闇ニ花ヒラク蒼薔薇 (サボテンダーイオウ)
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標的01銃と黒猫と紅いリボン

なんだか大切な何かを忘れてしまったような気がする。

たゆたう意識、私という人格が何もない真っ暗な闇の中糸の切れた風船のようにふよふよと漂っている。周りは混沌とした闇ばかりでただただこの身を委ね流される。

それが心地いいのだ、何も考えなくていいから。

『アレ』を思い出さなくていいから

ふと思った。アレってなんだろう?

 

『オモイダシテハダメアナタガコワレテシマウ』

 

『オモイダシテハイケナイアナタガキエテシマウ』

 

私の思考は強制的に何かによって止められてしまった。

また心地いい眠りが私を深く暗いところへ誘う。まるで麻酔のように。

それもいいかもしれない。何も考えずただただ深く暗い場所へ埋まろう。

そうすれば何も思い出さなくてもいい。心に【また】傷を負わなくてすむのだから。

 

『駄目よ』

 

誰?

 

『眠らないで一人にしないで』

 

…起こさないで。私は眠りたいの。

 

『貴女にはワタシがいるわ』

 

……やめて、構わないで…。

 

『起きて起きて頂戴、ワタシの為に』

 

………やめてっ!

 

『お願い、お願いよ。ワタシを忘れないで』

 

やめてぇぇぇえ―――!

 

 

あれ、私なんでこんなところにいるの?

気がつくと建物が入り組んでいる薄暗い路地に座り込んでいた自分の状況が把握できないあの時確かに私の体を何かが貫いたはずなのに、あのとき契約を結んだ代償として何かを取られた私。

服を大量の血液が真っ赤に染めていく中何かを助けるため、無我夢中で心臓に刺さった剣を抜いた。それ以降まったく覚えがない。というか記憶がごっそりと抜け落ちている。

ふと、考える。私は、誰を助けたかったんだろう、と。

 

大切な、『ナニカ』を…だれかを…忘れているような気がする。それは命よりも大切でずっと守ってきたもの。誰にも何者にも譲れない宝物のようなもの。

 

おもいださなければ、必ず思い出さなければ。

 

その時頭を鈍器で殴られたかのような痛みに襲われる。

 

「-――っ!!」

 

いたい!いたいぃ――!

鳴り止まない痛み。収まることはなくむしろだんだんと痛さを増していた。

 

ぁぁあああああ――!

 

爪が皮膚に食い込むほど力が込められ頭を抑えるところからかすかに血がにじんでいた。

だんだんとエスカレートする痛みに意識を失いそうになった時、ちりん、清浄な鈴の音がなった。

 

「……っ…?」

 

するとどうだろう、不思議なことに痛みが引いていくのだ。さっきまでの頭痛が嘘のように消えていく。どうして、と戸惑う私の耳にある生き物の鳴き声が入った。

 

「にゃー」

 

ふと振り返ると猫。真っ黒で瞳が赤い銀の鈴をつけた小さな子猫がいたのだ。

 

「にゃ」

 

その猫は軽い足取りで私の膝の上に乗る。

警戒心の欠片もないあどけない顔して私をじっと見上げてくる姿に毒された私は柔らかい身体を撫でた。猫は、逃げなかった。それどころか撫でられることを心地よいと思っている様子につい、表情が緩んだ。

子猫の毛はわずかに水っけあり濡れていた。雨など降っていたか?

この場所は薄暗くて分かりにくいが雨など降っている気配もなければ降る気配もない。ただ、匂いが、ね。

 

だがいつまでもこんなとこに座りこんでいるわけにはいかない。

明るいところにでなければ。子猫を抱き上げて立ち上がろうと足に力をこめた時、ふと違和感に気づいた。

 

カツン、カツンと靴音が響くのだ。しかも誰かがこちらに近づいてくる。

なぜだか本能が訴えるのだ。私に害成す者がやってくる、と。

 

「だれかいるぞ!」

 

叫び声とともに複数の足音になった。

 

「フゥ―――――!」

 

腕の中の子猫がうなり声をあげて警戒している。

足音が近づき、相手の服装などが見えてくる。黒いスーツにサングラス。

なんかやばくない?

ぞろぞろといかつい顔したおっさん集が来た。

あれ、なんか異様にこいつら身長高くね。あっ、外国人だからか。

 

「おい、全然違うじゃないか!ただの薄汚いガキだ」

 

「っち!誰だ!?キャバッローネのボスだといった奴は!」

 

はい?キャバッローネ?なんか聞いたことあるんだけど、何処でだろう。

 

「あの跳ね馬め!どこ行きやがった!?」

 

跳ね馬?跳ねに馬?どこぞで聞いたことがある名前だ。

 

もしや、ここは……!?

 

只今最大のピンチだと思う。なぜかイカツイおっさんどもに囲まれ身動き取れないのだ。

腕の中の子猫もさっきから毛を逆立て威嚇している。

 

「おいこの餓鬼なかなか上等なやつじゃないか?」

 

餓鬼とは私の事、なのだろうか。

 

「そうだな。汚れちゃいるが将来いい女になりそうじゃないか」

 

さっきからなんなのだ。非常に不愉快だ。餓鬼呼ばわりされることと上から偉そうに見下ろしている事。全然検討つかないんだが、……ふと思考にふける私に魔の手が忍び寄っていることなど気づかなかった。

 

「おい。お前こっちにこい」

 

男がこちらに近づき私の腕を掴もうとする。その時、抱きしめていた子猫が飛び出し相手に勇敢に飛び掛かった 。

 

「フシャ―――!」

 

子猫ちゃんっ!

 

伸ばした手は届かず子猫ちゃんは男の手にガブリと勢いよく噛みついた。

 

「いてっ!?このっクソ猫がぁ!」

 

相手の手に必死に食らい付くが小さい体が今にも振り落とされようとしている。

 

「離しやがれ!」

 

小さな体を乱暴に捕まれ地面へと叩きつけられそうになる。

 

ダメ!

私は転がるように男の方へ向かい子猫を受け止めることに成功した。

 

「……にゃ…」

 

弱々しい声で鳴く姿に胸が締め付けられそうになった。私を庇う為にこんな小さな体を張ってまで守ってくれた。それをただ見ることしか出来ずどうすることもできない無力な私。

 

…ごめん…と謝ることしかできない。私は弱い。無力だ。

力が欲しいと強く願う。欲する。

力があればこんな奴らなど一捻りなのに。誰かを悲しませずに守れるのに。

 

不意にどこからか聞こえてくるのか分からない謎の声が耳に入ってきた。

 

『力がほしい?』

 

私と同じような声だけど私ではない誰かだった。

誰と私は心の中で尋ねる。

 

『圧倒的な力がほしい?全てを破壊するこの力がほしい?』

 

……欲しいわ。無力じゃ誰も守れない。弱虫な私は認められない!

 

『それが貴女を傷つけ苦しめることになっても?』

 

構わないわ。自分がどうなったとしても大切な人を守れるならこの身捨てることさえ本望だもの。

 

『わかったわ、貴女にこの力をあげる』

 

……貴女は、誰?どうして私を助けようとするの。

 

『貴女はやっぱりそうなのね。自分を犠牲にし、他者の為に命を賭ける。そうでしか生きられないよう呪いを掛けられている』

 

え?

 

『それがどんなに愚かしいことか、それがどんなにつまらないものか貴女は知らないわ』

 

何を、言っているの。誰かの為に生きるって最高な事じゃない。誰かに必要とされることがなぜいけないの?

 

『でもそんな無垢な貴女だから愛おしい。なにも知らない貴女だからこそ守りたい』

 

私の何を知っているというの。私を知らない癖に!

 

『フフッ、ワタシは貴女をよく知っているわ。貴女が自分自身を知らないよりもずっと。―――眠って。深く誰も踏み込めないところへ』

 

その言葉が終わった途端、急に意識が遠くなっていく。引き寄せられるように眠りは降りてくる。

 

『安心して、あとはワタシが全て終わらせるから』

 

◇◇◇

 

子供は虚空を見つめたまま、先ほどから地面にへたり込み反応がなくまるでアンティークのビスクドールのような美しさを放っている。異様と言えば異様だ。生きているような気がしないのだ。黙っていればなおさらにそう思える。

 

「おい、さっきからこいつ黙ったまま、動かないぜ?」

 

「恐怖ですくんで動けねえじゃねえか。おら!立ちやがれ」

 

仲間の一人が子供の髪を引っ張り立たせようとする。

だがすぐに仲間の鋭い悲鳴が響いた。

 

「ぎゃあっ!」

 

「どうし、うわぁ!」

 

「てがぁ!俺の手がぁぁあぁあ――!?」

 

仲間の手が、子供の髪をひっぱっていた仲間の手が綺麗に手首から上が無くなっていたのだ。いや、綺麗に切られていたといって方が正しいか。切断部分が見事にまっすぐで骨が浮き彫りになっている。

 

俺はすぐに銃を取り出し、痛さに体を蹲らせて「俺の手が、手がぁぁあああ!!」と呻くばかりの仲間を横目に辺りを警戒した。走る恐怖にまともな判断ができずにいた。

 

「誰だ!?どこにいやがるっ!」

 

考えられない。刃物など見当たらないのだ。勿論、襲ってきた不審な人影だって何一つない。そう、俺たちしかいないはず―――。だがその考えは間違っていた事を思い知らされる。ここには俺たち以外にまだ動ける人間がいたのだ。自分よりも遥かに年下で獲物と思っていた餓鬼。

 

不意に言いようのない恐怖が俺を包んだ。あの子供の声によって。

 

「フフッ」

 

まだ子供特有の含み笑いが俺の耳に入り反射的に銃口を奴へと構えた。

 

「ひっ!」

 

口から漏れる俺の声に餓鬼は面白そうに笑った。

 

「汚い手でワタシに触れるからよ。イイざまぁだわ」

 

餓鬼は乱れた髪の隙間からアメジストの瞳を妖しく輝かせ、せせら笑う。

コイツは悪魔だ。コイツがやったんだ!

俺は本能で察した。ヤバい奴だと。殺すしかない、殺してこの場から逃走するしかない!

 

そう思った俺は躊躇わずに引き金を引いた。餓鬼の頭に一発目がけて。銃弾が放たれた、はずだった。だが何度引き金を引いても弾は出ない。

 

俺は何度も何度も引き金を引く。悪魔に向けて。だがついに奴のどたまに風穴開けることができなかった。

 

「クソッ!」

 

俺は舌打ちしながら銃を横に投げ捨てジャケットの懐から簡素ナイフを取り出す。だたの餓鬼だ。ナイフちらつかせりゃすぐに泣いて降参するに決まってる。そう考えたがまるで俺の存在など視界に入っていないかのように餓鬼は俺を無視した。

 

「みゃあ」

 

餓鬼の側にはあの猫が寄り添っていた。

 

「シロ」

 

猫を抱き上げこちらにちらりと視線を向けた。だが興味が失せたのか汚ねぇ猫と暢気に話していやがる。コイツ頭がイカレテんじゃねぇか。

 

「お前もやり返せばいいのに」

 

「みゃ」

 

「あの子の前で本当の姿見られたくないって?優しいわね。でもアイツワタシの髪を抜く勢いで引っ張ったのよ。そこの男は私が殺るわ。そこで蹲っている薄汚い溝鼠はアンタにやるわ。しっかり生きたまま食べてやりなさいな」

 

「……」

 

「言っとくけどワタシに汚い肉片飛ばさないでよ。せっかくの服が台無しになっちゃうわ」

 

そう言うと猫は餓鬼の腕からスルリと飛び降りた。こちらを一瞥し腹の底から唸るような声と共にあり得ないことが目の前で起こった。

 

猫が、赤い目をした猫が徐々に体を大きく変化させていったんだ。

信じられるか、こんなの。ただの薄汚いクソ猫が俺の身の丈よりもデカい虎に変わるなんてよ……。

 

「グルゥゥ」

 

鋭い牙と威圧するような眼光。震えあがりそうな唸り声。少しでも身動きすればすぐに飛びかかってきそうな勢い。駄目だ。逃げ場がない。餓鬼に構ってる暇なんかなかった。

さっさと逃げれば良かった!

 

「始めましょうか」

 

餓鬼の声と共に周りの温度が急に冷え込み始めた。寒さで動くこともできない。いや、未知なる恐怖で俺は縛り上げられていたんだ。

頭が逃げろと警告を送り続けるが動くこともできない。

もう、逃げることはできない、あの、紅い瞳からは……。

 

「じゃあ、お仕置きタイムね。ねぇ、一瞬でくたばるのとじわじわと苦しんで死ぬのとどっちが好き?」

 

「あ」

 

許してくれ、許してくれ――。

そう懇願しようにもできなかった。目の前の悪魔は最初から許す気など微塵もなかったのだ。

 

「せっかく楽しませてくれたから選ばせてあげる。ねえ、あなたはどっちを選ぶ?

それともワタシが選んでいいのかしら?だってさっきから何も言わないんだもの。そのお口はただの飾り?ならいらないわね?」

 

悪魔は面白そうに両目を細めて俺を見やった。

これから始まる愉しい時間を心の底から嬉しいのだと言わんばかりに笑みを浮かべゆっくりと手を自分の目の前に差し出した。

 

「久しぶりだから調整が利かないかもしれないわ。細切れにしたいけど大雑把になったらごめんなさいね?あぁ、でも生きたままバラバラにされるなんて声に出したくても出せないわねぇ?……楽に死ねると思うなよ、屑」

 

俺の意識は恐怖に囚われたままそこでプツリと最後を迎えた。

 

◇◇◇

 

ディーノside

 

「くそっ!」

 

俺は撃たれた傷を庇いながらも迷路のように続く裏路地をひたすらに走った。

あるマフィアとの抗争の内ロマーリオ達と、はぐれ不意をつかれた俺は情けねえことに敵の銃弾を受けちまった。俺の師であるリボーンが見たらダメダメだなと言うだろう。

確かにまだまだボスらしくねえ。だがあいつらが傷を受けていないことを切に願うしかない。

 

「なんだこれ?」

 

ずっと走っているとなにか妙な事に気がついた。

血が転々と地面についているではないか。

しかもそれは自分が今歩いている方向に続いていたのだ。

したたり落ちている血それに何か錆びっぽいと言えばいいのかとにかく異臭がする。

それがだんだん濃くなっていくのがわかる。歩く足が止まって体が変に緊張しだした。

手に汗もにじんできた。

 

進むべきか、元来た道を引き返すか。

 

心の中で自問自答を繰り返すが答え一つしかねぇな。

もしここの住人が抗争に巻き込まれているのなら助けなくてはいけない。

ボスともあろうものが人を見殺しするなど考えられない。それに違ったとしても、まぁどうせ今の俺には前に進むしか道はないからな。

 

また足を動かし歩き始めた。目指す場所に運命の出会いがあることも知らずに俺は進む。慎重に辺りを警戒しながら。

最初に視界にはいったのは辺り一面、真っ赤な血の海だった。

 

「ぐっ!?」

 

瞬間的に鼻を塞いだ。倒れている黒服男達だろう。原型をとどめていないが衣服からそうだと判断できる。胴体と手足がバラバラに切断されていて、もう一人は何かに食い散らかされていて臓器があちこちにばらまかれている。

もはやそこは生きるものが存在しない、死の路地とかしていた。

 

「死んでる奴ら……俺を狙ってたクワイエットファミリーか?」

 

『ちりん』

 

「…………ん?」

 

なにか鳴る音がした。ふと足元を見てみると鈴をつけた子猫がいた。

 

「にゃあ」

 

「おまえ、いつの間に…?」

 

「にゃ」

 

何かを訴えたいのか、俺の足元をぐるぐると回ったり行ったり戻ってきたりする。

 

「なんかあんのか?」

 

「にゃ」

 

俺の問いに答えるかのようにある方向へ歩き出した。だが徐々にその足は小走りに走りに変わっていく。

 

「おーい!……どこ行ったんだ?…」

 

全速力で走ったのにあの子猫いつの間にか見失ってしまった。あの酷い現場から結構離れた場所にやってきたが肝心の猫の姿が見当たらない。暗がりだから目を凝らして見つけないとな。

 

「にゃ」

 

「お!いたいた。さがし…た…」

 

背後から鳴き声が聞こえ俺は勢いよく振り返るとあるものが視界を入った。

建物の影に隠れるかのように丸くなり横になっているもの。それは

 

「…子供…か…?」

 

ゆっくりと歩み寄ると子供の顔が見えた。

 

「……………」

 

声が出なかった。余りにも子供、少女の顔が綺麗すぎてだ。

銀色の長い髪に白磁の肌、綺麗に縁取られた睫毛、触れると柔らかそうな赤い唇。

服から覗く細い華奢で折れそう四肢。絵本の中から飛び出てきたかのような子供だった。まだ幼いのに、なぜこんなところにと疑問を抱かずにはいられなかった。少女は場違いなほどに健やかに寝息を立てていた。気持ちよさそうに。

 

とにかくここに寝かせているわけにはいかないので俺は少女を抱きかかえた。すると余りにも軽いことに驚いた。この年齢ではまず考えられない軽さだ。

すると大人数の走る足音がしてきた。

 

「ボス!」

 

「ロマーリオ!無事だったか」

 

「ボスこそ…その子供は?えらい美人ですねぇ」

 

やはり腕の中の子供は目を引く容姿らしい。

 

「そこで寝ていたんだ。そのままにしておくわけにはいかねえからな」

 

「そういえばアレ見ましたか?」

 

「ああ、さっき通ってきた。アレをした奴は尋常ではない神経を持ってるな」

 

「はい人間の仕業とはとても思えないですよ」

 

「意外に人間じゃなかったりしてな」

 

「ボス。幽霊の仕業とでも言うんですかい?」

 

「いや………悪魔だよ…」

 

あんなグロテスクな事、普通の人間ができる事じゃない…。

 

「にゃあん」

 

黒い猫が一鳴きする。俺の腕の中でぐっすりと眠る少女。彼女はいまどんな夢を見ているのだろうか。それは夢見る少女しかわからないもの。ようやく暗闇から朝日が顔を覗かせ永い夜が明けようとしていた。

 

【悪魔の眠り】




日常編、黒曜編までの設定

ジル
見た目4歳
ストレートな銀髪にアメジストの瞳を持つ記憶を失った少女。以前の記憶がすっぽりと抜け落ちている状態に。自分のずば抜けた容姿に違和感感じることなく無人格に愛想を振りまいては復活の住人に愛されていることに気がついていないちょっとお馬鹿な女の子。


クロ(固定)
いつもヒロインにくっついている黒毛の子猫。
大虎に変化することが可能なミラクルな猫。愛情表現で人を襲うことがある。
もう一人の自分

見た目4歳
血のような真っ赤な瞳を持つジルの内に棲むもう一人の少女。ジルに過剰な愛情を注ぎ彼女の為にどんな事でもやり遂げるほど依存している。その理由は今定かではない。

オリジナルリングの設定
『虚像の花嫁』通称:虚像の指輪
初代ボンゴレの時代に『蒼龍姫』と呼ばれる人物の為に作られた指輪。『蒼龍姫』は人間離れした力と容姿で持ち、他のマフィアたちに狙われたが初代ボンゴレが決して手放さなかったという。
彼女の強大な力を押さえる力があったと言われている。初代の為だけに彼女は己の力を使いボンゴレを支え、そして初代が日本に渡った後消息を絶った。


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標的02私が必要?キミが必要

また暗い所に来ちゃった。ここは確かに居心地がいい。ずっといたいと思ってしまう。

けどここは誰もいない。そうひとりぼっちだ。

すると突然暗闇の中から甘くささやくような声が聞こえる。

 

『あら、ワタシがいるわ』

 

貴女は、誰。一体どうして私に協力してくれるの。

 

『ワタシはワタシよ。貴女の為だけに存在し貴女の為にだけにある存在』

 

教えて。貴女は一体私に何をしたの?力をくれるのではなかったの?

 

『あら、心外だわ。もう全て渡したのよ』

 

え。

 

『ワタシは確かに力をあげたわ。ワタシという力を』

 

貴女、を?

 

『ワタシは貴女、貴女はワタシ。覚えておいて、ワタシは貴女を決して裏切りはしないわ。たとえ現実が貴女を裏切ろうともワタシだけは決して見捨てない』

 

まって!

 

『たとえ貴女が壊れてもずっと側にいるわ。ねえ?だって、ワタシ達は『二人』で『ひとつ』だもの。ずっと昔から』

 

◇◇◇

 

勢いよく瞼を開いた私の視界にまず一番飛び込んできたのは高い天井と豪華なシャンデリアだった。あれ、私の部屋こんなにゴージャスだったかしら、と……視界がぼやけたままゴシゴシと手の甲で目を擦った。

 

「ニャ」

 

するとあの子猫の鳴き声が枕元でする。そちらに自然に目が行くと子猫ちゃん側にずっと傍に居てくれた様子で私の膝の上にちょこんと上ってくる。

ありがとう、子猫ちゃん。ほんわりと胸が温かくなると同時にお礼を言おうとした。けどある違和感を感じ、ふと手を喉に当ててみる。

 

「……………」

 

どういうわけか、自分の口から漏れるのは空音のみ。口を開いてもパクパクとしかならないのだ。これって、……声が出ていない?………嘘!?

なんで!あの時は喋れたはず………?と途中で何かおかしいことに気づく。

 

……あれは、私じゃない。あの子だ。不可思議な力をくれたどこかおかしくも懐かしい感じする女の子。そうだ、あの子に眠ってと言われて意識を失ってから私はその後の記憶がない。つまりこの見慣れぬ空間に連れてこられた経緯を知らないのだ。途端に私は子猫ちゃんを胸に抱いてベッドから降り辺りを警戒しだす。しっかりと靴を脱がされた素足で冷たいじ絨毯の上をそろりと歩きだす。囲まれるように見事な調度品などで目が眩みそうになる。金銭感覚がおかしくなりそうだ。

 

どこだ、ここは何処なんだ?

頭がオーバーヒートしそうになった時、ドアが開かれハッとそちらに目が向く。

 

「ようやく目を覚ましたか?お嬢ちゃん」

 

ガッツリ金髪のイケメンが何処かほっと胸をなでおろしたかのようにフレンドリーに話しかけて部屋に入ってくる。こちらが警戒していることを理解して、その歩みはゆっくりだ。私はイケメンと距離を取る為に壁際にじりじりと後退する。部屋の状況を確認しながら、脱出ルートを確保できないかイケメンに視線をやりつつ、視線を彷徨わせる。

 

「…………」

 

「どうした。俺が怖いか?」

 

イケメンに気づかれている。私が逃げようとたくらんでいることに。安心させるように優しい声音で話しかけて一定の距離でその歩みは止まった。腰を落として床に片膝をついて、その大きな手を差し出してくる。

 

怖い、そう。怖いんだ。見知らぬ者に襲われた直後だから尚更だ。それに、……声が出ない事ももどかしい。どうやって自分の意思を伝えればいい?

今まで普通にできたことが急にできなくなる不安は経験した者でなければ理解などできまい。

 

だから感情の高まりから私は、つい弱気になってしまった。

弱音を、見知らぬ男の前で明かしてしまった。

 

◇◇◇

 

ディーノside

 

「どうした。俺が怖いか?」

 

できるだけ不安を与えないように優しく話しかけた俺だが幼い少女は何も言葉を発しない。ただ、子猫を胸に抱きオレをキッと紫紺の瞳で睨み付けてくる。小さな体は可哀想なほどに震えていて俺に怯えていることが丸わかりだった。

 

なぜ?もしかしたら俺がマフィア関係だと感じているからなのか。いや、そんなことはないか。まだまだ幼い子供。家族と引き離されたことで混乱しているんだろう。

俺は真摯に少女に言い聞かせる。

 

「俺は、お前を、決して傷つけはしない」

 

一言一言区切りながら話しかけた。すると少女は何か堪えていたものが溢れたのか、瞳から涙をぽろりと一つ零す。俺はたまらず腕を伸ばしてその小さな身体を引き寄せた。

少女の体がビクッと反応したが身じろぎ一つせず、されるがまま少女は俺に身を委ねる。

俺の服に少女の涙がしみ込んでいくのが分かる。

 

「俺が側にいてやる。お前を一人にはしない。だから、怖くないぞ」

 

何度もそう言い聞かせると、少女はついに恐る恐る俺の服をぎゅっと掴んだ。少女の手はまるで離さないでといわんばかりに必死さが指先から伝わってくる。

何も話してはくれないが、きっと怖い目にあったのだろう。この小さな少女を守らなくてはと使命感のようなものが俺の中で芽生えた。あのような惨事の中無事でいたことが何よりの奇跡だと思う。誰に反対されようともこの子の笑顔を見るまでは、守ってやりたい。

 

そう、親心のような気持が俺の中で芽生えた。



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標的03これがキミに似合うから

ディーノside

 

少女は言葉を喋れず片時も子猫は側を離れないまいとくっ付いていた。

俺はあえて何も言わずにそのままにさせている。少女はそのほうが安心しているようだからだ。だが食事を食べると時も美味しいか?と尋ねても首でコクンと頷いて口を開くことはなかった。何も話さないことを不審に思った俺と後から部屋にきたロマーリオはすぐに医者を呼んだ。診察が済みベッドに疲れたように寝ている少女の髪を指先で整えてやる。

銀髪が流れる水のようにベッドに広がっている。

あどけない顔はどんなに惹かれる容姿をしていてもそれは子供の微笑ましい寝顔だった。

 

俺の問いかけに医者は重い表情からゆっくりと事実を述べた。

 

「身体的外傷は何もありません。もしや精神面で何かしらあったのでは、と」

 

「それは嫌なことがショックを与えて声が出なくなった。そういうことか?」

 

「はい。もしくは本人が何かから自分を守るために伝える手段を自ら断った、というのが正解かもしれません。どちらにしろ痛ましいものです。この子はまだ5才くらいでしょうからな」

 

残念です。それだけ言い残すと医者は帰っていった。治る見込みは分からないと言われた。

俺はショックだったが、それよりもこの少女の方がもっとショックだろう。あの血まみれの中にいたのだ。普通の大人でさえトラウマになるものを、それよりももっと子供であるこの子は体験したはず。きっと、想像以上に心の傷を負ってしまったのだろう。

柔らかな髪の感触を指先から感じとりながら俺はロマーリオに言った。

 

「……ロマーリオ」

 

ロマーリオは肩をすくめ、もう俺の意図はわかっていたようだ。

 

「はい、わかってますよ。この娘を引き取るのでしょう?」

 

「ああ。みんなにも良く伝えてくれ」

 

ロマーリオが部屋を退出するのに発生したドアの音で少女の瞳がかすかに瞬いた。どうやら意識が戻ったらしい。ゆっくりと開かれる瞼は一度開いて、何回か瞬きを繰り返えす。すると「にゃぁ」と一鳴きした子猫がすぐに少女の横顔に擦り寄っていく。

 

「…………」

 

擦り寄る子猫に少女はわずかに微笑みゆっくりと手を伸ばして身体を撫でてやっている。

そして俺に視線を向けてくる。じっと見つめている俺を不思議に思ったのだろう。ゆっくりと体を起こそうとする。俺は咄嗟に手を伸ばして背に手を回して手助けをした。すると少女はありがとうという意味なのか、小さく笑った。

最初に目を覚ました時よりも俺に慣れてくれたが、やはりどこか距離感があるような気がする。それもすぐに慣れるのは難しいのは理解しているが、少し寂しいと思ってしまう。……ロマーリオに少女の素性を調べさせたが、一切身元情報が入手できなかった。この町に住んでいる形跡は愚か、家族なども分からない。まるで別世界から来たみたいに少女は謎に包まれていた。だからと言って今さら放り出すことなど考えられない俺はある決断をした。それは。

 

「お前は今日からここに住むんだ」

 

「……?」

 

突然の事に理解していないらしく目を丸くする少女。俺は小さな手を両手で包み込み、視線を合わせて言い聞かせるように話した。

 

「お前は俺の妹になるんだ。俺がお前の兄貴、お兄ちゃんになる。だからお前は俺と家族だ」

 

少女の口が動き声は出ないけれどその動きは『家族』と言っているようだ。俺は頷き微笑みんだ。

 

「そう家族だ。俺はお前と家族。今日から。ずっと一緒だ」

 

『ずっと?』

 

「そう、ずっとだ」

 

「…………」

 

「お前、名前は?」

 

『…………』

 

少女は悲しそうに軽く首を横に振った。名前を教えたくないのか、それとも言えない理由があるのか。なんにせよ、名前がないのはこれから共に過ごすという点で不便だ。俺はしばし思案したのち、ある名前を思いついた。

 

「……そうか……じゃあ、ジル。これはどうだ?」

 

『ジル?』

 

「そう、ジルだ」

 

ジルって呼んでいいかな。ジルは認識するように繰り返し口を動かす。

俺は心臓を高鳴らせジルの反応を待った。

 

「気に入ったか?」

 

コクン、とジルは小さくはにかみながら頷いた。

 

「よし!今日からお前はジル。……これからは俺がずっと側にいるからな?ジル」

 

俺は顔を近づけジルのおでこに自分のおでこをくっつけ、小さな手を両手でしっかりと包み込んだ。ことさら嬉しそうに微笑むジルが俺にとっては天使にみえた。

 

これからよろしくな、ジル。

 

◇◇◇

 

ジル side

 

どうも、こんにちは。名前をもらったジルです。

日本人だったはずなんですが神様パワーのおかげで素敵でキュートな可愛い銀髪幼女に大変身!失礼しました。だってこんな豪華な御屋敷のお兄さん拾われるとは思っていませんでしたもので。そうです。私ここでお嬢様になりました。

