好きな人を幸せにする能力【一話完結】 (月兎耳のべる)
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チート: 好きな人を幸せにする能力

何百番煎じか分からないくらいうっすい小説です。
とある画像に触発されて息抜きに書きました。
(オリジナリティなんて)ないです。

□2019.05.29追記
 沢山の反響、過分な程の評価、本当にありがとうございます。
 皆さんの感想を見てこちらも毎日ニヤニヤさせて貰っています。
 質問があったのでこの場で言いますが、二次創作(絵・小説)についてはご自由にどうぞ、とだけ。報告して下されば必ず見に行きます。

□2020.04.03追記
 すん様から頂いた超エモイラストを文中に掲載させて頂いております。
 閲覧設定を挿絵ありにするとより没入頂けると思います。すん様本当にありがとうございました…!



 Q:自分の状況を30文字以内で説明しなさい。(30点)

 A:トラック転生したら見覚えのあるゲーム世界に居ました。(26文字)

 

 コンビニ帰りからのトラックのダイレクトアタックからのー。

 真っ白い世界で神様がメンゴ☆ってしてからのー。

 異世界転生! 多分体感時間2分もない衝撃的な流れだった。

 

 有無を言わせぬ選択肢の連続は死んだ自分に取っては何がなんだかで、

 はいはいはいよと、ただ頷く機械になっていたんだが……気付いたら異世界に飛んでいた。

 神曰く馴染みのあるゲーム世界に飛ばせてくれると聞いていたが……飛ばされた場所がヤバイ。

 

 開幕早々見てよこの圧巻の光景。

 見晴らしの良い城壁の上に居ると思ったら、見える景色は見渡す限りの魔獣の群れ。群れ。群れ。蟻の絨毯みたいにうじゃうじゃしたのが一斉にこっちに目掛けて進軍してるんだぜ?

 兵士達が銃とか大砲を放って抵抗をしているけど、傍目で見ても抵抗のての字も成していないってわかる。これ無理だゾ。

 

 理解が追いつかないけどとりあえず逃げ出さないと行けないと思った俺は、早々に城壁から降りようとするが……。

 

「撤退は許されておらんぞ!! さっさと持ち場に戻れ!!」

 

 いや俺ほら、ただの通りすがりの異世界人なんですけお!

 だけどよくよく自分の格好を見ればあら不思議、他の兵士さんと同じ全身鎧をつけてるじゃありませんか。しかも手には銃を持ってるっていうおまけつき!

 

 何これ撃った事もないし重いし、ちょっと無理です!って言ったら偉そうな人にビンタされた。いたい!!

 

「甘ったれた事を抜かすな!! ディオルド様が到着するまで我々は何としても持ち応えねばならんのだ!! ひたすら弾を込め、敵を撃て! 殺せ! 帝都50万の臣民達がみすみす殺されてもよいのか!!」

 

 胸ぐらを掴まれて指揮官の激と涎のダブルコンボを顔面に浴びた俺は、言われるがままに城壁から顔を出して、銃を撃つしか道はなかった。

 ただ、ありがたい事に使い方も分からずに「撃てませぇん!!」ってなる事はなく、何故か頭の中にはこの銃の撃ち方や性能に関しての知識があり、自然にリロードが出来るし自然に敵を倒すことができていた。

 しかも着弾すると広範囲に爆発するし、一発で大体敵を5体倒せるくらいの威力もあるし、射程は目算で5kmくらいあるし、しかも10発連射出来るチート銃だ。

 すげー銃……これ俺が使うために生まれてきたでしょ。

 

 まあいかんせん、敵の数が膨大過ぎて全然焼け石に水なんだけどな!!

 

 そうなるとひたすら弾を込めて照準も決めずに撃ちまくる機械となるしかない。

 一応地上では前線部隊……これまたでっかい二足歩行の蜥蜴に乗った竜騎兵かな? まあそいつらの軍団が魔獣の波を押し留めてるんだけど、やっぱり物量には勝ちきれずにじわりじわりと戦域が狭められていっている。

 

 しかも竜騎兵もスコープ越しに見てボロボロ。疲弊しているのが目に見えている。

 何かしらの切っ掛けで前線崩壊するのは秒読みだ。やばいやーつ。

 

 早く無敵のディオルド様とやらの力で何とかしてくださいよォーっ!!

 って内心で悲鳴をあげながら撃ちまくっていたんだが、その時ふと思った。

 ディオルドって何か聞いたことある名前だな? 確かそれってあのゲームのキャラの名前…。

 

 次の瞬間、俺の視界一面が白く染まり、耳が聞こえなくなった。

 

 すわ、何事だ!? と思って目をごしごしさせて再度戦場を見返してみたら……わぁお。

 すげぇ。魔獣の群れが一面真っ黒い消し炭になってやがるぜ。

 

 城壁の全面から響き渡る驚嘆と喜びの声。

 そして続く「戦雷卿!! 戦雷卿!!」のコール。

 

 ……あぁようやく思い出した。

 どうやら俺は大好きなゲーム「クリムゾンレッドファンタジア」の世界に来てしまったようだ。

 

 

 

 § § §

 

 

 

 クリムゾンレッドファンタジア。通称クリファン。

 

 ソーシャルゲームとして発表されたそのソフトは、いわゆるタワーディフェンス型のゲームだ。

 老若男女、種族を問わない個性的なキャラ達が率いる軍勢で押し寄せる魔獣達を追い返せ!的なコンセプトで、配信開始から6年以上経っても根強い人気がある。

 

 世界観は……まあよくあるギルドありーのダンジョンありーのドラゴンありーの魔王ありーのなファンタジーで、主人公たるプレイヤーは伝説の軍師の息子として、軍を率いて並みいる敵を跳ね除けて世界平和を目指すのが目標になっている。

 

 そんな主人公に付き従う……いわゆる物語に絡むネームドキャラ達は基本的に部隊長を務め、彼らは部隊を率いて敵と戦う。そしてその部隊には様々な種類がある。例えば――

 

 攻撃防衛なんでもどうぞ! 遊撃に優れる剣士部隊。

 遠距離からひたすらチクチクしてやるぜ! 弓兵部隊。

 この鉄壁の防御、越えてみせよ! 重装部隊。

 メディック?呼んだ?今行くよ! 回復部隊。

 ひゃっはー!敵ごと更地にしてやるぜ! 魔法部隊。

 

 ……などと言った感じだ。

 

 さて、ここで自分について考えてみよう。

 

 見た所自分の立ち位置は銃を使っているということは特殊クラスの狙撃部隊のようだ。

 しかもこの威力と連射力は30LVくらい……分かりやすく言うと中堅レベルの存在。(MAXは50)

 この発射エフェクトと着弾後の爆発を見るに、マジックアーチャーの爆裂装備と言った感じか。原作でもかなり使えるキャラとして名を馳せていた部隊でありがたい限りだ。

 

 ――しかしながら、しかしながらだ……致命的な問題が一つある! 

 

 俺は残念ながら指示する立場ではない!

 固有ユニット部隊の中の、兵士の1人でしかないのである!

 

 ネームドキャラが部隊長ならば、我々兵士は言わばそのキャラの付属品だ。

 部隊は10~1000までの兵士を受け持っており、当然ながらこれらは戦闘によって目減りし、戦闘終了後、ホーム画面にて補充することが出来ると言ったシステムだった。

 

 お分かりだろうか。

 補充できるのだ。

 兵士は言ってしまえば消耗品なのだ。

 

 クリファンが人気の理由はシステムやキャラの魅力ももとより、その絶妙な難易度にある。

 初心者にはお手軽に。上級者にもギリギリクリアできる敵を用意している。

 ただ先ほどの城壁から見下ろした光景を見るに、難易度はHELL。まさに廃人以外お断りの難易度に違いなく、そして難易度HELLは「犠牲が出て当たり前。捨て駒戦法をしてようやくクリアできるレベル」だ。

 

 い、いや…! ゲーム上では分からなかったけど、実際の所兵士の補充に関しては傷を負った兵士を回復させて使いまわししてる可能性だって……!!

 

「メルドラン部隊、生存者は……重傷含めて200です」

 

「半数以上は戦死したか……いや、そこまで残れたのが奇跡と言うべきか」

 

「ヒーラー! 早く来てくれ! 血を流しすぎていてこいつがもう……!」

 

「今行きます! 部隊長スクリットから伝達。北西広場にて重傷25! ヒーラー5人……いえ、3人でいいから寄越して! 今すぐ!!」

 

 あの絶望しか見えなかった地獄の戦闘が終わった城内部。

 ここは今や地獄の続きが繰り広げられておりました。

 

 うめき声と怒声と泣き声の混ざったオーケストラ。

 汗と血と焦げた匂いのミックスフレグランス。

 こんなダブルパンチ受けたら陰鬱になるっきゃないね。まじないね。

 

 ……ダメだわコレ。はっきり死んでますわ。復活の目処なんてどこにもありませんわ。

 うわー、ゲームの裏ではこんなエッグい事になってたんだぁ。

 今までお金と素材渡してはい補充、なんて軽い気持ちでやってて何かごめんなさい。

 

 しかし何でよりによって難易度HELL世界で転生するかなぁ!? 

 はい死んだ!俺の未来死んだよ!

 

 なんて、城内の異様さにひたすら気圧されながら狙撃部隊に混ざって兵士の詰所に移動していく俺。隊列の最後である俺が古ぼけた詰所に入ろうとした所、急に首根っこを掴まれて地面に引き倒された。

 

 ぐえぇ、なんばしよっとね! 

 俺だって疲れたんで休ませて欲しいんですけど!

 

「――敵前逃亡しようとしたドブネズミはあんた?」

 

 と、顔を上げればそこにはピンク髪ツインテの気品と気位がカンストしたかのようなお嬢様がいらっしゃった。

 誰、とは言わないし思えない。

 自分が飛ばされた世界を思えば、自分の知るキャラクターがいるのもまた当然の話なのだから。

 

 彼女はシードスナイパー「ミストルティン」。

 

 苛烈な物言いと確かな実力、そして大胆なツンデレで人気を博したキャラだ。

 

 そんな彼女がこちらを微生物どころか道端の汚物を見るかのような目線を向けている。よ、よせよ嬢ちゃん、俺のマゾヒズムをくすぐる気かい?なんて茶化す事もできなさそうだ。

 

 あ、あーいや、違うんです。ちょっと初陣で気が動転してしまって、そのー……ね?

 

「言い訳なんて聞きたくないわ。私のアリアドネ部隊は一騎当千、一発の無駄弾もなく、一撃で敵を葬る最強の狙撃部隊である……それは口酸っぱくなる程言ったわよね? ドブネズミ」

 

 この有無を言わせぬ圧力!

 間違いなくこちらの世界では聞いてないですけど、多分そう言ったら拗れるんだろうな。

 

「ただでさえ劣勢を強いられている状況なのよ、あんたみたいな奴が一人居るだけでも部隊全体の士気に関わるのよ。ねえ、分かる? あの程度の魔物見て怖気づいてどうするの、怖気づいてる暇あったら銃を取って撃って当てて殺しなさい。動く相手がいなくなるまで、銃身が焼き切れるまで撃ちなさいよ」

 

 イエスです。仏教徒ですけどイエスですと内心頷いておく。

 しかし原作でも苛烈だと思ってたけど、リアルで彼女の弁を聞くと何倍も苛烈だ。

 美少女なのにプレッシャーが半端ではない。頭ではなく心に直に響くような感じがする。 

 

「それとももう戦いたくない? もう銃を撃つのは嫌? なら今すぐ担いでる銃をその場に置きなさいな。そして前線放棄して逃げたお偉方と一緒になって尻尾巻いて今すぐ立ち去りなさいな。臆病者一人を囲うより、追い出した方が何倍も何倍も得だもの」

 

 しかし美少女ってどんな衣装でも似合うのがずるいと思う。

 ベレー帽なんて高度なオシャレアイテムも美少女が被ると様になるもん。

 俺も特徴的なアクセサリつけたらネームド扱いにならないかな……。

 

「――ちょっと聞いてるのコバエ!? 返事ぐらいしなさいよ!」

 

 あ、すみません。なんというか貴方にお目見え出来た事が光栄すぎて言葉を失っていました。

 決して聞き逃していた訳では――ひぇっ!? ひぇっ!? ひぇぇっ!?

 

「仮にも部隊長の私にタメ口で失礼な言動……救いようのないウジ虫ね」

 

 さっきから俺の名前がどんどん小さくなっていくのは置いておいて、この人撃った! 地面めがけて本気で撃った! あっぶな、それ当たったら足なんて簡単に吹っ飛ぶんですよ!?

 あんたに良識ってものはないのか!?

 

「軍の規律すら守れないウジ虫に良識を問われるなんて世も末だわ。で、選びなさいよ」

 

 な、なにを……?

 

「話すらもロクすっぽ聞けないなんて……ウジ虫でももうちょっとマシよ? まあいいわ。もう一度言ってあげる。この場で平身低頭して謝罪し、私の部隊で居残って粉骨砕身するか。この場で軍を辞めて、臆病者として街から脱出するか――あるいは、私に歯向かって撃ち殺されるか」

 

 早く選びなさい? なんて深い笑みを讃えたミストルティンが銃口をこっちに向けて問いかける。

 実際の所いきなり放り込まれた俺的には非常に理不尽に聞こえて仕方がない。こちとらいきなり戦場に放り込まれて訳もわからず戦ったんだぞ、手伝っただけ感謝して欲しいぐらいだ! なんて面と向かって言ってやりたい気持ちはあるが、発せられる圧――これが殺気ってやつだろうか? それに晒されてしまえば体は勝手に萎縮し、口すらもうまく開けない。

 

「……ごーぉ、よーん……」

 

 えっ、しかもカウント制!? 聞いてないしそもそも考えまとめさせて!

 この人生ハードモードの世界でろくすっぽ宛もない状態で放り出されるのはまじで辛いけど常に死が全力ダッシュして追随してくる戦場も嫌だ! だからって世界に放り込まれた直後に死ぬのも絶対にノゥ!

 

「……にーぃ、いーち……」

 

 ちょっ、カウントやめて! 引き金に指を置くのもやめて!

 答えます、答えますから! ついでに殺気も収めて! それされるとマジで口がうまく回らなくてあぁぁぁぁぁあ!!!!!!

 

「――ぜー……」

 

「はい、そこまでだよミスト」

 

 ミストルティンの銃が急に下げられる。

 それを為したのはまるで全身黒で赤紅色のラインの入った装甲に身を包んだ、フルフェイスの人物だった。

 

「……どういうつもり」

 

「どういうつもりも何も、味方を味方が傷つけるのは不毛だろうに」

 

「これはうちの部隊の方針なの、放っておいて頂戴」

 

「あっはっは、少なくともアタシの眼の前ではそれは控えてくれないとね。大体この子、多分戦場は初めてだろ? だとしたら逃げたくなるのも仕方ないさ」

 

 声は少しハスキーボイス気味だがはっきりとした女性らしさを感じさせ。それでいて棘棘しくなく、聞く人を落ち着かせるような声色で。

 オレが幾度となくゲームで聞いたボイスでもあった。

 

「……お人好しディオルド」

 

「なんとでも言いなよミストルティン。さって立てるかい新兵。いつまでもアタシらを見上げるのも辛いだろう?」

 

 彼女が自然な様子でフルフェイスを取れば、その下から現れるは背中まで伸びる少し跳ねの多い黒髪ウルフヘアー。そしてツリ目がちな眼差しと、特徴的なギザっ歯。そして好戦的にも見える笑顔。

 オレはそんな彼女を見て、胸のときめきを止めることは出来なかった。

 

 唐突に現れたその人物……それは戦雷卿、アリア=ディオルド。

 

 クリファンで幾千幾万人のプレイヤーからの愛と人気の大半をかっさらう、屈指の名NPCキャラクターだった。

 

 

 

 § § §

 

 

 

 戦雷卿、アリア=ディオルド。

 特徴的なウルフヘアーにギザッ歯。さりとてスタイル抜群な彼女は21歳の重装騎士だ。

 天性の直感と判断力、そして戦闘能力を買われてありとあらゆる戦場で引張りだこ。

 戦雷卿とまで称される由来になった彼女得意の雷魔法は超強力で、他の追随を許さない。

 黒いフルプレートアーマーに全身を包み、武装としてウォーハンマーを持ち、更に全身に紫電を纏って攻撃すれば一撃一撃が範囲攻撃&麻痺属性に早変わり。しかも攻撃力は全キャラ中トップレベル。

 その上魔法効果で重装騎士なのに異常な程の速さがあり、必殺技として脅威の全体殲滅力を誇る「キュムロニンバス」を持ち、全戦場に神の怒りかと見紛う程の雷の雨を降らすことができる。

 

 攻撃よし守備力よし速さよしと走攻守が揃った超強キャラ、それがディオルドだ。

 如何せん強すぎるので恒常的に使用出来る仲間キャラというよりかは、イベントのみで使用可能なNPCキャラにはなっているが。

 

 だがゲーム上の性能面だけでは彼女の人気の理由は説明出来ない。

 プレイヤーからの人気の本来の理由は……そのキャラクターと、そのストーリーにある。

 

 ディオルドは男勝りで姉御肌な人間だ。

 最初は見た目通りの喧嘩っぱやさを見せているが、内面はあくまで理性的。

 人様のプライベートエリアにずけずけと入り込む遠慮のなさはあるが、初対面の人とも秒で打ち解けられる天才的な社交スキルも持っており、非常にスキンシップ過多。(重要)

 その上で嘘を許さず、約束は遵守する事を理念として持っているのだ、周りからの信頼は篤く、軍の中での人気も人望も当然ながら高い。

 

 ストーリー上ではディオルドは戦災孤児として軍に入り、親代わりにミグルドと呼ばれる魔法戦士に育てられ幼い頃から戦闘を経験してきたという。彼女は戦場の中でメキメキと頭角を現し、やがて劣勢になった戦場をすべてひっくり返す戦雷卿と呼ばれるようになる。

 主人公たちとの出会いもそんな戦場での事だ。

 まだレベルが低く、ようやく戦力が集まってきた、という時期に訪れる理不尽なまでの敵の増援。万事休すか、と諦めかけてきた時に現れるのがこのディオルドなのだ。

 彼女はあっという間に敵を屠りさり、主人公を救出してしまう。

 そして、まだまだ未熟な主人公達をサポートするかのように一時的に仲間に入ってくれる。

 

 その頼もしさと行ったら筆舌に尽くしがたい。

 戦闘は言わずもがななのだが、イベント会話でもそうだ。

 敵には苛烈だが味方には甘い彼女は、事あるごとに気楽なノリで接してくれてパーティを盛り上げる。

 メインヒロインである幼馴染を守りきれず、重傷を負わせてしまい凹んだ主人公に対しても真摯に相談を受けたりと、往年のRPGの相棒ムーブをこれでもかと噛ましてくれるのだ。

 

 そして時折主人公から離れたり再会をしたりを繰り返していくうちに、よりディオルドの内面を知る事ができる。

 実はみんなで騒ぐより一人でいる方が好きと思っていたり。

 実はぬいぐるみが好きなんだけど、外面に似合わないから所持出来ないとぼやいたり。

 実は将来の夢は花屋を開くことで、似合わないよなと自嘲したり。

 実は自分の口調が男勝りなのは周りから舐められないためだと呟いたり。

 実は血を見るのは嫌いで、体についた血が流れ落ちないと何度も水浴びした事があったり。

 

 そしてとあるイベントでディオルドが絶対絶命のピンチになった時に主人公が逆に助け出すと、ディオルドが主人公に恋ムーブを始めるのだ!

 いつもよりスキンシップが減って、主人公の前だけまともに返事ができなくなって、目を合わせると顔を赤らめて逸らし、ひょんな事で主人公と手を握り合うと、後ほど物陰で両手で顔を伏せて恥じらいまくったり、と「誰だコイツ!」ってくらいに豹変する。その変わりようにはユーザーも驚愕。

 そして最終イベントではついに恋心を自覚したディオルドはこの戦場が終わったら主人公に告白しようと決心するのだが……。

 

 そう、今嫌な予感がした方、大正解だ。死亡フラグだったのである。

 

 主人公らの戦力が更に整ってきた物語の大詰め。

 とうとう敵軍四天王の一人である「ベオ・ウルフ」ら率いる軍との戦いを迎える事になるのだが……敵将は破竹の勢いで敵を屠るディオルドを危険視し、彼女を罠に嵌めてしまう。

 その罠というのが人質作戦だった。

 まずは戦場でディオルドだけを孤立させ、そして襲撃した村の子供を縛り上げて攻撃を封じ込み、この子供の命が惜しければと定番の降伏を要求する。

 当然ながらディオルドはその要求に応じてしまうが、敵が隙を見せた瞬間に神速の勢いで子どもたちを救出し、逆に敵を屠りさってしまう。ここまでは良かった。

 

 だが助けるべき子供自体がそもそも魔物だった事は見抜けなかった。

 

 抱えあげた子供は目の前で魔物に変化し、ディオルドの腹部を爪で貫き、重傷を負わせてしまう。そして機を見計らっていたのか現れる敵将ベオ・ウルフの精鋭部隊。奴らはここで一気にディオルドを亡き者にしようと画策する。

 

 だがディオルドは最後まで諦めなかった。

 彼女は重傷ながらも普段以上の力で健闘し、なんと単一の部隊だけでベオ・ウルフらの軍を半壊まで追いやり、とうとう撤退させてしまうのだ。

 しかしその代償はあまりにも大きく、主人公ら増援が辿り着いた頃には既に精根尽き果てたディオルドは……息を引き取っていた。

 

 衝撃的な展開にユーザーらは激怒した。

 

 よりによってもっとも人気であるキャラをここで殺すとは何事だと。実は生きてるんだろう? 告白イベント完遂させろよ! どうして死ぬキャラならここまで愛着もたせた!とユーザーフォームには連日質問が相次いだ。

 そんなユーザーらに対する運営の回答は冷酷な一言だった。

 

「開発当初からディオルドが死ぬ事は決定していました。これはストーリー上の展開上やむを得ない事です。ディオルドの復活は考えておりません」

 

 その一言にユーザーらは紛糾した。

 いいから早く復活させろという過激派と、ストーリーを盛り上げる上で仕方のないという肯定派、そして死してディオルドは尊いよ……という神格派に別れてあーでもないこーでもないと連日連夜議論が行われる程であった。

(ちなみに彼女の死のあと、運営はディオルドの過去編イベントや実は思いを綴った手紙が後から発見されるというイベントを小出しにしてきて、その時は流石に全ユーザーが荒れた)

 

 ちなみに俺は神格派の一人だ。それも重度の。

 ディオルドと主人公と仲間らと過ごす合間合間のイベント……本当に尊い。何度見返しても尊い。周りに振りまく気さくさは彼女なりの不安の表れであり、そして気分転換でもあり。主人公にだけ本音を吐露する強さに相反する内面の弱さは余りにも儚く、そして彼女なりの勇気を絞った瞬間なのだと思うと涙を禁じ得ない。

 そして告白を決意したものの死して果たせなかったその思い――もう鼻水や涎、失禁すら抑えられない。

 ディオルドは最終イベントがあったからこそ我らとは一次元も二次元も違う高位次元存在になったのだと思う。

 あまりの尊さに会場を借りてディオルドオンリーイベントを開いたらめちゃくちゃ食いつきがあり、そこで同好の士達と何度も語り合ったものだった。(ちな今年で5回目を迎えてなお衰えない人気イベントである)

 

 じゃあ本当に死んで良かったのかと言えば――当然NOだ!

 可能であるならば彼女には本当に幸せになってほしい!主人公に思いを遂げて少女のように毎日を愛でいっぱいに過ごして欲しい!そんな思いで一杯だ。

 

 

 

 故にディオルド様の幸せのために俺はこの軍で尽くします。

 

 

「は? いきなり一人で来て何なのウジ虫……正直気持ち悪すぎるんだけど」

 

 という事でこの世界に来たのは彼女を救えという信託だと認識した俺。他ならぬ神格オーラを放っている(ように見える)ディオルドに助けられた事で内なる信者の心が芽生えて、粉骨砕身する事を我が部隊長……ミストルティンに伝えた。

 願わくばディオルドの部隊に配属したいけど、俺のステータスは多分近接じゃなくて遠距離ビルドだろうからなぁ。遠く離れても彼女が救えるように頑張るよ。

 

「独り言キモッ、それに誰が誰を救うって? ウジ虫が、他ならぬアリアを……? 笑わせんじゃないわよ! このミジンコ!」

 

 うわ、ついに俺の存在が微生物クラスに突入した。

 

「さっきまで逃げようとしていたアンタがどうしてアリアを――ディオルドを救えるっていうのよ、クソ雑魚以下のゴミジンコ! そもそもディオルドの力を知ってて救うって? 烏滸がましいと思わないの? あんたの力なんて借りなくてもディオルドは一人で障害は突破出来るわよ!!」

 

 勿論そんな事は分かっておりますサーイエッサー。

 こんなか弱い俺が出来ることなど微細な物。しかしながら俺という力でディオルド様を助けられるというのであれば全力を尽くす所存ですサー。最初は出来ずとも徐々に出来るように頑張りますサーイエッサー。エンヤコラ。

 チート能力とかもらってないけど頑張りますサー、エンヤトット。

 

「――ま、たそんな軽々しい発言ッ……他ならぬ私に二度も舐めた態度を取って……ッ! 大体なにがサーイエッサーよ! 言うならイエスマムでしょ!? い、いいわ。そこまで言うんだったらこうしましょう? 新兵のあんたには特別メニューを課してあげるわ、まずは城壁を50周してきなさいな。日が暮れるまでに。フル装備で。そんな事も出来ないのならあんたにディオルドは」

 

 サーイエッサー。ハードッコイショ。

 

「救えないって事。分かる? まあ新兵以下のあんたなら出来て10周でしょうね。ここの城壁の外周はおよそ5Kmだから――っていない!? あ・い・つ……あいつ~~~~~ッッ!! 出来なかったら絶対撃ち殺してやるわ!!」

 

 …

 

 ……

 

 ………

 

 さ、さー……できませんでし、た……さぁ……。

 

「――呆れた。あんだけ救うって言っておいて、日暮れまでに45周までしか出来ないなんて……ふん、身の程を知ったんだったらちゃんと私の言うことを聞きなさい。ウジ虫」

 

 ……さーどっこいしょー……。

 

「やっぱりその場でくたばりなさいミジンコ。 ――………ふんっ、誰か! このゴミ以下のやつを兵舎までつれてきなさい!」

 

 

 

 § § §

 

 

 

「今日は狙撃訓練よ。全員粉骨砕身の勢いで的を打ち抜きなさい。敵との交戦距離は5km。一発でも撃ち漏らしがあったら……わかってるでしょうね?」

 

「イエスマムッ!!」

 

 さーいえっさー。えんやこら。

 

「――ウジ虫。あんたは別メニューよ? 交戦距離8km。10の的を全部撃ち倒しなさい」

 

 さーいえっ……あの装弾数5発しかないんですけど。

 

「それが何か?」

 

 みすとるてぃん隊長……毎日の激務で算数も出来ない程酸素欠乏症になって……!

 

「人を病気扱いするなウジ虫ッ!! その5発で工夫して的を撃ち抜けっていってるのよ!!」

 

 出来るわけないじゃんッ! 出来るわけないじゃんッ!

 的と的との距離が離れまくりじゃん! 重なってるならまだしもさぁ!! 俺にはチート能力ないんだぞ!!

 

「ふん、最初から出来もしないと諦めるの? やっぱりあんたは口先だけのミジンコね。そんなんじゃアリアを救うなんて到底ムリね」

 

 ――んだと?

 

「本当の事でしょう? だって私なら出来るわ。ほら、こんな風に」

 

 は? ……はーーーーー? なにあれ、一発の弾丸がなんであんなくねくね曲がってる!? しかも1発で10個の的撃ち抜いてる!? キモッ!

 

「キモいって何がよ!! ふん、上級スナイパーなら弾道を操るくらい当然よ」

 

 操るってレベルじゃねえ、人入ってるよアレ。

 

「ま、出来ないならさっさと諦める事ね。アリアにも言っておくわ、ウジ虫があんたに近寄ろうとしてるから気をつけてって――」

 

 あ、でも何か弾道操作出来るな。こうか。

 

「はぁっ!?」

 

 

 

 § § §

 

 

 

「敵部隊確認! 重装甲部隊です!」

 

「ただの的ね。……いい事。下僕、そしてドブネズミ。接近戦をさせる前に全部撃ち抜きなさい。なぁに、簡単な事よ、あのヘルメットに空いた穴、あそこに当てればいいだけよ」

 

 さー、あれ3cmの隙間ないと思うんですがさー。

 

「出来ないの? あっそ、ならあんた帰って」

 

 あ、出来ました。

 

「勝手に撃ってんじゃないわよ! あーもう、いいわね下僕共! 全員撃ち漏らしなんて許すものですか! 各々1マガジンで30体ずつ打ち抜きなさい!」

 

 まーた滅茶苦茶言ってる……まあ出来なくもないんですけどね。

 

「――ヤドリギの力を見せてやれっ、ファイアッ!!」

 

 ふぉいあーっ! あとその掛け声可愛いっすね。

 

「いちいち茶化さないと気が済まないのこのドブネズミッ!? 最近訓練成績いいからって、調子に乗るなッ!」

 

 で、出たー! 隊長の1発で10体倒す離れ業ッ!

 そこにシビれる憧れ……え、今12体倒した? キモッ。

 

「褒めるつもりないでしょあんたっ! ふん、さっさとしないとあんたらのノルマがなくなるわよっ!」

 

 えぇぇぇーっ、理不尽。おらっ、しゃあねえ俺の陰陽弾を受けてみろ!

 

「――一発で6体? ふんっ、雑魚ね!」

 

 うおっ、まぶしっ。

 

「せめて応えるフリしなさいよ!!」

 

「……いや、一発で6体って普通に凄くね?」

「俺も出来て最大3体だぞ……なんであんなくねくね曲がるんだ……」

 

 

 

 § § §

 

 

 

「よぉ新兵、最近頑張ってるようじゃないか!」

 

 ――!! ディオルド様! またもお目にかかれて光栄です!

 

「……あれ? 何か聞いてた話と違うぞ? ミストはタメ口聞く生意気な奴って言ってたけどな、何を緊張してんだ?」

 

 他ならぬディオルド様の前だけ、俺は……いえ私はどこまでも傅きましょう。

 

「うおおいやめろって!? 何かむずむずするなぁ!? ミストみたいなノリで接してくれていいって、本当にさ。アタシとしてもそれが助かるっていうか」

 

 そ、そうですか……で、では…………だ、駄目です!

 すみません私にはできそうもありません!

 

「なんでだよ!? んー、まあいいか。それより聞いたぜアタシを救うんだって? へへ、最初聞いた時はびっくりしたぜ」

 

 ――っ! す、すみません出過ぎた真似を、

 

「あーいい、いいって! いやアタシとしてはすっげー嬉しいぞ? やっぱりみんなに頼りにされてる分あいつなら大丈夫だろーって印象ついてるかんな~、心配されるってのは滅茶苦茶嬉しいもんだ」

 

 ディオルド様……。

 

「だけど、な。大丈夫だぜ新兵。今そう思ってくれてるだけであたしは救われた。そんな事よりお前さん結構頑張り過ぎてるみてーじゃねえか、あたしを救うのもほどほどにして自分も救ってやれよ」

 

 っ、い、いえ! 自分は大丈夫ですので!って肩に腕っ!? 肩組まれた!?うわっ、うわわわっ!!?

 

「無理すんなって、夜も寝ずに訓練してんだろ? ミストが休めって言っても休まないつってたぞ? 何だかんだでアイツもお前さんの事心配なんだ。な? アタシの顔を立てると思って休んでくれよ」

 

 顔近っ、近いでっ、あっ、あっ、あっ! は、はいっ、わか、わかりましたっ!

 

「うっし、言質取ったぞ! じゃあお前は今から休みを取れ! ミストには言っておくからなー!」

 

 ディオルド様……ディオルド様の温もり……気安さ……そして仲間思い……と、尊い……。もうこれだけで俺は千年以上戦えそうだ……。

 

 

 

 

 

 

「…………ふんっ」

 

 

 

 

 

 § § §

 

 

 

「常戦常勝! 我らアリアドネ隊の活躍を祝って――「「「「「乾杯~~!!」」」」」」

 

「ふん。当然よ下僕ども。私とあんた達の力があったらあんな敵なんて倒せない訳ないじゃない」

 

 きゃーミスト△。

 

「ちょっとドブネズミ、心が籠もってないわよ心が!!」

 

 いやーまじで祝ってますって。

 そのどや顔とか超似合ってます。いよっ、大社長。

 

「何よ社長って! 罰としてあんたはこのビール樽全部飲み干しなさいよねッ! 隊長命令ッ!」

 

 うわー、横暴だ~。こんな隊長が存在していいのか~。

 チート能力のない一般兵士にこんな事をさせるだなんて~。

 

「副長手伝いますぜ」「副長の罰は俺らの罰ですよ!」

 

 うん。ありがとう。

 でもそう言って俺が受けるガチめの罰は全員肩代わりしないよね。不思議だよね。

 

「いやーあの地獄のシゴキ堪えられるの副長だけですって」

 

「まあ堪えたからこそ半年も立たずに副長任命される事になるんですよねっ」

 

 副長命令で今度こそお前らにも本当の連帯責任を見せてやろう……ッ!!

 

「うちの部隊はミストルティン隊長に全権があるので命令拒否させていただきやしょう」

 

「えぇ。私も従う必要ないわと言っておくわ。ねーぇドブネズミ」

 

 悪魔! 鬼畜! 無乳!!!

 

「あ!? あんた今なんて言った、殺されたいわけッ!?」

 

 何も言ってません、大平原が見えますとか言ってませんサーイエッサー。

 

「――殺すッ!!」

 

「あーあーあー!! ほらビールを飲みましょうお二方っ! 乾杯!!」

 

 

 

 § § §

 

 

 

「敵軍の掃討を確認。今回は特に他愛もなかったようですね」

 

「ふん。私達の力の凄さに恐れいったのよ。当然の結果よ当然の!」

 

 …………。

 

「……やけに静かだと思ったら……子豚、何まだスコープなんて覗いてるのよ。さっさと帰るわよ、あんたのアリア覗きも大概にしなさい、バレバレよ」

 

 …………。

 

「こーぶーたっ、いい加減にしなさいよ! というか……アリア見るなら遠くからじゃなくて近くから見なさいよ、うじうじうじうじとストーカーみたいな事してあの子が喜ぶ訳――」

 

 ちっ、やっぱり――敵増援確認! 

 

「なっ!?」

 

「う、っそだろ!? お前ら全員配置につけ、弾込め早く!」

 

 くそっ、あいつら正気か!? 崖の上から飛び降りてきやがったッ!!

 案の上……やっぱり狙いはディオルドか! 信号弾装填――ファイアッ!!

 

「不覚だわッ――アリアドネ隊構えッ!! ヤドリギの力を見せてやれッ!!」

 

 全員、一匹たりともディオルド様の元へ届かせるな!!

 一匹でも通したら俺が直々に撃ち殺してやるからなァッ!!

 

「「「「「応ッ!!!!」」」」」

 

 

 

 § § §

 

 

 

「助かったぜ○○! お前の活躍で、あたしらの部隊に被害が一切出なかったぜ」

 

 と、当然ですディオルド様。というよりあれは我々の不覚です。

 最近の連勝に浮ついてしまって、敵の発見に遅れかけてしまった……隊長に代わり謝罪します。

 

「あーあーもう、ミストからは直々に謝罪受けたって。というかあいつの立つ瀬なくなるからそういう事言うのやめろって、な? あいつもあいつで頑張ってんだからさ」

 

 はぁ……。

 

「しっかしお前もすっかり新兵らしさが抜けちまったな、そりゃよい事なんだが、なんつーか先輩としてはちょっと寂しい限りだぞ~?」

 

 いえ、自分はまだまだです。

 こんな事では到底ディオルド様を救える事なんてありませんので。

 

「あっはっはっは! まだアタシの事を救ってくれる気持ちがあったのか? ありがとな○○! でもそう自分を卑下するもんじゃないぜ、お前は強くなった」

 

 ……そうでしょうか?

 

「実感ないか? でも半年で副長……それもミストの隊のだ。それに上り詰めるってのは尋常じゃあねえ。それは異様なまでの観察眼を持つ、評価の厳しいアイツが認めてるって事だ。それにだぞ、ここだけの話だが……前まではしょっちゅうお前がどう駄目だとか、どうクズだとか愚痴って来てたけど、最近は愚痴った後に『まあ、実力は認めるけど……』的な事言ってるんだぜ?」

 

 …………あざっす。

 

「……ぶッ! ○○……今お前照れてるか? 照れてるんだよな? くくっ……」

 

 ち、ちゃいます。

 そんな事ないですって。

 

「あっはっはっはっはっは!! おーいミストー! ○○がお前さんに認められてること照れてるぞー!!」

 

 わぁあぁあぁあぁあッ?!

 

「はぁぁあああぁぁあッ!? ってあんた何喋って――アリア! あんた覚えてなさいよ!」

 

 

 

 § § §

 

 

 

「私達の上がすげ代わったわ」

 

 はい……?

 

「指揮系統が変わったって事。最近敵の攻勢が厳しくなったでしょう? 更に今まで無軌道な攻めだったのにより小賢しく攻めて来てるじゃない。それで急遽軍師を雇ったそうよ」

 

 ――軍師ですか。はぁ。……って、あーもしかして……伝説の軍師の息子?

 

「……何であんたがそれを知ってるのよ?」

 

 い、いや、何となく隊内で噂になっていたんで。ちっこい子供が来たって話も。

 

「何が軍師だか……しかもお子ちゃまが来て戦況が良くなるなんて到底思えないんだけどもね」

 

 ミストも背丈はあんま変わらないじゃないっすk、へい降参です降参。

 銃口向けられて生きている心地がしないっす。

 

「……兎に角、上層部からの命令だから一応は従うけど、おかしな命令だったら従わないって事は覚えておきなさいよ子豚。軍師より私の命令遵守。伝えておきなさい」

 

 いんや、大丈夫っすよミスト。

 

「何?」

 

 あの子なら大丈夫です。きっと良いように導いてくれる筈。

 

「……何でいきなりあのお子ちゃまに信頼を置いてるのよ、見たことも会った事もないのに?」

 

 だって主人公だから。正真正銘のチート持ちの。

 

「意味分かんないわよッ!?」

 

 

 

 

 § § §

 

 

 

 

「クリストさん、先程は見事な指揮でした」

 

「お兄ちゃんありがとう~、お蔭でミルモの隊もほとんど傷つかずにすんだ~」

 

「クリスクリス! うちらも助かったぜ、気付いたら挟み撃ちになってるなんて、すっげーなー!」

 

「ううん、こちらこそいきなり変な指揮をしたのに従ってくれてありがとう。信頼してくれたからこそ勝つことが出来たよ」

 

 

 ……………。

 

「下僕、またアリアでも見てるの……って珍しいわね。何? 今度は天才モテモテ軍師様にご執心な訳?」

 

 ちゃうわい。

 

「ふーん。まあ鞍替えされた方がアリアも不要な視線を受けずにほっとすると思うんだけどねぇ」

 

 ディオルド様は神。

 神を見ることは不敬なれど、気付けば視界に収めてしまうのは神故の力也。

 

「出た、あの子への無駄な神聖視……それいい加減にしなさいよ、何をどうしたらそんな目で見る事になったのかは知らないけど……あんた、いい加減気付いてるんでしょ?」

 

 ……何をですか。

 

「あんた、あの子が好きなんでしょ――ちょ、汚いわね! ビール噴出さないでよ!」

 

 だ、誰が……誰を好きですって。

 

「あんたが、アリアの事をよ」

 

 す、すすすす好きって……いや、そりゃ好きですよ!?

 だけど異性を好む的な奴っていうよりかは憧れの存在であって、俺がそういった目を向けるのは烏滸がましいっていうか……!!

 

「……あっきれた。何その考え方、ほとんど病気に足片一方突っ込んでるわよ」

 

 いや、だって……その、ディオルド様ですよ!?

 

「だから何よ、あんたアリアの事をずーっと見てきたんなら分かるでしょ。あの子は普通の女の子よ、どこにでもいるね! 大体下僕、他の男がアリアに絡んでいくのを見て射殺さんとする程睨みつけてたじゃない! その感情が嫉妬じゃなかったら――もがっ!?」

 

 だー! こ、声が大きいです声がー!!

 

「~~~~ッ! は、はなしなさいよっ、ば、馬鹿下僕っ!」

 

 げふっ!

 

「はぁっ、はぁっ……と、兎に角っ! その考え改めてさっさと思いを告げてきなさいよ」

 

 …………。

 

「このご稼業じゃいつ死ぬかも分からないのよ、後悔だけ残してくたばるなんて、死にきれないわよ」

 

 …………でもディオルドは。

 

「そうね、多分断ると思うわ。でもそんな一回言われただけで挫けるのがあんただっけ? 馬鹿下僕。私には到底思えないけど……あ」

 

 

「おー! 今日は大活躍だったなクリスト! いやーちっこいのにやるじゃねえか、ほら! お姉さんが抱っこしてやるぞ~~っ!」

 

「わぁぁぁぁっ!?」

 

「あ、いいなぁ……」「むぅ、お兄ちゃん」「あたしもやりたいやりたいっ!」

 

 

「……あんた、その目やめなさいよ本当。周りドン引きしてるわよ」

 

 ……性分なんで。

 

「生まれつきディオルドに近づく男性を睨みつける気質があるって? 余計気持ち悪いわ」

 

 うっさい。

 

 

 

 

はぁ……本当、何であたしこんな事アドバイスしてるんだろ

 

 何か言ったか?

 

「なんにも」

 

 

 

 

 § § §

 

 

 

 

「…………」

 

 ミスト、ここに居たのか、みんな探してたぜ。

 

「…………」

 

 別にあれはお前のせいじゃない。俺らは万全だった。

 だけど、それ以上に敵が上手だったんだ。それに――あの子はまだ生きている。

 

「………うっさい」

 

 気に病むくらいなら前に進めっていったのはミストだろ?

 それに責任があるとしたらミストだけの問題じゃない、あんな事態を起こすまで静観していた俺にも責任がある。

 

「うるさい、うるさいうるさい……っ」

 

 それに、俺がミストだったら同じく撃ってただろうさ。

 だからミスト、こんな所に居ないで早く――。

 

「うるさいのよ馬鹿下僕ッ!! ぺちゃくちゃぺちゃくちゃと、いいから放っておきなさいよッ!!」

 

 …………。

 

「私は、私はクリストの、クリストの大事な幼馴染を撃ってしまったのよ!? 実際に撃ってもないのに訳知り顔しないでっ、私の、私の弾が味方を――ッ、あ、あぁぁっ、あっ!」

 

 ……ミスト。

 

「どうして私は、私はあんな単純な罠に引っかかって……っ、私は誓ったのに、もう殺させないって……誓ったのに……!」

 

 ミスト。

 

「馬鹿で愚図でっ、あんな愚かな事をっ……味方に迷惑をかけるくらいなら、死んだ方がマシって、いつもっ言ってたのに、本当、最低な……死ぬなら私が死ねばよかったのにっ!!」

 

 ミストッ!!

 

「…………ッ!」

 

 そんな事を言うな。確かに、確かに撃ってない俺にはお前の気持ちは分からない。

 だけど、だけどだ……まだあの子は死んでいない。

 だからそんな気を病む必要はないんだ。

 

「そんな、そんなの……詭弁よっ、だって……胸を撃ち抜いて……死なないわけがないじゃないのよぉッ……!」

 

 いーや、大丈夫だ。俺を信じろ、絶対に助かる。

 ま、まあ医者でもないけど……仕方ないから今だからこそ明かす。俺にはチートはないって言ってたあれ。あれは実は嘘だ。

 本当は俺には未来を見通す力があるんだ。

 

「……何よ、それ」

 

 その俺の未来視によれば、あの子は助かる。

 つい最近味方になった魔女『キキ・ドロウシー』が魔道具を使って、疑似心臓を作成してたんだよ。それを移植すれば、あら不思議。前より強くなった幼馴染が新登場だ。

 

「…………」

 

 あ、信じてないな? いや、マジでこれだけは100%の確実さを誇るからな。

 

「…………馬鹿に、しないでよ」

 

 してないね。俺は嘘はつくけど、ついていい嘘と良くない嘘はしっかり分別してるんだ。

 ――ほら、聞こえたか?

 

「聞こえたって何が……ん?」

 

 みんなの歓声、下から響いてるだろ。

 

「…………ッ!」

 

 行って見てこいって、そしてごめんなさいもしてこようぜミスト。

 そしたらきっと八方よしの結末になって……いってぇマジで突き飛ばしやがったな!?

 この野郎、今回だけは許してやる!!

 

 

 

 ……はは、あー。しかし、ミストって結構体柔らかいんだな。びっくりしちまったぜ。

 俺はディオルド様一筋っていうのに、いかんいかん。超い~匂いした……いや、いかんいかん。

 

 

 

 

 § § §

 

 

 

 

「よっしゃ○○! 一緒に飯でも食いに行こうぜ! ちなみにこれは上司命令だから拒否権はないぞ!」

 

 へっ。でぃ、でぃでぃでぃでぃおるど様っ、今なんと……っ!?

 

「メーシーだ。飯! 丁度ミストからすっげえ美味しい店を教えてもらってさ。他ならぬミストが○○と一緒に行ってこいだなんて言うんだぜ? ぎこちなさの解消してやって欲しいってさ」

 

 み、ミストめ……よ、余計な…いや、ナイス? ナイスで味な真似をしやがって……!

 

「悔しがってんのか嬉しがってんのかよくわからん顔だな~、ほらさっさと行くぞ。おねーさんと親睦を深めようじゃないかっ!うりうり!」

 

 う、わわわっ! ち、近いですって近いですって!

 大丈夫です一人で歩けますからっ!?

 

「あっはっはっは、堅いぞ堅いぞ~。今日は酒込みだからな~、コリッコリの関係がふにゃふにゃにほぐれるまでほぐしきってやるから覚悟するんだぞ!」

 

 うお、おぉぉぉ……おっ、おぉ……!! こ、これは神の昏れたもう試練か…それこそパライソか……!

 お、あっ、み、ミスト! ミストー! テメェなんて事を!!

 

「あーらチキン○○じゃないの、良かったわねー憧れのディオルド様とのお食事出来て。後で感想聞かせて欲しいわね~」

 

 誰が感想なんていうか、こ、このっ!

 

「よーぉ、ミスト。ナイス情報ありがとな~」

 

「ふん。いいのよ、最近のレーションの不味さは知ってるでしょ? 将たるもの少しの豪華は許される筈だもの。モチベーションアップは大事だわ」

 

「はっはっは、そりゃそうだ。ならミスト、お前さんも一緒に行こうぜ!」

 

「……はぁ!?」

 

「飯は一人より二人、二人より三人だろ? 大体○○の事を深く知ってんのはミストだろ、今日はみっちり三人で語り合おうぜ!」

 

「ちょ、いや、そりゃそうだけれども……きょ、今日は私はその用事がね!?」

 

 ないですよね隊長。今日は久々の休暇日だって昨日ぼやいてましたし。

 

「は!? ○○あんた……ッ!!?」

 

「ははは! なら決定だな、よーし! 今日は朝まで飲み明かすぞー!」

 

(ば、馬鹿○○ッ!! せっかくお膳立てしたのに本当にチキンになってどうするのよっ!)

 

(神が間近に居て常に迫ってくるなんて嬉しすぎて憤死するわ! 死なば諸共じゃぁぁぁあっ!)

 

「さっさと行くぞ~、ほら馬に乗れ乗れ~」

 

 わあああああああ!!

 

「きゃあああああああ!?」

 

 

 

 

 

 § § §

 

 

 

 

「……あんたね。夜哨ならもっと夜哨らしい事しなさいよ。ガチ覗きじゃなくて」

 

 …………夜哨です。

 

「ならどうして城壁の外を見ないで内側を見ているのかしらね~。……へぇ。クリストとアリアで二人っきり、ね。一体何を話してるのかしら」

 

 『……アタシの夢は将来花屋を開くことなんだって、知ってたか? いや、知るわけないよな。っていうかさ、似合わないよな! こんなアタシが花屋を望むなんて……って』感じですね。

 

「は? 今すっごく寒気がしたんだけど……何それ、読唇術? 気持ち悪すぎでしょ」

 

 俺の隠れたちーと能力です。

 というかディオルドの台詞ならそらで言えるわ。

 

「こわキモッっ、ていうか前言ってた未来視の設定どこいったのよ。……でも、へぇ。あの子、そんな事をクリストに言うくらいには信用してるのね。危ないんじゃないの○○、クリストにアリアが取られちゃうわよ」

 

 …………。

 

「まごまごしてたからこうなっちゃうのは当たり前じゃないの。もう今更しらばっくれたりしないで、早く好意を伝えなさいな。アリアも大概鈍感な子よ、言われないと気づかないタイプのね」

 

 …………。

 

「言ったらきっと意識してくれる、それだけは保証してあげてもいいわよ。なんならお膳立てだってしてあげるから、さっさと」

 

 ……いいんだ。

 

「告白を…………今、なんて?」

 

 ディオルド様が幸せなら俺は別にいいんだ。

 

「ちょっと風が強すぎたせいでよく分からなかったけど、別にいいって言った? 私の聞き間違い?」

 

 いいや違う。別にいいんだ、俺は二人の仲を応援する。

 

「――はぁ!? あんた、正気!? 何をトチ狂ってんのよ!」

 

 ……言った筈だろミスト、俺はディオルド様を救うために軍に尽力するって。

 救うって事は彼女を幸せにするって事だ、ただ命があってよかったねで済ますだけじゃ駄目なんだ。

 クリストと結ばれる、それこそがディオルドの最上の幸せなんだ。

 だから俺は二人が結ばれるように全力で応援する。

 

「~~~~っ、な、ん、で、あんたはそこで拗らせるのよ……ッ!!

 あんたはアリアの事が好きなんでしょ! どうしてそこで諦めちゃうのよ、クリストに渡していいの!? あんたの気持ちは忘れてもいいのっ!?」

 

 いい。

 

「良くないっ! それでアリアが百歩譲って救われたとしても駄目じゃないのよ!」

 

 何も駄目じゃない。いいか、俺はチート持ちだ。そのチートで好きな人を幸せにするっていう目標があるんだ、だったらそのチートを使う他ないだろう?

 そのチートで俺は好きな人を幸せにして何が悪いって言うんだ!

 

「いっつもいっつも二言目にはチートチートって……! 何がチートよ! そんなの持ってる持ってないは関係ないでしょ! それじゃアリアが幸せになったとしても……ッ」

 

 

 

「――あんたは幸せになれないじゃないのッ!!」

 

 

 

 

 

 

 ……ディオルド様の幸せは俺の幸せだ。

 

「自分に嘘を吐かないで。そんな滅私奉公でアリアが喜ぶと思っているの?」

 

 これが完全な自己満なのは分かってる。

 だけど今更目標を変えることなんて出来やしない。もう帰れる場所もないんだ。

 だったら……俺は俺の使命を全うするだけだ。

 

「……それってどういう」

 

 ……………。

 

「あ、待って……待って○○っ! 待ちなさいよ!」

 

 

 

 

 § § §

 

 

「あ、○○さん。○○さん」

 

 …………どうしたんですかクリスト軍師。ミストルティン隊長をお探しですか?

 

「いえ、そういう訳ではないんです。その……ちょっとお聞きしたい事がありまして」

 

 はぁ……。

 

「えっと……こほん、その、最近ディオルドさんが何かよそよそしくなってですね」

 

 …………。

 

「以前ならすぐに『クリストー!』って言ってハグしたり、連れ去られそうになったり、抱きまくらにされたりとかしてたんですが……目があってもそらされますし、こっちに触れてくる事もなくなったんです。でも気付いたら近くにいるから、嫌われてる訳ではなさそうなんですが…」

 

 ……へ、へぇ~。そ、そうなんですか。それで……自分に何が聞きたいんでしょうか?

 

「うん。えっと、聞きたいのはどうしてディオルドは急にそんな振る舞いをするようになったんだろう、って事です。いや、本当は軍師たる身として仲間の状態くらい把握してくのは当然なんですけど……こればっかりは理由も思いつかなくて、ミーナとか、色んな人に聞いても『自分で考えなさい』ってみんな辛辣なんです……」

 

 …………。(ヒクヒク)

 

「だからいつもディオルドさんを見てる、詳しそうな○○さんなら何か理由を知ってるんじゃないかなって思、いったぁぁあぁああっ!?」

 

「ば、馬鹿クリストっ! よりによって何で○○さんにそんな事質問してるのっ!?」

 

「い、いたいよミーナ……だってキミが教えてくれないから」

 

「こ、こればっかりは分からなかったら分からないままでよかったのっ! ご、ごめんなさい○○さん……その、クリストが変な事を言って」

 

 ……は、はは。い、いや……き、気にしなくていいですよ、ミーナ、さん。

 じ、自分は全然、えぇ全然気にしてませんから。(ヒクヒクヒク)

 

「え!? 今度は○○さんが不機嫌に……ボク何か変な質問を!?」

 

「あ、あぁもうー! 兎に角行くわよクリストっ! ○○さん本当ごめんなさい、私が言い聞かせておきますからっ!」

 

「いた、いたたたたっ!? え、えっと○○さんごめんなさい~~~~っ」

 

 

 ……手、手が出なかった自分を褒めてやろう。うん、今日は飲みまくってやる。

 

 

 

 それにしても……そっか、やっぱりディオルド様は……いや、分かっていた事じゃないか。それが一番、ディオルド様の幸せになるんだ。だから俺は……。

 

 

 

 § § §

 

 

 

 ミスト。これクリストから。

 四天王「ベオ・ウルフ」の大規模攻勢についての秘密作戦の密書だってさ。

 

「そ。ご苦労さま○○……どれど」

 

 あ、いや開けるのは駄目! 何か戦況が膠着したら読めってさ!

 今見てしまうと作戦の意味がなくなってしまうらしいよ?

 

「はぁ? ……まあクリストって結構突飛な作戦思いつくし、あの子なりに何かしらの考えがあるのかしら……」

 

 で、俺はその秘密作戦で別働隊として動くことになったんで、今回は別行動です。

 

「――何よそれ! 聞いてないんだけど!?」

 

 うわっ、別にそんな怒らなくとも。

 

「流石に越権行為が過ぎるわ! 仮にも私の副長を勝手に……そんなの部隊長たる私に声をかけるのが筋ってもんでしょ!」

 

 あ、あーいや。それなんだけど……ミスト。

 

「何よ!?」

 

 ごめん、それ俺が勝手に志願した。だからクリストを怒るのはやめてくれ。

 

「…………理由は」

 

 この秘密作戦がディオルド絡みだからです。

 どうしてもディオルドの役に立ちたいからです。

 

「……………………………はぁぁぁぁぁぁぁ~~~~っ……」

 

 だ、駄目でしょうか?

 

「……勝手にしなさいよ、クソウジ虫」

 

 うわー久しぶりに下等生物まで評価下がったな~、傷つくわ~。

 

「私に撃ち抜かれたくなかったらさっさと出ていきなさいっ!!」

 

 ひえっ! はっ、はは~いぃ!

 

 

 

 

「……馬鹿○○。ふん、何よアリアアリアって、勝手にずーっと言ってなさいよ。ばーか」

 

 

 

 

 § § §

 

 

 

 ついにこの時が来てしまった。

 四天王ベオ・ウルフ。初の攻勢の日。これは忘れもしないディオルド様崩御イベントの日である。

 原作では為す術もなく、ただ弱り倒れるディオルドを見るしかなかったが、この世界では俺というイレギュラーがある。今まで死に物狂いで鍛えた鋼の肉体と技量、そして尽きぬ信仰心の集大成を見せる時だ。

 

 予めミストには単独行動をすると伝えてあり、もしもの時のために手紙も渡してきた。

 これで思う存分動けるってものだろう。

 ……うん、思う存分。これで……。

 ………………って何を怖がってる○○! 今日この日の為に動くって誓っただろう!

 

 では心を再度バーニングさせてさっさと作戦開始だ。

 

 まずは早馬を使って付近の村まですっ飛ばす。攻勢が始まるから早く退避しろと伝えて住民を逃したら、到るところに罠を仕掛けて待ち伏せだ。

 敵の増援パターンは目で見なくても分かるくらいには何度もシナリオを繰り返した。

 爆薬や落とし穴、そして槍や多種多様なトラップを仕掛けておく。

 ディオルド様には念の為変身タイプの魔物の目撃情報があると伝えてあったが、念には念を入れて罠を潰さなければ。

 

 それこそ全滅させるつもりでかかってやる。

 ……ただ勿論、この作戦は一人では限界があるかもしれないが、陽動程度になれれば十分だ。

 人質作戦でディオルド様が孤立するまでに敵の動きを乱してやるくらい、今の俺には朝飯前の筈だ!

 俺は一人、山程の弾薬を持って見晴らしのよい村の見張り台を陣取り、敵の動向を見守る。

 

 

 ―――朝になった。 まだこない。

 

 ―――昼になった。 まだこない。

 

 ―――夕方になった。 動きがあった。

 

 

 地平線の先に大軍団が我々の陣地目掛けて移動しているのが見えていた。

 一匹一匹の目の赤い光が瞬いて、それはまるで火事が移動しているような圧巻の光景だ。

 しかしてあれが実は陽動部隊だというのが全くの恐ろしい所だ。 

 本体は村の森の奥に潜んでいる。超重武装のハイオーガ突撃隊。耐雷属性をこれでもかと纏い、再生能力も強いというディオルド様に対する天敵とも言える存在だ。

 

 あいつらは俺が直々に仕留めてやる。

 

 そうこうして、ついに前線部隊と敵大軍団が衝突を始めるのが見えた。

 結論から言えば……鎧袖一触といっても良い結果だ。

 味方の軍の攻撃はあっというまに敵を片付けてゆき、特に勢いのあるディオルド様はその手応えのなさから突出してしまう。そうこうしていくと、敵魔術師軍団を発見してゆく。

 

 魔術師軍団はディオルド様を見て一目散に逃げ、ディオルド様はそれを見て追随してしまう。

 そうしておびき寄せられたディオルド様は村まで辿り着いて、そこで人質に出会ってしまい……というのが原作の流れだ。

 

 だが、今の俺がいるからにはそうはさせない。

 陽動作戦が始まったのを皮切りに、俺は村に忍び込もうとした敵を発見する。ので、撃ち殺す。

 

「ギャッ」

 

 もう自由自在に操れるようになった弾丸は、まるで蜂のように敵の目に突入して頭部を貫き、また別の敵を貫き殺す。二体、三体、4、5、8、12、15体! 最高新記録だ!

