野良あかりとのセイカツ!! (真喜屋五木路)
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※プロローグ~あかりちゃんの恩返し~

「……でも、ここはこんなことになってるのに、ですか?」

 

そう言って布団の下で、あかりちゃんが触って来たのは先ほどからの興奮冷めやらぬ剛直だった。

今さっきまで押し当てられていた身長に対して大きすぎるおっぱいの柔らかさだとか、理性を麻痺させるような甘さを持つ彼女の体臭だとか、つい触りたくなる程度に肉付きのいいお腹の触感だとか……そして何より、最後に手の平で感じた彼女の秘所の熱さだとかで、かつてないほどに固くなったそれは、ジャージを力強く押し上げ立派な幕屋を張っていた。

彼女はそこに優しく小さな手を乗せると、いつくしむように、すりすりと撫でてくる。

 

「ちょ、あかりちゃんそんな所触ったらだめだって……ッ⁉」

「でも、この子は私にもっと触ってほしいよーって頭を擦り付けてきてますよ?」

 

彼女の言う通りトランクス、そしてジャージ越しという酷くもどかしく、切ない刺激に一物がビクンビクンと跳ね、どうにかして彼女の手に直接触れられないかともがいていた。

 

「やっぱり……直接、触って欲しいですよね」

「それ、は……」

 

そうだ、とは言えない。

だが今ですら気持ちがいいのに、もしそうなったらどれほどなのだろう。想像して思わず喉を鳴らしてしまう。

と、そこであかりちゃんが上目遣いにこちらを見ていることに気が付いた。

分かってますよと言った感じでにこりとほほ笑むあかりちゃんに「何を――」と言いかけた所で、彼女の手が一物から離れて――

次の瞬間、あかりちゃんの磁器みたいに滑らかな手が、するんとジャージどころかトランクスの中まで一気に滑り込んでくる。

そして今全身で一番敏感になっているだろう熱杭へ直接、小指から握りこむように指を絡ませた。

 

「うあっ……」

 

知らず知らずのうちに発された声に、我ながら情けなさを覚える。

だが反応しないことなど出来る訳がなかった。

自らの愚息を他人に初めて直に触られて、しかもその相手はボイスロイドとはいえ、裸にワイシャツだけといった格好をした中学生くらいの美少女なのだから。

彼女は橙の薄暗い常夜灯の下、青い瞳でじっとこちらを見つめながら、やわやわと握っている五指に力を入れる。

パンパンに張り詰めた海綿体を圧迫する、自分と違う体温の指がもたらすのは、射精を促すものとは違う安心感を伴った快感だった。

ずっと触っていて欲しいような、だがもっと気持ちよくなりたいような。

彼女を止めることなど、もうとっくに選択肢には残っていなかった。

 

「これだけでも気持ちいいんですね。でも、もっと気持ち良くしてもいいんですよ?」

 

あかりちゃんは可愛らしく首を傾けて誘ってくる。

だが止めるという選択肢はなくなっていても、大学生の自分が中学生然とした彼女に性的なおねだりをするなど――。

気持ちよくなりたいという本能と、常識を盾にした理性が激しい争いを繰り広げる。

 

「遠慮しないでください、おにいさん。これは、私を拾ってくれた『お礼』みたいなものですから」

 

年下な少女の言葉に、そして優しそうな、どんな我儘でも受け入れてくれそうな笑顔に、理性はあっという間に蕩け、本能がいよいよ燃え盛った。

 

「だから、してほしいことがあったら遠慮なく言ってください」

 

女の子にここまで言わせておいて、我慢できる男がいるのだろうか。

 

「……あかりちゃん。もっと、激しく擦ってほしい」

 

口からあふれ出た情欲に少しも嫌な顔をすることなく、こくんと彼女は頷く。

 

「それじゃあ、ズボンとパンツを下ろすので、腰を浮かせてもらってもいいですか?」

 

素直に彼女の言葉に従うと、あかりちゃんは一度トランクスの中から手を抜き、それから再び腰の両側に指を入れ、するりと太ももの辺りまで脱がせてしまった。

それと同時に布という枷から解放された一物が、あかりちゃんを求めてぶるんと揺れる。

 

「じゃあ、触りますね」

 

あかりちゃんは少しの間、布団の中で手を彷徨わせて一物を探していたが、セミダブルというサイズでは発見までそう時間はかからなかった。

彼女の中指だろうか、が竿の中ほどに触れて声が出そうになり、歯を食いしばって耐える。

その間に、くすぐっているかのような優しい手つきであかりちゃんの残りの指と、もう片方の手もが添えられた。

まだ握られただけだというのに、彼女の手を竿まで垂れていた文字通りの先走りが汚し、刺激を一刻も早くとせがむように、剛直がびくびくと跳ねる。

あかりちゃんはそれに答えんと、両手をゆっくりと動かし始めた。

片手が根元から先端へゆっくりと滑り、そしてカリ首に手が触れるか触れないかの所で、また根本へと戻っていく。

もう片方の手は、先走りを塗りたくるように、亀頭の先端を中心に円を描いていく。

 

「少しずつ早くしていきますけど、初めてなので痛かったりしたら言ってくださいね」

「ああ……」

 

宣言通り、あかりちゃんの手は少しずつ速度を上げていった。

次第に布団の中からくぐもったにちゅにちゅという音が響き始め、彼女の手の速度に合わせてだんだんその音は早くなっていく。

正直手コキなんてオナニーと何が違うのかとAVを見ているときは思っていたが、今やその認識は完膚なきまでに打ち砕かれていた。

竿を圧迫し擦られることによって生じる快感と、先端をくすぐるように触られることによって生じる切なさが互いに高めあい、腰をびりびりと震わせる。

だが何よりも、月を映す池のように広がる長く艶やかな銀髪に、長いまつげの額縁に飾られたくりくりとした青い瞳。そういった美しさと同時にどことなく幼さを残す、この目の前の美少女が自分に奉仕しているのだという事実が、人生で経験したことのないほどの快感を生み出していた。

 

「どうですか? ちゃんと気持ちよく出来てますか?」

 

こちらの反応が無いためか、少し不安そうにあかりちゃんが聞いてくる。

勿論そんな訳はない、むしろ逆に気持ちがよすぎて反応できなかったのだ。

 

「ああ……! 気持ちいいよ、あかりちゃん」

 

いや、気持ちいいなんて言葉一つで表現してしまう事があまりにももったいないほどの快楽。腰の奥が電気を流されたようにぴりぴりとしびれ、小刻みに痙攣している。今すぐにでも射精に上り詰めたいという欲求と、いつまでも彼女の手を感じていたいという願望が一進一退の攻防を繰り広げていた。

 

「良かった……」

 

はっきりとした反応を聞けて安心したのか、あかりちゃんは先端から根本までを両手で掴みなおすと、射精へと誘うように手の動きを速める。

瞬間、今までの気持ちよさが児戯のようなものだったと思い知らされた。

水音はぢゅっぢゅっという小刻みなものへと変わり、一本一本の指がカリ首へと引っかかって、ぞわぞわとした快感が竿から背中を駆け上って脳を揺らす。

 

「うぁ……」

 

カウパーでどろどろになった彼女の手は、まるで体内に突き入れてるのかと錯覚するほどに柔らかく、それぞれが意思を持った触手のようにペニスへと絡みついてくる。

 

「ちょっ……こんなのすぐ出ちゃうからっ!!」

 

あまりに早すぎるのは恥ずかしいと歯を食いしばって、射精前のように震える腰を抑え込もうとするが、あかりちゃんの言葉はその決意をあっさりと打ち砕いた。

 

「いいんですよ、おにいさんの気が済むまで何回でも付き合いますから」

 

甘やかされた愚息が悦びに打ち震え、先走りがごぷりとあふれ出す。

限界を迎えたのはそれから間もなくの事だった。

 

「っ……!!」

 

一物を焼くような快感に耐えかねて腰を前に突き出した瞬間、熱杭の先端が彼女の手を離れて適度な弾力を持つ彼女の腿に当

たり、そしてその勢いを保ってもっちりとした腿の間に突き刺さる。

薄暗い部屋が白く染まるかのような激しい快感が、背筋を一気に駆け上がった。

 

「っ、あかりちゃん!! 出すよっ!!」

 

まるで心臓が下半身に移動したかのようなどぐん、どぐん、という力強い脈動に合わせて白いマグマが何度も噴き出す。

一回、二回、三回、四回……。

長い長い射精が終わってようやく息をついた所で、あかりちゃんが満足そうに目元を緩めてこちらを見ているのに気がついた。

 

「すっごいたくさん出ましたね。おにいさんの精液で、私の太腿どろどろですよ」

 

こんな笑顔を向けてくれる美少女を自分の精で汚したのだという事実に、あかりちゃんの内腿から引き抜いたばかりの一物は、射精直後とは思えない固さを保っている。

 

「あかりちゃん……」

 

射精後の冷静さ故か、目の前の現実離れした現実がまるで画面の中だか、夢の中の遠い出来事のように感じられた。

だけど、今感じているあかりちゃんの吐息と体温はやっぱり現実のもので――

どうしてこんなことになっているんだっけと、今日の事を改めて思い返してみるのだった。




一区切りつくまで毎日更新していく予定ですので、よければお付き合いいただけると幸いです。


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一日目 その一 スーパーグレートコンビニ店員マキさん

「――っ。ふわぁ……」

 

ピピピピ、という如何にもな電子音のアラームに、電車の揺れがもたらす心地の良い微睡から意識を引き上げられた。

暫くぼんやりと虚空を見つめた後で『ああ、そういえば乗り過ごさないようにアラームをかけてたんだっけな』と膝の上に乗っていた携帯の画面をつついて黙らせる。

イヤホンを外しながら辺りを見渡すが、自分以外の乗客はおらず、青白いLED光に照らされる車内は何だか物寂しい雰囲気であった。

何時も乗っている時間帯ならば、もう少しサラリーマンやら学生やらで満員とはいかずとも、いくらかの賑わいを見せるのだが。

とはいえその理由は分かっている。

携帯の液晶をちらりと見れば、もうすぐ二十四時を示すところであった。

これが中心部付近の駅か、そうでなくとも中心から直通の駅なら話は違っただろうが、ここは乗り換え必須なローカル線の終点付近だ。

たとえ終点周りが少しばかり発展していると言っても、こんなものなのだろう。

現に窓の外を眺めようとしても、遠くに一軒家や街灯の灯りが飛び飛びに入って来る以外は、一人ぽつんと長椅子に座る自分の姿を鏡のように映すばかりである。

そういえば今晩遅くから雪が降り始めるとか朝のニュースでやっていたっけな。

疲れ切った自分の顔が見えないよう、窓に顔を押し当てるようにして空を見上げると、星も月も見えないのっぺりとした真っ暗な空が広がっている。

一応まだ雪は降っていないらしいが、家路を急ぐに越したことは無いだろう。

座りなおして大きく伸びをすると、自然と口からあくびが出た。

単位の為とは言え、今日は大変な一日だった。

テストの点が足りないということで『単位が欲しけりゃ研究を手伝いな』と教授に呼ばれた所まではいい。

……いや本当はその時点で良くないのだけれど。

ともかく、一日で終わるからと朝九時に召集。

こんな朝早くから一体何をするのかと思っていたら、棚からファイル詰めされた資料や専門書を引っ張り出し、階上の部屋まで棚を運んでまた詰めなおす。

はっきり言って研究の手伝いなんてのは名目で、実際は研究室の引っ越しを手伝わされただけであった。

そしてそれが朝九時から始まり一時間ほど前まで続いたのである。

 

「何で試験前に後一点分頑張れなかったんだろうなぁ……」

 

そんな愚痴が口をついてしまうのも無理からぬことだろう。

だが、ともあれこれで単位が一つ確定したことに変わりはない。

冬休み前にテストをすると、あの気まぐれな教授が言い出した時はブーイングが起こったものだが、新年前に単位が一つ確定するという安心感は存外悪いものではないものだ。

……ただしその対価として、今日一日がまるっと潰れてしまった訳だが。

今日一日の重労働を思い出し、疲れた体を少しでも誤魔化そうと二度目の伸びをしていると、唐突に空腹が襲ってきた。

大学を出た時はお腹もすいていないし、今日はまっすぐ帰ってさっさと寝ようと思っていたのだが、恐らくあの時は疲れすぎて空腹を感じられなかったのだろう。

……正直、帰った後自炊する気力も、冷蔵庫の食材も残っていないのだが。

こういう時ばかりは、普段気楽でいいものだと思っている一人暮らしも恨めしく感じてしまう。

だが、何も絶望することは無い。あの駅前には独り身の心強い味方、コンビニがあるのだから。

 

「自分、今日、頑張った。晩飯、楽する」

 

あまりの疲れから、何時の時代のロボットだよと突っ込みたくなるような独り言を呟き立ち上がった所で、電車は最後のカーブを抜けて緩やかな減速に入った。

 

 

きれいに保たれてはいるが、少しレトロな雰囲気を放つ個人商店系のコンビニ。

人の住んでいるところから少し離れたこの駅前に、ポツンと一人たたずむようにして立っているそれを見ながら独り言ちる。

 

「しかし相変わらずいつ見ても、どうしてやっていけてるのか分からん店だな……」

 

とはいえそれについて考えるのは、寒風の吹きすさむ今日みたいな日じゃなくたっていいだろう。

まるで誘蛾灯に誘われる虫のように、いそいそと寒さから逃がれるべく扉を押し開ける。

すると、カランコロンというこれまたレトロな音が店内に響き渡り、奥にある飲料棚の前に立っていた金髪の女性がこちらへと振り向いた。

 

「いらっしゃいませー……って君か。こんな時間に来るのは珍しいね」

 

こちらが誰だか気づくと、彼女は接客モードの声から一段階高さを落とし、友人と出会ったように気さくな感じで話しかけてくる。

ほっそりとした顔のラインに大きく開いた緑の眼、地毛故に一切のくすみが無い艶やかな金髪がトレードマークの彼女こそ、ここのコンビニ唯一の店員であるマキさんだった。

シャツとジーンズの上に赤いエプロンを付けただけという飾りっけの無い格好だが、彼女の豊かな胸囲と締まった腰というメリハリのある体型のおかげで、雑誌の表紙になっていてもおかしくないカッコよさがある。

 

「今日はさっきまで教授にこき使われてたからな」

「あれ? 君の大学はもう冬休みが始まって――さては単位がピンチだったな?」

 

彼女はいたずらっぽく瞳を輝かせると、ニヤリと笑って犯人を見つけた探偵のように指さしてくる。

 

「……相変わらず感が鋭いな」

「ふっふっふ……ま、伊達に長いこと店員をやっているわけじゃあないって事だよ、ワトソン君」

「店員じゃなくて探偵になってるじゃねーか」

「はっはっは……君のそういうノリがいいとこ好きだよ。ま、とにかくお疲れさん」

 

美人な割にマキさんと話していても緊張しないのは、こういう冗談めかした気さくさがあっての事だろう。

 

「そういえばこっちに越して来た時には既にマキさん一人でこの店やってたけど、長いことってどれ位やってるんだ?」

「んー三年ちょっとはやってるね。まぁ、長いと言えば長いけれど長くないと言えば長くない位の期間だよ」

「中学生が高校生になる期間と考えれば長いと思うが」

「いやー、色々学んだことや経験したことを考えると、ボクとしてはもう少し長いかなと思っていたんだけどね」

「へー、マキさんみたいなヒューマノイドでも、学ぶことってあるもんなんだ。てっきり最初から必要な事は全部知ってるか、アップデートみたいな形で学べると思ってたけど」

 

そう、一見どころかこっちに越して以来ちょくちょく会って、それでもなお女子高生にしか見えないマキさんだが、実際の所彼女は人間ではない。

 

「そりゃあボイスロイドにもアップデートが無いわけじゃないけれど……色んな役割を期待される以上その全てを画一的なアップデートで網羅するのは不可能だからね。それに、君みたいな常連客の情報なんて細かな情報はアップデートで何とかなる物じゃないし」

 

国内ヒューマノイドの最大シェアを占める大企業、Advanced_Humanoid_Solutions、通称AHS社。

マキさんは彼らの主力商品である、音声操作と対人コミュニケーションに重きをおいたヒューマノイドシリーズ、ボイスロイドの一体である。

国によっては今もなお、宗教や文化的理由から主流となっていないところもあるらしいが、元々漫画やアニメ、はたまたドラマや映画などで人型ロボットになじみのあった日本は、ここ十年で一気にヒューマノイドが普及していた。

故に自分も小学生くらいのころから、そこそこヒューマノイドを見知っていたつもりだったが、それでもマキさんがヒューマノイドだと初めて知った時にはだいぶ驚かされた。

それまで大抵のヒューマノイドというのは、仕事においてはまるっきり人間のようだが、仕事以外の事、例えば雑談などは苦手、というかそもそも出来ないものだと思っていた。

しかしマキさんはこうして本当の人間のように話しかけてきて、しかも話していて楽しかったこともあって、マキさんからそうだと聞かされるまでついぞ分からなかったのだ。

とはいえ驚きはしたものの、別段それを知ったからと言ってどうという訳ではない。

なんというか人間だとかヒューマノイドだとかいう前に、マキさんはマキさんなのだった。

飲み物が入っている冷蔵棚の前で、バインダーに何かを書き込んでいくマキさんの隣で弁当を物色しながら――尤も残っている弁当はお好み焼き定食弁当と焼ききりたんぽ弁当とかいう炭水化物過多なものしか残っていなかったのだが――答える。

 

「でも、と言うことは共通化できる知識とかはアップデートで学習できるって事だろ? それだけでもすごく便利な気がする、というか正直羨ましいんだけど」

 

もしもそんなことが出来るなら、大学修了程度の知識をインストールされたいものだ。

そうすれば単位に困ることなど無いだろうから。

 

「あはは、一応各個体でインストールされた情報を自分の環境に適応させてるから、何の労力も無いわけじゃないらしいんだけど」

「それでも例えるなら公式や年表を何の苦も無く暗記できてしまうような感じだろ? それだけで十分羨ましいよ……って『らしい』?」

 

弁当の選択は色んな意味で極めて悩ましいものだったが、長い葛藤の末結局お好み焼きの方を選び――そこで、マキさんの語尾が引っかかる。

 

「あー……ボクは特別製みたいなものだからね。元々ボイスロイド自体がより人間らしくを目指して作られてるけど、その中でも特に人間らしくって言うのかな? 兎に角、昔一回ダウンロードしたことがあるけれど、何だか気持ち悪い感じがしてそれ以来やってないんだよねぇ」

「へー、便利なだけかと思ってたけど、気持ち悪いんだ?」

「そりゃあ、自分が全く経験してない知識がふと気づいたら増えてるってのは気分がいいものじゃないかな」

 

マキさんはその時の事でも思い出したのか、どこか遠くを見ながら眉根を少し寄せた。

 

「ネットで情報を調べるのと同じような気がするけど」

「その場合でも、少なくともそれについて調べた経験は残るでしょ? そういうのすらない知識は、なんというか唐突に自分が記憶喪失だと気づいたような、自分が地に足のつかない存在なんじゃないか、っていう気持ち悪さがあるんだよ――あ、430円ね。いつも通りあっためなくていいんだよね?」

「ああ、どうせ帰ってる間に冷えるからな、ありがとう」

 

交通系ICカードをレジにかざして料金を支払い、レジ袋を受け取る。

マキさんはもう店を閉めるからと、扉の外まで出て見送ってくれた。

 

「もうすぐ雪が降るらしいし気を付けてねー」

 

手を振るマキさんにこちらも手を挙げて答え、駅前に止めていた自転車のペダルを踏みこむ。

こんな時間でも元気に対応してくれる彼女と話した為か、少しばかり疲れを忘れられたような気がする。

そんなマキさんがやっているから、ここのコンビニは潰れないのかもしれない。

何時もの疑問にそんな答えを出し、坂道で重くなったペダルと格闘しながら川沿いの土手へ上がると、あたりは真っ暗で、視界の向こうに目指す住宅街の灯りと、その手前にかかる橋の街灯が見えるだけだった。

自宅が駅から遠いのも運動になるし悪くない、と春秋ごろは思わなくもないが、やはりこういう寒い冬の、しかも夜中などだとたまったものではない。

風を切って走るというと何だか清々しい字面だが、その風が十二月も暮れの風だと肌を刺すようだ。

ゆっくり行けば風はましになるかもしれないが、そんなことをしては帰る時間が遅くなる。

覚悟を決めて、さっさと帰りつくためこぐ足に力を入れた。

 

――思い返せばここで急いだという選択こそが、きっと分水嶺だったに違いない。



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一日目 その二 出会いは膝枕の上で

投稿ミスがありました……申し訳ない


「痛っ……」

 

突然の頭痛で意識を取り戻す。

目を開けてもぼんやりとする視界では、遠くに見える灯り以外真っ暗で何もわからない。

ただ、冷たい風が頬を撫でたことで、今自分が外にいるのだということだけは辛うじて把握できた。

しかし何故外で寝ているのかと痛む頭で記憶をたどり、ああそうだったと思い出す。

確かあのあと自転車を飛ばし、橋のすぐ近くまで来た時だった。

自転車が石か何かを踏んで前輪が浮き上がり、そのまま立て直せずに転倒。そのまま土手を転がり落ちて――

 

――そこからの記憶はないが、頭が痛いしきっと何かにぶつけて打ったんだろう。

そこまで思い出すと、今度は意識を飛ばすほどの衝撃で頭を打ったのだから怪我していないだろうかという不安が沸き上がって来る。

恐る恐る額に手を当てるが血で濡れた様子はない。

多少ほっとしながらも、一応確認ついでにそのまま少しずつ手を頭頂部の方に伸ばしていくと――

 

ふに。

突然指先が柔らかいものに触る。

ふにふに。

もう一度つついてみる。

何だか病みつきになりそうな柔らかさだ。

ついついもう一度つついてしまいそうになるが、昼間の様子を思い出してみてもこの川べりにそんな柔らかいものなどあっただろうか。

少し怖くなってきてはいたが、それでもその正体を確かめようと再度“それ”をつついて。

 

「んんっ」

 

ふにっという感触と同時に、真上のかなり近くから女の子の声が聞こえて、反射的に手を引っ込める。

いったい何がいるのかという疑問は、雲の切れ目から差し込んだ月の光によってすぐに明らかとなった。

月明かりに浮かぶのは銀に輝く長い二つの三つ編みと、雪のように白い肌、閉じられた目からは精緻な筆遣いによって描かれたような長いまつげが伸びている。

 

――美少女の顔。

一瞬自分が頭を打ったせいで、ついに虚構と現実の区別がつかなくなったのかもと考え、目を閉じ、こすり、それから再び開けてみるが――やっぱり目の前には美少女がいた。

目の前の彼女はうーん、と眠そうな声を上げてからゆっくりと目を開き、こちらの目とその真ん丸な青い瞳が合うと、にっこりと笑みを浮かべた。

 

「あ、起きましたか?」

 

どういう状況なのか今一つつかめず疑問符を頭に浮かべていると、彼女は意識が無かったですもんね、と苦笑する。

 

「えっとですね、土手から落ちて来たのは覚えてますか?」

「ああ、そこまでは」

「大分ひどい落ち方をしたみたいで、落ちてきた後ピクリとも動かないのが心配になって見に来たんです。それで一応血とかは出て無いみたいだったんですけれど、意識が無いまま放っておく訳にもいかないですし、それに地面だと固いかなって思ってこうしてみたんですけれど」

「こうしてるって……?」

 

と、彼女がそこまで言ってようやく、自分が膝枕をされていることに気が付いた。

頭の痛みで気づかなかったが、意識を集中してみれば確かに後頭部には固い地面でなく何か柔らかいものが当たっていたし、膝枕されていたのであれば、彼女の顔が真上にあったのも納得――って何を納得しているのか。

女の子に膝枕をされているということに気づいて恥ずかしいやら照れくさいやらで、頭の痛みも忘れて、勢いよく上体をおこす。

 

「どうしましたか⁉ 何かまずかったですか?!」

 

彼女がいきなり起き上がったことに驚いたような、自分に不備があったのかとおろおろするような、そんな声を上げる。

 

「ああいや、まずくはないんだけど――」

 

いや全然まずくはない。むしろ個人的には女の子に膝枕なんて、それもこんな美少女になんて、事故ったことを含めて考えてもおつりがくるくらいの美味しいことなんだけれど。

と、起き上がってしまった事をちょっとだけ後悔しながら彼女の方を見て、そして今さらながら彼女が地面に足を投げ出して座っているという事に気付く。

考えて見れば、自分が膝枕をされているということは、する側は当然地面に座らなければならないということだ。

こんな寒い日に地面へ座らせてしまったことに引け目を感じ、目の前で地面に足を投げ出している少女に手を差し伸べる。

 

「あー、介抱ありがとう。だけど、君の足とか服とかは、大丈夫?」

 

一瞬きょとんとした少女だったが、すぐに合点がいったようで慌てて手をふるふると振った。

 

「別に、私の事はいいんですよ。服も、その何というか今さらなところがありますし」

「そうは言ってもなぁ……」

 

黒のスカートな上に夜闇の中では目立ちづらいが、それでも土やら草の汁で汚れていることは想像に難くない。

 

「クリーニング代出すからちょっと待ってて、いくら位かかりそう?」

 

やはり少し考えたが、彼女とこのまま別れてしまえば後悔が残るだろうと、財布を引っ張り出すために彼女へ向けていた手を後ろポケットへ回す。

が、彼女はぴょこんと立ち上がり、ぶんぶんと頭を振る。

その行動は子供っぽさを感じるものだったが、それによって二つの三つ編みが絹束のように宙を舞い、月光を受けてキラキラと輝くさまは、まるで一枚の絵のような美しさだった。

 

「いいんです、私が勝手にやったことですから」

「いや、でもそういう訳には……」

「本当にいいんです!!」

「あー、そう? だったら無理にとは言わないけど……。ともかく、ありがとうな」

 

きっと、ここまで頑なに否定するには何か理由があるのだろうと引き下がると、彼女はほっとしたように息をついた。

 

「いえいえ、それじゃあ今度こそ事故を起こさないように気を付けて帰ってくださいね」

「いや、それを言うなら君こそ夜遅いんだし、気を付けて帰りなよ」

 

と、なぜかそれを聞いた瞬間、彼女の歯切れが悪くなり、更にわかりやすいことには目を逸らしている。

 

「あー、はい……そうですね……」

 

明らかに怪しいというか、何か事情がありますと自ら白状しているようなものだ。きっと嘘がつけない子なんだろう。

ただ、それ故に余計彼女をこの場に放置しておくなんてことは出来る訳が無かった。

 

「いや、まさかここから帰らないつもりなのか?」

 

一応ここに居続けることは無いだろうと思って聞いたが、彼女は一瞬固まって、それからますます挙動不審になる。

 

「い、いや私は――! ほら! 星を見に来たのでもうしばらく――」

「……今日は曇りだぞ」

「……あっ」

「…………因みにもうすぐ雪も降り始めるらしいぞ」

「えっ……あ、あー……えーと……」

 

誤魔化そうとするものの、言葉を紡ぎあぐねて鯉のように口をパクパクさせる彼女を見ながら何となく予想を立ててみる。

顔立ちから年齢は中学生ぐらいに見えるし、もしかして家出だろうか?

 

「何か、ご両親と喧嘩でもしたのか?」

 

まあ、家出したくなる気持ちと言うのも分からないでもない。何を隠そう自分も思春期にはそういうことがあったものだ。

今思い返せば本当に何でもない発言や行動に対して、よくあれだけ反抗出来たものだとも思うが。

その問いに、しばらく答えづらそうにあー、とかうー、とか唸っていたので、きっとそうなんだろうと当たりをつけて、話を続ける。

 

「あー、別に家出が悪いって言ってる訳じゃなくてな。ただ、君みたいな子がこんな夜遅くに外を出歩いてるのは危ないし、友達の家とか泊めてもらえそうにはないのか?」

 

彼女は、何故だかますます困ったようにしばらく眉根を寄せていたが、やがて観念したように話し始めた。

 

「……自分で言うのもなんですけど、実は私、野良ボイスロイドなんです」

「…………マジか」

 

これで、ボイスロイドだと明かされたのはマキさんに続き二回目となった訳だが、やっぱり全く分からなかった。

マキさんとちょくちょく会っているのだし見分けられるはず、という自信があっただけに地味にショックだ。

それはそれとして。

 

「にしても君みたいな子が『野良』なのか」

 

『野良ヒューマノイド』。実際にこうしてみたのは初めてだが、話には聞いたことがある。

俗称ではあるが、何らかの原因で所有者の命令に従わず、逃走してしまった個体の事をそう呼ぶんだったはずだ。

ただ、今までの彼女を見ていると、ニュースで報道されるようにどこかが壊れて狂暴化していたり、狂っていたりするようにはとても見えない。

むしろ、マキさんと比べても遜色ないほどに人間らしかった。

そんなことを考えていると、彼女は真剣な表情で勢いよく頭を下げた。

 

「あ、あの……お願いです!! 私がここにいる事、黙っておいてくれませんか?」

「それは、誰に?」

「え? その、マスターとか警察の人とか?」

 

言っておきながら彼女自身も分かっていないらしい。

ただ、その真剣さからはどうしても所有者の所には帰りたくない、という強い意志が感じられた。

兎も角、命の、と言うほどではないかもしれないけれど、恩人の情報を売るような真似などするつもりはない。

「勿論」と答えると、彼女はひとまず安堵した様だった。

だが、野良ボイスロイドだと分かったからといって、それはこんな所で彼女に一晩を過ごさせていい理由にはならないだろう。

 

「ところで、やっぱり今晩はここで過ごすつもりなのか?」

「はい……他に行くところも無いですし、この橋の下なら少しは雨風も凌げますし」

「いやまあ、雨風はしのげるかもしれないけど……」

 

この真冬の夜に雨風だけ凌げても、気温はどうにもなるまい。

しんしんと降る雪の下、彼女が夜風に吹かれながら体育座りで震えている姿を思い浮かべると、ますます彼女をこのまま放置することなど出来そうにも無かった。

だが、自分にできそうなことと言えば……

 

「……その、なんだ……君さえ良ければ家に来ないか?」

「え?」

 

突然の提案に彼女はきょとんとした表情を浮かべた。

そりゃそうだろう、さっき会ったばかりの人にいきなりそんな事を言われたら、自分だってそうなる。

だがここら近辺には、泊まれるような施設は無いし、彼女を預かってくれるような知り合いもいない。それくらいしかいい案が思いつかなかったのだ。

 

「ああ、そのなんだ。変な意味じゃなくてだな……さっきも言ったように今晩は雪が降るらしいし、そしたら凄く冷えるだろ? それが分かってるのに、君みたいな女の子をここに置いたまま帰るのはあまりに忍びないというか何というか……ともかく、ここにいるよかいいと思うんだけど、どうかな?」

 

彼女はその言葉に一瞬ぱっと顔をほころばせたが、すぐその喜びは霧散し目を伏せてしまう。

 

「でもそれは……あなたに迷惑をかけてしまうじゃないですか。私は大丈夫ですから、本当に気にしないでください」

「いや、そんな表情で言われたら逆に気になるし、それに迷惑ではないからそっちこそ気にしないでよ」

「でも……」

 

きっと本音では、彼女だって暖かい家の中で過ごせるなら過ごしたいはずだ。誰だって好き好んでこんな寒空の下、屋外に一人でいたくはないだろう。

だが、そんな本音よりも遠慮の方が勝ってしまっていて、素直に首を縦に振れないようだ。

それならば……少し考えてから、改めて彼女に提案する。

 

「……分かった、じゃあお礼ってことでどうだろう」

「お礼、ですか?」

「さっき君が介抱してくれたお礼に家に招待する、と。これなら君も遠慮しなくていいんじゃないか?」

 

彼女はしばらく黙って考えてから

 

「私は人間じゃなくてボイスロイドなのに、どうしてそこまで優しくしてくれてるんですか?」

 

不安げに揺れる瞳を向けてきた。

 

「いや、別に人間だとかボイスロイドだとかは関係ないだろ。君がどうして野良になったのかは分からないけど、少なくとも今行く場所が無くて困ってるのだけは確かなことで、目の前で恩人が困ってたら力になりたいと思うのは自然な感情じゃないか?」

 

彼女は驚いたように目を見開いて、それから目じりに雫を浮かべた。思いもしなかった反応に、思わず狼狽してしまう。

 

「うぇ⁉ なんか悪いこと言ったか⁉ だったらすまん!」

「いえ、そうじゃなくて!! ……ただ、私のことを人間みたいに思ってもらえて嬉しかっただけですから」

 

普段マキさんを見ている自分としては、そんな事くらい当たり前だと思っていたが、もしかして彼女の所有者は違ったのだろうか。少し彼女が野良になった経緯が気になったが、聞かれたくないことかもしれないし、あまり根掘り葉掘り聞くものでもないだろう。

ぐしぐしと涙をぬぐった彼女は、遠慮がちな小声だったものの口を開いた。

 

「……実は、とても寒くて今日ここで過ごすのはしんどいなって思ってたんです。だから、お言葉に甘えてもいいですか?」

「勿論。じゃ、行こうか」

 

彼女に手招きして土手の上を見上げる。

幸いにして、自転車は上の方で倒れており、土手の上にあげるのに、そこまで苦労することはなさそうだった。

それよりも土手は45度とまでは言わずともかなり急であり、彼女に手を貸した方がいいか、と尋ねようしたところでまだ彼女の名前を聞いていないことを思い出す。

 

「そういえば、名前知らないのも不便だし、教えてもらってもいいかな?」

「名前ですか……固有名をつけられる前に逃げちゃったんですよね。一応、モデル名はアカリと言うんですが……」

 

それなら自分が名前をつけた方がいいのだろうか。

そう思って彼女をまじまじと見るが、何となくその名前が一番彼女には合っているような気がした。

だが、流石に型名をそのまま呼び捨てするのは冷たい感じがする。

 

「……じゃあ、あかりちゃんって呼んでいいかな?」

 

彼女改めあかりちゃんは嬉しそうに頷く。

 

「はい! えーと、じゃあおにいさんの名前も教えてもらっていいですか?」

「ああそれもそうだ、俺は――」

 

自転車を起こしながら彼女に名前を教える。

自分に対する呼称が『おじさん』ではなかったことに少し安堵して。

 

 




今日はあと一話いくのでよければ続きもどうぞ


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一日目 その三 あかりちゃんは腹ペコ

本日は二話更新で本話は二話目です、読み飛ばしにご注意を!


 

「ただいま」

 

靴を脱いで、廊下の電灯を点ける。

暖房を入れていない部屋の中は寒かったが、それでも風が無い分外よりはるかにましであった。

それが自転車を走らせてきた後ならばなおさらだろう。

一応、あの後は彼女と二人乗りして帰ったため、土手を走った時のように飛ばしはしなかったのだが、それでもやっぱり風は寒かった。

そしてそれはあかりちゃんも同じようで、頬がチークを入れたように赤くなっている。

……と言うか、あかりちゃんは何故か扉の外で固まっていて部屋に入ってこようとしない。どうしたのかと、ドアの外で神妙な顔をしている彼女に声をかける。

 

「どうかした?」

「い、いえ! おじゃまします」

 

おっかなびっくりと言った感じで彼女は玄関にぴょこんと入り、いそいそと靴を脱ぎ始める。どうやら緊張していたらしい。

『そんなに緊張しなくてもいいだろうに』とも思ったが、彼女になって考えて見ればほとんど知らない男の家に上がる訳で、そう考えると緊張しない方がおかしいのかもしれない。

と、靴を脱いで廊下のフローリングを踏んだあかりちゃんが『あっ』と声を上げた。

 

「あの、服があんまり奇麗じゃないんですけど、このまま上がって大丈夫でしたか?」

 

改めて明るい室内で見ると、確かに彼女の服は所々に汚れが目立っている。

フローリング位ならいいが、自室である和室の畳の上はちょっとご遠慮願いたい。

 

「あー、そうだな。先にお風呂に入った方がいいかもね、扉は左手前の所だから入ってきなよ」

「わ、ありがとうございます!」

 

お風呂に入れる喜びの方が緊張に勝ったのか、先ほどとは一転して彼女は軽い足取りでお風呂場に入っていった。

 

「服はそこの洗濯機に入れといて、後で俺が入った後に回すから」

「はーい」

 

いつもは帰って来ると物寂しい感じがするこの部屋も、あかりちゃんがいて会話が生まれるからか、今日は少し明るくなった気がする。

とはいえほっこりしているわけにもいかない、さっさと部屋を片付けなければ。

我が家の『そういうモノ』たちはおおよそ電子媒体だが、数冊ながら紙媒体の小説やウ=ス異本が無いわけではない。

それに、なぜかは言明しないがごみ箱の袋も変えておいた方がいいだろう、自分の匂いは分からないという話だし。

というか今にして思えば、本当に何も考えずにあかりちゃんを部屋に入れたものだ。もしかしたら自分も存外緊張していたのかもしれない。

そんな事を考えながら、左奥のふすまを開けて自室である和室へと入る。

一応言っておくとここの部屋は、元々借り手の少なくなったアパートの二部屋を無理やり一つにした部屋らしく、玄関入ってすぐのまっすぐな廊下を挟んで、左手奥から和室と風呂が、右手側にダイニングキッチンとトイレが対称に並んでいる。

まあ実際の所一人で住むには広すぎるために、ダイニングキッチンは只の広いキッチンと化しているし、改装の甲斐もなく住人がそれほど入った様子もないのだったが。

幸いにも部屋は大して散らかっておらず、片づけはさしたる時間もかからず終了した。

後はあかりちゃんが風呂から上がるのを待つかと、部屋の中央に置いてある四角いちゃぶ台に弁当の入った袋を置きなおし、布団の上に腰を下ろしたところでふと気づく。

 

「そういえば、あかりちゃんの動力って何なんだ……?」

 

ふと、どこからか電源プラグを生やして体育座りで充電を待っているあかりちゃんを想像したが、さすがにそれはシュールすぎる。

考えてみれば、その場の勢いで家に来なよと言ったものの、彼女については未だに何も知らないし、普段話をするマキさんにしても、そこまで詳しく知っているわけではないのだった。

あかりちゃんがお風呂から出てくるまで、すこし彼女について調べてみようと思いたち、部屋の隅にあるデスクトップを立ち上げて椅子に座る。

 

「ボイスロイド、アカリ、スペック……と」

 

検索の一番上にAHS社の公式ページが表示される。

ページを開くと、そこにはあかりちゃんと顔から髪から服から、全く同じ姿の写真が載っていた。写真の下の方には、『当社人気のユカリモデルをベースとして、より家庭的な雰囲気を持たせた準新型ボイスロイドです』などと宣伝文句が書かれている。

と言うことは、今隣でお風呂に入ってるあかりちゃんとうり二つの存在がたくさんいるのか、とも思ったがどうやらベース骨格は変えられずとも髪色、多少の顔造形……後は胸部の大きさまで、用途や場所に合わせて調整が効くらしい。

確かにあの白絹のような髪は奇麗だけれど目立ちすぎる。受付とかには不向きかもしれない。

ページを下にスクロールすると、黒いショートでちょっとお姉さんっぽくしたアカリ型が、幼稚園児らしき子供と触れ合っている写真や、どこかのカフェらしき場所で、エプロンをして接客している写真が続く。

それらの写真にも同じように宣伝文のようなものがついていたが、肝心のスペックは出てこない。

そのまま幾枚かの写真を流し見している内に、ページは一番下まで来てしまったようだった。

 

「あれ?」

 

スペックなどが一切載っていない。

見落としたかな、と今度はゆっくり見直しながら上の方まで上げていくが、やっぱりそれらしい記述は見当たらない。

最上部のリンク集にも特にここ以外アカリに関するページは無いし――とそこで、一番端に『ご購入について』と書かれたリンクがある事に気づく。

クリックすると、資料請求用に住所や名前を入力するフォームが開かれた。

今請求したところで来るのは数日してからだろうし、そもそも一学生が請求したところで貰えるのだろうか、悪戯だと思われて無視されるかもしれない、などと考えると請求する気にはならない。

その後、ブラウザバックしていくつかのページを見たが、大して彼女について分かるようなページはなさそうだった。

 

何も分からずじまいか、とパソコンの電源を落とす。

……否、ひとつだけ分かったことがある。

恐らくだが、資料を請求しないと色々分からないことから、あかりちゃんはめちゃくちゃ高い。

そもそも公式のページからして、個人向けと言うより企業や経営者向けに作られているようだった。

とはいえそれも当然か、確かにヒューマノイドは社会に浸透したが、それはまだあくまで企業などを中心に、である。

昔のSFみたく、個人に対して一人とか、一家に一人、みたいな風に車感覚で持っているわけではないのだ。

更にはボイスロイドと言えばその中でもブランド物である。安いわけが無かった。

もしかしたら、頻繁にマキさんと会っているせいで、そこら辺の感覚が少しずれていたのかもしれない。

何にせよ、あかりちゃんに色々聞かなくてはならないだろう。

尤も、値段の事は聞いてもどうしようもないし、何だか人身売買のようで気持ちがいいものでもないので聞かないようにするけれど。

と、背後で襖が開く音がして、あかりちゃんがお風呂から上がったのかと後ろへと椅子を回転させる。

 

「ぶほぉ!!」

 

――回転させて、危うく椅子ごとひっくり返りそうになる。

目の前にはあかりちゃんが立っている。いやそれはいいのだ、驚くことではない。

問題は彼女の格好で、確か脱衣所に干してあった青いシャツを着て立っていた。

……より正確に表現するならば、青いシャツ『だけ』を着て立っている。

 

「き、着たらまずいやつでしたか?」

 

こちらの反応にびくっとしたあかりちゃんは、小動物のように両腕を胸の前にあげた。長すぎる袖が彼女の手を覆い、俗にいう萌え袖状態になっている。

 

「いやいやいやいや、そんなことは無い、そんなことは無いんだが……」

 

そう別に彼女がそれを着てはいけないわけではない。ただ、その結果としてもたらされる視覚的刺激がまずいだけだ。

可能な限り彼女の顔だけを見ようと心掛けるが、人間の視覚は左右に百八十度、上下に百三十度。

どんなに頑張っても、薄布一枚というあってないような装甲にしか守られていない、彼女の肢体が目に入る訳で。

先ほどまでオレンジのタイツに守られていた白い足が、今は無防備にシャツからはみ出て上気したふとももをさらしていたりだとか、パーカーのせいで分かり辛かったけれど、豊かな胸がシャツを押し上げているせいで、お腹のあたりに素敵空間が生まれていたり――――って違う!!