だって黒いスーツきたおっさんとかにお嬢様とかジル様って呼ばれるんだもん。

そしてあのカッコイイ金髪イケメンお兄さんはこうなった。

 

「ジル~!あ~今日も一緒にいれないなんて神はなんて残酷なんだ!?」

 

「ボス!いい加減にしてくれよ。会談の時間迫ってるんだぜ」

 

ロマーリオさんが必死に言い聞かせるが全く効果なし。現在私は彼に抱きしめられ身動きできません。むしろ嬉しいですよ?イケメンに愛されているんだから。

でもね、それが四六時中続くと正直うざったくなるわけですよ。

だって朝は一緒に起きてまず彼の朝の挨拶ほっぺにキスされてせがまれて仕方なくして朝食。自分で食べられるのに恋人同士がやるハイ!ダーリン?あーん!ってやつをやられて断るわけにもいかずそれを受けて仕事だと彼をせきたてるロマーリオさんが無理矢理引っ張っていくが喚く彼を黙らせるため申し訳なさそうに私に側に居てくれっていわれて私が彼の側でクロと遊んでいると彼は超やる気を出し猛スピードで仕事を仕上げてじゃあ終わったらショッピングに行こうと無理やり連れて行かれ物凄い値段のするフリフリのスカートやらドレスやらアクセサリーやらすべて私のだと買い捲る彼勿論その間も彼に抱っこされたままだショッピングが終わって豪邸についてヘトヘトな私を彼はやっぱり離してくれなくてそのまま軽く遊び夕食へ食べきれないほどの夕食をとりデザートだとこれまたカロリーありそうなシフォンケーキを出され大好きなので食べてお風呂ださぁ行こうといわれるがこればかりは一人で入れと断固拒否し、泣きながら一人で入る彼を見送り私はシロとゆっくり疲れを癒しさぁ寝ようとなると彼が私が寝起きする乙女系ベッドに入りこみお休みのキスをせがむ彼だがこれもこっちじゃ習慣なのでするけど寝る時はかならず彼の腕の中。これが毎日の繰り返しなんだが、彼は飽きないらしい。

 

「ジルも連れて行く。じゃなきゃいかねぇ」

 

「ボス!?」

 

駄々っ子もここまでくると親父の鉄槌が下るってもんでぃ。仕方ないとここは軽くお願いしてみた。ロマーリオさんが疲れ果てた顔して困っているのは見ていていいものじゃないから。ディーノの顔を小さな手で掴んでぐいっと引っ張った。

 

「おわ!?」

 

軽く頬にキスをプレゼントを送った。

呆気にとられた彼にとどめの一発。首を軽くかしげ瞳うるるさせさもキラッキラな笑みで、

 

『ジル良い子で待ってるから、だから行ってらっしゃい』

 

と口ぱくぱくさせて送り出せば、

 

「おら!何してる。さっさと行くぜ!」

 

ディーノはモアイもびっくりの速さで移動し自分だけ車に乗り込んでいった。

 

「……おい…まぁ仕方ないか」

 

大きくため息をつくとロマーリオさんは私の頭を軽く撫で

 

「サンキュ」

 

といって車に乗り込んだ。ディーノは窓から身を乗り出しこちらに向かって全力で手を振った。腕ぶんぶん振ってまるで彼の方が子供みたいとつい笑ってしまう。

 

「すぐに済ませてくるからなぁ~!良い子で待ってろよぉ~~~」

 

私も軽く手を振り見送った。こんなに簡単にも騙されやすいとは、彼の女性関係が心配になるってもんだ。

 

◇◇◇

 

ディーノside

 

目が覚めて俺の妹になったジルの寝顔をみてはじめて朝だと実感できる。一緒のベッドに寝るようになってそんな弱い俺になるとは思わなかった。

ジルが言葉を発しなくても俺に甘えてくれるそれが嬉しくてたまらない。

だからずっと側を離れたくなかった。この子が悲しそうに笑うのをみてしまったから。

 

それは俺の屋敷で暮らし始めて数日がたったある日の事。

どうしても二日ぐらい屋敷に帰れない状況があり、面倒はメイドたちに任せていたのだが帰ってきてすぐにメイドから告げられた言葉を聞いて俺はショックですぐにジルのもとに駆けた。ジルが全然食事を取らないということだ。

部屋に駆け込んだ俺はベッドの上に身体を抱えうずくまるジルをみた。

ジルはカーテンも開けない暗い光もない部屋でずっと閉じこもっていたのだ。

 

「ジル!」

 

俺はジルの側によりその身体をぎゅっと抱きしめた。

ジルはゆっくりと俺を見て己を抱きしめていたか細い腕で必死に抱きついた。

 

『ディディ』

 

俺を呼ぶときジルが言う俺を求める名前、声にならずともジルがどれだけ心細かったことが痛いほどよく伝わってきた。

 

もっとよく見ていればよかった。ジルは俺が居る前ではいつもちゃんと食事をしていた。だがそれは裏を返せば俺がいたから安心して食べられたということ。

 

ジルの心は脆く壊れやすいガラス細工のように繊細で大切に扱わなければいとも簡単に崩れてしまう。

 

だから俺はジルから絶対目を離さないって決めたんだ。

今は傷ついたこの銀の幼い子供を癒すため。俺が愛情を注ぐ。



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標的04真珠は泡にとける

ジルside

 

「ジル、今日は俺と外出かけようぜ」

 

朝は兄、ディーノと二人きりで朝食をいただくスタイルに慣れてきた。相変わらずゴージャスというか、ああ、この人はマフィアなんだなーと思える出来事もあったりしたけど。

私の小さな相棒、クロは私の足元で優雅にミルク飲んでいる。ちなみに、クロ専用の猫ミルクなるものを用意させたとか。

うーん、以前の記憶が不確かだがこれだけはわかる。

私、前は絶対庶民派だったに違いないと。これだけ豪華な毎日を送っているけれどいまだに慣れない。時にはこれが現実なのかと疑ってしまうことも多々ある。

もちろん、自分の今の状況を100%受け入れているかと言えばそうでもない。私自身に起こっている現象はそう簡単に誰かに打ち明けられるほど軽いものでもないし、ましてや、こうして受け入れてくれている彼や、ほかの皆にもすぐに相談はできない。

もっと、私自身が何かを取り戻さなくては……。

よし!気分を入れ替えよう。もんもん悩んでいても解決するわけじゃないんだ。

今日は特別な日。心躍る素敵な日だ。本当に朝、ベッドから起きてすぐにベッドの上で小躍りしてしまったほどだ。

 

だってすごく嬉しい。

 

最近は外へ出かけることができなかったから。それは彼が私を一人で外へ出してくれないからだ。本人曰く心配だからとのこと。まあ、見た目幼児なのでその気持ちもわからなくもないが中身精神年齢は二十歳いってますので複雑。

だから暇つぶしにと屋敷の中にある本を読み漁っていたら一週間もしないうちに読破してしまった。ディーノの執務室のとか図書館の奴とか。 読み返すのもなぁと退屈しそうに感じていた次の日の朝、彼自らが私を起こしに来たときに言ってきたのだ。

 

食いつかない訳がない!どこに連れてってくれるのかなぁ。

 

私はウキウキしながら朝食の焼きたてブリオーシュを頬張って食べた。

甘い!けど美味しい!でも米が欲しくなるなぁ。

 

◇◇◇

 

ディーノside

 

俺は目の前の光景に驚いた。ジルは部屋中に本を投げ散らし埋まるほどの中で本を読んでいた。それは本来なら、幼い子供がやらかした些細なことかもしれない。だがその本が問題であった。絵本や図鑑やら子供が読むにふさわしいものならいくらでも目に留まらないだろう。ジルが読んでいるのは到底子供のしかも女の子が読むものではないのは明らか。分厚い、大人が読んだとしても途中で放り投げてしまいそうな政治に関する本や歴史、偉人らが残した書物などなど。俺はある本を一つ拾い上げた。

その本のタイトルは『宇宙の神秘と現代化学の最先端』と書いてあった。ますます、ジルという少女に戸惑いを感じずにはいられなかった。

ジルは立ち尽くす俺に気がつくことなくじっと読み続けている。とんでもない集中力だぜ。いずれ読み書きを習わせようと家庭教師をと思っていたのだが。

まさかこれ程のしかも相当な量を読めるとは…

 

「ボス」

 

後ろからロマーリオに話し掛けられた

 

「これ、ジルが書いていた落書きなのですが見てください」

 

「コレは?」

 

「みたらびっくりしましたよ。数式がびっしり書いてあるじゃないですか。しかもこれ超難関と言われて誰も解けないっていわれている問題らしいです。ここの花丸で囲まれてるとこ答えみたいで」

 

だとするならばジルはこれを解いたことになる。何度もてもそれは現実だ。

 

「………ホントに天使じゃねぇか?」

 

俺の冗談にロマーリオは苦笑いしながら賛同した。

 

「かもしれません。どちらにせよこれは普通の子供ではできませんよ」

 

ジルの吸収力は異常なものだった。

ためしに大学院レベルの問題を与えてみたらものの五分で書き終えその可愛い口を尖らせつまらないとクロと遊びだした。天才レベルを超えている。

本人は遊びでやっていると思っているのだろう。

こちらの度肝を抜くことばかりする。これは俺では手におえる問題ではないかもしれない。

ジルはなんでも吸収し、自分のものにする。

それは勉学だけではない。ダーツで遊ぶ部下の姿をみつけたジルはやりたいと俺にせがみ、ジルの背では届かないだろうからイスを用意したが本人はいらないと拒否しその背丈のままでやったのだ。そしてすべて的はど真ん中に刺さった。

何回やってもそれは変わらなかった。

ジルの目線、でやってだ。ジルは手を上げて喜んでいたが部下と俺はただ驚きしかなかった。4歳か5歳になるだろう子供に果たしてこれだけのことができるだろうか。

彼女の存在は今俺の部下やあの人しかしらない。

だがこれが俺を憎む奴やジルをなんらかの形で利用しようともくろむ輩が嗅ぎつけ現れるかもしれない。

 

そのときに俺はジルを守れるだろうか?

 

俺はジルをボンゴレ九代目のところへ連れて行くことにした。

彼なら力になってくれるだろうし、なによりジルのことを話したらぜひ会いたいといってくださっていたから。

 

「ジル。今日は俺と外出かけようぜ」

 

俺の言葉に嬉しそうに笑うジル。

その笑顔を守りたい。どんな手からも。今の俺じゃきっと力不足なのは明らかだから。

守る力が、確実に欲しかった。

だから、この後に起こることを予想できなかった。それがジルと離れ離れになる要因になるなど。

 

◇◇◇

 

ジルside

 

「こんにちは。ジル」

 

連れてこられたのはディーノの何倍もの大きさのドデカイ屋敷だった。警備の数も半端ないもので明らかに一般人ではないことは丸代わり。でもそこは幼児らしく何も分からない風を装った。ディーノに手を引かれクロを胸に抱いて気が遠くなりそうな屋敷の中へと案内され進んだ時、たぶん一人帰れといわれたら100%迷子になって泣き叫ぶ羽目になるだろうと思った。だから義兄の手を離すまいと必死に握ったものだ。ディーノは私の心境を察してか知らずか最後には抱き上げて歩いてくれた。

行き着いた先は立派な執務室。そこに優しそうなおじいさんが私の到着を待っていてくれた。

 

「ジル、この人がお前に会いたがっていたんだ。挨拶して」

 

いやぁ、なんかほっとする感じの印象だなぁ

ディーノが私をおじいさんの前で降ろすとおじいさんは私が目の前までくると杖を片手にしゃがみ込んで私と同じ目線になってくれた。

 

「ティモッテオだ。君のことはディーノから聞いているよ。可愛い天使を拾ったとね」

 

『初めまして、ジルです』

 

「にゃ」

 

可愛い天使という言葉に疑問を感じたがまあ深く考えずサラッと流すことにした。

声がでないのは申し訳ないが精一杯挨拶させていただいた。クロも一鳴きして挨拶をする。相当身分高い人みたいだから粗相はできないから最高級の笑みを浮かべた。あくまで自分なりですが。

おじいさんは目じりの皺を寄せて嬉しそうに笑った。

 

「君に惹かれたディーノの気持ちがわかったような気がするな」

 

『?』

 

「……そうですか…」

 

二人にしか分からない会話なのだろう、大人二人は笑うだけで何も語ろうとはしなかった。

 

「ほらジル?ここにはいっぱい本があるだろう?好きなのを読んでいいんだよ?」

 

おじいさんに抱っこされた(拒否ろうとしたができなかった)ままなにやら本が沢山あるところへつれて来られた。

ワオ!なんとも読み応えのある本がズラリと並んでいる。私はおじいさんから降ろしてもらいすぐに本の山に飛びついた。少し離れた場所で大人二人は難しい顔してお茶をしだしたことに気が付かないほどに私は本にのめり込んだ。

 

◇◇◇

 

ディーノside

 

「あの子はどこか人間離れした雰囲気を持つ子だね」

 

「…やっぱり九代目もそう感じましたか?」

 

夢中で本を読み漁るジルを見守りながらイスに座った俺達。出された紅茶からほのかな香りが漂う。

 

「どこか脆く危うい、それでいて惹かれずにはいられない強い力をあの子から感じるよ」

 

「……それは超直感ですか…?」

 

「そうだね。それもあるかもしれない。……ただ」

 

「何か?」

 

俺は次の言葉を待った。九代目はゆっくりと言葉を繋げた。

視線はジルを見つめたまま彼は言う。

 

「ボンゴレに古くから伝わる文献があってね。そこには蒼龍姫という一人の女性の存在があったと言われている。優れた頭脳、卓越した運動神経、そしてずば抜けた美貌、どこも引けをとらないまるで天からの授かり者だったと伝えられている」

 

「…………」

 

「彼女は初代ボンゴレとも深く関わりがあり、切っても切れない関係にあったらしい。初代ボンゴレも彼女の存在をけして他のマフィアに渡さなかった」

 

「それは二人が恋人同士だったと?」

 

九代目はやや躊躇った様子で言葉を続けた。

 

「………そうだったかもしれないし、そうじゃないかもしれない。とにかく彼の側にいた彼女はその自身の全てを彼に捧げファミリーを繁栄させた。だが彼女ある日忽然と姿を消した。置手紙とリングを残して。彼女は二度と姿を現すことはなかったそうだ」

 

「……リング?」

 

「そうだよ。これは神の悪戯だろうか、または必然なのか。君がジルを拾ったと連絡をしてくれた時見つかったのだよ。今まで文献だけの話だと思っていた。彼女の存在がね」

 

そういって九代目はポケットから古ぼけた一枚の紙と小さな箱を取り出した。その紙に書かれていた言葉は『私は再び貴方の前に戻ります』と一言書かれている。その文字は掠れているが何とか読めた。

そして箱を開くとそこには銀色に光り輝く細い指輪がある。中央に青い宝石があしらわれ龍が描かれた見事な細工をしてあった。それは明らかに女性もの。

 

「これは……彼女の?」

 

「そう、彼女が残した『虚像のリング』別の名を」

 

『虚像の花嫁』というそうだよ―――。

 

俺は自然とジルに視線をやる。何気なく、だ。

 

するとジルはいつの間に本を読むことをやめていて手にしていた本を膝に置いてこちらを見ていた。紫紺の瞳を瞬くことせずその指輪を食い入るようにじっと見続けて、まるでそれは失われたものを求めるようにその唇がゆっくりとある言葉を形作っていく。

 

『それは、わたしの、ゆびわよ』

 

と、ジルは言った。



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標的05漆黒の王子様

ジルside

 

唇が勝手に動いたような、気の所為だろうか。だが二人は私をまるで化け物でも見たような驚愕の表情で見ている。私は本を元の本棚に戻してディーノの元へ向かい腕を揺すった。

 

『デイディ、どうしたの』

 

「…ジル、お前、今なんていったんだ」

 

『え』

 

「その指輪は私のよって言わなかったか?」

 

『知らない』

 

普段の彼からは想像がつかないほど強張った表情に怖くて私は必死にぶんぶんと首を振った。だが彼の手が私の腕を捕らえた。

 

「嘘を言うな。今確かに口が動いただろ?」

 

『違う!私じゃない!』

 

どれだけ訴えても彼は聞いてくれない。

いつもの優しい彼がいなくなっていて私の身体を恐怖が支配する。身体を暴れさせて彼から離れようとする。だが彼の手はびくともせず逆に強まり腕をきつく絞められた。痛さで顔が歪んで涙がこみ上げてくる。痛くて痛くて暴れて叫ばずにはいられなかった。

 

『痛い!離してっ!』

 

「ディーノ!やめるんだ!」

 

「ッ!?」

 

おじいちゃんが大声をあげて間に入ってくれた。制止された事で自分が何をしているか現状を理解し彼が掴む手が緩んだ瞬間、バッと振り放し急いで部屋を飛び出した。

 

「ジル!?」「ジル!待ちなさい!」

 

呼び止める二人を背に私は己の小さな足で必死に走った。

 

とにかくここから離れたい。早く逃げなきゃ。

後ろからちりんちりんと音が響く。ふと振り返るとクロが追いかけてきた。

 

『クロ』

 

「にゃあ」

 

私の足元まできたクロは身体を摺り寄せてきて一緒に行くと言っているらしい。私は素早くクロを抱き上げまた駆け出した。

 

「「ジル!」」

 

ディーノの呼び止めを背にしながら逃げた。

 

とにかく怖くて怖くてあの追い立てるような瞳が怖かった。

なぜだかはわからないがとうしても逃げなくちゃ逃げなくちゃ逃げなくちゃ逃げなくちゃと焦るのだ。捕まってしまう、また囚われてしまう。暗い所に閉じ込められてしまう。

 

迫りくる恐怖に私の体は反応して逃げろ逃げて逃げまくるのだと全身に訴える。

小さな体に鞭打って走り続けた先に辿り着いたのは朽ち果てた四河(あづまや)だった。

私はそこでようやく腰を下ろした。というか、もうこれ以上は走れずへたり込んだと言った方が正しい。既に駆け回った足は疲労を叫んでいる。しばらくは起き上がれないだろう。

枯れ果てた庭園はどこか寂しい風景だった。咲き誇っていた頃は素晴らしいものだったのだろう。

私はクロを抱いたまま頭を伏せた。溢れる涙は止まることをしらず。

 

何故彼はあんなに私に問い詰めたのかそれがわからない。

だってあれは私が動かしたことじゃない。勝手に口が動いたんだ。

けどいくら訴えても彼はわかってくれなかった。

ディーノはいつも私の言うことを信じていてくれた。だからちゃんと言えば信じてくれると思っていた。なのに彼は、ディーノは信じてくれなかった。

 

絶望感に包まれようとしていた時、ぺろりと顔を舐められる。

 

「っ!」

 

ばっと顔を上げればクロが必死に私の涙を舐めようとしていた。しょっぱいだろうに我慢して何度も舐めてくれる。

 

『クロ』

 

その懸命さに私は自然と笑顔になれた。悲しも少しだけ軽減された。

私はクロを抱きしめ礼を言う。

 

『ありがとう』

 

いつも側にいてくれて慰めてくれる彼が嬉しくて、ぽとりと涙がまた落ちた。

すると、ガサリと物音が背後でしたのを反射的にばっと振り返った。ディーノが追いかけてきたと思ったのだ。だがそこにいたのは彼ではなかった。

 

「……お前は…」

 

立っていたのは全身一色に黒を纏ったどこか悲しそうな瞳を持つ男だった。

 

◇◇◇

 

?side

 

そこに行ったには只気まぐれだった。随分前に放置された庭園。ここは親父が俺の為とか抜かして作ったものだがそんな気休めなど、俺には無用、むしろ邪魔ものだった。

だから一回もここを訪れたことはなかった。今日はたまたま、そう気分がそうさせた。

 

どこを見ても枯れ果てた姿ばかり。ふと四河を見ると小さな人影があった。

俺は自然と足がそちらに行く。不思議と俺の足はまるで見えない何かに導かれるように進む。

 

そこにいたのは小さな餓鬼だった。

カサリと枯れ葉を踏む音でバッと餓鬼がこちらを振り返る。

 

それは一瞬にして目を奪われるほど、だった。

 

光を浴びて銀色の長い髪が風に踊り、涙に潤んだアメジストの瞳が大きく開かれ、雪のように白い肌そして赤い唇がゆっくりと動く。

 

『だれ』

 

ちっちぇ餓鬼だった。まだ幼いがどこか不思議な魅力を放っている。

 

「…お前は…」

 

何者だ、言葉は続くことなく風に消える。

しばし見つめ合ったその一瞬が俺には永遠に感じられたが、餓鬼が慌てたように逃げ出そうとした瞬間俺は叫びその細い腕を掴んだ。

 

「待て!?」

 

「っ!」

 

掴んだ腕はまさに折れそうなほど脆さを感じられるもの。

足元に子猫が俺を威嚇するように唸り声をあげる。少女は怯えたように真っ青な顔色で俺を見上げた。それに俺はなぜだか傷ついた。

 

「なぜ逃げる?俺が、怖いか?」

 

自分で信じられねぇほど情けない声が出た。普段の俺ならぜったいこんなことはない。

だがなぜだか目の前の少女に嫌われたくなかった。

そう強く思ってしまっていたのだ。少女は首を浅く振ると逃げる体制をやめた。

 

「俺が怖いんじゃねぇのか」

 

コクンと頷きなぜか少女は言葉を発しない。どこか違和感を感じた俺を察したのだろう。

少女は自分の喉をぽんぽんと叩いた。

 

「……声が、でない?」

 

少女は小さく頷いて擦り寄ってきた子猫を抱き上げ肩に乗せると俺の腕を取りどこかに連れて行こうとした。俺は少女の腕を振り払うことなくそれに付いて行く。

少女は砂があるところで止まりキョロキョロ当たりを見回した。そしてなにか目当てのものがみつかったのかそれを取りに行った。

少女が取ってきたのは木の棒で俺の前でしゃがみ地面に字を書きだした。

俺も少女の隣にしゃがみその書き上げていく字を読んでいく。

 

『ディディから言われてきた人だって思った』

 

「ディディ?誰だ、それは?」

 

『ディーノ』

 

「じゃあ、お前があの跳ね馬が連れてきた奴か」

 

『知っているの?』

 

「…ああ。情報には事欠かないからな」

 

『じゃあ、違うんだね。私ディディから逃げてきた』

 

「何があった?」

 

そう問いかけたら少女の書く手が止まった。

ポトリと木の棒が心もとなく少女の手から落ちほどなく、して地面に水滴が一つ落ちた。

少女の顔を覗き込めばそこには静かに涙を流す姿がある。

 

「悲しいのか?」

 

その問いかけに少女は答えることはなく、俺はその小さな身体を自身の中に収めた。

 

「…泣け…」

 

小さく震える身体を優しく抱きしめた。

それが単なる慰めであろうと俺には見過ごすことなどできなかった。

逢ったばかりだというのにこの少女に惹かれ心奪われた惨めな男に成り下がるとはな。

だがそれでもいいと思った。

 

今はこの小さな天使の休めるところとなれるなら。

 

◇◇◇

 

ディーノside

 

ガタン!と勢いに任せて拳を思いっきり机に叩きつけた。

どれだけ探してもジルの姿はどこにもなかった。焦りがさらに俺を追い詰める。

 

「ジルはどこに行ったんだ!?」

 

ロマーリオも手を尽くしていてくれているが一向に情報は入らない。

怒りで狂う俺を9代目が落ち着きをはらいたしなめた。

 

「落ち着きなさい。ディーノ。屋敷の外にでていないのは確実なんだ。今部下も探している。ボスたる者そう簡単に取り乱してはいけないよ」

 

「ですが!」

 

こうしてじっとしている間にもジルは俺のせいで傷つき、涙を流しているかもしれない。俺はいてもたってもいられず部屋を飛び出そうとした。

その時ドア越しに部下達が騒がしくしだした。

 

「お待ちください!」

 

「ザンザス様!?」

 

「うるせぇ!どけ、カスども」

 

ドカリ!と乱暴に蹴破られた扉の向こうには九代目の息子、ザンザスの姿。

 

「…ザンザス」

 

その腕に抱かれている者に視線がいき、叫ばずにはいられなかった。

 

「ジル!?」

 

ジルはザンザスの腕の中ですやすやと眠っていて俺はすぐに駆け寄り奪うように抱き上げた。ギロッと鋭い眼光で睨み付けてくるザンザスはジルの顔を一瞥し、すぐに背を向けた。

 

「次、ジルを泣かせば俺が掻っ攫うからな」

 

脅しともとれる台詞だけを言い残した奴はすぐに部屋から出て行った。

 

混乱と謎だけを残しすぐに消えたザンザス。

 

一体なぜジルを連れてきたんだ?奴のたんなる気まぐれか。

だが無事で良かったと俺はほっと自分の腕に戻って来た静かに寝息を立てて眠るジルを見下ろす。泣き腫らしたと思われる痛々しい目元を見ていると胸が詰まりそうになる。

 

ジルを泣かせてしまったのは、明らかに俺が原因だろうから。



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標的06銀の天使と愉快な仲間たち

暖かい、優しく抱きしめられていた腕は私を悲しみから守ってくれた。

黙って、ただただ側にいてくれた。あなたはどうして私を助けてくれるの?

その問いに応えてくれるものは誰もいない。

 

「ジル?」

 

柔らかな感触が肌をくすぐる感触から耐え切れずゆっくりと瞼を開く。瞬きを何度か繰り返して見上げる風景はいつもの自分の部屋だった。

隣にはディーノが一緒に横になっている。ベッドには彼に抱きしめられた状態で眠っていたようだ。

 

『ディディ』

 

そう口を動かすと彼の瞳が揺れた。そしてぎゅっと抱き寄せられた。

彼の髪がジルの肌にかかる。

眠気がまだ身体を支配している中、彼の震える声を黙って聞いていた。

 

「ごめんな。ジル……ごめん」

 

力なく眉を下げ、小さな声で何度も謝罪し続けるディーノ。

彼はあの出来事を謝っているのだろうか、ならもう私は気にしていないのに。

取り乱してしまった私が悪いのだから。あれは偶然が重なってしまっただけだ。きっと、彼には口の動きがそう見えただけなのだろう。それに私が感じたあの言いようのない恐怖心も、いきなりの事だったのだから取り乱した事による一時の感情のはず。

 

『気にしてないから、謝らないで』

 

彼の抱きしめる腕をさすりそう伝えた。

 

「……ジル!」

 

しばしの間緩やかな朝を二人で過ごした。いつも通りの朝を。

 

 

「いらっしゃい、ジル」

 

『おじい様。こんにちは!』

 

ジルは腕を広げて出迎えてくれた九代目、おじいちゃんの腕の中に飛び込みその小さな身体はいとも簡単に抱き上げられた。

頬に軽く挨拶のキスをするその様を見守るボンゴレの部下達は微笑ましい光景に心癒された。まさにおじいちゃんと孫娘状態である。実際に九代目の顔はとろけそうなほど笑顔を浮かべている。

ジルはディーノからお許しをもらいまたボンゴレを訪れることになった。というか、ここでレディに相応しい勉強を教えてもらうことになった。

ボンゴレなら警備は万全だし何よりジルの為だと涙を飲んで送り出したことはジル本人は知らないことである。

 

「ジル、今日からここで勉強するんだよ」

 

九代目じきじきに案内された場所、そこはジル専用の勉強部屋らしい。

だがジルは唖然としてしまった。そこは勉強部屋というにはあまりにも日常に事欠かないものが溢れていたからだ。勉強机は勿論のこと、休むためのソファにテーブル。それに天蓋付きの白いベッドにチェストなどなど。まるでここですぐにでも生活が始められそうなほどである。九代目は呆然と立ち尽くすジルを抱き上げてソファに座る。ジルの為にと用意してあったくまのぬいぐるみをジルに手渡して「気に入らなかったかい?」と悲しそうな顔をした。ジルは慌ててぬいぐるみをぎゅっと抱きしめる。

 

『すごく気に入ったよ』

 

「よかった。ジルがお泊りしたときのために一応すべてそろえたのだよ。足りないものがあったら遠慮なくいってくれていいからね」

 

ニコッと微笑んだ九代目はジルにあれやこれやと説明を始めた。暫くここに滞在することになるからジルが着る服も色々と買ってみたらしい。クローゼットにはパンパンなほど服や帽子、髪留めや種類豊富なリボンまであった。あまりの展開にただただ説明を聞くことしかできないジル。弧の事、当然ディーノも知らないことだった。

後に事実を知ったディーノが殴りこみ同然で乗り込んできて問題になったらしい。

 

『あれここどこだろ?』

 

そして、ジルは現在元気に迷子中。屋敷内で見事に迷子になってしまった。トイレから戻って来たはいいが、部屋への道順をすっかり忘れてしまったのだ。だが気楽なジルはそう深く考えずに自分の部屋を探す為鼻歌まじりに当てもなく歩き出した。

 

 

「王子つまんないんだけどぉ~?」

 

いくつもののナイフを宙に浮かせ遊びながら暇をつぶしている少年。大きなソファに座りながらやっている彼は慣れた手つきでナイフを自由自在に操っているのは問題王子のベルフェゴールである。最近暗殺の仕事が少ないため日頃のストレスが溜まっているようだ。

 

「ねぇ?遊ぼうよ?」

 

「嫌よ!せっかく髪整えたのにまた崩れちゃうじゃない。他の奴に言いなさいよ」

 

「どうせ同じなんだから変わりしないって」

 

「なんですってぇ!?」

 

オカマ口調で話す彼はルッスーリア。可愛いもの好きで有名。ベルフェゴールは彼を炊きつけ遊ぼうと仕向けているがそこへ別の者が介入する。

 

「君たちは金にならないこと無駄に好きだね。僕ならごめんだけど」

 