 

「ウギャガギャガァ! アギギギガァ!!」

 

 敵襲に騒ぎ立てる敵の騒音を耳障りに思いながら次弾装填。ファイア。

 混乱してる相手に何度となく弾を撃ち込む。打ち込む。射ち込む。

 

 っと、流石にあんだけ撃ってたらバレるか。

 敵部隊が大挙としてこちらに襲い掛かろうとするが、到るところに仕掛けたトラップは容易に敵を殺傷していく。

 落とし穴、落石、火炙り、爆発。本当なんでもござれだ。

 正直足止め出来たら俺の狙撃の餌食。どんどん村に死骸が積み重なっていく、もう何も怖くないッ!

 

 で、有頂天になっていたら見張り台めがけて複数体のオーガが突撃してきた。……再生能力持ちだとは言え、見敵必殺の俺に三体は少ないんじゃないか!?

 木そのものから掘り出したような銃身から新たに飛び出した銃弾は、余すことなくオーガの目を貫き、その動きを止める……が、やはり再生能力が半端ではない。脳を撃ち抜かれたのにまだ生きてやがる。

 

 流石にオーガ相手には焼夷弾で頭を焼き飛ばす必要があるか……。

 と、そう考えていた時だった。

 

 

 ―――見張り台めがけて、巨大な斧が飛んでくるのが俺の視界に入った。

 

 

 

 

 § § §

 

 

 

 それは今までに見たことのない大軍だった。

 だが正直虚仮威しかとしか考えられなかった。なにせ構成しているのはゴブリン、スケルトン、オーク、スカベンジャーの混成部隊。歴戦の戦士達を相手取るには余りにも力不足。

 噂に聞くベオ・ウルフの勇猛も所詮は噂に過ぎなかったのかしら? 瞬く間に千の敵が葬りさられ、万の敵すらも消え去りそうな、そんな状況で、全軍には余裕すらあった。

 

「敵魔術師部隊発見!」

 

「目視確認! ミストルティン部隊狙撃用意!」

 

「――待って、狙撃中止! 反射硬性膜だわ! あれを撃つと味方に反射しちゃう!」

 

「ちっ、敵さんも考えてるって事か……」

 

 私は歯噛みする。

 最近になって敵が使用し始めたこの魔法は狙撃手キラー。

 詳しい理屈は知らないけど弾丸を撃った威力そのままに返すっていう反則そのもの。

 

 あれを突破するには物理攻撃が一番なんだけど……。

 ふと、考えていると私の全身に影がさした。

 

「なーら、アタシの出番って訳だね。ミスト」

 

「アリア……えぇ。お願いするわ」

 

 そこに居たのはいつものフルフェイスを被ったアリアだった。

 やっぱりこういうのは一番速度がある部隊が突貫するのが一番よい。

 アリアの速さは速度特化のペガサス騎兵隊ティエリアに続いて我が軍で二番目の速さだ。重装部隊なのに頭おかしいと思うが、味方としては頼もしい限りだ。……ん? アリア……?

 

 

「……ねえアリア、○○は? ○○はあんたの所にいないの?」

 

「○○? 変な質問をするもんだねミスト、○○はあんたの部隊だろ?」

 

「え、えぇそうだけど……ほら例の秘密指令がどうとかって……」

 

「んん~~~っ? 秘密、指令……? いんや、あたしは聞いたことないね」

 

 秘密指令を知らない? ○○はディオルド絡みだって言ってたのに。

 クリストは本人にまでこの作戦を秘密にするんだろうか。どこかがおかしい気がする。

 

「ま、アタシは少なくとも○○の事は聞いてないよ。それに――」

 

「それに、何よ」

 

「いや、何。ミストがご執心の人をあたしの傍に置いたら、ミストに嫉妬されちゃうかもだろ? そんな事ぁしないさ! にひひひっ」

 

「なっ! ……なっ、なっ、なぁぁっ!?」

 

「あっはっはっはっは! 顔真っ赤っか、叱られそうだからあたしはこのまま行くよ、それじゃあまた後でな~!」

 

「こ、この馬鹿アリア~~~~~っ!!」

 

 アリアは手をひらひらとさせながら颯爽と軍馬に乗って部隊と共に突撃していってしまった。

 う、うぅ……馬鹿アリア、本当後で一言言ってやらないと……気が済まないんだから。

 それもこれも○○っ、全てあいつのせいっ! 後で文句言ってやらないと仕方がないんだから!

 

 そうこうして私は一度○○の事は忘れて次なる障害を撃ち抜こうと戦場に意識を戻した。そう戻してしまった。

 

 

 ――もしも、あの時もっと○○の事を怪しんでいたら……別の結末になっていたかもしれないのに。

 

 

 

 

 

 § § §

 

 

 

 命からがら民家の屋根へと脱出した俺だが、あそこに溜めていた弾倉をなくしてしまったのは正直惜しい。

 と言うか後ろから迫る大量のオーガ部隊がマジで怖い。あいつらフルプレートってレベルじゃねーぞ、これ対ディオルド様向けのガチオーガ部隊じゃないのか!?

 

 試しに眉間を撃ち抜いてみたけど秒で復活してきたぞ、どうやって倒すんだアイツ!

 

 ええい、とやかく言わずにまずは逃げなければ。

 毎日の走り込みの成果を見せろ○○! 規定のトラップゾーンまで誘い込め。3、2、1……今っ!

 

 っしゃぁ! オーガ隊5人はボッシュートだ!

 麻痺薬をたっぷり塗り込んだ返し付きの槍の感触はどうだ!?

 

 あれ!? 皮膚が頑丈過ぎて刺さってないってパターン!? さいですかマジですか!

 あーもう無茶苦茶だよ、こんなんじゃとっておきの弾丸を使うしかないね! ヤドリギ弾!

 

 俺は全速力で森の中を走り抜け、ワイヤーを使って高枝まで飛び乗ると、その特殊弾倉を装填し――撃った。

 

 先ほどと同じくあっけなく目を貫く弾丸。

 オーガは当然一瞬足を止めるも、すぐに再生してこちらを追いかけようとして……気づく。両足が動かない。

 いや、体の全身がどんどんと硬化して、足だけじゃなく全身が動かない。

 オーガは混乱し、雄叫びをあげていくが……既に手遅れだ。お前はもう木になるしかない。

 

 最終的に出来上がるのはオーガの顔が残された巨木。

 そうヤドリギ弾は犠牲者のエネルギーを吸って成長する、特殊かつ強力な種子なのだ。

 まさかここまで大木になるとは思わなかったが……だが通用するというのは正直嬉しい報告だ。

 

 しかしながらこのヤドリギ弾は強力な分弾数が少ないし、貫通したら意味がない。

 でも残り4体につき、残り弾数は4発。今の俺にとっては十二分に勝算がある。負ける気がしねえ!

 

 オーガも半狂乱になってこっちに襲いかかってくるが、そんな地面にいる状況じゃ殺すのは無理だね。

 

 おらっ、まずは一体! この木なんの木オーガの木だ!

 

 そして地面への着地に合わせて襲いかかってくる二体目にヤドリキ弾をシュート! エキサイティン!

 

 はっはー! 三体目さんは武器の投擲ですか!?

 めっちゃ俺に効くからやめておくんなせえ! と腹這いになって避けながらミラクルリローディング。

 三体目もスナイプ、パーフェクトショッ!!!! ヒャッハーッ!!

 

 そしてとうとう一騎打ち。

 

 残されたリーダー格っぽい敵は、味方が次々と大木に変わるのを見てこちらを警戒しているようだ。最も弱い部位である目がいつでも守れるように、顔の近くに腕を置いている。

 

 ふっ、正直甘い。俺の弾道操作力なら空中でへのへのもへじを書いた後に目を貫く余裕だってあるんだZE。もうお前はチェックメイトだ。俺はヤドリキ弾を装填して、スコープを覗く。

 

 相手もこちらの自信を汲み取ったのだろう。破れかぶれになってこちらに突撃してきた。

 

 俺は余裕を持って覗いたスコープの先からオーガの目を狙い込む、息を吸って……吐いた瞬間に撃つ。いつものルーティーン。

 息を吸う、引きがねに指がかかる。息を吐く。引き金をひこうとする、もう勝利は目前だ。

 

 

 

 だっていうのに……俺は、迫りくるオーガの隣、遠い森を抜けた先でディオルドが子供を抱きかかえてるシーンを見てしまった。……()()()()見つけてしまった。

 

 

 

 

 

 ――だから俺は、それを迷わず撃った。

 

 

 

 

 § § §

 

 

 

「なっ、あっ!?」

 

 あたしは混乱の渦の中にあった。

 魔術師部隊を森の奥で追い詰めたかと思えば、そこに居たのは子供一人を人質に取った敵軍の姿だった。

 

 だからこそあたしは最初は従うようなフリをし、そして隙を見せた瞬間に……敵から子供を奪い取り、即座に武器で敵を屠りさった。

 なるほどこれが敵の策だったのだろう、人質を取ってあたしの力を無力化させようとするなんて太い野郎だ。だけど残念ながら今のあたしは無敵。なにせこの戦闘が終わったら……クリストに告白するって決めているから!

 年下だけどそれでも必死に知恵を絞ってあたし達を生き残らせようと、勝利を尽力させようとするあいつに。そして他でもないあたしの悩みを真面目に聞いてくれたクリストに、あたしは残りの人生を持って尽くしたい。

 そんな重要な告白をするためには、こんな場所で死ぬ訳にはいかなかった。

 ちらっと○○の事も脳裏に浮かんだけど……あいつの事は好きだけど、何というかあいつのあたしを見る目は神聖視って言ったらいいのか、尊敬の塊だ。異性としての好きという気持ちは、あいつにはないだろう。

 それに他でもなくミストがあんなに好んでるんだ、あたしよりあの二人こそぴったりくっついて欲しいと思う。

 

 そんな思いを胸に抱きながら、奪還し、泣きはらす子供を胸に抱えてあやしていると、唐突に悪寒がした。

 それも胸騒ぎの元は、なぜだかその子供に対して。

 瞬時にあたしの脳裏に○○の言葉が思い浮かんだ。

 『敵軍の中には子供に化けて騙そうとする存在がいるとの目撃情報が――』

 

 迂闊だった、咄嗟にアタシは子供を放り出そうとするが、相手はその腕を変身させ今にも腹部を貫こうとしており――

 

 

 

 ――瞬間。子供に化けた頭が目の前で吹き飛んだ。

 そして遅れて聞こえてくるのは森の隅々まで響き渡る一筋の発砲音。

 

 

 あたしはどうしようもなく理解した。

 これは、○○がやってくれたのだと。

 

「……っへへ、わっりぃな○○。後でご褒美にほっぺにちゅーしてやんないとな!」

 

 敵軍は失敗を悟った瞬間、雄叫びをあげて森の奥から増援部隊が現れる。

 全員がゴツイ装備をつけているこれが敵の本領部隊なのだろう。

 結構な数いそうだが、なんというか疎らだな? まあこれなら余裕を持って倒せるだろう!

 

「お姉様!! ご無事ですか!」

 

「お? おーアンリエッタ、よく来たな!」

 

「よく来たな、ではございません! あの敵は情報によれば耐雷装備を身にまとっています! お姉様では苦戦してしまいます!」

 

「うっそ、マジかよ」

 

「えぇマジです! 大マジです! 敵はお姉さまそのものを狙ってたんですよ! 不届き者の下等生物の分際で……ッ!!」

 

「はー……なるほどな、だけどアンリエッタが来たってことは。敵さん、炎耐性は?」

 

「ない、と聞いていますね。まああったとしても灰にして差し上げますが」

 

「おっけ。なら二人で行くか?」

「是非もございません」

 

 

 

 ――その後、戦場には雷と炎の嵐が吹き荒れ、虎の子のオーガ部隊は全て灰燼と化したのは言うまでもない事だった。

 

 

 

 

 § § §

 

 

 

『ミストへ。

 

 密書だとか嘘をついてごめんなさい。

 この手紙はもしもの時のための手紙です。

 もしもこの手紙が読まれて、かつ俺が生き残っていたらこの手紙の事でイジるのはやめてください。マジで泣きます。

 

 今まで伝えていませんでしたが、俺の出自についてです。

 俺はこの世界の生まれではありません。

 そして変なことを言うようですが……俺はこの世界での出来事を『物語』として知っていました。

 

 その物語で俺はディオルド様の大ファンでした。

 圧倒的な強さと気さくさを見せる彼女の活躍が大好きで大好きで大好きで。

 でもその物語でディオルド様が死んでしまうという事を認めながらも認められない、そんなしがないただの1ファンでした。

 

 

 だけど気付いたら俺はこの世界の中にいました。

 

 

 そして、幸運にも敵に抗う力を手に入れました。

 俺はこれをチャンスだと捉えました。

 

 最初はミストには馴れ馴れしくて本当に悪いことをしたと思ってるけど、俺も必死でした。

 何とか茶化さないとやっていけない程度にはギリギリでした。

 でもそれでもディオルド様を助けるんだと思えば、無限に力は湧いてきました。

 

 気付いたら俺は副長まで上り詰めることが出来ていました。

 これは俺を甲斐甲斐しくも面倒を見てくれたミストのお蔭です。

 そしてミストのお蔭で俺はディオルド様を守る、今日この日を迎えられたのです。

 

 そう。ディオルド様は本来なら今日死にます。

 敵の魔術師部隊を追撃するために突出して、村で待ち構えている人質の子供を助けて。

 その子供に化けた魔物に騙し討ちを受け重傷を負った後、敵軍の追撃を受けて死んでしまいます。

 その敵は超装甲に雷耐性を纏ったフルアーマーハイオーガ部隊です。炎耐性はない筈ですが、かなり強力な敵です。

 

 だから俺はディオルド様を助けるという目標を達成するために、単身で動きます。

 敵の罠を尽く潰して、全部が全部裏目になるように動きます。

 本当は最初から協力を仰ごうかなと思ったけれども……ただの俺の我侭に付き合わせるのも気恥ずかしくて、あと到底信じられないだろうと思って言い出せませんでした。ごめんなさい。

 

 終わったら何もかも謝罪します。お許しくださいミストルティン。

 

 そしてもしも俺がこの行動に失敗して死んだなら。

 ……うーんこんな事は本当は言いたくないですけど、一生のお願いです。

 急遽別地方の狙撃部隊に抜擢されて異動したと、言っておいてください。

 

 ディオルド様は今日の戦闘が終わったらクリストに想いを告白するというのも知っているからこそ、そんな最上の日を俺の事なんかで邪魔したくないのです。

 彼女には幸せになって欲しいんです。本当に。それくらい大好きなんです。

 ディオルド様と意中の仲になるのを諦めるくらいには、愛しているんです。

 

 

 最後になりましたが、ミスト。面と向かって言えないのでこの場で言わせてください。

 いつも我侭に付き合ってくれてありがとう。これからがあるなら、是非とも宜しくお願いします。 

 

                                    かしこ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――何よそれッ、ふざけないで、ふざけないでっ、ふざけないで! ふざけないでっ!! ふざけないでっ!!!」

 

 

 私は部隊を置いて一人で単身森を突き進んでいた。

 罠の跡、足跡、敵の死骸から○○の足取りは分かっていた。

 

 村を進んで、森の奥を抜け、あいつはきっと樹上に飛び乗って狙撃を始めた。

 敵はハイオーガ。超再生能力持ちでは単純な狙撃は効果がないと分かったのだろう、途中途中で見つけた歪な木――苦悶の表情を浮かべた顔のある大木を見て、あいつがヤドリギを使ったのを理解する。

 

 しかしヤドリギは効果が強力な割に弾数は少ない。

 あいつの所持分で敵は全員倒せてるだろうか。

 

 そう歩かないうちに2体目、そして3体目も発見。

 

 ちょっと離れて4体目も見えた。

 

 そして――私は切り立った崖がある場所まで近づき……そして、言葉を失った。

 

 

 

「グルルルルル……グオォォォォォッ!!」

 

 

 

 どうして……どうしてあんたがいるべき場所で、敵がいるの?

 

 何で死んでいる筈の敵がそこにいて、あんたがいないの。

 

 ハイオーガ……片目を少し怪我しているそいつはあたしの姿を見ると突如武器を掲げて突撃してきた。それは瞬間的とは言えあまりにも早すぎる行動。

 

 ただ何十何百万と繰り返した私の手は勝手に愛銃にヤドリギの弾をつがえ、そして無意識にハイオーガを撃った。

 その弾は当たり前のようにハイオーガの目を貫き……そして、敵はそのまま物言わぬ木と化した。

 

 残されたのはタックルか何かで壊され、根本付近から折れた大木と……私のでも敵のでもない血だまり。ただ肉片がないのはきっとこの崖から墜ちたという事で。

 

 私は必死に崖から身を乗り出して、探した。

 

 声を荒げて、喉が枯れるまで大声をあげて、必死に探した。

 

 点になるほど小さな、分からず屋の副長の姿を。

 

 小憎たらしくも大事な副長の姿を。

 

 かけがえのない程重要な○○の姿を。

 

 

 憎たらしいけど支えてやりたいと思う、大好きで大好きで仕方がない――○○の姿を。

 

 

 

 

 

 § § §

 

 

 

 

「……? 今なんか聞こえたか、アンリエッタ」

 

「? いえ……きっと魔物の遠吠えでしょう、はぁ……雑魚は本当に悪知恵しか働かないから雑魚なんでしょうね、全くもって度し難い事です」

 

「あっはっはっは、いやそう言ってやるなって。今回ばかりはあたしも結構ひんやりしたぞ、焦った焦った! ○○が居なかったら死んでたかもな!」

 

「まあ! 笑えない冗談ですわお姉さまっ、お姉さまともあろう方がそんな事……って、○○さん……ですか? あの害虫、一体何をしたんですか?」

 

「何をしたっていうか助けてくれたんだよ、いい加減害虫呼びはよせよアンリエッタ!? 子供に化けた魔物をこう、ばきゅーんって!」

 

「ディオルド様に近づく男性はどんな存在であろうと害虫です! ……まあ、今回の件についてはちょっとは……ほんのちょーっとは評価出来なくはないですが……」

 

「相変わらず辛辣なこった……っと、おーい討ち漏らしははもうないな? そろそろ全部隊撤収するぞ、迅速に進めろー」

 

「我が部隊も同じくお姉さまに続いて撤退します。道中決して油断しないように――ん。この声は……」

 

「……クリスト! ははっ、どうしてこんな所まで来てんだあいつ!」

 

「何か慌ててらっしゃいますが……あぁ、お姉さまが罠にハメられたのを聞いて慌てて増援を寄越したという感じでしょうか。全く、いつもは優秀でしたけど今回ばかりは失策ですわね、まあお姉さまだからこそ今回は何とかなったのだけど、これは減点です。後でみっちり叱りつけてあげないと――」

 

「悪いアンリエッタ、あたしちょっとクリストの所に行ってくる!」

 

「ふぇっ……? お、お姉さま、ちょっと一体何をするつもりで――」

 

「にひひっ、何って? クリストに愛の告白をしてくるだけだっ!」

 

「………は、はぁあああぁぁぁああぁぁっ!? お、お姉さまあぁぁぁ!?」

 

 

 

 § § §

 

 

 

 ――……意識が覚束ない。

 

 全身は何一つ動かせないのに、痛みは全く感じなくて。

 それでいてゆっくりと体温が下がっていくような感覚がする。

 

 でも分かるのは黄昏時の日差しが非常に綺麗だっていう事。

 そして、俺は全てをやりきったって言う事。

 

 おそらくあの子供を撃ち抜いた事で、ディオルド様は状況を盛り返して生き残る事だろう。

 

 それは何よりも優先されることで。

 そして何よりも彼女の幸せにつながる事だ。

 

 ただ、不甲斐ないことに最後のハイオーガを倒せなかった事は……本気で申し訳ない。

 あいつ一人でもかなり強いし、野放しにしたらきっと大変な事になるだろう。情けない話だが俺はもう、動けない……それこそ指一つ。

 

 あぁ、これはもう駄目かもわからんね。

 

 そんな風前の灯火のような感覚を味わっていると、唐突に耳が何らかの振動をキャッチする。

 近寄る音……万事休すか。多分、ハイオーガなのだと思う。

 俺一人のために崖から降りてきたのか? 随分とご苦労な事だ……お前なんか本当は指先一つでダウンの筈だったんだぞ、今回はたまたまめぐり合わせが悪かった、続きは地獄でバトってやるぜ。

 

 なんてことを考えていたら、ふと、視界が持ち上がった。

 

 どうするんだろう、俺のことを食べるんだろうか。きっと美味くないと思うんですけど……! ……と思ったら、はっきりと声が聞こえた。

 

「……軍規違反の○○、こんな所で何をしてるのかしら?」

 

 あ……あ、えーっと……ミスト……さん?

 見上げた先にはジト目でこちらを睨みつける、敬愛すべき部隊長様がいた。しかも顔が近い。これは俗に言う膝枕というやつでは。

 

「ふん……喋らなくていいわ。私はただあんたを叱りに来ただけなんだから」

 

 ……という事は、ハイオーガはミストが倒してくれたか……いや、本当に助かった。

 

「喋らなくていいって言ってるのに……何が助かったよ、馬鹿。あんた、あんな手紙残すより先に正直に協力を仰ぎなさいよ。何、ケジメのつもり? 馬鹿なの? 馬鹿って奴は一度死なないと本当に治らないのかしらね」

 

 いや、そこはほら……今から一度死ぬという感じで直るか……ぐえ、頭握らないで嘘です。視界歪む。

 そ、そういえばディオルド様は? ディオルド様はどうなった?

 

「はぁ~~……ほんっと救えない馬鹿ね○○は……アリアなら勿論生きてるわよ。ぴんぴんしてハイオーガ共をアンリエッタと共に狩り尽くしてたわ。あの様子を見るに案外あんたの助けなんていらなかったんじゃないの?」

 

 ……うぐ、そう言われると弱いかもしれん。

 いやでも初志貫徹っていうか、俺は彼女を助けるために……。

 

「あーあーそういう妄言をまだ続ける気? 何がこの世界が物語よ、私達は生きてるのに物語な訳ないじゃないの……まあ偶然? 出来事は一致したかもだけど」

 

 いや、本当……本当なんだって。実はミストがぬいぐるみ大好きなのも最初から知ってたし、幼馴染を撃っちゃう事も知って……。

 

「はぁあぁぁぁっ!? あんた知ってんなら早く言いなさいよ、何!? 私は泣き損!?」

 

 あ、あー……あの時はマジでごめんなさい。すっかり忘れていたんです。

 

「……ったく、あんたアリアの事以外本当に頓着してないのね。何で私ったらこんな奴好きになったのかしら」

 

 す、好き……? って誰が誰を。

 

「私が、あんたの事をよ。どうせ気付いてなかったんでしょうけど」

 

 ……………。

 

「黙らないで喋りなさい、ちゃんと。気づかなかったからこっちから告白してやったわよ」

 

 ………あ、はは。ははは。

 

「朴念仁。ほんっとどうしよーもない○○ね、私がいなかったら何も出来なかった癖に」

 

 ……………はは、は……はは……あー……あ、あれ? 遠くで歓声が聞こえるなー?

 

「露骨に話を逸したわね、馬鹿○○……あら、あんたの死ぬ間際の幻聴かと思ったら本当ね……ほら、見てごらんなさい。なんかアリアとクリストが面と向かってるわよ」

 

 ……やべえ、ぼやけて見えん。疲れすぎた。

 

「……はぁ……ほら、支えてあげるからスコープでみなさいな。……ねぇ、なんて言ってる?」

 

 …………あたしは、これからずっと、くりすとの、そばに、いる。なんと、いおうとも。

 ……だから、よろしく……な、くりすと、だいすき、だぜ……。

 

「ま。大胆な告白ね、あんたと違って本当潔いわ……ねえ見てるかしら? あれ衆人環視よ。よりによって部隊のいる真っ只中で告白してんのよ、漢らしいったらありゃしな……んん? なに、○○泣いてるの?」

 

 ……そっか、でぃおるどさまは、こんなこくはくするんだ、な。

 はは、ははは……おめでとう、おめでとう…でぃおるど、さま……。

 

「……嬉し泣きといより、悔し泣きね……ねえ気付いてるかしら? あんた今酷いことしてるのよ。あんたの事を大好きな女性を眼の前にして、別の女性の恋に泣いてるんだから……」

 

 ……だって……だって、かのじょはしあわせになれた、んだ……おれのちからで……。

 

「――えぇそうね、あんたの力でアリアは幸せになったわ。誇りなさい○○、たとえ全世界の人が否定しようともあたしだけは絶対に認めてあげる……○○はアリアを救い、幸せにしたと。あんたがよく言う、ちーとって奴でね……」

 

 ……ちーと……?

 

「あんたが持ってる特殊な能力はきっと持って生まれた才能でも未来視でも、読唇術でもなんでもないわ……『好きな人を幸せにする能力』なのよ。きっとね」

 

 ………そっか……。いいのうりょく、もらった……な。

 

「えぇ、本当に…………ん、疲れてきた? もう寝ちゃう?」

 

 う、ん……ごめん、ミス、ト…………もうねむ……。

 

「そう……なら、眠っちゃいなさい……起きるまで膝枕してあげるから」

 

 ………ごめ……ん、おやす……み。

 

「謝らなくたっていいわよ、あんたは頑張ったんだから……ねえ○○……○○?」

 

 ……………。

 

「……おやすみなさい、○○」

 

 

 

 

 

 

 

 私は上半身しか残されていない○○を膝枕しながら、幸せそうに目を閉じた彼の頭を撫で続けた。

 

 

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

「……『好きな人を幸せにする能力』、か。その『好きな人』に私が対象になっていたら、良かったのに」

 

 彼の顔に落ちる涙を拭うことも出来ずに、ずっと、ずっと。よく眠れるように、優しく。

 

 当然の事だけど……○○はそのまま目を覚ます事はなかった。

 

 

 

 

 

 § § §

 

 

 

 

「よっしゃそれじゃ戦勝記念を祝って~~~~っ!

 「「「「「「乾杯~~~ッ!!」」」」」」」」

 

 3日に続いて行われた四天王ベオ・ウルフとの戦いは、大勝に終わった。

 と言うより一日目でほぼほぼ勝負は決していたと言っても過言ではなかっただろう。

 

 敵の狙いはあたし一人に絞ったもので、それが失敗した時点で向こうに策がないのは当然の帰結と言えよう。残り二日間は数だけはいる有象無象どもを屠る作業と化していた。

 

 特にミストの活躍はすさまじい物だった。

 敵の指揮官を射抜く、射抜く、射抜く。親の仇でもあんな憤怒の勢いで殺したりはしないだろう。ただただ無駄なく、迅速に、敵の数を減らして敵の傷口を広げる事を続けていた。

 

 ただそんな連日の無理が祟ったのだろうか、ミストは今日の形ながらの戦勝パーティ(別名:どんちゃん騒ぎ)には欠席して休んでいるという事だ。

 まあなんつーか、ちょっとミストらしくない感じはするかな? あいつなら済まし顔でどんちゃん騒ぎするくらいの体力は計算で残してそうな気がしたし。

 

「まあ今は居ない人を考えてもしゃーないな! よっ、愛しのマイハニー飲んでるかー!」

 

「うわっぷ! や、やめてくださいよディオルドさんっ」

 

「なーんだよー、あたしの事はアリアって呼べって言っただろ? 罰としてぎゅってしてやるぞぎゅーって!」

 

「うわわわわ!! や、柔らか……っ!」

 

「ちょ、ちょっとディオルドさん! クリストに遠慮なさすぎじゃないですか!?」

 

「お、でたなあたしの恋敵一号。言っとくが恋に順番なんてないからな、もう自覚しちまったし告白もしたんだ、あたしは全力で正妻狙いに行くぞ! ミーナ!」

 

「な、なななな……!」

 

「え……ミーナって、ボクの事……?」

 

「く、クリストっ! か、勘違いしないでっ、これは別にその……でぃ、ディオルドさぁんっ!!」

 

「おい……信じられるかあのディオルド様のデレっぷり」

「ちょっと前まではめっちゃ乙女だったのにな……これじゃあ首ったけだった○○副長も血の涙を流しそうだぜ……」

「というか○○副長はどこ行ったんだ? いつもはいるのに」

「さぁなぁ、ミストルティン隊長もいねーし……案外二人で逢瀬を楽しんでたりな」

「ほほー。でもまあ誘い出すのはきっとミストルティン隊長だよな!」

「違いねえ!」

 

 おっと、あたしの耳が面白い話をキャッチした。

 あたしはすぐさまクリストを離すと、そそくさと場を後にした。

 

「うわ、戦雷卿、流石の行動力……あれ完全にデバガメする気じゃ……」

「今更止められねえよ、早すぎて……」

 

 

 

 

 さて、逢瀬となったらどこを狙うか。

 こんなにも綺麗な月夜が出てるんだったら……きっと……いたっ! やっぱり城壁の上っ!

 

 

 

「み~~~~~す~~~~~~と~~~~~~っ!!」

 

「わ、きゃぁっ!」

 

 背後から抱きしめてぐるぐると回ってやる。

 ちょっとやりすぎか?知るか、知るもんか、思いを遂げた乙女は無敵だ! とりあえずミストにも余すことなくのろけ………て……。

 

「……ミスト? あ、悪い。その、痛かったか……?」

 

「え……? えっ、いや、違うの! これはその、ホコリ! ほこりが入って!」

 

 べたべたな嘘をまたつくな……一体どうした事だろうか。

 彼女は眼を真っ赤にして泣いていたようだった。

 それにしても彼女のこんな取り繕いなんてめったに見ないが……まさか。まさかまさかまさか!

 

「もしかして……ミスト、○○は――――」

 

「ッ!!」

 

 

「○○はお前の事をフったのか!?」

 

 

「…………え」

 

 彼女の肩を掴んでまっすぐから顔を覗き込むと、ミストはびっくりした顔を見せたままぽろぽろと涙をこぼし始めた……。これは、間違いなくビンゴだな。

 

「ちがう、ちがうの……別に、これは、なんでもなくて……」

 

「……そっか。いや、そうだな。何でも無いよな。というか無神経な事を言ってごめん」

 

「……違うの、ちがうの……っ、そんなんじゃ……っ」

 

「……ごめん。でもちゃんと思いは○○に言えたんだろう?」

 

「いえ……いえたっ、いえたわ……いえたけどっ、彼はっ、○○はぁっ!」

 

「そっか……いや、なんて言ったらいいかもわかんないけど……何も言う資格もないけど……でも、よく頑張ったよミスト」

 

「う、あぁ、ぁっ、あぁぁっっ、あっ、あぁぁぁ」

 

「うん……よく頑張った、よく頑張ったなミスト。一杯泣こう、飽きるまで泣こうよ」

 

「うあぁぁああああぁぁぁぁっ、あっ、あっ、あぁぁああぁぁぁあああっ!」

 

 

 

 

「ああああぁあああっ、ああぁあああああッ!! あ、あぁぁあっ! うぁぁぁあああぁあ――あ、あぁあああああああああっ、あ―――――――ッ!!」

 

 

 

 

 

 月夜が照らす城壁の上、あたしはミストが満足するまで胸の中で泣きつかせてあやし続けた。

 私は幸せになったけど、ミストがこんな思いをするというのは正直辛くて……私も少し、涙ぐんでしまった。

 ○○……後でちゅーしてやると約束したけど、やっぱり最初はビンタだな。

 

 

 

 

 

 

 その後。一言文句を言おうとした○○は急遽腕を買われて別の地方軍に抜擢されてしまい、あの戦場が終わった直後にここを離れてしまったとミストから告げられた。

 正直薄情な奴だと思う。一言くらい挨拶できればよかったのになー。

 

 ただその事を話すとミストが「きっと○○もそれを望んでいたわ、本当にね」なんて言うもんだから。あたしは怒るに怒れなかった、本当、○○ったらこんなに思わせておくなんて憎い奴だよ!

 

 ――絶対に次あったら文句を言ってやるからな! ○○め!



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好きな人の幸せを継ぐ為に

纏められなくてごめんなさい。長すぎちゃってごめんなさい。
次で終わりですが、出るまで、どうかごゆるりとお待ち下さいまし。




 敵前逃亡しようとした兵士が居る、それもよりによって自分の隊の中にと聞いて駆けつけて見れば、そこに居たのは若い男性兵士。

 年は私より少し上くらいの、くすんだ色の軍服と胸に抱えた銃が余りにも似合わない以外特徴のない男――それが○○だった。

 

 何で自分がここに居るのか、どうして自分が地面に転がされたのか分かっていない、といった顔でこちらを見上げており、その見た目の滑稽さに向かう途中まで抱いていた怒りを忘れかけそうだった。

 

「あ、あーいや、違うんです。ちょっと初陣で気が動転してしまって、そのー……ね?」

 

 軍人に似つかわぬ板についた愛想笑いは私を困惑させるのには十分で。

 第一に私を見る目に驚愕の色が含まれているのがなんとも不可思議だった。

 

 測りかねた私は○○を確かめようと、挑発をしたものだ。

 躊躇う暇があったら情け容赦なく撃ちまくれ、など。やる気がない兵士を抱えている程余裕はない、など。街を捨てて逃げ出したお偉方と一緒に逃げてみるか。など。

 

 定型化しているとは言えこれらの煽り文句は戦場という非日常では心に響くものだ。

 さぁどんな反応を返す。反抗心を見せるか、それともはいはいと頷いて立ち去るのか。

 

「……………」

 

 ……まさかの沈黙で返してくるのは想定外だったわ。

 何観客目線でいるのよ、あんた当事者なんですけど!?

 

「あ、すみません。なんというか貴方にお目見え出来た事が光栄すぎて言葉を失っていました。

 決して聞き逃していた訳では――ひぇっ!? ひぇっ!? ひぇぇっ!?」

 

 あ・な・た・だぁ!?

 仮にも軍隊で、一兵卒が上司に向かって貴方って……あんた本当何様よ!?

 

「あっぶな、それ当たったら足なんて簡単に吹っ飛ぶんですよ!? あんたに良識ってものはないのか!?」

 

 ここまでしたのにまだお客様気分なんて素敵過ぎる態度ね!?

 軍の規律すら守れないウジ虫に良識を問われるなんて世も末だわ。で、選びなさいよ。

 

「な、何を……?」

 

 この場で平身低頭して謝罪し、私の部隊で居残って粉骨砕身するか。

 この場で軍を辞めて、臆病者として街から脱出するか。

 ――あるいは、私に歯向かって撃ち殺されるか。

 

 わざとゆっくりと拳銃に次弾を装填する様を見せつけ、銃口を向けてやる。

 もちろん殺すつもりは毛頭ないが、先程と違って自分がペースを握っているという状況が私を高揚させる。あいつはわたわたと慌てるだけで何も出来ていないのが見てて楽しかった。

 カウントを取ってあいつを追い詰め、0を口ずさもうとした時――、

 

「はい、そこまでだよミスト」

 

 馴染みある声と共に私の愛銃が掴まれ、銃口がそいつから逸れた。

 私は内心の思いを隠しながらも不機嫌そうな声で、唯一無二の親友である彼女に聞く。

 

 ……どういうつもり?

 

「どういうつもりも何も、味方を味方が傷つけるのは不毛だろうに」

 

 これはうちの部隊の方針なの、放っておいて頂戴。

 

「あっはっは、少なくともアタシの眼の前ではそれは控えてくれないとね。大体この子、多分戦場は初めてだろ? だとしたら逃げたくなるのも仕方ないさ」

 

 睨みつけても唯一無二の親友、アリア=ディオルドは飄々と返すだけ。

 エスカレートしたこの場を収めるには彼女の仲裁はベストだ。

 体のいい落とし所を作り出してくれたアリアに内心で苦笑しながら、私は呟く。

 

 ……お人好しディオルド。

 

 皮肉めいた言葉に、アリアはにんまり笑顔を見せるだけ。

 本当に、彼女には敵いそうにない。

 

「なんとでも言いなよミストルティン。さって立てるかい新兵。いつまでもアタシらを見上げるのも辛いだろう?」

 

 

 

 この時に手を差し伸べたアリアに○○が向けていた表情。

 憧憬、感動、好意と愛情を多量に含んだその顔を、私は今でも鮮明に覚えている。

 

 子供のように純真で、大人にしては滑稽な、素敵とも愚かとも言える表情。

 アリアにだけ向けられ、私にはついぞ向けられなかったその表情は、○○のことを思い出すたびに、想起させられるものだった。

 

 

 

 § § §

 

 

 

 次に○○と出会ったのはその翌日の事だった。

 部隊長だけに割り当てられた個室、そこに押し入ってきたかと思えば、開口一番言ったのだ。

 

「故にディオルド様の幸せのために俺はこの軍で尽くします」

 

 一夜明けたらあの間抜け面晒した新兵が、殉教者のような狂気を孕んだ神兵になっていたなんて。率直に言って気持ちの悪い変わりようだった。

 

「願わくばディオルドの部隊に所属したいけど、俺のステータスは多分近接じゃなくて遠距離ビルドだろうからなぁ。遠く離れても彼女が救えるように頑張るよ」

 

 うんうんと私にではなく自分に対して納得するように呟いてるけど、何なのよ私を怒らせたいの? そうなのよね?

 たまにアリアに助けられたり、見目の美しさや頼もしさに当てられてアリアの隣に並びたい、役立ちたいだなんて抜かす奴はいるが……大抵は口ばかりで実力が伴わないし、逆に迷惑しか起こさない。きっと○○もそうに違いないと、私は決めつけた。

 

 言うに事かいて、敵前逃亡しようとした弱っちいお前がアリアを救うなんて、おこがましいと思わないのかしら。

 

「勿論そんな事は分かっておりますサーイエッサー。こんなか弱い俺が出来ることなど微細な物。しかしながら俺という力でディオルド様を助けられるというのであれば全力を尽くす所存ですサー。最初は出来ずとも徐々に出来るように頑張りますサーイエッサー。エンヤコラ。チート能力とかもらってないけど頑張りますサー、エンヤトット」

 

 ……仮にも、上司に、ここまで、挑発的になれる存在だなんてトラブルメーカー以外の何物でもない!

 なら今から言う課題も余裕でクリア出来るわよねぇ!? 

 今から城壁周りを50周! しかもフル装備で日没までに! 

 こんなの熟練の狙撃兵ですらへばる距離だ。

 新兵のコイツなんて良いこと10周できれば上等――、

 

「サーイエッサー。ハードッコイショ」 

 

 ――だって言うのに最後まであいつは舐めた口のまま外を出ていった。

 

 最初はあいつが無理難題に逃げおおせたと思って追いかけて蜂の巣にしてやろうと思った。

 けど意外にも意外に、あいつは狙撃銃を構え、弾倉を携えたフル装備姿になって、本当に走り始めたではないか。

 

 でもどうせ10周……いや、5周でぶっ倒れてしまうんでしょう? 

 

 ……ほら遅い! そんな調子じゃ日が暮れるまでなんて到底無理よ!

 随分とちんたら走っているのね、ディオルドを守るんじゃなかったっけ?

 もう息が上がっているの? ほんっと呆れた決意だこと!

 

 私はいじわる軍曹まんまのやり口で、一周するたびにアイツに嘲笑の声をかけたが、○○は黙々と走るだけ。

 

 どこまで意地が張れるか見ものね、って思ってたけど、予想を裏切って○○は3周を過ぎ、5周を過ぎてもペースを変えずに走り続けている。

 予想したような結末にならなかった私は業を煮やし……残りは部下に監視を任せ、執務に戻った。ふん、つまらないの。

 

 

 

 ……あら。気付いたらお昼。

 あのウジ虫もいい加減へばって倒れてるでしょうね、どんな言い訳をするのか楽しみだわ。

 

 あら、丁度そこに。ねえあのウジ虫は? もうぶっ倒れてるんでしょ?

 それとも諦めて不貞腐れてる?

 

「み、ミストルティン隊長……いえ、それがその」

 

 ――はい?

 

 ……なんと、○○はまだ走っているとの事。現時点で27周。

 だがやはりペースは結構下がっているとのこと。

 しかし未だに弱音の一言も出していないらしい。

 

「口先だけの馬鹿かと思ってましたが……いや、新兵であそこまでの気力の持ち主は中々いないですねぇ。結構掘り出しモノかもしれませんぜ」

 

 …………。

 

「ただ、結構な消耗が見られますな。正直これ以上やらせるのも……隊長、そろそろ許してやってもよいのでは? 発言はともかくアイツの覚悟は本物です。なので……」

 

 ……なので、何? これで切り上げろって?

 冗談言わないで、私が命令したのは50周。それ以上でもそれ以下でもないわ。

 

「!? し、しかし、あいつにこれ以上やらせたら」

 

 命令は絶対よ! あんた、ちゃんとサボっていないか見張ってなさいよ!

 

 私は意固地になって部下に言い切り、また部屋に戻ってしまった。

 

 そりゃ……私とて頭では○○を見直してはいた。

 だがあんな舐めた口を聞かれたせいで素直に認められなかった。

 明らかに無理な課題ふっかけたっていうのに、ここで私が辞めたら……私が○○に折れたって思われるじゃないの。

 

 

 執務室で悶々しながら二時間、三時間、そうして四時間経過。

 

 

 待っていればきっと部下が「○○が限界を迎えて倒れた」なんて報告しに来ると思ったのに、全然来ることがないまま時間だけが過ぎていく。

 

 ……。ちょっと、気分転換しないとね。

 別に気になってる訳じゃないけど、気分転換は大事だし……なんて一人納得させながら城壁の上に向かったのだが……。

 

 

 あいつは、まだ走っていた。

 と言うより、もう体を引きずって移動するような感じで。

 すっかり真っ赤に染まった夕日の中、城壁の上をただ気力だけで移動していた。

 

 

 私は言葉を失った。

 売り言葉に買い言葉、明らかな無理難題なのにどうしてここまで出来るのか、理解に苦しんだ。

 あいつは本当に、本当にアリアを救う為にやっているとでも言うのだろうか。

 

「ミストルティン隊長。……お願いです、切り上げてあげてください。

 このままでは本当に命に関わります。それに……あれでは50周は無理だ」

 

 見守っていた部下が真剣な目をして私に言う。

 現時点で44周。日没まではあと僅か。どう見ても50周は無理だし、あいつは今にも糸が切れて倒れ込んでしまいそうな印象を受けたが……。

 

 ……………駄目よ。

 

「隊長!」

 

 駄目ったら駄目よ、私は、命令したの。50週って。途中で逃げることは許さないわ。

 

 私の声は少し震えていた。

 自分でもどうして、こんな判断を下したのか……その時は理由が分からなかった。

 でも今なら分かる。

 あの場で頷いて中断してしまうというのは○○の覚悟から逃げてしまう事で。

 それでいて○○の覚悟を踏みにじると同義だ、そんなこと……出来やしなかった。

 

 現時点で44周。日没まではあと僅か。

 だけど、それでも最後まで走ろうとする○○を、私はずっと見守った。

 もう嘲笑の声なんて、出せようもなかった。

 

 老人より歩きの遅い○○が、狙撃銃を抱えたまま移動し、途中で足がもつれて転んでは気力を持って起き上がり、よろよろと移動する。

 あまりにも見ていられない無様な姿。だけどそれが○○の決意なのであると思えば――目を反らすことは出来なかった。

 

 今日以上に日没を迎えるのが待ち遠しい日はなかっただろう。

 夜の帳が完全に降りたのを見計らって私は日没よ! と大声で言い放った。

 ○○もその言葉を聞いて悟ったのか、丁度45周目を迎えた途端その場に崩れ落ちた。

 私は小走りで彼の元へ走ってゆけば、○○はか細く口を開いた。

 

「……さ、さー……できませんでし、た……さぁ……」

 

 呆れた。あんだけ救うって言っておいて、日暮れまでに45周までしか出来ないなんて……ふん、身の程を知ったんだったらちゃんと私の言うことを聞きなさい。ウジ虫。

 

 今にも途切れそうなか細い声に対し、私の口から出たのは嘲笑の言葉。

 ほんと……この時ばかりは自分の性格を呪ったわ。

 

「……さーどっこいしょー……」

 

 でも○○は小憎たらしい態度のままそう言うと、気絶した。

 

 ……呆れた。少しは折れなさいよね。最後の最後まで舐めた態度を取るんだから。

 でもこの時だけはそんな態度が逆に清々しく思うくらいで。私は内心を隠しながら態度を変えずに部下に○○を兵舎まで運ばせたのだった。

 

 

 

 § § §

 

 

 

 またそんな態度取って! ○○、あんたは城壁20周!!

 

「さーいえっさー、えんやこら」

 

 その後、晴れて一兵卒の身分になった○○だけど……何故か知らないけど私に対する態度が決して変わる事がなかった。

 何度私が上官だって示しても舐めた口調は変わらず、私はその度に怒り、○○に罰を出していった。

 

 誰がチビよ誰がッ!! あーもう、あんた今日はこの狙撃ノルマこなせなかったら一日飯が食べられると思わないでよッ!!

 

「さーいえっさー、どんとこい」

 

 だけど○○は課せられるタスクを、ノルマを淡々とこなしていった。

 腹が立つことに○○の才能はかなり秀でており、一を教えれば十とは言わないが五を理解し、一度言われた事もすぐさま習得するくらいには優秀だ。

 それでいてあいつは休む事がなく、自主的な努力すらも怠らなかった。

 

「○○よぉ、自業自得とは言えお前さん大丈夫か? いくらミストルティン隊長がああ言ったからって……」

 

「でぇじょうぶっす。隊長命令っていうんなら従うまででっす。仕方なくですけどね、ほんっと仕方なくですけどね」

 

「……お前、本当物好きだな。その口調さえ改めてしまえばこんな事にはならないっていうのに」

 

「ミスト隊長の事は尊敬してるっすよ、マジリスペクトっす」

 

 へーぇ、じゃあ尊敬する私の命令が更に上乗せになってもいいって訳よね? 武器庫の銃の清掃分解組立、寝るまでに全部やっておきなさいッ!!

 

「さーいえっさーい、はーチート持ってたらなー、すぐに終わるんだけどなー」

 

 厳しい情勢が続く中、才能の有無に関わらず○○のように兵士達は(態度以外は)日々備えるべきだと私が思うくらいには、あいつは模範的な兵士であった。

 だから○○の事は……まあ一定の評価はしてる。けど、やっぱり態度の事では評価しきれず、結局彼に辛く当たらざるをえなくなってしまう。しかしそれでいて○○はそんな私からの当たりを飄々と受け止めるものだから、それがまた私を不機嫌にさせてしまう。

 

 

 

「あぁ○○って……あの時の新兵ちゃんかい?」

 

 とある休日、偶然道すがら出会ったアリアを部屋に呼ぶと、私は○○の事を話していた。

 

 才能はあるんだけど、態度だけは改めない。

 言うことは聞くんだけど、言わないと勝手に動き過ぎる。

 努力は認めるんだけど、休むことを覚えない。

 

 そんな事をつらつらとお茶を飲みながら語っていると、何故かアリアは楽しそうに頷いていた。

 ……何よその顔?

 

「面白い奴が入ったもんだと思ってさ。いいねぇいいねぇ、そういう生きのいい新兵、あたしの所にも欲しいよ」

 

 他人事だと思って楽しそうにしてっ。

 私がどれだけ頭を悩ませてるかどうしたら伝わるのかしら。こうしたら伝わるっ?

 

「いひゃいいひゃい、つたわった、よーふつたわった。あたひのほっぺらはげんかいらって」

 

 ふんだ。アリアに相談して損しちゃったわ。

 

「おーいちち。あたしもなんとなく損した気分になってきたよ……ま、あれだ。あたしが思うに、○○にあんまり厳しくしすぎない方がいいと思うぜ?」

 

 ……なんでよ。私の威厳を損ねてもいいって事?

 ここで罰を緩めたら余計に付け上がるに決まってるじゃないの。

 

「聞いてる限りその新兵って今追い込まれてるって感じがするんだよなぁ。ミスト、あんたは何もしでかさないなら理不尽な罰を与えたりはしないだろう?」

 

 そりゃ、まあね。やることやらなかったら罰は与えるけど、意味もなく怒ったり当たり散らしたら下なんてついてこないわ。

 

「その通り。そして○○が入ってもう1ヶ月が経つんだ、そのルールに関しては熟知してる筈。だって言うのにわざわざ怒りを買って自ら不利益を被ってる。どう考えてもおかしいし、別にノータリンな訳でもないんだろ?」

 

 ……そう……ねぇ。まあ無駄に次言おうとする事を予測出来たりするし、言われたことが理解出来ないほどおつむが悪いとは思えないわね。

 

「だとすればだ。○○にはわざとミストの怒りを買う必要があったのかもしれないね」

 

 えぇぇ……それってようするに……ドM?

 

「うん。……いや違うって、引くなよ。あたしも一瞬それよぎったけどそういう事じゃないと思うしそうだったら嫌だ。私の想像だけどそいつはかなり自罰的になってるんじゃないかな。身近にある死の気配に参ってる、だから不安を打ち消す為に自分を痛めつける事を選んでる……とか」

 

 はぁ? ……えーっとつまり、何?

 自分を痛めつけてくれる口実を探して、わざと私を怒らせてるって言うこと?

 

「わっかんないけどね、今受けてる情報だけだとそう受け取れるってだけさ。前に別の隊でも似たような奴がいたよ、自分をひたすら卑下して、隙あらば訓練して体を痛めつけ続ける奴がさ」

 

 ……子供の頃のあんたみたいな奴って事。

 

「う。そ、その話は置いておいて……っつーことで、まあ、あれだ。またそういう態度を取ったら少しは大人な態度で流してあげてもいいんじゃないか? やりにくいって言うんならあたしの方からそれこそ声かけてやってもいいしさ」

 

 何よ、あたしが子供だって言いたい事? あんたより一つ年上なんだからね。

 

「ごめんごめんミストお姉ちゃ……ぁいったっ! 膝はやめろよなー!」

 

 ふん。まあでも……考えておくわ、ひょっとしたら頼むかも。

 あいつ、あんたの事で躍起になってたし、多分あんたの言葉が一番響くんでしょうね。

 

「……へ? あたし? 何でそこであたしが出てくる?」

 

 ふふっ、これが笑っちゃう話なんだけど、あいつと出会った次の日に私に出会ってなんて言ったと思う? 『アリアを幸せにするために軍に尽くします』って言ったのよ。

 

「は? ――………あたし、を? 幸せに?」

 

 そ。あんたをよ。

 私も最初はアリアの役に立とうとして我武者羅に頑張ってるんだーって思ったけど、話を聞くにあいつとアレ以来接触してなかったんでしょ? だったらやっぱり見せかけだけで戦争の空気にビビっているのが真実かもね。

 

「…………」

 

 アリア? ……ぷっ。何その顔、久しぶりに見たわ。

 

「……うぇっ、あっ、いや……ま、間違いじゃなくてか? よりによってあたしを?! 何かこう……何かこうー、その、な?」

 

 くく、ふふっ、ふふふふっ、あははははっ。

 大丈夫だってアリア、もしかしたら○○ったら未だにあんたの事を想ってるかもしれないじゃないっ。

 

「うーっ、み、ミストっ! あんまりからかうなよっ」

 

 この時、私はアリアの言うことをほとんど信じていた。

 確かに新兵というのは極端な傾向が出やすく、○○には自罰的傾向がくっきりと出てきた。

 彼なりの不安の現れだというのならば少しは優しくしてあげようか、なんて思って、後日アリアにそれとなく休むように言いくるめてよ。と、どぎまぎしている親友への悪戯も込めてお願いしたのだが――、

 

 

 

「他ならぬディオルド様の前だけ、俺は……いえ私はどこまでも傅きましょう」

 

「うおおいやめろって!? 何かむずむずするなぁ!? ミストみたいなノリで接してくれていいって、本当にさ。アタシとしてもそれが助かるっていうか」

 

 

 偶然、二人の出会いに出くわした私が見たのは、○○が見たことのない丁寧な口調でアリアを敬う姿であった。

 

 

「無理すんなって、夜も寝ずに訓練してんだろ? ミストが休めって言っても休まないつってたぞ? 何だかんだでアイツもお前さんの事心配なんだ。な? アタシの顔を立てると思って休んでくれよ」

 

「顔近っ、近いでっ、あっ、あっ、あっ! は、はいっ、わか、わかりましたっ!」

 

 

 アリアが語りかければ○○は非常に嬉しそうに。

 アリアが触れてくれば○○は頬を染めて恥ずかしがり。

 年頃の少年が憧れの女性に対して見せるような……そんな光景で。

 

 

「うっし、言質取ったぞ! じゃあお前は今から休みを取れ! ミストには言っておくからなー!」

 

「ディオルド様……ディオルド様の温もり……気安さ……そして仲間思い……と、尊い……。もうこれだけで俺は千年以上戦えそうだ……」

 

 

 嫉妬なんて湧きようもなかったが、決して私に対して見せることのない表情を見て浮かんだのは、ただただ()()であるという気持ち。

 

 ○○、あんたは本当にアリアの為に尽力しているっていうの?

 戦争の空気に充てられていっぱいいっぱいなだけじゃなかったの?

 そしてあんな態度が取れるなら――何故私にだけ邪険にするの?

 

 その光景を見て幼稚な感情が溢れそうになった私は……鼻を鳴らして足早にその場を去る事しか出来なかった。

 

 

 

 § § §

 

 

 

 時は過ぎ去り、○○が隊に入って半年が過ぎた。

 アリアとの接触以降、あいつはひたむきな自分の体虐めを控えるようになった。

 その代わり努力の質を向上させて、より効率のよい訓練や勉学に励むようになった。

 

 本人の努力気質、才能、そして別け隔てのない態度。

 更に共に戦場で背中を預け合い、命を賭して戦う事を繰り返せば――、

 

 

 何よ社長って! 罰としてあんたはこのビール樽全部飲み干しなさいよねッ! 隊長命令ッ!

 

「うわー、横暴だ~。こんな隊長が存在していいのか~。チート能力のない一般兵士にこんな事をさせるだなんて~」

 

「副長手伝いますぜ」「副長の罰は俺らの罰ですよ!」

 

 

 気付けば、あいつが同じ部隊の兵士らに囲まれて笑いあう姿があった。

 

 半年の間にあいつはメキメキと頭角を現し、狙撃の腕はあっという間に私に次ぐ物へと進化した上、肩書も一兵卒から副長へと変わっていた。

 ぽっと出の兵士が強固な絆でできた私の部隊で、半年後にいきなり副長に抜擢されるなんて通常ではありえないのだが……認めたくないが才能、技術、人望、判断力からして○○は逸材だ。

 部隊の他の面々からも反感少なく、彼は副長になってからも立派に職務を努めている。……認めたくないけどね。

 

 その理由の筆頭としてはやはり私への容赦のないタメ口と態度、これに尽きる。

 解せない事には何故かそれについては半年前に比べて更にひどくなっている始末だった。

 

「悪魔! 鬼畜! 無乳!!!」

 

 今も尚油断しているとこうして悪口が……あ゛? いまなんつったころすぞ。

 

「何も言ってません、大平原が見えますとか言ってませんサーイエッサー」

 

 本当はこんな舐めた態度を取る兵士が副長になるなんてありえないんだけどころす、とは言え戦場での活躍などを鑑みても○○は適任だうちころす、軍隊は年功序列よりかは成果主義だ。才能ある人が上に行くのは当然の話である逃げるな、○○は努力気質で才能もばっちしなのだ、一日たりとも欠かさずに努力を続けていたのだから妥当とも言えるそこにいろ。あいつが居る私達アリアドネ部隊は軍に多大な貢献を与えておりここのところは被害少なく連戦連勝だ。かざあなをあけてやる。

 

「あーあーあー!! ほらビールを飲みましょうお二方っ! 乾杯!!」

 

 ――……ふぅ。まったく。

 

 それに、今となっては○○のそんな舐めた態度は我々の部隊の日常に成り下がっており、○○のお蔭で張り詰めていた部隊の雰囲気も少し和やかになってきていた。

 私自身もこんな空気をどこか悪くないと思い始めているのでたちが悪い。絆されてはいけないというのに。

 

 

 そんな○○は従う立場から従える立場になった事によってどこか雰囲気が変わった気がする。

 何度も言うようだけど○○は努力家だ。出来ないことも何故出来ないかを理解した上で、出来るようになるまで努力する事を決して厭わない人物だ。

 

 部隊長の私の命令は当然だとして、○○は更にそこからサブプランやバックアッププランを毎度用意しており、部下達の仕事、ひいては軍の行動に支障が出ないように細心の注意を払ってくれている。まさしく至れりつくせりな献身ぶりを見せている。

 

 しかしながら○○が行軍中に、支障の出ない範囲でアリアの姿をスコープ越しに眺めているのを、私は知っている。

 

 ○○の努力は、彼の宣言通りほとんど全てがアリアに注がれていると言ってよい、のだろうか? ……当の本人が決してアリアと積極的に関わらず、今回のような遠くから眺めるだけといったストーカーじみた物になっているのは如何ともし難いのだが。

 

 本当に気持ち悪いやら焦れったいやら、少なくとも行軍中はいつもやめろと口酸っぱく言っている。けれどやめない。アリアを支えたいならもっと身近な存在になればいいのに。

 

「くそっ、あいつら正気か!? 崖の上から飛び降りてきやがったッ!!

