英雄伝説 異能の軌跡 (ボルトメン)
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前日譚
転生


前々からやってみたかったクロスオーバーです。
拙い文章ですがそれでも良ければどうぞ。


アストラギウス銀河の星のひとつ、惑星メルキア。

 

その北のとある集落に一人の老人がいた。

 

名をキリコ・キュービィー。

 

かつてこのアストラギウス銀河最大のタブーと言われた男である。

 

今、彼が待ち望んだ瞬間がようやく訪れようとしていた。

 

 

[キリコ side]

 

「これで、やっと死ねる…」

 

俺は思わずそう呟いた。どれほど待ち望んだことだろう。あまりにも長かった。

 

俺の体にはある秘密が隠されている。

 

異能生存体

 

確率250億分の1で誕生する特殊な遺伝子である。

 

平たく言えば、どんな危機的状況でも必ず生き残ってしまうというもので、俺が死ねない理由でもある。

 

コイツを宿しているせいで俺は様々な干渉を受けるハメになった。

 

ギルガメス、バララント、マーティアル教団。

 

果てはアストラギウス銀河を裏で支配していた神《ワイズマン》とその手足たる秘密結社。

 

そして、これらの組織を渡り歩き俺を追っていたロッチナ。

 

しかし、俺に関わった奴らは全て衰退するか破滅するかのどちらかだった。

 

もっとも、俺にとっては遠い過去にしか過ぎないが。

 

ふと、枕元を見ると一人の男が立っていた。

 

この男はかつて、ヌルゲラントで神の子として生まれながらも、神の子を敵視する者たちに命を狙われているところを俺が保護して、ワイズマンから養育を託された赤ん坊が成長した姿であり、名をルーという。

 

当初は呼び捨てだったが後に俺を父と呼び、共に機械いじりの仕事をしていた。

 

ただ、俺に似たのか寡黙な性格になってしまった。

 

それでも、言いたいことは分かるので日常生活には支障はない。

 

ルーは俺の手を握りながら一言、「ありがとう」と言った。俺が何かを言おうとしたとき、ドタドタと何人が入って来た。

 

入って来たのは、かつての仲間であるバニラとココナの子どもたちだった。

 

どうやら俺の死期が迫っていることを知って来てくれたようだ。

 

その内の一人である女性、ステビアが駆け寄って来た。「キリコさん」と耳元で話しかけてきた。

 

……どうやら時間がきたようだ。

 

俺が人間という生物である以上、寿命が存在する。だからこそ、これに賭けていた。

 

やっと死ねる、俺の心は安らいでいた。もうすぐあいつらに会える。ゴウト、バニラ、ココナ。そして、フィアナ。

 

ウドの街で出会った闇の付く武器商人だったゴウトとバニラと戦災孤児のココナ。

 

最初は互いに利用し合うだけだったが、ウドの治安警察との抗争を経て腐れ縁とも言うべき仲間になった。

 

戦うことしか能のなかった兵士である俺が初めて誰かを愛することを教えてくれた女性にして、俺の生きる意味であり、唯一の願い。

 

だが彼女は人間ではなく戦うための完全な兵士《パーフェクト・ソルジャー》だった。

 

その寿命故、彼女と過ごせたのはたった二年しかなかった。

 

だから彼女が死んでしまってからはあまりに空虚だったがそれも今日までだ。

 

因みにもう一人の戦友、ル・シャッコはクエント人たちの指導者になったらしい。

 

だんだん意識が薄れてきた。だが、俺の心に恐怖はない。

 

「これで、やっ…と…死…ね…る…」

 

[キリコ side out]

 

 

PM 14:48 キリコ・キュービィー死去。享年77歳

 

このニュースはたちまちアストラギウス銀河に広まった。

 

ある者は狂喜し、ある者は嘆き、またある者は安堵した。

 

これで、触れ得ざる者の支配は終わったと誰もが思った。

 

だがこれは、新たな物語の始まりに過ぎなかったことには誰一人気づかなかった。

 

 

[キリコ side]

 

暗い…。これが死か…。俺はそう感じていた。

 

……いや待て。なぜ俺は死んだことを認識している?生きてさえいなけれb……。

 

嘘だ。そんなことが起きてたまるか。誰か、誰か嘘だと言ってくれ!!

 

だが、現実は無慈悲だった。それどころか、キリコの体に異変が起きていた。

 

起き上がろうとしても上がらない。

 

足を動かしてもバタバタとしかできない。

 

手を伸ばしても届かない。そのとき俺は気づいた。

 

(俺の手足はこんなに短いはずがない、これではまるで赤ん坊の……赤ん坊?)

 

そう俺の目に映る手足は短く、白く、柔らかいまごうことなき赤ん坊のそれだ。

 

また、叫ぼうとしても言葉がでてこない。

 

俺は赤ん坊の姿になっていたのだ。

 

俺は生まれ変わっていたのだ。前世の記憶を残したまま。

 

(まさか、俺の中の異能が…)

 

俺は何十年かぶりに絶望した。

 

赤ん坊の姿になっていたことではなく、愛する女性の、フィアナの元へといけなくなってしまったことに。

 

俺の中のこの忌まわしい異能の力により俺のたった一つの望みをコナゴナに砕かれたことに。

 

思わず顔を背けたとき、俺の目には見慣れた光景が広がっていた。

 

[キリコ side out]

 




とりあえず今日はここまでにしときます。

ここでいくつか捕捉します。

キリコの死んだ時間は完全にテキトーです。また、享年については原作のキリコの誕生日に由来します。

本作ではゴウト、バニラ、ココナは既に亡くなっている設定です。そのためキリコはフィアナだけでなく彼らの元へ逝こうとしてました。後、シャッコに関してはクエントの長になっています。いずれは何らかの形でキリコに関わってきます(多分)


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幕開け




[キリコ side]

 

そこには俺が見慣れた光景が広がっていた。

 

燕尾服を着た白髪の男が壁にもたれ掛かり、メイドと思わしき数人の女が床に倒れていた。

 

軍服らしきものを纏った男たちが俺を守るように盾のようになっていた。天井の梁に押し潰されている者もいた。

 

皆死んでいた。

 

この時俺は、ある懐かしさを感じていた。

 

むせかえるような血と硝煙と死臭。忌まわしくも懐かしいあの匂い。戦場の匂いだ。

 

どうやら俺は、また地獄に迷い込んだらしい。

 

(生まれ変わっても、俺には地獄(ここ)が一番似合っているというわけか)

 

そのとき、何者がドアを蹴破って来た。

 

俺を守るように死んでいた彼らとは違う軍服を着た男たちが入って来た。

 

その内一人の壮年の隊長らしき男が俺を見つけた。

 

「誰か来てくれ。赤ん坊がいるんだ」

 

「はい、ハッシュ大尉殿。こ、これは…」

 

「きっと、この子を庇ったんだろう。残念だが生存者はこの子だけだ。っと、ライル・フラット少尉、悪いが少しこの子を頼む。少将に報告してくる」

 

「こ、この子を!? じ、自分がでありますか!? 」

 

「何だ、初めてか?」

 

「は、はい」

 

「なら、やってみろ。何事も実践だ」

 

「そ、そうは言ってもですね…」

 

「ゴチャゴチャ言うな。赤ん坊一人あやせないようで誇り高き帝国軍人といえるか?」

 

「り、了解であります」

 

壮年の男は、無茶苦茶な理屈をこねて少尉と呼ばれた若い男に俺を預けてその場を離れた。

 

少尉も釈然としないながらも上官の命令には逆らえないようで、苦笑しながら俺に「悪い人じゃないんだけどなぁ」と話しかけながら大尉の後をついていった。

 

後、何故か腹が立ったので少尉の横っ面をはたいてやった。

 

[キリコ side out]

 

 

[ライル side]

 

俺はエレボニア帝国軍第九機甲師団に所属しているライル・フラット少尉だ。

 

生まれも育ちも帝都ヘイムダルという正真正銘の平民だ。

 

このエレボニア帝国って国は貴族制があって帝国民は平民か貴族かに分かれている。

 

《四大名門》と呼ばれる四人の大貴族を筆頭に俺たち平民には覆しようもない権力を持った貴族たち。

 

事実、俺が今年の春に卒業した《トールズ士官学校》でも貴族のお坊ちゃん、お嬢さんが身分と家柄を鼻にかけて幅を利かせていた。

 

卒業後の配属先は幸か不幸か、あの第九機甲師団だった。

 

悪名高いとかそういうことじゃなく、平民貴族問わずほぼ体育会系で構成されているのがこの師団の特徴で脳筋部隊なんて言われている。

 

おかげで学生時代写真部だった俺は毎日の地獄の訓練と先輩の無茶ぶりに振り回されっぱなしだ。

 

何度心が乾いたことか。果たして慣れる日がくるんだろうか。

 

さて、今回は俺の初仕事だ。

 

最も実戦ではなく人命救助なのだが。いつものように行軍訓練をこなしていると上官のハッシュ大尉が訓練中止を叫んでいる。

 

ただ事ではない様子で整列すると、大尉が声高に、

 

「先ほど、この近くの集落が猟兵団の襲撃にあったという通報がはいった。我々はこれより現場へ急行し、人命の救助ならびに猟兵どもの排除を行う!総員直ちに現場へ向かえ!」

 

と命令した。

 

『イエス・コマンダー!!』

 

俺は同僚たちと共に襲撃現場へと急行した。

 

 

 

襲撃現場へ到着すると、そこには猟兵の姿はなく、住民の死体しかなかった。

 

一足遅かったようだ。

 

初めて見る現場の状況に思わず吐き気を催すとハッシュ大尉にぶん殴られた。

 

「下を向くな! 貴様も軍人なら前を向け!目を背けるな!我らの両肩には帝国の平和がかかっていることを忘れるな!」

 

「イ、イエス・サー…」

 

フラフラになりながら立ち上がる。そして前を向く。

 

二度とこんな光景は見たくないと思った。そのために俺はもっと強くなることを誓った。

 

俺、ライル・フラットが本当の意味で軍人になった瞬間だった。

 

 

 

焼け跡をさらっていると、ハッシュ大尉が呼んでいた。

 

行ってみるとそこには大尉と青い髪の赤ん坊がいた。

 

印象に残るような珍しい髪の色だと思った。

 

大尉によると赤ん坊の眠っていたベビーベッドを避けるように天井の梁が落ちていたそうだ。

 

その周りには赤ん坊を護るように軍服を着た者がいることからこの赤ん坊は貴族なのだろう。

 

唯一の生存者である赤ん坊をあやすように言われたのだが、いきなり横っ面をはたかれた。地味に落ち込んだ。

 

これが俺と赤ん坊、キリコ・キュービィーとの最初の出会いであり、長い付き合いになるとは俺でさえ思わなかった。

 

とりあえずこの子をどこか安全な場所に連れて行かねばならない。

 

(やはりあそこしかないな)

 

俺はハッシュ大尉に相談することにした。

 

[ライル side out]

 

 

 

[???? side]

 

「フゥー、勝手なことしないように言い聞かせたのになぁ」

 

「やっぱり、既存の猟兵団じゃなく僕の手持ちの猟兵団を作ってみようかな。うん、それがいい。まず名前を決めないと」

 

「僕の異名は《道化師》なんだけど…道化師…ジェスター…」

 

「うん、決めた。《ジェスター猟兵団》にしよう」

 

「あの子、偶然助かったみたいだし、正直奇跡だけど…本当に偶然なのかな?」

 

[???? side out]

 



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調査

[キリコ side]

 

あれから10数年が経った。

 

俺はあの後、帝都近郊のパルミス孤児院に入れられた。

 

後で知ったことだが、俺はどうやら貴族の子として生まれたらしい。

 

もっとも両親は既に死亡しているし、何より俺自身がどうでもいいと思っているので何の問題もない。

 

ある程度読み書きができるようになった頃、俺はこの世界について調べることにした。

 

まず、俺が今いる所はゼムリア大陸西方エレボニア帝国という。

 

西ゼムリアとも呼ばれるこの地域で最大の領土を誇り、北のノーザンブリア、南のリベール、東のカルバードに挟まれており、カルバードとクロスベル自治州の領有権を争っている。

 

エレボニアは帝政・貴族制を敷いており、帝都ヘイムダルはともかく地方に行けば四大名門と呼ばれる大貴族が幅を利かせており、その家の私兵ともいえる領邦軍を所有している。

 

一方の平民はどうかというと、軍部の平民出身の将校の活躍も目覚ましく、また近年では平民出身の宰相であり《鉄血宰相》の異名で知られるギリアス・オズボーンや、初の平民出身の帝都行政長官カール・レーグニッツ帝都知事を旗頭とする新興勢力の《革新派》が旧勢力の《貴族派》を上回りかねないほどとなっている。

 

 

 

次に、軍や兵器についてだが、まずATがないだけ向こうよりはるかにマシだろう。こちらでは戦車や飛行戦艦が主流だという。

 

だが俺が驚いたのは、《導力》と呼ばれる機関だった。

 

なんでも50年ほど前にエプスタイン博士なる人物が発明したもので、今では大陸中に広まっている。

 

戦車や戦艦だけでなく、あらゆる製品が導力仕掛けになっている。

 

逆に火薬式の武器はあることはあるが、時代遅れとなっているらしい。

 

神や宗教というものを信じない俺にとってかなりどうでもいいことだが、ゼムリア大陸では《七耀教会》とやらが崇める空の女神(エイドス)が信仰されている。

 

彼らによると、空の上にはエイドスが住んでいるので人間は近づくことも行くことも許されないらしい。

 

あまりにばかばかしい。

 

空の上は神が住む天国など存在しない。

 

あるのは、暗く冷たい闇が果てしなく広がる、地獄であることは十分に知っているというのに。

 

 

 

最後に俺自身に眠る異能について調べることにした。

 

結論から言ってしまえば、存在した。それどころかアストラギウスの頃よりも強まっている。

 

以前、帝都に買い出しに連れて行ってもらったとき、猛スピードを出していた導力車にはねられたことがある。

 

まともに当たったように見えたが、はねられた際の角度などの様々な条件から俺自身はほとんど無傷で死ななかった。医師によるとこれは、まぎれもなく奇跡だという。

 

周りが喜ぶなか、俺は愕然とした。

 

異能は滅んでなどいない。

 

コイツがある限り、俺はフィアナの元へは行けないことがわかってしまった。

 

更なる調査を進めたいが、シスターから外出禁止を言い渡されてしまった。

 

 

 

孤児院に入れられてから俺は14歳になろうとしていた。

 

ある日、俺を引き取りたいという老夫婦がやって来た。

 

なんでもこの夫婦は長年子どもを望んでいたが、遂に授からなかったそうだ。

 

だが、なぜ俺なのだろう。

 

この孤児院には俺よりも聞き分けのいい子どもがいるというのに。

 

何気なく聞いてみると、「きみが一番さびしい目をしていたから」だそうだ。

 

その後、二人に抱きしめられた俺の胸にはあたたかいもので満たされていた。

 

その後、シスターと話し合って俺は老夫婦の養子になることになった。

 

ちなみに、この老夫婦はキュービィー夫妻というらしい。

 

おかしなことだが、俺はこのとき初めて自身の本名であるキリコ・キュービィーを名乗ることになった。

 

だが、俺はこの時に大事なことを見落としていた。

 

幸福という名の猛毒に酔って、頭の中から忘れていた。

 

俺の中に眠る、忌まわしい力。どんな状況からでも俺を生かそうとする力。

 

 

 

異能生存体を。

 

 

 

この数年後、とある事件が起きた。

 

その事件は俺を再び、地獄の底へと叩き落としたのだ。




前日譚はこれで終わりです。


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序章 内戦篇
パンツァー・ゾルダ


序章に入ります。

かなりグロテスクな描写があります。耐性のない方はお気をつけて




[キリコ side]

 

キュービィー夫妻に引き取られてから2年が過ぎた。

 

二人は俺に惜しみ無い愛情を注いでくれた。

 

日曜学校は勿論だが、17歳になったら帝国有数の名門校であるトールズ士官学院へ行かせてくれることも約束した。

 

この2年間は俺にとって間違いなく幸福だった。体に宿る異能生存体すらも忘れてしまうほどに。

 

だがそれは、俺にとって最大の過ちだった。

 

ソイツは影の如く俺と共にいたのだ。

 

毒蛇が獲物に静かに這いよるように、俺を再び地獄の底へと叩き落とす用意は出来上がっていたのだ。

 

 

 

七耀暦 1204年 10月30日

 

鉄血宰相、ギリアス・オズボーン暗殺のニュースと共に内戦が始まった。

 

帝国正規軍と貴族連合軍との内戦勃発から1週間。

 

キュービィー夫妻と暮らす家とその村は激戦が予想される帝国西部とはいえ戦場からは遠く離れていた。

 

誰もが安心していただろう。自分たちは関わることはないだろうと。

 

だが、それは間違いだった。

 

戦場とは、一分一秒で大きく変わるものだということを。俺はイヤでも思い出させることになった。

 

 

 

1ヶ月後 11月31日

 

日用品を買うため隣の町まで買い出しに行った帰りだった。

 

村の方角から黒い煙がいくつも見えた。俺は我を忘れて村に戻った。

 

村の入り口が着いたとき、村が焼かれていた。

 

そこで初めて巨大なものが見えた。帝国時報で読んだ内容が正しければアレは機甲兵(パンツァー・ゾルダ)と呼ばれるものだった。

 

貴族連合軍が心血を注いで作り上げたという巨大な騎士人形。戦場における成果とインパクトは絶大だという。

 

だが、そんなことはどうだってよかった。

 

三体の内の中で隊長機らしいのがいた。ソイツは村中の人間を倉に押し込め………

 

 

 

巨大なメイスを振り下ろしたのだ。

 

 

 

「待て…やめろぉぉぉ!!」

 

グシャッ…!

 

何かが潰れた音がした。

俺の中で何かが弾けた。

 

俺は怒りのままにソイツに向かって行った。

 

だが、結果は火を見るより明らかだった。

 

ソイツの振り下ろした棍棒の爆風で俺は吹き飛ばされた。

 

薄れ行く意識の中、俺はソイツだけを睨み付けていた。

 

必ず殺してやると。

 

[キリコ side out]

 

 

 

[ヴェイン side]

 

私の名はヴェイン・ジギストムンド。ラマール州領邦軍人にして貴族連合軍機甲兵部隊の統括者である。

 

世間ではルグィン家の小娘が英雄扱いされているが、否! 断じて否!

 

我がジギストムンド伯爵家こそが至高なのである!

 

たかだか剣の腕が少々立つ位で何様のつもりであろうか。

 

カイエン公もカイエン公もだ。

 

私の立てた完璧な作戦をことごとく見送ったばかりか、あの小娘や蛮族の血を引く半端者ばかり重用しおって!!

 

………まぁいい。ならば奴らが及ばぬほどの手柄を立てるだけだ。

 

「我らはこれより、貴族連合軍にたてつくクズどもを徹底的に殲滅する!」ザワザワ…

 

周りがざわつくが私は構わず続ける。

 

「奴らは図々しくも中立などと宣っているが、これは我ら貴族に対する反逆である!なんたる無恥、なんたる欺瞞。平民など我ら貴族が生かしてやっているに過ぎないサルでしかというのにだ!その恩も忘れて何が中立か!そのような恥さらしはこのエレボニア帝国において生きる価値は無い!」

 

「し、しかしそのような命令、オーレリア将軍が知れば…「黙れっ!!」ヒッ!」

 

「この部隊の指揮官は私だ!あの小娘ではない!私の命令は絶対なのだ!」

 

「イ、イエス・サー」

 

本当に頼りにならない部下どもだ。小娘の偶像に踊らされおって。こうなればこの作戦をもって、我が名を知らしめてくれるわ。

 

「これより作戦行動に移る。わずかでも遅れた者は銃殺する。行動開始!」

 

 

 

数時間後、目標の村に到着した。

 

私は早速、村中の平民を広場に集めさせた。

 

うむ、サルどもとはいえこれだけ集まれば壮観だな。

 

どいつもこいつも平伏している。

 

あぁ、なんと醜いことか。やはり、我ら両足で立っている貴族こそエレボニア帝国にふさわしいと言えよう。

 

私はわざわざ機甲兵から降りてやって処刑を宣告した。

 

「貴様らに告げる。貴様らは図々しくも中立などとほざき、我ら貴族に刃向かった!この美しきラマール州に住むことができたのは誰のおかげか。誰のおかげで餌にありつけるのか。それを忘れてのこの振る舞い。もはや、ように「ゴホッ、ゴホッ」……」

 

邪魔が入った。

 

「フフフ、そうか。それほどまでに死にたいか。そこのガキを引っ立てろ!私の話を妨げた報いを与えてやる!」

 

「どうかお許しください!この子は風邪をひいているのです!ひどい熱なんです!どうか…どうか」

 

「黙れ黙れ黙れ!!身分を弁えんばかりかこの私に意見するとは!貴様らの答えはよくわかった!全員、死刑だ!!」

 

私はまず、部下たちに倉を除いた全ての小屋に火を着けさせた。

 

そして村のサルどもを倉に押し込め、部下の機体からメイスを取り上げた。

 

「貴族連合軍人ヴェイン・ジギストムンド伯爵の名において、死刑を執行する。貴様らサルを殺すのに銃は高価過ぎるのでな。それでは───

 

 

 

死ぬがよい」

 

 

 

「待て…やめろぉぉぉ!!」

 

まだ一匹残っていたか。だが遅い。ブォン!

 

グシャッ…!

 

ふぅむ、思ったほど呆気ないものだな。

 

「か、閣下!あのガキが!」

 

「フン、やはり知能もサルか」

 

再びメイスを振り下ろす。爆風で小ザルはきれいに吹き飛んだ。死体は…確認するまでもない。

 

「これにて、作戦は終了する!総員直ちに帰還する!」

 

作戦完了の報告は明日でよかろう。今夜はいい夢が見られそうだ。

 

[ヴェイン side out]

 

 

 

だが、ヴェインもその取り巻きたちも気づいていなかった。今夜彼らが見るのは、悪夢だということを。

 




壮大な死亡フラグ

余談ですが、ヴェインはあくまでこの機甲兵部隊の隊長でしかありません。


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夜襲

キリコが遂にアレに乗ります。


機甲兵搭乗時は会話を【】表記に修正します。


[キリコ side]

 

俺が目が覚めた頃には夕方になっていた。俺は倉に目をやった。

 

皆、死んでいた。

 

なかには、男か女か、子どもか年寄りかもわからない者もいた。

 

彼らを目にした時、俺の心に怒りが宿った。

 

(奴らに、地獄を見せてやる!)

 

俺は彼らに必ず戻ってくると告げ、導力車に乗り込む。

 

2日前に雨が降ったから足跡を辿ることは容易い。ここからそう遠くないだろう。

 

拠点に行けば武器や弾薬は唸るほどあるだろう。できれば、アレに乗ってみたいが。

 

俺はただ、前だけを見つめながら車を走らせた。

 

 

 

奴らの拠点にたどり着いた時には既に日がくれていた。

 

俺は車を人目につかない場所に隠し、様子を伺っていると、妙な奴がいた。

 

そいつは一番派手な天幕の様子を探ろうとしていた。

 

俺はそいつの後ろに近づき、ナイフ首筋に押し当てた。

 

「動くな。」

 

「クッ!見つかったか!」

 

「殺しはしない。多分、アンタと目的は同じだ」

 

「何をワケのわからないことを…あれっ?君、もしかしてあの時の?」

 

俺を知っているのか?俺は初めて見た顔だが。

 

「なんで君がこんな所にっと、見張りがくる。少し離れよう。ついてきてくれ」

 

「わかった」

 

男と共に移動する。

 

 

「一応、挨拶しとくか。俺はライル・フラット。帝国正規軍第九機甲師団の中尉だ。」

 

「キリコ、キリコ・キュービィー」

 

「よろしくな、キリコ。それでなんでこんな所に?」

 

「ここから北東にある村から来た。村人は俺が留守の間に全員奴らに殺された。」

 

「そうか、クソッ!ヴェインの野郎」

 

「ヴェイン?それが奴の名前か…」

 

「あぁ、極端な貴族至上主義で有名な男さ。奴にとって平民は命令はおろか気まぐれで殺しても構わないと本気で信じてる。恐らくお前さんの村も…」

 

そうか…。やはり、その手の部類か。予想はしていたが、改めて聞かされると反吐が出てくるな。

 

「それにしても、あの時保護した赤ん坊と敵の拠点で再会するとはなぁ。人生ってのはわからないモンだな。」

 

「…ッ!?では、俺を保護した軍人とは…」

 

「あぁ、俺だぜ。……で?こんなところで何してる?まさかとは思うが…」

 

「そのまさかだ」

 

「バッ、バカ野郎!ここは戦場なんだぞ!子どものくる場所じゃない!とっとと帰るんだ!」

 

「そうはいかない。俺にはやるべきことある」

 

「気持ちは解るが落ち着け。だいたい君に何ができッ!?」

 

俺は咄嗟に持っていたナイフをライルの後ろにいた貴族連合軍兵士に投げつけた。ナイフは敵の喉に正確にヒットした。

 

「た、助かったよ。ありがとう…じゃなくて!き、君は今…」

 

「あのままなら俺もアンタも今ごろ銃で撃たれていた。ところで弾薬庫はどこにある?」

 

「あぁ、それなら西の……じゃなくて!今俺の話聞いてた!?って、どこに行くの!?」

 

「今アンタが言った場所だ。恐らくそこには機甲兵もあるはずだ。アンタはアンタで任務を遂行するといい」

 

「だからそうじゃなくて…あぁ、もうわかったよ!俺について来てくれ。君の言うとおり俺の任務は密偵だ。貴族連合軍にトンデモない最低野郎がいるって情報がはいってきてな。ソイツを監視してたんだ。だがそれもたった今終わりだ。罪状は領民虐殺、放火、機甲兵の私的運用。できれば無傷で拘束したい。その手伝いをしてもらいたい」

 

俺が頷くと、ライルは「作戦を開始する」と言って弾薬庫へと歩を進めた。

 

待っていろ。俺が必ず、地獄を味わわせてやる。

 

[キリコ side out]

 

 

 

[ライル side]

 

はぁ、なんでこんな事になったんだろ?

 

実家とも言えるパルミス孤児院で別れてから10数年ぶりに再会したらまたお守りときた。

 

俺はそう思いながら後ろからついて来るキリコを見た。

 

不思議な少年だと思った。

 

聞けば、16歳だという。背格好は少年のそれだが、眼が違った。

 

まるで、歴戦の戦士を思わせる眼だった。

 

先程、兵士を投げナイフで倒した時も冷静そのものだった。

 

だが自分も同じように冷静に振る舞えるだろうか?

 

まぁ、肝を冷やすのもこれっきりだろう。

 

そうこうしているうちに弾薬庫に着いた。

 

俺は彼に隠れているよう指示して様子を伺う事にした。

 

なるほど、確かにこの数は流石だな。

 

これだけの量をかき集めるのに一体何人が犠牲になったんだろうか。

 

それに機甲兵もそれなりに揃えている。

 

情報ではカイエン公にとっくに切られてるらしいが。さて、どうするか…。

 

この時俺は気づいていなかった。

 

キリコが何をしようとしていたかを。

 

そして肝を冷やすのはこれからだったことに。

 

[ライル side out]

 

 

 

[キリコ side]

 

ライルに隠れているよう言われたが、俺にそんな時間はなかった。

 

隠れているフリをしながら、俺は装備を整える。

 

すると、あるものを見つけた。

 

導力式の銃だが大きく、重い。威力はなかなかのようだ。

 

それにしてもこの銃、前世で俺が使っていた得物に酷似している。

 

バハウザーM571アーマーマグナム

 

装填数は三発と少なく、射程も短いがATはおろか装甲車両にすら穴をあける代物だ。

 

妙な愛着が湧き、これも持っていくことにした。そして目当てのものを見つけた。

 

汎用型機甲兵《ドラッケン》

 

特殊な機能を持たない代わりに扱いやすく、機体スペックもなかなかだ。

 

さらに、鎧のような堅牢な装甲も心強い。

 

とはいえ流石にATのような旋回性は期待できそうにないが。

 

俺は迷わず、ドラッケンのコックピットに乗り込んだ。

 

中は思っていたほど狭苦しくはない。

 

俺はそのままエンジンを起動、機体を立たせる。

 

ライルが呆然としているが構ってるヒマはない。

 

側にあった機甲兵用のライフルを手にした瞬間、俺の体に懐かしい感覚がよみがえってきた。

 

殺らなければ殺られる。生き残りたければ引き金を引くしかない。

 

俺は今、戦場に還ってきたのだ。

 

[キリコ side out]

 

 

一体何が起きている。

 

領邦軍兵士たちは困惑するばかりだった。

 

味方である筈の機甲兵がなぜ、自分たちに銃口を向けている。

 

放たれた銃弾が弾薬庫を吹き飛ばした瞬間、ようやく自分たちのおかれた状況を認識する。

 

「て、敵襲っ!」

 

「機甲兵が奪取されましたっ!」

 

「弾薬庫に被弾!装甲車両も半数近く大破!」

 

「ええい!見張りは何をしていた!」

 

「何分、真夜中ですので…ぐわぁ!!」

 

「閣下はこんな時に何をしているのか!」

 

「そ、それが準備が整うまでなんとかしろとのことです…」

 

「ッ!?…ええい、残存する装甲車両と機甲兵で食い止めろっ!敵は賊軍一人だ。ドラッケン一機破壊してもかまわん!」

 

導力通信を介して副官の怒号が鳴り響く。自分たちをなめた報いを与えろと。機甲兵はそのための安い犠牲だと。

 

だがその判断は遅すぎた。

 

 彼らが相手にしているのは、かつて神すら滅ぼした男なのだから。

 

キリコはドラッケンの堅牢な装甲を当てにしてローラーダッシュを巧みに使いこなしていた。

 

ミサイルが飛んでくれば、機体をスピンさせ、いなすように避ける。

 

装甲車両が機銃を撃ってくるも機甲兵の装甲に通用するはずもなく、機甲兵用ライフルで破壊する。

 

敵の機甲兵が構えてるところをショルダータックルで崩し、一回スピンした勢いでドラッケンの右が顔面を捉える。

 

「どうなってる!?奴は一体!?」

 

「あ、あんな動き、聞いたことがないぞ!?」

 

「機甲兵を扱えるのは我々貴族連合軍だけのはずだ!それをどうやって!?」

 

「だ、だめだ。もう機甲兵はない」

 

「あ、アイツは化け物だ。敵いっこない!に、逃げ…ぐあぁ!」

 

【敵前逃亡は例外なく死刑だ!】

 

怒号と共に現れたのは、紫色をした、指揮官型機甲兵《シュピーゲル》と二機のドラッケンだった。

 

紫の機甲兵はメイスで逃げようとした兵士を叩き殺した。

 

「か、閣下!?これは一体…」

 

【知れたこと。臆病者は我が配下に必要なし。特に敵前逃亡する者はな】

 

「し、しかし…」

 

【そして貴族である私に歯向かう者は居てはならない。私に意見した貴様は反逆者だ。その罪、万死に値する!】

 

「ま、待ってください!!私はただ…」

 

【一度ならず二度も逆らうか!この私、ヴェイン・ジギストムンドに!】

 

【アイツだ】

 

キリコの心に闘争心が宿った。奴だけは生かしておけない。キリコはヴェインに向けて銃弾を放った。

 

それに気づいたヴェインはシュピーゲルの機体を反らして回避する。

 

【貴様…この私に銃を向けたな。よかろう、まずは貴様からだ。穢れたサルの末路を教えてくれようぞ】

 

【………………】

 

【ドラッケン二機は下がれ。私が良いと言うまで手出しはするな】

 

そう言って、ヴェインは護衛の二機を下がらせる。

 

キリコとヴェイン、向かい合った距離は約70アージュ。

 

それはまさしく決闘だった。

 

だがキリコの心は冷静そのものだった。

 

キリコはただ、相手を見据え操縦悍を握りしめた。

 

 

[キリコ side]

 

奴は頭に血が上っているようだが、俺は自分でも驚くほど冷静だった。

 

戦場は勿論、バトリングでも滅多になかった状況を俺はただ受け入れるだけだった。

 

そして、奴に勝てる。

 

この自信だけが俺の胸に満ち溢れていた。

 

俺はライフルで牽制しながら、奴との距離を測った。

 

60、遠い

 

50、まだだ

 

40、まだ遠い

 

30、構えを解く

 

20、構えを変える

 

10、もう少し…!

 

5、今だ!

 

俺は奴の懐に潜り込み、タックルをかます。

 

奴は予想もしていなかったのかまともにくらう。

 

倒れたところを、出力を上げた機甲兵用ライフルで両手足を封じる。

 

そして俺は狙いをコックピットに定める。

 

その時、奴は何か喚いていた。

 

【バ、バカな、こんなバカなことがあってたまるか!私は貴族だぞ!貴族がサルに劣るなど!!】

 

【…………】

 

【何をしている!さっさとこいつを殺さんか、この役立たず共が!】

 

【【………】】

 

【な、なんだ貴様ら!命令が聞こえんのか!】

 

【ええ、伯爵殿、その命令は聞けないであります】

 

【なっ…!?】

 

ドラッケンのコックピットが開いた。

 

カメラをズームして見てみると、そこにはライルともう一人の兵士がいた。

 

どうやら奴は護衛が入れ替わっていたことを気づいていなかったようだ。

 

【ま、待て!金をやろう。いくらだ、いくらでも払う。だ、だから…】

 

【……言いたいことはそれだけか】

 

【た、たのむ…助けてくれ!私には妻も子もいるんだ、こんな所で死ぬ訳にはいかないんだ!】

 

【どこまでも身勝手だな】

 

【キリコ、聞こえるか?ライルだ。残念ながらジギストムンド伯爵は戦死、上にはそう伝えておくよ】

 

【わかった。】

 

【そ、そんな……】

 

俺は怒りを覚えた。見苦しい迄の命乞い、金で解決しようとする浅ましさ、身勝手な理屈、もうウンザリだ。

 

ライルの言葉に後押しされ、俺はシュピーゲルの持っていたメイスを振り上げた。

 

狙いを定めた時、俺の頭にクエント人の戦友の顔が浮かんだ。

 

かつてクメン王国内乱の末期、俺とフィアナを敵に売り渡そうとしたあの無能にとどめを刺したあの言葉がよみがえってきた。

 

 

 

【あんたは人間のクズだな!】

 

 

 

俺はメイスを振り下ろした。何か叫んでいたが、どうでもよかった。

 

やっと仇が討てた。それだけでよかったのだ。

 

[キリコ side out]

 

 

 

第九機甲師団が到着したのは、太陽が昇る頃だった。

 

ライル中尉と僚友クラムは早速、師団長のゲルマック少将に報告していた。

 

本作戦は自分たち二名と有志による協力者によって成功したと。

 

そのためキリコはゲルマックに呼び出されていた。

 

「協力者というから期待していたが、子どもではないか。私も見くびられたものだ」

 

「い、いえ閣下。こう見えて彼は…「自分はライル中尉殿の指示に従っただけです」そう、私の指示に…って!?」

 

「ほぉ、そうなのか?」

 

「はい。機甲兵に乗ってその場を動かず敵の目を釘付けにする、全て中尉の作戦です」

 

「えっ?えっ?えっ!?」

 

「なるほど、よくわかった。ライル・フラット中尉、よくやったな。ご苦労だった」

 

「は、はい…」

 

「そして君もだ。なんという名前かね?」

 

「キリコ・キュービィーです」

 

「よろしい、キリコ君よくやってくれた。だがしかし、なぜ君はここに?」

 

キリコは迷ったがこれまでのことをかいつまんで説明した。

 

「そうだったのか。育ててくれた両親と村のために…」

 

「クソッ、もう少し早く着いていればこんなことには…」

 

周りの将官たちも皆、同情していた。すると、ゲルマックは思い立ったように君に告げた。

 

「キリコ君。君さえ良ければ第九機甲師団で働かないか?」

 

「か、閣下!?」

 

「おっと、勘違いしないで欲しいが何も兵士としてではなく、メカニックとしてだ。今、我が第九機甲師団は人手不足でね。正直、猫の手も借りたいほどなんだ。それに機甲兵を動かせるテストパイロットも必要だ。どうだろう、君さえ良ければなんだが」

 

「……わかりました。引き受けます」

 

「おぉー、やってくれるか!ありがとう。早速だが、機甲兵の解体作業を手伝ってくれたまえ」

 

「はい……」

 

こうしてキリコは第九機甲師団のメカニック兼テストパイロットして働くことになった。

 

ここで過ごした1ヶ月がキリコの運命にかかわることになるとはまだ、誰も知らなかった。

 




やっと終わりました。


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転機

いよいよ、ヒロイン決定。

アイデアが浮かんだので加筆しました。


[キリコ side]

 

あの内戦が終結し、三ヶ月経った。

 

首謀者のクロワール・ド・カイエン公爵が大逆の罪で逮捕され、後に《十月戦役》と呼ばれる内戦が終わりを告げた。

 

しかも終戦の発表をしたのは、死んだ筈の宰相ギリアス・オズボーンだった。

 

終戦の発表のすぐに貴族への大幅な締め付けが始まった。

 

戦時中、犯罪行為を犯した貴族は家柄に関係なく容赦なく処罰された。

 

俺の住んでいた村を焼き払い、村人を虐殺したジギストムンド伯爵家は爵位剥奪、村の唯一の生き残りである俺への多額の賠償金の支払い、とどめにオルディスから永久追放という厳しいものだった。

 

自業自得とはいえ、哀れなものだ。

 

また、帝国政府や皇室アルノール家への賠償金が支払えず、路頭に迷う者もいるらしいが真相は定かではない。

 

内戦が終わり、第九機甲師団を去った俺は帝都近郊の仮設住宅に身を寄せていた。

 

ここには俺のように家や故郷を焼かれた人びとが集まっていた。

 

俺は帝国時報に目を通していると見開きで記事が載っていた。

 

《灰色の騎士 リィン・シュバルツァー》についてだった。

 

年齢は俺の二つ上の18歳。

 

トールズ士官学院の現役学生でありながら、灰色の騎士と呼ばれ、帝国政府の武官として活躍している。

 

名前の由来は、灰の騎神と呼ばれる機甲兵とは違う機動兵器から来ているという。

 

どうやらリィン・シュバルツァーは帝国政府からの命令で帝国各地の厄介事を解決したらしい。

 

その割りには、ずいぶんと暗い顔をしているが。

 

帝国時報を閉じ、冷めてしまったコーヒーを飲んでいると、なにやら表が騒がしい。

 

頻繁に起こる隣人同士の揉め事かと思ったが違うようだ。

 

それにこの気配には覚えがあった。

 

俺は銃を手にドアへと近づいた。

 

「あぁ、此方に戦闘の意思はない。すまないが開けてくれ」

 

俺はいぶかしみながらもドアを開けた。

 

「フフフ。内戦以来だな。キリコ・キュービィー。改めて、私はオーレリア・ルグィン、こっちはウォレス・バルディアスだ」

 

 

 

俺を訪ねてきたのは、《黄金の羅刹》オーレリア・ルグィン将軍と《黒旋風》ウォレス・バルディアス准将だった。

 

内戦中俺は、第九機甲師団のメカニック兼テストパイロットとして働いていた。

 

だが、東部に比べ、激戦地だった西部はあっという間に人手不足になり、俺も機甲兵で出撃せざるを得なかった。

 

この二人とはそのときから何かと因縁がある。

 

12月30日、第九機甲師団は貴族連合軍による帝都侵攻作戦を食い止めるべく総力戦を展開したが、大敗。

 

司令官のゲルマック少将をはじめ数人の将校が戦死した。

 

生き残ったのは俺やライル中尉を含め、20人に満たなかった。

 

中尉たちとは終戦宣言以来会っていない。

 

内戦後、この二人は政府のやり方に反発してジュノー海上要塞に籠城していたが、数日前に降伏したらしい。

 

「それにしても、私のシュピーゲルと渡り合った相手が子どもだったとは思わなんだ」

 

「ええ、俺の駆るヘクトルがボロボロにされた時は何が起きているのかがまったくわからなかった」

 

「…………」

 

確かに戦闘の意思はなさそうだが、ただの世間話のためにこんな所にノコノコ来る筈がない。

 

俺が警戒心を強めていると、オーレリアはコホン、と一息入れ、俺の目を見つめながら本題に入った。

 

「単刀直入に言おう。《トールズ士官学院第Ⅱ分校》に入学してもらいたい」

 

「トールズ…第Ⅱ分校だと?」

 

トールズに分校があるなど聞いたことがない。

 

トールズ士官学院は帝都ヘイムダル近郊の都市トリスタにしかないはずだ。

 

俺がいぶかしんでるとオーレリアが説明を始めた。

 

「内戦以降、帝国の在り方は大きく変わりつつある。政治、経済、文化など様々だ。トールズも例外ではなく、これまでの高等学校から軍学校としての色を強めることが政府の方針だ。それだけならまだしも、立場の難しい貴族の子女や外国人、そなたのような素性が不明な者は皆、トールズ本校には入学できんのというのだ。純粋な帝国人でなければならんとな。愚かだと思わんか?帝国の気概に貴賤など関係ないというのに」

 

「このままではトールズの精神が失われると考えたオリヴァルト殿下は近郊の都市リーヴスに第二のトールズを設立しようと考えた。だが、そこに政府の横槍が入ってな、本校に入れなかった者たちをひとつにしてしまおうということになったらしい。また、政府主導も譲れない条件として提示された」

 

ここまでの説明を聞いて俺は顔をしかめずにはいられなかった。

 

要は体のいい厄介払いだ。

 

しかも政府主導というのがキナ臭い。

 

ここで俺はある疑問が浮かんだ。

 

「なぜあんたが分校のことを俺に伝えた?」

 

「あぁ、いい忘れていたが、私は第Ⅱ分校の分校長に就任することが決定していてな。その際に、誰か推薦できる者はいないかと聞かれてな。真っ先にそなたが浮かんだのだ」

 

「なぜ俺に?」

 

「決まってるだろう。機甲兵戦とはいえ私やウォレスと互角に渡り合える猛者など数少ないが、そのなかで成人していない者はそなた一人だ。私はある意味、灰色の騎士より評価しているのだぞ」

 

「今は知られていないがそんな男が野放しになってると政府が知ったらどう出てくるかわからん。だが、一学生としてなら政府も手出しは出来ん。お前にとっても都合がいいはずだ」

 

「…………」

 

確かに、二人の言うことは理に叶っている。

 

だが俺は戦いばかりでろくに勉強などしていない。

 

「裏口入学も出来ないこともないが、それはそなたの望むことではあるまい?実はオルディスに知り合いがいてな。そこの孫娘が第Ⅱ分校を受験するのだが、そなたも一緒に励むといい。無論そなたのことは伝えてあるし、向こうも下宿として使ってくれてかまわないそうだ。後はそなたの返事を聞くだけだが。後、私はそなたの上官のようなものになる。敬語を使うようにな」

 

「…………」

 

こう言われれば納得せざるを得ない。

 

俺は悩むことなく二人の目を見据えて、

 

「入学…させてください。第Ⅱ分校に入ります」と答えた。

 

二人は満足そうにうなずいた。

 

「わかった、向こうには伝えておこう。三日後迎えに行くから荷物をまとめておけ。それとキュービィー…」

 

そう言ってオーレリアは俺に頭を下げた。

 

「ジギストムンドの一件は聞いた。謝っても許されることではないが、本当にすまなかった」

 

「もう過ぎたことだ。それにあんたが殺した訳じゃない」

 

「すまん」

 

そう言って二人は俺に謝罪して帰って行った。

 

無為に生きていた俺の心にある目的がうまれた。

 

この体に宿る異能を消すことができるだろうか?そのためのヒントが曰く付きの分校にあるかも知れない。

 

そんな蜘蛛の糸にもすがるような気持ちで俺は荷物をまとめ始めた。

 

 

 

三日後、導力リムジンでオーレリアが迎えにきた。

 

予想よりも少ない荷物に意外そうな顔をしていたが、時間が押していることもあり、乗るよう指示した。

 

「それで、俺はなんという家に行くんですか?」

 

「うむ、かつてカイエン公爵家の相談役であるイーグレット伯爵家だ。そなたのことは伝えてあるがくれぐれも粗相のないようにな」

 

「わかりました。それで、俺と一緒に受験するのは…」

 

「セオドア・イーグレット伯爵の孫娘、ミュゼ・イーグレットだ」

 

ミュゼ・イーグレット。

 

とある特別な家柄の生まれで、後に帝国の動乱で挙兵し、俺と仲間たちと共に最後まで戦い続けることになるとはこの時点では思いもしなかった。

 

[キリコ side out]

 

 

 

導力リムジンに揺られて数時間後、キリコはオルディスに到着した。

 

《紺碧の海都オルディス》

 

バリアハート、ルーレ、セントアークに並ぶ地方都市で、かつてはカイエン公爵家が統治していたが、内戦で現カイエン公が逮捕され、現在は帝国政府の預りとなっている。

 

そのせいか、あちこちで貴族と平民の間で揉め事が起きている。

 

キリコたちはその光景を尻目に、イーグレット伯爵が住むオルディス北区へと向かった。

 

北区の奥まった所に比較的大きい屋敷が見えた。

 

門の前にはメイドの女性が箒で掃き掃除をしていた。

 

「ここが…」

 

「そうだ、イーグレット伯のお屋敷だ。何度も言うが粗相のないようにな」

 

オーレリアたちの会話に気づいたのか、メイドの女性が近づいてくる。

 

「ようこそ、オーレリア様。旦那様がお待ちです。して、そちらの方が…」

 

「あぁ、キリコ・キュービィーだ。これから一年世話になる。そなたも挨拶くらいしたらどうだ?」

 

「はじめまして、世話になります」

 

「こちらこそよろしくお願いいたします。私は当家のメイドをしております、セツナと申します。ではどうぞ、こちらです」

 

キリコはセツナと共に屋敷へ入ってゆく。だがオーレリアはここまでのようだ。

 

「オーレリア様?」

 

「来ないんですか?」

 

「あぁ、生憎、立て込んでいてな。イーグレット伯によろしくお伝え願いたい」

 

「かしこまりました。ではキリコ様、改めまして、ようこそおいでくださりました」

 

 

 

「ようやく、終わりましたか」

 

「あぁ」

 

「それにしても、策士ですな」

 

「何がだ?」

 

「学生と分校長の関係になれば、訓練の名目でキュービィーとの決着をつけられるわけですからな」

 

「合格すればの話だ。それに公私の区別くらいつけられる」

 

「なるほど、上手い言い訳だ。そういえば、閣下はキュービィーをご自分のむ……」

 

「ウォレス、街道に出るぞ。今、無性に剣が振りたくなったのでな」

 

ウォレスは地雷を踏んだかな、と頭を掻きながら、オーレリアについて行った。この直後、街道の地形の一部が変わったのはまた別の話。

 

 

 

[キリコ side]

 

セツナに導かれて俺は屋敷に入った。そこには老夫婦と緑色の髪の女子がいた。

 

「おぉ、君がキリコ・キュービィー君じゃな。わしがセオドアじゃよ」

 

「はじめまして。妻のシュザンヌです。よくきてくれたわ」

 

「はい、お世話になります」

 

俺が二人に挨拶すると、緑色の髪の女子がドレスの裾を軽く持ち上げ、

 

「はじめまして。ミュゼ・イーグレットと申します。キリコさんのことはオーレリアさんから聞いております。どうぞ、よろしくお願いいたします」と挨拶をした。

 

「あぁ、よろしく」

 

すると、なぜかミュゼは俺のすぐ近くまで寄って来た。いかにも何か企んでいるような微笑みを浮かべながら。

 

「フフフ、やはり素敵なお顔ですね。今にも好きになってしまいそう♥️」

 

「ほっほっほ、キリコ君。顔に似合わず色男だのう」

 

「ウフフ。(半分は本気ですけど。)」

 

「…………」

 

「あなた、キリコさんが困ってらっしゃいますよ。ごめんなさいね」

 

「お嬢様もその辺りで」

 

そこには俺の想像とはかけ離れていた暖かさがあった。俺は久しぶりに養父母と暮らしていた頃の温もりを感じていた。

 

「ではミュゼ、キリコさん、お勉強を始めましょう」

 

「今日は帝国史と導力学です。特にキリコ様は基礎からしっかりと学んでいただきます」

 

かくして、イーグレット伯爵家での生活が始まった。

 

[キリコ side out]

 

 

 

[ミュゼ side]

 

キリコさんが我が家へ来てから一月が経ちました。

 

最初こそ簡単な問題にも戸惑っているようでしたが、わずか二日でスラスラ解けるようになったそうです。

 

何気なく本人に聞いてみると、自分は糞真面目だからだそうです。

 

確かに徹夜なさってるようですが、限度があるかと。

 

一緒に暮らしてみて私はキリコさんの人物像がわかってきました。

 

まず、キリコさんはコーヒー、それもかなり苦いブラックを好み、紅茶にはあまり見向きもしません。

 

以前、からかうつもりでキリコさんのコーヒーを口にしたら即刻後悔しました。

 

よくアレを真顔で飲めますね………。

 

性格は寡黙でとっても無口です。

 

キリコさんの本心を引き出そうとしてあの手この手を駆使しましたが全て無視されました。

 

挙げ句、「俺に構ってる暇があるのか?」と窘められる始末です。

 

でも、全くの無関心という訳でもありません。

 

アウロス海岸に出て、武器の練習を行ったときです。

 

第二分校と言えども、トールズ士官学院。

 

自らの武器が使えなければお話になりません。

 

ちなみに、私は魔導騎銃、キリコさんは導力式のアーマーマグナムを使います。

 

キリコさんは自分が前衛、私が後衛と決めました。

 

理由を聞くと、それぞれの武器の特性、自分と私のスタイルの違いだそうです。

 

一人よがりかと思いきや、きちんと周りを見ている人でした。

 

オーレリアさんもとい分校長が推薦するだけはあります。

 

ただ、どうしてもわからないことがあります。

 

それは時々浮かべる寂しそうな眼です。

 

キリコさんの事情は大体は把握していますが、それとはまた違う気がします。

 

後にその理由を知りますがそれは知らなければよかったと後悔を生むものでした。

 

[ミュゼ side out]

 

 

キリコがイーグレット伯爵家に来てからまもなく一年になろうとしていた。

 

試験を受けたキリコとミュゼは結果を待ちながら、今日も武器の修練に勤しんでいた。

 

「ハァ…ハァ…ハァ…ちょ、ちょっと休憩しませんか?」

 

「そうだな。」

 

「フウゥー。もう、どうしてそんなに平気なんですか。」

 

「さあな。」

 

「んもう(いつか絶対に暴いてみせますわ)」

 

「後、魔獣を三体ほど倒したら終わりにしよう。後二時間くらいで夕方になる。」

 

「了解しました。」

 

休憩を終えたキリコとミュゼは近くを飛んでいた飛び猫に狙いを定めて戦闘を開始した。

 

キリコのアーマーマグナムから放たれた弾丸が飛び猫の胴体を貫く。

 

続けてミュゼのクラフトが残りの飛び猫を攻撃し、とどめにキリコのシルバーソーンが一掃する。

 

結果、無傷の勝利だった。

 

「次に向かうぞ。」

 

 

 

キリコがセピスを拾い集めていると、ミュゼが「お話しませんか?」と聞いてきた。

 

魔獣がいなくなったのを確認してキリコは黙って聞くことにした。

 

「キリコさんは本当は気づいているんじゃないですか?私のイーグレットの姓が偽りだと。」

 

「………」

 

「私の本当の名前はミルディーヌ・ユーゼリス・ド・カイエン。ミュゼは愛称から、イーグレットは母の実家から取りました。」

 

「………」

 

「父は現カイエン公の兄に当たる人で、母はイーグレット伯爵家の一人娘だったそうです。でも、二人とも海難事故で亡くなりました。そして私は帝都の女学院に入れられました。」

 

「………」

 

「………」

 

「………………それで?」

 

「はい、ここからが本題なのですが、キリコさんは異能というものを信じますか?」

 

「ッ!?」

 

キリコは思わず冷や汗を流した。自身の秘密を暴かれたと思った。だがそれは杞憂に終わった。

 

「信じてもらえないかもしれませんが、私には先の内戦で叔父が破滅する事がわかっていました。」

 

「何?」

 

「私は物事の現在の局面、そこに至る過去と無数の未来の局面。そしてその背後にいる何者かの狙いがわかる、そういう異能を持っています。」

 

「どこでそれを知った?」

 

「知り合いにその手のことに詳しい方がいます。その方に教えてもらいました。

 

「それでその異能は何を見せるんだ?」

 

「はい。帝国はかつてないほどの危機を迎えます。帝国全土がナニかに侵食され、共和国との全面戦争が始まります。このままではいずれ、全世界で戦争になります。次期カイエン公として見過ごす訳には参りません。お願いです。どうか私に、私たちに協力してください。」

 

「私たち?」

 

「今は詳しくは言えません。どうかその点はご容赦ください。」

 

「断る。」

 

「どうして…」

 

「わけのわからないものに関わる気はない。」

 

「ッ!……わかりました。この話は忘れてください。」

 

「……行くぞ。」

 

「………はい。」

 

「…………」

 

「…………」

 

夕陽が沈みつつある中、二人は一言も発することなく家路に着いた。

 

(ごめんなさいキリコさん。でももう時間がないんです。私は進み続けます。たとえあなたに恨まれようとも。)

 

ミュゼは、ミルディーヌは心の中でキリコに詫びた。

 

 

 

(それにしても、どうしてキリコさんの過去や未来が見えないんでしょう?クロチルダさんは私の異能はあらゆるものの過去と現在と未来を見通すと言っていました。でも、キリコさんはまるで……)

 

 

 

数日後、キリコ、ミュゼの元にトールズ第Ⅱ分校合格通知が届いた。

 




この作品のメインヒロインはミュゼです。原作でも彼女の力は異能だとはっきりでているのでキリコの異能と絡ませていきます。


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入学

内戦篇最終話です。


七耀暦1206年 3月31日

 

キリコとミュゼがトールズ第二分校に入学する前日。

 

 

 

[キリコ side]

 

俺は送られてきた物を見つめていた。入学許可証や日程表はいいとしても、問題は制服だった。

 

自分とミュゼの物とで見た目が違うのだ。

 

また、ミュゼの制服には明確に[主計科]とあるのに、自分の制服には何もなかった。

 

一応オーレリアに問い合わせてみるが、「入学式になれば分かる。」とはぐらかされた。

 

さらに、妙な機械が入っている。

 

蓋のところに《ARCUSⅡ》と銘打ってある。どうやら新しい戦術導力器《オーブメント》らしい。

 

俺が内戦時に使っていた戦術オーブメントははっきり言って時代遅れの中古品だ。

 

この戦術オーブメントというやつは普通、軍隊や警察、遊撃士(ブレイサー)のような資格を持った者や、猟兵団(イェーガー)のような戦闘を生業とする連中が所持している物で、一般人が手にする事はまずない。

 

俺は偶々交換屋でUマテリアル10個と引き換えに手に入れた代物だ。

 

だが、俺自身は導力魔法(アーツ)ではなく単に身体能力の底上げが目的なので何の問題はない。

 

その後、俺はバッグに当面の着替え、アーマーマグナムとナイフとグレネード等の武器弾薬、中古品の戦術オーブメント、身体能力底上げのクォーツ数個、第9機甲師団時代に稼いだミラ、本やコーヒーメーカーなどの私物を詰め込んだ。

 

ミュゼはさすがに時間が掛かったのか疲れた表情をしていたが。

 

俺たちが一階に降りると、シュザンヌ婦人が「今夜はご馳走よ。二人とも、席についてちょうだい」

 

「はい」

 

「はい、おばあさま」

 

俺たちが席に着くと、テーブルいっぱいに料理が並べられた。全員が席に着くと、エイドスに祈りをささげる。

 

俺は祈るフリをしながら目を閉じる。

 

神というものを信じない俺にとってこの瞬間は苦痛でしかない。

 

だがそれを口にするほど愚かでもない。

 

祈りを終え、伯爵は「さぁ、今夜はミュゼとキリコ君のお祝いじゃ。皆で二人の門出を祝おうではないか」と音頭をとった。

 

「まぁ♥️おじいさまったら」

 

「ごめんなさいね、こんな時に。キリコさん、遠慮しないで沢山食べてくださいね。」

 

「はい」

 

遠慮せずとも食べるつもりだ。

俺はアストラギウスにいた頃から食事に関してはあまり関心がなかった。

 

さすがに砂モグラのようなゲテモノは別として、食べられれば味は二の次だった。

 

だからクメンでフィアナが拵えた料理を食べた時、味の違いに驚いたものだった。

 

向こうで一旦死に、こっちに生まれ変わってから俺の食生活は向こうでは考えられないほど充実している。

 

幾分かは舌が肥えたかもしれない。

 

もっとも、向こうが酷すぎたとも言えるが。

 

満腹になり、部屋で休んでいると、ノックの音が聞こえた。

 

俺が「どうぞ」と言うと、入って来たのはミュゼだった。

 

「キリコさん、少しよろしいでしょうか?」

 

「あぁ」

 

「この間の事、本当にごめんなさい!」

 

「何のことだ?」

 

「キリコさんの気持ちも考えずに強引に誘う様な真似をしてしまって…」

 

「気にしなくていい」

 

「いいえ!こうでもしなくては私の気が済みません。かくなるうえは、私ここで……」

 

(茶番は、まだ続くのか?)

 

「でも……キリコさんは望みませんよね。私のような小娘なんかに……」

 

「…………」

 

「何もおっしゃらないでください。私はただ、お側にいるだけでいいんです♥️」

 

「…………」

 

「ですから…その……」

 

「…………」

 

「その………」

 

「………」

 

「………」

 

「あの…何かおっしゃってください…。放置されるのは辛いので…」

 

「……結局、何が言いたいんだ?」

 

「あ、あのその……」

 

「何もないなら早く寝ろ。明日は早いぞ。」

 

「へ?は、はい。お、お休みなさい……」

 

「あぁ」

 

ミュゼが出て行った後、俺はすぐに寝た。

 

明日は大陸横断鉄道を始発で出なくてはいけないからな。

 

[キリコ side out]

 

 

 

その夜

 

「うぅ、キリコさんにあんなこと言っちゃいました…。私、どうしてしまったんでしょう?それにこの気持ち、これはいったい……?」

 

ミュゼはなかなか寝付けなかった。

 

 

 

七耀暦1206年 4月1日

 

朝、太陽が顔を出して間もない頃、キリコとミュゼはオルディス駅前にいた。

 

本来なら導力リムジンでリーヴスを目指すのだが、ミュゼたっての希望で大陸横断鉄道で向かうことになった。

 

オルディス駅前にはミュゼの出発を見送ろうと、北区の住民が集まっていた。

 

イーグレット伯爵の人望か、カイエン公爵家の影響か、ミュゼの慕われようはキリコには少し眩しく映った。

 

「ミュゼ、頑張るんじゃぞ。」

 

「お手紙、書いてちょうだいね。」

 

「お嬢様、やはり私も…」

 

「おじいさま、おばあさま、頑張ります。お手紙も書きますわ。セツナさん、貴女がいなくなってはおじいさまたちが困りますわ。」

 

最後に、イーグレット伯爵とシュザンヌ婦人、セツナがミュゼを抱き締めて別れを告げる。そしてキリコの方を向いて、

 

「キリコ君、孫娘を頼むぞ。それと一年間楽しかったよ。ありがとう」

 

「キリコさん、私からもお礼を言わせて。本当にありがとう」

 

「キリコ様、体にお気をつけて。」

と頭を下げる。

 

「はい、お世話になりました」

 

そうこうしている内に、列車が到着した。

 

ミュゼは発車時刻ギリギリまでホームでイーグレット伯爵たちとの別れを惜しんでいたが、発車ベルが鳴り、列車に乗り込んだ。

 

「暫しのお別れです。それでは、いって参ります。」

 

「えぇ、いってらっしゃい。」

 

「いってらっしゃいませ、お嬢様」

 

「うむ、しっかりやるんじゃぞ。」

 

ドアが閉まり、列車はリーヴスを目指してゆっくり動き始めた。

 

 

 

[キリコ side]

 

俺とミュゼがオルディスを出てかれこれ二時間が経った。俺たちは朝食にと、持たせてくれたサンドイッチを食べていた。

 

「フフフ、美味しいですね。それにしても、どんな所なんでしょうね?」

 

「オーレリアによると、貴族や外国人などの訳ありの者が入学するらしい。」

 

「なるほど……(やはり、政府の意向のようですね。)」

 

「………」

 

「キリコさん、私の素性についてですが…」

 

「わかっている」

 

「あ……」

 

「言いふらすつもりはない」

 

「ありがとうございます。流石に面倒な事になりそうなので。」

 

「そうか」

 

「あ、後キリコさん。オーレリアなんて呼び捨てはダメですよ。きちんと分校長とお呼びしなくてはいけませんよ?」

 

「……あぁ」

 

「なんですか、今の間は」

 

 

 

さらに二時間後、列車はようやくリーヴスに到着した。

 

「ここがリーヴスか」

 

「えぇ、いい街ですね。教会に食堂にカフェ。雑貨屋にブティックもありますね。あら?放送局もあるようですね」

 

(なるほど、それなりに充実しているな)

 

「それにしても、先ほどのピンク色の髪の方の着ていた制服、キリコさんのに似ていましたね?」

 

「あいつもそうだな。」

 

そう言って俺は、中性的な青い髪の男子生徒を指さした。

 

「もしかすると、キリコさんのクラスメートかもしれませんね」

 

「そうかもしれないな」

 

「あの…」

 

「ん?」

 

「あら?」

 

そこにいたのはミュゼよりも年下の女子生徒だった。

 

白い髪でどことなく儚げな印象だった。

 

この生徒も俺と似たような制服を着用している。

 

「すみません、黒い髪で太刀を差している男性を見ませんでしたか?」

 

太刀…カルバードよりも東の地で使われている片刃の剣だったか。

 

確かこっちでは武器ではなく美術品として扱われてるようだが。

 

「見覚えがない」

 

「ごめんなさい、私もです」

 

「そうですか……」

 

そう言って女子生徒は何やらぶつぶつ言いながら分校へ歩き出した。

 

そろそろ行くか、そう思ってミュゼを見るとなぜか笑っていた。

 

「どうした?」

 

「ウフフ。キリコさん、なかなか楽しい学生生活になりそうですね♪」

 

何かが視えたらしい。

 

俺は頭をよぎった嫌な予感を振り切り、校舎に向かって歩き出した。

 

 

 

「貴様、その態度は何だ!」

 

何やら校門の前が騒がしい。

 

そこには、茶色い髪のチンピラのような男子生徒に金髪の軍人が説教をしていた。

 

(あの軍服、見覚えがある。確か鉄道憲兵隊の…)

 

「なーんすか?俺に何か問題でも?」

 

「大有りだ!態度、制服、言葉づかい。それが目上の者に対する態度か!?」

 

「ワカリマシタ、コンドキヲツケマース」

 

「待てっ!話はまだ…」

 

「それよりいいんですか?後ろ、来てますよ?」

 

「クッ…まあいい。そこの二人、入学許可証を提出しろ。」

 

切り替えの早さに関心しつつ、俺たちは入学許可証を提出した。

 

「確かに。《主計科 Ⅸ組》 ミュゼ・イーグレット。そして、《Ⅶ組 特務科》 キリコ・キュービィー。両名をトールズ第二分校生と認める」

 

こいつ、今何と言った?

 

「すみません。今、特務科とおっしゃいましたか?」

 

「あぁ、それについては入学式で説明がある。お前たちはこの先のグラウンドで待機しているように。」

 

まったく答えになってないが、言われるまま、俺たちはグラウンドを目指した。

 

「どうやら別々のクラスのようですね。」

 

「あぁ」

 

(訳ありばかりの生徒を集めたトールズ第二分校。ここにいる全員が未来に希望を持っているのだろう。だが、俺にとっては違う。この体に眠る異能を消すための長く、あてのない戦いの始まりでしかない)

 

[キリコ side out]

 




これで序章は終わりです。

次から閃の軌跡Ⅲ本編に入ります。キリコと新旧Ⅶ組がどう絡み合っていくのかお楽しみください。

キリコの持っている中古の戦術オーブメントは空の軌跡FC時の物なので3、4年前の物になります。当然、ARCUSはおろかENIGMA用のクォーツは使えないので半ばワンオフ扱いです。


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第一章 サザーラント篇
トールズ第Ⅱ分校①


本編始まります。都合上、原作の序章と第一章は一緒にします。


キリコとミュゼは校門の前で言われたとおりにグラウンドで待機していた。

 

周りは緊張と不安のためか表情が硬くなっていたが、二人を含めた数人はリラックスしているように見える。

 

しばらくして、オーレリアを先頭に数人の男女が歩いて来た。

 

そして最後にやって来た眼鏡を掛けた男の存在がグラウンドの空気を一瞬で変えた。

 

「ククッ……マジかよ」

 

「ふふっ……これは、予想外ですね。」

 

「…………《灰色の騎士》………!」

 

「…………うそ………」

 

「……むう………」

 

(奴は確か……リィン・シュバルツァーか)

 

灰色の騎士 リィン・シュバルツァー。

 

二年前の内戦ならびにクロスベル戦役終結の立役者。帝国では知らぬ者などいない英雄。

 

そんな者が曰く付きの分校に教官として現れたのだから、こうなることは無理もないことだった。

 

「静粛に!許可なく囀ずるな!」

 

「これよりトールズ士官学院第Ⅱ分校の入学式を執り行う!」

 

金髪の軍人、ミハイル・アーヴィング少佐の一声に全員が戸惑うなか、クラス分けが発表された。

 

《Ⅷ組 戦術科》は赤毛の男性教官 ランドルフ・オルランドが担当し、ゼシカ、ウェイン、シドニー、マヤ、フレディ、グスタフ、レオノーラ、そして茶髪の男子アッシュの名前が呼ばれた。

 

《Ⅸ組 主計科》は背の低い女性教官 トワ・ハーシェルが担当し、サンディ、カイリ、ティータ、ルイゼ、ヴァレリー、パブロ、スターク、そしてミュゼが呼ばれた。

 

だがキリコを含めた残りの発表は行われず、分校長のオーレリアの訓示の流れになった。

 

「第Ⅱの分校長となったオーレリア・ルグィンである。外国人もいるゆえ、この名を知る者、知らん者もいるだろうが、一つだけ確と言える事がある」

 

「薄々気づいている通り、この第Ⅱ分校は"捨て石"だ」

 

(やはりな……)

 

教官陣が動揺するなか、キリコは確信した。

 

そして今の言葉が誰に向けられた言葉なのかを。

 

動揺の空気が辺りに漂うのも構わずオーレリアは続ける。

 

ここでの目的は本校で受け入れられない厄介者や曰く付きをまとめて使い潰すためだと。

 

こんな事を聞かされて動揺しない者は(一部を除いて)いなかった。

 

だが、オーレリアの次の言葉が空気を変えた。

 

「だが、常在戦場という言葉がある。平時で得難き気風を学ぶには絶好の場所であるとも言えるだろう」

 

「自らを高める覚悟なき者は今、この場で去れ。教練中に気を緩ませ、女神の元いや……

 

地獄に行きたくなければな」

 

「ッ!」

 

オーレリアの言葉に皆誰もが真剣な眼差しで聞いていた。これが《黄金の羅刹》と言われた将たる所以なのだろう。

 

「フフ ならば、ようこそトールズ士官学院・第Ⅱ分校へ!」

 

「『若者よ、世の礎たれ』」

 

「かのドライケルス大帝の言葉をもって、諸君を歓迎させてもらおう!」

 

 

分校長の挨拶代わりの演説の後、生徒たちはそれぞれの担当教官の元に集まっていたが、キリコたち4人はその場に留まっていた。

 

「え、えっと……」

 

「結局のところ、僕たちはどうすれば」

 

「…………」

 

「ねぇ君、今の話どう思う?」

 

キリコが腕組みしていると、ピンク色の髪の女子に話しかけられた。

 

「さあな」

 

「いや、さあなじゃなくって。それにさっきの捨て石って言葉。まともじゃないわよ」

 

「………」

 

「ちょっと!聞いてるの?」

 

「………」

 

「ん、もう!」

 

ピンク色の髪の女子は憮然とした。

 

(何よ。感じ悪いわね。これだから帝国人は)

 

(この男、なんという隙のなさだ。ただ者じゃない)

 

(………??。なんでしょう、この感じは……)

 

このやり取りを見ていた青髪の男子はキリコの本質に驚き、白い髪の女子は初対面であるはずのキリコに奇妙な感覚を覚えた。

 

その隣でリィン・シュバルツァーがオーレリアにクラス分けの続きを促した。

 

「そなたら四名の所属は《Ⅶ組特務科》担当教官はその者、リィン・シュバルツァーとなる」

 

 

[キリコ side]

 

分校長の言葉で俺は、Ⅶ組特務科に所属が決まった。

 

そしてミハイル少佐、シュミット博士に先導され、主計科の女子生徒と共に、分校の奥にある要塞のような施設に来ていた。

 

「わああっ……!」

 

「送られた図面で見ましたけどこんなに大きいなんて……!」

 

「フン、この程度ではしゃぐな。伝えていた通り、お前には各種オペレーションをやらせる。ラッセルの名と技術、せいぜい示してみるがいい」

 

ラッセル……確かリベールのZCF(ツァイス中央工房)のラッセル博士か。

 

このティータという生徒はおそらく、ラッセル博士の身内なのだろう。

 

そう思っているとミハイル少佐から、Ⅶ組特務科には入学時の実力テストとしてこの特殊訓練施設アインヘル小要塞の攻略を命じられた。

 

難易度の変更は自由自在、おまけに魔獣も放たれている。訓練にはうってつけだろう。

 

だがここは学校だ。

 

精神年齢が百歳近い俺はともかく、周りは身も心も成人していない学生ばかり。

 

そんな者が魔獣の放たれている場所へ行けと言われて冷静でいられるわけがない。

 

「な……!?」

 

「ま、魔獣 冗談でしょ!?」

 

結果はこの通りだ。

 

だが、それをよそにシュバルツァー教官はⅦ組特務科の名を実感させる入学オリエンテーションであり、新米教官の実力テストであることを突き止めた。

 

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 

ピンク色の髪の女子が我慢に耐えかねたらしく、声を荒げる。

 

「黙って付いてきたら勝手をことをペラペラと……。そんな事を……ううん、こんなクラスに所属するなんて一言も聞いていませんよ!?」

 

「適正と選抜の結果だ。クロフォード候補生。不満ならば今すぐ荷物をまとめて軍警学校に戻っても構わんが?」

 

軍警学校……クロスベル州の軍警察学校か。

 

なるほど、さっきからシュバルツァー教官に対する態度はそれか。

 

帝国では英雄と持て囃されていても、クロスベル州では不倶戴天の敵というわけか。

 

「……納得はしていませんが状況は理解しました。それで、自分たちはどうすれば?」

 

青髪の男子の質問にミハイル少佐は小要塞内部で待機するよう答え、シュバルツァー教官に大きめのクォーツを渡した。

 

その後、各自情報交換とARCUSⅡの指南を命じた。

 

大分待たされたのか、シュミット博士はティータに10分で準備するよう急かした。

 

小要塞内部は思ってたより広い。俺は思わずワイズマンの人工天体を思い浮かべた。

 

シュバルツァー教官は白い髪の女子と何か話している。

 

どうやらこの二人は知り合い同士らしい。

 

その後、シュバルツァー教官は互いに自己紹介をしておこうと言った。

 

「俺は…「フン……名乗る必要なんてないでしょう?《灰色の騎士》リィン・シュバルツァー。学生の身でありながら1年半前にあった帝国の内戦を終結させ、クロスベル戦役でも大活躍した若き英雄。帝国どころかクロスベルでも知らない人はいないくらいの有名人じゃないですか」

 

シュバルツァー教官が自己紹介しようとした時、ピンク色の髪の女子が皮肉混じりに被せてきた。

 

「捕捉すると、その後も今の本校に在学しながら帝国各地の事件や変事を解決し……昨年10月の《北方戦役》ではオーレリア、ウォレス両将に協力する形でノーザンブリア併合に貢献したらしい」

 

青髪の男子がそれに続く形で捕捉した。

 

「そ、そうなの!?というかオーレリアってさっきの……。というか、ノーザンブリア併合に貢献って……!?」

 

どうやら最近の事は知らないらしい。

 

北方戦役。

 

北のノーザンブリア自治州とエレボニア帝国の戦争。

 

帝国東部の交易地ケルディック焼き討ちの実行犯である《北の猟兵》に対し賠償金の支払いを要求したが北の猟兵はこれを拒否したため、開戦となった。

 

土地が痩せ貧困に喘ぐノーザンブリアが帝国に敵うはずもなく、降伏。

 

ノーザンブリアは帝国と併合し、支配下におかれた。

 

なお、この戦いでオーレリアとウォレス率いる領邦軍は再評価され、一つに纏めた《統合地方軍》として存続が認められた。

 

シュバルツァー教官も参戦し、青髪の男子の言うとおりの活躍をしたらしい。

 

ピンク色の髪の女子に睨み付けられても、シュバルツァー教官は構わず、自己紹介をした。

 

次に青髪の男子が自己紹介をした。

 

「クルト・ヴァンダール。帝都ヘイムダルの出身です。」

 

武術の心得がない俺には解らなかったが、シュバルツァー教官の反応を見る限り、有名らしい。

 

「ヴァンダール、そうだったのか。するとゼクス将軍やミュラー少佐の……?」

 

「ミュラーは自分の兄、ゼクスは叔父にあたります。まあ、髪の色も含めて全然似ていないでしょうが」

 

「それは……」

 

心当たりがあるのか、シュバルツァー教官は驚いていた。

 

また、クルトはシュバルツァー教官の眼鏡が伊達であることを言い当て、外すよう勧めた。

 

教官は苦笑いしながら、ピンク色の髪の女子に自己紹介を促した。

 

「ユウナ・クロフォード。クロスベル警察の出身です。正直、よろしくしたくないけど……そうもいかないのでよろしく!」

 

クロスベルにあるのは軍警学校のはずだが。それをシュバルツァー教官に指摘されると、

 

「併合前は警察学校でした!それを帝国が勝手に変えて……」

 

「それとも正式名称以外は使うなって言うんですか!?」と激昂した。

 

「いや……他意はない。悪い、無神経だったようだ」

 

「っ………別に。あたしも言い過ぎました」

 

シュバルツァー教官の謝罪に怒りを引っ込める。

 

ユウナ自身は教官を忌み嫌っているわけではないらしい。

 

「次は私ですね。」

 

白い髪の女子が自己紹介を始めた。

 

「アルティナ・オライオン。帝国軍情報局の所属でした。」

 

爆弾を投げ入れた。

 

「……!?」

 

「へ……」

 

二人の反応は当然だろう。

 

どう見ても自分たちより年下のアルティナが諜報機関だと言うのだ。

 

それにしてもあっさりと明かした。この世界では普通なのだろうか?

 

アルティナによると、ここに入学した時点で無所属になっているので気にするなとのこと。

 

二人は納得できていないようだが、シュバルツァー教官はまた苦笑いを浮かべている。

 

「最後は君だな」

 

やっと俺の番か……。

 

「キリコ・キュービィー。よろしく頼む」

 

「え、それだけ?」

 

「他にはないのか?」

 

「特にない──」

 

「思い出しました」

 

 「キリコ・キュービィー……先の内戦時に第九機甲師団に協力する形で機甲兵を駆り、貴族連合軍を何度も退け、オーレリア将軍やウォレス准将と互角に渡り合ったと情報局の秘匿データベースで拝見しました」

 

「「ッ!?」」

 

「な、何っ!?」

 

アルティナの一言で周囲は唖然となり、俺は仕方なく説明することになった。

 

「……そいつの言ったことはだいたい合ってる。そして俺は分校長の推薦でここにいる」

 

「す、推薦って……」

 

「なるほど、通りで」

 

「そうだったのか。よろしく頼む」

 

「はい」

 

全員の自己紹介が終わったのを確認したのか、天井から聞き覚えのある声が響いた。

 

どうやらセッティングが終わったらしい。LV0というからには腕試しのつもりだろう。

 

シュバルツァー教官が少し待つよう告げ、戦術オーブメントを取り出し、説明を受けた。そして大きめのクォーツを渡された。

 

どうやらこれはマスタークォーツというらしい。

 

俺は渡された火属性のマスタークォーツ――ロンギヌスを装着した。

 

なるほど、今までの戦術オーブメントとは比べるまでもなく、身体能力が向上している。

 

それだけでなくアーツも使えるようになった筈だ。

 

もっとも俺はアーツにはあまり頼らないが。

 

『フン、準備は済んだか。ならばとっとと始めるぞ』

 

今度はシュミット博士の声が天井から響いた。

 

よっぽど人を急かしたいらしい。

 

シュミット博士からLV0のスタート地点とクリア地点の説明もそこそこに何やら聞こえてきた。

 

『は、博士……?その赤いレバーって……』

 

………嫌な予感がする。

 

『ダ、ダメですよ~!そんなのいきなり使ったら!』

 

奴は何をさせる気だ?

 

『ええい、ラッセルの孫のくせに常識人ぶるんじゃない……!』

 

ラッセル博士は相当の変人らしい。

 

『それでは見せてもらうぞ。Ⅶ組特務科とやら』

 

『この試験区画を、基準点以上でクリアできるかどうかを!』

 

俺たちはモルモットか…………ッ!?

 

「!! みんな、足元に気をつけろ!」

 

「へ……」

 

「なっ……!?」

 

言われるまでもない。

 

俺は床がガタンと鳴った瞬間、バックステップで回避したが、ユウナとクルトと反応が遅れ、そのまま落ちて行った。

 

シュバルツァー教官は素早く傾いた床を掴み、二人に受け身をとるよう指示した。

 

そしてアルティナはというと……

 

「クラウ=ソラス」

 

黒い人形に乗っていた。

 

 しかも宙に浮いている。

 

「……………」

 

「大した反応速度だな。だが気持ちは解るが今は試験が優先事項だ。床に手をつきながら降りるんだ。」

 

「………はい」

 

俺は思わず呆気にとられた。

 

そんな俺の心情を察したシュバルツァー教官が指示を出した。

 

確かに気にはなるが、今はこちらが先決だ。

 

俺はそう言い聞かせて地下へ降りて行った。

 

これから始まるのだ。俺の中の異能との果てしない戦いが。

 

[キリコ side out]

 




ロンギヌス

オリジナルのマスタークォーツ。
火属性
レベルがひとつでも上の相手にクリティカル


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トールズ第Ⅱ分校②

今回は長めです。


[キリコ side]

 

傾いた床を滑り降りると、そこにはユウナとクルトがいた。

 

ユウナがクルトに覆い被さるようにして。

 

シュバルツァー教官を見ると頬を掻いている。

 

まるで見に覚えがあるかのようだ。

 

(こいつ、まさか……)

 

「弾力性のある床……打撲の心配はなさそうです」

 

「ですが、教官のような不埒な状況になってます」

 

……………今からでも変えられないだろうか。

 

その直後、顔を真っ赤にし怒りに震えるユウナにクルトは申し訳なさそうになりながら……

 

「……事故というのはこの際、関係なさそうだ。弁解はしない。一発、張り飛ばしてくれ。」

 

「ふ、ふふ……殊勝な心がけじゃない…… そんな風に言われるのもそれはそれで腹が立つけど……

 

遠慮なく行かせてもらうわっ!」

 

敢えて平手打ちをくらった。

 

一悶着あった後、シュバルツァー教官は小要塞の攻略の開始を宣言した。

 

そしてそれぞれの武装のチェックを指示した。

 

「って、こんな茶番に本気で付き合うんですか!?」

 

「博士のことは知ってるが茶番を仕掛ける性格じゃない。本気で俺たちを試してるんだろう。無事にここを突破するためにも全員のスタイルを知っておきたい」

 

確かに先ほどのやり取りから茶番とは思えない。

 

やり方はともかく、あくまでも俺たちの実力を測りたいのだろう。

 

「分かりました。 自分はこれです。」

 

クルトが取り出したのは一対の双剣だった。それを軽く振り回して構える。

 

シュバルツァー教官曰く、これはヴァンダール流の双剣術だという。

 

その直後、クルトは剛剣術の方が有名だと言うが俺には分からない。

 

次にユウナが武装を取り出した。

 

一見トンファーのようだが、ユウナによるとこれはガンブレイカーという銃機構の付いた特殊警棒だという。

 

近距離の打撃と中距離の射撃を使い分けられる新武装らしく、アルティナも知らないらしい。

 

後、なぜかクルトの双剣を古いものと決めつけ張り合っていた。

 

次にアルティナが先ほどの人形を顕現させた。

 

彼女によると、この人形はクラウ=ソラスという名で《戦術殻》という兵装だという。

 

初見の二人は唖然としていたが、俺も何度見ても慣れない。

 

アストラギウスでさえ、完全自律型兵器などなかったからな。

 

「最後はキリコ、君だな。」

 

俺は黙って左脇のホルスターから得物を出した。

 

その瞬間、ユウナとクルトがぎょっとした表情になり、アルティナとシュバルツァー教官が驚きの声を上げた。

 

「な、何よこれ……!?」

 

「導力仕掛けの銃…?それにしては大きすぎるような……」

 

「これは確か……アーマーマグナムだったか?」

 

「はい、情報局のデータベースにありました。装甲車両にすら穴をあけるほどの高威力ですが、重く扱いづらいため使う人はほとんどいません。武装選択ミスかと」

 

「いや、これが一番しっくりくる。後このナイフもだ」

 

そう言って俺は腰の投擲用のナイフを抜く。

 

「わかった。頼りにさせてもらう。 ああ、ちなみに俺の武装はこれだ」

 

シュバルツァー教官は片刃の剣を抜いた。

 

「《八葉一刀流》の太刀……」

 

「アリオスさんが使っていたのと同じ武器ね」

 

「ああ、帝国風の剣じゃなく、東方風の刀になる」

 

なるほど、あれが所謂刀というやつか……

 

それぞれの武装を確認して攻略が始まった。

 

[キリコ side out]

 

 

 

LV0の扉を開けると早速、ネズミとうさぎを混ぜたような魔獣が三体いた。

 

全員に止まるよう指示したリィンは現時点での戦力は見るべく、攻撃を仕掛ける。

 

まずクルトが双剣で斬りかかり、アルティナがクラウ=ソラスで殴り付けて撃破。

 

その後ユウナの打撃とリィンの斬擊が二体目を倒す。

 

そしてキリコのアーマーマグナムの一撃が最後の一体を壁際まで吹き飛ばした。

 

「敵性魔獣、撃破しました」

 

「ふう、初戦としてはまずまずだな。みんな、怪我はないな?」

 

「……ええ、問題ありません」

 

「って、あたしたちはともかく……」

 

「えっと……アルティナにキリコ、だったわね。その、大丈夫……みたいね?」

 

「? 何がでしょうか?」

 

「…………」

 

「っと、ほんとに滅茶苦茶ね」

 

「キリコはともかく、彼女自身かなりの場数を踏んでいるみたいですね?」

 

「ああ、否定しない。だがまあ、それでも君たちより年下の女の子なのは確かだ。三人とも実戦は問題なさそうだし、上手くフォローしてやってくれ。ただ、キリコ。君は少々独断が目立つ。もう少し周りを見るようにな?」

 

「善処します」

 

(本当に分かってるのかな……)

 

リィンは一抹の不安を覚えながらも、小要塞の攻略を再開した。

 

その後、一行はさまざまなタイプの魔獣とエンカウントした。

 

物理攻撃が通りにくいタイプにはアーツ、集団にはユウナのガンナーモードを軸にクラフトの範囲攻撃、大きい敵にはARCUSⅡの機能《戦術リンク》で協力しながら制圧していった。

 

ちなみに、戦術リンクはリィンとキリコ、クルトとアルティナが組んだ。その間ユウナは援護射撃に徹した。

 

初めは全員が繋がったような感覚に戸惑ったが、何回か戦闘を重ねるうちにすぐに慣れた。

 

だが、キリコはクルトの態度が気になっていた。まるで失望しているかの態度にキリコは思わず聞いてみた。

 

「失望してるのか?」

 

「え……!?……ああ、そうかもしれない。これがあの灰色の騎士かとね」

 

「今は態度に出すな。ここを突破するまではな」

 

「キリコ……ああ、そうだな」

 

「お二人とも、何してるんですか?」

 

「男子二人でこそこそと……ホント帝国人っていかがわしいわね」

 

「………」

 

「いや……なんでもないから…」

 

「ハハハ……さあ、残り半分だ。行くぞ」

 

「探索を続行します」

 

(それにしても改めて思う。サラ教官って凄かったんだな。)

 

リィンは率いる難しさを肌で実感した。

 

 

 

探索を進めていると、一行の前にこれまでで一番大きく、毒々しい体表の魔獣と遭遇した。

 

体力の高さに手こずったものの、アーツと戦術リンクを組み合わせて倒した……かに見えた。

 

「下がれ!」

 

「「!?」」

 

二人はキリコの声に反応した。

 

大型魔獣はまだ生きていた。

 

キリコが銃で牽制し、アルティナがクラウ=ソラスのバリアを展開し二人をガードする。

 

そしてリィンが、構えた。

 

 

 

「明鏡止水、我が太刀は静。見えた!うおぉぉっ!斬!七の太刀 落葉!」

 

 

 

リィンのSクラフトにより大型魔獣は無数に切り刻まれ、消滅した。

 

「全員無事か?キリコ、アルティナ、よく咄嗟に動いてくれたな。ユウナとクルトは敵の目の前で武装を解いたのはまずかったな?敵の沈黙が完全に確認できるまで気を抜かない 実戦における基本中の基本だ。」

 

「っ………はい」

 

「……すみません。完全に油断していました」

 

「いや……偉そうには言ったが今のはどちらかといえば指導者である俺のミスだな。やっぱりまだまだ未熟ということだな」

 

リィンはさらに続ける。

 

「だが、それでも今は"俺"が君たちの教官だ。この実戦テストで、君たちと同じく試される立場にある、な」

 

「だから君たちにも見てもらう、君たち自身の目で、俺を見極めてくれ。本当に俺が《Ⅶ組》の教官にふさわしいのかどうかを」

 

リィンの言葉にユウナとクルトとアルティナは答えに詰まった。一方キリコは、答えを出しつつあった。

 

(人間的には些か不安だが先ほどの戦闘力は本物だった。こいつらとともにⅦ組に残るか、それとも……)

 

『何を立ち止まっている。時間を無駄にするんじゃない。とっととテストを再開するがいい』

 

シュミット博士に水を差され、一行は攻略を再開し最奥に向かった。

 

この時、リィンとアルティナとキリコは気づいていなかったが、ユウナとクルトは和解しつつあった。

 

 

 

残りの魔獣を殲滅し、宝箱を回収しつつ、一行は遂にクリア地点にたどり着いた。

 

指定の場所は今までで一番広い造りになっていた。

 

ユウナはやっと外へ出られることに安堵しつつ、帝国批判をし、クルトはあれが本当に有名なシュミット博士なのかリィンに聞いていた。

 

その一方でキリコは何かの気配を感じ、アーマーマグナムの弾を装填した。

 

「これは……」

 

「センサーに警告。霊子反応を検出しました」

 

「へ……」

 

「霊子反応……?」

 

(何かくる……!)

 

一行がいぶかしんでいると、ティータからその場から逃げるよう指示がとんだ。

 

その直後、目の前の空間が歪み、巨人のようなものが顕れた。

 

「ッ!?」

 

「これって……帝国軍の機甲兵!?」

 

「違う」

 

「《魔煌兵》 暗黒時代の魔導ゴーレムだ!」

 

「シュミット博士!まさか、これも貴方が!?」

 

『あぁ、内戦時に出現していた旧時代マシナリィを捕獲しておいた。機甲兵よりも出力は劣るが自律行動できるのは悪くない。それの撃破をもって今回のテストは終了とする』

 

「くっ、本気か……!?」

 

「ちょっとマッド博士!いい加減にしなさいよね!?」

 

(このメンバーじゃ分が悪いな。こうなったら──)

 

「来い、《灰の騎神》────」

 

『騎神の使用は厳禁とする』

 

リィンが相棒を呼ぼうとすると、すかさずシュミット博士が止める。

 

『LV0の難易度は騎神の介入を想定していない。その程度の相手に使っては正確なテストにならぬだろう』

 

『シュバルツァー、せいぜいお前が"奥の手"を使うか──』

 

(奥の手……?)

 

(こいつ、何を隠している?)

 

『──まだ使っていないARCUSⅡの新機能を引き出して見せるがいい』

 

『《ブレイブオーダー》モードを起動してください!リィン教官ならきっと使いこなせるってオリビエさん──オリヴァルト殿下が言っていました!』

 

「そうか──了解だ!」

 

リィンは先日、恩人の言葉を思いだし、ARCUSⅡを取り出した。すると、キリコたちは蒼い光に包まれた。

 

「これは……」

 

「何かがあの人から伝わってくる……!?」

 

「戦術リンク──いえ、それとは別の……」

 

「これが新機能とやらか……」

 

「Ⅶ組 特務科総員、戦闘準備!!」

 

リィンの号令に戸惑いを捨て、キリコたちは目の前の敵を見据える。

 

「ブレイブオーダー起動──トールズ第二分校、特務科Ⅶ組、全力で目標を撃破する!」

 

「「「おおっ!!」」」

 

「了解……!」

 

 

 

[キリコ side]

 

「構えろ!防御陣 《鉄心》」

 

シュバルツァー教官の号令と共に体が硬くなったようだ。

 

これがブレイブオーダーとやらなのだろう。

 

最適なタイミングで最適な効果をもたらす、まさに戦場の革命といえるだろう。

 

なら後は、同じだ。目の前の敵を倒す。

 

「レインスラッシュ!」

 

「クロスブレイク!」

 

「ブリューナク起動──照射」

 

シュバルツァー教官のオーダーにユウナたちがそれぞれのクラフト技を叩き込む。

 

俺もそれに続けてクラフト技《アーマーブレイク》を放つ。

 

相手の防御を崩すまでには至らなかったが教官の斬擊が魔煌兵をぐらつかせる。

 

「グオオオォ………!」

 

すると奴から金色のオーラが噴出し、先ほどとは桁違いに性能が上がった。

 

「パ、パワーアップした!?」

 

「クッ……!?」

 

「なるほど、いわゆる《高揚》ですか……」

 

「って、知ってるの!?」

 

「こういった魔導ゴーレムは追いつめると全性能を解放する。最後まで油断するな!」

 

「ああもう!帝国人の考えることがわかんない!」

 

「だから一括りにしないでくれ!」

 

「問題ない……」

 

「え?」

 

「キリコ君!?」

 

「戦い方は人間相手と変わらない。それに、こいつは先ほどよりもふらついている。後少しで撃破できるはずだ」

 

「キリコ……」

 

「そうだな──ブレイブオーダー起動。行くぞ!突撃陣 《烈火》」

 

先ほどの鉄心と違い、今度は体が軽くなった。こちらはアタッカー仕様なのだろう。

 

試しに撃ってみると、ダメージが上がっている。これなら……。

 

[キリコ side out]

 

 

 

リィンのオーダーで士気を上げたⅦ組は魔煌兵に立ち向かった。

 

強力な攻撃に膝をつきそうになるが、キリコの言葉に動かされ、誰一人諦めることなく、遂に魔煌兵を撃破した。

 

「はあはあ………た、倒せた……」

 

「…………っ………はあはあ………」

 

「………体力低下。小休止します」

 

「……………」

 

「みんなお疲れ。もっとも、キリコは平気そうだな。」

 

「ど、どうなってんのよ……」

 

「………化け物か……」

 

「本当に人間ですか?」

 

(アルティナが言っていいんだろうか……)

 

リィンがそう考えていると、天井からティータとシュミット博士の声が響いてきた。

 

『お、お疲れ様でした!これでテストは全て終了です!──博士、いくらなんでも無茶苦茶ですよ~!』

 

『フン、想定よりも早いか。次は難易度を上げるとして……』

 

『博士、今私の話聞いてました!?』

 

『だが、キュービィーがいるとなると……』

 

『あううっ…。聞いてくださいよ~っ!?』

 

聞こえてくる内容に全員が閉口する。

 

「……無茶苦茶すぎだろう」

 

「次って、また同じことをやらせようってわけ…?」

 

「可能性は高そうですね」

 

(いや、確定だろう)

 

「──いずれにせよ、"実力テスト"は終了だ。四人とも、よく頑張った」

 

リィンはそう言ってキリコ以外に手をさしのべた。

 

「ARCUSⅡの新モード、ブレイブオーダーも成功──上出来といっていいだろう」

 

「それぞれ課題はあるだろうが一つ一つクリアしていけばいい。」

 

「Ⅶ組 特務科───人数の少なさといい、今回のテストといい、不審に思うのも当然かもしれない。」

 

「士官学院を卒業したばかりでロクに概要を知らない俺が教官を務めるのも不安だろう」

 

リィンは今はそれぞれの道を歩んでいる仲間たちを思い浮かべながら続ける、

 

「先ほど言ったように、希望があれば他のクラスへの転科を掛け合うことも約束する。だから──最後は君たち自身に決めて欲しい」

 

「自分の考え、やりたい事、なりたい将来、今考えられる限りの"自分自身"の全てと向き合った上で──

 

 

今回のテストという手応えを通じてⅦ組に所属するかどうかを」

 

「多分それが、Ⅶ組に所属する最大の決め手となるだろうから」

 

かつての自身と重ね合わせるように。

 

 

 

「──ユウナ・クロフォード。Ⅶ組 特務科に参加します」

 

一番初めにユウナが参加を表明した。

 

「勘違いしないでください。入りたいからじゃありません。あたしはクロスベルから不本意な経緯でこの学校に来ました。帝国のことは、あまり好きじゃないし、貴方のことも良く思っていません」

 

「みたいだな」

 

「……だけど、今回のテストで貴方の指示やアドバイスは適切でした。さっきの化け物だって、貴方がいなければ撃破できなかったでしょう。はっきり言って悔しいですし、警察学校で学んだことを活かせなかったのも事実です」

 

「──だから結果を出すまでは、実力を示せるまではⅦ組にいます。《灰色の騎士》──いけすかない英雄である貴方を見返せるくらいになるまでは」

 

(……滅茶苦茶だろう……)

 

(……倫理的整合性はありそうですが。)

 

(……やはり怨んでいる訳ではなさそうだな)

 

「ふう……その英雄というのは正直やめて貰いたいんだが。わかった、君の意思を尊重する。Ⅶ組へようこそ──ユウナ」

 

「クルト・ヴァンダール。自分も参加します。ただし──積極的な理由はありません。この第Ⅱ分校が、自分のクラスをここに定めたのなら異存はありません。強いて言うなら、今回のように実戦の機会が多いのは助かります。受け継いだ剣を錆び付かせてしまったら家族への面目も立ちませんから」

 

「受け継いだ剣……」

 

「ヴァンダール流ですか」

 

「それと、折角なので《八葉》の一端には触れさせてもらおうかと。───正直、聞いていたほどではなかったというのが本音ですが」

 

(って、生意気すぎでしょ……!?)

 

(人のことは全く言えないと思いますが)

 

(……………)

 

「はは……君たちと同じくいまだ修行中の身というだけさ。───了解した、クルト。Ⅶ組への参加を歓迎する」

 

クルトが参加表明を終えた後、キリコが一歩踏み出した。

 

「キリコ・キュービィー。Ⅶ組への参加を希望します」

 

「ええっ!?」

 

「っ、意外だな。てっきり不参加だと思ったが」

 

「俺にはやりたい事がある。それを達成するためにはここが最短だと判断した。それだけだ」

 

(え、偉そうに………!)

 

(だから人のことは全く言えないと)

 

(フウ……)

 

「わかった。キリコ、Ⅶ組への参加を歓迎する。よろしく頼む」

 

「はい」

 

キリコが参加を表明すると全員、アルティナに目を向ける。

 

「………?」

 

「───最後は君だ。アルティナ」

 

「確認の必要はありません。秘匿事項ではありますが、任務内容には準じて──」

 

「そうじゃない、アルティナ」

 

あくまで任務だと言うアルティナの言葉をリィンは切って捨てた。

 

「君自身の意志でどうしたいか決めるんだ」

 

「???」

 

「……………………」

 

(……意味が分からないのか?)

 

(自分ではなく任務の為………。いや、あり得ないな)

 

ユウナとクルトが戸惑いの表情を浮かべる横で、キリコは一瞬あるものを思い浮かべるがすぐにあり得ないと結論付ける。

 

リィンはさらに続ける。

 

「さっきも言った通り、自分自身の意志を示さない限り参加を認めるつもりはない。決めたのが分校長だろうと、たとえ情報局や帝国政府だろうとその一線は譲らないつもりだ。……何でもいい。君自身の"根拠"を示してくれ」

 

「私自身の"根拠"……」

 

「ちょ、ちょっと……!何を意地悪してるんですか!?事情は知らないけどよく分かってない子に──」

 

「……"根拠"は思いつきません」

 

ユウナがリィンの態度に反論しようとすると、アルティナが口を開く。

 

「ですが──この一年、"要請"の度に貴方のことをサポートさせてもらいました。この分校で所属するなら『リィン教官のクラス』であるのが"適切"であると考えます。それと─一年半前、私の任務に立ち塞がったトールズ士官学院《特科クラス Ⅶ組》──その名前の響きに少しばかり興味もあります。……それでは不十分でしょうか?」

 

「あ……」

 

「………」

 

(その名は確か──)

 

「今はそれで十分だ。よろしく頼む、アルティナ」

 

これでユウナ、クルト、アルティナ、キリコの全員がⅦ組参加を表明した。

 

リィンは拳を握り、

 

「──それでは、この場をもって《Ⅶ組 特務科》の発足を宣言する。お互い"新米"同士、教官と生徒というだけでなく──"仲間"として共に汗をかき、切磋琢磨していこう!」と締めくくった。

 

 

 

「リィン君……」

 

「へえ……どうなってるか気になって来てみりゃあ」

 

「……勝手なことを。一教官に生徒の所属を決定できる権限などないというのに」

 

「フフ、転科の願いがあれば私は認めるつもりであったが」

 

「分校長、お言葉ですが……」

 

「帳尻が合えばよかろう。彼らは己で"決めた"のだ」

 

「Ⅷ組、Ⅸ組共に出だしは順調、"捨て石"にしては上出来の船出だ」

 

リィンたちがさっきまで戦っていた場所の上ではオーレリア、ミハイル、ランドルフ、トワの四名がいた。彼女らはⅦ組の発足に満足のようだった。

 

「──近日中に動きがある。せいぜい雛鳥たちを鍛えることだ。激動の時代に翻弄され、儚く散らせたくなければな」

 

「も、勿論です……!」

 

「……イエス、マム」

 

「やれやれ、大変な所に来ちまったなぁ」

 

「ああ、一羽だけ大鷲が混じっているようだがな」

 

「お、大鷲って……」

 

「あのキリコっての、マジであんたが推薦したんすね」

 

「ああ、生身の戦闘はともかく、機甲兵戦術においては私と同等かもしれん」

 

「分校長……」

 

(上とは言わねぇんだな……)

 

(きっとプライドがあるんでしょう……)

 

この時、ランドルフたちは気づいていなかった。

 

(フフフ、キリコ・キュービィー。やっとあの時の借りが返せるな)

 

オーレリアが獰猛な笑みを浮かべていたことに。

 

 

 

小要塞の外ではティータと赤毛の男が話していた。

 

「ったく、ラッセルの爺さん以上にマッドすぎるだろうが……。リベールから留学の件もそうだが、あんな人を人とも思わないジジイに弟子入りしちまって本当に良かったのか?」

 

「あはは……でもでも、やっぱりすごいヒトです。同じ新入生の子たちとも仲良くやっていけそうですし……。──それに、帝国に入れないお姉ちゃんたちの"代理"もちゃんと務めたいですから……」

 

「やれやれ、いつの間にかデカクなったっつーか……。もう"チビスケ"なんて呼べねぇな」

 

そう言って赤毛の男はティータの頭を撫でる。

 

「あ…………えへへ……」

 

「"連中"は確実に動き始めてる。帝国政府も、それ以外の勢力もな。あのスチャラカ皇子のツテで遠距離の導力通信のラインは確保できた。何かあったら駆けつける。遠慮なく連絡しろ──ティータ」

 

「はいっ………!アガットさんも気をつけて」

 

アガットと呼ばれた男は帰ろうとしたが、不意にティータにあることを聞いた。

 

「そういや、気になるヤツがいるって言ったな。どんなヤツだ?」

 

「あ、はい。キリコ・キュービーさんと言って、Ⅶ組 特務科に所属することになった人なんですけど、分校長の推薦だそうです」

 

「あの《黄金の羅刹》の……?ふむ、一応調べとくか……」

 

「アガットさん……?」

 

「心配すんな。何かしようってわけじゃねぇ。あくまで念のためだ」

 

 

 

「───なるほど。本校に続いて第Ⅱもか」

 

ところ変わってここは帝都ヘイムダル。

 

鉄血宰相の異名を持つギリアス・オズボーンは鉄血の子供達《アイアンブリード》のルーファス・アルバレア、レクター・アランドール、クレア・リーベルトと通信で彼らの報告を聞いていた。

 

『はい、初日は滞りなく終了したそうです。《Ⅷ組 戦術科》、《Ⅸ組 主計科》に加え、《Ⅶ組 特務科》も無事発足しました』

 

『やれやれ、なんとか虎を檻に繋げたと思ったんだが。まさか"奴さん"まで教官に加わっちまうなんてなぁ』

 

『名高き才女も入るし、捨て石とは思えぬ充実ぶりだ。クロスベルから"彼"まで送ったのは些か早計だったかな?』

 

『ハッ、よく言うぜ。完全に狙っていたくせによ。ま、戦力が充実するんならそれはそれで使いようがあるけどな』

 

『レクターさん、総督閣下も……』

 

「──いずれにせよ、この春をもって全てが動き始めることとなる」

 

「北のノーザンブリアを陥としたことで蛇どもの潜む茂みは全て焼き払った。主の"計画"を奪い返すためそろそろ巣穴から飛び出してくるはずだ」

 

「ならば、翼と剣をもがれた皇子の最後の悪あがきたる"第Ⅱ分校"──我が不肖の息子共々、せいぜい踊ってもらうとしよう」

 

『閣下………』

 

『ったく……ホントいい性格してるぜ』

 

『我ら《鉄血の子供達》──閣下の大望のために働くのみです』

 

通信を終えたオズボーン宰相は一人、先ほどとはうって変わって後悔の念を抱いていた。

 

「これで良かったのか。願わくば女神よ。リィンの、息子の行く末に光を……」

 

オズボーン宰相は祈った。

 

「それにしても"あやつ"の言っていた"生まれながらのPS"とはいったい……?」

 

オズボーン宰相は疑念を覚えた。

 




アーマーブレイク

CP30

リミッターを解除し、威力を上げた弾丸を放つクラフト技


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出会い

長くなりそうなのでいくつかに分けます。これからもそのスタイルでいこうと思います


4月15日

 

キリコが入学してから2週間が経過した。

 

 

 

[ユウナ side]

 

「ハァ~……」

 

本当に何なのよ~。そりゃあたしだって警察学校とは畑違いだから仕方ないとは思っていたけど………何で他はあんなにデキルのよ~!?

 

アルティナは元情報局らしいしあたしよりも知識はあると思ってたけど、納得いかないのはクルト君とキリコ君が受け答えがスラスラできるってこと。

 

一度何でなのか聞いてみたら、クルト君は分かりやすいから、(これはいいとして)キリコ君はただ糞真面目に復習をしているから(ケンカ売ってんの!?)。

 

でも、一番悔しいのはリィン教官の歴史学。

 

メチャクチャ分かりやすく、驚くほど頭に入ってくる。

 

一度答えに詰まった時には「慌てずに一度落ち着くんだ」とかいっちゃって。

 

ああもう、絶対に帝国人には負けないんだから!

 

「ハァ~」

 

「ユウナさん、さっきからため息が止まりません」

 

「きっと、疲れてるんだろう」

 

「……………」

 

見当違いなこと言ってんじゃないわよ。後キリコ君、何かリアクションして!

 

まぁ、この前の実力テスト以来、みんなとは話すようになったし、今朝もクルト君と仲直りも出来たし、よかったかな。

 

それにキリコ君もああ見えていい所もあるし、アルティナのこともなんだかほっとけないし。

 

今度"アル"って呼んでみようかな。

 

[ユウナ side out]

 

 

 

[クルト side]

 

ふむ、この第Ⅱ分校に入ってそれそれなりに経つがなかなかのレベルだ。周りとも上手くやってるし、大きなトラブルもない。だが、やはり違う。

 

僕の実家、ヴァンダール家は代々皇族アルノール家の守護を生業としてきた家柄でドライケルス大帝の親友だったロラン・ヴァンダールがそのルーツとなっている。

 

腹違いの兄、ミュラーがオリヴァルト皇子殿下に付いてるように、僕もセドリック皇太子殿下に当然のように付くはずだった。

 

それなのに政府の「ヴァンダール家を皇族守護の任から解く」という理不尽極まりない決定によりトールズ本校に入学出来なくなってしまった。

 

自暴自棄になっていた僕は兄ミュラーから第Ⅱ分校を紹介され、妥協する形でここに来たというわけだ。

 

そこで僕は《灰色の騎士》リィン・シュバルツァーが教官を務めるⅦ組 特務科に所属することになった。

 

他にも、クロスベルから来たユウナ、情報局のアルティナ、そして分校長の推薦を受けた男キリコとクラスメイトになった。

 

クラスの仲は悪くはないと思う。

 

ユウナとアルティナとキリコの4人での登校が僕らの日常になっている。

 

それにユウナとは今朝和解することができた。

 

教官のことは兄上から聞いてはいるが、正直大したことない。やはり"騎神頼みの英雄"か………。

 

[クルト side out]

 

 

[アルティナ side]

 

入学から14日、リィン教官の動きに問題なし。

 

特に不埒な行動は無し。

 

私は第Ⅱ分校の生徒ですが同時にリィン教官の監視が任務です。

 

教官が何かおかしな行動をすれば直ちに報告しなくてはいけません。ですが……。

 

2週間前のテストの際、自分の意志を示せと言われた時は困惑しました。

 

私は任務が最優先事項。自分の意志なんて必要ありません。

 

しかし、所属できなければ任務に支障をきたします。

 

私はおそらく初めて、思ったことを言いました。

 

教官はそれでいいと言ってくれました。

 

問題はそのことです。

 

あの後私は胸に違和感を感じました。

 

一応上司のアランドール少佐に報告したらなぜか笑いながら「そいつは直す必要ねぇよ。というか直せねぇよ。俺やオッサンでもな」と言いました。

 

このもやもやはいったい何でしょう?

 

報告ついでに、今朝ユウナさんとクルトさんの関係性が進歩したようです。

 

ですがユウナさんはなぜか否定します。

[アルティナ side out]

 

 

 

HR前

 

「あぁ~、やっと終わった~」

 

「あぁ、お疲れ」

 

「お疲れ様です」

 

机に突っ伏すユウナをクルトとアルティナが労う。

 

「キリコ君は疲れてなさそうね?」

 

「そうだな」

 

「ハァ、キリコ君は平常運転でいいわね。士官学校がこんなにハードル高いなんて思わなかったなぁ。訓練や実習はともかく、数学や歴史に芸術まであるんだもの」

 

「帝国は文武両道が伝統だからね。ドライケルス大帝ゆかりの伝統的な名門のトールズはなおさらだろう。例えそれが分校だろうとね」

 

「むしろ今年からは本校の方が大きく変わっているようですが」

 

「それは……」

 

(軍学校としての色を強めることが政府の決定らしいからな)

 

「とにかく、ここでやって行くって決めた以上、負けるつもりはないわ。絶対に見返してやるんだから!」

 

ユウナの決意を聞いた後、彼らは今日の授業について振り返ることにした。

 

「1限のミハイル教官の数学、みんな分かった?」

 

「あれはどちらかと言えば軍事学の応用に近いからな。」

 

「狙撃手や砲撃手辺りにはもってこいだろうな」

 

「少なくとも、本物の戦場で役に立つかは不明ですが」

 

(………身も蓋も無いな)

 

「むむむ、じゃあ2限のトワ教官の政経は?」

 

「僕は帝都出身だから、馴染みの法律が出てきたな」

 

「情報局のレクチャーで習いました」

 

「予習しておいた」

 

「何よもう!なら言わせてもらうけど3限のランディ先輩の行軍訓練はあたし頑張ったんだからね!」

 

「いや、あれは………」

 

「ユウナさんとキリコさん以外、脱落したからかと……」

 

三限の主計科と合同での行軍訓練は、ただ歩く。

 

それだけだがその距離の長さと武装したまま一糸乱れぬ行軍という条件の下、一人また一人と脱落していった。

 

訓練が終わる頃には、根性で残ったユウナと額にわずかに汗をかくキリコの二人しか立っていなかった。

 

ちなみに、アルティナは15分でクラウ=ソラスを使おうとして失格、クルトは40分で息も絶え絶えになっていた。

 

「当分、歩きたくないです……」

 

「はは……お疲れ様」

 

「それにしても、キリコ君って体力あるのね?」

 

「大したことじゃない。それに今後はさらに装備が増えるはずだ」

 

「…………………………………………」

 

「その………アルティナ……変なオーラが出てるわよ」

 

「ま、まぁいきなり重装備ということはないだろう。それに二人が特別だったんだろうから………」

 

「ちょっとクルト君!?それどういう意味!?」

 

「い、いや別に他意はないんだが……」

 

「ユウナさんがうらやましいです……」

 

「もう!アルティナまで!」

 

(忙しい毎日を共に過ごして二週間。ゴウト、バニラ、ココナ、シャッコ、そしてフィアナ。アストラギウスであいつらと過ごした時と同じような暖かさがここにはある。彼らと出会わなければ今の俺はないだろう)

 

キリコはユウナたちのやり取りがかつての仲間たちの姿を思い越させた。

 

「それはそうと……キリコは何か苦労はないのか?」

 

「そうそう。さっきから黙っちゃってどうしたの?」

 

「いや、何でもない。それと苦労というなら芸術だな。よくわからない」

 

「ああ~分かる。絵画とか音楽はあたしもサッパリ……」

 

「しかも、分校長の授業だからな。一瞬も気が抜けない」

 

「さすがのあの人もちゃんと出ているくらいですから」

 

「あの人……?ああ!!今朝のあの失礼なやつ!」

 

「Ⅷ組 戦術科の……」

 

「?」

 

「ああ、キリコさんはいなかったんですね。実は…」

 

 

 

それは今朝のこと。

 

偶々キリコは早くに寮を出たため三人で登校していたら……

 

「ハッ──選抜エリートが仲良く登校かよ」

 

と茶金髪の生徒に絡まれた。

 

「あなたは──」

 

「えっと、確かⅧ組 戦術科の……」

 

「おはよう……僕たちに何か用件か?」

 

「クク……いや、別に?ただ、噂の英雄のクラスってのはどんなモンなのか興味があってなァ」

 

「Ⅶ組 特務科──さぞ充実した毎日なんじゃねぇか?」

 

「……………」

 

「悪いが、入ったばかりで毎日大変なのはそちらと同じさ」

 

「そうね、あの人のクラスだからって今の所カリキュラムは同じなんだし」

 

「だったらどうして、わざわざ別に少人数のクラスなんざ作ったんだ?」

 

「明らかに歳がおかしいガキもいるし、毛並みの良すぎるお坊ちゃんもいる。曰く付きの場所から来たジャジャ馬の留学生もいるしなァ。おっと悪い。"留学生"じゃなかったか?」

 

「………っ……」

 

「極めつけは分校長の推薦もらったっつうあいつだ。そんな大層なヤツにはみえねぇんだがなァ?」

 

「無用な挑発はやめて欲しいんだが。言いたいことがあるならいつでも鍛錬場に付き合うが?後、キリコを甘く見ないほうがいい」

 

「クク、いいねぇ。思った以上にやりそうだ。だが生憎、用があるのは──」

 

「うふふ、仲がよろしいですね♥️」

 

一触即発の空気が流れたが、女子の声で霧散した。

 

「あ………」

 

「確かⅨ組 主計科の」

 

「……ふん?」

 

緑髪の女子生徒はスカートを軽く上げ、優雅に挨拶をした。

 

「ふふ、おはようございます。気持ちのいい朝ですね。ですが、のんびりしていると予鈴が鳴ってしまいますよ?」

 

「確かに……」

 

「………そっちはまだ絡んでくるつもり?」

 

「クク……別に絡んじゃいねぇって。そんじゃあな。2限と4限にまた会おうぜ」

 

そう言って茶金髪の男子は行ってしまった。

 

「ふふ、ごきげんよう。1限、3限、4限でよろしくお願いします。それと、キリコさんによろしくお伝えください。一緒に登校しようと思ったんですが、先に行ってしまわれたんで」

 

ユウナたちに伝言を伝えて緑髪の女子生徒も行ってしまった。

 

「「「……………」」」

 

ユウナたちは先ほどの伝言に固まってしまう。

 

「ちょ、ちょっと二人とも!?」

 

「落ち着け。キリコの知り合いか?それにしては優雅というか………」

 

「とにかく本人に聞いてみましょう」

 

三人は茶金髪の男子の事など忘れてしまった。そして時間が迫っていることも。

 

キ━━━━ンコ━━━━ンカ━━━━ンコ━━━━ン

 

「って、ヤバ………!」

 

「急がないとHRに遅れそうです」

 

「ああ、行こう……!」

 

三人は走り出した。後ろでため息をつく教官二人に気づくことなく。

 

 

 

(そんな事があったのか……)

 

今朝、三人が息を切らせながら教室に入って来た理由を知り、キリコは表情を崩さず話を聞いていた。

 

すると不意にユウナが顔を近づける。

 

「………で?キリコ君、あの娘とどんな関係なの?」

 

(グイグイ行くな………)

 

(ユウナさん、パワフルですね)

 

「言っとくけどだんまりは無しだからね?」

 

「……………」

 

キリコは今までの事をかいつまんで説明することになった。

 

 

 

「へぇ……そんな事があったのか。それにしても本当に内戦に参加していたのか」

 

「参加といっても整備のためだ。もっとも、内戦末期には俺も出撃せざるを得なかったがな」

 

「それが分校長との因縁というわけですか」

 

「それにしても、そのジギストムンドとかいう奴許せない!ディーター元市長だってもっと人間味があったのに!」

 

(ディーター・クロイス、元クロスベル市長で1年半前の騒動の首謀者か………)

 

「なるほど、よくわかった。それであのミュゼという女子と知り合いだったのか」

 

「ああ」

 

「イーグレット伯爵家。カイエン公爵家の相談役でしたが、元カイエン公に疎まれて今はオルディスの貴族街から遠ざけられてるそうです」

 

「アルティナ……そう言う事を軽々しく口にするんじゃない」

 

リィンがそう言って入ってくる。

 

 

 

「そう言えば明日は自由登校日なんですよね?」

 

「ああ、今説明しようと思ったがまぁいい。自由登校日というのはトールズ士官学院における"授業がない自由日"のことだ。自習するも良し、訓練するも良し、自分の趣味に当ててもいい。──ただし、一つだけ条件がある。それは部活動を決めてもらおう」

 

部活動という言葉に全員が反応する。

 

「へ……」

 

「部活動……ですか?」

 

「……設立されたばかりですし部活はないと思っていましたが」

 

(俺には関係ないな)

 

「分校長からのお達しでね。トールズを名乗る以上、部活に所属するのは必須だそうだ。二名以上集めたら、どんな部活でも申請を許可して、道具や機材も揃えてくれるらしい」

 

「ちなみに参加しない生徒は強制的に生徒会を作らせて分校長に奉仕させると言っていたな」

 

これを聞いた四人の顔がひきつる(キリコは一見変わらないが)。

 

「……さすがにそれは抵抗がありますね」

 

「ていうか、あの博士といい、無茶苦茶すぎるでしょ……!」

 

「実質、強制ですか……… 明日中に決めろという事ですね」

 

(面倒なことを…… 仕方ない、気は進まないが……)

 

「ああ、今日の放課後からでもさっそく検討してみるといい。勿論教官陣も相談に乗る。遠慮なく声をかけてくれ」

 

「───それと最後に週明けの"新カリキュラム"だが」

 

リィンの一言に四人の顔が引き締まる。

 

機甲兵教練

 

それが新カリキュラムの名前だった。

 

だが本番はここからだった。

 

「その後は、週末に実施される特別カリキュラムについても発表されるそうだ。言っておくが教練陣もまだ詳細は知らされていない」

 

そして、アルティナの号令とともにHRは終了した。

 

 

[キリコ side]

 

「お願いします」

 

「ああ、構わん」

 

「あはは、よろしくお願いしますね」

 

分校長からのお達しで部活に入らなくてはならなくなり、俺はまっすぐ格納庫へ足を運んだ。

 

そこにいたシュミット博士とティータ・ラッセルに技術部として顧問と部員になってくれないかと直談判した所、二つ返事でOKを貰った。

 

シュミット博士は元々、俺を自身の研究の手伝いをさせるつもりだったらしい。

 

その主な内容は実験用の機甲兵の整備とテストパイロットの二つ。

 

これはティータに任せられないこと、俺が機甲兵の騎乗経験があるからだそうだ。

 

一方のティータは料理研究会とやらに入るらしいが、こちらと掛け持ちという形になる。

 

というのも、彼女は普段から技術棟で作業しているので部活をするには少々キツイ。

 

だから俺が入るのは渡りに船らしい。

 

本来は掛け持ちはできないらしいが、ティータの負担が減ること、作業効率が上がることから分校長の鶴の一声で許可が下りた。

 

これにミハイル教官が異を唱えたが分校長の屁理屈に屈したのは言うまでもない。

 

「改めて、リベール王国から来ました、ティータ・ラッセルです」

 

「キリコ・キュービィー。よろしく頼む」

 

「はい……!それでキリコさん、オーブメントの整備はできますか?」

 

「ああ、問題ない。だが第五世代はいじったことはない」

 

「え?えっと……オーブメントはあるんですよね?」

 

「これだ」

 

そう言って俺は中古品の戦術オーブメントを取り出した。

 

「ええ!?これ、相当前のモデルですよ!?」

 

「内戦の少し前に交換屋で手に入れた。俺はアーツは使わないから身体能力向上が目的で使っている」

 

「あ、そうですよね。遊撃士や軍人さんならともかく、一般の人が新型の戦術オーブメントを手に入れるのはかなり難しいですもんね」

 

ティータはそう言って中古品の戦術オーブメントを見つめる。

 

「えへへ、懐かしいなぁ。4年前の異変の時お姉ちゃんとお兄ちゃんとみんなでリベル=アークに乗り込んだことを思い出します」

 

「4年前……《リベールの異変》か?」

 

「はい、そうです!やっぱりこっちでも知られているんですね」

 

「あぁ………待て。4年前の異変に参加していたのか?」

 

「はいっ!私はまだ12歳でしたけどみんなと一緒に戦いました」

 

そう言って彼女は導力砲を取り出した。すると、

 

「お前たち、いつまで無駄話をするつもりだ。弟子候補は機甲兵の武装チェックに入れ。キュービィーは少し話がある、二階に来い」

 

「あっ……はい、すぐにやります」

 

そう言ってティータは仕事に取りかかった。

 

 

 

「まぁ座れ」

 

「話というのは他でもない。これを見ろ」

 

「ッ!?これは……」

 

格納庫の二階にあるソファーに腰を下ろした俺に博士は一枚の設計図を見せた。

 

「実験用機甲兵の設計図だ。ドラッケンⅡをベースにスクリーンモニターを廃止し望遠、赤外線 、魚眼レンズをそれぞれ独立させた新型スコープの採用、機体のフレームとローラーダッシュ機構のさらなる見直しにより機動力、旋回性の向上を実現、両腕に固定武装を装備することで攻撃力の増加。だが操作性の問題などからたった一機のみ製造された。キュービィー、貴様にはこれの整備とテストをやってもらおう。さらに何かアイデアを出せ。政府の連中は新型機のことしか……おい、聞いているのか?」

 

この時俺はもはや話を聞いていなかった。

 

緑に覆われたカラーリング、三つのレンズで構成されたターレットスコープ、両腕のアームパンチ機構。

 

それはかつて俺とともに戦場を駆け巡った鉄の棺。

 

人命すら軽視し、アストラギウスに戦争と地獄を与えた最高にして最悪の兵器。

 

AT───アーマード・トルーパー。

 

別名をボトムズ。

 

アレにあまりにもそっくりだった。

 

「これはあなたが?」

 

「いや、私ではない。私ならこんなものは作らん。出所は不明だが、ラインフォルトとは別口らしい」

 

こんなものを知るのはこの世界で俺だけのはずだ。

 

(まさか……俺以外にも転生した奴が?)

 

「それで?やるのか?」

 

「……はい。やらせてください」

 

「フン、いいだろう。来月までには取り寄せよう。今日はもう帰れ」

 

寮へと帰る俺の足取りは重かった。

 

まさか異能だけでなくATまで俺について回るとは夢にも思わなかった。

 

(あの機体、《フルメタルドッグ》と言ったか。これは偶然なのか?いや、偶然にしては出来すぎている。やはり俺以外にも転生した奴がいてそいつが糸を引いているんだろう。だが、何のために………)

 

[キリコ side out]

 

 

 

「フフフ、動き始めたか。キリコ、お前にはせいぜい踊ってもらうとしよう」




次回は機甲兵教練ではなく、自由登校に変更します。


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自由登校日

自由登校日です。

肩の力を抜いたら緩くなりました。

キリコのルームメイトはウェインとスタークに決めました。




4月16日

 

[キリコ side]

 

目覚まし時計が鳴り、ベッドから身を起こす。

 

隣では戦術科のウェインは起き上がるのが億劫そうになっており、主計科のスタークが眠そうな顔をしていた。

 

「すまない、起こしたか?」

 

「ふあぁ……いや、今日から部活だからね。むしろ清々しいくらいだ」

 

「うう……て、帝国男子なら早寝早起きは当然だからな」

 

「無理をするな」

 

「うん。見ていて辛いからね」

 

「す、すまん。昨夜、筋トレをしていたんだが納得がいかなくてな」

 

「いわゆる筋肉痛というやつか」

 

(やけに遅かったのはそのせいか……)

 

「そう言えば、キリコはどこの部活に入ったんだ?」

 

「技術部だ」

 

「へえ、そうなのか。ちなみに僕とウェインは水泳部だ」

 

「キリコはその…体を鍛えようとは思わないのか?オレは恥ずかしながら水泳が苦手でな、それで入部しようと思ったんだ」

 

「俺も鍛えようと思ったからなんだけどキリコはなんで技術部に?」

 

「俺は機械をいじっている方が性に合っている、それだけのことだ」

 

「なるほど、技術肌なんだな」

 

「そういうことか、いや別に他意があるわけじゃないんだ。ただ……」

 

「わかっている」

 

「え?」

 

「ウェインもスタークも間違ったことは言っていない」

 

「キリコ……」

 

「だがウェイン。価値観の押し付けは止めておけ」

 

「あ、ああもちろんだ。帝国男子たる者、そうでなくてはな」

 

「…………………」

 

「ウェイン……そう言う事じゃないんだが……」

 

どうやら通じなかったようだ。

 

「そろそろ行くぞ」

 

「そうだな、朝食も自分たちでなんとかしなきゃな」

 

「うーむ…料理は経験がないんだが」

 

俺たちは手早く着替えて一階の食堂で朝食を取った。

 

 

 

寮を出て格納庫を目指して歩いていると、

 

「あ、キリコさん。少しよろしいでしょうか?」

 

ミュゼがパタパタと寄って来た。

 

「どうした?」

 

「いえ、大したことじゃないんですが。今日の午後にクラブハウスの一番奥の教室に来てください。実は頼みたいことがありまして」

 

「……ここではダメなのか?」

 

「はい、午後でないと」

 

「…………どうしてもか?」

 

「はい、どうしてもです」

 

「……………わかった。クラブハウスの奥の教室だな」

 

「うふふ、お待ちしてますね」

 

そう言ってミュゼは雑貨屋に入って行った。

 

今日1日は格納庫にいるつもりだったのだが、返事をしてしまった以上、行かなくてはいけない。

 

(相談と言っていたが内容は聞きそびれたな……)

 

俺は先ほどの事を片隅に追いやるように頭を振り、格納庫を目指した。

 

途中、武器屋を見かけたがまだ開いていなかった。

 

[キリコ side out]

 

 

 

[ミュゼ side]

 

「マヤさん、これはここでよろしいでしょうか?」

 

「はい、そこに置いておいてください」

 

私は戦術科のマヤさんと主計科のカイリさんと茶道部を作ることになりました。

 

元々東方の文化に興味があったのですが、こちらでは東方文化はあまり浸透していません。

 

現にリィン教官の太刀は武器というより、美術品として扱われています。

 

しかし、マヤさんは東方の血を受け継いでいるので東方文化には私よりも豊富でした。

 

なので茶道に必要な物はマヤさん主導で揃えることができました。

 

「なるほど、これが東方の"お着物"なんですね」

 

「ええ、こちらは女性用、カイリ君の持っているのが男性用ですね」

 

「へえ、綺麗ですね」

 

唯一の男子であるカイリさんは帝国男子としての憧れがあるみたいですが、なんだか背伸びをしすぎているように見えます。

 

そこで私とマヤさんで「東方の文化で男子として磨いてみては?」と声をかけてみたら、悩んだものの了承してくださいました。

 

「あれ?着物がもう一着ある……」

 

「本当ですね。しかもカイリ君のより大きい」

 

「一着余計に頼んでしまったんでしょうか?」

 

実はこれはわざとです。あの人に着てほしくて余計に注文しました。

 

「まぁいいでしょう。それではミュゼさん、カイリ君。さっそく、作法から参りましょう」

 

「は、はい!よろしくお願いします!」

 

「はい、よろしくお願いしますね」

 

キリコさん、早く来ないですかね。こうしてカメラも用意してるのに。

 

ドキドキするのは……気のせい、ですよね?

 

[ミュゼ side out]

 

 

「キリコさん、何をしてるんですか?」

 

パソコンの前で作業しているキリコの様子が気になったティータは缶コーヒーを手にキリコに聞いた。

 

「シュミット博士からの課題だ。実験用機甲兵の新機能のアイデアを出せだそうだ。いずれ新造される新型機とその生産に備えてな」

 

「あはは……お疲れ様です。これどうぞ、キリコさんコーヒーが好きだってミュゼちゃんから聞きました」

 

「貰おう」

 

「それでキリコさん、これはなんですか?」

 

「機甲兵の行動パターンだ」

 

「行動パターンですか?」

 

「あぁ、どれほど強固な機甲兵でも人間が動かすことに変わりはない。だが完全なマニュアルではパイロットの負担が大き過ぎる。そこであらかじめ行動パターンをこのミッションディスクに設定することで機甲兵を半自動化して行動時間と生存率を延ばすことができる」

 

「でもでも、そんな機能を付けたら肝心の機甲兵のスペックはかなり下がるんじゃ……」

 

「背中に火器管制を兼ねたコントロールボックスを背負わせる。また今までのスクリーンモニターを廃止して、ターレットスコープにより視覚情報がダイレクトになる以上、余裕があるはずだ」

 

「す、すごいですね……」

 

ティータはこの時までキリコは単に機械が得意なだけだと思っていた。

 

しかし、蓋を開けてみれば、自分以上の才能を惜しみなく発揮していた。

 

まるで、あらゆる機械に順応できるかのように。

 

アガットからの連絡と先日の実力テストの会話を聞いてキリコがただ者ではないことはわかっていた。

 

だが実際に見るのと聞くのではあまりに違い過ぎた。

 

ティータは分校に来て初めて負けたくないと思った。

 

「キリコさん」

 

「なんだ?」

 

「私、負けませんから!」

 

「?」

 

「あっ!ご、ごめんなさい。私キリコさんがすごいと思ったんです。だから、負けたくないって思ったんです」

 

「そうか」

 

「キリコさん、これからよろしくお願いしますね」

 

「あぁ」

 

キリコはティータの誓いを聞いて返事をした。

食堂で昼食を取っていると、主計科のパブロから鉄道部に誘われたがキリコはきっぱりと断った。

 

 

 

時計を見ると、1時を過ぎようとしていた。キリコはミュゼとの約束を思い出した。

 

(面倒だが行くしかないな……)

 

キリコが作業を中断して席を立つとティータが、

 

「あっ、キリコさんお疲れ様です。どこかへ行かれるんですか?」と聞いてきた。

 

「あぁ、クラブハウスにな。少し席を外すが大丈夫か?」

 

「わかりました!まかせてください。それと今日の夕食は私とサンディちゃんとフレディ君で作るんですけど、苦手なものはありますか?」

 

「特にない(こちらにホヤはないだろうしな)」

 

「そうなんですね、楽しみにしててください」

 

そう言ってティータは作業台に戻った。

 

(行くか。クラブハウスの奥の教室だったな……)

 

キリコはパソコンの電源を切って格納庫を出た。

 

 

 

クラブハウスの奥の教室の前にやって来たキリコはドアをノックしようとすると、中から声が聞こえてきた。

 

「やはり思ったのですが、カイリ君も女性用の着物は似合うと思います」

 

「私もそう思います」

 

「ちょ、ちょっと──僕はこう見えてもれっきとした男ですよ!?」

 

(…………帰るか)

 

キリコは足音をたてないようにその場を立ち去ろうとするが、床の軋んだ箇所から音が出てしまい、気づかれてしまった。

 

「あっ、キリコさん。お待ちしてましたわ」

 

「あれ?Ⅶ組の………」

 

「たしか、キリコ・キュービー君でしたか」

 

キリコは出てきたミュゼに驚いた。

 

「変わった格好だな」

 

「うふふ、似合いますか?東方のお着物です」

 

「そうか。それで、俺に頼みというのは……」

 

「はい、こちらのお着物を……「断る」」

 

「キリコさんお願いです。この着物を着てくれませんか?」

 

「なぜ俺がそんなものを着なければならない」

 

「そんなもの呼ばわりされては東方の名誉に関わります。着てください」

 

「だ、男子たる者、女性の頼みはきくべきだと思います!」

 

ミュゼだけでなく、マヤとカイリも援護に加わる。

 

遂に根負けしたキリコは着物を着ることになった。だが……

 

「これはどうやって着るんだ?」

 

「ミュゼさん教えてあげてください」

 

「ええっ!?私がですか!?」

 

(キリコ君の着物姿は私も興味あります。だから呼んだのでしょう?)

 

(で、ですが、殿方とは……)

 

(何もキリコ君を見なくてもいいんです。基本的には女性用と変わりはありませんから。ほら、屏風越しなら)

 

(は、はい そうですよね……何も見る必要はないんですよね……)

 

(ミュゼさんとマヤさん、さっきから何を話してるんだろう?)

 

キリコは屏風越しにミュゼから着物の着方、帯の結びかたを聞きながら着物に袖を通した。

 

10分後

 

屏風から出てきたキリコを見て、彼女たちは息を呑んだ。

 

藍色を基調とした涼しげな着物とキリコは見事にマッチしていた。

 

加えて1.8アージュの高身長と精悍な顔立ちは見る者に偉丈夫を連想させる。

 

「……………………」

 

「これほどとは、見事ですね」

 

「うぅ……僕なんかよりずっと男らしいです……」

 

一方のキリコはというと、

 

「もういいか?」と早く終わらせたかった。

 

だがここで、

 

「わぁ!キリコ君、その着物すごく似合ってるよ!」

 

トワが入って来た。

 

「ハーシェル教官もそう思いますか。しかし、よく着物を知ってましたね?」

 

「うん、私のおじいちゃんが東方の出身なの。だから聞いたことはあるよ」

 

「なるほど、そうでしたか。後で色々教えてください」

 

トワとマヤが東方の話で盛り上がっている横で、

 

「帰らせてもらう」

 

「ま、待ってください!せめて一枚………」

 

「…………………………」

 

「すいません。何でもないです………」

 

「キリコ君、気持ちは分かるけど、女の子を睨んじゃだめだよ」

 

その後キリコは元の制服に着替えた。

 

件の着物は受け取ることになった。

 

 

 

[キリコの着物]を手に入れた。

 

 

 

キリコはごめんなさいとミュゼから謝られたが「もういい」と言って格納庫に帰った。

 

憮然とした表情で戻って来たキリコを見て、ティータは何か聞こうとしたがシュミット博士から仕事を言い付けられたため聞けずじまいだった。

 

 

夕食にはティータとサンディのごく普通の料理とフレディの昆虫食が出てきたがキリコをはじめ全員が昆虫食を食べきれなかった。

 

(味は悪くない…………わけではないが、砂モグラの方がはるかにマシだな)

 

キリコは前世で口にした、原始惑星特有の生物の肉を思い出した。

 

風呂に入り、部屋で復習をしていると、ウェインとスタークが戻って来た。

 

ウェインの暗い顔にキリコは気になった。

 

「どうした?」

 

「ああ、今日は良いことがなくってな……」

 

「水泳部にⅦ組のアルティナが入部したんだ。ウェインは彼女の半分くらいしか泳げなかったんだ。そしてフレディの昆虫食だな。あれには僕も参ったよ」

 

「まさか、彼女にも劣るとは思ってもいなかったんだ。そしてさっきの昆虫食……思い出したくもない…………」

 

「そうか……」

 

「まぁ、明日からは出ないと思うよ。さっきⅨ組の二人がフレディに約束させたみたいだしね」

 

(本気でそう信じたいものだな)

 

「ほら、ウェインもいつまでも落ち込んでないで風呂に行ってきなよ」

 

「ああ、そうさせてもらうよ……」

 

スタークに促され、ウェインは着替えを持って出ていった。キリコはコーヒーを飲み一息ついてからまた、机に向かった。




次回、光るカメラアイから、キリコに熱い視線が突き刺さる。



閃シリーズの私服ですが登場人物のみんなはどうやって管理してるんでしょうね?


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バトリング




4月17日 早朝

 

機甲兵教練の日がやって来た。

 

キリコは他の生徒たちと指定の教室で待機していた。すると隣から誰かが話しかけてきた。

 

「キリコさん、いよいよですね」

 

「上手くサポートできるか不安ですわ」

 

ティータとミュゼだった。

 

「……………」

 

(キリコさんって、緊張しないのかな?)

 

(うーん……どうなんでしょう?少なくとも機甲兵には乗った事はあるそうですが……)

 

二人はひそひそと話していた。

 

(ちょっとちょっと、キリコ君ってミュゼって娘だけじゃなくてあのティータにも手を出したの!?)

 

(いや……飛躍し過ぎだから。どう見てもそんな雰囲気じゃないだろう)

 

(キリコさんに何らかの興味を示しているようですね)

 

「オイそこ、何こそこそやってんだ?」

 

Ⅶ組の後ろから茶金髪の生徒、アッシュ・カーバイドが絡んできた。

 

「ヘッ、英雄のクラスってのはゴシップが好きなんだな?」

 

「だ、誰がゴシップ好きよ!あんたこそ首突っ込んでんじゃないわよ!」

 

「あらあら……私たちの事、もう噂になってますね。どうしましょう、キリコさん♥️」

 

「ミュ、ミュゼちゃん!?」

 

「…………………」

 

(キリコ……本気で煩わしそうだな……)

 

(よく怒り出しませんね。いえ、これはもう諦めている?)

 

アッシュの挑発にユウナが突っかかり、ミュゼは頬を染め、ティータはおろおろし、クルトとアルティナが呆れている横でキリコはというと、

 

(機甲兵教練……おそらくこれもオーレリアの言う捨て石の役割を俺たちに全うさせるための手段だろう。銃を撃った事のない者たちにどう教えるのか分からんが、祿なことにならないだろう。それに今朝のオーレリアのあの目、奴と同じ目だ。俺との決着に執心した奴の目に……)

 

かつての強敵の事を思い出していた。

 

その後、教官たちが入って来たところで全員がモニターに注目した。

 

モニターに写し出される機甲兵の全貌にある者は顔を引き締め、ある者は複雑そうな表情を浮かべ、またある者はすでに覚悟を済ませていた。

 

 

[キリコ side]

 

機甲兵教練は予想した通り、ほとんどの者が扱いきれていなかった。

 

クルトや戦術科のゼシカのような武術に秀でている者はすぐにとは言わないが乗りこなせていたが、大半はシドニーのように移動もスムーズに行えていなかった。

 

ちなみに俺はリィン教官の言うままに大人しく機甲兵を動かしていた。

 

全員が乗り終わって、俺たちⅦ組は話し合っていた。

 

「はぁ、本当に機甲兵に乗るハメになったなんて……。クロスベルの人たちに申し訳ないっていうか…なんていうか……」

 

「その割はノリノリで基本操縦はクリアしていたみたいですが」

 

「ああ、僕よりも早く慣れていたくらいだったな」

 

「少なくとも素質はあるようだな」

 

「もしかして乗った経験が?」

 

「ううん、でも警察学校で導力車の運転はしてたから。一度掴んだらスムーズに動かせちゃったというか……」

 

「なるほど、運転感覚の延長か……」

 

(天性のカンということか……)

 

「私は若干つまずいたので素直にうらやましいです。どうもクラウ=ソラスと比較してしまうみたいで……」

 

「へぇ、そういうものなんだ?───じゃなくて!慣れたくないんだってば!」

 

クロスベル出身のユウナからすれば、故郷を奪った敵そのものというわけか。

 

「ていうかキリコ君?君、機甲兵は慣れてるんでしょ?その割に大人しかったけど?」

 

「悪目立ちするつもりはない」

 

「だが、キリコの動きはここの誰よりもスムーズだった。もう模擬戦じゃなく実戦でいけるんじゃないか?」

 

「そういう意味では既に目立っていると思います」

 

「…………」

 

(チッ……)

 

(フフフ、さすがですね)

 

(このデータ……やっぱりすごい………)

 

すると、リィン教官とランドルフ教官が簡単な模擬戦を行うと言い出した。

 

内容は教官二人のどちらかと俺たち2名によるものだ。まずはクルトとユウナがリィン教官に呼ばれた。

 

二人はドラッケンⅡに乗り込み、それぞれの得物を模した樹脂製の練習用武器を構えた。

 

リィン教官の言うとおり基本操縦はできているので模擬戦はこなせるだろう。

 

ただ、リィン教官が騎神を使わないことに不満らしい。

 

だが、俺の見立てでは騎神を用いた場合、あの二人ではまず勝てないだろう。

 

さすがに無謀と言わざるを得ない。

 

【初めに言っておくが、俺は去年、トールズ本校の機甲兵教練でさんざん乗りこなしている。はっきり言って君たち二人程度なら余裕だろうな】

 

【ぐっ……言ったわねぇ!?】

 

【……ならば存分に胸を貸してもらいましょうか!】

 

だが教官の発言に二人はカチンときたようだ。

 

士気は上がったが、冷静でないことは俺でもわかった。

 

とはいえ、俺も灰色の騎士には興味がある。

 

同じドラッケンⅡでユウナとクルト二人を相手にどこまで戦えるのか、見定める必要がある。

 

結果はユウナたちの勝利だが、教官は明らかに手加減をしていた。

 

ドラッケンⅡから下りてきた二人の顔は苦々しいものだった。

 

特にクルトは手加減されたことが気に入らないらしい。

 

だが同時に本気ならば負けていたことも理解していた。

 

だがここで波乱が起きた。

 

教官は次の相手にゼシカとアッシュを指名したが、アッシュはそれを拒否したのだった。

 

「ちょっと、貴方どういうつもり!?」

 

「ああ、お前さんとの共闘に文句があるわけじゃねぇよ。せっかく模擬戦をするなら面白い趣向がいいと思ってなあ」

 

そう言ってアッシュはランドルフ教官のヘクトルを借りた。

 

「どうせだったら一対一でシュバルツァー教官……と言いてえとこだが、オレの相手はテメェだ、キリコ・キュービィー」

 

アッシュは俺を指名した。

 

「テメェ分校長の推薦で入ったんだってな?前々から噂になってたんだが、実は裏口じゃねぇかってな」

 

ザワザワ……

 

どうやら周りもそう思っていたらしく、周囲がざわつく。

 

「ちょ、ちょっと……!?」

 

「いや、いい機会だ。キリコの本当の実力を知るためにはね」

 

「キリコさんがどの程度なのか、見極める必要があります」

 

遂にはⅦ組もざわつきだす。こうなっては仕方ない。

 

「わかった、受けよう」

 

「オイオイ、お前ら何勝手に……」

 

「いえ、やらせてみましょう。確かにこの二人ならすでに実戦レベルに相当します。それに生徒のやる気に水を差すのもなんですしね」

 

「まぁ、そう言うことならいいか」

 

リィン教官からドラッケンⅡを借り、機甲兵用機銃へヴィマシンガンを手に取る。

 

ちなみにこの銃は実験用機甲兵の武装だが、機甲兵教練に合わせてこれだけ送られてきた。

 

相手のヘクトル弐型は斧のような武器を持っている。

 

だが俺はアッシュが何か狙っているのがわかった。

 

ヘクトル弐型はドラッケンⅡの装甲の1.5倍の厚さを誇り、パワーと耐久力に勝るが、スピードはこちらに分がある。

 

キャノン砲でも付いているなら別だが、この機体とやり合うならば、ほぼ間違いなく接近戦でくる。

 

内戦時、ウォレス准将とさんざんやり合ったため、ヘクトル系との戦い方は身に染み付いている。

 

アッシュがその事を知っているかは知らないが、武器の射程などから現時点で優位なのは俺の方だ。

 

だが奴の顔はニヤニヤとしている。おそらく、あの武器に何か仕込んでいるのだろうな。

 

操縦桿を握りしめる俺の頭に内戦以来の感覚がよみがえってきた。

 

ヒリヒリするような緊張感、手足が熱く頭が冷える矛盾した感覚が。

 

俺は戦場にいるのだ。

 

[キリコ side out]

 

 

 

「それにしてもなんなのよ、アイツ…… さすがに生意気すぎない!?」

 

「ユウナさんは人のことは全く言えないと思いますが」

 

「……………………」

 

ユウナがアッシュの態度に腹を立てる中、クルトはキリコの乗るドラッケンⅡを見つめていた。

 

【クク、すぐに化けの皮を剥いでやるぜ。キリコ・キュービィーさんよ】

 

アッシュは戦意を滾らせ、キリコを挑発する。

 

【……………………】

 

キリコはアッシュの挑発を意に介さなかった。

 

【何だ……?ブルッちまったのか?】

 

【いいのか?】

 

【あぁ?】

 

【その機体はパワーはなかなかだが、扱えるのか?】

 

【ご忠告どーも。だが──コイツを扱うには少しパワーが必要なんでな……】

 

そう言ってヘクトル弐型は武器─ヴァリアブルアクスを振り上げる。

 

「なっ……!?」

 

「その距離では──」

 

「いや……!」

 

その瞬間、ヴァリアブルアクスの刃が開き、大鎌の形状になる。

 

それを振り下ろすと同時に刃の部分が外れ、キリコの機体に襲いかかる。

 

奇襲用のギミック。これがアッシュの狙いだった。

 

これにはランドルフも驚きを隠せなかった。

 

アッシュはこの攻撃には自信があった。

 

奇襲を皮切りに先手を取り、接近戦で仕留める。

 

これがアッシュのプランであり、成功するはずだった。

 

 

 

相手がキリコでなければ。

 

 

 

【っ!】

 

すばやく反応したキリコは操縦捍を操作した。

 

ドラッケンⅡはへヴィマシンガンで刃を撃ち落とすと、ヘクトル弐型のボディにショルダータックルをぶちかます。

 

【がああっ……!?】

 

もろに食らったヘクトル弐型はたたらを踏む。

 

その隙を逃さず、追撃を加える。

 

『!?』

 

周囲は騒然とした。

 

「う、嘘……!?」

 

「読んで……いたのか……!?」

 

「出鱈目です……」

 

「これがキリコさんの……」

 

(まさかここまでとは)

 

「オイオイオイ……」

 

「……………」

 

 

 

またグラウンドから離れた場所では──

 

「すごい………」

 

「ば、馬鹿な……」

 

「フン、これしきのことで」

 

トワとミハイルは目の前の光景が信じられなかったが、シュミット博士は何を当たり前のことをと、言わんばかりだった。

 

「フフフ、さすがはキュービィー。そうこなくてはな。だが、ここからだろう?」

 

分校長のオーレリアは沸き上がる闘志を抑えながら、キリコの真髄を見定めようとしていた。

 

 

 

ギュィ━━ン! ズガガガガッ!

 

ドラッケンⅡはローラーダッシュを巧みに使い、時計回りに銃撃を当てていく。

 

対するヘクトル弐型は耐久力とアッシュの反応でなんとか耐えているが、どちらが優位かは火を見るより明らかだった。

 

【ッ!クソが………】

 

【……………】

 

先ほどの一撃を加えようとするも、ドラッケンⅡはその隙を縫ってヘッドにパンチを一撃。

 

かといって、僅かでも下がろうものなら時計回りで背中やアームに集中砲火が襲いかかる。

 

逆にヘクトル弐型が接近すればドラッケンⅡは距離を取って回避に専念し、一撃も被弾することはなかった。

 

最も自信のあった戦法を早々に見破られ、手も足も出せず、銃撃にさらされる。

 

それはもはや、蹂躙だった。

 

ドラッケンⅡの攻撃を受け続けたヘクトル弐型は遂に背中から火花が散り、煙を吹いた。

 

「ッ!両者、そこまでだ!」

 

リィンの声にキリコは攻撃を停止し下がる。

 

【ハァ……ハァ………クソッタレが!!】

 

「そこまでにしとけ、お前よりヘクトルの方がもたねぇよ。ったく……何もここまでボロボロにしなくてもよ」

 

ランドルフがアッシュをコックピットから引っ張り出す。

 

ヘクトル弐型はドラッケンⅡの集中砲火により、エンジンが焼け、コックピット部分を除いてボロボロだった。

 

「あはは……なんて言うか……」

 

「分校長が推薦した理由がわかった。これほどの実力者を放っておくわけがないな……」

 

「情報局のデータベースと、いえ、それ以上です……」

 

(お見事です……キリコさん。やはり……貴方の協力が………)

 

「すごい……練習機とはいえドラッケンⅡの性能をここまで引き出すなんて……」

 

キリコの実力の片鱗を見たⅦ組とミュゼは複雑そうな目を向け、ティータはスペック以上のデータに驚愕する

 

(やり過ぎたか………)

 

キリコがそう思った次の瞬間────

 

「スゲェぜ!キリコってこんなにスゴかったんだな!」

 

「あのアッシュさんが手も足も出ないなんて……」

 

「ああ、凄まじいな」

 

「でもこれでハッキリしたで。キリコは裏口とかちゃう。ホンマモンの実力を持っとるんや」

 

「キリコ、ルームメイトとしてこれからもよろしく」

 

「今日は不覚を取ったが、負けないからな」

 

「ハハハ、根暗だと思ったけど見直したよ」

 

(私が戦ったとして……ダメだわ、勝てるイメージがわかない)

 

分校の生徒全員がキリコを称賛する。

 

遂にキリコがトールズ第Ⅱ分校の一員と認められた瞬間だった。

 

「オイ…」

 

キリコが振り向くと、アッシュが立っていた。

 

「この借りはいずれ返すからな」

 

「ああ」

 

「チッ…」

 

そう言ってアッシュは校舎の方へ消えていった。

 

「オイ、アッシュ・カーバイド!お前にはまだ聞きてぇことがあんだっつーの!」

 

ランドルフもその後を追いかける。

 

「ふふん、どんなもんよ。っていうか最初のあれ、さすがに汚すぎない!?」

 

「確かに、開始の前の合図の前でもありましたし」

 

「ああ……武を尊ぶ帝国人の風上にも置けないやり方だ。(だが、あの瞬発力と虚を突いた奇襲は……)」

 

「甘いな」

 

「「「え?」」」

 

「戦場ではなんでもありだということだ」

 

「し、しかし……」

 

「ていうかキリコ君はどうしてわかったの?」

 

「ヘクトルはパワーと耐久力は上だがその分スピードが低い。キャノン砲も装備しているわけでもない。あの武器が怪しいと睨んだだけだ」

 

「それだけで………」

 

「戦場、というより戦闘はゲームではない。決まったルールがあるわけではないということだ」

 

「くっ……(ギリッ)!」

 

「キリコ君……」

 

「戦争における条約などではなく、戦闘にルールなど存在しない、そういうことですか……」

 

「まあ、そこまで深刻になることもないけどな」

 

リィンがクルトたちを諭すように話しかける。

 

「君たちはまだまだ学ぶ立場にある。今日の内容から自分が納得する答えを探し出せばいい。キリコは偶々、そういう答えに行き着いたがそれだけが正解とは限らないからな。」

 

「はい……」

 

「後、キリコ。あれはさすがにやり過ぎだ。コックピットを上手く外したからいいものを……。そこは反省するようにな」

 

「はい」

 

「そうだ君たち、アッシュのこと、どう思う?」

 

「………天性のバネを持っているとしか」

 

「すっごく失礼なヤツ!」

 

「素行とやり方は認められませんが、あの瞬発力はなかなかのものかと……」

 

「獰猛な獣を想像します」

 

「そうか。鍛えればものすごく伸びるな。さて、機甲兵教練はこれで一通り終了だ。昼食後、《特別カリキュラム》について説明があるから指定の教室で待機してるように」

 

Ⅶ組特務科はそこで解散した。

 

 

 

[キリコ side]

 

《特別カリキュラム》についての説明が始まった。

 

《特別カリキュラム》の内容は帝国南西サザーラント州への遠征だった。

 

周りは遠足気分に浸る者、不安な者、さっそく準備の段取りを図る者と三者三様だった。

 

「出発は金曜の夜、それまでに為すべき準備をクラスごとに決めてある!担当教官の指示に従って備え、英気を養うこと──以上だ!」

 

金曜か……確かにあまりないな。

 

「うーん、入っていきなり地方での演習だなんてねぇ」

 

「サザーラント、ここからだと列車で数時間ほどですね」

 

「サザーラントか……」

 

クロスベルのユウナはピンときていないようだが、俺は帝国西部で過ごしたため多少なりとも思い入れがある。どうやらクルトも何かあるらしい。

 

「……………………」

 

どうやら分校長は何か企みがあるようだ。

 

[キリコ side out]

 




キリコを称賛してる生徒は上から、シドニー、マヤ、グスタフ、パブロ、スターク、ウェイン、レオノーラ、ゼシカの順です。


次回から舞台がサザーラント州に移ります。


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出発

サザーラント編始まります。



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4月21日 午後 6:30

 

分校の生徒全員が併設された列車のホームで慌ただしく最終準備をしていた。

 

「やはり間に合いませんでしたか……」

 

「そうだな」

 

キリコとティータはシュミット博士から実験用機甲兵《フルメタルドッグ》の搬入が遅れていることを聞いた。

 

本来なら今日搬入されるはずだったが他の列車のトラブルのあおりをくらい、間に合わなかった。

 

「演習の2日目に搬入できるように手配した。全く、人の足を引っ張りおって」

 

「まあまあ、そこまで深刻なものではないですし……」

 

「これでは機体の運用データが取れないだろう。何のための実験用機甲兵だ」

 

「は、博士~」

 

(マッドサイエンティスト……ユウナの気持ちがわかるな)

 

「すまない、キリコ。こっちを少し手伝ってくれないか?」

 

振り向くとスタークとウェインが手を振っていた。

 

「あっ、スタークさんにウェインさん」

 

「すまないがキリコを借りるぞ。それにしてもこんなに薬が備蓄されているとはな」

 

「俺たち主計科は特務科、戦術科と違って戦闘には直接関わらない。そのサポートが役目だからね。みんながケガした時の対策はきっちりしておかないとね」

 

「そうですね!他にも各方面への連絡や物資の補給、機甲兵の整備がお仕事ですからね」

 

「大変なんだな……。もしかしたら戦術科が…いや、大変なのはどこも同じか」

 

「ハハハ、わかってるじゃねぇか」

 

ランドルフがそう言ってウェインの肩を叩く。

 

「きょ、教官!?」

 

「いいかウェイン、俺たち戦術科は機甲兵の運用だけじゃねぇ。戦闘になったらいの一番で現場に駆けつけなきゃならねぇ。ハッキリ言って負傷する確率が3クラスの中で一番高ぇんだ。この演習が終わったら今月よりビシバシ鍛えてやるから覚悟しとけよ?」

 

「イ、イエッサー……」

 

「ラ、ランドルフ教官……」

 

「ウェインが青ざめているな……」

 

(戦術科と主計科の意義はわかった。だが俺たち特務科は……)

 

「進んでるか?キリコ」

 

「みんな、サボッちゃダメだよ。あっ、ティータちゃんにスターク君。備蓄のリストは上がってる?」

 

リィンとトワがやってきた。

 

「あっ、はい。出来ています」

 

「問題ありません」

 

「わかった。後で回してね」

 

「そうだキリコ、実験用機甲兵が遅れるそうだな?」

 

「はい」

 

「どうした?何かあるのか?」

 

「いえ……」

 

「あの、教官。特務科はどんなことをするんですか?」

 

キリコが作業に戻ろうとすると、ティータがリィンに質問した。

 

「そうだな……詳しくは演習開始と共に発表されるそうだ」

 

「教官もご存じないんですか?」

 

「すまない。だがもし、本校の特科クラス Ⅶ組のやり方だったら帝国の"壁"を知ることかな」

 

「"壁"?」

 

「この帝国は内戦以来大きく変わろうとしている。内戦以前は貴族派と革新派の争いを筆頭に国家や人種、文化、宗教といったあくまで帝国内部に存在する壁だったが、現在はそれらに加えて国外のこともある。それらの壁を知ることが目的だ」

 

「俺も本校時代に今の君たちと同じように帝国各地に実習しに行ったことがあるんだ。そこでは先ほど挙げた問題と何度も直面した。当時の仲間たちと共に乗り越えていくたびに考えさせられたよ、この帝国で生きていくためにあらゆる固定観念を取り去れってね」

 

「リィン君……」

 

(特務支援課みたいなことやってたんだな)

 

(固定観念……)

 

「そしてそれこそが実習立案者の真の狙いだったんだ。『帝国に吹く第三の風になってくれ』ってね」

 

「リィン教官!もしかしてその人は……」

 

「ああ、ティータは知っているんだな。あの……」

 

 

「お前たち、いつまで油を売っている!!」

 

 

 

リィンがその名を言おうとした瞬間、ミハイルの雷が落ちた。

 

「教官ともあろう者が生徒と一緒になってはしゃいでどうする!特にシュバルツァー教官!君はもっと毅然としていなければならないのではないのかね?」

 

「す、すいません。ミハイル教官……」

 

「いやぁ~、俺はただかわいい教え子への……」

 

「言い訳は無用!特別列車が来たら私の所へ来るように!」

 

リィンとランドルフは出頭命令が出た。

 

ちなみにキリコたちはリィンたちが庇ったため、お咎めはなかった。

 

 

 

そうこうしているうちに、列車の警笛が聞こえる。

 

「おっしゃあ、来たでぇ~!」

 

パブロ一人が盛り上がるなか、生徒全員が列車を見つめる。

 

第Ⅱ分校専用、特別列車 《デアフリンガー号》

 

「…キレイ……!」

 

「銀色の列車か……」

 

(あの色……以前にも見たことがある。確かクメンに向かう前……」

 

銀色に磨きあげられた車体のカラーリングにキリコが前世の記憶を辿っていると、中から作業員らしき男たちが出てきた。

 

そして最後に出てきたのは水色の髪の軍人だった。

 

「え──」

 

「あれっ……!」

 

「フン、来たか」

 

「ええっ……!」

 

「オイオイ、マジかよ」

 

それぞれが驚くなか、女性軍人は微笑み、

 

「初めまして。第Ⅱ分校の生徒と教官の皆さん。鉄道憲兵隊少佐、クレア・リーヴェルトといいます」と敬礼をして挨拶をした。

 

「第Ⅱ分校専用、特別装甲列車、《デアフリンガー号》をお渡しします」

 

(《氷の乙女》に特別装甲列車…… 政府の差し金というわけか……)

 

キリコは至れり尽くせりの状況に不信感を抱いた。

 

 

 

物資の搬入が完了する頃にはすでに出発時間も近くなっていた。

 

キリコはなぜかリィンとランドルフとユウナと共にクレア少佐と話をしていた。

 

「ユウナと知り合いだったんですか?」

 

「去年、クロスベルの軍警学校で臨時教官を務めたことがありまして。その時からのご縁ですね」

 

「はい、クレア教官には色々とお世話になりましたっ! あの時も助けられちゃって……」

 

「あの時……?」

 

リィンの疑問にユウナは突然赤面した。

 

「な、なんでもないですっ!乙女の過去を詮索するなんてヤラしいですよ!?キリコ君みたいにただ聞いていればいいんです!」

 

「……………………」

 

「おーい、ユウ坊。キリコはガチで興味なさそうだぞ~」

 

「うぬぬ……!そういう態度も腹立つんですけど!?」

 

「ふふっ、まあまあ」

 

怒りの矛先がキリコに向くとクレア少佐はユウナを宥める。

 

「……元気そうですね。制服、とても似合っていますよ」

 

「あはは、どうも。ちょっとだけ複雑ですけど」

 

ユウナの言葉にリィン教官が頬をかく。

 

「──オルランド中尉は3ヶ月ぶりくらいでしょうか。第Ⅱ分校への協力、本当にありがとうございました」

 

「ま、半ば強制だったけどな。心配せずとも、振られた仕事はきっちりこなすつもりだぜ」

 

そしてランドルフは「アンタらがあんまり悪辣なことをしない限りはな」と付け加えた。

 

「ええ……肝に命じます」

 

「……?」

 

ユウナは知らないようだが教官二人は何か知っているようだ。

 

「──初めまして。貴方がキリコ・キュービィーさんですね」

 

「ああ」

 

今度はキリコに話が振られた。

 

「噂は聞いています。オーレリア閣下の推薦で第Ⅱ分校に入られていたのですね。」

 

「…………」

 

「内戦のことはそれなりに調べさせてもらいました。あの時、我々が間に合ってい……「間に合っていれば救えたか?」……え……?」

 

「人の過去をほじくりかえすのが趣味のようだな」

 

「ごめんなさい。そういうつもりでは……」

 

「精鋭を謳いながらもやっていることは人の粗探し、情報局とつながりがあるからできるんだろうが、貴族連合軍の連中が悪し様に言うのも無理もないな」

 

「……ッ!」

 

「ちょっとキリコ君!?さすがに言い過ぎよ!」

 

「いえ、いいんです。すみませんでした。貴方の事情を無視して……」

 

「クレア少佐……」

 

(キリコも色々あるみてぇだな……)

 

「──ここにいたか。リーヴェルト少佐」

 

不意にミハイルの声が聞こえる。振り返るとミハイルとトワがいた。

 

「……アーヴィング少佐、お役目、ご苦労様です。トワさんも本当にお久しぶりですね」

 

「あはは、NGO絡みだったから半年ぶりでしょうか?」

 

「再会の挨拶は後にしたまえ。そろそろ定刻だが……分校長や博士はどうした?見たところ彼女の専用機も積み込まれていないようだが……」

 

(金色のシュピーゲルか…… 確かにないな……)

 

「──それには及ばぬ」

 

後ろからオーレリアとシュミット博士がやってきた。

 

クレアは挨拶を済ませると、オーレリアはクレアに特別列車の引き渡しと現地まで同行について感謝を述べる。

 

だがミハイルの関心はそれどころではないようだ。

 

「そ、それよりも分校長。機体を運ばぬというのは……」

 

「ああ、必要なかろう?──今回の演習に私と博士は同行しないからな」

 

オーレリアの発言にその場にいた者全員が驚く。

 

「……!?」

 

「って、そうだったんすか?」

 

「て、てっきり来られると思って計画書をまとめたんですけど……」

 

「ま、待ってください……それでは約束が違うでしょう!?」

オーレリアの発言に思わずミハイルがくってかかる。

 

「現地での戦力計算には貴女の存在も見込んでいて──」

 

「だからこそ、だ。獅子は子を千尋の谷へとも言う。私が同行しては真の意味での成長も望めまい?既に情報局には伝えてあるが?」

 

「フン、地方での演習など私の研究に何の意味がある?各種運用と記録は弟子候補、実験は助手に任せた。微力を尽くしてくるがいい」

 

(助手とは俺のことか……)

 

「くっ……」

 

二人の言葉にミハイルは奥歯を噛み締める。

 

(……そろそろ定刻です。後の対応は分隊に任せて出発するしかないかと)

 

(……了解だ。ええい、なんと厄介な……!)

 

「ユウナ、キリコ。君たちも早く集合するようにな」

 

「い、言われなくとも!」

 

「了解」

 

 

午後 8:55

 

[キリコ side]

 

集合した俺たちは分校長の言葉を真剣な眼差しで聞いていた。

 

「──入学より3週間、いまだ浮き足立つ者もおろう。だが、先日の機甲兵教練も経てそなたらの扉はさらに開かれた」

 

たしかに入学直後に比べればいくらかマシになっただろう。

 

「そして古来より旅は人を成長させるとも言う」

 

旅か……。軍を脱走して以来、ウド、クメン、サンサ、クエント。

 

国から国、星から星への長い旅が俺を変えたのだろう。

 

愛、運命、縁。人間的なものがそぐわない俺。

 

旅を通して、数々の出会いと別れがなければ俺はどうなっていただろうな。

 

「そなたらが一回り大きくなって還ることを期待する──以上だ。」

 

『イエス・マム!』

 

オーレリアの締めに生徒全員が応える。

 

教官たちの指示で生徒たちがデアフリンガー号に乗り込んでゆく。

 

いよいよ始まる。

 

[キリコ side out]

 

 

 

生徒たちが全員列車に乗り込み、リィンたちも乗ろうとすると、

 

「ハーシェル、オルランド。雛鳥たちのことはよろしく頼む」とオーレリアから声をかけられる。

 

「……はい!お任せください!」

 

「まあ、色々ありそうだが微力は尽くさせてもらいますよ」

 

「──そしてシュバルツァー。北方戦役の終結から続いていた"凪"は終わった。巨いなる力を持つ者として流れを見極めてくるがいい。己の未熟さと向き合い──時に周囲に頼りながらな」

 

「分校長……」

 

「ええ──承知しました!」

 

リィンは大きく返事をした。

 

 

一方、列車の後方ではティータとキリコはシュミット博士と話していた。

 

「機甲兵の運用と整備については一通り教えた通りだ。小破程度なら何とか一人でやりきるがいい」

 

「ZCFの誇りに賭けてな」

 

「はい……!お任せくださいっ!」

 

「キュービィーは他のことに構わず実験用機甲兵のテストに専念しろ。多少派手にやってもかまわん。弟子候補が直すからな」

 

「………了解」

 

「あはは、お手柔らかにお願いします。」

 

列車の発車ベルが鳴り、動き出した。

 

それを見送ったオーレリアにシュミット博士は問いかける。

 

「フン……物は言いようだな、将軍?生徒、教官合わせて25名──何人無事に戻ってくることやら」

 

「フフ……」

 

シュミット博士の問いかけにオーレリアは微笑む。

 

「──これより先は激動の時代。彼我も、邦も、老若男女の違いもなく……乗り越えられないのであらばどのみち"明日"はないでしょう」

 

「………キュービィーでもか?」

 

「無論です」

 

オーレリアはホームを後にした。

 

 

 

(虎穴入らずんば虎児を得ず……… 向こうがどのような"罠"を仕掛けてくるかはわからん。トールズの子らよ、一人も欠けることなく戻って来い……)

 

 

 

午後 9:37

デアフリンガー号の2号車兼ブリーフィングルームではリィンたちは今後のことを話合っていた。

 

「──今回の演習は3日間を想定しています。明朝、セントアーク駅到着後、近郊の演習予定地へと移動──各種設備を展開後、そのまま各クラスごとのカリキュラムを開始する運びです」

 

「なるほど──この列車がそのまま演習中の拠点になるわけですね」

 

「そのための専用装甲列車ですか……」

 

「まあ、合理的っちゃ合理的だな。そのための設備も整ってるみたいだし」

 

「各クラスのカリキュラムについては別途、手元の書類を確認してほしい」

 

リィンたちは手元の書類を確認すると、

 

「……あれ?」

 

リィンは首をかしげる。

 

Ⅶ組についての言及が書かれておらず、トワもそれに気づく。

 

「Ⅶ組については、少々特殊なカリキュラムが用意されている。他クラスとは独立した内容のため演習地到着後、別途ブリーフィングの時間を設けるつもりだ。その際、シュバルツァー教官に加え、Ⅶ組生徒4名にも同席してもらう」

 

「生徒たちと一緒にですか」

 

「ふーん?思わせ振りじゃねぇか」

 

「ふふ……あまり構えないで頂ければ。あくまで《特務科》ならではの内容だからと思ってください」

 

「特務科ならでは……(一体どんな内容なんだ?まさかな……)」

 

「いずれにしても詳しい話は明日の朝、ですか」

 

「ああ、サザーラント州においても不穏な兆候が現れているとの報告がある。分校長が同行しないのは誤算だが……現状の人員でなんとか回すしかあるまい。これは訓練ではない──あくまで実戦の心持ちで本演習には挑んでもらいたい」

 

「──了解しました」

 

「それとシュバルツァー教官。キュービィー候補生のことだが、くれぐれも贔屓することのないように。あくまで一学生としての評価をつけるようにな」

 

「勿論です」

 

(少佐……ミハイル兄さんにここまで言わせるなんて………)

 

「まあ、あいつは他のより頭一つ二つ、いや十や二十は飛び抜けてるからなぁ」

 

「リィン君から見てどうなの?」

 

「そうですね……戦闘や機甲兵戦術においては間違いなく一級品ですね。少々独断行動のきらいがありますが、クラスの和を乱すことはありませんし、態度に出さないだけで周りをきちんと見ているようです」

 

「なるほどな」

 

「たしかに、そんなタイプだね」

 

(兵士としてはともかく、戦士としては相当な人材というわけですか)

 

「でもだからといって贔屓なんてしませんよ。むしろ他の生徒よりも少し厳しく評価します。彼のためでもありますからね」

 

「よろしい、では本日のブリーフィングはこれまでとする。ハーシェル教官、オルランド教官は今夜中に生徒たちへの連絡を。各自休息を取り体を休めてくれたまえ──以上、解散!」

 

 

 

「機甲兵のチェックか?精が出るな」

 

ブリーフィングを終えたリィンは列車内の見回りをしていた。

 

ユウナ、クルト、アルティナとの会話を終えたリィンは5号車で作業していたキリコに話しかける。

 

「教官はなぜここに?」

 

「ああ、見回りを兼ねてヴァリマールの様子を見にね」

 

「灰の騎神ですか……」

 

「興味は……なさそうだな」

 

「ええ」

 

「ふう、そういうタイプではないことはわかっていたんだが……もう遅い。区切りのいいところで休むようにな?」

 

「はい」

 

他の生徒がそれぞれの想いを口にする中、ほとんど変わらないキリコにリィンは呆れながら、相棒の様子を見に行くのだった。

 




キリコは原作と同一の世界観の作品 機甲猟兵メロウリンク第2話の舞台のタ・ビングから傭兵の募集でクメンに行ったらしいです。


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サザーラント

4月 22日 早朝

 

「おはよう、キリコ」

 

「いい天気だな」

 

「ああ」

 

朝、デアフリンガー号の食堂でコーヒーを飲んでいたキリコに列車でも同室だったウェインとスタークが話しかけてきた。

 

「キリコ君、おはようございます」

 

「お、おはようございます」

 

続いてサンディとタチアナが話しかけてきた。

 

「お前たちは準備はいいのか?」

 

「ああ、着いたら忙しくなるからね。今のうちにコーヒーでも飲んでおこうと思ってね。キリコ、俺にもくれないか?」

 

「スターク……よく飲めるな……」

 

「キリコの淹れるコーヒーはなかなか旨くてな。いい豆を使っているな」

 

「ああ」

 

キリコはスタークにコーヒーを出し、自分のを啜った。

 

「コーヒーはちょっと苦手です……」

 

「タチアナちゃんには紅茶を用意してあるからね。ウェイン君も紅茶でいいかな?」

 

「ああ、貰おう」

 

サンディがタチアナとウェインに紅茶を淹れていると、

 

「おはよう、みんな早いわね」

 

「おはよう、キリコが一番早かったな」

 

「おはようございます」

 

Ⅶ組が起きてきた。

 

「あっ、あたしもコーヒーちょうだい」

 

「僕も貰おうかな」

 

「ミルクをください」

 

「うん、わかった。キリコ君、ユウナとクルト君のコーヒーも頼んでもいいかな?」

 

「わかった」

 

サンディに頼まれたキリコはユウナとクルトのコーヒーを淹れる。

 

「ここに置く」

 

「ありがとう。そう言えば、キリコ君のコーヒーって初めてかも」

 

「寮の食堂でもコーヒーばかりだからな」

 

「じゃ、いただきまーす」

 

ユウナはコーヒーを啜る。

 

「……………」

 

そして黙りこむ。

 

「ど、どうした?」

 

「に……」

 

「に?」

 

「にぎゃい。飲めにゃい……」

 

「え?」

 

クルトもコーヒーに口をつける。

 

「ふむ、たしかに苦いが、コクと酸味があって香りもいい。僕は好きだな」

 

「私は遠慮しておきます」

 

「なんでスターク君とクルト君はこんなの飲めるのよ~!?」

 

食堂にユウナの後悔の叫びが響いた。

 

「ユウナさん、すごいです……私もキリコさんのコーヒーが飲めれば良かったんですが……」

 

その様子を見ていたミュゼはため息をついた。

 

 

午前 5:12

 

セントアークから少し離れた場所にある演習地に到着した。

 

分校生徒全員がテントの設営、機甲兵の運びだし、通信機器の設置などの活動を行った。

 

 

 

午前 6:30

 

朝食を終えたそれぞれのクラスが外で演習内容の説明を受けている中、ブリーフィングルームではミハイル、クレア少佐を交えてⅦ組の演習内容の説明が行われていた。

 

「──《Ⅷ組戦術科》は、戦闘訓練に機甲兵によるミッション演習……。《Ⅸ組主計科》は通信、補給、救護などの実戦演習を予定している」

 

「シュバルツァー教官以下5名、《Ⅶ組特務科》の主要活動は2つ。第一は『広域哨戒』──現地周辺に敵性勢力がいないかなど、偵察を兼ねた"情報収集活動"だ」

 

「そして第二は『現地貢献』──本演習を現地に肯定的に受け入れてもらうための"支援活動"となる」

 

「本分校ではこの2つを合わせて『特務活動』と定義している」

 

「………………」

 

「その、何というか……」

 

「……軍として合理的なようでそうでもないような印象ですね」

 

(広域哨戒ならまだ分かる……だが現地貢献というのはなんだ?何をさせる気だ?)

 

「ははっ……」

 

キリコたちが首を傾げている横で、リィンは苦笑を浮かべる。

 

「──なるほど。ようやく理解できました。確かに《Ⅶ組》ですね。発案者もわかった気がします」

 

「ふふ……その想像は間違ってないと思いますよ?」

 

「フン、人数が少ないとはいえ、《灰色の騎士》が率いるクラスだ。第Ⅱ分校としては確実に結果を出してもらいたいものだな?」

 

「ええ──了解しました。察するにまずは現地の責任者と面会するという段取りですか?」

 

「話が早くて助かります。セントアーク市の城館でハイアームズ侯爵閣下がお待ちです。早朝ではありますが、いつ伺っても大丈夫だそうです」

 

「ハイアームズ侯が……それは有難いですね」

 

「サザーラント州を統括する《四大名門》の一角……」

 

「穏健派とは言われますが帝国最大の貴族の一人ですね」

 

「内戦時に難民保護に努めたことから政府との軋轢はそれほどないらしいな」

 

「そ、そんな人にこれから会いに行くんですか?」

 

「一応、俺は面識があるからあまり構える必要はないだろう」

 

思わぬ大物の名前が出て、戸惑うユウナをリィンは落ち着かせる。

 

「──まずは侯爵閣下に挨拶して"特務活動"に関する依頼などを伺えばいいんですね?」

 

「ああ、それと第Ⅱ分校の到着と演習開始の報告も併せて頼む。地方で演習を行う場合、現地の行政責任者の許可が形式上どうしても必要だからな」

 

「了解です」

 

「な、なんかまだ頭が付いていけないけど……《特務科》ならではの活動がようやく始められるわけね……!」

 

「ああ……望むところだ」

 

「準備は出来ている」

 

「同じく、です」

 

そう言ってキリコたち4人は立ち上がる。

 

「気合いは十分みたいだな。よし、装備を整えしだい、セントアークに向かうぞ。」

 

こうしてブリーフィングは終了した。

 

 

外に出ると、クレア少佐がセントアークまで同行すると言い出した。

 

「実はこの後、原隊に戻る前に侯爵閣下と打ち合わせする予定なのでよかったら同行させてください」

 

「え、そうなんですか!?ていうかしばらく演習地にいるわけじゃないんですね……」

 

「そういうことならぜひご一緒してください」

 

「よろしくお願いします。リーヴェルト少佐」

 

「ええ、アルティナちゃんも」

 

クレア少佐はリィン、ユウナ、アルティナに挨拶するとキリコに向き合う。

 

「キリコさん……昨日は本当に申し訳ありません。不愉快な思いをさせてしまって……」

 

「気にしていない」

 

「え?」

 

「もう過ぎたことだ」

 

「キリコ君……」

 

「っ! ありがとうございます」

 

クレア少佐はキリコに謝罪をして、クルトの方を向く。

 

「クルトさんでしたか。そちらもよろしくお願いしますね」

 

「ええ……こちらこそ」

 

(鉄道憲兵隊きっての辣腕……僕以外の全員と知り合いか。キリコのことといい、特務活動のことといい、気になることは多いが………ヴァンダールの名に賭けて最善を尽くすだけだ)

 

クルトは若干の寂しさを覚えつつも、一人誓いを立てた。

 

 

 

[キリコ side]

 

俺たちが出発の準備を始めようとした時、トワ教官からある申し出を受けた。

 

「リィン君とⅦ組のみんなに伝えておくことがあるんだけど」

 

「えっと、何でしょう?」

 

「うん、実は主計科のみんなには演習の一環で拠点としての役割を持ってもらっていて……それぞれ各種のショップや、特定の情報収集を担当してもらってるんだ。だから、リィン君たちの必要に応じて利用してもらえると有難いかな」

 

「なるほど、それはこちらも助かりますね」

 

「それと……もうひとつ頼みたいことがあるんだけど」

 

「何ですか?」

 

「その情報収集のことなんだけど、今ルイゼちゃんとヴァレリーちゃんとタチアナちゃんに担当してもらっているんだけど、演習の方もあるからあまり無理はさせられないの。それでリィン君とⅦ組のみんなに協力してほしいんだけど大丈夫かな?」

 

「ええ、問題ありませんよ」

 

「これも特務活動だと思えば楽勝ですよ!」

 

「それで僕たちはどんな情報を集めてくればいいんですか?」

 

「えっと……ルイゼちゃんが人物ノート、ヴァレリーちゃんが戦闘ノート、タチアナちゃんが書物ノートだね」

 

「これは骨が折れそうですね……」

 

「ならさっさと終わらせる」

 

正直面倒だがやるしかない。俺は糞真面目な男だからな。

 

「ありがとう、助かるよ。詳しいことはあの子たちに聞いてね。それじゃみんな、頑張ってね」

 

「はい、行ってきます」

 

 

 

トワ教官と別れた後、俺たちはテント前のスタークとパブロの方に行った。

 

「お前たちが担当か」

 

「ああ、パブロが武器と防具でカイリが薬品──それ以外の品物全般が俺の担当だ。というわけで物資が必要な時は主計科の男衆に言ってもらえれば大体手に入るかな。とにかく後方支援は任せてくれ」

 

「ま、武器と防具が必要な時はいつでも声かけてや!このオレが責任を持って準備させてもらうさかいな!」

 

「頼りにさせてもらう」

 

「それにしても、薬がいっぱい……よくこんなに備蓄できたわね。そんなに安く手に入ったの?」

 

「ちょっとしたコツがいるんだよ。親父のやり方を見ていたからな」

 

「確かスタークは商家の出身だったか」

 

「ええ、ジュライ特区です」

 

「ジュライ……」

 

「? どうしました?」

 

「いや、何でもない」

 

ジュライの名を聞いてリィン教官の顔が曇る。何かあったようだな。

 

 

 

俺たちは新しい武器を購入、装備する。すると後ろから、ミュゼとタチアナに声をかけられた。

 

「ふふ、いよいよⅦ組も活動開始ですか」

 

「そ、その……お疲れ様です」

 

「えっと……二人は基本的には通信班に所属するんだっけ?」

 

「は、はい……できるかどうかは疑問ですが」

 

「とりあえず、今回は各人の適正を見極めることも目的の一つみたいですね。それにしても、寂しいですね」

 

「キリコさんとは一時も離れたくないのですが♥️」

 

「な…………」

 

「ふむ………」

 

(……キリコも大変だな)

 

(……噂には聞いていたが)

 

「………………」

 

「あわわわ……やっぱりお二人は……」

 

「勝手に言っているだけだ」

 

「ああん、キリコさんもいけずですね♥️」

 

(キリコ君が反論した!)

 

(珍しい光景ですね)

 

(まあ……いいんじゃないか)

 

さっきから後ろでユウナたちが何かぼそぼそ言っているようだが、放っておくしかないだろう。

 

それよりミュゼの言動が気にかかる。

 

俺は旅や戦闘を通して色々な相手と会ってきた。

 

その中に本心を隠しながら、近づいてくるやつが何度かいた。

 

ミュゼには初めて会った時からそいつらと同じ感じがするのだ。

 

思えば何者かに戦いを挑むために俺に協力してほしいと言ったことがある。

 

だが俺はそんなものに関わる気は一切ない。戦いに利用されるのはもうまっぴらだからな。

 

 

 

ミュゼたちと別れ、戦術科のテント前に行くと、なぜかウェインが落ち込んでおり、グスタフが肩を支えていた。

 

「いつつつつ………」

 

「ど、どうかしたの?」

 

ユウナが心配する。

 

「な、Ⅶ組のみんなか……いつつつつ………」

 

「けがしているのか?」

 

「その……俺とウェインの二人で機甲兵を外に運び出したんだが……どうやらコックピット内に蜂が潜んでいたらしくてな。慌てて振り払おうとしたら……」

 

「刺されたわけか」

 

「おお、女神よ……この私が一体何をしたというのです」

 

「そ、それは災難だったな」

 

女神に祈るウェインにクルトが慰める。

 

「オイ」

 

後ろを向くと、アッシュが声をかける。

 

「………………………」

「………………………」

 

「チッ……」

 

「な、何よ!失礼しちゃうわね!」

 

「まあまあ、彼にも色々あるんだろう」

 

ユウナが憤慨するもリィンが窘める。

 

「アッシュ、そこまでにしとけ。悪いなキリコ。ちゃんと言い聞かせておくからな」

 

「ケッ」

 

ランドルフ教官がやってくる。

 

「さっそく出かけるのか?」

 

「ええ、まずは現地の行政責任者に演習の許可をもらってきます」

 

「はは、よろしく頼んだぜ。何せその許可がもらえねぇとこっちは野外訓練に出ることもできねぇからな」

 

「──それはそうと、Ⅶ組による"特務活動"か…」

 

「ランディ先輩?」

 

懐かしむ様子のランドルフ教官にユウナが不思議そうな顔をする。

この二人はクロスベルに所縁があるんだったな。

 

だからユウナはランドルフ教官を愛称で呼ぶのか。

 

「ま、他もそうだがユウ坊にはいい経験になると思うぜ」

 

「というか、みんなのいる前でユウ坊はやめてくださいってば!」

 

「ユウ坊はユウ坊だろ?」

 

「もう!ランディ先輩!」

 

ユウナが赤面して抗議するも、ランドルフ教官はどこ吹く風だ。

 

「ランドルフ教官、そのユウ坊というのは?」

 

「おお、アルきち。知りたいのか?」

 

「……そのアルきちとは何ですか?」

 

「いやだって、ユウ坊の次はアルきちだろ?」

 

「いや、だろって言われても……」

 

「あんまり言うとエリィ先輩に言い付けますよ?」

 

「おっとそいつはカンベンだな。まあ行ってこいや」

 

そう言ってランドルフ教官は戻って行った。

 

最後にフレディからムカゴとかいう植物と蜂の幼虫を取ってこいと言われた。

 

さすがに断ろうとしたが、リィン教官が引き受けてしまった。

 

軍人の卵ともいえる士官候補生ならば命令は絶対だ。

 

たとえそれが理不尽なものであっても………だ。

 

[キリコ side out]

 




キリコの料理セリフ

調理 「面倒だな……」

得意 「上手くいったか」

普通 「こんなものか」

失敗 「なんだこれは」

独自 「これぐらいしか芸がない」

キリコの独自料理

ウドのコーヒー

効果
HP4000回復 CP+30 睡眠、悪夢、混乱解除

とある街の名を冠したコーヒー。その芳醇な香りと苦味は退廃と混沌を消し去る。


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依頼①

セントアークの依頼をクルト、アルティナ、ユウナ目線で描いていたら一万字超えました。

というのも初日の夜と上手くリンクさせるにはこれしかないと判断した次第です。


リィンたち一行は南サザーラント街道に出た。

 

「さて……街道に出てきたな。野生の魔獣も徘徊しているみたいだな」

 

「この景色、少し憶えがあります。たしかセントアークとパルムを結ぶ街道だったはず」

 

「えっと、まずは北のセントアークを目指すとして……そもそもなんでこんな街外れに線路が通っているんですか?」

 

「ふふ、こちらはTMPで敷いている特別路線になります。本来の路線が使えない場合や様々な作戦行動で機能するものを演習用に提供させていただきました」

 

「なるほど、本来表に出ない裏の路線というわけですか」

 

(政府の息がかかっているのは間違いないな)

 

「そういえば私も以前、別の地での共同任務で利用しましたね」

 

アルティナの言葉にユウナとクルトはキョトンとする。

 

「共同任務って……TMPに同行を?」

 

「まさかクレア教官と……ってどんな任務なのよ!?」

 

「まぁ、色々と」

 

「ふう、アルティナちゃん……」

 

淡々と機密を口にするアルティナにクレアは額に手をおく。

 

(ミリアムといい、クレア少佐の苦労が窺えるな……)

 

「教官、行かなくていいんですか?」

 

「ふう、こっちは変わらずか……そうだな、このまま街道を北上する。魔獣に気をつけて進むぞ」

 

「了解しました」

 

 

 

キリコの進言で再びセントアークを目指す。

 

「わあ…!すっごくのどかで気持ちいいかも!」

 

ユウナは街道の光景に目を輝かせる。

 

「ああ、魔獣さえいなければピクニックにはもってこいだな」

 

「ふふ、そうですね…」

 

「はしゃぐのはいいが、油断するなよ」

 

「わ、わかってますよ!ていうかキリコ君も、気持ちいいとか思わないの?」

 

「魔獣がいるのにか?」

 

(キリコはどこまでも冷静だな……)

 

キリコの変わらぬ様子にリィンは苦笑いを浮かべる。すると、リィンの顔つきが変わる。

 

「みんな、どうやら魔獣に気づかれたらしいな」

 

「えっ!?」

 

リィンの指さす方には五体の魔獣が待ち構えていた。

 

「さっそく手荒い歓迎ですね」

 

「ついでに情報収集もできそうですね」

 

「うんうん!望むところよ!」

 

「邪魔するなら、迎え撃つだけだ」

 

「気合いは十分みたいだな。クレア少佐、お願いできますか」

 

「もちろんです」

 

Ⅶ組は武器を構え、魔獣との戦闘を開始した。

 

 

 

[キリコ side]

 

アインヘル小要塞にいた魔獣と違い、野生の魔獣は限度というものを知らない。

 

小要塞の魔獣は博士から何らかのコントロールを受けているのに対して、当然だが野生の魔獣にはそれがない。

 

戦闘をしている最中に、偶々通りかかった商人などに突然ターゲットを変えることもざらにある。

 

俺たちが相対しているポムというやつは体力を削るだけでなく、EPやCPをも吸収する性質をもっている。

 

だが俺や、それなりに場数を踏んだユウナやクルト、経験豊富なアルティナとリィン教官とリーヴェルト少佐の敵ではなかった。

 

「ハンタースロー」

 

先ほど習得した投擲ナイフによるクラフト技『ハンタースロー』をヒットさせ、戦術リンクを結んだユウナの止めでポム二体を撃破する。

 

隣のクルトとアルティナも同様にポムを二体倒す。

 

「こっちは終わった」

 

「こちらも終わりました」

 

「教官たちは……ッ!?ってなにあれ……」

 

「あれは……」

ユウナの指さす方を見ると、リィン教官とリーヴェルト少佐が一糸乱れぬ連携で増援のポム三体を撃破した瞬間だった。

 

「さすがですね」

 

「リィンさんこそ、お見事です」

 

 

 

戦闘が終わり、ノートにメモをとると、ユウナは真っ先にリーヴェルト少佐の元へと向かう。

 

「クレア教官!やっぱり超っ絶カッコ良かったですっ!」

 

「ふふ、ありがとうございます。短い間ですが、皆さんもオーダーなども遠慮なく頼ってくださいね」

 

「ええ、頼りにさせてもらいます」

 

(やはり相当の凄腕だな……)

 

俺はリーヴェルト少佐の銃の腕前と計算されたクラフト技に舌を巻いた。さすがにあれは俺にはできそうにない。

 

「よし、目的地はこの道の右手にある。少し遅くなったがセントアーク市に向かうぞ」

 

「了解しました」

 

 

 

俺たちはその後、何度か魔獣の襲撃にあいながらも、遂にセントアークの城門が見えるところまで来た。

 

「見えてきましたね。あれがセントアーク市の南門です」

 

「現在0650……予定通り到着できそうですね」

 

「待て、何か来る」

 

俺は咄嗟に銃を構えた。

 

「ッ!総員戦闘準備!大型魔獣が来るぞ!!」

 

俺たちの後ろから巨大なサイのような大型魔獣が狼型魔獣を引き連れてやって来た。

 

「強敵だ、気をつけろ!」

 

「ここは一気に倒しましょう」

 

リーヴェルト少佐は『パーフェクトオーダー』を発動させる。どうやら猛攻態勢に移行させるオーダーらしい。

 

大型魔獣との戦闘が始まった。

 

[キリコ side out]

 

 

 

キリコたちは狼型魔獣を殲滅させるが、大型魔獣の厚い外殻に手こずっていた。

 

「硬いな……」

 

「キリコ君のアーマーマグナムでも通らないなんて」

 

「僕の剣でも歯がたたない。アルティナはどうだ?」

 

「クラウ=ソラスをも弾くとは…なかなか厄介ですね……」

 

「では、ここは私が……」

 

クレア少佐はそう言って、前に出る。

 

 

 

「目標を制圧します。ミラーデバイス、セットオン!オーバルレーザー照射!ミッションコンプリート、どうか安らかに……」

 

 

 

クレア少佐のSクラフトは瞬く間に大型魔獣を撃破する。

 

「うわぁぁ……!」

 

「ユウナさん、目がハートになってます」

 

「だがすごいな…あれほどの繊細かつ複雑なクラフト技は見たことがない」

 

(一つ一つを計算してやっているのか……だがあれは普通の人間には不可能なはず……何かを持っているのか?」

 

ユウナたちが称賛する中、キリコはクレア少佐のSクラフト『カレイドフォース』の過程から彼女が異能か何かをもっているのではと推測する。

 

「?? キリコさん、どうしましたか?」

 

「いや、なんでもない。それより教官、ここが……」

 

「(……?)ああ、ここがセントアークだ」

 

 

 

午前 7:00

 

Ⅶ組はセントアーク市に到着した。

 

「うわぁ~……雰囲気のある街ねぇ。でも"白亜"という割にはくすんだ灰色の町並みだけど」

 

「ああ、かつて帝都に災厄があった時、時の皇帝がこちらに遷都された……その時には光輝く白い町並みだったらしいけどね」

 

「はは、詳しいな」

 

クルトの説明にリィンは感心する。

 

「帝国の五大都市の中では帝都と同じくらい歴史がある街ですね」

 

「いや、帝都は一度改築されているから一番歴史があるといっても過言じゃないな」

 

「はー、なるほど」

 

「……………」

 

(キリコは全く興味なさそうだな……)

 

クルトは平常運転のキリコに思わずため息をつく。

 

「ふふ……」

 

「クレア教官?」

 

「いえ、公務で寄るのも久しぶりなので」

 

「ハイアームズ候の城館は大聖堂を左手に抜けた北西区画、いわゆる貴族街の奥にあります。よかったらご案内しましょう」

 

「ええ、よろしくお願いします」

 

 

 

Ⅶ組はクレア少佐に案内され、ハイアームズ侯爵へ謁見する。

 

執務室に通されるとそこには年配の男性と執事らしき男が待っていた。

 

「いや、本当によく来てくれた。サザーラント州の統括を任されているフェルナン・ハイアームズだ」

 

「リィン君は久しぶりだな。パトリックが随分世話になったようだ」

 

ハイアームズ侯は柔和な笑みを浮かべ、リィンに話しかける。

 

「いえ、こちらこそ。御子息には、得難き友として色々と助けていただきました」

 

「はは、そう言ってくれると息子としても光栄だろう。セレスタンからの話だと色々と無礼を働いてしまったそうだが……」

 

「いえ、互いに若気の至りでしたから。むしろあの一件がなければ友になれることもなかったと思います」

 

「そう言ってもらえるとありがたい。今は海都にいるが……それも知っているのだったね?」

 

「ええ、ちょうど赴任先に行く時に同行していたので」

 

リィンは次に執事の方を向く。

 

「セレスタンさんも本当にお久しぶりです」

 

「ええ、リィン様」

 

執事の男、セレスタンは恭しくお辞儀をする。

 

「去年、パトリック様を残してセントアークに戻ってしまいましたが立派に成長されて卒業なさった様子。リィン様を初めとするご学友の方々には感謝してもしきれません」

 

「はは、大げさですよ」

 

リィンは右手を差し出し、Ⅶ組の生徒を紹介する。

 

「は、初めまして。ユウナ・クロフォードです」

 

「クルト・ヴァンダールです。……お初にお目にかかります」

 

「アルティナ・オライオン。よろしくお願いします」

 

「キリコ・キュービィーです。初めまして。」

 

「ふふ、君たちが新たな《Ⅶ組》というわけか。まさかヴァンダール家の御子息までいるとは思わなかった。お父上には前にお世話になったお目にかかれて嬉しいよ」

 

「過分なお言葉、恐縮です」

 

ハイアームズ侯はⅦ組との挨拶を済ませ、クレア少佐の方を向く。

 

「さて、リーヴェルト少佐。例の話だが……先にリィン君たちへの話を済ませても構わないかな?」

 

「ええ、勿論です。詳しい状況も知りたいので可能なら同席させて頂けると」

 

「ああ、構わないだろう」

 

ハイアームズ侯とクレア少佐のやり取りが終わったことを確認し、リィンは自分の胸に手を当て、

 

「──ハイアームズ侯爵閣下。トールズ士官学院・第Ⅱ分校、サザーラント州での演習を開始した事をご報告申し上げます」と宣言した。

 

「了解した。よき成果が得られることを願おう」

 

「──それと"要請"だが…… ──セレスタン」

 

セレスタンは は、と返事してリィンに青い封筒を渡す。

 

リィンは「拝見します」と断りを入れて確認する。

 

いくつかの要請の中に、重要調査案件と書かれた書類があった。

 

「重要調査案件……」

 

「な、謎の魔獣……?」

 

「閣下、これは……」

 

「ここ数日、サザーラント州で不審な魔獣の情報が寄せられてね。場所は、このセントアーク近郊、そして南西のパルムの周辺になる。──できれば君たちに魔獣の正体を掴んでもらいたい」

 

「正体、ですか」

 

「……重要案件というからにはただの魔獣ではない可能性が?」

 

「ああ……寄せられた情報によると……"金属の部品で出来たような魔獣"だったらしい」

 

ハイアームズ侯の言葉にリィン、アルティナ、クレア少佐が反応する。

 

(機械の魔獣………まさかアレか?)

 

キリコはハイアームズ侯の情報と三人の反応から予測する。

 

「勿論、見間違いの可能性もあります。ですが、歯車の回るような音を聞いたという情報もありまして」

 

「領邦軍にも調査させたがいまだ確認はできでいなくてね。……もっとも内戦以降、州内の兵士も大幅に減っている。正直な所、十分な調査ができていないという状況なんだ」

 

「…………………」

 

ハイアームズ侯は肩を竦め、クレア少佐は表情を暗くする。

 

「領邦軍の縮小ですか……」

 

(やはり相当な狸だな。ハイアームズ侯爵というのは)

 

「よく分からないけど……変な魔獣がうろついているから調べるって話ですよね?気味悪がってる人もいそうだし、放ってはおけませんね!」

 

「ああ……当然だ。──承知しました。他の要請と合わせて必ずや突き止めてみせます」

 

リィンの言葉にハイアームズ侯も微笑む。

 

「ありがたい……どうかよろしく頼むよ」

 

そしてⅦ組の方を向き、

 

「Ⅶ組特務科の諸君──サザーラント州での特務活動、どうか頑張ってくれたまえ」と激励する。

 

 

クレア少佐とはここで別れることになった。

 

「リィンさん、ユウナさん。アルティナちゃんにクルトさんにキリコさんも。どうか気をつけて──演習の成功をお祈りしています」

 

「は、はいっ!」

 

「ありがとうございます。……機会があれば、また」

 

 

 

クレア少佐と別れた後、Ⅶ組は今後のことで話し合う。

 

「……なんか思わせ振りな話が多かったですけど……」

 

「結局、その魔獣の調査と何をすればいいんですか?」

 

「他の案件というのもあるようですが?」

 

「ああ──改めて説明するか。4人とも、これを見てくれ」

 

リィンは先ほどの書類を見せる。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

薬草の採取代行 [必須]

 

お祝いのご馳走 [任意]

 

迷い猫の捜索 [任意]

 

染料の原料調達 [任意]

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「これは……」

 

「………………」

 

「……軍務とは無関係のただの手伝い、ですか?」

 

「特務とは名ばかりの雑用か……」

 

「ああ、市民からの要請や大聖堂からの要請みたいだな。"必須"と書かれたものはなるべくやった方がいいが……"任意"と書かれたものはやるもやらないも自由だ。ただし広域哨戒の観点からセントアークの街区は一通り回っておくべきだろう。──それから、こちらが先ほどの重要調査項目だな」

 

リィンはもう一枚の書類を見せる。そこにはハイアームズ侯からの情報の他に、目撃地点も記されていた。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

目撃地点は以下の三箇所。

 

①セントアーク北西

 

②パルム東

 

③パルム南

 

──以上三箇所の調査をお願いする。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「この①の魔獣の調査も含めてやるべき"要請"をクリアしたら‘南にあるパルムへ移動し……そこでの要請も検討しつつ、②と③の魔獣調査を遂行する。──一日目の特務活動はこんな流れになりそうだな」

 

リィンのプランに全員が呆れる。

 

「さ、さすがにハードすぎるような……」

 

「……強行軍ですね。どこまでやり切る必要が?」

 

「そうだな、任意の要請については君たち4人の判断に任せよう。俺はあくまで教官として見守らせてもらうだけにするから話し合って決めるといい」

 

「……なるほど。そういう方針ですか」

 

「まずは市内からか……」

 

「そもそも必須でないなら対処する必要もないのでは?」

 

「い、いやいや!困っている人がいるならそうも行かないでしょ」

 

ユウナはそう言って、三人の方を向く。

 

「まだ8時前だし、時間の余裕はあると思う。可能な限り全部、やってみるべきじゃないの?」

 

「異存はないが、時間以外に体力的な問題もあるだろう。全部が全部、やり切れると思わない方がいいじゃないか?」

 

「……わたしはどちらでも皆さんの判断に委ねます」

 

「って、ダメだってば!」

 

「君も意見くらいはちゃんと出すべきだろう」

 

「………落第したいならそうしろ」

 

「…………」

 

「キリコ君……」

 

「……………」

 

リィンは初めての実習の出来事を思い出した。

 

「まあ、その調子で4人で考えておいてくれ。──それではⅦ組特務科、最初の特務活動を開始する。演習地に残った他のクラスにいい報告ができるといいな?」

 

「っ……言われなくても!」

 

「無論、最善は尽くします」

 

「当然だ」

 

「行動開始、ですね」

 

 

「では、どういうルートで回りますか?」

 

「大聖堂からの依頼は大司教様に直接聞きに行けばいいとして……"謎の魔獣"についてはまだわからないことも多いよね」

 

「まずは情報収集か……」

 

「セントアーク南の住宅街には宿酒場があったと思うし……聖堂広場にある老舗百貨店なんかも人が多いから候補に入れてよさそうだ」

 

「あ、そういえばクルト君ってこっちの出身なんだっけ」

 

「案内は任せていいんですね」

 

「まあ、異存はないけど。……そんな感じでいいですか?」

 

「ああ、いいと思うぞ。さっそく出発しよう」

 

 

[クルト side] [お祝いのご馳走]

 

まず僕たちは貴族街の邸宅にお邪魔した。

 

ここのメイドのイジーさんからの依頼で、レッドパーチというありふれた魚を釣って来ることになった。

 

さっそく街道に出て水場を発見すると、運悪く魔獣がいた。

 

近くで戦闘になれば爆音で魚が逃げてしまう恐れがある。

 

そこで釣りは教官に任せて僕たちが魔獣を引き付けて撃破する作戦を実行することになった。

 

結論からいえば作戦は成功した。

 

僕たちが戦闘から戻ると、教官がちょうどレッドパーチを釣り上げた時だった。

 

これはなかなか大きいサイズだな。

 

邸宅に戻りイジーさんにレッドパーチを渡した。

 

「わわっ、すごい!ホントに取れたてじゃないですか~!ありがとうございます!これでパーティーも大成功間違いなしですねっ!」

 

喜んだイジーさんはさっそくレッドパーチを料理する。

 

ただどうやらイジーさんはあまり料理が得意ではないらしい。

 

教官も思わず「前途多難みたいだな……」と言わしめたほどだ。

 

僕はただ、レッドパーチが無事に調理されることを祈ることしかできない。

 

[お祝いのご馳走] 達成

 

[クルト side out]

 

 

[アルティナ side] [迷い猫の捜索]

 

これは本当にやるべきことなんでしょうか……

 

わたしたちは住宅街にある宿酒場エイプリル二階で待っていたイヴァンさんとお孫さんのキミィさんでした。

 

要請内容は逃げ出した仔猫のフェリクスの捜索。

 

正直、やらなくてよいことですが、ユウナさんとクルトさん、そしてキリコさんまでもがこの要請を受けることを承諾。

 

こうなっては仕方がないので状況を聞くことに。

 

なんでも昨日の夜、下で食事中に酔っぱらいが足をふらつかせて仔猫の入ったケージをひっくり返してしまい、驚いた仔猫は宿の外に飛び出してしまったとのこと。

 

ここセントアークはかなり大きいので手がかりなしに探すのは時間の無駄です。

 

教官が昨日お二人が行った場所に心当たりがないか聞いてみると、キミィさんが「キレイな広場」イヴァンさんが「侯爵様のお屋敷の近くの広場」と口にしたので貴族街へ行くことになりました。

 

見つかることには確約出来ませんが、教官が「そこは気持ちだろう」と言いましたがよく分かりません。

 

 

 

貴族街を歩いていた貴族の方に聞いてみると仔猫は空港方面に向かったそうです。

 

空港前に着くと、さっそく捜索を開始しましたが見つかりません。もし空港の敷地内に入ったとしたら捜索は難航するでしょう。

 

「なに、ネコ探してるの?」

 

振り返るとそこには赤い髪の女性が立っていました。

 

年齢はおそらく教官とほとんど変わらないと思います。

 

それにあの赤い髪、どこかで見たような気がします。

 

女性はなんと探してる仔猫と遊んでいたらしく、南西の住宅街に行ったことを教えてくれました。

 

非効率的ですがユウナさんの言うとおり虱潰しに探すしかないようです。

 

そんな時、女性からアドバイスをもらいました。

 

迷ったとしたら人の少ない所を探すと良いと。

わたしたちはそのアドバイスを参考に住宅街へ向かうことに。

 

ただ、気になるのは教官とキリコさんです。

 

お二人はなんでもないと言いましたが、何か感じ取ったようです。

 

 

 

再び住宅街に戻り、人の少ない場所を探していると、閉まったお店の敷地内の木箱の裏側に仔猫が隠れてました。

 

ユウナさんがさっそく誘き寄せようとしますが効果はありません。

 

そこでさっきの宿酒場から依頼人を呼ぶことにしました。

 

依頼人のキミィさんが門に近づくと仔猫は走り寄って来ました。

これで要請は達成されました。

 

[迷い猫の捜索] 達成

 

[アルティナ side out]

 

 

[ユウナ side] [薬草の採取代行]

 

セントアークの任意の依頼を終えたあたしたちは必須の依頼を受ける前に情報収集をすることになったの。

 

宿酒場エイプリルで会ったのは教官と同級生で帝国時報の記者のヴィヴィさん。

 

ヴィヴィさんによると、謎の魔獣については知らないけど、なんか妙な連中がうろついているんだって。

 

しかも謎の魔獣が出た時期と一致してるとか。

 

聖堂広場の百貨店のケストナーさんによると、謎の魔獣についてはよく知っているらしくて、取引のある商人さんによると北東の街道で見たらしいの。

 

これらの情報から北サザーラント街道が怪しいことがわかったんだけど、まずは大司教様の依頼を優先することになったの。

 

依頼人の大司教様によると、エリンの花を摘んで来てほしいんだって。

 

なんでもサザーラント州でも特別な場所にしか生えていないラベンダーの一種で、沈静・安眠などの高い効果があるらしいの。

 

ただ、採取地付近の魔獣が凶暴化しちゃって近づくこともできないから侯爵さんに依頼を出したそうなの。

 

あたしたちはエリンの花が咲いているイストミア大森林に向かうことに。

 

 

 

大森林というだけあって、木が生い茂って別世界みたい。

 

クルト君が何かが出るって言うけどあたしはそんなの信じないんだからね!

 

大森林の入り口付近でトビネコと戦闘したんだけど、なんかヘン。

 

「い、今の魔獣……ちょっと不思議じゃなかった?」

 

「……ああ………トビネコの一種らしいが何か勝手が違っていたような」

 

(急所に当たったわけではないのに即死……たしかに変だな)

 

「教官、もしかして……」

 

「ああ、間違いない。どうやらこの森には上位属性が働いているらしいな」

 

教官とアルティナは知ってるみたい。

 

上位属性って言うのは、基本の地、水、火、風の四つの他に時、空、幻のこと。

 

そして上位属性が働いている場所では霊的な力をまとった魔獣が出たり、予想もつかないことが起きるんだって。

 

さっきキリコ君が放った弾丸はかすったけど、相手を即死させたのも偶然じゃないことがわかったの。

 

とにかく注意して進まないと。

 

 

 

その後、あたしたちは迷いそうになりながらもなんとか一番奥にたどり着けた。

 

そこには綺麗なラベンダーが沢山咲いていた。それにしても本当にいい香り……

 

その時ガサガサと蜘蛛の群れがやって来て囲まれたんだけど、教官もキリコ君も問題なさそう。

 

そのまま各個撃破で撃退した。

 

やっぱり……強いな……。

 

その後、皆で手分けしてエリンの花を採取。

 

「うん、こんなところね……!」

 

「一応、規定量は確保できたみたいです」

 

「──これで目標達成だ。あまり待たせても悪いし、セントアークに戻るとしよう」

 

「っ………!?」

 

これでやっと帰れるって思ったら教官が突然膝をついたの。

 

しかもなんか誰かいたかって聞いてくるし。

 

べ、別に怖いとかじゃないんだからね!

 

 

 

あたしたちはまっすぐセントアークの大聖堂に帰った。

 

そしたら、綺麗な音色が聞こえてきたの。演奏会でもやっているのかな?

 

大聖堂に入ると、そこには栗色の髪の男の人がバイオリンを弾いていたんだけど、教官はあの人のことを知ってるみたい。

 

「聞いたことがある、帝都でデビューしたばかりの天才演奏家がいるって。察するに教官のお知り合いですか?」

 

「ああ……」

 

「エリオット・クレイグ。トールズ旧Ⅶ組に所属していた君たちの先輩にあたる人物さ」

 

なんと、あたしたちの先輩でした!

 

 

 

あたしたちは他の人が帰った後、エリオットさんとお話することになったの。

 

「──初めまして。新しいⅦ組のみんな。前のⅦ組に所属していたエリオット・クレイグだよ、よろしくね」

 

「……お噂はかねがね。Ⅶ組出身とは知りませんでしたが」

 

「よろしくお願いします……!演奏、とっても素敵でした!」

 

「あはは、ありがとう。君たちのことは先週、リィンから聞いたばかりでね。アルティナ……ちゃんだっけ。うーん、ずいぶん雰囲気が違うねぇ?」

 

エリオットさんはホントに人当たりのいい人だった。

 

「まあ、以前お会いした時は敵同士でもありましたし。隠密活動に特化したスーツを着ていましたから」

 

「君は………」

 

だ、だから一体、何やってたのよ~!?

 

「あはは、相変わらずだねぇ。それより、君がキリコ?」

 

エリオットさんはなぜかキリコ君を知ってるみたい。

 

「ああ、俺がそうだが」

 

「ちょっと知り合いに聞いていたんだ」

 

「?」

 

キリコ君とエリオットさん……結び付かないけど……

 

「すみません、エリオットさん。子どもたちがそろそろ」

 

「あっ……はい。すぐに」

 

エリオットさんはこれからセントアークの子どもたちに演奏のコツを教えるんだって。頑張ってください!

 

最後に大司教様にエリンの花を届けて依頼達成!

 

[薬草採取の代行] 達成

 

[ユウナ side out]

 

 

必須の要請を終えた新Ⅶ組は、大聖堂を出た。

 

「それにしても、あんな優しげな人がⅦ組の先輩だったなんて」

 

「内戦時にもお目にかかりましたが正直、士官学生には見えませんでした」

 

「はは……強いぞ、エリオットは。"音楽の力"を信じて──俺たちと一緒に、数々の修羅場を潜り抜けてきた仲間の一人だ」

 

「……仲間……」

 

「そ、そうなんですか……」

 

(音楽の力……か……)

 

「……一つ、合点がいきました」

 

クルトは何かに気付いた。

 

「あの髪の色、そして"クレイグ"という名前──ひょっとして彼はあの《第四機甲師団》の……?」

 

「やれやれ、鋭いな」

 

(第四?俺にあの第四機甲師団の知り合いはいないが……)

 

「えっと、それよりこれからどうしよっか?」

 

必須を含め、セントアーク市内の要請は全て達成している。

 

話し合いの結果、北サザーラント街道へ向かうことになった。

 

「……情報通りなら謎の魔獣の目撃地点はこの先だな」

 

「金属で出来たような魔獣──そんな話でしたか」

 

「歯車の音とかしてたらしいし、相当珍しいタイプなんじゃない?とにかく気を引き締めていかないと!」

 

「……リィン教官」

 

「ああ……可能性は高いだろう。クレア少佐からの連絡はまだだが、用心しておいた方がよさそうだ」

 

「了解しました」

 

「……何の話ですか?」

 

「なんだかひそひそとイカガワシイんですけど」

 

「………………」

 

「いや、ただのもしもの話さ。………そろそろ出発しよう」

 

 

 

Ⅶ組は地図を頼りに目撃地点へと向かう。

 

途中、正規軍のドレックノール要塞を目にしたが、今回の演習範囲外なので一行は要塞と逆方向へ進む。

 

「えっと……このあたりが報告書にあった場所かな?」

 

「北サザーラント街道の外れ、旧都から50セルジュの地点……距離的には問題なさそうだ」

 

「……………」

 

「魔獣の気配はなさそうだが……」

 

「で、何なんです?さっきから二人して」

 

「どうやら謎の魔獣について心当たりがありそうですが?」

 

ユウナとクルトは先ほどからの二人の態度が気になって仕方がない。

 

その時──歯車の音が聞こえる。

 

「……!?」

 

「こ、これって……」

 

「お出ましか……!」

 

「的中ですか……」

 

「ああ──Ⅶ組総員、戦闘準備!」

 

すると、奥から見慣れない物体が現れた。

 

「機械の魔獣……!?」

 

「ち、違う……!もしかしてクロスベルにも持ち込まれたっていう……!?」

 

「ああ──結社《身喰らう蛇》が秘密裏に開発している自律兵器……"人形兵器"の一種だ……!」

 

「人形兵器……」

 

「『ファランクスJ9』──中量級の量産攻撃機ですね」

 

「ぐっ……こんなものがあるとは……」

 

「落ち着け」

 

「キリコ君……!?」

 

「ただの人形だ。気配は読みづらいが動きは単純のはず……ですよね、教官?」

 

「ああ、総員、戦闘開始!」

 

 

ファランクスJ9は両腕のガトリング砲で広範囲の攻撃を仕掛けるが、キリコの言うとおり動きそのものは単純だった。

 

最初こそ面食らったユウナとクルトだったがなんとか倒すことができた。

 

「っ……はあはあ……」

 

「くっ……兄上から話を聞いたことはあったが……」

 

「戦闘終了。残機は見当たりません」

 

「不意を突かれたが凌いだな」

 

「みんな、お疲れ様」

 

「って、それよりも!」

 

ユウナがさっそくかみつく。

 

「どうして《結社》の兵器がここにいるんですか!?」

 

「帝国の内戦でも暗躍したという謎の犯罪結社……まさかこの地で再び動き始めているということですか?」

 

「可能性はある──だが、断言はできない」

 

「横流しか……」

 

「ああ、開発・量産した人形兵器を闇のマーケットに流しているとも噂されているからな」

 

「以前の内戦で放たれたものが今も稼働している報告もあります。現時点での判断は難しいかと」

 

「……なるほど」

 

「はぁ、だからクレア教官もシリアスな顔をしてたわけね……」

 

リィンたちの推測に納得する二人。だがユウナには気になることがあった。

 

「キリコ君ってもしかしてあれと戦ったことがあるの?」

 

「内戦でな。もっとも分校長やウォレス准将は一機も使わなかったがな」

 

「まあ、あの二人なら納得だな」

 

リィンは改めてキリコの経験値に舌を巻く。

 

「──へえ、大したモンだな」

 

 

 

リィンたちの後ろから声がして、振り返ると中年の男が歩いてきた。

 

「おーおー、あの化物どもが完全にバラバラじゃねえか。お前さんたちがやったのかい?」

 

「えっと、そうですけど……」

 

「手こずりましたが、何とか」

 

中年の男は腕を組み、ユウナたちを見回す。傷だらけの腕だった。キリコは思わず警戒した

 

「お前さんたち、ひょっとしてトールズとかいう地方演習に来た学生さんたちかい?」

 

「知ってるんですか!?」

 

「どこかで情報を?」

 

「ああ、仕事柄そういう情報は仕入れるようにしててなぁ。しかし大したモンだ。随分、優秀な学校みたいだな?」

 

(この気配……仕事柄……まさかこいつ……)

 

「ま、まあ、それほどでも」

 

「まだまだ修行不足です」

 

「トールズ士官学院・第Ⅱ分校、Ⅶ組特務科です。自分は教官で、この子たちは所属する生徒たちとなります。あなたは……?」

 

リィンは自己紹介をして、中年の男を探ろうとする。

 

「ああ、俺はなんていうか"狩人"みたいなもんだ。さすがに魔獣は専門外だが手配されて、倒せそうだったら仲間を集めて退治することもある。この魔獣どもも、噂を聞いて調べに来たんだが、まさか機械仕掛けとはなぁ」

 

「確か《人形兵器》ってヤツだろう?」

 

「ご存知でしたか……」

 

「どこでその情報を?」

 

「いや、前の内戦の時に妙な連中が放ったそうじゃねえか。俺の仲間うちじゃずいぶんと噂になってたぜ?」

 

(仲間うち……やはりか……?)