ヴァリアーの幻術使い、同時にアルコバレーノでもある。金にガメツイ性格だ。

 

「マーモン。私はただこのお気に入りの髪型をけなされたから怒っただけよ?全然暇じゃないんだから!」

 

「ケッ、つまんないの!」

 

確かにここ最近ボスからはまったくというわけではないが仕事がくる量が減ったのは事実。マーモンはフードに隠れた表情を曇らせた。

 

「これじゃあ全然稼げないじゃないか…」

 

ぼそりと呟かれる言葉は彼も不機嫌であることを示している。

 

「あぁ~!なんか面白いことないかなぁ~」

 

退屈しのぎになるものならなんでもいいのになぁ彼らのこの退屈な時間は後ほど終わることとなる。

 

ジルside

 

『……………』

 

まったく違う方向に来てしまったらしい。行けども行けども、廊下が続くばかりなにやら妖しげな方向へ来てしまっているような気がしてならない。

人の気配がしないと言うか住んでいる気配がない?そんな感じだ。

ちょっと怖くなって壁に寄りかかってそろそろと進む。

ヤバイ、腰が引けてきた。どうにも戻ったほうがいい予感がするが足が疲れてこれ以上動かすことが無理なようだ。幼い躰では体力もあまりなく情けなく壁に左手をついて廊下に座り込んでしまう。

 

『どれだけ広いの、この屋敷は……』

 

息切れも起こり、呼吸を落ち着けようと胸を押さえていると、後方からカツンカツンと靴音が響く。その音は徐々にこちらに近づいているようだ。だが私はこれを好機とみた。もし、屋敷の住人なら手助けしてもらえると思ったからだ。

そんな軽い期待を抱きながら、私はその人物を待つ。

 

 

スクアーロは任務から帰ってきたばかりで一応ザンザスのところへ報告に行こうと廊下を進んでいた。いつ来てもここは薄暗く湿った空気が漂っておりすぐにでもカビが生えてしまいそうだと考える。日の光が届かないところだから当たり前なのだが、気分がいいものではない。ふと前方に白い何かが座り込んでいる。

 

「なんだぁ…?」

 

近づくにつれてそれは子供しかもかなり幼いとわかる。

その子供は床に座り込み胸を押さえながら荒い呼吸を繰り返していて、床に流れるようにつく髪はこの暗い中、銀色がはっきり見えた。子供、少女がこちらに気づき、ゆっくりとその顔を上げた。その瞬間、スクアーロは息を呑んだ。

白くふんわりとしたドレスを身に纏い、床に散らばる銀色の髪は指を通せばするりと通りそうで小さな顔は雪のように白く紫紺の瞳がゆらゆら揺れる。

呼吸が繰り返される唇は触ったら解けてしまいそうなほど赤い果実のよう。

そう、すべてが完璧な存在。まるで穢れをしらない純白の天使が舞い降りたようで、スクアーロは言葉を失った。話しかけてしまったらこの天使は逃げてしまう、そんな錯覚にさえ陥ってしまうほどだった。だが時間がすぐに目覚めさせた。

 

「っ!」

 

少女の呼吸が荒くなり完全にその小さな身体は地に伏せようとしていたからだ。

 

「おっおおぃ!?」

 

スクアーロは慌てて少女に駆け寄りその身体を抱き上げた。片手で収まってしまう少女。その軽さに驚いた。まるで羽をもっているかのような異常な軽さに戸惑ってしまう。

 

「……人間かぁ…?軽すぎるじゃねぇか…」

「……」

 

こうしている間にも少女の症状は悪化しているようだ。苦しみに歪む幼い少女の唇がわずかに動いた。

 

『……ザンザス…』

 

と。読唇術に長けているスクアーロには造作もないことだが、衝撃の方が強かった。

 

「…あいつの知り合いか…?」

 

スクアーロはとにかく少女をベッドに寝かせるため報告を後回しにして自室へその足を急がせた。だがそうはいかなかった。廊下でばったりとルッスーリアと出くわしてしまったのだ。

 

「ゲェッ!?」

 

「何々!?スクアーロ何急いでいるのよ?」

 

「ナンデモネェ!」

 

「声が裏返っているわよ」

 

咄嗟に少女を隠そうとしたがキラリと相手の目が光った、ようが気がした。

素早い動きで腕の中の少女を覗かれる。すると案の定ルッスーリアはまるで女のように頬を染め少女をみて歓喜の声をあげた。

 

「キャーキャーキャァーーー!!」

 

「ウルセェー!」

 

スクアーロはなんとか黙らせようとするが彼の口はあいにくと閉じることを知らない。むしろ興奮して加速する一方。

 

「あんた!どこでこんな可愛い女の子拾ってきたのよぉ!?まさか誘拐じゃないでしょうね!」

 

「んなわけねぇだろぉ!ちょっとはそのウルサイ口閉じやがれぇ!」

 

「なによ。……何その子もしかして具合悪いんじゃない?」

 

「みりゃあ分かるだろうがぁ。今ベッドに寝かせ」

 

「駄目よ駄目よ駄目よ!そんなんじゃ!ちゃんと医者に見せなきゃ!その子ちゃんと寝かせておいて!ちゃんとあったかくさせるのよ?私、医者の手配するわ」

 

呆気にとられたスクアーロに「さっさと行く!」と促したルッスーリアは脱兎のごとく走り去った。

 

「行動波早すぎだぜぃ…」

 

ぽつんと残されたスクアーロはハッと正気を取り戻し自室へ駆け込んだ。

 

 

『…………?』

 

「やーん。目が覚めたぁ?」

 

「おぉい!驚いているだろぉがぁ!」

 

何故かオカマの人と銀髪ロンゲの出現にジルは『………私、死んだの…』と呟かずにはいられなかった。

 

◇◇◇

 

さて、ベルとマーモンの方ではあのオカマの事を噂していた。急に叫んだと思ったら

 

「あ!おいしいケーキがあったの。すっかり忘れていたわ。あなたたち食べたくなぁい?すぐもってくるわぁん!」

 

返事を待たずして腰をくねくねさせながら颯爽と消え去った男、ルッスーリア

そう言い残し既に3時間以上経っている、いまだ戻る気配なし。

 

「そういえばさぁ~。遅くない?」

 

「さっき雄叫びが聞こえたけど」

 

二人にはどうでもよかったが、だらだらしていても仕方がないのでさっきの雄叫びの正体を確かめに言った。暇な退屈凌ぎというやつだ。まぁ正体はある程度予測はついている。奴しかいない。二人並んで廊下を歩いていると

 

「やーん。目が覚めたぁ?」

 

「おぉい!驚いているだろぉがぁ!」

 

なにやらスクアーロの部屋で賑やかな声が聞こえた。任務から帰ってきていたらしい、スクアーロとルッスーリアが何やらしているようだ。

 

「なにしてんだー?あいつら」

 

「あけて見ればわかるかもね」

 

ベルが王子らしくドカリとドアを蹴破った。

 

「なにしてんのー?」

 

するとルッスーリアがベルの王子らしい振舞いを振り返って窘めた。

 

「あらぁーベルちゃん。イケナイ子ね。ノックもしないで乙女の部屋に入るなんて」

 

「さっき自分で言ったこともう忘れてるの」

 

「ハッ!?すっかり覚えてなかったわ!」

 

「駄目だね」

 

ルッスーリアとスクアーロがベッドの脇にイスを置いて座っている。

ベッドには誰かが寝ているようだ。影なって見えないが。

 

「ここ、スクアーロの部屋でしょー?」

 

「てめぇは静かに入って来れねぇのかぁ!」

 

「明日は雨だね。スクアーロの口から、静かに、なんて言葉がでるなんて」

 

茶化すようにマーモンも部屋に入る。ベッドの人物が起き上がった。小柄なその身体はすぐにふらりとしおれる花のように弱弱しいものだった。

ルッスーリアは慌ててその人物を支えた。まるで壊れ物を扱うかのように。

 

「大丈夫?無理しなくていいのよ?」

 

「平気かぁ?」

 

珍しいことに二人が献身的になる姿を目に見ようとはこの世の終わりかと錯覚してしまいそうになる。起き上がった人物が視界に入った途端ビクンと身体が硬直してしまった。

 

『……………』

 

幼い少女だった。

銀色の髪はサラサラと揺れ、支えられた身体は脆いガラス細工のように細く、点滴を打っている腕でさえ簡単に折れそうなほど華奢なものだった。ゆっくりと瞬いた瞳は吸い込まれそうなほど鮮やかな紫色。陶器のように白い肌は焼くことを知らないようだ。

二人はその少女を見つめたまま、少女はじっと見られていたことに戸惑いを感じたようで隠れるようにシーツを手繰り寄せ顔を隠す。

 

「ちょっとあなたたち!この子が怯えているじゃない」

 

「「………ハッ!?」」

 

我に返った二人は慌てふためいた。

 

「王子怖くないよ?断然優しいからねー!」

 

「僕だって金は大好きだけど時と場合によるんだから!」

 

「お前等、もうすこしまともなこといえねぇのかよぉ」

 

スクアーロの突っ込みもまともな意見だ。さっきまでの余裕はどこへいったのか。

珍しく取り乱す二人だったが、それが少女に好印象を与えるきっかけになったのか。

 

『…ッ…』

 

少女はシーツから顔を出し、おかしそうにコロコロと笑うじゃないか。

二人はとりあえず嫌われなかったことに胸を撫で下ろし、ここぞとばかりに少女に話しかけた。

 

「ねぇ、君名前何て言うの?僕王子、ベルフェゴールっていうんだ」

 

「僕はマーモンだ」

 

マーモンも負けじとベッドへピョーンと飛びうつりを丸くする少女を見上げた。

 

「ちょっと抜け駆け禁止!おねーさんはルッスーリア。ルッスーって呼んで」

 

「おまえらぁぁー!俺が運ん出来たんだぜぇ?……スクアーロだ」

 

皆必死に自己紹介をするが少女は静かに喉を軽く叩いてみせた。不信に思ったルッスーリアが少女の意図に気づく。

 

「もしかして……声が…?」

 

それに応えるように少女は悲しそう微笑み頷く。ショックを受け一同沈黙状態になった

皆が言葉を発することがなくなったので少女は慌ててキョロキョロと辺りを探した。

丁度運よく紙とペンが脇のサイドテーブルの上に置いてあった。

少女はそれを取るとカキカキと何か文字を書く。

 

「なんだぁ?」

 

少女はばっと紙をみんなに見せた。そこには子供とは思えない綺麗な字でつづられた言葉があり皆が注目する。

 

『ジル、私の名前だよ』

 

「ジル。いい名前ね。ジルジルって呼んじゃおうかしら!」

 

「ジルね。じゃあ、俺ジルのことお姫って呼んじゃおー!すっごい気にいちゃったからねー。光栄に思いなよ?王子にそう、呼ばれちゃんだから」

 

「僕もジルって呼ぶよ」

 

「おれも」「ジル!」

 

スクアーロが言葉をかけようとした途端遮るかのようにタイミングよくドアが開かれた

大きな音と共に視線が集中する。現れたのは、見たこともなく取り乱したザンザスだった

 

「「「ボス!?」」」

 

「いやぁ――!?汗を流すボス!輝いて見えるわぁ!」

 

額に汗を流し、ボスの登場にヴァリアーの面々は驚きの表情をあげ、若干一名が違う感想をのべているがこの際無視である。ザンザスは長い腕をまっすぐにジルに手を伸ばし、気がつけばその小さな身体はザンザスに収まっていた。

 

「…無事じゃねえか。…ッたく心配かけさせんなよ…」

 

ほっと安堵のため息をつくボスのみたことない穏やかな表情に皆凍り付いた。

ザンザスはきょとんするジルを軽々と抱き上げ部屋を出ようとする。

 

『ザンザス、どこに行くの?』

 

「心配するな。俺の部屋に連れて行くだけだ」

 

未だにショックで動けない部下を残しさっさといなくなったザンザスであった。

 

「って、おおぉい!?」

 

まるで嵐のような出来事に我に返ったスクアーロが声を上げるまで皆動くことすらできなかった。



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標的07指輪と約束と口づけを君に

風のようにサッと現れた瞬く間に攫われるようにして抱き上げられ、何処かへと連れて行かれるジルは、揺られながら自分がいかに子供であるかを痛感させられていた。

軽々と抱き上げられるなど、以前の自分ならきっとなかったはずなのに、と思わずにはいられない。だが記憶がはっきりとしない中、果たして自分は一体何者なのかと問答せずにはいられない。ザンザスと言えば、不機嫌そうに無言でズカズカと廊下を歩き続ける。

話しかけようにも躊躇ってしまうくらいに。そうこうしている間に、目的地へと辿り着いたようだ。

 

「ジル、着いたぞ」

 

『ん?』

 

手慣れた動きでザンザスはドアを蹴って中へと入る。乱暴すぎるやり方だが中に入った頃にはドアは自然と閉じられ。ジルは「おー」と拍手して素直に感心してしまった。

 

「何、喜んでんだ」

 

とザンザスは呆れた様子でジルをベッドへと寝かせる。ジルは別に眠たいわけじゃないのだが、彼としてはジルが倒れていた件を知っているので心配なのだ。

それにしても、何処か殺風景な部屋だが、どうやらザンザスの部屋らしい。

 

ザンザスはベッド脇にイスを引っ張ってきてドスっと腰を下ろす。見た目とは裏腹にジルの頭を優しく撫で寝てろと話しかける。

 

ジルは不思議に思った。

 

なぜこうも私を構ってくれるのだろう?こんな幼児なんかに。きっと、ザンザスもマフィアだと見た目で判断したが、実際に教えてもらっていないのでハッキリとは分からない。

 

『ザンザス』

 

「なんだ?……そういえば、お前俺の名前どこで知った」

 

『ディディに教えてもらった。……ザンザスはどうして私にこんなに優しくしてくれるの?貴方もマフィア、なんでしょう?』

 

「……関係ねぇよ、やりたくてやってんだ。お前が気にすることじゃねえ」

 

ぶっきらぼうに言い返すザンザスはジルの向ける視線から顔を逸らした。若干、照れているようにも取れた。

 

「もう寝ろ。側についていてやるから。しばらくしたらジジイのとこ連れてってやるから」

 

『まって、最後にひとつだけ』

 

どうしても尋ねておきたいことがあった。それは先ほどの謎の指輪の件だ。

 

「なんだ」

 

『あのね。おじい様がディディに見せていた女の人がする蒼い宝石と龍の形したリングってどういうものか知ってる?』

 

「っ!?………いや、知らなねぇ」

 

心当たりがありそうな反応をしたが、ザンザスはワザとらしく首を横に振る。懐疑的な視線を向けるジルは『ホント?』と再度尋ねるがザンザスは「ああ、…なんか果物でも持ってきてやる」と、逃げるように椅子から立ち上がり部屋を出て行ってしまった。

 

あれは何かを知っている顔だとジルは戻ってくるまで絶対に寝るものかと思っていたが、気が付けば睡魔は襲ってきてあっという間に夢の中へ引きこまれる。

すっかり寝てしまい気がつけば既に自分の部屋に運ばれザンザスの姿はなく、脇を見やると九代目が椅子に座りジルの顔を心配そうに見下ろしていた。

 

『おじい、さま』

 

「ジル、良かった。目が覚めたんだね」

 

ジルは九代目の手を借りてベッドから身を起こした。

 

『ザンザス……は?』

 

「ザンザスは急遽仕事に行ったよ。ああ、そうだ。ジルにお土産を買ってきてくれるとね。良かったね」

 

『そっか、残念』

 

「ほら、ジルにあげるとザンザスが持ってきた林檎だよ。こんなにいっぱいあるからなにかデザートにでもしてもらおうかな」

 

見せられたのは籠いっぱいに収まった真っ赤な林檎の山。デザートの提案はジルも賛成だった。でもその前に一つ林檎を九代目自らに切ってもらい味見をした。

口の中いっぱいに広がる甘酸っぱいシャリシャリ感にジルは満面の笑みを浮かべた。

 

『おいしい!』

 

「……良かったね」

 

そういって優しくジルの髪を撫でた九代目の瞳はどこか悲しそうだった。だがジルは気が付かなかった。その時自分がどんな状況下に置かれていたのかも、そしてこれから待ち受ける運命も。

 

彼が、ザンザスがあんなことを考えていたことも知らずに。

 

◇◇◇

 

ザンザスside

 

『あのね。おじい様がディディに見せていた女の人がする蒼い宝石と龍の形したリングってどういうものか知ってる?』

 

まさかジルの口からあの指輪の言葉がでるとは思わなかった。

俺は思わず言葉を詰まらせ果物をとってくると言って部屋を出てきた。だが敏いジルにはばれたかもしれない。だからこそ逃げるように部屋を出てきたのだ。

 

外見はあどけなくそして人形のように精巧な美しさを持つジル、だが内面は堂々と確信をつく感覚とそれを実行する行動力をもっている。

 

虚像のリング、別の名を『虚像の花嫁』。

 

これの存在はボンゴレの中でもトップクラスの極秘情報。ここ最近になって見つかったというものがジジイのところに行っていたとは……。

あのリングには正当な持ち主しか反応しなく元の持ち主つまり初代ボンゴレに見初められた蒼龍姫と呼ばれた女だけしか扱えない代物だと聞いた。

それがジルが現れた途端ひょっこりと見つかるなんて出来すぎた話だ。

 

この長い歴史の中で幾度も世界中探された逸品であるにも関わらず、情報の欠片一つも明るみに出なかったというのにあっさりとボンゴレの元に帰って来た。

 

これが偶然に成り立つもんか?いや、あるはずがねぇ。

リングは正当なる持ち主の元に戻ってくるとある。俺は確信している。

リングは自らの意思で帰って来たのだ 主の帰還とともに。

 

その主がジルであることは疑いようがねぇ。

 

ジジイ共もこの事態に気づいているだろう。だからジルをあの跳ね馬から引き離し、この屋敷に閉じ込めた。何処にも行かぬように。逃げられないように。

 

虚像のリングの持ち主は絶大な力と永遠なる繁栄をもたらす、云う。

その力に逆らえる者はおらず、神でさえ退ける圧倒的な力。ボンゴレは長年待ちわびた存在をみすみす手放しはしないはずだ。

 

虚像のリングの持ち主に唯一、命令をし、従えさせられる存在はたった一人だけ、それが現ボンゴレボスである、九代目のジジイ。

だが次の後継者、十代目が現れたときにはジルは……そいつの所有物となる。

 

……この先は考えたくなかった。これが事実となる日など見たくないと、アイツが ジルが誰かのものになっちまうなど。

 

拳を握った手で壁を叩きつける。抑えようがない憤りが込み上げてくる。

誰かを守りたいと思ったことなど、今の今まで一度もねぇし、きっとこれからも例外を除いてないはずだ。だが、その例外がたった今、起きている。

 

自分とまったく真逆の存在。

一目見て、惹かれた。俺の手に触れられない存在だからこそ、守ってやりたいと思った。

その存在が、純粋な少女がこの血に塗れた世界に閉じ込められるなど俺は認めねぇ。

 

すべてぶっ壊してやる。

 

そう決意新たにルッスーリアに切ったりんごを用意させてから(私もジルに会いたいわ!とかなんとか叫んだが蹴り飛ばして黙らせた)部屋に戻った。

自分のベッドに近づけばすやすやとジルが寝息をたてて眠っていた。

 

「……寝た、か…」

 

猫のようの丸まり、ベッドに腰かけそっと手を伸ばして髪を撫でても起きることはなかった。

 

この少女がボンゴレの生贄なる。あどけなく眠る少女が、だ。

 

「……俺が全部全部、失くしてやる。お前を縛る鎖を引きちぎってでも、全ての滅ぼしてでもお前を」

 

救ってやる。

 

そう宣言することで、何かが俺の中で変わるような気がした。

 

俺の力は全てをねじ伏せて何かを産みだすことはねぇ。これからもない。

 

だからこそ、その力を全部使ってでも、守りてぇと思った。

 

眠る少女のおでこにそっと口づけを送り、一方的な約束をする。

 

お前が笑っていられれば俺は満足なんだよ。

だから、お前はいつも笑っていろ。何があってもだ。

 

俺はジルを起こさぬようにベッドから立ち上がり、ジジイの元へ行くため部屋を出た。



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標的08貴方は今何を想っていますか?

ジルside

 

『ディディに逢いたい!』

 

「ジル様。それは無理だと何度も申した筈です」

 

さっきからこの会話の繰り返しで疲れた。もうすでに二時間以上このおっさんとバトル状態だ。おっさん=執事みたいな人なんだがおっさんで十分である。

事の発端はここに来て既に十日経っていること。

最初は三日の予定でお泊りのはずだったが一向にディディの姿は現れることはなく、おじい様も仕事で会える機会がほとんどないことだ。

 

なぜこんなにも延ばされなくてはならないのか?いい加減ディーノのいる家に帰りたい。

暖かく迎えてくれるあのファミリーの家に帰りたい!

 

手足をじたばたとさせ必死に抗議するが相手に全くダメージは得られない。

 

「駄目なものは駄目なのです。大人しく勉強をしてください。もうすぐで家庭教師の方がみえますので」

 

そういい残すとオッサンはすたすたとドアへ向かい出て行った。しっかりと鍵を閉めることも忘れずに。

 

『あのクソ親父!』

 

「にゃおん」

 

声に出すことはできないが教科書など片っ端からドアに投げつけとりあえず部屋はめちゃくちゃになったが、それもすぐにメイド達が現れ何事もなかったように綺麗に元通りにしていく。そんな気遣いいらないからさっさと帰らせろと声をだして思いっきり叫びたかった。気力も体力も奪われその場にしゃがみこんだ。クロが柔らかい毛並みを押し付けてくる。

 

「にゃ」

 

『……どうしよう、クロ』

 

なぜこんなことになってしまったのだろう。理由も聞かせられないまま半監禁状態が続くのだろうか。

クロを胸に抱きそんな絶望感に囚われる。一生このままなのかと。

だがここで諦めるジル様ではない!

 

誰が大人しくしてられるか!

 

私はなにか言い案はないかと必死に策を練った。

 

幼児を舐めるんじゃねぇぞ、何としてでも這い出てでも脱出してやる!

絶対出てやる!だから待ってて、ディディ!

 

◇◇◇

 

ボンゴレの総本部つまりジルがここから出ようと奮闘しているその玄関ではある人騒動が勃発していた。本人は半場殴りこみの勢いで駆け込んできたのである。

キャッバローネファミリーのボスディーノとその相手をするのはボンゴレ屈指の精鋭部隊である。

 

「ふざけんな!なぜジルに会わせてくれない!?ジルをアイツを返せ!」

 

「できません。九代目のご命令です。キャッバローネのボスには一切ジル様に近づけさせぬようと」

 

さっきからこの言葉ばかり繰り返しもうディーノは切れ掛かっていた。

 

「それがおかしいって言ってんだよ!あの人がそんなこと言うはずねぇんだよ!」

 

「ボス!落ち着けって!」

 

「黙れ、ロマーリオ!邪魔すんな」

 

鞭を取り出し、今にも攻撃を仕掛けようとするディーノを慌てて押さえつける部下たち。

だがディーノの部下たちも考えること望みはボスと同じであった。

 

ジルの笑顔で屋敷のみんなは活力を得ていた。喜怒哀楽の激しい少女。声が出ない代わりに表情で自分たちに訴える幼い子供。いつしかジルがいることが当たり前に慣れてきた。最初こそ、腫れ物を扱うように接していたが、いつの間にかジルのペースに巻き込まれそれが自然であると受け入れるようになった。

ジルはもう皆にとってもファミリーなのだ。

 

「ボス、俺も参加しますぜ!」

 

「そうだな。ジルがいない家なんて帰っていても寂しいだけだしな…俺も!」

 

「そうだ!やってやろうじゃないか!」

 

懐から武器を取り出し、各自やる気満々の声を上げる部下たち。

高まる闘志は皆に伝染し、ディーノは心打たれたように部下を見つめた。自分だけではなかったのだ。

 

「…お前等…」

 

胸に熱いものがこみ上げて来たとき、ポンと肩を叩かれる。

振り返ればロマーリオがさきほどまで止める側とは思えないほど清々しい笑みを浮かべて言った。

 

「いきますか?ボス」

 

「……行くしかねぇだろ、おまえら、行くぜ!」

 

「「「うぉぉ―――!」」」

 

「ってなわけで、一発おっぱじめようじゃないか」

 

不敵に微笑むディーノはビシッと鞭で地面を一打ちした。

 

「貴方は自分がどんなに愚かしいことをしようとしているのが自覚できていないのですか?……馬鹿馬鹿しい。同盟を破棄してまでジル様を手にしようなどと。あの御方は我々ボンゴレの未来を左右される大事なお人。その御方を奪取されようなどと……その跳ね上がった根性きっちりへし折ってさしあげましょう!」

 

ごきりと指の関節を鳴らしながら精鋭部隊を率いる隊長は冷ややかな視線をディーノに向けた。

 

一瞬即発の状態、お互いの刃が衝突しようとした瞬間!

 

バァン!と一発の銃声が皆の意識を奪う。

皆が銃声がした方へ視線を向けると一人の男が空へ拳銃を放っていた。

 

「そのケンカしばらく俺に預けてくれないか」

 

「家光さんっ!?」

 

そう、ボンゴレ門外顧問沢田家光、突然の彼の介入で展開は180度ガラリと変わった。

 

※※

 

「本当ですか!?ジルが狙われていると言うのは!」

 

「ああ。さっきの戦いも仕組まれたことだったんだよ」

 

長い廊下をお互い全速力で走りながら家光は事の顛末を説明した。

 

「彼女はお前達が相手したクワイエットファミリーのボス、ドルハッチ・ジョーに身柄を狙われている。ジルがボンゴレにとって重要な柱であることを嗅ぎ取ってな」

 

「じゃあ!やっぱりあのリングはジルの!?」

 

情報漏洩。どこから漏れたのかは分からないが奴は人一倍『権力』に固執していると噂で耳にする。アイツの狙いはジルそのもの。

 

つまりジルが初代ボンゴレに仕えた蒼龍姫と呼ばれた女性の生まれ変わりということなのか?いや、まさか転生というものが本当に存在するのか?

 

様々な考えが頭をめぐるが答えなど出るわけがない。ディーノは軽く頭を振って目の前の現実に意識を集中させた。

 

「虚像のリングが再びこの世に現れたらジルはもう普通の少女ではいられない。これからはあの子自身に大きな重圧が圧し掛かる。それにボンゴレの敵にも狙われやすくなるんだ」

 

「今ジルは!ジルは何処にいるんですか!」

 

「警備は万全に部屋にいてもらっている。だが、先程敵の侵入経路がみつかったと部下から連絡が入った。………正直に、今は危険な状態だ」

 

「そんな!?」

 

どうしてジルが選ばれてしまったのだ。どうか、あの子から笑顔を奪わないでくれとディーノは願わずにはいられなかった。ただジルの無事を祈って息を切らしながら走り続ける。

 

 

『やった、出られた!』

 

「にゃ~ん」

 

ジルは何とか脱出成功することができた。というか人気が感じられなくなった隙をついてドアを開けたら鍵が開いていたのだ。まるで罠を仕掛けらている気分だったが、すぐに逃げられる状況に油断が生まれた。廊下を出た所で見知らぬ者に背後をとられてしまったのだ。

 

「お嬢さん、待っていましたよ」

 

「っ!」

 

声が聞こえたとおもった瞬間背後からぐっと抑えつけられ、湿った布で口元を抑えられる。

 

ヤバイ!と思った瞬間、ぐらりと視界は斜めになっていき意識を奪われていく。誰かに抱き留められる感覚とクロの威嚇する声。

 

そこでジルの意識はブラックアウトさせた。



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標的09銀の天使と夕闇の女王

チャリ、となにか金属が擦れあう音でジルは目を覚ました。

肌に触れる感触が冷たく体が冷えている。倦怠感を感じながら半ば引きずるように起こすと、

 

「目が覚めましたかな?」

 

一人の男がこちらを見下ろしていた。ジルに面識はない男だった。だが彼こそ、クワイエットファミリーのボスである。ジルを誘拐し、己のアジトに身を隠したのだ。ボンゴレを退ける強大な力を手に入れたつもりでいる愚か者だ。

 

「ああ、声が出なかったのだね。痛ましいことだ。その可憐な声をこの耳にすることはできないとは」

 

煩わしい似非紳士の言葉にジルは不愉快に眉を吊り上げる。どうやらジルは檻の中に入れられているようだ。それも動物でも押し込めるような小さな檻。

異臭が周囲に漂っており、ジルは顔を顰めた。

 

「……その堂々たる態度。凍てつく瞳、シルバーブロンドの髪。まさに神すら退ける究極の存在。貴女は美しい。この世のどの華よりも。穢れた輩など貴女にはふさわしくない。……この私が貴女を支えその力を上手く引き出してあげよう。だから、私と組みなさい。全ての望みをかなえてあげるよ」

 

妄想男の笑える台詞にジルはクスリと笑みが浮かべた。顎先を手で固定され視線を逸らすこともできない状況なのに、ジルは取り乱す様子もなかった。それどころか相手を余裕で挑発すらしていたのだから、男は分かりやすく癇に障ったのか声がわずかに震えた。

 

「……何か気に障ったのかな?」

 

顔を掴む手に力が入ったのを感じた。それでもジルは笑ったまま、相手を見つめる。いや、眺めている。動物を鑑賞するように。

 

だって無理なのだ、ワタシを従えさせられるのはお前じゃないんだよ。

いいや、違うか…。そもそもワタシ達を従えさせようなど愚かな考えだ。

 

「……何がおかしいっ!?」

 

怒鳴り声と共に首を掴まれ締め上げられる。だがそれでもジルは笑って見せた。

 

苦しいな、苦しいなァ。だがこんな状況だからこそ嗤える。

 

「!」

 

「…そ…て……」

 

「あぁ!?」

 

怒鳴り声を上げ力を更に強めた。だがそれは瞬時のうちに終わる。

空気が裂いた瞬間男の手はずるりと離れ、ジルは一気に酸素を得て小さく咳き込んだ。

 

「…ェ…」

 

いや離れたのではない、離したのではない。

手が、ジルの首を掴む手が薄汚い地面に落ちたのだ。

べちゃりと肉体から切り離された手が落ちた床先の中心に真っ赤に染まる。

 

「ァァァァァああ嗚呼ああああああ!!」

 

切り口がすっぱりと切られ断面が露わになる。まるでまな板の鯉のように。男はこれから少女に調理されるのだ。愚かにも、彼女に逆らってしまったゆえに。

 

「……ワタシに気安く触れるものじゃないわよ、その安い命、溝に捨てたいのならね」 

 

高い代償を払うことになるんだから、と彼女は嗤う。

ジルの目が赤く輝き、男はのた打ち回りながら死を、死よりも怖い恐怖を体感したのだ。

 

◇◇◇

 

何処までも何処までも行き着く先は闇ばかりだ。自分自身はここにいるのに自分じゃない自分は何処にいるのだろう。

魂だけが外歩きしているようだ。体を捨てて魂だけとなっているのか。これはあの時と似ている。彼女が体を支配する時の甘い誘惑と同じなのだ。

 

たった一口、口にいれてしまった禁断の果実のように全身に染み渡る強くて危険な力。

彼女が私を守るのはなぜだろう。

 

【ワタシは貴女 貴女はワタシ】

 

彼女はそう言っていた。だが理解できない、私は私でしかいないはずなのに。

 

…………私……?そもそも私の名前はなんていうんだ?