 案の上……やっぱり狙いはディオルドか! 信号弾装填――ファイアッ!!」

 

 だけどアイツのそんなストーカーのような気質が粘り強い観察力をもたらし、ひいては敵軍の行動を機敏に察知してくれるので痛し痒しという所もある。

 先日も連戦連勝で浮かれていた所でまさかの崖上からの敵増援の奇襲があり、そんな行動にいち早く気付いたのが○○だった。

 

 

 教える立場から教えられる立場へ。

 支える立場から支えられる立場へ。

 

 

 一方的なギブだったのがギブとテイクの応酬に成り代わった時、○○は軍にとっても、アリアドネ部隊にとっても無くてはならない存在になっていた。

 

 勿論それは私にとっても変わらずで。

 気が付けば○○はアリアに次ぐ気軽に接せられる親友のような存在になっていた。

 

「おいおい、また隊長と副長が喧嘩してるぜ」

「喧嘩っていうよりかはいつものだろ? じゃれあい?」

 

「いいよな~お前らの所って仲良くてさ~、あたしの所みんな部下が敬語使うから親しみというものが少なくて……え? それが普通の軍隊だって? でもあたしが寂しいじゃんかよ~っ!」

 

 悪口や悪態を軽く交わしあう関係がどこか心地が良い。

 好みも性格もお互いに違うからこそか、毎日顔を合わせても飽きという物が来ない。

 それでいて戦場では互いに背中を預け、サポートをしあえるような対等な関係がある。

 

 何気ない事でもふと話せるような気軽さは、刺々しい戦場の日々では癒しそのものだった。

 

「ミスト~、前の事は謝るから怒るなって! 今度お酒奢るからさ、な!? それにお前も○○のことは認めてるって前言ってたのは本当の事だろ? ○○も伝えたら照れてたしきっと喜――ぁいったあっ!? なんで!?」

 

 まあ当然、そんな事本人に毛ほども伝えるつもりはないのだけど。

 だって……何か癪じゃない。今更そんな事面と向かって言うのも。

 

 

 その代わりと言ってはなんだが……私はこの頃から積極的に○○とアリアをくっつけようと躍起になり初めていた。

 だってそうでしょう? 一方的に懸想しているのに実る気配が全くないんだもの。半年たってもアリアが○○を意識するような発言なんて聞いたことがないし、奥手かつ受け身過ぎるのよアイツは。ひたむきな努力をずっと隣で見せつけられるこっちのことも、少しは考えて欲しいわ。

 

 

 

 § § §

 

 

 

 ○○が副長になってから更に半年が経過した頃、急遽私は上から一通の伝書を受け取った。

 そこに書かれていたのは私らの軍に軍師が派遣されるという内容。

 

 今の今まで各部隊長ごとに方針を決めて戦っていたのだから、まあ一人や二人は居てもいいかもしれないがどうして今急に? というのが正直な感想だ。

 とは言え現状、連勝はしているものの薄氷の上の勝利を積み重ねているようなものだ。最近の敵はどうにも攻め一辺倒ではなく、知恵をつけたのか小癪な動きが多い。それでいてあの物量で攻めいってくるのだからこちらもたじたじだ。だからこそ派遣されて来たのかもしれない。

 

「――軍師ですか。はぁ。……って、あーもしかして……伝説の軍師の息子?」

 

 ○○は何故か軍師を雇うという事を知っていたようだ。

 

「い、いや、何となく隊内で噂になっていたんで。ちっこい子供が来たって話も」

 

 耳ざとい事だと思ったが、どうやら既にその軍師は到着していたらしい。

 幾ら何でも派遣が早すぎる! 行動が素早いことは結構だが……私はため息をついてしまう。

 そう、その肝心の軍師とやらは齢15になったばかりの子供。

 幾らあの伝説の軍師の息子とは言え、実践すらもロクに詰んでなさそうなガキを寄越すだなんて一体どういうつもりなのかしら。

 

「ミストも背丈はあんま変わらないじゃないっすk、へい降参です降参。

 銃口向けられて生きている心地がしないっす」

 

 ○○はまたふざけた事を抜かす。

 軍でも何でも、別の意志を介入させてすぐ馴染むかと言えば否だ。

 ただでさえ敵の攻めが熾烈になってきている以上、あやふやな指揮で味方に損害が出たら本当どうしてくれるつもりなのか。もしや私らの軍で実地教育でもさせる心づもりなのか? 本当に上の事が理解できない。

 だから上層部からの命令だから一応は従うけど、おかしな命令だったら従わない。軍師より私の命令を優先するように○○に伝えたのだが、

 

「いんや、大丈夫っすよミスト」

 

「あの子なら大丈夫です。きっと良いように導いてくれる筈」

 

 意外や意外。割と現実主義寄りの○○が、どうしてか軍師に対して肯定的であったのだ。

 ……どうして? こればかりは理解できない。会った事もないってのにそんな楽観的になれるものなの?

 

「だって主人公だから。正真正銘のチート持ちの」

 

 ……頭が痛くなりそうな根拠をありがとう。もう黙ってくれる?

 ○○のアリアへの純過ぎる行動も理解しがたいが、時折出てくる妄言は更に理解出来ない。

 主人公ってどういう事よ。「ちーと」ってなんなのよ。意味分かんないわよ。

 特に「ちーと」に関してはすぐに○○が口に出す言葉なので、聞くだけでうんざりしてくるわ。

 聞いた感じ後天的に得るズルみたいな力? っていう意味らしいけど……。

 

 

「は、はじめまして皆さん! こ、この度派遣された軍師……く、クリストって言います! きょ、今日から皆さんの指揮を取らせて頂きますので……よ、よろしくおねがいします!」

「あわせてはじめまして、幼馴染のミーナって言いますっ」

 

 とは言え、新たに派遣された軍師に対する私や皆の心配は杞憂に終わった。

 クリストと名乗った少年は見た目の初々しさとは裏腹に、○○が言った通り見た目からは想像出来ない程的確な指示を出せるツワモノで。来る前と来た後で明らかに私達の戦果が変わった。

 

「アリアドネ部隊、定位置についていますね? 30秒後に敵ミノタウロス軍団が奥から現れます。足を狙って行軍を遅らせてください」

 

「挟撃のチャンスです! 魔導部隊、英雄魔法を前衛全体にお願いします!」

 

「引き寄せてください、ギリギリまで……ギリギリまで……今ですっ!」

 

 犠牲は少なく、敵の被害はより甚大に。

 

 凄いのはまるで未来を見通しているかのように敵の狙いを正確に突き止める事だ。

 

「あ、そこ罠ありますから避けてください。ん……その先は待ち伏せありますよ」

「陽動部隊です。あれは本隊ではありません。多分丘向こうに本隊が……ビンゴです。ディオルドさん横から奇襲お願いします」

「大丈夫です。敵は攻撃してこない筈です。先に魔法攻撃で奇襲かけてくるので……やっぱり」

 

 などなど。私達狙撃部隊が全体俯瞰してもわからない内容を、地図と動向だけで理解してしまうのだ。それも今の所外した事がない。

 

 更に一見して訳が分からない指揮も、命令通りこなしてみると何故か敵の裏をかく作戦になっており、親の七光りという評価を瞬く間に払拭し、まさしく天才軍師の名を欲しいがままにしている。

 

「クリストさん、先程は見事な指揮でした」

 

「お兄ちゃんありがとう~、お蔭でミルモの隊もほとんど傷つかずにすんだ~」

 

「クリスクリス! うちらも助かったぜ、気付いたら挟み撃ちになってるなんて、すっげーなー!」

 

「ううん、こちらこそいきなり変な指揮をしたのに従ってくれてありがとう。信頼してくれたからこそ勝つことが出来たよ」

 

 更にクリストは15歳にしては小さな体型と少女のように目鼻の整った顔立ちを持ち、戦場とは180度違う心優しさが庇護欲を誘うのか、はたまた持ち前のカリスマのせいか……彼の周りには自然と人が集まるようになっていた。(特に女部隊長らは我先にとクリストに群がっている……)

 

「むぅ~~っ! クリスト、ほらデレデレしないのっ!」

 

「いたた、ミーナ痛いっ!?」

 

 彼の加入と同時に押し入るようについてきた彼の幼馴染、ミーナはクリストを日々サポートしながら、そんな群がる女性達に警戒のうなり声をあげている。見ていて非常に微笑ましい。

 

「……………」

 

 意外だったのは、そんなクリストを○○すら眺めていたという事。

 いつもはアリアにしか向けない視線を、何故か半目になって眺めていた。珍しいものだ。

 何よ、今度は天才モテモテ軍師様にご執心な訳?

 

「ちゃうわい」

 

 否定する○○。だけどその視線が未だにクリストに注がれているのは同性としての嫉妬故か。だとしたら面白くて笑えてしまう。

 とは言え少しでも他人に興味を持ってアリアだけを見つめるストーカー気質が治るというのなら良い事かもしれないが。

 

「ディオルド様は神。神を見ることは不敬なれど、気付けば視界に収めてしまうのは神故の力也」

 

 本気で言ってるの? 言ってるのよね……私は大げさにため息をつかざるを得なかった。

 分からないのは○○のその一貫したアリアへの献身は、まさしく神に対する無償の奉仕のようなものであって決して異性に対する物ではないという事。

 そんな事をされてアリアが喜ぶかと言えば絶対にNOだと言えるし、第一献身するだけして見返りを求めようとしないのはまったくもって理解出来ない。○○って実は元聖職者なのだろうか? それもカルト宗教の。

 

 私はもうなりふり構うのが嫌になって、○○をはっきりと焚きつける事にした。

 あんた、あの子が好きなんでしょ――ちょ、汚いわね! ビール噴出さないでよ!

 

「す、すすすす好きって……いや、そりゃ好きですよ!? だけど異性を好む的な奴っていうよりかは憧れの存在であって、俺がそういった目を向けるのは烏滸がましいっていうか……!!」

 

 そこにあったのは部隊に入って以来見たことがない程狼狽する○○の姿だった。

 はっ、ほら見たことか、こいつは自分の恋心を表面化させるのが恥ずかしくて神聖視と混同させて誤魔化しているのだ。まるで思春期のガキね……私はずい、と身を乗り出して更に畳み掛ける。

 

 だから何よ、あんたアリアの事をずーっと見てきたんなら分かるでしょ。あの子は普通の女の子よ、どこにでもいるね! 大体下僕、他の男がアリアに絡んでいくのを見て射殺さんとする程睨みつけてたじゃない! その感情が嫉妬じゃなかったら――もがっ!?

 

「だー! こ、声が大きいです声がー!!」

 

 私は驚く。テンパった○○が顔を近づけ、私の口元を手で押さえていたのだ。

 見てはいたけど触れたことのない大きくてゴツゴツした手。

 その手が唇に触れている、と認識した瞬間、心臓が高鳴り、私の顔は一瞬で熱くなり――どうしようもなく恥ずかしくなって○○の腹を殴っていた。

 

「げふっ!」

 

 何をしてんのよっ! と怒りにかまけそうになったけれども……周りに騒がれて注目されるのも嫌だったので、心を落ち着かせるために一旦ビールを口に含み、嚥下する。……ふぅっ。

 

 兎に角、その考えを改めてさっさと思いを告げてきなさいよ。このご稼業じゃいつ死ぬかも分からないのよ、後悔だけ残してくたばるなんて、死にきれないわよ。

 

 その言葉に流石に思う所があったのか、○○は急に神妙な顔をしだす。

 伺うように、さりとて問い詰めるかのように視線を合わせていれば、ふいっと○○から逸した。

 

「…………でもディオルドは」

 

 普段の彼の態度からは考えられない程気弱で、いじらしい発言。

 私はどうにもそれがおかしくて、自然と笑みを浮かべながら彼を励ましていた。本当、しょうがないんだから。

 

 ……なんてやってると、周りがにわかに騒がしくなったの気付いた。

 

「おー! 今日は大活躍だったなクリスト! いやーちっこいのにやるじゃねえか、ほら! お姉さんが抱っこしてやるぞ~~っ!」

 

 ディオルド自らクリストに絡みに行った瞬間、途端に○○は幼稚な嫉妬の目をクリストへ向け始めたのが分かった。

 大概の事はやれば出来るし、実行力もあるというのに……。アリアへ本心を伝えるとなるとホワイトラビットのように怯えるなんてね……情けないわ。

 しかし部下のメンタルのコントロールも部隊長の仕事ではあるけど、何で私は恋愛相談なんてやっているんだろう。……恋なんて、私こそしたこともないっていうのに。

 

「何か言ったか?」

 

 なんにもないと否定の言葉を吐き出すと、私はコップに残っていたビールを一気に飲み干した。

 ……何故か私の心臓は今もなお高鳴ったままだった。

 

 

 

 § § §

 

 

 

 その日はずっと雨模様。

 部屋に飾ったスターチスが紫の花を萎れさせていたり、食堂で苦手なキューカンバー料理が出されたりと、どことなく悪いこと続きの日、私は最悪の事をしでかしてしまった。

 

 敵軍の使う幻惑の霧に惑わされて私は同士討ちをしてしまったのだ。

 しかもその相手はよりにもよってクリストの幼馴染であるミーナ。

 

 最初は魔物だと思ったクリストを瞬間的に撃とうとしてしまい、それを庇ったミーナが致命傷を負ってしまう。

 事の全てが理解出来たのは敵軍が掃討し終えた後の事で。

 脳裏によぎった違和感は一瞬にして絶望へと塗り替えられた。

 

 クリストを守る事が出来たミーナが笑顔をみせて倒れ込む姿。

 倒れ込んだミーナへと見たこと無いほどの悲痛な表情で走り寄るクリストの姿。

 ミーナを撃った私を見て驚愕の面持ちを見せる他の皆の姿。

 

 それらを認識してしまえば体からゆっくりと力が抜け、あれだけ部下に言いつけた「戦場では銃を手離すな」という事すら守れず、その場にへたりこんでしまった。

 

 それからは記憶が曖昧だ。

 

 皆が急いでヒーラーを呼んで、ミーナを必死に看病をしていたり、何か助ける方法がないかとてんやわんやと皆で考えを論じているのを尻目に、私は何故か城壁の上で立ちすくんでいた。

 

 頭の中を占めるのは後悔の気持ちのみ。

 

 どうしてあの術を見抜けなかった?

 どうして最後まで認識が解けなかった?

 どうして敵軍に誘導されてしまった?

 

 次々と浮かぶ「どうして?」という問いに対して、考えても考えても出てくる答えは全て自分が何もかも悪いのだという自虐的な物ばかり。

 冷静になって考えれば皆の小さな慢心と、想定以上の敵の策の綿密さがあの結果を招いたのだと分かるのだが、あの時の私にそれを気付ける冷静さはなかった。

 

 ふと空を見上げれば雨雲はすっかりと消え去り、美しい満月が私を照らしていた。

 ただ今の自分には満月すら腹立たしく思えてしまう。

 だって軽率で、愚かで……救いがたい私には余りにも似つかわしくないではないか。

 いっそ大雨が降り注ぎ、雷が私に落ちてくれればいいのに、と思ってしまう。

 

 そう、私は責任を取るべきなのだ。

 ミーナの代わりに私が傷つくべきだった、だから――と腰の拳銃に手を伸ばそうとしていた時だった。

 

「ミスト、ここに居たのか、みんな探してたぜ」

 

 背中から○○の声がかかった。

 

「別にあれはお前のせいじゃない。俺らは万全だった。

 だけど、それ以上に敵が上手だったんだ。それに――あの子はまだ生きている」

 

 平静を装ったのが丸見えのどこか息の切れたような声。

 私を慰めに来たのは分かる。分かるが、今の私には辛いだけだ。

 どうか放って欲しい、黙ってよと言っても、○○は無視して喋り続けるだけ。

 

「気に病むくらいなら前に進めっていったのはミストだろ? それに責任があるとしたらミストだけの問題じゃない、あんな事態を起こすまで静観していた俺にも責任がある」

 

 いっそ責めたてて欲しい、私のせいだと声高に叫んで欲しい。

 なのに○○の声色は優しくて。言葉のひとつひとつが心に突き刺さるように痛い。

 俺にも責任がある? いけしゃあしゃあと抜かさないで。アリアにしか興味のない貴方が一体何のつもりよ。

 

「それに、俺がミストだったら同じく撃ってただろうさ。だからミスト、こんな所に居ないで早く――」

 

 

 うるさいのよ馬鹿下僕ッ!! 

 ぺちゃくちゃぺちゃくちゃと、いいから放っておきなさいよッ!!

 

 

 気付いたら私は叫んでいた。

 外聞なんて捨てて、心の底で燻っていた感情を○○に叩き付けていた。

 

 自分の軽率な行いが、このおろかな結果を招いた事を。

 自ら課した誓いを自ら蔑ろにしてしまった事を。

 そして、誰かの大切な人を……この手で亡き者にしてしまった事を。

 

 こんな愚かな女が、ミーナの代わりに死ぬべきだったのに!と叫んだ瞬間、私の体は温かい何かに包まれていた。

 

「そんな事を言うな。確かに、確かに撃ってない俺にはお前の気持ちは分からない。だけど、だけどだ……まだあの子は死んでいない。だからそんな気を病む必要はないんだ」

 

 すぐ傍で耳朶の打つ○○の言葉から自分が抱きすくめられているのだと理解してしまえば……全身から力が抜け。代わりに堰をきったかのように涙が溢れだす。

 ただそれだけなのに何故か心の中で安堵を覚えてしまう事が余りにも浅ましく感じてしまい、私は腕の中から脱出しようともがくし、叫ぶけど、○○は離してくれなかった。

 

「いーや、大丈夫だ。俺を信じろ、絶対に助かる。ま、まあ医者でもないけど……仕方ないから今だからこそ明かす。俺にはチートはないって言ってたあれ。あれは実は嘘だ。本当は俺には未来を見通す力があるんだ」

 

 そんな○○が口に出すのはまたも突拍子のない言葉で。

 その想像だにしない内容に私の思考が一瞬止まってしまう。

 

「その俺の未来視によれば、あの子は助かる。つい最近味方になった魔女『キキ・ドロウシー』が魔道具を使って、疑似心臓を作成してたんだよ。それを移植すれば、あら不思議。前より強くなった幼馴染が新登場だ……あ、信じてないな? いや、マジでこれだけは100%の確実さを誇るからな」

 

 その話はあんまりにも荒唐無稽で、馬鹿げた嘘としか思えない。

 慰めにしても嘘を織り交ぜても何の意味も成さないというのに……。

 ひょっとして私を馬鹿にしているのだろうか。耳障りの良い言葉で煙に巻こうとしてるのか。

 

「馬鹿になんてしてないね。俺は嘘はつくけど、ついていい嘘と良くない嘘はしっかり分別してるんだ――ほら、聞こえたか?」

 

 抵抗もやめて睨みつけるように○○を見上げても、そこにあるのは至極真面目な表情だけ。真意が読めずに困惑していた私だが……図ったかのように突如階下から歓声の声が聞こえてきたではないか。

 歓声? 一体どうして……? 直後私の脳裏に浮かぶのは奇跡の光景。でも、まさか……そんな事って、本当にありえるのか?

 

「行って見てこいって、そしてごめんなさいもしてこようぜミスト。そしたらきっと八方よしの結末になって……いってぇマジで突き飛ばしやがったな!? この野郎、今回だけは許してやる!!」

 

 私はいてもたっても居られずに彼を突き飛ばして階下へと急いでいった。

 階段を降り、時々転びそうになりながらも全力で足を運んでゆく。

 走れば走るほど仲間の喜びの声は近づいてゆき、すれ違う彼らは私を見て早く行ってあげろと囃し立てる。そして、とうとう私は人だかりを見つけ――その中心へと体をねじこみ、出会えた。

 

 

 喜びに涙を流すクリストと。

 そしてそんなクリストに微笑んで話かけるミーナに。

 

 

 ミーナは、○○の言う通り死んでいなかった。

 胸に包帯を巻いてはいるものの、しっかりとクリストと話せるまで、回復出来ていた。

 

 私は横たわるミーナの隣にへたりこみ、そして……遅れて湧いて出た激情に翻弄されるがままに、泣いた。泣きながら、ごめんなさい、と謝った。

 幼馴染のクリストに、傷つけたミーナに、そして迷惑をかけたみんなに何度も何度も謝った。

 

 

 ミーナは子供のように泣きじゃくる私をあやすように頭を撫でながら許してくれて、クリストもみんなもそんな私を非難することなく暖かく私達を見守ってくれた。

 

 

 

 人前でわんわん泣いて疲れ果てた私は、気付けば自室まで運ばれていたようで。

 翌日、なんとなしにみんなと顔を合わせずらくなったのは当然の帰結だった。

 

 

 

 § § §

 

 

 

 あの事件の後から私とミーナの仲はぐっと狭まった。

 最初はあれだけの事を仕出かしたのだ、どんな償いでもするわ。と伝えたのだが……。

 

「うーん……じゃあ……えっと、お友達になってくれたら許しますっ」

 

 まさかの発言にあまりにも拍子抜けしたのだけど、毎日のお見舞いの度に目一杯話に付き合っていれば意気投合してしまい……結果としてまた一人私の中で気兼ねなく話せる大事な友達が増えてしまった。

 

「あ、ミストちゃん今日も来てくれてありがと~っ、待ってたよ待ってたよ~」

 

 ちょっとあんまりはしゃぎ過ぎないの! 安静にしてなさいって!

 

「だってずーっと眠ってるのも退屈なんだもん、それに……すっごい元気有り余っちゃって!」

 

 有り余った元気でナイフ投げの練習するの止めなさいよ!?

 ちゃんと眠ってなさい怪我人っ!!

 

 絶対安静だったミーナがベッドの上で起き上がるどころかナイフ投げするくらいには回復したある日。

 紫色の長い髪を三つ編みにした彼女と何気なしに部隊の話をしていたら、気付けば話は○○の話にシフトしており。

 そう言えば焚き付けた○○にも感謝と謝罪を言おうと思ったけど、○○だからなんとなしに言い出しづらくて言えてないわ、なんて零したらミーナがぐぐっと食いついた。

 

「人は感謝しあって、協力しあって生きているんだから。親しい仲であってもきちんと言葉に出して感謝を告げないと駄目だよミストちゃん!」

 

 結果として叱られた。

 ぷんすこぷん、なんて言葉が似合いそうなくらい可愛い顔で、みっちりと叱られた。

 でもあんなふざけた奴なのよ? だなんて思いもあったのだけど……まあミーナの話には一理どころか十理ぐらいあるし、あいつの励ましも発破になったのも確かだ。やっぱり今度会ってあいつに……あいつに――

 

 途端に思い出すのはあの日の夜の事。

 城壁の上で抱きしめられた感触は、なぜか今もなお鮮烈に記憶に刻まれており、鍛えられてゴツゴツした逞しい体とあいつの匂いを想起してしまう。

 そんな想像が渦巻く中で二人だけであいつに会って、ごめんなさいとありがとう、って言うのだと思ってしまえば――もう、私は顔を赤らめるしかなく。

 

 急に瞬間沸騰した私を見たミーナは即座にピンと来たのかにんまり。

 

「……にゅふふ。そっかそっか~ミストちゃんってそうなんだ……大事な人にはきちんと言葉に出そうね? ミーナとの約束だよ♪」

 

 な、なな何よそのしたり顔、何が言いたいのかさっぱり分からないわ。

 

「んーん。なーんにも♪ でもあの人は強敵そうだね~、すっごい一途だし……でも大丈夫、アピールしてくれればきっと振り向いてくれるよミストちゃんっ! 私応援してるからっ!」

 

 はぁっ!? 別にそんなんじゃないわよ! 私は別に○○は副長としてよくやってるし、今後共良い関係を結びたいし、その、あいつのお蔭でなんとか立ち直れた節がなくもないからただ感謝とか謝罪とかもしっかりするだけよ、あくまでビジネスライクな関係っ、上司と部下っ、それで終わり! 本当にそれだけなんだからっ! それに知っての通りあいつはアリアしか見てないし、まあアリアも振り向く訳ないけどあんまりにも無様で見てらんないから仕方がなく手伝ってあげないといけないぐらいには情けない男なのよ、誰がそんなっ! そんな、ねっ!? 分かるでしょ!? まあ悪いところは9割9分占めてるけど1分くらいは良いところもあるし、別に認めてないって訳じゃないけど……でもやっぱり、

 

「うわーミストちゃんすっごい早口~」

 

 ミーナの生暖かい目線に耐えられなくなった私は対抗としてクリストの話を振って弄りまくると、向こうも同じくらい早口になって否定しつつも微妙にのろけ始めた。わかりやすいわ……。って実は私もミーナと同じくらい分かりやすいのかしら。……そうでないと良いんだけど……。

 

 

「う、うぅ……で、でもでもっ、ミストちゃん話は戻るけどちゃんと○○さんには感謝は伝えないとだよっ!」

 

 わ、分かってるわよ……でも、何かあいつにだけは恥ずかしいというか。

 

「もうっ、可愛い事言ってもだめ! 許しそうになったけどそれじゃだめだめ! 普通に何時ものように言うだけでいいんだから……でもどうしても言いにくいんだったら、まあ物を使うってのもありかもしれないけど」

 

 物?

 

「手紙で書いて渡すとか、○○さんが好きなものを渡したりとかね。面と向かって言う方が本当はいいんだけど、それでおじおじして言い出せない期間が伸びるんだったら、そっちの方がね」

 

 そう……そうね、それだったら良いかも。

 そう言えばつい最近出来たちょっと高めの美味しいお店知ってるし……それとなく招待してあげようかしら。

 

「おぉぉぉっ、ミストちゃん大人~っ、まさか雰囲気の良さそうな場所で面と向かって!?」

 

 最初から大人よ私はっ! べ、別にそんな事じゃなくて……ほら、アリアと○○が一緒に行けるようにお膳立てしてあげるだけよっ、それが一番○○が喜びそうだし。

 

「……え? えぇ、えぇぇぇ~~~、だ、駄目だよミストちゃんそれじゃ! ミストちゃんが居ないじゃないっ!」

 

 別に駄目じゃないのっ、第一○○が好きなのってアリアなんだから、それ関連ぐらいしかお礼になるものないでしょ、それに○○はアプローチはしないしまどろっこしすぎるからいい加減この辺りでさっさとくっついて欲しいのよ!

 

「だーめーだーよー!」

 

 その後は駄目だよ、駄目じゃないわよ、なんて言い合いをぎゃいのぎゃいのやって時間を理由に対立したまま席を立ち、そして私は宣言通り、○○とディオルドをその店へと誘うように仕向ける事にした。……へたれた? ち、違うわよ!

 

 

 

「美味しい店がある? そこに○○と行ってこいって?」

 

 案の定理由が分かっていないのかきょとんとするアリア。

 ほら見なさい○○、あんたの献身はアプローチ未満、やっぱりびしっと言わないと駄目なのよ。

 とは言え全容を私が言うのは憚れるので、理由としては○○のアリアに対する緊張がほぐれるように二人で飲んできなさい、とそれっぽい理由をつけてやる。

 

「あー、確かにな~。○○のあたしに対する敬いっぷりってなんつーか異常だよな! 分かる、あたしもよくそういう目で見られるけど○○は特に凄いっつーか? 常日頃キラキラした視線感じるくらいだし」

 

 ○○ぅ……ストーカーっぷりだけしかきっちり伝わってないじゃない……。

 

「でも折角だしみんなで親睦深めるために行くって言うのも手だよn……えっ、二人限定じゃないと駄目!? なんで!?」

 

 なんでも! 二人以外がいると途端に○○が本音で喋らなくなっちゃうかもじゃない!

 

「ふーん……まあ、ミストがいいって言うなら良いけど」

 

 

 

 

「――それでさぁ、あらしとミストはこの軍に拾われてミグルドのおっさんに恩返しするんだ~~って、息巻いて、死に物狂いで、剣を振り、銃を撃ちぃ、気付いたら結構偉い立場になれてたって事だよ。分かるかぁ○○ぅ、お前は才能がある、人間誰しも誰かに助けられてるんだ、だからなぁ……あ、お姉さんこのポークチョップ3つお代わりぃ!」

 

「はいっ、ディオルド様っ。あ。すみませんこっちはお冷を追加でお願いします」 

 

「えぇ~~、なんだよ○○~、もう飲めないって言うのか~? あたしの酒らぞ~?」

 

「す、すみませんディオルド様。不肖の身として大変申し訳無い限りですが自分のキャパは少ないようで、本当にすみません……あ、ほらディオルド様来ましたよ。おみ……お酒です」

 

「ミスト~~、○○があたしの酒につきあってくんない~、あ、○○お酒さんきゅ……あれ? これ何か薄」

 

「知ってますかディオルド様、美味しいお酒って水みたいにクリアらしいんですよ。ですからこの店は最高級のお酒を出してくれてるんですよ、いやぁミスト隊長のお陰ですね~」

 

「んお、……そうかぁぁ~、ならいいか~。あっはっは、今日もみんな無事でお酒が美味しいな~! それでどこまで話したっけ。あ、そうそう、あたしが軍で頑張ってる理由ぐらいだよな~。理由としてはだ、あたしは孤児だったんけどミグルドっていうおっさんに――」

 

「ほうほう、なるほど……いやぁ、ディオルド様の話は為になるなぁ。多分この話5回くらい聞くけど、その度に全く違う発見がある。ですよねぇミスト隊長」

 

 ……えぇそうね。素敵なお話ね。

 あんたとアリアだけで話していたらもっと素敵な話だったのにね。

 

「はっはっは、神とご対面するだけで心臓バクバクなのに隊長は俺の心臓を破裂させたいのかな?」

 

 だから神じゃないっての、あんたの目の前に居るのはどこからどう見ても女……じゃなくて場末のおっちゃんじゃないのよ。

 

「今ディオルド様をおっちゃんって言ったな! 次は法廷で会おう!」

 

「あんだよ何二人で盛り上がってんだよ~~っ、あたしの話が聞けないのかよ~~っ、寂しいじゃんかよ~~っ、○○お酒お代わり~~っ!」

 

「あ、はーい。お姉さんすみません、この御方に水を。コップじゃなくてもうジョッキでください」

 

 何故か私のお膳立ての○○とアリアの強制デートプランは破綻して、その代わりに私も含めた(巻き込まれた)ただの飲み会に成り果てていた。正直、○○のヘタれっぷりやアリアの鈍感力を舐めすぎていた。

 私はふてくされながらもそれならばと強制的に二人を意識させようとしたのだが、アリアは美味しい料理と美味しいお酒を早々にかっこみ、気付けば同じ過去話を延々と繰り返す壊れたレコードと化してしまい、○○はペースの早いアリアを延々と介護して話を聞き続けるだけという謎の状態に陥ってしまった。

 

 本当あんたって……いや、あんたらって。

 

「それだからなぁぁ~~、ミスト~~~っ、あたしは会った時からずっとミストの事大好きだからな~~~っ」

 

 あーーーもう、抱きつかないでってば~、はいはいっ、私も大好きよっ。大好きだから離れて、みんな見てるからっ! あと息がお酒くさいっ!

 

「うっ……尊い……尊すぎる……し、死にそう」

 

 はぁ!? 何なのよその反応!

 

「○○は死んじゃ駄目だっ、お前にはミストが居るんだろっ!?」

 

「ビンタありがとうございますっ!? ふわ、ふわわわわぁぁっ、だだだ、抱きつかれっ、俺抱きつかれてるっ!!?」

 

 ちょ、アリアあんた今なんて言った!? 聞き捨てならないこと今言ったわよね!?

 

「だって折角あたし以外の親友が増えたんだろ、だったら大事にしないと、大事にして……大事にしてやれよぉ、○○ぅっ!!」

 

「ミスト隊長……そうか、やっぱり友達少ないんですね。ほろり……はい、自分で良ければ良い友達でいましょうねっ、俺達ズッ友だよっ」

 

 あんたらぁぁぁぁぁっ!!

 

 

 ――結局、たった3人なのにまるでいつもの宴会以上に騒ぎまくってしまい、私らはその店に出禁にされかけてしまったのだった。本当、いろいろな意味で頭が痛い話になってしまった。

 

 

 

 § § § 

 

 

 

 また月日がぴょんと飛んで、季節は冬。

 場内の到るところに設置された焚き火を兵士が取り囲んで動かなくなる時期。

 

 私はその間もアリアと○○を焚き付けてる真似をしたり、ミーナとお互いに知りもしない恋愛まがいのトークをあーだこーだと押しつけあったり、喧嘩したり。ミーナを救ってくれたキキ・ドロウシーとそれなりに交流を続けたりとしていた。

 

 アリアと○○の仲は……少しは進展している。ただの友達の一下士官から、気の良い友達と言ったくらいには。

 ただ友達感が強すぎて恋愛面に全く傾きそうにないのが頭が痛い話だ。

 その間にも何故かアリアの方からクリストへとぐいぐいと距離を詰めていってる姿がよく見られている。○○……本当に危ないわよ、今のままだったら取られちゃうわよ? まああの子の方からアプローチなんて想像もできないし、ミーナという防衛壁がある以上、当分先の話にはなりそうだけど。

 

 そんなある日の事だ。

 私はせっせせっせと胡散臭い物を作り続けるキキの元へと新しい弾丸を貰いに言ったのだが、雑談の途中、彼女から面白い話が聞けた。

 

「ヒキキ……最近はディオルドが気付いたらクリストを抱っこしてるのを見る……ねぇ」

 

 両目を覆う長い髪、そしてそばかすにギザっ歯。不格好な程大きな魔女の帽子を載せた小柄なキキは、唐突にそんな事を言いだした。

 

 そうなのよね。事あるごとにクリストを褒めに行ったり、構えって言ったり……あの子にしては珍しいとは思うわ、まあ小さくて可愛い物に目がないからってのもあるかもだけど。

 

「親友がその分構わなくなって寂しかったり……するかい?」

 

 しないわよそんなの。あの子だって癒しは必要だし、そんな事口に出す程人間小さくないわよ。

 

「ヒキキ……私と同じで背は小さいのにねぇ」

 

 うっさい。大体そういう嫉妬をするのは○○くらいよ。

 あいつアリアが他の男と絡んでいくと、すーぐに睨みつける目になるんだから……。

 

「あぁ~~、確かに言われてみれば。可愛い反応だよねぇ、ヒキキ」

 

 本気で言ってる? 正気を疑うわ……あいつが子供だったらまだしも、大人がやっても気持ち悪いだけよ。というか手を動かしなさいよ手を。

 

「まじっくはんど君が後やってくれるからいいのさ、と言うかミストルティンもまだ○○の後押しをしてやってるのかい?」

 

 不肖不肖でね。まどるっこしくてありゃしないんだから、あいつったら本当に……。

 ……何よその目。

 

「いーやぁ、なんでもないよ。キミもそろそろ正直になっても良いんじゃないかなって思ってなんて、ないよ」

 

 は、はあ!? 私はいつでも自分に正直なんですけどっ!

 どういった考えでそう言ってるのかちっともわかんないんですけど!?

 

「はいはい、そうだったねぇそうだったねぇ。はい、これが新作の弾丸。名付けてヤドリギ弾だよ」

 

 ったく……。ん、ありがとね。

 これって貫通させるのは駄目なのよね。

 

「そうだね、この弾の本体は薬莢内部の種子だ、ちゃんと狙った所に固着させないと効果は発揮されないから注意だよ、といっても狙った所に百発百中のあんたには、いらない助言かもねぇ」

 

 あったり前よ。

 ま、これで再生持ち対策も出来るし戦力アップ出来るのはありがたいわ。後は数が用意できれば良いんだけど……。ちらり。

 

「素材がアレば作るさ、素材があればね。さてここからは魔女の助言だ、聞いていくかい?」

 

 ……えぇぇ。

 

「ヒキキ……肯定とも否定とも聞こえるねぇ、なら話しておくよ。『片道の支え、相互に勝らず』、だ」

 

 何よそれ?

 

「要するに、偏った支えだけでは人は真価を発揮できないって事。一人ぼっちで為せる事などたかが知れてるのは当然知ってるだろう? 人は支えられてこそ真価を発揮する。だが支える方向が一方通行では誰か一人の支えがなくなると全てが瓦解する。理想なのはお互いに、寄り添うように支え会う事さ」

 

 ……だから、そうなるように私はさっさとくっつけようと。

 

「結構な事だね、でもそれなら○○を支えるミストルティンは誰が支えるのさ? 私には○○はあんたにこそお似合いだと思うけどねぇ」

 

 ……ッ、よ、余計なお世話よっ! 馬鹿っ、馬鹿魔女っ!!

 

「ヒキキキッ、おー怖い怖い~、じゃあお詫びがてらついでの魔女の助言だ~、○○は今城壁の上に行ったみたいだねぇ~」

 

 

 私はわざと勢いよく扉を閉めてその場を後にする。

 本当に失礼してしまう。私が○○とお似合いだなんて侮辱、一体どこの口が抜かすのか。魔女にたぶらかされた気分だ。

 大体あいつは……○○はアリアのために全てを賭けているし、私にはちっとも振り向こうともしないし……本当、戯言だ。だから私の顔が熱いのも、間違いなく怒ったせいだ。

 

 でも気付いたら城壁の上に足が動いていたのは……自分でも分からなかった。

 

 何度も何度もからかわれただけだ、実は城壁の上にあいつは居なくて、それを怒ると「何だ、本当に確かめに行ったのかい、ヒキキ」なんて言われるだけだ。やめておこう、なんて思ったけど……足は止まらなくて。

 

 そして本当に○○を見つけてしまえば、直前に考えてることなんてすっかり忘れてしまう。

 あいつは、何故かいつもの狙撃銃を構えて城壁の外……ではなく内側を見ていた。あいつ……。

 

 ……あんたね。夜哨ならもっと夜哨らしい事しなさいよ。ガチ覗きじゃなくて。

 

「…………夜哨です」

 

 どこの世界に外じゃなくて中を見る夜哨がいるって言うのよ。

 私は文句をつけながらあいつの隣に座り込む。

 それでも○○は私に一度も視線を向けることはなくアリアを見続けているのが、どことなく微笑ましく、そして少し寂しく感じてしまう。

 

 ふとあいつの視線の先を見てみると、案の定そこにはアリアと……ん、クリスト? 二人っきりで何かを話しているのが見えた。一体何を話しているのかしら。

 

「『……アタシの夢は将来花屋を開くことなんだって、知ってたか? いや、知るわけないよな。っていうかさ、似合わないよな! こんなアタシが花屋を望むなんて……』って感じですね」

 

 本気でゾクっとした。何?ストーカー気質ここに極まれりなの? 読唇術?

 わざわざ裏声で声真似しなくていいから。

 

「俺の隠れたちーと能力です。というかディオルドの台詞ならそらで言えるわ」

 

 また訳の分からない事を。それにしても、○○の言うアリアの言葉が本当であればアリアは本当にクリストに心を開いているという事になる。

 花屋をやってみたい、だなんて台詞は私もずっと昔に聞いた言葉なのだ、恐らく○○ですら聞いたことないだろう。……ねぇ○○、このままじゃ本当にクリストに取られてしまうかもしれないわよ。

 

「…………」

 

 まごまごしてたらこうなるのも当たり前。今更しらばっくれたりしないで、早く好意を伝えろと私はせっつく。アリアも大概鈍感な子だ、きっと面と向かって言わなければ気付く事すらないかもしれない。

 ただ、意識させれば早いのには違いない。恋なんてする余裕のない日々を送っていたのだ。きっと思ったような結末になると保証しよう、何であれば私もサポートしてあげるから……などといつも以上に推してやった時の事だ。○○がその言葉を呟いたのは。

 

「ディオルド様が幸せなら俺は別にいいんだ」

 

 ……私は聞き間違いだと思って、もう一度聞く。

 今何を言ったのだと、そうしたら○○は今度こそこちらを向いて、はっきりと告げた。

 

「いいや違う。別にいいんだ、俺は二人の仲を応援する」

 

 それは何故かいつものヘタレた表情ではなく、真剣な表情で。

 私はその発言を聞いた瞬間、カっとなってしまう。

 意味がわからない、なら○○は何のために今まで頑張って来たというのだ、好きな人を幸せにするんじゃなかったのか。ならアリアと添い遂げて最後まで幸せにするのが筋じゃないのか。

 

「……言った筈だろミスト、俺はディオルド様を救うために軍に尽力するって。救うって事は彼女を幸せにするって事だ、ただ命があってよかったねで済ますだけじゃ駄目なんだ。

 クリストと結ばれる、それこそがディオルドの最上の幸せなんだ。だから俺は二人が結ばれるように全力で応援する」

 

 ――馬鹿にしている。馬鹿が極まりすぎている。

 

 クリストとアリアがくっつく事が最上の幸せになるだなんて、誰が決めたんだ。

 それはまるで○○ではアリアは幸せに出来ないって事ではないか。

 そんなおかしな話があってたまるものか、一人の為にどこまでも命を賭けられる○○がアリアを幸せにできないなんて嘘だ。私が認めないわ。大体、そんな事ではあんたが秘めていた気持ちは、どうなってしまうのよ。忘れてもいいって言うの!?

 

「いい」

 

 良くない! それでアリアが百歩譲って救われたとしても駄目じゃないのよ!

 

「何も駄目じゃない。いいか、俺はチート持ちだ。そのチートで好きな人を幸せにするっていう目標があるんだ、だったらそのチートを使う他ないだろう? そのチートで俺が好きな人を幸せにして何が悪いって言うんだ!」

 

 初めてみたアリアにかける○○の激情。そして本音と思われる発言。

 でもその内容はあまりにも歪で、あまりにも報われないものだった。

 

 "ちーと"を持っている? だから何なのだ。

 持っていたら絶対に救わなきゃいけないのか。神にでも救えと命令されたのか。

 アリアが幸せにして欲しいだなんて、願ったのか。

 アリアが幸せだったら自分はどうでもいいのか。

 それなら何で他人に嫉妬を剥き出しにするのだ。

 それなら何でそんなに辛そうな顔をするのか。

 それなら何で、それなら何で、それなら何で――――

 

 溢れる疑問が渦巻き、重なり――そして叫びとなって私の口から飛び出した。 

 

 いっつもいっつも二言目にはチートチートって……! 何がチートよ! そんなの持ってる持ってないは関係ないでしょ! それじゃアリアが幸せになったとしても……

 

 『――あんたは幸せになれないじゃないのッ!!』

 

 

 

 ――それなら何で、○○は少しでも私を見てくれないの!

 

 

 

「……ディオルド様の幸せは俺の幸せだ」

 

「これが完全な自己満なのは分かってる。だけど今更目標を変えることなんて出来やしない。もう帰れる場所もないんだ。だったら……俺は俺の使命を全うするだけだ」

 

 ○○は私の思いを、全てを受け止めて尚悲しそうに目を伏せると、その場を静かに立ち去っていった。

 目標を変えることができない? もう帰れる場所もない? あいつが一体、何を抱えているのかが分からず……私は声をかけることは出来ても、彼を止めることは決して出来なかった。

 

 

 

 § § § 

 

 

 雪が降りしきった後、まだ雪と寒さの残る初春。

 結局、翌日以降あの日の夜の事はお互いに触れることもなく、表面上だけはいつも通りの○○との日々が続いた。

 

 いつものように次の敵の大規模攻勢に備えて書類を整理していると、○○から密書を受け取る。

 魔王軍四天王ベオ・ウルフ絡みとなると慎重にならざるを得ないのだろう、本当かどうか定かではないが内通者が紛れ込んでいるという話もある。私は○○にねぎらいの言葉をかけて封を開けようとして、

 

「あ、いや開けるのは駄目! 何か戦況が膠着したら読めってさ! 今見てしまうと作戦の意味がなくなってしまうらしいよ?」

 

 途端に慌てる○○。何だからしくない態度だ。

 とは言えクリストの作戦は突飛な物も結構多い。作戦の意図が最初から伝えられないなんて事もあったし、でも何だかんだで最後には敵軍に壊滅的ダメージを与えるんだから、信頼感もある。私は○○の言葉を信じることにした。

 

 ……そして今更気付く。私が普通に○○と呼んでいた事を。

 今の今までウジ虫だのミジンコだのと呼んでいたのに、今となってはそう呼ぶ事すらなくなっていた……何故だろう、なんてすっとぼけても仕方ないか。間違いなく、私の心境の変化だろう。

 

「で、俺はその秘密作戦で別働隊として動くことになったんで、今回は別行動です」

 

 ふぅんベツコウドウね。ベツコウドウ……別行動ですって?

 はぁ、何でっ!? そんな事聞いてない! 秘密作戦でどうして副長を……よりによって私の副長を引き抜く事になる!? 越権行為が過ぎるでしょうに!

 すると怒りを顕にする私に○○は若干引きながらも、それでも申し訳なさそうに告げてきた。

 

「ごめん、それ俺が勝手に志願した。だからクリストを怒るのはやめてくれ」

 

 ――すっと、頭に登った熱が引いて、代わりに私の心に蒼い炎が灯った気がした。

 それは、一体どういう理由で。

 

「この秘密作戦がディオルド絡みだからです。どうしてもディオルドの役に立ちたいからです」 

 

 ………………。

 

 …………もう勝手にしろ、という気持ちしか生まれてこなかった。

 ○○はどうあがいてもアリアを敬い、尊ぶ事しか出来ないのだ。隣に立って幸せに出来る自信がないのに、献身だけ繰り返すのだ。

 自分でも底冷えするような声で○○を追い出し、私は机に突っ伏す。

 

 ――分からない。○○が考えていることが、何一つ。

 ずっとアリア一筋なのに、献身もやめないのに、あいつはアリアがクリストと付き合うことを良しとしている。

 最近なんかアリアが挙動不審になるくらいにクリストにお熱なのに、○○はかつて見せていた嫉妬すらやめてただ黙々と仕事をするだけ。

 神のようにアリアを崇めるのがあいつの本当の目的なの? 本当に? ……あーもう! もう、良いわよ……馬鹿○○。ふん、何よアリアアリアって、勝手にずーっと言ってなさいよ。ばーか。

 

 

 

 

 そして数日後。大規模侵攻がとうとう始まった。

 あの日以来、○○の姿は見えていないが宣言通り秘密作戦とやらを実行しているのだろう。部下たちも○○の姿が見えないことに疑問を抱いていたが、アリアを単身で幸せにする作戦を実行中よ、なんて言ってやったら「またか」みたいな感じで納得してくれた。本当呆れる。

 

 

 さて、私達は通達通りのスポットへと移動する。

 城壁前の小高い丘の上……ここは平原全景を見渡せる絶景の狙撃スポットであり、正直ここに陣取って入れば敵の行動なんて丸わかりに等しい。等しいのだが……。

 

「ミストルティン隊長……こりゃぁ……」

 

 部下のつぶやきに私も頷く。

 呆れたことに敵の作戦は……なんと物量作戦だった。

 玉石混交の低級魔物達がうじゃうじゃうじゃと、大地を埋め尽くさん限りに侵攻してきている。

 しかも指揮官なんて見た感じいないのではないのか? というくらいには統率が取れていない。

 

 いつもと違う侵攻。気を引き締めないとあっという間に飲み込まれてしまいそうだ。

 

 私は部下に激を飛ばし、そして命令を飛ばす。

 いつものように厄介な飛行部隊を落としまくれ、地上部隊の足がかりを作れと。

 

 ――そうして私の先制の一撃が先走っていたワイバーン達を5体まとめて撃ち落としたのと、地上部隊が雄叫びをあげて敵を屠り始めたのはほぼ同時の事だった。

 

 敵は低級魔物軍団。我々歴戦の勇士たちにとってはあまりにも脆すぎる。

 だが屠っても屠っても敵の数は尽きぬことなく補充されていくので、スタミナ面が先に切れかけるのは必須だ。

 その上大軍団の中から忘れた頃に大型魔法がこちらに目掛けて放たれる。わざわざ遠方から見分けがつかないようにゴブリンと同じ装いをしているのが、また姑息だ。

 まさかこういった戦術を取ってくるだなんて。

 

 戦闘が始まって少なくない時間でこちらにも少し被害状況が報告されてくる。

 

 そんな中、ついに我々は敵魔道士部隊を発見する。

 報告を受けた私はただちに厄介な魔道士を駆除しようと命じようとするが……その姿を確認した瞬間、私は狙撃を中止する。

 

 反射硬性膜だなんて、考えるじゃないの……!あれでは私達の狙撃が役に立たない。

 だが敵さんはひっきりなしに後ろから突撃しているので、押しつ押されつの状況で予想以上に魔道士が突出してしまっている。あれなら足の早い軍団なら叩ける筈。

 

「なーら、アタシの出番って訳だね。ミスト」

 

 そんな事を思った矢先に現れるのは、頼りになる大事な友人だった。

 いける? なんて聞いたら「愚問だね」だなんて返ってくるくらいには頼もしい存在だ。

 アリアは抱えていた黒いフルフェイスのヘルメットを被って、突撃の準備に備えるが……ふと、疑問に思ってしまう。○○はどこなのだ? 確かアリア絡みの作戦を実行中なのではないのか?

 

「○○? 変な質問をするもんだねミスト、○○はあんたの部隊だろ? ……んん~~~っ? 秘密、指令……? いんや、あたしは聞いたことないね」

 

 アリアはそんな話一度たりとも聞いたことがないという。私の違和感は更に膨れあがる。

 だとすれば一体○○は、今どこで何をしていると言うのだろう?

 顎に手をあてて考え込む私。だが考えは全く浮かばない。……アリアにすら言えない、アリア絡みの作戦? 考えづらいのだけれども……。

 

「ま、アタシは少なくとも○○の事は聞いてないよ。それに――」

 

 そんな私を尻目にアリアは愛用のウォーハンマーを担ぎ上げる。

 そのハンマーには既に紫電がまとわりついていた。

 

「いや、何。ミストがご執心の人をあたしの傍に置いたら、ミストに嫉妬されちゃうかもだろ? そんな事ぁしないさ! にひひひっ」

 

 そして私へといけしゃあしゃあと告げれば、かんらかんらと笑いながら敵部隊へと突貫していってしまった。こ、この馬鹿アリア~~~~~っ!!

 

 破竹の勢いで敵を屠って一直線に魔道士軍団に向かっていくアリア。魔道士軍団も気付いたのか進路を変えて逃げようとしており、森の方へと向かっている。あれじゃ殲滅も時間の問題だろう。

 

 怒りを落ち着かせようと一瞬部下をちらりと見れば、部下達が全員ニヤニヤしていたのが腹が立つ。

 殲滅ノルマとして一人あたり200体以上倒せなかったら地獄のフルレッスンだから覚悟するように、と言ったら全員表情を引きしめて狙撃を始めた。はぁ、本当○○が入ったせいで私の部隊はたるんでしまった……精度に強度は、どちらもよくなったけれども。

 

 そうして私は目の前の敵に集中しようと、○○の事は一旦忘れてしまう。

 忘れて、しまった。

 

 ――今でも、私はこの時の事を悔やみ続けている。

 ――私は決して覚えた違和感を放置するべきではなかった。

 ――だってもっと早く行動していれば……別の結末になっていたかもしれないのだから。

 

 

 

 § § §

 

 

 

 愚かにも私が○○の現状を理解したのは、○○に言われたとおり戦況が膠着しだした時の事だった。

 律儀に開封のタイミングを守った私が見たのは……一枚の異動願いと、手紙であった。

 

『密書だとか嘘をついてごめんなさい。この手紙はもしもの時のための手紙です。

 もしもこの手紙が読まれて、かつ俺が生き残っていたらこの手紙の事でイジるのはやめてください。マジで泣きます』

 

 最初は何故こんなものが入っているのか理解出来ず。

 そして部下が狙撃を続ける中それを読み取ってゆく中で、手紙を掴む力が強くなってしまい、

 読み終わった瞬間、私は通信兵のもとへと走っていた。

 

『俺はこの世界の生まれではありません。そして変なことを言うようですが……俺はこの世界での出来事を『物語』として知っていました』

 

 通信兵の元へと辿り着けばひったくるように魔法球を奪い、クリストへと連絡をする。

 

「は、はいっ、クリストです。えっとどうしましたか?」

 

 クリスト、アリアは、ディオルドは今どこに!?

 

「あ、ご存知でしたか……はい、それがディオルドさんは魔導部隊を何としても仕留めようとして突出している現状で。とは言え、ディオルドさんの強さであればきっと」

 

 信じられない事だが現状は手紙に書かれていた戦況と瓜二つであり、それを理解したと同時に私の背に冷たい汗が伝った。

 

『その物語で俺はディオルド様の大ファンでした。圧倒的な強さと気さくさを見せる彼女の活躍が大好きで大好きで大好きで。でもその物語でディオルド様が死んでしまうという事を認めながらも認められない、そんなしがないただの1ファンでした』

 

 きっと!? きっとであの子を危険な目に晒していいの!? これは罠よクリスト、魔道部隊の退避場所の先を見て!

 

「え?! えぇっ、えっと……えっと……森の奥? 奥にあるのはえっと……け、ケリリル村……!?」

 

 あんた、村人達は避難させた!? 村人が敵軍の人質として利用されるかもってのは考慮したの!?

 

「っ!?」

 

 

『そう。ディオルド様は本来なら今日死にます。敵の魔術師部隊を追撃するために突出して、村で待ち構えている人質の子供を助けて。その子供に化けた魔物に騙し討ちを受け重傷を負った後、敵軍の追撃を受けて死んでしまいます』

 

 

 敵軍の狙いは私達全体じゃないわ……ディオルドよ! 強すぎるディオルドただ一人を狙っているのよ! あいつらアリアの優しさにつけこんで倒すつもりよ、きっと伏兵として精鋭部隊も居る筈だからすぐに増援を向かわせてっ!

 

「そ、そんなっ……く、えっと、今はあの人は、でも他に足の早い人がいないと……っ」

 

 ああぁもう遅いっ、私の方からアンリエッタに連絡するから! いいわね!

 

「ええっ!? ちょ、ちょっとミストルティンさん待っ」

 

 

 私は比較的すぐ近くで敵の殲滅を行っていたアンリエッタに連絡を行う。

 アリアがピンチになっている。敵の対アリア用のハイオーガ部隊が待ち構えている可能性大だと。

 アリアに○○以上に心酔しているアンリエッタは真偽すら問わずに「すぐに行きます」と二つ返事でうなずき、見紛うばかりの速さで森の奥へと突貫していった。

 

『だから俺はディオルド様を助けるという目標を達成するために、単身で動きます。敵の罠を尽く潰して、全部が全部裏目になるように動きます』

 

 そして私はと言えば一人で奮闘しているだろう○○を探しに行くため、部下に指示出ししてから単騎で森へと急いだ。

 馬を使い、馬が使えない場所なら乗り捨て、ワイヤーを使って森の奥へと急ぐ。

 痕跡は見えてこないが、主戦場を離れた森の奥からは確かに喧騒の声が聞こえてくる。

 アリアを狙う軍勢で間違いないだろう、だがそうなると○○は一体どこに居るというのだろうか? もうアリアの傍で共に戦っているというのか?

 

『本当は最初から協力を仰ごうかなと思ったけれども……ただの俺の我侭に付き合わせるのも気恥ずかしくて、あと到底信じられないだろうと思って言い出せませんでした』

 

 脳が酸素を求めて全身に苦痛を発する。

 だけど私はその信号を無視して森の中をひた走る。無駄に広い森の中を、樹上から目当ての存在を見つけようと、移動しながら目を凝らす。

 馬鹿で、分からず屋で……何もかも抱え込みたがる○○を、必死に探す。

 

『終わったら何もかも謝罪します。お許しくださいミストルティン』

 

 謝るくらいなら最初からやらないでよ。

 どうして頼ってくれなかったの、どうして私が力を貸すと思わなかったの。

 そんなに私達の関係は浅い物なの? そんなに私は力を貸すのに不十分だったの?

 

『そしてもしも俺がこの行動に失敗して死んだなら。……うーん、こんな事は本当は言いたくないですけど、一生のお願いです。急遽別地方の狙撃部隊に抜擢されて移動したと、言っておいてください』

 

 ふざけないで、何でそんな事書くのよ。

 あんたはアリアを幸せにするんでしょう? 中途半端に救って、それでずっとアリアを幸せになんて出来るわけがないでしょう。生きて帰らないと意味がないじゃないの。

 

『ディオルド様は今日の戦闘が終わったらクリストに想いを告白するというのも知っているからこそ、そんな最上の日を俺の事なんかで邪魔したくないのです。彼女には幸せになって欲しいんです。本当に。それくらい大好きなんです』

 

 自分勝手に生きないで。自分の世界に浸らないで。

 自分以外にもっと目を配って。自分が支えられている事を理解して。

 自分の事を蔑ろにしないで。自分が好かれている事を自覚して。

 

『ディオルド様と意中の仲になるのを諦めるくらいには、愛しているんです』

 

 それに何より――自分の幸せをもっと願ってよ。

 

 

 

 そして私は――甲高い1発の銃声が響き渡ったのを、耳にした。

 

 

 

 

 § § §

 

 

 

 その光景に出くわして、悲鳴を抑える事が出来たのは奇跡だと言えよう。

 地面に両手を広げて仰向けに倒れこんだ○○は下半身がどこにも見当たらず。どこからどう見ても手遅れと言える状態だった。

 

 私は目の前の光景が信じられなくて、それでも○○が生きている事を信じたくて。

 よろよろとした足取りであいつの元へと辿り着くと、自然な動きであいつの頭を膝に載せていた。

 

「……軍規違反の○○、こんな所で何をしてるのかしら?」

 

 声をかければ、あいつはぱちくり、と目を開けて口を開く。

 

「あ……あ、えーっと……ミスト……さん?」

 

 喋らなくていい。あんたは怪我人なのだから、と動揺を隠しながら私は努めて平静に語りかける。

 それこそ鬱憤や○○へ募った思いを言うだけ言ってやるつもりだったのに、○○はまるでいつものように話しかけてくる。……本当、自分勝手な奴なんだから。

 

「そ、そういえばディオルド様は? ディオルド様はどうなった?」

 

 そんな○○の懸念は1に倒しきれなかったハイオーガ、そして2にアリアの事。

 分かり切っていたとは言え、自分の事なんて毛ほども考えてないなんて……ここまで想像通りだと笑えてしまう。

 ねぇ知ってる? あんた、もうすぐ死んじゃうのよ。こんな酷い怪我なのに……何でいつもどおりみたいに振る舞えるのよ。

 勿論、そんな事言える訳もなく……私はぐっと口を噛み締めて○○と会話を続ける。

 

「……うぐ、そう言われると弱いかもしれん。いやでも初志貫徹っていうか、俺は彼女を助けるために……」

 

「いや、本当……本当なんだって。実はミストがぬいぐるみ大好きなのも最初から知ってたし、幼馴染を撃っちゃう事も知って……」

 

「あ、あー……あの時はマジでごめんなさい。すっかり忘れていたんです」

 

 一言一言を紡ぎあう事も、今のあいつには重荷だ。

 体から刻一刻と体温が失われていくのが如実に感じられ、あいつの顔からも血の気が引いているのが見える。

 だと言うのに私には何もすることが無いのが口惜しく……それでいて○○との会話も、辞めたくはないのが救いようがなかった。

 

 何で私ったらこんな奴好きになったのかしら。

 

 気付けば意識すらせずに自然に言っていた。

 恥ずかしくて認められなかった、私の本当の気持ちを。

 すると死ぬ間際だって言うのに目をぱちくりとさせて、本当に驚いてます、といった表情の○○を見ることが出来た。

 

「す、好き……? って誰が誰を」

 

 私が、あんたの事をよ。どうせ気付いてなかったんでしょうけど

 

「……………」

 

 黙らないで喋りなさい、ちゃんと。気づかなかったからこっちから告白してやったわよ。

 

「………あ、はは。ははは」

 

 朴念仁。ほんっとどうしよーもない○○ね、私がいなかったら何も出来なかった癖に。

 

 うん、ここまで予想通りだといっそ清々しいわ。

 汗を流して困惑する○○を見れば私の口元が自然と緩み、私はようやく笑うことが出来た。

 

「……………はは、は……はは……あー……あ、あれ? 遠くで歓声が聞こえるなー?」

 

 言い訳すら思いつかない○○の苦し紛れの話題転換ね。

 本当、子供みたいな誤魔化し方なんだから、なんて思ったけど……私の耳もその声を捉えていた。

 見れば、木々の向こうで帰還中の我が部隊がおり……ん。アリアとクリストの姿? もしかして――もしかしてだけど。

 

 私は動けない○○を抱えあげ、その目元にスコープをあてがって、その光景を見せてあげた。

 本当なら狙撃手なら裸眼でも見える距離だけど、もう○○にはそれを見る力も残されていないのが、とても寂しく思えた。

 

「…………あたしは、これからずっと、くりすとの、そばに、いる。なんと、いおうとも。

 ……だから、よろしく……な、くりすと、だいすき、だぜ……」

 

 案の定、○○が予言した通りアリアはクリストに告白していたようだ。

 アリアはクリストに思いを告げ、本懐を遂げる事が出来たのだ。

 これこそが○○が目指したアリアの幸せの形。だから○○は涙をこぼしながら祝福していた。

 

「……そっか、でぃおるどさまは、こんなこくはくするんだ、な。

 はは、ははは……おめでとう、おめでとう…でぃおるど、さま……」

 

 だって言うのに、どちらかと言うと喜びの涙ではなく悔しみの涙にしか私には思えなかった。

 本当……悔しがるくらいなら最初っから添い遂げようとする意志を見せれば良かったのに。

 どうするのよ、私達二人共フラれちゃったのよ。

 そしてあんたはもう逝ってしまうのよ、酷いと思わないかしら○○。

 

「……だって……だって、かのじょはしあわせになれた、んだ……おれのちからで……」

 

 大の大人が泣きじゃくりながらそう告げる姿は、本当に子供のようにしか思えず。

 私は胸が締め付けられる思いをしながら、○○に言う。

 

  ――えぇそうね、あんたの力でアリアは幸せになったわ。誇りなさい○○、たとえ全世界の人が否定しようともあたしだけは絶対に認めてあげる……○○はアリアを救い、幸せにしたと。あんたがよく言う、ちーとって奴でね……。

 

「……ちーと……?」

 

 

 あんたが持ってる特殊な能力はきっと持って生まれた才能でも未来視でも、読唇術でもなんでもないわ……『好きな人を幸せにする能力』なのよ。きっとね。

 

 

 もう体力的にも限界なのだろう、今にも目を閉じそうな○○。

 彼は私の言葉を聞くと、小さく口に笑みを浮かべてこう言った。

 

 

「………そっか……。いいのうりょく、もらった……な」

 

 

 

 

 ……『好きな人を幸せにする能力』、か。

 その『好きな人』に私が対象になっていたら良かったのに。

 

 そうしたら私の幸せを叶えてくれるために○○は生きてくれて。

 私が寂しくないようにずっと傍に居てくれて。

 またいつものように悪態をつきあう日常を送れた筈なのにな――

 

 私は程なくして眠ってしまった○○の頭を撫でながら、ぼんやりとそう考えていた。

 

 ○○の冷たくなりかけた顔を撫でるたびに、私の双眸から涙が溢れ、彼の顔へと零してしまう。

 本当はこの場で泣き叫びたかったけど……そうしたら幸せそうに眠った○○が起きてしまうのだと思ってしまい、私は小さく嗚咽を漏らす事しか出来なかった。

 

 

 ねぇ○○、頑張ったからいっぱい眠ってもいいけど……その代わりに早く起きてきてよ。

 まだまだあんたには言いたいこと、一杯あるんだから――

 

 

 ――でも意地悪な○○はずっと眠ったままで、目を覚ます事は決してなかった。

 

 

 

 § § §

 

 

 

 敵の罠を見破り敵残存勢力を狩り尽くした数日後。

 城壁では勝利を記念した大宴会が開かれることになった。

 敵四天王ベオウルフの雲霞の如き大軍団を損害少なく撃退したのだ。当然といえば当然だろう。

 

 先程から城内も街も賑やかで、早いところではフライング宴会を始めている部隊もあった。

 私はといえば……祝宴を素直に楽しめないのは明らかだったので、今回は体調不良で欠席すると事前に伝えておいた。

 

 今あんなに喜びはしゃぐみんなや、アリア、クリストを見たら……何をしでかすか分からないから。

 

 私は酷使した体も心も休ませるために、自室のベッドに身を投げ出して横たわるも……目を閉じればすぐにあの光景が目の内に溢れ出し、眠ることが出来ない。

 

 ただ布団の上で格闘した結果、時間はそこそこ経っていたようで。

 階下から響くどんちゃん騒ぎの音がこの部屋まで響いてきた所で、外に出ようと思い立った。

 

 向かう先は、いつもの城壁の上。

 何か辛いことや我慢できない事が会った時、また落ち着こうとした時はいつもこの場所で空を眺めていたものだ。

 

 幸いな事に今日は満点の星空に満月が見えていた綺麗な夜。

 肌寒い風が吹きすさんでいたけど、悶々とした頭を冷やすには丁度良かった。

 

 そう言えば……○○ともここで何度か会ったっけ。

 城壁マラソンだったり、私を励ましてくれた時だったり、はたまた○○の決意を聞けた時だったり……この城は、この場所は○○との思い出の宝庫なのだ、と昔を懐かしんでしまえば……頬を涙が伝っているのに気付く。

 

 片目を押さえ、涙を拭おうとしても今度は反対からぽろり、ぽろりと。

 拭っても押さえても涙は溢れ続け決して止まる様子はない。

 部屋でも、あの場所でも何度も泣いたのに……存外、私は泣き虫なのだな。と頭の中で冷静に断じながら、私は空を見上げて止まるのを待つ。

 

 私のこんな所を○○が見たら、どんな反応をしてくれるのかしら。

 またあの時のように真剣に慰めてくれるのかしらね、なんてぼーっと考えて、

 

「み~~~~~す~~~~~~と~~~~~~っ!!」

 

 わ、きゃぁっ!? 