 

「やっぱりそうなんだ……」

 

「……以前から各地で徘徊していたという事か……」

 

「ま、この辺りにはもういないみたいだし、他を当たって見るかね……って、ひょっとしたらお前さんたちも捜してるのか?」

 

「ええ……演習の一環としてですが。人形兵器に限らず、何かあったら演習地に連絡をいただければ。各種情報に、戦力の提供──お手伝いできるかもしれません」

 

「ハハッ、そいつはご丁寧に」

 

中年の男は笑いながら、断った。

 

「じゃあな──俺はもう行くぜ。お前さんたちも頑張れよ」

 

「あ、はいっ!」

 

「そちらもお気をつけて」

 

中年の男は去って行った。

 

 

 

「ふふっ……面白いオジサンだったね。大きいのに飄々としてたからあんまり強そうじゃなかったけど」

 

(やはり気づいていないか……)

 

「……少なくとも武術の使い手じゃなさそうだ。"狩人"と言っていたけど罠の使い手なのかもしれない」

 

「罠ですか」

 

「……………………」

 

(教官)

 

(気づいたか)

 

(あの男……ただ者じゃない)

 

(ああ)

 

「……念のため、近くに残存がいないか確認しよう。周囲1セルジュでいい」

 

(妥当だな)

 

「……?まあ、別にいいですけど」

 

「索敵を開始します」

 

 

「オイ」

 

ユウナたちが辺りを探っていると、キリコから来るように呼ばれた。

 

「どうしたの?」

 

「何かあったのか?」

 

「見てみろ」

 

「?」

 

ユウナはキリコの指さす方を見た。

 

「えっ……!?」

 

「ユウナさん?」

 

「いったいどうした──」

 

「「!!」」

 

クルトとアルティナは言葉を失った。

 

そこに人形兵器の残骸が積み重なっていた。

 

「さ、さっきの人形兵器……?」

 

「ああ……なんて数だ。僕たちの三倍はある」

 

「……まだ微かに煙を発していますね」

 

「─やっぱりな」

 

「や、やっぱりって……あのオジサン、何者なんですか!?」

 

「まさか結社の……いや──」

 

「結社の人間なら人形兵器を破壊するのは不自然かもしれません」

 

「あの男……おそらく猟兵(イェーガー)だ」

 

キリコの言葉にユウナたちは驚きを隠せなかった。

 

「り、猟兵って……あのオジサンが!?」

 

「たしかに武術家とは異質の気配を感じたが……」

 

「いずれにせよ、あの口ぶりだとパルム方面で遭遇する可能性もあるかもしれない」

 

「そうか、そっちは目撃情報が2件もあるんでしたっけ……」

 

「……そちらも人形兵器である可能性は高そうですね」

 

「要請も一通り達成したし、セントアーク周辺での特務活動はそれなりの成果を上げたはずだ。頃合いをみてパルムに向かおう」

 

「……了解しました」

 

リィンたちはセントアークに戻ることにした。

 

 

 

セントアークに戻ったⅦ組はパルムへ向かうルートを話し合っていた。

 

「パルムへは徒歩だと時間がかかるし、列車を使ったほうがよさそうだ」

 

「セントアーク周辺での必須要請は一応、クリアしたことになりますね」

 

「うんうん、心置きなく出発できそうね」

 

「準備ができ次第、駅に向かうぞ──」

 

「教官、あれを」

 

キリコは駅の方を指さす。どうやら人がつめかけているように見える。

 

「何だ?」

 

「何かあったのかな?」

 

「とにかく行ってみましょう」

 

リィンたちはセントアーク駅前へと向かった。すると駅前にヴィヴィがいた。

 

「あっ、リィン君たち。調査ってのは終わったの?」

 

「ああ、セントアーク周辺ではね。──それより、何かあったのか?」

 

「うん、それが……どうもパルム方面で列車の脱線事故があったみたい」

 

「脱線事故……!?」

 

「だ、大丈夫なんですか、それ?」

 

(タイミングが良すぎるな)

 

「うーん、あたしも今来たばかりで状況がよくわかんなくって。とりあえず復旧するまではパルム行きが運休になるみたいよ」

 

「そうなのか……」

 

「っと、こうしちゃ居られない。何とかネタを集めないと。それじゃ、またね!」

 

ヴィヴィと別れた。

 

 

「まさか脱線事故とはな……せめて怪我人が出ていなければいいんだが」

 

「ちょっと心配ですね」

 

「…………………」

 

黙っていたキリコが顔を上げる。

 

「教官、さっきの男との関係は?」

 

「俺もそう思った。だが仮に人為的なものだとしたら強引過ぎる。俺たちだけが狙いならわざわざ列車を巻き込む必要はないはずだが……」

 

「でも……猟兵ってそういう人たちなんじゃないんですか?お金と戦いしか興味ないって聞きましたけど」

 

「民間人を平気で巻き込むそうですが」

 

「たしかにそういったタイプが猟兵の一般的なイメージだろうな。でもなかにはそうじゃないタイプもいるのを忘れるな」

 

「彼女のことですね」

 

「???」

 

「とにかく、列車は今日中には復旧しない以上、徒歩で向かう必要がありそうだ。パルムには要請が一つ出ていたはずだしな」

 

「……非効率ですが他に選択肢もなさそうですね」

 

「──Ⅶ組の皆様、お困りのようですね?」

 

振り返るとセレスタンがやって来た。

 

「セレスタンさん。どうしてここに?」

 

「フフ、侯爵閣下の命により参上いたしました。市内での活動はどうやらお済みの様子。すでに手配は済んでおりますのでご足労ですが南口までお越しください」

 

 

 

南口に出ると、馬が三頭並んでいた。

 

セレスタンによると、ハイアームズ侯が脱線事故の報告を聞いてⅦ組に回したものとのこと。

 

「はぁ~、馬って初めて近くで見るけど、こんなに立派なんだ。でも知らない人がいきなり乗っても大丈夫かな?」

 

「よく躾られているみたいだし、暴れたりはしないと思う」

 

そう言ってクルトは馬に近づく。

 

「……うん。どれもいい馬だな」

 

「三頭の内、一頭は俺に任せてもらうとして、もう二頭はクルトとキリコ、頼めるか?」

 

「ええ、任せてください」

 

「……かなり久しぶりだな」

 

「キリコさんは馬に乗ったことがあるんですか?」

 

「内戦前は山奥の村に住んでいたからな。馬か導力車が主な交通手段だった」

 

「なるほど、なら大丈夫だな」

 

「あっ、ズルい!あたしだって乗りたかったのに!」

 

「いや、初心者がいきなりはさすがに危ないだろう。今回は手本を見せるから君は後ろに乗るといい」

 

「えっ、クルト君の後ろに?」

 

クルトの提案にユウナは頬を染める。

 

「えっと、それはちょっぴり抵抗があるっていうか……」

 

「? まあ僕はどちらでもいいんだけど」

 

「では、ユウナさんは教官かキリコさんの後ろになりますね」

 

「や、やっぱりクルト君の後ろで!」

 

アルティナの提案にユウナはクルトの後ろに乗ることになった。

 

「ハイハイ、アルティナもさっさと乗った乗った!」

 

「? はぁ。ではキリコさんお願いします」

 

「いや、教官の後ろに乗るべきだ」

 

「なぜですか?」

 

「さっきも言ったが、俺は馬などかなり久しぶりだからだ。一人でいい。それにけがを負わせるわけにはいかない」

 

「わかりました。では教官、お願いします」

 

「ああ、わかった。(やはり周りをきちんと見ているんだな)」

 

5人は馬に乗り込む。

 

「っと……どうどう」

 

「……やはりいい馬ですね」

 

「へえ、結構いい眺めかも!」

 

ユウナは初めて見る馬上の景色に興奮を覚える。

 

「……………」

 

「へえ、キリコも乗りこなせているじゃないか」

 

「お見事です。それにしてもこれなら昼過ぎくらいにパルムに到着できそうですね」

 

「ああ──だがその前に一度、演習地に寄った方がいいかもな。特に活動の途中経過も含めて報告しておきたいこともある」

 

「……わかりました」

 

「フフ、それでは皆様、どうかお気をつけて。また何かありましたらいつでもご連絡ください」

 

「ええ、ありがとうございました!」

 

Ⅶ組一行は馬に乗り、演習へと向かった。




最後の依頼はキリコ目線で書きます。


ハンタースロー

CP15

研ぎ澄まされた投げナイフを投擲するクラフト技



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依頼②

軌跡の新シリーズが始まるらしいですね。


南セントアーク街道に蹄の音が軽快に響く。

 

「いやっほーっ!」

 

「ほらクルト君、もっと飛ばして飛ばしてー!」

 

「はしゃぎすぎだ……頼むから手を離さないでくれよ」

 

「いやっほーう」

 

「いや、無理してテンション上げなくていいからな」

 

「………………」

 

(キリコはブレないな)

 

Ⅶ組はあっという間に演習地についた。

 

 

 

午後 12:50

 

演習地に残っていたトワとランドルフに人形兵器の件も含めセントアーク市周辺の報告をし、列車事故についての情報交換を行った。

 

「チッ、まさか本当に人形兵器がうろついていたとはな。しかもその中年オヤジ、ただ者じゃねぇだろ」

 

「ええ、飄々としてましたけど、逆に底しれないっていうか……人形兵器を倒したってことは結社関係じゃなさそうですけど」

 

「そうか……キリコは猟兵って考えているんだな?」

 

「強い気配を持ちながらそれを隠す術に長けている。軍人にしては動作がキビキビとしていない。遊撃士にしては馴れ馴れしすぎる。そんなやつは猟兵しかいない」

 

『…………』

 

「?」

 

全員がポカンとする。

 

「……大した観察眼だな」

 

「え、ええ……」

 

(洞察力、機械の扱いに機甲兵戦術、冷静沈着さ、反応速度、そして戦闘力、分校長がやたらと目をかける理由がわかるな)

 

 

 

ランドルフはトワの方を向いた。

 

「1年半前の内戦で放たれた可能性もあるんだよな?」

 

「ええ……今までも何件か各地で報告されていますね。その意味で結社の関与を決めつけるのも早計ですが……」

 

「……パルム方面にも2件似たような報告が上がっています。警戒するに越した事はないでしょう」

 

「だな……」

 

ここでアルティナはミハイルの姿がないことに気づいた。

 

トワはミハイルが脱線事故の様子を見に行ったことを告げた。

 

なお、事故の原因は落石によるものでけが人はほとんどいないことも伝えた。

 

「そうですか……良かった」

 

「……脱線事故と聞くと前にクロスベルでもありましたね」

 

「そうだな……ありゃ、重傷者が何人も出たが。──しかしまあ、特務科も頑張ってるみたいじゃねぇか?」

 

「ふふっ、そうですね。教官に頼りきりにならずにみんな頑張ってるみたいだし」

 

「えへへ……そうですか?」

 

「まあ、それほどでも」

 

「まあ、まだ半分です。あまり誉めると気が緩みそうですし程々にしておいてください」

 

ユウナとアルティナの顔が緩むがリィンが緩みすぎないように締める。

 

「って、何ですかその子供扱いみたいなコメントは!」

 

「不本意ですね。油断などしません」

 

(そう言うやつほど早死にする。何度も見てきたな……)

 

「──教官の評価はともかく」

 

クルトが口火を切った。

 

「Ⅶ組に特務活動──どういう背景で設立されたか何となく見えてきた気がします」

 

「ええっ……!?」

 

「へえ……!?」

 

「……………」

 

「哨戒だの、現地貢献だのもっともらしい理由が最初に説明されていましたが……」

 

「要は《遊撃士協会》と同じことをさせているんでしょう?」

 

「ああっ!?い、言われてみれば……」

 

ユウナはクルトの言葉に、大きく反応する。

 

「《遊撃士協会》──大陸全土に支部がある民間の治安維持・調査組織ですね。帝国にも存在しますが、現在、活動が制限されているという」

 

「あはは……鋭いねぇ、クルト君」

 

「うーん、聞いた時から既視感があったんだが」

 

「はは……俺たちの時は《特別実習》という名前だったがちょうど同じことに気づいたよ。いきなり気づくとはずいぶん鋭いじゃないか?」

 

「別に……心当たりがあっただけです。──察するにこのⅦ組を提案したのはオリヴァルト・ライゼ・アルノール殿下……皇位継承権を放棄された第一皇子その人なんでしょう」

 

(聞いた事がある。たしか、"放蕩皇子"だったか)

 

「そこまで……」

 

「そういや、ヴァンダールってたしか皇子の護衛をしてた……」

 

「ランドルフ教官もご存知ですか。それは自分の兄、ミュラーの事でしょう」

 

「──皇子殿下が以前より遊撃士協会と懇意にされているのは自分も聞き及んでいます。伝統あるトールズがあのような形に生まれ変わって……理事長を退かれた皇子殿下がせめてもの"想い"を託された。違いますか?」

 

「うん……そうだね」

 

「はっきりと聞いたわけじゃないが多分、間違いないだろう」

 

「なるほど……そういう背景でしたか」

 

「オリヴァルト皇子……そんな人が帝国にはいるんだ」

 

「ああ、とても尊敬できる方だ」

 

「───もっとも、この件については自己満足にしか思えないが」

 

「えっ……」

 

クルトの発言にトワが戸惑う。

 

「ちょっ、それって遊撃士を見習うことがってこと?帝国じゃ知らないけどギルドは正義の味方として──」

 

「当然知っているさ。……多分君と同じくらいは」

 

ユウナの反論を受け止めつつ、クルトは続ける。

 

「だが、理想と現実は違う。現に帝国のギルド支部のほとんどが政府の命令で封鎖されたまま再開されていない。彼らに共感し、協力しようとしていたオリヴァルト殿下や《光の剣匠》、そして───志を共にした者たちも今の帝国では無力な存在だ。そんな流れにあるのが特務活動でⅦ組なのだとしたら……

 

"自己満足"以外の何者でもないと思わないか?」

 

「……っ…………」

 

「………………………」

 

「クルト君……」

 

「……ふむ………」

 

「大した慧眼だが、クルト……一つ忘れていることはないか?」

 

「? ……何です?」

 

「殿下の希望とは関係なく───

 

 

Ⅶ組の活動が第Ⅱ分校の正式なカリキュラムとして各方面から認められていることだ」

 

「……!」

 

リィンの指摘に今度はクルトが二の句を継げなくなる。リィンはさらに続ける。

 

「分校長やシュミット博士、何より帝国政府の思惑も確実に絡んでいるだろう。おそらく俺たち一人一人を駒として見込んでいるのかもしれない」

 

「殿下の希望はきっかけに過ぎないはずだ」

 

「そ、それは……

 

もっとタチが悪いということじゃないですか!?」

 

「物事には両面がある……決めつけるなところことさ」

 

激昂するクルトをリィンが窘める。

 

「君はずいぶん頭が切れるがどうも考えすぎる傾向がある。今日、半日かけてやったことをどうして否定的な側面だけで判断しようとするんだ?」

 

「……っ………」

 

リィンの正論の前に、クルトは黙るしかなかった。

 

その時、

 

「その、あたしも同感っていうか……やりがいはあったし、重要な情報もゲットできたから無駄なんかじゃないと思うよ?」

 

「お前の言うように皇子の自己満足だとしても俺たちには関係ない」

 

「まあ、総合的な結論を出すには早いのではないかと」

 

Ⅶ組がリィンに続く。

 

「みんな……」

 

「……納得はしていませんが詮ない愚痴はやめておきます」

 

クルトは渋々納得すると、リィンに向き直って、

 

「いずれにせよ、務めである以上、第Ⅱ分校の生徒として──ヴァンダールに連なる者として全力で当たるだけです」と宣言する。

 

「ああ、今はそれでいい。俺に言われたくないだろうがその先は自分で見つけてみてくれ」

 

「っ…………了解です……!」

 

 

(Ⅶ組か……ユウ坊が入るっていうのはちょっとばかり心配だったが、やっぱ教官も含めてなかなか面白そうじゃねぇの)

 

(ふふっ、そうでしょう?)

 

 

 

「───報告も済んだし特務活動を再開するか。みんな、準備はいいな?」

 

「……ええ!」

 

「言わずもがな、です!」

 

「いつでも出発できる」

 

「では、パルムに向かうとしましょうか」

 

「おお、そういや忘れてたぜ」

 

ランドルフがⅦ組を引き止める。

 

「何ですか、ランディ先輩?」

 

「なんかフレディが呼んでたぞ。依頼がどうとか……」

 

その瞬間、Ⅶ組のテンションが下がる。

 

「忘れていたな」

 

「忘れようとしていた、の間違いでは?」

 

「い、一応、フレディ君の探してるのは集まったけど……」

 

(これを食うのか……)

 

「えっと……何があったの……?」

 

 

 

回想 [ユウナ side]

 

それはあたしたちがイストミア大森林の帰り。

 

何とか森の出口についたはいいけど、昆虫型の魔獣と鉢合わせちゃったの。

 

数では上だけど質はこっちが上だから戦闘は早く終わった。終わったんだけど……

 

「ううう……何でこんなこと………」

 

そう、フレディ君の依頼はムカゴっていう植物とハチノコ、つまり蜂の幼虫!!昆虫型の魔獣が落としたんだけど……

 

 

 

触りたくない!!

 

 

 

うねうねと蠢いているし、変な色してるし。

 

アルティナに至ってはものすごく離れているし!

 

そんなあたしたちを見かねたクルト君たちは、

 

「えっと……無理しなくていいから」

 

「ここは俺たちがやっておくから、ユウナとアルティナはそっちのムカゴを回収してくれ」

 

「…………………」

 

と言ってくれた。

 

後、ぱっと見はわからないけど、キリコ君は嫌そうな顔してたけど文句も言わずにハチノコを回収してくれた。

 

教官はともかく、クルト君とキリコ君、ごめんね。

 

回想終了 [ユウナ side out]

 

 

 

「そんなことがあったんだ……」

 

ユウナの回想にトワも同情する。

 

「とにかく、フレディからの依頼は一応こなしてはいるんだ。フレディに届けよう」

 

「そうですね」

 

「仕方ない……ですね……」

 

リィンたちは諦めともつかない顔で食堂へと向かった。

 

「だ、大丈夫でしょうか?」

 

「まあ、大丈夫だろ。昆虫食ってのは俺もあるが、好きなやつは好きらしいぜ?」

 

「フォローになってない気が……」

 

ランドルフの言葉にトワは本日何度目かのため息をつく。

 

 

 

食堂ではリィンがフレディに依頼の品を渡した。

 

「おおおっ───これぞまさしく自分が望んだ品!少々お待ちを、さっそく調理させていただきます!」

 

フレディの調理が始まった。

 

だがフレディの調理工程はなかなかのものだった。

 

「へえ、こうして見てるとずいぶん鮮やかな手つきというか」

 

「料理研究部に所属しているだけはあるな」

 

リィンとユウナが感心する一方、

 

「あれで食材がまともだったら………」

 

「ああ、まったくだな」

 

「……………………」

 

アルティナたちの評価は芳しくなかった。

 

「そ、そういえばフレディの得物は三叉槍だったか。故郷が海か湖に近かったりするのか?」

 

リィンは話題を変えるようにフレディの得物について聞いた。

 

「? 何で海や湖が出てくるんですか?」

 

「三叉槍は武器というより漁で使われることが多いんだ」

 

「たしかに槍というより銛に見えますね」

 

「ええ、実は自分の故郷はこのサザーラントの辺境にあるのですが、そこは山と川の両方に恵まれていて、昔から常に自然と共にありましたね」

 

「なるほど……」

 

「フフ、そうこうしている内に完成です」

 

フレディは両手を広げ、高らかに料理を披露する。

 

「演習地にて味わう、フレディスペシャル・その①───『ハチノコとムカゴをふんだんに使った、サバイバルチャウダー』です。どうかご賞味あれ」

 

「あ、ああ……」

 

(うーん、ハチノコは何をしてもハチノコね……)

 

(……これを食すにはかなり勇気が要りそうだな)

 

(見た目、香り、共に独特ですね……)

 

(……砂モグラがマシに思えてきたな。シャッコ、改めてお前を尊敬する……)

 

Ⅶ組はハチノコの独特のクセの前に尻込みしており、キリコも前世の戦友に尊敬の念を抱いた。

 

(せっかく作ってくれたんだ。とにかく食べるしかないな)

 

リィンは恐る恐るフレディのサバイバルチャウダーを口に運んだ。

 

(い、行った──?)

 

(……行きましたね)

 

「フフ……いかがでしょう」

 

「あ、ああ……これは……」

 

リィンはゆっくりと咀嚼する。

 

「多少クセはあるが、意外と悪くないというか……苦味の奥に感じられる旨味が何とも言えない絶妙さだな」

 

「フハハ、何が意外なのかはよくわかりませんが、満足して頂けたようで何よりです」

 

(そ、そうなのか……?)

 

(うーん……少しは興味出たかも?)

 

(ふむ、試してみる価値はありそうですね)

 

(そうだな、試さないことにはな……)

 

キリコたちもサバイバルチャウダーを口に運ぶ。

 

「こ、これは……」

 

「クセはあるんだけど……」

 

「食べられないことはないですね」

 

(味は悪くないが……)

 

結局、Ⅶ組はサバイバルチャウダーを完食した。

 

「今日はご馳走になった。本当にありがとうな」

 

「フハハ、礼には及びません!教官たちの成功をお祈りします」

 

 

 

フレディの料理を食べ、Ⅶ組はパルムを目指す。

 

「さて、パルムへ行くにはここから南下するんだったな」

 

「ええ、セントアークまでより距離はありますが、途中、鉄道に掛かる橋を越えればすぐに見えてくるはずです」

 

「鉄道といえば……例の脱線事故ってどうなったのかな?」

 

「あれから1時間は経過しています。何かしら進展はありそうですが」

 

「様子を見に行きますか?」

 

「ああ、キリコの言うとおり様子を見に行った方がいいかもしれないな。それじゃあ出発しよう」

 

 

 

列車を出て、クルトは先ほどのリィンや仲間たちとのやり取りを思い出した。

 

(それにしても……僕もまだまだだな。本当に中途半端というか……)

 

(ここからは出し惜しみはなしだ。改めて気合いを入れ直さないとな!」

 

 

 

クルトはSクラフト 『ラグナストライク』が使えるようになった。

 

 

 

「クルトく~ん、何してるの~?」

 

「ああ、今行くよ!」

 

 

 

Ⅶ組は馬で南セントアーク街道を南下し、脱線事故の現場に到着した。

 

「わっ、ホントに脱線してる!」

 

「ミハイル少佐もいるな…声をかけてみるか」

 

「あっ、リィン君たち!」

 

見ると、カメラを構えたヴィヴィがいた。

 

「あ、ヴィヴィさん!」

 

「来ていたんですね」

 

(さすがは帝国時報の記者。大したフットワークだな)

 

「フフン、技師の人に相乗りさせてもらってね!」

 

ヴィヴィは得意気にピースサインをする。

 

「しかし、ここからでは見づらいと思うが……」

 

「そうなのよ!聞いてよ!」

 

突然ヴィヴィが頬を膨らませる。

 

「あのオジサンが通してくれないのよ。折角のスクープだっていうのに~!」

 

「やれやれ、まあ無茶はしないようにな」

 

リィンはヴィヴィに効いたかわからない釘を刺すと、事故現場に入る。

 

「あれか……」

 

「確かに脱線しているが……」

 

「整備車両も来ていますし被害も軽微みたいですね」

 

「……なんだ、来たのか」

 

Ⅶ組に気づいたミハイルが声をかける。

 

「ええ、パルムに向かう途中ですが」

 

「さすがに気になったので現場を確かめにきました」

 

「一応、事故の状況を教えてもらえませんか?」

 

「いいだろう、降りてくるがいい」

 

ミハイルに許可をもらい、事故現場に降りる。

 

 

 

「本日11:52──落石が原因の脱線事故が発生。幸い、落石も大きくはなく直後に砕けたことで先頭車両の損傷も軽微。負傷者も少数で全員軽傷、先ほど手当ても終わっている」

 

「現場検証を行ったが爆発物などの不審物は無し。運転手の証言もあるし、自然崩落による落石とみて概ねいいだろう」

 

(自然崩落……本当にそうなのか?)

 

キリコは辺りを見回しながらそう考える。

 

「概ね……曖昧ですね?」

 

「何か気になる点でも?」

 

「言葉の綾だ。落石が見事に砕けたため崩落直前の状況が不明なくらいだ。だが、先頭車両の整備も完了した。そろそろ運行も再開できるだろう」

 

「なるほど……このタイミングっていうのは気になるけど」

 

「被害が軽微であるならただの偶然かもしれません」

 

「……ちなみに列車以外の金属片などが落ちてもいなかったんですよね?」

 

「フン、話は聞いている。人形兵器が現れたらしいな?」

 

「脱線事故に人形兵器が絡んでいた可能性などは?」

 

「部下に周辺を探らせたがそれらしき痕跡は残っていない。可能性があるとしたら───」

 

「人為的なもの……ですか」

 

「何?」

 

キリコの言葉にミハイルはいぶかしむ。

 

「それはどういう意味かな?キュービィー候補生?」

 

「教官」

 

「ああ……ミハイル教官、実は……」

 

リィンは午前中の出来事と謎の男について報告した。

 

「………………」

 

「以上が午前中の内容です」

 

「猟兵による犯行……いや、しかし……」

 

その時、ミハイルのARCUSⅡの着信音が鳴る。

 

「こちらミハイル──なんだ、リーヴェルトか」

 

「え、クレア教官!?」

 

それはクレア少佐からの通信だった。

 

「いや、ちょうどシュバイツァーたちが………ええい、仕方ない」

 

ミハイルはリィンたちにARCUSⅡの画面が見えるように向ける。

 

「映像通信か……」

 

少しして、クレア少佐の顔が映る。

 

『お疲れ様です、皆さん。──どうやら本当に人形兵器が現れたようですね』

 

「はい、そうなんです!」

 

「最新の機体ではないので現時点における結社の関与は不明ですが」

 

「いずれにせよ、他の2件もこの後調査するつもりです」

 

『ええ、兆候が現れた以上、くれぐれも気をつけてください。列車事故も起きたそうですし、念のため私もそちらに──』

 

「──その必要はない」

 

ミハイルが待ったをかける。

 

『え………』

 

「現状、想定の範囲内だ。君まで残る必要はなかろう。情報局のバックアップもある。予定通り帝都に戻るがいい」

 

『で、ですが……』

「弁えろと言っている。鉄道憲兵隊員としてもそうだが閣下の帰投命令が出ているのだろう」

 

『……っ………』

 

「か、閣下……?」

 

「……まさか………」

 

(鉄道憲兵隊が閣下と呼ぶもの……やつか……)

 

「…………………」

 

ユウナはわからなかったようだが、クルトとキリコとリィンは確信する。

 

『……了解しました。後はお願いします、少佐。リィンさん、ユウナさん、キリコさん、アルティナちゃんにクルトさんもどうかお気をつけて。第Ⅱ分校の初演習、そして特務活動の成功をお祈りしています』

 

クレア少佐は通信を切る。

 

「……ありがとうございます。少佐もどうかお気をつけて」

 

「どうやら他にも任務があるみたいですね」

 

「ああ……それも不穏な兆候のある現場を離れるほどの任務みたいだ」

 

「フン、あくまでTMPでの優先順位の問題というだけだ」

 

「…………………」

 

(キリコ?)

 

「少佐、完了しました」

 

「───運行再開だ!私はこのまま演習地に戻る!」

 

「お前たちはとっととパルムに向かうがいい!Ⅶ組特務科!」

 

ミハイルはさっさと演習地に戻って行った。

 

 

 

「ああもう……!なんなのよ、あの石頭教官は!あたしたちに対してもだけどクレア教官にも失礼だったし!」

 

「まあ、軍人としては珍しくもない態度だろうが………それでも色々と不自然なやり取りだったな」

 

「全くよ!せっかくあたしたちが手に入れた情報をろくに調べもしないで!」

 

「まあ、それはこれから演習地に持ち帰って精査するんだろう。それよりミハイル教官が言っていた情報局のバックアップ……君のことじゃなさそうだな?」

 

「はい、この件に関しては。ですが状況からみても色々と動いていそうですね」

 

「なるほど……まあ、そうだろうな」

 

「よし、パルムに向かおう。少なくとも残り2件の調査を済ませるぞ!」

 

「了解……!」

 

「行きましょう!」

 

Ⅶ組はさらに南下し、パルムを目指す。

 

 

 

「フフン……大事な時期に面倒な連中が来ましたわね」

 

Ⅶ組が出発する様子を騎士装束の娘と赤毛の娘が見つめていた。

 

「1年半ぶりですか──黒兎もそうですが随分と変わりましたね。あの年齢の男子ならば珍しくはないのでしょうが……まあ、まだまだ未熟でしょう」

 

「あはは、なんか嬉しそうじゃん」

 

「う、嬉しそうになんてしていませんっ!」

 

赤毛の娘の言葉に騎士装束の娘は真っ赤になって否定する。

 

「ふふっさっき街で話した時も思ったけど……噂で聞いていたよりも更に腕が立ちそうじゃん。ランディ兄とどっちが上かな?ちょっと愉しみかも」

 

「《赤い死神》ですか……なかなかの腕前でしたけど」

 

「いずれにせよ、"彼女"も含めてわたくし達の敵ではありませんね。せいぜい今回の実験の"目眩まし"として役に立ってもらいましょう」

 

「それはいいんだけどさー。

 

 

 

ちょっと味見するくらいは構わないと思わない……?」

 

 

 

「っ……」

 

赤毛の娘の放つ殺気に騎士装束の娘に冷や汗が流れる。

 

「まったく貴女たちナンバー持ちと来たら……」

 

「いいですか!我らにとって待ち望んでいた"大いなる計画"の再開です!貴女も第Ⅲ柱の意向を受けているという話ですし、少しは面目というものを──!?」

 

いつの間にか背後に赤毛の娘に回り込まれる。

 

「まーまー、折角だから……お互い目いっぱい愉しもうよ♪」

 

「ちょ、何を……きゃああっ!」

 

赤毛の娘は騎士装束の娘の胸をまさぐる。

 

「うーん、小ぶりに見せかけてあのベルお嬢さんくらいはあるよね~」

 

「お仲間の二人と比べたら控えめかもしれないけどこれはこれで好きだなぁ♥️」

 

「ちょ、ちょっと……!シャレになってないですわよ!?」

 

「いい加減に──いやああっ!!?」

 

過剰なスキンシップから解放された騎士装束の娘がすすり泣く横で、赤毛の娘はⅦ組のいる方角を見つめる。

 

「う~~ん………」

 

「ううっ……グスッ……ヒグッ……どうしましたの?」

 

「ん、べっつに~」

 

(あの青髪の彼……軍人っていうよりあたしたちに近いカンジ。それに強いやつ独特の気配を持ってるし……あはっ、ちょっと待ちきれないかも♪)

 

「それに"サプライズゲスト"も期待できそうだしね♪」

 

 

 

午後 2:00

 

Ⅶ組は紡績町パルムに到着した。

 

「うわ~っ……綺麗な町ねぇ……!」

 

「紡績町パルム──帝国最南端の町ですか」

 

(Ⅶ組のB班が最初に訪ねた町でもあるんだよな……あの二人が噛み合わなくて落第寸前だったらしいけど……)

 

「……………」

 

「ふふっ、10歳くらいまでここで暮らしてたんだっけ?やっぱり懐かしい?」

 

「……まあね。知り合いも少しはいるし。それより、すぐにでも魔獣の調査に向かいますか?」

 

「いや、要請も出ているしいったん町を回ってみよう。人形兵器や脱線事故などの情報も得られるかもしれない。クルト、案内を頼めるか?」

 

「ええ……それはまあ」

 

「? 妙によそよそしいが?」

 

「あはは、久しぶりに知り合いと会うのが恥ずかしかったり?」

 

「そういえば、クルトさんの実家の剣術道場もあるとか」

 

「いや……パルムの道場は去年の暮れに閉鎖されたんだ。誰かいるかもしれないから挨拶くらいはしておきたいけど」

 

「あ、そうなんだ……」

 

「閉鎖、ですか」

「……とりあえず、クルト。町の案内は任せるから押さえておくべき場所を教えてもらえるか?」

 

「ええ、それでは──」

 

クルトは二つの店舗を指さした。

 

「すぐそこの仕立て屋と宿酒場には、一応寄った方がいいかもしれない。腕のいい職人がいたはずだし、情報が集まる可能性もありそうだ」

 

「オッケー。で、クルト君ちの道場の場所は?」

 

「ああ、あちらの水路を越えた、旧道に出る手前かな。まあ、多分誰もいないだろうから後回しでもいいかもね」

 

「一応、忘れないようメモします」

 

「クルト、要請にある元締め宅というのは?」

 

「ああ、道場とは反対側のパルム間道に出る手前にあるんだ。ここも後回しでいいと思う」

 

「よし、それじゃ行くか」

 

 

 

[キリコ side] [染料の原料調達]

 

俺たちはまず宿酒場で情報を集めることにした。

 

宿酒場《白の小道亭》の主人ベルトランによると、チグハグな格好をした二人組の旅行者が来たとか。

 

しかもその内の一人は俺たちがセントアーク市で会った女らしい。

 

「………………」

 

「……教官?」

 

「いや……まあ一応気をつけておくとしようか。ヴィヴィからの情報もあることだしな」

 

ユウナたちは本当に気づいていなかったようだがリィン教官は思うところがあるらしい。

 

お人好しなのか鋭いのかよくわからん。

 

次に雑貨・仕立て屋《ジェローム》で聞き込みをした。

 

こちらにはなにやら危なっかしい見習い技師が来ているらしい。

 

しかも行き倒れだとか。

 

その見習い技師は教会にいるそうだが、何か妙なものを街道でみかけたらしいので情報を得に教会に行くことになった。

 

 

 

「ああっ、クルト兄ちゃんだ!!」

 

「ほんものだ───っ! クルトおにいちゃん~!!」

 

二人の子どもが大声でクルトに寄ってくる。どうやらクルトの知り合いらしい。

 

「わーっ、すごーい!!キレイになったねーっ!!」

 

「や、やあ二人とも、2年ぶりくらいかな。というか会うたびにキレイって言うのはやめてほしいんだけど……」

 

だが二人はそんなことはお構い無しにクルトに遊ぶようせがむ。

 

なんとか落ち着かせると、二人は駆け出して行った。

 

「まさに元気の塊、ですね」

 

「ああ……パルムには道場の関係でたまに来ているんだが、いつもこの調子でね」

 

「あはは、そうなんだ……」

 

 

 

俺たちはパルムの礼拝堂についた。

 

俺は礼拝堂や教会などには自分からは行かない。

 

神などとっくに死んでいる。

 

もし神が存在し額面通りならば、戦争など起きるはずがないからな。

 

そんなことを考えていると、何かを叩く音が聞こえた。

 

音のした方へ行ってみると、椅子の背もたれに立って作業をする背の低い女がいた。

 

どうやらあれが危なっかしい見習い技師のようだが。

 

「あ……もしかしてミントじゃないか?」

 

「あれ~っ、リィン君っ!?」

 

教官の知り合いらしい。

 

すると、バランスを崩して転んだ。

 

「はは……そそっかしいのは相変わらずみたいだな」

 

「えっと……」

 

「知り合いの方ですか?」

 

「ああ、かつての同級生さ。クラスは違ったけどね」

 

危なっかしい見習い技師──ミントによると、アグリア旧道で作業をしていたら見たことのない3つの影が高台に飛んで行ったそうだ。

 

詳しくはよそ見をしていたせいでわからないらしい。

 

 

 

「……今の話、どう思う?」

 

「飛翔する正体不明の影……か。なんとなく君のクラウ=ソラスを連想してしまうが」

 

「いえ、3つの影という時点でおそらく戦術殻とは違うかと。それにミリアムさんがこちらに来ているという連絡もありませんし」

 

「ああ、おそらく何らかの別の存在と考えるべきだろうな」

 

「よ、よくわかりませんけど……とにかく、有力な手掛かりには間違いないみたいね」

 

「ああ、アグリア旧道……やはり調べた方がよさそうだ」

 

「その前に要請を終わらせるぞ」

 

「うん、そうね。ここまできたら全部やんないとね」

 

「僕も異存はない」

 

「わたしもありません」

 

「よし、魔獣の調査は要請を終えた後にするぞ」

 

 

 

俺たちはアグリア旧道に出る前に要請を優先することになった。

 

依頼人のロジーからの依頼は、染料の原料となる3つの素材を探してくることだ。

 

1つ目は黄土石という岩石でアグリア旧道で取れるらしい。

 

2つ目はニジアカネという植物。希少らしく大きな食材店なら扱っているとのこと。

 

クルトの助言でセントアークに戻ることに。

 

3つ目は地水火風のセピスを50個ずつ。これは問題ない。

 

話し合いの結果、セントアーク、アグリア旧道の順で行動することになった。

 

 

 

セントアークの百貨店の食材店でニジアカネを購入した。

 

ちなみにニジアカネは止血や解熱効果のある生薬として利用されているらしい。

 

そういえば俺が熱を出した時、シスターがわざわざ教会から取り寄せてきたことがあったな。

 

 

 

アグリア旧道へ出るため道場の前を通ったら中から剣戟の音と掛け声が聞こえてきた。

 

「……すみません。少し覗いてもいいですか?」

 

「ああ、もちろん。折角だし挨拶していこう」

 

中に入るとそこは活気に満ちていた。

 

「わぁ……!ここが剣術道場……!」

 

「門下生も少ないなりに熱心みたいですね」

「ああ……やる気が漲っている感じだな」

 

「……どうなってるんだ?」

 

クルトは道場が賑やかなのが不思議らしい。

 

「おおっ、誰かと思えば……!クルト坊っちゃんではないですか!?」

 

「あ……お久しぶりです、ウォルトンさん。って坊っちゃんはやめていただけると」

 

「ははっ、これは失礼!」

 

クルトの知り合いらしいウォルトンという男はクルトととりとめのない話の後こちらを見る。

 

自己紹介を終えた後、クルトなぜ道場が賑やかなのかをウォルトンに聞いた。

 

ウォルトンによると、クルトの父親マテウスの紹介で臨時の師範代に来てもらっているらしい。

 

その後クルトは顔馴染みと久闊を叙し、俺たちもお茶をご馳走になった後、また顔を出すことを約束してから稽古を再開する彼らに別れを告げた。

 

 

「さて、情報収集はこんなところか。いくつか有益な情報が得られたが、どうする?」

 

「うーん、やっぱり気になるのはミントさんって人の情報ですね」

 

「空飛ぶ3つの影……調査の優先度は高めかと」

 

「町の東、アグリア旧道の高台───あまり人も通らない場所だ」

 

「次の調査ポイントはそこか……」

 

「ああ、俺も異論はない。ただし何が待ち受けているかまだわからない状況だ。万全の準備をしてから向かうぞ」

 

「ええ、もちろん」

 

「では急ぐ必要があるな」

 

「えっ?どうして?」

 

「まだ要請が終わっていない」

 

「それがあったか……」

 

「とにかく一度、旧道に出てみましょう」

 

 

 

結論からいえば、黄土石はあっさりと見つかった。

 

俺たちはその足でパルムのロジーの元へと戻り、頼まれた素材を全て渡した。

 

ユウナとアルティナは染色作業を見たがっていたが、染色作りだけで3日以上かかるためそれは叶わなかった。

 

教官曰く、パルムの伝統的なやり方らしい。

 

とにかくこれで要請は達成した。

 

[染色の原料調達] 達成

 

[キリコ side out]

 

 

 

「改めて、旧道の調査を開始します」

 

「ミントが謎の影を目撃したのは高台らしいが……」

 

「おそらく、少し進んで左手に入った辺りだと思います」

 

「ここら辺は魔獣をやり過ごす場所はなさそうだな」

 

「注意して進まないとね」

 

 

 

Ⅶ組は襲ってくる魔獣を撃退しながら、高台までやって来た。

 

周辺の索敵をしていると、ユウナが妙なものを発見した。

 

「これって……」

 

「大昔の石碑、でしょうか。似たような雰囲気のものは他の土地でも見たことがありますね」

 

「ああ、たぶん精霊信仰の遺構だろう」

 

「精霊信仰?」

 

「どういうものなの?」

 

「たしか七曜教会とは違うものだと聞きましたが」

 

「どういうものと言われても……説明するのは難しいな。女神の信仰が広まる前から帝国にあった信仰みたいだけど」

 

「ああ、民間信仰だな」

 

リィンがクルトの説明を引き継ぐ。

 

(土着の信仰というわけか……ヌルゲラントを思い出すな)

 

「今では廃れているが、昔話や習俗の形で残っていて教会の教えにも取り込まれている。夏至祭や収穫祭が代表的だな」

 

「そのあたりはいずれ、歴史学でも教えるとして……念のため、この周辺も───

 

……!?」

 

リィンは突然胸を押さえ込んだ。

 

「教官……?」

 

「ど、どうしたんですか?ていうか、大森林でもちょっと変でしたけど……」

 

「総員、警戒態勢!」

 

リィンは刀に手をかけ、命令する。

 

すると目の前に二体の人形兵器が顕れた。

 

「くっ……!」

 

「こ、これって……!」

 

「内戦で見たことがあるな」

 

「拠点防衛型の人形兵器、《ゼフィランサス》─!」

 

「午前中に戦ったものよりはるかに厄介なタイプだ。全力で撃破するぞ!」

 

「イエス・サー!」

 

「ヴァンダールが双剣、参る!」

 

 

 

ゼフィランサスはほとんど動かないが、遠距離からの攻撃が厄介な機体である。

 

ユウナたちはなんとか接近戦に持ち込むが、拠点防衛型だけあって、なかなか硬い。

 

その時、クルトが前に出る。

 

「クルト君!?」

 

(何をする気だ?)

 

クルトは剣を構えた。

 

 

「ヴァンダールが双剣、とくと味わえ!行くぞっ!うおおおっ!止めだっ!ラグナストライク!!」

 

 

 

ゼフィランサスはクルトのSクラフトをくらい、行動を停止するが、同時に自爆した。

 

「くっ……自爆までするなんて……」

 

「今のも結社の……とんでもない戦闘力だな」

 

「ふう……内戦時、私が使役したのと同じタイプみたいですね」

 

「相変わらずサラッととんでもないことを言うな……」

 

「って……あんた本当に内戦で何してたのよ……?」

 

「教官も黙ってないで───って、教官……?」

 

リィンはいまだ構えを解かなかった。

 

「気を抜くな……聞いた情報を思い出すんだ。俺の同窓生は幾つの影を見たと言った?」

 

「3つの影───」

 

「まさかもう一体……!」

 

「ッ……!後ろだ!」

 

キリコが銃を構えた先で空間が歪み、そこに最後のゼフィランサスが顕れた。

 

キリコが発砲するが、ゼフィランサスをぐらつかせるには至らなかった。

 

ゼフィランサスの砲口がひかりだす。

 

「ぁ……」

 

「くっ……!」

 

「クラウ──(間に合わない……?」

 

その時………

 

 

 

「オオオオオオオオッ……!」

 

 

 

「!?」

 

「な──」

 

何かがキリコたちを通り過ぎ、ゼフィランサスを一刀両断する。

 

それは髪が白くなっていたリィンだった。

 

「……はあはあ……………」

 

「す、凄い……」

 

「い、今のは……」

 

(先ほどよりもはるかに速い。どうやら髪が白くなったことと関係はありそうだが……)

 

「リィンさん……!」

 

ユウナたちが言葉をなくしていると、アルティナがリィンに慌ててかけよる。

 

「……大丈夫だ。一瞬、解放しただけだから。とっくに戻っているだろう?」

 

「だ、だからといって……またあの時のようになったらどうするんですか……!?」

 

(あの時?)

 

「他に手は無かった……だが、心配をかけてすまない」

 

「ハハ、生徒に心配かけるようじゃ教官失格かもしれないな」

 

リィンは苦笑いを浮かべるが、それはアルティナに油を注ぐ結果となった。

 

「笑いごとではありません!どうして貴方は───」

 

「リィン、教官……」

 

「…………………」

 

「はは……」

 

ユウナたちの複雑な表情にまた苦笑いを浮かべたリィンはようやく立ち上がる。

 

「まあ、病気とは違うがちょっと特殊な体質でね。気味悪いかもしれないが……極力、見せるつもりはないからどうか我慢してもらえないか?」

 

「が、我慢って……!そんな話じゃないでしょう!?今のだって、あたしたちを助けるためじゃないですか……!」

 

「……危ない所をありがとうございました」

 

「今のがオリエンテーリングで博士が言っていた奥の手ですか?」

 

「まあ、それは置いておいて、4人とも対応が甘かったな」

 

「きちんと情報を聞いていれば残敵を見逃すこともなかったはずだ。キリコは即座に反応したようだが、もう少し残弾に気を配るべきだった。初日だから仕方ないが次には是非、活かしてもらおうか」

 

「くっ、この人は~……!」

 

「……今回に関してはまったく言い返せないけどね」

 

「やむを得ないか……」

 

「まあ、次の課題としましょう」

 

その後、Ⅶ組全員で付近を捜索したが人形兵器や午前中に会った怪しげな人物にも遭遇しなかったのでリィンはアグリア旧道での探索を終了したと告げた。

 

「セントアーク方面に続いてこんな場所まで……どう考えてもおかしくない?」

 

「ああ、しかも拠点防衛型の重量タイプ……だったか」

 

「内戦時に放たれたというにはいささか不自然ですね」

 

「何者かが裏で糸を引いてると考えるしかないな」

 

「ああ、こうなると南のパルム間道も怪しいと言わざるを得ないだろう」

 

「特務活動もまだ初日だ。夕方までには終わらせたい。幸い要請は全て終わっている。パルムで準備を済ませたら間道方面に出るとしよう」

 

Ⅶ組特務科は出発した。

 




次回は彼女が初登場します


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依頼③

7月7日のキリコの誕生日に合わせて投稿したかったのですが、忙しくて間に合いませんでした。


パルムで準備をすませた一行はパルム間道に出る。

 

「残る謎の魔獣の情報はこの間道の先になる。ロクに手掛かりもない以上、一通り調べる必要がありそうだ。立て続けになるが4人とも、大丈夫か?」

 

「も、もちろん!気遣いは無用です!」

 

「夕方までに片付けるんでしょう?ならば、全力を尽くすまでです」

 

「はは、その意気だ。あまり無理しないようにな」

 

「……教官に言われたくはありませんが」

 

「全くだな……(それにしてもあの力……やはり異能か?俺ともミュゼとも違うようだが……)」

 

 

 

Ⅶ組が間道を捜索していると、何やら釣りをしている女性を発見した。

 

「あれ、あんな所で釣りをしている人がいるけど……」

 

(? どこかで見たような……)

 

「あら……?貴方はもしかして、リィン・シュバルツァーさんではありませんこと?」

 

「もしかして……アナベルさんですか!?」

 

「うふふ、やっぱり!ご無沙汰していますわ!」

 

「教官、この方は?」

 

「も、もしかしてまた教官の同窓生ですか?」

 

「いや、こちらの人は趣味の釣り仲間の一人でね。それよりアナベルさんはどうしてこんな所に?」

 

「実はわたくし、栄えある《釣皇倶楽部》に正式に加入することになりましたの。プロアングラーの端くれとして帝国一周・釣り行脚の真っ最中ですのよ」

 

「帝国一周・釣り行脚ですか」

 

(……単なる暇人か……相当の命知らずのどちらかだな)

 

釣りにほとんど興味がないキリコにしてみれば、こんな場所で釣りをするアナベルの考えが理解出来なかった。

 

「はは、相変わらず逞しいというか。でも今日はあまり釣れていないみたいですね?」

 

「ええ……実は全くのボウズで」

 

リィンの指摘にアナベルは悲しそうに目を伏せる。

 

「きっとさっきの"不気味な音"に魚が怯えてしまったんですわ~……」

 

『ッ!』

 

リィンたちはアナベルのぼやきに反応した。

 

「"不気味な音"……ですか?」

 

「それはどんな?」

 

「ええ~っと……カタカタとかギュルギュルとか、妙に金属的で不快な音と言いますか……」

 

「それはどこから聞こえましたか?」

 

「たしか、あちらにある高台の方からみたいでしたわ」

 

「教官」

 

「ああ、急いだ方がよさそうだ。ではアナベルさん、我々はこれで」

 

「はい。何なのかはわかりませんが、お気を付けて~」

 

 

 

来た道を引き返すと、古いコンテナが道を塞いでいた。

 

リィンが他に上がれそうな場所を探そうとするが、アルティナがクラウ=ソラスのブリューナクでコンテナを跡形もなく破壊。

 

あまりに力ずくなやり方にユウナとクルトは苦言を呈し、キリコも思わずため息をついたが、当のアルティナは時間の無駄を省いたと取り合う様子もない。

 

(やれやれ、こういう所はミリアムに似てるのかもな)

 

 

 

[キリコ side]

 

坂道を登った先には厳重に施錠された門があった。

 

「……なにこれ。ずいぶん思わせ振りな感じだけど」

 

「これは山中に続いているのか?」

 

「地図ではどうなっている?」

 

「……? 地図には何もありませんね。この門も、その先の道も」

 

(ただの廃道か……?いや、それにしては物々しすぎる)

 

門の所には崖崩れとあるが、それでは説明がつかない。まるで、この先の道を隠しているようだ。

 

「クルト君、こんな場所があるって知ってた?」

 

「いや……聞いた事もないな」

 

地元のクルトでも知らないか……。

 

「いずれにせよ、人形兵器が目撃された場所ではなさそうですね」

 

「ああ、見たところ相当、頑丈に施錠されているようだ。地面が荒らされた跡もないし、別の場所を──」

 

その瞬間、教官の顔つきが変わる。

 

「──戦闘準備。ちょうど向こうから来てくれたみたいだぞ?」

 

来たか。

 

林の向こうから機械音が響き、俺も見たことのない人形兵器が二体やって来た。

 

「な、な、な………」

 

「これも……人形兵器なんですか!?」

 

「ああ……!かなり特殊なタイプだ!」

 

「奇襲・暗殺用の特殊機──《バランシングクラウン》です!」

 

奇襲・暗殺用か……。なら内戦で見たことがないわけだ。

 

あの二人なら間違ってもこんなものは使わない。

 

むしろ発見し次第、即座に破壊するだろう。

 

「くっ……こいつら、本当に人形なの!?」

 

「いいだろう……返り討ちにしてくれる!」

 

「ギミック攻撃に気をつけろ!毒や麻痺が仕込んであるぞ!」

 

「──来ます!」

 

 

 

バランシングクラウンは奇襲・暗殺用だけあって、遠距離攻撃に特化した機体らしい。

 

まるで玉乗りをする道化師のデザインとは裏腹に、毒や痺れ薬を仕込んだ鎌や鋼線を飛ばしてくる凶悪な機体だ。

 

しかも厄介なことに、ゼフィランサス同様、接近戦対策も万全に作られている。

 

「はあ…はあ……くっ……」

 

「これを使え」

 

教官はクルトに解毒薬を渡す。

 

「すみません、それにしてもなんて厄介な機体だ」

 

「このままじゃ埒があかないわね……」

 

「防御力そのものはゼフィランサスが上ですが、その分スピードがあります。何とか接近しないとこのままではジリ貧です」

 

「それはわかってるんだが……どうしたら……」

 

「………………」

 

俺はバランシングクラウンの動きを見ながら作戦を立てる。

 

(昼間の人形兵器と同じタイプなら接近戦を仕掛けるべきだが……あの攻撃が厄介だな。ならば……!)

 

「クルト、アーツで援護してくれ」

 

「え……?」

 

「キリコ君……!?」

 

「俺が接近する。その間やつの注意をそらしてくれ」

 

「危険です……!」

 

「ならば他に手は?」

 

「……………」

 

「わかった、だが囮の役は俺がやる。クルト、君はユウナとアルティナと共に援護をしてくれ。キリコ、君はとどめを頼む!」

 

「了解」

 

「わかりました!ガンナーで援護します!」

 

「了解しました、アーツで援護します。クルトさんもいいですね?」

 

「あ、ああ……」

 

クルトは何か納得がいかなそうだが、今は気にしてられない。

 

「用意、3、2、1……仕掛ける!」

 

教官の合図と共に、作戦を開始する。

 

まず教官がクラフト技弧月一閃で切りかかる。

 

相手が教官に狙いを定めた瞬間、ユウナのクラフト技ジェミニブラストとクルトとアルティナのアーツで視線を反らす。

 

ようやく隙ができた。

 

「これで……!」

 

俺はアーマーマグナムのリミッターを外し、威力を上げたクラフト技アーマーブレイクでとどめを刺す。

 

まともにくらった人形兵器は火花が散り、煙を吹いた。どうやら行動不可になったらしい。

 

俺たちはそのままもう一体も同じ作戦で撃破した。

 

[キリコ side out]

 

 

 

「はあはあ…………た、倒せた……」

 

「……邪道を使う人形……どこまでだ、結社というのは……」

 

「……さすがに体力も限界近くかもしれません」

 

(……場数を踏んでいるとはいえ、やはり今日一日の連戦は堪えるようだな……)

 

「……ふふ………」

 

リィンは太刀を納めるて生徒たちを労おうとしたが………

 

「まずいな、少し読み違えたみたいだ」

 

「へ……」

 

「……!」

 

「反対から──」

 

「増援か……!」

 

「ああ……しかも数が多い!」

 

林の奥から四体のバランシングクラウンが立ちはだかる。

 

「っ、退路を……!」

 

「僕たちを弄るつもりか……」

 

「ほ、ほんと性格悪すぎない!?」

 

「そうプログラミングされているんだろう」

 

そう言ってキリコは再び得物を構える。

 

「ちょ、ちょっと!」

 

「この状況がわかってるのか!?」

 

「戦場ではこういった事は畳み掛けるのが常だ。泣き言を言う前に、この状況を何とかしたいとは思わないのか?」

 

「グッ………!」

 

「っ~……清々しいくらいに上からね!?」

 

「やはり経験者は違いますね」

 

「…………………」

 

その時、リィンが前に出る。

 

「──すまない、4人とも無理をさせすぎたみたいだ。キリコ、銃をしまってくれ。この場は俺に任せてくれ」

 

「え……」

 

そう言うとリィンから黒いオーラのようなものが噴き上がる。

 

「コオオオオオオオッ………!」

 

「ま、まさか──」

 

「駄目です、リィンさん……!」

 

「神気合………

 

 

 

「──その必要はない」

 

 

 

声のする方には大剣を携え、凛とした雰囲気の青い髪の女性が立っていた。

 

青い髪の女性は大剣を正眼に構え、バランシングクラウンたちに切りかかる。

 

「あ……」

 

「貴女は……」

 

「まさか──!」

 

「?」

 

Ⅶ組の内、ユウナとキリコ以外は青い髪の女剣士に見覚えがあるらしい。

 

「笑止──」

 

青い髪の女剣士は横薙ぎ、逆袈裟、袈裟斬りと人形兵器を一撃で仕留めていく。

 

「……ぁ…………」

 

「ええっ!?」

 

(全て一撃か……)

 

「喰らうがよい!」

 

そして青い髪の女剣士は飛び上がり最後の人形兵器を、一刀両断にした。

 

「……………(パクパク)」

 

「アルゼイドの絶技……」

 

「……戦闘力が以前とまるで違うような」

 

(クルトとアルティナは知っているようだな。そして教官も……)

 

「はは………"凄腕の臨時師範代"──予想してしかるべきだったな。まさかエリオットに続いて君ともここで再会できるなんて」

 

「フフ……」

 

青い髪の女剣士は微笑みながら、リィンを抱きしめる。

 

「って──」

 

「このくらいは我慢するがよい。文のやり取りがあったとはいえ、顔を合わせるのは久しいのだから。しかしそなた、背が伸びたな?正直見違えてしまったぞ」

 

「はは……ラウラこそ」

 

そう言ってリィンはラウラと呼んだ青い髪の女剣士を抱きしめる。

 

「1年ちょっととは思えないほど凛として、眩しいほど綺麗になった」

 

「フフ、世辞はよせ。そちらの修行はまだまだだ」

 

「え、えっと……」

 

「お久しぶりです」

 

「……お噂はかねがね」

 

(教官と知り合いということは……)

 

「ふふ、見た顔もいるが改めて名乗らせてもらおう」

 

「レグラムの子爵家が息女、ラウラ・S・アルゼイドという者だ」

 

「トールズ《旧Ⅶ組》の出身でもある。見知りおき願おうか───後輩殿たち」

 

 

 

ラウラと共にパルムに戻ったⅦ組は、ヴァンダールの道場に寄り、彼女と話をしていた。

 

「そうか……子爵閣下から」

 

「うん、免許皆伝に至った後、師範代の資格も与えられてな。こうして各地を回りながら備えてほしいと頼まれていたのだ」

 

「ラウラさんの剣術……《アルゼイド流》でしたっけ……帝国では物凄く有名な流派なんですよね?」

 

「帝国では《ヴァンダール流》と双璧と言われているみたいですね」

 

「ああ、規模も格式も互角……どちらも軍の武術師範を務めているくらいだ」

 

「それは……」

 

「フフ、面映いがそう呼ばれることは多いな」

 

ラウラは次にクルトに向き直った。

 

「マテウス・ヴァンダール閣下── お父上からそなたの話も聞いている。ヴァンダールには類稀なる双剣術の使い手──会えて光栄だ」

 

「そんな──滅相もありません!」

 

クルトはユウナたちが見たことのないほど狼狽えていた。

 

「自分など、未熟の極みで……父や兄の足元すら見えぬくらいです。ましてや、その歳で皆伝に至った貴女と比べるなど──」

 

「ふむ……?」

 

クルトの言葉にラウラは眉をひそめる。

 

(クルト君……?)

 

(どうしたんでしょう)

 

「…………………」

 

「………剣の道は果てない。皆伝など通過点に過ぎぬであろ。此の身は未だ修行中……精々リィンと同じくらいの立場だ」

 

「いや、さすがにラウラと俺を一緒にするのは無理があるぞ」

 

リィンは頭をかきながらそう返す。

 

「フフ、謙遜はやめるがいい。それに世には真の天才もいる。そなたらの分校の責任者のように」

 

「ああ、まあ……確かに」

 

「天才というより化物ですね」

 

「えっと……あの人、そんなに凄いの?」

 

ユウナにはイマイチ伝わらなかったようだ。

 

「ラウラさんのアルゼイド流と僕の家のヴァンダール流のそのどちらの免許皆伝も受けている……と言ったら分かるだろう?」

 

「って、聞くだけで滅茶苦茶凄そうなんだけど……」

 

「フフ、しかし此の地にオーレリア将軍が来ておらぬのはさぞ見込み違いであっただろうな」

 

「……ああ。政府側の意向ではなさそうだ」

 

「ていうか、キリコ君はよく知ってるんじゃないの?」

 

ユウナは黙っていたキリコに話を振る。

 

「俺が知ってるのはあくまで機甲兵戦術だけだ。それ以外は知らない」

 

「でも……キリコ君はあの人と互角に戦ったんだよね?」

 

「何?」

 

ユウナの発言にラウラが反応する。

 

「そなた、キリコと言ったな。そなたはオーレリア殿と戦ったことがあるのか?」

 

(……どう答えたものか)

 

キリコとしては過去を繰り返されることは好まない。

 

余計な詮索も干渉もキリコが最も嫌うことだからだ。

 

転生して、やや丸くなったかもしれないが、基本的にキリコはそれほど変わっていない。

 

だが状況も状況。このまま黙っていても埒があかない。キリコは素直に「ああ……」と答えるしかなかった。

 

キリコは仕方なく、内戦の出来事をかいつまんで話した。

 

 

 

「………………」

 

ラウラは信じられないといった顔をしたが、徐々に落ち着いていった。

 

「我らが東部で活動していた時と同時期に西部であのお二方と戦っていたとは……」

 

「ああ、最初に聞いた時は俺も驚いたよ。帝国東部以上の激戦地で生き抜いてきたらしいからな」

 

「それでそなたは……」

 

「ああ、俺は分校長の推薦で第Ⅱ分校に入学した」

 

「なるほど、どうりで。先ほどの戦闘を見ていたが、そなたは折れることなく一人で立ち向かおうとした。一見独断に見えるがそれは仲間を思ってのことだろう?」

 

「俺たちの最終目的は全員無事に演習拠点へ戻ることだ」

 

「フフ、大した胆力だ。他の者たちもなかなか筋がいい。更なる研鑽を積むことだ」

 

「は、はいっ!」

 

「……精進します」

 

「そうですね」

 

 

 

「それにしても、どうして人形兵器があんなにいるんでしょうか?」

 

「やはり結社が何かしようと?」

 

「現時点で断言はできぬ。陽動の可能性も否定はできまい。この地に注目を集めながらまったく別の地で事を為す。そのくらいの事は平気でやりそうな連中のようだからな」

 

「確かに、謀略のレベルは情報局並かもしれませんね」

 

「って、アンタねぇ………」

 

「ふう……君が言うか」

 

(この口の軽さ……本当に諜報部員か?アイツでもここまでではなかったが……)

 

「はは……」

 

「お互い、何か判ったらすぐに連絡し合うことにしよう。エリオットもそうだが……ラウラがこの地にいてくれるのは何よりも心強いと思っている」

 

「まあ、女神の導きとはちょっと違う気もするけど」

 

「フフ、何のことかな?」

 

ラウラは一度はぐらかし、改めて新Ⅶ組に向き直った。

 

「こちらも同じだ。頼りにさせてもらうとしよう」

 

「トールズ第Ⅱ、そしてⅦ組の名を受け継ぎしそなたたち全員に」

 

そう言ってラウラは道場に入って行った。

 

 

 

「はぁ……なんていうかカッコよすぎるヒトだったなぁ。背が高くて凛としてて、それでいて滅茶苦茶美人だし」

 

「ユウナさん、目がハートになってますね」

 

(意外とミーハーなのかな……)

 

「……まさかあの方までⅦ組とは思いませんでした」

 

「はは、そうか」

 

「ラウラもエリオットも、Ⅶ組の仲間は全員、俺の誇りだ。去年、みんなそれぞれの事情で一足先に卒業することになったが……その誇りに支えられながら俺もこの春、卒業できたと思っている」

 

「あ……」

 

「………………………」

 

(誇り、か)

 

「……ミリアムさんも、ですか?」

 

「ああ、大切な仲間だ」

 

「勿論、かつてのⅦ組と新しいⅦ組は同じじゃない。君たちは君たちのⅦ組がどういうものか見出だしていくといい。初めての特務活動も無事、完了したわけだしな」

 

「そ、そういえば……」

 

「……今日中に3箇所の調査と必須の要請への対応でしたか」

 

「ギリギリだったが、全て終えたな」

 

「…正直、疲れました…」

 

(この子が零すなんて相当だな)

 

「みんな、今日はよくやってくれた。早めに帰投するとしよう。何とか日没前に演習地に戻りたいからな」

 

「はい!」

 

「了解です」

 

 

 

Ⅶ組一行は街道に出た。

 

「ここから演習地まで徒歩で2時間くらいですか」

 

「ああ、馬だったら30分もかからないだろう」

 

「日没前には戻れそうだな」

 

「あ~、お腹も減ってきたし今日は爆睡しちゃいそうかも」

 

「はは、夕食はしっかり取って今夜は早めに寝るといい。──といっても今日中に特務活動のレポートをまとめて提出してもらうつもりだが」

 

「って、さすがにスパルタが過ぎるんじゃないですかっ!?」

 

「……食事をしたらすぐに寝てしまいそうな気が」

 

「仕方ない……協力して手早くまとめよう。キリコ、すまないが帰ったらコーヒーを淹れてくれないか?」

 

「わかった」

 

「あ、あれはもうカンベンして~~~!!」

 

ユウナの叫びが街道に響きわたった。

 




長かったです。次回からは少し短くなります。


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襲撃

中盤から後半はほとんどオリジナルです。




午後 8:00

 

Ⅶ組が演習拠点に戻ると、他のクラスは夜営の準備を進めていた。

 

夕食を取り、レポートを仕上げたキリコたちはそれぞれ自由行動を取っていた。

 

「…………」

 

「キリコさん?どうかしましたか?」

 

食堂のカウンターで何かに気づいた素振りを見せるキリコに隣に座っていたミュゼが話しかける。

 

「…………」

 

キリコは何も言わず、格納庫へと向かった。

 

「………………」

 

「ミュゼちゃん……どうかしたの?」

 

いつになく真剣な表情のミュゼに心配になったティータが話しかける。

 

「あっ、ティータさん。いえ、キリコさんが行ってしまわれたので」

 

「う、うん。何だかおもいつめていたけど……」

 

(……キリコさん。気づかれたようですね。あの方々が間に合えばよいのですが)

 

 

 

一方のキリコは格納庫で銃の手入れをしていた。

 

(敵地同然であるにもかかわらず、ピリついた雰囲気はない。他の生徒は皆、遠足気分で浮かれていた。こういう時は経験上、襲撃にはまたとない好機だ。だが、俺が先ほど感じた妙な気配に気づいた者はいないようだ)

 

(偶然か、異能が引き寄せるのかはわからない。わかっていることはひとつ。生きている限り、戦いから逃れることができない)

 

キリコの眼に暗いものが宿る。

 

 

 

「なるほど…… 演習初日はそれなりに順調だったようだ」

 

ブリーフィングルームでは、教官たちが演習初日の報告会をしていた。

 

「Ⅷ組、Ⅸ組共に予定していたカリキュラムは終了……Ⅶ組の特務活動にしても一定の成果を上げたと言えるだろう」

 

「ふふっ、そうですね」

 

「は~、しっかしマジでどこかで聞いた活動みたいだな」

 

「生徒たち4人もよくやってくれたと思います。思いがけない手助けがあったというのもありますが」

 

「ふふっ、まさかエリオット君だけじゃなくて、ラウラちゃんまでサザーラントに来ていたなんて。ちょっと心強いね」

 

「フン、あまり慣れ合わないようにはしてもらいたいものだがな」

 

「まあまあ、そのくらいは構わないんじゃないっッスか?」

 

「……ただでさえキナ臭い気配がしてるみたいだし」

 

「ええ……」

 

リィンはミハイルに向き直る。

 

「3箇所での人形兵器の出現──特殊なタイプまで含まれています。サザーラント州以外を狙った陽動の可能性もあるでしょうが……念のため各方面に要請して危機に備えた方がいいのでは?」

 

「ふむ……」

 

「通信網の構築も完了しました。今なら各方面にも要請できます」

 

「TMP以外だと、現地の領邦軍に帝国正規軍の指令部あたりか。遊撃士協会が機能してりゃあ連携のしようもあるんだけどな」

 

「フン……ギルドはともかく」

 

「放たれていた人形兵器も少数──大規模に運用されている気配もない」

 

「各方面への要請はしているし、本格的な要請の必要はないだろう」

 

「で、ですが……」

 

「そのための第Ⅱであるというのも弁えてもらいたい」

 

トワの説得も切って捨てた。

 

「ったく、御説ごもっともではあるが……」

 

「……現時点の状況なら第Ⅱが備えるだけでも十分だと?」

 

「専用の装甲列車と機甲兵を擁し、こうして演習地まで構築している。新兵ばかりとはいえ、中隊以上の戦力はあるだろう。国際的な規模とはいえ、相手は所詮、犯罪組織風情──何とでも対処できるはずだ。それに──」

 

 

 

「アハハ、それはどうかなぁ?」

 

 

 

突然声が車内に響いた。

 

「なに……!?」

 

「せ、生徒の声じゃないみたいですけど……」

 

「この声は──!」

 

すると、爆発音が響く。

 

「これは──!」

 

「対戦車砲(パンツァーファウスト)だ!」

 

 

 

[キリコ side]

 

俺が外に出ると、機甲兵が2機やられていた。

 

(対戦車砲か……厄介なものを持ち込んできたな。それにしても……)

 

(わかりきっていたとはいえ、まずいな。全員、呑まれている)

 

俺が周りを見渡すと、第Ⅱの生徒ほぼ全員が呆然としていた。

 

それが悪いとは言わない。誰だって戦場に直面すればこうなる。むしろ冷静でいられる俺が異常なのだろう。

 

「──あそこだ!」

 

教官の言う方に目を向けると、そこには昼間街で会った赤毛の女と騎士を思わせる女がいた。

 

ランドルフ教官のことを「ランディ兄」と言うから親戚か何かだろう。

 

「身喰らう蛇の第七柱直属、鉄機隊筆頭隊士のデュバリィです。短い付き合いとは思いますが第Ⅱとやらに挨拶に来ましたわ」

 

「執行者No.ⅩⅦ──《紅の戦鬼》シャーリィ・オルランド。よろしくね、トールズ第Ⅱのみんな♥️」

 

オルランド……まさかあんなのがランドルフ教官の身内とはな……。

 

「執行者に鉄機隊筆頭……予想以上の死地だったみたいだな」

 

「問答無用の奇襲──いったいどういうつもりだ!?」

 

「ふふっ、決まってるじゃん」

 

パンツァーファウストを捨てたシャーリーは背中からライフルとチェーンソーが合体したような武器を取り出した。

 

あれは《テスタロッサ》というらしい。

 

もう一人のデュバリィも剣と盾を取り出した。

 

「勘違いしないでください。わたくし達が出るまでもありませんわ。ここに来たのは挨拶と警告──」

 

(警告?)

 

「貴方がたに"身の程"というものを思い知らせるためですわ!」

 

そう言ったデュバリィが剣を掲げると、大量の人形兵器が顕れた。

 

「きゃあっ……!?」

 

演習地の入口からも人形兵器がなだれ込むとタチアナが悲鳴を上げる。

 

数はこちらより多いようだ。

 

「あはは、それじゃあ歓迎パーティーを始めよっか!」

 

「我等からのもてなし、せいぜい楽しむといいですわ!」

 

 

 

「狼狽えんな!」

 

ランドルフ教官の激が飛ぶ。

 

「Ⅷ組戦術科、迎撃準備!機甲兵は狙われるから乗り込むな!」

 

「イ、イエス・サー!」

 

まだ硬いが、ものにはなりそうだな。

 

「Ⅸ組は後ろに下がって!」

 

「戦術科が討ち洩らした敵に対処!医療班は待機、通信班は緊急連絡を!」

 

「イ、イエス・マム!」

 

主計科も落ち着きを取り戻している。

 

俺もそろそろ──

 

 

 

「あはは、みぃ~つけた!」

 

 

 

突然後ろから何かが突進してくる。

 

そいつをかわすと、そこにはシャーリィがいた。

 

「……俺に用か?」

 

「あはは、いいねぇいいねぇ。普通なら何かしらリアクションするもんだけど……君あたしを恐れないんだねぇ」

 

「お前に構ってる暇はない」

 

「あはっ、つれないなぁ。でも君強いねぇ。軍人っていうよりあたしたちに近いカンジ。それに強い人独特の気配を持ってるし。昼間見かけたけど、はっきり言って君が一番強いでしょ?もーホントに楽しみだったんだから!」

 

「………………」

 

「もしかして、余計なおしゃべりは嫌い?ホント、気が合いそう♥️」

 

シャーリィは殺気を剥き出しにしながら、テスタロッサを構える。

 

(やるしかないか)

 

俺もアーマーマグナムの銃口をシャーリィに向ける。

 

[キリコ side out]

 

 

 

「ちょ、ちょっと!何勝手なことしてるんですの!?」

 

デュバリィは思わず頭を抱える。

 

本来なら第Ⅱの対処は人形兵器に任せて、自分たちは高見を決めるつもりだった。

 

しかし、肝心のシャーリィは青髪の生徒の元へ行ってしまった。

 

カッコつけた手前、いたたまれない気持ちになった。

 

「まあ、いいでしょう。可哀想ですがあの雛鳥もせいぜい身の程を思い知るといいですわ」

 

デュバリィは青髪の生徒──キリコから目を離す。

 

それが彼女の最大の過ちであることに気づかず……。

 

 

 

「リィン教官……!」

 

「僕たちはどうすれば!?」

 

「Ⅶ組は遊撃だ!Ⅷ組・Ⅸ組をフォローする」

 

「了解です。ってキリコさんは?」

 

「そ、そういえば……」

 

「!? あそこだ!」

 

「え!?」

 

クルトの指さす方ではキリコとシャーリィが対峙していた。

 

「キ、キリコ君……!?」

 

「まずいな……。相手は執行者。いくらキリコでも……」

 

「フォローに回りますか?」

 

「ああ!人形兵器を蹴散らしつつ、キリコを助けるぞ!」

 

「イエス・サー!」

 

 

 

[キリコ side]

 

テスタロッサという武器は見た目どおりライフルとチェーンソーが合体したような武器だが近くで見ると、どうやら火炎放射器が搭載されているらしい。

 

(昔の……レッドショルダーに入った頃の俺なら発狂していたな……)

 

俺はかつて、レッドショルダー創設者のヨラン・ペールゼン大佐の実験で全身を火炎放射器で焼かれたことがある。

 

第三次サンサ攻略戦で記憶を取り戻す前まで俺はひどい神経発作に悩まされていたが、作戦中に記憶を取り戻して克服した。

 

炎に関しては他にもトラウマがあるが、今はどうでもいい。目の前のコイツを倒すだけだ。

 

 

 

「さぁ~て。どんな風に殺られたい?」

 

「俺は簡単には死なない」

 

「ふ~ん。じゃあ、滅殺してあげるよ♪」

 

どうやらただの挑発にしかならなかったようだ。

 

テスタロッサの銃撃をかわし、アーマーマグナムを撃ち込む。

 

「おっと、へぇ~アーマーマグナムなんてしゃれたモノ使ってるねぇ」

 

「あたしのテスタロッサとどっちが強いか……な!」

 

「チッ」

 

俺の放った弾丸はギリギリでかわされる。

 

(銃では埒があかないか……)

 

俺は他の生徒から距離を取る。

 

「逃がさないよ?」

 

シャーリィはテスタロッサのチェーンソーを起動させ、斬りかかる。

 

俺は転がるように回避し、スタングレネードを起爆。

 

「ウッ!?」

 

シャーリィは思わず目を手で覆う。

 

そして、持っていたダガーをチェーンソーの機構部分に突き立て、チェーンソーの回転を止める。

 

「ウソッ!?」

 

想定外の行動に動揺したのか、隙ができる。俺は相手の腹に蹴りを叩き込む。

 

「ウグッ……!」

 

吹き飛ばされてもなお、得物を離さないのはさすが猟兵というべきか……。

 

俺が一度距離を取ると、突然シャーリィは笑い出した。

 

「…フフ……ウフフ……」

 

「?」

 

「アーハッハッハ!いいねぇ……こんなにゾクゾクしたのはクロスベル以来だよ……!」

 

「……………」

 

「もう手加減なんてしないよ。君はシャーリィが確実にちゃ~んと……

 

 

 

殺してあげるよ♥️」

 

 

 

「ッ!」

 

どうやらここからが本番らしい。

 

シャーリィの言葉どおり、先ほどよりも苛烈な攻撃が襲いかかる。

 

俺は懸命にかわすが、無傷ではいられなかった。

 

リィン教官たちの方を見るが、あちらもバランシングクラウンにてこずっているようだ。

 

だがここで倒れるわけにはいかない。

 

俺は再び立ち上がった。

 

「キリコさん、下がって!」

 

すると、俺の後ろから弾丸が飛ぶ。

 

思わず振り返ると、ミュゼたちが援護してくれたようだ。

 

だが、このタイミングは……

 

「邪魔しないでくれるかなぁ……。せっかくいいところなのにさぁ!」

 

不味い!

 

シャーリィは俺からミュゼに狙いを変える。いや、周りを巻き込みつつ殲滅するようだ。

 

(させるか!)

 

俺はミュゼたちを庇うように前に出る。

 

その瞬間…………

 

 

 

俺の体を弾丸が貫通し、血が吹き出す。

 

 

 

「え……」

 

その瞬間、戦場の時が止まる。

 

「いや……いやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

ミュゼか誰かはわからないが、悲鳴が響く。

 

それが影響したかはわからないが、俺に意識が戻った。

 

(今…だ……)

 

俺は倒れる寸前にアーマーマグナムの引き金を引く。

 

放たれた弾丸は偶々シャーリィの側に転がっていた人形兵器の残骸に弾かれ、シャーリィの腹部を貫く。

 

「ッ!?………カハッ……!」

 

シャーリィは血を吐き、膝をついた。

 

俺はそれを見届けると、意識を失った。

 

[キリコ side out]

 

 

 

「………嘘………………」

 

「え……………?」

 

「キリコ………さん……?」

 

ユウナたちは先ほどの出来事が信じられなかった。

 

跳弾で敵を倒す。そんな奇跡とも言える勝利。

 

だが彼女たちに喜びはない。

 

分校の仲間たちを助けるために敵の銃弾から身を呈して守り、最後に放った一発がシャーリィを貫き相討ちに持ち込む。

 

だが、その代償にキリコは意識不明となり、さらにキリコを中心に血溜まりが広がる。

 

ユウナやクルトは勿論、アルティナでさえ、ここまで血で血を洗う凄惨な戦いは初めてだった。

 

今起きていることの整理が追いつかない。

 

頭がぐちゃぐちゃになり、現実逃避を始める。

 

その時──

 

「医療班、何をしている!早くキリコを運ぶんだ!」

 

リィンの激が彼女たちを現実へと引き戻す。

 

「きょ、教官……キリコ……君が………」

 

「前を見ろ!まだ人形兵器がいる。キリコは主計科に任せるんだ!」

 

「は………はい……………」

 

「了解……です………」

 

ユウナたちはなんとか前を向く。

 

(クソッ、こんな事になるなんて……キリコ!)

 

リィンは歯をくいしばり、人形兵器を切り裂く。

 

 

 

「あ…あ…あ…」

 

「ミュゼちゃん!落ち着いて!」

 

トワは必死でミュゼを落ち着かせる。

 

「医療班、とにかく応急手当てを!薬をありったけ持ってきて!ミハイル教官、その間の指揮をお願いします」!」

 

「ええい!わかっている!Ⅷ組戦術科はスリーマンセルで確実に撃破しろ!Ⅸ組主計科は援護に回れ!Ⅶ組特務科は遊撃を続行。このまま押し返すぞ!」

 

『イエス・サー!』

 

ミハイルの指揮で分校生たちに火がついた。

 

だが……

 

(私の……せいだ……。私がでしゃばったから……キリコさん……は……)

 

ミュゼは呆然とキリコを見つめることしかできなかった。

 

「ミュゼちゃん!」

 

トワはそんなミュゼを抱き締める。

 

「大丈夫だから!キリコ君は大丈夫だから!」

 

「大丈…夫…?」

 

「うん、そうだよ!」

 

「うっ……うううう……はい………!」

 

ミュゼはようやく、現実を受け入れはじめた。

 

 

 

「シャーリィ………てめぇぇぇぇ!!」

 

ランドルフは怒りのまま、シャーリィにスタンハルバードを振り下ろす。

 

だが、すんでの所でデュバリィに受け流される。

 

「どけぇぇぇっ!」

 

「クッ……」

 

デュバリィはシャーリィを抱えると、もといた場所に戻る。

 

「いったいなんなんですの!?あの雛鳥は!こんなの、聞いてませんわよ!?」

 

デュバリィはシャーリィを治療しながら、毒づく。

 

本来ならば、雛鳥たちが自分たちに逆らえないように多少なり痛め付けるつもりだった。

 

シャーリィが気まぐれで相対している学生もその内の一人でしかない。

 

だが、蓋を開けてみれば、シャーリィと互角に戦ったばかりか彼女の本気を引き出した。

 

デュバリィ自身、これで終わりだと思った。

 

しかしシャーリィは青髪と相討ちになり、重傷を負ってしまった。

 

たった一人に戦況をひっくり返されてしまった。

 

「よくも……雛鳥の分際で……!」

 

デュバリィは緊急の処置を受けるキリコに狙いを定める。

 

「よくも……我等の邪魔を……!」

 

 

 

「させん!」

「させない!」

 

 

 

「へ?」

 

突然、デュバリィの足元に銃弾が打ち込まれた。

 

思わぬ足止めを食らったデュバリィの頭上から大剣が振り下ろされる。

 

「なっ………!」

 

「あっ……」

 

「あれって……!」

 

すると、何処からか音楽が聞こえてきた。

 

その音楽を聞いた者は受けた傷が回復した。

 

「これは……」

 

「傷が癒えていく……!」

 

「みんな、大丈夫?」

 

いつの間にか列車の上に立っていた赤毛の音楽家──エリオットが呼び掛ける。

 

「魔導杖による特殊モードによる戦域全体の回復術ですか……」

 

「フフ、相変わらず見事だな」

 

デュバリィと対峙する青髪の女剣士──ラウラがエリオットの演奏を誉める。

 

「さすがエリオットだね」

 

ユウナたちと変わらない背格好の少女が剣と銃の合体した武器──双銃剣(ダブルガンソード)を構える。

 

「あの人は……!」

 

「知ってるの?」

 

「兄上に聞いたことがある……旧Ⅶ組最速と言われる……」

 

「ああ……来てくれたのか、フィー!」

 

「うん、リィンも久しぶり」

 

銀髪の少女──フィーは微笑んだ。

 

「みんな!」

 

「トールズ旧Ⅶ組か……!」

 

「へぇ……西風の妖精(シルフィード)までいやがるのか」

 

「くっ……現れましたわね!」

 

「久しいな、神速殿」

 

「アルゼイドの小娘が……」

 

「そなたの刃は私が受け止めさせてもらおう」

 

「くっ……生意気な!」

 

デュバリィはラウラに斬りかかるが、ラウラは大剣の腹で受け止める。

 

「なっ……!?」

 

「こちらの番だ!」

 

 

 

「奥義──『洸鳳剣』!」

 

 

 

ラウラはアルゼイドの奥義をくりだす。

 

デュバリィは盾で防御するが、押しきられてしまった。

 

「ぐう……こ、ここまでとは……」

 

「あ、貴女…アルゼイドの皆伝に至りましたわね!?」

 

「フフ、おかげさまでな。これでようやくそなたと互角に戦えるようになった」

 

「こ、小娘ぇ~!」

 

 

 

一方、フィーは旧知の仲である、ランドルフとともに、人形兵器を倒していた。

 

「相変わらず速ぇな、シルフィード」

 

「そっちも変わらないね、《闘神の息子》、それとも《赤い死神》の方がいい?」

 

「悪ぃがその名は捨てた。ここにいるのはただのランドルフだ」

 

「ふーん、わかった。よろしくね、ランディ」

 

「いきなりフレンドリーだなオイ!」

 

ランドルフは人形兵器にとどめを刺しながらフィーにつっこむ。

 

「にしても、まさかシュバルツァーと同じ学校に通ってたとはな」

 

「うん、団長が死んだ後、わたしはサラに連れられてトールズに入ったから」

 

「サラって……紫電のお姉さんかよ!?」

 

「ん」

 

「はは、すげぇな。Ⅶ組ってのは……」

 

「うん、団長やみんながいなくなった後、わたしを受け入れてくれたもうひとつの家族。絶対に守りたい」

 

「ははっ、なるほどな。なら、とっととこの場を切り抜けねぇとな!」

 

「ヤー」

 

フィーとランドルフは再び分かれて戦いはじめた。

 

 

 

第Ⅱ分校に旧Ⅶ組が加わり、戦況の立て直しが難しいと判断したデュバリィは、もといた高台に戻り、剣を収める。

 

「もはやここまでですわね。いいでしょう、この場は引いてさしあげます」

 

「ですが、我等の計画の邪魔をさせるわけには参りません。まあ……ここまで痛め付ければ十分でしょう」

 

確かに人形兵器はあらかた片付けたが、機甲兵は行動不能にされ、列車は凹み、何よりもキリコが重傷を負ってしまった。

 

デュバリィの言葉に第Ⅱ分校の生徒は顔を伏せ、唇を噛む。

 

デュバリィはシャーリィを担いで撤退した。

 

助かったと喜ぶ者は一人もいない。

 

手加減された上、引いてもらった。

 

悔しさが全身に溢れる。

 

──絶対に強くなってみせる───

 

分校生全員が心に誓った。

 

 

 

デュバリィたちが撤退し、生徒たちがケガの手当てを受けている間、リィンたちは医務室で横たわるキリコの元に集まっていた。

 

「キリコ君……」

 

「先輩、キリコの容態は……」

 

「うん……前から銃弾を4発。その内の1発は心臓を逸れてた。後1リジュでもずれていたら……」

 

「ッ!」

 

「そ、そんな……」

 

「回復の見込みは?」

 

比較的冷静だったフィーがトワにたずねる。

 

「う、うん。止血も済ませたから、早ければ、五日後には」

 

(………トクン……………)

 

「五日後か…… だがとにかくキリコは無事だと考えていいんですね?」

 

「よかったです」

 

(………トクン………トクン…………)

 

「最悪の事態にならなくてなによりだ」

 

「そう言えば、あの子は?」

 

「ミュゼちゃんのこと? なんとか立ち直りつつあるけど……」

 

(……ドクン……ドクン……ドクン……ドクン……)

 

「そうですか……」

 

「ミュゼ……」

 

 

 

……ピピッ……ピピッ……ピピッ……

 

 

 

「ん?」

 

「あれ?心電図……」

 

「これは……」

 

「正常値……?」

 

心電図は正常を示す。

 

その時、キリコの指がピクリと動く。

 

そして、キリコはゆっくりと………

 

 

 

目を開いた。

 

 

 

『……………………………………』

 

新旧Ⅶ組が呆然とするなか、キリコは蘇生した。

 



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取引①

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4月27日 演習2日目

 

襲撃から一夜明け、分校生徒たちはキリコ蘇生のニュースに驚きつつも、演習地の復興を始めていた。

 

「あ、悪夢や………」

 

装甲列車には昨夜の爪痕が生々しく残り、特に鉄道ファンであるパブロの落ち込みようは激しく、半分死んだような顔になっていた。

 

 

 

「よかった。フレームは損傷してないみたい。エンジンも稼働良好。みなさん、お昼頃までに修理を済ませましょう」

 

「オー!」

 

「機体の制御バランサー良好。関節部分も問題なし。ドラ君も小破程度ですんだとはいえ、さすがティータちゃんだね」

 

「ドラ君……?ああ、ドラッケンⅡですね」

 

機甲兵は対戦車砲による損害を受けたが、小破程度で済んだのでティータをリーダーとした整備班と助っ人のミントが着々と修理を進めていった。

 

 

 

「ウェイン、その……大丈夫なのか?辛かったら……」

 

「大丈夫だスターク。キリコに比べたら……こんなの……っ」

 

「ウェイン………」

 

昨夜の襲撃で負傷した者はいたが、大きなケガを負った者はキリコを除いていない。

 

だが心に傷を負った者が多く、満足に眠れた者は一人もいなかった。

 

 

 

「そんな!ダメなんですか!」

 

「うん。キリコ君は絶対安静だから、例えユウナちゃんたちでも許可することはできないの」

 

(キリコ……)

 

「……………」

 

キリコは面会謝絶となり、見舞いに行くことはⅦ組特務科でさえ許されなかった。

 

 

 

「本当に、よかった……」

 

目にできたくまをこすり、通信状態のチェックをしながら、ミュゼは呟いた。

 

ミュゼはキリコの負傷は自分のせいだと責め続けていた。

 

だが、キリコが蘇生したことを聞いてようやく立ち直れた。

 

(こんなんじゃいけませんね。いずれこれ以上の悲しみを背負わなければならないのに)

 

(でも……今は………いいですよね………)

 

ミュゼは熱くなる目頭をこすりながら、作業に戻った。

 

 

 

「昨夜はとんだ目に遭ったな」

 

連絡を受けてやって来た帝国軍情報将校レクター・アランドール少佐がリィンたち教官陣を労う。

 

「まさか結社の連中が直接乗り込んでくるたぁな」

 

「……言いたいことは色々ありますが、連絡していた件はどうなりましたか?」

 

「それなんだが……どうも鉄道憲兵隊が動けなくなってな」

 

「ど、どうして!?」

 

「……諸般の事情でな」

 

「ま、帝国の東側で面倒な事件が起こってな。こっちに戦力を割いてる余裕がないってことだ」

 

「……おいおい、ふざけんなよ」

 

ランドルフは静かに怒気を放つ。

 

「結社の執行者に鉄機隊──しかもあのシャーリィまでが来ている。下手したらサザーラント州が火に包まれてもおかしくねぇぞ」

 

「……それは………」

 

「しかもこっちはキリコもやられてるんだ。もう余裕ないだとか言ってられねえんじゃねぇのか?」

 

「……………」

 

「……ランドルフさん。あの、シャーリィという娘は?」

 

「ああ……身内の恥にはなるが俺の従妹になる」

 

「大陸最強の猟兵団の一つ、《赤い星座》の大隊長…… いや、叔父貴が団長になったからあいつは今や副団長か……」

 

「赤い星座……聞いたことがあります」

 

「クロスベルの異変で暗躍していた最強の猟兵団。ランドルフさんが所属していた部署に阻止されたんでしたね」

 

「阻止っつーか、何とかして退かせたってだけなんだが」

 

ランドルフは頭をかくとすぐに真顔に戻る。

 

「問題はあの人喰い虎が結社にスカウトされたってことだ」

 

「しかも赤い星座に所属したままな」

 

「それは………」

 

「……赤い星座の本隊が控えているっていう事ですよね。それと鉄機隊という部隊も……」

 

「──それなんだが、赤い星座の本隊の方は帝国には入っていないみたいだな」

 

「なに……!?」

 

レクター少佐の言葉にランドルフは驚きを隠せなかった。

 

「元々、結社の傘下じゃないし、別のヤマをやってるみたいだぜ?」

 

「分隊は知らんが、アンタが想像する最悪の状況にはなってないってことだ」

 

「………その意味で、現状の危機度はそこまでではないという判断だ。連中の狙いが分かるまであくまで第Ⅱのみで備えておく。無論、サザーラント領邦軍には治安維持をしてもらうつもりだが」

 

「で、でも……」

 

「ならば帝国正規軍には?ドレックノール要塞──サザーラントの北端ですよね」

 

「………正規軍は正規軍で忙しい。煩わせたくないとの判断だ」

 

「繰り返しになるが……今回の件は、現地領邦軍と第Ⅱの現有戦力に対処してもらう」

 

「これが現時点での決定事項だ。──エレボニア帝国政府の」

 

「そ、それって……」

 

「帝国政府……ってことは"あの"────」

 

「………………」

 

「それとキュービィーについては蘇生が確認されているため問題はない。演習から離脱することになるが、むしろ独断先行で処罰されないだけありがたく思いたまえ」

 

「そんな……」

 

「チッ……」

 

「……そういう事ですか。だったら話は早い」

 

リィンはレクター少佐がいることにようやく納得した。

 

「今朝、貴方がタイミングよく来ている時点で気付くべきでした。昨年以来の"儀式"──早くやっていただきましょうか?」

 

「あ………」

 

「………?」

 

「ハハッ……」

 

「───いいんだな?北方戦役で懲りたと思ったが」

 

「俺が貴方たちのやり方に納得することはないでしょう。だが、そこに危機が迫り、何とかする力があるなら……」

 

リィンはレクター少佐の目を見る。

 

「トールズ出身者として、Ⅶ組に名を連ねた者として俺は見過ごすことはできません」

 

「……上等だ」

 

レクター少佐はニヤリと笑い、持っていた封筒から一枚の書類を取り出す。

 

『《灰色の騎士》リィン・シュバルツァー殿───帝国政府の要請を伝える』

 

『サザーラント州にて進行する結社の目的を暴き、これを阻止せよ』

 

「……!」

 

「政府からの要請……灰色の騎士を動かす唯一の」

 

リィンは書類を受け取り、胸に手をあてる。

 

「その要請───しかと承りました」

 

英雄という名の籠の鳥。それが今のリィン・シュバルツァーだった。

 

 

 

「……なるほど。そういうカラクリか」

 

「はい、請けざるを得ない状況をいつも突き付けられて……」

 

「ならばその要請、我等も手伝わせてもらおう」

 

ブリーフィングルームに3人が入って来た。

 

「ラウラ……フィーにエリオットも」

 

「待て、部外者は遠慮してもらおうか……!」

 

「政府からの要請は一教官へのものじゃない筈。リィン個人への要請だったらわたしたちも無関係じゃない」

 

「どうやら何らかの思惑で正規軍も動かしたくない様子…… リィンも 動きにくいでしょうし、僕たちがサポートしますよ」

 

「ああ、何を言っても無駄だぞ?我等はみな、政府からのしがらみを受けぬ者ばかり…… その意味で、TMPと情報局に行動を制限される謂れはないからな」

 

「いくら帝国政府でも帝国民の善意を妨げていい法律はないよね?」

 

「……ぐっ……………」

 

ラウラたちの言葉にミハイルは詰まってしまう。

 

「確かに止められる権限はカケラも持っちゃいないなぁ」

 

「はは……」

 

「ラウラちゃん、フィーちゃん、エリオット君も……」

 

「3人とも………その、いいのか?」

 

「あはは、なに言ってるんだか」

 

不安がるリィンをエリオットは笑い飛ばす。

 

「どうして僕たちがこのタイミングでこの地方に来たと思ってるのさ?」

 

「え……」

 

「皆、学院に残ったそなたのことをずっと気にかけていたのだ。理不尽で、しかし為さねば誰かが傷付くような要請。それを独りで成し遂げてきたかけがえのないⅦ組の仲間を」

 

「………ぁ……………」

 

「約束もあったし一石二鳥」

 

「ちなみに第Ⅱの演習地と日程はとある筋に教えてもらった。それで来られそうなメンバーが集まったっていうカラクリ」

 

「ふふ、アリサとかマキアスなんか物凄く悔しがってたよね?」

 

「…………………」

 

リィンは胸が一杯になった。

 

「……えへへ………」

 

「………ったく。正直、予想外っつーか……」

 

「……なるほど。あの方からの手回しか」

 

「ったく、翼をもがれながら色々とやってくれるぜ」

 

ミハイルとレクター少佐はカラクリの真相に気づいた。

 

「──ありがとう。ラウラ、フィー、エリオット」

 

リィンは仲間たちに礼を言い、顔を引き締める。

 

「灰色の騎士への要請、それはヴァリマールを動かす可能性すらあり得るほどの案件だ。どうか3人の力を貸してくれ!」

 

「うんっ!/ああっ!/……ん!」

 

 

 

「教官……!」

 

リィンたちが列車を出ると、ユウナたちが駆けつけて来た。

 

「い、いまトワ教官から聞いたんですけど本当ですか!?」

 

「帝国政府からの要請で教官は別行動になるって──!」

 

「それは………」

 

「アランドール少佐が来ていたのはこのためですか」

 

「それで──どうなんですか?」

 

リィンは一呼吸おいて告げる。

 

「本当だ──特務活動は昨日で終了とする。本日はⅧ組・Ⅸ組と合同でカリキュラムに当たってくれ」

 

「……………………」

 

「そ、そんな……!」

 

「了解しました。ではわたしだけでも──」

 

「──例外はない。君も同じだ、アルティナ」

 

「え」

 

「……ですがわたしは教官をサポートするため──」

 

「……経緯はどうあれ、今の君は第Ⅱに所属する生徒だ。一生徒を俺の個人的な用事に付き合わせるわけにはいかない。レクター少佐も了解している」

 

「……………………」

 

「これも良い機会だと思う。ユウナやクルトと行動してくれ。キリコのことは残念だが、彼は演習から離脱することが決定した。彼も一応承諾している」

 

「でも、わたしは……………」

 

アルティナはこれ以上言葉を継げなかった。

 

「……一つだけ聞かせてください」

 

「? ……なんだ?」

 

クルトがリィンに問いかける。

 

「見れば、アルゼイド流の皆伝者を協力者として見込んだ様子…… ヴァンダール流では──いや、僕の剣では不足ですか?」

 

「……………………」

 

リィンはクルトを見据えながら告げる。

 

「ああ──不足だな」

 

「……何が……違うって言うんですか……」

 

「?」

 

「僕とキリコと……何が違うって言うんですか!」

 

「………」

 

「現時点で言うなら、君よりもキリコの方が上だ」

 

リィンは「生徒だからとは別にして」と切り出し、クルトに告げる。

 

「いくら才に恵まれていようが、その歳で中伝に至っていようが…… 半端な人間を"死地"に連れて行くわけにはいかない」

 

「っ……失礼します──!」

 

クルトは行ってしまった。

 

「ちょ、クルト君……!?ああもう………アルも一緒に来て!」

 

「……何よ、ちょっとは見直しかけてたのに」

 

ユウナはアルティナの手を引いてクルトの後を追いかける。

 

「ふう……」

 

「リィン……さすがに厳しすぎるのではないか?」

 

「ツンデレすぎ」

 

「はは、まあリィンも不器用な所があるしね。けっこう苦労してるでしょ?」

 

「ああ………苦労の連続だよ」

 

「今になってサラ教官の凄さが身に染みるくらいだ」

 

「それは………どうなのであろうな?」

 

リィンの言葉にラウラたちは苦笑いを浮かべる。

 

「サラは絶対深く考えていないと思う」

 

「うん………でもリィンは少し真面目すぎるのかもね」

 

「ああ、不真面目なくらいが時にいいこともあると思う。でも、これも性分だからな。……あの子たちとどう接するか俺なりに今後も考えていきたい」

 

「──何とかこの危機を乗り越えることが出来たなら」

 

「……そうだな」

 

「"死地"か……たしかに連れていけないね」

 

「ふふ、僕なんかよりも戦闘力は高いと思うけど……やっぱり経験ってあるよねぇ」

 

「出発しよう。時間は有効に使いたい。とりあえず情報を集めたいがなにかアイデアはないか?」

 

「それならまずはセントアークに移動しよう。情報整理ができそうな場所にリィンたちを案内する」

 

「え、それって……」

 

「フフ、そなたの新たな就職先に関わる場所か」

 

「なるほど、期待できそうだな」

 

「ま、お楽しみに。馬は使えるんだっけ?」

 

「ああ、準備を済ませたら演習地を出て向かおう」

 

 

 

「ふふ、それにしてもみんな頼もしくなったというか……」

 

トワはかつての後輩たちを見渡す。

 

「もしかしてフィーちゃんはまた背が伸びた?」

 

「ま、他にも色々と微妙に育ってはいるけど……会長の方は相変わらずだね」

 

「そ、そんなことは…… 確かに背はちょこっとしか伸びてないけど」

 

「ふふ、冗談。ずいぶん見違えたと思う」

 

「え……」

 

フィーの言葉にトワは目を丸くする。

 

「ええ、衣装も相まって大人の女性としての魅力が増したというか」

 

「そ、そうかな。ふふ、でもそう言われると自信になるかな。二人ともありがとう」

 

(ふふ、女子ならではのトークって感じだね)

 

(ああ、微妙に入れないな)

 

「……あっ、そうだ。会長、これ彼に渡しといて」

 

「? これは?」

 

「体力増強の薬。後、鎮静剤」

 

「もしかして、キリコにか?」

 

「うん、シャーリィと相討ちに持ち込むなんて誰にでもできることじゃないから」

 

(やっぱりそうなのか。キリコ……)

 

「ありがとうフィーちゃん。ぜひ使わせてもらうね」

 

「ん」

 

 

 

「よっ。お前さんたちも出発か?」

 

「はい、ランドルフさんたちは機甲兵教練でしたか?」

 

「ああ、正直変更も考えていたんだが、見ての通り無事だ。あのミントって娘、大したモンだな」

 

「あはは、さすがミントだね」

 

エリオットは遠くでピースサインをするミントを見ながら答える。

 

「政府からの要請、か。お前さんもよくやるというか。ずいぶんといい仲間に恵まれたみたいだな?」

 

「ええ……本当に。みんなには感謝してもしきれません」

 

「フフ、それは我等も同じだがな」

 

「うんうん、困った時はお互い様ってね」

 

「ランディ、そっちも仲間に恵まれたみたいだね」

 

「それを言うなら妖精、お前さんもな」

 

ランドルフは腕を組み、昔を思い出す。

 

「前に戦場で見かけた時からずいぶん経つが……今じゃ遊撃士だなんてな」

 

「ま、たしかに」

 

「赤い星座と西風の旅団……面識があるのも当然でしたか」

 

「ハハ、なんせ因果な商売だからな」

 

「とにかく、こっちのことはトワちゃんや俺たちに任せときな」

 

そしてランドルフはリィンに頭を下げる。

 

「……つうか、不肖の従妹がとんでもねぇことしちまってマジで面目ねぇ」

 

「ランドルフさん………」

 

「ブラッディ(血染めの)・シャーリィ………!」

 

「えっと……昨日の人だよね?」

 

「相当の手練れとみたが……」

 

「うん、わたしでさえ勝ったことがない」

 

「そ、そうなの!?」

 

「あれ?一度だけおしいところまでいかなかったか?」

 

「…………ゼノのトラップが不発にならなければ。後レオが撤退しなければ………」

 

「あはは、あの2人か……」

 

「罠使い(トラップマスター)に破壊獣(ベヒモス)か……会いたくねぇなぁ……」

 

「聞けば聞くほど、彼女を退けたキリコというのは大したものだな」

 

「ああ、彼がどこでああなったのかは俺にもわからない。一つ言えることは戦闘経験は俺よりも上だ」

 

「フィー、そなたは見覚えはないのか?」

 

「うん……というより猟兵にはあんまりいないタイプかな」

 

「? どういうこと?」

 

「いくら猟兵がミラと戦いが全てと言っても、基本的には"命あっての物種"だから。死力を尽くして戦うことは本当に稀」

 

「そ、そうなんだ」

 

「まあ……西風はそんな感じだな。それにひきかえ赤い星座は……」

 

「うん……基本的に星座は戦闘狂揃い。ランディだって昔は凄かったって聞いたことある」

 

「頼むから掘り返さないでくれ……」

 

「あはは……」

 

「ま、こっちはこっちで任せて」

 

「ああ……頼むぜ」

 

 

 

最後にリィンたちはヴァリマールの元へと足を運んだ。

 

「リィン、それにおぬしらか。──フフ、久しぶりだな」

 

「ヴァリマール、久しぶり!あはは、話には聞いていたけど」

 

「フフ、見違えるほど言葉が流暢になっているな?」

 

「そだね。もう人間と変わらないかも」

 

「はは、元々あった言語機能がようやく戻っただけらしいが」

 

「うむ、これが本来の口調で性格と言えよう。それはそうと──昨夜は危なかったようだな」

 

「ああ、あのまま押し込まれたら本当にヴァリマールを呼んでいただろうな」

 

「……まあ、デュバリィさんを本気にさせた可能性もありそうだが」

 

「ん、その可能性はありそう」

 

「結社かぁ……本当、危ない人たちだよねぇ」

 

「政府の要請も出たのだろう。いざとなれば遠慮なく私を呼ぶといい」

 

「ただ、この地を訪れて以来、どうも地脈に妙な気配を感じる。くれぐれも使い所は見極めることだ」

 

「ああ、もちろんだ」

 

「フフ……では行ってくる」

 

 

 

リィンたちが出ていった後、ヴァリマールは独り考えていた。

 

(リィンには言わなかったが、あのキリコとやら……妙な気配を感じる。まるで"あやつ"のような……)

 

(いや、"あやつ"とは違う。だが……似ている)

 



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取引②

リィンたちが馬に乗ってセントアークを出発した直後。

 

「ハハッ……せいぜいガンバレよー」

 

「──ハッ、もうトンボ帰りかよ?」

 

帰ろうとするレクター少佐をアッシュが引き留める。

 

「朝っぱらから使いっ走りとはご苦労なこった」

 

「ま、これも宮仕えの辛いところってヤツでね。で、そっちの方はどうよ?」

 

「ハン、まだ何とも言えねぇな。……言えねぇが……」

 

「──どうやら色々と"重なる"のは確かみてぇだ」

 

アッシュは周りを見渡してから答える。

 

「……なるほどね。いや~、紹介した甲斐があったぜ。ま、演習が終わるまでに手がかりが掴めるのを祈ってるぜ?」

 

そう言ってレクター少佐は帰って行った。

 

「……チッ、カカシ野郎が」

 

 

 

(ふふ……幾つもの"縁"が絡まり合っているみたいですね)

 

(サザーラントでの盤面もどうやら後半戦みたいです。少しばかり"指し手"として介入させて頂きましょうか──)

 

そしてミュゼはキリコがいるであろう車両を見つめる。

 

(キリコさん……相変わらず貴方のことが見えませんが……今回はゆっくり休んでください。そしてもう一度元気なお姿を見せてください)

 

 

 

一方、セントアークについたリィンたちは住宅街のアパルトメント《ルナクレスト》の2階の一室にいた。

 

そして彼らは遊撃士協会の通信機器でとある人物と通信していた。

 

『よっ、久しぶりだなリィン。元気してたか?』

 

「トヴァルさん……!お久しぶりです」

 

『ハハ、卒業前に再スカウトに行って以来か?顔が見られてよかった。教官の方、頑張ってるみたいだな?』

 

「……ええ、おかげさまで。それと再三のお誘い、断ってしまってすみません」

 

『なあに、気にするなって。去年フィーが入ってくれただけでも十分すぎるってくらいだからな』

 

『もし分校をクビになったらいつでも言ってくれ。大歓迎だからな』

 

「はは……」

 

トヴァルの誘いにリィンは苦笑いを浮かべる。

 

「フフ、それにしてもフィーが遊撃士になるとは分からぬものだ」

 

「ま、サラやトヴァルには相当サポートしてもらったけど。それに今回、わたしたちの合流にも色々と力を貸してもらったし」

 

「そうそう、トヴァルさん発案の"Ⅶ組の輪"がなかったらそもそもが難しかっただろうしねぇ」

 

「じゃああれはトヴァルさんが作ってくれたアプリなんですか!?」

 

『いやいや、アプリ開発そのものはエプスタイン財団で俺はARCUSⅡの機能を利用した裏技を提案させてもらっただけさ。オリヴァルト殿下が隠し持っている"あらゆる場所と通信できる古代遺物(アーティファクト)"──』

 

『そいつの力を使わせてもらうことで中継器を介さない通信が可能になるような、そんな裏技さ』

 

トヴァルの話を聞いたリィンたちは唖然とするしかなかった。

 

「何だかとんでもないことを聞いた気がするんだが……」

 

「うん、技術的なことはサッパリだが相当な裏技であることは理解できる」

 

「まあ古代遺物頼りだからさすがに汎用性はないんだけど」

 

「それでもどんな場所でもⅦ組のみんなと通信が繋がるっていうのは奇蹟だよねぇ」

 

「ああ……本当に色々な人に助けてもらってるんだな、俺たちは。トヴァルさん改めて、本当にありがとうございます」

 

『ハハ、いいってことさ。こっちも好きでやってるんでな』

 

 

 

『で、本題だが……結社がチョッカイをかけてきたんだって?』

 

「ええ……半年ぶりに」

 

「いや、帝国本土に限定すればあの内戦以来になりますね」

 

リィンはトヴァルの目を見据える。

 

「数種類の人形兵器群──鉄機隊の神速に加えて、新たな執行者まで現れました。そこまでの戦力をこの地に投入する目的に何か心当たりはありませんか?」

 

『……結社については各国のギルドでも警戒を強めてはいる。だが、詳しい動きは何も分かっていないのが現状だ。各地で暗躍しているいくつかの猟兵団も含めてな』

 

「そうですか……」

 

「ま、赤い星座の本隊がいないって分かっただけども収穫だけど」

 

『ああ、その辺はかかし男に感謝するとして。結社については、現時点で一つだけ確実に言えることがある。"例の計画"ってのをなんとしても奪い返そうとしてるってことだろう』

 

「そ、それって確か、クロチルダさんが城で言っていた」

 

「"幻焔計画"。たしかそんな名前でしたか。一昨年の内戦の裏で進められ、最後には"彼"に奪われたという」

 

『ああ、計画の内容も目的も一切不明だがリベールやクロスベルでの前例もある。奴らの行動の全てが、何かしらの形でそれに繋がってるのは間違いないだろう。おそらく、お前さんたちの前に現れた人形兵器ってのもそのために用意された駒の一つだ』

 

「ありそうな話だね。問題は人形兵器を持ち出して連中が何を狙っているかだけど」

 

「昨日の様子を見る限り、セントアークを攻撃しようとしている感じじゃないよね」

 

「うん、そうであろうな。そんな事をしでかせばさすがの正規軍とて動かぬわけにはいくまい」

 

「そもそも第Ⅱに釘を刺している時点で彼らは見極めているのであろ。政府と貴族勢力の微妙な力関係と正規軍が介入するギリギリの一線を」

 

「……そうだな」

 

「いずれにせよ、最大の手がかりはあの大量の人形兵器になるんだが……」

 

ここでリィンはある疑問を口にする。

 

「そもそも彼らは、あれだけの数をどこから持ってきたんだろうか?」

 

「……確かに」

 

「まさか全然別の場所から転位させたとか……?」

 

『いや、さすがに結社とはいえそこまでの技術はないはずだ』

 

エリオットの予想をトヴァルは否定し、続ける。

 

『かといって、奴らが持っている方舟が動いている気配もない』

 

「ならばどこかに何らかの、彼らの陣があるのではないか?」

 

「人形兵器という戦力を忍ばせ、必要に応じて繰り出せる拠点が」

 

「拠点か……」

 

「──いい目のつけ所じゃねえか」

 

 

 

突如、聞こえた精悍な声にリィンたちは振り返る。

 

「え……」

 

「あ、貴方は……!」

 

『よう、お疲れさん』

 

「遅かったね──アガット」

 

「へっ、ちょいと寄り道しちまってな」

 

「邪魔するぜ、灰色の騎士──いや、リィン・シュバルツァー。まさかこんな形で再会するとは思わなかったがな」

 

「ハハ……俺の方こそ。入学式の日に会った時もただ者ではないと思っていましたが……なるほど、遊撃士だったんですね」

 

『そいつは《重剣》のアガット。リベール王国のA級遊撃士さ』

 

「え、A級って、サラ教官と同じ!?」

 

「ああ」

 

赤毛の遊撃士はリィンたちに向き直る。

 

「アガット・クロスナー。リベールの遊撃士協会に所属してる。よろしくな、トールズのⅦ組」

 

「ど、どうも。エリオット・クレイグです」

 

「お初にお目にかかる、ラウラ・S・アルゼイドだ。父上から聞いている。大剣を振るう凄腕の遊撃士がいると」

 

「ああ、こっちもよろしく頼むぜ、《光の剣匠》のお嬢さん。それにクレイグってたしか……」

 

「あはは……想像通りかと」

 

「まあ、結びつかないよね。それより遅かったね?」

 

「悪ぃな。ちと野暮用でな」

 

『おーおー、噂の彼女か?』

 

「ああ、金髪の。結構可愛いかった」

 

(金髪……もしかして………)

 

(リ・ィ・ン)

 

(言わぬが花だよ?)

 

「おい、何こそこそしてやがる」

 

アガットはジト目でリィンたちを睨んだ後、すぐに真顔に戻る。

 

「話を戻すぞ。お嬢さんが言ったとおり連中がこのサザーラントのどっかに拠点をもっているのは間違いねぇ。それも人目につかない場所にな」

 

「ただ、どこにあるかはまだ調査中だがな」

 

『ただでさえ、このサザーラント州ってのは自然豊かだからな。隠れるにはもってこいのロケーションだからなぁ』

 

「ん、たしかに」

 

「そこでシュバルツァーに聞きてぇんだが、お前さん昨日の演習とやらで色々回ったそうじゃねえか。お前さんなら見当はつくんじゃねえか?」

 

「そうですね………」

 

リィンは顎に手をやり、昨日の記憶を辿る。

 

「それらしい場所が多すぎて絞り込めませんがいくつか候補はあります」

 

『なるほどな』

 

「だが問題はまだある。今の帝国はただでさえ遊撃士が動きづれぇ。かといってお前らが動き回ることに他の貴族がいい顔はしねぇはずだ。いくらハイアームズ候が穏健派ったって面子の問題だからな」

 

「ハイアームズ候か……。二年前の実習ではそれほど干渉はなかったが」

 

「たしかに。むしろあの二人がうるさかった」

 

(レポートでしか知らないけど、相当だったんだな……)

 

リィンは大貴族の御曹司とⅦ組の副委員長を思い浮かべた。

 

「それに正規軍だってどう出てくるか分からねぇ。そもそも第Ⅱは政府主導が方針だろ?下手したら衝突するなんてこともありうる」

 

「それは………」

 

アガットの指摘に一同は黙りこむ。

 

「……………ねぇ、みんな」

 

黙っていたエリオットが口を開く。

 

「思いきってさ、ドレックノール要塞に行ってみない?」

 

「おいおい、何言ってんだ。帝国正規軍は静観を決め込んでんだぞ?第一行った所で門前払い食らうのがオチじゃねえか……」

 

『──いや、そうとも言えないな。エリオット、確かにお前さんなら問題ない』

 

「何?」

 

「あ、そっか。今ドレックノール要塞に詰めているのは……」

 

『そう。第四機甲師団だ。そしてそのトップは?』

 

「オーラフ・クレイグ将軍。エリオットのお父さんか!」

 

「なるほど、あの御仁ならば我等の話に耳を傾けてくれるはずだ」

 

降ってわいた好機にリィンたちは活気づく。

 

(ったく、とんでもねぇやつらだ。あのスチャラカ皇子……)

 

「わかった。ならそっちはお前らに任せる」

 

「アガットはどうするの?」

 

「俺はこのまま足で探す。そうだ、もし暇があればやってみるか?」

 

アガットは封筒から一枚の書類を取り出した。

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

イストミア大森林の手配魔獣 [任意]

 

北サザーラント街道の手配魔獣 [任意]

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

「これは……手配魔獣ですか?」

 

「ああ、あちこち回っている時にな。別に必須じゃないから無理してやらなくてもいい。頭にいれといてくれ」

 

「ん、ラジャ」

 

「そんじゃ俺は行くぜ。交渉は簡単じゃねえだろうが、上手くいくことを願ってるぜ」

 

アガットはそう言って出ていった。

 

「フー、なかなかの凄腕ですね」

 

『ああ、4年前リベールで起きた異変を解決したメンバーの一人だからな」

 

「しかし、彼以外の遊撃士は来ていないようだが?」

 

『ああ………ちょっと理由があってな。帝国入りが認められなかったんだ』

 

「ある理由?」

 

『リィン、お前さんなら知ってるだろう?カシウス・ブライトを』

 

「っ!はい!」

 

「リベールの《剣聖》……!」

 

『今でこそリベールの将軍だが、あの人はかつて大陸に4人しかいないS級遊撃士の一人だったんだ。そしてカシウス・ブライトには二人のお子さんがいる。本当はその二人が帝国入りするはずだったんだが……許可が下りなかったんだ』

 

「なぜだ?」

 

「そうか、《百日戦役》ですね?」

 

『その通り。当時の帝国軍はカシウス・ブライトが編み出した反攻作戦で見事にひっくり返されたからな。そのせいでカシウスさんは最重要警戒人物とされているからな。その子どもたちも警戒されてんのさ』

 

「そ、そうなんだ」

 

「フィーは知っているのか?」

 

「ううん、わたしは会ったことない。でも相当の凄腕だって聞いてる。何でもA級間近って」

 

「へぇ、凄いなそれは」

 

「私も会ってみたいな」

 

『ハハッ、まあそれは置いといて。お前さんたちも行くんだな?』

 

「ええ、勿論です」

 

「帝国の危機なのに放ってはおけませんから」

 

「ここで背を向ければ、末代までの恥になりましょう」

 

「遊撃士の努め」

 

『わかった。気をつけろよ。女神の加護をな』

 

トヴァルは通信を切った。

 

「さて、どういったルートで行こうか」

 

「「「…………」」」

 

「? どうした?」

 

「いや………」

 

リィンの疑問にラウラたちは笑みを浮かべる。

 

「またこうして、4人で行動できる日がくるとはな」

 

「2年前に戻ったみたいだね」

 

「だったら、お約束がいる」

 

フィーの言葉にラウラとエリオットがリィンの方を向く。

 

「ああ………わかった」

 

 

 

「トールズ旧Ⅶ組、これよりサザーラント州の危機を取り除く。久しぶりの戦術リンクだが、俺たちなら問題はないだろう。サザーラントのためにも、分校のためにもみんな、力を貸してくれ!」

 

『オォー!』

 

 

 

Ⅶ組発足時から続く《重心》による号令。かつて帝国の壁に立ち向かった者たちの復活の狼煙があがった。

 

 

 

「エリオット side]「イストミア大森林の手配魔獣]

 

リィンによる号令の後、僕たちはアガットさんが持ってきた手配魔獣の討伐に向かった。

 

リィン率いる新Ⅶ組のみんなは僕と会う前に大森林に行っていて、その最奥で大きな魔獣に遭遇したんだって。

 

おそらくそこに手配魔獣がいると踏んだ僕たちはイストミア大森林に足を踏み入れた。

 

当然魔獣がいるけど、僕たちは戦術リンクを活用してあっという間に戦闘を終わらせた。

 

「鬱蒼としてるねぇ。おまけにこの感じ……」

 

「うむ、上位属性が働いているな。レグラムの古城を思い出すな」

 

「そう言えばリィンとラウラはそこで魔物を見たんだよね?」

 

「ああ、初めて見た時は面食らったな。ミリアムなんかずっとユーシスにしがみついてたしたな」

 

「フフ、懐かしいな」

 

「そう言えば、俺とフィーがバリアハートに行っている時ラウラとエリオットはセントアークに来てたんだよな?その時は来なかったのか?」

 

「いや、来たことはある。だが、こんな感じではなかったが」

 

「うん、少なくとも上位属性なんてなかったけど」

 

「そうなんだ」

 

 

 

「そう言えば、ラウラとフィーが仲違いするようになったのは2回目の実習の後なんだよな」

 

「リ、リィン!?」

 

「まだ覚えてたの?」

 

「うんうん、そして4回目の実習で仲直りしたんだよね?僕抜きで」

 

「エ、エリオットもか!?」

 

「まだ根にもってたの?」

 

僕抜きでそんなことやってたらね。

 

まあ、帝都憲兵隊の人たちに散々絞られてたらしいけど。

 

「だが結果としてⅦ組最強のコンビが誕生したわけだしな」

 

「あはは、武術教練の時なんて手がつけられなかったもんね」

 

「むう………」

 

「二人とも……ちょっと恥ずかしい」

 

「あはは、ゴメンゴメン」

 

「悪かったな。………本当に懐かしいな」

 

「ああ……」

 

「そだね」

 

うん、本当にね。

 

 

 

昔話に花を咲かせていると、最奥までやって来た。そこにはドローメがなん十体も合体したような魔獣がいた。

 

「ナニあれ」

 

「悪趣味だな」

 

「あの手の魔獣は物理的攻撃は効きづらい。ここはエリオットを軸にして攻めよう」

 

「うん、任せて」

 

「メインがエリオットでリィンとラウラがサブ、わたしが撹乱役でいいね」

 

「うむ、それでいこう」

 

作戦と役割を決めた僕たちは戦闘を開始した。

 

 

 

さっそく魔導杖で目標を解析。

 

リィンの見立て通り、この手配魔獣はアーツが有効だった。

 

フィーがスピードで撹乱し、リィンとラウラがクラフト技である程度削った所で弱点の空属性のアーツを放つ。

 

相手は自己回復しながらアーツを詠唱するけど、すかさずフィーが駆動を解除。

 

時間はかかったけどなんとか倒すことができた。

 

「はあはあ……な、なんとか倒せた」

 

「なかなかの強敵だったな」

 

「ぶい、だね」

 

「みんな、お疲れ様。さて、依頼達成の報告はアガットさんに直接でいいんだな?」

 

「あ、それならわたしがするからいいよ」

 

最後にフィーがアガットさんに報告して依頼達成!

 

みんな、やっぱり強いなぁ。

 

[イストミア大森林の手配魔獣] 達成

 

[エリオット side out]

 

 

 

[ラウラ side] [北サザーラント街道の手配魔獣]

 

休息を挟んだ後、次に我等は北サザーラント街道に出た。

 

「エリオットの父君か……。久方ぶりだな」

 

「ああ、内戦の後、大将に昇進して名実共に帝国正規軍のNo.2だからな」

 

「トップは学院長?」

 

「ああ、ヴァンダイク学院長は名誉元帥として復帰なさっている」

 

「うん、この間父さんの所に来てたよ」

 

「そう言えば、クレイグ将軍は学院長の部下だったらしいからな」

 

「なるほど、第四機甲師団が正規軍最強と謂われるわけか」

 

その御仁の子息がかつて我等と机を並べて学んでいた。縁とはわからんものだな。

 

 

 

トールズに入学した頃の私は正道だけが正しいと信じきっていた。

 

故に本気を出さない、否、出せなかったリィンや元猟兵のフィーとはわだかまりがあった。

 

だが腹を割って語り合い、いくつもの危機を乗り越えた今、かけがえのない友となった。

 

第Ⅱのクルトもかつての私と同じような壁を感じているのだろう。

 

どうやらキリコに対する劣等感を抱えているようだ。

 

だがクルトならば必ずや乗り越えられると信じている。

 

一度周りを見渡すだけで世界は変わる。それだけのことなのだ。

 

そこに至れるかどうかは彼次第だが、心配は無用だろう。

 

「どうしたの? ラウラ」

 

「心配事?」

 

「いや、なんでもない。リィン、クルトのことだが……」

 

「ああ。彼は間違いなく天才だ。だからこそ考え過ぎる傾向がある」

 

「たしかに、そんな感じがする」

 

「やっぱりキリコが気になるのかな?」

 

「おそらくな。幼少の頃から剣術の英才教育を受けているであろうクルトと内戦時に機甲兵を乗りこなし実戦慣れしているキリコ。当然価値観は違ってくる」

 

「うん、そうであろうな」

 

「やっぱり……ほっとけない?」

 

「昔の二人にそっくりだからだろう」

 

「フフ、その通りだな。こうしてフィーと心を通わせるなど考えられなかった」

 

「ちょ!?ラウラ……ちょっとクサすぎ」

 

フィーの顔が真っ赤になった。我ながら台詞がクサすぎたな。

 

 

 

歩き続けてようやくドレックノール要塞が見えてきた。

 

「あれだね」

 

「手配魔獣は要塞の手前らしいな」

 

「………………」

 

「リィン?」

 

何やらリィンの顔が暗い。何か後悔しているような。

 

「もしかして………後悔してる?」

 

「新Ⅶ組連れて来なかったこと」

 

「少しな……」

 

まったく……後悔するぐらいならあのような態度をとらなくてもよかろう。

 

「リィン……」

 

「わかってる……。だが演習地で言ったとおり、半端な者を連れて行くわけにはいかない。技術云々じゃなく、覚悟の問題だ。初日と比べものにならない死地に連れて行くには早すぎる」

 

「うーん、確かにそうかもしれないけど」

 

「リィン、頑固すぎ」

 

「まあ、それだけ心配なのだろう」

 

「確かに彼らは未熟かも知れん。だが……我等もそうだったであろ」

 

「ラウラ……」

 

「さて、リィン。そろそろ手配魔獣のいる場所ではないか?」

 

「っと、そうだな。みんな、警戒してくれ」

 

 

 

要塞からそれた一本道の奥に巨大な蜂型の魔獣を発見した。

 

「あれは……マズイね」

 

どうやらフィーは知っているようだ。

 

「知ってるの?」

 

「ああいうのはだいたい猛毒を持ってる。下手したら即死」

 

「厄介だな。さて、どうするか……」

 

ふむ、何かないか…………ん?これは……。

 

「どうしたの?」

 

「いや、父上からの餞別の中にこんな物が」

 

「これって………」

 

「ホーリーチェーン?」

 

「確か、即死耐性のアクセサリだ」

 

父上……わざわざこんな物を………。それも二つも。

 

私は父上からの贈り物を迷わず身に着けた。

 

「ラウラ……」

 

「ここは我等が引き受けよう。フィー、私と戦術リンクを。エリオットとリィンは援護を頼む」

 

「了解。旧Ⅶ組最強コンビを見せつけよう」

 

「はは、決まったな……」

 

「僕たちの出番無かったりして……」

 

 

 

蜂型の魔獣は確かに厄介だった。

 

単体でも強いが、卷属のような魔獣を呼び寄せる。

 

力はあるのは認めよう。数の差も認めよう。

 

だがまだ足りない。あのお方を──オーレリア・ルグィンを超えるには!

 

 

 

「決めるぞ、フィー!」

「ラジャー」

 

 

 

私とフィーのリンクアタックで敵を一掃する。

 

「我らを阻めるものなど」

「やっぱり、いるわけないね」

 

「「あ、あははは…………」」

 

リィンとエリオットは何やら苦笑いを浮かべている。

 

何はともあれ、依頼は達成だな。

 

[北サザーラント街道の手配魔獣] 達成

 

[ラウラ side out]

 

 

 

「これで全部終わったね」

 

「よし、いい時間だしそろそろ……」

 

「オーイ、君たち~」

 

リィンたちが振り返ると軍人らしき男たちがやって来た。

 

「貴方がたは……第四機甲師団ですね?」

 

「ああ、いかにも俺たちは第四機甲師団だ。それで君たちはここで何を?って!貴方は灰色の騎士殿!?」

 

「はは……どうも……」

 

「このような場所でお会いできるとは光栄です。して、こちらで何を?」

 

「ええ、実は……」

 

隊長らしき男の質問にリィンはこれまでの事を話した。

 

「なるほど、手配魔獣の討伐を。ご苦労様でした。ですが、ここは要塞近辺ですので早く立ち去られた方が良いですよ。灰色の騎士殿と言えど、しょっぴかれても文句は言えませんよ」

 

「それなら問題はないですよ」

 

「えっ?」

 

エリオットが隊長らしき男に話しかける。

 

「あっ!エリオットさん。いらしてたんですか!?」

 

隊長らしき男はエリオットを見て驚く。

 

「ん?エリオットさん?」

 

「第四機甲師団の人なら大抵エリオット坊っちゃんって呼ぶはず……」

 

「フィー、言わないでよ」

 

エリオットは肩を落とす。

 

「この人たちは第九機甲師団から編入したから、呼び方が違うんだよ」

 

エリオットの説明にリィンは「ん?」と疑問を抱く。

 

「第九……?キリコがいたという?」

 

『えっ!?』

 

軍人たちは驚く。

 

「は、灰色の騎士殿!キリコを知ってるんですか!?」

 

「えっ……じゃあ……」

 

「はいっ!」

 

隊長らしき男は姿勢を正し、リィンたちに敬礼する。

 

「改めまして、第九機甲師団に所属しておりました。フラット中隊中隊長のライル・フラット大尉であります」

 

「そしてキリコ・キュービィーはかつて我等第九の一員でした」

 




久々のライルさん。


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取引③

リィンたちはライル大尉に案内され、ドレックノール要塞に足を踏み入れた。

 

「ここが………」

 

「ドレックノール要塞………!」

 

「ガレリア要塞と同じくらい?」

 

「うーん、それ以上じゃないかなぁ」

 

「はは、我々も配属時にそう思いましたよ」

 

ライル大尉は入り口でリィンたちの許可証を受けとる。

 

「それにしても、キリコが学校に通っているとは思いもしませんでした。しかもあの灰色の騎士殿の教え子とは……」

 

「ライル殿はキリコの上官だったのか?」

 

「うーん、上官というわけではないですね。元々第九機甲師団の協力者でしたから」

 

「協力者?」

 

「おや?ご存知ないんですか?」

 

「ええ、恥ずかしながら。俺も詳しくは知りません」

 

「話しても構いませんが……辛い話になるかも知れませんよ?」

 

「いえ、大丈夫です。いつかキリコ自身が話してくれるまで待ちます」

 

「そうですか……。それもそうですね」

 

ライル大尉はそれ以上は問わなかった。

 

 

 

「そう言えば、どうして大尉たちは第四機甲師団にいるの?」

 

「………………」

 

「第九機甲師団は、わたしたちが帝都に突入する前に敗れたって聞いたことがある」

 

「フィー、さすがにそれは……」

 

「いえ……構いません。我々がここに居られるのは、クレイグ将軍閣下のおかげですから」

 

「父さんの?」

 

エリオットが父の名を聞いたと同時に、

 

「フラット大尉殿、ご苦労様であります!」

 

若い軍人がライル大尉に挨拶した。

 

「ん?おお、アラン准尉。ご苦労」

 

「え?」

 

「アラン?」

 

「元フェンシング部の?」

 

「ん?おお!Ⅶ組じゃないか!久しぶりだな、お前ら!」

 

「やっぱり、アランか!」

 

「久しぶりだな」

 

「元気そうだね」

 

リィンとアラン准尉が盛り上がる中、置いてきぼりを食らったライル大尉はアラン少尉に話しかける。

 

「え~っと……アラン准尉?知り合いか?」

 

「あっ!し、失礼しました!フラット大尉!」

 

「いや、別にいいんだが。そう言えば准尉はトールズ出身だったな。なら当然か」

 

「すみません、フラット大尉」

 

「いえいえ、構いませんよ。そうだ、准尉。俺は訓練の様子を見に行かなければならん。准尉は皆さんを閣下の元へとご案内してくれ」

 

「ハッ、了解であります」

 

アラン准尉はライル大尉に敬礼した。

 

「申し訳ありませんが自分はここで失礼します」

 

「いえ、わざわざありがとうございました」

 

 

 

「それにしてもみんな変わらないな」

 

アラン准尉はリィンたちに話しかける。さながら学生時代に戻ったかのようだ。

 

「アランこそ、第四機甲師団に配属されていたとはな」

 

「大変ではないか?」

 

「ああ、毎日しごかれてくたくただよ。でもあいつを守るためなら、これくらい乗り越えてみせるさ!」

 

「あいつ?だれ?」

 

「そう言えばアラン、ブリジットと婚約したんだってね」

 

「そうなのか!?」

 

「ほお~」

 

「おめでと」

 

「あはは、ありがとな」

 

アラン准尉は恥ずかしさをごまかすように頭をかく。

 

「それで、将軍閣下にお会いしたいんだな?」

 

「ああ、人形兵器の事は聞いているか?」

 

「ああ………それなりに」

 

「アラン?」

 

奥歯に挟まったような言い方にリィンたちはいぶかしむ。

 

「すまない。これ以上は俺の口から言えないんだ」

 

「いや、大丈夫だ。っと、あの人は……」

 

「ああ、リィンたちもよく知ってる人だ」

 

目線の先には、金髪の軍人が立っていた。

 

「よく来たな、トールズのⅦ組。エリオット坊っちゃんもようこそ」

 

「あはは、坊っちゃんはやめてくださいよ」

 

「お久しぶりです。ナイトハルト少佐。いえ、今は中佐でしたか」

 

「久しぶりだな、シュバルツァー。アルゼイドにクラウゼルも立派になったものだ」

 

金髪の軍人──ナイトハルト中佐はリィンたちを見回した後、アラン准尉に下がるよう指示した。

 

「閣下が中でお待ちだ。ついてきたまえ」

 

リィンたちはナイトハルト中佐について行った。

 

 

 

執務室に通されたリィンたちは手を後ろで組み、後ろを向いている赤毛の軍人の前で整列する。

 

「閣下、お連れしました」

 

「うむ、ご苦労」

 

赤毛の軍人はリィンたちの方を向く。

 

「よくぞ来たな、トールズのⅦ組」

 

「お久しぶりです。クレイグ将軍閣下」

 

「ご無沙汰してます」

 

「ども」

 

「うむ、変わりないようでなによりだ。そして──」

 

クレイグ将軍はエリオットの方を向き……

 

「よお~~~く来たなぁ~~!エェ~~リオットォォ~~!」

 

先ほどとはうってかわって柔和な笑みを浮かべ、エリオットを抱き締めようとした。

 

「はい、それはいいから」

 

しかし、エリオットは父のハグをさらりとかわし、背中を手でポンと叩いた。

 

「やっぱりエリオットのお父さんだ」

 

「相変わらずのご様子だな」

 

「…………………」

 

フィーとラウラが見慣れたやり取りの感想を言う横で、ナイトハルト中佐は頭痛のする額を押さえていた。

 

「うぅむ……。エリオットも大分逞しくなったな。父さんは嬉しいぞ」

 

息子の成長を感じたクレイグ将軍は再びエリオットを抱き締める。

 

「わわっ!?」

 

(フィオナさんもそうだが、エリオットは愛されているな)

 

「ゴホン……閣下、その辺りで」

 

ようやくナイトハルト中佐が止めにかかる。

 

「う、うむ。改めてよく来てくれた。だが、諸君らが望む答えは出せそうにないがな」

 

「え?」

 

「それはどういう?」

 

「息子の同窓である事は百も承知だ。だがそなたたちははっきり言って招かれざる客なのだ」

 

椅子に座り直し、リィンたちにハッキリと告げる。

 

「人形兵器がサザーラント州のあちこちで出没していることは既に情報収集で掴んでいる。昨夜、第二分校の演習地が襲撃され、生徒一人が重傷を負った事もな」

 

「だがそれでも動くわけにはいかんのだ」

 

「父さん!」

 

「なぜですか?サザーラントが火の海になるかも知れぬというのに」

 

「なんか理由でもあるの?」

 

「「………………」」

 

エリオットたちが必死に問いかけても、将軍たちは口を開こうとしなかった。

 

「……なるほど、そういうことでしたか」

 

「リィン?」

 

「正規軍は……いや、政府は待っているんですね」

 

「貴族派が今度こそ音を上げるのを」

 

「「……………」」

 

「リィン………」

 

「それは……」

 

「ビンゴ………だね」

 

「うむ、その通りだ」

 

遂にクレイグ将軍が重い口を開く。

 

「内戦以降、貴族派に対する風向きが強いことは知っていよう。皇族を監禁したカイエン公やケルディック焼き討ちを命じたアルバレア公をはじめとする大貴族が逮捕され、帝国のパワーバランスは逆転しかけているのだ。事実、帝国各地で平民と貴族のトラブルが多数報告されている。中には複数の平民が一人の貴族を吊し上げた事例もあるらしい」

 

「そんなことが……」

 

「以前と全く逆だね」

 

「無理もない……。それまで抑圧されていたものが一気に吹き出したんだろう。今までのツケが回ってきたと言えばそれまでだが」

 

「シュバルツァーの言う通りなのかも知れん。それだけ今の貴族派の力は落ちている。厳しい言い方だが、領地の治安維持に支障をきたすほどにな。そこで頃合いを見計らって我々が動けば………」

 

「力が無いと見なされた貴族派は完全に抵抗力を失うというわけですか」

 

「下手をすれば、陛下の御心情を損ねることになりかねんからな」

 

「仮に兵がいたとしてもその数はたかが知れてるから喧嘩にもならないか」

 

「おそらくはな。だが我々とて貴族派を滅ぼしたいわけではない。内戦では不幸にも二つに別れてしまったが、本来彼らは同胞であることに変わりはない」

 

「それはサザーラントとて同じことだ。この地でよからぬ企みが進行しつつあるならなおさらだ。だが──」

 

クレイグ将軍は一呼吸おいて続ける。

 

「だがそれでも我らは軍人だ。軍の総帥権を持つ皇族と国家機関である政府の決定に背くわけにはいかん」

 

「納得しろとは言わん。だが、わかってほしい」

 

「父さん……ナイトハルトさんも…………」

 

「……心中お察しする」

 

「とにかく、何かあれば演習拠点に連絡することは約束しよう。聞けばそちらにあのハーシェルがいるそうだな」

 

「はい。トワ先輩なら今は主計科の担当教官です」

 

「そうか……。彼女には何かと世話になったからな」

 

「ナイトハルト中佐がですか?」

 

「ああ………。お前たちが特別実習に行っている間、バレスタインの溜め込んだ雑務を嫌な顔一つせずこなしていたからな」

 

「そ、それは………」

 

「お疲れ様でした……と言うべきでしょうか……?」

 

「本当に申し訳なくなってきたな……………」

 

「………サラ、いっぺん死ねばいいのに」

 

遠い目をしながら語るナイトハルト中佐にリィンたちは同情し、同時にトワの有能さに改めて尊敬の念を抱いた。

 

 

 

「それで、お主らはこれからどうするのだ?」

 

クレイグ将軍は改めてリィンたちに問いかける。

 

「…………………」

 

(((コクン)))

 

リィンは仲間たちと頷き合い、クレイグ将軍に向き直る。

 

「でしたら、将軍閣下。俺たちに道を示してくれませんか?」

 

「!」

 

「閣下や中佐が動けない理由は分かりました。ですが、俺たちは貴族派と革新派のどちらにも着くつもりはありません。どちらの主義思想に囚われず、この帝国に忍び寄る危機を乗り越えるため、"Ⅶ組" だからだからこそできる"第三の道"を進み続けるためにも、どうか道を示してくれませんか?」

 

「身分も出自も異なる我らならできぬはずがありません」

 

「ま、わたしたちなら余計なしがらみとかないしね」

 

「それが僕たち"Ⅶ組"だからね」

 

「「…………」」

 

クレイグ将軍はリィンたちの言葉を目を瞑りながら聞いていた。

 

「フッ……」

 

クレイグ将軍は笑みを浮かべた。

 

「かわいいエリオットは勿論だが、皆いい顔をするようになったな」

 

「君たちをトールズ士官学院で教えていた事を誇りに思う」

 

「じゃあ……」

 

「よかろう。ナイトハルト、手紙とペンを」

 

「ハッ」

 

クレイグ将軍はナイトハルト中佐が持ってきた手紙にペンを走らせる。

 

「これは……」

 

「これをサザーラント州の統括責任者に渡してほしい。決してなくさぬようにな」

 

「統括責任者……ハイアームズ侯爵に………ですか?」

 

「実を言うと、我々は奴らが潜伏している場所に心当たりがある。だがそこはハイアームズ侯爵とドレックノール要塞の責任者双方のサインがなければ足を踏み入れることすらできんのだ」

 

「そんな場所があるんですか?」

 

「詳しい事は言えんが、とにかくこの書簡を届けてほしい。これがあればそなたらの進むべき道が開かれよう」

 

「分かりました。ありがとうございます」

 

「礼には及ばん。様々なしがらみに囚われた我々にできることはこれくらいだ。だがそなたらの行く道が茨の道であることは理解しているな?」

 

「はい。それでも、進み続けます」

 

「わかった。女神の加護を」

 

 

 

「閣下、一つだけよろしいでしょうか」

 

「ん?何かな?」

 

「先ほどライル大尉にお会いした時、第四の憲章と第九の憲章がありましたがそれは一体?」

 

「うん。それにライルさんも父さんのおかげでって言ってたけど……」

 

「ああ、そのことか……」

 

ラウラとエリオットの疑問にクレイグ将軍は納得したように答える。

 

「別に大した事ではない。友との約束を守っただけだ」

 

「約束?」

 

「うむ。私と第九機甲師団司令のゲルマックは軍学校の同期でな。当初は全くソリが合わず、よく取っ組みあいの喧嘩になったものだ」

 

「と、取っ組みあいですか……」

 

「ああ。戦術の有用性を説く私と兵士の質を説くゲルマック。今でこそ馬鹿馬鹿しい話だが当時は若かったからな。互いに譲らなかったのだ」

 

「勝利を左右する戦術とそれを行う兵士の質。どちらも正しいね」

 

「その通りだ」

 

クレイグ将軍は腕を組み、続ける。

 

「やつは厳しく鍛え上げることで兵士の生存率を底上げすることに心を砕いていた。事実、第九機甲師団は白兵戦に限定すれば帝国軍随一の実力を持っていたからな。我が第四機甲師団との合同演習で何度も破られた事があるくらいだ」

 

「第四機甲師団を………!」

 

「それはすごいね」

 

「もし第九機甲師団全員がアルゼイド流に覚えがあれば無敵の突破力を有していただろうな」

 

ナイトハルト中佐がラウラを見ながらそう言った。

 

「なんと……!」

 

「確かに無敵かも……」

 

「理想の兵士は普通の訓練では生まれない。やつの口癖だった。呆れたことにやつ自身も訓練に参加していたらしい。第九機甲師団が脳筋部隊などと言われるわけだ」

 

「聞いたことあるかも………」

 

 

 

「それで約束と言うのは?」

 

「うむ。内戦の少し前からやつは戦争になることを感じ取っていたようなのだ。そこで我々は一つ約束をした。もしどちらかが戦死したら、部下たちをまとめて師団に編入させるとな。そしてその結果は知っての通りだ」

 

「閣下……」

 

「フラット大尉によれば、ゲルマックは若い将兵を離脱させ、黄金の羅刹を相手に玉砕したそうだ。敗れはしたが、ラマール領邦軍全体に3割の損害を与えたらしい。後にゼクス殿が言っていたが、第九の命を賭けた防衛がなければ壊滅していたのは自分たちだったかも知れないと」

 

「第三機甲師団のゼクス将軍ですか」

 

「我らが帝都に顕れた煌魔城で死闘を繰り広げている裏でそのようなことがあったとは」

 

「そなたらが気に病むことはない。やつは帝国の未来に全てを捧げたのだ。そしてやつの武勇を風化させないようにフラット大尉たちに以前の憲章をそのまま使うよう指示したのだ。立場が逆だったとしてもそうしたはずだからな」

 

「父さん……」

 

「さて、話が長くなってしまったな。そろそろ行かなくてよいのか?」

 

「そう言えば……」

 

「今度はハイアームズ侯にお会いせねばならんな」

 

「確かに時間もなさそうだね」

 

「ああ、そうだな」

 

リィンたちはクレイグ将軍たちに向き直る。

 

「閣下、ありがとうございました」

 

「うむ、気をつけてな」

 

「先ほども言ったが、何かあれば連絡する」

 

「中佐もありがとうございます」

 

リィンたちはクレイグ将軍との会談を終えた。

 

 

 

「お疲れ様でした」

 

要塞の門の前でライル大尉とアラン准尉が導力車と並んで待っていた。

 

「ご苦労様です。大尉」

 

「それにアランもね」

 

「ああ、お疲れ様。長かったな」

 

「それより二人はどうして?」

 

「よければセントアークまで送って行きますよ。私もキリコのことが聞いてみたいので。ああ、演習地の視察のついでですからお気になさらず」

 

「演習地?」

 

「ええ、イストミア大森林でのサバイバル演習です。新兵訓練の一環で」

 

「なるほど、そうでしたか」

 

「ここはお言葉に甘えて乗っけてもらっちゃおうか」

 

「賛成」

 

「私はいいが、無下にするのも礼に反するからな」

 

リィンたちは導力車に乗りこんだ。

 

「全員、乗りましたね?アラン准尉、運転を頼む」

 

「了解であります」

 

 

 

「ははは、なかなか苦労なさっているようですね」

 

リィンからキリコの学生生活を聞いたライル大尉は思わず笑う。

 

「トールズ第Ⅱ分校に入って、技術部に所属。機甲兵教練では分校1位ですか。いや~、大したもんだ」

 

「とんでもない後輩ができたな……」

 

ハンドルを握るアラン准尉は思わず苦笑いを浮かべる。

 

「ええ。そう言えば機甲兵の操縦は貴方が?」

 

「いえ、私ではありません。なんと言うか……最初から乗りこなしていました」

 

「ええっ!?」

 

「最初から……?」

 

「し、しかし……一体どこで……」

 

「………………」

 

ラウラたちがそれぞれリアクションする中、リィンは目を瞑っていた。

 

「リィン?」

 

「教え子のことが気にならぬのか?」

 

「色々と気になるが、それはキリコ自身が話してくれるまで聞かないでおくよ。俺たちがそうだったように」

 

「そうだな」

 

「無理に聞くのも良くないか」

 

「そうだね」

 

「なんと言うか……すごいですね。あなた方Ⅶ組というのは」

 

「ええ……。本当にすごいクラスですよ」

 

「はは、ありがとうございます。後、アランもありがとな」

 

 

 

「リィン君よく来てくれた。おお、ラウラ君もよく来てくれたね。他の諸君らも久しぶりだ」

 

「お久しぶりです。侯爵閣下」

 

「お、お久しぶりです」

 

「ども」

 

ライル大尉たちに送ってもらった後、リィンたちはまっすぐハイアームズ侯爵の城館を訪れた。

 

「それで、私に届け物とは?」

 

「はい、こちらです。お受け取りください」

 

リィンはセレスタン経由でハイアームズ侯に手紙を渡した。

 

それを受け取ったハイアームズ侯はいぶかしみながらも封書を開く。

 

「っ!」

 

内容を見たハイアームズ侯は目の色を変えた。

 

「なんということだ。よりによってあの地を選ぶとは……!」

 

「閣下……?」

 

「いかがなされました?」

 

「ふ、普通じゃないのはわかるけど……」

 

「相当まずいみたいだね」

 

リィンたちの声にハイアームズ侯は我を取り戻す。

 

「ああ……すまない。取り乱したようだ」

 

「閣下……。もしやパルム間道の外れの門の事ですか?」

 

「その通りだ。あの門の奥はサザーラント州統括責任者とドレックノール要塞司令双方のサインがなければ足を踏み入れることが許されない。それだけの場所なんだ。よりによってあの地に陣を敷くとは……」

 

「父も言っていました。相当危険な場所と推定しますが……」

 

「あの門の看板には崖崩れとありましたが……」

 

「それは違う。崖崩れというのは真っ赤な嘘だ」

 

「では、なんのために?」

 

「その前に………君たちにはここで誓ってもらうことがある。これから私が話す内容を絶対に口外してはならない。もし口外した場合帝国機密法に抵触し、最悪国家反逆罪が適用されるかもしれんのだ」

 

「なっ!?」

 

「国家反逆罪……!?」

 

(ゴ、ゴクリ……)

 

「相当だね」

 

「わかりました。口外しないことを誓います」

 

リィンは胸に手を当て、誓いを立てる。ラウラたちもそれに倣う。

 

「よろしい。では話そう。あの門の先にはかつてハーメルという小さな村が存在した。そしてそこは帝国にとって闇の歴史とも言える場所なのだ」

 

『!?』

 

ハイアームズ侯の言葉にリィンたちは驚愕する。

 

「や、闇の歴史!?」

 

「そうだ。14年前に起きた百日戦役にかかわる場所だ。その場所は帝国にとってもリベール王国にとってもかなり都合が悪いものだった。両国の地図から抹消せねばならないほどにね」

 

「あの百日戦役の……」

 

「そこまでして隠したいものとは……」

 

「すまないがこれ以上は私の口から伝えることは出来ない。だがクレイグ将軍が君たちを信用しているならば、私も協力しよう。セレスタン、鍵を」

 

「かしこまりました」

 

そう言ってハイアームズ侯は手紙にサインをし、机から箱を取り出す。そしてセレスタンから受け取った鍵で南京錠を3つ外し、中から大きな鍵を取り出してリィンに渡す。

 

「わわっ!?」

 

「大きな鍵……」

 

「これは………」

 

「あの門の鍵だ。言うまでもないが絶対になくさないように。約束してほしい」

 

「承知しました。ありがとうございます、閣下」

 

「礼には及ばない。危険なのは重々承知だが、君たちに任せたい。Ⅶ組の諸君、頼んだよ」

 

「皆様、お気をつけください」

 

リィンたちは城館を後にした。

 

 

 

城館を出たリィンたちは近くのベンチに座っていた。

 

「フゥー……」

 

「とんでもない話だったね」

 

「まさか、エレボニア帝国にそのような場所があろうとは」

 

「疲れた……」

 

「ああ……お疲れ様。正直、俺もまだ混乱している。それほどの場所なら確かにハイアームズ侯とクレイグ将軍のサインが必要になるはずだよな」

 

「父さん……知ってたんだね」

 

「おそらく父上も存じているのだろう」

 

「ハーメルって村、団長から聞いたことあるかも……」

 

「とにかく、一度演習地に戻ろう。多分ミハイル教官も知っているはずだ」

 

「「「うん」」」

 

リィンの提案で、一行は演習拠点に馬を走らせた。



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救出①

いくつかオリジナルをいれています。


演習地に戻ったリィンたちは真っ先にミハイルたちに報告した。

 

そのあまりの内容にミハイルは茫然自失していたが、なんとか正気を取り戻した。

 

「まさか、よりによってあの場所を拠点に選ぶとはな」

 

「ハーメル……でしたか。何かの資料で読んだことがあるような」

 

「あの百日戦役に関係があるとはな。ミハイルの旦那は知ってたんだな?」

 

「フン、それなりにな。皇帝陛下は勿論、宰相閣下、正規軍の将官クラス、情報局、四大名門辺りは把握している。高位の遊撃士とて例外ではない」

 

「こ、皇帝陛下まで!?」

 

「そうだ。ハイアームズ侯爵が言った通り、ここは帝国の闇の歴史と言ってもいい。侯爵の書簡がなければ本来、君たちには話すことは禁じられている」

 

ミハイルはトワとランドルフを見ながら答える。

 

「フゥー……できれば聞きたくなかったぜ」

 

「確かにこんな内容は口外するわけにはいきませんね」

 

「ええ、下手したら帝国の存続も危うくなりかねませんね」

 

「その通りだ。だからこそ、君たちにもここで誓ってもらいたい。ここでのことを一切口外しないと」

 

ミハイルは強い口調で二人に問いかける。

 

トワもランドルフも強くうなずいた。

 

 

 

「それにしてもエリオットって言ったか。まさかお前さんがあの猛将クレイグの息子だとは思わなかったぜ」

 

(そうか……ランドルフさんはクロスベルにいたから)

 

「あはは、よく言われます」

 

「フフ、初見で見抜ける者はそうはいまい」

 

「たしかに」

 

「和むのはその辺にしてもらおうか。それよりシュバルツァー、先ほどの書簡をもう一度見せてくれ」

 

「ええ、いいですけど」

 

ミハイルはリィンから書簡を受け取り、透かすように見つめる。

 

「もしかして偽物だとでも思ってる?」

 

「一応、念のためだ。最近、書簡やサインを偽造する馬鹿者が摘発されたのでな」

 

「それって………」

 

「ルーレで起きた公文書偽造事件だね。確か一部の貴族も関わっていたとか」

 

「そうだ。首謀者はハイデル・ログナー。動機はラインフォルト社への復讐。契約や売上金に関する公文書を偽造して信用を失墜させることが狙いだったようだ。予定通りに偽造した公文書を流したまではよかったが、そこから足がついて逮捕・拘束された。この一件で現ログナー侯爵は謹慎期間をさらに延ばすと発表した」

 

「っ!その人は……!」

 

「うん……アンちゃんの叔父さんにあたる人だね」

 

「愚かな……」

 

「そう言えばマキアスが言ってた。帝都での山のような案件を終わらせた後、ルーレに急遽出張だって死にそうな顔してた」

 

「マキアス………」

 

リィンは司法監察官になった元副委員長に深く同情した。

 

「ちょっといいか?」

 

ランドルフが手を挙げる。

 

「なに?」

 

「ログナーって帝国の大貴族様だろ?シュバルツァーやトワちゃんたちは知ってんの?」

 

「あ、はい。アンゼリカ・ログナー。私の親友です」

 

「尊敬する先輩の一人です。趣味嗜好はともかく」

 

「性癖の間違いだと思う」

 

「カッコいい先輩なんですけど……」

 

「うむ、泰斗流の腕前は素晴らしいが………あれはな」

 

「な、なんか……大丈夫なのか?」

 

「簡単に言うと女の子が大好きな女子」

 

「理解したぜ………」

 

「あ、あははは………」

 

「ええい、いつまで和んでいるつもりだ!」

 

緩んだ空気にミハイルが一喝する。

 

 

 

「それで、君たちはハーメルへ向かうんだな?」

 

「うむ、かの地で何が待っているかはわからぬが、相手が悪事を企む以上、是非もない」

 

「遊撃士として、見過ごせない……!」

 

「父さんたちや貴族の人たちも動けない今、動けるのは僕たちⅦ組ですから」

 

「みんな……!」

 

「ったく、眩しいねぇ。よしわかった。この件はお前さんたちに任すぜ」

 

「まったく……。それよりシュバルツァー、これだけは言っておく。場所が場所だけに我々も表立って動くことはできん。せいぜい騎神を送ることぐらいだ」

 

「それだけでも十分です」

 

「では行くがいい。オルランド教官は予定通り戦術科と特務科を連れて機甲兵教練。ハーシェル教官はセントアークで実習。私は一度原隊に戻る。以上、解散」

 

 

 

(なるほど……そういうことでしたか)

 

列車の影からリィンたちの話を盗み聞きをしていた少女がいた。

 

(ハーメル村……確かにあそこなら隠すのに絶好の場所ですね。しかし、結社も形振り構わずですか。よりによってあの地に、いえ、あの地だからこそ都合がよかった……)

 

(まあ……流れは掴んでいますし。後は………)

 

少女は緑色の髪を弄りながら悪戯っぽく微笑む。

 

 

 

「ねぇクルト君、どうしたの?」

 

リィンたちが報告を終えて、馬でパルムを目指し、演習地を出た時、ユウナたち新Ⅶ組はクルトの部屋に集まっていた。

 

「ずっと考えていたんだ。教官の言葉の意味を」

 

「キリコさんがクルトさんより上だと言ったことですか」

 

「あんなの気にしなくていいのに。教官はあたしたちのことなんにもわかってないんだから」

 

ユウナは本心を押し殺し、明るく振る舞う。

 

「いや……そうじゃない。あの人は僕たちのことをよくわかっているよ。ああ、わかってるさ!僕がどれだけ中途半端かって。それに教官は僕たちを巻き込まないようにわざとあんな言い方をしたことくらい」

 

「クルト君……」

 

「教官についてはわかりましたが、キリコさんのことは………」

 

「……………ああ、わかってる」

 

クルトは椅子に座り、絞り出すように言葉を出す。

 

「僕は………キリコに、嫉妬していたんだ」

 

「えっ……」

 

「嫉妬……ですか」

 

「初めて見た時から周りとは違う、どこか異質な印象だった。小要塞での戦闘を通しても明らかに戦い慣れていた。それだけならこうは思わなかった。軍隊にいた事は驚いたけどね」

 

「だが機甲兵教練でアッシュを叩きのめした時、僕はアッシュだけじゃなくキリコにも眉をひそめた。不意討ちを平然と行ったアッシュと無抵抗だろうと銃撃を行ったキリコ。どちらも認められなかった。武を重んじる帝国人の風上にもおけないってね」

 

「だがキリコの言葉は正しかったよ。この演習で痛いほどにね」

 

「戦場ではなんでもあり……そうかもしれませんね」

 

「………………」

 

「極めつけは昨日の人形兵器の時だ。増援が来た時、僕は諦めてしまった。だがキリコは諦めることなく立ち向かおうとした。僕はあの時状況がわかってないのかと聞いた。だがわかっていなかったのは僕の方だ。キリコも言っていただろう、「泣き言を言う前に、この状況をなんとかしたいとは思わないのか」って。その通りだ。くじけている場合じゃなかったのに」

 

「それがこのざまだ!」

 

クルトは両手を強く握りしめる。

 

「………………」

 

「クルトさん………」

 

「これでわかっただろう。教官がキリコの方が上だと言った理由が。キリコはとっくに覚悟を決めていたんだ。命を懸ける覚悟が。それに比べて僕は……薄っぺらで……中途半端で……」

 

「………………」

 

「事実、ラウラさんが加勢に来てくださった時、僕はほっとしたんだ。助かったことじゃなく、諦めていたことが有耶無耶になったことがね。僕は………卑怯者さ………」

 

「…………いわよ……」

 

「……………え?」

 

「ユウナさん?」

 

 

 

「ふざけんじゃないわよ!」

 

 

 

ユウナは両手でクルトの胸元を掴む。

 

「ユ、ユウナ……!?」

 

「何被害者面してるの!あたしだってわかってるわよ!教官やキリコ君に技術や心で敵わないことくらい………あたしじゃ追い付けないことぐらい、わかってるわよ!」

 

「ユウナさん………」

 

「だったら追いかければいいじゃない!教官やキリコ君をギャフンと言わせるくらいになればいいじゃない!」

 

「…………え?」

 

「薄っぺらだから何!?中途半端だから何!?そうじゃないでしょう?要はクルト君自身がどうしたいかでしょう!」

 

「っ!」

 

「それがさっきから……何様のつもりよ!」

 

ユウナは目を潤ませながらクルトに問いかける。

 

「ユウナ………」

 

「アルもほら!何かあるでしょう!」

 

「無茶振りですね。ですが……あの人と、キリコさんに追い付きたい……です」

 

「クルト君は?」

 

「……………」

 

クルトはしばし黙考し、目を開けた。

 

「僕は………。僕は強くなりたい。教官にもキリコにも認められるよう強くなりたい!」

 

「クルトさん……!」

 

「なら決まりね。それじゃさっそく──」

 

「──さっそく、何しようってんだ?」

 

振り返るとアッシュがいた。

 

「君は……」

 

「な、何よ。アンタには関係ないでしょ。それとも告げ口するつもり?」

 

「まさか。何やら面白そうな感じだからな」

 

「ふふ、素晴らしい演説でした」

 

そう言ってミュゼが入って来る。

 

「貴女は………」

 

「それより、リィン教官のことですが……どうやらパルムを経由して、パルム間道へ向かうみたいですよ」

 

「パルム間道……もしかして昨日の?」

 

「あの門の所か」

 

「へぇ、そんな場所があんのか(左目がいやに疼きやがる……まさか……)」

 

「多分、ううん、間違いないわね」

 

「でもどうやって行きますか?」

 

「私に考えがあります。主計科の実習の方が先に終わるので頃合いを見て私が迎えに行きます。皆さんはそれまでは何食わぬ顔で教練を受けてください。私が迎えに来たらそうですね……ドラッケンⅡを隠しておいてください」

 

「ドラッケンⅡを?機甲兵も持って行くの?」

 

「ま、さすがに生身じゃキツいだろ」

 

「わかったわ。近くの高台で落ち会いましょ」

 

「わかりました。ではまた(キリコさん、行ってきます)」

 

 

 

ユウナたちが演習地を出たのとほぼ同時に、キリコのARCUSⅡに着信音が鳴った。

 

(誰だ?)

 

未だ傷が痛む体を起こして、ARCUSⅡを開いてみるがそれは知らない番号だった。

 

さらにおかしなことに、通信ではなくメッセージだった。

 

『誰にも見つからぬように演習地を出ろ。そして線路を伝って南を目指せ。そこに貴殿の望むものが隠してある』

 

『追伸 なおこのメッセージは自動で消去される』

 

(なんだこれは……)

 

キリコは当初、手の込んだいたずらだと思った。

 

だがメッセージ通り消去されたのを見て、単なるいたずらとは思えなくなった。

 

(南へ行け……か。俺が望むもの……それは……)

 

キリコは上着を肩にかけ、医務室の窓から外を見渡す。

 

誰もいないのを確認したキリコは窓から外に出る。そしてメッセージ通り線路を伝って南サザーラント街道に出た。

 

 

 

[キリコ side]

 

「はあ……はあ……はあ……」

 

やはりキツいな。

 

今俺は頭部と胸部に包帯を巻いている。

 

夕べの傷はふさがりつつあるが体力が戻っていない。

 

もし魔獣に出くわしたらひとたまりもないだろう。

 

だが運よく魔獣の気配はない。どうやら魔獣どもは休んでいるらしい。

 

(それにしても、一体誰がメッセージを出した)

 

あの後、線路を伝って街道に出た瞬間、またメッセージが届いた。

 

内容は南サザーラント街道の地図だった。

 

地図にバツ印は刻んであり、ここへ向かえということだろう。

 

だが今の俺には遠すぎた。

 

昨夜シャーリー・オルランドに撃たれた弾丸は全部で4発。

 

その内の1発は心臓をギリギリ逸れていた。

 

おかげで俺は惑星オドンのレッドショルダー基地以来の苦痛を味わうはめになった。

 

弾丸そのものは全て貫通していたので、応急処置は早かった。

 

だがさっきまで寝ていたので体がだるい上に貧血のせいかふらつく。

 

だがそれでも進むのを止めるわけにはいかない。

 

 

 

やっとの思いで指定の場所にたどり着いた。

 

辺りを見回すと、大きなコンテナが見つかった。

 

ここは木々に囲まれていて、発見されないようになっていた。

 

すると、またメッセージが届いた。

 

『どうやら間に合ったようだな。コンテナのパスワードは23260707だ』

 

(この数字、どこかで)

 

俺は何か引っかかるものを感じながら、パスワードを入力。コンテナの扉を開く。

 

 

 

そこには俺が見慣れたものが置いてあった。

 

大きさとフレームは機甲兵のそれだった。

 

頭部にはカメラアイでなく、三つのレンズで構成されるターレットスコープ。

 

両腕には廃莢するための穴が空いている。

 

歩行よりローラーダッシュに特化した脚部。

 

そして緑に塗り込められたカラーリング。

 

それらは俺が一番見慣れたものだ。

 

ちなみに右肩は赤くない。

 

(これが実験用機甲兵──フルメタルドッグか)

 

俺は手慣れた手つきでコックピット内に入る。

 

コックピット内部は機甲兵と変わりないが、ドラッケンⅡのようにスクリーンモニターがない。

 

代わりにゴーグルがシートに置いてあった。

 

俺はゴーグルのコードをコックピットのコネクタに接続、ゴーグルを装着して周りを見る。

 

外の情報はターレットスコープからゴーグルを通じて、乗り手には肉眼でものを見るようにダイレクトに伝わる。

 

ターレットスコープを回転させると、望遠レンズ、赤外線、魚眼レンズとそれぞれの用途に応じて変わる。

 

(もはや機甲兵サイズのATだな。一体誰がこんなモノを造った。気にはなるが考えている暇はなさそうだ。武器はこれか?)

 

コンテナの奥には武器があったが、へヴィマシンガンではなかった。

 

代わりにロケットランチャーのような武器と弾倉が置いてあった。

 

(これは、ソリッドシューター………か?)

 

ソリッドシューター。

 

ATの武装の一つで威力は戦車の砲撃に匹敵する。

 

難点として、連射性の低さと装填が出来ないことだが、これは改良されているのか装填ができるらしい。

 

俺はマニピュレーターを操作し、ソリッドシューターを掴み、両脇に弾倉を取り付けた。

 

これにより機体の重量が増すが仕方ない。

 

またメッセージが届いた。

 

『望みの品は見たかな?これなら結社の執行者や鉄機隊の神速とて問題にならん』

 

(俺は監視、いや観察されているのか?)

 

俺は異能生存体を持つが故にレッドショルダーからバーコフ分隊に至るまでにペールゼンだのウォッカムだのから観察されてきた。

 

さすがに奴らはこの世界にはいないだろう。というよりいてほしくない。

 

メッセージが続けて届いた。

 

『これが最後のメッセージだ。機甲兵に乗って地図のバツ印の場所まで行ってもらう。ルートはこちらで指定する。貴殿の幸運を祈る』

 

『追伸 貴殿のクラスメイトが指定の場所に向かったらしい。救出するか見捨てるかは貴殿に一任する』

 

メッセージが消去されると、地図が送信されてきた。

 

(この場所は昨日の?)

 

指定されたルートでは、南サザーラント街道の裏道を通って向かえということらしい。

 

それにしてもユウナたちは何をしている。

 

大方リィン教官を追って行ったのだろうがあまりに無謀過ぎる。

 

だが俺には見捨てるという選択肢はない。

 

ここに何があるのかはわからないがこうなった以上、行くしかない。

 

たとえそこが禁断の地であろうとも。

 

[キリコ side out]

 

 

 

一方、パルムに到着したリィンたちはハーメルへ向かう前の最後の準備に取りかかろうとしたが、橋の所で困り果てる貴族と出会う。

 

[フィー side] [なくした財布]

 

わたしたちがパルムに着いた時、橋の所で貴族っぽい人とその奥さんらしい人とメイドさんが困ってるみたい。

 

昔のわたしなら流されるかスルーしているが、今のわたしは遊撃士。知らんぷりは許されない。

 

なのでさっそく声をかけることに。

 

「どうかしたの?」

 

(フィー……堂々としすぎじゃない?)

 

(これがフィーの美点なのだろう)

 

「む?君たちは……?」

 

「わたしは遊撃士協会の者だけどなんか困ってたから」

 

「おお!遊撃士だったのか。実は、妻が財布を落としてしまってね」

 

「うう……ごめんなさい……あなた。私がうっかりしていたばっかりに……」

 

「いえ奥様。私の方こそもっとしっかりしていれば………」

 

「この通り、二人とも落ち込んでいてね。二人とも、落ち着きなさい」

 

どうやら貴族にありがちな横暴さはなさそう。

 

奥さんとメイドさんの関係を見る限り、単なる雇い主と使用人というより家族に近い。

 

一応リィンたちに聞いて見ると、みんな協力することを確認。

 

「それでどこで落としたかわかる?」

 

 

 

財布の持ち主──クインズによると、パルムに到着してすぐ、娘さんにプレゼントする子供服を仕立て屋で注文した。前金を支払ったからこの時点では財布はある。

 

子供服が仕上がるまでの間は、市内の観光。お土産をいくつか見繕っていたらしい。

 

メイドさん曰く長い買い物だったそうだが、ここでも財布はある。

 

そうしているうちにアグリア旧道にある石碑を見に行ったそう。

 

家族写真を撮ったりいい時間を過ごせたとか。

 

パルムに戻ってお昼を食べようとしたら、その時初めて財布がないことに気づいた。

 

一度整理してみると、アグリア旧道で落とした可能性が高いと判断。市内の方は任せてわたしたちはアグリア旧道に出た。

 

旧道入り口から石碑の場所までをくまなく探すと、石碑の場所の草むらから藍色の長財布が見つかった。

 

おそらく、写真を撮るのに夢中で落としたことに気づかなかったのかもしれない。

 

リィンによると、昨日人形兵器に出くわしたらのはちょうどこの場所だったらしい。

 

ここは時々観光客も訪れるみたいだし、今後はギルドでも気をつけた方が良さそう。

 

パルムに戻るとクインズたちと小さな女の子が揉めていた。多分あの子が娘さんのルナなんだろう。

 

拾った長財布を渡すと、間違いなくクインズの物だと言う。

 

奥さんはお礼にミラを払おうとしたのだが、別にお礼がほしくてやったんじゃないと断った。

 

だが奥さんもそれでは気が済まないと譲らない。

 

その時、クインズがお守りとして買ったアクセサリを譲ってくれた。ミラじゃないしこれならいいかな。

 

これで依頼達成。ぶい、だね。

 

[なくした財布] 達成

 

[フィー side out]

 

 

 

リィンたちがクインズたちと別れた後、準備を再開する。

 

「おう、君たちか」

 

振り返ると、ガラート元締めがいた。

 

「あっ、こんにちは。元締め」

 

「ハイアームズ閣下から連絡は受けているぜ」

 

「えっ?」

 

「元締めはハイアームズ侯と親しいようだが」

 

「ハハハ、そんな大したモンじゃねぇよ。ハイアームズ閣下はパルムの領主にしてお得意先だからな。代々のハイアームズ侯爵から贔屓にしてもらってるのさ」

 

「なるほど、そうだったんですね」

 

「それで連絡というのはもしや……」

 

「ああ、教官さんの察するところだ。一つは昨晩の襲撃事件……。演習地ってところが襲撃されて、あのちょっと無愛想な学生さんが重傷を負ったらしいが、大丈夫なのかい?」

 

「キリコのことですね。大丈夫です。一命はとりとめました。演習は離脱してもらうことになりましたが」

 

「そうか、無事か。そいつは何よりだ。そしてもう一つはあの場所へ行く許可を出したってことだ」

 

「元締めはご存知なんですね?あの場所のことを」

 

「わしの口からはこれ以上は言えないがな。……なるほど、クルト君たちがいない理由がわかったよ」

 

「貴方は彼のことを……」

 

「ああ、クルト君のことは彼がまだ小さい頃から知っている。彼は剣術に優れるが、まだ本物の切った張ったは早すぎる気がしてな。っと、これはえらそうなことを言ってしまったな」

 

「いえ、お気になさらずに」

 

 

 

「それはそうと、お前さんはレグラムのアルゼイド子爵閣下の娘さんかい?」

 

ガラート元締めはラウラを見ながら言った。

 

「いかにもそうだが……元締めは父上をご存知か?」

 

「ああ、もう20年以上前になるかな。奥方と二人っきりでの旅行でパルムに来なさってな。その時織物を買ったんだ。あの時の奥方にそっくりだったからもしやと思ったんだ」

 

「そ、そんなことが………」

 

「とても仲睦まじい夫婦で、端から見ててアツアツだったよ」

 

「ち、父上、母上………」

 

ラウラは顔が真っ赤になった。

 

「おっと、話が長くなっちまったな。何が起きるかわからねえ。気をつけてな」

 

「はい、ありがとうございました。元締め」

 

 

 

リィンたちはなんとか門の前にやって来た。

 

「やっと着いたな」

 

「もうあまり時間はないかもね」

 

「………………」

 

「ラウラ?」

 

「な、なんだ、フィー」

 

ラウラの顔は少し赤かった。

 

「えっと……大丈夫?」

 

「…………大丈夫だ」

 

「大丈夫じゃないような気が……」

 

「だから大丈夫だと言っている!」

 

「………………」

 

その時、リィンはラウラの肩を掴む。

 

「………ラウラ。言いたいことがあるなら言ってほしい」

 

「リ、リィン!?」

 

「もしかして、俺たちには言えないことなのか。その……俺じゃ力になれないのか?」

 

「い……いや……あの……その………うぅぅ………」

 

ラウラはさらに真っ赤になって目を伏せる。

 

「リィン」

 

「時間がないよ」

 

長くなると判断したエリオットとフィーが止める。

 

「む……そうだな。ラウラ、辛いようなら言ってくれ。俺たちが支えるからな」

 

「あ……う、うん………」

 

(リィン………)

 

(相変わらずの朴念仁………)

 

二人から散々な評価を受けていることなど露も知らないリィンは門に近づく。

 

「おう、早いな」

 

振り返るとアガットが歩いて来た。

 

「あっ、アガット」

 

「お疲れ様です」

 

「おう、お疲れ。お前らもここにたどり着いたか。しかし、何かあったのか?ラウラお嬢さんの顔が真っ赤だが」

 

「ああ………気にしなくていいから」

 

「アガットさんの手を煩わせるまでもありませんから」

 

「………………………」

 

「??? まあいい。それよりシュバルツァー、鍵は持ってんのか?」

 

「はい、ここにあります」

 

リィンは懐から鍵を取り出す。

 

「なるほどな。よし、俺も行くぜ」

 

「え?」

 

「よいのか?帝国人ではない貴公が……」

 

「ああ……ちょいと事情があってな。それにこれでも遊撃士だ。何かあった時には頼ってくれて構わねぇ」

 

「なるほどね。確かにアガットはA級遊撃士。ぶっちゃけわたしたちより社会的地位は大きい」

 

「や、やっぱりそうなんだ……」

 

「わかりました、そういうことなら」

 

A級遊撃士アガットを加えたリィンたちは、門の鍵を開け、ハーメル廃道に足を踏み入れた。

 




原作でもログナー侯爵って謹慎してたので、本作では謹慎理由が皇室への裏切り(とっくに許されている)+公文書偽造事件という設定で書きます


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救出②

リィンたちが門を越えた所を見ていた者たちがいた。

 

「ここまでは気づかれていないみたいね」

 

「ああ……なんとかね」

 

「にしても離れすぎじゃねえか?」

 

「これくらい離れなければ、気づかれるおそれがあります」

 

「教官は勿論ですが、ラウラさんもいますからね。それに遊撃士の御二人にエリオットさんも侮れないかと」

 

「そうですね……とにかくわたしたちも出発しましょう。キリコさんがいないのは正直痛いですが」

 

「…………」

 

「チッ………」

 

「ちょっと、アル」

 

「まあまあ(キリコさん……)」

 

ユウナたちの中ではキリコの存在は大きくなっていた。だが、クルト、アッシュは目を背けていた。

 

「そう言えば、なぜ"アル"なんですか?」

 

「えっ?いいじゃない、細かいことは」

 

「細かいこと……でしょうか……?」

 

「ったく、ノーテンキ女が」

 

「なっ……なんですって~~!」

 

「静かに。バレるぞ」

 

「ユウナさん。女たるものいかなる状況でも凛々しくいるものですよ?」

 

「ユウナさんがオープンなのは周知の事実ですから」

 

「ううぅ……納得いかな~い!」

 

ユウナは地団駄を踏む。

 

「それじゃ、そろそろ僕たちも行こう」

 

「そうですね。ユウナさん、機甲兵の操縦お願いします」

 

「うん、任せて」

 

ユウナはドラッケンⅡに乗り込む。その横でアッシュは門を見つめていた。

 

「………………」

 

「アッシュさん、どうかしましたか?」

 

「いや………何でもねぇよ」

 

(アッシュさん……左目が疼くのですね。おそらく、それこそが……)

 

【おーい、二人とも~。行くよー】

 

「あ、はーい。アッシュさん参りましょう」

 

「あいよ。(こいつ……何企んでやがる……)」

 

 

 

一方リィンたちは、魔獣を退けながら廃道を進んでいた。

 

「魔獣はいるけど、静かだね」

 

「こうして見ると、のどかとしか言えねぇんだがな」

 

「しかし、崖崩れや山津波などの形跡はないな」

 

「ああ、ここまで登って来たが、そんな感じはしないな」

 

「むしろ手付かずだね」

 

「…………………」

 

アガットはリィンたちの方を向く。

 

「ここまでくればいいだろう。知りたいんだろ?ハーメルの秘密を」

 

「やはり、アガットさんもご存知でしたか」

 

「ああ、それなりにな。ただ、一つ言っておく。これから話す内容はお前ら帝国人にとっちゃツラい話になる。それでもいいか?」

 

「ええ、お願いします」

 

「覚悟はできている」

 

「わかった」

 

 

 

「今から14年前、この先にハーメルって村があったんだが、突然攻撃を受けた。帝国政府の調査によると、落ちていた装備品からリベール王国軍の仕業と断定。そのままリベールに宣戦布告。世に言う百日戦役が始まった」

 

「リベール王国軍の襲撃……!?」

 

「で……でもおかしくない!?」

 

「当時のリベールに帝国と戦争をする余裕はないはず」

 

「アガット殿、これは……」

 

「………その後、王国軍の反攻作戦で戦況が膠着状態になった頃、とんでもない事実が判明した。ハーメル村を襲撃したのは王国軍じゃなく猟兵崩れだったんだが、それを指示したのは他でもない帝国軍人だったのさ」

 

「なっ………!」

 

「ど、どうして……」

 

「当時の帝国正規軍は平民勢力、今で言う革新派寄りが台頭しつつあって、貴族派寄りが冷遇されていたそうだ。その貴族派寄りの帝国軍人たちが困窮する状況の打開策としてハーメル村の襲撃を計画、実行犯どもにわざわざ王国軍の格好までさせてな。なぜだか分かるか?」

 

「リベールと戦争を意図的に起こさせるため………」

 

「その通りだ。そして連中の意図した通り戦争が起きた。大方、戦争で手柄を挙げて自分たちの地位向上が狙い、そんなとこだろ」

 

「馬鹿な………」

 

「その後、事実が判明して帝国はリベールに停戦を持ちかけた。ハーメル村のことは互いに無かったことにしてな。リベールのアリシア女王も悩んだ末、これに同意。百日戦役は終結した」

 

「確かに百日戦役は互いに不幸な行き違いがあったとして終結しています。帝国はリベールに対して陛下自らの謝罪と多額の賠償金の支払いで合意していると」

 

「確かに歴史じゃそうなってるな。まあ、それは今はいいだろう。その後、帝国では軍事裁判が始まった。当然ながら、その貴族派寄りの軍人たちは全員有罪で極刑に処されている。罪状は言うまでもなく、国家反逆罪。そいつらの処理を終えた後、帝国はハーメルの真実を隠蔽した。地図から消してあんな門まで取り付けて存在そのものを消し去ったというわけだ」

 

「これがハーメルの真実だ。要するに正規軍内部の権力闘争にハーメル、帝国、リベールがそれに巻き込まれた。そういう事だな」

 

『……………………』

 

リィンたちはあまりに凄惨な内容に愕然とするしかなかった。

 

「その………話しといてなんだが、大丈夫か?」

 

「え、ええ………」

 

「そんな……そんなことって……」

 

「これが帝国の闇の歴史………」

 

「確かに表に出せないね……」

 

「あー……その……なんだ。お前らが気に病む事じゃねぇよ。戦争はとっくに終わってるし、帝国人の大部分が知らないことなんだからな」

 

「……ありがとうございます。アガットさん、一つだけよろしいですか?リベールとの交渉にあたった人物は分かりますか?」

 

「そりゃお前……鉄血宰相ギリアス・オズボーン辺りだろ?百日戦役終戦の直前に交渉役に任命されたらしいからな」

 

「百日戦役終戦の直前に?」

 

「ああ。調査によると、百日戦役開戦前から行方不明になっていたらしいが、ある日突然現れて交渉役に任命された。その後、リベールとの落とし所に上手く持っていった功績で宰相に任命されて、今に至るわけだ」

 

「……………」

 

「ここまではギルドが掴んでいる情報だ。でもなんでそんなことを聞くんだ?」

 

「いえ……なんとなく気になって………」

 

(リィン………)

 

「リィンは歴史学を教えてるんだよね?その一環じゃない?」

 

「なるほどな。そういうことか」

 

アガットはフィーのでまかせを信じた。

 

(すまない、フィー)

 

(気にしないで)

 

「っと……思ったより時間食っちまったな。そろそろ移動するぞ」

 

「うむ、時間もなさそうだしな」

 

リィンたちは移動を再開した。

 

 

 

【誰かもわからないまま、俺は実験用機甲兵に乗って地図の場所まで移動していた。人の手がかからず、眠っているかのような廃道。これからそれが叩き起こされる。そんな予感がしていた】

 

キリコは地図のルートに従い、フルメタルドッグに乗って移動していた。

 

【このルートなら後30分で到着できるな。おそらくそこに鉄機隊とやらがいるんだろう。誰だかわからないやつに従うのは気に入らないが、今は仕方ない。それにしても………む?】

 

キリコは望遠レンズで廃道の方向を見る。そこには……

 

【ハアアアッ……!】

 

「ユウナはそのままそっちを頼む。アルティナはクラウ=ソラスで援護を。アッシュは前衛、君は後衛に回ってくれ」

 

「了解しました」

 

「命令すんな、ヴァンダール!」

 

「今は揉めている場合ではないですよ?お二人共」

 

一機のドラッケンⅡと分校生徒たちが魔獣と交戦していた。

 

【あの武器はユウナか?こんな所まで来ているとはな。それにクルトにアルティナ。だがなぜミュゼにアッシュがいる?】

 

キリコはミュゼとアッシュが来ていたことに疑問を抱いたが、ある仮説を思いつく。

 

【物事の未来を見る異能……。おそらくミュゼ辺りが唆したのだろう。魔獣と交戦状態だがあの様子なら大丈夫か】

 

キリコは移動を再開した。

 

 

 

キリコが来ているとは夢にも思わず、魔獣を退けたユウナたちは僅かばかりの休憩をしていた。

 

【ふう……やっと半分くらいかしら。クルト君、教官たちは?】

 

「足跡はまだ新しい。このまま行けば追いつけるな」

 

「ったく、手間かけさせてくれるぜ」

 

「うふふ、後少しですね」

 

「それにしても、綺麗な場所ですね」

 

【うん。でも崖崩れなんか見当たらないけど……】

 

「それは僕も思った。崖が崩れた形跡すらない。なのにどうしてあんな看板があるのだろう」

 

「もしかして……フェイク?」

 

「うーん、どうなんでしょう……(ハイアームズ侯爵閣下には後で謝らなくてはいけませんね)」

 

「………………」

 

「アッシュさん?どうかしましたか?」

 

「なんでもねぇよ、ちびウサ。それよりとっとと進もうぜ」

 

「………そうだな。こうしている間に遅れてしまうしな」

 

【後少しだもんね。見てなさいよ、絶対に追い付いてみせるんだから!】

 

「そう言えば、演習地はどうなっているでしょう?」

 

「多分……大騒ぎかと」

 

 

 

一方、演習地ではアルティナの言うとおり大騒ぎになっていた。

 

「あいつら、やりやがった!」

 

「ど、どうしましたか!?ランドルフ教官……」

 

「Ⅶ組の連中、ドラッケンを持って消えたんだよ。おそらく、いや間違いなくシュバルツァーたちを追って行ったんだろうよ。おまけにアッシュもついて行きやがった」

 

「こっちもミュゼちゃんが見当たらなくて、探していたんですけど、もしかして……!」

 

「多分な」

 

「ミュゼちゃん……どうし「キャァァァッ!」悲鳴!?」

 

「列車の中からだ!」

 

ランドルフとトワは悲鳴のする方へ走った。

 

「ティータちゃん!?どうしたの!?」

 

「そ、それが………」

 

ティータは医務室を指さし、トワはそれを追う。

 

そこには寝ているはずのキリコの姿はなかった。

 

「……………」

 

「トワちゃん、どうした?何が……」

 

ランドルフも無人の医務室を見て、言葉をなくす。

 

「はぁぁぁっ!?」

 

「う、嘘でしょ!?あのケガでどうやって!?」

 

「は、博士の伝言を伝えようとしたんですが、物音一つしないので嫌な予感がしたので扉を開けたら……」

 

「いなかったってわけか。しかしどうなってやがる。普通なら下手すりゃ寝たきりだぞ」

 

「……今朝、キリコ君の健康チェックをした時に数値ではほとんど治りかけていました。何かの間違いだと思ったので安静にしているよう伝えたんですが……」

 

「薬がよほど効いたのか、機材のミスか……どっちにしろやべぇな。ミハイルの旦那は……」

 

「呼んだか?」

 

振り返ると、怒りを顕にするミハイルの姿があった。

 

「ミ、ミハイル教官……!」

 

「ハーシェル教官、オルランド教官。最初から説明したまえ」

 

 

 

説明を受けたミハイルは青筋をひくつかせながらも冷静に努めた。

 

「………それで、対策は?」

 

「とりあえず、あいつらを追っかけるのが先決っすからね。戦術科の編成を急いでるぜ」

 

「主計科は正規軍、領邦軍、鉄道憲兵隊、ハイアームズ侯爵閣下に連絡を入れました。後、ヴァリマールの準備も終えています」

 

「勝手なことを……。だが緊急事態にて不問とする。だがハーメルだぞ?いくら緊急だからといって……」

 

「それが……緊急事態ゆえにハーメル突入の許可を頂きました」

 

「なんだと?」

 

「今はもめてる場合じゃないと思いますがね?」

 

「クッ……。シュバルツァーからの連絡を待て。我々はその後動く」

 

「それと、ラッセル候補生の元に博士から通信があったそうだな。内容は?」

 

「はい。『実験用機甲兵が届いた連絡をもらった。どうするかはお前に一任する』だそうです」

 

「グッ、どいつもこいつも……。キュービィー候補生は重傷ではなかったのか?」

 

「俺らにもわかんないっすよ。何がどうなってんのか」

 

(キリコ君が普通の人より治りが早い?まさかね……でも、そうとしか………)

 

「とにかく、戦術科は編成を急がせろ。主計科も戦列に加われ。それまで待機とする」

 

ミハイルは疲れきった顔をしながら二人に指示を出した。

 

 

 

一方、リィンたちは遂にハーメル村の入り口に到着した。

 

「ここが……ハーメル……」

 

「見た目は素朴な山村といった感じだね」

 

「うむ。歴史を揺るがす事態とは無縁な風景だな」

 

「なんだか懐かしい」

 

「ああ……そうだな」

 

リィンたちは門を潜り、村に入った。

 

「大きな火事があったんだな。建物は全て焼失している」

 

「見て、あそこ」

 

エリオットが指さす方には、おもちゃの鳥があった。

 

「当然だけど、小さな子どももいたんだね」

 

「2、3歳くらいの子どもかな?」

 

「多分、そうだろう」

 

(? あいつの年齢はたしか……)

 

アガットは疑問を抱く。

 

一行はさらに村を捜索する。すると、古ぼけた木剣を見つけた。

 

「練習用の剣。相当使い込まれているな」

 

「燃えにくい素材でできているから形が残っているな」

 

(これはあいつらのだな。待ってろよ、エステルにヨシュア。シェラザードにティータ。ついでにスチャラカ皇子にジン。いつか全員で来ような)

 

 

 

村の奥に行くと、そこには見慣れた人物たちが祈りを捧げていた。

 

(あいつらは……)

 

(鉄機隊のデュバリィさんにシャーリーでしたか)

 

(戦気は感じられない。それよりあれは墓か?)

 

(みたいだね。どうするのアガット)

 

(死者の眠る場所で騒ぎは起こしたくねえ。あいつらも多分、そうだろう)

 

(では俺たちも祈りを)

 

リィンたちは得物を抜かず、デュバリィたちに近づく。

 

「遅かったですわね」

 

「やあ、昨日ぶりかな?妖精も久しぶり」

 

「久しぶりだね、血染めのシャーリー。いや今は紅の戦鬼だったか」

 

「何馴れ合っているんですの!」

 

「良いじゃん別に。それよりお兄さんたちも祈りを捧げるんでしょ?」

 

「まあな、ちょいとそいつには縁があってな」

 

「話は聞いています。重剣の異名を持つA級遊撃士、アガット・クロスナー。剣帝と渡りあったとか」

 

「け、剣帝!?」

 

「ずいぶん大仰な二つ名だが、もしや……」

 

「サラに聞いたことある。結社に剣の達人がいるって」

 

「ああ、結社《身喰らう蛇》の執行者No.2《剣帝》レオンハルト。リベールの異変で暗躍してた執行者の一人だ」

 

「そう言えば内戦の時、マクバーンがレーヴェって言っていたのは……」

 

「ええ………その通りですわ」

 

「No.1《劫炎》か……。会ったことはねぇが、相当ヤバそうだな?」

 

「ええ、内戦で何度か戦いましたが、次元が違いました」

 

「サラ教官を入れたⅦ組全員がかりで挑んでもギリギリだったもんね」

 

「しかも相手は手加減してた」

 

「ったく……どいつもこいつも化け物揃いだな」

 

「正直、彼らと一緒にされるのは心外ですが……。まあいいでしょう。それより祈りをすませるならどうぞ。わたくしたちは村の前の広場で待ってますわ」

 

デュバリィとシャーリーは行ってしまった。リィンたちはしばし、祈りを捧げて村の前の広場へ向かった。

 

 

 

広場ではすでにデュバリィが剣と盾を構えていたが、シャーリーは下がっていた。

 

「って……貴女が下がってどうするんですの!?」

 

「いや~、さすがにこの傷じゃ全力は出せないからね。あたしに傷を負わせた彼もいないし、今回は見学ってことで♪」

 

シャーリーは腹部の包帯を指さしながらあっけらかんと言った。

 

「な…な…な……」

 

「それより灰色のお兄さん、彼はどうしてるの?」

 

「無視!?」

 

「あ、ああ……キリコは生きてるよ。君たちが帰った後、目を覚ました」

 

「嘘!?ホントに?」

 

シャーリーは驚きながらも嬉しそうに反応する。

 

「なんで嬉しそうなんですの!?」

 

「いやだって……こんなの初めてなんだもん。あたしと引き分けた上に生きてるなんて。うふふ、ますます燃えるなぁ♥️」

 

「な、何この人……」

 

「純粋、いや無邪気なまでの闘争心」

 

「相変わらずの戦闘狂だね」

 

「これが赤い星座の副団長か……。心してかからねぇとな」

 

「だったら貴女も出ればいいでしょう!?」

 

「だ~か~ら~、万全じゃないから。灰色のお兄さんに妖精にアルゼイドのお姉さんだよ?加えてあの演奏家の彼にA級遊撃士が相手じゃさすがに無理だってば」

 

「ほう……なかなか頭も切れるな……」

 

「時にははっきりと割りきるのも猟兵の資質。特攻頼みじゃ生き残れない」

 

「ふふん、わかってるじゃん」

 

「ああもう!わかりました!貴女は下がってなさい!数の不利はこれらでカバーすればいいことです」

 

デュバリィが剣を掲げると、彼女の周りの空間が歪む。

 

「人形兵器か……!」

 

「彼女が使うのはたしか……」

 

「スレイプニルだったっけ?」

 

「その通り。せいぜい踊ってればいいのですわ」

 

彼女の周りに4体の人形兵器──スレイプニルが顕れた………が、突然機体に電流が走り、自爆した。

 

「………………へ?」

 

『……………………』

 

戦場に気まずさが立ちこめる。

 

「え、えーーと………」

 

「ええい、見るんじゃありませんわ!」

 

「うわ~~、カッコ悪」

 

「貴女も黙りやがれですわ!」

 

「ハッ、なめられたもんだな」

 

アガットは大剣をデュバリィに向ける。

 

「俺らごとき、不良品で十分ってことかよ」

 

「デュバリィさん、見損ないましたよ」

 

「今までは未熟故、どれほど暴言を吐かれても堪えてきた。だが……これほどの侮辱、許さぬ」

 

「あはは、僕もちょっとカチンときたかな」

 

「謝っても許さない」

 

「ま、待ちなさい!どうしてこうなったのかはわたくしにもわかりません!ここに拠点を置く際にメンテはきちんと済ませてますし、誰かが操作しない限りこんなこと起きるはずがありません!」

 

「…………嘘は言ってないみたいだけど」

 

「なら誰がってことになるよな」

 

「ここには我らしかいないはず。神速殿、これ以上ガッカリさせないでほしい。そなたのことは認めていた。だが先ほどからの行動はなんだ?」

 

ラウラは剣を納め、胸に手を当てる。

 

「あの真っ直ぐなそなたはどこへ行った?いや、もはや語るまい。神速は死んだ」

 

ラウラはデュバリィに哀れみの目を向ける。

 

「フ…フ…フ……」

 

デュバリィは突然、笑みを浮かべる。体は小刻みに震え、目にはひかるものがあった。

 

「さっきから……好き放題言ってくれますわね。ガッカリ?死んだ?小娘が……言ってくれやがりますわね。もう……いいですわ。あなたたち全員………

 

 

 

死になさい!!」

 

 

 

デュバリィは再び剣を掲げる。彼女の後ろが大きく歪み、空気が震える。

 

「なっ……なんだ?」

 

「この気配は……」

 

「何か来る……」

 

「チィ……こいつはまさか……!」

 

歪んだ空間から巨大なものが顕れた。それは、機甲兵や騎神を上回る大きさだった。

 

「こ、これは……」

 

「驚いたようですわね。これは神機アイオーンtype-γⅡ。結社の十三工房が造り上げた最高傑作。騎神など物の数にもなりませんわ!」

 

「さすがにヤバいかも……」

 

「目標を解析。対アーツ防御を確認。それにリアクティブアーマーと同じみたいだね」

 

「たしか、シュピーゲルと同じ?」

 

「結社は貴族連合軍に協力していた。技術が流れていてもおかしくない」

 

「いつまでごちゃごちゃ言ってるんですの!?あなたたちはさっさと……【教官!!】……!?」

 

突然、アイオーンtype-γⅡは攻撃を受けた。

 

声のする方を向くと、ドラッケンⅡに乗ったユウナとクルトたちが駆けつけてきた。

 

「き、君たちは………」

 

「追って来たんだ?」

 

「ふむ、少々無謀だが……」

 

「ナイスタイミング」

 

「ありがとうございます」

 

「なんとか間に合いましたね」

 

「ハッ、あのデカブツが相手か」

 

【気をつけて!あいつ、クロスベルで見たことある!】

 

「君たちは………。まあいい、説教は後回しだ」

 

リィンはARCUSⅡを取り出すと、どこかへ通信をする。

 

『もしもし、リィン君!?あのね……』

 

「ええ……わかってます。生徒たちは一緒です。それより彼を呼びます。準備をお願いします」

 

『うん!こっちはいつでも出せるよ!』

 

「ありがとうございます。ではまた……」

 

『待って!一つだけ約束して。全員で戻って来るって!』

 

「了解です」

 

リィンは通信を切る。

 

「悪いが君たちは少し下がっててくれ」

 

【な、何言ってるんですか!こんな時に!】

 

「リィン……呼ぶんだね?」

 

「ああ……」

 

「久しぶりだな」

 

「え?」

 

「まさか……!」

 

リィンは前に出て、拳を突き上げる。

 

 

 

「来い、灰の騎神 ヴァリマール!」

 

「応!」

 

 

 

相棒からの呼びかけに応え、灰の騎神が立ち上がる。

 

「これが……灰の騎神か……!」

 

「ひゅーっ!なかなかスゲエな」

 

ミハイルとランドルフが呆気にとられている横で、トワはヴァリマールに話しかける。

 

「ヴァリマール!」

 

「久しぶりだな。小さきキャプテンよ」

 

「ねぇ、お願い。リィン君を、みんなを守って!北方戦役のリィン君のニュースを聞いて私、どうにかなりそうだったの。今回もまた無茶したら……私……」

 

「案ずるな。リィンの苦しみを救ってやれなかった私にも責任はある」

 

「ヴァリマール……」

 

「そなたらは後から来るがよい。先に行く」

 

そう言ってヴァリマールは飛翔する。

 

「凄い……」

 

「ああ……全くな……」

 

「何を呆けている!全員これより出撃する!」

 

ミハイルの号令に全員、頭を切り替える。

 

 

 

数分後、ヴァリマールはリィンの元に降りる。

 

「これが……灰の騎神」

 

「ハッ、やっとお出ましかよ」

 

「綺麗な機体ですね」

 

「噂に聞いちゃいたが、本当に動くとはな」

 

「へーっ、これが騎神なんだ」

 

【クッ…………】

 

それぞれがヴァリマールを見つめる中、リィンは吸い込まれるように乗り込む。

 

「リィン、調子は?」

 

【問題ないさ。それよりまたよろしくな】

 

「うむ、だが心せよ。あの神機とやら、何かおかしい」

 

【そうか。ユウナ、援護を頼む】

 

【わ、わかりました!】

 

「そうは問屋が卸しませんわ!」

 

デュバリィは剣をヴァリマールとドラッケンⅡに向ける。すると、アイオーンtype-γⅡの背中から2機の円錐形の何かが展開する。円錐形の何かはヴァリマールとドラッケンⅡに光線を発射する。

 

【な……!?】

 

【なにあれ!?】

 

「驚きましたか?あれは対騎神用に開発された自律型支援武装『スクウェア』ですわ」

 

「自律型支援武装!?」

 

「クソが、厄介なもん造りやがって」

 

「対アーツ防御も搭載しているようですね」

 

「しかも空中、間合いが広すぎる」

 

「ふふふ、散々人を馬鹿にした報いですわ。おまけに身の程もわからない雛鳥ごときがわたくしによくも恥をかかせてくれましたわね。ここをあなたたちの墓場にして差し上げますわ!」

 

スクウェアはクルトたちに狙いを定める。

 

「さあ、死になさい!」

 

【しまっ………】

 

(ここまでですか……)

 

 

 

ズガーーーン!!

 

 

 

スクウェアは飛んできた砲弾が直撃し、爆発した。

 

「え?」

 

「どこからの攻撃だ?」

 

「方向は10時……」

 

「な、なんだあれは」

 

クルトが指さした方向には、見たこともない機甲兵が立っていた。左手には先ほど撃ったと思われるバズーカのような武器を持っている。

 

「チィ……余計な真似を!」

 

デュバリィは機甲兵?に剣を向ける。スクウェアはそれに合わせるように、光線を撃ち込む。

 

だが、機甲兵?は機体をローラーダッシュでスピンさせながら光線を全て避ける。

 

「なっ!?」

 

【ね、ねぇ。あの動き……】

 

「まさか……いや、そんな……」

 

「ありえません…………」

 

「じゃあなんだよ、あの動きは?あんなのできんのは一人しかいねえだろうが」

 

(世界の……流れが変わる……)

 

新Ⅶ組は知っていた。

 

【……………】

 

「リィン?」

 

「そなた……知っているのか?」

 

「あり得ない。でも、そうなんでしょ?」

 

リィンは絶句し、フィーは確信に至る。

 

「あははは!来てくれたんだ♥️」

 

シャーリーは歓喜する。

 

回避に専念していた機体兵?は攻撃に転じる。そして僅か2発の砲弾で最後のスクウェアを撃墜した。

 

「あ、ありえませんわ!あなた誰なんですの!?」

 

【……………】

 

「返事くらいしなさい!」

 

【……………】

 

機甲兵?は答えずにデュバリィの足元に砲弾を撃ち込む。

 

「キャアァァァァァッ!?」

 

デュバリィは僅かに反応が遅れ、爆風を浴びる。

 

機甲兵?はそれを見ることもなく、クルトたちに近づき、

 

【無事らしいな】

 

ただ一言発した。

 

これで全員が確信に至る。本来、いるはずのない男を。重傷を負い、離脱したはずの男を。

 

そして、分校最強の男を。

 

『キリコ!!』

 




後半ギャグっぽくなりましたがこれもデュバリィさんの魅力ですよね?

後、スクウェアは英語で従者って意味らしいです。


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フルメタルドッグ


今回はキリコの専用機とも言えるフルメタルドッグの紹介をしたいと思いますがはっきり言って作者の捏造です。第2章以降に関わってくるので、ネタバレまがいになると思います。


実験用機甲兵 フルメタルドッグ

 

全長 6.66アージュ

 

重量 5.5トリム

 

材質 超軽量レディアントスチール

 

武装

 

アームパンチ×2

 

GAT-22へヴィマシンガン

 

SAT-03ソリッドシューター

 

ガトリング砲

 

二連装対戦車ミサイル

 

七連装ミサイルポッド

 

三連装スモークディスチャージャー (順次追加)

 

概要

 

G・シュミット博士の元へ流れてきた設計図を元に開発された機体。ドラッケンⅡをベースに造られているため、操作性は高いと思われていたが、機体の性能の内、旋回性を限界まで発揮するため、既存のローラーダッシュ機構を極端に仕上げた。その結果、肝心の操作性はシュピーゲル以上と、常人には扱えない機体になってしまい、製造されたのはたった一機のみに留まる(後に増産を決定)。

 

乗り手の安全を全く考慮しない設計となっているが、生産を見込んでいるため、リミッターが設けられている。任意で外すことは可能であり、性能を100%引き出せる。ただし常人ならば失神か発狂するほどのすさまじいGがかかるため、これを行うことは死を意味する。そのため専用のパイロットスーツの開発が急がれている。

 

機体速度を底上げするため、フレームを削り、材質を超軽量レディアントスチールに変更。結果、機体速度は上がったものの、防御力は同じ材質のケストレルと同等かそれ以下に下がる(機銃は防げるが、対戦車砲はもちろん、神機等の強力な攻撃ならば一撃で中破以上)。

 

スクリーンモニターを廃止して、ターレットスコープを採用。これにより機体の活動時間が延びる。ただし、外部の情報は全てスコープから乗り手のゴーグルにダイレクトに伝わるため、敵発見時に反応が遅れる結果になった(言い換えれば、乗り手の反応速度に左右される)。一応、音声センサーがコックピットに取り付けてあるが焼け石に水。

 

他の機甲兵との違いは、固定武装を内蔵している点である。実験のため、敢えて火薬式のアームパンチ機構を採用。接近戦で敵機や障害物を破壊することが出来るが、機体の防御力が低いため、使い過ぎると機体そのものがダメージを負う危険がある。

 

当初は近接戦闘用の武器を造るはずだったが、機体スペックから射撃仕様に変更。威力を抑え、連射性を高めたへヴィマシンガンと連射性を抑え、威力を戦車の砲撃並みに高めたソリッドシューターが開発された。

 

ローラーダッシュを極端に上げることで、地上戦では無類の強さを発揮する。反面、特殊機能を持たないため、瞬間最高速度はケストレルβ以下、パワーはヘクトル弐型以下、機能性はシュピーゲルS以下、汎用性はドラッケンⅡと同等かそれ以下という評価を受けている。

 

当然だが機甲兵は全てマニュアル操作であり、乗り手の負担は高い。第Ⅱ分校生徒キリコ・キュービィーのアイデア(前世からの流用)により、ミッションディスクを開発。予め機甲兵の行動パターンをディスクにプログラミングすることで、乗り手の負担を下げることに成功。ただし導力ネットに精通する者しか扱えないため、制式採用は時間がかかると思われる。

 

カスタム性と整備性は他の機甲兵を凌駕している。このことから他の武装も開発段階にある。またブレーキとしてターンピック機構が開発され、不整地対策としてトランプルリガーが開発された。

 

総合性能は欠点だらけであり、常人には扱いきれる機体ではないが、前世で散々乗り回した記憶と戦闘経験。そして異能生存体により、この機体は事実上、キリコの専用機になる(分校生徒では扱いきれず、オーレリアでさえ匙を投げた)。

 

コストパフォーマンスは優良と言えるほどの高さを誇るが、それはあくまでこの機体が使い捨てに近い運用方法を採っているためである。そのため、一部からは最低の評価を得ている。

 

機体の製造元、目的は全て謎だったが、キリコと同様に転生を果たしたジャン・ポール・ロッチナが設計に関わっていたことが判明。また、ラインフォルトとは別口とされていたが(実際は黒の工房が製造元であり)、ここにもロッチナが絡んでいた。




次回はフルメタルドッグの初陣です。今回の紹介も合わせてお楽しみください。


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絆①

フルメタルドッグの初陣です。

誤字修正しました


『キリコ!!』

 

クルトたちはキリコの声を聞くまでは信じられなかった。

 

重傷を負い、下手をすれば寝たきりになってもおかしくない。

 

「まさか……本当に……」

 

【キ、キリコ君……なの……?】

 

【ああ】

 

「ど、どうしてここに……。あの傷なら動けるはずが……」

 

「たしかに……だが君は演習を離脱しているはずだ!これはただの独断専行とはわけが違うんだぞ!」

 

「死に損ないが……。病人に助けられるほど落ちちゃいねえぞ!」

 

【ちょっと!そこまで言わなくてもいいでしょ!でも、ホントに大丈夫なの?】

 

【問題ない。それより………】

 

キリコはリィンに向き直る。

 

【教官、実験用機甲兵の運用実験を開始したことを報告します】

 

【な……何!?】

 

「実験用機甲兵の運用実験?」

 

「もしかして、今キリコが乗っている?」

 

【ああ、実験用機甲兵フルメタルドッグだ】

 

【何を言っている。ダメに決まっているだろう。君はクルトの言う通り、演習から離脱していて君もそれに納得しているだろう】

 

【ええ。ですから演習には参加しません】

 

【な………!?】

 

「あっ………そうか」

 

フィーはキリコの考えに気づく。

 

「どういうこった?」

 

「キリコがやっているのはあくまで実験用機甲兵の運用実験だから。演習内容にそれは含まれていないはず」

 

【ええっ!?】

 

「な………」

 

「こじつけもいいとこですね……」

 

「ククク……、なかなか悪知恵が働くじゃねぇか?」

 

「ふふふ、知能犯ですね」

 

【だとしてもだ!重傷を負った生徒を戦わせるわけにはいかない!今すぐ演習地に……】

 

【戻ればこちらが不利になるだけですが?】

 

【グッ……だが……】

 

リィンはキリコの正論の前に詰まる。

 

「リィン、お主の負けだ」

 

【ヴァリマール!?】

 

「そうだな。たしかにそいつの言うとおり、今一人減ればこちらが不利になっちまう。気持ちは分かるが、ここはのみ込むのが適切だと思うぜ?もちろん無理はさせねぇ程度にはな」

 

【アガットさんまで。……………わかった。キリコ、君にも手伝ってもらう。ユウナと共に援護してくれ。後、さっきの奇襲だが………

 

 

 

ナイスタイミングだった】

 

 

 

【いえ……】

 

キリコは淡々と答える。

 

「フフ、素直になればよかろうに」

 

「リィンにツンデレは似合わない」

 

「まあまあ、それがリィンだしね」

 

ラウラたちが茶化す。

 

「これが旧Ⅶ組か………」

 

「やっぱりよくわかりません……」

 

「ハッ、なかなかおもしれぇ」

 

(やっぱり……Ⅶ組のみなさんが関わってくるのははっきりと見える。でも、キリコさんが関わると暗闇のように見えない。キリコさん、貴方は何者なんですか?)