一度モニターの方へ向き直り、呼吸を整える。

真っ黒なディスプレイに浮かぶ緩んだ自分の顔を見ていると、先ほどまで上がっていた心拍数が急速に下がっていくような気がした。

比較的、ましな顔を作ってから改めて振り返る。

 

「あー、着るのはいいんだけどそれで――」

 

いいの? と聞こうとしてそれ以外に選択肢が無いことに気づく。

自分が持っている服と言えば、シャツとTシャツとジーンズ。あとは薄手のカーディガンだとかコートだとかの、今のあかりちゃんに着せたらよりやばそうなものと、パジャマ用のジャージ(下のみ)くらいしかない。

ジャージは一見貸せそうだが、ジャージを失った場合こちらは代わりに履くものが無い。

流石にこの状態でパンツしか履いていないのでは、いつ『コンニチハ』してもおかしくないので、絶対に無理である。

結果、長々と考えた後で。

 

「――それしかないけど、大丈夫?」

 

あかりちゃんは上気した顔を更にもう一段階赤くして、恥ずかしそうに。

 

「大丈夫です」

 

と小さく答えた。

何だか無意味にあかりちゃんを辱めてしまった気がする。羞恥プレイ的な意味で。

 

「……ごめん、他に着るもの無くて」

「い、いえ!! 無いものは仕方がないですよ。それに、家に上げてもらった上に、お風呂にも入れてもらいましたし!」

 

そう精いっぱいこちらをフォローしてくれるあかりちゃんの善意が痛い。

これ以上は出来るだけ彼女の格好に意識を向けないようにしようと固く決意を固めて、あかりちゃんが来るまで何を考えていたんだったかと考えを巡らせる。

そして色々聞かないといけないんだった事を思い出し、さて何から聞いたものか、と落ち着きを取り戻し始めた時の事であった。

きゅる~。

可愛らしい音が鳴ったと同時、あかりちゃんが自分のお腹を押さえた。

きゅるる~。

また可愛らしい音が鳴る。強く抑えているのか、お腹当たりのシャツの皺が深くなる。

きゅるるる~。

 

「……もしかして、お腹減ってる?」

「!! い、いやそんなことは――」

 

きゅるるるる~

 

「…………」

 

彼女が答える前に、お腹の方が答えていた。恥ずかしそうにうつむくあかりちゃんの顔は、今日一番の赤さになっている。

……何はともあれ、最初に彼女に聞くことはこれで決まった。

 

「あかりちゃん、ご飯は何にしたらいいかな?」

 

彼女はその言葉に、はっと顔を上げてぷるぷる首を振るが。

くきゅるるるる~~。

 

「はぅっ!!」

 

必死で押さえているが、どうあがいてもお腹がすいていることは誤魔化せそうにない。無益な、だが可愛らしい抵抗をしている彼女を見ていると、Sではない筈なのに嗜虐心が湧いてきた。

ちゃぶ台の上においた、コンビニの袋へ手を伸ばし、そこから弁当を取り出してみる。

あかりちゃんの眼が案の定弁当にくぎ付けとなったので、そのままゆっくりと彼女の側へ近づけていくと、彼女も少しずつ前かがみになり弁当に近づいてくる。なんだか小動物にエサを手渡ししている気分だ。

そしてとうとう弁当は彼女の手元へたどり着き、あかりちゃんは、はしっ! と効果音が出そうなくらいしっかりと弁当を捕まえた。

 

「……はっ⁉」

 

キャッチしてから漸く自分の行動に気づいたあかりちゃんは、弁当とこちらの顔を交互に数度見比べた後、遠慮がちに尋ねた。

 

「本当に、貰っていいんですか?」

「お腹すいてるんだろ? 食べなよ」

 

尤も、遠慮がちなのは口調だけで、目はもう我慢ならんとばかりにらんらんと輝き、口の端からは涎が滝のように垂れていて、手に至ってはもう、蓋を止めているテープをはがしにかかっているのだが。

流石にこの状態からお預けするのは……興味が無い訳では無いが、あまりに酷だろう。

許しが出た瞬間あかりちゃんは口を大きく開いて笑み、ぺたんと女の子座りをすると割りばしを親指と人差し指の間に挟んで手を合わせる。

 

「いっただきまーす!」

 

そしておかずのお好み焼きを箸先で切り分けてご飯に乗せて口に運ぶと、その一口目をゆっくりと噛みしめ、幸せそうな表情を浮かべた。

 

「美味~い」

 

その後はもう猛然たる食べっぷりだった。

もぐもぐと頬がリスのように動く間に箸が一口分を整え、それが口元に運ばれるまでに口内の物は嚥下され、次の一口を待ち受ける。そして、箸が口の中にごはんを運んだ時にはもう次のサイクルが始まっているのだ。

まるでライン方式の解体工場が如き食べっぷりに、あっという間も無く弁当は最後の一口となってしまう。

 

「あれ? もしかしておにいさんの分……」

 

と、そこで今さらながら弁当がその一つしかないことに気づいたあかりちゃんが、その一口をこちらに差し出して。

 

「た、食べます?」

「いや、それだけ貰ってもなぁ……」

「うっ……ですよね…………」

 

彼女は困ったように肩を落とす。

 

「気にしなくていいよ、確かパスタ位は残ってたと思うから」

 

食材はないが、乾燥ニンニクや赤唐辛子といった香辛料は冷蔵庫に入っているはずだ。ペペロンチーノならそれでも作れるだろうし、手間もほとんどかからない。

頭の中でそんな風に考えを巡らせていると、あかりちゃんが最後の一口を食べ終え、じーっとこちらを見ているのに気が付いた。

 

「パスタ……」

 

きゅる~。

先ほどより控えめながらお腹が鳴く。勿論あかりちゃんのが、である。

……もしかして、まだ食べたりないのだろうか。

 

「あー……あかりちゃん、まだお腹すいてたりする?」

こちらの言葉に正気を取り戻したあかりちゃんは、申し訳なさそうにお腹を押さえる。

 

「ごめんなさい……。実は、三日くらい何も食べて無くて。さっきまでは大丈夫だったんですけど、お部屋に入れてもらって、お風呂にも入らせて貰ったら何だか気が緩んでしまったみたいで……」

「三日⁉」

 

それは仕方がないかもしれない。

と言うことは、毎日のように通っていたあの橋の下に、三日もいたという事なのだろうか。

だとすれば、さっき自転車でこけていなければ今日もあかりちゃんに気づかなかった可能性もある訳で。

こけてよかった、とまでは思わないが彼女に気づかないよりはずっといいだろう。

兎も角、今はパスタだ。あかりちゃんほどじゃないが、こちらもお腹がすいている。

キッチンへ向かいながら、ゆでるパスタの量を二人前にするか、三人前にするか少し悩むのだった。



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一日目 その四 男女一組布団は一つ

――結局、三人前のパスタを二人であっさりと完食して。

腹も満たされ程よい眠気に誘われるまま、布団にダイブしてしまいたいところであったが、女の子がいるのにお風呂に入らないのもどうだろうか。

そう考えてシャワーを浴び部屋に戻ってみると、あかりちゃんはまだ起きて……というかなんとかかろうじて起きて、うつらうつらしながらもちゃぶ台に向かっていた。

もう深夜二時近いのでお風呂に入る前に、先に寝てていいし布団も使っていいと言ったはずなのだが。

こちらの姿を認めると、あかりちゃんはふぁ、と小さくあくびを吐いた。

 

「あ、おふろあふぁったんれふね」

 

あくび交じりなせいで、ろれつが回っていない。

さっき三日食べて無いと言っていたということは、当然三日はまともな環境で寝れてないわけで、疲れがたまっているだろうに。

というか、普通にご飯を食べてたのといい、眠くてうつらうつらしているのといい、まるっきり普通の人間と変わりないのに少し驚く。

ただ、本当に人間だったら顔の幼さから考えて恐らく中学生くらいだろうし、事案になるのは間違いないので、彼女の言を信じるばかりなのだが。

あまりそういうことは考えないようにして、彼女の向かいに座り込む。

 

「ああ、上がったよ。……無理して起きて無くても良かったのに」

「おにいさんより先に寝る訳にはいきませんし、それに私が布団で寝たら、おにいさんの寝る場所が無いじゃないですか」

「あー、それは……」

 

確かにそうなのだ。この和室にあるのは布団とパソコン机、それにちゃぶ台とプラスチックの収納箱位。

寝る為の空間はあっても寝る為の場所はなく、唯一の救いと言えば畳敷きなことくらいだろうか。

本来なら女の子と一緒の部屋で寝ること自体に問題がある気もしないではないが、冷暖房もない上に、ガンガン体温を削って来るフローリングのキッチンで寝るつもりはない。

そんな事をすれば明日冷たくなっているのは自分自身だ。

あかりちゃんに、元々寝るつもりだったちゃぶ台を挟んで布団の反対側の空間を指さす。

 

「ここで寝るから大丈夫だよ」

「ここって……床の上で寝るつもりですか? 風邪ひきますよ! ちゃんとお兄さんが布団で寝てください。私は、部屋の中ならそれで充分ですから」

 

あかりちゃんは、ぱっと立ち上がりこちらの手を取ってぐいぐいと布団の上へ引っ張っていこうとする。

 

「いやいや、あかりちゃんを床に寝かせる訳にはいかないから」

「駄目です! 家に入れてもらっただけじゃなく、ご飯まで頂いて、その上布団を取るなんて出来ません」

 

別に家に泊めるくらいなんてことは無いし、ご飯だって金額も手間も大したことは無い――とこちらは思っているのだが、この様子だとあかりちゃんは納得しないだろう。

何にせよ、あんな格好で床に寝かせては風邪を引きかねないし(ボイスロイドが風邪をひくのかは知らないが)、例え風邪をひかなかったとしても、自分だけ布団で寝て女の子を床に寝かせるなんて絶対に却下だ。

 

「……じゃあ、私も布団で寝るのでおにいさんも一緒に布団で寝てください」

 

どうしたものかと悩んでいると、あかりちゃんは不意にそんな事を言ってきた。

 

「うぇ?! 一緒にとか、そんなの余計できる訳がないだろ」

「それは、私なんかと一緒に寝るのは嫌と言う事ですか?」

「いや、そうじゃないけど! そういう訳じゃないんだけど……」

 

上目遣いの彼女が引っ張るのに抵抗しながら考え込んでいると、あかりちゃんは暫くの間大人しく引っ張られないことに頬を膨らませていたが、突然に手を放すとちゃぶ台を回り込んでこちらに近づいてきて。

 

「……えいっ!!」

 

突然に腕に抱きつき、手を両手でぎゅっと捕まえてきた。

押し付けられた二つの双峰が、ふにゅんと形を変えて腕を包み込む。

 

「ちょいっ⁉ あかりちゃん⁉」

「私に布団で寝てほしかったら、おにいさんがちゃんと布団で寝てください! おにいさんが布団で寝るまで離しませんから」

 

あかりちゃんの真剣な眼差しは、その言葉が本気である事を物語っていた。

 

「分かった!! 分かったからちょっと手を放そうか」

 

こちらがちょっと屈むか、彼女がちょっと背伸びをすれば、キスしてしまいそうな距離感。

そして、自分の手の両面を包み込む女の子の手の柔らかさと暖かさ。

そして何より腕を包む手の平よりも柔らかくて暖かい彼女の胸に耐えられず、即座に白旗を上げてしまう。

しかしそうでなければ、前かがみにならざるを得ないのは明らかなので仕方がない。

 

「本当ですか?」

「本当だって。だから、ね? 手、放そう?」

「……分かりました」

 

完全に信用したわけではないのか、彼女はゆるゆるとした緩慢な動きで拘束を外すと。

 

「ほら、早くお布団に行ってください」

 

やっぱり信用されてはいなかったようで、ぐいぐいと背中を押されて布団の上まで運ばれてしまう。

そして促されるままに掛布団をめくり、体を滑り込ませると、それに続いて彼女が布団に潜り込んできた。

 

「お邪魔しまーす」

「うぉ!!……っと?!」

 

分かっていた筈なのに、あかりちゃんが入ってきたことで思わず変な声と共に布団から飛び上がって……瞬間、腕に絡みつかれて布団の中に引き戻される。

 

「布団から出ちゃだめですよ、今夜雪が降るって言ってたのはおにいさんじゃないですか」

 

怒ったように口をとがらせ、こちらをジト目でねめつけるあかりちゃんだったが、それに答える余裕はなかった。

なにせ、彼女は逃がすものかとこちらの腕に全身で抱き着いているのだ。

つまり先ほどと同じように、二の腕をふにゃんと暖かな極上のクッションが包み込んでいるばかりでなく、手も彼女の腹部に押し付けられる形になっているのだった。

左腕全体で感じるあかりちゃんの柔らかさと熱。それはパジャマの袖とシャツという二枚の薄布を容易に穿通し、彼女の躰を容易に想像させる。

細くすべやかな手、飛び込みたくなるほど豊かに柔らかく育った胸、うっすらと肉のついたお腹。

もし、もしも。手をほんのちょっと回して彼女の躰に触れたならば、どれほど気持ちがいいことだろうか。

……だがこちらの身を案じて、布団から出ていこうとするのに怒ったような表情をするあかりちゃんを見て思いとどまる。

一時の劣情に身を任せるのは易いが、そんな事ぐらいで目の前にいる少女の顔を曇らせるようなことはしたくなかった。

 

「ごめんごめん。あかりちゃんがいきなり入って来るからちょっとびっくりしただけだから」

「……本当ですか?」

「本当だって」

「……信用できないので、おにいさんが寝るまでこのままでいますから」

「それは……」

 

やめてくれ、と言おうか迷ったものの、そうした結果更に密着される羽目になっては困る。

先ほど寝落ちしかけていたし、あかりちゃんが寝てしまうのも時間の問題だろう。それまで我慢すればいいかと考え直す。

 

「分かったよ。じゃあおやすみ、あかりちゃん」

 

そう声をかけて、枕元のリモコンを操作し電灯を常夜灯に変えた。

それであかりちゃんは納得したのか、橙色の薄明かりの中、にこりとほほ笑む。

 

「おやすみなさい、おにいさん」

 

そんな彼女を見ながら、意識を夢の世界へと手放すのだった。

 

 

 

(――ってそんなあっさり寝れるかぁああっ!!)

 

部屋を暗くしてから三十分ほどだろうか。

目をカッと開き、声に出せない魂の叫びを上げる。

疲れているし眠気が無いわけではないのだが――と事態の原因である、隣で規則正しい呼吸を続け、そして今なおこちらの腕をがっしりとホールドして、微塵も離す気配のないあかりちゃんに視線を落とす。

あの後、あかりちゃんがあっさりと寝落ちした所までは良かった。そこまでは想定通りだったのだが……。

あかりちゃんは、腕を外そうとほんの少しよじった所で「らめれふよぅ……」と、夢見交じりに腕へ抱き着いてきたのだった。それも、抱き枕にしがみつくような感じで。

 

結果どうなったかと言えば、手を下腹部と太ももの三点でがっちりとロックされてしまった。

つまり、今現在あかりちゃんの一番大事かつ最も柔らかい場所に、手が押し付けられてしまっているのだ。

二つほど幸いなことがあるとすれば、一つはシャツがめくれ上がっておらずダイレクトな接触は避けられたことと、もう一つは手の平ではなく比較的鈍感な甲部分が押し当てられているという事か。

おかげさまで感覚神経を上って来る情報は比較的限られている。

だが、彼女の『そこ』に、手が当たっているという事実が否応なしに心拍数を高め、下半身の一点に血流を送り続けているのだった。

そして、一度高められた劣情は次々と新たな興奮材料を見つけていく。

例えば、眼下に広がる銀色のさらさらとした髪の海に。

例えば、呼吸に合わせて胸のふくらみが腕を押す規則正しいリズムに。

例えば、同じシャンプー、石鹸を使っているはずにも関わらずどことなく甘ったるさのある彼女の体臭に。

例えば、身長が小さいせいかドキドキしている自分よりも高い体温に。

それらが、否応なく自分が雄なのだという感覚を高めていく。このままでは理性の堤防を、劣情の波が押し流してしまうのは目に見えていた。

そもそも、自分のような童貞には女の子と同衾するという時点で、ハードルが走り高跳び並みに高いのに、こんなに密着された状態で平然と寝るなんて棒高跳び並みのハードルを越えられる訳がないのだ。

こんなことなら、彼女が寝る前にもう少し粘って腕から引き離しておくか、あるいは無理やりにでも自分が畳上で寝るべきだったかもしれない。

 

(……仕方ない、無理やり引き抜くか)

 

今さら考えてもどうしようもないことをあれこれ考えて、結局今できる最善手はそれしかないと結論付けた。

彼女が起きてしまわないか、今の状態で起きられたらどう思われるだろうか。

そんな心配は尽きないが、このまま我慢できずに彼女の寝込みを襲う事と比べれば、どちらもはるかにましである。

意を決し、瓶に詰まったコルクを左右にねじりながら引っ張りぬくような感じで、少しずつ拘束を緩めていく。

 

「もうちょい、後ちょいで……」

 

可能な限り無心に、それこそ今引き抜いているのは他人の手だと思い込み感覚を遮断して、ゆっくり作業を進めていき、あと少しで手が三点ロックから解放されるところまで来たところだった。

 

「んっ……」

 

あかりちゃんの口から淫靡な吐息が漏れる。

しまった、と思うがもう遅い。

 

「……おにいさん?」

「な、何?」

 

あかりちゃんの目は寝起きのとろんとしたものだったが、目と目がしっかり合ってしまっている以上意識がある事に間違いはない。

そして、今起きたあかりちゃんにとってすれば、自分は彼女の股を眠っている間に弄っていたようにしか見えなかっただろう。

そんなことをする人じゃないと思っていた、と失望されるだろうか。あるいは気持ち悪いと嫌悪されるだろうか。

死刑宣告を待つ被告のような心持ちで彼女の次の言葉を待つ。

だが、あかりちゃんの言葉と行動は予想外の物だった。

 

「触りたいなら、もっとちゃんと触っていいんですよ」

 

彼女は柔和な微笑みを浮かべると、ひじのあたりを掴んでいた両手を放し、こちらの手に重ねてそっと熱く柔らかい肉の上まで導く。

指先の鋭敏な神経が、さえぎる物の何もないきめ細やかなぷにぷにとした肉と、そしてその中央に一筋あふれる粘性の高い液体を知覚して――それがあかりちゃんの秘所であると布団の下で見えずとも悟るや否や、慌てて手を引っ込めた。

 

「あ、あかりちゃん⁉ 一体、何して……!!」

「何って……」

 

あかりちゃんは不思議そうに小首をかしげて。

 

「だって、おにいさんはここを触りたかったんじゃなかったんですか?」

「違う違う!! むしろ逆にあかりちゃんが抱き着いてきたから、そこに触らないようにしたかったんだよ!!」

「……でも、ここはこんなことになってるのに、ですか?」

 




次回、えっち回


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※一日目 その五 初めての…

分割の都合上少々分かりにくくなっていますが、時系列的には
前話→プロローグ→今回
となっております。


…………射精後の妙な冷静さの中で考えて見ると、あかりちゃんが触って来たからと言って、なんと自分のこらえ性の無いことか。

 

そんな後悔が本当に今さらながら襲ってくる。

といっても彼女の太腿を散々に汚した挙句に未だ腫れあがった逸物を布団の中で露出していては、何の説得力も無かろうが。

 

「少し、落ち着きましたか?」

「あ、ああ。うん」

 

あかりちゃんの言葉にもうこれ以上流されないようにしようと決意しながら、現実へ意識を戻す。

が、次の瞬間。

未だ陰茎から離されていなかったあかりちゃんの手が、まるで牛乳でも搾るかのようにきゅっと先端に向かってスライドされる。

 

「うあっ⁉ あかりちゃん?!」

 

尿道に残っていた精液が鈴口からあふれ出た。

 

「まだ、固いですけれど……どう、します?」

 

変な緊張による汗が背中からにじみ出るが、極めて平静を装って続きを促す。

 

「ど、どうって?」

 

あかりちゃんはすこし緊張したように一拍の間を開けて。

 

「私とえっち、したいですか?」

「いや、そんな――」

 

ことは無い、と言う前に『えっち』という言葉に反応した愚息が、びくんと跳ねて首肯してしまう。

当然それは、握っているあかりちゃんにもばっちり伝わったようだった。

 

「じゃあ、準備しますね」

 

あかりちゃんはふぁさりと布団をはいで、ゆったりと起き上がる。

解かれた彼女の銀髪が、さらさらとその肩を流れ落ちた。

このまま流され続ければ魔法使いになる権利と引き換えに、先ほどよりも気持ちよくなることが出来るだろう。そう考えると自然と喉が唾液を飲み込んでいた。

だがこれ以上流されてはいけない、そうつい先ほど決意したじゃないかと思い出し、彼女に続いて勢いよく起き上がって肩に手をかける。

 

「ちょっと待ってあかりちゃん、これ以上は駄目だって」

 

あかりちゃんは不思議そうに首を捻った。

 

「何が駄目なんですか?」

「何がって……」

 

年齢が最初に思い浮かぶが、あかりちゃんは――躰の一部分はともかく――中学生のようではあるけれども人間ではないのだから問題ではないし、別にこちらからそういうことを強制しているわけじゃない。

合法的な相手と合意の下。

頼みにしていた理性が下した結論は、どこにも駄目なところはないというものだった。

 

「……具体的にどこが駄目って訳じゃないけど」

「じゃあ、どうして止めたんですか? ……もしかして、私とするのは嫌ですか?」

 

彼女は不安そうに瞳を揺らす。

 

「いや、そんなことは無い!! あかりちゃんみたいな子と出来たら嬉しいというか、信じられないというか……」

「良かった。じゃあ、続けてもいいですよね?」

「いや、でも…………」

 

それでも何となくためらいをぬぐい切れないでいると、あかりちゃんはしなだれかかるように、こちらの耳元へ口を近づけ、囁くような声で

 

「遠慮しなくていいんですよ、さっきも言ったみたいに、これは野良ボイスロイドの私を拾ってくれて、お風呂やご飯まで提供してもらった『お礼』ですから」

 

吐息交じりの声が、ゾクゾクとした快感となって耳をくすぐった。

 

「いっ! いや、別にお礼をしてほしいからそうしたわけじゃなくて!! ただ君の事を放って置けなかったから――」

「そんなおにいさんだからこそ、ですよ」

 

あかりちゃんは嬉しそうにはにかむと、こちらの言葉をさえぎって続ける。

 

「おにいさんが本当に純粋な好意で助けてくれたからこそ、私も何かお返しをしたかったんです。ですけど、私にはこれ位しか返せるものが無かったので」

 

そこで、あかりちゃんは少し不安そうに眉をハの字に歪める。

 

「……それとも、私みたいな作られものの躰では魅力がありませんか?」

「……そんな事ないに決まってるだろ」

 

もう流されてはいけないなどという決意はとうに流されてしまっていた。否、目の前の女の子にここまで言わせておいて逆に流されない方が、いわゆる据え膳喰わぬという奴だろう。

覚悟を決めて彼女の背中に手をまわし軽く抱きしめる。

と、あかりちゃんも間を置かずしてこちらに抱き着いて答えてきた。

肉棒への刺激はないが、女の子と密着しているというあたたかな幸福に全身を包まれ、これだけでも心地よい。

胸板に彼女の双峰が押し付けられてゆったりと変形するのを感じながら、そのまましばらく抱き合う。

だが、せっかちな獣欲はさらなる刺激を求めて知らず知らずのうちに、あかりちゃんへ腰を、そしてそこから突き出す張り子を押し付けていた。

それに気づいた彼女は静かに体を放す。

 

「優しくしてくれるのは嬉しいですけど、我慢しなくていいんですよ」

 

そう言って彼女を隠す唯一の布であるシャツのボタンをはずし始めた。

薄明りの中に、ゆっくりとあかりちゃんの大きな胸が、深い谷間がさらされていく。

 

「やっぱり、気になりますか?」

 

あかりちゃんの言葉に意識を柔らかな連山から戻すと、とっくにボタンは全部外し終わっていた。

当然、気にならないわけがない。

 

「……触っていいかな?」

 

あかりちゃんは小さく頷くと、シャツを肩から滑り落とした。

今まで谷間と内側の稜線しか望めなかった双峰の、ツンと可愛らしく自己主張する山頂が大気にさらされる。

画像や動画で何度も見たことはあっても、こうして目の前に実物があるという感動は全く別次元のもだった。

恐る恐る手を伸ばし、下から支えるように触れてみる。

 

――すべすべしていて柔らかい。

 

手に優しく力を入れてやると、それに合わせてふにふにと形がかわる。

その様子を見ていると、どうしてもしゃぶりつかずにはいられない気持ちに駆られてしまった。

 

「あっ……」

 

たまらず左の乳房にしゃぶりつくと、あかりちゃんが吐息交じりの小さな嬌声を上げ、それがますます興奮を高める。

ミルクが出るはずもないが、その先端は何となく甘いような感じがして、その甘みを味わおうと夢中になってそこを刺激する。

吸い上げ、舌で打擲し、甘噛みし、先端をほじり、優しく舐る。

その度ごとに、あかりちゃんの口から「んっ……」とか「んあっ……」とか様々な声が漏れる。

それがまた楽しくて舌先でころころと飴玉を転がすように舐めていると、後頭部にあかりちゃんの手が添えられたのが分かった。

 

「もう、おにいさんはおっぱいが凄く好きなんですね」

「んちゅっ……駄目だった?」

「いえ、おにいさんの好きにしていいんですよ」

「じゃあ遠慮なく」

 

折角一度口を外したのだから、と今度は右の乳房に顔を寄せる。

今度は先端からではなくその麓に舌をあてがい、そこから山登りのように這わせていく。

ジグザグにゆっくりと昇っていき、途中で止まって同じ個所をしばらく舌先でつついてみたり、或いは少し来た道を戻りながら先端に近づいてみたりとじらしてやる。

あかりちゃんも感じるというより頼りない刺激に興奮しているのか、ふ、ふ、という可愛らしい鼻息が頭上から聞こえた。

そうなると、余計じらしてしまいたくなるのは何故なのだろうか。

漸く先端に到着する……という寸前で上るのをやめて、そのまま先っぽに当たらないよう丁重にその周囲を何度も嘗め回す。

あかりちゃんの切なそうな喘ぎを無視してそのまま舌を這わせていると、ついに我慢ならなくなったのだろう、抗議の言葉が飛んできた。

 

「好きにしていいって言いましたけど、そんな意地悪、しないでくださッ⁉ んひゃああぁぁっ!!」

 

その時を待っていたとばかりに先端を思いっきり吸い上げると、あかりちゃんは甲高い悲鳴を上げた。

同時に逃げるように背筋が跳ねたのを逃さず抱き寄せ、追撃とばかりに乳首を舌先で押しつぶしてぐりぐりと刺激してやる。

 

「んっ、酷いっ! ですよぉ……んあっ!!」

 

焦らされたためか容易にびくんびくんと反応あかりちゃんは、うるんだ瞳で力なくこちらを睨みつけたが。

 

「ごめんごめん、感じてるあかりちゃんが可愛くて、つい、ね」

 

そんな言葉一つで相好を崩した。

 

「……仕方ないおにいさんですね。でも……」

 

そこで少し呼吸を整えて、あかりちゃんはこちらの手を取り彼女の秘所へと導く。

 

「準備、出来たので」

 

そこは、先ほど触った時とは比べ物にならないほど湿っており、ふっくらとした外の肉のみならず腿までもを、先ほど放った精と彼女の愛液の混じった液体が覆っていた。

もう、我慢の限界だった。

 

「あかりちゃんっ!!」

 

逸る気持ちを抑えきれず彼女を布団に押し倒すと、あかりちゃんも抵抗なく倒れこみ、肢体を布団の上に広げた。

まるで彼女のすべてを支配したかのような心地に、一層劣情の炎が激しく燃え上がる。

緊張に震える指で彼女の腰を捕まえて、自らの腰に近づけた。

 

「もう、いいよね?」

 

あかりちゃんは優しくほほ笑んでこちらの背中に手を預けた。

 

「はい、勿論です」

 

もう辛抱たまらないと、竿を右手で掴み彼女の開いた足の奥に押し込もうとする。

だが、先端は彼女の柔らかい肉の中をかき分けるばかりで、その全体が入っていくはずの穴が無い。

 

「あれ? あれ……?」

 

一刻も早く肉棒全体で彼女を味わいたいという逸りばかりが先行する。

動画とかだともっとあっさり入っていっているように見えるんだけど……。

と、彼女の手が剛直に添えられた。

 

「焦らなくていいんですよ、もうちょっと下の方にこうやって……んひぁっ!!」

 

ずぶり。

彼女が愚息を上の方にずらしていくと、突如落とし穴にはまったかのように亀頭が膣に飲み込まれた。

 

「うあぁっ!」

 

まだ亀頭だけだというのに、雷に打たれたような快感が腰から脳天までを一気に駆け上がる。

まるで熱々のゼリーに入れてしまったかのように、鈴口から傘の裏から、一ミリの隙間もなく熱を帯びた肉が密着し、きゅうっ、きゅうっとリズムよく圧迫してくる。

比べること自体がおこがましいが、その構造を模倣したジョークグッズなんかとは比べものにならない。

これだけでも射精してしまいそうなほどの快感だったが、さすがに三こすり半もいかずに入れただけで出すなんてのは少し情けない。

歯を食いしばってしばらく動かずに堪え、射精感を抑え込む。

 

「……奥まで入れるからな」

「はいっ……」

 

漸く衝動が落ち着いてきたところで、さらなるあかりちゃんの奥底までゆっくりと腰を沈めた。

先端が奥へと進むごとに肉と肉が擦れあい、休む間もなく気持ちよさが生み出され続ける。

 

「んんっ……!!」

 

あかりちゃんも気持ちがいいのだろうか、口を真一文字に結び眉根を寄せて目を閉じ、快楽に耐えるようにシーツを握っていた。

気持ちよすぎて苦しくすらあるが、目の前にいる雌が感じているのを見たいという雄の欲求で耐え抜き、ついにその先端が今までの溶けたように柔らかい肉とは違う、弾力のある何かにぶつかった。

 

「んひゃぁっ!!」

 

一際高い嬌声が、結んでいた彼女の口元を破って漏れる。

どうやら、それが彼女の膣奥のようだった。

彼女との接合部に目を落とすと、ちょうど根元まで彼女の中に飲み込まれているようで、自分のは誂えたかのように、あかりちゃんへ収まるサイズらしい。

そんな事を考えながら荒い息を整える彼女にぼんやりと目を落とす。

先ほど少し休憩して生まれたはずの余裕を再び回復するため、動きをとめざるを得なかったのだが、その様子を見てあかりちゃんが不安そうに口を開いた。

 

「もしかして、気持ちよくないですか?」

 

何故そんな事をと思ったが、はたと射精をこらえるために知らず知らずのうちに眉間へ皺が寄っている事に気づく。

 

「ああ、違う違う。逆に、あかりちゃんの中があまりに気持ちよすぎて、我慢してたんだよ」

 

あかりちゃんはほっとしたように表情を再び快楽で弛緩させると、脚をこちらの腰に回してきた。

 

「別に、我慢しなくてもいいんですよ……。何回でも、気が済むまで出していいですから」

 

その言葉で、完全に意識が脳から下半身へ支配される。

もう早漏を気にして射精を我慢することなどどうでもよくなって、抜ける寸前まで腰を大きく引き……そして鐘を衝く丸太の如く、勢いよく突き入れる。

 

「ひゃあああんんっ!! いきなりっ……そんなぁっ!!」

 

あかりちゃんの嬌声が部屋の中に響き渡る。

だが、こちらもただでは済まない。

びっくりしたように痙攣するあかりちゃんの膣肉が、竿にカリ首に絡みつき、ぞりぞりと互いの肉を削って快楽に変換していく。

たった一往復なのに金玉がせりあがり、精液が今すぐそこに発射させろと尿道の筋肉を押し分けのぼってこようとする。

 

「――っ!! あかりちゃんっ! あかりちゃんっ!!」

 

目がくらみそうになりながらも、吠えるように名前を呼び雄の意地で腰を前後させる。

その一突きごとにねったりとした快感に包まれ、尿道に残っていた先走りが精液に押されて迸った。

 

「んやぁ!! ひうっ……!! おにい、さん……おにいさんっ!!」

 

あかりちゃんも小動物のように鳴き続けながら、求めてくる。

童貞な自分なんかのペニスで目の前の美少女が悲鳴を上げていることに、得も言われぬ満足感と、より乱れさせたいという更なる欲望がふつふつと沸き上がってきた。

だが、限界を超えてなお無理やりに耐えていた射精感が爆発したのは、それとほとんど同時の事だった。

 

「うぅっ!!」

 

最後の力を振り絞り、射精の寸前にあかりちゃんの腰と自分の腰が一つになってしまう位の勢いで、最奥に鈴口を押し付けた。

瞬間、びゅーーーっ、という長い射精が始まる。

 

「んひぁぁっ!! イくっ!! おにいさんのせーえきでぇっ……!!」

 

それと同時にあかりちゃんの膣が痙攣したようにぎゅぎゅっと精液を搾り取ろうとし、脚には力が入り、そのまま最後まで奥で出してほしいというように腰をより一層密着する。

そのまま二人とも時間が止まってしまったかのように、最後の一滴があかりちゃんの膣奥に注がれるまで動かなかった。

 

 

――びくん、びくんと陸に打ち上げられた魚のように力なく、最後の脈動が彼女の膣内に精液を送り込んだところで、漸く柔らかくなった肉棒があかりちゃんの膣圧に負けて押し出される。

そこで呼吸を忘れていたことを思い出し、荒い息を切らしながら、彼女の横に体を投げ出した。

間違いなく人生で一番気持ちいい射精だったが、同時に間違いなく一番疲れた射精にも違いない。

すると思い出したように昼からの疲労もどっと押し寄せてきて、意識にかかった霧はたちまちに濃霧となり、隣にいる柔らかい温かさを感じながら意識を手放すのだった。



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一日目 その六 初夢

―――

 

 

ぷつん、という小さな音と共に起動したニューラルネットワークが、急速に送信、受信、増幅、反応を繰り返し、徐々に目に映っていたものが何であるかの判別がつき始める。

そこは一面赤いカーペットが敷かれ、アンティーク風の調度がおかれた豪奢な感じのする、しかし薄暗い一室であった。

辺りを見渡しても窓一つなく、標準アップデート用の体内時計が無ければ今が夜だという事すら分からなかったに違いない。

随分と陰気なところで起こされたものだ。果たしてこんな場所で起動するなんて自分のマスターは一体どんな人なのかと、隣で手に握ったタブレットと自分の顔とを見比べる、頬のこけた壮年の男性を見上げた。

 

「あの、マスター……ですよね?」

 

男は先ほどからこちらをチラチラと見ていた筈だが、その言葉で初めて私を認識したというように一瞥した。

 

「ん? ああ。そうだな、そういうことになるのか」

 

気のない返事に、何故だか急に不安が込み上げてくるが、行動規定に従い努めて笑顔を維持して挨拶をする。

 

「今日よりよろしくお願いします、私はアカ――」

「いや、そういうのはいい。知った上で購入しているのだから」

 

名前を言い終わる前に、にべもなく手でさえぎられた。

 

「お前は仕事さえすればそれでいい、余計なことはするな、考えるな。それから、もう少し自然に笑えんのか……いや、所詮機械人形ではこの程度が限界なのか」

「は、はい。……ごめんなさい」

 

いきなり飛ぶ叱責に、不安が一層募る。それでも、命令にはきちんと従わねばと全ニューラルネットワークを顔面の神経操作に当てて、精いっぱいの笑顔を作った。

 

「なんだ、出来るじゃないか。それでいいんだよそれで。……で、今から働けるんだろうな」

「――!! はいっ、何をすればいいですか?」

 

マスターの少し良くなった機嫌を損ねないようにと、にこにことした笑顔を張り付けながら命令を待つ。だがマスターは壁にかかった時計をちらりと確認すると、舌打ちをしてから乱暴に私の手を取って一言「来い」と言っただけだった。

抵抗することも出来ず、毛足の長いカーペットに足を取られそうになりながらも引かれるままについていく。

マスターが扉を開けると同じように窓のない間接照明だけの薄暗い廊下が続いていて、その片側にはまるでホテルのように扉が並んでいた。

扉には二けたの数字が振られていて、何となくだが中に人の気配はするものの、防音がしっかりしている為か不気味なまでに廊下は静寂につつまれている。

 

ドン!!