今のジルじゃない、本当の名前。思い出せない。全然なにも。自分の事なのに。

どんな人物だったか、どんな暮らしをしていたか、家族はいたのか?友達は、仕事?恋人は?歳は?性別は?それさえわからなくなっている?当たり前と思っていたことが当たり前じゃなくなってきている。

 

わからないわからないワカラナイワカラナイワカラナイ!嫌だ、私が私でなくなる。

私は誰だ?一体、何者なんだ?

 

私を飲み込もうとする闇が深く鳴ってく。それは脆い私を飲み込む勢いだ。

終わる、私はこんなところで終わってしまう。

 

だが絶望の中、ある声が天上から響く。

 

『弱くなったな、お前は』

 

誰…?

見知らぬ声に戸惑う私。

 

『いつものあの偉そうな気迫は何処へ消えた』

 

……知らない、そんなの私じゃないわ。

 

『知らないだと?ただお前は逃げ出しただけじゃないか。己の現実からな』

 

げん……じ…つ……。嫌、その言葉は私を脅かすもの。

 

『俺は弱い人間に役目を背負わせた覚えはない。俺の選定が間違っていたなんていわせねぇぜ。この神である俺がな。さっさと思い出さねぇとお前の大切なモン消えちまうぞ?…アイツとかな』

 

アイツって誰?

 

暗闇から急に視界が開けた。どんより雲が広がる向きだしの大地にポツンと座り込む一人の少女がいた。独りぼっちで。

 

『……イヤダ…、イヤダよぅ…』

 

泣いている?どうして泣いているの。

栗色のふわふわとした髪が風に揺れる。でも私の手は彼女の体をすり抜けた。

 

『ひッ…ク……お願…い…』

 

かすれた声から響くのは切なる願い。

 

『お願いお願いお願い!助けて!死なせないで!』

 

少女は虚空へ手を伸ばす。必死に、無我夢中で。

 

『おねーちゃんを死なせないでぇぇぇえええ!』

 

少女の瞳は涙で揺れていた。

 

◇◇◇

 

「ようやく来たのね」

 

嘲笑うような笑みを浮かべてジルはその場に一人佇んでいた。

 

「喋っている…のか…」

 

ジルのすぐ足元には男の頭がごろりと転がっている。最初は暗がりの中、マネキンの頭かと思った。だが違うとすぐに判断する。部屋には濃い血の匂いが充満していたからだ。全身の血液を抜いたように壁という壁に飛び散っている。それは足元でさえも同じこと。

 

「喋れたらおかしいかしら、ああ。コイツ愚かにもワタシに手を出そうとしたから遊んでおいたわ」

 

ジルはそれをまるで道端の小石を蹴とばすように足で蹴った。それはゴロゴロとディーノの足元に転がってくる。絶望に顔を歪ませたままその男だったものとディーノは視線が交差し、瞬間喉元からせりあがってくる気持ち悪さに口元を覆うも間に合わずその場に吐しゃしてしまう。

 

「うっ、ぐっ……!」

 

「あらあら、マフィアのボスともあろうものが軟弱なのね。これぐらい見飽きてるくらいでしょう?」

 

早くこの空間からジルを連れ出さないとおかしくなってしまうと思った。だから「ジル、帰ろう。すぐに、帰ろう」と無理矢理ジルの腕を掴んだ。だがジルの身体がまるで岩のようにピクリとも動かなかった。

 

「まだ遊び足りないわ」

 

そう言ってジルはディーノの手をいとも簡単に振り払う。

後からやってきたジル探しに合流し現場に駆け付けたザンザスが凄惨な場に驚愕の声を上げた。

 

「!?……どうしたんだ」

 

「ザンザス、……なぜ来たの」

 

「お前!?声が……ジル来い」

 

「貴方まで邪魔するのね」

 

「いいから、来い!」

 

ディーノではなぜか動かなかったジルの身体がまるでなにもなかったかのように簡単にザンザスの腕に収まる。抱き上げられジルは可笑しそうに喉を鳴らして笑う。

 

「フフッ、貴方って相変わらず乱暴ねぇ」

 

「……」

 

「でも『面白いし愉しいから』、いいわ。飽きたし帰りましょうか?せっかくの服が台無しだもの」

 

じっと黙ったままのザンザスの首にぎゅっと抱きついたジルはそういって微笑を浮かべた。通常の人間なら精神がおかしくなっても間違いはない、一人の人間が無残な死体をさらしている部屋で子供は笑うのだ。むしろザンザス相手にじゃれてさえいる。いや、あれは構っているといった表現が正しいか。幼い容姿に似つかわしくない大人のやり方。

 

異常。

これは異常なのだ。

 

この光景はディーノの中で決定的な傷を負わせた。

 

少女の運命に自分といる現実は存在していない。なぜか?それはジルが現れ、あの指輪が出現した時から決まっていたのだ。だからこそ九代目も俺からジルを引き離してジルに相応しい教育と環境を与えようとしたのだ。全てはボンゴレ繁栄のため。

 

もう時間は残されていないとディーノは思った。

 

だからこそ、ディーノ自ら手放そうと決断した。全てはジルのためだと自分に言い聞かせて。傍に置けられるほど彼女は小さな存在ではないことを思い知らされ、己の手だけでは守り切れないと痛感したからだ。

 

反対にジルは彼の苦渋の決断を知っていた。

彼が身を切られそうに悲しい顔をしていたから。共に過ごした時間は短いかもしれない。だがその時間だけでも彼の人となりを知ることができた。だからこそ受け入れることができた。きっと、元に戻れる時が来るからと願って。

屋敷に戻って二人っきりになった時にディーノはジルの隣に座り少女の小さな手を己の手で包み込み、視線を合わせた。

 

「ジル、……しばらく、さよならしなきゃならない」

 

子供にもわかりやすい言葉を選んで選んで彼は告げる。

 

ありがとう、でも大丈夫だよ。

だって私が普通と違うのは明らかだもの。知らない記憶の裏にはどこかで私が何かした証が刻まれている。今回もプツンと記憶が途切れたみたいに途中で目が覚めたら、一番に会いたかった彼が居たもの。あれ、いつの間に戻ってきたんだろって首ひねったよ、その時は。

……私は分別ある大人、だと思う。見た目は子供だけど子供じゃない。

我儘いって困らせるのなんて嫌だ。

だから私は彼に笑顔で微笑んだ。聞き分けのいい子みたいに演技をする。

 

「うん。分かった」

 

それが最良な選択だ。

なのにどうして彼は今にも泣きそうな顔をしているのか。

 

「…ジル…悲しいか……」

 

「ううん」

 

悲しくなんかないよ。

だって私は貴方に家族だといってもらえた。素性の知れない餓鬼一人のために一生懸命愛情を注いでくれた。だからそのお礼に私は何でもする。

ううん、させてほしい。この身一つで何か返せるなら何でもするよ。

だから。ああ、どうか涙を溜めないで。貴方は笑顔が似合うから。

私も、今泣きそうかもしれない。けど涙は零さない。それが私の決意だもの。

 

(『家族』それが貴方と私の合言葉)



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標的10はじめのいっぽ

初めて出逢った時から彼とは何故か初対面ではないような気がしてならなかった。

彼の身にまとう哀愁が誰かに似ていたから。でもその誰かはわからない。

記憶の片隅にぽっかりと穴が空いたところ、切なくて苦しくてでも甘酸っぱい心がほわっとするような感じ。

 

飛行機から覗く青い空を眺めながらぼんやりと考えた。

 

あの日、私が攫われ救出された後ザンザスに抱き抱えられたまま車に乗った。もちろんディーノも一緒だったけど、いつもの明るい表情をしておらず落ち込んだ様子だった。

それがどうにも気になったけど幼児の身体は睡眠を求めているらしく、意識も曖昧になり始めていて心地のよい背を叩くリズムと私を抱きしめるザンザスの体温が気持ちよかった。

 

「…ね…む…」

 

「眠っとけ、カスはもういねーから」

 

「…?……で、も…」

 

なんだか眠ったらなにもかもが最後のような気がして。

それでも彼は眠れと言う。曖昧な意識の中で彼は珍しく微笑んだ。

 

「寝ちまえ、そうすれば全部、明日には夢になっちまうから。明日遊んでやるよ」

 

ぜんぶゆめになるの、だったらいいな。

 

「…う…ん…」

 

また、明日と言ったつもりだったがもう意識は夢の中。

朝起きたら何故か首にはチョーカーをしていた。ひし形の赤い宝石が輝きを放っていて

まるで猫の首輪みたいと思った。だけど嫌とは感じずお気に入りとなった。

 

次の日彼の姿は何処を探しても見つからなかった。

次の日もそのまた次の日も彼はまったく姿を見せなかった。

 

私はなんだか落ち着かなくてディーノの目を掻い潜ってザンザスに逢いにいった。

彼女が協力してくれたからできたのだ。

そしていつも彼が居るだろう部屋にいけばそこには氷に抱かれている彼の姿。ザンザス。

まるで眠っているかのように、静かに静かに彼はそこに眠っていた。

どうして?こうなっているの。

どうして?彼は喋ってくれないの。

どうして?彼は私を見ないのだろう。

 

それが現実だと信じられなくて自分が見ているのが夢だと認識したくてゆっくりと彼に手を伸ばそうとした瞬間、私は誰かに抱きかかえられた。それは九代目だった。私は彼にお願いした。

 

ザンザスを起こして!

 

九代目は首を振り悲しそうな顔をした。

 

それはできないことなんだよ、と。

 

どうして?私は話したい。だって約束したんだよ?

 

彼はね、犯してはならないことをしようとしたんだ。

 

それはなに?

 

それはね『ボンゴレの意思を覆そうとしたからだよ』

 

『ボンゴレノイシ』

 

それがある限りザンザスはあの牢獄から逃れられないのだろうか。

私にはそれが何なのか理解できなかった。でも彼をどうやったら助けられるのか。

 

その疑問を解くために。命令されたからじゃない。お願いされたからじゃない。

自分の意思で決めた。彼に逢えばザンザスが救えると考えたからだ。

だから私、ジルは、日本に向かいます。

 

◇◇◇

 

沢田綱吉side

 

それはいつもの日だと思っていた。ようやくへとへとになりながら家にたどり着いたとき、自分の部屋にいたのは態度でかく豪華なソファに座るディーノさんだった。

 

「ディーノさん!来てたんですか?」

 

「ああ、実はな。ツナに頼みたいことがあって来た。この子のことで、ホラ、……ツナだぞ」

 

そういうディーノさんの膝元には少女がいた。まだ5歳ぐらいだろうか、顔を反対に向けディーノさんにしがみ付いている。促されこちらに振り向いた少女の銀髪の髪がふわりと揺れ、ゆっくりとこちらを向いた。……正直、可愛いと思った。見惚れるくらいに。

突然の事に色々と戸惑って身動きができない俺にリボーンは突拍子もないことを言い放った。

 

「ツナ。聞け。こいつがお前の未来の花嫁。ジルだ」

 

「え」

 

何言ってんだ?こいつ。目の前にいるのはどう考えても俺よりもずっと年下の子供。しかも下手すりゃ犯罪者扱いのレッドゾーンだぞ。

 

呆ける俺にリボーンはワザとらしく訂正をした。

 

「まぁ、正しくは婚約者か。ジルはボンゴレ十代目の花嫁となる存在だ。こいつは他のマフィアが重要視するほど大事な娘だ。しっかり守れ」

 

え、え?な、何これ。ドッキリ?もしかしてドッキリですか?

どっかにカメラとか隠されてたりとかのパターンなのか!?

だが俺の考えとは裏腹に現実は痛いぐらい容赦なかった。てっきりディーノさんが否定してくれるものだと思っていたのだが、

 

「そういうことだ、ツナ。ジルを泣かせたらいくら弟分でも容赦しねぇからな」

 

との脅しもとい、肯定の言葉には思わず大声を出してしまった。

 

「えぇ―――!?」

 

「うるさい」

 

ドカ!とリボーンから相変わらずの俊足の速さで蹴られ、俺は「んぎゃ!」と悲鳴を上げて勢いよく顔面から壁に突っ込む。

 

「ちょっ、痛いつーの!」

 

俺は赤くなった鼻先をさすりながら抗議の声を上げた。

 

「大丈夫?」

 

「へ?あっ!だ大丈夫だから!」

 

ジルと呼ばれた幼い少女がディーノさんの膝から降りてきて気遣いの言葉を言いながら俺の顔を覗きこむ。けど俺は落ち着かず慌てた。

 

「?」

 

「まっ、まってよ!納得いかないから。だって俺は十代目になんかならないって言ったろ?それに俺は好きな人が!」

 

そうだ。俺には好きな人がいる。笹川京子ってマドンナが。だがそれさえもリボーンにとっては取るに足らない問題らしい。

 

「京子か?なら愛人にでもしろ。お前がボンゴレ十代目になる限りジルはお前の妻だ」

 

「おかしいだろ!?だってこの子まだこんなに小さいじゃないか!!」

 

俺の震える指先の先には妻だとか世間一般的には当てはまらない俺よりも年下の少女がいる。っていうかどう頑張っても歳の離れた妹にしかみえないはずだ。大体、こんな子供がいるまで妻だとか愛人だとか教育上よろしくないだろ!?

 

俺の必死の叫びにディーノさんは否定してみせた。

 

「おかしくなんかないさ」

 

「え?」

 

「……ずっと前から定められていたことなんだよ。これは」

 

「ディーノさん…」

 

「………もう、バイバイなんだね」

 

ぎゅっとせつなげに眉をよせディーノさんの服を握る少女はまるで捨てられようとしている子犬のようなに心細さから切なそうな顔になった。

ディーノさんは少女、ジルに囁くようにけどはっきりとした声音で言う。

 

「……そんな訳ないだろ、ジル。またすぐに会いにくるから。だからそれまでいい子にしてろよ。わかったか?約束だ」

 

「うん。いい子で待ってるよ。約束、ね」

 

二人はお互いの額をこつんとくっつけて笑いあった。別れを耐えて寂しそうに笑った。

ジルという不思議な子供とは初対面なはずなのに、俺の心がなぜかチクリと胸が痛んだ。

 

まるで、『  』しているみたいに。

 

(はじめましてとさようなら)



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標的11方向音痴とはぐれ猫

ジルside

 

いつも誰かが傍にいてくれた。

それは暗闇を怖がる私をギュっと抱きしめてくれるディーノだったり、いろいろ面白いことを教えてくれるファミリーの家族、遊びにいったヴァリアーの皆だったり、

すごく優しくしてくれて絵本を読み聞かせてくれたおじい様だったりした。

 

私の周りには人で溢れていた。恵まれていた、環境。でも、私を取り巻く環境は一変した。

『虚像の花嫁』。私がこののリングに選ばれたことによってすべては霧散した。

家族も友達も何もかも。ボンゴレにとって重要な存在だという、『虚像の花嫁』

こんなものの為に、私は大切なものを失う。そしてボンゴレ十代目に傅かねばならない。

逢ったこともないものに一生を捧げなければならないのだ。

 

こんな馬鹿げた話があるだろうか?

 

それに、ザンザス。彼の別れ際の言葉が忘れられない。

 

『寝ちまえ、そうすれば全部、明日には夢になっちまうから。明日、遊んでやるよ』

 

たった数ヶ月の出来事だったとしても、私にはかけがえの無い時間。

夢ではない。夢で終わらせてたまるものか。

 

『ジル』

 

ねえ、ザンザス?『ボンゴレノイシ』って何?

どうして、それに逆らってはいけないの?

どうして、ザンザスは罰を受けなければならないの?

 

ああ、絶対彼を思い出のままにはさせないわ。

ザンザス、あの閉ざされた氷の檻から解き放ってあげるから。

だから待ってて。きっと、きっと助け出してみせるわ。

 

「………ん…」

 

まどろみの途中で私の体を優しく揺すられた。

 

「………ジル………ジル………って…」

 

「……う……ん……?…」

 

お日様のにおいがする布団は心地が良すぎる。ちょっと瞼を持ち上げれば明るい日差しが眩しくてすぐに手で遮った。

そして、私の顔を覗き込む人物の姿で影ができる。

 

「おはよう、起きた?」

 

「…………」

 

ああ、そうだった。私は今、日本にいる。

そして私の将来の婚約者。笑っちゃうくらいありえないけど実際そうなのだから受け入れなくちゃいけない。彼を、沢田綱吉を。

次のボンゴレ十代目。大切な大切なマフィアのトップに立つ男。

自分はマフィアになどなりたくないと言っている自分勝手な人間。

どれだけの人がどれだけの血が流れたか何も知らない愚かな人。

人の犠牲も幾重の涙も知らない子供。知らないのは当然よね。まだ彼は子供だから。

私という存在を彼は知らない。分かるのは上辺だけの情報だけ。

 

「ジル?まだ眠い?」

 

ベッドの上でぼうっとしたまま反応がない私を訝しむ。

あえて私は首を振り、にっこりとあいさつを返す。そう、にっこりと。

 

「おはよ、綱吉」

 

「うん、おはよう。ジル」

 

そうこの顔。このへらへら顔が無性に腹に立つ。

そんな事を内心思いつつ、笑顔を浮かべる私はなんていけない子でしょう。

 

◇◇◇

 

いま私が寝起きをする部屋は元々使われていない部屋だったが急遽私の為に用意されたもの。部屋の模様な家具など全てディーノが手配してくれたものだ。

いかにも乙女チックといった内装でファンシーなドレッサーやチェスト。それと私が寂しくないようにとぬいぐるみの山。クロが休めるようにふかふかのクッションとかもある。

可愛らしい子供には似つかわしくない分厚いの本などが収められた本棚と超高性能のパソコン。これに関してはディーノに強請って買ってもらった。記憶はないがパソコンは扱えるというまさに私専用である。パスワードはしっかりと掛けているので誰かに使われる心配もない。

 

なにより原作を知っている私は絶対ザンザスを救わなくちゃならないのだから。

―――そう、私はこの世界を知っている。おぼろげな記憶だが確かにこの世界の事を知っているんだ。ディーノもロマーリオも御爺様も漫画の登場人物であることを思い出したのは日本に来てからだけど。ああ、忘れちゃいけない。ザンザスにスクアーロやルッスーリア、ベルにマーモンにレヴィもね。

 

原作を壊しちゃいけないなんて考え、私は最初から馬鹿馬鹿しいと思っている。

だって本来部外者である私がそこに存在していればそれは原作の世界ではない。元、原作の世界だ。私がただの通りすがりAだったら干渉することなどなかった。でも私はすでにこの世界に干渉してしまっている。私という存在そのものを存在させている時点で。

 

……大切な人たちが苦しまなきゃいけない世界なんてそんなもの壊してやる。

理由なんてそんなもんだ。私にとってのこの世界での白黒なんて大切なもの以外全て黒だ。

利用するものは全て利用してやる。壊さなければ手に入らないなら壊してやる。

 

私から絆を奪ったボンゴレに復讐を。

 

パジャマから服(これは奈々さんがえらんでくれたらしい)を着て下に下りた。

起こしにきた彼はもうご飯を食べ終えたようで慌しく行ったり来たり。ドタドタと落ち着きがないったらない。

朝から優雅にエスプレッソ飲んでる赤ん坊、リボーンは私に気づくと挨拶をしてきた。

 

「よう、よく眠れたみたいだな」

 

「おはようジルちゃん!よく眠れたかしら?ホラ、座って座って」

 

「おはようございます!奈々さん、リボーン」

 

朝からエンジェルスマイルで対応。慣れないことするものだから、頬がひきつってなければいいけど。奈々さんはすごくほんわかした人だ。急に来た私にも優しくしてくれる。

だからちょっと彼女には罪悪感なるものを感じてしまうこともあった。

沢田は私に行ってきますと声をかけると大急ぎで出て行った。私はさっさと席に着く。

うむ。今日は和食系のようだ。味噌汁とご飯に目玉焼きにタコさんウインナー。それと漬物に色々。朝から豪華だけど、あまり食欲が湧いてこない。この幼児の体ではそんなに食事の量は欲してはいないらしい。あっちにいた時も少食でディーノ達にも良く心配はかけていた。初めての朝食の時もあまり食べられず奈々さんに滅茶苦茶心配された。でもしっかりと事情は伝えてあるので納得はしてくれたので助かった。いちいち説明するのは面倒だから。

 

「あらやだ!ツっくんってば、お弁当忘れていってるわ」

 

それは大変ですね。だが私としては好都合だ。家に居たままでは何も出来ない。

家庭教師の監視の目もあるし。ここは……。

 

「私届けるー!」

 

元気良く挙手をした!子供とはこんな感じでいいはずだ。

 

「あら!嬉しいけどジルちゃん一人で大丈夫?心配だわ……」

 

「大丈夫~」

 

一人のほうが好都合がいいのでそんなに心配しないで下さい、奈々さん。

中身はバリバリ成人女ですから。だと思う、……自信ないけど。

 

◇◇◇

 

うん。日本の空気は何処となくイタリアとは違う感じ。

立ち並ぶ建物とかそうだけど、元日本人?だった私には久しい気がする。

で、だ。沢田の忘れていったお弁当を学校まで届けるという、口実。もとい情報収集なんだが。

 

てとてとてとてとてとてと。

てくてくてくてくてくてく。

てとてとてとてとてとてと。

てくてくてくてくてくてく。

 

私はいい加減にしつこく付きまとう彼に話しかけた。

 

「リボーン、私は一人で行けるよ」

 

一人では中々自由がきかないこの小さな体は見た目通り不便だ。健康体といえるものでは無いため、お弁当一つ入った可愛いリュックサック背負うだけでも歩くことに不可がかかる。しっかりと監視の為か隣を歩くアルコバレーノは時折大丈夫かと声を掛けてくる。まだ沢田家を出て5分も経っていない。どれだけ過保護なのだ。大体、なぜアンタがついてくる。

 

「お前、まだ着たばかりだろ。此処は物騒なとこだからな」

 

お前のほうが物騒だろうと言いたいがグッと抑えた。

 

「でもリボーン。サイキョーのヒットマンなんでしょ?忙しいんでしょ?」

 

だからさっさと消えてくれ。視界から。

 

「気にすんな、ジルを護衛するのも俺の仕事だ」

 

にやりと不敵に笑う自称赤ん坊。それがウザイことなぜ分からないのだ。

彼は読心術が出来ると漫画で公言していた。だがこちらの考えが悟られている気配は感じられない。まぁ、私もそうはさせないつもりでいるが、油断はできない。

てもさっさと消えてくれないと行動できないじゃない。

 

「むう。わかった。でも忙しかったらいいんだよ(本当は消えて欲しい)」

 

「安心しろ。お前が最優先だからな」

 

頼んでもいない護衛を勝手にやる気満々になるな。やっぱり、うまくいかない。

マークされてると考えてもいいかもしれない。殺し屋が告げる直感とやらか。

やっかいな。これは用心せねばと思った。

 

◇◇◇

 

リボーンside

 

九代目には早くからジルの事は知らされていた。虚像のリングの持ち主、すなわち虚像の花嫁が現れたということはな。

実際に顔を会わせたのは昨日が初めてだったが、まずその雰囲気に圧倒された。

 

幼少の子供が放つオーラじゃなかったぜ。すべてを飲み込んでしまうかのような支配者のようなものをもつかと思えば、ディーノに対してのすがりつく子供らしい一面。

ディーノとの別れ際、ジルがまるで今生の別れのように涙をひっそりと噛みしめているようにも思えた。実際にそんな事などありえはしないはずだ。ディーノはジルを本当に大切に想っている。妹のように、一人の家族として。

それをボンゴレが引き離してしまった。ジルはボンゴレにとって必要不可欠な存在になっちまったからだ。ボンゴレと同盟同士にあるキャッバローネ十代目の選択肢は一つしかない。

 

ジルを手放すこと。

もはや普通に暮らすことさえ出来なくなったジルはいつ誰の手に狙われてもおかしくない。キャッバローネにいるよりもボンゴレの手で保護され、厳重に守られればそうそうに他のマフィアも手をだそうとは思わないだろう。哀れとも思うしそれがまた必然とも感じてしまう。

 

無邪気に振舞うその様はマフィアの中ではそぐわないほど可憐で純粋な華のようだ。

ジルの容姿にも驚かされた。いや、目を奪われたと言っても過言ではない。

月の精霊のごとく銀色のサラサラとした髪、白磁の肌にほっそりとした体系。顔は人形のように繊細でかつ美しいもの。瞳は輝く宝石のように瞬き、見るものを魅了する。唇はぷっくりとしていて思わず触れてしまいそうだった。

そう、省略するなら俺は魅了されてしまった。この少女に。ボンゴレの花嫁に、だ。

 

虚像の花嫁はボンゴレの宝とされている。永遠なる絶大な力と約束された繁栄。

どのマフィアも喉から手が出るほど欲しがる存在。それは初代のときにしか姿を現さずその存在そのものが伝説とされていたからだ。伝説では数多の男共を魅了し、数々の求婚を受けたと言う。だがそれらすべてをはねつけ初代ボンゴレに忠誠を誓った。

 

たった一人の為にすべてを捧げた女。だがそれが理由だからではない。

 

今まで心を鷲づかみされるほどの相手などいなかった。

愛人は数え切れないほど相手にしてきたし、それでも本当に心から欲している相手がいたかと問われれば答えはノーだ。

 

だがそれはジルが現れた途端、答えはイエスに変わる。

確実に心を奪われた。理由?フッ、今は分からねぇと答えるしかねーな。

 

子供に愛しいなどと馬鹿げた想いを抱くなどヒットマン失格だぜ。

だが、子供のようで子供でない。

違和感を感じるのだ。ジルには。まるで、俺(異様)のようだとな。

本能が告げるんだ。ジル、この気持ちに偽りはないぜ。

 

お前がボンゴレの花嫁なのは紛れもない事実だが、そんなの関係ない。

俺は、俺の想いを貫くだけだ。

 

◇◇◇

 

ジルside

 

無事に並森中学にたどり着いたのはオッケー。しかも一人で。リボーンはどうしたのかというと携帯に電話かかってきて舌打ちしながら応対していた。そしてすぐに通話を終えると、どうしても片付けなければならない野暮用が出来たとのこと。再三変な奴には気をつけろとか知らない奴近づいてきたらコレを使え、とか言われ小型銃を押し付けられた。

 

処分に困るものをなぜ幼児に預ける!?私に立派な犯罪者になれというのか。そしてお縄を頂戴しろと?あり得ないマジで。リュックにつっこんでおいた。ここまで警官とすれ違う事はなかったのが何よりも幸運である。

 

っチ、ホントマジこの体はキツイ。

大人の足で15分かかるところ、えーと一時間半ぐらい掛かったかな。体力不足で息切れも発生。校舎内に勝手に侵入して適当な父兄用のスリッパを履いて沢田のいる教室を目指す。

何とか階段を使って上がってみたが今は授業時間なのか廊下はシンと静まりかえっている。

しかし、コレは偵察どころではない。というか私は不法侵入者扱いになるのだろうか。幼児だけど。目的地がはっきりしていない中、体力も限界に達する。その場にしゃがみ込んで胸を押さえつつ深く深呼吸を繰り返す。そういえばディーノから私専用にってラムネ持ってきてたんだよな。一休みするか。廊下だけど。

 

「…ふぅ…」

 

さらりと銀色の髪が視界を遮った。

ああ、邪魔だな、切ってやろうかな、なんて考えていたら

 

「君、なにしてるの」

 

耳に心地のよい声が背中から聞こえてきた。



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標的12はぐれ猫、銀の天使拾う。

決して幼女趣味ではないと言い張りたい。す、すぐにすぐに!マジカル変身しますから!