 

【ミュゼ?どうかしたの?】

 

「いえ、何でもありません。それより、あちらが気になりますね」

 

ミュゼの言う方向を見ると、なぜかシャーリィがキリコの方を向いて顔を赤らめていた。

 

「うふふふ、ホントに生きてたんだ?しかもわざわざこんな所まで来て。あっ、もしかしてあたしを追って?」

 

【違う】

 

「ンもう~、焦らせるね。でも悪くないかな♪」

 

【…………………】

 

【は、話が全然噛み合ってないんですけど……】

 

「ええと………」

 

「どうやらキリコさんに好意を抱いているようですが」

 

「………………」

 

「おい?何かオーラ出てねえか?」

 

「うふふふ。アッシュさんたら、何をおっしゃっているんですか?」

 

ミュゼは笑顔で答える。もっとも、目は笑っていなかったが。

 

(もしかして……)

 

(うむ、相違あるまい)

 

【二人とも?どうしたんだ?】

 

「リィン?よそ見する暇はないと思うよ?」

 

【あ、ああ、そうだな】

 

「ったく……どうすんだ?この空気」

 

アガットがツッコむほど、戦場の空気は緩んでいた。

 

 

 

「いい加減になさい!!」

 

 

 

突如響いた怒号に全員がぎょっとする。

 

声のする方を見ると、デュバリィが立ち上がっていた。

 

「さっきからなんですの、この空気は。貴女も貴女です。何敵と馴れ合っているんですの!」

 

「だってさ、退屈なんだもん」

 

「それにシュバルツァー!人を吹き飛ばしておいて謝罪もないとか貴方いったいどんな教育をしてやがるんですの!」

 

【えっと……】

 

「べらべら喋ってるのが悪ぃんだろ?」

 

【ちょ……!アッシュ!?】

 

「まぁ、間違いではありませんね」

 

【アルも黙ってて!】

 

【…………………】

 

【キリコ君は何か言って!】

 

「まっ、戦場でペラペラ喋るのは早死にの元だしね」

 

「ぐぐぐ………。いいでしょう、こうなれば全員まとめて始末すればいいだけのこと。勇気と無謀を勘違いした雛鳥が増えたに過ぎません。神機が出るまでもありません!」

 

デュバリィは剣を掲げる。

 

「さっきのは何かの間違いです!人形兵器で一掃するまでです!」

 

【止めておけ】

 

キリコが止める。

 

【もうあの人形はない。時間の無駄だ】

 

「な、何を言って……。はっ、ま、まさか……人形兵器は……」

 

【ここに来る途中、人形どもの基地があった。基本的に自動操縦ならば、そうプログラミングされているんだろう】

 

「だから何だと言うのです!」

 

【だからプログラミングを変えた。起動と同時に自爆するようにな】

 

「なっ………!?」

 

「キリコさんが!?」

 

「マジかよ……!」

 

「なるほどな……。ってことはさっきの自爆は不良品じゃなかったってことか」

 

【えっと……ごめんなさい?】

 

【教官!何謝っているんですか!】

 

突然謝罪するリィンにユウナがツッコむ。

 

「えーと、それは……」

 

「うむ、申し訳ないことをしたな」

 

「ごめん」

 

「あなた方は謝る気があるんですか!それはともかく、だからどうだって言うんです?ならば自爆を利用して………」

 

【それも不可能だ】

 

「は!?」

 

「キリコさん?」

 

「何やったんだ、あいつ」

 

「プログラミング……もしかして……」

 

【そろそろか……】

 

キリコがいい終えた瞬間、リィンたちのはるか後方で火柱が上がる。

 

「なっ………!?」

 

「あれ?あそこって人形兵器が置いてなかった?」

 

【キリコ君!?一体何をやったの!?】

 

「なるほど、まとめて自爆させたのですね」

 

「何だって?」

 

「お前の差し金か?」

 

「まさか……。そもそもキリコさんのことは予想外です。プログラミングと言っていたのでもしやと思ったんです」

 

「へぇー、やるねぇ♪」

 

「な、なんということを……」

 

デュバリィは2、3歩後ずさる。

 

【放置しておくほど俺はお人好しではない】

 

「ぐぐぐ………。よくも……よくも我々の計画を潰してくれましたね。骨も残らないほどに叩きのめして差し上げます。神機の恐ろしさ、とくと味わいなさい!!」

 

遂にアイオーンtype-γⅡが動き出した。

 

「ならこいつらの相手もしてもらってもいいよね?」

 

シャーリィが犬笛を吹くと、どこからか大きな刃を咥え、武装した猫型魔獣の群れが駆けてきた。

 

「なっ……!?」

 

「あれは……」

 

「飼い慣らされた魔獣か」

 

「猟兵ならではだね」

 

「ハッ、せいぜい躾てやるよ!」

 

機甲兵に乗らない者たちも武器を構える。

 

「遂に来やがるか!」

 

「…………………」

 

すると、クルトが前に出る。

 

「ユウナ、僕と交代してくれないか?」

 

【えっ?】

 

「我が儘を言っているのは承知だ。だがそろそろ僕も覚悟を決めなくちゃいけない。いつまでも中途半端じゃいられないんだ!」

 

【クルト君……。うん、わかった!】

 

ユウナはドラッケンⅡから降りてクルトと交代する。クルトが騎乗したことにより、ガンブレイカーから一対の双剣に変える。

 

【クルト、いいんだな?】

 

【はい、覚悟は決まりました!】

 

【わかった。みんな、ここからが本番だ!死力を尽くせ!ここを突破して、明日に繋げるぞ!】

 

『おおっ!』

 

『イエス・サー!』

 

 

 

ヴァリマールはゼムリアストーン製の太刀を、ドラッケンⅡは双剣を抜き、アイオーンtype-γⅡに斬りつけるが硬い装甲に弾かれる。

 

【クッ、硬いな】

 

【こちらの攻撃が通らない……!】

 

【……………】

 

キリコの乗るフルメタルドッグはローラーダッシュを利用して、アイオーンtype-γⅡの腕にソリッドシューターを撃ち込む。

 

【クルト、腕を狙え。ある程度ぐらつけば隙ができる。教官はそこを】

 

【わかった!】

 

【了解だ】

 

キリコの冷静な対応でクルトとリィンは突破の糸口を見つける。

 

 

 

「ありえませんわ……!」

 

デュバリィはキリコの対応力に剣を握り締める。

 

「なぜなんですの!?なぜ恐れないんですの!?たかが雛鳥のくせにどうして……!」

 

「あのさぁ……」

 

シャーリィが口をはさむ。

 

「いい加減認めなよ。彼は、キリコは雛鳥なんかじゃないよ。むしろ凶暴な猛禽類だってば。ま、信じたくないかもだけどさ」

 

「黙りなさい!あんな、あんなのは機甲兵頼みに過ぎません!」

 

「本当にキリコが機甲兵に頼りきりだったらあたしはやられてないって。ていうかさ……ホント考えが狭いよね。前から言おうと思ってたけど」

 

シャーリィの表情は一転して険しくなる。

 

「なっ!?」

 

「自分の目で見た物よりマスターとやらからの話しか信じないってホントあまちゃんだよね。現にこうなっているのに何も見ようともしない。その挙げ句、想定外の事態に弱すぎ。はっきり言うけど……死んでてもおかしくないよ?」

 

「……ッ!」

 

「戦場じゃ誰だって一人なんだよ。生き残るために考えて、行動する。それがルールなんだよ。キリコや妖精にお兄さんたちはただそれを実行してるだけ。それに比べて、あんたはどうなの?ここにいない誰かにすがってわめいているだけじゃん?」

 

「ち、違………」

 

「違わないよ。自分でどうしたいか考えないから追い詰められるんだよ。ほら、見てみなよ」

 

シャーリィはキリコたちを指さす。

 

 

 

【なんとか削れたな】

 

【ああ、だが……】

 

【油断するな!何か来る】

 

「うむ、何か仕掛けてくるようだ。備えよ」

 

リィンとヴァリマールが何かを察知した。

 

アイオーンtype-γⅡは両腕を引き、何かを打ち出すような構えをとる。

 

【まずいな、二人とも防御体勢をとれ!】

 

【は、はい!】

 

ドラッケンⅡは防御体勢をとるが、フルメタルドッグはアイオーンtype-γⅡの両腕に攻撃を続ける。

 

【キリコ!防御をとるんだ!】

 

【無理だ】

 

【なっ、なぜだ!?】

 

【この機体はドラッケンがベースだが旋回性、機体速度を上げる反面、防御力はケストレル並みしかない】

 

【ケ、ケストレル並み!?それは……】

 

【下手に防御は出来ないということか……!】

 

【俺は撹乱に回ります】

 

フルメタルドッグは再びアイオーンtype-γⅡの周りを回りながら攻撃を続ける。

 

だが、アイオーンtype-γⅡの視線を変えるまでには至らなかった。

 

アイオーンtype-γⅡは両腕から光線を前に打ち出す技──滅界ジクロプスを放つ。

 

フルメタルドッグはバックしてギリギリ回避するが、爆風からは逃れられなかった。なんとかブレーキをかけるが爆風で膝をつく。

 

【くっ!やはりターンピックがないと無理か】

 

アイオーンtype-γⅡはキリコの乗るフルメタルドッグを叩き潰そうと両腕を振り上げ狙いを定める。

 

「キリコ!」

 

「解析完了、機体ダメージは40%を超えました!」

 

「チィ!」

 

「キリコさん!」

 

【させるか!】

 

ヴァリマールが飛び上がり、アイオーンtype-γⅡのボディに太刀で横凪ぎに斬る。

 

続けてドラッケンⅡがクラフト技─双剋刃でボディを攻撃。アイオーンtype-γⅡは構えを解く。

 

【大丈夫か?】

 

【問題ない】

 

【一度引いて体勢を整える】

 

リィンの指揮でキリコとクルトは一度下がる。

 

 

 

一方のユウナたちはアガットの指揮の下、猫型魔獣と戦闘していた。

 

「ラウラお嬢さんとフィーとそこの金髪と俺が前衛。ピンク色のお前はそのサポート。エリオットはアーツで回復。黒兎と緑髪の二人は後衛に徹しろ。以上だ」

 

『了解!』

 

アガットの立てた戦術は基本的なものだった。

 

4人の前衛が攻撃を仕掛け、ユウナがそれをカバー、そして後衛の2人がクラフト技で追撃する。

 

前衛が手傷を負えばすかさずエリオットの回復アーツがかかる。

 

だがユウナたちには戦術リンクという大きなアドバンテージがあった。

 

その結果、猫型魔獣の群れを全滅させることに成功した。

 

ユウナたちはエリオットの回復を受けている間、アイオーンtype-γⅡに挑むリィンたちを見つめていた。

 

 

 

すると、アイオーンtype-γⅡのボディが金色のオーラに包まれる。

 

【何っ!?】

 

「ええっ!?」

 

「これは、魔煌兵の時と同じ……」

 

「高揚による強化ですか……」

 

「クソッ、きりがねぇ」

 

ユウナたちは呆然とする。だが……

 

【狼狽えるな!】

 

リィンから激が飛ぶ。

 

「強化されたと言ってもほんの少しだよ」

 

「あきらめるにはまだ早い」

 

「我らと共に力を合わせよう。さすれば、どんな難敵も恐れるに足らずだ」

 

エリオットたち旧Ⅶ組が鼓舞する。

 

「みなさん……」

 

「すごい……!」

 

「ったく、あきらめが悪すぎるだろ」

 

「これが、旧Ⅶ組……」

 

【敵わないな……この人たちには……】

 

(本当にとんでもないクラスを作りやがったな、オリビエの奴)

 

アガットは大剣を構え直した。

 

すると、リィンたち新Ⅶ組とエリオットたち旧Ⅶ組を青い光が包む。

 

「これって……」

 

「ARCUSの戦術リンク?」

 

【それだけじゃない。ヴァリマールの力も感じる】

 

「皆と繋がる感覚、そうなのだろうな」

 

「話ししてもないのに考えてることがわかるっていうか……」

 

「今ならわかります。みなさんの絆……」

 

「俺もかよ」

 

「ふふふ、不思議ですね」

 

【ここにいる全員の意思が伝わる……】

 

【戦術リンク、か】

 

【勝機は見えた。みんな、行くぞ!】

 

『おおっ!』

 

 

 

「こ、こんなはずでは……あの力はいったい……」

 

息を吹き返したリィンたちの反撃にデュバリィは呆然とするしかなかった。

 

「ね?言ったでしょ。キリコも妖精もお兄さんたちもおそれている暇なんてないって。ああ~、あたしもキリコと殺り合いたいなぁ。まっ、こうなったのは自業自得なんだけどね♪」

 

シャーリィは腹部の包帯を撫でながらおどけたように言う。

 

「何でです……」

 

「えっ?」

 

「何でどいつもこいつもそうなんですの!わたくしはただ、マスターの命じる通りに……」

 

「だから考えが狭いんだってば。自分がどうしたいのか、それすら考えないんだから。それじゃあたしもお手上げだよ」

 

「し、しかし……わたくしは……マスターの……」

 

「あ~あ、こりゃダメか(それにしても、キリコってすごいな……。あれっ?さっきから妖精じゃなくてキリコばっかり見てる……これってもしかして……そういうこと?)」

 

シャーリィは何かが芽生えたのを自覚した。

 

 

 

[キリコ side]

 

戦術リンクを発現させてから連携がスムーズになった。

 

それだけでなく、機甲兵に乗らない者たちから援護を受けるようになった。

 

これは灰の騎神が関係しているらしいが、今はどうでもいい。

 

機体のダメージは決して軽くない。

 

おそらく後一発でも喰らったら大破するだろう。

 

最悪運用データだけでも届けられればそれでいい。

 

だが、俺はまだ死ねない。

 

[キリコ side out]

 

 

 

リィンたちは戦術リンクの連携を用いて、アイオーンtype-γⅡをあと一歩のところまで追いつめた。

 

【なんとか追いつめましたね】

 

【ああ。キリコ、機体の調子はどうだ?】

 

【ギリギリですね。決めるならさっさと済ませるべきかと】

 

【わかった。クルト、キリコ。協力して決めるぞ!】

 

【了解!】

 

【了解】

 

ヴァリマールの斬撃がアイオーンtype-γⅡをぐらつかせる。

 

【今だ!!】

 

 

 

『連ノ太刀 箒星!』

 

 

 

ぐらついたところに、ドラッケンⅡの双剣の斬撃、フルメタルドッグのソリッドシューターの連射。

 

とどめにヴァリマールの流星を思わせる斬撃。

 

アイオーンtype-γⅡは火花が散り、機能を停止した。

 

かつてクロスベルを震撼させたアイオーンの後継機は新旧Ⅶ組の絆の前に敗れた。

 

 

 

「ははっ、スゲェもんだな」

 

ハーメル村前の広場の高台から戦闘の様子を見ていた者たちがいた。

 

「あのデカブツを倒しちまうたぁ、大したもんだ。リィン・シュバルツァー、噂以上だな」

 

「それに他の連中も悪くねぇ。アルゼイドのお嬢ちゃんに猛将の息子。トールズ第Ⅱのヒヨコども。ただ……」

 

男は機甲兵から降りてきたキリコを見つめる。

 

「あの青髪の坊主は別格だな。帝国西部で黄金の羅刹や黒旋風と殺り合ったらしいが。なるほど、大したタマだ」

 

「いやいや、褒めとる場合やないで」

 

「ここからは見えないが、星座が来ているようだ。それに結社の連中もいる」

 

「まあ、いいじゃねぇか。それはそれでおもしれぇ。にしても、大きくなったなぁ、フィーのやつは」

 

男は感慨深く腕を組む。

 

「せやな」

 

「今では遊撃士らしいな」

 

「そうか。あの血なまぐさいとこから足を洗えたんだ。バレスタインの嬢ちゃんには感謝しねぇとな」

 

「で、どないするんや?あちらさん動くみたいやで」

 

「我らもいくか?」

 

「待て待て。それこそ面白くねぇだろ。こういうのは最後にどーんと出るもんだぜ?」

 

男は葉巻に火をつける。

 

「このオヤジは………」

 

「相変わらずだな……」

 

「ククク……お前もそう思うだろ?なぁ………

 

 

 

ゼクトール」

 

 

 

葉巻を燻らせる男の背後には、紫色の影が浮かび上がっていた。

 




次回、サザーラント篇最終回です。


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絆②

サザーラント篇はこれで最後です。


リィンたちの絆の前にアイオーンtype-γⅡは敗れた。

 

「やったぁぁぁっ!」

 

「機能停止を確認。やりましたね」

 

「……ヘッ………」

 

「ふふふ、大勝利、ですね」

 

新Ⅶ組は歓喜する。

 

「フフ、見事だ」

 

「ぶい、だね」

 

「新Ⅶ組。いいクラスだね」

 

「ったく、大した連中だ」

 

ラウラたちも新Ⅶ組の活躍を褒め讃える。

 

【クルトにキリコ、お疲れだったな】

 

【はい!】

 

【…………】

 

【どうした、キリコ?】

 

【まさか……傷が……!】

 

「ああっ!?そういえば!」

 

「あの野郎、そういや死にかけだったな」

 

「キリコさん!」

 

新Ⅶ組がかけよる。

 

フルメタルドッグは膝をつくような体勢をとり、キリコはコックピットから降りる。

 

降りてきたキリコは頭と上半身に包帯を巻き、制服の上着を肩にかけたままのラフな格好だった。

 

【キリコ!ケガはないか?】

 

「ええ」

 

「キリコさん、本当に大丈夫なんですね?」

 

「問題ない」

 

「ったく、マジで不死身かよ……」

 

「……………」

 

「それにしても、機甲兵がボロボロですね」

 

フルメタルドッグはあちこちから煙を吹いており、とっくに限界を超えているのは誰の目にも明らかだった。

 

「おそらく、ここに来るまでの魔獣との戦闘。そしてあの神機とやらとの戦闘でボロボロになっていたんだろう(試作のミッションディスクも焼きついているしな)」

 

「こんなになるまで」

 

「フフ、大したものだ」

 

「お疲れ様」

 

「ホント、無茶しすぎよ」

 

「…………」

 

仲間たちの心配をよそに、キリコは停止したアイオーンtype-γⅡを見つめていた。

 

 

 

「そんな……至宝の力を得ていないとはいえ、神機が敗れるなんて」

 

「あの力は想定外だね。でもこれで実験は完了じゃないの?」

 

「くっ……それはそうですが……」

 

【さて……】

 

リィンはゼムリアストーン製の太刀をデュバリィたちに向ける。

 

【デュバリィさん、戦いは決した。ここまできたら話してもらいますよ。1年半の沈黙を破り、結社が何をしようとしているのかを】

 

「そ、それがあったわね」

 

「くっ……」

 

「遊撃士協会の名の下にてめぇらを拘束する。これ以上抵抗するなら……わかってるよな?」

 

「あはは、どうなるのかな?」

 

「…………」

 

フィーはシャーリィに狙いを定め、斬りかかるが……

 

「!?」

 

何かに気づき、その手前でブレーキをかける。足元には銃弾が撃ち込まれる。

 

【なっ!?】

 

「星座のスナイパーか!」

 

「方向は……あそこです!」

 

クラウ=ソラスの指す方向には、赤い戦闘服を着た狙撃兵がいた。

 

「あははは、来たんだ?」

 

「団長のご命令ですので。それと、負傷した件について、心配しておりました」

 

「パパも心配性だなぁ。で?そっちも動くの?」

 

「え?」

 

すると、ユウナたちの近くに数本の矢が撃ち込まれ、斬撃が飛ぶ。

 

「くっ、新手か……」

 

ラウラが見つめる先には、デュバリィと似たような甲冑を身につけた二人の女性がいた。

 

一人はハルバードを構え、もう一人は弓を携えていた。

 

「デュバリィ、助けに来たわよ」

 

「もしやと思ったがな」

 

【教官、もしかして……】

 

【ああ、残りの鉄機隊のメンバーだろう】

 

「フフ、お初にお目にかかる。我は《剛毅》のアイネス。名高き灰色の騎士にアルゼイド流の伝承者にお会いできて光栄だ」

 

「初めまして。私は《魔弓》のエンネア。デュバリィが世話になったみたいね?」

 

するとデュバリィは彼女たちの前に転移する。

 

「こ、子ども扱いするんじゃありませんわ!だいたい、貴女たちは別の場所にいるはずでしょう。後、アルゼイドの娘に礼儀など不要です」

 

「何、こちらは予定より早く片付いてな。こうして加勢に来たのだ」

 

「それが余計だと言ってるのです!」

 

「でも彼女もやられて、戦力をダウンしてるじゃない。まさか学生さんだとは思わなかったけど。おまけに神機も負けたんじゃ四の五の言ってられないでしょう?」

 

「ぐぐぐ………」

 

二人の指摘にデュバリィは歯ぎしりする。

 

「それより私たちの目的だったわね」

 

「幻焔計画の奪還。それが我らの最終目標。この地の実験はその手段でしかない」

 

「ちょっと!何親切に話しているんですの!」

 

「別にいいじゃない。ここまで来たご褒美ってことで♪」

 

「知ったところで何もできやしまい」

 

【くっ……】

 

「バカにして……」

 

「…………………」

 

「しかし、やべぇなこりゃあ……」

 

【鉄機隊全員に星座のスナイパー。数はこちらが有利ですが……】

 

「うむ。油断するな。新Ⅶ組、そなたらは少し下がれ。我らが時を稼ぐ間に体勢を立て直せ」

 

「は、はいっ!」

 

すると………

 

 

 

「追いついたぜ!シャーリィ!」

 

 

 

廃道の方から、ヘクトル弐型に乗るランドルフに率いられたⅧ組戦術科が駆けつけて来た。

 

「あっ、ランディ先輩!」

 

「あいつらも来やがったのかよ」

 

【ランドルフさん、来てくれたんですね】

 

【すまねぇ、魔獣どもに手間取って遅くなっちまった。シャーリィ、おいたはそこまでにしてもらおうか!】

 

「あっははは、ランディ兄、来たんだ?」

 

【ガレスも来てたとはな。叔父貴の命令か?】

 

「お久しぶりです、若。ええ、団長のご命令です」

 

【ランドルフさん、あのスナイパーのこともご存知なんですね?】

 

【ああ。あいつは《閃撃》のガレス。かつて親父の部隊にいた奴だ。闘神の右腕とも言われている】

 

「闘神の……」

 

「気をつけて。あの狙撃で団が手酷くやられたことがある」

 

「それはこちらも同じだ、妖精。お前の裏工作で何度も窮地に立たされた」

 

「フィ、フィーさんって猟兵だったんですか?」

 

「そう言えば言ってなかったね。わたしはかつて西風の旅団にいた。そこで西風の妖精(シルフィード)って呼ばれてた」

 

【なっ……!】

 

「シルフィード、ですか」

 

「聞いたことあんな」

 

「もしかして、ランディ先輩がフィーさんのことを妖精って呼ぶのって……」

 

【まあ、それなりの付き合いだがな】

 

【昨日、猟兵には色々なタイプがいるって言った理由がわかったか?もちろん俺たちも最初は驚いたさ。だが、過去はどうにせよ君たちの先輩であるには変わらない】

 

「い、いえいえ!確かに驚きましたけど、フィーさんは頼りになる先輩ですから!」

 

ユウナは笑顔で答える。

 

「ふふ、ありがとう、ユウナ」

 

「ならば、我らも少しは魅せないとな。そうだろう、エリオット?」

 

「あははは、そうだね」

 

【皆さん】

 

「ちったぁ動揺しろよ」

 

「うふふ。そういうアッシュさんも嬉しそうですが」

 

【ハハッ……。さて、おしゃべりはここまでだ。お前らを拘束させてもらうぜ!】

 

ランドルフの乗るヘクトル弐型はスタンハルバードを構える。

 

「あははは。いいねぇ、ぞくぞくして来ちゃったよ。でもサプライズゲストはまだいるよ。そうだよね?

 

 

 

《猟兵王》!」

 

 

 

「ハハッ、気づいてやがったか」

 

【なにっ………!】

 

「え…………」

 

高台から3人の男たちが姿を現した。

 

「あ、あのオジサン……!」

 

【昨日会った】

 

「で、でも今、《猟兵王》って……」

 

「確か、フィーの育ての親の……」

 

【西風の旅団の団長か……!】

 

「罠使いに破壊獣もいますね」

 

「ははは、久しぶりやな。ボンに黒兎」

 

「1年半ぶりか」

 

罠使いゼノと破壊獣レオニダスはリィンとアルティナに声をかける。

 

【あんたたちも久しぶりだな】

 

【そういや、旧Ⅶ組は内戦で連中とやり合っているんだったか】

 

「そっちも久しぶりやな、闘神の息子」

 

「そちらは6年ぶりだったか」

 

【その名で呼ぶんじゃねぇ。それより、あんたは!】

 

「そりゃ驚くよね~。────まさかホントに生きてるなんてさぁ!バルデル叔父さんと相討ちになったのこの目で見たのにさぁ!」

 

「ははは、まぁそれについては後で話すとして……」

 

猟兵王はリィンたちの方を向く。

 

「西風の団長のルトガーだ。お前さんたちとは昨日ぶりだな、トールズ第Ⅱ。フィー、少し伸びたか?」

 

「どうして生きてるの?」

 

フィーは震えながらルトガーに問う。

 

「団長が死んだのは確認した。お墓もみんなで作った。ゼノ、レオ、どういうこと……!?」

 

「いや、別にお前を騙しとったわけやないで?」

 

「ある理由があってな。内戦時からの"真の雇い主"のオーダーに応えるためにな。結果的にお前を置いていくことになってしまったが」

 

【真の雇い主!?】

 

「あの内戦で貴族連合軍以外に西風の旅団を雇っている者がいたとは」

 

「まあ、そういうことだ。それにしてもフィー、成長したな。遊撃士ってのもヤクザな商売だが、猟兵よかはるかにマシだろう。紫電の嬢ちゃんにゃ感謝しねぇとな」

 

「思えば団長は最後までフィーの入団に反対しとったな」

 

「まあ、そうだろう。どうすればフィーが足を洗えるか常々考えていたからな」

 

「………………」

 

「フィー………」

 

【それについては後回しだ。今更のこのこと何の用だ?】

 

「サラへの伝言は言付かっておく。遊撃士協会としても色々と話を聞かせてもらおうじゃねぇか」

 

ランドルフとアガットはそれぞれの得物をルトガーに向ける。

 

「ああ、別にお前さんたちとやり合おうってわけじゃねぇし、ギルドと構えるつもりもねぇ。ちょいと目的があってな、一つは………」

 

ルトガーはキリコの方を向く。

 

「お前さんを団に誘おうと思ってな」

 

「え?」

 

【はぁぁぁっ!?】

 

「キリコさんを?」

 

「相変わらずだねぇ。こんなところで勧誘なんてさ」

 

「な、何を考えてるんですの!?」

 

「おい、オッサン!なめてんのか!」

 

「ククク………俺ぁ本気だぜ?キリコ・キュービィー、お前さんのことは調べさせてもらったぜ」

 

ルトガーは葉巻に火をつける。

 

「あの内戦で第九機甲師団に入って、機甲兵で戦場を暴れ回り、その活躍は他の師団を軽く凌駕したとか。特に内戦末期の第九機甲師団による強襲作戦では、30機近くの機甲兵を叩き潰し、いくつもの屍の山を築いたそうじゃねぇか。しかもたった一機でな」

 

『ッ!?』

 

ルトガーの話にその場に居た者全員が動けなくなった。

 

「嘘…………でしょ………!」

 

【たった一機で………】

 

「噂では聞いたことがあります。ですが……」

 

「………………」

 

(キリコさん………)

 

「だが……オーレリア将軍やウォレス准将らがいたはずだが」

 

「ああ、何か偶々離れていたらしいな。その隙をつかれたって話だが」

 

【もしかして……俺たちがレグラムに行った時じゃないか?】

 

「そう言えば、レグラムに来てたって聞いたけど」

 

「あの時か……確か、ユーシスの兄君が迎えていたな」

 

ユウナたちは言葉を無くし、リィンたちはレグラムでのやり取りを思い出す。

 

「あ、ありえませんわ!そんなの、でたらめに決まってます!」

 

「いや、本当にでたらめならば戦鬼に重傷を負わせることなど叶うまい。ましてや神機に挑み、生き残るなど」

 

「どうやら信じるしかないようね。ただの学生さんだと甘く見たこちらに非があるわね」

 

デュバリィは認めることができずにいたが、アイネスとエンネアは素直に認めた。

 

「知らないのも無理はねぇ。どういう訳か、お前さんの戦闘を含めた記録は全部破棄されていたらしいからな。まぁ、想像はつくが」

 

「政府の介入を避けるためか?」

 

「おそらくはそうなのだろう」

 

「…………」

 

ルトガーは葉巻を燻らせる。

 

「なんとも恐ろしい相手ですな。お嬢に怪我を負わせただけはある。……?お嬢?」

 

「うふふふ、スッゴいなぁ~。やっぱあたしの目に狂いはなかったなぁ。決めた!キリコはあたしの獲物だよ。結社だろうとパパだろうと渡さないんだから!でも……どうやって誘えばいいんだろ?」

 

「お、お嬢!?」

 

シャーリィの宣言にガレスはうろたえるしかなかった。

 

 

 

「それで、返事は……」

 

「断る」

 

キリコはきっぱりと断る。

 

【キリコ……】

 

「ごろつきに興味はない」

 

「なっ……なんやと!」

 

「ふむ………」

 

ゼノとレオニダスは怒りを顕にするが……

 

「ガッハッハ。いや、気にいったぜ、こりゃおもしれぇ。オレらをごろつきだとよ!」

 

ルトガーは腹を抱えて大笑いした。

 

「団長、笑ってる場合ちゃうで!」

 

「さすがに見過ごせん」

 

「バカ野郎、お前らだって似たようなもんじゃねぇか」

 

「「グッ………」」

 

ルトガーの指摘に二人は黙るしかなかった。

 

【まあ……ごろつきって言い方はともかく、あんたら西風は曲者揃いだからなぁ】

 

【そうなんですか?】

 

【確かにフィーは戦闘以外にも潜入や裏工作に長けていますからね】

 

「スペシャリストってやつだな」

 

「だが……いいのか?第Ⅱの連中を見たが、お前さんだけだぜ?炎と硝煙と死臭、戦場の匂いがプンプンするのは。それもかなりのな」

 

ルトガーの表情が険しくなる。

 

「…………」

 

「今は知られてねぇが、周りの連中はいずれ違和感が拭えなくなる。人間ってのは違和感を感じりゃ飲み込めなくなるもんだ。その時お前さんはどうなるのかねぇ?」

 

「ふざけんじゃないわよ!」

 

ユウナが前に出る。

 

「何を勝手なこといってんのよ!そりゃあたしだって信じられないけど、それが何よ!本当にキリコ君がそんな人間ならケガをおしてまでここまでこないでしょ!」

 

【ユウナの言うとおりだ。確かに最初はキリコが異質だと感じていた。だが、キリコは行動で示した。だから僕はキリコを信じることにしたんだ】

 

「少なくとも、あなたよりキリコさんのことを理解しています」

 

「そいつはムカつくが、ごろつきにするにゃもったいねぇ」

 

「まあ、キリコさんが望むとは到底思えませんが」

 

「みんな……」

 

「そうとも、大事なのはその者が何かではない。その者が何をするかだ。そうだろう、フィー」

 

「……うん!」

 

【ええ。それに彼は俺の教え子です。教え子を安易に差し出すわけにはいきません】

 

「………………」

 

ルトガーは呆気にとられるが、すぐに笑みを浮かべる。

 

「ククク………俺の負けだな。しゃあねぇ、勧誘はあきらめるしかねぇか。それじゃ、もう一つの目的をやっちまうとするか」

 

「何?」

 

【そいつがあったな】

 

「面白いもんを見せてやるよ」

 

ルトガーはそう言うと、高台の奥に戻る。

 

「団長!」

 

【お、おい!】

 

【追いますか?教官】

 

【待て!何か来る……】

 

「この音は……!」

 

すると、高台の奥から、駆動音が聞こえてきた。すると、紫色の影が飛んできた。

 

【なっ……!?】

 

「なにあれ!」

 

紫色の影は手に持った武器を動かなくなったアイオーンtype-γⅡに振り下ろす。

 

「あははは、容赦ないね♪」

 

「迅い!」

 

続けざまに両手足を切断、残ったボディを突き刺し持ち上げる。

 

どのような原理なのか、ボディに衝撃が走り、アイオーンtype-γⅡは爆発した。

 

「きゃあぁぁぁっ!」

 

「クラウ=ソラス」

 

アルティナはクラウ=ソラスの防壁を展開。

 

【クルト、ランドルフさん!】

 

【はいっ!】

 

【おおっ!】

 

リィンたちも防御体勢をとる。

 

土煙があがると、そこには残骸しか残っていなかった。

 

「あの神機を……それにしても……」

 

「あの姿……まるで騎神ではないか」

 

「紫色の騎神……」

 

紫色の騎神?はリィンたちの方を向く。

 

【じゃあな、フィー。またどこかでな】

 

「待って!団長!」

 

フィーは追いかけるが、紫色の騎神?は飛びさっていく。ゼノとレオニダスもそれに続く。

 

「………………」

 

【フィー………】

 

「その……」

 

「大丈夫。煌魔城で言ってた、『団長を取り戻す』ってちょっとだけわかりかけたような気がするから。それに、新しい目的もできたから」

 

「そうか……」

 

フィーは新たな目標を見つけ出した。

 

 

 

「さて、わたくしたちも参りましょう」

 

「あっ、ちょっと待ってて。おーい、キリコ~!」

 

「は!?」

 

シャーリィはデュバリィが止める間もなく、キリコに近づき、話しかける。

 

「………………」

 

「てめぇ、何しに来やがった!」

 

当然ながら、ランドルフたちは警戒した。

 

「そんな顔しないでよ。別に戦いに来たんじゃないから。それよりこれ、キリコが持っててよ。大切なものだから無くさないでね」

 

キリコは左手に何かを握らされる。

 

「お、おい、シャーリィ!」

 

「えへへ、また会おうね♪」

 

シャーリィは手を振りながらガレスとともに去った。

 

「な……な……な……!」

 

「ほう………」

 

「あらあら……」

 

「ええい……!わたくしたちも行きますわよ!」

 

デュバリィたち鉄機隊も転移していった。

 

(これは……?)

 

キリコが左手を開くと、蠍座を模したペンダントがあった。

 

「これは赤い星座の紋章だね」

 

(なぜこんなものを……)

 

「あー……言いにくいんだが、あいつはキリコと決着をつけたいんだろうな。これはその証みてぇなもんだ。ただ……」

 

「ただ?」

 

「あの様子だと、その……なんだ、キリコに惚れてるんじゃねぇかと……」

 

『……………』

 

ユウナたちは沈黙する。その直後……

 

 

 

『ええええええっ!?』

 

 

 

驚きの声があがる。

 

「嘘ですよね!?そんなの!」

 

「ですが…シャーリィさんはキリコさんに……」

 

「まてまて、惚れてると言っても好き嫌いとかじゃねぇだろ。大方、キリコの実力に惹かれたとかそんなもんだろ。あの戦闘狂のことだからな。………多分」

 

「なるほどな、果たし状みてぇなもんか」

 

「ちょっと!笑い事じゃないわよ!」

 

(フゥー。………あれ?どうして私はホッとしてるんでしょう。だってキリコさんはこれからの計画に必要なだけで、別にその……そういった感情はあるわけでは……。でもあの人にキリコさんが言い寄られた時は確かにムカッとして……いやいや、だからそんなんじゃ……)

 

「(ミュゼさん?)……肝心のキリコさんはかなり迷惑そうですが」

 

「確かにこれがある限り、キリコはシャーリィに狙われるからね」

 

「……………………」

 

「その……すまん」

 

ランドルフは憮然とするキリコに謝ることしかできなかった。

 

 

 

その後、遅れてやって来た主計科とミハイルとトワはリィンたちⅦ組特務科とランドルフたちⅧ組戦術科とともに、近くに自生していた山ユリを供え、祈りを捧げた。

 

墓参りの後、Ⅶ組はリィンの説教を受けた。

 

「君たちは何を考えているんだ!」

 

「君たちには特務活動は昨日で終了したと言ったはずだ!おまけに訓練からのエスケープと機甲兵の私的な利用……!」

 

「正規の軍人なら軍法会議ものだぞ!」

 

「はい…………」

 

「今回ばかりは申し開きのしようもないな」

 

「そうですね」

 

ユウナたちは目を伏せる。

 

「君もだ、キリコ!さっきも言ったが君は演習を離脱しているはずだろう。勝手に復帰することが許されないことぐらいわかるはずだ!」

 

「申し訳ありません」

 

「まあまあ、そのくらいにしておいてあげたら?」

 

「我らもかつて、命令違反は幾度もしてしまったからな」

 

「そだね、トールズ本校が機甲兵に襲われた時とか」

 

それを聞いたユウナたちは揃ってリィンにジト目を向ける。

 

「……教官?」

 

「自分たちの正当性を主張するつもりはありませんが……」

 

「なにやら聞き捨てならないことを聞いたような」

 

「……………」

 

「──それはそれ、これはこれだ。教官である以上、生徒の独断専行を評価するわけにはいかない。今回は運が良かっただけで次、無事である保障がどこにある?」

 

「今回、実験用機甲兵の運用実験を行っていたキリコが参戦する形で危機を乗り越えたが、そもそも君は前もって報告すべきだった。その時点でチームワークを軽視していると見なされてもおかしくない。これは由々しき問題だ」

 

「それは…………」

 

「……仰る通りです」

 

「……………………」

 

「………はい」

 

「───だが突入のタイミングはベストだった」

 

「え」

 

「機甲兵登場の隙を突いて時間を稼いだこと。不意を突く形で脅威となる自律型支援武装の排除と臨機応変な機甲兵の運用。授業と訓練の成果がちゃんと出ていたじゃないか?」

 

「あ………」

 

「それからクルト。いい気迫だった。君ならではのヴァンダール流の剣、しかと見届けさせてもらったよ」

 

「…………ぁ………………」

 

「どうやらわだかまりも解けたみたいだな?」

 

「教官は見抜いていたんですね……。僕がキリコに対して……」

 

「君がキリコに対して劣等感ようなものを抱いていたことはわかっていた。君とキリコでは価値観の違いがあることはある意味当然と言える。だが、もう大丈夫だな?」

 

「──はい!」

 

クルトはキリコの方を向き、頭を下げる。

 

「すまない。僕は君に……」

 

「気にしていない。頭を上げてくれ」

 

「キリコ……」

 

「これからも頼む」

 

キリコはクルトに右手を差し出す。

 

(わ、笑った!?)

 

(キリコさん、笑いましたね……ほんの少しですが……)

 

(……ある意味貴重だな)

 

「──ああっ!」

 

クルトはキリコの手を強く握った。

 

 

 

リィンの説教の後、キリコはミハイルに呼び出された。

 

「キュービィー候補生。君は演習から離脱することを承諾したはずだ。何か言うことはあるか?」

 

「いえ、ありません」

 

「そうか……」

 

「待ってください!彼には厳重に注意しますから……」

 

「ミハイル教官、どうか退学だけは………」

 

「誰が退学にすると言った?」

 

ミハイルはかなり不機嫌になり、一通の書類を出した。

 

「これは?」

 

「君に任せる」

 

ミハイルは不機嫌なまま、去っていく。

 

「教官、これは?」

 

「………どうやら分校長とシュミット博士からのものですが」

 

「なんて書いてあるんですか?」

 

「ええと……要約すると実験用機甲兵の運用実験は演習とは別系統であること、シュミット博士の特命であることから、運用データの提出を条件にキリコの自由行動の一切を保証するとあるな」

 

「えっ!?それって……」

 

「キリコの行動は正当ということですか?」

 

「そうらしいな。ただし、今回はイレギュラーだから罰則がつくことになるが、キリコ」

 

「はい」

 

「じゃあキリコさんは退学にならないんですね?」

 

「よかった~~!」

 

「ああ。だが君たちも罰則は受けてもらう。内容は帰ったら直ぐに分校の全てのトイレ掃除だ。当然、アッシュとミュゼもな」

 

「はぁぁぁっ!?」

 

「あらあら、私もですか」

 

「うへ~~。トイレ掃除かぁ~」

 

「仕方ない、帰ったら直ぐにやろう」

 

「眠るのは遅くなりそうですね……」

 

「まあ、俺もだがな」

 

「教官もですか?」

 

「君たちの不始末は俺の責任でもあるからな」

 

「なら俺にも責任があるな」

 

ランドルフが笑いながらやって来た。

 

「ランディ先輩……」

 

「アッシュの奴がかなり迷惑をかけたな。俺も手伝うぜ」

 

「ミュゼちゃんのこともあるし、私も手伝うよ」

 

「ランドルフさん、トワ先輩も、すみません」

 

「気にすんなよ。ただ、この人数だとすぐ終わっちまうな。よしアッシュ、寮の便所掃除もやるぞ」

 

「何余計なこといってんだ!」

 

「アッシュ、死なば諸ともだ………」

 

「黙ってろ、ヴァンダール!」

 

「じゃあ、決まりね。帰ったら大掃除だからみんなちゃんとやること、いいね?」

 

『イエス・マム!』

 

「ふざけんな!」

 

 

 

翌日、生徒たちが分校に帰る日がきた。

 

分校生たちを見送ろうと、エリオットたち旧Ⅶ組、アガット、ハイアームズ侯爵、クレイグ将軍とナイトハルト中佐、レクター少佐、そしてライル大尉ら元第九機甲師団員が集まった。

 

「キリコ、本当に学生なんてやってたんだな」

 

「そちらも第四に編成されていたとはな。少将の遺言とやらか」

 

「まあな。教官殿、キリコをよろしくお願いします」

 

「ええ、任せてください」

 

ライル大尉の言葉にリィンは応える。

 

 

 

「そなたがマテウス殿のご子息か」

 

「はい、クルトと申します」

 

クルトはクレイグ将軍ナイトハルト中佐と話をしていた。

 

「マテウス殿とは以前、正規軍の武術教練でお会いしたことがあってな。もっとも、君の使うヴァンダール流とは異なるのだが」

 

「はい、百式軍刀術でしたか。アルゼイド流とヴァンダール流双方の流れを汲むという」

 

「うむ、私やナイトハルト、ヴァンダイク元帥閣下を含めた正規軍人は百式軍刀術の習得が必須であるからな。ヴィクター殿やそなたの父君には教官として時々来てもらってたのだ」

 

「存じております」

 

「クルト君、君のことはミュラーから聞いている。双剣術においてはヴァンダール家始まって以来の剣士になるとな」

 

「兄上が……そんなことを……」

 

「君の教官からも聞いている。精進するようにな」

 

「はい!」

 

 

 

(ハイアームズ閣下、ではいずれ)

 

(ええ、貴女も)

 

(ミュゼちゃん?)

 

「どうした?ティータ」

 

「あっ、アガットさん」

 

「いえ、別に……。それよりお疲れ様でした」

 

「ああ、別にどうってことねぇよ」

 

アガットはティータの頭を撫でる。

 

「ア、アガットさん!?」

 

「いいか、ティータ。この帝国でお前の身に危険が及ぶと判断したら即座にリベールに連れ帰るからな。俺がお前を守ってやるからな」

 

「あうう……アガットさん」

 

「ほう……これは……」

 

「ラブラブだね」

 

(サラ教官やトヴァルさんに弄られてるのがわかるな……」

 

「おい、コラ。何こそこそしてやがる?」

 

「よかったね。甘えさせてもらって」

 

「フィ、フィーさん?」

 

 

 

「いや~、お前さんも大変だったな。心配したぜ?」

 

「あんた、わざとらしいんだよ」

 

「で?何か掴めたか?」

 

「ああ、だいたいはな……」

 

「あそこにいたかもしれねぇってことと……」

 

アッシュは左目を押さえる。

 

「こいつがなんなのかってことだ」

 

「……………」

 

「まあいい、あんたの言うとおりここにいればなんとかなりそうだ。一応、感謝するぜ」

 

「礼には及ばねぇさ。それより帰ったら便所掃除だってな?がんばれよ~」

 

「てんめぇ………」

 

 

 

「ここでお別れだね、リィン」

 

「ああ。エリオットにラウラにフィー。今回は助かった。ありがとうな」

 

「気にするな。前にも言った通り、我らは皆そなたのことを気にかけているのだ」

 

「それがわたしたちⅦ組だからね」

 

「うんうん。トワ会長もお元気で」

 

「うん、みんなもね」

 

「教官!」

 

ユウナたちがやって来た。

 

「君たちも頑張ってね」

 

「はいっ!」

 

「クルト、答えは出たか?」

 

「少しだけなら。ですが、一歩一歩乗り越えてみせます。このⅦ組で」

 

「そうか」

 

ラウラは満足そうに微笑む。

 

「ユウナもアルティナも頑張ってね。後、ミリアムが会いたがってたよ」

 

「ミリアムさんってアルのお姉さんよね?」

 

「この間会ったのでいいです。後、姉ではありません」

 

アルティナはそっぽを向いた。

 

「あはは。それよりもリィンいつかみんなでね」

 

「ああ、いつか、な」

 

「教官?」

 

「リィン君、それって……」

 

 

 

「ええい、いつまでそうしている気だ。定刻だぞ!」

 

 

 

ミハイルの雷が落ちた。

 

「おっと、もうそんな時間か」

 

「うむ、それではな」

 

「またね、リィン」

 

「それじゃあね」

 

リィンたちは見送りに来た者たちに別れを告げた。

 

 

 

[キリコ side]

 

列車に戻った俺は問答無用でハーシェル教官による健康チェックを受けさせられた。体力の消耗はあったがその他は問題はなかった。

 

だがハーシェル教官は最後まで疑っていた。

 

それはそうだろう。弾丸を4発も受けた人間が一日やそこらで歩き回れるはずがない。ましてや、機甲兵を乗りこなすなど異常だろう。

 

結局、ハーシェル教官はフィー・クラウゼルが渡した体力増強剤と鎮静剤がよほど効いたと結論付けた。

 

この世界では遺伝子の研究はまだまだ始まったばかりらしいので異能生存体が解明されるのは当分先のことだろう。

 

 

 

健康チェックから解放された俺を待っていたのは質問攻めだった。

 

最初はおっかなびっくりだったが、途中から熱を帯びてきて、リィン教官が止めに入るまでフルメタルドッグのことや内戦のことを聞かれた。

 

実験用機甲兵ならまだしも、内戦のことはあまり話したくない。戦争が身近でない彼らにとっては興味深い話だろうが、俺にとっては忘れたい過去だからだ。

 

 

 

質問攻めが終わり、コーヒーを飲んでいると、ミュゼが紅茶の入ったカップを持って隣に座ってきた。俺はある疑問をぶつけた。

 

「ハーメル村だったか。知っていたのか?」

 

「はい……。あの、それが何か……」

 

「ハイアームズ侯爵もクレイグ将軍も分校が入ることを許可したことだ。そのどちらかをも上回る誰かが手引きしたと考えるのが普通だろう」

 

「仰る通りです」

 

ミュゼはすんなり認めた。

 

「これも異能とやらか?」

 

「ええ……。以前も話したように、彼らが彼の地でことを起こすことはわかっていました。そしてこれは初手に過ぎません」

 

「初手だと?」

 

ならば他にも同じようなことが起きるというのか?

 

「ええ。キリコさん、お願いです。帝国に迫りつつある脅威に立ち向かう手助けをして下さい」

 

「その話なら断ったはずだ」

 

「どうしてですか……!」

 

その答えなら決まっている

 

「戦いに利用されるのはまっぴらだ」

 

「ッ!………私が無理やり従わせようとしてもですか?」

 

「……………」

 

俺はミュゼの目を見ながらはっきりと答えた。

 

 

 

「たとえ神にだって俺は従わない」

 

 

 

俺はそれだけ言って部屋に戻った。

 

[キリコ side out]

 

 

 

残されたミュゼはキリコの言葉を反芻していた。

 

「『たとえ神にだって俺は従わない』、か……。キリコさん、貴方の強さの秘密が少しわかった気がします」

 

ミュゼは紅茶の入ったカップをおいた。

 

(羨ましいです。運命をものともしないその意思が。キリコさん、貴方のことがもっと知りたいです)

 




これで第一章は終わりです。長かったような短かったような……。

次回から第二章、クロスベル篇が始まります。


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第二章 クロスベル篇
邂逅①


第2章始まります。


七耀歴 1206年 5月 13日

 

ライノの花が完全に散り、春も終わりに近づいていた。そんな中でも、キリコたちは忙しい日々を送っていた。

 

 

 

[ユウナ side]

 

分校に入って1ヶ月以上経ったけど、授業の内容はさらに複雑になった。

 

今までのに加えて軍事学なんてのをやるんだけど正直解りづらい。

 

記号だの方向だの細かいし、専門用語が多すぎて理解が追いつかない。

 

それにあたしの……ううん、あたしたちの故郷を侵略した国の軍隊の勉強なんてやりたくない。

 

わがままなのはわかってる。だけどなんだかやるせない気持ちになる。

 

アルは情報局だから完璧みたいだけど、意外にもキリコ君は少し手こずってるみたいで、クルト君はなんとかついていってるって感じ。

 

だけど分校のみんなはあたしがクロスベル出身だからって何か言うことはない。

 

Ⅶ組のクルト君とアルとキリコ君をはじめ、テニス部のゼシカとルイゼも仲良くなった。

 

そういえばクルト君とキリコ君が仲直りしてからは寮生活でも実習でも息が合ってたりする。

 

クルト君、あんな態度をとってたのに。

 

男の子の友情ってやつ?

 

ちょっぴりうらやましい、かな。

 

[ユウナ side out]

 

 

 

[クルト side]

 

「ふうー………」

 

日課の鍛練を終えた。

 

いつもより乱れがなかったような気がするし、心に少し余裕ができた感じもする。

 

この前の演習で僕は失態を演じてしまった。

 

その結果、仲間を危険に晒し、教官にさえ見限られてしまった。

 

原因はわかってる。僕があまりにも中途半端だったからだ。

 

僕は体格が父上や兄上に劣ることからヴァンダール流の剛剣術を継げず、双剣術を修めた。

 

他でもない僕自身のことなのに、僕は少しみじめな気持ちだった。

 

それに加えて皇族守護の任を解かれたことも重なって、卑屈になっていたんだろうな。

 

演習ではそれが形になって表れたんだと思う。

 

初日は人形兵器に背後を取られたり、追い詰められて諦めかけたり散々だった。

 

ラウラさんが助けに来てくださらなかったら教官が封じていたあの力を使っていたかもしれない。

 

今思うとラウラさんに言ったことは僕自身の否定だった。

 

多分、あの時点で教官は見抜いていたんだと思う。

 

翌日、政府の要請で分校を離れることになった教官からキリコの方が上だと告げられた時、僕はすんなり受け入れた。

 

キリコと僕とでは覚悟が違ったからだ。

 

そんな時、折れかけた僕をユウナが叱咤し、励ましてくれた。

 

あれがなかったら完全に折れていたかもしれない。

 

その後、Ⅷ組のアッシュとⅨ組のミュゼとともに演習からエスケープして教官方に加勢。

 

復活したキリコも加わり結社を退けることに成功した。

 

その直後に色々と不可思議なことがあったが、最終的に僕はキリコと和解し、教官から認められた。

 

僕はもう迷わない。

 

たとえ剛剣術が使えなくても双剣術を極めてみせる。

 

それが僕の道だ。

 

「クルト side out]

 

 

 

[アルティナ side]

 

5月 12日、異常なし。

 

先月の演習では独断専行を犯してしまい、懲罰が課せられると思っていました。

 

しかし、アランドール少佐からはお咎めなしと告げられました。

 

不可解ですが、上官がそう言うので仕方ありません。

 

不可解と言えば、二つほどあります。

 

一つはキリコさんのことです。

 

紅の戦鬼に撃たれて重傷を負ったはずですが、キリコさんは一命をとりとめました。

 

それだけならまだしも、実験用機甲兵に乗ってハーメル村にまで駆けつけました。

 

その時点でキリコさんはほとんど完治してました。

 

しかし、キリコさんはわたしと違って普通の人間のはずです。

 

いえ、たとえホムンクルスであったとしてもあの回復力は異常です。

 

調査案件に加えるべきかもしれませんがわたしの任務はリィン教官の監視なので不要です。

 

もう一つはわたし自身のことです。

 

わたしはキリコさんが生きていた時ホッとしました。

 

そもそもキリコさんの負傷は独断専行の結果なのに、キリコさんを見殺しにしようとは思いませんでした。

 

また、ユウナさんからアルと呼ばれることに抵抗感を感じません。

 

わたしは任務のためだけに必要なはず。

 

なので他のことはどうでもいいはず。

 

なのになんなのでしょう、この気持ちは………。

 

[アルティナ side out]

 

 

 

HR直前

 

「ふぁ~、疲れた~」

 

「ああ、お疲れ」

 

「先月も同じ事を言ってましたね」

 

「いいじゃないのよ~。……同じと言えばキリコ君も平常運転よね?」

 

「そうだな」

 

「変わりませんね」

 

「ふう……。それにしても、なんだか内容が難しくなってない?」

 

「そうかもしれないな。まあ、入学して1ヶ月だからね。そろそろ慣れも出てくる頃だろう」

 

「5月病の予防ですか」

 

(メリハリをつけるためといったところか……)

 

「でもこの間に比べたらなんて事ないわ。こんなことでへこたれてる暇はないんだから!」

 

「そうですね」

 

「ああ、その通りだ」

 

 

 

「そう言えば、新しい人が二人も入ったんだよね」

 

「ああ、ハイアームズ侯爵家の執事のセレスタンさんが分校の用務員としてね」

 

「そうそう!セレスタンさん。でも侯爵さん困らないのかな?」

 

「いや、なにも執事はセレスタンさんだけじゃないだろう。なんでもハイアームズ侯爵家の三男にあたる方と教官は同窓生らしいんだが」

 

「へー、そうなんだ。つくづく驚かされるわね。それでもう一人は……」

 

「教官の同窓生のミントさんですね。確か技術スタッフとして」

 

「…………………」

 

「あれ?キリコ君、どうかしたの?」

 

「ああ、なんでもミントさんが肝心なところでミスをして、博士に毎日のように叱られているらしいんだが、そのとばっちりがキリコやティータに飛び火してるらしいんだ」

 

「かなり優秀な技術者のようなんですが……おっちょこちょいというか」

 

「あはは……キリコ君、お疲れ様」

 

「ああ」

 

 

 

「あっ、そうそう。キリコ君が乗ってたあの機甲兵ってどうなったの?」

 

「回収した後、修復された。記録データと俺の意見書を基に改修と新たな強化プランに回すらしい。後予備としてもう一機が格納庫に搬入されたそうだ」

 

「なるほどな」

 

「思ったのですが……最初から新型機甲兵を製造すれば良いのでは?」

 

「博士によると製造元がラインフォルトとは別口らしい。新造するより既存の機甲兵をベースにした実験機の方が安くすむそうだ。後いちいち造る手間も省けるとも言っていたな」

 

「なによそれ!?適当過ぎない?」

 

「兵器開発ならある意味当然の判断と言えますが……」

 

「コストをかけずにか、だが釈然としないな……」

 

「そんなものだ」

 

「後、ティータさんが言っていましたが、あの実験用機甲兵──フルメタルドッグでしたか。分校生徒で運用しようとしたら操作性が特殊過ぎてキリコさん以外に扱えないとか」

 

「僕もシドニーから聞いたことがある。分校長でさえ匙を投げたらしいが」

 

「め、滅茶苦茶ね………」

 

「必然的にキリコさん専用機というわけですか」

 

「………………」

 

 

 

話題は男女別れての授業についてになった。

 

「クルト君とキリコ君は導力ネットについてやったんだよね?」

 

「ああ。二人は調理実習だったか」

 

「あはは、うん」

 

 

 

5、6限

 

女子生徒は調理実習でお菓子を作っていた。

 

「──それじゃみんな、まずはレシピ通りに進めてね!お菓子作りは分量と手際が大事!経験者は教えてあげてね」

 

『はーい!』

 

 

 

[ユウナ side]

 

あたしとアルはティータとミュゼの4人で班を組んでお菓子作りやってたの。ティータはすごく手際が良くてミュゼはまあまあ、アルはちょっと危なっかしかったけど。

 

あたしもお母さんに一通り教わったんだけどティータには敵わない。

 

「ユウナさんは意外に女子力というものが高いんですね」

 

「意外にって何よ、意外にって!あたしだって下の子たちにお菓子を作ってたんだからね」

 

「ユウナさんご兄弟がいるんですか?」

 

「うん、弟と妹がね。ってアル!こぼしかけてる!」

 

危うく生クリームが台無しになるとこだったわ。

 

「ふふ、私も頑張らなくては。皆さんもリィン教官に美味しく召し上がっていただくためにでしょう?」

 

「なんでそんな話になるのよ」

 

「そもそもミュゼさんとリィン教官は接点がありましたか?」

 

「ふふふ、どうでしょう?」

 

なんか誤魔化された気がする……

 

「そう言えばリィン教官の女性関係ってあまり聞きませんね」

 

「演習の時に来てた人たちがそうだったよね」

 

「アルゼイド子爵家のラウラ様に遊撃士のフィーさんでしたか」

 

「あんな強くて綺麗な人たちとあんな風に親密だなんて……」

 

「後、エリオットさんもカイリ君みたいに可愛い系だし、色々と恵まれ過ぎでしょ、あの人!」

 

「落ち着いてください、ユウナさん」

 

「あ、それもアリですね♥️乙女の嗜みとしては!」

 

「な、何がなんだか……」

 

「理解不能です……」

 

うん、あたしも理解できない。ていうか同族扱いしないで!

 

「なになに、リィン教官の話?」

 

そしたらみんなが集まってきた。

 

「確かにカッコいいけど、この学院、他にもハンサムな人が多いよねぇ」

 

「ランドルフ教官もワイルドなイケメンだし、ミハイル教官もやかましくなければ悪くない顔立ちだね」

 

ランディ先輩はあの軽さがなければね。ミハイル教官には概ね同意かな。

 

「ふふっ、男子もなかなか粒揃いですよねぇ。クルト君みたいな綺麗系にアッシュ君みたいな不良系」

 

「確かにクルト君は反則かもね。女子より整ってるっていうか……。カイリ君くらい可愛いタイプだと逆に妬ましくないけれど」

 

「……アッシュさんは少し怖いです……」

 

「他の男子も分析すると───スターク君は知的スマート系、グスタフ君は寡黙ドッシリ系、ウェイン君は頑固暑苦しい系、パブロ君は剽軽お調子者系、フレディ君はワイルド野生児系──」

 

「あっ、シドニー君は残念二枚目系でしょうか?」

 

「……さすがに失礼なんじゃない?」

 

クルト君によると、シドニー君はモテたいからチェス部に入ったとか。

 

でもシドニー君がモテてるって話は聞いたことない。

 

「問題は後一人……」

 

「キリコ君ね……」

 

「キリコさんは……その……近寄りづらいというか……」

 

タチアナからはあまりいい評価じゃないわね……。まぁ、最初はあたしもそうだったし。

 

「キリコさんはとにかく不言実行がほとんどですね」

 

「クールっていうか、ドライっていうか……とにかく冷静沈着よね」

 

「授業でもスラスラ答えていますし、詰まったりした所は一度も見たことがありませんね」

 

「技術者としても私より上だと思います」

 

アルとヴァレリーとミュゼとティータはキリコ君の長所を挙げていく。

 

「ふむ。統合すると、キリコ君は孤高の天才系といったところでしょうか」

 

マヤの言うとおりかも。

 

確かにキリコ君って強いし頭も良いし機械にかなり強いしね。それに無口だけどすごく頼りになるし。

 

「それに機甲兵なら第Ⅱ分校最強の腕利きだからねぇ。生身でも十分強いけどさ」

 

「ええ……あの冷静な判断力と大胆な戦法は凄いと思うわ」

 

レオ姉とゼシカはキリコ君のことを認めてるっぽい。

 

キリコ君に分校生徒全員で挑んでも敵わなかったりして。

 

「でもキリコ君ってなんかカッコいいよね」

 

「あっ、わかります。大人びてて陰がある感じですよねぇ~」

 

サンディとルイゼはそんなことを言った。

 

確かにキリコ君って同い年に見えないのよね。

 

「ほらほら、調理実習中だよ!」

 

すると、トワ教官から注意が飛ぶ。

 

「そう言えば、トワ教官ってリィン教官と仲がよろしいんですよね?」

 

「へっ……!?」

 

「あ、あたしも気になってました!それとティータちゃんと赤毛の遊撃士さんについても!」

 

「ふえっ……!?」

 

ミュゼの一言がきっかけで教室の空気が一変しちゃった。

 

こうなってくるともう調理実習どころじゃなくなちゃった。

 

「あんた、狙ってたでしょ?」

 

「ふふ、何のことでしょう?」

 

なんかはぐらかされた。

 

「あううっ……」

 

「ああもう……!みんな、静かにしなさ~い!」

 

トワ教官の言葉を最後にみんな戻ってお菓子作りを再開した。

 

調理実習が終わった後、トワ教官からお説教もされたけど。

 

ちなみに作ったお菓子はクルト君とキリコ君に配る予定。

 

教官は………………余れば。

 

[ユウナ side out]

 

 

 

一方、男子生徒は導力ネットの課題をこなしていた。

 

[クルト side]

 

僕たちはリィン教官とシュミット博士の指導で導力ネットについて学んでいた。

 

ただ、博士が『サルでも分かる課題プログラム』をおいてどこかへ行ってしまった。

 

僕たちは呆れるしかなかったが、リィン教官主導で進めることになった。

 

「やあ、キリコ。どんな具合だい?」

 

「スターク、それにウェインか。問題はない。そちらはどうだ?」

 

「ああ、さっぱりわからん」

 

「そっちも大変だな」

 

「ああ、クルトか。導力ネットがこれほど難しいとは思わなかったよ。まぁ、これからは帝国と言えど商取引は導力ネットが主流になるんだろうけどな」

 

「クロスベルではとっくにそうらしいがな」

 

クロスベル市は金融街としての一面を持っていたはずだな。

 

「それにしても女子はお菓子作りかいな」

 

「確かこの後、俺たちはカレー作りだったな」

 

「ううん……料理はちょっと自信が……」

 

パブロとグスタフが次の授業のことを話している横でカイリが暗くなってるな。

 

「フハハ、腕の見せ所だな!」

 

調理実習か……なんとかなるかな?あとフレディが変な物入れないかが問題だな。

 

「そう言えばクルト、お前は料理できるのか?」

 

「簡単なものしか作れないな。そういうウェインはどうなんだ?」

 

「ここに来るまで料理などやったことがないんだ。だがこれは実習。必ずやり遂げてみせる!」

 

「そ、そうか……」

 

気合いが空回りしないといいが。

 

「ところでアッシュ!君も少しは協力したまえ!」

 

ウェインがだらけているアッシュに注意を飛ばす。

 

「自分たちのような初心者でも力を合わせれば──」

 

「ハッ、くだらねぇな。これ以上は時間の無駄だ。バックレさせてもらうぜ」

 

そう言ってアッシュは出ていった。

 

憤慨するウェインを横にスタークはアッシュの端末の画面を覗くと、すぐに教官を呼んだ。

 

なんとアッシュは全問解き終わっていた。

 

さすがに全問正解ではないが十分及第点は取っていた。

 

教官の言うとおり導力端末を扱った経験があるのかもしれない。

 

「ふう……」

 

僕らを尻目にキリコは一息ついていた。

 

「お?キリコ終わったのか?」

 

「ああ」

 

「へぇ、どれどれ……」

 

シドニーがキリコの端末を覗きこむ。

 

「……………」

 

画面を見つめるシドニーは唖然としていた。

 

「なあ、キリコ……。これ、俺たちと違くね?」

 

「博士が勝手に操作したらしいな」

 

全員で見に行くと、僕たちよりはるかに難しい課題が写っていた。

 

というか博士は何しているんだ?

 

「これは……!」

 

「全問正解してる。こんな難しい課題を」

 

「マジか……」

 

「チキショーッ、イケメン補正かかりすぎだろっ!」

 

だから何なんだその補正は。

 

「──ほら、授業中だぞ!時間がかかってもいいから丁寧に解いてみてくれ。後半、難しいようなら遠慮なく質問するといい」

 

『は~い!』

 

その後は教官やキリコに聞きながら全員課題プログラムを終えた。

 

それにしてもアッシュ・カーバイドか……。

 

[クルト side out]

 

 

 

「へぇ~、そっちも大変だったのね」

 

「お疲れ様でした」

 

「はは、疲れたよ」

 

「……………」

 

「そう言えば調理実習はどうなったの?」

 

「ああ、なんとか上手くいったよ。僕はパブロとシドニーと組んで、キリコはスタークとウェインだったか」

 

「ああ」

 

「クルトさんはともかく、キリコさんも料理できるんですね」

 

「うん、あんまりイメージがないよね」

 

「確かにキリコはコーヒーを豆から煎って、ミルで挽いてから淹れる姿しか見たことないな」

 

「それくらいしかできない」

 

「十分過ぎると思いますが……」

 

「あはは……。あっそうだ、これクルト君とキリコ君にお裾分け」

 

「どうぞ」

 

ユウナとアルティナはお菓子を二人に渡した。

 

「ありがとう」

 

「これはクッキーか?」

 

「うん。久しぶりだからわかんないけど食べてみて」

 

「いや、教室はまずいだろう」

 

「──教室での飲食は禁止だぞ?」

 

リィンがユウナを窘めるながら教室に入る。

 

「お疲れ。今日も盛りだくさんだったな。初めての男女別授業もあったが結構新鮮だったんじゃないか?」

 

「「……………」」

 

ユウナとアルティナはそろってジト目を向ける。

 

「えっと……」

 

(……クルト、キリコ。俺、何かやらかしたか?)

 

(知りませんよ……。どうやら女子の授業で盛り上がったそうですけど。教官は女難の相が強そうですし気をつけた方がいいのでは?)

 

(……………………)

 

「……フン、まぁ教官自身にそこまで非があるわけじゃないし」

 

「本人の自覚が薄い以上、気にするだけ損かもしれません」

 

「まあいい………部活も本格的に始まったし、ケガや体調管理は気をつけてくれ」

 

「それと──明日は自由行動日になる。趣味、遊び、部活など何をするかは各自に任せるが……週明けには機甲兵教練、週末には特別演習があるから注意してくれ」

 

「ふう……あっという間な気がしますね」

 

「ちなみに次、どこに行くかは教官も知らないんですよね?」

 

「ああ、俺たち教官陣も明日のブリーフィングでだな。前回のことを考えると一筋縄では行かない可能性もある。どうか英気を養っておいてくれ」

 

「了解」

 

「特務活動はともかく……結社の動向は心配ですね」

 

「うん……ロクでもないことをまたしでかしそうな気配だったし」

 

(幻焔計画だったか)

 

「──ちなみに次も帝国政府の要請があったらリィン教官だけ別行動を?」

 

「そう言えば……」

 

「実力不足は否定しませんが全く当てにされないのも……」

 

「…………」

 

「……正直に言わせてもらえば君たちの身を案じてでもある」

 

リィンは重い口を開く。

 

「だが、入学して2ヶ月近く、君たちも鍛えられてきたようだ。確約まではできないが、次は協力してほしいと思っている」

 

「あ………」

 

「言いましたね!?よーし、言質は取った!」

 

「……力を尽くします。稽古なども付けてもらえれば」

 

「ああ、考えておくよ」

 

そしてリィンはキリコの方を向く。

 

「キリコ、実験用機甲兵の運用実験についてだが……」

 

「ええ、聞いています。週明けに」

 

「週明け?機甲兵教練じゃないの?」

 

「何も演習中にのみやれとは言われてない」

 

「では……」

 

「ああ、フルメタルドッグで出る」

 

「なるほど。これは手強くなりそうだな」

 

「──HRは以上だ。アルティナ、号令を頼む」

 

「はい。起立──礼」

 

ちなみにHRの直後、アルティナと顔を赤くしたユウナはリィンにお菓子を渡した。

 

 

 

「キリコさん、ちょっといいですか?」

 

格納庫で作業していたキリコはティータに話しかけられる。

 

「どうした?」

 

「あの、明日帝都に買い出しに行きたいんですけどキリコさんも行きませんか?」

 

「買い出し?」

 

「はい。料理研究部の買い出しと技術部での必要なパーツの注文なんですけど……」

 

「男手ならフレディがいるだろう。それに午前に機甲兵のテストがある」

 

「あっ、午後で構わないんです。それにちょっとフレディ君だけだと荷物が多いので、なんとかなりますか?」

 

「………」

 

「ええっと………」

 

「………わかった」

 

「ありがとうございます!ごめんなさいわざわざ」

 

「気にしなくていい。それより外出届けはあるか?」

 

「あっ、今持ってきますね」

 

そう言ってティータは校舎へ向かった。キリコが作業に戻ろうとすると………

 

「キリコさん、ちょっといいですか?」

 

ミュゼが話しかけてきた。

 

「なんだ?」

 

「ティータさんと態度違いませんか?」

 

「…………」

 

「まあ、それはともかく、これどうぞ」

 

ミュゼはそう言って、キリコにお菓子を渡す。

 

「クッキーか」

 

「はい。キリコさんに召し上がってほしくて心を込めて作りましたわ♥️」

 

「……そうか」

 

「あっそれとコーヒーもどうぞ」

 

「いただこう」

 

(ふふっ、作戦成功、ですね♪)

 

キリコは作業を中断し、クッキーをかじる。

 

「悪くないな」

 

「ふふ、ありがとうございます。キリコさんはコーヒーを嗜むので甘さは控えめにしたんですけど……」

 

「ああ、悪くない」

 

「嬉しいです♥️」

 

「……………近づき過ぎだ。離れろ」

 

「ああん、キリコさんのいけず♥️」

 

「…………………………」

 

ミュゼはティータが戻ってくるまでキリコに寄り添っていた。

 




次回、原作に先駆けて何人か登場します。


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邂逅②

色々考えていく内に多くなったのでまとめたら久々に一万字超えました。


5月 14日

 

キリコは週明けの機甲兵教練に向けて、いつもより念入りに機甲兵のチェックを行っていた。

 

(駆動系は問題なし。エンジン各部問題なし。フレーム及び装甲も異常なし)

 

「キリコさん、そっちはどうですか?」

 

「項目は全てクリアだ」

 

「わかりました!」

 

ティータは早速、端末に数字を打ち込んでいく。

 

「キュービィー、弟子候補ちょっと来い」

 

キリコとティータはシュミット博士に呼ばれ、二階に上がる。

 

「何か?」

 

「お前たちはどう見る?」

 

シュミット博士の前には先月に遭遇した神機アイオーンtype-γⅡの残骸があった。

 

「これをどこで?」

 

「TMPが回収したものをこちらの方にも回させた。アーヴィングあたりが『手を煩わせるわけには』などと抜かしていたが、余計な世話というものだ」

 

「…………」

 

「は、博士~……」

 

ティータは呆れていた。

 

「それで、何かわかったんですか?」

 

「そう急くな弟子候補。この破片だけで正確な解析など出来るものか」

 

(確かにな)

 

「ただ一つ言えるのは……その神機とやらが機動していた事自体、工学的におかしいということだ」

 

「何?」

 

「どういうことですか?」

 

「この機体に使われている合金──クルダレゴンだったか」

 

「クルダレゴン?」

 

「もしかすると結社が開発した素材かもしれません」

 

「機甲兵に使われる特殊鋼よりも優れた素材ではある。だが、報告にあったほどの巨体を支えられるほどの強度では到底ない。仮に貴様やシュバルツァーが手を抜いたとしてもだ」

 

「……………」

 

「まあまあ。でも灰の騎神の武器は確かゼムリアストーン製のはず。でもそれを防いだということはそれ以上の硬度でなければなりませんし……」

 

(そう言えばやつらは実験と言っていたが……こうなると神機そのものではないということになる)

 

「フン、サンプル不足だが調べられるだけ調べておくか。貴様らもとっとと準備を済ませろ」

 

「……了解」

 

「わ、わかりました!」

 

 

 

「あっ、キリコ君、ティータちゃん。ちょっといいかな?」

 

一階に降りると、ミントに呼ばれる。

 

「何かご用ですか?」

 

「キリコ、愛想よくしろとは言わないが一応先輩だぞ?」

 

ミントの隣にいたリィンに窘められる。

 

「いいのいいの♪キリコ君ってかなり優秀だから。それに結構迷惑かけちゃったみたいだし」

 

「そ、そうか……(相変わらず度胸があるというか……)」

 

「それでミントさん、どうしましたか?」

 

「うん、リィン君にさっき話したんだけど」

 

ミントはキリコとティータに球体の物質を見せた。

 

「これは?」

 

「オーブ……ですか?」

 

「ああ……内戦の時に俺の一つ上のクララって人が古代の文献から騎神用のオーブの作り方を習得してな。そのオーブをヴァリマールに組み込むことでパワーアップするんだ」

 

「す、すごいですね……!」

 

「ああ。でもクララ先輩って卒業と同時に彫刻家になって、個人でアトリエを構えたと聞いていたような……」

 

「彫刻家?」

 

「技術者じゃないんですか?」

 

「うん。クララ先輩ってトールズ本校の元美術部長だよ?」

 

「なんでも、内戦時に偶然ノルド高原の石切場で製作風景の壁画を見つけて、そこから見よう見まねで習得したそうだが……」

 

「「………………」」

 

「あはは、すごいよね。クララ先輩」

 

「あ、あはははは…………」

 

ティータは乾いた笑いをあげるしかできなかった。

 

「それで、このオーブがなんだと?」

 

「うん、ここからが本題なんだけど──実はクララ先輩からオーブの作り方を教わったの。それで試しにオーブを作ってヴァリ君に組み込んでみたら、面白いことが起こったんだよねー」

 

「面白いこと?」

 

「フフン、何を隠そう騎神のリンク現象に関することなんだけど──どうやらオーブの効果が準起動者(ライザー)が搭乗する機甲兵にも影響することが分かったんだよね」

 

「準起動者と言うと、旧Ⅶ組のみんな、それにユウナやクルト、それにキリコか……」

 

「それなんだけど……なぜかキリコ君のドッ君にはそれの効果が薄いの」

 

「えっ?」

 

「………」

 

「その様子だと自覚はあるみたいだな?」

 

「はい。周りの考えはわかりますが、そこまで強化されたとは思えません」

 

キリコは先月のハーメルの一件を思い返しながら答える。

 

「それについては後で考えるとして、こうなってくると、彼らにはその力を使いこなせるようになってもらう必要があるな」

 

「そう言うと思ったぞ」

 

振り返るとシュミット博士が立っていた。

 

「これからそのオーブとやらのテストを兼ねて機甲兵の戦闘訓練を行ってもらう」

 

「今からですか?」

 

「今やらんでいつやるのだ。既に分校長から許可は取り付けてある。機甲兵の整備は済んでいる。早く準備をしろ弟子候補」

 

「は、はいっ!」

 

「後キュービィー。貴様は出るな」

 

「出るなとは?」

 

「オーブの効果が薄い貴様に何を期待しろと?それに貴様なら単機で十分食い下がれるだろう」

 

「………わかりました」

 

キリコはそう言ってティータとともに準備を進める。

 

「……………」

 

「シュバルツァーもわかってるはずだ」

 

「ええ……キリコと彼らではレベルが違います。無理に加えればキリコに頼りきりになりかねません。多分彼もわかってますよ」

 

「ならばいい」

 

シュミット博士との会話を終えたリィンはARCUSⅡでユウナとクルトとアルティナを呼び出した。

 

 

 

十分後、グラウンドにはドラッケンⅡ二機とヴァリマールが対峙していた。

 

【二人とも、準備はいいな?】

 

【ええ、問題はありませんけど……キリコ君は?】

 

【今回は君たち二人だけで挑んでもらう。アルティナとキリコはサポートを頼む】

 

「わかりました」

 

「了解」

 

【キリコ君、それでいいの?】

 

【いや、いい機会だ】

 

【クルト君!?】

 

【ユウナ、僕たちはあまりにキリコに頼りすぎてると思わないか?】

 

【そ、それは……】

 

【先月の時だってキリコが来てくれなかったら僕たちは負けていた。でもそれじゃダメなんだ】

 

【……………】

 

【僕たちがこのままならまた同じ事が起きる。そうならないためにも、強くならなければいけない。キリコの隣に立つくらいにね】

 

【……うん!そうだね!】

 

【もう大丈夫だな?】

 

【はいっ!】

 

【いつでもいけます!】

 

【ふふ、それにしてもこんな形でリィン教官に挑めるチャンスをもらえるなんてね!】

 

【それに相手はヴァリマール。挑み甲斐があるしな】

 

「私もサポートさせていただきます」

 

「それじゃ、勝利条件はヴァリマールの小破ってことで──レディー………ゴー♪」

 

ミントの合図で訓練が始まった。

 

 

 

クルトのドラッケンⅡがヴァリマールのアームに斬りかかり、ぐらついたところを追撃。

 

ヴァリマールが構えを変えるとすかさず、ユウナのドラッケンⅡがクラフト技クロスブレイクで駆動解除。

 

その合間にキリコとアルティナが攻撃アーツを発動し援護。

 

その直後にヴァリマールがクラフト技弧月一閃でドラッケンⅡ二機に斬りつける。

 

【どうした?隙だらけだぞ!】

 

【クッ……!】

 

【まだまだ!】

 

ユウナとクルトは一度神気で回復。

 

【いい気迫だ。だが……!】

 

ヴァリマールは攻撃の手を緩めず、斬りかかる。

 

だがそれでもユウナたちはあきらめなかった。

 

【クルト君の言うとおりね。あたしだってもっと強くなってみせる!】

 

ユウナはクラフト技ジェミニブラストでヴァリマールをぐらつかせる。

 

【今よ!】

 

 

 

『エクセルバースト!』

 

 

 

ユウナの銃撃を起点にクルトの双剋刃の追撃。とどめにフルパワーの突進攻撃をかける。

 

真正面から受けたヴァリマールは膝をついた。

 

【フフ、見事だ】

 

ユウナとクルトは勝利をおさめた。

 

【や、やった──!?】

 

【ああ……一応、小破は達成したみたいだな】

 

「お二人とも、本当にお疲れ様でした」

 

「うんうん、カッコよかったよ」

 

【ふむ、これだけやれれば合格だな】

 

ヴァリマールは立ち上がる。

 

【……って、全然効いていなさそうだけど】

 

【……まだまだ精進あるのみだな】

 

 

 

訓練後、ユウナたちは休憩をはさんだ後、小要塞に向かうことになった。

 

「今度はキリコ君も来るのね」

 

「ああ」

 

「キリコもⅦ組の仲間だからな」

 

「そうですね」

 

「だが、いいのか?技術部の買い出しで帝都に行くらしいが」

 

「午後でも構わないらしいので」

 

「はい。これが終わったらランチを食べてから行ってきますね」

 

「いいなぁ。あたしも行きたかった~」

 

「まあ……僕たちは部も違うしね」

 

「とにかく、今は要塞攻略に力を入れよう。気を抜かないようにな」

 

「はい」

 

 

 

一行が小要塞の前に着くと、入り口から意外な人物が現れた。

 

「ラウラ!?」

 

「リィン、それに新Ⅶ組か。先月ぶりだな」

 

「な、なんでここに?」

 

「うむ、修行場所を探していたらシュミット博士から連絡が来てな。先ほどまでここで剣を振っていた」

 

「な………」

 

「博士、いつの間に……」

 

「アルゼイド流の皆伝者のデータは興味深い。副ルートでのデータ収集に協力してもらった」

 

「副ルート、というと……?」

 

「前回のテストのデータを元に、私が独自に実験を行っているルートだ。小規模だが、より手応えのあるものに変わっている。Ⅶ組への依頼とは別にいいデータが取れるだろう」

 

(そんなものまで実験していたとはな)

 

「フフ、私の方は一向に構わぬ。手応えがあるに越したことはないからな」

 

ラウラは鷹楊に答える。

 

「ラウラはこれからどうするんだ?」

 

「うむ、せっかくだからそなたの就職先を見学させてもらうとしよう」

 

「見学、ですか?」

 

「ああ。それに水泳部があると聞いたのでな」

 

「そうか、ラウラは元水泳部だったな」

 

「そうなんですか?」

 

「ただ見るだけというのもなんだな。オーレリア殿に頼んで水泳部の臨時コーチをやらせてはもらえぬだろうか?」

 

「ラウラさんが臨時コーチですか……」

 

「かなりキツそうですね………」

 

「まあ、不可能ではないだろう。分校長はたしか学生食堂の下の修練場にいるはずだから」

 

「わかった。それと、Ⅶ組には水泳部に所属する者はいないのか?」

 

「えっと……アルがそうですけど……」

 

「そうか。午後には行かなくてはならぬのでな。そなたの指導ができぬのは残念だな」

 

「お気になさらず」

 

「またな、ラウラ」

 

「うむ、それではな」

 

ラウラはプールのある修練場に向かった。

 

「ラウラさんって水泳部だったんですね」

 

「ああ、水泳部どころか本校で一番速かったんじゃないかな?ちなみにフィーも速かったぞ?」

 

「そうなんですか!?」

 

「ああ、水泳部にとっては実りの多い部活動になるだろうな」

 

「地獄の間違いでは?」

 

「アルも残念だったね。ラウラさんに見てもらえなくて」

 

「結構です」

 

アルティナはいつにもまして強く言った。

 

「まあ、根性一辺倒にはならないさ。演習で道場に立ち寄った時も見たが、精神論と理論双方に基づいた鍛練だった。ただ闇雲に剣を振るうのではなく、それぞれに合った鍛練法を教えていた。さすが臨時師範代を務めるだけあるな」

 

「仰る通りです。闇雲に振るったところで強くなんてなれませんが、それぞれ個性というものがありますから」

 

「ふーん、そういうものなんだ?」

 

(同じATでも使い手に左右されることはよくあることだからな)

 

「そろそろ準備をしろ。いつまで喋っているつもりだ」

 

シュミット博士の一言に全員が頭を切り替える。

 

「うーん、まさかまたここに入る事になるなんて。でもまあ、やるっきゃないよね!」

 

「ああ、高いハードルはむしろ望むところさ。挑む以上、全力でやるだけだ」

 

「準備はできている」

 

「同じく──いつでも開始できます」

 

「ハハ、その意気だ。それじゃあ始めるとするか」

 

リィンたちは気合いを入れ、小要塞LV2に足を踏み入れた。

 

 

 

[キリコ side]

 

小要塞内部は前回とは完全に別物だった。

 

「みんな、徘徊している気配も前回とは段違いみたいだ。くれぐれも気をつけてくれ」

 

リィン教官の言葉に全員が返すと、天井から声が響く。

 

『準備はいいようだな?アインヘル小要塞LV2の実戦テストを開始する』

 

『皆さん、どうかお気をつけて!』

 

「行くぞ。Ⅶ組総員、攻略を開始する!」

 

『イエス・サー!』

 

 

 

道を進んで行くと、そこは行き止まりだった。いや、通気孔のダクトがあるが、まさか……。

 

『えっと、今回は新しい地形のテストも含まれてまして……』

 

「なるほど、ここを通るわけか。俺に続いてくれ」

 

リィン教官を先頭に俺、クルト、ユウナ、アルティナの順にダクトに入る。

 

「なんでこんな所を通んなきゃいけないのよ~っ!」

 

「いやテストだし──ってああ。……まあ、暗いから大丈夫さ」

 

「さ、察してんじゃないわよっ!」

 

「お二人とも、進んでください」

 

「静かにしろ。本物の潜入任務なら命取りだ」

 

「ううぅ……だって……」

 

「気持ちはわかるが今はテスト中だ。終わったら苦情は聞くから。後は博士にもかけあってみる」

 

あの博士が聞くとは到底思えないが。

 

ダクトを出た後、魔獣と戦闘になった。機動力はこちらより上か。

 

「速攻だ、太刀風の陣!」

 

クルトがブレイブオーダー発動させる。こちらの機動力が相手を上回ったようだ。これなら問題ない。

 

魔獣を片付けた後さらに進むと、道が途中で途切れている。

 

辺りを見回すと、またダクトがある。どうやら入れということらしい。

 

ダクトを進むと装置があり、動かすと、ロックが解除された。これで進めるな。

 

もっともユウナはさらに機嫌が悪くなったが。

 

さらに進むと、人形兵器のようなものが行く手を阻んでいたが、戦術リンクのバーストで一掃する。

 

「……なかなか手強いな」

 

「はぁ、人形兵器みたいなのまで徘徊しているなんて……。魔獣もそうだけど、一体どこから引っ張ってきてるんだか」

 

「今の機械はわからないが……魔獣は軍方面に集めさせているみたいだな。シュミット博士だったらそちらにも顔が利くんだろう」

 

魔獣をコントロールする装置か何かがあるのかもしれないな。考えてみればとんでもない発明だな。

 

「まあ、主力戦車や機甲兵、列車砲の設計者でもありますし」

 

「ちょ、ちょっと待って……列車砲って、あれのこと!?クロスベルとの国境にずっと配備されていた ──」

 

アルティナの一言にユウナは動揺を隠せないようだ。まあ、クロスベル出身者なら当然か。

 

「……そうか、君は"向けられる側"だったな」

 

「たしか80リジュ砲を備える長距離戦略兵器……だったか?」

 

威力も甚大で、たった二機でクロスベル市全域を滅ぼせるらしいが……。

 

「うん、《ガレリア要塞》に配備されてクロスベル市に向けられ続けて………あんなものまであの博士が設計しただなんて……」

 

途端にユウナが黙りこむ。さすがにショックが強すぎたか?

 

「………?」

 

「ユウナ……?」

 

アルティナとクルトが心配そうに見つめる。

 

 

 

「フン、上等じゃない!こうなったら、こんなテスト、グウの音も出ないほど完璧にクリアしてやるんだから!!」

 

 

 

どうやら落ち込んでいるわけではなさそうだな。

 

「……その意気だ。だが、あくまでも冷静にだ。それは分かっているな?」

 

「っ……ええ、もちろんです!」

 

ユウナは俺たちの方を向いた。

 

「クルト君、アルも!力を貸してもらうからね!」

 

「あ、ああ……もちろんだ」

 

「よく分かりませんが……全力でサポートします」

 

「もちろんキリコ君も頼むね!」

 

「わかった」

 

 

 

その後、いくつかの仕掛けを突破し、最奥へと到達した。一応回復装置で回復して最後の扉をあける。

 

「どうやら終点みたいだな」

 

「ふう、どうやら無事に辿り着けたみたいね。ちょっと手こずったけど……フン、大したことなかったわね」

 

「いえ、今までのパターンからすると──」

 

「ああ、来たようだ」

 

目の前の空間が歪むとそこから人形兵器らしきものが顕れる。

 

「結社の人形兵器……!?」

 

いや違う。

 

「徘徊していた攻撃端末と同じ技術の……!?」

 

『《ストラトスダイバー》私が試作した自動戦闘機械だ』

 

博士の声が響く。

 

「なっ……」

 

「まさか博士自らが製作した結社製ではない人形兵器……!?」

 

最近こそこそしているかと思ったら、こんなものを作っていたとはな。

 

『あくまで試作機だから大した性能ではないがな。──だが、先の演習でお前が戦ったガラクタよりは上等だろう』

 

すると、先ほど徘徊していた攻撃端末が合流する。

 

『《ダイバービット》──本体に制御された攻撃端末です!囲まれないように注意してください!』

 

「くっ、上等じゃない──行くわよ、みんな!」

 

気合いは十分か。ならさっさと破壊する。

 

 

 

ストラトスダイバーは全距離に攻撃が可能だが高出力ゆえにショートがあちこちに見られる。

 

そのため、余剰エネルギーを放出するのたが、そのエネルギーの矛先が俺たちに向けられる。

 

「くっ……!」

 

「せめて後ろに放出しなさいよね!」

 

「ですが、演習の時より安定していません。強力な攻撃を当てればぐらつくかもしれません」

 

「機動力ではなくパワーか……」

 

「だったら……」

 

ユウナはARCUSⅡを取り出す。

 

「壊せ、スレッジハンマー!」

 

すると全員の武器に力が宿る。

 

アルティナがクラウ=ソラスで殴り付けると装甲がへこんだ。

 

「これは……」

 

「ブレイクダメージが上がっている!?」

 

「よし、これなら!」

 

ユウナのブレイブオーダーを軸にストラトスダイバーに攻撃を続ける。

 

こちらの猛攻にストラトスダイバーも耐えきれずに崩壊。

 

俺たちは勝利をおさめた。

 

「ふうっ……」

 

「……何とか倒せましたね」

 

「ああ……これでテストも終了だろう」

 

「……………よしっ」

 

ユウナは天井を見上げた。

 

「どうですか、シュミット博士!博士の作ったっていう人形もこの通り、倒しちゃいましたよ!?」

 

すると、天井から声が響く。

 

『フン、当たり前だ。倒す前提でのテストだからな。攻略時間、戦闘効率共に及第点。特に胸を張れるほどではあるまい。──これにてテストを終了するとっとと入り口に戻って来るがいい』

 

『お、お疲れ様でした、皆さん!──で、ですから博士~……!せっかく協力してくれたんですから……!」

 

このやり取りに全員が呆れていた。

 

「──博士はあんなことを言ってたが実際、かなりの強敵だったのは確かだ。日々の訓練や、先日の演習の成果がちゃんと現れている証拠だろう。お疲れ様だったな、みんな」

 

「……はい!」

 

「フ、フン……まあ、教官もお疲れ様でした」

 

「これで全て終了だな」

 

「それでは要塞入り口に戻りましょうか」

 

要塞入り口に戻り言葉を交わした後、教官がティータとラウラ・S・アルゼイドを誘って7人でランチを取った。

 

[キリコ side out]

 

 

 

午後 1:15

 

キリコとティータはリーヴス駅発、帝都行きの列車に乗っていた。

 

「それにしても、フレディ君もサンディちゃんも来られないなんて。ごめんなさい、キリコさん」

 

「別にいい。それより帝都に着いたらどうする?」

 

「えっと……帝都ヘイムダルのヴァンクール大通りにあるオーバルストアと商業施設に行って、そこで買い出しをする予定ですね」

 

「そうか」

 

キリコは列車に揺られながら無糖の缶コーヒーを啜っていた。

 

 

 

数十分後、一行は帝都ヘイムダルに到着した。

 

「やっと着いたか……」

 

「着きましたね。それにしても大きいなぁ」

 

「帝都は初めて来るのか?」

 

「はい。リベールのグランセルから飛行船で来て、列車に乗り換えただけなので。キリコさんは?」

 

「14歳まで住んでいた」

 

「へぇー、そうなんですね」

 

「……………(転生してから17年経ったのか……)」

 

「キリコさん?どうかしましたか?」

 

「なんでもない。それより買い出しとやらを終わらせよう」

 

「そうですね。えーと、まずは…」

 

ティータがメモを取り出す。

 

 

 

キリコとティータが歩いて行く様子を見ている者がいた。

 

(あの制服は確か……)

 

「おーい、マキアスくーん」

 

「はい、先輩」

 

「こっちの監査は終わったよ。マキアス君の方は?」

 

「こちらも滞りなく終わりました」

 

「うん、お疲れ様。この後はケルディックだね」

 

「ええ、貴族が出資する商店に商法違反の疑いがあるとか」

 

「うん。このところ出張が多いけどくじけずに頑張ろうね、マキアス君」

 

「もちろんです」

 

マキアスと呼ばれた青年は先輩とともに駅に向かう。

 

(リィン、そして新Ⅶ組。クロスベルで会おう)

 

 

 

キリコたちはヴァンクール大通りのオーバルストアで工具といくつかのパーツを、商業施設《プラザ・ビフロスト》で食材や調理器具の注文をし、いくつかの書籍を購入した。

 

無論、重い荷物はキリコが担当した。

 

「すみません、キリコさん」

 

「気にしなくていい」

 

(やっぱりキリコさんって優しいよね。タチアナちゃんとかは怖いって思ってるみたいだけど)

 

「行かないのか?」

 

「あっ、もしよければ二階のカフェで休憩しませんか?ちょっと疲れてしまったので」

 

「わかった」

 

キリコたちが二階に上がってコーヒーと生絞りジュースを注文すると──

 

「止めてください!」

 

突然女子の声が響く。見ると、黒髪の女子学生がガラの悪い男3人に絡まれていた。

 

「へぇ、聖アストライア女学院の生徒か。なかなか可愛い顔してるな。どうだい?俺たちと楽しいことしないかい?」

 

「は、離してください!憲兵隊を呼びますよ!」

 

黒髪の女子学生が片耳ピアスの男の手を振り払う。

 

「ハハハ、憲兵隊か。それがなんだ?」

 

「呼んでも無駄だと思うけど?」

 

男たちは下卑た笑みを浮かべながらなおも女子生徒に触れようとする。

 

「わたし、誰か呼んで来ますね」

 

「いい。すぐに終わる」

 

キリコは椅子に荷物を置き、男たちに近づく。

 

「おい」

 

「ああん?なんだぁ、テメー?」

 

「見かけねえ面だなぁ?」

 

「正義の味方気取りか…ぐぁっ!?」

 

キリコはいきなり片耳ピアスの男にボディブローを叩き込む。

 

片耳ピアスの男はそのまま前に倒れる。

 

男たちは顔色を変える。

 

「テ、テメー、何のつもりだぁ!」

 

「黙れ」

 

「何ぃ!?」

 

「コーヒーが不味くなる」

 

キリコは黒髪の女子学生を逃がしながら答える。

 

「ッけんな!ブッ殺してやる!」

 

金髪の男がキリコに殴りかかるも、キリコは悠々とかわす。

 

「クソが、避けてんじゃ……「バキィッ!」」

 

「…………」

 

金髪の男が振り返った瞬間、キリコのアッパーカットが金髪の男の顎に直撃。

 

金髪の男は無様にひっくり返った。

 

「お、お前、俺たちのバックには誰が……」

 

「知るか」

 

「くたばりやがっ!?」

 

黒髪の男が懐からナイフを取り出すがキリコは気にしなかった。

 

キリコはすかさず黒髪の男の顔面に右ストレートをクロスカウンターの要領で当てる。

 

黒髪の男は後ろの壁に激突し、失神した。

 

「はわわっ……」

 

ティータは一瞬の出来事に驚愕した。

 

「お客さん、強いねぇ。どっかの学生さん?」

 

「…………」

 

「まあいいや。後はやっとくから。後お代はいいよ、スカッとしたからさ」

 

「…………」

 

キリコは席に戻り、荷物をまとめる。

 

「キリコさん、大丈夫ですか!?」

 

「所詮、チンピラだ。とっとと帰るぞ」

 

「あの……助けていただいてありがとうございました」

 

黒髪の女子学生がやって来た。

 

「気にしなくていい」

 

「大丈夫ですか?」

 

「はい、何とか。それで……もしよければお礼をさせてもらえませんか?」

 

「必要ない」

 

「門限があるのであまり遅くは……」

 

「でしたら、問題はありません」

 

「えっ……?」

 

振り返ると、そこには金髪の女子学生がいた。

 

「姫様……!」

 

「無事でよかったわ、エリゼ」

 

「姫様?」

 

「おい、あれ、アルフィン殿下じゃないか?」

 

「ホントだ。皇女殿下だ」

 

店にいた何人かが金髪の女子学生に気づいた。

 

「ふふ、バレてしまいましたね♪」

 

「ええっ!?」

 

「何?」

 

「うふふ。ここでは騒ぎになりますから移動しましょう。トールズ第Ⅱの皆さん」

 

 

 

キリコたちは皇女とともにヴァンクール大通りから離れたカフェにいた。

 

「改めまして、アルフィン・ライゼ・アルノールと申します。親友を助けていただいて本当にありがとうございました」

 

アルフィンはキリコたちに頭を下げる。

 

「は、はい!(この人が帝国のお姫様……ということはオリビエさんの……)

 

「………………」

 

ティータはアルフィンを見つめ、キリコはコーヒーを啜る。

 

「私は聖アストライア女学院に籍をおく、エリゼ・シュバルツァーと申します。先ほどは助かりました」

 

黒髪の女子学生──エリゼは立ち上がり、キリコたちにお辞儀した。

 

「シュバルツァー?」

 

「それってリィン教官と……」

 

「はい、リィン・シュバルツァーは私の兄にあたります」

 

「教官の妹さん!?」

 

「ふふっ、私の大好きな、でしょう?」

 

「ひ・め・さ・ま・?」

 

いたずらっぽく片目を瞑るアルフィンにエリゼが目が笑ってない笑みを返す。

 

「んもう、ちょっとからかっただけじゃない」

 

「場所を弁えてくださいと言ってるんです!」

 

「あははは……(やっぱりオリビエさんの妹さんだ)」

 

「……………」

 

「それより、あなたがティータ・ラッセルさん?」

 

「は、はい!知ってるんですか?」

 

「ええ、お兄様から聞いていますわ」

 

「そうですよね。オリビエさんの妹さんですもんね」

 

「はい、オリビエ・レンハイムことオリヴァルト・ライゼ・アルノールはお兄様ですから♪」

 

ティータとアルフィンが盛り上がる中、エリゼはキリコに申し訳なさそうに話しかける。

 

「すみません。ええと……」

 

「キリコ・キュービィー」

 

「あっ、はい。キリコさん、本当にありがとうございました」

 

「気にしなくていい」

 

「それより、兄から聞きました。新しいⅦ組だとか」

 

「そうらしいな」

 

「その…ご不満なんですか?」

 

「いや、そうじゃない。どこに属しようとやることはきっちりやる。それだけのことだ」

 

「な、なるほど……」

 

「ふふふ、誇り高い方なんですね」

 

「そういうわけではないがな。それよりさっき言った大丈夫というのは?」

 

「ああ、ちょっとお待ちください」

 

アルフィンは席を離れ、ARCUSⅡでどこかに通信をする。数分後、席に戻って来る。

 

「アルフィンさん?どこにかけたんですか?」

 

「リィンさんの所にです♪」

 

「ひ、姫様!?」

 

「大丈夫よ。エリゼが絡まれたことは一切伝えなかったから。私のわがままでキリコさんとティータさんをお茶に誘ったから少し遅れますって。リィンさん、びっくりしてたわ」

 

「そんな勝手な……」

 

「あれ?リィン教官に伝えなくてよかったんですか?家族ですから最低限のことは……」

 

「少なくとも告げるべきだろう」

 

すると、二人は神妙な顔になる。

 

「いえ、ご心配をかけるわけには」

 

「もし伝えればリィンさんが灰の騎神で乗り込んでくる事態になりかねないんです」

 

「ええっ!?」

 

(正気か……?)

 

「リィンさん、エリゼのことをと~っても大事になさってるので。本当にうらやましいわ」

 

「そ、それって……」

 

(シスターコンプレックス……だったか)

 

「もう!姫様!」

 

 

 

「それにしても、さっきの方たち、何者なんでしょう?」

 

「バックがどうとか言ってましたが……」

 

「なんだか不気味ですね」

 

「はい。キリコさんがいなければどうなっていたか……」

 

「本当にお強いんですね。さすがⅦ組ですね」

 

「……………」

 

「とにかく、クレア少佐に連絡して、女学院周辺の警備を何とか増やせないかかけあってみるしかないわね」

 

「後、一人での外出も当分控えるように生徒たちに通達しなければ」

 

「厳重なんですね」

 

「ええ、ただでさえ厳しい状況なので……」

 

「女学院はほとんどが貴族の子女だからどうもその……風当たりが強くて」

 

(今の帝国では貴族のほとんどが肩身の狭い思いをしているらしい。もっとも巻き込まれた奴がほとんどで、内戦に加担していた貴族はほぼ罰せられていると聞くが)

 

「いっそのこと、リィンさんに臨時ではなく常勤教師として来てもらおうかしら?」

 

「姫様!?何を!?」

 

「だってリィンさんは帝国の英雄と呼ばれているのよ?そのリィンさんがいる場所にちょっかいを出してくる方なんているのかしら?」

 

「だ、だからといって……!」

 

「でもそうよね。リィンさんを独り占めできなくなっちゃうものね♥️エリゼが♥️」

 

「いい加減にしてください?怒りますよ?」

 

「ゴメンナサイ……」

 

(オリビエさんとミュラーさんみたい……)

 

ティータはアルフィンとエリゼのやり取りを自称演奏家とそのお目付け役に重ね合わせた。

 

 

 

「そろそろ行くとするか」

 

キリコは時計を見ながら告げる。

 

「あら、もうそんな時間ですか……」

 

「大分話し込んでしまいましたね」

 

「お茶、ありがとうございました」

 

会計を支払うと、アルフィンとエリゼは帝都駅まで見送りに来た。

 

「本日はありがとうございました」

 

「ティータさん、またお茶しましょうね」

 

「はい!喜んで!」

 

「キリコさんもありがとうございました。ではいずれ」

 

「ああ」

 

「あの、キリコさん。今日のことは兄には」

 

「わかっている」

 

「すみません。ありがとうございます」

 

キリコとティータは列車に乗り込み、リーヴスへと帰って行った。

 

 

 

午後 8:22

 

夕食後、キリコは部屋でウェインとスタークと雑談をしていた。

 

「皇太子が来ただと?」

 

「ああ、そうらしいな。おかげでリーヴス中がその話題でもちきりだよ」

 

「駅を降りた時、町が妙に騒がしかったのはそのせいか」

 

「まさかセドリック皇太子殿下が直々にいらっしゃるとは。一目お会いしたかった」

 

「はは、ウェインはさっきから同じことしか言ってないな」

 

「皇族にお会いする機会なんて滅多にないんだぞ。そういえばキリコ、お前もアルフィン皇女殿下とお話したそうだな?」

 

「ああ」

 

「ああって、もっと感動はないのか!?エレボニア帝国の至宝とも言われるアルフィン皇女殿下とお話する機会なんて一生に一度かもしれないんだぞ!」

 

(キリコには馬の耳に念仏かもな……)

 

「だがなぜ分校に皇太子が来た?」

 

「なんか、リィン教官をトールズ本校に引き抜きに来たとか。まあ、断ったみたいだけど」

 

「そうか……。仮に本校に移ったら自動的にⅦ組特務科は消滅するわけだからな。それにリィン教官は軍部や本校の勧誘を蹴って第Ⅱ分校に赴任したらしいからな」

 

「クルトも元気がなかったしな。確か政府がヴァンダール家を皇族守護の任から解いたって聞いたが」

 

「皇族の庇護を集中させないことが名目らしいが、実際はわからないな。そうじゃなくてもクルトはセドリック皇太子殿下のお付きで本校に入学するはずだったが、政府の決定で取り消されたから色々と複雑なんだろうな」

 

「政府ってのはいつだって強引だからな。特にあの鉄血宰相になってからは」

 

「………………」

 

キリコは着替えを持って立ち上がる。

 

「ん?、風呂か?」

 

「ああ」

 

 

 

「ふう……」

 

キリコは湯船に浸かり、目を瞑る。

 

「あら、キリコさんですか?」

 

壁の向こうの女湯から聞き慣れた声が聞こえてくる。

 

「……………」

 

「キリコさん、聞きましたよ?姫様とエリゼ先輩にお会いなさったんですね」

 

「…………知り合いか?」

 

「はい。ご存知かと思いますが、私はキリコさんが実家に来る前まで聖アストライア女学院にいましたので」

 

「そうか……」

 

「そういえば姫様や先輩に出すお手紙が遅れていました。後で出さなくてはいけませんね。キリコさんとのことを書いてもいいですか?」

 

「でたらめを書く気か?」

 

「でたらめだなんて。演習で助けていただいたことを書くだけですよ」

 

「……………好きにしろ」

 

「はい。好きにします♪」

 

「……………」

 

「ふふ、それにしてもいいお湯ですね♪」

 

「…………ああ」

 

「ご存知ですか?リィン教官やエリゼ先輩のご実家。ユミルだそうですよ」

 

「ユミル……ノルティア州北方のか?」

 

「ええ、温泉が有名なのでいつか行けるといいですね。そこで二人っきりで♥️」

 

「興味はない」

 

キリコはそう言って出て行った。

 

「……………」

 

ミュゼは一人湯船で考え込んでいた。

 

(やはり相当手強いですね。お風呂ならばキリコさんの本心を見れると思ったんですが。ん?考えてみればキリコさんは……………)

 

「……………………のぼせる前に出ましょうか」

 

ミュゼはうつむき、静かに出て行った。




次回、Ⅶ組が無双します。


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トールズ本校

皇太子とその取り巻きを原作以上にボコボコにします。


5月

 

機甲兵教練の日がやってきた。

 

ティータとミントが分担して端末を操作している横でキリコは、改修されたフルメタルドッグのチェックをしていた。

 

(機体は問題なし。それにしてもさらにATに、スコープドッグに似てきたな)

 

「キリコく~ん、調子はどう?」

 

「問題ない」

 

「前より少し丸みをおびましたね。それと脚部についているのはなんですか?」

 

「ええっと……ターンピック機構だって。図面によると、杭打ち機の要領で地面に杭を刺して急ブレーキや機体を固定したりするんだって。これキリコ君の発案なんでしょ?」

 

「前回の神機との戦いで既存のブレーキではこらえきれなかったからな。固定される分、標的になりやすいがそこは大きな問題ではない」

 

「というと?」

 

「一人で戦っているわけではないからな」

 

「キリコさん……」

 

「それより、シュピーゲルSが搬入されたそうだが?」

 

「あっ、はい。ドラッケンⅡ以外のデータをとるために博士が回させたそうです。もっとも一機だけですが」

 

「シュピ君はドラ君より操作が難しいからね。さすがに全員が乗れるって考えてないみたい」

 

(妥当な判断だな)

 

「お前たち、いつまで油を売っているつもりだ?」

 

シュミット博士の声が響く。

 

「あっ、すみません」

 

「まったく、機甲兵が増えたくらいでチンタラしよって」

 

「まあまあ」

 

「いいじゃないっすか。ドラッケンⅡとヘクトル弐型だけじゃ訓練に限界があるんすから」

 

リィンとランドルフがシュミット博士を諌める。

 

「あっリィン君にランディさん」

 

「お、お疲れ様です」

 

「おお、お疲れ」

 

「頑張ってるみたいだな。ランディさん、予定通りヘクトル弐型で出るんですね」

 

「おおよ、リィンは灰の騎神か?」

 

「あれ?リィン教官にランドルフ教官、なんだか……」

 

「ああ、この間一緒に飲んでよ。そん時にお互い壁はなしってことでな。ちなみにハーシェル教官はトワちゃんって呼ぶことにしたんだ。俺としてはトワたんでもいいと思うんだけどなぁ」

 

「あはは、そうだったんですね」

 

「おう。お前らもランディでいいぜ。壁はなしだ」

 

「ではランディ教官、ヘクトル弐型をグラウンドにお願いします」

 

「あいよ」

 

ランドルフ改めランディはヘクトル弐型に乗り込み、格納庫から出て行った。

 

「やれやれ、騒がしいことだ。それよりキュービィー。頼まれた武装がきているぞ」

 

「はい」

 

キリコがシートに覆われた荷物に近づく。

 

「武装ですか?」

 

「なになに?新しい武器があるの?」

 

「別に新しいわけではない」

 

キリコがシートを取ると、そこにはハンドガンにも見える武器があった。

 

「これですか?」

 

「あれ?これ、ドッ君のヘヴィマシンガンだよね。短くなってるけど」

 

「バレルとストックを省略することで威力はそのままで取り回しを良くした。精密さと射程は減るがな」

 

「なるほど……」

 

「ヘヴィマシンガン改ってところかな?」

 

「ローラーダッシュで切り込み、敵機を殲滅するキュービィーにはもってこいの武装とも言えるな」

 

キリコたちが振り返ると、分校長のオーレリアが立っていた。

 

「ぶ、分校長!?」

 

「珍しいな。何用だ?」

 

「いえ、少々厄介なことが起こりそうなので」

 

「厄介?」

 

「すまんが、私と博士だけにしてくれ。そなたたちは機甲兵教練の準備を進めておいてくれ」

 

そう言ってオーレリアとシュミット博士は二階に上がる。

 

「何かあったんでしょうか?」

 

「………さあな」

 

キリコは波乱が起きる予感を抱きながら、作業を進める。

 

 

 

[キリコ side]

 

「うん、やはり僕はシュピーゲルSが向いてるな」

 

「うーん、あたしはやっぱりドラッケンⅡでいいかな」

 

「わたしはどちらも不向きでしたが……」

 

機甲兵教練では生徒たちが搬入されたシュピーゲルSをかわるがわる乗り換え、それぞれ自身に合った機甲兵を決めることになった。

 

やはりシュピーゲルSをマシに扱えるのは5人もいないか……。

 

ウェインはムキになってるようだが、こればかりは仕方ないな。

 

それにアッシュのようにヘクトル弐型を選ぶ者もいるしな。

 

「次はキリコさんの番ですよ」

 

「わかった」

 

本来ならば乗る必要はないが、カリキュラムである以上、乗らないわけにはいかない。

 

無法地帯とも言えた前世と違い、今は学生だからな。

 

シュピーゲルSはドラッケンⅡより難易度は高かったがすぐに慣れた。

 

高い操縦技術が要求されるがその分、戦場で得られる見返りはドラッケンⅡの比ではないだろう。

 

「やっぱりスムーズね……」

 

「無駄な動きもほとんどない。やはりすごいな、キリコは」

 

「うらやましいです」

 

「ケッ………」

 

「ふふふ、さすがキリコさんですね」

 

周りは称賛しているが、俺は単に人型兵器に乗り慣れているに過ぎない。

 

それも彼らでは、いや、この世界の人間では想像もできない地獄でだ。

 

そんなことを考えながら、俺はシュピーゲルSから降りてリィン教官とランディ教官の下へ集まった。

 

「よし、これで全員が乗り終えたな。ではこれより、模擬戦闘を…」

 

【少々待って頂けますか?リィンさん】

 

聞いたことのない声がグラウンドに響いた。

 

「え?」

 

「こ、この声は……!」

 

クルトは知っているようだが、まさか?

 

すると、格納庫から三機の紅いシュピーゲルSが歩行してきた。

 

【ごきげんよう、トールズ第Ⅱのみなさん。トールズ本校より参りました、セドリック・ライゼ・アルノールと申します】

 

「こ、皇太子殿下!?」

 

「嘘っ……!」

 

「ええっ!」

 

「オイオイ、マジかよ」

 

周囲は騒然としている。

 

俺にとってはどうでもよかったが、周りはそうもいかないようだ。

 

「で、殿下……」

 

クルトにいたっては、何がなんだかわからないようだ。

 

そうこうするうちに、セドリックとその取り巻きらしき二人が機甲兵から降りてくる。

 

教官たちも慌てて駆け寄る。

 

「殿下、これは一体……」

 

「いえ、単純な模擬戦ではつまらないと思ったので。そこで、我々本校生と分校生での交流戦を申し込みたいのです」

 

「交流戦?」

 

「それって……」

 

「俺たちと皇太子殿下たちと戦うってこと!?」

 

交流戦か。

 

だが文字通りの交流ではあるまい。

 

おそらく連中は自分たちを下して本校の力を見せつけるのが狙いだろう。

 

そしてあわよくばリィン教官を引き抜く口実を作る、そんなところか。

 

「それでこちらが勝ったら、リィンさんをトールズ本校に教官として招き入れたいんです。万が一、そちらが勝ったらこの件については手を引きます。まあ、本当に勝てればですが」

 

「な、な、な……」

 

安い挑発だが、ユウナはのせられているな。

 

「ま、待ってください!いきなりそんな事を言われても」

 

「そ、そうよ!いきなり来て何言ってんの!?」

 

「フフ、言葉どおりの意味ですよ。先日も言いましたが、政府の決定などどうにでもなりますからね」

 

一教官の人事すら物の数にも入らないというわけか。

 

「それにユウナさんとおっしゃいましたか。属州民ごときが殿下に向かってずいぶんと無礼ではありませんか?」

 

「なっ…!?」

 

「そう言ってやるな。口の聞き方を知らんのだろう。特にそこの茶金髪の男はな」

 

「あぁん?」

 

男子生徒が眼鏡の女子生徒を諌めるが、明らかにこちらを下に見てるな。

 

「二人とも、それくらいに。第Ⅱ分校は外国人や素性が不明な者だっているんだ。少しくらいの負け惜しみで声を荒げることはないよ」

 

セドリックにいたっては、余裕すらうかがえる。

 

「殿下、あまり挑発めいたことは。それに生徒同士での戦闘行為は……」

 

「認めよう」

 

『!?』

 

全員が振り返ると、分校長が腕組みをしており、その隣でミハイル教官とトワ教官が焦っていた。

 

「ぶ、分校長!?」

 

「こんなことが……上に知られたら……」

 

「構わぬ。殿下自らの申し入れだ。これを拒む不敬の者はおるまい」

 

いっそのこと断ってほしいが、確か分校長は伯爵だったな。断る方が難しいか。

 

「それに第Ⅱの底力を見せるまたとない好機であろう」

 

その言葉をきっかけに分校生徒全員の顔つきが変わる。やる気は十分のようだ。

 

「……分かりました。その申し入れ、受けます。3対3の団体戦、コックピットへの攻撃は禁止ということでよろしいですね?」

 

「無理を聞き入れてくださり、感謝します。では開始は十分後に」

 

そう言って、セドリックたちは機甲兵に乗り込んだ。

 

 

 

「さて、どうしましょうか?」

 

「あたしが出る!あの憎たらしい顔に一発ぶちこんでやるわ!」

 

「ハッ、気が合うな。オルランド、ヘクトル弐型を借りるぜ」

 

普段は不仲の二人が意気投合している。余程、腹に据えかねたらしい。

 

「後、一人ですが……」

 

「僕が出る」

 

クルトが手を挙げる。やる気はあるようだが……。

 

「あん?てめぇはダメだ」

 

「何っ!?」

 

「てめぇ、あの皇子とガチでやれんのか?」

 

「それは……」

 

「できねぇだろ?今のてめぇは足手まといだ。大人しく見てな」

 

「……………」

 

「ちょっと!そんな言い方ないでしょ!」

 

「いいんだ、ユウナ。アッシュの言うとおりかもしれないからね」

 

クルトはうつむきながら下がる。

 

「では他に誰が……」

 

「ふふ、いるじゃありませんか。これ以上ない、ふさわしい人が」

 

ミュゼの言葉にその場にいた全員が俺を見る。

 

「……………」

 

「確かにキリコ君しかいないわね」

 

「とりま、決定だな。じゃじゃ馬はメガネ、俺はあのカタブツ、キュービィーは皇子をぶちのめせ」

 

「あれ?アッシュさんが殿下とでは?」

 

「ムカつくが、機甲兵戦じゃこいつの方が上だ」

 

まだ同意すらしてないが、ここまでくれば仕方ない。それにフルメタルドッグのデータ収集にはうってつけの相手か。

 

それに、あの言い方は俺も思うことがあるしな。

 

「わかった、やろう」

 

[キリコ side out]

 

 

 

セドリック皇太子の申し入れから十分が経過した。

 

ユウナはドラッケンⅡ、アッシュはヘクトル弐型、そしてキリコはフルメタルドッグに搭乗し、セドリックたちと対峙する。

 

【そちらも揃ったようだね。しかし、ドラッケンⅡやヘクトル弐型は分かるが、君の機甲兵は初めて見るね?】

 

【実験用機甲兵フルメタルドッグだ】

 

【なんですって?】

 

【貴様……!】

 

【エイダ、フリッツ。そう目くじらをたてるな。大方、シュミット博士の実験に協力してるんだろう】

 

【………………】

 

【ずいぶんと余裕じゃない】

 

【いつまでもつかな?】

 

「双方、私語は慎むように。ではこれより、本校代表と分校代表との交流戦を開始する。双方、構え……」

 

リィンの声に合わせ、本校側は剣、メイス、アサルトライフルを、分校側はガンブレイカー、ヴァリアブルアクス、ヘヴィマシンガン改を構える。

 

「──始め!!」

 

 

 

リィンの「始め!!」の合図と同時に、フルメタルドッグが三機のシュピーゲルSの足元に撃ち込む。

 

【なっ……!?】

 

【オラァ!】

 

その瞬間を狙い、ヘクトル弐型がフリッツ機めがけて切り込む。その一撃を棍棒を交差させ受け止める。

 

【クッ、貴様……!】

 

【ハッ、油断してんじゃねぇぞコラァ!】

 

その隣ではドラッケンⅡがエイダ機と交戦していた。

 

【このっ!】

 

【遅い!】

 

ドラッケンⅡはエイダ機の銃弾をかわし、懐に接近する。

 

やむを得ずエイダ機は後退してかわす。

 

【悪いけど、キリコ君の方が速いわよ】

 

【バカにしてっ!】

 

両側が別れて戦っている間、フルメタルドッグとセドリック機は得物を構えながら睨み合っていた。

 

【先ほどの射撃は僕たちの足止めと分断が狙いか。どうやら甘く見すぎていたようだな】

 

【………………】

 

【だが、僕は力が必要なんだ。全てをのみ込む焔のような力が。そのために、君には礎になってもらう!】

 

【………………】

 

セドリック機が切り込んでくるが、フルメタルドッグはローラーダッシュで真横にかわす。返す刀でセドリック機のアームに撃ち込む。

 

【グッ……!】

 

【遅いな】

 

【何っ!?】

 

【お前の動作は殺気で溢れている。ゆえに動きが単調で読みやすい】

 

セドリック機の突きを反らすようにかわし、顔面にアームパンチを打った。

 

セドリック機はぐらつき、後退する。

 

【ガッ……!?】

 

【そこに合わせるのは容易い】

 

フルメタルドッグは再び得物を構える。

 

 

 

「はは、あいつらなかなかやるな」

 

分校側が優勢であることから、ランディは笑っていた。

 

「キリコもキリコで容赦しねぇな」

 

「え、ええ……」

 

トワはおどおどしながら答えた。

 

「くっ……わかってるのか、相手が誰だか」

 

ミハイルは苦々しげに顔を歪める。

 

「フン、何を言うか。あれくらいやらなければデータは取れまい」

 

シュミット博士は切って捨てた。

 

「しかし……!」

 

「それに皇太子殿下には良い薬やもしれんぞ?」

 

「えっ?」

 

オーレリアはグラウンドは見据える。

 

「キュービィーという強者の存在が皇太子殿下にとってさらなる成長をもたらすだろう。そなたの上司に心酔するよりもな」

 

「それは……」

 

「キュービィーにはせいぜい、皇太子殿下の当て馬となってもらうか」

 

「はは……。シャーリーといいあの皇子様といい、御愁傷様だな」

 

ランディは心の中でキリコに合掌した。

 

 

 

【はぁ…はぁ…はぁ…。バカな……】

 

【………………】

 

セドリック機はフルメタルドッグの攻撃を受けて、あちこちガタがきていた。

 

反対にフルメタルドッグはほとんど無傷だった。

 

【僕は…僕はこんな所で負けるわけにはいかない!これからの帝国を担う者として。あの方に見込まれる者として……!】

 

【それがどうした】

 

【なにっ!】

 

【お前の言いたいことはわからんでもない。だが戦場に私的なものを持ち込むとこうなる】

 

【黙れっ!君なんかに何が分かる!】

 

【今のお前では俺たちには勝てない】

 

【黙れと言っているだろう!二人とも、来い!一気に仕留める!】

 

【【イエス・ユア・ハイネス!】】

 

セドリック機の呼び掛けにエイダ機とフリッツ機が反応。ドラッケンⅡとヘクトル弐型を振り切ろうとした。

 

だが、それは遅すぎた。生まれながらのPSを相手取るには。

 

【遅い】

 

フルメタルドッグはまず、エイダ機の脚部に銃撃。

 

【ユウナ!】

 

【うん!】

 

エイダ機がぐらついた瞬間を狙い、ドラッケンⅡがガンブレイカーを相手の側頭部に振り下ろす。

 

【せいやぁぁぁっ!!】

 

【ガッ……!?】

 

まともに受けたエイダ機はつんのめるように倒れ動かなくなった。

 

【なっ!?】

 

セドリック機は味方の敗北に一瞬硬直する。

 

その隙にフルメタルドッグはセドリック機にショルダータックルをぶちかます。

 

【しまっ……!】

 

【殿下……!おのれ!】

 

逆上したフリッツ機がフルメタルドッグに向けてメイスを振り上げる。だがこれこそがキリコの作戦だった。

 

【よそ見すんなコラァ!】

 

ヘクトル弐型がフリッツ機の右アームに得物を叩きつける。衝撃でメイスの片方を離してしまった。

 

【邪魔をするな!】

 

【今さら何言ってやがる。ケンカふっかけてきやがったのはそっちだろうが?】

 

【ええい、まずは貴様だ!あの不敬者は……】

 

【てめぇじゃあいつには勝てねぇ】

 

【何だと!?】

 

【俺にも勝てねぇんだからなぁ!】

 

ヘクトル弐型はヴァリアブルアクスの刃をフリッツ機の頭部に振り下ろす。

 

振り下ろされた刃は相手の頭部にめり込む。

 

これが決め手となり、フリッツ機は行動不能になった。

 

【バカな……分校ごときに……】

 

【油断すんなっつったろ?エリートさんよ】

 

 

 

【エイダ、フリッツ!?こんなバカな……】

 

【後はお前だけだ】

 

【くっ……!】

 

キリコはホルスターから一枚のミッションディスクを取り出し、コックピット内の機材に挿入する。

 

 

 

【仕留める】

 

 

 

フルメタルドッグはローラーダッシュで突進しつつ、ヘヴィマシンガン改で銃撃。ショルダータックルとアームパンチ二発をたてつづけに叩き込む。最後にセドリック機の背後に回り、両手足と頭部に撃ち込む。

 

キリコが今月の演習に向けて製作した戦闘パターン──『アサルトコンバット』。

 

それが日の目を見た瞬間だった。

 

セドリック機はフルメタルドッグの猛攻になすすべなく行動不能になった。

 

「そこまで!勝者、分校代表!」

 

リィンの声により、第Ⅱ分校の勝利が決まった。

 

 

 

【やったぁぁぁっ!】

 

【へっ……】

 

「勝った……」

 

「勝ちましたね」

 

「キリコさんにユウナさん、アッシュさんもお見事です」

 

「動きが全然違う。あれがキリコさんの言ってた……」

 

ティータは以前キリコから聞いていたミッションディスクの効果に驚きを隠せなかった。

 

「おい」

 

機体から降りたアッシュはキリコに問いかけた。

 

「なんだ?」

 

「さっきのあれはなんだよ」

 

「う、うん。なんか動きが全然違ったんだけど……」

 

「確かに別物でした」

 

「キリコの実力は知っている。だがそれだけじゃなさそうだが……」

 

「これだ」

 

キリコは機体からミッションディスクを取り出し、ユウナたちに見せる。

 

「何、これ?」

 

「ミッションディスクだ」

 

「ミッションディスク、ですか?」

 

「機甲兵の行動パターンをデータ化したものだ」

 

「理屈は分かるが、なぜそんなものを?」

 

「どんな機甲兵だろうとマニュアル操作である以上、限界がある。そこでミッションディスクをセットすることで機甲兵をある程度自動化する。生存率と機体の行動時間を延ばすことができる」

 

「なんだそりゃ……」

 

「もっとも、現状では2分が限界だがな」

 

「2分ですか……」

 

「ここぞという時には便利ね」

 

「ティータさんはご存知でしたか」

 

「うん。カウンター業務と機甲兵の整備と博士の課題と授業の予習復習の合間に製作してたみたいだけど……」

 

「嘘……」

 

「とんでもないな……」

 

「本当に人間ですか?」

 

「ケッ……!」

 

「もはや超人ですね……」

 

「…………」

 

キリコの技能に全員が言葉を継げなかった。

 

「ちょっといいかな?」

 

振り返ると、セドリックが話しかけてきた。

 

「殿下?」

 

「クルト、君が降りた理由が分かったよ」

 

「えっ?」

 

「君の名は?」

 

「キリコ・キュービィー」

 

「キリコ、今回は僕の完敗だ。分校最強というのは伊達じゃなかった」

 

「…………」

 

「僕は思い違いをしていたようだ。あの方に認められる前に君に勝たなくてはならない」

 

セドリックはキリコの眼を真っ直ぐ見る。

 

「キリコ、僕は強くなる。さらに研鑽を積んでから改めて勝負を申し込む。その時また会おう」

 

「…………」

 

「フッ……」

 

セドリックは微笑み、エイダとフリッツに帰るよう命令する。

 

「殿下……!」

 

「あのような卑劣な者、見過ごすわけには……!」

 

「僕たちはどうして負けたんだと思う?」

 

セドリックは二人に問いかける。

 

「それは……」

 

「ゆ、油断していただけです!それにやつは不意討ちを……」

 

「確かに不意はつかれた。その結果、こちらは分断されて各個撃破を強いられた。多分、キリコの作戦だろうね」

 

「しかし……!」

 

「チームワークという点でも向こうが上だった。エイダの機体の脚を撃ったのはあくまで足止めで、ユウナさんとの連携で勝利した」

 

「………………」

 

「一方、フリッツの方だけど、多分、フリッツの視線を逸らせるのが目的だったんじゃないかな?事実、君は視線を逸らしたことで敗北した」

 

「ですが……!」

 

「僕に対する忠誠心は分かる。だが戦闘において、一瞬の隙が命取りだ。それはよく分かったと思う」

 

「もちろん、機甲兵戦術の技能も向こうが上ということもあったけどね」

 

「「……………」」

 

俯くエイダとフリッツにセドリックは表情を和らげる。

 

「だからともに強くなろう。いつかリベンジを果たすためにね。ついて来てくれるかい?」

 

「っ……勿論です!」

 

「殿下のためならば!」

 

二人の言葉に満足したセドリックはリィンに礼を言う。

 

「リィンさん、教官のみなさんも。本日はありがとうございました」

 

「こちらこそ。殿下にとって実り多きものとなられたならば幸いです」

 

「ええ、ではまた」

 

そう言ってセドリックたちは帰って行った。その表情は交流戦前とは比べるまでもなく清々しいものだった。

 

 

 

「フーーーッ」

 

「あはは、リィン君。お疲れ様」

 

「大変な教練になっちまったな」

 

トワとランディがリィンを労う。

 

「ええ……ですが、こちらにとっても実り多いものがあったようです」

 

「だな」

 

「うん、そうだね」

 

「ならば良い」

 

オーレリアがリィンたちに話しかける。

 

「分校長……」

 

「仮に敗北しようものならば私が演習まで鍛えてやろうと思ったがな」

 

「……………」

 

「だが、あやつらは得難きものを得たようだ。これならば、演習地の発表が出来そうだな?」

 

「それは……」

 

「まあ……ユウ坊次第ですかね」

 

 

 

[ユウナ side]

 

機甲兵教練の後、演習地の発表が行われた。

 

場所はクロスベル州。あたしの故郷だった。

 

クロスベルの名前を聞いた瞬間、あたしの頭は真っ白になった。

 

なんでよりによってクロスベルなの?

 

気づいたらあたしはリィン教官を睨んでいた。

 

こんなことしたって何にもならない。

 

だけど、あたしはこうするしかなかった。

 

[ユウナ side out]




次回、クロスベルに向かいます。

キリコの必殺技はやはりこれしかないと思ったのでス○ロボから採りました。


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クロスベル州

クロスベルでの演習が始まります。


七耀歴 1206年 5月18日

 

リーヴスを東に出て数時間が経過した。

 

クロスベル州は南のセントアークや北東のオルディスに比べ格段に遠いため、正午過ぎの出発となった。

 

ただし、ここに至るまでには決して楽ではなかった。

 

演習地の発表から張りつめたような態度をとるユウナにクルトとアルティナは勿論、分校生徒のほとんどが戸惑いを隠せなかった。

 

リィンもユウナにどう接するか四苦八苦していたが、ランディの協力を得て、なんとか発表前の状態に至った。

 

そんな中、キリコはほとんど我関せずを貫いていた。

 

クルトはキリコが積極的にユウナに関わらない姿勢に業を煮やして問い詰めるが「帝国人の俺たちがクロスベルに関わった所で解決するわけではない」と回答したため、何も言えなくなった。

 

それでも演習に支障が出ると判断したのか、積極的でないにせよ、ユウナに声をかけていた。

 

その甲斐あってか、ユウナも少しずつ心を開き、分校生徒たちとのわだかまりは減っていった。

 

 

 

午後 7:52

 

キリコは食堂車でクルトとシドニーとスタークとウェインの5人でチェスをしていた。

 

キリコはゲームの類はやらないので、初心者同然だったが、数回こなすうちにいい勝負をするようになった。

 

「………」

 

「む、そうきたか」

 

「キリコの吸収力も大したもんだな。もうウェインに勝てるんじゃないか?」

 

「俺もヤバいな」

 

「まだ終わってないぞ。ここにルークを置けば……」

 

「………チェック」

 

「おっ!キリコのビショップが王手を取った!」

 

「なっ!?だがここからだ。ナイトでクイーンを取ったぞ」

 

「………ルークを置いてチェックメイトだ」

 

「んがっ……!」

 

「おぉ~!」

 

「ついに勝ったな。これでキリコは4戦1勝2敗1分だな」

 

「いいゲームだったな」

 

「ついに負けた……」

 

「ふう……」

 

キリコは冷めたコーヒーを啜る。

 

「次スタークに勝ったらいよいよシドニーだな」

 

「この様子じゃ、クルトに挑む日も近いんじゃないか?」

 

「さあな」

 

「はは、負けるつもりはないけどな。おっ、どっか行くのか?」

 

「俺はそろそろ格納庫に行く」

 

「そうか、分かった」

 

「たまにはチェスも悪くない」

 

「はは、そうだろう?」

 

 

 

一方、教官たちはクロスベル州での演習について話し合っていた。

 

「前回と同様、Ⅷ組は機甲兵運用と戦闘訓練。Ⅸ組は実習と補給。Ⅶ組は広域哨戒と現地貢献。それぞれの役割を果たしてもらう」

 

「わかりました」

 

「了解しました」

 

「了解っと」

 

「本来ならば分校長と博士にも同行してもらいたかったが、お二人は来なかったので今回も我々だけでやりくりするしかない……」

 

「は、はいっ!」

 

ミハイルは額を押さえながらリィンたちに告げた。

 

 

 

「シュバルツァー、君たちⅦ組についてだが」

 

「はい」

 

「今回も君たちには現地統括責任者に会ってもらい、演習開始の許可をとって来てもらいたい」

 

「現地統括責任者、それって……」

 

「クロスベル総督府初代総督のルーファス・アルバレア氏ですね?」

 

「ああ」

 

「……チッ」

 

「不穏な言動は慎みたまえ、オルランド教官」

 

「………わかってますよ」

 

(ランディさん……)

 

 

 

「それと最後に、総督府からの伝言だ。演習一日目を終わらせた後、オルキスタワーで懇談会が開かれる。我々第Ⅱは出席されるVIPの警護をつとめてもらうとのことだ」

 

「警護ですか」

 

「ちなみに出席者は?」

 

「帝国からはアルフィン皇女殿下にオリヴァルト皇子殿下。それにカール・レーグニッツ帝都知事にイリーナ・ラインフォルト会長。クロスベルからは現地の有力者が出席する」

 

「ってことは、マクダエルの爺さんもか」

 

「マクダエル……クロスベル市長さんですね。西ゼムリア通商会議でお会いしました」

 

「えっ?トワちゃん、知ってんの?つーかあれに出てたって……」

 

「トワ先輩は書記見習いでオリヴァルト殿下とともに出席してたんですよ」

 

「現地の書記官顔負けの働きだったそうだ」

 

「へぇ~。大したもんだな」

 

「リ、リィン君……。ミハイル教官まで……」

 

トワは頬を赤らめる。

 

「んで、マクダエル市長は出るのか?」

 

「いや、マクダエル市長は出席を見送ったそうだ」

 

「なんでだ?」

 

「理由は体調不良だそうだ。高齢らしいからな」

 

「……まーな」

 

(そうか、ランディさんの職場にはマクダエル市長の身内がいたから。面識があっても不思議じゃないか)

 

「他に質問は?」

 

「……………」

 

「ではこれにて、ブリーフィングを終了とする。演習内容は明日、改めて説明する。以上、解散」

 

 

 

「ランディさん……」

 

「ああ、みっともないとこ見せちまったな」

 

「その……」

 

「いいんだよ。リィンやトワちゃんが気にすることじゃねぇ。それより……」

 

「?」

 

「まさかトワちゃんが通商会議に出てたなんてな」

 

「あっ、はい。オリヴァルト殿下のお誘いで」

 

「あの皇子の?」

 

「トワ先輩は学生時代から各方面から勧誘が来るほど優秀な方でしたから」

 

「へぇ。そういや、妖精がトワちゃんのこと会長って呼んでたが」

 

「俺たちⅦ組が発足した時の生徒会長だったんです」

 

「なるほどな」

 

「そ、それよりランディさんは通商会議に関わっていたんですね?」

 

「ああ、特務支援課に会議の警護の仕事が回ってきたからな。その後、テロリストどもとドンパチやる羽目になったがな」

 

「帝国解放戦線と共和国の反移民政策主義者ですね」

 

「ああ、確かそんな名前だったか。そういや、その帝国解放戦線のリーダー格が言ってたんだが、妙に芝居がかかった感じで炎に包まれるとかどうとか……」

 

「!?…それって……!」

 

「同志G……」

 

「あん?なんか知ってんのか?」

 

「………ええ」

 

リィンは迷いつつも、2年前の騒動について話した。

 

「………………」

 

あまりの内容にランディは絶句した。

 

「テロリストによるガレリア要塞の襲撃。おまけに列車砲の砲撃阻止?」

 

「俺がⅦ組の特別実習で遭遇した出来事です。当時サラ教官とナイトハルト中佐の指揮の下、列車砲の砲撃を阻止するに至りました」

 

「………………」

 

ランディはなんとか頭を整理する。

 

「まさかお前さんたちが関わってたとはな……」

 

「ほとんど成り行きですが……」

 

「そうか、そうだったのか……」

 

ランディはリィンに頭を下げる。

 

「ランディさん!?」

 

「すまねぇ!俺らにとっちゃ恩人だってのに変なこと言っちまって!」

 

「頭を上げてください。むしろ謝罪するなら俺の方ですよ」

 

「いや、お前さんはこの間みてぇな要請で動いてたんだろ?お前は何も悪くねぇよ」

 

「ランディさん……」

 

「他のやつはどうだか知らねぇが、俺はリィンを信じるぜ。これからよろしくな」

 

「ランディさん……。はいっ!」

 

「えへへ、良かった……」

 

 

 

「それでよ、ユウ坊はどうなんだ?」

 

「少しずつ戻ってはいますが、危ういですね」

 

「そうか……。とにかく、リィンも気にかけてやってくれねぇか?」

 

「もちろんです」

 

「ユウナちゃん……やっぱり許せないんだね。私たちが」

 

「ユウ坊もバカじゃねぇ。じゃなかったら、アルきちや他の連中と上手くやってけるはずがねぇ」

 

「そうですね……」

 

「あっ、そうだ。何なら、ユウ坊の実家に連れてったらどうだ?クロスベル市西通りのアパルトメント《ベルハイム》ってとこだ」

 

「でも公私混同になりませんか?」

 

「現地貢献ってことにすりゃいいんじゃね?」

 

「まあ……決めるのは彼らですから。ユウナが寄りたいなら反対はしません」

 

「リィン君……」

 

「そうか。まっ、頭には入れといてくれ。さて、そろそろコーヒーでも飲みに行くか」

 

「私も主計科の子たちの所に行ってきます。リィン君は?」

 

「そうですね。ユウナたちの様子を見つつ、見回りに」

 

「おう、よろしくな」

 

そう言ってリィンたちは別れた。

 

 

 

「お疲れ。精が出るな」

 

「あっ、リィン教官」

 

「お疲れ様です」

 

リィンはユウナ、クルト、アルティナと言葉を交わした後、例にもれず、作業していたキリコとカウンターに立っていたティータに話しかける。

 

「ああ、列車内の見回りでな。キリコは導力メールか?」

 

「新しい武装が演習初日の午後に届くらしいので」

 

「武装?ちなみになんだ?」

 

「ガトリング砲と二連装対戦車ミサイルです」

 

「……待て待て。聞き捨てならない言葉を聞いたんだが」

 

「あ、あははは…………」

 

ティータは乾いた笑いを浮かべた。

 

「……………」

 

「………博士の差し金か?」

 

「いえ。博士によると、ラインフォルトとは別口だそうですが」

 

「そうなのか?」

 

「はい。私もそう聞いてます。珍しいですよね」

 

「そうだな(ラインフォルトとは別……。アリサも知らないということか?いやそもそも、ラインフォルト以外で機甲兵が設計できるのか?)」

 

「教官?」

 

「ああ……何でもない。それより今回も実験用機甲兵の運用を行うのか?」

 

「はい」

 

「分かった。それとキリコ。ユウナのことだが……」

 

「……………」

 

「クルトから聞いたが、あまり積極的じゃないらしいな?」

 

「クロスベルは俺たちが口を出せることではないので」

 

「言いたいことは分かる。ただ、干渉しろというわけじゃない。同じⅦ組の仲間として気にかけてほしい」

 

「……………」

 

キリコは作業を再開する。

 

「教官……」

 

「大丈夫だ、キリコはわかってる」

 

「え?」

 

キリコの無言の了解を得たリィンは相棒の元へと向かった。

 

ティータはその背中を見送ることしかできなかった。

 

 

 

5月19日

 

翌日、一行はクロスベル市近郊の演習地に到着した。

 

全クラスが協力してテントを設立し、機材を運び出した。

 

その後、機甲兵を操縦し移動させたが、フルメタルドッグだけはキリコが行った。

 

その後朝食を取り、前回同様にⅦ組はブリーフィングルームに集められた。

 

 

 

「さて、前回と同様、君たちには広域哨戒と現地貢献にあたってもらう。何か質問は?」

 

「いえ……」

 

「特には」

 

「続けるぞ。これから君たちはクロスベル州の現地統括責任者に会い、演習開始を報告。その後、市民からの依頼と合わせて市内の調査を行ってもらう」

 

「クロスベルの現地統括責任者!?」

 

(確かそいつは……)

 

「ルーファス卿ですね」

 

「……………………」

 

(ユウナ……)

 

ユウナは唇を噛んだ。

 

「粗相のないようにな。特にクロフォード候補生」

 

「……………はい」

 

「ミハイル教官。市内の調査とは?」

 

アルティナが尋ねる。

 

「内容についてはクロスベル総督府で伝えられる。前回のこともある。くれぐれも気取られないことだ」

 

「待ってください!クロスベルにも人形兵器が出るってことですか!?」

 

「そういう可能性もあるということだ。噂では総督府に対するレジスタンスがいるらしいからな」

 

「レジスタンス、ですか?」

 

「以前、教官と対峙したお二人でしょうか?」

 

「………………(キッ)………」

 

ユウナはリィンを睨み付ける。

 

「まあいい。とにかく、君たちは行動を開始したまえ。シュバルツァー、君の働きにも期待する。以上、解散」

 

 

 

ブリーフィングを終えたリィンたちⅦ組はスタークたちの元で準備を開始した。

 

「いらっしゃい、どれをお求めで?」

 

「ふふ、やっぱり板についてるわね」

 

「さすが商人ですね」

 

「はは、まだまだ親父には敵わないけどな」

 

「そうでしょうか?品物の仕入れの時もすごく頼りになりますけど」

 

「せやなぁ。オレらより商売っちゅうもんを分かっとるで」

 

「さすがだな。それじゃカイリ、解毒薬と絶縁テープと解凍カイロを。後軟化リキッドも頼む」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「パブロ、武器は全て新調したいからリストを見せてくれ」

 

Ⅶ組は新しい武器は購入し装備した。

 

「毎度!気ぃつけてや」

 

「あっ、キリコ。フレディから伝言だ。何でも「注文の品が出来た」って」

 

「わかった」

 

「キリコ君、何か頼んだの?」

 

「珍しいですね」

 

「大したことじゃない」

 

「そうか。クロスベル市に行く前に寄るか」

 

「それには及びません」

 

振り向くと袋に包まれたものを抱えたフレディが立っていた。

 

「キリコ、注文の品が出来たぞ」

 

「それもう聞いたわ」

 

「なんだい?それは」

 

「フフフ、これぞ、魔獣の赤肉を丹念に処理し、天日に半日かけて干した特製の干し肉だ」

 

「干し肉、ですか」

 

「もしかして携帯食か?」

 

「ああ」

 

キリコはフレディから干し肉の袋を受け取った。

 

「でもどうして頼んだんですか?」

 

「念のためだ。実験用機甲兵の運用で離れる可能性もあるからな」

 

「な、なるほど……」

 

「フフフ、ご心配なく。全員分の用意もありますよ」

 

「そうか、ありがとうな」

 

リィンたちも受け取った。

 

「ありがとう。それで……」

 

「ああ、お代は結構。万が一、不味かったら戻してくれてかまわない」

 

「いいのか?」

 

「実はこの間、キリコに材料集めを手伝ってもらってな。元々キリコからの依頼だったが、有意義な経験をさせてもらった」

 

「そういえば、先日お二人は帰りが遅かったですね」

 

「というか、キリコ君が頼んだの?」

 

「ああ」

 

「へぇ……(意外と好きなのか?)」

 

「ありがとうな。よし、それじゃ行くとしようか」

 

「はい」

 

「了解しました」

 

「了解」

 

「決まりね。あたしが案内します」

 

「いいのか?」

 

「………正直、もやもやが取れませんが、今のあたしはこの分校の生徒です。政府やあなたが気に入らないとか言ってる場合じゃないので」

 

「ユウナさん……」

 

(無理しているな)

 

(ああ、気にはかけておこう)

 

「そうか、わかった。では、土地勘のある君に任せる。まずは演習地を出て、クロスベル市のオルキスタワーへ向かおう」

 

「わかりました!」

 

Ⅶ組はユウナを先頭に出発した。

 

 

 

「無事に出発したようですね」

 

ミュゼはⅦ組を見送りながら呟く。

 

(結社が仕掛けて来るのは今夜。その後は教官とあの方々が動く。今回はそれほど介入する必要はなさそうですね)

 

(この一ヵ月、あの人から頂いた書物を読み返して見たけど、どこにもキリコさんのようなケースは載っていなかった。手紙でもお手上げのようですし。どうすればキリコさんのことが解るんでしょう?)

 

「ミュゼちゃん?どうしたの?」

 

「あ、ティータさん。いえ、何でもありません」

 

「そう?あっ、そうそう。さっきランディ教官から聞いたんだけど、今夜オルキスタワーっていう所でアルフィンさんやオリビエさんの警護をするんだって」

 

「姫様にオリヴァルト殿下の?まあ!」

 

「うん。だからそれまでに」

 

「ええ、終わらせなくてはなりませんね」

 

ミュゼとティータは早速、持ち場についた。

 

 

 

Ⅶ組は南クロスベル街道に出た。

 

「街道に出たな」

 

「それでクロスベル市は?」

 

「ここを左ね。真北だから分かりやすいわ」

 

「右に行くと何があるんですか?」

 

「このまま南に行くと、森があってその先にあるのが聖ウルスラ病院。クロスベルで最先端の医療施設ね」

 

「聞いたことがあるな」

 

「そろそろ行くとしよう。市内に入ったら、オルキスタワーへ行き、クロスベル総督にお会いする。そこからスタートだ」

 

「わかりました。それじゃ、行きましょう!」

 

一行は左に曲がり、クロスベル市を目指す。

 

途中で一行は水面に浮かぶ社のようなものを発見した。

 

「あれは?」

 

「あれは古い遺跡ね。撮影スポットとしても知られてるわ。後、縁結びの象徴だとか」

 

「へぇ。そんなものがあるのか……っと、総員戦闘準備。向こうから魔獣の群れが来るぞ」

 

「わわっ!ホントだ」

 

「数は8。そのうち2体は昆虫型ですね」

 

「余計な手間を取らせてくれるな」

 

「ああ、返り討ちにしてやろう」

 

「みんな、気合いは十分だな。Ⅶ組特務科、戦闘を開始する!」

 

『イエス・サー!』

 

 

 

リィンのオーダーを軸に、キリコたちは魔獣を殲滅した。

 

「ざっとこんなもんね」

 

「数は向こうが勝っていたが、質はこちらが上だったな」

 

「戦闘データも更新できたようです」

 

「みんなお疲れ。それよりユウナ、この辺りは魔獣が多く出るのか?」

 

「いえ、そんなことはないですよ。でも……確かに多かったような………」

 

「魔獣の縄張りだったとか?」

 

「でもここ、導力灯があるのよ?あんなに光ってるのに」

 

「ふむ。まあ、それについては後で考えるとして、そろそろ出発しよう。総督だって暇じゃないはずだ」

 

「それもありましたね」

 

「さっさと行くとしよう」

 

「……そうね。まずはそこからね」

 

(ユウナさん、大丈夫でしょうか?)

 

「とにかく、様子を見よう。フォローはできるだけ入れていくから)

 

「教官?アル?」

 

「どうかしましたか?」

 

「いや、何でもない。では少し駆け足で行こう。急げば間に合うかもしれないからな」

 

(仕方ない)

 

リィンたちは駆け足でクロスベル市に向かった。

 

 

 

「これは大きいな………」

 

クルトは目の前の建物を見上げた。

 

クロスベル市に入り、一行はクロスベル市の庁舎──オルキスタワーの前にやって来た。

 

「帰って来たんだ。クロスベルに……」

 

「ユウナさん……」

 

「やはり故郷には思い入れがあるんだな」

 

(故郷……か……)

 

キリコは二度と戻れない故郷を思い浮かべた。

 

「さて、色々あるんだろうがまずはクロスベル州の現地統括責任者にお会いする。わざわざ時間を取ってくださっているから失礼のないようにな」

 

「わ、わかりました!」

 

「クロスベル初代総督、ルーファス・アルバレア卿ですね。四大名門の一つ、アルバレア公爵家の長男でもある人物だ」

 

「へ?公爵?」

 

「家格で言えば、ハイアームズ侯爵家より上です」

 

「そ、そうなの!?」

 

「いい噂は聞かないがな」

 

「ああ。他所の領地に猟兵を差し向けたり、交易地であるケルディックを焼き討ちしたりとやりたい放題だったとか」

 

「何よそれ!?最低じゃない!」

 

「……………」

 

「教官?」

 

「いや、何でもない。それより行くとしよう。あまり待たせるわけにもいかないからな」

 

「?」

 

(アルバレア公爵は旧Ⅶ組の連中に逮捕されたらしいが。まあ、俺には関係のないことだがな)

 

リィンたちはオルキスタワーの中へと入って行った。



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再会①

メガネと主任が登場します。


「やあ、待っていたよ。リィン君に新たなⅦ組諸君」

 

クロスベル初代総督、ルーファス・アルバレアは柔和な笑みを浮かべ、リィンたちを歓迎した。

 

「お久しぶりです、総督。その節は」

 

「二年ぶりですね」

 

「黒兎……いや、アルティナ君も久しぶりだな。そして──」

 

ルーファスはユウナたちの方を向く。

 

「ユウナ・クロフォードさんにクルト・ヴァンダール君、キリコ・キュービィー君だね。クロスベル総督のルーファス・アルバレアだ」

 

「ど、どうも……」

 

「お初にお目にかかります」

 

「………初めまして」

 

「うむ。こうして新たなⅦ組と会えて光栄だよ。なかなか粒がそろっているようだしね」

 

「い、いえ……」

 

「まだまだ修行中の身です」

 

「大したことでは」

 

「謙遜しなくてもいい。クロスベル軍警察志望者にヴァンダール家の出身者に黒兎、それに内戦で獅子奮迅の活躍をしたというキュービィー君。これからの帝国を担う若者たちに、名高き灰色の騎士。私でなくても注目してしまうというものだよ」

 

「!」

 

「僕たちの素性までご存知でしたか……!」

 

「さすがですね……」

 

(やはりこういう類か)

 

ユウナたちが驚くなか、キリコはルーファスに対して警戒心を強めた。

 

「ゴホン。総督、そろそろお時間です」

 

ルーファスの秘書らしき女性が告げる。

 

「ああ、わかった。……すまない、君たちとはもう少し話をしたいところなのだが、生憎立て込んでいてね」

 

ルーファスは申し訳なさそうに肩を竦める。

 

「いえ、わざわざ時間を取っていただきありがとうございます」

 

「そう言ってもらえるとありがたい。ではこれが演習の内容だ。中身はサザーラントと似たようなものだから説明は省かせてもらうよ。後、これが市内の調査についてだ。詳しいことは記載されているから確認してくれたまえ」

 

「わかりました。では総督、トールズ第Ⅱ分校、これより演習開始を報告します」

 

「了解した。演習の成功を祈らせてもらうよ」

 

そう言ってルーファスとの面会は終了した。

 

 

 

リィンたちはエレベーターに乗り、先ほどのやり取りを思い返していた。

 

「……………」

 

「ユウナさん……」

 

「あれがルーファス卿か。聞いていた以上の人物だな」

 

(気に入らないな。俺たちに向けたあの顔はおそらくフェイク。腹の中では分校をまるごと利用しようとしているんだろう。このクロスベルでろくでもない何かをしでかすために)

 

「全員、切り替えろ」

 

リィンがパンッと全員を振り向かせる。

 

「みんな、色々言いたいことはあるだろうが、演習は始まっているんだ。まずはそちらを優先しよう」

 

「い、言われなくても!」

 

「わかりました……」

 

「はい……」

 

「了解」

 

ユウナたちは頭を切り替えた。

 

 

 

「来たか、リィン」

 

オルキスタワーの一階でリィンは眼鏡をかけた青年に声をかけられた。

 

「ああ、今朝着いたばかりさ」

 

(もしかして……)

 

(ああ、この人も……)

 

(……………)

 

「なるほど、君たちがリィンの教え子か……」

 

眼鏡の青年ユウナたちを見回す。

 

「お久しぶりですね」

 

「ああ、君もな」

 

青年は苦笑いを浮かべた。

 

「アルとも知り合いなの?」

 

「はい。内戦で何度か関わったことがあります」

 

「もう驚かないわよ……」

 

「そういえば情報局員だったな。忘れていたが……」

 

「………………」

 

「はは……おっと、自己紹介がまだだったな」

 

青年は眼鏡のブリッジを上げる。

 

 

 

「帝国司法監察官のマキアス・レーグニッツだ」

 

「そして、旧Ⅶ組に属していた。よろしく頼むよ、新Ⅶ組のみんな」

 

 

 

「は、はじめまして。ユウナ・クロフォードです」

 

「クルト・ヴァンダールと申します」

 

「キリコ・キュービィーです」

 

「ああ、よろしく」

 

アルティナ以外が自己紹介をした。

 

「ところでアル、司法監察官って?」

 

「司法の観点から行政などをチェックする役職のことですね」

 

「弁護士とは違うが法律のスペシャリストと言えるな」

 

「へぇ、そういうのがあるんだ?アルもキリコ君も物知りよねぇ」

 

「そ、それより教官、レーグニッツというのはまさか!?」

 

「ああ、クルトなら知ってて当然か」

 

「はい!もしや、カール・レーグニッツ帝国知事閣下の?」

 

「ああ、僕の父だ」

 

マキアスは肯定する。

 

「帝都知事って……なんかスゴい人みたいだけど……」

 

「帝都ヘイムダルの行政長官に当たる方ですね」

 

「また、初の平民出身による帝都知事だから帝都民には絶大な人気があるんだ」

 

「清廉潔白な人物らしいな(もっとも、鉄血宰相の盟友で革新派の旗頭とされてるが)」

 

「そ、そんな人が私たちの先輩!?」

 

「はは、驚いたようだな。もちろん俺も最初に聞いた時は君たちと同じ反応だったけどな」

 

「初めて会った時から2年だからな。懐かしいものだ。それより、リィンたちはルーファス総督への報告か?」

 

「ああ、そうだが……」

 

「驚かなくてもいい。先月のことはエリオットたちから聞いているんだ。僕も今扱っている案件が終わり次第、リィン、ひいては新Ⅶ組の力になるつもりだ」

 

「マキアス……」

 

「いいんですか!?」

 

「それはありがたいですね」

 

「感謝します」

 

「……………」

 

ユウナたちはマキアスに感謝を述べ、キリコは会釈した。

 

「………で、マキアス以外にも来てるのか?」

 

「ああ、あと二人来ている」

 

「そうか」

 

(Ⅶ組のみなさんってホントに仲がいいのね)

 

(ああ、今の僕では及ばないほどの絆があるんだろう)

 

(絆、ですか……)

 

(………………)

 

「君たちのことは聞いている。リィンのことも頼むぞ」

 

「はい!」

 

「お任せください」

 

「わかりました」

 

「了解」

 

「………………………」

 

リィンはポリポリと頬をかいた。

 

 

 

「お~い、マキアスく~ん!」

 

声がした方を向くと、マキアスと同じ制服を来た男性が駆け寄って来た。

 

「あっ、ライナー先輩お疲れ様です」

 

「うん、やっと総督との面会時間が取れたよ。時間がないから早く……ってマキアス君、こちらは?」

 

「はい、僕の同窓生です」

 

「はじめまして、トールズ第Ⅱ分校教官のリィン・シュバルツァーと申します」

 

リィンはライナーと目が合う前に眼鏡をかけて自己紹介をした。

 

「ええっ!?灰色の騎士!?ど、どうも……」

 

(やっぱり有名なのね……)

 

(眼鏡はいるんだな………)

 

(意味は全くありませんが)

 

(律儀なのか抜けているのかわからん)

 

新Ⅶ組は見慣れた光景に呆れた。

 

「っと、マキアス君、そろそろいかないと」

 

「そうですね。リィン、それに新Ⅶ組もまた会おう」

 

「ああ、またな」

 

「お仕事頑張ってください!」

 

マキアスはライナーとともにエレベーターに乗り込んだ。

 

 

 

リィンたちはオルキスタワーを出た。

 

「それにしてもマキアスさんってスゴい人なんですね。なんか頭良さそうだったし」

 

「実際マキアスは優秀だぞ。トールズ入学時は次席でⅦ組では副委員長を務めたんだ。また、実力考査では本校で1位になってる」

 

「それはスゴいですね」

 

「その後、1年早く卒業した彼は帝国政治学院に最年少で入学して、司法監察官になったんだ」

 

「帝国政治学院?」

 

「財政界や法曹界に何人もの人材を輩出している学院のことだよ。かなりの難関らしくて、あそこに入るなんてなかなかできることじゃない」

 

「ひゃ~!、つくづくスゴい人ねぇ」

 

「でも司法監察官は役職としてはかなり外様と聞きますが?」

 

「そ、そうなの?」

 

(政治のことはわからないが、法を私物化する連中にとっては面白くないだろうな)

 

「教官……」

 

「ああ。実際、司法監察官はその性質上疎んじられてると言ってもいい役職らしい。だが、それがマキアスの選んだ道だ。法を通して帝国をとりまく問題を見極め、立ち向かうというな」

 

「あ…………」

 

「本当にスゴい方ですね」

 

「実現はともかく、かなりの手腕と聞きます」

 

(少なくとも夢想家ではなさそうだな)

 

リィンの言葉にユウナたちはマキアスに好感を持った。

 

「さて、そろそろ依頼を確認しよう」

 

「それがありましたね」

 

リィンは封筒から書類を取り出す。

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

市内の店舗調査 [必須]

 

エプスタイン財団からの依頼 [必須]

 

アイデアをちょうだい [任意]

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

「今回もバラエティ豊かですね」

 

「必須が二つに任意が一つか」

 

「あれ?ベーカリー《モルジュ》からだ」

 

「ユウナ、知ってるのか?」

 

「うん、このパン屋さんうちの近所よ。すっごく美味しいんだから」

 

「ふむ、興味はあります」

 

「もう一つの方は?」

 

「ああ、見てみよう」

 

リィンはもう一つの封筒を開ける。中には書類と地図が同封されていた。

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

クロスベル州各地で巨大な魔獣が確認されている。Ⅶ組特務科は次の場所にて、調査すること。

 

東クロスベル街道ボート小屋の奥

 

南クロスベル街道の海岸

 

ジオフロントF区域

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

「巨大な魔獣!?」

 

「もしや、幻獣でしょうか?」

 

「幻獣?」

 

「聞いたことがないな」

 

「クロスベル事変の際、各地で幻獣と呼ばれる大型の魔獣が頻発したそうです。また、幻獣が顕れる場所には決まって蒼い花が見られたそうですが……」

 

「蒼い花?」

 

「情報局のデータベースで閲覧したことがあります。名前はプレロマ草だったかと」

 

「う、うん。先輩たちに聞いたことあるわ」

 

「その幻獣とやらの調査と討伐、ついでにその花の駆除が目的か」

 

「そうだな。ただ、クロスベル市外があるから午前中は市内の依頼を優先して、街道の調査は午後にやる。今日の日程はそんなところか」

 

「わ、わかりました」

 

「ハードですが、望むところです」

 

「仕方ありませんね……」

 

「問題ない」

 

「ユウナ、案内は任せていいか?」

 

「ええ、任せてください!」

 

「決まりだな。Ⅶ組特務科、これより特務活動を開始する」

 

『イエス・サー』

 

 

 

[ユウナ side] [市内の店舗調査]

 

依頼をこなすため、あたしたちは一旦中央広場に戻ってオーバルストア《ゲンテン》で情報収集を開始。

 

そこで顔馴染みのウェンディさんとチャコさんに話を聞きつつ、ARCUSⅡの拡張をした。

 

ウェンディさんによると最近、ロイド先輩の姿を見なくなったとか。どうしちゃったんだろ?

 

後、キリコ君が調整したARCUSⅡを見てウェンディさんが「ぜひウチに就職しない!?」って、カウンターから乗り出して誘ったんだけど、キリコ君にその気はないみたい。

 

続いて、デパートで情報収集。支配人さんは一目で教官を見抜いた。

 

ついでに特務支援課のビルに行ってみたけど、閉まってた。当たり前か………。

 

 

 

次に東通りに行った。

 

東方文化の濃い地区だからみんな驚いてた。

 

《龍老飯店》の看板娘のサンサンさんによると、リーシャさんも行方不明だとか。

 

何か食べてかないかって誘われたけど、教官が断った。まぁ、お腹もすいてないしね。

 

龍老飯店を出た後、あたしたちはリーヴスで見たようなお店──《ナインヴァリ》に入った。

 

店主の女の人はなんとジンゴちゃんのお母さん!

 

教官の推測だといわゆる闇ブローカーだって。

 

ただ、置いてあるものは良いものみたいでキリコ君は興味深そうに見ていた。

 

「アンタ、キリコ・キュービィーだろ?」

 

「なぜ知っている」

 

「裏の渡世じゃ有名人だよ。どうだい?この特殊合金仕様の弾丸に携帯爆薬、今なら対機甲兵用地雷もサービスしとくよ」

 

「もらおう」

 

いやいや!貰っちゃダメでしょ!

 

ナインヴァリを出た後、クロスベル商工会のお店に入った。そこで意外な人に会った。

 

「あれ?アンタ、リィンやないか」

 

「あっ、リィン君!」

 

「ベッキーにリンデじゃないか。久しぶりだな」

 

商工会にいたベッキーさんとリンデさんは教官の同窓の方だそう。

 

パブロ君と同じ訛りのベッキーさんは商人の修行でモルス会長の下で働いてるんだって。

 

リンデさんは聖ウルスラ医科大学で研修医をしてる人で、あのヴィヴィさんの双子のお姉さん。もちろんセシルさんのことも知ってた。

 

返り際にベッキーさんからみっしぃのストラップを買った。もしかすると、ルイゼの探してたものかも。

 

 

 

次に港湾地区に行った。

 

IBCにはラインフォルト社が入っていた。

 

警備員の人によると、元々あったエプスタイン財団と同じかそれ以上に活躍してるとか。

 

なんでも新しい室長って人が引っ張ってるらしいの。

 

また、クロスベルタイムズ本社前の屋台の店主のオーゼルのさんは教官のことも覚えていた。

 

もっともオーゼルさんは政治とかそんなこと関係なしに一杯を作るって。職人さんだなぁ。

 

後、黒月貿易公司は少し離れた場所に移転してた。マフィアなんていなくなればいいのに………。

 

 

 

中央広場に戻って裏通りに来た。

 

いわゆる盛り場ってやつで、アッシュなんかが来そう。

 

「この路地はなんだ?」

 

「ああ、そこはルバーチェ商会があった場所ね」

 

「ルバーチェ商会?」

 

「商会とは名ばかりで実態はマフィアですね」

 

「クロスベルではマフィアが跋扈していてクロスベル全体を食い物にしてたらしいな」

 

「ルバーチェ商会とカルバード共和国東方人街の黒月(ヘイユエ)でしたか」

 

「聞いたことがある。それ故ついた渾名が魔都クロスベル」

 

「うん……その通りよ」

 

「だが、今はないんだろう?」

 

「はい、3年くらい前にD∴G教団ってのが事件を起こして、それに加担したルバーチェは解体されました」

 

「D∴G教団?」

 

「情報局のデータベースで見ました。悪魔を崇拝し、女神の否定を教義とする狂気のカルト集団だとか」

 

「女神の否定!?」

 

「うん。そいつらがルバーチェ商会やクロスベル警備隊を薬で操ってクロスベルで戦いになったの。そして特務支援課と遊撃士協会と共同作戦で事件を終わらせたの」

 

「いわゆる《教団事件》だな」

 

そう。そしてクロスベルは………。

 

「なんだい、騒々しいねぇ」

 

振り返ると、指輪をいくつか着けたおばあさんが立っていた。

 

「あっ、すみません。お騒がせして」

 

「まったく、そのとおりだ………おや~?名高き灰色の騎士様かい?」

 

「え、えっと……」

 

「そっちのお嬢ちゃんも見たことあるねぇ。特務支援課に出入りしてたろ?」

 

そっか、この人が……。

 

「ヒッヒッヒ、久しぶりに面白い子たちが来たね。特にそっちの青髪。なかなか物騒な匂いがするねぇ」

 

「………………」

 

キリコ君が憮然とする。

 

「ただ、悪いんだけどこれから商談でねぇ。あんたたちの演習が終わる三日後まで店は閉めるんだよ」

 

「な!?」

 

「どこでそれを……」

 

「ヒッヒッヒ、さあてねぇ」

 

おばあさんはスーツケースを持って行っちゃった。

 

「ユウナ、あのおばあさんを知ってるのか?」

 

「はい、ここのアンティークショップの店主のイメルダさんです」

 

「アンティークショップ?」

 

「うん。クロスベルで唯一ローゼンベルク人形を扱っているの」

 

「ローゼンベルク人形?」

 

「知らないのか?精巧な人形で一体数万ミラはするらしいな」

 

「人形一つに数万ミラですか……」

 

「……………」

 

アルとキリコ君は理解できないって顔してる。

 

「だが、アンティークショップの店主とは思えないほど情報通だな」

 

「ナインヴァリのアシュリーさんみたいに裏と繋がりがあるとか。それにイメルダさんってクロスベル市内にいくつもの土地を持ってるとかって聞いたことがあります」

 

「土地成金ってことか?」

 

「そんなかんじね。悪い人じゃないらしいけど……」

 

 

 

裏通りを抜けて歓楽街にやって来た。

 

「こちらは華やかですね」

 

「ああ、ホテルにカジノ、ん? もしかしてあれが……」

 

「はい!《アルカンシェル》です!」

 

「帝都のオペラ座と並ぶ劇場か」

 

(どちらにせよ、縁がないな)

 

これでイリアさんやリーシャさんがいればもっと華やかなのになぁ。

 

 

 

最後に住宅街を抜けて西通りに来た。

 

やっぱりここまで来ると、帰って来たなって思う。

 

最後の店舗調査を終えて通りに出ると、リュウとアンリ君とモモちゃんとコリン君の四人組に会ったの。

 

どうやら……ケンとナナはいないみたいね。

 

それにしてもリュウってば男女とは何よ!

 

[市内の店舗調査] 達成

 

[ユウナ side out]

 

 

 

[クルト side] [アイデアをちょうだい]

 

必須の依頼を終えた僕たちは西通りのベーカリー《モルジュ》に入った。

 

依頼人のベネットさんによると、新作のパンを作るのに僕たちの料理ノートが必要だそう。

 

それもありきたりではなく、僕たちが最も得意とする一品だという。

 

幸い、ノートにはいくつか記録してあったので一つ一つを出した。

 

「うん、これよ!」

 

何か閃いたらしい。

 

ベネットさんは奥に引っ込むと、パンを作り始めた。

 

焼き上がったパンはとても美味しそうだ。

 

「食べてみて」

 

言われるがままに一口食べてみる。

 

「こ、これは……!」

 

「美味しい!」

 

「やはり焼きたては美味しいですね」

 

「悪くない」

 

お世辞抜きに美味しかった。

 

店頭には『ベネットスペシャル』として出すそうだ。

 

後、依頼料代わりにオスカーさんからできたての新作パンをいただいた。

 

これで依頼は達成だな。

 

[アイデアをちょうだい] 達成

 

[クルト side out]

 

 

 

「じゃあ、次に行きましょ」

 

「いいのか?実家に挨拶しなくて」

 

「ユウナの実家はこの辺りなのか?」

 

「な、なんでそれを……って!ランディ先輩ですね!?」

 

「ああ。もちろん行くか行かないかはユウナたちが決めることだがな。俺としてはユウナのご両親に挨拶しておきたいところだが」

 

「まあ、顔を見せるくらいはいいんじゃないか?」

 

「ちょっと疲れました」

 

「ううう………そうね。休憩がてら寄りましょ」

 

一行は西通りのアパルトメント《ベルハイム》のユウナの実家へ向かった。

 

「ただいま」

 

「あらあら、おかえりなさ……」

 

奥からユウナと同じ髪色の女性が固まった。

 

「ユ、ユウナ……!?」

 

「お母さん、ただいま……」

 

「ユウナ!」

 

ユウナの母親はユウナを抱きしめた。

 

「お母さん……!」

 

「おかえりなさい。ケン!ナナ!ユウナが帰って来たわ!」

 

すると、奥から男の子と女の子が元気よくやって来た。

 

「姉ちゃん!おかえり!」

 

「お姉ちゃんが帰って来た!」

 

「ケン!ナナ!ただいま!」

 

ユウナはケンとナナを抱きしめる。

 

「これは目の毒だな」

 

「ええ、眩しいくらいですね」

 

(孤児院を思い出すな)

 

「あっ、お姉ちゃんのお友だち?」

 

「キレイなお兄ちゃんとカッコいいお兄ちゃんだ~」

 

「キ、キレイなお兄ちゃん……!?」

 

ナナにコンプレックスを刺激されたクルトは落ち込んだ。

 

「………………」

 

一方のキリコは通常運転だった。

 

「カッコいい……!」

 

どうやらケンにはかっこよく映ったようだ。

 

「こっちのお姉ちゃんもかわいい~!」

 

「はぁ、ありがとうございます」

 

(まだまだ理解できていないようだな)

 

「あっ、ごめんなさい。今お茶を入れますね」

 

ユウナの母親はリィンたちを招き入れた。

 

 

 

「トールズ第Ⅱ分校教官のリィン・シュバルツァーです」

 

「はい、娘がお世話になってます」

 

「はじめまして、クルト・ヴァンダールです」

 

「アルティナ・オライオンと申します」

 

「キリコ・キュービィーです」

 

「はじめまして。クルト君にアルティナちゃんにキリコ君ね。ユウナの母のリナです」

 

「ぼく、ケン!」

 

「あたしはナナ!」

 

「ユウナさん、もしかして……」

 

「うん。ケンとナナは双子なの」

 

「へぇ、どうりで」

 

「ねぇねぇ、どっちがお姉ちゃんのカレシなの?」

 

「キレイなお兄ちゃんとカッコいいお兄ちゃんのどっち?それともこのお兄さん?」

 

「ケン!ナナ!」

 

「姉ちゃんが怒った~♪」

 

「逃げろ~♪」

 

「ああもう、ホンット変わらないんだから……」

 

「ふふ。それでユウナは演習で帰って来たのね」

 

「うん。3日後には帰んなきゃいけないけど」

 

「姉ちゃん帰っちゃうの?」

 

「ナナ、つまんない」

 

「わがまま言っちゃだめよ。それよりユウナ、分校ではちゃんとやれてるの?」

 

「うん。クルト君にアルにキリコ君はもちろんだけど、他のみんなとも仲良くなったわ」

 

「良かったわ。お父さんも心配してたのよ」

 

「そっか、お父さんも」

 

「ユウナのお父さんは何されているんだ?」

 

「お父さんはMWL(ミシュラムワンダーランド)に勤めてるの。リゾートホテルの企画営業部門よ」

 

「あの有名な?」

 

「へぇ、そうだったのか」

 

「スッゴいんだよ~!」

 

「みっしぃに会えるんだよ~!」

 

「そうか」

 

(キリコは動じないな……。でも子ども嫌いというわけでもないか)

 

「ええ。教官さん、ユウナのことをよろしくお願いいたしますね」

 

「ええ、任せてください」

 

「ちょっと、お母さん!?」

 

「心配なのよ。ユウナったらよその男の子とケンカして泣かせてくるし、日曜学校でもシスターに手をかけさせるし、朝は起きられないし、勉強もイマイチだし……」

 

「ちょっ……!」

 

「な、なるほど………」

 

「ユウナさんはユウナさんですね」

 

「ガキ大将というやつですか……」

 

「……………(ズズッ)」

 

「もう~~!」

 

ユウナはテーブルをバンバン叩く。

 

 

 

「みんな、そろそろ行くとしようか」

 

「もうこんな時間か」

 

「お茶、ごちそうさまでした」

 

「お菓子も美味しかったです」

 

「ええ、お粗末様。ケン、ナナ、いいの?」

 

「あっ、そうだ」

 

「お礼言わなくちゃ」

 

「お礼?」

 

「お兄さん、あの時は助けてくれt「ワー!ワー!ワー!」……お姉ちゃん?」

 

「ユウナさん?」

 

「な、なんでもないから!それじゃあね、お母さん。ケンもナナもね!」

 

「?」

 

リィンたちはユウナに急かされるまま、クロフォード家を後にした。

 

「どうしたんだろ?お姉ちゃん」

 

「さぁねぇ。でも……あのリィンさんって……」

 

「うん、あたしとケンとお姉ちゃんを助けてくれたの」

 

「あのおっきいので助けてくれたよ」

 

「そうよね。(近所じゃ敵だ、帝国の狗だなんて言われてるけど、あたしたちにとっては命の恩人だものね。それになんだか元気もなかったし……)」

 

 

 

一方、リィンたちは港湾地区を抜けて、IBCの待合所のソファーに座っていた。

 

「次は必須の依頼ですか」

 

「協力者が来るらしいがな」

 

「ああ、受付の人によると主任らしいけど」

 

「あっ、来たみたい………」

 

「……みなさん、お待たせしました」

 

振り返ると水色の髪をした研究者らしき人物がいた。

 

「ティオ先輩!」

 

「ユウナ、久しぶりですね」

 

ユウナは主任と握手した。

 

「ええっと……」

 

「ユウナの知り合いか?」

 

(ユウナの知り合い……おそらく彼女は………)

 

「ああ、自己紹介をしなくてはなりませんね」

 

主任は白衣を乱れを直した。

 

「はじめまして、ティオ・プラトーと申します」

 

「リィン・シュバルツァーです。今回はよろしくお願いします、プラトー主任」

 

「ティオで結構です。リィンさん」

 

「クルト・ヴァンダールです。見知りおきを」

 

「もしかしてミュラーさんの?」

 

「はい、ミュラーは兄です。ご存知ですか?」

 

「西ゼムリア通商会議の時にお会いしました」

 

「通商会議で?」

 

「プラトーさんは特務支援課の一員でしたね」

 

「ええ、その通りです。アルティナさんもお久しぶりですね」

 

「……………」

 

リィンの表情は少しだけ暗くなった。

 

「それで、あなたは?」

 

「キリコ・キュービィーです」

 

「よろしくお願いします」

 

ティオはキリコに頭を下げる。

 

「では早速ですが、ティオ主任。今回はジオフロントでの調査だとか」

 

「ええ」

 

ティオはリィンたちに調査内容を話し始めた。

 




今回はここまでにします。

次回、お嬢様とメイドが登場します。


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再会②

[キリコ side]

 

ティオ・プラトー主任によると、クロスベル市地下のジオフロントに未確認ながら人形兵器がいるらしい。

 

このまま放置すれば生活に支障が出るばかりか、政治的圧力がかけられかねないとか。

 

クロスベルにはなんの愛着も湧かないが、見捨てるのも寝覚めが悪い。

 

中央広場で準備を済ませた後、俺たちは駅前通り近くのジオフロント入り口の前に集まった。

 

 

 

「ここですか、ティオ主任」

 

「はい。みなさん準備はよろしいですか?」

 

「バッチリです!」

 

「同じく」

 

「では参りましょう」

 

カードキーをスキャンして、中に入った。

 

ジオフロント区域はエレボニアでも見ないほど近代的な造りだった。

 

だが、植物の根のように八方に広がっている部分が目立つ。

 

これはかつて行われた場当たり的な開発がもたらした結果だという。

 

マフィアのことといいこの場所といい、俺はウドの街を思い出さずにはいられなかった。

 

「キリコさん?どうかしましたか?」

 

「いや、何でもない。それよりあれで地下に降りるのか?」

 

「はい。操作は私がやりますからみなさんは乗ってください」

 

言われるままに昇降機に乗る。

 

プラトー主任は無駄のない手際で端末を操作し、昇降機を起動させた。

 

「さすがティオ先輩ですね」

 

「大したことではありません。それよりユウナ、最後に会った時より一層明るくなりましたね」

 

「えっ?」

 

「リィンさんたちとはうまくやれてるようですね」

 

「そう……かも、しれないですね」

 

口ではああ言っても割りきれてはいないようだ。

 

 

 

ジオフロント地下は広大な造りだった。だが魔獣の気配がする。

 

「みんな、ここからが本番だ。気を抜くなよ」

 

教官も同じ考えだった。

 

「ティオ主任は下がってください」

 

「いえ、私も戦闘に参加します」

 

そう言ってティオ・プラトーは背中から杖のようなものを取り出した。

 

「それは……」

 

「魔導杖(オーバルスタッフ)ですか」

 

「はい、先日アップデートしたので。援護くらいなら問題なく行えます」

 

「わかりました。背中はお任せします」

 

「承りました」

 

「ではこれより、探索を開始する」

 

「はいっ」

 

 

 

「はぁ~~~。なんで月に何度も……」

 

「ユウナさん進んでください」

 

「後がつかえてるので」

 

「うぅぅ……」

 

「………………」

 

探索はスムーズとは言えなかった。

 

ジオフロント区域内は迷路のようにいりくんでおり、装置の端末を探すにも骨が折れた。

 

無論、魔獣もすみついていて何度も戦闘になった。中には廃棄された工業製品が暴走したものもあった。

 

プラトー主任の持つ魔導杖は大したものだった。

 

一振りで放たれる物質の一つ一つがアーツと同様なので、ドローメのような物理攻撃が通じない相手には最適だ。

 

射程は銃より短いが欠点とは呼べるものでもない。

 

また、こういった場所は普通の道がないことが多い。

 

だからダクトを潜り抜けるしかない。

 

ユウナは最後まで抵抗していたが、プラトー主任に説得されてようやく折れた。

 

ダクトの中は埃っぽくカビ臭く、触れると油のような触感でベタつく。

 

決して短くないダクトを全員が潜り抜ける頃には、制服が汚れていた。

 

ウドの街での酸の雨に比べればこの程度の汚れは大分マシだ。

 

だがユウナたちからすればたまったものではないだろう。

 

「ふう。全員いるな?」

 

「うぅ~………もういや……」

 

「さすがに汚れてしまったな」

 

「なんとなく臭いますね」

 

「………………」

 

「地上に戻ったら着替えましょう」

 

「そうですね。では探索ペースを上げましょう。ティオ主任、大丈夫ですか?」

 

「ええ、大丈夫です」

 

探索を再開した。

 

 

 

仕掛けを解除し、進んで行くと昇降機があった。

 

「これは……」

 

「どうかしましたか?」

 

「どうやらこことそこの端末室の2箇所から操作しないと動かない仕組みになっているようです」

 

防犯か何かのためだろう。

 

「2箇所からですか」

 

「しかも同時に操作しなければならないため、誰か一人残らなくてはなりません」

 

なら問題はない。

 

「他にルートは?」

 

「ないこともないですが、遠回りになりますね」

 

「どうするんですか?」

 

「時間もありません」

 

「決断を急ぐべきかと」

 

「俺が操作する」

 

「キリコ君!?」

 

「いや、キリコなら可能かもしれないが……」

 

「大丈夫なんですか?」

 

「問題ない」

 

「待てキリコ。君の技能は知っているが、危険過ぎる。ここは多少遠回りでも……」

 

「時間は限られています。急がないと面倒なことになりますが?」

 

「いや、しかし…!」

 

「まあまあ。少しお待ちください」

 

プラトー主任は魔導杖を掲げた。

 

「エイオンシステム、アクセス」

 

プラトー主任から何かの波動を感じる。

 

「これは……!」

 

「導力波による探索?いえ、精神感能を増幅させてそれを導力波で流している?」

 

「そんなことができるのか……!?」

 

おそらく彼女が被っているあれが装置なんだろう。デザインはともかく、なかなかすごいな。

 

だが、普通の人間にできることじゃない。

 

リーヴェルト少佐といい彼女といい、この世界は異能としか思えないものを持っているやつが多い。

 

俺が転生したのはこのためか?

 

「どうかしましたか?」

 

「なんでもない」

 

「キリコ君って時々あんな感じになるよね」

 

「きっと、どう動くべきか考えてるんだろう」

 

「不言実行がキリコさんですから」

 

「なるほど。あっ、探索の結果ですが、どうやら脅威になるような魔獣はいないようです」

 

「わかりました。キリコ、任せていいんだな?」

 

「はい」

 

「何かあったら無理せず連絡してくれ。無用な戦闘も避けるようにな」

 

「了解」

 

俺は端末室に入った。

 

プロテクトがかけられているが、1分もかからないだろう。いくつか操作すると昇降機が起動した。

 

ARCUSⅡに通信が入る。無事に着いたようだ。

 

俺も行動を開始する。

 

 

 

端末室を出て、指定のルートを通る。

 

特に複雑な構造ではないから急げば間に合いそうだ。

 

灯りが消えかけているのが気になるが。

 

すると───

 

「!?」

 

俺の目の前でキラリと何かが光った。

 

おそるおそる触れてみると痛みが走り、指から血が流れた。どうやら鋼線のようだ。

 

どうやら俺たち以外の何者かが罠を仕掛けているらしい。

 

俺は歩みを止め、全神経を集中させる。

 

すると奥に気配を感じる。人数は一人。今なら殺れる。

 

俺は得物を構え、忍び足で近づく。

 

ヒュンッ!!

 

突如、背後から鞭のような風斬り音が鳴る。こっちか!

 

なんとか鋼線をかわし、アーマーマグナムを撃ち込むもかわされる。

 

「………なかなかやりますね」

 

暗闇から女の声が響く。

 

どうやら俺はやつらの罠にかかったらしい。

 

一人を囮に獲物がかかるのを待ち、背後から暗殺する。

 

「よくできた仕掛けだな」

 

「何を仰っているのかわかりませんが、葬らせていただきます」

 

「なら返り討ちにするまでだ」

 

謎の暗殺者と戦闘になってしまった。

 

もう片方も気になるが、本命はこちらだろう。

 

教官たちのこともある。邪魔をするなら殺すまでだ。

 

 

 

うっすらとだが、相手の姿がわかってきた。

 

薄紫色の髪にメイドを思わせる服装。カムフラージュか何かだろう。

 

得物は鋼線。おそらくやつは2種類使っている。

 

一つは相手を切り刻むための殺傷性の高い細い鋼線。先ほどのトラップに使われたやつだ。

 

もう一つは相手を縛るための非殺傷性の太い鋼線。おかげでサバイバルナイフを掠め取られてしまった。

 

しかも、暗殺者故か暗闇の戦いでは向こうに分があるらしく、こちらの動きは筒抜けのようだ。

 

また、気配を消す術に長けている。

 

俺は物陰に隠れて作戦を練る。

 

(残りの弾が2発。フラッシュグレネードが一つ。だがこれだけでやつに致命傷を与えることはできない。何か策は……ん?これは……)

 

俺の右手に何が当たる。

 

これなら……!

 

 

 

「観念したようですね」

 

「………………」

 

「ですが、見逃すわけには参りません」

 

女は鋼線を構えた。今だ!

 

俺はやつの横を駆け抜けようと走り出す。

 

「愚かな……」

 

女は殺傷性のある細い鋼線を放つ。

 

作戦通りだ。

 

俺は体勢を低くし、フラッシュグレネードを使った。

 

「うっ…!」

 

女の動きが止まる。そこを狙い撃つが外した。

 

「惜しかったですわね」

 

「いや……予定通りだ」

 

「なっ!?」

 

突然女の背後から蒸気が吹き出る。

 

俺が狙ったのは女ではなく後ろの循環パイプだった。

 

蒸気で怯んだ瞬間を狙いさっき拾ったドライバーを投げナイフ代わりに投げつける。

 

「くっ……!」

 

女は隠し持っていたダガーでドライバーを叩き落とす。

 

無論、こんなもので殺せるとは思っていない。あくまで隙を出させるのが狙いだ。

 

ドライバーを叩き落としたことで体が開く。

 

「仕留める」

 

急所に狙いを定め、アーマーマグナムの引き金に指をかける。すると───

 

「!?」

 

突如明かりが灯り、俺と女の間に矢がとんできた。

 

一旦下がってとんできた方向を見ると、金髪の女が弓を構えていた。

 

「シャロン!大丈夫!?」

 

「お嬢様、ええ!私は平気です」

 

俺の相手はシャロンというらしい。

 

「悪いけどここまでよ!大人しく観念しなさ………え?」

 

「あら?」

 

「?」

 

金髪の女から戦意が消える。

 

シャロンと呼ばれた女からも殺気が鳴りを潜める。

 

「その制服って………」

 

「もしや……リィン様の?」

 

教官の知り合いのようだ。

 

 

 

「本当にごめんなさい!!」

 

「真に申し訳ありませんでした」

 

「…………………」

 

戦闘を中止し、訳を話すと俺がリィン教官の教え子であり、Ⅶ組特務科に所属することが分かると二人は必死に謝ってきた。

 

「まさかリィンの教え子だなんて……」

 

「このシャロン、一生の不覚です……」

 

「もういい。それよりあんたは旧Ⅶ組か?」

 

「ええ、そうよ」

 

金髪の女は髪をかきあげ、自己紹介をした。

 

「私はアリサ・ラインフォルトよ。こっちはメイドのシャロン・クルーガー」

 

「そして私はあなたの言うようにⅦ組に所属してたわ」

 

「ラインフォルト家のメイド、シャロン・クルーガーと申します。先ほどは大変失礼いたしました」

 

(ラインフォルト……帝国最大の重工業メーカーの。なるほど、さっきお嬢様と言ったのは間違いではなかったか)

 

「えっと……あなたは?」

 

「キリコ・キュービィー」

 

「キリコね。本当にごめんなさい。てっきり、連中かと思って」

 

「連中?」

 

「キリコ様はルーレで最近起きた事件をご存知でしょうか?」

 

「ルーレ………公文書偽造事件か?」

 

確か大貴族もかかわっていたらしいが。

 

「ええ……。とある理由で一部の貴族から恨まれているの。刺客を送りこんできたこともあったのよ」

 

俺を刺客だと思ったわけか。

 

「………そういえば聞きたいことがある」

 

「何かしら?」

 

「ラインフォルトは暗殺者を雇っているのか?」

 

「うっ……そう言われても仕方ないわね」

 

(あのシャーリィ並みの強さ。おそらくこのシャロンとは………)

 

「? いかがなされました?」

 

「なんでもない。それより行かせてもらう。教官たちが先にいるからな」

 

「でしたら、私たちも同行します」

 

「何?」

 

「先ほどの償いも兼ねてですが」

 

「ええ。お詫びにもならないでしょうけど、私たちもリィンに用があるから」

 

「………わかった」

 

俺はアリサ・ラインフォルトとシャロン・クルーガーとともに行くことになった。

 

すると───奥から何かを叩きつけたような轟音が響く。

 

「!?」

 

「これは……!」

 

「大物らしいな」

 

「急ぎましょう!」

 

「かしこまりました!」

 

「了解」

 

[キリコ side out]

 

 

 

キリコたちが駆けつけると、そこには鎖付き鉄球を持った魔煌兵と対峙するリィンたちがいた。

 

「魔煌兵!?こんな所にいるなんて」

 

「それにリィン様もあの力を……」

 

「初弾は俺がやる。追撃を頼む」

 

「わかったわ。シャロン、続いて」

 

「かしこまりました、お嬢様、キリコ様」

 

キリコは制服の中に隠し持っていた対機甲兵用地雷のピンを外し、円盤投げの要領で魔煌兵に投げつける。

 

ぶつかった衝撃で地雷は爆破。

 

続けざまにシャロンが鋼線で縛り上げ、アリサが弓矢で致命傷を与える。

 

魔煌兵は膝をつき、消滅した。

 

「間一髪か」

 

「キリコ!」

 

「無事だったのね!」

 

「助かりました」

 

「ナイスタイミングです。それに……」

 

プラトー主任が二人を見る。

 

「アリサさんにシャロンさんも来てましたか」

 

「ご無事ですか?ティオ主任」

 

「わぁっ、綺麗な人……♥️」

 

「ユウナさん、目がハートになってます」

 

「だが……確かに見惚れてしまうな………」

 

ユウナたちがみとれている横でアリサはリィンを抱きしめる。

 

「「!?」」

 

「……ハァ………」

 

「おぉー……」

 

「ア、アリサ……!?」

 

「ごめんなさい、今だけこうさせて。会いたかったわ、リィン」

 

「俺もさ、アリサ………」

 

リィンもアリサを抱きしめる。

 

「なっ、なななな!?」

 

(目のやり場に困るな……)

 

(なんでしょう……この感じ………)

 

「………………」

 

「……ちょっとラブラブすぎません?」

 

「フフフ、ではお熱いベーゼでも………」

 

「しないからっ!!」

 

アリサは我に返りリィンから離れた。

 

 

 

アリサとシャロンは新Ⅶ組に自己紹介をした。

 

「ラインフォルトの……そうだったんですか」

 

「お二人とも、素敵でした!」

 

「ふふ、ありがとう。ユウナにクルト、よろしくね。アルティナは久しぶりね」

 

「お久しぶりです」

 

「それにしても、僕たちの先輩方というのはスゴい人ばかりなんだな。アリサさんといいマキアスさんといい。そう言えばマキアスさんが言っていた協力者とはお二人のことですか?」

 

「ううん、シャロンは違うわ。後一人来ているのよ」

 

「へぇ、誰だろうな」

 

「それにしてもリィン様も凛々しくなられましたね。このシャロン、何時でも"旦那様"とお呼びする準備は整ってますわ♥️」

 

「だ、誰のよ、誰の!!」

 

「それはもちろん……♥️」

 

「いい加減にしなさ~い!!」

 

アリサは真っ赤になりシャロンを叱る。

 

「相変わらずですね、シャロンさんは。それより、キリコと一緒だったとは思いませんでした」

 

「ええ、先ほどお会いしました」

 

「そういえばキリコさんが来た所には魔獣はいないはずなんですが、何かあったんですか?戦闘の後というか……」

 

「……………」

 

「ふふ………」

 

アリサそっぽを向き、シャロンは微笑みを浮かべる。

 

「………キリコ。何があったのか説明してくれ」

 

「………はい」

 

キリコは先ほどの出来事をリィンに説明した。

 

『………………』

 

リィンたちは絶句した。

 

「シャロンさんと………戦った……?」

 

リィンは呆然となった。

 

「はい」

 

「ええと……本当ですか?」

 

「はい、お嬢様がお止めくださらなかったら、命を落としていたかもしれません」

 

「ラウラとフィーが言ってたけど、シャロンと互角だなんて思いもしなかったわ」

 

(クルト君、シャロンさんって何者?)

 

(わからない。相当腕が立つってことはわかるが)

 

(少なくとも私たちより強いです)

 

(その人と互角のキリコも相当だがな)

 

「とにかく、地上に出よう。依頼もなんとか達成できたしな」

 

「ええ、みなさん、お疲れ様でした」

 

 

 

その後、依頼達成を報告し、ティオはIBCビルに戻り、リィンたちⅦ組はアリサとシャロンとともに演習地へと帰還した。

 

「な、なんやあのお姉さんたちは……!」

 

「キレイな人……もしかして……」

 

「教官の恋人でしょうか?」

 

「あの人、見たことがある。確かラインフォルトの……」

 

「ハハ、やっぱり教官はモテるねぇ」

 

「チキショーッ!教官までイケメン補正かよー!」

 

「ヘッ、女侍らせて帰って来やがった」

 

「おーおー、リィンも隅におけねぇなぁ~」

 

「なぜ『死線』がここに……」

 

演習地は騒ぎになった。

 

「すっごい騒ぎね~……」

 

「まあ、無理もないが……」

 

「もう少し静かにしてほしいです……」

 

「あっ、リィン君たち、おかえりなさい」

 

「戻ったか。部外者もいるようだが」

 

トワとミハイルが出迎える。

 

「ええ、ただ今戻りました」

 

「アリサちゃんも久しぶりだね。シャロンさんもお久しぶりです」

 

「お久しぶりです、トワ会長」

 

「お久しゅうございます、トワ様」

 

「挨拶はその辺りにしてもらいたいな」

 

ミハイルが軽く咳払いをして、リィンにブリーフィングルームに来るよう命令する。

 

 

 

「なるほどな」

 

「そんなことがあったんだ」

 

「ええ、クロスベル地下のジオフロント区域で魔煌兵と戦闘になりました。こうなってくると、他の場所でも魔煌兵が顕れると考えざるをえません」

 

「ただ、幻獣って可能性もあるぜ。独立の時はあいつらに泣かされたからな」

 

「内戦でも見たことがあったよね」

 

「そうでしたね」

 

「帝国にも出たのかよ?」

 

「内戦中、帝国各地で目撃された。さすがの貴族連合軍も討伐に駆り出されたらしいが」

 

「俺たちは東部で活動してましたが、ミハイル教官は西部で戦ってらしたんですよね」

 

「ああ。貴族連合軍の主力が陣を張っていたからな。直接の戦闘というより難民保護が多かったな」

 

「結局、分校長やウォレス准将と戦うことはありませんでしたが」

 

「そんな中、第九機甲師団がラマール領邦軍を押さえ込んでいたという話を何度も耳にした。今思えば、キュービィーが前線に立っていたのだな」

 

「はは……」

 

ミハイルの言葉にランディは乾いた笑みを浮かべた。

 

「話を戻すぞ。Ⅶ組はこのまま調査に向かうんだな?」

 

「はい」

 

「わかった。Ⅷ組は機甲兵教練、Ⅸ組は実習を進めてるように。それと、全生徒は今夜の懇談会の警護についてもらう。以上、解散」

 

 

 

「そういや、あのメイドさん何者なんだ?色々と聞きてぇんだが……」

 

「え、えっと………」

 

「……トワ先輩、隠すことはないと思います。それにここにいるのは俺たちだけですから」

 

「リィン君……」

 

「なんだよ?もったいつけて」

 

「落ち着いて聞いてください。シャロンさんは……」

 

「……結社身喰らう蛇、執行者No.Ⅸ『死線』のクルーガーです」

 

「シャロンさん!?」

 

ブリーフィングルームの扉が開き、シャロンが入って来た。

 

「はあぁぁぁっ!?シャロンさんが執行者!?」

 

「本当なんです………」

 

「俺も内戦で知りました」

 

「マジかよ……!じゃあ、あのアリサってお嬢は?」

 

「ええ。アリサお嬢様の母であるイリーナ会長に雇っていただきました。執行者であることを承知の上で」

 

「でもよ、大丈夫なのか?俺らに味方して」

 

「はい、執行者には自由が与えられております。たとえ結社の意に反することをしても咎められることはありません」

 

「そ、そうなんですか?」

 

「はい。それに、今はラインフォルトに仕える立場です。私を拾ってくださった大切な方々をお守りすることが私の使命です」

 

「シャロンさん……」

 

「いや、疑って悪かった。あのシャーリィが執行者になったからな。ちっとばかし疑り深くなっちまった」

 

「名前は聞いたことがございます。確か血染めのシャーリィでしたか」

 

「シャロンさんもご存知でしたか」

 

「まあ、シャロンさんがそうなら言うことはねぇや。それよりシャロンさん、今度飲みに行かねぇか?静かに飲めるバーを知ってんだが」

 

「まあ!嬉しいですわ」

 

「結局そこなんですね」

 

「こんなキレイなお姉さんがいたら誘わない野郎はいないだろ」

 

「ありがとうございます。ですが、申し訳ありません。私はラインフォルトのメイド。なかなか時間が取れませんので」

 

「ガックシ……」

 

ランディはうなだれる。

 

「ですが、断るわけではありませんので。またいずれ♪」

 

「ヒュー、マジかよ♪」

 

「シャロンさん……」

 

(男の人ってこうやって誘えばいいのかな……?じゃあ……リィン君も……)

 

 

 

ブリーフィングルームでリィンたちが話し合っている頃、キリコは作業着に着替え、届けられた新たな武装をフルメタルドッグに取り付けていた。

 

「……………」

 

「これが新しい武装……」

 

「ガトリング砲と二連装対戦車ミサイルですか……」

 

「なんか凶悪ねぇ」

 

「なんでも、機体の火力を上げるためだそうです」

 

ユウナたちはフルメタルドッグの両脇に取り付けられていく武装を眺めていた。

 

「へぇ、これが実験用機甲兵ね」

 

アリサがフルメタルドッグを見上げる。

 

「あっ、アリサさん」

 

「視察ですか?」

 

「ええ。実験用機甲兵がどんなものなのかこの目で見たくてね」

 

「あ、あの!はじめまして!アリサさんですよね?」

 

「あなたがティータ・ラッセルさんね。アリサ・ラインフォルトよ、よろしくね」

 

「は、はい!よろしくお願いします!」

 

ティータは緊張した面持ちで答える。

 

「アリサさんはティータのことをご存知なんですか?」

 

「私のお祖父様がラッセル博士とご友人なのよ」

 

「もしかして、グエン・ラインフォルト氏ですか?」

 

「現会長のイリーナ・ラインフォルトさんの父親にあたる方ですね」

 

「シャロンさんも言ってましたけど、アリサさんってお嬢様なんですね」

 

「ラインフォルトと言えば帝国最大の重工業メーカーです。下手したら大貴族以上の資産をお持ちかと」

 

「ひぇ~、想像できない……」

 

「あはは。まあ、ウチが大きくなったのはお祖父様の手腕なんだけどね」

 

アリサは苦笑いを浮かべた。

 

 

 

改めて、アリサはフルメタルドッグを見上げる。

 

「でも、あれだけの装備、使いこなせるのかしら?」

 

「問題ない」

 

キリコがフルメタルドッグから降りる。

 

「僕もそう思った。いくらキリコでも扱いきれるのか?」

 

「もちろんこのままでは不可能だ。だから背中にコントロールボックスを背負わせる。火器管制はそちらで行い、俺は操縦に集中する」

 

「なるほどね……」

 

「えっと………。どういうこと?」

 

「つまり、機甲兵の操縦はキリコさんが行いますが、武装の選択等は全部あのコントロールボックスが管理するということです。

 

「パイロットの負担も減りますしね。ミッションディスクもですけど、やっぱりスゴいです」

 

「あ、あはは……。あたしにはさっぱり」

 

「僕も理解できたわけじゃないけど、フルメタルドッグはさらに手強くなったということさ」

 

「そう言えば、これはこの後動かすんですか?」

 

「最終的な調整もある。動かすのは明日だな」

 

キリコは端末を操作しながら答える。

 

「そういえば聞きたいことがあった」

 

「あら、何かしら?」

 

「フルメタルドッグの製造元はラインフォルトとは別口と聞いたのでな」

 

「ええ、らしいわね。私もシャロンを使って調べさせたんだけど、分からずじまいなのよ」

 

アリサがため息混じりに答える。

 

「アリサさんでもわからないなんて」

 

「本当に誰が設計図を書いたんでしょう?」

 

「機体のコンセプトも不明なんです。普通、こんなことありえなくて……」

 

「そもそも、フルメタルドッグって何がスゴいの?」

 

「長所はカスタム性と整備性の高さ。短所は操作性の低さ、防御力の脆さだな」

 

「後、地上戦限定なら他の機甲兵を凌ぐと言ってもいい。もちろんキリコの腕があってこそだが」

 

「とんでもないわね……」

 

「でも、一つだけ言わせて」

 

「アリサさん?」

 

ユウナたちはアリサの険しい表情に戸惑う。

 

「この機体は………最低よ」

 

 

 

ブリーフィングを終えたリィンはⅦ組と合流し、これからのことを話し合っていた。

 

「さて、次はどうするかだが、演習地から程近い海岸を調査しようと思うんだが」

 

「そうですね。近い所から行った方がいいと思います」

 

「異存はありません」

 

「準備はできている」

 

「同じく」

 

「ねぇ、リィン。ちょっと待って」

 

アリサとシャロンが近づいてくる。

 

「どうしたんだ?」

 

「その調査なんだけどね、頼まれてほしいことがあるんだけど」

 

「かまわないが、何かあるのか?」

 

「うん、それは──「アリサさん!セッティング終わりました」ええ、ありがとう!百聞は一見にしかずね。とにかく見てちょうだい」

 

リィンたちは入り口に停められた自転車のようなものの前に来た。

 

「何これ?」

 

「自転車よりはるかに大きくてゴツいですね」

 

「見たことあるような?」

 

(これはバイクか?こっちの世界にもあったとはな)

 

「そうか、遂に量産できたんだな」

 

「ご存知なんですか?」

 

「ああ、これは導力バイクさ。俺の一つ上の先輩たちが作ったものをラインフォルトが採用したんだ。俺も学生の時に依頼で走行テストに参加したことがあるんだ」

 

「なんでもやっているんですね……」

 

「ちなみにその先輩方の内の一人がトワ教官だぞ」

 

「そうなんですか!?」

 

「ええ。トワ会長を含めた先輩方がそのノウハウをウチで採用することをOKしてくれてね。先月遂に発売が決定したの」

 

「すごいですね」

 

「それで頼みというのは?」

 

「ええ。この三台の導力バイクの運用を第Ⅱ分校でやってみないかしら」

 

「ええっ!?」

 

「いいんですか?」

 

「うん。オーレリア分校長に話を通したら快く承諾してくださったわ」

 

「分校長……」

 

(ミハイル教官の怒りが目に浮かぶな)

 

「キリコさんの仕事が増えましたね」

 

「問題ない。後で図面を見せてくれ」

 

「わかったわ。後で郵送するわね」

 

「その代わりと言ってはなんだけど、シャロンを連れて行ってくれないかしら?」

 

「いいのか?シャロンさんなしで」

 

「これでも室長をやっているのよ?それに今日の仕事は簡単な会議で終わりだから問題ないわ」

 

「わかった。シャロンさん、よろしくお願いします」

 

「こちらこそ、皆様の足を引っ張らないよう頑張りますわ」

 

『むしろこっちが気をつけます』

 

「……………………」

 

「それで、どうやって乗るんです?」

 

「ああ、まずは……」

 

リィンは導力バイクの運転方法をユウナたちに教えた。

 

リィンたちはそれぞれ、クルトとユウナ、キリコとアルティナ、リィンとシャロンに別れてバイクとサイドカーに乗り、海岸を目指すことになった。

 

 

 

「また一人……」

 

ミュゼは髪を弄りながらキリコたちを見送る。

 

(運命の時はそこまで来ている。リィン教官を軸とした旧Ⅶ組、ユウナさんを軸とした新Ⅶ組。本来ならば彼らによって紡がれるはずでした)

 

(でもあの人の存在で新たな物語が織り成される。まるで因果をねじ曲げるかのごとく)

 

「キリコさん………」

 




委員長の登場は次回に回します。本当にすいません。


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再会③

「ひゃっほー!!気持ちいい~!!」

 

「だからちゃんと前を向いてくれ!」

 

「………………」

 

「………………」

 

「雲泥の差ですね」

 

「クラス仲は悪いところは全くないんですが……」

 

リィンたちⅦ組はアリサから譲り受けた導力バイクでウルスラ間道の海岸を目指していた。

 

 

 

「アリサさん、どうしてあんなことを?」

 

「ええ、そうね」

 

ティータはフルメタルドッグを最低と言ったことが気になっていた。

 

「多分あの機体、乗り手のことを全く考えていない設計ね」

 

「ええっ!?」

 

「機甲兵じゃなくても普通、人間が入ることを想定している場合頑丈に造るはずなの。でもフルメタルドッグはそれに当てはまらないのよ」

 

「そ、それって……!」

 

「ええ、おそらく全体の強度は高くないでしょう。それだけ生産性重視なんでしょうけど、限度があるわ」

 

「どういうことですか?」

 

「この機体の運用法はおそらく使い捨て。その証拠に費用にしてもドラッケンⅡ一機分で二機は造れるわ」

 

「ええっ!?」

 

「それに実験用と言ってたけど、完成度はほとんど正規の機甲兵と遜色ないわ。ただし──」

 

「機体のスペックが低過ぎる。ドラッケンⅡが最高水準に思えるほどに」

 

「そんな……!」

 

ティータはアリサの推測に驚嘆するしかない。

 

「でも、フルメタルドッグって確か……」

 

「確かにドラッケンⅡをベースにしたみたいだけど、ほとんど別物ね。素材やフレームを見ても、投入した金額と同等。嫌味なほど安定したコストパフォーマンスね」

 

アリサは皮肉を言わずにはいられなかった。

 

「なぜ博士がこれの開発に踏みきったのかはわからないわ。でも、ラインフォルトの人間としてこの機体は認められない。たとえ私のエゴだとわかっててもね」

 

「アリサさん……だから……」

 

プルルルルルルルル…プルルルルルルルル…

 

「あら?」

 

アリサはARCUSⅡの通信に出る。

 

「私よ。……うん。………わかった、すぐに戻るわね」

 

アリサは通信を切る。

 

「どうかしましたか?」

 

「実はこの後、会議なんだけど、予定を少し繰り上げるってことになったの。それと今夜の懇談会なんだけど、私も出席することになったわ。どうやら、オリヴァルト殿下が働きかけてくださったみたい」

 

「オリビエさんが……」

 

「ティータさん、また会いましょうね」

 

「はい!アリサさんも」

 

アリサはラインフォルト社ロゴの入った貨物列車に乗った。

 

(シャロンもいるから大丈夫だと思うけど……。リィン、気をつけてね)

 

 

 

一方新Ⅶ組は指定の場所に着いた。

 

「着きましたね」

 

「ええ、それよりクルト、大丈夫か?」

 

「なんとか………」

 

クルトの顔色は悪かった。

 

「この先か」

 

「地図だとあの侵食洞の奥ですね」

 

(この二人に心配は無用だな……)

 

「教官、早く行きましょう」

 

「ああ、わかった」

 

ユウナに急かされリィンたちは岩場の奥に足を踏み入れる。

 

 

 

「あれは花か?」

 

クルトの視線の先には紅い花が咲いていた。

 

「もしかして、あれがプレロマ草?」

 

「多分ね……」

 

(不自然な色だな……。アルティナの情報では蒼だというが、これは紅だ。どっちにしろ、嫌な感じだがな)

 

「皆さま、お気をつけください」

 

「ッ!来るぞ!」

 

その瞬間、空間が大きく歪み氷でできたような巨大な幻獣が顕れた。

 

「なっ……!?」

 

「顕れました!」

 

「これが……幻獣!?」

 

(妙な光に包まれている。なるほど、普通の魔獣とは違うようだな)

 

「全員、気をつけろ!こいつは手強いぞ!」

 

「なおさらここで倒す」

 

キリコは臆することなく得物を構える。

 

 

 

[キリコ side]

 

教官によると、この幻獣はアンスルトというらしい。

 

その見た目どおりに、氷の技でこちらを凍結させてくるが、偶々手に入れたフレイムジッポーや多目に買っておいた解凍カイロが役にたった。

 

また、弱点の土属性アーツを適宜放つことで確実に削れていく。

 

とはいっても巨体ゆえにタフネスでは完全に向こうが上だ。

 

俺たちは徐々に疲弊しつつあった。

 

 

 

「グオォォォォッ!」

 

アンスルトの巨体が光る。高揚のようなものか。

 

「くっ!」

 

「回復もしたようです」

 

「ああもう!しつこいわねぇ!」

 

「それだけ言えれば上出来だ。ユウナ、オーダーを頼む!」

 

「了解!」

 

ユウナのブレイブオーダーでパワーを上げ、再び攻勢に入る。

 

その時、ユウナが前に出る。

 

 

 

「これで決める!やあぁぁっ!もう一丁!止めよ、エクセルブレイカー!!」

 

 

 

ユウナのSクラフトが決定打となり、遂にアンスルトを消滅させた。

 

「はぁ…はぁ…はぁ……や、やった………」

 

「か……硬すぎでしょ………!」

 

「…………………」

 

(さすがに消耗したな)

 

「皆さま、お疲れ様でした」

 

「でも、まだやることがあるだろう?」

 

プレロマ草の駆除が残っていた。

 

アルティナが写真を撮った後、俺はナイフで近くのプレロマ草をつついてみる。すると、プレロマ草は消滅した。

 

「き、消えた?」

 

「幻獣が消えたからでしょうか?」

 

わけがわからないが、俺が気になるのはそこではない。

 

「教官、なぜ幻獣のことを?」

 

「あっ、そうそう!なんで知ってるんですか!?」

 

「ああ、それはな───」

 

 

 

教官によると、学生時代に今の本校にある旧校舎の調査で戦ったそうだ。

 

トールズ創設者のドライケルス大帝の時代から現存する旧校舎には不可思議な出来事が多々起こっており、教官を含めた旧Ⅶ組が当時の学院長ヴァンダイクの依頼で調査していたとのこと。

 

その過程で旧Ⅶ組はいくつもの試しを突破し、旧校舎の調査を終わらせた。

 

「そして最下層に到達した俺たちはヴァリマールを発見したんだ」

 

「ヴァリマールを!?」

 

「なんでもドライケルス大帝が封印したそうだが……」

 

「まっ、待ってください!ドライケルス大帝と何の関係が?」

 

クルトはそこが気になるらしい。

 

「そう言えばアルティナにも言ってなかったな。ヴァリマールの前の起動者はドライケルス大帝だ」

 

「「「!?」」」

 

クルトたちは絶句している。もちろん俺も初耳だ。

 

「ドライケルス大帝が前の起動者!?」

 

「初耳です……」

 

「てか、なんでわかるんですか!?」

 

「ヴァリマールから聞いたんだ。彼によると泰然自若かつ豪放磊落な性格だが、時折子どものように輝いた目をする人物だったそうだ」

 

「へ、へぇ……」

 

「意外ですね……」

 

「書物によると、ロラン・ヴァンダールは相当振り回されたそうですが……」

 

大帝と言えど、人の子らしいな。

 

「さて、そろそろ移動を……まずいな、話し込みすぎたようだな」

 

海に近いせいか、魚型の魔獣の群れがやって来た。数は十。

 

こちらが不利だが、やるしかない。

 

「皆さま、ここは私にお任せください」

 

クルーガーが前に出る。

 

 

 

「死線の由来、とくとご覧あれ。はっ!失礼、ですが、もう逃げられませんわ。秘技 死縛葬送!」

 

 

 

クルーガーのSクラフトが魔獣の群れを殲滅する。

 

それにしても凄まじい威力だ。受けていれば俺でも危なかったな。

 

「な…な…な……」

 

「これは……!」

 

「『死線』…………」

 

アルティナの呟きから確信に至る。やはり結社の執行者か。

 

だが教官はとっくに知っているらしく、目で伝えてくる。もっとも、だから何だとしか思わないが。

 

また、クルトはほとんど確信している。

 

これ以上ここにいるメリットはない。俺たちはまっすぐクロスベル市を目指して走り出した。

 

[キリコ side out]

 

 

 

キリコたちの様子を見ていた者がいた。

 

「……ふわあぁっ…………」

 

「灰の小僧にクルーガー……まあ、悪くはねぇんだが。にしてもあの青髪の小僧、妙な気配がすんな」

 

「まあ、今は"標的"探しの方に集中しておくか」

 

男は髪をかきながら、怠そうな視線をクロスベル市に送る。

 

「めんどくせぇ実験はアイツに任せるとして……。仮面どもが動き出してくれりゃあちったぁ面白くなるんだが」

 

男は焔が描かれた魔法陣でどこかへと転移して行った。

 

 

 

その後、IBCビルの前でシャロンと別れた一行はクロスベル市港湾区のベンチで休んでいた。

 

「んぐっ、んぐっ、んぐっ……ぷはぁー!」

 

ユウナは腰に手をあて、缶ジュースを一気に飲みほす。

 

「………………」

 

「………………」

 

「ユウナさん、オジサンくさいです……」

 

「もう少し人目を気にしたら?」

 

「いいじゃないのよ~~。それにしても、すごいわね。町中が視察団の話題で持ちきりよ」

 

「セドリック殿下に次ぐ皇位継承者であるアルフィン殿下にオリヴァルト殿下。レーグニッツ帝都知事閣下にイリーナ会長。これほどの顔ぶれは夏至祭以来だからな」

 

「ええ、僕も驚いています。もっとも、兄の姿が見えないのは残念ですが……」

 

「クルト君……」

 

(クルトの兄は第七機甲師団だったか。たしかノルド高原に配置転換されたらしいが)

 

 

 

話題は幻獣についてになった。

 

「まさかあんなのがクロスベルにいるなんて……」

 

「ああ……。こうなってくると、残りの場所にも幻獣が出ると考えるべきだろうな」

 

「憂鬱ですね……」

 

「さすがに同じ幻獣は出ないだろう。いや、だからこそ厄介なのか……」

 

「ああ、おそらく全く別物が顕れるだろうな」

 

「そうだな。さて、そろそろ行くか──」

 

「すみません、よろしいでしょうか?」

 

 

 

声のする方を向くと、眼鏡をかけた男が立っていた。

 

「あなたは……!?」

 

「ユウナ?」

 

ユウナの緊張が走る。

 

「?」

 

「……黒月貿易公司支社長のツァオ・リーさんですね?」

 

「はい、はじめましてリィン・シュバルツァーさん。そしてⅦ組特務科のみなさん」

 

「!?」

 

「僕たちのことを……それに黒月とは……!」

 

「ええ、マフィアよ」

 

「ふふ、そうとも言いますね」

 

「隠す気もありませんか」

 

(随分と余裕だな)

 

キリコは左手をホルスターにかける。

 

「おっと、別に戦いに来たわけではありませんよ?キリコ・キュービィーさん?」

 

「キリコ君のことまで……!」

 

(情報戦は向こうが上か)

 

キリコは左手を引っ込める。

 

「さて、実はみなさんに頼みたいことがありまして、引き受けてくださいますか?」

 

「勝手に進めないでください。非合法な依頼なら受けるわけにはいきません」

 

「ああ、これは失礼いたしました。どうも仕事柄、相手のペースを考えない癖がついてしまいまして。誠にすみません」

 

ツァオ・リーは恭しく謝罪する。

 

「グッ……!」

 

「マフィアならではというわけですか」

 

(慇懃無礼。こいつや総督のためにある言葉だな)

 

「………謝罪は結構。それで依頼とは?」

 

リィンは強気に出る。

 

「詳しいことは社にお越しください。無論、無視してくださっても構いません。なにやらお忙しいご様子ですので。では、これにて」

 

ツァオ・リーは近くの支社へと戻って行った。

 

「はぁ~~~!」

 

「終始ペースを取られたな……」

 

「あれが《白蘭竜》ツァオ・リーですか」

 

「ああ、臨時武官時に聞いたことがある。有能すぎて敵味方両方から警戒されているとか」

 

「でもなんでマフィアが白昼堂々といるんだ?」

 

「大方、裏取引だろうな」

 

「裏取引?」

 

「総督府に付く代わりに存続が認められた、そんなところだろう(おそらく俺たちのことも総督府経由で伝わっているはずだ)」

 

「そんな!」

 

「アプローチは強引ですが、大体合っているでしょうね」

 

「…………」

 

キリコの推測にユウナは憤慨し、クルトの不信感は高まる。

 

「それで、受けるんですか?」

 

キリコは冷静に促す。

 

「みんなはどう思う?」

 

「…………受けた……方がいいと思います…………」

 

「ユウナ?」

 

「もちろん、本心ではいやです。でも、ここで逃げたくないんです。マフィアなんかに」

 

「ユウナさん……」

 

「決まりだな」

 

「ああ。行ってみよう。もし、非合法ならその時はきっぱりと断ろう。みんな、警戒を解くなよ」

 

「はい!」

 

「了解です」

 

「同じく」

 

「私も」

 

リィンたちは黒月貿易公司に入った。

 

 

 

[アルティナ side] [黒いアタッシュケースの回収]

 

私たちが入ると、黒いソファーにはツァオ・リーさんと黒髪の男の子が座ってました。

 

「いやー、お待ちしてましたよ、Ⅶ組特務科のみなさん」

 

………キリコさんが顔をしかめるのも無理ないですね。

 

「……ツァオ、こいつらがお前の言う助っ人か?」

 

「ええ、シン様。灰色の騎士リィン・シュバルツァーさんとトールズ第Ⅱ分校Ⅶ組特務科の方々です」

 

「灰色の騎士か……。まさか敵国の英雄が来るとは思わなかったな」

 

やはりカルバード人からすると教官は敵なんですね。

 

「ツァオさん、こちらは?」

 

「こちらは我らが黒月の長老のお孫さんのシン様です。将来の長老候補でもあります」

 

どうやらシンさんは裏のVIPのようです。

 

「よろしく頼む。さっそくだが、頼みを聞いてほしい」

 

 

 

シンさんの頼みとは、黒いアタッシュケースの回収でした。

 

 

なんでも、今日の午前にミシュラムからの遊覧船から川に落としてしまい、その捜索と回収をお願いしたいそうです。

 

ツァオさん曰く、誓って違法性はないとのこと。なお、回収の際に中を確認しても良いと言いました。

 

教官は悩んだ末、引き受けることにしたようです。

 

肝心のアタッシュケースはおそらくウルスラ間道に流れ着いたとのこと。

 

というのも、アタッシュケースは防水性で水に浮かぶ特殊仕様になっており、川の流れからウルスラ間道の岸辺あたりと推測しているようです。

 

ここまでわかっているなら自分たちで回収すれば良いと思いますが。

 

 

 

ウルスラ間道に出た私たちは岸辺を捜索しました。

 

クロスベル市の近くという話なので湖畔まで行く必要はなさそうです。

 

捜索の結果、黒いアタッシュケースを発見しました。

 

ですが、教官の言うとおりアタッシュケースの上にいるカニが邪魔です。

 

教官がカニを釣り上げようという案を出しましたが、ユウナさんがやると名乗り出ました。

 

なにやらこだわりがあるようです。教官もクルトさんもキリコさんも反対しませんでした。

 

数分ほど格闘し、カニを釣り上げました。なかなかお見事です。

 

続けてアタッシュケースを釣り針で引っかけて回収に成功。

 

黒月貿易公司でアタッシュケースの中身を確認すると、手紙が入っていました。

 

何やら色々とあるようですが、ここは教官の言うとおりにするしかありません。

 

とりあえず、依頼達成です。

 

[黒いアタッシュケースの回収] 達成

 

[アルティナ side out]

 

 

 

黒月貿易公司から出たリィンたちは東クロスベル街道近いに出た。

 

「巨大な魔獣の情報があるのは街道外れの沼地だったな」

 

「一応、プラトー主任から以前顕れた幻獣のデータも貰いました」

 

「先輩たちが戦った、食虫植物みたいな幻獣か……」

 

「いずれにしろ、厄介だな」

 

「油断は禁物だな」

 

「ああ」

 

リィンたちは街道の周辺状況も確かめながら指定の場所へと向かった。

 

 

 

途中で一行は遠目からタングラム門を発見した。

 

「な、何よ、アレ……?」

 

「何って、あれがタングラム門じゃないのか?」

 

「想定より規模が大きいな。何か工事でもしているようだが」

 

「し、知らないよ、あんなの!どうして門があった場所にあんなものがあるわけ!?」

 

「共和国方面の国境門の大規模改築──情報通りですね。完成後はガレリア要塞に迫る規模になると聞いていますが」

 

「なっ……!?」

 

「あの帝国最大規模の要塞に並ぶって言うのか……?」

 

「……ユウナでも知らないとなるとここ数ヶ月の話みたいだな。どうやらかなり急ピッチで進められているようだが……」

 

(視察団とやらの訪問と関係がありそうだな)

 

「……ホント、なんなのよもう」

 

ユウナが呟いた。

 

「他人の故郷で好き勝手してくれて……」

 

「ユウナ……」

 

(やはり……同じか……)

 

キリコは既視感を覚えた。

 

「……行きましょう、ユウナさん?」

 

「……うん、わかった。いちいち落ち込んでられない……。今は頑張らなくっちゃね!」

 

「ユウナ……」

 

(明らかに無理をしている。いや、当然か……)

 

(暴発するのも近いか)

 

リィンとキリコはユウナの限界を予感していた。

 

 

 

地図を頼りに進むと、ボート小屋があった。入ってみると、のんびりした声が響く。

 

「やあ、またお客さんかな?」

 

「ああっ!?もしかして──ケネスか!?」

 

「リィン君じゃないか。あはは、久しぶりだね~」

 

「教官?」

 

「もしかしてこの方も?」

 

「ああ、トールズの同窓生さ」

 

「僕はケネス・レイクロード。よろしくね~」

 

「レイクロード……もしかして高級釣具メーカーの?」

 

「そうだ。しかし、まさかケネスと再会するなんてな」

 

「うん。このクロスベルには兄さんが一時期滞在していてね。なかなかいい釣り場なんだよ」

 

(暇人の類か……)

 

「そういえばリィン君たちはどうしてここに?もしかして君たちも調べ物かい?」

 

「ああ、実は──って、君たちも?」

 

「おや、お客さんかな?」

 

 

 

ボート小屋の奥から出てきた人物はルーグマンと名乗った。

 

「あの帝国学術院で教鞭を……!?」

 

「ああ、専攻は地質学になるね」

 

「……えっと、学術院ってそんなに有名な大学なの?」

 

「有名も有名さ。帝国におけるアカデミズムの最高峰とすら言われているんだ」

 

「高名な学者、研究者なども数多く輩出しているとか」

 

(ギデオン──Gと呼ばれたあの男がかつて在籍していた大学だったな)

 

リィンはかつての敵対者のことを思い出した。

 

「そんな凄い大学の教授ってことは結構有名な先生だったりするんですか?」

 

「いや、そんなことはないさ。しがない客員教授だからね。私としては君たちの特務活動の方が興味深い」

 

「え?」

 

「士官学校としても異例だが──まさかあの不思議な植物が幻獣なんてものに関係してる事まで突き止めてしまうなんてね」

 

「ええ、断定は出来ませんが、その緋色の花はこの沼地の奥で見つけたんですね?」

 

「ああ、今日の午前中、地質調査に行った折にね。私は植物学者ではないが、見たことのない形状と淡く光る様子にどうしても気になってしまってね。土壌の性質とも関係があるかもしれないからもう一度調べに行こうとしてたところだったわけさ」

 

「……この沼地にもあの花が咲いてたなんて」

 

「幻獣との因果関係──ますます濃厚になってきましたね」

 

「ああ、やっぱり僕たちで調べに行くべきだろう」

 

「…………そうだな」

 

ユウナたちの言葉を聞いたリィンはルーグマンに調査を任せるよう言った。

 

一方でキリコはルーグマンに何か引っかかるような感じを覚えた。

 

(何かおかしい。このルーグマンという男、真剣味が伝わってこない。教官の話もまるでどうでもいいかのように聞いている。何が目的だ?)