 急に回転する私の視界。

 一体何が起こったのか理解も出来ず、されるがままに体を抱きかかえられ、すとんと降ろされれば……私の目の前には喜色満面のアリアが居た。

 どうしてこの場所がわかったんだろう、もしかして心配して探しに来てくれたのかしら。

 何であれ、○○の尽力のお蔭でアリアは今非常に幸せそうだった。それであるなら、○○の為にも祝福してあげないと……と思ったのだが、アリアの顔は急に心配そうな顔になる。

 

「……ミスト? あ、悪い。その、痛かったか……?」

 

 ……しまった。私は泣いていたんだ。

 なんとかごまかそうと涙を拭って取り繕うとするけど、今更遅かった。

 アリアは私の顔を見てすまなそうな表情を見せ、途端に何かに思い至ったのか、顔を近づけてきた。

 

 まさか。

 

「もしかして……ミスト、○○は――――」

 

 まさか、まさか、まさか。もう?

 やめて。アリアやめて。その先は言わないで。

 今それを言われたら、私は。私はきっと――――

 

 

 

「○○はお前の事をフったのか!?」

 

 

 

 けど、幸いな事にアリアの発想は私の予想外のものだった。

 待ち構えていた未来を外された途端、私の体から力が抜けてゆき、安堵が心を満たしていった。

 良かった。○○の行動が無駄にならなくて、これで○○の願いどおりアリアの幸せを――――あれ? 

 

 

 ――視界が、何で。何でまた涙が出てくるの。

 

 

 バレなくて、すんだのよ。

 ○○が死んでしまった事を知られなくて済んだのよ。

 アリアの幸せを続ける事が出来るのよ。

 何でも無いように装いなさいよ、アリアを祝福しなさいよ。

 

 違うのアリア、この涙は何でもなくて。

 

「……そっか。いや、そうだな。何でも無いよな。というか無神経な事を言ってごめん」

 

 別に気にしてない、あんたの幸せを邪魔したりしない。

 私はただ、あんたにおめでとうって言いたいの。

 私は……フラれた、けどっ、それでも……○○があんたの幸せを願った、だからっ。

 

「……ごめん。でもちゃんと思いは○○に言えたんだろう?」

 

 言え……言えたっ、言えたわ……言えたけど彼はっ、○○は。

 最後までずっと。あんたしか見ていなくてっ。

 私が伝えたい事は、まだあったのに。もうっ、伝えられなくて。

 

 堰を切って溢れる私の気持ちが、感情が、意味をなさない嗚咽として溢れ出す。

 ○○がもうどこにも居ない事が。最後まで○○が振り向いてくれなかった事が。

 皆が○○の死を知らない事が。アリアが幸せそうにしている事が、何よりも我慢できなくて。

 そしてそんな○○の奮闘を今後も私しか知りえない、知られてはいけない事が何よりも悲しくて。悲しくて。

 

「そっか……いや、なんて言ったらいいかもわかんないけど……何も言う資格もないけど……でも、よく頑張ったよミスト」

 

 頭の中でぐるぐると思いが巡る。

 咀嚼できない感情の波は洪水のように荒れ狂い、火がついたように私は泣いて。泣いて。泣いて。アリアの腕に優しく包まれながらも私は大声で泣き喚いた。

 

「うん……よく頑張った、よく頑張ったなミスト。一杯泣こう、飽きるまで泣こうよ」

 

 雲ひとつない美しい満月の下、好きな人が幸せにした人の傍で……私はどこまでも孤独な涙を流し続けた。

 

 

 

 

 

 

 ――――○○、私を一人にしないでよ。

 

 

 

 

 

 

 § § §

 

 

 

 

 小高い丘の崖の下、鬱蒼と生い茂る草木の中。

 小さく開けた場所には1本の狙撃銃が突き立っている。

 

 とある特殊な魔法樹の枝から作られたその銃は、その本来の姿に戻ろうと根を這わせ、小さな芽を生やして成長を続けているのが見えた。

 

「もう、虫がすぐに群がるんだから……」

 

 私は手に持った道具を使って新芽に群がる虫を払い、周りの雑草を取り払う。

 ここへは中々来れないが、大した時間も経っていないというのに刻一刻と成長を続けている。

 恐らく、1年も経てば狙撃銃は原型を失い、代わりに小さな木へと成る事だろう。

 

「……これで、よし。と」

 

 あいつの居場所を綺麗にしてやると、私はその銃の前に座り込んでじっとそれを眺める。

 まだ肌寒い風が吹く初春。風に揺られて、小さな新芽が揺れてるのが見えた。

 

 

「…………」

 

 言葉はない。語りかけることもない。

 けど、そのまま目を閉じてゆけば、何となくだけど○○が私に語りかけて来てくれる気がする。

 多分、話すとしてもアリアの話で、私に怒られるのを恐れて謝罪から始まるんだろうけど。

 

 

 今でもあいつの死を語るか、語るまいかを迷っている。

 でも迷った時にはここに来る。するとあいつの意志を尊重しよう、なんて気持ちになる。

 

 恐らく、アイツならそんなの守らなくてもいい! と焦りながら言ってくれるだろう。

 でも「好きな人を幸せにする能力」という言葉は他ならぬ私が伝えたんだ。

 ○○の努力を……献身を嘘にしないためにも、私はその能力を本物にし続けないといけない。アリアを幸せにさせ続けないといけない。それが、他ならぬあいつの願いであるなら。

 

 

「…………ね、そうよね○○」

 

 

 

 好きな人の幸せを継ぐ為に。

 

 

 

 一陣の風が、新芽を儚げに揺らしたのを見届けると、私はその場を立ち去った。

 

 

 



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好きな人の幸せを叶える為に

この会終わらせるつもりだったんですが纏まらなかったので分割しました。
本当にごめんなちい。次こそラストです。

……ミーナちゃんは良い子なんですよ?


 ……ねえアリア、○○は? ○○はあんたの所にいないの?

 

「○○? 変な質問をするもんだねミスト、○○はあんたの部隊だろ?」

 

 え、えぇそうだけど……ほら例の秘密指令がどうとかって……。

 

「んん~~~っ? 秘密、指令……? いんや、あたしは聞いたことないね」

 

 秘密指令を知らない? ○○はディオルド絡みだって言ってたのに。

 クリストは本人にまでこの作戦を秘密にするんだろうか。どこかがおかしい気がする。

 

「ま、アタシは少なくとも○○の事は聞いてないよ。それに――ん? ミスト、一体何を取り出して……」

 

 私は○○に手渡された密書を乱暴にあけ、そして中を見てみる。

 すると、案の定中に入っていたのは秘密指令についてではなく――

 

 ……、……っ、~~ッ、あんの馬鹿ッ!! 

 アリア、魔導部隊への追撃はするとして……お願いがあるの。

 

「う、うん。まあいいけど……それって誰からの手紙だい?」

 

 思い込みと尽くす事なら誰にも負けない、うちの馬鹿副長からの素敵なお便りよ。

 ほんっと、救いがたい馬鹿だわ! いい? アリア、魔導部隊は敵の罠よ。突出はしてもいいけどこれだけは気をつけて。人質にされた子供は魔物だから、躊躇しない事!

 

「人質、こ、子供ぉ? ミスト、あたしにゃ話が掴めないんだけど……」

 

 いいから! あと私もついていくからよろしく! ほら行くわよアリアッ! 

 あんた達はいつものように見つけ次第敵を殲滅してゆきなさい、いーい!?

 

「えぇッ!? うわ、ちょっ! な、何だか分かんないけど分かったよ……ほらみんな行くぞーっ!」

「た、隊長どういう事ですかぁっ!?」

 

 

 

 

「なるほどなるほど、人質作戦ってこう言う事かい。敵ながら太い野郎じゃないか! それで!? ミスト、この子って本当にそうなのかー!?」

 

 念の為視てみたけど、なるほど確かにそいつは魔物ね、本当人間そっくりだけど……。えい。

 

「どわっぷ!? ちょ、ミストせめて離れた所でやってくれるよな!? なんで至近距離で……うえー、グロ」

 

 あんたが余裕持って抱えるような真似するからじゃないの……、っ!? 

 この銃声……見つけたわ、あいつオーガの群れを一人でなんて、馬鹿な真似をッ。

 

「おいおい、ミスト。こっちはこっちでなんか敵のオーガさんがずらりと来たよ? 確かこいつら雷耐性持ちなんだっけ?」

 

 多分ね! じゃあアリア、○○を拾って本隊へと戻るわよ!

 ほらさっさと乗せる! 世話のやけるあの馬鹿にはお灸を据えなきゃ駄目なんだから!

 

「りょーかい。大事な大事な親友の大切な人なら全速力で行くよ! 掴まってなお嬢さん!」

 

 お嬢様って言うなら優しく扱いなさいよね、照準がブれるからッ! 

 

「注文が多いお嬢様だっ! あれ、お嬢様ってそういうものかもッ!」

 

 アリアの軍馬に飛び乗ると、瞬く間に景色が変わっていく。

 私は後ろに乗ったまま狙撃銃を構え、今まさに○○に攻撃せんとするオーガ目掛けて……撃った!

 

 ほら一匹、二匹三匹! ○○、あんた本隊から離れて一人でなーにやってんのかしら!?

 こんな雑魚達さっさと撃ち殺しなさい、よっ!

 

「ど、どぇっ!? みみ、ミスト隊長にディオルド様ッ!?」

 

 馬鹿面晒す前にさっさと乗りなさいっ、オーガの群れが後ろからも来る……わよッ!

 

「ゲェーッ!? って事はあの罠は……うひぃ、ちょ、乗ります乗ります! すいませんディオルド様お邪魔しますっ!」

 

「代金は高いから覚悟するんだ○○っ! あんたの隊長様のきっびしーい愛の鞭がこれから待ってるよっ!」

 

 えぇえぇ。たっぷりと愛の籠もった杭でお仕置きをしてあげるわよっ! だからあんた、今のうちに私のご機嫌取りでもしたらどうかしら!? 後ろの有象無象を倒すとかねっ!

 

「鞭じゃなくて杭とか、俺の体穴だらけになるじゃないですかやだー!!

 わっかりました不肖○○ッ、命をかけて掃討しますっ!」

 

 ヤドリギ弾は追加で持ってきたけど数は有限、絶対に撃ち漏らしなんてするんじゃないわよ――目標敵オーガ部隊ッ!! 敵の数を報告ッ!!

 

「目標敵オーガ部隊ッ!! 数……25!!」

 

 照準あわせっ――ヤドリギの力を見せてやれッ!!

 

「ファイアァ―――ッ!!」

 

 

 

 

 ――で。あんたあの手紙は一体どういう事? いちから全部説明しなさい、いちから。

 

「えっと……その……あの、書いてあった通りです。実は俺……いや私はこの世界の生まれではなくてですね。その、何というか……ディオルド様を救おうと、はい。突飛過ぎる話なので協力も仰げないかと思い……」

 

 へーぇ、ふーん。協力するも何も、概要すら知らされなかったら協力なんて出来やしないんですけど? 何でクリストからの密書だなんて嘘なんてつく必要あったのかしらねーぇ。

 

「うぐっ、あ。あーなんていうか……だ、だって信じられませんよねいきなりそんな事言っても? だ、だったらほら! 自分でやるしか!」

 

 一人だけで? 何? あんた悲劇の主人公にでもなろうとしたの?

 敵の概要分かってんだったらさっさとクリストに伝えなさいよ、軍って一人で動かせるものじゃないんですけど? それでまかり間違って私達に被害出たらどうするつもりだったの? 

 

「あ、え、えーっと…………ご、ごめんなさい……」

 

 誰が謝れって言ったの? 私はどうするつもりだったかって聞いてるの。

 俯いてないで顔あげて答えなさい。……は、何? ぜんっぜん聞こえないんだけど。ほらもっと大きな声で言いなさいよ……はぁ? 何も考えていなかっただぁ? へーぇぇ、そーぉ。本当素敵な回答ね。思わず笑っちゃうわ。あ? 何笑ってんの○○、こっちは全然楽しくないんですけど。あんた仮にも副長なんでしょ? どうしてそんな結論に至るのかが不思議で不思議で仕方ないんだけど。一体どういう事? 今まであんた何を学んできたの?

 

「……そ、それは……えっと……」

 

 はーぁぁぁ……大体あの手紙に同封されてた異動届けは何? 俺が死んだら地方部隊に転属になったって言って~って書いてあるけど、あんた本気? 馬鹿じゃないの。馬鹿じゃないの。ほんと馬鹿じゃないの。

 あ? あの時は必死過ぎて考えがまとまらなくて……? 考えがまとまらないくせにこんな手紙は書けるのね。何何?『ディオルド様と意中の仲になるのを諦めるくらいには、愛しているんです』 ……へぇぇぇ、()()()()()()()()()()()()()()()よくもいけしゃあしゃあと……ほんっと自分に酔ってるとしか思えないわねぇ。

 

「ぐすっ……ぐすぐすっ……ぐすんっ、ぐすんっ」

 

「……お、おい。何で○○副長は正座させらてるんだ?」

「なんでも独断専行でディオルド隊長に格好良い所見せようとしたのを咎められてるらしいぜ」 

「……○○副長ならやりかねねえし、正直ざまあみろとは思うが……。うへぇ……一生に一度の格好つけを皆の前でああやってけちょんけちょんにされるのも、なんつーか同情するぜ……」

 

 敵陣を壊滅寸前まで追い込んだ後、私は向こう見ずで分からず屋の○○を正座させて説教していた。

 今回の敵の作戦はさしもの天才軍師様も見抜けず、報告した私に「本当にありがとうございます…! 気づいていなければどうなっていた事か……危ない所でした!」と平謝りするぐらいには危機一髪だった。

 その情報源といえば○○からなので、本来ならば○○が褒められて然るべき……な訳がない! ヒロイズムに浸り、残された人の事を考えない馬鹿には、徹底的に思い知らせないといけない。もう二度とこんな事を仕出かさないように。

 

 ――ねえ聞いてるのゴミジンコ○○!? 

 いい年こいて泣くだなんてみっともないと思わない!?

 

「お゛、お゛も゛い゛まずぅっ!!」

 

 それでみっともない大人の○○はこれからどうすればいいか分かるわよねぇ!?

 

「に゛、にどとっ、か、がっでにうごいたり、し、じんぱいさぜたり、じ、じま゛ぜんっ!!」

 

「うわぁ……うわぁ……」

「お、おい眺めてないでいこうぜ……巻き添え食らうぞ俺らも」

 

 なんて、体罰ではなく心に刻み込むように○○を叱りつけていたら、にわかに遠くが騒がしくなった。ふと見ると、アリアと……クリストが軍衆の中で対峙している。

 遠目で見てアリアの顔が赤らみ、どこかあの子らしくないもじもじした様子を見せて何かを伝えると……わっ! と皆が歓声(一部悲鳴)をあげた。これは、もしかして手紙で言ってた――

 

「ぐすっ、ぐすぐす……ふぇ? み、ミスト?」

 

 ……説教は一旦終わりよ。

 ○○、あんた今からやることあるならやってきなさいよ。

 

「やること……って……げ、げぇーッ!? ま、まさかディオルド様告白イベ!? しまった最初の所見逃し――いったぁ!?」

 

 誰がっ、出歯亀しろだなんてっ、言ったのよ!

 あぁもうついてきなさい、ほらっ!

 

「ちょ、ミスト……ミスト隊長、ミストさんっ!? い、いやだって今絶賛告白中ですよね!」

 

 告白中だからよ! ねえあんた、手紙で言ってたわよね!

 意中の仲になるのを諦めるくらいアリアの事が大好きだって!

 

「……ッ!! そ、うですよっ! だから、だからこそ今この機会を邪魔する訳には」

 

 わかってたけど何よその表情……嘘をつくな馬鹿○○ッ、あんたがアリアの事を諦め切れてないのははっきりと分かってんのよ! この、とーへんぼくっ! 

 未練たらったらのままでいられてもこの先困るのよ、だから――玉砕するなり、願いを叶えるなりしてきなさい!

 

「っぐ、だってディオルド様はクリストとくっつくのが本筋な訳で、だから俺は――」

 

 うるさい! つべこべ、言って、ないで……さっさと伝えてきなさーい!!

 

「おわぁぁっ!!?」

 

「だからあたしは何と言おうとクリストに……ぃぃいいぃっ!? ちょ、ミスト、○○!?」

 

「へっ!? え、えぇぇ!? なんで!? 乱入ナンデ!?」

 

 私は勇気を振り絞って告白しているアリアの所に○○を蹴り飛ばす。

 アリアにはほんっっっとうに申し訳ないと思ったけど……こうでもしないと、○○はいつまで経っても告白しないだろうから。だからごめんねアリア。

 ○○は顔から地面に突っ込んで痛みに顔を呻いていたけど、唐突な告白のインターセプトに周りは否が応でも盛り上がっており、そしてもう逃げられない場に居るのだと理解したようだ。

 すっくと立ち上がるとガチガチに緊張し始めた。

 

「ミスト、○○……!? お、おい、い、一体何をしに……」

 

「ごめんなさいアリア! でも、○○の話を聞いてあげて!」

 

「…………」

 

「え、えぇ……? えっと……○○?」

 

「……~~~っ、も、もも、申し訳っ、ないっ! ですディオルド様っ! で、ですがそのっ、えっと! ……あぁ、その、えーっと……えーっと……!!」

 

「お、おう……どうしたんだ○○、いつも以上に緊張して……悪いがあたしはあたしで大事な事をこれからクリストに」

 

その話の前にっ!! どうしても!! い、言いたいっ! んです!

 

 いきなりボリュームが上がりってアリアがびっくりしてしまうが見える。

 上ずり、どもり、顔は真っ赤。足はがくがくと震え、背筋はピンと張るどころか反り返りすぎるくらい。その姿はいい年こいた大人には到底思えないが、私はそんな○○を情けないなんて、思えやしなかった。

 

 そして○○は、何度かツバを飲み込んだ後――とうとう、その言葉を紡いだ。

 

 

 

じ、自分はっ、俺はっ! ディオルド様……い、いえっ、アリアの事がずっと――――!!

 

 

 

 

 

 

 

 

――おろろろおおおぉぉぉぉぉん、おおおおぉぉおろろろろぉぉぉぉぉ……!!!

 

 なんて事があったその日の夜。

 戦勝パーティの片隅で、○○は外面も気にせず号泣をしていた。

 ……結果? そんなものもう言わずもがなである。あんだけ奥手オブ奥手な対応を取って誰が好意に気付けよう。

 アリアが今更秘めていた本当の気持ちに気づいたとしても、今の今まで根付いた○○の評価や印象を一気に覆すことなんて、当然できやしなかった。

 

だから、だからいやだったんだぁぁぁ!! こんあ、こんあことになるんだったら秘めたままで、おろろろろぉぉぉん、おろろろぉぉぉん!!

 

 まぁ……そうね、逆に良かったと思いなさいよ。これから先ずーっと、悶々しながら二人のイチャつく所見る羽目になるよりかは全然いいでしょ?

 ……あぁもう! ジョッキで机叩くな! うるさい!

 

好きだったのに、好きだったからこそみまもろうとおもったのにぃぃぃ、でも、ずびっ、すきがとまらなくて、ひぐっ、むりだって分かってたから、ずっと、ずっと言わないでおこうとおもったのにぃぃぃ!! ゆうき振りしぼったのに、やっぱりでぃおるどさまはっ、あっ、あぁぁぁああぁんまりだぁぁぁぁっ!!

 

 はいはい。よしよし。

 でもアリアも真摯に考えた上できっちり振ってくれたし、これからも親友で居て欲しいって言ってくれたじゃない。○○はその答えにちゃんと祝福まで言えたのは偉いわ、本当によく頑張ったって褒めてあげるから。

 

がんばってない、がんばってないもん!! おれはどうせへたれだよ! だってこんな世界で、わきやくのおれが、なんでっ、でぃおるど様をしあわせに出来るなんて……お、思ってなかったから、だからどりょくしたけど、やっぱり主人公のほうがすごくて、へた……へたって、やっぱりおれはだめだめだからっ、つりあうわけっ

 

 何言ってるのよ、○○はヘタレだけど人一倍頑張ってたじゃない。

 あんたは誰か一人のために血のにじむ努力をして、結果として()()()()()()()()()()()()()()()()。あんたの努力はきっちりと成果をあげてるわ。

 

「ほ、ほんと……? ほんとにがんばった……?」

 

 頑張った頑張った……まあ、うん。努力の仕方がちょっと歪だったからアリアもあんたの好意に気付かなかったかもだけど。

 

――おろろろろろぉぉぉぉん、おろろろろぉぉぉぉぉん!!

 

「……あ、あのーミストちゃん、だ、大丈夫?」 

 

 ん? えぇ大丈夫よミーナ。

 

「そ、そう良かった……え、えっとね。ディオルドさんがさっきからそっちが気が気でないようで、何かおろおろしながら見つめてるようだけど……」

 

 あ、あー……ま、まあ今日は○○のことはそっとしてあげないといけないから……駄目ね。多分今本人に出会ったらこの子よく分からない事になっちゃいそうだから。

 

「そ、そうだよね。じゃあ何かあったら言ってねミストちゃん! あ、これ料理とか持ってきたから二人で食べてね?」

 

 ありがとねミーナ。ほーら、料理とお酒来たわよ○○。チャクラが作ってくれた絶品料理よ、今日は珍しく牛肉が入ってるからちょっと泣くのやめて食べましょ。

 

おろろろろぉぉぉぉん、た、たべっ、たべますぅぅぅぅぅぅっ!!!

 

 よしよし、偉い偉い。

 ……努力家で真面目なあんたならきっと吹っ切ることも出来るって私は信じてるし、きっともっといい娘も見つかるわよ。

 今日だけは好きなだけ飲んで好きなだけ食べて、好きなだけ泣きなさいな。それで食べすぎても飲みすぎても、泣きすぎても大丈夫よ。私がいくらでも付き添ってあげるから……ね。

 

 

 

 それからまた、いつも通りの毎日が続く。

 丸二日泣き続けた○○に私も連れ添ってあげたら、あいつはようやく前進することが出来たようだ。

 いまだにアリアに未練はありそうなものだけど、また忙しい毎日を過ごしていくうちに、いつもの調子が出てきて。一月立つ頃には二人を素直に祝福できるくらいには回復しているように見えた。

 

 ――で。もういい加減吹っ切れた?

 

「……ミスト隊長サイテー。今も失恋っていうバステ食らってる俺にわざわざそれ聞くなんて、鬼畜ロリ! ロリエル――あッ――つま先ィッ!? 今すっごいクリティカル入った!! 失恋の痛み一瞬消えた!!」

 

 そりゃ良かったわ、永遠にその痛みが消えるようにつま先だけ消滅させてあげようかしら。

 

「はいすみません全力で御免こうむります、まだ微妙に吹っ切れてません!」

 

 ……でしょうね。

 まーだあんたチラチラとアリアの事覗く癖止めてないし。いい加減アリアがやりづらそうなの分かるでしょ? あんたがそんなんだから部下達も戸惑ってるじゃない。

 

「……う゛」

 

 まあ……あれだけ慕ってた相手に振られたんだから、ダメージが大きいのは分かるけども……ちょっとは公私を切り分けなさい。吹っ切りたいっていうなら幾らでも手伝ってあげるから。

 

「でも……いえ、はい。おっしゃるとおりです……でも、幾ら考えてもやっぱり、そのディオルド様のことが頭から離れないんです……」

 

 重症ね。分かりきってたけど。

 

「……面目ない次第でごわんど。ま、まあでも確かに部下に影響が出てるのは自分でも分かってるし、ゆっくりとだけど忘れるように、ぃ、いぃぃ、ぃぃぃぃぃ!? み、みみみ、ミスト!?」

 

 …………。

 

「ミストさん、なな、なんで俺に抱きついていらっっしゃしゃしゃるるる?!!」

 

 ……何よ。少しでもいいから、頭からアリアが離れられるようにしてあげてるだけよ。

 

「うへ、あ、はぇ!? えっ……え、えぇぇ……! ちょ、そ、そんなどうして……」

 

 どうしてなんて……わ、分かるでしょ。

 ……今までこれだけ一緒に居たら、私の気持ちなんて気づいている筈でしょ、これでも気付かないっていうんなら……本当、しゃ、射殺じゃ済まないわ。

 

「……お、ぉぉ……おぉぉぉ……お、落ち着け、お、俺にはディオルド様が……あ、で、でもディオルド様にはフラれてるから俺ってフリー!? だ、だったらOK……!? で、でも俺とミストは……あくまで……」

 

 あくまで……何?

 ただの部下と上官……? 私は、それじゃ嫌。

 

「……で、でも」

 

 …………。

 

「……あぁくそっ! そういう目は反則でしょうに! 分かったよ……み、ミストはあの時……言ってたよな」

 

 ……?

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って……あの言葉、ほ、本気なんだな?」

 

 ――ッ!

 

 …………えぇ、確かに言ったわ。

 

「……だったら、……俺も、本気で答えないと駄目だよな」

 

 …………聞かせて。○○の本気の答え。

 

「…………」

 

 …………。

 

「……俺は」

 

 …………うん。

 

「……俺は、いや、俺も……ずっと支えてきてくれたミストの事が……好き、だ、と思う」

 

 ○○は抱きつく私に応えるように、ゆっくりと背中に手を回して抱きしめてくれた。

 私はその答えを聞いて、()()()()()()、と思い……目から一筋の涙をつぅ、と流してしまう。

 

 ………うん、私も好き。○○の事が好き。ずっと、ずーっと好きよ。

 

「…………ぁ~……う、うん」

 

 腕の中で見上げると、○○がむずがゆそうに目を明後日の方向に向けているのが見える。

 本当、恥ずかしがり屋ね。秘めた気持ちを抱えるだけ抱えて、吐き出す事を知らなくて……どこまでもうぶで、馬鹿な奴なんだから。

 

 でもそんな○○だからこそ、私は好きになったんだ。

 でもそんな○○だからこそ、私は○○を継ごうと決意したんだ。

 

「……ミスト?」

 

 私は、ゆっくりと()()()()()()()()()()○○から離れ、溢れる涙はそのままに努めて精一杯の笑顔を向けた。

 

 

 きっと、これからも貴方がずっと好きだし。愛し続けるわ。

 だから……ずっと見守っていてね。○○。

 

 

 ――○○はその言葉に驚き、その後寂しそうに微笑んでくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――…………」

 

 

 小鳥達の美しい音色が告げる清々しい朝の中、頬を伝う雫の感触で私は目覚める。

 いつもの部屋。いつもの天井。そして、いつもの現実。

 ……もう泣かないと心に決めた筈なのに涙を流すなんて。浅ましいにも程がある。

 もう先の大規模攻勢からすでに一ヶ月も経っているというのに。

 

 

 

 ――今日もまた○○の居ない世界で銃を手に取り、終わらぬ戦いに身を投じ続けなければならないのに。

 

 

 

 

 § § §

 

 

 

 最近のあたしの毎日は幸せ半分、辛さ半分、という言葉がぴったりだと思う。

 唯一無二の親友であるミストが、○○が急な転属でこの城塞から居なくなった日以降元気がないからだ。

 いや、いつも以上に訓練にも戦闘にも精を出しているから元気がない訳ではないか。なんというか……そう、あいつらしくないというのが正しい。

 喜怒哀楽の激しいミストが自分を律するかのようにいつも険しそうな表情を見せているのは、何というか親友としては辛い気分だ。だからといって今のあたしがどうした? なんて聞ける訳もないのがまたもどかしい。

 

「そっとしておきましょうお姉さま。恋も失恋も時間が解決します」

 

 そういうもんかなぁアンリエッタ。

 

「そういうものです。私が思うにミストルティンさんは強いお方です。齢20を超えたばかりなのにあれだけの統率力を発揮し、強固な隊を作り上げた実績を鑑みても、きっと。しばらくすれば元のミストルティンさんに戻っている筈ですよ」

 

 うーでもなぁ、そうだとしても……何かもやもやするんだよねぇ。

 

「今はとりあえず我武者羅に動いて、失恋したという事実を忙殺しようとしているんでしょうね。まあ……対象的にお気持ちをお伝えしたお姉さまとしては声をかけ辛い気持ちも分かりますが、今声をかけるのは逆効果です、堪えてください」

 

 ……うぅー……。

 ……でも、ミストには悪いけど……へへへぇ、そうなんだよなぁ。あたしとクリストは……てれてれ。

 

「……お姉さま。まだ恋を成就した訳ではないのですから、頬を緩めるには早いです。大体返事はまだ貰ってないんですよ?」

 

 まあな! でも、あたしは良い返事が貰えるって確信してるし、そうなるようにこれからもガンガンアタックし続けるかんな! 打倒ミーナ! 愛人で満足するあたしじゃねーぞ! 狙うは本妻!

 

「うぅ……お姉さまがここまで心酔してしまうなんて……認めたくありません」

 

 仕方ないじゃんかよー好きになってしまったんだからさ。

 きっとアンリエッタも好きな男が出来れば「私はお姉さま一筋です!!!!」……えっと、ごめんなさい? 親友のままでいましょう?「秒でフラないでくださいお姉さまぁぁぁああ!!!」

 しかし……なー。納得行かないのは○○だよ。

 あいつが振るのはまあ……千歩譲って良い。あいつ自身の判断だしな、口を挟める訳もない。

 だけど皆に別れも告げずに急に別の部隊へ配属って……急過ぎるし、薄情過ぎないか? まるで振ったミストと顔を合わせづらいからって逃げたみたいじゃないか。

 

「確かに。私も数いる害虫どもの中では実直な方だとは思っていたんですが……見込み違いという事ですかね、あれだけお姉さまを慕って居たのに、よもやお姉さまにすら挨拶せずに消えるなんて……呆れてしまいます」

 

 ほーんと。そうだよな! ○○は馬鹿野郎だよ!

 ミストだって振られたからって会いたくない訳ないっていうのに。

 あたしだって、みんなだってこんなにも寂しい思いしてるっていうのにさー……。

 

「お姉さまに付き纏う不快害虫ではありましたが……実力は折り紙付きですし、礼節もあるように見受けられました。何よりミストルティンさんとの掛け合いがなくなるのは、少し寂しい気持ちもありますね……」

 

 そうだよなぁ……ミストも折角沢山笑うようになったっていうのに……。

 ほんっっと自分勝手過ぎるよ……絶対会ったら一回ビンタ……いや、パンチしてやらないと。

 

「その時は微力ながらお手伝い致しましょう。加えて軟弱者、と謗ってさしあげます。ミストルティンさんと同じ失恋した立場とは言え、どうして逃げ出すという選択肢になりえるのか。本当に理解できませんもの」

 

 え? 同じく失恋? 誰が?

 

「え?」

 

 ん?

 

「……お姉さま? 気付いておられないのですか?」

 

 ……いや、失恋したのはミストだけだよな?

 

「………………………………」

 

 え、ちょアンリエッタ何その目! あたしそんな目向けられたの初めてみたぞ!?

 

「……少しだけあの害虫の気持ちが分かりました、害虫のアプローチの仕方が論外だったとは言え……それは逃げ出したくもなります」

 

 あたしのせい!? ○○の遁走はあたしのせいなのか!?

 どど、どういう事だアンリエッタ、教えて! 教えてって!

 

「申し訳ありませんお姉さま、あの害虫と私の立場が近い以上、私はお姉さまを甘やかすことは出来ません……あ、すみませんが軍議があるのでこれにて失礼します」

 

 まーって! まってまって! アンリエッタぁぁ!!

 

「御自身だけでよくお考えくださいね? それでは」

 

 

 

 

  § § §

 

 

 

「アリアドネ部隊が心配?」

 

「うん」

 

 と言うよりミストが心配なんだけど私はおくびに出さない。

 敵四天王の一人を打倒したとは言え敵の攻勢は一月経って逆に激しくなるばかり。

 毎日毎日席に向かって朝は早くから、夜は遅くまで報告の取りまとめ、作戦立案、命令と全体に関わる仕事に掛り切りになっているクリストに、個々人々の事まで考えさせるのはどう考えてもキャパオーバーだからだ。

 

「アリアドネ部隊の狙撃は非常に強力で、今となってはうちの軍になくてはならない存在よね?」

 

「そうだねミーナ。昨日の戦闘でも彼らが居てくれなかったらと思うと、ぞっとするよ。彼らは僕らの目であり、強力な矛でもある。しかも狙ったところは必ず貫く必中の矛だ。……とは言え、休息も定期的に取らせているし。戦果も落ちている様子はないけど……どの辺りが心配なの?」

 

「ん……っと、○○さんが抜けた事による影響が、出始めてるって事」

 

 そう言ってあげると、クリストはむ。と唸った。

 

「……良くも悪くも、あの人はムードメーカーだったもんね。それが急に居なくなっちゃったもんだから多少は影響が出るとは思ったけど、そんなに?」

 

「そんなに。諜報してたら分かったわ」

 

 私は直接戦場に出ることはないけどクリストの補佐を任されている。

 その内容は事務の手伝い、身の回りの管理に留まらず、軍内外の諜報活動や、そしてクリスト自身の護衛までと多岐に渡る。

 元々暗殺者だった経験とその才能に恵まれていた私は、自分の力をフルに使って軍に貢献していたのだけど……親友であるミストちゃんが心配になって調べてみたらやはりと言うべきか。○○さんの離脱は大きな影響を及ぼしていた。

 

「前は隊の中でコミュニケーションが活発だったのだけど、今はそれが全然なくなっちゃって……後は訓練量が以前より遥かに増えて隊の中で不平不満が出始めてきてるの」

 

「……そっかぁ……。訓練量が増えたのはミストルティンさんが○○さんの抜けの分全体力を強化しようとして、かな? あんまり良い傾向とは言えないね」

 

「うん。だから、何かしら諌めたり、ちょっと息抜きを入れてあげないとそのうちとんでもない事になっちゃいそうで」

 

 ……私が思うに○○さんが抜けた分を埋めるために頑張っている、という理由だけではなくて……ミストちゃんの中での部下に求める基準が大幅に上がってしまったのが原因かなと思っている。

 ミストちゃんと並ぶ高い水準の判断力や実行力は、それこそ○○さんのように自分の体を壊れる直前まで酷使して訓練や学習をしなければ身につくことはない。

 故に○○さんが出来た事をやらせようと部下に過酷な訓練を施しているのだろう。……後は失恋によるストレスも大いに関係ありそう。

 

 それにしても……どうして○○さんは急に異動してしまったんだろう。

 みんなはミストちゃんを振って居辛くなったから~、なんて言ってたけど……本当なんだろうか。何だかもやもやしてしまう。

 

「……分かった。じゃあ僕の方から一言ミストルティンさんに伝えて「待ってクリスト!」……ミーナ?」

 

「クリストは次の四天王対策とかで忙しいだろうし、それに、その件については私の方で伝えたいの」

 

「いいのかい? でも僕は一応トップだし、やっぱり……」

 

「いいのいいの! ミストちゃんと私は親友だし、そういうことも伝えやすいだろうから……ね?」

 

「うーん……分かったよ。それならミーナにお任せしようかな。ごめん、後はよろしくねミーナ」

 

 私はクリストをその場に留めると執務室を後にした。

 ……ふぅ、危ない所だった。どう考えても失恋を引きずっているミストちゃんに対して、現在進行形でディオルドさんから猛攻アタックを受けているクリストを出会わせたら、纏まる内容も纏まらない。

 

 とは言え、私もミストちゃんにどう話を切り出そうか迷うところだなぁ……。

 忙しいのも相まって、あの日以来中々話会う事もできなかったから、余計に切り出し辛い……でも、今のままミストちゃんを放っておくのは私の良心が許さない。……ファイトだ私、頑張らないと!

 

 決意を胸に秘めながら足早に城内を歩く。

 時刻はすでに夜、歩哨以外はそろそろ眠りにつく時間だ。

 ミストちゃんもまだ起きているといいのだけど……。

 

「夜分遅くにごめんねミストちゃん……ミストちゃん?」

 

 ……ミストちゃんは眠っているどころか部屋自体もぬけの殻。

 そこで、とことこと色んな所に顔を出してミストちゃんがどこに居るか探っていけば――、

 

 

「…………」

 

 

 ついに、城壁の上で一人で佇んでいたミストちゃんを発見した。

 今日は風こそ強いが美しい満月が見える夜だ、私も時々月を見て気分を晴らしたりする時があるから気分転換でもしてるのかな? なんて……最初は思ってたんだけど……。

 城壁にもたれ掛かっているミストちゃんは体こそ月を向いているが、顔は月を向いていない。

 変わりにその手に持った何かに向けられている……あれは、手紙? 手紙を読んでいる、のかな? 何だかくしゃくしゃになっているからメモにも見えるけど……。

 

 真剣そうに、そしてどこか切なそうに一枚の手紙を読むミストちゃん。

 ……もしかしてだけど、○○さんからのかな。

 なんだか邪魔をするのは申し訳ないけど……私も言わなくてはならないのだと改めて覚悟を決め、声をかけることにした。

 

「……ミストちゃん」

 

「ッ!? あっ……!」 

 

 その瞬間、びっくりしたミストちゃんの手から手紙が離れ、直後吹きすさんだ強風が手紙を城壁の外へ外へと瞬く間に運んでいってしまう。

 ミストちゃんも手を離れた手紙を咄嗟に掴み直そうと手を伸ばしたようだが……もう、私が見てもこの宵闇の中でどこに飛んでいったか、分からなかった。

 

 ミストちゃんは暫く手を伸ばしたまま呆然としていたが、やがて手を下げてこちらを見る。

 その目が余りにも怒っているようにも悲しそうに見えて、一連の様子をぼうっと眺めていた私もつい言葉を失ってしまったが、すぐに心の中が申し訳なさで一杯になって……大きく頭を下げていた。

 

「ご、ごめんなさい……っ、ミストちゃん急に話しかけて、ごめんなさいっ!」

 

「…………」

 

 顔が、見れない。

 あの手紙はきっと大切なものだったんだろう。

 なのに私が不用意に声をかけてしまったせいで……!

 

「……ミーナ、気にしないで。あんな紙キレをこんな場所で読んでいた私も悪かったんだから」

 

「でも……でも! 大切な手紙だったんじゃ……?」

 

「……少しは、ね。でも早い内に捨てないといけないな、と思ってた物だったの。だけど意気地なしの私はずっと捨てられなかったから……うん、丁度良かったわ」

 

 恐る恐る顔をあげて見ると、ミストちゃんは柔らかく微笑んで慰めてくれた。

 それは見るものを癒やすほっとさせるような微笑み。

 だけど、さっきの表情を一瞬見てしまった私にはそれすら無理をしているようにしか思えなかった。

 

「だからそんなに申し訳なさそうな顔しなくていいのよ。ほら、笑顔笑顔……で、何の用事だったの?」

 

「あうぅ……本当に、本当にごめんね。……えっと、その……」

 

「何よ、言いづらい事なの? それなら尚更はっきり言ってほしいわ。他ならぬミーナからの話なら」

 

「ちょっとだけ……ね。……うん、でも私達親友だもんね……ちゃんと言わないのも失礼だし……んっとね、アリアドネ隊の事なんだけど、最近訓練のノルマが前以上に厳しくなったって本当?」

 

「……」

 

「他の隊の人がちょっと噂をしていて……前の大規模侵攻以降、ミストちゃんの隊の方針がガラって変わっちゃったから、何だかみんな戸惑ってるみたいなの」

 

「……」

 

「多分それは、その……○○さんが居なくなったせいだとは思うんだけど……」

 

「……えぇ、そうよ。あまり言いたくはないけど、あんな奴でも優秀だったって事を今になって分からされたって事。あいつが居ないと作戦や連絡、訓練や連携の精度が段違いだから……穴が抜けた分を育てようと、今必死になってるのよ」

 

「うん。それは凄く分かるよ。○○さんはすっごく優秀だったもんね。でも……」

 

「分かってる。……いえ、さっきまでは分かってなかったけど、ミーナの言いたい事は分かるわ。……そうよね、みんな○○ぐらい出来る訳じゃないものね」

 

「ミストちゃん……」

 

 私に背中を向けて、満月を仰ぎ見るミストちゃん。

 城塞の一面を照らす優しい光に、彼女の長くて綺麗な髪がたなびくのと相まって、私は一枚の美しい絵画を眺めているような気分になった。

 

「焦ってたんだと思う。○○がいない分まで頑張らないといけない、なんて思い込んで……そんな気持ちを部下にまで強制させてしまったみたい」

 

「……」

 

「本当はもっと段階を踏んでいかないと駄目だったのに。すぐに元の形に戻さないといけない、なんて考えちゃって。それで1人で空回りして部下にまで、いえ、ミーナにまで迷惑かけちゃうだなんて……何やってるんだろ私。これじゃ隊長失格ね」

 

「そんな……そんな事ないよミストちゃん! ○○さんの離脱は急だったし、そんなの誰だって焦っちゃうよ! ミストちゃんは合わせて○○さんにその、振られてしまったから冷静になんていられないのも分かるし! 私だってミストちゃんと同じ事になったらきっと失敗して」

 

「――同じ、ですって?」

 

「え? ……ひっ」

 

 気付けばミストちゃんがこちらに振り返って居た。

 そして今まで見せたことのない何もかもが抜け落ちた表情で、私に言った。

 

 

「ねえミーナ。勘違いをしないで欲しいの。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()? ならどうして私にそんな事を言うの? どうして私と同列に物を語ろうとするの? あなたは私じゃない。あなたに私の気持ちは、私の思いは分かりえないっていうのに。――知りもしないくせに訳知り顔で、さも分かったような事を言わないで」

 

 

 満月の影で隠れたミストちゃんの顔が別人のように見えて。

 そしてその言葉の節々から伝わる激情と圧に、私は動くことも言葉を発する事も出来やしなかった。

 

 

「――……あ。ご、ごめんなさいミーナ。わ、私ったら……本当にごめんなさい、酷いことを言ってしまって」

 

 でも数瞬するとミストちゃんは打って変わって焦りながら私の手を取ってくれた。

 その顔には先程までの表情は微塵も含まれていなくて、私の体は遅れて震えだしてしまう。

 

「ごめんなさい。ごめんなさいミーナ。怖がらせてごめんなさい。私○○に振られて……むしゃくしゃしてて……それで」

 

「う、うぅん……わ、私こそ、考え無しに物を言って本当にごめんなさい……」

 

 ミストちゃんは私を優しく抱きしめてくれて、背中をぽんぽんと叩いてくれる。

 ……そう、だよね。多分、ミストちゃんは失恋の痛みを忘れられなくて……でもおいそれと人に言えなくて溜め込んでしまって……それで私に当たっちゃったんだよね。

 

「訓練のノルマ、見直すわ……それに、○○の事もいい加減に吹っ切れるわ。うじうじとしてても何も進まないし、ね……わざわざ伝えに来てくれてありがとね、ミーナ」

 

 

 だけど結局……この日見たミストちゃんの表情を、私は忘れることが出来なかった。

 

 

 

 § § § 

 

 

 

 あの日から。ミストちゃんは宣言どおりに言った事を実行に移したようで、アリアドネ部隊の問題もゆっくりと解決に向かいつつあった。

 訓練量は減ったようだし、○○さんが居た頃程じゃないけどコミュニケーションを取り合うようになって、少しは雰囲気が柔らかくなったみたい。

 加えて、今までの人を近づけない雰囲気から一転して自分から積極的に他人と会話に勤しみ始めた。それは勿論ディオルドさんやクリストさんも含まれていて、ディオルドさんなんて特に気にしていたからかミストさんが冷たくしてごめんなんて言ったらぶわっと涙を溢れさせて「あたしの方こそ全然話しかけられずにごめん!!」なんておいおい泣いて謝りながら抱きついていた。

 

「よし、今日は飲もう! 飲んで食って騒ごう! 今まで会話出来なかった分全部会話させてくれよなミスト!」

 

 そして始まったのは有頂天になったディオルドさんによる突発飲み会だ。

 そのメンツはというと……私、クリスト、ディオルドさん、そしてミストちゃんの4人。

 (よりにもよってこの面子で始めるだなんて度胸がありすぎますよディオルドさん……雷神卿の名はやっぱり伊達じゃないんですね……)

 クリストは訳が分かっていないのかとりあえず流されて「わーっ」て拍手をしていて、我が幼馴染ながらハラハラさせてくれる。

 ミストちゃんは……うん、同じく何でもないように手を叩いていたのが意外だった。……だ、大丈夫なのかな?

 

「何よミーナ。あんただけ変な顔して。……あぁ、別に大丈夫よ。もう吹っ切れたんだから」

 

 飄々と言ってのけるミストちゃんの様子は、本当に何でもないように思えて。

 とは言え親しくなった頃からミストちゃんは強い子だったから、間違いないのかもしれない。

 そうなると……あの日見せた顔は、やっぱりただ動転してたって事なのかな……。

 

「ミーナが教えてくれたお陰よ。私、前まではずっと頭の中が嫌な考えと使命感だけで一杯になって、周りのことを考えてなかったから……本当にありがとうね」

 

 うぅ、ミストちゃんが眩しい、可愛い……っ、ミストちゃん好き!

 ずっとずっと一緒にいようねミストちゃん!

 

「もうミーナ? ほら、好きなのは分かったから、まずは一緒に乾杯しましょ」

 

「あー! ミーナずるい! あたしもミストに抱きつきたいぞ!」

 

「お生憎様、今私は手一杯だから、あんたはクリストでも抱きしめてなさいよ」

 

 ちょっとミストちゃん!?

 

「しょうがないにゃぁー! マイハニー抱っこさせてくれぇ!」

 

「何でそうなるんですか!? うわぁ! ちょ、ちょっとまってくださいよぅ!?」

 

 

 

 そして宴会が始まった。

 次々と運ばれてくる料理の数々に、皆で舌鼓を打ちながら話をしていく。

 

 ミストちゃんと交えた話はどれもこれもが楽しいもので。

 ありきたりな話から始まって、今後の戦争についての真面目な話や、戦争での失敗談。故郷の料理の話や、城内で広がる七不思議まで。なんでそんな話題に? って物が自然とぽんぽんと出てきて、それでいて盛り下がる事もなく、あっという間に楽しい時間が過ぎていった。

 

「……あ~今、この場に○○がいればなぁ……」

 

 そんな楽しい宴が絶頂を迎え、少し皆が落ち着き出した頃。唐突に地雷を踏み抜いたのは他ならぬディオルドさんだった。

 楽しそうに飲んでいたミストちゃんがぴくり、と反応し、ほろ酔い気分の私は一瞬で現実に引き戻されてしまう。

 いずれ○○さんについては話題に出る物とは思っていたが、私としてはミストさんの方から話題に出す物だと思ってたからこそずっと口に出さなかったのに! 下手すりゃこの場が全滅するよディオルドさん! とは言えお酒に弱いのか顔を真っ赤に染めたディオルドさんはそんな事知った事かと話を続ける。

 

「ミストぉ、いつになったら○○は戻ってくるんだよぉ?」

 

「……さぁね。私に聞かれたって困るわ。あいつの方から異動したいなんて言い出したんだもの」

 

「ぅ~、この際だから正直に言うぞ! あたしは今でも○○については怒ってる! あんなにもミストに思われてたっていうのに、ミストを振った直後にここを去るだなんて、不義理にも程がある! ミストがしなくても、私が変わりに一回ビンタしてやりたいぞ!」

 

「あんたねぇ……」

 

「でも……でも、あたしも正直○○にはビンタされるべきだと思う。あたし、つい最近まで、○○があたしの事を異性として好きだと思われてたなんて、気付いてなかったんだ。あいつの好意は、ただの尊敬から来る物でしかないってずっと思ってたから……」

 

「……ま、仕方ないわよ。○○のアプローチはアプローチじゃなくてただのストーカーよ。遠くから見守るだけだなんて、言葉や態度の何万分の一しか効力がないのだから」

 

 私は背筋に冷たいものを感じて仕方なかったけど、ミストちゃんは案外余裕そうだ。

 ヒートアップするディオルドさんの背中をぽんぽんと叩いてあげながらお水を進めている。

 

 ……まあ確かに、○○さんはディオルドさんを神に例えてたけど異性として好きだとかは言ってないもんね。傍目からは分かったけど、当事者になるとやっぱり分かり辛くなるのかも。

 実の所、○○さんの異動もそんな傷心から来る物なのかな……やり方が悪かったとは言え例えば自分の好意がクリストにずっと気付かれてなかったとしたら……うわっ、無理無理無理! 私そんなの絶対嫌だ!

 

「恥ずかしい話、僕も○○さんがずっとディオルドさん「アリア!って呼べって言ったろー!」……あ、アリアさんの事を想ってただなんて夢にも思わなくて……」

 

 クリストはそもそも色恋沙汰を知らなすぎよ。

 あんなの傍目で見たらすぐに分かると思うレベルで簡単だし……。

 

「色恋沙汰に疎いのはアリアも一緒だけどねぇ。そう言えば、興味本位で聞くけど……アリア的に○○はどうなのよ?」

 

「ええ? ……そ、そりゃぁ……まあ、真面目そうだし。あたしの話は一杯聞いてくれそうだし、何でも付き合ってくれそうな感じはするけど……何というか、やっぱりそういう目で見るのは今更無理、かな~……なんて。勿論、すっげえ嬉しいんだけどな!」

 

「……ふーん。やっぱりね」

 

「…………」

 

 ク・リ・ス・トっ、今実はちょっとだけほっとしたでしょっ?

 

「うぇっ!? ちょ、み、ミーナ! そそそ、そんな事なんて全然っ……むぎゅぅ!?」

 

「クリスト、大丈夫だぞ~~~っ!! あたしは今はクリストの事が一番大好きだからな! ラブだからな! 愛してるぞぅっ!」

 

 知っての通り、いつぞやの大規模攻勢直後の告白から、ディオルドさんのクリストへの攻勢はまさしく破竹の勢いだ。

 以前なら私の方がクリストと一緒に居る時間がダントツ一番だったのに、ふと見ればディオルドさんも距離を縮めようと暇があればクリストに絡んでいる始末。

 しかも愛情表現が非常に直球だという、目下のクリストを狙う人達の中で一番の恋敵と言えよう。

 一応はクリストも戦争が終わるまで返事は待って欲しいと言っているけど……押しの弱いクリストはふとすればころりと落ちてしまいそうな危うさがあって、正直、毎日気が気ではない。

 

「んむむむむむ~~~っ!」

 

「アリア、ほどほどにしなさいな。クリストが死んじゃうわよ」

 

 あ、こら! クリスト何鼻の下伸ばしてるの!

 それにディオルドさんもくっつきすぎです、まだ二人は恋人じゃないんですからっ!

 

「ふふんだ、ほぼ恋人だ。そーだよなクリスト~♪ 戦争が終わったらちゃんと告白してくれるってあたしは信じてるぞ?」

 

 うぅぅ、クリスト! わ、私だって……私だってずっとずっと一緒に居たでしょ!?

 わわ、分かってるわよねクリスト、私の方が一番一番好きなんだから!

 

「あぅ、あわ、あわわわわ……」

 

 そう言って私も負けじとクリストの腕を取って抱きしめてあげれば、彼はいつもより顔を真赤にして慌て始めた。

 そりゃ、私だってディオルドさん程胸は大きくないけど、そこそこ自信はあるのだ。

 これで少しでも私の方に傾いてくれるのなら……とよりクリストに密着してやろうと思った――その時だった。

 

「――ねえクリスト。正味な話、どっちが好きなのよ」

 

 ビールを飲み干したミストちゃんが、唐突に質問を投げかけた。

 その質問は直球過ぎて私達としても驚きに値する物だが……とっても気になる内容であるのも間違いない。言わずもがなクリストに視線が集まる。

 クリストは一瞬ぽかんとしたけど……またすぐに顔を赤らめ、俯いてしまう。

 

「わ、分からないです……正直、こんなに好かれるなんて、初めての事で……」

 

「ふーん。でも、アリアとミーナのどっちかに傾いてはいるのよね? この二人以外でもっと好きな人ってのは、いるの?」

 

「え、そんな子がいるのか!?」

 

 いないわよねクリスト!?

 

「いないですいないですいないですっ!!」

 

「そ。なら改めて質問するけど……あんた、ちゃんと二人の内どちらかを決められる?」

 

「……え、っと」

 

「二人共魅力的だから決められませんだなんて、言わないわよね? ましてや二人を選ぶなんて中途半端な事しないわよね?」

 

 私としても(ディオルドさんはどうか知らないけど)それはお願いしたい所だ。

 クリストにみんな平等に愛するなんて器用な真似はきっと無理だろうし、やっぱり女としては一人だけを愛して欲しいというのは願望はある。

 

「そそ、そうしないようには、努力、し、したいですけど……っ!」

 

「です、けど?」

 

「今は、そんな事考える余裕がなくて……それで……時間が欲しいというのが正直な意見で……」

 

 むぅ。消極的な発言だなぁ。回答としては赤点をつけざるを得ないよ。

 でも、日頃のクリストの忙しさを知る身としては何も言えないかな。

 

「えー寂しいぜクリスト~。あたしは今すぐ決めてくれた方が嬉しいぞ~? まあ……戦争中だし、考えてる時間がないってのは分かるけどな~」

 

 ディオルドさんも別に回答を急いでいないようだ。

 今、恋愛にかまけてる暇はクリストにはないのは明らかだ。

 恋愛は戦争が終わってからゆっくりした方が、多分極度の恋愛下手のクリストにとっても

 

「悠長な事を言うのね。早く決めなさい」

 

 いいのかもしれ……ない……? 

 

「え、そ、そんな」

 

「私達は今、戦争をしているのよ、連勝こそしてるけど明日はどうなるか分からない。そんな綱渡りの日々なのだから、秘めた想いは告げられる時にちゃんと告げないと駄目なの」

 

「……え、は、はい……」

 

 あれ、ミストちゃん……大分熱くなってる……?

 何だか目が据わってるっていうか……。

 

「恋愛経験がないから分からない? 確かにどうしたらいいか分からないかもしれないわね。でも貴方が迷っている間にも二人もクリストも危険に晒され続ける。もしかしたら想いだけが残る結果になるかもしれないわ。そんなのは嫌でしょう?」

 

 それは……確かにそうかもしれないけど。

 

「……まあ、そうだけど……」

 

「だから、クリスト。貴方が答えられる内に早急に決めなさい。……戦争が終わったら返事する、だなんて馬鹿な事を言ってる暇があったら、二人の気持ちを考えて、真摯に応えてあげなさい」

 

 ……ミストちゃん、でもクリストは本当に忙しいの。分かるでしょ?

