでに国境には義龍の軍勢が配備されているかもしれない。そう考えると、一刻も早く尾張へ帰還しなければならないのだ。

 

 誰にも見られないように人目のつかない道筋を進む。

 竹中半兵衛の再出発の門出は何とも静かで、寂しげなものだった。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十一話 道



お☆ま☆た☆せ


 

 

 

 美濃から清洲に続く薄暗い森の道を一同は往く。

 川並衆が確保した隠れたルートだが、そこは足場が悪くまるで獣道のようだった。

 あと少しで国境というところで、ある人物に道を阻まれる。

 

 

「浅井様……?」

 

 

 そこにいたのは浅井長政だった。しかし何やら様子がおかしい。それに気づいた三人が半兵衛を守るように前に出た。

 

 

「──まさか竹中半兵衛殿がこのような愛らしい女児だったとは、夢にも思わなかったぞ。しかも織田家に仕えようとは……」

 

 

 その言葉を皮切りに長政は鞘に手を添え鯉口を切る。そして滲み出る色濃い殺気。

 

 

「──半兵衛殿、通告いたします。斎藤家、織田家を裏切って我が浅井家に来ていただきたい。断れば……どうなるかは聡明な貴女なら理解しているでしょう」

 

「随分と強引な手口をお好みのようだな、浅井家のご当主様は」

 

 

 長政は何も言わなかった。誰も指図も聞かない、そういった態度だった。聞くとしたらただ一人、それに気づいたのは答えを求められている半兵衛だけだった。

 

 半兵衛は馬を数歩前に進ませる。

 

 

「浅井様。客人でありながら気分を害してしまったことは謝罪いたします。ですが、そのお誘いには乗れません。私はもう決めたんです、『強くなる』と。この人たちと共に私は前に進みたいんです!」

 

 

 半日前に出会った少女とは違い、覚悟と勇気を携えた姫武将がそこにはいた。

 そんな半兵衛に対し、長政は苛立ちを隠さず顔に出し、ゆっくりと近づいてきた。

 

 

「なるほど、それが貴女の答えですか。残念です……なっ!」

 

 

 僅か数歩で眼前まで接近した長政。そのまま柄に手をかけ、半兵衛の白い肌目掛けて刀を抜く。

 

 

「させるかぁ!」

 

「貴様!」

 

 

 間一髪というところで剣を防ぎ、半兵衛達を逃がすために峰で馬の尻を叩いた。

 驚いた馬は高らかに嘶き、勢いよく走り出す。

 

 

「義和さん!?」

 

「俺に構わずに行け! 五右衛門、犬千代。護衛を頼んだぞ!」

 

「御意!」

 

「……任された」

 

 

「逃がすか!」

 

「おっと待ちな。お前の相手は俺だぜ? ちょっと付き合ってけよ」

 

 

 逃げる三人を追おうとする長政の前に立ち塞がり、進路を阻む義和。長政は一時追撃を中断し、眼前の男へと殺意を向けた。

 

 

「……そういえば貴様の名前を聞いていなかったな。若年とはいえ、織田の一家臣だ。多少の価値はあるはず。名乗るがいい。」

 

「桜場義和だ」

 

「私は浅井家当主、浅井長政。桜場義和よ、貴様には清洲城で苦汁を飲まされた。ここで斬らなければ私の矜持が許さぬ……! 覚悟するがいい!」

 

「清洲城……苦汁……? ああ、信奈の婚姻話か? あんなの、お前が勝手に夫気取って勝手に恥かいただけの話だろ」

 

「……っ!」

 

 

 あからさまな挑発なのは分かっていた。だが、長政にはこの怒りを抑えることが出来ない。

 こめかみに筋を走らせ、激しく激昂した表情を作る。そしてその怒りを剣に宿らせ、豪快に振り下ろした。

 

 だが、怒りに任せた剣というものは芯がズレ、力だけで斬るだけの代物。避けることは簡単だった。

 

 

「くそっ!」

 

 

 ならば二撃目をと足踏みし追撃していくが、弾かれ、隙を作ってしまう。

 よろけたところに一撃。回避したが、ポニーテールの先端がバッサリ切られ、風と共に辺りへ散っていく。亡き母に褒められた黒髪を足蹴にされ、長政の頭には血が昇った。

 

 

「おのれぇ……!」

 

「髪なんか気にしてる暇はないぞ!」

 

 

 ヒュンと風を斬る音と共に円を描くように正面からの振り下ろし。

 受け止めたものの力負けしたため受け流す。だが、それさえも読んでいたのか、すぐさま二撃目が来た。

 

 

「──っ!」

 

 

 怒濤の剣戟に対処するだけで精一杯だった。攻撃に転じる隙がなく、長政は次第に後ろへ追い込まれていく。

 

 なんとか場を好転させようと苦し紛れの一撃を放てばひらりとかわされる。乱れた呼吸を整えようにも次の一手が迫り、一息つくことすらままならなかった。

 

 

(な、なんて強さだ……!)

 

 

 額に流れる汗を拭いつつ、長政は目の前に立つ男に注意を向ける。

 一切呼吸は乱さず、剣に迷いはなく、汗一つかかない。かつては剣の神童と呼ばれた男の人生がその立ち振舞いに現れていた。

 

 今まで会ったことのない存在に長政は恐怖する。同時に田舎大名の一家臣に差をつけられていることに屈辱さを感じる。

 そんなことはないと自分を鼓舞し、一撃を与えんと鋭い一刀をお見舞いした。

 

 

「せぃやあぁっ!」

 

「ぬんっ!」

 

 

 闇夜に金属の衝撃音が響く。長政が一閃すれば義和は鎬で受け流し、勢いを殺さないまま振り下ろす。だがそれを見切った長政は義和の右胸目掛けて鋭い突きを放った。

 

 

「──っ!」

 

 

 避けられた。やはり一筋縄ではいかないようだ。

 間違いなく剣の腕は向こうに軍配が上がる。長引けば長引くほど体力のある義和が有利になるだろう。それを恐れた長政は早急に仕留めようとあることを決断した。

 

 

「卑怯だとは思うな!」

 

 

 剣が激突し鍔迫り合いで二人の体が密着すると同時に腸を抉らんと腰の短刀を抜いた。腰元が死角と化してる今この状況では避けることは出来ないはず。そう確信し、彼の腹へと切っ先を向けた。

 

 

「なっ!?」

 

 

 血しぶき。だが腹から流れたものではない。

 彼が短刀を素手で掴み飛び散ったものだ。抜こうにもがっちり握られ、微動だにしない。

 

 まさか掴んでくるとは思わず初動が遅れてしまったことで右脇腹へ肘打ちを食らってしまう。視界がブラックアウトしかけるが、舌を噛むことで意識を保つ。

 気絶から逃れたところまではよかったが、後ろに下がったのが悪かった。数日前の豪雨で地盤が緩んでおり、そこへ二人分の体重が加わったことで足場が崩れたのだ。

 

 二人まとめて抱き合うように急な崖を転がり、落ちていった先は小さな河川。その浅瀬に二人は着水し、その衝撃で刀が吹き飛ぶ。

 

 先に立ち上がったのは長政だった。まだ起き上がらない義和を仕留めんと腰に手を伸ばすが───。

 

 

「しまった……! 剣が……!」

 

 

 柄が触れることはなかった。街道で短刀も使い捨ててしまい、今の長政はまさしく丸腰状態。だが義和は違う。大刀は失ったが、まだ短刀を持っている。そして有無を言わさず長政に飛びかかる。

 

 

「くそっ……!」

 

 

 足で両腕を封じ込み、起き上がれないように胸を手で押さえ込んだままで刃を首に沿える。動けば斬る。分かりやすい意思表明に長政は微動だに出来なかった。

 

 

「俺の勝ちだな」

 

「くっ……!」

 

 

───モミ

 

 

「ん?」

 