 

「キリコ君、行くよー」

 

「…………ああ」

 

 

 

ボート小屋の奥に木戸があり、リィンは渡された鍵で開け、沼地の最奥へとやって来た。

 

「ここか」

 

「プレロマ草もばっちり生えていますね」

 

「みんな、警戒を怠るなよ」

 

しかし、プレロマ草に近づいても幻獣は顕れなかった。

 

「……顕れませんね」

 

「必ずしも幻獣が出現する兆候じゃないということか?」

 

「確かに……独立国の時、あちこちで咲いてたし」

 

「…………出現しないならそれはそれで好都合だろう。念のため、その緋色の花も採取してから──」

 

 

 

「フフ……どうやら足りないみたいだね」

 

 

 

突然少年のような声が響いた。

 

「今のは……!?」

 

「お、男の子の声……?」

 

「……リィン教官」

 

「ああ……」

 

「トールズ士官学院、第Ⅱ分校、Ⅶ組特務科の者だ。何者だ、名乗ってもらおうか?」

 

リィンは太刀を構え、姿を現さない相手に問いかける。

 

「うふふ、はじめまして。名乗ってもいいんだけど、さすがにギャラリーが足りないかなぁ」

 

「くっ……!?」

 

「……どこからだ……!?」

 

「落ち着け。声に振り回されるな」

 

「キリコ君……」

 

「何が目的かは知らないが、狼狽えれば向こうの思うつぼだ」

 

「あ、ああ……」

 

(ナイスフォローだ、キリコ)

 

キリコの一言でユウナとクルトは冷静さを取り戻した。

 

「あはは、なかなかいい仕事するねぇ。じゃあ見せてもらおうかな?

 

 

 

ブルブランたちを退けたⅦ組と灰色の騎士の力をね!」

 

 

 

すると、背後のプレロマ草が光だした。

 

「なに……!?」

 

「霊的な力……!?」

 

「来たか」

 

空間が歪み、巨大な食虫植物のような幻獣が顕れた。

 

「これって………!?」

 

「プラトー主任からのデータと同じだが……」

 

「大きさは桁違いです!」

 

「……っ…………(ここは安全策を取る!)」

 

「来い!灰の騎神───」

 

「アハハ!それは後で見せて欲しいな!」

 

パチンと指を鳴らす音が鳴った瞬間、リィンたちと幻獣の周りを透明な壁が覆った。

 

「なっ……!?」

 

「霊的な障壁……!」

 

「フフ、思念波を遮断できる結界さ。そこまでの強度じゃあないけど騎神の助けは呼べないよ?」

 

「………………」

 

キリコは障壁に弾丸を撃ち込むが皹すら入らなかった。

 

「チッ」

 

「アーマーマグナムでも無理だなんて……」

 

「確かに繋がりを感じないな。だったら仕方ない……全力で行かせてもらおうか」

 

リィンは太刀を上に構え、集中する。すると、黒いオーラがリィンを包んだ。

 

 

 

「〈神気合一〉──!」

 

 

 

リィンの髪は黒から灰色に変色していた。

 

「………ぁ……………」

 

「……教官…………」

 

「……これが…………」

 

「奥の手か……」

 

キリコたちは言葉を失う。

 

「アハハ、いい感じじゃないか!それじゃあ見せてごらんよ!君自身の鬼の力をね!」

 

「Ⅶ組総員、迎撃準備!目標を全力で撃破するぞ!」

 

『イエス・サー!』

 

 

 

幻獣モルドレアンは猛毒を用いて、味方を毒や混乱状態にしてくる。

 

さらに植物系の魔獣は特性として相手を取り込み、自分の養分として吸収する性質を持つものが多い。

 

だがリィンの奥の手により、ユウナたちは苦戦を強いられたものの、モルドレアンを討伐した。

 

 

 

「や、やったぁ!」

 

「こ、これでなんとか……」

 

「っ……!…………ぉぉ………………!」

 

喜びも束の間、突然リィンが苦しみ出した。

 

「きょ、教官!?どうしたんですか!?」

 

「黒いオーラが侵食しているのか……?」

 

「力の暴走です……!このままでは──」

 

「っ……そういう事か……!」

 

「アハハ、灰色の騎士ならぬ灰色の鬼ってところかな!?」

 

「!?」

 

キリコはまるで幽霊のように透明な少年と目が合い、少年の声が頭に響いた。

 

(へえ、僕を捉えるか。あれれ?君、あの時の?)

 

(何?)

 

(まあ、今回用があるのは君の教官だからねぇ)

 

(…………)

 

(フフ、霊脈を上手く誘導すればもう一体くらいは呼べるかな?さあて、何が顕れるかは───)

 

「そこまでです──!」

 

「えっ……!?」

 

「いいわエマ!思いっきりやりなさい!」

 

 

 

「Aurum Hedera(黄金のツタよ)!」

 

 

 

突然女性の声が響き、障壁を黄金のツタが覆い包み消し去った。

 

「あ………」

 

「……綺麗………」

 

(助っ人か……。それにしてもあれはなんだ?)

 

キリコたちの足元に黒い猫がかけよって来た。

 

「しっかりしなさい!力を安定させるわ!」

 

「なあっ……!?」

 

「ね、猫が喋った……!?」

 

「……ふう。貴女がたでしたか」

 

(アルティナが知っているとなると、そういう事か)

 

「……すまない……。しかし絶妙なタイミングだな……」

 

「ええい、喋ってないで心を落ち着けなさい……!」

 

黒猫が不思議な術を使っている間、キリコは少年と眼鏡の女性のやり取りを聞いていた。

 

「邪魔されちゃったか。今の力……あの人かと思っちゃったけど」

 

「やっぱり姉さんもこの地にいるんですね。結社の執行者──大人しく姿を見せてください!」

 

(やはりそうか)

 

「フフ、それは今後のお愉しみということで。そう待たせないから楽しみにするといい──じゃあね」

 

少年は焔に包まれてどこかへ転移した。

 

(奴はなんだ?俺のことを知っていたようだが……)

 

「リィン教官……!」

 

リィンからは黒いオーラが消えていた。

 

「ああ……心配かけてすまない。ヴァリマールを封じられるとは俺もちょっと迂闊だったな」

 

「ふう……」

 

「も、もう!そういう問題じゃないでしょ!」

 

「どうか……無理はしないでください」

 

キリコはリィンを立ち上がらせる。

 

「あ………」

 

「教官に倒れられるわけにはいかないので」

 

「キリコさん……」

 

「荷物が増えるからな」

 

「キリコ君!?」

 

ユウナはキリコにつっこむ。

 

「あはは、そうだな……」

 

「ふふっ……」

 

「フン、思った以上に慕われてるみたいじゃない?」

 

リィンたちの目の前には眼鏡の女性と黒猫がいた。

 

「助かったよ。それにセリーヌも抑えてくれてありがとうな」

 

「ふふっ、大したことはしてません。でも、新たに教わった術が役に立ってくれました」

 

「フフン、せいぜい恩に着なさいよね」

 

そしてリィンと眼鏡の女性は手を取り合った。

 

「やっと……やっと会えましたね、リィンさん!」

 

「ああ──久しぶりだ、エマ!」




次回、あのイベントをやります。さらにキリコが自身について自問自答します。


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鳥籠

今までで一番長くなりました。


キリコたちはボート小屋で体を休ませながら、互いに自己紹介をした。

 

そしてエマが伝承にある魔女であることを知った。

 

「そ、それじゃあエマさんは魔女なんですか!?」

 

「ええ、正確には魔女の卷族(ヘクセンブリード)の一人ですね」

 

エマは黒猫の方に目をやる。

 

「この子はセリーヌ。私の卷族であり、家族でもあります」

 

「まぁ、使い魔って方が通りがいいかもしれないわね。とりあえずヨロシク。別にヨロシクしないでいいけど」

 

「………………(パクパク)」

 

「……どれだけなんですか、旧Ⅶ組メンバーというのは」

 

「正直、私も同感です」

 

(ラインフォルト社の令嬢に帝都知事の息子、そして魔女に化け猫か……)

 

「ちょっと、アンタ!今化け猫って思ったでしょ!」

 

「…………」

 

「フーーーッ!」

 

セリーヌはキリコに怒りの態度を見せたが、キリコはどこ吹く風だった。

 

「はは……。でも良かったのか?魔女のことを明かしても」

 

「はぁ…はぁ…はぁ…。まぁそっちの黒兎にはもう知られちゃってるしね」

 

「ふふっ、それに皆さんにも知っていてもらいたかったんです。同じⅦ組としてただ隠して遠ざけるのではなく、この世に裏の世界が実在し、時に問題を起こすことを」

 

「裏の世界?」

 

「はい。皆さんのような普通の人々が暮らす部分を表とするなら、私たち魔女や幻獣に魔煌兵といった知られざる部分を裏とします」

 

「そして系統は違うが結社も裏の存在だ」

 

「そ、そうなんですか!?」

 

「君たちも先月、神機や人形兵器を見ただろう?あれは全て表では造ることは不可能に近いんだ」

 

「だから博士が人形兵器を再現した時、教官は驚いてらしたんですね」

 

「何してんのよ、あの人間は………」

 

セリーヌは驚きと呆れの両方が浮かんだ。

 

「ていうか、キリコ君は知らなかったの?」

 

「俺はあくまでも実験用機甲兵のテストと整備が主だからな。それ以外は関わっていない」

 

(ドライねぇ……)

 

 

 

「それよりさっきの奴は何者だ?」

 

キリコはエマに問いかける。

 

「ああっ、そういえば!」

 

「少年のような声でしたが……」

 

「間違いなく結社の執行者でしょう。それも有名な存在だと思います」

 

「霊脈を活性化させて幻獣を呼び出したようだが、そんなことが可能なのか?」

 

「霊脈そのものに訴えかけるには相当魔術に精通してないとダメね。あのアマもそうだけど、さっきのもエマ以上に魔術に精通しているわ」

 

「アマ………蒼の深淵ですか」

 

(相変わらずクロチルダさんには辛辣だな……セリーヌは)

 

(クルト君……ついて行けてる?)

 

(いや、さっぱりだ)

 

(キリコ君は?)

 

(知らん)

 

 

 

「そういえば、これで今日の特務活動は終了だな」

 

リィンの一言に新Ⅶ組はハッとする。

 

「そういえば……!」

 

「忘れていましたね」

 

「なかなか濃い一日だったな」

 

「後は視察団の警護とやらか」

 

「まあ、あくまでもそれは晩餐会の時だけだろうな」

 

「晩餐会か~。なんだか堅苦しそうよね~。」

 

「堅苦しい?」

 

「ほら、色々あるじゃない。ナイフとフォークがどうたらこうたら……」

 

「ああ、テーブルマナーか」

 

「人間ってめんどくさいわよね」

 

「セリーヌさんと一緒にされても……」

 

「ふむ……」

 

リィンは顎に手をやる。

 

「リィンさん?」

 

「いや、実は先日、トワ先輩からテーブルマナー講習の話を聞かされたのを思い出してな」

 

「テーブルマナーですか?」

 

「ああ、社会人になって恥をかかないために講習をやっておこうということなんだ。最近では企業でもそういった講習を行っているらしいな」

 

「そういえば、アリサさんも仰ってました」

 

「確かに覚えておいて損はないですね」

 

「公的な場では必要不可欠ですので」

 

「そうだな。演習地に戻ったら先輩と検討してみるか」

 

「…………ちなみにみんなはできるの?」

 

ユウナは不安そうに聞いた。

 

「まあ……実家で叩き込まれたけど」

 

「最低限のことは知っていますが」

 

「人並みにはな」

 

「ううう……あたしだけか………」

 

ユウナはガックリと肩を落とす。

 

「でもいい機会だと思うぞ?分校長やセレスタンさんに頼めば講師を引き受けてくれるかもしれないしな」

 

「確かに分校長は伯爵位ですからね」

 

「そういった公的な場にはよく招かれるかもしれないからな」

 

「俺たちにはわからないものがあるんだろうな」

 

「ハァ~。仕方ないか~」

 

 

 

「さて、そろそろ行くか」

 

「ただいま~」

 

振り返るとケネスが釣竿を手に戻って来た。

 

「あっ、リィン君にエマ君たち。もう行くのかい?」

 

「ああ。今日の演習もこれで終了だからな」

 

「そういえばルーグマン教授はどちらへ?」

 

「バスの時間が近いからってついさっき帰ったよ」

 

「そうですか。ろくに挨拶もできませんでしたが」

 

「ああそうだ、セリーヌ君にお土産だよ」

 

そう言ってケネスは大きな魚を取り出した。

 

「にゃっ!?」

 

「デカッ!」

 

「もしかして僕たちが話している間に釣り上げたんですか!?」

 

「ハハ、さすがケネスだな」

 

ケネスはふふっと笑い、魚を皿にのせ、セリーヌの前に置いた。

 

「な、なによ………あ、あたしをそこら辺の野良猫と一緒にしな………」

 

セリーヌは何とか理性を保ったが───

 

「みゃあ~~♥️♥️」

 

本能には勝てなかった。

 

結果、リィンたちはセリーヌが満腹になるまでボート小屋に留まった。

 

 

 

リィンたちはエマと動けないセリーヌとともにクロスベル市に向けて導力バイクを走らせていた。

 

「ゲプッ……もう少しゆっくり走らせなさいよぉ……」

 

「全く、食べ過ぎよ。リィンさん、ごめんなさい。文句を言っても無視してくださいね」

 

「あはは、やっぱりネコなのね……」

 

「猫まっしぐらというやつですか」

 

「まあ、本能には勝てないんだろう」

 

「卷属とか使い魔とからしいけど、構える必要はないみたいね」

 

「そうだな」

 

「そうですね」

 

「……………」

 

(魔女か………。エマ・ミルスティンが言う裏の力なら何かしら得られるかもしれないな。おそらくミュゼの言う異能に詳しい人物とは魔女のことだろう。裏の力なら消せるかもしれない。俺の中の異能生存体を)

 

(俺が第Ⅱ分校に入ったのは異能生存体を消すためのヒントを得るためだった。曰く付きの場所なら何かしらのヒントがあると思った。実際、結社の力は想像をはるかに超えていた。裏の力なら上手くいくかもしれない。今度こそフィアナの元へ逝くために。だが───)

 

キリコは前にいるユウナたちを見た。

 

(だが誤算があった。Ⅶ組に入り教官、ユウナ、クルト、アルティナに出会った。この1ヶ月を過ごした俺は前世と同じようなやすらぎを得た。俺の目的はフィアナの元へ逝く、人間として死ぬことだ。だが……あいつらと一緒にこのまま学生として過ごすのも悪くないと感じている。フィアナ……お前ならなんと言うだろうな……)

 

「キリコ君?」

 

「どうかしましたか?」

 

「なんでもない。少し疲れただけだ」

 

「確かに、今日だけで魔煌兵1体に幻獣2体と戦ったからな」

 

「ゲフッ……なかなかハードねぇ……」

 

「ふふっ、お疲れ様です」

 

「とりあえず、晩餐会までは時間があるから演習地に戻ってレポートを書き上げてから休むといい」

 

「お、鬼~~!」

 

「鬼畜ですね」

 

「……どこで覚えたんだ?そんな言葉……」

 

「………とりあえず、帰ったらコーヒーを頼む」

 

「わかった──」

 

「!?みんな止まれ!」

 

突然リィンが止まるよう指示を出す。ユウナたちは慌てて停車した。

 

「な、なんですか、いきなり!」

 

「あれを見ろ」

 

リィンの指さす方向から軍用の貨物列車が走って来た。

 

「あ、あれって……!?」

 

「列車砲か……!」

 

「サイズやデザインも前に見たものとは違う。おそらく後継機といった所か」

 

「しかも一台だけではないようです」

 

アルティナの言うように複数の列車砲が続々と国境方面に向かって行く。

 

「な、なんであんなに……」

 

「対共和国のためだろうな」

 

「共和国軍の侵攻に備えてか………」

 

「だとしても、正気とは思えません」

 

「いったいこの地で何が起ころうとしてるワケ……?」

 

(…………)

 

 

 

エマたちと龍老飯店で別れた後、一旦演習地に戻ったⅦ組は速攻でレポートを仕上げ、改めてオルキスタワーへとやって来た。

 

分校生徒の前にはルーファス総督と視察団全員が立っていた。

 

「第Ⅱ分校の諸君。わざわざのご足労、大義だった。晩餐会の警備についてはこの後説明させてもらうが、その前に視察団の方々を君たちに紹介させてもらおう」

 

「はじめまして、諸君。帝都ヘイムダルを預かるカール・レーグニッツという者だ。リーヴスは帝都の近郊とは言え、今まで縁がなかったのは残念だが今回は良い機会と言えるだろう」

 

レーグニッツ知事は笑みをまじえながら挨拶をした。

 

「イリーナ・ラインフォルト。お初にお目にかかるわね。ARCUSⅡにデアフリンガー号、機甲兵に各種設備などの面で間接的に付き合いがあるわね。レポートなども拝見しているし、期待させてもらってるわ」

 

イリーナ会長は表情をほとんど変えずに挨拶を済ませた。

 

「そして、こちらの方々は紹介するまでもなさそうかな?」

 

分校生徒たちに緊張が走る。

 

「はじめまして、第Ⅱ分校のみなさん。エレボニア帝国皇女、アルフィン・ライゼ・アルノールです。本当なら、もう少し早くこうした機会を持ちたくもありました──」

 

アルフィンと後ろのエリゼは後方のミュゼを見て呆気にとられるが、咳払いをした。

 

「──ですがこの時期、この地でみなさんとお会いできたのも女神の巡り合わせでしょう」

 

最後に金髪の男性が前に出る。

 

「オリヴァルト・ライゼ・アルノール。本視察団の団長を務めているが、はっきり言ってお飾りみたいなものだ」

 

オリヴァルト皇子の言葉に分校生徒たちは戸惑った。

 

「実は君たちとはちょっとした縁があってね。前年度までトールズの本校で理事長をやらせてもらってたのさ。遅まきながら、入学おめでとう。激動の時代にあっても青春を謳歌し、"世の礎"たる自分を見つけて欲しい!」

 

オリヴァルト皇子の挨拶に全員が拍手した。

 

その後、ミハイルの指示で分校生徒たちは所定の場所に移動した。

 

 

 

[キリコ side]

 

俺たちⅦ組とティータは視察団に挨拶することになった。

 

最初はレーグニッツ帝都知事とイリーナ会長に会うことになった。

 

「やあ、よく来てくれたね」

 

部屋の中にはレーグニッツ知事とイリーナ会長とシャロンがいた。

 

「忙しいのに急に呼びつけてすまなかったね」

 

「いえ、せっかくの機会ですし。改めてお久しぶりです。レーグニッツ閣下、イリーナ会長」

 

「特務活動については聞いているわ。まずはお疲れ様と言っておきましょう」

 

その直後、イリーナ会長は俺たちを見た。

 

「そちらが新Ⅶ組に、エリカ博士の娘さんかしら?」

 

どうやらティータのことも知っているらしい。話を聞く限り、相当な人物のようだな。

 

「そしてあなたがキリコ・キュービィー君ね?」

 

「はい」

 

「レポート読ませてもらったわ。なかなかの出来ね」

 

「いえ……」

 

ラインフォルトにも流れているのか?

 

「あなた、ウチに来る気はない?」

 

いきなりだな。

 

「イリーナ会長、今はその話はいいじゃありませんか?」

 

「お言葉ですが、彼のような人材を見逃すような悪手は打ちませんわ。もちろん、最終的判断は彼の一存ですが」

 

「む……」

 

「まあ、たしかに時間も余りあるわけではありませんしね。シャロン、みなさんにお茶を」

 

「かしこまりました」

 

軍隊の女将校に見えてきたな。

 

 

 

ソファーに座り、お茶を飲みながら俺たちはレーグニッツ知事から《新帝国八大都市構想》というものの説明を受けた。

 

なんでも、帝国5大都市である帝都ヘイムダル、オルディス、バリアハート、ルーレ、セントアークにジュライ特区、ノーザンブリア州都であったハリアスク、そしてクロスベルを加えた8都市を新たな帝国の中核とするものだという。

 

一番の目的は税制の統一。

 

というのも、エレボニアでは領邦ごとに税制が異なっており、特に企業にとっては面倒この上ない。

 

ならば一つにまとめてしまえば良いということなのだろう。

 

クルトの言うとおり合理的だ。

 

だがリィン教官の言うように各地の貴族にとっては大変革だろう。

 

まあ、貴族だとか革新だとかはどうでもいいのだが。

 

 

 

また、イリーナ会長は俺たちが見た新型列車砲についても説明してくれた。

 

あれはドラグノフ級と言って、従来型に匹敵する火力を保持したまま移動性を向上させたものだという。

 

クルトやティータ、特にユウナにとっては衝撃な話だろう。

 

だが軍も兵器会社もそれ自体意思を持っているわけではない。

 

必要だからこそ動く、それだけのことだ。

 

レーグニッツ知事曰く、俺たちにこんな話を聞かせたのは、帝国とクロスベルが置かれた状況──将来の可能性と厳しい現実の双方を示すためだという。

 

色々と考えさせられそうだが、今はいい。

 

レーグニッツ知事たちとの面会を終え、俺たちは皇族と面会することになった。

 

 

 

「兄様……!」

 

「ふふ、ようこそいらっしゃいました」

 

俺たちが入ると、アルフィン皇女とエリゼが出迎えた。

 

「エリゼ……アルフィン殿下もお久しぶりです」

 

「ええ、本当に。去年の年末以来になりますね」

 

「ご無沙汰しています、兄様」

 

「エリゼったら、こういう時くらいお兄様に抱きついて甘えたらどうかしら?」

 

「も、もう姫様……!」

 

「はは……相変わらず仲が良くて何よりだ」

 

「フッ、よく来てくれたね。リィン君」

 

部屋の奥からオリヴァルト皇子がやって来る。

 

リィン教官はオリヴァルト皇子と言葉を交わした。その後、俺たちを見た。

 

「フフ、そしてそちらが新Ⅶ組とかつての小さな戦友どの……。クルトも久しぶりだが、ティータ君は3年ぶりになるかな?」

 

「はいっ!お久しぶりです!」

 

「フフフ、再会を祝して一曲……」

 

そしてオリヴァルト皇子は楽器を取り出した。

 

「えいっ」

 

「あたっ!」

 

見計らったようにアルフィン皇女がオリヴァルト皇子の頭を紙をたたんだものではたく。

 

俺とユウナ以外はどうやら見知っているらしく、苦笑いを浮かべている。

 

なるほど、"放蕩皇子"か………。

 

 

 

オリヴァルト皇子たちととりとめのない話の後、オリヴァルト皇子たちは俺たち一人一人に話かける。

 

そして最後に俺の方を見た。

 

「君がキリコ君か。君とはお礼も兼ねて一度会って話をしてみたかったんだ」

 

「お礼?」

 

「ああ。一つはアルフィンのわがままに付き合ってもらったことだ。ティータ君もすまなかったね」

 

「いえいえ、とっても楽しかったです!」

 

アルフィン皇女は微笑んでいるが、エリゼは気が気でないようだな。

 

まあ、リィン教官が騎神で乗り込んで来るとなれば当然か。

 

「そう言ってもらえるとありがたい。そしてもう一つの方なんだが……」

 

オリヴァルト皇子の声色が変わった。

 

「先日、セドリックが君や第Ⅱ分校に迷惑をかけてしまったようだね」

 

「その件なら既にカタがついています。取り巻き連中はともかく、皇太子自身は内容にも納得しているようですが」

 

やはり叩きのめしたことは問題らしい。

 

そう思っていると、オリヴァルト皇子は俺の考えを悟ったのか、笑っていた。

 

「いや、君を責めているわけではないよ。あの日以来、セドリックは変わったんだ。成長したと言ってもいいくらいにね」

 

「殿下が?」

 

「そうなんですか?」

 

「うん。元々彼はオズボーン宰相の熱心なファンでね。特に力強さに影響されていたようなんだ。もちろんそれが悪いというわけではない。むしろ個人的には感謝してるくらいさ。セドリックが元気を取り戻し、逞しく成長したきっかけになったわけだからね」

 

どうやら心から感謝しているわけではなさそうだな。

 

「急に背も伸びて、逞しくなって……。それだけなら良かったのですが、強引なところが目立つようになって……」

 

「その変わりようには、私やアルフィンはもちろん、母上も心配なさっていたんだ」

 

あの時言っていた"あの方"というのは宰相のことだったか。

 

「だが、彼は変わった。あの日以来、オズボーン宰相のことは口にしなくなった。今は君に勝つことだけを考えているようだ」

 

「そんなことが……」

 

リィン教官はそこが気になるようだな。

 

「皇族ではなく、セドリックの兄として礼を言わせてほしい。キリコ君、ありがとう」

 

オリヴァルト皇子は立ち上がり、俺に頭を下げる。

 

「私からもお礼をさせてください。キリコさん、ありがとうございました」

 

アルフィン皇女もそれに倣う。

 

「殿下……」

 

「なっ……!?」

 

「アルフィン殿下まで……」

 

「はわわっ!」

 

「お気持ちだけで結構です」

 

皇族に頭を下げられる日が来るとはな。

 

[キリコ side out]

 

 

 

「それにしてもキリコさんとはつくづくご縁がありますね」

 

「そのようだな」

 

「キリコ……」

 

「なんで君は堂々としていられるんだ……」

 

「もうつっこむのも疲れたわ……」

 

「さすがに不敬かと……」

 

リィンたちは平常運転のキリコに頭痛を覚えた。

 

「ふふっ、別に構いませんわ。変にかしずかれるよりずっといいですもの」

 

「そもそも、キリコさんがかしずくお姿が想像できませんね」

 

「あはは、言えてるかも……」

 

「ハハ、なかなか面白い子たちのようだね?」

 

「ええ、毎日が大変ですよ。でも……」

 

リィンは一度言葉を切る。

 

「やりがいはあります。彼らなら自分たちとは違うⅦ組を作ってくれるでしょうから」

 

「教官……」

 

「それでいい。私が君たちに求めるのはたった一つだ。激動の時代を迎えようとするこの帝国において、世の礎たる心構え。それだけだ。君たちならきっと成し遂げられると思っているよ」

 

「過分なお言葉、ありがとうございます」

 

「精進します」

 

「はい」

 

リィンたちの心にオリヴァルト皇子の言葉が刻み込まれた。

 

 

 

オリヴァルト皇子との面会の直後、リィンはルーファス総督に呼ばれた。

 

ユウナたちは廊下で待つように言われ、顔を寄せあっていた。

 

数分後、微笑みながら出てきたルーファス総督とは逆に、リィンは浮かない顔で出てきた。

 

何かあったのかと問うも、リィンは「大丈夫」の一点張りだったためユウナたちはそう信じることにした。

 

その後、リィンたちは他の分校生徒たちのいる場所へ向かった。

 

 

 

「キリコ君、ちょっといいかな?」

 

あの後、キリコたちは晩餐会の警備をこなした後、視察団メンバーを迎賓館に送る準備が整うまでしばらく待機することになった。

 

キリコは料理を少しばかり口にし、廊下に出てクロスベルの夜景を眺めていた。

 

そんな時、キリコはトワに声をかけられた。

 

「なんですか?」

 

「ミュゼちゃんを探してるんだけど、見当たらないの。少し手伝ってほしいんだけど……」

 

「なぜ俺が?」

 

「キリコ君がちょっと手持ちぶさたに見えたからかな?リィン君には上手く言っておくから頼まれてくれるとありがたいんだけど」

 

「………わかりました」

 

「後、アルフィン殿下とエリゼちゃんも見かけたら戻るように伝えてほしいんだけど……」

 

「………はい」

 

キリコはため息をつき、ミュゼを探しに行った。

 

 

 

非常階段の場所で話し声が聞こえ、キリコは近づいた。

 

「それはそうと、あなたは気になる殿方はいないの?」

 

「ふふ、どうでしょう?それより姫様ですわ。お噂ではリィン教官だとお聞きしていますが♥️」

 

「そ、それはマスコミが言っているだけよ!」

 

「ああ、そうでしたね。リィン教官はエリゼ先輩でしたね♥️」

 

「なっ……!?」

 

ミュゼは蠱惑的な笑みを浮かべ、アルフィンとエリゼは狼狽えた。

 

「ミ、ミルディーヌ~……」

 

「ふふっ、ごめんあそばせ」

 

「本当にいないの?あなたにとって気になる方は」

 

「そうですね、それは───」

 

「おい」

 

「ひゃあ!?キ、キ、キリコさん!?」

 

ミュゼは心臓が飛び出たような錯覚を覚えた。

 

「あら?キリコさん」

 

「どうされたんですか?」

 

「トワ教官の集合がかかっている。そっちの二人も戻れだそうだ」

 

「あら、もうそんな時間ね」

 

「わざわざ探しに来てくれたんですか?」

 

「成り行きだ」

 

「あ、あの!キリコさん!」

 

「なんだ?」

 

「さ、先ほどの話は………」

 

「何の話だ?」

 

「い、いえその……あの………」

 

「? まあいい、とっとと行くぞ」

 

「は、はい~……」

 

ミュゼはキリコの後をついて行った。

 

「「……………」」

 

アルフィンとエリゼは呆然としたが、すぐに正気に戻った。

 

「………今の見た?」

 

「ええ……はっきりと」

 

「間違いないわね。あの子、キリコさんが気になるようね。いえ、恋しているわ」

 

「そこまではわかりませんが。でもあんなミルディーヌ、初めて見ました」

 

「とりあえず、続きは部屋でね」

 

「ええ、参りましょう」

 

二人はキリコたちの後を追った。

 

 

 

(ううう……まさかこんな不意討ちをされるなんて……)

 

(さっきの話、絶対聞かれましたよね?リィン教官辺りならともかく、よりによってキリコさんが来るなんて。どれだけ私を惑わせれば気が済むんですか……)

 

キリコにしてみれば見当違いも甚だしいのだが、今のミュゼにはそこまで考えが及ばなかった。

 

(きっと姫様やエリゼ先輩から言われるんでしょうね。どうやら色々と話されているみたいですし。でも……どうしてきっぱり否定する気になれないのでしょう?)

 

 

 

キリコたちはもといた場所に戻った。

 

「あれ?どっか行ってたの?」

 

「……風に当たりにな」

 

「そうか、あんまり無理はしないようにな。トワ先輩も顔色が悪そうだと言ってたからな」

 

「……………」

 

「まあ、仕方ないな。先月よりはるかにハードだったからな」

 

「このまま帰って寝たいです」

 

 

 

「フフ、それはまだ早いんじゃないかなぁ?」

 

 

 

『!?』

 

キリコたちは一斉に顔を上げる。

 

「この声!?」

 

「沼地の時の……!」

 

(あいつか………)

 

その直後、遠くからドゴォォンという音が響いた。

 

「これって……」

 

「爆発音!?」

 

(屋上か?)

 

キリコは音と振動から震源は屋上だと推測する。

 

「出ました!タワーの屋上の映像です!」

 

端末に映っていたのは沼地で見た少年とメッシュの入った男だった。

 

「No.1──《刧炎》」

 

「そ、それって……!」

 

「結社の執行者……!」

 

「お出ましというわけか」

 

「トワ先輩、ランディさん!生徒たちと視察団の安全確保を!ミハイル少佐は警備隊との連絡をお願いします!」

 

リィンは3人に指示を飛ばし、屋上に向かう。

 

すると追いかけるようにユウナ、クルト、アルティナが部屋を飛び出た。

 

「こら待て、お前ら!」

 

(あいつら、先月のことは懲りてないらしいな)

 

キリコも追いかけようとしたが──

 

「待てよ」

 

アッシュがキリコを引き留めた。

 

「なんだ」

 

「俺も行くぜ。あいつら連れ戻しに行くんだろ?」

 

「ああ」

 

「では、私も。すぐに戻って来ますから」

 

ミュゼも名乗り出る。

 

そして3人は頷き会い、部屋を出る。

 

 

 

追いかけた先にはユウナ、クルト、アルティナが人形兵器と対峙していた。

 

「キリコ君!それにアッシュにミュゼ!?」

 

「お前たちは無謀という言葉を知らないのか?」

 

「くっ、だが……」

 

「まあいい、まずは片付けてからだ」

 

キリコは得物を構える。

 

「毎度毎度、てめぇらだけにオイシイ思いをさせてたまるかよ!」

 

「ふふっ、今回もお手伝いさせて頂きます♥️」

 

アッシュはヴァリアブルアクス、ミュゼは魔導騎銃を構え、戦闘を開始した。

 

 

 

その頃、リィンはシャロンとともに屋上に到達した。

 

「ふああっ……遅かったじゃねぇか」

 

「うふふ、君たちが一緒に来るとはね」

 

「その声は……」

 

「……最悪の組み合わせ、ですわね」

 

「刧炎はともかくあちらの少年も?」

 

「ええ、刧炎については説明は不要でしょう。問題はあちらの方です」

 

「エマによると、執行者の中では有名だとか」

 

「悪い意味で、ですが」

 

「うふふ……灰のお兄さんははじめまして。執行者No.0《道化師》カンパネルラさ」

 

「この場所にも現れるとは……。視察団の方々を狙うつもりか?」

 

「フフ、実験のついでにちょっと挨拶に来ただけさ。お望みならこのタワーを灰に出来るけど?───彼がね」

 

「って人任せかよ」

 

刧炎──マクバーンはカンパネルラにつっこんだ。

 

「………………」

 

「フフ、クルーガー。怖い顔をしないでおくれよ。4年ぶりじゃないか。って、今はシャロンって呼ぶんだっけ」

 

「どちらでもお好きなように。4年前に、貴方からの要請でサラ様を足止めした時以来ですね」

 

「え……!?」

 

リィンは驚きを隠せなかった。

 

「そうそう、リベールでの《福音計画》!あれの一環でカシウス・ブライトを誘き寄せたんだけど、最年少のA級だった紫雷にはノーザンブリアで足止めを喰らってもらったんだよね」

 

「そんなことが……」

 

「ええ……所詮、私はその程度の存在。ラインフォルト家に害がなければ古巣の悪事を手伝うような外道です。しかし──」

 

シャロンは得物を構える。

 

「このタワーにはイリーナ会長や他の方々がいます。仇なすつもりならば死線として貴方がたの前に立ち塞がりましょう」

 

「シャロンさん……」

 

「フフ……。変わったねぇ、君も」

 

カンパネルラがオーラを纏う。

 

「クク……いいだろう……」

 

マクバーンが笑みを浮かべる。

 

 

 

一方、キリコたちは人形兵器との戦闘を終えていた。

 

「な、なかなかやるわね」

 

「……機甲兵戦でもいい動きをしていたが」

 

「ミュゼさんの魔導騎銃も予想以上でしたね」

 

「ふふっ、それほどでも♥️」

 

「とにかく、教官を追いかけましょう」

 

「待て」

 

キリコは血気に逸るユウナを引き留めた。

 

「な、何よ。キリコ君」

 

「本当に行くつもりか?」

 

「あったり前じゃない!」

 

「実力差をわかっていてもか?」

 

「それでも行かなきゃダメなのよ!これ以上クロスベルを好き勝手されてたまるものですか!」

 

「さっきも言ったが無謀だ。おそらく俺たち全員がかりで挑んでも勝率は絶望的だろう。それでも──」

 

「行くのよ!行かなきゃダメなのよ!」

 

ユウナは一人で先に行った。

 

「ユウナ!……くっ、とにかく追いかける。二人も来るなら気をつけてくれ!」

 

「先に行きます」

 

クルトとアルティナはユウナを追いかける。

 

「ったく、あのじゃじゃ馬、完全に血がのぼってやがる」

 

「大丈夫です。キリコさんの優しさはわかっていますから」

 

ミュゼはキリコにそっと声をかける。

 

「お前たちも行くんだな?」

 

「とりあえずあんなんじゃ勝てるモンも勝てねぇだろ」

 

「3人より6人の方が有利ですから」

 

「……わかった。急ぐぞ」

 

「了解です」

 

「そんじゃ行くとするか」

 

 

 

[ユウナ side]

 

キリコ君の言いたいことは痛いほどわかっている。

 

あんな言い方をしたのだってあたしを止めるためだって。

 

悔しいけどキリコ君は何もかもがあたしよりも上。勉強も戦いも覚悟も。

 

でもここはあたしたちの国だから。

 

クロスベル人であるあたしがやらなきゃダメなのよ。

 

それに、この騒ぎならあの人たちも気づいてくれる。

 

ロイド先輩にエリィさん。多分、ダドリーさんにノエルさん。

 

もしかしたらアリオスさんやリーシャさんも来てくれるかもしれない。

 

あの人たちさえいればこんな騒ぎなんて解決なんだから。

 

[ユウナ side out]

 

 

 

「いた……!」

 

「追いつけたか……!」

 

「来るな!正真正銘の化け物だぞ!」

 

リィンは振り返らずにユウナたちを留まらせる。

 

「3人だけ?後一人は?」

 

「いや、後3人だ」

 

キリコたちが追いついた。

 

「ハン……?」

 

「フフ、折角だからボクが相手をしてあげようかな?」

 

カンパネルラは指を鳴らし、キリコたちの前に現れた。

 

「なっ……!」

 

「幻影……!?」

 

「よろしくね、若きⅦ組。頼むからもってくれよ?」

 

「ナメんな!」

 

アッシュが吼える。

 

「Ⅶ組総員、2方向での戦闘を開始する!死力を尽くして生き延びろ!」

 

リィンの言葉にユウナたちは覚悟を決めた。

 

 

 

「ぶちのめすぞ、クレイジーハント!」

 

アッシュがブレイブオーダーを展開、猛攻体勢に入り確実に削っていく。

 

だがキリコは高揚感はなく、むしろ不安しかなかった。

 

(さっきからおかしい。こいつはほとんど力を見せていない。シャロンと同等ならばそれなりに実力はあるはず。それにこいつの動きはなんだ?まるで道化師………ッ!まさか──)

 

「まずい、散れ!」

 

「あん?」

 

「ハハハ、遅いよ」

 

カンパネルラは風の最上級アーツ、イクシオン・ボルトを放つ。

 

ユウナたちはまともにくらい、膝をつく。

 

「まんまとのせられたというわけか」

 

キリコはかろうじて立ち上がる。

 

「フフ、なかなかの洞察力だね。まあ、これがボクの本気だよ」

 

キリコはもう一度、イクシオン・ボルトを浴びた。

 

「がああああっ!」

 

「キリコさん!」

 

全身に痛みが走る。指先も麻痺をおこしていた。

 

「…………」

 

「へえ、まだ立ってられるんだ?なら──」

 

「や、止めて……」

 

「これ以上は……!」

 

「フフ……サヨナラ♪」

 

カンパネルラは三度目のイクシオン・ボルトを放つが、外れた。

 

「え……」

 

「外……れた……?」

 

「あれれ?おかしいな。っと、もう魔力切れか。運がいいね」

 

「…………………」

 

キリコはその場に倒れこんだ。

 

カンパネルラはオーラを収め、キリコの顔をまじまじと見た。

 

「やっぱりあの時の赤ん坊か。大きくなったねぇ♪」

 

(な……に………)

 

「君は知らないだろうけど、ボクは君に会ったことがあるんだよ。もっとも、遠くからだし、君の本当の両親は猟兵団に殺されてるんだけどね」

 

「え!?」

 

「もちろんそう命じたわけじゃない。正規軍の目をそらせるために軽く脅しをかけてもらおうと思っただけさ。欲に駆られて暴走してくれた結果、村ごと滅びたってわけさ。もちろんおしおきはしたけどね」

 

「キリコは昔、帝都の孤児院にいたそうだが……」

 

「チッ……!」

 

「外道……これ以上はありませんね」

 

ミュゼたちは怒りを露にする。

 

「それはそうと、あっちも終わったみたいだよ?」

 

指さす方を見ると、リィンとシャロンは膝をついていた。

 

特に焔を浴びたシャロンは息も絶え絶えだった。

 

「教官!シャロンさん!」

 

「あの二人でも勝てないのか……」

 

「フン、まあこんなモンか……」

 

マクバーンは不満そうに頭をかく。

 

「思わず本気を出しちまいそうになったが……お前が本気を出さねぇんならそれはそれで面白くねぇ話だ」

 

「狂っちまえよ!小僧。一緒に月に吼えるとしようぜ?」

 

(彼を本気にさせる訳にはいかない。だが、このままでは……)

 

 

 

「そうはさせないわ!」

 

 

 

リィンたちの隣に魔法陣が顕れ、アリサ、マキアス、エマがやって来た。

 

「はああっ……!」

 

マキアスがショットガンを浴びせ、アリサが矢をカンパネルラに撃ち込む。

 

「わわっ……?」

 

「チッ……」

 

執行者たちは一旦下がる。

 

「マキアス、アリサ……!」

 

「お、お嬢様……」

 

「エマ、お願い!」

 

「はい。Lux lunae sanctam(聖なる月の光よ)」

 

エマの魔法が揚陸挺の焔を消す。

 

「ほとんど燃えていない?」

 

「幻術の焔……そんな所でしょうか」

 

「へえ、鋭いじゃない」

 

「しゃ、喋りやがった……!?」

 

「それはいいから。それよりアンタ、よく死ななかったわね」

 

セリーヌが回復の魔法陣を展開する。

 

「リィン、新Ⅶ組も無事だったか!」

 

「マキアス……アリサにエマたちも助かった」

 

「これ以上するつもりなら私がお相手します。魔女クロチルダが妹弟子にして《緋のローゼリア》の養い子……」

 

 

 

「トールズ旧Ⅶ組出身、エマ・ミルスティンが……!」

 

 

 

エマは膨大な魔力の奔流を顕現させる。

 

「へえ、深淵に届くか……。帝国の魔女の卷属、大した一族みたいだね」

 

「面白ぇ、このまま第2ラウンドでも──」

 

「そこまでだ、結社の諸君!」

 

後ろからランディ、トワ、ミハイル、オリヴァルト皇子、ルーファス総督が駆けつけた。

 

「あ……」

 

「殿下!先輩たちも……」

 

「間に合ったか」

 

「大丈夫!?リィン君にみんなも!?」

 

「すまねぇ、人形どもを片付けてたら遅くなった」

 

「マキアス君、アリサ君、エマ君たちもお疲れだった。お馴染みの道化師君に……《火焔魔人》殿だったか」

 

「クク、そういうアンタは放蕩皇子だったな。皇族のクセに妙な魔力を感じるじゃねぇか?」

 

「フフ………古のアルノールの血かな?」

 

「そしてそちらが……噂の《翡翠の城将》(ルーク・オブ・ジェイド)殿か」

 

ルーファス総督が前に出る。

 

「そちらの呼び名で呼ばれるのは新鮮だが……このタワーは現在、私の管理下にある。招待状もなしにこの振る舞い。礼儀は弁えてもらおうか、身喰らう蛇の諸君?」

 

「フフ……。それは失礼。でも、そろそろ時間切れかな?」

 

カンパネルラとマクバーンはさらに下がる。

 

「待ちたまえ」

 

オリヴァルト皇子が引き留める。

 

「折角だ、手土産の一つくらい置いていってもらおうじゃないか。情報という名のね」

 

「何が知りたいんだい?」

 

「言うまでもない。どうしてこの地に来ている魔女どのがそこにいない?」

 

「た、たしかにクロチルダさんがいないようだが」

 

「姉さんの気配は確かにこの地に在ります。それなのにこの場所に姿を見せないということは……」

 

「もしかして結社と袂を分かったとか?」

 

「アハハ、大正解!」

 

カンパネルラは拍手した。

 

「いや~使徒の間で色々とこじれちゃってね~」

 

「その結果、深淵は出奔。一応捕捉を命じられたが、面倒くさいったらありゃしねぇ」

 

「……やっぱり…………」

 

「何やってんのよ、あの女は……」

 

「……………」

 

ミュゼは顔を伏せる。

 

 

 

「そしてこれは私が掴んだことなんだが、君たちと敵対している存在がいるそうじゃないか?」

 

「へえ……?」

 

「そしてこの地でいったい何の実験をしようと言うんだい?」

 

「フフ……」

 

カンパネルラが指を鳴らすと空中に影が現れる。

 

「まさか──アルティナ……!エマにセリーヌも!」

 

「了解しました」

 

「はいっ!」

 

「わかった!」

 

防御体勢が整った瞬間、影は突っ込んで来た。

 

「こ、これは……」

 

「《神機アイオーンtype-βⅡ》──かつて共和国軍を壊滅させた機体の後継機ってわけさ」

 

「ま、《至宝》の力がねぇから中途半端にしか動かせねぇけどな」

 

「それじゃあ、今夜はこれで──」

 

 

 

「──ふざけないでよ!」

 

 

 

ユウナの怒りの声に全員が振り向く。

 

「え……」

 

「ユウナさん……?」

 

(ここまでか……)

 

キリコはユウナの限界を悟る。

 

「黙って聞いていればペラペラと……。クロスベルで、あたしたちのクロスベルに来て勝手なことばかりして……!」

 

「結社だの、帝国人が寄ってたかって挙げ句にそんなデカブツまで持ち出して!」

 

「絶対に──絶対に許さないんだから!」

 

「ユウナ……」

 

「……ユウ坊」

 

「………………」

 

リィンたちは言葉を口にすることができなかった。

 

「クスクス……威勢のいいお嬢さんだなぁ。クロスベル出身みたいだけど、どう許さないっていうのさ?お仲間に頼らないで一人で立ち向かうつもりかい?」

 

「お望みなら一人でもやっててやるわよ!」

 

ユウナはガンブレイカーを構える。

 

「それに──クロスベル出身はあたしだけじゃない!特務支援課だっているんだから!」

 

「…………」

 

ランディは視線を逸らす。

 

「うふふ、特務支援課か。確かに手強い相手だけど……」

 

 

 

「そちらの総督閣下の指示で拘束されてなかったらの話かな?」

 

 

 

「え」

 

ユウナの両手がダラリと下がる。

 

「………フフ……………」

 

ルーファス総督は意味深に笑みを浮かべる。

 

「ま、まさか……ミシュラム方面の動きって……」

 

「……ミシュラムに入れないのではなく、ミシュラムから出さないための封鎖」

 

「……支援課の関係者全員をミシュラム方面に拘束したのか」

 

オリヴァルト皇子はルーファス総督に怒りの視線を浴びせたが、ルーファス総督は冷静に受け止めた。

 

「フフ……拘束している訳ではありませんが」

 

「ミシュラム一帯を鳥籠に見立ててバニングス手配犯と《零の御子》、《風の剣聖》や《銀》(イン)を閉じ込めた。ノエル少尉やセルゲイ課長など支援課に属していた軍警関係者にもミシュラムでの待機任務に付かせている。───そうだな、ミハイル少佐?」

 

「ええ……マクダエル議長やお孫さんも例外ではありません」

 

ミハイルは淡々と事実を口にした。

 

「……っ…………」

 

「なんてことを……」

 

「…………………………」

 

(どこまでも……合理的だな………)

 

回復を終えたキリコが立ち上がる。だが、それを気にする者はいなかった。

 

「ど、どうして………なんでそんな…………」

 

ユウナはなんとか言葉を絞り出す。

 

「アハハ、決まってるじゃない!」

 

カンパネルラが口をはさむ。

 

「彼らに勝手に動かれて事件を解決されないためだよ!」

 

「特務支援課なんていう過去の英雄、帝国の統治の邪魔でしかないからね!かといって下手な罪状で捕らえたら市民感情の悪化を招く!だから生かさず殺さず、徐々にフェードアウトしてもらおうと総督閣下は考えてらっしゃるのさ!」

 

「本当なら彼らごとき、"いつでも"始末できるのにね?」

 

残酷な真実を前にユウナに反論という考えは消し飛んだ。

 

ユウナは心が折れる音を聞き、へたりこむ。

 

 

 

「お兄様、皆さん……!」

 

「兄様、ご無事ですか……!?」

 

後ろからアルフィンとエリゼを先頭に分校生徒たちが駆けつけた。

 

「みんな……」

 

「……放たれた人形兵器も全て制圧できたか……」

 

「ふふっ、今度こそ幕引きかな?」

 

カンパネルラが指を鳴らし、神機とともに撤退した。

 

 

 

「さて、当面の脅威は去ったが……これは帝国の英雄に一働きしてもらう局面となったかな?」

 

「…………………」

 

「……くっ………」

 

リィンは拳を握りしめ、マキアスは歯を食いしばる。

 

「君は……」

 

「どうして……?」

 

ユウナはふらふらとリィンに近寄り、襟を掴む。

 

「ねぇ……どうしてあたしたちの誇りまで奪おうとするの……?」

 

「自治州を占領して、勝手に共和国と戦争して……」

 

「あんな列車砲まで持ち込んで……」

 

(あの目は……)

 

キリコは苦い過去を思い起こした。

 

「あたしたちの光を……たった一つの希望を……」

 

「返して……!」

 

ユウナは流れる涙とともにリィンに懇願する。

 

「あたしたちのクロスベルを!あの自由で、誰もが夢を持てた街を!」

 

 

 

「返してよおおおおッ──!!」

 

 

 

そこにいた全員が何も言えなくなった。なぜなら皆、帝国人なのだから。

 

(ゾフィー・ファダス……あんたも今のユウナと同じ目をしていたな……)

 

キリコはかつての過ちを思い浮かべた。

 

最強の名を欲しいままにし、惑星サンサを理不尽に奪い、破壊しつくした、吸血部隊。

 

第24メルキア方面軍戦略機甲歩兵団特殊任務班X━1レッドショルダー。

 

(レッドショルダーと帝国……何が違う……!)

 

キリコは涙に暮れるユウナを見続けるしかできなかった。




次回、旧Ⅶ組メインになります。


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けじめ①

急遽、タイトルを修正します。


5月 21日 午前 7:30

 

演習地は暗く沈んでいた。

 

分校生徒の誰もがユウナの悲痛の叫びを聞き、気持ちの整理がつかなかった。

 

あの後、ユウナはランディに連れられ演習地に帰還。部屋に閉じこもった。同室の者たちは誰かに言われるでもなく、食堂車で一夜を過ごした。

 

朝食の際も、皆ぼそぼそと食べていた。中には全く手をつけない者もいたが、さすがにトワから雷が落ちた。

 

 

 

「ユウナ……」

 

ユウナの部屋の前にはクルト、アルティナのⅦ組とアッシュとミュゼがいた。

 

「ユウナさん。何か召し上がってください。せめてお水だけでも……」

 

「………………………」

 

「ったく、あのじゃじゃ馬が」

 

「相当のショックだったのでしょう。でもこのままでは……」

 

「ああ。いずれ参ってしまうだろう」

 

「ところで、キリコさんは?」

 

「格納庫にいましたが」

 

「ケッ、あのスカシ野郎が」

 

(キリコさん……)

 

「ここにいたか……」

 

列車に何人か入って来た。

 

「みなさん……」

 

「旧Ⅶ組の………」

 

朝にもかかわらず、アリサ、マキアス、エマが駆けつけた。

 

「その……ユウナさんは……」

 

「……………」

 

クルトは目を伏せる。

 

「そうか……」

 

「トワ教官が言うには、やはりショックが強すぎたとか」

 

「無理もないですね……」

 

「そういえば、リィンは?」

 

マキアスは思い出したようにクルトに聞く。

 

「ブリーフィングルームに。情報局少佐もいらっしゃいます」

 

「わかったわ」

 

「その……みなさん……」

 

「なんでしょう?」

 

「教官をよろしくお願いします」

 

「私たちはここにいるので」

 

「がり勉パイセン、頼むぜ?」

 

「きちんと名前をいいたまえ……!」

 

マキアスは憮然としながらブリーフィングルームへ向かい、アリサとエマもそれに続いた。

 

 

 

「よお、なかなかスリリングな展開になってきたじゃねぇの」

 

「無駄話は不要です。さっさと済ませてください」

 

リィンは苛立ちを隠さずに促す。

 

「リィン君……」

 

「……チッ…………」

 

「………………」

 

だがそれを咎める者はいなかった。

 

「わーったよ、そんじゃ──」

 

レクター少佐は肩を竦めながら、封筒から書類を取り出す。

 

『灰色の騎士、リィン・シュバルツァー殿。──帝国政府の要請を伝える。結社の狙いを見極め、クロスベルの混乱を回復せよ』

 

「その要請、しかと承りました」

 

「リィン君……」

 

「クソッ……!」

 

ランディは拳を握りしめる。

 

「ならば、僕たちの出番ですね」

 

ブリーフィングルームにマキアスたちが入ってくる。

 

「マキアス君、アリサちゃんにエマちゃん」

 

「みんな……」

 

「何も仰らないでください」

 

「貴方がどれだけ悔しい思いをしてるか、わかってるから」

 

「さっき彼らから君のことを頼まれたんだ。僕たちも力になるぞ」

 

「あ……」

 

「ちょい待ち。お前さん、司法監察官だろ?職務を逸脱してねぇか?」

 

レクター少佐がニヤニヤしながらマキアスに問う。

 

「フフ、サービス残業ですよ。仕事は最後までこなすのが社会人として当たり前じゃないですか?レクター・アランドール少佐?」

 

マキアスは眼鏡のブリッジを上げる。

 

「ハハハ、耳が痛いな。わかったよ、俺は何も見てねぇ。ご苦労さん、マキアス・レーグニッツ監察官殿」

 

「少佐……!」

 

ミハイルはレクター少佐を睨む。

 

「すまない、みんな……」

 

「だから何も言わないで。私たちは貴方に感謝してるんだから」

 

「え?」

 

「旧Ⅶ組の重心たる君はいつだって僕たちを引っ張って行ってくれたんだ」

 

「今度は私たちの番です」

 

「……ぁ………」

 

リィンに熱いものが溢れる。

 

「……グスッ…………」

 

「ったく、ジンときちまったじゃねぇか。リィン、それに旧Ⅶ組。俺たちの代わりにクロスベルのことは頼んだぜ!」

 

『はいっ!』

 

「全く、どいつもこいつも……」

 

ミハイルはぶつぶつ呟いていた。

 

 

 

リィンたちは格納庫にやって来た。

 

「リィンの仲間たちか……」

 

「久しぶりね、ヴァリマール」

 

「うむ、リィンとコックピットに入った娘か……」

 

「ええっ!?」

 

「君たちは………」

 

エマは驚き、マキアスは呆れ果てた。

 

「よ、余計な事言わないでちょうだい!ああもう、リィン!貴方のせいだからね!」

 

「お、俺のせいか!?」

 

アリサは真っ赤になり、半ば八つ当たりのようにリィンを責める。

 

「それにしても、喋りに淀みがないわね」

 

セリーヌがヴァリマールの肩に乗る。

 

「ああ、違和感が全然無いな」

 

「普通の人間と遜色ないですね」

 

「言語機能が完全に修復されたらしいんだ」

 

「へえ、なかなか武人肌というか……」

 

「それよりリィンよ、何やら不可思議な流れを感じるな」

 

「ああ、幻獣や先月の神機がこの地に顕れたんだ。多分そのせいだと思う」

 

「どうりで霊脈の流れが荒い。私を呼ぶ時はいつでも呼ぶがいい」

 

「ああ、もちろんだ」

 

リィンたちはヴァリマールと別れた。

 

 

 

「あ、アリサさん……」

 

「ティータさん。おはよう……」

 

「キリコもここにいたのか……」

 

「…………」

 

ティータは何かの装置を、キリコはフルメタルドッグの調整を行っていた。

 

「キリコ、ユウナが心配じゃないのか?」

 

「今のユウナには何を言っても動かない。帝国人である俺たちの言葉なら尚更でしょう」

 

「………………」

 

「無理をすれば今度こそ壊れる。最悪、帝国への復讐にのりだすと考えるべきかと」

 

「……ッ!」

 

「ユウナさん……」

 

キリコの推測にリィンたちは口をつぐむ。

 

「俺にできる事は備えることだけだ。先月同様、連中はろくでもない何かを計画しているようだからな」

 

「あ、あの!キリコさんは……」

 

「わかってる。キリコだって本当は気にしてるんだろう?」

 

「…………」

 

キリコは作業に集中する。

 

「全く、素直じゃないわね」

 

「セリーヌが言わないの」

 

「それにしても、これがリィンの言ってた実験用機甲兵か……」

 

「……………」

 

マキアスが目を丸くする横でアリサはムスッとしていた。

 

「あんたが最低と言う気持ちもわからなくはない」

 

「えっ………」

 

「俺自身、博士の研究に手を貸しているのに過ぎないからな」

 

キリコはアリサの目を見て続ける。

 

「俺は途中で投げ出すつもりはない」

 

「キリコ……」

 

「……ごめんなさい。あなたにはあなたの事情があるものね」

 

「気にしていない」

 

「なかなか見上げたものだな」

 

「ふふっ、キリコさんはこういう人ですから」

 

「そういえばティータ。それはなんだ?」

 

「機甲兵のユニットです。どんなものか楽しみにしててください」

 

「わかった。それとキリコ」

 

「はい」

 

「勝手に動くなよ」

 

「………はい」

 

(多分、動くんだろうな……)

 

リィンは一種の諦観を覚えた。

 

 

 

その後、主計科の元で補給を済ませ、リィンたちは導力バイクの前でこれからのことを話し合う。

 

「さて、これからクロスベル市に行くわけだが……」

 

「どこかで情報を集めないとね」

 

「でも……そんな都合の良い場所があるんでしょうか?」

 

「………………」

 

マキアスは何やら考えこんでいた。

 

「マキアス?」

 

「どうかなさったんですか?」

 

「ああ……一つだけ心当たりがあってね。クロスベル市中央広場に行ってみようと思うんだ」

 

「中央広場ですか?」

 

(もしかして……)

 

「リィン?どうかしたの?」

 

「いや、なんでもない。それより行くなら行こう。こうしてる間にも、結社の計画は進んでいるだろうからな」

 

「そうだな」

 

「急ぎましょう」

 

リィンたちの乗せた導力バイクは走り出した。

 

 

 

「行ったみてぇだな」

 

「ええ」

 

ランディとトワは計画表を見ながらリィンたちの出発を見届けた。

 

「ランディさん、Ⅶ組特務科は……」

 

「しゃあねぇな。まあ、他の連中も納得してるし、あいつらもついてた方が安心だしな」

 

「全く、本来なら認められんというのに……」

 

「まあまあ、中途半端よか良いんじゃねぇの?」

 

ぼやくミハイルをレクター少佐が諫める。

 

「……で?あんたはいつまでここにいるんだよ」

 

「ああ、そろそろ行くぜ。そんじゃ、演習の成功を祈ってるぜ」

 

レクター少佐は手を振りながら演習地を出た。

 

ランディはシッシッと振り払うような仕草をしてミハイルとトワに咎められた。

 

「ったく、相変わらず人を食った野郎だな」

 

「それについては反論はせん。それより本当に特務科は放っておくのか?」

 

「そうするしかねぇでしょう」

 

「無理をすれば本当に立ち直れなくなる恐れがあります」

 

「チッ、仕方ない。ではⅧ組戦術科とⅨ組主計科は予定通りに。後、キュービィーに備えておけと………」

 

「できています」

 

「ぬおっ!?いつの間に……!」

 

「で、できているって……」

 

「それならばいい」

 

キリコの言葉を聞き、ミハイルはブリーフィングルームに戻った。

 

「ねぇ、キリコ君。ユウナちゃんのことが心配じゃないの?」

 

「帝国人の俺が何か言ってもユウナの心は動かないでしょう」

 

「それは………」

 

「そうだけどよ……」

 

「今の俺にできる事は備える事だけです。連中が何か仕掛けてくるなら、全力で立ち向かう。それだけだ」

 

「…………」

 

「それに、落ち着いたようなので後はユウナ次第でしょう」

 

「まあ、な……」

 

「失礼します」

 

キリコは二人と別れ、格納庫に戻って行った。

 

「キリコ君……」

 

「大丈夫だろ。結構怒ってるぜ、あの無表情の下は……」

 

ランディはキリコの静かな怒りを見抜いた。

 

 

 

(昨夜のユウナとサンサのゾフィー。彼女たちの思いにどれ程の違いがある。ユウナの叫びが俺の怒りを呼び覚ました。理不尽に奪われる痛みは十分に知っていたはずだ。にもかかわらず、見ているしかできなかった自分が腹立たしい)

 

(道化師に刧炎。おそらく連中は俺が戦ってきた中でも最強だろう。だが……)

 

キリコの目に昏いものが宿る。

 

 

 

一方、リィンたちは近くにバイクを停め、目的地にやって来た。

 

「ここですか?」

 

「ああ。間違いない」

 

「…………………」

 

「リィン?」

 

「ああ、なんでもない。それじゃ……?気配がするな」

 

「何?」

 

「確かにいるわね。っと、出てきたわよ」

 

「皆さん、お待ちしてました」

 

寂れたビルからティオ主任が出てきた。

 

「ティオ主任!?」

 

「どうしてここに……。というか、鍵は?」

 

「ここはかつての職場だったので、合鍵を持ってるんです。さあ、どうぞ」

 

ティオ主任に勧められるまま、リィンたちは特務支援課ビルに入っていった。

 

 

 

カタカタ……カタカタ……

 

ティオ主任は導力ネットの端末を操作し、情報を精査していく。

 

「これを見る限り、鳥籠は大分前から計画されていたようですね」

 

「そんなことまで分かるんですね」

 

「大したものよね」

 

「……………」

 

エマとセリーヌが感心する横で、リィンは暗い顔をしていた。

 

「リィン、本当に貴方変よ。どうしたの?」

 

「リィン、もしかして……」

 

「……………」

 

ティオ主任は端末の操作を中断する。

 

「……リィンさんがロイドさんと戦ったことは知ってます。同時にリィンさんが無茶な要請で活動してた事も」

 

「え?」

 

「特務支援課リーダーのロイド・バニングス捜査官か」

 

「リィンさん、それで……」

 

「……………」

 

「リィンさんが気になさることはありません。それにロイドさんなら「互いに事情があるんだ」って言うに決まってますから」

 

ティオ主任は椅子から立ち上がる。

 

「ランディさんから聞きました。列車砲の起動を食い止めたそうですね」

 

「ガレリア要塞の時か……」

 

「あの時は無我夢中でした……」

 

「皆さんがいなかったらクロスベルも悲惨なことになっていたでしょう。私たちもここにはいなかったかもしれません。遅くなりましたが、お礼を言わせてください」

 

ティオ主任は頭を下げる。

 

「………ぁ……………」

 

「ティオ主任……」

 

「僕たちのしてきた事は間違っていなかったんだな……」

 

「はいっ!」

 

 

 

「そういえば、通商会議でノルド高原で騒動があったものの、若き獅子たちが解決に尽力したとオリヴァルト皇子が仰っていたんですが、それはリィンさんたちのことですか?」

 

「俺とアリサとエマがノルド高原に実習に行ってた時ですね」

 

「そこで帝国解放戦線の幹部と初めて戦ったのよね」

 

「……その間、僕はあの二人の仲裁か……」

 

「まあまあ……」

 

肩を落とすマキアスをエマが慰める。

 

「皆さんは色々な場所に行ってたんですね」

 

「その度に騒動に出くわしているわね……」

 

「ケルデイックで強盗騒ぎ、バリアハートでマキアスが政争に巻き込まれて拘束、ノルド高原で監視所が襲撃されて共和国と開戦寸前、帝都ではアルフィン殿下とエリゼが人質にされて、レグラムでの魔物騒動の翌日にガレリア要塞襲撃、ルーレでザクセン鉄鉱山がテロリストに占拠、ユミルに小旅行に行って怪盗Bの実験を食い止めて、学院祭の前日に旧校舎の異変が起きてヴァリマールを発見、後は……」

 

「も、もういいです……」

 

ティオ主任はお腹いっぱいになった。

 

「改めて聞くと、すさまじいわね……」

 

「これに内戦での出来事も加えると、もう言葉もないな」

 

「あはは、よく乗り越えられましたね……」

 

アリサたちも自分たちの戦歴に思わずげんなりした。

 

「でも、リィンさんは一人で乗り越えたわけではありませんよね?」

 

「ええ。みんながいたからこそ、乗り越えられました」

 

「なら、問題はありません。リィンさんたちに改めて依頼します。どうかクロスベルをお願いします」

 

「はい、わかりました!」

 

 

 

「そろそろ行こうか」

 

「そうね。ティオ主任、ありがとうございます」

 

「いえいえ。後、こちらなんですけど……」

 

ティオ主任は端末の情報をリィンたちに見せる。

 

そこには、ジオフロントの地図が載っていた。

 

「これは?」

 

「ジオフロントB区域の地図です。昨日、リィンたちⅦ組にF区域の調査をしてもらいましたが、どうやらB区域にも同じようなことになっているようなんです」

 

「まさか、魔煌兵が!?」

 

「おそらく」

 

「リィン」

 

「ああ、これは見過ごせないな」

 

「すみません。リィンさんたちに押し付けてしまって。私も監視つきなので自由に動けなくて……」

 

「やはりそうなんですね……」

 

「そういえば皆さんは導力ネットの端末を探していたようですが……」

 

「ええ。少々よろしいですか?」

 

マキアスは端末を操作し、ある情報を出した。

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

東クロスベル街道の手配魔獣 [任意]

 

ジオフロントF区域の手配魔獣 [任意]

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

「マキアス、これは?」

 

「監査の過程でね。これについて相談しようと思ったんだが、その必要はなさそうだな?」

 

「リィンなら全部やろうって言うでしょうからね」

 

「ふふっ、リィンさんですから」

 

「フフ、大した信頼ね?」

 

「素直に喜べないんだが……」

 

リィンは微妙な顔をした。

 

「なるほど。こうなってくると。私もどうこう言ってられませんね」

 

「大丈夫なんですか?」

 

「何かしらペナルティーが課せられるでしょうが、もう四の五の言ってられ──」

 

 

 

「~~♪♪♪」

 

「フフ。では、ここは僕が引き受けようじゃないか」

 

 

 

「これは、楽器でしょうか?」

 

「リュート、か?」

 

「ま、まさか……」

 

「もしかして……」

 

「いえ、もしかしなくても………」

 

「嘘でしょ……」

 

リィンたちはゆっくりと振り向く。そこには金髪の遊び人風の男がいた。

 

「やあ、はじめまして。僕はオリ──」

 

『殿下!?』

 

「グスッ……名乗らせてももらえないなんて……」

 

「す、すみません……じゃなくて!いったい何をしてるんですか!?」

 

「視察団の公務はどうしたんですか!?」

 

「リィン君にも言った通り、僕はお飾りだからね。公務の大半はアルフィンが行うことになっているんだ」

 

「ア、アルフィン殿下が……」

 

「とは言え、お飾りだと言っても僕も一応皇族だからね。帝国人の代表などとおこがましいことは言わないが、それでも何かしらのけじめをつけなきゃね」

 

「殿下……」

 

「戦闘ならば問題はないよ。銃もあるし、トヴァル君に調整してもらったコレもあるしね」

 

オリヴァルトは自前のARCUSⅡを見せる。

 

「トヴァルさんにですか?」

 

「うん。あ、後リィン君。ここにいるのはオリヴァルト・ライゼ・アルノールではないよ。漂泊の詩人、オリビエ・レンハイムだからね。呼び捨てでかまわないよ」

 

「いや!それはさすがに畏れ多いというか……」

 

「ここはオリビエさんと呼びますから……」

 

「では決まりだね。それとティオ君、久しぶりだね」

 

「お久しぶりです。以前は散々振り回してくれましたね」

 

「いやぁ、あの時は楽しかったねぇ。カジノで当てたり、飛び入りでみっしぃとダンスしたり……」

 

「最後はミュラーさんに引きずられて行きましたけど」

 

「あの後、正座で説教されたよ。ハッハッハ」

 

「笑い事じゃないでしょ……」

 

(何してるんだ、この人は……)

 

(さすが放蕩皇子……)

 

 

 

「さて、そろそろ行くとしようか」

 

「そうですね」

 

「ただ、その前に一つだけ行ってほしい所があるんだが、いいかな?」

 

「それは構いませんが……」

 

「どちらへですか?」

 

「ああ、それは───」

 

 

 

ティオ主任と別れた一行はオルキスタワーにやって来た。

 

「よろしかったんですか?わざわざ戻って来て」

 

「なんだか胸騒ぎがしてね。いや、はっきり言ってしまえばアルフィンの事なんだが……」

 

「やはりアルフィン殿下も………」

 

「ああ、相当気にしててね」

 

一行がオルキスタワーに入ると、オリビエはため息をついた。

 

「殿……オリビエさん。どうしましたか?」

 

「僕の予想通りだったようだ」

 

「あれは……」

 

エレベーターの前には聖アストライア女学院の制服を着たアルフィンとエリゼがいた。

 

「アルフィン……それにエリゼ君」

 

「ッ!?お兄様……」

 

「兄様に皆さんも………」

 

「アルフィン。そんなものを着てどこに行くつもりなんだい?」

 

「…………」

 

「殿下……」

 

「もしかして、ユウナさんのことが……?」

 

「私……何も知らなかったんです。クロスベルの人たちからどう思われているのか。それに、あんなひどい事をしていたことも……」

 

「姫様……」

 

「…………アルフィン」

 

オリビエはアルフィン皇女に語りかける。

 

「君の気持ちはよくわかった。皇族として責任を果たそうという志は立派だ。だからこそ、私に任せてほしい」

 

「お兄様……?」

 

「皇族としての責任というならば、君は視察団としての公務を全うするのが優先ではないかな。もし君に何かあれば、帝国の名に傷がつく。エリゼ君やリィン君たちにも迷惑がかかってしまう。それがわからないアルフィンじゃないだろう?」

 

「それは………」

 

「いや、偉そうな事を言ってしまった。すまない、アルフィンやセドリックに押しつけてしまって。もしかしたら、セドリックを変えてしまったのは宰相ではなく、私かもしれないな」

 

「それは違います!お兄様から押しつけられたなんて思った事はありません!」

 

「アルフィン……」

 

「それにセドリックだってそうです!昔から宰相の力強さに憧れていた節はありましたが、少しずつ前のセドリックに戻りつつあります。だからお兄様が責任を感じることなんてありません」

 

「殿下……」

 

「私こそごめんなさい。わがままを言ってしまって。リィンさんも、エリゼを巻き込んでしまって申し訳ありません」

 

「いえ、殿下のお気持ちはわかりました。エリゼもきっと同じでしょう」

 

「はい」

 

リィンの言葉にエリゼも同意する。

 

「もう、大丈夫だね?」

 

「はい!皆さん、本当にすみませんでした」

 

「どうやら、お揃いのようですな」

 

振り返ると、レーグニッツ知事が立っていた。

 

「レーグニッツ閣下……!」

 

「父さん!」

 

「アルフィン殿下におかれましてはご機嫌麗しゅう。リィン君にアリサさんにエマさんもわざわざすまない。それにマキアスも一緒とはな」

 

「そして──」

 

レーグニッツ知事はオリビエを見る。

 

「お初にお目にかかります、レーグニッツ帝都知事。オリビエ・レンハイムでございます」

 

「これはこれはご丁寧に。帝都知事のカール・レーグニッツです。察するにリィン君たちの協力者といった所でしょうか」

 

(父さん……)

 

(……これは……わかりきった上でやっているんだよな……)

 

(……これも政治なんでしょうね……)

 

(ホント、めんどくさいわね……)

 

(セリーヌ、シッ!)

 

リィンたちはレーグニッツ知事とオリビエのやり取りに呆れるしかなかった。

 

「ふう、本来ならば貴方に動かれることはご遠慮願いたいのですが」

 

「一帝国人としてのけじめですよ」

 

「はぁ、仕方ありませんね。リィン君たち、よろしく頼んだよ」

 

「はい、もちろんです」

 

「ただ、マキアスは良いんだな?これは監察官の領分を越えてやしないか?」

 

「確かに逸脱しているかもしれない。だが、クロスベルに危機が迫っているのに見過ごす事はできない。それが僕の選んだ道だ。監察官としても、Ⅶ組としてもね」

 

「そうか。なら、納得するまでやりなさい。途中で投げ出すことは許さんぞ」

 

「はいっ!」

 

「リィン君たちも、愚息をよろしく頼む」

 

「わかりました」

 

「お任せください」

 

「き、君たち……」

 

マキアスは肩を竦める。

 

「アルフィン殿下もよろしいですな?」

 

「はい、ご迷惑をおかけしました」

 

「いえ、殿下の心中お察し申し上げます。私もあの作戦の全容は知らされておりませんでした」

 

「そうなのかい?」

 

「ええ、ミシュラムの封鎖までは。それ以上は……いや、これ以上は言い訳になってしまいますね……」

 

「知事閣下……」

 

「さて、そろそろ参りましょう」

 

「時間ですね」

 

「エリゼもしっかりな」

 

「はい、兄様もお気をつけて」

 

リィンたちはアルフィン皇女たちと別れた。

 

 

 

「フーーーッ」

 

「お疲れ様」

 

「すまなかったね。付き合ってもらって」

 

「お気になさらず。それよりどうしましょうか?」

 

「ああ、僕はリィン君の指示に従うよ。ただ、ティオ君の依頼と手配魔獣をこなしつつ、情報収集することは念頭におくべきかな?」

 

「そうですね。先に手配魔獣、ティオ主任の依頼はその後に行います。みんなもそれでいいか?」

 

「ああ!」

 

「異存はないわ」

 

「でしたら……リィンさん、お願いします」

 

「あんたのアレがないと始まらないでしょ」

 

「ああ、わかった」

 

リィンはアリサたちの前に出る。

 

 

 

「トールズ旧Ⅶ組!これより、クロスベルにて進行する結社の計画を阻止する!敵は結社最強の執行者。全力で立ち向かうぞ!」

 

 

 

『おおっ!』

 

「そして、オリビエさん。どうかよろしくお願いします!」

 

「任せたまえ!」

 

有角の若き獅子とその産みの親の決意がクロスベルの地に木霊する。



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けじめ②

イースⅨが面白くて作業ペースが若干ダウンしてますが、じっくりやっていこうと思います。


リィンたちはオーバルストア《ゲンテン》でARCUSⅡの調整等を終え、活動を開始した。

 

 

 

[アリサ side] [ジオフロントF区域の手配魔獣]

 

私たちはジオフロントF区域の手配魔獣を討伐することになった。

 

マキアスの情報によると、手配魔獣は廃棄された人形兵器みたい。

 

これは私の地元ルーレでも言えることなんだけど、廃棄された人形兵器が暴走気味に活動を続けているというの。

 

その度にTMPや統合地方軍が討伐に駆り出されることも少なくない。

 

アンゼリカさんの叔父にして、元取締役のハイデル・ログナー氏はそこら辺がいい加減だったみたいで街道に投棄してたみたいなの。

 

内戦後の裁判でその事も発覚して重い罰金刑を受けたんだけど、どうもそれを恨んだ挙げ句、件の公文書偽造事件を起こした。

 

ただ、一つだけ引っかかるのが、ハイデル・ログナー氏はそこまで考えていたわけではないらしいの。

 

本人曰く、「なんでここまで憎んでたのかがわからない。まるで魔が差したかのようだ」と。

 

言い訳がましいけど、取締役としては優秀の部類に入る。

 

第一研究所職員への聞き取り調査でも、取締役の態度は異常だったとか。

 

本当にわけがわからないわ。

 

 

 

私たちはオリビエさんとともにジオフロントF区域の探索を開始。

 

久しぶりの戦術リンクだったけど、ブランクは微塵も感じなかった。リィン、マキアス、エマ。みんな変わってなかった。

 

オリビエさんの銃とアーツの腕前は想像以上だった。

 

リベールの異変を乗り越えた話は聞いていたけど、凄いの一言。

 

そんな中、私は今ピンチだった。

 

「うう……見えないわよね?」

 

私は今、ダクトを潜り抜けている。

 

当たり前だけどリィンとマキアスとオリビエさんは先に行ってて、私の後ろにはエマとセリーヌがいる。

 

同性だけどなんか落ち着かない。

 

「アリサさん、大丈夫ですよ」

 

「さっさと行きなさいよ」

 

はぁ、猫はいいわね……。

 

 

 

「そういえば、シャロンさんはどうしてるんだ?」

 

一息ついた時、リィンがシャロンについて聞いてきた。

 

「今日一日休むように言ってあるわ。最初はごねてたけど、母様の命令には逆らえなかったから」

 

「そうか。大事に至らなかったならいいんだが」

 

「そうだね。彼女の淹れた紅茶が飲めなくなるのは大きな損失だからね」

 

「オリビエさん……」

 

「ありがとうございます。シャロンもきっと喜びます」

 

「礼には及ばないさ」

 

オリビエさんは微笑みながらそう答えた。本当に素晴らしい人だと思う。

 

 

 

そして私たちは指定の場所にやって来た。

 

そこにはボロボロだけどなんだか見覚えのある人形兵器がおかれていた。

 

「これって……」

 

「知っているのかい?」

 

「ええ。ルーレのラインフォルト本社で」

 

「な、なにか…嫌な予感が……」

 

マキアスの予感は的中した。

 

人形兵器は私たちのことを感知したらしく、火花を散らせながら動き出した。

 

「完全に壊れているわけではなさそうだね」

 

「気をつけてください!こいつには風の剣聖の戦闘データが組み込まれています!」

 

「リィンたちがルーレ突入の時に遭遇したという……」

 

「色々と気になるが、まずは制圧してしまった方がよさそうだね」

 

そのまま私たちは人形兵器──レジェネンコフ零式との戦闘に入った。

 

 

 

レジェネンコフ零式は風の剣聖の戦闘データが組み込まれているとはいえ、スクラップ寸前という有り様だった。

 

ただ、兵器としては完全に死んでいるわけではないので、油断は禁物ね。

 

「動作はともかく、型は合っているな」

 

「褒めてる場合か!」

 

「いや、少しオリジナルが入っているな。本人の剣技を見た事はあるが、似て非なるものだ」

 

「殿下もそんな事を言っている場合ではありません!」

 

マキアスのツッコミも健在ね……。

 

すると、レジェネンコフ零式の機体性能が上がった。

 

「これって……!」

 

「リミッターを解除したみたいね」

 

「だが所詮はコピーだ!押しきるぞ!」

 

リィンの掛け声に私たちの士気も上がる。

 

(リィン、貴方はいつも勇気をくれる。だから……今度は、私も!)

 

 

 

「とっておきを見せてあげるわ。気高き光よ、我が下に集え。くらいなさい、ジブリール・アロー!己の罪を悔いなさい………」

 

 

 

Sクラフトを受けたレジェネンコフ零式は電流が走り、爆発した。

 

「なんとか勝ったな……」

 

「お疲れ様。しかし……風の剣聖のデータとはね。リィン君とアリサ君は知っているようだが……」

 

「あ、はい」

 

私はオリビエさんにルーレ突入の時のことを説明した。

 

「なるほど、報告は聞いていたが。内戦もクロスベル事変も結社が動かしていた事を考えると、ハイデル・ログナー氏が戦闘データを手に入れたことも説明はつくかな?」

 

「本社としてもそう捉えています」

 

「おそらく、リィンさんたちが遭遇した人形兵器と同型でしょう」

 

「多分な。ハイデル氏が流したんだろう」

 

「本当にろくな事しないわ……」

 

「まあ、何はともあれ、これで依頼達成なのかな?」

 

「そうですね。ではあっちから地上に戻りましょう」

 

「賛成だ。そろそろ太陽が恋しくなってきたしね」

 

その後、地上に戻って報告して依頼達成ね。

 

[ジオフロントF区域の手配魔獣] 達成

 

[アリサ side out]

 

 

 

[オリビエ side]

 

ジオフロントから地上に出た我々は街道に出る前に情報収集を行うことにした。

 

久々のクロスベルはどことなく雰囲気が変わった。

 

昨夜の結社による襲撃の余波は確実に影響している。

 

人の口は戸に立てられず。

 

そんなことを思いながら、各区域で情報を集めた。

 

港湾区の広場で2年前の出来事を思い出した。

 

あの頃のクロスベルは平和だった。

 

だが通商会議を起点に変わってしまった。いや、僕が口にする資格はないな。

 

東通りでトールズ卒業生のベッキー君とリンデ君に再会した。

 

二人とも僕だとわかった瞬間、腰を抜かしていたよ。騒ぎになる前に袖の下を握らせた方が良かったかな?

 

中央通りで特務支援課ビルにやって来た。

 

以前よりも寂れて見える。あの黒猫君も見当たらない。

 

リィン君も表情が暗い。でも目を逸らしてはいない。

 

こんなことしか出来ない自分が本当に無様だと思う。

 

裏通りを抜けて、歓楽街にやって来た。

 

アルカンシェルはやってはいるけど、お客さんは少ないように見える。

 

ランディ君によると、紅の戦鬼による襲撃で炎の舞姫イリア・プラティエが重傷を負った。もう一人の看板女優のリーシャ・マオも鳥籠の中にいるらしい。

 

西通りでユウナ君の実家に行ってみたが、あいにく留守だった。結果的にはこれで良かったのかもしれない。

 

僕はいずれ、償いをしなければならない。

 

[オリビエ side]

 

 

 

[マキアス side] [東クロスベル街道の手配魔獣]

 

情報収集を終えた僕らは導力バイクに乗って街道に出た。

 

「いや~、最高だね。この爽快感は他に例えようもないね」

 

「ええ、それはそうですが……」

 

現在殿下はサイドカーに乗られている。正直、気が気でない。

 

「ハハハ、マキアス君。もう少しリラックスしたらどうかな?」

 

「したいのはやまやまなんですが………。リィン、絶対に事故るんじゃないぞ」

 

この時僕は凄い顔をしてたと思う。なぜならリィンやエマ君が苦笑いをしてたからだ。

 

「そういえばマキアス。導力バイクや導力車についてなんだが、色々変わるって聞いたんだが」

 

「ああ、免許制度の事だろう?政府指定の機関で筆記と実地の試験を行い、合格して発行された免許証がなければ運転ができなくなるというものなんだ。当然ながら、免許証なしの運転は重罰が課せられる。もっとも、本格的に導入されるのはもう少し先のことだろうけどね」

 

「確かにそういったものは必要かもしれないわね」

 

「導力車による事故もあるそうですが」

 

「ああ。10年くらい前に猛スピードで突っ込んできた導力車に子どもがはねられる事故が帝都で起きたんだが、子どもは奇跡的に無傷だったそうだ」

 

「そ、そうなんですか!?」

 

エマ君は驚きを隠せないようだ。

 

僕もこの話は政治学院の講義で知った。

 

また、その子どもというのは孤児だったらしく、身元は分からずじまいだったそうだ。

 

だがこの事故をきっかけに帝国各地で帝国交通法改正を叫ぶ声が大きくなった。

 

貴族院でも反対する声もほとんどなかったことから、滞りなく改正された。

 

この導力バイクも例外じゃないだろう。

 

最近では人通りの少ない街道での暴走行為も報告されているというしな。

 

もし集団化したら手におえなくなるだろう。

 

「導入されたら俺も免許証というのを取らなきゃいけないんだな?」

 

「そういうことだな」

 

「ではマキアス君。エマ君のような魔女が乗る箒はどうなんだい?」

 

「ほ、箒ですか!?ええっと……」

 

「マキアスさん……本気にしないでください……」

 

「あれは人間がつけた勝手なイメージよ」

 

伝承もへったくれもないな。

 

まあ、エマ君やクロチルダさんは転移の術を使うからいちいち箒に乗らなくてもいいのか。

 

先ほどよりも和やかになった気がした。もしかしたら殿下はこれを狙ってたのだろうか?

 

 

 

その後、僕たちは魔獣が目撃された場所へとやって来た。

 

そこには、蟹型の魔獣がいた。

 

「あれか……」

 

「ふむ、ずいぶん堅そうだね」

 

「マキアスさん、お願いできますか?」

 

「ああ。僕のショットガンなら硬い殻も貫けるはずだ」

 

「メインをマキアス、リィンがサブ、私とエマとオリビエさんがアーツで援護。そんな所かしら?」

 

「わかった、それでいこう。オリビエさんもよろしくお願いします」

 

「任せたまえ!」

 

 

 

蟹型の魔獣──ギガマーダークラブは見た目どおり硬い殻だったが、僕のブレイクショットとエマ君たちのアーツで確実に削れていった。

 

「グオォォォッ!」

 

ギガマーダークラブが丸まったような構えをとる。どうやら防御体勢らしい。

 

「対アーツ防御も上がったようです!」

 

「やれやれ、これは骨が折れそうだね」

 

「ですが、先ほどより余裕がなさそうです。このまま押しきりましょう」

 

確かにギガマーダークラブの動きに焦りのようなものが感じられる。リィンの言うとおり、このまま押しきれそうだ。

 

(リィン。君は覚悟を持って理不尽な要請をこなしていたんだろう?だったら僕も覚悟を見せなきゃな!)

 

 

 

「そこまでだ!強制監察を開始する!もう一丁!これで止めだ。ジャスティスバレット!」

 

 

 

Sクラフトでガードをこじ開けられたギガマーダークラブは、唸り声をあげながら消滅した。

 

「やったな、マキアス」

 

「ああ。なんとかなったな」

 

「お疲れ様でした」

 

「これでマキアスが持ってきた手配魔獣は全部倒したわね」

 

「そうだな。とりあえずクロスベル市に戻ろう」

 

僕たちは導力バイクに乗ってクロスベル市に戻った。これで依頼達成だな。

 

[東クロスベル街道の手配魔獣] 達成

 

[マキアス side out]

 

 

 

クロスベル市に戻ったリィンたちはティオ主任から連絡を受け、ジオフロントB区域が西通りにある建物から入れることを突き止め、その建物の前にやって来た。

 

「ここですね」

 

「何かの事務所跡みたいね」

 

「ここはかつてイアン・グリムウッドという弁護士の事務所だったそうだ」

 

「僕も聞いたことがある。熊ヒゲ先生の愛称で親しまれた敏腕弁護士らしいね」

 

「その方はおられないようですが……」

 

「…………」

 

マキアスは重い口を開いた。

 

「……そのイアン・グリムウッド氏はクロスベル事変の黒幕の一人だったらしいんだ」

 

「何だって!?」

 

リィンたちは驚きを隠せなかった。

 

「現在はアルモリカ村の保養所にいるらしいが、そこまではわからない。そしてここは総督府の一時預りになっているんだ」

 

「……………」

 

「色々とあるみたいだが、とりあえず中に入ってみよう」

 

鍵を開け、中に入った。中は清潔に保たれていた。そして事務所内の奥に似つかわしくない扉があった。

 

開けると、地下に通ずる階段があった。

 

「ここか」

 

「とにかく降りてみよう」

 

リィンたちは階段を降りた。

 

 

 

階段を降りると、巨大な空間が現れた。

 

「ここがジオフロントB区域か……」

 

「魔獣の気配もしますね」

 

「ここの奥に魔煌機兵がいるんだね?」

 

「はい。ティオ主任からの情報だとそうなっています」

 

「いまさらですが、本当に行くんですか?」

 

「もちろん♪」

 

アリサからの問いかけにオリビエは笑顔で返す。

 

「はぁ……。仕方ありませんね。引き続きよろしくお願いします」

 

「モチのロンだ」

 

「……何ですか?それは?」

 

「戦友の言葉だよ」

 

リィンたちは首をかしげながら、探索を開始した。

 

 

 

ジオフロントB区域はF区域よりも堅牢な造りであり、リィンたちは安定した立ち回りで探索していた。

 

「思っていたよりしっかりしているんですね」

 

「元々は脱出用に設計されているらしいな。そこに後付けでインフラ整備していったようだが」

 

「よく崩れないねぇ」

 

オリビエはノックするように柱を叩く。

 

「そうですね───って、来たわよ、リィン」

 

アリサが指さす方向から6体の狼型魔獣がかけてきた。

 

「総員、戦闘準備」

 

『おう!』

 

 

 

「終わったぞ」

 

「すまんな、キリコ。わざわざ見てもらって」

 

一方演習地では、生徒たちはそれぞれのカリキュラムを終えつつあった。キリコは格納庫でグスタフの導力砲のメンテを行っていた。

 

「内部機構が劣化している。パブロに頼んで新しいのに交換しろ」

 

「そうだな。何かあってからじゃ遅いからな」

 

グスタフは早速パブロの所へ向かった。

 

「……………」

 

キリコは一息つくと、クロスベル州の地図を眺めた。

 

(昨夜神機は南西の方角に飛びさって行った。オルキスタワーを中心として……怪しいのはこの"星見の塔"とやらか)

 

キリコはウルスラ間道の外れにある建物──星見の塔に当たりをつけた。

 

(塔まではほぼ一本道。大猿型魔獣はあしらいながら進めば問題はなさそうだな。問題は塔の内部だが、これは仕方ない)

 

キリコは地図を畳み、ホルスターにしまう。

 

(武装はへヴィマシンガン改。ガトリング砲に二連装対戦車ミサイル。対空戦では心許ないが、そこはどうとでもなる。後はユウナだが………当てにできそうもないか)

 

キリコはユウナがいるであろう隣の車両を見つめる。

 

(そういえばこちらに来て初めてかもしれないな。誰かのために戦うというのは。そもそもジギストムンドの件は俺自身のことだったし、第九機甲師団も成り行きに過ぎないからな)

 

キリコは整備を終えたフルメタルドッグを見上げた。

 

「ん?」

 

キリコはフルメタルドッグの肩に何かを見つけた。

 

「なんだこれは?」

 

肩には図形のようなものが彫られていた。

 

「ッ!」

 

何かの気配を感じ振り向くが誰もいなかった。ただ、机に封筒が置かれていた。

 

キリコは慎重に封筒を開くと、1枚のカードが入っていた。

 

カードにはフルメタルドッグの肩に彫られていた図形と同じものが描かれており、右下に『ただ、念じるのみ』と書かれていた。

 

(この感覚は………!?)

 

再び気配がしたため、外へ出るがそこで気配は消えていた。

 

キリコは無言でカードを見つめる。

 

(昨日沼地でミルスティンが行った魔術と同じような、いやそれ以上の何かを感じる。一体何者だ?)

 

キリコの様子を列車の影から蒼いドレスを着た美女が微笑んでいた。

 

 

 

「そろそろかな?」

 

「ええ。気配を感じます」

 

魔獣を倒したリィンたちはB区域の最奥に到達した。

 

中は今までで一番広かった。

 

「これは何が出てきても不思議ではないね」

 

「気をつけなさい!来るわよ!」

 

セリーヌの声が響いた直後、前方の空間が歪み、トマホークを携えた魔煌兵が顕れた。

 

「出たわね…!」

 

「ずんぐりとした魔煌兵。内戦で見た事あるな」

 

「防御力が高いタイプですね。ですが!」

 

「ああ、俺たちなら乗り越えられる。総員、戦闘を開始する!」

 

『おお!』

 

 

 

へヴィルヴィは見た目どおりの防御力で、リィンたちを大いに手こずらせた。

 

「さすがにしぶといね!」

 

「ええ、しかも回復機能もあるようです」

 

オリビエが銃弾を撃ち込むもの装甲を崩すには至らず、エマのアーツも回復力で相殺される。

 

だが、リィンたちは決して諦めなかった。

 

全員で乗り越える。その決意がリィンたちを支えていた。

 

(そうとも。リィン君たちもキリコ君たちも頑張っているんだ。ここで私が諦めたら彼らにもアルフィンにも会わせる顔がない!)

 

オリビエは詠唱を開始した。

 

 

 

「エクスクルセイド!」

 

 

 

オリビエの空属性アーツを受けたへヴィルヴィは体勢を大きく崩したが、仕留めるまでには至らなかった。だがこれで十分だった。

 

「今だよ、リィン君たち!」

 

『はい!』

 

リィンはリンクバーストを発動する。

 

「行くぞ!全員で仕留める!」

 

『おお!』

 

リィンの斬撃、エマの魔弾、マキアスの銃撃、アリサの一矢がへヴィルヴィに炸裂する。

 

へヴィルヴィは断末魔の叫びをあげながら消滅した。

 

 

 

「はぁ…はぁ…はぁ……や、やった……!」

 

「ふう…ふう……なんとかやりましたね……」

 

「お疲れ。みんな、よく頑張ってくれたね」

 

「い、いえ。オリビエさんこそお疲れ様でした」

 

「本当に助かりました」

 

リィンたちは息を整え、オリビエにお礼を言った。

 

「礼には及ばないさ。とりあえずティオ君の依頼は完了したことで良いのかな?」

 

「あっ、そういえばそうですね」

 

「忘れていたな……」

 

「ふふ、それだけ集中していたってことですね」

 

「とにかく、出ましょう。連絡は私がしますね」

 

リィンたちはジオフロントB区域から脱出した。

 

 

 

その後、リィンたちはティオ主任から労いの言葉と、結社の隠れ家はウルスラ間道外れの星見の塔が有力であると情報を受け取り、ランディたちと相談すべく、演習地に向かうため導力バイクに乗った。

 

「ちょっと待ってくれませんかね?」

 

振り向くと、レクター少佐がやって来た。

 

「レクターさん……」

 

「出たわね、カカシ男(スケアクロウ)……」

 

セリーヌはレクター少佐の異名を口にする。

 

「殿下、ご自分の立場はお分かりのはずですが?」

 

「だからこそだよ。けじめをつけるには身軽な方がいいからね」

 

「ふう、何を言っても無駄のようですね」

 

レクター少佐は肩を竦める。

 

「伊達に放蕩皇子とは呼ばれていないよ。それとレクター君、彼に伝えてほしいことがあるんだが」

 

「何なりと」

 

 

 

「たとえ翼を失っても、心の銃までは失ってはいない。そう伝えてくれたまえ」

 

 

 

「殿下……」

 

「かしこまりました。一言一句違わずお伝えします」

 

レクター少佐は恭しく了承する。

 

「ありがとう」

 

「礼には及びません。どうかお気をつけて」

 

レクター少佐はクロスベル市内に戻って行った。

 

「さあ、僕たちもやるべきことをやろうじゃないか」

 

オリビエはパンッと手を鳴らし、切り替えた。

 

「そうですね。では参りましょう」

 

リィンたちは導力バイクを走らせた。



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再起

演習地に戻ったリィンたちはさっそくミハイルたちに報告した。

 

「………………」

 

「え、えっと………」

 

「お気持ちはわかりますが……」

 

予想だにしなかった人物の登場にミハイルは気を失いかけるが何とか持ち直した。

 

「殿下……どうか考え直してはいただけませんか?」

 

「レクター君にも言ったが、けじめをつけるには身軽な方が何かと都合がいいんだ。それにあの道化師君には因縁があるしね」

 

「だからこそ、我々第Ⅱがいるのです」

 

「勘違いしないでほしいんだが、僕は君たちを信頼していないわけではないよ。信頼しているからこそ僕が動くのさ。第Ⅱの諸君がいるからこそ、背中を任せられるんだ」

 

「殿下……!」

 

「ハハ、すいませんね」

 

「そう言われたら引き下がるのが賢明じゃない?」

 

「………………」

 

「まあまあ」

 

肩を落とすミハイルをトワがとりなしていた。

 

 

 

「それで───」

 

ミハイルは毅然とした態度でリィンたちに告げる。

 

「シュバルツァーたちは星見の塔を目指すのだな?」

 

「ええ。ティオ主任からの情報だと、ここが有力だそうです」

 

「同感だな。月の僧院も太陽の砦も規模はデカいが、あの神機を置いとくなら塔が一番だ」

 

「なるほど……」

 

「そうか。シュバルツァーたちは殿下とともに星見の塔を調査。戦術科は連絡がくるまで待機。主計科は機甲兵の整備を急がせろ。以上だ」

 

「殿下も、御身のこともお考えください」

 

「ああ。肝に銘じておくよ」

 

ミハイルは一礼して、ブリーフィングルームを出て行った。

 

「気をつけろよ。あの鳥みてぇな神機は翼から追尾レーザーを撃って来るからな。灰の騎神だけじゃキツいだろうが、何とか踏ん張ってくれ」

 

「わかりました」

 

「リィン君にみんなも気をつけてね。殿下も御武運をお祈りします」

 

「ありがとう、トワ君」

 

「行って参ります、トワ会長」

 

 

 

「オリヴァルト殿下……!」

 

クルトとアルティナはオリビエの姿を見て駆けつけて来た。

 

「やあ、クルト。アルティナ君も昨日ぶりだね」

 

「なぜこちらに?」

 

「クロスベルを愛する人々の想いに正面から向き合うためにね」

 

「正面から?」

 

「クロスベルのこの状況の是非を述べられる立場に僕はない。だからこそ今回だけは自分の身体を張る必要があるんだ」

 

「でもよく出てこられましたね」

 

「情報局には(一応)筋は通したからね。それに今回はクルトの兄上もいないし」

 

「はは……」

 

クルトは苦笑いを浮かべた。

 

「そこまで言われれば納得せざるを得ませんね」

 

「ところで、ユウナ君はどうしてる?」

 

「………」

 

クルトとアルティナは表情を暗くする。

 

「ユウナさん……」

 

「完全に心が折れてるってわけね」

 

「セリーヌ!」

 

エマがセリーヌを一喝した。

 

「今朝も閉じこもったままです」

 

「このままではユウナが参ってしまうかもしれません」

 

「……正直、一時帰宅させるつもりだった」

 

リィンが口を開く。

 

「リィン……」

 

「だが、こんな時だからこそ彼女自身に気づいてほしかった。第Ⅱ分校生として、クロスベルを愛する者として今、何をすべきなのかを」

 

「教官……」

 

「俺たちはこれから結社のアジトへ向かう。ユウナが立ち直ったら……どうか4人揃って追いかけて来てほしい」

 

「「!」」

 

クルトとアルティナが顔を上げた。

 

「ですが、結社のアジトというのがどこなのかは分かりかねます」

 

「それは───」

 

「星見の塔とやらだろう」

 

全員が振り向くとキリコが立っていた。

 

「……………」

 

キリコはオリビエを見た。

 

「なぜ皇族がここに?」

 

「フフ……僕は漂泊の詩人、オリビエ・レンハイムさ。よろしく、キリコ・キュービィー君」

 

「……………ふざけているわけではなさそうですね」

 

「キ、キリコ……!」

 

「キリコさん……」

 

キリコの発言にクルトは狼狽え、アルティナは呆れた。

 

「ハッハッハ、なかなか率直だねぇ。ふざけてるもなにもこれが素の僕さ。言ってみれば昨日のはビジネス用と言った所かな?」

 

オリビエは笑っていた。

 

「ゴホン。キリコ、どうして星見の塔だと思ったんだ?」

 

リィンは咳払いをして促す。

 

「昨夜、神機は南西に飛びさって行ったので。オルキスタワーを中心に考えれば、ここが有力なのは明白かと」

 

地図を出し、淡々と説明をするキリコにリィンたちは感心した。

 

「驚きました……!」

 

「大した洞察力だな……」

 

「ええ。ラウラたちから聞いていた以上ね……」

 

「なるほど。それで君はどうするんだい?」

 

「一応、演習と実験用機甲兵のテストは別系統なので向かうつもりでしたが………」

 

「キリコ?」

 

「どうかしましたか?」

 

「駆動系に不具合が確認されたのでもう一度メンテを行っています」

 

「不具合?珍しいな」

 

「おそらく外部からによるものかと」

 

「何!?」

 

「その報告に行くつもりでしたが……」

 

「僕たちと鉢合わせたというわけか」

 

「ああ」

 

「キリコ、メンテが終わるのにどれくらいかかる?」

 

「アップデートだけなので遅くとも40分ほどでしょう」

 

「わかった。ただ、今はユウナについていてやってくれないか?」

 

「わかりました」

 

「え?」

 

キリコが了承したことにマキアスは驚いた。

 

「マキアスさん、キリコはこういう人間ですから」

 

「人付き合いを否定しているわけではないようです」

 

「なるほど」

 

クルトとアルティナの言葉にマキアスは納得した。

 

「やはり面白い子たちだね」

 

「ええ」

 

 

 

「クルト、アルティナ、キリコ」

 

リィンはクルトたちを呼び止めた。

 

「何でしょう?」

 

「すまないが、伝言を頼まれてくれないか?」

 

「もちろんです」

 

「了解」

 

「それでなんだか……」

 

リィンはARCUSⅡを取り出した。

 

 

 

「少々強引過ぎませんか?」

 

ミュゼは列車の陰で蒼いドレスの女性と会話していた。だが、その様子に気づく者はいなかった。

 

「バレる心配はなさそうだけど?」

 

「あの人の勘の良さは貴女の想像以上です。秘術で書き換えて、しかも術式の刻印まで付けるなんて……」

 

「なかなか面白そうだからちょっとしたサービスよ」

 

「はぁ……怒られるのは私なんですよ」

 

「あら?貴女、彼のことは見えないんじゃなかったの?」

 

「キリコさんは私と貴女との繋がりに気づいているフシがあります」

 

「なるほど、手強いわね……」

 

蒼いドレスの女性は頷いた。

 

「それにしても彼、なかなか美男子ね?貴女が気になるのも分かるわ」

 

「…………何を仰っているのか分かりませんが」

 

「今の間は何かしら?」

 

「とにかく」

 

ミュゼは強引に話を進める。

 

「彼らが動き出すのは2ヶ月後です。それまで気取られないよう注意してください」

 

「ええ、わかったわ。そちらの羅刹殿にもよろしく伝えてね」

 

「わかりました」

 

「そろそろ行くわね。不可視の術も解けそうだし」

 

「そうですか。ではまた」

 

「あっ、後一つだけ」

 

「何でしょう?」

 

「彼、なかなかの牙城よ?貴女に攻略できるのかしら?」

 

「い・い・か・げ・ん・にしてください?」

 

ミュゼは微笑むが、目は笑っていなかった。

 

「フフフ、ごきげんよう」

 

蒼いドレスの女性はコロコロ笑いながら去って行った。

 

「………………」

 

残されたミュゼはおもいつめた顔をしていた。

 

(何なんですかいったい。私は……キリコさんのことなんて……)

 

ミュゼは痛む胸を押さえた。

 

 

 

「いや、これは旨い」

 

リィンたちは食堂車で小休止を取っていた。

 

その際、マキアスはキリコのコーヒーに舌鼓を打っていた。

 

「良い豆だな。産地はリベール辺りか?」

 

「ああ」

 

「焙煎度はおそらく中煎り。苦味とコクの中に酸味もわずかに残っているから、フルシティローストかな?淹れる寸前に挽いているから香りも良い」

 

「まさかこの二人の気が合うなんてな」

 

「コーヒーは苦手なのでよく分かりませんが………」

 

「コーヒーに拘る人って意外と多いのよね」

 

リィンとエマとアリサはサンディの淹れた紅茶を飲みながらキリコのコーヒーを絶賛するマキアスを眺めていた。

 

「マキアスさんもコーヒー党みたいだな」

 

「盛り上がってますね。9:1でマキアスさんが」

 

アルティナはマキアスの様子を分析していた。

 

(久しぶりだね、サンディ君)

 

(お、お久しぶりです。殿下)

 

(ご両親はご健在なのかな?)

 

(はい。父も母も元気です)

 

(それは良かった)

 

オリビエとサンディが何か話している横で、キリコはカウンターを出た。

 

「ユウナの所へか?」

 

「はい」

 

「クルトもアルティナ君もわざわざ済まなかったね」

 

「いえ、殿下もお気をつけください」

 

「失礼します」

 

キリコたちは4号車へと向かった。

 

「さて、僕たちも向かうとしようか」

 

紅茶を飲み終えたオリビエが立ち上がる。

 

「そうですね」

 

「リィン、本当にいいの?」

 

「ユウナの事は彼らに任せよう。きっと、立ち直ってくれる」

 

「リィンさん……」

 

「信じているんだな?」

 

「ああ!」

 

 

 

「……どうして……」

 

「3人ともどうして教官に付いて行かなかったのよ……」

 

リィンたちが演習地を出た後、キリコ、クルト、アルティナはユウナの部屋にいた。

 

「行きたかったんでしょ……?」

 

「そりゃあね。でも君を置いて行くのは違うと思ったんだ」

 

「………………」

 

「もう知っているだろうけど僕は本当はトールズ本校に入学するはずだった」

 

「セドリック皇太子殿下のお付きでですね」

 

「だが……去年の秋、政府の決定でヴァンダール家の役目は解かれた。皇族の守護という栄誉を一貴族だけに独占させるべきではない、とね」

 

「そして兄は第七機甲師団共々ノルド高原に飛ばされ、父や叔父たちも軍務に封じられ、僕自身も殿下の護衛を禁じられた」

 

「ゼクス将軍とは何度かお会いした事があります」

 

(第九の葬儀でも来ていたらしいが)

 

「……要するにただの自棄だったんだ。ここを選んだのは。その自棄で仲間を危険に晒してしまったが」

 

「………………」

 

「クルトさん………」

 

「もう気にしていない」

 

キリコは壁に寄りかかりながら答える。

 

「正直、クロスベルについては伝聞程度しか知らなかった。大国であるエレボニアに併合されることでむしろ安心だとすら思っていた」

 

(結果的に共和国からの脅威を防いだ形になったわけだからな。だが──)

 

「でも──人の誇りというものはそんな単純なものじゃないんだよな」

 

クルトは自嘲という笑みを浮かべた。

 

「クロスベルが味わっている気持ちに比べたら僕の悩みなんて、何てちっぽけなものなんだろう、そんな風に思ったらとても君の事を放ってはおけなかった」

 

「………………」

 

「……わたしは、ユウナさんが何故そこまで落ち込むのか分かりません」

 

アルティナが口を開く。

 

「故郷などはありませんし、生物学的な親からも生まれていません」

 

(何?)

 

キリコは引っかかるものを覚えた。

 

「そもそも必要なく感情が動くように"造られて"はいないと思うので……」

 

「なっ……!?」

 

「………………ぇ……………………」

 

(まさか……こいつは…………)

 

クルトが混乱する横で、キリコはあるものを想像した。

 

「でも昨夜、ユウナさんの叫びを聞いて……なんだか胸がモヤモヤしました」

 

「わたしがここに残っている理由はそのくらいです」

 

アルティナが胸に手を当てながらユウナに告げる。

 

「………………」

 

「………俺はクロスベルなどどうでもよかった」

 

「!」

 

キリコの言葉にユウナは一瞬硬直する。

 

「そもそも俺は果たしたい目的があったからこの分校に来た。ただそれだけだった。だが──」

 

キリコはユウナの背中を見つめた。

 

「ユウナ、お前の気持ちはよく分かる」

 

「俺も大事なものを理不尽に奪われたことがある」

 

「……ぇ………」

 

「キリコ……」

 

「大事なもの……ですか」

 

「ああ」

 

「奪われる気持ちは十分に知っているはずだったんだがな」

 

キリコはかつて唯一愛した女性を思い浮かべた。

 

「ただそれだけのことだ(お前なら助けてあげてと言う、そうだろう?フィアナ)」

 

「…………………」

 

「……強いね……キリコ君は………」

 

ユウナは起き上がった。

 

「あたしだって……本当は分かってるんだ。どうしようもない現実があっても……歯を食いしばって頑張るしかないんだって……」

 

「あたしはみんなみたいに……何かがあるわけじゃない……」

 

「あたしのは……ただの我儘だよ……」

 

ユウナはうつむきながら、口を開いた。

 

 

 

一方、リィンたちは星見の塔に到着した。

 

「ここですね」

 

「大きいな」

 

「屋上に嫌な気配を感じるわね」

 

屋上から青い光が僅かに見えた。

 

「霊脈の流れも活発です、急ぎましょう……って、リィンさん?」

 

「………………」

 

リィンは演習地の方角を見ていた。

 

「リィン……」

 

「やはり彼女が心配か……」

 

「リィン君だけでも待機しているかい?」

 

「大丈夫ですよ。彼女は強い心を持っています。きっと立ち直ってくれるでしょう」

 

リィンはもう一度演習地を振り返り、オリビエに告げた。

 

 

 

「……1年半前、帝国軍がクロスベルを無血占領した後、もう一つの宗主国であるカルバード共和国は当然黙っていなかった」

 

「帝国軍に匹敵する兵力と、機動性の高い戦車と軍用艇組み合わせた『空挺機甲師団』……それをもってクロスベルに侵攻して帝国軍を追い出そうとしたの」

 

(世に言う、クロスベル戦役か)

 

「帝国軍も戦車と機甲兵の師団で何とか迎撃しようとしたけど……開戦当初は共和国軍の軍用艇に何度も前線を突破されたみたいだった」

 

(帝国時報で読んだことがある。情けないが、当時は「ああ、そうか……」ぐらいにしか思わなかった……)

 

(教官とわたしが赴く以前は劣勢だったとか)

 

「……当時のクロスベルは占領直後の混乱で多くの人たちが動揺していて、市街からアルモリカ村や鉱山町に疎開する市民も多かった。ウチも、せめてケンとナナだけでもアルモリカ村に逃がそうとして、警察学校から戻ったあたしが知り合いの人の運搬車に付き添って2人を送って行くことになったの……」

 

「それが、あの日だった」

 

ユウナは膝を抱えた。

 

「……村に向かう途中の街道で共和国軍の軍用艇と遭遇したの。帝国軍の迎撃で被弾して操縦士も恐慌状態だったのかな……どう考えても軍用車両には見えない運搬車を狙って攻撃してきた……」

 

「なっ!?」

 

クルトは愕然とした。

 

「……運転手のおじさんは必死で操縦したけど、軍用艇から逃げ切れるわけなくて……」

 

「運搬車は吹き飛ばされて……あたしたち姉弟は地面に投げ出された」

 

「…………………」

 

「悔しかった……何であたしはこんなにも無力なんだろうって。入ったばかりの警察学校の訓練は何の役にも立たなくて……。せめてこの子たちだけでもってケンとナナの上に覆い被さった……その時だった」

 

「市街から飛んで来たのは灰色の影……工芸品みたいな騎士人形だった」

 

「………」

 

「暴走してた軍用艇のローターを一刀で斬り落として、不時着させて……あたしたちの命を掬い上げてくれた」

 

「手を差し伸べてくれる人形からは若い男の人の声が聞こえてきたの……」

 

「まさか……」

 

「そういうことか」

 

「……それが……後に灰色の騎士って呼ばれるあの人の初陣だった……」

 

「……報告書で拝見しました。農村付近で市民が命の危機にさらされたと。ユウナさんもその場におられたんですね」

 

「本当は……助けてもらったお礼をずっとあの人に言いたかった……!でも……悔しくて……あの時何も出来なかった自分が惨めで、反発するしかできなかった……」

 

「今、こうしているのだってそうだよ……!」

 

ユウナから嗚咽が聞こえる。

 

「……そうだったのか……」

 

「……やっと判りました」

 

クルトとアルティナは腑に落ちた。

 

「認めてほしかったんだな?リィン教官に」

 

「………っ……………」

 

キリコの言葉にユウナは膝を強く抱えた。

 

「わたしも同じみたいです。以前、教官の任務に同行し、監視とサポートをしていた時……子供扱いされて守ってもらったり、何も相談してくれないことにモヤモヤした気分になりました」

 

「……僕も同じだ。僕自身のヴァンダールの剣をあの人に認めてもらいたかった。そして──まだまだ至らないけどサザーラントの演習で少しは変われたんじゃないかと思う」

 

「ユウナ、君の踏ん張りどころは"ここ"じゃないのか?」

 

クルトはユウナの隣に座り、肩に優しく触れる。

 

「…………ぁ……………」

 

「アルティナ」

 

「はい」

 

キリコから促されたアルティナはARCUSⅡを取り出した。

 

「教官からの伝言を再生します」

 

ARCUSⅡを操作し、ユウナに向ける。

 

『ユウナ──確かに特務支援課は英雄だろう。彼も含めて、聞けば聞くほど凄い連中だと思わずにはいられない』

 

『だが、彼らに憧れるだけでいいのか?彼らが鳥籠に囚われている今──他の誰でもない、クロスベルの意地を示せるのは誰なんだ?』

 

伝言はここで終わった。

 

「……本当に……あの人は、いつもいつも……」

 

 

 

「そんな事を……言われなくても、判ってるんだから!」

 

 

 

ユウナは立ち上がり、叫んだ。

 

(これで……)

 

(ええ……)

 

クルトとアルティナは互いに頷いた。

 

「問題はないな?」

 

「うん。それと……キリコ君……」

 

ユウナはキリコに向かって頭を下げた。

 

「本当に……ごめんなさい!キリコ君の気持ちも何もかも無視して……」

 

「気にするな」

 

「キリコさん……」

 

「じゃあさっそく、教官たちを追おう。急げば間に合うかもしれない」

 

「でも、どこなの?」

 

「星見の塔という場所だそうですよ?」

 

「フン、グズグズしてんなら勝手に行かせてもらうぜ?」

 

「へ………」

 

ドアからミュゼとアッシュ、ゼシカとルイゼが入って来た。

 

「どうして君たちが……」

 

「ハッ、ランドルフの許可は一応もらってるからな」

 

「ふふっ、私の方もトワ教官にバックアップを任されまして」

 

二人はクルトの疑問に答える。

 

「ふう、本当だったら私が行きたかったけど……」

 

「わたしもちゃんと戦えたら付いて行きたかったのになぁ~」

 

ゼシカとルイゼは残念そうに言った。

 

クルトとアルティナが呆れていると、ユウナは小刻みに震えた。

 

「……ルイゼにゼシカはともかく……」

 

「アンタたちはどこまで話を聞いてたのよっ!?」

 

(最初からだろうな……)

 

「もしかして、キリコは気づいていたのか?」

 

「何となくはな」

 

「ええっ!?」

 

「そういえばドアの方を気にしてましたが」

 

「ドアの側に誰かがいるのは分かっていた。特にアッシュは隠そうともしないからな。こうなってくるとミュゼも同行していると考えるのは自然なことだろう」

 

「さすがにゼシカとルイゼがいるとは思わなかったが」

 

『……………』

 

その場の全員が呆然となった。

 

「マジかよ……」

 

「とりあえず暗殺される事はなさそうですね………」

 

「キリコ君って超能力者なの~?」

 

「キリコ君って本当に才能に恵まれているわね……」

 

「基本スペックは常人を凌駕しているのでは?」

 

「さすがにそれは……。まあ、僕も誰かいるなとは思ったんだが」

 

「ていうか、いるなら教えなさいよ、二人とも!」

 

(……才能だとかスペックがどうとか言っているが、そんなものを感じたことはない。気配を察知する技能も戦いの中で自然と磨かれていったものに過ぎない。だがその事を言ってもユウナたちには理解されるまい。一瞬の読み違いが死に直結する……あの百年戦争のことは)

 

キリコはそれぞれの心情を口にするユウナたちを見ながらそう思った。

 

「場所については教官から聞いたのか?」

 

「はい。ウルスラ間道南西の星見の塔だと」

 

「星見の塔って、あそこ?」

 

「ユウナさんはご存知のようですね」

 

「うん……先輩たちが何度か行ったことがあるって。何でも、魔煌兵みたいなのがいるんだって」

 

「そうなのか?」

 

「中世の錬金術による魔導ゴーレムなどが挙げられますね」

 

「ハッ、なんでもいい。何が来ようとぶちこわすまでだ」

 

「とりあえず急ぎ準備を済ませましょう。ユウナさんもお着替えしなくてはいけませんしね」

 

「……先に行っている」

 

キリコは部屋を出た。

 

「僕たちも出なきゃな。入り口で待ってるよ」

 

「遅れたら勝手に行くからな」

 

「10分で仕度するから待ってなさい!」

 

 

 

20分後、ユウナたち女子が合流した。

 

「おせーよ」

 

「アッシュさん、髪は女の命ですわ。いついかなる時も気をつかわなくては」

 

「それにユウナさん、昨夜シャワーを浴びていなかったので」

 

「あ~、そうかよ」

 

「それよりキリコ、機甲兵はどうした?」

 

「確か、外部から手を入れられたとか」

 

「アップデートが上手くいかなくてな。誰だか知らんが余計な真似をしてくれたな」

 

「……………………」

 

ミュゼは顔をそむけた。

 

「じゃあ、フルメタルドッグは出られないの?」

 

「無理をすれば出せる。だがそれであの博士が納得するはずがない」

 

「まあ……ね……」

 

「ネチネチときそうですね……」

 

クルトとアルティナはシュミット博士を瞬時に思い浮かべた。

 

「とっとと行こうぜ」

 

「アンタが仕切んないで!とにかく急ぎましょう!絶対にあの人を見返してやるんだから!」

 

ユウナたちは星見の塔を目指して出発した。



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星見の塔①

キリコたちは星見の塔へと到着した。

 

「着いたわ」

 

「ここが星見の塔……」

 

「近くで見ると大きいですね」

 

「カビくせぇ場所だな」

 

「ふふ、数百年前の建物ですから」

 

「………………」

 

キリコは近くの森を睨み付けていた。

 

「キリコ?どうかしたのか?」

 

「なんでもない。それより、突入するなら急ごう。教官たちも半分以上進んでいるはずだ」

 

「そうね!待ってなさい、ギャフンと言わせてやるんだから!」

 

「ユウナさん、燃えていますね」

 

「ハッ、せいぜいコケんなよ?」

 

「うるっさいわねぇ!」

 

ユウナたちが入り口の扉を開けて入って行った。

 

「キリコさん……」

 

「何だ?」

 

「先ほどあちらに……」

 

「ああ」

 

「ユウナさんたちには?」

 

「話している暇はない。それより……」

 

キリコはカードを出した。

 

「これを知っているな?」

 

「……………」

 

「……………」

 

「……まあいい。ならミルスティンにでも聞く。急ぐぞ」

 

「………はい」

 

キリコとミュゼも塔の中に入った。

 

 

 

「あれがトールズ第Ⅱ分校、Ⅶ組特務科か。正直期待はしてなかったが、あの青髪と緑髪はなかなか面白そうだ」

 

「特にあの青髪。我々に近い何かを感じる。見極めねばな」

 

 

 

一方、リィンたちはキリコの予測通り、塔の3分の2を進んでいた。

 

「レグラムの古城を思い出すな」

 

「レグラム……というと、ローエングリン城だね。"槍の聖女"リアンヌ・サンドロットの居城と言われる」

 

「はい。そこでも魔物と遭遇したことがあります」

 

「僕もリベル=アークや影の国(ファンタズマ)で似たような敵と戦ったことがあるんだが、どう見ても魔獣とは思えなかったよ」

 

「古の浮遊都市と空の至宝が生み出した虚像のことね」

 

「あ、頭がクラクラしてきたな……」

 

「すさまじい体験をなさってきたんですね……」

 

「その甲斐あって心を入れ替えることができたよ。あの死地があったからこそ、宰相殿と戦える心構えができたんだからね」

 

「殿下………」

 

「さて、そろそろ最上階かな?」

 

「そうですね」

 

「気合いを入れなさい。生半可が通用する相手じゃないわよ」

 

「ああ!」

 

「承知の上よ」

 

「よし、行こう」

 

リィンたちは探索を再開した。

 

 

 

「なんなのよ、こいつら!」

 

ユウナたちは塔内部に入り、上を目指していたが、塔内部の仕掛けや魔導ゴーレムや魔物の妨害に苦戦していた。

 

「チィ!うざってぇんだよ!」

 

アッシュは砲台のようなゴーレムをヴァリアブルアクスで粉砕していく。

 

「今です、クルトさん!」

 

「わかった!」

 

大型のゴーレムをクラウ=ソラスのブリューナクで怯ませ、クルトのレインスラッシュで斬り刻む。

 

「援護しろ」

 

「了解しました!」

 

ミュゼがゴルトスフィアを放ち、キリコが新たなクラフト技フレイムグレネードで魔物の群れを殲滅した。

 

「はぁ…はぁ…はぁ…。しつっこいわね!?」

 

「ガラクタのくせに知恵がありやがる」

 

「魔導ゴーレムだったか……。数で来られると厄介だな」

 

「大分遅れましたね」

 

「急ぐぞ」

 

キリコたちは戦闘を極力無視して塔内部をかけ上がって行った。

 

 

 

その頃、リィンたちは最上階に到達した。

 

「フフ、遅かったね」

 

「ったく、退屈で死んじまいそうになったじゃねえか」

 

カンパネルラとマクバーンは余裕綽々といった感じで出迎えた。

 

そして奥には神機アイオーンtype-βⅡが鎮座していた。

 

「ずいぶんと余裕そうだな」

 

「そうでもないよ?新Ⅶ組の子たちより厄介そうだし」

 

「少なくとも、楽しませてくれそうだしな。ただ、知らねぇやつがいんな?」

 

マクバーンはオリビエを見る。

 

「そういえばそうだね………あれ?その髪、その服装……」

 

カンパネルラはオリビエをじっと見つめる。

 

「ふふ、道化師君は久方ぶりだね」

 

「あ?知り合いか?」

 

「…………………………」

 

 

 

「あっはっはっは!いったい何やってんのさ!オリヴァルト皇子!」

 

 

 

「あ!?」

 

カンパネルラは弾けたように爆笑し、マクバーンは呆気にとられる。

 

「あっはっはっは……そうか、君はあの姿は初めてだったね。オリビエ・レンハイムを名乗ってるけど、オリヴァルト・ライゼ・アルノールその人さ」

 

「おいおい、何で放蕩皇子がこんな所にいやがる……」

 

「そうそう!何でそんなカッコしてんのさ。わざわざ灰のお兄さんたちと一緒に乗り込んで来るなんて」

 

「このクロスベルの想いを正面から受け止めるためさ。リィン君たちは僕のわがままに付き合ってもらっているに過ぎない」

 

「それにしても懐かしいなぁ。4年前の異変以来じゃない?」

 

「オリビエさん……もしかして彼は」

 

「ああ、道化師カンパネルラ君はリベールの異変で暗躍していた一人だ。そして彼のナンバー、0は執行者の中でも特別なものらしい」

 

「おかげであっちこっち行かなきゃいけないんだよね。まあ、盟主の代理人だから仕方ないんだけどね」

 

「盟主の代理人!?」

 

「おい、口が軽ぃんじゃねえか?」

 

「向こうにはクルーガーもいるし、いずれヨシュアやレンとも合間見えるだろうしいいんじゃない?」

 

カンパネルラはマクバーンの苦言をのらりくらりとかわす。

 

「"漆黒の牙"に"殲滅天使"だったかしら?」

 

「な、なんだか物騒だな……」

 

「心配はいらない。その二人も僕やティータ君の戦友だよ」

 

オリビエはマキアスに微笑みながら言った。

 

「色々と込み入った事情がありそうですが──」

 

リィンは太刀の切っ先を向ける。

 

「これ以上、このクロスベルに仇なすというなら、全力でアンタたちを排除する」

 

「へえ……?」

 

「クク……夕べよりは楽しめそうだなぁ」

 

執行者の二人は不敵な笑みを浮かべた。

 

 

 

「さあて、シャッフル♪シャッフル♪」

 

「燃えつきろ!」

 

カンパネルラの奇術で陣形は崩され、マクバーンの焔でリィンたちは苦戦を強いられた。

 

「くっ…!なんだこれは……!」

 

「刧炎だけでも厄介なのに……!」

 

「相変わらず、嫌なタイミングで仕掛けてくるね……!」

 

「ならば!」

 

リィンは疾風でカンパネルラとマクバーンに斬りかかる。

 

「おっと!」

 

「チッ!」

 

二人はやむなく下がる。

 

「まずは道化師から仕掛けましょう!」

 

「ええ!」

 

「了解した!」

 

エマはシルバーソーンをカンパネルラに放ち、アリサとマキアスもそれに続く。

 

「うわっ!?」

 

「おいおい、よそ見してんじゃ……」

 

「緋空斬!」

 

「クイックドロウ!」

 

火球をくり出そうとしたマクバーンにすかさず、リィンは飛ぶ斬擊、オリビエは早撃ちを放つ。

 

「グッ……てめえ……!」

 

「アンタを無視できるわけないだろう?」

 

「さすがにね。ではトリを引かせてもらおうか!」

 

オリビエは集中力を一気に高める。

 

 

 

「少し本気を出させてもらうよ。はあああっ!我が元に集え、大いなる七耀の力!解き放て、アカシックスター!フッ、楽しんでくれたかな?」

 

 

 

オリビエのSクラフトをまともに食らった二人は膝をついた。

 

「や、やった……?」

 

「いえ、ここからです!」

 

「ククク……わかってんじゃねえか……」

 

マクバーンは不気味な笑い声とともに身体から高熱を発した。

 

「グッ……」

 

「火焔魔人……!」

 

「コイツも使ってもいいよなぁ」

 

マクバーンの手元の空間が歪み、片刃の大剣が顕れた。

 

「《魔剣アングバール》……!」

 

「レオンハルト君の持っていた《魔剣ケルンバイター》と対をなすという剣か」

 

「ええ!外の理で作られた武器よ」

 

「ちょっとちょっと!塔ごと灰にするつもり!?」

 

カンパネルラは慌てて諌めようとするが、同時に手遅れであることも理解していた。

 

「そうなったらそうなっただ。それより出せよ。鬼の力をよ!」

 

「……………」

 

リィンは黙って太刀を構える。

 

「リィン!」

 

「使うんだな?」

 

「ああ。さすがに出し惜しみはしてられない。二人とも、頼む!」

 

「わかりました!」

 

「仕方ないわね!」

 

リィンは目を瞑り、集中する。

 

 

 

「神気合一!!」

 

 

 

リィンの頭髪が白くなり、力を解放する。

 

「いいねぇ、そう来なくちゃな。そんじゃ──

 

 

 

遊ぼうぜ!リィン・シュバルツァー!!」

 

 

 

灰色の鬼と火焔魔人の死闘が始まった。

 

 

 

『!?』

 

最上階を目指すキリコたちは響いてきた振動に足を止める。

 

「な、何よ今の!?」

 

「上で何かあったようだな」

 

「まさか……教官……」

 

「刧炎、いえ火焔魔人と……?」

 

「チッ、もうおっ始めてんのかよ!」

 

「とにかく急ぎましょう!」

 

ユウナたちは階段をかけ上がって行く。

 

「…………………」

 

キリコは後ろを一瞥し、先を急いだ。

 

 

 

「ここまで来るのに大分かかったな」

 

「さて、運命はどちらに転ぶ?」

 

 

 

火焔魔人と化したマクバーンの火力はアリサたちの想像を超えていた。

 

「何よこの熱さは……!」

 

「呼吸が上手く出来ない……!」

 

「さすがに……きついね……」

 

「くっ…!こんなに熱いなんて……!」

 

アリサたちはマクバーンの火力に息も絶え絶えになっていた。

 

「集中なさい、エマ!あいつはもっと熱いのよ!」

 

セリーヌはエマを叱咤する。

 

 

 

「ハアアアアアアアッ!!」

 

「ウオオオオオオオッ!!」

 

リィンとマクバーンは互いに斬擊をくり出す。

 

ただし、リィンは相手の攻撃をかわして斬りつけるのに対し、マクバーンは斬られようがお構い無しに魔剣を叩きつける。

 

剣術そのものはリィンが上である。だが、マクバーンは人ならざる存在故にタフネスでは人間を上回る。

 

結果的にリィンは劣勢を強いられた。

 

「はぁ…はぁ…はぁ…!」

 

「なかなかやるじゃねえか」

 

マクバーンは膝を付くリィンを見据え、アングバールを振り上げる。

 

「期待してたんだが、ここまでか……」

 

「リィン!」

 

「リィンさん!」

 

「じゃあな……」

 

マクバーンはアングバールを振り下ろそうとし……

 

 

 

ガキィーーーーン!!

 

 

 

何かに弾かれ、体勢が崩れる。

 

「!?」

 

音のする方法を見ると、アーマーマグナムを構えた青年が立っていた。

 

「あ………」

 

「君は……!」

 

「教官」

 

「……! ここだ!」

 

 

 

「明鏡止水、我が太刀は静。うおおおおっ!斬!灰の太刀・滅葉!」

 

 

 

リィンのSクラフトを受けたマクバーンは大きく後退した。

 

 

 

「教官!」

 

キリコの後ろからユウナたちがやって来た。

 

「ユウナさん……」

 

「すみません、遅くなりました!」

 

「てめえ、美味しい所横取りしてんじゃねぇ!」

 

「まあまあ」

 

キリコを睨み付けるアッシュをミュゼが諌める。

 

「殿下もご無事で何よりです」

 

「へ?殿下?」

 

「ユウナさん、目の前にいらっしゃいます」

 

「え………ええっ!?」

 

ユウナは腰が抜けるほどの衝撃を受けた。

 

「フフ、そりゃ驚くよねぇ」

 

「!?」

 

振り向くと、カンパネルラが頷きながら立っていた。

 

「やれやれ、応えてはいなさそうだね」

 

「まあね。それより……」

 

カンパネルラはキリコを見た。

 

「なかなかやるね。まさかアングバールを狙撃するなんてさ」

 

「………………」

 

「うん、資格はありそうだ」

 

「………………」

 

「キリコ、結社に来ない?」

 

『!?』

 

「………………」

 

カンパネルラの誘いにキリコ以外が驚愕する。

 

「な、何言ってんの!?」

 

「僕は本気だよ?執行者として見込みがありそうだしね」

 

「ハァ!?」

 

「キリコさんが?」

 

「執行者って何も強さだけで決まるものじゃないんだ。重要なのは心に何かしら闇を抱えていることなんだよ」

 

「闇……?」

 

「………………」

 

「待ってください。その理屈ではキリコさんは闇を抱えているということですか?」

 

「僕はそう見てるよ。常人のそれとはかけ離れた望み。欲望とも言い換えてもいい。それこそが闇さ。もちろんそれが何なのかまではわからないけど」

 

「わ、わけのわからないことを……」

 

「理解不能です……」

 

「ったく、仕事熱心だな」

 

いつの間にか元に戻っていたマクバーンは呆れていた。

 

「久々の大器だからね。それだけの価値を持っているよ、キリコは──」

 

「勝手に話を進めるな」

 

キリコがカンパネルラの話を遮る。

 

「キリコ………」

 

「そんなわけのわからないものに関わる気はないし、利用される気もない」

 

「だそうだぜ?」

 

「えー。断るの?」

 

「二度も言わせるな」

 

キリコは毅然とした態度で返す。

 

「キリコ君」

 

「ハッ、そう来なくちゃな」

 

「ふふ、それでこそキリコさんですね」

 

「というわけだ。勧誘は諦めてくれたまえ」

 

オリビエが銃口を向け、微笑みながらカンパネルラに言い放つ。

 

「………………」

 

カンパネルラは目を瞑り思案していたが、やがてフッと笑う。

 

「仕方ないね。それじゃ、こっちの方を始めようかな」

 

「!?」

 

「まさか……!」

 

カンパネルラは取り出した端末のボタンを押した。

 

「来るぞ!」

 

光に包まれ、神機アイオーンtype-βⅡが動き出した。

 

 

 

「教官!」

 

「ああ!」

 

リィンは太刀を納め、右手を突き上げる。

 

「来い、灰の──」

 

「おっと、させないよ!」

 

カンパネルラが指を鳴らすと結界が覆い、リィンたち旧Ⅶ組とキリコは閉じこめられた。

 

「しまった!」

 

「さすがに面倒だからね」

 

だが、リィンには考えがあった。

 

「ユウナ!演習地に連絡を!」

 

「はい!」

 

ユウナはARCUSⅡで通信を入れた。

 

「もしもし、ティータ!?」

 

『はい、聞こえます!』

 

「例のアレ、お願いできる?」

 

『了解しました!』

 

 

 

「ドラッケンⅡ、シュピーゲルS、セット!」

 

ティータの指示で2機の機甲兵を指定の場所に移動させる。

 

「ティータちゃん、フルメタルドッグは?」

 

「はい、置いておくだけでいいそうです」

 

「いいのか?」

 

「はい、キリコさんがそう言っていたんです」

 

「わかった。射出準備は?」

 

「整ってます!」

 

「了解!5秒前、4、3、2、1……0!」

 

「射出!」

 

トワの指示でドラッケンⅡとシュピーゲルSが射出された。

 

 

 

「ん?」

 

「なんだ?」

 

遠くから響いてくる風斬り音にカンパネルラとマクバーンは眉をひそめる。

 

「これって……」

 

「来たわね」

 

演習地の方角からドラッケンⅡとシュピーゲルSが飛んで来た。

 

「なあああっ!?」

 

(あれが新型ユニットか……)

 

キリコは腕組みしながら機甲兵を眺めた。

 

本来なら戦場で敵から目を離すことは絶対にしないが、結社の実験には何らかの手順があるらしく、今はその時ではないと判断したからである。

 

「へえ……?」

 

「あんなモンを用意してるとはな」

 

事実、カンパネルラとマクバーンは攻撃をしてこない。

 

ユウナとクルトは機甲兵に乗り込んだ。

 

【よし!これで!】

 

ドラッケンⅡはガンブレイカーで殴りかかるが、結界に弾かれた。

 

【なっ!?】

 

「いい忘れていたけど、昨日より頑丈だよ。内と外から同時に攻撃をしないと破れないよ」

 

「なんだそりゃ!?」

 

「機甲兵と人間では無理だね♪」

 

「……不可能です……」

 

【ここまできて……!】

 

【くそっ……!】

 

ユウナたちは悔しさを滲ませる。

 

「………………」

 

だがキリコは冷静だった。キリコはエマに問いかけた。

 

「あんたの力を借りたい」

 

「力を?」

 

「これの使い方を知っているはずだ」

 

キリコはカードを見せた。

 

「カード?」

 

「!? これは……!」

 

「ちょ、ちょっとアンタ!どこでこんなモノ手に入れたのよ!?」

 

「俺が知るか」

 

「やっぱり、来ていたのね……」

 

「あの女……どういうつもりよ」

 

「それで、どうなんだ?」

 

「………わかりました。キリコさん、カードを貸してください」

 

エマはカードを受け取った。

 

【え?え?】

 

【何をするつもりだ?】

 

「カードみたいですが」

 

「ああん?」

 

(キリコさん……ごめんなさい……)

 

ミュゼは心の中でキリコに詫びる。

 

エマが念じると、カードが輝き、魔方陣が顕れる。

 

「こいつは」

 

「うーん、これは予想外だったね」

 

執行者の二人は何が起きるのかを確信していた。

 

 

 

「あれっ?」

 

「どうかしたの?」

 

「フルメタルドッグが無くなってる……」

 

「えっ!?ホントだ!なんで!?」

 

デアフリンガー号最後尾の車両からフルメタルドッグが消えていた。

 

 

 

同時刻、顕れた魔方陣からフルメタルドッグが姿を現した。

 

【ええええーーーっ!?】

 

【なっ!?】

 

「転移の魔法?」

 

「オイオイ、オカルトにも程があんだろ……」

 

ユウナたちは目の前で起きた出来事が信じられなかった。

 

「なあああっ!?」

 

「これって……!」

 

「クロチルダさんの?」

 

「ええ、姉さんの転移術のようです」

 

「ほんっとうに何考えてんのよ……。よく見たら肩に術式まで彫ってあるし」

 

「……………」

 

キリコは若干苛つきながらも、フルメタルドッグに乗り込む。

 

【ユウナ、クルト】

 

【へっ!?な、何?】

 

【どうした?】

 

【結界を破壊する。合わせてくれ】

 

【う、うん!】

 

【だが、どうやって?】

 

フルメタルドッグは右アームを上げ、二連装対戦車ミサイルの発射体勢をとる。

 

「まさか!」

 

「セリーヌ!防御!」

 

「ああもう!アンタどんな躾してんのよ!」

 

エマとセリーヌが防御結界を張る。

 

それを確認したキリコは狙いを定め、ミサイルを発射した。

 

【クロスブレイク!】

 

【双剋刃!】

 

ドラッケンⅡとシュピーゲルSもそれに合わせる。

 

内と外同時にダメージを受けた結界は粉々に砕けた。

 




フレイムグレネード

CP40

ダメージ+火傷の追加効果

改造を施した携帯爆薬による範囲攻撃



次回、神機戦です。


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星見の塔②

色々と忙しくて終わるのに時間かかりました。

短めです。


キリコたちの尽力で結界は破壊された。

 

「まったく……強引過ぎるだろう……」

 

「ホントよ!」

 

「まあまあ。他に手段もなかったし良いじゃないか。しかし、スゴいもんだねぇ」

 

憤慨するセリーヌを諌めながらオリビエはフルメタルドッグを見つめる。

 

【教官】

 

「あ、ああわかった!」

 

 

 

「来い、灰の騎神 ヴァリマール!」

 

「応!」

 

 

 

リィンの呼び掛けに応えたヴァリマールは演習地から飛翔して来た。リィンはヴァリマールのコックピットに乗り込む。

 

【教官!】

 

【クルト、アルティナはよく来てくれた。ミュゼにアッシュも。そして………】

 

リィンはドラッケンⅡを見る。

 

【ユウナ、大丈夫なんだな?】

 

【はい。あなたにはまだまだ言いたいことはありますが、それはいいです。今あたしにできることはこのクロスベルを結社から守ることですから。そ、それと勘違いしないでください!これはあたしが決めたことなんで、別にあなたに言われたから来たわけじゃありませんから!】

 

【ユウナ……】

 

「ユウナさんらしいですね」

 

【…………………】

 

【そうか。よく立ち直ってくれた】

 

ユウナの言葉を聞いたリィンは微笑んだ。

 

 

 

「フフ、美しい師弟愛だね。でもそろそろこっちを向いた方が良いんじゃない?」

 

【い、言われなくても!】

 

【あれが神機か……】

 

「アイオーンtype-βⅡ。飛行形態を持つタイプですね。空中戦では騎神以上かと」

 

「なら飛ぶ前に叩っ壊すまでだ」

 

「さすがに生身では困難でしょうけど……」

 

「ハハッ、やる気は十分みたいだね。じゃあ……」

 

カンパネルラはミュゼたちのすぐ隣に来た。

 

「あっ!」

 

「他は僕たちが相手してあげるよ」

 

「上等じゃない!」

 

「リィンたちは神機を頼む!こいつらは僕たちが引き受けた!」

 

「新Ⅶ組の皆さん、よろしくお願いします!」

 

アリサ、マキアス、エマが得物を構える。

 

「ふふ、僕ももう一踏ん張りしますかね!」

 

オリビエは銃口をカンパネルラに向ける。

 

「ではアッシュさん、ミュゼさん。お願いします」

 

「俺はⅦ組じゃねぇっつの」

 

「ここまで来たら良いじゃないですか」

 

アルティナの言葉にアッシュとミュゼは不敵な笑みを浮かべる。

 

【皆さん……!】

 

【殿下まで……!】

 

【教官】

 

【ああ!新旧Ⅶ組!全員、死力を尽くしてくれ!】

 

『おおっ!』

 

 

 

「おらぁ!」

 

アッシュがカンパネルラに襲いかかる。

 

「おっと!なかなかやるね♪」

 

「チッ!なめてんじゃねぇ!」

 

「アッシュさん!伏せてください!」

 

ミュゼの魔導騎銃から蒼い鳥が放たれる。

 

「おっとっと。へぇ、面白いね」

 

「よそ見は厳禁よ!」

 

「そこだ!」

 

アリサとマキアスのクラフト技がカンパネルラを撃ち抜いた。

 

「やったか!?」

 

「いや?こっちだよ♪」

 

「なっ!?」

 

カンパネルラは後ろにいた。

 

「幻影ですか」

 

「相変わらずいやらしい手を使うね」

 

「フフ。それはともかく……」

 

カンパネルラはマクバーンの方を見た。

 

「少しは手伝ってよ」

 

「なんか冷めちまった。灰の小僧も青髪の小僧もあっちにいるしよ。つまんねーから見てるわ」

 

マクバーンは面倒くさそうに髪を弄る。その仕草はアッシュの逆鱗に触れた。

 

「なめてんじゃねぇっ!」

 

アッシュは接近し、ヴァリアブルアクスの刃をマクバーンに飛ばす。

 

「フンッ」

 

「グッ…ハァッ…!?」

 

マクバーンは超スピードで懐に飛び込み、アッシュの腹部に蹴りを入れる。アッシュは後ろの壁際まで飛ばされた。

 

「この程度だもんなぁ~……!?」

 

「ヘッ、なめんじゃねぇよ」

 

アッシュは立っていた。

 

「やるね。ヒットする瞬間、重心を後ろに入れてダメージを最小限に留めた。でも効いてはいるみたいだね?」

 

「やせ我慢でしたか……」

 

「まったく、無理するんじゃないぞ」

 

「ったく、少し待ってなさい」

 

アルティナとマキアスはアッシュのタフネスに呆れ、セリーヌが回復の術を展開する。

 

ズズゥゥゥン……!

 

「!?」

 

「教官!」

 

「キリコさんたちも!」

 

隣ではヴァリマールたちがアイオーンtype-βⅡに懸命に抗っていた。

 

 

 

【はぁ…はぁ…はぁ…!】

 

【タイプが違うだけでこうも苦戦するのか……!】

 

ドラッケンⅡとシュピーゲルSは時折変形するアイオーンtype-βⅡについて行けず、振り回されていた。

 

【さすがに対空戦闘は無理か】

 

フルメタルドッグはへヴィマシンガン改とガトリング砲を駆使してアイオーンtype-βⅡの装甲に傷をつけてゆく。

 

ヴァリマールも八葉一刀流で応戦するも、相手を崩すには至らず、決め手に欠けていた。

 

すると、アイオーンtype-βⅡはチャージ体勢を取った。

 

「リィン。何か来るぞ」

 

【わかってる!各機、備えろ!】

 

【【了解!】】

 

【……了解】

 

リィンからの指示でドラッケンⅡとシュピーゲルSは防御体勢を取るが、フルメタルドッグはギリギリまで攻撃を続ける。

 

「なぜ防御しないんだ!?」

 

「出来ないのよ……!」

 

マキアスの疑問にアリサは苦々しい表情を浮かべた。

 

「出来ない、とは?」

 

「あのフルメタルドッグは地上戦闘における機動性は確かに高いわ。でも、防御力はケストレル以下なのよ!」

 

「ケストレル以下!?」

 

「それはつまり………」

 

「はい、まともに攻撃を受ければ一発で大破します!」

 

「何だって!?」

 

「なるほど。あの機甲兵は回避行動が前提。相当腕に自信がなけりゃただの自殺マシーンってわけか」

 

いつの間にか隣にいたカンパネルラがフルメタルドッグの特性を推測する。

 

「そう言えば、帝国西部で黄金の羅刹や黒旋風と殺し合いを演じた名もない少年兵がいたって言うけど、もしかしなくてもキリコなのかな?」

 

「はぁ?」

 

マクバーンは目を見開く。

 

「聞いたことはある。だが、ただの噂ではなかったのか……」

 

オリビエは愕然とした。

 

「エリオットさんにラウラさんやフィーちゃんから聞きましたが……」

 

「……正直、突拍子も無さすぎたが……」

 

「とんでもないわね……」

 

エマたちはただ驚くことしかできなかった。

 

 

 

チャージを終えたアイオーンtype-βⅡの翼から無数のレーザー攻撃──が放たれた。

 

ヴァリマールとドラッケンⅡとシュピーゲルSは防御に徹していたが、フルメタルドッグは高速移動とスピンによる回避を行っていたが全てをかわすことはできず、左腕を吹き飛ばされた。

 

【キリコ君!】

 

【左腕が……!】

 

【まだ動ける。それより攻撃に集中しろ!】

 

そう言ってフルメタルドッグはアイオーンtype-βⅡに銃撃を加える。

 

【……二人とも、キリコの覚悟を無駄にするな!まだフルメタルドッグは動ける。俺たちも行くぞ!】

 

【は、はい!】

 

【イエス・サー!】

 

リィンの激にドラッケンⅡとシュピーゲルSも迷いを振り切り、アイオーンtype-βⅡに攻撃を続ける。

 

【まったく、俺もまだまだだな】

 

(お主はお主らしくすれば良い。そうやって死地を幾度となく乗り越えて来ただろう)

 

【そうだな。俺も迷ってはいられないな。行こう、ヴァリマール!】

 

「応!」

 

すると、ヴァリマールと機甲兵、アリサたちの体が青く輝く。

 

「これは……」

 

「戦術リンク……!」

 

「リィンさんの力を感じます」

 

「これは先月と同じ……」

 

「ったく、またかよ」

 

「ふふ、もう良いじゃありませんか」

 

【みんなの思いが解る……】

 

【ヴァリマールの力……】

 

【やはりそこまで強化されたわけではない、だがこれなら】

 

「ふふ、それでこそⅦ組だ」

 

オリビエは満足そうに見つめる。

 

「楽しそうね?」

 

「そりゃね。彼らを見ていると本気で思うよ。他の誰でもない、自分たちの選んだ道を進んでくれると。そこには山があるかもしれない。谷があるのかもしれない。だがそれでも折れることなく、乗り越えて行く。この帝国においてしがらみに囚われない第三の光。彼らがそうだってね」

 

『殿下……』

 

リィンたちの胸にオリビエの言葉が刻まれた。

 

【……さあ!ここが正念場だ!全員でこの死地を乗り越えよう!】

 

『おおっ!!』

 

 

 

【はあああっ!】

 

ドラッケンⅡがアイオーンtype-βⅡに銃撃を仕掛ける。

 

「ユウナさん!」

 

アルティナのEXアーツが追撃する。

 

【喰らえっ!】

 

続けざまにシュピーゲルSのレインスラッシュがアイオーンtype-βⅡを斬り刻む。

 

すると、アイオーンtype-βⅡが金色のオーラを纏う。

 

「高揚ですか……」

 

【問題ない】

 

フルメタルドッグは意に介さないとばかりに集中砲火を浴びせる。

 

「僕も忘れてもらっては困るよ!」

 

さらにオリビエのアーツの援護により、アイオーンtype-βⅡは大きくぐらついた。

 

【行くぞ!】

 

 

 

【この手で道を切り拓く!はあああっ!夢想覇斬!】

 

 

 

ヴァリマールは八葉一刀流・七の型夢想覇斬をくり出した。

 

【ユウナ!】

 

【はい!】

 

ユウナはアイオーンtype-βⅡを見据えた。

 

【あたしはずっとすがっていただけだった。先輩たちに甘えてただけだった。でももう迷わない!Ⅶ組のみんなと戦いぬいてみせる!それがあたしの選んだ道だから!】

 

【みんな!力を貸して!】

 

 

 

『エクセルバースト!』

 

 

 

シュピーゲルSの斬撃とフルメタルドッグの集中砲火。止めにドラッケンⅡの渾身の一撃が炸裂する。

 

アイオーンtype-βⅡは全身に電流が走り、行動を停止した。

 

迷いと悲しみを乗り越えた少女と仲間たちの意志が神機を打ち砕いた。

 

 

 

「運命は彼らを選んだか……」

 

柱の陰から戦いの一部始終を見届けていた者がいた。

 

「実力ではあの神機が完全に上のはず。数の差があったとはいえ、理解し難い」

 

「意志……とでもいうのか?」

 

仮面の男は奇妙な既視感を覚えた。

 

「懐かしい?この感じは一体……?」

 

 

 

「フフフ、お見事」

 

戦いを見届けていた者はもう一人いた。

 

「転移術も成功。神機も撃破。文句無しね。それにしても──」

 

蒼いドレスの女はエマとセリーヌを見つめる。

 

「あの甘えん坊も少しは成長してるみたいね?」

 

次に蒼いドレスの女はリィンを見た。

 

「リィン君は大人っぽくなっちゃって。今度の放送が楽しみね♪」

 

最後にミュゼを見た。

 

「彼らが仕掛けるのは2ヶ月後。あの子の力には脱帽ね。でもそれより──」

 

 

 

「公女サマがキリコ君に仕掛けるのはいつのことかしら?」

 

 

 

蒼いドレスの女は嬉しそうに扇で顔を覆った。




次回、クロスベル篇最終回です。


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誓い

クロスベル篇最終回です。


新旧Ⅶ組により、神機アイオーンtype-βⅡは敗れた。

 

【倒せた……】

 

【ああ!僕たちの勝利だ】

 

「なかなか強敵でしたね」

 

「てこずらせやがって」

 

「ですが、なんとか倒せましたね」

 

「みんな、お疲れ様!」

 

「君たちの勇姿、見させてもらったよ」

 

「怪我をされたなら言ってくださいね」

 

勝利に湧く新Ⅶ組を旧Ⅶ組が労う。

 

「やるじゃない」

 

「ハハハ、さすがⅦ組だね。さてと──」

 

オリビエは真顔に戻り、執行者たちと向き合う。

 

「見ての通り、神機は敗れた。本来ならこれで勝利だろうが、先月の報告では神機の破壊を平然と見ていたという。つまり君たちの言う実験とは神機の運用ではないということになる」

 

「……………」

 

「道化師君に改めて聞く。実験とは何だ?そしてなぜクロスベルでなければならない?」

 

「え?」

 

「クロスベルでなければ……?」

 

オリビエの質問に新旧Ⅶ組は戸惑った。

 

(確かに運用そのものなら此所じゃなくてもいい。1年半前の騒動では裏の力とやらが関わっていたというが……)

 

キリコはこれまでの事から結社の実験の意義の推察を試みる。

 

「う~~ん、さすがに話せないなあ」

 

「だったら……腕ずくで聞き出すまでよ!」

 

ユウナは得物を構えた。

 

「勇ましいのはいいけど、さすがに相手が悪すぎない?」

 

「確かに一人なら無謀だわ。でも……!」

 

「みんなならどうですか?」

 

アルティナ、クルト、アッシュ、ミュゼ、キリコが得物を構える。

 

「みんな……」

 

「僕たちは仲間だからな」

 

「しゃあねぇ、最後までつき合ってやるよ」

 

「一応、貴族の端くれですので♥️」

 

「戦いはまだ終わっていない」

 

新Ⅶ組の闘志に火がついた。だが、カンパネルラは臆するどころか微笑んだ。

 

「いいねぇ、これなら実験は上手くいきそう♪」

 

「まっ、上々じゃねぇの?」

 

「上手くいきそう?」

 

「わ、わけがわからないぞ」

 

カンパネルラたちの言葉にアリサとマキアスが戸惑った。

 

(やはり神機そのものではないのか)

 

 

 

「フフ、それよりいつまで隠れてるのさ?蒼の深淵?」

 

 

 

「えっ!?」

 

「フフフ、気づいていたくせに……」

 

振り返ると、蒼いドレスを纏った女が姿を現した。

 

「姉さん……!」

 

「アンタ……!」

 

エマは言葉を無くし、セリーヌは怒りを露にした。

 

「初めての顔もいるわね。元結社蛇の使徒(アンギス)第二柱《蒼の深淵》ヴィータ・クロチルダよ」

 

「綺麗……」

 

「ヴィータ・クロチルダ!?《蒼の歌姫(ディーバ)》と呼ばれたあの!?」

 

「表向きはオペラ女優だったそうですね」

 

「ハン……」

 

(クロチルダさん……)

 

「…………………」

 

新Ⅶ組はそれぞれリアクションをとる中、キリコは犯人だと確信する。

 

「リィン君たちも久しぶりね」

 

「え、ええ……」

 

「やはり来てらしたんですね……」

 

「アーベントタイムの事とか色々聞きたいことがありますが、今はいいでしょう」

 

「ああ、ラジオ放送の。因果を操作してあたかも目の前で話しているようにしているんだっけ?」

 

「本当に何してんのよ……!」

 

セリーヌの表情に呆れと怒りがいり混じった。

 

「そんなことより、姉さんは何をやっていたんですか!」

 

エマはクロチルダに問う。

 

「内戦が終わってから里にも戻らないで。私やお婆ちゃんがどれだけ心配したと思ってるの!?」

 

「フフ、いろいろなあるのよ」

 

「ふざけないで!」

 

「婆様に伝えておいて。元気にやってるって。エマ、あなたも私を追うのも止めなさい。婆様からも言われたでしょう?」

 

「アンタ……!」

 

「知っているはずよ。私が禁忌を犯したことくらい」

 

「……………」

 

「エマ……」

 

アリサが俯くエマを慰めるように支える。

 

「それより、あなたはいつまで見ているつもりなのかしら?」

 

『!?』

 

「ほう、気づいたか。魔女よ」

 

 

 

声のする方を向くと、仮面を被った男がいた。

 

「か、仮面……?」

 

「いつの間に……」

 

「ハン……?」

 

「え……」

 

(アルティナ?)

 

アルティナの思考が止まる。

 

「う、嘘よ………」

 

「まさか……そんな……」

 

「どうして………」

 

「…………………」

 

(旧Ⅶ組も知っているようだが、何だ?まるで死人でも見たかのような反応は?)

 

キリコは旧Ⅶのリアクションに疑問を覚えた。

 

「フフ、来てたんだ?」

 

「やっと出て来やがったか」

 

マクバーンは右手に焔を顕現させる。

 

「殿下、彼が……」

 

「あ、ああ。結社と対立しているという存在だろう。だが………」

 

オリビエも言いづらそうにクルトの問いかけに答える。

 

「………何で」

 

リィンが声を絞り出す。

 

「……何で……そこにいるんだ」

 

「えっ……?」

 

「教官……?」

 

ユウナとクルトはリィンの疑問に混乱した。

 

 

 

「何で、生きているんだ!クロウ!!」

 

 

 

リィンは仮面の男に向かって叫んだ。

 

「クロウ?誰だそれは」

 

仮面の男は淡々と否定した。

 

「私は蒼のジークフリード。地精の代理人でもある」

 

「ち、地精?」

 

「数百年前、私たち魔女の倦族と袂を分かった一族だと聞いたことがあります。ですが……」

 

「あ、あの仮面はその地精何ですか?」

 

「それは違う!あいつは……」

 

クルトの疑問にリィンは昂然と否定する。

 

「やつが何者かはどうでもいい」

 

キリコは蒼のジークフリードに得物を向ける。

 

「お前は俺たちの敵か?」

 

「ならばどうする?」

 

「殺すだけだ」

 

「そいつは勘弁だな……!?私は今何を……」

 

蒼のジークフリードは自分の口調に動揺した。

 

(何だ、こいつは)

 

キリコはさらに警戒を強めた。

 

「今の口調……」

 

「やっぱりクロウなのか……?」

 

「姉さん!何か知っているの!?」

 

「さすがに驚いてるわ。地精の代理人って言ったけど、それはいつから?」

 

「さあな。それは問題ではない。それより──」

 

蒼のジークフリードはキリコを見据える。

 

「お前は何だ?」

 

「質問の意味がわからないな」

 

「お前は人間なのかと聞いている」

 

「………………………」

 

キリコは無表情を装った。

 

「な、なんなの……?」

 

「キリコが人間なのかどうか?」

 

「理解不能です」

 

「っけわかんねぇ」

 

(キリコさん……?)

 

ミュゼは何か引っかかるものを感じた。

 

「まあいい。私は見届け人に過ぎない。今日の所は退こう」

 

「何!?」

 

蒼のジークフリードは塔から飛び降りた。

 

「ええっ!」

 

「飛び降りた?」

 

「待て、何か聴こえないか?」

 

「こいつは……」

 

「風斬り音?」

 

すると、蒼い影が姿を現した。

 

「なっ!?」

 

「あれって……!」

 

「さらばだ」

 

蒼い影は飛んで行った。

 

 

 

『……………』

 

リィンたちは突然の出来事に呆然とした。

 

「さてと、僕たちもそろそろお暇しようかな」

 

「ま、待ちなさいよ!」

 

ユウナがくってかかる。

 

「鳥籠は……先輩たちはどうなるの!?」

 

「ああ。僕たちが去ったら解けるんじゃない?」

 

カンパネルラはいつもの調子を崩さずに答える。すると──

 

 

 

「リィン! ユウ坊!無事か!」

 

 

 

ランディ率いる戦術科が駆けつけて来た。

 

「ランディさん!」

 

「ウェインたちも一緒か」

 

「遅ぇよ、ランドルフ」

 

「しゃあねぇだろ。殿下もご無事っすか?」

 

「ああ、問題ない」

 

「そうすか。っと、もう終盤みてぇだな?」

 

「フフ、君も久しぶりだね。赤い死神君、いや、戦鬼のお兄さん」

 

「ああ、あの跳ねっ返りの兄貴か」

 

「兄貴じゃねぇよ!」

 

ランディはマクバーンにつっこんだ。

 

「まあいいや。そろそろお暇させてもらうね」

 

「何だと?」

 

「さすがにこの人数は手に余るからね。それよりⅦ組のケアでもしてあげたら?」

 

「それには及ばない」

 

リィンは再び太刀を構える。

 

「リィン……」

 

「どうする?」

 

「別にいいわ」

 

マクバーンは怠そうに欠伸をした。

 

「フラフラのてめえを殺ったってつまんねえ。万全の状態でかかってこいよ」

 

「くっ……!」

 

「それなら仕方ないね。でもその前に───」

 

カンパネルラからのアイコンタクトを受けたマクバーンは大火力の焔で神機を焼きつくした。

 

神機アイオーンtype-βⅡは一部を除き、溶解した。

 

「ああっ!」

 

「しまった!」

 

「やれやれ、証拠隠滅にしてはやり過ぎなんじゃないかい?」

 

「第Ⅱにはあの博士がいるんでしょ。これくらいやらないと」

 

カンパネルラは肩を竦めた。

 

「私もそろそろ行くわね」

 

「姉さん!?」

 

エマはクロチルダを引き止めようとした。

 

「エマ、リィン君。これから何が起こっても自分を見失っちゃだめよ」

 

「え?」

 

「それじゃ、またね──」

 

「待て」

 

今度はキリコが引き止める。

 

「あら?何かしら?」

 

「落書きを消して行け」

 

キリコはフルメタルドッグを指さす。

 

「フフフ、その落書きが役に立ったんじゃなくって?」

 

「………………」

 

(ああもう……!)

 

ミュゼは頭を抱えたくなった。

 

「それじゃあ、ごきげんよう」

 

クロチルダはどこかへ転移して行った。

 

「姉さん……」

 

「エマ……」

 

エマはうつむいた。

 

「それじゃ、僕もお暇させてもらうよ」

 

「じゃあな」

 

カンパネルラとマクバーンは転移していった。

 

 

 

その後、遅れて来た主計科を含めた三クラス合同で調査を開始した。

 

神機はマクバーンの焔により原型を留めておらず、せいぜい装甲の素材しか突き止められなかった。

 

なお、結社が去ったことで、近いうちに鳥籠は解除されるとミハイルから告げられた。

 

そして──

 

「クロウ君が………?」

 

「はい。もっとも、彼は蒼のジークフリードと名乗りましたが」

 

「………………」

 

トワは呆然とした。

 

(なあ、そのクロウってのは?)

 

(僕たちの先輩だった人です。ですが……)

 

マキアスは拳を握りしめる。

 

「…………クロウは内戦で命を落としました」

 

「えっ!?」

 

ランディは驚きを隠せなかった。

 

「クロウ・アームブラスト。シュバルツァー同様、騎神の乗り手であり……」

 

ミハイルは一呼吸置く。

 

「帝国解放戦線のリーダーだった男だ」

 

「ちょっと待て。帝国解放解放戦線っていやぁ……」

 

「ああ、テロ組織だ」

 

「なんでそんな奴が旧Ⅶ組やトワちゃんと知り合いなんだよ?」

 

「……クロウ君は、私の友人だったんです」

 

「えっ?」

 

「リィン君たちⅦ組を設立するにあたって、トワ君を含めた何人かに試金石になってもらったんだ。クロウ君もその一人だ」

 

「つまり、そいつは……」

 

「私たちの先輩だったんです」

 

「そうだったのか……」

 

ランディは頭を振って納得する。

 

「その……何だ、あいつが死んだってのは……」

 

「帝都での最終決戦で俺とクロウで決着を着けたんです。でもその後、緋の騎神に胸を……貫かれて……」

 

「そう……か………」

 

ランディはいたたまれなくなった。

 

「とにかく、彼が何者なのかはわかりません。たまたま似ているだけかもしれませんしね」

 

「そうね。そうよね」

 

「彼のお葬式もみんなでやったしな」

 

リィンたちは無理やり納得した。

 

 

 

5月 22日

 

第Ⅱ分校生徒たちが帰る日が来た。

 

見送りには、アリサ、マキアス、エマら旧Ⅶ組。ユウナの家族。ティオ主任。ベッキーとリンデのトールズOG。なぜか来たレクター少佐。そしてオリヴァルトたち皇族だった。

 

「うぅ……グスッ……」

 

「お姉ちゃん、行かないで……」

 

「ケン……ナナ……」

 

「二人とも、わがまま言わないの。大丈夫よ、もう会えないわけじゃないもの」

 

「ッ……お母さん……」

 

「ユウナ、あなたはお母さんたちの誇りよ。いつでもユウナの事を思ってるわ」

 

「うん……うん!」

 

 

 

「姫様、エリゼ先輩。会えて良かったです」

 

「ええ、私もよ」

 

「ちゃんとお手紙を書いてくださいね」

 

「はい、もちろんです」

 

「それはそうと、ミュゼ?」

 

「なんでしょう?」

 

アルフィンは声のボリュームを下げた。

 

(キリコさんとはどういう仲なのかしら?)

 

(………………はい?)

 

(どう見ても貴女とキリコさんはお友だちというわけじゃなさそうだけど?ね?エリゼ)

 

(え、ええ……。あんなに狼狽えるミュゼは初めて見たから……)

 

(え、ええっと……な、何か……か、勘違いを……)

 

(ふふ、私の知っているミルディーヌ・ユーゼリス・ド・カイエンなら毅然と否定するものだけど?)

 

「知りません!」

 

ミュゼはスタスタと列車の中に入って行った。

 

 

 

「リィン君たち。今回は本当に世話になってしまったよ」

 

「いえ、殿下こそ、本当にありがとうございました」

 

リィンたちはオリヴァルト皇子に頭を下げる。

 

「キリコ君。君とももう少し喋ってみたかったよ」

 

「ええ」

 

「だから何で堂々としていられるんだ……」

 

クルトは何度目かわからないため息をついた。

 

「ハハ、別に問題ないよ。むしろこれくらい肝が据わっている方がこちらとしても話しやすいからね」

 

(キリコさんには何かあるみたいですね)

 

(そうみたいだな)

 

 

 

「よう」

 

「アンタか」

 

「今回は便所掃除はないんだな?」

 

「ぶん殴るぞてめえ……」

 

「オーケーオーケー、その右手を下げようか」

 

「チッ……」

 

「それで、なんかあったのか?」

 

「いや。まあクロスベルなんざ思い入れもねぇからな」

 

「そうか」

 

レクター少佐は満足げに笑った。

 

 

 

「それじゃ、このままクロチルダさんを追うんだな?」

 

「ええ、あくまで帝国各地の史跡を回りながらですが」

 

「そっか。私はクロスベルで業務を続けるわ」

 

「僕はこれから山のような案件と戦うつもりだ」

 

「分かった。三人とも体には気をつけてくれ」

 

「「「………………」」」

 

「な、何だ?」

 

「ふう。君が言うか……」

 

「トワ会長から聞きましたよ。リィンさん、あまり休めてないそうじゃありませんか」

 

「そんな貴方に気をつけてと言われてもね」

 

アリサたちは呆れながら言った。

 

「ふふ、リィン君。帰りぐらいしっかり休んでね」

 

「ハハ、いい仲間じゃねぇか」

 

トワとランディが微笑んだ。

 

「ありがとうございます。それにしても、いいのか?セリーヌをこっちに寄越して」

 

「いいのよ。エマにとっても修行にもなるし」

 

「そうか。セリーヌ、ありがとうな」

 

「アンタ、放っといたらまた無茶するのが目に見えているからね」

 

「ははは……」

 

リィンは苦笑いを浮かべた。

 

「っと、そろそろ時間だぜ」

 

ランディが時計を見ながら行った。

 

「アリサ、マキアス、エマ、また会おう」

 

「ええ!」

 

「いずれな」

 

「セリーヌ、リィンさんをお願いね」

 

「任せなさい」

 

リィンは仲間たちと暫しの別れを告げた。

 

 

 

[キリコ side]

 

「…………………」

 

クロスベルを出発してそれなりに経った。

 

俺は蒼のジークフリードに言われた言葉を思い出していた。

 

(「お前は人間なのか?」やつの表情からは伺い知れなかったが、俺が普通の人間でないことに気づいているようだ。確かに俺は異能者だ。だがやつは地精と言った。異能者と地精。繋がりがあるとは思えないが)

 

もう一つ気になることがある。

 

(あの道化師を名乗ったやつ。心に闇を抱えている者に執行者の資格があると言っていた。確かに裏の力ならばこの忌々しい異能生存体を消せるかもしれない。だが、だから何だ。俺の望みは異能を消し去り、人間として死ぬことだ。結社なんぞに義理立てする必要はない)

 

俺はこのまま進み続ける。それだけでいい。

 

だが、最近になって考えに変化が訪れた。

 

ユウナ、クルト、アルティナ。あいつらとこのまま学生として過ごすのも悪くないと思っている。

 

ゴウト、バニラ、ココナ、シャッコ。そしてフィアナ。お前たちが今の俺を見たらなんと言うだろうな。

 

 

 

コーヒーを飲みに食堂に来ると、ミュゼが待っていた。何やら忙しなく動いている。

 

何かあるようだが気にしても仕方ない。

 

[キリコ side out]

 

 

 

[ミュゼ side]

 

(あわわわ………どうしましょう……)

 

紅茶が飲みたくなったので準備していたらキリコさんが来てしまいました。

 

いつも通り振る舞いたいですが、体が動きません。それになんだか頭がボーッとしてきました。

 

「…………」

 

キリコさんはいつも通りに無口です。こ、ここは勇気を出して……。

 

「あ、あのっ!」

 

「何だ?」

 

「コ、コーヒー、どうぞ……」

 

「……もらおう」

 

な、何とかなったようです。キリコさんは本当に見えないのでどうなるか予測がつきません。

 

その後、私は紅茶を、キリコさんはコーヒーを飲みながら、演習について話をしました。

 

「ユウナさん、立ち直られてよかったですね」

 

「ああ」

 

「………キリコさんは、わかっていたんですか?ユウナさんがショックを受けることに」

 

「予感はしていた」

 

「予感?」

 

「演習が始まる前から不安定だった。あの道化師の一言が決定打になったんだろう」

 

「そうですか……」

 

キリコさんはどこまでも冷静でした。

 

「……キリコさんは………」

 

「?」

 

「……キリコさんは、どうして冷静でいられるんですか?」

 

「なぜだろうな」

 

「キリコさんは……世界を敵にしても……冷静でいられますか?」

 

「………………」

 

「うらやましいです………その……覚悟が………」

 

気がつけば私の目に涙が溢れていました。

 

「……………」

 

「私は……どうすれば………」

 

「……………」

 

その時、キリコさんと目が合いました。

 

「お前が何を相手にしようと知ったことではないし、関わる気はない。だが──」

 

「迷いがあるなら止めることだ」

 

「だから泣くな」

 

「……ぁ………」

 

キリコさんの言葉が心に染みる感覚がしました。

 

やっと……わかりました。

 

私はただ……この人の言葉が欲しかったんです。冷たいようで、暖かい言葉を。

 

私の迷いを払い、勇気をくれる言葉を。

 

誰よりも優しい言葉を。

 

「キリコさん……」

 

「何だ」

 

「ありがとうございます」

 

「何もしていない」

 

「いいえ」

 

私はキリコさんの左手に触れました。

 

(姫様の言っていた通りね。私はキリコさんに

 

 

 

恋、していたんだ)

 

 

 

私の迷いは完全に晴れました。

 

(私はもう、迷いません。帝国に迫る呪い。それに立ち向かう者として。次期カイエン公、ミルディーヌ・ユーゼリス・ド・カイエンとして)

 

(私はきっと、世界を間違った方向に動かしてしまうかもしれません。ですが、キリコさんや皆さんとなら……)

 

(きっと……乗り越えられます)

 

[ミュゼ side out]




クロスベル篇はこれで終わりです。

最後の最後にフラグは立てられました。

次回から第三章、ラマール篇が始まります。


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第三章 ラマール篇
二人


第三章ラマール篇、始まります。


七耀暦 1206年 6月11日

 

季節は夏に移行しつつあった。にもかかわらず、キリコたちは忙しい日々をおくっていた。

 

そんななか、Ⅶ組特務科に新たなメンバーが加わった。

 

 

 

[アッシュ side]

 

ルグィンの命令でⅧ組からⅦ組に移ったはいいが、やることはたいして変わんねぇな。

 

クロスベルから来たじゃじゃ馬にカタブツのヴァンダールにチビ兎。こいつらはどうだっていい。

 

油断ならねぇのがイーグレットとかいう女だ。

 

人の家ん中にしたり顔でのらりくらりと入り込んで来やがって。マジの女郎蜘蛛だな。

 

そして一番気に食わねぇのがキュービィーだ。

 

なぜかはわからねぇがこいつだけは気にいらねぇ。

 

スカシてるのもそうだが、こいつを見てると左目が疼く。まるで拒絶しろって言われてるみてぇに。

 

シュバルツァーは大したことねぇと思ってたら、それなりにやりやがる。まっ、一応教官として扱ってやるかね。

 

[アッシュ side out]

 

 

 

[ミュゼ side]

 

私がⅦ組に移籍してから一週間経ちました。

 

先々月と先月の演習内容を鑑みて、独断専行が過ぎるとしてⅧ組のアッシュさんとともにⅦ組に移籍することになりましたが、実を言うとそうなるように仕向けました。

 

新しいクラスでもそれほど軋轢はなさそうです。

 

ユウナさんとアルティナさんとは男女別授業でご一緒したので馴染むのは早かったです。

 

クルトさんは演習時に戦術リンクを結んだこともあったので移籍したその日の内に馴染むことができました。

 

アッシュさんはどうも私のことを疑っているようです。

 

アッシュさんのカンの良さはキリコさんに匹敵するものがあります。もっとも、計画に気づくのはまだまだ先のことでしょうけど。

 

リィン教官も最初は面食らってましたが、そこは教師でした。朝のHRの時には何でもないように振る舞っていました。

 

リィン教官もこれからのことに重要な存在です。全てを知るまで、利用させてください……。

 

キリコさんはいつもと変わりありませんでした。

 

キリコさんには私の異能のことを話しているので移籍のからくりに気づいているでしょう。

 

しかし、授業や実習の時にも仲間として見てくれているようです。

 

もっともっと振り向かせるにはどうしたらいいでしょう?

 

[ミュゼ side out]

 

 

 

HR直前

 

「ああ~、疲れた~」

 

「お疲れ様です」

 

「もう少し静かに疲れやがれ」

 

「それは無茶ではありませんか?」

 

「………………」

 

「どうしました?」

 

「いや、ここもにぎやかになったなぁって思ったんだ」

 

クルトは教室を見渡しながら答えた。

 

「ホントよね。先月まであたしとクルト君とアルとキリコ君の四人だったけど、アッシュとミュゼが加わって六人になったんだから」

 

「お二人は確か独断専行が原因で移って来られたんですよね?」

 

「リィン教官に押し付けた。そういうことだろう」

 

「うん、絶対そう思う」

 

キリコの言葉にユウナは同意する。

 

「まっ、よろしく頼むわ」

 

アッシュはふんぞり返りながら言った。

 

「ちょっと!人に頼む態度じゃないでしょ!」

 

「それはそうと、キリコさんの隣に座れるなんて幸せです♥️」

 

ミュゼはキリコの左腕に頭を寄せる。

 

「アンタはどさくさに何してんのよ!」

 

「ユウナさんのツッコミが冴えわたっています」

 

「ハァ………」

 

クルトは額をおさえた。

 

 

 

「そういえばお聞きしたかったんですけど」

 

「何ですか?」

 

「分校長の授業でアルティナさん見事なスキャットを披露しましたが、どちらでレッスンをなさったんですか?」

 

「あっ、そうそう!アルの歌声、きれいだったなぁ」

 

「ああ。感情表現は薄いが、譜面に正確だったな」

 

「なかなかいい声してんじゃねぇか」

 

(芸術のことはわからないが、悪くはなかったな)

 

「そう、でしょうか……。でもいきなり歌えと言われたのは少々驚きました」

 

アルティナは少し戸惑いながら答えた。

 

「うーん、それでも対応できちゃうアルもさすがだけど……。ていうか、クルト君とキリコ君やミュゼはともかく、アッシュって何でそんな勉強できるの!?」

 

「どの授業で当てられてもスラスラ答えてましたね」

 

「ああ……地頭の違いじゃねぇのか?とりあえず、じゃじゃ馬には負ける気はしねぇな」

 

「い、言ったわねぇ!?」

 

「まあまあ。同じクラスになったんだし、勉強についても協力していこう」

 

「ではキリコさん。今夜あたりに……♥️」

 

「だからアンタはやめいっ!」

 

(やれやれですね……)

 

(……色々な意味でにぎやかになったな)

 

「つーか、あのルグィン、毎回プレッシャーかけてきてねぇか?」

 

「アッシュさん、分校長ですよ。そうですね……いつも決まって「サボる者は一人もいないな、感心したぞ」と言いますよね」

 

「いや、そんな命知らずはこの分校にはいないだろう」

 

(むしろ、その命知らずを求めているようだがな)

 

キリコはそう思った。

 

 

 

「そういえばキリコ君。フルメタルドッグのテストはどうなったの?」

 

「イレギュラーだったが、データ収集は問題なかった」

 

「そうか」

 

「先月の神機戦で左アームを損壊しましたが、それはどうなりました?」

 

「それも問題ない。予備の部品で賄った」

 

「もしかしてこのところ遅いのはそのためですか?」

 

「ああ」

 

「真面目過ぎんだろ」

 

「俺は糞真面目な男だからな」

 

「限度というものがあるかと……」

 

アルティナはキリコの行動力に呆れた。

 

「でも、キリコ君って変わったよね」

 

「?」

 

「なんて言うか……人間っぽくなったっていうか」

 

「何?」

 

「なんて言うかこう……親しみやすくなったっていうか」

 

「それはわかる。最初は機械みたいだと思っていたが、クラスのことを考えて行動しているのを見てね」

 

(わたしも……いつかは……)

 

「……………」

 

「最近では、タチアナさんもキリコさんにお声をかけているみたいですね」

 

「あいつが?」

 

「そういえば、タチアナさんとアッシュさんは文学部でしたね」

 

「うっわ~~。似合わな~~」

 

「うるせーぞ。まあ脳筋女じゃ本は理解できねぇか)

 

「何ですって~~!」

 

「落ち着いて。アッシュも煽るな」

 

(人間っぽくなった……か)

 

キリコは目を閉じ、ユウナの言葉を反芻していた。

 

 

 

話題は分校に赴任してきた二人についてになった。

 

「つーか、やっと購買ができたな」

 

「ベッキーさんね。教官の同級生らしいけど」

 

「なんでも、商人の修行を兼ねてらしいな。でも日用品とか安く手に入るのは大きいな」

 

「キリコさんもこの間コーヒー豆を買ってましたね」

 

「安いからな」

 

「後、リンデさんも来られたのも大きいですね」

 

「確かに今までは怪我の治療は自分たちでやってたからな」

 

「対応力を養うためかもしれませんね」

 

「普通の学校じゃありえないわよ……」

 

ユウナはげんなりした。

 

「まあね。ただ、最近シドニーがよく医務室に行っているみたいなんだが」

 

「医務室はそんなに足しげく行く場所でしょうか?」

 

「まあまあ。殿方にとっては特別なのでしょう」

 

「まったく、これだから男子ってのは……」

 

「……………」

 

「いや、男子で一括りしないでくれ……」

 

「まあ、あの姉ちゃん、世間慣れしてなさそうだしな。どれ、少しばかり──」

 

「コラコラ。何企んでいるんだ?」

 

リィンがアッシュを窘めながら入て来た。

 

 

 

「さて、アッシュとミュゼは慣れたか?」

 

「それなりにな」

 

「馴染むのは早かったです」

 

「そうか。明日は自由登校日になる。部活なり勉強なり精を出してくれ。それと週明けに機甲兵教練、週末に特別演習があるから心の準備だけしておいてくれ」

 

「本当に駆け足ですね」

 

「クロスベルから帰って来て一月経つか経たないかですからね」

 

「後、キリコ。博士からだが、機甲兵の整備をいつも以上に念入りにやってほしいそうだが、何か聞いているか?」

 

「いえ。初耳です」

 

キリコはいやな予感を抱いた。

 

「そういや、シュバルツァー。いつまでこの制服なんだよ?」

 

「あっ、そうそう。教官、夏服ってないんですか?」

 

「ああ。第Ⅱ分校では夏服は採用されていないぞ」

 

「ええっ!?」

 

「そういえば聞いたことないですね」

 

「本校では廃止されたそうですけど、関係が?」

 

「ああ。本校が軍学校としての色を強めることになったのは知っているな?それに合わせて夏服や自由登校日の廃止が取り入れられたんだ。本来なら第Ⅱもそれに合わせるはずだったんだが、政府とのやり取りで自由登校日は残ったんだ」

 

「自由登校日が単なる休日ではない、ですよね」

 

「その通りだ。自由登校日は己を高めるべく設けられたものだ。これはトールズとしての伝統だからな」

 

「なるほど……」

 

「自分たちで考えて、行動する、ですか」

 

「それにその制服だって通気性が良い素材で作られているし裏地を取れば暑さはそれほど感じないはずだ」

 

(それは言えてるな)

 

「ではHRは以上だ。アルティナ、号令を」

 

「はい。起立、礼」

 

 

 

HRを終えたキリコは格納庫で作業に追われていた。

 

「……………」

 

「キリコさん、機甲兵の整備マニュアルはあがりましたか?」

 

「出来ている。それにしても、ケストレルβが搬入されるとはな」

 

「そうですね。ケストレルβも一機だけだそうですけど」

 

「ケストレル系はパワーはないがスピードは現行の機甲兵の中でトップクラスだ。その分操作は重心の据わっているヘクトルより難しいからだろう」

 

「確かにバランサーが複雑ですからね。キリコさんは扱えるんですか?」

 

「扱えないわけではないが、好んでは使わないな」

 

キリコは端末を見ながら答えた。

 

「あの、すみません」

 

振り向くと、ミュゼがいた。

 

「あっ、ミュゼちゃん」

 

「すみません。武器の調整をお願い出来ませんか?」

 

「キリコさん、お願いしていいですか?」

 

「わかった」

 

キリコは作業を中断し、ミュゼの魔導騎銃をチェックし始めた。

 

「……………」

 

(すごい、時計みたいになめらかに作業している……)

 

「……………」

 

ミュゼは思わず見とれた。

 

「……もう少し整備をマメにやれ」

 

「は、はい。すみません」

 

「終わったぞ」

 

キリコはミュゼに銃を返した。

 

「ありがとうございました。 ふふ、なんだか嬉しいです」

 

「喜ぶ前に買い換えろ」

 

「はい。近いうちにそうします。後、お代は……」

 

「あっ、ミュゼちゃん。代金はいらないよ」

 

「そうなんですか?」

 

「うん。武器のチェックはそんなに手間じゃないし、無料サービスしてるんだ。近接武器を使っている人が多いですよね」

 

「ランディ教官が最たるものだな」

 

「そうなんですね……。では、少し待っててください」

 

ミュゼは自販機から缶コーヒーと缶ジュースを持って来た。

 

「こんなことしか出来ませんが、どうぞ」

 

「ありがとう!キリコさん、少し休憩しませんか?」

 

「ああ」

 

キリコたちは椅子に座り、休憩を取った。

 

 

 

「そういえばあれはなんですか?」

 

ミュゼはハンガーの脇にあるパーツを指さした。

 

「あれは私が今やっている研究だよ。ラインフォルトと共同で進めているの」

 

「まあ……!」

 

(そういえばラインフォルトの技術者がたまに来ているな)

 

キリコは缶コーヒーを啜る。

 

「キリコさんはすごいですね。機甲兵の整備から戦闘まで。それに武器やオーブメントの調整もこなしてしまうんですから」

 

「うんうん。ホントだよね」

 

「………………」

 

「ふふ、やっぱりキリコさんは理想の殿方ですね♥️」

 

ミュゼはキリコにすり寄る。

 

「離れろ」

 

「ああん、キリコさんのいけず♥️」

 

(ミュゼちゃん、最近積極的だなぁ。この間、何かあったのかなぁ?)

 

ティータはミュゼを見ながらそう思った。

 

その後、ケストレルβの搬入作業を終え、キリコたちは学生寮へと帰って行った。

 

 

 

その日の夕刻、帝都空港に三人の男女が降り立った。

 

「やれやれ、やっと着いたわい」

 

「お義父さんもご苦労様です。君も疲れたんじゃないか?」

 

「大丈夫よ。確かリーヴスだったわね。さっそく向かいましょう」

 

「待て待て。さすがに老骨に堪える。ホテルで一泊するぞ。あの子に会うのは明日でよかろう」

 

「何言ってんのよ。こうしてる間にもどこぞの悪い虫にあの子がたぶらかされてるかもしれないのよ」

 

「……やれやれ」

 

「心配なのはわかるけど、あの子なら大丈夫だよ。それに親しい友人もできたみたいだしね」

 

「うむ。特にこのキリコ・キュービィー君についてはなかなか評価が高いようじゃ。シュミットはどうでもいいが」

 

「ああ。技術者として尊敬していると書いてありましたね」

 

「だからこそよ。あの子を差し置いて優秀だなんて認められるわけないでしょ」

 

「かーっ、まったく視野が狭いのぉ」

 

「なんですって?この偏屈ジジィ」

 

「父親に向かってジジィじゃと!」

 

「喧嘩しないで。とにかく明日行きましょう。でも良かったんですか?知らせないで」

 

「サプライズじゃよ♪」

 

「ええ♪」

 

(やっぱり父娘だな……)

 

「フフフ、待っててね、ティータ♥️」




次回、原作に出ないあの家族が登場します。


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ラッセル

ラッセル一家がやって来ました。


6月12日

 

キリコは朝食を取り、学生寮を出た。

 

「そこの君、ちょっといいかの?」

 

振り向くと、白髪の老人がいた。

 

「何か?」

 

「分校の学生寮はここかな?」

 

「ええ」

 

「ティータという娘がおるじゃろ。呼んで来てくれんか?」

 

「彼女なら先に出た。それよりアンタは?」

 

「言葉使いがなっとらんのぉ。まあよいわい。わしはラッセルというもんじゃ」

 

「!? ZCFのラッセル博士か?」

 

「うむ。君がキリコ・キュービィー君じゃな。孫からの手紙にあったぞ。自分以上の技術者だとか」

 

「買い被りです」

 

「ふぉっふぉ、目を見ればわかる。お前さん、相当な腕じゃろ」

 

「……………」

 

「それで、ティータはどこかの?」

 

「……分校の格納庫にいるはずでしょう。入るには一応、許可が必要ですが」

 

「そんなものはシュミットにでも押し付ければよいわい。それじゃ、案内を頼むぞい」

 

 ラッセル博士は有無を言わさずキリコを促す。

 

(……血は争えない、か)

 

キリコはラッセル博士と共に分校の格納庫を目指した。

 

 

 

「ここが格納庫か」

 

「ええ」

 

キリコは格納庫の扉を開けた。

 

「あっ、キリコさん、おはようございます。少し遅かった……です……ね……」

 

ラッセル博士の姿を捉えたティータは唖然とした。

 

「やぁ、ティータ♪」

 

「お、お、お、お爺ちゃん!?な、なんで!?」

 

「孫に会いに来るのに理由がいるのか?」

 

「お、お爺ちゃん……」

 

「久しぶりじゃな」

 

「お爺ちゃん!」

 

ティータはラッセル博士に抱きついた。

 

「ほっほっほ、少し背が伸びたかの?」

 

「えへへ、本当にお爺ちゃんだ」

 

「……………」

 

キリコはティータたちから離れて作業を開始した。

 

 

 

「すみません、キリコさん」

 

我にかえったティータは申し訳なさそうに謝った。

 

「気にするな」

 

「それにしても、どうしてお爺ちゃんがいるの?」

 

「うむ。知り合いから頼まれごとがあっての。エリカとダンとともに帝国入りしたんじゃよ」

 

「お父さんとお母さんも来てるの!?あれ?そういえばお父さんとお母さんは?」

 

(そういえば一人しかいなかったが)

 

キリコは先ほどの記憶を辿る。

 

「あっ、忘れとった」

 

「………………」

 

「お、お爺ちゃん~~」

 

ティータは呆れかえった。すると──

 

「こんのクソジジィ!よくもおいて行ったわね!」

 

「ちっ、追い付かれたか」

 

「お、お母さん……」

 

(あれがティータの母親か……)

 

キリコはその場から離れた。

 

「ああ、ティータ!私のティータ!」

 

ティータの母親はティータをしっかりと抱き締めた。

 

「お、お母さん!?」

 

「大丈夫なの?ちゃんとご飯食べてる?変な男にたぶらかされてない?」

 

「え、えっと……」

 

ティータの母親はティータを抱き締めながらキリコを睨んだ。

 

(あれは……敵意か……?)