 そんな中唐突に私達に言い寄られて混乱してるかもしれないし……仕方ないよ。

 

「そ、そうさミスト。仕方ないって! それに、あたしとしては別に焦ってないぞ? 第一、クリストが指揮してくれれば時間もかからないさ。きっと戦争なんてすぐに終わる、だから――」

 

 私達は途端に口をつぐむ事になった。

 ミストちゃんが戦場で敵に向けるような、強く、鋭い目線を向けていたのだ。

 

 

「あんた達、クリストに気を遣ってるのか知らないけど……『仕方ない』で済ませられる程度の想いしかクリストに抱いてないの? だったらそんな想い、いっその事諦めたらどうかしら。――きっとロクな結末を迎えないだろうから」

 

 

 場を静寂が支配する。

 今までなら考えることの出来ない程に辛辣なミストちゃんの言葉に、私達は何一つ続ける事が出来なくて。

 痛々しい沈黙が続く中、ミストちゃんは財布から金貨を机に置くと、席を立ってしまう。

 

「明日もあるし、先に上がるわね。お休みなさいミーナ、クリスト、アリア。楽しかったわ」

 

 帰り際に私達に見せた表情は、いつも見せてくれるミストちゃんの優しい笑顔。

 だけど、私達には表情通りの意味合いには取れず、結局3人で飲み会を続けることも出来なかった。

 

 

 

「……ごめんなさい。アリアさん、ミーナ。僕、全然そんな事考えられなくて……それで」

 

「謝る必要はないさクリスト……あたしも、ちょっと浮つきすぎてたかも。大好きって気軽に言ってたけど……うん。何か恋愛って軽く見てたのかもしれない……」

 

 帰り道、私達はすっかり酔いが覚めてしまい、落ち込みながらとぼとぼと夜道を歩いていた。

 うん……表面上ミストちゃんは大丈夫そうに見えたけど……やっぱり、まだ引きずってたみたいだね。

 

「あたしが無遠慮な発言したせいだ……みんな悪い。あたし、明日ミストに謝ってこないと……」

 

 私も、迂闊に話に乗ってしまったし……同類です。

 明日、一緒に謝りに行きましょうディオルドさん……ミストちゃんは大事な親友ですから。

 

「僕は……謝りには行けないけど、うん。きっちり考えて見ます……二人の事。もっと……」

 

 

 ミストちゃんの発破は、厳しいものだったけれども確かに私達に心境の変化を及ぼした。

 それ自体は歓迎すべきことなのだと思う……だけど、その一方で私の中で疑問が一つ増えてしまう結果となった。

 

 以前のミストちゃんはあそこまで苛烈な物言いはしなかった。

 私はともかく、ディオルドさんにまであんな事を言うなんて。

 失恋してむしゃくしゃしたからと言って、あそこまで心境が変化するのだろうか?

 

 前、城塞の上で見せた表情も含め、ミストちゃんに一体何が起こったのだろうか。

 ○○さんは本当にミストちゃんを振っただけだったのだろうか?

 

 私は帰りすがら、ずっと、その事を考えていたのだった。

 

 

 

 

  § § §

 

 

 

 あの日があってから私はずっと、ミストちゃんの事が気になって仕方がなかった。

 ○○さんがミストちゃんを振った事は、アリアさんから本人が泣きながら伝えてくれたと言っていたから間違いないのだろうけど……それ以上に○○さんとミストちゃんの間に、何か重要な事があった気がしてならなくて。

 その何かがあったからこそ○○さんは異動してしまって、ミストちゃんがあんな物言いをするようになってしまったのではないだろうか。

 

 よくよく考えると、○○さんの急な異動は怪しいの一言だ。

 

 ○○さんとはそんなに多く話してはないけれども、存外……いや、大分律儀で、真面目な人だ。

 本当に心を許した人(ミストちゃん)には軽いノリだけど、それ以外の人には基本敬語で、礼儀正しい対応をしてくれる人。だからこそ軍内の覚えも良いし、みんな○○さんが居なくなった時びっくりした物だった。

 

 そんな人が挨拶の一言もなしに、急に消えたりするのだろうか?

 幾ら最愛のディオルドさんに間接的に振られ、そしてミストちゃんを振ったとは言え、逃げ出すような真似をするのだろうか?

 

 考えれば考える程私は○○さんの異動が嘘なのではないかと思えて仕方なかった。

 

「……○○副長の異動は知ってたかって? そんなの、俺らすら知らなかったぜ」

 

 食堂で、アリアドネ部隊の兵隊さんに聞いてみたら、やっぱりそんな答えが返ってきた。

 

「そりゃーな、怪しんださ。何だってあの人が一言もなしに異動だなんて。向上心の塊だったとは言え出世欲はなさそうだから、尚更な。だけどそれを伝えてきた肝心の隊長があんな顔してたら……聞くに聞けないじゃねえか」

 

「でも急に知らされたって事は前から計画されていた話ではないんですよね?」

 

「それがミストルティン隊長から○○副長からの異動願いを受理した形って言ってたんだよな、異動願いがあったって事は前々からやっぱり考えてたんじゃないのか……って思うんだが」

 

「……異動願い、かぁ」

 

「何にせよ、疑い深い人事なのは間違いなかったけど、俺としちゃぁミストルティン隊長を振って、ディオルド隊長に振られたダブルパンチで逃げ出したって説を強く推しますがね! 最低なやり口ですが、ガラスハートな○○副長ならさもありなんって感じでね。ま、あの人はそのうちにひょっこりと戻ってきてもおかしくはないでしょうよ」

 

 異動願いがあるって事は本当に○○さんは異動を計画していた、のだろうか。

 でも今の私はその言葉を素直に信じる事は出来なかった。

 

「その異動願い……本当にあったんだろうか」

 

 クリストと執務を続ける間ももやもやと、そんな事ばっかり考えてしまって仕方がない。

 すっかり夜の帳も落ちた中、ほとんど手癖で資料整理をやっていく最中も悶々とする一方で、居ても経ってもいられなくなった私は仕事を切り上げると早速行動を開始することにした。

 

 暗殺スキルの手腕を活かして、一路目指すはミストちゃんの執務室。

 本来ならこういうのは直接本人に聞くべきなのだろうけど……直接聞いたとしてもミストちゃんははぐらかして教えてくれないような気がして。そして、何より本人を疑っているとは面と向かって言える程度胸もなくて。だから本当は良くないのだけど、最終手段として直接物的証拠を探す事にした。

 

 部屋に鍵はかかっているが、天井から入る分には鍵要らず。

 内心で本当にごめんなさいミストちゃん! と想いながら片手に○○さんの筆跡が残された資料を持って、人気のない真っ暗な部屋でお目当ての異動願いを探す。

 

 ……ミストちゃんが几帳面な性格だったのが幸いした。

 丁寧に整頓された資料棚の中から、ほどなくして陳情書が束ねられた場所を見つける。

 

「……………」

 

 物品の申請依頼。訓練の提案書。行動計画書に、退役願いに……あった、異動願いの列!

 幸いにもそう量の多くない資料の束の中、急いで目を通していくのだけど……。

 

「………ない?」

 

 何度探しても、○○さんが見当たらない。

 もしかしたら他の場所にしまってるのかもしれないが、そんな事をする必要はあるのか?

 ミストちゃんならきっと例外なく一つに束ねている筈……だとすればやっぱり異動は嘘?

 

 だとしたら本当は○○さんに一体何が起こったのというのか?

 何かしらの証拠が得られないか、私が更に本腰入れて探し出そうとした、その時だった。

 

 

「――一体何をしているのかしら、ミーナ?」

 

 

 暗闇の中、一番聞きたくない人の声が、私の耳に届いた。

 思わず叫びそうになった私がゆっくりと後ろを振り返ると……扉の前で腕を組む、ミストちゃんの姿があった。

 

 

「ど、うして……」

 

「どうしてはこっちの質問だけど? 他ならぬ味方の、それも私の執務室を何で無断で漁っているのかしらね」

 

 

 その時ミストちゃんが見せた視線は、とてもではないが親友に向ける物ではなくて。

 私はどうしようもないくらいに恐ろしく、同じくらいに申し訳なくて動けなくなってしまう。

 ……そして、ミストちゃんは私が動く気がないのが分かると、ゆっくりとこちらに近づいてきた。

 

「当ててあげましょうか? 貴方、○○の事を探ってるのよね」

 

「……ッ!」

 

「大方、知りたいのは○○の異動が真実かどうか……そんな所? 今日、お昼に私の部下に○○の事聞いていたものね。もしかして……と思って待ってたら……まさか本当に来るなんてね」

 

 声色が何一つ変わらず、淡々としているのが恐ろしい。

 この後すぐにでも一転してしまうのかと思えば、震えが止まらない。

 

「……別に取って食ったりはしないから、そんな怯えなくてもいいわ。もしもあんたが知りたいのがそんな内容だったとしたら……ほら、これを見なさい」

 

 ぴらり、と私の眼の前に晒されたのは一枚の異動願い。

 署名欄に○○と書かれたそれこそ、私が探し求めていたものであった。

 

「筆跡が気になるなら見比べてみなさい。正真正銘○○の書いたものだから」

 

「……!」

 

 言われるがままに見比べる。文字の書き癖、サイン、筆圧……そのどれもが言われた通り○○さんのものであると指し示していて、疑い、侵入までして調べようとした私の愚かさが尚の事浮き彫りに出る形になってしまった。

 今の気分はさながら死刑執行を待つ罪人だ。他ならぬ親友にこんな真似を仕出かして……どんな酷い事をされてもおかしくはない。

 

「怯えないで良いって言ってるでしょミーナ。私に聞きづらいから直接探そうとしたのよね? そうなる前に私も、もっとちゃんと皆に説明すればよかったと私も反省している所よ……でも、何だか言い出し辛くて」

 

「……ご、めんなさいミストちゃん……」

 

「疑った事を謝ってるの? それなら当然の事だから気にしないで。あの○○が挨拶もなく消えるなんて普通考えられないものね。だけど異動は事実よ。あいつは、アリアに間接的に振られたのを見て『もっと腕を磨いてくる』『腕を磨いてアリアを惚れさせる魅力をつける!』って地方軍に単身向かいに言ったの。元々地方軍から協力要請は来てたし、あいつも最初からそのつもりだったみたい」

 

「……」

 

「それで大規模侵攻一日目に、アリアに向けた敵の罠を打倒した後、安心したのか、私をさっさと振って逃げるようにすぐに向かっていって……本当、自分勝手よね。」

 

 ミストちゃんは動けない私の肩をぽんぽんと叩くと、満足した? と言いたげに目を覗き込んできた。

 

「……うん。ありがとう。満足しました。そしてごめんなさいミストちゃん、勝手に部屋に入って……」

 

「満足したなら何よりよ。……さて、もう夜中だし。明日も早いのだから寝ましょう。ね」

 

 ミストちゃんはこんな時なのに凄く落ち着いている。

 怒ることもなく普段どおりの態度を見せていて、それが尚の事怖くて仕方がない。

 ただ、スムーズに開放してくれる事は今の私には非常に嬉しくもあった。

 

 私……何やってるんだろう。親友のためだと言って親友を疑って、こんな酷い事をするなんて……。本当にミストちゃんには頭が上がらないよ……。

 

 内心で落ち込みながら連れられるように執務室を後にし……ミストちゃんの部屋の前で別れる事になった。

 

「それじゃあこの辺りで、ね」

 

「うん……お休みなさいミストちゃん。……あの、今日は本当ごめんなさい」

 

「ミーナ、謝罪はもういいって何度も言っているでしょう。でもそうしないと気が済まないっていうのなら……そうね、代わりに私の言うことを聞いてくれる? あぁ別に無理なお願いなんてしないわ。ただ今から言う事を気をつけてくれるだけでいいの」

 

 廊下に灯る蝋燭の明かりに照らされるミストちゃんは微笑みを絶やさない。

 だけど、その表情はまるで仮面に張り付いた絵のようにしか見えず、私の背筋にぞくりと冷たいものが走った。

 

 

「もう二度と私の事を、○○の事を嗅ぎ回らないで――()()()()()

 

 

 そしてその言葉を聞いた瞬間――私はミストちゃんとの間に深い溝が出来ていた事にようやく気付いたのだった。

 

 

 

 

  § § §

 

 

 

 すっかり夜の涼しさが鳴りをひそめ、寝苦しさが現れるようになった頃。

 アリアドネ部隊は落ち着きを取り戻し、ミストちゃんの雰囲気も朗らかになり、ディオルドさんやクリスト、私との関係も平時のようになっていた。

 

 ……あくまで、表面上は。

 

 今でもミストちゃんと普通に会話は出来るけど、私はやっぱりあの時の事を引きずっていて……その、少しだけ、ミストちゃんが苦手になっていた。勿論悪いのは全部私なのだけど、ミストちゃんの微笑みの下にあの抜け落ちた表情があるのだと思ってしまうと……どうにも駄目だった。

 

 結局、ミストちゃんの心境の変化はどうしてなのだろうか。

 ○○さんの異動願いは本物だった訳だし……本当に、ただただ唐突過ぎる異動だった訳なのだろうか。

 しかしもう詮索しないでと言われた手前、私はもう納得するしか手段はない訳で。

 

 それよりもミストちゃんがクリストとディオルドさんの仲を取り持とうとしているのか、しょっちゅう強力なアシストを繰り出しているのが、今は気がかりだった。

 こっそりと二人にだけ美味しいお店のチケットを渡したり、さり気なく二人きりになるシチュエーションを用意したりと……私もディオルドさんと同じ親友である筈なのに片方だけ贔屓するのは、まるで疑った私への罰のように思えてしまう。

 

 ……馬鹿な事を考えてるな、私。

 単純にミストちゃんは私より長い付き合いのディオルドさんを応援してるだけなんだ。

 最近、ミストちゃん関連の事を考えるとどうにも暗くなって仕方がないよ……自業自得なんだろうけど。

 

 それとも……やっぱりミストちゃんからしたら、私は既に親友じゃあないのかなぁ。

 

「ヒキキキ……お悩みかい、ミーナ」

 

「うーん……うん、キキちゃん。そんな所かな」

 

 私は暗器のメンテナンスをキキちゃんにお願いしている所だった。

 キキちゃんはもっぱら調合とかが専門だけど、小さな刀やナイフくらいだったら自分で鍛冶もやっちゃうくらい大分アクティブな魔女っ子だ。

 なんだか本人は魔女らしさに非常にこだわっていて、役作りのためか変な笑い声を常に絶やさないけど……正直、可愛いらしさのほうが強くて似合わないと思う。もっとフリフリの衣装とかにすれば絶対可愛いのに……。

 

「当ててあげようかいミーナ。キミは今恋の悩みに……」

 

「うん、半分くらい当たってるけど、そっちは自分で頑張るからいいよ!」

 

「……健気だねぇ。応援しているよ」

 

「どーも! 私頑張るね!」

 

 まあ元気よく返事したところで、恋の悩みも簡単に解決するとは思っていないのだけど。

 返事は戦争が終わるまで、という期限は実質なくなったのと同義だ。

 ミストちゃんが私達に発破をかけた今、全ての鍵はクリストのさじ加減次第。

 私じゃないと駄目だ!ってなるくらいにアタックしていかないと駄目、なんだけど、なぁ……。

 

「はーぁ……」

 

「頑張ると言った傍から大層なため息をつくじゃあないかい」

 

「……恋の悩みだもん、ため息もつきたくなるよ……しかも絶賛不利な状態だしぃ……」

 

「ヒキキ。件のクリスト坊やも二人の好意に気付いた上でどうするか悩んでるようだしねぇ。後は二人がどれだけアピールするかって事かい」

 

「そうなんだよ~……そんな中でミストちゃんはディオルドさんを応援してるからねぇ~……」

 

「あの二人の付き合いは長いから、さもありなんという感じだね。……ほい、シビレ薬とネムリ薬お待ちどおさん。おまけでワライ薬もつけておいたよ」

 

「あ、ありがとうキキちゃん……でもこのワライ薬は正直……」

 

「なんだい、効きは保証するよ? それこそゴブリンからゴーストまで、遍く全てに……」

 

「効きすぎるから困っているの! コレ、少しかすっただけで1時間くらい笑いが止まらなくなるから正直怖いんだよ!」

 

 効くならいいじゃないか、と悪びれないキキちゃん。

 まあ、役に立つか立たないかで言えば、立つかもしれないけど……とりえあず受け取っておこう。

 

「毎度あり。さて、ここからは魔女の助言だが聞いていくかい」

 

「……えぇぇー」

 

「みんながみんなそういう胡散臭そうな反応をするのは魔女冥利につきるもんだね。その発言も肯定とみなしておくよ」

 

「まあ、時間はあるからいいけど……」

 

「さてさて、それでは今日の助言だ。『秘する悲哀は晒すべからず。されど触れるに似合う』」

 

「……どーいう意味なの?」

 

「誰かが心に秘めた悲しい出来事は皆で共有するのではなく、まず誰かが理解してあげる事が何よりも大事だって事さ。特に、親しい誰かがね」

 

「……秘めた、悲しい事……それって……?」

 

 咄嗟に思い浮かんだのは、ミストちゃんの辛そうな表情。

 だけど、ミストちゃんの『悲しい事』はもうみんなに広まってしまったのだから、今更な気がしなくも……。

 

「心に巣食った悲しみはやがて人を変え、関係を変え、そして生き様を変えてしまう。もしも近くに悲しみを抱えている人がいれば……そして抱えた人がキミにとって大事な人であれば、近づいてあげるべきだ。触れてあげるべきだ。そして、理解してあげるべきだ」

 

「――――」

 

 瞬間。私の脳裏にミストちゃんが見せた違和感が、まざまざと思い浮かぶ。

 城壁の上で見せた絶望。飲み会の場で見せた激情。部屋の前で見せた失望。

 ミストちゃんに変化をもたらした悲しみは、まだ残っているのは間違いない。

 

「悲しみを咀嚼するには一人ではどうしても限度がある。だからこそ親しい人が力になってあげる必要があるのさ。……心は癒え辛く、疲弊しやすいものだからねぇ」

 

 ミストちゃんが今も1人で苦しんでいるとするならば。

 私は、力になってあげたい。傍で支えてあげたい。

 一緒に泣いて、自然に笑いあえるようになりたい……でも。

 

「……でも」

 

「想い当たるフシがあるなら何よりだね。私も助言した甲斐があるものだ。……ただ、少し冴えないようだね。何かあったのかい」

 

「……その。一度、同じことをしようとして、それで……私のやり方が悪くて怒らせちゃったんです。それで、二度とするなと言われてしまって……」

 

「……」

 

「もう……あの子にとって、私は親しい人じゃなくなっちゃったと思うんです……だから、私にはあの子を支える資格は……!」

 

「その資格とやらは一体誰が発行するんだい? 相手の子かい? うちの軍かい? それとも神様かい? ……考えを改めなミーナ。支えるのに資格なんて必要ない。許可なんて必要ないんだ。その子がどう思おうとキミはまだ相手の子を親友だと思っているんだろう」

 

「……!」

 

 

「――それなら親友らしくお節介を焼いてあげな。相手が困っているなら何も言わずに駆けつける、そんなギブとテイクの向こう側にある関係を親友と呼ぶのであるならね」

 

 

 

 慌しくこの場を去ったミーナを見送った私は、椅子に深く沈みこんで帽子を被りなおした。

 思い浮かぶのは、沈んだ表情を見せていた頃のミストが、唐突に呟いた一つの質問だ。

 

『ねえ、もしも……もしもだけど体が真っ二つになった人が居たとして……貴方は治せる?』

 

『……またキミにしては突飛な質問だね。まあ、そうさね……出来ると言いたい所だが……』

 

『……』

 

『出来るとしても、その患者が真っ二つになった直後で、かつ、今現在持ちえない程の貴重な材料が山程あるならという条件がつくね』

 

『……それって』

 

『つまり、一概には無理。としか言えないって事さ。これで答えになったかいミストルティン……ミストルティン?』

 

『――……そう。そう、よね……えぇ、ありがとうキキ』

 

 

「……あんな、あからさまにほっとしたような悲しいような表情されたら……誰だって分かるさ。

 すまないねミストルティン。私にはあんたの覚悟は分からないけど……あんたの覚悟を踏みにじってしまうかもだけど……それでも、あんたに潰れて欲しくはないんだ」

 

 

 

  § § §

 

 

 

 私は使命感に突き動かされてミストちゃんの元へと急いでいた。

 ミストちゃんは二度と詮索するな、と私に言ったけど……それでも、それでもミストちゃんが今も苦しんでいるのなら、そしてその苦しみがもしも解決できるなら私は嫌われたっていい。私と仲良くなってくれたミストちゃんの為に、私は動くんだ。

 

 部屋を後にする直前、キキちゃんは「その子はどうやら、休日になると時折とある場所に出かけるようだ。もしかすればそこに秘密があるのかもね」って言っていた。今日は幸いにも休日。その場所とやらに何があるかは分からないけど、手がかりになるのなら……。

 

 

 ――いた! ミストちゃんだ!

 

 

 私は暗殺者のスキルをフルに活用して遠方から気づかれないように彼女をつけ始める。

 ミストちゃんは他の隊長との共同訓練を終えて、談笑をしているみたい。

 

 ああやって遠目から見ている分にはいつものミストちゃんのように思えるのだけど……。何度か彼女の変化を知っている身からすれば、無理をしているようにも見てとれなくもない。

 

 しばらくミストちゃんの様子を伺い続ける。

 訓練も終えたミストちゃんは特に怪しい動きを取る事もなく。休日を利用して城内を軽く散策する程度。その行き先も雑貨屋だったり、食料品店だったり、花屋だったりと、とてもではないが秘密があるように思えない。

 

 ……今日はもしかして、例の場所に行かないのかな?

 そんな事を考えていた時だった。

 買い物を終えたミストちゃんが私服姿のままふらりと、一人城外へと出ていったのだ。

 

 私はもしや、と思って後をつけていく。

 

 ミストちゃんは買い物袋片手にてくてくと移動している。

 城の外に続く道は一本道。行商人や、安寧の地を求めて避難してきた人達と何度かすれ違う。

 広い道の先を黙々と進んで行けば半日ぐらいで別の砦につくけど……あれ、脇道に逸れた。この先は進むと小さな村と森しかない筈だけど……どこに行くのだろう。

 

 

 少しだけ強い日差しが木々に阻まれ、心地の良い木漏れ日になっている。

 合間合間に肌を撫でる風は気分を晴れやかにする事請け合いだろう。

 そんな木立の中、ミストちゃんの足取りは森の中の小さな道すらも逸れ、とうとう道なき道を歩き始めていた。

 

 

 私は確信していた。

 この先にきっと、ミストちゃんの秘密が隠されている。

 ミストちゃんを大きく変えてしまった秘密が、この先にあるのだ。

 木々の擦れる音や小鳥たちの音色に加え、早鐘を打つ鼓動の音が耳にしながら、ついに私もミストちゃんの目的地に辿り着いた――!

 

 

 

(……小さな、木?)

 

 

 最初はそれが何なのか分からなかった。

 崖下の開けた場所に白い、棒のような物が1本だけ地面から突き立っている。

 添え木のようにも思えたが、その棒から直接何本かの芽が生えているから、植物で間違いなさそうだ。それにしても何か見たことがあるような――

 

 

「…………」

 

 ミストちゃんは、その小さな木の前で座り込むと何かをしだした。

 雑草とかを取り除いているのかな? 丁度真後ろに位置取っているからか、何をしているか正確には分からないけど……ミストちゃんは木の前でしばらくじっとしていると、やがて満足したのかくるりと振り返り、そして来た道を戻り始めた。

 

 私はミストちゃんが完全に視界から消えた事を確認してから、その木の前に移動する。

 

「……どこかで見たことあると思ったら、これ、アリアドネ部隊が持ってる狙撃銃……?」

 

 不思議な形をしている木だと思った。

 トリガー部分もそのままに、銃床を上にして突き刺さっていて、所々から芽が生えている。

 そう言えば昔アリアドネ部隊の銃は全部魔法樹から作られた物だって聞いたことあったような……。

 

 葉のついたツルが巻き付いたそれにあげたばかりの水滴が光輝いている。

 そして、地面に置かれていたのは……一輪の小さな白い花。

 

「綺麗な花……カーネーション、かな」

 

 どうしてこんな所に花を添えるのか、なんて事考えるまでもない。

 ここまでくれば幾ら鈍い私でも分かる。これは、お墓だ。

 きっとミストちゃんが大切にしていた人のお墓。そして、その大切な人とは――

 

「――……でも。でも、そんな……そんな事って」

 

 信じたくなかった。

 でも脳裏に浮かんだその仮説は、私の中で穴抜けのままだった疑問にぴったりと嵌ってしまう。

 

「ち、違うよ……違うよね。これは、違う人の……ううん、ここはそもそもお墓なんかじゃ!」

 

 ぱちり、ぱちり、ぱちり。

 今までバラバラだったピースが、隙間なく当てはまっていく。

 否定する心とは別に私の脳は、知りたかった情報を整えてしまう。

 

 

『あなたにはまだチャンスがあるんでしょう?』

 

 あの時見せたミストちゃんの絶望の理由が。

 

 

『――きっとロクな結末を迎えないだろうから』

 

 あの時見せたミストちゃんの激情の理由が。

 

 

『もう二度と私の事を、○○の事を嗅ぎ回らないで――次はないわ』

 

 あの時見せたミストちゃんの失望の理由が。

 

 

 すべてすべて、説明がついてしまう。

 

 

 あの日、あの時――○○さんが、命を落としてしまった事が真実だとしたら――!

 

 

 

 私は、私の中で出来上がった最悪の景色を認めたくなくて、そしてこれ以上この場に居たくなくなって、気付いたら後ずさっていた。

 

 だけど急ぎ踵を返して帰ろうとした矢先に……ある物を見つけてしまう。

 

(……紙? なんだろう)

 

 とある一つの高い樹。その枝の一つに何かが引っかかっていたのだ。

 それは薄汚れたしゃくしゃな紙。

 私は些細な事でも良いから今の気分を晴らしたくて、軽やかにそれを手に取って中身を確認する。

 

 案の定、長い間風雨に晒されてたそれは汚れが酷く、何かが書かれているのは間違いない。

 中身ははっきりと読み取れないけど……それが手紙だというのは何となく分かった。

 

 驚きなのは所々かすれた文字でディオルドさんの名前が出てくる所だ、これは、一体何についての手紙なのだろう。

 何が書かれているのだろうと私が文面に夢中になっていると……その中で一つの文章が、私の目を引いた。

 

『終――ら何もか――罪します。お許――さいミストルティン。』

 

「みすとるてぃん……? もしかして、これって――!」

 

 

 

 

 

 

 

 突如、甲高い発砲音とともに、私の頬を何かが掠った。

 

 

 

 

 

 

「次はない、って言った筈よ。ミーナ」

 

 

 この場に居ないはずの人の声が私の耳を叩いたのと、

 私の頬が熱を帯び、痛みを覚え始めるのは……ほとんど同時の事だった。

 

 

 

「み、ストちゃん……こ、れは……あっ!」

 

「胸騒ぎがしたから戻ってみたら……その手紙もどこで見つけたのやら。何度も何度も探し回ったのに、よりにもよって何であんたが見つけるのよ」

 

 ごり、と後頭部に固い何かが突きつけられ、私が持っていた手紙は乱暴に奪われてしまう。

 

「それで、探偵ごっこは楽しかったかしら? 私の秘密を暴くことが出来て満足かしら? 誰に言われたか知らないけど……よくもまあ余計な事をしてくれたわね」

 

「ち、違う……違うよミストちゃん! 誰からの依頼でもない! 私はただ、ただ私がミストちゃんの苦しみを取り除きたいと思って! それで」

 

「黙れ。私は言った筈よ。二度と私と○○の事を嗅ぎ回るなって。だと言うのにあんたは約束を破ってまで私と○○の秘密を暴いた。苦しみを取り除きたいだなんて言い訳をして、知的好奇心を優先させた。そうなんでしょう?」

 

「そんな、好奇心なんて、そんなつもりじゃ……ただ助けたくて」

 

「……ねぇミーナ。理解してくれるかしら? 私は大いに迷惑を被っているのよ。助けたいから、支えたいから――そんな耳障りの良い言葉を並べて、自分の行いを正当化しないで。本当に反吐が出るわ」

 

 ぐうの音も出すことが出来ない。

 私の行為は確かに、第三者から見てもどれもこれもが正当化できるものではない。

 今私が何をまくしたてようと、それはただの見苦しい言い訳にしかならないだろう。

 ……それでも。私は当初の目的を果たそうと震えた声で質問を重ねる。

 

「でも、これは本当に、○○さんの……○○さんのお墓なの?」

 

「手紙まで読んだなら分かるでしょう」

 

「教えて、ミストちゃん」

 

「…………はぁ、そうよ。○○はあの日死んだわ。一人で敵の罠を台無しにしようと頑張って、それで最後にアリアを救って。でも、自分は救う事はできずに……だけど満足そうに逝ったわ」

 

「――――ッ」

 

「異動願いは○○が言い出した嘘。最初からあの事態を見越して書いていたから本物だったって訳。あいつは、もしも自分が死んだらその事実を隠して欲しいって言っていたから。私は、それに従っているのよ」

 

 全身に何か重たいものがのしかかったような気がした。

 認めたくない事実が、現実のものだったなんて。

 でも何よりショックなのは……そんな認めたくない内容をミストちゃんが淡々と語っている事だった。

 ミストちゃんは何も思っていないの? ……○○さんの事が好きだったんじゃないの!?

 

「……どう、して」

 

「……?」

 

「どうして、どうして○○さんが死んだ事を、みんなに言わないの……! なんでそんな悲しい嘘をつくの!?」

 

「――――」

 

「幾ら○○さんが願ったからって、そんなのあんまりだよ! みんな○○さんの事が好きだった! 今でも○○さんは違う場所で頑張ってるって、みんな想ってる! 私だって、クリストだって、他ならぬディオルドさんだって!」

 

 ○○さんが好きなら、そんな事をするべきじゃないのは分かっている筈だよ!

 残された人はどうなってしまうの? 知らなかった人は、どれだけ苦しむと思うの!?

 

「――――」

 

「それなのに、それなのにもう○○さんが居ないだなんてそんなの……悲しすぎるよ! ミストちゃんだって、○○さんがそこまでしてくれたなら、みんなに伝えてあげないの!? ○○さんがディオルドさんを救ったって事を誇ってあげないの!? そうじゃないと――ひぁあっ!?」

 

 銃声が二度、私の耳をつんざいた。

 私は突如耳の傍で響いた音に驚き、へたりこんでしまう。

 幸いにも弾丸が穿ったのは地面だったが、あれが私に当たったら――ぁぐっ!?

 

「……そうじゃないと、何? 今更わかりきった事を言わないで。 あなたは○○の死を公開して、○○を憐れんでどうしたいの?」

 

 私の髪の毛を乱暴に掴んで覗きこんだミストちゃんの顔は、かつて城壁の上で見たあの表情そのもの……恐怖が、私の心を満たし始める。

 

「そう、じゃ、ないと……だって、○○さんが報われ、ない……ッ」

 

「○○の全てはアリアの幸せにあった。でも自分では幸せに出来ないと考えて、クリストにアリアの幸せを譲ったの。アリアの想いが滞りなく達成出来るように、ただその一心で。いい事ミーナ。もう○○は報われているの。報われている以上貴方のそれはただの自分勝手な欲望にしか過ぎないわ」

 

「だと、しても……っ、だとしても、ミストちゃんは……ミストちゃんはこのままでいいの……ッ!?」

 

「――ッ、○○は、○○はねぇ。自分の幸せは全部二の次……いいえ三の次なの。アリアが救えるなら自分が死んでも構わない。アリアが幸せに思えるなら、自分の死を秘匿することも厭わない。それだけの覚悟を持っていた……私は、今も○○を愛している。だから、彼が唯一遺した意志を、彼が唯一望んだ幸せを尊重しているの……ッ」

 

 髪がぎりぎりと軋む。尋常ではない力が、痛みとなって私の頭に走る。

 

「それなのに、貴方は○○の、私達の幸せをっ、覚悟もなく踏みにじってっ、そんな、そんな事っ――そんな事が、許せる訳があるかぁ――ッ!!」

 

「いやっ、ひ、や、あぁぁあああああぁあぁぁっ――――!!」

 

 乱暴に突き飛ばされた直後、激しい発砲音が何度も何度も森の中に響いた。

 私はいつもの戦闘技術も生かせず、悲鳴をあげ、体を丸めて銃撃が収まるのを待つしか出来なかった。

 

 

 ――硝煙の匂いに、カチカチカチカチと鳴り止まない引き金の音。

 荒い息を吐く音は私のものか、それともミストちゃんのものか……気付けば私は股間を濡らし、そして顔をぐしゃぐしゃにして泣いていた。

 全部弾はそれていて、私は、傷一つなく、今も生きていた。いや、()()()()()()()

 

 

「ミーナ。……ミーナ、よく聞きなさい」

 

 

 小さく。それでいて通る声が投げかけられ、恐る恐る上を見上げると……涙でぼやけた視界の中、ミストちゃんが拳銃を片手に私を見下ろしていた。

 もう片方の手にあるのは古ぼけた手紙。

 だけど、その手紙に小さく赤い斑点が出来たと思えば……その斑点は瞬く間に広がり、そして手紙全体を炎が包み込んで、その存在そのものを消していく。

 

「○○はね、チート能力を持っているの、チートって分かるかしら? ……分からないわよね。でもいいわ、兎に角あいつが持っている『好きな人を幸せにする能力』を本物にするためには、○○の死は隠さないといけないの……だって、そうでしょう? ○○の死が皆にバレたら、アリアはきっと幸せになれない」

 

 ミストちゃんは手際よく拳銃の弾倉を再装填すると。その銃口を再度私に向けた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「だから、ね。ミーナ。貴方が○○の死の事をバラしたら――今度こそ、私は貴方を撃つわ」

 

 

 私は、直前まで抱いていた使命感を忘れ……突きつけられた宣告を前にただ恐怖から頷くことしか出来なかった。

 



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Re:好きな人を幸せにする能力(前編)

おまたせしました。完結編です。

……違うんです話を聞いてください。
頑張って書いたら前編後編にもつれこんだんです。信じてください。
もう結末は書き終わってますので。(震え声)


 『好きな人を幸せにする能力』か。

 自分で言っておきながらなんて素敵で、そしてなんて残酷な能力なのだろう。

 

 命を賭けて誰かを幸せにすることは出来るのに。

 命を賭けた事は、誰にも伝えることは決して出来ないのだから。

 

 だけど、それを為そうとした○○の意志を無駄にしないために。

 そして自ら言い出したこの能力を本物にするために。 

 私はあの日を境に、色々な事を新たに覚えるようになった。

 

 辻褄があうような書類の偽造方法を覚えた。

 不自然にならない、行き先を誤魔化すスキルを覚えた。

 本心を隠して周りと合わせて会話をする手法を覚えた。

 狙った時に狙った態度を見せるような演技を覚えた。

 自分の心を押し隠し、偽りの心を見せる嘘のつき方を覚えた。

 

 以前の自分であれば行うことに抵抗のあったそれらの技術を、私はスポンジのように習得していった。

 目標を達成するためにはそれらの技術を駆使していかないといけなかったから。

 ……私の心が自分で思っていたよりも弱いから、そうせざるを得なかったとも言うが。

 

 だけどそんな騙しの技術を持ってしても、計画は徐々に綻びを見せてしまう。

 いくら細心の注意を払っても、いくら最大限の警戒を以ってしても。

 私と周りの認識のズレは容赦なく私の心を苛むのだ。

 

『○○さんが!? う、うーん……別地方に転属ですか。急ですね、でも○○さんならまあなんとかやってのけそう……』

 

『そっかそっか、何かと思ったら○○は転属か……あいつの腕なら地方でも頑張れそうだな、寂しいが』

 

『なぁ……○○さんが居なくなった理由知ってる?』

『あぁ、なんでも○○副長はディオルド隊長に振られた後ミスト隊長を振って、居づらくなったから挨拶もせずに逃げ出したとか……』

『繊細過ぎる……けどありえそうで笑える』

 

 最初はすぐにバレてしまうのではと怯える日々だった。

 だけど幸いな事に真実は勝手に立ち昇った噂が隠してくれた。

 それは目標を達成するという観点では助かるものではあったが……その一方で私はその事実を認識するたびに、心に痛みを覚えた。

 

 ――どうして誰も、もっと疑わないのか。誰ももっと惜しまないのか。

 

 皆の中での○○の比重がこんなにも軽いものだった事が何よりもショックで。

 あいつの死が軽んじられるような風評が流れることが、何よりも悔しかった。

 

 それでも私は○○の決意を無かったことに出来ず、毎日嘘を貫き通した。

 目標を達成するためには――ひいては、○○がこの場に居ない事が自然であるように振る舞うなら、何でもやった。

 何でも無い話に積極的に興じたし、どうでも良い用事に付き合う事にした。時には○○の離別を気にしていない事をアピールするために、共に○○を嘲った。そして私自身も○○は今遠くに居るのだと思い込もうとし続けた。

 

 しかしながら、ついた嘘の数だけ私の心は着実に疲弊していく。

 そんな疲弊すらも誤魔化して毎日を過ごしていった私だが……しばらくして異変を覚え始めた。

 

 それは、世界と私がズレているような感覚を覚え始めていった事。

 

 他の人と同じ行動をしているのに、私だけ別の事をしているような。

 他の人と同じ場所にいる筈なのに、私だけ一人になっているような。

 他の人と同じ構造をしている筈なのに、私以外が人間ではない別の何かのような。

 

 そんな感覚のズレは日増しに大きくなっていく。

 夜を超える度に少しずつ。朝を迎える度に少しずつ。

 世界から徐々に色が褪せていくように、世界から音の種類が一つずつ消えていくように。私の世界は壊れていった。

 

 世界を侵食していくズレが私の心に影響を及ぼすのは、そう遠くない話であった。

 疲弊を誤魔化す事は出来ても、心は何かを求め続け。やがて私は自然と世界に疑問を抱くようになった。

 

 

『よし、今日は飲もう! 飲んで食って騒ごう! 今まで会話出来なかった分全部会話させてくれよなミスト!』

 

 ――どうして、この人は○○が死んだ事も知らずに笑っていられるのだろう?

 

『うぅ、ミストちゃんが眩しい、可愛い……っ、ミストちゃん好き! ずっとずっと一緒にいようねミストちゃん!』

 

 ――どうして、この人は○○が死んだ事も知らずに楽しんでいられるのだろう?

 

 

『わ、分からないです……正直、こんなに好かれるなんて、初めての事で……』

 

 ――どうして、この人は○○が死んだ事も知らずに幸せそうにいられるのだろう?

 

 

 そのどれも簡単に答えを出せるのに。

 答えを導き出す度に私の心は誤作動を起こすから、一向に解くことができない。

 

 

 

『ご、ごめんなさい……っ、ミストちゃん急に話しかけて、ごめんなさいっ!』

『でも……でも! 大切な手紙だったんじゃ……?』

 

 どうして、この人は○○から貰った手紙を無くすような事をするのだろうか。

 ○○の大切な軌跡を辿る事すら、お前たちは許さないと言うのか。

 

『……あ~今、この場に○○がいればなぁ……』

『クリスト、大丈夫だぞ~~~っ!! あたしは今はクリストの事が一番大好きだからな! ラブだからな! 愛してるぞぅっ!』

 

 どうして、この人は○○に救われたと言うのに、のうのうと愛を語れるのか。

 ○○に救われていなかったら、この場でクリストに抱きつくことも出来ないのに。

 

『そんな中唐突に私達に言い寄られて混乱してるかもしれないし……仕方ないよ』

『そ、そうさミスト。仕方ないって! それに、あたしとしては別に焦ってないぞ? 第一、クリストが指揮してくれれば時間もかからないさ。きっと戦争なんてすぐに終わる、だから――』

 

 どうして、この人は○○が命を無くしたのにそんな悠長な事を言ってのけるのか。

 ○○はこんな覚悟もない恋を見届けたいがために、命を捨てたというのだろうか。

 

『何にせよ、疑い深い人事なのは間違いなかったけど、俺としちゃぁミストルティン隊長を振って、ディオルド隊長に振られたダブルパンチで逃げ出したって説を強く推しますがね!』

 

 どうして、この人は○○を慕っていたというのに、そんな惰弱な考えに結びつくのだろうか。

 ○○はお茶らけているように見えるが礼儀と礼節を忘れない、人徳のある存在だったというのに。

 

『ど、うして……』

『……うん。ありがとう。満足しました。そしてごめんなさいミストちゃん、勝手に部屋に入って……』

 

 どうして、この人は○○の願いを邪魔しようとするのだろうか。

 親友と謳いながらも私に直接疑問を呈する事も出来ないから、勝手に部屋に忍び込んだのか。

 無自覚のナイフで私を苦しめ続けたのに、これ以上私を傷つけたいというのか。

 

『どうして、どうして○○さんが死んだ事を、みんなに言わないの……! なんでそんな悲しい嘘をつくの!?』

 

 どうして、この人はそんな分かりきった事を聞くのだろうか。

 お前達が○○の死を理解しても、○○の意志を理解することが出来ないからだ。

 

『そう、じゃ、ないと……だって、○○さんが報われ、ない……ッ』

 

 他ならぬお前が○○を語るのか。お前は○○のなんだと言うのだ。

 ただの部外者風情が○○を語るな。○○を悲しむな。○○を憐れむな。○○を想うな。慈しむな。労うな。誇るな。笑うな。投影するな。慮るな。嘲るな。軽んじるな。軽蔑するな。蔑ろにするな。憎むな。恨むな。からかうな。疎んじるな。煙たがるな。嫌うな。反感を持つな。愛想をつかすな。同情するな。怒るな。否定するな。思い出にするな。過去にするな。

 

 ありとあらゆる負の感情を、そしてありとあらゆる正の感情すらも○○に向けるんじゃない。

 

 ○○の意志は、私だけが知っていればいい。

 お前たちはただ○○から与えられた幸せの中でのうのうと暮らしていけばいい。

 何も知らずに、何も考えずに、ただ幸せになる事だけ考えればいいんだ。

 

 ○○を語っていいのは私だけ、想っていいのは私だけ。

 ○○の意志を継いでいいのも私だけだ。だから――――

 

『だと、しても……っ、だとしても、ミストちゃんは……ミストちゃんはこのままでいいの……ッ!?』

 

 

 

 ――だから、私に向けるその不愉快な感情を、今すぐやめろッ!

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

 見慣れた光景、見慣れた空間の中で私はまた目を覚ます。

 今日も私は仮面を被り、この色あせた世界を騙し続けないといけない。

 

 ……ミーナにバレて、そして私があのような醜態を晒した今も、『好きな人を幸せにする能力』は生きていると言えるのだろうか。

 もし生きているのであれば……いや、死んでいたとしても、私は尽力を続けなければならないだろう。例えどんな障害があろうと、誰が障害になろうとも……私はもう、迷わず引き金を引けるほどの覚悟を決めたのだから。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 ねぇ○○。私は今日も頑張るわ。

 他ならぬ貴方が望んだ幸せだもの……必ず成し遂げてみせる。

 だから――お願いだから、遠くから私を見守っていてね。

 

 

 

 

 § § §

 

 

 

 

 僕が最後の命令を下してから、程なくして戦闘が終了する……今日の戦闘も激しい物だった。

 なんだろう、最近の敵の攻勢は以前と比べて一段と激しくなっている気がする。

 

 それは向こう側が切羽詰まっているというべきか、それとも後が無くなってきているからというべきか。

 それにしても敵の攻め方は非常に単調だ。兎にも角にも突撃、突撃、突撃の繰り返し。低級モンスターのみならず、上級モンスターも我先にと本陣へ突撃してくる。

 当然こちらが敷いた策は気にしてすらいないので、面白いように罠に引っかかってくれるのは良い事だが……最近はその罠も物量で潰して来るほどだから困ってしまう。

 

 圧倒的すぎる物量は策を凌駕する。

 

 先日も、そして今回も罠が切れる寸前まで攻められた結果、物資や皆の疲弊度が目に見えて蓄積している。

 これはこれで確かに我々にとっては非常に嫌らしい策だとは言えるのだが……こうまでお粗末な攻撃を続けるのは解せないの一言だ。魔力で出来た紫結晶から生まれる敵モンスターと言えど、その数も有限の筈。正体不明の四天王、その二人目がただの突撃マニアであってしても、いたずらに犠牲を強いるメリットはないはずだと言うのに……。

 

「ん。チコリータ、見てきたよクリスト。敵部隊は全滅」

 

「お疲れ様チコリータ。今日もよくがんばってくれたね」

 

「チコリータ頑張った。ほめてほめて」

 

 チコリータは手が翼になっているハーピィ族の少女だ。

 彼女らハルピュィア部隊は直接的な戦闘能力こそないが、偵察と特殊な音波による長距離の情報伝達に優れている、僕らの軍の目そのものだと言っても良い。チコリータ達が居るお蔭でボクの立てる作戦もさらなる成功率を収める事が出来、今となっては無くてはならない存在だ。

 ボクは言われるがままにチコリータの巻き毛をくしゃくしゃと軽く撫でれば、チコリータは目を細めて喜んだ。

 

「……ねぇ、ところでチコリータ。キミの目から見て戦場で何か変な事はなかったかい?」

 

「変な事? ……みんな、突撃してくる。変」

 

「うん、いやそれは知ってるんだけどね……それ以外に変なのは?」

 

「変? ……うーん。変。変。へん。」

 

「ご、ごめん、難しい事言っちゃったね……! 大丈夫、ありがとう、チコリータもういいよ!」

 

 フクロウのように首を横に90度傾げるチコリータにボクは慌てて訂正する。

 チコリータは純粋で良い子だけど、多くの事は考えられないし、考えすぎると知恵熱を出してしまう。ほどほどに質問をしてあげないといけないのだ。

 

「うん。また頼ってクリスト。チコリータ待ってる……あ」

 

「その時はもちろん……ん?」

 

「チコリータ、知ってる。見たことあるゴブリン、また出た」

 

「見たことあるゴブリン……?」

 

 そりゃ、ゴブリンは珍しくもないし沢山いるだろうけど……。

 

「見たことあるゴブリン、見たことあるオーガ、見たことある、オーク。見たことあるハウンド。いっぱいいる。多分また、出てくる」

 

「ううん、そうか……ありがとうチコリータ。またよろしくね」

 

 多分これ以上聞いても分かる事は少ないだろうと思い、申し訳ないけどボクは彼女と別れる。

 見たことのある存在が、また出てくる……とはどういう事なのだろうか?

 確かに現状の敵部隊の内容は似たり寄ったりで変わりはないが……チコリータは、何が変だと言うのだろうか。頭を悩ませても、今すぐにその答えに辿り着けそうになかった。

 

 撃退はできたけど殲滅にはほど遠いのだ。

 また明日に備えて準備をしなければ……なんて考えていたとき、ふとボクの視界の片隅にとある人物が映った。

 

「……ミーナ、どうしたの? そんなに浮かない顔をして」

 

「えっ! う、ううん。何でもないよクリスト……」

 

 ……変、といえば最近のミーナもそうかもしれない。

 何があったか分からないけどミーナの元気は以前と比べて弱々しいし……そして、目に見えて僕に近寄らなくなった。

 態度もよそよそしいし、話があっても最低限だけ。

 何があったか聞いても元気なさそうに何でもない、とすぐに逃げてしまって埒があかないくらいだ。……ひょっとして僕が何か変な事してしまったんだろうか。

 

「ミーナ……本当にどうしたのさ? どこか体調が悪いとか……?」

 

「な、なんでもないよ……体調も万全だし、げ、元気だし! 本当に、本当に何でもないのクリスト……」

 

「ごめん、ボクにはそう思えないよミーナ。これでもミーナの幼馴染だし、何よりミーナは隠し事が苦手だって分かってるんだ。……ねぇ、本当にどうしたの? 何か、ボクに手伝えることはない?」

 

「……クリスト……」

 

「ボクはその……まだ、アリアとミーナどちらかを選ぶことも出来ていないけど、そういう恋愛を抜きにしたとしてもキミの事が大事だ。だから心配なんだ……キミがそうやって暗い顔をしていると、ボクまで悲しくなっちゃうよ」

 

「……」

 

「お願いだミーナ。ボクにもキミの悩みを共有させて欲しい。そして出来るなら一緒に解決したい、キミの力になりたいんだ」

 

 あの日、魔物の集団に襲われた僕らは二人きりになってしまった。

 家は焼き払われ、両親も友達も殺し尽くされ……ボク達の故郷は跡形も無くなってしまった。

 頼れる人も、想いを分かち合える人も……そして、家族とも呼べる人はミーナしかいなかった。だからこそ、そんな大切な人の助けになりたかった。

 

「……く、クリスト…………その、私はっ、その……実は――ひっ!?」

 

「!?」

 

 手を取って思いの丈を伝えればミーナは一瞬安堵の表情を見せたけど、すぐに顔を強張らせ、怯えた表情で手を払いのけられてしまう。

 そのいつもならありえない彼女の振る舞いに、ボクは驚愕を隠しきれなかった。

 

「あ、やっ……クリスト……ご、ごめんなさい」

 

「……ううん、こちらこそごめんミーナ。いきなり手を取って驚かせちゃったみたいで」

 

「こっちこそ……その、心配してくれてありがとうね! でも私、大丈夫だから! どうしても困ったらクリストも頼るからさ!」

 

「そう……? 分かった、ミーナ。どんな些細な事でも頼ってね」

 

「うん! そ、それじゃあ私は行くね!」

 

 そう言うとミーナは慌ただしくその場を去っていってしまった。

 

 ……振り払われた手は、少しだけ痛みを遺している。

 普段、物理的な痛みを得ることのない立場からか、そんな些細な刺激でもじんじんと響いてる気がする。

 

 ミーナは……ボクの事で何かがあったんだろうか。

 でも彼女のあの怯えた目は、どこか不自然だった。ボクに対する物というより、その視線の先にあるものに怯えていたような――

 

 振り返り、ミーナが見た風景を眺めても、そこにあるのは緩やかに撤退するボクらの軍だけ。

 手前からライアンハートさん、コリンさん、ミストルティンさんに、アンリエッタさんの部隊。

 数多の敵を打倒したせいか、みんな疲労の色を滲ませている。(その中でもミストさんは平然としているようにも思える。流石……)だけどその光景におかしな物は見られない。

 ミーナは一体何に怯えていたのだろうか。

 

 ボクは暗い気持ちを押し隠しながら、同じくその場からの撤退を急ぐ事にした。

 

 

 

 ――その途中、ミストさんと目があったけど、彼女はいつものように微笑んで小さく手を振ってくれるだけだった。

 

 

 

 § § §

 

 

 

「キキ! ハンマ君のルーンが切れたから再エンチャよろしく!」

 

「帰りな」

 

「冷たいなー! なんだってあたしにだけそんな邪険にすんだよー!」

 

「あんたの注文は毎度毎度簡単に見せかけて死ぬほど面倒なんだよ、しっしっ」

 

 追い返そうとしても笑顔のままカウンターの上に装備を乗せ始める、素敵な雷神卿様に涙が出そうだ。

 礼儀も礼節も欠けてる脳筋のコイツに、一度くらい魔女の一撃を食らわしてやりたいくらいだが……こんな子でも我軍の筆頭戦士。こいつの不調は軍の不調と言っていい、邪険にすることは出来ないだろう。

 

「はぁ……分かったよ。ディオルド」

 

「いっつもどうもなばっちゃん!」

 

「帰りな」

 

「あーあーあー!! いつもありがとうキキお姉さま!」

 

 言っておくけど私はまだ256歳だよ! 全く……相変わらず重ったい武器だこと。オブシディアンで出来たこの武器を片手で振り回すなんて、本当馬鹿げた事をするね。

 無骨ながらも唯一にして無二の強力なこのウォーハンマー。本人は「ハンマ君」なんて名付けてたか……あーあーあーまた派手にエンチャントするもんだね。

 雷エンチャントの出力が強過ぎて折角刻んだ『軽量』と『修復』のルーンが台無しじゃあないか。

 

「馬鹿出力もいい加減にしな。折角のいい武器だってのに乱暴に扱い過ぎちゃ持たないだろうに」

 

「叩けば叩くほど、使えば使うほど味の出る良い武器だって言ったのはキキじゃねえかよー」

 

「限度があるんだよ限度が。オブシディアンと雷の相性が良いとは言え、許容以上の出力をねじこめばオブシディアンで出来ていない部分が先にバテちまう。戦闘の途中で取っ手なしで戦うつもりかい」

 

「一度やったことあるな! 柄の部分が崩壊して先端だけになって……いやーあの時はすっごい焦ったな~」

 

「柄とかアクセサリ全部なくしたいってんなら1分と経たずにやってやるけど」

 

「御免こうむる!」

 

 私が作業に入り始めたのは、ため息をもう2つか3つくらい吐いた後。

 オブシディアンは雷との親和性が強いのだが、対してそれ以外の属性との親和性はよろしくない。

 風属性の軽量化のルーンも、土属性の修復のルーンを刻むのにかなりの労力が必要だ。これが神経を使ってしまうんだよねぇ……。

 

「……」

 

「……なんだい、後はやっておくからさっさと下がりな。気が散るだろうに」

 

道具を取り揃えていざ作業に取り掛からんとしていたのに、迷惑な依頼者はまだその場に残り、こちらを覗き込んでいる。

 

「つれないなー。昔はもっと色々とお節介焼いてくれたってのに。それにしたってあんだけ軍は嫌だ、縛られるのは嫌だーって言ってたのに、よくうちの軍に入ってくれたよな」

 

「そんなデッカイ図体して、まだケツを引っ叩いて欲しいのかい。……ふん、今でも縛られるなんてまっぴら御免だけど、それにしたって魔軍は大きくなりすぎた。混沌は嫌いじゃないが、破滅は好きじゃあないんでね、ちょっくら手を貸してやらなくもないと思っただけさ」

 

「とか言って本当はあたしらが心配だったんだろ? そうだよなー? うりうり」

 

「まあねぇ、お前さんが勝手に野たれ死んでくれてれば余計な心配もしなくて済んだのにねぇ」

 

「ひっでー! ……ところでキキ、あたしにはやってくんないの?」

 

「? 何をだい」

 

「魔女の助言ってやつ」

 

「あぁ……」

 

 言うに事かいてそれを望んでいたのか。

 魔力を通した多色鉱石のペンでルーンを慎重に刻みながら、私は適当に返事をする。

 

「色々来た人にやってんだろー? あたしも久々に聞きたいんだけどさー」

 

「はいはい、じゃあ『キノコを拾い食いするとお腹を下す』。こんな感じでどうだい」

 

「キキ。あたしの腹は鋼鉄製だからその助言は的外れだぜ」

 

「そもそも拾い食いをするなバカタレ」

 

 そうして、顔も向けずに戦雷卿様のありがたくも他愛も無い話に生返事を続けていく。

 ここまで来て数十分。それでようやく1文字刻めた所。完成まであと2時間ほどだろう。

 ……だって言うのにアリアが未だにこの場を動こうとしないのはどういう了見なんだろうねぇ。まあこいつが求めている事は大体分かっているのだけどさ。

 

「――でさぁ、ついこないだ何かオグマの野郎が『姉御! うちのいけ好かねえクソ兄貴の野郎が幽霊になって襲ってきやがった!』なんて抜かす物だから、何寝ぼけた事言ってんだって……」

 

「ふぅん……弟の不出来さに嘆いて出てきたのかね。……それでだアリア、お前さんは本当は何を話したいんだ? 付き合ってやるからいい加減その戯言をやめな」

 

「ぅい……!? い、いや別にあたしは雑談を……」

 

「相も変わらず分かりやすいんだよ。『幾ら仲の良いキキだからって何かふざけた感じで切り出しちゃったし、言いたい事があるけど面と向かって切り出すのは恥ずかしいんだよな~、でも今誰かに無性にこの悩みの事を話したいし、でもでも……』なんて顔をして……」

 

「具体的過ぎるだろ! あたしそんな分かりやすい顔してたか!? 魔女か? 魔女の力なのか!?」

 

「突っ込む気も失せるね。大方クリストとの恋愛話か……あるいは、ミストか。ミーナの話かい」

 

 ほらまた分かりやすい顔をしている。

 本当に腹芸が出来ない子だね、いつまで経っても。

 

「……いや、まあ実のところそうだよ。目下の悩みはミストとミーナだ。……なんつーか、ちょっと前ぐらいからミストがおかしいような気がしてる。ただ、それは○○にフられた事が原因じゃねーかなって気もするんだけどさ」

 

「ふん」

 

「ただ、ミーナがな。……前はこー、クリストにくっつくとどこからともなく現れてベタベタしすぎです! なんて言って妨害して来たもんだけど、最近はそれすらもしてない、っつーか。クリストに近寄らなくなったっつーか」

 

「恋敵が退いたんだったら良い事じゃないか」

 

「障害があってこその恋だろ? 大体、恋敵であると同時に親友だ」

 

 恋のこの字すら知らないのに利いた風な口を利くもんだ。

 非難めいた視線を向けてやれば、最早悩みを零すのに夢中のディオルドはカウンターに頬杖をついてくだを巻き続けていた。

 

「……っつーか、なんだろ。いや、あたしとしては確かにクリストと早くくっつけるってんならそりゃ嬉しい。けど、前みたいにミーナとあたしで取り合って言い合うような関係がすっげー楽しかったんだよな。だから……」

 

「だから、願わくばどっちつかずの保留状態が続いて欲しいってかい」

 

 全く、なんたる我侭だろうねぇ。

 とは言え戦雷卿なんて持て囃されてるこいつも、腕っぷしだけ一丁前でも中身は子供そのもの。

 親族の情というものを体験したことがないアリアが真に欲しているのは恋人ではない可能性が高いだろうね。

 

 言ってしまえば欲しいのは対等な存在。

 

 そしてその対等は膂力でも、魔力でも、戦闘技術でもない。

 損得の勘定を設けず、精神的に頼って頼られる。そんな家族のような存在が欲しいと言った感じだ、そしてその分析はあながち間違いじゃあないだろう。

 

「まー……どっちつかずじゃなくて良いんだけどな、あたしとしてはクリストと結ばれるんならそれに越したことないし……だけど、親友としての絆も同じくらい大事だ」

 

「はいはい。それでアリアの事だ、そうなった原因くらい直接ミーナに聞きに行ったんだろう?」

 

「まーな。でもすぐにはぐらかされて終わっちまった。……何か悲しそうな、怖がってそうな感じがしたんだけど……クリストになにか言われたんだろうか」

 

「クリストにつきまとい過ぎだとか」

 

「あたしの方がつきまとってる自信あるってのに? それに、クリストならそんな突き放すような事言わないと想うんだけどな~……」

 

「……」

 

「なーキキ。こういう時どうすればいいと思う? 魔女の助言があるなら教えてくれよ」

 

「……また今度までに考えておこうかね」

 

「えー! ふざけた話じゃなくて真面目な話だぞ言っておくけど!」

 

「だからこそ真面目に考えるんじゃないか。また今度伝えてやるから少し時間をおくれ。この修理の時間と共にな」

 