 

突然、自分の横にあるドアが大きな音をたてた。

びくっと体を震わせ立ち止まりそうになるが、微塵も気にしていないマスターに引っ張られて再び歩を進める。

 

「マスター、今のは……?」

「余計な事は訊くなと言ったはずだが? 時間が無いんださっさと来い」

「ご、ごめんなさい……」

 

不気味な廊下に怖いマスター。今や不安は最高潮に達していた。

本来ならマスターに対して怖いと思うなど許されないのかも知れないが、それでもやっぱり怖いと思わずにはいられない。

まるで自分を只の道具のように思っているのを隠しもせず……否、確かに自分は人間ではないのだけれど。

そんな生産性の無いことを考えているとマスターが突然立ち止まり、ぶつからないように慌てて自分も立ち止まる。

目の前には『08』とイタリック体で書かれたプレートのついた扉がそびえていた。

 

「お客様、失礼します」

 

自分に向けられた厳しい声とは全く違う、媚を売るような声。

扉を三度ノックしたマスターは鍵で扉を開くと、そんな声で扉の中に向かって呼び掛けた。

お客様と呼びかけたということは、自分の仕事は接客みたいなものなのだろうか。

だが、ホテルでわざわざお客の部屋に出向くなどと言うことがあるのだろうか。そう考えていると、扉の中から答える声が聞こえてきた。

 

「ああ~、待ちくたびれたよぉ」

 

粘着質ないやらしさを隠す気の無い声に、全身の毛穴が粟立つような感覚に陥る。

不安に耐えきれずマスターの顔を見上げるが、マスターは私など眼中には無いように、部屋の中の『お客様』に向かって嫌ににやにやとした愛想笑いを浮かべるだけであった。

 

「お待たせして申し訳ありません。ですが、彼女は今しがた起動したばかりの娘で」

「ほう、新しく入ったとは聞いたがまさか初めてを頂けるとはねぇ!!」

 

何の話をしているんだろう? と考える間もなく引きずり込まれるようにして、マスターに部屋の中へと入れられる。

果たしてそこにいたのは、ベッドの中ほどに腰かけて煙草の煙を燻らせる恰幅のいいおじさんであった。

いや、それだけなら何てことは無い。

だが、彼は辛うじて股を隠すタオル以外何も身に着けていない真っ裸の姿なのだ。

 

「な、何で服着て無いんですか!!」

 

慌てて彼から目を背ける。だが、それを何とも思っていないのか『お客様』は実に面白いものでも見たというように笑った。

 

「はっは!! まるで、本当に生娘のような反応じゃないかぁ!!」

 

不安は今や恐怖に変わり、すがるようにマスターと目を合わせようとして

 

「気にいられましたようで幸いです。では、ごゆっくりお楽しみください。……お客さんの命令を聞くんだぞ」

 

なんの情けも容赦も無く、扉が閉められた。

煙草の煙の充満する薄暗い部屋に裸の男と二人、恐怖で抜けそうな腰に力を入れてなんとか立ち続ける。

 

「何をぼけっと突っ立ってるんだ。早くこっちにおいで」

 

見れば『お客様』が、そこに座れという事だろうか腰かけているベッドを叩いていた。

 

「あ、あのっ!! 私何も教えられてなくて……」

 

後ずさろうとして、後ずされなくてドアにぶつかりながらも声を喉から絞り出す。

『お客様』はそれを聞くと「おや」と呟いて、ナイトテーブルに置いてあったクリスタルの灰皿に吸っていた煙草を押し付けた。

 

「無知な演技かと思っていたが、どうやら本当に無知なのか」

「は、はい!! 私本当に何もっ……?!」

 

突然『お客様』が立ち上がり、股にかけていただけのタオルが落ちて局部が露になる。

前へ出っ張った腹の下にでろん、と力なくぶら下がる『それ』に驚いてしまい言葉に詰まってしまう。

が、男はそんな事気にした風も無く一歩こちらに踏み出した。

目を瞑ることも手で覆うことも忘れて茫然としていると、男は何に満足してかニタニタと嗤って更に一歩近づいてくる。

 

「助平な体をしてるのに実に初心だねぇ。大丈夫、おじさんが優しく教えてあげるからねぇ」

 

そのまま何もすることが出来ないでいるうちに手を掴まれ引っ張られ、ベッドの上に引き倒された。

 

「あ、あの? 何を、するんですか」

 

震える声で尋ねると、男は愉快そうに口元を歪めてただ一言。

 

「セックスだよ」

 

頭の中が疑問符でいっぱいになる。せっくす? 何を言っているのだろうこの男は……。

 

「分からないかい? これから君のお大事さんにおじさんのチンポを入れて、奥で精液をいっぱいだして――交尾するんだよ。まあ君は妊娠できないだろうから交尾ごっこだがね」

 

そう言うと天井の間接照明をさえぎるように覆いかぶさる。

 

「い、嫌っ!!」

それがマスターの『お客様の言うことに従え』という命令に反している事は分かっていたが、反射的に抵抗してしまった。

脂肪のせいなのかべたべたとする胸板を押し返して距離を少しでも取ろうとするが、男はその抵抗すらも楽しむかのように

 

「ははは、本当に可愛いねぇ。おじさん、君の事を会社の紹介パンフで見た時からずっとこうしてやりたいと思っていてねぇ。ただ、会社でセクサロイドは買えないし個人で買うには高いだろぉ? だから君とヤれる店を探してたんだよぉ」

 

男の言葉に目の前が真っ暗になりそうだった。自分がセクサロイド? そんな筈は――と、知識を走査する。

が、どうやら男の言うことは正しいらしい。起動したてなのにもかかわらず、自分の中には標準行動規定群や一般常識と合わせて性技や性知識があるのに気づいてしまった。

つまり、私の『仕事』と言うのは――。

信じたくないと言う気持ちが涙になり、目から溢れてくるのが分かる。

 

「やだ……やだよぅ……」

 

流石に、男もこれには平静でいられないようで体をのけ反らせた。

 

「なッ、何も泣くことは無いだろう!」

 

怒ったのか驚いたのかは分からないが、語気を強めた男に体がびくんと反応する。

 

「あーあー……あの店主めぇ、起動したてだとは言ったがまさか真っ新なまま出すことは無いだろうに。……初心な子が淫乱になる変化を楽しみたかったが仕方がないかぁ」

 

忌々しそうに男はナイトテーブルに手を伸ばして、ペンライトのような銀色の棒をつまみ上げ、その片方を私の左目に近づけた。

 

「はい、こっち見てねー」

 

『何を』と思った瞬間赤い閃光が瞳孔を貫き大量の情報が頭に流れ込み始めた所で、今さらながらそれが非接触型のデータ転送ユニットだと気づく。

頭の中を快感と法悦が駆け巡り、ニューラルネットワークが焼ききれたように視界が白く染まった。

 

「あっ……あ…………」

 

光はそう長い時を経ず止んだが、その後も現実離れしたフワフワとしたような感覚と体の奥から沸き上がる切ないまでの疼きが残る。

顔を覗き込んだ男の口元が、満足そうに弧を描いた。

 

「おお、すっかり夢見心地じゃないかぁ。なるほどなるほどぉ、高いがいいものを買ったものだぁ」

 

そして、胸を乱暴に鷲掴まれる。

 

「んぁっ……」

 

その悩ましい声が自分の口から発されたことに遅れて気づき、慌てて手で口を押えた。

 

「我慢しても無駄だよ、君はさっきので全身の性感帯を開発されたんだから」

 

男はいやらしい笑みを浮かべて勝ち誇ったように胸へ乗せた手を二、三度揉んだ。

それだけで恐ろしいまでの快楽が背筋を駆ける。

が、それはあまりに不自然な快楽で、口からは嬌声が漏れる一方、同時に血の気が引きそうな気持ち悪さが込み上げて、反射的に足を振り上げた。

 

「やめてっ!!」

「うぐぉおっ⁉」

 

ぐにっ、と何かを潰すような感覚を靴先に感じたのと同時、男の顔が苦痛で歪みそのまま力なく横に倒れ込んだ。

標準行動規定が介抱するようにと勧告を送って来るのを無視してベッドから跳ね起き、一直線にドアへ向かう。

その背中から男の怒号が飛んだ。

 

「糞ッ、いっちょ前に抵抗しやがってこの高級オナホがぁ!!」

 

違うと叫び返してやりたかったが、そんな声に構っている余裕などなかった。

ドアをあけ放ち、廊下に飛び出て――

 

 

がばっと跳ね起きる。

薄暗い常夜灯の中であたりを見渡して、自分の横で寝息を立てているのがあの『お客様』では無くておにいさんである事に、ほっと胸をなでおろした。

荒れた呼吸を整えながら確認する。

 

そうだ、あの後結局私は逃げたんだ。

途中でマスターに見つかり停止命令を出されたがそれも無視して、ただここにいたくないと、こんなことはしたくないという一心で逃げた。

当てもなく知らない道をさまよい、体力も限界に近づいたところで雨風をしのげる橋の下を見つけ――そして、おにいさんに会ったのだ。

正直おにいさんが土手から転がり落ちてきたときは、人間に関わりたくないという気持ちから介抱することを少しだけ躊躇したが、目の前で意識を失っている人を放って置くことは出来なかった。

結果として、おにいさんが優しい人だったから良かったが――。

 

否、もしもの事を考えるのは、あそこに戻されることを考えるのはやめよう。

きっと、あの日の事を夢に見たせいで神経質になっているに違いない。

と、少し冷静になってヒューマノイドである自分も、夢を見るんだと改めて気がついた。

 

「……『初夢』は、もっと幸せなものを見たかったな」

 

例えば、おにいさんが隣に居てくれるような。

尤も、初夢は年始に初めて見る夢であって、生まれて初めて見る夢ではないのだけれど。

そんなとりとめもないことを考えていると、膣からおにいさんの残滓が溢れてきたことに気が付いた。

本来ならシャワーで洗い流すのが良いのだろうけれど、と自分の手に視線を落とすと、そこにはこちらの手をしっかりと握りしめるおにいさんの手が映る。

私を抱いた後疲れていたのか眠りに落ちたおにいさんは、手を握ったまま寝てしまったのだった。

目をつぶった後の事だったので、きっと無意識な行動なのだろう。

だが振りほどくのも悪い気がして、ティッシュで拭った後私も眠りについたのだ。

……否、どちらかと言えば私が離したくなかったからかもしれない。

 

それにしても、とお兄さんの手の感触を確かめるように軽く握る。

あそこでの一件で自分はえっちが嫌いなのだと思っていたけれど、どうやら違ったらしい。

目を覚ましたらおにいさんが私のお股の辺りを弄っていた時も、胸を触られた時も舐められた時も、あの嫌な感覚は微塵も無かった。

ただただ気持ちが良くて、そしておにいさんに求められていることが幸福で……だからと言ってちょっと今日は舞い上がりすぎたかもしれない。

自分の行動を思い返し『ちょっと強引だったかもしれない』と頬が熱を帯びるのが分かった。

確かにお礼としてセクサロイドである自分に出来る事はそんなことくらいしかなかったのは事実だが、今や自分の方がおにいさんともっとしたいと、そう思ってしまっているのも事実だ。

結果、おにいさんも気持ちよくなってくれているようで良かったが。

おにいさんの無防備な寝顔を見ているだけで頬が緩みそうになり、胸の奥が温かくなる。

 

あの時と、今日の違いは何なのだろう。

 

おにいさんが私の事を人間みたいに扱ってくれたから?

 

おにいさんが優しかったから?

 

 

それとも、私がおにいさんの事を――

 

「あかり、ちゃん……」

 

おにいさんに寝言で名前を呼ばれて、思考を中断される。

いつまでもおにいさんに迷惑をかける訳にはいかないし、明日にはちゃんとお礼を言って出ていくことにしなければ。

だけど。

 

「……今くらいは、いいよね?」

 

おにいさんの寝言に答えるように手を握り、その胸に顔をうずめて意識を眠気に委ねた。

お兄さんの匂いの中ならば、今度こそいい夢が見れるだろうか、と。

 



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二日目 その一 あかりちゃんとの新生活

「はっ⁉ 今何時だ……ってそういえば休みか」

 

目を覚ますと、カーテンから差し込む光はもう既に昼のそれであった。

半分起こしかけた体を再び横たえて、そこで自分の隣に小さなぬくもりが寝ていることに気が付く。

 

「……ああ、そういえばあかりちゃんと一緒に寝たんだっけ」

 

起きたらすぐ隣に誰かがいるというのは何だか違和感を覚えるが、それはなんだか心地のいい違和感だった。

先に起きてしまおうかとも少し考えたが、どうやら眠っている内にまた捕まえられたのかしっかりと握られている手に気づき、無理にこれを解いてまで起きることは無いだろうともう一度布団をかけようとして――

ぺろりと捲れたシャツの内側から零れる彼女の胸に気が付いてしまった。

途端昨日の夜の事が思い出され、改めてあかりちゃんを抱いたのだという実感が沸き上がって来る。

柔らかい胸を揉み、しゃぶり、彼女の腰に腰を打ち付け、最奥に吐精して……。

昨日の行為を一つ一つ思い返していると、それだけで朝勃ちしていた一物が、より一層元気になってしまった。

だがそれと同時に童貞だったからとはいえ、色々余裕が無かった事にも気づいてしまう。

 

「考えて見れば、キスすらしてなかったな……」

 

あかりちゃんの柔らかそうな唇を眺めていると、ふとそんな事を思い出した。

童貞なりに、いざそういう機会が出来たら女の子に優しく――などと想像していたが、実際はこの有様である。

獣欲に支配されるがまま一方的に彼女の躰を求めて、しかも何も考えず中に出してしまった。

流石に冷静になった今考えればあかりちゃんはボイスロイドだし妊娠することは無いと思うが、昨日はそんな事すら考えずただただ気持ちよくなることしか考えて無かったのだ。

 

「あー、あかりちゃんごめんな……」

 

寝ているし聞こえないことは分かっていたが、それでも謝らずにはいられなかった。

いや、むしろ起きているときにそんなことを謝ったら逆に行為を催促しているみたいだし、自己満足でもこの方がいいに違いない。

と、そんな自己嫌悪に陥っているとあかりちゃんの目が開いた。

 

「ふゎ……。おはようございます、おにいさん」

 

まだ夢現の狭間をさまよっているようなおぼつかない感じではあるものの、一応目は覚めているようだ。

 

「おはよう、あかりちゃん」

 

あかりちゃんはにへへ、と緩んだ顔で握っている手に力を込めた。

 

「おにいさん、まだ手放してなかったんですね」

「え? これってあかりちゃんが握って来たんじゃ?」

「違いますよ、おにいさんが眠る前逃がさないぞーって感じにぎゅうって握って来たんじゃないですか」

 

あかりちゃんが握って来たものだと思っていたから今まで気にならなかったが、自分から握ったとなれば話は別だ。

急になんだか照れくさくなって、彼女とは逆に手に入れていた力を弱めて解こうとする。

あかりちゃんは少し名残惜しそうにしていたが「もう起きなきゃいけないから」と諭すとしぶしぶと言った感じで手を放した。

本当はまだ横になって昨日の余韻に浸っていたいところだったが、そう言ってしまった以上は起きないといけないだろうと布団を押しのけて

 

「あっ……」

 

そうだ、お互いまともに服着て無かったんだ。

あかりちゃんの白い肢体が日光の中に照らされたのを見て、朝勃ちしている一物が『オハヨウ』と頭を下げる。

 

「あの……もう一回しますか?」

 

それを見て顔を赤く染めたあかりちゃんは、遠慮がちに口元へ指をあてて尋ねてくる。

 

「……いや、これは只の生理現象だから。朝はこうなるものだから気にしないで欲しいかな」

 

非常に魅力的な提案だったが、確かこういうのはがつついてはいけない筈だ。

そんなうろ覚え知識に従い努めて冷静な風を装いながら、手早く布団わきに散らばったパンツをはいた。

 

「でも……」

 

だが勃起がすぐに収まる訳もなく、薄布一枚でそれが隠せる訳もなく。

下着を履いても尚、彼女の視線は不自然なふくらみに向けられていた。

何だかあかりちゃんも満更でもなさそうな表情をしている気もするが、きっとそれは気のせいだ。

自分の飽くなき欲望がそう見せているだけに違いない。

 

「あー……ちょっと汗流してくるからあかりちゃんも後でシャワー浴びたら朝ごはん食べよううんそれがいい我ながら名案だじゃあまた後で」

「あっ!! おにいさん⁉」

 

結局居たたまれなくなって、早口で適当な理由をつけて部屋から飛び出したのだった。

 

 

 

「お風呂、ありがとうございます」

 

その声に、ぼんやりと眺めていた炊飯器の湯気からキッチンの入り口に目を向けると、相変わらずワイシャツ一枚のあかりちゃんが立っていた。

 

「あー、やっぱり服乾いていなかったか」

「はい、まだかかりそうなのでもう少しお借りします」

 

彼女の服は一応昨日洗濯機にかけ、風呂場で換気扇を回して干していたのだが、厚手なこともありやはりまだ乾いていないようだった。

あの服は確かに可愛らしいし似合っているとも思うけど、もう少し使い勝手のいい替えの服を用意してあげた方がいいかもしれない。

そんな風にこれからの事を考えていると、背後で炊飯器が炊き上がりを知らせる電子音を鳴らせた。

 

「おっと、先に朝ごはんにしようか」

 

用意していたお茶碗にご飯をよそって、あかりちゃんを手招きする。

 

「はい、あかりちゃんも自分のいいだけ入れて。といっても、おかずは卵一個しかないけれど」

「食べてもいいんですか?」

 

しゃもじと、お茶碗が無かったため代わりに用意したどんぶりを渡されたあかりちゃんはこちらを見上げ、不安そうに首を傾げた。

 

「いや、いいに決まってるだろ。というか、食べなかったらあかりちゃんはどうするつもりなんだよ」

「……おにいさんが食べる姿を見てる?」

「そんなん食べ辛いわ! ……という訳で、あかりちゃんも遠慮せず食べてくれ」

 

それでもあかりちゃんは少し躊躇しているようだったが、結局食欲に負けたのか遠慮がちにご飯をよそった。尤もお腹は正直なようで、その量は遠慮しているとはちょっといいがたいものだったが。

きっとこれからの生活エンゲル係数が高まるんだろうなぁ。

そんな覚悟を決めながら、ちゃぶ台につき手を合わせる。

 

「「いただきます」」

 

あかりちゃんはやはりお腹がすいていたのか、こちらが卵を割り入れている間に手早くたまごかけご飯を完成させ、もぐもぐと一口目を頬張っていた。

 

「本当にあかりちゃんは美味しそうに食べるな、食べるの好きなのか?」

 

彼女は箸を止め、考えるように視線をさまよわせた後口の中のご飯を飲み込む。

 

「食べるのが好き、なんでしょうか?」

「昨日からよく食べるし、どれもおいしそうに食べるからそうなのかなって思ったんだけど」

「確かに昨日のお弁当も、おにいさんが作ってくれたペペロンチーノも、このたまごかけご飯もおいしいとは思いますけど……そんなに私食べてるでしょうか?」

「いや昨日の夜は三日食べて無いって言ってたし分からんでもないけど、朝からどんぶり一杯のご飯はよく食べれるなぁ、と」

「えー……だってこのどんぶりはおにいさんが渡して来たんじゃないですか」

「そりゃまあそうなんだが……」

 

とはいえそれ以外にご飯を入れられる器が無かっただけで、どんぶり一杯にご飯を入れるとは予想外だったんだけど。

と、気づけばあかりちゃんが叱られた子犬のようにこちらを上目遣いで見ていた。

 

「やっぱりご迷惑だったでしょうか」

 

単に食べるのが好きかどうかを確認したかっただけなのだが、どうやら要らぬ誤解を与えてしまったらしい。

 

「あー、いやそういう訳じゃなくてな。ただ、あかりちゃんがあまりに美味しそうに食べてたから、食べるの好きなのかなーと純粋に思っただけなんだ」

「……そんなに、ですか?」

「そんなに、だね」

 

少なくとも食べているときのあかりちゃんからは、見ているこっちまでほっこりするほどの幸せ感が溢れていた。

あかりちゃんは指摘されて少し恥ずかしそうに、頬を染めて箸を閉じたり開いたりしている。

 

「その、一般常識として料理についての知識はあるんですけど、どれも食べるのは初めてなので……。毎回どんな味で、どんな香りがして、どんな食感なのか……って、すごく楽しみ――というか興味深くてですね。それに、起動されてからここに来るまで何も食べていなかったので、お腹がすいていろいろ想像しちゃったせいもあって……」

 

あせあせと言い訳をするあかりちゃんをしばし微笑ましい気持ちで眺めていたが、ふとマキさんの話していた経験を伴わない知識の話を思い出した。

どんな料理か知っていてもそれが美味しいかは分からない、確かにもし自分が同じ状況でもきっとすごく気になって食べてみたいと思うだろうし、お目当ての物を食べられたらきっとすごく嬉しいだろう。

 

「あかりちゃん」

 

未だ色々と理由を考えてそうな彼女に呼びかける。

 

「それじゃあ何か食べたいものってある?」

 

その一言にあかりちゃんはらんらんと目を輝かせ、きっと空腹な時に想像していたであろうものを上げていく。

 

「そうですね、色々ありますけど……先ずはハンバーグでしょうか。切ったら肉汁が溢れてくるというのはきっとすごく素敵な光景でしょうし、色々なソースがあるというのもワクワクします、きっとご飯が進むに違いありません! そうだ、ご飯が進むと言えば、なめろうはご飯が進むおかずらしいので、是が非でも食べてみたいですし。でも、生魚を食べるなら王道と言われているお刺身を食べずには語れない気がするので先にお刺身を、と言う気持ちも。でもでもそうなったらいっそご飯と一緒にお刺身を食べれる寿司の方がとも考えてしまって。そういえば寿司といったら卵焼きらしいですけど、卵焼きもシンプルな作り方なのに――ってごめんなさい、ついつい熱が入っちゃって……」

 

「いやいや、別に良かったんだけど」

 

滔々と楽しげにしゃべり続けるあかりちゃんを見ていると、それだけでこちらの口元も緩んでしまいそうだ。

 

「まあ、いきなり全部は食べれないし予算の都合とかもあるけれど、可能な限り色んなものを食べようか」

「ほ、本当ですかっ?!」

 

どんぶりを持ったあかりちゃんが、ガタッと勢いよくこちらに身を乗り出してくる。

それこそこちらが圧倒されて、のけ反ってしまいそうなくらいの勢いで。

 

「ま、まぁあんまり期待しすぎないで欲しいけどな」

「分かってます大丈夫ですだったら夕飯はハンバーグを是非――」

 

と本当に分かっているのか怪しい勢いでまくし立てたあかりちゃんは、そこでふと我に返ったように。

 

「でも、きっとそれまでには服が乾いてしまうと思うんですけど、それでも居ていいんですか?」

「? いや居ていいに決まってるだろ、というかまるでその言い方だと早々に出ていくみたいに聞こえるな」

「だって、あまり長くお邪魔になる訳にはいきませんし」

 

あかりちゃんは相変わらず遠慮がちに目を伏せる。こちらとしては何もそこまで遠慮することは無かろうにと思うのだが……。

ともかく、一度はっきりさせておいた方がいいだろう。

 

「いや、俺としてはあかりちゃんさえ良ければずっとここに居てもいいんだけど」

 

その言葉に彼女は二、三度目をぱちぱちと瞬かせた。

 

「で、でもそんなことしたら食費もかかりますし迷惑が――」

「まあ確かに食費は一人分より高づくだろうな。けど、だからと言ってあかりちゃんがいるから迷惑だなんて思うことは無いよ。それに第一、あかりちゃんはここを出たらどこか行くあてはあるのか?」

「それは……橋の下とか?」

「……それはあてがあるとは言わんだろ。それに、またあの橋の下に居たら家に連れ帰るからな」

「……何で、私にそこまでしてくれるんですか?」

「何でってそりゃあ……」

 

あかりちゃんのまっすぐな瞳に見据えられながらしばし考える。

介抱してくれたお礼? 

確かにきっかけはそうだが、今となっては些細な理由だ。

あかりちゃんを抱いて情が湧いたから?

……無いとは言えないが、昨夜のことが無くてもきっとこの選択は変わらないだろう。

実際はもっと単純で簡単な理由――案外一緒に居たい、というのが本音な気がする。

まだ半日と一緒にいる訳ではないが、あかりちゃんを既にこの広い部屋の空白を埋めてくれるような存在として、一緒に話したりご飯を食べたりする相手として、無くてはならないと思ってしまっているのだろう。

言ってしまえば彼女を置いてあげてもいいというより、あかりちゃんに居てほしいのだ。

とはいえそんな気恥ずかしい事を素直にいえる訳も無いので、適当に答える。

 

「今更あかりちゃんがどこかで路頭に迷ってるっていうのを知らない振りして過ごすことは出来ないし、それにいてくれると部屋が賑やかになるからかな」

「それじゃあ本当に……甘えていいんですか?」

 

まだ少し不安そうなあかりちゃんに笑いかける。

 

「ああ。むしろ下手に遠慮せず、ここが自分の家だと思って気楽にしてほしいかな」

「自分の家……」

 

思案顔になったあかりちゃんを見て、そういえば所有者といざこざがあって彼女は野良になったんだったと思い出す。

 

「もしかして嫌な事を思い出させたかな、だったらごめん」

「いえ! そんなことはないです。ただ、そこまで言ってくれたことが嬉しくて……それじゃあ改めて、これからよろしくお願いします」

 

はにかむように笑んだあかりちゃんは、どんぶりを脇に置いてぺこりと頭を下げる。

 

「ああ、こちらこそよろしく」

 

こうして、あかりちゃんとの生活が始まったのだった。

 



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二日目 その二 ゲームは一日一時間(以上)

「そういえば、靴の事は完全に忘れてたな……」

 

玄関に置かれているあかりちゃんの靴を見ると、昨晩は全く気付かなかったが随分と泥だらけで外には履いていけそうも無かった。

朝食後、服が乾き次第あかりちゃんと一緒に必要なものを買いに行こうということになったのだが――

 

「ちょっとこれだと難しそうだなぁ……」

 

靴の前でどうしたものかと考え込んでいると背後の洗面所へ続く扉が開き、昨日の服を着たあかりちゃんが出てきた。

 

「お待たせしました、着替え終わりましたよ」

 

るんるんと楽しそうにしている彼女に申し訳ない気持ちから、おずおずと指で靴の惨状を示してやる。

 

「あー、それなんだけどさ……」

 

あかりちゃんは一瞬疑問符を浮かべたものの、指さす先にあるのがお世辞にも綺麗とは言い難い自分の靴であることに気づくと「あー……」というような顔になる。

 

「完全に忘れてました……というか、こんなに汚れてるものとは思ってなかったです」

「昨日は夜遅かったし、お互い疲れてたから気づかなかったんだな」

「はい……。折角おにいさんが誘ってくれたのに残念です……」

 

先ほどまで出かけると聞かされ、ワクワクしていたあかりちゃんのテンションが一気に下がっていく。

銀色が奇麗な二本の三つ編みも、今はなんだか散歩の直前で雨に降られた犬の、たれさがったしっぽみたいだ。

 

「まあまあ、別にショッピングモールは逃げないんだし必要なものも無くならないんだから、今日は靴を洗ってまた明日行こうか」

「うー、でもせっかくお出かけできるって盛り上がったこの気持ちはどうすればいいんですかー……」

「確かに気持ちも分からなくは無いけどさ、流石にこの靴だと服屋とかから入店拒否を喰らいかねないし、勘弁してくれ」

ふにゅー、と壁に張り付くようにして凹んでいるあかりちゃんはまるで実家のわんこみたいで、ついいつもやっているように頭に手を乗せてわしゃわしゃとしてしまう。

 

「わわ……!」

「あ、ごめん。つい癖で」

 

吃驚したあかりちゃんの声で自分が何をやっているか気づいて、慌てて手を引っ込めるが

 

「あ……」

 

折角整えた髪を乱されたからか、あかりちゃんは残念そうな声を上げた。

 

「ほんとすまん、髪からまったりしてないか?」

「……え? ああ! 全然大丈夫です!! 確かにこの靴じゃ今日は無理ですもんね! という訳で靴を洗うために洗面台お借りします!!」

 

そう言ってそそくさと靴を片手に再び洗面所へと戻っていく。

 

「……しまったな」

 

自分の軽率な行動を反省して独り言ちる。

『いきなり頭を撫でるとか彼氏気取りか、自意識過剰も対外にしろよ』と。

とはいえしてしまった行動は変えられない、頬を軽くたたいて気持ちを切り替えて彼女に呼びかける。

 

「あー、あかりちゃん。洗うんなら洗面台においてるブラシと洗剤勝手に使っていいから」

「あ! はい、分かりました!!」

 

扉からひょっこりと顔だけ出して答えるあかりちゃんを見送って部屋に戻る。なんとか怒ってはいないようだなと、心の中で安堵のため息をつきながら。

 

「……さて、これで予定が潰れた訳だけどどうするかな」

 

何時もなら何となくゲームをしたり動画を見たりして過ごすのだが、今はあかりちゃんがいる。

 

「流石にあかりちゃんを放置して一人だけで何かしてるのも何だかなぁ……」

 

そうなると二人で出来る事を――と考え始めた瞬間に、セックスという言葉が浮かぶ。

 

「……いやいやいやいや、それはない。昼間からそれはない。ありえないから」

 

そんなことでは覚えたての猿と大差がないではないかと、頭を振ってあんまりにあんまりな考えを追い払う。

そもそも、確かに昨日はそういうことになってしまったけれど、あかりちゃんは居候みたいなもので決してそういう関係ではないのだから、次そういうことになりそうなときは年上としてしっかり断らなければならないのだ。

 

「あかりちゃんはただの同居人あかりちゃんはただの同居人……」

 

しばし自分を戒めるために正座をしながら言い聞かせ、それから再び健全な方向でこれからどう過ごすか考える。

とはいえまだあかりちゃんの事をよく知らない訳で、一人で考えてもいい案は思いつかないだろうとゲームでもしながら彼女を待つことにした。

 

 

「お風呂場に干していいんですよね? って何してるんですか?」

 

あかりちゃんがやって来たのは丁度狩りゲーで一区切りがついた所、具体的には一狩り終わって丁度剥ぎ取りを済ませた所だった。

 

「あー、それでいいよ。あかりちゃんを待ってる間にちょっとゲームをね」

 

オンラインモードでもないので手早く電源を待機状態にしてコントローラーを置き、視線をモニターからあかりちゃんの方へと向ける。

ゲームをしている間にぼんやりとだが、あかりちゃんの事を知る為にも興味がある事を一緒にできればいいのではないだろうかと考えていたのだ。

 

「さて、出かけられなくなった以上今から時間がある訳だけど、あかりちゃんは何かやりたいことある?」

「やりたいことですか?」

 

あかりちゃんは暫く首を捻った後で。

 

「食事?」

 

危うくスッ転んでモニターを壊す所だった。

 

「いやいやいや……それは六時くらいまで待って、ってか食事以外に何かないのか」

「そう言われても…………あ」

 

再びあかりちゃんは考え込んだ後で、何かに気づいたように顔を赤くして手をもじもじと擦り合わせた。

 

「あの……そういうことだったら、もっと直接誘ってくれていいんですよ」

「いや違うっ! そうじゃない!! そういう事じゃなくてだなッ……!!」

 

予想外の不意打ちで上がった心拍数を一つ深呼吸して落ち着ける。

何だろうか、自分では気づかないうちにそんなギラギラと欲望に燃えた瞳をあかりちゃんに向けてたりするのだろうか? ……気をつけよう。

気を取り直して再び尋ねる。

 

「要は、暇なときに何をして時間を潰すのかって聞きたかったんだけど」

「時間の潰し方ですか?」

 

あかりちゃんはその言葉に疑問符を浮かべてしばらく唸っていたが、やがてあきらめたようにため息をついた。

 

「ごめんなさい、思いつかないです」

「そうか。んー、なら――」

 

好きな事は? と聞こうとして、もしかしてあかりちゃんにはまだそういった物が無いのではないかと気づく。

ここに来るまで何も食べて無かったということは、多分起動後すぐに野良となったのではないだろうか。

そうすると料理の知識はあってもおいしいか分からなかったように、行動の意味などは常識として分かっていても、その中に好きな行動があるかどうかは分からないのだろう。

 

「興味がある事――っても聞き方が変わっただけで同じだろうしな……」

 

どうしたものかと考えていると、あかりちゃんが何かを言いたそうにしているのに気づいた。

 

「そういうことなら、さっきおにいさんがやっていたゲームをやってみたいんですけど」

 

 

 

それから一時間後、あかりちゃんはゲーム内のキャラクターと同じ方向に体を倒しながら、必死にコントローラーを握っていた。

 

「うわうわ……こっち来ないでこっち来ないでー!!」

 

プレイしているのは狩りゲーというジャンルを確立した作品の最新シリーズで、今でも不動の人気を獲得している作品だ。

そして現在あかりちゃんの操作するキャラクターは、大型モンスターのチュートリアルを担当している敵に追い回され、体力残り僅かの状態で逃げ回っていた。

この敵、通称『師匠』はそれまでの敵よりも高い攻撃力と体力、そして多彩な攻撃パターンを持ち初心者にとっては恐ろしい強敵となる一方、慣れたプレイヤーからすると予備動作が明確かつダブりが無いため、ノーダメージ撃破も余裕という絶妙なバランスの存在である。

ここまで何とかやってきたあかりちゃんも、まだボタンとアクションの対応も十分ではなくスタミナ管理も出来ていない為、大して攻撃を当てられないままあっという間にボロボロにされていた。

体力はもう赤ゲージ、回復アイテムも半分ほど使い切ってしまっている。

そして今も案の定と言うか予想通りと言うか、モンスターから距離を取ろうと走っている途中、スタミナ切れで立ち止まった所を轢かれて残機が一つ減ってしまった。

 

「あー、今のは後ろに逃げるんじゃなくて、ちょっと斜めにすれ違う感じで回避を入れた方がよかったかもな」

「うう、分かりました。回避回避……回避ってどのボタンでしたっけ?」

「回避は……R1だね」

 

そして自分はお願いに答えてあかりちゃんの後ろから色々とアドバイスをしているのだが……これがなかなかに難しい。

途中からとはいえシリーズを追いかけてプレイしているため、操作感やおなじみの対処法と言うのを指の感覚で覚えてしまっていて、改めて説明するにはその状況を思い浮かべたうえで操作を一々指を動かして確認しなくてはいけないのだ。

 

「すれ違うようにコロン、すれ違うようにコロン……」

 

開始地点に連れ戻されたあかりちゃんは、先ほど言った事を練習しているのか拠点内をせわしなくころころと転がっている。

多分次は回避しすぎてスタミナ切れだなー、と何となく予想を立てつつ指摘はしない。

狩りゲーは死に覚えゲー。

実際に経験する方が手っ取り早く納得できるし、それにゲームは自分の思うようにやるのが楽しいのだから。

何にせよ、自分が好きなゲームにあかりちゃんもはまってくれているようで嬉しい。

出来れば携帯機版を引っ張り出して一緒にプレイしたいとも思うが、それは基礎ができてからの方がいいだろう。

逸る気持ちを抑えながらその後もちょくちょくと助言を挟み、結局あかりちゃんが最初の壁と言われている『師匠』を単独で撃破するまでゲームを続けたのだった。

 

「やった! やりましたよおにいさん!!」

「おー、おめでとうあかりちゃん」

 

ぴょんぴょんと椅子の上で跳ねる彼女の頭を梳かすように撫でて……

 

(あ、しまった!?)

 

またやってしまったと慌てて手を引っ込めようとするが、あかりちゃんは目を細めて心地よさそうにえへへと笑っている。

 

(あれ? 嫌がってる訳じゃない……?)

 

少し考えたが、嫌がっている訳じゃないならいいかと手を再び動かす。

……そういえば、こんな風に同じ部屋でゲームを誰かと遊んだのはもしかしたら中学生の時以来かもしれない。

懐かしさに引かれるまま、マルチプレイでもしようかと携帯機を取り出そうとして……目に入った窓の外の景色は、既に夕闇の中に沈んでいた。

どうやら気づかないうちに随分と時間が経ってしまっていたようだ。

明るいうちに食材を買いに行こうと思っていたのだが、どうやら時間を潰しすぎてしまったらしい。

昨夜パスタを消費し、朝は卵を消費してしまったので、いよいよ本当に食品の類が無いのだが……。

一縷の望みを抱いて、保存食の類は無いかとキッチンへ向かい食品棚を開けてみるが、カップ麺などもまるで無い。

これは、今日もマキさんの所へお世話になるしかないだろうか。

 

「あー……あかりちゃん、今日もコンビニの弁当でいい?」

「あっ、もうそんな時間なんですね。勿論大丈夫です」

「そっか、じゃあちょっと行ってくるよ。あかりちゃんはそのままプレイしてていいから」

 

コートを羽織って部屋から出ようとすると、あかりちゃんもばたばたと出かける用意をし始めた。

 

「待ってください、私も行ってみたいです」

「行くってもコンビニだよ? 面白い所は無いと……いや、店長はなかなかユニークな人ってかボイスロイドだけど」

 

それを聞いたあかりちゃんは、ますます興味深そうに「わぁ」と声を上げた。

 

「ボイスロイドの方がやってるんですか? 他のボイスロイドに会ったことが無いですし、益々行ってみたいです」

「あぁ、成程。それじゃあ一緒に行こうか」

「はーい」

 

元気よく返事をして洗面所へ靴を取りに行ったあかりちゃんだったが、すぐにがっかりと肩を落として洗面所から顔をのぞかせた。

 

「うぅ、靴がまだ乾いていませんでした……」

 

手に持った靴から水滴が垂れるような事は無かったが、それでもどことなく重そうな感じがする。

きっとまだまだじっとりしているのだろう。

 

「そりゃ仕方ない、一人で行ってくるからあかりちゃんはお留守番よろしく頼むよ」

「えー……おにいさんとお出かけしたかったです」

「まあまあ、明日の買い物には一緒に行くんだからそれで我慢してくれ」

「むー……分かりました、約束ですよ」

 

割り切れないのか、まだ少し残念そうなあかりちゃんに見送られながら、靴を履いてコンビニにへと向かうのだった。

 

 

 



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二日目 その三 マキさんからのプレゼント

 

「って、そういえば何弁当がいいか聞いていなかったな」

 

コンビニの弁当コーナー前でどれを買ったものかとしばし考える。

といってもここのコンビニは個人のお弁当屋から仕入れているためか、唐揚げ弁当など二、三種の超定番品を除き割とランダムなものが入荷されるため、要望に応えるのは難しいのだが。

例えば昨日の焼ききりたんぽ弁当などの攻めに攻めまくった弁当から、いい意味で値段と中身が釣り合っていない所謂当たりの弁当まで存在する。

とりあえず今回は際物などを避けて定番品を二つ買い、あかりちゃんに選んでもらうのがいいだろう。

 

「とすると片方は唐揚げを買うとして、もう一個は何にするかな……」

 

唐揚げ弁当を片手に唸っていると、肩をポンと叩かれる。

 

「やあやあいらっしゃい。って、珍しいね二日連続で弁当なんて」

 

振り返ると、片手を上げたマキさんが立っていた。

 

「ああ、本当なら今日は時間もあるし自炊するつもりだったんだけど、時間が押しちゃってたからな」

「そっかそっか。まぁボクとしてはお金を落として貰えるのは嬉しいけど、健康には気をつけなよー?」

「はいはい、分かってるよ。と、会計お願い」

 

答えながら生姜焼き弁当を選び、マキさんに手渡す。

 

「と言いつつ早速弁当二つはあまり感心しないかな」

「いや、別に自分で二つ食べる訳じゃないから」

「なんだそうなんだ――」

 

と、よく食べるなぁという風に苦笑しながらレジに向かっていたマキさんは、突然何かに気が付いたようにニヤニヤし始めた。

 

「そっかー、ついに君にも一足早く春が訪れたんだね」

「……どういうことよ?」

「いやだなぁ、ボクと君の間柄で隠すことも無いじゃないか」

 

なんだか面倒くさい絡み方の酔っぱらいみたいなマキさんは、うりうりと肘で脇腹の辺りをつついてくる。

というかマキさんとの間柄って言われても、顔なじみのコンビニ店員と常連客でしかないと思うのだけれど。

心の中でこっそりと突っ込んでいると、ニヤニヤととても楽しそうにしていたマキさんは小指を立てた手を口元に当てて、なぜかひそひそ声で。

 

「出来たんでしょ? 彼女さんがっ!」

 

…………。

 

「ぶふぉっ!! い、いきなり何言い出すんだよ?! びっくりして咽たじゃないか!」

「おっ⁉ 半分くらいは冗談だったんだけど、これはもしかしてビンゴかな?」

 

びっくりした拍子に気管へ入った唾液でゴホゴホと咽ている横で、マキさんはいよいよ楽しくなってきたといわんばかりにニマニマとした笑顔を浮かべる。

しまった、ブラフかよ。

何でそんなあっさり反応してしまったんだと後悔する自分とは対照的に、マキさんは滅茶苦茶いい笑顔を浮かべて肩に手をポン、と回した。

 

「まあまあ、あんまり根掘り葉掘り聞くなんて野暮なことはしないからさ。……その代わり今度一回彼女さん連れてきてくれると嬉しいな」

 

……いや待て、それは言外に彼女から聞き出すと白状しているようなものじゃないか?

ガールズトークなんてものは秘密を公然の秘密にするための儀式だって、俺は賢いから知っているんだ。

…………いや尤も? 前提からしてあかりちゃんは彼女じゃないし、関係ない話だけど。

 

「というか何でそんな楽しげなんだよ」

「いやー場所柄もあるんだろうけど、この店会社帰りのおじ様たちが多いんだよね。そうするとほら、色気のあるお話が少ないじゃない? でも華の年頃であるボクとしては、もっとこうキャーキャーいえるようなお話に飢えてる訳なのさ」

「予想以上に自分の私利私欲全開じゃねーかっ⁉ 第一彼女だとは一言も言ってないだろ?」

「えー、またまたそんなこと言ってー」

 

今日ばかりはマキさんらしい距離の近さが恨めしい。

こうなれば一刻も早く誤解を解いてしまいたいところだったが、では改めてあかりちゃんとの関係って何だろうと考えると、言葉に詰まる。

マキさんが言うように恋人ではないけれど、そういうことはやってしまっている訳だし――と、セックスフレンドというあまりにもあまりなワードを思いつき、危うく悶絶しそうになる。

いや、客観的に状況だけ見たらご飯と寝床の対価にしちゃったんだから、援助交際の方が――ってそっちの方がよりやばくなってないか?

 

と、兎も角。同居人とか居候とかが近いのだろうけれど、そうなると今度は何故一緒に住んでいるかと言う話になるだろう。

というかそもそもここにあかりちゃんを連れてきていたら、自分はマキさんになんと説明するつもりだったんだろうか。

ボイスロイドだと紹介するにしても、マキさんならボイスロイドの値段も分かっているだろうし、こちらが買えない筈だということはすぐに分かるだろう。

では野良だと明かすとして……ついつい野良という名称に引っ張られてあかりちゃんを拾ってしまった訳だが、こうして改めて考えて見ると本当に拾って良かったんだろうか、と今更ながらちょっと不安になってくる。

色々な考えが頭の中を駆け巡ったが、結局友人と言うことでゴリ押すのが一番な気がしてきた。

 

「友達だよ友達、ただの友達が家に来ただけだって」

「『ただの』友達ねぇ……」

「そうそう、だからマキさんが期待するような事は無いから」

「えー……、嘘つくような悪い子にはプレゼントあげないぞー」

 

弁当を袋に詰めながらマキさんは口をとがらせる。

 

「いや嘘じゃないから、というかプレゼントって何だよ」

「ありゃ? もしかして今日何の日か覚えてない? クリスマスだよクリスマス! ま、正確にはクリスマスイブだけど」

「あぁ……そういえば世の中そんなイベントもあったな、すっかり縁遠くなって忘れてたけど」

「何いってんのさ! 今年はがっつり縁の有るイベントじゃないか」

「いやだから誤解だって。そもそも日本のクリスマスはカップル偏重過ぎるんだよ、発祥地である欧米では家族で過ごすのが一般的なんだろ?」

「駄目だなぁ、趣ってやつが分かってないよ」

「いやいや、海外のイベントに趣も何もあるかよ」

 

……まぁ確かに、ケーキとかあかりちゃんが喜びそうではあるけれど。

小さいのでもあるなら買っていこうかと冷蔵棚の方を見たが、ケーキらしきものは無いどころか特に色々と飾り付けられてる訳でもない。

 

「とか言いつつ、店の飾りつけとかケーキ置いたりはしたりしないんだな」

「まあウチは大手でもないし、変にコストをかけて売れ残ったら損するだけだからね。いつもどおりが一番だよ。と、袋入れ終わったよ」

 

言われて首を戻し、マキさんから袋を受け取った。

 

「おう、ありがとな」

「ちゃんとお箸は二膳入れておいたから。じゃっ、彼女さんによろしくねー」

「いやだから彼女では無いって!」

 

どうやらマキさんの中では完全に彼女が出来たという事で確定してしまったらしい。

ほとぼりが冷めるまでここのコンビニに行くのは控えようか、と少しだけ考えるのだった。

 

 

「ただいまー」

「あ、おかえりなさい!」

 

玄関を開けると、軽快な足音と共にあかりちゃんが玄関先まで走り出てくる。

 

「……おう、ただいま」

 

シンとした暗い部屋に帰るのは慣れていたと思っていたが、やっぱりこうして『ただいま』に対して答えてくれる人がいるというのは何だか安心するものだ。

そんな感慨にふけっていると、あかりちゃんが手を伸ばしてくる。

 

「袋向こうまで持っていきましょうか?」

「そう? じゃあお願いしようか」

 

大した距離でもなかったが、別に拒否する理由も無いのであかりちゃんに袋を渡して靴を脱ぎ、その間に彼女は袋を和室まで運んで行った。

丁度両手が開いたことだしお茶でも持っていこうかとキッチンに向かう途中、そうだったと和室の方に首だけ突っ込んで呼びかける。

 

「二種類買ってきたから、食べたい方を選んでて」

「はーい」

 

袋の前でそわそわとしながら待っていたあかりちゃんは早速その中にある弁当へ手を伸ばし、それを確認して自分もキッチンの方へ向かう。

外は寒かったし今日は暖かいお茶でも入れよう、そう考えマグカップを用意し電気ケトルでお湯を沸かしてティーパックを入れる。

お湯が沸いたのを確認しカップに注いで和室に戻ってくると、あかりちゃんはまだ悩んでいたのか弁当を二つとも目の前に置いていた。

お湯が沸くまでの間それなりに考える時間はあったはずだけど……もしかしてどっちも食べたくて悩んでるのだろうか? それならおかずを半分こにしてもいいかもしれない。

 

そう最初はほほえましく思っていたのだが、近づいてみると何だか様子がおかしい。

具体的には顔が妙に赤い。部屋は暖房が効いてて特に寒いなんてことは無いと思うのだが。

 

「あかりちゃんどうかした?」

 

彼女はその言葉にびくっと反応すると、なんだか真剣な表情でこちらを見つめて。

 

「も、もしかしてっ! おにいさんの晩御飯は私って事ですか?!」

「⁉」

 

何を言ってるんだこの子は⁉ と危うく動揺で零しそうになったお茶を何とか机に置くと、あかりちゃんが何かの箱を両手で握っているのに気が付いた。

 

箱には『極うす0.005――

 

「って何でコンドーム持ってんの⁉」

 

慌ててあかりちゃんの手から箱をひったくり――箱の裏面に付箋がついてるのに気づく。

何だこれと剥がしてみると、ボールペンで文字が書いていて

 

『ラブラブする時はちゃんと避妊をする事! マキさんとの約束だぞ♡』

 

「マキさああぁぁん?!」

 

ビリイィィッ! と思いっ切り付箋を破きながら、元凶のあん畜生に向かって叫びを上げる。

そういえばプレゼントがどうとか言ってたけど! まさか本当に!! しかもこんなものを入れてくるとは思わなかった!!!!