 

 

 押さえつけている手のひらに触れる柔らかいモノ。なんだろうか、つい最近触ったことのある感触だ。たしか義元との閨の時で───。

 

 

モミモミ

 

「………」

 

モミモミモミ

 

「………」

 

モミモミモミモミ───

 

「な、なっ、なあ……!」

 

「……これっておっぱ……ぶっ!?」

 

「何をするんだ貴様ぁ!!??」

 

 

 拘束されていない右足が背に直撃。不意をつかれたせいで義和は前方へと転がり、長政の伽を解いてしまった。

 

 頬を赤らめ、恥ずかしげに体をくねらせて隠す長政。それはまるで女性のような・・・・・・───

 

 

「お前、女か……!」

 

「くっ……!」

 

 

◇◇◇

 

 

 

 浅井長政は女でした。

 

 その事実に拍子抜けしてしまい、戦意など消え失せてしまった。長政も胸を揉まれた羞恥心で斬り合いどころの騒ぎではない。過程はどうあれ、結果的に休戦成立といったところだ。

 

 

「………」

 

「………」

 

 

 二人は濡れた身体を乾かすために川岸で火を炊き、暖をとっていた。

 だが、二人の間に会話はない。お互い何を話していいのかわからず無言のままただ閑散とした空気だけが漂っていた。

 

 静寂した空気に耐えかねた義和がようやく口を開いた。

 

 

「……あー、その、なんだ。揉んで悪かったな。すまん」

 

「……い、いや、私も隠していたんだ。非はこっちにもある」

 

 

 先ほどの死闘が嘘のように二人は向き合って謝罪する。

 燃え尽きようとしている火に新たな木々を放り込みながら義和は厳つい顔で詰問した。

 

 

「……つーかなんでこんなことしたんだ?」

 

「……我が浅井家の重臣は誰も彼もが祖父、または父に従えていた老臣ばかりでな。──はっきり言ってしまえば考えが古いのだ。父祖伝来の土地と守ることが絶対だと信じてる者が多い。……身内とはいえ、なんとも浅はかな考えだ。

 

 ──私はこの乱世の世を終わらせたい。そのために……同じ考えを持つ信奈殿と同盟を結び、戦力強化のために新しい家臣には半兵衛殿をと思ったんだが……どちらとも相手にはされなかったな」

 

 

 自虐的に苦笑する長政の目に映ったのは短刀で切られた義和の左手の傷。

 血で真っ赤に染まり、肘に向かって滴る血が痛々しく感じられた。そうだ、あの傷を負わせたのは自分。しかも、武士にあるまじき不意討ち。今思い返せば、何てことをしたんだと顔が青くなった。

 

 

「……その手の傷、すまなかった……」

 

「これか? 別に気にしちゃいねぇよ。胸揉ませてもらったからこれでチャラにいてっ!?」

 

「ええい口にするな! 忘れろ!」

 

 

 二人の間に敵意や殺意などはもはや消え失せていた。昨日の敵は今日の友とでもいうのだろうか。死闘を得て二人の間には絆が芽生えていた。

 だからこそ義和は気兼ねなくこんなことも聞いた。

 

 

「なんで男装なんてしてんだ? この時代、姫武将なんて珍しいもんじゃないだろ」

 

 

 この時代で女で武将というのはさほど珍しくない。

 事実、織田家も五割近くが姫武将で当主の信奈も女性。他国の大名の男女比率がどうなのかは知らないが、女性が皆無ということはあり得ないことだろう。

 すると長政は重々しく語りだした。

 

 

「……私は幼き頃に六角家の人質として観音寺城に住まわされていた。元々浅井家は六角家とは主従の関係。家を存続させるには六角家の人質になるしか他に道はなかったからな。

 

 だが六角家の当主の承禎(じょうてい)は大の女好きとしても知られ、年端もいかない少女を好む傾向があった。

 しかも領民が税を払えなければその家の娘を寄越せとねだるほどの歪んだ好色漢だ。

 

 ──そんな男の元で生活するには性別を偽るしかなかった……。あの日(・・・)から私は女を捨てたのだ。だが、男になってよかったこともある。女子衆から見ればどうやら私は美男子に見えるらしい。ならばとこの美貌を利用して六角家の女供をたらしこんで観音寺城を抜け出し、その後家督を継いだんだ──」

 

 

「……家督を継いだ時に女に戻ろうとは思わないのかよ」

 

「……父が許してくれなかったんだ。『当世流行りの姫大名など認めぬ。どうしても家督を継ぎたければ女を捨て、男として生きよ』と迫られてな。──迷いはなかったよ。むしろ男装した生活のほうが私には合っていたようだ」

 

「……辛かったな」

 

「なに、非情が戦国の常だ。それに全てを手にすることなど出来ない。私は天下統一のため、女を捨てたのだ」

 

 

 決意を固めたような強い口調だったが、その目には悲壮で満ちていた。

 

 

「──で、これからどうするよ」

 

「……頼む! 私が男装していたことはどうか織田家には黙っていてほしい。女であることが他家にバレれば浅井家は終わってしまう。どうか、どうか……!」

 

「……言うつもりはないよ。誰にだって隠したがる秘密があるもんだ」

 

 

 その言葉に長政は胸を撫で下ろす素振りを見せた。単なる口約束だが、この男はどこか信頼出来るという妙な確信が長政にはあった。

 

 

「だが今回のことはいつか償うつもりだ。半兵衛殿にもそう伝えてくれ」

 

「難しいだろうが、一応言っておくさ。あとはお前の態度次第だろうしな」

 

「……そうだな。だが同盟には二心はない。それをこれからの戦いで証明してみせるさ」

 

 

 二人は服が乾ききっているのを確認すると正反対の方向へ別れる。

 燻る煙が登る夜明けをカラスだけが高らかに鳴いていた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「───以上、これが美濃での経緯です」

 

「デアルカ」

 

 

 場所は小牧山山頂の小さな城屋敷。本来この山に家屋の類いはなかったが、現在は信奈が長秀に命じて急遽作らせた簡易的な城塞がある。

 

 義和はそこで美濃での事の顛末を話した。竹中半兵衛という少女のこと、捕らわれた安藤守就のこと、斎藤義龍が挙兵していること、そして浅井長政のことも。

 ただ長政が女であることを義和は話さなかった。プライベートな部分もあるが、死闘を繰り広げて友情か芽生えた相手の弱味を利用するような真似はしたくなかった。

 

 しかしながら全てを黙るわけにはいかず、長政もまた半兵衛と稲葉山城を欲していたことだけは伝えた。

 同盟を持ちかけた相手のまさかの行動に重臣達は頭を抑えた。

 

 

「長政め……! やはり最初から姫様を利用するためだけに近づいたんだな……! ええい! 姫様! 稲葉山城を落としたら近江まで攻めてしまいましょう!」

 

「……犬千代も同意見」

 

 

 しかし、好戦的な勝家と犬千代の案に待ったをかけた者がいた。

 

 

「落ち着いてください二人とも。ここで浅井家と敵対してはこれから手にいれる美濃を手放すのと同義。それに昨年から計画していた上洛にも支障をきたすことになります」

 

「なんだよ万千代! お前は長政が姫様に取られてもいいってのか!?」

 

「……許されざる行為……!」

 

 

 怒りが収まらないのか、二人の耳に長秀の言葉は聞こえてなかった。

 そんな時、今の今まで沈黙を貫いていた道三が初めて口を開いた。

 

 

「──主不可以怒而興師(しゅはいかりをもってしをおこすべからず)将不可以(しょうはいきどおりをもって) 慍而致戦(たたかいをおこすべからず)

 

「し、しゅは……な、なんだって?」

 

「──君主は一時の感情で軍を動かしてならず、将軍は一時の義憤で戦いを始めるべきではないという孫氏の兵法です。まさしく今の我らのための言葉ですね、九十五点」

 