雲雀恭弥side

 

僕は不機嫌のまま応接室を目指していた。

今日は気分が悪いんだ。群れる草食動物どもが後から後から邪魔なくらい湧いて出てきたから。けどその不機嫌もあるものを目にして、消えてしまった。

 

「………君、なにしてるの」

 

自分の喉から出る声が震えていた。信じられないくらい、いつもこんなことがあるわけないのに。その時は、体が、全ての思考がその存在に囚われてしまったんだ。

この並森にそぐわない格好をしている子供が応接室の丁度目の前にいたから。

珍しい銀髪とこちらを振り向いた瞬間、目を奪われる紫紺の瞳。

白磁の肌に少しピンク色の頬。紅く潤う唇は真っ赤な果実みたいで、小さな手は必死に鼓動を抑えるかのように心臓部分にあたる服を抑えている。

 

心臓が早鐘を打つ。ただ視線が合っているだけなのに、これは何?

 

「リュックに入ってるの、取って」

 

「えっ」

 

少女のか細い声がすぐに耳に入った。

 

「リュックに入ってるの、取って」

 

僕は言われるがまま少女の背中に背負っているリュックを外し中を覗いた。

中には少女のものではないだろう男物の包まれたお弁当と箸、それにピルケースに入った白いラムネのような薬。それと小さい水筒が入っていた。

 

「これかい?」

 

「うん」

 

ピルケースを取り出して薬の数の多さに驚いた。数えきれないほどの種類に及ぶ薬が少女が服用する量とはとても思えないから。

 

もしかして、重症なのかな。

 

少女は胸を押さえながらいくつかの薬を取るとそのまま、口に含んだ。水筒を差し出すと

コクリコクリと飲んでいく。

 

「……ありがとう……おにいちゃん」

 

にっこりと笑う姿に僕は胸を撫で下ろした。

 

「……よかった。それじゃあ行こうか」

 

「え?」

 

「おいで、少し休んだほうがいい」

 

了承なしに抱き上げたのはマズかったかもしれない。でも歩くのも辛そうだったからできれば無理してほしくなかった。見た目通りの軽さで逆に心配になる。

少女は目を白黒させながら不安げに僕の制服をぎゅっと握る。僕は少しでも少女の不安が和らげばと安心させたくて微笑んだ。

 

「僕は雲雀恭弥、君は?」

 

「……ジル…です…」

 

これが君との最初の出会い。

(はぐれ猫に拾われる)

 

◇◇◇

 

やっと午前中の授業も終わりお昼タイムになった頃。

周りの生徒達がガヤガヤと中の良い友人とお昼を食べ始めていく。

屋上で食べようと誘ってくる山本にツナはあわててかばんの中を探る。けど必死に探しても弁当がない。

 

ないないないないない!?……ま、さか。

 

ツナは顔を青くし、ぽつりと呟いた。

 

「弁当、……忘れた?」

 

「十代目、どうかされたんですか?」

 

「ツナ、弁当忘れたんだとよ。そそっかしいなぁ」

 

「なんだとぉ!?十代目!どうぞ、俺の弁当を食べてください!」

 

無理矢理目の前に獄寺の弁当を寄せられた。だがそんな貰うわけにはいかないとツナは引きつった笑みで断った。

 

「ええっ!?いいよ。そんな……」

 

気にしないでと続けようとした途端、突然呼び出しのチャイムがなる。

ぴーんぽーんぱーんぽーん。

 

『沢田綱吉。至急、応接室まで来なよ』

 

ぴーんぽーんぱーんぽーん。

必然と静かになるクラス一同。視線は言わずもがな、ツナに集中する。

 

「俺、なんかした――!?」

 

「大丈夫です!俺が殺りますから!」

 

「お、よし。俺も一緒にいくぜ」

 

ツナの叫びに獄寺と山本はなぜか乗り込む気満々でいる。

それが逆に不安を煽るってことをこの二人は知らないのか!?

三者三様といった面々がたどり着いたのは魔の応接室と呼ぶにふさわしい場所だった。

 

「うう、開けたくない…」

 

「大丈夫ですよ!十代目、俺がこのダイナマイトで全部吹き飛ばしてやりますから」

 

「お前、こんな時に花火持ってきてんのか?大好きなんだな」

 

「馬鹿か!?これが花火に見えんのか!目腐ってんじゃねえか!」

 

「ああ!もう、やめてよ!?」

 

こんなところで大声出したらヒバリさんが!?

 

そんなツナの心配を知らない二人のケンカ(一方的な)はヒートアップしてく。

と、そこへ目の前の扉がガラリと開かれる。その瞬間

 

「あ、綱吉!」

 

そう、扉を開いたのは朝エンジェルスマイルで送り出してくれたジルだった。

 

「ジル!?」

 

ツナの戸惑いなどそっちのけで足元に抱きついてくるジルにツナはう、可愛いなと思いつつジルと同じ目線に膝をついて頭を撫でる。しかもジルはツナに会えて嬉しいのかニコニコとした笑顔を見せてくるものだから、場所的には鬼門なのにほっと和んでしまう。

 

「なんで、ここに?」

 

だが、その問いに応えたのはジルではなく並森最強の人雲雀であった。

物凄く不機嫌にツナを睨みつけあるものをいきなり投げて寄こした。

 

「おわ!」

 

「君、さっさとそれもって消えなよ」

 

抑揚のない低い声で牽制されたツナ。まるで邪魔だといわんばかりに。

自分の手には朝忘れたはずのお弁当がある。

 

「あ、あの。なんでジルがここに」

 

「綱吉のお弁当届けにー!」

 

無邪気に叫ぶジルがうらやましい。なぜかむぎゅっと更に抱きついてきた。

雲雀の眉間がピクンと反応した感じにみえたんだけど…

 

「おうコラ!?十代目を呼び捨てにするんじゃねー!」

 

「おいおい、滅茶苦茶可愛い子だなぁ。ツナの親戚か?」

 

獄寺君は大人げないこと言ってるし、山本は子供好きなのかわしわしとジルの髪を撫でている。二人の問いに素直にジルは口を開いた。

 

「ううん、こんやくむぎゅ!」

 

「ああー!なんでもないなんでもないよなぁーー?」

 

ああ、余計な事いわないでくれー!

 

喋らせないようにしたツナの行為が雲雀をイラッとさせた。

ぶちっ!とキレた雲雀はゆらりと背後に嫉妬の炎を燃え盛らせトンファーを装備する。

 

「咬み殺す」

 

ヒバリの嫉妬によってぼこぼこにされたツナたち。

ジルは心配そうにしていたが雲雀が抱き上げ家まで送り届けた。

さらにツナがへとへとに家に帰って来たときにはリボーンのしごきならぬスパルタ授業が待っていた。

 

(馬鹿ツナめ、ジルに負担かけやがって)

 

ジルに関する情報は既に耳に入っているリボーンだった。



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標的13すれちがい

幼女趣味じゃねぇ幼女趣味じゃねぇ


ジルside

 

あの沢田のお弁当届けた日は大変だった。

なんせ、恭弥(呼び捨てでよんでと言われた)に家まで送ってもらったはいいんだけど、暇ならいつでも僕のとこきていいからと気に入られたらしく、自分専用の携帯は一応渡されてるんだけど、早速アドレス交換をした。だが私は言っとくが一切望んでいない。きっと、恭弥の機嫌がたまたま良かったんだろう。沢田をボコボコにしたから。

ちなみにバイクで送ってくれたがやはりノーヘルだった。二度と乗りたくないと思った。

そして家に帰れば、

 

「ただい」「ジルちゃーん!」

 

「むぎゅう!?」「すごくすごーく心配したのよ?ディーノ君からジルちゃんが体が凄く弱いこと、聞かされてたんだけどさっき電話があってジルちゃんが学校で倒れたってきいていても経ってもいられなくて心配で心配で心配で!」

 

奈々さんが凄く心配したようで玄関開けた途端に抱きしめられた。それから延々と説教とこれからは一人で行動しないと約束させられ、私は「ええ、もうしませんから!」と泣きながら奈々さんに言った。嘘泣きだけど。ぐぇへっへっへ。あたしゃ悪い子だよ。

でも、嬉しいと感じてしまったのは嘘ではない。この感情は久しぶりだな。

誰かにこんなに心配されるのは。

 

?久しぶり?どうして、そう思うんだ。だって私はお父さんとお母さんと私の三人暮らしのはず。そう、いつもこんなに心配をかけていたではないか。でも、本当にそれは両親に対してだろうか。もっと、違う誰かにいつも心配をかけていたような気がしてならない。

ズキン、ズキンといつもの頭痛に襲われる。

駄目だ。余計な事を考えるといつもこうなってしまう。思いだそうとするといつもこの頭痛に悩まされる。かといって、考えるのをやめるとすぐに消え去るこの頭痛。

まるでこれは警鐘のようだ。

 

思い出してはいけない。貴方には今があるのだから。過去などどうでもよい。

 

そんな風に言っているように。

 

「ジル?どうかしたの?」

 

ふと名を呼ばれ、思考を現実に戻せば目の前にはビアンキが心配そうに私の顔を覗きこんでいた。

 

「ううん!なんでもないよ。………うわぁ、それ、ビアンキ姉の手作り?」

 

それとダブルで物凄いなんともいえない臭いが鼻を直撃する。

ビアンキが私の問いににっこりと答え、ずいっとポイズンクッキングを差し出す。

 

「ええ。貴女は少し栄養が偏っているみたいだから、これ作ってみたのよ。さぁ、食べなさい」

 

ゲッ!?私用に作ったのか!?何かしているなと思いはしたが思考に浸っているあまり、目の前の惨事に気がつかなかったとは。

 

「さぁさぁ!」

 

笑顔で差し出してくるビアンキ&ポイズン料理。どう切り返すか……汗が頬を伝う。

私に残された手段は……もう、あれしかない!

 

私は命がけの演技をすることにした。バレた時こそ、私の終わりである。

子供らしく嘘泣きStart!

 

「………ぐすっ…ふぇ……」

 

「あら!?ジル、どうして泣くの?」

 

ビアンキは慌てて私の頭を撫でてくれる。

いきなり私が泣き出したことにビアンキは戸惑いを隠せないようだ。しめしめ。上手く騙されてくれている。

 

「……あのね、凄く嬉しいの。……こんなに優しくし、てくれた人…初めてなの……」

 

「まぁ!」(どきゅーっん!)

 

「でもね、私凄くビアンキ姉の料理食べたい……!でも、食べれないの…(死ぬから)、お医者様が無理に食べてしまうと身体に凄く悪いって(それどころかあの世行)、だからね、悲しくて、なみ、だ、でちゃうぅ……ふぇ……ヒック……(食べたくないから涙も出るんだ)」

 

「ジル!なんて、なんていい子なの!」

 

ガバリと自身の胸に抱きしめ、私を閉じ込め髪を撫でてくる。

 

「いいのよ!いいのよ!ジルがそんな事を考えていてくれたなんて……私は嬉しいわ!大丈夫よ、これはツナに食べさせるわ。だから、貴女は無理に食べることないのよ。……その気持ちだけで私は嬉しいわ」

 

「……ホント…?」

 

「ええ、ホントよ」

 

また、更にぎゅうぎゅうに抱きしめてきた。

私の死亡フラグ、折ることに成功。

 

日が暮れた公園のベンチで私はぐったりと座り込んだ。

隣にはくたびれたのかぐーぐーと寝息を立てているランボがいてつい頬を引っ張りたくなる。八つ当たりである。

 

「なにもできなかった。せっかく誰にも邪魔されずに動けると思ったのに!」

 

もはや肩を落とすしかない。しかし、なぜ私にランボを子守する任務が与えられたのだろうか。この牛柄幼児に異常に好かれてしまった私は金魚の糞の如くランボに付きまとわれてしまったのだ。その姿を見た奈々さんから「仲がいいのね~。今日は天気もいいからお外で遊んでらっしゃいな」と家から締め出されたので、しめしめとほくそ笑んでいたのもつかの間、ランボの子守Startである。一気に絶望の淵に叩き落された私が気が付けば周囲は夕方である。相棒のクロは私のの肩に乗り器用なバランスの上で寝ているし。

これからこのランボを背負って家に帰られねばいけないのかと思うと憂鬱である。

正直に言えば、置いて行きたい。だが我儘ランボだが可愛いところもあるので憎めないのだ。最終手段は沢田を携帯で呼び出して来てもらうという選択肢だが、アイツに頼ることは私の矜持が認めないのでやっぱり私が背負うことになるんだろう。

 

一人ため息をついていると足元の先に影がかかった。

 

「……お前、こんなところでなにしてやがる?しかもアホ牛と」

 

なんと見上げればあの十代目命の、

 

「…隼人…?」

 

爆弾少年が訝しみながら立っていた。

 

◇◇◇

 

獄寺隼人side

 

今日はついていないような気がする。

学校をフケてる途中、姉貴から電話がかかってきてこっちは恐怖しか感じないというのに実は貴方にお似合いの子がいるだとか結婚するならこの子にしなさいとか訳分からんことを次々に口走るから電話を切ってやれば恐ろしいほどリダイヤルでかかってくるしそれを拒否したら今度はメールを大量に送りつけてくる。

 

もう、ふざけんなっ!と携帯の電源を切って雲隠れしようかと思えば今度は学校に出現しやがった。思わず瞬時に学校を脱出し、家に帰ろうとすれば何かが仕込まれているような殺気を感じて中に入るここができず姉貴から隠れるためにいろいろとぶらぶらするしかなかった。

そして夕暮れ時、姉貴もいい加減戻っただろうと帰宅しようとしたとき、あのガキがいた。

誰も居ない公園でポツンとベンチに座り込んでいる。体が小さいから直のこと目立つ。

隼人は話しかけるつもりなど毛頭なかった。だが、黄昏時、少女の憂いをおびた顔が余りにもはかなく消えてしまいそうに見えたからだ。

だから、知らず知らずに声をかけていた

 

「……お前、こんなところでなにしてやがる?しかもアホ牛と」

 

すると少女は驚いた様子でばっと顔を上げた。

夕暮れの日が丁度少女の顔を当てそれは絵画のように清廉とされたもので少女の周りがキラキラと光ってみえた。

そして少女もまた当然のように完璧な絵画の一部のように燐としていてそれでいて儚い幻のように魅了させられる。

銀色の髪が風に踊り揺れ、アメジストの瞳は星が踊るようにキラキラと輝いている。

俺はそれが一瞬のように感じて息を呑んだ。

 

「隼人」

 

下の名前を憶えていてくれたのかよ、とこそばゆい気分になるぜ。

つい癖で舌打ちしたくなった。だが照れ隠しみたいなもんだ。誤魔化す為に舌打ちをする。

 

「ッチ、……おい。もう夕方だろ。なんで家帰らねんだぁ?」

 

少女、ジルだったよな。隣にいたランボを撫でつつポツリと呟いたが、その様子は悲しみを含んでいたようだった。

 

「私の家は、遠いんだ」

 

「っ!?」

 

訊いちゃいけねぇことを訊いてしまった。幼い身の上で家族とも言えるディーノから引き離れてしまったんだ。遠いに決まっている。それをただの話題の為に振ってしまった話がまさかジルを傷つけてしまうことに繋がるなんてよ。

ジルもそれが分かっているからここにいるのだ。

決して帰ることの出来ない故郷(イタリア)を考え、ここで必死に涙を堪えていたのだ。

俺はすぐにジルに向かって深く頭を下げて謝った。

 

「す、すまない!」

 

「え?」

 

俺を気遣って知らぬ振りをしていることは明白だった。だからこそ、自分の何気ない発言に悔いた。

 

こんな子供に余計な気遣いをさせてしまうなんて十代目の右腕失格だ!

 

ずーんっと落ち込んでいるとポンと何かの感触が頭に乗る。そして、なでなでなでと撫でられた。

 

「隼人はいい子いい子」

 

「お前……」

 

反射的に顔を上げようとする俺をジルは少し撫でる力を強めて抑えた。たかが子供の力とは思えないほど抗えなかった。いや、そもそもこんなことされて抗えるかよ。

 

「隼人はとってもいい子だよ。私にはわかるよ。隼人はとっても素直ないい子だもん」

 

ぽん!と最後に軽く叩いてジルは俺の顔を両手で挟んで視線を合わせようとする。

全てを見透かすかのように笑うジルに俺は見惚れてしまった。

 

「隼人、帰ろう」

 

「……ああ…」

 

こうも俺を素直にさせる奴なんて今まで現れたこともなかったし、血の繋がりのある姉貴の前でさえなったことはない。それをジルの前じゃあっさりなるなんてな。

 

後に俺は現実を思い知ることになる。

ジルに相応しい人は俺の憧れる人なのだと。

 

◇◇◇

 

ジルside

 

あと時はびびったよ。

だってまさか、獄寺隼人が現れるなんて考えなかったから。つい名前呼びしてしまったので、子供である私に『気安く呼ぶんじゃねぇ』とか怒鳴ってくるかなと身構えたら普通に

私の隣に腰かけた。いや、これから帰ろうとしていたんだが。

 

「ッチ、……おい。もう夕方だろ。なんで家帰らねんだぁ?」

 

だからまさに帰ろうとしていたんだよ。隼人曰く、このアホ牛を背負ってさ。

ぐわしともじゃもじゃ頭を掴んでやった。まだ寝てるよ。

 

「私の家は、遠いんだ」(幼児にはキツイ道のりだ)

 

「す、すまない!」

 

「え?」

 

あの獄寺隼人が一幼児である私に頭を下げるという謎の怪イベントが発生してしまった!

 

私の選択肢はこうだ。

 

一、 ランボを置いて逃げる。

二、 ランボを盾にして逃げる。

三、 ランボを引きずって逃げる。

 

駄目だ、ランボを犠牲にして逃げることしか浮かばない!

この一瞬が永遠にも勝ったが、私は慌てず騒がず大人の態度をとってみせた。それは、誤魔化すということである。すなわち、頭ナデナデしてあげよう。

 

「隼人はいい子いい子」

 

「お前……」

 

頭を反射的に上げようとする隼人を馬鹿力で押さえつけた。

今全力で撫でることに力を注いでいるのだ!邪魔するでない!

 

「隼人はとってもいい子だよ。私にはわかる。隼人はとっても素直ないい子だもん」

 

だから、帰らせてください。早く帰らないと奈々さんとかビアンキが怖いんだよ。ポイズンクッキングで迫ってくるんじゃないかと気が気じゃない。

 

「隼人、帰ろう」

 

そう笑顔で促せば隼人は

 

「……ああ…」

 

と納得してくれたようで素直に返事してきた。これは好機とランボを背負ってもらい無事に家に向かうことができた。しかも帰り際

 

「またな、…ジル」

 

とフレンドリーに名前呼び。一体何処が彼の中で私に対する好感度を上げるきっかけとなったのか。まったくもって、謎である。

 

(沢田はやっぱりおなかを痛めて苦しんでいました)



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標的14突き進みたい気持ち

いつ頃マジカル?まだマジカルなし。


ジルside

 

今日は日曜デー。というわけで奈々さんとイーピンと買い物に来ている。クロは大人しく家でお留守番。今頃お昼寝している頃だろう。

 

「これ、おいしそうね」

 

「わぁー!ケーキだぁ!」

 

『おいしっそうー!』

 

買い物の途中でケーキの名店ナミモリーヌに来たのだけど、なんとケーキの種類の数が多い。沢山あって迷いそうである。奈々さんは好きなの選んでいいって言ってくれたけど何にすべきか。うーんと悩んでいるとイーピンがくいくいとスカートを引っ張って来た。

 

『好きなケーキ、選んでお互いに半分こにしよう』

 

「本当?ありがとう」

 

私は嬉しくて思わず素直に喜んだ。

 

「決まった?」

 

「うん!」『うん』

 

「そう、じゃあ、これとこれと……」

 

可愛らしい箱に入れてもらい、会計を済ませた。

 

「……有難うございましたー!」

 

お店のお姉さんに見送られ、外を出たときには空がどんよりと灰色で運悪く土砂降りの天気と遭遇。傘も持っておらず、お店の軒先で雨宿り。

 

「あらあら、今日の天気よかったはずなんだけど困ったわね」

 

「濡れるよ」

 

『大変大変!』

 

「どうしようかしら」

 

首を傾げて困り顔の奈々さんとケーキの箱を持ったまましょんぼりと肩を落とすイーピン。

 

「あれ?おばさん、どーしたんすか?」

 

ああ、女神さまだ!違った。山本武登場だ。

 

◇◇◇

 

山本君に誘われて山本寿司へお邪魔することになった。暖簾をくぐって中に入ると奥のカウンターから出迎えたのはニカッ!と愛想よく「らっしゃい!」と挨拶してくる山本父。

こちらもニコリと愛想笑いする。カウンター席へと案内されすぐに温かいお茶を出された。山本父はジュースでも出そうとしていたが、私が寒がっていることが分かるとお茶に切り替えてくれたようだ。子供でも持てるようカップに注がれたお茶は冷えた体をゆっくりと温まらせてくれた。

 

「うーん。温まるー」『同感』

 

「そうか!そうか!お茶ばっかりで申し訳ねぇけどな」

 

おしぼりを用意してくれた山本君はそう言いながら私の横に立つとフッと顔を上げた私の顔をマジマジと見つめてくる。

……何だろう、穴が開くほど見つめられている気がする。自意識過剰?

だがここで視線を逸らすのはワザとらしいので私も負けじと眼を飛ばす。

 

何見てんだ、あーん?

 

そんな行為を保護者たちは微笑ましい光景ととらえたのだろう。

和やかに会話は進む。

 

「有難う。山本君。お父様も申し訳ありません。突然上がりこんでしまって」

 

「気にしないでくださいよ!奥さん。子供らが風邪引いちまうなんてことあったらいけねぇ。おう、どうせだったら、スシ食っていってくだせぇ!」

 

「え!?そんな、悪いですわ」

 

元々ケーキを家で食べる予定なのだ。そんな豪華な昼食があっていいのだろうか。奈々さんも遠慮がちに断っているが、山本父は人柄のよい笑みを浮かべて言った。

 

「気にしなさんな!子供らも腹減ってるいるみたいじゃねえかい。ウチも暇だし、なぁ?武」

 

「そうですよ。おばさん。親父もこういっているんで、ぜひ」

 

苦笑しながら山本君も勧めてくれた。お人よし親子にそろって言われちゃ奈々さんも断るに断れない様子。結局お言葉に甘えることになった。

 

「そう?じゃあ、お言葉に甘えて…ジルちゃん、イーピンちゃん。お寿司食べられるわよ」

 

「寿司!」『やったー!』

 

ってなわけでお寿司ご馳走になりましたよ!得した!だがなんという不幸だろうか。まさか一枚目にしてドストライク!ワサビ付きを食べてしまうとは。

 

「およ?もう、終わりかい?お嬢ちゃん」

 

「~~~!」(声にならない悲鳴)

 

涙目になり口元を抑えて顔を俯かせる私を心配して奈々さんは驚いて背中をさすってくれた。別に喉に詰まったわけじゃないんですよ、水下さい。

 

「ああ!?な、泣かないでくれよ!」

 

「お、おい!?」

 

「よし、よし、大丈夫よ……大丈夫」

 

子供あやすように私を抱えて背中をたたいてくれるがそれ応急処置としては間違っています。大丈夫じゃないです、ヘルプです。暫く私の口の中は悲惨だった。

 

家に帰ってケーキにかぶりついた。奈々さんはなぜか自分の分のケーキまでくれた。イーピンも。嬉しくて口回りに生クリームを付けたままいたら帰って来た沢田にビシッ!と指摘されてしまった。っチ、目ざとい奴。

 

◇◇◇

 

山本武side

 

親父の買出しで町にでていたのだけどツナのおばさんがいた時には驚いた。急な土砂降りだったからな。おばさんは女の子抱いて困った顔をしていたから家に誘って正解だった。

さっきまで青白い顔してたけど温かいお茶を飲ませたら血色も良くなった。

目の前で一生懸命お茶をふぅふぅと冷ましている姿なんて隣の子もいっしょにやってるから可愛いなと思った。

 

「うーん。温まるー」

 

『同感』

 

「そうか!そうか!お茶ばっかりで申し訳ねぇけどな」

 

ニカリと笑みを見せれば少女、確かジルっていったけな。ジルがこちらに微笑み返してきた。よく見れば可愛い子なんだなとまじまじと見つめてしまっていた。親父の咳払いでハッと我に返れたけどな。正直、さっきはやばかった。内心、深く安堵している自分がいる。奈々さんが一息ついたみたいでお礼を言ってきた。

 

「有難う。山本君。お父様も申し訳ありません。突然上がりこんでしまって」

 

「気にしないでくださいよ!奥さん。子供らが風邪引いちまうなんてことあったらいけねぇ。おう、どうせだったら、スシ食っていってくだせぇ!」

 

「え!?そんな、悪いですわ」

 

「気にしなさんな!子供らも腹減ってるいるみたいじゃねえかい。ウチも暇だし、なぁ?武」

 

「そうですよ。おばさん。親父もこういっているんで、ぜひ」

 

「そう?じゃあ、お言葉に甘えて…ジルちゃん、イーピンちゃん。お寿司食べられるわよ」

 

「寿司!」『やったー!』

 

ジルは外国人みたいだけどちゃんと日本語は喋れているから日本で育ったのかなんて勘ぐっちまう。でも、そんな軽く考えていた俺はジルが抱えている問題に気づいてやれなかった。

 

「およ?もう、終わりかい?お嬢ちゃん」

 

親父の作る寿司を一皿分で終わらせてしまうジル。親父もいぶかしんでいる。

おばさんも心配してジルを覗き込んでいる。

 

「……」

 

目にいっぱい涙を溜め込んだジルが溢れんばかりに涙をこられていた。

それには俺も親父もぎょっとした。

 

「ああ!?な、泣かないでくれよ!」

 

「お、おい!?」

 

どうすることもできず、ジルの涙は今にも零れ落ちそうだ。そのとき隣にいたおばさんがジルをぎゅっと抱き寄せた。

 

「よし、よし、大丈夫よ……大丈夫」

 

まるで魔法のように。おばさんの声に、ジルも気分が落ち着いたのか眠ってしまった。

呆気にとられた見守ることしかできなかった俺達におばさんは声を潜めて悲しそうに笑った。

 

「実はこの子、少し体が弱くて」

 

ご飯もまともに取られないというおばさんの言葉に衝撃が走った。

おばさんは教えてくれた。ジルは生まれつき体が弱くて薬が手放せないとのこと。それも子供が服用するには多量の薬で、義兄であるディーノさんは薬だということをジルには教えておらず、お菓子だと嘘をついて与えているらしい。

 

「ジルは、分かってないのか」

 

「ディーノ君は知ってほしくないのよ。ジルちゃんには普通の子として過ごして欲しいんじゃないかしら」

 

酷い時なんか、水一杯で満腹だと言ってしまうのよと、ジルを切なげに見つめながら。

 

だから、さっきつい泣いてしまったという。俺や親父に申し訳ないって。

 

親父も俺もそれ以上なにも言えなくなって俺は眠るジルを家までおんぶさせてくれと願い出た。心が落ち着かなかった。こんな小さい子なのに俺たちのことを案じてくれて鳴いてくれるなんてさ。

なんだか、小さな命が愛おしくてどうしようもなく傍を離れたくなかったから。

小さな体で懸命に生きようとしているジルが気になって仕方なかった。思えばツナ繋がりで学校で会った時から気になってたんだ。

 

これはただの通過点。

気になるから好意に走るのにそう時間はかからなかった。



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標的15アイスと『あちょー』

自称幼児を忘れちゃあいけないぜ。


ジルside

 

ふむ。どうも最近いろんな人とアドレス交換しているジルです。

 

増える増える。それと同時に誘いとかも増える増える。

風紀委員長とか隼人とか武とかね。主に男性諸君との面識があるのだが私の本意ではない。

集めようとして集めてるわけじゃないけど情報は入っているような気がする。

だって行動しようとした日には邪魔が入って行動しない日には思わずなんで?と叫びたくなるほど情報が入るんだから。面白すぎて……逆に怖い……。

しかし、肝心の沢田とは未だそれらしい、交流がないのでこちらからアクションをおこしたほうがいいか。子供らしく振る舞うというのもストレスになっている。だが与えられた役割を有効活用しない手はない。なんせ、一応私は沢田綱吉の婚約者ということになっているし。

よし!そうと決まれば行動してみるとしよう。

はて?そういえば原作沿いであるならば今はどのくらいの時期なのだろうか。

主要な人物たちには会えた。……まだ出会っていないのは、笹川京子に三浦ハル、それに笹川了平といったところかな。

 

そして、――――だったはず。ん?――――っていなかったっけ?

 

なんと、どうしても思い出せない…。

こう、パイナップルみたいな印象を受けたはずなのだが。

駄目です、完全に沈黙。覚えているようで記憶に霞がかかっていてはっきりと思い出せない。

 

仕方がない。思い出せないものはそれとして後でじっくりと考えてみよう。

まずはこの三人と接触し、何かしらの接点をもつことを第一に目標を立てる。

そうと決まれば、お決まりの台詞いってみよう!

 

「えいえいおー!」

 

「にゃあ!」

 

「あらあら、楽しそうね。ジルちゃん」

 

「あ、奈々さん!お買い物?」

 

「ええ、ジルちゃんも一緒に行かない?」

 

「いくー!!」「にゃー」

 

奈々さんは本当に素敵な人だと思う。ルンルンと二人で手を繋いで仲良くお買い物行かせていただきました。

すると家に帰宅後、ぶつぶつと沢田が片側頬を抑えながら変な事言っていた。

 

「さっき帰ってくるときに変な女子に急にはたかれてグーで殴られたんだよ…」

 

どうやら殴られたらしいダメージからへたり込む沢田。

私は大袈裟に驚き、目に涙を浮かべピタリと沢田に抱きついた。

 

「ホント?綱吉怪我してない?」

 

「だ、大丈夫、心配してくれなくても…」

 

うるるとさせれば慌てふためく沢田。

 

おほほほ!どうだ、邪気がない風を装って実はけけけ!と内心高笑いしている私を!