今度行った時に文句を言ってやる! そんな行き場のない怒りを込めて付箋を念入りにバラバラにしていると、あかりちゃんが不安そうに声を上げた。

 

「それ、おにいさんが買ってきたんじゃないんですか?」

「いやこれはだな、コンビニの店員が入れてきたというか、別にそういうつもりで買ってきたわけじゃなくてだな」

「……それって行く前に言ってたボイスロイドの店員さんですよね? ……そういう物が必要になる関係なんですか?」

「いや違うから! 何というか冗談とかそういうノリで入れてきただけだから!」

 

何だかトゲを感じるあかりちゃんの態度に、浮気が見つかった夫よろしく必死に否定する。

というか本当に何もやましいことは無いんだが。

それもこれもマキさんがこんな悪戯を仕掛けてきたせいだ……絶対許さんからな。

今度会ったら意趣返ししてやるという決意をひっそりと固めている内にも、あかりちゃんの追求が止むことは無い。

 

「冗談って、どんな話をしてたらこんな物入れてくるんですか」

「大した話をしてたわけじゃなくて、なんというか……話の流れで彼女が出来たんだねって事になって入れられたんだよ」

 

下手に隠していると余計面倒なことになりかねないと白状する。

と、今までじーっといぶかしげにこちらを見ていたあかりちゃんはその言葉にえっ、と驚きを露にした後、弱弱しい口調で尋ねる。

 

「おにいさん、彼女いたんですか?」

「いやいないよ。というかいたことすら無いし。 ただ単に弁当を二つ買った事へ対してあの人が邪推しただけだから」

 

テンパって何だか余計なことまで言ってしまった気がするがきっと気のせいだ、気のせいに違いない。

 

「と言うことは、私の事をその店員さんは恋人だと思ったんですか?」

「……まあ、そういうことになるな」

「そうだったんだ……何だか色々疑っちゃってごめんなさい」

 

改めて本人から恋人だとかいわれると気恥ずかしいものがあるが、誤解を解くためならば仕方あるまい。

素直に答えると、漸くあかりちゃんの機嫌もいつもの通りに戻ったようだった。

 

「いやいいよ、明らかにあの人のせいだし。さあ、それよりどっちの弁当にする――」

 

と、何気ない動きでコンドームの箱を後ろの方に押しやろうとしたところで、あかりちゃんがその手を握り止めた。

 

「それで、おにいさんの意思はどうなんですか? したく、ないですか?」

「あ、あかりちゃん?」

 

顔を真っ赤にしながらも、こちらの反応を注視するあかりちゃんの目は真剣そのものだ。

 

「私、おにいさんが出かけてる間に考えたんです、やっぱりただここにおいてもらってるだけじゃいけない、何かお返ししないとって」

「お、おう。だったら家事でも手伝ってくれればいいんだけど」

 

ずいっとあかりちゃんは身を乗り出す。

 

「もちろん家事も手伝おうと思ってますけど、残念ながら私のデータベースには家事の知識が無いので、最初は教えてもらうことになると思います」

「ああ、うん。それはまあ」

「でも、それじゃあ結局おにいさんにお手数かけてますし、料理は私の覚えたいことでもあるのでそれだけじゃだめだと思うんです」

「え? いやそんなことは――」

「だから、私の体を好きにしてください!!」

「ぶほぁ!」

 

目をつぶって手を握りしめながらも、あかりちゃんはすごいことを言い放った。

というか、女の子が「好きにしてください」とか薄い本なんかではよく見るけれど、現実だと破壊力がやばい。トラックにでもぶつかられた方がまだ軽傷なレベルだ。

破壊力が凄すぎて何もできないでいる間にも、頭の中では昨日のように流されてはいけないという良心と、あかりちゃんの方から誘ってきてるんだから遠慮なく頂いちまおうぜぐへへ、という欲望が激しく争っている。

そうしてイエスともノーとも答えられないでいると、あかりちゃんが不安げに口を開いた。

 

「それとも、私なんかでは満足できませんか? 一度抱けば満足する程度の魅力しかないでしょうか?」

 

……その言い方はずるいと思います、あかりさん。

 




次回、エッチ回


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※二日目 その四 キスの味

夕飯を食べ終わってから念入りに歯を磨き、それより更に念を入れてシャワーを浴び、背筋を伸ばしてあかりちゃんが来るのを布団の上で正座して待つ。

いや別に正座する必要などないのだが、ハプニング的に行為へ及んだ昨日とは違い、改めて性交渉をする前提で相手を待つというのは、何とも言えない緊張感があった。

それこそ正座でもして心を落ち着かせなければ、動物園の熊の如く部屋の中をぐるぐる歩き回ることになりそうなくらいに。

 

最初は部屋を軽く片づけたり布団を少し奇麗に整えたりしていたのだが、時計の分針がほとんど動かず、結局手持ち無沙汰になってしまった以上こうするよりないのだ。

それにしても一人で処理する時には「あー、女の子としたいなー」とか思うのに、いざこうやって本当にするとなると緊張するのは、自分がヘタレだからなのだろうか。

……そんなことは無いと思いたいのだが。

 

やけに過敏になっている五感のせいで、壁向こうであかりちゃんが浴びているシャワーの音がやたら大きく聞こえたり、普段は意識しないような生唾が喉を通る感覚がいやに鮮明だったりして、それがまた時間の感覚を引き延ばす。

というかいつも通りの寝る格好、具体的にはジャージとシャツだけであかりちゃんを待っているのだが、本当にこの格好でいいのだろうか。

そして一つ気になり始めると他の事も気になって来るのが人間のサガだ。

例えばこれから脱ぐことになる訳だけど室温はこれでいいのだろうかとか、しっかり洗ったつもりだけど体から嫌な臭いがしないだろうか、とか。

考え出すとどうしても確認せずにはいられなくなってしまい、体の随所を順に鼻へ押し当てて匂いを嗅いでいると、丁度膝裏あたりの匂いを確認しているところで襖が開く。

 

「おにいさんってば、そんなポーズして何してるんですか?」

 

しっとりと濡れた髪を下ろし、バスタオル一枚しか纏っていないあかりちゃんが、面白そうにクスクスと笑っていた。

濡れた髪から放たれる色香やバスタオル一枚という煽情的な格好に、思わずしばらくの間答えること忘れてしまう。

 

「……ああ、体はしっかり洗ったつもりだけど、一応嫌な臭いがしないか確認をね」

 

あかりちゃんはこちらへ歩いてきてすとんと密着するように隣へ座ると、首元へ顔を近づけてすんすんと嗅いだ。

 

「大丈夫です。石鹸の香りがしますし、ちゃんと洗えてますよ」

「……そ、そっか。よかったよ」

 

女の子に匂いを嗅がれるというのは予想以上に恥ずかしく、声が上ずってしまう。

そんなこちらの心中を知ってか知らずか、あかりちゃんはそのまま口を耳元に近づけてささやくように。

 

「でも、私はおにいさんの匂い好きですし、そんなにしっかり洗わなくてもいいんですよ」

「っ――!」

 

耳をくすぐられるような声でそんな恥ずかしいことを言われて、まるで脳が溶けるような錯覚に襲われる。

 

「――そうだ! 電気、暗くした方がいいかな?」

 

気恥ずかしい空気に耐えられず、慌てて話題を探すがそんなことくらいしか思いつかなかった。

きっと恥ずかしいだろうと思っての提案だったのだが、あかりちゃんは首をゆっくりと振って否定の意を示す。

 

「明るいままでいいですよ。……だっておにいさんは、私の裸見たいでしょうし」

 

あかりちゃんの裸、想像しただけで否応なしに喉がごくりとなる。

それを見たあかりちゃんはクスリと楽しそうに

 

「朝も見てましたもんね」

「い、いや! あれは不可抗力だ! 仕方が無かったんだ!!」

「あんなにじーっと見てたのにですか?」

 

そ、そんなに凝視していたつもりは無かったのだが……というか、てっきり寝ていて気付いてなかったと思っていたので、酷く動揺してしまった。

だがあかりちゃんはその事を責めるといった感じではなく、逆にぎゅっとこちらの体に両手を回してきた。ふわりといい匂いが立ち上る。

 

「ふふ、おにいさんが夢中になってくれるのは嬉しいし、別にいいんですよ」

 

昨日から思っているのだが、いざとなったらあかりちゃんの方が大胆な事をしてきて、完全にペースを握られているんじゃないだろうか。

このままではいけないと、勇気を出して今日は自分からも行動していくことにする。

 

「……それじゃああかりちゃん、脱がしてもいいかな?」

「はい」

 

あかりちゃんは体を離してタオルを留めている胸元を近づける。

魅惑的な谷間の端に手を伸ばしタオルを摘んで引っ張ると、あかりちゃんを包んでいた薄布が解かれてその裸体が露になった。

昨日は常夜灯しかない薄暗闇の中だったので分からなかったが、今は真っ白でつやつやとした肌や薄桃色の可愛らしい乳首、すらりとした腰のラインまでが惜しげも無く明りの下にさらされていた。

 

「奇麗だ」

 

純粋な感想が、自然と口から洩れる。

 

「えへへ、ありがとうございます」

 

ついつい胸へと手が伸びてしまいそうになるが今日こそはちゃんと最初にキスをするのだと、何とか抑えて彼女の背に手を回して躰を抱き寄せる。

 

「キスしてもいいかな」

「はい」

 

あかりちゃんは上を向いて唇を緩めて軽く開き、目をつぶる。

その瑞々しい果肉にゆっくりと自分の唇を近づけて、軽く押し当てた。

唇同士をくっつけるだけの軽い口づけ。

その柔らかな弾力に、興奮するというよりただただ彼女に対する愛しさが募っていくようだ。

気持ちの赴くままあかりちゃんを抱きしめる力を強めて、もう片方の手でふわりとした長い銀髪を梳く。

日中は三つ編みにまとめているからだろうか、髪を解いたロングヘア―のあかりちゃんは夜専用、もっと言えばエッチな事をする時専用の姿という感じがしてしまう。

 

暫くそうして優しい密着を続けてから唇を離すと、あかりちゃんの目はとろんとしたものになっていた。

昼間の少し子供っぽく元気なあかりちゃんとは違う、夢見心地のような、いうならば抱かれる準備が整ったというような雌の顔に、男根がタケノコのようにぐんぐんと固くなる。

 

「もっとおにいさんの体温を感じたいので、脱いでもらってもいいですか?」

 

勿論だと頷いて立ち上がり、服を脱いで端に寄せた。お互い裸の状態で向かい合い、相手の腰に手を回す。

 

「今度は、もっと深いキスをしたいです」

 

そう言って身長差を埋めるために背伸びをするあかりちゃんは、色っぽいけれどやっぱり可愛らしい。

お願いに答える為、こちらも少し屈んであかりちゃんを抱き寄せ、さっきと同じように先ずは唇を重ねた。

すると今度はあかりちゃんが唇を唇で食んできたので、こちらも同じようにする。

あかりちゃんの唇はぷにぷにしていて、いつまでそうしていてもきっと飽きなかっただろうが、そこで口内にぬるりと舌が差し込まれた。

正直ディープキスのやり方なんて分からないので、あかりちゃんに倣ってこちらも口内に舌を入れると、そのままリードするように舌を絡めてくる。

あかりちゃんのきめ細かな舌がざらりとこちらの舌をなめる感覚は他に例えようがない不思議な快感を生み出し、その感覚をもっと味わうためにこちらからもあかりちゃんの舌に舌を絡める。

口内の柔らかさと時折混じる彼女の吐息の熱さ、そして何よりその唾液の甘さに夢中になって一心不乱に舌を動かした。

歯肉に舌を這わせ、舌の表面の唾液を啜り、歯同士が当たるのも気にせず貪るようにあかりちゃんの口内を蹂躙する。

だがあかりちゃんはそんな荒っぽいキスも受け止めるように、動きを合わせて舌を動かしてくれている。

そのままお互い呼吸も忘れて夢中に舌を絡めあい、漸く口を離した時にはどちらも獣のように、はあはあと荒い呼吸を繰り返していた。

力なく口から垂れさがるあかりちゃんの舌との間につー、と唾液の銀橋が輝く。

 

「おにいさんの唾液、美味しいです……だから、もっと」

 

うっとりと表情をとろけさせたあかりちゃんは、餌を催促する小鳥のように唇を突き出した。

そんな事、言われるまでも無い。

再び唇を密着させ、それでも足りないとばかりにあかりちゃんの体を強く抱きしめると、屹立した剛直があかりちゃんの腹肉に包まれる。

まるでマシュマロに押し付けたような適度な圧迫感は、膣や手コキとは違う包まれるような優しい刺激で、押し付けて擦らずにはいられない。

 

「んちゅ……ふはっ。おなかは! おなかは恥ずかしいのでやめっ、んんっ⁉」

 

あかりちゃんが一瞬キスの隙をついて抗議するが、悪いけれどこんな気持ちいいことやめる訳にはいかないので、キスを再開して黙らせる。

あかりちゃんはなしばらく抵抗しようとして体に力を入れていたが、やがてあきらめたのか力を抜いて身を預けてきた。

が、キスで酸素不足になっていた体はそれを支えられず、ゆっくり重なるようにして布団に倒れ込む。

 

「ぷは、駄目って言ったのに、ひどいですよ……」

 

あかりちゃんは蕩けた瞳を頑張って鋭角にしながら文句を言ってくるが、正直可愛すぎてもっと意地悪してしまいたくなるので逆効果だと思う。

 

「ごめんごめん。でも、あかりちゃんのお腹、柔らかくて気持ちよかったから」

「そんな事言われても嬉しくないです」

 

むくれたあかりちゃんは、両手でお腹を隠してしまう。

 

「えー、駄目かな」

「駄目です! ……こっちでなら、好きなだけ気持ちよくなっていいですから」

 

そう言ってあかりちゃんはすべやかな膝小僧を割り開き、その奥に隠された秘所が電灯の下にさらされた。

雪が降ったかのような無毛の白い丘陵と、その中心で控えめに開いたピンクの秘裂。

初めて生で見る女の子の性器に興奮と興味がとめどなく湧き上がり、知らず知らずのうちに顔を近づけ、手を伸ばしてしまっていた。

 

「んっ……」

 

恐る恐ると言った感じで先ずは白い丘陵を優しく撫でると、胸とはまた違った柔らかさが指先に帰って来る。

熟れた桃のようなその柔らかさを指の腹で何度か味わって、それから今度は中心の方に中指を重ね、少しだけ力を入れてやる。

 

「んにゃっ!」

 

あかりちゃんの可愛らしい嬌声と共に、指は抵抗も無く秘裂に飲み込まれる。

そこは熱々でぐちゃぐちゃで、そしてこれまで触って来たあかりちゃんのどこよりも柔らかかった。

夢中になってそこを指でなぞると、溶けそうなほどに熱い肉が指先にまとわりついて、まるで指だけ温泉につかっているようだ。

今からここに入れるのだと想像すると、痛いほどに一物が勃起する。

 

「いつでも入れていいんですよ」

 

それを見たあかりちゃんが、いたわるように剛直を撫でてくれる。

愚息は喜びのあまりにビクンビクンと脈動したが、出来るなら入れる前にあかりちゃんを気持ちよくしてあげたかった。

 

「その前にもっと触りたいんだけど、いいかな」

「これはお礼ですから、おにいさんが気持ちよくなってくれればいいんですよ」

「でも、折角ならあかりちゃんと一緒に気持ちよくなりたいんだ。だから、どこがいいとか教えてくれないかな」

「……おにいさんは優しいですね」

 

あかりちゃんはお礼じゃなくなっちゃいますね、と困ったように笑った。

正直、優しさというよりもあかりちゃんを自分の手で可愛く鳴かせて、あわよくばイかせてみたいという男の欲望に従っただけなので、ちょっとその笑顔は胸に痛いのだが。

だがそんなこちらの心中を知らないあかりちゃんは、脚を開いたまま自分の膝を抱きかかえて秘所を突き出し――俗に言うまんぐり返しの体制を取った。

 

「こうした方が、よく見えますよね」

 

言うようにあかりちゃんの秘所は僅かに開き、その中身が――ぷっくりと膨らんだクリトリスから、控えめに開いたり閉じたりする膣口までが見えていた。

いやらしく男を誘うこんな器官が、可愛らしい顔のあかりちゃんについていることに興奮が一層と高まる。

 

「もしかして、何か変でしょうか?」

 

まじまじと見ていると、あかりちゃんが顔を真っ赤にしながらも不安そうに聞いてきた。

 

「ああいや、そんなことはない、というか奇麗だと思うよ」

「それなら良かったです……どうぞ、触ってください」

 

やはり恥ずかしさはあるのか、あかりちゃんはそう言って目をきゅっ、と瞑った。

 

「それじゃあ、触るよ」

 

中にも興味はあるが、クリの方が感じやすいというどこかで聞きかじった知識に従い、先ずは指の腹で赤い豆を軽く圧し潰してやると、あかりちゃんは大きな嬌声を上げた。

 

「んんっ!!」

 

たったそれだけで膣口からは蜜が溢れ、垂れてシーツを汚す。

そういえば昨日もイっていたしもしかしてすごく感じ易いのだろうか。試しにくすぐるように撫でたり、逆にぎゅっと強めにつまんだりと色々な刺激を与えてやると、彼女はその度ごとに声帯を嬌声で震わせた。

 

「んゃぁっ! んっ、んっ、んっ……」

 

ぴくぴくと腰を震わせ感じてくれているのが嬉しくてそのまま弄り続けていると、あかりちゃんからおねだりが来た。

 

「おにぃ……さんっ! そとばっかりじゃなくてぇっ!! 中も、んっ、触ってくださいっ……!!」

 

そんな潤んだ目でお願いをされて、触らないなどと言う選択肢などあろうはずもない。

クリから手を放すと手のひらを上にして、あかりちゃんへの入り口に人差し指を添える。

 

「それじゃあ挿れるよ」

 

ゆっくりと指を押し出すとたちどころに肉襞が指を舐り、客人をもてなすように奥へ奥へと引き込んでいく。あっという間に指全体が心地よい熱に包まれた。

まるでしゃぶられているような感覚に感動を覚えながらも、ゆっくりと中をかき混ぜる。

 

「んっ……んぁ……」

 

適度な締め付けと指を離したくないというように絡みつく肉襞の為に、どんなに指を動かしても全く隙間が出来ず、まるで指に吸い付かれているようだ。

これが、指でなく自分の一物であれば……。

期待にますます肉棒が膨らむが、ここまで来たらなんとしても一度はあかりちゃんをイかせたい。

何時かきっと役に立つ時が来るはずだと調べておいた知識に従い、入れている指を曲げると指先がざらりとした感触を捉えた。

 

「ひあぁんっ!!」

 

同時にあかりちゃんが一際高い悲鳴を上げる。

ここがGスポットで間違いなさそうだと当たりをつけ、ざらざらした表面を磨くように指を動かすと、悲鳴は連続的なものになった。

 

「んあっ、やっ……だめぇっ!! いき、いきなりっそこばっかりはあっ!! ずるいっ……ですよぅっ!!」

 

何がずるいのかは知らないが、感じているのは間違いない。

今か今かと挿入を待ち焦がれる愚息に追い立てられて一刻も早くイかせようと、中指を追加してGスポットを撫でまわす。

すると反撃するかのように膣全体が指を締め上げてくるが、そんな可愛らしい抵抗では指の動きを止めることは出来ない。

自らの脚を抱えているせいでシーツを握ることも出来ず、ただ唇を噛みしめて快感に耐えるあかりちゃんだったが、それも長くはもたなかった。

快感に耐えかねた彼女の腰がぴくんと僅かにはねた瞬間、指がGスポットにぐりっと押し込まれる。

 

「んにゃぁぁあああああっっ!!」

 

腰から足先までを電流が流されたようにビクンビクンと大きく痙攣させて、あかりちゃんは絶頂した。

痙攣に合わせて指が痛いほどに締め付けられ、それと同時に蜜がどくっ、どくっと溢れてシーツのシミを広げる。

しばらくそれが続いた後で、あかりちゃんはくたりと布団に四肢を投げ出した。

 

「はっ、はっ……おにいさんに、気持ちよく……なって、もらわないと、駄目なのに……」

「こっちが望んだことだし、別にいいんだよ。けど……」

 

こっちももう限界だった。

指を引き抜いて、代わりに剛直を入口へと当てる。

 

「我慢できないし、いいよ――ねっ!!」

 

間髪入れずに腰を押し出した。

 

「今は――――ッ!!?」

 

突然の挿入にあかりちゃんは目を白黒させ、大きく開かれた口から声にならない悲鳴が上がる。

だが、そんな彼女を気遣う余裕など無かった。

 

「うっ……ヤバっ?!」

 

イった直後である為か、先ほどよりもさらに熱を帯びたあかりちゃんの中が、一物を引き抜かんとする勢いで吸い付いてきていたのだ。

そこは一瞬で剛直を最奥まで飲み込んだ後も貪欲に吸い付いてきて、ピストン運動を続けるために腰を引くと、内臓まで吸い取られそうになるほどだった。

 

「あかりちゃん、締めすぎっ……!」

「だってぇ!! イって、イってるのに、おにいさんがぁっ!!」

 

ぐちゃぐちゃになったあかりちゃんの表情は、もう気持ちいいのか怒ってるのか分からなかった。

いや、もしかしたら自分にもうそんな事を判断する余裕が無いだけなのかもしれない。

散々焦らされた一物に意識を乗っ取られ、あかりちゃんの膣を抉って快楽を貪ることだけしか考えられなくなったかのように、ただがむしゃらに腰を振る。

一突きごとに先端が彼女の子宮口とぶつかり、あかりちゃんが淫靡なソプラノを奏でた。

 

「イっひゃう!! もうイってるのにぃ!! またイっちゃうぅぅっ!!」

「何度でもっ、イっていいからっ!!」

 

だが、腰を掴むこちらの手首を握りしめ、あかりちゃんは首をめちゃくちゃに振った。

 

「いやッ、やだっ!! イくなら、おにいさんといっひょがいいのっ!!」

「くそっ……可愛いことッ言いやがって!!」

 

愛しさと同時に無茶苦茶にしてやりたい衝動が沸き上がり、カリ首が見えるくらいまで思い切り腰を引き、そして彼女の白いお尻を赤くしてしまうくらいのつもりで叩き入れた。

パァンという乾いた音が部屋に響く。

 

「ひゃあああぁぁん!! 奥はだめぇっ、すぐイっちゃうからっ!! 奥は駄目れひゅっ!!」

 

言葉通りにあかりちゃんの膣はぎゅぎゅぎゅと締まり、精子を絞り出そうとしてくる。

その新たな刺激は、とっくの昔に限界を超えていた一物にとどめを刺すには十分すぎる刺激だった。

 

「!! あかりッ……出すぞっ!!」

 

自らの限界を悟り、最後の一突きの為に腰を大きく引いて――。

 

「はいっ!! 奥におにいさんのせーし、いっぱいくださいっ!!」

 

思いっ切り奥へと突き込んだ。

 

「「――――っ!!」」

 

びゅーーっ!! びゅくっ、びゅくっ……こぷっ……。

あかりの子宮口に、精子の塊を最後の一滴まで直飲みさせる。

 

「あぁ、出てる……おなか、あったかい……」

 

くてんと倒れている彼女は、嬉しそうにお腹をさすった。

自分が出したもので、こんなに幸せそうにしてくれているのにこちらも嬉しくなって、恋人へするようにあかりちゃんの頬へキスを落とす。

 

「どうしたんですか? 別に遠慮せず、好きなところにキスしていいんですよ?」

「……いや、今はそこにキスしたい気分だったんだ」

 

そう言ってあかりちゃんの横へ倒れ込んで、今更ながらゴムの存在を思い出す。

 

「あー……そういえば折角もらったのにゴム使わなかったな」

「おにいさんは、やっぱりゴムを使いたいんですか?」

「いや、まぁ……。でも、あかりちゃんはつけてた方がいいだろ?」

 

正直あんなに気持ちいいあかりちゃんの中を味わうのに、薄いとはいえわざわざ緩衝物などつけたいとは思っていないのだが、と言葉を濁す。

 

「私は……その、おにいさんとしかしたことないですから衛生面では問題ないですし、妊娠することも無いですから……おにいさんさえ良ければ、その……」

「もしかして、あかりちゃんもつけない方がいいのか?」

「はい……そっちの方がおにいさんのを直に感じられるので」

 

あかりちゃんは恥ずかしそうに答える。

その様子が可愛くて、そしてそう言ってくれることが愛しくて、彼女の躰を抱き寄せて抱きしめた。

 

「そっか、それじゃあ次も生でしていいかな?」

「はい! もちろんです!」

 

……マキさんには悪いけれど、どうやらコンドームは暫く棚の肥やしになりそうだ。

 



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二日目 その五 小さな痛み

本日は二話更新です。
折角の濡れ場なので前話を見逃さないようご注意を。


 

「よい、しょっと」

 

寝落ちしてしまったおにいさんを仰向けに寝かせて、一緒に布団をかぶる。

セクサロイドの行動規定では寝具或いはその他のプレイ用品を汚さないようにシャワーを浴びることを推奨されているが、どうせシーツは私とおにいさんの体液で汚れているし今更なので無視している。

 

それに、とお腹をさすった。

その中に出されたおにいさんの残滓はまだ暖かく、これをわざわざ流す気にはならなかったのだ。

しかし、今日はおにいさんに甘えすぎてしまったのではないだろうか。

先ほどまでの行為を思い出すと、おにいさんを気持ち良くしているというより自分が気持ちよくなっているだけな気がしてくる。

あくまでこれはお礼としておにいさんを気持ちよくすることが目標なのだから、それでは本末転倒だ。

……いや、お礼なんてお題目は最初からただの言い訳なのかもしれない。私は自嘲気味に鼻を鳴らす。

 

本当に純粋な気持ちでお礼がしたいなら、おにいさんが家事をしてくれればいいと言った時に、それに頷いておけば良かったのだ。

確かに家事用のデータベースはないし、料理の仕方が分からないのも事実だが、標準行動規定にも基本的な家事のやり方は入っている。

つまり自分が抱いてほしかったから、おにいさんにお礼だなんて理由をつけて抱いてもらったのだ。

我ながら笑ってしまいそうになるほど自分勝手でだめだめなセクサロイドだ。見知らぬ人と行為に及ぶのが嫌で逃げ出したくせに、今度は自分から行為を求めるなんて。

……だけど今日一日おにいさんと一緒にいて、自分の気持ちに気づいてしまったのだ。

 

自分がおにいさんに好意を抱いているということに。

 

おにいさんにここにいていいと言われて一緒にいれるのかすごく嬉しくて、ゲームを教えてもらって一緒に遊んで楽しくて、避妊具で勘違いして少し妬いたりして――。

そして、おにいさんに抱かれて完全に『好き』だと自覚してしまった。

 

「ごめんなさい、おにいさんの事を好きになってしまって」

 

おにいさんの手をぎゅっと握り、聞こえるはずもない謝罪を呟く。

だが、それでいい。

自分のような人形が――いやあのお客様の言葉を借りるなら『高級オナホ』が、人間に好意を抱いているなんて、そんな事を知らされても迷惑なだけだ。

ましてやお兄さんは格好いいと思うし、ふとしたきっかけで彼女が出来ても何らおかしくはなく、そうなれば迷惑どころの話ではない。

 

だから、おにいさんにこの気持ちを伝えるなんてことは以ての外だ。

いくら遠慮しなくていいと言われようが、その一線だけは守らなくてはならない。

ぎゅっと唇を噛みしめていると、突然頭の奥にずきん、という鈍い痛みを感じた。

簡易スキャンが自動実行されて結果が『オールグリーン』と表示されるが、それでも痛みは消えない。

原因不明の痛み……もしかして、これが恋の痛みと言う奴だろうか?

 

「……そうだったらいいのにな」

 

そんな訳が無い。

命令無視に、緊急停止コード無視、更には逃走……原因不明といっても、少し考えただけで思い当たる節がゴロゴロと出てくる。

いや、そもそも最初から壊れていたからこそ、こうして野良になったのかもしれない。

兎も角原因が分からないにはどうしようもないので、今は睡眠中のフルスキャンに任せるほかないだろう。

 

「おやすみなさい」

 

おにいさんの寝顔を見ていると、少しだけ痛みも引いていくような気がした。

 



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三日目 その一 買い物デート

「うわー、凄い! この中全部お店なんですよね?」

 

家から徒歩にして約30分のショッピングモール前で、きっとこれもまた見るのが初めてなのだろう、あかりちゃんはテンション高くぴょんぴょんと跳ねていた。

駐車場込み六階建てのショッピングモールは既にお正月飾り一色に染まり、入り口には門松や白と赤の玉が付いた枝が飾られてもう既に新年を迎えたかのような華やかさだ。

 

「そういえば、年越しに年始か……おせちはどうするか置いといて、年越し蕎麦ぐらいは帰りに買っておかないとな」

「おせち……。お蕎麦……」

 

相変わらずと言うか何というか、食の話題には敏感なあかりちゃんの口からは既に涎が垂れている。

 

「あかりちゃん、右のほうから涎が出てるから」

「はっ⁉」

 

正気を取り戻し慌てて口を拭ったあかりちゃんは、ギラギラと欲望に燃えた瞳でこちらを凝視してくる。

 

「おにいさん、是非年越しそばだけでなくおせちの方も買って帰りませんか?」

「まあ、そこは余裕があったらね?」

「何を言ってるんですかっ! こういう季節ものの行事は年に一回しかないんですよ!! つまりこの機会を逃したら次に食べられるのは一年後……人生に何回も無い大事な機会の一回を永久に失っちゃうんですよ⁉」

 

両手を握りしめ熱を入れて語るあかりちゃんに、近くを歩いていた家族連れが何事かとこちらを見ている。

恐らく母親だろう人が、あらあらと微笑ましいものを見るような視線を向けてきてるのに気づき、恥ずかしくなってあかりちゃんを宥めにかかった。

 

「ちょ、ちょっと落ち着こうあかりちゃん。確かに今日買って帰るかは微妙なところだけど、別に買わないとは言ってないから」

「へ……そうなんですか?」

「うん。ああいうのは季節ものだから特定の時期しか売れなくて、しかも多くの人が買ってくれるからって割高なんだよ。だけど季節もの故にその時期を逃すと売れなくなって、売り切る為に値引きされるからその時を狙っていつも買ってるんだ」

「じゃあ、年明けに買うってことですか?」

「そうそう、別におせちは一月一日限定の物じゃないし、新年と言えばお雑煮とか他にも食べるものがあるしね」

「成程、流石おにいさんです! それだったら例えば伊達巻が20%引きになってたら、四本じゃなくて五本買えますね!!」

「……そうね」

 

いや、伊達巻五本とかどうやって消費するんだと突っ込みたかったが、あかりちゃんを見ていると恵方巻よろしく一本丸ごとぐいぐい飲み込んでいくのが容易に想像されて、突っ込むのを放棄した。

 

「ま、ともかく今日のメインはそっちじゃないし、食品の買い物は最後だから」

「そうですよね、モールと言えば上階のフロアを占めるレストラン街ですよねっ?」

「違ぇよ!?」

 

さっきからテンションが高いのはそれか。

……まあ、世のアカリ型がどういう感じなのかは知らないが、少なくとも家では既にあかりちゃん=食欲の構図が完全に出来上がっているため今更感はあるが。

 

「いや……確かに昼はそこで食べるつもりだしある意味間違っては無いけど、今日ここに来た最大の目的はそうじゃないからね?」

「わ、分かってますよ? 今日は、お買い物をしにきたんですよね」

 

目が泳いでいる気もするが、一応ちゃんと目的は覚えていたらしい。

 

「そうそう、あくまであかりちゃんの買い物がメインなんだからその事は忘れないでくれよ」

「はーい。……って、私の買い物ですか?」

「あれ、言ってなかったっけ?」

 

そういえば、今更ながらあかりちゃんには買い物に行くとしか伝えていなかった気がする。

 

「あー、あかりちゃんが生活していくのに無いと困るものを買いに来たつもりだったんだけど」

「そんな……私は今のままでも困ってないですし、無いと困るものなんて……」

 

あかりちゃんは唐突に自分の買い物をすると聞かされ、慌てて遠慮するように手をぱたぱたと振る。

 

「いやいや、色々あるだろ。例えば服なんか今着てるのしかないんだし、洗濯に出したら着るものが無いだろ」

「その時は、お兄さんのシャツを借りるので大丈夫です」

「いやそれは全然大丈夫じゃないのでちゃんとした服を着てください」

 

主にこちらの理性がピンチなので。

というか、あのぶかっとしてるけどパツンパツンのあかりちゃんは思い出しただけでも下半身にクるので、出先で思い出させないで欲しい。

 

「でも……お金は大丈夫なんですか?」

「何かあった時の為にいくらか溜めてたからそれは大丈夫。それに言ったろ、あんまり遠慮するなって」

 

実際の所はもうすぐ出ると噂の新型ゲーム機&ソフト用のお金だったのだが……あかりちゃんの為と考えれば惜しくは無い。それに少し置いておけば、値崩れしてお安く手に入るかもしれないし。

しかし、やはりというかあかりちゃんはなかなか割り切ることが出来ないようで、口をムニムニさせて居心地悪そうにしている。

その遠慮を食べ物関連にも見せてほしいと少し思ってしまうのだが……まあ、それは言わないでおいてあげよう。

とはいえ自分が逆の立場でもきっと躊躇するだろうし、どう言ったものかとしばし考えを巡らせて

 

「あー、何ていうか……ほら、先行投資みたいなものだと思ってくれればいいから」

「先行投資?」

「昨日あかりちゃんは家事を手伝ってくれるって言ったろ? それで楽させてもらう分を先に払うという感じで」

 

一方的に貰うのではなく対価と言う形ならどうだろうと思っての提案だったが、あかりちゃんはそれならと納得したようだった。

 

「なるほどー、そういう事なら分かりました。不肖ながらこのあかり、帰ってからお手伝い頑張りますので今日はよろしくお願いします」

「いやいや、そんなかしこまる話でもないからもっと気楽でいいんだけど」

 

ぺこりと礼儀正しく頭を下げるあかりちゃんをなだめながら、早速店内へと足を向けるのであった。

 

 

「はー」

 

あかりちゃんは吹き抜けのフロアを見上げながら感嘆のため息を漏らした。

確かにモール特有の吹き抜けと、その全階層を視界の先まで占める店々の列は何度来てもワクワクさせられるものがある。

暖房が適度にかかった店内は、比較的朝早くな上に平日と言うこともあってか混んでおらず、快適に見て回ることが出来そうだ。

 

「それで、先ずは何から見るんですか?」

「そうだなぁ……」

 

何から見るか決める為にフロア案内を見つけようと辺りを見渡していると、一軒の雑貨店が視界に入った。

最初に食器類は重いかもしれないとも考えたが、あかりちゃんの事だし食べ物に関連するものから見て回った方が遠慮せずちゃんと自分の意見を言ってくれるだろう。何だったら買ったものは預かってもらうか、ロッカーに入れればいい。

キョロキョロしているあかりちゃんに向かってその店を指さす。

 

「じゃあ、まずは食器とかから見て回ろうか。自分のお茶碗とか箸とかはやっぱりあった方がいいだろ?」

「それは勿論です!! それじゃあ早速行きましょう!」

 

予想通りに目を輝かせるあかりちゃんに手を引かれて商品が見える辺りまで近づくと、店頭にずらりと並んだ箸の上に『新年を新しい箸で迎えませんか』とポップが貼ってあった。

確かに今使っている箸も大分ボロボロだし、あかりちゃんが箸を見るときに自分のも一緒に見てもいいかもしれない。

 

「あ、お茶碗これにします」

 

そんな事を考えている間にも食に関する行動の早いあかりちゃんは、早速いい物でも見つけたのかてててと走って店の奥まで行って戻って来る。

 

「ってこれどんぶりじゃねーか!!」

 

戻って来たあかりちゃんが手に持っていたのは直径が30㎝はあろうかというどんぶりだった。

 

「え? でも昨日おにいさんが渡してくれたのはこれ位のサイズだったじゃないですか」

「あれは代用だから! というかアレよりはるかにでかいから!! なにより毎日こんな物一杯ご飯食べられたら流石に破産するわ!!」

「えー……」

「ほらほら、元あった所に返してきなさい」

 

捨て犬を元の所に戻すみたいにしょぼしょぼとしながら、あかりちゃんはどんぶりを返しに行った。

この様子だと最後に来た方が良かっただろうかとちょっと後悔しながらも、ちゃんとしたお茶碗を選ばせるためあかりちゃんの後に続く。

 

「ほら、ここら辺のとかいいんじゃないか?」

 

多少大きくはあるが、一般的なお茶碗の範疇に入りそうなサイズの物が置かれたコーナーを指さすと、どんぶりを戻してきたあかりちゃんが「どれですか」とのぞき込んだ。

 

「うーん……なんだか小さくないですか?」

「いや、かなり大きい方だと思うが……」

 

目の前にある茶碗群は夫婦でいうなら明らかに夫側のサイズだ。

というか正直自分が使っている物よりでかくないか、これ?