 

「そのくらいにしておけ。それよりダンは?」

 

「ここにいますよ」

 

「貴方がラッセル博士ですね」

 

扉からダンと呼ばれた男とリィンとトワが入って来た。

 

 

 

その後、リィンとトワは作業場の隣でラッセル博士たちと話していた。

 

「わしはアルバート・ラッセル。ティータの祖父じゃ」

 

「私はティータの母のエリカです」

 

「僕はエリカの夫でティータの父のダンです。すみません、お騒がせして」

 

「い、いえ。しかし、驚きました。ラッセル博士やエリカ博士がお出でになるとは」

 

「す、すみません。リィン教官、トワ教官」

 

「いいんだよ、ティータちゃん。申し遅れました。Ⅸ組主計科担当のトワ・ハーシェルです」

 

「Ⅶ組特務科担当のリィン・シュバルツァーです」

 

「はじめまして、娘がお世話になってます」

 

「貴方が灰色の騎士ですか。会えて光栄です」

 

「ダンさんでしたか。失礼ですが、何か武術をやっておられましたか?」

 

「ははは、わかりますか。結婚する前は遊撃士だったんですよ。棒術をやってました」

 

「そうだったんですね。それで、本日はティータに会いに?」

 

「ええ。そして、彼がどんな男かを確かめに」

 

 エリカは作業を進めるキリコを見つめる。

 

「え?」

 

「キリコに、ですか?」

 

「娘からの手紙だと、彼は自分より優秀だと書いてありました。手前味噌ですがあの子は私以上のものをもっています。どれほどの実力か見極めるために」

 

「とかなんとか言って、ティータが負けるのが許せないんじゃろ?」

 

「当然じゃない!」

 

「まあまあ……」

 

「エリカ、落ち着いて」

 

リィンとダンがエリカを諌める。

 

(あうう……ごめんなさい)

 

「………………」

 

キリコはティータの謝罪を聞きながら、機甲兵のチェック項目に書き込んでゆく。

 

「……とはいえ、認めるしかないようね。彼、相当なレベルね」

 

「え?」

 

「仕事を見ればわかります。手際がよく、妥協しない。エンジニアとしていい腕だと思います」

 

ダンがエリカの言葉を継ぐ。

 

「うむ。しかし、すごいのぉ。まるであらゆる機械に適応するかのようじゃ」

 

ラッセル博士はキリコの手際の良さに唸る。

 

「確かにキリコは機械の扱いにかけては相当なものですからね」

 

「機甲兵戦術も分校一位ですから」

 

「ううむ、ますます誘いたくなったの」

 

「キリコ君をZCFに?」

 

「うむ。ぜひうちに就職してくれんかのぉ?彼なら新たな導力革命を起こす。そんな気がするんじゃよ」

 

「そこまで……」

 

「トールズは軍人以外の道に進む者が多いと聞く。どうじゃろ?お前さんからも頼んでくれんか?」

 

「うーん、どうでしょう。キリコは以前、ラインフォルトから勧誘を受けましたが、結局断りましたから」

 

「断ったんですか?あのラインフォルトを?」

 

「ええ「興味がない」と」

 

「イリーナ会長から聞いているわ。なかなか偏屈のようね?」

 

エリカは不敵な笑みを浮かべた。

 

(偏屈というより、本当に興味がないみたいなんですが……)

 

(キリコ君ってそこが読めないんだよね……)

 

「やれやれ、騒々しい連中が来よった」

 

振り向くと、シュミット博士が入って来た。

 

「久しぶりじゃのう、シュミット。相変わらず一人で研究三昧か」

 

「貴様の道楽と一緒にするな」

 

「道楽とは何じゃ!」

 

「風の噂で飛行船実験で何十回と墜落させてやっと成功させたそうだが?私なら三回失敗すればそれで見切りをつけるがな」

 

「偏屈ぶりは変わらんの。グエンから聞いたが、ラインフォルト社を引っ掻き回して何度も破産寸前に追い込んだそうじゃが?」

 

「私はわが道を往くだけだ。ついてこれないならそれまでだ」

 

(なんて言い草だ……マカロフ教官やジョルジュ先輩が逃げ出したのも頷けるな)

 

リィンはシュミット博士に呆れると同時に、元弟子の二人に深く同情した。

 

「それより弟子候補。データを寄越せ」

 

「は、はい!」

 

「ちょっと!ティータを何だと思ってるの!」

 

「部外者は引っ込んでいろ。キュービィーはミッションディスクの記録だ。整備が終わり次第、チェックに入れ」

 

「……了解」

 

シュミット博士はそれだけ言って2階へと上がって行った。

 

キリコとティータはそれぞれの作業を始めた。

 

「……………」

 

その間、エリカはシュミット博士を睨み付けていた。

 

 

 

「さて、そろそろお暇しようかの」

 

「もう帰られるんですか?」

 

「先ほども言ったが、知り合いから頼まれごとをもらってな。正午前には帝都に行かなくてはならんのじゃ」

 

「ご多忙なんですね」

 

「もちろんティータの顔を見に来たのも目的の一つじゃがな」

 

(お爺ちゃん……)

 

ティータは遠くから聞いていた。

 

「ティータの様子を見に来たわけじゃが、心配なさそうじゃな。いろいろ反対したが、留学させたのは間違いではなさそうだしの」

 

「そうですね。ここの雰囲気も思っていたより穏やかですし、リベールにはない技術も学べますしね。手紙で知りましたが、友達もできたようですし」

 

「とりあえず、彼は問題なさそうね」

 

「お前はそればっかりじゃの」

 

「当たり前よ。ただでさえ変な虫がついてるってのに」

 

「は、はあ……」

 

(もしかして………)

 

トワの頭に赤毛の遊撃士の姿が浮かんだ。

 

「フン、用が済んだらとっとと行くがいい」

 

「お前に言われんでもそうするわい。それではな。後、キリコ君によろしく伝えてくれい」

 

「トワさん、リィンさん。娘をよろしくお願いします」

 

「はい、お任せください」

 

「ティータ、お手紙ちょうだいね」

 

「うん、またね、お爺ちゃん、お父さん、お母さん」

 

ラッセル一家は格納庫から出ていき、リィンたちは見送りに行った。

 

 

 

「まったく、無駄な時間を食った」

 

「あはは、すみません」

 

(なかなか強烈だったな)

 

「ええっと……キリコさん……。お爺ちゃんの話は……」

 

「悪いが興味はない。ラッセル博士はああ言っていたが、俺はそんな人間ではない」

 

「そうですか……」

 

ティータは残念そうに言った。

 

「あっ、キリコ君、ティータ!」

 

扉からユウナが入って来た。

 

「ユウナ?」

 

「あっ、ユウナさん。武器の調整ですか?」

 

「ううん。それより誰か来てたの?」

 

「あっ、はい。ええと……」

 

ティータは先ほどのことを説明した。

 

「へえー、ティータのお父さんとお母さんとお爺さんが来てたんだ。でもティータのお爺さんって有名なの?」

 

「ZCFのラッセル博士といえば歴史の教科書にも載っている。エプスタイン博士の三弟子の一人にして、リベールの導力革命の父とも呼ばれている」

 

「他にも、導力飛行船を発明したり、世界初の演算システムの基礎を作ったりと本当にすごいんです」

 

「演算システム……カペル、だったか?」

 

「はい。よくご存知ですね。お爺ちゃんが基礎を作って、お母さんが完成させたんです」

 

「そこまでは知らない。確か飛行挺にも搭載されているらしいが?」

 

「はい。王室専用機のアルセイユ号にもあるんですよ」

 

「ゴ、ゴメン。何言ってるかさっぱり……」

 

ユウナはお手上げといった顔をした。

 

「それより、どうした?」

 

「あっ、そうそう。実はね、機甲兵の訓練をお願いしたくて」

 

「訓練、ですか?」

 

「うん。先月みたいに、ヴァリマールの力をもっと扱えるようになりたくて」

 

「わかった。博士、構いませんね?」

 

「ああ、構わん」

 

「機甲兵を出すぞ。データ収集は任せる」

 

「わかりました!」

 

「ありがとう!それじゃ、みんなを呼ぶね」

 

ユウナはARCUSⅡで仲間を呼ぶべく通信を開いた。

 

 

 

【ったく、メンドくせぇな……】

 

【そう言いながら乗り込んでるじゃない】

 

【今回もキリコは出ないんだな】

 

「ああ」

 

「今回も、ですか?」

 

「そう言えばミュゼさんとアッシュさんはご存知ないんですね。キリコさんの乗るフルメタルドッグはヴァリマールの力を受けにくいんです」

 

【どういうこった?】

 

【オーブというものがあって、ヴァリマールが装備すると、性能が上がるんだ。さらに、準起動者に選ばれた者にはオーブの効果を受けられるんだ】

 

「準起動者ですか?」

 

【この間みたいに青い光に包まれたでしょ。それがその証みたい】

 

【キュービィーも光ってたじゃねぇかよ】

 

「不可解なことに、キリコさんの場合、その効果が薄いんです」

 

「なんででしょうね」

 

「さあな。それより、相手が来たぞ」

 

キリコの言う方向にはヴァリマール、ではなくヘクトル弐型がいた。

 

【よう、待たせたな】

 

【ランディ先輩!?】

 

【なんでオルランドがいるんだよ】

 

【アッシュ、口の聞き方がなってないぞ。でもどうしてランディ教官が?】

 

【リィンに無理言って代えてもらった。お前らの実力も知っておきたいしな】

 

ランディはユウナたちの疑問に答えた。

 

【はっ!だったら見せてやるよ】

 

【あたしたちだって修羅場を乗り越えて来たんですから!】

 

【全力でお相手します!】

 

ユウナたちの士気が上がる。

 

「やる気は十分ですね」

 

「私たちも頑張りましょう」

 

「………………」

 

アルティナとミュゼが気合いを入れる中、キリコは不安を覚えていた。

 

(修羅場を乗り越えて自信がついたようだが、それは落とし穴だ。中途半端な自信は脆く崩れやすい。この訓練でどこまでやれるか)

 




次回、機甲兵戦闘になります。


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仲間①

こういうテイストもアリかなと思って書きました。


【オラオラ!どうした!こんなモンか?】

 

【クソがっ!】

 

ランディの乗るヘクトル弐型にユウナたちは苦戦を強いられていた。

 

「さすがに強いですね」

 

ミュゼがEXアーツで援護しながら言った。

 

「…………」

 

「キリコさん?どうしましたか?」

 

「このままでは何度やっても勝てないな」

 

「えっ!?」

 

「それはどういう……」

 

「見てみろ」

 

キリコは三機を指さした。

 

 

 

【はあああっ!】

 

【おっと!】

 

ランディ機はドラッケンⅡの打撃をかわした。

 

【ユウ坊、もう少し周りを見ろ!】

 

【わかってますよ!】

 

【ここだっ!】

 

【遅えっ!】

 

シュピーゲルSの斬撃を防いだ。

 

【クルト!遠慮すんな!ガンガン来い!】

 

【クッ……!】

 

クルトが唇を噛む。

 

【そこだっ!】

 

ドラッケンⅡの合間を縫ってアッシュ機が奇襲をかける。

 

【なめんな!】

 

ランディ機がスタンハルバードで弾く。

 

【アッシュ、奇襲をかけるなら手順ってモンを考えろ。キリコにボロクソにされたことを忘れたのか?】

 

【うるせーな!!】

 

ランディの言葉にアッシュが吠えた。

 

【二人とも落ち着け!一度体勢を整えて……】

 

【テメーらとお手て繋げってか?ゴメンだな!】

 

【何だと!】

 

【つーかじゃじゃ馬。もっと頭使え!】

 

【何ですって!アンタこそ……】

 

【吠える暇があんなら来い!鍛え直してやるからよ】

 

 

 

「これは……」

 

「……最悪ですね」

 

アルティナとミュゼは目の前の出来事に唖然とする。

 

「やはりな」

 

「キリコさんはわかっていたんですか?」

 

「いずれこうなることは予想していた。俺たちは先月、先々月に死地を乗り越えた。自信がついたのも事実だろう」

 

「ではなぜ……?」

 

「半端な自信は増長につながる。その結果だ」

 

「確かに、ユウナさんたちは自信に溢れていました」

 

「でもこれでは……」

 

「勝てるものも勝てないだろうな」

 

「わかっているようだな」

 

振り返るとリィンが立っていた。

 

「教官……」

 

「出るんですね」

 

「ああ。出ないと決めていたが、仕方ない」

 

リィンは格納庫の方を向いた。

 

「ヴァリマール、来てくれ!」

 

ヴァリマールが格納庫から姿を現した。

 

【何だ?出ないんじゃなかったのか?】

 

【ええ。ですが、あまりにも不甲斐ないので】

 

リィンの言葉にユウナたちはカチンときた。

 

【んだと!】

 

【上等じゃない!】

 

【それなら、相手をしてもらおうじゃないですか!】

 

【自惚れるな!!】

 

リィンが怒鳴る。

 

【二度も死地を乗り越えて自信がついた?笑わせるな!君たちは確かに死地を乗り越えただろう。だがそれは力を合わせて初めてなしえたことだろう。その結果がこれか?】

 

【だとしたらふざけてんな。正直、今のお前らなんざ物の数にも入らねぇよ】

 

【んだと!】

 

【アッシュ。君やミュゼは新参だから足並みを揃えろというのは無茶かもしれない。だが君はなぜここに来た?断るなり退学するなり選択肢はあったはずだ】

 

【ユウナ。君はもう少し周りを見ろ。君の持ち味は積極さだが、一人で突っ込んでどうする】

 

【……あ………】

 

【クルト。君の双剣術の強みは手数と攻防一体の技だろう。君の剣術はそんなに軽かったのか?】

 

【……………】

 

【悔しいか?ならクルト、かかって来い!】

 

【ユウ坊にアッシュ。お前らにお灸を据えてやるよ】

 

ヴァリマールは太刀を、ランディ機はスタンハルバードを構えた。

 

 

 

【そこっ!】

 

ドラッケンⅡが銃撃を放つ。

 

【ふん!】

 

ランディ機は耐えた。

 

【そうだ、ユウ坊!お前の武器は打撃と銃撃を切り換えられる。上手く使ってけ!】

 

【はい!】

 

【オラァ!】

 

ランディ機の後ろからアッシュ機が横薙ぎに斬りかかる。

 

【おっと!】

 

それをランディ機がスタンハルバードで防ぐ。

 

【チィッ!】

 

【悪くねぇが、もう少しだな……】

 

「シャドウライズ」

 

「アクアマター」

 

【うおっ!?】

 

アルティナとミュゼがランディ機めがけてEXアーツを放った。

 

「ユウナさんは撹乱を!わたしたちが援護します!アッシュさんは隙を見て攻撃してください!」

 

【アル……ミュゼ……】

 

「私たちは仲間じゃないですか」

 

【二人とも……うん!】

 

【ヘッ……ならとっととブッ倒すぞ!】

 

【ハハ、やっと火がつきやがったか。おっしゃあ!かかって来い!】

 

 

 

一方、シュピーゲルSはヴァリマールに追い詰められていた。

 

【どうした?もう終わりか?】

 

【はぁ…はぁ…はぁ…】

 

「…………」

 

キリコはじっと見ていた。

 

【こんな……ものじゃない……。まだ……やれる……】

 

【そうか。ならかかって来い。一人でも勝てるということを証明して見せろ】

 

【言われなくても………グハッ!?】

 

「…………」

 

突然、キリコがシュピーゲルSを攻撃した。

 

 

【何をするんだ!キリコ!】

 

「……ロードフレア」

 

キリコは再び、EXアーツを放つ。

 

【グッ……。キリコ!いい加減にしろ!】

 

「その言葉、そのまま返す」

 

【何だと!】

 

「お前は何のために戦っている?」

 

【決まっている!それは……】

 

「一人で戦うためか?それともⅦ組として戦うためか?」

 

【………!】

 

シュピーゲルSは動きを止めた。

 

「お前が皇太子に対して何らかの思うところがあるのは知っている。だがお前の相手は皇太子ではない。リィン教官だ」

 

【それは……】

 

「サザーラントでの言葉は嘘だったのか?」

 

【…………!】

 

クルトはハッとなった。

 

「迷いがあるなら代われ。邪魔なだけだ」

 

【……………】

 

キリコは厳しく問いかける。

 

「クルト」

 

【……いや、大丈夫だ】

 

シュピーゲルSは立ち上がった。

 

【……僕は、乗り越えたつもりでいました。セドリック殿下のことも、剣術のことも……】

 

【…………】

 

「…………」

 

リィンとキリコは黙って聞いていた。

 

【でも……何一つ乗り越えていませんでした】

 

【…………】

 

「…………」

 

【でも……もう迷いません!僕が戦う理由。それは、僕だけのヴァンダール流を極めること。そして──】

 

 

 

【Ⅶ組の仲間として、強くなることです!!】

 

 

 

【クルト……】

 

リィンは微笑んだ。

 

【キリコ……すまなかった!】

 

「いい。もう心配はないな?」

 

【ああ!】

 

シュピーゲルSはユウナたちの方を向いた。

 

【ユウナ、アッシュ、来てくれ!キリコ、アルティナ、ミュゼは援護を頼む!僕たち全員で勝とう!】

 

【もちろん!】

 

【しゃーねぇな!】

 

「わかった」

 

「了解しました」

 

「お任せください!」

 

新Ⅶ組の士気が上がる。

 

【これで良いんだな?】

 

【ええ。いいだろう!全員でかかって来い!】

 

『おおっ!!』

 

 

 

【クロスブレイク!】

 

【ランブルスマッシュ!】

 

ドラッケンⅡがガンブレイカーの打撃を当て、アッシュ機がヴァリアブルアクスを叩きつける。

 

「アクアマター」

 

【クッ……】

 

ミュゼのEXアーツを受け、ヴァリマールが少しさがった。

 

【レインスラッシュ!】

 

「ロードフレア」

 

シュピーゲルSの斬撃とキリコのEXアーツがランディ機に襲いかかる。

 

【グッ!やるじゃねぇか!でもな!】

 

ランディ機がクラフト技サラマンダーを使う。炎を纏ったスタンハルバードの一撃がシュピーゲルSに命中した……かに見えた。

 

【なにぃ!?】

 

スタンハルバードが弾かれ、衝撃がランディ機に走る。

 

「間一髪でした」

 

アルティナがすんでのところで、EXアーツ『ノワールバリア』を張っていた。

 

【助かった!】

 

「いえ。それより、来ます!」

 

【わかってる!】

 

シュピーゲルSはヴァリマールの一太刀をかわし、斬りつける。

 

【やるな】

 

【こっちも忘れないでください!】

 

「回復します!サフィールレイン!」

 

ミュゼがEXアーツで回復を行い、ドラッケンⅡが攻撃をしかける。

 

【そうだ。仲間と力を合わせるんだ。君たちには君たちなりのⅦ組を作ってほしいと言った。だが、仲間との絆に新しいも旧いもない。それを忘れるな】

 

【はい!】

 

【オラァ!】

 

【!?】

 

ヴァリマールの頭上に大鎌が振り下ろされる。ヴァリマールはすんでのところでかわした。

 

【これもかわすかよ】

 

【いや、ギリギリだった。それにしても抜け目ないな。ヴァリマールの動きが止まる瞬間を狙うとは】

 

【てめえも卑怯だなんだとぬかすか?】

 

【いや。間違っていないな。奇襲や不意討ちは戦略や戦術の一つだからな。それだけでは勝てないのも事実なんだが】

 

【チッ】

 

「ロードフレア」

 

すかさずキリコがEXアーツを放つ。

 

【クッ……!】

 

【余計なことすんな!】

 

「………………」

 

キリコは無言のまま、ドラッケンⅡのフォローに回る。

 

【一番抜け目ないのはキリコだな……】

 

リィンはその背中を見つめた。

 

 

 

【はぁ…はぁ…はぁ…】

 

【もう少しだ!】

 

【おおよ!】

 

シュピーゲルSは斬撃でランディ機の体勢を崩す。

 

【ユウナ!アッシュ!合わせてくれ!】

 

 

 

『ミストラルブレード!!』

 

 

 

ドラッケンⅡの銃撃とアッシュ機の大鎌の一撃がヴァリマールとランディ機を襲う。

 

止めにシュピーゲルSの斬撃が竜巻となり、二機に襲いかかる。

 

増長を乗り越え、さらに強固になった新Ⅶ組の絆が勝利した瞬間だった。

 

 

 

【やったあああっ!】

 

【勝った、勝ったぞ!】

 

【ハッ!】

 

「やりましたね」

 

「完全勝利……とまではいきませんでしたが」

 

「そうだな」

 

【え?】

 

【まっ、及第点だろ】

 

【ええ。理想とは程遠いですが】

 

ヴァリマールとランディ機が立ち上がる。その様子にキリコとミュゼ以外がポカンとする。

 

【………………】

 

【いや~、昔親父や叔父貴から見切りのシゴキを受けさせられたのが役に立ったぜ】

 

【俺も老師から手ほどきを受けました。さすがにアーツは無理ですが】

 

ランディとリィンはそれぞれの修行時代を思い出しあっていた。

 

【てめえら……ハメやがったな……!】

 

【人聞きの悪いこと言ってんじゃねぇよ。元々お前らのためを思ってのことだぞ?】

 

【僕たちの?】

 

【ああ。君たちはサザーラント、クロスベルと大きな戦いを経験した。それが自信につながったのは収穫だっただろう。だが、自信は時に増長となる。そして増長はチームワークに大きく支障をきたす。それはわかるな?】

 

【……はい】

 

【今回、ランディさんに代わってもらったのはそこを見るためだったんだ。アッシュは多少仕方ないとしても、惨憺たるものだった。だが、最後は良かった】

 

【おお。連携も上手く取れてたし、いい感じじゃね?】

 

【ランディ先輩……】

 

【とりあえず、訓練はここまでだ。機甲兵を戻して格納庫前に集まってくれ】

 

『はい!』

 

 

 

機甲兵をハンガーに戻し、新Ⅶ組はリィンの指示通り格納庫の前に集まっていた。

 

「お疲れ。さて、訓練を通して何か掴めたものはあるか?」

 

「はい。あたしも教官の言うとおり、増長してました。でも、あたしもⅦです。みんなと一緒ならどんな危機だろうと乗り越えてみせます!」

 

「そうか、わかった。クルトは?」

 

「僕はチームワークどうこうというより、迷いを抱えたまま戦っていました。キリコの叱咤がなければまた同じ過ちを繰り返すところでした」

 

「まあ、やり方は褒められたものではないからな。キリコ、後で教官室に来るようにな」

 

「はい」

 

「アルティナは?」

 

「わたしもチームワークとか絆とかの意味はまだわかりません。ですが、皆さんとともに勝利した瞬間、ここが熱くなりました」

 

アルティナは胸に手をあてる。

 

「それでいい。それを忘れないでくれ。ミュゼ。君はどう思った?」

 

「私も皆さんと一緒なら、いかなる壁も乗り越えられると思います。教官、皆さん改めてよろしくお願いします」

 

「ああ、よろしく頼む」

 

「それにキリコさんとなら、たとえ火の中水の中ですわ♥️」

 

「はい、ストップー」

 

ユウナがミュゼを取り押さえる。

 

「やれやれ。最後にアッシュ、何かあるか?」

 

「別に」

 

「アッシュ」

 

「いや、いい。ただアッシュ、一つだけ覚えておいてくれ。チームワークはただの馴れ合いなんかじゃないぞ。時にはぶつかるのも良し。まあ、俺が旧Ⅶ組で学んだことなんだが」

 

「……………」

 

アッシュはそっぽを向いた。

 

「俺らだってそうだったぜ。ロイドにお嬢にティオすけ。初めから息がピッタシだったわけじゃねぇ。いろんな事件を通して特務支援課が出来上がっていったんだ」

 

「先輩……」

 

……ピリリリリッ……ピリリリリッ……

 

突然、リィンのARCUSⅡに通信が入った。

 

「もしもし。はい。こちらは終わりました。はい。ではこれから」

 

「?」

 

「さて、君たちはチームワークを理解してもらったわけだが」

 

(あっ、この流れは)

 

ミュゼはこれから起きる出来事を察知した。

 

「理解した後は実践だ」

 

「実践?」

 

「いやな予感が……」

 

「これより、Ⅶ組特務科はアインヘル小要塞攻略に向かう。十分後、出発する。それまで各自、準備をしておいてくれ」

 

リィンは準備のため、校舎へと戻る。

 

「んじゃっ、頑張れよ~」

 

ランディも手を振りながら校舎の中へ消えて行った。

 

「あ、あ、あ……」

 

ユウナの体が小刻みに震える。

 

「予想通り、ですね♪」

 

「………………」

 

「あんの野郎……」

 

「仕方ありませんね……」

 

「まあ、不甲斐なかったのは事実だからね。キリコ、ARCUSⅡの調整を、ってユウナ?」

 

ユウナの耳にクルトの声は届いていなかった。

 

 

 

「あんの、スパルタ鬼教官ーーーー!!!」

 

 

 

ユウナの叫びが分校は勿論、リーヴスにまで鳴り響いた。

 

 

 

少し前 リーヴス駅前

 

「それにしても久しぶりだね。やっぱりリィン君に会いに?」

 

「はい。ジョルジュさんはシュミット博士にですか?」

 

「うん……。ちょっと憂鬱だけどね」

 

ジョルジュと呼ばれた恰幅の良い男は頬をかく。

 

(まあ、本命はあの人の命令の方だけどね。それにしてもいったい何なんだ?触れ得ざる者とは……)

 

「……ジョルジュさん?どうされました?」

 

「いや、何でもないよ。それよりエリゼ君はどうするんだい?リィン君たち新しいⅦ組は博士の実験に参加するらしいけど」

 

「でしたら、私もそちらに向かいます」

 

「わかったよ。それじゃ行こうか」

 

ジョルジュとエリゼは分校校舎へと向かった。

 




次回、七人体制での小要塞攻略になります。


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仲間②

今回、遂にキリコがアレを使います。


リィンは生徒たちを連れてアインヘル小要塞へと向う前にユウナに説教をしていた。

 

「次からは慎むようにな?」

 

「……はい」

 

ユウナはやや不貞腐れたように返事した。

 

「長いな……」

 

「無理もないかと。町長さんが駆け込んで来たそうですから」

 

「魔獣か何かだと思ったんだろ」

 

「ミハイル教官も見たことないほど怒ってましたね」

 

「当然だろうな」

 

クルトたちはユウナの様子を見ながら話していた。

 

「ふう。それじゃ、行くとしようか」

 

リィンの言葉で新Ⅶ組は歩き出した。

 

 

 

「兄様!」

 

「エリゼ!?」

 

「エリゼさん!?」

 

アインヘル小要塞で待っていたのはエリゼだった。

 

「どうしてこちらに?」

 

「はい。姫様の代理で参りました」

 

「そうだったのか。でもよく来れたな」

 

「もう。もう子どもではありませんよ。それに偶然この方にお会いしたので」

 

「やあ、リィン君。久しぶりだね」

 

奥から恰幅の良い男がやって来た。

 

「ジョルジュ先輩!」

 

「お知り合いですか?」

 

「ああ、トールズ時代の先輩だ。トワ先輩の同級生でもあるんだ」

 

「へえ、そうなんですか」

 

「君たちが新しいⅦ組だね。僕はジョルジュ・ノーム。トワと同期でリィン君の一つ上だったんだ。よろしくね」

 

「はじめまして、ユウナ・クロフォードです」

 

「クルト・ヴァンダールです。お見知りおきを」

 

「アッシュ・カーバイドだ」

 

「ミュゼ・イーグレットです。よろしくお願いします」

 

「キリコ・キュービィーです」

 

新Ⅶ組は自己紹介をした。

 

「よろしくね。アルティナさんは内戦以来かな?」

 

「はい。お久しぶりです」

 

アルティナは頭を下げた。

 

「それにしてもどうされたんですか?もしかして博士に?」

 

「あはは、正解だよ。手伝いに来いって言われてね」

 

「フン。弟子が手伝いに来るのは当たり前だろう」

 

シュミット博士がやって来た。

 

「弟子?ジョルジュさんが?」

 

「うん。弟子3号なんて呼ばれてるよ」

 

「ではティータさんの先輩に当たるんですね」

 

「そういうことだね」

 

「そろそろ始めるぞ。それとシュバルツァーの妹には弟子候補とオペレーターをやってもらう」

 

「エリゼにですか?」

 

「簡単なテストをやらせてみたが、素質はある」

 

「そうなんですか?」

 

「エリゼさんすごいですね♪」

 

「そんな。職務上、端末に触れる機会が多かっただけです」

 

「そういえば、女学院の生徒会長だったな」

 

「なるほど……」

 

「いい加減始めたいのだが?」

 

「あっ、はい。では兄様、失礼します」

 

「わかった。よろしく頼むぞ」

 

エリゼはシュミット博士らとともに奥の部屋に行った。

 

 

 

数分後。

 

『兄様、皆さん。聞こえますか?』

 

「ああ、聞こえるぞ」

 

『感度良好。それではLV3へとお進みください』

 

「わかった」

 

『LV3は前回より難関です。頑張ってください』

 

「ハッ、任せとけってんだ」

 

「このメンバーならば達成できるかと」

 

「そうね。Ⅶ組ならね」

 

「ああ。僕たちは仲間だからな」

 

「そうだな」

 

「では参りましょう」

 

「気合いは十分みたいだな。これよりⅦ組特務科は小要塞LV3攻略を開始する」

 

『イエス・サー!』

 

 

 

[キリコ side]

 

LV3というのは伊達ではなかった。前回よりも複雑な造りになっており、放たれている魔獣も強い。

 

俺たちは入って早々、魔獣と戦闘になった。

 

「オラァ!」

 

魔獣の群れにアッシュが切り込む。

 

アッシュは近~中距離での戦いを得意としていて、以前に見せた奇襲用ギミックも相成って、なかなか強い。

 

「オワゾーブルー!」

 

ミュゼがクラフト技で回復した。

 

ミュゼの戦闘スタイルは遠距離からの攻撃と補助で、威力云々よりも敵にいれば厄介なタイプだ。

 

だがユウナもクルトもアルティナも決して劣ってはいない。

 

ユウナは先月での一件で迷いを振り切ったのか、思い切りが増したように思える。突っ込み過ぎているとも言えるが。

 

クルトも迷いはなさそうだ。俺は剣術はわからないが、余裕すら伺える。

 

アルティナは最初に会った時より感情が出ているように見える。

 

前回つくられたと言っていたが、こいつやミリアムとやらはPSなのだろうか。

 

だがこの世界にジジリウムは存在しない。

 

まあ、こちらに害をもたらすわけではないので警戒する必要はない。

 

「キリコ!来ているぞ!」

 

「……………」

 

問題ない。

 

横から来た魔獣をアーマーマグナムで撃ち落とすと、魔獣は息絶えた。

 

「やっぱりすごいわね。もしかして見えていたとか?」

 

「あれに気を配りつつ戦っていた。それだけだ」

 

「簡単に言いますけど、それって難しいのでは?」

 

「まあ、キリコだからな」

 

「キリコさんですから♪」

 

「もう何でもいいや……」

 

ユウナは呆れたようだ。

 

まあ、一学生のスキルではないし、どちらかと言えば経験則だからな。

 

「クク、内戦でルグィンや黒旋風と殺し合ってただけはあるようだな」

 

「………………」

 

「ちょっと!」

 

「別に気にしてない」

 

あれは戦争だからな。

 

「ゴホン。そろそろ探索に入るぞ。さっきのことを生かしながら、迅速かつ確実に行こう。このチームならいけるはずだ」

 

「わかりました」

 

「了解です」

 

「はいよ」

 

「了解しました」

 

「了解」

 

俺たちは改めて、探索を開始した。

 

[キリコ side out]

 

 

 

「ここを切り替えれば進めるんじゃないか?」

 

「ええ?向こうが先じゃない?」

 

「あほか。あの宝箱が取れねぇだろ」

 

「でしたらあちらはどうでしょう」

 

「……決まりませんね」

 

「そうだな」

 

LV3は端末で床を切り替えるものだった。新Ⅶ組はああでもない、こうでもないと議論していた。

 

『皆さん。そのルートですと、右から回り込んでください。その先に端末があります』

 

エリゼが助け船を出した。

 

「ああ、すまない。それじゃ、行こうか」

 

一行が進んだ先は行き止まりだった。

 

調べてみると、ダクトの入り口が見つかった。それを見たユウナの機嫌は露骨に悪くなった。

 

『そのダクトの先に端末があります。その……頑張ってください!』

 

ユウナに気づいたエリゼが言葉を絞り出す。

 

「あ、ああ。じゃあ、俺が先頭でアッシュ、クルト、キリコの順番で行くから女子は相談してからついて来てくれ」

 

「チッ」

 

「アッシュ。その舌打ちは何なんだ?」

 

「……気にすんなよ」

 

アッシュはリィンの後を渋々といった感じでついて行く。それにクルトとキリコも倣う。

 

女子は相談の結果、ユウナ、ミュゼ、アルティナの順番でダクトに入った。

 

「これじゃこそどろだな」

 

「うるっさいわねぇ!早く行きなさいよ!」

 

「ユウナさん。こういう時こそ女を磨くスパイスになるかと」

 

「知らないわよ!」

 

「ユウナさん、早く進んでください」

 

「はあ。キリコさんの後ろが良かったのですが」

 

「アンタ、いい加減にしなさいよ?」

 

「………………」

 

「………ケッ」

 

(キリコも大変だな……)

 

「後ろ。無駄話が多いぞ。これが本物の作戦だったら失敗だぞ」

 

リィンが生徒たちを咎めた。

 

 

 

ダクトを出た後も、一行は魔獣と何度も戦闘になった。

 

「はあああっ!」

 

ユウナは微塵も臆せず、魔獣を撃破していく。

 

「……ユウナさんが燃えています」

 

「鬱憤晴らしのつもりか……?」

 

「違うわよ」

 

ユウナはアッシュの言葉を否定した。

 

「とっとと終わらせてあのマッド博士にガツンと文句言ってやりたいのよ!」

 

「……そうか」

 

「ていうかキリコ君も助手なら止めることできるでしょ!?」

 

「ついにキリコさんに当たり始めましたね」

 

「触らぬなんとやら……だな」

 

アルティナとクルトはユウナの様子を遠くから見つめる。

 

「気持ちはわかるが、そのくらいにしておけ」

 

リィンはユウナをやんわりと止める。

 

「ううう………」

 

「もう少しで最奥だから頑張ってくれ。なんなら文句はそこで聞くから」

 

「……大丈夫です。今はみんなでゴールすることが優先ですから」

 

ユウナは真っ直ぐ前を見た。

 

「ユウナ……」

 

「そうですね」

 

「その通りです」

 

「ならとっとと行こうぜ」

 

「うん。後、ごめんね。当たっちゃって」

 

「気にするな。愚痴ぐらい聞く」

 

「え?」

 

「仲間、だからな」

 

「キリコさん……」

 

「はは、その意気だ。それじゃ、進むぞ」

 

「探索を再開します」

 

 

 

『後は道なりに進んでください。後少しですよ』

 

「わかった」

 

リィンたちは全ての仕掛けを解除し、ゴールへ向かって歩いていた。

 

「やっと終わりが見えてきたな」

 

「結構頭を使いましたね」

 

「っあ~、だりぃな」

 

「ふう……。それにしてもキリコさんがいてくれて良かったですね」

 

「ああ。まさか端末にあんな仕掛けが施されていたなんてな」

 

「正直、予想外でした」

 

ユウナたちは先ほどのことを振り返った。

 

 

 

[アルティナ side]

 

最後の端末でセキュリティ解除を試みたところ、不意にブザーが。その瞬間、魔獣が集まって来ました。

 

魔獣を殲滅させても集まって来ることから、魔獣を呼び寄せる仕掛けであると確信。

 

そこでキリコさんが解除に専念し、わたしたちはその間戦闘を行うことを決めました。

 

驚くべきことにキリコさんは2分足らずで解除。

 

これにより魔獣が集まって来ることはなくなり、残りの魔獣も殲滅完了。

 

戦闘後、ユウナさんの怒りは頂点に達し、通信を入れてきたシュミット博士に思いつくままの罵詈雑言を浴びせました。

 

でもシュミット博士の『うかつに触れる方が悪い』『想定しえる事態にどう対応できるか』という正論(?)の前に折れるしかありませんでした。

 

うなだれるユウナさんを慰める間、わたしはキリコさんの目が気になりました。

 

先月の演習でわたしは造られたといいました。

 

ユウナさんやクルトさんは半信半疑にもなっていないようでしたが、キリコさんは何やら確信めいた感じがします。

 

キリコさんは気づいているのでしょうか。わたしが人間ではなく、ホムンクルスであることに。

 

[アルティナ side out]

 

 

 

「っとにろくなことしないわね!」

 

「まあまあ。不測の事態だったけど、次に同じ事が起きてもどう対応すれば良いかが分かっただけでも収穫だっただろう」

 

憤慨するユウナをクルトが諌める。

 

「高い授業料だったけどな」

 

「でも見返りは大きいかと。キリコさんもありがとうございました」

 

「ああ」

 

「……………」

 

クルトは顎に手をあてる。

 

「どうしたの?クルト君」

 

「ああ。僕ももう少し導力ネットを扱えるくらいになりたいなって思っただけさ」

 

「導力ネットを?」

 

「確かに、キリコさんに頼りきりでは支障が出ますね」

 

「それなら今度の授業で似たプログラムをやってみるか?」

 

「ぜひお願いします」

 

リィンの提案にクルトは首を縦に振る。

 

「真面目か、てめえは」

 

「アルティナの言う通り、キリコ任せじゃ支障が出る。それにキリコは実験用機甲兵の運用で抜けることもあるかもしれない。その場合、泣きを見るのは僕たちだ」

 

「はい。それに覚えておいて損はないと思います」

 

「へいへい」

 

「何よその返事」

 

「まあまあ」

 

「そろそろ終点だ。全員、切り替えてくれ」

 

リィンがパンと手を叩き、ユウナたちは頭を切り替える。

 

「とりあえず、回復装置で小休止してから最奥に入る。何が出てきてもいいように備えておいてくれ」

 

『はいっ!』

 

 

 

終点に到達し、準備を済ませた新Ⅶ組は最奥の部屋に入った。

 

そこには、鬼のような大型魔獣が待ち構えていた。

 

「いきなりか!」

 

「ハッ、上等だ!」

 

「ええ、あたしたちならやれるはずよ!」

 

「はい。Ⅶ組ですから♪」

 

「気合いは十分だな。総員、これより戦闘を開始する!」

 

『イエス・サー!』

 

 

 

[キリコ side]

 

鬼のような大型魔獣──マスラオは硬い体表と似つかわしくない俊敏さが特徴のようだ。

 

幸いアーツが効くようなので、アルティナとミュゼがアーツを担当することに。

 

「弧月一刀!」

 

「双剋刃!」

 

「ブレイブスマッシュ!」

 

「デッドリーサイズ!」

 

俺を含めた残りはクラフト技主体で攻める。

 

クラフト技ハンタースローを皮切りに各自のクラフト技、二人のアーツを叩き込む。ぐらついたところをアーマーブレイクで一気に崩す。

 

戦いは数、という言葉を使う者は多いが、それはよほどの実力差がない限り当てはまると思う。

 

現在相対しているマスラオの実力は俺たちより少し上だろう。

 

その場合は数の差が有利に働くが、先月戦った道化師や火焔魔人などはそれがあってないようなものだ。

 

とはいえ、教官たちの荒療治で一つにまとまった俺たちならそれなりに食い下がれるかもしれない。

 

ならば、この相手は練習台としてうってつけだ。

 

 

 

すると、マスラオの体表が輝いた。

 

「こいつは……!」

 

「高揚ですか」

 

「総員、気を抜くな!」

 

「オラァ!」

 

アッシュが切り込むが、マスラオの体表に弾かれた。

 

「マジかよ……」

 

「ならば!」

 

ミュゼがアーツを放つが、先ほどよりダメージが通らないようだ。

 

「厄介ですね……」

 

「でも倒せないわけじゃないわ!みんなで一斉にかかればなんとかなるわ」

 

「……いや!」

 

マスラオはそれを察知したのか、力任せに殴りかかってきた。

 

「くっ……!」

 

「さすがに厳しいな」

 

リィン教官からそんな言葉が出た。

 

「試してみるか」

 

「え?」

 

「キリコ?」

 

周りが不思議そうな目で見てくる。俺はそれに構わず前に出る。

 

(仲間か。いざ意識してみるとやはり照れくさい。だが、悪くもないな)

 

 

 

『始めるか。ふんっ!仕留める』

 

 

 

グレネードを皮切りに制服に隠し持っていたサブマシンガンの連射。最後にリミッターを外したアーマーマグナムの一撃。

 

Sクラフト『フレア・デスペラード』

 

俺が所持している銃火器による連続攻撃。

 

猛攻を受けたマスラオは吹き飛ばされ、消滅した。

 

『…………………』

 

リィン教官を始め、ユウナたちは唖然としていた。

 

 

 

「…………」

 

「やるじゃねぇか」

 

アッシュが笑いながら肩を掴んできた。

 

「スッゴいわね~………」

 

「銃火器による連続攻撃ですか……」

 

「さすがに予想外だったな……」

 

「ふふ、さすがキリコさんですね♪」

 

「アンタは離れなさい」

 

ユウナがミュゼをひっぺがした。

 

「キリコ。それはどうしたんだ?」

 

「制服に仕舞っていた」

 

「制服に?」

 

「クク、改造してたのかぁ?」

 

「改造って……。でも本当にキリコ君って器用よね」

 

「………………」

 

百年戦争時代、レッドショルダー以前に参加していた作戦で同じ部隊に手先が器用なやつがいた。

 

そいつは耐圧服が破れた際、ワイヤーか何かで縫っていた。耐圧服は破れればその都度軍から支給されるのだが、そいつはもったいないと言っていた。

 

そいつの顔と名前は忘れてしまったが、そいつの手先と言葉は覚えていた。

 

(誰も彼もがただ今日を生きるために戦っていた時代。そんな時代に似つかわしくない振る舞い。もしかすると俺は「人間」に会っていたのかもしれないな)

 

「キリコ?」

 

「どうかしましたか?」

 

「いや、なんでもない」

 

柄にもなく感傷的になってしまったな。

 

[キリコ side out]

 

 

 

「まあ、なんにせよ、これで小要塞攻略はクリアだな」

 

リィンの言葉にユウナたちはハッとした。すると、天井から声が響く。

 

『お疲れ様でした。これにより、LV3は終了です』

 

『フン、それなりにやるようだな』

 

『博士!』

 

『やれやれ。相変わらずだな』

 

シュミット博士の憎まれ口にティータとジョルジュがげんなりした。

 

「へっ……」

 

「あれがG・シュミット博士ですか……」

 

「言いたいことは痛いほど分かる。でも現実だ」

 

「………そうですね」

 

「ただのマッドサイエンティストよ!」

 

(ユウナは特に厳しいな……)

 

「……………」

 

『さっさと戻って来るがいい。時間の無駄だ』

 

『え?え?あの、どちらに?』

 

『は、博士~~!?』

 

『やれやれ!本当に変わらないなぁ』

 

天井からため息と戸惑いが聞こえてきた。

 

リィンたちは苦笑いを浮かべながら、アインへル小要塞入り口に戻って行った。

 

 

 

その後、新Ⅶ組はそれぞれの部活動に向かった。

 

キリコは教官室でリィンから軽い説教を受けた後、格納庫でティータとジョルジュの3人で作業をしていた。

 

「しかしすごいな。機甲兵の行動パターンをここまで鮮明にデータ化するなんて」

 

「ええ。本当にすごい人です」

 

「…………」

 

「もしかして、どこかで修行したとか?」

 

「あっ、私も気になってました」

 

「ただひたすら、導力ネットについて学習した。俺は糞真面目な男だからな」

 

「うーん。答えになってないような……」

 

「でも分かる気がするな。技術者やメカニックって同じ事を何度もできる人のことを指すんじゃないかって」

 

「同じ事を?」

 

「例えば機甲兵のメンテをやるとしよう。毎回同じ項目のチェックをするわけだけど、一切の手を抜かず、かつ真剣にやるのは当たり前のようで難しい。それこそ糞真面目に向き合わなきゃダメなんだと思う。キリコ君はそれを心得ているんだ」

 

「なるほど……」

 

「何が言いたいかっていうと、同じ事を真剣にこなせる人だからここまでのレベルで扱えるんだと思うってことさ」

 

「買いかぶりです」

 

キリコはコーヒーを啜りながら答えた。

 

「そんなことはないさ。それより君たちに聞きたいことがあるんだ」

 

「?」

 

「何でしょう」

 

「ズバリ、博士のことさ」

 

「帝国における導力革命の火付け役と言われるだけはある。あの性格を除けば、技術者としては超一流だろう」

 

「そうですね。本当にすごい人です」

 

「なるほどね」

 

ジョルジュは腕を組み、頷いた。

 

「ジョルジュさんも博士のお弟子さんなんですよね」

 

「うん。といっても、ついて行けなくて逃げ出したんだけどね」

 

「逃げ出した?」

 

(……容易に想像できるな)

 

「お前たち、いつまで喋っている」

 

シュミット博士が背後から声をかける。

 

「あっ、すみません!」

 

「……レポートです」

 

キリコはレポートを博士に渡した。

 

「うむ。それで弟子3号、貴様のレポートも読ませてもらった。ラインフォルトだけでなく、ZCFにヴェルヌ社にも行っていたそうだな」

 

「さすが地獄耳ですね」

 

「ヴェルヌ社……共和国の?」

 

「うん。武者修行の一環でね。大陸各地の企業や研究所を回っていたんだ」

 

「そうだったんですね」

 

「まあよい。お前たちは帰れ。気が散るのでな」

 

そう言ってシュミット博士は二階へと上がって行った。

 

「あっ………」

 

「ふう」

 

「……………」

 

キリコたちは呆れながら、格納庫から出ていった。

 

 

 

(ここまで見た限り、確かにすごい。だが、あの人が警戒するほどの相手とは思えない。いや、これも仕事だ。ジョルジュ・ノームではなく、地精の一人『銅のゲオルグ』としての……)

 

(トワ、アン、そしてクロウ。すまない。これが僕だ)




フレア・デスペラード

所持している銃火器による連続攻撃。

元ネタはF○Ⅷの主要人物の必殺技です。


次回、ミュゼ目線であのイベント+オリジナルイベントを書きます。


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仲間③

その夜

 

[ミュゼ side]

 

今夜、エリゼ先輩は学生寮に泊まっていかれることになりました。

 

本当なら最終列車で帝都に戻られるはずでしたが、リィン教官の強い反対と分校長の勧めに折れる形になったそうです。

 

まあ、リィン教官がヴァリマールで飛んで行こうとしたのを止めたらしいです。

 

また、エリゼ先輩の歓迎会が開かれることになりました。

 

料理研究会やユウナさんたちが腕を振るった結果、先月のオルキスタワーで供されたメニューに勝るとも劣らない豪華さになりました。

 

更に、事前に近隣の方々にもお声をかけておいたので、先輩の歓迎会はとてもにぎやかなものになりました。

 

夕食の後、私とユウナさん、アルティナさん、ティータさんとトワ教官で学生寮のお風呂に入ることに。

 

なお、気を使ってくださったのか、殿方の皆さんはお風呂に近づいたりはしませんでした。

 

シドニーさんはこっそり近づこうとしたみたいでしたが、レオノーラさんとマヤさんとゼシカさんに折檻されてました。

 

ちなみにキリコさんは食堂でコーヒーの仕込みをしていました。

 

 

 

「はぁ~、いいお湯」

 

「ええ、気持ちいいですね」

 

「先輩、ユミルと比べていかがですか?」

 

「ユミル?」

 

「ユウナさんはご存知ありませんでしたか」

 

「ユミルはノルティア州北方にある所で私と兄の故郷なんです」

 

「リィン君とエリゼちゃんのお父さんであるシュバルツァー男爵閣下が治めていて、温泉地として有名なんだよ」

 

「へえ………って男爵?」

 

「リィン教官って貴族の方だったんですか?」

 

「え、ええ。もしかしてご存知なかったんですか?」

 

「だ、だってそんなこと一言も言ってなかったし……」

 

「そうですか。まったく……」

 

そういえばリィン教官はご自分のことを話しているところを見たことないですね。

 

確かエリゼ先輩とリィン教官は血のつながりがなく、シュバルツァー男爵閣下もリィン教官を養子にしたことで叔父を含む一部の貴族から言われなきバッシングを受けて社交界に姿を見せなくなったそうですが。

 

以前、エリゼ先輩がトールズ士官学院に行かれた際、リィン教官に男爵家を継がないと言われ、暴言を吐いてしまったことを後悔なされていました。

 

もしかすると、そのお考えは今も変わらないのでしょうか。

 

「そ、それよりユミルのことだったよね。さっきも言ったけど、温泉地としても有名なんだよ。確か、皇室とも関係があるんでしょ?」

 

「え!?」

 

「なんでも、ユミルにある鳳翼館は時の皇帝に下賜されたとか?」

 

「すご……!」

 

ユウナさんは目を見開いていました。

 

「アルティナさんは一度いらしたことがありましたね」

 

「はい、任務で」

 

確か姫様とエリゼ先輩を拐ったとか。

 

 

 

「そういえばティータちゃんの地元にも温泉地があるんだよね?」

 

「はい。エルモ村といってツァイス地方にあるんです。お爺ちゃんとよくお風呂に入りに行きました。マオお婆ちゃん、元気かなぁ」

 

「東方の方なんですか?」

 

「うん。ツァイス地方には共和国からの移民の人たちが多いんだよ」

 

「へえ。でもいいなぁ。あたし、温泉なんて行ったことないもん」

 

「みんなで温泉とか行ってみたいよねぇ」

 

トワ教官がそんなことを言いました。私もおじいさまとおばあさまとセツナさんの4人で行ってみたいです。

 

できれば……キリコさんとも………。

 

 

 

そろそろ聞いてみましょうか。

 

「そういえばエリゼ先輩?リィン教官とお二人でお風呂にはいってらしたとか?それも仲睦まじく♥️」

 

「!?」

 

ユウナさんが仰天しました。

 

「な、な、な……!」

 

「ふむ……」

 

慌てるエリゼ先輩の横でアルティナが興味深そうにしています。

 

「エ、エ、エリゼさん!?」

 

「いやあの……ミュ~ゼ~!」

 

「ふふ、エリゼお姉様、綺麗なお顔が台無しですわ」

 

「お姉様!?」

 

「あ、貴女、お姉様なんて言ったことないでしょう!」

 

「ふふ、バレました♪」

 

舌を出すのを忘れません。

 

 

 

「まったく、ミュゼったら……」

 

「すみません」

 

「でもいい機会かもしれません。皆さんから見て、兄はどうなんでしょうか?」

 

「リィン君を?」

 

「はい」

 

エリゼ先輩の眼差しは真っ直ぐでした。

 

「そうですね……」

 

口火を切ったのはアルティナさんでした。

 

「教官とは入学以前からの付き合いです。子ども扱いするし、無闇に頭を撫でたりすることが多かったのでなんというか、不埒な人です」

 

「あ、あはは……」

 

「でも、頼りになる人です。こんなところでしょうか」

 

「アル……」

 

「私もすごい人だと思います」

 

次にティータさんが手を挙げました。

 

「リィン教官のことはリベール通信でしか知りませんでしたが、実際に会ってみてすごい人だと思ったんです。戦いも人柄も。それにリィン教官の教え方もすごく分かりやすいので帝国史の授業もついていけてます」

 

「わかります。複雑な時代背景も一つ一つ丁寧に紐解くので、頭に入ってくるんですよね」

 

「リィン君のことは学生時代から知っているけど、真面目で責任感が強いことは確かだよ。でも、それと同じくらい無茶をしちゃうから心配なんだよね」

 

「……………」

 

ユウナさんがちょっと複雑な顔をされてます。

 

「ユウナさん?」

 

「あの、何か……」

 

「へっ?ああ、うん。なんでもないです」

 

「?」

 

「ユウナさんは教官がとても気になるようですね♥️」

 

「な、な、何言ってんのよ!あ、あたしがあの人なんかに……」

 

「あら?誰もリィン教官とは言ってませんが?」

 

「アンタねぇっ!!」

 

「何やら騒がしいな」

 

振り向くと、分校長がいらっしゃいました。

 

 

 

「ふむ、いい湯加減だな」

 

「そ、そうですね……」

 

「どうした?先ほどより静かなものだが」

 

「い、いえ……」

 

「お気になさらず……」

 

皆さん、分校長を見ていらっしゃいます。はい、惨敗です。

 

「しかし乙女らしく盛り上がっていたようだが、シュバルツァーを落とす相談でもしていたのか?」

 

「お、落とすって……」

 

「意味は分かりませんが、教官のことを話していました」

 

「フッ……」

 

分校長は微笑みながら語り始めました。

 

「あの手の者は一見八方美人に見えるが、その実一途で頑固ですらある。ならばいかに雰囲気を作って己の土俵へと引き込むかが肝要であろう」

 

「なるほど」

 

「勉強になります」

 

「己の土俵……」

 

「ふむ」

 

「はぁ~、って分校長!!」

 

トワ教官がつっこみました。

 

「フフ。まあ、あれ以上の頑固者もいるがな」

 

「へ……」

 

「頑固者?」

 

「誰なんですか?」

 

「……………」

 

私はそれが誰を指しているのか分かった気がしました。

 

 

 

お風呂から上がった後、私は分校長、もといオーレリアさんの部屋にいました。

 

「フフ、いかがしました?ミルディーヌ公女」

 

「いえ……」

 

「キュービィーのことでしょうか?」

 

「ッ!?」

 

私は口に含んだ紅茶を吹き出しそうになりました。

 

それを見たオーレリアさんが可笑しそうに笑いました。

 

「やはりそうでしたか。貴女のキュービィーに対する態度は謀略とは似て非なるものだと思いましたが、いやはや、貴女も乙女でしたか」

 

「か、からかわないでください!」

 

「からかってなどおりませぬ。次期カイエン公爵となられる貴女の幸せを願っておりますゆえ」

 

「あ、あううう…………」

 

私は顔から火が出そうになりました。

 

「しかし、キュービィーですか……」

 

突然真顔になりました。

 

「お風呂場で言ったのは、キリコさんのことですね」

 

「ええ。いや、言葉が足りませんでした。やつは頑固というより不可解なので」

 

「不可解?」

 

「ご存知のとおり、私は戦場に長く身を置いています。その過程で様々な人間の目を見てきました。怒り、悲しみ、喜び。その中でも一際異質だったのがキュービィーです」

 

「確かにキリコさんはどこか寂しそうな目をされていましたが」

 

「寂しそう?いえ、あれは喪失者の目です。まるで遠い昔に命より大事なものを喪った、そんな目です」

 

私はオーレリアさんが何を言っているのか理解できませんでした。

 

「で、でもキリコさんは……」

 

「ええ。内戦時にあのジギストムンドの凶行により、養父母を村ごと喪っています。ですが、それだけが理由とは思えませぬ」

 

「……貴女は何を見たんですか?」

 

「……歴戦の戦士であり、己の命さえ気にも留めない、いわば自殺志願者。そして先ほど申し上げた喪失者です」

 

「……………」

 

「戸惑うのも無理ありません。私でさえ自分の目を疑っているくらいですから。とても16歳とは思えませんでした」

 

「……………」

 

私は頭がクラクラするのが分かりました。

 

「公女殿下」

 

「………」

 

「それでも好いているのでしょう?キリコ・キュービィーを」

 

「………はい」

 

「ならば、その思いを貫き通すことです。何があろうとも、己を曲げずに」

 

「はいっ!」

 

私の両目から涙が溢れていました。オーレリアさんは隣に座り、優しく背中をさすってくれました。

 

 

 

「……落ち着きましたか?」

 

「はい。すみません、恥ずかしい所をお見せしました」

 

「なんの。それにしても巡り合わせとは残酷ですな」

 

「?」

 

「私はやつを我が婿に取るつもりでした」

 

「え?ムコ?」

 

「そう、婿です」

 

「え……」

 

「ええええええ~~~っ!?」

 

今日一番の驚きです。

 

「そんなに驚くことですか?」

 

「い、いやあの、その……。そういった話はあまり聞かなかったものですから……」

 

「フフ、私も婿取りをしなければならんので」

 

「でもどうしてキリコさんなんですか?他にもお眼鏡に叶う方はおられなかったんですか?」

 

「これまで見合いだなんだとさせられてきましたが、私を負かしてみろと剣を見せたら皆尻尾を巻いて逃げ出すような軟弱者ばかりでした」

 

「……………」

 

逃げ出すのが正解、と思う私は間違っていないはず。

 

「そんな時、内戦で敵方に凄腕の機甲兵乗りがいると噂を聞きましてな。その時は期待してませんでしたが……」

 

オーレリアさんの顔に笑みが浮かびました。

 

「それは間違いでした。機甲兵に乗って間もないとはいえ、見知らぬ相手に圧倒されました。叩きのめされ、ボロボロにされた時、私は何が起きているのか分かりませんでした。その日から数日も経たない内に今度はウォレスが敗けたことを知り、私は震えました。求めていた相手に出会えたと」

 

「そうだったんですね」

 

「それから私はあの機甲兵を討ち取るのに執念を燃やしました。ですが、討ち取るのは叶いませんでした。やつ一機にこちらは十倍以上の損害を被りましたので」

 

「………………」

 

「しかし不思議なことに、部下たちはともかく私やウォレスに憎しみは生まれませんでした。むしろ友を得たような嬉しさでした」

 

「嬉しさ……」

 

「その内に、私の心は高鳴りました。この男だ、この男こそ我が婿にふさわしいと。これまでの軟弱者どもなぞに時間を取られたのはやつに会うための試練だったと思わずにはおれませぬ」

 

オーレリアさんの頬が赤いようにも見えます。

 

ん?

 

「あの、一つよろしいですか?」

 

「何か?」

 

「キリコさんを推薦した理由というのは……まさか」

 

「フフ、さすがに分別はつきますゆえ。キュービィーを推薦したのはその力と実績ですよ。このまま政府の狗にされるくらいなら学生の方がマシでしょう」

 

「そうですね。もし、キリコさんが敵に回っていたらゾッとします」

 

「まあそれはいいでしょう。しかし、貴女がやつを好いているのは驚きましたが」

 

「うう……」

 

私の顔がまた熱くなりました。

 

「ちなみに、キュービィーのどこに惹かれたのですかな?」

 

この人は本当にストレートです。

 

「………優しさ、でしょうか」

 

「ほう?」

 

「確かにキリコさんは寡黙で無口で無愛想で、お世辞にも社交的とは言えません。でも、あの人は、優しいんです。おじいさまの家で出会ってからそれを実感しました。言葉は少ないけれど、周りを見ている人です」

 

「そして、誰かが傷つくことを、失うことを嫌がる。そんな気がするんです」

 

「ふむ」

 

オーレリアさんは何かを思案するように顎に手をやります。

 

「キュービィーとは下宿していた頃から?」

 

「その……恋をしていたと気づいたのは……先月の演習の帰り……です」

 

「ほうほう」

 

オーレリアさんは面白そうと言わんばかりの顔になりました。

 

「なるほど。まあ、婿は改めて探すとしましょう。ではミルディーヌ公女、そろそろ本題に入りましょう」

 

「へっ……あ、ああ、そうですね」

 

ペースに流されて忘れていました。今回、オーレリアさんの部屋に来たのは週末の演習についてでした。

 

今回の演習では、かつてない危機が訪れます。それに対抗するためにこうして相談するためです。

 

「では、今月は私も行くということで……」

 

「はい、お願いします」

 

[ミュゼ side out]

 

 

 

「キリコさん、よろしいですか?」

 

「ん?」

 

キリコがコーヒーを飲んでいると、エリゼがやって来た。

 

「どうかしたのか?」

 

「いえ、あの子のことで……」

 

エリゼはキリコの前に座った。

 

「ミュゼがどうかしたのか?」

 

「はい。キリコさん、あの子とはどんなお付き合いを?」

 

「何?」

 

「その……不躾なのは百も承知ですが、あの子のことを聞けるのは、キリコさんしかいないと思ったので」

 

「……………」

 

エリゼは周りに誰もいないことを確認した。

 

「その……キリコさんはあの子の本名は……」

 

「知っている」

 

「!? ご存知でしたか」

 

「あいつが自分から言った」

 

「ミルディーヌが?」

 

「ああ」

 

「後、アルティナさんから聞きましたが、キリコさんはイーグレット伯爵のご自宅で過ごされたとか」

 

(本当に口が軽いな……)

 

「その、失礼ですけど……」

 

「………単なる下宿だ」

 

「下宿?」

 

「それより、なぜそんな事を聞く」

 

キリコはエリゼに疑いの目を向ける。

 

「す、すみません。理由も話さずに進めてしまって」

 

エリゼは謝罪の後深呼吸をした。

 

「あの子は、私が入学する以前から女学院にいました。当時、ユミルから出てきたばかりの私は心細かったのですが、幸運にもあの子や姫様と知り合うことができました」

 

「……………」

 

「ただ、あの子からはどこか壁を感じていました。まあ、年端もいかない頃から女学院にいたそうなので無理もありませんが。ですが──」

 

エリゼは一呼吸おく。

 

「先月、クロスベルで再会した際、相変わらずつかみ所がありませんでしたが、キリコさんに対してだけは違いました。私も見たことのないほどに心を開いているような感じでした」

 

「……………」

 

「あの子のことは妹のように思っています。だから──「心配だからか?」……え?」

 

「心配だからか?」

 

「あっ……はい……」

 

エリゼは頭を垂れる。

 

「俺は分校長の推薦でここに入った」

 

「え?」

 

「その時イーグレット伯爵の家に下宿していた。それだけだ」

 

「そう、なんですか……」

 

「不都合でもあるのか?」

 

「い、いえ!そうではなくってですね。安心したんです。あの子が心から笑っているのを見るのは久しぶりなので」

 

「……………」

 

キリコはコーヒーを飲み干した。

 

「もう遅い。明日は早いのか?」

 

「あっ、はい。始発に乗るつもりです」

 

「なら早く寝ることだ」

 

「そうですね。おやすみなさい」

 

「ああ」

 

キリコはぶっきらぼうに返事した。

 

 

 

(確かに寡黙で無愛想な方ですけど、私を助けてくれた時みたいに静かな優しさがありますね。いくら殿方に慣れていないとはいえ、あの子が惹かれるのも無理もないわね)

 

エリゼはベッドへと戻って行った。

 

 

 

「……………」

 

キリコはコーヒーカップを洗い、食堂を出ようとした。

 

「キリコ?ちょっといいか?」

 

扉の前にリィンが笑顔で立っていた。

 

「何か?」

 

「さっき、エリゼと二人で何やっていた?」

 

「……………」

 

「な・に・を・やっていた?」

 

リィンは凄みを纏い、笑顔でキリコに近づいた。

 

「教官のことを聞かれていました」

 

「俺の?」

 

リィンから凄みが霧散した。

 

「ええ、貴方がいかに無茶苦茶なのかを」

 

「そ、そうか……。いや待て、エリゼに怒られる未来しか見えないんだが……」

 

「そこまでは知りません」

 

キリコはうなだれるリィンには目もくれず、自室へと向かった。

 




次回、機甲兵教練です。


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羅刹

キリコ対オーレリア


6月13日

 

キリコとティータは機甲兵の最終チェックに追われていた。

 

「ヘクトル弐型、問題ありません。キリコさん、そちらはどうですか?」

 

「ケストレルβ、問題ない」

 

「分かりました。ふう、やっと終わりましたね」

 

「ああ」

 

「それにしても、どうしたんでしょうね?いつもより念入りにやれって」

 

「さあな(ろくでもないことになりそうだが)」

 

キリコは残っていた缶コーヒーを飲み干す。

 

「それにしても壮観ですね。ドラッケンⅡ、シュピーゲルS、ヘクトル弐型、ケストレルβ。今日はこれ全部に乗るんですよね」

 

「各々の適性を測るらしいな」

 

「ちなみにキリコさんは?」

 

「俺はこれも込みでだ」

 

キリコは改修されたフルメタルドッグに目をやる。

 

「見た目は変わっていないんですね」

 

「ローラーダッシュ、ターンピック、アームパンチ、ターレットスコープの見直しをやったそうだ。フレームと装甲も多少マシになったようだ」

 

「なるほど……」

 

「よっ、精が出るな」

 

「二人とも、終わったのか?」

 

振り向くと、ランディとリィンがやって来た。

 

「あっ、教官」

 

「最終チェックは終わりました」

 

「そうか。しかし、ここも賑やかになったよな」

 

「そうですね。っと、そろそろ時間だ。キリコ、運び出すのを手伝ってくれ。ティータは主計科と合流してデータを頼む」

 

「了解」

 

「了解しました!」

 

キリコとティータはそれぞれの行動を開始した。

 

 

 

[キリコ side]

 

【チッ、踏ん張りやがらねぇ】

 

【うう、こんなに重いだなんて……】

 

今回の機甲兵教練では、機甲兵の適性を見ることが主だ。機甲兵は人間が扱う以上、当然向き不向きがある。

 

現在、アッシュとミュゼが動かしているが、結果はこのとおりだ。

 

パワータイプのアッシュは地に足を付けた接近戦を得意とする。そのため重装甲のヘクトル弐型は適しているが、戦場を縦横無尽に撹乱するように動くケストレルβとの相性は最悪なのだろう。

 

ミュゼはその逆と言ってもいい。元々女兵士が扱うための機体であるから軽い操作で動く。また、遠距離からの狙撃を得意とするミュゼにはうってつけと言える。だが、彼女の細腕ではヘクトル弐型は手に余るだろう。

 

「うーん。やっぱりドラッケンⅡがいいかな。扱いやすいし」

 

「僕もシュピーゲルSが合ってるな。まあ、乗り慣れているっていうのもあるんだけどね」

 

「私はどれも不向きです………」

 

後ろの方でユウナたちが感想を言い合っている。

 

ユウナもクルトもアッシュ同様、接近戦を得意とする。だが二人の運用法は異なる。

 

ユウナは打撃と銃撃を切り換えて戦うスタイルだ。

 

戦場においてその切り換えのタイムラグはスムーズでなくてはならない。なので扱いやすいドラッケンⅡを選ぶのは正しい選択だ。

 

クルトは剣術一本で戦う。

 

フレームや駆動がドラッケンⅡ以上性能を持つシュピーゲルSはクルト向きと言える。またリアクティブアーマー機能があるので、損傷率は比較的低い。無論、相応の技量が要求されるが。

 

アルティナに関してはわからない。

 

本人曰く、クラウ=ソラスを動かしてきたクセがついていると言う。残るはあれしかないが、それはさすがに無理だろう。

 

ちなみに俺は全て乗れるが、実験用機体以外の中では強いて言うならドラッケンⅡだ。

 

高速戦闘が主の俺は扱い易さを重視する。シュピーゲルSも悪くないが、カスタム性が低い。ケストレルβは軽すぎて逆にバランスが悪い。ヘクトル弐型は完全に論外だ。

 

 

 

乗り終えた二人が戻って来た。

 

「お疲れ、二人とも」

 

「どうだった?」

 

「やっぱヘクトル弐型だな」

 

「私もケストレルβが合っていますね」

 

「そっか。まあ、全部乗れる人もいるけど」

 

そう言ってユウナたちは俺を見る。

 

「…………」

 

「さすがはキリコさんですね♪」

 

「こればかりは勝てないな」

 

「ちなみにキリコさんは選ぶならどれを選びますか?」

 

「フルメタルドッグ以外ならドラッケンⅡだな。高速戦闘を多用する場合、いかに速く動けるかが要だな」

 

「だったらケストレルが良いんじゃねぇのか?」

 

「ケストレルでは軽い分、逆にバランスが悪い。空中戦闘も視野に入れると、効率も良くないしな」

 

「なるほどな……」

 

「地に足を付けて戦うってことよね」

 

「そうだ」

 

「あっ、皆さん。お疲れ様でした」

 

ティータが端末を持ってやって来た。

 

「ティータ!」

 

「ご苦労様。データが取れたのかい?」

 

「はい。皆さんのデータをすりあわせて最適なメンテナンスを行えるようにするんです」

 

「へー、そんな事も出来るんだ?」

 

「メカニックであるティータさんならではですね」

 

「……………」

 

ティータが話している間、俺は格納庫を見ていた。先ほど、分校長と博士が入って行くのを見た。

 

予感は確信へと変わった。

 

 

 

すると、リィン教官が集まるように指示を出した。

 

「よし、全員乗ったな。ではこれより模擬戦闘を行う。ケストレルβは一機、シュピーゲルSは二機しかないから適宜交換しながらな。ではまず──」

 

【その提案、待ってもらおう】

 

「え?」

 

声のする方を見ると、格納庫から金色のシュピーゲルSが歩行してきた。

 

「ええっ!?」

 

「あれは……!」

 

「金色のシュピーゲル!?」

 

「な、な、な……!」

 

分校生徒たちは言葉を失った。

 

それはそうだろう。この第Ⅱ分校で金色といえば一人しかいない。

 

リィン教官は呆然としていたが、我に返りシュピーゲルSに駆け寄る。

 

「分校長!?これは一体……」

 

【なに、たまには動かさぬと錆びが浮くのでな。先ほどの言葉だが、生徒たちの模擬戦闘の相手を私が務めよう】

 

「はあああっ!?」

 

「ぶ、分校長!?良いんですか、ミハイル教官?」

 

「私に聞くな!」

 

さしものミハイル教官も相当堪えているようだな。

 

(知っていたのか?)

 

(……ごめんなさい)

 

ミュゼが小声で謝る。

 

「まさか分校長が相手だなんて……」

 

「何だよ、ビビってんのか?」

 

「あの黄金の羅刹だからな。だが、今の僕たちなら多少なりとも食い下がれるはずだ」

 

「へぇ、お坊ちゃんが言うじゃねぇか」

 

「お坊ちゃんって言うな。ユウナとミュゼはどうする?」

 

「そうね、避けては通れないもんね」

 

「微力ながら、私も頑張らせていただきます」

 

二人の気合いも十分のようだな。

 

「キュービィーもやるんだろうな」

 

「ああ」

 

分校長──オーレリアとは内戦で散々殺り合った。今更決着などと言うつもりはないが、全力でいかせてもらう。

 

[キリコ side out]

 

 

 

【はあっ!】

 

【ぐわっ!?】

 

【遅い!実戦ならば命はないと知れ!】

 

【イ、イエス・マム!】

 

【次!】

 

オーレリアの駆るシュピーゲルSの剣技に分校生徒たちの機甲兵は次々に膝をついていった。

 

オーレリアのシュピーゲルS一機に対して、生徒側は複数というハンデにもかかわらず、オーレリアは全て返り討ちにしただけでなく、何が悪かったのか解説までする余裕すらうかがえた。

 

数少ない例として、ゼシカとマヤのチームがなんとか食らいついていったが、オーレリアの返し技で敗れた。

 

【くっ!】

 

【届きませんでしたか……】

 

【フフ、シュライデン流の槍技、見せてもらった。そなたの狙撃も悪くない。このまま精進するがよい】

 

【【は、はいっ!】】

 

 

 

「おい、ヴァンダール。てめえ、食い下がれるって言ったよな」

 

「………すまない。自信がなくなってきた」

 

クルトの闘志は早くも折れかける。

 

「ゼシカでもダメだなんて……」

 

「キリコさんはあの人と戦い抜いたことがあるんですよね?」

 

「ああ。だが大分手加減しているな。模擬戦なら当然だろうが」

 

「マジかよ……」

 

「多対一と言えど、本気なら1分も持たないだろうからな」

 

「一番聞きたくなかったわよ……」

 

ユウナは耳を防いだ。

 

「本気の分校長とは戦ったことはあるのか?」

 

「何度もある。いずれも撤退させられたがな」

 

「聞けば聞くほどすごいな、キリコは」

 

「必死だっただけだ」

 

キリコは表情を変えずに言った。

 

「必死、ですか」

 

「本気の命の奪り合いだからな。お前たちが経験した修羅場すら比べ物にならないほどのな」

 

『……ッ!』

 

ユウナたちは何も言えなくなった。キリコの目を見て、言葉が出なくなった。

 

「! すまない、困らせるつもりはなかった」

 

「う、うん……」

 

「……僕たちには想像も出来ない経験をしてきたんだな」

 

「私も様々な任務に就いていましたが……」

 

「……………」

 

(キリコさん……)

 

「コラ、何しょぼくれてやがんだ?」

 

見かねたランディがやって来た。

 

「ランディ先輩」

 

「まっ、確かにキリコはお前らよりも戦場ってモンを知ってるだろうよ。でもよ、今更って感じだろ」

 

「え……」

 

「特にユウ坊にクルトにアルきちはそうだろ?キリコが軍隊にいたって知ってから態度を変えたか?」

 

「あっ!」

 

「言われてみればそうですね」

 

「まっ、確かに今更だな」

 

「キリコさんはキリコさんです」

 

「つーか、あのバケモンとまともに殺り合ってたってだけでも大したモンだけどよ」

 

【聞こえているぞ、オルランド。次は貴様だ】

 

「あら~、聞こえてましたか……」

 

【返事は?】

 

「イエス・マム!」

 

ランディは直立不動で返事した。

 

【よろしい。後、Ⅶ組特務科は街道で行う】

 

「街道ですか?」

 

「お前たちは他より経験がある。少なくともここより動き易かろう】

 

「お、お待ちください!街道でやるとなると諸々の手続きが……」

 

【問題ない。既に手を回してある。それに町長殿からも許可をいただいてある】

 

「ぐっ……!」

 

オーレリアの手回しの良さにミハイルは閉口した。

 

「やってくれるぜ」

 

「上等じゃない!」

 

「……気を引き締めておけ」

 

「え?」

 

「分校長はなぜ街道を選んだ?」

 

「なぜって、動き易くするためでしょ?」

 

「動き易くなるのは俺たちだけか?」

 

「だけって……あ!」

 

ユウナはキリコの言わんとしたことに気がついた。

 

「おそらく、多少本気で来る。そういうことか」

 

「ハッ、なら遠慮なくブチのめさせてもらうか」

 

「私たちなら片膝をつかせることはできるかもしれません」

 

「やってみなくてはわかりません」

 

「………ああ。そうだな!」

 

「そうね。こうなったら何でも来いよ!」

 

(やる気は十分のようだな)

 

キリコはユウナたちの様子を見ながら、自身も覚悟を決めた。

 

 

 

戦術科とランディの模擬戦闘を終えたオーレリアはリーヴス東の街道に出た。

 

街道には既にリーヴスの住民が集まっていた。

 

「うわ~~。集まってるわねぇ」

 

「お祭り騒ぎだな……」

 

「………理解不能です」

 

「良いだろ、別に」

 

「ギャラリーがいようといまいと、することは変わりませんから」

 

(もはやバトリングだな。いや、あれとは違う。殺伐さは微塵もない。住民にとっても余興でしかないのだろう)

 

「キリコ君?」

 

「ん?どうした?」

 

「えっと……どうかしたのかなって」

 

「いや、何でもない。それより、組み合わせは決めたのか?」

 

「ああ。僕とミュゼとアッシュでいかせてもらいたくてね」

 

「なら俺はユウナとか」

 

「それなんですが、ドラッケンⅡの具合があまりよろしくないみたいなんです」

 

「そうか(ドラッケンⅡは分校生徒のほとんどが乗っている。つまり必然的に消耗が一番早い。ましてやオーレリアが相手なら当然か……)」

 

キリコは原因に検討をつける。

 

「つーわけで、先に行かせてもらうぜ」

 

「気をつけろ」

 

「ああ。行って来る」

 

「頑張ったらギュッてしてくださいね♥️できればベーゼも♥️」

 

「はいはい。さっさと行きなさい」

 

「ミュゼさんはブレませんね」

 

「………………」

 

 

 

[キリコ side]

 

結論から言うと、クルトたちはなんとか片膝をつかせることに成功した。

 

ヘクトル弐型による超接近戦で相手に張りつき、初動を封じる。

 

主攻のクルト機が斬りかかり、損害を与える。ケストレルβはサポートに徹し、こちらの損害は予想以上に少なかった。

 

最後にヘクトル弐型の連携技で勝負を決めた。

 

ただ、相手は黄金の羅刹。

 

その精神的消耗は相当なものだろう。機体から降りてきた三人はフラフラだった。

 

アルティナとユウナが三人を介抱する間、俺はフルメタルドッグを起動させていた。

 

 

 

【あの日以来だな】

 

【……………】

 

あの日──七耀暦1204年12月30日のことだろう。

 

俺は当時、貴族連合軍による帝都侵攻作戦を食い止めるべく、第九機甲師団別動隊に組み込まれていた。

 

本隊が足止めをする間、別動隊が横から奇襲をかける。

 

当初はそうだったが、相対するラマール領邦軍の数の多さに作戦は変更。総力戦となった。

 

俺は迫り来る敵機甲兵や戦車を潰していた。

 

 無論、機体は消耗をしていく。

 

オーレリアと相対する時には機体は完全にガタがきていた。

 

【さすがは我が宿敵。だが戦いは非情なものだ。せめて我が一撃で眠らせてやる!奥義・剣乱舞踏!】

 

【ぐっ……!!】

 

シュピーゲルの剣技でドラッケンは文字通り真っ二つにされた。

 

だが俺も爆散する寸前にオーレリア機の頭部に最大威力の銃撃を放つ。

 

シュピーゲルは頭部を弾かれ、後ろに下がった。

 

【ぐうぅっ!やるな……!?子ども、だと!?】

 

【…………】

 

俺は爆風で意識を失った。

 

気がついた時には、第九機甲師団は壊滅していた。

 

あの後、俺やライル中尉を含む若い将兵を逃がしたゲルマック少将を初めとする上級将官はラマール領邦軍に突撃。戦死した。

 

その後、第九を去り、オーレリアたちに誘われ、このトールズ第Ⅱ分校に入学したというわけだ。

 

 

 

【決着を………と言いたいところだが、お前は一生徒だ。とはいえ、先ほどと同じとはいかぬぞ】

 

結局、本気で来るようだ。

 

【シュバルツァー、オルランド、ハーシェル、アーヴィング。生徒たちと住民を離れさせろ。巻き込むわけにはいかん】

 

分別はあるようだな。指示を受けた教官陣はその通りに動く。

 

「キリコくーん、頑張って!」

 

「キリコ!分校長とて消耗もあるはずだ!」

 

「距離を空ければ大丈夫なはずです」

 

「てめえ、やり口はわかってるんだろ?」

 

「キリコさ~ん、いけますよ~!」

 

Ⅶ組が応援する。いや、Ⅷ組、Ⅸ組もだ。

 

【フフ、そなたも手ぐらい振ったらどうだ?】

 

【…………】

 

仲間、か。やはり悪くないな。

 

【わかっているだろうが、出し惜しみはするなよ】

 

【……行くぞ】

 

【来い!】

 

双方の合意の下、勝負が始まった。

 

 

 

【ハアアアッ!】

 

シュピーゲルSの斬撃が唸る。俺はかわしつつ、機体に銃撃を放つ。

 

【フフ、そうこなくてはな!】

 

【…………】

 

時計回りに高速移動し、ガトリング砲と二連装対戦車ミサイルで攻撃。だがシュピーゲルSは大剣を盾にして防ぐ。

 

【……このままでは埒があかないか】

 

俺は敢えて接近した。

 

【フッ、その意気やよし!】

 

オーレリア機も剣を構え、激しい斬撃を繰り出す。無論、ただでやられるわけにはいかない。

 

ここだ。

 

【むっ!?】

 

俺はフルメタルドッグのターンピックを使い急ブレーキをかける。凄まじい反動がかかるが気にしてはいられない。

 

シュピーゲルSが一瞬硬直した瞬間を狙い、へヴィマシンガンとガトリング砲を浴びせる。

 

【やるな。ならば!】

 

シュピーゲルSからオーラのようなものが溢れ出る。あれか!

 

【奥義・剣乱舞踏!】

 

俺は咄嗟にアームパンチを利用し、へヴィマシンガンを質量弾にして飛ばす。次の瞬間、へヴィマシンガンは粉々になった。

 

【まさか、そのような方法があるとはな……】

 

オーレリア機の構えが解かれる。

 

【これで……】

 

大技を使い、隙が出来たシュピーゲルSにショルダータックルを食らわす。

 

【ぐうっ!】

 

【まだだ】

 

さらに頭部目掛けてアームパンチの連打を打ち込む。合計5発受けたシュピーゲルSは後ろへ大きく下がる。

 

【ふう…ふう…】

 

【はぁ…はぁ…はぁ…】

 

呼吸が荒い。先ほどの反動は想像以上に重い。

 

また、アームパンチの連打で右アームが動かない。

 

ローラーダッシュ機構も既に限界寸前だ。

 

そう思っているうちにシュピーゲルSが接近する。

 

【もらった!】

 

【ここだ……】

 

俺はシュピーゲルSの懐に飛び込み、左のアームパンチをクロスカウンターの要領で当てる。

 

シュピーゲルSは弾かれ、片膝をついた。倒れないのはプライド故にか。

 

とはいえ、こちらはもう打つ手はない。武装は使いきっている上、移動もかなり厳しい。

 

さて、どうするか。

 

すると、機体からオーレリアが降りてきた。教官たちがオーレリアの下に集まる。

 

「勝者、Ⅶ組特務科、キリコ・キュービィー!」

 

【何?】

 

リィン教官が俺の勝利を宣言した。

 

 

 

「や……やったああああっ!!」

 

「か、勝った……!」

 

「勝ちました!」

 

「あの野郎、やりやがった!」

 

後ろでユウナたちが飛び上がっており、その後ろで他のクラスやリーヴス住民が拍手していた。

 

俺は戦いを終えた安堵からか体の力が抜け、機体から滑り落ちた。

 

「ああっ!」

 

「キリコさん!大丈夫ですか!?」

 

ミュゼが真っ先に駆け寄って来た。

 

「汗がすごいです」

 

「無理もない。精神的消耗は僕たちの比じゃないだろう」

 

「キリコ君、本当にお疲れ様!」

 

「………ああ」

 

クルトとアッシュの肩を借り、なんとか立ち上がる。

 

「シュピーゲルSはほとんど限界だったようです」

 

アルティナの言う通り、シュピーゲルSの機体のあちこちから火花が散っている。

 

分校生徒たちとの模擬戦でのこれまでのダメージが蓄積していたようだ。おそらく俺との戦いで先に限界がきたのだろう。

 

「どうした?そなたの勝利だ。まあ、喜ぶ気力もないか」

 

オーレリアがやって来た。

 

「まだやれたはずですが?」

 

「最近乗っていなかったのが災いした。先にガタがきてしまったのだ」

 

「……………」

 

「フフ、さすがはキュービィー。まさかあのような手でくるとは」

 

「……軽蔑でもしますか?」

 

「まさか。戦いとは優美なものではない。勝利への飽くなき執念が強い方が勝つ。そなたたちも覚えておくようにな」

 

『イエス・マム!』

 

分校長の言葉は生徒たちの心に刻まれたようだな。

 

それにしても、久しぶりに疲れたな。

 

[キリコ side out]

 

 

 

「さて、これで機甲兵教練は終いだな?」

 

「ええ。分校長もお疲れ様でした」

 

「なんの。では休憩の後、演習地の発表を行う」

 

生徒たちの顔に戸惑いが浮かぶ。

 

「で、でも、キリコ君も休まないと……」

 

「その心配はいらんだろう。それにキュービィーは分校生徒だ。特別扱いはせぬし、そなたも望むまい?」

 

「……………」

 

キリコはオーレリアの目をまっすぐ見た。

 

「キリコ……」

 

「やれやれ。結構意地っ張りだよな」

 

「無理しちゃダメだからね」

 

「よろしい。では指定の時間に」

 

そう言ってオーレリアはシュピーゲルSに乗り、戻って行った。

 

「本当に化け物ね……」

 

「黄金の羅刹の名は伊達じゃないな」

 

「ちなみにラセツというのは、煉獄の鬼をも恐れされる存在だそうですよ」

 

「東方の言い伝えですか……」

 

「あのバケモンにピッタリだな」

 

「コラコラ。あまりそういう風に言うんじゃない」

 

リィンが生徒たちを諌める。

 

「とりあえず、昼休憩を挟んだら、指定の教室に集合すること。キリコは一応、医務室へ行くように。では解散」

 

 

 

[ミュゼ side]

 

休憩の後、私たちは演習地の発表を待ちました。

 

といっても、次の場所は知っています。

 

私の生まれ故郷、ラマール州です。

 

演習範囲は私とキリコさんが暮らしていた海都オルディスに歓楽都市ラクウェル。後、海に浮かぶブリオニア島ですね。

 

ただ、アラゴン鉱山やアルスター村には行かないようです。

 

なので、発表されても特に何もありません。

 

まあ、キリコさんは察しているみたいですが。

 

今回、オルディスで年に一度の帝国領邦会議があります。

 

私の計画の第一歩としてまず、あの方を引きずり降ろさなくては。

 

[ミュゼ side out]




スマートなのも良いですけど、泥臭いのもやはり魅力ですよね。

次回、ラマール州に向かいます。


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ラマール州

ラマール州での演習が始まります。

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6月16日

 

分校生徒たちはデアフリンガー号に乗り、ラマール州に築かれた演習地を目指していた。

 

先々月のサザーラント州よりも広大なラマール州とあって、生徒たちの気合いは十分だった。

 

そんな中でも、キリコはいつもと変わらずに列車格納庫で作業していた。

 

 

 

[キリコ side]

 

「……………」

 

「キリコさん、大丈夫ですか?」

 

「問題ない」

 

ティータが心配そうに声をかけてくる。

 

「博士のことは……その……いつものことですから」

 

「わかっている」

 

俺はフルメタルドッグを見つめた。

 

先日の機甲兵教練でフルメタルドッグはボロボロになり、予備の機体を持ってくることになった。

 

その際に博士から「もう少し上手くできんのか?」と言われた。

 

無茶を言ってくれるが、俺の操縦技術がいたらなかったと言えばそれまでだ。

 

一応、戦闘データを見せたのでそれ以上の追及はなかったが、ティータの言うとおりいつものことだと思えばいい。

 

だがティータから見れば俺が落ち込んでいるように見えたのかもしれない。無論、落ち込んでなどいない。

 

「それより他の機体データはあるのか?」

 

「あっ、はい!こちらです」

 

ティータが端末を寄越してきた。俺はそのデータをまとめる。

 

「それにしても博士はどうしたんでしょうね。出発前でもあまり話さなかったですけど」

 

「何か企んでいるんだろう」

 

「ふう……あっ!すみません、キリコさん。そろそろ食堂車に行きますね。夕食はサラダとチキンソテーです」

 

「わかった。こちらはやっておく」

 

ティータが出ていった後、コーヒーの飲みながら作業を進めていく。

 

[キリコ side out]

 

 

 

夕食を終えた後、ブリーフィングルームでは教官たちが演習について話し合っていた。

 

「Ⅷ組は機甲兵運用と戦術訓練。Ⅸ組は通信、補給、整備等の実習。Ⅶ組は広域哨戒と現地貢献。これを三日間行ってもらう」

 

「了解しました」

 

「了解」

 

「分かりました」

 

「今回、ラマール州で帝国領邦会議が開かれる以上、分校長にも来ていただけると見込んでいるが、もはや期待はすまい」

 

ミハイルは開き直った口調で言った。

 

「あ、あはは……」

 

「まっ、いいんじゃないでしょうか」

 

(帝国領邦会議。ユーシスも来るんだろうな。それにハイアームズ侯爵閣下も来られるはずだ。でも、ログナー侯爵家からは誰が来るんだ?)

 

「リィン君?どうしたの?」

 

「何か気になることでもあんのか?」

 

「いえ、結社も来ているんだろうかって思っただけです」

 

「それは……」

 

「来てるだろうな」

 

「それについては抜かりない。既に鉄道憲兵隊を配置させてある。また、ウォレス少将率いる統合地方軍もオルディス近郊に常駐している」

 

「あのウォレス少将ですか」

 

「確か……黒旋風だったか。相当の凄腕らしいが」

 

「ええ。リィン君は知ってるんだよね?」

 

「はい。バルディアス流槍術の達人にして、サザーラント領邦軍司令官です。武術の腕は分校長は勿論、アルゼイド子爵閣下やクルトの父親や叔父であるマテウス・ヴァンダール氏にゼクス将軍に匹敵するとか」

 

「マジか……」

 

ランディは嘆息した。

 

「武術云々はともかく……」

 

ミハイルが口を挟む。

 

「それだけの面子を揃えているとはいえ、用心するに越したことはない。仮に帝国領邦会議が潰れるとなればこちらにも責任が及ぶ。そのことをしっかりと自覚してもらいたい」

 

「っ!分かりました」

 

「こりゃ、難題だな」

 

「生徒たちにもしっかり通達します」

 

「よろしく頼む」

 

 

 

「ではシュバルツァー。Ⅶ組は明日、ラマール州現地統括責任者に会って演習開始を報告してもらいたい」

 

「そのことなんですが、いったいどなたが統括責任者なんですか?」

 

「そういや、カイエン公爵ってのは逮捕されたんだろ?皇帝を監禁してたってことで」

 

「え、ええ……」

 

「……現在、ラマール州はヴィルヘルム・バラッド侯爵が現地統括責任者ということになっている」

 

「バラッド侯爵……ですか?」

 

「聞いたことがあります。かなりのやり手だとか」

 

「逮捕されたカイエン公の叔父にあたる人物で、その地盤を引き継ぐ形でオルディスの暫定統括者になっている。シュバルツァーの言うとおり、かなりのやり手だと聞いている」

 

「暫定?ってことは公爵さんじゃねぇのか?」

 

「カイエン公爵と言えば、四大名門の筆頭です。おいそれと簡単に決めていいものじゃないと思います」

 

「そうだ。おそらく、今回の会議でも次期カイエン公を決めることも議題に挙がっているだろう」

 

「貴族ってのは面倒くさいんだな」

 

「…………」

 

ランディの一言にミハイルは顔をしかめる。

 

「ま、まあ家格が上がるにつれ、様々なしきたりもあったりしますから」

 

「とにかく、生徒たちにも責任がかかっていることをしっかりと伝えるように。他に何か質問は?」

 

「いえ」

 

「特には」

 

「こちらもありません」

 

「よろしい。では、解散」

 

ミハイルがブリーフィングルームから出ていった。

 

 

 

「リィン君」

 

「なんですか、先輩」

 

「さっき、ユーシス君のこと考えてたでしょ?」

 

「あはは、わかりますか」

 

「知り合いか?」

 

「ええ。ユーシス・アルバレア。俺と同じⅦ組の出身です」

 

「へぇ……って、アルバレアって総督の?」

 

「はい。ルーファスさんの弟です。また、クロイツェン州の領主代行を務めています」

 

「マジかよ。Ⅶ組ってのはホントにスゲェな……」

 

ランディは二度目の嘆息を吐いた。

 

「ええ。偶然とはいえ、本当にすごいメンバーが集まりました」

 

「ふふ。でもそっか、ユーシス君もアルバレア公爵代行として来るんだ」

 

「おそらくは。ただ、ログナー侯爵家はどうなるのか分かりませんが」

 

「あ………」

 

「確か謹慎してんだよな」

 

「はい。一応、アンちゃんが次期当主なんですが……」

 

「卒業後は導力バイクで大陸一周の旅に出ているんです」

 

「オイオイ、ずいぶんとファンキーだな。いいとこのお嬢様なんだろ?」

 

「そのいいとこのお嬢様が鉄鉱山で身分隠してアルバイトをしますか?」

 

「………………しねぇな」

 

リィンの言葉にランディは同調した。

 

「あ、あはは……」

 

トワは頬をかいた。

 

「まあ、会議のことは頭に入れておいてもいいでしょう。俺たちは出来ることをやりましょう」

 

「だな!」

 

「そうだね」

 

「では、俺は見回りに行って来ます」

 

「おう。俺は訓練のプランをまとめとく」

 

「私は明日の予定のチェックと通信班の子たちの様子を見てくるね」

 

リィンたちはそれぞれの行動をとった。

 

 

 

「精が出るな……ってキリコ一人か」

 

見回りと同時に教え子たちと言葉を交わしたリィンは、作業をしていたキリコに話しかけた。

 

「お疲れ様です」

 

「ああ。お疲れ。ミッションディスクの調整か?」

 

「はい」

 

「……………」

 

「……………」

 

二人の間に沈黙が流れる。

 

「オルディスに住んでいたんだろう。懐かしいんじゃないのか?」

 

「それなりにですが」

 

キリコは手を止めずに答えた。

 

「あまりそうは思ってないみたいだな?」

 

「どちらかといえば、帝都での暮らしが長かったので」

 

「孤児院にいたんだったか」

 

「……………」

 

「すまない。どうも君とは距離が掴めなくてな」

 

「そうですか。ただ……」

 

「?」

 

「俺は過去を掘り起こされるのは好まないので」

 

「そうか。すまなかったな」

 

「いえ」

 

キリコはカウンターに置いていたコーヒーの飲んだ。

 

「そういえば、フルメタルドッグの予備が搬入されたんだな」

 

「一応、この間と同等のスペックです」

 

「そうか。今回も運用で抜けるかもしれないんだな?」

 

「いえ、それなんですが」

 

「何かあるのか?」

 

「今回は結社の神機のデータを録ってこいとのことです」

 

「そうなのか。わかった、力を貸してもらうよ」

 

「ユウナたちには?」

 

「彼らにはいずれ話す。まあ、何も起こらないのに越したことはないんだがな」

 

「……そうですね」

 

キリコは再び端末と向き合った。

 

(少しは距離を縮められたかな?)

 

リィンは相棒と話すために最後尾の車両へと入って行った。

 

 

 

6月17日

 

雨の時期にもかかわらず、晴天に恵まれた。

 

デアフリンガー号はオルディス南方に築かれた演習地に停車した。

 

生徒たちは慣れた手つきで演習地にテントなどを設営した。

 

その後朝食を取り、各クラスはそれぞれの持ち場に付いた。

 

Ⅶ組特務科もブリーフィングルームに集められていた。

 

「ではⅦ組特務科。君たちはこれからオルディスの現地統括責任者に会って演習開始の報告をしてきてもらい、広域哨戒と現地貢献をこなしてもらいたい」

 

「質問があります。オルディスの統括責任者とは?」

 

「とっつかまって今はいないはずだよな」

 

「勝手に囀ずるな。統括責任者の名はヴィルヘルム・バラッド侯爵だ」

 

ミハイルはアッシュを窘めつつ、クルトの質問答える。

 

「バラッド侯爵?」

 

(確かそいつは……)

 

「どんな人なの?」

 

「カイエン公爵が逮捕された後、その地盤をそのまま引き継ぐ形で統括責任者になった方です。利権に目ざとく、強引な手腕でラマール州を動かしているとか」

 

「また、次期カイエン公爵とも噂されている方ですね」

 

「な、なんかクセがありそうな人ね……」

 

(クセがあるだけなら良いんだがな)

 

「とはいえ、バラッド侯爵も多忙を極めているらしく、我々だけでは会うことも難しい」

 

(多忙?)

 

(バラッド侯──大叔父はオリヴァルト殿下とは違い、悪い意味での放蕩ぶりを発揮なさっているそうです)

 

キリコとミュゼは周囲に聞こえないように小声で話していた。

 

「では、どうすれば?」

 

「……渡りをつける役を買って出てくれた人物が来られている。どうぞ」

 

「失礼する」

 

ブリーフィングルームに一人の青年が入って来た。

 

「パトリック!」

 

「久しぶりだな、リィン。3ヶ月前の列車以来だな」

 

パトリックと呼ばれた青年とリィンは固い握手を交わした。

 

(あっ、あの人って……)

 

(ハイアームズ侯爵の三男にあたる……)

 

(教官の同窓だとか……)

 

「む、リィン、そちらが?」

 

「ああ。新しいⅦ組だ」

 

青年はユウナたちの方に向き直る。

 

「僕はパトリック・T・ハイアームズ。見知りおき願おう、新しいⅦ組の諸君」

 

「は、はじめまして!ユウナ・クロフォードです!」

 

「クルト・ヴァンダールです。お見知りおきを」

 

「アルティナ・オライオンです。きちんと話すのは初めてですね」

 

「どうも、アッシュ・カーバイドっす」

 

「キリコ・キュービィーです」

 

「うん、みんなよろしく頼む。ん?、そちらは……」

 

「ミュゼ・イーグレットです。お久しぶりですね、パトリックさん」

 

「あ、ああ……。イーグレット伯爵閣下のお孫さんか。久しぶりだね。伯爵閣下はお元気かな?」

 

「はい。おじいさまもおばあさまも元気でいらっしゃいます」

 

(な、なんかスゴい会話……)

 

(貴族同士の会話か)

 

(ミュゼさんも貴族ですからね)

 

(ハッ、そういやそうだな)

 

(……………)

 

ユウナたちはパトリックとミュゼの会話に入れずにいた。

 

「ゴホン。そろそろよろしいですかな?」

 

「おっと。そうだったな。リィンに新Ⅶ組諸君。これからバラッド侯にお会いするにあたって、僕が渡りをつけることになったんだ」

 

「良いのか?」

 

「ああ。僕は今回の会議の世話役だからね」

 

「わかった。ただ、少し、準備をしてから出発したいんだが……」

 

「ああ、勿論だ。じゃあ、僕はあの導力バイクの所で待っているから。では失礼する」

 

パトリックはそう言って出ていった。

 

「まさかパトリックが来ていたとは思いませんでした」

 

「彼は今回の帝国領邦会議の世話役だからな。そろそろ私も原隊と連絡を取らねばならん。何か質問は?」

 

ミハイルの問いにリィンたちは無いことを示す。

 

「よろしい。では行きたまえ」

 

Ⅶ組特務科はブリーフィングルームを出た。

 

 

 

「いらっしゃいませ。薬が必要ですか?」

 

Ⅶ組はパトリックの元に向かう前にカイリたちから補給を得ていた。

 

「絶縁テープが無くなりそうだから多めに。後、気付け薬も頼む」

 

「ご利用ありがとうございます」

 

「リィン教官にⅦ組のみんな。新しい武器入荷してまっせ!」

 

「わかった。リストを見せてくれ。後スターク。アクセサリも見せてくれるか?」

 

「了解しました。こちらがリストです」

 

 

 

「あっ、皆さん。これから出発ですか?」

 

「お、お疲れ様です……」

 

補給を終えたⅦ組にティータとタチアナが話しかけて来た。

 

「二人はこれから実習か?」

 

「はい。まだ時間があるので見送りにと思いまして」

 

「ありがとう、二人とも」

 

ユウナが二人に礼を言った。

 

「あの……アッシュさん。が、頑張ってください……」

 

「別にいつもと変わんねぇよ」

 

「あ、後、その……キリコさん……」

 

タチアナは消え入りそうな声でキリコの方を向いた。

 

「?」

 

「せ、先日は、ありがとうございました……」

 

「先日?何かあったのか?」

 

「………武器の調整の時か?」

 

キリコは記憶を辿り、あたりをつける。

 

「は……はい………」

 

「ふふ、タチアナちゃん、キリコさんにお礼を言いたいんだよね」

 

「礼を言われることじゃない」

 

「で、ですが……。キリコさんは私の魔導杖を細部まで見てくださったので」

 

「仕事だからな。どんなものであれ、手は抜けない」

 

「キリコさん……」

 

「ヴァンダールより頭固ぇな、お前」

 

「……その理屈だと僕が石頭だと言うことになるんだが?」

 

クルトはアッシュを睨んだ。

 

「まあまあ。でもタチアナって前よりキリコ君と喋れるようになったんじゃない?」

 

「確かに、タチアナさんはキリコさんを怖がってましたよね」

 

「そ、それはその……!キリコさんのように寡黙な方はあまりお会いしたことがなくて……って、すみません!」

 

「気にしなくていい」

 

タチアナの失言にもキリコは気にしなかった。

 

(ふふ。良かったですね、タチアナさん)

 

ミュゼは級友の進歩を祝福した。

 

 

 

「それで、ですね。キリコさんに、聞きたいことがありまして……」

 

「何だ?」

 

「はい、その……キリコさん。貴方は攻め手ですか?受け身ですか?」

 

「?」

 

キリコはタチアナからの質問の意図が分かりかねた。

 

「質問の意味がわからないが、俺は基本的にオフェンスだ」

 

「な、なるほど……!」

 

(キリコ……絶対に意味が分かっていないな……)

 

「そ、それでっ!お相手は……」

 

「ふふっ、まあいいではありませんか。それより教官、パトリックさんが待っているのでは?」

 

興奮するタチアナにミュゼが待ったをかける。

 

「そ、そうだな。すまない、二人とも」

 

「い、いえいえ。引き止めてすみませんでした」

 

Ⅶ組は二人と別れた。

 

(さっきの質問ってどういう意味なの?)

 

(ふふっ。乙女の嗜みです♥️)

 

(あっそ……)

 

(???何のことでしょう?)

 

(アルは知らなくて良いの)

 

 

 

「すまない、待たせたな」

 

「いや、問題ない。では出発しようか」

 

「そうだな。パトリックはサイドカーに乗ってくれ。アルティナはユウナとクルトの隣に乗ってくれるか?」

 

「分かりました」

 

「んじゃ、運転は頼むぜ」

 

アッシュはさっさとサイドカーに乗った。

 

「わかった。ミュゼは後ろに乗れ」

 

「了解しました♥️」

 

ミュゼはキリコの後ろに乗る。

 

「それじゃ、運転はあたしが──」

 

「クルトさん、お願いします」

 

「わかった」

 

「そんな~~!」

 

ユウナは渋々クルトの後ろに乗った。

 

「ハハ、良いクラスじゃないか」

 

「やれやれ。それじゃ、出発しよう」

 

「了解しました」

 

「了解」

 

三台の導力バイクは海都オルディスを目指して走り出した。

 

 

 

「フフフ、来た来た♥️」

 

近くの高台から三台の導力バイクを双眼鏡で見つめる者がいた。

 

「キリコに灰のお兄さんたち、こっちに来たんだ」

 

「そのようですな」

 

「楽しみだなぁ♪キリコ、強くなっているんだろうなぁ♪」

 

「お言葉ですが、我々は今回、第Ⅱ分校とは関わりが薄いそうです。キュービィーとやり合うのは望み薄かと」

 

「うーん、そうなんだよねぇ。前みたく味見しに行っても良いんだけど、向こうも襲撃に備えてるしねぇ。それに口煩いのがいるし」

 

「現時点で彼らとぶつかるメリットはありません。大人しく戻りましょう」

 

「うーん。でもぉ、キリコのことも気になるしぃ。ペンダントも預けてるしぃ」

 

「はぁ……(人食い虎がまるで猫だな……)」

 

「そういえば、この間パパにキリコのことを話したら何か落ち込んでたけど、どうしたのか分かる?」

 

「さ、さて……(やけ酒を煽るほどの衝撃だったようだが)」

 

「まっ!戦場で目当ての獲物に会えないってのも普通だし、今回はお預けかな?」

 

「では……!」

 

「うん、戻るよ~(な~んて、今夜辺りに会いに行っちゃおうかな?)」

 

数分後、高台から気配は完全に消えていた。






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遭遇①

領主代行と白兎が登場します。


リィンたちⅦ組とパトリックは導力バイクに乗り、海都オルディスを目指していた。

 

「ふむ、初めて乗ったが悪くないな」

 

「ははっ。まあ、普段は乗らないよな」

 

「潮風が気持ちいい~~!」

 

「僕も海は初めてだな。アルティナ、揺れるかい?」

 

「いえ。ユウナさんより安全です」

 

「ふぁ~っ……なかなか運転が上手ぇじゃねぇか」

 

「操作自体は簡単だからな。コツさえ掴めれば誰でも扱える」

 

(キリコさんの背中。大きくて暖かいです。お父様を思い出してしまいますね……ううん。キリコさんはキリコさんです)

 

ミュゼは生前の父の面影をキリコに見ようとして、止めた。

 

 

 

「そういえば、パトリックさんは教官と同窓だそうですが……」

 

「ああ、そうだよ」

 

「その……失礼ながら……」

 

「どうしてリィンと友人になれたか……かな?」

 

「あ……はい……」

 

クルトは申し訳なさそうに返事した。

 

「……最初にリィンと、いやⅦ組と出会った時はこんなに親しくなんてなかった。むしろ見下していた」

 

「えっ!?」

 

「当時の僕は悪い意味で誇りを持っていた。貴族生徒で構成されたⅠ組Ⅱ組こそ至高であり、身分に関係なく集められたⅦ組を寄せ集めだと公言していたんだ」

 

「身分に関係なく?」

 

「Ⅶ組発足以前のトールズ本校では貴族の方と平民の方とでクラスが分けられていたと聞いたことがあります」

 

「そうなんだ……」

 

「まあ……当時はいろんな意味で目立っていたよ。期待もあればやっかみも受けることもあった」

 

「それだけならいざ知らず、事ある事に絡んでいった。終いには、罵詈雑言を浴びせてしまったことさえある」

 

「あの……もしかして、侯爵さんが言っていた無礼って……」

 

ユウナが恐る恐る聞いた。

 

「……ああ。武術教練でⅠ組とⅦ組とで行った模擬戦のことだろう。敗北したにもかかわらず、それを認めないばかりかリィンやⅦ組を侮辱してしまったんだ」

 

「そんなことが……」

 

「意外です……」

 

「ハッ、みっともねぇな」

 

「アッシュ!」

 

「いや、君の言うとおりだ。僕は無意味なプライドにすがって人として大事なものを見失っていたんだ」

 

「パトリック……」

 

「それからは少しずつ歩み寄って行き、学院祭や内戦を経て完全に和解したんだ」

 

「良かったですね」

 

「ああ。あの一件がなかったら、今の僕はなかったと心から思うよ」

 

 

 

一行はオルディスに到着した。

 

「ここがオルディス……」

 

「紺碧の海都とは言ったものですね」

 

「ここに来るのは内戦以来ですか」

 

「ハッ。相変わらず着飾った連中が多いな」

 

ユウナたちがオルディスの風景に見とれている横で、ミュゼは大きな建物を見つめていた。

 

「……………」

 

「気になるか?」

 

「……はい。一応、実家ですから」

 

「あまり気負うな」

 

キリコはそれだけ言って離れた。

 

(……そうですね。今はⅦ組ですから)

 

ミュゼは気持ちを切り替えた。

 

「教官、パトリックさん。あの大きな建物が公爵さんの家なんですか?」

 

ユウナはリィンとパトリックに聞いた。

 

「ああ、そうだな。パトリック、これからあの城館に?」

 

「ああ。それじゃ、僕についてきてくれ」

 

パトリックを先頭にⅦ組は貴族街へと向かった。

 

 

 

Ⅶ組は貴族街でも一際大きく、豪奢な城館へとやって来た。だが──

 

「不在!?そのような予定はなかったはずだ!」

 

「申し訳ありません。どうしても出かけると言って……」

 

肝心のバラッド侯爵はいなかった。

 

「お戻りになるのは何時だ!」

 

「お、おそらく……昼前には……」

 

パトリックの剣幕に使用人も狼狽えるばかりだった。

 

「運がないわね。出かけてるなんて」

 

「そういや聞いたことあんな。バラッド侯ってのはラクウェルの劇場や高級クラブに入り浸ってるってな」

 

「何!?」

 

アッシュの言葉にクルトは驚きを隠せなかった。

 

(公務そっちのけで遊び呆けているというわけか)

 

「為政者として大きく欠けていますね」

 

「ア、アル……!」

 

「アルティナ、もう少し言葉を慎むようにな」

 

リィンがアルティナを窘める。

 

すると、パトリックが封筒を持ってやって来た。先ほどと違い、疲れきったような表情だった。

 

「あ………」

 

「すまない、待たせた」

 

「……バラッド侯はかなり問題のある方なんだな」

 

「そう思ってもらって構わない。事実、大事な会議の直前にラクウェルに行っていたなんてこともザラさ」

 

(はぁ……。相変わらずですね……)

 

ミュゼは心の中でため息をついた。

 

「その……頑張ってくれ」

 

「ああ、そのつもりさ。おっと、これが君たちに渡す書類だ。受け取ってくれ」

 

リィンはパトリックから封筒を受け取った。

 

「確かに。トールズ第Ⅱ分校、演習開始を報告します」

 

「承った。それじゃ、僕はここで。演習の成功を祈ってるよ」

 

「ありがとう、パトリック」

 

「ありがとうございました」

 

「ああ、君たちも頑張ってくれ」

 

Ⅶ組はパトリックと別れた。

 

 

 

「はぁ~~大きい屋敷だったわねぇ。維持費だけでも何億もかかっているんじゃない?」

 

「それくらいの価値はするだろう。カイエン公爵家は四大名門の筆頭格だからね」

 

「資産だけでもクロスベルの年間予算並みににあるでしょうね」

 

「はぁ……言葉が出ないわよ……。そういえばキリコ君とミュゼは来たことあるの?」

 

「あるわけないだろう」

 

「伯爵家といえども、そう簡単には来られませんから」

 

「とりあえず、依頼を見てみよう」

 

ユウナたちはリィンの前に集まった。リィンは封筒から書類を取り出した。

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

船舶の立ち入り検査補助 (任意)

 

夏至祭の準備(任意)

 

アウロス海岸道の手配魔獣(必須)

 

スターサフィールの捜索 (任意)

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

「結構あるわね」

 

「任意が三つに必須が一つか……」

 

「はん、ラクウェルにもあるたぁな」

 

「午前をオルディス周辺。午後をラクウェルということか」

 

「そうだな。その方が効率的か」

 

「もうひとつは何ですか?」

 

「ああ。見てみよう」

 

リィンはもう一枚の書類を取り出した。

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

ラマール州内で複数の武装集団が確認されている。Ⅶ組特務科はこれを調査すること。

 

また、武装集団は以下の場所で目撃されている。

 

アウロス海岸道東

 

西ランドック峡谷道・ロック=パティオ

 

北ランドック峡谷道

 

西ラマール街道北東

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

「これは……」

 

「州内に複数の武装集団!?」

 

「西ラマール街道ってさっき通って来たとこじゃない!」

 

「教官、これは……」

 

「いや、結社と決めつけるのは早計だ。とにかく、依頼をこなしつつ、探ってみよう」

 

リィンの言葉に全員が頷く。

 

「では、私がオルディスの案内を努めさせていただきますね」

 

ミュゼが挙手をし、案内役をかって出た。

 

「キリコ君じゃないんだ?」

 

「ああ。オルディスにいた頃はほとんど外に出なかったからな」

 

「デートの時に海岸に行ったくらいですよね♥️」

 

「へえ……?」

 

アッシュはニヤニヤした。

 

「真相は?」

 

「武装の訓練だ」

 

「そんなことだろうと思ったわよ……」

 

キリコの語る真実にユウナは呆れた。

 

「やれやれ。とにかく、頼むよ」

 

「お任せください♪」

 

ミュゼを先頭にⅦ組は一旦、商業区へと向かった。

 

 

 

[ミュゼ side] [夏至祭の準備]

 

私たちは情報収集を兼ねてオルディス各区域を周りつつ依頼をこなすことにしました。

 

商業区へと戻った私たちは二つの商会を覗いてみることにしました。

 

一つはオルディスに古くからある老舗商会のリヴィエラスコート。

 

お値段は多少張りますが、品質の良いものが手に入ります。ただ、最近は新しい商会の進出で客足が減りつつあるそうです。

 

それがもうひとつのクライストモールです。

 

帝国内に多くの支店を持つクライスト商会が経営する商店で、薄利多売をモットーとした手法でオルディス市民の心を掴んでいるようです。

 

また、支社長のヒューゴ・クライスト氏は教官の同窓生でベッキーさんのライバルだとか。

 

 

 

次に貴族街に来ました。

 

貴族街はその名の通り貴族の方々が住んでいます。

 

内戦以前は幅を利かせる方が多かったそうですが、今は帝国政府と大叔父の改革により、肩身の狭い思いをされる方々が多いそうです。

 

「あら?もしかしてリィンさん?」

 

「ああっ!フェリスじゃないか!」

 

そんな時、私たちはフロラルド伯爵家のご令嬢のフェリスさんにお会いしました。

 

フェリスさんはパトリックさんと同じトールズ本校Ⅰ組に在籍されていた方で、アリサさんとはラクロス部のライバルだったそうです。

 

また、リヴィエラスコートの経営者の一人でもあります。

 

ちなみに私も一度お会いしています。

 

フェリスさんと情報交換した後、オルディス大聖堂でお祈りしました。

 

ただ、キリコさんは気が進まなそうでした。

 

思えばキリコさんは神様というものを信じていらっしゃらないようです。

 

 

 

次に港湾区地区に来ました。

 

ここは商業船や観光船など、たくさんの船が停泊しています。

 

演習範囲に含まれているブリオニア島へ行くにもここから出ます。

 

港湾地区では、たくさんの労働者の方々が働いています。

 

あの方たちがいてこそ、私たち貴族の暮らしが成り立っているんです。

 

また、船員酒場にはレオノーラさんを知る方が多くいました。レオノーラさんも暇をみて来ると言ってました。

 

 

 

最後に、北区に来ました。

 

ここは私の家族が住んでいて、私もお嬢様なんて呼ばれてます。

 

おじいさまは元々身分など気になさらないので、住民の方との仲は良好で、特に近くの食堂は古くからの行きつけになってます。

 

 (若もお元気そうでなによりですなあ)

 

 (公爵家も安泰だね♪)

 

また、屋台のバルトロさんや花屋さんのグリシーヌさんはキリコさんのことを若、もしくは若旦那なんて呼びます。一応私だけに聞こえるように配慮してくれましたが、面と向かって言われると………恥ずかしいです。

 

私はなんとか平静を保って依頼人のシュトラウスさんの元へと向かいます。

 

 

 

「ほう。青坊主にイーグレットの嬢ちゃんか」

 

シュトラウスさんはなぜかキリコさんを青坊主と呼びます。

 

「……………」

 

「お久しぶりです、シュトラウスさん」

 

「ククク……青坊主たぁ上手いこと言うな、じいさん」

 

「確かにキリコさんは短髪で髪の色はブルーですが」

 

「アル、そういうストレートな意味じゃないと思うわよ……」

 

「ミュゼ、こちらが依頼人のシュトラウスさんか?」

 

「はい。とても腕の良い職人さんで、皇帝陛下から黄綬勲章を授かったこともあるんですよ」

 

「それはすごいな……!」

 

「黄綬勲章?」

 

「優れた職人に授与されるものだよ。いわば、皇帝陛下も認める職人さんということなんだ」

 

「そ、そうなの!?」

 

クルトさんの説明でユウナさんもピンときたようです。

 

「フン、少しはものがわかりそうな客だな。権力と人の器を履き違えたどこぞの阿呆とは大違いだな」

 

「お、親方……」

 

シュトラウスさんをお孫さんのルーサーさんが諌めます。

 

「ずいぶんと偏屈なじいさんだな」

 

「それだけ誇りを持っているんだろう」

 

シュトラウスさんは職人さんをないがしろにするような方を嫌っていますが、おじいさまのように職人さんを大事にする人には素直に応える方です。

 

「それで、依頼内容とは?」

 

「夏至祭の飾り細工をこしらえる材料を取って来てもらおうか」

 

「材料?」

 

「ああ、ヒスイ貝のことですね?」

 

ヒスイ貝はオルディスの夏至祭で飾り細工として古くから用いられています。

 

私たちはヒスイ貝を探しにアウロス海岸へと向かうことに。

 

 

 

「わあっ……!」

 

「これはすごいな……」

 

「広いです……」

 

ユウナさんとクルトさんとアルティナさんは目を丸くしています。

 

「オイ、とっとと済ませちまおうぜ」

 

「気持ちは分からんでもないが、今は演習中だ」

 

逆に見慣れているアッシュさんとキリコさんはユウナさんたちを諌めます。

 

ユウナさんたちが戻ったところで捜索開始です。

 

「確かシュトラウスさんは大きくて光沢のあるものと言っていたな」

 

「はい。ヒスイ貝は大きいものほど光沢を増します。なるべく大きいものを探しましょう。また、鮮やかなヒスイ貝はもちろんですが、立派なヒスイ貝もあれば手に入れましょ

 

その後、私たちは魔獣に気をつけながらヒスイ貝を探しました。

 

また、手配魔獣は指定の場所にはいないようなので放っておいてよさそうです。

 

三十分後、私たちは大きなヒスイ貝を集めることができました。

 

「大きいですね」

 

「これならシュトラウスさんも満足してくれるだろう」

 

「それじゃ、早く届けてあげようよ」

 

私たちはオルディスに戻り、ヒスイ貝をシュトラウスさんに渡しました。

 

シュトラウスさんはそれほど期待してなかったようで、驚いていました。

 

何はともあれ、依頼達成ですね。

 

[夏至祭の準備] 達成

 

[ミュゼ side out]

 

 

 

[キリコ side] [船舶の検査補助]

 

シュトラウスの依頼の後、俺たちは港湾地区に来た。

 

ここオルディスにはボートのような小型船からクルーザーのような大型船まで停泊している。

 

真っ当に扱うならいいが、中には闇取引に使うやつもいるらしい。

 

また、停泊料金を過少申告したり踏み倒す馬鹿もいたそうだ。

 

係員のエストンは俺たちに現時点で停泊している船を一つ一つ見て回り、書類と異なる船舶を発見し次第、持ち主に修正させる手伝いをしてほしいとのこと。

 

最初に俺たちは準中型船を見つけた。船体にステッカーが見当たらないので持ち主を呼び出し、処理を行う。

 

次に中型船を見つけた。

 

これは停泊料金を払っていないらしい。持ち主を呼び出すと、貴族らしき男が来た。

 

要領よくしろと言われたが、そんな取引に応じられるわけもなく、最後には料金を払わせた。

 

最後に準大型船を見つけた。

 

だがどうみても大型船だ。持ち主を呼び出すと、先ほどの男より上の貴族が来た。

 

こいつがくせ者だった。何を言っても平民の分際でと聞く耳を持たず、挙げ句に政府やバラッド侯のせいにしていた。

 

激昂しかけたユウナをミュゼが押さえ、リィン教官が詐欺行為であるとしてTMPに連絡するようにエストンに言ったことでようやく観念した。

 

ユウナは納得していないようだが、依頼人が十分というので口を挟むことはない。

 

依頼はこれで達成だろう。

 

[船舶の検査補助] 達成

 

[キリコ side out]

 

 

 

「これでオルディス内での依頼は終了だな」

 

「そうですね」

 

「とりあえずどこかで休憩しません?」

 

「なら商業区だな」

 

「あの~、でしたら……」

 

ミュゼが挙手をした。

 

「私の実家に行きませんか?」

 

 

 

リィンたちは北区のイーグレット伯爵家の前にやって来た。

 

「ここがミュゼの実家なんだ?」

 

「さすがに大きいですね」

 

「そういや、お前はここにいたんだろ?」

 

「ああ、帝都近くの仮設住宅から移ってきた。第Ⅱ分校を受験するまで住まわせてもらった」

 

「キリコさんがいらしたのは四月半ばでしたから一年近くですね」

 

「なるほどな」

 

すると、門が開いて中からメイドが現れた。

 

「お帰りなさいませ、お嬢様。キリコ様もお久しゅうございます」

 

「お久しぶりです、セツナさん」

 

「どうも」

 

ミュゼは微笑み、キリコはやや素っ気なく返す。

 

「皆様もようこそいらっしゃいました。私は当家に仕えるメイドのセツナと申します」

 

「これはご丁寧に。わざわざすみません」

 

「では皆様、こちらへどうぞ」

 

リィンたちはセツナについていった。

 

 

 

リィンたちは応接間に通された。そこにはイーグレット伯爵とシュザンヌ婦人が待っていた。

 

「おお……。ミュゼ、久しぶりじゃな」

 

「お帰りなさい、ミュゼ」

 

「ただいま戻りました。おじいさま、おばあさま」

 

「キリコ君もしばらくぶりじゃな」

 

「お久しぶりです」

 

「ふうむ……一段と凛々しくなったようじゃの。さぞモテモテなんじゃろ?ん?」

 

「………………」

 

「あなた、お客様もいらっしゃるんですよ。ごめんなさいね」

 

「いえ、お構い無く……」

 

(この方がミュゼさんのお爺さんですか……)

 

(カイエン公の相談役だったそうだが)

 

(なんか、想像してたより親しみやすい人ね)

 

(食えねぇじいさんだな)

 

ユウナたちはイーグレット伯爵とミュゼのやり方を眺めていた。

 

「おっと、自己紹介がまだじゃったな。わしはセオドア・イーグレット。ミュゼの祖父じゃよ」

 

「ミュゼの祖母で妻のシュザンヌです」

 

「お初にお目にかかります。Ⅶ組特務科教官のリィン・シュバルツァーです」

 

「ユウナ・クロフォードです」

 

「クルト・ヴァンダールです、お見知りおきを」

 

「アルティナ・オライオンです。はじめまして」

 

「アッシュ・カーバイドだ」

 

それぞれが自己紹介をした。

 

「君たちのことはミュゼからの手紙で知っておったが、なかなか見所のある子たちじゃの」

 

「ありがとうございます」

 

「まさか、あの灰色の騎士殿が教官だとは思わなんだ 。リィンさん、孫娘をよろしくお願いしますぞ」

 

「わかりました」

 

リィンと握手を交わしたイーグレット伯爵は手をパンッと叩いた。

 

「さて、堅苦しい話はこれくらいにしよう。セツナさん、準備はできているかの?」

 

「はい。ちょうどスコーンが焼き上がりました」

 

「セツナさんのスコーンは絶品なんですよ」

 

「そういえば良い匂いがするわね」

 

「食べてみたいです」

 

「ははは。それじゃ、ご相伴に預かろうか」

 

「皆さん、座ってくださいな。キリコさんはコーヒーだったわね」

 

「ありがとうございます」

 

リィンたちは運ばれてきたスコーンなどのお菓子を紅茶やコーヒーとともにいただいた。

 

イーグレット伯爵とのとりとめのない会話を楽しんだⅦ組は再び演習へと戻っていった。

 

 

 

「はぁ~~、美味しかった~~」

 

「ミュゼさんの言うとおり絶品でしたね」

 

「ふふ、私も久々にいただきました」

 

「お前らそればっかだな」

 

「まあ、いいんじゃないか」

 

呆れるアッシュをクルトが諌める。

 

「次は手配魔獣か」

 

「(こっちは相変わらずだな)……ああ、そうだな。三人とも、そろそろ切り替えてくれ」

 

「い、言われなくても!」

 

「そうですね」

 

「次の手配魔獣はアウロス海岸でしたね」

 

「ああ。それに、こっちのこともある」

 

リィンは重要書類を取り出した。

 

「それがありましたね」

 

「複数の武装集団だったか」

 

「いったい何なのかしら」

 

「それはわからない。Ⅶ組特務科は手配魔獣を倒した後、目撃された場所を調査する」

 

「わかりました」

 

「んじゃ、とっとと行こうぜ」

 

「あんたが仕切んないの!」

 

 

 

Ⅶ組は手配魔獣のいる場所へとやって来た。

 

「いた……!」

 

「あの虫みてぇなやつか」

 

「外殻は堅そうですね」

 

「アーツで崩すしかなさそうだな」

 

「そうだな。では前衛を俺、クルト、アッシュ、キリコ。後衛をユウナ、アルティナ、ミュゼでいこう。総員、戦闘準備」

 

『イエス・サー』

 

(ここは思い出の場所。取り除かせてもらいます!)

 

 

 

手配魔獣はその鈍重な見た目とは裏腹に動きは速かった。

 

また、凍結状態をひきおこす技を多用してくるのでリィンたちは苦戦を強いられた。

 

だが数の利もあり、リィンたちは徐々に劣勢を覆し、最後はⅦ組全員のバースト攻撃で手配魔獣を討伐に成功した。

 

 

 

リィンたちは休憩がてら、ビーチを眺めていた。

 

「気持ちいいわね……」

 

「ああ。こんな場所があるなんてな」

 

「天然のプライベートビーチですね」

 

「水着持ってくればよかったかも……」

 

「へぇ?際どいやつか?」

 

「紐ですか?それともスケスケ?」

 

「普通のよ!」

 

ユウナは真っ赤になって叫んだ。

 

「ほら。そろそろ行くぞ」

 

リィンが全員に集合するよう声をかけた。

 

「……………」

 

「ミュゼ?どうかしたの?」

 

「いえ、なんでもありません」

 

「そう?ならいいけど」

 

ユウナはリィンの元へと向かった。

 

(お父様とお母様が生きていた頃の大切な思い出の場所。また来れてよかった)

 

ミュゼはもう一度ビーチを見て、歩き出した。

 

 

 

「さて、もうひとつの方の調査を始める」

 

リィンの言葉に全員が頭を切り替える。

 

「複数の武装集団……」

 

「やっぱり結社なんじゃないんですか?」

 

「どっかのアホが猟兵団でも雇ったんじゃねぇか?」

 

「ですが、何のために?」

 

「……おそらく会議だろうな」

 

「領邦会議を狙って……?」

 

「とにかく……」

 

リィンはパンッと手を叩く。

 

「現時点では何だって疑える。真実を見極めるためにも、慎重に調査するぞ」

 

「わかりました」

 

「戦闘も予想されます。準備は大丈夫ですね」

 

「そんじゃ、行くか」

 

「ええ」

 

「……………」

 

ユウナたちが気合いをいれる中、キリコはアーマーマグナムの弾丸は補充した。

 

 

 

リィンたちは慎重に武装集団が目撃された場所へと近づいた。

 

(教官!あそこ……紫色の……)

 

(ああ。だがあの装束は……)

 

(猟兵……ですね……)

 

(大剣が三人、ライフルが一人か)

 

(やるなら今だな)

 

(どうしますか?)

 

(総員、武器を出しておいてくれ。油断するなよ)

 

リィンたちは紫の猟兵たちの前に出ていった。

 

「なっ!?」

 

「お前たちは……!?」

 

「トールズ第Ⅱ分校・Ⅶ組特務科だ」

 

「トールズ……Ⅶ組だと……?」

 

「あんたたちは猟兵だな。ここで何をしているのか教えてもらおうか」

 

「何だと!」

 

「待て……こいつは……」

 

「まさか、灰色の騎士か!」

 

紫の猟兵たちはリィンに驚くも、口元に笑みが浮かぶ。

 

「まさか我らにとって因縁の相手と遭遇するとはな」

 

「だが、我らの邪魔はさせぬ」

 

「後ろの学生共々散ってもらおうか!」

 

紫の猟兵たちはそれぞれの得物を構えた。

 

「来やがれ!」

 

「先ほどと同じフォーメーションで攻めましょう!」

 

「数は上だが、油断はしない!」

 

「Ⅶ組特務科。これより、武装集団との戦闘を開始する!」

 

『イエス・サー!』

 

 

 

紫の猟兵たちは数こそ少ないが、経験ではⅦ組に勝っていた。

 

ARCUSⅡの戦術リンクに頼らずとも、高い連携力を見せた。

 

反対にⅦ組はこれまで培ってきた連携力と数の利を生かして、食らいついていった。

 

大剣を持った猟兵がアルティナのアーツで体勢を崩した。

 

「フレア・デスペラード」

 

間髪入れず放ったキリコのSクラフトで紫の猟兵たちは膝をついた。

 

「なかなかやるな」

 

「ただの学生と思ったのは間違いか」

 

「やっと気づきやがったか」

 

「ああ。だから本気でいかせてもらう」

 

「何?」

 

紫の猟兵の一人が笛を吹いた。

 

「笛?」

 

「まさか……!」

 

「しまった!」

 

リィンたちの背後から増援が駆けつけて来た。

 

中には武装した猫型魔獣もいる。

 

「形成逆転だな」

 

「頑張ったがここまでだ」

 

「諦めろ」

 

『!』

 

この言葉にユウナたちの心は萎えるどころか、再び立ち上がらせた。

 

「悪いけど、それを許してくれないのよね……!」

 

「ああ、戦場ではこういったことはたたみかけるのが常だからね」

 

「泣き言を言う前にこの状況をなんとかする、です」

 

「悪ぃな。こっちにゃ負け戦をひっくり返しちまうようなバカがいんだよ」

 

「少なくとも、驚くに値しませんので♪」

 

「………………」

 

ユウナたちの言葉とキリコの視線に紫の猟兵たちはたじろいだ。

 

「クッ、貴様ら……」

 

「いいだろう。女神の元へ逝くがいい!」

 

「そうはいかない!」

 

リィンが太刀を構える。

 

「リィン教官……」

 

「教え子にここまで言われては引き下がれないからな。この地を守るためにもな!」

 

「ヘッ!」

 

「僕たちもお供します!」

 

「Ⅶ組ですからね!」

 

「数は向こうからな上ですが、全員ならば勝機はあるかと」

 

ユウナたちの士気がさらに上がった。すると──

 

 

 

「ならばその思い、我らも加えてもらおうか!」

 

「ボクもいるよ~~!」

 

 

 

突如、馬の嘶きが響く。

 

響いた方向から白馬に乗った金髪の青年が駆けつけて来た。

 

「あ……」

 

「あの人は……」

 

(間に合いましたか)

 

金髪の青年は左手で手綱を華麗に操り、右手に持った剣で紫の猟兵たちを蹴散らす。

 

「ミリアム!」

 

「オッケー!いっくよー!がーちゃんハンマー!」

 

ミリアムと呼ばれた少女が巨大なハンマーを叩きつける。叩きつけた衝撃で猫型魔獣はまとめて消滅した。

 

「なんだありゃ!?」

 

「スッゴ……!」

 

「ハハハ……」

 

紫の猟兵たちを蹴散らした二人はⅦ組の前にやって来た。

 

「無事のようだな。リィン、新Ⅶ組」

 

「みんな、久しぶりだね!」

 

「ユーシス、ミリアム」

 

リィンは二人の名前を呼んだ。

 

ユーシスと呼ばれた青年は紫の猟兵たちに失せるよう一喝した。

 

不利を悟った紫の猟兵たちはリィンを一瞥し、去っていった。

 

 

 

「久しぶりだな。リィン」

 

「ああ。だが、白馬で駆けつけて来るなんてちょっとあざとくないか?」

 

「間に合ったからいいだろう」

 

リィンは馬から降りた金髪の青年と握手した。

 

「教官、もしかして……」

 

「ミリアムさん同様……」

 

「ああ、察しの通りだ」

 

金髪の青年が前に出て胸に手を当てる。

 

「ユーシス・アルバレア。見知りおき願おうか、新Ⅶ組」

 

「は、はじめまして!ユウナ・クロフォードです!」

 

「お初にお目にかかります。クルト・ヴァンダールです」

 

「アッシュ・カーバイド。よろしくな」

 

「キリコ・キュービィーです」

 

「よろしく頼む。そちらは久しいな」

 

「お久しぶりです」

 

「お久しぶりです、ユーシスさん」

 

「ユーシスはミュゼのことも知っているんだな」

 

「イーグレット伯爵と言えば、カイエン公爵の相談役として知られている。隠居なされているとはいえ、その影響力は今なお絶大とされているからな」

 

「ミュゼのおじいさんってそんなすごい人だったんだ……」

 

ユウナが驚いている横では──

 

「や、やめてください……!」

 

「いいじゃ~~ん、久しぶりなんだから。ボクがお姉ちゃんなんだからね」

 

「は、離してください……。だ、だからあなたは姉では……」

 

「んもー。アーちゃんったら、恥ずかしがり屋なんだから~♪」

 

「ち、違っ……!」

 

アルティナとミリアムがじゃれあっていた。

 

「あはは……。やっぱり仲良しね」

 

「あのミリアムさんはアルティナさんのお姉さんなんですね」

 

「中身は正反対みてえだけどな」

 

(いや、この二人は意外と似てるかもしれないな)

 

リィンは心の中でそう思った。




次回、元教官と麗人が登場します。

連載開始からもう半年が経過したんですね……。


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遭遇②

連続の一万字超え。多分来年から投稿ペースが落ちると思います。それでも頑張りますのでよろしくお願いします。

少し加筆しました。


リィンたちはユーシスとミリアムと共に海岸道を歩いていた。

 

「じゃあ、ユーシスも会議に出席するんだな」

 

「ああ。父上は既に領主は解任されているからな。領主代行とはいえ、これも役目だからな」

 

「そういや聞いた話なんだが、アルバレアっつうのはてめぇんとこの領地を領民ごと焼き払ったそうじゃねぇか?」

 

「……………」

 

ユーシスは黙り込んだ。

 

「ちょっと!アッシュ!」

 

「……いい。アッシュの言うとおりだ。内戦の時、我が父、ヘルムート・アルバレアがケルディックを焼き払ったのは事実だからな」

 

「ユーシス……」

 

「そしてこれは我がアルバレア家が永劫背負っていく罪と罰だ。そして、ユウナ」

 

「はい?」

 

「クロスベルでのことは聞いている。兄上がとんでもないことをしたそうだな。許してくれとは言わないが、申し訳ないことをした」

 

ユーシスは愛馬から降りて謝罪した。

 

「い、いえいえ!ユーシスさんが謝ることじゃありませんよ!それにあたしがここにいられるのはⅦ組の先輩方がクロスベルを守ってくださったおかげなんですから」

 

「ボクたちがガレリア要塞にいた時だね」

 

「列車砲発射を食い止めたそうですが?」

 

「何度聞いても、すごいと思います」

 

「すまん……」

 

ユーシスはもう一度頭を下げた。

 

 

 

ユーシスの謝罪の後、一行はカイエン公爵家城館へと戻って来た。

 

すると奥から豪奢な装いをした、老貴族が歩いて来た。

 

「おお……アルバレア家の。よくぞ参られた。領邦会議は今回が初めてだったかな?」

 

「はい、バラッド侯。至らぬ点はどうかご容赦ください」

 

「いやいや、若いのに大したものだ。しっかりと勉強してかれることですな」

 

「……ええ、勉強させていただきます」

 

ユーシスは苛立ちをおくびにも出さずに答える。

 

「む?そなたはどこかで見覚えがあるな?」

 

「はじめまして、リィン・シュバルツァーと申します」

 

「シュバルツァー………。おおっ、灰色の騎士か。そなたの活躍は聞いておる」

 

「ありがとうございます」

 

「ふうむ。貴族とはいえ、田舎の出では色々と不足であろう。この次期カイエン公たるこのわしが直々に手ほどきをしてやっても構わんぞ」

 

「……もったいないことです」

 

リィンは澄まし顔で一礼した。

 

「そなたの後ろにいるのは?」

 

「申し遅れました。こちらにいるのはトールズ第Ⅱ分校の生徒で私の教え子たちです」

 

「ほう、そうであったか。曰く付きらしいが灰色の騎士がいるとなれば箔がつくか。ファッファッファ」

 

(な、何よこのオジサン……!)

 

(ユウナ!態度に出すな!)

 

(ここはこらえましょう)

 

(……ケッ………)

 

(………………)

 

(まったく……)

 

ミュゼは顔をしかめた。

 

「バラッド侯。そのくらいにしてください。いくら貴方でも見過ごすことはできません」

 

「フン、わしは事実を言っているに過ぎん。それとも次期カイエン公たるわしに意見するつもりか?」

 

「いえ。ですが、カイエン公爵は四大名門の筆頭格。貴族の手本となるべきかと」

 

「貴族の手本。そんなものはどうでもよい。重要なのはこの地をいかにして繁栄させることだ」

 

「繁栄……?」

 

(他の貴族を没落させてでも繁栄させる。ある意味為政者としてそれは正しいのかもしれないな)

 

バラッド侯爵はリィンたちに聞かせるように両手を広げる。

 

 

 

「わしは愚かな甥とは違う!やつは権威にすがり、身を滅ぼした。そしてすり寄って来た愚か者どもも潰れていった。凝り固まった姿勢こそが悪なのだよ。わしを見るがいい。やつの時とは比べ物にならぬほどの繁栄ぶりを実現した。そのためならば他の貴族が没落しようと知ったことではない」

 

 

 

「バラッド侯……!」

 

「い、いい加減に……!」

 

「──その辺りにしておかれた方がよろしいかと存じます」

 

声のする方を向くと、ハイアームズ侯爵が立っていた。

 

「おお、ハイアームズ侯。ようおいでくださった」

 

「お久しぶりです、バラッド侯。先ほどの話を聞かせていただきましたが、若者に聞かせるのは少々憚られるように思えます」

 

「む……」

 

バラッド侯爵はハイアームズ侯爵の言葉に詰まる。

 

「パトリック、後は頼む」

 

「わかりました、父上」

 

ハイアームズ侯爵はバラッド侯爵とともに立ち去ろうとした。

 

「む?そこの、お前だ」

 

「……何か?」

 

「いや、イーグレット伯爵家に出入りするネズミの噂を聞いたのでな。まあ人違いか」

 

「……………」

 

「バラッド侯……!」

 

「フン……」

 

バラッド侯爵は鼻を鳴らし、去っていった。

 

 

 

「な、な、な、何なのよ、あのオジサン!!」

 

ユウナの我慢も限界だった。

 

「ユウナさん、さすがに失礼かと……」

 

「知ったこっちゃないわよ!ユーシスさん!パトリックさん!あのオジサンを辞めさせる方法はないんですか!?」

 

「…………現実的には不可能だ」

 

「言動や素行はともかく、実績があるからね。それに情けないが、年若い僕たちでは太刀打ちはできない」

 

「そんな!?」

 

「下手をすれば、実家や領地に悪影響が出るおそれもある。それを考えれば容易に手出しはできん」

 

「でも……!」

 

「ユウナ、そこまでにするんだ。納得はできないだろうが、これが貴族というものなんだ」

 

「そうでなくとも、バラッド侯は前カイエン公の親類に当たる人物です。カイエン公は家族を持たなかったので、バラッド侯が次期カイエン公の継承権一位を持っているとか」

 

「なるほど。よほどのことがない限り、継承権は不動というわけか」

 

「…………」

 

ユウナは拳を握りしめた。

 

「キリコ君も悔しくないの!?」

 

「見聞はどうあれ、イーグレット伯爵の世話になっていたのは事実だからな」

 

「キリコ……」

 

(フフフフ………大叔父様……。叔父のことはどうでもいいですが、Ⅶ組の皆さんや教官。何よりキリコさんを侮辱したツケ。きっちりと支払ってもらいますから)

 

ミュゼの両目に静かな怒りが宿った。

 

 

 

ユーシスたちと別れ城館を出た後、Ⅶ組は北区の食堂でランチを取りながら、午後の予定を立てていた。

 

「午後は西ラマール峡谷道をから西ランドック峡谷道を通って歓楽街ラクウェルに行こう。そこで依頼と武装集団の調査を行って一日目を終える。それでいこうと思うんだが……」

 

リィンは説明しながらチラリとユウナを見る。そのユウナはというと──

 

「バクバク……モグモグ……ムシャ……ゴクン……」

 

オムライスとサラダとパスタを猛然と食べていた。

 

「ユウナ……」

 

「明らかに食べ過ぎのやけ食いかと……」

 

クルトはスープパスタ、アルティナはパンケーキを食べながら、苦言を呈した。

 

「太っても知らねぇぞ」

 

アッシュはハンバーガーを囓りながらジト目を向ける。

 

「う、うるさいわねぇ!運動するから平気よ!」

 

「ユウナさん?世界中の乙女を敵に回すおつもりですか?」

 

「うっ……」

 

アルティナ同様パンケーキを食べていたミュゼの言葉にユウナの食べるスピードが落ちた。

 

「ゴメン……」

 

「……落ち着きましたか?」

 

「うん。貴族の人たちって、いろんなしがらみがあるんですね」

 

「ユーシスはそのしがらみが降りかかるのを承知で領主代行になったそうだ。それでいて、自らの宿命に立ち向かおうとな」

 

「ご立派な方ですね」

 

「アルバレア公爵家も大変だとか?」

 

「ああ。カイエン公同様、内戦の主導権を握っていたわけだからな。汚名をすすごうと頑張ってるみたいだ」

 

「上手くいくといいですね」

 

「ああ、そうだな。っと、話が大分それたな。先ほどのことだが……」

 

リィンは再び説明した。

 

「あたしはそれでいいと思います」

 

「僕も異存はありません」

 

「同じく」

 

「私もです」

 

「問題ない」

 

「それと、案内役をアッシュに頼みたいんだが」

 

「メンドくせぇなぁ。なんで俺なんだよ」

 

「ランディさんによると、君はラクウェルの出身だとか?」

 

「そうなの?」

 

「チッ。オルランドの野郎……。わーったよ、案内してやるよ」

 

アッシュは渋々ながら了承した。

 

「決まりね。じゃあ、これ食べたら出発しましょ!」

 

「……そうですね」

 

「というか、キリコさんはそれだけでいいんですか?」

 

「十分だ」

 

キリコはホットサンドを食べ終え、コーヒーを啜っていた。

 

(どこでもブレないな……)

 

(コイツ、カフェイン中毒なんじゃねぇか?)

 

(仮にカフェイン中毒ならキリコさんは落ち着いていられないはずですが)

 

 

 

リィンたちはラクウェルを目指して西ラマール峡谷道を導力バイクで走っていた。

 

途中、武装集団が目撃された場所に降り立った。

 

「ここね」

 

「総員、警戒を怠るな。奇襲に注意しろ」

 

リィンの指示で辺りを見回すも、気配は感じなかった。

 

「気配はありませんね」

 

「既に移動しているんでしょうか?」

 

「かもしれないな。ミリアムからの情報だと、猟兵らしいのが二つあったらしい」

 

「一つは僕たちが遭遇した紫の猟兵ですか」

 

「おそらくな。ただ、一つだけ猟兵ではない武装集団がいたそうだ」

 

「猟兵ではない?」

 

「山賊か野盗じゃねぇか?」

 

「そ、そんなのいるの?」

 

「いるに決まってんだろ。内戦の時なんかやたら出たぜ」

 

「どさくさ紛れの火事場泥棒というわけですか」

 

「卑劣な……!」

 

クルトは怒りを露にした。

 

「とにかく、何が起きてもいいように気を配ってくれ。とりあえず出発しよう」

 

「こっからは山ん中だからな。事故んなよ」

 

一行は再び走り始めた。

 

 

 

西ランドック峡谷道の舗装された道路を通り、一行はラクウェルに到着した。

 

「ここがラクウェルですか」

 

「クロスベルの歓楽街みたいね」

 

「ククク、そっちよりスリリングだろ」

 

アッシュは辺りを見回しながら言った。

 

「スリやカツアゲなんかはよく見るしな」

 

「確かに危険な匂いがしますね。キリコさん、守ってくださいね♥️」

 

「はいそこ離れるー」

 

ユウナがミュゼをひっぺがした。

 

「やれやれ。とりあえずラクウェルで情報収集しながら依頼をこなす。それでどうだろう」

 

「異存はありません」

 

「効率的に行いましょう」

 

「アッシュ、案内は任せるぞ」

 

「しゃあねえな。はぐれんじゃねぇぞ」

 

 

 

[アッシュ side] [スターサフィールの捜索]

 

とりあえず、まずは食堂だな。ここの女将ならなんか知ってんだろ。

 

入ると相変わらず賑わってた。まっ、ここのメシはうめぇからな。

 

女将によるとここ最近、物騒な雰囲気の連中を見かけるらしい。ただ猟兵かどうかまでは知らねぇそうだ。

 

 

 

次に向かいのイカロスマートに来た。

 

店員によると、先日に大量の食料を買い込んでいった客がいた。どうみてもカタギじゃねぇ人相だったらしいな。

 

後、リーファのやつを見かけたが、なんかキュービィーにだけよそよそしいが、なんだ?

 

 

 

気は進まねぇが次は質屋のジジイの店だな。

 

ジジイによると黒い鎧を着た連中を見たとか。ジジイの情報なら信憑性はあるかもな。

 

なんかシュバルツァーも心当たりがあるみてえだしな。

 

だがこのジジイ、こいつらに俺が愚連隊まがいをやってた時のことをバラシやがった。油断ならねぇ妖怪だぜ。

 

後帰り際にジジイがキュービィーにアーマーマグナム用のサイレンサーを売りつけやがった。

 

出所は聞くなっつってたがどっから流れてきたのやら。

 

 

 

次は教会だな。

 

ここにはギャンブルで大勝できますようになんてやつらが毎日来る。

 

おかげで俺が街を出るまで神父が5、6人は代わったな。神頼みなんざ当てにならねぇよ。

 

ここのシスターは相変わらず口うるせー。余計なお世話だろ。

 

だからナメられんだろって言ったら分かりやすいくらい落ち込んだ。とりあえずメンタル鍛えろや。

 

 

 

次はバーだな。

 

ここのバーテンはお袋と幼馴染らしいからさっきのシスターより口うるせー。心配しなくてもやってるよ。

 

バーテンによると妙に肩肘張った茶髪の女が来店したらしい。サザーラントでかち合ったあの女か?

 

 

 

依頼は後回しで次はカジノだ。

 

入ろうとしたらシュバルツァーの野郎が止めやがった。そんなんじゃこのラクウェルに来た意味ねぇだろが。

 

しゃあねえからバニーガールに聞いた。

 

なんか北ランドック街道に没落貴族みたいなのが出入りしてるらしい。なんか臭うな。

 

 

 

一応、高級クラブの前に来た。ここは噂じゃ赤い星座が資金源としてやってるとか。

 

店の前にいた支配人によるととっくに経営権は手放してるらしいな。

 

もっと知りたきゃ、夜に来いとぬかしやがった。ちゃっかりしてるぜ。

 

 

 

「とりあえずこんなもんだろ」

 

「私たちが戦った紫の猟兵に緑っぽい鎧を着た人たちですか」

 

「間違いなく猟兵ね」

 

「やはり北ランドック街道とこのロック=パティオという場所が怪しいな」

 

「このロック=パティオとはどんな場所なんだ?」

 

「西ランドック街道の旧道の外れにあんだ。魔獣も湧いてて住民も近づかねぇ」

 

「武装集団にとっては絶好の場所ってわけね」

 

 

 

「そういえば、さっきのあの女の子、キリコ君にだけよそよそしい感じがしたけど……」

 

「あいつはリーファっつってな、母親がどっかの貴族の家に勤めてたんだが、暇出されたらしくてな。見習いとしてイカロスマートで働いてんだ(ただ、あんな人見知りするやつじゃなかったはずだが)」

 

「リーファさんでしたか。変わった顔立ちをされてますね」

 

「確か母親が東方人らしいな」

 

「へぇ、マヤみたいね」

 

「まあ、今はいいだろ。それより猟兵を追うとしようぜ」

 

「その前に依頼を終わらせるぞ」

 

チッ。

 

 

 

バーの二階に依頼人のガスパールっつうオッサンがいた。オッサンによるとスターサフィールっつう宝石が盗まれたらしい。

 

どう考えてスられたんだろうが、じゃじゃ馬が受けちまった以上、やるしかねぇ。

 

つーか不始末の責任を八つ当たりすんじゃねぇよ。じゃじゃ馬がキレかけてメンドくせぇだろうが。

 

オッサンは昨日、駅に行って仕事してそこの小劇場でステージを観劇。その後宿に戻ってそこで初めてなくなっていることに気づいたっと。

 

とりあえずオッサンの行動を当たってみることにした。

 

駅員に話を聞くとオッサンは宝石を見せびらかしてたらしい。

 

それじゃ盗んでくれって言ってるようなモンだろ。ヴァンダールも頭抱えてるしよ。

 

次に小劇場の支配人に聞いた。

 

オッサンは居合わせた客に宝石を見せびらかしてたらしいが、その客ってのはオルディスの名家だったらしく、オッサンより宝石を持ってたそうだ。ざまぁみやがれ。

 

捜索が行き詰まりそうになったが、キュービィーが質屋に行くと言い出した。

 

なるほどな、あのジジイの店なら盗品が流れてそうだしな。

 

行ってみるとスターサフィールの買い取り値段を聞きに来たやつがいた。

 

買い取り値段を聞いてビビったらしく、プロのスリじゃなく、魔が差した素人かもしれねぇ。

 

犯人の名はジョゼフっつうヨソ者でバーで飲んだくれてる野郎らしい。

 

バーで問い詰めてみると、よっぽど焦ったのかてめえで自白しやがった。多少ゴネたが、最後は観念して出した。

 

しかし"娘"か。なん引っかかるな。

 

オッサンに返した後シュバルツァーが説教して終わった。疲れたぜ。

 

「スターサフィールの捜索] 達成

 

[アッシュ side out]

 

 

 

依頼を終わらせたリィンたちは噴水の前で集めた情報を整理していた。

 

「とりあえず一通り回れたけど……」

 

「武装集団の名前などの情報はありませんね」

 

「もともとこの街は猟兵の出入りが多いからな。多少増えてもそれほど気にならねぇってトコだろ」

 

「……なるほどな」

 

「とすると、調査はここまででしょうか?」

 

「ここまで来たんだ。何かしらの成果は出したいところだが……」

 

「……クク、そんなアンタたちに耳寄りな情報があるぜぇ?」

 

振り返ると、帽子を目深にかぶった怪しげな男がいた。

 

「……ハッ。アンタか、ミゲル」

 

「よお、アッシュ。帰ってきてたんだなぁ」

 

「……アッシュ。知り合いか」

 

「一応な。噂話だの裏話だのをかき集めてメシの種にしてる胡散臭いオヤジだ」

 

「情報屋か」

 

「まあな。灰色の騎士様にトールズ第Ⅱの坊っちゃん、嬢ちゃんたちもようこそ、ラクウェルへ」

 

「へっ……」

 

「さて、アンタたち、武装集団についての情報が欲しいんじゃないのか?」

 

「僕たちがそれを探っていることまで……」

 

「じゃあ、耳寄りな情報って……」

 

「おおっと、ここからは取引だ」

 

情報屋ミゲルはリィンたちに掌を向ける。

 

「まあアッシュとは顔馴染みだ。特別価格でいいぜ?」

 

「ええっ……?」

 

「当然、タダではなさそうですね」

 

「さて、どうするよ」

 

「……気にならないと言えば嘘になるな」

 

「だが、必要はなさそうだな」

 

「へ」

 

キリコの言葉に情報屋ミゲルは呆然とする。

 

「あくまでこれは士官学院の演習だからな。情報収集にミラは使えない。それに──」

 

「そ、それに?」

 

「あんたの情報には信頼性があるのかどうかもわからない。そんなもののためにミラは払えない。悪いが、この話はなかったことに……」

 

「まっ、待った!」

 

情報屋ミゲルがたまらずキリコの話を遮る。

 

「なんだ?」

 

「へ、へへ……お前さん、なかなか世慣れしてんじゃねぇか」

 

「あんた以上のタヌキを知っているからな」

 

「な、なるほどな……」

 

(キリコ君……?)

 

(へぇ?)

 

(……相手が悪すぎましたね)

 

やり取りを見ていたユウナたちは唖然とした。

 

「あ~もうしょうがねぇっ!特別にタダで教えてやらぁ!」

 

「へっ……」

 

「………?」

 

「………………」

 

「西の峡谷道にロック=パティオって地元ので呼ばれる場所があってな。そこにゃ、猟兵団らしいのが出入りしてるみてえなんだ」

 

「そこまではわかっている。肝心なのはそいつらの正体だ」

 

「まあ聞きな。俺も又聞きなんだが、そいつらは竜のマークがあったそうだ」

 

「竜のマーク?」

 

「それと、サービスで教えてやる。北ランドック峡谷道にゃ猟兵とは別の連中がいるらしいぜ」

 

「野盗か何かか?」

 

「そこまでは俺でもわからねぇ。ただ、気をつけなよ」

 

「ハッ、アンタにしちゃやけに太っ腹じゃねぇか?」

 

「アッシュに久しぶりに会ったしな。それにお前さんの度胸に免じてだ。そんじゃ、頑張れよな~!」

 

情報屋ミゲルは去って行った。

 

「へえ……なんか顔に似合わず親切なオジサンねぇ。それにしてもキリコ君ってすごいね!」

 

「大した交渉力ですね」

 

「いったいどこでそんなものを覚えたんだ?」

 

「……知り合いにやり手の商人がいた」

 

「商人?」

 

「酒に酔って色々な話を聞かされたことがある。交渉のコツなんかも勝手に喋っていたな」

 

「なるほどな……」

 

「それより、どうしますか?」

 

「ロック=パティオですね」

 

「竜のマークの猟兵か」

 

「お心当たりは?」

 

「さすがにそれだけじゃ絞り込めないな。とにかく、これはあくまで特務活動だ。偶然手に入れた情報をどう活かすかは考えてみてくれ」

 

「ああん……?」

 

リィンの言葉にアッシュは怪訝な顔をした。

 

そしてリィンの言葉を聞いたユウナたちは話し合い、ロック=パティオの調査を行うことを決めた。

 

「てめえ……意外と人が悪いな」

 

「……やっぱりそういう事か」

 

「っ……」

 

「大丈夫、フォローはする。瓢箪から駒ということもあるし、アッシュも備えておいてくれ」

 

「……クソが………」

 

(わかっていて煽るか)

 

キリコはリィンの意外な腹黒さに呆れた。

 

 

 

一行がロック=パティオを訪れた。

 

「ここがロック=パティオ……」

 

「なるほど、言い得て妙ですね」

 

「ずいぶん音が響くな。各自、声を潜めて会話してくれ」

 

「ああ、ここにいる猟兵に気づかれないように、ですね」

 

「……いや、どちらかというと……」

 

「ハッ、いいから行こうぜ」

 

「現在、午後2時。探索開始、ですね」

 

 

 

「止まってくれ」

 

リィンはユウナたちに止まるよう指示した。

 

「……気配はないな」

 

「いかにも仕掛けてきそうな場所だが」

 

「ふふ、予定が外れたのか、予定が変わったのか……」

 

「…………………」

 

「……?さっきから何を……」

 

ユウナは不思議そうに聞いた。

 

「俺たちはおびき出されたということだ」

 

「あの情報屋──いや、彼を雇った何者かに」

 

「ふふ、おそらく欺瞞情報かと。私たちをこの場所に誘い込むこと自体が目的の」

 

「ハッ、さすがにてめえは端っから気付いてやがったか」

 

「ちょ、ちょっと待ってよ!」

 

ユウナは慌てて口を開く。

 

「だって、あのオジサン、アッシュの顔馴染みなんでしょ!?いくらなんでも──」

 

「顔見知りを売るはずがねぇ、ってか?クク、お人好しにもほどがあんだろ」

 

「俺たちを目障りだと思う連中が雇ったんだろう。人の出入りの少ないこの場所に誘い込んで一気に痛めつける、そんなところだろう」

 

「ええ、おそらくは……。私たちが行方不明になれば第Ⅱ分校や地方軍が介入してくるのは予想できているでしょうし」

 

「呆れたな……そこまで読むのか」

 

(……確かに。アッシュやキリコも勘や洞察力は鋭いが、この子は……)

 

「………………」

 

「あ、あんのオヤジ~……舐めてくれちゃって~~っ……!」

 

ユウナは怒りにふるえていた。

 

「ていうか何で気づかないのよ、あたし!?」

 

「そりゃあ、てめぇがお人好しだからだろ」

 

「うぐぐぐ……!というかキリコ君も気付いていたの!?」

 

「だいたいはな。急にタダで教えると言った時は何かあると自白しているようなものだ」

 

「教えてくれてもいいでしょ!?」

 

「ユウナさん、声が大きいです。それにどこから漏れるかわかりませんから」

 

「………そ、それよりこれからどうするんですか?現れないってことはこちらの様子を探っているとか?」

 

「いや、少なくとも現時点で俺たちを監視する者の気配はない」

 

「確かに伏兵や罠の類いは一つもありませんでしたね」

 

「おそらく奥で待ち構えているかと」

 

「なぁ、シュバルツァー。そもそも何処のどいつだと思う?情報屋使って、俺らをここでボコろうとしてたのは?」

 

「そうだな……」

 

リィンはこれまでの経緯を辿りながら黙考する。

 

「おそらく、今まで接触したことのない第四の猟兵団である可能性が高そうだ」

 

「だ、第四……!?」

 

「赤い星座も西風の旅団も僕たちの状況は把握している。海岸道で接触した連中は教官のことを知っていたようだし」

 

「知っていたら当然、こんな迂闊な手は使わない」

 

「チッ、まあ間違いないねぇだろ」

 

「考えられるとすれば、竜のマークの猟兵か……」

 

「竜のマーク……」

 

(おそらく、いや間違いなくそれは──)

 

タタン…タタン……バラララッ……

 

『!?』

 

突如、銃声が響いた。

 

「これは……!」

 

「奥からです!」

 

「状況を確認する。警戒してついてきてくれ」

 

『イエス・サー』

 

 

 

リィンたちが駆けつけると、猟兵同士が戦っていた。目の前の本物の殺し合いにユウナ拳を固く握りしめた。

 

(クク、俺らを誘いだそうとしてたのが黒い方か……)

 

(……特定しました。高位猟兵団ニーズヘッグです)

 

(大陸北西部に伝わるおとぎ話に出てくる竜の名前でしたね)

 

(なるほど……そして迂回した紫の猟兵たちの奇襲を受けたのか)

 

(ああ……。だが、戦況は互角のようだ)

 

すると、紫の猟兵たちは撤退して行き、黒い猟兵は二つに別れ、それを追って行った。

 

その内の一つがリィンたちの方へやって来た。

 

(きょ、教官!)

 

「総員、戦闘準備。ただし先に攻撃するな。アルティナは上へ!」

 

「了解」

 

アルティナはクラウ=ソラスで黒い猟兵たちの背後へ回る。

 

「こいつら……街で俺たちを探っていた……!」

 

「連中の仲間だったのか!?」

 

黒い猟兵たちは戸惑った。

 

「トールズ士官学院・第Ⅱ分校の者だ。邪魔するつもりはなかったが、少しばかり話を聞かせてもらおうか?」

 

「トールズ。内戦で邪魔してくれた連中か」

 

「待て、しかもコイツは……」

 

「灰色の騎士か……!」

 

「アンタたちはニーズヘッグだったな。ここで何をしているのか聞かせてもらえないか?」

 

「グッ…………ムッ?」

 

黒い猟兵の一人の視線がキリコに止まる。

 

「お前は……」

 

「?」

 

「キリコ……?」

 

「フッ、まさか標的の一つに巡り会うとはな」

 

『!?』

 

黒い猟兵の言葉に全員が驚く。

 

「ハアアッ!?」

 

「キリコさんが標的?」

 

「フフ、"残党"からはずいぶん恨まれているらしいな」

 

「ざ、残党……?」

 

「どういうことだ?」

 

「悪いが覚えがない」

 

キリコは即座に言った。

 

「まあいい。クライアントからは生かして連れて来いとのことだ。灰色の騎士共々痛い目に遭ってもらう」

 

「上等だ……やんのかコラ?」

 

「迎撃開始──話のつうじる相手じゃない。無力化次第、戦域を離脱する!」

 

ニーズヘッグとの戦闘が始まった。

 

 

 

ニーズヘッグは紫の猟兵たちとは異なるが、経験ではⅦ組大きく穴をあけているのに変わりはなかった。

 

それでも、Ⅶ組は戦術リンクを駆使して食らいついていった。

 

キリコは先ほどの残党という言葉が気になりつつあったが、戦闘開始の言葉で一瞬で頭の片隅に追いやった。

 

戦況が徐々にⅦ組に傾きつつあるのを肌で感じ取ったアッシュが前に出る。

 

「喰らえや!!」

 

 

 

「さぁ、派手に踊るとしようや。そらそらそらそらっ!おねんねするにはまだ早いぜ。オラァ!ベリアルレイド!いい夢は見られたか?」

 

 

 

アッシュのSクラフトがニーズヘッグに襲いかかり、猟兵たちは膝をつき、魔獣たちは消滅した。

 

 

 

「ぐっ……」

 

「さすがは灰色の騎士……内戦時より手強い」

 

「そしてキリコ・キュービィー……。内戦で敵兵をことごとく殺し尽くしただけはある。いい腕だ」

 

「…………………」

 

「キリコ……」

 

「……さて」

 

リィンは太刀を納める。

 

「アンタたちをここで拘束するつもりはない。だが聞かせてもらえないか?アンタたちと戦っていたあの紫の猟兵のことを」

 

「……っ………」

 

「貴様らに答える義理など……」

 

「……なら俺の質問に答えろ」

 

キリコは銃口を向け、黒い猟兵の一人に近づく。

 

「何?」

 

「答えろ、"残党"とはなんだ?なぜ俺を狙う」

 

「……………」

 

「そ、それがあったわね……」

 

「悪いが答えるわけにはいかん」

 

「この世界は信用が第一なんでな」

 

「拷問するなら好きにしろ。だが、死んでも答える気はない」

 

「チッ、こいつら……」

 

「さすがは高位猟兵団ですね」

 

「だが、一つ教えてやる。クライアントはお前を地獄の果てまでも追い詰めるだろう」

 

「その怨みは凄まじいものだったぞ」

 

「我らでさえ、二の句が継げなかったからな」

 

「な、なんなの……」

 

「尋常でないほどの憎悪を感じる」

 

(キリコさんをこれほどまでに怨む存在………まさか……)

 

ミュゼが核心に到達しようとした瞬間──

 

「フッ、どうやら時間のようだな」

 

「何っ!?」

 

「しまった……!」

 

奥からもう一方の黒い猟兵たちが駆けつけて来た。

 

「すまない。取り逃がした」

 

「構わん。別の標的がここにいる」

 

「何? ……ほう、これはこれは……」

 

「灰色の騎士もご一緒とは、依頼の標的には入っていないが」

 

「これ以上、首を突っ込まぬよう痛い目に遭ってもらおうか」

 

「そして、キリコ・キュービィー。生け捕りにさせてもらう」

 

猟兵たちはそれぞれの得物を構える。

 

(……教官)

 

(仕方ない。少々大人気ないが……。アルティナ、バリアで少しの間持たせてくれ)

 

(え)

 

(まさか──)

 

(了解しました)

 

アルティナはリィンの指示どおりバリアを張る。

 

「来い!灰の騎神──」

 

 

 

「はーい、ストップ!」

 

「フフ、それには及ばないよ!」

 

 

 

声のする方を見ると、崖の上に二人の女がいた。その内一人は導力バイクに乗っていた。

 

「あ……」

 

「あの人は……」

 

「ブレードに大型拳銃……」

 

「まさか、あの──」

 

黒い猟兵たちの動きが一瞬止まる。

 

「鈍いッ……!」

 

赤髪の女が隙をついて突撃する。

 

電撃を纏った弾丸と斬撃が黒い猟兵たちに襲いかかる。

 

(速い……!)

 

(クク、あの赤髪の女は……)

 

「こちらも行くよ!」

 

導力バイクに乗った女が崖を一気に下り、猟兵たちを蹴散らす。

 

「ぐはっ……!」

 

「あ、あれって導力バイク……!?」

 

(素敵です、お姉様)

 

再び膝をついた黒い猟兵は赤髪の女を見た。

 

「紫電のバレスタイン……!」

 

「それにログナー侯の息女か……!」

 

「フフ、覚えてもらって光栄ね」

 

「できれば仔猫ちゃんの方が嬉しいんだがね」

 

「クッ……!」

 

「……ギルドのA級など相手にしていられるか」

 

ニーズヘッグはそう言って去って行った。

 

 

 

「しかし君、背が伸びたわね~!大人っぽくなっちゃって、このこの!」

 

「ああ、見違えたよ」

 

「はは……本当にお久しぶりです。……お二人こそ見違えましたよ」

 

リィンの言葉に赤髪の女がビクッとした。

 

「こらこら、いきなりドキッとさせることを言うんじゃないわよ!?相変わらずの天然タラシなんだから……」

 

「ハッハッハッ、そちらの修行も積んだみたいだね」

 

「えっと……」

 

「もしかして、リィン教官の……?」

 

「フフ、といっても私はⅦ組の所属ではなかったが」

 

男装の麗人といった装いの女がユウナたちの方を言う向く。

 

「アンゼリカ・ログナー。トールズの出身で君たちの教官の一人、トワの無二の親友さ。よろしく頼むよ、仔猫ちゃんたち♥️」

 

アンゼリカのウインクにユウナたちは閉口した。

 

「ふふっ、お久しぶりです。アンゼリカお姉様」

 

「へ……お姉様?」

 

「お知り合いですか?」

 

「わりと前からね。久しぶりだね。"ミュゼ"君。殿下やエリゼ君から聞いている。いやはや、ますます可憐かつ小悪魔的になったじゃないか♥️」

 

「いえいえ、アンゼリカお姉様もますます凛々しく麗しくなられて」

 

「……………」

 

ミュゼとアンゼリカの間に入れず、ユウナたちは唖然とした。

 

「はは、二人が知り合いとは思わなかったけど」

 

「こっちにも黒兎以外に顔見知りがいるとは思わなかったけど。久しぶりね、ラクウェルの悪童」

 

「アンタもな。しかしなるほどな、アンタが旧Ⅶの教官だったのか」

 

「ええっ!?」

 

「知り合いだったんですか?」

 

「ギルド絡みでちょっとした縁があってね。それはそうと名乗っておきますか」

 

赤髪の女は腕を組んだ。

 

「サラ・バレスタイン。旧Ⅶ組の教官を務めていたわ。今は古巣である遊撃士協会に戻っているんだけど。よろしくね、新Ⅶ組のみんな♥️」




次回、最強と不死が出会う。


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月下

最強に会う前に血塗られた真実が語られます。


Ⅶ組は合流したアンゼリカとサラとともに帰路についていた。

 

二人は北ランドック峡谷道で調査しており、そこで猟兵とは異なる武装集団がいた形跡があることを告げた。

 

「すると、やはり猟兵ではないと?」

 

「ええ。落ちていた薬莢からの判断だけど、かなりの旧式ね。猟兵ってのは装備にも妥協はしないから、今入り込んでいる団とは完全に別と考えていいでしょう」

 

「ただ、野盗にしては統率とれている風に見えた。むしろ軍の一個師団に思える」

 

「いったい何者なんでしょう?」

 

「……………」

 

 

 

「この辺でいいか」

 

不意にアッシュが停車した。

 

「どうかしたのか?」

 

「なんかあったの?」

 

「………そろそろ聞かせろや。あいつらの言ってた残党ってのについてよ?」

 

『!』

 

「………………」

 

ユウナたちは驚くが、キリコは変化はなかった。

 

「気になってたんだがよ、なんでお前は猟兵に狙われんだ?」

 

「………………」

 

「しかも、殺しじゃなくて生け捕りってのがひっかかる。そういう時ゃみせしめってのが相場だ」

 

「………………」

 

「なあ、キュービィー。残党ってのは貴族連合軍じゃねぇのか?」

 

「………………」

 

「貴族連合軍……!?」

 

「確かにキリコは第九機甲師団にいて、戦ったそうだが」

 

「……フィーやアガットから聞いたわ」

 

「どうなんだよ」

 

「………おそらくな」

 

「キリコさん……」

 

キリコは導力バイクから降りる。

 

「ユウナ、クルト、アルティナ」

 

「?」

 

「以前、お前たちに俺が内戦に関わったことは話したな?」

 

「う、うん」

 

「確か……住んでいた村がジキストムンド伯爵の私兵から脅迫を受けていたところ、作戦行動中の第九に助けてもらったとか」

 

「おいおい。その話、おかしくねぇか?」

 

アッシュが待ったをかける。

 

「お前、帝都の仮設住宅にいたんだろ?住んでいたっつう村ってのはどうなんだよ?」

 

「あれっ!?そういえば……」

 

「こいつの親は?ダチは?知り合いが一人もいねぇなんて変だろ」

 

「確かにそういった話は聞いた事がないが……」

 

「言われてみれば変ですね」

 

「すまない。あれは嘘だ」

 

「なっ!?」

 

キリコはユウナたちに頭を下げる。

 

「う、嘘って……」

 

「実際は違う。俺は助けられてなどいない」

 

「どうして……!」

 

「すまない」

 

キリコは再度頭を下げる。

 

「キリコ」

 

「はい」

 

「俺はサザーラントでライル大尉から辛い話になると聞いた。ユウナたちに伏せていたのもそのためなんじゃないか?」

 

「……ええ」

 

「その……キリコ君……」

 

「わかっている」

 

「あ……」

 

「いい機会かもしれないな。だが、いいのか?」

 

「……覚悟はできている」

 

「教えてください」

 

「聞かせろや」

 

「………………」

 

「………わかった。全て話そう」

 

 

 

その後、キリコはⅦ組とサラ、アンゼリカに内戦に関わった経緯を包み隠さず話した。

 

無論、それ以前のことは何も話さないよう言葉を選んだが、ユウナたちを茫然自失させるには十分過ぎた。

 

 

 

「……そして俺はその後分校長に推薦される形で第Ⅱ分校に来た。そこから先は知っての通りだ」

 

『…………………』

 

リィンやサラやアンゼリカは黙って話を聞いていた。

 

「そんな……そんなことって………!」

 

ユウナの溢れる涙を止められなかった。

 

「ばかな……」

 

「……………」

 

クルトは拳が真っ赤になるほど握りしめ、アルティナはどう反応していいかわからなくなる。

 

「クソッタレが……」

 

アッシュは拳を岩盤に叩きつける。

 

「………ぁ……………」

 

ミュゼはキリコの顔を見ることができなかった。

 

「……そうだったのか………」

 

リィンはキリコに近づいた。

 

「すまない。トラウマを抉るようなことをしてしまって」

 

「構いません」

 

「君は、貴族が憎いかい?」

 

アンゼリカはミュゼを支えながらキリコに聞いた。

 

「いや、憎くて軍に志願したわけじゃない。ジギストムンドを殺した時点で復讐は済んだ。軍に入ったのはゲルマック少将からメカニックとして誘われたからだ」

 

「キリコ……さん………」

 

「そうか……」

 

「ねぇ、キリコ君……」

 

ユウナがおそるおそる声をかける。

 

「何だ?」

 

「もしかして……前に言ってた、大切なものを奪われたことがあるって……」

 

「……………そうだな」

 

「そっか………」

 

ユウナは顔を伏せる。

 

「………ありがとう、話してくれて」

 

「気にするな」

 

キリコはいつもの口調を変えずに言った。

 

 

 

 

「おそらく、連中は近いうちに仕掛けてくるだろう」

 

「狙いとしては領邦会議か……」

 

「……やはりそうですか」

 

「残党がキリコ君の言うとおりなら、そうかもしれないわね。こうなりゃ、あたしも一肌脱ぐわ。ギルド方面に話を通してみるわ」

 

「サラ教官……」

 

「私もユーシス君やパトリック君たちに伝えておこう。もちろん、キリコ君の過去を省いてね」

 

「お姉様……」

 

「君たちはどうするの?」

 

サラはユウナたちに聞いた。

 

「当然、やりますよ!」

 

「ユウナ……」

 

「確かに、どう受け止めていいかわかりませんけど、あたしたちは仲間です。仲間が狙われているのに指咥えて黙ってられませんから!」

 

「僕もです。キリコがどんな人間かはわかっているつもりですから」

 

「わたしもⅦ組の一人ですから」

 

「ここまできて今さらイモ引けるかよ。俺らの邪魔すんなら蹴散らしてやるぜ」

 

「貴族の一人として、オルディスを愛する者として。何よりⅦ組の一員として、見過ごすことはできません」

 

新Ⅶ組は全員顔を上げた。

 

「君たち……」

 

「ふふっ、素敵な後輩に恵まれたわね♪」

 

「リィン君たち旧Ⅶ組に少しも劣らないね」

 

「ええ。彼らなら彼らなりのⅦ組を作ってくれると思います」

 

 

 

「とにかく、演習拠点に行きましょう。トワ先輩やランディさんとも話さなくてはいけませんから」

 

「そういえば、あの闘神の息子も君やトワの同僚なのよね?」

 

「ええ。やはりご存知でしたか」

 

「昔ちょっとね」

 

サラはかつて起きた赤い星座とのこぜりあいを思い出した。

 

「フフフ……私のトワ♥️一年半でどれほど可憐になったのやら……。さぁ、ぐずぐずしないで行こう!フルスロットルで突っ走るぞ!」

 

アンゼリカは頬を染め、導力バイクのエンジンを吹かす。

 

「落ち着きなさい」

 

(相変わらずだな……この人は……)

 

(何なんだ、このオンナ……)

 

(ふふ、アンゼリカお姉様は乙女だけのハーレムを築いておられですから♥️)

 

(理解不能です)

 

(大丈夫よアル。きっとアンゼリカさんだけだと……)

 

(ところがどっこい。俺の一つ上にはアンゼリカ先輩より濃い人がたくさんいるぞ)

 

(嘘だと言ってください……)

 

ユウナは深くうなだれた。

 

 

 

導力バイクを走らせ、リィンたちは演習地に戻ってきた。

 

「まさかアンちゃんやサラ教官とまた会えるなんて思わなかったよ」

 

「私もさ!会いたかったよ、トワ」

 

「久しぶりだな、紫電の姐さん」

 

「あなたもね、ランディ。フィーから聞いているわ」

 

「まったく、先月に引き続き……」

 

トワとランディは歓迎ムードだが、ミハイルはぶつぶつ言っていた。

 

「シュバルツァー、とりあえず報告してもらおうか」

 

「ちょい待ち。なんでユウ坊とミュゼの目の下が赤いんだ?」

 

「何かあったの……?」

 

ランディとトワが心配そうに見つめる。

 

リィンはユウナたちに顔を洗ってくるよう命じた。また、キリコに同席してもらえないかと言いづらそうに聞くと、キリコは承諾した。

 

ただならぬ雰囲気に人払いをしたトワたちはリィンの報告とキリコの過去を聞いた。

 

「マジかよ……」

 

「そんな……ことが……」

 

「報告書で拝見したが、それほどとはな」

 

トワたちは二の句が継げなかったが、ミハイルはおもむろに口を開いた。

 

「……それで、その残党とやらはこちらに攻めてくると?」

 

「分校単体という可能性はなさそうですね。キリコ君だけでなく、領邦会議も視野に入れていると見るべきでしょう」

 

「連中にしてみれば、今の貴族たちも復讐の対象かもね」

 

「そんな!?」

 

「完全に逆恨みですね」

 

「政府に尻尾を振ってんじゃねぇよ、ってか?」

 

「愚かな……」

 

「貴族の負の一面だね。プライドが高いゆえに自分が正しいと信じて疑わない」

 

「それではダメだと思います。美点ばかりを見つめても、理解しあえるはずがないのに」

 

「そうよね。間違っているなら止めないと!」

 

「ああ。もう僕たちだけの問題じゃなさそうだ」

 

「見過ごせません」

 

「みんな……!」

 

「やれやれ。こうなったら止まんねぇぞ、こいつら」

 

「とにかく!」

 

ミハイルが机を叩いて静める。

 

「猟兵や貴族連合軍残党についてはTMPや地方軍の方でも探りを入れる。君たちⅦ組特務科は明日の特務活動のことだけを考えて行ってもらう。以上、解散」

 

ミハイルはブリーフィングルームを出て行こうとドアロックを解錠した。すると、分校生徒たちがなだれ込んできた。

 

「なっ……!?」

 

「お、お前ら……!」

 

「聞いてたの!?」

 

「す、すみません。どうしても気になって……」

 

代表してスタークが謝罪する。

 

「自分たちも同じ気持ちです。このラマール州に危機が迫っているなら、見過ごすことはできません!」

 

ウェインの言葉にその場の全員が頷く。

 

「わかっているのか、俺は──」

 

「それ以上言うな。第一、何ヵ月寝食をともにしてると思っているんだ」

 

「キリコに何の落ち度もないことくらいわからない俺たちじゃない」

 

ウェインとスタークが親しげにキリコの肩を叩く。

 

「キリコさんにいなくなられたら技術部が回らなくなっちゃいますよ」

 

ティータが微笑みながら言った。

 

「ハハッ、キリコの負けだな」

 

「ええ」

 

リィンはランディの言葉に同調した。

 

その後、分校生徒たちはミハイルの説教を受け、演習後に反省文の提出を命じられた。

 

 

 

「?」

 

その夜、キリコは一人で作業をしていたら、妙な気配を感じ取った。

 

キリコは銃を取り、窓を開けた。

 

「ヤッホー、来ちゃった♪」

 

「……………」

 

キリコは侵入者に無言で引き金を引こうとした。

 

「わあっ、待って待って!あたし今丸腰だから、何も持ってないから!」

 

「舐めているのか?」

 

「違う違う、本当に会いに来ただけだから!貴族連合の残党についてだから!」

 

「何?」

 

「気になるでしょ?とりあえず入れてよ」

 

「………さっさと入って来い」

 

「ありがとう!そんじゃ、おじゃましま~す」

 

窓から侵入者──シャーリィ・オルランドが入って来た。

 

 

 

「うふふ、久しぶりだね♪」

 

「……そうだな」

 

キリコは飲み物を出した後、シャーリィに背を向け、残りの作業をこなしていた。

 

「やっぱり、すごいなぁ。さっきから全然隙がないんだもの。一本くらい取れないかなぁって思ったけど、こりゃ無理だなぁ」

 

「……………」

 

キリコはデスクからペンダントを取り出した。

 

「返しておく」

 

「あっ!まだ持っててくれたんだぁ。嬉しいなぁ。でもまだ持っててよ。また会えるかもしれないし♪」

 

「……………」

 

キリコはペンダントをしまい、シャーリィの方を向いた。

 

「それで、連中は?」

 

「ああ、残党のこと?なんかオルディス狙ってるみたいだね」

 

「やはりか……」

 

「うん。指揮をとっているのがチャールズ・ジギストムンドとかいう元貴族。キリコだけじゃなく、バラッド侯ってオジサンも標的みたいだね」

 

「どちらも復讐の対象か……」

 

キリコはシャーリィの情報から考察をたてる。すると、ある疑問が浮かぶ。

 

「猟兵を雇っていたようだが、そちらはわかるか?」

 

「それなんだけどさ~……灰色のお兄さんたち、ニーズヘッグを退けたでしょ?それで一方的に契約を破棄しちゃったとか、最悪だよ~」

 

「……俺が殺したヴェイン・ジギストムンドは極端な貴族至上主義者だった。高位猟兵と言えど、その辺の扱いは変わらないようだな」

 

「あ~やだやだ。実力もないくせにプライドだけ立派って始末に負えないんだよね」

 

シャーリィはうんざりした表情で言った。

 

「それで連中は?」

 

「多分、潜っているんじゃない?決行はおそらく会議だと思うよ」

 

「だがTMPや統合地方軍もいる。正面からでは無理なはずだ」

 

「だろうね。機甲兵かなんかで攻め落とすつもりなんじゃない?」

 

「横流しの旧式機体なら裏ルートで入手は可能か?」

 

「たぶんね。まあ、ウチはあんまり使わないけど」

 

「そうか。情報提供、感謝する」

 

「ううん、気にしないで。キリコだったらいいから。それに──」

 

(……待て)

 

キリコは黙るようハンドサインを出す。シャーリィもそれにコクコクと頷く。

 

キリコがドアの方を向く。ドアがガタガタと鳴る。

 

キリコは静かにロックのついてる方へ行き、シャーリィに鉄パイプを投げ渡す。

 

鉄パイプを受け取ったシャーリィは頷き、構える。

 

互いに頷き合い、ドアロックを解錠した。

 

 

 

「やっと開きましたわ。さぁ、さっさとマスターのとごっ!?」

 

 

 

侵入者にシャーリィが鉄パイプを振り下ろす。よろけた瞬間、すかさずキリコがボディブローを叩き込む。

 

「あれ?嘘?」

 

「こいつは……」

 

キリコたちの足元には泡を吹いて気絶した鉄機隊筆頭・神速のデュバリィがいた。

 

 

 

騒ぎを聞きつけ、駆けつけたトワたちは状況に開いた口が塞がらなかったが、すぐに冷静になった。

 

「…………なるほどな。それでこいつがいるのか」

 

「ま、まさか貴族連合軍残党の情報を持って来たなんて……」

 

ランディとトワが驚く横でシャーリィはキリコが出した缶ジュースの飲んでいた。

 

「まったく……Ⅶ組特務科は騒ぎを起こさないと気がすまないのか……!」

 

「? そういえばユウナたちは?」

 

「それがね、リィン君を追いかけて行ったみたいなの」

 

「リィン教官を?」

 

「情報収集でラクウェルに行ってるんだよ。あいつらそれで抜け出して行ったみてえなんだ」

 

(あいつら、懲りていないのか……)

 

キリコは仲間たちの行動力に呆れ果てた。

 

「それで、なんでデュバリんがいるんだ?」

 

「デュバリんって……」

 

「そういえばマスターとか言っていましたが」

 

「何!?」

 

「本当か!」

 

ランディとミハイルが驚愕した。

 

「え、えっと……?」

 

「知っているんですか?」

 

「蛇の使徒と呼ばれる結社の幹部の一人で"鋼の聖女"の異名で知られている」

 

「結社でも最強と呼ばれていて、一年半前にクロスベルで戦ったんだが、手加減された上でボロ負けだったんだ」

 

「鋼の聖女……そういえばレポートか何かで読んだことが……」

 

「…………」

 

キリコはロープで縛ったデュバリィを肩で担ぐ。

 

「キリコ君?どうしたの?」

 

「突き返して来ます」

 

「ええっ!?」

 

「こいつのマスターとやらは俺に用があるみたいです。戦闘をしに行くわけではないので心配は無用です」

 

「だ、大丈夫なの?」

 

「まあ、話は聞いてくれる人だから心配はいらねぇと思うけどよ」

 

「許可できるわけがなかろう。こいつは即刻TMPに引き渡す。紅の戦鬼、貴様もだ」

 

「うーん、別にいいよ。ただし、ウチと聖女さんと戦争するつもりならだけど♪」

 

シャーリィが殺気を放つ。

 

「グッ……」

 

「ですから、俺が行ってきます。これ以上面倒が増えても困るので」

 

「でもキリコ君。場所分かるの?」

 

「こいつに案内させます」

 

キリコはシャーリィに視線を送る。

 

「うん、いいよー」

 

「しかしだな……!」

 

「まあまあ、ミハイルの旦那。シャーリィの言うとおり、下手したらラマール州が戦火に包まれるような事態になっちまう。ここはキリコに任せておきましょうって」

 

ランディがミハイルを押し留める。

 

「キリコ君、一つだけ約束しなさい。絶対に帰ってくること。守れますね?」

 

「イエス、マム」

 

キリコは軍隊式で返事をし、シャーリィの案内で鋼の聖女の待つ場所へと向かった。

 

 

 

「あそこにいる人だよ」

 

「……わかった」

 

指定の場所では、月明かりに照らされ輝く甲冑を纏った人物が背を向けて立っていた。

 

さらに横には鉄機隊に属する剛毅のアイネスと魔弓のエンネアがひかえていた。

 

「こんばんは、よい月夜ですね」

 

「…………」

 

「なぜここに貴女がいるのかはわかりませんが、聞くのは野暮でしょうか?紅の戦鬼」

 

「あはは……なんでわかったの?」

 

「フフフ」

 

鋼の聖女はゆっくりと振り返る。

 

そして白目を剥き、気絶したデュバリィを見た。

 

「……デュバリィがなぜそうなったのかは聞きません。どうせ力ずくでことを起こそうとしたのでしょう」

 

「躾くらいきちんとしてもらいたいな」

 

「おっしゃるとおりです。紅の戦鬼、すみませんが介抱してあげてください」

 

「はーい」

 

シャーリィは地に下ろし、ロープをほどいた。

 

「さて、私は……」

 

「その前に兜を取ったらどうだ?」

 

「…………」

 

「こんな時間に人を呼びつけて迷惑ぐらい考えてもらいたいな」

 

キリコは鋼の聖女から背を向けた。それが鉄機隊の怒りに触れた。

 

「無礼な!!」

 

アイネスはハルバードをキリコの頭上に振り下ろす。

 

「!」

 

キリコはそれを重心移動で真横にかわす。

 

「なっ!?」

 

避けられたことに動揺するアイネスにキリコは逆手に持ったサバイバルナイフを首にあてる。

 

「アイネス!このっ……!」

 

エンネアが矢をつがえようとした。

 

だが、キリコ相手には遅かった。

 

キリコは左手でアーマーマグナムを構え、エンネアに2発の弾丸を撃った。

 

1発目はつがえた矢を破壊し、2発目は弓を弾き飛ばした。

 

そしてキリコは銃口を向け続ける。

 

「ば……ばかな………」

 

「嘘……でしょ………」

 

二人は今起こったことが理解できなかった。

 

同時にキリコに対し、恐怖に似た感情を覚えた。

 

アイネスは僅かでも動けば、即座に首を掻き切られるイメージに押し潰されそうになっていた。

 

銃口と殺意を向けられたエンネアは金縛りに陥っていた。

 

僅かな無駄もないキリコの技量は鉄機隊を封殺したのだった。

 

(すごいすごい!やっぱり最高だよ、キリコ!あたしだってあんなのできないよ!あぁ、やっぱりあたしの目に狂いはなかった~♥️)

 

未だ覚めないデュバリィをよそに、シャーリィは頬を染め、身をもだえさせていた。

 

 

 

「二人とも、下がりなさい」

 

「し、しかし……!」

 

「彼は礼儀の話をしているんです。確かに夜分に呼び出したのは礼儀に欠けていましたね」

 

鋼の聖女はゆっくりと兜を脱いだ。

 

「あ……」

 

「マスターが兜を……」

 

兜の下から、金髪の女性が顔を現し、月夜に美しく照らされた。

 

「部下の非礼は謝罪します。手を引いていただけますか?」

 

鋼の聖女の言葉を聞き、キリコはサバイバルナイフとアーマーマグナムをしまった。

 

解放されたアイネスとエンネアは震えながら主の元へと戻る。

 

(この二人の心を折るほどの……。なるほど、カンパネルラが勧誘に踏み切ったのも頷けますね)

 

「挨拶が遅れました。身喰らう蛇、蛇の使徒第七柱アリアンロードと申します。夜分にお呼びして申し訳ありません、キリコ・キュービィー」

 

「別にいい。要件とは?」

 

「そちらにいる紅の戦鬼や道化師が貴方のことを熱心に口にするので直に会って見たかったのです」

 

「…………」

 

「実際に会ってみて驚きました。先ほどアイネスとエンネアの技をいなしただけでなく、逆に追い詰めるとは。そちらのデュバリィも含めて鉄機隊は執行者に肩を並べるほどの実力を持っています」

 

「殺気を感じただけだ。それに運良く射程範囲内にいた。それだけだ」

 

「なるほど(一片の迷いのない心、優れた技量、高い身体能力。心技体揃った強者ですか)」

 

アリアンロードは微笑んだ。

 

「それにしても初見で兜を脱ぐのも久しぶりですね」

 

「?」

 

「古来より、戦場で武人の素顔をさらすのは強者に対する礼儀とされています。その点では貴方は強者と言えるでしょう」

 

「買いかぶりだ」

 

「フフ、そこは誇るべき点ですよ。貴方がもし口だけの半端者なら仕置きをせねばなりませんから」

 

「………………」

 

「ですが、いくつか解せない点があります。貴方の眼は少年のそれとは大きくかけ離れています。年若さには不釣り合いな覚悟、そして深い喪失を感じます」

 

「また、貴方の反応速度は常人を上回っています。普通の人間ではそこに至るには困難でしょう」

 

「………………」

 

「キリコ・キュービィー、貴方はいったい……」

 

「………質問で返すようで悪いが」

 

「………どうぞ」

 

「アンタは永遠に戦い続けなければならなくなったら、どうする?」

 

「っ!」

 

アリアンロードはキリコの問いに答えようとした。だが、口にできなかった。

 

「そろそろ帰らせてもらう」

 

「………はい。本日はご足労かけました」

 

「………………」

 

キリコは元来た道を通って帰って行った。

 

「………………」

 

アリアンロードはキリコの背中を見つめていた。

 

(彼と眼が合った刹那、私はアレの気配を感じた。まさか私が冷や汗をかくとは……)

 

「キリコ・キュービィー、貴方はいったい……」

 

 

 

「シュバルツァーを追いかける!?それに何の意味がある!」

 

キリコが戻ると、ユウナたちが説教を受けていた。また、隣にはアンゼリカとクレア少佐も同席していた。

 

「あっ!おかえりなさい!」

 

「キリコ、戻ったのか……」

 

「キリコ、鋼の聖女さんはどうだったよ?会えたんだろ?」

 

「なんですって!?」

 

ランディの言葉にクレア少佐は驚愕した。

 

「は、鋼の聖女って……!」

 

「結社の使徒に?」

 

「兄上から聞いたことがある。結社最強の槍の使い手で、槍の聖女リアンヌ・サンドロットの再来と言われる……」

 

「先月お会いした刧焔と並ぶ人物だとか」

 

「どんなバケモンだよ……」

 

「いっぺんに喋るな」

 

キリコはユウナたちを押し留める。

 

「キュービィー候補生、報告してもらおう」

 

「はい」

 

ミハイルに促されキリコは先ほどのことを話した。

 

「マジ?」

 

「ええ」

 

「鉄機隊の二人と互角に……」

 

「そういやお前、二大猟兵団や結社に誘われてたよな?」

 

「ええっ!?そうなの!?(フィー、そんな大事なことを……!)」

 

アッシュの言葉にサラが驚愕する。

 

「キリコ君は執行者クラスの実力者ということか。なるほど、オーレリア殿が推薦したのも頷けるね」

 

アンゼリカが納得したように笑みを浮かべる。

 

「さすがキリコさんですね♥️」

 

「それはいい。それより、お前たちは懲りていないらしいな」

 

「だ、だって……」

 

ふて腐れるユウナを尻目にキリコは仲間たちに告げた。

 

 

 

「お前たちの頭は飾りか?」

 

 

 

『………………』

 

ブリーフィングルームにいた全員がポカンとした。

 

「詳細はレポートを回すので。俺は寝ます」

 

「あ、ああ……お疲れ………」

 

キリコはリィンに告げ、ブリーフィングルームを出た。

 

その瞬間、ユウナとアッシュの怒号とランディとサラとアンゼリカの吹き出す声が聞こえたが、キリコにはもはや知ったことではなかった。

 




キリコはOVAとかでも普通の状態で弾丸をかわしていたのでハルバードや矢ぐらいならかわせますよね?

気づけばもう50話なんですね。


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残党

オリジナルイベントを書きます。


6月18日

 

キリコたちⅦ組特務科は朝早くからブリーフィングルームに集められていた。

 

「ったく、朝っぱらから何事だよ……」

 

「何か動きがあったようです」

 

「動きって、貴族連合軍残党の?」

 

「もしくは結社絡みかもね」

 

「いずれにせよ、忙しい一日になりそうですね」

 

(……今までのような特務活動ではないな。残党に結社の影が蠢いている今、俺たちは戦場に駆り出されることになるかもしれないな)

 

ユウナたちが憶測しあっている横でキリコは戦いの予感を感じていた。

 

(未だ目的に到達する術は見つからない。有力候補はエマ・ミルスティンのような魔女だが、協力するとも限らない。教官や先日のジョルジュ・ノームの言う黒の工房も怪しい。それらに接触するためにも、まず生き残ることだ)

 

「キリコさん?どうかしましたか?」

 

「何がだ?」

 

「いえ、その、険しい顔をされていたので」

 

「さすがのキリコも感じてるんだな。今日は今までとは次元が違うってことに」

 

「……そうだな」

 

「へーへー。頭の出来がよろしい方は違いますね」

 

「俺らなんざ所詮飾りだからな」

 

ユウナとアッシュはジト目を向けながら言った。

 

「……昨夜のこと、まだ引きずっているんですね」

 

「まあ、言い方はともかく、非があったのは間違いないし……」

 

「キリコさんも心配なさっているんだと思いますよ?」

 

そんな二人にクルトとミュゼはフォローを入れた。

 

「全員、揃っているな」

 

ミハイルたちが入って来た。

 

「総員、姿勢を正せ!統合地方軍指令のバルディアス少将がお見えになっている!」

 

「え!?」

 

「ウォレス少将が?」

 

「──ああ、楽にしてくれて構わない」

 

ブリーフィングルームに褐色の韋丈夫が入って来た。

 

「統合地方軍指令のウォレス・バルディアスだ。お初にお目にかかるな、新Ⅶ組。クロスベルからの留学生にヴァンダールの剣士に黒兎。ラクウェルの悪童にイーグレット伯爵家のご令嬢。なかなかの粒揃いだな」

 

「っ!」

 

「僕たちのことを……」

 

「お久しぶりです」

 

(黒旋風……ルグィン並みにヤベェな……)

 

(ふふっ、分校長と互角の実力者ですから)

 

ユウナたちが驚くなか、ウォレス少将はキリコと目が合う。

 

「そして久しぶりだな、キュービィー」

 

「ええ」

 

かつて殺し合った二人が互いに挨拶を交わした。

 

 

 

「お前の活躍は聞いている。先日、オーレリア閣下から見事勝利を得たそうだな」

 

「勝利と呼べるものでもありません。実質負けていましたから」

 

(キリコ君とウォレス少将ってそんなにギスギスしてるわけじゃないのね)

 

(僕たちにはわからない絆みたいなのがあるんだろう)

 

「フッ、俺のヘクトルを行動不可にまで追い詰めた男にしては謙虚だな」

 

(アッシュさんみたいですね)

 

(チッ!)

 

(ふふ、まあまあ)

 

「……ゴホン。少将、そのくらいで……」

 

長引くと判断したミハイルが止めた。

 

「ああ、すまんな。さっそくだがⅦ組特務科。君たちに手伝いを頼みたい」

 

「手伝い……」

 

「貴族連合軍残党の拘束ですね」

 

「まあ、今はそれしかねぇよな」

 

「口を慎め、カーバイド候補生」

 

ミハイルはアッシュを咎めるが、ウォレス少将は手で制す。

 

「いい。お前の言うとおり、我々は残党を拘束したい。理由はわかるな?シュバルツァー」

 

「明日、帝国領邦会議が行われるからですね?」

 

「そうだ。言うまでもないが、領邦会議は貴族にとって重要な意味を持つ。仮に開催が潰れればその影響ははかり知れん。最悪、全ての貴族が無能の烙印を押されるだろう」

 

「それ、ヤバいじゃないですか!」

 

「ヤバいなんてものじゃない。そうなればラマール州だけでなく、クロイツェン、ノルティア、サザーラントに住む貴族の領地は全て政府に取り上げられるだろうな」

 

「それも、内輪の揉め事ならなおさらでしょうね」

 

「元伯爵だからわざと見逃してたってイチャモンつけられてもおかしかねぇからな」

 

「政府ならそう言うかもしれませんね……」

 

「……我々もそう見ている」

 

ユウナたちの言葉にウォレス少将も同意した。

 

「そのためにも連中は何としても捕らえたい。結社の影がちらつく今、そちらばかりに気を取られるわけにはいかん。シュバルツァー以下6名に作戦参加を頼みたい。無論これは要請ではない。断ることも可能だ」

 

『……………』

 

ユウナたちはそれぞれ、無言で頷き合う。

 

「教官」

 

「ああ」

 

リィンはウォレス少将の方を向いた。

 

「Ⅶ組特務科、作戦に参加します」

 

「そうか……。だが、いいのか?君たちは……」

 

「あたしたち、貴族派でも革新派でもありませんから」

 

「オリヴァルト殿下もおっしゃっていました。僕たちが正しいと思う道を歩んでほしいと」

 

「何が正解なのかはわかりかねます。ですが、間違っているかどうかもわかりません」

 

「俺らの邪魔すんなら戦うまでだ」

 

「貴族の端くれとして、何よりⅦ組の一員として見過ごすことはできません」

 

「面倒事は片付けるに限るからな」

 

「まったく……」

 

ミハイルは諦めきった表情を浮かべる。

 

「わかった。期待させてもらう。となると、残りは猟兵か……」

 

「それにつきましては、報告があります。キュービィー候補生、説明しろ」

 

「わかりました」

 

キリコは昨夜シャーリーからもたらされた情報を語った。

 

「なるほど。猟兵に見切りをつけて自分たちだけで事を起こそうとしているのか。愚かとしか言い様がないな」

 

「実質自分の首を絞めているようなものですね」

 

「では、赤い星座やニーズヘッグが出て来ることはないんだな?」

 

「おそらくは。むしろ、排除してほしいように聞こえました」

 

「猟兵をなめた報いを与えるためか、結社の実験とやらのためか」

 

「現時点で結論を出すのは難しいですね」

 

「それについては後で考えよう。それで少将、我々はどうしたら?」

 

「Ⅶ組には北ランドック峡谷道とロック=パティオを重点的に捜索してもらいたい」

 

「俺らの負担デカくねぇか?」

 

「……やはり、人数は割けませんか」

 

「ああ、すまない。オルディスの警備にアウロス海岸方面も見なくてはならないからな。……実を言うと、今回のは統合地方軍独自の案件だと思ってくれていい」

 

「独自の?」

 

「バラッド侯に通していないんですか?」

 

(大方、放っておけとでも言われたんだろう)

 

(おそらく。いえ、間違いないなく)

 

キリコとミュゼは案件の理由を推察した。

 

「話はわかりました。ですが、現地貢献の依頼についてはどうすれば?

 

「それについてはこちらで用意した。依頼者も午後に来てくれれば構わないそうだ」

 

ウォレス少将は封筒をリィンに渡した。

 

「確かに。では行って参ります」

 

「頼んだぞ。亡霊どもの眼を覚まさせてやってくれ。女神の加護を」

 

リィンたちⅦ組はラクウェルを目指して出発した。

 

 

 

ラクウェルに到着したⅦ組はイカロスマートで準備を終え、出発しようとしていた。

 

「さっき通って来たが、それらしいのはいなかったな」

 

「まあ、これ見よがしに現れるとは思えませんが」

 

「やっぱり北ランドック峡谷道の方にいるのかな?」

 

「あ、あの……!」

 

「ん?」

 

振り向くとイカロスマートの店員のリーファが声をかけて来た。

 

「えっと……リーファちゃんだよね?」

 

「は、はい!」

 

「どうかしたのかい?」

 

「えっと……その……。皆さん、北ランドック峡谷道へ行かれるんですか?」

 

「うん、そうだけど……」

 

「あの……見間違いかもしれないんですけど……」

 

「何か見たのかよ?」

 

「はい……お仕事の帰りなんですけど、軍服を着た人たちが北の方へ走って行くのを見たんです」

 

「北へ?」

 

(教官)

 

(おそらくな……)

 

「あ、あの……?」

 

「ああ、ありがとう。さっそく向かってみるよ」

 

リィンは北ランドック峡谷道へ向かうことにした。

 

 

 

「…………………」

 

リーファはリィンたちの背中を見つめていた。すると、不意に声をかけられた。

 

「連中は行ったか?」

 

「…………はい」

 

「フッ。計画どおりだな」

 

「あ、あの……」

 

「フン、ミラなら後で持って来てやる。お前は言うとおりにしていればいい」

 

「………………はい」

 

リーファはうなだれた。

 

「………穢らわしい混血が……!」

 

「……っ!」

 

声をかけてきた男はそう言い捨ててリィンたちと真逆の方向へ去って行った。

 

「……………ごめんなさい……」

 

リーファはその場にへたりこんだ。

 

 

 

「全員、止まれ」

 

峡谷道に出てすぐにリィンはそう指示した。

 

「教官?」

 

「……さっきのあの子の話、どう思う?」

 

「あの子……リーファさんですか?」

 

「リーファちゃんがどうかしたんですか?」

 

「ハッ、おめでたいやつだな」

 

「なんですって!」

 

ユウナは憤慨するが、アッシュは構わず続ける。

 

「なんか出来すぎてねぇか?」

 

「出来すぎてるって……まさか!?」

 

「ああ。あのリーファとやらが俺たちを嵌めようとしているのかもな」

 

「確かに、思い返せばタイミングが良すぎる」

 

キリコの指摘にクルトも同調する。

 

「ま、待ってよ!リーファちゃんがなんであたしたちをダマそうとすんのよ!」

 

「正確にはリーファさんにそう指示した方が、でしょうか」

 

「間違いなく残党だろうな」

 

「ですが、どうしてでしょうか?」

 

「ミラだろうな。あいつの母親は確か病気だかで寝込んでいるはずだ」

 

「実質人質というわけか」

 

「全てつながりましたね……」

 

「ひどい……!」

 

「なんてやつらだ……!」

 

真相にたどり着き、ユウナとクルトは今までにないほどの怒りを滾らせる。

 

「とにかく、急いでロック=パティオへ向かおう」

 

「ですが、北ランドック峡谷はいかがしますか?」

 

「それは……」

 

「──話は聞かせてもらったわ」

 

振り向くとサラが立っていた。

 

「サラさん!」

 

「昨日ぶりね。それより、早く行きなさい」

 

「サラ教官……」

 

「お一人で大丈夫なんですか?」

 

「大丈夫よ。ほら来た」

 

サラの指差す方から金髪の青年が走って来た。

 

「はぁ…はぁ…はぁ…。やっと追い付いたぜ」

 

「トヴァルさん!」

 

「よう、リィン。ちゃんと会うのは久しぶりだな」

 

リィンはトヴァルと握手した。

 

「この人は……」

 

「トヴァル・ランドナー。零駆動の異名を持つA級遊撃士です」

 

「兄上から聞いたことがある。アーツにおいては達人とされる……」

 

「ハハッ、そこまで大したモンじゃねぇよ」

 

「ではサラ教官はトヴァルさんと」

 

「ええ。こっちは任せなさい。直にアガットも来るでしょうから」

 

「アガットさんもですか!」

 

「ティータさんの恋人ですね♥️」

 

「そこに反応すんじゃないわよ」

 

ユウナはミュゼに呆れた。

 

「わかりました。お気をつけて」

 

「そっちも気をつけなさい」

 

「はい。アッシュ、ここから行けるのか?」

 

「ついて来な。地元しか知らねぇ道がある。ギリギリまで気づかれねぇだろ」

 

アッシュを先頭にⅦ組はロック=パティオへ急いだ。

 

 

 

「ようやく実行に移せますな」

 

「ああ」

 

一方、ロック=パティオでは貴族連合軍残党がチャールズ・ジギストムンドと副官により着々と体勢を整えていた。

 

チャールズ・ジギストムンドはかつて、キリコに討たれたヴェイン・ジギストムンドの遺児である。

 

内戦後、ヴェインの犯した罪が露見。

 

爵位剥奪、多額の賠償金の支払い、オルディスからの永久追放の処分を受けジギストムンド伯爵家は崩壊した。

 

遺された者たちの衝撃は大きく、チャールズの母親は精神を病んだ末、自殺。

 

怒りと悲しみに囚われたチャールズは一族の隠し財産や支援者からの資金を使い、放逐された領邦軍兵士や装備をかき集め、政府への復讐を企てた。

 

さらに狂気にも拍車がかかり、政府に尻尾を振る(と思っている)貴族たちも不要の存在だとして、粛正することも決断。

 

何よりチャールズには為し遂げねばならない事があった。

 

自分たちをこんな目に遭わせた存在を地獄の底に叩き落とし、永久に消滅させる。

 

すなわち、キリコの抹殺である。

 

 

 

「いよいよですな」

 

「そうとも。我々貴族の本分を忘れた愚か者ども。サルの分際で政府を名乗り権力を得た平民ども。やつらを消し去り、真の帝国に甦らせる」

 

「そしてあやつですか……」

 

「そうだ!我々にこのような生き地獄を味わわせてくれたあの悪魔を殺す!やつは我が一族を蔑ろにしたばかりか母上を殺した!お前たちもそうだろう!大切なものを奪われ、殺され、侵された!」

 

『おっしゃるとおりです!!』

 

チャールズの怒号混じりの言葉に兵士たちは声を荒げる。

 

「そやつだけではありません!浮浪児の分際で図々しくも騎士を名乗るリィン・シュバルツァーと他の者共。さらに政府の手先と化した分校とやらも同罪です!」

 

「分を弁えぬ者共に正義の鉄槌を!」

 

「やつらに惨たらしい死を!」

 

「殺せ!殺せ!殺せ!」

 

 

 

「………とてつもないな」

 

「まさに狂信者ですね」

 

「何だか、気持ち悪い……」

 

「無理もない。復讐に囚われ過ぎて何も見えなくなっているんだろう」

 

「集団心理か」

 

「ええ。もはや歯止めがどうという問題ではありませんね」

 

アッシュの先導で山道をひたすら突き進んだリィンたちは貴族連合軍残党の陣の裏側にたどり着いた。

 

体力を回復している間、チャールズたちの決起を眺めていた。

 

「つーか、てめえも拾われ子だったのかよ?」

 

「……ああ。俺はシュバルツァー男爵家に養子として拾われたんだ」

 

「教官……」

 

「俺の義父、テオ・シュバルツァー男爵が大雪の日に倒れてた俺を保護してそのまま養子にしたんだ」

 

「…………」

 

「だが、身元もわからない子供を養子にしたことで父さんは一部の貴族から云われない誹謗中傷を受けた。それ以来父さんは社交界から姿を消し、二度と出なかった」

 

「そんなことが……」

 

「じゃあ、エリゼさんは……」

 

「ああ。当然血の繋がりはない。エリゼもその事にかなりショックを受けていてね、俺がトールズ本校に入学するまで気まずいというか、よそよそしかったというか」

 

「アニキが血の繋がりのねぇ他人って言われりゃな」

 

「俺も俺で爵位を継ぐつもりはまったくなくてな。その事で揉めてしまったこともあるくらいさ」

 

「……帝国法では爵位継承は養子であっても可能です。それだけ貴族の数が少ないからでしょうが」

 

「アンタは知ってたの?」

 

「……はい。エリゼ先輩、教官に暴言を吐いてしまったこと、後悔されてましたから」

 

「そうか。今さらながら悪いことをしてしまったな……」

 

「……今さらですね」

 

「本当ですよ!」

 

「お気持ちはわかりませんが、言葉は選ぶべきかと」

 

新Ⅶ組女子は総出でリィンにジト目を向ける。

 

「あはは……そうだな。さて、休息も終わりだ。向こうが集まっているうちに一気に叩く」

 

『イエス・サー』

 

 

 

「では諸君、『浄化の鉄槌作戦』は明日の明朝に開始する。帝国の歪みは我々が……」

 

「───その歪みが自分たちだってわからないのか?」

 

リィンたちは崖を降り、兵士たちの前に駆けつけた。

 

「貴様らは……!」

 

「北ランドック峡谷へ行ったのではなかったのか!?」

 

「思わぬ助っ人が現れてね。少々遠回りだが間に合ってよかった。さて──」

 

リィンは太刀の切っ先をチャールズに向ける。

 

「チャールズ・ジギストムンド、並びに貴族連合軍残党。騒乱の容疑で拘束する。大人しく降伏すれば危害は加えない」

 

「だ、黙れっ!」

 

「貴様、無礼であるぞ!」

 

「浮浪児の分際で騎士を名乗りおって!」

 

「恥さらしのシュバルツァー男爵も同罪だ!」

 

「っ!」

 

リィンは歯を噛み締める。

 

「い、いい加減に……!」

 

「よせ。馬鹿には何を言ってもわかるはずがない」

 

キリコがユウナを制し、前に出る。

 

「な、なんだ貴様は!」

 

「待て、あの青い髪は……!」

 

「もしや……」

 

キリコの顔を見て、兵士たちに動揺が広がる。

 

「貴様か!貴様が父上を!」

 

「そうだ。ヴェイン・ジギストムンドは俺が殺した」

 

「貴様がっ!!!」

 

「やつは俺が住んでいた村を焼き払い、村人全員を殺した。俺はその仇を討った。それだけだ」

 

「黙れっ!!」

 

「そして戦争に負けたお前たちは対価を払った。この上さらに戦争がしたいか」

 

「黙れっ!!」

 

「惨めだな」

 

「黙れ!黙れ!黙れ!貴様だけは許さん。八つ裂きにして、灰にして、畜生のエサにしてくれるっ!!」

 

「……っ!」

 

「な……何なの……この人……」

 

「完全にイカれてやがる……」

 

「キリコへの憎しみしか頭にないのか……?」

 

(異常なほどの憎悪……まさかこれが?)

 

ユウナたちはチャールズの憎悪に息をのんだ。

 

「──渇!」

 

リィンが太刀を構え、気合いを入れる。

 

「なっ!?」

 

残党の兵士たちは戸惑った。

 

「……アンタたちの言うとおり、俺は拾われた浮浪児だ。貴族ですらない。だがな……」

 

リィンはチャールズたちの目を見据える。

 

「父さんと母さんは俺を息子と呼んでくれた。義妹も俺を兄と呼んでくれる。俺を家族として見てくれている。その家族をバカにするのは許せない!」

 

「リィン教官……!」

 

ユウナたちは気合いを入れ直し、得物を構えた。

 

「アンタたちはここで全員拘束する。Ⅶ組特務科、戦闘開始!」

 

『イエス・サー!』

 

 

 

残党の兵士たちは数では完全に勝っていた。

 

だが、日夜鍛え上げられ、かつ実力者や人外と交戦した経験はⅦ組特務科の確かな糧になっていた。

 

物理攻撃、アーツ、クラフト技、戦術リンク。それらの質は数の差をはねのけるのに十分だった。

 

ユウナたちは残党の兵士たちの大半を戦闘不能にすることに成功した。

 

「ば、バカな……!」

 

「憎しみに囚われ過ぎて剣も鈍り陣形もバラバラ。今のアンタたちなら撃ち破るのは難しくない」

 

「数の多い方が勝つとは限りません」

 

「グッ……クソォ!」

 

副官はサーベルを握りしめリィンに斬りかかる。

 

「……ハッ!」

 

リィンは太刀の峰で副官を気絶させる。

 

「お見事です」

 

「ああ。後は……」

 

リィンはチャールズの方を向く。

 

「こ、こんなはずでは……」

 

チャールズは目の前の光景を信じることができなかった。

 

「あり得ぬ。あり得てたまるかっ!」

 

チャールズは懐から拳銃を取り出した。

 

「これでも…………ぐあっ!?」

 

キリコは早撃ちでチャールズの拳銃を弾き飛ばす。

 

「観念してください。もはやここまでです」

 

「黙れっ!穢らわしい平民風情がっ!」

 

「……だそうだが?」

 

「この際どうでもいいです」

 

チャールズの暴言もミュゼはサラリと流した。

 

「く、来るなっ!私を誰だと……」

 

「あなたの爵位はとうに剥奪されています。今のあなたは貴族を名乗るテロリストに過ぎません」

 

「言ってみりゃ、俺らと同じ平民なんだよ」

 

「わ、私は……ガッ!?」

 

「少し黙れ」

 

キリコはチャールズの腹部に蹴りを叩き込む。

 

「き、貴様……。貴様だけは許さん。た、たとえ煉獄に逝こうとも、貴様を呪い続けて……!」

 

「……………」

 

キリコは再度蹴りを叩き込む。

 

「き……貴様……に……破滅……を………!」

 

「……………」

 

「ぐふっ……」

 

三度目の蹴りをくらい、チャールズは意識を手放した。

 

「やっとおねんねしたか」

 

「…………………とうにわかりきっていることだ」

 

「え………」

 

「俺が天国などに逝けるはずがない」

 

「キリコさん……」

 

「………とりあえず全員を拘束する。ユウナ、クルト、そこのテントからロープかワイヤーを持って来てくれ」

 

「わかりました──」

 

【そうはいかぬ!】

 

『!?』

 

突然怒号が響いた。

 

「来たようです!」

 

「らしいな」

 

崖の方を向くと、5機の機甲兵が現れた。

 

「ドラッケン4機にシュピーゲル1機か」

 

「すべて旧式のようです」

 

「裏のルートで入手したんだろうな」

 

【貴様ら、なぜ邪魔をする!我々貴族が創り出す真の帝国をなぜ否定する!】

 

「笑わせないでください!」

 

ミュゼが残党兵士の言葉をピシャリと切る。

 

「貴族がではなく、ジギストムンドに従う者たちによる、でしょう。そんなものが真であるという道理はありません」

 

【貴様……!】

 

「挙げ句にテロ行為を働き、帝国貴族の名と誇りに泥を塗りたくる所業。もはや許されることではありません。恥を知りなさい!」

 

【小娘が……!死ねぇぇぇっ!】

 

「ミュゼ!」

 

ドラッケンは刺突の体勢をとる。すると──

 

 

 

「───無礼者が」

 

 

 

突然、ズドンという音が鳴る。その直後、ドラッケンは崩れ落ちた。

 

【なっ!?】

 

「あれは……!」

 

そこには、大槍を携えた褐色の男がいた。

 

【貴様は……!】

 

【黒旋風!?】

 

「うおおおおおっ!!」

 

ウォレス少将は次々にドラッケンを倒していった。

 

「す、すごい……!」

 

「バルディアス流槍術。達人の名に偽り無しだ」

 

リィンたちが見とれる中、ウォレス少将は最後のシュピーゲルを打ち倒した。

 

【う、ううう………】

 

「命までは取らん。降伏しろ】

 

【わ、わかった………】

 

「よし。全員を捕らえろ!」

 

『イエス・コマンダー!』

 

ウォレス少将の命令の下、残党兵士たちは次々と連行されて行った。

 

「無事のようだな」

 

「ええ。ありがとうございました、少将」

 

「何、海岸方面の処理が早く済んだのでな。急いで来た甲斐があったというものだ」

 

「音に聞こえしバルディアス流。しかと拝見させていただきました」

 

「フフ、君のヴァンダール流ほどでもない。それに彼の槍術に比べればな……」

 

「?」

 

「少将……」

 

「まあいい。それよりチャールズ・ジギストムンドを連行する。引き渡してもらえるか?」

 

「よろしくお願いいたします」

 

「承った」

 

ウォレス少将はチャールズを運ぶよう指示を出した。

 

「シュバルツァー、そしてⅦ組の諸君。今回は助かった」

 

「いえ、お役に立ててよかったです」

 

「そう言ってもらえるとありがたい。我々は調査があるからもう少しここに残る。君たちはどうするんだ?」

 

「我々はラクウェルで休息を取った後、オルディスへ戻ります」

 

「そうか。気をつけて行くようにな」

 

リィンたちはウォレス少将と別れた。

 

「さてと、これで終わったわね」

 

「あ?まだ残ってんだろ」

 

「え?」

 

「………リーファさん、ですね?」

 

「あ………」

 

ユウナの顔が沈む。

 

「とにかく、話を聞こう。おそらく、彼女も仕方なくやったんだろうから」

 

「では参りましょう」

 

Ⅶ組はラクウェルへと急いだ。

 

 

 

「ごめん……なさい………!」

 

ラクウェルに着いたⅦ組は北門でうつむいて立っていたリーファを見つけた。

 

リーファは抵抗もせず、ただ震えていた。

 

そこでリーファの実家へ行き、話を聞くことにした。

 

また、男がいては話づらいだろうとリィンたちは席を外し、先に演習地へ向かった。

 

ユウナたち女子の尽力でようやく落ち着いたリーファは開口一番に謝罪を口にした。

 

「リーファさん……」

 

「やっぱり……脅されていたの?」

 

「はい……お母さんの薬代が必要で……」

 

「……………」

 

「でも……どうしてリーファちゃんを………」

 

「それは……」

 

リーファは震えながら言葉を紡いだ。

 

「私が……ジギストムンド伯爵の……子ども……だから……です」

 

「え………?」

 

「子ど……も……?」

 

「私のお母さんはジギストムンド伯爵家でメイドをしていました。ある日、伯爵に見初められ、お母さんは愛妾という立場になりました。ですが、お腹に私がいることを知った伯爵家はお母さんに暇を出しました」

 

「暇って、追い出したようなものじゃない!」

 

「あり得ません」

 

「…………………」

 

ミュゼは拳を握りしめる。

 

「お母さんは私を育てながら働きました。幸い近所の人たちや教会のシスターが私を預かってくれることが多かったので、二人で生きて行くにはなんとかなりました。でも……」

 

リーファは一呼吸おいた。

 

「でも1年前にお母さんの体調が悪くなり、オルディスの保養所に入ることになりました」

 

「保養所?」

 

「元々はどこかの貴族が所有していた屋敷なんですが、内戦の後に犯罪が発覚して追い出されて、残った屋敷は保養所として利用されることになったそうです」

 

「はい。ですが、お金がとてもかかります。だから私は働くことを決めました」

 

「それでお店に?」

 

「はい。母の伝手でイカロスマートで働かせてもらえることになりました。でも数日前……」

 

リーファは体を硬直させる。

 

「私が店番をしていた時、その……義兄が……やって来ました。向こうは私にあることを命じました。それは、キリコさんを誘き寄せるためでした。嘘を言って真逆の方へ誘導しろと……」

 

「でも、どうして……」

 

「おそらく、キリコさんを精神的に痛めつけようとしたんだと思います。仲間に手を出されて折れさせようと考えた、そんなところでしょうか」

 

「むしろ、キリコさんの怒りが燃え上がると思います」

 

「最初はもちろん断りました。そしたら、お母さんがどうなってもいいのかと言われました」

 

「最低ね……」

 

「女の敵です」

 

「結局私はお金を取るしかありませんでした。本当にごめんなさい……」

 

「リーファさん……」

 

「お願いです。私をジュノー海上要塞に連れて行ってくれませんか?」

 

「ジュノー……」

 

「自首するために?」

 

「えっ……」

 

リーファの両目から涙が溢れる。

 

「私は……とんでもないことをしました。だから……」

 

「リーファちゃん!」

 

ユウナは声を上げ、抱きしめた。

 

「リーファちゃんは何にも悪くない!悪い人たちはみんな捕まったからもう怯えなくていいんだよ!」

 

ユウナの目から一筋の涙が伝う。

 

「大丈夫よ。あたしが説得するから。ユーシスさんにアンゼリカさんにパトリックさんも知り合いだからなんとかなるわ」

 

ユウナは笑顔を作り、リーファの頭を撫でる。

 

「………リーファさん」

 

「は、はい……」

 

「あなたはどうしたいですか?」

 

ミュゼは真剣な目を向ける。

 

「償いたいですか?」

 

「………はい、償いたいです!」

 

「なんでもしますか?」

 

「なんでもします!だから……だから……お母さんを……!」

 

「ちょっと、ミュゼ!?」

 

「ふふ、大丈夫ですよ。私に考えがあります」

 

「考え?」

 

「リーファさん、うちに来ませんか?」

 

「え……?」

 

「ミュゼの実家に?」

 

「はい。実はもう一人メイドの雇おうかと話しているそうです。セツナさんも人手がほしいとも言っているので」

 

「なるほど」

 

「ミュゼのお爺さんならなんとかできそうね」

 

「はい、きっとわかってくださいます。アルティナさん、教官に連絡を。急用でオルディスに向かうと」

 

「了解しました」

 

ミュゼはリーファの手を取る。

 

「貴女のお母様についても実家の方でなんとかします。リーファさん、うちで働きませんか?」

 

「いいんです……か……?」

 

「もちろんです」

 

「あ……ありがとう……ございます!」

 

ミュゼはリーファを優しく抱きしめる。

 

「もう貴女に辛い思いはさせません」

 

「うぅ……グスッ……ヒグッ……!」

 

「良かった、良かったね」

 

「これで一安心ですね」

 

ユウナたちはリーファが落ち着くまでそこにいた。

 

 

 

「そうか。あの子はイーグレット伯爵家に……」

 

リーファをイーグレット伯爵家に送り届けたユウナたちの報告を聞いたリィンは頷いた。

 

「あの……それで教官……リーファちゃんのことは……」

 

「わかっている。このことは俺の胸の中にしまっておく」

 

「ありがとうございます」

 

「とりあえず、一件落着ってことか」

 

「ああ。お疲れ様」

 

「あ、後そうだ。キリコ君に伝言」

 

「?」

 

「リーファちゃんから、呪縛から解き放ってくれてありがとうございましたって」

 

「そうか」

 

キリコはいつもの調子を崩さなかったが、心なしか笑って見えた。

 

(ふふっ、キリコさん……なんだか……)

 

「とりあえず、どこかでランチにしよう。依頼はその後で──」

 

「リィン!」

 

振り向くとユーシスが立っていた。

 

「ユーシス?どうしたんだ?」

 

「ミリアムを見なかったか?」

 

「ミリアムさん、ですか?」

 

「すまないが、俺たちは午前中はラクウェル方面に行ってたんだ」

 

「報告は聞いている。貴族勢力の尻拭いをさせてしまったな」

 

「お気になさらず。あたしたちもほっとけませんでしたから」

 

「すまん」

 

ユーシスは礼を言った。

 

「それで、ミリアムだったな。どうかしたのか?」

 

「実は、昨日の午後から結社を情報を集めて来ると言ったまま姿が見えなくてな」

 

「結社の情報?」

 

「いねぇってことは取っ捕まったんじゃねぇのか?」

 

「ちょっと、アッシュ!」

 

「何をしているんですか、あの人は」

 

アルティナを表情に呆れが浮かぶ。

 

「わかった。ミリアムのことは調べてみる。そっちも頑張ってくれ」

 

「ああ、任せるぞ」

 

ユーシスは戻って行った。

 

「ユーシスさんも大変なんですね」

 

「代行とはいえ領主だからな。未だにユーシスを軽く見る貴族たちもいるらしいしな」

 

「教官と年齢が同じならなおさらかもしれませんね」

 

「とにかく、まずは腹ごなしにしよう。ミリアムの捜索と依頼は並行してやるぞ」

 

「了解しました」

 

リィンたちは午後の予定を決め、港湾区の船員酒場へ入って行った。




次回、ブリオニア島へ向かいます。


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ブリオニア島①

原作の依頼と半オリジナルの依頼を先にやってから島に向かいます。


昼食を食べ終えたⅦ組はウォレス少将から受け取った封筒から書類を取り出した。

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

二つの商会 (任意)

 

西ラマール街道の魔獣調査 (任意)

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

「2件だけですか」

 

「この魔獣調査とは?」

 

「書類によると西ラマール街道で今まで見られなかった大型の魔獣が確認されたとのことだ」

 

「未確認の魔獣?」

 

「他所から流れて来たタイプでしょうか?」

 

「突然変異か何かじゃねえのか?」

 

「そこは何とも言えないが、依頼をこなしつつミリアムの足跡を追おう」

 

「オルディスと西ラマール街道ならなんとかなるかもしれません」

 

「本当に手間をかけさせてくれますね……」

 

「やっぱりミリアムさんが心配なのね」

 

「違います」

 

アルティナはきっぱり言いきった。

 

(以前に比べて感情的に返したな。アルティナ自身も変わってきているみたいだな)

 

リィンは腕を組み、アルティナを見つめた。

 

 

 

[ユウナ side]

 

依頼に入る前に、あたしたちはミリアムさんの足跡を辿ることに。

 

船員酒場の女将さんによると、お昼頃に特製のパエリアを食べに来たとのこと。本当に美味しかった!

 

北区の屋台のおじさんによると、午前中に焼きソーセージを買ったとのこと。これは確かにつられるわね。

 

中央広場のアイスクリーム屋台のおばさんによると、午後に三段アイスを買ったとのこと。なんでもこのアイスクリーム屋台は夏至祭の時期にしか出店しないとか。

 

以上の情報からミリアムさんは午前に北区、お昼頃に港湾区、午後に中央広場にいたことが判明。

 

アッシュの言うとおり完全にグルメツアーね……。

 

その後、貴族街でミリアムさんを見たという人に会った。ミリアムさんはブリオニア島っていう島を見つめてたらしいの。

 

次に昨日お世話になった係員のエストンさんに写真を見せると、ビンゴだった。ミリアムさんはブリオニア島に行ったみたい。

 

また、エストンさんは白い人形を見たらしいけど、まさかねぇ……?

 

目的地が分かったところであたしたちは依頼をこなすことに。

 

[ユウナ side out]

 

 

 

目的地をブリオニア島に定めたⅦ組は依頼のあったリヴィエラスコートにやって来た。

 

リヴィエラスコート支配人のフェリスは挨拶もそこそこに、依頼内容を話した。

 

「クライストモールからの嫌がらせ?」

 

「ええ、あちらが出店してから何度かありましたの」

 

「それはどんな?」

 

「こちらを煽ることでお客様を離れさせたり、主要な取引先に圧力をかけることで取引を妨害したり、ですわ」

 

「なっ!?」

 

(煽るだけ煽って客をその気にさせたり、金が動きそうな試合に目を付ける。ゴウトやバニラがバトリングで良く使っていた手法だな)

 

キリコは前世で大金を掴もうとあの手この手を駆使していた仲間たちを思い出した。

 

「それで?俺らに注意してこいってか?」

 

「いえ、そういったことは私たちの仕事です。皆さんには午後の便の見張りを任せたいのです」

 

「見張り、ですか?」

 

アルティナは意外そうに言った。

 

「本日、港に私どもの船が入港します。皆さんにはそこでクライストモールの従業員の方が妨害行為をしないか見張っていて欲しいんです」

 

「見張りということは積み荷を荒らされたりはあるのか?」

 

「今のところは。ですが、絶対にないとは言いきれません。皆さん、どうかお願いいたします」

 

フェリスはリィンたちに頭を下げ、従業員たちもそれに倣った。

 

「わかった。出来る限りのことはさせてもらうよ」

 

「リィンさん……」

 

「では、さっそく配置につきましょう」

 

リィンたちは港湾区へと出発した。

 

 

 

港湾区に到着したリィンたちはそれぞれ、海に面したベンチ、貴族街方面の階段下、船員酒場のテラスに待機。

 

そんな中、リィンはARCUSⅡでどこかに連絡していた。

 

(おそらく……ええ……お願いします)

 

(………逃がさないための布陣か)

 

リィンの隣でARCUSⅡのメッセージに目を通していたキリコは通信内容に何となくであるがあたりをつけた。

 

すると、クルトがリィンたちとユウナたちに合図を出した。

 

静かに近づくと、金髪でサングラスをかけたスーツの男がチンピラのような身なりの二人と何か話しているのが見えた。

 

(あれって……)

 

(クライストモールの店員だな)

 

(静かに。そろそろ本題だ)

 

リィンの推測どおり、スーツの男は二人にリヴィエラスコートに火を放つよう指示を出した。

 

二人は放火という行為に躊躇ったが、スーツの男は激昂し、何がなんでもやれと言い放った。

 

(教官)

 

(ああ、行こう)

 

リィンたちは男たちの前に出た。

 

「な、なんだお前ら!?」

 

「クライストモールの従業員の方ですね?先ほどから聞いていましたが、何やら物騒な会話ですね」

 

「リヴィエラスコートに火をつけろとか聞こえました」

 

「クク……」

 

「逃がしませんよ」

 

アッシュとクルトは男たちの背後を取る。

 

「てめえ………!」

 

「ハ、ハーマンさん……」

 

「こいつ、灰色の騎士なんじゃ……」

 

チンピラの二人は完全に怯えていた。

 

「ク、クソッ!どけっ!」

 

灰色の騎士と聞き、旗色が悪くなったハーマンは二人を見捨て、導力バイクで逃走した。

 

「ああっ!」

 

「一人だけ逃亡を図るつもりですか」

 

「俺が追います」

 

「わかった、任せるぞ!」

 

「了解」

 

キリコは導力バイクのキーを持って、ハーマンを追った。

 

「さて、あんたたちにいくつか聞きたいことがあるんだが?」

 

リィンは置いてきぼりにされた二人に事情聴取を始めた。

 

 

 

一方、キリコはハーマンを追っていた。

 

「クソッ!しつこいガキが!」

 

「…………………」

 

ハーマンはドリフト走行を駆使して振り切ろうとしたが、キリコは高い運転技術で確実に追い詰めていた。

 

「これでも食らいやがれっ!」

 

痺れを切らしたハーマンが拳銃で導力バイクのタイヤを狙う。

 

「……………」

 

だが、銃口の向きを見切ったキリコがそれら全てを回避した。

 

「嘘だろっ!?」

 

「……………」

 

突然、キリコの導力バイクは減速した。

 

「へ、へへっ……先にガタが来やがったか。ならこのまま………!?」

 

ハーマンの前方にはコンテナが道を塞いでいた。

 

「し、しまっ……!」

 

ハーマンは激突寸前で停車した。

 

「お疲れさん。キリコ、ケガはねえか?」

 

「ありません」

 

コンテナの横で待機していたランディがキリコを労った。

 

「このコンテナはリィン教官からの連絡ですか?」

 

「おおよ、戦術科総出で準備してたんだ。おっ、リィンたちも来やがったな」

 

振り向くと、リィンたちが導力バイクでこちらに向かっていた。

 

「さて、とりあえずこいつをどうするかだな」

 

「オルランド教官、その前にいいかい?」

 

レオノーラがランディを引き止めた。

 

「レオノーラ?こいつと知り合いか?」

 

「ああ、こいつは元護衛船団銀鯨の一員であたしの昔の仲間さ……」

 

(確か海賊のターゲットとなる商船の用心棒だったか。陸の猟兵団、海の護衛船団と区別されるそうだが)

 

「レ、レオノーラ……」

 

「ハーマン、アンタ──」

 

 

 

グオオオオオッ!!