 

素晴らしい演技だ。自分で自分に拍手を送りたい気持ちに駆られてるが、ぐっと我慢する。なぜなら、ここには侮ってはならない殺し屋がいるからだ。

そのリボーンはというと、表情は変わらないのに怒気を出していて沢田に一発おみまいしている。

 

「何すんだよ!リボーン!?」

 

「ちょっとムカついた」

 

「なにさらっと言ってんだよ!」

 

あんたら、なんの会話してんだい。

いいからさっさと先を話さんかい。……、男には急に殴りたくなる衝動でもあるのだろうか。ここでやめなければ不毛な争いが勃発しそうなので私が話を切る。

 

「ねぇ、そのお姉さん。どうして綱吉をいじめるの?綱吉何もしてないでしょ?(もしやラッキースケベでもかましたか)」

 

「ああ、なんか、リボーンに一目ぼれしたんだって」

 

なんですと!?それはまさしく三浦ハルさんではないですか!

いぇーい、ちょうどいいタイミング。この機を逃すわけにはいかないのだ。

 

「ホント?じゃあ、じゃあ、リボーンのお嫁さん?」

 

「それはどうグハァ!?」

 

突然、視界にいた沢田は吹き飛ばされ、変わりにリボーンに手をぎゅっと握られた。

私はきょとんと目を瞬かせる。

 

「ジル、俺はその女に友達になるとは言ったが、そんな思いは全然ないぜ。むしろ、俺はお前を俺の妻にしたい」

 

「は?」

 

「ちょっとまて――!?」

 

吹き飛ばされたはずの沢田がもう復活した。なんて早い。

しかも、いつものへらへら感が何処へいったのかと言うほどの意気込みがある。

さっきまでリボーンに握られていた手は無理矢理、解かれ今はなぜか沢田の腕の中。

 

「何言ってんだよ!ジルに理解できる訳ないじゃないか!?」

 

リボーンに対して敵意剥き出し状態。いつもの沢田はどうした。いやいや、人を間に挟んで何を言うかと思いきや、目が点になってしまった。

対してリボーンも対抗心を剥き出しカチャリと銃を手にする。

 

「いいだろうが、ダメツナが。だいたい京子に惚れてるんだろうが、お前は」

 

「むっ!?それとコレとは今は関係ないだろっ!?」

 

「ッフ。すぐに応えられないところがダメツナだって言ってんだよ。それにお前みたいに軟弱な奴ジルが任せられるか」

 

「なっ!?」

 

なぜこうなる。幼児を口説くとか冗談にしてもヤバいだろう。

あ、でもリボーンは赤ん坊なので別に見かけは問題ないのかも。って今はそんなのどうでもいい。それで三浦ハルはどうなったんだ!?

 

結局、奈々さんのお怒りでようやく事は収まった。

その頃にはすぴーとご就寝モードです。

 

で、次の日。奈々さんの許可もらって川辺に行きました。準備は万端です。あの話の流れなら此処にくるはず。そう思い、日差し避けの麦藁帽子を被り待っていました。

それとまぁ色々と。しかし、暑い。隣でクロは舌を出してくたびれている。

持ってきた水筒を飲ませてあげた。うん、暑い。さっき、買ってきたアイスを一口食べる。

 

「あひゃー、つめたい…」

 

ん、ガションガションって音がする。幻聴だろうか。

 

「ってんな訳ない!」

 

と一人ツッコミをして現実世界に舞い戻る私はアイスを頬張りながら双眼鏡で様子を窺った。どうやらターゲットである三浦ハルは橋のところで沢田と遭遇した様子。なんか喋りだしたと思ったら、攻撃が開始された。「あちょー」とか「ぽぅ!」とか叫んでいる。

お、隼人も登場し舞台は盛り上がりをみせる。隼人は三浦ハルに対して沢田庇いつつ容赦なくダイナマイト投げた。当然一般人である三浦ハルにダイナマイトをかっ飛ばして投げ返すという器用な事はできないので川へと落ちる。

 

ああ、助けてあげたい。原作だと沢田が「死ぬ気でハルを助ける!」とか言うけどその時間さえ、彼女は苦しんでいる。でも幼児の私にそんな力はないのでここは我慢の子。

そうこう見守っているうちに、沢田が死ぬ気弾撃たれて死ぬ気で溺れかかっている彼女を救い出した。

 

「よし!」

 

私はふっかふかの白いタオル二つ持って駆け出した。

 

「ゲホ、ゴホ……ハァ…っ」

 

「ハイ、お姉さん。タオル」

 

ずぶ濡れの三浦ハルにタオルを差し出す。

 

「…は、あ、ありがと、う……」

 

「うん、どういたしまして」

 

呂律が回らない彼女の背中を手がさすって呼吸が楽になるのを待つ。

 

「ジル!」

 

「あ、綱吉タオルあるよー」

 

笑顔で迎えたジルにパンツ一丁な沢田は訝しみながらもタオルを受け取る。

ああ、刺さる刺さる。彼の視線がもの突き刺さります。それはもう面白いぐらい見物で笑いたくなるくらい。リボーンは私が待機していたことを知ってか知らずか、家庭教師に相応しい眼光で私を探りに来る。

 

「ジル、お前準備がいいじゃねぇか」

 

「そうかなー。『たまたま』二人分のタオル持って出かけただけたよ」

 

言ってやった。わずかな違和感にも気が付く細かな男。わざと彼に分かるように言ってあげたのだ。私が小細工をする理由を、考える時間をあげようと思う。

ザンザスを取り戻すまでの余興よ。

 

これはリボーンにしか分からなかったかもしれない。私の彼に挑戦状だ。

あくまで、私という人間が存在しないまでの時間が原作。でも今私はこの世界の大地に足をつけて立っている。それは原作とはかけ離れたストーリー。ならば私は気にしない。気にしてなんかやらない。全部滅茶苦茶にしてやる。私から奪った環境をひっくるめて全て。

 

復讐、そうこれは復讐だ。 Vendetta、復讐をするの。

だから私はここにいる。彼に再び会いまみえんために。

 

そう心内に潜めながらニコっと笑顔で微笑んだ。




オマケ

ツナ「それにしても、ジル。一人でこんなトコいちゃダメだろ!危ない人に連れて行かれたらどうするんだ!」

ジル「うむぅ?!大丈夫だもん。ひとりじゃないもん。クロいるもん!クロに襲わせるから平気だもん」(ぷー)

「にゃおん」

獄「お前が反対にやばいわ!?十代目はお前を心配していっているんだぞ。…俺も心配したんだし」

ツナ「えっ!?いつの間に、知り合いに!」

リボ「ここにも伏兵がいたか…」

ハル「ハルを忘れないでくださーい!」

一同「「あ、忘れていた」」

ハル「酷いですぅ……あの、お名前教えていただけますか?」

「え?ジルです!」

ハル「可愛いーですぅ!」(ガバリっ)

ジル「ぐえ!」

ハル「もう、なんなんですかぁ!可愛すぎです!ジルちゃんは!」(スリスリスリ)

ジル「冷たい、私も濡れちゃう!」

ツナ「あ、おい!?ジルが嫌がってるぞ」

獄「この、アホ女!さっさとジルを離しやがれ――!」

延々と30分はやってたそうな。


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標的16あっぷるぱい

クハハハハッ!クハッ、ゴホホ。(気恥ずかしさから笑うしかない)マジカル?気配もなし。


ジルside

 

恒例のコーナーがやって参りました。

ハルハルインタビューならぬ、ジルジルインタビュー!

では、クロさん、お聞きしたいのですが、ジルさんのデータ集めは順調にいっているんですか?

 

「………」

 

そうですよね…残念ながら、うまくいっているとは言えない状況なんですよね。現実逃避したくてふざけてみたけど虚しさが増すばかりです。

どうも、ジルなり。並森に来てから結構日数立ったような。

ディーノから連絡があり休みが取れそうなので日本にくるとのこと。

すごく楽しみだ。顔を会わせていないがいつも彼の事を考えている。日課となっている電話連絡は欠かさずしているがそれだけじゃ物足りない。それにロマーリオや他の皆にも会いたい!

それまでに、情報収集頑に勤しみたいと思う。

 

『緑たなびく並森のー大なく小なく並がいいー♪』

 

おおっと、着信アリ。パカッと開いてある人物からの電話に不思議に思いながらもでることに。

 

「もしもし、ジルです」

 

「あ、僕だよ」

 

「きょん?あれ、どうしたの?今学校中じゃないの」

 

きょんとフレンドリーに呼んでいるのは少しでも彼が風紀委員長であるという役職を忘れたいためだ。そして嫌われないかなって願ってる。今の所効果の兆しはまったく感じられない。私のあっけらかんとした答えに彼ちょっと呆れ気味というかちょびっと怒ってる声音になった。

 

「どうしたのじゃないよ。…君がなかなか僕の所来ないから電話したんじゃない」

 

なんだなんだこれは。

ツンツンか?相手が相手なだけに信じられないが、私にツンしているのなら遊んであげようか。私相手(幼児)にツンしてもいいことないのに。デレはとのタイミングで出るのか非常に気になる。

 

「……私が来なくて寂しいから電話したの?」

 

「なっ?!………わかっているならさっさと来なよ!じゃないと…」

 

すごい、さっき動揺していたよ。クフフ。なんだ、咬み殺すとかいうのかな。定番だけど。

 

「じゃないと?」

 

「ナミモリーヌのアップルパイ食べちゃうから」

 

「行く!」

 

これは速攻で行きますよね!今日の予定は決まった。ケーキをご馳走してもらう!

 

ちなみに奈々さんに言ったらおめかしさせられてお弁当持たせてもらいました。しかも彼の分まで。奈々さん曰く、私はモテモテだから気を付けてねと送り出してくれたのですが、疑問しか浮かびません。学校までは勿論、歩きではなくタクシー横付けにしていきました。

普通は餓鬼一人で行くところではないのだが、並盛の風紀委員長様からお誘いを受けたのだから誰も文句は言うまい。堂々と開き直れば人の視線など気にしないほどだ。

たぶん授業中であろう校内をでかいお客様用のスリッパでぱかぱかと音を鳴らせて歩いていると、途中のあるクラスから『極限――――!』って雄叫びが聞こえた。

これはアレだですね、笹川センパイ。丸分かりである。

 

ま、別に構う必要もない。今はケーキ、ケーキ♪と鼻歌唄いながら着いたのはなじみつつある応接室。

 

上まであがるのきついな。彼に言って一階に応接室移してもらえないかな。

……言ったらほんとに実行しそうだから止めとこう。それにまた応接室に来ることもないかもしれないし。そう思いながらガラガラと扉を開ける。

 

「こんにちはー!」

 

アップルパイ♪アップルパイ♪とウキウキしていた私は、

 

「うう……」

 

「ぐはぁっ」

 

のうめき声と共にすごく違う意味で嬉しそうな笑みを浮かべつつ手にしていた血塗りのトンファーで挨拶をする恭弥を目にした途端、

 

「やぁ、待ってたよ。ジル」

 

「失礼しましたー!」

 

ガラガラピシャン!と勢いよく閉めた。急ぎ足と扉に背を向けた瞬間、扉は再びガラッと開かれた。ついでにガシッと肩をつかまれた。無論、掴んだ本人は恭弥である。

 

「なんで来た瞬間に帰るの」

 

「いえ、なんか取り込み中みたいだからお邪魔かなーと」

 

「僕の目をみて話しなよ」

 

「え、えーっと。久しぶりで恥ずかしいから?」(血濡れのトンファーが怖いからなんて言えねぇ!)

 

ちょっと頬を染めつつ視線は斜め上。自爆するほどのわかりやすい言い訳であるがばれるわけにはいかんぞ、私!

 

「……」

 

反応がない。

おそるおそる彼の様子を窺えば、片手で口元を覆い、耳まで真っ赤にしているよ。

 

「……きょ、きょん?恭弥?……恭弥サマ?」

 

小首をこてんとかしげればさらに彼はばっと視線を合わせようとはしない。

ま、まさか、私のこの演技がもろばれていてそれが笑えるから一生懸命笑いを堪えているのか!?だとしたら、そんなに堪えなくても大声で笑ったほうが身体にいいのに。

 

「……待ってて。すぐ中、片付けるさせるから」

 

彼はそういうとすぐに携帯を取り出して誰かに電話を掛けた。どうやら風紀委員に掃除させるらしい。倒れてる人も掃除されるんでしょうか。怖くて聞けないので待ってる間は生きた心地がしませんでした。それから、まぁ、ゴミ化した人間片付けて中、綺麗に掃除していって出されたケーキ食べているんだがアップルパイはどうした?

聞きたい。ケーキはある、それも無数に食べきれないほどに。でもアップルパイはない。どこにもない。もしかして売れ切れだったのか……ちょっとしょぼーんとしてしまった。

 

でもまぁ、仕方がない。次があるだろう。しかし、部屋掃除していた集団が気になって仕方がない。なんであんな髪型できるのかな。もしかして男なら一度は憧れるって髪型なのだろうか。あの不良ツッパリスタイル。私、女ですが遠慮したいです。

でも、恭弥があの風紀委員の頂点に立ってるんだったら、彼もあんな髪型にするべきだよね。

 

もしゃもしゃもしゃ。うん、うまい。

 

「ねぇ」

 

うげぇ~。余計な想像してしまった。口の中は林檎のうまみがあふれているのだが、

彼がリーゼントをしている禁断の姿を一瞬でも想像してしまった愚かな私。

ぐはぁ。もろ精神的ダメージきた。

 

「ねぇ、ってば…」

 

しっかし、コレおいしい。さすがナミモリーヌだ。常連の私でも飽きることはない!

だが幼い内から甘い物は良くないと奈々さんに酢昆布食べさせられた。あまり好きじゃないんだよな。

 

「……やっぱり、怒っている…?」

 

「ん?」

 

あれ、どうやら恭弥が話しかけてきていたようだ。至近距離にあって私がワォ!である。

 

「どうし」

 

ぐいっと引っ張られたと同時に感じる彼の体温。恭弥の髪が首筋に当たってくすぐったい。

 

「きょん」

 

「……お願いだ、……嫌わないで……」

 

切なげに声を震わせ懇願するかのように、恭弥は震えていた。

ああ、そうか。彼は私がさっきおかしなことをして笑いを堪えていたことを怒っていると勘違いしているのだ。だったら、もうそんなのは気にしていないというべきだよね。

なのでなんとか身体を動かそうとした。でもそれを感じ取った恭弥がさらに締め付けてくる。

ぐ、ぐるじい……

私はなんとか声だけでもと思い、

 

「大丈夫、大丈夫だから」と何回も彼に言った。

 

大丈夫だよ。私はそんな事で笑われて腹を立てる子供じゃないから。

もう成人しているんだから。(これは言えないけど)

それがどのくらい続いただろう。ようやく恭弥は腕を緩めてくれた。

でもまだ、離してくれない。なので仕方なく子供をあやすようにぽんぽんと小さな手で恭弥の背中を叩く。

 

「おなかすいたでしょ?お弁当持ってきたから食べよ」

 

「……僕の分、あるの?」

 

「うん、あるから、一緒に食べよう」

 

ようやく恭弥の機嫌が直ったのか一緒にお昼を食べた。でもその間も離してくれなくて彼の膝の上で食べるという屈辱オプション。今日は夕方まで恭弥とじっと応接室でまったりしていた。帰りは勿論恭弥がバイクで(安全運転、ヘルメットもちゃんとしたよ)送ってもらった。

 

◇◇◇

 

雲雀恭弥side

 

朝、緊張した手つきで電話をかけた。彼女は出てくれるだろうか。

僕の事は忘れていないだろうかと不安は数え切れないほど浮かんでは消えて浮かんでは消えていく。その繋がる時間が凄く長く感じた。

 

「もしもし、ジルです」

 

っ、彼女だ。

 

「あ、僕だよ」

 

緊張のあまり、声が震えた。裏返ってないといいけど。

 

「きょん?あれ、どうしたの?今学校中じゃないの」

 

僕のあだ名らしきもので呼ばれる。最初は面食らったけどこれもジルが僕の為につけてくれたんだって考えたら最初ほど気にならなくなった。むしろ、彼女にとって特別って感じがして気分がいい。それにしても……僕はこれだけ、ジルに恋焦がれていたのにジルはなんとも思ってなかったんだ。僕のことなんか、これっぽっちも考えてなかったんだ。そう、思ったら悲しいのと怒りが混ざったみたいにゴチャゴチャになった。

 

「どうしたのじゃないよ。…君がなかなか僕のとこ、こないから電話したんじゃない」

 

「……私が来なくて寂しいから電話したの?

 

電話越しに聞こえる甘い声。そしたら直に身体に響いた。そして電話越しで顔を赤くしてしまった。そしてついつい挑発口調になってしまった。

 

「なっ?!……わかってるならさっさと来なよ!じゃないと…」

 

「じゃないと?」

 

一呼吸してから喋った。

 

「ナミモリーヌのアップルパイ食べちゃうから」

 

「行く!」

 

なんとも可愛らしい返事が耳元で盛大に聞こえた。相当喜んでいる。

ふと、ジルのはしゃぎっぷりが目に浮かんだ。じゃあ、待っているからと電話を切る。

それだけで凄く汗をかいていた事に今更ながら気がついた。ふうと軽くため息を吐きすぐに風紀委員にジルの好きなアップルパイを買いに行かせた。

 

早く、早く、電話じゃなくて直接君に会いたい。

 

時間が迫るに連れて恭弥のジルに逢いたい想いも高まっていく。

そこへアップルパイを買いに行かせていた風紀委員が帰って来た。僕はこれで完璧だと思った。これで彼女の喜ぶ姿が直に見られると。けど、

 

「………ねえ、…なんでアップルパイ、ないの?」

 

風紀委員が買ってきたのはアップルパイのホールじゃなかった。それどころか頼んでもいない種類豊富なケーキの山々。風紀委員の男二人は顔を青ざめて土下座して謝って来た。

 

「申し訳ありません!実は品切れグハァ!?」

 

「委員長どうか、もう一度チャンスをギャア!」

 

でも喋ってる途中で僕はトンファーを持ち出して二人を噛み殺した。

 

ドカッ!バキっ!ドゴォ!

 

音だけは盛大にするけど今の僕の怒りはこれだけじゃおさまらない。無言で手を動かし続けた。

 

「……どうして、『バキッ!』くれるんだい?これじゃぁ、……ジルが、ジルが、悲しむじゃないか」

 

振り落とすトンファーには血痕がびっちりと付着している。すると可愛らしい声が背後で響き、視線はすぐに扉へ。

 

「こんにちはー!」

 

愛らしい声と共に扉が開いて僕は声を弾ませて出迎えた。

 

「やぁ!待っていたよ。ジル!」

 

「うう……」「ぐはぁっ」

 

「失礼しましたー!」

 

ガラガラピシャン!

 

自分の手に持っているそれを自覚しないまま、ジルに近寄ろうとしたらすぐに勢いよく扉を閉じられた。呆気にとられて腕を伸ばしたままの状態で固まっちゃったけどすぐに扉を開いて帰ろうとしている背中を必死に引き止めた。

 

「…っなんで、来た瞬間に帰るの」

 

「いえ、なんか取り込み中みたいだからお邪魔かなーと」

 

そんな事言わないでよ。視線さえ合わせてくれない彼女に胸が張り裂けんばかりだった。だから彼女の華奢な肩に力が入った。

 

「僕の、目をみて話しなよ」(お願いだ)

 

「え、えーっと。久しぶりにあってすごく恥ずかしいから!」

 

そういう、彼女の頬は確かにピンク色だった。

可愛い。ダイレクトに脳に直撃だ。しかもきょうは可愛い服を着ているからなおさらだ。

 

「………」

 

反応ができない。

この状態ではモロに彼女にばれてしまう。

 

そう、おそらく、今の自分は耳まで真っ赤だろう。案の定、ジルは不思議がっている。

 

「……きょ、きょん?恭弥?……恭弥サマ?」

 

僕の不振ぶりにジルは困惑気味に僕の名を呼ぶ。最後は様づけとか卑怯じゃない?

それがまた鳩尾に一発食らったかのような衝撃だった。

小首を傾げる姿なんてまさに小動物だで耳をつけるならウサギ。もう、視線を合わすことができなくて。

 

「……待っていて、すぐに中、片付けるから」

 

ぶっきらぼうにしか話すしかできなかった。それから一時間以上ずっとジルは黙ってケーキを食べている。どうしても話しかけられない。

途中チャンスをみて話しかけようとしたがそのたびジルの綺麗な顔は悲しみに歪んだり苦痛に満ちたりした。それだけで、僕の心はどうしようもない恐怖感に襲われる。彼女に嫌われてしまったら生きてはいけない。だから嫌われるのを覚悟で声をかけた。

 

「ねぇ」

 

「ねぇ、ってば……」

 

「……やっぱり、怒ってる…?」

 

ジルは僕に顔さえ向けてくれない。もう、存在さえいやなの?そんなの嫌だ!

そう思った瞬間身体は動いていた。

 

「きょん?」

 

「……お願いだ、……嫌わないで……」

 

どれだけの物をどれだけつぎ込んでもいい。君が望むものは必ず手に入れてみせるから

だから嫌いにならないで。知らず知らずに涙袋から微かな涙があふれてくる。彼女からの返答はなく、僕の中で動き出した。僕はそれを拒絶と思い、必死に彼女を放すまいとこの腕に閉じ込めた。

どうか、どうか、僕から逃げないでと願った。

 

「大丈夫、大丈夫だから」

 

「…え…」

 

安心させるようにぽんぽんとジルの幼い手が僕の背中を慰める。彼女のリズムよいテンポにさっきまで荒れていた心が静まり返っていく。不思議だ。どうしてジルはこんなにも僕の心を乱せて、そしてこんなに穏やかにできるのだろう。

 

「おなかすいたでしょ?お弁当持ってきたから食べよ?」

 

「……僕の分、あるの?」

 

「うん、あるから、一緒に食べよ」

 

それから僕はジルと二人で遅いお昼を食べた。無論、ジルを手放すことはまだできなかった。だから、小さな彼女は僕の膝の上にある。時々、彼女に強請っておかずをもらったりもした。その時のジルは僕よりもずっと年上に見えてなんだか照れ臭かった。この僕が、だよ。もう、僕は後戻りできないほど彼女にジルに溺れてしまったのだと気が付いたのはずっと後の話。

 

(戻りたいとも思わないけどね)



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標的17ぱおぱおときょくげーん!

これが大人幼女というものですな。


○月×日晴れ

きょうもすごくあついひでした。あつかったのでらんぼとみずあびしました。とばっちりにさわだがみずをたいりょうにくらいました。たのしかったです。

 

○月+日くもり

きょうはななさんにきょかをもらってそとへさんぽにいきました。たいちょうもさいきんはいいほうだとおもいます。そこへりぼーんがあらわれ、おれもいくといってきたのでいっしょにさんぽ(りぼーんいわくこれはでーと、だそうです)しました。りぼーんいきつけのおみせでりぼーんはえらそうにえすぷれっぞをたのんでいました。わたしは、かるぴすをのみました。おいしかったです。かえりみち、おんなのひとのおしりをおっかけてるどくたーしゃまるがいました。のんだくれでした。りぼーんはわたしにあれはあくえいきょうだといってじゅうでおっぱらいました。

おもしろかったです。

 

○月-日はれとあめ

きょうはごぜんちゅうじょうほうしゅうしゅうにでかけました。ぜんぜんしゅうかくがありませんでした。しょぼん。でもごご、あめがふっていて、おみせでななさん(むかえにいくからとけいたいにれんらくがはいった)

のでまっていると、すりがらすのむこうで『きょくげーーーーーん!!!!』とあめのなかしっそうしているささがわりょうへいをみつけました。すごいかおでした。おもわずしゃめをとりみんなにてんぷしておくりました。おのおのはんのうがあっておもしろかったです。

 

○月△日はれときどきくもり

きょうはいちにちのんびりしてました。そういえばさわだのへやがにぎやかでした。びあんきにきいたら、べんきょうかいをひらいているとのこと。がくせいはたいへんだなとおもいつつまたくろとのんびりしました。

 

○月▽日はれ

きょうは朝からさわがしかったです。まいどまいどのことながら、りぼーんにちょっかいをだしていたらんぼがこれもまいどまいどのことながらかえりうちにあいうんわるくちかくのまんしょんにつっこんだみたいです。

わたしはびあんきといっしょににっこうよくしてました。びあんきはちゃんとひやけどめとぼうしをするよういってきました。なんだかおねいちゃんができたみたいでうれしかったです。そしたらしらないめがねかけたおとこのこがうちにようじがあったみたいできたんだけどすごいはやさでいなくなりました。そのあと、10ねんごのらんぼがでてきて、びあんきもどっかにいっちゃいました。ひとりでひまにしていたらりぼーんがまたいきつけのおみせにつれていってくれました。すずしかったです。そういえばおとこのこのなまえはいりえしょういちというそうです。

どっかできいたなまえなんだけどおもいだせないのでわすれます。

 

◇◇◇

 

ジルside

 

だめだ、だめだ、だめだ!ぜんぜん、このままではマズイ!

なんでのんきに観察日記なんかつけてんの私!?

どうも、あせりまくっているジルです。これでは義兄ディーノが来る前に終わらせることができないではないじゃないか。ディディとの再会を心から喜ぶことができないなんて……。これじゃあいかんでしょ。

 

ジル、わたくし一世一代の大勝負にでます!すなわち当たって砕けるのみ。

笹川京子、笹川了平、ドクターシャマル…は除外で。この二人に接点をもたせるべく。いざ、学校へ推して参る!

 

「きょん、今日は私午後から用事があるから帰るね」

 

いつもの応接室、いつもの会話の途中、恭弥はお仕事。私は彼の膝で本を読書中。

ふと前もって言っておかねばと仕事中の彼に話しかけたわけだ。

最初彼は、んー?っと言っていたが私がその言葉を口にした途端、ぎぎっと動きが止まった。口元が引きつっていて綺麗な顔が怖いです。

 

「………もう、一回、言ってくれる?…」

 

言いたくないけど迫力に負けた。

 

「私午後から用事がありますので帰らせていただきますハイ」

 

「なんで」

 

有無を言わせずの顔を近づけての恭弥のドアップ。最近スキンシップといい、こういうのが多い。美形はディーノで慣れているので何ともないが、普通なら逃げている。

 

「なんでって、用事があるから帰るわけで」

 

「だからそれを説明してって言ってるの」

 

「えーと、それは…」

 

「それは?」

 

なんて言えばいいんだ。えーっと私の事情を話すわけにもいかないし、うーん。

あ、こういえばいいんだ!

ピンポンと電球が頭の上で光った。

 

「すっごく気になる人がいるの!」(我ながらグッドアイディア!)

 

ピシッ!

「………………………」

 

恭弥は石の固まってしまった。

さらにそのあと恐ろしい展開が待っていようとはこの時思わなかった私。

 

◇◇◇

 

沢田綱吉side

 

放課後、俺は憂鬱な気持ちでボクシング部の前で立ち往生していた。

実は今朝の登校中、京子ちゃんのお兄さんを死ぬ気の俺がひっかけてしまいそれが逆に彼に気に入られる結果となってしまったのだ。しかも了平さんはボクシング部の主将で自分で座右の銘は『極限』。見るだけでクソ熱い男だと感じたのにことさら気に入られ、ボクシング部に入れとまで言われた。

しかも、その時に京子ちゃんがすぐそばにいたので断るに断れず、ずるずるそのまま俺はボクシング部の部屋の前まで足を運んだというわけだ。

やっぱり、無理だよ…!勝てるわけないじゃないか。

 

「でも、京子ちゃんのお兄さんにきらわれたくないし、どうしよう…」

 

その時目の前のドアが開いた。現れたのは今猛烈に一番会いたくない人。

 

「おお、沢田、待っていたぞ」

 

笹川了平そのひと。

顔を引きつらせる俺を無理矢理中に引きずり込み、お兄さんはタイからわざわざムエタイの長老が来たと説明してきた。だが、絶対知りあいだ。

 

「パオパオ老師だ!」

 

「パオーン!」

 

どうみても変装したリボーン。

てんめぇ―――!?

 

と怒鳴りつけてやりたいがそこはぐっと我慢の子だ。

リボーンは無理難題言ってきて俺にボクシングをやらせようとするし、応援に来てくれた獄寺君や山本、それに京子ちゃんまでリボーンがパオパオ老師だとは気がついていない。

あれよあれよと間に試合は開始。

いろいろハプニングはあったけど、死ぬ気弾を打ち込まれ俺は見事お兄さんを打ち負かした。

お兄さんは血だらけになりながらも嬉しそうにしていたので逆に好感度アップにつながったけど俺の心境は複雑である

と、その時、バーンと大きな音が中に響いた。壊された扉に皆の視線が集中する。

現れたのはトンファー片手にゆらりゆらりと歩いてくるどす黒いオーラを全開に出している並盛の秩序。……オーラが怖い。

 

「笹川、了平…出してよ」

 

普段の彼の恐ろしさの桁違いを越しているその雰囲気に全員が凍りついた。

そんな中、一人だけ平気な人物がいた。

 

「おおう、雲雀か。どうした?」

 

「君の……君が……」

 

ブツブツと呟きながら、雲雀さんは戦闘態勢に入り、お兄さんめがけて突っ込んでくる。

それは得物を駆るがごとくで一瞬のことだった。

目で捕らえられない速さに俺たちはダメだと思った。お兄さんも瞬時にガードの姿勢をとったが防げるかどうかわからない。それほどまでに雲雀という人のスピードは優っていたからだ。でも、その時。

 

「だめぇ―――!」

 

子供の幼い声がこの場に響いた。

 

「え?」

 

現れたのはジルだった。

ジルは瞳に涙ためて雲雀さんめがけて走り出した。

そして背後から飛びつくようににしがみついた。へばりついたといってもいい。

 

「きょん!やめて!?もう、いいよぉ―!」

 

「…いくら君の頼みでもこれだけは譲れないよ…」

 

「……そ、んな……きょん!」

 

「ジル!?どうして此処に…?」

 

しかもあの二人の会話はとても普通の会話ではない。まるで恋人同士のような。いやいや冷静になれ俺よ。まず幼児と恋人同士はヤバいだろう。あえて表現するなら過保護な兄と可愛らしい妹だ。うん、それが一番合ってるはず!