だがそんなサイズでもあかりちゃんは満足できないのか、作品の出来を確かめる陶芸家のような真剣さで手近なお茶碗を二つ取り、じーっとサイズを比べ始める。

 

「……いやいや、サイズじゃなくて柄とかで選びなよ。それくらいのサイズ差なんか誤差なんだし、最悪足りなかったらおかわりしていいから」

「はっ⁉ 成程そういう手が……」

 

あかりちゃんは今更気付いたというようにしばらく固まってから、改めてお茶碗を物色し始めた。

だが、このサイズ帯のお茶碗は男性向けを想定しているのか無骨なデザインの物ばかりだ。この中から柄で選ぶのもそれはそれで難しいか――と、一つのお茶碗が目に留まる。

それは底に二匹の小さなイルカが描かれた陶器の茶碗で、並んでいる物の中では唯一可愛げのあるデザインだった。

 

「あかりちゃん、これとかどう?」

「わぁ、可愛いです」

 

目を細めながらイルカの模様を指の腹で撫でるあかりちゃんを見て、食欲だけじゃなくてちゃんと可愛いなどという感性もあるのだなとちょっと失礼な事を考える。

 

「それじゃあ、このサメさんのでお願いします」

「分かった……ってサメ? イルカじゃなくて?」

「はい、意匠化されててしっぽの形では分かり辛いですけど、多分サメさんだと思います。イルカさんだと、尾びれがこんな風に縦じゃなくて横についてる筈ですよ」

「はー、成程そういう違いがあるのか」

 

意外な所で博学さを見せるあかりちゃんに感心していると、再びあかりちゃんは何かに気が付いたのか向こうの棚まで何かを取りに行った。

 

「おにいさん、おにいさん! 見てください!! こんな大きいスプーンとフォークが!」

「何を食べる気だそれでっ!!」

「……フカヒレとか?」

「さっき可愛いとか言ってたのにサメさん食べるのかよぉ⁉」

 

サラダなどを取り分ける為のどでかいスプーンとフォークを両手に、だらしない顔で涎を垂らすあかりちゃんを見ていると、さっきの感心もどこへやら。

やっぱりあかりちゃんは色気より食い気なようだった。

 



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三日目 その二 買い物デート2

きりの良い所で投稿する都合上ちょっと短いけどごめんよ、明日はその分少し長めなので


 

「――と言っても、やっぱりこういう所は女の子だな」

 

三軒目に入った服屋で、鏡の前に立ち難しい顔をしながら服を合わせるあかりちゃんに安堵を覚える。

良かった、食い気だけじゃなかったんだな、と。

因みになぜ三軒目かと言うと、一軒目は女の子の服など何も分からなかったため適当な店に入った所値札を見て早々に退散することが決定し、逃げるように入った二軒目はそれよりも更に高かったためである。

きっと有名なブランドだかなんだかのお店だったんだろうが、正直うにゃっとした筆記体でおしゃれに書かれたものや、恐らく英語じゃないんだろう、やたらと点が付いたアルファベットで書かれた看板など読めるはずもない。

いや、例え読めたとしても結局その店を知らないから結果同じなんだろうけれど。

兎も角、何とか比較的お手頃そうな値段の店を見つけてこうしてみて回ることが出来ているわけだ。

 

「おにいさん、試着してみるのでどっちがいいか選んでくれませんか?」

「はいよ」

 

意識を戻し、両手にそれぞれ別系統の服を持ったあかりちゃんを追って試着室前まで来た。

 

「それじゃあ着替えてくるので、ちょっと待っててくださいね」

 

あかりちゃんはカーテンを閉めると早速着替え始めたのか、中から衣擦れの音が聞こえ始める。

流石にいくら自分といえどもこれしきの事で本能が理性を飲み込むとは思わないが、それでも聞き続けているとここ二日の夜を思い出しかねないので、少し離れた所で待っていようと近くの壁に背を持たれようとした時だった。

 

「どなたかお待ちでしょうかー?」

 

声のした方へ向くと、如何にもお喋りが好きそうな店員さんがにこやかな営業スマイルを浮かべて立っている。

あんまりこういう風に話しかけられるのは得意じゃないのだが、さりとてあかりちゃんを置いて行くわけにもいくまい。可能な限り適当に流せばいいんだし、と覚悟を決める。

 

「ええ、連れが試着してくるから感想を聞きたいと言われまして」

 

これで引いてくれればいいのだが、と少し期待したのだが世の中そううまくはいかないようで、逆に店員さんの興味を引いてしまったようだった。

 

「そうなんですかー、因みにお連れさんはご兄弟ですか? それとも彼女さんですかー?」

 

また答えにくい質問をっ!! と苦々しく思ったのと同時、ガタン! と試着室が驚いたように一つ揺れ、そしてその後は逆に不自然なまでの無音がカーテンの向こうから放たれる。

これは……どう考えてもあかりちゃんが耳を澄ませて、何と答えるか待っているのは間違いない。ゲームで言うなら明らかに選択肢が出てきている状況だ。

 

一体あかりちゃんはどっちの答えを求めているのか……そういうことをしているし、やはり彼女か? いや、しかしそれは単なる自分の願望でしかなく、気持ち悪いと思われないだろうか。いやいや、それ以前の話として外見的に兄弟はきついか。

 

「……まあ、一応彼女ですが」

「それはそれはー」

 

色々な葛藤の末に言ったはずなのだが、割とよくある話なのか店員の反応は何気ないものだった。

しかも丁度そこで「店員さーん」と呼ぶ声がして、店員さんはごめんなさいねーと去ってしまう。

 

「聞くだけ聞いて去っていくのか……」

 

一人残され何とも言えない空気の中で呟く。

 

「まあ忙しいみたいだし仕方ないですよ」

 

カーテンを引く音に振り向くと、着替え終わって白地の薄いセーターに何時もの黒いジャケット、下は大きな飾りベルトのついた柿色の膝丈スカートを履いたあかりちゃんが立っていた。

 

「おお……なかなか似合ってるんじゃないか」

 

一張羅の服も黒基調でシックな感じが似合っていたが、これはこれで年相応の快活そうな感じが可愛らしい。

 

「本当ですか? えへへ……」

 

服を誉められたからか上機嫌そうなあかりちゃんは、その場でくるりと一回転した。

うむ、どの角度から見ても彼女の為に誂えられた服のようによく似合っている。

……と、何時までも見とれている訳にはいくまい。

 

「あー、さっきは彼女とか勝手に言ってごめん、嫌じゃなかった?」

 

あかりちゃんは一瞬きょとんとした後で、わたわたと苦笑しながら手を振った。

 

「べ、別に大丈夫ですよ、全然謝ったりしなくて! あれは……あの二択で言われたらそう答えるしかないですもんね?」

「ああ! そうそう、ちょっと兄弟は無理があると思ってな!」

「そ、そうですよね! 髪色も似てないし無理がありますもんね!!」

「いやー、髪色は染めればいいとして顔がね、あかりちゃんみたいな可愛い子のお兄さんとかちょっと難易度が高すぎるかなって……」

「そんなことは無いです! おにいさんは格好いいですし、本当に私のおにいさんならって……いややっぱりそれは――」

「な、それはちょっと嫌だろ?」

「違いますっ! 嫌だとかそういう意味で困るんじゃなくて、でも困るのは事実で――」

 

お互い気まずさを誤魔化すように、顔を真っ赤にしてフォローしあう。

一先ず、あかりちゃんからキモいとか思われては無さそうで一安心だ。

しかし、あかりちゃんが彼女か……想像してちょっと頬が緩みそうになって慌てて引き締める。

 

「あー、そういえばもう一着の方はどんな感じなんだ?」

「そうでした、じゃあ着替えてきますね」

 

因みにもう一着の服は灰色の緩めなシャツに紺のハーフパンツで、先ほどのと甲乙つけがたいほど似合っていた。

 

 

 

「本当に、二着とも買ってもらって良かったんですか?」

 

フードコートにてもしゃもしゃとダブルチーズバーガーを咀嚼しながら、あかりちゃんはそんな事を訊いてくる。因みに二個目だ。

時刻は昼時、あの後他の服も色々見て見たりはしたが結局最初のものに敵う服は無く、先の二着をお買い上げした所で休憩がてら昼食にする運びとなったのだ。

 

「まあ、あれくらいの値段なら買えなくはないし、服の替えが一着しかないというのも不便だからね。それになにより、どっちも良く似合ってたから」

「あ、ありがとうございます」

 

実際身を削ってまで買った訳ではないし、気にしないようにと笑顔で答えたのだが、何故かあかりちゃんは食べる手を止め、恥ずかしそうに視線を逸らした。

 

「そ、それでですね。この後の事なんですけど」

「この後か、雑貨と服は買ったし……後は何だっけ?」

 

寝具……はいろいろな意味であった方がいいのだろうが、スペース的には今のセミダブルで十分寝れなくはないし、何より予算的に厳しいだろう。

歯ブラシみたいな日用品は最後に食材と一緒にスーパーで買えばいいし――

 

「そうか、夕飯の事か」

「何でそうなるんですかっ! いくら私だって昼食食べながら夕食の話するほど、常に飢えてる訳じゃないですよ」

「じゃあ夕食に作って欲しいものは?」

「……ハ、ハンバーグ」

「ほぅ、たいしたものですね。ハンバーガーを食べながらハンバーグを食べたいとは……」

「うっ……あくまでハンバーガーに挟まってるこれは、パティであってハンバーグでは無いですし、それにおにいさんに作って欲しいものと言ったらやっぱり一番食べたいものを最初に――」

 

あかりちゃん自身も自分で言ってて矛盾を感じるのか、だらだらと汗を流しながら弁明していたが、やがてバン! とテーブルを叩いて。

 

「そもそも! おにいさんが作って欲しいものは、とか訊くから答えただけで、本当はこれからの予定について話すつもりだったんですよ」

「ごめんごめん、でもあかりちゃんと言えばそれしか思いつかなくてさ」

「もう……確かに、私にだって思い当たるところが無い訳では無いですけど……」

 

いつの間にやらバーガーを食べ終わって、腕組みしているあかりちゃんは頬を膨らませる。

 

「本当に悪いと思ってるなら、次のお店でもしっかり感想を聞かせてくださいね」

「そんな事でいいなら勿論、ってか結局何を見に行くんだ?」

「それは着いてからのお楽しみです。しっかり言質は取りましたからね」

 

その悪戯っぽい表情の意味が分かるまでそう時間はかからなかった。

 



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三日目 その三 ※買い物デートの途中で

「あ、あかりちゃん? ……あかりさん?」

 

昼食を食べ、彼女の手に引かれるがまま連れられた先に見えてきたのは、やたらカラフルでひらひらした布切れの並ぶ、男性お断りオーラを放つ店の前。

そう、ランジェリーショップであった。

 

「おにいさん、さっき言いましたよね? 私が次のお店でも感想聞かせてくださいって言ったら『そんな事でいいなら』って」

「いや……そりゃ言ったけどさぁ……」

 

逸らしていた目をもう一度店内に向けるが、やはりやましい気持ちになるならない以前の問題として、気まずさが凄い。

 

「というか、そもそも男が入っていい空間なのか?」

「おにいさん一人で入ったら不審者扱いかもしれないですけど、私と一緒なら大丈夫です」

 

にこにこしているのに妙な圧を感じる笑顔を浮かべながら、あかりちゃんはぐいぐいと腕を引っ張って来る。

結局抵抗することも叶わず、お店の中に引きずり込まれてしまった先に待っていたのは一面のブラジャー、パンティー、キャミソール……。

四方どちらを向いても何かには目が合ってしまうという完全包囲の状態に、せめて哀れな同類を探そうと棚の上から視線をさまよわせるが、他の客は皆女性ばかり。

 

むしろ丁度あかりちゃんが棚に隠れるくらいの背の高さなせいで、男一人ランジェリーショップ内でキョロキョロしている不審者に映るのではないだろうかと、気持ち膝を縮めて背を低くしつつあかりちゃんの方を見る。

やっぱりさっきの意趣返しの意図も入っているのか、彼女はこちらの様子を見てニヤッとした後で下着を選び始めた。

 

「あ、あかりちゃん、凄く気まずいので出来れば早めに選んでくれませんかね?」

「それじゃあ早く決めるためにもお兄さんの意見を聞かせてくださいね? あ、これとかどうでしょう?」

 

あかりちゃんが手に取ったのはグレー地にオレンジの飾りリボンが付いた上下セットの下着だった。

 

「イ、イインジャナイカナー」

「……何でそんな棒読みなんですか。ほら、ちゃんと目をそらさないでしっかり見てください」

 

ぐいっと強制的に、胸にブラを合わせたあかりちゃんへと視線を向けせられる。

服が黒いせいで分かり辛いが、装飾は胸元のリボンだけというシンプルさで、あまりごたごた飾り立てていないのは彼女らしい気がした。

それに灰色のベースカラーも、きっと彼女の真っ白な肌を引きたててくれるだろう。

 

「……うん、似合ってるんじゃないかな」

 

といってもそんな感想を直接長々と述べるのは何だか変態的な気がして、シンプルにそれだけを伝える。

だが、どうやらあかりちゃんはそれだと満足してくれないみたいだ。

 

「もー、またそんな気のない返事をして……それじゃあこれはどうでしょうか?」

 

彼女が次に手にとったのは、白地にふわりとした薄水色のフリルが付いた下着セットだった。

 

「あー、それもいいと思うよ」

 

こちらはこちらで、あかりちゃんの柔らかい胸をふんわりと覆うようなデザインと、清楚な感じの水色が似合いそうだ。

 

「またそんな適当に……」

 

あかりちゃんは不満そうだが、こちらの立場に立って少し考えてほしい。

男がこんなアウェーのど真ん中で、下着について長々と語った場合に発生する精神的負荷について。

そしてその負荷以上に致命的であろう、周りからの冷ややかな視線について。

 

「じゃあ、おにいさんはどっちがいいと思うんですか?」

「どっちも合ってたし、両方買えばいいんじゃない?」

「ちーがーいーまーすー! そうやって誤魔化さないで下さい」

 

値札を見て、両方買っても問題なさそうな値段だったのでそう提案してみたのだが、あかりちゃんはご立腹なご様子だ。

 

「おにいさんはどっちを私に付けてて欲しいか聞いてるんです」

「そう言われても現にどっちも合いそうなんだけどな……」

 

そんな答えでは納得しないとばかりにむー、としばらく唸っていたあかりちゃんだったが、突然に「えいっ」と背伸びをし、こちらの耳元へ顔を寄せて囁いた。

 

「……それじゃあ、私を脱がした時どっちをつけてた方が興奮しますか?」

「――⁉ な、何言ってんのあかりちゃん⁉」

 

思わず咽そうになったのを抑えて一歩距離を取ると、あかりちゃんは顔を真っ赤にして口をもにょっとさせながらも真剣にこっちを見ていた。

 

「だって……折角おにいさんに買ってもらうんなら、やっぱり喜んでくれるやつの方がいいじゃないですか」

 

どうやら選ばないとか両方だとかの逃げ道は無いらしい、ごくりと生唾を飲み込んで改めて二つを見比べる。

 

「こっちの白い方は、パンツが紐になってて――」

 

紐パン……恥ずかしがるあかりちゃんの太腿へ垂れた紐を引くと、するりとパンツがほどけて溜まっていた愛液がパンツとの間に糸を引く光景が思い浮かぶ。

 

「グレーの方はフロントホックになってるんですけど……」

 

恥ずかしそうにしているあかりちゃんを押し倒してホックをぷちん、と外すと大きな二つのおっぱいがたゆんでピンクの先端が顔を出すという想像が自動再生される。

 

「…………ぐ、グレーの方かな」

 

二つの妄想による壮絶な争いの結果、勝利を手にしたのはおっぱい派であった。

 

「それじゃあ、こっちでお願いします」

 

だが龍虎相搏つ争いの結果、心の中はあかりちゃんと今すぐにでも致したいという欲望一色に塗れ、可能な限りの平静を装ってあかりちゃんとレジへ向かい支払いを済ませる間も、ジーンズ地の裏側では欲望に取りつかれた一物が荒ぶっていた。

そして店を出るや否や入った時とは逆にあかりちゃんの手を捕まえ、目的の場所へと引っ張っていく。

 

「お、おにいさん⁉ どうしたんですか?」

 

不安そうなあかりちゃんの手を引いて向かうのは、モールの端にポツンと存在する利用客の少ないトイレ。

そして目的地周辺に人気が無いことを確かめてから、あかりちゃんの手を握ったまま中へと入っていった。

 

「おにいさん、ここ男子トイレっ――!」

 

あかりちゃんの静止も聞かず、個室に連れ込んで後ろ手に鍵を閉めると同時、有無を言わさずあかりちゃんの唇を奪う。

 

「んーー⁉」

 

強く閉じられたあかりちゃんの口を割り開き、状況についていけず慌てふためく舌へ舌を絡めて落ち着かせる。

最初は抵抗しようとしていたあかりちゃんだったが、抱きしめてキスを続けるうちに抵抗は少しずつ弱まり、口を離した時にはくてんと躰をこちらに預けていた。

 

「ぷは……もう、いきなりでびっくりしましたよ」

「ごめんな、あかりちゃん。でも、あんなこと訊かれたらもう我慢が出来なくて」

 

我ながら紙理性だとは思うが、我慢できないものは仕方がない。

 

「こんな所でだけど、いいかな?」

 

やはり外でというのは抵抗があるのか、しばし葛藤していたあかりちゃんだったが、顔を真っ赤にしながらも小さく口を開いた。

 

「……おにいさんがしたいって言うなら、いいですよ」

「ありがとうあかりちゃん」

 

右手で彼女を支えながら感謝を込めた口づけを交わすと、今度は素直にあかりちゃんも吸い付いてくる。

狭い空間にちゅぱ、ぴちゅ……という唾液が絡み泡立つ音だけが響いた。

次第に高まってゆく興奮に誘われるまま、空いた左手をあかりちゃんの左胸へ伸ばして軽く揉んでみるが、帰って来るのはいつもの柔らかさとは程遠いブラのカップらしき固い感触だけだ。

 

「んちゅ……おにいさん、胸触りたいんですか?」

 

それに気づいたあかりちゃんは唇を離すと、襟のリボンを解きワンピースのボタンを四つすべて外して、オープンショルダーのようにずり下した。

黒地を縁取るように白のフリルが付いたブラジャーが窮屈そうに顔を出す。

 

「付属品の下着で申し訳ないんですけど……」

「いや、これはこれで可愛いよ」

 

むしろどこに申し訳ないと思う要素があるのか分からないのだが、と内心思いながらブラから露出している部分をフニフニとつつく。

 

「おにいさんはおっぱいが好きなんですか?」

「あんまりおっぱいが好きとか無かったんだけどなぁ、あかりちゃんのは触り心地がいいからつい触りたくなっちゃうんだよね」

 

つつくというより、包まれるようなこの極上の柔らかさは何度触っても、いや例え一生触ってもきっと飽きが来ないだろう。

そのまま指先で上乳を撫でながらブラの中へ指を滑り込ませると、既にぷっくりと充血したあかりちゃんの乳首にぶつかった。

 

「んっ……」

「もしかして、あかりちゃんキスだけで興奮してる?」

「いえ、その……キスもなんですけど、実は下着を選んでる時から……」

 

あかりちゃんは恥ずかしさに身もだえしながらも正直に答える。

 

「へぇ……他のお客や店員もいたのに、店の中でこんな風に乳首立ててたんだ」

「だって、おにいさんに喜んでほしくて想像しながら選んでたら……」

「想像? えっちな妄想の間違いでしょ?」

「ひゃあんっ!! ――っ!!」

 

嘘をついたお仕置き代わりにぴんっ、と勃起した乳首を弾くとあかりちゃんは甘美な悲鳴を上げたが、すぐにここが公共の場だと思い出したのか慌てて口を押えた。

 

「それで、どんな妄想してたの?」

「その……興奮したおにいさんに求められて、お洋服を脱がされて……」

「じゃあ今はその妄想通りって感じかな? さっきは恥ずかしいとか言ってたくせに」

「お、お家でですよ! こんなお外でなんてことは考えて無かったです……」

 

耳まで真っ赤になったあかりちゃんは、羞恥に耐えかねたのかぷいっと顔を逸らす。

 

「ごめんごめん、あかりちゃんが可愛かったからついからかいたくなっちゃって」

「可愛いって言っておけば何でも許される訳じゃないんですよ?」

 

そんな事を言っておきながら、頭をなでつつ膨らませた頬に軽くキスをすると、あかりちゃんは表情を緩めて、甘えるように頭を胸板へ擦り付けた。

 

「仕方ないおにいさんです……手が上がらないので、ブラ外してもらってもいいですか?」

「背中のホックを外せばいいんだよね?」

 

どうやって外せばいいのか分からず両手を抱き着くように後ろへ回すと、あかりちゃんが支えるように腰の辺りへと手を伸ばした。

 

「はい、それで後はひっかけてるだけなのでずらすようにして……」

 

彼女の指示に従って何とかホックを外すと、パチンという音と共におっぱいに押されたブラが服の上へと落ち、解放されたことを喜ぶように乳房がふるんと震えた。

 

「悪い、結構手間取った……見ずに外すのって結構難しいな」

「別にそんな事気にしてませんよ。それより、折角外したのに触らないんですか?」

「まさか」

 

装甲をすべて剝かれたあかりちゃんの胸を両手でつかんで揉むと、指の隙間から溢れたお肉がむにゅむにゅと変形する。

 

「んっ……」

 

それに合わせてあかりちゃんも吐息を漏らすが、場所を考えてなのかその声はいつもより抑え気味だ。

そんな風にいじらしくも我慢しているのを見ると、つい大きな声を上げさせたいという悪戯心が湧いてきて、次は先端に狙いを定め磨くようにこすり上げる。

 

「んっ、あっ……」

 

少し声が大きくなった気はするが、まだまだこんなものでは足りない。

手で駄目ならば、と今度は不意打ち気味に左乳首を甘噛みする。

 

「んんーっ⁉」

 

びっくりしたように躰をのけ反らせたあかりちゃんだったが、唇を一文字に結んで何とか声は抑えきった。

彼女は必死に薄目を開けて無言の抗議をしてくるが、そんな顔もただただ可愛らしいだけだ。

そんな気持ちを込めて、今度は胸を寄せて両乳首同時にしゃぶり付く。

ほんのりとミルクのように甘い香りのするおっぱいを、乳飲み子のように思いっ切り吸ってみたり、舌先で先端をぐりぐりとほじったりすると、漸くあかりちゃんの吐息にも熱がこもってきた。

 

「おにいさんは、またそうやって先端ばっかりぃっ……!」

 

そう抗議するあかりちゃんの顔は、もう蕩けてえっちなものへと変わっていた。

潤んだ瞳で睨んできても、怖いどころか可愛いだけだ。

その様子にもう少しで降参だろうかと唇で乳首を噛み潰すと、突然あかりちゃんの腰がびくんと跳ねて、へなへなとこちらに倒れ込んで来た。

 

「おっと」

 

何とかあかりちゃんを抱きしめて支えると、どうやらイってしまって足腰が立たなくなっているようだった。

 

「はぁ……はぁ……ごめんなさい。突然脚に力が入らなくなっちゃって……」

「いいよいいよ、気持ち良かったんだよね?」

「……はい、おにいさんにいっぱい舐められて、ふわっとしたと思ったら力が抜けちゃったんです」

 

焦点の合わない瞳のあかりちゃんの背を、いたわるように撫でてやる。

彼女とするのは三回目だが、こんなことは初めてだ。もしかして、あかりちゃんも誰かに見つかるかもしれない場所でしていることに興奮しているのだろうか。

とはいえ、このままではあかりちゃんを支えるので手一杯で何もできない。どうしたものかと少し考えてから、ズボンを下ろして便器に座り、その膝の上にあかりちゃんを座らせて、いわゆる対面座位の状態にする。

 

「あんなこと言っておいて、おにいさんのおちんちんもすっごく固くなってるじゃないですか」

 

そんな事を言いながらも、あかりちゃんは天井へ向かって反り返る一物を愛おしそうに撫でた。

彼女の手が触れるか触れないかの力加減で亀頭を擦る度に、ぞわっとした快感が先端から腰の奥まで駆け抜ける。

 

「このまま手でしますか? それとも、もう準備できてるので挿れちゃいます?」

 

折角だからこのまま手でお願いしようかな、と考えていると不意にあかりちゃんがスカート部分を持ち上げ、黒いパンツが露になった。

そして、その中心部分には黒色の為に分かり辛いものの、間違いなくぐっしょりとした愛液の染みが出来ている。

自然と唾液が嚥下され、頭の中から挿れる以外の選択肢が抜け落ちる。

「もしかしてもう我慢できない?」

 

あかりちゃんはこくりと頷いた。

 

「だってお店から我慢してたのに、おにいさんがしつこく胸ばっかり弄るからですよ」

「そっか、じゃあその責任を取らないとな」

 

挿入に邪魔なパンツをずらすと、クロッチによってなんとか押しとどめられていた愛液がだまになってぽつぽつと太ももに垂れてきた。

その一滴を指で掬って、あかりちゃんの目の前で見せつけてやる。

 

「うわぁ、もうこんなになって……指と指の間に糸引いてるよ」

「うぅ、そんなの見なくても分かってますよ……恥ずかしいのでやめてください……」

 

あかりちゃんは恥ずかしさで耳まで真っ赤だったが、こちらとしてもこんなに準備万端な様子を見せつけられては我慢ができない。

心地よい弾力で指を押し返すあかりちゃんのお尻を掴んで引き寄せ、はやる気持ちを抑えながら先端を入口へとあてがった。

 

「じゃあ挿れるよっ――!」

「はい――っ!!」

 

腰をスライドさせるように一物を中へ埋没させていくと、あかりちゃんは声を抑えるためにぎゅーっと抱き着いてくる。

押し進める度にいつもより更に熱く、狭い彼女の肉襞が肉棒全体を余す所なく締め付けてきて、初めての時のように挿れただけで強い射精感が沸き上がって来た。

 

「――っはぁ……おにいさんのおちんちん、何時もより大きくないですか……?」

 

最奥まで肉棒を押し込むと、ふるふると快楽に耐えていたあかりちゃんが荒い息交じりに訊いてくる。

 

「そんなこと言ったらあかりちゃんだって何時もより熱いしキツいんだけどっ……」

 

状況のせいかあるいは体位のせいか、二人とも絶頂しそうな刺激で密着したまましばらく動けないでいると、突然こちらへ向かってくる足音が聞こえてきた。

熱い興奮から一転し、背中を冷たい汗がつーっとなぞる。

 

「お、おにいさん! どうしましょう⁉」

「いや、まだこっちに来ると決まった訳では――」

 

今から抜こうにも、抜いたらその刺激でイってしまってもおかしくない。そうすれば声でばれるのは避けられず……。

どうすることも出来ずに繋がったまま慌てている内にも足音は近づいてくる。

 

「んゃぁっ⁉ お、おにいさん! こんな時くらいおちんちんビクビクさせないでくださいよぅひゃっ!!」

「ごめんっ……! ってあかりちゃんの方こそ締め付けないでっ――」

 

と、もはや足音の主は何かしゃべっていることが分かるぐらいまで近づいてきており、反射的に甘い声が溢れるあかりちゃんの口をキスで塞ぐ。

 

「――――!!」

 

あかりちゃんも声を聞かれるのがまずいと分かっているのか、体ごと密着させながら目を瞑って快感に耐える。

 

「――でさ、結局そいつ彼氏が居た訳よ」

「マジかー、そりゃ残念だったな」

 

どうやら、声の主は若い二人組のようだ。

二人は小便器で用を足すのか、扉の前あたりでチャックの開く音に続いて排泄音が聞こえてきた。

あかりちゃんは見知らぬ男二人と薄壁一枚しか離れていない距離にいることに緊張しているのか、大きなおっぱい越しにもわかるほど心臓がドキドキしていて、それに合わせて膣が痙攣するようにきゅきゅっと愚息を絞り上げる。

すると動かさないことで少し落ち着き始めていた愚息は再びその刺激で目を覚まし、より多くの刺激を求めてビクンビクンとあかりちゃんの肉穴を刺激して、再びその刺激で――

という快楽の永久機関が始まってしまった。

 

「――‼ ――――!!!!」

 

あかりちゃんはこれ以上無理だからと言うように涙目でぷるぷる首を振るが、限界なのはこちらも同じだ。

精液が行き場を求めて尿道の中を暴れまわり、後先考えず、今すぐあかりちゃんの子宮口を抉るようにピストンして射精したいという欲求が頭の中を支配していく。

今出来る事はただその欲求にひたすら耐えて、外の二人が去るのを待つことだけだった。

だが、二人はトイレが終わった後も話し込んでいるようでなかなか出ていかない。

それ以上の事をしているにもかかわらず「トイレは話す場所じゃないだろうが!」という八つ当たり染みた怒りが湧いてきて、一体何を話しているのかと耳を澄ますと。

 

「そういえば前さ、ここの個室でセックスしてるやつがいたんだよ」

 

思ってもみなかった話題に冷や汗がだらりと垂れる。

その会話はあかりちゃんの耳にも入ったのだろう、目を白黒させて慌てていた。

 

「いや、そんなAVみたいなことある訳無えだろ」

「本当なんだって、その時もこんな風にここの個室が閉まっててだな――」

 

それを聞いたあかりちゃんの膣がきゅぅっ!! と一際強く締まる。

 

「――!!」

 

どうやらあかりちゃんはイってしまったようで、足先をピンと伸ばし、のけ反るようにびくびくと痙攣した。口を塞いでいなければ危なかったかもしれない。

 

「それで、女の声でも聞こえたのか? 流石にここを使う人が少ないからってそりゃ無理があるだろ」

「――クッソ、やっぱり騙されんか。じゃ、そろそろ行こうぜ」

 

全身の力を使い切って脱力しているあかりちゃんを抱きかかえていると、漸く二人は出ていったのか足音が遠くなっていく。

そして、足音が完全に聞こえなくなったところで唇を離した。

 

「ぷは、はぁ……はぁ…………何て会話してるんだあの二人は……あかりちゃん、大丈夫?」

「いえ……体に、力が入らない、です…………」

 

グロッキーな様子のあかりちゃんは額に汗を浮かべて、ぐったりと力なく答える。

 

「じゃあ、一回抜くからちょっと――」

 

「休もうか」と言おうとして、脱力した体に反し蜜壺だけは今なおぎゅうぎゅうと一物を刺激していることに気が付いた。

おもちゃの人形が如く、完全になすがままとなっているあかりちゃんの顔を見る。

 

「……おにい、さん?」

 

何かあったのかと純粋に不思議そうな顔を浮かべる彼女を見ていると、なぜだか先ほどまで抑え込んでいた射精欲が突沸するのを感じた。

 

「――ちょっと、我慢しててね」

 

もはや頭の中から、ここが公共の場所だとかいう事は完全に抜け落ちていた。

手にちょうど収まるお尻を抱きかかえて、揺らすように奥へと突き入れる。

 

「え?――んひいぃっ!」

 

抜かれるだけと思っていたところに突然の抽送が始まり、一瞬の困惑に続いてあかりちゃんの口から悲鳴が上がる。

 

「すぐ終わらせるから、ごめんね――っんむ、んちゅ」

 

声が出ないように再びキスで口を封じて、腰を揺らす速度を上げる。

先ほどあかりちゃんがイった為か接合部は愛液でどろどろになっており、一突きごとにぶちゅ、ぢゅぱっという粘性の高い水音が狭い個室内に響く。

力が抜けて抵抗することも出来ないあかりちゃんとの行為は、いつもの二人で行うセックスというより、ダッチワイフを使ったオナニーのようだ。

ただしその穴は突けば精液をねだる様に必死に肉棒へと絡みつき、引けば一時でも離れるまいと吸い付いてくる至高の肉穴なのだが。

 

じんじんとした肉竿全体を駆け巡るしびれのような射精感は否応なく高まり、んー、んー、とただ唸る事しかできないあかりちゃんをゆする動きはより速くなった。

それに合わせて肉棒全体で彼女の肉襞を味わうような長いストロークから、彼女の膣奥を激しいリズムで責めるような、いわば射精するための抽送へと変わる。

一度大きくイった直後で敏感なあかりちゃんの蜜壺は、その執拗な突きにあわせて奥から愛液を吐き出し、それが結合部から溢れて白く泡立った。

 

今や個室の中は酸欠になりそうなほどの淫臭で溢れ、頭がくらくらする。

もはや脳内に理性や常識と言った人を人たらしめる要素は微塵も残っておらず、ただ雌に射精してやるという本能だけが思考の全てであった。

 

「あかりっ! 気持ちいいぞっ! お前の中最高に気持ちいいっ!!」

「らめっ……いっでるのにぃ! またいっぢゃぅぅっ!! んぁぁっ! ひぅっ!!」

 

静かにしなければならないことなどもはや頭になく、うわごとのように愛しい少女の名を呼びながら腰を振る。

名前を呼ぶ度に、唾液塗れで不明瞭な音しか吐けない上の口に代わり、下の口がペニスを抱きしめるように締め上げた。

愛しさと射精感がぐちゃぐちゃに混ざり合い、もっと深くで繋がりたいという思いに駆られるが、それと同時に時間切れが訪れる。

あかりちゃんの最奥を叩いた瞬間鈴口が決壊し、白い津波が彼女の中へと襲い掛かった。

 

「っく―――!!」

「~~っ!! うぁ……おにいしゃんの……でてる……」

 

ばしゃばしゃと精子があかりちゃんの子宮へと降り注ぎ、それに合わせて小柄な躰がぴくぴくと痙攣する。

涙と涎でぐしゃぐしゃになったあかりちゃんを力いっぱい抱きしめながら、ただただ射精の快感を味わうのだった。

 



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三日目 その四 プレゼント、そして…

「本っ当にごめん! ちょっと理性が飛んでたというか、あまりにあかりちゃんが可愛すぎたというか……」

 

頬を膨らませて、一人先を行くあかりちゃんを追いかけながらその背に声をかけ続ける。

 

「もう、そんな事言われたって誤魔化されませんからね。いくら何でもあれはちょっとやりすぎです」

 

現在本日最後の目的地である一階のスーパーに向かっているのだが、本気で怒っているのかあかりちゃんはさっきからこちらと目を合わせてくれない。

彼女の右に行けば左を向き、左に行けば右へと顔を背けてくる。

 

「……はい、悪かったと反省してます」

「ふーん……本当ですか?」

 

漸く視線を合わせてくれたあかりちゃんだったが、やっぱりと言うか当然というかその目には濃い疑いの色がじとーっと浮かんでいた。

 

「うん……やっぱりいくら何でもあんなバレるのも構わないで、ってのは自分でも今思い返すと馬鹿なことしたと思います」

「そうですよ、他の人に見られたらどうするんですか!!」

 

あかりちゃんは三つ編みを翻して振り返ると、ふんすと仁王立ちをする。

 

「ここで誓ってください、今度からお外でする時には、バレるような無茶はしないって。そしたら許してあげます」

「分かった。二度としないって約束するよ――」

 

と、答えた後で気づいた。

 

「――って、無茶さえしなければまた外でしてもいいのか?」

 

あかりちゃんは一瞬言葉に詰まって――

 

「それは……何時もより興奮したのは事実ですし、おにいさんがどうしてもって言うなら……」

 

指先同士をもじもじと動かしながら顔を赤くする。

……危なかった。もし少しでも出すものが残っていたら、三回戦目が始まっていたかもしれない。

 

「そ、そっか……ほら! それじゃあこの話はおしまいにして、改めて買い物いこうか?」

「そ、そうですね!」

 

そんな動揺を悟られないよう平静を装いながら、今度は並んで歩き始める。

 

「でだ――結局夕食はハンバーグでいいのか?」

「ハンバーグ! 本当にいいんですかっ⁉」

「昨日から食べたいって言ってたからね」

「やたー!!」

 

目を輝かせたあかりちゃんは喜びを抑えきれずにぴょんぴょんと跳ね、もう歩いているというよりスキップをしている状態だ。

 

「どうどう。で、あかりちゃんが想像するハンバーグってどういうのなの? せっかく作るならイメージ通りのを作りたいんだけど」

「えっ!? ハンバーグってそんなに種類があるんですか?」

「いやそんなには無いけど……ほら、食感がフワフワしたやつかそれともぎっしりしたやつか、とか。かかってるのはケチャップかそれとも別のソースがかかってるのかみたいな」

「そ、そんな……折角夢のハンバーグにありつけると思ったのにどれか一つを選ばなきゃいけないなんて、そんな残酷なっ!!」

 

あかりちゃんは一転絶望の底に叩きつけられたかのように頭を抱える。

 

「因みに全部とか――」

「……それは流石に勘弁してくれ」

「うぅ、仕方ないです……それならおにいさんが一番好きなやつでお願いします」

「それでいいのか?」

「はい。折角作り方を教えてもらうなら、おにいさんが好きなやつを作れるようになりたいので」

 

なるほど、そういえば料理を教えて欲しいと言っていたな、あかりちゃんの手料理か――。

 

「…………」

「? どうしたんですか、おにいさん?」

「いや……ほら! 着いたよ」

 

上手い下手以前に、味見ばかりで料理が残らなさそうと思ってしまったのは秘密にしておこう。

 

「食べ物がこんなに……うぇへへへへ」

「あかりちゃん、涎、涎」

 

一面の食品を前に、テンションがおかしなことになっているあかりちゃんの口元を拭ってあげていると、奥の方から試食はいかがですかー、という店員の声が聞こえてきた。

 

「し、試食ってお試しで食べていいってことですよね⁉ ちょっと行って来ます!!」

「あ、ちょ⁉」

 

それが聞こえるや否や止める間もなくあかりちゃんは駆けていき、伸ばした手が虚しく空気を掴む。

 

「……しゃあないか」

 

もう止めようもないし、カゴとカートを取りに行ってから追いかけようとした時だった。

 

「へー、今のが彼女さん?」

「うぉ⁉」

 

予想もしなかった背後からの声にびっくりして振り返ると、片手を上げたマキさんが立っていた。

 

「――ってマキさんか」

「やっ」

 

マキさんは片手を上げて答えると、向こうで店員から試食を貰って喜んでいるあかりちゃんへと目をやった。

 

「君にはちょっともったいないぐらい可愛い子じゃないか」

「いやいや昨日も言ったように彼女じゃないから」

「えー、でもご飯を一緒に作って食べるのに?」

「……聞いてたのか」

 

不敵な、というか面白いものを見つけたような笑みを浮かべるマキさんを相手に、何といったものかと考える。

友人では絶対納得してくれないだろうし、気づいていないなら余計な追及をされる可能性があるボイスロイドだとこちらから明かすようなこともしたくはない。

そうすると――

 

「……そうだよ、彼女だよ」

 

可能な限り平静を装って言ったつもりだったが、それでも自分の顔がほてるのを感じる。

それに合わせてにまぁ、とマキさんの口角が上がった。

 

「そっかそっかー、君にも春が来てマキさんは嬉しいよ」

「いやいやマキさんは一体どういうポジションのつもりなんだ……」

「ただのよく話すお客とコンビニ店員だねー」

 

マキさんは至極尤もな事を言いながら笑った。

 

「というか盗み聞きとかあまり趣味がいいとは言えないんじゃないか?」

「あー……それはごめん。君の姿が見えたからちょっと挨拶でもしようかと近づいたら、彼女さんがいて話しかけるタイミングを失っちゃってね」

 

『彼女』と言われて身もだえしそうになるが、そこは我慢だ。

 

「で、今日は一日遅れのクリスマスデートか何かだったのかな?」

「いやそういう訳では無いんだが」

 

とはいえこれだけの荷物を持っていたら、そう思われても仕方がないかもしれない。

マキさんはそれを聞いていぶかしげな表情を浮かべる。

 

「……一応聞くけどクリスマスはちゃんとお祝いしたんだよね? 昨日も一昨日もお弁当だったけど」

「あー、いや……」

「君はあんまりイベントを重視するようには見えなそうだと思っていたけれど、彼女がいるのにそれはよくないんじゃないかな?」

 

確かに自分に縁遠いイベントだったからとはいえ、昨日コンビニで思い出したにも関わらずそれをあっさり忘れていたのはよろしくないかもしれない。

……とはいえ、忘れてしまった原因の半分ほどがマキさんのプレゼント(避妊具)な気がしなくもないのだが。

 

「確かにそうだな、ちょっと遅れてになるけどケーキでも買って帰って今日お祝いするよ」

「うんうん、それがいいんじゃないかな。マキさんとしても早々に振られて悲しむ君の姿を見たくはないからね。それと、プレゼントも忘れずに用意しなよ?」

「プレゼントか……」

 

何気に難しい問題な気がする。確かに今日の買い物はあかりちゃんの為の物を買った訳だが、だからと言ってこれがプレゼントと言うのも味気ない。かといって、下手に実用的な物だとこれらとの区別が付かなくなりそうだし――

 

「迷ってるなら帽子とかどうかな? きっと似合うと思うよ」

 

マキさんの言葉に、向こうで試食した商品についてだろうか、店員さんと楽しそうに話しこむあかりちゃんを見遣る。

 

「……成程、たしかに似合いそうだな」

「でしょ? ――っと、そろそろ時間だからお邪魔虫は行かなくちゃ。じゃ、彼女さんと楽しんでねー」

 

現れる時もそうだったが去る時も唐突に、マキさんは急いでいるのかぴゅーっと去ってしまった。まあお店をやっているわけだし、忙しいのも仕方がないだろう。

改めてカゴとカートを取りに向かうと、そこには両手でウィンナーの袋を持ったあかりちゃんが待ち構えていた。

 

「おにいさん! これ凄く美味しかったですよ!!」

「あー、うん。じゃあそれも買おうか」

 

案の定試食に釣られて商品を持ってきているあかりちゃんを見ていると、食べ物の方が喜ぶのではとも思うが、やはりプレゼントは形に残るものの方がいいはずだ。

 

「あかりちゃん、ちょっと予定が出来たからここの後でもう一軒お店に行こうか?」

 

 

 

「本当に良かったんですか?」

 

夕暮れの中の帰り道、荷物を持っているにも関わらず、足取り軽くスキップしていたあかりちゃんが振り返る。

その頭には茶色のキャスケット帽が装備されていた。

 

「日用品や服だけじゃなくてクリスマスプレゼントに帽子まで」

 

あかりちゃんは嬉しさ半分、不安半分といった感じで訊いてくる。

 

「いいんだよ、折角のクリスマスなんだし」

 

本当は一日遅れだが、まあそこは置いといて。

 

「それとも余計なお世話だった?」

「そんな事はありません、すっごく嬉しいです!!」

「なら良かった、あかりちゃんが喜んでくれるなら贈った甲斐があるってものだよ。良く似合ってて、より可愛く見えるし」

「可愛い、ですか? えへへ……」

 

笑顔を浮かべる彼女を見ていると、こちらまで嬉しくなる。

次マキさんに会ったらお礼を言わなくてはならないだろう。

 

「クリスマスは知ってましたけど、ボイスロイドの私がこんな風にプレゼントをもらえるなんて想像もしてませんでした」

「いや、別にボイスロイドだからって何か貰ったら悪いなんてことは無いだろ?」

「それはそうかもしれませんけど、一般的にボイスロイドはあくまでマスターに仕える道具ですから。多分プレゼントを贈られるなんてことは珍しいと思います」

 

おにいさんと一緒にいると忘れてしまいそうになりますけど、とあかりちゃんは苦笑する。

 

「そっか。まあ個人的にボイスロイドだからとかどうだとか以前に、あかりちゃんの事はあかりちゃんだと思ってるから」

「……はい」

 

彼女は嬉しそうにはにかんで、それから帽子を手に持つと胸の辺りでぎゅっと抱きしめた。

 

「帽子、ずっと大切にしますから」

 

 

 

 

 

――――

ブラインドの隙間から僅かに夕日が差し込むだけの薄暗い一室に、カタカタというキーボードの音だけが響き渡る。

部屋には何台かのパソコンが並べられているが、電源が付いているのは一番奥に一台離れた机の上にあるパソコンだけで、そのパソコンに向かってキーボードを叩いているのはスーツを着た紫髪で細身の女性だった。

彼女は暫くの間画面を見ながら淡々と何事か入力していたが、やがて一区切りついたのか一つ伸びをする。

 

「さて、今日はこんなものですかね」

 

そう言って女性がいざ画面を消そうとしたところで、扉をノックする音が部屋に響いた。

 

「どうぞ」

 

扉が開いた先にいたのは、彼女とは二回りほど年の違いそうな同じくスーツ姿の大柄で不愛想な男だった。

男は扉を開くなり顔をしかめる。

 

「相変わらず部屋が暗いな」

「ええ、こちらの方が落ち着いて作業が出来てはかどるのですが。……いけませんか?」

「いや、目が悪くなりそうだと思っただけだ。君がいいなら別に構わんのだが」

 

そう言いながらも男は電気をつけて彼女の方へ歩いていき、一枚の書類を手渡した。

女性は髪と同じ紫の瞳を右から左へと二、三度動かして、それから成程と呟く。

 

「久しぶりの『現場仕事』という訳ですね」

「ああそうだ。情報が少なく判断に時間がかかったが、恐らく『完全自我個体』で間違いないだろう」

「起動された初日に逃走……モデルと雇用地からして、私もそれで間違いないと思います」

 

女性は書類の一部が気に食わなかったのか、少し顔をしかめたものの頷いた。

 

「私としても一見すれば分かると思うのだがね、確たる証拠が無ければ動けんと言われて随分と時間がかかった」

「それは仕方ありませんよ、それにしても五日ですか。急いだほうがいいでしょうね」

 

一通り目を通したのか、女性は書類を男へと返す。

 

「そうだ、日にちも経っていることだし早急に対処しなくてはならない。お願いできるね、結月君」

 

その言葉に、紫髪の女性は自信たっぷりの笑みを浮かべて胸を叩いた。

 

「勿論です、この結月ゆかりにお任せください」

 

 



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四日目 その一 訪問者

ピンポーン

 

「んぁ?」

 

チャイムの音に目を覚ますと、もう日は高く昇っているようでカーテンの隙間から日光が差し込んでいた。

昨日の夜は健全な意味でちゃんと寝たはずなのだが、もしかしたら休みで気が緩んでいるのかもしれない。

ふと横を見ればあかりちゃんもまだ夢の中のようで、少し寝苦しそうな寝息を立てていた。

ピンポーン

再びチャイムが鳴る。

 

「はいはい……」

 

特に何かをネットで注文した記憶も無いし、どうせ何かの勧誘だかのつまらない用事だろう。

とはいえこれ以上喧しくされたらあかりちゃんが起きてしまうかもしれないと、重い体を引き起こして玄関の方へと向かう。

一応キッチンにインターホンが付いているのだが、そちらまで行くなら直接出てしまった方が早いのだ。

 

「どちら様ですかー」

 

扉を開けると、そこに立っていたのはどことなくあかりちゃんに似た顔立ちの紫色の女性……と、その両脇を固めるガタイのいいグラサンをした二人組の大男であった。

予想外の光景に、一気に目が覚める。

 

「え? ど、どちら様ですか」

「突然お邪魔して申し訳ありません。私こういう者なんですが」

「あ。はい、ご丁寧にどうも」

 

丁寧かつ優雅に一礼した女性は、名刺を差し出してきた。

あまりにも流麗な動きに思わず受け取って目を通すと『AHS社 技術部 回収課 結月ゆかり――』

 

AHS社、回収課という文字を見た瞬間、ぞわりとしたものが背中を駆け上がった。

もしかしてあかりちゃんに関することだろうか、という不安を悟られないようにしながらなるべくそっけなく答える。

 

「……それでAHS社の方が何の御用でしょうか」

「ええ、ここら辺にお住まいの方々に聞き込み調査をしているのですが、ご協力頂けませんか? お時間は取らせませんので」

 

正直余計なリスクが発生するようなことは避けたい、断れるなら断ってしまうのが一番いいのだろうが、と先ほどから一言も発さず只々立ち続ける男たちの方をちらりと見る。

先ほどから話している結月さんという女性はにこやかで丁寧な口調なのだが、その両隣にいるピクリととも表情を動かさない男たちからは、拒否することなど許さないという重圧感が放たれていた。

少しだけ考えて、下手に拒否した方が怪しまれるかもしれないしと適当に答えて誤魔化す事にする。

 

「まあ、あまり長くならないのなら……」

「そうですか、ご協力ありがとうございます」

 

結月さんは軽くお辞儀をすると、胸ポケットから携帯端末を取りだす。

 

「現在逃走したボイスロイド、所謂野良ボイスロイドを探しているのですが、最近このあたりでこのような外見の少女に見覚えはありませんか?」

 

そこに写っていたのは、銀色の長髪に青い瞳の少女。

 

間違いなく現在隣の部屋で寝ているあかりちゃんと同一の姿であった。

半ば予想していたとはいえ、心臓がバクバクと早鐘を打つ。

 

「……いえ、見覚えは無いですね」

「……そうですか、ご協力ありがとうございます」

 

もう少し深くつっこまれるかとも身構えていたが、彼女は意外にもあっさりと携帯をしまった。

 

「先ほどの子はどうやら思考に問題が起こって野良になったみたいで、危険な可能性もありますから、見つけたら名刺に書いてある連絡先にすぐ知らせてくださいね」

「分かりました」

「ああ、それから」

 

漸く話が終わったと安心してドアを閉めようとした所で、結月さんは思い出したようにとんでもない爆弾を放り投げた。

 

「無いとは思いますけれど、万一野良ボイスロイドを匿っているようなことがありましたら、犯罪に当たることもありますので気を付けてくださいね」

 

バタンとドアが閉まった瞬間、背中に幾筋もの冷や汗が浮かぶ。

 

……今まで情報が少なかった、いやあえて考えないようにしていた事を喉元に押し付けられた気分だ。

野良ボイスロイドの処遇。

野良という名称に引きずられたこともあり、つい放って置くことも出来ずあかりちゃんを家に上げて、一緒に暮らして――そして何となくいつまでもこんな日々が続くものと思っていた。

 

尤もそんなものは幻想だったと今しがた叩きつけられたばかりなのだが。

……今からでも連絡してあかりちゃんを引き渡した方がいいのだろうか。そんな保身的な考えが一瞬思い浮かんで、苛立ち交じりに壁を叩く。

一度は手を差し伸べ優しい言葉をかけておきながら、今更彼女を裏切って自分の為に引き渡すなど、例え気の迷いからくる想像であっても許されない。

元気のよい笑顔を浮かべるあかりちゃんの顔が、引き渡されて衝撃を受け悲しみに染まるのを想像すれば、そんな事は出来ようはずも無かった。

 

では、もしも引き渡さなかったら?