 ……十中八九、その原因はミストにあると私は見ているけどね。

 あの子の秘密に触れろと焚き付けたのは、他ならぬ私。

 焚き付けた翌日からミーナに活気がなくなった事から自明であると言えよう。

 

 しかし……そうかいミーナ。あんたはミストの説得に失敗してしまったか。

 つまりそれは想像以上にミストの抱えた闇が広く、深かったという事。

 

 アリアにも皆にも○○の死を伝えない理由。

 そこにミストが抱える悲しみや怒りが内包されてるのは間違いないだろうが、皆に誤解されながら死を隠し通す覚悟というのは如何ほどのものか。そして、ミーナが触れた秘密というのは一体なんなのだろうか。

 

 ……私もヤキが回ったもんだね。内情を知りもせずにミーナに御高説だなんて……ほとほと呆れる。

 

「……どうやら、私も重い腰をあげる時が来たようだ」

 

「? ずっと前にギックリ腰になったろ、無理すんなよ」

 

 私はディオルドに間髪入れずにワライ薬をぶん投げ、あいつは難なくそれをキャッチしやがった。

 

 

 

 

 § § §

 

 

 

 

「――以上が各部隊長からの報告だよ、クリスト。快勝だね!」

 

「うん。ありがとうミーナ。今日もどうにか勝利をおさめることが出来たね」

 

「全部クリストの指揮の賜物だよ、さしたる被害もなく出来る人なんて、そうそう出来た事じゃないもの」

 

「そんな事ないよ。それもこれも、みんなの力のお陰さ。ボクの拙い指揮でも各自で考えて実行してくれるから……それよりもミーナ。この後……」

 

「っ……ご、ごめんねクリスト。私はこの後ちょっと用事があるから」

 

「そっか……えっと、じゃ、じゃあその用事はいつ終わるの? その後でもいいから」

 

「ごめんね! ま、また後でね……!」

 

「あっ……」

 

 私は残念そうな顔をするクリストに胸を締め付けられる思いを覚えながらその場を後にする。

 本当は一緒に話したいけど……私にはそれは出来ない。出来や、しない。

 

 撤退の準備を進めている皆を尻目に、私は周りの目を気にしながら目的の場所へとそそくさと歩き進む。

 

 ……それにしても、今日も勝利を収めることが出来たな。

 そりゃ、あれだけ単調な突撃を繰り返す程度ならクリストの指揮やみんなの力があれば訳はないんだけど……やっぱり、疲労の色がみんな濃いのが気になる。

 今は勝利しているからこそ笑顔を見せているけど、それも何だか辛うじてって感じが拭えない。

 もしも少しでも失敗があったら、見せていた笑顔が全て裏返るような……そんな危うさが、ここ最近の私達の軍にはあった。

 

 とは言え連勝が続いているからこそ、みんな楽観的だ。

 やれ『やっぱり魔物だから策らしい策も打てないんじゃないか』とか『四天王は実はもういないんだろ』とか。『実は内部で争い合ってて指揮統制が無茶苦茶になってる』とか……そういう憶測が飛び交っているくらい。

 クリストは憶測だけで行動するのは失敗の元だと常日頃みんなに言っているけど、敵の狙いが見えてこないからか、そういった妄言を止める事も出来ていないのが現実。

 

 ただ、クリストは敵に何らかの狙いがあるのは間違いないと断定している。

 それは戦闘のたびに変な報告が続々と上がって来ているからだ。

 

 曰く、ただのゴブリンだと思ったら次の瞬間オークに変わっただの。

 曰く、何も居なかった場所からコボルト軍団が突如襲いかかってきただの。

 曰く、単純な物理攻撃が効かない敵軍団がいるだの……。

 

 全部ゴースト軍団の仕業だろう、とクリストは判断している。

 

 大量の戦死者が出ると、その場所にはゴーストが発生しやすくなると言われている。

 何度か私達の軍も対峙した事はあるけど、ゴースト軍団は身軽で、地形に左右されずに移動できて、物理攻撃が効きづらいという()()厄介な敵だ。

 それでも()()止まりなのは、ゴーストに触れる事が難しい一方で、ゴーストもまた私達に触れる事が出来ないから被害が出にくい事があげられる。

 まあ中には魔法を使って攻撃してくるゴーストもいるのだけど、その攻撃も生身の魔法使いに比べればかなり弱い。お化けが苦手な人には……まあかなり効くかもだけどね。(アンリエッタさんとかはかなり苦手らしい)

 

 今の所脅威になり難いから、クリストもあんまり心配とかはしてないみたいだけど……あ、あそこに居た。

 

「キキちゃん」

 

「おぉ悪いねぇミーナ。こんなところまで足労してもらってサ」

 

 ついた先は小さな岩場の一画。

 ちょうど岩陰にあたる場所で、転がっている手頃な岩の一つにキキちゃんは座っていた。

 その小さな体の半分はあろうかと思う長い煙管をくゆらせてる様子は、何だか背伸びして大人らしく見せているようにも見えて仕方がなかった。

 

「……キキちゃん、煙草は体に悪いよ?」

 

「老人の数少ない楽しみの一つでね、悪いのを知ってて吸ってんのさ」

 

「でもでも、絶対寿命縮まっちゃうよ……もっとキャンディとか、そういうのを咥えてた方がいいよ」

 

「この歳になると甘いのは受け付けなくてねぇ、第一魔女にキャンディは似合わないだろう?」

 

 キキちゃん可愛いんだし、そんな事ないと思うんだけどなぁ……なんて思いながらも、私は手持ち無沙汰気味にちらちらとキキちゃんを見る。

 要件はとくに聞いてないけれど、いつものキキちゃんの工房ではなく戦場で話をしたいだなんて、珍しいなんてものじゃない。とは言え……多分、要件は()()である確信は私の中にはあった。

 緊張を滲ませながら様子を伺うと、キキちゃんはたっぷりと煙を口から吐き出した後、まるで勿体つけるかのように切り出し始めた。

 

「そうそう、話だったね。……あぁ別に固くならなくたっていいさ、変な話はしたりしないよ。実のところ話ってのはここ最近の戦況の事でね」

 

 ……どうやら例の話ではなかったみたい。

 戦況の話ならそれこそクリストとするのが良いとは思うけど……ともあれ、私は自然と固くなった体を落ち着かせようとゆっくり呼吸をする。

 

「戦況……敵の狙いの話?」

 

「そうさ。とは言え、はっきりと狙いが分かっている訳じゃあないが……話はゴーストについてなんだがね」

 

「ゴースト……うん。目撃報告は受けてるよ、でも」

 

「『ゴーストには物理的な攻撃は行えない、よしんば魔法攻撃を使う奴がいても、その威力はたかが知れてる』だから、脅威になりえない……だろう?」

 

「……」

 

 私がこくりと頷き返すと、キキちゃんは再度煙管を咥えつつも、まるで生徒にするように私に説き始める。

 

「そもそもゴーストに物理的な攻撃が通らないのはどうしてか知ってるかいミーナ。それはゴーストが魂魄と魔力の霧の集合体だからだ。……そうだね、魂魄が人間で言う心臓。魔力の霧が体って感じかね。魔力も魂も目に見えても実体がないような物。だから霧に物理攻撃は通じないし、霧は物理的な攻撃を行えない」

 

 煙管からぷか、と浮いた煙が、何かの形を作ろうとして中空に拡散する。

 今の私にはそれが人魂のように見えた。

 

「ゴーストの魔法攻撃が弱いのもそこに原因がある。魔法の行使が魔力を使用するのは当然だが、あいつらゴーストにとって魔法の行使は自分の体そのものを削るのと同じだ、魔法を使えば使うだけゴーストは弱くなる。故に、あいつらの体を維持するためにも魔法威力を低くせざるを得ないのさ」

 

 それは……全然知らなかった。なんとなく魔法が苦手だから弱いんだ、としか思ってなかったから、紐解くような考えはどこか新鮮だ。……なんて、少なくない感嘆を覚えているとキキちゃんにジト目で見られているのに気付いた。

 

「戦争では時間なんてほとんどないのと一緒、だからあるがままを受け入れる必要があるのは理解しているがね……あんたは、いや、あんたらは周りの事に盲目すぎるよ。『どうして』『なぜ』を紐解かなければ、進歩なんていつまで経っても出来やしないってのに」

 

「う。……耳が痛いデス」

 

「……まあ、いいさ。でだ、じゃあここ最近のゴーストの大量発生は何が原因か分かるかい?」

 

「えっと――……私達が敵を大量に打ち倒して、死体が増えたから?」

 

「その通り。敵の無謀な突撃は存外、ゴーストを増やすためじゃあないかなと思っていてね」

 

「だとしたら……今後は魔法攻撃への警戒をしておけばいいという話?」

 

「そんな単純な話だったら、クリストの坊やはあんなに悩んでいない筈さ」

 

 確かにそうだ。クリストが天才軍師と謳われるのは伊達でも酔狂でもない。

 クリストは言っていた。戦場は足し算と引き算だと。

 奇跡や偶然に頼らず、徹底したプラスにするための準備とマイナス要素の排除が勝利へと導くと。そして、彼は宣言通りそれを実施してほとんど全ての戦場で勝利を収めている。

 ゴーストの大量発生の報告を聞いていれば、そんな考えすぐに思い至りそうなものだがそれをしていない。

 

 ではクリストは何を警戒しているのだろうか。

 

「……小耳に挟んだんだけどね。うちの部隊のとある奴が、出くわしたそうなんだよ」

 

「出くわした? ゴーストに?」

 

「いいや、()()()()()にね。それも物理攻撃の出来る死者の兵士とだ」

 

 ……!

 

「そいつの証言は聞けば聞くだけ頭がこんがらがりそうだったよ、十数年も前に死んだ兄が、生き返って自分めがけて襲ってきた、だなんてね。それも剣技の衰えもなく、それでいてこちらの物理攻撃は通らないと来た」

 

「で、でも……ゴーストは普通物理攻撃は!」

 

「そう、出来る訳がない。だっていうのに、そいつはしてきたって言うんだ……おかしな話だろう? だが、与太話だと一蹴にするには、あまりにもその証言は真に迫っていた」

 

 死んだ身内が生き返って襲いかかってきて……それでいて、こっちの攻撃が通らない?

 そんなの悪夢としか言いようがない。

 

「私はまだ調査を続ける。はっきりとした原因がそこにあるだろうからね……兎に角、ゴーストの大量発生と、その新手の死者には関連性があると考えた方がいいと、そう私は愚考するよ」

 

「あ、ありがとう……それで、ちなみに、その人はどうやってその、お兄さんを撃退したの? 証言があったって事は倒したんだよね?」

 

「……いいや、命からがら逃げたようだね。残念ながら」

 

「そんな……」

 

 極大の不安要素が増えた、この話はすぐにクリストには伝えないといけないだろう。

 もしもその新手の敵が大量に現れたとしたら、私達は過去に例を見ないほど苦戦をする羽目になる。よしんば、その敵が私達の軍を今まで支えてきた多くの戦士達だとしたら――!

 

 急ぎ踵を返そうとする私に、待ちな、とキキちゃんの声がかかった。

 

「まだお話は終わっていないさ」

 

「……そんな。だってこの話は早く、クリストに伝えないと」

 

「私としては今からする話も大事なものでね。……単刀直入に言うが、ミストと何があったんだい?」

 

「…………っ」

 

 途端に、私は()()()()()()()()()()()()全身に恐怖が走った。

 

「……相当強く脅されてしまったか。ミストが抱えてしまったものが相当重いのは間違いなさそうだね」

 

 あの時見た光景は、未だに私の瞼の裏に色濃く焼き付いている。

 ひょっとしたら時間が経った今の方が、より鮮明に、より恐怖を伴って私の心に傷として根付いている気がする。

 

「大丈夫さ。何のためにこの場所を選んだと思っている? お前さんが常日頃ミストに視られているのも承知の上さね……それに、他ならぬミーナを焚き付けたのは私なんだ。少しくらい、お前さんが背負ってしまったものを私にも背負わせてくれないかね」

 

「…………」

 

 それでも、私の不安は拭えない。

 あの日、あの時見たミストちゃんの目は、本気だった。

 親友に向ける物でもなく、友達に向けるものでもなく、知り合いに、味方に向けるものでもない。ただそこにある標的としか見なしていないような、無機質な目。きっと、あの事実を話してしまったら――私は……ッ。

 

「――○○が死んでいるのは、もう理解しているよ」

 

「っ!?」

 

「当然さ、私はそれを知っていてお前さんを焚き付けたんだからね」

 

 私は、その話を聞いて驚愕よりも先に怒りを覚えてしまう。

 『なんでその事を知っているのか』というよりも『知っているなら何故私を向かわせたのか』、という、現状の自分が抱える煩悶をぶつけたくなったからだ。

 だけど私は……その怒りが理不尽な物であると理解していた。だから、怒り散らさずに黙る事が出来た。

 

「……てっきり恨み言の一つでもあると思ったが……何にせよ。あれは私の失策だ。すまなかったね。たかだか数百年お前さんより年上ってだけで、理解もしてないのに何もかも分かったような事を言い放って……それでいて実際に解決しないなんて笑い話にもなりゃしない」

 

「……私がミストちゃんの親友だからこそ、事情を聞かせるつもりだったんですよね」

 

「そうさ。お前さんはミストの事で悩み、そしてミストは○○の死で悩んでいた。お互いが話し合い、そして理解が出来るのなら万事丸く収まる、そんな浅はかな事を考えていたもんでね」

 

 だけど結果としてそれは失敗してしまった。

 そう(のたま)うキキちゃんは、いつもより小さく見えてしまう。

 ……それは私のやり方が悪かっただけだ。キキちゃんは悪くない。今だからこそ、そう思える。

 

 抱えた物が判明して、初めて分かるミストちゃんが背負った(カルマ)

 

 それは一人で抱えるには余りにも重すぎて。

 きっと誰かが手を差し伸ばさなければ潰れてしまうだろう。

 

 ミストちゃんが抱える闇を取り払うには、そのキキちゃんの言うプロセスを通す必要がある。

 

「ミーナ。お前さんが口止めされているのは分かる。そして恐らくは口止めを破った代償が重いことも深く理解しているつもりだ。だけど……その代償を私が帳消しにしてみせると言ったら、どうだい? 語ることは出来るかい?」

 

「……っ、そ、れは」

 

「これは文字通りの老婆心でもない――心からのお願いだ。頼むよミーナ……ミストの為にも。そして他ならぬお前さんのためにも。勝手に重いものを背負わせてしまった、お詫びをさせておくれよ」

 

 気付けば岩の上で姿勢を正したキキちゃんは……私に真っ直ぐに頭を下げてきた。

 

 確かに……一番秘匿すべき肝心の秘密は既にキキちゃんが理解している。

 ミストちゃんに口止めされているのは、『○○さんの死』だけ……。なんて、屁理屈をこねて逃げ道は見つけられるけれども……早くこの悩みを伝えて、楽になりたいという気持ちもあるけど……! その上で私はそれを突っぱねるべきだと理性は言っている。本当に殺されてしまうという不安と、そしてまたも約束を破ってしまうのかという不安が私に簡単に決意を抱かせなかった。

 

 だけど――ううん、それでも……。

 

「………………」

 

「………………駄目かい。いや、虫の良すぎる提案だったね。ならば、あとは私に任せて」

 

「……キキちゃん」

 

「……?」

 

「むしろ私の方からお願い。話させて」

 

 キキちゃんはその言葉を聞いて、驚く様を見せてくれた。

 その様子が余りにも見たことがなくて、そして可愛らしくて……私は自然と笑みを浮かべていた。

 

「……こう言ってはなんだけど本当に良いのかいミーナ? 別に本当は嫌だっていうんなら」

 

「ううん。いいの……そもそも代わりに責任を負おうなんて考えないでキキちゃん。こうなったのは、そう、私の自業自得なんだから」

 

 キキちゃんが体をぴくり、と反応させたのが見えた。

 

「思えば罪深い事をミストちゃんに何回もしてきたんだなって今更になって思ってる。ホント、馬鹿だよね。とてもじゃないけど親友とは言えない、それこそ殺されたって文句は言えないくらいの事を何回繰り返してしまったんだろう」

 

 ……うん。間違いなくそう。

 私は、とんでもないことを仕出かしてしまっていた。

 

「……でもそれでも、勝手かもしれないけど……私はまだミストちゃんを親友だと思ってる」

 

 だけどやらかしたとしても、そうじゃなかったとしても関係ない。

 罪滅ぼしの為ではなく。ただ親友のために私は、骨を折らないといけない。

 

「虫が良すぎるのはこっちの方だよね。ミストちゃんの親友を名乗って、約束をあっさり破って……それでもまだ親友だって勝手に名乗って、挙句の果てに親友だっていうのに怖気づいて、一度は救うことを諦めちゃうなんて」

 

「それは――」

 

「仕方ない、だなんて言わないで。確かにミストちゃんは○○さんの事を隠していたよ。――でもその代わりにずっとずっと、一人で苦しんでた。それに気付いてあげられずに何が親友だろう」

 

 親友だというのなら、我先に気付いてあげなきゃいけなかった。

 親友だというのなら、我先に苦しみを理解してあげないといけなかった!

 親友だというのなら、我先に助けてあげないといけなかった!!

 

「助けられるならその結果嫌われてもいい! 助けられるなら結果殺されてもいい! だってクリストの事も好きだけど……私はミストちゃんの事も大好きだもん! ミストちゃんを苦しみから解放できるなら……幸せに出来るなら!」

 

 それこそ今までの押し留めていた不甲斐なさを、恐怖を力に転化して。

 両手を強く握りしめ、私は吠えたける――!

 

「例え私の命を捨てる事になったとしても、ううん。私程度の命で助けられるなら……私はそれでいい! そうじゃないと親友じゃないもん! 『ギブとテイクの向こう側にある関係』それが親友だってキキちゃんも言ってくれたでしょ? だったら――!」

 

 気付いたら息を荒げて、胸に手を押さえて、私は立ち尽くしていた。

 苦しいくらいに激しく、うるさいくらいに忙しなく脈動する心臓の音を感じながら、

 反応のなくなったキキちゃんを見て――そして、異変に気付いた。

 

 

「―――――」

 

 

 キキちゃんは岩の上で体を小さく丸め、大きな帽子を深く深く、それこそ顔を覆い尽くす程被って――耳を塞いでいたのだ。

 

 

 

「……どうしたの?」

 

「――――」

 

「ね、ねえ、キキちゃん……体調が悪いの?」

 

「――――」

 

「ねえったらキキちゃん、どうしてそんな格好……」

 

「――くに堪えないんだよ」

 

「え……?」

 

 

 

 

()()()()()()()()()()、お前さんのその、心からの叫びが」

 

 

 

 え?

 

 

「『私程度の命で』、か。さぞかし崇高な覚悟だね。いや、ご立派さ。感服するよ。拍手してやりたいよ。だけど所信表明を聞かせて貰った上ではっきりと言わせて貰えば――聞くに堪えない酷い内容だ」

 

「な、に?」

 

「そんな子鹿みたいに足を笑わせて、狂気を孕んだ目で、今にも泣き出しそうなくらい表情を歪ませて……大事そうに親友、親友って語った挙げ句の結論が自己犠牲をも厭わない覚悟かい。一体どういうつもりだい」

 

 なんで……なんで、なんでなんで。

 だって、私は親友のために、そうじゃないとミストちゃんが報われなくて。

 

「自虐的な発言。自罰的な思考。破滅に突き進むだけの未来を見ようともせず、媚びるように語ってまぁ……なんだいその顔は。もしかして手放しで褒めて欲しかったのかい? それとも慰めて欲しかったのかい? 誰がするもんか。気付いていないようだから言ってやるが、お前さんのその短絡的な結論の先には地獄しか待ち受けていないよ。それを承知の上で言ってるのかい?」

 

「で、も……そう、じゃないとミストちゃんが、だって……!」

 

 ミストちゃんは私を許してくれない。

 ミストちゃんの約束を違えたら、きっと私は撃たれる。

 でも、私は親友だから、親友だからミストちゃんのために命を捨ててもいいって思って、それで、ミストちゃんが幸せになるなら――!

 

「馬鹿が。大馬鹿共が。○○もミストもミーナも履き違えている。()()()()()()()()()()()()()ッ。あぁ腹立たしい……ッ、他者を救うために自分を犠牲にすることのどこが素晴らしいんだ、どこが崇高で、どこが尊いというんだッ、自分に酔って、周りを鑑みない独善的な自慰行為をして、どうして幸せが生まれると思うんだ……ッ!」

 

 その声は、決して大きくはない。

 けれども喉の奥から絞り出されるような声が私の耳に届く度に、

 私を繋ぎ止めていた、何かが、ぼろぼろと剥がれていくような気がした。

 

「例え犠牲の果てに一時の幸せが得られても、その先に待つのは周りの地獄だ。例えお前さんが自分を犠牲にしてミストを救ったとしたら、クリストはお前の死をどう思う? アリアはお前の死をどう思う? 隊のみんなはお前の死をどう思う? 全員が手放しで褒め称えて、誇らしげに思うだけで終わりか? 違うだろう。徹底的に悲しむさ、一生涯の心に残る傷として、お前を知る全員がこの先の人生苦しみ続ける……! それは救ったミストも例外じゃあないさ! いや、ミストはもっと苦しみ続けるだろうさ! どうしてそんな単純な事が思い当たらない!? ひょっとして簡単に命を捨てられる程お前さんにとって周りの者たちに価値がないのか、どうでも良いと思っているのかいッ!?」

 

 違う……違う、違う、違う……違う違う違う違う違うっ!!

 ミストちゃんが大事だ、ディオルドさんが大事だ、キキちゃんが大事、クリストが大事だ! そして、こんな暗殺者の私でも受け入れてくれるみんなが大事だ!

 だけど、私がミストちゃんを幸せにするには、もう賭けるものは一つしかなくて、そうじゃないと……ミストちゃんはずっと幸せになれなくてっ!

 

「あぁあぁそりゃそうさ、世の中は単純じゃない! 例え何気なく生きていても、例え一生懸命生きていたとしても一方を救うために一方が死を選ぶ選択肢を急に突きつけられるだろう! 大切な物を救うために、仕方なく自分の命をベットする日もあるかもしれないだろう! でも、だからといって、命を軽々しく天秤にかけていい理由になる訳がないッ!」

 

 

 

「――生きろよ! いいから生きろよッ! 恥知らずでも、外聞が悪くてもいい、汚くてもみっともなくても見苦しくてもいいから生きろよッ! 生きている限り周りを幸せにする道を、そして何より自分を幸せにする道を探してみせると言ってみせろよッ!」

 

 

 ――~~~~~ッ!!

 そ、んな都合のいいことっ、言わないでよ……!

 そんな道ある訳がない! 

 そんな道とっくに閉ざされちゃって……もうどうしようもないんだよ! 

 私に出来ることなんて、ほとんどないから……だから、もう、命を賭けるしか、なくてこうするしかなくてッ!

 

 私だってどうにかしようとしたっ!

 でも、どうしようもなくて、やれることは全部がんじがらめでっ!

 

 それでも私は……でも私は……!

 私は……ッ!

 ……わ、私は……。

 

 

「……わたしは――……っ、う、うぅ……~~~~…う、あぁぁ…っ」

 

「……腹立たしいよ、本当に。命を軽々しく賭けようとするお前さんが。そして無責任にも、まだ子供のお前さんにこんな重いものを抱えさせてしまった、私自身が腹立たしく……恥ずかしいよ」

 

 

 体が温かい何かに包まれる。

 気付けば(ひざまず)いていた私を、その小さく、温かな体が密着していた。

 じめじめとしている天候の中でも、その体温は不快ではなく……逆に、どこか心地が良かった。

 

 

「……頼むから死ぬだなんて軽々しく言ってくれないでおくれよ」

 

「多くの人と出会い、多くの人と親しみ、そして多くの人との別れを経験したこんな老いぼれのエゴに、付き合っておくれよ」

 

「か弱いと笑うがいいさ、脆弱だと蔑むがいいさ。それでも()()()()()()()()私は、一人一人との別れが、耐えられない程に辛い」

 

「死者は何もしてくれない。何かを為すのも、何かを償うのも、何かを幸せにするのも、全て生者だけなんだ。生きていなければ……何も為すことが出来ないんだ」

 

「勿論、為すにしても限界に辿り着くこともあるだろう。一人でやろうとして袋小路に追い詰められる事だってあるだろう」

 

 だから――、とキキちゃんはまるでお母さんがするように、背中を優しく撫でた後、こう言ってくれた。

 

 

「そうなったら大人を頼っておくれ。頼ってくれれば、お前さんが為したい事にどこまでも尽力するから。それこそ、お前さんが死ぬ必要がないようにね」

 

 

 私は止められない涙を流したまま、キキちゃんの体に抱きつき返していた。

 

 

 

「――お願いキキちゃん、私を……ミストちゃんを助けて」

 

 

 

 § § §

 

 

 

 歴史を感じる石床の廊下を、私はいつもより早足で歩き抜ける。

 今すぐに大声を上げて怒り散らしたいのを必死に心に押し留めて、目的の人物の元へ急ぐ。

 

 階段を降りる。兵舎から出る。訓練場を通り抜け、そして食堂の中へ。

 

 以前と打って変わって賑やかさや活気を失った食堂……そこに、目当ての人物はいた。

 

「……っ? み、ミストちゃん?」

 

「ミストルティンさん?」

 

 クリストとミーナは今日も仲良しこよしで食事を取っていた。

 クリストの表情がいつもより沈んでいるのは昨日の敗北が原因か。

 報告に上がった『リビングデッド』……こちらの物理攻撃は通らず、相手は物理攻撃をしてくるという新手のゴースト軍団にしてやられ、私達の連勝は初めて止まり……そして、少なくない被害が出た。

 

 重騎士のライアンハートが右腕切断の重症。

 そしてビーストテイマーのミルモが意識不明の重体。

 その他大小の被害が出て、私達の軍の士気は今までの好調が嘘だと思うくらいにがくっと下がっている。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ミーナ。ちょっと話があるの、一緒に来てくれるかしら」

 

「えっ!? え、えっと……」

 

「一体どうしたんですかミストルティンさん……」

 

「ナイショの話よクリスト。……悪いけど、緊急なの。さっさと来てくれるかしら?」

 

 この場で問答無用で撃ち殺してやりたい衝動を抑えながらも、私はこの不出来な暗殺者に詰め寄る。

 ミーナは最初はキョロキョロとどこか落ち着き無く、誰かを探すようなそぶりと、怯えた表情を見せていたものの……観念したのかしっかりと頷いたので、私は二人きりになれる場所に向かおうと先導する。

 

 食堂を抜け、また訓練場を抜け、兵舎を通り過ぎ、私の部屋まで向かう。

 そしてミーナが部屋の扉を閉めたのと同時に――私は彼女の首根っこを掴んで壁に叩き付けた。

 

「――か、はっ!」

 

「ミーナ。ミーナミーナミーナ……っ、ねぇあんた、一体どういうつもりよ……!?」

 

「ど、ういうつもりって、ぐぅ……い、一体……何が」

 

「とぼけるつもり!? あんたがあれをやったんでしょう……っ、何? 私への仕返しのつもり!? よりによって何であれに手をかけたのよ!」

 

「わ、からないよっ、何で……何が、何があった、のっ…!? う、ぐ……っく、るし」

 

 思い切り押さえつけて私の手がミーナの首根っこに徐々に埋まっていく。

 気道が押さえられているのか、こひゅ、こひゅ、と不規則な呼吸音が口から漏れているのが聞こえる。だけど私は手心を加えるつもりもなく、ミーナをただ問い詰める。

 

「いいから、早く、教えなさい……ッ! ○○の銃を、一体、どこにやったのよ!?」

 

「――!? ……じゅ、ぅ…って、が、ふっ、ぎゅ……」

 

「あの場所を知っているのはあんたしか居ないでしょ!? 教えないと、このまま殺すわよ……ッ、命が惜しかったら早く、早く教えなさい……早くッ……!!」

 

 ギリギリ、と片手で首を締め、ミーナの抵抗をかいさずに本気で息の根を止めるつもりで私は続ける。言語にならない悶絶の声を聞きながらも、ミーナの顔色が変色していくのが見える。

 

 そして本気で意識が飛びそうになった瞬間、私はぱっと手を放して開放してやればミーナはその場に崩れ落ち、大きくえづきながら、必死に呼吸をしていた。

 

「げほっ! がはっ、ぐっ……し、らないっ……知らないよミストちゃん……私はっ、そんな事」

 

「じゃあどうして、どうして○○の銃が消えるのよ、私とあんたしかあの場所は知らない筈でしょ!? それとも……何? もしかしてあんた、他の誰かに言ったとか!? それで別の誰かが奪っていったとか言わないでしょうね!?」

 

 手早く懐から拳銃を取り出すと、私はそれをミーナへと向ける。

 だけどミーナはむせ返りながらも大きく首を振って否定し続けるだけ。

 

「げほっ……ほ、本当に知らないよ! よりによって○○さんのお墓にそんな事……絶対にしない! しないってば!」

 

「……」

 

「信じてよミストちゃんっ!」

 

「…………」

 

 しばらくお互いの目を睨みつけるように見つめ合い、部屋に静寂が降りる。

 ……確かに、()()()()ミーナがそんな事をするとはあまり思えないし、それをする意味がない。

 だけど、私はミーナのそんな反応の中に一つの違和感を覚えていた。

 

「……そう。そうよね。考えてみれば○○の銃を奪うメリット、あんたにはないものね。

 でも――他の人に言った事は、否定しないんだ」

 

 向けた拳銃の撃鉄を起こす。

 小気味いい金属の音が、部屋に響いた。 

 

「あれだけ脅してやったっていうのに……っ、ねぇ命が惜しくなくなっちゃった? 自暴自棄になっちゃったのっ? ()()()()監視してやっただけで、もうそれが堪えちゃったかしら!?」

 

「……っ」

 

「~~~~あぁもうッ、誰に言ったのよ、早く教えなさい。――早くッ!」

 

 かたかたと自分の指先が震える。

 あれだけ言ったのに約束を守らないなんて……っ、やっぱりあの時、撃ち殺しておけばよかった! なまじ元親友だから、だなんて手心を加えたりするからこんな事に……ッ!

 

「……い、言ったら、ミストちゃんはその人も……く、口封じをするの?」

 

「当たり前の事を言わせないで……っ! ○○の死がみんなにバレたらアリアは幸せになれないって言ったでしょ!? あいつの願いを無駄にするような存在は、一人でも十人でも、それが親友でも親族でも私は容赦しない……ッ、私はもう、覚悟しているの!」

 

 落ち着かない。落ち着くことができない。

 こいつがバラした相手によっては、今までの事が全て、無駄になってしまう。アリアが幸せでいられなくなってしまう……ッ。

 理性はここで殺るのは不味いと叫んでいるが、憤怒に支配されつつある体は引き金にかかった指に力を入れようとしてしまう。 

 

「今こんな事を言うのはあれだけど……、○○さんの事実を知ってるのは、私以外にもう一人だけ。だから――」

 

「だから安心しろって!? 安心なんて出来るものですかっ……いいから、早くそいつの事を教えなさいよッ!」

 

 よろよろと立ち上がったミーナに、私は警告をするかのように声を張り上げて照準を合わす。

 自らの額にはっきりと突きつけられた殺意を前に、ミーナはただ小さく体を震わせるばかりで――、

 

「ごめん、ミストちゃん」

 

 

 ――気付けば、私の手にあった拳銃が急に私の手元を離れて宙を舞っていた。

 

 

 それをやったのがミーナの足だと気付いた時には、私は第六感に従って横っ飛びに転がっていた。すると直前まで私が居た空間を小さな何かが過ぎ去っていった。

 

「……ッ!?」

 

「ミストちゃんが○○さんの死の前後で何を経験して、どれだけの思いを抱えることになったか分からないけど……ごめんね、私はこの場で死ぬつもりはないの」

 

 べ、と舌を出したミーナの口に載せられていた数本の針から、含み針を飛ばされたのだと初めて察した。

 直後、騒がしい金属音を立てて落ちた拳銃がミーナによって部屋の隅に蹴り飛ばされる。

 あの怯えていた様子はもうどこにもない、そして普段なら敵にしか見せない一流の暗殺者としての素顔を、ミーナは忌憚なく私に見せていた。

 

「自暴自棄になった訳じゃないし、ミストちゃんを破滅させるつもりもないの。ただミストちゃんと落ち着いて話をしたいだけ……勿論、殺すつもりはないよ」

 

「話……!? 私からは何も話すことはないわっ……! 安い同情を押し付けたいだけなら遠慮させてもらうわよ、そんな事、何の得にもならないもの……!」

 

 私も腰のナイフを引き抜いて油断なく相手を見定める。

 ミーナは『闇潜り』という二つ名がつけられるくらいには卓越した暗殺者だ。

 近接技術は間違いなく私以上……ッ、だけど!

 

「……あのときは本当にごめんね。理解しようともせずにただ子供みたいに喚いて、騒いで、自分の気持ちだけ押し付けて。だけど、あの時も今も私の気持ちは変わらない……ミストちゃんをただ救いたい。その一心なの。遅すぎるくらいだけど……今度こそミストちゃんの悲しみを理解したいの」

 

「余計なお世話だってあの時言ったわよね……ッ、○○の幸せが私の幸せよっ、だからもしも本気で救いたいって言うなら……○○の死を秘匿し続けなさい、永久に口を閉ざし続けなさいッ!」

 

 自然体のまま立ち尽くすミーナは動くことはないけれども、その袖の下に複数の暗器が仕込まれているのは分かっている。だけど死中に活を求める為にも、じり、と私の方から間合いを詰めていく。

 

「お願いミストちゃん。私の技術は、味方に……それも親友のミストちゃんには向けたくない」

 

「まだ勝手に親友だと思ってくれてるなんて光栄ね……! 私はもう、貴方の事はとっくに親友だとは思ってないって言うのに。あんたはただの、ただの嘘吐きの裏切り者よ……ッ!」

 

 辛そうに表情を歪ませるミーナを見ながら、私は狙いを定める。

 ……ナイフと体術でどうにかして気を逸らし、机の下に隠した拳銃を取って攻撃しかないだろう。少なくとも拳銃があれば、少しはミーナを倒す確率はあがる。

 

 

 そして、訪れるピリピリとした静寂。

 お互いの一挙一投足が引き金を引きかねない状態――均衡をどちらが先に崩すか、それこそ神のみぞ知る状態。

 

 

 そんな今にも崩れそうな均衡状態を崩したのは――

 

 

「がッ!?」

「……ッ!」

 

 

 ――私でもミーナでもない、第三者の存在だった。

 

 

『……焦ったよ。お前さんがミストに連れていかれたって聞いた時には、生きた心地がしなかったね』

 

「び、びっくりした……これ、もしかして使い魔さん? でも……ありがとうねキキちゃん。ミストちゃんを攻撃しなくて済んだよ」

 

 私の全身は言うことを聞かず、地面に倒れ込んだ後にびくびくと跳ね回る。

 これは毒物によるものではなく、電気系攻撃特有の麻痺の症状――っ、どうやら部屋の窓の外から直接攻撃を叩き込まれたようだ。

 

 ミーナはそんな私に近寄ると、動けない私の両手を後ろに回して、どこから取り出したかロープで縛りあげていく。そして、完全に身動きが取れなくなった所で件の使い魔が私の視界に入る。

 それは小さくも可愛らしいオウルだった。

 

『すまないねミスト、手荒な真似をして』

 

「……予想はしてたけど、もう一人の人物ってやっぱりあんただったのね。キキ」

 

『……親の仇のように睨まないでおくれ。私とてこんな事をするのは本意じゃない。そして先に言っておくが……○○の死の事実を知ったのは私が先、ミーナが後だ。更に言えばこの事実を知ってるのは私とミーナを除いて居ない。誓ってもいい』

 

「…………」

 

『だからミーナに辛く当たらないでおくれ。お前さんの秘密を最も知るのはミーナだろうが、その詳細を聞こうとしたらこの子は最後まで秘密を守ろうと拒んだ。私が無理強いをして聞いたのさ』

 

「違うよキキちゃん、私は自分の意志で教えたの。何よりミストちゃんを助けるために……力を合わせるために」

 

『……そうだったね。兎も角、私達はミストを助けたいと思っている』

 

 二人がまるで長年の親友かのように分かりあう様を見せつけてくるのが、腹立たしかった。

 助けたい、だなんて。今更言われても、もう遅いっていうのに。

 

『……なぁミスト、お前さんも分かってるだろう。このまま○○の死を秘匿し続ける事は難しいって事を。既に短期間のうちに二人にバレているんだ、如何に完璧に隠そうと些細なミス一つで疑惑を呼び、証拠が溢れ……そしてバレてしまう。お前さん、もしかしてその度に口封じしていくつもりかい?』

 

「……そうよ。それで○○の願いが叶うというのならば、私はどんな事でもするわ」

 

『○○の願い、か。アリアが幸せになること……だったかい? その幸せの条件は○○の死がアリアにバレない事だけではないだろう』

 

「うん……ディオルドさんがクリストと結ばれること……それが、○○さんの願いだよね」

 

「そこまで分かってるなら、私を助けるのに貴方達がずっと口を(つぐ)み続けるのが一番なのは分かる筈だけど?」

 

 動けない体のまま、せめて射殺すほどの目で睨みつけてやったが、相手に動揺の色は見られない。

 

『それも永久にだろう? そんな願いは聞いてられないね……第一、一人の死を隠すのにこれだけ憔悴しているお前さんが、もう一人を自分で殺めてしまったとしたら、お前さんの心は耐えられるのかい? 到底無理な話だろう』

 

「……、黙りなさい」

 

「……ごめん、ミストちゃん。私も……私もミストちゃんは耐えられないと思う。特に勘の良いディオルドさんは気付き始めてるよ、以前のミストちゃんと今のミストちゃんの違いに。だから多分……味方を殺めたら――」

 

「黙れ、黙れ黙れ黙れッ! 勝手に、勝手に私の底を見限らないで!

 そんなの、やってみなきゃわからないじゃないの! 私は、○○の願いを成就させなきゃいけないの! だから……その程度の試練、私はッ!」

 

「……ミストちゃん」

 

『……○○め。あたしはお前さんを恨むよ、最期にどれだけ重い思いをミストに託したのやら。これじゃ、まるで呪いじゃないか』

 

 呪い……? 呪いだと!? 最後まで一途だった○○の想いを、言うに事欠いて呪いと言ったのか!? お前達は○○の思いの一欠片も知らないのに、触れたこともないのに、なんでそんな事が言える!? あいつに、そんな打算的な考えは何一つない! 純粋にアリアを愛していたから! そして私が彼を愛しているからただ継ごうしてるだけなのにッ! あぁぁぁああぁぁ……ッ!! 身動きが取れたら今すぐにでも撃ち殺してやるのにッ! どうして、どうして揃って私の邪魔をするのッ! お前達が余計な事をしなければ、絶対に○○は幸せになれたっていうのに! それを、こいつらがのうのうとっ……!!

 

『はぁ……今は、話をするのは難しそうだね。ところでミーナはどうしていきなりミストに連れていかれたんだい? 誰かの話づてから今回の件がバレた……って訳じゃあないよね』

 

「んっと……それが……○○さんのお墓が、前言ってた秘密の場所にあるんだけど……その墓標代わりにしていたのが○○さんの銃で。それが急に無くなってたっていうの。それで真っ先に私が疑われて……」

 

『銃を……? ――……! ……――ちっ、それは、かなり不味い状況だね』

 

「え……?」

 

 この場に来て初めて聞く魔女の焦りの声。

 しばらく独り言のようなものが聞こえてきたかと思えば、使い魔が急に私に話しかけてくる。

 

『ミスト、お前さんが私らを死ぬほど恨んでいるのは分かる。だけどね、予想以上に不味い事が起きているよ……それこそ、ディオルドの幸せどころか、私達の軍そのものが壊滅的な被害を受けかねない事態がね』

 

「……何よ、何が言いたいのよ」

 

『昨日の戦闘で遭遇したリビングデッド達、あいつらは死者を蘇らせて襲いかかる存在なのは聞いての通りだろう……報告で分かったのは、あいつらが持つ武器は全て実体がある。これが何を意味するか、分かるかい?』

 

「……ど、どういう事キキちゃん。一体何が起きようとして……」

 

 使い魔越しに聞こえる声にはいつもの飄々とした雰囲気はなく。

 そして私にはその言葉の先にある、最も聞きたくない理由に気付いてしまっていた。

 

 

『○○の銃が奪われたって事は……十中八九、蘇っているよ。こんな事態を招いた○○が私らの敵としてね』

 

 

 

 ――私の生きる世界は、更に壊れようとし始めていた。

 

 

 

 




キキの闇魔法『絶対に聞きたくないポーズ』と。
ミーナの舌をべー、ってするシーンが個人的にお気に入りです。


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Re:好きな人を幸せにする能力(後編)

3ヶ月間以上のお付き合い頂きありがとうございました。
これにて完結です。長いので覚悟してお読みくださいまし。

(まとめる力がないのは)許してつかぁさい!

※2020/11/25追記
 すん様からまた素敵なイラストを頂けました…っ
 本当にいつもありがとうございます!
 この話に追加されているので探してみてください!


「敵方に優秀なスナイパーが居ます……それも、(くだん)のリビングデッドで間違いないと思っています」

 

 作戦司令室と呼ばれる場所でクリストの声が響き渡る。

 私を含め、集められた部隊長らはいつも以上に真剣な表情で傾聴している。

 

「推測の理由として、そのスナイパーがアリアドネ部隊の技術である弾道操作技術を用いている事を挙げます。それもかなり卓越したものです。ここ最近の負傷者の急増は大半がスナイパーによるもので……正直に言って厄介の一言です」

 

 ()しくも、キキの不穏な予言の翌日以降、私達の軍は謎の狙撃手によって劣勢を強いられ始めていた。

 

 弾道操作技術は先代のアリアドネ部隊長であるユニカさんが開発した物。

 ただ、そのユニカさんはここから遥かに離れたセイリング平原で亡くなったから、ユニカさんが蘇ったとは考え辛い。やはり……キキが想像した最悪が実現してしまった可能性が高いだろう。

 

 今までリビングデッド達の対策として取られていたのは魔法による攻撃だったのだが、その狙撃手によって魔法攻撃部隊が手ひどく損害を受けてしまっている。

 弾道操作技術は狙撃の方角を惑わし、攻撃そのものを防ぐ事も困難にする味方にとっては素晴らしい技術だが、敵に回してみれば悪夢のような技術だと我ながら思ってしまう。しかもただ闇雲に撃つのではなく、まるで教科書どおりの狙撃手法を活用しているのが本当に嫌らしい。

 

「……加えて、攻撃に当たると状態異常を付与させてくる、か」

 

 ヴァルキュリアであるティエリアが、長い青髪を指先で弄りながらも苦々しい声色で呟く。

 

 そう、敵の狙撃手は毒物をたっぷり塗り込んだ弾で、一回撃つ度に数十人の相手に状態異常を付与してくるのだ。ご丁寧にもその毒は我々が知り得ない、強く、重いもので。現在は薬物に詳しい人員がこぞってその毒物の研究に勤しんでいるが、まだ結果を出せていない。

 お陰で毒に罹患(りかん)した兵士たちは今も兵舎で起き上がることも出来ずに苦しみ続けている。

 

 

『――いいこと? 狙撃主の役目は一発で敵の急所を貫く事。そして……徹底的に嫌がらせをすることよ。恐らく、後者の活躍の方が多いと思うわ』

 

『嫌がらせっすか陰湿っすねミスト隊長、ぁいった!? ナイフでチクるのやめてもらっていいっすか!?』

 

『戦争は頭を使うものよ、殺す事が常に最善じゃない……敵の足を狙って行軍速度を遅くする、状態異常にさせる、攻撃できなくする……そちらの方が、敵に負担を強いて、こちらが有利に事を進められるのよ』

 

 

「――ストルティン、なぁミストルティン、貴公はどう考えている? やはり過去のアリアドネ部隊の隊員で間違いなさそうか?」

 

「……え? ……あっ、そ、そうね。お手本通りの攻撃手法も鑑みると、やっぱりうちの隊員の可能性が高いような気がするけど……ただ、隊長クラスではない、とは思ってるわ」

 

 気付けば集まっていた皆の視線を前にして、私はしどろもどろに答えてしまう他なく。幸いにも皆もそれを不自然には思っていなかったようだったが……だとしても、私の中に安堵の感覚など浮かびようもなかった。

 

 さりとて、私が怒り狂っているかと言えばそういう訳でもない。

 

 死した○○が敵に操られる事など許される訳もない。

 なのに、今この瞬間にも○○がこの世に存在していると考えてしまうと、そして○○が私の代わりに味方を罰してくれているなどと考えてしまうと――嗚呼。本当に私という存在は度し難い。

 

 結局その日はなんら有用な話も出来ずに終わり、私達はロクな対策も出来ずに戦場に駆り出されるのだった。

 

 

 

 

「まだ狙撃野郎は見つからねえのかよッ! お前らちゃんと探してるのか!? えぇ!?」

 

「今も必死に探してるわよ! でも、弾道操作で場所の特定が難しいの! 多分、複数犯じゃなくて単独犯だろうとは思うけど……ッ」

 

「複数でも単独でもどっちでもいいッ、さっさと見つけやがれってんだ! このままじゃ全員ぶっ倒れて全滅だぞ!? 分かってんのか!?」

 

「カーク! ……カーク、ミストルティンに当たったって何も解決しないよ……彼女たちも必死に探し回ってるんだから」

 

「ッ、くそ……クソッ。クソッ……!」

 

「ごめんねミストルティン。カークはルミが撃たれて、ちょっと気が気じゃなくなってるんだ……ほら、行こうカーク」

 

「……いいえ。気にしてないわ」

 

 

 それから更に10日が経つ。

 夜毎に攻めてくる幽鬼(リビングデッド)部隊に対して、私達は有効策をいまだ持ち得ていない。

 当然ながら以前のような連戦連勝などできようもなく、まさしく薄氷の上の、辛うじての勝利を連ねることぐらいしか出来ていない。

 有効である魔法攻撃を行える部隊も件の狙撃手の妨害によって次々と倒れ伏し、毒による死者はいまだ出ていないものの、行動不能になっている部隊は現時点で4部隊にも上る。お陰で普段なら前線に出ることなどない二軍部隊まで駆り出されている始末だ。

 

 私達アリアドネ部隊も、宵闇の中で必死に敵狙撃手を探しているのだが……長大な射程距離、弾道操作の力、そして狙撃手そのものの隠密技術によって発見に至っていない。

 そしてそんな毎日が続けば……私達アリアドネ部隊への風当たりがとても強いものになるまで、時間はかからなかった。

 

 敵の仕業なのは明白だと言うのに、憎しみを味方にまで向けてくるなんて。

 頭では分かっている。打倒できていない現状に、どうしてもイライラのはけ口を求めてしまうのだろう……だが、連日ぶつけられれば我慢ならない物がある。やれ狙撃の被害が広がるたびに私達に責任があるかのように振舞われると、本当に腸が煮えくり返る気分になる。

 実は居なくなった○○が敵に寝返りやがったんじゃないのか、なんて口を抜かした奴を見たときは、本当にその場でそいつを撃ち殺しそうになった。(部下と周りが止めに来なかったら、私はそうしていたと思う)

 

 私とその周りに着々と(つの)り続けるわだかまりと、不信感。

 ()()こいつらは味方だとは思っているのだが、ふとした瞬間に憎しみを覚えてしまうくらいには私の心は揺らいでいる。今でも約束通りアリアを幸せにするつもりはあると言えど……それでもだ。

 

 

 ねぇ○○、私はどうしたらいいと思う?

 もしも貴方が望むなら私は、貴方の傍で――いえ、望むわけがないわよね。

 

 

 結局、疲労困憊になってまでこの10日感で私達が得た情報は『単独犯の仕業である』という結論だけで。それが誰によるものなのかを特定することは出来ていなかった――

 

 

 

 

「ミストちゃん、もしかしてクリストの事を探しているの?」

 

「……だとしたらどうなのよ、ミーナ」

 

「今クリストは臨時の軍議があるから、会うならその後になるかも」

 

「そ。なら後にするわ」

 

「あっ……え、えっとその……謎の狙撃手さんについては私も探してるけど……な、なかなか、見つからないね! キキちゃんも解毒の手法は頑張って探してるよ、あと少しで何とかなるそうだけど」

 

「――」

 

「手がかり、早く見つかるといいんだけど……私もキキちゃんに言われて毒物の調査をはじめてて。これだけの劇薬、抗体は絶対に作られてる筈だから、解毒は出来ると確信してるんだけど、でも……」

 

「――ねえ、もう行っていいわよね? 無駄口叩いてる暇なんて無いのは分かってるでしょ? 何がしたいの?」 

 

「……ぅ、……うん。ごめんねミストちゃん……そのちょっと世間話で」

 

「何が世間話よ、本当、あんたの底抜けの能天気さが羨ましいわ……それに抗体だっけ? 本気で探したいんだったら、敵の本拠地にでも忍び込んできたらどう?」

 

「……ッ、それは、そんなのは無理だよ! あそこの警備の厳しさはミストちゃんだって――!」

 

「はん、諦めるのね。……だからムカツクのよ、味方のピンチに命すら賭けられないなんて」

 

「……!」

 

「中途半端な覚悟しか抱けないなら、せめて大人しくしてくれるかしら? 迷惑なだけだから」

 

「……」

 

  

 更に5日が経つ。

 夜を迎える度に我が軍内には陰鬱な雰囲気が満たされる。

 今日は勝つことは出来るのか。今日は誰が倒れるのか。

 兵士達の不安を払拭出来ずに、私達は戦闘に駆り出される。

 ……もう勝利の数は、目に見える程減っていた。

 

 幽鬼部隊の恐ろしさは移動力の速さ、物理攻撃の無効だけでなく、無尽蔵の体力にもある。死者だからか決して疲労で倒れることもないし。決して空腹を訴えることもない。ただ目の前の生者を倒さんと、毎日。毎日。毎日。夜毎に我々に襲いかかる。

 一方の生者である我々には当然そんな事できないので、兵士らの中で陽気な顔ぶれなど、もう見かける事もできない。

 

「……呆れる。本当に」

 

 城内はいつぞやの帝都防衛戦の再現のように、野戦病院と化している。

 (うめ)き声、(すす)り泣く声。怒りにかまけて罵り合う声。焦げた匂いに血と腐臭が漂う、それは地獄めいた光景。

 こうなってしまったのは全て幽鬼部隊の――ううん、たった一人の狙撃手のせい。

 全てお前達が言う「たかが一人の狙撃手」を何とか出来ないだけで、こうも変わる。

 お前達が軽んじた○○に、今苦しめられているのだと声を大にしてやりたくなってしまう。

 

 だけど、このままにしておくことも出来ない。

 

 誰よりもアリアの幸せを願った○○が、こんな事を望むわけがない。

 大体この状況でアリアが幸せに感じるかと言えば、答えは否だ。

 そもそもアリアが愛するクリストが苦しむさまを見て喜ぶわけがないのだから。

 

 だが、それでもだ。

 私は常日頃自問し続ける問題に、またも直面してしまう。

 

 仮に、○○を敵として見つけてしまったら――私は撃てるのだろうか。

 

 今は幸いにも○○は見つかっていないが。

 もしも、もしも○○を私が見つけてしまったら。引き金を引けるのか?

 死した相手とは言え、もう一度アイツを送り返すことが出来るのか?

 

 考えれば考えるだけ、私の心は()()()()()()()()

 

 

「……今日も、見つからないといいのに」

 

 

 私はぽつりと小さく呟きながら、沈みゆく夕日を眺め続けていたのだった。

 

 

 

 

 

「アンリエッタ! しっかりしろよアンリエッタ! なぁ!」

 

「……っ、あぁ、お姉さま……。私は……っ」

 

「大丈夫だぞ、あたしがついているから……ッ! おい、プリースト早くしてくれよ! 何とか、アンリエッタを救ってくれよ! 早くッ!!」

 

「っ、ディオルドさんこっちです! こちらの部屋へ!」

 

「……がっ、がはっ!」

 

「我慢しろ、後少しの我慢だからな、だから頼む、それまで待ってくれ! すぐに治る、治るから……ッ!!」

 

 

 更に5日が経った。

 

 今まで持ちこたえてきた歴戦の前線兵士達にも、とうとう綻びが現れ始めた。

 結果として敗北の数が増えた我々は、進撃ではなく撤退戦を繰り返す状態に(おちい)った。

 

 魔法部隊は毒によってほとんど全滅。症状を和らげる薬が開発された事により、一命はとりとめているものの、まともに動ける状態ではない。

 

 今日もまた一人、主力とも言える魔法騎士のアンリエッタが倒れた。

 

 それは撤退戦で殿(しんがり)を受け持っていた時に、よりによって本人が苦手だと言っていたゴーストとの一騎打ちに追い込まれた為だ。それも、アンリエッタの母親であるフリューゲルさんのゴーストとだ。

 

 果敢猛烈、一騎当千を地で行っていたフリューゲルさんの攻撃は凌ぐのに一杯一杯で。

 更にそこに狙撃で横槍を入れてくるのだから、とうとうアンリエッタは隙を突かれて重傷を負ってしまったのだ。

 

 

 私は、その時の様子をずっと見ていた。

 

 

 アンリエッタがこうして治療部屋に運ばれていくところも。

 

 アリアがアリエッタを背負って、励ましながらこの砦に来るところも。

 

 倒れ伏したアンリエッタをアリアが何とか(かば)って担ぎ出したところも。

 

 アンリエッタが、フリューゲルさんの剣で腹部を貫かれてしまう瞬間を。

 

 攻撃を何とか退けようとするアンリエッタの肩を、弾丸が貫く瞬間を。

 

 アンリエッタを襲う凶弾を、○○が撃つ、その瞬間を。

 

 

 ――見つけて、しまった。

 

 

 そして案の定……私に、○○を撃つことなど、出来やしなかった。

 

 ○○を見た私はどうしようもない程に動揺して、狼狽して。

 それでも味方を助けないといけないと○○の弾をただ撃ち落としていく最中、その中の一発の弾を、私は動揺から撃ち落とせなかった。

 

 そして大雨の降る早朝、気づけば私はその後の一部始終を、ただ雨に打たれながら眺めていたのだった。

 

 

「……隊長、ミストルティン隊長。下がりましょうや」

 

「……」

 

「隊長も、頑張りましたよ。敵の狙撃手の弾丸を撃ち落とすだなんて真似、普通出来やしねえです。だって言うのに……」

 

「……」

 

「……休まないと、お体に(さわ)りますぜ。私らはそろそろ下がりますので、お早めに」

 

 

 アンリエッタは……どちらかと言うと余り接点はないし、会っても会話は弾まない、知り合いと言っていいぐらいの関係だ。

 だけど、だからといってどうでも良い訳ではない。

 お互いに一目を置いているし、仕事上での付き合いだとしても、大切な存在だ。

 だというのにアリアがあんなにも、泣きそうな表情でアンリエッタに声をかけるのを見ると……見てしまうと。私が責められてるような気がして。

 中途半端な覚悟で挑んだ結果、こうなったんだと責める声が聞こえてしまって。

 

 でも。だからといって○○を撃つなんて、そんな事出来やしない。

 彼は味方だった。私は彼を愛していた。そんな相手を簡単に撃てる訳がない。

 でも今の彼は敵だ。敵の操り人形だ。愛していた○○とは違う。

 それでも大切な存在だ。彼の願いを誓うくらいには想った。

 だが、そんな言い訳をした結果が現状の結末だ。

 私が○○を撃たなかったからアンリエッタが倒れてしまった。

 私が○○の発見を秘匿したから、アンリエッタが倒れた。

 私が躊躇したばかりに、こんな結末になった。

 私が。私が。私が――――。

 

 

「――私が……お、ぇ。……ぅぷっ」

 

 

 ……情けないことに、喉を逆流するモノを地面に吐き出してしまい。しばらくその場を移動することが出来なかった。

 

 

 

 

 更に3日が経った。

 

 治療部隊の懸命な治療により、幸いな事に部隊長の死者は誰ひとりとして出ていない。

 更に言えば毒の成分が何であるかをようやく突き止めた。

 

 その毒はバジリスクの血、コカトリスの肝、マンドラゴラの根、クロドクカブトの体液、それらを混ぜ合わせた特製のもので。様々な症状を併発させ、長く苦しんだ後に死に至るという。

 だが成分が分かってもその特効薬を作るのは容易ではないらしい。

 敵の出血を強いる作戦を前に慢性的な素材不足に陥った私達は、延命薬の量産すら難しい状態になっていた。

 

 そして――

 

「『流れ岩砦』を、放棄する――? そりゃ、な、何かの聞き間違いかクリストよ」

 

「……聞き間違いじゃないです。我々にはもう、あの砦を防衛するほどの戦力は残されていません」

 

 敗北を重ねた私達は、帝都の最前線防衛ラインでもある『流れ岩砦』を放棄することになった。

 無理もない事だとは思う。だが、実際にそう言われるのは確かに堪えるものだ。

 今まで常勝無敗を誇っていたからこそ……特に。

 

「主力部隊はもうボロボロです。頼みの綱の魔法部隊も出血を強いられ続け、ろくすっぽ対抗出来ない……このまま戦力を分散させる愚は、どうしても犯せません」

 

「……し、しかし。あそこが破られたら、今度こそ俺たちの国が……!」

 

「生半可な数では、敵の幽鬼部隊には太刀打ち出来ない。だからこそ総力戦で挑むんです。もう、それしか道は残されていません……」

 

「ッ、な、なぁクリスト。何か、何か策はないのか……」

 

「……」

 

「策はないのかよ! いつものように言ってくれよ! あっと驚くような策で、俺たちを導いてくれよ! 敵の作戦をひっくり返す作戦をよ! 言ってくれれば俺らは、なんだってする! だから――」

 

「……繰り返します。『流れ岩砦』を放棄してください。そして帝都の城壁へ戻ってください」

 

 目にはっきりとした隈を顔に残したクリストは、そのまま追求を逃れるかのように司令室から出ていった。残された部隊長の面々は、誰も彼もが険しい顔をし、中には落胆のあまりに地面に崩れ落ちる者も居た。

 

 ほどなくして城内全域に撤退命令が出されて、私達の部隊も移動を強いられる。

 敵に使われることを考えて、糧食や資源は持ち出せるものだけ持ち出して後は焼き払われることになるという。瞬く間に騒がしくなった城内の中、部下に忙しく命令を出して、自身も移動しようとした――その、矢先の事だった。

 

「……?」

 

 にわかに別種の騒がしさが耳をついたかと思えば、担架に載せられて誰かが運ばれて来るのが見えた。その光景こそ珍しいものではないが、ここまで騒ぎ声が聞こえる何かに、私は胸騒ぎを覚えた。

 

「どうしたの、今度は誰が倒れたのよ…………――ッ!」

 

 私は、担架に載せられたその人物を見て息を飲んだ。

 

 

「ミーナ……」

 

 

 全身に包帯を巻いた、重症のミーナの姿が、そこにはあった。

 

 苦しげに全身から汗を流す様子はどう見ても敵の毒にやられているのは明白で。包帯からにじむ血は、大多数の敵を相手にしたのを悟らせるのは十分だった。

 ミーナは救助隊の声に返事すら出来ずに弱々しく胸を上下させたまま、昏睡状態に陥っていた。

 

「……」

 

 横を通り過ぎていく担架を、なすすべなく眺めるしかない私の耳がある言葉を捉える。

 

「……ミーナの嬢ちゃん。敵陣に単身で忍び込んだらしいな」

 

「無茶をする……だけどなんだって、そんな事を」

 

「抗体だよ、あれだけの強烈な毒を使うってんなら抗体があるだろうって言う推測を信じていったんだとよ」

 

「……! 結局、それで見つけたのかよ!?」

 

「あぁ、見つけることはできた……だが、逆に見つかっちまったって……城壁の前で傷だらけで倒れていた所を回収されたんだとさ」

 

『――大体抗体探したいんだったら、敵の本拠地にでも忍び込んできたらどう?』

 

 ……あぁ。あぁ。私は、一体何をしているんだろう?