 

『!?』

 

 

 

突如、獣の咆哮が響いた。

 

「なんだ!?」

 

「い、今のって……」

 

「! 皆さん、あれを!」

 

ミュゼの指さす方に、紅い花が咲いた。

 

「オイオイ、ありゃあ……」

 

「プレロマ草……!」

 

「まさか、未確認の魔獣とは……」

 

プレロマ草の近くの空間が歪み、大型の獣が姿を現した。

 

「幻獣!?」

 

「ラマール州にも現れるなんて!」

 

「チッ!洒落になってねえぞ!」

 

幻獣の出現にⅦ組とⅧ組は動揺した。

 

「狼狽えんな!」

 

ランディが一喝した。

 

「近接担当は俺に続け!射撃担当は援護しろ!レオノーラは……」

 

「あたしは大丈夫!続くよ!」

 

レオノーラは得物のライフルを構える。

 

「教官!」

 

「ああ!Ⅶ組総員、戦闘準備!Ⅷ組戦術科と共に幻獣を討伐するぞ!」

 

『イエス・サー!』

 

幻獣との死闘が始まった。

 

 

 

リィンとランディの指揮により、Ⅶ組とⅧ組は近接担当と射撃担当に別れ、幻獣ウルクガノンに攻撃を加える。

 

だが、ウルクガノンは攻撃をものともせず、電撃を吐いて打ち崩そうとした。

 

まともに受けた者はダメージと同時に体が痺れ、武器を握る手に力が入らなくなったがその都度、キュリアのアーツで対処した。

 

「キリがありません……」

 

「ユウナたちはこんなのを相手にして来たのか……」

 

「さすがにキツすぎだろ……」

 

幻獣との戦いでⅧ組生徒たちの気持ちが折れそうになる。見かねたユウナが何か言おうとしたその時──

 

「まだだ!」

 

回復薬を飲み干したウェインが仲間たちを叱咤する。

 

「今こそ訓練の成果を見せる時だ!まだ諦めるには早いぞ!」

 

「ウェイン君の言うとおりよ!ここで手こずるようじゃ、強くなんてなれっこないわ!」

 

ウェインとゼシカの言葉を受け、戦術科全員の闘志に火がついた。

 

「みんな……!」

 

「へへっ、ユウ坊、あいつらだって成長してんだぜ?」

 

ランディはユウナたちに笑いかける。

 

「僕たちも負けられないな」

 

「ったりめぇだ!」

 

「そうですね!」

 

「相手に焦りが見える。このまま一気に倒すぞ!」

 

『はいっ!』

 

気持ちを奮い立たせたⅦ組とⅧ組は猛攻を加える。

 

アーツ、クラフト技、戦術リンクのバーストを受け続けたウルクガノンの体勢は大きく崩れた。

 

「後少しです!」

 

「ここは私が」

 

アルティナが意識を集中させ、クラウ=ソラスが発光する。

 

 

 

「いきます。トランスフォーム。シンクロ完了。GO.アルカディス・ギア!よーい、ドン!ブリューナク展開、照射!止めです。ハアアアアッ!斬!」

 

 

 

アルティナのSクラフトを受けたウルクガノンは断末魔の叫びを上げ、完全に消滅した。

 

 

 

「やったわ!」

 

「まさか幻獣が出てくるなんてな……」

 

「確かに未確認の魔獣ですね」

 

「とにかく、これで依頼は達成か」

 

「ああ、そう思ってくれていい。さて、後はあっちだが……」

 

リィンたちは座り込むハーマンとそれを見つめるレオノーラの方を向いた。すると──

 

「ふざけんじゃないよっ!」

 

レオノーラが俯くハーマンの胸ぐらを掴む。

 

「確かにあたしたちは政府の命令で解散させられた。けど団長が言ってただろ、どんな人間になろうと銀鯨の誇りを忘れるなって。なのに……これのどこに誇りがあるって言うのさ!?」

 

「それは……」

 

「今のアンタはチンピラ以下だよ!それで胸を張って団長やみんなに報告できるのかい!?」

 

「レオ姉……」

 

ユウナは胸に手をあてる。すると──

 

「────そのあたりにしてもらえないだろうか、お嬢さん」

 

近くに停車した導力車から眼鏡をかけた青年がやって来た。レオノーラは思わず手を離した。

 

「あの人は……」

 

「ヒューゴ!?」

 

「久しぶりだな、リィン」

 

ヒューゴと呼ばれた青年は挨拶もそこそこにハーマンに近づく。

 

「し、支社長……」

 

「ハーマン、俺の命令がわかってないようだな」

 

「し、しかし!支社長はリヴィエラスコートを追い込めと……!」

 

「確かにそう言った。だが、それは商売での話だ。顧客や主要取引先をこちらに引き込み、リヴィエラスコートを傾かせろとな。だが犯罪が絡むとなれば別だ。俺の顔に、ひいてはクライスト商会の看板によくも泥を塗ってくれたな」

 

「……………」

 

ヒューゴの視線にハーマンは青ざめ、口も聞けなかった。

 

「リヴィエラスコートには既に賠償金を支払ってある。お前はクビだ」

 

「な………」

 

「待ってくれ、ヒューゴ。それは──」

 

「部外者は引っ込んでてくれ。だがこの辞表は受理していない。どうやらお前は末端の連中をまとめられるだけの何かはあるらしいな。そこで向こう三ヶ月間、減俸処分とする。以上だ」

 

「し、支社長……」

 

「騒がせて悪かったな。後はフェリスに聞いてくれ。ハーマン、乗れ」

 

ヒューゴはハーマンに車に乗るよう指示した。

 

「待ってください」

 

ユウナがヒューゴを引き止める。

 

「何かな?」

 

「その……リヴィエラスコートの件で、あなたからは何もないんですか?」

 

「特にないな。商業や金融で発展したことで知られるクロスベル州出身の君ならわかると思うんだが?」

 

「!?」

 

「なぜそれを?」

 

「ヒューゴ……」

 

「もう少し話したいところだが、あいにく商談でな。またどこかでな。後、ベッキーに伝言を頼む。そんなやり方じゃ儲からないぞってな」

 

ヒューゴはそれだけ言って去って行った。

 

「な、なんなのよあの人……」

 

「なるほど、あの人がヒューゴ・クライストさんですか」

 

「クライスト商会の支社長という人か……」

 

「ギトギトの商売人って感じだな」

 

(クライスト商会は政府とズブズブの関係らしいな。おそらくユウナ……いや、分校のことは伝わっているはずだ)

 

キリコはヒューゴがユウナの素性を言い当てたことからクライスト商会の裏に政府の存在があると想像した。

 

「やれやれ、とんだ幕引きになっちまったな」

 

ランディがリィンたちの所にやって来た。

 

「とにかく俺たちはオルディスに戻ります。ランディさん、ありがとうございました。Ⅷ組のみんなもご苦労だったな」

 

「良いってことよ。よし、お前ら!帰還するぞ!」

 

『イエス・サー!』

 

ランディの指揮の元、Ⅷ組生徒たちは演習地に帰還して行った。

 

リィンたちは導力バイクでオルディスに戻り、リヴィエラスコートで待っていたフェリスに報告した。

 

フェリスは賠償金が既に支払われていることを理由に今回の騒動を公にしないことを決めた。

 

また、この一件を気に、自分たちのやり方を見つめ直すということを語った。

 

ユウナは完全にすっきりはしなかったが、フェリスの言葉を受けて、納得することにした。

 

 

 

依頼を全て終えたⅦ組は港湾区のエストンの所にいた。

 

「では、ボートはあちらです。演習、頑張ってください」

 

「ありがとうございます」

 

リィンはお礼を言い、生徒たちとボートに乗り込んだ。運転はキリコが担当した。

 

「ブリオニア島か……」

 

「リィン教官は行ったことはないんですか?」

 

「ああ。特別実習の時はラウラとフィーとエリオットとマキアスが行ったんだ。俺は残りのメンバーとノルド高原に行ってたな」

 

「ほ、本当にいろんな場所に行ってるんですね」

 

「そういえば、当時ノルド高原で共和国と一触即発の事態が起きたそうですが?」

 

「ああ。俺たち旧Ⅶ組と帝国解放戦線の幹部との衝突だな。猟兵崩れに帝国軍監視塔と共和国軍基地を襲わせてな。本当に開戦寸前までいったんだ(そういえばミリアムと会ったのもノルド高原だったな)」

 

「マジかよ……」

 

呆れるアッシュの横でクルトは顎に手をやっていた。

 

「ノルド高原か……」

 

「クルト君?」

 

「あ?興味でもあんのかよ」

 

「いや、興味があるのはもちろんなんだが、兄上と叔父上に縁があるなぁって思ったんだ」

 

「現在、ノルド高原には第七機甲師団が詰めていますね」

 

「それ以前はゼクス将軍率いる第三機甲師団だったな」

 

「ノルドの地で挙兵したドライケルス大帝の傍らにはクルトさんのご先祖がおられたそうなので何かしらあるのかもしれませんね」

 

「じゃあ、クルト君が軍に入ったらノルドに飛ばされるの?」

 

「……まったく笑えないんだが………。それに軍人になるかもわからないし」

 

クルトは肩を竦める。

 

「教官、そろそろ到着します」

 

「わかった。総員、そろそろ切り替えてくれ。何があるかわからないからな」

 

「了解です」

 

「同じく」

 

「てめえの姉ちゃんもいるらしいしな」

 

「だから姉ではありません」

 

アルティナはピシャリと言った。

 

「はぁ……キリコ、あそこに着けてくれ」

 

「了解」

 

「さて、何が出てくるのでしょうか?」

 

一行はブリオニア島に上陸した。

 

 

 

ブリオニア島に上陸したリィンたちは管理小屋で休息した後、探索を開始した。

 

その途中に石段があり、登ってみると、祭壇のようなものを発見した。

 

「なんだこりゃ?」

 

「大昔の祭壇でしょうか?」

 

「教官、あれを」

 

キリコが指さす方向には白いバッグが落ちていた。

 

「あれ、ミリアムさんの?」

 

「どうしてここに落ちているんだ?」

 

「この島に来ていることは間違いないようですね」

 

「この祭壇が怪しいわね。よーし、ここは力ずくで……」

 

「待て待て。さすがにダメだ」

 

「ったく、脳筋女が」

 

「なんですってぇぇぇっ!」

 

ユウナは憤慨した。

 

「……動かしたような跡はない。仮に壊しても時間の無駄だろう」

 

「やはりこの島を回ってみるしかもないようですね」

 

「とにかく、探索してみよう。島の東側から向かった方が近いな」

 

リィンの言葉に頷いたキリコたちは探索を再会した。

 




次回、探索の続きをやります。


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ブリオニア島②

旧Ⅶ組最後の一人が登場します。


「な、なんなの……これ……」

 

「巨大な……騎士人形……!?」

 

探索を進める一行は騎神に似た意匠の巨大な像を発見した。

 

そのあまりの大きさに圧倒され、ユウナたちは言葉が出なかった。

 

「これがブリオニア島の……」

 

「知っているんですか?」

 

「ノルド高原にこれと同じようなものがあるんだ。現地の人々はそれを守護神として崇めているんだ」

 

「ノルドの守護神……」

 

「確かにそんな風格はあるわね……」

 

「叔父上からも聞いてはいたが、どうやって彫ったんだろう……」

 

「こんなもん人間に出来んのかよ?」

 

「ノルドだけでなく、各地に巨石文明の跡が残っているからな。おそらく、古代ゼムリア文明の業なんだろうな」

 

「古代のロマンですよね」

 

(さすがに古代クエントの超文明とは比べ物にならんだろうがな。考えてみればとてつもないものなんだろうな)

 

(焔と大地の至宝………。教官や皆さんが真実にたどり着くのはもう少し先のことでしょうね)

 

ミュゼは物体を見上げながら未来を見た。

 

 

 

「これってなんだろ?」

 

巨像の近くに祠のようなものがあった。

 

「教官、それは……」

 

「ああ、ペンダントが反応しているな」

 

リィンはエマから貰ったペンダントを取り出した。ペンダントは祠と共鳴しているかのようだった。

 

リィンは思いきって触れてみた。すると、祠が輝き出した。

 

「これは……!」

 

「祠が光った?」

 

「それだけじゃなさそうだ」

 

キリコは祭壇の場所の方角を指さした。

 

「なんだ?」

 

「もやがかかっている?」

 

「おそらく、完全に顕現させるにはまだ不足のようですね」

 

「そうだな。とにかく、島全体をまわってみよう」

 

リィンは同じような祠を探すことを決めた。

 

(やはり勘や洞察力はアッシュやキリコ以上。いや、まるで何が起きるのかがわかっているかのような……。ミュゼ・イーグレット、本当に何者なんだ?)

 

 

 

リィンたちは島の西側の海岸にやって来た。

 

「綺麗……」

 

「これは見事だな」

 

「水平線がどこまでも広がっています」

 

「へえ?悪くねぇな」

 

「確かに泳ぎたくなってしまいますね」

 

ユウナたちが感動している一方で、リィンは祠の在処を感じとっていた。

 

「向こうか」

 

「あの洞窟だと?」

 

「ああ。みんな、そろそろ行こうか」

 

リィンたちは洞窟へと向かい、祠に触れた。

 

 

 

次にリィンたちは滝の場所にやって来た。

 

「ここは涼しげですね」

 

「そうだな」

 

「魚もいるし、バカンスかなんかで来たいなぁ~」

 

「ふむ。サバイバル実習なんかには向いているかもな」

 

「確かに環境としては最高かもしれませんね」

 

「喧騒からも離れているし、修行にはピッタリだな」

 

「教官にクルト君……他に何かないの?」

 

「ほっとけよ、剣術バカなんだからよ」

 

「何?」

 

「クルト、いちいち反応するな。アッシュも煽るんじゃない」

 

「へいへい」

 

「………はい」

 

クルトは渋々といった形で矛を収めた。

 

「それより教官、ペンダントはどうですか?」

 

「ああ、多分あれだな」

 

リィンは滝の裏にある祠を指さした。

 

「あんな所に……」

 

「一応、歩いて行けるみてぇだな」

 

「それじゃ、魔獣に気をつけながら進もう」

 

リィンたちは魔獣を退けながら、祠を活性化させた。

 

 

 

最後の祠は集落跡にあった。

 

「人が住んでいたんですね」

 

「ああ、500年ぐらい前にな」

 

「500年前だと暗黒時代が終わった頃ですか」

 

「七耀の教えが大陸に広まり、各地の戦乱が終息したと言われていますね」

 

「女神だろうとなんだろうとすがれりゃいいんだろうよ」

 

(女神、か。ここもアストラギウスも変わらないな)

 

「とりあえず、おおまかな所は試験に出すからな。みんな、復習は怠らないようにな?」

 

「なんで今言うんですか……」

 

「そういえば来月、試験か……」

 

「まあ、大丈夫でしょう」

 

「うーん、高得点取れるのでしょうか……」

 

「嫌みかてめえ……」

 

(予習復習は問題ない。後は出題範囲か)

 

「まあ、先のことは考えても仕方ない。今はできることをやろう。ほら、あそこに祠があるぞ」

 

リィンたちはテンション駄々下がりのユウナを立ち直らせ、最後の祠を活性化させた。

 

 

 

全ての祠を活性化させ、祭壇のあった場所へ戻ると、大きな建造物があった。

 

「な………」

 

「どうなっているんだ?」

 

「祠を活性化させたためでしょうか?」

 

「あれは、精霊窟か?」

 

「精霊窟?」

 

「帝国の伝承のドワーフと妖精が作り上げたと言われるものだ。見た目にはわかりづらいが、中は広大な空間が広がっている。内戦時に帝国東部に三ヶ所顕れたんだ」

 

「そういえば兄上や叔父上に聞いたことがあるような」

 

「最奥にはヴァリマールの太刀の材料となるゼムリアストーンが安置されていたとか」

 

「へ、へぇ………」

 

「ったく、またオカルトかよ」

 

(これも魔術なのか?ペンダントはもう反応していないようだが)

 

(この先で待っているのは……)

 

ユウナたちが変化に驚く中、ミュゼは拳を握りしめる。

 

「…………………」

 

リィンは黙考し、ユウナを見据えた。

 

「特務活動はここまでとする」

 

「は……?」

 

「ここまで?」

 

「どうやらこの先には尋常じゃない何かがいるようだ。君たちの手に負える相手じゃないだろう。君たちはこのまま帰投してもらう」

 

(尋常じゃない何か……おそらくは……)

 

「ふざけないでください!」

 

ユウナが吼えた。

 

「また足手まといとか言うんですか!あたしたちがそんなに頼りないですか!」

 

「教官のおっしゃるとおり、僕たちは未熟です。ですが、教官でさえ手におえない何かが待っているのはわかります」

 

「一人だけで動くのはⅦ組のやりに反すると思います」

 

「人に散々言っときながらてめえが破ってんじゃねぇよ」

 

「ご自分の言葉には責任を持つべきかと」

 

「みんな………」

 

リィンはばつの悪そうな顔をした。

 

「たまにはあたしたちを頼ってください。そりゃ、旧Ⅶ組の先輩たちに比べたら頼りないかもしれません。けど、あたしたちだってマシになってるはずです!」

 

「少なくとも入学時点ではかなり成長しているかと思います」

 

「…………………」

 

リィンは押し黙る。

 

「それで?行くんですか?」

 

キリコは既に戦闘体勢にはいっていた。

 

「なんだよ、てめえもやる気かよ」

 

「ああ」

 

「キリコまで……………わかった、君たちの力を借りたい。全員、覚悟を決めろ」

 

『……(コクン)』

 

ユウナたちは表情を引き締め、頷いた。

 

「いいだろう。なら──来い、ヴァリマール!」

 

数分後、ヴァリマールが飛んで来た。

 

「教官……」

 

「念のためにな。ヴァリマール、何か分かるか?」

 

「あの奥からとてつもない力を感じる。ゆめゆめ油断するな」

 

「わかった。危なくなったら呼ぶ。それまで待機しててくれ」

 

「心得た」

 

ヴァリマールは片膝をついた。

 

「トールズ第Ⅱ分校・Ⅶ組特務科。これより精霊窟の探索を行う。何が待ち受けているかわからない。もう一度言う。全員、覚悟を決めろ!」

 

『イエス・サー!』

 

 

 

精霊窟の中はリィンが言うほど広大ではなかった。

 

だが、奥から流れてくる圧倒的な気配をユウナたちはビリビリと感じ取っていた。

 

「なんだか、空気が重い……」

 

「圧倒的な強者……そんな感じがする……」

 

「ハッ、面白くなってきたな」

 

「この感じは……」

 

「キリコさん?」

 

(感じているんですね……。最強の力を……)

 

「総員、お喋りはそこまでだ。得物を構えておけ」

 

リィンはそう指示を出し、自身も抜刀した。

 

「行くぞ……!」

 

リィンは扉を開けた。

 

 

 

扉の先には鉄機隊の三人と甲冑姿の騎士が待っていた。

 

そしてその背後には巨大な白銀色何かが鎮座していた。

 

「遅かったですわね」

 

「ッ!アンタたちは……」

 

「リィン……」

 

「ミリアム!?」

 

リィンたちは駆け寄った。

 

ミリアムは光り輝く蔦のようなもので拘束されていた。

 

「ゴメン、ドジっちゃった……」

 

「ミリアムさん!」

 

ユウナは蔦に触れようとした。

 

「止めておけ。触れればタダではすまんぞ」

 

剛毅のアイネスが止めた。

 

「大丈夫よ。動けなくしただけだから。傷一つつけていないわ」

 

魔弓のエンネアが澄ました顔で言った。

 

「クッ……」

 

「こっちは大丈夫だよ………。それより気をつけて!奥にいるのは結社の使徒だよ!」

 

「何!?」

 

リィンたちは奥にいる騎士を見やった。

 

「はじめまして、Ⅶ組特務科。我が名はアリアンロード。結社身食らう蛇の使徒第七柱を冠する者。もっとも、キリコ・キュービィーとは昨夜ぶりですが」

 

「………………」

 

「なっ!?あ、あなた……マスターが話しているのにその態度はなんですか!!」

 

キリコは一言も口にしなかったが、それは神速のデュバリィの逆鱗に触れた。

 

「しかも……昨夜はよくもやってくれましたわね!乙女の頭に一撃を食らわせた挙げ句腹パンするとは……!あなたには血も涙もないんですの!?」

 

「………………」

 

「それだけならまだしも、マスターの前で恥をかかせて………!この怒りはいったいどこに「言いたいことはそれだけか」……!?」

 

キリコは口を開いた。

 

「あの時間帯は防犯上、二号車しか開放されていない。二ヶ月前ならまだしも、このことは全員が熟知している。したがって六号車のドアを開けようとするのはこれを知らない侵入者だけだ」

 

「確かにな」

 

「そしてもうひとつ……」

 

キリコは前に出てアーマーマグナムをデュバリィに向けて発砲した。

 

「なっ!?」

 

デュバリィは盾で防ぐが、アーマーマグナムの威力に二、三歩下がった。

 

「俺は女だろうと容赦はしない。俺たちの邪魔をするなら殺す」

 

「キ、キリコ君……」

 

(威嚇……違う。本気の殺意……)

 

「この………無礼者が………!」

 

怒りに震えるデュバリィは構えた。

 

「その生意気な口、二度と叩けなくしてやりますわ!」

 

「デュバリィ」

 

アリアンロードがやんわりとデュバリィを止めた。

 

「しかしマスター!」

 

「デュバリィ、戦場で取り乱したり、ましてやペラペラと囀ずったりするものではないと教えたはずですが?」

 

「それは………」

 

「下がりなさい。キュービィーも銃を一旦納めていただけませんか?」

 

「……………」

 

キリコは仲間のいる所まで下がり、銃を仕舞った。

 

「キリコ君……」

 

「……………」

 

(キリコさん………)

 

すると、アリアンロードが前に出る。

 

「部下が醜態を晒したこと、お詫びします」

 

「こちらこそ、教え子の暴挙、お許し願えると」

 

リィンとアリアンロードは互いに謝罪した。

 

「率直にお聞きします。貴女方はいったいここで何を?」

 

「無論、実験のためです。内容は言えませんが、幻焔計画の一部とだけ申しておきます」

 

「またそれかよ……」

 

「……背後のは神機ですね?」

 

「はい。神機アイオーンtype-α。今は眠っていますが」

 

「やっぱり……。あれはクロスベルを襲った……!」

 

ユウナは思わず構える。

 

「先月と先々月に現れた神機の最後の機体か!」

 

「確か前の二機にはない特異な機能を備えているとか?」

 

「フフ、ご想像にお任せします」

 

「………………」

 

アリアンロードはリィンたちに向き直る。

 

「我々はあなた方と敵対するつもりはありません。今回ばかりは手を引いてもらえませんか?」

 

『!?』

 

リィンたちは目を見開く。

 

「て、手を引けって……」

 

「意味がわかりません」

 

「……貴女方の企みを見て見ぬふりをせよと?」

 

「ざけんなよ、オバハン」

 

「ちょ!?それは失礼でしょ!?」

 

アッシュの暴言をユウナが諌めた。

 

「貴様……!」

 

「さすがにオイタが過ぎるわね……」

 

アイネスとエンネアがアッシュを睨み付ける。

 

「二人とも」

 

「「っ!………ハッ」」

 

アリアンロードの一声に二人は大人しく下がる。

 

「それで答えは?リィン・シュバルツァー」

 

「………………」

 

「言いたいことはわかりました。ですが、はいそうですかと引き下がるわけにはいきません」

 

リィンは口を開いた。

 

「これまで結社の実験を見てきた限り、どれもこちらに害を為すものばかりでした。おそらく、今回の実験もその類いだと判断せざるを得ません」

 

「……………」

 

「それにここで手を引くことは後々まで悔いを残すことになるでしょう」

 

「…………手を引くつもりはないと?」

 

「ええ」

 

「……………」

 

「貴女が結社最強だというのは肌で感じてわかります。ですが──」

 

リィンは太刀を向ける。

 

 

 

「トールズの意志を受け継ぐ者として、Ⅶ組の一員として、全力で抗わせていただきます!!」

 

 

 

「教官……!」

 

「僕たちも同じです!」

 

クルトたちも得物を構える。

 

(………なるほど。あの方と同じ眼をしています。そして彼らもまた、強い眼をしていますね)

 

「やる気みたいね♪」

 

「ひ、雛鳥風情が……!」

 

「面白い……!」

 

鉄機隊も応戦の意志を見せる。

 

「意気やよし。では──」

 

アリアンロードは鉄機隊に目をやる。

 

「デュバリィ、アイネス、エンネア。星光陣の使用を許可します」

 

「マスター……」

 

「彼らに教えてあげなさい。強者とはなんたるかを」

 

「「「ハッ!」」」

 

敬礼とともに鉄機隊の足元に金色のラインが浮かぶ。

 

「なっ!?」

 

「あれって、戦術リンク!?」

 

「どうやら全く同じではないようですが」

 

「ハッ、面白れぇ!」

 

「まずは一人を狙いましょう。それで半減するかもしれません」

 

(普通ならあの弓使いだろう。だが、それも向こうは折り込み済みのはず。それにあのうるさい女は俺狙いだろう)

 

キリコの予想通り、デュバリィはキリコに深い敵意と殺意を向けていた。

 

「総員、これより戦闘を開始する!これまでとは次元が違う相手だ、全員で生きて帰るぞ!!」

 

『イエス・サー!!』

 

 

 

[キリコ side]

 

星光陣とやらは原理的には戦術リンクと同様のものと言えた。

 

三人の内誰かが攻撃を仕掛け、残りのどちらかが追撃する。

 

問題は連携の高さだった。

 

こちらは出会って二ヶ月程度だが、向こうはおそらく年単位。

 

連携が高いということは互いの呼吸や距離を知っているということだ。

 

本気の連中に俺たちは劣勢を強いられることとなった。

 

 

 

「くらいなさい!」

 

「グッ、速い……!」

 

「そこだっ!」

 

「チッ!馬鹿力が!」

 

「これはどうかしら」

 

「っ!近づけない……!」

 

スピードで翻弄する神速、パワーで圧倒する剛毅、遠距離から狙撃する魔弓。

 

元々の技能の高さと星光陣による連携。こちらにとって厄介この上ない。

 

だがこちらとてただやられてやるつもりはない。

 

少しずつではあるが、ユウナたちも対応しつつある。

 

なら俺の役目は………。

 

「アーマーブレイク」

 

「なっ!?」

 

「クルト!」

 

「わかった!テンペストエッジ!」

 

「あたしも続くわ!クロスブレイク!」

 

体勢を崩した剛毅にクルトが竜巻のような斬撃、ユウナがガンブレイカーの打撃を浴びせる。

 

「隙だらけよ……」

 

「遅い」

 

魔弓がユウナに狙いを定める。すかさずハンタースローで魔弓の狙いを狂わせる。

 

「くっ……!」

 

「隙だらけです♥️」

 

「崩れました」

 

間髪入れず、ミュゼとアルティナがアーツを叩き込む。

 

「クッ!おのれ……!」

 

神速が俺に狙いを定め、一気に詰める。

 

「ハアッ!」

 

リィン教官が太刀を切り上げ、神速の剣を弾く。

 

「このっ!」

 

「もらった!」

 

アッシュが神速に得物を振り下ろす。それを盾で防ぐが、そこを狙いアーマーマグナムを放つが、かわされた。

 

「甘いですわ!」

 

「二の型、疾風!」

 

「って、きゃああああっ!」

 

教官の追撃は捌けず、受けた。

 

向こうが質ならこちらは数で対抗する。俺はその起点に徹する。正直、ぶっつけ本番だが功を奏した。

 

「はぁ…はぁ…。な、なんとか凌いだわね」

 

「キリコさんのフォローがなければ危なかったですね……」

 

「マジで戦闘に特化してやがんだな」

 

「………………」

 

「油断するな。まだ終わっていない」

 

「ええ、むしろここからでしょう」

 

教官とアルティナは表情を崩さない。

 

ここからが本番だろう。

 

[キリコ side out]

 

 

 

「…………(ギリギリ)」

 

デュバリィは歯軋りをしていた。

 

「キリコ・キュービィー。これほどの手練れとはな……」

 

「この戦場は完全にキリコ君が支配しているわね。リィン君や他の子たちが動きやすいようにフォローに回り、こちらの攻めの手を削ぐ。なかなか憎い演出ね」

 

「黙りなさい!!」

 

デュバリィが吼える。

 

「デュバリィ?」

 

「あんな……あんなもの……認められるはずありません!」

 

「だが現にこちらの動きは抑えられている」

 

「道化師殿や紅の戦鬼殿が夢中になるわけね。マスターも兜を脱ぐくらいだし」

 

「ま、待ちなさい!どういう意味ですの!?」

 

「言葉のとおりだ」

 

「マスターはキリコ君の目の前で兜をお脱ぎになったの。そういえばデュバリィ、気絶してたのよね」

 

「………………」

 

デュバリィは頭をガクリと落とした。そして体が震え始めた。

 

「どこの……馬の骨とも……わからない……者を……マスターが……お認めになった?そして私はお役に立てず……気を絶していた?」

 

「なんだ?」

 

「何ぶつくさ言ってやがる?」

 

リィンたちも動きを止める。

 

「私はマスターの僕。マスターの盾。マスターの剣。その私を差し置いて………。そんな……そんなもの……

 

 

 

そんなこと認められるものですかぁぁぁぁっ!!」

 

 

 

デュバリィから闘気の奔流が溢れ出す。

 

「ぬおっ!?」

 

「な……!」

 

「ぶちギレ、というやつですか」

 

「ただの逆恨みですね」

 

「黙りなさい!!」

 

(面倒なことになったな)

 

デュバリィはゆっくりと構えた。

 

「死になさい!」

 

「っ!」

 

デュバリィは目にも止まらぬ速さでリィンたちに襲いかかる。

 

「は、速……」

 

「見えなかった……!?」

 

「神速の技、とくと目に焼き付けなさい!プリズムキャリバー!」

 

デュバリィは再び構え、三体に分け身する。その三体はリィンたちに無数の斬撃を浴びせた。

 

斬撃の嵐が止む頃にはリィンたちは全員膝をついていた。

 

「あ……ぐっ……!」

 

「捉えきれない……」

 

「クソが……!」

 

「内戦の時より速い……!」

 

「…………………」

 

そんな中、キリコは立ち上がる。

 

だが意識は朦朧としており、気力だけなのは誰の目にも明らかだった。

 

「あなただけはただでは殺しません。己の身を弁えぬその罪。地獄で悔い改めなさい」

 

(……な……に………?)

 

「聞こえてもいませんか。ならば………」

 

デュバリィは構えた。

 

(地獄で……だと?なら間に合っている………!)

 

「死ねぇぇぇぇっ!」

 

デュバリィは一気に距離を詰め、剣をキリコの頭上に振り下ろそうとした。

 

(俺はまだ死ねない!)

 

意識を取り戻したキリコはデュバリィの懐に潜り込む。

 

「な……!まだ……!?」

 

「地獄なら飽きるほど見てきた」

 

キリコは腰のナイフを抜き、デュバリィの右足に深々と突き刺した。

 

「ぎ……ぎぃやああああああっ!?」

 

予想外の反撃にデュバリィは絶叫した。

 

「足が……足が……足があああっ!?」

 

パニックになったデュバリィは盾でキリコを突き飛ばす。だがそれは悪手だった。

 

突き飛ばされた衝撃でキリコの手握られていたアーマーマグナムが暴発。

 

放たれた弾丸は地面に弾かれ、デュバリィの首元を掠める。

 

「あ……あ……あ……あ……!?」

 

錯乱したデュバリィは過呼吸に陥った。

 

「デュバリィ!?」

 

「いかん!」

 

アイネスとエンネアが懸命にデュバリィを落ち着かせようとした。

 

「……………」

 

キリコは壁にもたれながら立ち上がろうとした。

 

『キリコ(君)(さん)!?』

 

リィンたちがキリコに駆け寄る。

 

「キリコ君!?大丈夫なの!?」

 

「ああ……」

 

「全く……無茶をしすぎです!死ぬつもりだったんですか!?」

 

「死ぬつもりはない……」

 

「人の気持ちくらい考えてください!」

 

ミュゼがキリコを叱責する。

 

「ったく、死に損ないが……」

 

「ほら、肩に掴まってくれ」

 

クルトとアッシュが肩を貸した。

 

キリコは二人に支えられ立ち上がり、アリアンロードを見据える。

 

「………………」

 

アリアンロードはアイネスとエンネアから手当てを受けるデュバリィを一瞥し、キリコたちの方を向いた。

 

「まさかデュバリィを退けるとは。見事……と言いたい所ですが、これは違うでしょう」

 

「………………」

 

「キリコ・キュービィー。貴方は命を粗末にし過ぎるきらいがあると見なさざるを得ません」

 

「………………」

 

「しかも、この上私と戦うつもりですか?」

 

「え!?」

 

「眼を見ればわかります。なぜです?」

 

「ここでお前をどうにかすれば、後が楽になる。そう思っただけだ」

 

「それは己でなく仲間のためですか?」

 

「………………」

 

「なるほど、その傲慢なほどの意志。ここで砕いておく必要がありそうですね」

 

「っ!」

 

「遂に来やがるか!」

 

「結社最強……!」

 

ユウナたちは得物を構える。

 

「忠告はします。我が言葉に従いなさい」

 

「!」

 

キリコの体がビクンと反応する。キリコはフラフラとアーマーマグナムの銃口をアリアンロードに向ける。

 

「断る」

 

「キリコ……?」

 

キリコは一呼吸入れ、言い放った。

 

 

 

「たとえ神にだって、俺は従わない……!」

 

 

 

「!」

 

アリアンロードは再び冷や汗をかいた。

 

(この感じは……!やはり危険過ぎる!)

 

アリアンロードは巨大なランスを取り出した。

 

「!?」

 

「な、何あれ……!?」

 

「ランス……だと……!」

 

「この場で果てなさい」

 

アリアンロードはランスを構える。

 

「させない!」

 

リィンは太刀を構え、神気合一を行おうとした。

 

「教官……!」

 

「ダ、ダメです!」

 

「全員、退却しろ!殿は俺が引き受ける!」

 

「何言ってやがんだ!」

 

「全員で生きて戻るんです!」

 

(間に合って……)

 

ユウナたちはリィンを思い留まらせるように説得し、ミュゼは必死に祈る。

 

「これで…………!?」

 

突然、閃光がアリアンロードに襲いかかる。アリアンロードはランスで防御した。

 

『!?』

 

ユウナたちは呆気にとられる。

 

「間に合ったか……」

 

「あ………」

 

「ああっ!」

 

声のする方向には十字の槍を携えた褐色の肌の偉丈夫が立っていた。

 

「あの人は……」

 

「もしかして……」

 

「旧Ⅶ組の……?」

 

褐色の偉丈夫はリィンの所に駆け寄る。

 

「無事か、リィン」

 

「ガイウス!」

 

「少し待ってくれ。ハアアアッ」

 

ガイウスの背後に何かが浮かび上がり、ユウナたちの傷が癒える。

 

「あ……」

 

「これは、アーツ?」

 

「いえ、それとは異なるようです」

 

「ふふ。さて、次は……」

 

ガイウスは続いてミリアムを拘束していた蔦を消した。

 

「ふーーっ、ありがとうガイウス!」

 

「これでよし」

 

「ほう。なかなか面白い力を持っていますね」

 

「鋼の聖女殿にそう言われるとは光栄だ」

 

ガイウスは落ち着いた表情で十字の槍を構える。

 

「ガイウス・ウォーゼル。義により助太刀する」

 

「ボクも戦うよ!」

 

ミリアムも白い戦術殻アガートラムを顕現させる。

 

「ア、アルと同じ……」

 

「ガーちゃんだよ。アーちゃんのクーちゃんと同型機っぽいらしいよ」

 

「クラウ=ソラスです。いい加減覚えてください」

 

アルティナは不愉快と言いたげな顔をした。

 

「なら俺らもやるぜ」

 

「ああ、回復した今なら……!」

 

「ふむ……さすがに不利ですね」

 

アリアンロードはランスをしまった。

 

「え!?」

 

「いいでしょう。この場は手を引きましょう」

 

「マスター!?」

 

「我らにはやるべきことがあります。これ以上は無用です。それにデュバリィを看なくてはいけません」

 

「……わかりました」

 

「仰せのままに」

 

アイネスは応急処置を済ませたデュバリィを担ぐ。エンネアは転移の魔法陣を顕現させる。

 

「では、またいずれ」

 

アリアンロードたちは転移して行った。

 

 

 

『…………………』

 

残されたリィンたちは呆然としていたが、早めに立ち直り、乗って来たボートに乗りこんだ。

 

その途中でガイウスとユウナたちは互いに自己紹介をした。

 

「ガイウスさんって留学生だったんですか?」

 

「ああ。ノルドの地でゼクス殿から推薦を受けてな。外のことを知るいい機会と思って受けたんだ」

 

「叔父上から話は伺っています。狼の大群をその槍で蹴散らしたとか」

 

「ただ無我夢中でやっただけなのだがな。それより──」

 

ガイウスは気を失い、座席に横たわるキリコを見た。

 

「キリコさん………」

 

「無茶しやがるぜ」

 

「……………」

 

「………情けないな」

 

リィンが口を開いた。

 

「教え子がこんなにボロボロになるまで無茶させて、肝心な時に見ていることしかできないなんてな」

 

「教官……」

 

「それは私たちだって同じです」

 

「仲間に、キリコにばかり負担をかけて……僕たちはなんのためにいるんでしょう……」

 

「みんな………」

 

「……………」

 

ボートの中は沈黙に包まれた。すると──

 

「…………うっ…………」

 

「あっ!」

 

「キリコ!」

 

キリコは目を覚ました。

 

「キリコさん、わかりますか!?」

 

「あ、ああ」

 

「良かった~~!」

 

ユウナはへなへなと崩れ落ちる。

 

「すまない、キリコ。また君に無茶をさせてしまった……」

 

「気になさらず」

 

「大丈夫か?」

 

「アンタは確か……」

 

「ガイウス・ウォーゼル」

 

「キリコだ」

 

「こんな時になんだが、よろしく頼む」

 

「ああ」

 

キリコは差し出された手を握る。

 

「おや?あれは……」

 

アルティナが指さす方には篝火が灯っていた。

 

「そうか。オルディスの夏至祭が始まったんだ」

 

「確か、鎮魂の灯籠でしたか」

 

「うーん、万全なら見て行きたいけど………」

 

「俺のことは気にするな」

 

「気にしない方が無茶ですよ」

 

「だったら、コイツん家で待ってろよ」

 

「では、監視役は私が」

 

ミュゼが挙手した。

 

「必要は……」

 

「あ・り・ま・す」

 

ミュゼは微笑みながら凄む。

 

「フフ、キリコ君の負けね」

 

「ミュゼ、任せるぞ」

 

「了解しました。ではおじいさまに連絡を」

 

 

 

キリコはイーグレット伯爵家でコーヒーを飲んでいた。その傍らにはミュゼがいた。

 

「逃げたりはしない」

 

「監視役ですから♪」

 

「………………」

 

キリコはコーヒーを飲み干し、本棚から一冊を手に取る。すると、不意にミュゼが声をかけた。

 

「………キリコさんは」

 

「?」

 

「どうして無茶をするんです?」

 

「なんでだろうな」

 

「お願いですから……あんまり無茶をなさらないでください」

 

「………頭に留めておく」

 

「約束してください」

 

「約束?」

 

「はい………」

 

「保証はできないな。やつのような強敵ならなおさらだ」

 

「そう……ですよね………」

 

ミュゼは俯いた。

 

「…………俺はかつて、目の前で大事なものを失った」

 

「はい……」

 

「もうあんな思いはしたくない」

 

「キリコさん………」

 

ミュゼはキリコの顔を見つめる。

 

「お嬢様、キリコ様。皆様がお戻りです」

 

タイミング良く、セツナが声をかける。

 

「あっ、はい(はぁ、時間切れですか)」

 

「わかった」

 

キリコは本を戻し、リィンたちの所へ向かった。

 

その後、演習地に戻ったキリコたちは報告をリィンに任せ、それぞれの部屋のベッドで泥のように眠った。

 




次回、ジュノー海上要塞に向かいます。


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ジュノー海上要塞①

6月19日 早朝

 

キリコたちは鳴り響く砲撃音とともに目覚めた。

 

「!?」

 

「砲撃音!?」

 

(距離は遠いな。それでいてこの音は…………まさか!)

 

 キリコはある答えを導き出した。

 

「キリコ?」

 

「全員、備えろ。おそらく列車砲だ」

 

「「列車砲!?」」

 

キリコの断言にウェインとスタークは仰天した。

 

「し、しかし……いったいどこから……」

 

「そういえば、昨日の実習で小耳に挟んだことなんだが、バラッド侯の配下が大がかりな輸送を行ったらしいんだ」

 

「間違いなく列車砲だな」

 

「だとしても、どうやって運ぶんだ?」

 

「先月、イリーナ・ラインフォルト会長が話していたことだが、ドラグノフ級列車砲というのが開発された。従来機と比べて、機動力が増したそうだ」

 

「機動力があるイコール運搬できるということか!」

 

「どうやらそうみてぇだ」

 

ランディが足早に入って来た。

 

「オルランド教官!」

 

「どうやら北ランドック峡谷に置いといたはずの列車砲が使われているらしい。今オルディスが砲撃にさらされていんだ!」

 

「なんですと!?」

 

「正気か!?」

 

「ウェイン、すぐに集合しろ。スタークは通信班のバックアップに回ってくれ。以上だ」

 

「「イエス・サー!」」

 

「俺は?」

 

「Ⅶ組は待機命令だ。多分、一番ハードだ。少しでも体を休めとけ、わかったな?」

 

「……了解」

 

キリコの返事を聞いて、ランディは出ていった。

 

「それじゃあ、持ち場に付くか」

 

「キリコ、後でな」

 

「ああ」

 

ウェインとスタークもそれぞれの持ち場へと向かった。

 

(準備だけでもしておくか)

 

キリコは六号車へと向かった。

 

 

 

「ああっ、やっぱり!」

 

六号車に来たティータは作業をしているキリコを見て慌てて駆け寄った。

 

「キリコさん、ちゃんと休まないとダメですよ!」

 

「何もせずにいるよりは休める」

 

「完全にワーカホリックじゃないですか!」

 

「自覚している」

 

「ああもう………!」

 

ティータは肩を落とした。

 

「といっても、今回は博士から連絡はない。せいぜい機体チェックだけだ」

 

「そういえばそうなんですよね。そういえばキリコさん、これってなんですか?」

 

「試したい装備品だ。それよりいいのか?」

 

「はい?」

 

「主計科は総出で仕事があるようだが?」

 

「今のところは大丈夫です。そんなことよりキリコさんですよ。後はわたしがやるから休んでいてください。いいですね!」

 

「…………わかった」

 

キリコはティータの凄みに根負けし、渋々といった形で作業を引き継がせる。

 

(それにしても列車砲か。狙いはオルディスだろうが、腑に落ちないな。仮に狙うならあそこの方が重要…………)

 

キリコは思考を一瞬止める。

 

(まさか……!)

 

キリコは列車の外に出た。

 

 

 

「キリコさん?」

 

「どうしたんだ、そんなに慌てて」

 

「お前たちか。Ⅶ組全員を集めろ。ジュノーに向かう」

 

「ジュノー海上要塞にか!?どうして……」

 

「聞け。北ランドック峡谷に列車砲があるというのは聞いているな?」

 

「ああ。今オルディスが狙われていることも知っている」

 

「単純にオルディスを落としてそれで済むと思うか?」

 

「え?」

 

「なるほど。オルディスは攻撃にも防衛にも向いていません。にもかかわらずオルディスに砲撃するということは……」

 

「まさか……囮か!?」

 

「おそらくはな。適当に砲撃してこちらを煽り、誘き出す。その隙にジュノーを落とす。そんなところか」

 

「だが、それだけのことができるのか?」

 

「敵は間違いなく単独ではない。四つの猟兵団に結社が手を貸しているのは十分考えられる」

 

「辻褄は合っていますね」

 

「…………」

 

クルトは目を瞑り、そして決断した。

 

「わかった。今すぐ集める。アルティナは教官に連絡を」

 

「わかりました」

 

クルトは仲間たちを探しに離れた。アルティナはARCUSⅡを取り出し、連絡を行おうとした。

 

「キリコさん」

 

「ああ……」

 

キリコは列車の死角になっている方向を見た。

 

「出てこい」

 

「あはは、バレてた?」

 

シャーリーが現れた。

 

「何しに来た」

 

「ちょっとね。ランディ兄や灰色のお兄さんは?」

 

「今は外している」

 

「ああ、大体の見当はついているよ。それより、なかなか良い読みだね」

 

「あくまで推測に過ぎない」

 

(どうして普通に話せるんでしょう……)

 

キリコとシャーリーのやり取りにアルティナは呆れた。

 

「それでなぜここにいる?」

 

「あたしたちはあくまでサポート役だよ。主役は他にいるよ」

 

「主役?」

 

「北の猟兵って知ってる?」

 

「名前くらいならな」

 

「元ノーザンブリア大公国の正規軍で構成された猟兵団です。錬度は二大猟兵団にも劣らないとか」

 

「キリコたち、一昨日交戦したらしいじゃない」

 

「あの紫の猟兵か?」

 

「そうだよ。なんかさ、正規軍にも領邦軍にも恨みを持っているんだって」

 

「恨み?」

 

「もしかして……北方戦役?」

 

アルティナは聞かされた情報から推測する。

 

「北方戦役は実質、帝国軍と北の猟兵による戦争だったとも言えます。おそらくシャーリーさんの言うとおり、帝国への復讐なのでしょう」

 

「そして領邦軍、いや統合地方軍の本拠地はジュノー海上要塞。あそこを落として衝撃を与えるのが狙いか」

 

「ちなみに今あそこにはバラッド侯が立て籠っているらしいよ」

 

「何?」

 

「なんか黒旋風に北ランドック峡谷を丸投げして、自分の親衛隊だけで守っているんだって。ホントバカだよね~」

 

「考えられる限りの悪手ですね……」

 

「めんどくさくなりそうだな、オイ」

 

振り向くと、ユウナたちが集まっていた。

 

「やあ、来たんだ?」

 

「あなたこそ何をしてらっしゃるんですか?」

 

「いや~、こっちも退屈なんだよね。本当ならそっちに行きたいんだけどさ。向こうも譲れないみたいでさ」

 

「やっぱり、復讐?」

 

「さあね。まあ、いいや。そろそろ行くね」

 

シャーリーはテスタロッサを担いだ。

 

「え……!?」

 

「戦いに来たのではないのか?」

 

「うん。だって……」

 

シャーリーはキリコに駆け寄ってハグをした。

 

「「!?」」

 

「これは……」

 

「ヒュウ♪」

 

(な…な…な……!)

 

「……離せ」

 

キリコは一瞬面食らったが、すぐにシャーリーをひっぺがした。

 

「キリコに会いたかったからね。それじゃ、バイバ~イ!今度パパに紹介するね♪」

 

シャーリーは手を振りながら転移して行った。

 

残されたユウナたちは呆然とした。

 

「パ、パパって……」

 

「彼女の父親は赤い星座の団長だったはずです」

 

「ククク、なかなか面白そうだな♪」

 

「完全に他人事だな……」

 

(私だって……したことないのに……!紅の戦鬼、許すまじ……!)

 

ミュゼはシャーリーの転移したであろう方向に怒りの視線をぶつける。

 

「余計な時間を取られたな」

 

「(動じないわね……)でも今から出発すれば追いつけるかもね」

 

「導力バイクは二台ありますから、問題なさそうです」

 

「いや、導力バイクはお前たちで乗ってくれ。そろそろ動かせるだろうからな」

 

「動かすって……まさか!」

 

「そういや、てめえにはあれがあったな」

 

「ああ」

 

「大丈夫なの?」

 

「この辺の地形は頭に入っている。それに試したい装備もあるしな」

 

キリコはそれだけ言って六号車へと戻った。

 

 

 

「あのさ………」

 

「え?」

 

「ヴァレリーさん?」

 

キリコを待つユウナたちに主計科のヴァレリーが声をかける。

 

「アンタたちに……話しておこうと思ってさ」

 

「なんだよ」

 

「北の猟兵なんでしょ?動いているのって……」

 

「シャーリーさんが言うにはですが」

 

「それがどうかしたのかい?」

 

「………あの人たちがオルディスを襲おうとするのは、わかるような気がするの……」

 

「え……?」

 

「どういうこった」

 

「私が……悪魔の血筋だから………」

 

「悪魔?」

 

「猟兵関係……ではなさそうですが?」

 

「………………」

 

ヴァレリーは一呼吸入れ、口を開いた。

 

「私はね、ノーザンブリア大公家の本家筋に当たる家の生まれなのよ」

 

「えっ!?」

 

「ノーザンブリアの……」

 

「確か、ノーザンブリア大公といえば」

 

「ええ。塩の杭と呼ばれる事件で何の対策も責任も取らず、真っ先に逃げた裏切り者よ」

 

「その後、トンズラした王サマとその家潰してノーザンブリアは自治州になったんだったな」

 

「アッシュ!」

 

クルトはアッシュを咎めた。

 

「いいの。そしてアルティナの言うとおり、ノーザンブリア大公国の元正規軍が集まってできたのが北の猟兵」

 

「そうだったんだ……」

 

「彼らにしてみれば大公も帝国も仇であり屈辱。それを晴らそうということですか……」

 

「多分ね」

 

「もしかしてヴァレリーさんがあまり人ごみに入らないのは……」

 

「元々、人の多い所は好きじゃないから。それに……私みたいなのが……って……」

 

「そんなこと……!」

 

「アホちゃうか、お前」

 

振り向くと、パブロが立っていた。

 

「パブロ……」

 

「お前がどんなモン抱えとるかはようわかった。せやけどな、お前に何の関係があんねん」

 

「は……?」

 

「だいたい塩の杭が落ちてきた頃なんて俺らが産まれるずっと前の話やろ。そんなモンお前、爺さんか婆さんか知らんが俺らの前の人間の問題やろ」

 

「そ、そうよ!ヴァレリーには関係ないじゃない!」

 

「それは違う。クルト君やミュゼならわかるでしょ」

 

「僕もパブロの意見に賛成だな。たとえ先祖に大罪人がいたとしても、今を生きる僕たちに関係ないことだ」

 

「確かに、先人の咎はついて回るものかもしれません。ですが、それはその方の咎であって、ヴァレリーさん自身の咎ではないかと」

 

「二人とも……」

 

「せやろ。お前はお前らしくしとったらええねん。そんなんやったらせっかく軌道に乗った軽音部もだだずべりになんで。お前はうちのボーカルなんやから」

 

「うん!ヴァレリーって歌上手いもんね。分校長にすっごく褒められてたじゃない!」

 

「わたしなんかより見事です」

 

「ヴァレリーさんには素晴らしい才能があるじゃないですか」

 

ユウナたちⅦ組女子はヴァレリーの歌唱力の高さを褒める。

 

「みんな……」

 

「重要なのはお前がどうしてぇかだろ?」

 

「私がどうしたいか……」

 

ヴァレリーは目を瞑り、そしてユウナたちの方を向く。

 

「私が行っても火に油を注ぐことにしかならない。だからお願い、あの人たちを止めて」

 

「まっかせて!」

 

「わかりました」

 

「既に教官も動いておられる頃でしょう」

 

「後はあいつなんだが……」

 

【すまない、待たせた】

 

振り返るとフルメタルドッグが歩行してきた。その脚にはソリのようなものが取り付けられていた。

 

「いや。こちらも準備OKだ」

 

「キリコ君。そのソリみたいなのは?」

 

【試作型のトランプルリガーだ】

 

「トランプルリガー?」

 

【不整地での運用のためのだ。実際に見てもらった方が早いな】

 

「では参りましょうか」

 

「それじゃ、行って来ます!」

 

 

 

キリコたちはジュノー海上要塞を目指していた。

 

「なるほど。そうやって使うのか」

 

「接地面積を増やすことにより、不整地でのローラーダッシュをスムーズにするんですね」

 

【あくまで試作型だ。もう少し軽くする必要がある】

 

「こだわるわねぇ……」

 

「てめえの棺桶くらいこだわりてぇんだろ」

 

「縁起でもないこと言わないでよ!」

 

【……………】

 

「あれは……!」

 

クルトは何かを発見した。

 

「どうしたの?」

 

「教官たちだ」

 

【たちとは?】

 

「どうやら、ユーシスさん、ガイウスさん、ミリアムさん、サラさんの旧Ⅶ組の方々。それにアンゼリカお姉様もご一緒のようです」

 

「へえ……?」

 

「おーい、みんな~!」

 

ミリアムが大きく手を振った。

 

数分後、新旧Ⅶ組が合流した。

 

「君たちも来たのか」

 

「はい!皆さんもジュノーに行くんですよね」

 

「君たちもジュノーに?なんでわかったの?」

 

「それは………」

 

クルトは先ほどのことを話した。

 

「へえ、そんなことが。いやはや、私もかの戦鬼にお目にかかりたかったねぇ♪」

 

「ったく、何のつもりよ」

 

アンゼリカは笑みを浮かべ、サラは警戒心を露にする。

 

「しかし、大した洞察力だな」

 

「うんうん!情報局でもやってけるんじゃない?」

 

「とうとう政府から勧誘が来やがったな」

 

「ちなみにお聞きしますが──」

 

【断るに決まっているだろう】

 

「ですよね♪」

 

ミュゼはそっと胸を撫で下ろす。

 

「それにしても、噂には聞いていたが」

 

「それがアリサ君の言っていたフルメタルドッグかい?」

 

【ああ】

 

「フン。一騎当千という腕前、せいぜい当てにさせてもらおうか」

 

【任せてもらおう】

 

「リィン、そこのカーバイド共々言葉づかいを習わせることを勧める」

 

「はは、やってみるよ」

 

リィンは苦笑いを浮かべた。

 

「さて、そろそろ行くとしましょう。リィン、あたしはアンタの指揮下に入るわね」

 

「サラ教官?」

 

「アンタだけに言えることじゃないけど、どれだけ成長したか見せてもらおうじゃない」

 

「あはは、そう来たか~」

 

「フン、そっちこそ規律から解放されてどれだけ堕落したか見物だな」

 

「しっつれいね~!あたしだってA級遊撃士よ?まだまだアンタたちに遅れは取らないわよ」

 

「フフフ、ではお手並みを拝見させていただこう」

 

(やっぱり、皆さんすごいなぁ)

 

(この人たちに追いつくのは大変だな。でもいつかは……!)

 

(なんでしょう……この居心地の良さは……)

 

(ヘッ……!)

 

(ふふっ、さすがですね)

 

旧Ⅶ組のやり取りを見た新Ⅶ組は高い壁を実感しながらも、必ず乗り越えることを決意した。

 

 

 

「昨日も前を通ったけど………」

 

「やはり大きいですね」

 

「ルグィンの城なんだろ?」

 

「ああ。堅牢にして難攻不落。正面から挑むとなれば十万規模の犠牲が出るという」

 

「じゅ、十万!?」

 

【いや、それでも少なく見積もった方だろう。最悪、その三倍は死ぬだろうな】

 

「……………………」

 

ユウナは言葉を失った。

 

「キリコさんはここに来たことが?」

 

【いや、来るのは初めてだ。当時、第七機甲師団が攻めたが結局落とせなかったそうだ】

 

「兄上も言っていた。あの時早めに撤退を決断したことで生き延びられたと」

 

「そんでルグィンや黒旋風は誰かさんと殺し合ってたわけだ」

 

「やれやれ、すさまじいね」

 

「あり得ん……と言いたいところだが、佇まいを見れば納得かもしれんな」

 

(うーん、なんでオジサンやレクターは全く気にかけないんだろ?)

 

(ふむ……キリコからは不穏な風は感じない。いや、まるで己以外何人たりとも近づけさせないといった感じ方だ)

 

「ミリアム?ガイウス?どうかしたのか?」

 

「ん?なんでもないよ」

 

「ああ、気にしないでくれ。それより、リィン」

 

「ああ」

 

リィンの視線の先には猟兵団が要塞への出入口を固めていた。

 

「あの人……!」

 

「サザーラントで会った猟兵王!」

 

「後ろに罠使いと破壊獣、さらにニーズヘッグを確認」

 

「面倒ね。でも行ってみるしかないか」

 

「ええ。ここにいても埒があきません」

 

リィンたちは猟兵たちに近づいた。

 

「よう、シュバルツァーにバレスタインの嬢ちゃん。新旧Ⅶ組にログナー侯の嬢ちゃん。そしてキュービィー。一応聞くが、何しに来やがった?」

 

猟兵王ルトガーがニヤリと笑みを浮かべつつ聞いた。

 

「当然、ジュノー海上要塞を解放するために来ました」

 

「あいつらが来ているからね」

 

「ククク……そうだよな。たがな、そいつは野暮ってもんじゃねぇか?」

 

「何?」

 

「シュバルツァーには一昨日話したように俺たちとニーズヘッグはあいつらと前から敵対している。少なからず、被害は出ているしな」

 

「一方のボン共はたった一回かち合った程度。お宅らとウチとでどちらが因縁があるかは考えるまでもないやろ?」

 

「お前たちの気持ちはわからなくもない。だが、ここは我らに譲ってもらおうか」

 

ルトガーの言葉に罠使いゼノと破壊獣レオニダスが続く。

 

「お前たち新Ⅶ組にはそれなりに感謝はしている。我らの面目を潰してくれたあの阿呆に地獄を見せたのだからな」

 

「だが、それとこれとでは話は別だ。いくら紫電でもな」

 

「お引き取り願おうか」

 

ニーズヘッグの猟兵たちも毅然とした態度を見せる。

 

「勿論……力ずくで排除してくれても構わねぇぜ?」

 

ルトガーは獰猛な笑みを浮かべ、黒い闘気を放つ。

 

「!?」

 

「黒い……闘気……!?」

 

「確かあれは……」

 

「最強クラスの猟兵が出せるという……」

 

「チッ、相変わらずね……」

 

【…………………】

 

「させんぞ」

 

「対機甲兵用グレネードを持っているさかい」

 

フルメタルドッグに乗るキリコはターゲットをルトガーに絞る。だが、ゼノとレオニダスはそれを押さえていた。

 

「待ってくれ」

 

「教官……」

 

リィンは前に出た。

 

「アンタたちの言いたいことはわかった。思うにアンタたちは結社とは関係はないんだろう。もし関係があるならこうして俺たちと話をすることはないはずだな?猟兵王」

 

「へえ?」

 

リィンの推察にルトガーはニヤリと笑う。

 

「俺たちは因縁じゃなく信念で動いている。このラマール州を守るためにな。そのためにも、ここは押し通らせてもらう!」

 

「あたしたちも同じよ!」

 

「私はⅦ組ではないが、加勢させてもらうよ!」

 

新旧Ⅶ組とアンゼリカはルトガーたちを見据える。

 

「なるほどな。だがな、シュバルツァー」

 

ルトガーから笑みが消える。

 

「てめえらじゃ足りねぇんだよ。俺たちを納得させられる"将"ってもんがな」

 

「将……」

 

「いくら何でもお前さんじゃ無理だ。かといって、サラ嬢ちゃんやログナーの嬢ちゃんでも後一歩足んねぇ」

 

「………!」

 

「やれやれ、耳が痛いね……」

 

「黒旋風は北ランドック峡谷で火焔魔人とやり合ってんだろ?今からじゃ、間に合わねぇよなぁ?」

 

すると──

 

『ならばその将、私が名乗らせてもらおう!』

 

『!?』

 

突然遠くから声が響く。そして飛行挺の風切り音の方向を全員が見た。

 

「あ…………」

 

「あれって……!」

 

「まさか……!」

 

「無茶苦茶です……」

 

「クク……なるほどな」

 

「確かに将ならいましたね」

 

【大方、ミュゼかウォレスのどちらかが連絡を入れていたのだろう】

 

リィンたちの近くに着陸した飛行挺からオーレリアとシュミット博士が歩いて来た。

 

「分校長……」

 

「博士もご一緒とは」

 

「まずは……」

 

オーレリアはユーシスとアンゼリカにお辞儀をした。

 

「ユーシス殿、アンゼリカ殿。お久しゅうございます」

 

「こちらこそ」

 

「オーレリア殿とは内戦以来ですね」

 

「ええ」

 

次にミリアムとガイウスの方を向いた。

 

「旧Ⅶ組の二人も久しいな。白兎にウォーゼルだったか」

 

「あはは、久しぶりだね」

 

「こうしてお会いするのも内戦時以来ですか」

 

最後にルトガーたちの方を見据えた。

 

「お初にお目にかかる。オーレリア・ルグィンである。西風の猟兵王と見受ける」

 

「ククク。アンタが出張ってくるたあな。確かに将としちゃ十分だろう。だが俺らを退かす理由があんのかい?」

 

ルトガーの問いにオーレリアは笑みを浮かべる。

 

「退いたとはいえ、ここは我が城。無頼の輩が入り込んでいるとあらば、片付けるのも我が役目」

 

「ククク………」

 

突然ルトガーが笑う。

 

「はっきり言っちまえよ。あの聖女サマと闘いたいってよ」

 

「フフ、否定はせぬな。それで──」

 

オーレリアは大剣を抜いた。

 

「そこを退くか否か。何なら、ここで撃ち合っても構わんぞ?」

 

「っ!」

 

「これが黄金の羅刹……!」

 

「なんという気迫……!」

 

「ホント、戦わなくてよかったね……」

 

「あたしたち……あんなのと戦ってたの……?」

 

【相変わらずだな】

 

オーレリアから放たれる気迫にリィンたちのみならず、ルトガーたちもたじろいだ。もっとも、交戦経験のあるキリコは平静を保っていた。

 

「やれやれ……わかった。今回はアンタらに譲ってやるよ」

 

「!?」

 

ルトガーの発言に一部を除いて驚愕した。

 

「この数でやり合っても敗けるのは目に見えてるからな。俺ァ、敗ける戦はしねぇ主義なんでな」

 

「ほう?」

 

「確かに、前科があるからな」

 

「下調べはもちろんだが、大抵は勘で断ることも多かった。結果的に雇い主の目論見を崩したことも多々あったな」

 

「そういうことには異常に鋭いのよね、このオジサン」

 

「なるほど、フィーの冷静さはここからきているのか」

 

「大胆さの間違いじゃない?ほら、クロイツェン領邦軍の……」

 

「ああ……バリアハートの地下道から領邦軍詰所に潜入して、あまつさえ牢屋の扉を携帯爆薬で破壊した時か……」

 

『は……?』

 

ユウナたちは開いた口がふさがらなかった。

 

「ハッハッハ!なかなかスリリングな学生生活を送ってたみてぇだな!」

 

「おかげで始末書書かされたわよ………アンタたちが騒ぎばっかり起こすから」

 

「「「「アンタに言われたくない」」」」

 

ルトガーの言葉でサラは教官時代の出来事を思い出しぼやくが、すかさず旧Ⅶ組がつっこむ。

 

「わーった。フィーやサラ嬢ちゃんにも免じてここは通してやるよ。おい、ニーズヘッグの。ここに来ている全員集めろ。今日はとことん飲むぞ、奢りだ」

 

「猟兵王から誘われれば断る道理はない。だが、今回我らが被った損害分はちゃんと立て替えてくれるのだろうな?」

 

「おおともよ。大船に乗ったつもりでいろや」

 

「ハァ………ホンマ、相変わらずやな」

 

「金庫番だったあいつが聞いたら血涙を流すな……」

 

ゼノとレオニダスはルトガーの提案に肩を落とした。

 

そこからは早かった。ニーズヘッグは散っている分隊に連絡を取り、ルトガーたちについていった。

 

ルトガーはリィンたちに「またいずれな」と言って去って行った。

 

リィンはルトガーの言葉を聞き、疼きだす胸を押さえた。

 

 

 

「さて、乗り込むとするか」

 

オーレリアは改めて号令を出した。

 

「待ってください。どうしてこちらに?」

 

「とある筋からの連絡でな。我が城が猟兵どもに乗っ取られることを読んでいたようなのだ」

 

「そ、そうなんですか?」

 

(ふふっ)

 

【…………………】

 

「まあ、それについてはいい。それよりキュービィー。今すぐ機甲兵から降りよ」

 

【降りろとは?】

 

「さすがに城内での運用はキツかろう。乗ってきた飛行挺で最上階に運んでやる。どうやら大物が待っているようだ」

 

「そのトランプルリガーとやらは興味深い。あの神機の戦闘データ共々、後でレポートを提出しろ」

 

【了解】

 

キリコはフルメタルドッグから降りた。

 

「大物……」

 

「神機アイオーンtype-αⅡ。空間を操り、ガレリア要塞を消滅させた機体の後継機らしい」

 

「クロスベル事変の引き金となった存在か……」

 

(おそらく、列車砲の奪取にも関わっているだろう)

 

「……………」

 

「ユウナさん……」

 

「……大丈夫。それより止めなきゃ!」

 

「そうね。それに、あのバカたちにわからせなくちゃ……!」

 

サラは要塞を睨んだ。

 

「話はまとまったな。ではシュバルツァー、号令を出すがいい」

 

「俺がですか?」

 

「先ほど将と言ったが、この戦いはそなたらが主だ。私は認印に過ぎん」

 

「………わかりました」

 

リィンは咳払いをし、振り向いた。

 

 

 

「トールズ第Ⅱ分校Ⅶ組特務科、ならびに旧Ⅶ組。これよりジュノー海上要塞の攻略を開始する!相手は百戦錬磨の猟兵、くれぐれも油断するな!」

 

『おおっ!』

 

『イエス・サー!』

 

「分校長にアンゼリカ先輩。この不毛な戦い、なんとしても終わらせましょう!」

 

「「承知!」」

 

 

 

リィンの号令と共に、ジュノー海上要塞の攻略が始まった。



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ジュノー海上要塞②

「まさかこのような形で帰還することになろうとはな」

 

要塞内に入ったオーレリアは感慨に浸る。

 

「確か、北方戦役の少し前に政府に接収されたんですよね」

 

「うむ。その後、北方戦役での功績が認められ、地方軍の拠点として管理されることとなった」

 

「その方が面倒ないからみたいだけどね」

 

「合理的だよな」

 

「ちょっとアッシュ!」

 

「構わん」

 

「まあ、政府や正規軍が何か言ってくるわけではないでしょうしね」

 

「だが、この騒動を終わらせない限り口出ししてくるのは明白だろう」

 

「やはりそうなんですね」

 

「昨日も話しただろうが、領邦会議が潰れるとなったら貴族勢力は完全に息の根を止められるだろうな」

 

「それは阻止しないといけませんね!」

 

「ユウナ君……」

 

「すまん、本来なら俺たちのやるべきことなのだがな」

 

「フフ、なかなか見所があるじゃない?」

 

「毎日大変ですけどね」

 

「そこまでだ、来るぞ」

 

オーレリアは何かの気配を察知した。すると、空間が歪み、幻獣が顕れた。

 

「なっ!?」

 

「幻獣だと!」

 

「プレロマ草は探知できません……!」

 

(面倒だな……)

 

リィンたちは得物を抜き、戦闘体勢に入る。

 

「待て」

 

オーレリアが待ったをかけた。

 

「時間が惜しい。私がやろう」

 

「分校長が!?」

 

「しかも一人で!?」

 

「無茶です!」

 

「まあ見ておれ………ハアアアアッ!」

 

オーレリアは大剣を幻獣に斬りつける。

 

その斬撃は確実に幻獣の命を削っていく。

 

何度か斬りつけられたことで、幻獣に畏れのような感情が満ちる。

 

それを逃すオーレリアではなかった。

 

「くらうがよい───奥義・剣乱舞踏!」

 

オーレリアの奥義を受けた幻獣は跡形もなく消滅した。

 

『………………………』

 

リィンたちはただ呆然とするしかなかった。

 

「シュバルツァー、呆けている場合ではないぞ」

 

「そ、そうですね……。時間もなさそうですし……」

 

「そこでだが、二組に分ける必要がある」

 

「二組?」

 

「この城は万一攻め込まれたとしても、内部を進むには仕掛けを解除しなければならん。しかも、主ルートと副ルートの二つが存在する故、二組に分けなければならん」

 

「なるほど」

 

(外の守りを突破しても、内部で戦力を分散させる。そして分散された敵を叩くというわけか)

 

「良くできてんな」

 

「難攻不落は伊達ではありませんね」

 

「さて、時間も惜しい。どのように分けるつもりだ?」

 

「そうですね。では──」

 

「待ってください」

 

ユウナが待ったをかける。

 

「副ルートはあたしたちに行かせてください」

 

「君たちが?」

 

「はい、みんなで決めたことです」

 

ユウナの言葉に新Ⅶ組全員が頷く。

 

「なるほど。確かに副ルートならそれほど複雑ではない。今のそなたらなら突破することも可能やもしれぬ」

 

「しかしだな……」

 

「リィン、心配なのはわかるが」

 

「少しは信用したらどうだ?」

 

「アーちゃんやみんななら大丈夫だって!」

 

「フフ、全面的に任せるのも必要なことよ」

 

「う………」

 

旧Ⅶ組の言葉にリィンは詰まる。

 

「なら、新Ⅶ組の方には私が行こう」

 

「アンゼリカ先輩が?」

 

「そちらにはオーレリア殿がいるからね。バランスを取るなら私が移るのがちょうど良いだろう」

 

「アンゼリカさん……!」

 

「ありがとうございます」

 

「礼には及ばないよ。それに……フフフフ♥️」

 

(君たち、危険を感じたら遠慮なく取り押さえてかまわないからね)

 

(りょ、了解しました……)

 

(お、おう……)

 

「………………」

 

恍惚に浸るアンゼリカを見たサラはクルトたちにそっと忠告した。

 

「(やれやれ)わかった。副ルートは君たちに任せる。何かあったら必ず連絡してくれ)

 

「わかりました!」

 

「決まったな。では、Ⅶ組特務科は左手から向かうが良い。最終目標は天守。そなたらの武運を祈る」

 

『イエス・マム!』

 

新Ⅶ組は出発した。

 

「……………」

 

「心配そうに見るんじゃないの」

 

「自分の言葉には責任を持つべきだろう」

 

「彼らなら成し遂げてくれるだろう」

 

「そうそう♪」

 

「ああ、そうだな」

 

「では我らも向かおう。先ほども言ったが、主ルートは複雑な造りになっている。そなたの力量が試されるだろう」

 

「大丈夫です。俺には頼もしい教え子や仲間がいますから」

 

「ならば良い。それにしても紫電殿。そなたの薫陶の賜物だな」

 

「い、いや~~、それほどのことでも……」

 

(どの口が言う……)

 

(ほとんどほったらかしだったよね)

 

(まあいいだろう)

 

「とにかく向かいましょう。猟兵だけでなく、人形兵器も入り込んでいるようです」

 

「……そうね。では参りましょう」

 

「うむ」

 

リィンたちも出発した。

 

 

 

[副ルート side]

 

「この仕掛けですね。解除しました」

 

『こっちも確認した。そのまま進んでくれ』

 

「了解しました」

 

オーレリアの言うとおり、副ルートはそれほど複雑ではなかった。

 

ユウナたちは人形兵器を蹴散らしながら一部屋一部屋を確認していった。

 

途中、リィンからドアロックの解除装置を探してほしいという通信が入り、装置を探し出した。

 

ユウナが解除装置のレバーを下ろしたことでリィンたちは進むことができたことを伝えた。

 

「こうやって進むのね」

 

「仕掛けに手間取る間に戦力を立て直し、後ろから叩く。よく考えられていますね」

 

「第七でさえ撤退を余儀なくされたほどだからな」

 

「おっと、トークはそれまでだ。また来るよ」

 

廊下の曲がり角から4体の人形兵器が駆動音と共に襲ってきた。

 

「千客万来ですね」

 

「チッ!しつけぇな」

 

「時間が惜しい。俺がやる」

 

キリコはフレイムグレネードを使い、一気に人形兵器を破壊した。

 

「ほう?なかなかやるじゃないか」

 

「や、やりすぎじゃないの……?」

 

「ハッ、派手で良いじゃねぇか」

 

「では急ぎましょう。相手は人形兵器だけではありませんから」

 

「そっか、北の猟兵もいるんだよね」

 

「そうだな。早いとこ移動しよう」

 

新Ⅶ組は探索を再開した。

 

[副ルートside out]

 

 

 

[主ルート side]

 

「なんか大きい音聞こえたね」

 

「爆発音のようだが……」

 

「フッ、大方キュービィーだろう」

 

「………本当にすみません」

 

「気にしなくていい。いっそのこと、邪魔な壁を取っ払ってもらうか」

 

「いやいやいや……」

 

「豪快な方だな」

 

「ラウラもこうなるのかな~?」

 

「あり得ん話ではないが……」

 

「あの子の場合はね……」

 

「フフ、アルゼイド流の免許皆伝となった腕前、試してみたいものだな」

 

オーレリアは腕を組み、微笑む。

 

「それにしても、猟兵どもの姿が見えんな」

 

「もしかすると、さらに奥にいるのかもな」

 

「アーちゃんたち、大丈夫かな」

 

「大丈夫よ。でしょ?リィン」

 

「ええ。彼らならきっと……」

 

「では参るとしよう。しかし……」

 

オーレリアは目を瞑った。

 

「オーレリアさん?」

 

「如何された?」

 

「攻め込んでみて思ったが、面倒だな。やはりキュービィーに機甲兵で突撃させるべきであったな」

 

「分校長……」

 

リィンたちは何度目かのため息をついた。

 

[主ルート side out]

 

 

 

[副ルート side]

 

「ねぇ……ホントに行かなきゃダメ?」

 

一方、新Ⅶ組はダクトの前で立ち往生していた。

 

「ユウナさん、他に道はありませんので」

 

「乙女の覚悟を決める時が来たんですよ♪」

 

「なんで楽しそうなのよ!」

 

「ほらほら、男子たちは行った行った。ここからは禁断の聖域だからねぇ♥️」

 

「何の話をしてるんですかっ!」

 

「………じゃあ、僕たちは先に行っていますよ」

 

「とっとと来いよ」

 

「……………」

 

アンゼリカに促され、Ⅶ組男子はダクトの中へと入って行った。

 

「さて、次は……♥️」

 

「あたしが行きます!」

 

何かを感じたユウナは一目散にダクトに入った。

 

「ではわたしもお先に」

 

アルティナもそれに続いた。

 

「それでは私も……」

 

「その前に」

 

アンゼリカがミュゼを引き止める。

 

「まだ彼らには伝えてないのですね?」

 

「ええ。今はまだその時ではないので」

 

「なるほど。差し出がましいことを申しました」

 

「お止めください。まだ決まったわけではありませんから」

 

「そうでしたね。では参りましょうか」

 

「ええ」

 

ミュゼとアンゼリカもダクトに入った。

 

[副ルート side out]

 

 

 

リィンたちは中枢へと続く回廊に到着した。

 

「このロックを解除すれば良いんですね?」

 

「うむ。だが、雛鳥たちが来てからだ」

 

「ユウナさんたちが?」

 

「なるほどな。向こうにも同じような装置がある。同時にやらねば開かない仕組みか」

 

「そのとおりです」

 

仕掛けに気づいたユーシスにオーレリアが答える。

 

「ちょうど来たようだな」

 

ガイウスの言う方向から新Ⅶ組がやって来た。

 

「教官!皆さん!」

 

「無事だったみたいね」

 

「アーちゃん、ケガとかしてない?」

 

「大丈夫です」

 

「ユウナ、アンゼリカ先輩のことだが……」

 

「聞かないでください」

 

ユウナはピシャリと言った。

 

「……とにかく、そっちの装置のレバーを下ろしてくれ。どうやら同時にしなければならないらしい」

 

「りょ、了解!」

 

ユウナは言われたとおりの操作を行い、前方の扉のロックを解除した。

 

「これで進めるわね」

 

「ご苦労だったな」

 

「いえ、皆さんもお気をつけて」

 

「そちらも、無理はなさらないように」

 

「こっちは任せな」

 

新旧Ⅶ組は互いを労う。

 

「アーちゃん、頑張ってね!」

 

「貴女に言われるまでもありません」

 

アルティナはそっけなく返す。

 

「キュービィー、なかなかの暴れぶりだな」

 

「時間が惜しいので」

 

「フッ、別に咎めてはおらん。それより……」

 

オーレリアは声を落とした。

 

(ミルディーヌ公女のことだが)

 

(ミュゼの?)

 

(そなたはあの方をどう思っておるのだ?)

 

(仲間の一人であると思っていますが?)

 

(……そうか)

 

オーレリアは何かを考えこんだ。

 

(ふむ。やはりそれでいこう)

 

(分校長?)

 

(なんでもない。キュービィー、後で話がある。今日の夕方、そなたはオルディスに留まるようにな)

 

オーレリアはそれだけ言って、先に進んだ。

 

(話だと?まあいい。今は天守閣とやらを目指すだけだ)

 

キリコはオーレリアの言葉を頭の隅に追いやり、ユウナたちの所に戻った。

 

 

 

[副ルート side]

 

「やっと外に出たわね」

 

ユウナたちは回廊でリィンたちと別れた後、階段を上り、ジャンクションに出た。

 

「久しぶりに海を見たわね」

 

「気を抜くな。あれを見ろ」

 

キリコの指指す方向には戦車のような機動兵器が鎮座していた。

 

「なんだあれは……」

 

「検索結果、ゲシュパードガロード。人形兵器とは違いますが、厄介な代物です」

 

「なんでそんなモンがこんなとこにあんだよ?」

 

「闇のマーケットに流れていた物かもしれません」

 

「その線が濃厚だね。それで、どうする?」

 

(放っておいてもいいが……)

 

「さすがに見過ごせないけど、みんなはどうする?」

 

「二次被害が出るかもしれないな。時間は食うが、破壊しておいた方が良いのかもしれないな」

 

「機動は確認されています。まだこちらに狙いは定めていないようですね」

 

「面倒くせぇが、ブッ壊すしかねぇな」

 

「では、少し戻りましょう」

 

「よし、では行こう!」

 

(やはりこうなったな)

 

キリコたちはゲシュパードガロードを破壊すべく向かった。

 

[副ルート side out]

 

 

 

[主ルート side]

 

「ぬん!」

 

同時刻、リィンたちもゲシュパードガロードを破壊しようと戦っていた。

 

「くらえ、エクスクルセイド!」

 

「いっけぇぇぇっ!ヴァリアントビーム!」

 

「ゲイルストーム!」

 

「紫電一閃!」

 

「螺旋撃!」

 

「四耀剣!」

 

リィンたちの猛攻を受けたゲシュパードガロードは爆発し、動かなくなった。

 

「やれやれ、手間取らせてくれる」

 

「ラインフォルトの工場で見たことがある。おそらく後継機だろうな」

 

「前に言ってたやつだよね。ボクたちがオルディスに行ってた時に」

 

「そういえば聞いたことがあるな。その頃には着々と準備を進めていたが」

 

「……クロウとも?」

 

「ああ、本当に惜しい若者を亡くした。だからこそ、やつらしき男が目の前に現れたと報告を受けた時は驚いたが」

 

「本当にあの男だったのか?」

 

「背格好は似ていた。それに声も……」

 

「別人という可能性もあるわね」

 

「別人ですよ。あいつの葬式はトワ先輩たちとみんなでやったじゃないですか」

 

「そうだな……」

 

「小説じゃあるまいしな」

 

「あの日のことは、忘れられないよ……」

 

リィンたちは無理矢理結論付けた。

 

「それより問題はこれが向こうにも配置されているかどうかだが」

 

「十中八九、あるでしょうね」

 

「ボクがガーちゃんで飛んで見てこようか?」

 

「阿呆が。わざわざ撃ち落とされに行くつもりか?」

 

「とにかく、今は戻れない。先に進むとしよう」

 

「リィン……」

 

「少しはあたしの気持ちはわかったかしら?」

 

「ええ、率いるのがこんなに気を遣うとは思いませんでした」

 

「そうだ。他人を率いるにはそれなりの力量が必要だ。将となればなおさらだろう」

 

「でも、アンタたちはまだ若いんだから、いくらでも学べるチャンスはあるわ。もっと自信を持ちなさい」

 

「……そうですね。では行きましょう」

 

リィンたちは天守を目指して歩き出した。

 

[主ルート side out]

 

 

 

[副ルート side]

 

「はぁ…はぁ…はぁ……や、やっと倒した……」

 

「さすがにキツいな……」

 

「少し休憩を取りませんか?」

 

「そうだね。少し休もう」

 

高火力を誇るゲシュパードガロードを辛くも退けた新Ⅶ組はアルティナの提案で休息を取った。

 

数分後、新Ⅶ組は出発した。

 

「ようやく半分ぐらいまでは来たのかしら?」

 

「おそらくはな」

 

「そろそろ猟兵どもが出てきてもよさそうだよな」

 

「猟兵ではないが、魔獣はいるな」

 

「あっ、ホントですね」

 

ユウナたちの前方には、人形兵器に混じって北の猟兵が使役していた猫型魔獣が徘徊していた。

 

「出ましたね」

 

「フッ、腕が鳴るね」

 

アンゼリカは胸の前で指を鳴らす。

 

「先ほどから拝見させていただきましたが、お見事です」

 

「泰斗流、でしたか」

 

「いや、君のヴァンダール流ほどでもないさ」

 

「なんで大貴族のお嬢様が徒手空拳なんかやってんだよ?」

 

「以前、共和国の人に出会ってね。その人に弟子入りしたのさ。ちなみにその人はその道では有名だったりするよ」

 

「へえ、そうなんですか」

 

「そういえば、兄上が言ってたような……」

 

(確か……共和国の大統領府のエージェントだとか)

 

「まあ、今はいい。そろそろ猟兵が出てくるはずだ。彼ら一人一人が戦闘のプロだ。心して行くよ!」

 

「了解です!」

 

ユウナたちは得物を抜き、目標へと走った。

 

[副ルート side out]

 

 

 

[主ルート side]

 

「このっ!」

 

「グッ……!」

 

「つ、強い……」

 

リィンたちは北の猟兵たちと戦闘に入っていた。サラは確実に一人二人と戦闘不能にしていった。

 

「はぁ…はぁ…はぁ……」

 

「教官……」

 

「……大丈夫よ。それに本隊はまだ奥にいるはずよ」

 

「……やはり気になるのか?」

 

「……そうね。かつては一緒に戦っていたから」

 

「そなたはもしや……」

 

オーレリアはサラに問いかけた。

 

「ええ。私は遊撃士になる前は北の猟兵に所属してました」

 

「そうであったか……」

 

「俺たちは内戦で知りました。無論、それ以上は知りませんが」

 

「オーロックス要塞にアルバレア公を逮捕しに行った時ね」

 

「………………」

 

「ユーシス……」

 

「……大丈夫だ」

 

ユーシスは顔を上げた。

 

「そういえば、ユーシス殿は先代アルバレア公の政策を全て打ち切り、領民寄りの政策を打ち出しているとか」

 

「……なかなか上手くはいかないがな」

 

(一部の心無い貴族が公然と批判しているらしいが)

 

「いえ、詮なきことを言いました」

 

オーレリアはユーシスに詫びた。

 

「それより、紫電殿。そなたは私や政府を恨んではおらんのか?」

 

「さすがに北方戦役については。そもそも、私も似たようなことをしたこともありますので」

 

「サラ教官……」

 

「フフ……」

 

サラは座り込んだ。

 

「英雄に憧れ、故郷を助けるために何度もこの手を血で染めたわ」

 

「英雄?」

 

「そもそも、北の猟兵はノーザンブリア大公国の正規軍なの。だけど、異変で大公国が潰れて、元々貧しかった土地がさらにやせた。食べる物も少なく、多くの孤児ができた。そんな故郷を救おうと結成されたのが北の猟兵ってわけ」

 

「ノーザンブリアの異変……」

 

「塩の杭とかいうのが落ちてきて、国土の三割を塩にしたんだよね」

 

「その後、塩の杭は取り除かれたが、塩になった部分は残っているというが」

 

「ええ、そうよ。そしてあたしたちにとっては故郷のために命を張る姿はとてもキラキラと映った。そしてあたしや他の孤児たちが寄り添って少年猟兵団を作り、北の猟兵の手伝いをしていたの」

 

「そんなことが……」

 

「最初は相手にもしてくれなかった。でも、幾度か作戦を成功に導いたのが実って、あたしを含めた何人かが正メンバーに選ばれたわ。あの時ほど誇らしかったことはないわ」

 

「……………」

 

「でもね……」

 

サラの声が落ちた。

 

「当時のあたしは何も分かってなかった。あの人が、大佐がどうして反対していたのか」

 

「大佐?」

 

「バレスタイン大佐。北の猟兵を設立した将校の一人で、あたしの育ての親」

 

「えっ……」

 

「じゃあ、サラ教官も……」

 

「………………」

 

サラはフッと微笑む。

 

「……ある時にね、大きな作戦があったの。もし成功すれば、故郷のみんなが半年は食べていけるくらいの報酬が手に入る。みんな目の色を変えていた」

 

「勿論あたしも同じだった。周りも省みず、一人で戦場を駆け回った。その時よ」

 

サラは肩をギュッと掴んだ。

 

「敵の攻撃が激化して、たくさんの砲弾が降り注いだ。逃げ切れなくて、あたしはケガと恐怖で動けなくなった。そしたらね……」

 

「大佐があたしの盾になっていたの………」

 

『!?』

 

リィンたちは愕然とした。

 

「大佐はね、あたしを猟兵になんてするつもりはなかった、女として幸せになってほしかったって。そう言った直後に大佐は死んだ」

 

『……………』

 

「結局、あたしはあの人の思いなんて分かってなかった。そのせいで死んでしまった。そのことに気づいたあたしは狂ったように泣き叫んで気を失ったわ」

 

「……ぁ………」

 

「……その後、通りがかった帝国の視察団に保護されて、手当てしてくれた軍医の勧めもあって、あたしは遊撃士目指すようになったの」

 

「その軍医とはもしや……」

 

「ええ、ベアトリクス先生よ」

 

「確か、今はトールズ本校の学院長になったんだよね」

 

「なるほど。そういう繋がりが……」

 

「だから止めなきゃいけないのよ。大佐たちがどんな思いだったか。あたしたちが何のために戦っているのかもう一度問い質さなきゃ」

 

「……わかりました。ありがとうございます、話していただいて」

 

「いつかは話さなきゃと思っていたから気にしなくて良いわよ」

 

「では、参ろう」

 

オーレリアの言葉で、リィンたちは出発した。

 

(きっとあいつらは自分を見失っているだけ。そうでしょ、パパ)

 

[主ルート side out]

 

 

 

一方、ユウナたちは魔獣や人形兵器と戦いながら、確実に歩を進めていた。

 

「チッ!こいつら……」

 

「ガードが堅くなってますね」

 

「だが突破できなくはない」

 

「急ぎましょう」

 

ユウナたちは駆け足で先を急いだ。

 

天守に通じる回廊に到着した時、前方の空間が歪み、五体の人形兵器が顕れた。

 

「これって……!」

 

「検索結果、スレイプニルF1。結社の特務機です!」

 

「あの神速が用いていた機体か」

 

「近くにはいないようだが……」

 

「気を抜かない!来るよ!」

 

唐突に戦闘が始まった。

 

ユウナたちは後手に回ったが、アルティナとクルトのアーツでスレイプニルF1の機動を削ぐ。そこを見計らったキリコとアッシュとアンゼリカがクラフト技の応酬で戦況を五分に戻す。

 

「もう少し!」

 

「ではトリは私が!」

 

ミュゼは意識を集中させる。

 

 

 

「今から魔法をかけて差し上げます。ふふっ、お綺麗ですよ。ブリリアントショット!ちょっぴりやり過ぎてしまいました♥️」

 

 

 

ミュゼのSクラフトを受けたスレイプニルF1は動かなくなる。

 

「やるじゃねぇか」

 

「なかなか華麗なものだね」

 

「お粗末様です、ですが!」

 

突如、スレイプニルの機体にエネルギーが一点に集まる。

 

「自爆する気か!」

 

「アル!」

 

「はい!クラウ=ソラス!」

 

アルティナはクラウ=ソラスを顕現させ、防御壁を発動。スレイプニルの自爆を完全に防いだ。

 

「自爆までしやがるとはな」

 

「危なかったですね」

 

「さすがにあの五体だけみたいだけどね。では急ごうか」

 

「そうですね」

 

「多分、シュバルツァーも……おっ、来やがったな」

 

アッシュの視線の先からリィンたちが走って来た。

 

「みんな無事か!」

 

「はいっ、人形兵器と戦いましたがなんとか切り抜けました」

 

「よろしい。では、そなたたちに命令を伝える」

 

『!』

 

オーレリアの命令という言葉に新Ⅶ組全員が反応した。

 

「よいか、そなたたちはこのまま進み、天守閣屋上へと続く跳ね橋の鍵を解除せよ!これは絶対である」

 

『イエス・マム!』

 

命令を受けた新Ⅶ組は跳ね橋の開閉装置のある塔へと向かった。

 

「副ルートに開閉装置があるんですね?」

 

「そうだ。とはいえ、こちらも天守閣に至るまでに複雑な仕掛けを施してある。正念場はまだ先とはいえ、油断はするなよ」

 

「無論です」

 

「では、行こう」

 

リィンたちも出発した。

 

 

 

「マスター」

 

「わかっています」

 

天守閣屋上では、アリアンロードと剛毅のアイネスと魔弓のエンネアがいた。

 

「彼らはおよそ三分の二に到達しているはず。ここにたどり着くのも時間の問題でしょう」

 

「あの黄金の羅刹が加わるのは想定外でしたが」

 

「それは楽しみですね。かつての私に比肩するかどうかはさておき」

 

「ここにデュバリィがいれば即座に否定したでしょうな」

 

「彼女はやはり……」

 

「はい、心身……特に心に大きな傷を負いました。道化師殿の力を借り、ようやく落ち着きました」

 

「おそらく、前線復帰は難しいでしょう」

 

「そうですか。何はともあれ、無事だっただけでも喜ばしい限りです」

 

アリアンロードは胸を撫で下ろす。

 

「マスターはキュービィーをどうお思いですか?」

 

アイネスはキリコについて問いかけた。

 

「そうですね………。まずあれほどの力量を持つ者は久しく見ておりません。武術とは無縁でしょうが、もし武を扱えば、一廉の者になることも夢ではないでしょう」

 

「確かに、あの動きは純粋な身体能力からくるものでしょう」

 

「ただし、かなり質が高いと」

 

アリアンロードの言葉に二人は同調した。

 

「ですが、不可解なのは彼の眼です。年の頃17~8辺りでしょうが、あれは歴戦の勇士の眼です。とても年齢が釣り合いません」

 

「……………」

 

アリアンロードの言葉にエンネアは思案した。

 

「マスター……もしや、彼も?」

 

「っ!? あの"教団"の生き残りだと?」

 

「……わかりません」

 

アリアンロードは下の階を見た。

 

(いずれはっきりとさせなくてはなりませんね。そのためにも、たどり着きなさい。ドライケルスの子らよ。そして、キリコ・キュービィー)



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ジュノー海上要塞③

今年最後の投稿です。


[副ルート side]

 

ユウナたちは天守閣屋上へと続く跳ね橋の鍵を解除すべく、塔の中を進んでいた。

 

「はぁ……はぁ……。何回登り降りさせんのよ……」

 

「階段以外にも梯子がありましたね」

 

「さすがにしんどいです……」

 

「後一息ってところか?」

 

「ふむ………」

 

「お姉様?如何なされました?」

 

「……時に、ユウナ君」

 

「はい?」

 

アンゼリカは真面目くさった顔で問いかけた。

 

「君はピンク派ということで問題ないのかな?」

 

「だから何の話をしてるんですかっ!?」

 

「それに君のその息づかい……フフフフ♥️」

 

「ヒッ……!!」

 

頬を赤らめるアンゼリカに恐怖を覚えたユウナはクルトの陰に隠れた。

 

「ふふっ、さすがはアンゼリカお姉様♥️」

 

「マジで何なんだ、このパイセン………」

 

「理解が全く追い付きません………」

 

「本当にセクハラで訴えられますよ………」

 

アッシュたちはアンゼリカは振る舞いに呆れ果てた。

 

「……………」

 

そんな中、キリコはユウナたちの後ろの扉を探っていた。

 

「あら?キリコさん?」

 

「どうかしたのかよ?」

 

「この部屋に誰かいるようだ」

 

「ホントに!?」

 

(こんな所にいたんですね)

 

「なんとなく予想はつくが、入ってみよう」

 

キリコたちは扉を開けた。

 

「おお!やっと助けが来たか!」

 

そこには蔦のような結界で拘束させたバラッド侯がいた。

 

「やはりバラッド侯か……」

 

「こんな所にいやがったとはな」

 

「貴様ら、何をしておる!このわけのわからんものを外さぬかっ!そして儂をここから安全な場所へ連れ出せ!」

 

「……そう言われましても」

 

「我々はこの手のことには専門外です。屋上にいる元凶をどうにかすればこの結界も解けるかもしれません」

 

「後少しすればウォレス少将や第Ⅱ分校が駆けつけるでしょう。それまでここに留まっていて……」

 

「ふざけるなっ!」

 

バラッド侯は激昂した。

 

「貴様らはこの儂を助けぬというのかっ!次期カイエン公爵たる儂の命令に逆らうか!やはり分校など寄せ集めの屑どもに過ぎんというのか!貴様ら、この一件が終われば覚悟しておけ!貴様らなど潰すことなぞ造作もないのだからな!」

 

「なっ……!」

 

「最低です」

 

「い、いい加減に……!」

 

(スッ)

 

キリコは爆発寸前のユウナを制した。

 

「オイ……!」

 

「キリコさん……!」

 

「…………………」

 

キリコは無表情でバラッド侯に近づく。

 

「フン!今さら詫びのつもりか?言っておくが儂は先ほどの……」

 

「少し黙れ」

 

キリコはバラッド侯の足元に弾丸を撃ち込む。

 

『!?』

 

「なあぁぁぁっ!?」

 

バラッド侯は突然のことに混乱するが、すぐにまた激昂した。

 

「き、き、貴様ぁぁぁっ!自分が今何をしておるかわかっておるのかぁぁぁっ!」

 

「黙れと言ったはずだ」

 

「ヒィッ!」

 

殺気を孕んだキリコの視線にバラッド侯の怒りは沈静し、情けない声をあげた。

 

「この戦いに至るまで多くが犠牲になった。今さらお前一人が死んだところで物の数ではない」

 

バラッド侯の眉間に銃口を突きつけ、キリコは淡々と語りかける。ユウナたちも立ちすくみ、止めに入れなかった。

 

「や……止めろ!止めてくれぇ!」

 

バラッド侯は必死に命乞いをした。だがキリコの視線は変わらなかった。

 

「上にはここに来た時点で既に死んでいたと報告しておく」

 

「た、助け………」

 

キリコはゆっくりと引き金を引いた。

 

 

 

ガキィィィィィン…………!

 

 

 

「……え………」

 

「………空………音…………?」

 

アーマーマグナムからは空の薬室を撃ち抜いた音が響いた。

 

「………………………………」

 

バラッド侯は泡を吹き、気絶した。微かにアンモニアのような臭いが漂う。

 

「………………」

 

キリコは銃をしまい、唖然とするユウナたちの方を向く。

 

「すまなかった。こいつを黙らせるためにああするしかなかった」

 

キリコは謝罪した。

 

「はぁぁぁぁ…………」

 

ユウナはへなへなと崩れ落ちた。

 

「い……今のは演技だったのか………!?」

 

「心臓に悪影響です………」

 

「てめえ、いつかブッ殺してやるからな……!」

 

(ううう………キリコさんのバカ………!)

 

それぞれが心情を口にする中、ミュゼはまんまと騙され、キリコを睨む。

 

「うーん、見事だねぇ。君、良い役者になれるよ」

 

「………………」

 

「とりあえず助かったよ」

 

「え?」

 

「助かった、とは?」

 

「これ以上バラッド侯がレディたちに暴言を吐くならブチのめしてやろうと思ったのさ」

 

アンゼリカは指をペキポキ鳴らしながら言った。

 

「そ、そんなことして大丈夫なんですか!?」

 

「元々私は実家でも鼻つまみ者でね。たとえ勘当されても大したことじゃないのさ」

 

「そういえば、お姉様は身分をお隠しになって鉄鉱山でアルバイトをなさっていたとか?」

 

「は?」

 

「ロ、ログナー侯爵家のご息女ですよね!?」

 

「そうだよ?」

 

アンゼリカはあっけらかんと言った。

 

「アグレッシブ過ぎんだろ……」

 

「やだなぁ、照れるじゃないか♪」

 

「「「褒めてません」」」

 

ユウナ、クルト、アルティナがつっこんだ。

 

「こいつは放っておいて良いな?」

 

「そうですね。まあ、連れても行けませんし(まあ、サプライズはこの後ですが)」

 

キリコとミュゼはバラッド侯をおいて行くことで合致した。

 

「さっきクルト君が言ったように分校や少将が来てくれるだろう。保護は彼らに任せて、私たちは進むとしよう」

 

「はいっ、後少しですもんね!」

 

ユウナたちは再び走り出した。

 

[副ルート side out]

 

 

 

[主ルート side]

 

「まさかここまで来るとはな」

 

「灰色の騎士に旧Ⅶ組。そしてバレスタインか。さすがと言っておこう」

 

一方、リィンたちは北の猟兵たちと対峙していた。

 

「アンタたちが最後か」

 

「向こうも含め、既に大部分は無力化している。大人しく投降しろ」

 

「フッ、できぬ相談だな」

 

北の猟兵の部隊長はライフルを構える。

 

「我らが故郷を滅ぼした黄金の羅刹が目の前にいるのだ。貴様ら諸ともここで散ってもらう!」

 

「っ!」

 

「完全にやる気みたいだね」

 

「アンタたち……!止めなさい!こんなことしたって何も……」

 

サラは怒りに震える。

 

「待たれよ」

 

オーレリアはサラを制し、前に出る。

 

「そなたらの言うとおり、ノーザンブリアを滅ぼしたのはこの私である。恨むなら私を恨めばよかろう」

 

「分校長……」

 

「にもかかわらず、幼子の八つ当たりの如き所業、呆れてものが言えぬわ」

 

「貴様っ!」

 

「我らの思いを愚弄するかっ!」

 

北の猟兵士たちも怒りを露にし、軍用魔獣も殺気立つ。

 

「一丁前に悔しがる気概があるなら、かかって来るが良い。元ラマール州領邦軍総指令オーレリア・ルグィンの名において、引導を渡してくれよう」

 

オーレリアは猟兵たちに大剣を向ける。

 

「良いだろう」

 

「たとえこの身が果てようとも、ノーザンブリアの誇りを思い知らせてやる!」

 

北の猟兵たちの闘志が燃え上がる。

 

「来るぞ!」

 

「押し通らせてもらう!」

 

「…………………」

 

 

 

北の猟兵たちは数では劣るが、その覚悟と気迫はリィンたちを上回らんとしていた。

 

「くらえっ!」

 

「思い知れっ!我らの怒りをっ!」

 

「ぐっ……!」

 

「何て気迫だ!」

 

「お前たちにはわかるまい!我らの憎しみが!」

 

「故郷を奪われ、誇りを汚され、全てを失った痛みを!」

 

「貴様らを憎み、葬らねば我らの誇りは戻ってこないのだ!」

 

だがリィンたちは一歩も引かなかった。

 

「お前たちの悲しみは分からなくもない。俺も同じ立場ならそうしたかもしれん」

 

「だがそれでは何もならない。互いが憎しみ合うだけでは何も解決しない!」

 

「アンタたちはそんなものを次の世代にまで遺すつもりなのか!」

 

ガイウス、ユーシス、リィンはそれぞれのクラフト技を叩き込む。

 

「みんな……!」

 

(アンタたち……)

 

「それでも……我らは……!」

 

「……良かろう。そなたらの悔恨と慚愧、そして憎悪に報いて、我が奥義で………」

 

「オーレリアさん。ここはあたしが!」

 

「紫電殿……よかろう」

 

オーレリアは下がる。

 

(そんなんじゃないでしょう。あたしたちが戦ってきた理由は……!)

 

サラは剣と銃を構えた。

 

 

 

「あたしの本気、見せてあげる!ヤァァッ!セイッ!ノーザンライトニング!フフ、痺れたかしら?」

 

 

 

サラの渾身のSクラフトにより、北の猟兵たちは膝をつき、軍用魔獣は消し飛んだ。

 

「ぐふっ……」

 

「さすがは……大佐の……!」

 

「よし……!」

 

「フン、なんとか制圧したか」

 

「これまでか…………殺せ!!」

 

「へっ……!?」

 

「……何を………」

 

思いもよらない言葉にリィンたちは動揺する。

 

「ここは戦場!お前たちは勝ったのだ!ここまでした我らに情けなど要るまい……!」

 

「履き違えるな」

 

オーレリアは猟兵たちに言い放つ。

 

「私はそなたらの思いに報いるつもりで仇としての義理を果たしたまで」

 

「これ以上無為の血を流す趣味はない」

 

「分校長……」

 

「これ以上、生き恥を晒せと言うのか……!?」

 

「我らとて、もはや引き返せんのだ……!」

 

部隊長の男が拳銃を自らの頭部に向ける。他の猟兵もナイフの刃を喉元に当てる。

 

「なっ!?」

 

「よせっ!」

 

リィンは神気合一を使い猟兵たちのナイフを叩き落とす。だが、無情にも銃声は鳴り響いた。

 

「お……お前………」

 

「ハアッ……ハアッ……ハアッ……!」

 

サラは間一髪、拳銃を弾き飛ばした。

 

「まだわからないの!」

 

サラは部隊長の男の胸ぐらを掴んだ。

 

「あたしたちは誇りなんかのために命を賭けていたんじゃないでしょう!?」

 

「故郷の貧しさを、誰かの空腹を、少しでも紛らわせるために……!子供たちを少しでも笑顔にできるそんななけなしのミラのために……!」

 

「血と硝煙に塗れたとしてもその生き方を選んだんでしょうが!?」

 

「っ……!」

 

部隊長の男は頭を垂れる。

 

「……だったら………最後までその欺瞞を貫いてみなさいよ………そうじゃなかったら……」

 

「大佐が………パパがあまりにも……浮かばれないじゃない………」

 

サラの両目から涙が溢れる。

 

「サラ教官………」

 

リィンはどう声をかけていいか迷う。

 

「……これも……巡り合わせ、か………」

 

「感謝するぞ……サラ、大佐の娘よ………」

 

「お前に止められるなら……それもいい………」

 

北の猟兵たちは気絶した。

 

「……グス………フフ、君たちにはみっともない姿ばかり見せるわね………」

 

「………………」

 

「……心中、お察しする」

 

「サラ………」

 

すると、ゴゴゴという音が響いた。

 

「どうやら道が開けたようだ」

 

「……サラ教官………」

 

「……大丈夫。行きましょう!」

 

リィンたちは駆け足でその場を後にした。

 

[主ルート side out]

 

 

 

「来ましたね」

 

副ルートを通って来た新Ⅶ組と合流し、屋上にたどり着くとアリアンロードがランスを携え、待っていた。

 

「リィン・シュバルツァーと新旧Ⅶ組。そして、オーレリア・ルグィン」

 

「かの鋼の聖女殿に名を知られているとは光栄の至り」

 

オーレリアは大剣を抜いた。

 

「しかし、確かめたいことがあります。貴女は真に槍の聖女なのでありましょうか?」

 

「………………」

 

「それは……」

 

「で、でも槍の聖女ってとっくに死んでるんじゃないの!?」

 

「およそ、250年前の獅子戦役で後の獅子心皇帝ドライケルス大帝と偽帝オルトロスとの戦いで討ち死にされたと歴史は伝えています」

 

(そう。そして、我がカイエン公爵家は偽帝オルトロスの末裔……)

 

「………………」

 

アリアンロードは兜を脱いだ。

 

「あっ………」

 

「マスター………」

 

「あの髪の色………」

 

「レグラムのローエングリン城で微かに見た……」

 

「そういえばそんなこともありましたね」

 

アリアンロードは微笑んだ。

 

「では、貴女は」

 

「ええ……」

 

アリアンロードはオーレリアたちをまっすぐ見つめる。

 

「我が真の名はリアンヌ・サンドロット。かつてドライケルスらと共に戦場を駆けし者。巷では槍の聖女などと呼ばれているようですが」

 

『!?』

 

リィンたちはリアンヌの告白に衝撃を受ける。

 

「バカな……!」

 

「嘘を言っているようには思えないが……」

 

「亡霊……な訳ないわよね……」

 

「オカルトにも程があんだろ……」

 

(クローンかホムンクルス………というわけでもないようだが)

 

「落ち着くがよい」

 

オーレリアは平静を保っていた。

 

「あの蒼の騎士同様、貴女も甦っていたということでしょうか?」

 

(クロウ……!)

 

「……それ以上は答えられません。知りたくば……!」

 

リアンヌもランスを構え、闘気を滾らせる。

 

「っ!」

 

「来るわよ!」

 

「相手は伝説の騎士………不足はない!」

 

「1年半前の借り、返させてもらう!」

 

「行くよ!ガーちゃん!」

 

リィンたちは戦闘体勢に入る。

 

「あたしたちも……」

 

「そなたらは引っ込んでいよ」

 

オーレリアがリィンたちに待ったをかける。

 

「し、しかし……!」

 

「シュバルツァー、そして旧Ⅶ組よ。勝手ではあるがこの勝負、手出しは無用に頼む」

 

「それって……」

 

「一騎討ち、ですか……」

 

「新Ⅶ組、そなたらはしかと見ておけ。そなたらが越えるべき壁というものを」

 

「壁……」

 

「了解」

 

「……イエス・マム」

 

ユウナたちは引き下がる。

 

「お待たせした。オーレリア・ルグィン、参る!」

 

「意気や良し。来なさい……!」

 

 

 

「ウオォォォォッ!!」

 

「ハアァァァァッ!!」

 

大剣とランスがぶつかり、火花をあげる。

 

大剣の斬撃をランスで防ぎ、ランスの一撃を大剣で弾く。それは達人同士だからこそできる芸当である。

 

「すごい……!」

 

「分校長の技の冴えは言わずもがな。そして、槍の聖女は……」

 

「足運び、槍捌き、気迫、どれを取っても非の打ち所のない。正に達人……!」

 

「本当に……本物のリアンヌ・サンドロットだというのか……」

 

「少なくとも、我らにはそう教えてくれた」

 

「私たちはそう信じているわ」

 

剛毅のアイネスと魔弓のエンネアがリィンたちに近づく。

 

「アンタたち……」

 

「やる気か?」

 

キリコは得物を取り出そうとするが、アイネスは首を横に振る。

 

「スレイプニルも使い切り、デュバリィも不在。この数ではさすがに分が悪すぎるのでな」

 

「ここは一時休戦といかないかしら?」

 

「な、何を……!」

 

「……良いでしょう」

 

リィンは答えた。

 

「教官!?」

 

「リィン君、良いのかい?」

 

「今は見届けるのが優先です。ただし、そちらから手を出すならこちらも容赦はしない」

 

「心得た」

 

「ありがとう」

 

アイネスとエンネアは礼を言った。

 

「礼は要りません。それより、先ほどのことですが……」

 

「本当に槍の聖女だと言ったんですか?」

 

「ええ。私たち全員にね」

 

「我らはそれぞれ他者には言えぬ過去を持つ。そんな我らを救ってくれたのがあのお方なのだ」

 

「過去……」

 

「ええ、そうよ。それと、キリコ君?」

 

エンネアはキリコを見る。

 

「?」

 

「あなた、グノーシスって言葉を知っているかしら?」

 

「いや、初めて聞くが」

 

「そう………」

 

「……行くぞ」

 

エンネアはアイネスと共に離れて行く。

 

「なんだ?」

 

「グノーシス………どこかで聞いたような……」

 

(確かそれは………)

 

ミュゼは不安を滲ませる。

 

「……そろそろ決着のようだ」

 

リィンの言葉で、新Ⅶ組はオーレリアたちの方を見る。

 

 

 

オーレリアとリアンヌの一騎討ちは決着を迎えようとしていた。

 

「これで……!」

 

 

 

「フフ、耐えて見せるがよい。せいっ!オオオオッ!ハッ!止めだ!ハアァァッ!奥義・剣乱舞踏!」

 

 

 

オーレリアは歯を食いしばり、奥義を放つ。

 

「クッ!?」

 

オーレリアの渾身の一撃を受けたリアンヌは膝をついた。

 

「ハア……ハア……ハア……!さすがは槍の聖女……!これほど血を流すとは………」

 

「見事です……。もはや、かつての私をも超えているでしょう」

 

「かつて、ということはやはり……」

 

「そう。そして私は禁呪により、この世に甦った不死者です」

 

「ふ、不死者……!?」

 

「死んだ人間が甦るだと!?」

 

「女神の教えに背く外法……!」

 

「もしかして、クロチルダさんの侵した禁忌とは……」

 

「いいえ、魔女殿ではありません」

 

リアンヌはリィンの言葉を否定した。

 

「では貴女を甦らせたのはいったい?」

 

「これ以上は答えられません。それにどうやら時間のようです」

 

リアンヌが言い終わるやいなや、神機が動きだそうとしていた。

 

「神機が!」

 

「チッ、こいつがいやがったな!」

 

「無粋だというのは承知の上です。ですが、これも我らが盟主からの命によるもの。抗ってみなさい」

 

リアンヌはアイネス、エンネアと共に下がる。

 

「上等!」

 

「教官」

 

「ああ!」

 

キリコに促され、リィンは拳を突き上げる。

 

 

 

「来い、灰の騎神、ヴァリマール!」

 

「応!」

 

 

 

数分後、ヴァリマールが飛翔して来た。

 

「ティータさん!お願いします!」

 

『うん!今送るね!』

 

演習地からヘクトル弐型とケストレルβが発射される。

 

「分校長」

 

「よかろう。出せ」

 

オーレリアが合図を出し、飛行挺からフルメタルドッグを降ろす。

 

天守閣屋上に4機が揃った。

 

【アッシュは俺と共に前衛。ミュゼは後方から援護を。キリコは撹乱役を頼む!】

 

【任せな!】

 

【了解しました!】

 

【了解】

 

ヘクトル弐型はヴァリマールの隣につき、ケストレルβは後ろに下がる。

 

「みんな、気をつけて!」

 

「その神機は空間を自在に操ります。巻き込まれれば致命傷では済まないかもしれません!」

 

【わかった!みんな、行くぞ!】

 

『おおっ!』

 

神機アイオーンtype-αⅡとの死闘が始まった。

 

 

 

【……………】

 

フルメタルドッグが旋回しながら銃弾を撃ち込む。

 

【くらえや!】

 

【ハアッ!】

 

ヘクトル弐型はヴァリアブルアクスを頭上に叩き込み、ヴァリマールは一太刀を浴びせる。

 

【そこっ!】

 

二機の合間を縫い、ケストレルβの狙撃がアイオーンtype-αⅡのボディに着弾する。

 

だが、アイオーンtype-αⅡは全身に障壁のようなものを張り、リィンたちの攻撃を受け流していた。

 

【チッ、どうなってやがる!?】

 

【まさか、空間を操って……?】

 

【っ!来るぞ!】

 

アイオーンtype-αⅡは白い球体を発動させる。

 

白い球体はヘクトル弐型目掛けて発射される。

 

【させるか……!?】

 

ヴァリマールは太刀で球体に斬り込むも、球体に触れた刀身は跡形もなく消失した。

 

【なっ!?】

 

「ゼムリアストーン製の太刀が!」

 

動揺した隙を狙い、アイオーンtype-αⅡはヴァリマールを集中的に攻撃する。

 

【グッ!】

 

「教官……!」

 

「リィン!」

 

さらにアイオーンtype-αⅡはフルメタルドッグを殴りつける。フルメタルドッグはターンピックを射出し、欄干に激突寸前で止まるが、決して軽くないダメージを受ける。

 

【キリコさん!!】

 

「損傷率……50%と想定!後一撃でも当たれば……」

 

「それってヤバいよ!」

 

新旧Ⅶ組の頭に最悪の情景が浮かぶ。

 

【こんな……所で……!】

 

「リィン……!」

 

だが、リィンの心は折れなかった。

 

【諦めて……たまるか!】

 

すると、全員のARCUSⅡが淡く輝きだす。

 

「これって……」

 

「戦術リンク……?」

 

「リィン……!」

 

ARCUSⅡの輝きに反応するように、折れた太刀も輝く。

 

【これは……】

 

【ゼムリアストーンに意志が集まる……】

 

青い光は太刀に集中し、消失した刀身を象る。

 

「太刀になった!?」

 

「ここにいる全員の意志がゼムリアストーンの太刀に集中したことでこのような結果を生んだのだろう」

 

【なんだそりゃ!?】

 

【なんでもいい。それより教官】

 

キリコは機体コントロールの配線を書き換えながらリィンに反撃を促す。

 

【ああ!】

 

ヴァリマールはアイオーンtype-αⅡに斬りつける。すると、アイオーンtype-αⅡを覆う障壁にひびが入る。

 

【あそこか】

 

フルメタルドッグが障壁のひび目掛けてガトリング砲と二連装対戦車ミサイルを一斉掃射。

 

【続きます!】

 

ケストレルβのクラフト技が決め手となり、障壁は完全に崩れた。

 

「やったぁぁっ!」

 

「さすがはリィンと教え子たちだ……!」

 

【後は徹底的にボコるだけだな!】

 

【新旧Ⅶ組!死力を尽くせ!これが最後の戦いだ!】

 

『おおっ!』

 

リィンたちは再び神機に挑む。

 

 

 

【ショックブレイカー!】

 

ヘクトル弐型のヴァリアブルアクスが装甲に無数の傷をつける。

 

【ストームルージュ!】

 

ケストレルβの弾丸が右アームを撃ち抜く。

 

【破壊する】

 

フルメタルドッグのへヴィマシンガンの集中砲火が左アームを損傷させる。

 

さらに仲間たちのEXアーツが機甲兵をサポートしつつ、神機にダメージを与える。

 

神機のダメージは蓄積され、機体から火花が散る。

 

【後少しか】

 

【とはいえ、こちらも限界が近いですね】

 

【しょうがねぇ、決めろや!シュバルツァー!】

 

【わかった!閃光斬!】

 

ヴァリマールの剣技が神機をぐらつかせる。

 

【決めるぞ、みんな!】

 

【了解!】

 

 

 

【連ノ太刀・箒星!】

 

 

 

ヴァリマールの斬撃を切欠に、フルメタルドッグの集中砲火、ケストレルβの狙撃、ヘクトル弐型の剛撃が神機に致命傷を与える。

 

最後に仲間たちの思いをのせたヴァリマールの太刀の連撃が止めを刺す。

 

かつてガレリア要塞を壊滅させた神機の後継機はラマール州を守ろうとする者たちの意志の力に敗れた。




次回、ラマール州篇最終話です。

皆様、良いお年を。


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カイエン公爵

少し遅くなりましたが、明けましておめでとうございます。今年も頑張ります。

ラマール篇最終話です。


[キリコ side]

 

俺たちは神機アイオーンtype-αⅡの撃破に成功した。

 

ゼムリアストーンの太刀の刀身を消失されるというアクシデントが起きたが、全員の意志が集中し、太刀の刀身と化した。

 

ヴァリマールの力なのか、戦術リンクが起こした奇跡なのかはわからない。

 

確かなことは、全員で力を合わせて神機を倒したということだ。

 

「や、やったぁぁぁぁっ!」

 

「ユウナ……」

 

【あの神機はクロスベル事変の引き金といえるものです。きっとユウナさんも思うこと所があったのでしょう】

 

【なんでもいい。ああなっちまえばガラクタだ】

 

「そうですね」

 

ユウナたちは勝利に沸いているがまだ油断はできない。

 

「皆、浮かれるのは尚早だ。戦はまだ終わってはおらぬ」

 

空気を察したのか、オーレリアが締める。

 

【……………】

 

先ほどから操縦管を動かしているが、反応がない。

 

どうやらコンプレッサーなどが限界のようだ。

 

(ここまでか)

 

俺は機体を降りて、備えることにした。

 

[キリコ side out]

 

 

 

「まさか神機が敗れるとは………」

 

「マスター、あの力はいったい………」

 

「あれも彼らの力なのでしょう(ヴァリマール……あの時と変わりありませんね。ドライケルス………)」

 

リアンヌはかつての戦友にして、愛した人物を思い浮かべた。

 

「神機は倒しました。槍の聖女殿、聞きたいことは山ほどありますが、せめて結社の実験のこと、幻焔計画について教えていただけませんか?」

 

「サザーラント、クロスベルに続いて、今回で三度目にとなる実験。その真の狙いとその先に何があるのかを」

 

リィンはリアンヌの目をまっすぐ見つめる。

 

「リィン教官……」

 

「そうね。遊撃士としても、ぜひとも教えていただきたいわね」

 

サラもそれに続く。

 

「それには及びません」

 

リアンヌは右手を掲げた。

 

「え?」

 

「なんだ……?」

 

 

 

「出でよ──≪アルグレオン≫!」

 

 

 

神機の近くに魔法陣が顕れ、銀色の影が姿を現した。

 

「なっ!?」

 

「あれって!」

 

「騎神!?」

 

リィンたちは目を見開き、驚きを隠せなかった。

 

「マス……ター……?」

 

「………………」

 

鉄機隊の二人は思考すら止まった。

 

銀色の騎神?はリアンヌのものを模したランスで神機を破壊し始めた。

 

ものの数分で、神機は完全に破壊された。

 

『……………………』

 

リィンたちは呆然と眺めるしかできなかった。

 

(教官、猟兵王、仮面の男、そして槍の聖女。騎神もしくはそれらしいのはこれで4つ。いや、帝都に現れたという緋の騎神とやらも入れて5つ。いったい何だ?騎神とは………)

 

キリコは銀色の騎神?を見ながら思考を巡らせた。

 

「灰の起動者──リィン・シュバルツァー」

 

「!」

 

「先ほどの問いですが、深淵殿の意を汲むか、それとも組み替えるか。いずれ相まみえるまでにそれぞれ、答えを出しておくとよいでしょう」

 

「え……」

 

「い、意味わかんないんだけど……」

 

(後……一月………)

 

「そしてここから先は"巨イナル一"に関わりし者の領域……」

 

「なに……!?」

 

「その言葉は……!」

 

「俺たちがあの夢幻回廊の果てで耳にした……!?」

 

「…………!」

 

リィンたちはリアンヌの口にした巨イナル一という言葉に愕然とした。

 

「今日のところはこの辺りで失礼します。アイネス、エンネア、参りましょう」

 

「「………………」」

 

「二人とも」

 

「は、はいっ!」

 

「ただいま参ります!」

 

二人は慌ててリアンヌの隣に行く。

 

「リィン・シュバルツァー、心しなさい」

 

リアンヌたちは転移して行った。

 

「ま、待て!」

 

リィンの声が虚しく響く。

 

 

 

その後、ランディ率いるⅧ組戦術科とオルディスから戻った統合地方軍による後始末が始まった。

 

無力化した猟兵たちを捕らえ、残った人形兵器を全て駆逐した。

 

Ⅶ組は北ランドック峡谷から戻ったウォレス少将に事の顛末を報告していた。

 

「なるほど。そんなことがあったか」

 

「そちらも無事で何よりです。あの火焔魔人と渡りあったとか」

 

「ああ。正直、閣下とやるより堪えた。光の剣匠閣下はよく退けたものだ……」

 

(ラウラさんのお父さんなんだよね……)

 

(帝国における剣士の頂点に立つお方だよ。分校長の師にもあたるそうだ)

 

「フッ、そなたでさえ手こずるか」

 

「まあ、次は勝ちますがね」

 

(化けモンが……)

 

(アッシュさん、失礼ですよ)

 

ミュゼは小声でアッシュを諌める。

 

「それにしても、またお前と会うとはな」

 

「内戦で一度お目にかかって以来ですね」

 

ウォレス少将とガイウスが顔を合わせる。

 

「ガイウスさん?」

 

「少将の使うバルディアス流はノルドの騎馬槍術がルーツとされているんだ」

 

「へえ………」

 

「また、あらゆる帝国武術の流れを汲んで完成されたとお聴きしています」

 

「だからこそ羨ましい。純粋な騎馬槍術を扱うウォーゼルがな」

 

「いや、まだまだ未熟です。今でも父には及びません」

 

ガイウスは苦笑いを浮かべた。

 

「ガイウス………」

 

「俺も未だ兄上には及ばん。だが、いずれは乗り越えられよう」

 

「……そうだな」

 

「えへへ……!」

 

「ったく、アンタたちときたら……」

 

「フフ、頼もしい限りではないか」

 

リィンたちのやり取りを見たオーレリアは満足そうに微笑む。

 

(やっぱり大変ね、この人たちを超えるのは……)

 

(だが、いつの日か……!)

 

(超えてみせましょう)

 

(ギャフンと言わしてやるか……)

 

(ふふっ♪)

 

(………………)

 

ユウナたちは改めて、超えるべき壁を再確認した。

 

 

 

「分校長、こっちは終わりましたっと」

 

ランディが報告にやって来た。

 

「うむ、ご苦労。シュバルツァー、すまんが後は任せる」

 

「わかりました」

 

オーレリアはウォレス少将と共に地方軍の元へと向かった。

 

「ランディさん、お疲れ様です」

 

「おう、そっちもお疲れ」

 

「どうでしたか、そちらは?」

 

「いや~~、参ったぜ。序盤は押してたんだが、途中からシャーリィが来やがってよ。アガットと二人がかりでなんとか退かせたよ」

 

「あの後、合流したんですね」

 

「ああ、演習地に来たんだってな?他にもミハイルの旦那とトヴァルってのがカンパネルラとかち合ってたぜ」

 

「トヴァルさんが……」

 

「分校のみんなは大丈夫なんですか?」

 

「全員無事だ。手傷を負ったのはいるが大したことねぇ。後で顔見してやれよ。列車砲も一つ残らず取り返したんだからよ」

 

「ホッ、良かったぁぁ……」

 

「赤い星座は?」

 

「あいつらはさっさと撤退した。さすがに捕らえるのはキツイしな」

 

「A級遊撃士3人でも手に余る相手だものね。はっきり言って遊撃士協会総出で戦争やるつもりでなきゃ」

 

「まあ、それくらいが妥当だわな……」

 

「マジかよ……」

 

「さすがは最強の猟兵団の一つですね……」

 

 

 

「にしても、あの聖女さんがなぁ……」

 

ランディは腕組みした。

 

「ええ。正直言ってまだ信じられませんよ。槍の聖女と言えば、子供のお伽噺にもあるくらいですから」

 

「男子のみならず、女子にとっても憧れるでしょうからね」

 

「やっぱ結社が絡んでんじゃねぇのか?」

 

「そこはわかりませんよ。裏のことだって完全に把握してるわけじゃありませんから」

 

「それもだけど、結社の計画よね……」

 

「いずれ分かること、か。またどっかでやらかそうってか」

 

「やれやれ。先手が打てないと歯痒いね」

 

「とにかく、あたしたちもなんとか追ってみるわ。君たちは君たちのできることを優先してちょうだい」

 

「そうだな。来月試験だしな」

 

「なんで今言うんですかぁぁぁぁっ!?」

 

ユウナは大きく落胆した。

 

 

 

午後 8:30

 

「方々、よろしいですな!?」

 

帝国領邦会議が再開され、多くの事案が決定した。

 

そして会議の目玉である次期カイエン公爵を決める事案にて、その最有力候補たるバラッド侯は力強く演説する。

 

「現公爵の罪状はほぼ確定。極刑は免れようとも、二度と返り咲く事は叶いますまい!ならば、早急に次期カイエン公爵を推挙する必要があるのです!四大名門を揃え、我々貴族全体が生き残るためにも!」

 

『…………………』

 

だが、会議に出席した貴族たちの視線は冷ややかだった。

 

「な、なんだその目は……!?分かっているのであろうな!?儂はカイエン公爵を継ぐ唯一の──」

 

「バラッド侯………実は貴方に対する不信についていくつか報告を受けているのですよ」

 

「不信……だと!?」

 

「度重なる公費の私的乱用、傍若無人の振る舞い。それだけならいざ知らず。此度の襲撃において何の指揮も対策も取らず、あまつさえ己のみやり過ごさんとした行動。果たして次期カイエン公爵に相応しいと言えるでしょうか?」

 

ユーシスが立ち上がる。

 

「カイエン公爵は四大名門の筆頭格。それゆえに相応の責任が問われるもの。各方面からの報告を聞く限り、我々としてもその資質を疑わざるを得ません」

 

アンゼリカがユーシスに続く。

 

「四大名門の現当主、並び当主代理として結論しました。バラッド侯──次期カイエン公爵候補から貴公を正式に外させていただく」

 

「なお、これはここにいる出席者全員の総意でもあります」

 

ハイアームズ侯爵とイーグレット伯爵が最終通告を渡した。

 

「しかしだな!現カイエン公爵は後継ぎなどおらんのだぞ!だからこそ、儂に白羽の矢が立ったのだ。それはここにいる者全員が承知のはずだ!それを分かっていて──」

 

バラッド侯は吠えるが、ハイアームズ侯をはじめ、ユーシス、パトリック、アンゼリカ、オーレリア、イーグレット伯爵夫妻は落ち着いていた。

 

「ならば……登場していただきましょう。お入りください」

 

ハイアームズ侯はウォレス少将に合図する。

 

ウォレス少将は会議場の扉を開けた。

 

「……失礼します」

 

扉から緑色の長い髪の少女はおしとやかに入って来た。

 

「な……なんだあの娘は……!?」

 

バラッド侯は呆然とした。

 

「まあ、なんてお美しい……」

 

「どなただ?あの方は……」

 

貴族たちは記憶を辿るが、思い出せなかった。

 

 

 

「現カイエン公爵が姪、ミルディーヌ・ユーゼリス・ド・カイエンと申します」

 

 

 

緑髪の少女──ミルディーヌは優雅に挨拶をした。

 

「ミルディーヌ?」

 

「もしや……!」

 

「おお!現カイエン公の兄君であるアルフレッド公子の忘れ形見か……!」

 

「確か、公子殿は奥様と共に海難事故で亡くなられたと聞くが……」

 

「ご立派になられて……!」

 

出席者たちはミルディーヌの姿に見とれる。

 

ミルディーヌはそのままバラッド侯の方を見る。

 

「お久しぶりです。大叔父様」

 

「ミ、ミルディーヌ………」

 

「トールズ第Ⅱ分校を潰す。なかなか大それたことを仰いますね?とてもその後に失禁なされた方のお言葉とは思えませんわ」

 

「な、なぜそれを……!?」

 

「ご自分の胸にお聞きください」

 

ミルディーヌはにこやかな笑みを浮かべる。

 

「あっ………!」

 

バラッド侯はミルディーヌとミュゼを重ねて合わせる。

 

「な、な、な……!?」

 

すると、ハイアームズ侯が立ち上がる。

 

「こちらにおられるミルディーヌ公女はバラッド侯よりも爵位継承順が上であります。私、ハイアームズ侯爵はミルディーヌ公女を次期カイエン公爵に推挙したいと思います」

 

「賛成ですわ!」

 

「善きかな!」

 

「異議なしだ!」

 

出席者全員が起立し、拍手喝采する。

 

この時点でバラッド侯の爵位継承は完全に潰えたのだった。

 

「………………」

 

すかさず、ハイアームズ侯爵が前に出る。

 

「なお、ヴィルヘルム・バラッド侯爵の弾劾をここに宣言します。衛兵」

 

二人の衛兵がバラッド侯を抱え、連れて行こうとした。

 

「ふ、ふ、ふざけるなぁぁぁぁっ!そんな茶番が認められるものかぁぁぁぁっ!」

 

バラッド侯は衛兵二人を振り切り、ミルディーヌに詰め寄ろうとした。すると───

 

「………………」

 

「この小娘が───あっ!?」

 

突然、柱の陰からスーツを着てサングラスをかけた男により、バラッド侯は投げられ、叩きつけられる。

 

「え───」

 

さらにスーツの男はバラッド侯を素早く組伏せる。

 

「うぎゃっ!」

 

頭を押さえつけられ、関節を極められたバラッド侯は動けなくなる。

 

「なっ!?」

 

「フフフ……」

 

出席者たちが驚くなか、オーレリアは立ち上がり拍手した。

 

 

 

「さすがはミルディーヌ公女、いやカイエン公専属護衛人。見事な腕前だ」

 

 

 

オーレリアは声高らかに言った。

 

「おおっ!そうであったか!」

 

「なんと鮮やかな!」

 

「いやはや、素晴らしい護衛人をお持ちだ」

 

「やや年若いようにも思えるが、大した問題でもあるまいて」

 

出席者たちはまたもや拍手喝采を浴びせる。

 

(え?え?え!?)

 

ミルディーヌは何が何だかわからなかった。

 

「なっ!?」

 

「彼は……!」

 

「………♪」

 

ユーシスとパトリックは呆気にとられるが、アンゼリカはにんまりと微笑む。

 

「ウォレス少将、護衛人殿。手数をかけるが、バラッド侯を早急に連れていってもらいたい」

 

「了解した」

 

「…………」

 

イーグレット伯爵に促され、ウォレス少将と護衛人はバラッド侯の両腕を持つ。

 

「待たれよ」

 

出席者の貴族が護衛人を呼び止める。

 

「護衛人殿。せめてお顔を拝見させてはもらえないだろうか」

 

「……………」

 

「護衛人殿。サングラスを外してもらえぬか?」

 

オーレリアに促され、護衛人はサングラスを外した。

 

「おお……」

 

「凛としていて、物静かな雰囲気をお持ちの方ですわね……」

 

「先ほどの技、よほどの鍛練を積まれたのだろうな……」

 

「うーむ、ミルディーヌ公女、いやカイエン公が羨ましい……」

 

(や……やっぱり…………!)

 

ミルディーヌは頭がクラクラした。

 

そこにいたのは、ミルディーヌ──ミュゼのクラスメイト、キリコ・キュービィーだったからである。

 

 

 

数時間前

 

「護衛人、ですか?」

 

「そうだ。そなたにはミルディーヌ公女の護衛人を務めてもらう」

 

「お断りします」

 

「拒否は許さぬ」

 

「なぜですか」

 

「そなたは先の内戦にて貴族連合軍に畏れられるほどの存在。事実、地方軍内でもそなたをよく思わぬ者もいるほどだ。中にはそなたを排斥しようと企む者がいても不思議ではあるまい?」

 

「……………」

 

「だが、帝国貴族の筆頭足り得るカイエン公爵の専属護衛人ということならば話は別だ。先ほど言った者たちも納得せざるを得まい」

 

「俺である必要はないはずですが?」

 

「そなたでなくてはならんのだ。カイエン公爵家の未来のためにな」

 

「何?」

 

「なんでもない。気にするな。それより、受けるか否かを答えよ」

 

「………………………………………………了解」

 

オーレリアの反論を許さない姿勢にキリコは渋々ながら引き受けた。

 

 

 

(わけのわからないことに巻き込まれたな………)

 

キリコはサングラスをかけ直し、意気消沈するバラッド侯を連行した。

 

「………………」

 

ミルディーヌは呆然としていた。

 

「カイエン公?如何なされましたか?」

 

「えっ!?い、いえ、なんでもありません」

 

「そうですか。では、そろそろ初めましょう。これからの貴族の在り方について」

 

「……ええ。それでは初めましょう。共和国のこと、国家総動員法についてを……!」」

 

頭をなんとか切り替えたミルディーヌは出席者たちに追加の議題として、これから帝国で起こらんとすること、政府の思惑について話し出した。

 

 

 

「キリコさん!!」

 

会議を終えたミルディーヌは離れた場所でコーヒーを飲んでいたキリコに詰め寄った。

 

「なんだ?」

 

「なんだ?じゃありません!!ど、どうしてここにいるんですか!?」

 

「オーレリアに連れてこられた」

 

「ええっ!?」

 

「気になるなら後ろの四人に聞いてみろ」

 

そう言われたミルディーヌがバッと振り向くと、満足気に腕を組むオーレリアとわざとらしく口笛を吹くアンゼリカ、渋い顔をするユーシスと苦笑いを浮かべるパトリックがいた。

 

「み……皆さん………」

 

「いやはや、お披露目は大成功でしたね」

 

「真相を聞いた時にやっと理解しましたよ」

 

「地方軍に畏れられる存在なら、こちらに引き込んでしまえ。なるほど、これなら反発も抑えられるでしょう」

 

「ちなみに、イーグレット伯爵閣下もこの事はご存知です」

 

「な…な…な……!」

 

ミルディーヌは顔が一段と真っ赤になった。

 

するとキリコは帰り支度を始めた。

 

「キ、キリコさん!?」

 

「仕事は終わった。帰らせてもらう」

 

「おっと、そうはいかんぞ。護衛対象を捨てて行くつもりか?」

 

「さすがに見過ごせないね」

 

オーレリアとアンゼリカがキリコを抑える。

 

「自分の言葉には責任を持つべきだろう」

 

「それに、仕事はまだ終わってなどいない。これからささやかながら夜会がある。お前が護衛人だと言うなら、公女を警護する義務がある」

 

パトリックとユーシスが責任論でキリコを説得にかかる。

 

「……………」

 

キリコは苛つきを覚えるも、冷静に努める。

 

「まあ、アルバイトだと思えば楽なものさ」

 

「キリコさんをお姉様と一緒にしないでください!」

 

「フフ、カイエン公も帰れとは仰らないのですね?」

 

「そ、それは……その………」

 

ミルディーヌは口ごもり、キリコをチラチラと見る。

 

「おっと、そろそろお時間ですね」

 

「ふむ、そうでしたな。では参りましょうか」

 

「待ってください!まだ理解が……」

 

「…………」

 

キリコは立ち上がり、ミルディーヌに近づく。

 

「キ、キリコさん……その………」

 

「次の、ご命令は?」

 

「は?」

 

ミルディーヌはキョトンとした。

 

「次の、ご命令は?」

 

キリコは誰がどう聞いても解る棒読み口調で聞いた。

 

「「~~~~…………!!」」

 

「「………………」」

 

「っ~~~!」

 

オーレリアとアンゼリカが必死で笑いをこらえ、ユーシスとパトリックが唖然とする中、馬鹿にされていると察したミルディーヌは怒りを覚える。

 

「さっさと行きますよ!ぐずぐずしないでついて来なさい!!」

 

「了解致しました、カイエン公爵閣下」

 

「下手なお世辞は結構です!」

 

「カイエン公、あまり大きな声は」

 

「あなた方もです!これはカイエン公としての命令です!」

 

ミルディーヌはそれだけ言って部屋を出た。キリコたちもそれに続いた。

 

その後、夜会を終えたキリコとミルディーヌはイーグレット伯爵夫妻とメイドのセツナとリーファともに、カイエン公爵家城館で一晩過ごした。

 

 

 

6月20日

 

演習を終えて、帰る日が来た。帰り支度を終えたリィンたちⅦ組は旧Ⅶ組やパトリック、アンゼリカと話していた。

 

「キリコ君って夕べどこにいたの?」

 

「そういえば姿が見えませんでしたね」

 

「分校長から少し小言を言われた」

 

「小言?」

 

「バラッド侯の一件でな」

 

「やはり問題があったのか……」

 

「まあ、銃で恫喝してたもんな。ジジィの寿命縮めたんじゃねぇか♪」

 

「報告を聞いた時は本当に気を失いそうになったんだが……」

 

「説得している時間がなかったので」

 

「まあまあ。ユウナ君たちにも言ったんだが、キリコ君がああしなくても私がブチのめしてやろうと思ったんだ。だからリィン君が責任を感じることはないよ」

 

「は、はぁ……」

 

「そういえば、バラッド侯はどうなったんですか?」

 

「弾劾を受けて信用は地に堕ちたと言ってもいい。今は屋敷で謹慎を命じられているが、あれくらいで懲りる人じゃないしね」

 

「罰せられないんですか……」

 

「いや、謹慎というペナルティだけでも十分な効果がある。当面は誰にも相手にされんだろう」

 

「面子の問題だろうしな」

 

「そういうことだね」

 

「なるほどね。それでミュゼは?キリコ君は知らない?」

 

「さすがに知らん」

 

「そうですか……」

 

「あいつは家が伯爵なんだろ?会議に出てたんじゃねぇのか?」

 

「そうか。確か会議に出席できるのは伯爵位以上の貴族だから……」

 

「………………」

 

クルトたちが納得している横で、ユーシスは顔を背けた。

 

「ユーシス?」

 

「リィン、しっかりな」

 

「あ、ああ……」

 

「んー?」

 

「ふむ?」

 

(何か知ってるの?)

 

(さて?)

 

アンゼリカは微笑む。

 

 

 

「寂しくなるのぉ」

 

「あなた……」

 

「おじいさま……おばあさま……」

 

イーグレット伯爵夫妻はミュゼを抱きしめました別れを惜しんでいた。

 

「お嬢様、私もついて行ってよろしいでしょうか?」

 

「セツナさん、貴女が離れてはおじいさまたちが困りますわ。それにリーファさんの教育係でしょう?」

 

「お、お嬢様……」

 

リーファはどぎまぎしながら話しかける。

 

「本当に……ありがとうございました!」

 

「リーファさん、頑張ってくださいね。貴女の淹れた紅茶、楽しみにしています」

 

「はいっ!」

 

リーファは感謝とともに深く頭を下げた。

 

「ミュゼよ」

 

「はい……」

 

「大変なのはこれからじゃろうが……次に戻る時を楽しみにしておる」

 

「はい……」

 

 

 

その後リィンたちはもう一度再会することを話し、ミハイルに急かされながら列車に乗り込んだ。

 

 

 

「キリコさん……」

 

演習から帰還した夜、誰もいない寮の食堂でミュゼはコーヒーを飲んでいたキリコに声をかける。

 

「………これはこれはカイエン公、私めに何かご用でしょうか?」

 

「本当に怒りますよ?」

 

「…………………」

 

キリコはコーヒーのおかわりを淹れる。

 

「……目論見通りというわけか」

 

「まさかキリコさんが出てくるとは思いませんでしたが……」

 

ミュゼは紅茶を一口飲む。

 

「キリコさんにばかり負担をかけてしまってますね……。本当に申し訳ありません」

 

「それはもういい」

 

キリコはコーヒーを啜る。

 

「キリコさんは………」

 

「?」

 

「キリコさんは帝国をどう思いますか?」

 

「どうとも思わないな」

 

「どうとも、ですか?」

 

「俺は貴族だとか革新だとかそんなものはどうでもいい」

 

「そうですか……」

 

ミュゼは目を伏せた。

 

「お前が何とどう戦おうとしているのかは知らん。俺には関係のないことだ」

 

「………………」

 

キリコはコーヒーカップを洗おうと、キッチンの流しへと向かおうとした。

 

「…………………です」

 

「?」

 

「貴方が……いないと……ダメなんです……!」

 

ミュゼはキリコを追いかけ、背中から抱きしめる。

 

「離せ」

 

「もう少しだけ……こうさせてください………」

 

「………………」

 

「……怖いんです………」

 

「………………」

 

「私はきっと……取り返しのつかないことをしてしまう……。そう思うと……押し潰されそうで……」

 

「………………」

 

「どうかお願いです……キリコさん……」

 

「………………」

 

「私の……側にいてくれませんか?」

 

「………………」

 

キリコは無言を貫く。すると──

 

「ご、ごめんなさい!わ、私は……その……!」

 

急に我に返ったミュゼは真っ赤になった。

 

「おい………」

 

「さ、さ、さ、先ほど言ったことはど、どうか忘れてください!お、おやすみなさい……!」

 

ミュゼはそのままの勢いで出ていった。

 

「………………」

 

キリコは一息ついて、ミュゼのカップを流しで洗った。

 

 

 

(バカバカバカ!わ、私……何てことを………!)

 

ミュゼは自室のベッドの中で先ほどの自分を責めた。

 

(ううう………これからキリコさんにいったいどんな顔をすれば………!)

 

結論から言えば、キリコの態度は翌日以降も何ら変わらなかったため、ミュゼは安堵とともにしこりのようなものを感じていた、




ラマール篇はこれで終わりです。

次回、第四章ヘイムダル篇が始まります。


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第四章 ヘイムダル篇
定期試験


第4章始まります。

今回はタイトル通り試験+オリジナルイベントです。


七耀歴1206年 7月4日

 

気候は完全に夏になり、セミが鳴き出した。

 

そんな中、キリコたちは宿命の敵との戦いに備えていた。

 

 

 

[キリコ side]

 

「ううう………!」

 

「ユウナさん……」

 

「気持ちは分からなくもないけど、今はそれどころじゃないだろう?」

 

「ったく、そもそもてめえが言い出したんだろが……」

 

「大丈夫ですよ。わからない部分は遠慮なく聞いてください」

 

「………………………」

 

俺たちは今、Ⅶ組の教室で勉強会をしている。

 

明日の定期試験はトールズ第Ⅱ分校生徒にとっては避けては通れない。

 

一応、創立1年目ということもあり落第ということはないらしいが、それに胡座をかく者はいない。

 

また、ここ第Ⅱ分校にはユウナやティータのように帝国以外からの留学生がいる。

 

ユウナ曰く、仕送りの量が増えるか減るかは試験の成績にかかっているとのこと。

 

そこでユウナの提案でここ数日、こうして勉強会を開いている。

 

幸い部活は全て活動が中止しているので復習の時間は取れている。

 

俺としても成績が悪いというのは避けたい。

 

分校長であり推薦人のオーレリアに何を言われるかわからないからな。

 

 

 

「つまり、弾道が右回転の場合、弾丸は右に逸れるんです。この計算式は……」

 

「こうですね?」

 

ミュゼとアルティナは数学に取りかかっていた。

 

「アッシュ、獅子戦役に関係のある皇子を上から答えてみろ」

 

「ああ?マンフレートから始まって、アルベルト、ドライケルス、オルトロス、グンナル、ルキウスだろ?」

 

「敬称くらいつけろ。だが全部合っている」

 

クルトとアッシュは帝国史を進める。

 

「ええと……こう?」

 

「違う。それは工兵部隊だ。機甲部隊を動かして、背後から仕掛ける。ここは出ると言っていたはずだ」

 

俺はユウナに軍事学を教えていた。

 

 

 

「……………………」

 

休憩中、ユウナはぐったりとしていた。

 

「さすがに詰め込み過ぎたかな?」

 

「何もしないよりは良いかと」

 

「とにかく、試験範囲内は押さえておきましょう」

 

「そこら辺はなんとかなんだろ」

 

「そうだな」

 

分校とはいえトールズに入学できる以上、ユウナはそれほど成績は悪くない。

 

ここの水に馴染んだ今でも努力を欠かしていない。

 

事実、ユウナのこの姿勢が他の生徒のカンフル剤になっている。

 

今回の試験も要所さえ押さえれば、上位に食い込むことも可能だろう。

 

 

 

「そういえば小耳に挟んだのですが……」

 

「なんだい?」

 

ミュゼの発言にクルトが不思議そうに聞く。

 

「今回の試験は本校と同時期に行われるとか」

 

「らしいですね」

 

「ハッ、どうせ皇太子が一位の出来レースなんだろ?」

 

「それは……」

 

アッシュの言葉にクルトが詰まる。

 

「ない、とは言い切れないだろう」

 

「キリコさん……」

 

「だが、それがどうした」

 

「え……!?」

 

「出来レースだろうとなんだろうと、俺たちが気にすることではないだろう」

 

「……そうですね」

 

「まずは己との勝負、ですね」

 

「……ああ、そうだな。それに、伝統あるトールズがそんなことをするとは思えないしね」

 

帝国時報によると、セドリック皇太子は品行方正、どのような人間にも手を差しのべる人格者だと言われている。これは煽り記事だろうがな。

 

リィン教官が聞いた話によると、あの傲慢さは完全に鳴りを潜め、奉仕活動にも積極的に参加しているらしく、早くも帝国の未来は安泰だと言う者もいるそうだ。

 

また、俺たちがラマール州で演習を行っているのと同時期にノーザンブリアでの公安活動というもので一定以上の成果を上げたらしい。

 

慢心がなくなった以上、アッシュの言う出来レースはないと考えられる。

 

「……そろそろ休憩も終わりだ」

 

「そうだな」

 

「ユウナさん、起きてください」

 

「おやつの時間ですよ~」

 

「あほか……」

 

その後、ユウナをしゃんとさせた俺たちは勉強会を再開し、見回りのトワ教官が声をかけるまで教室にいた。

 

[キリコ side out]

 

 

 

「試験は全体で4日間で行う。相談にのるのは構わんが、不正に加担するような真似はしないように」

 

「もちろんです」

 

「はい!」

 

「んなことしてもそいつのためにならねえからな」

 

教官室ではリィンたちが定期考査の打ち合わせをしていた。

 

「にしてもよ、まさか本校と全く同時にやるなんてよ」

 

「一応、本校に準拠する形を取っているからな」

 

「そういえば、シュバルツァーら旧Ⅶ組は本校で上位だったそうだが?」

 

「マジかよ!?」

 

「ええ、エマ、マキアス、ユーシスは上位三人になりましたから」

 

「しかも、エマちゃんとマキアス君が同点一位だったもんね」

 

「ほう?大したものだ」

 

「ははは……スゲェな………」

 

ランディはもはやお手上げだった。

 

「リィン君も確か上位に入っていたよね?」

 

「トワ先輩こそ、学年別では毎回一位だったそうじゃないですか」

 

「……どっちもスゲェよ………」

 

「コホン……その辺にしてもらおうか」

 

ミハイルは咳払いをして、リィンたちを向かせる。

 

「なお、今回の試験は成績と同時に本校と分校の平均点も発表されるとのことだ」

 

「やはりそうですか……」

 

「煽るねぇ~~」

 

「これもトールズの伝統なんでしょう」

 

「競争心を煽ることでやる気を引き出す。良いか悪いかはさておき」

 

「Ⅷ組じゃ早くも結束してるぜ」

 

「Ⅸ組の子たちも一丸となってます」

 

「なるほどな。Ⅶ組はどうだ?」

 

「そうですね……」

 

リィンは腕を組む。

 

「ユウナは早くも対抗意識を燃やしてますね。クルトはそれに次ぐ感じですが、アルティナ、アッシュ、ミュゼ、キリコはいつも通りですね」

 

「ハハッ、想像できるな」

 

「フフ、それは何より。それならば試験が終わり次第、機甲兵教練と特別演習に移れるというものだな」

 

「各自そのことをしっかり頭に入れておくように。以上で打ち合わせを終える」

 

ミハイルは打ち合わせを終わらせ、オーレリアと共に教官室を出ていった。

 

「あいつらもだが俺らもハードだよな……」

 

「あははは……すっかり慣れてしまいましたね……」

 

「とにかく、明日からは忙しくなります。頑張りましょう」

 

「だな」

 

「そうだね」

 

リィンたちも明日からの定期考査に向けての最終チェックに取りかかった。

 

 

 

「それで、キリコ。この問題なんだが……」

 

「この手順だ」

 

「なるほどな。ふう、覚えることが多いな」

 

「仕方ないさ。明日から試験だからな」

 

夜、キリコはウェイン、スタークと勉強をしていた。

 

「そろそろ寝よう。あまり詰め込んでも覚えられないしな」

 

「待ってくれ。ここだけ書いてから寝る」

 

「わかった。俺はもう寝るよ」

 

「終わったら電気を消せ」

 

「ああ、わかった」

 

その後、ウェインが軽く筋トレをしようとしたのでキリコとスタークは本気で止めさせた。

 

 

 

7月5日

 

帝国史

 

(獅子戦役でマンフレート皇太子を暗殺した皇子……)

 

クルトは黙考し、第四皇子オルトロスと解答。

 

(これで合っていたはずだ)

 

 

 

数学

 

(この数式から導き出されるのは……)

 

ミュゼは迷わず右回転で発射された場合、右にそれると解答。

 

(バッチリですね)

 

 

 

7月6日

 

軍事学

 

(この図式は……)

 

アッシュは主力が敵と交戦中に、すぐ後ろから攻撃と解答。

 

(ケッ、こんなの楽勝だろ)

 

 

 

7月7日

 

政治経済

 

(ええっと、この専門用語は……)

 

ユウナはキャピタルゲインを選ぶ。

 

(これが正解ね)

 

 

 

芸術

 

(この曲のタイトル………)

 

アルティナは迷いつつ、空を見上げてと解答した。

 

(これで合っているはずです)

 

 

 

7月8日

 

サバイバル

 

(飲料水の採り方の正しい手順………)

 

キリコは迷いなく、布、砂、木炭、小石の順に解答した。

 

(飽きるほどやってきたことだ)

 

 

 

こうして、4日間に渡る定期考査が全て終わった。ある者は解放感に包まれ、ある者は絶望感を抱いた。

 

 

 

HR後

 

リィンは話もそこそこに教官室へと戻って行った。

 

「づ、づがれだ………」

 

「はは、お疲れ」

 

クルトはユウナを労う。

 

「にしてもよ、なんか引っかけ多くなかったか?」

 

「特にリィン教官の帝国史ですね」

 

「一見正解のようで、年代が全然違うというのはありましたね」

 

「獅子戦役勃発のところだな」

 

「え……974年じゃないの……?」

 

「お前………」

 

「ユウナ、それはトールズ士官学院が創立した年だよ」

 

「獅子戦役は七耀暦947年だ」

 

「授業で出たはずですが」

 

「う……そ………」

 

ユウナは思いきり落ち込んだ。

 

「まあまあ。たくさん勉強会をしたんですから結果はついてくるはずですよ」

 

「落ち込むのは早いと思います」

 

「うう…………」

 

ミュゼとアルティナが慰める。

 

 

 

「明日から部活ですね」

 

「よーし、久しぶりにフルスイングしちゃうんだから!」

 

「もうそろそろ40アージュに到達です」

 

「僕もチェスに触れるのも久しぶりだな」

 

「まっ、俺は変わんねぇけどな」

 

「キリコさんも技術部に?」

 

「ああ(そういえば、次の機甲兵教練は成績発表後と言っていたな。それにしても、格納庫の奥が広くなっている。博士は何を持って来る気だ?)」

 

 

 

「おっと、僕もそろそろ行くよ。みんなも行くだろ?」

 

「あっ、そうだ」

 

「そうですね。そろそろ」

 

「ふふ、楽しみですね♪」

 

「チッ、めんどくせーな」

 

「?」

 

キリコ以外が教室を出ようとした。

 

「どうかしたのか?」

 

「あっ、そういえば分校長が呼んでましたよ。すぐに分校長室に来るようにだそうです」

 

「分校長が?わかった。それより──」

 

「いいから!ほら、分校長待ってるわよ!」

 

「お、おい……」

 

キリコは教室から締め出された。

 

(なんのつもりだ?まあいい、分校長室だったな)

 

キリコはユウナたちの動向が気になりつつ、オーレリアの元へと向かった。

 

 

 

「来たか」

 

「何かご用ですか?」

 

「なに、たまには労ってやろうと思ってな」

 

「………………………」

 

キリコ警戒心を露にした。

 

「………何に警戒してるかは聞かん。実を言うと、先月のことだ」

 

「………………………」

 

キリコはオーレリアの前に座る。

 

「先月はご苦労だった。そなたの所業は別として、あのバラッド侯を引きずり下ろすことができた」

 

「あれは成り行きです」

 

「だとしても、あの方の狙いどおりになった」

 

「ミュゼ、ですか」

 

「ああ。内戦の後、あの方から連絡を受けてな。私もその時までミルディーヌ公女の存在すら知らなかった」

 

「……あの魔女も?」

 

「元々魔女殿とは内戦前から面識はあった。公女とも面識があったのは驚いたがな」

 

オーレリアは紅茶を口に含む。

 

「……一つだけ聞きたい」

 

「なんだ?」

 

「イーグレット伯爵家に俺を紹介したのも何かの計略か?」

 

「そうだ、と言いたいところだが、そなたを紹介したのは実績があるからだ。政府の狗にされるくらいならば、こちら側に呼ぶのが上策と思ったからよ」

 

「結局のところ、政治か」

 

「否定はせん」

 

「はっきりさせておく」

 

「?」

 

「俺は誰の下にも付かない」

 

「……そうか」

 

オーレリアは一瞬寂しげな笑みを見せる。

 

「確かに、そなたは本来人の下に付くような男ではない。かといって、人の上に立つことを望むようにも見えん。まるで、雲の如く縛られぬことを望んでいるように思える」

 

「……………………」

 

「キュービィー………」

 

「?」

 

「あの方の力になってほしい」

 

オーレリアはキリコの顔をまっすぐ見る。

 

「……………………」

 

キリコは紅茶を一息に飲む。

 

「ふ、少々喋り過ぎたな。もうそろそろ約束の時間だ」

 

「時間?」

 

「そろそろ寮へと戻るとしよう」

 

「……………………」

 

「では行こう」

 

キリコとオーレリアは学生寮へと向かった。

 

 

 

「?」

 

キリコは何かの気配を感じ取った。

 

「そなたから入るがよい」

 

「………………」

 

キリコは寮の玄関の扉を開ける。すると───

 

 

 

「おめでとう!!」

 

 

 

「!?」

 

キリコはクラッカーの破裂音とともに迎えられる。

 

「時間ピッタリですね♪」

 

「分校長、お疲れ様です」

 

「何、構わん。それよりいつまで呆けておる。そなたは今宵の主役であるぞ」

 

「主役?」

 

キリコは生徒たちの方を向く。

 

 

 

『キリコ(君)(さん)、誕生日おめでとう!』

 

 

 

生徒たちは総出で言った。

 

「………………」

 

キリコは開いた口が塞がらなかった。

 

「あの、7月7日はキリコさんの誕生日だとお聞きしたものですから」

 

タチアナはおずおずしながら言った。

 

「本当は昨日行うべきなんでしょうけど」

 

「ああ、試験は今日までだからねぇ」

 

マヤとレオノーラが肩を竦める。

 

「とりあえずサプライズは大成功ね」

 

「ふふっ、隠し通すの大変だったんですよ?」

 

ゼシカとルイゼがハイタッチする。

 

「……そうか」

 

キリコは状況を飲み込めた。

 

「すまないな」

 

「良いんだよ。仲間だからな」

 

「仲間の誕生日くらい祝わないでどうする」

 

スタークとウェインが肩を掴む。

 

「そういや、キュービィーは18歳なんだろ?」

 

「ユウナさんたちより年上なんですよね」

 

「一応、僕たちⅦ組の中で一番誕生日が早いんだな」

 

「わたしが最年少なのに変わりありませんが」

 

「コラ、アル。とにかく、おめでとう!」

 

Ⅶ組が祝う。

 

「よーし、全員注目!」

 

ランディが全員を向き直させる。

 

「今日は試験も無事終えたし、キリコの誕生日だ!みんな、今日は無礼講だ!」

 

「皆、飲んで食べて英気を養うがよい」

 

『おおっ!』

 

「………まったく」

 

「ふふ、今日くらい良いじゃないですか」

 

ため息をつくミハイルをトワが取りなす。

 

「みなさーん、料理が出来ましたよ!」

 

ティータが食堂から出てきた。

 

食堂には、色とりどりの料理や様々な飲み物が並んでいた。

 

「おっ、美味そう!」

 

「ダメだよ、シドニー君。まずは主役が先」

 

サンディがシドニーを窘める。

 

「よし、主役はこっちだ」

 

「主賓は上座と決まっているからな」

 

「キリコさん、こちらですよ!」

 

「お、おい……!」

 

キリコはグスタフとフレディとカイリにテーブルの上座に連れていかれた。

 

「全員揃ったな。では、乾杯といこう。キリコ、音頭を頼む」

 

リィンがキリコに促す。

 

「……………」

 

キリコはグラスを手に持ち、全員もそれに倣う。

 

「今日はわざわざすまないな。これからも、仲間として頼む。乾杯」

 

『乾杯!!』

 

その後、生徒たちはジュース、教官たちはアルコールを片手に料理に舌鼓を打った。

 

料理研究会が腕によりをかけて作った料理はどれも絶品であり、キリコも食べる量はいつもの比ではなかった。

 

途中、軽音部の演奏も余興として登場し、大いに盛り上がった。

 

皆、試験が終わった反動からか、時間が経つのも忘れ、結局全員がベッドに入ったのは日付が完全に変わった頃だった。




次回、新Ⅶ組+1がとある危機に陥ります。


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交錯①

知る人ぞ知るあのイベントです。


7月9日 午前9:00

 

キリコたちⅦ組特務科はアインヘル小要塞に集められていた。

 

「ふああっ」

 

「さすがに眠いです」

 

「夕べは騒ぎ過ぎたかな……」

 

「一応、近隣の方々には許可は得ているそうです」

 

「………………」

 

「キリコ君も眠い?」

 

「いや、何をさせられるかと思ってな」

 

「小要塞での攻略はいつも通りですが……」

 

「毎回毎回趣向が変わるからな──」

 

「すまない、待たせた」

 

「すみません、遅れました!」

 

要塞入り口からリィンとティータがやって来た。

 

「遅いですよ!」

 

「すみません!調整に手間取ってしまって……」

 

「いやいや、ティータは悪くないから」

 

「…………………」

 

リィン教官がわかりやすく落ち込む。

 

「それより調整って?」

 

「そういえば完成したらしいな」

 

「キリコさん、ご存知なんですか?」

 

アルティナが不思議そうに聞く。

 

「これです!」

 

ティータが右手を掲げる。

 

すると、ティータの目の前に赤い機械が顕れた。

 

「ええっ!?」

 

「これは……」

 

「オーバルギア、だったか?」

 

「はい!ZCFとラインフォルト社の共同開発の試作機。その名もオーバルギアⅢです!」

 

「以前、格納庫でティータさんが造っていたものですね?」

 

「へぇ?なかなか面白そうだな」

 

アッシュはポンポンと叩く。

 

「ちょっとアッシュ!壊したらどうすんのよ!?」

 

「大丈夫ですよ。耐久性もテスト済みですから」

 

「教官、もしかして今回の小要塞攻略は……」

 

「ああ。このオーバルギアⅢのテストも兼ねている。今回の小要塞攻略は、俺たちⅦ組特務科とティータを入れた8人で──」

 

「いや、6人だ」

 

シュミット博士が待ったをかける。

 

「博士?」

 

「キュービィー、シュバルツァー、貴様らにはオペレーターをやってもらう」

 

「オペレーターですか?」

 

「俺もですか」

 

「私の計算ではキュービィーを除くⅦ組と弟子候補で釣り合いがとれる。貴様らを入れてはテストにならん」

 

「………わかりました」

 

「すまないが、今回は君たちのバックアップをさせてもらう」

 

「ハッ、上等!」

 

「僕たちの成長を見せる時だ」

 

「腰を抜かさないでくださいよ?」

 

「ハハッ、楽しみにさせてもらうよ。ティータ、君の成果も見せてもらう」

 

「わかりました!それにこれは私だけじゃなく、アリサさんも関わってますから」

 

「だいたいは聞いているよ。それに何でも、フルメタルドッグからもヒントを得ているとか」

 

「そうなんですか?」

 

「ローラーダッシュによる機動力はな」

 

「そろそろ始めるぞ。いつまで油を売っているつもりだ?」

 

シュミット博士の言葉にユウナたちは頭を切り替え、LVMAXへと向かった。

 

 

 

「LVMAX……」

 

「確かに徘徊している魔獣も前回よりも強い……!」

 

「本気でかかる必要があるわね……!」

 

ユウナたちは闘志を燃やす。

 

「調子は良さそうだな」

 

「はい、バッチリです!」

 

「なるほど。ティータさんが乗り込むんですね?」

 

「なんかカッコいいかも……」

 

ユウナがオーバルギアⅢを見つめる。

 

『よし、そろそろ攻略に入ってくれ』

 

『おそらく、今のお前たちなら突破できるだろう。油断だけはするな』

 

天井からリィンとキリコの声が響く。

 

「ああ、もちろんだ」

 

「せいぜい指咥えて見てな」

 

「オペレート、よろしくお願いします」

 

「キリコさんに見られている……なんだか緊張しますね♥️」

 

「あ~ハイハイ、とっとと行くわよ」

 

ユウナたちは出発した。

 

 

 

[キリコ side]

 

「…………………」

 

「気になるか?」

 

「ええ」

 

改めて俯瞰で見てみると、相当なレベルだ。

 

放たれている魔獣はこの辺りでは見ないほど手強く、ユウナたちも苦戦している。

 

だが、ユウナたちも成長している。

 

先月のジュノー海上要塞での死闘から確実に変わった。

 

演習の後、ユウナは「見ていることしかできなかった」と悔しがっていた。

 

その言葉はⅦ組はもちろん、Ⅷ組、Ⅸ組にも響いた。

 

鍛練場にはクルトやⅧ組の他に、スタークを始めとするⅨ組生徒も集まるようになった。

 

本来主計科は戦闘にはあまり関わらないのだが、自主鍛練をするようになってからはランディ教官でさえ唸るほど腕を上げた。

 

また、精神的にも成長したように思える。

 

その証拠に戦闘訓練で弱音を吐く者は一人もいなくなり、積極的に動くようになった。

 

中には打倒本校と言う者もいるが、それはまだ早いだろう。

 

 

 

(ユウナたちの動きは悪くない。そして──)

 

『い、いきます!』

 

オーバルギアⅢが唸りをあげ、魔獣を圧倒する。単純なパワーなら中型魔獣など比ではないかもしれないな。

 

(それにしても、似ているな。いつの日か造られるかもしれないな。戦争と混乱をもたらす、ATかそれに準ずる兵器が)

 

「キリコ?どうした?」

 

「いえ、なんでも」

 

「そうか……。まあ、無理はしないようにな?」

 

「はい。それよりユウナたちは?」

 

「そろそろ中間だな」

 

「……改めて見ると、長いですね」

 

「確かにな。だが、いいペースだ。これなら予想タイムより早く最奥に到達するかもしれないな」

 

「今のあいつらなら可能でしょう」

 

「そうだな。よし、後半分だ。気を引き締めてくれ」

 

リィン教官はユウナたちにマイク越しに告げる。

 

「後半はさらに複雑な造りになっている。ここで行き詰まるボンクラでないことを期待する」

 

博士は憎まれ口を叩く。

 

『だ、誰がボンクラですかっ!?』

 

『落ち着いてください』

 

『ああ。見返せばいいじゃないか』

 

『あったり前よ!』

 

予想通り憤慨するユウナをクルトとアルティナが諌める。ユウナは先ほどよりやる気に満ちている。

 

(まさかとは思うが、憤慨させることでやる気を引き出しているのか?)

 

「どうした?」

 

「……いえ、別に」

 

「まあいい。キュービィー、そこのボタンを押せ」

 

言われたとおりボタンを押すと、画面が暗くなった。ユウナたちも突然のことに混乱していた。

 

「これは……!?」

 

「見てのとおり視覚は一時使えなくなる。キュービィー、奥の解除装置までフォローしてやれ」

 

「……了解」

 

俺は暗闇の中戸惑うユウナたちのサポートに専念した。

 

なんとか解除したは良いが、ユウナの機嫌は大分悪くなり、ミュゼとティータがなんとか諌めていた。

 

 

 

その後、順調に攻略しユウナたちは最奥に到達した。

 

「タイムは悪くない。後は魔獣を倒せばクリアだな」

 

「何が出てくるか、ですが」

 

「……まあな」

 

画面に目をやると、大型魔獣との戦闘が始まっていたが、今のあいつらなら問題はなさそうだな。

 

クラフト技にアーツ、戦術リンクによる連携。精神的な成長がプラスになって、精度が前回とは比べものにならない。

 

だが──

 

(連携のタイムラグがほとんどゼロに近い。何が起きている?)

 

戦術リンクと言えどもそこにはタイムラグが存在する。物理攻撃からアーツではなおさらだ。

 

「………………」

 

リィン教官も不安を感じ取ったらしい。

 

最終的にユウナたちは全員一致のバースト攻撃で魔獣を倒した。

 

だが戦闘が終わっても戦術リンクが働いている。ユウナたちもこれには動揺を隠せないようだ。

 

すると、ARCUSⅡから強い光が発せられ、ユウナたちが光に包まれる。

 

「これは……!」

 

ようやく目が慣れると、そこにはミュゼとティータ以外が倒れていた。

 

「ユウナ、クルト、アルティナ、アッシュ起きろ」

 

『う、うう……』

 

『な、何よ今の……』

 

『クソ……眩しいな』

 

『外傷はありませんが……』

 

『え?』

 

『はい?』

 

「?」

 

何かおかしい。ユウナたちが発した言葉が引っかかる。

 

「ユウナ、立てるか?」

 

『う、うん。立てるけど……』

 

なぜかクルトが立ち上がる。しかも女の口調でだ。

 

『僕たちは魔獣を倒した。そして光に包まれて……』

 

逆にユウナは男の口調だ。

 

「アルティナ、大丈夫か?」

 

見かねたリィン教官がアルティナに声をかける。

 

『はい、大丈夫です』

 

アッシュが珍しく敬語を口にした。

 

『へ?なんで敬語?』

 

『おい、何でヴァンダールが出てくんだ?』

 

アルティナはいやに目付きも口も悪い。

 

『ええっ!アルティナちゃん!?』

 

『な、なんだか様子が……?』

 

ユウナ?たちは大いに戸惑っている。

 

『ちょ、ちょっと待って!?な、なんであたしがいるの!?』

 

『そ、そういう僕こそ……!』

 

『なぜわたしがわたしを見下ろしているんでしょう?』

 

『どーなってんだ?』

 

『えーーっと……これってもしかして………』

 

『もしかしなくても……ユウナさんたちは今…………』

 

 

 

『入れ代わってる!?!?!?』

 

 

 

『なんで!?なんであたしクルト君になってるの!?』

 

『落ち着け!ってなんで僕が僕をなだめてるんだ!?』

 

『初めて見る風景です』

 

『そりゃあな。チビにはわかんねぇだろうな』

 

『私たちは無事みたいですね』

 

『幸か不幸か、途中でラインが途切れましたね』

 

………………………何がどうなってこうなった。

 

[キリコ side out]

 

 

 

リィンはユウナ?たちにエントランスに戻って来るよう告げ、キリコと共に待っていた。

 

「あれはいったい?」

 

「説明はする。それまで……って来たか」

 

ユウナ?たちが戻って来た。

 

「うっ…うっ…うう……」

 

「ほら、泣かないで」

 

クルト(ユ)はユウナ(ク)に慰められていた。

 

「何もかもがでかく見えんな」

 

「アッシュさん、大股で歩かないでもらえると」

 

アッシュ(アル)がアルティナ(アッ)を窘めている。

 

「やはり問題はARCUSⅡ?でもそうとしか……」

 

「ティータさん、転びますよ」

 

ぶつぶつ言うティータをミュゼが注意した。

 

「ええっと……無事で……何より……」

 

「これのどこが無事だって言うんですかぁぁぁっ!?」

 

クルト(ユ)はリィン教官を怒鳴る。

 

「なんで……なんでこんな目に遭わなきゃいけないのよぉぉぉぉ!このクラス呪われてるんじゃないのぉぉぉぉ!?」

 

クルト(ユ)は泣き出した。

 

「なぁ、シュバルツァー。なんでチビウサと俺が入れ代わんだよ?」

 

「アッシュさん、お願いですから今は喋らないでください」

 

「さ、さすがに見たくないような……」

 

「あ?」

 

「凄むな」

 

アルティナ(アッ)をユウナ(ク)が窘める。

 

(いよいよ訳がわからないな)

 

「教官。説明を願います」

 

アッシュ(アル)がリィンを促す。

 

「あ、ああそうだな。おそらく原因は君たちのARCUSⅡ。そして、擬似的なオーバーライズだろう」

 

「オーバーライズ?」

 

「そもそも戦術リンク機能はリンクを結んだ両者の絆によって発動されるものなんだ。互いに信頼してなければ戦術リンクは本来の性能を発揮できない。最悪使用が不可能になる」

 

(なるほどな)

 

「キリコも含め、君たちは力を合わせて乗り越えてきた。そこには大なり小なり絆が存在するはずだ。戦術リンクのいや、それ以上の性能を引き出すくらいにな」

 

「それとなんの関係があんだよ」

 

「性能を発揮し過ぎた結果、ラインを結ぶ者同士の精神がシンクロを通り越して入れ代わった、ということだ」

 

「なるほど。それを引き起こすほど、僕たちの絆が固いということですか」

 

「喜ぶべきか否か、だな」

 

「それにしてもずいぶん詳しいんですね?」

 

「いや、実を言うと、俺も学生の時に経験があってな。俺とアリサとラウラとフィーの中身が入れ代わるなんてことが起きたんだ」

 

「経験済みでしたか……」

 

「続けるぞ。その後、そのデータはラインフォルト社の技術者に解析され、新たな機能として誕生した。それがオーバーライズだ」

 

「先ほどのようにタイムラグ無しでの行動がとれるんですね?」

 

「でも……ARCUSⅡには実装されていませんよね?」

 

「おそらく、旧Ⅶ組だからこそできたことなんでしょう」

 

「そのとおりと言えばそうなんだろう。とはいえ、戦術リンクが使える以上、その可能性は懸念すべきだった。本当にすまない」

 

「まあ……起こってしまったことは仕方ありません。それよりどうやって過ごすかですね」

 

「ちょっと待ってよ!」

 

クルト(ユ)が飛び起きる。

 

「なんですか?」

 

「なんですか?じゃないわよ!あたしに一生クルト君でいろっての!?」

 

「いや、そこまで否定することか……?まあ、戻れるに越したことはないんだが」

 

「ユウナさん、いえこの場合はクルト・クロフォードさんでしょうか?」

 

「ひっぱたくわよ!」

 

「まあまあ。でも、教官は戻れたんですよね?その時はどうしたんですか?」

 

「それなんだが………」

 

リィンは言いづらそうに口を開く。

 

「俺たちの時は本校の旧校舎の試練を乗り越えてなんだ」

 

「試練?」

 

「以前仰っていたヴァリマールの?」

 

「その途中の階層でな」

 

「今から本校に行けってか?」

 

「さすがに無理かと……」

 

「そんな………!」

 

クルト(ユ)の顔が絶望に染まる。

 

(そもそも、それがまだあるという保証もないしな)

 

「とにかく、一旦戻ろう。トワ先輩なら何か知恵を貸してくれるはずだ」

 

「それしかなさそうですね」

 

リィンたちは小要塞を出た。

 

「…………………」

 

キリコは小声でミュゼに話しかける。

 

(わざと切ったのか)

 

(ええ。視えたので)

 

(そうか)

 

(でも残念です。できればキリコさんと……すみません、なんでもないです)

 

(……………………)

 

キリコとミュゼはリィンたちを追いかける。

 

 

 

「…………………………………」

 

報告を聞いたミハイルは額に青筋をたてていた。

 

「………………シュバルツァー」

 

「は、はい…………」

 

「君はあれかね?騒ぎを起こすことがⅦ組特務科だと勘違いしていないかね?」

 

「い、いえ……そんなことは………」

 

「とにかく」

 

ミハイルは恨みがましい目を向ける。

 

「私はこれから原隊に戻らなければならん。明日までに元に戻しておくように。さもなくば──わかっているな?」

 

「りょ、了解です!」

 

「よろしい」

 

ミハイルは教官室を出ていった。

 

「ふーーーーーーっ!」

 

「あはははは…………ご苦労様」

 

「さすがにおっかねぇな」

 

「いえ、ミハイル教官の立場を思えば仕方ないですよ」

 

「にしても、マジで入れ代わってるんだな。ええっと、ユウナ・ヴァンダールにクルト・クロフォードにアルティナ・カーバイドにアッシュ・オライオンか」

 

「本当にハッ倒しますよ!?」

 

クルト(ユ)がランディに掴みかかる。

 

「わ、悪かったよ。とにかく落ち着け!な!」

 

「ううう………」

 

クルト(ユ)が引き下がる。

 

「コホン……それでリィン君はどうするの?」

 

「ARCUSⅡについてはアリサを頼るしかありません。問題はどうやって戻すかですね」

 

「オーバーライズ、だったか。まさかそんなもんがあるなんてな」

 

「リィン君たちⅦ組だからこそできたので、ARCUSⅡには組み込まれてなかったんですけど、まさか同じことが起きるなんて」

 

「トワ教官もご存知なんですか?」

 

「うん。私やリィン君がまだ本校にいた頃だね」

 

「なるほどな」

 

ランディが腕を組む。

 

「それでなんですが何かいい知恵はないでしょうか?」

 

「うーーん………エマちゃんはどうかな?」

 

「エマ?…………なるほど、魔女の秘術ですか」

 

「可能性はありそうですね」

 

「ここまでくりゃオカルトだの言ってられねぇな」

 

「とにかく、連絡してみます」

 

リィンは一旦教官室を出てエマとアリサに連絡を取った。

 

数分後、浮かない顔で戻って来た。

 

「リ、リィン君?」

 

「ま、まさか──」

 

「いや、来てくれることにはなったんだが、エマは今ルーレにいるらしくてな。リーヴスに着くのはどんなに急いでも夕方になるそうだ」

 

「夕方……ですか」

 

「今11時半ですから少なくとも四、五時間後ですね」

 

「ルーレからだと、帝都行きの飛行船でだいたい四時間。そこから列車に乗り換えて一時間前後だから計算は合っているな」

 

「そればっかしはなぁ……」

 

「そ、それはいいんですよ!それよりどうするんですか!?今日部活あるんですよ!?」

 

「? 部活なら出れば………ああ、そういうことか……」

 

「察してんじゃないわよ!!」

 

「まあまあ。今日は茶道部は休みなのである程度フォローできるかと」

 

「余計に不安なんだけど……」

 

(今考えてみれば……あの時は相当無茶なことしてたんだな………)

 

リィンはかつての実体験を思い出した。

 

「教官?」

 

「どうかしたの?」

 

(不埒なことでしょうか)

 

「いや、俺も今の君たちみたいに知恵を絞ってたな、と思ってさ」

 

「とにかく、部活をどうするかですね。一番良いのは休むことでしょうが」

 

「あの分校長が認めるとは思えねぇしな」

 

「関係ない、の一言で片付きそうですよね」

 

「とにかく、ユウナちゃんとアルティナちゃんは私とミュゼちゃんでフォローするよ。ティータちゃんは技術部の方に行くんでしょ?」

 

「すみません……本当は何かお手伝いしたいんですが……」

 

「ううん、気にしないで。小要塞攻略を手伝ってくれただけでも十分だもん」

 

「決まりだね。リィン君にランディさん、すみませんが」

 

「気にしないでください」

 

「そっちは任せた」

 

リィンとランディはそれぞれ動き出した。

 

「それじゃ、行きましょうか」

 

「わかってると思うけど………変なことしたらタダじゃおかないわよっ!」

 

「も、もちろんだ……!」

 

「んなことしねぇよ」

 

「キリコ君は格納庫に?」

 

「ええ。機甲兵教練で何か搬入されるようなので。何か聞いていますか?」

 

「ううん、聞いてないけど」

 

「そうですか」

 

キリコは格納庫へ向かった。

 

「あっ、私も行きます。失礼します」

 

ティータはキリコを追って行った。

 

(とりあえず、こちらが終わったらキリコさんの所へ行きましょう。もしかしたら、これが最後かもしれませんし……)

 

 

 

[ユウナ(ク) side]

 

やっぱり落ち着かないな。

 

あの後目隠しと耳栓までされて着替えさせられたはいいが、このテニスウェアというのはかなりスースーする。

 

もちろんスカートなんて初めて履いた。女子はよく平気でいられるな。

 

もちろん僕はテニスなどやったことはない。

 

というより、テニスは女子スポーツというのがおおよそのの見方だ。

 

将来的には男子の参入もあるらしいが、それはまだ先だろう。

 

今回は僕とゼシカの試合形式だ。

 

ゼシカがボールを高く上げ、ラケットで打つ。なんとか反応するも追いつけなかった。

 

(こんなに速いのか!?)

 

ルイゼがボードに15と書く。なるほど、テニスは15点も貰えるのか。

 

ここからは集中していこう。

 

次に打ったボールの落ちる地点は……ここだ!

 

素早く落下地点に移動し、ラケットを水平に振る。ボールはゼシカの足元に落ちる。

 

ゼシカは棒立ちで動けなかった。

 

「すっご~~い!」

 

「今のは……ヴァンダール流の……!?」

 

しまった。ついいつもの癖が出てしまった。

 

「なるほど。そういうことか……」

 

ゼシカが近づいて来る。

 

(バレたか……)

 

「今の、クルト君の真似よね!」

 

「へっ……?」

 

「スポーツに武術を応用するなんてやるわね。さすがにクルト君みたいに細かくはいかないでしょうけど」

 

「うんうん♪カッコよかったよ!」

 

「え、ええっと……」

 

「いいわ、本気でやりましょう。それにルイゼもテニスだとキレがあるものね」

 

「ふふふ、経験者だもん♪」

 

とりあえず、勘違いしてくれたみたいだな。いいだろう、由緒正しきシュライデン流の技、みせてもらおう。

 

[ユウナ(ク) side out]

 

 

 

[クルト(ユ) side out]

 

「どうした?さっきから上の空だぜ?」

 

「な、なんでもないよ。ハハハ………」

 

うう……チェスなんてやったことないのに。それに大丈夫かな……クルト君……。

 

「? まあいいや。それよりクルト、どうしたら俺はモテると思う?」

 

「……とりあえず、性格を直したら?後、口数も多いし、ヘラヘラするのも止めた方がいいよ。後やたらめったら女の子に声かけるのも控えた方がいいし、何より誰かの物真似とか良くないと思うよ。後、その香水も止めたら?匂いがキツいし、なんかイヤだから」

 

「……………………………」

 

シドニー君がすごく沈んでる。

 

「ええっと……」

 

「良いんだ、クルト。ハハハ………」

 

「……………」

 

「うわぁぁぁぁぁぁん!!」

 

シドニー君は泣き叫びながら行ってしまった。

 

ちょっと言い過ぎたかな?

 

まあ、シドニー君も顔は悪くないから性格さえなんとかなればモテるんじゃないかな?

 

ああ、早くアリサさんとエマさん来ないかなぁ……。

 

[クルト(ユ) side out]

 

 

 

[アルティナ(アッ) side]

 

チッ、なんか動きづれーな。

 

なんか眠くなったと思えばいきなり水着になってるしよ。薬でも嗅がされたか?

 

とりあえずプールに行くと、ウェインとスタークとレオノーラが準備運動をしてた。

 

まあ、足がツッちまうのはダセェからな。

 

「よーし、それじゃ、始めようか」

 

「スターク、負けんぞ」

 

「最初から飛ばすと後半がキツいぞ」

 

水泳部ってのはこんな感じなのか。

 

「さて、アルティナ。目標の40アージュいってみようか」

 

「…………………」

 

正直メンドくせーが、やるしかねぇか。

 

つーか、政府の諜報部員がカナヅチってどーなんだよ。

 

「そう!その調子!いけるよ!」

 

(………うるせーな…………)

 

そういや、お袋もこんな感じだったな。変にお節介焼きで、ズボラでガサツでメシマズで。

 

そういや、しばらく食ってねぇな。あのマズイメシ。

 

「よっしゃ、これで40アージュ達成!」

 

「ついにいけたな」

 

「うぐっ……まだまだ!」

 

ウェインの野郎は飛ばしてやがる。

 

「そろそろ休憩するかい?」

 

「……まだいける」

 

「そ、そうかい?まあ、無理はしないようにね?」

 

とりあえず、いけるとこまでやるか。

 

[アルティナ(アッ) side out]

 

 

 

[アッシュ(アル) side]

 

「……………………」

 

タチアナさんが一心不乱に何かを書いています。

 

まあ、私は文学はわからないので見ても仕方ないのですが。

 

それにしても、退屈ですね。とりあえず、窓を開けましょう。

 

「あっ!」

 

窓から風が吹いて、タチアナさんが書いていた原稿用紙が飛びます。

 

「おっと……」

 

「ダ、ダメぇぇぇぇっ!!」

 

拾おうとした原稿用紙をタチアナさんがひったくります。

 

そのままタチアナさんが行ってしまいました。タチアナさんがあれほど取り乱しているところは初めて見ました。

 

しかし、なぜ原稿用紙を片隅にクルトさんとアッシュさんとキリコさんの絵が描いてあったのでしょう?

 

やっぱり文学はわかりません。

 

[アッシュ(アル) side out]

 

 

 

午後1:50

 

「ユウナさんたち、大丈夫でしょうか?」

 

「さあな」

 

オーバルギアⅢのチェックをするティータはアインヘル小要塞のデータをまとめるキリコに問う。

 

「Ⅶ組全員のARCUSⅡは試験前にいじったが、不調は見られなかった」

 

「先ほどアリサさんから連絡をいただきました。どうやら向こうも想定外だったみたいです。なんとか私たちで中身を調べられませんでしょうか」

 

「無理だろうな。以前聞いたが、ARCUSⅡの内部機構は完全にシークレットだそうだ」

 

「バラすことはできても、不調の解明までは不可能ですか……」

 

「それに戦術リンクのこともある。今は待つしかない」

 

「そうですか………」

 

「すみません、少しいいでしょうか?」

 

「あれ?ミュゼちゃん」

 

ミュゼが格納庫にやって来た。

 

「どうした」

 

「先ほどの戦闘で照準が狂ってしまったようなので、見ていただけませんか?」

 

「……わかった」

 

キリコはミュゼの魔導騎銃を調べ始める。

 

「………整備はマメにしているようだな」

 

「わかりますか」

 

「だが、そろそろ限界だろう。買い替えることをすすめる」

 

「そうですか。なら仕方ありませんね」

 

ミュゼは魔導騎銃をしまう。

 

「キリコさん」

 

「なんだ?」

 

ミュゼは体を捩らせながらキリコに話しかける。

 

「キリコさんは夏至祭はご存知ですよね?」

 

「ああ」

 

「誰かと……行かれた事は……?」

 

「ない。そもそも夏至祭に行った記憶はない」

 

「そ、そうですか……」

 

(ミュゼちゃん、もしかして……?)

 

「それでなんですけど……その……もし、よければ……」

 

「?」

 

(ミュゼちゃん、ファイト!)

 

「わ、私と一緒に──」

 

「ここが格納庫か」

 

「思ったより大きい」

 

「ほう、大したものだな」

 

「フフ、他の士官学校よりは大きいかもしれません」

 

格納庫の扉が開かれ、4人が入って来た。

 

「!?」

 

「何か言いかけたか?」

 

「い、いえ!なんでもないです!」

 

「?」

 

(ああもう!後少しだったのに!)

 

ミュゼは心の中で訪問者たちを呪った。

 

「キュービィー。おや、ラッセルにイーグレットもか」

 

「キリコにミュゼだったな。三ヶ月ぶりだな」

 

「ティータも久しぶり。アガットには会ってる?」

 

「分校長?」

 

「ラウラさん!フィーさん!」

 

やって来たのはオーレリアとラウラとフィー。そして、顎髭の男性だった。

 

「そなたがオーレリアの言っていた、キリコ・キュービィーか。娘からも聞いている」

 

(ラウラさんのお父さん……そっか、この人が……)

 

「………………」

 

「おっと、まだ自己紹介が済んでいなかったな」

 

顎髭の男性は胸を張る。

 

「アルゼイド子爵家が当主、ヴィクター・S・アルゼイドだ。よろしく頼む」

 

(シュバルツァー男爵閣下同様、貴族派において中立派を掲げる方ですわね。そしてオーレリアさんやウォレス少将と並ぶ達人の一人)

 

アルゼイド子爵はキリコに右手を差し出す。

 

「あ……」

 

「父上………」

 

「オーレリアと互角に戦ったほどの相手だ。礼を尽くすのは当然であろう」

 

「生身でやり合ったわけではありませんが」

 

「機甲兵とて道具でしかない。重要なのは如何にして勝利したという結果だ。そしてそこに善悪はないと言ってもよい」

 

「そういえば、以前キリコさん仰ってましたよね。「戦場、というより戦闘はゲームではない。決まったルールがあるというわけではない」って」

 

「そなたの言うとおりだ。戦術一つ取っても様々な形で存在する。真っ向勝負も不意を突くことも一つの手段でしかない」

 

(………耳が痛いな)

 

(昔のラウラなら拒絶してたね)

 

頬をかくラウラにフィーが付け加える。

 

「キュービィー、師が手を差し出すなど滅多にありはせぬぞ?」

 

「………………」

 

キリコも右手を出し、互いに握手した。

 

「ふむ、良い眼をしているな。気性も悪くなさそうだ」

 

「……どうも」

 

 

 

アルゼイド子爵は次にティータを見た。

 

「そなたは初めて会うな」

 

「は、はいっ!リベールから来ました、ティータ・ラッセルと申します!」

 

「ほう?南のリベール王国からか」

 

「はい。あの、分校に来る前にカシウスさんが言ってました。帝国の光の剣匠と呼ばれる方は自分よりも強い剣士だと」

 

「ほう。あのカシウス殿にそう言われるとは恐悦至極だ。いつか、手を合わせてみたいものだ」

 

「リベールの剣聖、カシウス・ブライト……!」

 

「一時期は大陸に4人しかいないとされるS級遊撃士。西風の旅団がリベールで活動しなかった最大の理由だね」

 

「そういえばラッセルはカシウス・ブライトの子どもたちと親しい間柄らしいな?」

 

(カシウス・ブライト………確か百日戦役で大反攻作戦を成功させた軍人だったか)

 

(カシウス中将とそのお子さんたち、そしてクローディア王太女殿下。いずれ合いまみえる時が来るでしょうね)

 

ミュゼは少し先の未来を視た。

 

そしてそれが遠くない日であることをひしひしと感じた。




次回、光の剣匠に挑みます。


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交錯②

原作と構成メンバーは違いますが、アルゼイド子爵との戦闘です。


「まさか……子爵閣下がいらしていたとは……」

 

アルゼイド子爵がラウラ、フィーと来ていると知ったリィンは慌てて格納庫へ飛んで来た。

 

「久しいな、リィン。逞しくなったものだ」

 

「お久しぶりです、閣下。まだまだ修行の身ですよ」

 

「フフ、謙遜しなくても分かる。彼のような教え子と共に切磋琢磨しているようだな」

 

「キリコ、失礼はなかったろうな?」

 

「はい」

 

「心配はいらぬ。それよりリィン、表のユウナのことだが」

 

「…………ユウナがどうした?」

 

「何?今の間」

 

「リィン?」

 

フィーとラウラが疑いの目を向ける。

 

「…………二人とも、落ち着いて聞いてくれ」

 

リィンは事の詳細を話した。ラウラとフィーは唖然とし、アルゼイド子爵は苦笑いを浮かべ、オーレリアは呆れた。

 

「……まさか我らと同じことが起こっていたとはな。なるほど、ヴァンダール流の体捌きが使えるはずだ」

 

「ユウナとクルト、アルティナとアッシュがそれぞれ入れ代わったんだね?」

 

「ああ。正直、俺も全く頭になかったよ。あの機能は搭載されてなかったとはいえ、懸念すべきだった」

 

「仕方ないよ。そもそもあれは不測の事態。気にしろって言う方が無茶」

 

「まったく、そなたらは毎度騒ぎを起こしてくれるな」

 

「す、すみません……」

 

「で?戻す算段はつけてあるのだろうな?」

 

「はい。エマが来てくれるそうです」

 

「ほう、深淵の魔女殿の妹分か。ならば問題はないな」

 

「やっぱり知ってるんだね」

 

「内戦時に同じ軍門におられたそうだが」

 

「魔女殿とは初の会合でお会いしてな。まさか帝国オペラの蒼の歌姫と同一人物だとは思わなんだ」

 

(すごい会話………)

 

(ふふ、私たちは入れませんね)

 

(…………………)

 

 

 

「それより──」

 

アルゼイド子爵は真顔になり、リィンとオーレリアの方を向く。

 

「かの槍の聖女と剣を交えたそうだな?」

 

「お耳が早いですね」

 

「ラウラから聞きましたか」

 

「私も驚いている。我が祖先と共に戦場を駆けた槍の聖女が生きていて、オーレリア殿やリィンたちと槍を交えたなど……」

 

「ヴィクターさんとラウラさんのご先祖は鉄騎隊の副長を務められたそうですが」

 

「その通りだ。そして、我らの名前のSはリアンヌ・サンドロットから戴いたものなのだ」

 

「そうなんですか!?」

 

ティータは驚きを隠せなかった。

 

「アルバレア家の若殿から聞いたがオーレリア、そなたは聖女殿から認められたそうだな?」

 

「まだまだです。聖女殿はかつての、と仰ってましたから」

 

「フ、もはや力の落ちた身では羨ましい限りだ」

 

「落ちた?」

 

「ああ。煌魔城で火焔魔人との死闘において、肺を少々焼かれてな。剣筋が鈍り以前ほど力を出せなくなった」

 

「あ……」

 

「父上………」

 

「…………………」

 

リィンたちは顔を伏せる。

 

「フフ、そんな顔をするな。私がおらぬとも、アルゼイド流が絶えることはない。我が娘も皆伝に至ってくれたしな」

 

「閣下……」

 

「とはいえ、隠居するにはまだ早いのでな。それに新Ⅶ組についても知りたかったのだ。まあ、今回は無理があるだろうが」

 

「本当に申し訳ありません……」

 

リィンは力なく謝罪した。

 

「構わぬ。いずれ会う日も来よう。その代わりと言ってはなんだが、リィン、クラウゼル。そして我が娘よ。そなたらの力を見せてもらいたい」

 

「!」

 

「そう来るか……」

 

「父上………」

 

「……わかりました。分校長、鍛練場を借ります」

 

リィンは力強く頷く。

 

「ならば、Ⅶ組の者たちを連れて行くがよい。キュービィー、イーグレット。すぐに連絡を取れ」

 

「了解」

 

「了解しました」

 

キリコとミュゼは仲間たちに連絡を取る。

 

「それとシュバルツァー。オルランドも呼ぶがよい」

 

「ランディさんもですか?」

 

「そうだね。ランディはかつて赤い死神って呼ばれてるほどの実力者だからね」

 

「最初に会った時から相当の強者と思っていたが………」

 

「よかろう。その者も呼ぶといい。オーレリア、案内を頼む」

 

「わかりました。シュバルツァー、準備を整えておけ」

 

オーレリアとアルゼイド子爵は格納庫から出て行った。

 

「え、えーっと………」

 

「すまぬ。父上は一度決めると行動が早いのだ」

 

「即断即決が信条と仰っていたからな」

 

「俺たちは見学ですか」

 

「そうだな。見るのも修行の内だ。キリコはあまり興味はないかもしれないが、見ておくといい。達人がどういうものなのかを」

 

「……………」

 

キリコは鍛練場へ向かった。

 

「ではお先に参ります」

 

ミュゼもその後を追う。

 

「ティータは格納庫に?」

 

「いえ、これから寮の食堂でサンディちゃんたちと待ち合わせしているので」

 

「わかった。二人も夕飯食べていくんだろ?」

 

「あいにく、父上と共に夕方には帝都にいなくてはならぬのでな」

 

「私も帝都でアガットと待ち合わせだから。エマにはよろしく言っといて」

 

「そうか、わかった。それじゃ、行こうか」

 

「うむ」

 

「ヤー」

 

リィンたちも鍛練場へ歩き出した。

 

 

 

「まさか、光の剣匠閣下が来られているとは……!」

 

「ヴァンダール………てめえ、そんな眼してたか?」

 

「ラウラさんのお父さん……カッコいい……!」

 

「ユウナさん、その姿では控えた方が良いかと」

 

それぞれの部活から新Ⅶ組が集合した。

 

「…………………」

 

(キリコさん、完全に視界から消していますね)

 

「………これは、なんとまあ…………」

 

「………すごいね…………」

 

「あーーー、あまり気にしないでくれ」

 

唖然とするラウラとフィーをリィンがなんとか取りなす。

 

「つーかよ、俺だけ場違いじゃねぇか?」

 

呼び出されたランディはぼやく。

 

「すみません。さすがに3人だけではキツ過ぎるので」

 

「ヤバいってのは分かるよ。叔父貴や聖女さんみてぇに半端じゃねぇってのはな」

 

「そういえば、クロスベルでやり合ったことあるんだよね?」

 

「手加減されてボロ負けだったけどな」

 

「ティオ主任によると、兜を砕いたとか……」

 

「ほう?相当の腕前と見受けるが」

 

「いやいや!六対一っスから!」

 

興味を抱いたアルゼイド子爵にランディはブンブンと手を振る。

 

「まあよい。では始めよう。だがその前に」

 

アルゼイド子爵はキリコを見る。

 

「そなたも加わるとよい」

 

『え!?』

 

「キリコを、ですか!?」

 

アルゼイド子爵の言葉に新Ⅶ組やリィンも思わず仰天した。

 

「父上!?」

 

「初めて会った時からそなたが気になってな。僅かな隙も見せぬその振る舞い。年の頃17、8と見たが、とてもそうは思えぬ」

 

「…………………」

 

「キリコ君………」

 

クルト(ユ)は心配そうに見つめる。

 

「チッ……(マジでムカつくぜ。あいつが戦うって時に疼きやがる)」

 

アルティナ(アッ)は舌打ちをし、片目を押さえる。

 

(確かに初めて会った時からそう思っていた。入学以来、鍛練を欠かしたことはなかった。同期の中でも腕が上がったと信じたい。だが、キリコにだけは追い付けそうにない。どれだけ鍛えても、越えられそうにない何かがある……)

 

ユウナ(ク)はキリコの背中を見つめる。

 

(やはり不可解です。会ったことはないのに、なぜキリコさんのことを知っているのでしょう)

 

アッシュ(アル)は入学以来感じている既視感に疑問を抱く。

 

(アルゼイド子爵の言うとおり、キリコさんの実力、特に精神面は明らかに年相応ではありません。キリコさん、本当に何者………いえ、何者でもいいんです。側にいてくだされば……)

 

ミュゼは手を胸の前で祈るように合わせる。

 

「……………………」

 

キリコはリィンたちの後方に付く。

 

「キリコ……」

 

「配置は間違ってない。リィン、ラウラ、ランディが前衛、私とキリコが後衛でいいね?」

 

「そうだな」

 

「決まったようだな。では──」

 

アルゼイド子爵が大剣を取り出す。

 

「ッ!」

 

「宝剣ガランシャール……!」

 

「な、何あの剣!?」

 

「あれが宝剣………」

 

「鉄騎隊の副長、つまりラウラさんのご先祖が用いたと言われる剣……」

 

「フフ、来るがいい」

 

アルゼイド子爵は宝剣を構える。

 

「参ります!」

 

リィンたちはアルゼイド子爵に全力でぶつかって行った。

 

 

 

「ぬん!」

 

「……クッ!」

 

「なんつーパワーだよ、このオッサン!?」

 

アルゼイド子爵の洗練された技にキリコとランディは苦戦を強いられる。

 

「な…な…な……」

 

「あれが……光の剣匠……」

 

「以前見た時と変わりません……」

 

「チート過ぎんだろ……」

 

(キリコさん……!)

 

新Ⅶ組も言葉が出なかった。だが──

 

「キリコ!大丈夫か!」

 

「問題ありません」

 

「そなたは外から攻めよ。こちらは私とリィンでやる!」

 

「了解」

 

「ランディ、私たちはキリコと逆から。アタックは任せた」

 

「はいよ!そんじゃ、反撃といきますか!」

 

旧Ⅶ組とランディとキリコは折れなかった。

 

「突貫させてもらうぜ!デススコルピオン!」

 

ランディが赤いオーラを纏い突貫する。

 

「くっ…!やるな……!」

 

「今だ!」

 

「サイファーエッジ!」

 

「アーマーブレイク」

 

アルゼイド子爵の動きが止まった隙を突いて、フィーとキリコがクラフト技を叩き込む。

 

「なかなかやる。だが!」

 

アルゼイド子爵の横薙ぎの斬撃にキリコとフィーが吹っ飛ばされる。

 

「くっ…!」

 

「やっぱりバケモノだね……!」

 

「まだまだいくぞ!」

 

続けざまにキリコに宝剣を振り下ろす。キリコはそれをかわし、胸部めがけてハンタースローを放つ。

 

「甘いっ!」

 

「…………」

 

しかし、剣の腹で防がれる。だがそれがキリコの狙いだった。

 

「隙あり!」

 

「ここだっ!」

 

アルゼイド子爵の両脇からラウラとリィンが仕掛ける。

 

「蒼裂斬!」

 

「神気合一。秘技・裏疾風!」

 

ラウラの飛ぶ斬撃と神気合一を発動したリィンの裏疾風がくり出される。

 

「ぐっ!」

 

アルゼイド子爵は素早く下がるが、裏疾風の二刀目はかわせなかった。

 

「もう一度仕掛ける。アーマーブレイク」

 

「心得た!獅子連爪!」

 

キリコはラウラとラインを繋ぎ直しクラフト技を仕掛ける。

 

「行くぜ、フィー!」

 

「ヤー!」

 

ランディとフィーのリンクアタックが体勢を崩したアルゼイド子爵に炸裂する。

 

「やるな………。? リィンはどこだ……?」

 

「あんたの背後だ」

 

「!?」

 

キリコの指摘にアルゼイド子爵に隙ができる。

 

(子爵閣下………いきます!)

 

神気合一を解いていたリィンは太刀を構える。

 

 

 

「心頭滅却、我が太刀は無。見えた!うおぉぉぉぉっ!斬!七の太刀・刻葉!」

 

 

 

落葉を進化させたリィンのSクラフトが勝負を決める。

 

「フッ……見事だ……」

 

アルゼイドは膝をついた。

 

 

 

「勝った……」

 

「見事だ」

 

トワとオーレリアは喜びを露にする。

 

「な、なんとか勝てたな……」

 

(ギリギリだがな……)

 

ランディとキリコは肩で息をしていた。

 

「ホントにパワーが落ちてるの?」

 

フィーはアルゼイド子爵に疑いの目を向ける。

 

「余計な力が入らない分、剣捌きはむしろ上がっているかもしれないな」

 

「ああ。父上は私の鍛練と同時に型の稽古に没頭しておられたからな」

 

リィンとラウラは得物を支えに立ち上がる。

 

「ホ、ホントに規格外ね…………」

 

「基本に立ち返ることでさらなる強さを手に入れられたのか……」

 

「理解不能です……」

 

「バケモノが……」

 

「アッシュさん、失礼ですよ」

 

新Ⅶ組が内容に圧倒されていた。

 

「そなたらの力、見せてもらった」

 

アルゼイド子爵が立ち上がった。

 

「娘はもちろんだがリィン、腕を上げたな。そなたが皆伝に至る日も遠くなかろう」

 

「過分なお言葉、ありがとうございます」

 

リィンは頭を下げる。

 

「クラウゼルにオルランドだったか。そなたらも大したものだ」

 

「どーも」

 

「いやぁ、結構ギリギリでしたけど……」

 

フィーは手を後ろにやり、ランディは頭はかく。

 

「そして、そなただが……」

 

「………………」

 

アルゼイド子爵はキリコの眼を見つめる。

 

「眼を見れば分かる。やはり相当の修羅場を潜り抜けているようだな」

 

「………………」

 

「そなたのことはオーレリアから聞いている。機甲兵戦とはいえ、初めて自身を打ちのめした強者だとな」

 

「あの時はたまたま隙ができただけです」

 

「運も実力の内であろう」

 

「師よ、そろそろお時間では?」

 

オーレリアはどことなくムスッとしていた。

 

「ふむ、そう言われればそうか。リィン、それにオルランド。善き一時だった」

 

「こちらこそありがとうございました」

 

「あざっした!」

 

「ではな。娘よ、行こう」

 

「はい。リィン、またいずれな」

 

「私もそろそろ行くね」

 

「フィーちゃん、ありがとうね」

 

「あ、ありがとうございました!」

 

「ん」

 

ラウラとフィーはアルゼイド子爵と共に鍛練場から出て行った。

 

 

 

ラウラたちがリーヴスを発ってから数分後──

 

「す、すみません!遅くなりました!」

 

「ふーん?なかなか難儀なことになってるわね」

 

「エマ!?それにセリーヌも?」

 

鍛練場にエマとセリーヌが駆け込んで来た。

 

「夕方くらいになるのでは?」

 

「……ラインフォルトの高速艇で飛ばして来たのよ」

 

後ろからアリサが入って来た。

 

「アリサ、来てくれたのか」

 

「2ヵ月ぶりね。ARCUSⅡは私の管轄だもの。それより、本当にごめんなさい。ユウナたちには苦労かけたわね」

 

アリサはユウナ(ク)たちに頭を下げる。

 

「いえいえ!わざわざありがとうございました!」

 

「今回のは完全に想定外のことだそうですから仕方ありませんよ」

 

「それより、何かあったの?やけに荒れてるけど」

 

「ああ、それはな」

 

リィンは先ほどまでの事をアリサとエマに説明した。

 

「ラウラさんとフィーちゃんにアルゼイド子爵閣下が来てたんですか?」

 

「どうやら入れ違いになったみたいだな」

 

「そうみたいね。でも、また会えるわよね」

 

「そうだな……」

 

「そうですね」

 

アリサの言葉にリィンとエマは感慨深げに同意した。

 

 

 

「んで?どうすりゃ元通りになんだよ?」

 

「はいはい。それを今からなんとかしようっての。エマ、さっさと始めましょう」

 

「ええ。皆さん、こちらに来てください」

 

エマはユウナ(ク)たちを整列させる。

 

「では、精神が入れ代わった方同士、向かい合って手を繋いでください。術が終わるまで絶対に離さないでください」

 

エマの指示で、ユウナ(ク)とクルト(ユ)、アルティナ(アッ)とアッシュ(アル)が互いに手を繋いだ。

 

「セリーヌ、手伝って」

 

「任せて」

 

セリーヌはエマの真正面に移動した。

 

「始めるわ」

 

「では………」

 

エマは魔導杖を取り出す。ユウナ(ク)たちの足元に魔法陣が顕現した。

 

「分けただれた魂魄よ……正しき主の元へ還りたまえ……」

 

エマが呪文と唱え終わるやいなや、魔法陣から閃光が迸る。

 

「皆さん!手を離さないで!」

 

「失敗したら、二度と戻らないわよ!」

 

『!』

 

エマとセリーヌの言葉に手を強く握る。

 

そして、閃光が収束する。そこには手を握り合った4人がいた。

 

「ユウナ、クルト、アルティナ、アッシュ!大丈夫か!?」

 

リィンが4人に問いかける。

 

「ん……終わった、の?」

 

「そう、みたいだな……」

 

「あ…………」

 

「ユウナさん、クルトさん!」

 

「え……」

 

ユウナはあーあーと声を出し、確信した。

 

「も、戻った……戻ったぁぁぁぁっ!」

 

ユウナは跳び跳ねて、喜びを露にした。

 

「ははっ、見慣れた高さだな……」

 

「そっちも同じみてぇだな?」

 

元に戻ったアッシュがクルトの肩を叩く。

 

「アッシュにアルティナも戻ったようだな」

 

「まーな」

 

「…………………」

 

「アルティナちゃん、どうしたの?」

 

トワが憮然とするアルティナに話しかける。

 

「また小さくなりました」

 

「その気持ち……よく分かるよ。女神様は本当に不公平だよね……」

 

トワはうんうんと頷く。

 

「魔女ってスゲェな……」

 

「ええ。本当に」

 

腕を組むランディにリィンが同意する。

 

 

 

「それじゃ、みんなのを預かるわね」

 

分校の校門前でアリサは新Ⅶ組全員のARCUSⅡを預かった。

 

「よろしくお願いします」

 

「当分、不便だな……」

 

「仕方ないだろう。また同じことになったら手に負えなくなる」

 

「アップデートだけですからそれほどかからないはずです」

 

「おそらく2日くらいだろう」

 

「そうね。オーレリアさんから聞いたけど、水曜日の機甲兵教練までには間に合わせるわ」

 

「本当にすまないな。わざわざ来てもらって」

 

「いいえ、お役に立てて良かったです」

 

「こういうことは金輪際止めてよね」

 

「ふふ、セリーヌさん。気持ちよさそうに言っても効果はないと思いますよ?」

 

憎まれ口を叩くセリーヌはミュゼの膝の上で撫でられていた。

 

「アリサはこのままルーレに?」

 

「ええ。一旦戻るわ。エマは帝都に行くのよね?」

 

「はい。帝都地下の霊脈が気になるので」

 

「霊脈?」

 

アッシュが首をかしげる。

 

「東方で言う龍脈。大地の下を流れる霊的な力のことだ。霊脈が活発になると様々な現象が起きる。君たちも見ただろう、クロスベルやラマール州に顕れた幻獣を」

 

「またオカルトかよ……」

 

アッシュは頭をかいた。

 

「以前、エマさんが言ってたけど……」

 

「それについては帝都に行ってみなくちゃわからないわ。エマ、そろそろ行きましょう」

 

「もう行ってしまうんですか」

 

ユウナが名残惜しそうに言った。

 

「ごめんなさい。何か分かれば連絡します。ではリィンさん、また」

 

「ええ、また会いましょう」

 

エマとアリサは第Ⅱ分校を出た。

 

「また会いましょう、か」

 

「教官、もしかして……」

 

「ユウナ」

 

「それ以上は野暮ですよ」

 

クルトとミュゼが止めた。

 

「……………」

 

「どうしたよ?」

 

「長い一日だと思ってな」

 

「ちげぇねぇ」

 

アッシュはキリコの言葉に同意した。

 

これにて、今回の騒動は幕を下ろした。

 

 

 

翌日 7月10日

 

「ううううう……………」

 

「…………………………」

 

ユウナとアルティナが震えながら歩いて来た。

 

「二人とも、どうしたんだい?」

 

「便所ならそこだぞ」

 

「ク……クルト君………昨日、何したの……?」

 

「昨日?テニス部に出たよ。意外と面白かったよ。武術の体捌きも応用できたし、いい経験になった」

 

「絶対……それよ……!」

 

「えっと……ユウナ?」

 

「………筋肉痛か?」

 

「ええ、そうよ……!今朝から足がパンパンに張っているんですけど!?」

 

ユウナは憤慨した。

 

「もしかして、アルティナさんも?」

 

「………体がバラバラになりそうです…………」

 

アルティナは手すりにつかまりながら答えた。

 

「そういえば、アッシュは水泳部だったな。何したんだ?」

 

「あ?100アージュ泳いだだけだぜ?」

 

「100アージュ!?」

 

クルトは仰天した。

 

「つーかチビウサ。政府の諜報部員がカナヅチってどうなんだよ?」

 

「だからといってやりすぎよ!」

 

「マヤさん経由で知りましたが、レオノーラさんがすごく興奮してらしたとか」

 

(夕べ、ウェインが悔しがっていた理由はそれか)

 

「……………」

 

アルティナは恨みがましくアッシュを睨む。

 

「んー、困りましたね。今日は確かランディ教官の訓練の授業がありましたよ」

 

「そうだな」

 

「……掛け合ってみようか?」

 

「大丈夫……なんとかするわ……」

 

「お願いします……」

 

ユウナとアルティナは対照的に答えた。

 

「とりあえず、アッシュは何かお詫びしないとな」

 

「当然ですね♪」

 

「チッ、しゃーねーな。昼飯ぐれぇ奢ってやるよ」

 

「できれば、ルセットのパンケーキを所望します」

 

「わーったよ」

 

アッシュはぶつくさ言いつつも了承、そのまま寮を出た。

 

「そろそろ行くぞ」

 

「肩貸そうか?」

 

「大丈夫よ。アル、お願いできる?」

 

「はい。クラウ=ソラス」

 

アルティナはクラウ=ソラスを出し、ユウナと共に乗る。

 

「ではお先に」

 

アルティナとユウナを乗せたクラウ=ソラスは分校に向かった。

 

「仕方ない。僕たちも……っと、すまない、シドニーがまだみたいだ。先に行っててくれ」

 

クルトは落ち込むルームメイトを呼びに寮に戻った。

 

「行くぞ」

 

「はい♪」

 

ミュゼはキリコの左腕を掴む。

 

「離れろ」

 

「ああん、キリコさんのいけず♥️」

 

キリコはミュゼと二人で登校した。

 

ちなみに、ユウナとアルティナは不憫に思ったランディの計らいで、特別に見学が許された。




これにて、新Ⅶ組版メンタルクロスリンクはおしまいです。

次回、機甲兵教練です。


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巨人機

7月12日

 

試験結果の発表が行われた。

 

結果が貼り出された廊下に多種多様のリアクションが飛び交う。

 

「あーもう、マジかよ~!?」シドニー 88位

 

「フム、いいじゃないか!」フレディ 80位

 

「ま、こんなモンかね」レオノーラ 74位

 

「やっぱ文系がネックやなぁ……」パブロ 72位

 

「う、うん、頑張った、あたし!」サンディ 66位

 

「くっ、ちょうど平均とは……」ウェイン 60位

 

「よ、よかったぁ~……」カイリ 52位

 

「い、一応平均以上よねっ!?」ユウナ 45位

 

「いい感じだな」グスタフ 39位

 

「まあ、こんなものですか」マヤ 33位

 

「もっと上を狙いたかったわね……」ゼシカ 29位

 

「……ほっ………」タチアナ 26位

 

「あ、結構いい順位です~」ルイゼ 24位

 

「ハッ、こんなもんか」アッシュ 20位

 

「えへへ、良かった♪」ティータ 16位

 

「……まあまあ、かしら?」ヴァレリー 14位

 

「想定範囲内ですね」アルティナ 12位

 

「さすが帝国の名門、層が厚いな」スターク 10位

 

「ふふっ、頑張りました」ミュゼ 9位

 

「………………」キリコ 7位

 

(1位と2位は……) クルト 3位

 

それぞれの順位を確認した分校生徒たちは1位のセドリック・ライゼ・アルノールの名前を見た。

 

「やはり皇太子がトップか」

 

「アッシュさんの言う出来レース、というわけではないみたいですね」

 

「あのエイダとか言うメガネが2位か」

 

「でもクルトさんとは僅差ですね」

 

「ミュゼもすごいな。10位以内に入るなんて」

 

「わざと順位落としたんじゃねぇのか?」

 

「ふふ。それよりも」

 

「はい」

 

ミュゼとアルティナはキリコを見た。

 

「キリコさんも7位に入るなんてすごいですね!」

 

「分校長もかなり機嫌がよろしかったです」

 

「……………………」

 

「アッシュもアッシュでしれっと20位だしな」

 

「まーな。つーか、なかなかやるじゃねぇか」

 

「……全力を出しきったからね………?」

 

クルトが振り返ると、ユウナが三角座りで分かりやすく落ち込んでいた。

 

「……………………………………………………」

 

「あーーー、その………」

 

「フン。慰めはいらないわよ……どうせあたしはⅦ組でビリなんだから……」

 

「ビリと言っても全体の中では真ん中より上だと思いますが」

 

「順位そのものは悪くないですよ」

 

「それなりに頑張ったんじゃねえか?」

 

「帝国人でないことを考慮しても平均より上だ」

 

「う~~~~~」

 

ユウナは憤懣やるせないといった表情を浮かべる。

 

「それより、こちらは何でしょう?」

 

アルティナは試験結果の隣に貼られた紙を指さす。

 

「これは、本校と分校のクラス順位だね」

 

(そういえばそんなものもあったな)

 

「ええっと……」

 

ユウナは覗きこむ。

 

紙には本校Ⅰ組と分校Ⅶ組が同点1位がとあった。また、Ⅸ組が4位、Ⅷ組が7位と記されていた。

 

「やった!ウチが同点1位よ!」

 

「上位にはⅦ組が多く名を連ねています。人数の差はそれでカバーされたのでしょう」

 

「向こうのエリートさんも今頃悔しがってんだろうな♪」

 

「少なくとも、第Ⅱの面目は立ちましたね♪」

 

「……そうだな」

 

「浮かれるのもそれくらいにしておけ。この後は機甲兵教練だ」

 

緩んだ空気を察したキリコが締める。

 

「そういやそうだな」

 

「なんか、すごいのが搬入されたって言うけど……」

 

「キリコ、それにティータ。何か知っているかい?」

 

「ええっと……」

 

「……自分で確かめてみろ。行くぞ」

 

「は、はいっ!」

 

キリコとティータは格納庫へ向かった。

 

「なんなのかしら?やけにもったいぶって」

 

「とにかく、そろそろ気を引き締めよう」

 

「………………」

 

「? どうかしましたか?」

 

「いえ、なんでも(キリコさんがいるなら大丈夫でしょうか……)」

 

ミュゼは少し先の未来を視た。

 

 

 

一方、その頃

 

「くっ……!なんということだ。分校の寄せ集めどもに……!」

 

「皇太子殿下が1位であるのは当然として、エイダも2位というのも頷ける。だが、なぜヴァンダール家の者が」

 

「皇族守護の任から解かれているにもかかわらず、我々を出し抜くとは……」

 

「それはまだいい。問題はこいつだ!」

 

本校生徒の一人がキリコの名前を指さす。

 

「こいつは皇太子殿下に恥をかかせたというじゃないか!」

 

「なんでも卑劣な手段を用いたそうだぞ!」

 

「そんなやつを在籍させるなんて分校はいったい何を考えているんだ!」

 

「分を弁えない不敬者は追い出すべきよ!」

 

「………いい加減にしないか」

 

熱くなる本校生徒たちの背後からセドリックが睨む。

 

「こ、皇太子殿下!?」

 

「彼、キリコとの模擬戦の結果については納得している。あれは卑劣でも何でもなく立派な戦術だよ。実力でも上回っていたしね」

 

「し、しかし!」

 

「……さっきから聞いていたが、君たちの物言いがすでにトールズの品位を下げていることに気づいているかい?これ以上恥を上塗りするつもりなのか?」

 

「う………」

 

セドリックの言葉に本校生徒たちは詰まる。

 

「君たちの僕を想う気持ちは十分に伝わった。だが、それを振りかざして他を誹謗中傷することは断じて許さない。肝に命じておくように」

 

『イ、イエス・ユア・ハイネス!』

 

本校生徒たちは敬礼した。

 

(クルトにミュゼ──ミルディーヌさん。アルティナさんにアッシュにユウナさん。そしてキリコ。なかなかやるじゃないか。だが試験だけで勝ったとは思わないよ。今度こそ君たちⅦ組に、キリコに勝ってみせる!)