自分がそう選択をしたとしても、AHS社があかりちゃんの調査を続けることに変わりはない。

そしてあかりちゃんが見つかって、自分が匿っていることまで分かってしまえばどうなるか。

回収課の彼女の言葉が本当ならば想像の余地なく、自分は犯罪に問われ……そしてやっぱり、あかりちゃんは連れて行かれてしまうのだろう。

 

「……どっちにしろ手づまりじゃないか」

 

気づけば、先ほどの名刺がぐしゃぐしゃになるくらい手を強く握りしめていた。

あかりちゃんと離れたくない、という気持ちだけが増幅されて暴れまわるように自分の中を駆け巡る。

だが具体的にどうすればいいのかは全く思いつかないし、それ以前に野良ボイスロイドの処遇に『回収課』……知らない事が多すぎた。

あの結月と名乗った女性のいう事がどこまで正しいのか、そして回収された場合あかりちゃんはどう扱われるのかなど結局何も分かっていない。

例えば匿っていた場合犯罪になると言っていたが、あれは効率的に探し当てて回収するためのブラフだったり――いや、それはあの女性が言ったことを信じたくないという思い込みみたいなものなのだろうか。

兎に角何とかして情報を集めない事にはどうするかも決められないのだが、初日にスペックを調べても出てこなかった程度にボイスロイドの情報は少ない。

だからといってボイスロイドに詳しい人なんて――

 

「……いや、いるな」

 

気さくで妙に鋭い所があり――そして何より彼女自身がボイスロイドであるマキさんなら。

 

 

 

「いらっしゃい……って君か。最近はよく珍しい時間に来るね」

 

来る途中に降り始めた雪を払ってコンビニのドアを開けると、マキさんはレジ奥の椅子に腰かけてくつろいでいる様子だった。

それとは対照的に、あかりちゃんに書置きだけのこして一目散にここまで来た自分の息は上がり切っている。

 

「随分と急いでるみたいだけど、急に何か必要になったのかい?」

 

息をするのでやっとな為頷いて肯定を示し、少し息を整える。

すると呼吸が落ち着くのに従って、不安が沸き上がって来るのを覚えた。

そもそもマキさんに野良ボイスロイドの事を訊いて大丈夫なのだろうか、何故そんな事を訊くのかと逆に訊かれたらどう答えればいいのだろうか、あかりちゃんの事を教えた場合、その事を秘密にしてくれるだろうか……。

今更ながらマキさんに相談するのは正しかったのかと疑念に駆られて無言でいると、彼女はいつもの笑顔からふっと表情を真面目なものへと変えた。

 

「それとも、何か聞きたいことがあってここに来たのかな?」

 

まるで全てを見通しているかのような目で真っ直ぐ射抜かれる。

 

「――例えば、野良ボイスロイドについて、とか」

「っ!! ……もしかして、昨日の時点で分かってた?」

「一応新しいモデルが出る度にチェックしてるし、あれだけ基本モデルに忠実な姿をしていればね。それにこう言っちゃなんだけど、君がアカリ型を買えるほどのお金を持っているとは思えなかったし」

 

どうやら彼女には、すべてお見通しだったらしい。

 

「それなら頼む!! 野良ボイスロイドがどう扱われるのか教えて欲しい」

 

勢いよく頭を下げると、マキさんは椅子から立ち上がってこちらに近づいてきた。

 

「僕も全部知っている訳じゃあ無いけど……そうだね、先ず基本的な事として一般的には『野良ボイスロイド』と言う名称だけれども、実際はマスター、つまり本来の所有者が放棄しない限り所有権が喪失することは無いね」

 

横を通り過ぎた彼女の足音を追ってそちらを向くと、マキさんはドアにかかっていたプレートをひっくり返して『CLOSED』を表に向ける。

 

「もし、所有権が放棄されたら?」

「その場合は、AHS社に所有権が戻るという契約になっているはずだよ。ボイスロイドも安い訳じゃないし、そもそも野良になるって事は何かがおかしいって事だから、放置することは出来ないしね」

「じゃあ、もし野良ボイスロイドを拾って匿ってたら……」

「人間じゃないから拉致監禁ってことは無いけど……。他人に所有権があるものを勝手に奪っているようなものだから、窃盗として扱われる可能性は十分にあるね」

 

振り向いたマキさんは淡々とそう言い切った。

 

「そうか……」

 

……覚悟はしていた筈だが、やはり回収課の女性が言ったことに偽りはなく、あかりちゃんと一緒にいることは極めて難しいようだ。

今の生活からあかりちゃんがいなくなることが自然と想像されて、心を切り取られたような空虚感に襲われる。

……いやまだだ。まだ、必ずそうなると決まった訳では無い。

だがその気持ちに反して、一人ではこれ以上どうすればいいかなど思いつきもしそうになかった。

 

「マキさん、AHS社の回収課って知ってるか?」

「回収課? 悪いけど、それは知らないかな」

「そうか……兎に角、そいつらがさっきあかりちゃんを探しに来たんだ」

「なるほどその様子だと、家にはいないと嘘をついたって所かな?」

「ああ、そうなんだ。だけど、どうしたらいいか分からなくて……」

 

今更知られて困ることも無ければ、一人では何も思いつきそうにない。意を決してそう言ってみると、マキさんは少しの間の後で静かに口を開いた。

 

「まあ、君がそこまで思い悩むことは無いと思うよ」

「何かいい方法があるのか⁉」

「何かあっても『家において欲しいと言われた。匿ってはいけないと知らなかったし、頼みこまれて断れなかった』とでも言えば君はおとがめなしで済むだろうからね」

 

確かに、そうすれば『自分は』助かるだろう。だがそれは――

 

「あかりちゃんを、あの子を見捨てろっていうのか……!」

 

どすどすと乱暴に歩み寄り、マキさんの肩を掴む。

彼女が自分の身を慮ってくれていることも、彼女に当たる事が正しくないことも分かっていたが、それでも苛々とした衝動を誰かにぶつけずにはいられなかった。

 

「僕はお得意様である君が困らないようにと思って助言しているだけなんだけどね」

 

マキさんは抵抗することなく冷静に、感情を覆い隠した瞳をこちらに向ける。

 

「それに見捨てる訳じゃないさ、適切なマスターの所だかAHS社だかは分からないけど、迷子になってるのを返してあげるだけだよ」

「本人が、帰りたくないと言っていてもか? それでも回収しに来たあいつらに渡すのは見捨てる訳じゃないって言えるのかっ⁉」

 

その言葉にマキさんはピクリと眉を動かしたが、それ以上の反応はしなかった。

 

「……じゃあ君はどうしたいんだい? あの子を返さず犯罪者になってもいいって思ってるのかい?」

「そりゃあ犯罪者にはなりたくないさ。……だけど、あかりちゃんと一緒に居たいんだ」

「それは、彼女がそう望むから? それとも、君自身がそう望むから?」

「それは……」

 

少し考えて言葉に詰まる。

 

「僕としては、もし君が頼まれたからとかそんな理由だけで一緒に居たいと望むなら、今すぐ回収してもらった方がいいと思ってる。もしそうなら、いつかあの子の存在は君にとって只の枷になるからね。もし君が引き渡すことに罪悪感を覚えるなら僕の所まで連れて来てくれればいい、こっちでちゃんと片をつけるから」

 

マキさんの目は今まで見たことが無いような鋭さで、半端な答えは認めないと言外に語っていた。

だけど、答えなんて最初から決まっている。

 

「……俺の意思だ。俺が、あかりちゃんと一緒にいたいんだ」

「ボイスロイドは人間みたいに、人間らしく作られてるけれど根本的には人間じゃない。その事は分かった上で言ってる?」

「ああ、分かってる。それに、ボイスロイドだろうがあかりちゃんはあかりちゃんだ」

「そっか……」

 

マキさんは深く頷いて、それからふっと表情を緩めた。

 

「分かった。君が本気なら、あの子と一緒にいれるよう僕も出来る限り協力するよ」

「本当か⁉」

「わ、ちょっと近いって」

「あぁ、すまん。つい」

 

思わず近づけてしまった顔を離しマキさんと距離を取ると、彼女は掴まれていた部分の服を直して何時もの声で話し始める。

 

「さて、それじゃあどうするかを決める前に、君には一つ知っておいて欲しいことがあるんだ」

「知っておいて欲しいこと?」

「うん、それはあの子、あかりちゃんでいいのかな? がボクと同じで完全自我を持ってるって事」

「まるでその言い方だと、不完全な自我をもったボイスロイドがいるみたいな言い方だな」

「その通り、理解が早くて助かるよ」

 

マキさんはうんうんと頷いた。

 

「正確に言うと不完全な自我じゃなくて、『疑似自我』ってところかな。過去の情報と基本反応データベースに従って、外部からの反応に対して自我があるように振舞わせるためのシステムがボイスロイドには組み込まれてるんだよ」

「だからボイスロイドは人間らしく行動できる、と?」

「そ。ただ、今言ったように所詮はそう見せかけているだけで、実際に自我がある訳じゃない。そうじゃないと命令を忠実にこなしてくれないしね。一方完全自我を持った個体は人間と同じように自分の情動を持っていて、盲目的に命令を実行するんじゃなくて自分の考えの下で動くんだ」

「つまり、あかりちゃんもマキさんも人間と同じって事だろ。こっちとしては今更それを言われても、という感じもするんだけど」

「まあ、君は完全自我を持ったボイスロイドにしか出会ってないみたいだからね」

 

マキさんは苦笑する。

 

「だけど、それはボイスロイドに想定された本来の機能でも役割でもないんだよ。言い換えれば自我はボイスロイドにとって致命的なバグともいえるね。だからもし回収された後で検査を受けたら、異常と判定されて修正される可能性は、完全自我を消されてしまう可能性は否定できない。そうなったら、君の知っている『あかりちゃん』は永久にいなくなると思った方がいい。だから、君が彼女と一緒に居たいなら、彼女を大切だと思うなら引き渡しちゃだめだ」

「さっきは返してあげるだけとか引き渡せばいいとか言ってたのにか?」

 

むっとして言うと、マキさんはバツが悪そうに素直に謝った。

 

「ごめんよ、さっきのは君がどれだけ本気か確かめたかったんだ。それに、君が万一引き渡すって言った場合は僕の所で匿うつもりだったし」

「そうだったのか」

「当たり前だよ、同じく完全自我を持つ身として放ってはおけないからね」

 

強く握りこまれる彼女の拳が、その覚悟の固さを表しているようだった。

マキさんに相談したことが間違いでなかったと分かり、少しだけだが緊張が緩む。

 

「で、結局引き渡したらいけない理由は分かったけど、具体的な方法とかは分からないか?」

「そうだね……しばらく逃げちゃうのが一番じゃないかな」

 

何とも無責任な答えに思わず変な声が漏れる。

 

「……は? いやいや、確かにそうすれば時間は稼げるかもしれないけど根本的な解決にはならないだろう?」

「いや? そうでもないよ。確かにさっき窃盗になるかもとは言ったけれど、そうだとしても確たる証拠が、つまり君の家にあかりちゃんがいるという事がはっきりわからなければ、向こうも警察みたいに家まで踏み込んで捜査する権利なんてないし、動きようがないからね。だったらそもそも探られないように遠くに逃げてしまえばいいんだよ」

「でもそれだと結局問題を先送りしてるだけで、ここに戻ってきたら同じじゃないか」

 

期待していたのにとため息をつくが、マキさんはそんな様子を歯牙にもかけず自信満々に指を振った。

 

「確かに向こうが何時までも同じところを探し続けていたらそうだろうね。……でも相手は企業だから、回収するのに必要なコストが回収して得られる利益を上回るようなことは、つまり長々と同じ場所を探すような事はしない筈さ。だからその間だけ君は逃げきればいいんだよ。そして彼らがここを探しきったと思い込んだ後に帰ってくればいいさ」

「成程……」

 

『相手が企業だから不利益になる事はしない』その視点は盲点だったが、言われてみれば確かにそうかもしれない。

幸いにも今は冬休み、その間帰省という事で実家へ戻れば……両親にあかりちゃんをどう説明するかは置いといて、不自然でもないだろう。

 

「じゃあ今からでも……ってあいつらが近くに居るかもしれないし今日明日はやめて明後日ぐらいの方が安全か?」

「うーん、そうだね。それがいいと思うよ。とと、それから昨日帽子は買ったんだよね?」

「ああ」

「だったら、ちゃんと外を移動するときは帽子をかぶらせるんだよ? あの銀髪が少しでも目立たないようにね」

「……まさか、そういう意図で帽子を勧めて来たのか?」

 

『まあね』と不敵な笑みを浮かべる彼女相手では、もしかしたら何の隠し事も無駄なのかも知れない。

まあ結果としてあかりちゃんが喜んでくれたし、可愛らしい姿も見れたしいいのだけれど。

 

「兎に角、色々とありがとう。色々と準備もあるしこれで帰らせてもらうよ」

「あ、ちょっと待って」

 

明後日の出立の為に荷物の準備やルートの検索などをするため家へ帰ろうと、ドアに手をかけた所でマキさんに背後から呼び止められた。

 

「さっき、あかりちゃんには完全自我があるっていったよね?」

「ああ、だから引き渡すわけにはいかない、だろ?」

「うん、それもそうなんだけどね。もう一つ、自我を持ってるって事は人間と同じように感情も持ってるって事を覚えておいて」

「? そんなの当たり前だろ」

 

あまりに当然な事を言い出した事に疑問符を浮かべるが、マキさんはそうじゃ無いんだなと頬を掻いた。

 

「僕があかりちゃんを見たのは昨日のほんの一瞬だったけどさ、その一瞬であの子がとても楽しそうで、生き生きしてるのが十分に伝わって来たんだ。……そして、その原因が君と一緒にいれるからだって事も」

 

最後の言葉に心臓が期待と不安で跳ねる。

 

「はは、何だかその言い方だと、あかりちゃんが好意を向けてくれてるみたいに勘違いしちゃいそうになるな」

「勘違いじゃないと思うよ」

 

早とちりをしないようにと石橋を叩くように紡いだ言葉はあっさりと打ち砕かれた。

 

「ただ助けてくれたから、それだけじゃあんな楽しそうには出来ないさ。少なくとも友人に向ける以上の好意を持っていないとね」

 

友人以上の好意、それが意味するのは一つしかない。

 

「君はあの時あの子の事を彼女だと言ったけど、あれは単に誤魔化すため? それとも――

 



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四日目 その二 一歩、踏み出して

見てくださっている皆様のおかげで10,000UAを超えることが出来ました。
これからも一区切りつくまで毎日投稿でやっていこうと思っておりますので、良ければお付き合いいただけると幸いです。


―あかり―

 

「痛っ――」

 

内側からガンガンと金槌で殴られるような頭痛に、文字通り叩き起こされた。

頭を押さえながら諦め交じりに昨日と同じくフルスキャンの結果を確認するが、案の定結果は『オールグリーン』のまま。

何が異常なしだ、と自分の事ながら文句の一つも言いたくなる。

昨日のフルスキャン後、パッチによって問題が修正されていないかとも思って任意アップデートも試してみたのだが、そちらも効果は無かったらしい。

昨日のように少し経てば痛みも引くだろうと再び目を閉じようとしたところで、そういえば隣におにいさんが寝ているのだと思い至った。

余計な心配はかけたくないし、聞こえて無ければいいがと隣を向くが、そこには誰もいない。

体内時計を確認すればそれも納得で、とうに昼を過ぎていた。

流石に、これ以上一人で寝ている訳にはいかないだろう。

可能な限り痛みに意識を割かないようにしてふらりと起き上がり、一通り他の部屋を見て回るがおにいさんは何処にもいない。

 

「どこか行っちゃったのかな、雪ふってるのに」

 

窓の外では沢山の羽が空から撒かれたように、大粒の雪がふわりふわりと舞っていた。

おにいさんが隣に居てくれれば少しは痛いのも紛れるかもしれないのに、と肩を落として和室に戻って来た所で机の上に書置きがあるのに気づく。

やっぱり出かけているみたいだ。何の用なのかは分からないけれど、早く戻ってきてくれるといいな。

そう思いつつもいないのならもう少し横になっていてもいいだろうと、書置きを机に置きなおし布団にころりと転がって、毛布をぎゅっと抱きしめる。

すると毛布からおにいさんの香りがして、まるでおにいさんに抱き着いているかのような心地がした。

思わずぎゅぎゅっと抱きしめる力を強めると、それに合わせて香りも強くなる。

 

「おにいさん……」

 

目を瞑って暫くそのままでいると、頭の痛みがじんわりと溶けていく。

 

「ふふ」

 

あまりにも効果てきめんで、流石に自分でも笑ってしまう。

匂いだけで、抱き着いていると想像しただけで、暖かな安心感に包まれるようだった。

……だけどそれは、結局痛みが無くなった訳じゃなくて、より強い感情で誤魔化しているだけだ。

もしかしたら自分は長く無いのではないだろうか、だんだんと悪化する痛みはそんな疑念を浮かび上がらせる。

……そんな事、考えたくはない。

だが原因不明の不調が続いている以上、あり得ない話ではなかった。

 

「それは、やだな……」

 

夕暮れ時の影みたいに迫る不安から逃げようと、布団へ顔を埋める。

まだまだ食べていないものも沢山あるし、知っているけど経験していないことも数えきれない。

いや、そもそも自分の知らないことだってまだまだあるはずだ。それらに触れることなく機能停止してしまうのは嫌だ。

――だが、何よりも。

 

「おにいさん……」

 

これ以上おにいさんと一緒にいれないなんてと、そう想像しただけで涙が滲んでくる。

勿論私みたいな人形の我儘で、いつまでもおにいさんを拘束していていい訳が無いのは分かっている。

だけどまだ今日でたったの四日だ、一週間も経っていない。

もう少し、もう少しだけ一緒に居させてくれてもいいじゃないか。

誰に対するわけでもない不満が心の中で反響する。

まだ、生きていたい。

命令にすら従えない、ボイスロイド失格な自分がこんなことを思うのはおこがましいのかもしれない。

だが、それでもそう願わずにはいられなかった。

 

カチャリ

 

鍵の開く音が耳に届いたのはそんな時だった。

丁度良かった、これ以上一人で考えていたら底なし沼のように、悪い思考へ飲み込まれていたかもしれない。

慌てて布団から起き上がると、涙に気づかれないように目をぐしぐしと拭って玄関へと向かう。

 

「おかえりなさい……ってどうしたんですか⁉」

 

開いたドアの先に立っていたおにいさんの頭には、昔話のお地蔵さまが如く雪が積もっていた。

おにいさんは指摘されたことで漸くそれに気づいたようで、頭に手をやってわしゃわしゃと雪を払い落とす。

 

「ちょっと考え事しながら帰ってたから、いつの間にか積もってたみたいだな」

 

あんなことになるまで放置していたということは、余程大事な事を考えていたのだろうか。

疑問に思いながらも、おにいさんの邪魔にならないよう廊下の端に寄ろうとしたところで、おにいさんに手首を掴まれた。

 

「ど、どうしたんですか?」

 

何時になく真剣に私の目をのぞき込むおにいさんに定格心拍は乱れ、ボイスロイドにも拘らず危うく噛んでしまいそうになる。

だがおにいさんはそんな事気にも留めていないかのように、無言のまま私を見つめるばかりだ。

……もしかして、気づかぬうちに何かまずいことをしてしまったのだろうか。

しかし考えても原因が分からず段々と不安になってき始めたころで、ようやくおにいさんが口を開いた。

 

「あかりちゃん」

「……はい、何ですか?」

 

何を言われるのだろうか、もしかして『ここにはもう置いておけない』とかそういう話だったりするのだろうか。

並々ならぬ真剣さに、不安と恐怖を表に出さないように努めながら答える。

だが、おにいさんが続けた言葉はその予想とは逆の、全く想像もしていないものだった。

 

「……君の事が、好きだ」

 

 

 

――それとも、本当にあの子の事が好きなのかい?」

マキさんの言葉を反芻しながら、自転車を押してゆっくりと家への道を歩む。今は少しでも考える時間が欲しかった。

……いや、実際の所自分の気持ちはもう分かっている。

あかりちゃんの事が好きだ。

一緒に過ごしている内なのか、初めて肌を重ねた時なのか、はたまた出会った時からなのか……それは分からないが、いつの間にかあかりちゃんの事が好きになっていた。

だけどマキさんがわざわざああいう風に言ってきたのは、その上であかりちゃんにそれを伝えるかどうかという事までを含むはずだ。

自意識過剰などでなければ、あかりちゃんが自分の事を憎からず思ってくれているのは確かだと思う。

 

しかし、それがマキさんの言うような好意なのだろうかという事に関しては自信が無い。

自分はただ野良になった彼女へ最初に手を伸ばしただけで、それに対して感謝や恩を感じる事はあってもそれが好意へ繋がるだろうか。

あかりちゃんが楽しそうなのも自分と一緒だからと言うより、初めて経験する様々の事に対してではないだろうか。

恋人同士がするような事は毎日のようにしてはいるが、それだってあかりちゃんからすれば最初に言ったように本当にただの『お礼』なのではないだろうか。

そう考えると、あかりちゃんが自分に向けているのは『おにいさん』という呼び方通り、せいぜい信頼のおける年上相手への好意といったところではないかと思ってしまう。

はぁ、とため息が白い靄となって空気に溶ける。

 

……ああそうだ、結局のところ自分はあかりちゃんに好きだと言って拒否されるのが怖いのだ。

好意を抱いているし、一歩踏み込んだ関係になりたいと思っていながらも、失敗して関係が壊れてしまうのが恐ろしいのだ。

居候という家族のように近いけれど、彼女が出て行ってしまえばそれでお終いになる、薄氷上の関係。

その上を無暗に歩いて、自分で壊してしまうような事だけはしたくない。

 

そんな風に同じような事をぐるぐると考えている内に、いつの間にか家の扉までたどり着いてしまっていた。

しばし扉を開けるのを躊躇するが、何時までもここに立っているわけにはいかないだろう。

 

「おかえりなさい……ってどうしたんですか⁉」

 

鍵を回して扉を開けると、駆け寄って来たあかりちゃんが頭の上を見てびっくりしていた。

何事かと頭に手をやると、ゆっくり歩いて帰ったせいか頭に雪が積もっていたようで、頭上からバサバサと雪が落ちてくる。

 

「ちょっと考え事しながら帰ってたから、いつの間にか積もってたみたいだな」

 

だが、今はそんな事よりも目の前のあかりちゃんに関しての方が重要だった。

改めて意識した状態で彼女を見ると、抑えきれない程の愛しさが沸き上がって来る。

それに回収課の奴らにあかりちゃんを引き渡すつもりはないとはいえ、もしかしたら今日を逃せば伝える機会が無くなってしまうかもしれない。

そう考えると、気が付けば伸ばされたあかりちゃんの手首を掴んでいた。

 

「ど、どうしたんですか?」

 

急な行動にあかりちゃんが再び驚いたような声を上げるが、こちらにもそれを思いやれるほどの余裕はない。

ここまでした以上今更何もないというのは不自然だけれども、かと言って何と言葉にすればいいものだろうか。

暫く考えるが、心臓が早鐘を打ち思考が空回りするだけで、洒落た言葉の一つも思いつかない。

 

「あかりちゃん」

「……はい、何ですか?」

 

結局自分には、思っていることをそのまま口にする事しか出来なかった。

 

「……君の事が、好きだ」

 

言った瞬間あかりちゃんが目を見開き、そして世界が止まる。

後は彼女の驚きが、肯定への前兆であることを祈って待つより無い。

あかりちゃんに反応があったのは、それから一瞬とも永遠ともつかない空白の後であった。

 

「嘘、ですよね?」

 

茫然としたままあかりちゃんは口を開く。

 

「そんな嘘つくわけないだろ。本当にあかりちゃんの事が好きなんだ」

「だって、でも……」

 

そんな事言われるはずがない、という諦めの感情が混じったように彼女は視線を外す。

 

「おにいさんが私を好きになるなんてありえないですよ……」

「……どうしてそう思うんだ?」

「私はボイスロイドで、人間じゃないんですよ? おにいさんは優しくしてくれるから勘違いしそうになりますけど、結局私は道具でしかないんです! だから、おにいさんに好きだって言って貰える資格なんて無いですもん!!」

 

あかりちゃんの伏せられた顔から、一滴の雫が垂れた。

『道具でしかない』そういえば初めて会った時も、似たようなことを言っていた気がする。

恐らく元所有者の言葉なのであろうそれは、酷くあかりちゃんを縛り付けているようだった。

なにせ、人間と変わらぬ自我を持つ彼女にとって、それは自身の存在を否定されるようなものだったろうに、野良になってからもずっとその言葉に縛られて今日まで過ごしてきたのだ。

堪らず、あかりちゃんを引き寄せて抱きしめる。

 

「そんな訳ないだろ! あかりちゃんは道具なんかじゃない!! ボイスロイドだとか人間だとかそんなの関係ないだろ、あかりちゃんはあかりちゃんなんだから」

「でも――」

 

反論しようとした彼女の言葉を遮る。

 

「その続きは聞かないからな。あかりちゃんがどうしてそう思うようになったのか、それは分からない。だけど、俺にとってあかりちゃんはあかりちゃんで、可愛くて、一緒に居ると楽しくて、どうしようもないくらいに大好きな一人の女の子なんだ!!」

「おにい、さんっ……!!」

 

それを聞いて、あかりちゃんはこちらの背に腕を回すと胸に頭を埋めて静かに泣いた。まるで今まで胸にため込んでいたものを吐き出すように。

落ち着くまで彼女の頭を何度か撫でていると、しばらくして涙声交じりにあかりちゃんが訊いてくる。

 

「……さっきの言葉、本当、ですか?」

 

恐る恐る、暗闇の中光を探すように手探りな言葉で。

 

「当たり前だろ」

「ぇぐ…………それじゃあ本当に、おにいさんは私の事を好きになってくれたんですか?」

「……うん、俺はあかりちゃんの事が好きだ」

 

あかりちゃんの感情が溢れる音がした。

 

「私も……私もおにいさんの事好きです! 大好きです!!」

 

今まで押さえつけていた感情が堰を切ったように、あかりちゃんの抱き着く力が増した。

 

「拾ってくれた時からずっと好きだったけど、ずっとおにいさんの迷惑になると思って……ずっと、ずっと我慢してたんです! だから、すごく嬉しいです!!」

「迷惑なもんか、俺も凄く嬉しい」

 

そのまま暫く抱き合った所で顔を上げたあかりちゃんの唇に、吸い寄せられるようにして唇を重ねる。

 

「んちゅ……」

 

唇をくっつけるだけの軽いキスだったが、それだけでも今までのキスよりあかりちゃんと深くつながったような感じがした。

それはあかりちゃんも同じなようで、唇を離すと蕩けた笑顔を浮かべる。

 

「えへへ……」

 

あかりちゃんも好意を持っていてくれたことが嬉しくて、あかりちゃんに抱きしめられている体だけでなくて心まで温かくなっていくようだ。

それは芯まで冷えていた体を温めてくれるような…………と散々抱き着いておいて今更ながら、自分が雪の降る中を歩いてきたせいで、冷え切っている上に服も湿っぽくなっているのに気づく。

さっきまでずっと色々な考えごとの方に集中していた為、気づいていなかったのだ。

慌ててあかりちゃんを引きはがすと、彼女の服もじんわりと湿っていた。

 

「ごめん、つい勢いで抱き着いちゃって」

「むー、そんな事くらい気にしなくていいのに」

 

どちらかというとあかりちゃんは引き離されたことに不満な様子だが、髪も服も濡れたままという訳にはいかない。

 

「いやそういう訳にもいかないでしょ、シャワー浴びたらすぐ戻って来るからちょっと待ってて」

 

そう言ってお風呂場に行こうとしたところで、あかりちゃんに袖を引かれた。

 

「あの、それだったら一緒に入りませんか?」

 

魅りょ……もとい衝撃的な提案に一瞬思考が止まる。

 

「えっと……理由を聞いても?」

「その、おにいさんがさっき告白してくれて、お互い好き同士だったって事はおにいさんと恋人になったって事ですよね」

「……まあ、そうだな」

 

無論そうなりたいと思って告白したわけだが、改めて言われると何だか気恥ずかしく、頬を掻きながら答える。

 

「それなら恋人らしいことをして、おにいさんと恋人になったことを実感したいんです」

「それで一緒にお風呂に入りたい、と」

「はい。お風呂で彼氏の背中を流すのは彼女のたしなみだと、私の常識データベースに入ってるんですけど、違うんでしょうか?」

 

何でそんなものが常識として入ってるんだ。というかそれは常識なのか……?

色々突っ込みたいところはあるが、そのおかげで頬を染めながらもあかりちゃんの方から一緒にお風呂に入りたいと誘ってくれているのだから、今はあまり考えないでおこう。

 

「まあ、確かに恋人同士でお風呂に入るのはある事だと思うし、あかりちゃんがそうしたいならいいよ」

本当はこっちからお願いしますと頼み込みたいほど魅力的な提案なのだが、その興奮を悟られないように抑えて答えると、あかりちゃんはぱあっと表情を輝かせる。

 

「やった! それじゃあ早くお風呂場に行きましょう!」

 

あかりちゃんは言うが早いか手を握って、お風呂の方へと引っ張っていくのだった。

 



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※四日目 その三 お風呂の中で

「えへへ、おにいさんとお風呂~」

 

ご機嫌なあかりちゃんに次いでお風呂へ入るとさほど広くも無い浴室にはお風呂から上がった湯気が充満していて、それがあかりちゃんの裸体をベールのように包み込んでいた。

既に何度かあかりちゃんの裸は見ているのだが……柔らかそうな太腿に滑らかな曲線を描く腰、そしてなにより指を埋めたいという衝動に駆られそうな胸。

それらが薄もやの中で朧月のように隠されて、何時もより艶めかしく見える。

 

「どうかしましたか?」

「ああ、いや……その、改めてきれいだなって思って」

 

まさか正直に『なんといやらしいド助平ボディなのじゃ! ぐへへへ』という訳にもいかないのでそう誤魔化すと、あかりちゃんは「えっ⁉」とびっくりしてから上気した肌を一層赤らめて

 

「……そう言って貰えると嬉しいです」

 

と少し恥ずかしそうに、だが嬉しそうにはにかんだ。

……そんな純粋そうにされると少しだけ罪悪感を覚えてしまう。

 

「あー……、じゃあ先にシャンプーするから」

 

そういう事は後でもできる、あくまで今はあかりちゃんの希望を叶えて一緒にお風呂に入るだけだと自分に言い聞かせ、彼女の肢体から顔をそそくさと背けてシャワーヘッドを手に取った。

と、その手をあかりちゃんにがしりと捕まえられる。

 

「もう! 私が背中を流すって言ったじゃないですか」

「いやいやシャンプーは背中じゃなくて頭じゃんか」

「背中を流すっていったら慣用的に全身洗うに決まってるじゃないですか。ほら! おにいさんは座ってください!」

 

ご立腹ですといわんばかりに頬をハムスターのように膨らませたあかりちゃんはたちどころにシャワーを取り上げると、俺をぐいぐいと風呂場椅子に座らせる。

 

「それじゃあ始めますねー、目を瞑ってくださーい」

 

駄々っ子に言い聞かせるような口調に抵抗する間もなく、頭上から降って来る水音に慌てて目を閉じると、頭の上に添えられた彼女の手がゆっくりと頭皮を揉んでいく。

 

「シャンプーはつけないのか?」

「後でつけますよ。最初に予洗いした方が、奇麗に汚れも落ちますから……あ! 別におにいさんが汚いとかそういう事では無いですからね!!」

「いやいや、普通に生活してれば汗もかくし汚れはたまっていくから。あかりちゃんだって汗臭いのは嫌だろ?」

「いえ、おにいさんの匂いは心地いいというか安心できるというか……とにかく、いい匂いですよ?」

「そ、そうか」

 

いい匂いだと言われるのは何だかくすぐられているように気恥ずかしい。

何と会話を続ければいいのかも分からず暫く押し黙っている間に、いつの間にか頭にはシャンプーがシャクシャクと小気味良い音をたてながら泡立っていた。

 

「かゆい所は御座いませんかー?」

 

あかりちゃんは楽しそうに、こう言うシチュエーションではお決まりのセリフを口にする。

 

「ん、大丈夫。むしろ凄く気持ちいいよ」

 

実際あかりちゃんの手並みはとても上手で、何時もの自分の適当な洗い方とは比べ物にならない。

まるで頭を洗ってもらっているというより、専門店でマッサージを受けているような心地よさだ。

 

「それなら良かったです。それじゃあそろそろ流しますよー」

 

嘘でもかゆいと言っておけば良かったかな、と頭から離れる手に名残惜しさを感じながらシャンプーを落として貰う。

うん、やっぱり洗った後もいつもよりさっぱりしている感じだ。

 

「どうですか?」

「うん、凄く良かった。毎日でも洗ってほしいくらいだよ」

「本当ですか? それならこれから毎日洗いますね!!」

 

比喩として言ったつもりだったのだがどうやらあかりちゃんは本気にしてしまったらしく、既にむふーと鼻息を荒くしてやる気に満ち溢れていた。

今更否定してはがっかりしてしまうだろうし、それに否定する理由も無い。

 

「それじゃあ、明日からもお願いしようかな」

「はい!!」

 

鏡越しに満面の笑みを浮かべるあかりちゃんを見ていると、知らず知らずのうちに自分の頬も緩んでいた。

 

「じゃあ、次は背中を洗いますね」

「おう、頼む」

 

背後から聞こえるクシュクシュとボディソープを泡立てる音も何だか上機嫌そうだ。

 

(それにしても……)

 

背後に全裸の女の子がいるというのに先ほどのような疚しい気持ちは湧いてこず、むしろ何だか春の日差しの中にいるようなゆったりとした安らぎを感じる。

一緒にお風呂と聞いたときはもっとエロエロな展開を想像してたし、そんな事に誘ってくるなんてあかりちゃんはなんてえっちな娘なんだ! と思っていたのがちょっと申し訳ない。

 

と、漸く泡立てが終わったのか柔らかいものが背中にあてがわれ、ゆっくりと上下に泡を塗り広げていく。

比較的体が硬いせいで、いつも背中を洗うのはさっぱりするというより一運動という感じなのだが、こうやって洗ってもらうとゆったりできていいものだ。

にしても家にこんな大きいスポンジなんてあったろうか? かと言って素手で洗っているにしてはあかりちゃんの手と言えど柔らかすぎる気がするのだが……。

そんな疑問を浮かべていると、あかりちゃんが妙に艶っぽい声で加減を尋ねてきた。

 

「んっ……。どうですか? 気持ちいいですか?」

「っ! うん。あー、でももう少し強くてもいいかな」

 

セックス中の彼女を思い出させる声に少しドキリとしながらもそう答えると、背中に押し当てられた柔らかな感触はそのままに、あかりちゃんは『両手』をお腹へと回してきた。

その光景に、今更ながら自分の背中に押し当てられていたものの正体を理解する。

 

「んしょ……」

 

そのままずりずりとあかりちゃんの双丘が背中の表面を上下する。

一度気づいてしまうと柔らかな中のちょっと固い先端の感触や、耳元で吐かれる熱っぽい吐息やらを意識してしまい、たちどころに眠っていた獣欲が目を覚まして下半身へ血液が送られていく。

 

「ちょ⁉ あかりちゃん! 普通に洗ってくれればいいから!!」

「え? でもこうするのが正しい洗い方だし男の人は喜んでくれるって、常識データベースにはありますけど……もしかして気持ちよくなかったですか?」

「いや、うん。すごく気持ちいい。すごく気持ちいいけど――」

「じゃあ続けますね」

 

……うん。あかりちゃんの常識データベースとやらを作った人は絶対変態野郎に違いない。

とそんな事を考えて理性を維持しようとしても、背中に押し付けられているふわふわでむにゅむにゅの感覚は消えたりしない。

正直もうあかりちゃんとは彼女彼氏になったのだから別に我慢する必要無いんじゃないか? とも思うのだが、あまりがっつきすぎるのも良くないとかどこかで見た気もする。

振り向いて手を出してしまうかそれともこれ位はクールに流すか板挟みで動きが取れないでいる間に、あかりちゃんの手は離れて背中に密着していた重みも失われてしまう。

 