「その通り。長政の行動に問題はあれど、その真意が分からない内に攻め入るのは愚の骨頂。弱小国家である織田家が二面攻略など不可能に近い。ここは様子見が一番ぞ」

 

「だけどな道三! あたしらは──!」

 

「落ち着きなさい二人とも」

 

 

 口論する二人を宥める。主君に言われ、渋々引き下がる二人に信奈は絶えず追い討ちをかける。

 

 

「長政のことは別に気にしてないわ。むしろそれぐらいしてくれないと、同盟相手として不服よ」

 

「姫様!?」

 

「六、今一番片付けなければならないのは美濃よ。長政なんて後でどうとでもなるけど、美濃はそうはいかない。私の野望には美濃は必要不可欠なの」

 

 

 言われ、勝家は下がるしかなかった。

 さて、と身を翻し扇子で美濃一帯の地形が書かれた地図を指す。

 

 

「どうやったら稲葉山城をとれるかしら、各々案を出しなさい」

 

 

 ならば、と勝家が自信満々で立ち上がる。

 

 

「力攻めでいきましょう姫様! 先陣はこの勝家にお任せあれ! 例え、美濃兵全軍で来ようとも我ら柴田軍だけで蹴散らしてやりましょう!」

 

 

 たわわな胸に拳をドンっと打ち付けて、任せろと言わんばかりに鼻を高くする勝家に信奈の血管が切れた。

 

 

「……六、あんた今まで何見聞きしてきたの? 力攻めやっても美濃をとれなかったからこうして軍議してるんでしょう」が! 

 

「ひ、ひぃっ!? すいません姫様ぁ!」

 

「ですが、最悪その手も考えるべきかと。今まで斎藤家には半兵衛殿という存在があったからこそ、防衛出来ていたようなものです。半兵衛殿がいない今、美濃の守備は弱体化したことでしょう。七十点」

 

「それは最終手段よ。というか、半兵衛は何してるのよ。味方になるってんなら挨拶ぐらいしなさいよね」

 

 

 という問いに義和は申し訳なさそうに頭を軽く下げて。

 

 

「半兵衛は五右衛門らと一緒に叔父の捜索中です。唯一の身内ですからそれぐらいは勘弁してやってくれませんか?」

 

「ワシからも頼むぞ信奈ちゃん。守就はワシが美濃にいた頃からの重臣。生きておれば必ず信奈ちゃんの役に立とうぞ」

 

 

 『しょうがないわねぇ……』とイラつきながらも信奈はそれを許した。身内を失うことの辛さは信奈が一番分かっていた。

 

 

「ならあんたが半兵衛の代わりに頑張りなさい。それぐらいのこと、出来て当然よね」

 

「はい、なんなりと」

 

 

 その言葉を聞くや否や、信奈は扇子を地図のある場所を指して一笑する。美濃の西側にある土地、その名は──。

 

 

「──墨俣に城を造りなさい」

 

 

 信奈の提案に家臣団にざわめきが走る。

 

 

「姫様! それは──!」

 

「ええ、無謀なのは分かってるわ。でも、それぐらいしないと稲葉山城は堕ちない。上洛が控えている以上、大軍を率いて総当たりするわけにはいかないのよ。唯一策があるとすれば戦略的要地でもある墨俣に城を築くこと。築ければ東西から稲葉山城を攻めることが出来るわ!」

 

「しかし、墨俣は稲葉山城から目と鼻の先。当然ながら美濃兵が攻めてきます!」

 

「知ってるわよそんなこと。だからこそ短期間かつ少人数で城を作る必要があるの。それが出来る部隊となると──」

 

 

 じろりと瞳を見据えて一笑。

 

 

「カズの部隊は少数ながらも実力のある連中よ。それは桶狭間で実証済み。カズ、あんたの部隊だけで出来るかしら?」

 

「───!」

 

 

 さらにざわめきが走った。

 城の建築にわずか一個隊しか動かさないという事実に家臣団は耳を疑った。

 

 

「姫さま!? 無茶です!」

 

「カズを死にに行かせるようなものです! どうか撤回を!」

 

 

 だが、信奈と義和の二人にはそんな声は聞こえていない。二人だけの世界で入り、お互いを凝視し合っていた。

 

 

「───」

 

「───」

 

 

 不思議なことに、二人の間に会話というものはなかった。

 だが、念話でもしてるかのように二人は見つめ合った。信奈が考えている思惑を義和が汲み取る、そういう会話だった。

 

 

(墨俣に城──墨俣の一夜城か……?)

 

 

 この時の義和の脳裏にはある事が思い浮かんだ。

 豊臣秀吉──当時は木下藤吉郎だった頃、稲葉山城攻めに行き詰まった織田信長が墨俣に城を建てることを提案。その役目を担った藤吉郎はなんと一夜で墨俣に城を建ててしまう。

 

 これにより美濃方に動揺が走り、勝ち目がないと悟った国人達が続々と寝返って斎藤家は敗北した。後の世に『墨俣一夜城』と呼ばれ、藤吉郎の成り上がり人生の起点となる事件である。

 

 

(農民出身の藤吉郎さんがやったんだ。……俺もやるしかねぇよな)

 

 

「わかりました。必ず、墨俣に城を築いてみせましょう!」

 

「──デアルカ。期待してるわよ」

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十二話 墨俣の一夜城


 お久しぶりです。お元気でしたか?

 事故に入院にコロナとありましたが、作者は元気です、





 

 本陣を後にした義和は五右衛門達、川並衆と合流して馬を走らせた。

 小牧山を降りて少し走るだけでそこから先はもう美濃だ。その道中を走りながら義和は五右衛門に声をかけた。

 

 

 

「五右衛門、安藤さんは見つかったか?」

 

「……川並衆の手勢をいくらか裂いて捜索中で御座るが、まだで御座るよ」

 

「……急いでくれ。痺れを切らした義龍に始末されてもおかしくない」

 

「無論、そのつもりで御座るよ」

 

 

 

 国境に差し掛かったところで一人の男が横付けしてきた。

 男の正体は川並衆の副頭領、前野某。筋肉モリモリマッチョマンの変態(ロリコン)だ。

 

 

 

「親分、次の仕事っつーのはなんですかい!」

 

「築城に御座る。場所は美濃の墨俣。数日でたちぇるひつりょうがあるでごしゃるよ」

 

 

 

 普段なら五右衛門が噛んだところで部下達は歓喜に燃えるところだろう。だが、それ以前に墨俣の名前が出たために川並衆からは驚愕の声が生まれた。

 

 

「す、すす墨俣だとぉ!? 墨俣って、美濃にある土地じゃないっすか!?」

 

「お、おお俺らだけで築城ってマジですかい!? ウソだと言ってくだせぇ旦那ぁ!」

 

「し、しかも相手はあの斎藤家。……俺、トンズラしよっかな……」

 

 

 川並衆の反応は当然ともいえる。敵地内で少人数での築城など聞いたことがない。無謀と非難されても仕方ないことだった。

 

 そして不安というものは一気に伝播する。数人から数十人へ、いつしか全員が作戦に対して消極的な態度をとっていた。

 そんな部下達を見て何か思ったのか、五右衛門は皆に聞こえるような淡々とした声で語り始めた。

 

 

「ここから先、()()()の道は棘の道に御座る。それに付き合えない者は……。 

 

 ──今ここで、袂を別つべきで御座るよ」

 

 

 深みのある真紅の瞳に睨まれ、男達は一瞬たじろうがすぐさま躍起になってそれを撤回した。

 こんな少女がやるってのに、自分達が逃げるわけにはいかない。川並衆の心は一つになった。

 

 なるほど、五右衛門が川並衆の頭領を担っているのも頷ける話だ。身体は幼くとも、戦国武将にも劣らない覚悟と器量を持ち合わせていることに義和は改めて感服させられた。

 だが。

 

 