 

でも、俺よりも親密度は増している間柄でどうにも面白くない。俺もジルと婚約者同士とかありえないと思ってるし。

うん、だからこのもやもやはきっと気のせいだろう。

急な試合とかしたせいで疲れてるだけだ、うん。そう思うことにしよう。

そう無理やり納得させた俺は外野として雲雀さんたちのやり取りを見守ることにした。

 

「あいつが、あいつが、君の気になる奴なんでしょ?だったら、咬み殺してやる!」

 

どうやらジルの気になる人がお兄さんらしい。へぇー、あの暑苦しいタイプが好みなのか。……っておい!?まさか嫉妬心からお兄さんに襲い掛かったってことなのか、雲雀さんは?!なんて怖い人だ……。いやいや、幼児にマジに惚れるとか普通ないでしょ!

俺も妹ができたみたいな気分になってるだけだし誰かに嫉妬とかマジないよ、うん。

その時、か細い声が静まり返った部室に響いた。

 

「……そうだよ。……私は凄くあの人が気になってる……」

 

……ふーん、そこは肯定なわけですか。別に気に入らないわけじゃないけど。

まーでも単なる憧れとかそんなのだと思うよ。だって幼児だし!

ちょっと大人っぽいところもあるけどまだまだ俺よりお子様だし!

 

「確かに、あの日見かけたその人は確かにあの言葉を言っていた。それが凄く気になって夜も眠れないの……あの、……『極限―――!!』って雨の中駆けていった彼が!どうして極限って言わなきゃダメなのか!?これは生まれつきのものなのか!それともイメージ作りのための戦略なのか!?もう気になって気になって夜も眠れないの!そこんとこ本人に聞きたい!ぜひ聞かせてほしい!その理由は何!?」

 

「「え」」

 

どうやら俺の予想とは違ったらしい。

結構馬鹿げた理由だった。

 

「…やっぱり気になるんじゃないか。だったら目障りだよ。今のうちに消す」

 

雲雀さんは再度お兄さんに標的を見定めた。殺る気満々だ。でもジルも負けじと言い募る。

 

「だめだよ!強烈なキャラが一人減ったらバランス悪いじゃない!今後のためにも私の為にもやめて?じゃないと今後、呼び出しても来ないから」

 

「……わかったよ。……意地悪だね、君は」

 

「どこが?」

 

「そういうとこ」

 

雲雀さんに意見してその意見を無理やり通して何もされないのはたぶんジルだけだ。

ジルをさりげなく抱っこして去り際に邪魔したね、と一言残して去っていく雲雀さん。

俺たちは茫然と見送るしかできなかったけど、俺は、俺だけは気が付いた。

わざとらしいけどなんとなく確信犯だと思う、今のは。

だって抱っこされてた時一瞬見せたジルの笑みが『にやっ』ってなってたから。

……ジルが見た目が幼児なのに中身が大人にみえて仕方ない。



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標的18ぱおぱおときょくげーん!2

読みにくくてスイマセン。一つにまとめるとこんな感じなんです(言い訳)


ジルside

 

さて、新たな火種を争いに投げ入れた事に自覚していないジルは学校で開催される体育祭をワクワクして期待してました。

なんせ、イベント事は大好きなお祭り人間ですから!

並中でも特にビックイベントみたいで漫画でみた棒倒しなんか凄く楽しそう!

そういえば、前回の恭弥には驚かされた。一体彼の何が気に入らなかったのか、暴走するままにボクシング部へ殴り込み『カチコミ』しにいくなんて。

気になるのは笹川兄の決め台詞なだけで他はどうでもいいというのに。

まるで嫉妬心に駆られて先走ったみたいじゃない。

こんな幼児にマジになるとかないだろうし、きっと虫の居所が悪かっただけだろうな。

でも全速力で突っ走る彼に追いつこうと幼児なりの体で懸命に走った私の身にもなってくれよって感じでした。まぁ、後半くたびれ気味な私をわざわざ抱っこしてまた応接室まで運んでくれた恭弥には感謝しまくりだったけど。

帰りは校門前にて待機していたタクシーでお家まで帰ったけど中にはちゃっかり!リボーンが先に乗り込んでいた。

 

彼曰く、その後いろいろと男子達が騒がしかったとか?

何があったと尋ねようとしたけどクタクタなのでやめといた。リボーンも私の体調を気遣ってか、帰ったらゆっくりしろと言ってくれた。ええ、ゆっくり部屋で今後の作戦練らせてもらいますわ!

 

次の日、しっかり英気を養った私はまた恭弥の所へ行った。呼び出しくらったからだ。

今後の付き合いの為にも断るのはまずいので素直に了承。

べ、別に!ナミモリーヌのケーキが目当てとかじゃないんだからね!……体重とかは気にしないのだ。だって成長期だし!

お弁当(殆ど奈々さんが作ってくれたが私もちょびっと手伝った)をもって彼のところへ情報収拾するのが最近効率がいいのではないかと思っている。だって彼は並盛の歩く秩序。

どこで何があったとかすぐに知りたい情報は風行委員が勝手に仕入れてくる。

私はそれを恭弥から聞き出すだけ。

ご機嫌さえ保てていれば彼は結構教えてくれたりする。こんなうまい手が他にあるだろうか!楽して入手する。

幼児という特殊な立場故叶うことだけど、今となっては感謝すらしている。こんなちみっこい体なれどやれることはあると証明できているんだ。周囲を欺き、笑顔振りまいて無垢な子供を演じる。ストレスを感じないのかと問われれば、否となろう。けどそれ以上に成果を得られるなら文句は言わない。

私がやるべきことをなすための手段として淡々と受け入れるのみ。

 

彼を、救うため。

 

◇◇◇

 

ある風紀委員に丁寧に応接室に通された先に、机にたまった山のような書面に目を通していた恭弥が顔を上げて私が来たことに気が付いて口元を微笑ませて「よく来たね」と言った。

 

「ごめんね、お仕事忙しかった?」

 

「僕のほうから呼び出したんだ。謝らないでよ」

 

「そう?じゃお邪魔しまーす」

 

お弁当が入ったリュックサックを中央の高そうなテーブルに乗せてよっこらしょと言いながら私はソファに背を預けた。恭弥はもう少しで終わるから待っててとまた書面に視線を落としつつ、慣れた手つきでサインをしながら素早く書面の山を減らしていく。私は彼の邪魔にならないように静かに読書をすることに。

 

「はい、お茶。熱いから気を付けて」

 

「ありがとう」

 

「……今日はハンバーグなんだね」

 

「きょんの好物でしょ?奈々さんに頼んで作ってもらったんだ。私もこねるのは手伝ったからね」

 

「そっか、嬉しいよ」

 

「奈々さんの料理は栄養バランスばっちしだから、仕事忙しいには恭弥ぴったしだよ」

 

「クス……おいしいよ……すごくね」

 

そんなにおいしかった?笑顔全開ですよ。漫画のヒバリンだったらありえない顔だよ。

 

「さて、じゃあ食べますか!」

 

卵焼きを口に含んで噛んだ瞬間ガリッ!と音がする。……卵の殻入ってた。だが次があるさ。自分自分を褒めることで次へと頑張ろうと言う気になるじゃないか。だから褒めよう、ドンマイ!ジル。

 

◇◇◇

 

午後から恭弥はまた群れてる草食動物を咬み殺しにいくので不在になる。

恭弥は私に念を押すように「勝手に帰らないでね」と言い残して風紀委員の皆さん連れて出て行った。帰らないよ。この前勝手に帰ったら恐ろしいほどの電話のメールだったし。

そして出たら出たらでアンタは女子高生かと言いたいくらい長電話。

疲れて後半は殆ど何喋ったか記憶にないよ。なので帰らないってか、帰れない。

 

「御嬢、今日は機嫌がいいみたいですね」

 

「そうみえる?草壁さん」

 

私を御嬢と呼ぶこの人は恭弥の部下の草壁哲矢さんである。とても見かけどおりの人じゃなくて面倒見がいいっていうか。とにかく優しい。ロマーリオみたいな人だ。

うっ、思い出しちゃった……。

そういえば、哲さんって呼んでみたら速攻でやめてくださいと青い顔で懇願された。

どうしてだ?みたいな顔したら、理由は言えませんって感じで走り去りましたよ。

何があった?どうして走り去るんだ。その度に振動でリーゼントが揺れて面白いじゃないか。

そんなに呼ばれるのが嫌なのか!?それは私にとってショック以外の何者でもない。

だからちょっとブルーな気持ちになったって帰って来た恭弥に子供っぽく八つ当たりをした。ちょっと無視しただけだが、次の日の新聞に『恐怖!!大魔王降臨!?』ってタイトルで誰かが群れている人手当たり次第咬み殺したらしい。誰がって?無論恭弥。

私はすぐ電話して謝った。そしたら機嫌よくしてくれて元のいつもどおりの恭弥に戻ってくれた。これで被害者も少しは報われるといいんだが。(死んでない)

 

「御嬢、マドレーヌ食べないんですか?」

 

「ハッ!?ううん。食べる食べる!……おいし~!」

 

「良かったです。一日限定100個の特製マドレーヌですからね」

 

苦労を笑顔で語る漢、草壁哲矢!

私がいつも美味しく食べているお菓子は風紀委員たちが自ら買いに行ってくれている。きっと朝から並んでくれただろう。美味しく頂かねば罰当たりだ。もぐもぐ食していると下の階から賑やかな声が聞こえてくる。

 

「ねえ、草壁さん。下の階から『きょくげんひっしょー!』って熱い声が滅茶苦茶聞こえるんだけどアレは何をしているの?」

 

「ああ、それですか。たぶんチームごとの最後の組み対抗「棒倒し」の大将を決めているんでしょう」

 

「なるほど。じゃあ、やっぱり大将は笹川センパイって人?」

 

「さぁ、どうでしょうか。去年も一昨年もそうでしたが……気になるなら調べてこさせましょうか?」

 

いや、そんな興味本位で訊いただけなのに真に受けないで欲しい。

 

「ううん、大丈夫。ありがと。哲さん!」

 

「……」

 

微笑んでお礼と名前呼びをしてみれば彼は目頭を押さえて顔を横に背けた。

……きっと、目にゴミが入ったのだろう。私は黙って食べかけのマドレーヌを頬張った。

 

◇◇◇

 

草壁哲矢side

 

「御嬢、今日は機嫌がいいみたいですね」

 

「そうみえる?草壁さん」

 

そう、誰が見ても見惚れてしまうほど今日の御嬢は輝いて見えた。

まるで、太陽を待ちわびる一輪の花のように可憐で決して自分を飾らない人。

己の力のみで天を目指す気高い方。

初めて御嬢、いや、今はあえてジルさんと呼ばせていただこう。

 

ジルさんとの初めての対面は委員長に書類の束を持っていこうと中に入ろうとしたときだ。その時、応接室に誰かの気配を感じ、まさか不審者と思い警戒して中に足を踏み入れたのだ。まさか、そうまさかだと思った。

 

「だ、れですか?」

 

その人物を脳が認識した瞬間、雷で打たれたかのように電流が身体を流れた。

そう、まるで淡雪のように解けてなくなってしまうのではないかと錯覚させる、シルバーブロンドの髪、確実に自分がうつっているであろう、くっきりとしたアメジストの瞳、これが本物の白と思うくらいの肌の白さ。ジルさんは立ち尽くす俺を不思議そうに眺められていた。俺としては何かを言葉にしたいのに、いかんせん、舌が、口がろくに回らない。ただ、一歩でも近づきたくて、彼女が座る黒張りのソファにおそるおそる近づこうとした。だが、

 

「何してるの、草壁」

 

ゾクリと背筋が凍りつき、背後を振り向くことが出来ない。

いや、本能が言っている。逃げろと。だが、足は恐怖で凍りついたようにびくともしない。

 

死を覚悟した。

 

「あ、きょんだー!お帰り~」

 

「え?」

 

「ただいま。ジル、ちゃんと一人でする留守番できたみたいだね」

 

さっきまでの殺気めいた委員長が今は何処にもいない。

まるで、何事もなかったかのように振舞い硬直する俺の脇を通り抜けた。その瞬間緊張感が抜け持っていた書類が足元を散らばしてしまった。ヤバイ、と思いすぐに屈んで散らばった書類を拾おうとする。だが自分の手はいまだ消えない恐怖から震えてまともに拾えない。これ以上、委員長の前で失態は許されない。

焦る俺の前に「ハイ。落としたよ」と書類が手渡される。その手は幼い手だった。

 

「…え…」

 

「何してるんだい。さっさと受け取りなよ、草壁。わざわざジルが拾ってあげたんだから」

 

「コラ!そんな言い方しないの」

 

まるで白昼夢だと思った。ジルさんが子供をしかるみたいにあの鬼の委員長を軽く叱りつけているなんて。すごいと思った。

彼女にしかこの委員長は懐かない。そう、直感し同時に彼女の分け隔てない優しさに感激した。まるで慈愛に満ちたその表情はとても子供には思えない彼女に敬意を表してこれからは御嬢と呼ばせていただくことにした。無論、他の風紀委員にもこのことはすべて明かした。

彼女の存在はこの風紀委員だけではなく委員長を支えてくださる存在だと。

 

あの日改めて思ったのだ。しかし、さきほどの満面の笑顔。つい、目頭にきてしまった。

あまりにも、無邪気でいて心に衝撃が繰るほどの愛くるしい笑顔だったから。

ジルさんは少しそのような軽はずみな行動には気をつけてもらいたいと思ってしまう。

でないと、委員長も心配度が増し、もっと過保護になると軽く予想が出来るからだ。

そう、考えるが本人には決して言えまい。

なぜなら、今の自分がこの少女の笑顔を独占してしまいたいと願っているのだから。

 

◇◇◇

 

ジルside

 

さて、帰りはもちろん恭弥に送ってもらって明日の体育祭も僕のところ来てよねといわれた。明日は皆で応援に行くはずだからそれは無理かも知れないけどまぁお弁当は恭弥と食べるって約束だしちょっと顔を出すぐらいにはできるはず。バイバイと手を振り見送った後、ただいま~と言いながら家の中へと入ったら。

 

「パオパオ!」

 

パオパオ老師がいた。玄関で何をしているのか理解不明。

驚愕するしかない私にリボーンは早速出かけるぞと言ってきた。

 

「ジル、丁度いい時に帰って来たな。ツナのとこ行くぞ」

 

「……綱吉はどこにいるの?」

 

「笹川了平のところだ。どうせ、怖気づいて断りにでもいったんだろう。面白いもの見せてやる」

 

「?」

 

まあ、沢田の面白いトコ見れるならいいかなと気軽な気持ちでリボーンもといパオパオ老師に着いていった。そしたら、笹川兄と合流。

 

「お久しぶりです!パオパオ老師!!」

 

「パオーン!」

 

なんだ、この熱気はこっちまで伝わってくる。熱伝導か?私は思わず後ずさりしてしまった。でも大きな棒を持ってきた笹川兄は私を視界で捉えた瞬間「おおっ!」と大きな大きな声をあげて顔を近づけてきた。

 

「お前かっ!俺が気になってしょうがないという少女は!」

 

「え、いや、あの、それ一部違います。気になって仕方がないのは貴方の決め台詞で」

「そうか、そうか。お前もこのすばらしいボクシングを気になってしょうがないという事だな!」

 

「だから、ちが」

「うっむ、しかし、お前はまだ、幼い。だがその熱い精神!!俺はすばらしいものだと思っている!」

 

「人のはな」

「では、こうしないか!?俺と毎朝ジョギングをし、共に汗をかき熱い日々をすごすというのは!」

 

言葉を発する余地させこの男は与えない。しかも距離が近い。熱い、近い、熱い、近い!どうしようと本気で困ったその時ズキューン!と銃声音と一本の銃弾が私たちの間を掠めた。

 

「……」「何!?」

 

はらりと笹川の額を一滴の血が流れていく。私達が一緒に視線を向けたその先にはパオパオ老師、ではなく。いつもの黒服に着替えているリボーンが立っていた。

しかも、なんだか彼が纏うオーラが違うのだ。殺気立っている。あれは殺し屋リボーンに相応しいオーラだった。この私でさえ一瞬震えてしまうほどに。

 

「さっさとジルから離れろ」

 

それは、命令以外のなにものでもない。私はささっと身を離し巻き添えをくいたくないので逃げた。それからしばらく沢田のところまでたどりつくまでは無言だった私達。まるでお通夜状態。その後は沢田たちと合流して沢田が棒倒しの大将になったからそれの練習。

隼人と笹川兄がケンカを初めて棒を支えきれず沢田は川へ落ちた。

 

うん、満足のいく落ちっぷりに思わず拍手したくなったが、ぐっと堪えて心配そうな演技で沢田へと近寄った。ああ、笑いを堪えるのがきついわ。



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標的19ぼーたおしとえろおっさん

読みにくくてすみません。二度目。詰め込みすぎかな~。


ジルside

 

今日は朝から早起きをした。

だって今日は体育!別に自分が出るわけではいけどこう応援にやる気が出るというか、もしかしたらやる側よりも気合いが入っているかもしれない。いつになく朝、目が覚めてしまったのも興奮してだろう。せっかくの早起きに無駄にしないためお弁当作りのために奈々さんが起きていたので私も混ざることにした。早く家に来たハルやビアンキ姉も一緒に作ってくれるようだ。クロはテーブルの下で時折眠そうにあくびしながらも作業を見守っている。眠たければ寝てればいいのに、律儀な相棒だ。

 

「あ、ジルちゃん!うまいです!いいカンジです!」

 

「ほんと?」(ハルのほうがすごいことになってるよ。口では説明できないのが残念だ)

 

「ええ、貴女は筋がいいもの。さすがジルね」

 

「ビアンキちゃんも、張り切っているみたいね!それはチョコレート?」

 

奈々さんの問いかけにビアンキ姉はコクンと頷き、自信作と言わんばかりに笑みを深くした。

 

「甘いものは疲れを取るというから作ってみたの」

 

「ほんとだー!」(それ、ポイズンクッキング……、死亡者が出るなこりゃ)

 

「ジルにも後で味見させてあげるわ」

 

「ヒッ!」(私が第一の被害者か!?)

 

ってなカンジで和気藹々と仲良く作りあげた。自信作とその他ヤバい物を丁寧に風呂敷に包み、その他いろいろと持参して奈々さんと手をつないでやってきました、並森中。

いつもの風紀委員による支配され校則乱す奴には制裁を!

なんて緊張感に漂う学校内も今日は無礼講。いかにも体育祭ってカンジで盛り上がりをそこかしこにみせている。

うぅ~。体がウキウキするー!

その様子に手をつないでいた奈々さんがおかしそうに微笑んだ。

 

「あら、ジルちゃんたら。凄く嬉しそうね」

 

「うん!」

 

「そうよね!ツっくんが棒倒しの大将やるなんて楽しみよね!」

 

「……うん」(それは違うと言えるが奈々さんが嬉しそうなので流そう)

 

さっそく、ビニールシートを広げて一番良い席げっと!

私も今日の服装は動きやすい格好できました。でも、可愛さは消えていない。

奈々さんチョイスだからだな。沢田たちはA組みたいだ。

周りでは立って応援してる人たちもいる。

奈々さんや、ハルも凄く声を張り上げて応援してる。私も負けていられねぇ!

そういえば、彼、恭弥はどうしてるのだろうか。

こんな草食動物が群れてる中に彼は姿を現すとは考えれないから、応接室とかにいるのかも。

なんて考えこんでたらリレーで武がダントツ一位!

思わず「武―!やったー!」って叫んだら、ちゃんと聞こえてたみたいでこっちまできやがった。おいおい、呼んだつもりありませんぞ。

はっ!もしや、私ではなく私の周りでキャーキャー黄色い悲鳴あげているどこかの女子に用でもあるのか?それなら納得だが、私の考えは外れていた。

彼の足取りは私まっすぐ一直線でした。

 

「ジル!来てたんだな」

 

「う、うん。凄かったね。武が一番だった」

 

本当は一等の瞬間を見逃していたと言えない私。適当ににへらと笑みを作った。

だが武は幼児からの褒め言葉にマジに喜んだ。

 

「ホントか!?…へへっ、すんげー嬉しいわ!」

 

おい!なんだ、その照れ顔は!?

幼児に対するものじゃないだろ。それは好きな女に言われて嬉しいセリフだと思う。

しかも、あっちで君の名前呼ばれているじゃないか。

 

「武、呼んでるよ?」

 

こてんと首を傾げて早く行きやがれと意味を込めた隠れポーズをとる。

さぁ!この意味に気づけそしてさっさと行け。

私に促され武は曖昧に頷いたがどこかはっきりとしない様子で頭を掻きつつ視線は私へと注がれる。

 

「お、ああ……」

 

「ん?」

 

なんか言いたそうにしてると思ったら、あっという間に武の顔が近づいてそれは私の顔近くを掠めた。熱い吐息と共に耳に響く声。

 

『俺だけ応援してくれよ、な』

 

「ぬはぁ―――!?」

 

低音ボイスに瞬時に私の耳は真っ赤になったかもしれない。背中に走るゾクッとした寒気と気恥ずかしさ最大限Max。

耳が一番弱いのに何してくれてんじゃあやつは!何照れた顔して去ってくんだよ!?

 

「じゃな!」

 

「ちょ!?」

 

待てやコラ!女子の視線が全部こっちにきてんだぞ!どうしてくれるんだよ!?

 

おもいっきり腕を振って怒りを現したのにそれを笑顔で手を振っているに勘違いしたのか武は手を軽くあげながら戻っていった。

その爽やかさ恨むぞぉ……。

ジルと武のやり取りの一部始終を盗み見ていた奈々ママたちの心情はこんな感じ。

 

奈々ママ(あらあら♪ジルちゃんたら)

 

ビアンキ(クッ、山本武!私の義妹を取る気!?許さないわ!……)

 

ハル(はひ!?……これはこれはツナさんとジルちゃんと三角関係!?どうしましょ!?ドキドキです!)

とな。

 

◇◇◇

 

やっとお昼休みになり沢田がどこか疲れた顔してやってきた。いつも後ろにへばりついている隼人の姿は見当たらない。大方体育祭の大イベント時に十代目の警護はかかせません!とかなんとかの理由で怪しい奴を片っ端からシメてるに違いない。忠義に熱い彼のことだ。仕事も結構マメなところは好印象だと思う。それが沢田にどう取られているかは不明だが。

さて、沢田も戻ってきたところで私はよっこらしょと立ち上がる。

私の行動に奈々さんは「あ!」と声を出して

 

「ジルちゃん。雲雀君にお弁当届けに行くの?」

 

「うん、たぶん応接室にいると思うから」

 

「雲雀!?雲雀ってあの、あの!風紀委員長ですか?!ジルちゃんの交友関係ってどこまで広がってるんですか!ミラクルすぎますぅ―!」

 

「ハル、ご飯粒飛んでるわよ」

 

ハルはおにぎりのご飯粒口から飛ばしてまで私の交友関係に首を突っ込みたいらしい。まず全部食べてから喋ろうね。軽く説明し行こうとしたが、どこか不満げな沢田に呼び止められる。

 

「待てっ!ジル、……俺も行くよ。一人じゃ危ないだろ?」

 

沢田なりの気遣いだろうが私にとっては大きなお世話である。内心来なくていいわ!と叫びつつ笑顔で首を振った。

 

「ううん、綱吉は休んでていいよ。午後からは棒倒しが待ってるんだからお弁当しっかりと食べなくちゃ!それじゃあ行ってきまーす」

 

いうが早いか私は両手に包まれた一つのお弁当を持ってトコトコと小さな足でグラウンドを駆けていった。

 

◇◇◇

 

沢田綱吉side

 

ジルがあんなに嬉しそうな顔をするのって俺、あんまり見ないよな。

いつも俺の前じゃ笑顔だけど本当に心の底から笑っているようには感じられなかったんだ。だから思わず引き止めた。あのヒバリさんの所へ幼児が一人で行くなんて常識を考えたらまず止めるべきだ。うん、当たり前なことをしてるんだよな俺。

 

「待てっ!ジル、……俺も行くよ。一人じゃ危ないだろ?」

 

そうだ、一応俺はディーノさんからジルの面倒を任されてるんだ。いわば保護者みたいなものだ。何かあったら責任問題にもなる。それは避けなければ。俺は色々と理由を挙げては自分自身に言い聞かせる。

 

お兄ちゃんが妹を心配する気持ちみたいなもんだ。

 

でもジルは首を振ってやんわりと拒絶する。

 

「ううん、綱吉は休んでていいよ。午後からは棒倒しが待ってるんだからお弁当しっかりと食べなくちゃ!それじゃあ行ってきまーす」

 

俺の呼び止めも聞かぬままジルは走って行った。妙にジルの走る背中が遠く感じられたのは俺の気のせい。

 

変に遠慮しなくてもいいのに……。幼児のくせに大人ぶって可愛くないと思う。

 

俺は面白くない気持ちを抱きながらドカッとその場に座り直し、適当にお重からおにぎりをとって頬張る。見た目がいびつで他の奴より大き目なそれは不格好だからハルが作ったやつだと思った。ぱくっと一口ほおばってもぐもぐと食べる。

中身は梅干しだった。疲れた時に酸味が効いたものはいい。不格好でも食べれればいいや。

今は無性にイラついて食べることに専念したかったけど、突然俺に紙コップにお茶を注いで手渡してきた母さんが変なことを言ってきた。

 

「あらツっくんったら。焼きもち焼いてるの?」

 

「ハァ!?」

 

可笑しそうに小さく笑いながら言う天然な母さんのセリフは俺は盛大に声を上げた。

 

「そんなことあるわけないだろ!?馬鹿馬鹿しい…変なこと言うなよ!」

 

「まぁ!」

 

俺はバッと奪い取るように母さんから紙コップを取り、食いかけのおにぎり片手にそれをぐっと浴びるように飲む。

 

「でも真っ先にそのおにぎり選ぶなんてわかってたからじゃないの?」

 

「は?」

 

確かにどうもでいいと適当にとったお重に入っている他のおにぎりは綺麗に三角で握られたもの。俺が手に取って食べたのはどこかべちゃっとしていて崩れかかっていたやつだ。

 

それがどうしたってんだ?

 

食いかけのおにぎりに視線を落としつつ、怪訝な表情で母さんを見やれば母さんは

 

「それ、一個だけ頑張って作ってたのよ?小さい手で、一生懸命握って熱いの我慢してね」

 

「…ハルだろ…?」

 

「違いますよ!?」

 

俺からの問いかけにハルはぶんぶんと首を振って否定した。

母さんがにこにこと笑みを浮かべて俺を見つめる。俺はおにぎりに視線を落とした。

誰が作ったか、言わなくてもわかるわよね?と母の顔にはそう書いてあった。

 

小さな手で、熱い炊き立てのご飯を無理して握ろうと奮闘して奮闘して、でも手には収まり切れないほどデカくなったおにぎりに海苔をまこうとしたけどうまくいかなくて、けど誰かの手を借りずに頑張って作った……つか?

 

つまり、これは……ジルの手作り。

 

「………」

 

俺はしばし食いかけのおにぎりを見つめ、またぱくっと口に含んだ。

 

「あとで言ってあげるのよ?」

 

「…わかってるよ…」

 

いちいち母さんは一言余計なんだ。

言われなくてもわかってるよ。帰ってきたら言えばいいんだ。

 

美味かったよ、って。

 

(気になるあの子は逃走中)

 

◇◇◇

 

ジルside

 

着いてから後悔した。走るんじゃなかった。いかにも幼児がいるとすぐ迷子?とか周りの人は思うから背中に注目浴びまくって逃げたい一心から駆けたら疲れた。

うぅ、ちょっと休もう。お弁当持ったまま走るなんて一人借り物競争してる気分だ。

ペタンと人がいないのをいいことに冷たい廊下に腰を下ろして疲れ切った体を休ませる私。

お弁当を膝にのせて、そういや最近倦怠感が抜けないなと思った。

夏だからだろうか、それとも幼児故の体だからだろうか。

理由はわからないが、ディーノと共に過ごした期間も医者に掛ることは頻繁にあった。

まーそれは幼児だから予防接種とか検査とか必要だから行っていたんだろうと思う。

検査結果などは一切知らされていないし、ディーノに聞いてもどこかはぐらかすばかりだったから、聞かなくてもいいことなんだと他人事のように感じていたけど。

 

なんと、ちょうどいいことに今私が休憩している場所はなんと保健室の前です。私はお水を貰おうとへたりきった足腰に再度力を入れて立ち上がり、お弁当をわきにもって扉の戸に手をついた。

 

「…あの~スイマセン。ちょっとお水を一杯もらえませんか?」

 

声をかけ中に入ってみたらそこには。

 

「よう!ディーノのとこのお嬢ちゃん」

 

なんと、保健室にいたのはどっきりびっくりドクターシャマルだった。

げぇ!?思わず仰け反りすぐに扉を閉めようとしたが、にゅっと伸ばされた首根っこをひっ捕まえられる。

 

「ぎゃ!変態!」

 

「こらこら、俺がなんかすると思ってたのか?失礼なお嬢ちゃんだな」

 

日頃の行いがものをいうのを知っているだろうが!