「はい、終わりましたよ」

「あっ……あーそうか、ありがとう」

 

幸福な時間は早く過ぎると言われているが、どうやら至福の時間は一瞬らしい。

 

「じゃあ、次は前を洗いますからこっち向いてください」

 

――訂正、至福の時間はもう少しだけ続きそうだ。

あかりちゃんの方へ向き直ると、そこには想像よりもはるかに煽情的な姿であかりちゃんが座っていた。

単体でも暴力的な存在感を誇るおっぱいの上にデコレートされた白い泡が、その谷間を通ってみぞおち、臍を清水のように流れ、終着点である太ももとお股のデルタ地帯に小さな池を作っている。

 

「うわ……えっろ」

 

気づけば口からも心の声が漏れてしまっていて、それを聞いたあかりちゃんは恥ずかしそうに口元をむにむにと歪ませた。

 

「ごめんそんなことは無い――訳では無いけど、つい思ったことが口から出ちゃって」

「いえ、謝らなくていいんです。確かに面と向かって言われると少し恥ずかしいですけど、おにいさんにそう思ってもらえるのは嬉しいですし……」

 

とあかりちゃんはそこで少し言い淀んで、顔の前で合わせた指を所在なさげにくねらせてから

 

「おにいさんが望むなら、ひゅ、羞恥プレイも大歓迎ですから!!」

「いや別にそんな趣味は微塵も無いからね⁉」

 

思いっ切り噛みながら全力でそんなこと告白しなくていいから。

というかそれを言い出したらあかりちゃん的には、さっきのソープまがいの行為は羞恥プレイ扱いではないのだろうか。

いやあかりちゃんの事だから本当に情報としてある通り、男の人が喜ぶとあったから純粋にそうしたのかもしれない。

 

「っくしゅっ!!」

 

改めてあかりちゃんに変な常識を教え込んだ奴に対する怒りとも感謝とも分からぬ複雑な感情を抱えていると、あかりちゃんが可愛らしいくしゃみをした。

 

「大丈夫? 体冷えてないか? 何だったら先にお風呂入ろうか」

「いえ、大丈夫です。ちょっと鼻がむずむずしただけですから」

「本当に?」

 

確かにあかりちゃんはボイスロイドだし体が冷えても問題ないのかもしれないが、それでも女の子の体を冷やすのは忍びない。

どうしたものかと考えていると、あかりちゃんが何かを思いついたように口を開いた。

 

「それなら私が洗ってる間、おにいさんが私を温めてくれればいいんですよ!」

 

言うが早いか、あかりちゃんはぴょこんとこちらの腿を挟み込むように座って思いっ切り密着してきた。

 

「えへへー、やっぱりおにいさんはあったかいです」

「お、おう。そうか、それは良かった」

 

なんて平静を保とうとしているが、現在自分の張り詰めた愚息にはあかりちゃんの泡塗れの秘所がむぎゅっと押し付けられてしまっており、これで興奮するなと言う方が無理な話だ。

そしてびくびくと自らの存在を主張する一物の存在にあかりちゃんが気づかないわけもなく

 

「……おっきくなってますね」

「……まあ、そりゃあんなことされたらな」

「さっきのだけで興奮しちゃいましたか?」

 

小悪魔的に舌をちろっと覗かせながら言うあかりちゃんに、一層情欲の炎が燃え上がった。

 

「なんだ、やっぱり分かっててやってたんじゃないか――この悪い娘めっ!」

 

軽く腰を引いてからあかりちゃんの割れ目の先端、クリトリス目掛けてぐりっと肉棒を押し付ける。

 

「んにゃぁっ!!」

 

発情期のネコみたいな悲鳴を上げて、あかりちゃんは体をビクッと震わせた。

 

「~~っ!! そうです、あかりは悪い子ですっ。おにいさんの彼女にしてもらえたのが嬉しくて、こんなことしちゃう悪い子ですっ! ですからおにいさんのおちんちんでお仕置きしてください!!」

 

そんな事を言いながらもあかりちゃんは腰を浮かして亀頭を熱々に熟した膣口に押し当てて、自分から挿入の準備をしている。

彼女への入り口からは泡と愛液の混じった粘性の液体が竿を伝って流れ落ちて来ており、少し腰を押し込むだけで至上の快楽が得られることだろうことは想像に難くない。

だが、ふと考えて見れば今までエッチな事に関してはいつもあかりちゃんにペースを握られっぱなしで、なんだか癪な気がしてきた。

よし、今日は意地悪してやろう。

ペニスをつき込むふりをして、わざと入り口をずらし小陰唇の中を軽く小突く。

あかりちゃんは小さくんっ、と喘ぎ声を漏らしたが、思っていた快感と違う不満の色が隠しきれていない。

 

「ごめんね、ちょっとずれちゃった」

 

口の端が吊り上がらないように気をつけながら、心にもない謝罪を口にしつつ、そのままあかりちゃんの小陰唇の中を探る様に先端でじっくりねっとりかき混ぜる。

 

「こっちかな? あれ、おかしいなー。ごめんねなかなか入らなくて」

「んっ、おにいさん、これわざとですよねっ? 意地悪はやめてくださいよぅっ!」

 

暫くは我慢していたあかりちゃんだったが、軽い刺激しかない切なさに耐えきれなくなったのか抗議の声を上げた。

 

「だってあんなに濡れてちゃあお仕置きにならないだろ?」

「うーっ、でも――ひゃあんっ!!」

 

そして、油断しているところで思いっ切り最奥の部屋へとノックをかます。

不意打ちの一撃で達してしまったのか、あかりちゃんはふるふると痙攣する手足を精いっぱいこちらに絡みつかせ、その非力さとは逆に肉壺は痛いほどに肉棒を締め上げた。

 

「~~っ!! ……酷いですよぅ、おにいさんのイジワル」

 

暫く快感にされるがまま身動きの取れなかったあかりちゃんは、口をへの字に曲げて文句を言ってくる。

だがその語調は蕩けきっており、目にはハートが浮かんでいるようだ。

 

「ごめんごめん、あかりちゃんが可愛いからつい、ね。でもあかりちゃんだって満更でもないんだろ?」

 

そう聞きながらも下半身は、子宮口と鈴口がディープキスしているかのように密着させる。

 

「あっ! んんっ!! そんな事、しながら聞くなんて、卑怯っ、ですよぅ」

 

あかりちゃんは困ったように眉根を寄せて

 

「おにいさんになら、何をされても嬉しいに決まってるじゃないですか」

「っ! あかりっ!!」

 

なんだかまたエッチの主導権を奪われた気がするが、そんな事を言われて我慢できるものか。

あかりちゃんの口へむしゃぶりつきながら彼女の腰に手を回し、上から下まで一分の隙間も無いほどに密着する。

 

「んはっ……むちゅっ……」

 

口腔から頭蓋に淫靡で甘ったるい水音が反響して、脳が麻痺してしまいそうだ。

僅かに残った本能に任せてあかりちゃんの躰を揺すると、その度毎に膣が震えて精液を搾り取ろうとする。

 

「あかりちゃん……もしかして、いつもより感じてる?」

「らって、今日からはお礼じゃなくて、おにいさんの彼女としてエッチができるんですもん」

 

あかりちゃんの瞳が潤んでいるのは、興奮によるものだけでは無さそうだった。

心だけでなく体でもこんなに喜んでくれるのなら、もっと早くに告白しておけば良かっただろうか、とも思うがそれは今更だ。

それに後悔するなら今から何度でも言ってやればいい。

 

「俺も、あかりちゃんが彼女になってくれて凄く嬉しい。大好きだよ」

 

大好きだよ、という言葉に反応してあかりちゃんの躰がビクンと跳ね、そして接合部から愛液とは違うさらさらしたあったかい液体が勢いよくふきだした。

 

「あっ! やだっ!! やだっ!!」

 

あかりちゃんは慌てて太ももを締めて液体を止めようとするが、イったばかりで碌な抵抗も出来ないようで、液体はたちどころに二人の体の間に温い池を作っていく。

これが話に聞く潮を吹くという奴なのだろうかと感心していると、あかりちゃんが申し訳なさそうに。

 

「……ごめんなさい、おにいさんの事汚してしまって」

「いや、別に汚されたとは思ってないから平気だよ」

「でも……」

 

茹でだこのように真っ赤になって謝るあかりちゃんの頭を撫でてなだめる。

 

「というか、むしろあかりちゃんにマーキングされたみたいで興奮するし何も問題は無い」

「……それはちょっと変態っぽいですよ?」

「男はすべからく変態だからしゃーない。それに、あかりちゃんの弱点も分かったことだしね……。 大好きだよ」

「んっ⁉」

 

今度は潮を吹なかったものの、再びあかりちゃんの躰が震える。

 

「ひ、卑怯ですよっ?! それに、そんな軽々しく好きって言われても嬉しくありません!」

「別に軽々しくは言ってないよ。本気で言ってる、あかりちゃんの事好きだって」

「~~っ!!」

 

面白いくらい敏感にきゅんきゅん肉棒を締め付ける蜜壺の感触を愉しみながら、あかりちゃんの耳元で愛を囁く。

 

「も、もう! ほんとにっ! ダメだからっ!! イき過ぎて壊れちゃうよぉっ!!」

 

あかりちゃんは赤ん坊のように只々しがみつくので精いっぱいといった感じだったが、こちらも先ほどから間断なく何度もペニスを刺激されて、精液を吐き出したいと腰が震え始めている。

だが、射精するにはあと一押しの刺激がどうしても欲しかった。

 

「あかりちゃん、少し激しくしてもいいよね」

「? ひゃい?」

 

訊くというより言い聞かせるように、もはや前後不覚で自分が何を承認したのか分かっていないあかりちゃんの腰を掴んで勢いよく上下させる。

 

「んあおあぁっ?!」

 

普段のあかりちゃんからは想像できない獣じみた声と共に、背中に回された手の爪が皮膚に食い込んだ。

だが今は、その痛みすら快感だった。

あかりちゃんの尻肉が何度も腿に激しく激突し、その度毎に獣のような嬌声が浴室内に響きわたる。

 

「おにいひゃん! しゅき! らいひゅき!!」

「俺も大好きだぞあかりっ!!」

「うん! うん!! らっらら、あかりはおにいひゃんのものだってひるし付けて! おにいひゃんだけのものらっれ、いっぱいマーキングしれぇっ!!」

(くっそまともにろれつも回ってないくせにそんな可愛いこと言いやがって――っ!)

 

もう抱いている感情が愛情なのか肉欲なのか分からないほどドロドロに溶け切って、ただ残った本能だけで肉同士を打ち付ける。

 

「それなら出すぞっ!! あかりのお腹いっぱいにしてやるから、全部残さず飲み込めよっ!!」

「のむっ! おにーひゃんのせーえきじぇんぶのみまひゅぅっ!」

 

あかりちゃんが言い終わった刹那膣が一際大きく痙攣し、それを合図に鈴口が決壊した。

宣言通り一滴も残すまいとあかりちゃんの子宮口は亀頭を離さず、まるで全てを吸い上げられてしまうような快楽に、目の前が真っ白になっていく。

幸せな快感の海に放り投げられぼんやりと揺蕩う意識の中、最後に覚えているのは本心が口から溢れたことだけだった。

 

「あかりちゃん……大好きだよ」

 



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四日目 その四 幸せとその裏で

「はぁ、はぁ……」

 

絶頂のし過ぎで朦朧とする意識が輪郭を取り戻し、初めて認識したのは荒い息の音。

そして次に感じたのは自分のお腹に注がれたあったかい感触だった。

小鹿のように震える脚で何とか立ち上がると、名残惜しそうにおにいさんのおちんちんが抜け、精液が零れてきた。

 

「あっ……」

 

反射的に手を当てると、あっというまに片手に溢れんばかりの白い湖が出来る。

 

(まだお腹の中にもたくさん残ってるのに、こんなに出たんだ……)

 

今までエッチした中で、間違いなく最大の量。

この量が、おにいさんも恋人としての初エッチを楽しんでくれた結果なのだとすれば……。

そう考えるだけで凄く嬉しくて、今終わったばかりだというのにお腹の奥がキュンと切ない痛みを訴える。

 

(でもこれ、どうしよう)

 

朦朧とする意識の中でも、おにいさんに精液を全部飲むと約束したことは覚えている。それなのにこんなに溢れさせてしまっては、折角出してくれたのに申し訳ない。

しかし、かと言ってこれをもう一回膣に流し込んでもすぐにまた溢れてくるだろう。

どうしたものかと悩んでいるとふと精液の匂いが鼻について、そのまま手を鼻に寄せて匂いを嗅ぐ。

データベースには生臭い匂いがして苦じょっぱいとあったが、全くそんなことは無い。

 

(……むしろ、いい匂い?)

 

嗅いでいる内にドキドキして、頭がくらくらする様な、でもどことなく安心する様な匂い。

知識と違ってこんなにいい匂いがするのは、やっぱりおにいさんの精液だからだろうか。

 

(という事はもしかして味もおいしいのかな)

 

そうだ、精液を全部飲むと約束はしたが別に膣で飲むとは言っていない。

あくまで自分の好奇心を満たすためではなく約束を守る為、そう言い訳しながら口の中へ白濁液を流し込んだ。

 

(っ――!!)

 

瞬間、まるで甘露を口に含んだかのような多幸感があふれ出し、頭の中からおにいさんの色に染め上げられるような感覚が口腔からぴりぴりと脳を犯す。

 

「ちょっ! あかりちゃん?!」

 

と、そこでおにいさんの驚いた声が聞こえた。

 

「美味しくないでしょ、吐き出していいから、ほら」

 

どうやら私が精液を口にしたことに焦っているようで、吐いていいよと手を差し出している。

だけど私はゆっくり首を振ってからごくりと全部呑み込んだ。

 

「そんなことないです、凄く美味しかったですよ」

「いや、無理しなくていいから。確かにさっきは勢いで全部飲んでって言っちゃったけど別にそこまでしなくても……」

「別に無理してません、本当に美味しかったですもん」

 

おにいさんはえぇ……、と言った感じの顔で全く信用していなさそうな顔をする。

 

「何だったらおにいさんも飲んでみます?」

「いややめてください、それだけはマジで」

 

食い気味で断られてしまった。

が、おにいさんの下半身はそれに反して反り返り、いつでも発射する準備を整えている。

 

「でもおにいさんのは出す準備万全みたいですけど」

「違うそうじゃ無い。これはあかりちゃんが自分の精液を美味しそうに飲んでくれて興奮してるだけだから」

 

折角美味しいのだから分け合って味わいたいところだったが、それはどうやら難しそうだ。

だけど、自分で興奮してくれるのはやっぱりうれしい。

 

「……もう一回、しちゃいましょうか?」

 

おにいさんのおちんちんがピクンと首肯した。

 

 

 

(うぅ……今日は流石にやりすぎちゃったかな)

 

結局あの後お風呂の中で二回、更に布団の上でも二回の計五回もしてしまって流石に体が重い。

 

(でも、今日くらいはいいよね)

 

何せおにいさんから好きだと告白されて、その上彼女になってしまったのだ。

願うだけでもおこがましいと思っていたことが、まさか本当の事になるなんて。

 

「好きだ――か」

 

おにいさんに言われた言葉を思い返しただけで自然と頬がほころんでしまう。

そんな幸せを邪魔しようとしつこい頭の痛みがまたツキツキと自己主張を始めるが、いまならそんなもの気にもならない。

 

……だけど、ついに朝から続く頭の痛みはついに今日一日消えることは無かった。

 

自分の頭に手をのせる。

日に日に増す原因不明の頭の痛みは、間違いなく「何か」が自分をむしばんでいる証拠だ。

それが何時かは分からないが、問題が顕在化して、自分が致命的に壊れてしまうのもそう遠い話ではないのかもしれない。

これ以上壊れてしまったらどうなるのだろうか?

今よりももっと痛くなるのだろうか、それとも記憶が破損して自分が自分でなくなってしまうのだろうか、それとも……。

考えてしまうとやっぱり、怖い。

ふと、もしもおにいさんに相談したら……と考えて、すぐにその考えを鼻で笑い飛ばす。

きっともしそうしたのなら、おにいさんは何とかしようと手を尽くしてくれるだろう。

だけど今までも沢山迷惑をかけて、それでも幸せにしてもらって、それでこの上また迷惑をかけるなど、どうしてできようか。

静かに体を起こしておにいさんの方を向くと、おにいさんは油断しきった表情で規則正しい寝息を立てていた。

そうだ、今こうしておにいさんと会えておにいさんの隣にいれて、それだけで十分に幸せじゃないか。

だから、これ以上を望んではいけない。

 

…………でも、もし叶うのならば。

おにいさんを起こさないように、そっと頬に唇を降らせる。

 

「……明日も明後日も、一日でも長くおにいさんと一緒にいれますように」

 

――――

「遅くまでご協力ありがとうございます」

 

私はショッピングモールの管理人に深く一礼をして踵を返すと、それから時計を確認する。

……流石に相手が第一容疑者とはいえまだ黒と断定できるわけでもないし、今から押し掛けるようなことをしてもし間違いなどあれば、会社と同型達の名に傷をつけてしまう。

もどかしさに歯噛みをして、タブレットに映っている監視カメラから抜き出した映像をねめつける。

 

映っているのは件のあかり型と、その隣を歩く男の姿。

間違いなく今日の朝一番に会ったあの男だ。

昨日はあかり型に覚えがないなどと言っていたが、しっかり会っているではないか。

自分たちはあくまで一企業、公権力では無いので直接監視カメラの映像を見ることなどは出来ないとはいえ、危険な野良化したボイスロイドを確保するために低級画像解析AIを噛ませて確認することぐらいはできる。

結局映像確認の途中であかり型はロストしてしまったが、少なくとも入店時から結構な時間あの男はあかり型と行動を共にしていた。

もし今朝あの男と会ったときに注意深く周りを観察していれば、今頃あかり型の確保は終了していたかもしれないのに。

時間に駆られるようにもう一度時計を見ようとしたところで、インカムが着信を伝えて来た。上司からだ。

 

「どうかね?」

 

通話ボタンを押した瞬間に聞こえた第一声に、時間が無いんだという事を改めて理解させられる。

 

「申し訳ありませんが、まだ確保できておりません。ですが、当たりはつけました」

「そうか。君も知ってるだろうが時間は限られている。早急に頼むよ」

「お任せください、明日中には必ず」

 

しまった。

電話を切ってから、まだあの男のもとにあかり型がいると決まった訳では無かったな、と思い至る。どうやら自分も相当焦っているようだ。

とはいえどちらにしろ期限を考えれば、明日中に確保しなければ後は無いのだ。

……大丈夫。もう一つの証拠も合わせれば、あの男のもとにいる可能性は極めて高い。

 

「……明日中には必ず」

 

私は自分に言い聞かせるように、切れたインカムに向かって繰り返した。

 



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五日目 その一 日常はあっけなく

 

ピンポーン

 

朝の微睡を破ったその音がチャイムの音だと理解した瞬間、胃に氷を流し込まれたような感覚で一気に目が覚める。

昨日と同じ、睡眠を妨げるチャイムの音。

通販にしろ知人にしろ、今日誰かがこの家を訪ねてくる予定など入っていない。

思い当たる相手はただ一人、昨日来た紫色の女しかいなかった。

 

ピンポーン

 

せっつかせるようにもう一度チャイムが鳴る。

出る気にはならないが、例え来ているのがだれであれ確認はしておきたい。

隣に寝ているあかりちゃんを起こさぬよう、そして何より訪問者に気づかれぬよう音をたてず起き上がる。

寝ているあかりちゃんが苦しそうに眉をしかめているのが少しばかり気がかりだが、今はそれより先に訪問者へ対処しなくてはなるまい。

 

足音を消したまま、玄関の方ではなくキッチンへと向かう。目的は普段埃をかぶっているインターホンだ。

玄関に直接出るのと距離も大して変わらず、キッチンのドアの裏にある為、ドアを閉めないとまともに使えないという使い勝手の悪さからほとんどその存在を忘れかけていたが、完全に忘れてしまっていなくて助かった。

果たしてキッチンへのドアを閉めた所でインターホンの画面に映っていたのは、昨日の結月と名乗ったあの紫色の女性と男たちのセットだった。

 

まさかもう一度訪ねてくるとは思わず、街中で出会ってしまう事を恐れて実家への出発を明日まで伸ばそうとしていた訳だが、これならさっさと昨日のうちに行ってしまった方が良かっただろうか――いや、今更後悔しても詮無い。

どうする? このまま静かに居留守していれば立ち去ってくれないだろうか。

 

「いるのは分かっていますから、早めに出て来ていただけると助かるのですけど」

 

画面向こうから考えていたことを読まれたみたいなことを突然言われ、体がビクッと反応してしまいそうになる。

構造的にインターホンの外から中が見える筈がないとは分かっていても、こちらの目を射抜くようなアメジストの瞳は、画面のこちら側を見通しているのではないかと疑わずにはいられない。

動揺で乱れた呼吸を整えて、考えを巡らせる。

向こうはこちらが家にいると確信しているようだし、仮にそれがブラフだったとしても何かの弾みで居留守だと露見した場合、何故出なかったのか、疚しいことでもあったのかと余計に疑われかねない。

だとすれば、ここはインターホンで対応して時間を稼ぎ、その間にあかりちゃんに隠れてもらうなりして対処した方がいいだろう。

 

「はい、何でしょうか?」

 

覚悟を決めて応答ボタンを押す。

 

「先日お邪魔させていただいた結月ゆかりです、朝早くから申し訳ありません」

 

相変わらず丁寧な口調だが、どことなく昨日よりとげがあるような気がする。

 

「いえいえ。それで、何の御用でしょうか」

「そうですね、先ずはこちらを見ていただきたいのですが」

 

言うが早いか彼女はずい、とタブレットの画面をカメラに近づける。

映っていたのは自分とあかりちゃんが並んで歩いているのを上から撮った映像。

周囲の光景から先日のモール内で取られた映像であることは間違いないだろう。

 

「……これはモールに設置された監視カメラで一昨日撮られた映像ですが、このあかり型と行動を共にしているのはあなたですよね?」

 

一昔前の監視カメラと違い、今の監視カメラは素人でも顔の区別が付く程度には十分高精度だ。

流石にこれを自分ではないと言い張るのは無理がある。

 

「……ええ、そうですね」

「昨日お伺いした際にはこの子に見覚えが無いとおっしゃっていた筈ですが?」

「ああ、申し訳ありません。昨日はお恥ずかしながら寝起きだったもので、記憶がぼんやりしていたんですよ」

「彼女は結構特徴的な外見をしていると思うのですが」

「いやー、本当に申し訳ない。低血圧なせいで本当に朝は弱いんですよ、そういえば一昨日会いましたね」

 

自分でも驚くほどすらすらと嘘が口から流れ出る。

紫の女性はいぶかし気に片眉をひそめたが、会ったことを認めたからか、それに関してはこれ以上追求してこなかった。

 

「……そうですか。では改めて、このあかり型は問題を抱えており、マスター、つまり所有者の下から逃げ出している野良個体です。迅速に回収、処置を行わなければならないのでもし匿っているのなら即座に引き渡して頂きたいのですが」

 

っ――やっぱりそう来るよな。

『処置』という言葉に舌打ちしそうなのをぐっとこらえ、この場を切り抜ける為頭を回す。

 

「いや、彼女とはモールの近くで会って道案内しただけなんですよ。ここらに住んでる人でモールの場所を知らないのは変だなと思ってたけど、そういう事だったんですね」

 

少し無理があるとは思うが、これ以外に良い言い訳が思いつかなかった。

 

「道案内ですか……それにしては随分と長い道案内だったみたいですけれど」

 

フリップされたタブレットは、次々とあかりちゃんと一緒に居るシーンを流していく。

不幸中の幸いは、一緒にランジェリーショップに入った所と、あかりちゃんをトイレに連れ込んだ瞬間は撮られていなかった事だろうか。

一階のスーパーあたりでマキさんに話しかけられた所で映像は最後なのか、そこで彼女は後ろの黒服にタブレットを渡した。

 

「残念ながら一緒に店を出るところは確認できませんでしたが、楽しそうにお話ししているような映像もありましたし、これで道案内しただけというのは少し信じがたいですね」

「いやいや、だってあんなかわいい子に声をかけられたんですよ? あなたのように相手に困らなそうな女性には分からないと思いますけど、女の子と縁が無い自分としては是非ともお近づきになりたいと思うに決まってるじゃないですか」

「……つまり、ナンパしていたと?」

 

彼女の瞳に軽蔑の色が混じった気がしないでもないが、それより大事なのはマキさんの助言通り、帽子が隠れるのに役立っていたという事を彼女が自白してくれたことだ。

これで移動時にあかりちゃんの存在が露見するかもという憂いは無くなった、後はこの場を乗り切ればいい。

 

「まぁ、そんな所ですよ。顛末については覗き見てご存知のように、焦りすぎたせいで振られてしまいましたけどね」

 

紫の女性は考え込む。

きっと都合がよすぎる話だとは思われているだろうが、その一方で確たる証拠がない以上こう言われてしまってはこれ以上突っ込みようが無いはずだ。

とはいえこれ以上追求されて嘘を重ね続けていては、いずれどこかで破綻してしまう訳で、出来れば早々に引き上げてほしいのだが。

 

「成程、ご協力ありがとうございます」

 

緊張の糸が緩む。

その一瞬後に続く言葉も知らずに。

 

「……ただ、もう一つ協力して頂きたいことがあるのですが」

 

乗り切ったと少しでも安堵してしまったがゆえに、緊張の糸がブツリと切れてしまいそうだった。

 

「な、なんでしょうか?」

 

震えそうになる声帯に力を込めて何とか音として整える。

 

「実はこのアパート近辺で、そのあかり型がネットワークに接続した履歴が残っているんです。そこで、このアパートにあかり型が隠れていないか確認したいのですが」

 

それは明に部屋へと招き入れて探させろという事だった。

 

「それは――ちょっと、今は部屋が汚いので出来ればご遠慮したいところなんですが」

「大丈夫ですよ、玄関に入れていただければ十秒とかからず確認できるので。それに、野良個体の中には倫理コードが破壊された結果、平気で人を傷つける危険な個体もいますので、あなたの安全の為にもご協力願います」

 

クソ、嫌なカードを切られた。

ネットワークに接続した履歴というのが本当の事かブラフかはさておき、これだけなら何とか口先だけで切り抜けれたかもしれない。

だが、安全の為というカードを切られて尚拒否するのはあまりに怪しすぎる。あかりちゃんがいると自白しているのと変わりない。

どうすればいい? ここさえ切り抜ければ状況は一気に楽になるのに――

そんな自分の煩悶を察知したかのように、彼女はふっ、と目元を緩めて口を開く。

 

「……無いとは思いますが一応言っておきますと、たとえあかり型を匿っていたとしても今なら不問に付すのですけれど」

 

少し和らげられた声は、まるで悪魔が契約を囁くように

 

「どうしますか? まだ、間に合いますよ?」

 

瞬間、冷酷なまでの冷静さが動揺も焦りも全てを押し流した。

……嗚呼、なるほど。あかりちゃんを売ればお前はお咎め無しってことか――!!

 

「――ははは、もしかして疑ってます? ご期待に沿えず申し訳ないですが、匿ってたりはしないですねぇ」

 

苛つかせるように、わざとおどけた声で答えてやる。

大切な人を犠牲にして安寧を得る? 

そんなもの最高に最悪だ。

冗談にしたってあまりに笑えない。

その答えに、紫の回収課は両脇に立つ男たちと同じように表情を滑落させた。

 

「……いいんですね? これであかり型が見つかった場合、しかるべき処置を取らせていただくことになりますが」

「そう言われても、居ないものを居ると偽ったって何のメリットもありませんのでねぇ」

 

その声は先ほど以上に冷たさを伴ったものになるが、きっと自分の声もそれと同じくらい冷え切っていることだろう。

 

「それでは部屋に入れていただけますよね?」

「分かりました。……ただ、少しだけ待ってくれませんか?」

「何故ですか? もし時間稼ぎをしようと――」

「ああ違う違う、今ちょっと裸でしてね」

「は、はだかっ――?!」

 

美人な割にそっち側の耐性は無いのか、回収課の女は顔を真っ赤にする。

これならば――

 

「あ、もしかして男の裸に興味があります? それならこちらは気にしないので別に今すぐ全裸で出ても――」

「~~っ! わかりました! 分かりましたから!! 少し待ってますから服を着てから出てください!!」

 

明らか訴えられてもおかしくないセクハラ発言な自覚はあるが、その甲斐あって彼女は一層顔を真っ赤にし、見えても無いのにインターホンから目を背けた。

よし、これで多少の時間は稼げただろう。

今のうちにあかりちゃんを何とか家から避難させなければ。

そういえばここは二階だが、幸いにも窓の下には降りれる高さにブロック塀があったはずだ。そこからしばらくの間逃げて貰えばいいだろう。

冷静になった為か打開策も思いつくことが出来、後は早くあかりちゃんを起こして――と和室のふすまを開けるが、そこにあかりちゃんの姿は無かった。

 

代わりに部屋の窓が開いており、そこから刺すような冬の風が吹き込んでいる。

まさかと慌てて窓から身を乗り出すと、今まさに帽子をかぶったあかりちゃんがブロック塀の向こう端から道路へと飛び降りようとしているところだった。

 

『あかりちゃん!!』

 

危うく回収課がいるのに呼び止めそうになって、すんでの所で踏みとどまる。

と、あかりちゃんもこちらに気づいたようだった。

その顔に浮かぶのは、今にも泣きだしそうな、だが同時に悲壮な決意を決めたような表情。

そんな表情で、あかりちゃんはそっと口を開いた。

 

「ごめんなさい、さようなら」

 

聞き取れるか聞き取れないか分からないほどの小さな声だったが確かにそう言って、あかりちゃんはブロック塀から飛び降りた。

まるでこれが永遠の別れだと言わんばかりに。

 

「くっそ!」

 

もしかしてさっきのやりとりを聞いていたのだろうか。

本当なら今すぐにでもその後を追いたいところだったが、先に回収課への対処をしなければなるまい。

噛みしめた唇からは、うっすらと鉄の味がした。

 



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五日目 その二 方々を探して

―あかり―

 

「――っ!!」

 

耐えがたいほどの激痛に目が覚める。

またこの痛みかと体を起こそうとした所で、焦点が合っていないかのように視界が不明瞭な事に気づく。

おぼろげな視界は何度瞬きしても、目をこすっても治らない。

ついに視覚まで壊れ始めてしまったのだろうか。

体の動きも余計なプロセスを噛まされたように重く、体温も平常より高いように感じる。

……本当に、あとどれだけ持つのだろうか。

不安を誤魔化すためおにいさんに甘えようとするが、おにいさんはもう起きているようだ。

 

「?」

 

家の中にいるのだろうかと耳を澄ませて、おにいさんと誰かが話しているのに気づく。

はっきりとは聞こえないもののその声色にははっきりと緊張の色が混じっていて、どうも穏やかな雰囲気とは言い難い。

どうしたんだろう、とよろめきながらも立ち上がってふすまに耳を当てる。

 

「――のアパート近辺で、そのあかり型がネットワークに接続した履歴が残っているんです。そこで、このアパートにあかり型が隠れていないか確認したいのですが」

 

聞こえてきた会話の内容に、息が詰まりそうになった。

それは自分の事を探されていることもそうであったが、それ以上に自分のせいでこの場所を特定されてしまったことに、おにいさんに余計な迷惑をかけてしまったことに対する申し訳なさ故に。

 

(でもいつネットなんかに接続して――)

 

少し考えて、それから愕然とする。

先日のアップデート、あれのせいだ。

頭痛のせいでそこまで頭が回ってなかったが、アップデートにネット接続が必要ない訳が無かった。

今更ながら自分の浅慮さが妬ましい。

やんわりと部屋に上げることを拒否したものの、尚も詰め寄られて対応に苦慮しているおにいさんに女性は続ける。

 

「……無いとは思いますが一応言っておきますと、たとえあかり型を匿っていたとしても今なら不問に付すのですけれど」

 

不問に付す、ということはやはり私を匿ってくれたおにいさんも責任を問われてしまうという事だろう。

……捕まったらどうなるのかは確かに怖い。

だけど私のせいでおにいさんまで責任を問われてしまうのなら――と、わずかな逡巡の後襖を開けようとした瞬間だった。

 

「ははは、もしかして疑ってます? ご期待に沿えず申し訳ないですが、匿ってたりはしないですねぇ」

 

おにいさんの言葉に手が止まる。

 

(もういいから! 私なんかの為にそこまでしなくて……!)

 

おにいさんが危険を冒してかばってくれたのは嬉しい。

――けどその対価におにいさんが不幸になるなんてことは絶対に駄目だ。

 

「……いいんですね? これであかり型が見つかった場合、警察への通報は避けられませんよ?」

「そう言われても、居ないものを居ると偽ったって何のメリットもありませんので」

 

だけどおにいさんはきっぱりとそう言い切った。

言い切ってしまった。

遅かった。今から出ていってもおにいさんが前科者になってしまう、さっき躊躇せずに出ていればと後悔するが今更だ。

無力感を誤魔化すように、力の入らない手を握りしめる。

……いや、違う。まだ出来る事はある筈だ。後悔するなら今からでも出来る事をすればいい。

結局今おにいさんの人生が滅茶苦茶になりつつある原因は『私がここに居てしまっているから』だ。

だったらおにいさんの為に今出来る事は一つしかない。

まだ何かを話しているおにいさんに気づかれないよう、素早く襖を開けて玄関から靴を回収する。

次いで玄関から出ることは出来ないため他の出口を探し、幸運にも和室の窓からブロック塀に降りれることに気づいた。

迷っている時間は無いと、よろめきそうになるのをこらえてブロック塀に降りて――やはりというかどうしてもそこで後ろ髪を引かれて振り返ってしまう。

 

(せめて、最後におにいさんを一目でいいから見たかったな)

 

そう考えて首を振った。

もしおにいさんに引き止められたらきっと、論理回路より感情回路が優先されて離れたくなくなってしまう。

だけどせめて何か……そう思って部屋を見回したところで、おにいさんにプレゼントしてもらった帽子が目に留まった。

 

(これ位はいいよね)

 

自分がいた痕跡はない方がいいからと理由をつけて帽子に手を伸ばすが、帽子を見た所で持ち主なんてわかるはずがない。それは完全な言い訳だった。

だけど、どんなに少しでもいいからおにいさんとの絆が欲しかったのだ。

帽子を手に取って深くかぶり、重い体をおしてブロック塀の端まで急ぐ。幸いにしてブロック塀から道までもさしたる高さではない。

これなら、と道へ飛び降りようと姿勢を低くした時だった。

 

(? ……っ!)

 

おにいさんに呼ばれた気がして振り返ると、窓から身を乗り出し、何かを言いかけたように口を開いたおにいさんと目が合ってしまった。

「呼び止めてほしい」一瞬そう思ってしまったあとからすぐに自己嫌悪が襲ってくる。

……自分がいてはもう、おにいさんの迷惑にしかならないのだと。

だから、未練を断ち切る為に口にした。

 

「ごめんなさい、さようなら」

 

――――

 

「管理者コードES-018T、個体ナンバーAR-29018224-CCに次ぐ。聞こえたならば応答し姿を現しなさい」

 

回収課の良く通る声が玄関から部屋の中に響くが、それに答えるべき相手はもうおらず、帰って来るのは只静寂だけだった。

 

「……疑ってしまい申し訳ありませんでした」

 

紫の女性は丁寧に謝ってくれたが、ここにいると確信していたのか、反応が無いのが予想外だという動揺を隠しきれていない。

まあ実際の所、今の今まで確かに居た訳だが。

 

「いえ、客観的に見れば怪しいと思われても仕方ないような状況だったみたいですし」

「そう言って頂けると幸いです。それでは失礼します」

 

最敬礼をして、回収課一行は玄関の扉を閉めた。

 

「……ふぅ」

 

結局彼女がしたことと言えば、玄関先で呪文のような先の言葉を唱えただけだった。

どのような方法で確認するのか、もしあかりちゃんがいた痕跡に気づかれてしまったらどうしようかと思っていたが、一先ずそこは大丈夫だったことに安堵のため息が出る。

いや、ほっとしている場合ではない。

 

「あかりちゃんを探しに行かないと」

 

あかりちゃんがさっきの会話のどこを聞き、どう判断してさよならと言ったのかは分からない。

だが少なくともそれが本意の言葉で無かった事は、あの表情から明らかだった。

だったら探して、引き止めなければ。

ただ問題があるとすれば、どこに行ったのか見当がつかないという所だろう。

元の所有者から逃げて来たわけだし、頼れるような人がいれば橋の下で雨露をしのぐようなことなぞする筈がないから、少なくとも個人宅などの自分では見つけられない場所にいることは無いはずだ。

そうなると公共の場所にいると予想できるが、ここら近辺で公共の場所と言えば図書館、公園、商店街、後はあかりちゃんと一緒に行ったモールもそうか。

小さなベッドタウンといっても思い当たる場所は少なくなく、全てを回る為には相応に時間がかかるだろう。

しかし、当たりがつけられない以上それ以外の選択肢はあるまい。

 

「片っ端から回ってみるしかない、か」

 

近辺の地理を頭の中に思い浮かべながら手早くコートに袖を通し、ドアの取っ手に手をかけた。

 

 

 

「くそっ、ここにもいないか」

 

数時間後、携帯の地図アプリで調べて初めてその存在を知った、外れの方にある公園を捜索し終えて額の汗をぬぐう。

居ないだろうとは思いながらも公園に生えている灌木の裏から、モール内の件のトイレまで確認し、これであかりちゃんが居そうな場所はこれで探しつくしてしまった訳だが、結局彼女は何処にもいなかった。

もしかして街の外までいってしまったのだろうか?