「──本当にいいのか、五右衛門。俺のわがままに付き合ってくれて……。下手すりゃ、お前も死ぬぞ」

 

 

 五右衛門とて馬鹿ではない。これからやろうとしていることは全滅することをも想定しなければならない任務なのだ。

 そうなると最年少の五右衛門だけは逃げ延びてほしいと思うとところがあった。しかし五右衛門は静かに首を降り。

 

 

「蜂須賀五右衛門は死するその時まで義和氏の側にいるで御座るよ」

 

 

 優しげな笑みでそう誓った。

 

 

 

 

 美濃と尾張の国境付近で義和は地図を広げ、手短に作戦を説明した。

 

 

「墨俣に城を築く。言うことは簡単だが、少人数で敵地に城を建てるという行為がどんなに危険なのかは十分理解してるつもりだ。だからここはツーバイフォー工法っていうやり方でいく」

 

「つうばいほう?」

 

「この時代の城普請のやり方は材料を現地に運んでから建てる。だが、ツーバイフォー工法はあらかじめ加工された部品を現地で組み立てるだけという方法だ。これで工期を一気に短縮出来る」

 

「なんと、奇策中の奇策で御座るな」

 

 

 ツーバイフォー工法が日本に伝わったのは明治の頃だ。開拓ラッシュ真っ最中の北海道で本州から来た多くの出稼ぎ労働者を住まうために大いに貢献したという。

 

 だが、神妙な顔つきをした前野が声を上げる。

 

 

「いい作戦とは思うがよ、それだけの重量物をどうやって墨俣まで運ぶんだ? 」

 

「墨俣の側に木曽川が流れてるだろ? そいつに運んでもらう。上流にある森で木を切り出して加工し、木曽川を下って運搬するんだ」

 

 

 義和の提案に川並衆は轟々と非難をぶちまける。

 

 

「無茶だ! 木曽川は名うての急流だぜ!」

 

「そうだそうだ! 命あっての物種だ!」

 

「うにゅう……またもや奇策中の奇策。それならば一夜で築城も夢ではにゃいでごじゃるよ」

 

「まったく旦那のやり方にゃ、畏敬の念を抱くぜ!」

 

「俺たちゃ、アンタに命を預けるぜ!」

 

「……お前らは自分の意見とかないのかよ」

 

 

 そんなこんなで始まった墨俣城普請。

 まずは城の枠組みとなる木材を木曽川の上流にある森林で加工する。そしてその木材を筏に載せ、夜陰に紛れて川を下る。

 さすがは川賊。これだけの重量物を載せた筏を手足の如く操って下っていくではないか。

 

 

「当然で御座る。木下氏の下にいた頃は河川舟運業で食い扶持をつにゃいでいたでごじゃるよ。──義和氏!」

 

 

 急流と呼ばれるだけあって危うく振り落とされそうになったが、五右衛門が落とさないように抱きしめてくれた。

 

 

「すまねぇ、ありがとな五右衛門」

 

「まったく。気をつけるで御座るよ」

 

 

 密着している二人の親密さに嫉妬した川並衆が怨嗟の声を挙げながらも筏は目的地に到着した。各々が建材を手にし墨俣を目指して迅速に動いた。

 

 

「親分! 墨俣ですぜ!」

 

「よし、一気呵成に建てるぞ!」

 

 

 美濃兵に気づかれないように月明かりだけを頼りに、一同は築城を開始した。

 

 周辺に柵を建てて囲いを作り、いつ美濃勢が攻めて来てもいいように周りに注意を払いながら順調に建て始める。予め建材が出来上がってる状態なので驚くほど早いペースで城が出来上がっていく。

 

 しかし順調だったのは最初のほうだけだった。

 東の空が白け始めた。夜明けである。

 

 

 

 

 『墨俣に不穏な動きをした者あり』

 

 その報せが稲葉山城城主、斎藤義龍の元に届けられた。義龍はすぐさま家臣を会集させ、自身も小姓に鎧をつけさせて貰いながら報告してきた物見に詰問する。

 

 

「ぬうぅ! 彼奴らは何者だ!?」

 

「そ、それが、旗印もないため素性はまだ分かっておりませぬ……!」

 

 

 義龍は六尺五寸の大男ながら道三譲りの鋭い頭脳を持った知将だ。

 

 だが、本人は断じて道三の息子ではないと自負してる。彼の母、深芳野はかつて道三が追放した土岐頼芸の妾だったが、道三が譲り受ける形で婚姻した。

 

 しかし義龍が元服した頃、『義龍の実の父親は道三ではなく頼芸ではないか』という噂が立った。

 

 若かった義龍は疑心暗鬼に陥り、その噂を信じてしまった。おまけに道三が美濃の実権を尾張のうつけ姫に譲ると言い出したのだ。

 

 この時芽生えたのは道三は実父を追い出した謀反者という強い憤り。美濃を喰らおうとしている織田信奈への敵愾心。

 そして自分こそが土岐家の正統な跡継ぎであり、本来美濃を預かる国主なのだという絶対的な自負心。

 

 故に何も間違っていない。正しい形に戻すための聖戦なのだ。

 

 

「どこの手の者だ!? 見張りは一体を何をしていたんだ!?」

 

「ええい! さっさと雑兵共を向かわせろ! 族共を根切りにせい!」

 

「待て! まずは斥候の報せを待つべき──」

 

「何を言うか! そんな悠長なことしていられるか!」

 

「落ち着かんか貴様らぁ!!」

 

 

 集められた途端、好き勝手に動く家臣達を義龍は一喝。君主の一声に家臣達は瞬時に口を閉じ、黙って義龍の言葉に耳を傾けた。

 

 

「国の命運を預かる我らが狼狽えてどうする! 奴らがどこの誰であろうとそれを蹴散らし、美濃の国地と民草を守るのが我らの務めではないのか!?」

 

 

 義龍は国主として若々しいが、怜悧な頭に体格が加わって歴戦の猛者の風格が感じられた。道三に負けず劣らずの名君としての片鱗を匂わせていた。

 

 と同時に伝令が奥室に舞い込んできた。

 

 

「申し上げます! 奴ら、墨俣に城を建てている模様です!」

 

「城だと!? 一体何をする気なのだ……? ──まさか」

 

 

 墨俣に城を建てて得する者、そんなもの限られている。

 太刀を手に義龍は場にいる全員に号令をかけた。

 

 

「兵を向かわせろ! 目障りなネズミ共を蹴散らせ!」

 

 

 

 

「親分、敵が来ました!」

 

「ぐっ……、間に合わなかったで御座るか……!」

 

 

 日が完全に顔を出したと同時に東西より美濃勢が怒涛の如く押し寄せてきた。

 自分たちの国土を守るがために『すわ掛かれ』の掛け声で自軍を鼓舞させ、完成間近の砦に矢を放った。

 

 屈強揃いの川並衆でも工務中に攻撃されてはさすがに部が悪い。作業の手を休め、防御に徹する他なかった。

 

 

「前野! お前はこのまま建設してろ! 弓手で応戦しながら昼までには完成させるんだ!」

 

「ああくそっ! 旦那はどうするんです!?」

 

「決まってんだろ──蹴散らしてくるんだよ」

 

 

 この事態に義和が動いた。

 築城には前野らを残し、義和は川並衆の中でも腕自慢の男達、約百名を引き連れて遊撃隊として斎藤軍目掛け出陣した。

 

 

「助太刀するで御座るよ、義和氏!」

 

 

 櫓から飛び降りた五右衛門が忍者刀を片手に敵軍に突っ込んでズバッズバッと敵兵を斬り伏せていく。

 一方、義和隊も負けずと武器を構えて勢いよく美濃軍に突入する。

 

 

「いいか! 殲滅しなくてもいい! 城が出来るまでに時間稼ぎするんだ!」

 

「おうよ! 用はこいつらをぶっ飛ばせばいいんだろ?」

 