 

セドリックは決意をかためた。

 

 

 

機甲兵教練

 

格納庫から顕れた巨大な機体に誰もが茫然としていた。

 

 

 

[キリコ side]

 

「あ、あははは…………」

 

ティータも乾いた笑いを浮かべている。

 

(よくこんなものを持ってこられたな)

 

俺たちの目の前には巨大な機体──ゴライアス・ノアが鎮座していた。

 

巨人機の別名どおり、全長は12アージュに達するという規格外の大きさを誇る。

 

機動力は現行の機甲兵の中で最も低いが、その代わりヘクトル弐型でさえ圧倒するパワーを持っている。

 

またキャノン砲が標準装備されており、近、中、遠距離全てカバーできる。

 

最大の欠点は操縦が困難であることだ。

 

搬入以前にシミュレーターで動かしたことはあったが、てこずらされた。

 

またコストもドラッケンⅡの20倍と最悪であり、量産などされていない。

 

この機体は前線に赴くというより、拠点防衛に向いていると思われる。

 

少なくとも俺は好んでは使わない。

 

いったい何人が扱えると思っているんだろうか。

 

 

 

その後、俺はゴライアス・ノアを操縦し、グラウンドに出た。

 

分校生徒全員が茫然自失しており、教官陣もため息をついている。

 

【どうやら、知っているのは俺たちを含めてごく一部か】

 

ゴライアス・ノアを所定の位置に停め、ユウナたちのところに集まった。

 

「キリコ君………夢だよね………」

 

「現実だ」

 

「あ、あれを今から動かせってかい!?」

 

「ああ」

 

「ふざけてんだろ……」

 

「文句は分校長と博士に言え」

 

できるなら俺が文句を言いたい。

 

「…………………」

 

アルティナはゴライアス・ノアを見つめている。

 

何かを感じているかのようだな。

 

 

 

予想通り、ゴライアス・ノアをまともに動かせたやつは一人もいなかった。

 

ヘクトル弐型に慣れているアッシュでさえ四苦八苦しており、ユウナやミュゼに至っては操縦桿すら動かせないというありさまだ。

 

だがここで予想外の出来事が起きた。

 

分校で唯一淀みなく動かしたのはアルティナだった。

 

本人によるとクラウ=ソラスの操作の感覚で上手くいったらしい。

 

周りは称賛と羨望を浮かべているが、俺はいいしれぬ不安を感じていた。

 

(準備だけでもしておくか)

 

[キリコ side out]

 

 

 

「よしアルティナ、そろそろ降りてくれ」

 

【はい、わかりまし………!?】

 

突然、ゴライアス・ノアから黒いもやのようなものが吹き出る。

 

(なんだ?)

 

「!? アルティナ!すぐに脱出しろ!」

 

【………………】

 

アルティナには何も聞こえていなかった。

 

ゴライアス・ノアは両腕を回転させ、ドラッケンⅡとケストレルβを薙ぎ払う。

 

「きゃあああああっ!?」

 

「うわあああああっ!」

 

グラウンドは混沌と化した。

 

「まずい!来い、ヴァリマール!」

 

「応!」

 

リィンの呼びかけに応じたヴァリマールはリィンの目の前に転移してきた。

 

「教官!?」

 

【君たちは一旦避難しろ!ランディさん!援護を頼みます!】

 

【おおよ!】

 

ヴァリマールとヘクトル弐型がゴライアス・ノアの両側から得物を叩きつける。

 

【………………】

 

だがゴライアス・ノアは二機の攻撃をものともせず、肩のキャノン砲を展開した。

 

【ヤバい!】

 

【くっ、よせっ!】

 

アルティナは虚ろな目でシュピーゲルSに狙いを定め、引き金を引こうとした。

 

【!?】

 

突然、ゴライアス・ノアのヘッドの周りが煙に包まれる。ゴライアス・ノアは目標を見失い、沈黙した。

 

「煙!?」

 

「皆さん、あれを!」

 

ミュゼの指さす方向にはフルメタルドッグが立っていた。

 

左肩に三つに連なった煙筒が装備されており、その煙筒から煙が出ていた。

 

【キリコ!】

 

【無事のようですね】

 

【キリコ、ありゃお前が?】

 

【ええ】

 

キリコはランディの問いかけに肯定した。

 

【あれは新しい武装か?】

 

【撹乱用の三連装スモークディスチャージャーです。チャフを含み、僅かな間ですがカメラを無効化させます】

 

【なるほどな】

 

【手を貸しましょうか?】

 

【ダメだ、と言いたいが手を貸してくれ。だがわかっているな?】

 

【背部エンジンを叩き行動不可にします。教官はコックピットを、ですね?】

 

【ああ。任せる!】

 

【キリコ、フォローはしてやるぜ。さっさとアルきちを助けるぞ】

 

【了解】

 

ヴァリマールとヘクトル弐型、そしてフルメタルドッグはセーフティが解除されたゴライアス・ノアと対峙した。

 

 

 

【目を覚ませ!アルティナ!】

 

リィンは必死に呼びかけながらゴライアス・ノアの右腕を斬りつける。

 

【キリコ、ここは押さえる!後ろに回れ!】

 

【了解】

 

ヘクトル弐型がゴライアス・ノアの左腕をスタンハルバードで弾き、その隙にフルメタルドッグが背中に回る。

 

【……………】

 

フルメタルドッグはエンジン部周りにソリッドシューターの砲弾を撃ち込む。

 

【!】

 

ゴライアス・ノアは機体は回転させ、フルメタルドッグを殴りつけようと狙いを定める。

 

【ハァッ!】

 

ヴァリマールはその隙を突いて居合い斬りでエンジン部にダメージを与える。

 

【ちっとだけ我慢しろよ、サラマンダー!】

 

ヘクトル弐型のクラフト技が炸裂し、ゴライアス・ノアの体勢が崩れた。

 

本来ならば連携を仕掛けるのが定石だが、リィンたちは攻撃に移行せずに得物を構えたまま待機していた。

 

【!】

 

ゴライアス・ノアから黒いオーラが吹き出し、傷ついた部分が完全ではないものの回復した。

 

【なっ!?】

 

【チッ!どうなってやがる!?】

 

【……………】

 

リィンとランディが戸惑う中、キリコはスコープを通してゴライアス・ノアの弱点を探る。

 

【ランディ教官】

 

【どうした、キリコ】

 

【……もう一度体勢を崩せますか?】

 

【そいつはなんとかなるが……】

 

【どうするつもりだ?】

 

【エンジン部に加えて腕の関節部を狙います。リィン教官はその隙にアルティナを】

 

【簡単に言うがそれに賭けるしかねぇか……】

 

【………わかった。だがキリコ、失敗してすみませんじゃ済まないからな】

 

【わかってます】

 

【そんじゃ、一丁やるか!】

 

【待ってろ、アルティナ!】

 

リィンたちは再びゴライアス・ノアに挑む。

 

 

 

【サラマンダー!】

 

【閃光斬!】

 

ヴァリマールとヘクトル弐型がゴライアス・ノアの装甲に確実にダメージを与える。

 

【そこだ】

 

フルメタルドッグはソリッドシューターの連続発射でエンジン部とその周りにダメージを与えていく。

 

【……………】

 

ゴライアス・ノアから火花が散り、煙が吹き出す。

 

だがそれでもゴライアス・ノアは止まらなかった。動きが鈍くなってもお構い無しに攻撃を仕掛ける。

 

【一気に決めるしかねぇっ!】

 

ヘクトル弐型は右腕を弾き、ゴライアス・ノアに隙ができる。

 

【今だ!】

 

ランディの合図にフルメタルドッグが動く。

 

ゴライアス・ノアの左腕の関節部に二連装対戦車ミサイルを直撃させる。

 

両腕が封じられたゴライアス・ノアは最後の悪あがきと黒いオーラを噴出させる。

 

【教官!】

 

【ウオオオオッ!!】

 

ヴァリマールはゴライアス・ノアのコックピット周りを斬りつけ、こじ開ける。

 

【アルティナァァァッ!!】

 

ヴァリマールは気絶したアルティナを救出した。

 

【良かった……あの時の事を繰り返さなくて……!】

 

リィンは内戦での苦い記憶を甦らせた。

 

搭乗者を失ったゴライアス・ノアから黒いオーラが霧散し、完全に機能を停止した。

 

 

 

「やった……!」

 

「アルティナも無事のようだ……!」

 

「よっしゃ!」

 

(良かった……本当に………)

 

仲間の危機が去り、ユウナたちは安堵した。

 

「医療班、すぐに準備して!」

 

トワは主計科生徒に指示を飛ばす。

 

(なんだったのだ、今のは……)

 

ミハイルは先ほどの事を思い返す。

 

「……………」

 

「……何を知っている、将軍?」

 

「いえ………」

 

オーレリアはシュミット博士の問いかけをはぐらかした。

 

「まあよい。小娘や貴様らが何を企もうと知ったことではない」

 

シュミット博士は格納庫へと向かった。

 

(完全ではないものの、我らについても気づいておられるか。今夜あたり、相談してみるか)

 

オーレリアはグラウンドを見つめた。

 

 

 

「……ん………」

 

「アル!」

 

「ユウナ……さん……?……ここ……は……?」

 

「医務室だよ」

 

「アルティナさん、かなり消耗してらっしゃったんですよ」

 

「もう夕方だぜ」

 

「……?………」

 

アルティナは医務室のベッドから身体を起こし、自分の手を見つめる。

 

「わたしは……なにを………?」

 

「アル?」

 

「機甲兵に乗って……それから………思い出せません……。どうしてここにいるのかも……」

 

「覚えて……いないのか……?」

 

「一時的な記憶喪失でしょうか……」

 

(やはりアルティナの意志ではないということか)

 

「………………」

 

アッシュは左目が疼くのを感じた。

 

 

 

「アルティナ、目が覚めたのか」

 

医務室にリィンが入って来た。

 

「教官………」

 

「リンデによると、一晩安静にしていれば問題ないそうだ」

 

「良かった~~~!」

 

「ユウナ、医務室なんだから静かにね」

 

クルトがユウナを窘める。

 

「それより教官、行き先は決まりましたか?」

 

「それがありましたね」

 

「え?」

 

キリコとミュゼの言葉にアルティナは意外そうな顔をした。

 

「ふふ、特別にアルティナさんの方を優先させてもらったんです」

 

「とりあえず発表しろや 、シュバルツァー」

 

「待ってください」

 

アルティナが待ったをかける。

 

「皆さんが付き合うことはないはずです。ここで寝ているのはわたしのミスです。そんな非効率的な……」

 

「仲間だからよ」

 

ユウナはアルティナを抱き締める。

 

「ユウナ……さん……」

 

「君抜きというのはさすがに気が引けてね」

 

「効率がどうとか知ったことかよ」

 

「私たちがそうしたいからですよ」

 

「そういうことだ」

 

「…………………」

 

Ⅶ組メンバーの言葉にアルティナはどう表現していいか分からなかった。

 

「アルティナ」

 

リィンはアルティナに語りかける。

 

「確かに君の言うとおり、後で誰かから聞いた方が効率は良いのかもしれない。わざわざ時間を割くことは無益かもしれない。でも、仲間というのは効率とかで語れるようなものだろうか」

 

「それは……」

 

「そうそう、アルは堅すぎるのよ」

 

「てめえはユルすぎんだよ。ギャーギャーうるせーったらありゃしねぇ」

 

「なんですってぇぇぇっ!?」

 

「ユウナ、静かに」

 

「乙女たるもの、慎ましさがないといけませんよ」

 

「何よ、もう」

 

「喧しくないユウナというのもなんだがな」

 

「ちょっ!?キリコ君まで!?」

 

「うーん、それもそうですね」

 

「もーーーーっ!」

 

「……ふふ………」

 

アルティナがクスリと笑った。

 

「アルも笑うことないじゃない……」

 

「すみません。でも、なんだか、少し可笑しくて、暖かくて。これが、心地いいというものなんですね」

 

「アルティナさん……」

 

「そうだね」

 

「ヘッ」

 

「…………」

 

(それが仲間というやつだ、アルティナ)

 

リィンは満足そうに微笑む。

 

 

 

「そろそろ発表するぞ。アルティナはそのままでいいから聞いてくれ」

 

リィンの言葉に全員がリィンの方を向く。

 

「今回我々が行くのは帝都ヘイムダルだ」

 

『!』

 

Ⅶ組メンバー全員が大きく反応した。

 

「帝都か」

 

「また微妙な時期ですね」

 

「え?なんで?」

 

「この時期は帝都夏至祭がありますからね」

 

「おそらく、わたしたちはその夏至祭の哨戒任務を務めることになるかと」

 

「そう思ってくれていい。俺も旧Ⅶ組の時に夏至祭の見回りをしたことがあるんだ。当時と状況は異なるが、頭に入れておいてくれ」

 

(確か帝国解放戦線とか言うテロ組織が暗躍していたらしいが)

 

「ったく、めんどくせーな。記念レースにも行けやしねぇ」

 

「アンタ、クロスベルやラマール州でも似たようなこと言ってなかった?」

 

「アッシュ。未成年の賭博は厳禁だぞ」

 

ユウナとクルトはアッシュを窘める。

 

「……続けるぞ。期間は全体でおよそ3日間。なお、帝都ということから出発は早朝となる。各自、準備しておくようにな」

 

『イエス・サー』

 

「質問がないならこれで終わりにする。今日は色々あったから早めに休むようにな」

 

リィンはそれだけ言って医務室を出ていった。

 

「行くか」

 

「そうね。アル、大丈夫?」

 

「はい、今日は早めに休みます」

 

「それがいいな。それにしても、あれはなんだったんだろう」

 

「あの機甲兵から何かが吹き出ていたような感じでしたが」

 

「キュービィーはなんか知らねぇか?」

 

「さすがにわからないな(あるいはアルティナ自身が原因かもしれないな)」

 

「とにかく、それは後で考えようよ。今日はみんな疲れてるんだから休まなくちゃ」

 

「そうですね。あら?なんだかふらつくような。キリコさん、寄りかかってもいいですか♥️」

 

「それはいいからさっさと行くわよ」

 

医務室を出たⅦ組メンバーは横に並びながら真っ直ぐ寮へと帰って行った。

 

 

 

(ええ。そう決まりました)

 

(……………………………)

 

(わかっています。あれの実験も併せて)

 

(……………………………)

 

(わかりました。必ずやあの男を………)

 




次回、帝都ヘイムダルに向かいます。


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帝都ヘイムダル

帝都での演習が始まります。


7月15日 午前 5:30

 

分校生徒を乗せたデアフリンガー号は東へと進んでいた。

 

 

 

[キリコ side]

 

「やっぱり旨いな。キリコのコーヒーは」

 

「まさかアイスもできるとは思わなかったよ」

 

「飲まないだけで出来ないわけではないので」

 

「なるほどな。お代わりをくれ」

 

俺は今食堂車でリィン教官、トワ教官、ランディ教官にコーヒーを淹れている。

 

リィン教官とランディ教官はホットコーヒーだがトワ教官はアイスコーヒーを注文した。

 

「到着したら忙しくなるからな。今のうちにリフレッシュさせとかねぇとな」

 

「……リフレッシュもほどほどにしておくようにな」

 

前の車両からミハイル教官がやって来る。

 

肩を落としているところからまたオーレリアか博士に何か言われたのだろう。

 

「私にも一杯くれ」

 

「わかりました」

 

力なく座ったミハイル教官にコーヒーを出す。

 

「~~~………ふむ、旨いな」

 

「どうも」

 

「なんかあったんすか?」

 

「ずいぶんお疲れのようですが」

 

「なに、いつものことだ。今回の演習はトールズ本校と合同で行われるというのに分校長と博士は相変わらず不在だからな」

 

「ミハイル教官……」

 

生徒である俺がいる前でこぼした愚痴にトワ教官が同情する。今までになく面倒なことになるな。

 

「ちょいと長くなるな」

 

「キリコ、洗い物は俺がやっておくから自分の準備をしておいてくれ」

 

「了解」

 

俺はリィン教官に後のことを任せて5号車へ向かった。

 

 

 

「あ、キリコさん。お疲れ様です」

 

5号車ではティータがオーバルギアⅢのメンテを行っていた。

 

「メンテは夕べ終えたんじゃなかったのか?」

 

「えへへ、ちょっと気になる所があったので」

 

「そうか」

 

俺は俺でやることがあるしな。

 

端末を開くと、メッセージが入っていた。

 

「………………」

 

「キリコさん?どうかしましたか?」

 

「……新たな武装が搬入されるらしい」

 

「へえ。どんな武装ですか?」

 

「……七連装ミサイルポッドとあるな」

 

「はい?」

 

ティータは唖然としていた。当然の反応だろうな。

 

「ミ、ミサイルポッドって本気ですか!?」

 

「文面を見る限りな。手持ちではなく外付けの武装のようだ。空いている右肩に装備させればなんとかなるだろう」

 

「えーーっと………フルメタルドッグの武装って確か……」

 

「固定武装のアームパンチ。手持ち武器のへヴィマシンガンにソリッドシューター。外付けの武装にガトリング砲、二連装対戦車ミサイル、三連装スモークディスチャージャー、そして七連装ミサイルポッドだな」

 

「…………………………」

 

遂に言葉も失ったか。

 

「よくそんなに扱いきれますね……」

 

「コントロールボックスの精度を高めているからな。武装が増えたところでマイナスにはならない」

 

「でも武装を増やした分、機動力は落ちますよね?」

 

「弾薬を使いきった武装は即座にパージできるように組んである。デッドウェイトの問題も克服済みだ」

 

「すごい……!」

 

「大したことじゃない。俺がやっているのはありあわせをまとめているに過ぎない。すごいのはお前の方だ」

 

「私だってそうですよ。何もない所からオーバルギアⅢを作ったわけじゃありませんから」

 

「そうか」

 

すると、列車の速度が落ちる。

 

「着いたんでしょうか?」

 

「いや、ここは帝都駅だ」

 

窓の外を見ると間違いなく帝都駅だ。

 

演習地は確か南オスティア街道の外れのはずだ。

 

そう思っていると放送が入る。

 

『生徒のみんなに連絡です。一度、ホームに集合してください。繰り返します。一度、ホームに集合してください』

 

「集合、ですか?」

 

(本校と合同……そういうことか)

 

俺は放送の指示通り、帝都駅のホームに降りた。

 

 

 

俺たちがホームに降りると、それに合わせたかのように紅い列車が入って来た。

 

「あ、あ、あの列車は……!?」

 

「まさか……アイゼングラーフ号!?」

 

確か皇族や政府高官専用の列車がそれだったな。

 

何でもオズボーン宰相の異名と爵位から取られたらしいが。

 

分校生徒たちが呆然とする中、アイゼングラーフ号から紅い制服の本校生徒たちが降りてきた。

 

 

その中からセドリック皇太子と金髪の軍人が教官たちの前にやって来た。

 

「第Ⅱ分校の皆さん、お久しぶりです」

 

セドリックは笑顔で挨拶をした。周りはともかく、見下している素振りは見当たらない。

 

「殿下こそ、ご無沙汰しておりました。ナイトハルト中佐もお久しぶりです」

 

「君もな。ハーシェルも久しぶりだ」

 

「お久しぶりです!サザーラントでの演習以来ですね」

 

(確か第四機甲師団のエースと呼ばれる軍人だったか)

 

セドリックとナイトハルト中佐は教官たちと話した後、俺たちの前にやって来た。

 

「君たちと会うのも久しぶりだね」

 

「はい。ご無沙汰しておりました」

 

クルトが代表して受け答えを務める。

 

「畏まらなくてもいいよ。それより今回の特別演習と公安活動は合同で行われるのは知っているかい?」

 

「え……!」

 

「殿下、それは……」

 

「隠すことはないと思います。どのような内容であれ、誠心誠意務めるだけですから」

 

「殿下……」

 

「以前のいざこざを水に流してくれとは口が裂けても言わない。お互いに最良の結果を出せるよう協力し合おう」

 

セドリックはクルトに右手を差し出す。

 

「クルト、いずれ元通りにしてみせる。そのためにもこの演習を乗りきろう」

 

「殿下……はいっ!」

 

クルトは両手でセドリックの右手を握る。

 

「他のみんなもよろしく頼むよ。同じトールズに属する者としてね」

 

『イ、イエス・ユア・ハイネス!』

 

分校生徒たちのほとんどがセドリックに敬礼した。ウェインあたりは涙ぐんでいるな。

 

最後にセドリックは俺の前に来た。

 

「キリコも久しぶりだ。君の活躍は聞いているよ」

 

「大したことはしていない」

 

「フフ、それでこそ君だ」

 

セドリックは真剣な面持ちで俺を見る。

 

「キリコ……僕は君に、Ⅶ組に負けてから努力を怠らなかったつもりだ。もし可能ならもう一度僕の挑戦を受けてほしい」

 

『!?』

 

周りがざわつくが、セドリックは意に介していない。

 

「機甲兵で、か?」

 

「もちろんだ。できれば生身でもだけどね」

 

「………確約はできないが、それでいいなら受けよう」

 

「勿論だ。無理を言っているのは百も承知だ」

 

「……ユウナたちも構わないな?」

 

「もちろんよ。あたしたちだって強くなってるんだから」

 

「白黒つけんなら望むところだぜ」

 

「燃えてきましたね」

 

「交流戦という形ならなんとかなるかと」

 

「わかりました。今の僕の全力をご覧にいれて差し上げます」

 

「わかった。その時が来るまで」

 

セドリックは右手を差し出す。

 

「ああ」

 

俺もセドリックの手を握る。

 

その瞬間、本校側から凄まじい敵意の視線を受けるがどうでもいい。

 

「ありがとう、キリコ」

 

その後セドリックは教官たちと握手をし、敵意を示す本校生徒たちを諌めながらアイゼングラーフ号に乗り込む。

 

俺たちも教官たちの指示に従い、デアフリンガー号に乗り、演習地へと出発した。

 

[キリコ side out]

 

 

 

演習地に着いた分校生徒たちは演習拠点設立を終え、朝食後にそれぞれの場所へ集まった。

 

 

リィンたちⅦ組もブリーフィングルームで打ち合わせを行っていた。

 

「皇太子殿下も仰られたように今回の演習は本校と合同となる。本校の活動は我々とは根本的に異なる。皇太子殿下はああ言われたが、くれぐれも邪魔だけはせんようにな」

 

ミハイルはⅦ組が頷いたのを確認した後、キリコの方を向く。

 

「キュービィー候補生、君という者は……!」

 

「……あの場で断った場合どうなりますか?」

 

「ぐっ……!」

 

ミハイルはキリコの指摘に詰まる。

 

「第Ⅱ分校の立場はかなり悪くなるかと」

 

「下手すりゃ第Ⅱ分校を潰す口実与えちまうよな」

 

「それってかなりヤバいんじゃ……」

 

「あの場ではたとえ不本意でも受けるしかないと思います」

 

「ええい……!皆まで言うな!」

 

ミハイルは疲れきった顔で言い返す。

 

「とにかく、君たちは広域哨戒と現地貢献に務めてもらう。ではシュバルツァー、Ⅶ組特務科はまず帝都へ向かえ。その後帝都駅でさらに詳しい説明がされる」

 

「帝都駅ですね、わかりました」

 

「何か質問はあるか?」

 

「いえ、大丈夫です。Ⅶ組特務科、出発します」

 

「よろしい、では行きたまえ」

 

 

 

リィンたちは出発前に主計科テントで準備を整える。

 

「それにしても皇太子殿下の方から挑戦してくるなんてな」

 

「少なくとも本気のようだ」

 

「んで?勝算はあんのかよ?」

 

アッシュは新たな得物の感触を確かめながらキリコに聞いた。

 

「前回のように舐めてかかってくるはずはない。おそらく真正面から全力でくるだろう。ならこちらはいつも通り連携で対応する」

 

キリコは戦術プランを組み上げる。

 

「それにしてもなんか変わったよね。あの皇子様」

 

「ユウナさん、失礼ですよ。ですが、凛々しくなられましたね」

 

「傲慢さは嘘のように影を潜めましたね」

 

「キリコに負けてから相当努力されてきたんだろう。心構えにも変化があったんだろうな」

 

「なんだよ。役目取られて悔しがってんのか?」

 

「正直ね。でもそれはいいんだ。僕も僕自身の想いを殿下にお伝えするつもりさ」

 

「クルト君……」

 

「まあ、少なくともあいつらを黙らせたら痛快だろうぜ。見たかよ、キュービィーと皇太子が握手した時のあいつらの顔♪」

 

「敵意、いえ殺気に近いかと」

 

「確かに痛快かもね」

 

「……………」

 

「ほら、そろそろ切り替えてくれ」

 

リィンが手をたたいてユウナたちを振り向かせる。

 

「皇太子殿下の申し出は今はおいといてくれ。これからⅦ組特務科は帝都へ向かう」

 

『イエス・サー』

 

「あっ、待ってください!」

 

リィンの後ろからサンディが引き止める。

 

「どうした?」

 

「あの、Ⅶ組のみんなに頼みたいことがあるんです」

 

「なんだ?言ってみてくれ」

 

「実は、キノコを探してきてほしいんです」

 

「キノコ?」

 

「はい。ムーントリュフという種類なんですが、あたしの故郷の料理に必要なんです」

 

「君は確かアルスターの出身だったな。カイやティーリアや町の人たちはお元気か?」

 

「はいっ!内戦の時は本当にありがとうございました!」

 

(そういえば、以前任務で訪れました)

 

アルティナは内戦時の記憶を掘り起こす。

 

「それでそのムーントリュフというのが必要なんだな?」

 

「はい、この料理には欠かせない材料なので。本当は自分で採りに行きたいんですが……」

 

「いいのよ、サンディだって忙しいんだし。あたしたちに任せてよ」

 

「それで、どういう場所に生えるんだ?」

 

「基本的にはあまり日の当たらない場所に生えるの。とりあえず二つほどあればいいかな」

 

「わかった。演習のついでに探してみる」

 

「お願いします」

 

サンディはそう言って炊事場に戻った。

 

「改めて、出発しよう」

 

『イエス・サー!』

 

Ⅶ組特務科は導力バイクに跨がり、南オスティア街道に出た。

 

 

 

「見えてきたな」

 

リィンは帝都南門を見つめる。

 

「クロスベル市より人が住んでいるのよね?」

 

「ヘイムダルの人口はおよそ80万人。大陸屈指とも言われている」

 

「クロスベル市がおよそ50万人、ティータさんの故郷であるリベールの王都グランセルが30万人とされてますね」

 

「ひぇ~~!想像できない……」

 

リィンとアルティナの説明にユウナは驚きを隠せなかった。

 

「そういや、お前は帝都にいたんだよな?」

 

アッシュはクルトに聞いた。

 

「ああ、実家があるからね。それにヴァンダール流の道場もあるんだ」

 

「なら案内は任せたぜ」

 

「いや、さすがに知らない区画もあるから。教官はご存知なのでは?」

 

「確かに帝都には実習で来たことはあるんだが、帝都東側が担当でな。今回もそうなるかわからない」

 

「なるほど」

 

「キリコさんも帝都に住んでらしたんですよね?」

 

「ああ。帝都西側の孤児院でな」

 

「あ………」

 

「キリコさん……」

 

ユウナとミュゼの顔が暗くなる。

 

「気にしなくていい。だが案内は期待するな」

 

「う、うん」

 

「………………」

 

「……そろそろ到着する。みんな、脇に着けてくれ」

 

リィンの指示でユウナたちは導力バイクを門の脇に駐車した。

 

「皆さん、時間通りですね」

 

「え……」

 

「クレア教官!?」

 

門でリィンたちを待っていたのはクレア少佐だった。

 

「お久しぶりですね、皆さん」

 

「もしかして帝都駅に?」

 

「はい。皆さんをお迎えに参りました。こちらの車両にお乗りください」

 

「わかりました。お世話になります」

 

リィンたちはクレア少佐と共にTMP専用車両に乗り、帝都駅に直行した。

 

 

 

「失礼する」

 

「すみません、お待たせしました」

 

「殿下……!」

 

「第Ⅱ分校の皆さんもご苦労様ですわ」

 

「…………………」

 

(何よ、あの態度)

 

(前よりはあからさまではなさそうですね)

 

リィンたちⅦ組は帝都駅にある会議室に通された。

 

その5分後にナイトハルト中佐、セドリック、エイダ、フリッツら本校生徒が入室してきた。

 

セドリックたちはリィンたちに向かい合うように座った。

 

エイダとフリッツはキリコに鋭い視線を向けるが、当のキリコは意に介していなかった。

 

(おーおー、睨まれてやがる♪)

 

(図太いというか、強心臓というか……)

 

(どこ吹く風って感じね……)

 

「……揃われたようですね。ではお入りください」

 

「失礼するよ」

 

会議室に入って来たのはカール・レーグニッツ帝都知事だった。座っていた者たちは一斉に立ち上がる。

 

「レーグニッツ知事……」

 

「お久しぶりです、レーグニッツ帝都知事」

 

「皇太子殿下におかれましてはご機嫌麗しく」

 

レーグニッツ知事はリィンたちに近づく。

 

「リィン君たちも久しぶりだね」

 

「お久しぶりです。さっそくですがトールズ第Ⅱ分校、特別演習開始を報告させていただきます」

 

「確かに。頑張ってくれたまえ。時間もないので僭越ながら始めさせてもらうよ。座ってくれたまえ」

 

レーグニッツ知事がホワイトボードの前に移動し、セドリックたちとリィンたちは着席した。

 

 

 

『帝都にスパイ!?』

 

レーグニッツ知事からもたらされた情報にユウナたちは驚愕した。

 

「ス、スパイって本当なんですか!?」

 

「うん。実は先日、帝都の地下でそれらしい集団を捕捉したのだが逃げられてしまったんだ」

 

「そんなことが……」

 

「レーグニッツ知事、その集団というのは……」

 

「おおよそではありますが、十中八九共和国の特殊部隊かと思われます」

 

「鉄道憲兵隊や帝都憲兵隊の手を振り切るとは相当の相手ですね」

 

「それなんだが、妙な報告が入ってね。追っている途中で姿をくらませたそうなんだ。曲がり角を曲がった時には影も形もなかったとね」

 

「影も形も?」

 

「リィン君も知っているとおり、帝都の地下は暗黒時代から存在する。隠し通路などの当時の仕掛けが今も稼働しているというのも報告を受けている。だが件の集団はそういった仕掛けが全くない場所で消えたらしい」

 

「アーツとかではなく、ですか?」

 

「アーツの場合、何らかの跡が残ります。アーツを使った形跡などは?」

 

「報告書では発見されなかったそうだ」

 

レーグニッツ知事は眉間にシワを寄せる。

 

「本来ならばさらに人員を投入するべきなんだが、夏至祭が迫る現状では難しい。そこで」

 

レーグニッツ知事は立ち上がり、セドリックたちとリィンたちを見据える。

 

「殿下たちトールズ本校とリィン君たち第Ⅱ分校の合同で帝都東西の哨戒をお願いしたい」

 

『!』

 

セドリックたちとユウナたちの顔が引き締まる。

 

「具体的には本校が東側、分校が西側を担当してもらいたい。この帝都を守るためにどうか力を貸してほしい」

 

レーグニッツ知事は頭を下げる。

 

リィンたちⅦ組は互いに頷き合い、レーグニッツ知事の方を向く。セドリックたちも同様に向いた。

 

「トールズ本校、承りました」

 

「トールズ第Ⅱ分校、しかと承りました」

 

「ありがとう。殿下もリィン君たちも」

 

「どうやら決まったようですな」

 

『!?』

 

突如、重く厳かな声が響く。

 

「な………」

 

「オズボーン宰相……」

 

「閣下……」

 

「………………」

 

会議室に入って来たのは鉄血宰相の異名で知られ、革新派の旗頭として帝都民に絶大な人気を誇る人物、ギリアス・オズボーンだった。

 

「オズボーン宰相、どうしてこちらに?」

 

「こちらに少々用がありましてな。ついでと言っては大変恐縮でありますが、殿下のご尊顔を賜りたく」

 

オズボーン宰相はセドリックに恭しく頭を下げる。

 

「ありがとうございます、宰相閣下。此度の一件、本校と分校の垣根を越え、全力を尽くさせていただきます」

 

「さすがは殿下。その力強い御言葉、感服したしました。君たちも殿下のお力になるようにな」

 

「「は、はいっ!」」

 

エイダとフリッツは緊張した面持ちで返事をした。

 

「そして──」

 

オズボーン宰相はリィンたちを見る。

 

「……っ………!」

 

オズボーン宰相の目を見たユウナは気圧されそうになった。

 

「ご無沙汰してます。宰相閣下」

 

「久しぶりだな、黒兎。ミリアムがずいぶんと寂しがっていたぞ」

 

「……………」

 

「軍警学校出身者にヴァンダール家の若者。ラクウェルの悪童に伯爵家令嬢。なかなか粒が揃っている。そして──」

 

最後にキリコを見る。

 

「かつて内戦で獅子奮迅の武功を挙げ、結社の蛇どもや貴族派の亡霊を退けてきたという稀代の逸材。キリコ・キュービィー君とは君か」

 

「逸材かどうかは知りませんが、キリコ・キュービィーは俺です」

 

「フフフ、なかなか面白いな。君ほどの逸材ならば分校にも多少は期待して良さそうだ」

 

『!』

 

ユウナたちは拳を握りしめるが、オズボーン宰相の纏う覇気の前に口を閉ざすしかなかった。

 

「閣下、そろそろお時間です」

 

「そうか。では殿下、ご武運をお祈りいたします」

 

「わざわざありがとうございました、宰相閣下」

 

「…………………」

 

リィンも無言ながら礼をした。

 

「フフフ……」

 

オズボーン宰相は一瞬キリコを見て、会議室を出ていった。

 

「?」

 

「ゴホン、とにかく」

 

レーグニッツ知事は咳払いをし、セドリックたちとリィンの方を向く。

 

「両校の働きに期待させてもらう。以上だが、何か質問は?」

 

『………』

 

「ではこれで失礼させてもらうよ。クレア少佐、例の物はリィン君たちに」

 

「かしこまりました」

 

クレア少佐は敬礼をし、レーグニッツ知事を見送る。

 

「では僕たちも失礼します。リィンさん、Ⅶ組のみんな、互いに頑張ろう」

 

「もったいなき御言葉」

 

「では失礼いたします」

 

「失礼する」

 

セドリックたちも会議室を出た。

 

「シュバルツァー、新Ⅶ組。武運を祈る」

 

「中佐も頑張ってください」

 

「ああ」

 

ナイトハルト中佐もセドリックたちを追う。

 

リィンは気落ちするユウナたちを促し、会議室を出た。

 

 

 

「皆さん、お疲れ様でした」

 

「は、はい……」

 

ユウナは悔しさがこみ上げる。

 

「何も言えませんでした。言いたいことがたくさんあったのに……」

 

「ユウナさん………」

 

「凄まじい迫力だったな。確かに殿下でなくとも惹かれてしまう何かがあるな」

 

「全てをのみ込む焔、いい得て妙ですね」

 

「…………………」

 

(宰相の迫力に完全に呑まれているな。だがなんだ?この感じは)

 

キリコは何か引っかかるような感覚を覚えた。

 

「みんな、大丈夫か?」

 

リィンがユウナたちに声をかける。

 

「リィン教官……」

 

「気持ちはわからなくもない。俺も初めて会った時も君たちと同じような気持ちになったからな」

 

「そうなんですか……?」

 

「ああ」

 

リィンはユウナたちの顔を見渡す。

 

「だがそろそろ切り替えておいてくれ。もう演習は始まっているからな。それに今回の特務活動は言わば帝都からの依頼だ。気持ちを引き締めて望んでもらいたい」

 

「そ、そっか!」

 

「謎の集団が暗躍しているということでしたね」

 

「確かに帝都からの依頼ですね」

 

「一人残らず取っ捕まえりゃいいんだろ?」

 

「忙しくなりそうですね」

 

「いつものことだ」

 

ユウナたちは気持ちを切り替える。

 

「皆さん……」

 

クレア少佐は微笑み、封筒を取り出す。

 

「クレア少佐、それは……」

 

「今回、皆さんにやっていただく依頼です。それと件の集団が目撃された場所に近い地下の入り口がある場所が記された書類です。お受け取りください」

 

「確かに」

 

リィンは封筒を受け取る。

 

「では私はこれで失礼します。皆さん、演習の成功をお祈りいたします」

 

クレア少佐は敬礼し専用車両に乗り込んで行った。

 

「クレア少佐、やっぱり憧れるなあ……」

 

ユウナは去っていく車両を見つめる。

 

「とりあえず、どうしますか?」

 

「そうだな。まずは駅を出よう。そこで内容の確認をしよう」

 

「そろそろ人が増えて来ましたしね」

 

「ヴァンクール通りへはあちらから出られますね」

 

「ぼちぼち始めようぜ」

 

(いよいよか)

 

リィンたちⅦ組特務科は期待と不安を胸に、演習を開始した。

 

 

 

『演習とやらは始まったのだな?』

 

「……ええ。予定通りです」

 

『リーヴェルト少佐は通常業務を。監視は君の部下数名にやらせるがいいだろう。どんな些細なことでも報告させるようにな』

 

「……了解しました。ルスケ大佐」

 




次回、依頼に取りかかります。


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祈り

UA10万突破しました。本当にありがとうございます。

後半、オリジナルエピソードを入れています。


「やっぱりすごい人ねえ……!」

 

ユウナは人通りの多さに感嘆した。

 

「ここはヴァンクール大通り。帝都で最大の通りだよ」

 

「導力車に帝都内を循環する導力トラムもヘイムダルならではですよね」

 

「そんで、あそこにあんのが……」

 

アッシュはヴァンクール大通りの先にある紅い建物を指さす。

 

「ああ。皇室アルノール家が住まうバルフレイム宮だ」

 

「すっごいな~~!」

 

「ユウナさん、はしゃぎ過ぎです」

 

おのぼりさんといったユウナをアルティナが諌める。

 

「教官、そろそろ依頼を見せてください」

 

「ああ、そうだな。では確認するぞ」

 

リィンは封筒を開く。

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

大切な家族の捜索 [任意]

 

出土品の危険性調査 [任意]

 

西オスティア街道の手配魔獣 [必須]

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

「任意が二つに必須が一つか」

 

「全部帝都の西側ですね」

 

「つーか、こんだけか?」

 

「いや、これは午前の分だ。こっちが午後の分だ」

 

リィンはもうひとつの封筒を見せる。

 

「ほんとね。もしかして本校にだけ偏ってるんじゃ……」

 

「いや、レーグニッツ知事に限ってそれはない」

 

リィンは首を横に振る。

 

「確かに、清廉潔白を地でいく方が贔屓することは考えにくいかもしれません」

 

「なるほどな」

 

「さて、そろそろ出発しよう。クルト、君に案内を頼みたいんだが」

 

「わかりました。まずは情報収集。依頼はその後ということでよろしいでしょうか?」

 

「うん、いいんじゃない?」

 

「わかりました」

 

「まっ、頼むわ」

 

「よろしくお願いいたします」

 

「任せる」

 

「それじゃ、まずは──」

 

 

 

[クルト side]

 

まずはヴァンクール大通りからだな。

 

僕たちは情報収集の一環として、各店舗に入ってみることにした。

 

最初に入ったのはブティック《ルサージュ》だ。

 

ここはトリスタにも支店を持っていて、教官や旧Ⅶ組の先輩方もお世話になっていたらしい。

 

またここの店主の方と教官は顔なじみのようだった。

 

なんでも、旧Ⅶ組の先輩方が学院祭で行ったステージ衣装を手掛けたらしい。

 

また、内戦で亡くなられたというクロウという人のこともご存知のようだ。

 

次に《リュミエール工房》だ。

 

ここはキリコやティータがよく顔を出すらしい。しかし、細かいパーツくらい融通が効かないのだろうか?

 

武装は揃っているので僕たちは百貨店に入った。

 

色々なお店を覗いて見るが、ほとんどの店員さんが一発で教官を見抜いた。眼鏡はもういらないんじゃ……

 

また、百貨店の店員さんは僕たちを見て何やらヒソヒソしていた。

 

なんでも2ヶ月ほど前に、聖アストライア女学院の生徒がチンピラに絡まれていたところをどこかの学生がそれを助けてそのチンピラと大立ち回りを演じたらしい。まさかとは思うんだが……。

 

最後に帝国時報社にやって来た。中に入ると、ヴィヴィさんを見つけた。

 

さっそく話を聞くと、某国の特殊工作員を追う特捜班を追いかけて取材したということを教えてくれた。

 

だけどヴィヴィさんはどうやら上の人に無断で取材を強行したらしく話が終わると奥に連れていかれた。

 

教官によると、「あれくらいでへこたれるヴィヴィじゃない」だそう。

 

 

 

次にヴェスタ通りだ。

 

ここは下町といった感じだな。またこの区画にはアルト通りと同様、遊撃士協会の帝都支部があったらしい。

 

ベーカリーに入ると、そこにはクロスベルで出会ったオスカーさんが働いていた。

 

なんでも修行に出されたらしい。ここでも試作品にパンを頂いた。

 

向かいの宿酒場の店主のアーレントさんから情報を仕入れた。なんでもこのところ奇妙な客が来るという。

 

宿酒場の隣の雑貨屋を見てみると、看板にハーシェル雑貨店と銘打ってあった。

 

おそらくここはトワ教官のご実家なのだろう。まだ開いてなかったので後で来てみることに。

 

 

 

次にライカ地区に来た。ここは僕の実家がある。

 

ユウナたちに急かされ実家の前まで来てみたが、稽古の真っ最中のようだ。奥から聞こえる声は母上だな。

 

稽古が終わるまで帝国博物館で時間をつぶすことにした。受付の方にいくと、受付の人は何かを読んでいた。

 

僕が声をかけると、僕とアッシュとキリコを見て鼻血を出して興奮しだした。

 

戸惑っていると、教官が「もしかしてドロテ先輩ですか!?」と声をあげる。知り合いのようだ。

 

教官によると、この人はドロテさんと言ってかつてトールズ本校にいた方で新進気鋭の作家らしい。

 

また春色の恋唄なる小説はその筋では有名らしく、ミュゼとドロテさんは僕たちを置き去りにして盛り上がっていた。

 

その後落ち着いたドロテさんの案内で中を少しだけ見せてくれた。

 

まあ帝国博物館は全部見ようと思ったらそれこそ一日かかるからな。

 

博物館を出た僕たちは実家の方に行く。門をくぐると母上が立っていた。

 

「良く戻りましたね、クルト。3ヶ月ぶりになりますか」

 

「ただいま帰りました──母上」

 

そう言った瞬間、みんなに驚かれた。そんなに驚くことだろうか?

 

お茶を飲みながら母上と言葉を交わした。

 

たとえ役目を失ったとしても今は成すべき事を成すのみ。

 

結局、足踏みしていたのは僕だけだったみたいだな。

 

本当に母上には頭が上がらない。

 

 

 

最後にサンクト地区に来た。

 

ここはヘイムダル大聖堂や皇女殿下やエリゼさんが通う聖アストライア女学院がある。

 

またカルバード共和国大使館も置かれているんだが、静かすぎるな。

 

とりあえず、まずは聖アストライア女学院に行ってみた。

 

おかしなことに、校門の警備員の数が少なかった。ここは貴族や資産家の子女が通うから警備は厳重のはずだが。

 

「ククク……世間知らずが多そうだよな。一人くれぇはコマしても……」

 

「ほーーう、誰をどうするんだ?アッシュ君?」

 

「グッ……!?」

 

教官が笑顔でアッシュの肩を掴む。

 

相当の力らしくアッシュの動きが止まる。教官、エリゼさんとは一言も言ってませんが。

 

まあ自業自得なので助ける気はないが。

 

「あら?兄様、それに皆さまも」

 

すると本当にエリゼさんが出てきた。教官はやはり笑顔で応じるが、アッシュは肩を押さえながら話を聞く。

 

エリゼさんによると、このところ帝都内の動きが慌ただしく、女学院の警備も手が届かないらしい。

 

「──見て見て!」

 

すると校舎から大勢の女学院生が出てきた。

 

「もしかして……!」

 

「間違いないわ……!エリゼ会長が話している方は……!」

 

『きゃあああっ、灰色の騎士様よ!!』

 

女学院生たちがキャーキャーと騒ぎだした。

 

「そういえばトールズの新設校の教官になられたって……!」

 

「あちらは教え子さんなのかしら!?」

 

「男子もいらっしゃるわ!」

 

「青灰色の髪のハンサムな方は……!」

 

「あの金茶髪の方はアブない魅力ですわねぇ……!」

 

「ブルーの髪の方は物静かでクールな雰囲気が堪りません……!」

 

「ピンクの髪のお姉さまもグラマーでカッコイイというか!」

 

「あの銀髪の子、お人形みたい……!」

 

「あら、あちらの方は……?」

 

「あ、あなたたち!休憩時間も終わりですよ!?」

 

『え~~~っ!!?、エリゼ会長だけズル~~~イ!!!』

 

……女学院生は品行方正で慎ましいという話は嘘だったのか。

 

エリゼさんが抑えているうちに慌ててその場を離れる。

 

ミュゼ曰く「今頃、耽美な妄想で持ちきり」とのこと。よくわからないが、良い予感はしないな。

 

最後にヘイムダル大聖堂に行った。

 

ちょうどミサを執り行っていたので祈りを捧げることにしたが、キリコは気が進まないと噴水で待つことに。

 

教官は「過酷な体験をしてきたからこそ、神というものを信じなくなったのではないか」と言った。

 

僕は何も言えなくなった。

 

僕たちの生活において女神や教会の教えは欠かせない。

 

だけど、キリコのような体験をすれば誰だって女神の存在を疑うだろう。そんなことさえも分からなかったのだから。

 

お祈りを済ませ、噴水に行くとキリコは鐘楼の方角を見つめていた。僕たちは敢えて触れなかった。

 

「さて、そろそろ依頼に取りかかろうか」

 

「そうですね」

 

「まずはどこだ?」

 

「ヴェスタ通りの依頼から始めよう」

 

僕たちはヴェスタ通りへ向かった。

 

[クルト side out]

 

 

 

[ユウナ side] [大切な家族の捜索]

 

ヴェスタ通りのアパルトメントに住むバーナードさんに話を聞きに行った。

 

バーナードさんによると、ペットのインコもとい家族のチャッキーちゃんが逃げ出してしまい、その捜索をしてもらいたいとのこと。

 

みんなのやる気は無いに等しいけど、あまりに懇願するもんだから引き受けることに。

 

バーナードさんによるとチャッキーはサンクト地区の方角に飛んで行ったらしいの。

 

サンクト地区に来てみると、一際派手な小鳥がいたの。さっそく捕まえようとしたら逃げちゃった。次は慎重にやんないと。

 

近づいては逃げられを何度か繰り返し、近くのホテルの二階の部屋に逃げ込んだところを捕獲。

 

その後バーナードさんの所に連れ戻した。バーナードさんも構い過ぎていたことを反省したみたい。

 

これで依頼達成ね。

 

[大切な家族の捜索] 達成

 

[ユウナ side out]

 

 

 

[ミュゼ side] [出土品の危険性調査]

 

私たちは依頼を伺うべく、帝国博物館にやって来ました。

 

ドロテ先生から依頼人のリルケさんを紹介していただきました。

 

リルケさんからの依頼は最近出土された古代遺物《アーティファクト》の調査でした。

 

古代遺物は"早すぎた女神の贈り物"と定義され、ほぼ例外なく教会によって回収・管理されます。

 

ですが、稀に遺跡調査などで発掘されるケースもあり、その場合は危険性がないか調査してから教会に引き渡す決まりになっています。

 

今回私たちが調査するのは見た目は古いカンテラのような古代遺物です。

 

リルケさんはこれを便宜上、常魔のカンテラと名付けたそうです。

 

リルケさんは調査結果次第では展示も考えていますが、危険な物ならば教会に引き渡すそうです。

 

私たちは常魔のカンテラを受け取り、南オスティア街道で戦闘を行うことに。

 

常魔のカンテラはリィン教官が装備しました。

 

さっそく目に付いた魔獣に戦闘を仕掛けますがその瞬間、常魔のカンテラから強い光が放たれ、周りが闇夜のように暗くなりました。

 

また、上位属性も効くようになっています。

 

「止まるな!」

 

「今は戦闘を終わらせることに集中してくれ!」

 

キリコさんとリィン教官の激でなんとか切り替えた私たちは戦闘を終わらせました。

 

「な……なんだったのよ………!」

 

「空間ごと変わった……!?」

 

「これが常闇のカンテラの力なのでしょう」

 

「ったく、聞いてた以上に薄気味悪い代物だったみてぇだな」

 

「危険性で言えば危険なのかもしれないな」

 

「とにかく、後2回ほど戦闘をしてみよう。その上でリルケさんに教会へ引き渡すよう申し上げてみよう」

 

その後、私たちは2回ほど戦闘を行い、展示するには手に余りあると判断しました。

 

その結果をリルケさんに報告すると、とても残念がっていました。

 

こういった古代遺物が教会に回収されて展示が中止になったことは一度や二度ではないそうです。

 

とはいえ、今後の研究に役立つと言ってくださったのでホッとしました。

 

これで依頼達成、ですね♪

 

[出土品の危険性調査] 達成

 

[ミュゼ side out]

 

 

 

[アルティナ side] [西オスティア街道の手配魔獣]

 

任意の依頼を終えたわたしたちは必須の依頼である手配魔獣の討伐に着手することに。

 

西オスティア街道を移動するその途中でキリコさんが丘の上を見つめています。

 

「キリコさん?」

 

「どうかしたの?」

 

「…………ちょうどあの辺りに俺が育ったパルミス孤児院があった」

 

「え?」

 

「あった、とは?」

 

「…………火事で焼け落ちたそうだ」

 

『!?』

 

わたしを含めて、全員が言葉を失いました。

 

「や、焼け落ちたって……」

 

「4年ほど前に大きな火事が遭ったそうだ。火の不始末か火付けかは分からないが、真夜中ということもあってか、消火するにも時間がかかったらしい」

 

そういえば前に聞いたことがあるような気がします。

 

「そんなことがあったのか……」

 

「……孤児院ということは他の方もいたはずです。その人たちは……」

 

「避難が遅れて、院長やシスターも含めて全員死んだそうだ」

 

「ッ!」

 

キリコさんの一言に顔を上げられませんでした。

 

「キリコさん………」

 

わたしは自分の胸を押さえました。これが、痛いということでしょうか。

 

「教官」

 

ユウナさんが顔を上げました。

 

「行ってみませんか?」

 

「……そうだな。お祈りくらいはしてもいいだろう。キリコ、案内してくれ」

 

「了解です」

 

ユウナさんの提案で鎮魂の祈りを捧げることにしました。

 

近くに咲いていた花を摘んで、キリコさんの案内で孤児院跡へ向かいました。

 

焼け跡から察するにそれなりに大きな孤児院だったようです。

 

わたしたちは建てられたお墓に花を添え、祈りました。

 

「少しはやすらかに眠れるのかな……?」

 

「ああ、きっとね」

 

「そうですよ」

 

「……じゃあ、行こうぜ」

 

「ああ。キリコ、君は……」

 

「大丈夫です」

 

キリコさんはいつもどおりでした。

 

 

 

お祈りを済ませたわたしたちは手配魔獣を探すことに。

 

すると、頭部が二つついた魔獣の姿を捉えました。

 

「あいつか?」

 

「検索結果、デュアルヘッドダイノ。手配魔獣と一致しました」

 

「あの手の魔獣は水属性が有効だ。特にミュゼやキリコは凍結の刃をセットしておいた方がいいな」

 

「了解しました」

 

「了解」

 

キリコさんがセットし直し、いよいよ討伐開始です。

 

 

 

「アーマーブレイク」

 

「メルティバレット!」

 

キリコさんとミュゼさんのクラフト技がヒットし、デュアルヘッドダイノが凍りつきました。

 

「ダイヤモンド・ノヴァ」

 

その隙を突いて水属性最上級アーツを放ちます。

 

「ヴォイドブレイカー!」

 

「弧月一閃!」

 

「テンペストエッジ!」

 

「ブレイブスマッシュ!」

 

続けて残りのメンバーが各々のクラフト技を仕掛けます。

 

凍結状態が解けたデュアルヘッドダイノは牙を剥き出しにして襲いかかってきました。

 

ですが、こういう時こそチャンスです。

 

「起動、フラガ・ラッハ」

 

クラウ=ソラスの斬撃で足止めします。

 

「アーマーブレイク」

 

崩れたところをキリコさんが追撃し、再び凍結しました。

 

「総員、畳み掛けるぞ!」

 

『イエス・サー!』

 

教官たちのリンクバーストが止めとなり、デュアルヘッドダイノは消滅しました。

 

依頼達成です。

 

[西オスティア街道の手配魔獣] 達成

 

[アルティナ side out]

 

 

 

リィンたちⅦ組特務科は互いを労いながら帝都へと戻って来た。

 

「これで全部終わりましたね」

 

「ああ、お疲れ。頑張ったな」

 

「とりあえずお腹減ったね」

 

「食ってばっかか」

 

「うるさいわね~~!」

 

「とはいえ、そろそろお昼か」

 

「どこかで何か食べましょうか」

 

「それなら、百貨店二階に……」

 

「あれ?リィン君たち?」

 

リィンたちの前からトワが歩いて来た。

 

「あっ、トワ教官!」

 

「お疲れ様です」

 

「うん、お疲れ様。もしかして依頼が終わったの?」

 

「ええ。依頼も一段落したので、どこかでお昼でも食べようかと」

 

「うーん、そっかぁ……」

 

トワは腕組みをする。

 

「トワ教官?」

 

「ねぇ、みんな。私の実家に来ない?」

 

「トワ教官の?」

 

「もしかして、ヴェスタ通りの?」

 

「うん、フレッド叔父さんとマーサ叔母さんのお店だよ。お昼まだならうちで食べない?」

 

「いいんですか?大勢で押し掛けて……」

 

「うん、ちょっとだけ待ってて」

 

トワはARCUSⅡで通信をした。数分後、リィンたちの前に戻って来た。

 

「大丈夫だって」

 

「そうですか。みんな、ここはお言葉に甘えるとしようか」

 

「そうですね」

 

「では、ヴェスタ通りに」

 

「それじゃ、行こうか」

 

トワの先導でリィンたちはヴェスタ通りに向かった。

 

 

 

「やあ、皆さん。よく来てくれましたね。はじめまして、トワの叔父のフレッドです」

 

「あたしはトワの叔母のマーサさ。そんでこっちが息子のカイだよ」

 

「……………」

 

フレッドとマーサがリィンたちを歓迎する中、カイはリィンを睨んでいた。

 

「すみません、大勢で押し掛けてしまって」

 

「いいんだよ。大勢で食べるご飯は美味しいからね。あんたたちもたくさん食べてね」

 

『いただきます!』

 

運ばれてきた料理に手を伸ばしながら、リィンたちはフレッドマーサとの話に花を咲かせた。

 

「それにしても、リィンさんは立派な人だね」

 

「はぁ、ありがとうございます」

 

「これならトワもお嫁に行けるわね。職場も同じなんだし、早い所決めて寿退職させておやりよ」

 

「んぐっ!?」

 

マーサの発言にトワは思い切りむせる。

 

「心配なんだよ。トワったら、何時だって遠慮するんだから。こんな優良物件そうそう見つからないんだよ」

 

「リィンさん、トワのことをお願いします」

 

「は、はぁ……」

 

リィンは苦笑いを浮かべる。

 

「マーサ叔母さん!?叔父さんもなに言ってるの~っ!?……ご、ごめんねリィン君」

 

トワは顔を赤くしながらりに謝る。

 

「お、俺は認めないからな!英雄だか何だか知らないけどさ!」

 

カイは腕を組み、顔をそむける。

 

「も、もう……カイ君……」

 

(優良物件…………って、違う違う!!そんなんじゃないから!!)

 

(物件?リィン教官は人間ですが……)

 

(たとえ優良でなくとも………私は………)

 

Ⅶ組女子はそれぞれの思いを浮かべる。

 

 

 

「それにしても………」

 

不意にフレッドはキリコの方を向く。

 

「何か?」

 

「いや……なんでもない」

 

「?」

 

「叔父さん?」

 

トワも不思議そうに見る。

 

「おっと、そろそろ店頭に出なきゃな。すまないけど、失礼するよ」

 

「いえ、お仕事頑張ってください」

 

「みんなはゆっくりしてってね」

 

「いえ、お構い無く。我々もそろそろ失礼します」

 

「あらそう?それよりリィンさん、さっきの返事、楽しみにしてるからね」

 

「マーサ叔母さん!!」

 

トワは真っ赤になって声を上げる。

 

 

 

リィンたちが出て行った後、マーサはフレッドに話しかける。

 

「どうしたの?あの男の子が気になるの?」

 

「マーサ、彼はミリシャ院長の孤児院に居た子じゃないか?」

 

「え…………ああ!言われてみれば!」

 

マーサは昔の記憶を掘り起こす。

 

「そうそう!物静かでちょっと大人びてて、他の子どもたちといつも離れてたわね。そっかぁ、あんなに大きくなったのね」

 

「うん、すっかり見違えたよ。最初は誰だか分からなかった。だが……」

 

フレッドは表情を暗くする。

 

「……ミリシャ院長が亡くなってからもう4年くらい経つのか………」

 

「ッ! そうだね……」

 

フレッドとマーサは店内の椅子に座る。

 

「元々ミリシャ院長と私たちは古い付き合いということもあって、彼女の経営する孤児院に支援していたんだったな」

 

「よくミリシャ院長かシスターと子どもたちが買い物に来てくれてね。あの子も来てくれたわね」

 

「うん。古い本なんかを買ってくれたような覚えがあるよ」

 

「だけど、突然来なくなってね」

 

「確か、ラマール州にある村に住む老夫婦の養子として引き取られたと院長は言ってたな」

 

「でもね……まさかあんなことが起こるなんてね」

 

「ああ………」

 

フレッドは古い帝国時報を引き出しから取り出した。

 

そこには当時の火事のニュースが載っていた。

 

「結局事故なのかどうかも分からないまま捜査は打ち切りになって、時間だけが過ぎ去っていったね」

 

フレッドは立ち上がり、手を胸におく。

 

「彼がまたウチに来てくれたのも何かの縁だろう。ミリシャ院長とシスターと子どもたちに……」

 

「そうね。ミリシャ院長とシスターと子どもたちに……」

 

フレッドとマーサは静かに祈りを捧げた。

 




次回、特殊部隊と戦います。


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ハーキュリーズ

色々見直したりしていたら結構長くなりました。


トワと別れたリィンたちⅦ組はリィンの提案でドライケルス広場へと足を運んだ。

 

「ここが……」

 

「そう。ドライケルス広場だ」

 

「そしてあちらに立つ銅像の人物こそが」

 

「──ドライケルス・ライゼ・アルノール。獅子戦役を終結させ、エレボニア帝国中興の祖と謳われる人物です。ご逝去後、帝都を見守ってもらうために建立されたそうです」

 

振り返ると本校生徒数人が歩いて来た。

 

「君たちは……」

 

「お疲れ様です、第Ⅱ分校の皆さん」

 

先頭に立っていたエイダが前に出た。

 

「ずいぶんとのんびりなさっておられるのですね。まあ、あなた方と私どもとでは違っていて当然でしょうが」

 

(ム……)

 

ユウナは顔をしかめるが、エイダは意にも介さなかった。

 

「それで、皆さんの成果はどうだったんですか?」

 

「成果?」

 

「ええ。まさか遊んでいたとでも?」

 

「そんな訳ないでしょ!よく聞きなさいよ」

 

ユウナは午前の成果を本校生徒たちに話した。

 

「フッ」

 

「クスクス……」

 

返ってきたのは冷笑だった。

 

「何が可笑しいのよ!」

 

「ごめんなさい。まさかその程度だとは思わなくて」

 

「その程度?」

 

「所詮は遊撃士の猿真似だ」

 

「お前たちの演習と我々の公安活動。どちらが有益なのか、比べるまでもないだろう?」

 

「…………………」

 

「文句があるなら実力で示しても構わないが?」

 

「へえ?」

 

「ふふ、お望みとあらば♪」

 

ドライケルス広場に一触即発の空気が流れる。

 

「待たせたね。おや、リィンさんにⅦ組のみんなじゃないか」

 

「シュバルツァーたちか」

 

バルフレイム宮からセドリックとナイトハルト中佐が歩いて来た。本校生徒たちは一斉に姿勢を正した。

 

「お疲れ様です、リィンさん」

 

「殿下こそお疲れ様です。そちらも休息でしょうか?」

 

「ええ。一段落したので。リィンさんたちも?」

 

「我々は午後の活動に入ります。その前にドライケルス大帝を拝んでおこうと思いまして」

 

「そうでしたか。僕たちはこれから例の集団の足跡を追います。その時はぜひご協力ください」

 

「わかりました。これは自分のARCUSの番号です」

 

リィンはメモをセドリックに渡す。

 

「ありがとうございます。ではまた」

 

セドリックは本校生徒たちと共に去って行った。

 

「何があったかは察しがつく。すまんな、シュバルツァー、新Ⅶ組」

 

「いえ、ナイトハルト中佐もお疲れ様です」

 

ナイトハルト中佐はもう一度「すまん」と言って去って行った。

 

「殿下………」

 

「ホントに………なんなのよ、あいつら~~!」

 

「わざわざ来たのでしょうか?」

 

「俺らを見に来たんだろ?どんだけ頑張ってるか」

 

「皮肉の意味で、ですね」

 

(連中の目を見る限りあながち間違ってはなさそうだな)

 

「とにかく」

 

リィンはアッシュたちの言葉を切る。

 

「俺たちは俺たちのできることをやろう。殿下や本校の目を気にしても仕方ない。そろそろ依頼を確認しよう」

 

「それがありましたね」

 

リィンは封筒から依頼の書類を取り出す。

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

[導力波ノイズの調査] 任意

 

[帝都競馬場からの依頼] 必須

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

「なかなか歯ごたえありそうだな」

 

「帝都競馬場とオーバルストアからの依頼か」

 

(競馬場はともかく、オーバルストアからの依頼は気になるな)

 

「では参りましょうか」

 

「よーし、午後も頑張るわよー!」

 

「ハハ、その意気だ」

 

リィンたちはドライケルス広場を後にした。

 

 

 

[キリコ side] [導力波ノイズの調査]

 

俺たちはオーバルストア・リュミエール工房にやって来た。

 

技術部という関係上、俺やティータもここに顔を出すことも多い。

 

シュミット博士が放任主義ということもあって、細かいパーツなどは自分たちで仕入れるようにしている。

 

特に武装チェックの際には必要不可欠だからな。

 

店主のジョアンによると、周辺の店舗の通信機器の調子が悪く、故障でもないのにノイズが混じっているらしい。

 

そこで俺たちの使うARCUSⅡの高性能検知機能を用いて通信波の測定をしてもらいたいそうだ。

 

クルトたちはこの機能については知らないようだが、これはエンジニア向けの特殊機能なので無理もない。

 

俺のARCUSⅡのモードを切り替え、ヴァンクール大通りを調べることにした。

 

まず大通りで調べると測定値は正常。まあ、道のど真ん中なら問題はないだろう。

 

次に武器商会の前は正常ながら少し高い。何らかの機器が影響しているのだろう。

 

次に百貨店だ。

 

出入口が3箇所あるので調べると北に行くにつれ、高くなり北側の出入口辺りでやや異常の結果が出た。慎重に調べることにする。

 

帝国時報の前で測ると、警告レベルの数値が出た。

 

どうやら帝国時報内部に原因があるようだ。

 

入ってみるとさらに大きくなった。受付に事情を話してオフィス内を調べさせてもらうことになった。

 

数分後、テーブルの下の部分から黒い箱のような物が発見された。

 

工房に持ち込み、分解して中を調べた結果、小型の高性能の盗聴器のようだ。これがノイズを発生させていたのだろう。

 

ジョアンによると、こういった盗聴器は一般には出回らず、アングラなルートか軍からの横流しで手に入るらしい。

 

おそらく共和国のスパイの仕業だろう。無論、他の可能性もあり得るが。

 

予定は大分狂ったが、依頼は達成だな。

 

[導力波ノイズの調査] 達成

 

[キリコ side out]

 

 

 

任意の依頼を終えたⅦ組は帝国競馬場を訪れた。

 

「へぇ、賑わってるわね」

 

「ここは帝都で歴史ある場所の一つなんだ」

 

「帝国貴族にとって競馬場は一種の社交場ですから」

 

「観客はレースに夢中だから悪巧みしていても気づかないって寸法だ」

 

「それは………。まあ、とりあえず入ってみよう。言っておくが馬券の購入は禁止だからな?」

 

「はあああっ!?」

 

「いや、当たり前だろう。僕たちは未成年なんだから」

 

「チッ!」

 

「キリコさんは競馬に興味は……」

 

「ない」

 

「……即答ですね」

 

「キリコ君ってストイックだよね。そこがキリコ君の良いところなんだけど」

 

「ホント、ヴァンダールより面白くねぇな」

 

「……悪かったな」

 

引き合いに出されたクルトがアッシュを睨む。

 

「それよりキリコさん、演習が終わったらあちらにあるサロン《ヴィラ=ソレイユ》に……♥️」

 

ミュゼがキリコの左腕に寄りかかる。

 

「はいそこはなれるー」

 

「ミュゼさんは外しませんね」

 

ユウナとアルティナは呆れ返る。

 

「はぁ……」

 

どこでもペースを乱さない新Ⅶ組にリィンは大きくため息をついた。

 

 

 

リィンたちは帝都競馬場内の受付に説明し、係員と共に入った。

 

「うーん、盛り上がっているわね。賭け事なのに割りと雰囲気が健全っていうか」

 

「まあ、競馬は皇族も観戦する紳士淑女の嗜みでもあるからね」

 

(どうでもいいな)

 

ギャンブルに全く興味のないキリコはつまらなそうに話を聞く。

 

「しかし、この盛り上がりでは支配人の方もお忙しそうですね?」

 

「ええ、申し訳ありません。ただいまチャールトン支配人は貴賓席の対応にあたっている所でして、次のメインレースが終わるまで出来ればお待ちいただけないかと」

 

「そうでしたか。ならこのあたりで待たせてもらいます」

 

「本当に申し訳ありません」

 

係員はそう言って戻って行った。

 

「とりあえずここで観戦していようか」

 

「おいおい、シュバルツァー。ここまで来て何言ってんだ。馬券買わなきゃ意味ねぇだろ」

 

「あのな、未成年の馬券の購入が認められるわけないだろう」

 

「俺らが買わなきゃ良いんだろ?」

 

「教官ならば大丈夫ですよね?」

 

「お、俺が馬券を買うのか!?」

 

リィンは驚きを隠さなかった。

 

「そもそも特務活動中に賭け事はどうなんだ?」

 

「えー、でもクルト君だってちょっと興味あるでしょ?」

 

「これもある意味社会勉強の一環ではないかと。それに教官の馬を見る眼は定評があるとか」

 

「事前情報と不確定条件を勘案した高度な予測を必要とする公営賭博……興味深いです」

 

「…………………」

 

「とりま、買って来いよ。買い方は任せるからよ」

 

「はぁ……仕方ない。わかったよ。メインレースの一枚だけ買って来るよ」

 

リィンは売り場へと向かう。

 

「……トイレに行って来る」

 

キリコは立ち上がり、建物へと向かおうとした。

 

「待てよ。お前はどこ狙うんだ?」

 

「知らん」

 

「そう言うなよ。せっかくだし番号三つ言ってみろよ」

 

「………5、1、2。これでいいか?」

 

キリコはそれだけ言って建物の中へ行った。

 

「行っちゃった……」

 

「完全になげやりですね」

 

「もし当たれば相当な額だろうけど」

 

「奇跡でも起こらない限り不可能かと」

 

「まあ、手堅く1番か2番だろ」

 

「すまない、待たせた」

 

リィンが戻って来た。

 

「あっ、おかえりなさい」

 

「買えましたか?」

 

「ああ、5番のライノブルームに100ミラの単勝だ」

 

「おいおい、大穴じゃねぇか。あんたも好きだねぇ」

 

「まあ、いいじゃないか。そろそろ始まるぞ」

 

リィンたちはメインレースの様子を見守った。

 

 

 

キリコが戻って来たのはメインレースが終わってからだった。

 

「すまない、待たせた」

 

『…………………』

 

ユウナたちはキリコを見つめる。

 

「どうかしたのか?」

 

「てめぇ……マジでなんなんだよ………」

 

「?」

 

「先ほどキリコさんが仰った予想なんですが……」

 

「それが?」

 

「全部……当たりました……」

 

「いわゆる、三連単というものですね……」

 

「そうか」

 

アルティナとミュゼの言葉にもキリコは顔色も変えずに言った。

 

「一応、教官が100ミラ単勝で予想した馬が当たったからおよそ1000ミラの配当金なんだが……」

 

「キリコさんの場合だと100ミラが210000ミラということになるんです」

 

「なるほどな」

 

「なんで落ち着いていられるんですか……」

 

「別に嬉しくもない。そもそもギャンブルは興味がない」

 

(クロスベルで問題視されているギャンブル依存症にはなりそうもないわね)

 

(このストイックさこそがキリコさんがキリコさんたる由縁ですね)

 

「おいキュービィー!てめぇもっかい予想しやがれ!シュバルツァー、次は……」

 

「──おいおい。気持ちは分かるがそんなに荒れんなよ」

 

奥の席からレクター・アランドール少佐が歩いて来た。

 

「レクターさん」

 

「オメデトさん。いやぁ~、まさか5―1―2とはな。お前さんなかなかやるじゃねぇか」

 

「…………………」

 

「それにしても、いかんぞ~。真っ昼間っからギャンブルなんざ。まったく、親の顔が見てぇもんだ」

 

『…………………』

 

レクター少佐の仰々しい態度にリィンたちは白い眼を向ける。

 

「ったく、あんたはわざとらしいんだよ」

 

「そう言うなよ。情報を持って来たんだからよ」

 

「例の集団のことですか?」

 

「ああ。俺らも追っているんだが、なかなか捕まえられなくてな。捕捉したと思ったら文字通り消えちまってな」

 

「消えた?」

 

(人間が突然消える訳がない。おそらく──)

 

キリコは消えるという言葉からとある可能性を思い浮かべる。

 

「名前などはわかりますか?」

 

「ああ」

 

レクター少佐は声を落とした。

 

(カルバード共和国軍特殊部隊《ハーキュリーズ》って言うらしい)

 

(ハーキュリーズ……)

 

(気をつけな。どうやら俺らの知らない奥の手があるみてぇだ)

 

「………わかりました。わざわざありがとうございます」

 

「良いってことよ。お前さんに伝言があったからな」

 

「伝言?」

 

「ああ、ウチのチビッ子からな。『今夜19:00にヴェスタ通りの遊撃士協会西支部に集合~!』だそうだ」

 

「あ………」

 

「教官……」

 

「ならば、早めに終わらせなければなりませんね♪」

 

「だな。遅刻はシャレになんねぇからな♪」

 

「……二人とも、完全に楽しんでるな」

 

「確かに伝えたぜ。それじゃあな」

 

「レクター・アランドール少佐」

 

立ち去ろうとしたレクター少佐をミュゼが引き留める。

 

「なんだい?」

 

「その工作員の名前はわかりましたが、目的はなんなのでしょう?破壊工作、それとも情報収集?」

 

「……!」

 

「クク……そうだな、当初は半々だったが今じゃ3:7くらいってとこか」

 

「え、それってどっちがどっちで……」

 

「確かミュゼさんの言った順番は……」

 

「悪いねぇ、一応機密事項なんでこのくらいでカンベンしてくれ。詳しいことがわかったら演習地に報告する手筈になっているからよ」

 

(手筈、か)

 

「そんじゃーな。せいぜい頑張ってくれよー」

 

レクター少佐は今度こそ立ち去った。

 

「チッ、忌々しい野郎だぜ」

 

アッシュは舌打ちした。

 

「本気で楽しんでそうなあたりが逆に底知れないっていうか……」

 

「それにしてもミュゼ、君は君で何か掴んでいそうな口ぶりだな?」

 

「ふふ、いえいえ。何となく疑問に思っただけで」

 

クルトの疑問にミュゼは笑顔で返す。

 

「ですが、破壊工作と情報収集……どちらが主目的かどうかで対応の仕方も変わってきますね」

 

「おそらくは後者だろう」

 

「後者……情報収集ですか?」

 

「実際に調べなければわからないが、今まで爆発物などの話は出てこなかった。それにさっきの件もある」

 

「なるほど。仮に爆発物といった話があるならいくら情報局でもひた隠しにはしないはず」

 

「辻褄は合うわね」

 

キリコの推測に全員が腑に落ちた。そんな中でリィンは疑問を覚えていた。

 

(……どういうつもりだ?まるでこちらがそうたどり着くのを仕向けているようだ。レクター少佐……分かっていたとはいえ、底が知れないな)

 

「教官?」

 

「いや、なんでもない。そろそろ行くぞ。チャールトン支配人にお会いする。粗相のないようにな」

 

リィンたちは貴賓席へと向かった。

 

 

 

「ではよろしくお願いいたします」

 

「はい。お任せください」

 

競馬場支配人のチャールトンから鍵を預り、リィンたちは競馬場から帝都地下道に降りる。

 

「暗くてジメジメしてるわね。こんな場所があるなんて」

 

「クロスベルのジオフロントのような近代的な施設じゃなく、暗黒時代の遺構だな」

 

「魔獣の気配もするな」

 

「支配人の話では不気味な咆哮が聞こえるという報告が多数寄せられているそうですが」

 

「なんだろうとブッ潰すまでだ。行こうや」

 

「アッシュさん、燃えてますね」

 

「あれは腹いせの間違いね」

 

「とにかく、慎重に進むぞ。これより探索を開始する」

 

『イエス・サー』

 

 

 

「待ってくれ」

 

探索の途中、リィンはユウナたちを止める。

 

「教官?」

 

「まだ先だと思いますが?」

 

「見てみろ」

 

リィンは光る何かを指さす。

 

「これは、ムーントリュフ?」

 

「こんな場所に生えてるなんてね。とにかく、採取しちゃうね」

 

ユウナはムーントリュフを採取した。

 

「これで数は揃ったかしら?」

 

「サンディさんの故郷のお料理、どんなものなんでしょう?」

 

「多分、演習地に帰還する頃には夕方になってるだろうからサンディに渡すのは明日だな」

 

「何だか楽しみね」

 

「ああ。そろそろ探索を再開する。後少しで遭遇するはずだ。油断するなよ」

 

「ええ」

 

「待った、なんだあれは?」

 

クルトが指さす方向には魔獣とは異なるモノが待ち構えていた。

 

「あ、あれって……!?」

 

「おいおい、カンベンしろよ」

 

「おそらく敵性霊体──魔物とでも言うべき相手かと」

 

「いつの間にか上位三属性も働いていますね」

 

「なんでもいい」

 

戸惑うユウナたちを尻目にキリコが得物を構える。

 

「相手がなんだろうと俺たちが退く理由にはならない」

 

「……そうね!」

 

「確かに退く理由はないな」

 

「結局いつも通りってことだ」

 

「油断しなければ押し通ることも可能ですね」

 

「では始めましょう」

 

「ああ、Ⅶ組特務科、戦闘準備!」

 

『イエス・サー!』

 

リィンたちは魔物との戦闘に入った。

 

 

 

同時刻

 

「この地下道に潜伏しているのは間違いないですわね」

 

「ああ。オスト地区やヘイムダル港で不審な輩の目撃情報もあるしな」

 

エイダとフリッツは数人の本校生徒と地下道を探索していた。

 

「分校の連中が市民サービスなんぞに明け暮れている間に共和国のスパイを捕縛するぞ」

 

「そのとおりです。この帝都において、私たちの活動の方が有益なのは明白」

 

「全ては殿下のために」

 

「そろそろ時間です。気を引き締めなさい」

 

エイダは場を引き締める。

 

「これより作戦を開始します」

 

「この先は各方面に繋がる合流地点になっている。そこを我らが追いたて、最終的に殿下が待たれているヒンメル霊園にて捕縛する。ここで手柄を挙げ、トールズの勲を示す!」

 

『おおっ!』

 

本校生徒たちは気合いを入れる。

 

だが彼らは気づけなかった。生半可な戦意がもたらすのは成功でも勝利でもないことを。

 

 

 

一方Ⅶ組は、魔獣や魔物を蹴散らし、仕掛けを攻略しながら遂に最奥へと到達した。

 

「あれは……!?」

 

最奥には紅いプレロマ草が咲き誇っていた。

 

「紅いプレロマ草か……!」

 

「ラマール州に続いて……」

 

「ど、どうなってるワケ!?」

 

「話は後にしろ」

 

「──来ます!」

 

目の前の空間が歪み、重装備の魔煌兵が顕れた。

 

「魔煌兵!」

 

「ハッ、相手にとって不足はねぇ!」

 

「Ⅶ組、戦闘準備!総力を持って撃破するぞ!」

 

『おおっ!』

 

リィンたちは手配魔獣へと向かう。

 

 

 

「ブレイブスマッシュ!」

 

「テンペストエッジ!」

 

「デッドリーサイズ!」

 

手配魔獣──ヘヴィゴラムにユウナ、クルト、アッシュがクラフト技で体勢を崩す。

 

「エリアルダスト!」

 

「ガリオンフォート!」

 

ミュゼとアルティナが隙をついて、風と幻属性のアーツを叩き込む。

 

「合わせろ、キリコ!」

 

「了解」

 

リィンとキリコのリンクアタックにより、ヘヴィゴラムは大きなダメージを負う。

 

「グオオオオッ!!」

 

ヘヴィゴラムから黄金の闘気が吹き出る。

 

「高揚か!」

 

「関係ねぇ!ブチのめすぞ!」

 

「初弾は俺がやる。一気に攻めろ」

 

キリコはアーマーマグナムを構える。

 

「!」

 

ヘヴィゴラムはキリコに狙いを定め、鉄球を振り下ろす。

 

「遅い。アーマーブレイク」

 

キリコは鉄球を掻い潜り、ヘヴィゴラムの背中を射つ。

 

「今だ!全員で仕留める!」

 

ぐらついた隙をつき、リィンたちがバーストで一斉に攻撃する。ヘヴィゴラムはが膝をつく。

 

「とどめは俺がやる。フレア・デスペラード」

 

だめ押しにキリコのSクラフトをくらったヘヴィゴラムは断末魔の咆哮をあげ、消滅した。

 

「やったわねっ!」

 

「あの草も残らず消えたな」

 

「やはり魔煌兵の出現に関係がありましたね」

 

「とにかく、これで今日の依頼は全て終わったのか」

 

「皆さん、お疲れ様です」

 

「とっとと戻ろうや。なんか薄気味悪りぃ」

 

「そうだな。では戻るとしようか」

 

リィンたちは息を整え、来た道を戻る。

 

 

 

「待て」

 

キリコがユウナたちを止める。

 

(こ、これって……)

 

(……2、3名の移動音)

 

(ああ、よく気づいたな)

 

(反響しそうな地下にあってこの迷いのなさ……)

 

(先月の猟兵どもより練度は上かもな)

 

(捕捉するなら絶好の場所だな)

 

(ああ。アルティナ背後に回り込んでくれ)

 

(了解しました。隠密態勢に入ります)

 

アルティナが透明になるや否や、オレンジ色の防具を纏った一団が現れた。

 

「──止まってもらおう」

 

「こいつらは……」

 

「……報告にあった軍学校の者たちか」

 

「黒い傀儡使いが見えないが、後ろにでも回り込んでいるのだろう」

 

「あ、あたしたちのことまで!?」

 

「クラウ=ソラスについても把握済みですか」

 

アルティナとクラウ=ソラスが姿を現す。

 

「ハハ、運が良いというか悪いというべきか……」

 

「名高き灰色の騎士にもお目にかかれるとはな」

 

「腹の探り合いは結構。ハーキュリーズとお見受けする。無駄かもしれないが、武装解除してもらえないか?」

 

「ふむ、確かに分が悪いな」

 

「6対3……どうやって切り抜けるか……」

 

「灰色の騎士に傀儡使い、それに士官候補生か。侮るのは愚策だな」

 

ハーキュリーズ隊員たちは淡々とした口調で話す。

 

(……なに?妙に余裕そうだけど……)

 

(実際相当な手練れだろう。猟兵よりも上と見るべきか……)

 

(いかにも……奥の手がありそうですね)

 

「……交渉決裂か。悪く思わないでもらおう」

 

リィンは腰の太刀を抜いた。

 

「戦闘準備──先ほどの魔煌兵以上と思え!」

 

『イエス・サー!』

 

ユウナたちも得物を構える。

 

「なるほど、練度も高そうだ。上に進言する必要があるな」

 

「てめぇら、余裕かまし過ぎだろ!」

 

「それならもっと早くにお帰りになれば良かったでしょうに」

 

「フッ、目的を達成すれば出て行くさ」

 

「それまでは断固として居座らせてもらおうか!」

 

ハーキュリーズ隊員たちはそれぞれ大剣とアサルトライフルを構える。

 

 

 

ハーキュリーズは特殊部隊と呼ばれるだけあり、練度は高かった。また、ARCUSⅡとは異なる戦術器の存在にリィンたちは苦戦を強いられた。

 

「強い……!」

 

「さすがですね……」

 

だがリィンたちとて、やられっぱなしというわけではなかった。

 

「アーマーブレイク」

 

「ランブルスマッシュ!」

 

キリコとアッシュのクラフト技を起点に反撃に出る。

 

続けざまにリィンの一太刀が大剣を弾き、その隙をついてユウナのガンブレイカーの銃撃が襲う。

 

「くっ……!」

 

「やるな、だが……!」

 

「遅い」

 

キリコのハンタースローがハーキュリーズ隊員の肩の隙間に命中する。

 

「うぐっ……!」

 

「今だ」

 

「レインスラッシュ!」

 

「カルバリーエッジ!」

 

クルトのクラフト技とアルティナの時属性アーツが叩き込まれる。

 

「ラストォォォッ!」

 

ユウナがガンブレイカーを構える。

 

「エクセルブレイカー!!」

 

ユウナのSクラフトが勝負を決める。ハーキュリーズ隊員たちは膝をついた。

 

 

 

「はぁ…はぁ…はぁ……」

 

「手こずらせやがって……」

 

「なんとか無力化できたようですね」

 

「くっ……」

 

「灰色の騎士や傀儡使いはともかく、学生がここまでやるとはな……」

 

「特にそちらの青髪はなかなか別格だ。警戒レベルを上げなくてはな」

 

ハーキュリーズ隊員たちは負傷しながらも余裕の表情を崩さなかった。

 

「何かお隠しになっているようですね」

 

「スパイなら遠慮はいらなさそうだな」

 

キリコはアーマーマグナムを隊員の頭部に狙いを定める。

 

「キリコさん……」

 

「あんたらに言っとくが、こいつはやるとなったらマジだぜ?」

 

心配するアルティナを他所にアッシュが煽る。

 

「……悪いがまだ捕まるわけにはいかん」

 

「是が非でも"Xデイ"を突き止めるまではな!」

 

ハーキュリーズ隊員の一人がフラッシュグレネードを起動させる。

 

「くっ!」

 

キリコは発砲するが、悲鳴が聞こえなかったため、外れたと判断した。

 

「しまった!」

 

「逃がすか!」

 

アッシュはヴァリアブルアクスで追撃する。だがハーキュリーズ隊員たちの姿が消えたことで空を切る。

 

「な……」

 

「空蝉……いや、空間投影か!!」

 

「ク、クソが……!」

 

「あ、あんなのアリ!?」

 

「落ち着け。光学迷彩か何かでそう見せかけているだけだ」

 

戸惑うユウナたちをキリコが落ち着かせる。

 

「話は後だ──追跡する!」

 

リィンたちは走り出した。

 

 

 

「彼らが使っていた戦術器──ラムダ……でしたか。おそらく先ほどのが奥の手なんでしょう」

 

「チッ、厄介なモン持ってやがる」

 

「だが向こうも焦っているようだな」

 

キリコは一度止まり、地面を探る。

 

「見ろ」

 

「血の跡が点々としている……!」

 

「ある程度は追い込めそうですね」

 

リィンたちは血の跡をたどり、広い場所に来た。

 

「ここは……」

 

「広い場所に出ましたが」

 

「血の跡はあそこで跡絶えてますね」

 

「壁でもすり抜けたってのか?」

 

「いや、こういうのは」

 

リィンが壁を調べると一つだけ僅かに出っ張ったブロックがあり、それを押し込むと壁だった所が開き、道ができた。

 

「こんな仕掛けが……!」

 

「噂くらいにしか思ってなかったが、本当に存在したとは……」

 

「よく気づきましたね」

 

「2年前の特別実習で経験済みさ。それより、向こうも安心しているはずだ。こちらから奇襲をかける。気を引き締めてくれ」

 

「了解!」

 

「今度は逃がさねぇ」

 

ユウナたちは気合いを入れ、走り出す。

 

 

 

「追いついたぞ」

 

「チッ!」

 

「しつこい学生どもが!」

 

「逃がすわけないだろう」

 

「言っておくが先ほどのは通用しない」

 

 「何!?」

 

 「おそらくその戦術器の特殊機能なのだろう。光学迷彩により一時的に透過することでこちらの追跡を逃れる。加えて空間投影によりターゲットを撹乱、そう推測したが?」

 

「グッ!」

 

ハーキュリーズ隊員たちはキリコの指摘に歯軋りをする。

 

「ふふ、ビンゴ、ですね」

 

「やっぱり頼りになるわね、キリコ君は」

 

「正直半信半疑だったがな」

 

「まさか初見で見抜くとはな」

 

「……認めざるを得ないか」

 

「だが!」

 

ハーキュリーズ隊員たちは再び逃走を始めた。

 

「逃がすかっ!」

 

「全員、走るぞ!」

 

『おおっ!』

 

リィンたちも追跡を再開した。

 

魔獣の気配はなかったが、瓦礫などに塞がれている箇所があり、地下道は複雑になっていた。

 

早くから潜伏していたこともあり、ハーキュリーズ隊員たちの方に分があった。

 

だがそれでもリィンたちは懸命に食らいついて行った。

 

分かれ道に到達した所で隊員たちは二手に別れた。

 

「二手に!」

 

「右は俺が行きます」

 

キリコは右手に進路を変更した。

 

「キリコさん!私もお供いたします!」

 

ミュゼがそれに続く。

 

「わかった!気をつけろよ!」

 

リィンたちはそのまま隊員二人を追う。

 

「急ぐぞ」

 

「はいっ!」

 

キリコとミュゼは逃げた隊員を追う。

 

付かず離れずで追跡すると、キリコたちは急に立ち止まった。

 

「う、うぐぐ……」

 

「そんな……」

 

そこにはエイダとフリッツを含めた本校生徒数人が別のハーキュリーズ隊員の前で膝をついていた。

 

「フッ、トールズの士官候補生と聞いていたが、この程度とはな」

 

「所詮は学生レベルということだ。む?どうした?何かあったのか?」

 

(時間が惜しい。仕掛けるぞ)

 

(了解です)

 

「面目ない。先ほど灰色の騎士と……ぐわっ!?」

 

キリコの飛び蹴りを食らい、逃げていた隊員は地面に倒れる。

 

「なっ!?」

 

「隙ありです!」

 

戸惑う隊員たちの足元をミュゼの狙撃が放たれる。完全に不意を打たれた隊員たちは2、3歩退く。

 

「お、お前たちは……!」

 

「トールズ第Ⅱの……!」

 

「お取り込みの最中だったようですね」

 

「さっさと片付ける」

 

「学生ごときがなめるなっ!」

 

「お前たちもこいつら共々死んでもらう!」

 

隊員たちも得物を手にキリコに襲いかかる。

 

 

 

『……………』

 

本校生徒たちは目の前の光景が信じられなかった。

 

自分たちが落ちこぼれの半端者と見下していた分校生徒が、自分たちでさえ敵わなかった共和国軍特殊部隊と互角どころか上回っていることに。

 

大剣を持ったハーキュリーズ隊員がキリコに斬りかかるが、キリコはしゃがむようにかわし、サバイバルナイフで右腕の手首を斬りつける。

 

アサルトライフルを持ったハーキュリーズ隊員がその隙を縫って引き金に指をかけるが、先読みしていたミュゼに魔導騎銃の狙撃で狙いを狂わされ、それに合わせるように放ったアーマーマグナムの弾丸が肩を貫く。

 

結果、数分で二人のハーキュリーズ隊員の無力化に成功した。

 

「後は拘束するだけか」

 

「そうですね。私は本校の皆さんの手当てをいたします」

 

ミュゼはホーリーブレスを本校生徒たちにかける。

 

「くっ……余計な真似を……」

 

「あなた方の手を借りずとも……!?」

 

エイダは顔の真横にナイフが通過し、硬直した。

 

それと同時に背後からくぐもった声が響く。

 

エイダの後ろにはキリコが最初に蹴飛ばしたハーキュリーズ隊員が拳銃を持って立っていた。

 

すかさずキリコがエイダの背後のハーキュリーズ隊員の腹部に蹴りを入れる。

 

吹っ飛ばされたハーキュリーズ隊員は後ろの壁に激突し、今度こそ気絶した。

 

「………………」

 

エイダはへたりこんだ。

 

「咄嗟の事とはいえ、すまなかった」

 

キリコは右手を差し出した。

 

「………どうしてです…………」

 

「?」

 

「どうして助けたんですか。あれだけ暴言を吐いた私たちをどうして……」

 

「憎くはないのか?なぜ何も言わない?」

 

エイダとフリッツはキリコとミュゼに問いかける。

 

「見捨てるのも寝覚めが悪い。それに気にしてもいないし、憎んでいるわけでもない」

 

「少なくとも敵ではありません。同じトールズの同志ですから」

 

「「……………」」

 

「お前たちの言いたいこともわからなくもない」

 

「え?」

 

「俺は身元不明の孤児だ。半端者というのもあながち間違ってない」

 

「あ………」

 

「ッ!すまない……」

 

キリコは近くの箱からワイヤーを取り出す。

 

「こいつらを縛る。手伝ってくれ」

 

「あ、ああ!」

 

フリッツはキリコと共にハーキュリーズ隊員たちを拘束した。また、猿轡も忘れなかった。

 

「後はこのまま連れて行くだけか」

 

「そういえば、皆さんはどちらから来たんですか?」

 

「この先のヒンメル霊園だ。入り口には殿下やナイトハルト教官がおられるはずだ」

 

「ならさっさと向かう」

 

「そうですね。参りましょう」

 

「は、はい!」

 

エイダたちはキリコたちと共に地下道入り口へと向かった。

 

 

 

「エイダ!フリッツ!それにみんなも無事か!」

 

入り口でセドリックが心配そうに迎えた。

 

「殿下……」

 

「申し訳ありませんでした」

 

「いや、君たちが無事で何よりだ。それと──」

 

セドリックはキリコとミュゼの方を向く。

 

「キリコにミュゼさんもありがとう。詳細はリィンさんから聞いたよ。君たちのおかげだ」

 

「大したことはしていない」

 

「ごく一部とはいえ、工作員を拘束できただけでも良かったです」

 

「すまない。そう言ってもらえるとありがたい」

 

そしてリィンの方を向く。

 

「リィンさん。本当にありがとうございました」

 

「いえ。お役に立てたようで何よりです」

 

「クルトたちもありがとう。本当に助かったよ」

 

「あ……」

 

「殿下……」

 

「勿体ないお言葉……」

 

「へっ!」

 

セドリックはハーキュリーズ隊員の方に近づく。

 

「君たちには聞きたいことがある。もうじきTMPが到着するだろうから詰所でじっくり聞かせてもらうよ」

 

『…………………』

 

ハーキュリーズ隊員たちは一斉に顔を伏せる。

 

「二人とも、ご苦労だったな。それにしても本校生徒たちと一緒とはな」

 

「本校の皆さんが居なければ取り逃がしてしまったかもしれませんでしたね」

 

「ああ」

 

「二人とも、お疲れ様」

 

「そちらはどうでしたか?」

 

「ああ、入り口付近でなんとか押さえてね。彼らの身柄は本校に引き渡すことになったが、それはいいんだ。工作員拘束に貢献できたってことにね」

 

「ちょっと悔しいけどね」

 

「まあ、それはそれですね」

 

「んじゃ、とっとと帰ろうぜ」

 

「その前に良いか?」

 

「キリコ?」

 

キリコは懐から戦術器を取り出し、セドリックに見せる。蓋の所にはRAMDAと銘打ってあった。

 

「キリコ、それは……」

 

「連中が持っていた。そして情報局が捉えられなかった仕掛けはこれだろう」

 

キリコはRAMDAを起動させる。

 

 するとキリコの体が透明化し、さらに半透明なキリコが顕れた。

 

「な!?」

 

「これは……!?」

 

「なるほど。光学迷彩と空間投影を利用してそういう風に見せかけるのか」

 

エイダとフリッツが驚く横で、セドリックはRAMDAの機能を推測した。

 

「おそらくまだ連続使用は出来ないようだがな」

 

「ふむ……わかったよキリコ。それの解析をさせてほしいんだろう?」

 

「俺ではなく、シュミット博士にな」

 

「わかった。そっちの手続きは任せておいてくれ。それじゃ」

 

セドリックはそう告げて本校生徒たちと共に去って行った。

 

「待たせた」

 

「ホントにあのジジイに解析させんのか?」

 

「あれこれ口出しされるのは避けたいんでな」

 

「まあね……」

 

「容易に想像できますね」

 

(多分、無理を言って取り寄せるんだろうな)

 

「それと、教官は今夜帝都に行かれるんですね」

 

ミュゼが話題を変える。

 

「ああ。わかっていると思うが……」

 

「そんな野暮なことはしませんよ」

 

「楽しんで来てください」

 

「まあ、情報交換も兼ねているからそんなに遅くはならないさ」

 

「なんだよ、どなたかと朝帰りしてきてもいいんだぜ?」

 

「教官!不潔ですよ!」

 

「しません」

 

リィンは肩を竦めた。

 

 

 

「ああ、そうだ。少し寄って行きたい所がある」

 

「? どこですか?」

 

「すぐ近くだ」

 

「もしかして……ここに……?」

 

「ああ」

 

リィンたちは霊園の北東の墓の前にやって来た。墓にはクロウ・アームブラストと刻まれていた。

 

「…………………」

 

「……内戦の年の……」

 

「旧Ⅶ組の……教官の仲間の方なんですね?」

 

「ああ……」

 

リィンは片膝をついた。

 

「元々俺たち旧Ⅶ組の先輩であり、いい加減でお調子者で、それでいて面倒見がよくて頼りになる、そんな最高の仲間だった。内戦では敵同士だったが」

 

「え?」

 

「貴族連合軍陣営に属していたのである程度面識はありました。帝国解放戦線という組織のリーダーで《蒼の騎士》と呼ばれていた方でした」

 

「内戦中、聞いたことがあるぜ。蒼い騎士人形に乗って各地の機甲兵を圧倒したとかな。キュービィーはやり合ったことはあんのか?」

 

「いや、噂には聞いてたが実際に戦ったことはない。……分校長やウォレス少将となら飽きるほどやり合ったが」

 

「何度聞いてもすごいわね……」

 

ユウナは呆れるしかなかった。

 

「それでも最後にはⅦ組に戻ってくれた」

 

「……皇太子殿下を取り込む形で現れた250年前からの災厄。その災厄を倒すため、あいつは道を切り拓くために全てを賭けた。だが、全てが終わった時、あいつは致命傷を負ってしまっていた」

 

「…………」

 

「……その時の出来事が俺やⅦ組の背中を押した。俺がヴァリマールとトールズに残って政府からの要請に対応することにして、他のみんなは1年で卒業して『今の自分にしか出来ないことを見極める』ことを選んだ」

 

リィンは墓を見つめる。

 

「この激動の時代においてもう一度Ⅶ組として集まり、全員で答えを見出だすために」

 

「……………」

 

「答え、ですか……」

 

「……初めてちゃんと聞かせてもらった気がします。教官たちが何をしようとしていたかを」

 

「……そんな覚悟で頑張っているのは特務支援課だけだと思ってました………」

 

「ハッ……不器用すぎだろ、アンタら」

 

「ふふっ……眩しいくらいに、ですね」

 

「はは……」

 

リィンは立ち上がる。

 

「まあ、これはあくまで俺たち旧Ⅶ組が決めたことだ。君たちもいつか、自分たちならではのⅦ組の在り方を見出だす時が来ると思う。だから、それまで全力で支えるさ。旧Ⅶ組を、教官や先輩たちが根気よく導いてくれたようにね」

 

「あ………」

 

ユウナは一瞬顔を伏せるが、すぐに顔を上げた。

 

「はい!これからもよろしくお願いします!」

 

「……心強いです。宜しくご指導、ご鞭撻ください」

 

「まだ自分自身のこともよくわかってませんが、それでもこの3ヶ月で得られた実感と手応えがあります」

 

「こうして新Ⅶ組に編入したのは何かの導きのように思えます」

 

「今のところはせいぜい付き合わせてもらうぜ。アンタっていう壁をいずれブチ抜くためにもな」

 

「よろしくお願いします、教官」

 

新Ⅶ組はそれぞれの心情を口にした。

 

 

 

リィンたちが言葉を交わしている様子を見続けている者がいた。

 

「灰の起動者リィン・シュバルツァー、とうとう帝都へと至ったか。しかもこのような状況で……つくづく悪運に見込まれておるの」

 

金髪の少女は身の丈以上の杖を手に持ち、帝都を睨み付ける。

 

「まもなく800年前の災厄が目覚める。機を見計らい、手助けくらいしてはやるかの」

 

金髪の少女の最後にもう一度リィンたちの方向を見る。

 

「それにしてもあの青髪の小童、何者なのじゃ……?」

 

「……まさか、な………」




次回、遂にあの二人が顔を合わせます。


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密談

短いです。


午後 18:30

 

5号車で作業するキリコはヒンメル霊園での出来事を思い返していた。

 

 

 

[キリコ side]

 

「…………………」

 

クロウ・アームブラストの墓を見舞った後、帰ろうとした時にユウナが金色のブローチを拾った。

 

ミュゼによると、間違いないなくアンゼリカ・ログナーが身に着けていた物だそうだ。

 

その時に初めて墓の違和感に気づいた。

 

周りの墓と違って土がやわらかい。まるで最近掘り起こしたかのように。

 

ただ事ではないと判断したリィン教官はトワ教官とミハイル教官を呼び出し、墓守りの立ち会いの下、墓を掘り起こすことを決めた。

 

掘り起こす途中で俺は更なる違和感を覚えた。

 

普通、墓を掘れば腐敗臭や死臭などの特有の臭いがするはずだ。

 

 そういった臭いはおそらくⅦ組の中で俺が最も嗅ぎ慣れている。

 

だがクロウ・アームブラストの墓からはそれが感じられない。

 

ある程度掘り起こし、棺桶を開けて見ると中は空っぽだった。

 

周りは絶句したり、女神に祈っているが、俺は構わず棺桶に近づく。

 

その時に気づいたが、何かがあった形跡はあっても、棺桶そのものから死臭がしなかった。

 

この事を教官たちに報告したが、さすがに信じられないようだ。

 

 とりあえず棺桶を埋め直し、俺たちは演習地に帰還した。

 

なお、この事は口外することは厳禁だと念を押された。

 

 

 

(仮に棺桶を入れ替えたとしても臭いは勿論、痕跡を完全に消し去るのは不可能。だがあの棺桶はずっと埋まっていたように見える)

 

(クロウ・アームブラストは旧Ⅶ組やトワ教官らの立ち会いの下に埋葬されたという。その時点で死体はあった。だが棺桶から死臭は全くしない)

 

(……リィン教官たちが埋めたのは死体ではなかったとでも言うのか?)

 

そうなると、おそらくアンゼリカ・ログナーは重大な何かを知った。そして連れ拐われた。

 

現にアンゼリカ・ログナーは行方知れずだという。

 

生死も不明だが、おそらく後者だろう。

 

(ミュゼなら何か知っていると思うが、今は放っておいてもいいか)

 

ミュゼの異能なら何か掴めるかもしれんが、彼女はあまりそれに頼りたくはないらしい。

 

それにアンゼリカ・ログナーのことで思う所があるらしく、ため息が多いように見える。

 

今は自分の仕事を進めるしかない。そう結論づけた俺はティータが呼びに来るまで機甲兵のメンテに没頭した。

 

 

 

19:40

 

「キュービィー候補生、今すぐ作業を中断してついて来るように」

 

夕食を終え、ミッションディスクの調整を行っていると、ミハイル教官が息を切らしてやって来た。

 

「何かありましたか?」

 

「なんでもいい。とにかくついて来るように」

 

普段のミハイル教官とは思えないほど急かしてくる。ここは大人しくついて行くか。

 

数分後、俺はミハイル教官と共に演習地を出て、近くに停められた導力車の前にやって来た。

 

「連れて来ました、大佐」

 

「……ご苦労」

 

(大佐?ミハイル教官の上司ということはTMPか?)

 

俺が怪訝な表情を浮かべていると、ミハイル教官が戻るようだ。

 

去り際に「相手は情報局大佐だ。粗相のないように」とだけ言った。

 

どうやら大佐とやらは俺に用があるらしい。

 

 (それにしても情報局か……)

 

「入ってきたまえ」

 

「……失礼します………!?」

 

俺は導力車に乗り込む。そこにいた軍人に俺は愕然とした。

 

「はじめまして………いや、久しぶりだな。キリコ」

 

 

 

「……ロッ……チ……ナ………?」

 

 

 

俺の目の前にいる軍人。

 

神の眼を名乗り、ギルガメス、バララント、マーティアル教団を渡り歩き、俺を追い続けた男。

 

ジャン・ポール・ロッチナだった。

 

[キリコ side out]

 

 

 

「久しぶりだな、キリコ・キュービィー」

 

「なぜ……ここにいる……?」

 

「お前に会いたくてな。こうしてアーヴィング少佐に骨を折ってもらったのだ」

 

「………………」

 

キリコが警戒をさらに強めるも、ロッチナは肩を竦めただけだった。

 

「私はお前と争うつもりはない。少なくともモンテ=ウェルズのような救いようもない愚か者とは違うと自負しているつもりだ。今回来てもらったのは情報交換だと思ってもらっていい」

 

「情報交換?」

 

「ああ。ずいぶんと活躍していると聞く。私からのプレゼントも気に入ってくれたようだな」

 

「プレゼント?ではフルメタルドッグはお前が?」

 

「そうだ。詳しくは省かせてもらうが、とある研究所と私の共同研究により作成された図面を意図的にシュミット博士に流した。その後完成した機体は直接お前に届けるつもりだったが、色々と想定外の事態が重なってな。あのような形での引き渡しになったのだ」

 

「見た目が気に食わない」

 

「どうせなら愛着がある方が良いと思ったのでな」

 

「…………………」

 

 

 

「まず聞きたいことがある」

 

「なんだ?」

 

「お前がここにいることだ」

 

「………正直、わからない」

 

「何?」

 

「ヌルゲラントでお前と神の子が旅立った後も私はお前たちを追い続けた。だが熱意とは裏腹に、先に尽きたのは私の寿命だった。最期を迎えたのは確かメルキアだった。だがどういう訳かこの世界に生まれ変わった」

 

「………………」

 

「38年前、私はルスケという一帝都市民として生を受け、父母の元で育った。17歳で今のトールズ本校に入学し、卒業後は正規軍に入隊。このまま一軍人として歩んで行くものだと思っていた。だが………」

 

突然ロッチナは口をつぐむ。

 

「およそ18年前、訓練中に突如として頭痛が襲った。気が狂うような激痛に悶え、苦しんだ末に私は全て思い出した。ギルガメス連合メルキア軍大尉にして、バララント宇宙軍大佐にして、汎銀河宗教結社マーティアルにて触れ得ざる者の編纂を執っていた、ジャン・ポール・ロッチナであるとな」

 

「18年前だと!?」

 

「そう、お前が転生してきた辺りだ。異能者であるお前の出現が原因だと私は考えているが」

 

「………………………」

 

キリコは茫然自失になった。

 

「それから私は権謀術数を駆使して同僚や上官を蹴落とし、出世を重ねた。それと平行してお前を探し続けた。わざわざD∴G教団のロッジにまで手を伸ばしたくらいだ」

 

「D∴G教団………クロスベルの教団事件のか?」

 

「当時、D∴G教団の信徒どもは大陸各地で子どもを誘拐して様々な人体実験を行っていた。その暴挙を止めるべく、リベールの高名な遊撃士が教団の殲滅作戦を提案。他の連中はともかく、私はキリコがいるのではと作戦に加わった」

 

「………………」

 

「私が担当したロッジでは筋力や神経系を秘薬で無理やり強化する実験をしていた。だがロッジに居るわけがなかった。当のお前は帝都近郊の孤児院にいたのだからな。灯台下暗しというやつだな」

 

「秘薬?」

 

「グノーシスというらしい」

 

「何?」

 

「知っているのか?」

 

「いや……(どうやら魔弓の言っていたもののようだな。おそらく魔弓は俺をD∴G教団の関係者か何かと思ったようだな))

 

「……その後私は情報局に転属し数々の手柄を立て、大佐の地位に付いた。苦労したぞ?今まで何人の友が犠牲になったことか」

 

「心にもない言葉を信用しろと?」

 

「フフフ、そうだな」

 

ロッチナは面白そうに嗤う。

 

 

 

「内戦が起きた時、お前が貴族連合軍をから畏れられていると知った時も私は心が躍った。ようやくお前が歴史の表舞台に出てきたとな。だからこそ、内戦終結時に私はお前に関するあらゆる記録を破棄した。狭く小さな戦場ではなく、広く大きな戦場に行かせるためにな」

 

「俺を第Ⅱ分校に入れるためにか?」

 

「第Ⅱ分校については正直、賭けだった。だからあの黄金の羅刹がお前を推薦した時は驚いたよ。それにしても笑わせてもらった。お前が学生になると知った時はな」

 

「……………」

 

キリコの怒りの感情を察したロッチナは話は続ける。

 

「お前の活躍は第Ⅱ分校からの報告書である程度把握している。特にラマール州ではわざわざ手と金を回した甲斐があったというものだ」

 

「なんだと?」

 

「あの阿呆だよ」

 

「…………チャールズ・ジギストムンドか?」

 

「ああ、偽名で支援者を名乗ってな。貴族と聞いただけで信用するとは、阿呆の考えることはわからんよ」

 

「俺を殺させるためにか?」

 

「お前の実力を測るためにだ。後先考えない破綻したあの阿呆はうってつけだからな」

 

「……………」

 

「結果は上々。やはり異能者としての力は健在だったな。まあ、お前の本当の力はこんなものではないだろうがな」

 

「お前は何を企んでいる」

 

「私はただ、見たいのだよ。神でさえ御せなかった異能者が動乱の足音が響くこの世界で何を成すのかを」

 

「……………」

 

「そのためなら共和国のスパイをわざと見逃すことくらいわけない」

 

「……連中を引き入れたのか」

 

「ああ、そうだが?」

 

「…………………」

 

「軽蔑するかね?」

 

「別にどうでもいい。だが、何も知らないあいつらを巻き込んだことは別だ」

 

「フフ、自身の命すら武器か道具にしか思わん男がそこまで言うか。まあ、それなりに責任は取るつもりだ」

 

ロッチナは満足げに腕を組んだ。

 

 

 

「聞きたいことがある」

 

「なんだ?」

 

「お前が情報局に属しているのはわかった。その情報局は何を企んでいる」

 

「企む?」

 

「情報局員はそのほとんどが鉄血宰相の飼い犬というらしいが」

 

「フッ、アランドール少佐やリーヴェルト少佐はともかく、少なくとも私はオズボーン宰相には恩義は感じていない」

 

「そうか」

 

「その様子だと信用していないな?」

 

「少なくともな」

 

「オズボーン宰相もか?」

 

「……言葉とは裏腹に何か隠している……そんなやつを全面的に信用できると思うか?」

 

「………………」

 

キリコの言葉にロッチナはニヤリと笑みを浮かべる。

 

「何がおかしい」

 

「いや、さすがの洞察力と言っておく」

 

「ただの勘だがな」

 

「それとお前の疑問だが、情報局とて金魚の糞というわけではない。このところ、鉄血宰相は独自に動いていてな、掴みきれていないのだよ」

 

「………………」

 

 

 

ロッチナは懐中時計をチラリと見た。

 

「……そろそろ戻った方が良いんじゃないか?明日も特務活動で忙しいんだろう?」

 

「………最後に俺の質問に答えろ」

 

「なんだ?」

 

「やつは………ワイズマンはこの世界にいるのか?」

 

キリコの問いかけにもロッチナは眉一つ動かさない。

 

「………実を言うと、お前を呼び出したのはその事を聞こうとしたんだが、お前も知らないか」

 

「お前の役目はやつの眼だったはずだ」

 

「この世界に来てから探しているのだが、その形跡がまるでない。おそらくワイズマンは転生、というより存在していないのだろう」

 

「………アストラギウス出身で他の連中は?」

 

「そちらもわからん。もしかすると、私のように自身が何者であるか気づいていないのかもしれん。後は気づいていても知らんふりをしているのかもな」

 

「…………………」

 

キリコは完全には納得しなかったが、黙って腰を上げた。

 

「行くのか?」

 

「ああ」

 

「また会える日を楽しみにしている」

 

(冗談じゃない)

 

キリコは導力車を降り、演習地へと戻って行った。

 

「…………………」

 

ロッチナは車内からキリコの背中を見つめる。

 

(やはり変わらんな。私と話している時も隙を見せなかった。我ながら、なかなかの信用の無さだ)

 

(生まれながらのPS、異能者、触れ得ざる者。この閉じられた世界でいったい何をなしてくれるのでしょうな。我が主、ワイズマン………)

 

 

 

演習地へ帰還したキリコはミハイルにかいつまんで説明をした。

 

その後シャワーを浴びたキリコは部屋のベッドに横になった。

 

(ロッチナが転生していた。だがそんなことはどうでもいい。もし、この世界にあいつが、フィアナがいるとしたら……)

 

キリコはそう思いかけて、首を横に振った。

 

(……あいつは、フィアナは惑星ジアゴノのアレギウムで、俺の腕の中で寿命が尽きた。あの時の光景も最期の言葉も忘れたことはない。だがあいつは死に、もう会うことができない。そう割り切ったはずだが………未練………なのか………)

 

キリコはそっと眼を閉じた。




次回、新旧Ⅶ組全員が集結します。


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集結

金髪の魔(幼)女と出会います。


7月16日 早朝

 

リィンたちⅦ組特務科はランディ、トワとブリーフィングルームに集められていた。

 

ブリーフィングルームにはレクター少佐とクレア少佐が来ていた。

 

「共和国軍特殊部隊の掃討、ですか」

 

「はい。昨日、皇太子殿下とリィンさんたちが拘束したハーキュリーズの隊員から話を聞くことができました」

 

「そいつによると、帝都地下道に入りこんだのはだいたい100人ぐらい。侵入ルートは不明なんだが、どうも手引きしたやつがいるみてぇなんだ」

 

「スパイの手引きですか……」

 

「同じ帝国人として、考えたくないですが……」

 

(ロッチナ………)

 

キリコは昨夜のロッチナの言葉を思い返す。

 

「とにかく、そいつらを捕まえりゃいいんだろ?」

 

「ですが、どのように?」

 

「それなんだが……」

 

「本校と合同で、でしょうか?」

 

レクター少佐の言いかけた言葉をミュゼが継ぐ。

 

「本当ですか、レクター少佐」

 

「まあな。ちなみに殿下からの申し出だ」

 

「殿下から?」

 

「ああ。今こそ本校と分校の垣根を越えて力を合わせる時だってね。いや~、あのお坊っちゃんも逞しくなったもんだよなぁ~」

 

「レ、レクターさん!」

 

クレア少佐は大きく狼狽えた。

 

「そんで、殿下を変えた張本人がお前さんってわけだ」

 

「………………」

 

「キリコさん……」

 

「まあ、いいや。それよりここからが重要なんだが、今日の午後4時の時点で戒厳令の発令、並びに正規軍の投入もやむ無しってのが政府の結論だ」

 

「な……!?」

 

「そんなことになりゃあ……」

 

「工作員の生死を問わない掃討戦か」

 

「国際世論もありますし、夏至祭を前にパニックになります……」

 

「だろ?俺らとしてもそれは避けたい。そこでだが──」

 

「要するに共和国の間者どもを狩るわけだな?」

 

不穏な言葉が聞こえた方を見ると、オーレリアが立っていた。

 

「分校長!?」

 

「いつの間に……!」

 

「ハハハ……狩るじゃなくて逮捕って言おうとしたんですがね……」

 

「ま、待ってください!分校長も参加なさるおつもりですか!?」

 

「当然だ。私とオルランドで陣頭指揮を取る。ハーシェルはバックアップを任せる」

 

「いやぁ、そいつはありがたいッスけど……」

 

「ですが、広範囲の、それも地下道の捜索となると通信に支障が……」

 

「問題ない」

 

遅れてシュミット博士が入って来た。

 

「博士……」

 

「通信波増幅装置を手配しておいた。上手く使えば、本来通信の届かない地下でも通信網が構築できる。ギルドの小娘二人に配置させておいた」

 

「フィーとサラ教官にですか?」

 

「確かそれはジョルジュ君が2年前の実習で用意してくれた……」

 

「元々は私の発明だ。あやつが独自に改良したようだがな。何かに使えると思って持ってきたが、妙な偶然もあったものだな」

 

「そ、そんな物があるならもっと早く仰っていただきたい!」

 

ミハイルはシュミット博士に食ってかかった。

 

「とりあえず、役者は揃ったってわけだな」

 

「ミハイル少佐、我々も任務に向かいましょう」

 

「クッ………とにかく、Ⅷ組戦術科、Ⅸ組主計科は混合チームに編成し、特殊部隊掃討の任務に参加してもらう。これは第Ⅱ分校にとって名誉なことだ。心してあたってもらう」

 

「了解!」

 

「了解しました」

 

「では、自分とⅦ組特務科も──」

 

「いや、Ⅶ組特務科は昨日に引き続き帝都市内や周辺を回るがよい。遊撃活動でこそ見えてくるものもあろう」

 

「わかりました、ですが、頃合いを見て参加させていただきます」

 

「よろしい」

 

オーレリアは満足気に微笑む。

 

「ではリィンさん、こちらをお受け取りください」

 

クレア少佐はリィンに封筒を渡した。

 

「確かに」

 

「ではⅧ組戦術科は帝都競馬場、Ⅸ組主計科はヒンメル霊園から地下道に突入できるよう待機。Ⅶ組特務科は頃合いを見て作戦に参加するように。何か質問は?」

 

『………………』

 

リィンたちⅦ組とランディとトワは大きく頷く。

 

「よろしい。では、解散!」

 

ミハイルはブリーフィングルームを出ていった。

 

 

 

「とりあえず、帝都に向かいますか?」

 

「その前にサンディからの依頼を終えようか」

 

「それがありましたね」

 

リィンたちは食堂車にいたサンディにムーントリュフを渡した。そして、料理が運ばれてきた。

 

「お待たせ!レンハイムリゾットでーす!」

 

「美味しそう!」

 

「では、いただきます」

 

リィンたちはリゾットを口にする。

 

「美味い」

 

「優しい味ですね」

 

「悪くないな」

 

「えへへ、気にいってもらえてよかった」

 

「それはそうとサンディ、レンハイムというのは……」

 

「確か、オリヴァルト殿下が名乗っていた……」

 

「あーー、やっぱり気になっちゃうか……」

 

サンディは頬をかき、リィンたちをまっすぐ見る。

 

「実はあたしの故郷、アルスターはオリヴァルト殿下の実のお母様の故郷で、つまりは殿下にとっての故郷でもあるの」

 

『!?』

 

サンディの告白にリィンたちは驚きを隠せなかった。

 

「殿下のお母さんのアリエルさんはよく実家の宿酒場を手伝いに来てて、このリゾットは得意料理だったの。その時にレンハイム家に伝わるレシピをアレンジしつつ残してくれたみたいなの」

 

「そうだったんだ……」

 

「僕も初めて聞いたな。兄上なら当然知っていただろうが」

 

「あはは。でもあたしの地元のアルスターではすごい人気で、あたしもオリヴァルト殿下のファンなんです」

 

「そういえば、アルスターに行った時、町の人たちはみんなオリヴァルト殿下のことを話していたな」

 

「うーん。教官、せっかくですからこのリゾットを届けてあげたいんですけど」

 

「なるほど、それはいいかもな。サンディ、すまないが……」

 

「ふふ、そう言うと思って」

 

サンディは水筒にリゾットを入れ、木のスプーンを水筒に取り付ける。

 

「リィン教官、オリヴァルト殿下によろしく伝えてくださいね。Ⅶ組のみんな、頑張ってね」

 

サンディは炊事場に戻って行った。

 

 

 

「それじゃ、行きましょ!」

 

「その前に色々やることがある」

 

「そうですね。特に今日は念入りに行うべきですね」

 

「よし、まずは準備をしよう」

 

「決まりですね」

 

リィンたちは主計科の元で薬品などを購入し、いくつかクォーツを手に入れた。

 

「準備はできたぜ」

 

「なら、今ここで依頼を確認した方が良いかもしれませんね。教官、封筒の中身を見せてください」

 

「そうだな。ここで確認してから出発しよう」

 

アルティナに促され、リィンは封筒から書類を取り出した。

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

女学院からの依頼 [任意]

 

帝都地下道の手配魔獣 [任意]

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

「全部任意か」

 

「あら?女学院からもきていますね。しかも依頼主はエリゼ先輩ですか……」

 

「とにかく、行ってみましょう!」

 

「その前に言っておきたいことがある」

 

「なんでしょう?」

 

「昨夜、旧Ⅶ組のみんなで集まって決めたことがあるんだ」

 

「皆さんが、ですか?」

 

「ああ。エマから聞いたことなんだが、どうも帝都地下道の霊脈がかつてないほど荒々しくなっているそうだ」

 

「そう言えば、エマさんは帝都で調べることがあるって……」

 

「正にそれだ。それに加えて、特殊工作員のこともある。そこで、旧Ⅶ組全員でこの一件に関わることを決めたんだ」

 

「ええっ!?」

 

「大丈夫なんですか?」

 

「勿論理由はある。先ほど話に出た霊脈などの裏と、内戦以降帝国の政策や特殊工作員などの表。これらは連動しているというのが俺たちの結論だ」

 

「連動……」

 

「仮に霊脈の働きが内戦以降の拡大政策に関係があるというならば辻褄は合いますね」

 

「教官たちはそれを止めるために……?」

 

「そうだ。これはあくまで推測だが、このままだと共和国との全面戦争以上の事が起きるかもしれない」

 

『……………………』

 

ユウナたちは息をのんだ。

 

「そのために今、それぞれが情報収集を行っている頃だ。頼む、君たちの力を貸してほしい」

 

リィンはユウナたちをまっすぐ見つめる。

 

「教官…………もちろんです!絶対に阻止しましょう!」

 

「ヴァンダールの名にかけて……!」

 

「わかりました。お手伝いさせてください」

 

「しゃーねーな。やってやんよ」

 

「全力であたらせていただきます」

 

「了解した」

 

ユウナたちは力強く頷いた。

 

「ありがとう」

 

「それでは教官、いつものをお願いいたします」

 

「とっとと始めろや」

 

「ああ」

 

リィンは毅然とした表情に切り替える。

 

「トールズ第Ⅱ分校Ⅶ組特務科。これより特務活動を開始する。午後には本校との合同任務もある。心して挑んでくれ!」

 

『イエス・サー!』

 

気合いを入れたⅦ組特務科は導力バイクに乗り、帝都へと向かった。

 

 

 

「な、なんだか物々しいような感じね……」

 

帝都に着いたⅦ組は昨日とは明らかに異なる空気を感じ取っていた。

 

「いつもより帝都憲兵隊の数が多いな」

 

「やはり特殊工作員対策でしょうか」

 

「明日は夏至祭ですから、警備も厳重になっているのかもしれません」

 

「息苦しいったらありゃしねぇ」

 

「あまり余裕はなさそうだな」

 

「そろそろ行こう。まずは情報収集だ」

 

「旧Ⅶ組の皆さんにお会いするのですね?」

 

「ああ。それと、依頼にもある帝都空港にも足を運んでみよう」

 

「帝都空港。リベール王国やレミフェリア公国を結んでいるんでしたね」

 

「共和国とは内戦以降、縮小しているらしいな」

 

「なんか、貴族連合軍と裏で繋がっていたんだろ?」

 

「実際、ノルド高原であったそうです。そう言えば、旧Ⅶ組の皆さんと戦ったのもノルド高原でした」

 

「そうだったんだ……」

 

「叔父上も言っていたような気がするな……」

 

「まあその話は後でするとして、みんな、心して挑んでくれ」

 

「もちろんです!」

 

「では参りましょう」

 

 

 

[アルティナ side]

 

特務活動に入る前に各地区を回って情報収集をすることになりました。

 

前までは最低限で良いと考えていましたが、今では意味があるものだと感じています。

 

最初はヴァンクール大通りを抜けてドライケルス広場に決めました。

 

ドライケルス広場でエマさんとラウラさんに会いました。

 

エマさんによると、かつて煌魔城が帝都に顕れた時のように霊脈がかつてないほど乱れているそうです。

 

また、"夜の卷族"という言葉を教えてくれました。これは吸血鬼などを指すそうです。

 

その際に、エマさんとセリーヌさんが赤い月のロゼという言葉に反応したように見えました。

 

次にヴェスタ通りの遊撃士協会帝都西支部でフィーさんとサラさんで会いました。

 

お二人は導力ネットを用いて帝国各地の遊撃士の人たちやクロスベルのプラトー主任と連絡を取り合っていました。

 

次にサンクト地区の大聖堂でミリアムさんに会いました。

 

ミリアムさんはたとえ鉄血の子供たちの一人だとしても、Ⅶ組の仲間だと宣言しました。一緒にいたリーヴェルト少佐も微笑んでいるようでした。

 

次に帝都競馬場内でユーシスさんとマキアスさんに会いました。

 

マキアスさんは鉄道省と帝都銀行、ユーシスさんはリベールとレミフェリア大使館を調べていました。そちらにも盗聴器が仕掛けられていたそうです。

 

ミュゼさんは国家的判断の真偽と時期について探ろうとしていると読みました。

 

「じゃあ、次は帝都空港ね!」

 

「ちょうど導力トラムも来たから乗ろうか」

 

導力トラムに乗り込み、帝都空港を目指します。

 

 

 

「ここが帝都空港……」

 

「初めて来たが、大きいな」

 

「あまりうろうろしないようにな。それに、ちょうどおられたようだな」

 

リィン教官の視線の先にはアリサさんと見覚えのある方がおられました。

 

「あら、リィンに新Ⅶ組のみんな」

 

「久しぶりじゃの、リィン。そして君たちがアリサの言っていた新しいⅦ組じゃな?」

 

「お久しぶりです、グエンさん」

 

「あたしたちのことを……」

 

「グエン………もしかして、グエン・ラインフォルト会長ですか?」

 

「ラインフォルト社を帝国最大の重工業メーカーの地位に押し上げた一流の経営者とお聞きします」

 

「そして私の祖父になるわね」

 

アリサさんは誇らしげに言いました。

 

「それにしても、リィンも立派になったの」

 

「ありがとうございます。まだまだ若輩者ですが」

 

「聞けばトールズ第Ⅱ分校とやらで教鞭を振るっているとか?」

 

「ええ。毎日忙しいですが、充実しています」

 

「その様子ではアリサともデートしとらんな?いかんぞ、恋人をなおざりにするようでは」

 

「お祖父様!!」

 

アリサさんの顔は真っ赤になりました。

 

(え!?もしかして教官とアリサさんって公認!?)

 

(みたいだな……)

 

(フフフ、お似合いですね)

 

「コラ、何をコソコソ話しているんだ?」

 

「なんでもねーよ」

 

なぜ胸がモヤモヤするのでしょう?

 

「それより教官、来たようです」

 

キリコさんの言うとおり、奥からオリヴァルト殿下が来られました。

 

「やあ、リィン君に新Ⅶ組の諸君」

 

「オリヴァルト殿下!」

 

「お久しぶりです、殿下」

 

「久しぶりだね。昨日のことはセドリックから聞いたよ。そして作戦のこともね。君たちに重荷を背負わせてしまって本当に申し訳ない」

 

オリヴァルト殿下はわたしたちに頭を下げました。

 

「いえいえ!そんなことないですよ!」

 

「トールズの名を冠する者として、帝都の危機は見過ごせません」

 

「その通りです」

 

「喧嘩売られりゃ倍返しっスから」

 

「面倒事は片付けるに限るので」

 

「あなたたち……」

 

「ありがとう。Ⅶ組の産みの親として報われる思いだよ」

 

オリヴァルト殿下はもう一度頭を下げました。

 

 

 

「あっ、そうだ。オリヴァルト皇子にお届けものです」

 

「私に?」

 

「はい、サンディからです。お受け取りください」

 

ユウナさんがサンディさんから預かった水筒をオリヴァルト殿下に渡しました。オリヴァルト殿下は水筒の蓋を開け、匂いを嗅ぎました。

 

「これは……!リィン君、もしや……」

 

「はい、サンディからの差し入れです」

 

「そうか、わざわざありがとう。懐かしい香りだ」

 

「サンディから聞きました。オリヴァルト皇子とお知り合いだとか」

 

「うん。彼女から聞いただろうが、私の母上はサンディ君のご実家をよく手伝っていてね。ミュラーと二人でで食事したものだよ。このリゾットは大切に頂くよ。みんな、本当にありがとう。サンディ君にもありがとうと伝えてくれないか?」

 

『イエス・ユア・ハイネス』

 

わたしたちは揃って礼をしました。

 

 

 

その後、アリサさんたちからセキュリティ体制のチェックの際、盗聴器や小型カメラが発見されたことと、オリヴァルト殿下から帝都上空の警戒の際に所属不明の飛行艇が出没しているという話を聞き、空港を後にしようとしました。

 

「あ、そうだわ。リィン、エリオットとガイウスなんだけど」

 

そう言えばそのお二人は見かけませんでしたね。

 

「二人は確かカレル離宮に行っているはずよ」

 

「カレル離宮に?」

 

「ええ。野外ライブをするって言ってたわ」

 

「そうか、わかった。さっそく向かってみるよ」

 

「ならリィン君。列車ではなくあの導力バイクで向かうといい。今、乗客の検査なんかを行っていたはずだから時間がかかるだろうしね」

 

「そうでしたか。ありがとうございます」

 

わたしたちはオリヴァルト殿下の助言に従って導力バイクでカレル離宮に向かうことにしました。

 

なお、グエンさんがキリコさんを熱烈に勧誘してましたが、キリコさんが頑として首を縦に振りませんでした。

 

 

 

カレル離宮に着くと、遠くからバイオリンの音色が聞こえてきました。

 

「あ、このバイオリンって!」

 

「素晴らしい音色ですね」

 

「あそこだな」

 

リィン教官はカレル離宮の離れを指さしました。

 

「とにかく、行ってみよう」

 

離宮内を抜けて離れに来ると、たくさんの人が集まっていました。

 

皆さんはエリオットさんの演奏を聞き入ってました。

 

本当に心地よい音色です。

 

演奏が終わり、エリオットさんとガイウスさんに話を聞こうとしました。

 

「キー!」

 

すると空から一羽の鷹が降りてきました。

 

この鷹はゼオさんと言って、ガイウスさんと同じノルド高原の出身だそうです。

 

改めてお二人に話を聞くことに。

 

ここ、カレル離宮には盗聴器の類いはなかったそうです。ここは普段は閉鎖されているので工作員も手の打ちようもなかったのでしょう。

 

また、ガイウスさんから興味深い話を聞きました。

 

ノルドの人々は風の流れから吉凶を読み取る術を持っているのですが、このところ帝国には凶事を報せる"滅びの風"という風が吹いているそうです。

 

抽象的なので理解は難しいですが、わたしも何かを感じています。

 

 

 

「これで全体は回れましたね」

 

「そうだな」

 

「そろそろ依頼に着手しましょうか」

 

「では一旦、ヴァンクール大通りに戻ろう。そこからサンクト地区に行くぞ」

 

「サンクト地区?」

 

「何か……妙な予感がするんだ」

 

「教官……」

 

わたしたちは呆れるしかありませんでした。

 

[アルティナ side out]

 

 

 

[ミュゼ side] [女学院からの依頼]

 

私たちはサンクト地区の聖アストライア女学院にやって来ました。やはり警備のレベルは下がっているようです。

 

生徒会室に通され、エリゼ先輩に話を聞くことができました。

 

エリゼ先輩によると、最近女学院近辺で風体の悪い方に絡まれたとの相談が多く受けているとか。

 

中には強引に連れて行かれそうになったと恐怖を覚える方もいるそうです。

 

また、エリゼ先輩も何度も声をかけられたばかりか、頭や頬に触れられることもあったそうです。

 

これを聞いたリィン教官はヴァリマールで拘束して空中散歩するという物騒な発言をなさいました。

 

現行犯で取り押さえるため、私たちはある作戦をたてました。

 

 

 

久しぶりに女学院の制服を着た私と囮役を志願したユウナさんが噴水の前で話をしていると、黒塗りの高級導力車が目の前に停まりました。

 

中から出てきた金髪の方の取り巻きの方に抵抗しつつも押しきられ、車内に連れ込まれそうになると、クルトさんとアッシュさんが止めに入ります。

 

クルトさんが相手の方を翻弄するように避け続けて転倒させ、アッシュさんが刃止めをかけたヴァリアブルアクスでもう一方のナイフを打ち落とします。

 

それに合わせてに私たちは車内を制圧。ユウナさんの言うように乙女の敵には容赦いたしません。

 

もちろん、音声データや証拠画像もバッチリです。

 

その隙をついて金髪の方が導力車を走らせて逃走を試みました。あちらではキリコさんが待っているはずです。

 

すると、なぜかリィン教官が出てきて導力車のタイヤを八葉一刀流の技で斬りつけて走行不能に。

 

よろよろと出てきた所をアルティナさんがクラウ=ソラスで逃げ道を塞ぎます。

 

ですがまだ何かあるのか金髪の方はニヤニヤしています。

 

「ガハッ!?」

 

『!?』

 

突然近くの路地からうめき声がしました。

 

そこにはキリコさんが風体の悪い方々を倒していました。

 

「お、お前あの時の!?」

 

「?」

 

「シカトしてんじゃ……」

 

「忘れたな」

 

「テメェ………イッ!」

 

黒髪の方が拳銃を取り出そうとしたその瞬間、キリコさんは落ちていた小石を相手の方の右手に当てました。

 

「ちょ……待っ……!」

 

相手の方が拳銃を落として動きが止まったところをキリコさんの飛び膝蹴りが決まり、相手の方はひっくり返り失神したようです。

 

金髪の方が呆然としているのを見るところ、お仲間のようです。

 

「やっぱり強いわね~~。全員素手で倒しちゃったんだもの」

 

「倒れているのは全部で8。それにしてもよく相手の動きに合わせられましたね」

 

「キリコの高い反応速度があればこそだな」

 

「チッ、美味しいとこ取りが……」

 

キリコさん、カッコよ過ぎです♥️

 

 

 

拘束した金髪の方はダリオさんと言って帝都銀行の頭取の息子さんでした。

 

ダリオさんは父親に頼んで女学院への寄付を打ち切ると脅しをかけました。

 

女学院の運営は各方面の多額の寄付金に頼っている面があるので帝都銀行からの寄付金が無くなるとなれば打撃になります。

 

おそらく、これまでも寄付金をちらつかせて女学院生たちを脅していたのでしょう。ユウナさんも怒りに震えています。

 

「ずいぶんと身勝手な発言ですわね」

 

「そんな権限が君にあるのかな?」

 

そこに姫様とレーグニッツ知事閣下が颯爽と現れました。

 

姫様に「恥を知りなさい!」と一喝され意気消沈し、さらに父親である頭取から勘当するという旨をレーグニッツ知事閣下の口から告げられたことでダリオさんは泣きわめきながら帝都憲兵隊に連れていかれました。

 

当分は牢屋暮らしでしょう。

 

ただその後、姫様が口を滑らせて以前にエリゼ先輩が絡まれたこと、キリコさんに助けられたことを話してしまい、一悶着起こりましたが、キリコさんとアッシュさんがリィン教官をなんとか沈めました。

 

アッシュさんが嬉しそうなのはおそらく気のせいでしょう。

 

何はともあれ、依頼達成ですね。

 

[女学院からの依頼] 達成

 

[ミュゼ side out]

 

 

 

「残りは手配魔獣だけか」

 

「現在10時半を回ったあたりですね」

 

「そうだな。……おっと、通信みたいだ」

 

リィンは自分のARCUSⅡを取り出す。

 

「もしもし?」

 

『あっ、リィンさん。セドリックです』

 

「セドリック殿下!お疲れ様です」

 

『はい、お疲れ様です。今は大丈夫ですか?』

 

「ええ。こちらも一段落したので。もしや、特殊部隊を?」

 

『はい。ようやく尻尾を掴むことができました。つきましては、11時をもって作戦を開始したいと考えています』

 

「わかりました。分校の方にも伝えておきます」

 

『よろしくお願いします。正規軍の方々には申し訳ないですが、帝都近郊に待機したままでいてもらいましょう。リィンさんたちはこのまま向かわれますか?』

 

「自分たちも手配魔獣の討伐と平行しますので先に帝国博物館から地下道へ降ります」

 

『了解しました。リィンさん、そしてⅦ組に女神の加護を』

 

「殿下たちも、御武運を」

 

リィンはそう言って通信を切る。

 

「遂に始まるんですね」

 

「望むところさ」

 

「では、帝国博物館へ行きましょう」

 

「メシはどうすんだよ?」

 

「これがある」

 

キリコはパック詰めされた干し肉を取り出す。

 

「ちなみにそれ以外は?」

 

「ない」

 

「調理実習の時も思ったんですけど、帝国軍のレーションとかってなんだか質素ですよね」

 

「帝国軍は質実剛健、常在戦場をモットーとしているからね。限りある資源としてかつ早めに摂取できるよう質素なものが多いんだ。それこそフレディ特製の干し肉みたいにね」

 

「だからといって水と干し肉だけってのはどうなんだよ……」

 

「ないよりマシだ」

 

「そう言えばティータさんから聞きましたけど、キリコさんは普段こういった昼食が多いとか?」

 

「あまり時間をかけていないだけだ」

 

「ある意味一番偏っていますね」

 

「まあ、あの博士の下にいれば………」

 

「それはいけません。キリコさん、かくなるうえは私が愛情こもった手作りランチを……♥️」

 

「手作りランチ?」

 

「嫌な予感しかしないんだけど」

 

「コホン、そろそろ出発する。ちょうど導力トラムも来たしな」

 

「了解」

 

リィンたちはライカ地区へ向かった。

 

 

 

ライカ地区は帝国博物館に来たⅦ組は受付のドロテに事情を話し、奥の扉へ行こうとした。

 

すると、展示してあった鐘が不気味に光だした。

 

「なっ、何よこれ!?」

 

「これは……!」

 

「リィン教官?」

 

「煌魔城と同じような感じがする……」

 

「そいつは……」

 

「内戦時に帝都に顕れたという……」

 

「ドロテ先輩、至急TMPに連絡を。それと、鐘が元通りになるまで誰も博物館に入らせないようにしてください」

 

「わかりました!お気をつけて!」

 

ドロテはリィンに言われた通りに動き始めた。

 

「現在、10:45です」

 

「出発する。ここから先は未知数だ。くれぐれも油断はしないでくれ」

 

リィンたちは奥の扉から地下道へと降りた。

 

 

 

地下道へ降りたリィンたちⅦ組は昨日とは異なる空気に警戒心を露にした。

 

「な、なんか重くない?」

 

「先月の精霊窟に似てますね」

 

「いや、この気配は……」

 

(普通の人間にさえ感じ取れる異様な空気。何が起きるかわからない状況。久しぶりだな、この感じは)

 

「では参りましょう」

 

「いや、来たみたいだぜ?」

 

アッシュの視線の先から3人ほどが走って来た。

 

「ハーキュリーズか」

 

「総員、迎撃体勢」

 

リィンたちは得物を構えて待ち受ける。

 

「ど、退いてくれ!」

 

「は、早く逃げないと……」

 

「闇が、闇が来る!」

 

「は?」

 

「何を言っているんだ?」

 

「待て!この感じは……!」

 

リィンが生徒たちを制すやいなや、ハーキュリーズ隊員たちは闇に包まれる。

 

「た、助け…………」

 

「なんだありゃ!?」

 

「霊的な流れ!?」

 

「………………」

 

ハーキュリーズ隊員は虚ろな目を向け、リィンたちに斬りかかる。

 

「避けろ!」

 

リィンたちはすんでのところでかわす。

 

「何よ今の!」

 

「パワーもスピードも桁違いだ!」

 

「あの闇に包まれているからでしょうか」

 

(今の一撃、普通の人間ならあり得ない。まさか連中は……)

 

「総員、戦闘開始!全力で食い止めるぞ!」

 

 

 

「レインスラッシュ!」

 

「起動、フラガラッハ」

 

「ムーランルージュ!」

 

「ジェミニブラスト!」

 

クルトたちがそれぞれのクラフト技を叩き込む。

 

「フレイムグレネード」

 

「二の型、疾風!」

 

続け様にキリコとリィンが広範囲に攻撃を仕掛ける。

 

「止めだ!ベリアルレイド!!」

 

最後にアッシュのSクラフトが決まり、ハーキュリーズ隊員たちは倒れこんだ。

 

「はぁ…はぁ…はぁ……」

 

「やっと倒したか……」

 

「異常な打たれ強さでしたね」

 

「どうやら闇のようなものも消えたようです」

 

「……………」

 

キリコは倒れたハーキュリーズ隊員を調べる。

 

「やはりな」

 

「何かわかりましたか?」

 

「こいつらは文字通り全力で動いていたようだ」

 

「全力?」

 

「人間は全力と言いつつも、実際は能力の3割しか使えないとされています」

 

「そうなの?」

 

「最近の研究で明らかになったことですが、脳が神経系を通して筋力にリミッターをかけているそうです」

 

「つまりキリコ、彼らは……」

 

「ええ。筋肉がズタズタになっている。兵士としては再起不能でしょう」

 

「日常生活も送れるかあやしいもんだな」

 

「そんな……」

 

「おそらく他の隊員もこうなっているかもしれません」

 

「とにかく、慎重に進もう」

 

リィンたちは探索を再開した。

 

 

 

「全員止まれ!」

 

「あれは、ハーキュリーズ?」

 

「相対しているのは手配魔獣か?」

 

闇のようなもので強化された魔獣や魔物を退け、広い場所にやって来た。

 

そこではハーキュリーズ隊員と手配魔獣──メガクラーケンが戦っていた。

 

「とりあえず様子見といくか?」

 

「いや、もう決着はつくだろう」

 

キリコの指摘通り、メガクラーケンはハーキュリーズ隊員たちにより、消滅させられた。

 

「倒されてしまいましたね」

 

「依頼は不達成ですね」

 

「今言うこと?」

 

「集中しろ。おそらく次は……」

 

するとハーキュリーズ隊員たちはリィンたちの方を向いた。

 

「こうなりますか」

 

「総員、戦闘準備。くれぐれも……?」

 

突然ハーキュリーズ隊員たちは糸が切れたように倒れこんだ。

 

「なんだ?」

 

「不用意に近づくな」

 

「何か来ます!」

 

ハーキュリーズ隊員たちの背後の空間が歪み、巨大な死神のようなものが顕れた。

 

「なあああっ!?」

 

「ノスフェラトゥだと!?」

 

「帝国の伝承にある、不死の王と呼ばれる……?」

 

「おそらくこいつが連中を動かしていたんだろう」

 

「クソがっ!冗談じゃねぇぞ!」

 

「急いで退治してしまいましょう!」

 

「総員、戦闘準備!相手はこれまでとは格が違う!死力を尽くせ!」

 

『イエス・サー!』

 

 

 

ノスフェラトゥはⅦ組がこれまで体験したことのない、特異な戦法でリィンたちをおおいに翻弄した。

 

だがリィンたちは決して諦めなかった。

 

「デッドリーサイズ!」

 

「アーマーブレイク」

 

「グランドプレス!」

 

「ガリオンフォート」

 

アッシュとキリコがクラフト技を使い、ユウナとアルティナが土属性と幻属性のアーツを放つ。

 

「合わせろ、ミュゼ!」

 

「了解しました!」

 

リィンとミュゼのリンクアタックがノスフェラトゥを怯ませる。

 

「止めだ!ラグナストライク!!」

 

クルトのSクラフトが決定打となり、ノスフェラトゥは断末魔の叫びを上げながら消滅した。

 

 

 

「こ、これで終わりね……」

 

「……まだだ!」

 

リィンが言い放った瞬間、目の前の空間が歪み、3体のノスフェラトゥが顕れた。

 

「嘘でしょ……」

 

「キリがねぇ!」

 

「……………」

 

キリコはノスフェラトゥを睨み付ける。すると──

 

「蒼烈斬!」

 

「ロゼッタアロー!」

 

背後から斬撃と黄金の矢が飛んできた。

 

「ホーリーソング!」

 

緑の光がリィンたちを包み込み、傷が癒える。

 

「これは!」

 

「もしかして……!」

 

「リィン、みんな大丈夫!?」

 

「すまぬ、遅くなった!」

 

「アリサ!ラウラ!エリオット!」

 

「来てくださったんですか!」

 

「私たちだけじゃないわ!」

 

「え?」

 

別の通路から、マキアス、ユーシス、ミリアムが駆けつけて来た。

 

「ノスフェラトゥか……」

 

「怖いなら下がってていいんだぞ?」

 

「ぬかせ。貴様に言われるほど落ちぶれていない」

 

「フン、そこは変わらないな」

 

「ユーシス……怖いからおんぶして」

 

「自分で歩け!」

 

ノスフェラトゥの1体がユーシスたちの方に向かう。

 

「喧しいぞ、プレシャスソード!」

 

「静かにしたまえ!メイルブレイカー!」

 

ユーシスとマキアスの息の合った連携でノスフェラトゥは出鼻を挫かれる。

 

「やっぱり二人は仲良しだね♪」

 

「「違う!!」」

 

「あはは……」

 

「まったく……」

 

また、別の通路からフィー、ガイウス、サラが駆けつけて来た。

 

「良いタイミングだったね」

 

「間に合ったか」

 

「彼らも無事ね」

 

「フィーさん、ガイウスさん。それにサラさんも………あっ、来てます!」

 

もう1体のノスフェラトゥがフィーたちに襲いかかる。

 

「行くよ、サラ」

 

「ええ!」

 

フィーとサラの連携がノスフェラトゥの初動を殺す。

 

「雷咬牙!」

 

ガイウスのクラフト技が相手を下がらせた。

 

「すごい……!」

 

「後一人は……」

 

「もちろん来ているぞ」

 

ノスフェラトゥたちの背後に魔法陣が顕れ、エマとセリーヌが姿を現した。

 

「お待たせしました!」

 

「エマ!」

 

「私が術で押さえ込みます。皆さんは一斉に攻撃をお願いします」

 

エマは魔導杖とは異なる杖を取り出し、魔法を発動、それによりノスフェラトゥたちは弱体化した。

 

「今です!」

 

「みんな行くぞ!」

 

『おおっ!』

 

新旧Ⅶ組によるバースト攻撃はノスフェラトゥたちを消滅させるのに十分だった。

 

ノスフェラトゥたちは恨みとも取れる断末魔の叫びを上げ、消滅した。

 

 

 

「やったわね!」

 

「うむ。皆の勝利だ」

 

「君たちも強くなったわね」

 

「ありがとうございます!」

 

「いえ、まだまだ皆さんには及びません」

 

「アーちゃん、大丈夫だった?」

 

「大丈夫です。ですから、離れてください」

 

「あはは……。でも、みんなどうしてここが?」

 

「この先にとてつもないほどの霊脈の流れを感じたんです」

 

「そこで我らは本校や第Ⅱ分校をサポートしながら来たのだ」

 

「おそらく、共和国軍特殊部隊の方を操った原因もこの奥にあると思われます」

 

「さっきの化け物が原因じゃないのか?」

 

「おそらくあれは卷属でしょう」

 

「あれがかよ?」

 

「つまり、ハーキュリーズの方々は巻き込まれただけ、ということですか」

 

「スパイではあるんだが、なんだか同情してしまうな」

 

「フン。とにかく、こいつらは皇太子殿下や第Ⅱ分校によって拘束されている。後はTMP辺りが引っ張って行くだろう」

 

「これで表の案件は終わり。ここからは裏の案件だね」

 

「そうだな。Ⅶ組特務科、準備はいいな?」

 

「っ!もちろんです!」

 

「覚悟はできています」

 

「同じく」

 

「ダメだって言ってもついてくぜ」

 

「さすがに見過ごせませんので」

 

「さっさと終わらせる」

 

ユウナたちは決意を露にした。

 

「フフ……」

 

「みんな……」

 

「ずいぶんと逞しく成長したものね。やっぱり教官の教えの賜物かしら?」

 

「まあ、そういうことにしておきますか」

 

「とにかく、さっさと向かうか」

 

「そうですね。時間もあまりないようです」

 

「その前に………そこにいるやつ、出てこい」

 

キリコは後ろの通路にアーマーマグナムを向ける。

 

「ほう?気配は絶っていたはずなんじゃがのう」

 

『!?』

 

「………………」

 

「……はぁ………」

 

「まったく……」

 

通路の陰から現れたのは金髪の少女だった。突然現れた少女にキリコとエマとセリーヌ以外は言葉を失った。

 

「教えてくれぬか?なぜ妾がいると?」

 

「妙な視線を感じた」

 

「これはしたり。気配は隠せども、視線は隠せぬか」

 

「よく言うわよ。その気になれば認識そのものを隠せるくせに」

 

「ふふふ。そう言うでない。なかなか面白い小童じゃからな」

 

「もう………年を考えてちょうだい」

 

「え、えーーと………」

 

しびれを切らしたユウナが話しかける。

 

「エマさん、この子は?」

 

「この子なんて呼ばなくて良いわよ。ロリババァなんだから」

 

「は?」

 

セリーヌの言葉にユウナは呆気にとられる。

 

「エマ、もしかしてこの人は……」

 

「ええ、リィンさんが想像しているとおりだと思います」

 

「久しぶりじゃの、リィン・シュバルツァー。大森林以来か」

 

「なるほど、そういうことでしたか」

 

「教官はご存知なのですか?」

 

「君たちが気づいていないのも無理ない。俺とこの人だけが認識できるよう術を使っていたんだろう」

 

「ほう、鋭いの。ああ、妾が説明したんじゃったか」

 

「まさか里を勝手に出ていたの!?」

 

「良いではないか。今代の灰の起動者じゃぞ?」

 

「ヴァリマールのことも……」

 

「それに里というのは……」

 

「そういうことなんだね、エマ」

 

「ええ、そういうことです。とにかく、自己紹介したら?──おばあちゃん」

 

「は?」

 

「おばあちゃん、と仰いましたか?」

 

「うむ」

 

金髪の少女は新旧Ⅶ組の前に出る。

 

「魔女の里の長にして、エマとヴィータの師で育ての祖母」

 

「緋の魔女、ローゼリア・ミルスティンという」

 

「よろしく頼むぞ。我が朋友、ドライケルスの子らよ」

 

『……………………』

 

ローゼリアの自己紹介に、新旧Ⅶ組は呆然とした。

 




次回、新旧Ⅶ組による戦いが始まります。


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暗黒竜①

新旧Ⅶ組はエマの祖母を名乗るローゼリアに唖然としていたが、少しずつ落ち着きを取り戻す。

 

「この人がエマのおばあさん……」

 

「はい。血のつながりはありませんが、私を育ててくれた家族です」

 

「ふむ、確かに大いなる力のようなものを感じる」

 

「ほう、そなたはなかなか面白いものを持っとるな。それにその顔立ち、かつてのノルドの戦士たちを思い出す」

 

「ノルドの戦士?」

 

「そ、そういえばさっき、ドライケルス大帝を朋友って……」

 

「おいおい、ドライケルスが生きてたのは250年前だろうが」

 

「…………………」

 

リィンは黙考し、ある結論を導きだす。

 

「そういうことでしたか」

 

「?」

 

「教官?」

 

「ローゼリアさん。あなたが導き手なんですね?ヴァリマールの先代の起動者、ドライケルス大帝の」

 

「正解じゃ。褒美にセリーヌをたっぷり撫で撫でしても良いぞ」

 

「何バカなこと言ってんの」

 

「もう……」

 

「おい、ちょっと待てや。灰の騎神と何の関係があんだよ」

 

「導き手、と仰いましたか?」

 

「そういえば、アッシュさんとミュゼさんは聞いてませんでしたね」

 

「それもそうだったな。あのな──」

 

リィンはヴァリマールとドライケルスの関係をアッシュとミュゼに話した。

 

アッシュは唖然とした表情を浮かべ、ミュゼは腑に落ちたように見せた。

 

「まあ、僕たちも内戦の末期にヴァリマールから聞いた時は驚いたんだけどね」

 

「エマがリィンを導いたように、ローゼリア殿はドライケルス大帝を導いたのだな」

 

「その二人は特科クラスⅦ組に属することになった」

 

「すごい偶然だね~」

 

「まるで狙ったかのようにな」

 

「あ、あははは…………」

 

エマは苦笑いを浮かべた。

 

 

 

「ドライケルス大帝の陣営には善き魔女がいたと伝わっていますが、それがローゼリアさんなんですか……」

 

「ちょ、ちょっと理解が追い付かないけど……」

 

「まあ、妾たち魔女は本来裏の存在。表との関わり合いは小さい方が良い。そう思ってドライケルスに妾については完全に消し去るように伝えたがあやつめ、歴史の書などに残しおった」

 

「待てよ。そういや、アンタはいくつなんだよ」

 

「ア、アッシュ……!」

 

「さすがに失礼では……」

 

「構わぬ。だいたい800年は生きておる」

 

『は?』

 

ユウナたちは呆気にとられる。

 

「ええっと、本当なんです……」

 

「だから言ったでしょ、ロリババァだって」

 

「限度というものがあるかと」

 

「それはそうと──」

 

セリーヌがローゼリアを睨む。

 

「アンタ、こんな所にノコノコと何しに来たわけ?」

 

「………………」

 

ローゼリアは真顔に戻り、奥の通路を見据える。

 

「おばあちゃん?」

 

「……800年前の災厄が目覚めようとしておる」

 

「災厄?」

 

「リィン、お主は2年前に竜の骸と刃を交えておるな?」

 

「!」

 

「そ、それって……」

 

「帝国解放戦線幹部Gが帝都地下墓所で操っていた……」

 

「し、知ってるんですか?」

 

「2年前の夏至祭で帝国解放戦線によるテロが行われてね。マーテル公園での式典で組織の幹部があろうことかアルフィン殿下とエリゼ君を人質に取ったんだ」

 

「……………」

 

ミュゼは顔を伏せる。

 

「何とか地下墓所に追い込んだは良いんだが、その時に幹部が笛を吹いたんだ」

 

「笛?」

 

「確か《降魔の笛》、だったね」

 

「古代遺物か」

 

「ああ、あらゆる魔獣や魔物を操るという代物さ。その幹部はとんでもないものを動かしたんだ」

 

「とんでもないもの?」

 

「ゾロ=アルクーガ。かつて帝都を蹂躙した暗黒竜。その骸さ」

 

「な……!?」

 

「クルト君?」

 

「ユウナさんはご存知ありませんでしたか」

 

「およそ900年前に突如として現れ、帝都を瘴気で覆い、破壊の限りを尽くした暗黒竜のことです」

 

「その暴威の前に人間が立ち向かえるはずもなく、時の皇帝は帝都民を引き連れ、セントアークに避難・遷都したんだ」

 

「セントアークが旧都と呼ばれるのもそこからきているんですよね」

 

「その暗黒竜の死体ってのと戦ったってか?」

 

「その笛とやらでか」

 

「それを俺とエリオットとラウラとマキアスとフィーのA班で戦って倒したんだ。でもその骸は跡形もなく消滅したはずですが」

 

「その次代の暗黒竜が目覚める、と言ったらどうする?」

 

『!?』

 

新旧Ⅶ組は驚愕した。

 

「お主らが倒した暗黒竜の骸は800年前の皇帝ヘクトルⅠ世が緋の騎神を用いて討伐したもの。じゃが先の内戦で煌魔城が顕れ、この地に力が充ちた。その結果、暗黒竜が新たに受肉しようとしているじゃ」

 

「受肉……肉体を得て実体化するということですか」

 

「その通り。そしてこの異変は暗黒竜の受肉の前触れ。ノスフェラトゥが顕れたのも余波に過ぎん」

 

「あれが余波だと!?」

 

「本物の暗黒竜ってどれほどのものなのよ……」

 

「かの暗黒竜は人の魂を縛り、自らの卷族とし増やして行ける。かつて帝都を呑み込まんとした際、その力を疫病の如く広めたのじゃ」

 

「な……!?」

 

「霊的な感染爆発、ということですか……」

 

「じょ、冗談じゃないわよ!」

 

ユウナたちは戦慄した。

 

「……暗黒竜が目覚めようとしているのはわかりました。ですが、ローゼリアさん」

 

リィンはローゼリアに問いかける。

 

「それだけではありませんね。あなたが出てきた理由は」

 

「………………」

 

「リィンさん……」

 

「フフフ。鋭いのかニブイのかわからん、セリーヌから聞いていた通りの男よの(……こんな所まで似るとはの)」

 

ローゼリアは微笑んだ。

 

「先ほど言った通り、暗黒竜は緋の騎神によって討伐された。じゃが、暗黒竜の返り血を浴びた緋の騎神は呪いを受け、千の武器を持つ魔神と化した。その際、ヘクトルⅠ世と導き手の魔女も命を落とした」

 

「また魔女かよ」

 

「おばあちゃん、まさかその魔女って……」

 

「……先代の里長じゃった」

 

「あ……」

 

「そう繋がるか」

 

「仇討ちか」

 

「そこまでとは言わん。それに、妾はそなたらのサポートで来たのじゃ」

 

「サポート?」

 

「先代がヘクトルⅠ世に緋の騎神を託したのも、この地に生きる人の子の可能性に賭けたからこそ。妾も賭けてみようと思う、人の子の可能性をな」

 

「ローゼリアさん……」

 

「おばあちゃん……」

 

「可能性、か」

 

「ならば、我らに出来ぬことはあるまい」

 

「うん。どんな難題も私たち全員で越えてきた」

 

「暗黒竜ごとき、物の数ではない」

 

「今さら驚くことでもなさそうだな」

 

「今までの経験から言ってね」

 

「皆さん……」

 

「もちろん、アーちゃんたちも来てくれるよね!」

 

「もちろんです」

 

「微力ながら、お手伝いいたします」

 

「異存はない」

 

「同じく」

 

「決まりだな」

 

新旧Ⅶ組は頷き合い、結論に達した。

 

「良き縁に巡り会えたの、エマ」

 

「うん」

 

「ローゼリアさん、では」

 

「うむ。時間もないようじゃしの。では参ろうぞ」

 

ローゼリアを先頭に、新旧Ⅶ組はさらに奥へと進んで行った。

 

 

 

「なんだ、あれは……」

 

「巨大な門……!?」

 

新旧Ⅶ組の眼前には巨大な門があり、禍々しい光を放っていた。

 

「それだけじゃない」

 

「プレロマ草が咲き乱れていますね」

 

「歩きづれーな、オラァ!」

 

アッシュは大鎌でプレロマ草を薙いだ。

 

だが薙いだそばからプレロマ草が生えてきた。

 

「無駄じゃ。ここら一帯は既に侵食されておる。いくら薙ごうと燃やそうと咲き続ける。いずれは地下道はおろか、地上をも飲み込むであろう」

 

「何だって!?」

 

「ふざけた植物だ」

 

「じゃあ、完全に取り除くには……」

 

「あの門の先は暗黒竜の寝所となっておる。その奥にいる暗黒竜を倒すしか方法はない」

 

「生身でそいつに勝てるのか?」

 

「無理じゃ」

 

キリコの疑問にローゼリアは即答した。

 

「はっきり言うな~」

 

「弱らせても止めは刺せんじゃろう。リィン、ヴァリマールを呼び出せ」

 

「は、はい!来い、ヴァリマール!」

 

リィンの呼びかけにヴァリマールが空間転移してきた。

 

「ほう。懐かしい顔がいるな」

 

「久しぶりじゃのう。最後に会ったのはお主を封印してからか」

 

「そうだな」

 

「ローゼリアさんがヴァリマールを封印したんですか?」

 

「うむ。ドライケルスの立ち会いの元にな」

 

「それで、ヴァリマール一機で立ち向かうと?」

 

「逸るな。ヴァリマール、この子たちの機体と繋げられるか?」

 

「やってみよう」

 

ヴァリマールは青い輝きを放つ。

 

「これは……」

 

「おばあちゃん、もしかして……」

 

「離れておれ」

 

ローゼリアは身の丈以上の杖を取り出し、魔法陣を四つ出した。

 

魔法陣からドラッケンⅡ、シュピーゲルS、ヘクトル弐型、ケストレルβが顕れた。

 

「なあああっ!?」

 

「機甲兵を……!」

 

「これなら立ち向かえそうですね」

 

「あん?なんか足りねぇな」

 

「そういえばフルメタルドッグがありませんね?」

 

「むう?おかしいのう。以前様子を見に行った時には確かに五つあったはずじゃが」

 

「アンタ、第Ⅱ分校まで行ったの?」

 

「全然気づきませんでした」

 

「仕方ない。直接持ってくるか」

 

ローゼリアは先ほどと紋様が異なる魔法陣を描き、フルメタルドッグを転移させる。

 

「フルメタルドッグも来ましたね」

 

「な、なんか前より武装が増えてないか?」

 

「追加されたのは七連装ミサイルポッドだったな」

 

「うわ~~、凶悪だね~~」

 

「他の機甲兵と違って継戦とかは考えてないよね?」

 

「そうだな」

 

「重火力による超短期決戦仕様。褒められた構造じゃないわね」

 

アリサは顔をしかめる。

 

「え?それって……」

 

「こういう機体は普通なら残弾を気にして戦うのがセオリー。でもキリコは高い火力をたてに短時間で一気に殲滅するスタイル。極端に言えば、一回の戦闘で全弾使いきるのが前提」

 

フィーはアリサの話と外見から推測した。

 

「バクチにもほどがあるな」

 

「バクチだろうがこれが一番性に合う。それに相手が一体ならこちらの方が噛み合うだろう」

 

「む……」

 

「確かに一気に殲滅する方が合理的ではありますが」

 

「調整はできてるの?」

 

「いや、ぶっつけ本番だ」

 

「大丈夫なのか?」

 

「ミッションディスクと腕でカバーする」

 

「……そなたの腕前はリィンから聞いている。だが少々自信過剰ではないか?」

 

「俺にできるのはこれくらいしかないし、死ぬつもりもない」

 

「キリコさん……」

 

「……そうか。ならば何も言わぬ」

 

「ラウラ?」

 

「フフ、あのように覚悟をとっくに決めた眼を見せられては言うこともない。リィン、良き教え子を持ったな」

 

「毎日が大変だけどな」

 

「フフ……む?やれやれ、せっかちな」

 

「おばあちゃん?」

 

「侵食が進んだようじゃ」

 

「プレロマ草も伸びています」

 

「時間がないな。ではローゼリアさん」

 

「うむ。お主の呼びかけに応じて機甲兵はこちらから送る。それまではここで侵食を食い止めておく」

 

「わかりました。みんな、行こう!」

 

リィンたち新旧Ⅶ組は門の中に入って行った。

 

 

 

「………………」

 

ローゼリアは新旧Ⅶ組全員が門の中に入って行ったのを確認し、後ろの通路方を見る。

 

「そこの。出てくるがよい」

 

ローゼリアの呼びかけに物陰から金髪の男が歩いて来た。

 

「気づいていましたか。緋の魔女殿」

 

「まあの。それでそなたは?」

 

「ルスケとでもお呼びください」

 

「ルスケ?……まあよい。こんな場所に何の用じゃ?」

 

「あの青い髪の少年を見ましたね?」

 

「うむ。あやつは何者なのじゃ。背格好は少年のそれじゃが、纏う気は違う。炎と硝煙、血と死臭。まるでそれらが染み受け付いておるかのようじゃ」

 

「……この世では到底あり得ぬ、そう仰りたいのですね」

 

「ああ」

 

「………………」

 

「………………」

 

互いに黙り込むが、しびれを切らしたのはローゼリアだった。

 

「何が望みじゃ?」

 

「見て見たくはありませんか?」

 

「?」

 

「この帝国を覆う災いがたった一人の男に崩される瞬間を」

 

「ふざけた話に用はない。とっとと去れ」

 

「ではまた」

 

ルスケは去って行った。

 

「………………」

 

ローゼリアは目を瞑る。

 

(なんじゃ、あやつは。じゃが……少なくとも本気の目じゃった。それにこの世という言葉。あのキリコという小童には何があるというのじゃ)

 

 

 

一方、門を越えたリィンたちは眼前に広がる景色に言葉を失っていた。

 

「ここが……」

 

「暗黒竜の寝所……」

 

「なんて広さだ……」

 

「入り口が三つあるわね。リィン」

 

「ええ。チームを三つに分けようと思います」

 

リィンの提案に全員が肯定する。

 

「そうだな。新Ⅶ組のみんなは二人ずつ入ってくれ」

 

「わかりました!」

 

ユウナたちは二人一組になった。

 

「よし、これで準備は整った」

 

「じゃあ、リィン。いつものをお願い」

 

「え……?」

 

リィンは戸惑った。

 

「うんうん。やっぱりこれがなくっちゃね」

 

「我らⅦ組はそなたの言葉があってこそだ」

 

「いつも、私たちを引っ張ってきたんですから」

 

「今回の異変とて、乗り越えられよう」

 

「途中で噛むんじゃないぞ」

 

「さっさと述べるが良い」

 

「ん」

 

「リィン、ファイト!」

 

「シャキッとなさい。アンタはクラスの、Ⅶ組の"重心"なんだから」

 

「教官!」

 

「お願いします」

 

「最初が肝心です」

 

「てめえがⅦ組のアタマだろうがよ」

 

「ほらほら、時間がありませんよ?」

 

「………………」

 

新旧Ⅶ組全員がリィンを見る。

 

「……ああ。わかった!」

 

 

 

「──状況を開始する。これより新旧Ⅶ組総員、暗黒竜の寝所の攻略を始める。表と裏の連動を何とか回避するためにも……これまで共に培ってきた全てを合わせて挑むとしよう」

 

「──女神の加護を!総員、全力を尽くしてくれ!!」

 

 

 

『おおっ!!』

 

新旧Ⅶ組は三つのチームに別れ、探索を開始した。

 

 

 

[Aチーム]

 

リィン、キリコ、ミュゼ、アリサ、エマ、セリーヌは寝所内に蠢く魔物を殲滅しながら進んでいた。

 

「あの鏡のような魔物は厄介ですね」

 

「片や物理反射、片やアーツ反射か」

 

「群れているから範囲攻撃は出来ないわね」

 

「面倒だが、一体ずつ仕留める」

 

キリコは近くの魔物に向かって引き金を引く。アーマーマグナムの威力に魔物は砕け散った。

 

「よし、ここだ!」

 

リィンはアーツ反射の魔物に疾風で斬り込む。アーツ反射の魔物は一体残らず消滅した。

 

「アリサ!ミュゼ!」

 

「「了解(しました)!」」

 

残った物理反射の魔物めがけてアリサとミュゼが高位アーツを放つ。

 

高位アーツを受けた物理反射の魔物は全滅した。

 

「皆さん、回復します」

 

エマはリィンたちに回復アーツ、ブレスを使う。

 

「ありがとうございます」

 

「それにしても、魔物だらけだな」

 

「他のチームも相対しているはずです」

 

「早いとこ行きましょう」

 

「そうもいかないようだ」

 

キリコの目の前には結界が張ってあった。

 

「これは解除できるのか?」

 

「いえ。どうやら他の場所から解除する仕組みになっているようです。他の皆さんに連絡を取ってみましょう」

 

「そうだな」

 

「それにしても冷静よね。戦闘レベルも相当なものだし」

 

「これくらいしか芸がない」

 

「キリコさん……」

 

「ぶっちゃけアンタより貫禄ない?」

 

「……自分でもそうなんじゃないかと思い始めた所だよ……」

 

リィンは苦笑いを浮かべ、他のチームに連絡を取った。

 

 

 

[Bチーム]

 

ユウナ、クルト、エリオット、ラウラ、フィー、ガイウスはリィンから連絡を受け、解除する装置を探していた。

 

そして現在、蜘蛛型の魔物と戦っていた。

 

「ブレイブスマッシュ!」

 

「合わせるが良い!」

 

「了解しました!」

 

ラウラとクルトのリンクアタックを受けた蜘蛛型の魔物は悲鳴をあげる。

 

「止めは私が」

 

フィーが構えた。

 

 

 

「さてと、始めよっか。それっ!キャッチ。バシッと。ダメ押し!リーサルクルセイド!!」

 

 

 

フィーのSクラフトを受けた蜘蛛型の魔物は消滅した。

 

「先ほどの魔物、ノルドに伝わる悪しき精霊(ジン)に似ている」

 

ガイウスは消滅した蜘蛛型の魔物が気になった。

 

「悪しき精霊?」

 

「ノルドの伝承ですね。叔父上から聞きました」

 

「内戦でも戦ったよね。あのでっかい蜘蛛」

 

「何か関係があるのかな?」

 

「わからぬ。むっ、ガイウス」

 

「ああ。おそらくは──」

 

ガイウスは床のせりあがった部分を踏む。その直後、リィンから連絡が届いた。

 

「向こうも開いたようだな」

 

「あっ、見てください。あっちの扉も」

 

ユウナの指さす方の扉を覆う結界が消えた。

 

「多分、Cチームだろうね」

 

「それはそうとガイウス。そなた、どこでそれほどの強さを得たのだ?」

 

「うん。ガイウスの実力は知ってるけど、私が知ってる以上」

 

「やっぱり半年間で何かあったの?」

 

「それについてはいつか全員の前で話す。それまでは待ってもらえるか?」

 

「わかった。Ⅶ組全員でな」

 

「ラウラさん……」

 

「そうだね」

 

「では、参りましょう」

 

Bチームも出発した。

 

 

 

[Cチーム]

 

アルティナ、アッシュ、マキアス、ユーシス、ミリアム、サラはさらに奥へと進んでいた。

 

そこで巨人型の魔物と戦っていた。

 

「それじゃ!アーミークーガーカルテットといっちゃおう!」

 

「お断りです」

 

「そんじゃ合わせて!ライアットビーム!」

 

「だから人の話を……ああもう、ブリューナク照射」

 

アガートラムとクラウ=ソラスから光線が発射される。

 

「合わせろや!」

 

「良いとも!」

 

アッシュの剛撃とマキアスの散弾が巨人型の魔物の体勢を大きく崩す。

 

「ユーシス!任せたわよ!」

 

「良いだろう!」

 

サラからの補助アーツを受けたユーシスが前に出る。

 

 

 

「覚悟を決めるが良い!セイヤァ!ハァァッ!眩く光よ、我が剣に力を!アイオロスセイバー!!」

 

 

 

ユーシスのSクラフトに巨人型の魔物は断末魔の叫びを上げ、消滅した。

 

「やったね!」

 

「何とか倒せましたね」

 

「つーか、あんなのが普通に居んのかよ」

 

「煌魔城の戦いを思い出すな」

 

「今さら怖じ気づいたのか?」

 

「馬鹿を言え。学生だったあの頃とは違うんだ。君こそどうした?スピードが落ちているんじゃないか?」

 

「お前こそデスクワークでブランクが見えるぞ?」

 

「良く言うぜ……」

 

「うーん、わりと息ピッタシだけどなぁ」

 

「むしろ1年半前のデータを大幅に更新しています」

 

「ハイハイ。そろそろ行くわよ。他のチームもだけど、成長したって所見せてもらうわよ?」

 

「うん!」

 

「もちろんです」

 

「言われるまでもない」

 

「アンタたち二人も、なかなか良い線いってるわ。この際、レベルアップしちゃいなさい」

 

「ハッ、上等だ」

 

「遅れは取りません」

 

Cチームは奥へと向かった。

 

 

 

[Aチーム]

 

中間を越えたAチームは卷属化したハーキュリーズ隊員たちの襲撃を受けるも、これを撃退した。

 

だがハーキュリーズ隊員は虚ろな眼を向け、四肢を痙攣させながら立ち上がる。

 

「まだ立ち上がって来るなんて……」

 

「完全にのまれていますね」

 

「………………」

 

キリコはアーマーマグナムを相手の眉間に狙いを定める。

 

「それには及ばないわ。エマ」

 

「この札で抑え込みます。効果は絶大だと思います」

 

エマは懐から札を取り出した。

 

「……………」

 

キリコは銃口を下げたが、臨戦体勢を崩さなかった。

 

その間にエマはハーキュリーズ隊員たちの背中に札を貼った。その直後に黒いオーラが晴れた。

 

「やはり人の限界を超えていたわね」

 

「おそらく、この方はもう……」

 

「……せめて、無傷で共和国に帰してあげたかったな」

 

「教官……」

 

「自分が甘いことを言っているのは承知している。だが彼らだってこんな目に遭いたくて来たわけじゃないはずだ」

 

「……………」

 

「リィン……」

 

「迷ってるなら後ろにいてください」

 

「え………」

 

キリコの言葉にリィンは顔を上げる。

 

「迷ってるなら後ろにいてください。前衛は俺が務めるので」

 

「いや、迷ってはいないんだが………」

 

「ふふ、一つ教えてあげるわ。後ろにいてって言っても前に出てくるのがリィン・シュバルツァーなのよ」

 

「指揮官としては悪手ですね」

 

「でもそれがリィンさんですから」

 

「……誉められている気が全くしないんだが………」

 

「とにかく、元凶まで後少しよ」

 

「元凶、か」

 

「なあに?怖じ気づいた?」

 

「そんな暇はない。とっとと終わらせたいんでな」

 

「ったく、少しは怖じ気づきなさいよ」

 

「ふふ、キリコさんの仰る通り、そんな暇はないようですよ?」

 

「ああ。みんな、向こうから敵が来る。蹴散らしながら進むぞ!」

 

「わかったわ!」

 

「はい!」

 

「了解しました!」

 

リィンたちは宣言通り、魔物を蹴散らしながら進んだ。

 

 

 

[Bチーム]

 

Bチームもまた、魔物やハーキュリーズ隊員たちとの戦闘で消耗していた。

 

だが、ユウナやラウラの鼓舞にエリオット、フィー、ガイウス、クルトがそれに応える形で何とか乗り越えた。

 

「な、何とか倒せましたね……」

 

「うむ。さすがに手こずらされた」

 

「後はこれを貼るだけだね」

 

エリオットは倒れたハーキュリーズ隊員たちの背中に札を貼った。

 

「それにしても、思った通りだね」

 

「ああ、そうだな」

 

「フィーさん?ガイウスさん?」

 

「やっぱり新Ⅶ組のリーダーはユウナだねってことだよ」

 

「ええええっ!?いや、そんな……リーダーなんて……。ていうかあたしたちのリーダーはキリコ君ですよ!?」

 

「リィンから聞いたがユウナ、サザーラント以降も何かと命令違反をしているとか?」

 

「大抵はユウナが発端って言ってた」

 

「そ、それはその……。ていうか、教官も何話してるのよ~!」

 

「でもそれだけみんなを引っ張っているってことだよね」

 

「それは……」

 

「ユウナ。リィンとていつも一人で我らを引っ張ってきたわけではない」

 

「時にはぶつかったり励まし合いながら信頼をかち取り、旧Ⅶ組のリーダーとして引っ張っていったのだ」

 

「クルトや他のメンバー、もちろんキリコもユウナを信頼しているんでしょ?」

 

「もちろんです」

 

「クルト君……」

 

「それにね、以前キリコが言っていたんだ。サザーラントの演習の後、僕はキリコにⅦ組のリーダーシップを取ってくれないかと打診したんだ。でもキリコは断ったんだ。リーダーシップはユウナが取るべきだって。ブレるようならいくらでもフォローしてやれば良いって言っていたよ」

 

「キリコ君が……」

 

「今思うと、ユウナの行動力とキリコのフォローがあったからここまで来れたと思うよ」

 

「フフ……」

 

「ガイウス?」

 

「俺たちもそうだったな……」

 

「そうだね」

 

「うむ」

 

キシャァァァッ!!

 

突如、魔獣の叫びが響く。

 

「そろそろ行こっか」

 

「そうですね!行きましょう、皆さん!」

 

『おおっ!』

 

ユウナの号令の元、Bチームは先を急いだ。

 

 

 

[Cチーム]

 

Cチームもまた、ハーキュリーズ隊員たちとの戦闘に手こずっていた。

 

「チッ!」

 

「キリがありません」

 

「面倒だね。ここはボクが……!」

 

しびれを切らしたミリアムが前に出る。

 

 

 

「ガーちゃん、分身!チェ~ンジ!ト~ス!テラ・ブレイカー!!」

 

 

 

ミリアムのSクラフトにより、ハーキュリーズ隊員たちは吹き飛ばされる。

 

「どんなもんだいっ!」

 

「まったく……」

 

「もう少し大人しくしておけ」

 

「とりあえず、貼っておくわね」

 

マキアスたちは見慣れた光景ゆえに取り乱すことはなかった。

 

「マジかよ……」

 

「もはや当たり前のようになってますね」

 

アッシュとアルティナは呆れるしかできなかった。

 

「言いたいことはわからなくもない。僕たちも今の君たちと同じ心情だったからな」

 

「まあ、このチビウサもたまに似たようなことすっからよ。やっぱ似たモン同士なんだろうな」

 

「そりゃあ、姉妹だからね」

 

「極めて心外です」

 

「ははは……」

 

「まあ、いいや。にしてもよ、アンタは良くまとめられたよな」

 

「まとめられたっていうか、まとまっていったのよ。リィンを中心としてね」

 

「そうだったな」

 

「ボクは途中からだけどね。オジサンの指示で」

 

「オジサンって鉄血のオッサンか?」

 

「そうだよー」

 

「もう少し口を慎め」

 

ユーシスはミリアムを咎める。

 

「いさかいなどもありましたか?」

 

「そりゃあったわ。ユーシスとマキアス、フィーとラウラ。手に負えなかったわ~」

 

「アンタらがねぇ……」

 

「はは、かつての僕はアンチ貴族だったからね」

 

「前に遠くから見たことあるよ。確かオーロックス峡谷道からそれたとこでケンカしてたよね」

 

「そういえば当時、お前はオーロックス砦に不法侵入していたのだったな」

 

「そのおかげで僕はクロイツェン領邦軍詰所の牢屋に入れられたわけか……」

 

「どんだけ波乱万丈な生活送ってんだよ……」

 

「先月、教官が仰っていたのはそれでしたか」

 

「まあ、その話は後でしてあげるわ。そろそろ行くわよ」

 

「あいよ」

 

Cチームは最後の扉を潜り抜けた。

 

 

 

暗黒竜の寝所最奥。

 

それぞれのルートから各チームが合流した。

 

「みんな!無事か!」

 

「教官!」

 

「こっちも無事だぜ」

 

「一人も欠けずに合流できましたね」

 

「後は……」

 

キリコの言葉に、全員が目の前の巨大な門を見つめる。

 

「いよいよね。1年半前の煌魔城の時から私たちも成長してきたわ」

 

「心も身体も……何より僕自身の音楽も」

 

「ああ、一歩も引くつもりはない」

 

「因果な街だが、このヘイムダルは僕の生まれ育った故郷だ」

 

「Ⅶ組として、焔の護り手として、気まぐれな祖母を手伝うためにも」

 

「崩れつつあるノブレス=オブリージュ、今こそ果たさせてもらおう」

 

「民間人の安全優先は遊撃士の基本中の基本」

 

「帝国の隣人として、その他の全てを込めて戦おう」

 

「ボクも戦うよ!情報局じゃなく、Ⅶ組の一員として!」

 

旧Ⅶ組メンバーはそれぞれの思いを口にした。

 

「あたしたちも見過ごせません!Ⅶ組で得た物と特務支援課の魂、合わせて証明するためにも!」

 

「僕にとっても故郷の一つ。ヴァンダールの、僕自身の剣に賭けても!」

 

「わたしもⅦ組としての意義。今こそ見出だせそうな気がします」

 

「姫様や先輩のためにも……私自身の道を占うためにも(キリコさん、勇気をください……!)」

 

「そろそろアンタらとの差、埋めさせてもらおうじゃねぇか」

 

「……必ず倒す」

 

新Ⅶ組もまた、決意を露にした。

 

「君たち………」

 

「本当に成長したな」

 

リィンとサラは感慨深く、見つめる。

 

その直後、門の奥から地響きのような音が響いた。

 

「急いだ方が良さそうね」

 

「ええ。みんな、行こう!」

 

『おおっ!!』

 

新旧Ⅶ組は最後の門を越えた。

 




次回、ゾロ=アルクーガ戦です。


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暗黒竜②

お気に入り件数400件突破!本当にありがとうございます!


門を越えた先に待っていた巨大な竜。

 

その存在にリィンたちの顔が強ばる。

 

「こ、これが……!」

 

「暗黒竜……ゾロ=アルクーガ!!」

 

「な、なんて大きさ……」

 

「大きいだけなら良いがな」

 

「みんな、集中なさい。目覚めるわよ!」

 

セリーヌの言葉に全員が覚悟を決める。

 

それと同時に暗黒竜──ゾロ=アルクーガが目を覚ました。

 

グオオオオオッ!!

 

ゾロ=アルクーガは咆哮と共に瘴気を撒き散らすが、さまざまな想いを背負うリィンたちは屈しなかった。

 

帝都の未来を賭けて、新旧Ⅶ組と暗黒竜との死闘が始まった。

 

 

 

「それで脅かしたつもりか?」

 

「お前とは背負っている重さが違うのだ」

 

「ガーちゃん、行くよ!」

 

「我らの剣、とくと知るがよい」

 

「アンタたち!行くわよ!」

 

マキアス、ユーシス、ミリアム、ラウラ、サラが第一陣に躍り出た。

 

「メイルブレイカー!」

 

「獅子連爪!」

 

「スレッジインパクト!」

 

マキアスとラウラとミリアムがそれぞれのクラフト技を放つ。

 

「グオオオオオッ!!」

 

ゾロ=アルクーガは尾を振り、反撃する。直撃は免れたが、爆風によりマキアスたちはダメージを受ける。

 

「待ってなさい!ホーリーブレス!」

 

サラ回復アーツを使った。

 

「くらえ、!セヴンス・キャリバー!」

 

ユーシスが空属性最上位アーツを放つ。弱点だったのか、ゾロ=アルクーガは大きなダメージを受けた。

 

「ソリッドカート!」

 

「ヴァリアントビーム!」

 

「イクシオン・ヴォルト!」

 

再び、マキアスとミリアムがクラフト技を叩き込み、サラが風属性の最上位アーツを放つ。

 

「詰めは私が!」

 

ラウラが大剣を握りしめ、前に出る。

 

 

 

「アルゼイドの真髄、その身に刻むが良い。ハアアアッ!奥義・洸凰剣!!」

 

 

 

ラウラの渾身のSクラフトを受けたゾロ=アルクーガは大きくのけぞる。

 

その直後、ゾロ=アルクーガは怒りと共に瘴気を吐き出す。サラたちは高濃度の瘴気に膝をつく。

 

「グッ……!」

 

「なんだ、これは……」

 

「気持ち悪い……」

 

「やむを得ないわ、さがるわよ!」

 

「任せる……!」

 

サラたちは第二陣と交代した。

 

 

 

「絶対に負けられない!」

 

「ここは僕の故郷だから……守ってみせる」

 

「魔導の技を持って、倒させていただきます!」

 

「ここで止める!」

 

「800年前の再現などさせるものか!」

 

アリサ、エリオット、エマ、フィー、ガイウスが第二陣に躍り出る。

 

「サイファーエッジ!」

 

「タービュランス!」

 

「ヴォーパルフレア!」

 

フィーとガイウスとエマはクラフト技を叩き込んだ。

 

「ゼルエル・カノン!」

 

「ダイヤモンド・ノヴァ!」

 

それに合わせてアリサとエリオットが火と水の最上位アーツを放つ。

 

「グルアァァァッ!!」

 

ゾロ=アルクーガ体勢を変え、力を溜め始めた。

 

「何か来るよ!」

 

「先手を打たせてもらいます!」

 

エマは魔導杖を掲げた。

 

 

 

「我が求める星、今こそ顕現せよ。且は堅牢、我らを護る唯一の盾。且は流麗、混沌を照らす無二の鏡!照らせ、パレス・オブ・エレギオン!!」

 

 

 

エマのSクラフトにより、アリサたちの身体は護りの光に包まれる。

 

その瞬間、ゾロ=アルクーガの口から闇の焔が吐き出された。だが闇の焔は護りの光に阻まれる。

 

「さすがはエマだ」

 

「向こうは隙だらけね!メルトストーム!」

 

「ノクターンベル!」

 

隙ができたゾロ=アルクーガにアリサとエリオットがクラフト技をくり出す。

 

「フォローするね。クロノブレイク」

 

フィーはガイウスたちに補助アーツをかける。

 

「すまん。雷咬牙!」

 

支援を受けたガイウスがクラフト技をくり出した。

 

「締めるわ!ジブリール・アロー!!」

 

アリサのSクラフトにより、ゾロ=アルクーガはまたもやのけぞる。

 

怒り狂ったゾロ=アルクーガは所構わず暴れ狂い、その余波がガイウスたちを襲う。

 

「キャアッ!」

 

「思い通りに行かないからって……!」

 

「癇癪を爆発させたか……」

 

「後はリィンたちに任せよう……」

 

「頼んだよ、みんな!」

 

ガイウスたちは第三陣と交代した。

 

 

 

「後は俺らだけか」

 

「皆さんの想い、無駄にはできませんね」

 

「帝都を、この国を呑み込ませてたまるものか!」

 

「あたしたちの想い、分からせてやるんだから!」

 

「ここで終わらせる」

 

「わたしたちならば、乗り越えられます」

 

「行くぞ、みんな!!」

 

第三陣のⅦ組特務科が躍り出た。

 

「ヴォイドブレイカー!」

 

「ブレイブスマッシュ!」

 

「緋空斬!」

 

アッシュ、ユウナ、リィンはクラフト技をくり出した。

 

「ロスト・ジェネシス!」

 

「ダイヤモンド・ノヴァ!」

 

続けざまにアルティナ、ミュゼが時属性と水属性の最上位アーツを放つ。

 

「グオオオオッ!!」

 

ゾロ=アルクーガは腕を振り下ろし、仕留めようとするが、キリコたちは何とかかわした。

 

「ソードダンス!レインスラッシュ!」

 

その隙を縫って、クルトは強化したクラフト技で斬りつける。

 

「クリアブラスト」

 

さらにキリコが新たに会得したクラフト技を叩き込む。

 

「アッシュ、続いて!」

 

「応よ!」

 

ダメ押しにユウナとアッシュのリンクアタックにより、ゾロ=アルクーガの体勢が崩れた。

 

「総員、攻撃開始!」

 

『おおっ!』

 

崩れたところにⅦ組特務科のバースト攻撃をくり出す。ゾロ=アルクーガは一斉攻撃に悲鳴をあげる。

 

だがその直後、ゾロ=アルクーガの体が光り出した。

 

「高揚か!」

 

「向こうも本気というわけですか……!」

 

「逆に言えば後がないということだろう」

 

「総員、死力を尽くせ!ここからが正念場だ!」

 

『イエス・サー!!』

 

Ⅶ組特務科もまた、気合いを入れた。

 

 

 

「ムーランルージュ!」

 

「起動、フラガ=ラッハ」

 

「ジェミニブラスト!」

 

「双剋刃!」

 

「螺旋撃!」

 

「デッドリーサイズ!」

 

高揚状態となったゾロ=アルクーガの猛攻を受けながらも、Ⅶ組特務科は諦めることなく、抵抗を続ける。

 

「アーマーブレイク」

 

キリコもまた、迷うことなく引き金を引く。この死地を乗り越え、平穏を手にするために。望みを叶えるために。

 

 

 

暗黒竜ゾロ=アルクーガには理解できなかった。

 

取るに足らないはずの人間が自身を追い込んでいるこの状況が。

 

自らの糧か玩具でしかない下等生物が放つ感情が。

 

そして一際異彩を放ち、自らを討ち滅ぼそうとする異能者の存在を。

 

生まれながらの捕食者にならんとした暗黒竜最大の過ち。

 

それは明日を掴もうと懸命に抗うⅦ組を、そして異能生存体を敵に回したことなのかもしれない。

 

 

 

「後……少し……!」

 

「決めるぞ!」

 

Ⅶ組特務科は最後の力を振り絞り、得物を構える。

 

「エクセルブレイカー!!」

 

「ラグナストライク!!」

 

「アルカディス・ギア!!」

 

「ベリアルレイド!!」

 

「ブリリアントショット!!」

 

「フレア・デスペラード」

 

「七ノ太刀・刻葉!!」

 

Ⅶ組特務科、それぞれの想いを乗せたSクラフトの連続攻撃がゾロ=アルクーガに炸裂した。

 

ゾロ=アルクーガは断末魔の咆哮と共に調伏した。

 

 

 

「………あ…………」

 

「や……やった………」

 

「倒せました……!」

 

「おっしゃぁぁぁっ!」

 

Ⅶ組特務科は歓声を上げる。

 

「やったね!」

 

「これで帝都の危機は乗り越え……」

 

「……まだですっ!」

 

「教官!」

 

「ッ!みんな下がれ!」

 

エマとキリコとリィンの声に反応し、Ⅶ組特務科は急いで下がる。

 

 

 

「グオオオオオオォォォォン!!!」

 

 

 

ゾロ=アルクーガは咆哮を上げる。

 

すると、ゾロ=アルクーガを中心に瘴気が集まり始めた。

 

そして瘴気は渦となり、ゾロ=アルクーガを覆った。

 

「な……!?」

 

「まさか、撒き散らした全ての瘴気を集めて……!」

 

「生まれ変わるとでも!?」

 

「見て!」

 

「瘴気が晴れる……」

 

瘴気の渦が霧散し、その中心には先ほどよりも禍々しくなったゾロ=アルクーガが鎮座していた。

 

「なんだあれは……」

 

「怒り……いや、憎悪か……」

 

「なんて禍々しいの……」

 

「真なる……暗黒竜……?」

 

エマは魔導杖を握りしめながら、口を開いた。

 

「………いや」

 

リィンは真ゾロ=アルクーガを見つめた。

 

「勝機はまだある」

 

キリコもまた、冷静さを失わなかった。

 

「教官!?キリコ君!?」

 

「一体何を……!?」

 

「良く見ろ。体のあちこちを」

 

「あれは……」

 

キリコの指摘通り、Ⅶ組全員が真ゾロ=アルクーガを見た。その体は少しずつであるが熔けており、崩壊しつつあった。

 

「熔けている……?」

 

「おそらく、無理に真化しようとして、体がついて行かないのでしょう」

 

「あの様子だと、それほどかからずに崩壊するだろう」

 

「それでも私たちを滅ぼそうと、憎しみの一念だけで動いているのかと」

 

「あんな姿になってまで、僕たちが憎いのか……」

 

「往生際が悪いったらありゃしねぇな!」

 

「こうなったら第二ラウンドだね!」

 

「だが、どうする?あの体液に触れれば命の保証は効かないだろう」

 

「リィン!話している時間はないぞ!」

 

ユーシスの声に全員が得物を構える。すると──

 

ガギギギギギィン!!

 

突如、上から巨大な五つの剣が降ってきた。

 

五つの剣は真ゾロ=アルクーガの周りに突き刺さり魔法陣を形成、描かれた魔法陣は真ゾロ=アルクーガを拘束した。

 

「これは……」

 

「リィン・シュバルツァー!」

 

「!」

 

リィンが上を向くと、ローゼリアが浮かんでいた。

 

「ローゼリアさん!」

 

「おばあちゃん!」

 

「この結界はそう長くは持たん。リィンよ、ヴァリマールを呼ぶんじゃ!」

 

「わかりました!」

 

リィンは拳を突き上げた。

 

 

 

「来い!灰の騎神、ヴァリマール!」

 

「応!」

 

 

 

リィンの呼びかけに応じたヴァリマールは転移してきた。

 

さらにローゼリアはドラッケンⅡ、シュピーゲルS、ヘクトル弐型、ケストレルβ、フルメタルドッグを転移させる。

 

【みんな、乗ってくれ!】

 

『はい!』

 

キリコたちはそれぞれの機甲兵に乗り込んだ。

 

すると、新旧Ⅶ組のARCUSⅡが輝き出す。

 

【ARCUSⅡが……】

 

【皆さんの想いが伝わってくる……】

 

「そうだよ!」

 

「我らは同じⅦ組なのだ!」

 

「みんな、受け取って!」

 

Ⅶ組全員の輝きは増した。

 

【こうなりゃ、ブチかますだけだな!】

 

【これで最後だ】

 

【みんな、行くぞ!!】

 

『おおっ!!』

 

 

 

結界から解き放たれた真ゾロ=アルクーガは機甲兵たちに襲いかかる。

 

シュピーゲルSは攻撃をかわすが、飛び散った体液を浴びた部分は腐食した。

 

【まともに食らえば命はないな】

 

【800年前にヘクトル帝が命を落としたのもおそらくはこれだろうな】

 

【問題ない】

 

【キリコ……】

 

【スピードは完全に落ちている。周囲を旋回してヒットアンドアウェイで削る。ミュゼは後ろから援護を頼む】

 

【わ、わかりました!】

 

【教官、ユウナ、クルト、アッシュはその隙を突いて攻撃を頼む】

 

【大丈夫なの?】

 

【ああ。さっさとあのトカゲを倒す】

 

【ハッ!言うじゃねぇか!】

 

【わかった。だがキリコ、君一人では手に余るだろう。俺も加わろう。いいな?】

 

【はい】

 

【決まりましたね】

 

【ああ。だが一つ全員に言っておく。絶対に死ぬなよ】

 

『了解!』

 

作戦を決めたリィンたちは真ゾロ=アルクーガに挑んだ。

 

 

 

【……………】

 

【閃光斬!】

 

フルメタルドッグの銃撃とヴァリマールの斬撃により、真ゾロ=アルクーガの溶解が進む。

 

【オワゾーブルー!】

 

その間を縫って、ケストレルβの狙撃が真ゾロ=アルクーガの頭部に命中した。

 

【クロスブレイク!】

 

【レインスラッシュ!】

 

【ランブルスマッシュ!】

 

その直後にドラッケンⅡ、シュピーゲルS、ヘクトル弐型のクラフト技が叩き込まれる。

 

「ロードフレア!」

 

「アクアマター!」

 

「ゴルトアロー!」

 

「ジオクエイク!」

 

「ゲイルレイド!」

 

「シャドウライズ!」

 

さらにアルティナや旧Ⅶ組による、EXアーツの援護が入り、真ゾロ=アルクーガの生命力は確実に削られていった。

 

だが、瀕死の魔獣は時に予測もつかない行動を行う。

 

真ゾロ=アルクーガは体を激しく振り、四方八方に体液を飛ばす。

 

その内の一塊がケストレルβの脚にかかる。脚が腐食したケストレルβは行動不能になり、転倒した。

 

【し、しまっ!?】

 

【ミュゼ!】

 

【くっ!】

 

【……アサルトコンバット、起動】

 

キリコはミッションディスクをセットした。

 

フルメタルドッグはケストレルβに狙いを定めた真ゾロ=アルクーガの頭部めがけて全武装による集中砲火を浴びせる。

 

横からの攻撃をまともに食らった真ゾロ=アルクーガは大きくのけぞった。

 

【……………】

 

フルメタルドッグはターンピックを床に射し込み、拳闘のように構える。

 

その瞬間、怒りを滾らせた真ゾロ=アルクーガが襲いかかり、フルメタルドッグのコックピットを噛み砕いた。

 

その直後、フルメタルドッグは両腕で真ゾロ=アルクーガの首を掴む。

 

【なっ!?】

 

【まさか……】

 

「……やはりそう来たか」

 

フルメタルドッグの背後には、寸前で脱出したキリコがアーマーマグナムを両手で構えていた。

 

キリコは右肩のミサイルポッドに狙いを定め、引き金を引いた。

 

放たれた弾丸は正確にミサイルポッドに命中し、誘爆を引き起こした。

 

予期せぬ攻撃に真ゾロ=アルクーガは悲鳴を上げる。

 

「なっ!?」

 

「自らを囮に、勝機を作り出した……!」

 

「教官!」

 

【ああ!】

 

ヴァリマールは太刀を構える。

 

【無想覇斬!!】

 

ヴァリマールの必殺の一太刀が真ゾロ=アルクーガに致命傷を与えた。

 

【チャンスだ!ここで終わらせるぞ!】

 

『おおっ!!』

 

 

 

【連ノ太刀・箒星!!】

 

 

 

帝都の未来を救わんという想いを乗せ、ドラッケンⅡ、シュピーゲルS、ヘクトル弐型。そしてヴァリマールの放った連携技は、真ゾロ=アルクーガの生命を断ち切った。

 

消滅する寸前、真ゾロ=アルクーガは地獄への道連れとばかりに、キリコめがけて自らの血を撒き散らした。

 

【マズイ!】

 

「キリコさん!」

 

ケストレルβを降りていたミュゼが真っ先にキリコに駆け寄った。

 

「……大丈夫だ………」

 

「こ、これは……」

 

真ゾロ=アルクーガの血はキリコには一滴も当たらず、周りだけを腐食していた。

 

【キリコ君……当たってないよ!】

 

【なんて偶然だ……】

 

【ヘッ、あいつが簡単にくたばるタマかよ!】

 

「だとしても、だとしても……。ああもう!心配をかけないでくださいって言ったじゃないですか!」

 

ミュゼはキリコに掴みかかる。

 

「……キリコさんに……もしものことがあったら……うぅ……」

 

「すまない」

 

キリコは涙目のミュゼに詫びた。

 

【ミュゼ……】

 

「えへへ…… 」

 

「とにかく、無事で良かったわ……」

 

「ええ。それに──」

 

エマが言い終わるや否や、リィンたちの周りの空間が歪んでいく。

 

【なんだ!?】

 

「心配するでない。幽世が収束しているだけじゃ」

 

その直後、目の前の景色は完全に元に戻った。

 

 

 

気がついたリィンたちは元に戻った地下道に立っていた。

 

「完全に元通りだな」

 

「プレロマ草も全て無くなっていますね」

 

「きょ、教官!」

 

ユウナの声にリィンが振り向く。

 

「どうした?」

 

「ヴァ、ヴァリマールが動かないんですけど……!」

 

「何?………そうか、久しぶりに霊力(マナ)を使い過ぎたんだな」

 

「へ?」

 

「騎神の動力源みたいなものですね」

 

「やれやれ、どれ、妾が」

 

ローゼリアは杖を取り出し、動かないヴァリマールに触れる。その瞬間、ヴァリマールは消えた。

 

「おばあちゃん!?」

 

「心配するな。元の場所へ送っただけじゃ。一日もすれば回復するじゃろう。さて、こっちは」

 

ローゼリアはキリコに近づく。

 

「………………」

 

「ふむ。外傷は無し。お主、よほど悪運に恵まれておるの」

 

「じゃあ、キリコさんは……」

 

「問題無しじゃ」

 

ローゼリアはキリコに背を向けた。

 

(……偶然……かの……?)