 

 覚悟がないのは私の方だ。相手が○○だからと尻込んで、傷つく味方に向き合わないでうじうじし続けて。本当、何様だろう。ただ自分の中のわだかまりを、鬱憤を、怒りを、精算したいがために当たり散らしていた自分が、途端に恥ずかしく思えてしまう。

 

 ミーナについてはあれだけ憎んでいたのに、あれだけ殺してやると息巻いていたのに――それこそ命を落としそうになってもやり遂げた姿を見たら……自然とこう思えてしまった。

 

 『()()()()()()()()()

 

 

 我ながら単純だと思う。

 だけど、だけどそんな覚悟を見せつけられて――黙っていられるものですか。

 

 

「……ミスト? 悪いが今は」

 

「抗体は手に入れたのよね? キキ、量産の目処は?」

 

「……あぁ。ついさっきミーナからね。量産はまだ先の話だが……あと5日か、いや3日で何とかしてみせるさ」

 

 怪我人を相手に薬を調合していたキキの元に(おもむ)く。

 キキはこちらに顔をよこすこと無く手だけは動かし続けている。

 3日。それはかなりの量産ペースだ、恐らくこの3日間は食事も睡眠も忘れて調合をしないと達成出来ない程度には過酷だろう。

 

「でも、そんなペースじゃ間に合わないのは……分かってるわよね」

 

「……勿論さ。だが、今出した日数が私の……いや、医療部隊の限界だ。怪我人の収容、治療、それに加えて調合だって? 土台無理だね。我々全員がくたばる寸前まで頑張って3日が限度だ」

 

 椅子に座ったキキが初めてこちらに体を向ける。

 白銀の髪にいつもの張りはなく、頬に血と思しき汚れを貼り付けた彼女は、目こそ髪で隠れているがこちらを睨みつけているのは間違いない。

 

「そ。……なら3日間で終わらせるようにして。私も決着をつけるわ」

 

「――ミスト。お前さん」

 

「何も言わないで。心変わりしたつもりもない……だけど、このままじゃ良くないと教えられたら、やるしかないじゃないの」

 

 

 

「私は○○を、撃つわ」

 

 

 

 

 § § §

 

 

 

「……ディオルドさんを単身、殿に!?」

 

「えぇ。その間に、私が敵の狙撃手を何とか無効化するの」

 

 その日の夜を迎える直前、私はクリストに打診していた。

 横にいるのはアリア。彼女もまた私が提案した無茶振りとも言える策ににっこり笑顔で同意してくれた存在だ。

 

「ミーナが体を張ってくれて抗体を手に入れてくれたんだろ? それなら、あたしだって応えなきゃおかしいだろ」

 

「そんなの、駄目です! 到底認められません! 今そんな事をしたらそれこそ敵の思う壺だ……ッ! 敵は未だディオルドさんを危険視してるんです! だって言うのにそんな」

 

「でも、どの道この撤退戦は誰かを殿にしないといけない……あんたは分かってるでしょ」

 

「……ッ」

 

「そして軍の中で一番力が有り余ってんのは、このあたしだ」

 

 とん、と重い筈のウォーハンマーで軽々しく肩を叩くアリアがそう続ける。

 でも力が有り余っているというのは正直誇張だろう。

 私もクリストも分かっている。誰よりも武器を振るい、誰よりも味方を助けてきたアリアこそ一番疲労が強い筈なのだと。

 

「幽鬼部隊にもあたしが一番有効打を叩き込めるだろうよ。キュムロニンバスの威力を忘れてねえだろうな~クリスト~?」

 

「疑っては、いないです。確かにディオルドさんのキュムロニンバスは強力です。だけど、それだけで殲滅出来るほど幽鬼部隊は甘くない……ッ! 過去の英雄達が牙を剥いてるんですよ?! 如何に魔法が強力と言えど、あの方たちには類まれなる叡智(えいち)がある、経験がある、技術がある! 今までディオルドさんの魔法で倒した英雄の数も、数えるほどしかないのは分かってる筈です!」

 

「だけど、時間なら稼げる筈だ。聞けばキキ姉ちゃんが今全力で抗体を作ってんだろ? そして、あたしが囮になっている間にミストがスナイパーをぶっ倒してくれる。時間を稼げば撤退も、抗体も、スナイパーもなにもかも上手く行く。みんなハッピーじゃねえかクリスト」

 

「――報告にあった、リビングデッドの魂を射抜いて、という奴ですか?」

 

「えぇ。私達の狙撃は常に魔力を帯びる。実際に何人かは(たお)すことも出来ているわ。過去の英雄達は簡単に射抜かせてはくれないだろうけど、アリアに気を取られてくれれば多少は成功率は上がる。だから――」

 

「そんなこと……ッ、楽観視にも程がありますよ! 分かっているんですか!? その狙撃の成功事例も極めて少ないって事を! そんな作戦、万が一にも成功なんてありえない! ……二人は命令通り撤退の準備を、遅滞戦術に努めるようにしてください!」

 

「万が一があれば十分だ。あたし達にはな。……悪いが、クリストがなんと言おうとあたしはこの策をやるべきだって思ってる」

 

「ッ、駄目です。駄目って言ったらダメなんです、認められません!」

 

「クリスト」

 

「いやだっ、絶対にいやだッ――大人しく命令にしたがえよ()()()ッ!」

 

 机を叩いて、クリストは目尻に涙を溜めて感情を爆発させた。

 それは今まで見せたことのない彼の感情の発露だった。

 彼の心から溢れた本音は理屈で分かっても理性では認められない、ワガママと言ってもよいのだろう……だけど、どうしようもなくクリストの外見にマッチして見えていた。

 

「……クリスト。ようやく自然にあたしの事を呼んでくれたな」

 

 荒い息を漏らし、抑えきれないように涙を零しながらも(にら)みつけていたクリストを、アリアは片手で胸にかき抱いた。

 

「分かるさ、ミーナが大怪我を負って不安になってんだろ? それであたしらまで失ったら、って思ったら……そりゃたまらないだろうな、そりゃ嫌だろうな」

 

「……っ、……っ!」

 

「でも勘違いすんなよ? あたしらは決して死にに行く訳じゃねえんだ、絶対に生き残って戻ってくる。あたしの帰るところはクリストの隣だ」

 

 愛おしげに、さりとてあやすように抱いたクリストの頭を撫でたアリアは、その頭に口づけを一つ落とすと……そのまま私を見た。

 

「安心しろ、なんたって親友のミストもついてんだぜ? 幸運の女神様よりも頼もしいってもんだ!」

 

 彼女の表情には曇りの一欠片も見えない。

 それこそ今の状況に似つかわしくもない、満点の笑顔だった。

 

 あぁ、この子はいつもそうだ。

 どんな苦境に放り出されようと、その無限とも言える包容力と行動力で何とかしてしまう。

 だからこそ私もきっと、この子にならと心を開いたのだろう。

 

「えぇ……あんたが居るなら私も安心して狙撃出来るわね、なにせ味方だけでなくて敵にも大人気なのだもの。きっと隙を狙い放題よ」

 

「いやー人気者は辛いなー! あっはっは!」

 

 私も力強く頷いて返すと、アリアはいつものように快活に笑ってくれた。

 和んだ空気を前に彼女の胸の中で沈んでいたクリストも、もぞもぞと顔を離す。……どうやら観念してくれたようだ。

 

「……決して、無茶はしないでください。絶対にです。そして、ミストルティンさん」

 

「ん?」

 

「アリアを……お願いします」

 

「ふん……誰に言ってるのかしら」

 

 

 私はもう覚悟は決めたのよ。

 アリアを。いえ()()()()幸せにするためには何だってするってね。

 

 

 

 § § §

 

 

 

 夜が来た。

 

 それは敵の攻撃が開始される合図でもあり、私達の決死の作戦が始まる合図でもある。

 

 満点の星と弧月が彩る素敵な夜空の下、私達は『流れ岩砦』をバックに最後の作戦会議をしていた。

 

「――じゃあ段取りをもう一度説明するわ、貴方達は狙撃が終わるまで敵を引きつけ、戦場を逃げ回る。いいわね?」

 

「任せろ、囮なら何度やったかしれねえってな! ただ、別に逃げ続けてる間にあたしらでリビングデッドを倒しても、いーんだろ~~?」

 

自惚(うぬぼ)れないで。それが出来てるんなら今頃私達は苦境に追い詰められてないわ」

 

「あっハイ」

 

 笑えない冗談を流しながら私は説明を再開する。

 

 まずは囮となるアリアの部隊が、撤退する私達の軍の殿を受け持つ。

 殿と言いつつも、敵の撹乱と逃走、そしてひたすら防衛をするだけのかなり辛い役だ。この作戦で一番苦労を強いられるのはアリア達だろう。

 そして私達アリアドネ部隊もアリアが苦境に追い込まれないように支援狙撃を行い続ける。

 その中で私の役割は――単身で敵の狙撃手を仕留めること。

 

 作戦目標は敵狙撃手……○○を倒す事。敵狙撃手が○○であることなど当然皆に伝えていないが、私が○○を倒した事を確認したら即時に撤退する。つまり、作戦の成功可否はアリア達と私一人にかかっていると言っても過言ではない。

 

 今まで以上に背中にのしかかる重圧に、私は銃を握る力を抑えることが出来なかった。

 

「アリア、確認するけど……キュムロニンバスは最高何回撃てる?」

 

「2……いや、3回だな。消耗とあたし達の撤退を考えると」

 

「そう……ならこうして頂戴。キュムロニンバスは味方や自分が危なくなったら撃つ。決して敵を仕留めるために使わないで。3回撃ったら私も狙撃をやめて撤退するわ」

 

「うーい」

 

 気軽すぎる程の返事。

 だけどそんなアリアの返事にやる気のなさは見当たらない。

 

 その一方で、地平線には既に宵闇に紛れて幽鬼らの何百もの青白い光が、ゆらゆらとこちらに近づいて来ているのが見える。

 以前の怪物共の群れに比べたらそれこそ天と地とも言えるほどの数だけれども、この何百の幽鬼ひとつひとつが一騎当千。当時の強さそのままに襲いかかってくる悪夢なのだ。

 今回私が下した作戦はその過去の英雄達+敵の大群を相手取って、たった2部隊で本隊の撤退の殿を勤め上げろという、遠回しに自殺を勧めるような酷いものだ。

 だというのに、この場に居る全員が臆すこと無く、ただ与えられた役割を果たそうと溌剌(はつらつ)とした表情で作戦に挑もうとしている。……本当に、本当に頼もしい限りだ。

 

「――ねぇ、アリア」

 

「んぁ?」

 

「死なないでね」

 

「……にひ。あったぼうだよミスト。そっちこそ死んだらダメだからな」

 

 こつん、お互いに掌を押し付けあい――そして絶望とも言える戦いの火蓋が切って落とされたのだった。

 

 

 

 

「――――…………」

 

 枯れ木の根本、草が生い茂る場所に寝転がった私は、暗視の魔法をかけてスコープ越しに戦場を観察し続ける。

 戦場ではリビングデッド部隊が戦場を逃げ回り、幽鬼達を引きつけ続けている。

 即席だと言うのにまるで永年連れ添ってきたかのような幽鬼たちのコンビネーションを前にして、あれだけ損害を抑えていられるのは、伊達に戦雷卿と呼ばれていない証拠だ。

 勿論それにはうちの隊員たちの努力もあるのだが。

 リビングデッド達は本体こそ物理攻撃は無効であるものの、本人が持ちうる武器そのものは実体を持っている。至難ではあるが、その武器を狙って攻撃していけばわずかながらの妨害ぐらいは出来るのだ。

 

 だが戦場は流れ、移りゆくもの。

 

 こちらの作戦を早々に見抜いた敵軍は、アリアを狙うのではなく狙撃部隊を狙い始める。

 囮という立場である以上、アリアは狙撃部隊へと守りを割く事は出来ない。

 一網打尽を恐れて狙撃手はスポットを分散して隠れているものの、位置がバレた狙撃手は逃げるしか道が無い。

 

「ッ」

 

 そして肝心な私はと言えば味方が、それも自分の部下が窮地(きゅうち)に陥ってしまったとしても手を出す事はできない。

 この場で私に許される狙撃のチャンスは精々2、3回。それも短期決戦でなければならない。

 ○○を狙撃する前に自分の位置がバレてしまうのは絶対に避けなければいけないのだ。

 

 

 ――突如、宵闇を稲光が切り裂いた。

 

 

 神の怒りを買ったかのような雷の雨が叩きつけられ、聴覚という言葉を消し去る轟音と共に稲妻が敵部隊へと襲いかかる。

 

 1回目のキュムロニンバス――どうやらアリアが狙われた狙撃手を助けるために使ったようだ。

 怒りの雷は数体の幽鬼を消し飛ばし、少なからず敵に損害を与えたようだが……流石に過去の英雄達。あの防ぎようもない筈の攻撃を受け流したり防ぎ切る存在が、あまりにも多い。

 だがお陰で狙撃手達は追手の手をかいくぐり、再度別のスポットへと隠れ、狙撃による妨害を始めたようだ。

 

「……早く、見つけないと」

 

 アリアの切り札はあと2回。

 時間が経てば経つほど不利になる現状、私は嫌でも届く喧騒を耳に入れながらも戦場をひたすら観察し、○○が現れる瞬間をひたすら待つ。

 

 ……。

 

 ………。

 

 …………。

 

 ………………ッ! 

 

 見つけたッ、私が位置取る場所とは逆方向からの光筋ッ!

 戦場を複雑な曲線を描きながら光がなぞる様子は、どこか幻想的で。

 現れては消え、消えては現れるそれは、まるで一瞬だけ現れる光る蜂のようだ。

 

 だが、あの蜂は死を招く蜂――なぞった先にあるのは味方のいずれかである以上、絶対に止めねばならない。

 

 

 ほどなくして2回目のキュムロニンバスが放たれる。

 視界が激しく明滅し、世界は瞬間的に真夜中と真昼間を行き交う。

 

 アリアも狙撃手の存在に気づき、そして一人でも味方への被害を減らそうと撃ったのだろう。

 

 だが、攻撃した先には恐らく誰もいない――度重なる戦闘でも尻尾を掴ませなかった○○のステルス技術は、伊達ではない。

 

 敵の幽鬼達は狙いが外れた事をいいことにアリアへと我先に襲いかかる。

 勿論味方部隊も負けじと援護するが、旗色はどう考えても悪い。

 ○○が体勢を整え、再度戦場で狙撃を再開してしまえば――行き着く先は詰みだ。

 

 

「最初からアリアを直接狙わないのは、生前の知識が残っているからかしらね……ッ」

 

 ありえない考えを口に出しながら、私は○○の居場所を探る。探る。探る。

 恐らくは程なくして狙撃は再開される筈――そして、もしも私が敵の狙撃手であるならば、そろそろ大技を連発して疲弊し始めた一番厄介なアリアを狙う!

 

 

「――ッ!」

 

 

 刹那に近い時間の中、戦場で瞬く小さな光を見た瞬間、私はほぼ同時に引き金を引いていた。

 

 丸硝子に閉じ込められた世界で見えたのは、岩肌を迂回し、アリア目掛けて襲いかかる死の蜂。私はそれを自らの弾丸で撃ち落としていた。

 

 とうとう自分の存在を晒してしまった。

 だが今のは完全に直撃コースの軌道。頭部ではなく肩口を狙うあたり、一撃で仕留めるのではなく弱らせるという作戦を律儀に守っているようだ。

 

 自身を晒してしまった以上、残された時間はほとんどないに等しいだろう。

 

「あれだけアリアを好いていたのにッ、アリアを撃つだなんて……本当ッ、性根まで腐っちゃったようねッ!」

 

 やはりあれは○○であって○○ではない。

 ○○の皮を被った、命令に従うだけのゴーレムそのもの――光が瞬くたびに、私は奇跡的な反射神経でそれを撃ち落とし続ける。

 

 だがアリアへの妨害行為を止められても、妨害を続ける○○を止めなければ終わりはない――私は必死に狙撃点を探し出そうと、はるか遠く、5km先の岩陰を見ようとするが、その瞬間。

 

「――ぁっ!?」

 

 ○○の居場所を察知したと同時に、スコープの中で長い枝のような○○の銃の銃口が光るのが見え。顔のすぐ隣を弾丸がかすめていき、私はすぐさま近くの岩場に飛び込んで射線から逃れる。

 遅れて呼吸が荒ぶり、心臓が五月蝿いほど早鐘を打ち始めるのがわかる。

 向こうの方がコンマ数秒、察知が早かったか……! 

 お互いに位置がバレ、にらみ合う状態での狙撃は先手を取った方が極めて有利。慎重に事を運ぶ時間すらもうないというのに、これは非常に不味い事になった。

 

 試しに足元に転がる石を遠くに投げてみれば、まるで来るのが分かっていたかのように空中で石が弾け飛ぶ。これでは逃げ出そうと思えば正確無比なスナイプで狙撃され、持久戦に持ち込めば他の幽鬼部隊が私に襲いかかってくるだろう。

 

 どうあがいても詰みの状態だ。

 でもそれは、私が普通の兵士であったならの話だが。

 

「本当に教科書どおりのきれいな狙撃をするじゃないの○○。私も教えた甲斐があったわ……でもね。あんたの狙撃は、()()()()()()()

 

 私は懐から一枚の手鏡を取り出し、ゆっくりと息を整える。

 

「――最後のレッスンよ○○。アリアドネ部隊隊長の絶技、身を以って知りなさい」

 

 そして、私はそれを――空高く放りあげたッ!

 

 岩場から唐突に放たれた小さな手鏡は、くるりくるりと宙高く舞い上がる。

 当然ながら手鏡は次の瞬間に○○の狙撃により粉々に砕け散り、周りに破片を撒き散らす。だが私は直前に空中で回転する手鏡をスコープで覗き込んでおり――○○が居るであろう位置をその一瞬で特定していたッ。

 更に間髪入れずに放つ速射! 真上を向いた銃口から放たれた弾丸は岩場から射線に飛び込んだ瞬間にすぐさま方向転換。一直線に○○の元へと突き進む。

 

 そして着弾したかどうかすらも考えずに、私は岩場から体を出し、追撃を始めていた。

 

「~~~―――ッ!!」

 

 心臓が破れそうな程の勢いで私の耳朶を打つ音が聞こえる。

 幸いにも曲芸打ちによって敵のリズムを崩せたのか、全身が青白い何かに包まれた○○の狙撃と私の狙撃の瞬間は今度こそ同じタイミングになっていた。

 

 激しい発砲音の連続。肩に受ける衝撃。私の顔はその度に発射光に照らされる。

 これだけ狙撃をしても尚遠くで発射光が観測出来るのは、○○が私の弾丸を撃ち落とし続けているから。そして私がこうして生きて狙撃出来ているのは私が○○の弾丸を撃ち落とし続けているから。

 

「あ、あぁ、ああああああぁぁぁぁぁぁ―――ッ!!」

 

 気づけば、叫んでいた。

 

 極限とも言える集中の代償として私の脳が悲鳴をあげる。排莢と装填と引金を引く動作を繰り返す私の腕はまるでそれそのものが機械であるかのように動き続けており、自分が今何をしているのか、何をしたいのかも分からずに私は撃っていた、撃ち続けていた!

 

 撃ち落とせなかった弾丸が見当違いの岩を抉るのが分かる。私のすぐ隣に着弾するのが分かる。私の帽子を吹き飛ばすのが分かる……! 段々と狙いが正確になっている。恐らく次落とせなかった時が私の終わり、だけど条件は相手も同じッ! 

 

 一年少々でアリアドネ隊の隊長を越えようなんて百年早いのよ!

 

「○○っ、私は、私は絶対に負けないわっ!」

 

 お互いの狙撃点の間で、相殺の光が舞う。

 

「貴方が、願った幸せをっ、私は叶えてみせるっ!」

 

 銃身が赤くなり、湯気が立ち込めるのが見える。

 

「貴方が命を賭けた意味が、全部、全部無駄にならないように! 貴方の優しさが、アリアに、皆に届くようにッ!」

 

 この直線距離で○○は私に返答するかのように自分の位置を光らせてくれる。

 

「だから、私は貴方を……ッ!?」

 

 ――ガチンッ。

 

 弾切れ。それをレバーの反応から知覚した瞬間、私は自分の死を悟った。

 この極限状態では、極小さなタイムロスでも致命的――リロードに何秒かかる? いや、弾はあと何発ある? そもそも私がこの場で狙撃出来る時間はあと何秒……!?

 圧縮された時間の中で高速で考えるが脳裏をちらつくのはいずれも死の結末……まずい、もう次の狙撃が来るっ、でも、今隠れてこの瞬間を逃したら――ッ

 

 そうして私がリロードに動こうとした時、対岸で小さな光が瞬き――、

 

 

「~~~~~~~ッ!!」

 

 

 直後、世界から闇が消えた。

 世界が真っ白に漂白されたのと、自分が先程まで覗いていたスコープが粉砕されるのはほぼ同時の事だった。

 

(3度目のキュムロニンバス!)

 

 それは本来ならアリアからの撤退の合図。だがこれは同時に私にとってかけがえのない助けの矢でもあった。

 

 私はこの機会を逃さずに懐を漁る――確認できる限り残りの弾はもう一発しかない。

 最初はコレを使うつもりは全くなかったけど、もうそんな悠長な事は言ってられない。

 

『――これは手慰みに作ったものだが、念の為渡しておく。ゴーストに効果があるかどうかは分からないが……もし、これが当たれば』

 

 私はキキから貰った特殊弾丸を懐から取り出し、薬室へ送り込み、つがえた。

 

○○っ、私はっ、私は貴方を……貴方を()()()()()()――!!

 

 泣いても笑ってもこれで最後――壊れたスコープ越しにアイアンサイトで狙いを定めるのは豆粒とも思える距離にいる○○。当たるかなんて考えてる余裕はなく、私はそれを撃った! 

 戦場ではまだ激しい戦闘の音がかき鳴らされているのに、その一発だけは特に戦場に響いたように思えた。

 

 ――。

 

 ――――。

 

 ――――――。

 

 私は構えた姿勢のまま、動くことも忘れ、狙撃した場所を眺め続けていた。

 

 ――5秒、10秒、20秒。

 

 反撃されていればとっくにこの世からおさらばしているような長い長い時間の中、それでも対岸は沈黙を続けるばかりで。そして、気付けば息をすることを忘れていた私は、大きく長く息継ぎをすると……完全に、自分がやり遂げた事を悟った。

 

「……」

 

 だけど、喜びなど浮かぶ訳もなく。

 私は鼻先がつん、となる感覚を覚えながら軽く目元を拭い――そして立ち上がる。

 

「おおぉぉぉぉいミスト! すぐに撤退するぞ、こっちに乗れ!」

 

「えぇ、分かったわアリア」

 

 

 アリアも生き残ってくれたようだ……ボロボロになりながらもこちらに向かってくるのを見ると、私は最後に対岸に視線を向け……それからアリアに合流するべく、その足で移動を始めるのだった。

 

 

 

「……さようなら。○○」

 

 

 

 撤退する私達に、敵の狙撃手による攻撃は決して行われることはなかった。

 

 

 

 § § §

 

 

 

 帝都は見上げても見上げても頂上が見えない、超巨大渓谷に作られた国家だ。

 その渓谷の入り口となる場所には巨大かつ強固な砦が置かれており。

 過去二百年間、魔軍達の侵入を拒み続けて来た実績を持っていた。

 

 そんな我々帝都臣民達の最終防衛拠点、通称『グロウリア壁』。

 そこでは今まさに、地獄が繰り広げられていた。

 

『――敵、攻撃――――右翼、オーガ部隊増――あり! ――前進せよ、前進――!』

 

『――ザザッ、ティエリア隊長、負――! ――誰か、応援を―――ッ! ザザ』

 

『ザッ、ザザ――中央の守りが――薄―――ザッ、――閃光、――ザッ』

 

『――包囲、――幽鬼部隊――……ミグルド、――倒せず――ッ!!』

 

 宵闇の中でも分かる、赤と、白と、黄色と黒の色の乱舞。

 絶えず地面が震え、怒号が周りへと撒き散らされ、城壁の下では雲霞(うんか)の如く味方と魔物が入り交じる。

 

 隣に転がした魔法球からは絶えず絶望とも言える報告が流され続け、城壁から離れた高台でどれだけ狙撃を続けても、事態が好転するような事は起こり得ていなかった。

 

「……ッ」

 

 銃床越しに響く発砲の衝撃が肩に痛烈な刺激を与え続け、赤熱した銃身に時期的に少し早い雪が触れるたびにじゅぅ、と焼けた匂いを鳴らすのを感知しながらも、私はただひたすらに引金を引く機械であろうとし続けた。

 

 私とアリアによる敵狙撃手の撃退は幸いにも功を為したと言えるだろう。全隊は無事に砦へと集結でき、多少の準備を整えることも出来た。しかし、それは私達の寿命を少しだけ伸ばしたに過ぎないと思えてしまう。

 部隊に大小の被害を出しながらもやっとのことで○○を撃ち倒しても、次に待ち構えているのは残りの幽鬼部隊+到底数え切れない程の魔物達の群れ。群れ。群れ。敵もここが正念場だと理解しているのだろう、出し惜しみはなしだと言わんばかりに私達の砦へと総攻撃を仕掛けているのだ。

 

 ミーナが命からがら取得してきた抗体からキキが解毒薬の量産にこぎつけたのがつい先日。

 だがその量産数は規定の数を揃えること叶わず、回復も抜けきらない内に全部隊がこうして防衛に駆り出されている状態。

 

 言ってしまえば、これは私達の軍始まって以来の最大の窮地であった。

 

「隊長ッ、6時の方向にワイバーンの群れおよそ50体以上! 急速旋回! こちらを狙っています!」

 

「見れば分かるわよ、アリアドネ隊構え! 撃ち漏らしなく全員一撃で撃ち落としなさい! ――ファイアッ!!」

 

 命令とともに40を超える発砲音が私の背中を叩き、夜空に何十もの光の筋が彩られる。

 それは小高い丘に陣取って狙撃を続ける我々目掛けて大口を開けるワイバーン達に止まること無く突き刺さり、全高5m程の空を飛ぶ蜥蜴(とかげ)らは胴体や眼球を意志を持った弾丸達によって貫かれ、ある者は意識を途絶し、ある者は痛みから次々と飛ぶことままならず、重力に引き寄せられて落ちていく。

 

「敵ワイバーン残存2! 誰か早くそちらを」

「ッ!? 報告! 4時方向に大筒部隊! 正門を狙っています!」

『ライアンハート部隊――撤退、撤退支援求――――狙撃―――求』

「残り残弾少! 補給をしないと継戦困難です隊長!」

 

「~~~~ッ、お前達、ボサっとしてる暇はないわよ! 目の前の敵を倒したら次の敵! 無駄玉なく、銃身が溶け落ちるまで撃ち続けなさいッ!!」

 

 たとえどれだけの敵を切り裂こうとも。

 たとえどれだけの敵を吹き飛ばそうとも。

 たとえどれだけの頭部を射抜こうとも。

 たとえどれだけの魔法が襲いかかろうとも。

 たとえどれだけの天変地異が襲いかかろうとも。

 

 我々をあざ笑うかのような増援の嵐が、私達をひっきりなしに追い立てる。

 

 病み上がりの前線部隊も怒涛の勢いに徐々に押され、今や門近くに陣取って防衛をするばかり。幽鬼部隊の数も少しは減らせたが、依然として脅威であり続けている状態。これではどうあがいても明るい未来が見通せない……!

 

 これまでにない焦燥感に追い詰められているからか頭脳はコレ以上無くクリアになっているものの、思考と行動がバラバラになってしまうくらいには戦場は忙しなく、私達は冷静な判断が出来ているのかすら怪しい状態に陥っていた。

 

 

 だからだろうか。そんな我武者羅な抵抗に、とうとう(ほころ)びが訪れてしまう。

 

 

「――ストちゃん、ミストちゃん、早く逃げてェッ!!」

 

「!? 隊長ッ!」

 

「きゃぁっ?!」

 

 張り上げられた声。横っ腹への衝撃。突き飛ばされたと思えば、庇ってくれた部下の一人が黒い何かに吹き飛ばされて視界から消える。

 痛みをこらえながら咄嗟に起き上がり……そして初めて我々の部隊がナイトウルフの群れに襲われていることに気付いた。しまった、こんな戦況の中で狙撃部隊が魔物の接近を許してしまうだなんて――!

 

「はなれ、ろッ!」

 

「ギャウンッ!?」

 

 ただ我先にそんな私達を助けてくれたのは傷だらけのミーナだった。

 全身に巻いた包帯はそのままに、特殊な形状をした鎖付きのククリナイフを部下を襲う狼目掛けて振るい、そして倒していた。

 

「ミーナ、アンタ何でこんな所にっ……それに、その怪我……ッ、どうして……ッ」

 

「撤退の途中に、気付いたの……ッ、側面から襲いかかろうとする群れにッ、だから、じっとなんて、して、らんなくて」

 

 今にも倒れそうな程疲弊したミーナは見ていて痛々しく、早く休ませねばと焦ってしまう。

 だけど動揺を隠せぬ私に、ミーナは逆に強い口調で叱責してきた。

 

「味方がピンチだったら、いつでも駆けつけるよ……ッ。そんな事よりもミストちゃん、早く撤退を! 後続が来る!」

 

「~~~ッ、! そうだ、狙撃中止! 狙撃中止ッ、近接戦に切り替えて撤退! ポイントB目指して移動! 急いでッ!!」

 

「聞いたか皆っ、近接戦切り替えっ! ぐっ、同士討ちに気をつけ――がああぁぁぁッ?!」

 

 咄嗟に命令を出すも20を超えるナイトウルフ達と部下は既に混戦状態。援護のために拳銃で応戦しようとするも、揉みくちゃの状態での発砲は同士討ちの可能性が高まり、迂闊に撃つ事も出来ない。助けに来てくれたミーナの尽力があっても、この場のナイトウルフをすぐさま引き剥がすのは容易な話ではなかった。

 

「敵後続部隊接近中……ッ、ちっ、隊長ッ、隊長だけでも撤退してください!」

 

「駄目よっ、アリアドネ部隊全員で撤退よ、重傷者をつれて全員――ッ」

 

「俺たちが残ってもッ、あんたがいないとアリアドネ部隊とは言えないッ! 逆に言えば、あんたさえいればアリアドネ部隊は生き残っているって言える! だから、先に撤退してくれ!!」

「そうだぜ隊長! ちょっとくらい、俺らに良い格好させてくださいよっ!?」

「~~ッ、……あぁ、そうさ! ここは任せて、先にっ!」

 

「そんなの……!」

 

「ミストちゃん、行こうっ……早く!」

 

 

「――――~~~~ッ、あんた達、絶対に、絶対に、ポイントBに帰ってきなさい! 命令よ、命令だからッ!」

 

 

 留まり続けそうになる私の足をミーナが引いて誘導しながら、今も狼の群れに襲われる部下を置いて、先へと移動する。

 ワイヤーを使って進んだ先は、切り立った崖に開けられたごつごつとした岩が転がる洞穴。私達はそこに降り立つと、未だポイントAで苦戦を強いられる部下へと援護狙撃をしようとして、

 

「い、つっ!?」

 

「ミストちゃん!? っ――こ、のぉっ!」

 

 突如肩口に受けた衝撃により、私は持っていた狙撃銃を落としてしまう。

 ミーナは私を攻撃したその存在をすぐさま倒したようだが、続けて別の何者かがミーナに飛びかかっており、私は咄嗟に取り出した拳銃で迎撃する。

 

「ギィィッ!?」

 

 二発の銃声。そして敵の悶絶の声。腕と足を弾丸で貫かれたゴブリンはたまらずミーナから離れ、直後に彼女のナイフで首を裂かれて絶命する。

 こんな雑魚モンスターがどうしてこんな所に――と驚く暇はなかった。

 

 私は洞穴の奥を睨み、ミーナが庇うように前に出る。

 

 一体だけのゴブリンは勿論敵ではない。

 だが洞穴の奥まで嫌になるほどの量のゴブリンがいれば、話は別だ。

 ここは味方の防衛ポイントだった筈。なのにここまで侵入を許してしまっているのは、側道部分の守りが壊滅しているという事に他ならない。

 

「……ミストちゃん」

 

「……えぇ分かっているわ」

 

 絶体絶命。

 

 後続の部下を待つには時間が足りず、二人共かなり疲弊している。

 そしてこの狭い場所では狙撃銃は不利……私は拳銃とナイフを交差させるように持ち、ミーナも痛みに顔を(しか)めながら両手にククリナイフを構え始める。

 

 戦略的にはすぐに逃げ出すべきだろう。だが逃げ出せば後続の部下が犠牲になってしまう。そして、それを許容できるほど私は人でなしではない!

 

 私が覚悟を決めたと同時に数体のゴブリンが飛びかかってきていた。

 拳銃が火を吹き、瞬く間にそいつらの頭部が弾ける。だが味方の死を気にもせず、続けて二陣、三陣目が襲いかかってくる。

 それでも私は冷静に弾丸をその頭部に的確にお見舞いしてゆき、立ちどころに私らの前に死体が積み上がっていく。

 中には運良く射殺を逃れる個体もいるが、その先にはミーナのナイフが待ち受けている。そいつの運命は、間合いに入った瞬間に何個ものパーツへと泣き別れてしまう未来しかなかった。

 

 即席であるが絶対的なコンビネーション。

 私達の息のあった迎撃は、敵の攻撃を決して通しはしなかった。

 

 しかし、それでも敵の勢いは止まりやしない。

 

 恐怖と言うものが抜け落ちているせいか、味方が頭部を貫かれても、はたまたボロ屑のようにバラバラになっても、ただ不快な金切り声をあげながらこちらへと襲いかかるばかり。

 味方の死骸を踏んづけ、奴らは我先に私達を討ち取らんと棍棒を振り上げてくる。

 

 三陣目を退け、四陣目を粉砕し、五陣目も殲滅した。

 だが六陣目――ついに、私達は致命的な隙を晒してしまう事になる。

 

「ッ、弾切れ……!」

 

 恐れていた弾切れが起こったのだ。

 護身用として口径の小さい弾丸を使っていたのが裏目に出た。貫通力の低いこの弾丸では複数の敵をまとめて粉砕することが出来ず、一体に対し一発を撃つ必要があった――そのため、瞬く間に弾丸は消費され、もう換えの弾倉がない。

 

 悪いことは続くものだ、ここに来て重傷だったミーナの無理が祟り、ついに敵を倒しきれずに得物を掴まれてしまう。

 

「グギャギャギャギャッ!!」

 

「っ、く! 放して――」

 

「ミーナ!」

 

 私は無用の長物となった拳銃をゴブリンの顔に投げつけ、怯んだ隙にミーナがゴブリンを始末する。しかしながら今の隙で私達は自然と囲まれてしまい……お互いに背中を預けた状態でゴブリン達を相手取る形になってしまった。

 

「言うまでもないけど、絶体絶命ね」

 

「ほんと、だね……私も、複数人との戦闘、もうちょっと訓練しておけばよかった、よ」

 

 背中越しに感じるミーナの体温は火傷しそうな程熱い。

 絶望としか言いようがないこの状況だったが、それでもそんな時に隣にこの子が居てくれるのがとても心強かった。

 

 ……ちょっと前まであれだけ憎んでいた相手だったのにね。

 本当に……私って呆れるくらいに調子のいい存在だ。

 

「……ねぇ、ミーナ」

 

「なぁに、ミストちゃん?」

 

「その、ごめんなさい、私……○○のことしか全然考えてなくて。貴方に酷いこと言って、それで無茶をさせちゃって……」

 

「……! ふふ、本当にね。私は大分傷ついたし……大分悩んじゃったよ。でも私も同じくらいミストちゃんを傷つけてたのに気付かなかったもん、おあいこだよ」

 

「ううん。私はずっと隠してたから仕方ないわよ……私の怒りは見当違いだった。私だけ苦しんでるのが理不尽だって貴方達を勝手に妬んで、貴方達も同じ目にあえばいいのにって想って……○○の願いを盾にして、ただ当たり散らしてた……だから、ごめんなさい」

 

「私も同じだよ。『助けたい』とか『何とかしてあげたい』、っていう気持ちだけ先行して……その分、ミストちゃんの気持ちを考えずにお節介を押し付け続けてた。助けるのは良いことだけど……相手の気持ちを考慮しないやり口なんて、不快なだけだもんね……だから、こちらこそごめんなさい」

 

 じり、じりと包囲網が先程よりも狭まって来ている気がする。

 数十を超える獣達の目はどれもこれも下卑たものに見え、これから起こるであろう暴虐、そしてその結末にはちきれんばかりの期待が包まれているのが分かった。

 

「……ミストちゃん」

 

「うん?」

 

「私、まだミストちゃんの親友で居ても、いいかな?」

 

 

 ぎぃぃ。とゴブリン達が乱杭歯を見せ、重心が前のめりになるのが分かった。

 

 

「えぇ。勿論……あんな事を言った私で良ければ、喜んで」

 

 

 そしてとうとう包囲網が崩れ――私達に暴虐が襲いかかった。

 

 

 

 

 

 § § §

 

 

 

 

 戦闘が始まってかれこれ6時間が経っただろうか。

 僕はこの作戦司令室から一歩も出ること無く、こうして指示を出し続けている。

 

 連日の疲労と集中のしすぎか、鼻からは血が何筋も垂れ、頭の中ではひっきりなしにガンガンと鉄を叩くような音と激しい痛みが続き、頭がゆだるような熱を持っているのがわかる。

 だけど常に不利を強いられ続ける状況では、そんな不調は関係ないも同然だ。僕の油断が味方の死に繋がると考えれば……思考を止めることなど、出来やしない。

 

「右翼は後退! アンリエッタさんは魔法攻撃で敵の動きを止めるようにしてください!」

 

『クリスト、中央正面、サイクロプス二体! 畜生、何だよあのデカさ! 抱えてる丸太で正門をぶち破るつもりだ!』

 

「クロウリー部隊、メテオストライクの詠唱完了はまだですか!?」

 

『――こちらクロウリー、現在十四節目に入った。後二節待ってくれ』

 

「待てません! 残り一節だけで短縮詠唱してください、威力は多少弱まってもいいです!」

 

『こちらっ、ズオール部隊! ズオール部隊! 誰かヒーラーをよこしてくれェ! このままじゃ隊長が死んでしまう!』

 

「っ、ヒーラーはC6スポットに待機中です! ズオール部隊は急いでそこまで撤退してください!」

 

『クリスト。てき、動きある――見たことあるてき、みずのひと。おおつなみ、くる』

 

「!? アクアさんの得意技……!? キキさん! お願いします、全体反射魔法を可能な限り展開してください!」

 

『一回こっきりだって言ったのは聞いてたかい? 本命への対策はどうするんだい』

 

「今あれを撃たれたら、我軍は形勢を立て直せずに打ち倒されます! 早く!」

 

『……了解。聞いたかいお前達、さっさと魔力を集中させな!』

 

「お願いします! くっ……もう少し、もう少し時間があったのなら……!」

 

 ミストルティンさんとディオルドの無茶のお陰で謎の狙撃手は沈黙し、更にミーナが命をかけて見つけた血清のお陰で毒を癒やす事もできるようになった。

 しかしそれだけの幸運があったとしても、敵軍の猛攻には太刀打ち出来ていない。

 一騎当千という言葉が生易しいくらいの強さを持つ幽鬼部隊に、地平線を埋め尽くす魔物達――どうにかして稼いだ三日間では味方の傷を満足に癒やすことも出来ず、病み上がりの部隊での防衛は案の定綻びを見せ始めていた。

 敵の弱点を攻め込むのは戦争での常道とは言えど、実際にやられたことのない僕は過去に類を見ない程頭を悩ませ続けていた。

 

 また一滴、血の雫が机に垂れる。

 

 その場に倒れこんで眠りたくなりそうなのを食いしばって耐えながら、僕は最善策を考える。考え続ける。

 きっと思考を止めた瞬間に負けるという謎の確信が僕にはあったからだろう。だけど、その確信は極めて正しいと言わざるを得ないだろう。

 

 もう撤退する場所はない。民のみんなに協力を願う?

 無理だ、幽鬼部隊に太刀打ちできない。降伏など論外。前線を下げて籠城にうつるべきか。

 朝までこらえられれば準備が。いや、朝を迎えても敵は魔物を下げないだろうだとしたら――

 

 頭の隅に浮かぶ諦めるという手段、それを押しやりながら必死に思考の海に没頭し続ける……その時だった。

 

『――リスト! クリスト聞こえるか! アリアドネ部隊からの応答が消えた! このままではうちの部隊が撤退出来ない! 繰り返す! 撤退できない!』

 

「……ッ!?」

 

『おい、聞いてるのか! 頼む応答してくれ! 現在幽鬼部隊と交戦中! ミグルドのおやっさんが手強すぎる! 応援を頼む! 応援を』

 

(アリアドネ部隊の信号が、消えた……?)

 

 一瞬思考に空白が出来たが、すぐに持ち直すことが出来たのは奇跡だと思う。

 かの部隊は援護の要であると同時にミストルティンさんがいる場所。

 悪い想像が頭の中で鎌首をもたげるも、努めてそれを振り払って僕は命令を出す。

 

「わ、かりましたっ、今すぐに応援を行かせます! 後少しだけ、少しだけ持ちこたえてください! ――ディオルドさん!」

 

『なんだぁ、愛しのマイハニー! 今現在サイクロプスをお仕置き中だ!』

 

「頼みがあります。ライアンハートさんがミグルドさんと交戦中です! 至急応援にいってください!」

 

『ミグルドのおっさんか! おっけー、おっけー。でもそれならサイクロプスはどうする?』

 

「無茶を承知で言わせていただければ……速攻で、サイクロプスを倒して、応援にいってください」

 

『……へぇ』

 

「ボクはアリアなら出来ると、信じています」

 

『――くっ、くっくっく、あははは! りょーかい! マイハニーにお願いされたなら仕方ねえ! ちょっくらいってくらぁ!』

 

 直球の愛を与えてくれる大切な人に、僕は非情な命令を下すしかなく。

 だけどそんな命令を笑って承諾してくれるアリアが、あまりにも自分に勿体なかった。

 

 ……それにしても先程の報告が耳に残って仕方がない。

 また一人、また一人見知った仲間を失っていくのかと思うと、胸があまりにも苦しくて。

 痛む頭を片手で押さえながら、僕は並行して思考を始める。

 

 アリアドネ部隊の救出を……いや、ダメだ。今はそんなリソースは割けない。

 だけど、あの子はアリアの親友で……そんなの、関係ない! 前線のみんなこそ助けなければ……だが!

 

『――ザ。―――こちら―――リアドネ部隊の信号が消えたのは、本当ですか? ――出に向かいます。ポイントを提示してください!』

 

 そんな葛藤の中、ボクの耳がどこか聞き覚えのある声を拾った。

 

「っ、はい。そのようです……えっと、場所はBスポット……地図で言うD5です!」

 

『――了解しま――。直ちに向か――』

 

「……って、そちらはどの部隊ですか!? 勝手に動かれると今は……応答してください! 応答を!」

 

 所属を答えない、その謎の人物からの返答は――それ以降、何一つなかった。

 

 

 

 § § §

 

 

 

「……え?」

 

 

 それに驚いたのは私達だけではなく、今まさに襲いかかろうとしていたゴブリン達もだろう。

 

 突如洞窟内に飛び込んだ光。それは生きているかのようにゴブリン達の頭部、それも眼に飛び込んでは貫き、貫けばまた別の眼に飛び込んでいく。一つの弾丸が数十の体を一息に骸へと変え、ゴブリン共は汚らしい体液を撒き散らして地に伏せてゆく。

 

 弾道操作技術――それもかなり高度なものだ。狙った場所に正確無比に飛び込ませる技術は、部隊長クラスでなければ見せられないだろう。

 

 最終的に五つの弾丸が撃ち込まれ、その五つの弾丸だけでゴブリン達の群れは全滅に近い状態に追い込まれてしまう。

 最初はそれが私の部下の応援なのだと考えていた。

 だけど、私達のいる洞穴に降り立ったその存在は――余りにも意外な人物だった。

 

 

『すみませんミスト隊長、格好つけて登場しようとか考えてたら遅れちまいましたよ』

 

「……!」

 

 洞穴の入り口に立つその人物は()()()()()()()()()()()()、見慣れた我が部隊の服を来た男性。飄々(ひょうひょう)とした口調は変わらず、その手に狙撃銃をぶら下げていた。

 

『――しっかし……ゴブリン如きがうちのヒロインを狙いやがって……エロゲよろしく陵辱でもしようとしてたのか? 舐めてんじゃねえぞ、クリファンはCERO:Aだ、そんな事許されるわけねえだろがッ!!』

 

 その狙撃銃は銃というよりは歪に成長した枝にしか見えず。

 だが銃口から立て続けに飛び出した弾丸は獲物を求めて洞窟内を飛び回り、生き残りのゴブリン達を物言わぬ骸へと変えていく。

 

 私達は呆気に取られてその人物がすることを、眺めてしまう。

 あぁどうして。どうして、貴方がここにいるの……!

 

『ふぅ……これで全滅っすね。ってことで遅れましたが……副長○○。任務に復帰します、ミスト隊長ご命令を』

 

 

「○○さんっ!」

「○○っ!」

 

 

 

 そこには、死んだと思っていた○○が、いつもの様に(たたず)んでいた!

 

 

 

「どうして、どうして○○さんが!? だって、○○さんは……っ、アリアさんを救って……それでミストちゃんに撃たれて……ッ」

 

『いやー俺も死んだと思ったんすけどね、気付いたらぶっ生き返されて敵に操られてまして……それでミストと狙撃合戦して撃たれたんすよ。あぁこれでまた死ぬんだなって思ったら、何故か死なずに、代わりに顎が外れるほど爆笑してしまいまして……それで笑い死ぬ! って思った所で目が覚めたんですよ』

 

「え、えぇ……? じゃ、じゃあ○○さんは死んだまま……?」

 

『うん、まあそですね。俺死んでます。敵四天王の『サモン・アンシエントヒーロー』っていう術のせいで仮初(かりそめ)の命を貰ってる状態っすけどね、本来なら永続支配の術の筈が、よもやワライタケで外せるなんて俺も知らなかったっすよ。いやークリファンって奥がふけー』

 

「えぇぇぇぇ……」

 

『そんでまあ急いで我々の陣地に向かっていったらミストが危ねえってなってるじゃないですか。だから急いで救出ポイントに向かって……あれ? ミスト? 何でミストは黙ってるんです? 折角の再会なんですからもっと喜んでも……』

 

「…………」

 

『あ、あーひょっとして前の事……もしかしなくても怒ってます? 怒ってますよね? いや、あのときは本当に無我夢中で、それで』

 

「○○、ちょっとそこに直りなさい」

 

『あっ、ハイ。勿論そこにいます……あ。あれっすか殴ります? いや、当然ですよね殴りますよね、ハイ、俺覚悟してます』

 

「……」

 

『あっ、すごい助走取ってる! 全力パンチだなコレ!? で、でも隊長言っておきますけど俺幽体なんで物理攻撃は基本受け付けな――げぶぅし!?』

 

 何一つ考えてなさそうな心底憎たらしいその顔に右ストレートを叩き込めば、もんどり打って○○が倒れる。そして私は立て続けに飛び付くように○○に跨り、拳を握りしめた。

 

『えっ、ナンデ!? 痛みがなんでッ、いた、いてぇっ!?』

 

「このっ、このッ、この馬鹿っ! 馬鹿○○ッ!」

 

『ミストさん拳に魔力(まと)わせるって何でそんな高等テクッ、幽体なのにいてぇ!? ひぎぃっ!?』

 

「今頃ッ、のこのことッ、現れてっ! 私がッ、どれだけッ、苦しんだかッ! 知らないでしょうッ! ねッ! なのに、アンタってッ! 奴は……ッ!」

 

『いたっ、いたっ、いってぇ! 魂削れるッ! 魔力削れるッ!? 死んじゃう! また死んじゃうからっ!』

 

「しんじゃえっ、しんじゃいなさいよッ、私はッ、あんたが好きなのにっ、あんたは私を置いて、勝手に死んで……ッ、それで私に願いだけ託して、私を一人ぼっちにして……ッ」

 

『いつ、いつつ……っ』

 

「ずるいっ、ずるいわよっ、ひどいわよっ……○○の馬鹿ぁっ、ひっく、なんで、しんじゃうのよ……、いきてかえってこれるなら……ひっく、……なんで、すぐにきてっ、くれないのよぉ……っ」

 

『…………』

 

「ばか、ばかぁ……○○のばかぁ……ッ」

 

 殴る力はとっくに失われ、私は倒れ伏す○○にすがるように抱きつき――そして泣き喚いていた。

 青白く光る○○の体は魔力を通さないと触れることも出来ず、近いのに遠くに感じてしまう事が更に私に涙を流させた。

 

『……今更何を言おうと許される訳もないけど……ごめんなさいミストルティン』

 

「あ、たりまえよ……ッ……あんたなんて一生、許さないわっ……許さない、ゆるさないんだからっ……一生つぐないなさいよっ……!」

 

『こいつぁ手厳しい。一生を終えたと思ったら次の一生は償いに走らなければいけないなんて……自業自得でしょうがね』

 

 ふわり、と私の髪を何かが撫でるような感触を覚えれば、私は自然とその手に頬を寄せていた。

 ○○は少しどぎまぎとした表情を見せながらも少しだけ応えてくれたのが、とても嬉しかった。

 ……だけど、いつまでもこうしてはいられない。

 ○○もそう考えたのだろう。私から手を離すと、ゆっくりと立ち上がった。

 

『……あ。ミーナさんもういいですよ? お見苦しい所をおみせしました』

 

「え、う、ううん。と、とんでもないです! 私はちょっと涙ぐむくらいには感動しちゃって……」

 

「……」

 

 う……しまった、そういえばこの場にはミーナも居たんだった。

 私は自分が見せつけてしまった光景を思い出し、頬を真っ赤に染めてしまう。

 ……やめて。私をそんなに生温かい目で見ないで。お願いだから!

 

『さって、感動の再会は兎も角として……早速ですが皆を救っちまいましょうか』

 

「救うって、簡単に言うけど……」

 

「こほん……今まさに全滅寸前よ。なんか手があるわけ?」

 

 咳払いをして疑うような目で○○を見れば、ちっちっちっと余裕たっぷりに指先を揺らす姿が見えた。

 ……久しぶりに会ったけど、やっぱり神経を逆撫でする事に長けてるのね、コイツ……!

 

「余裕ぶってんじゃないわよ!」

 

『場を和ませる軽いジェスチャーですよ! 確かに確かに? 敵の幽鬼部隊はイキイキとこっちに襲いかかってくるし、敵の怒涛の進撃の前に砦は今まさに陥落寸前。大ピンチと言えましょう。ですが、一発逆転の策がないかと言えば……ありますぜ、とっておきの秘策!』

 

「……! まさか、ワライタケ弾でリビングデッド達を撃って正気に戻す?」

 

『あ、あー。まあそれも策の一つっちゃ一つですが、多分正攻法ではないでしょうね。いや、今回の『旧き英雄達の襲撃』イベは公開当初はクリファン屈指のクソイベと言われてたんですが……数週間を待たずして楽勝イベに評価が様変わりしたんですよ』

 

「え……? い、イベ……? 評価……?」

 

「……またなんか変な事を言い出してるわね。それで、何が言いたいのよ?」

 

『簡単です。ある敵を一体ぶっ倒したら幽鬼部隊全員が正気を取り戻してこっちの味方になります』

 

「はぁ!?」「はい!?」

 

『救済措置か何か知らないんだけど、敵四天王さんが前線まで出張ってきてるんですよ。で、そいつが体力クソ雑魚ナメクジかつ物理対策もしてないボスの面汚しなんで……一発撃ったらコロリ! あとは過去のクソ強英雄達と共に敵魔物を協力してぶっ潰すだけ!』

 

「……ッ、そ、そうなの? でも○○さんはその情報はどこで」

 

『そこはまあ俺がチート持ちなんで知ってるって事で……ねえミスト隊長?』

 

「何がねえよ! ……はぁ……まあ、信じる価値はあるかもしれないわね」

 

「……え、えぇぇぇ~~……み、ミストちゃん、本当に信じるの?」

 

「こいつはいつも突拍子の無いことを言うけど何故かそこそこの信憑性はあるからね……他に(すが)るものもないし信じましょうミーナ。それで肝心要の敵四天王とやらの場所、あんたは知ってるんでしょうね?」

 

『イグザクトリィ! それじゃあ絶好の狙撃ポイントまでエスコートしましょうミスト隊長』

 

「分かったわ……それじゃミーナ、貴方には申し訳ないけど……クリストにこの事を伝えて貰える?」

 

「え、う、う、うん……ちょっとついていけてないけど……が、頑張ってみるね……あ、で、でも○○さん、その前に一つ、いい?」

 

『え? あっはい。どうしたんですかミーナさん』

 

「私も一発……いや、三発くらい殴らせて?」

 

『!?』

 

 

 

 § § §

 

 

 

 戦鎚を振るう。敵が吹き飛ぶ。

 戦鎚を振るう。敵が叩き潰される。

 戦鎚を振るう。敵が二つに泣き別れる。

 

 何百を超え、何千を超え。そろそろ万に届くのではないかと思うくらい、振った。()った。()った。

 

 それでも押し寄せる敵の数は減ることはない。

 愛馬の動きも鈍り、腕も足もギシギシと軋み、今まで以上にないくらいに追い込まれているのだと自覚できるくらいにはアタシは疲弊していた。

 

 そんなあたしの前に立ち塞がるのは――死んだ筈のミグルドのおっさん。

 

 私のより漆黒で、私のより巨大な装甲で巌のような体を包んだ黒い騎士は、3m程もある巨大な黒槍を携え、私へと油断なく構えていた。

 

「ハァッ、ハァッ、ハァッ、ハァッ――!」

 

 頬を伝う血を舌で舐め取り、鉛のように重い手足に無理矢理活を入れる。

 あたしの、いやあたし達人類の最大と言ってもいい拠点を守る正門。ここを突破させてしまったら、何もかもがおしまいだ。

 しかしながら我々の死物狂いの抵抗があっても敵はあれよあれよと次なる敵を送り込み、終わりが見えない。うちの部下も数が減り、頼りの味方も次々と重傷を負ったり倒れてしまう人物が後を絶たない。おまけにこうして立ち塞がる過去の英雄達はしこたま凶悪と来た。

 

 ここまで絶望のお膳立てがされてしまうと、悲嘆するより先に笑えてきてしまうのが不思議だ。

 

「だとしても、諦めるなんて選択肢にゃないけどね……ッ」

 

 おっさんが黒槍を棒きれのように軽々と振り回し、再度こちらへと襲いかかり始める。

 巨躯から幽鬼である証拠の青白い光を軌跡として残しながら、次々に死を撒き散らしてくる。

 

 自然と一騎打ちの形になった戦況の中、私は戦鎚を閃かせ、弾き、受け流し、打ち合い続けていた。

 

 この攻撃密度、威力、そして精度と来たら――! 残念なことに部下達にゃぁ太刀打ち出来ないだろうね。戦雷卿なんてもてはやされた私でさえ切り結ぶたびにビンビンと死の気配を感じる、正直おっかないってレベルじゃない。

 だが六合目を迎えた今でも、あたしはまだ死んじゃいない!

 それはこんな所で負ける予定を、あたしが組んじゃいないから。そしてこんな所で仲良くおっ死ぬような弱い味方は、あたしらの中には居ないからだ!

 

 あたしは皆を信じている。

 

 どんな絶望の状況に陥ろうとも。どんなにピンチであろうとも。

 みんながこの場に居るなら、きっとなんとかなる。あたしにはそう言う確信があった!

 

「おっさんとこうして戦うことになったのはっ、残念だけどさっ! っとぉ!?」

 

「隊長っ!」

 

「心配すんな、お前達はそのまま露払いをしてくれ、おっちゃんはあたしが倒すッ!」

 

 小気味の良い金属音が派手にかき鳴らされ、私達の獲物の範囲に入り込む有象無象は瞬く間に血霧になって消える。

 雷エンチャントしたハンマ君は少なからずおっちゃんにダメージを与えてるようだけど、致命傷に至らないのは流石というべきか。っていうかさっきより斬撃速度あがってるよな、やっぱりおっちゃんは半端じゃねえよ。

 

『――ザ。ザザ――ッ、前線部隊、警戒してください――スケリトルドラゴンが三体、北東より接近中です――』

 

「「「~~~~~ッ!?」」」「マジ、かよッ」

 

「景気の良いことだ、奴さん達、絶対にあたしらをここで滅ぼすつもり満々らしいな。クリスト、右翼と左翼は無事なのか!?」

 

『アリアさん!? ……えぇ何とか。ですが朗報はお渡し出来なさそうです、すみません』

 

「何言ってんだ! 絶えず情報をくれるクリストの声があたしらにとっての朗報だ! クリスト暗いぞッ! ピンチのときはまず笑え! 上が暗いと、あたしらまで暗くなっちまう!」

 

『……ッ、だからといって……!』

 

 私はミグルドのおっさんと対峙しながらも、腰にぶら下げた魔法球に聞こえるように大声を張り上げる。

 

 おっさんはよそ事をしている暇はあるのかと言いたげに、縦横無尽に槍を突き出してくる。

 あんなデッカイ槍なのに穂先が見えないってどんだけだよ。それでも私は奇跡的に戦鎚で槍を弾き返し続ける。

 

「だからもへちまもねえッ! あたしの大好きなクリストはどんな状況でも、どんな困難でも常に最善策を見つけてくれただろう!? 違うか!?」

 

『でも、僕は、今、そんな策を出すことができなくてっ……! 逆に、みんなに耐えてとしかいいようがなくて……っ!』

 

「それなら……信じろッ! あたしを、そして必死に頑張ってくれてるみんなを! 誰も彼もが現状を打破したいと願っている! そん中で誰か一人でも道を見つけてくれれば、あたし達の勝利は決まったようなもんだァッ!」

 

『……アリア、さん……! ……!? ちょ、うわっ……ミーナ!? そ、そんな酷い怪我で……ッわ、ちょ魔法球を取らっ』

『クリスト、ごめんッ、でもみんなに伝えることがあるのッ……! みんなよく聞いて!』

 

 唐突に、クリストの声が離れ、代わりに聞こえてくるのはミーナの声。

 大きく息を乱したミーナは、一回深呼吸をし――そして、言い放った!