「だったら俺らの専売特許だぜぇ! ヒャッハー!!」

 

「親分に続け! 川並衆の名を天下に轟かせるんだ!」

 

 

 数は圧倒的に向こうが上だというのに斎藤軍の足が止まった。当然だ。何せ、こっちは一兵一兵が筋骨隆々とした屈強な男達なのだ。それが軍で来れば数で勝っていようと思わず後込みしてしまうだろう。

 

 そんな斎藤軍を川並衆らは難なく蹴散らした。丸太のような剛腕から放たれた一撃はひょろっとした足軽衆を木の葉のようにぶっ飛ばした。

 

 

「な、なんだこいつら! 強すぎるみゃあ!!」

 

「ひぃー! 勝てっこないぎゃあ!」

 

「ええい負けるな兵共! 侵略者共を返り討ちにするのだ!」

 

 

 後退しつつある味方を叱責しながら前に出てきたのは重装の甲冑に身を包んだ騎馬武者だ。強い猛者というのが肌で感じられた。名のある侍なのだろう。

 

 男は戦闘中の前線部隊を下がらせると後方にいた別部隊へ指示を飛ばした。

 

 

「鉄砲隊、前へ!! 奴等を蜂の巣にしてやれ!」

 

 

 すると敵軍の中から十数人の足軽が前に出てきた。その手には火縄銃が握られており、横列を組むと横の侍大将が掲げた腕を下ろした。 

 

 

「ってぇ──!」

 

 

バンッバンッ、ババンッ!

 

 

 一斉に放たれた銃弾が川並衆を襲った。耳のすぐ横で風切り音が数回した後、撃たれていないか全身を注視。

 無傷なことに安堵すると周囲を見渡して味方の安否をも確認した。

 

 

「──っ、おい大丈夫か!?」

 

「ちっ……、足に当たっちまったぜ……! 面目ねぇ……!」

 

「負傷した奴は下がれ! 自力で立てる奴は戦うんだ!」 

 

「っ!? 槍が来るぞぉー!」

 

 

 負傷兵を下がらせたところですぐさま第二撃が来た。鉄砲隊が横に逸れると同時に後ろから長さ一間半(約270センチメートル)はある槍を持つ槍部隊が横陣を敷いたまま突っ込んできた。

 

 

「距離をとれ! 左右に別れるんだ! ……の筈でいいんだよな、半兵衛」

 

 

 この場にはいない半兵衛にそう問うように言葉を漏らした。

 それは清洲を発つ直前のことだった。

 

 

──

───

 

 

『いいですか? 義和さん。美濃の兵士は槍術の訓練が主ですので槍組の槍ぶすま*1は他国より群を抜きます。正面から戦うのは危険です。ですが、そんな槍ぶすまにも弱点があります』

 

『弱点?』

 

『はい。槍ぶすまは歩兵同士が密着するために急な方向転換がしにくく、特に左から攻撃には弱いのです。振り向こうとすると隣の者に槍の柄が当たってしまうため、振り向くには一度を柄を縦に持ち上げてから振り向かなくてはなりません』

 

『つまり、いざ戦う時は相手の左側から攻撃を仕掛けろってことか?』

 

『仰る通りです。まずは囮を使って気をそらしてください。そうしたら別動隊で左方向から横槍をつくのです。例え一兵踏み入れただけでも槍隊は瓦解するでしょう』

 

 

───

──

 

 

 二手の内の一隊が槍隊と戦う素振りをちらつかせ、気を引いてるところを義和と他数人が大きく迂回して左方向より奇襲をかけた。

 左端の足軽がこちらの存在に気づいたものの、もう遅い。転換するよりも早く義和達は横槍をつく。

 

 

「ひ、左だ! ……う、うわぁぁっ!」

 

 

 側面の足軽の胸に刀を突き立て抜きつけると返す刀を持って別の兵を斬りつけた。

 事が切れるのを確認するとまた別の兵へと勢いを殺すことなく斬撃をお見舞いする。絶えず行われる攻撃に槍隊は跡形もなく瓦解し、少数の群れに飲み込まれていく。

 

 槍隊を壊滅させたところですぐさま足軽衆が向かってきた。二軍は互いに斬り合い、戦術など存在しない乱戦へと移行した。

  

 それでも義和と川並衆は敵を倒していく。だが、一人二人倒してもまた三人四人と兵が投入され、戦況は泥沼と化し、彼らを疲弊させていった。

 

 

「くそっ、また新手だ!」

 

「ちっ……一度砦まで退くぞ! 他の奴等にもそう伝えろ!」

 

「奴等が退いたぞ! そのまま押し潰してやれ!」

 

 

 少なからず善戦はしているが、数の差というものはそう簡単には覆らない。連戦に次ぐ連戦で体力が奪われていき、次第に砦まで追い込まれていった。

 

 

「数が多すぎる……!」

 

 

 それでも押し寄せてくる敵兵を迎え撃ち、数を減らそうと眼前の敵を斬り伏せていく。

 しかし、あまりに目の前の敵に集中しすぎたせいか、伏兵の姿を捉えられなかった。

 

 

「っ!? 義和氏っ!」

 

 

 五右衛門が飛び出したと同時に鳴った発砲音。そして崩れ落ちていく五右衛門の姿。彼女が庇ってくれたと気づいたのは彼女が横たわった後だった。

 

 

「お、おい、五右衛門……?」

 

「うにゅう……ご無事で御座るか…義和氏……」

 

「おい死ぬな五右衛門! なんで……なんで、藤吉郎さんに続いてお前まで失わなくっちゃならねぇんだ……!」

 

「……主のために死するは忍としての誉れ。悔いることなど御座らん……」

 

「誰がそんなこと頼んだ! おい! 目を開けろ五右衛門!」

 

「義和氏、お先に……」

 

 

 返事はなかった。

 事切れた五右衛門の身体を亡骸を抱いて義和は静かに咽び泣く。だが、その目には涙に交じって強い怒気が燃え滾り、鋭い闘志を宿らせていた。

 

 

「……見てろよ、五右衛門。お前の死が無駄じゃなかったことを証明してやる……!」

 

 

 こうなったら五右衛門の弔い合戦だ。

 五右衛門を抱き抱え、拾った槍を携えて数千の美濃勢の中へ単騎突撃をかけようとしたその時だった。

 

 

 

 

 

「竹中半兵衛重虎、推参! 私たちはこれより義和さんに加勢いたします! 各隊、左右へ展開してください!」

 

 

 川並衆から借りた手製を引き連れた半兵衛が白馬上で高らかに宣誓した。

 その横には拉致されていた安藤守就の姿も見え、半兵衛の陣頭指揮の補佐を担い、自らも部隊を率いて戦場に割り込んできた。

 

 そしてその光景は義和だけではなく斎藤軍側からもはっきりと見え、義龍の額に青筋が立つ。

 

 

「おのれっ……! このワシを裏切るというのか、半兵衛っ!!」

 

「殿にはご恩がありますが、──私は義和さんのために知謀と命を捧げることにいたしました! 例え謀反人と蔑まれようとも、後悔はありません!」

 

 

 その覚悟を皮切りに小さい手に握られた采配が振り下ろされる。

 "今孔明"と呼ばれるその敏腕が墨俣で繰り広げられようとしていた。

 

 

*1
槍歩兵が二~三十人で固まって戦うこと。その時並んだ穂先が(ふすま)のように見えたことからこう呼ばれた。




 


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十三話 美濃陥落

 竹中半兵衛、謀反。

 

 この報せが戦場に伝わった瞬間、敵味方入り乱れていた戦場に二つの声が上がった。  

 一つは織田方、川並衆の歓喜の声。もう一方は斎藤軍の動揺の声だった。

 

 斎藤軍の狼狽え振りを見た義和はこの機を逃がすまいと声高々に吠えた。

 

 