 

 

 

「フッ、暗黒竜を滅したか」

 

 

 

『!?』

 

聞き覚えのある声に、新旧Ⅶ組は驚愕した。

 

「こ、この声は……」

 

「まさか……」

 

「……っ!あそこだ!」

 

ガイウスは上段の階段を指差した。

 

そこには、仮面を被り青黒いコートを羽織った男が立っていた。

 

「あ、あいつは!」

 

「クロスベルの星見の塔にいた……」

 

「地精の代理人……」

 

「蒼のジークフリード!」

 

リィンは蒼のジークフリードを睨み付ける。

 

「久しぶりだな、トールズⅦ組。初対面の者もいるようだが」

 

「こ、この声……」

 

「それにあの髪の色と形……」

 

「やっぱり、クロウなのか……」

 

旧Ⅶ組は蒼のジークフリードの背格好に戸惑いを覚える。

 

「ほう?そなたが地精の……」

 

「お初にお目にかかる、緋の魔女殿。私は地精の代理人、蒼のジークフリード」

 

「いかにも、ローゼリア・ミルスティンじゃ。しかし、"蒼"とはのう」

 

「フフ、それ以上は勘弁願いたい」

 

「まあ良い。それにお主が用があるのは向こうであろう?」

 

「フッ」

 

蒼のジークフリードは上段から飛び降り、リィンたちの目の前に着地した。

 

「……………」

 

「まずはおめでとうと言っておこう。まさかあの暗黒竜を滅するとはな」

 

「地精にとっても都合の悪い存在だったみたいだな」

 

「ああ。正直手をこまねいていたが、手間が省けた」

 

「そんで?てめえは漁夫の利を狙ってたってか?」

 

アッシュはヴァリアブルアクスを向ける。

 

「そのつもりではあったが……今回は退いてやろう」

 

「何?」

 

リィンは蒼のジークフリードの言葉に戸惑う。

 

「あの暗黒竜がいなくなったおかげで我々としても動きやすくなったからな。君たちには感謝している」

 

「ふざ……けんなっ!」

 

激昂したアッシュはヴァリアブルアクスの刃を蒼のジークフリードめがけて飛ばした。

 

「フッ……!」

 

蒼のジークフリードは取り出した二丁拳銃で刃を撃ち落とした。

 

「なっ!?」

 

「あの武装は!」

 

「クロウが使っていた……!」

 

リィンを含めた旧Ⅶ組は驚愕した。

 

「悪くはないが、もう少し精進することだな。ん?」

 

「リィン!」

 

「リィン君!」

 

「リィンさん!」

 

後ろの通路からランディ、トワ、セドリックが駆けつけて来た。

 

「ランディさん、トワ先輩!」

 

「セドリック殿下!?」

 

「ほう?皇太子も来たとはな」

 

「あ、あいつは!」

 

「ク、クロウ君!?」

 

「そ、そんな……貴方は……」

 

トワとセドリックは蒼のジークフリードを見て、動揺した。

 

「そろそろお暇させてもらう。だが覚悟しておくといい」

 

「覚悟?」

 

「今回の一件は真の絶望に非ず。終末のお伽噺はこれからだ」

 

「何だと!?」

 

「何を言っている?」

 

「いずれ解る。その時にまた会おう」

 

蒼のジークフリードの足元に転移の魔法陣が顕れる。

 

「ま、待てっ!」

 

「さらばだ」

 

蒼のジークフリードは姿を消した。

 

「……………………」

 

「リィン……」

 

「教官……」

 

「………大丈夫だ。それより、ランディさんにトワ先輩はともかく、セドリック殿下も来られるとは」

 

「う、うん……」

 

「……………」

 

「殿下……」

 

「……ランディさん、そちらは終わりましたか?」

 

「あ、ああ。共和国の工作員は全員拘束したぜ。後はそっちで寝転がってるので最後だな」

 

「そうでしたか」

 

「その……リィン……」

 

「大丈夫ですよ。とにかく、今はここを出ましょう。それに、暗黒竜についても報告があるので」

 

「暗黒竜……!?」

 

「900年前に帝都を蹂躙したというあの暗黒竜ですか!?」

 

「はい。それについても報告がありますので、まずは地上に戻りましょう」

 

 

 

その後、リィンたち新旧Ⅶ組は地上に戻り、レーグニッツ帝都知事、レクター少佐とクレア少佐、さらに待機していた第四機甲師団長のクレイグ将軍を交えて報告した。

 

レーグニッツ帝都知事たちはリィンたちからの報告に驚いたが、1年半前の功績などからリィンたちを労い、褒め称えた。

 

また、クレイグ将軍も第四機甲師団の出動を未然に防いでくれたことでリィンたちの働きに感謝すると共に、息子エリオットの活躍に号泣した。

 

セドリックはキリコたちを労い、Ⅶ組特務科全員と固い握手を交わした。

 

またキリコはフルメタルドッグが使い物にならなくなり、約束は果たせそうにないことを告げたが、セドリックは「そんなことはいい」と笑い、いつの日か再戦することを約束した。

 

全ての報告を終え、旧Ⅶ組はホテルや遊撃士支部へと向かい、新Ⅶ組はレーグニッツ帝都知事の計らいで帝都駅に迎えに来たデアフリンガー号に乗り込み、そのまま気絶するように眠りについた。




クリアブラスト

CP90

範囲攻撃

服に仕込んでいるサブマシンガンによる銃撃。



次回、夏至祭を描きます。


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夏至祭

7月17日

 

暗黒竜との戦いから一夜。

 

キリコを含めた第Ⅱ分校生徒たちは帝都競馬場で執り行われる表彰式に出席していた。

 

また、その両隣にはトールズ本校と旧Ⅶ組も揃っていた。

 

 

 

[キリコ side]

 

皇帝ユーゲントⅢ世の言葉に拍手しながら俺は昨日の戦いを思い返していた。

 

(新旧Ⅶ組による三段階の討伐作戦。あそこまでは良かった。だが暗黒竜の最後の抵抗には骨が折れた。だからこそ、フルメタルドッグのリミッターを外したわけだが、やはり耐圧服無しでは堪えたな)

 

(あの時は全員が暗黒竜に目がいっていたからリミッターを外したことは気づかれなかった。機甲兵教練は勿論、神機との戦いでも外すことはなかったが、さすがは伝説の化け物ということにしておくか)

 

 

 

(回復術とやらを受けても、まだ体が重く感じるな)

 

俺は拳を開いたり閉じたりを繰り返す。

 

新旧Ⅶ組総掛かりでの戦いの爪痕は確実に残っている。

 

だが第Ⅱ分校生徒は式に出席するべく、重い体を引きずりながら準備を進めなくてはならなかった。

 

そして、最も過酷だった俺たちⅦ組特務科はベッドから起き上がれないほど疲弊していて、特にアルティナは半死人の様だったらしい。

 

強靭な生命力を有する異能者である俺でさえ、完全に回復していなかった。

 

リィン教官がミルスティンとセリーヌを呼んでいなければ俺はともかく、ユウナたちは立つことさえままならなかったかもしれない。

 

 

 

演説を終えたユーゲントⅢ世が壇上を降り、本校と第Ⅱ分校両校に帝国特別功労賞が授与されることになった。

 

向こうは間違いなくセドリックだろう。こちらはおそらく……

 

「キュービィー候補生、君の出番だぞ」

 

「……は?」

 

突然、後ろからミハイル教官から肩を叩かれる。

 

「何も聞いていませんが?」

 

「すまん。本来ならばシュバルツァーを代表とするつもりだったのだが、分校長のご指摘でな。英雄《灰色の騎士》ではなく、一学生の方がふさわしいとな。話し合いの末、君を分校代表にするということになったのだ」

 

ご指摘という名の横暴か。オーレリアの真意はわからんでもないが、事前に一言くらいあっても良いだろう。

 

「………俺である必要が?」

 

「実を言うとだ、君ならと第Ⅱ分校内でも特に反対意見は出なかったのだ」

 

「…………………」

 

前を見ると、Ⅷ組戦術科とⅨ組主計科全員が頷いていた。さすがにⅦ組特務科は知らなかったようだが。

 

「伝えていなかったことについては謝罪するし、文句ならば後でいくらでも聞こう。だがここは折れてもらいたい。さあ、時間だ。行け」

 

「………………了解」

 

ミハイル教官の滅多にない申し訳なさげな態度に、仕方なく引き受けることにした。

 

 

 

(やっぱりキリコが第Ⅱ分校の代表か)

 

列の前に出て待っていると、セドリックが小声で囁いてくる。

 

(甚だ不本意だがな)

 

(あはは……)

 

こうしている間にも授与式の準備が進んでいく。

 

(面倒なものだな)

 

(一応言っておくけど、くれぐれも父上や周りの人たちの前では出さない方がいいよ)

 

(そこまで馬鹿ではないつもりだ)

 

(そうだったね。おっと、始まるようだよ)

 

ユーゲントⅢ世が壇上に上がった。その瞬間、周りに控えていた政府、軍関係者。そして本校第Ⅱ分校生徒たちの顔が引き締まる。

 

最初にセドリックが上がり、勲章を受け取る。さすがに動作に無駄がないな。

 

『続いて第Ⅱ分校代表者、壇上に』

 

俺は前を見つめながら壇上に上がる。

 

「新たなるⅦ組の一人であるそなたにこの勲章を渡すこと、余は嬉しく思う」

 

「……勿体なき御言葉」

 

俺は当たり障りのない言葉を選び答えた。

 

「トールズ士官学院本校と第Ⅱ分校。そしてトールズ旧Ⅶ組。此度のそなたらの働き、大儀である。これからも精進することを期待する」

 

『イエス・ユア・マジェスティ!』

 

ユーゲントⅢ世の言葉に俺とセドリック、そしてその場にいた全ての人間が返事をした。

 

[キリコ side out]

 

 

 

授与式を終え、ユーゲントⅢ世らが帰って行き、本校と第Ⅱ分校はそれぞれ解散したがキリコたちⅦ組特務科はある人物と話をしていた。

 

「お久しぶりですね、シュバルツァー君」

 

「はい、お久しぶりです、ベアトリクス教官。いえ、今は学院長でしたか」

 

「この人が本校の学院長……」

 

「なんだか優しそうなおばあさんね」

 

「ユウナさん。この人は元軍医大佐として名を馳せた方ですよ」

 

「死人返し(リヴァイバー)の異名を持っていらっしゃる凄腕だそうですよ?」

 

「やっぱタダモンじゃねぇな、このバーさん」

 

(死人返し。確か暴れる負傷兵を力ずくで押さえ込んで敵味方問わず治療を施したというらしいが)

 

「古い話ですよ」

 

ベアトリクスは改めてユウナたちの顔を見る。

 

「なるほど、かつてのシュバルツァー君たちに良く似ています」

 

「かつての?」

 

「ええ。どんな困難にも屈することなく、前を向いて行こうとする。そんな眼をしています」

 

「ベアトリクスさん……」

 

「あなたたちも、この帝国で自分たちにしかできない事を成そうとしているのでしょう?」

 

「はい!」

 

「それがⅦ組ですので」

 

「その想いがあればきっと道は拓けるでしょう。頑張ってくださいね」

 

『はい!』

 

ベアトリクスはユウナたちの返事に満足し、本校生徒らの所に戻って行った。

 

「ハッハッハ。さすがはシュバルツァー君の教え子たちじゃのう」

 

ベアトリクスと入れ替わりに2アージュはありそうな軍人がやって来た。

 

「あ、貴方は……!」

 

「ヴァンダイク名誉元帥閣下!?」

 

ヴァンダイク元帥の登場にクルトは驚きを隠せなかった。

 

「お久しぶりです。元帥閣下」

 

「うむ。シュバルツァー君は久しぶりじゃな。そして初めまして、新しいⅦ組の諸君」

 

「は、初めまして!」

 

「お噂はかねがね……」

 

「楽にしてくれて構わんよ。君たちに会うのを楽しみにしとったしな」

 

「あたしたちに、ですか?」

 

「君たちの活躍はそれなりに聞いておる。それに元々儂はオリヴァルト殿下の申し入れで旧Ⅶ組設立に一枚噛ませてもらっていたのでな」

 

「そうだったんですか」

 

「まあ、儂がしたことはシュバルツァー君たちに旧校舎の探索を依頼したことくらいじゃがの」

 

「ヴァリマールが封印されていたという」

 

「さすがに灰の騎神が出てきた時はたまげたがのう」

 

「コホン。元帥閣下、そろそろお時間です」

 

ヴァンダイク元帥の後ろにはクレイグ将軍が立っていた。

 

「おお、そうじゃった。君たちとはもう少し話していたいが、用事があってのう」

 

「いえ、わざわざありがとうございました」

 

「それでなんじゃが、シュバルツァー君。すまんが少々時間をくれぬか?」

 

「……わかりました」

 

ヴァンダイク元帥の真剣な眼差しにリィンは了承した。

 

「……本日は自由日とする。夏至祭を楽しむのも良し。体を休めるのも良し。好きに過ごしてくれ。ただ、今夜バルフレイム宮で式典が行われることは忘れないでくれ」

 

「わ、わかりました」

 

「では、解散」

 

リィンはヴァンダイク元帥らと共に競馬場の内部に入って行った。

 

 

 

競馬場を出たユウナたちはリィンの動向を気にしつつも、夏至祭を楽しむことを決めた。

 

「それじゃ、あたしたちもここで解散ね」

 

「わかった。僕も実家に顔を出すつもりさ」

 

「わたしはミリアムさんとスイーツ巡りをします」

 

「俺はテキトーにその辺ぶらついているわ」

 

ユウナたちは思い思いに行動し始めた。

 

「………………」

 

「あの……キリコさん……」

 

帰ろうとしたキリコをミュゼが呼び止める。

 

「なんだ」

 

「今日は、何か予定はあったり……しますか?」

 

「いや、特に何もない。なぜそんなことを聞く?」

 

「その……この間言いそびれたことが……ありまして……」

 

「?」

 

(大丈夫。昨日のことに比べれば……)

 

「どうした?」

 

「あ、あのっ!」

 

「?」

 

ミュゼは息を吸い込む。

 

 

 

「わ、私と今日一日、夏至祭を回りませんか!」

 

 

 

「夏至祭を?」

 

「はいっ!お願いします!」

 

ミュゼは大きく頭を下げる。

 

「……他のを誘えば良いだろう」

 

「キリコさんと一緒に回りたいんですっ!」

 

「………………」

 

キリコは目を瞑り、腕を組む。

 

「あ、あの……」

 

「……………わかった」

 

「え……今……」

 

「わかったと言っている」

 

「本当ですか!?」

 

「何度も言わせるな」

 

「ご、ごめんなさい!つ、つい興奮してしまって」

 

「………………」

 

(や、やりました……遂に、遂に誘うことができました)

 

ミュゼは両手を胸の前で祈るように組んだ。

 

「何をしている」

 

「いえ、何でもありません。それではキリコさん、まずはヴァンクール大通りに行きましょう」

 

「わかった」

 

ミュゼはキリコの左腕に寄りかかる。

 

「………離れろ」

 

「今日はこうしていたいんです……」

 

「………………」

 

キリコとミュゼは並んで競馬場を後にした。

 

 

 

[ミュゼ side]

 

キリコさんとデート。

 

キリコさんに恋していると自覚してから、何度も想像しました。

 

本当なら私服で回りたかったのですが、もうどうでも良くなりました。

 

隣にキリコさんがいる。それだけで満たされていくんです。

 

思えば、こういう風に殿方とこうして歩くのは生まれて初めてかもしれません。

 

私は小さい頃に両親を喪い、叔父の手によって女学院に入れられました。

 

女学院での公序良俗の教えは厳しく、先生によっては殿方と手を握ることなどとんでもないと教えていました。

 

もっとも、私は姫様やエリゼ先輩に出会ったので殿方を毛嫌いするようなことはありませんでした。

 

まあ、キリコさんは軽薄や軟派という言葉とは無縁そのもので、どちらかと言えばストイックで真面目で誠実な方ですしね。

 

とにかく、今日はミルディーヌ・ユーゼリス・ド・カイエンではなくミュゼ・イーグレットとして、一人の女の子としておもいっきり楽しもうと思います。

 

 

 

ヴァンクール大通りにやって来た私たちはさっそく人だかりを発見。

 

「あら?みっしぃのショーのようですね」

 

「みっしぃ?」

 

「クロスベルにあるテーマパークのマスコットキャラクターですよ。とても人気があるとか」

 

「あれ?キリコさんにミュゼさんでしたか」

 

ショーの見物客の中にランディ教官とティオ主任がおられました。

 

「おっ!なんだなんだ、デートか?」

 

「そうなんです♥️」

 

「ランディさん、野暮ですよ」

 

「………………」

 

「でもちょうど良い時間に来ましたね。今、みっしぃと記念写真を撮ることができますよ」

 

「よーし、お兄さんが撮ってやるよ」

 

私たちはみっしぃを真ん中にして2枚撮りました。キリコさんは真顔のままでしたが。

 

 

 

大通りを抜けてドライケルス広場にやって来ました。

 

「さすがに人が多いですね」

 

「パレードはとうに終わっているがな」

 

「あら?あなた方は」

 

振り返るとエイダさんが歩いて来ました。

 

「こんにちは、エイダさん」

 

「はい。キリコさんとミュゼさんでしたね。その節はありがとうございました」

 

「別にいい」

 

「お二人はその……デート、というものでしょうか?」

 

「ふふ、わかりますか?」

 

さりげなくキリコさんの左腕に抱きつきます。

 

「ふえっ!?」

 

「動きづらい、離れろ」

 

「良いじゃないですか、もう少しだけ♥️」

 

「わ、わ、私はこ、これで失礼します!ど、どうぞごゆっくり~~!」

 

赤くなったエイダさんは走り去って行きました。

 

「……………」

 

「ふふ、エイダさんには刺激が強すぎたでしょうか?」

 

「少しどこかに座るか」

 

「そうですね………?あれは何でしょう?」

 

トラム乗り場がなんだか賑わっています。

 

「トラムツアーとあるな」

 

「良いですね。乗りませんか?」

 

「ああ」

 

キリコさんと二人でトラムツアーに参加することに決め、二人でトラム内のシートに座りながらヘイムダル各地区を回りました。

 

途中で居眠りしてしまい、キリコさんに寝顔を見られてしまったのは不覚でした。

 

 

 

ヴェスタ通りに来ると何やら香ばしい匂いが漂ってきました。

 

「キリコさん、どうやらここのベーカリーで創作パンのコンテストをやっているみたいですよ」

 

「やってみたいなら入ってみるか?」

 

「はい!行ってみましょう」

 

中はなかなか賑わっていました。

 

奥のテーブルで手が空いたオスカーさんの指導を受けながら小麦粉を練っていきます。そこから材料を加えてオリジナルのパンを作ります。

 

「完成です。名づけてシベリアンサンドです!」

 

「こっちもできた。バターソルトブレッドだ」

 

私は柔らかいパンにカスタードクリームをはさんだ甘いパンを作りました。

 

一方のキリコさんは生地に溶かした有塩バターを練り込んだシンプルなパンです。

 

さっそく食べ比べてみましょう。

 

「キリコさん、どうぞ」

 

「ああ」

 

キリコさんが私のシベリアンサンドを食べました。

 

「……悪くない」

 

「うふふ、良かったです」

 

その後キリコさんのバターソルトブレッドを半分もらいました。

 

「これ、美味しいです」

 

一口かじるとサクサクの外側とバターの風味豊かな中身が渾然一体となって口の中でハーモニーを奏でるのです。

 

「言われるままに作っただけだ」

 

「いや、お前さんなかなか筋が良いな。どうだ?一緒にパン職人にならないか?」

 

「遠慮しておく」

 

オスカーさんのお誘いをキリコさんは断りました。仮に実現したとしたら頑固な職人さんになりそうです。

 

 

 

お腹を満たして、続いてサンクト地区にやって来ました。

 

「ずいぶんと賑わっているな」

 

「そういえばこの時期はチャリティーバザーが開催されているんでした」

 

「チャリティーバザー?」

 

「女学院の行事で、使わなくなった物なんかを出品するんです。その売り上げは福祉などへの寄付に用いられるんですが、キリコさんは何か出品できるような品物はありますか?」

 

「………ないこともない」

 

「そうなんですか?」

 

「ああ。演習地に置いてあったはずだ」

 

「でしたら、こちらへどうぞ」

 

振り向くと姫様がおられました。

 

「アルフィン皇女か……」

 

「お久しぶりですね、キリコさん。すみません、デート中に。後、呼び捨てでも構いませんよ」

 

「それは周りが良く思わないだろう。余計なトラブルは慎みたい」

 

「あら?そうですか?うーん、キリコさんなら問題はないと思いますが」

 

「もう、姫様」

 

姫様の後ろからエリゼ先輩がやって来ました。

 

「すみません、キリコさん」

 

「それはいい。それよりバザーに出す物を取って来たい。ミュゼ、悪いが」

 

「わかりました。ここで待っています」

 

キリコさんはそう言って南門方面へ歩いて行きました。

 

「行っちゃいましたね」

 

「キリコさんならば問題ありません。キリコさんは糞真面目な方ですから」

 

「それもそうね」

 

「……そこで納得してしまうんですね」

 

「それはそうと、貴女やるじゃない。キリコさんとデートなんて」

 

「はい♥️とっても幸せです♥️」

 

「よくもまあ、公然とのろけられるわね……」

 

「まあまあ。でもキリコさんにならば安心して任せられますね」

 

「そうね。半端な方は絶対にお断りだけど、キリコさんって成績優秀と聞くし、とってもお強いんだもの」

 

「姫様、先輩……」

 

なんだか気恥ずかしいです。

 

30分ほどしてキリコさんが何かを持って戻って来ました。

 

「キリコさん、ご苦労様です。あら?それは……」

 

「ミル、ですか?」

 

「ああ」

 

キリコさんが持ってきたのはコーヒー豆を粉砕するミルでした。

 

「先日ナインヴァリで偶然手に入った。だが既に持っているからな。正直持て余していた」

 

「わかりました。ありがとうございます。ミュゼはその万年筆よね」

 

「はい。よろしくお願いいたします」

 

「それと、出品していただいた方にお菓子とお飲み物を提供させていただいているんです。もしよければどうぞ」

 

「キリコさん、休憩がてら行きませんか?」

 

「わかった」

 

近くのテーブルでお茶とお菓子をいただきながら様子を見ていると、どこかの貴族の方が万年筆を、初老の方がミルを買って行きました。

 

姫様とエリゼ先輩も喜んでくださいました。

 

ただ、帰り際に姫様とエリゼ先輩がキリコさんに「この子をよろしくお願いいたします」と頭を下げられた時にはさすがに慌てました。

 

 

 

ぐるりと回って帝都競馬場まで戻って来ました。

 

「どうやら競馬場ではミニレースが行われていますね」

 

「興味があるのか?」

 

「ちょっと見てみませんか?」

 

「わかった」

 

「ではさっそく…………!あれは……」

 

入り口前で支配人さんと誰かが揉めていました。

 

「あれは……大叔父様?」

 

「……バラッド侯か」

 

キリコさんの言うとおり、支配人さん相手に大叔父様が食ってかかっていました。

 

未だ権力の座に返り咲こうという姿勢はある意味脱帽です。

 

「……揉め事に巻き込まれるのは遠慮したいですね。ですが、あの様子では競馬場内には入れないようですね」

 

「……見つからないように行くか」

 

大叔父様に見られないよう慎重に競馬場に入りました。どうやら向こうも気づいていないようです。

 

競馬場内で行われているミニレースはアマチュア騎手などを対象としたタイムアタックで、ゆったりとした雰囲気でした。

 

「君たちは……」

 

「そちらも来られたか」

 

観客席にはパトリックさんとユーシスさんがおられました。

 

「先月ぶりです、カイエン公」

 

「パトリックさん。ここではミュゼで構いません」

 

「キリコもお疲れ。暗黒竜のことは聞いた。本当にご苦労だったね」

 

「代償は大きかったがな」

 

「あのフルメタルドッグは使い物にならないのか?」

 

「噛み砕かれただけならいいが、体液や血がこびりついてな。スクラップにするしかなかったそうだ」

 

「それらは人体にはかなりの悪影響を及ぼす代物です。そう踏みきるのは正しいかと」

 

「つくづく恐ろしいな、暗黒竜とは」

 

「退治できただけマシだろう」

 

「ああ」

 

「それより、二人はどうしたんだい?もしかして、ミニレースに出るとか?」

 

「キリコさん、出てみませんか?」

 

「レースにか?」

 

「はい。私はその……出られそうにないので」

 

「さすがにカイエン公を出すのは憚られるのでな。その代わり俺が出る」

 

「ユーシス、君がかい?」

 

「たまには馬に乗らなくては落ち着かん」

 

「はは、元馬術部の血が騒いだかい?」

 

「そういえばリィン教官が仰ってました」

 

「リィンめ、余計なことを。キリコ、構わんな?」

 

「ああ」

 

キリコさんとユーシスさんは受付に登録に行きました。

 

「……ユーシスはもとより、彼には良かったのですか?」

 

「………キリコさんにはそれとなく声をかけたことはあります。全て断られてしまいましたが」

 

「……リィンや、彼らには……」

 

「……いずれ伝わるでしょう。私が何をしようとしているのか」

 

「カイエン公……」

 

「……とにかく、今はレースを見ましょう。キリコさんは勝てますでしょうか……」

 

「うーん、さすがにユーシス相手では分が悪いような……」

 

結論から言えばキリコさんはユーシスさんの記録には及ばず敗れました。

 

それでもキリコさんの勇姿はしっかりと目に焼き付けました。

 

 

 

最後に私たちはライカ地区にある音楽喫茶店にやって来ました。私は紅茶、キリコさんはコーヒーを注文しました。

 

「もうそろそろ夕方ですね」

 

「そうだな」

 

「今日は、楽しかったですか?」

 

「ああ。良い息抜きになった」

 

「良かった……!」

 

「お前はどうなんだ?」

 

「とっても楽しかったです。ですから……」

 

「?」

 

「……終わらなければいいなって思います」

 

「……………」

 

「キリコさん」

 

「なんだ?」

 

「また……こんな風に一緒にいてくれますか?」

 

「……気が向けばな」

 

「はい。楽しみにしています」

 

……………本当に、終わらないでほしいです。

 

[ミュゼ side out]

 

 

 

キリコとミュゼが音楽喫茶店で寛いでいると、キリコのARCUSⅡに通信が入る。

 

「リィン教官からだな」

 

「今夜はバルフレイム宮で式典が開かれるそうです。その連絡でしょう」

 

「なるほどな。もしもし」

 

『キリコか。今どこにいるんだ?』

 

「ライカ地区の音楽喫茶店です」

 

『キリコの他に誰かいるのか?』

 

「ミュゼといます」

 

『わかった。それじゃ、17:00までにドライケルス広場に集合してくれ。その後にバルフレイム宮に向かう。遅れるなよ』

 

「了解」

 

そう言ってキリコは通信を切る。

 

「集合ですか?」

 

「ああ。17:00までにドライケルス広場に、だそうだ」

 

「後30分ほどですね。ではお会計を済ませましょう」

 

「ああ」

 

キリコたちが会計を済ませて外に出ると、意外な人物がいた。

 

「おや、キリコ。こんな所で何をしている?」

 

「お前は……」

 

「キリコさん?お知り合いですか?」

 

「はじめまして。帝国軍に勤務するルスケと言う。彼とは古いなじみなのだよ」

 

「そうなんですね(この方……視えません。まるでキリコさんみたいに)」

 

「なぜここに?」

 

「ここのマスターは旨い紅茶を淹れてくれるのでな。見たところ、どうやらお困りのようだな」

 

「別に困ってはいない」

 

「すみません。私たち、これからドライケルス広場に行かなくてはなりませんので」

 

(余計なことを)

 

「なるほど。君たち第Ⅱ分校はバルフレイム宮に集まるそうだな。ちょうどいい。導力車で送って行こう」

 

「よろしいんですか?」

 

「困っている婦女を助けるのも帝国軍人の務めだよ」

 

「ありがとうございます」

 

(どの口が言っている)

 

キリコはルスケの言葉に不信感を覚えながら、ミュゼと共に導力車に乗り込んだ。

 

 

 

「イーグレット伯爵……確か先代カイエン公爵の相談役と言われるあの?」

 

ルスケはミュゼから自己紹介を受け、記憶を辿る。

 

「ご存知なんですか?」

 

「私はラマール州の小貴族出身でね。お会いしたことはないが、名前だけならば知っている」

 

「そうだったんですね」

 

「………………………」

 

キリコはルスケの口から出る言葉に舌を巻いた。

 

「キリコさん?」

 

「どうかしたのか?」

 

「いや、何でもない」

 

「?」

 

「フッ。さあ、そろそろ到着するぞ」

 

ルスケは導力車を道の脇に停める。

 

「ありがとうございました」

 

「…………………」

 

「キリコ」

 

「?」

 

ルスケはキリコにだけ聞こえるように話す。

 

(鉄血宰相に会え)

 

(何?)

 

(会えばわかる。お前にとって必要な事だからな)

 

(だからどういう……)

 

「確かに伝えたぞ」

 

「おい」

 

ルスケはそれだけ言って去って行った。

 

「キリコさん、どうされました?」

 

「ああ……」

 

キリコはミュゼと共に歩き出す。

 

(鉄血宰相に会え。ルスケ、もといロッチナはそう言った。いったいやつに何があるというんだ?)

 

キリコはロッチナの言葉を胸に、リィンたちの集まる場所へと向かった。

 




次回、バルフレイム宮にて………


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今回で帝都篇最終話です。


18:30

 

「乾杯!」

 

バルフレイム宮にて祝賀会が始まり、皇帝ユーゲントⅢ世の乾杯の声が響いた。

 

拍手が鳴り止むと、旧Ⅶ組、本校生徒、第Ⅱ分校生徒たちは翡翠庭園にて招待客らと歓談をしていた。

 

キリコはクルト、セドリック、フリッツと話していた。

 

「キリコ、楽しんでいるかい?」

 

「ええ」

 

「ここなら敬語じゃなくても咎められないと思うよ」

 

「……そうか」

 

「クルト。彼はいつもこうなのか?」

 

「まあね。ただ、人によってあからさまに態度を変えたりはしないから、意外と好感は持たれるのかな?」

 

「僕としてもその方が全然良いな。信頼が持てるよ」

 

「……………」

 

「殿下……」

 

「それよりクルトとも付き合いも長いし、年も変わらないし敬語じゃなくても良いよ」

 

「殿下!?そ、そういうわけには……!」

 

「ミュラーさんだって兄上とは対等だと思うけど?あ、ミュラーさんの方がむしろ上かな?」

 

「あ、兄上と僕とでは立場が違いますから!」

 

「………………」

 

「フフ……おっとすまない。また挨拶回りだ。それじゃあね」

 

セドリックは他の招待客の元へと向かった。

 

「忙しないな」

 

「やはりお忙しいようだな」

 

「キリコ、クルト」

 

「「?」」

 

フリッツがキリコとクルトに話しかける。

 

「殿下ほどではないが、俺もⅦ組と戦いたいと思っている。あのフルメタルドッグが戻って来たら殿下だけでなく、俺の挑戦も受けてほしい」

 

「……………」

 

「フリッツ……」

 

「まあ……言いたいことはそれだけだ。ではな」

 

フリッツも離れて行った。

 

「フリッツ、本気だったな」

 

「ああ」

 

「そういえばフルメタルドッグっていつ戻って来るんだ?」

 

「そこら辺は博士が段取りをしている。俺はデータ収集に専念していれば良いと言われている」

 

「……本当に無茶苦茶だな」

 

「全くだな」

 

「あ、僕もアルゼイド子爵閣下に挨拶してくるよ。キリコはここにいるのかい?」

 

「ああ」

 

「それじゃ、行ってくるよ」

 

クルトはそう言って離れて行った。キリコはグラスの水を飲み、息を吐いた。

 

 

 

18:45

 

「おや?一人かな?」

 

「?」

 

振り返ると、そこにはルーファス総督が立っていた。

 

「クロスベルのルーファス総督ですか」

 

「ああ、久しぶりだね。せっかくだから声をかけさせてもらったよ。君とは一度話してみたかったからね」

 

「俺と?」

 

「一応、1年半前の内戦では貴族連合軍総司令などと言う肩書きを背負っていたのでね。君の名前は何度か報告で耳にしたことがあるんだ」

 

「……………」

 

「当時、私は君についての報告を一笑に伏したことがある。あまりに馬鹿馬鹿しいとね。だがオーレリア将軍やウォレス少将が敗退したと聞いた時はなんというか、頭が真っ白になったよ。全体の士気に関わるから前カイエン公には黙っておいた。まあ、それが正しかったかどうかは別として」

 

「……カイエン公爵に黙って軍を動かすなり何なりと方法はあったはずですが?」

 

「それも策として考えた。だが時期が時期でね。結局、帝都侵攻作戦を出すしかなかった」

 

「……………」

 

「キリコ君。君に起きた不幸のことはだいたい把握している。それを踏まえて聞きたいんだが、君は貴族に対して疑問を持ったことはあるかい?」

 

「疑問?」

 

「ああ。ただそう生まれただけで平民を差別し、自らを優良と言って憚らず、平気で愚行を犯す。そんな連中をどう思う?」

 

「人間のクズみたいな連中もいるでしょうが、リィン教官やあなたの弟のように信頼できる貴族もいる。それくらいです」

 

「そうか」

 

ルーファス総督は微笑んだ。

 

「弟も幸せ者だな。では失礼するよ」

 

ルーファス総督は優雅に去って行った。

 

(やつは何が言いたかった?それに前カイエン公を強調して言った。ミュゼのことも知っているようだな)

 

「フ、珍しい組み合わせだな」

 

「ええ、まったく」

 

「む……」

 

キリコの元にオーレリアとウォレス少将が歩いて来た。

 

「元総司令殿がお前と話していたのでな。ある意味敵同士であったからな」

 

「……内戦のことについてです」

 

「そうか。まあ、恨みつらみを掘り返すような小物でもないか」

 

「鉄血の子供たちの筆頭格"翡翠の城将"。あまり気を許すなよ。まあ、そなたなら言うまでもないか」

 

「………………」

 

「それはそうと、少しばかり飲み食いしてもバチは当たらんぞ?」

 

「あまり腹は空いていないので」

 

「噂によれば、そなたカイエン公とデートしたそうではないか?ん?」

 

「………………」

 

「まあ、良い。私も陛下のご尊顔を拝謁せねばな」

 

「それではな」

 

オーレリアらは中央付近へと移動した。

 

 

 

19:10

 

(さすがに今は会えないな)

 

キリコはオーレリアらと歓談するユーゲントⅢ世やオズボーン宰相を眺めた。

 

「キリコさん、ですね?」

 

「!」

 

振り返るとプリシラ皇妃が立っていた。

 

「はじめまして、プリシラと申します」

 

「はじめまして」

 

キリコは一礼をした。

 

「それにしても、なぜ俺の名前を?」

 

「貴方のことは息子と娘から聞いています。特にセドリックは貴方のことばかり話していますので」

 

「……そうでしたか」

 

「キリコさん。セドリックの成長に一肌脱いでいただいた事、母としてお礼を言わせてください」

 

「礼には及びません。あれは成り行きです」

 

キリコは首を横に振る。

 

「あの子のことはオリヴァルト殿下からお聞きになっているのでしょう?」

 

「はい」

 

「最初はただ、キリコさんを越えると言ってがむしゃらに突き進んでいたようです。ですが、日を追うごとに言動や姿勢も変わっていき、今では以前のようなセドリックへと戻りました」

 

プリシラ皇妃は優雅に、丁寧に挨拶をするセドリックを優しく見つめる。

 

「あの子に必要なのはきっと、心を許せる友人なのかもしれませんね」

 

「……………」

 

「キリコさん。新たなⅦ組としての活動、応援しています」

 

「ありがとうございます」

 

プリシラ皇妃は一礼してユウナたちの所へと向かった。

 

「……………」

 

キリコは近くのテーブルのグラスの水を飲んだ。

 

「キリコ」

 

顔を上げるとリィンが立っていた。

 

「教官?」

 

「先ほどプリシラ皇妃様と話していたのを見たんだが、失礼はなかっただろうな?」

 

「無論です」

 

キリコはリィンにプリシラ皇妃との会話の内容を話す。

 

「殿下に必要なのは心を許せる友人、か……」

 

「…………」

 

「君がどう受け止めるかは任せる。おそらく殿下にとっても君は好敵手といった位置付けなんだろう」

 

「…………」

 

「まあ、今は置いておいてもいいだろう。それよりプリシラ皇妃様は……」

 

「あそこですね」

 

キリコはプリシラ皇妃と明らかにテンパっているユウナとフォローするアルティナとミュゼのいる方向を見る。

 

「……ちょっと心配だから行ってくるよ」

 

「どうぞ」

 

リィンはユウナたちの元へと向かった。

 

「………………」

 

キリコはグラスの水を飲み干す。

 

「フン、ここにいたのか」

 

「博士……」

 

シュミット博士がキリコの隣に立つ。

 

「何かありましたか?」

 

「実験用機甲兵のことだが、今月限りで終了とする」

 

「なぜ急に?」

 

「データが揃いつつあるそうだ」

 

「そろそろ聞かせてください。フルメタルドッグの出所を」

 

「調査中だ」

 

「……そうですか」

 

(この様子だととっくに何か掴んでいるな。まあいい、後でロッチナを問いつめてみるか)

 

「だが慢心はするな。実験用機甲兵が終わっても私の研究は終わることはない。期待している」

 

シュミット博士はそれだけ言って離れた。

 

「………………」

 

その後キリコはアルフィンとエリゼ、レーグニッツ帝都知事、イリーナ会長、グエン前会長、ハイアームズ侯爵らと順に挨拶を交わした。

 

 

 

19:35

 

他の学生たちや招待客がダンスをしている中、キリコは隅のテーブルにいた。

 

「キリコさん」

 

そんなキリコにミュゼは話しかけた。

 

「どうした?」

 

「踊らないんですか?」

 

「踊ったことはないからな。別に興味もやる気もない」

 

「……分校長からの伝言です。こういった式典におけるダンスは慣習である。必ずダンスには参加すること、だそうです」

 

「………………」

 

「……ちなみに、背いた場合は今度の授業でダンスパートナーに強制指名するそうです」

 

「何だと?」

 

「強制指名だそうです♪」

 

「……チッ………」

 

キリコは滅多にしない舌打ちをした。

 

「……踊れば良いのか?」

 

「はい。不慣れでしたら、私がアドバイス致しますので。それとキリコさん、ダンスは殿方から誘うのが礼儀ですよ」

 

「…………わかった」

 

キリコは服の埃を払い、右手を差し出す。

 

「踊ってもらえるか?」

 

「はい!喜んで!」

 

キリコはミュゼと共に中央に向かう。

 

音楽が響く中、キリコはミュゼのアドバイスを受けながらダンスをした。

 

(そう、そこでステップです。そしてこの曲のタイミングでターンです)

 

(……こうか)

 

(エクセレントです!)

 

キリコとミュゼは一曲が終わるまでダンスを続けた。

 

「キリコ君ってホントすごいよね。ダンスまでこなせるんだもの」

 

「ミュゼのフォローはあったんだろうけど、結構様にになってたな」

 

「なかなかやりますね」

 

「クク……死角なしかよ」

 

「………………」

 

ダンスの様子を見ていた者たちからは好評であったが、キリコは再度踊る気にはなれず、元いたテーブルに戻った。

 

 

 

19:50

 

「ようやく話せそうだな」

 

「………………」

 

キリコは空のグラスをテーブルに置き、野太い声の主の方を向く。

 

「彼から話は聞いているな?」

 

「ええ、ルスケ大佐から聞いています」

 

声の主──オズボーン宰相は頷いた。

 

「私はもう少し客人と挨拶を交わさなくてはならん。これでも多忙の身なのでな。案内役を用意しているから先に行っていてほしい」

 

「わかりました」

 

「楽しみにしているよ」

 

オズボーン宰相は去り際にキリコの耳元に何かを囁く。

 

(異能者よ)

 

「ッ!?」

 

キリコは茫然自失となり、去って行くオズボーン宰相の背中を見つめた。

 

「……………………」

 

そしてその様子を胡乱げに見つめる者がいた。

 

 

 

20:00

 

キリコはバルフレイム宮の応接室に通されていた。

 

「………………」

 

少しして、オズボーン宰相がやって来た。

 

「待たせたかな?」

 

「いや……」

 

「フ、動揺しているようだな。まあ、無理もないか」

 

「………………」

 

キリコは拳を握りしめる。

 

「君の疑問に答える前に、いくつか話さなくてはならないことがある」

 

「話さなくてはならないこと?」

 

「このエレボニア帝国にかけられた呪いについてだ」

 

「呪い?」

 

キリコは怪訝な表情を浮かべた。

 

「君は百日戦役が勃発した理由は知っているかね?」

 

「確か、帝国とリベール双方の行き違いらしいが」

 

「実際は違う。あれは帝国軍によって引き起こされたものだ」

 

「帝国軍に?理由も無しにか」

 

「そう。帝国軍にリベールを襲うメリットはない。にもかかわらず、戦争は起きた。なぜならそれは衝動的に起きたものだからだ」

 

「何だと?」

 

「帝国人は質実剛健で生真面目、そして誇りを重んじる気質を持っている。そんな彼らが衝動的に戦争を起こせるか?」

 

「………………」

 

「ここまで言えばわかるだろう。呪いという言葉の意味が」

 

「そんなわけのわからない話を信じろと?」

 

「──そなたの言いたいことはわかる。だが事実なのだ」

 

「なっ……!?」

 

「陛下……」

 

後ろの扉からユーゲントⅢ世が入って来た。

 

「………………」

 

「だが宰相、何ゆえ彼に裏の真実を明かす?」

 

「彼が異能者だからです」

 

「何と、そなたが……!」

 

「なぜ……それを……」

 

キリコはユーゲントⅢ世とオズボーン宰相の顔を交互に見つめる。

 

「そなたの疑問もよくわかる。だが今は余と宰相の話を聞いてほしい」

 

「……………………」

 

キリコは体勢を整える。

 

「フッ」

 

ユーゲントⅢ世はオズボーン宰相の隣に座った。そして口を開いた。

 

「そなたは《巨イナル一》という言葉を耳にしたことは?」

 

「……ラマールで結社の鋼の聖女がそんなことを言っていた」

 

「巨イナル一。およそ1200年前に焔の眷属が授かった焔の至宝と大地の眷属が授かった大地の至宝がぶつかり合い、大地を割り天を引き裂く大災厄の末に精製された鋼。この究極にして不安定な力の源を封印すべく、人々は様々な方法を取ったが、いずれも失敗に終わった」

 

「………………」

 

「最終的に考え出されたのは大地の眷属が七つの器を作り、焔の眷属が器に鋼の力を注ぎ込むというものだ。そのやり方は成功した。それにより産み出されたのがそなたも知る騎神なのだ」

 

「騎神…………」

 

「そしてその二つの眷属は後に地精と魔女の眷属となる。君も知る旧Ⅶ組の魔女はその末裔に当たる」

 

「………………」

 

「だが、巨イナル一には重大な問題が残されていた」

 

「重大な問題?」

 

「巨イナル一の源となった二つの至宝はそれぞれの眷属の願いを受け入れ、争った。その際に彼らの持つ闘争本能などが深く影響されていたのだ」

 

「闘争本能…………」

 

キリコは顎に手をやり、黙考した。そして結論にたどり着いた。

 

「まさか、呪いとは……」

 

「そう。巨イナル一は帝国全土に呪いという形でそれを植え付けた。人の闘争本能や憎悪の感情を強め、突発的に惨劇を巻き起こす。エレボニア帝国の歴史はそうして血と焔にまみれてきた。先ほど宰相が語った百日戦役も呪いがもたらしたものなのだ」

 

「なぜそうまで言い切れる?」

 

「……黒の史書というものを知っているか?」

 

「リィン教官がリーヴスの教会のシスターに黒い本を渡していたのを見かけたことはあるが……」

 

「まさしくそれだ。そして皇位を継いだ者のみが黒の史書の原本を読むことが許される」

 

「原本?」

 

「先ほどそなたの教官にも話したのだが、原本にはこれまで歴史の陰で何が起こったのか。そしてこれから何が起こるかまで全て書かれている」

 

「なら未然に防ぐことはできるはずだ」

 

「……試していないとでも思ったか?」

 

ユーゲントⅢ世は悲しげに目を伏せる。

 

「この史書に書かれた未来を避けようと努力することはできる。だが、避けようとすればするほど歪みが大きなものとなる。原本に書かれていることは正確であり、避けられぬ宿業なのだ」

 

「では、これまで起きた大きな戦争や内乱は」

 

「黒の史書原本に書かれていたことだ。巨イナル一誕生から騎神の完成、暗黒竜の蹂躙、獅子戦役、塩の杭事件、百日戦役、クロスベル事変と十月戦役。全てな」

 

「………………………」

 

「そして、余も宰相も呪いにより大事なものを喪っている。言わば同志なのだ」

 

「大事なもの……」

 

「ああ。たとえば……リィンの母親」

 

「教官の母親………!まさか、あんたは……」

 

「フフフ、君は息子の教え子というわけだ」

 

「………………………」

 

キリコは開いた口が塞がらなかった。

 

 

 

キリコは頭を左右に振り、一旦思考をリセットさせる。

 

「……呪いについてはわかった。だが、俺と何の関係がある」

 

キリコの問いにオズボーン宰相はキリコに向き直る。

 

「先ほど陛下が仰られたように、巨イナル一の誕生には焔の眷属と大地の眷属の争いが原因となっている。問題はそこだ。なぜ対立するに至った?」

 

「知るわけがないだろう」

 

「そして巨イナル一の誕生をきっかけに、二つの眷属は手を取り合い、封印するに至った。何が原因だ?」

 

「……戦い?」

 

「そう、闘争が二つの眷属に調和と進化をもたらした」

 

(闘争……調和……進化……………ちょっと待て)

 

キリコは三つの言葉からあるものを呼び起こす。オズボーン宰相は構わず続ける。

 

「1200年前、陰で二つの眷属を煽り、戦わせた者がいたという。その者は自らを賢者と名乗り、暗躍していたようだ」

 

「!」

 

キリコは眼を見開いた。

 

「全てそいつが関わっているというのか?」

 

「黒の史書原本にて賢者という言葉が出てくる。だが原本では、賢者は封印の際に命を落としたと書かれている」

 

(そういうことか。別に最初から信用していたわけではないが、ロッチナ……)

 

 

 

「……………?」

 

ここでキリコの頭は急速に冷えていく。

 

「そういえばなぜ俺が異能者だと?」

 

「根拠は二つ。一つはあのルスケ大佐から聞かされた。あまりに馬鹿馬鹿しいと思っていた。もう一つを見るまではな。……陛下」

 

「うむ」

 

ユーゲントⅢ世は懐から封筒を取り出した。

 

「これは?」

 

「黒の史書原本から書き写したものだ。原本の最後の頁にひっそりと書かれている文だ」

 

ユーゲントⅢ世は封筒を中の紙をキリコに渡した。

 

 

 

『異界より来たりし不死の異能者』

 

 

 

「…………………」

 

書かれていた内容にキリコは茫然となった。

 

「異界より来たりし不死の異能者。異界が何を意味しているのかはわからん。不死の異能者というのは君は信じがたいが死なない異能の力を持っていると推測できる。黒の史書に書かれていることならば信じざるを得まい」

 

「……………………そうか」

 

キリコは全てを悟る。

 

「どうした?」

 

「…………話そう。全部を」

 

「全部?」

 

「俺がここにいるまでのことをだ」

 

「すると、そなたは……」

 

「異界というのは文字通り異世界。俺はこの世界の人間ではない」

 

「何だと?」

 

「転生、とでも言えばわかるか?」

 

「転生……」

 

「それに今言った賢者という存在、俺の知るやつと同じかもしれない」

 

キリコはユーゲントⅢ世、オズボーン宰相にアストラギウス銀河、ギルガメスとバララント、百年戦争を。自身が確率250億分の1で誕生する異能者であり、その能力のことを。そして宿敵のことを打ち明けた。

 

「「………………」」

 

ユーゲントⅢ世とオズボーン宰相は驚きを隠せなかったが、黙ってキリコの話を聞いた。

 

「多くの戦いを乗り越え、俺は寿命が尽きて死んだ。だが気がつくと俺は赤ん坊の姿になっていた。アストラギウスの記憶と異能と共にな」

 

「よもや、そのような世界があるとはな。国同士ならいざ知らず。天に輝く星々の間での百年の殺し合い。まさにこの世の地獄よ」

 

「そして、あらゆる機械に精通し、ずば抜けた身体能力を有する不死の異能者」

 

「簡単に信じるのか……?」

 

「得心がいったからだ。君を見た時、他の学生とは比べ物にならない異彩を放っていた。歴戦の戦士を思わせるその眼はいったい何かと思っていたが、何て事はない。それに見合うだけの戦い、すなわち人を殺してきた数が違うのだ」

 

「百日戦役と内戦の両方の経験しようとも、そなたのような眼をする者は一人もおらぬ」

 

「……………」

 

「そして、宿敵とやらか……」

 

「3000年もの間世界を陰から支配していた"神"。その"神"を君は滅ぼした。よもや"神殺し"を達成していたとはな。だがその"神"が巨イナル一に関係していると?」

 

「100%確証はないがな(だが皇帝が言った事とやり口が似ている。闘争を調和と進化を源などと宣っていたあの連中に)」

 

「………なるほど」

 

オズボーン宰相は意味深な表情を浮かべる。

 

「君は呪いと闘う宿命にあるということか」

 

「………………」

 

 

 

「一つ聞きたい。なぜ呪いのことを俺に教えた。避けようもないものならば知らせなくてもよかったはずだ」

 

「……………」

 

ユーゲントⅢ世はキリコの目を見る。

 

「そなたの教官は呪いが成就されると聞いても、Ⅶ組としてだけではなく、我が息子セドリックや数多の卒業生を含めた、トールズ士官学院として、道を見出だすと言った。内戦の末期に煌魔の城が顕現した時と同様、最後まで抗うことを余と約束したのだ」

 

「リィン教官が……」

 

「余はそなたの教官が道を見出だすことを見守ろうと思う。そしてそなたにもな。この言葉とて予言なのかどうかは分からぬが、賭けてみようと思う」

 

「………………」

 

「……私は予定通りこのまま進めて行くつもりです。キュービィー、リィンやミルディーヌ公女に伝えておくといい。その道とやら、見出だせるものなら見出だしてみろと」

 

「……最後に一つだけ」

 

「何だ?」

 

「呪いが成就されればどうなる?」

 

「ああ、それは……」

 

「……?」

 

キリコは背後から妙な気配を感じ、構える。

 

「どうした?」

 

「……何で……お前がいやがる……?」

 

「アッシュ……?」

 

 

 

応接室に入って来たのはアッシュ・カーバイドだった。だが身に付けている服装は制服ではなく、執事を思わせるスーツだった。

 

「アッシュ……?」

 

「退いてくれよ………殺せないだろう……」

 

「殺すだと?」

 

「そうさ……頭ん中に声が響くのさ……」

 

アッシュの左目から何かが噴き出す。

 

「……コロセ……コロセ……イチバンワルイヤツヲコロセってさあっ!」

 

「これは……」

 

「なるほど、贄か……」

 

「贄?」

 

「呪いに選ばれた者のことだ」

 

「……ああ……思い出してきたぜ………サザーラントの山奥の……あの村に俺はいたんだ……なのに……あの二人は……俺を見捨てた……死んだものとして……」

 

「そうか……そなた、《ハーメルの遺児》か」

 

「まさか三人目がいたとはな」

 

「…………………」

 

アッシュは懐から小型の拳銃を取り出した。

 

「……うう………」

 

「アッシュ……」

 

「これが呪いの力だ。帝国人は呪いによる強制力に突き動かされ、時に信じがたい愚行を犯す。ハーメル村の惨劇もまた同じなのだ」

 

「答えろよ……悪いやつをって……俺は誰を殺れば良いんだ……?この……疼きを癒すには……誰を消せば良いんだ……?」

 

「ならば私を撃て」

 

オズボーン宰相が前に出る。

 

「お前の故郷のハーメル村の惨劇を隠蔽し、全て無かったことにしたのはこのギリアス・オズボーンだ」

 

「てめえ……が……」

 

「ああ、狙うならここを狙うと良い。仮に心臓を狙っても万に一つも効果はないぞ」

 

オズボーン宰相は自身の眉間を指さす。

 

「……うう………」

 

「いや。その責、余が引き受けよう」

 

「陛下……!?」

 

ユーゲントⅢ世がオズボーン宰相を制した。

 

「この帝国での災いは全てエレボニア皇帝である余の責任。ハーメルの遺児よ、念願の仇を取るがいい」

 

ユーゲントⅢ世は両手を広げる。

 

「……ふざけんな……なんでそんな……」

 

「そなたの埋めようのない怒りと悲しみは、全てを知りながら見て見ぬふりをしていた余が受け止めよう」

 

「なんで……あんたは………」

 

アッシュの動きが一瞬鈍る。

 

「許せ」

 

そこを狙ったキリコはアッシュにボディブローを打ち込む。さらに延髄に手刀を振り下ろす。

 

「がはっ!?」

 

アッシュは地に伏し、意識を手放した。

 

「キリコ・キュービィー、君は……」

 

「ギリアス・オズボーン」

 

キリコはオズボーン宰相を見据える。

 

「……何だ?」

 

「頼みがある」

 

「頼み?」

 

 

 

「アッシュの左目の呪いを、俺に移してほしい」

 

 

 

「……何だと?」

 

「出来るはずだ」

 

「正気か?」

 

「言わずもがなだ」

 

「………全てを捨てるつもりか?居場所も、仲間も」

 

「覚悟の上だ。それに」

 

「?」

 

「汚れ役は俺一人で良い」

 

「………………」

 

オズボーン宰相は目を伏せ、顔を上げる。

 

「……良いだろう」

 

オズボーン宰相は右手を前に出した。すると、右手に禍々しい剣が顕れた。

 

「それは?」

 

「《終末の剣》まあ、魔剣とでも思えばいい。さて、始めるぞ」

 

オズボーン宰相は終末の剣をアッシュの上にかざした。すると、アッシュの左目から呪いがするりと抜け出す。

 

「……良いんだな?全てに憎まれ、たった一人血塗られた道を歩むと」

 

「それが、俺の運命なら」

 

「そうか……」

 

オズボーン宰相は笑みを浮かべ、キリコの方に剣を振る。

 

「……グッ……!」

 

呪いは正確にキリコの左目に当たる。その瞬間、キリコの頭の中に無数の声が響く。

 

(コロセ……コロセ……コロセ……。ワルイヤツヲコロセ……)

 

「…………」

 

(タメラウナ……ヒキガネヲヒケ……チデソメアゲロ……)

 

「黙れ……」

 

(アカキ……チシオ……ミギ……カタ……)

 

「黙れと言っている」

 

(ワレラ……ウラミノ……コエ……シタガエ……!)

 

キリコは声に抗うように感情を爆発させる。

 

 

 

「たとえ神にだって、俺は従わない!」

 

 

 

その瞬間、呪いの声と揺らめきは静まっていった。

 

「さすがに驚かされた。まさか力ずくで呪いを押さえつけるとはな」

 

「強靭な意志がなければ出来ぬ芸当だ。これも異能者ゆえか……」

 

「………………」

 

キリコはアッシュの手に握られていた小型拳銃を取り上げる。

 

「では、キリコよ。余を撃つがいい」

 

「……それも予言か?」

 

「うむ。古き血が流される時、黒キ星杯が顕れるとある」

 

「黒キ星杯?」

 

「そして、黒キ星杯の底に眠る黒き聖獣を根源たる虚無の剣で討つ時、巨イナル黄昏が起きるという」

 

「そうか……」

 

キリコはユーゲントⅢ世に小型拳銃を向ける。

 

「異能者キリコ・キュービィーよ……」

 

「……………」

 

「現世を生きるそなたには要らぬしがらみを背負わせてしまう。すまぬ」

 

「……………」

 

「武運を」

 

「……ああ………」

 

キリコは引き金を引いた。

 

 

 

「陛下!!」

 

銃声を聞いた新旧Ⅶ組、ランディ、トワ、ミハイル、セドリック、アルフィン、プリシラ皇妃、レクター少佐、クレア少佐、ルーファス総督が駆け込んで来た。

 

「な……!?」

 

そこで彼らが見たのは血溜まりを作り、倒れたユーゲントⅢ世。そして気を失ったアッシュを担ぎ、ユーゲントⅢ世を見下ろすキリコだった。

 

「キリ……コ……?」

 

「……………」

 

キリコは茫然とするリィンたちを一瞥し、逃走を試みる。

 

見計らったオズボーン宰相がサーベルで斬りかかるも、キリコは持っていた小型拳銃でオズボーン宰相の足元に撃ち込む。

 

オズボーン宰相が怯んだ隙にキリコは窓を蹴破り、飛び出す。その直後、着水する音が響いた。

 

「クッ……!」

 

オズボーン宰相は窓から下を見つめる。

 

「へ……陛下……」

 

「お父様!!」

 

「姫様!」

 

ユーゲントⅢ世の姿を見たプリシラ皇妃は気を失い、アルフィンは駆け寄ろうとしてクレア少佐に止められる。

 

「クソッタレ……!完全にノーマークだったぜ」

 

レクター少佐は苦々しげに吐き捨てる。

 

「……凶器はこれか」

 

ルーファス総督はキリコが落として行った小型拳銃を拾い上げる。

 

「……この刻印はカルバード共和国のヴェルヌ社の物ですね。特殊な樹脂を使用していてセンサーにも引っかかりにくいタイプです」

 

「どうしてそんな物が……」

 

「おそらく、彼は共和国特殊工作員と通じていたのでしょう」

 

「ま、待ってください!」

 

ルーファス総督の推測にリィンが食ってかかる。

 

「彼が、キリコが共和国のスパイとでも言うんですか!」

 

「そうですよ!現に彼は何人もの特殊工作員を捕まえて……」

 

「演技ということも十分考えられる。そうだな?アランドール少佐」

 

「……実はな、ほんの少し前に特殊工作員数名が脱獄しやがったんだ。しかも情報局の裏を完全にかいた形でな」

 

「「な……!?」」

 

リィンとトワは絶句した。

 

「それに見ただろう。彼は宰相にさえ銃を向け、窓を割り逃走した。おそらくカーバイド君は陛下暗殺の共犯者に仕立て上げられた上、人質にとられた。そして使われた凶器は共和国製の銃。辻褄としては全て合うが?」

 

「それは……」

 

「それにしても惨い。正面から3発も撃つとは。皇帝暗殺犯ならやりかねないだろうが」

 

「…………嘘です」

 

「ミュゼ……?」

 

ユウナは震えるミュゼを見る。

 

「だって……キリコさんが……そんなことをなさるはずがありませんもの……何かの間違いです……そうですよね……教官……?」

 

「………………」

 

リィンは顔を伏せる。

 

「……嘘だって……言ってください……」

 

「……ユウナ……ッ……!」

 

「……ッ!……はい……!」

 

ユウナはアルティナと共にミュゼを連れて行く。

 

「嘘だって……嘘だって……!」

 

「ミュゼッ!」

 

ユウナはミュゼを抱きしめる。

 

「嘘だって言ってください!!」

 

ミュゼはとうとう堪えきれなくなり、涙を流した。

 

「どうして……どうしてキリコ君が……」

 

ミュゼを抱きしめながらユウナは困惑した。

 

「理解……不能です……」

 

アルティナも茫然となる。

 

「…………………」

 

クルトは拳を握りしめ、怒りを押さえつけようと躍起になっていた。

 

「…………………」

 

セドリックは気を失った母と泣きじゃくる姉とエマに応急処置を受ける父を見る。

 

「……キリコ。これが……君の答えかい?」

 

セドリックはこれまでにない冷たい声を発した。

 

「宰相。父を守ろうとしてくださったこと。お礼申し上げます」

 

「弁解はいたしません。どのような罰でも受ける所存です」

 

「いえ。貴方はこの国に必要な方です。今は貴方が頼りです」

 

「は……」

 

次にセドリックはルーファス総督の方を向く。

 

「総督。直ちにキリコ・キュービィーを帝国全土に指名手配を」

 

「分かりました。罪状は皇帝暗殺未遂、国家反逆罪。なお、周辺諸国にも伝達いたします」

 

「すぐに取りかかってください。クレア少佐、母と姉をお願いします」

 

「……分かりました、殿下」

 

セドリックはリィンの方に近づく。

 

「残念ですよ……リィンさん」

 

「殿下……」

 

「第Ⅱ分校は帰還せず演習地に待機、一時帝都憲兵隊の監視下に置きます。アーヴィング少佐、これは命令です」

 

「……仰せのままに」

 

ミハイルはうなだれた。

 

「キリコ………!」

 

リィンは歯を食いしばった。

 

 

 

一方キリコはサイレンの鳴り響く帝都を走り抜けていた。

 

[キリコ side]

 

(どうやら俺に安らぎというものは与えられないようだ。自ら選んだとはいえ前世と同様、また独りになってしまったな)

 

俺はアッシュを担ぎながらも何とか見つからずに帝都西門に到達した。

 

(1200年前から帝国の蝕む呪い。黒の史書。それらにやつが関わっているなら、俺がこの世界に転生してきたのも納得だな。おそらく俺がいなかったらアッシュがこうなっていただろう)

 

俺は立ち止まり、バルフレイム宮の方角を振り返る。

 

(黒の史書とやらが大昔からの物ならあの文は俺に対するメッセージだろう。いつ現れるかわからない俺への)

 

俺はアッシュを木陰に寝かせ、目立たないよう偽装した。そして来た道を戻る。

 

(良いだろう。性懲りもせずに俺をつけ狙うなら………

 

 

 

もう一度殺してやる。ワイズマン)

 

 

 

砕けたはずの過去、死んだはずの〝神〟が、俺を新たな戦いに引きずり込む。

 

このまま行こうと退こうと俺に待つのは地獄しかない。

 

ならば、俺は……。

 

[キリコ side out]

 




以上で帝都篇は終わりです。


次回、終章黒キ星杯篇です。最終回まで後ちょっとです。


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終章 星杯篇


終章黒キ星杯篇始まります。


七耀暦1206年 7月18日

 

トールズ士官学院第Ⅱ分校生徒キリコ・キュービィーによる皇帝襲撃から一夜。

 

帝都ヘイムダルにはかつてない厳戒態勢が敷かれていた。

 

無論それは襲撃犯のキリコ捕縛のためでもあったが、ドライケルス広場で行われる重大な発表の場の警護でもあった。

 

キリコは監視の目をかわしながら、来るべきチャンスを待っていた。

 

 

 

[キリコ side]

 

(どこもかしこも憲兵隊だらけだな)

 

アッシュを隠した後、俺は帝都へと戻った。

 

合意の上とは言え皇帝を撃った以上、その辺をのこのこと歩くわけにはいかない。

 

俺は今、チンピラやマフィアなどのごろつきがたむろするブロン通りに身を潜めている。

 

ここはヘイムダルのごみ溜めなどとも言われており、政治家などの闇取引なんかに使われることが多いらしい。

 

だが状況も状況なのか、こんな治安の悪い場所でも憲兵はやって来るようだ。

 

「おい、そこの。てめえだよ、すかした顔しやがって」

 

「………………」

 

「なんかあやしいな。ちょっと来てもらおうか?」

 

「………………」

 

「悪いことなんか考えるんじゃねぇぞ?どこのチンピラか知らねぇが、てめえなんざ適当な罪くっつけりゃいくらでも……「悪いな」!?」

 

俺は迷いなく憲兵の腹に一撃を食らわせる。完全に不意をつかれたのか、憲兵は動かなくなった。

 

(どうやら見咎められていないな)

 

俺は路地裏まで引きずり、着ている服を交換した。幸いサイズは合っていた。

 

だがこの時初めて俺はこの憲兵に違和感を覚えた。

 

(言葉とは裏腹に大分若い。リィン教官とそれほど変わらないだろう。それにこの顔つきから柄の悪さは感じられない。皇帝や宰相の言っていた呪いの影響かもしれないな)

 

(呪いと言えば、皇帝を撃った瞬間からあの妙な感じがしなくなった。おそらく皇帝を撃つことで贄とか言う役目から解放されたようだな。あの時止めていなければアッシュがこうなっていただろう)

 

俺は憲兵を拘束し、第Ⅱ分校の制服を処分した。

 

(行くか)

 

俺はブロン通りを抜けて、ヴァンクール大通りに向かった。

 

 

 

ヴァンクール大通りは帝国時報を手に取る市民が多かった。俺も新聞売りから買って読んでみた。

 

そこには出身地不明の某士官学院生による皇帝襲撃のニュースがデカデカと載っていた。

 

内容を読む限り、俺は某国から送り込まれたスパイで皇帝の命を狙った暗殺者ということになっていた。

 

市民、いや国民の不安を煽るのに十分効果覿面だな。

 

ちなみにアッシュは襲撃の共犯者に仕立てあげられたばかりか、人質に取られ行方不明と載っていた。無事ならばいいのだが。

 

どうやらドライケルス広場で何か重大な発表があるらしく、俺は帝国時報をくずかごに捨て、ドライケルス広場に行ってみることにした。

 

 

 

ヴァンクール大通りを通り、ドライケルス広場にやって来た。

 

ドライケルス広場には大勢の帝都市民が集まっていた。また、中央の銅像の前にはセドリックや宰相にルーファス総督が揃っていた。

 

俺は広場入り口で様子を伺っていた。

 

(始まるな)

 

しばらくして、設置された壇上にセドリックが上がった。

 

『親愛なる帝都市民の皆さん。そして全国の方々。エレボニア帝国皇帝、ユーゲントが嫡子、セドリック・ライゼ・アルノールです』

 

セドリックは威風堂々といった口調だった。

 

『いまだ陛下の重篤状態は続いています。無論、最高の医療体制が敷かれていますが容態は危険域とのこと……どうか皆さんも女神に祈っていただければと思います』

 

『ですが、今回の手で再認識しました』

 

セドリックは突如顔を上げた。

 

『現在の帝国が置かれている潜在的な"危機"を。今回の実行犯の背後にどのような"国家"危機が関わっていたのかを』

 

帝都市民たちは固唾を飲んで聞いていた。

 

『そこで私は皇太子として、陛下の代理として、この件についての全権を委ねたいと考えています。ご存知、ギリアス・オズボーン宰相。そして今回、事件の対応に協力してくれた、ルーファス・アルバレア総督に』

 

ルーファス総督は軽い挨拶の後、マイクの前で事件にヴェルヌ社製の特殊な拳銃が使われたこと、共和国の特殊部隊が帝国入りしていたことを告げた。

 

(おそらく特殊部隊を引き入れたのも俺ということになるはずだ。だが問題は……)

 

そうこうしているうちに宰相に変わった。

 

『帝国政府代表、ギリアス・オズボーンである。今は陛下のご恢復を祈るしかないが……此度の件、まことに慚愧に堪えない。どうして喰い止められなかったのか……己の不甲斐なさに打ち震えるばかりだ』

 

(一応、そういうことは言うんだな)

 

『だが諸君!果たしてこのままでいられようか!?度重なる国境侵犯に武力侵攻、あろうことか帝都に破壊工作員を大量に送り込み、そして今回の凶行──』

 

『それが意味することは明白である!数百年におよぶ帝国の宿敵、東の脅威、カルバード共和国による"宣戦布告"であると!』

 

宰相は一度周りを見渡した。

 

『貴族も平民もなく、個人や団体の違いなく……この危機を乗り越えるため、全国民の総力を結集することをお願いしたい!』

 

『それを可能にする画期的な新法を近日中に成立させる予定だ』

 

 

 

『国家総動員法──それがその新法の名前である!』

 

 

 

宰相は高らかに宣言した。

 

「………………」

 

国家総動員法。戦争をやるから国民全員が国家に協力しろという法律か。

 

バララントの大バラン主義とか言う思想に似ているな。

 

『オオオオオッ!!』

 

集まっていた帝都市民たちから大歓声が挙がる。

 

(この法律が成立すれば、物資は持っていかれ、国民のほとんどが兵士にされる。これもワイズマンの目論見だろう。戦争自体に興味はないが、このままでは済ませられないな)

 

俺は国家総動員法の真意を知らない帝都市民の大歓声をよそにドライケルス広場から立ち去った。

 

 

 

「?」

 

ブロン通りに戻ろうとした時、突然妙な気配を感じた。

 

(一人、か)

 

どうやら尾行されていたらしい。

 

俺は敢えて角を曲がり、路地裏に入ると後ろのやつは慌ててついて来た。

 

さらに角を曲がり、身を潜める。

 

追いかけて来たやつが俺を見失ってまごついているところでそいつの背中にアーマーマグナムの銃口を当てる。

 

「動くな」

 

「ヒャッ!?」

 

情けない声だがどうでもいい。俺はそいつをこちらに向かせ、胸ぐらを掴み、銃を向ける。

 

「あ、あやしい者ではありませんよ~」

 

「………………」

 

これほど信用できない言葉があるだろうか。

 

「さっきから何の用だ?」

 

「み、道を聞こうとしてたんですよ~」

 

「……付かず離れずで尾行しながらか?」

 

「いや、あははは~」

 

「………………」

 

俺は引き金を引こうと指をかけた。すると──

 

「待ってください!」

 

突然シスターが駆け込んで来た。

 

「あんたは、リーヴスの教会の?」

 

「はい。シスターのロジーヌです。お願いです。この人を離してください」

 

「こいつを?」

 

「はい。実はこの人は私の上司なんです。誤解を与えたならば謝ります。どうか……」

 

「………………」

 

ロジーヌの懇願に俺はこの胡散臭いやつを離した。

 

「いや~、助かりましたよ、ロジーヌ君」

 

「まったく、何をしているのですか、ライサンダー卿」

 

「いや~、彼と少し話してみたくて」

 

「とにかく、謝ってください」

 

「ええ、そうですね。申し訳ありませんでした、キリコ・キュービィー君」

 

ライサンダー卿と呼ばれた男は俺に謝罪した。

 

「なぜ俺の名前を?」

 

「それについては説明させていただきます。まずは……」

 

男は指をパチンと鳴らす。その瞬間、結界のようなものに包まれた。

 

「!? 何をした……!」

 

「少々憚られる内容なので、法術を使わさせていただきました」

 

「法術?」

 

「七耀教会に伝わる術のことです。まあ、私のは少々特殊なものですが」

 

「……教会が何の用だ?」

 

「キリコ君、落ち着いて聞いてください。君は帝国に古くからある呪いに贄として選ばれたのです」

 

「巨イナル一とやらのか?」

 

「ご存知でしたか……!」

 

「昨夜に聞いた。だが、何者かもわからない相手にこれ以上明かせないな」

 

「そうですね。とりあえず、自己紹介をしましょう」

 

男は襟を正して、咳払いをした。

 

「七耀教会は封聖省、星杯騎士団《守護騎士(ドミニオン)》第二位《匣使い》トマス・ライサンダーと申します」

 

(星杯騎士団(グラールリッター)……教会が抱える武力集団だったか。汚れ仕事もこなす事から、存在を疎んじる者も少なくないらしいが)

 

「そしてこちらは従騎士のロジーヌ君です」

 

「何度か会っていますが、よろしくお願いいたします」

 

ロジーヌは恭しく挨拶をした。

 

「……あんたたちのことはわかった。だが教会が呪いと関係あるのか?」

 

「ええ。そのことも踏まえて、情報交換をしませんか?」

 

「キリコさん、貴方のことはリィンさんからもそれなりに聞いています。どうか話していただけませんか?」

 

「……………わかった」

 

俺は昨夜のことと、皇帝からもたらされた呪いのことについて語った。

 

無論、アストラギウスのことに触れないよう言葉を選んだが。

 

[キリコ side out]

 

 

 

「……まさか、贄の役目を自ら引き受けるとは」

 

「信じられません……」

 

「さっきも言ったように、俺は呪いの根源と関係があるらしい」

 

「……なるほど。良くわかりました。本来、キリコ君は贄の役目とは異なるんですね?」

 

「……次はそっちだ」

 

「わかりました。では、お教えしましょう。我々七耀教会と巨イナル一の関わりを」

 

「………………」

 

トマスは咳払いをした。

 

「巨イナル一についてはキリコ君が皇帝陛下や宰相から聞いた内容と同じです。巨イナル一の災厄の後、当時一豪族のアルノール家が調停者となり、ここヘイムダルを拠点に復興を成し遂げました」

 

「エレボニア帝国の建国か」

 

「そうです。その際に、アルテリア法国から派遣された聖職者が信仰を利用して、アルノール家の統治の体制を支えることに貢献しました。この功績を讃え、第3代皇帝シオンの時代にヘイムダル大聖堂が建立されることになったのです」

 

「七耀暦81年だったな」

 

「エクセレント!いやぁ、さすがリィン君の教え子ですね~」

 

「教官を知っているのか?」

 

「勿論。何を隠そう、私はトールズ本校で歴史学を教えてましたから。懐かしいですねぇ」

 

「……そうか」

 

「すみません。ライサンダー卿は歴史の話になると長くて。それでいて良く脱線するんです」

 

ロジーヌがキリコに謝る。

 

「……ゴホン。そこから長い間、教会は巨イナル一とその呪いを監視してきました。そして、1年半前の煌魔城とクロスベルの碧の大樹の出現を機に、本格的に介入することを決めました。そして、昨夜のことが起きました」

 

「……………」

 

「誤解を恐れずに言いますが、私はキリコ君を拘束するつもりでした」

 

「皇帝を撃ったからか?それとも贄だからか?」

 

「両方でですね。ですが、キリコ君の話を聞いて考えが変わりました。キリコ君、君はたった一人で立ち向かうつもりですね?呪いの根源とも言えるものに」

 

「ああ」

 

「キリコさん……」

 

「リィン君たちにも頼らずに?」

 

「俺の問題とあいつらは関係ない」

 

「キリコ君はエレボニア皇帝を襲撃しました。今や君は帝国に住む全員から憎悪されているでしょう。それだけではありません。下手をすればリィン君たちとも刃を交えるかも分かりません」

 

「こうなることは覚悟の上だ」

 

「……わかりました。止めても無駄のようですね」

 

「ライサンダー卿!?」

 

「本当なら、これからリィン君たちの元へと連れて行こうと思いましたが、てこでも動きそうにありません」

 

「………………」

 

「ですが、助言しておきます。どうやら宰相や皇太子殿下はカレル離宮へ向かうようです」

 

「何?」

 

「キリコ君は黒キ星杯というものをご存知ですか?」

 

「皇帝が言っていた。何なんだ、それは?」

 

「七体の騎神が完成した後、残された巨イナル一を抑えるため、大地の聖獣はその呪いを一身に受けました。しかし、強力な呪いに侵された聖獣は変質してしまい、黒の聖獣へと堕ちたそうです」

 

「呪いの次は聖獣か……」

 

「まあ、半ばお伽噺とされていますからね。ですが、聖獣は存在します。リベールには《古竜》、クロスベルには《神狼》と言った具合にね」

 

「………………」

 

キリコは今さらながら、この世界の事に言葉を失った。

 

「黒キ星杯はその黒の聖獣を封印したものなんです。そして、星杯の置かれた場所こそがカレル離宮なのです」

 

「その黒の聖獣とやらを討てば黄昏というのが起きると皇帝は言っていたが」

 

「そのとおりです。呪いが帝国全土に撒き散らされた時、世界は闘争の渦に呑まれ、終焉を迎える。まさに黄昏という言葉がぴったりでしょう」

 

「共和国との戦争はそれに繋がっているというわけか?」

 

「おそらくは。リィン君やエマさんも言っていたでしょうが、これこそが表と裏の連動です」

 

トマスはそう断言した。

 

「……行くのですね?」

 

「ああ」

 

「私はこれからリィン君たちと会ってこれからのことを話し合って来ます。キリコ君、君のことは敢えて伏せておきましょう。ではまた」

 

「キリコさん、七耀の加護を」

 

匣を解いたトマスとロジーヌは去って行った。

 

(………黒キ星杯。そこに答えでなくとも何かがあるかもしれないな)

 

キリコはカレル離宮を目指し、帝都西門へと向かった。

 

 

 

一方、キリコとアルティナとアッシュとミリアムを除いた新旧Ⅶ組は、ヘイムダル大聖堂にてローゼリアからキリコがユーゲントⅢ世とオズボーン宰相から聞いたものと同じ話を聞いていた。

 

「巨イナル黄昏、それが本当に起きると?」

 

「うむ、間違いなくな。あのキリコの手により皇帝、厳密にはアルノールの血が流れたことで黒キ星杯が顕現した」

 

『………………』

 

ローゼリアの断言に新旧Ⅶ組の顔が沈んだ。

 

「それにしても妾としたことが。まさか贄を見抜けなんだとは」

 

「本当にキリコ君がその……贄、なんですか?」

 

「皇帝を撃ったことで役目を果たしておる。だがどんな形であれ、呪いの発動は贄によって起きる」

 

「………………」

 

「ミュゼ……」

 

ミュゼは昨晩から一睡も出来ず、目は赤く泣きはらしていた。

 

(キリコさんが私たちに、ヴァイスラント決起軍に加わらなかったのは、こういうことだったんでしょうか……。でも、キリコさんが呪いなんかに飲み込まれるはずが……。もう……いったい何を信じれば………)

 

ミュゼは自己不信に陥っていた。

 

「ですが、まだ間に合うかもしれません。黒キ星杯の奥底で眠る黒の聖獣さえ何とかなれば防げるかもしれません」

 

「あの大地の聖獣か……」

 

ローゼリアは顎に手をやる。

 

「あの星杯の中に入れさえすれば、妾が抑えられるんじゃが……」

 

「──さすがにそれは無理じゃなくって?」

 

「え……」

 

「なっ!?」

 

「貴女は……」

 

「姉さん!?」

 

大聖堂内に現れたのは、蒼の深淵ヴィータ・クロチルダだった。

 

「久しぶりね、婆様」

 

「久しいのぉ、不良娘が。無理とはどういう意味じゃ?」

 

「そのちんちくりんなナリで?」

 

「やかましい!」

 

ローゼリアは憤慨した。

 

「なんかヤバいの?」

 

「元々はもっと身長も風格もあったんだけど、セリーヌとグリアノスを産み出した時に幼児化したのよ」

 

「……それもあって、本来の半分ほどしか力は出せんのじゃ」

 

「だから私が協力しようってのよ」

 

「クロチルダさん……」

 

「正直癪だけどね」

 

「エマ、見せてもらおうじゃない。どれだけ成長したのか」

 

「……わかった。でも約束して、今まで何処で何をしてたかを」

 

「ええ。良いわよ」

 

エマとヴィータはそう約束した。

 

「それで、何か手があるんですか?」

 

「私と婆様で顕れるであろう黒キ星杯に術を使って通り道を作るの。リィン君たちはヴァリマールと一緒に突入してもらうわ」

 

「ならば、私もお供させていただきましょう」

 

大聖堂にトマスとロジーヌが入って来た。

 

「トマス教官!?それにロジーヌ……」

 

「お久しぶりですね~リィン君たちにバレスタイン教官。新Ⅶ組の皆さんははじめましてですね」

 

「教官、この方は?」

 

「かつてトールズ本校で歴史学を教えていた人さ。まあ、今回は本業で来たんだろうが」

 

「本業?」

 

「リィン、何か知ってるの?」

 

「なるほど、そういうことだったのね」

 

サラはため息混じりに言った。

 

「サラ?」

 

「さしずめロジーヌは従騎士か何かかしら?」

 

「騎士?」

 

「まさか……」

 

「そう、歴史学者は世を忍ぶ仮の姿。実は私、星杯騎士だったんです!」

 

トマスは両手を広げて言いはなった。

 

リィンたちはその場違いなテンションの高さについて行けず、ロジーヌは頭痛を覚えた。

 

 

 

「まさかトマス教官が教会の星杯騎士団とはな」

 

「しかも守護騎士。12人いる高位の騎士で、その実力は結社の執行者に匹敵すると言われているわ」

 

「確か、そちらの総長さんは鋼の聖女さんと同格と言われているんだったかしら?」

 

「なっ!?」

 

ヴィータの言葉にクルトは空いた口が塞がらなかった。

 

「まあ、その話は良いでしょう。それよりよろしくお願いいたします、緋の魔女殿」

 

「匣使い、守護騎士の副長か。まあ良いじゃろう」

 

「トマス殿はローゼリア殿のことも知っておられるのか?」

 

「ええ。緋の魔女殿は古くから私たち七耀教会と協力関係にあります」

 

「そうなんですか!?」

 

「協力と言っても互いに利用し合っていただけじゃがな」

 

「そして、その内の一つである夜の眷属との騒動が小説になっているのよね」

 

「小説?」

 

「夜の眷属って確か……」

 

「エマさんが言っていたわね。吸血鬼とか……」

 

「もしかして、《紅い月のロゼ》ですか?」

 

「大当たり♪」

 

ミュゼの言葉にヴィータが微笑んだ。

 

「ええっ!?」

 

ユウナは驚きの声を上げた。

 

「まあ、小説の挿し絵の魔女がこんなロリババァじゃ驚くのも無理ないわね」

 

セリーヌは首をかきながら言った。

 

 

 

「それとリィン君、紹介したい人物がいるんですが」

 

リィンたちが落ち着いた所を見計らい、トマスが口を開く。

 

「まだ誰か星杯騎士の方が?」

 

「リィン君、君のよく知る人ですよ。そうですね、ウォーゼル卿」

 

トマスの言葉にガイウスが苦笑いを浮かべる。

 

「ええっ!?」

 

「ガイウス!?」

 

「フフ……」

 

ガイウスはリィンたちの前に出る。

 

「一応、そういうことだ。星杯騎士団守護騎士第八位、《絶空鳳翼》ガイウス・ウォーゼル」

 

『………………』

 

リィンたちは言葉が出なかった。

 

「すまない。隠すつもりはなかったのだが」

 

「もしかして、半年間連絡がつかなかったのって……」

 

「ああ。アルテリア法国で修行を積んでいた。そして先月、正式に守護騎士となった」

 

「そうだったんですね」

 

「ガイウス、ブリオニア島でガイウスの背中から見えたのって……」

 

「ああ、聖痕(スティグマ)だ。我が師バルクホルンのな」

 

「確かその人って……」

 

「内戦中に各地を回っていた神父さんよね」

 

(かつて、ノーザンブリアの塩の杭を古代遺物で回収してくれた人ね)

 

「その人の聖痕……。ガイウス、もしかしてその人は……」

 

「ああ。亡くなられた。帝国軍と共和国軍に巻き込まれた集落を救うためにな。死の淵ある師は俺に自身の聖痕を継承した。その直後に息を引き取った」

 

ガイウスは目を瞑った。

 

「彼は私たち守護騎士の中でも古参の騎士で尊敬する大先輩でした。彼が赴いているノルド高原が攻撃されていると知った私は大急ぎで向かいましたが、到着する頃には手遅れでした……」

 

トマスは眼鏡のブリッジを上げる。

 

「しかし、ガイウス君が聖痕を引き継いだことがわかり、葬儀の後私はガイウス君とアルテリア法国に行きました。その後半年間の修行を経て、守護騎士第八位に就任したというわけです」

 

「そんなことが……」

 

「リィン、そんな顔をするな。先月は故あって使うことは出来なかったが、師から受け継いだ騎士の力、今こそⅦ組のために使おう」

 

「ガイウス……!」

 

「ホントにスゴい……!」

 

「ああ……!」

 

「そうですね」

 

「……ではそろそろ向かうとするかの。ぐずぐずしているとまた……」

 

『キャアアアアッ!!』

 

突如外から悲鳴が響いてきた。

 

「チッ、言ってる側から……!」

 

「どうやら魔煌兵が顕れたようだぞ!」

 

「ここは俺たちの出番だ!」

 

「すまぬ!少々時を稼いでくれ!」

 

「わかりました、みんな、行くぞ!」

 

『おおっ!!』

 

リィンたち新旧Ⅶ組は大聖堂から飛び出した。

 

 

 

「………………」

 

残ったヴィータはトマスに話しかける。

 

「キリコ君が贄ってことになってるけど、本当は違うのよね?」

 

「ええ。本人によると、自ら贄の役目を引き受けたとか」

 

「……本当なの?」

 

「ええ。実は先ほど、キリコ君と話して来ました。あのハーメルの遺児の身代わりとして、皇帝陛下を撃ったそうです」

 

「……………」

 

「それともう一つ。どういう意味かは分かりませんが、キリコ君は呪いの根源と闘う運命だとか」

 

「そう……」

 

ヴィータは先に大聖堂を出た。

 

(キリコ君が何を考えて、そうしたかはわからない。でも、ちゃんとあの子に謝らせないとね)

 

ヴィータは空を睨む。

 

(覚悟しなさい。どんな事情があろうと、女の子の涙より重いものはないのよ……)

 

 

 

「元気そうだな。皇帝暗殺未遂犯」

 

「………ロッチナか」

 

一方、帝都西門を出たキリコは声の主を言い当てる。

 

「カレル離宮、いや黒キ星杯へ向かうつもりか」

 

「そうだ。悪いが急いでいる」

 

「ならばこっちに来い」

 

「何?」

 

「それでは動きづらかろう。車に乗れ」

 

「…………」

 

キリコは導力車に乗り込もうとした。そこにあったものを見て、顔をしかめた。

 

「どういうつもりだ?」

 

「お前にはこれがいるだろう?」

 

「……感謝も礼も言わん」

 

「わかっている。さあ、着るがいい」

 

キリコは車内にあった物に着替えた。

 

「……やはり似合っているな。その赤い耐圧服は」

 

「………………」

 

ロッチナが用意したのは、キリコが前世で長らく着ていた装甲騎兵の赤い耐圧服だった。

 

「新しい機甲兵を用意した。この先に隠してある」

 

「一つ聞きたいことがある」

 

「何だ?」

 

「フルメタルドッグの製造元だ」

 

「なんだ、そんなことか。黒の工房だよ」

 

「何だと?」

 

「そことは少々付き合いがあってな。いずれ工房長にも会わせよう」

 

「………………」

 

「ではな、キリコ曹長」

 

「………………」

 

キリコはヘルメットを被り、フルメタルドッグの置いてある場所へと向かった。

 

 

 

「行ったか。………そろそろお前たちの番だ」

 

ロッチナは二人の男女に声をかける。

 

「やっとか」

 

「……………」

 

「やつを、キリコを殺せば良いのか?」

 

「いや、痛めつけるだけで良い。ただし徹底的にな」

 

「了解した」

 

「……わかった」

 

「期待している。お前たちのその力をな」

 

ロッチナはそう言い残し、導力車で去って行った。

 

「行くぞ」

 

「ああ………」

 

二人の男女は動き出した。

 




次回、キリコが単身黒キ星杯へ突入します。

ブロン通りはニューヨーク市にあるブロンクス区から取りました。


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黒キ星杯




キリコはフルメタルドッグに乗り、カレル離宮を目指していた。

 

【さすがにしっくり感じるな】

 

キリコは耐圧服の着心地を懐かしんだ。同時にある可能性を見出だした。

 

【これならリミッターを常に外していても問題なさそうだな。それにしても……】

 

キリコは西オスティア街道に魔獣が一匹もいない状況に違和感を感じていた。

 

【周りを見渡しても気配すらない。いや、まるで魔獣が一斉に逃げ出したかのような形跡もある。この先にいったい何が……む?】

 

フルメタルドッグの視線の先には、トールズ本校生徒数人が見回りをしていた。

 

【……真正面からはマズイな】

 

キリコは山道を脇にそれ、高台に上がった。

 

(なんだあれは……?)

 

機体を降りたキリコは眼前に広がる景色に言葉を失った。

 

カレル離宮があった場所には、巨大な卵のようなものが鎮座していた。

 

さらに卵のようなものの周りには結界が張られていた。

 

(あれが黒キ星杯だというのか。どうやら周りに結界が張ってあるようだ。さて、どうやって…………どうやらあまり時間もないな)

 

キリコが思案していると、黒キ星杯前には続々と集まっていた。

 

(セドリックを除くトールズ本校生徒。閃撃の指揮下の赤い星座に罠使いと破壊獣の西風の旅団。鉄機隊も全員いるな。いや、後は)

 

「……後ろで何をしている」

 

「あはは、バレた?」

 

キリコは背後のフルメタルドッグをペタペタと触る道化師カンパネルラを睨む。

 

カンパネルラは指を鳴らして周りに不可視の結界を張った。

 

「やあキリコ。こんな所で何しているんだい?」

 

カンパネルラはヘラヘラ笑いながら聞いた。

 

「あそこに入りたい」

 

「やっぱりね。君がここに来る用事なんてそれしかないもんね」

 

「……………」

 

「まあいいや。星杯の真後ろなら比較的結界が薄いから僕一人でも君とこれを通させてあげられるかもね」

 

「……………」

 

「さては信用してないね?」

 

「……………」

 

「まあ、仕方ないよね。とりあえずついておいでよ」

 

カンパネルラは結界を維持したまま歩き出した。キリコはフルメタルドッグに乗り、ついて行った。

 

 

 

カンパネルラとキリコは黒キ星杯の真後ろにやって来た。

 

「ちょうどここなら穴を開けられるよ」

 

【……どういうつもりだ】

 

「どういうつもりも何も、期待してるからだよ」

 

【何?】

 

「……ワイズマン、だったよね?」

 

【!?】

 

キリコは驚きを隠せなかった。

 

「巨イナル一や騎神、地精や魔女の眷属に深く関係ある存在。どこからともなく現れ、1200年に及ぶ呪いを引き起こした賢者」

 

【なぜ知っている?】

 

「巨イナル一はなにも皇室アルノール家や教会だけが知っているわけじゃない。我らが盟主様や最高幹部である使徒、一部の執行者はだいたい把握しているよ」

 

「まあ、ワイズマンという名前とキリコの因縁については予想外にも程があるけどね」

 

【………ロッチナか】

 

「やっぱりわかっちゃう?」

 

【あいつがどこに属していようと興味はない。仮に結社の執行者と言われてもいまさらという感じだ】

 

「あはは、なるほど。残念だけど、彼は執行者でも使徒でもない、かといって地精の一員でもない。表向きは帝国軍情報局大佐だけど、いったいいくつの顔があるんだろうねぇ?」

 

【知るか】

 

キリコは吐き捨てた。

 

「彼、君の動向を追ってたみたいなんだよねぇ。とんだストーカーだよねぇ」

 

【…………………】

 

「……ゴホン」

 

ターレットレンズ越しのキリコの視線を感じたカンパネルラを咳払いをして、話を元に戻す。

 

「そこで結社は呪いをどうにかするために、リベールやクロスベル、そしてエレボニアで活動していたのさ」

 

【リベールやクロスベルについてはティータやユウナからだいたいは聞いている】

 

「なるほどね」

 

【帝国での活動とやらは闘争の誘発か?】

 

「へぇ?」

 

カンパネルラは意味深な笑みを浮かべる。

 

【十月戦役でも結社は裏から手を回していたらしいな。表に出ないなら呪いにかこつけて何でも出来るはずだ】

 

「……やっぱり優秀だね。だいたいそんなとこかな。だけど核心には到達してないから70点かな」

 

【…………】

 

 

 

「そういえば、キリコは何しに行くの?」

 

【何しにとは?】

 

「いやだって君、根源たる虚無の剣持ってないでしょ?」

 

【宰相が持っていたあれか。鍵か何かか?】

 

「……やっぱり知らないか。ということはOzシリーズのことも?」

 

【Ozシリーズ?】

 

「Ozシリーズって言うのは、地精の技術で生み出されたホムンクルスのことさ。特性として、戦術殻との完璧な同調が挙げられるよ」

 

【……アルティナやミリアムのことか?】

 

「その通り」

 

【だがホムンクルスとその剣と何の関係がある】

 

「……その根源たる虚無の剣の精製方法がOzシリーズの命を捧げると言ったら?」

 

【何だと?】

 

「君はタイミング的に知らないだろうけど、今ミリアムとアルティナ姉妹は宰相殿と一緒に黒キ星杯内部にいるのさ。目的は言わなくても分かるよね?」

 

【アルティナかミリアムを殺して根源たる虚無の剣を作り出す。そして呪いを撒き散らして黄昏とやらを引き起こす、か?】

 

「その通りさ」

 

【そうか……】

 

キリコは目を瞑る。

 

【それならお前たちは何をしている】

 

「見届けるのさ、世界の終焉をね。もっとも、彼女たちには告げていないし、本校の彼らも命じられるままに守っているんだよね」

 

カンパネルラは出来上がっていく布陣を眺めた。

 

「で?何しに行くの?」

 

【黄昏が起こればやつは出てくるはずだな?】

 

「さあ?そこまでは……って、もしかして?」

 

【そうだ】

 

「やれやれ。君、色々と背負い過ぎじゃない?】

 

【これは俺の問題だ。それに俺はこの世界では異物でしかない】

 

「不器用だねぇ。ワイズマンさえいなかったらこうはならなかっただろうに」

 

【………………】

 

「……わかったよ。おっと、そろそろ彼らが来る頃だね。ではさっそく……」

 

カンパネルラは黒キ星杯に向けて手をかざした。すると、黒キ星杯に機甲兵一機が通れる道が出来た。

 

「どうやったのかは企業秘密ってことで。幸運を祈るよ」

 

【………………】

 

キリコは穴を通り黒キ星杯へと入って行った。

 

 

 

キリコの突入を見届けたカンパネルラは不可視の結界を解いた。

 

「ちょっと!いったいそこで何をしていたんですの!?」

 

鉄機隊筆頭の神速のデュバリィが食ってかかる。

 

「いや?見回りだよ。それより大丈夫なの?リハビリ明けでしょ?」

 

「問題ありません。誰が来ようと、鉄機隊筆頭の名に賭けてここは通させはしませんわ」

 

「ふーん?」

 

「あなたこそ良いんですの?中に入らなくて」

 

「別にいいよ。結末は決まっているんだし」

 

「そうですわね。マスターがいらっしゃるんですから」

 

「でしょ?おっと、来たみたいだよ」

 

「来ましたか……!」

 

デュバリィは剣と盾を携え、所定の位置に付いた。

 

(異物、か。本気でそう思っているんだろうね)

 

カンパネルラは黒キ星杯を見つめた。

 

 

 

[キリコ side]

 

黒キ星杯に入った俺は、妙な空気を感じていた。

 

【一昨日の暗黒竜の寝所と似ているな。とにかく、進むしかない】

 

ローラーダッシュを使わず、歩行にして探索を開始した。

 

 

 

徘徊している魔獣はさすがに手応えがある。

 

現在、フルメタルドッグの武装はへヴィマシンガン、そして弾倉しかない。

 

まあ、リミッターを常時外しているのでそれほど苦にはならないはずだ。

 

弾倉は両脇に一つずつ、背中に三つあるが余裕綽々などとは思わない。

 

【それにしても、なぜ宰相の一派の姿が見えない?連中なら俺かⅦ組が突入してくることぐらい読んでいるはずだが】

 

ここに来るまで魔獣はいたが、罠の類いは一つも無かった。

 

こうなって来ると俺、もしくはⅦ組を最奥まで誘い出すのが目的なのかもしれない。

 

迷路のような回廊を通り抜け、俺は大きな門の前にやって来た。

 

【?】

 

だが俺は妙な感覚を覚えた。

 

【……………】

 

俺は意を決して門をくぐった。

 

 

 

【これは!?】

 

門をくぐった瞬間、目の前の光景が変わった。辺りは暗く、周りは人々の叫びと悲鳴で渦巻いていた。

 

【逃げている人間の服装……まさか……!】

 

見覚えがありすぎる。帝国や周辺諸国ではまず見られない、ローブのような服装。

 

 

 

【ここは…………惑星サンサ!】

 

 

 

間違いない。だが周りには建物がズラリとある。おそらくぼろぼろにされる以前のことだろう。

 

なら彼らが逃げてきた方向には……

 

【レッドショルダー……!】

 

遠くから右肩を暗い赤色で染めたスコープドッグの大軍が押し寄せて来た。

 

レッドショルダーたちは火炎放射器で無差別攻撃を始めた。逃げ遅れた人々は呻きを伴い焼かれていった。

 

そんな中、俺は一人の子どもを見た。

 

【あれは……俺か?】

 

スコープドッグの一機が子どもに向けて火炎放射器を放つ。子どもは全身を焼かれ倒れた。

 

俺はこの光景に怒りを覚えた。

 

【………いい加減にしろ!!】

 

俺はわき目もふらずフルメタルドッグを走らせる。その瞬間、周りの景色は消え失せた。

 

【俺を屈服させたつもりか……】

 

今のはおそらく、ここを通る者への罠なんだろう。

 

だとすると、Ⅶ組も何かしら過去の古傷を抉られているのだろうか。

 

【……行くか】

 

俺は呼吸を整え頭を冷やし、探索を再開した。

 

[キリコ side out]

 

 

 

一方、黒キ星杯の外では遊撃士、教会、魔女の支援を受けたトールズ第Ⅱ分校と結社、猟兵団、地精の支援を受けたトールズ本校の抗争が続いていた。

 

その最中、カンパネルラは不可視の結界を張り、二人の男女と話していた。

 

「じゃあ、君たちも入りたいんだね?」

 

「そうだ。道化師と呼ばれるあなたの力をお貸し願いたい」

 

「我々はキリコを追っているのでな」

 

「良いよ。それにしても君たちも大変だよね、あのロッチナの命令とはいえ」

 

「道化師殿」

 

「ハイハイ。それで?君たちだけで?」

 

「いや、あれも頼む」

 

女は後ろにあるものを指差した。

 

「わかった。それじゃ、頑張ってね~」

 

カンパネルラは男女と指定したものを黒キ星杯へと送った。

 

(さて、キリコはどこまで抗えるかな?)

 

カンパネルラは不可視の結界を解いた。

 

 

 

[キリコ side]

 

その後も俺は惑星ガレアデでのダウンバースト、惑星モナドでのバーコフ分隊の暴走とザキの死、小惑星リドでの裏切り、ウドの街での拷問、デライダ高地での仲間の死、クメンでの内乱、謎の戦艦で受けた精神的拷問、惑星サンサで会ったゾフィーの憎悪と悲愴、惑星クエントでのフィアナたちへの仕打ち、ア・コバでのバトリングで人質にされたフィアナと戦わされた時を見せられた。

 

そして──フィアナの死。

 

頭ではわかっているが……こればかりは忘れられない。最期の言葉、あの眼差しは特に……。

 

とにかく、こんな悪趣味な場所は一刻も早く出なくてはな。

 

俺はローラーダッシュを加速させ脱出した。

 

 

 

気づけば俺はかなり広い場所へと出た。

 

すると、俺が通って来た門から駆動音が響いてきた。どうやらここからが本番らしい。

 

へヴィマシンガンを構えていると、見たこともない機甲兵がやって来た。

 

【新型か……?】

 

【…………】

 

機甲兵?はアサルトライフルと盾を構えた。

 

【一度しか言わない。邪魔をするな】

 

【…………】

 

機甲兵?はいきなり発砲してきた。

 

【速い……だが!】

 

俺は冷静に回避し、引き金を引いた。弾丸は盾に防がれたが、一気に距離を詰める。

 

すると向こうもアサルトライフルを撃ち、距離を広げる。

 

【やはり手練れか】

 

【……………】

 

機甲兵?は盾を捨て、アサルトライフルを乱射し始めた。

 

焦りか挑発かは知らんが、チャンスだ。

 

【行くぞ】

 

俺は一気に距離を詰め、相手の懐に飛び込む。機甲兵?は左に旋回するが俺は見逃さなかった。

 

へヴィマシンガンの銃撃を相手の脚部に撃ち込む。脚部を損傷した機甲兵?はバランスを崩して動かなくなった。

 

俺の方も余裕はないので敢えて止めは刺さずに先を急ぐことにした。

 

[キリコ side out]

 

 

 

フルメタルドッグが去った後、機甲兵?のコックピットから女が出てきた。

 

「………………」

 

【貴女ほどの人が逃したのか】

 

女の後ろからもう1機の機甲兵?が歩行してきた。

 

「作戦に支障はあるまい。向こうも少なからず消耗したはずだ」

 

【……まあいい。後は私に任せるがいい】

 

女の言葉を聞いた機甲兵?はフルメタルドッグを追って行った。

 

(キリコ………)

 

 

 

キリコはほとんど一本道の回廊を突き進んでいた。その際、先ほどの相手のことを考えていた。

 

【さっきの敵……そこいらの兵士よりも強かった。機体の性能だけでなく、乗っていたやつの腕もあるんだろう。だがなんだ?何か重要な事を見落としているような……】

 

その時、遠くからぶつかり合うような爆音が響いた。

 

【どうやらⅦ組も戦っているようだな。黒の聖獣とやらも近いか?】

 

キリコは残りの弾数を確かめながら、最後の戦いが近いことを予感した。

 

【道化師はアルティナかミリアムの命と引き換えに根源たる虚無の剣が出来ると言っていた。ならなんとしてでも宰相からあの剣を奪わなければな。たとえⅦ組に銃を向けることになろうとも、最悪の結末だけは防がねばならない。罪を背負うのは俺だけで十分だ】

 

キリコは操縦捍を握り締め、悲壮の決意を固める。

 

 

 

【追いついたぞ!】

 

またもや広い場所に出た。その直後に背後から声が響いた。

 

【まだいたのか!】

 

キリコは戦闘体勢に切り替えた。目の前には先ほどと同じ機甲兵がいた。

 

【フフフ、キリコよ。この先には行かせんぞ】

 

機甲兵?からくぐもった声が響く。キリコはそれを変声器によるものだと推測した。

 

【俺を知っている?誰だ?】

 

【知りたいか。知りたくば……】

 

機甲兵は機甲兵用ブレードを構えた。

 

【仕方ない】

 

フルメタルドッグもへヴィマシンガンを構えた。

 

 

 

[キリコ side]

 

【ウオオオオッ!!】

 

【グッ……!】

 

さっきのやつよりも速く鋭い。

 

こちらが撃ち込んでも向こうは全てかわしきった。

 

逆に向こうの攻撃を避けようとしてもかわしきれない。

 

それにしても、この戦い方には覚えがある。

 

【どうした!?この程度か!】

 

【……………】

 

【怖じけづいたか。ならば死ねぇ!】

 

機甲兵?は機甲兵用ブレードでコックピットを貫こうと突進してきた。だがそれが俺の狙いだ。

 

【ここだ】

 

突進攻撃が当たる寸前でフルメタルドッグのローラーダッシュによる旋回で回り込む。

 

【何っ!?】

 

俺は迷いなく引き金を引いた。銃撃を受けた機甲兵?は機甲兵用ブレードを落とした。

 

【この……!】

 

【まだだ】

 

そのままの勢いで相手の頭部にアームパンチをくらわせる。相手はバランスを崩して膝をついた。

 

【グウッ……!】

 

【先を急いでいる。邪魔をするな】

 

俺は相手のコックピットに狙いを定める。

 

【………フフフ…………】

 

【?】

 

相手は突然笑い出した。

 

【フハハハハ……!!】

 

【何が可笑しい?】

 

【……確かにお前は強い。かつてサンサで私を倒しただけはある】

 

【!?】

 

かつて……?それにサンサだと……!?

 

【作戦上ではお前を痛めつけることだが、変更する。キリコ、お前を殺す!】

 

突如、機甲兵?から黒いオーラが浮かび上がる。

 

【これは……!?】

 

【そして……!】

 

機甲兵?は別の武器を取り出した。穂先が弧を描いた長い槍だった。機甲兵は軽く長槍を振り回して見せた。

 

【それは……!?】

 

【知っているはずだ、お前なら!】

 

……知っている。だがこの世界には存在しないはずだ。

 

【これでも信じられんか?ならば変声器も必要ないな。よく聞くがいい】

 

くぐもった声でなく、若い男の声が聞こえてきた。

 

【!!?】

 

声を聞いた俺は頭が真っ白になった。同時に先ほどの動きに納得がいった。

 

銃撃をかわしきるほどの高い反応速度と操縦技術、バランシングと呼ばれるこの世界には存在しない武術に使われる長槍。

 

そして忘れもしないあの声は………。

 

 

 

【……イプシ……ロン………?】

 

 

 

戦うために生まれた人間兵器。クエントの伝承の手を加えられた民。完全なる兵士パーフェクトソルジャー。

 

かつて俺と同じ女を愛し、そして殺し合った相手だった。

 

[キリコ side out]

 




次回、最終話です。


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黄昏

英雄伝説 異能の軌跡最終話です。


【……イプシ……ロン………?】

 

キリコは機甲兵?から聞こえてきた声に茫然自失となった。

 

【久しぶりだな、キリコ】

 

【なぜ……ここに………】

 

【愚問だな。私は戦うために生まれたPSだ。戦場ならばいてもおかしくはなかろう】

 

機甲兵?のパイロット──イプシロンは堂々と告げる。

 

【お前もこの世界に転生して来たのか?】

 

【そんなことはどうでもいい。キリコよ、その命もらい受ける】

 

イプシロンは機甲兵?の操縦捍を握り締める。

 

【待てイプシロン!その機体は何だ!?】

 

キリコは頭を左右に振り、イプシロンに問いかける。

 

【何?】

 

【……先ほどお前の機体から黒いオーラのようなものが吹き出すのが見えた。俺は似たようなものを見たことがある】

 

キリコは機甲兵教練での出来事を思い返した。

 

【フッ……。知りたければ教えてやろう】

 

イプシロンはスピーカーの音量を上げる。

 

【まずこの機体は機甲兵ではない。既存の機甲兵に魔煌兵の技術を組み合わせた新世代の機動兵器。その名は魔煌騎兵だ】

 

【魔煌機兵……だと?】

 

【これはその量産機に当たるゾルゲだ】

 

【ゾルゲ……】

 

【そしてお前が見たという黒いオーラとは魔煌兵の技術の副産物のようなものだ。見るがいい、このような技ができる】

 

ゾルゲは長槍に黒いオーラを纏わせた。

 

【それは……】

 

【魔導というそうだ。使いようによっては戦いながら傷を治すことが可能というが、はたしてな】

 

【……………】

 

【聞きたいことはそれだけか?では行くぞ!】

 

魔煌機兵ゾルゲは長槍を構える。

 

【イプシロン……!】

 

フルメタルドッグもへヴィマシンガンを構えた。

 

キリコとイプシロン。

 

似た者同士とも言える二人の男が激突した。

 

 

 

[キリコ side]

 

【ウオオオオッ!!】

 

イプシロンの乗るゾルゲの猛攻に俺は完全に後手に回っていた。

 

元々ドラッケンⅡ以下の性能と既存の機甲兵と魔煌兵とのハイブリッド機である魔煌機兵とでは機体スペックに開きがあった。

 

これが機甲兵同士ならなんとか食い下がれたかもしれない。

 

だが魔煌機兵の攻撃の一つ一つはあまりに高い。おそらくあの黒いオーラが出ている時が本領発揮と言ったところだろう。

 

だが何か違和感を感じる。

 

【殺してやる、殺してやるぞ!キリコ!】

 

【……………】

 

【貴様さえ、貴様さえいなかったら私は!】

 

【……………】

 

俺の知るイプシロンとは思えない罵声が響く。確かに尊大でプライドにすがってはいたが、それはあの司祭や双子にそう調整されていたからだ。

 

ここまで恨みつらみで戦うやつではなかった。

 

【まさか魔煌機兵とは……!】

 

俺はゾルゲの攻撃を捌きつつ、ある推論を導き出した。

 

【なぜだイプシロン。なぜそうまでして俺を殺したい。俺とお前の戦いはサンサで決着が着いただろう。無意味な戦いはお前の、PSとしてのプライドが許さないはずだ】

 

【……………】

 

ゾルゲの動きが止まった。

 

【……確かにあの時、私はお前に敗れた。PSである私が同じPSに負けたのなら私は満足だった。だが!】

 

ゾルゲの黒いオーラが揺らめきだした。

 

【死んだはずの私はこの世界で目覚めた。混乱する私にやつは言った。お前が、キリコが生まれながらのPS、異能者だと!】

 

【……………】

 

【とんだ笑い話だ。私やプロトワンはお前をモデルとして造られたデッドコピーにしか過ぎんというわけだ。コピーがオリジナルに敵うはずがない……!貴様に分かるか!この屈辱が!】

 

【イプシロン……】

 

【絶望に染まった私は自害しようとした。だが自害を押し留めた彼はこう言った】

 

 

 

【異能者とて無敵ではない。最高にして最強の力を与えよう。そして奪い取れ、とな】

 

 

 

【……………】

 

【そして私は力を手に入れた。後はお前を殺し、私が本物だと証明するだけだ】

 

【……そこまで堕ちたか】

 

【何っ!?】

 

【お前を唆したやつが誰かはどうでもいい。だが俺の知るイプシロンならそんなものは突っぱねたはずだ】

 

【黙れキリコ!】

 

【……そんなことをした所でフィアナが喜ぶとでも思ったか?】

 

【黙れ!たとえ悪魔に魂を売ろうとも、貴様を殺す。貴様に見せてやろう、この魔煌機兵ゾルゲの力を!】

 

ゾルゲから黒いオーラが爆発的に吹き出した。

 

【信じたくはなかったが、イプシロンも呪いに飲まれているのか……】

 

やっと違和感の正体に気づいた。もう俺の知るイプシロンはいない。フィアナのことも意に介していないようだ。

 

【行くぞ!】

 

ゾルゲは長槍を上段から振り下ろす。

 

【ッ!】

 

それをギリギリでかわして銃撃を撃ち込む。だがゾルゲは銃撃をかわして鋭い突きを放つ。頭部をかすったが戦闘に支障はない。返す刀でゾルゲのコックピットにアームパンチを放つ。

 

【ぐあっ!?】

 

どうやら正確にヒットしたようだ。ゾルゲは2、3歩下がる。

 

【かかったな!】

 

【しまった!】

 

だがこれがいけなかった。敢えて攻撃をくらい、自身の間合いに強引に引き込む。それがイプシロンの作戦だったようだ。

 

振り下ろされる長槍をかわしきれず、フルメタルドッグの右腕を肩ごと叩き斬られた。

 

【クッ……!】

 

左腕で銃撃をしつつ、一旦距離を広げる。

 

【どうした!?臆したか!】

 

ゾルゲはさらに横薙ぎに長槍を振り回す。次はかわせた。

 

【このまま離れても埒が開かない。ならば!】

 

俺はフルメタルドッグを接近させ、ゾルゲに密着するほど距離を詰める。その際にへヴィマシンガンを捨てた。

 

【貴様……!】

 

【得物が長過ぎたな】

 

そのままゾルゲのコックピットにアームパンチの連打を叩き込む。

 

ゾルゲの体勢は完全に崩れたようだ。

 

【これで……!】

 

へヴィマシンガンを拾った後、俺はミッションディスクを挿入し、アサルトコンバットの集中放火を浴びせた。

 

【グオオオオッ!?】

 

もろに受けたゾルゲはバランスを崩し、後ろの壁際に激突した。機体の損傷は甚大で火花が散っていた。

 

【勝負あったな】

 

俺はゾルゲにへヴィマシンガンを向けながらそう告げた。

 

[キリコ side out]

 

 

 

【……やはり強敵だったな。ストックしていた弾倉はほとんど使いきってしまった。だが行くしかあるまい】

 

キリコは黒キ星杯最奥を目指すべく動かないゾルゲに背を向けた。

 

【!?】

 

その瞬間、キリコの体にぞくりとした感覚が走る。

 

振り返ると、ゾルゲは黒いオーラに包まれていた。

 

【まさか、まだ……!】

 

キリコが思わず躊躇していると、ゾルゲはゆっくりと立ち上がる。

 

【……オオオオッ………】

 

【ッ!】

 

キリコは操縦捍を握りしめ、攻撃に備える。

 

【ウオオオオオオッ!!】

 

ゾルゲから黒いオーラがあらゆる方向に撒き散らされる。黒いオーラを受けたフルメタルドッグの体勢は崩れた。

 

【キリコォォォッ!!】

 

イプシロンの駆るゾルゲから憎悪の一撃が放たれた。フルメタルドッグは左肩から右脚まで抉られ、コックピットが剥き出しにされた。

 

【ぐあっ!】

 

【死ねぇぇぇっ!!】

 

ゾルゲは黒いオーラを纏った長槍の連続攻撃を叩き込む。

 

フルメタルドッグは頭部、左腕、右脚、左脚をバラバラに斬り裂かれ、後ろの壁際まで吹っ飛ばされた。

 

「……うぐっ………」

 

キリコはコックピットから倒れこむように出た。

 

「……はぁ……はぁ……はぁ………」

 

ゾルゲの一撃は直撃は避けられたが、爆風だけは避けられず、キリコは左肩から斬られていた。また、砕かれた破片が腕や足に多数突き刺さっていた。

 

「……グッ………!」

 

拳と膝をつくキリコの足元には決して小さくない血溜まりができていた。呼吸も荒く、目は霞んでいた。

 

だがゾルゲは瀕死のキリコに止めを刺そうと長槍を振り上げる。

 

【……シ……ネ……ェ………!】

 

イプシロンは狂気の笑みを浮かべる。

 

「……………」

 

それでもキリコは立ち上がろうと腰を踏ん張り上げる。

 

【……シ……ネ…………キリ……コ………】

 

イプシロンは操縦捍を握り締める。

 

 

 

「そこまでだ、イプシロン」

 

 

 

【!?】

 

突如銃声が響き、イプシロンが振り向くとそこにはルスケとキリコの物とは違った耐圧服を着こんだ女がいた。

 

「イプシロン、私は痛めつけろとは言ったが殺せとは言っていない」

 

【……………】

 

「とはいえ、それに飲まれていては多少は致し方ないか」

 

【飲まれて………?……ッ!?私は何を……?】

 

「記憶もないか。まあいい。とりあえず降りろ。お前はキリコを手当てしろ」

 

「………ああ」

 

ルスケは女にそう指示し、女は半死半生のキリコに近づく。

 

「……………」

 

「………久しぶりだな、キリコ」

 

「………誰……だ……?」

 

「……グルフェーの砂漠、そう言えば分かるか?」

 

「……!?………」

 

女はヘルメットを脱いだ。その顔をキリコは知っていた。

 

「……テイタ……ニア………?」

 

「……ああ」

 

テイタニア・ダ・モンテ=フェルズ。

 

汎銀河宗教結社マーティアルにて秩序の盾の称号を持ち、ネクスタントと呼ばれる人間兵器。

 

そして彼女もまた、キリコに惹かれ、キリコを愛した女である。

 

「………………………………」

 

疲労と出血多量で、キリコは今度こそ意識を手放した。

 

 

 

十分後、テイタニアは処置を終えた。

 

「………終わったぞ」

 

「ご苦労。まあ助かるかは1割弱といったところか」

 

ルスケは手当てを受けたものの、目を覚まさないキリコを見ながらそう推測した。

 

「さて、現時点をもってキリコを拘束。これより、オズボーン宰相の元へと連れて行く。テイタニア特務中尉は置いてきた魔煌機兵でキリコを護送、イプシロン特務中尉は私の護衛だ」

 

「わかった」

 

「……了解した」

 

テイタニアは魔煌機兵ゾルゲに乗り、キリコを掬い上げた。イプシロンは長槍を手にルスケの後ろに付く。

 

「準備はできたか?」

 

【できている】

 

「……ああ」

 

「では行こう。向こうも終わっているだろうからな」

 

ルスケたちはオズボーン宰相のいる黒キ星杯最奥へと向かった。

 

 

 

1時間ほど前

 

【それでは始めるとしよう、リィン。世界を絶望で染め上げる、昏き終末のお伽噺を】

 

黒の騎神イシュメルガに乗ったオズボーン宰相は、黒の聖獣を打ち倒した結果、呪いに飲み込まれたリィンと灰の騎神ヴァリマールにそう告げた。

 

【オ……オオオォォ………】

 

「きょ……教官………」

 

「こんな……ことになるなんて……!」

 

「………………」

 

(教官だけでなく、カレイジャス号の乗っていたオリヴァルト殿下にアルゼイド子爵に遊撃士の方まで……。キリコさん………!)

 

ユウナとクルトは心が折れ、ミュゼは気を失ったアルティナは抱き抱えていた。

 

【……リィンさん…………】

 

【リィン……クソッ……!】

 

やむを得ず宰相の案に乗ることになり、緋の騎神テスタ=ロッサに乗ったセドリックと正気を取り戻し、蒼の騎神オルディーネに乗ったクロウは歯を食いしばり、拳を握り締めていた。

 

【これがアンタらの望んだことかい?え?】

 

【……はい………】

 

紫の騎神ゼクトールに乗ったルトガーと銀の騎神アルグレオンに乗ったアリアンロードことリアンヌは呪いが帝国全土に撒き散らされていく様子を感じ取っていた。

 

「フン…………」

 

マクバーンはつまらなそうに鼻を鳴らす。

 

「ミリアムちゃん………」

 

「………………」

 

妹のように可愛がっていたミリアムの散華にクレア少佐は崩れ落ち、レクター少佐は肩に手を置く。

 

(これで騎神は6体。残る1体の"金"は………)

 

ルーファス総督は並び立つ騎神を見つめていた。

 

「キリコ、結局来なかったな……」

 

「そうなった場合、こちらの損害はさらに多かったでしょう。それだけでも感謝するべきかと」

 

残念そうに言うシャーリィを執行者《告死線域》となったクルーガーが窘める。

 

【さて、次は君たちだが……】

 

「!」

 

「くっ……!」

 

オズボーン宰相の声に新旧Ⅶ組に緊張が走る。

 

【この場は見逃してやろう】

 

『え!?』

 

オズボーン宰相の言葉に新旧Ⅶ組は呆然となった。

 

【こうして巨イナル黄昏が完成した以上、君たちにもはや用はない。そこの魔女の力でも使って脱出するといい】

 

『………………』

 

【言っておくが、これは最大の慈悲だ】

 

「………ッ!」

 

新旧Ⅶ組は慈悲という名の威圧に動きを封じられ、決断を迫られた。

 

「……行きましょう」

 

「エマさん!?」

 

「……セリーヌ、リィンさんをお願い!」

 

「ああもう、わかったわよ!とりあえずあそこで良いのね!」

 

「うん!」

 

エマは悔しさに耐えながら、転移の魔法陣を展開する。

 

「ま、待ってください!教官は……!」

 

「良いから行きなさい!あいつはあたしがなんとかするから!今のアンタたちじゃ無駄死にするだけよ!」

 

「………行こう、ユウナ……!」

 

クルトは自分の無力さに打ち震えながらユウナの背中を押した。

 

「………………」

 

そんな中、ミュゼは一人離れた。

 

「ミュゼ……?」

 

「すみません、私はここまでです」

 

「え……?」

 

ミュゼは懐から蒼い羽を取り出した。

 

「その羽は……」

 

「アンタ、なんでそれを……」

 

「訳はいずれ。オズボーン宰相、ではまた」

 

ミュゼはどこかへと転移していった。

 

【フッ……】

 

「ミュゼ……」

 

「……今はおいておくしかあるまい」

 

「ユーシス……」

 

「皆さん、準備が整いました!」

 

エマが新旧Ⅶ組を呼び寄せた。

 

「では………行きます!」

 

エマは新旧Ⅶ組と共に転移していった。

 

 

 

新旧Ⅶ組が去った後、オズボーン宰相はため息をついた。

 

「遅刻だぞ。ルスケ大佐」

 

「申し訳ありません。さすがに手間取ったようです」

 

ルスケは肩を竦めながらイプシロン、テイタニアと共に歩いて来た。

 

「なるほど。やはり来ていたか」

 

オズボーン宰相はゾルゲの手のひらで横たわるキリコを見つめる。

 

「どうやら自ら呪いを引き起こそうと画策していたようです」

 

「皇帝襲撃に加えてか、確かに最悪の結末は防げたかもしれんな」

 

「……おいおい。そりゃどういう意味だい?」

 

「……ご説明、願えますか?」

 

ルトガーとリアンヌがオズボーン宰相に詰め寄る。

 

「私にも分かるように説明を願います。彼は父を、陛下を撃った男です」

 

セドリックはサーベルを抜いて近寄る。

 

「俺も混ぜてもらおうか」

 

クロウはオズボーン宰相を睨みつけながら歩いて来た。

 

「クロウ・アームブラストか。煌魔城以来か」

 

「俺はそいつが何なのかはどうでもいい。だがここまで来れば無関係じゃねぇだろう。とりあえず、納得のいく説明をしろや」

 

「……いいだろう。特に巨イナル一に関わる者には関係があるだろうからな。そこの使い魔よ、お前も聞くがいい」

 

「………………」

 

オズボーン宰相は事件当日のことは勿論、キリコが異世界から転生して来たこと、黒の史書にひっそりと書かれている異能者であることをその場にいた全員に語った。

 

 

 

『……………………』

 

話を聞いた者たちは茫然自失となった。

 

「……なるほどな。どおりで炎と硝煙と死臭を感じるはずだぜ。元兵士で傭兵なら戦い慣れてるはずだ。いや殺し慣れてるって言うべきか」

 

ルトガーはキリコの体に染み着いた臭いの正体に感嘆した。

 

(転生………そのようなことが………。キリコ・キュービィー………だから貴方は………)

 

リアンヌはキリコが辿ってきた過去を知り、キリコの姿勢に納得がいった。

 

(不死の異能に神殺しに転生者って……なんてやつなの!?)

 

セリーヌはただ呆然となった。

 

「皇帝撃って呪いを発動させて、それら全部おっ被ろうってか。不器用にも程があんだろ」

 

「馬鹿げている!」

 

クロウの言葉にセドリックは声を荒げ、感情的になった。

 

「それならそうと一言くらい、相談してくれても、良かったじゃないか!僕は彼を、キリコを友達だと思っていたのに……!」

 

「たとえダチだろうと、言えないことくらいあるもんだぜ?てめえの親父を撃つってんなら尚更だろうよ」

 

「彼は、我々の想像をはるかに越える大きなものを背負っていたのです。善悪はともかく、その決断を咎めることは誰にもできません」

 

「なんもかんもてめえが被れば誰も傷つかない、誰にも相談出来ずに一人でそう考えたんだろうよ。勿論、相応の覚悟ってのが要るんだがな」

 

「………………」

 

クロウとリアンヌとルトガーの言葉を受けたセドリックはうなだれた。

 

「それで、彼は巨イナル一に関係があると?」

 

「そのようだ」

 

オズボーン宰相は落ち着きをはらっていた。

 

「おそらく私から剣を奪い、自力で黒の聖獣を討とうとしたのだろう。結果的には間に合わず、最悪の結末を迎えてしまったわけだが」

 

「異能者だか何だか知らないが、人の身の分際で……」

 

オズボーン宰相の話を黙って聞いていた、地精の長にして黒の工房の工房長、黒のアルベリヒは苦々しげに言った。

 

「そう馬鹿にしたものではない。むしろここまで来られただけでも称賛すべきだろう」

 

オズボーン宰相は目を覚まさないキリコに賛辞を贈る。

 

「キリコ………」

 

「お言葉ですが皇太子殿下、罪は罪です」

 

「………ええ。罪は罪。宰相閣下、総督閣下、後はお任せします」

 

「承りました」

 

オズボーン宰相は一礼し、すぐにルスケたちの方を向いた。

 

「至急、キリコ・キュービィーをヘイムダル監獄へ連行せよ。監視は徹底的に行うよう指示せよ。私の名前を出しても構わん」

 

「了解しました」

 

「リーヴェルト少佐は警備の編成を頼む。混乱が予想されよう。アランドール少佐は各方面に通達。内外に広めるようにな」

 

「……了解しました」

 

「了解しました」

 

「では、日時は……」

 

「ルーファス、調整は君に任せる。ではこれより帰還する。君たちもご苦労だったな」

 

オズボーン宰相はそれだけ行って去って行った。他の者たちもそれぞれ動き出した。

 

 

 

翌日 7月20日

 

帝都ヘイムダルに一つのニュースが流れた。

 

皇帝襲撃犯並びに共和国のスパイが捕縛されたことである。

 

帝都市民はもろ手を挙げて喜ぶ一方で、一部の市民が犯人を出せとヘイムダル監獄に押し寄せるというアクシデントも起きた。

 

だがそれを沈静化させるニュースが発表された。

 

 

 

『来る8月1日、大逆犯キリコ・キュービィーの公開処刑を執り行う』

 

 

 

この日、帝都ヘイムダルはかつてない大歓声に包まれたという。

 

 

 

かくして、呪いはばらまかれ、巨イナル黄昏が始まった。世界はの運命は大きく変わろうとしている。

 

これが終わりの物語か、それとも始まりの物語か。はたまた"神"か不死の異能者によって歪められた物語か。

 

現時点でその問いの答えを知る者はいなかった。

 

それはキリコ・キュービィーでさえも……

 

 

 

 

英雄伝説 異能の軌跡 完

 




今回で英雄伝説 異能の軌跡は一旦完結とさせていただきます。

連載が1年近く続けられたのも皆さんのおかげです。


今後の展開については活動報告に書いておくのでご覧下さい。


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番外篇
ロッチナ


番外編です。

タイトル通りロッチナの話です。本編で書けなかったロッチナの過去やキリコの活躍の裏で何をしていたかが明かされます。

続篇のエピソードへ繋がるので、いくつかネタバレも含まれています。


七耀暦 1168年

 

エレボニア帝国は帝都ヘイムダルにルスケというごく普通の夫婦がいた。

 

夫は帝都の企業に勤めるサラリーマン、妻は専業主婦。

 

そんな夫婦に元にも子どもができた。男の子だった。

 

ここまでならどこにでもあるごくありふれた話である。

 

産まれてきた男の子が普通の子どもであるならば。

 

 

 

17年後 七耀暦 1185年

 

男の子は成長し、軍人になるという夢を持ってエレボニア帝国有数の名門高等学校、トールズ士官学院に入学した。

 

別段優等生ではなかったが努力家で、生徒会で副会長を勤めるなど、ある種の人望があった。

 

だが同時に彼は知った。いかに人望を集めようと、この国に敷かれている階級制度が貴族と平民を明確に分けることを。

 

平民というだけで貴族生徒には疎まれ、貴族階級の教官から目をつけられるということも少なくない。

 

いつしか彼は高級軍人になって彼らに比肩するほどの権力を手にすることを誓った。

 

 

 

3年後 七耀暦 1188年

 

トールズ士官学院を卒業した彼は帝国正規軍に入隊、第十機甲師団に配属された。

 

高級軍人になるべく、必死になって訓練についていったが、同じことを繰り返しているだけで気づけば2年の月日が過ぎていた。

 

軍の命令が絶対である以上、軍階級が准尉である彼にはどうすることもできずに燻り始めていた。

 

その時だった。

 

突然彼は激しい頭痛に襲われた。

 

まるで万力で思いきり頭を締め付けられるような痛みに七転八倒した。

 

ただ事ではないことを感じ取った上官は彼の同僚に医務室に連れて行くように命令した。

 

ベッドに寝かされた後も彼は地獄のような苦痛を味わうことになった。

 

だが痛みはピタリと止み、頭の中に多くの映像が浮かびあがった。

 

初めは驚きつつも、その一つ一つの内容を彼は冷静に受け入れた。

 

そして、彼が最後に見たものは赤ん坊を抱えた青い髪の青年であった。

 

その瞬間、彼は自分が何者なのかを思い出した。自分はこの世界の人間ではない。

 

炎と硝煙と死臭にまみれたアストラギウス銀河にて、ギルガメス連合メルキア軍大尉であり、バララント宇宙軍大佐であり、汎銀河宗教結社マーティアルで触れ得ざる者の研究と編纂を行っていたジャン・ポール・ロッチナであることを。

 

(なぜ私がここにいるのかはわからない。だがこうして全てを思い出したのも偶然ではあるまい。ならばこの世界のどこかにいるはずだ。生まれながらのPS、異能者、触れ得ざる者、キリコ・キュービィーが……)

 

(それにしてもルスケか。おそらく偶然の一致だろうが、これもあなたの策略か?ワイズマン)

 

彼──ロッチナはかつての主の名を呟いた。

 

 

 

[ロッチナ side]

 

七耀暦 1192年

 

私、ジャン・ポール・ロッチナは表向きはルスケと名乗り、帝国軍人として動いていた。

 

記憶を取り戻した私が最初に行ったのは権謀術数を用いて有望な同僚や無能な上官を蹴落とすことだった。

 

軍が完全な縦社会である以上、相応の地位がなくてはいるかも定かではない人間の捜索などできるはずもなかった。

 

そこで私はとある野心的な上官に賄賂などを用いて取り入り、その上官の出世の邪魔になる軍人の弱味などを握り出世の妨害や濡れ衣を着せるなどの裏工作を行った。

 

なお、賄賂の出所は第十機甲師団の軍費から抜き取ったものだ。

 

数年の内に私は准尉から大尉へと順当に出世し、その上官の副官になった。

 

ある程度権力が固まってきたのを感じ取った私は取り入った上官に部下殺しと軍費横領の罪を着せた。

 

ちなみに部下殺しの件というのは、以前私が出世の邪魔になると判断して行ったことだったが、死体と凶器を巧妙に隠しておいたのは正解だった。

 

取り入った上官が部下殺しと軍費横領の罪で更迭されると、帝国軍上層部は副官である私に尋問を行ったが、証拠など出るはずもなく、嫌疑不十分で釈放された。

 

一部で私が逆に軍上層部の弱味を握ったという噂が立ったが、ハーメル村の惨劇を発端とする百日戦役の勃発によりすぐに消えた。

 

 

 

七耀暦 1198年

 

百日戦役を終えても、私の地盤固めは終わることはなかった。自由に動くにはもう少し固めなくてはな。

 

噂とは便利なもので、私のやり方に異を唱えたり糾弾しようとする者はそうそういなかった。

 

口では何とでも言えるが、次は我が身だろうからな。

 

そんな時、少佐となった私の耳にある情報が入った。

 

D∴G教団。

 

女神を否定し、悪魔を崇拝する狂気的なカルト的宗教団体。

 

大陸各地から子どもたちを拐い、儀式という名の非人道的な試みを行っているという黒い噂の絶えない集団。

 

その暴挙を食い止めるべく、リベール王国の高名な遊撃士が有志を募っているということだった。

 

帝国軍人の多くはつまらぬ正義感から参加を決めたようだが、私は探し求めている人物が教団にいるのではと作戦参加を希望した。

 

各国の軍、警察、遊撃士などが一同に集う全体的な会合を経て、有志たちは各地の教団ロッジを一斉摘発を開始した。

 

私が担当したのはノーザンブリア自治州辺境にあるロッジだった。

 

そこではグノーシスと呼ばれる秘薬を用いて筋力や反射神経を強力なものにする人体実験が行われていた。

 

私が率いる小隊は瞬く間にロッジを制圧。逃げられないと悟った教団信者どもは全員自害した。

 

私は狂気的な笑みを浮かべて自害した信者たちには目もくれず、被害にあった者たちのリストに目を通した。

 

そこにはキリコ・キュービィーの名前はなかった。

 

だが私はリストの他に、教団の実験目的や内容が書かれた書類をいくつか発見した。

 

そこに書かれていた内容に、私は自身の目的以上の成果を得たと感じた。

 

また、他のロッジから押収された書類を密かに持ち去り、自身の物とした。

 

 

 

七耀暦 1200年

 

ある時、私はひょんなことからキリコを発見した。

 

たまたま帝都を訪れていた際に彼と思わしき少年を見た。

 

気づかれないようにこっそりついて行くと、少年は西オスティア街道外れに建つ孤児院に入って行った。

 

私は探し続けた人物の存在に小躍りするかのような衝撃を受けた。

 

そこで私は以前から画策していた軍情報局への転属を願い出た。

 

その際に面接をしたのはあの鉄血宰相の異名を取るギリアス・オズボーン宰相だった。

 

無事転属が決まったと思ったら、私はオズボーン宰相に呼ばれた。

 

君は呪いというものを知っているか、と。そしてその呪いが何なのかをも説明された。

 

オズボーン宰相の話を聞いた私は全てを悟った。キリコだけではなく、あの方も存在していたのだ、と。

 

私はオズボーン宰相に異能者のことを打ち明けた。

 

さしものオズボーン宰相は一笑に付したが、私の言葉には真実味があることも感じ取ってくれた。

 

そこでオズボーン宰相はエレボニア帝国皇帝ユーゲントⅢ世への謁見を取り次いでくれた。

 

私の話を聞いたユーゲントⅢ世は黒の史書とその原本のことを語った。オズボーン宰相もようやく信じるに至ったようだ。

 

その後私はユーゲントⅢ世とオズボーン宰相にいずれ異能者──キリコに会わせることを約束した。

 

その際私はさらなる調査にと情報局大佐の地位、つまり情報局の指揮権を与えられた。

 

また、この頃に黒の工房の工房長である黒のアルベリヒを紹介された。さて、どちらが本体なのやら。

 

 

 

七耀暦 1202年

 

私は情報局に転属後、情報局大佐として動く傍ら、キリコの過去や動向を探っていた。

 

どうやらキリコは14年前、つまり私があの頭痛に苦しんでいた時と同じ時期に転生と呼ぶべき形で現れたようだ。

 

また、キリコは赤ん坊の時に猟兵団の襲撃により貴族であった両親と使用人を喪い、孤児院に入れられた、とある。

 

さらに数年前の導力車両による事故の被害に遭ったのがキリコらしい。かすり傷一つない、正に奇跡だったという。

 

これもキリコの持つ異能の力なのかもしれないな。

 

ある時、キリコは帝国西部ラマール州の山奥の村に住む老夫婦の養子に出されたことを知った。

 

そんなある日、キリコが去った孤児院が火災に見舞われるという事件が起きた。

 

孤児院を経営していた院長と二人のシスター、そして16人の子どもたちが犠牲になった。

 

原因は不明であり、火の不始末か放火の両方の線で捜査が行われたが、結局打ち切られた。

 

マスコミは火事とほぼ同時期に起きた帝国遊撃士協会連続襲撃事件と関わりがあるかのように報道したが、私は帝国軍、というより呪いによるものだと見ていた。

 

かつてのハーメルの惨劇も、帝国正規軍である第十三機甲師団によるものだというからな。

 

そんなある時、サザーラント州を視察に訪れた際に目を疑う光景を見た。

 

アグリア旧道の外れで倒れている女を見つけた。

 

それは私も良く知るテイタニア・ダ・モンテ=ウェルズだった。

 

私はすぐさま結社身喰らう蛇の執行者である道化師カンパネルラを呼び出し、黒の工房へと送った。

 

その後、回復したテイタニアの身柄は私が預かることになり、テイタニアは私の推薦と権限で情報局スタッフという形になった。

 

彼女はなぜここにいたのかはわからないそうだ。

 

惑星メルキアのグルフェーの砂漠で激しい戦闘の後、キリコに看取られて死んだはずだと言っていた。

 

 

 

七耀暦 1204年

 

その後も私は命令という形で調査員をラマール州に送り込むなどキリコの行方を追っていた。彼らには命令の真意を判別する術はないからな。

 

運命が動いたのはその年の暮れのこと。

 

オズボーン宰相狙撃事件に起因する帝国史上最大の内戦、十月戦役である。

 

軍情報局としての本業が山積みになり、私は遺憾ながらキリコ捜索を中断せざるを得なかった。

 

ラマール州の調査員からの報告ではキリコの住んでいた村はジギストムンドとか言う貴族に滅ぼされたとあった。

 

間違ってもキリコが死ぬはずはないが、異能など彼らが信じるはずもなく、調査は打ち切らせた。

 

だがある日、帝国西部戦線にて、ある奇妙な噂が流れた。

 

黄金の羅刹オーレリア・ルグィン、黒旋風ウォレス・バルディアスが立て続けに敗れた。それを成したのは青い髪の機甲兵乗りである、と。

 

情報局スタッフのほとんどが何をバカなと笑い飛ばしていたが、私とテイタニアだけは違った。

 

(遂に来たか、キリコ!)

 

私は情報局員たちに戦時下であるからその噂をみだりに流したりしないよう厳命した。情報局スタッフたちも二つ返事で了解した。

 

私は独自のルートを使って帝国西部戦線の情報を集めた。確かに一見荒唐無稽なものが多いが、それらは事実だということは知っている。

 

年が明けて、内戦は終結した。

 

私は政府の手が及ばないように、キリコに関する記録は全て抹消した。

 

この頃から私はキリコの力を埋もれさせるのはあまりに惜しいと、どこかの軍学校や士官学校への裏口入学を考えていた。

 

まあ、本人は気に入らんだろうが。

 

 

 

七耀暦 1205年

 

その後の調査で私はキリコが帝都近郊の仮説住宅から海都オルディスに身を寄せていることを知った。

 

どうやらキリコは近郊都市リーヴスに建てられるトールズ士官学院第Ⅱ分校に入学するらしい。

 

詳しく調べると、分校長に就任が決まっているオーレリア・ルグィンが推薦人であり、逮捕されたカイエン公爵の姪が絡んでいるとあった。

 

私はさっそく手を打った。

 

教官として出向が決まっているミハイル・アーヴィング少佐にコンタクトを取り、第Ⅱ分校で検討されている独自のカリキュラムの情報を全て回すよう命令した。

 

また、黒のアルベリヒに依頼し、実験用機甲兵の設計等を行い、機体の設計図を意図的にG・シュミット博士に流した。

 

後はただ待つだけだった。

 

 

 

七耀暦 1206年

 

私はミハイル・アーヴィング少佐から回ってきた情報を元にキリコの動向を注視し続けた。

 

四月

 

キリコはクロスベル軍警学校出身者、ヴァンダール家の次男、情報局員"黒兎"という異色のメンツが揃うⅦ組特務科に所属が決定。

 

担当教官は帝国の英雄灰色の騎士リィン・シュバルツァーだと言う。

 

機甲兵教練でキリコはヘクトル弐型を駆るアッシュ・カーバイドという生徒と一騎打ちで完勝したそうだ。

 

ほんのちょっぴり腕が立つくらいでキリコに挑むとは相当の大馬鹿者のようだな。

 

サザーラントで紅の戦鬼に重傷を負わされたものの、一命を取り止めた。

 

そこで私は情報局で使用される秘匿回線を用いてキリコを実験用機甲兵フルメタルドッグを隠しておいた場所まで導いた。

 

その後キリコは結社の神機アイオーンtype-γⅡを灰色の騎士と共に撃破。

 

ただ、データを見る限りどうも拍子抜け感が否めない。

 

おそらく機体にリミッターをかけているんだろう。氷のように冷徹かと思えば甘い男だ。だがそれがキリコという男なのだ。

 

キリコを人間とするなら他の学生たちはせいぜい羽虫。それくらいの開きがあるからな。

 

 

 

五月

 

キリコは帝都ヘイムダルの百貨店にてチンピラ3人を叩きのめしたという報告を受けた。どうも聖アストライア女学院の女学生を助けるためだったらしい。

 

しかも、その場にはアルフィン皇女の姿もあったとか。

 

第Ⅱ分校に乗り込んで来た皇太子とその取り巻きを機甲兵で返り討ちにしたと報告があった。

 

その後の調査で皇太子は人が変わったようになったという。キリコの毒は今なお健在のようだな。

 

オルキスタワーにて晩餐会が開かれていたが、結社の執行者による襲撃があり、キリコたちは道化師カンパネルラと戦ったと報告を受けた。

 

その際、キリコは風の最上級アーツを2回受けても死なず、3回目にいたっては外れたという。さすがは異能者だな。

 

クロスベルの鳥籠作戦決行の翌日、キリコは学友と共に星見の塔とやらに突入。

 

塔の最上階にて飛行タイプの神機アイオーンtype-βⅡと戦い、勝利したそうだ。

 

驚くべきことだが、結社と袂を別った深淵の魔女が手を貸し、フルメタルドッグを転移させたらしい。

 

キリコと深淵の魔女との繋がりは不明だが、やはり私を飽きさせないな、キリコよ。

 

そんな中、私はミシュラム近くの湿原で思わぬものを発見した。

 

衰弱しきっており意識も混濁していたがそれは間違いなく、かつてキリコに敗れたパーフェクトソルジャーのイプシロンだった。

 

私はイプシロンを至急黒の工房に送り、調整を依頼。

 

また、いくつかの記憶操作を指示した。当分イプシロンは黒の工房預りだな。

 

 

 

六月

 

Ⅶ組特務科にキリコに完敗したアッシュ・カーバイドとカイエン公爵の姪であるミルディーヌ公女が移籍した。まあ、ミルディーヌ公女とオーレリア・ルグィンの策略なのは明白だな。

 

東の街道でキリコとオーレリア・ルグィンが機甲兵教練の名目で一騎討ちを行った。

 

実質引き分けだったらしいが、オーレリア・ルグィンが負けを認めたとか。

 

ラマール州にてキリコたちは高位猟兵団のニーズヘッグと北の猟兵と刃を交えたそうだ。助っ人がいたようだが、大した問題でもあるまい。

 

その日の夜、キリコは結社最強と言われる鋼の聖女に呼び出されたそうだ。

 

そこでキリコは鋼の聖女の手下の鉄機隊の剛毅と魔弓を封殺したらしい。異能者の肉体に加え、前世の記憶があいまったキリコなら当然かもしれんな。

 

翌日、黒旋風ウォレス・バルディアス少将からの依頼で貴族連合軍残党の掃討作戦が行われた。

 

元々キリコの力を測るべく、私は偽名で貴族連合軍残党に接触し、ミラと旧型機甲兵を回した。

 

相手が誰なのかも確かめもせずに取引を行うとは、チャールズ・ジギストムンドとは本物の阿呆のようで、父親の大失態からは何も学ばなかったらしい。

 

結果は上々とはいかなかったが、まあ良しとしよう。

 

その日の午後、ブリオニア島でキリコはよりによって鋼の聖女とその手下の鉄機隊と刃を交えた。

 

成り行きらしいが、鉄機隊の筆頭を倒したらしい。相変わらず運命の女神は微笑まないな。

 

翌日にキリコは北の敗残兵どもに乗っ取られたジュノー海上要塞に突入し、神機アイオーンtype-αⅡと戦闘した。さすがに空間を操るタイプには苦戦したらしいな。

 

その後、何を血迷ったのかキリコは新たにカイエン公爵を継いだミルディーヌ公女の専属護衛人になったという。まあ面白いから良しとするか。

 

それと、ようやくイプシロンを実戦に出せるようになった。

 

キリコへの憎しみはフィアナとは別の形で燃やしている。

 

プライドの高いイプシロンのことだ。自分がキリコのデッドコピーだと聞かされれば当然かもしれんな。

 

 

 

七月

 

トールズ本校と第Ⅱ分校合同の実力考査にて、キリコは全体の7位を取った。自称糞真面目な男は伊達ではないな。

 

第Ⅱ分校でOzシリーズが覚醒段階に入ったと報告を知らされた。黒のアルベリッヒは端から見れば暴走に見えると言っていた。

 

報告書ではキリコとリィン・シュバルツァーとランドルフ・オルランドの三人がかりでOzシリーズの片割れ、アルティナ・オライオンが乗る巨人機ゴライアス・ノアを止めたとある。

 

キリコたちは特務活動の最中、東のカルバード共和国から送り込まれた特殊部隊ハーキュリーズと戦闘になったそうだ。

 

一度は逃がしかけたが、トールズ本校と協力することで隊員の一部を拘束することに成功した。

 

共和国特殊工作員がヘイムダルに多数送り込まれていることはある程度掴んでいたが、上からの命令であることと、キリコの実力を測るために泳がせておけと伝えた。

 

スパイをわざと見逃していたとも言うがな。

 

その夜、私はミハイル・アーヴィング少佐を使ってキリコに会う段取りを取り付けた。

 

無論テイタニアとイプシロンの同席は認めなかった。

 

そしていよいよその時が来た。

 

「……入りたまえ……」

 

「……失礼する……!?」

 

「はじめまして…………いや、久しぶりだな、キリコ」

 

「……ロッ……チ……ナ………?」

 

面白いくらい予想通りにキリコは言葉を失った。

 

その後私はキリコにこれまでのことを話した。その内容にキリコの怒りを買ったが、まあ予想通りだな。

 

最後に、キリコにワイズマンについて聞かれたが、私ではなく皇帝や宰相に任せようと判断し、伏せておいた。

 

話してみてわかったが、やはり信用はされていないようだな。

 

 

 

翌日、キリコを含める第Ⅱ分校はトールズ本校と共に共和国からの特殊工作員ハーキュリーズ掃討作戦に打って出た。

 

その間、驚くべきことが起こっていた。

 

およそ800年前に討伐されたはずの暗黒竜ゾロ=アルクーガが復活を遂げたというのだ。

 

その暗黒竜の眷族にされ正気を失った特殊工作員どもが襲いかかったらしいが撃退され、全て拘束された。

 

帝都を守るため、リィン・シュバルツァーら旧Ⅶ組とキリコら新Ⅶ組は帝都地下の墓所に突入。

 

フルメタルドッグを犠牲に暗黒竜を倒したそうだ。伝説の化け物でも異能者を殺せなかったか。

 

なお、フルメタルドッグは戦闘時に付着した暗黒竜の血や体液に汚染され、スクラップにするしかなかったという。

 

そろそろキリコに新たな鉄の棺桶を与えてやる時が来たようだ。

 

私はさっそく黒のアルベリヒに連絡を取った。

 

 

 

その翌日、夏至祭でキリコはミルディーヌ公女とデートをしていた。まあ前世であれだけ苦労したのだ。結末はどうあれ、やつの幸福を祈らずにはいられん。

 

それにしてもフィアナ、三馬鹿の小娘、テイタニアに続き、ミルディーヌ公女にオーレリア・ルグィンに噂のある紅の戦鬼か。無愛想の割りに女にモテる奴だな。

 

それはともかく、私は頃合いを見てキリコに接触した。予想通り不機嫌になったが、ミルディーヌ公女の取りなしで渋々車に乗った。

 

二人を降ろした後、キリコにオズボーン宰相に会うよう告げた。

 

これで賽は投げられた。鬼と出るか、蛇と出るか。

 

 

 

その夜、ユーゲントⅢ世が青髪の士官学院生に撃たれたと情報が入った 。

 

使われた凶器は共和国ヴェルヌ社製の小型拳銃で、特殊な樹脂が使われておりセンサーをも潜り抜けられる代物だそうだ。

 

さらに間の悪いことに、拘束していた特殊工作員の一部がTMP詰所から脱獄した。

 

以上のことから襲撃犯のキリコ・キュービィーは共和国から送り込まれたスパイであり、皇帝の命を狙う暗殺者と断定された。

 

どうやらキリコは気づいたようだな。1200年の間、この帝国を覆う呪いにワイズマンが関わっていることを。

 

おそらくキリコは本来いるはずの刺客の身代わりになったんだろう。やつは理由もなしにバカな真似はしない男だ。

 

大方、全てを被るつもりなのだろう。やはり本質は何も変わっていないな。

 

 

 

そのまた翌日、私は皇帝襲撃犯並びに共和国スパイの汚名を着せられたキリコに会った。どこで調達したのか、帝都憲兵隊の制服を着ていた。

 

先を急ぐというキリコを引き止め、私はキリコにプレゼントをした。

 

それはキリコを含めた装甲騎兵御用達の耐圧服だ。

 

文句を言いつつ着てくれた。さすがに制服ではフルメタルドッグの真の力を引き出すのに役不足と思ったのだろう。

 

キリコが行った直後、私はイプシロンとテイタニアにキリコを徹底的に痛めつけるよう命令した。テイタニアはともかく、イプシロンはどうだろうな?

 

 

 

道化師カンパネルラの力で黒キ星杯に入れてもらい、先に突入していたテイタニアと合流した後、イプシロンの元へと向かった。

 

予想通りイプシロンは瀕死のキリコを殺そうとしていた。死にはしないだろうが、一応上からの命令だからな。

 

正気に戻ったイプシロンを護衛にして、オズボーン宰相の元にキリコを連れていく。

 

集合地に行くと計画は既に終了していた。さっそくオズボーン宰相からお叱りを受けた。そこは目を瞑ってほしいがな。

 

それにしても、壮観だな。七体いる内の六体の騎神が揃っている。まあ、灰の騎神は大分変貌しているが。

 

後日聞いたことだが、黒の聖獣を追い詰めたはいいが灰の騎神と生徒たちは巨イナル黄昏の成就を恐れて手を出せずにいた。

 

そこで計画を強行しようと業を煮やした黒のアルベリヒが気を失ったアルティナ・オライオンを手にかけようとした。

 

それを阻止せんともう片割れのミリアム・オライオンが飛び込み、救出した。だがその隙を突かれ、まだ生きていた黒の聖獣の一撃をくらい死亡、根源たる虚無の剣となった。

 

そして怒りに我を忘れたリィン・シュバルツァーと呪いで変貌を遂げた灰の騎神が黒の聖獣に止めを刺した。

 

結果、巨イナル黄昏が完成した。

 

それはさておき、命令通りキリコを連れて来たは良いが、肝心のキリコは目を覚まさないな。

 

結局フルメタルドッグもズタズタだしな。

 

報告を聞いたオズボーン宰相は「最悪の結末は防げたかもしれん」と呟く。

 

呟きに反応した猟兵王と鋼の聖女は不信感を持ってオズボーン宰相に詰め寄る。

 

皇太子はキリコを殺そうとでも言うのか、サーベルを携えていた。

 

蒼のジークフリード改め、クロウ・アームブラストに促される形でオズボーン宰相はキリコについて語った。

 

皆、さすがに言葉が出ないようだった。

 

キリコを自身の猟兵団に勧誘したという猟兵王はキリコ体に染み着いた炎と硝煙と死臭に合点がいったようだった。

 

キリコと交戦経験のある鋼の聖女は腑に落ちたような反応を見せる。

 

皇太子はキリコを友と呼び、なぜ言わなかったと叫んだ。だがクロウ・アームブラストたちの言うとおり、キリコの決断は誰にも咎められはしないだろう。

 

皇太子は本気でキリコの友になろうとしたのかもしれんな。

 

だが皇帝を撃った罪自体は消えはしないだろうし、キリコもたとえ赦されても無罪放免などとは考えてはいまい。

 

罪は罪だからな。少なくとも、帝国民の納得のいく落とし所に持っていくしかあるまい。

 

オズボーン宰相の下した答えは、『来たる8月1日に大逆犯キリコ・キュービィーの公開処刑を執り行う』ということだった。

 

それまでキリコは厳重な監視の下、脱獄は絶対に不可能とされ、帝都市民や犯罪者たちにとって恐怖の象徴である、ヘイムダル監獄へ収容されることとなった。

 

そしてキリコがブチ込まれる牢屋は政治犯や表沙汰にできない凶悪犯罪者が蠢く特別な場所らしい。

 

 

 

さて、次はどんな手を打つとしようか、キリコよ。

 

[ロッチナ side out]

 




次回は、キリコが過ごした孤児院の出来事です。


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孤児院

キリコの孤児院時代の出来事と孤児院焼失の真相です。

終盤にあのキャラクターが登場します。

少し書き直します。


七耀暦 1188年

 

エレボニア帝国は帝都ヘイムダルから西の街道の外れに建てられたパルミス孤児院に一人の赤ん坊が若い軍人に連れて来られた。

 

赤ん坊は数日前にサザーラント州北部で旅行中に猟兵団に襲われた下級貴族の一家の生き残りだった。

 

保護した若い軍人──エレボニア帝国正規軍第九機甲師団所属のライル・フラット少尉は赤ん坊を自身の育ったパルミス孤児院に預けた。

 

彼は院長であるミリシャ・パルミスなら、帝都の施設よりも赤ん坊を任せられるという根拠のない自信があった。

 

ミリシャはライルの言葉に呆れつつも、赤ん坊を引き取ることを承諾した。

 

その際、ライルは赤ん坊の名前をキリコであると伝えた。

 

ミリシャは大人しく眠るキリコを微笑みながら空いているベビーベッドに寝かせた。

 

 

 

七耀暦 1194年

 

「おい、おまえ!ほんばっかりよんでいるからってなまいきだぞ!」

 

「……………」

 

6歳になったキリコはパルミス孤児院の幼年組のガキ大将のサムに絡まれていた。

 

サムはパルミス孤児院で毎週開かれる勉強の時間でミリシャやシスターたちに褒められ同年代の子どもたちから注目されるキリコが気に食わなかった。

 

そこでサムは院長やシスターたちが見えない時を狙って、孤児院の庭の片隅で本を読んでいたキリコに絡んでいた。

 

もっとも、見た目は幼年者でも中身が成熟しているキリコにとっては単なる戯れ言に過ぎず、全て聞き流していた。

 

「ほんばっかりよんでたってな、えらくもなんともないんだぞ!」

 

「……………」

 

「こんなもの、こうしてやる!」

 

サムはキリコの読んでいた子ども向けの歴史の本を取り上げた。

 

「……………」

 

キリコは何事もなかったように残りの本を持って他の場所に移動しようとした。

 

「ちくしょう!」

 

激昂したサムはキリコの後ろから殴りかかった。

 

「!」

 

だがキリコはすばやく反応し、しゃがみ込んでサムの拳をかわした。サムは木の幹に拳をおもいっきりぶち当てた。

 

「いっ……てぇぇぇぇぇぇっ!!」

 

サムはあまりの痛さにうずくまった。

 

キリコは一瞥することもなく、落とした本を拾って移動した。

 

「サム!またあなたですか!まったく、何度言えばわかるんです?」

 

サムの叫びを聞いて飛んできたシスター・ヒルデがサムを叱った。

 

シスター・ヒルデは、パルミス孤児院の子どもたちからは普段は優しいが時々口うるさい存在とされている。

 

(ちくしょう………おぼえてろ……!)

 

シスター・ヒルデに怒られながら、サムは復讐を決意した。

 

 

 

一方のキリコは別の場所で本を読んでいた。

 

「こんな所で読書ですか?」

 

「おにいちゃんまたほんよんでるの~?」

 

声をかけてきたのは、今年になって教会から派遣されてきたシスター・レナとパルミス孤児院で暮らす少女のモニカだった。

 

年配のシスター・ヒルデと違い、比較的年齢が近いこともあってか、シスター・レナはパルミス孤児院の子どもたちには人気があった。

 

モニカは2歳年上のキリコを兄と慕っており、キリコの後ろについて来ることもあった。

 

「キリコ君は本当に本が好きなんですね」

 

「はい……」

 

「私も好きなんです、本」

 

「あたしもほんすき~!」

 

シスター・レナとモニカはキリコの隣に座り、本の話を始めた。

 

すると他の子どもたちも集まり、ちょっとした騒ぎになった。

 

 

 

その夜、夕食を終えた子どもたちはそれぞれのベッドに向かった。

 

そんな中、キリコはベッドを脱け出し、部屋を出た。

 

(あいつ、どっかいくぞ)

 

(たぶんトイレだ。おいビル、チャック。あいつをとじこめてやろうぜ)

 

(おお!)

 

(ぼ、ぼくもいくの~~!?)

 

サムは自分と同じくキリコが気に入らないビルと、別段キリコを嫌ってはいないチャックと共にキリコを追って行った。

 

サムの予想通り、キリコは角のトイレに入った。

 

「いまだ!」

 

サムとビルはキリコが入ったトイレに駆け込み、チャックも遅れて入った。だがキリコの姿はなかった。

 

「あれ?あいつは?」

 

ガチャン!

 

すると、開いていたはずの扉が閉まり、鍵がかけられた。

 

「あれ!?」

 

「な、なんで!?」

 

「え~~~!?」

 

「……………」

 

混乱する三人を尻目に、キリコは院長たちを呼びに行った。

 

実はキリコはサムたちが何かしようとしていることを見抜いていた。

 

そこでキリコは夜トイレに行くふりをし、出入口付近で息を殺して待機していた。

 

サムたちが勢いよく入ってきたのと同時にキリコは廊下に出て、トイレの扉を閉めて鍵をかけた。

 

ちなみにこの鍵は悪さをした子どもにおしおきするために、外側からかけられる仕組みになっていた。

 

さすがに置いてきぼりにするのは気が咎めたので、キリコは院長たちを呼びに行った。

 

キリコの報せにミリシャとシスター・ヒルデとシスター・レナが駆けつけると、サムたちは揃って泣きべそをかいていた。

 

院長とシスターたちはサムたちをこっぴどく叱り、キリコも注意された。

 

翌日以降もサムは懲りずにキリコに復讐を行おうとしたが、全て失敗に終わった。

 

 

 

七耀暦 1196年

 

8歳になったキリコはミリシャの手伝いで帝都ヘイムダルにある、ハーシェル雑貨店に買い物に来ていた。

 

ここの店主のフレッドと妻のマーサはミリシャの昔馴染みであり、パルミス孤児院でよく利用していた。

 

「偉いねぇ。お手伝いなんて」

 

「いえ……」

 

「坊や、お名前はなんて言うんだい?」

 

「キリコです」

 

「何歳ぐらいかな?」

 

「8歳です」

 

「じゃあ、うちの姪っ子と3歳違うんだ。ねぇ?うちの姪っ子のトワのお婿さんになってくれないかい?」

 

「は?」

 

「あの子、両親に似て遠慮しがちだからね。今のうちに外堀埋めとかないと」

 

「マーサ」

 

「トワちゃんの事情は知ってるけど、さすがに飛びすぎなんじゃない?」

 

「最近の子は早いって言うけどねぇ」

 

「とりあえず、8歳の子どもの前で外堀って言い方はやめてちょうだい」

 

「すまないね、ミリシャ。マーサもマーサでトワが心配でね」

 

「……………」

 

キリコは大人たちの会話をつまらなそうに聞き流していた。

 

「はい。これで全部だよ」

 

「ありがとう、フレッド。キリコ、あなたもお礼を言いなさい」

 

「ありがとうございました」

 

「どういたしまして。そうだキリコ君、何かほしい物はあるかな?」

 

「え?」

 

「そうね。あなたはいつも手伝ってくれるから何かご褒美をあげましょう」

 

「なら、あの本を」

 

キリコは棚に積まれた古い本を指さした。

 

「おや、こんな古い本でいいのかい?」

 

「はい」

 

「帝国の地理に関する本ね。大人向けだけど、大丈夫?」

 

「はい」

 

「フフ、勉強して偉くおなりよ」

 

マーサは棚から本を取り、袋に入れてラッピングした。キリコは袋を大事そうに抱えた。

 

 

 

その帰り道

 

「そろそろ帰ろうか。キリコ、ありがとうね」

 

「いえ…………!」

 

突然キリコはミリシャのスカートを引っ張る。

 

「キリコ!?」

 

「下がって………」

 

その瞬間、猛スピードで突っ込んで来た導力車にはねられ、キリコの体は宙に浮く。

 

そのままキリコ歩道に投げ出された。

 

「キリコーーーー!!!?」

 

ミリシャは半狂乱になってキリコに駆け寄った。

 

「大変だ!子どもがはねられたぞ!」

 

「誰か!早く医者を呼ぶんだ!!」

 

「そいつを取り押さえろ!絶対に逃がすなよ!」

 

その場にいた帝都市民たちは車両事故に驚きつつも、ある者は急いで医者を呼びに行き、ある者は角を曲がりきれずに鉄柵に衝突した導力車を運転していた貴族風の男を数人で取り押さえた。

 

貴族風の男は駆けつけた帝都憲兵隊に身柄を拘束され、キリコは近くの診療所に運ばれた。

 

事故から1時間後、キリコは目を覚ました。

 

「先生!この子が目を覚ましました!」

 

「信じられん……!正に奇跡だ!」

 

「ああ……エイドスよ……!この子を生かしてくださったこと……心より感謝いたします……!」

 

「…………………」

 

ミリシャたちは祈りを捧げていたため、キリコが絶望を抱いていたことに気づかなかった。

 

後に帝都憲兵隊の調査で、突っ込んで来た導力車とキリコのいた地点の角度が奇跡的に合致していたため、キリコは生存したと判断された。

 

パルミス孤児院に帰ったキリコを待っていたのは泣き叫ぶモニカと目を輝かせた子どもたちの視線だった。

 

この日以降、キリコはしばらく外出禁止が言い渡された。

 

また、パルミス孤児院に門番として退役間近の憲兵や、遊撃士見習いにあたる準遊撃士が配属されることとなった。

 

 

 

七耀暦 1200年

 

あの事故から4年、外出禁止令は解かれ、12歳となったキリコは一人で帝都にある図書館に出かけていた。

 

キリコは自身の体に眠る異能の力をどうにかすべく、エレボニア帝国内や周辺諸国に伝わる伝承を片っぱしから調べていた。

 

だが、未だこれと言った収穫は見つからなかった。

 

図書館へと向かうべく、近道の路地を歩いていると、キリコは犬の声を聞いた。

 

「あ…あ…あ……」

 

声のする方向を見ると、黒い制服を着た緑色の髪の女の子が野犬に壁際に追いやられていた。

 

「だ……誰か………」

 

女の子は目を瞑り、怯えていた。

 

「………………」

 

キリコは辺りを見回し、小石を数個拾った。

 

「おい」

 

キリコは野犬の近くに小石を無造作に放る。

 

「ガルルル……!」

 

野犬は標的を女の子からキリコに変え、飛びかかろうと低い体勢をとる。

 

「………………」

 

キリコは一瞬速く、小石を野犬の鼻面に正確にヒットさせる。

 

「ギャン!?」

 

野犬は思わぬ攻撃に狼狽える。

 

「………………」

 

さらに続けてキリコは野犬の脇腹に小石を当てる。

 

「ギャン!ギャン!」

 

野犬は慌てて逃げて行った。

 

「あ……………」

 

緊張の糸が切れたのか、女の子はへなへなと崩れ落ちる。

 

「……大丈夫か?」

 

キリコは女の子に手を差しのべる。

 

「……ッ!」

 

女の子はキリコに抱きつく。

 

「おい………」

 

「ひっぐ……ぐすっ……!」

 

女の子はキリコにすがり、泣き続けた。

 

「………………」

 

キリコは時間のロスを感じながらも、女の子を振り払うことはしなかった。

 

 

 

「あの……本当にごめんなさい。見ず知らずの人に幼子のような振る舞いを」

 

泣き止んだ女の子はキリコに詫びる。

 

「もういい」

 

「あ……」

 

怒られたと思ったのか、女の子は顔を伏せる。

 

「それより、あんな所で何をしていた」

 

「その……お買い物に行こうとして………」

 

「ヴァンクール大通りに抜けるこの路地を歩いていたわけか」

 

「はい……」

 

「ここはたまに野良犬が出る。同じ目に遭いたくなければ二度と通らないことだ」

 

「はい……」

 

「なら俺はもう行く。ここを出ればヴァンクール大通りだ」

 

キリコは図書館の方向に歩き出した。

 

「あ、あのっ!待ってください!」

 

女の子はキリコを追いかけた。

 

 

 

「なぜついて来る」

 

図書館に入ったキリコは後ろをついてきた女の子を一瞥する。

 

(と、図書館にも用があるからです!)

 

「ならどこかの席に座ればいいだろう」

 

(こ、こちらのほうが日当たりが良いからです!)

 

「今日はそれほど日があるわけではないはずだが」

 

(だ、だからその……)

 

「……………」

 

キリコは途中にあったベンチに座る。

 

「あ………」

 

「それで、いったい何の用だ?」

 

「ふえっ!?え、えっと……?」

 

「まさか理由もなしに追いかけて来たのか?」

 

「あのその……お礼が言いたくて……!」

 

「お礼?」

 

「はい……」

 

女の子はキリコの隣に座る。

 

「助けていただき、本当にありがとうございました。ですが、お礼も言えないまま、別れるのは……」

 

「別にいい。野良犬が邪魔だったからだ」

 

「それでも、助けていただいたことにかわりありません」

 

「……………」

 

頭を下げる女の子にキリコは何も言えなくなった。

 

「それより、その制服は聖アストライア女学院か」

 

「よくごぞんじですね。だれかお知り合いが?」

 

「毎年、寄附金を持って来るからな」

 

「寄附金?失礼ながら、貴方は帝都のどちらに住んでらっしゃるんですか?」

 

「……俺は帝都には住んでいない」

 

「え……?」

 

「俺は帝都から西のパルミス孤児院で暮らしてる」

 

「す、すみません……!」

 

女の子は再び頭を下げる。

 

「気にしなくていい。そういうお前は?」

 

「あ、はい。私はサンクト地区にある聖アストライア女学院の宿舎に住んでいます」

 

「ということは、貴族か」

 

「はい。家名は故あってお答えは出来ませんが」

 

「そうか……」

 

キリコは半分聞き流していた。

 

 

 

「そういえば、貴方はどうして図書館に?」

 

「……どうしても知らなければならないことがあった。探しているものはなかったがな」

 

「何ですか?それ?」

 

女の子は苦笑しながら言った。

 

「それにしても、ここは本当に静かで良い所ですよね」

 

「……そうだな」

 

キリコは手に取った本のページをめくった。

 

「そちらは……帝国軍に関する本ですね?」

 

「適当に取っただけだ」

 

「よく読めますね。私にはちんぷんかんぷんです」

 

「………………」

 

その後、キリコは軍関連の本を、女の子は児童向けの小説を読みながら過ごした。

 

 

 

(もうこんな時間か)

 

キリコが顔を上げると、午後3時を過ぎていた。

 

(さっさと帰るか………?)

 

横を見ると、女の子がうつらうつらとしていた。

 

「……………」

 

キリコは嘆息し、女の子の肩をゆする。

 

「ふあっ!?あ、あれ?私、寝てました?」

 

「とっとと起きろ」

 

「あ……あう~……」

 

女の子は顔を赤らめる。

 

「そろそろ帰る時間だ」

 

「お、お帰りになるんですか?」

 

「孤児院の門限があるんでな」

 

「そうなんですね。私もそろそろ宿舎に戻りませんと」

 

女の子は小説を本棚に戻す。

 

「行くぞ」

 

「はい」

 

キリコと女の子は図書館を後にした。

 

 

 

「すみません。わざわざ寄り道していただいて」

 

「サンクト地区はどうせ通るからな」

 

導力トラムに揺られながら、キリコと女の子はサンクト地区へ向かっていた。

 

「お探しのもの、見つかるといいですね」

 

「……ああ」

 

そんな話をしていると、導力トラムはサンクト地区に近づいた。

 

「ここまでですね」

 

女の子は寂しそうに言った。

 

「そうだな」

 

「また……会えますか?」

 

「さあな」

 

サンクト地区の停留所に停車し、導力トラムの扉が開く。

 

「今日はありがとうございました」

 

「ああ」

 

女の子はステップを降りて、振り返る。

 

「あ、あの!」

 

「?」

 

「私、ミル──」

 

女の子が言葉を発した瞬間、扉が閉まった。

 

「……………」

 

キリコは座席に座り、窓の外を眺めた。

 

 

 

「行っちゃいました………」

 

女の子は離れて行く導力トラムを名残惜しそうに見つめた。

 

(空のような、海のようなブルーの髪。宝石のようなターコイズブルーの瞳。大人びた口調とさざ波のない湖畔のような静かな雰囲気。一見粗雑に見えるけど、確かな優しさ……)

 

女の子は名前も知らない少年に想いを馳せる。

 

「また……会えますよね?」

 

「誰に会えるの?」

 

「キャアアアッ!?」

 

女の子は背後から声をかけられ思わず叫ぶ。

 

女の子が振り返るとそこにいたのはエレボニア帝国の皇女、アルフィン・ライゼ・アルノールだった。

 

「ひ、姫様!?」

 

「ごきげんよう。どうかしたの?」

 

「い、いえ別に……」

 

「ふーん?あら、なんだか顔が赤いような……」

 

「い、いえ……久しぶりに遠出したので疲れているんだと思います………」

 

「そう?なら今日は早めに休んだ方がいいわ。それと明日は朝一番に服装検査よ。その制服は洗濯に出すといいわ」

 

「あ、ありがとうございます……で、ではごきげんよう………」

 

女の子はふらふらと宿舎の方へ歩いて行った。

 

(ミルディーヌったら、なんだったのかしら?もしかして街で王子様に助けてもらったとか?な~んてね)

 

キリコと女の子──ミルディーヌ・ユーゼリス・ド・カイエン。

 

二人は後に、帝都から遠く離れた海都オルディスで再会を果たすことになる。

 

 

 

「ただいま戻りました」

 

「おかえりなさい。今日も図書館?」

 

「はい」

 

「そう。手を洗ってうがいして来なさい」

 

「分かりました」

 

キリコは洗面台に向かった。

 

「………………」

 

ミリシャはキリコの背中を見つめる。

 

「院長、どうかなさいましたか?」

 

シスター・レナがミリシャに聞いた。

 

「あの子がここに来てもう12年経つのね」

 

「そうでしたね。私が来たのは7年前ですが」

 

「なんだか、あの子から壁みたいなのが感じられるのよ」

 

「壁、ですか?」

 

「私たちや子どもたちには心を開いてるように見えるんだけど、心の奥底っていうのかしら。そこには踏み込まないでほしいって言ってるように思える時があるのよ」

 

「キリコ君が……」

 

「別段、キリコが珍しいってわけじゃないわ。ここに来る子は多少なりともそういう感情はあるものよ。自分だけの世界、とでも言えば良いのかしら。でもね……」

 

ミリシャはコップの水を飲む。

 

「あの子はそれが一際強いように思えるのよ」

 

「ミリシャ院長……」

 

「大丈夫ですよ」

 

シスター・ヒルデが入って来た。

 

「あの子はちゃんと分かってますよ。この間だって、小さい子たちに字の書き方を教えてましたから。ほとんどの子はつまらなそうでしたけど……」

 

「結局、モニカさんが担当したんですよね」

 

「それはいいんじゃない?」

 

シスター・ヒルデの言葉にミリシャは苦笑いを浮かべる。

 

「さあ、夕食の支度をしましょう」

 

「今日のメニューは大麦のパンと豆のスープとチーズ、後ミルクね」

 

「大きい子たちには配膳をやってもらいましょう。シスター・レナ、小さい子たちをお願いできる?」

 

「わかりました」

 

ミリシャとシスターたちはそれぞれ動き出した。

 

 

 

(まさか、キリコがこんな所にいたとはな。2年前のD∴G教団殲滅作戦時には該当する名前がなかったから、正直手詰まりだったが。フッ、灯台もと暗しとはこのことだな)

 

(いよいよキャスティング完了と言ったところか。ならば私もそろそろ動かねばな)

 

パルミス孤児院を観察していた金髪の軍人が去って行ったことには、誰一人気づかなかった。

 

 

 

七耀暦 1202年

 

14歳になったキリコはミリシャとシスターたちに呼ばれた。

 

呼ばれた場所に行くと、老夫婦が座っていた。

 

「キリコ、こちらはキュービィー夫妻よ。挨拶なさい」

 

「………キュービィー?」

 

キリコは顔を上げた。

 

「キリコ君?」

 

「いえ、なんでも……」

 

「ふふ、緊張してるのね」

 

老婦人は微笑んだ。

 

「うんうん。君に会えて良かったよ、キリコ君」

 

「?」

 

「要するにね、あなたを養子として引き取りたいとおっしゃるのよ」

 

「俺を?」

 

「うむ……」

 

キュービィー老人は目を伏せた。

 

「わしらは長い間、子どもを望んでおったのだが、遂に授からなかった。そんな折、この孤児院を紹介されてな。数日前にここを訪れた際、君を見かけたのじゃ」

 

「その時に決めたの。あの子にしましょうって」

 

「……………」

 

キリコは二の句が継げなかったが、すぐに顔を上げた。

 

「……本当に俺で良いんですか?」

 

「キリコ君?」

 

「ここには俺よりも聞き分けの良い子どもはたくさんいますよ」

 

「キリコ君……」

 

シスター・レナはキリコは言葉をかけようとした。

 

「わしらは君が良いんじゃよ」

 

「キリコ君が、一番寂しそうな目をしていたからよ」

 

キュービィー夫人はキリコを抱き締めた。

 

「………………」

 

キリコの胸が暖かいもので満たされていく。それは久しく忘れていた感覚だった。

 

「キュービィーさん……」

 

「すぐにはお返事はできませんが、二日以内には」

 

「ほっほっほ。年寄りには二日くらいなんでもないわい」

 

「それじゃ、キリコ君。またね」

 

「……はい………」

 

そう言ってキュービィー夫妻は孤児院を後にした。

 

「キリコ君、戸惑う気持ちは分かります。今晩しっかり考えてください。どのような答えでも、私たちはあなたの考えを尊重します」

 

「………………」

 

シスター・レナが優しく問いかける。キリコの中ではほぼ答えは出ていた。

 

「………嘘…………」

 

そして陰でこっそりと聞いていたモニカは呆然としていた。

 

 

 

二日後、キリコはキュービィー夫妻の養子になることが正式に決まった。

 

長く苦楽を共にしてきた仲間たちは別れを惜しみながらも、旅立つキリコを祝福した。

 

サムとビルは積年の恨みを晴らそうとしたが、キリコに返り討ちに遭い、二人仲良くベッドの中だった。

 

「今日でお別れね」

 

「寂しくなりますね」

 

「お体には気をつけて下さいね」

 

「……長い間お世話になりました」

 

キリコはミリシャたちに頭を下げる。

 

「キュービィーさん、この子をよろしくお願いします」

 

「お任せくだされ」

 

「他の子どもたちを見れば分かります。キリコ君はとても慕われているんですね」

 

「そうですね。彼がここに来て14年になりますから」

 

「14年も……」

 

キュービィー夫人は目を丸くした。

 

「……そろそろ、行くとしようか」

 

「ええ」

 

「……………」

 

モニカがキリコの上着をつかむ。

 

「お兄ちゃん……ホントに行っちゃうの……?」

 

「もう決まったことだ」

 

「うう……グスッ……!」

 

「またな」

 

「また……会える……?」

 

「………ああ」

 

キリコはモニカの頭に手を置く。

 

「また……会おうね………約束だよ……っ!」

 

「ああ」

 

キリコは涙ぐむモニカや子どもたちに別れを告げ、14年の歳月を過ごしたパルミス孤児院を後にした。

 

 

 

大陸横断鉄道に揺られ、帝都から北西のラマール州を目指すキリコとキュービィー夫妻はこれからのことを話していた。

 

「よろしく頼むよ、キリコ君」

 

「はい」

 

「そうそう、あなたの名前もちゃんとあるのよね」

 

「名前……」

 

「うむ。君は今日からキリコ・キュービィーと名乗るんじゃ」

 

「キリコ……キュービィー………」

 

キリコは自身の名前に嘆息した。

 

「???……どうかしたの?」

 

「いえ、なんでもありません(まさか自分の本名をこんな形で名乗ることになるとはな))

 

「まあまあ、キリコ君も緊張しとるんじゃろ。おっと、これからはキリコと呼ばねばな」

 

「そうね。よろしくね、キリコ」

 

「はい…………お父……さん…………お母……さん………」

 

キリコは二人の目を見ながらたどたどしく告げた。

 

キュービィー夫妻はやっと聞けた言葉に目を潤ませた。

 

 

 

キリコが引き取られてから三日後の夜

 

パルミス孤児院は静けさに包まれていた。マーサとシスター二人は紅茶を飲みながら話をしていた。

 

「子どもたちが寝静まると本当に静かねぇ」

 

「ええ。なんだか怖いくらいに」

 

「何事も起きなければ良いんですけど……」

 

「そうね。さて、私たちも休みましょう。明日はフレッドとマーサの所に行かなくちゃ。それに……」

 

突然パチパチと何かが爆ぜる音が響いた。

 

「あら?何の音かしら?」

 

「薪をくべたような音ですね……」

 

「でも今は秋口ですが……」

 

「それにこの油のような匂い…………ッ!──まさか!?」

 

ミリシャが言い終わるやいなや、パルミス孤児院の周りに炎が上がる。

 

「こ、これは!?」

 

「火事!?」

 

「考えている暇はないわ!早く子どもたちを!」

 

ミリシャたちは子どもたちの寝室へと飛び込んだ。

 

「う~~~ん?」

 

「ミリシャせんせえ……どうしたのぉ……?」

 

「早く起きなさい!火事よ!」

 

「ええっ!?」

 

「火事!?」

 

「ほ、ほんとだ!燃えてる!」

 

「みんな、落ち着いてください!裏口から外へ出ますよ!」

 

「遅れないで!大きい子は小さい子の手を離さないで!」

 

『は、はいっ!』

 

シスターたちの指示に従い、年長の子どもたちは年少の子どもたちを引き連れ、裏口へ向かった。

 

だが──

 

「そんな…………」

 

「裏口まで……!?」

 

裏口は完全に火の手が上がっていた。

 

「ミリシャ……せんせぇ……!」

 

「こわいよ……こわいよぉ……!」

 

「大丈夫よ……きっと助けが来るわ。さあ、みんなは真ん中に集まって。私たちがしっかり抱っこしてあげるから」

 

ミリシャは懸命に子どもたちを慰めるが、ミリシャ自身もどうにかなりそうだった。

 

(どうしてこんな……いったい誰が……)

 

すると、バキバキと音をたてて天井の梁が落下してきた。これによりミリシャたちは完全に閉じ込められた。

 

さらに、ミリシャたちの真上の屋根が崩れ落ちる。

 

「あ……あぁ………」

 

「女神よ……せめてこの子たちだけでも………」

 

(お兄ちゃん…………)

 

シスターと子どもたちは炎に包まれた。

 

 

 

(……う………あぁ………)

 

ミリシャは大火傷を負い、朦朧としながら崩れた壁の外を垣間見た。

 

(……あ……れ……は………)

 

ミリシャの目は確かに見た。

 

(……帝……国軍………?)

 

その瞬間、視界が炎に包まれた。それがミリシャ・パルミスが最期に見たものだった。

 

 

 

「大尉、これ以上は炎で近づけません」

 

「よし、任務終了。総員、帰還する」

 

「しかし……本当にここが遊撃士協会連続襲撃犯のアジトなのですか?」

 

「そうだ。奴らは最初に東側を襲い、警備の目が緩んだ隙を狙って西側を襲った。そして大混乱に乗じて西へと逃げた。そしてこの近くでバラけた。つまりこの建物が最も怪しいのだ」

 

「で、ですが大尉、ここは孤児院として登記されており、実績も認められております。また準遊撃士も門番として出入りしています。怪しいところは何も……」

 

「バカ者!!」

 

大尉と呼ばれた男は部下に短剣を突きつけ、怒鳴りつけた。

 

「この部隊の隊長は俺だ!俺が怪しいと思えば怪しいんだ!貴様らは俺の命令を聞いていれば良い!わかったらさっさと兵どもを撤収させろ!」

 

「しかし……!」

 

「俺の判断に狂いはない!」

 

「りょ、了解しました……」

 

大尉の部下は命令通り、兵士たちに撤収を呼びかけた。

 

(まったく、出来の悪い部下を持つと苦労する。重要なのは襲撃犯のアジトを見つけ、処理したという結果と事実なのだ。過程や方法など二の次でしかない。それに遊撃士協会にスパイが入り込んでいる可能性もあるし、孤児院の名目でガキどもを工作員として教育していることも考えられる。そんな当たり前のこともわからんとは、無能にも程がある)

 

(とにかく、これで俺の出世は間違いあるまい。このエレボニア帝国正規軍第十機甲師団歩兵大隊第10部隊隊長、カン・ユー大尉のな。おそらく少佐、いや中佐に、いや勢いあまって大佐になれるやもしれん。そうなれば共和国出身の新参者だとバカにした奴らを見返せる。クメンにいた頃の、ゴン・ヌーの下にいたよりも上の権力を手にする!)

 

(そして俺の名はこの国中に響くことになる。その時こそ、俺はこのエレボニア帝国の英雄になれるのだ………!)

 

だが、カン・ユー大尉の思い描いた展開にはならなかった。

 

短剣を突きつけられた部下からの内部告発によりこれまでの悪行の全てを知られたカン・ユー大尉は全ての責任を取らされ官位剥奪の上、ヘイムダル監獄へ連行された。

 

やったのは部下の方だと喚きたて、魔が差したと言い訳を重ね、泣き叫びながら連行されていく様は、軍人として無能の烙印を押させるのに十分だった。

 

また帝国政府は今回の事件はあまりに残虐な内容であるからと事実を曲げ、全てを包み隠した。

 

そのため、帝国民には原因不明の火災で院長とシスター二人と16人の子どもたちが犠牲になったと報じられた。

 

ラマール州の山奥の村に移ったキリコがパルミス孤児院焼失を知ったのはその翌日だった。

 

キリコはコーヒーの入ったカップを落とし、しばらくの間動けなくなった。

 




次回、第Ⅱ分校での日常です。


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水練

時系列では第2章と第3章の間の出来事です。


七耀暦 1206年 6月2日

 

クロスベル州での演習から帰還した第Ⅱ分校生徒たちは元の日常を取り戻していた。

 

演習にて独断専行を犯したⅧ組戦術科のアッシュとⅨ組主計科のミュゼがⅦ組特務科への異動が決まるなどのハプニングはあったものの、クラスに溶け込むのも早かったためか、大きな混乱は全くなかった。

 

季節は夏へと移行し始め、それに伴い、新たな授業が始まろうとしていた。

 

 

 

HR前

 

「水練……ですか?」

 

「どうも、近日中にあるらしい」

 

「そろそろ夏になりますからね。当然と言えば当然なのでしょう」

 

「憂鬱です」

 

「お前、水泳部のくせしてカナヅチかよ?」

 

「……黙秘します………」

 

アッシュの軽口にアルティナは口を閉ざす。

 

「そういえば、水練で使う水着はまだ持っていませんね」

 

「当然、分校指定の水着なんだろうけどね」

 

「水泳部の方は既に持っていますが、他の方はまだ持っていないんでしたね」

 

「サイズとかどうするんだろ?」

 

「? 体型なら測れば良いのでは?」

 

「いや、そういうことじゃなくて。ていうか、アル!体型とか軽々しく言っちゃダメ!」

 

「正直恥ずかしいですが…………キリコさんでしたら♥️」

 

「アンタもいい加減にしなさい!」

 

頬を赤らめ、キリコにもたれかかるミュゼをユウナが叱責した。

 

「はぁ………」

 

リィンはため息をつきながら教室に入って来た。

 

「お疲れ様です、教官」

 

「ああ、お疲れ。みんなも知っているみたいだが、近日中に水練の授業が始まることになった」

 

「それについてですが、水着はどうするんですか?」

 

「それについては、女子生徒はHRの後にトワ教官と共に屋内プールの女子更衣室に集合するようにとのことだ。男子はランディ教官と格納庫だ」

 

「ほっ……」

 

「当然ですね」

 

「屋内プールの女子更衣室ですね。わかりました」

 

「野郎が一斉に格納庫かよ。色気ねぇな」

 

「いや、当然だろう」

 

「……………」

 

「とりあえず、時間が押してるそうだからHRはここまでとする。キリコ、号令」

 

「起立、礼」

 

キリコの号令と共にHRは終わった。

 

 

 

「それじゃ、みんなは更衣室で制服を脱いで一人ずつ入って来てね。まずはアルティナちゃんからだよ」

 

「はい」

 

トワは先に屋内プールの方に歩いて行く。女子生徒たちは制服を脱ぎながら、おしゃべりを始めた。

 

「それにしても水練ですか」

 

「屋内プールがあるから授業はあると思ったけど」

 

「ちょっと恥ずかしいような気もしますね」

 

「そうかね。別に気にしたことないけど」

 

「レオ姉は水泳部だからでしょ」

 

「あうう………」

 

「大丈夫だよ、タチアナちゃん」

 

蹲るタチアナの肩をサンディがさする。

 

「そうですよ。それに不埒な殿方はゼシカさんとレオノーラさんにお任せすれば大丈夫ですよ」

 

「ええ、任せてちょうだい」

 

「この中の一人でも泣かせたらタダじゃおかないからね」

 

ゼシカとレオノーラは指を鳴らしながら微笑む。

 

「やっぱり頼りになるわね~」

 

「あははは………はい………」

 

「それにしても不埒か……」

 

「Ⅶ組は問題なさそうね」

 

「キリコ君を筆頭にクルト君とアッシュ君ですね」

 

「キリコなら大丈夫だろ」

 

「キリコ君と不埒ほど結びつかないものってあるのかな?」

 

「キリコさんは真面目な方ですからね。無愛想なのが珠にキズですけど……」

 

「そうね。不埒とか軟派とか軽薄とかとは無縁そのものだしね」

 

「というか、女子に興味がなさそうだもんね」

 

「……それはそれで腹が立つけど」

 

「キリコ君への評価が半端なく高いわね……」

 

「あ、あははは…………」

 

ユウナとティータは苦笑した。

 

「クルトさんとカイリさんはご実家が貴族ですから問題なさそうですね」

 

「スターク君とグスタフ君は物腰は柔らかい感じよね。この二人も大丈夫でしょう」

 

「ウェイン君はたまに暑苦しいけど、礼儀は弁えてるから良いんじゃない?」

 

「さ、最近気づいたんですが、アッシュさんはそれほど乱暴な方ではないようです……」

 

「パブロはずけずけくるけど、まあ良いんじゃない?」

 

「フレディ君は他のみんなとは系統が違うような……」

 

「となると、要注意なのはやっぱりシドニーかねぇ?」

 

「口を開けば女子のことばかりですからね」

 

「そこはまあ、仕方ないんじゃない?男の子だし」

 

「そこは様子見ということで」

 

「万が一の時は任せな」

 

「ええ、何時でも折檻できるわ」

 

「ほらほら!いつまで喋ってるの?そろそろ始めるよ!」

 

『はーい!』

 

女子生徒たちは屋内プールへと入って行った。

 

 

 

一方、格納庫

 

「来たぜ来たぜ来たぜ~!遂にこの時が~!」

 

「シドニーさん………いつになく興奮してますね」

 

「スタイルの良いユウナ、控えめなアルティナ、小悪魔的なミュゼ、武士っ娘のゼシカ、姉御肌のレオノーラ、東方美人なマヤ、素朴さが売りのサンディ、クールでシニカルなヴァレリー、シャイな文学系のタチアナ、天然おっとり系なルイゼ、がんばり屋のティータ。それにお姉さん教官のトワ教官に女王様な分校長!」

 

『……………………』

 

シドニーのペースに誰もついて行けなかった。

 

「ああ、女神様。夏という季節を作っていただいたこと、心より感謝いたします」

 

シドニーはひざまづいて女神に祈った。

 

「シドニー………」

 

「なんというバチ当たりな……!」

 

「ククク……そういうてめえもそわそわしてんじゃねぇか?」

 

「ち、違うぞ!そういうアッシュこそ……!」

 

「落ち着けウェイン。アッシュも煽るな」

 

グスタフがウェインとアッシュを仲裁した。

 

「はぁ………」

 

「ん?どうしたんだカイリ?」

 

「皆さん、筋肉があって羨ましいです……。僕なんか毎日筋トレしているのに……」

 

「うーん、筋肉ってそう簡単に付かないらしいから気長に続けていくしかないんじゃないか?

 

「そうだな。無理な筋トレは逆に体を痛めるって言うし」

 

「はぁ……わかってはいるんですけど……」

 

カイリはため息をつく。

 

「なら体力をつけたらどうだ」

 

「え?」

 

キリコの言葉にカイリは顔を上げる。

 

「体力……ですか?筋肉ではなく?」

 

「戦闘や演習でも言えることだが、パワーが高くてもスタミナが低ければ何の意味もない」

 

「それは言えているな。山で食材を探す時も体力勝負だからな」

 

「フレディはブレないな……」

 

「要するに、最後まで動ける体力の方が重要ということか」

 

「ウェインなんか序盤に飛ばしすぎて最後までもたないしな」

 

「確かに、スタークの肩につかまっとる場面多いよな」

 

「でも……!男なら筋力の方が……」

 

「筋骨隆々が強いとは限らない。体力勝負に持ち込むなら筋肉は逆に枷になるだろう」

 

「確かにな。筋肉は脂肪より重いと言うしな」

 

「……………」

 

カイリは完全には納得していないようで、顔が沈む。

 

「……どんな状況でも」

 

キリコが口を開く。

 

「味方の、後ろからの援護というのはありがたい」

 

「あ……」

 

「そうだな。サポート役が優秀というだけで大きなアドバンテージになるからな」

 

「カイリは気が利くし、回復系クラフトを持ってるし、医療や薬の知識もある。役に立たないなんて思ったことはないよ」

 

「そのとおりだ」

 

「自信持ってええんやで?」

 

「…………………」

 

「まっ、そう難しく考える必要はないと思うぜ」

 

見かねたランディがやって来た。

 

「ランディ教官……」

 

「カイリの気持ちはわかんなくはねぇ。だがお前にはウェインやクルト、キリコにすらない才能がある。それだけは忘れんな」

 

「キリコさんにすら……?」

 

(確かに、俺は医療や薬の知識はからっきしだからな)

 

「カイリだけじゃねぇ。お前らにはそれぞれに才能がある。それも他のやつには負けないな」

 

「才能……」

 

「ヘッ………」

 

「俺らだけの……」

 

「っと、そろそろ時間が惜しいからな。始めんぞ!」

 

『イエス・サー!』

 

男子生徒たちもそれぞれ計測を始めた。

 

 

 

夜 学生寮の食堂

 

『いただきます』

 

席に着いたⅦ組メンバーはユウナとアルティナとミュゼが作ったカレーライスとシーザーサラダの夕食を取っていた。

 

「おっ、このカレー美味いな。ユウナが作ったのか?」

 

「ううん、アルが作ったのよ」

 

「……え?」

 

「チビウサが!?」

 

「はい……」

 

「私たちも手伝いました」

 

クルトとアッシュが驚くのも無理のないことだった。

 

第Ⅱ分校学生寮では掃除、洗濯、食事は学生自らが行うことになっており、特に食事は各クラスで当番制を採っていた。

 

それはⅦ組特務科も例外ではなかったが、大きな問題があった。

 

それはアルティナの生活スキルの低さだった。

 

前世でサバイバルを何度も経験、さらに神の子を育て上げたキリコは最低限のスキルは持っていた。

 

だがアルティナは最低限のスキルすら持っておらず、特に料理に関してはユウナが文字通り匙を投げるほどだった。

 

また、アルティナの料理を口にした者の大半が体調を崩すことになった。

 

そこでユウナの発案で、アルティナは家事スキル向上に取り組むことになった。

 

最初は「必要ない」と渋っていたが、Ⅶ組メンバー全員に押しきられた。

 

だが回数を重ねるうちに楽しさを覚え、結果としてスキルは向上していった。

 

「2ヶ月前とは別物だな」

 

「ありがとうございます。ユウナさんとミュゼさんに手伝っていただきましたが、上手く出来たと思います」

 

「キリコさん、このサラダは私の自信作なんです。できれば、あーんしてほしいんですけど♥️」

 

「はいそこ。どさくさになにしてんの?」

 

「ああん♥️」

 

「…………………」

 

キリコはユウナにひっぺがされるミュゼに一瞥することなく黙々と食べ続ける。

 

(大変だな……キリコは……)

 

(ククク……見てて飽きねぇな)

 

「キリコさん」

 

「何だ?」

 

「いかがですか?」

 

「悪くない」

 

「そうですか」

 

「……お代わりをもらう」

 

「あ、はい……」

 

キリコはカレーライスのお代わりをした。

 

「せっかくだし、僕ももらおうかな」

 

「腹へってんだ。もらうぜ」

 

クルトとアッシュも続いた。

 

「アルティナさん、良かったですね」

 

「頑張った甲斐があったわね」

 

「はい……」

 

結局、キリコとクルトとアッシュはカレーライスを3杯ずつお代わりをした。

 

 

 

二日後

 

水練の授業が始まった。

 

本来ならば全クラス合同で行われるのだが、最初は各クラスに別れて行われた。

 

「あん?俺らが先か」

 

「そうみたいだな」

 

「……………」

 

既に水着に着替えたⅦ組男子はプールサイドで暇をもて余していた。

 

「おい、ヴァンダール。様子を見て来いよ」

 

「断るに決まってるだろう」

 

クルトはアッシュに毅然と言いはなった。

 

「ごめんごめん。待った?」

 

「お待たせしました」

 

「時間がかかってしまいましたね」

 

ユウナ、アルティナ、ミュゼがプールサイドを歩いて来た。

 

「遅えよ」

 

「仕方ないでしょ」

 

「アッシュさんたちは着るのではなく穿くタイプなので時間の差はやむを得ないかと」

 

「まあ、それはそうなんだろうが……」

 

「…………………」

 

「それにしても、みんなやっぱり鍛えてるわね」

 

「まあ、鍛練は怠ってはいないけど……」

 

「クルトさんはともかく、アッシュさんは鍛練をしているんですか?」

 

「まあ、アホの相手にはこと欠かないんでな」

 

「あんた、また喧嘩?」

 

「実力ってモンを教えてるだけだっつの」

 

「キリコさんはどうですか?」

 

「技術部の方で手一杯でな」

 

「それでその体ですか」

 

「いくら軍隊帰りって言ってもねぇ……」

 

「ただ、見た限りではアッシュさんが一番筋肉質であるかと」

 

「次いでキリコ君ね。クルト君はスリムな感じ?」

 

(どうしてユウナさんやアルティナさんはまじまじと見つめられるんですか……。私は………や、やっぱりキリコさんを見られない………)

 

ミュゼは頬を赤らめ、キリコから顔を背ける。

 

(ミュゼさん?)

 

「全員、集まっているな?」

 

『分校長!?』

 

(なぜオーレリアが?)

 

更衣室から出てきたのはリィンではなく、オーレリアだった。

 

「なに、そなたらの担当教官と代わってもらったのだ」

 

「か、代わったって……」

 

「どうやったんだか」

 

「まあ良い。ではこれより、水練の授業を始める」

 

オーレリアの宣言にⅦ組メンバーの顔が引き締まる。

 

「水練は何も単純に泳ぐだけではない。水中という環境でいかに平静を保てるかや、水難者の救出の手順などを教えていくことになる」

 

「水難者の救出……」

 

「そうだな。主に着衣泳法や人口呼吸と言ったところか」

 

「人口呼吸!?」

 

「ふむ……」

 

(あわわわ………)

 

「……ヘッ」

 

「人口呼吸か……」

 

「…………」

 

「……言っておくが、これは人命を問うものだからな」

 

「は、はいっ!」

 

(そうです、人口呼吸とは人命救助のためにするもの。そうですとも)

 

「まあ、今回は正しい泳法を知ることが目的だ。そう硬くなる必要はない」

 

「正しい泳法……」

 

「そうだ。とりあえず、まずは準備運動をするがよい。溺れては元も子もないからな」

 

『イエス・マム』

 

Ⅶ組メンバーは準備運動をし、体をほぐした。

 

 

 

「うしっ!俺の勝ちだな!」

 

「うぐぐ……アッシュに負けるなんて……」

 

ユウナはガッツポーズをするアッシュを睨み付ける。

 

「………………」

 

「大丈夫ですよ、アルティナさん。私も泳ぎは得意な方ではありませんから」

 

ミュゼは落ち込むアルティナを慰めていた。

 

Ⅶ組メンバーはオーレリアの指示で総当たり戦を行っていた。

 

正しい泳法は手取り足取り教えるのではなく、数をこなすことで身体に叩き込むというのがオーレリアの持論だった。

 

そして、今度はキリコとクルトの番だった。

 

「負けるつもりはない。全力で行く!」

 

「ああ」

 

クルトとキリコはそれぞれのレーンに並び立つ。

 

「意気や良し。それでは………始め!」

 

「「!」」

 

キリコとクルトはほぼ同時に飛び込んだ。

 

クルトは水を掻き分け進む。そのスピードは確かに速い。

 

だがキリコの方が水を掻くスピードも、進む速さも上回っていた。

 

二人の距離は徐々に開き、最初にプールサイドに触れたのはキリコだった。

 

「ふう……」

 

「はぁ…はぁ………さすがにやるな」

 

「そちらもな」

 

「何をしている。次はキュービィーとクロフォードだ。さっさと戻って来い」

 

「は、はいっ!」

 

「了解」

 

オーレリアの呼びかけに二人はプールから上がる。

 

 

 

その後火がついたオーレリアも加わり、Ⅶ組メンバー全員の総当たり戦が終わった。

 

結果は

 

ユウナ:2勝4敗

 

クルト:3勝3敗

 

アルティナ:0勝6敗

 

アッシュ:4勝2敗

 

ミュゼ:1勝5敗

 

キリコ:5勝1敗

 

オーレリア:6勝0敗

 

という形で終わった。

 

「さ、さすがにキツイわね……」

 

「ああ………」

 

「もう動けません………」

 

「クソ……涼しい顔しやがって……!」

 

「キリコさん……貴方の体力はいったい………」

 

「…………………」

 

「何をしている。本番はこれからぞ?」

 

『……は………?』

 

(何?)

 

オーレリアの言葉にⅦ組メンバーは固まる。

 

「これより、『限界修練法』を行う」

 

「限界修練法……?」

 

「いやな予感が……」

 

「その名の通り、限界まで泳ぎ続けてもらう」

 

「嘘……………」

 

「…………………」

 

「アルティナさんが青ざめてます………」

 

「あり得ねぇ……」

 

「………やるしかないか」

 

「無論休憩時間は取る。では始める!」

 

この後、休憩時間を挟みながらⅦ組メンバーは体力の限界まで泳ぎ続けた。

 

 

 

「ふむ、久々に全力で泳いだな。どうした?そなたらも顔を上げたらどうだ?」

 

『……………………』

 

Ⅶ組メンバー全員にもはや喋る気力も体力も残っていなかった。

 

特にアルティナとミュゼは意識が朦朧とし、立っているというより浮かんでいるという表現が正しかった。

 

「まあ良い。とにかく上がるがよい。最後にストレッチをしておくように。でなければ明日は地獄を見るぞ」

 

『イ……イエス…………マム……………』

 

「声が小さい!」

 

『イエス・マム!』

 

Ⅶ組メンバーは最後の力を振り絞り、プールから上がった。

 

「次はⅧ組戦術科、その次がⅨ組主計科か。いや、いっそ合同で行うか。さて、どれほどのものか」

 

後日、Ⅷ組とⅨ組全員が地獄を見た。

 

 

 

その後着替えを済ませたⅦ組メンバーは教室でぐったりしていた。

 

「死ぬ……ホントに死ぬ………」

 

「念入りにストレッチをしたけど、体が重いな……」

 

「ううう……クラウ=ソラ……」

 

「アルティナさん、ダメですよ………」

 

「つーか、キツすぎだろ……」

 

「……同感だな」

 

「……キリコ君、その割りには平気そうだけど?」

 

「一応お聞きしますが、手を抜いたりは……」

 

「していない。分校長なら即座に見抜くだろう」

 

「それもそうですね」

 

「それがわからない黄金の羅刹じゃないか……」

 

「バケモンが……」

 

クルトたちは思わずため息をついた。

 

「体がすごく重いです……」

 

「なら深呼吸しろ。その方が楽になる」

 

「はい……」

 

アルティナはキリコの言うとおり、深呼吸を始めた。

 

「どう?アル?」

 

「確かに、少し楽になってきたような気がします」

 

「ああ、そうだな。しかし……」

 

クルトは顎に手をやる。

 

「どうかしましたか?」

 

「分校長が行った限界修練法なんだけどね」

 

「無茶苦茶疲れたんだけど、こんなのやる意味あったのかな?」

 

「ただ、後半から余分な力が入らなくなったような気がしてね」

 

「人体は極度の疲労に陥ると無意識に一番楽な動きをするそうです」

 

「つまり、一番自然な動きってことだな」

 

(確かにタイムはそれほど悪くはなかったな)

 

「ただのスパルタやしごきってわけじゃなかったのね」

 

「そういうことだ」

 

教室にリィンが入って来た。

 

「あ………」

 

「お疲れ。みんなしごかれたようだな?」

 

「しごかれたようだな?じゃないですよ!なんでよりによって分校長と代わったんですか!?」

 

ユウナがくってかかる。

 

「すまない………分校長に強引に押しきられてしまってな」

 

リィンは申し訳なさそうに頭をかく。

 

「……イメージできますね」

 

「反論も許されなかったのでしょう……」

 

「本当にすまない。この埋め合わせは必ずするから」

 

「絶対にですよ!」

 

「当然、俺らもな」

 

アッシュが便乗する。

 

「わかったわかった。とにかく、今日はお疲れ様。入浴の後もストレッチするのも忘れるなよ」

 

リィンはユウナたちを労い、HRを終わらせた。

 

 

 

「ねえ、みんな」

 

帰り支度を整えたユウナは、教室を出ようとしたメンバーを引き留めた。

 

「どうした?」

 

「今日の夕食なんだけど、食堂じゃなくてバーニーズで食べない?」

 

「バーニーズで?」

 

「みんな疲れてるでしょ?たまには良いんじゃない?」

 

「賛成です」

 

「だな」

 

アルティナとアッシュは賛成した。

 

「ですが、ミラは大丈夫なんですか?」

 

「僕の方は問題はないかな」

 

「個人で管理しているので大丈夫だと思います」

 

「メシ代出せるぐれぇの余裕はあるぜ」

 

「問題ない」

 

「じゃあ、決まりね。夜7時にバーニーズに集合ってことで!」

 

「んじゃチビウサ。じゃじゃ馬のお守りは任せたぜ」

 

「ちょっと自信が……」

 

「大丈夫ですよ。私がお迎えに参りますので」

 

「ちょっとみんな!それどういう意味!?」

 

ユウナは憤慨した。

 

「遅刻をなくしてから言え」

 

キリコはそれだけ言って教室を出てった。

 

「うん、キリコの言うとおりかな」

 

「だな」

 

「ですね♪」

 

「ユウナさん、形なしですね」

 

「ううう~~~!」

 

クルトたちの正論にユウナは地団駄を踏んだ。

 

その夜、各々の部屋で休息を取ったⅦ組メンバーは宿酒場バーニーズに集まった。

 

寝坊し5分遅れてきたユウナを窘めつつ、Ⅶ組メンバーはチキンやポテトなどの夕食を取り、互いに疲れを労った。

 

翌日、Ⅶ組メンバーは筋肉痛を患ったがオーレリアのケアとリィンのアドバイスが効いたのか、それほどひどくはならなかった。

 




次回、キリコの誕生日パーティーの裏側を書きます。


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時系列では第3章と第4章の間の出来事です。

連載から1年以上経ったんですね。長かったような、短かったような……


七耀暦 1206年 6月25日

 

ラマール州での演習からまもなく。分校生徒たちは迫る定期試験に向き合いながらも、ある目的のために動いていた。

 

『7月8日にキリコ(君)(さん)の誕生日パーティーをサプライズでやろう!』と。

 

本来キリコの誕生日は7月7日なのだが、その日は定期試験の最中ということから試験終了日の8日に行うことに決まった。

 

当初は生徒だけでやるつもりだったが、噂を聞き付けたオーレリアが第Ⅱ分校全体で行うと宣言。リィン、ランディ、トワら教官陣も参加を希望した。

 

唯一ミハイルだけが異を唱えたが、オーレリアの「第Ⅱ分校の結束力が高まる良い機会だ。そなたは元々、この第Ⅱ分校を利用する腹積もりであろう?ちょうど良いではないか」という言葉に苦々しげに首を縦に振った。

 

これにより、キリコの誕生日パーティーは分校全体で行うことが決定した。

 

当然ながら、キリコ本人は知るよしもなかった。

 

 

 

「キリコ君の誕生日パーティーか、なんか楽しみだよね」

 

教室では、キリコを除くⅦ組メンバーが話し合っていた。ちなみにキリコは格納庫に詰めている。

 

「そういやあいつ、何歳なんだ?」

 

「キリコさんは現時点で17歳です。つまり、7月7日をもって18歳ですね」

 

「今の僕たちより年上か。なんだか妙な感じだな」

 

クルトは感慨深げに言った。

 

「そう言えば、キリコ君ってミュゼの実家で暮らしてたのよね?そんときはどうしてたの?」

 

「その時は私とおじい様とおばあ様とセツナさんとで行いましたよ。セツナさんが腕によりをかけたお料理が並んで、キリコさんは全て完食なされました」

 

「へえ、そうなんだ」

 

「キリコさんって料理にうるさい方なんでしょうか?」

 

「どうもわからないな。ただ、寮の食事でも出された物を残した所は見たことないな」

 

「ただ腹減ってただけじゃねえの?」

 

「まあ、そこは置いておいて。皆さんは何かプレゼントはありますか?」

 

「すみません、思いつかないです」

 

「僕もだな。キリコは物を欲しがるタイプには見えないし……」

 

「野郎に物贈ったってしゃーねーだろ」

 

「あたしもさっぱり。ミュゼは?」

 

「はい。私自身をデコレートして贈ります♥️これならばキリコさんと言えど有効かと♥️」

 

「キリコ君に怒られても良いなら止めないわよ?」

 

「……すみません」

 

かつてキリコに淡々と説教をされたミュゼはその恐怖を思いだし、顔を暗くした。

 

「話には聞いてたけど、本当にトラウマなのね………」

 

「はい……いっそ、怒鳴ってもらった方がマシです………」

 

「怒鳴らないで淡々と粛々と理詰めで問いかける感じか。確かに怒鳴られるより堪えるな……」

 

「サザーラントでの演習後の反省会でもキリコさんに怒られましたね」

 

「前回なんざ、頭は飾りか?なんて言いやがった。チッ、思い出しただけでムカつくぜ」

 

「……とりあえず話を戻すわよ。その時は嫌な顔はしなかったのよね?」

 

「はい。心なしか、楽しそうでした」

 

「ならちょうど良いわ。盛大に祝ってあげようよ」

 

「そうだね」

 

「そうですね」

 

「しょーがねーな」

 

「ふふ、楽しみですね」

 

「じゃあ、そろそろ切り替えよう。試験勉強もあるしね」

 

「そうね。仕送り減らされるわけにはいかないもの」

 

Ⅶ組メンバーはそこで一旦解散した。

 

 

 

ティータ、サンディ、フレディは学生食堂でパーティーのメニューを相談していた。

 

「まずはキリコさんの好みの食べ物ですね」

 

「キリコ君かぁ……。好き嫌いはないみたいだけど、いったい何が好きなんだろ?」

 

「ならば、季節柄セミを使ったものはどうだろう?」

 

「それはキリコ君じゃなくても良い顔しないと思うよ。ティータちゃんはキリコ君とご飯食べることって多いの?」

 

「う~ん、そんなに多くはないですね。キリコさんって、大抵コーヒーと軽食がほとんどですから」

 

「そう言えば、クルトから聞いたんだが、キリコは甘い物は好まないらしい」

 

「確かに。キリコさんいつもブラックコーヒーを飲んでます。砂糖やクリームは好きじゃないみたいですね」

 

「とりあえず、コーヒーを使った甘さ控えめのデザートは決まりだね。もちろん、甘いデザートも作るけど」

 

「だがメインはおろか、オードブルが思いつかないな」

 

「みんな、お疲れ様」

 

「お、お疲れ様です」

 

トワとタチアナがティータたちの所へやって来た。

 

「あっ、お疲れ様です」

 

「タチアナちゃんもね。でも珍しいですね、タチアナちゃんも一緒なんて」

 

「今回は分校全体でのイベントっていう形だからね。タチアナちゃんの力が必要になってくるの」

 

「なるほど」

 

「それより、メニューの相談?」

 

「そうなんです。なかなか決まらなくて……」

 

「うーん、あまり凝ったメニューじゃなくても良いと思うな」

 

「凝ったメニューじゃなくても?」

 

「うん。もちろん、好みに合わせるのも大事だけど、一番大事なのは気持ちだと思うんだ(クロウ君やジョルジュ君にアンちゃんの時もそうだったしね)」

 

「なるほど」

 

「そうですね」

 

「むしろ、いつも食べているメニューの方が色々と調整しやすいかもね」

 

サンディたちは方向性を定めた。

 

「決まったみたいだね。タチアナちゃん、経理は任せても大丈夫かな?」

 

「は、はいっ、お任せください」

 

タチアナは顔を上げた。

 

「でもみんな、試験のことは忘れちゃだめだよ」

 

「フッ、心得ております」

 

「フレディ君、すごい自信……」

 

「わ、私も頑張らなくちゃ……」

 

「じゃあ、そろそろ解散しましょう」

 

ティータたちは解散した。

 

 

 

「……本気で言ってる?」

 

「おお!マジやで!」

 

「ふむ……」

 

ヴァレリー、パブロ、グスタフは空き教室で話し合っていた。

 

「パーティーの余興で曲の演奏、アイデアとしては悪くはないが……」

 

「せやろ?」

 

「あのさ、自分たちの技量を解ってて言ってるの?」

 

「は?技量?」

 

「……ヴァレリーはこう言いたいわけか。俺たちの演奏は他人に聞かせられるレベルではないと」

 

「ええそうよ。恥をかくだけだわ」

 

「大丈夫やって。それにしても俺らにとってもチャンスや」

 

「チャンス?」

 

「前に来たエリオットさんも言うとったやろ。音楽はハートやって」

 

(……言ってたかしら?)

 

(……さあな)

 

「それにリィン教官も学生の頃に学院祭のステージで演奏を披露して、貴族クラスを押し退けて1位になったこともあるんやて」

 

「ああ、その映像なら俺も見た。本当に凄かった」

 

「私も見せてもらったけど、あれと同じように出来るって言うの?」

 

「やってみなけりゃわからんやろ。とにかく、自信を持つんや」

 

パブロは拳を握り締める。

 

「……わかったわ」

 

「え?」

 

「自信がないとは言ってないから」

 

「わかったで。グスタフは?」

 

「俺も腹を括ろう。選曲は後日やるということで良いな?」

 

「そうね。それじゃ、そろそろ行くわ」

 

ヴァレリーは教室を出た。

 

「俺もそろそろ行くか。パブロ、お前は?」

 

「俺も行くで。文系をなんとかせんと」

 

グスタフとパブロも教官を出て行った。

 

 

 

「それにしても、誕生日か……」

 

「レオ姉?」

 

鍛練場で寛いでいたマヤは遠い目をするレオノーラを見つめた。

 

「いやね、あたし護衛船団で育ったって言っただろ。毎日毎日荷運びやらなんやらでしごかれてさ、お祝い事なんかほとんどなかったからさ」

 

「レオ姉……」

 

「そういうマヤはどうなんだい?」

 

「………私も似たようなものです(あんな……飲んだくれのろくでなし……!)」

 

「……そっか」

 

レオノーラはマヤの横顔が気になりつつも、話題を変えた。

 

「とりあえず、どうするんだい?」

 

「どうする、とは?」

 

「ほら、あたし、プレゼントなんか思いつかなくてさ」

 

「ああ、なるほど」

 

「何か良いアイデアはないかい?」

 

「とりあえず、みんなと一緒に祝うのが良いと思います」

 

「なんでだい?なんか贈った方が良いんじゃないかい?」

 

「私の見立てだと、キリコ君は物欲はそこまで強くはなさそうです。無理に物を贈るより効果はあると思います」

 

「確かに一理あるわね」

 

「うんうん♪」

 

鍛練場にゼシカとルイゼが入って来た。

 

「あんたたちも悩んでたのかい?」

 

「ええ。キリコ君ってただでさえ私生活が見えないから」

 

「は、はい。図書室などで良くお見かけすることは多いです」

 

「意外と詩とかポエムとか好きだったりして~♪」

 

「………想像が全くつかないんですが」

 

「ルイゼってたまにブッ飛んだこと言うよな……」

 

「それが本当だとしたら、明日からどんな顔をすれば良いのよ……」

 

マヤたちはルイゼの斜め上の答えに呆れかえった。

 

「とにかく、パーティーまでは絶対に悟られないようにね」

 

「今の所は気づいてないみたいだが、キリコのことだからな」

 

「そうね。ルイゼも口外無用ということだからね」

 

「は~い♪」

 

マヤたちはそこで解散した。

 

 

 

「お前らはキリコと同室だからな。気をつけろよ」

 

「ああ、わかってる」

 

「任せてくれ」

 

「カイリも。挙動不審にはなるなよ」

 

「わ、わかりました」

 

「そういうシドニーもな。お前は口が固いから良いが、悟られないようにな」

 

「おうよ」

 

学生寮の部屋にてウェインはスターク、カイリ、シドニーと話し合っていた。

 

「それにしても、何を贈ればいいのか皆目検討もつかんな」

 

「俺は決まってるぜ。男ならグラビアポスターだろ!」

 

「それはシドニーだけだと思うぞ?」

 

「ダンベルと、このプロテインのセットはどうでしょう?」

 

「キリコは筋トレをほとんどしないからな。難しいと思う」

 

「そうですか……」

 

カイリは残念そうに顔を伏せる。

 

「つーかさ、キリコっておんなじ男なのか?」

 

『え?』

 

「だってさ、きれいなお姉さんを見ても何とも思わないんだぜ?ふつーは声をかけるだろうよ!」

 

「いや、そう言われてもな……」

 

「単に興味がないだけじゃないか?」

 

「本当に同じ人間か、あいつ?」

 

「そこまで言うか。まあ、キリコの興味のあるものってなんなのかがわからないからな」

 

「キリコさんと言えばコーヒーですよね」

 

「それもブラックでホット。アイスはあまり口にしない。ミルクや砂糖は論外」

 

「そう言えばこの間、レミフェリア産のコーヒー豆をベッキーさんに頼んでいたな」

 

「レミフェリアはコーヒーの文化があるそうですからね」

 

「はぁ……マジでわかんねぇ」

 

シドニーは嘆息した。

 

「だったら、盛大に祝ってやれば良いんじゃねえの?」

 

ランディが入って来た。

 

「オルランド教官……」

 

「つーかお前ら、物贈るほど余裕あんのか?」

 

『……………』

 

四人は黙った。

 

「無理して贈ったってキリコも困ると思うぜ?」

 

「オルランド教官はどうするんですか?」

 

「そりゃ、盛大にお祝いするぜ♪」

 

「良いんですか?それで……」

 

「まあ聞け。キリコは物を贈られるより祝ってもらう方が効果はある。そういうタイプと俺はみた」

 

「な、なるほど」

 

「確かに今回はサプライズだもんな」

 

「その方向で行くしかないか」

 

「ま、盛大にやるわけだからな。そんときは無礼講だ。好きなだけ騒いで良いらしいぞ」

 

「よっしゃ!」

 

シドニーはガッツポーズをした。

 

「ただ、お前らには試験があるわけだ。まずはそっちを頑張れよー」

 

「そ、そうですね。浮かれてばかりもいられませんね」

 

「まずは試験を片付けなきゃな」

 

「スターク、カイリ。負けんぞ」

 

「気合いは十分だな。とりあえず、カイリとシドニーは自分の部屋戻れ。そろそろ自習時間だろ?」

 

「「「イエス・サー」」」

 

「……うーっす………」

 

ウェインたちは解散した。

 

 

 

「なかなか盛り上がっているようではないか」

 

「そうですね」

 

分校長室ではオーレリアとリィンが話し合っていた。

 

「盛り上がるのは結構。だが定期試験が近いことも承知しているな?」

 

「はい。そこはきちんとできているようです」

 

「ならば良い」

 

オーレリアは紅茶を一口含み、リィンを見据える。

 

「ところで、肝心のキュービィーはどうしている?」

 

「特に変わりはありませんね。黙々と試験勉強に取り組んでいるようです」

 

「そうか……」

 

「分校長?」

 

「知ってのとおり、やつは私の推薦で入学した。ならば試験結果は自動的に私の元へと来る」

 

「存じてます」

 

「これでろくな結果が出せないならば、嫌味の一つでもくれてやろうと思っていてな」

 

「分校長……」

 

オーレリアの浮かべる笑みにリィンは呆れた。

 

「まあ、やつも馬鹿ではない。期待させてもらうか」

 

「ちなみにお聞きしますが、キリコにどれくらい期待しているんですか?」

 

「そうだな………上位の、10位以内には入ってもらわんとな」

 

(キリコ、頑張れよ……)

 

リィンは教え子にそっとエールを送った。

 

「それとシュバルツァー。試験終了後、キュービィーに分校長室に来るよう伝えよ。無論、Ⅶ組に属する者たちにもそう仕向けるようにな」

 

「了解しました。では、リーヴスの住民の方々には……」

 

「許可取りは任せる。参加を促しても良いぞ。宴は多いほど盛り上がるからな」

 

「わかりました」

 

 

 

その後、第Ⅱ分校生徒たちは試験勉強と平行して準備を進めた。

 

料理研究会は普段出している料理のグレードをアップさせたレシピを考え出し、学生食堂のジーナをはじめとする協力者に託した。

 

軽音部は一度セッションをし、完成度を高めた。

 

他の生徒たちもそれぞれのやるべきことに集中した。

 

特にⅦ組メンバーとウェインとスタークはキリコに勘づかれないよう細心の注意をはらった。

 

教官陣もデスクワークの傍ら、近隣への許可取り等を行った。

 

 

 

7月8日

 

遂にその日がやって来た。

 

ユウナたちはキリコを分校長室に行かせ、急いで学生寮へ戻った。

 

学生寮では飾り付けはほとんど終わり、生徒と教官たちが今か今かと待機していた。

 

「あ、おかえり。上手くいった?」

 

「うん。キリコ君は今頃分校長が引き留めているわ」

 

「お料理ももうすぐ出来上がるって」

 

「さてと、後は出迎えるだけだな」

 

「なら良い物がある」

 

グスタフは全員に筒のような物を配った。

 

「これは?」

 

「お祝い用のクラッカーね」

 

「でもなんだか簡素なデザインね」

 

「おいグスタフ、こいつぁ……」

 

「ああ、空いた時間に作ってみた。もちろん安全性は確かめてある」

 

『へぇ……』

 

グスタフの言葉にユウナたちは感心した。

 

「さすがアルゴン鉱山町出身ですね──」

 

「み、皆さん!来ましたよ!」

 

様子を伺っていたカイリが戻って来た。

 

「いよいよね」

 

「ああ、そうだな」

 

「この紐を引っ張れば良いのですね」

 

「ククク、せいぜい威かしてやるか♪」

 

「ふふ、ドキドキしますね」

 

生徒たちはクラッカーを構えた。

 

そして、扉が開かれた。

 

 

 

『おめでとう!!』

 

 

 

生徒たちは一斉にクラッカーを鳴らした。

 

キリコは面食らったが、生徒たちの祝福の言葉に状況を飲み込む。

 

その後、キリコの誕生日パーティーは盛大に行われた。

 

パーティーの雰囲気か試験が終わった反動からか、生徒たちは喜びを露にした。

 

余興として軽音部の生演奏が行われ、学生寮は大いに盛り上がった。

 

ヴァレリーが懸念していた展開は微塵もなく、キリコも拍手で応えたことで軽音部は大きな自信をつけることになった。

 

午後10時を過ぎてもパーティーは続いた。

 

しびれを切らしたミハイルが止めようとしたのだが、途中からリーヴス町長やジンゴらが参加したため止めることはかなわず、ミハイルは黙々と杯を重ねることとなった。

 

誕生日パーティーがお開きになり、教官陣や生徒全員がベッドに入ったのは日付が完全に変わった頃だった。

 

 

 

(誕生日を皆に祝ってもらう……前世では考えられなかったな)

 

キリコは誕生日パーティーのことを思い返していた。

 

(俺は今、満ち足りているのだろうな。当初の目的を忘れてしまうほどに)

 

(今の状況を俺の中の異能は許さないのかもしれない。だが俺は祈らずにはいられない。今この瞬間だけでいい。俺に……安らぎを、と………)

 

キリコはそっと眼を閉じ、眠りについた。

 

だが、運命は残酷だった。

 

キリコを待っているのは安らぎではなく、孤独な闘いであるのだから。




これで番外篇は終わりです。

次からは英雄伝説 異能の軌跡Ⅱの執筆に移ります。

どうぞお楽しみに。


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