 

「知らない人、特に白衣きてタバコふかしてる男には近づくなってリボーンやディディから言われてますから。主にアンタだ!」

 

「……可愛い顔して傷つくこというじゃねえか。小さい花嫁さん」

 

ブランブランと揺られあっという間に椅子に座らされる。

 

「っ!ひゃぁ!?」

 

おでこに冷たいタオルを当てられ吃驚して声を上げてしまった。さりげなく持っていたお弁当は机の上に置かれている。なんと素早い動き!呆気に取られた私にDrシャマルは、保健室用の冷蔵庫からスポーツドリンクを取り出しコップに注ぎ込んだ。そして私の前に苦笑気味に差し出す。

 

「ジルちゃん無理するもんじゃないって跳ね馬に言われなかったか?ちゃんとしつけてねえな、アイツ。まぁ甘やかしてたんだな。今体熱いだろ?もともとお前さんの体は丈夫じゃないんだ。無理すると倒れるぞ」

 

「倒れるって大げさな……。それよりおじさん、なんでディディ知ってるの?」

 

おっさんと面識はなかったはずだけど。

 

「おじさんってまだ若いつもりなんだけどよ。……知ってるもなにもそれはふか~いふか~い関係だぜ?」

 

何この人。変態か?幼児になに言ってんだよ。

しかもあんたは男じゃなく女相手だろうが。

 

「危なそうだからリボーン呼んであげる」「待てィぃ―――!」

 

さっと首にぶら下がった携帯に手をやったら青い顔してばっと携帯奪いやがった。

ッチ!

 

「怖いことするお嬢ちゃんだな……」

 

「じゃあ、教えて」(さっさと吐けや)

 

私のお願いにおっさんはしぶしぶ教えてくれた。

なんでもおっさんはイタリアにいた時私を見てくれたお医者さんの一人だそうで、検査なんかもみてくれたらしい。へぇ~、別にどうでもいい情報ありがとう。

 

「まぁ、そんだけお前さんは大事なんだよ。だから、あんまり無理して心配かけてんじゃないぜ」

 

「善処します」

 

「餓鬼が善処とか言うな」

 

「別にいいじゃん。……ああ、だいぶ良くなった気がする…」

 

「ホレ、薬飲め。お子様でも安心して飲めるカプセルタイプだ」

 

「お子様扱いするな変態」

 

「いやお子様だろ!」

 

おっさんと言い合いをしつつもらった薬を飲んでしばらく休むと先ほどよりは体調がよくなった。私はタオルを彼に返し軽くお礼を言って保健室を出た。

結構休んでいたからお昼時間も残り少なくなっている。

これは恭弥が腹を空かして暴れるのではないか!?

ヤバいヤバいと焦りつつ私は応接室を目指すのであった。

 

◇◇◇

 

ジルが去った後、シャマルは深くため息をつきどかっと椅子に座った。

そして誰もいない筈の室内にむかって話しかける。

 

「アンタも過保護だな、お嬢ちゃんが心配で仕方ないってか?」

 

「惚れた女がどうしているかを気になるのは当然だろ」

 

風で揺れ動くカーテンからバッと現れたのはほかならないリボーンであった。

リボーンは窓際からくるっと一回点すると見事に着地しシャマルへと顔を向ける。

そして押し殺した声で呟くように言った。

 

「………ジルの、容態は今の所どうなんだ…」

 

「…正直に言ってあんな強い薬ばかりを服用し続けたら体が持たないだろう。だいたいアレは大の男が一つのカプセルを飲んだだけで効果が現れる代物だぜ?」

 

「逆にいえば毒にもなるってことか」

 

「そういうこと。あのお姫さんにそれが耐えられる筈がない。……しかも、あのお姫さんの体も相当堪えているはずだ。ディーノから定期的に送られてくるお嬢ちゃんの情報見てるとよくもってやがると感心するほどだぜ」

 

「……いつまで、もつんだ…」

 

本当はそれを知りたくはない。でも、どうしても聞かなくてはならない。

ジルには絶対知られてはならないこと。

シャマルはリボーンからの問いに数秒間をあけて伝えた。

いや、宣告した。医者としての事実を。

 

「……もって、半年以内だ」

 

【小さな小さな花嫁。リミットまで後、もう少しだよ。】

 

◇◇◇

 

ジルside

 

応接室にやっと到着。ガラガラっと開けようとしたら先に開いた。

自動ドアにいつ替えた?っと思ったら恭弥が不機嫌そうな顔で出迎えてくれたが、速攻で抱き上げられドカッっとソファに座る彼の膝におさまる。

 

「遅いよ」

 

「スイマセン、あのね、これにはわけがあって」

 

「どこほっつき歩いてたの」

 

「……スイマセン…」

 

まさか保健室でくたびれて休んでたなんて言えない。もっと早くこれなかったのかと責められそうだから。でもお弁当は頑張ったんです。褒めろとは言わないけど機嫌だけは直し欲しい。突き刺さる視線から逃げるようにあたふたとしながらお弁当を広げた。

 

「ほ、ほら!きょんハンバーグ好きだったでしょ?一生懸命作ったんだよ!」

 

箸を手渡し一生懸命食べて食べてとアピール。

恭弥は一瞬もたされた箸を一瞥し彼の膝に座る私にふて腐れた顔でこういった。

 

「………食べさせてよ…」

 

「え!」

 

いい歳して中学生が幼児に食べさせてはないでしょう。だが恭弥の場合本当に中学生かと疑いたくなるので似非中学生としておこう。じぃっと見つめられどうしようもない。私はため息をつくと彼から箸を受け取り

 

「……箸の使い方そんなに、うまくないからね?」

 

と念を押して彼の口におかずをダイブさせた。

彼は待ってましたとばかりに口を広げもぐもぐと奈々ままお手製のハンバーグを食べた。

 

「おいしい?」

 

「うん。すごくおいしいよ」

 

それはそうだろう、自分で箸動かしてないし私は親鳥かい。

 

「委員長!」

 

「……なんだい……」

 

食べ終わった直後に突然風紀委員の人ががらりと出現。その瞬間、恭弥がギロリと瞳を光らせた。

 

「じ、実は、最後の棒倒しなんですがB組とC組の大将がいろいろありまして欠場してしまい、どうするかと、もめているのですが…」

 

「棒倒し?そんなのやりたい人間に」

 

「忘れてた!」

 

「えっ?あ、ジル!?」

 

恭弥のお弁当食べさせてたらすっかり頭から除外してた。楽しみにしていた棒倒し。人間が転げ落ちる様なんて中々見られない。私は急いで恭弥の膝から飛び降り寂しそうな顔の彼には一切気がつかずに、

 

「綱吉が大将やるの~!」

 

と言って部屋を駆け足で出ていった。

急げ急げ!体育祭の醍醐味が終わっちまうぜ!

 

◇◇◇

 

ジルがいなくなった後の応接室では…というと。

 

「………」

 

「…………」

 

後に残されたのは風紀委員と顔を俯かせ怒りを抑えるかのような委員長だけだった。いやその怒りは抑えるどころか今にも膨れ上がりそうだった。だからこそ風紀委員は心底逃げたいと思った。一生分の恐怖を味わった気分だった。

 

「………僕がその大将やってあげるよ。すぐに伝えて」

 

「ハッ、ハイぃぃぃぃ――――!」

 

地を這うような声に風紀委員は泣きながら応接室を駆け足で出ていった。

 

大切な大切な華が手から零れ落ち獰猛な獣は怒りに任せて目標を狩りにいく。

そう、嫉妬という暴走にすべてを任せて。

 

(どうしても、邪魔をするんだね。沢田綱吉)

 

 

最後のイベントはそれはそれは大乱闘でした。

戻ったときにはすごい心配されて、今度はジルちゃんにGPSつけようかしらって奈々さんが真顔でいうものだから必死にそれだけはやめてと謝りたおした。

で、棒倒しが盛大に始まったのだけどA組の大将は沢田、反対の大将は恭弥。

漫画とは違う展開が待っているとは思わなかったけど。

 

なんと!沢田が死ぬ気状態で直接彼と乱闘しだしたんだから。しかもリボーンに死ぬ気弾打たれてないのに、だ。恭弥も恭弥もすごい獲物を狩る気に満ちていて目もギラギラして沢田とタイマンしてた。グランドは血塗り状態に。

みんな遠巻きに傍観してました。その二人を。

で結局、決着はつかず。お互いにボロボロになるまで闘ってたのにね。

うーん。今日も暑いなぁ。

 

(気になるあの子はのんき中)



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標的20自覚三秒前

「是非もなし!」と喜ぶ幼女はなかなかいない。


ジルside

 

いろいろ忙しかった体育祭だけど私は満足である。

やっぱり、殴りあう男って最高だと思います。私に被害が及ばない範囲でならいくらでも殴り合え。クフフ。あれ、なんか誰かの笑い方っぽい?

 

「……それにしても」

 

カタカタとパソコンをいじりながら一言。

 

「結構、集まったよなぁ~」

 

そうなのである。こっちから動かずとも自然と欲しい情報が集まっている。

各並森の主要人のプロフィールからマル秘情報まで。

様々ではあるがそれが最初に比べたら圧倒的に多い。これは嬉しいことだ。

まぁ、私個人による涙ぐましい努力の成果でもある。

それにボンゴレの機密情報もパソコンを通して入手している。

おほほほ!パソコンスキルは完璧だぜ。

 

その中には、あの時イタリアで私が誘拐され時に相手のボスが言っていた言葉。

 

『蒼龍姫』

 

この言葉がずっと頭の端っこに残っていて消えることはなかった。

虚像の指輪と虚像の花嫁。そして、蒼龍姫。

この三つのキーワードを調べ上げればどうしてザンザスが氷漬けに去れなければならなかったのかも理由がわかるかもしれない。当初、沢田に聞いてみればなんて子供じみた考えだったがそれでは彼は救えない。あの沢田では役に立たないということはそばで見てきて痛感されられたことだ。この先訪れるであろうリング争奪戦という筋書。

 

この世界ではザンザスが目覚める時期はいつなのだろうか。ザンザスは目覚める。そうだ、彼は氷から解き放たれる。でも、その先に待っているのは彼にとっても、ヴァリアーの皆にとっても酷な世界だ。うまくいけばもしかしたら無駄な争いなどせずに無事にみんなでイタリアへ帰れることになるかも。誰も傷つかずにヴァリアーのみんなとディーノと私でイタリアに帰れる。また、あの幸せな時間が戻ってくる。

 

ボンゴレなんか全て沢田に任せればいい。もともと、とばっちりで巻き込まれたようなもんだ。そうだ、いっそのこと虚像のリングなんか壊してもう虚像の花嫁は存在しなくなったんだって世界中のマフィアに情報を流せばいい。

そうすれば、そうすれば。

 

私は幸せに

 

『幸せになれる?』

 

誰かの声が頭の中で突然響いた。それは知らないようで知っている声。

 

えっ。

 

『本当に貴女は幸せになれる?』

 

聞き覚えがある声だ。それは私の声に似すぎだから。

 

また貴方なの。私は、…幸せにならなくちゃいけないの。やってみなくちゃわからない。

……だから成功させなくちゃ。

 

『貴女はそうやって全てから逃げるのね。そうよね、誰だって自分が一番可愛いもの。それは人間として当たり前の本能だわ。迫りくる恐怖から身を守る術は逃げる事。でもね。そんな必要、ないのよ?だってワタシがいるもの』

 

相変わらず少女の言葉は意味不明な言葉ばかりだ。こちらを戸惑わせようとしているのか、それとも忠告のつもりで助言してくれているのか。ただ、私の知らない記憶の手掛かりを持っている。それだけはすぐにわかる。

 

 ……逃げる?私が?何から逃げるっていうのよ。

 

『そう、あの時もあの時も逃げた。だから貴女は此処にいるのよ。ああ、可愛いもう一人のワタシ。無知な貴女は赤ん坊のように可愛いわ。誰にも渡したくない誰の目にも触れさせたくない。ワタシだけが永遠に独占していいのよ』

 

貴方は…何が言いたいの。

 

『でも聞いてちょうだい。今の貴方は仮初の貴方。

消えてしまうまえに貴女が全てを否定してしまうまえに。はやくワタシを受け入れて、はやくワタシに気がついて。ワタシは貴方を失いたくないのよ。だって何よりも大切で愛おしいから。そう、時間は残されてはいないのよ』

 

砂時計の砂は下ろされた。

 

◇◇◇

 

なんか擦り寄ってくる感触が肌を触る。くすぐったい。

 

「……にゃ…」

 

ふと気がつけばパソコンの前で眠ってた。起こしてくれたクロにお礼を言いつつ、ぐーんと背伸びをした。

 

「…う~~ん。いつの間に寝たのかな…」

 

首がビキビキと音が鳴るようだ。

ふと首元のチョーカーを触ってしまう。それはザンザスが私にくれたもの、だと思う。

本人から直接手渡されたわけではないし、気がついたら首につけられてたから変な気分だったけどこの赤いひし形の宝石は鏡を見るたびにザンザスの瞳の色を思い出す。

 

彼は私につける時どんなことを想ってつけたのだろう。どんな表情をしていたのだろう。

今となっては分からない。だから彼にお礼を言いたい。直接会って話して彼は笑顔を見せずにぶすっとした顔になるかもしれないけど笑いあいたい。

 

ザンザス。もう少しで、もう少しで逢えるから。

 

決意を新たに固めなおして私は喉が渇いたので一階に下りる事に。そしたら玄関に見慣れた靴をいくつか発見。台所に向かったら奈々さんがお菓子を準備していた。

 

「誰か来てるの?」

 

「ジルちゃん、丁度よかった。これツっくんの部屋にもっていってもらえないかしら」

 

どうやら武と隼人、それにハルが来ているとのこと。

ジュースは先に運んでいるみたいなのでお子様な私でも持てる重さだ。

 

「わかったー」

 

奈々さんの頼みならば断れまい。んしょ、んしょと階段を上がり部屋の前まできたはいいが両手が塞がっているので大声をあげた。

 

「あーけーてー」

 

反応ない、というよりも聞こえていないのほうが正しい。一向に待っても開けてくれる気配はないのでお盆を下において自分で開けた。

 

「綱吉―。お菓子もってきたよ」

 

ガチャリとドアを開ける。すると、

 

「…ワォ…」

 

思わず恭弥の口癖真似してしまうほど目の前の光景に驚いた。

 

「ジル!?」「ジルちゃん!」

 

皆が一斉に驚きながら私を見やる。なんと沢田の部屋に死体が横たわっているのだから。

 

殺人事件か!?おっと、冷静になれ私よ。これはあれですな。動かないで!真犯人はこの中にいる!ってやつですな。

 

「やぁ、ジル」

 

真犯人が増えた!?ってのは冗談で窓から侵入したっぽい風紀委員長サマが軽やかに挨拶してきた。彼、恭弥は室内に土足で死体を踏み踏みする。

 

「借りはいいよ。赤ん坊。ジルをもらってくから」

 

「おい!?」

 

そう言って近づいてきた恭弥は私を横に抱き上げたまま窓からひらりと躊躇いなく跳び下りた。

 

「ぎゃ!」

 

「大丈夫だよ。ちゃんと捕まえてるから」

 

そういう問題ではない!

 

「きょん!いきなりすぎ」(2階から飛び降りるとか自殺行為だろ!?)

 

「いいじゃないか。楽しかっただろう?」

 

幼児でも二階から降りて楽しむ余裕はない。しまいには頭上にダイナマイトの雨である。

私もいるんですけど―――!こら―!隼人めぇ―――!

 

「このぉ――!果てろ!」(ビシュッ!)

 

「君、ウザすぎ」(かきぃーーん)

 

私を腕に抱えつつのトンファー返し!

お見事です!どうせなら降ろしてからしてほしかった。(逃走できるし)

 

ちゅどーん!

 

沢田の部屋からは大きな黒煙がもくもくと発生し、私は恭弥に拉致られ並森中へ華麗に移動。なお用意周到な彼によって私の靴はすでに用意されていた。

だが私は不機嫌そのものですわざとらしく膨らませて抗議しまくった。

いつものソファに座らされ隣にはさっきから私のご機嫌どりの恭弥が据わっている。

 

「いきなり連れ去りますか普通。横暴すぎ人の意見も聞いてよ。聞いてくれないかもしれないけど聞いてよ。説明もしてくれよ!殺人事件はどうなった!?真犯人は!?」

 

「ゴメン、機嫌なおしてよ」

 

「やだ」

 

つーんとそっぽを向いて腕を組んでいると、ソファから席を立った恭弥がごそごそと何やらしている。何をしているんだろうと気になりつつ、ここで甘く出てしまっては立場逆転だと気を強く持たせる。すると、横目に恭弥から差し出されたお皿に乗せられたあるブツ。

 

「ホラ、これ買ってきたから君の好きなアップルパイ。ね?一緒に食べたかったんだよ」

 

「是非もなし!」

 

私は喜ぶ犬のごとく、しっぽ振ってアップルパイにありついたのだ。

 

あはは、女なんてこんなもんですよね。そうだ!大好物の前じゃ理性も吹っ飛ぶってもんさ。結局夕方まで恭弥といることに。

家に帰ったらそれもうリボーンとかまだ帰ってなかった武と隼人それにハルもめっちゃ怒ってた。沢田は私の姿を見た途端、「ジル!?何もされてないか?」と駈け寄ってきてぺたぺたと体中心配そうに触ってきた。私が何もされてないよと答えるとわかりやすい表情でほっと溜息をついて、なぜかお説教してきた。

 

「簡単にホイホイ着いていっちゃダメだろ!?」

 

「着いて行ってないよ。拉致られたんだよ」

 

「それでも嫌だとか暴れればいいだろ」

 

「無理だよ。だって私非力だし」(なんですか喧嘩売ってんですか?)

 

「まぁ、そうだけど」

 

ズバリな指摘であるけれどまた納得いかないといった顔つきである。

 

「それに綱吉、助けてくれなかったじゃん。なのに私を叱る資格とかあるの?」

 

「なっ!?」

 

どうだどうだ!正論に言い返せないだろう。だって事実だもん。

 

「………疲れたから奈々ままのとこ、いこ」

 

綱吉が何やらぼそぼそと呟いていたけど関係ない。私は無視して奈々ままのところへ向かった。

 

『………俺、子供相手に、何言ってんだ……』

 

(子供にみえない子供)



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標的21なつうみ

群れない人が紛れ込んでる。


△月×日はれときどきあめ

 

らんきんぐふぅたが家にやってきました。さわだがひろってきたらしい。なんでもらんきんぐできるとのこと、すごいとおもいました。ちょうどみんながあつまったのでらんきんぐたいかいをしました。

はやとは10だいめのみぎうでにふさわしいらんきんぐで、けんがいでした。

しかもたいきけんがい。

きぼがでかすぎてわらうにわらえませんでした。そういえば、わたしもらんきんぐにのってたな。

ええと、ましょうのおんならんきんぐ1ちいとか、てんねんむじんかくらんきんぐでじょういとかあと、はっこうのびしょうじょらんきんぐ1ちいとかあった。はっこうはないだろとひとりつっこんでみたけどみんなはなっとくしてた。おいおい。

 

△月○日あめからくもり

きょうはがっこうでじゅぎょうさんかんがありました。きょんにまえもってことわっておいたの、できげんがわるくなることはありませんでした。でもしぶってました。

さわだのくらすにいったら、もうはやとのすがたはありませんでした。きいたらほけんしつにはこばれたそうです。たいへんだったね、はやと。

そのあとりぼーんがりぼやまにへんそうしてじゅぎょうさいかいしました。でもなんだかんだでむちゃくちゃになりました。

おもしろかったです。

 

△月□日はれ

きょうはりぼーんがれくちゃーするはやときょうかぷろぐらむにつきあいました。

なんでもはやとはさわだのみぎうでであることにじしんをうしなったらしく、うでをみがきふさわしくあろうとけついしたみたいです。でもりぼーんははんぶんはあそんでいるかんじでした。

ほとんどのひがいしゃはさわだでわたしはよけてました。

とちゅうでたけしがきたけど、いれちがいではやとがでていってしまったのであとをおいかけました。おちこんでいたようすなのでまたなでなでしてあげました。

そしたらふっかつして、いっしょにいえにもどりました。

たんじゅんなはやとはだいすきです。

 

△月△日くもり

きょうはたけしのとっくんです。

がっこうはかいこうきねんびでやすみなのにがっこうにいこうとしていたさわだとたけし。ちょっとふくみわらいしました。

たけしはやきゅうのとっくんとおもっているけどぜんぜんちがいました。

むしろたけしのすぴーどをいかしたきょうかぷろぐらむだとわたしはおもいました。

たけしはこんくりーとをはかいしてはっぽうすちろーるだとおもったりはやとがなげただいなまいとをかんたんによけたりしてました。

すごいです。

きわめつけはやまもとのばっと。

じそく300きろをこえるとかたなになるという。

もはやふつうのひとじゃできないよ、たけし。それでもあそびだってわらうきみがまぶしいよ。

 

△月♪日はれ

でぃでぃがくるまであとすうじつ!こころはうきうきです。

そういえばきょうはめずらしいひとがきてました。ぶきちゅーなーのじゃんにーにというひとです。

なんでもさいきんまふぁあのぼすがなにものかにあんさつされていてきんきゅうでぶきのかいぞうをしているそうで。

でもかれがかいぞうしたぶきはすべておもしろいことにかいりょうではなくかいあくになっていました。つまりさらにせいのうがわるくなったということです。

ぎゃくにすごいとおもいました。でもらんぼの10ねんばずーかもかいぞうしてそれをあびたはやとがちっちゃくなってしまいました。

せたけもわたしよりひくい。かわいかったです。そのあとさわだをあんさつしにやってきたふたりぐみをはやとのかつやくでやっつけました。

あとでりぼーんがわたしもねらわれていたとじごほうこくしてきました。

こわっ。

 

◇◇◇

 

ジルside

 

「海―――!」

 

そう、海。照り付け太陽。どこまでも広い砂浜。そして眼下に広がる膨大な母なる海。

 

「眩し!」

 

今日はなんと、う・み・にやってまいりました。いいっスね!夏といえば海です。

朝、沢田から今日の予定は?と聞かれた時には思わずうん、あるよって言ったんだよ。だって一緒に出掛けたくないもん。そしたら残念だなとか言ってみんなで海水浴にいくんだけど、って言った瞬間、条件反射で行くって大声だしてたのはご愛嬌。

すごいよ、海の力って。ちなみにクロは留守番。海はクロには暑すぎるからね。エアコンの効いた部屋でのんびりしているだろうさ。

ちなみに恭弥には海に行くって素直に電話しといた。そしたら、電話越しにぶつぶつ呟きだしてどこの海?って聞いてきた。なんでと思いつつ並盛海岸だよーと伝えときました。

肌露出しちゃだめだよとか一人で行動するなとか言いたいこと散々いって勝手に電話切れた。

奈々さんと同じこと言ってる。

 

「ジルちゃん!ほら、こっちよ」

 

「はやく着替えましょ!ジルちゃん手伝ってあげますから」

 

ちょっと、海みてたら京子とハルに両脇を持ち上げられ強制的に連れて行かれた。

ちょっと。これじゃ掴まった宇宙人状態だっつーの。

あれよあれよと言う間に奈々ままが密かに選んでいてくれた水着に着替えた。

………奈々まま、これは私の趣味とはいいがたい水着だよ。

でも女子二人はそうは思っていないようだ。

 

「きゃ~!!可愛い――!」(ぎゅっ)

 

「誰にも見せたくないです!ああ、心配です、ハルは!ジルちゃんが怪しいおじさんに変な目をつけられないか!」

 

「…そうだよね。ハルちゃん!私たちでジルちゃんを守ろう。絶対私たちから離れちゃダメだからね!」

 

「はひ!?…そうですね。弱気になっちゃいけないですぅ!ジルちゃんは絶対死守します!」

 

されるがままもてあそばれてる私ですけどすごく悲しい。

なぜかって?それはね。抱きしめてくる二人の胸がポヨヨンとあたるわけですよ。

私も!私も!子供じゃなかったときはそれなりにあった!(希望)。

でも今は幼児台形なわけでぺったんこ。

まな板だよ。ええ、ええ!もう一回言ってやる。まな板だよ!

なのに、この二人はとっても可愛いから変態がどうのこうの狙われるからとか言ってるし。

それは逆にアンタらのことだろうが!と叫びたくなる。

 

「…ありがと。……ハルぅ、京子ぉ」

 

ちょびっと恨みこめてお礼を伝えた。そしたらさらに抱きしめられた。

さっきのやり取りで着替え時間が長引いた。

今日のメンバーはおなじみの顔ぶれでさぞ男共はこの二人の水着姿を心待ちにしているだろう。私は関係ないやとちょっと二人の後ろを歩こうとしたら強制的に二人に手を繋がれ前に引きずり出された。

 

「お待たせ~!」

 

「着替えてきました~!」

 

「「「………………」」」

 

やっぱり、男衆三人とも二人の水着姿に鼻の下伸ばしてる。

 

「うん、可愛いよ」(珍しくどストレート)

 

「……くそっ……似合い、すぎだぜ……」(そっぽ向いて)

 

「ジル、すっげー可愛いぜ」(照れつつ褒めるとこは褒める)

 

今の話私の格好見て褒めるとか、まず京子とハルを褒めるべきでは?

ちなみに私の水着は、黒のフリフリのひだつきのスカートに首元でヒモをリボン結びして腕には迷子用に目立つように奈々ままがブレスレットつけてくれて首にはおなじみ黒のチョーカー、髪は長いのでうしろでひとくくりにしている。ザ!お子様である。

 

「よっしゃ!じゃあ、行こうぜ!!」

 

爽やか武が私の手を取り砂浜へと走り出す。

 

「あ、足が!」

 

武がキラキラと星を飛ばしているがごとく輝いてみえる。

えっ?幻覚だよね、これじゃまるで恋人達の『うふふ』『アハハハ』みたいなラブラブカップルのやることだ。しかも砂浜に足取られてろくに歩けないという。

武!駄目だよ、もっと幼児にもっと気を使って!

 

あんまり日に当たっちゃダメよと奈々さんにいわれたので泳ぐのは早々に諦めてパラソルの下で帽子被ってリボーンと遊んでいた。遊ぶっていっても殺し屋と楽しい遊びなんて期待していない。なので大人しく砂のお城とか作っていた。

飽きたのでパラソルの下で昼寝でもと座ったらリボーンが膝を貸せとかなんとかいって寝っ転がってきた。なんか向こうのほうでは笹川兄とあのライフセイバーもどきのあんちゃんたちがごちゃごちゃいっているが、この家庭教師は職務怠慢か?

 

「リボーン、行かなくていいの?」(行けよ)

 

「ああ、今はお前とのんびりしてぇんだ」

 

「……さいですか」(ここでも監視なのか!?)

 

遠目から見学していると京子とハルがあんちゃん共に怪しい目線でじろじろみられて気持ち悪いと思った。すると一人の男と視線が合う。こちらを見た。すんげー厭らしい顔して指差してきやがった。

 

「キモ!」

 

つい叫んでしまった。すると隼人が男にがキレだして武もどす黒い笑顔で詰め寄って最後に沢田がなんかやばげなオーラだし始めた。続いて京子にハルそして笹川兄とかも参戦してしかも一方的な乱闘騒ぎ起こしてる。

 

「……リボーン、アレ、いいの?」

 

「好きにさせておけ」

 

「でもリボーン、……京子とハルも乱闘に参加してるよ」(非戦闘員の二人が戦闘可とはありえないだろう)

 

「いいじゃねぇか。騒ぎたい年頃なんだよ」

 

「そーですか」(それは違う表現だと思う)

 

結局、ライフセイバーもどき共はボコボコにされ砂の中に埋められていた。

そして!やっと静かになったと思ったら海に似つかわしくない格好で恭弥がやってきた。さすがに学ランではなかったがいつもの恭弥の姿に一瞬自分がいる場所を疑ってしまった。ここは人で賑わう海ではなかったのかと。正直に言うと似合わない…。というかアンタは群れるのが嫌いなんじゃないのかい?言いたいけど、言えない。怖いから。

 

「駄目じゃないか、ジル。ちゃんと、日焼け止めとか塗ったのかい?」

 

「おい!?なんでお前がジルの背中塗ろうとしてんだよ!」

 

「うるさいよ、君。ジルの傍でその花火出さないでくれる?」(チャキ)

 

「ジル、喉渇いただろ?ホラ、持ってきたから飲んで?」

 

「…ありがと、綱吉…」(沢田がうっとおしいくらい世話焼きに変化…)

 

「ジル、アイスクリーム買ってきたから二人で半分こしようぜ!」

 

「武、いや綱吉からジュースもらってるんで後でいただきます」

 

「ジルちゃん!ハルもお弁当作ってきました!一緒に食べましょう!」

 

「…ちょっと休んでから食べるね…」

 

「うおぉぉぉ―――!極限にうまいぞぉぉぉ!」

 

「お兄ちゃんったら、ジルちゃんいるのにびっくりするでしょ!!」(チャキ)

 

「グハァ!?」

 

京子、それ恭弥のトンファーですよ。いつのまに拝借を。君のスキルは一体どうなっているんだ?

 

「ジル、眠い。膝貸せ」

 

「ハイハイ!お休みリボーン」

 

もう疲れたので何も言わないぜ。

 

『あ、ズルイ!?』

でも、なんだかんだで楽しかった!



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