「竹中半兵衛は織田家についた! お前ら! 今のうちに押し込むぞ!」

 

「「「うおぉぉぉおっ!!!」」」

 

 

 追い込まれていた川並衆が息を吹き替えし、逆に攻勢に打って出た。

 斎藤軍の大将は『敵方は寡勢だ!打ち崩せ!』と激を飛ばし、なんとか返り討ちにしようと試みるもその直後、斎藤軍にとっての悲報が届いた。

 

 

「子が立ち上がったというのに親が立たずして如何する。この守就の武を見せてやるわい! 者共、かかれぇ──!」

 

「稲葉良道、これより桜場殿にお味方いたす!」

 

「同じく氏家直元も織田方につく!」

 

 

 半兵衛の叔父にして道三の片腕であった安藤守就を筆頭に、斎藤家を支えてきた重臣中の重臣でもある美濃三人衆がこぞって織田側についたことで斎藤軍全体にさらなる動揺が伝播した。

 

 両軍の動向を見ていた半兵衛は今こそ畳み込む時だと悟り、叔父に進言する。

 

 

「義和さんが前に出ました! 叔父様は義和さんの援護をお願いします!」

 

「構わぬが、半兵衛よ。お主はどうする気じゃ!」

 

「あの墨俣の城を軸に八卦の陣を展開します! 皆さん、お願いいたします!」

 

 

 五芒星の描かれた札を十数枚を懐から取り出し、宙に放り投げれば式神達が現れた。

 天性の才とも呼べる半兵衛の陰陽術によって顕現した十四天将達はどれもこれも異形の姿をしており、各々が腕のある式神だ。それこそ、足軽程度では刃が立たないほどの強さを持っている。

 

 そんな百鬼夜行を止められる軍勢など斎藤軍の中には存在しなかった。

 

 

「ひぃ~! もののけじゃあ~!」

 

「半兵衛が裏切った~! わしらの負けじゃあ~!」

 

 

 この世のものとは思えない存在の奇襲に思わずチビってしまい、無様に逃げていく者さえいた。

 

 そんな一連の流れを見ていた義龍は顔をタコのように真っ赤にさせて指揮棒をへし折った。

 

 

「揃いも揃ってワシを裏切るというのか、貴様らぁッ!! 許せん! 生け捕りにして死よりも恐ろしい苦しみを与えてから殺してやろうぞ!!

 

 者共! 返り討ちにせい!」

 

「「「おおっ──!」」」

 

 

 斎藤軍が息を吹きかえす。

 戦況はじわじわと押され始めていた。

 美濃三人衆が寝返っても元々兵力が少なかったので大した逆転にはならなかったのだ。それに伴い斎藤軍はゆっくりとだが、前進してくる。やがて墨俣城の城門に到達すると思われたその時だった。

 

 

 

「墨俣城の完成まであと少しよ! みんな、美濃勢を追い払いなさい!」

 

 

 南蛮風甲冑に身を包んだ信奈を筆頭に織田本軍が後方より現れたではないか。

 信奈が刀を天に突き上げると各々が織田木瓜の旗印を掲げ、『織田軍ここにあり』と言わしめるかのように彼らは時の声を上げて斎藤軍へと雪崩れ込んだ。

 

 

「信奈様……? どうしてここに?」

 

「どうしたもこうしたもないわ。カズ、あんたが墨俣に居座ったお陰で義龍は城を後にして前に出てきた。これを逃すほど私はうつけではないわ。それにしてもよく墨俣に城を建てたわね。立派な城よ」

 

「稲葉山城と比べりゃあ貧相な城ですがね」

 

「何言ってるの。一夜で建てたとはいえ、立派な城じゃない。防御拠点としては十分役に立つわ。名前をつけなきゃ駄目ね。……うん、一夜城なんかはどうかしら?」

 

「いい名前じゃないですか。気に入りましたよ」

 

 

 ここで信奈は義和が抱えていた五右衛門の亡骸に目を向けた。

 

 

「その乱波……。五右衛門には悪いことしたわね……。せめて、墓は立派なものに……」

 

 

 信奈が五右衛門の頬に手を添え愛おしく撫でたその瞬間。

 二度と開く筈がない五右衛門の瞳が開いた。

 

 

「……うにゅう? 拙者は確か義和氏を庇って──。むっ、信奈様?」

 

「ご、五右衛門ッ!?」

 

「死んだんじゃなかったの!?」

 

「失敬で御座るな。忍びたる者、常在戦場を心掛けりゅものでごじゃるよ」

 

 

 上着を少しだけ捲って見せてきたのは楔帷子だった。

 

 

「これを着ていたのをすっかり忘れていたで御座るよ。運良く防いでくれまちたか」

 

「……」

 

「ふふっ、びっくりしたで御座るか?」

 

「……五右衛門ンっ!!」

 

「わわっ、離すで御座る!?」

 

 

 義和は五右衛門を抱き締めた。それを見ていた川並衆が『親分に抱きつくンじゃねぇ! 羨まし過ぎるだろうが!』と怒る(尚、二人が身体を重ねたことは知らない)。

 

 

「生きてたのかよお前ェ! そうならそうと早く言えよなあこのヤロォ!」

 

「うぷっ! こんなところで抱きつかないでほしいで御座る!」

 

「五右衛門~!」

 

「ぶっ! 義和氏、汗臭いで御座る!」

 

「こらカズ! まだ戦の最中よ! 盛るのは後にしなさい!」

 

 

 胸板に五右衛門を押し付ける義和に信奈は一喝した。

 義和もそうだったなと現状を理解し、五右衛門を離した。するとお返しに蹴りが飛んできた。

 

 そんな二人の馴れ合いにクスッと笑うと今度は稲葉山城を見据えて気持ちを切り替えた。

 

 

「さあみんな! 稲葉山城が見えたわよ! あの城を落とした者には報酬をくれてやるわ!」

 

 

 現金なやり方だが織田軍のテンションは最高潮になった。

 

 

 

 

 一方、斎藤軍の本陣はエライことになっていた。

 使い番がやって来ては報告し、やって来ては報告の繰り返しに本陣はてんてこ舞いになっていた。

 

  

「ほ、報告いたします! 長井隊が奇襲を受け壊滅!」 

 

「さ、左翼側が柴田隊に破られました! これ以上は抑えきれません!」

 

「殿、これ以上は危険! 稲葉山城までお逃げくだされ!」

 

 

 立て続けにやって来る使番に家臣一同は対処しきれなくなり、思考を放棄してしまっていた。それは諦めと言ってもいい。ただ呆然と敵が来るのを待っているだけの脱け殻のようになってしまったのだ。

 そんな中、一人だけ屈していない男がいた。

 

 

「皆の衆、刀を持て! 我らの土地は我らで守るのが道理! ここであのうつけ姫の首を落とし、皆で笑って帰ろうぞ!」

 

 

 義龍はまだ諦めていなかった。

 ようやく国主になれたのだ。それをみすみす手放すような真似をするはずがない。むしろ、信奈が前に出てきたことで千載一遇のチャンスが舞い込んできたことに着眼し、家臣達に活をいれるほどだった。

 

 全員の心が一つになり戦いはこれからだ!と言う時、予想だにしなかった報告が舞い込んだ。

 

 

「き、北より敵襲! 旗印は三盛亀甲! 北近江の浅井家です!」

 

「なん、だと……ッ!!」

 

 

 

 

「『共に天下を』と宣言しておきながらこの体たらく。それこそ浅井家の恥さらしよ…….」

 

 

 墨俣が一望出来る山に陣取った浅井軍の先頭に立つのは当主長政。

 彼──否、彼女は腰の太刀を抜くと手綱を握り直した。

 

 

「私が残した汚名は私自身でけりをつける! 者共! 織田家に遅れをとるな! 我が浅井家の力を見せてやれ! ゆくぞ──!」

 