 

『後少しだけ我慢してっ! そうすればっ、そうすれば幽鬼部隊は私達の味方に戻るッ!!』

 

 ほらな、と私は今度こそ会心の笑顔を浮かべた事だろう。

 

 鍔迫り合いしていた黒槍を、今日一番の膂力(りょりょく)でミグルドのおっさんごと吹き飛ばす。

 

 全身はへとへと。今すぐにでもその場でぶっ倒れたいし、眠ってしまいたい。

 だがそんな気持ちすらも追いやるほど、私は全身にやる気を(みなぎ)らせた!

 

「聞いたか野郎ども!? さいっきょうの希望のお出ましだ!! ――キツイか!? 厳しいか!? 今すぐぶっ倒れたいか!?」

 

「「「「「「「そんな訳があるかッ!!」」」」」」」

 

「そうだ! こんな困難どうってこたねぇ! ここでやられてみろ、アタシ達の後ろには誰がいる!?」

 

「「「「「「「守るべき仲間ッ! 守るべき民ッ! 守るべき家族ッ!」」」」」」」

 

「それが分かってるならシャキっとしろッ! 笑顔だ、常に笑顔であれ! 笑顔で叩き潰せッ、笑顔でぶっとばせ! お前達はこの軍で最強の重装部隊ッ! 遅れを取るなんてありえねえ!」

 

「「「「「「「応ッ! 応ッ! 応ッ! 応ッ! 応ッ!」」」」」」

 

「いくぜ野郎どもっ、今日一番の気合を入れろ! 味方を信じず誰を信じる! 我らが力、見せつけてやれ!」

 

 あたし達はミーナからの言葉を信じ、敵の猛攻にひたすらに耐えた。

 腕が折れても、意識が朦朧としても、そして死にかけても笑顔で耐えた。

 

 耐えて。

 耐えて、耐えて。

 耐えて、耐えて。耐えて。耐えて。

 耐えて、耐えて、耐えて。耐えて。耐えて。耐えて。耐えて。耐えて。耐えて。耐えて。耐えて。耐えて。耐えて。耐えて。耐えて。耐えて。耐えて。耐えて。耐えて。耐えて。耐えて。耐えて。耐えて。耐えて。耐えて。耐えて。耐えて。耐えて。耐えて。耐えて。耐えて。耐えて。耐えて。耐えて。耐えて。耐えて――――――――、

 

 

 そして、その時が来た。

 

 

 戦場に響き渡る、一発の甲高い銃声。

 

 

 喧騒に包まれている筈なのに、何故かその音だけクリアに耳に残った。

 

 

 あたしにはその弾丸が誰によって放たれたのか、そしてその弾丸が何を貫くかは分からない。

 

 

 でもその一発が、待ち望んでいた希望なのだと――どうしようもなく理解出来ていた!

 

 

『……む?』

 

 

 直後、今まで切り結んでいたミグルドのおっちゃんが、はた、と動きを止めた。

 そして自らの身体を確かめるように両手を動かすと――その場で大爆笑をし始めた。

 

 

『がは、ガハハハハハハハッ!! ようやく、ようやく自由になったわ! いやぁチビガキ、よくぞ耐え忍んだなぁ、強くなったぁおまえぇ!』

 

「――ッ、ああぁぁぁああぁーっ! っぶなかったぁぁ! おっちゃんに殺されるとか本当勘弁だよ、何回死んだかと思ったねあたしは?!」

 

『ガハハハハッ、許せ許せ、いやー、お前がこんだけ戦えるから、興が乗っちまったぜ。うっかり殺すところだったな!』

 

「はん、言ってくれるぜ。あたしの力がそれだけ上がってるって事だ。これはおっちゃんを超えたな!」

 

『……とは言え操られてるから本気じゃあねえけどな、本気を出してたらお前はすぐにくたばってたぜ』

 

「あー!? なんだよその言い訳ッ、いーやぜってー本気だったね、全盛期の全力だったね。あたしがおっさんを殺さないように殺さないようにーって優しく扱わなかったらぜってー死んでたねッ!」

 

『にゃにおう!?』

 

「あんだよ!?」

 

 歯を食いしばって近づけた顔で睨みつけ合う。

 視界にめいっぱい広がるのは、懐かしいおっちゃんの顔――どこか透けて見える青白いその顔を見て、昔はいつもこうやっていがみ合っていたな、と思い起こした瞬間――私は、ぽろり、と涙を流してしまっていた。

 

 やべ……こんな所で泣くつもりなんて、なかったのに。

 

「……ッ、おっちゃん、正気に戻るの、おっせえって……」

 

『……久々に体なんか貰ったから、なまっちまってたみたいだ。許せよチビガキ』

 

 あたしを撫でるその大きな手も、ふわふわと頭を掠めるだけでろくな感触もないのが寂しく。

 だけど今は感傷に浸ってる時間ではないと思えば――しまっていた切なさも、悲しみも全部すっ飛んでいった。

 

「なぁおっちゃん」

 

『わぁってる。この有象無象どもをぶっ倒せってんだろ? 今までかけた迷惑分くらい、付き合ってやらぁ』

 

「へへ、そうこなくっちゃな。どうせなら、久々に二騎駆けでもしようぜ」

 

『へっ、チビガキについてこれるってんのか?』

 

「むしろおっちゃんがついてこれなかったりな」

 

『言うじゃねえか、負けた方は酒代全額負担だぞ。ってお前みてえなチビガキは酒なんて飲めねえか!?』

 

「懐かしいなその口上も~、耳にタコが出来るくらい聞いたよ。言っておくがあたしはもう成人したかんな、酒だって飲める。……もう、前みたいなガキじゃあねえ!」

 

『……へ。何調子に乗ってやがる、そうやって張り合う所がまだまだガキだってんだ』

 

「墓場から蘇ったばっかりの耄碌(もうろく)ジジイには言われたくないね!」

 

 ふと見れば、私の部下達も涙を浮かべながらやる気を漲らせた表情であたしらを見ていた。

 私も同じくその身を燃やす活力を足に、腕に、心に回し――黒いフルフェイスマスクを、被り直す。

 

『チビガキを調子に乗らせた雑魚兵士共ッ、今からワシが本当の突撃ってもんを見せてやる!』

 

「言ってろおっさん! いいかお前達、この耄碌ジジイに分からせてやれ! お前の時代は終わった! これからはあたし達の時代だってことをな!」

 

 私らは全員、満面の笑みを浮かべていただろう。

 視界に広がる敵の山、敵の海。その全てを粉砕出来る喜びに打ち震えていたのだから。

 

 

 

 そして――あたしらは今日一番の雄叫びをあげて、敵へと突貫していった!

 

 

 

 § § §

 

 

 

「……え? 本当にあれで終わり? あれで終わりなの? 標的間違えてたりしない?」

 

『いや、マジですよミスト。びっくりするのは当然だと思うんですが、マジであれで四天王死にました。貧相すぎる装備だから四天王に見えないとは思いますが……いや、クリファン運営の意地の悪い所ですよ本当。あんな敵がボスな訳がないって思わせてるんですよ、ありえねー』

 

 あの後、私は○○に連れられるがままにとある場所へと誘導され、そして「ここ、絶好の狙撃スポット」って言われるがままに狙撃体勢に入り、言われるがままに指示を受けながら、言われるがままに敵を撃った……ら、その一発で敵四天王は死んでしまったらしい。

 確かに他の魔物に比べてちょっと装いの違うリッチのようだったけど…正直信じられない。

 

 幾ら○○の言うことだからって鵜呑みにしすぎたのかもしれないと今更ながらに思う。

 ……そう、考えたくはないけど『実はまだ○○は支配されていて私を騙すためにこんな所に……?』 なーんて思っていたのだけど……。

 

『……それよりも聞いてくれミスト、俺、マジで死にたい』

 

『いや、死んでるんだけど追加で死にたい……幾ら支配されてるからってディオルド様を撃つとか……死にたい』

 

『あぁぁあああ! 死ねッ! 俺死ねッ! くそっ、頭を打ち付けても透き通って死なねえ! 畜生! マジでごめんなさいディオルド様ぁあぁぁぁぁッ!!』

 

 なんてアリアを撃った事を覚えていて、その事を後悔しまくって非常に(うるさ)かったので……もう疑う気力も失せた。私がどれだけ苦しんだかも知らずに呑気な事を……。あと安心しなさい、次あんたが死ぬとしたら、それは私の手によるものだから。

 

『今すっごい寒気がした』

 

「体温なんて無いくせに何言ってんのよ。で、これで本当に幽鬼部隊が寝返ってくれるっていうの?」

 

『モチのロンです。最初のうちはわかんないでしょうけど……ほら、見てください』

 

「え? ……あぁ。本当ね」

 

 

 崖の上から戦場を見下ろしてみればすぐに分かった。

 左翼では噴火と見紛う程の巨大な火柱が立て続けに立ち昇り、一回の攻撃で数千を超える魔物が消し炭になっていく。かと思えば右翼では一面が氷の世界に変わり、周りに愉快なオブジェが数千以上出来ていた。

 さらに言えば正面では超巨大な嵐と雷が地面を舐めるように災害を撒き散らし、もう軍としての体裁を保持することも出来ずに吹き飛ばされていた。

 

 ……今までの苦労が何だったのかと思うくらいの反撃だ。少しだけ胸がすく気分になった。

 

『あんなクソ威力の魔法をボコスカ撃てる過去の英雄達をぽんっと敵に配置する嫌らしさよ……初見プレイヤーは意気揚々と挑んでいってそれですぐに返り討ちになるんだよなぁ。本当俺も負けイベかと思って最初は何回リプレイして、何回スタ汁を溶かした事か……ッ』

 

「……何言ってるのか分かんないけど。ねえ、他に私達はすることはないの?」

 

『ぶっちゃけない! ……と言える訳じゃないのが、ヘルモードの辛さよ』

 

「勿体つけてないでさっさと言いなさいよ。撃つわよ」

 

『実はですね~……えっ? 今ミスト撃った? 本当に俺の腹撃ちましたよね!? 魔力込めてたら今致命傷でしたよ!?』

 

「撃たれるほど恨みを買ったのは誰なのかしらね? 良いから早く!」

 

『さ、サーイエスマム!』

 

 まあ説明を受けてみれば、なんてことはない。

 魔法攻撃が強力な幽鬼部隊が味方になった分、その魔法攻撃に対策したかのような高耐久魔法特攻の巨大なスケリトルドラゴンが三体、待ち受けているらしい。

 

「でもそのドラゴンも自立式ではなくて操る存在がいるから、それを狙撃してあげれば……」

 

『そう、自ずとドラゴンは動きを止めてTHE・ENDって奴ですよ。ただ俺の知ってる限りだと3組の術者の配置位置は毎回ランダムなんで、ちょっと探すのは大変なんですが』

 

「目印のようなものはないの?」

 

『あるっす。そいつらは毎回数人がかりで輪になって術詠唱してるんで、戦闘中にも拘わらず夢中で詠唱してる奴を探せばいいですね』

 

 視界を埋め尽くすほどの敵の大群の中で、その数人を探すのはかなり過酷そうだ……が。不思議と無理だとは思えないのは何故だろうか。

 

「上等じゃない。――クリスト、クリスト聞こえる? スケリトルドラゴンはそれを操る術者がいる。術者を探し出して攻撃すれば余計な被害は喰らわないわ。……術者に関しては私達に任せて。○○と狙撃してみせるから、貴方達はスケリトルドラゴンの被害を食い止めることに専念して」

 

『ザッ――その情報、確かですか!? って○○さん!? 今度は○○さんが戻ってきて……あぁぁ情報が入り込みすぎて分からなくなりそうだ! と、兎に角了解です、ミストルティンさん、無茶はしないで――』

 

 私は一方的に魔法球で連絡を取ると、返事を待たずにそれを懐にしまった。

 

『いいんですかい? そーんな大言壮語しちゃって』

 

「今までずーっと敵にやられっ放しだったんだもの、鬱憤を晴らす絶好の機会、絶対に逃してたまるもんですか」

 

『おぉ怖い怖い「言っとくけどアンタの仕出かしが7割方占めているからね」ハイスミマセン。……こほん、それならミスト、俺と競争はどうです? 3組の術者をどちらがどれだけ早く射抜けるか』

 

「……へぇ、随分と大きく出たじゃないの。狙撃の腕で勝てなかったあんたが私に? 別にいいけど吠え面をかかないで頂戴ね」

 

『この勝負はどっちかって言うと狙撃力より観察力の勝負……! 逆におはようからおやすみまでディオルド様を常に見つめてきた俺に勝てると思うか? 賭けても良い、この勝負俺の勝ちは揺るがない』

 

「ストーカー如きが図に乗らないで! そこまで言うなら賭けと行きましょうか、勝った方は負けた方の言う事をなんでも聞く。どう?」

 

『ん? 今なんでもって言ったね? ――乗った!』

 

 私達はお互いに笑顔を見せあい、配置につく。

 体はぼろぼろに疲弊して、見たことがないくらいの大群が待ち構えているのにどうしてこうも高揚するのだろうか。……なんて、わかりきっているわね。

 

「……ふふっ」

 

 今は隣に○○が居る。居てくれている。

 それがどれだけの力になっているかなんて、言うまでもないじゃないの!

 

 

 

 § § §

 

 

 

『ガハハハハッ、巨大な骨野郎の攻撃を耐えてくれだぁ?! 耐えてやる必要なんかねぇ、このワシが直々に粉砕してみせてやる!!』

 

「おいおっちゃん!! ちゃんとクリストの言うことは聞けってんだ、命令違反はさすがのあたしも許さんからなー!」

 

『あぁん? しばらく見ねえ間にすっかり型にハマりやがって、以前は命令無視してワシを真似して突撃しまくってた奴とは到底思えんなッ!!』

 

「うっせー! 昔は昔、今は今だ! おっちゃんは知らねえかもしれないけどクリストは凄いんだぞ! あいつの立てる作戦はいつでもクールで、とにかくイカしてるんだ! 大人しく従えってーの!」

 

『ガッハッハッハ!! おうおう、分かった分かった。チビガキがそのクリなんたらが好きなのはじゅ~うぶん分かったから、そうがなんなって!!』

 

「好き……いや~、やっぱ分かっちゃう?」

 

『……は?』

 

「いやさ、あたし実はクリストのプロポーズ待ちでさ~……えっへへ。あー後でミグルドのおっちゃんにもちゃんと紹介すっからな!」

 

『……いや、おい。待て…待て待て待て!? なんだそのッ、その見たことのない表情ッ!! ~~~ッ、そんな男の話、ワシは聞いておらんぞ!? なんで勝手に……どこの馬の骨だァッ!!?』

 

「聞いておらんも何もおっちゃん、知る前に死んじゃったじゃねーか。ってかほら、おっちゃんドラゴン来たって、合わせるぞ?」

 

『グッ、――いいか、チビガキ! 絶対に、絶対にそのクソ野郎に後で会わせろよ!? ――バリバリスピアよッ!! その力を示せッ』

 

「ハンマ君も行くぜ! 耐えてくれよ~~~~っ…――――キュムロニンバスッ!!」

 

 

 

()くぞ小虫共、我が牙に貫かれて永遠を逝け! 獣神双牙落斬波ァッ!!』

 

「あっっぶねぇぇぇぇぇ!? 兄貴ィ! 俺らに当たりそうになるから唐突にぶっ放すのやめろやソレ!」

 

『フン、何を甘っちょろいことを言っているオグマ。いつも言ってただろう、俺の動きにお前らが合わせろと』

 

「ちっくしょ、クソ脳筋熊野郎がッ、久々に会ったと思ったら相変わらずに自分勝手にやりやがって」

 

『お前が不甲斐ないからこうして俺が生き返ってまで出張ってやってるんだろう、少しは感謝しろ。この馬鹿弟め』

 

「ほんっと悪びれねぇな兄貴は……!」

 

『……まあでも、なんだ。お前が今でも生きてくれてることは喜ばしい事ではあるがな』

 

「……ッ! ……へへ、何らしくない事言ってやがんだバーカ」

 

『五月蝿い。俺の背中ばっかり見てたお前は、俺のように早死にするかもしれんからな』

 

「ありえねえから心配すんなよ、なんでそこまで真似しなきゃならねえんだ……だけど、兄貴はこうでなくちゃなぁ!」

 

『ふん。俺を何だと思っている……そら、さっさとこの竜骨をぶちのめすぞ。お前がやらんというのなら……俺が先に殺るッ!』

 

「あっ、コラ先走んじゃねえ! ったく、いよぉしテメェら! クソ兄貴に続けっ、立ち塞がる奴は粉砕、粉砕、粉砕だッ! 絶対に止まるんじゃんねえぞ!」

 

「「「「「「「雄オオオオオォォォォォォォッ!!!!!」」」」」」」」

 

 

 

『貴方には苦労をかけましたね、アンリエッタ』

 

「いいえ。お母様……私はっ……、私はお母様に会えただけでも、それだけでも……ッ」

 

『私は自分が恥ずかしいです。死後に敵に操られ、あまつさえ自分の娘に向けて剣を抜いてしまうなどと……あってはならない事です』

 

「……そんな。仕方のない事です、それに私は生きております」

 

『だとしてもです。私は、私を許せない。……ただ、一つだけ言える事があります。私が貴方と戦った時、私は全力でした。全盛期の技術と全盛期の力で貴方に剣を振るいました。だというのに、私は貴方を討ち取ることは出来なかった。それも狙撃による妨害にあっていた貴方を相手に、です』

 

「しかし、私は最終的には倒れて……っ、ぁ」

 

『誇りなさい、タウンゼント家最強と呼ばれた私と肩を並べる力を持った事を。

 ……強く、なりましたねアンリエッタ』

 

「……あ、あぁ……っ、お母様、お母様が、今、私を撫でて……!」

 

『思えば……いつも辛い想いをさせていました。戦争だからと貴方に過酷な(しつけ)を施し続け、親としての愛情を満足に与えられなかった……それもこれも貴方を愛するが故の行為である事を、生前に伝えられないなんて情けないにも程があります』

 

「いえ……っ、いいぇっ……それでも、私にとっては、唯一無二のお母様、でした……っ、今でも、誇りに思える……大好きなお母様、です……っ」

 

『ふふ……ありがとう。さぁ、今は戦闘中です。涙を拭きなさいな』

 

「はいっ……はいっ……!」

 

『アンリエッタ……愛しい娘よ。こんな情けない母ですが、今一度力を貸してくれますか? 目の前にのさばる敵を蹴散らさねばなりません』

 

「……~~ッ! はいッ、勿論ですお母様ッ! 私の炎剣にかけてっ!」

 

『良い返事です。それでは往きましょうか、タウンゼント家の風と炎の力――とくとご覧に入れてみせましょう』

 

 

 

 戦場の各所で上がる(とき)の声を聞いて、気付いたら私は「まるでお祭り騒ぎみたい」と呟いていた。遠く離れていても聞こえるそれらは自棄っぱちになったものではなく、勝ちを確信した物であるのが分かる。

 そしてそれらが、他ならぬ私達味方からの声であることを、私は理解していた。

 見放されていた勝機は完全に私達に味方し、今までの苦戦が嘘だったかのように剣が、槍が、弓が、斧が、銃が、刀が、魔法が敵軍を次々に蹴散らしてゆく。ソレも当然か、既に司令塔である四天王は倒れ、頼みの綱である幽鬼部隊は完全に私達に味方しているのだ。

 

 残す敵の精神的支柱は――最早3体のスケリトルドラゴンだけ。

 

 

「――――見つけた! 術者発見!」

 

『え、ちょっ……早くないですか!?』

 

 そして私と○○はその最後の支柱をへし折らんと、鋭意術者の捜索中だ。

 地面を埋め尽くす敵――それも今や瞬く間に味方の攻撃で消滅していく一方だが――の中からその術者を探し出す作業は大変だが……今は全く苦ではない。

 

 飛び出した弾丸は瞬く間に輪を作った術者達の頭部を居抜き、崩れ落ちる。

 それと同時にドラゴンのうち一体も連動して崩れ落ちたのが分かった。

 

「ふふん、さぁて先手は取らせて貰ったわよ。残り二体だからこれでリーチって事でいいわよね?」

 

『ぐぬぬぬ……い、いや、まあこれはハンデですよ。原作知識チートありのこの俺に舐めねえでくだせえ……さーって本気だすかなー!』

 

「言ってなさいな、さーってどんな願いを飲ませようかしらね~、この後が楽しみだわ~」

 

『くっ、この貧乳ッ、ロリ狙撃者ッ、鬼畜幼女ッ』

 

「――決めたわ、あんたはとっておきの極刑に処すから覚悟しておいて」

 

『急にマジトーンになるの怖すぎるんでやめてくれます!? っと、俺もいただき!』

 

「げっ」

 

 言うが早いか、○○の狙撃銃が閃けば、時間を置かずに二体目のドラゴンが崩れ落ちた。

 ここまでくればもう私達の軍の勝ちは譲らないだろう。

 だが代わりに、私達の勝負はこれでわからなくなった――残す所一体!

 

『へっへっへ、ミスト隊長ぉ……そう簡単に上手く行きやしませんぜ』

 

「調子に乗って……! そんな余裕の表情は勝ってから見せなさいな……と、敵の最後の抵抗が来るわよ! 上空に竜騎兵! 数20!」

 

『アイサー! 俺たちにとっちゃただのカカシですなっ!』

 

 術者への狙撃に気付いたのか、空を周回していた竜騎兵が急襲してくる。

 高高度に舞い上がったソイツらは急に進行方向を真下に変え、速度を乗せて私達に向かってきており――、

 

「『――今ッ!』」

 

 その瞬間の発砲音は、1つにしか聞こえなかった。

 

 私達の弾丸は競争しあうように、しかしながら絡み合うように円を描いて命を奪いあう。

 それぞれが踊るように複雑な軌道を見せれば、逃げることも出来ない敵竜兵の目を、喉を、次々と貫いていく。

 

 たった二発の弾丸で、敵の竜騎兵は全滅。

 瞬く間に絶命した竜達がそのまま崖下へと落下していくのが見えた。

 

 

「あんた、少しはやるじゃない」

 

『知らなかったんですか? 俺ってかなり出来るタイプなんですよ』

 

「――そうね、○○は優秀なのは疑いようがないわ。根性もあるし、知恵も回るし、努力を怠らないし、芯がぶれないし、周りへの気遣いもできるし。顔は……まあ私は好きだけど。兎も角、私が今まで見てきた誰よりも出来るタイプね」

 

『ぉ……おぉ、ぉぉぉ……?』

 

「思えば、私はそんなアンタなんか認めない、認めないなんて(わめ)いてたけど……実は最初からアンタを認めていたのかもね。それこそ城壁の上でマラソンをした時から……才能と、自分を犠牲にしてまで献身する、その一途さを」

 

『きゅ、急になんです? めっちゃ照れるんですが……』

 

「まぁ、アリアを想い、アリアを救う、ただその願いの為だけに命を捨てて行動するのは馬鹿だけど、ほんっっっとに馬鹿だけど……でも、言えてなかったから言っておくわ」

 

 どこか居心地の悪そうな顔を向ける○○に、私は言い放った。

 

「ありがとう、アリアを救ってくれて。私はあんたを本当に誇りに思うわ」

 

『――――』

 

「……くすっ、くすくす……あははは、何その顔! ○○滅茶苦茶照れてるじゃないのっ!」

 

『ちょ、だ、誰のせいだと思って……ッ!』

 

「なによ、ただ思っていたことをそのまま口にしただけじゃない。ずっとずっと言えなかった事を吐き出して何が悪いって言うのよ、ばーかっ」

 

 変顔をする○○を見たら今まで心を(かげ)らせていた暗雲はどこかに行ってしまったようだ。

 ここが戦場であるという事を忘れて、私は心から笑った。

 

 そして、私は何気なく覗きこんだスコープ越しに……最後の標的を見つけてしまう。

 

「今まで私を惑わせてきた罰よ、しっかり悶えてなさい」

 

『高度過ぎる揺さぶりに俺の心臓が持ちそうにないで……え? 今何を撃ったんです……まさか!?』

 

「えーぇ、そうよ……ゲームセットよ!」

 

 寸分違わずに弾丸は標的を貫き、そして――最後のスケリトルドラゴンが倒れた。

 

『あ、あーあー! あああああ――! やられたッ、おのれミスト……ッ、謀ったな!?』

 

「精進が足りないわねぇ、さーってどういうお願いを聞いて貰おうかしらね~、ふふっ、楽しみだわ」

 

『ぐ、ぐぬぬぬぬ……い、今のはちょっと卑怯じゃ』

 

「戦場では卑怯も何もないのよ。……あらぁ? ひょっとして競争を持ちかけてきた○○が今更反故になんて、しないわよねぇ……?」

 

『ぐぬぅッ!』

 

「ふふふ、さぁ変顔はやめて私達もみんなの元に戻るわよ。絶対に、後で願いは聞いてもらうんだからっ!」

 

 気づけばもう東の空が明るみ始めている。日の出の時も近い。

 私はいまだに悔しそうな顔をする○○を差し置いて、さっさと移動し始めるのだった。

 

 

 

 ――だから、最後に○○が何かを呟いたかなんて分かりようもなかったのだ。

 

 

 

()()、か……すぐに叶えられる願いだと良いんだけどね』

 

 

 

 

 § § §

 

 

 

 

『敵軍の撤退を確認しましたっ、我軍の……我軍の勝利ですッ!』

 

「「「「「「うおおおおおおおおおおお~~~~~~~~ッ!!!」」」」」」

 

 戦場を揺るがす程の歓声が一斉に上がる。

 スケリトルドラゴン達を倒された敵軍は、過去の英雄達と現代の英雄達の力を前に太刀打ち出来ず、ついに総崩れとなった。

 

 一度は諦めかけていた皆の表情はかつて以上の明るさを取り戻し、全員が両手をあげて喝采の声をあげていた。

 

 

 そして戦後作業をそっちのけで始まったのは――過去の英雄達との歓談会であった。

 

 

 全員が全員、至る所で亡くなった友人、亡くなった恋人、亡くなった親類との再会を喜び、笑い……そして泣いた。流せなかった分の喜びの涙を、流して分かち合っていった。

 

「おっちゃんっ、おっちゃんんん~~……ッ、ひっく、お前ぇ、なんで死んじまったんだよぉ、ひっく、バカなあたしを庇って、それで死ぬなんて……アホすぎるだろうよぉ……ッ」

 

『だー、うっせ馬鹿野郎が。泣くんじゃねえよチビガキ……まああれだ、お前がそういう風になっちまったのはワシにも責任があった。だから柄にもない事しちまっただけだ』

 

「本当に柄じゃねえよ……! ばか、ばかぁぁぁっ……!」

 

『……やれやれ、昔っから本当泣き虫なのは変わんねえな。少しはその時のことを感謝しろってんだよ』

 

 アリアはかつての親代わりでもあるミグルドさんと二人で話し合っている。

 やっぱりと言うべきか、アリアは大号泣だ。あのミグルドさんがここに居るのも驚きだが、ひたすら困り果ててるミグルドさんを見るのも驚きだ。いつもガハハと笑いを絶えさせない人だったから……。

 

「「「副隊長なんで死んでるんですかぁっ!?」」」

 

『え、あー……ごめん、出先でついうっかり』

 

「「「うっかりじゃないですよぉッ!?」」」

 

 そしてこっちはこっちで本隊に合流した所で生き残っていたアリアドネ隊に遭遇。

 最初は私の姿を見て全員が喜びの顔を見せ、そしてすぐ横で気まずそうに頬をかいていた青白い体の○○を見て驚きの顔を見せ、そして今は全員が泣いて○○を詰問している。

 実のところ死を隠し通し続けるのかは○○に聞いていたのだが……『いやー、この体になったらもう無理でしょ。あと、大分ミストに負担になってるんでバラします! ただし、部隊異動してから死んだって事にしてください!』なんて軽い一言を貰ってるので、こうして皆に再会させている。ちなみに私はその言葉を聞いた瞬間に○○の腹に拳をめりこませていた。私の苦労を返して。

 

「大体ディオルド隊長に振られた後にミストルティン隊長をフって、居辛くなったからって別の部隊へ逃げるように異動ってどういう事ですか! その挙げ句向こうで死んじゃうって……、流石に酷すぎますよ副長ォ!」「クソメンタル過ぎますッ!」「隊長のどこがダメだって言うんですか!?」

 

『えっ、えっ……えっ? 何その……えぇ……、いや、ちがっ……いやミストさん、ミストさーん! ちょっと来てー! ミストさーん説明ー!』

 

 ……しまった。異動理由の事を話し合うの忘れてたわ。

 

「ま、まあ、そういう事だから」

 

『すいません何一つ説明になってないです。いや、分かるんですよ? 俺の願い聞き届けてくれたのは分かるんですが何か説明が雑じゃないかなぁ!? 美談の筈が恥談になってるじゃないですかぁ!?』

 

「ちゃんと聞き分けてやったんだから文句言わないで。それが一番納得出来る理由なんだからしょうがないでしょ。……大体普段のヘタレっぷりが知れ渡ってる時点で詰みなのよ、ヘタレ○○」

 

「「「ヘタレ副長ッ!!」」」

 

『があぁぁあぁぁぁッ!?』

 

 地面で転がり悶え苦しむ○○の姿は、本当にずっとその場に居たかのように自然で。私達はかつてのように自然と笑い合っていた……目に涙を浮かべて、だけど。

 あぁでも、これで私は……私達は元に戻る。そう思うと本当に心が軽く感じてしまう。

 

「ちょ、なんでっ、なんでなんでなんでなんで……ッ、なんでお前まで死んでんだよぉぉぉぉッ!!」

 

『あ、この声ディオルド様ふごぉっ!?』

 

 あ。そう言えばアリアの事も忘れていたわ。

 

「お前っ、お前しかミストは任せられないって思ってたのに、ちゃっかり死んでるとかッ、お前っ、ミストを残してっ、ほんとっ、どうするんだっ、どうするんだよぉっ!」

 

『ディオルド様ッ、ちょっ、殴るのやめっ、やめてっ……!? なんでここの人たちナチュラルに拳に魔力纏わせられるのッ!? 死ぬ! 嬉しいけど死んじゃうッ! もう死んでるけど死んじゃうぅぅぅッ!』

 

 アリアにとっても○○の死は衝撃だったようで。ミグルドさんとの再会であれだけ涙を流してたのに再度ボロボロと泣きながらマウントポジションで○○の顔を殴り続けている。大分痛そうだ。

 まぁ……自分の死を秘匿しようとした罰だと思いなさいな。私は絶対に助けてやらないから。

 

『テメェがクリストとかいう奴かぁぁああぁぁああぁああ!! なに勝手にチビガキを置いて逝ってやがんだテンメェェエエエェェッ!!』

 

『ギャァアアァァアアッ!!??』

 

 ふと目を離していたら○○は更にミグルドさんにもぶん殴られて空中を舞っていた。……いや、本当なんでだろう?

 

「おっさん何しやがんだ! そいつはクリストじゃねえっての、○○が死んだらどうしてくれる!?」

 

『あ? 何だ人違いかよ騒がせやがって』

 

『いや、死んでますけど酷すぎません? マジで成仏するかと思いましたけど! どうかしてるよアンタ!』

 

 実際ミグルドさんの鬼程痛い攻撃食らってぴんぴんしてる○○こそどうかしていると思うが。

 私は収拾が付かなくなった場を纏めるために、間に入る事にした。

 

「はぁ……ミグルドさん、相変わらず親馬鹿こじらせてるんですか?」

 

『げっ、ミストじゃねえか。おめえも相変わらずちっこいまんまだな……いや、別にそういう訳じゃねえが、まあ……なんだ? チビガキはほら、まだ恋とか早いっつーか』

 

「もうアリアは20歳でいい大人です。そこは素直に祝福してあげてください、クリストは別に悪い奴じゃあないですし」

 

「そうだぞおっさん! あたしはもう大人! クリストは良い奴! あたしは結婚!」

 

「あんたはとりあえず涙拭きなさいよ、何言ってるか分かるけど分からないわよ」

 

『ぐ……だがなぁ』

 

「人一倍アリアを気遣っていたミグルドさんの優しさは分かっています。目を離せば何をするか分からないアリアも一日たりともミグルドさんを感謝しない日はなかったとは思いますよ。でも、もうアリアは独り立ち出来ます、親友としてそれは保証します。あと……」

 

『?』

 

「アリアもミグルドさんも、これ以上うちの副長を殴るのは辞めてもらっていいですか? ……また死なれたら、私が困るんです」

 

『え……?』

 

 まだ痛そうに頬を手で抑える○○に体を寄せ、私は宣言する。

 自分の顔が熱くなるのが分かった。だけど、それでも譲れない。

 もうこれ以上、○○と離れ離れになってしまうのは……絶対に嫌だから。

 

『み、ミストのデレ……これ以上ないデレとか……やべぇ可愛』

 

『――テメェ、ミストを好かせた上で亡くなってやがんのか、面ァ覚えたぞ……ッ』

 

『ヒィィッ!? いや、でも俺の本命はディオルド様で……』

 

『アァァッ、しかも二股野郎だとォッ!!?、決めたテメェはぜってぇ地獄を見せてやるッ、こっちに来い!! 性根を叩き直してやらああぁッ!!』

 

「「いい加減にしろッ!!」」

 

 私の銃とアリアの槌が同時に暴力を発現させ、二人の英雄はその場で正座することに相成った。

 そうやってわやくちゃになりながらも再会を喜んでいた所、新たな人影がそこに現れる。それは――、

 

 

「クリスト! ミーナ! キキ!」

 

「アリアさんっ……!」「アリアちゃん!」

「はぁ、どうやら無事だったようだね……」

 

 ミーナに肩を貸しながら現れたキキとクリストだった。

 クリストもキキもやはり心配だったのだろう、息を切らしながら生きているアリアの姿を見て涙ぐみ……そして、そのまま迎える形で飛び付いていったアリアに、ミーナごと抱きつかれていた。

 

「ありがとうございます、ありがとうございますアリアさん……っ!」

 

「よかった、よかったよ……信じてたよクリスト、信じていたよミーナ……ッ! キキもありがとうなぁ!」

 

「ディオルドさん、ありがとう。耐えてくれてありがとうね……えへへ、生きてて、本当に良かった……!」

 

「本当にしぶとく生き残ってくれたもんだね……でも、私も素直に祝福するよ。よく帰ってきてくれた」

 

 四人で崩れ落ちながらも抱きつきあう姿を見て、不覚にも私も涙を禁じ得なかった。

 隣に立ち尽くす○○も滂沱(ぼうだ)の涙を流して……うわ汚ッ、鼻水まで出してる。

 

『尊い……尊いよぉ……すこすこだよぉ……、うっ、うっ……よかった、本当によかったよぉ……』

 

「……一番の功労者はあんただとは思うけどね。あんたが居なかったら死んでいたのは違いないし」

 

『俺はゴミっすよ……っ、ただ知識としてみんなより物知りなだけのゴミだよ……ッ、それにみんなが頑張ってるから尊いんです……絆が深まるんです……』

 

「相変わらずよくわからない事を言う……それよりも、あんた。言わなくていいの?」

 

『……ぐすっ、ぐすっ……え? 何を……ですか?』

 

「アリアへの告白よ。結局言えてなかったでしょ」

 

 その言葉を○○は理解できていないのか、ぽかんと大口を開けてこっちを見ていた。

 あまりにも間抜け顔がすぎるわ。

 

『……え、えーっと……なんで? っていうか……えっとディオルド様とクリストはもう結ばれて』

 

「ないわよ」

 

『えっ』

 

「戦争が終わってから返答するって。まだ保留状態よ」

 

『……そ、そう来たかぁッ……! いや、まあソシャゲ主人公だしな! 確定ルートとか行くわけないかッ、クソ、ハーレム野郎めぇぇ……』

 

「あーもう、すーぐ訳解んないこと言う……だから、言ってきなさいよ。ひょっとしたらクリストが先んじて告白し返すかもしれないわよ。ほら、場の雰囲気って奴があるじゃない」

 

『……え、えぇ……いや、でもヘタレオブヘタレクリストがそんな』

 

 

「アリアさん……ッ、そう言えばその、返事ですけど」

 

「クリスト……?」

「ク、クリスト……まさか?」 

 

 

「ほら早く言って来なさいッ! 本当に始めそうよ!?」

 

『えぇぇぇー……いや、だって俺は……俺としては、ディオルド様にはやっぱりクリスト様と居てもらった方が幸せに……だから』

 

「自分に嘘つく暇があったら――さっさと行ってきなさーいッ!」

 

 私は残り少ない魔力を纏わせて○○の尻を蹴り上げると、「ひぃん」と()いた後、○○がクリスト達に近づく。向こうも○○の姿に気付いたようだ。クリストは青白い○○の姿を見て「そんな……○○さん……」と涙を滲ませていた。

 

『あー……お話し中すみませんクリスト。久しぶりです……えぇと、すいません俺おっ死んじまいした』

 

「……貴方は、とても優秀でした。この戦いに勝てたのは○○さんのお陰と聞いています、感謝してもしたりません……ッ、ですが、失うものが大きすぎますよ……ッ」

 

『……うん。俺の油断のせいです。本当に申し訳ない、それでも俺の力は微力に過ぎません。クリストの力あってこそですよ。それよりも……』

 

「そんなことっ、そんな事ありませんっ……僕なんて、僕なんてみんなにろくな命令も出せなくて……どんどん、僕の命令で死なせてしまって……それでっ……!」

 

『いや……幼い貴方がするには、この戦は過酷すぎます。失敗もするでしょう。ですがそれでも、私達は『クリストは上手くやれてる、命を預けるに足りる存在だ』と口を揃えて言うでしょう。ところで……』

 

「でもっ……それでも、みんなの期待に応えられるほど僕はっ」

 

『あー! あー! うじうじと五月蝿えんだよクリストお前は俺よりぜんっっぜんすげえよ、いいから誇れよ! こんなクソ難易度の戦いにこれだけ生存者残すだけでも勲章100個貰っても足りねえくらいの偉業なんだよ俺なんか全滅100回じゃ足りないくらいだったぞとにかく凄え奴なんですよあんたは!! 分かれよいいから!! はい、再会の挨拶終わりぃっ! それでなんですけどちょっとディオルド様をお借りしていいですかぁ!?』

 

 あらんばかりの称賛なのか怒りなのかを分からないものをぶつけられて、目を白黒させたクリストは「あ、はい」と頷くのが分かった。

 ○○は一度大きく深呼吸をすると、覚悟を決めた表情でアリアに向き直った。

 

「な、なんだよぉ……○○。○○もハグしたいのか?」

 

『したいで……いや、滅茶苦茶したいですけどもそれよりも、お伝えしたいことがあるんです』

 

「ぐすっ……これ以上驚愕の事実とか、もう泣き疲れて眠っちまうから勘弁しろよぉ……」

 

『いや、まあ多分驚愕じゃあないかもしんない内容は喋るんで、その、良いですか』

 

 目を真っ赤に充血させたアリアがこくりと頷いたのを見届け、○○は息を吸い――そして、言った。

 

 

『ディオルド様……いえ、アリアさんっ! 私、○○は……ずっとずっと、貴方の事が好きでした! 好きで好きで好きで、こじらせるくらいには貴方のことを愛しておりましたっ! 死んだ今も、そうですっ! どうか、俺とそのっ、えっと……けけ、結婚を前提に付き合って貰えないでしょうか!』

 

 

 騒がしかった周りが更に歓声で包まれる。

 口上を考えてなかったせいか、緊張のせいか……一息では言えず、つまりつまりだけれども。

 それでも言い切った○○は大きく腰を曲げてアリアへと手を差し出していた。

 夢で見たのとほとんど同じような告白なんだ、と私は思いながらも、ミグルドさんを抑えつつその行く末を見守る。

 

 ――すると……しばらく動けなかったアリアに動きがあった。

 

「ありがとう。……ありがとう○○。あたしを好きになってくれて、色々支えてくれて」

 

『――――』

 

「でも、ごめんな。気付いたらあたしはクリストに夢中になっていた。○○の好意は嬉しいけど、あたしはその手をとることは出来ないよ」

 

『――――』

 

「だから……ごめんなさい。これからもお友達で、いや良き親友であり続けてください」

 

『――――』

 

 切なげに笑い、そしてきちんと返事をしたアリアを前に、○○は依然として姿勢を崩さない。……だけど、数十秒してその手をくたり、と下げて……顔をあげた。

 その顔は意外なことに非常にすっきりした顔だった。

 

『いや、分かっていました……一時期からあなたの心はずっとクリストに向かっていた。俺の心もずーっと貴方に向いていたけれども、振り向かせる勇気も無くて、俺はずっと怖気づいていた。だから、当然の結果です』

 

「あたしもあんだけ思われていたんだなって後で気付くくらいに鈍感だったからな、あたしにもうちょっと察する力があったら、もしかしたら、もあったかもな?」

 

『やめてください、改めてこれで振り向いて頂いたら俺は嬉しいですけど、ディオルド様は恋人になった瞬間に未亡人ですよ、申し訳なさすぎて死にたくなります』

 

「もう死んでるのにな! あっはっはっは!」

 

『あっはっはっはっは!』

 

 お互いに涙を浮かべて笑う二人は完全に吹っ切れたかのようで朗らかな表情をしていた。

 私は呆れが半分、微笑ましさが半分の表情を浮かべている事だろう。

 でも、○○がこうして自らの気持ちに向き合う事ができたのは、素直に喜ばしいことだと……私は思った。

 

 ただ続く二人の会話を聞いた瞬間、私は驚愕に包まれることになってしまう。

 

「でも○○は死んじまったけど、これからもあたし達の事を支えてくれるんだよな? 夜限定になるかもしれないけどさ! 頼むぜ親友、お前さんがいてくれれば百人力だぜ!」

 

『――――』

 

「……あん? ○○?」

 

『……ごめんなさい、ディオルド様。それは出来ません』

 

「え? そりゃ一体どうして……」

 

 

 

『俺達がこうして居られるのは後一時間もありません。朝日が登りきった頃、俺達はまた、ただの死者へと戻ってしまうからです』

 

 

 

「――え」

 

 

 

 § § § 

 

 

 

「……当然といえば当然の摂理だね。反魂の術をかけた術者は既に死んだ。本来ならその時点で霧散してもおかしくないのに……ゴーストとして意識を保って、かつこちらと共闘出来てた事自体が奇跡と言えるだろう」

 

「そ、んなっ……! ま、○○……○○さん、なんとか、なんとかならないんですか!?」

 

『……すいませんミーナさん。こればっかりは無理なんです。それに、ほら……』

 

「あ……」

 

『もう透け始めている。俺達の体も限界が近い……だから、もしも他に言い残した事がある人がいれば、今のうちに』

 

「○○、さん……ッ」

 

「そんな、そんなの言い足りねえくらいあるよっ! 一晩でも、二晩でも、一週間ぐらいずっと、ずーっと不眠不休で話しても足りないくらいッ! そんな、そんなのってないだろ!? なぁ、おっちゃんも根性でなんとかしてくれよ、なぁっ!」

 

『……悪いなチビガキ、そこの糞二股野郎の言う通りだ。自分でもなんとなく分かる、体がなくなっていく感覚ってのが……だから、ま、お別れだな』

 

「…………」

 

『ミスト……すみません言い出せなくて。ずっと誤解させてしまったのは本当に申し訳ないです、こういう事は先に言えって奴ですよね……はは、は、お、ゎぁ!?』

 

「ミストちゃん!? どこに!?」

「お、おいっミスト!?」「ミストルティンさん!?」「……」

 

 

 

 

 私は走った。○○の手を取って、ただひたすらに走った。

 差し迫る朝日から逃れるように、光の差し辛い森林へと。

 

 確かに少しは考えていた。「○○がいつまで居てくれるのか」って事を。

 それでも、蘇った○○があまりにもいつも通り過ぎて、これからも○○が隣に居てくれるのだという漠然とした期待が大きすぎて……ずっと考えないようにしていたのだ。

 

 考えが現実となった今もそうだ。

 

 ○○が言ったことを信じられなくて。

 ○○が言ったことを信じたくなくて。

 ただずっと、○○との未来を守ろうと、私は走り続けた。

 

『ミスト、ちょっ、どこへ……どこへゆこうと……ッ』

 

「――――」

 

『ミストルティン!』

 

「……ッ、朝日が当たったら消えちゃうって言うなら、当たらない場所にいれば、いいじゃないのっ!」

 

『――っ』

 

「私は、いやよっ! 折角あんたが戻ってきたのに、またあんたが居なくなるのなんてっ、そんなの、そんなの耐えられないッ!」

 

『ミスト……』

 

「この先に、この先に行けば洞窟があるからっ、不便はかけるけどっ、そこに居ればきっと、ずっと一緒に……ッ」

 

『……ッ! ミストッ! もういいんだ!』

 

「何がいいのよ、良い訳が……ッ!?」

 

 するり、と掴んでいた○○の手が抜けた感覚がした。

 私はその感覚が余りにも恐ろしいものに感じてしまい、急ぎ振り返れば……案の定、○○の右手がなくなっていた。

 

 私の心は今日一番の痛みを発し、気付いたら、私は○○に抱きついていた。

 体温のない体が、魔力を込めていないと抱きしめることも出来ない体が、あまりにも冷たく感じてしまう。

 

「あ、あぁ……っ、あぁああぁああぁ……っ! 消えちゃ、消え、消えないで……っ」

 

『……仕方ないんだ』

 

「嫌よ。いや、いなくなったら嫌、いやなの……いなくならないでっ……!」

 

『……』

 

「いなくならないでよっ、一人に、しないでよっ! ○○がいなくなったら……私は、私はっ!」

 

『ミストは一人じゃないよ』

 

「違う、違うのっ……! それでも嫌なの……あなたがいない世界なんて、考えたくないのっ!」

 

『大丈夫さ、きっとミストならやれる。俺が保証するよ』

 

「~~~……ッ! そ、そうだ! さっきの賭け! 私達は賭けをしたわ、お互いに負けた方が何でも言うことを聞くって! だから、私の命令を聞きなさい! 『○○はずっと私の傍にいる事!』 これが命令よ!」

 

『……』

 

「絶対に、絶対に破っちゃだめだから、だからさっさと命令を聞いてっ、何とか生き残る手段を考えなさいよっ! チートを持ってるんでしょっ!? なんとか出来る手段ぐらい、あるんでしょ!?」

 

『……ごめん。その命令は聞けない』

 

「なんでっ!? なんでよっ、何で命令を破るのよっ、約束、したじゃないのっ、言うことを聞くって!」

 

『知らなかったのかミスト。俺は……少しだけ嘘吐きなんだぜ』

 

「そんな事、今までなかったじゃないのっ、何で今日だけ、嘘つくのっ、いっつも約束は、守ってたのに、どうして肝心な時だけっ、~~~ッ、いやだっ、やだっ、いやだいやだいやだぁっ、う、あぁ、あぁああああああああ――ッ!!」

 

 私は大声をあげて、○○の胸に顔を擦り付けるようにして泣いた。

 本当に今までの分の涙を、一生涯分とも思える分の涙を、流し続けた。

 ○○はその間何ひとつ話さず……ただただ私にされるがままに、その場に居てくれた。居てくれる、だけだった。

 

 何も分からず戦場に投げ出されていた○○。

 生意気を言ってマラソンをやり通そうとした○○。

 訓練で私に反抗しながらも、常に努力を怠らなかった○○。

 戦場で私達に追いつこうと必死に頭を巡らせていた○○。

 アリアと一緒にお酒を飲んで馬鹿騒ぎする○○。

 副長となるまで上り詰め、みんなを引率する存在になった○○。

 傷心の私を慰めるために、わざわざ探し出して抱きしめてくれた○○。

 アリアを庇い、私の膝の上で息を引き取った○○。

 

 今までの過去の記憶が、過去の想いと共に、私の中を終わり無くぐるぐると回っている。

 

 ○○の体越しに見る東の空はもう、茜色にすっかり変わっているのが分かる。

 朝を知らせる鳥達も目覚め始めているのか、鳥の声が少しずつ森の中を満たし始めている。

 

 ――やめて、来ないで。朝なんてこないで! ずっと夜のままでいいの!

 

 ――太陽なんてもう見れなくてもいい! 

 

 ――○○が居てくれるなら、私はずっと、ずっと()()()()()()()()()()

 

 だけど、そうしている間にも徐々に光は闇を払拭(ふっしょく)してゆき、彼の体が徐々に光の粒子と共に消えていくのが分かる。

 あと何分、こうしていられるのだろうか。

 この何分が、永遠になってくれれば……それなら……でもっ!

 

『……ごめん。ごめんなミスト。もう、どうしようもないんだ』

 

「……」

 

 でも○○は。諦めの悪い筈の○○は、諦めてしかいなくて。

 

『その、何だかんだで……俺は、ミストにここまで好かれて……ここまで思われて。凄い幸せな奴だと、今更ながら思ってる……思わせておいて、逃げるように消えちゃうのは、本当最低だけどな』

 

「……」

 

『この際だから……言うよ。俺はこの世界で自分の事を異物だと思ってた。言ってしまえばこの物語が認められない読者が書いた、落書きみたいな存在? だから、何というか自分の努力も、自分の献身もどこか、他人事みたいな感じで……この世界で生きてる人も、ずっとただの登場人物のようなものだと思って、みんなに接してた』

 

「……」

 

『でも。違った。みんな生きていた。あれだけディオルド様を熟知したつもりでも、ディオルド様についてでさえ全然理解できていなかった。知っている人も、知らない人も。みんなみんな考えていて、みんなみんな悩んでいて、みんなみんな必死に生きていて……決まった物語で、決まった反応を返すような、ただの役者じゃあなかったんだ』

 

「……そんなの、当たり前よっ」

 

『だろうね……でも分かってなかったんだ。だから、ディオルド様に本当に恋をした、その時の苦しみに、ミストに好意を持たれていることの喜びに、本心で向き合えなかった』

 

 

 

『そして、ソレを気付かせてくれたのは……ミストが最期に俺を看取ってくれた時だったんだ。本当、遅すぎるよな』

 

 

 

「……ほんとう、よっ、ばか……ばーかっ、今更、そんな事、きづくなんて、頭はいいのに、ばかなんだからぁ……っ」

 

『手厳しい。いや、全くだよ。だから、まあその、俺はずっとずっとミストに感謝してるんだぜ? 色々迷惑もかけっぱなしだし、頭が本当あがらねえ。最高だよミスト、お前さんはよ』

 

 涙でぼやける視界の中、抱きとめても腕の中から消えていく○○を見て……私も、ようやく理解し初めていた。もう、どうしようもないと。

 両足がなくなり、上半身が残された○○は、それでもニッコリと笑っていて。私もそんな○○に心配かけないように笑わないと、と思って何とか笑みを見せた。

 

『うん、今日一で可愛い笑顔だぜミスト』

 

「今日二は?」

 

『俺を洞窟で褒めちぎってくれた所の表情』

 

「普段からそういう気の利いた台詞が出せるなら、アリアもすぐに落ちたのかもしれないのに」

 

『慣れてないからね、恋愛なんて両手どころか一本指分しかしたことない』

 

「それもアリアだけね」

 

『一途なんで』

 

「知ってる」

 

 

 空は明るみ、茜色から藍色へ変わり……○○は既に肩より上しか残されていなかった。

 だから――私は最後に、質問をすることにした。

 

「ねえ。○○……私は、前も言ったけどあんたの事が好きよ。……○○は私の事は、好き?」

 

『……うぇっ、えっと………………………………まあ、好きですね』

 

「それは、物語の登場人物としての好き? それとも異性としての好き?」

 

『……』

 

「好意、ぶつけられるの本当に慣れてないのね。あんだけ他人にはぶつけられるのに」

 

『……慣れてないからね。その……』

 

「うん」

 

『…………』

 

「早く。時間稼ぎしてたら、本当に消えちゃうわよ」

 

『やべ……ッ!? あーえーっと、えーっと、あれだ……お、俺もその異性として、好きです!』

 

 光の粒子が辺りに四散してゆく。

 慌ててまくしたてた○○は、もう顔しか残っておらず。

 そして丁度、その言葉を言い切った直後、朝日が私達を覆う闇を塗り替え――、

 

 

 

「――うそつきっ」

 

 

 美しい朝日に照らされたその場所には、もう、私以外誰も居なくなっていた。

 

 私は二度、三度と自分の袖で顔を(ぬぐ)い――それでも足りなくて四度、五度と拭ってから……残っていた分を絞りだすように、静かに泣いたのだった。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 § § §

 

 

 

 

 本格的な冬がやってきた。

 敵の大攻勢を退けた後、敵軍の動きは格段に緩くなった。

 当たり前ではあるが、あれだけの大軍を失った後にすぐに動ける訳もないようだ。

 

 敵も味方も、今はお互いに力を蓄える時。

 

 恐らくこの冬を超えた頃にまた次の四天王による攻勢が始まるのだろう。私達も失った分、疲弊した分新たな力を蓄えなければ。

 

 

「……」

 

 

 私の前にはまだ若い木……魔法樹がある。

 第二の四天王襲撃後、残された○○の銃を再度同じ場所に突き立てた所、銃は役目を終えたとばかりにメキメキと成長し、そして一本の若い木になった。

 

 粉雪を積もらせたその木の根本には色々な人からの献花や、酒、お供え物が大量に置かれている。○○の死が改めて皆に知らされた結果、連日○○を惜しんでお供えをしにきてくれている人が居るようだ。

 

 私もここ最近は毎日ここに来ている。こうして雪が降る日も、暇があれば。

 我ながら女々しい事だと思うけど……でも、もうしばらくはこうしていたい。……少しぐらいは許されるわよね。

 

「――あ。ミストちゃん、やっぱりここに居たっ」

 

「あら、ミーナ。怪我はもういいの?」

 

「うん、毒も抜けたし、怪我もほとんど治ったし。ずーっとベッドで寝てると逆に疲れちゃうから」

 

「あんたも大概頑丈ねぇ……」

 

「暗殺者は体が資本!」

 

「この軍の中で体を資本にしてない人なんて逆に居ないでしょ」

 

 最後まで私を親友と慕ってくれたミーナ、それにキキとは、あの後仲直りした。

 お互いにお互いがギスギスしていたままで居られる程、今後も楽な戦闘はないだろうし……それに、お互い悪いところがあろうとも、やっぱり私も仲が悪いままでは居たくなかったから。

 

「じゃん! お供えですっ!」

 

「……出たわね、アリアのプロマイド。幾ら○○が好きだったからって」

 

「でもあの人お酒も嗜む程度で好きってものがこれ以上になくて……」

 

「アリアが嘆いてたわよ、みんながプロマイド贈りすぎるから、この木の周りいっぱいがアリアの写真だらけで、『え、これあたしのお墓か……!?』って」

 

「あははは……う、うん。ちょっと控えておこうかな。じゃあこのお酒だけで……」

 

「そうしておきなさい」

 

 そうして、二人で魔法樹に向かって黙祷を捧げる。

 ほろりほろりと降り落ちる粉雪の中、言葉もなくこうして二人で居る空間がどこか心地が良かった。

 

 

「……ね。そう言えば……クリストが返事の事言おうとしてたじゃない、あれってどうなったのかしら」

 

「あぁ~~……………言わなきゃダメ?」

 

「その微妙な表情を見たらますます知りたくなったから、ダメ」

 

「んっと……分かった……うん。クリストは応えてくれたよ。アリアちゃんを大事にするって」

 

「あ、あら……そ、そう……」

 

「でもその後に言ってくれたの、私の事も大事にするって……」

 

「えっ? そ、それって……!?」

 

「そう、事実上の二股宣言だよミストちゃん! でも二人の事は優劣つけられないって、真剣に悩んで、どっちも大事だし、どっちも失いたくない! 二倍頑張って、ふたりとも幸せにするー!って言ってさ!」

 

「それでいいの!? いいのミーナ!?」

 

「本当はよくないよっ、良くないけど……良くないけど真剣に悩んでくれて、それであんなに真面目な表情で言われたら……っ、断れないよーっ! ディオルドさんはもうノリノリだしぃーっ!」

 

 わいのわいの、きゃーきゃーと二人で盛り上がってしまう。

 何だかんだでミーナは満更でもなさそうなので、多分大丈夫なんだろうけど……うーん。クリストとは一回サシで話さないといけないかしらね……。どちらの親友としても、釘を刺すつもりで。

 

「あ。ミストちゃんもうすぐお昼だし……一緒にご飯食べない?」

 

「そうね……じゃあ折角だしお相伴に預かろうかしら」

 

「よかった~、実は私、お嫁さん修行も始めてまして~」

 

「えぇ~……私実験台になるの、嫌なんだけど」

 

「美味しいって多分! ……あれ? ……あの樹の所……なんだろ?」

 

「ん?」

 

 ふとミーナが樹上を指差す。すると、そこには枝の一つに球体がぶら下がっていた。

 分岐した枝、というよりかは別の小さな植物がくっついてできたそれには幾つかの橙黄色の果実がなり、彩りのない魔法樹に少しだけ彩りを与えている。

 

「あぁ……ヤドリギよ」

 

「ヤドリギ? へぇー……あれが」

 

「珍しいわね、私も自生する植物としては初めて見たかも……どうして魔法樹についたのやら」

 

「誰かが魔法樹にヤドリギ弾でも打ち込んだとか?」

 

「そんな事する馬鹿はうちの隊には居ないと信じたいけどね。……まあ、行きましょうか」

 

「うん!」

 

 

 私達は雪の地面を踏みしめながら、その場を後にする。

 ミーナと他愛もない話をしながら林を抜けて、砦に向かう……その前に。

 

 

「ミストちゃん?」

 

「ごめん、ちょっとだけ待っててくれる?」

 

 

 私は気付いたら足を止めており。

 踵を返し、元の場所へと向かっていた。

 

 ざくざくと雪を踏みしめ、足跡を乱暴に残しながらも来た道を戻る。

 そしてたどり着けば依然として鎮座している魔法樹。

 

 私は雪の降る中、息を切らしながらも、ゆっくりと樹の元へと近づけば――、

 

 

「――本当は逆からなんだからね、○○」

 

 

 ヤドリギの下で、その幹に小さく唇を落としたのだった。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 




 自分が思うとっておきの展開を。
 自分がその時その時に抱いた衝動と共に詰め込みました。

 非常に疲れましたが、こうして一作品を完結させられたのは素直に嬉しいです。
 読者の皆様の過大な評価、感想、支援、本当に励みになりました。
 皆様のお陰でどうにか拙作を完結までこぎつけられたと実感しております。

 読んでくださった全ての読者様に心からの感謝を。
 また引き続き別の作品は書こうと思っておりますので、その時にお会いできればと思っております。
 改めてありがとうございました!


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