「「「おお──っ!!」」」

 

 

 兵は少数なれど、連戦に次ぐ連戦で疲弊した斎藤軍を相手取るには十分な兵力だった。

 天高く昇った三盛亀甲の旗印の群れが乱戦中の斎藤軍の背を奇襲した。

 

 

 もはや雌雄は決した。

 

 

「と、殿……」

 

「これまでか……! 一夜で国が落ちようとは……!」

 

 

 太刀を落とし、膝をついた義龍はただただ戦場が織田・浅井軍の雄叫びで染まっていくところを眺めることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 そこからの戦いは一方的なものとなった。

 南から織田軍、北からは浅井軍に攻められた斎藤軍はあっという間に瓦解していった。

 勝てぬと悟った義龍含む重臣達は降伏。稲葉山城に立て籠っていた残党も義龍捕縛の報せを聞き、これ以上の戦いは無意味なのを悟り降伏した。

 

 戦いの後は勝軍により乱妨取り*1が行われることが屡々あるが、兵に秩序を求める信奈、長政両名の厳命により、このような乱行が起きることはなかった。

 

 さらには美濃でも有数の国人である美濃三人衆がすぐさま戦後処理に移ったことで美濃国内でも混乱は最小限に留まった。むしろ、井ノ口の民は信奈の美貌に見とれ、大通りには野次馬で埋まるほどだった。

 

 こうして新しく生まれ変わった美濃は夜を迎えた──。

 

 

 

 

 

 稲葉山城に入城した義和は広間を目指していた。

 その隣には最初に会った時に半兵衛を名乗っていた優男──"前鬼"を引き連れて。

 

 

「……お前が目通りするのかよ」

 

「おうよ。我が主は大の人見知り。荒くれ武者どもの巣窟に飛び込むのは愚策というものよ」

 

「いや、お前が半兵衛ではないことは信奈は知ってるんだが」

 

 

 何せ、小牧山で竹中半兵衛が女性であることを報告してしまっていたのだ。いくら前鬼が中性的な顔つきをしているとはいえ、その背格好は男そのもの。男装していると繕っても苦しい言い訳にしかならないだろう。

 

 

「だからこそだ。本人ではなく偽物が目通りしたとき、織田の姫がどうするかを探るのが俺が役目。バレるのは折り込み済みよ」

 

「……まあ、気を付けてな」

 

 

 広間に入るとそこには織田の重臣達が勢揃いしている。

 一同の好奇心に満ちた視線を意も介さず前鬼は信奈の前に腰かけると頭を垂れた。

 

 

「竹中半兵衛重虎に御座りまする。此度は織田信奈様にお目通りしていただき、恐悦至極」

 

「あっそう。で、仕官の条件は?」

 

「桜場殿の人柄に感銘を受けた故、桜場義和殿の与力として我が人生を捧げる所存」

 

 

 前鬼の宣誓に場はおぉ!と声が上がった。()の竹中半兵衛にここまで言わせるとはと家臣達は義和を褒め称えた。

 

 それに対して信奈は何故か種子島を手にし前鬼目掛けて撃った。前鬼は『こーん』と鳴いて煙となって消えてしまった。

 

 

「「「ええ──!?」」」

 

「姫様! 何を!?」

 

「うっさいわね。そもそも今のやつは半兵衛じゃないでしょ? というか、人間でもなかったわね。陰陽道だか何だか知らないけど、私はそんなものに興味はないのよ! 本物を連れてきなさい!」

 

「姫様! こんなところに子供が!」

 

「い、いじめないで……くださいぃぃ……!」

 

 

 種子島を乱射しかねない空気になった信奈の元に涙目の半兵衛が勝家に首根っこを掴まれて義和に隣に駆り出された。

 

 義和が半兵衛の名を呟けば重臣達にどよめきが走った。

 

 

「半兵衛だと!?」

 

「この子がですか……? 驚きました、八十点」

 

「ふむ……かような年頃で兵法を熟知してるとは、うちの長可に見習せたいものですな」

 

 

 三者三様の反応に加えて、最も驚いたのは道三だろう。事実、半兵衛を召し使えていたのは道三自身だ。だというのに、今まで顔を会わせていたあの優男は実は式神で、本物はこの幼女というオチなのだ。

 人生六十年近く生きてきてこれほど愉快で面白い計略があっただろうか。

 

 

「かかっ! この道三を謀るとは──見事じゃ! 一本取られたのう!」

 

「笑い事じゃないわよ蝮。これがあの半兵衛? 私、こんな子栗鼠(リス)みたいな子供に負けたのね……」

 

 

 種子島を小姓に放り投げると信奈は座り直し、脇息(肘掛け)に頬杖をついた。

 

 

「それで? さっきの男があんたの影武者ということなら、私じゃなくてカズに仕えたいということなのね?」

 

「は、はいぃ…! 織田家の人達はみんな恐いです……! 怒ったら何されるか……! ぶるぶる……!」

 

「恐い……」

 

「……私、恐い顔してますか?」

 

「い、いやあ、どうだろうなあ……(万千代は怒ると結構怖いんだよなあ……)」

 

「勝家殿?」

 

「な、何だ!? 別に万千代は怖くないぞうん!」

 

 

 涙を浮かべてる幼女を数人がかりで囲ってるところを端から見ればいじめてるようにしか見えないだろう。各々罪悪感が沸いたところで信奈がため息を吐いた。

 

 

「要はいじめられっ子ってことかしら。影武者を使うわけね。それでだけど、もしもカズのところじゃなくて、私の下で仕えるとなったらどうする?」

 

「よ、義和さんと一緒じゃなきゃ、私は隠遁します! 義和さんのところじゃないと、ダメです……!」

 

「こら、半兵衛! 姫様に対して口答えとは──」

 

「別に気にしてはないわ。それにそっちのほうが半兵衛の力を発揮出来そうだしね」

 

 

 勝家を宥めると信奈は扇子を勢いよく閉じる。これは信奈の中で答えが決まったことを意味していた。

 

 

「いい? 半兵衛、あんたは義和を支えなさい! そして義和は私を支えること! わかったかしら?」

 

「は、はい!」

 

 

 その命令に半兵衛は力強く頷いた。

 

 

 

 

 

 

 半兵衛の仕官からまもなく経った頃、行われるのは本格的な評定だった。

 先ほどとは打って変わって場の空気が重々しくなり、皆の顔つきが凛々しくなる。それもそのはず。最初の議題は斎藤義龍の始末なのだ。

 

 兵に連れられて現れた義龍は白装束──即ち死装束に身を包んでいた。これが意味するのは『煮るなり焼くなり好きにしろ』という覚悟の表れだった。

 

 そんな義龍に信奈は詰問する。

 

 

「で、申し開きとかあるかしら?」

 

「──わしはそなたに敗れた。家臣領民の命を助けてもらえるのなら何も言うことはない」

 

「あらそう? 出家して武士から足を洗うってんなら命だけは助けてやってもいいわよ?」

 

「そんなみっともない真似が出来るか」

 

 

 ここで義龍は半兵衛を見た。

 

 

「半兵衛は織田についたか……」

 

 

 義龍の言葉に思うところがあるのか半兵衛は『すいませんすいません!』と頭を下げた。

 しかし義龍は謝罪など興味ないと向き直る。

 

 

「構わぬ。結局のところ、臥竜を手懐けられなかったわしの失態。今さら半兵衛を責めたところで勝敗が覆るわけではなかろう。それに、わしにも土岐家嫡流として意地がある。かくなる上は潔く腹を切るだけだ」

 

 

 国主として堂々とした姿に家臣一同は感嘆の声を上げた。

 全ての責任を被り、自分一人の命で美濃を生かそうとするその行動に敵ながら天晴れと褒め称えたいほどだった。

 

 

「それで──信奈様はどうなさるおつもりで?」

 

 

 長政の問いに、信奈は部屋の隅っこに着座している道三に声をかけた。

 

 

「蝮は何か意見することある? 隠居の身とはいえ、そいつはあんたの息子でしょう? 言いたいことがあるなら今すぐ言いなさい」

 

「──そいつは顔に似合わず知恵者。放逐すれば後々、復讐に駆られ、いずれ天下取りの障害となるだろう」

 

 

 道三は扇子を閉じたり開いたりしながら重々しく口を開いた。

 

 

「……義龍よ。お主には知恵があるが、土岐家の嫡流という血筋と気位の高さが災いし、此度の結末となったのじゃ。かつて栄華を誇っていた蘇我氏や平家、源氏が滅んだように、古きものは滅びるのが運命(ざため)。時代は変わり移り行くものなのだ」

 

「十分承知してる。だが、わしにも道三の跡取りとしての誇りがあった。そしてわしの敗因はそれを捨てられなかったこと。古いものを捨てることは己を否定することに繋がると考えていたからだ。だからこそ、新しいものである信奈殿に負けたのだ」

 

「いや、正徳寺での会見にお主を呼ばなかったのがいけなかった。明かさぬというのは後ろめたいこと。わしの不覚悟こそ、最大の過ちだった」

 

「──これまで世話になったな、親父殿」

 

「わしもいずれそっちに行く。地獄で親子水入らず話し合うのもよかろう。……我が息子を斬ってくれ、信奈殿」

 

 

 呻く道三と頭を垂れて首を差し出す義龍。親子の確執が幾許か氷解した瞬間だった。

 だが、信奈はそんな語り合いなどどうでもよかった。

 

 

「──義龍は斬らないわ」

 

 

「な、何を抜かすか! 信奈殿! 今こやつを斬らねばいずれ勢力を整え、信奈を喰らおうとするぞ!」

 

「蝮は買いかぶりすぎよ。義龍はもう戦えない。もはや私の敵じゃないわ」

 

「甘い! 甘いぞ! わしに遠慮してるというなら余計なお世話というもの! よいか信奈殿! 天下取りのためなら時には非情も必携! そなたもいつかは非情な決断をしなければならぬ時が来る!」

 

「黙りなさい蝮! 義龍の処罰を決めるのはこの私! あんたは隠居の身でしょうが!」

 

「そうじゃが…….、ならぬ! ならぬぞ! 奴の目を見よ! まるで屈服しておらん! 虎視眈々とそなたを狙う目をしておる!」

 

「あーはいはい。わかったからさっさと放逐しちゃって」

 

 

 兵が拘束していた縄を解くと義龍は『親父殿の言う通りだ。いずれ後悔するぞ……』と礼を言うことなく姿を消した。

 なんとも後味の悪い空気だけが残る。最初に口を開いたのは長秀だ。

 

 

「……本当にこれで良かったのでしょうか?」

 

「いいのよ。美濃を手に入れてせっかくいい気分な時に血なんて見たくないわ。ほら、さっさと祝賀会やるわよ。お酒持ってきなさーい!」

 

 

 信奈の強引な切り替えによって評定はお開きとなった。

 

 

 

 

 

 先ほどの重苦しい評定から解放されたこともあってか、宴会は大盛況である。

 稲葉山城を大きく開放し、織田・浅井両軍入り交じっての飲めや食えやの大宴会が行われていた。

 

 皆が飲食に固執してる中、信奈は筆を取り何かを紙にしたためていた。

 

 

「よーし、決まったわ! 今日からこの町は『岐阜』よ! 美濃の国、岐阜の城、岐阜の町! 城と町の改名をするお触書を明朝に出しましょう!」

 

 

 半紙にデカデカと綴られたのは『岐阜』の文字。言わずもがな、後に岐阜県と名を変える岐阜の町の誕生の瞬間である。

 

 

「『周の文王、岐山より起こり、天下を定む』という明の故事ですか。他にも孔子が生まれた"曲阜"という地名も含まれていますね。傑作です、九十五点」

 

「そうよ。武と政の中心がこの岐阜! ここが私の天下布武の始まりの土地なの!」

 

 

 乱れた天下を武力によって統一する。

 悲願の美濃を手中に納めた信奈に堂々たる天下取り宣言だった。

 

 

「──信奈殿」

 

「なによ長政。今いいところなのに」

 

「婚姻の件なのですが──」

 

 

 長政の言葉を聞いた途端、重臣達の額に冷や汗が滲んだ。また何かあるのかと身構えた者もいた。

 だが。

 

 

「あれはなかったことにしていただきたい」

 

 

 長政の口から放たれたのは意外な言葉だった。

 

 

「え、いいの?」

 

「はい。今回の件は恥ずかしながら私の強欲さが出ていました。その反省として婚姻の話は白紙にしていただきたいのです」

 

「そ、そうなの。じゃあ同盟は……」

 

「貴女と共に天下を取る……その約束だけは違えません。どうか同盟だけは結ばせて欲しいのです」

 

「いいわ。それなら上下無しの対等な軍事同盟ってことにしましょう!」

 

「願ったり叶ったりです」

 

 

 二人は盃を交わし、同盟締結を誓った。それを見ていた両家家臣団からは万歳と拍手の喝采が沸き上がる。

 

 そんな折、義和は縁側で夜の井ノ口町を眺めている道三の背に気づいた。

 

 

「どうしたんだじいさん。飲まないのか?」

 

「飲んどるわい。だがのう……不思議と酒が進まん。好きな酒のはずなんじゃがのう」

 

 

 道三は気が滅入ってるようにも落胆してるようにも見えた。一体何があったのか尋ねるよりも先に答えが浮かび上がった。

 

 

「義龍のことか?」

 

「そうじゃ。あいつは必ず復讐に来る。だというのに信奈殿は奴を斬らなかった。その甘さが命取りになるというのに……」

 

「だがそれが信奈のいいところでもあるだろ? あんたに息子殺しの汚名を被せたくなかったのさ」

 

「何を抜かすか! 天下を取るということはその土地に住む者達を武で抑えつけるということ! どうやっても汚名は浴びなければならぬ! 身内一人斬れぬ奴が天下を取れるものか!」

 

「でも結局は義龍を殺せなかったじゃねぇか。あんた、信奈と会ってから丸くなったよ。以前の蝮の道三なら寝首を掻かれる前に先に殺ってたのにな」

 

 

 正論を言われ、道三は押し黙ってしまう。

 確かに考えてみると何故その手が頭に浮かばなかったのか。何故、家督を信奈に譲ってくれと義龍に頼んだのだろうか。

 正徳寺での会見以来、道三は父性に目覚めていた。それこそ、仏の道三と呼ばれても違和感がないほどに。

 

 

「……信奈ちゃんはわしのことが嫌いなのやもしれん」

 

「嫌い? なんでだよ」

 

「よく考えてみい。わしは悪逆の限りを尽くした蝮ぞ? 嫌って当然だろうに……」

 

 

 義和はため息を吐く。何故信奈が井ノ口の町と稲葉山城の名を改名したのか、道三は分かっていなかったのだ。

 単純に美濃を攻略した記念に名を一新したわけではない。そこには信奈なりの不器用で親思いの考えがあったのだ。

 

 

「なんでこの町を岐阜って名づけたか俺でも分かったぜ? この町と城の新しい名前を声に出して読んでみな」

 

「岐阜の城、岐阜の町……。ぎふのしろ、ぎふのまち……」

 

 

 

──義父の城、義父の町。

 

 

 

 合点がいったのか、道三は目頭を押さえた。

 

 

「……そうか、そういうことか……」

 

「とりあえず飲もうぜ。ほら、美濃と岐阜に乾杯ってな」

 

「……そうじゃのう」

 

 

 空になった盃に酒を酌み直す。

 盃に映る月を肴に二人はそれを飲み干した。

 

 

*1
兵士による人や物の略奪行為。乱取りともいう



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。