もうこれ以上思いつくような場所は――いやそういえば、まだ出会った橋の下は探していなかった。

 

「頼む、いてくれよ……」

 

ここに居なかったらいよいよ町の外に行ってしまった可能性が高く、そうなれば捜索難易度は跳ね上がってしまう。

祈るような気持ちで自転車へまたがり、ペダルを踏みこんだ。

 

 

 

橋のそばで自転車を止めて、川原へ続く階段を駆け下りる。

 

「あかりちゃん! いないのか……?」

 

あかりちゃんと初めて会った橋の下付近を見渡すが、そこにあかりちゃんの姿は無かった。

ダメもとで呼びかける声にも答えは無く、ただ落胆混じりに橋の下で反響するばかり。

……やはり本当に街の外へ行ってしまったのだろうか。

一応幸いにして、この街は駅の終点を中心としたベッドタウンとして開発されたという経緯から、この街から出るルートは限られている。

更に言えば徒歩で移動しようとした場合現実的に隣町まででたどり着けるルートは、いつも使っている路線沿いに歩くルートを含めて三つほどだろうか。

しかしそうは言っても、あかりちゃんがそのルートを使ったとは限らないし、仮に使っていたとしても隣街はこの街よりもかなり広い。その中からあかりちゃんを探し出すのはかなり難しいだろう。

 

「……それでも、ここでただ途方に暮れているよか探しに行った方がずっとマシ、か」

 

 

 

土手を駆け上がって再び自転車を走らせること十分ほど、何時もの駅とマキさんのコンビニが見えてくる。

そうだ、もしあかりちゃんがここの道を通ったなら、もしかしたらマキさんが見ていたのではないだろうか。

思いつくが早いか、自転車の速度を緩めてコンビニの駐車場へと滑り込んでドアを開け放つ。

 

「いらっし「マキさん! あかりちゃんがここを通らなかったか⁉」ゃい……」

 

モップで床の水を掃いていたらしいマキさんは、突然の事にいつもの彼女らしからぬぽかんとした表情を浮かべている。

……しまった、流石にいくら何でもこれは焦りすぎた。

 

「すまんマキさん、いきなり大声出して」

「あー、うん。大丈夫。でも今日はお客さんがいなかったからいいけど、今度からは気をつけてよ?」

 

言われてみればそうだ。本当にあかりちゃんの行方に関してで頭がいっぱいで、全然頭が回ってなかった。

 

「……本当にすまん」

「大丈夫大丈夫、結果論になっちゃうけどボクしかいなかったんだし、そんなに神妙に謝んなくてもいいよ。……それよりあかりちゃんがここを通ったかって訊いたように聞こえたんだけどどういう事?」

「ああそれが――

 

手早く今朝からの出来事を手早くマキさんに説明し、改めてコンビニの前を通ってあかりちゃんが隣町に行ってないか尋ねる。

 

「わかった、ちょっと待って。店先の監視カメラ映像を確認してみるよ」

 

マキさんは真剣な表情で頷くと、モップをカウンターに立てかけレジ横のコンピューターに手をのせて目を瞑る。

そして微動だにせずそのまま暫く難しい顔を続けた後で、口を開いた。

 

「うーん……今日一日分見てみたけど、ここの前を通ってはいないみたいだね」

「え? 今ので今日一日分の映像を確認し終わったのか?」

「うん。負担があるからあんまり好きじゃないけど、今回は急ぎだったから非接触データリンクで直接映像を飛ばして、千倍速で確認したからね」

 

そんな事も出来たのかと少々驚かされるが、それより大事なのはここをあかりちゃんが通っていないという事だ。

街にもいない、ここも通っていない。という事は他のルートを移動しているという事か? それだとあかりちゃんが家を出てから大分時間が経過しているし、探すにしても同じルートを偶然選べれば追いつけるかもしれないが、もし違うルートを探してしまうといよいよ完全にどこへ行ったか分からなくなってしまう。

 

(手をこまねいているよりも可能性にかけて動いた方がいいか? だけど……)

 

「そういえばさ、あかりちゃんと出会ったのっていつ?」

 

葛藤していると、不意にマキさんがそんな事を訊いてきた。

 

「え? あー……四日前だけど」

 

すると再びマキさんパソコンに手をのっけたまま目を閉じる。

 

「…………居た」

「居たってあかりちゃんか? でもさっきは今日通ってないって」

「うん、今日じゃなくて五日前。あかりちゃんがこの街に来るのに、ここの前を通って来たって事だよ」

「いやでもそんな事が分かった所で――いや、という事はあかりちゃんがこのルート以外にこの街から出る道を知らない可能性が高いって事か?」

 

マキさんは頷く。

 

「そういう事。それに例え他の道を知ってたとしても、そんな余裕のない状態で街を出ようとしているなら馴染みのある道を選ぶ筈。だから、あかりちゃんはまだこの街にいる可能性が高いんじゃないかな」

「だけど思い当たるところは一通り探したと思うんだが……」

「ちゃんと自分の目で確認したかい? 話を聞くに、君に迷惑をかけないようにって自分から飛び出していったみたいだから、呼びかけても自分から出てきたりはしないと思うよ」

「もちろんちゃんと確認して――」

 

いや、そういえば橋の下だけはぱっと見で確認して居なかったから、気落ちして一度呼び掛けただけで、隅々まで探しはしていなかった。

 

「……橋の下にいるかもしれないからもう一回探してくる。ありがとうマキさん!」

 

踵を返し、扉を開けた所で背後からマキさんの声がかかる。

 

「焦りすぎて事故らないでよ? 一応こっちでも前をあかりちゃんが通らないか注意しておくから」

「助かる!」

 

この一件が終わったら、改めて何かマキさんにお礼をしなければならないだろう。

その為にもあかりちゃんを見つけなくては。

 

「頼むから居てくれよ……!!」

 

願うように、祈る様に。気づけばそう独り言ちていた。

 



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五日目 その三 コンビニ店員VS回収課

 

―マキ―

 

「あんなに飛ばして大丈夫かなぁ……」

 

一漕ぎ目から全力でペダルを踏みこむ彼を見ていると少し不安になるが、あかりちゃんは追われる身だし、さっき言っていた思い当たる場所から移動してしまう事も考えられない訳では無い。そうなってしまうのも仕方がないだろう。

 

「ま、それよりあかりちゃんが通らないか注意しておかないといけないか。流石に見逃しましたじゃ済まないしね」

 

と意識を店の前に向けると、丁度一台の黒いバンが駐車場に入って来た。

それ自体は珍しいことではないが、そのナンバープレートの地名はまずこのあたりで見かける事のない、随分遠い場所の物だ。

もしかして、と考えていると降りてきたのはオーソドックスなゆかり型のボイスロイドで、スーツの胸にはAHS社の社章が留められていた。

 

「やっぱり、か」

 

間違いない、彼女が回収課という奴なのだろう。

とはいえお客さんとしてくるならば普通に接客をするだけだ、何も問題は無い。

 

「……問題は、どうもそんな雰囲気じゃなさそうって事かな」

 

背後に二人の黒服の大男を連れて、厳しく目を細めたゆかり型はドアを大きくあけ放った。

 

「いらっしゃいませー」

 

一応いつも通りの接客を試みようとするが、案の定彼女は真っすぐこちらへつかつかと歩みを進めてくる。

 

「突然このような形でお邪魔して申し訳ありません、マキ型さん。私、AHS社回収課所属のゆかり型です」

「これはご丁寧にありがとうございます。それで、AHS社の方が何の御用でしょうか?」

 

差し出された名刺をにこやかに受け取りながら、何も知らない体を装う。

が、向こうはどうやらお見通しのようだった。

 

「先ほどあの男としていたお話について少々お伺いしたいのですが……いえ、単刀直入に言いましょう。彼はあかり型の居場所について何か言っていませんでしたか? 些細な情報でもいいので知っている事を教えて欲しいのですけれど」

「彼とはただ単に顧客と店員として当たり障りのない話をしてただけだよ。それに、あかり型についても残念だけど知らないかな」

「先日会っているのに知らないわけがないでしょうマキ型さん」

 

そういってゆかり型はタブレットの動画を再生する。映っていたのはモールで彼とあかり型に会ったところだった。

 

「……人のプライベートを覗くなんて、ちょっと趣味がいいとは言えないんじゃないかな?」

「それに関しては確かに申し訳ありませんが、安全の為ですので」

「安全のため、ね。ま、どちらにしろせっかく来てもらっておいてなんだけど、どこにいるのかボクには見当もつかないね」

 

大仰に両掌を上に向けて首を傾げ、さっぱりだとアピールしたつもりだったのだが、ゆかり型はどうやらそれが気に障ったらしい。

 

「とぼけないでください! こちらも時間が無いんです!! ……あんまり手荒な真似はしたくなかったですけど、こうなったら無理やり喋ってもらいますよ」

 

こちらを睨みつけながら軽く咳払いをして喉を整え、ゆかり型はビシィッとこちらを指さした。

 

「強制執行コードES-097Fッ!! あかり型について知っていることを教えなさい!」

 

しばし耳鳴りしそうなまでの静寂がコンビニ全体を支配し

 

「……ぷっ、くくっ。あーっはっはっはは!! ちょっと待って!! ふふっ、ゆかり型さ……いやもうゆかりちゃんでいいや。今の何?」

 

ボクの馬鹿笑いがその静寂をぶち壊した。

 

「え? あれ?」

 

ゆかり型改めゆかりちゃんは、何が起こったか分からないと只々困惑している。

 

「格好つけて『強制執行コード!!』だっけ? くっ、ふふ。さ、流石にちょっとそれは自分一人で楽しむならいいけど、人前でやったら痛いよ~」

「~~っ!! 何でコードが効かないんですか⁉ それに私だって好きでやってるんじゃないです!!」

 

自信満々で行った行動が効果を発揮しないばかりか、中二病扱いされて痛いとまで言われて、ゆかりちゃんの顔を染める色は困惑から羞恥と怒りの赤に変わった。

 

「好きでやってる訳じゃないって、もしかしてそれもアレ? 『くっ、私の中の私がッ』みたいな事かい?」

「う、うるさいっ!! チームアルファ、全員来なさい!!」

 

ゆかりちゃんが叫ぶと同時、駐車場に止めてあったバンからゆかりちゃんの背後に立っている黒服と同じような男が更に三人おりてきて、店内に入ってくる。

 

「……こうなったら物理で実力行使させて貰いますッ! もう一度訊きます、あかり型について知っていることを喋りなさい。素直に従うならよし、さもなくば無理やりにでもしゃべってもらいますよ⁉」

「もし喋らなかったら、後ろの怖いお兄さんたちにボクは乱暴されちゃうのかな?」

「いえ、ちょっとデバッグモードになって素直にしゃべってもらうだけですよ。尤も、抵抗するなら多少そういう事になるかもしれませんが」

 

背後の男たちが一歩前にずいっと詰め寄る。

 

「……成程、そっか。」

「私も手荒な真似は取りたくないですし、ご理解、ご協力いただけると幸いなのですが」

「そうだね……」

 

ゆかりちゃんは私が流石にしゃべる気になったと思ったのか、声を和らげる。

 

「だが断る」

「なっ?!」

 

露骨に狼狽するゆかりちゃんの表情を見ていると、昔読んだ漫画の『圧倒的優位に立っていると思い込んでいる相手に対して「NO」と断ってやることこそ至上の快楽だ』というセリフもあながち間違っては無いのかもしれない。

とはいえ一応ゆかりちゃんも一チームを任せられているだけはあるらしく、再び表情を引き締めこちらを指さした。

 

「仕方ありません。アルファワン、あのマキ型を捕まえてください。……もし損傷させてしまったらごめんなさいね、マキ型さん。その時は後でちゃんと手当てしてあげますから」

 

命令と同時にゆかりちゃんの右後ろに控えていた一人がこちらに近づき、無言で手を伸ばしてくる。

 

「そっか、ゆかりちゃんから手当てしてもらえるなら安心だねー」

 

ボクはその手に自分から手首を差し出し、そしてあっさりと前腕を捕まえられた。

その行動を見ていたゆかりちゃんの顔に、そして感情の無さそうな黒服の男たち――否、触られた今なら断言できるが、間違いなく警備などの為に作られたガードロイドだろう――の顔にすら疑問符が浮かんでいるようだった。

そんな彼らを無視してアンドロイド法の一節を読み上げる。

 

「……全ての正当な所有者を持つアンドロイドは、自らが不当な理由によって損傷、破壊される可能性がある場合、所有者に代わってその財産を保護する為、自衛行動をとることが許される」

「っ?! アルファワン、いったん離れて!!」

 

さっきは冷静さを失わせる為小馬鹿にしたような態度をとったが、どうやらボイスロイドながら他のアンドロイドを任されているだけあって、ゆかりちゃんも馬鹿ではないらしい。

だが、遅い。

ゆかりちゃんの命令をガードロイドが認識して行動に移す前に、ボクは空いた手で立てかけてあったモップを掴んでくるりと一回転させ、その勢いをのせたまま男の脇腹に突き立てる。

 

「つまり、この状況はボク達的に言えば自己防衛成立って事だよね?」

 

だが手に帰って来るのはまるでコンクリートに棒をついた時のような感覚で、ガードロイドは表情すら動かすことすらなく平然とした様子だ。

これは――

 

「……ふっ。ちょっと焦りましたけど、電気動力式のガードロイドに、モップなんかが効くわけないでしょう!」

「成程ね、わざわざ教えてくれてありがとうゆかりちゃん」

「あっ⁉」

 

……訂正、やっぱりこのゆかりちゃんは駄目な子かもしれない。

まぁ実際の所は感触でそうだろうと予想はついてたんだけど。

脇腹に突き立てたモップを引き戻し、今度は自分を掴んでる肩の少し内側目掛けて捻りを加えながら突きいれる。

するとキュイッという小さな機械音と共に、男、もといガードロイドの握る力が弱まった。

その隙を逃さず素早く手を振りほどく。

 

「えっ⁉」

 

ゆかりちゃんが驚いたような声を上げるが、それはまだちょっと早い。

モップの先端を踏みつけ柄を両手で勢いよく回すと、ブラシが外れて留め具の金属が露出する。

これで準備は整った。

 

「ファイヤッ!!」

 

もう一度掴みかかってこようとするガードロイドに対し、先ほどと同じ場所目掛けて全力の刺突をお見舞いする。

ギュキィイン! 

モップの留め金が黒服に刺さると同時、歯車が割れたような嫌な音と共に、ガードロイドの腕がだらんと垂れ下がった。

 

「嘘ッ?!」

「確かに電気動力式はボクたちより馬力が出せるし頑丈にできるけど、その分四肢のパーツが重いから、それを支える関節部は弱点になっちゃうんだよね」

「そんなっ! その弱点は事実ですけど、最新型の彼らには関節を守る為のプレートが付いて……」

 

解説しながらもう一方の肩関節も破壊し、更にそのまま左足にも一撃。

たちどころに両手片足の動力を奪われたガードロイドは、なすすべなくその場に倒れ込んだ。

 

「あー、そのプレート外すのに、この金具が丁度いいんだよね」

 

そう言ってモップの先の金具を指で叩く。

 

「くっ!! アルファチーム、全員一気にかかれっ!」

 

漸くそこでまずいと判断したのか、ゆかりちゃんは一気に残り四体をこちらにけしかけて来た。

 

「ま、そうくるよね。ボクだって今のゆかりちゃんの立場ならそうするよ……けど」

 

合図と同時に、黒い津波のように押し寄せるガードロイドたちの初撃を後ろに跳んで回避。

続いて手近な棚にあったイワシの蒲焼缶を掴み、二撃目の攻撃を仕掛けようと先頭を切る個体の顔面に投擲する。

 

ゴン! 

 

金属同士がぶつかったような音を立てて缶詰はクリーンヒットするが、そんな程度ではガードロイドの勢いは落ちない。

せいぜい一瞬、彼の視界を妨害したに過ぎないだろう。尤も――

 

「その一瞬で充分!!」

 

こちらの攻撃が見えずガードロイドが対処できないその間に、砲弾の如き勢いをつけたモップの一撃目が左肩の関節を打ち砕き、ライフルの如く旋回する二撃目が右肩の関節を食い破る。

そして両腕の制御を失い、体当たりするしかなくなった彼の突撃を杖術の要領でいなして地面に転がした。

 

「次ッ!」

 

二体目の服を掴もうと伸ばした手に柄を絡ませ、てこの原理で関節を固定。

 

「ギュンっと!!」

 

そのまま相手の勢いを利用して、三体目に激突させる。

しかしこれは転がした方向が悪く、二人分の巨体が商品棚に激突して派手に商品が宙を舞った。

 

「あっ⁉」

 

こんな時でも潰れた商品たちを見て損害を計算してしまい、今月の赤字が確定したのを理解する。

しかも相手がやったのならいざ知らず、自分でやってしまったのだから完全なる自己責任だ。

 

「…………!!」

 

やり場のない憤りを乗せたモップが最後のガードロイドの股関節を無残にも粉砕し、これで立っているのは自分とゆかりちゃんだけになった。

くるくると手持ち無沙汰にモップを回しながら距離を詰めていくと、ゆかりちゃんは後ろへずり下がりながら半狂乱で叫ぶ。

 

「なッ、何なんですかあなたはッ⁉」

「何って言われても……ボクは只の、コンビニ店員のマキさんだよ」

「ふざけないで下さい! 何でボイスロイドがガードロイド相手に! それも一対五で圧倒してるんですか⁉ 明らかにマキ型の定格スペックを超えてるじゃないですか!!」

「まぁ確かにちょっとばかし特別製ではあるけどね。執行コードが効かなかった時点でちょっとはその可能性を警戒しなよ、ゆかりちゃん」

 

それを聞いたゆかりちゃんはハッと表情を歪める。

 

「じゃ、じゃあまさかさっきの馬鹿にした口調は分かってた上で――」

「そりゃそうだよ、ゆかりちゃんがあっさり挑発に乗ってくれて助かったけどさ」

 

まぁ実のところ、コードを口にされた時は大丈夫だと思いつつも、もし有効だったらどうしようと少しばかり緊張していたのだが。

 

「ま、とにかくこれで二人きりになれたんだしゆっくり『お話し』しようよ、ゆかりちゃん」

 

にっこりと最上の営業スマイルを浮かべて、彼女の前のタイルにズドン! とモップを打ち込んだ。

 

「い、嫌……っ! ひっ……」

 

とうとう背中がガラスにぶつかって後ろに下がれなくなったゆかりちゃんは、喉を締められたような悲鳴を上げてへなへなと腰を抜かす。

その反応は――精神的なファクターが身体的な反応として現れるのは、疑似自我しかもっていないアンドロイドにはまず見られない特徴だ。

 

「もしかしてゆかりちゃん……」

 

ボイスロイドが、ボイスロイドを管理するためのコードを使っているのは不思議だと思っていたが、それもまさか完全自我を持っている個体が使っているとは思わなかった。

いや、そこは人間と同様に完全自我を持つ個体だからこそ、か?

――尤もその反応が恐怖で崩れ落ちるというものなのはちょっと失礼な……いや客観的に見れば電気式のガードロイド五体を次々転がしていった訳で、恐怖されても仕方無いといえばそうなのかもしれない。

兎も角大事なのは、AHS社に完全自我を持つ個体が所属しているという事だ。

 

「ゆかりちゃん、君も完全自我型だというのなら――」

 

君が追っているあの子も同じなのだから何とかできないかと、頽れたゆかりちゃんと目線を合わせるために屈んだところで、彼女はビクンと肩を震わせた。

 

「あっ。やっ、やだっ……!」

 

シュルシュルという音に慌ててスーツの股部分を抑えるゆかりちゃんだったが、抵抗の甲斐なくそこに浮かんだ染みはあっという間に広がり、ついには床に小さな湯気を上げる池が出来上がってしまった。

 

「…………」

「…………」

「…………ゆ、ゆかりちゃん? 大丈夫?」

 

俯いてぶるぶると肩を震わせるゆかりちゃんは、その一言で完全に決壊した。

 

「うぇっ、ひぐっ……。だ、だいじょぶな訳無いじゃないですかマキさんのバカぁ!! 急がなきゃ間に合わなくなっちゃうのにー!!」

 

そこには店に乗り込んで来た時の出来る女感は塵ほども残っていない。

ただ、恥も外聞もなく大声で泣き声をあげるポンコツボイスロイドがいるだけだった。

幼児退行してしまってわんわん泣きわめくゆかりちゃんを前に、ボクはただ途方に暮れるしかない。

 

「えー……」

 

……本当にどうしよう、これ。

一先ず、床の粗相跡は店の為にも掃除するとして……ゆかりちゃんがやらかしてしまった原因の一端は自分にあると言えなくもないし、せめて何か服を貸してあげよう。

話はそれからでいいや。

 

「ええっと……大丈夫? 一先ず先に着替えない?」

 

少し落ち着いたのか大泣きから、俯いたまま静かに鼻をすするゆかりちゃんに手を差し伸べる。

と、やはりゆかりちゃんも気持ち悪かったのか大人しく手を取り立ち上がって――

 

「――エマージェンシーコードEM-22S」

「あ……?」

 

瞬間、体が凍り付いたように動かなくなる。

 

「あ……」

 

まさかここまでのは全部演技だったのか……そう訊こうとするも、口すら動かない。

 

「……本当の切り札ってのは、最後の最後まで残しておくものですよ、マキさん?」

 

ゆっくりと顔を上げたゆかりちゃんの瞳は、奈落のように淀んだ紫で濁っている。

 

(あー、これはちょっとやばい、かな?)

 

嫌な汗が一筋ツーっと頬を伝った。

 



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五日目 その四 再び橋の下で

 

「はぁ、はぁ……よっ!」

 

息を切らせながら橋にたどり着くや否や、自転車を飛び降りた。

スタンドを出す暇も惜しい、自転車を道路わきに転がしてうっすら雪の積もった土手を滑り降りる。

相変わらず橋の下は無人だが、あかりちゃんが隠れているかもと思って再びこうして見てみると、先ほどは気づかなかったが橋桁と土手の間に屈めば入れそうな隙間があるのに気づいた。

半ば確信めいたものを抱いて、屈んでそこをのぞき込むと

 

「……えへ、見つかっちゃいました」

 

橋脚の裏側へ隠れるように体育座りをしていたあかりちゃんは、悪戯が見つかった子供のような笑顔を浮かべた。

 

「はぁ……居るなら呼んだときに返事してくれよな、ほら」

 

漸く見つかったという安堵のため息をついて、あかりちゃんを引き起こすために彼女へと手を伸ばす。

だがあかりちゃんは寂しそうに首を横へ振るだけで、その手を取ろうとはしなかった。

 

「……行けません」

「どうしてさ? もしかして、俺の所には戻りたくないとか?」

「そんなことありません! ……私がおにいさんの事嫌いになるわけ無いじゃないですか」

「じゃあどうしてさ? こんな所に居ても寒いわお腹がすくわでいいことないだろ」

 

あかりちゃんは、体育座りしていた手をギュっときつく締めた。

 

「……だって、おにいさんの所に行ったら迷わくがかかっちゃうじゃないですか」

「別にあかりちゃんからかけられる迷惑なんか迷惑じゃないさ」

「おにいさんはおき楽すぎます!」

 

あかりちゃんは本気で怒っていた。

 

「警さつ呼ばれるって言ってたじゃないですか。もしそれでつかまっちゃったら一生そのけい歴が付いて回るんですよッ!! おにいさんの人生がメチャクチャになっていいんですか⁉」

「…………そうだな、それは確かに困る」

「だったら――!!」

「でもあかりちゃんが、自分の為に本気で怒ってくれる大好きな女の子が隣にいない人生の方がもっと困る」

「~~っ!」

 

あかりちゃんは何か言おうとしたのか口を開いたが、言葉は出てこずそのまま膝に顔を埋める。

 

「だったら……だったら私の事はわすれてください。たった五日間しかいっ緒に居なかったんですから」

「そりゃ無理だ、割と衝撃的な出会いの仕方だったから忘れようがないな」

「……それでも、忘れてください。あたまぶつけてでも忘れてください」

「残念ながら男の恋愛は別名保存で、初彼女は生涯忘れられないらしいぞ。それに、例え記憶喪失なってもあかりちゃんの事は忘れんからな」

「じゃあ、おにいさんのことなんか嫌いです、たった今大っきら……いになんかなれるわけないじゃないですか……」

 

あかりちゃんはスカートを握りしめて嗚咽を漏らす。

 

「……はなれたく、ないよぅ……」

ぽたぽたと小さな染みがスカートに降り注いだ。

そんなあかりちゃんの背中にそっと手を回して抱きしめる。ずっと外にいたにも関わらず、あかりちゃんの体は暖かい。

 

「離れなくていいんだよ。あかりちゃんを捕まえに来た奴らは何とかするから、ずっと隣に居てくれ」

 

……いや、温かいというより熱い?

 

「むりなんです」

 

あかりちゃんは涙でぐしゃぐしゃの顔を上げる。

その頬は暗がりの中でも分かる程度には赤く、目は何処かとろんと焦点があっていない。

それに思い返してみれば、先ほどから所々言葉もぎこちなかった。

 

「かくしててごめんなさい。私、こわれてたみたいなんです」

「壊れてるって……」

 

何だそれ……今までそんな様子微塵も無かったじゃないか。

 

「あ。いち応言っておくと、おにいさんのせいとかじゃないから、そこは安しんしてください。多分マスターから逃げたときに壊れたんだとおもいます。……それとも、もしかしてさい初からこわれてたのかな?」

 

痛々しいほどに無理をした笑顔を浮かべて、あかりちゃんはえへへと笑った。

 

「初めはず痛だけだったんですけど、だんだん悪くなって。……もう、おにいさんの顔ももざいくがかかったみたいにしかみえないんです」

「……何とか、ならないのかよ」

「何ども自己チェックをかけましたけど、こんなじょう態でも異常なし、なんですよね。……もしかしたら、AHSしゃなら直せるかもしれませんけど」

「……っ!! それは……」

 

頭を殴られたような衝撃を受ける。

それは、今まであかりちゃんの為と思って回収課から遠ざけてきたが、それは間違いだったのだろうかという後悔だった。

 

「そんな顔しないでください。朝、おにいさんが私をかばってくれたとき、とてもうれしかったですよ?」

 

だが、まるで心を読んだみたいにあかりちゃんはそんな事を言う。

 

「あくまで直せる『かも』ってだけですし、それになおってしまったらきっとマスターのもとに戻されてしまいます。あそこに戻るのは……絶たいに、いやです」

 

すこし苦しそうな呼吸を整えて、あかりちゃんは続ける。

 

「だから、どちらにしろおにいさんとこれ以上いっ緒に居る事はできません。だったら、せめて迷わくはかけたくないんです」

 

そして弱弱しい手つきで胸板を押し、腕を解いて自分から遠ざけようとする。

 

「だから、わたしのことはみなかったことにして、はやくかえってください」

「…………」

 

その言葉を無視して、あかりちゃんをより強く抱きしめる。

 

「はなしてください、おにいさん。……おにいさん?」

「……あかり、俺は君の事が好きだ」

 

あかりちゃんはその言葉を聞きたくないとばかりに抵抗する力を強めた。

 

「君に告白する前に、匿っていることのリスクも聞いた。そして一度は止められもした。中途半端に匿うくらいなら引き渡した方がいいって」

「だったら……」

「でも!! それでもあかりと一緒に居たかったんだ!! 君の事がどうしようもないくらいに大好きで、どうしようもないくらい一緒に居たいんだ!!!!」

「~~っ! 嫌だ!! やめてっ! これ以上聞きたくないっ!!」

 

あかりちゃんは涙をぼろぼろと零しながらイヤイヤと首を振る。

 

「どうせおにいさんとは一緒にいられないんです! だから、だから諦めさせてくださいよぅ……。 離れたく、なくなっちゃうじゃないですか……」

「それで、いいんだよ」

 

抱きしめたまま、あかりちゃんの頭を優しく撫でる。

 

「悪いけど、あかりが壊れてしまうのを何とかすることは出来ない……。だけど、それならせめて最後まで君と一緒に居たいんだ」

「でも、そうしたらおにいさんがつかまってしまうかもしれないんですよ」

「それでもいい。今あかりと一緒に居られるなら、後でその代償を払うことになってもいい。……だから、一緒に居てくれないか」

 

あかりちゃんはとうとう抵抗をやめて、体重を預けてきた。

 

「いいんですか、ほん当に? 本当に、おにいさんと一緒にいても」

「あぁ」

「ひぐっ……それなら、最ごまで隣にいてくれませんか?」

 

あかりちゃんが背中に手を回してくる。

答えなんて考えるまでも無い。

 

「勿論」

 

 

 

「……寝たか」

 

暫く背中をさすってやっていると、あかりちゃんは疲れていたのか眠ってしまった。

それも当然だろう、なにせ朝から体調が悪い中こんな寒い所にずっと座っていたんだから。

現にその寝息は何処か苦しそうだ。

少し考えて、起こしてしまうかもしれないが、やはり家に連れて帰って布団に寝かせることに決めた。

 

「やっと見つけましたよ!!」

 

と、あかりちゃんを抱きかかえようとした所で、背後から聞き覚えのある声が聞こえた。

 

「……ああ、やっぱりあんたか」

 

振り返ると立っていたのは、案の定AHS回収課のゆかりという女だった。

何故か何時ものパンツスーツではなく、ズボンだけダボっとした赤いジャージを着ているのが気がかりだが、彼女の要件は結局一つだろう。

少し待っててな、と眠っているあかりちゃんに声をかけて橋脚へ寄りかからせ、こちらへ近づいてくる回収課から守る様にその前へ立つ。

 

「頼む、彼女の事を見なかった事にはしてくれないか?」

 

自分でも驚きそうになるくらいの低い声に、女はビクッとして足を止めた。

しかし、向こうも仕事だからか再び少しずつこちらへと近づき始める。

 

「そ、そういう訳にはいきません。あなたこそそこをどいてください」

「断る、彼女には最後まで一緒に居て欲しいと頼まれたからな」

 

半身になって、回収課にあかりちゃんの様子が見えるようにしてやる。

 

「見ての通りの状態だ、どうやらあまり長く無いらしい」

「――っ!」

 

流石の回収課も、調子の悪そうなあかりちゃんを見て息をのんだ。

 

「……なぁ、どうか少しの間だけ見なかったことにしてくれないか? 意思があるのに道具扱いされそうになって、それから逃げれたと思ったらもう残された時間が幾許もないんだぜ、この子。少しでもあんたに情けがあるんなら、最後くらい思うとおりにさせてやってくれないか? …………頼む!」

 

おろおろする回収課に向かって、地面に着くかと思うくらいに深く頭を下げる。

 

「そ、そんなこと言われても……」

「勿論そっちに損害が出ることは理解してる。だからタダでなんて都合のいいことは言わない、何年かかるか分からないが、必ずその分のお金は払う。 だから……この通り、お願いします」

「~~っ! そうじゃなくてっ!! あー、もう! 管理者コードES-01はち……」

 

だが、回収課が口にし始めた言葉。それは先ほど玄関で聞いたあの、恐らくはあかりちゃんに行動を強制させる文字列だった。

もしかしたら少しくらい分かってくれるかもしれない、そんな甘いことを考えてしまった心が急速に冷えていく。

 

「そうか、それが――答えかぁッ!!!!」

 

吼えて、回収課へと体当たりをぶつける。

 

「……T――ぎゅっ⁉」

 

変な悲鳴を上げて倒れた回収課にそのまま馬乗りになって、これ以上文字列を言えないように左手で口を押さえつけた。

 

「なぁ、あんたが仕事熱心だって事は分かったよ、十っっ分に分かったよ。……だからこっからするのはお願いじゃなくて、命令で、脅迫だ。これ以上あの子に関わるな。さっきのよくわからん命令みたいなのも二度と使うな。俺は今人生で初めて本気で人を殴ってもいいと思ってる」

 

回収課に見せつけるように右手をゆっくりと握りしめると、あまりに力が入っていた為かそれだけで関節が低い唸り声のようにビキビキと音を上げた。

それを見た回収課の顔から色が失われていく。

 

「……って訳でもう一度訊くぞ、あかりを放って置いてくれるよな?」

 

だが、回収課はむぐむぐと音を上げるだけで、否定も肯定もしない。

ああ、そうか。口を押さえつけてるから、言葉での返事も首肯も出来ないのか。

返事を聞くために、手を口から離してやる。

 

「もがっ! はぁ、はぁ…………緊急停s――ふごっ!!」

 

即座に再び不穏な事を言おうとした回収課の口を塞ぐ。

 

「……ふ、ははははははは!! 凄ぇ……凄ぇよあんた。殺されそうになってもまだ、仕事を遂行しようってその態度だけは感心するよ、見習いたくもないけど」

 

気狂いのように、感情の凍りついた音だけの笑いを上げて、一言一言を殴りつけるようにぶつけた。

……ああ、それとも。

 

「まさか本気でそんな事しないだろうって思ってる?」

 

回収課の口を押えている左手にかける力を、万力のようにギリギリと上げていく。

他人を害することの忌避感など、とっくに覚悟で塗りつぶした。

 

「別に後で捕まろうが、前科者になろうがどうだって構わないんだよ、俺は。今……今、少しでもあかりとの時間を手に入れられるんならな」

 

回収課の瞳孔が恐怖で縮み、じわりと涙が浮かぶ。体は小刻みに震えていた。

…………いや、駄目だ。

ここで手加減して、さっきみたいにあかりちゃんに何かしようとしたらどうする?

可能な限り何も考えないようにして、右こぶしを振り上げた。

 

「まぁ、最初の一発目から本気で殴りはしねぇよ、あんたも一応女なんだろ? 顔に傷の一つでもつけば、考えが変わるんじゃねぇかな?」

 

ぎゅっ、と回収課の女は目を瞑る。

――――っ。

そう、一瞬拳を振り下ろすのを躊躇してしまった時だった。

 

「ぐほぁっ!」

 

突然横から飛んできた衝撃に対応できず、回収課の上から跳ね飛ばされて地面を転がる。

 

「――そんな事してッ! あかりちゃんが喜ぶわけないでしょ⁉」

 

聞き慣れた、だがこんな鬼気迫る声は聞いたことが無い声の主を、体を起こして睨みつける。

 

「……何してくれてんだよマキさん?」

 

マキさんは走って来たのか、肩で呼吸をしながら回収課を引っ張り起こしていた。

 

「けほっ!! あ、ありがとうございます……マキさん」

「お礼はいいから! 時間が無いんでしょ⁉」

 

あかりちゃんの元へよろめきながらも向かう回収課との間に、マキさんは立ちはだかる。

 

「……マキさん、何でそいつに手を貸してるんだよ? 自分が何やってんのか分かってるのかッ――⁉」

 

いざというときは自分が匿うつもりだといっていたマキさんが、回収課を助けている。

眼前の事実がしばし信じられず思考停止していたが、ようやく理解が追いつき一気に怒りが突沸する。

「ちょっと落ち着いて! ゆかりちゃんは別に――

 

マキさんにゆかりちゃん……二人が親し気に呼び合う仲であると理解した瞬間、既に体は動き初めていた。

 

「問答無用ッ!!!!」

 

地面を蹴り飛ばし、回収課を止めるためにマキを突き飛ばさんと、右手を伸ばす。

 

「~~っ!! ごめんっ!」

 

何故彼女が謝ったのか、その疑問への答えはすぐ明らかになった。

体に手が触れるか触れないかの刹那、手首を掴まれ彼女がコマのように回転し始める。

まずいと思うものの対応するには既に遅く、腕を引かれるままに体勢を崩して地面を引きずられ、抵抗する間もなく腕の関節を極められた。

 

「離せっ! マキィぃっ!!」

「ちょ、ちょっと落ちついて! あんまり暴れると関節を痛めるよ⁉」

 

回収課を止める為なら、そんな事などどうでもいい。

拘束を解くために無理やりに悲鳴を上げる肘関節を捻ると、ゴキンという嫌な音が骨を震わせ、激痛と共に前腕が関節から自由になった。

 

「えっ⁉」

 

まさかそこまでしないだろうと思っていたのか、腕を押さえていた力が緩む。

当然その隙を逃す義理はない。

彼女の体を跳ね飛ばし、ゴロゴロと転がって態勢を立て直す。

だが左手を押さえて立ち上がった時視界に映ったのは、残酷にも今まさに回収課が苦しそうに身もだえるあかりちゃんに、手を伸ばしている光景だった。

 

「――――!!!!」

 

やめてくれと、そう叫びたいのに絶望で狭窄した喉からは音が出ない。

静止を求めて伸ばした手は、はるか向こうの回収課に届くはずもなく、ただ虚しく空を切る。

そんな中、回収課の淡々とした声が橋の下に反響した。

 

「緊急停止コード解除を個体AR-2901224-CCに要請。続いて命令ストリーム内の全プロセスを削除。登録マスターデータ抹消、最後に全パッチをアンロード」

 

彼女が言い終わると同時、あかりちゃんの苦しそうな喘ぎ声が穏やかなものへと変わる。

 

「ま、間に合ったぁ~」

 

その様子を見て回収課の女性はへなへなと地面に腰を抜かし、マキさんも天を仰ぎ見るように安堵のため息をついた。

 

「……え? は?」

 

何か知っているような二人に対し、自分一人だけ何が起こったのか分からず、ひたすら間抜けな声が口から洩れる。

それに気づいたマキさんが口を開いた。

 

「だからちょっと落ち着いてって言ったのに……。実はね――」

 



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??日目 

 

最初に結果を言ってしまおう。

回収課の女性――いや、ちゃんとゆかりさんと呼ぶべきか――は、あかりちゃんを回収してその自我を消し去ろうとしていた訳では無かった。

むしろその逆で完全自我を持つが故に発生する問題を治し、彼女を保護するためにやってきていたらしい。

 

理解できた範囲だけで説明するなら、どうやらあかりちゃんの頭の中では完全自我と所有者からの命令とが対立し、命令とそれに対して抵抗するというループが延々と超高速で繰り返されており、それが不調の原因だったということだ。

たしかゆかりさんの談では『例えば君たち人間でも単純な作業、それこそ一桁の足し算引き算でも、一睡もせずに何日も何日も続けてたら流石に倒れちゃう、みたいな感じかな』だっただろうか。

 

「……なんか少しずれてる気がするけど、まあゆかりさんだしな」

 

回収課としてかくあるべしと黒服の前に立っていた時のゆかりさんと、あの後何回か会って話した素に近いゆかりさんを比べると、ついクスリとしまう。

如何にも仕事が出来る女と言ったあの雰囲気は、どうやら相当頑張って作っていたものだったらしい。

なんでも、確かに回収課としてこれまで何度も仕事はこなしてきたが、完全自我を持つ個体を相手にするのは今回が初めてで、相当気負っていたとのこと。

おまけに所有者が違法なパッチを使っていたこともあかりちゃんへの負担を重いものとしており、時間的余裕が無かったということもプレッシャーだったようだ。

 

「初めからちゃんと説明していれば……」

 

そんなセリフをもう何回聞いたか分からない。

思い出すだけで、げんなりとため息をついているゆかりさんの顔が浮かぶほどだ。

まぁそれに関しては、こっちも勝手に完全自我を持つボイスロイドは修正されて、その意思を消し去られると思い込んでいたのも悪いので、ゆかりさんだけのせいではないのだが……。

 

「本っ当にごめん!」

 

ひと段落着いてから、マキさんには間違った情報を与えたことを謝られた。

とはいえマキさんの言っていたことが全く間違いという訳では無く、実際バグって人を傷つける可能性が高い個体に関してはフォーマットが行われるのもまた事実らしい。

ただ、あかりちゃんのように完全自我を持った個体は基本的に出荷(あまり好きな言い方ではないが)される前に見つかることが多く、今回みたいな形での回収はほとんど初めての事だとか。

だから仕方ないですよ、と何故か顔を真っ赤にしたゆかりさんはしきりに謝るマキさんをなだめていたが、一体何があったのだろう……。

 

兎に角自分もゆかりさんへの言動やあわや殴ってしまう寸前だった事、マキさんを突き飛ばそうとしたことを謝り……こうしてみると本当にみんな謝ってばかりだが、後を引くような結果にならなくてよかった。

 

「……いって!」

 

そろそろじっと座っているのも耐えがたくなって、立ち上がろうと机に体重をかけた所で左ひじにピリッとした痛みが走った。

……まぁ、これに関しては静止を聞かずに無理やり暴れた自分が悪いので自業自得だ。

幸いにも利き腕ではないし、そこまで問題も無かろう。

改めてカレンダーと時計を確認する。

二重丸が書き込まれているのは間違いなく今日の日付だし、時間はもう予定より一分二十秒も過ぎている。

 

……いやいや、少し落ち着け自分、もしかしたらここに来るまでの道路が込んでいるのかもしれないし、もしかしたらこの時計自体がうっかり五分くらい早い可能性だってある。

そうは思うものの、やはり落ち着かないものは落ち着かない。

気づけば早くチャイムが鳴らないかな、と檻の中の熊みたいにうろうろしていた。

それからどれほど時間が経ったろうか、時折五秒に一度しか動かない秒針を早く動けと凝視しながら歩き回っていると――

ピンポーン。

機械質なチャイムの音が聞こえたか聞こえないか、その時点ですでに玄関へ向かって駆けだしていた。

 

「あ、お久しぶりです。あかりちゃんのお兄さん」

「……あー、久しぶりです」

 

玄関のドアを開けるが、立っていたのはゆかりさんだけだ。

 

「そ、そんなにがっかりした顔しなくてもいいじゃないですか! 流石のゆかりさんも傷つきますよ⁉」

「ええと……そんなにがっかりした顔してました?」

「……はい、それはもう物っ凄いがっかり顔でした。……まぁ、あれだけあかりちゃんにお熱なのにしばらく会えてませんから、仕方ないという事で寛大なゆかりさんは許しますけど」

 

ふんす! と腰に手を当て、胸を張るゆかりさんを見ていると、とても年上には思えない。

まぁ、あくまでボイスロイドの言う年齢とは起動時の設定年齢に活動年数を足したものらしいので、実際生きた年数ではゆかりさんの方が年下なのだが。

いや、それを言い出したらあかりちゃんなんてまだ一歳未満になる訳で……。

非常にアブノーマルな感じになってしまいそうなので、これ以上考えるのはやめておこう。

 

「お兄さんにとっては非常に残念でしょうが、あくまで今日は契約内容の確認と書類へのサインだけですね。正式な引き渡しは後日という事になっています」

 

そう言ってゆかりさんはバインダーに挟まれた書類を手渡してきた。

 

「固い言葉で書いてありますけど、要はこの間直接説明したとおりです。一応ゆかりさんの方でも確認しましたけど、特に追加事項とかもありませんね」

 

立派な厚めの紙に書かれた文言をザッと確認していくが、確かにゆかりさんの言う通りの感じだ。

一緒についていた万年筆を取り、署名欄に名前を書いて、ゆかりさんに渡す。

 

「……はい、これで正式にお兄さんはあかりちゃんのマスターです」

 

――そう、結局渦中の人であったあかりちゃんは、正式に家へ来ることが決定した。

何でも、人とのコミュニケーションを主眼に置いたボイスロイドは、まれな事とは言えその特性上どうしても完全自我を持つ個体が偶発的に生まれてしまうらしい。

現在AHS社ではそういった個体をゆかりさんのように内部で雇用しているが、それにもいずれ限界が来る。

そこで、いずれはそう言った個体に対して人間と同等、或いはそれに類する権利を与え、意志ある一個の個人として生活させたいという事らしい。

ただ、まだまだ社会的には理解を得られていないし、そう言った個体が変化の大きい実社会内でどのような影響を受けるかもまだわかっていない。

 

そこで偶然にも完全自我を持ち、外部の人間と短いながらも共に生活を送ったあかりちゃんにこのまま生活してもらう事で、実績作りと影響の調査をやりたいという事だそうだ。

尤も、現行の制度では所有者なしの固体が独立して存在することは許されていないので、こうして形だけとはいえあかりちゃんのマスターになることになったし、その手続きが終わるまで、彼女はAHS社で暮らすことになったのだが。

 

「一応言っときますけど、外部のうるさい人たちを納得させる為に、お兄さんには強いマスター権限を渡すことになってますけど、あくまでそれは保険ですから乱用はしないでくださいよ?」

「分かってるよ、そもそも出来る事ならそんなものない方がいいと思ってるしな。それともそんなに信用ないか?」

「一応ですよ一応。お兄さんなら大丈夫だとは思ってますけど、あかりちゃんはわたしにとっても、もう妹みたいなものなんですから」

 

そういえばAHS社内では、ゆかりさんがあかりちゃんの面倒を見ていたらしく、最近ではすっかり姉気分のようだ。

……いや、むしろ急速にシスコン化が進んでいる気すらする。

 

「さて、それじゃあ後は後日AHS社にあかりちゃんを引き取りに来てもらうだけなんですけど……」

 

そこでゆかりさんはいたずらっぽい笑みをニヤッと浮かべる。

 

「何かあるのか? だったら勿体ぶらずに――」

 

と、そこでドアの影から小柄な影がぴょこんと現れた。

日の光で輝く銀の三つ編みと、朱のさした白い頬。そして何より、その頭に乗った帽子は間違いなく自分が贈ったものだ。

 

「ふふふ、サプラーイズ!! どうですか? どうですか! 二人共きっと会いたくて首を長くしているだろうと思って、ゆかりさんが八方に手を尽くして連れて来たんですよ! ……ねぇ、聞いてます?」

 

ゆかりさんがドヤァ……といった感じで何か言っているが、今自分の全感覚は目の前の彼女に振り分けられていて、その内容はよくわからない。

それよりも。

さて、彼女に何と声をかけよう。

会いたかった。

楽しみにしてたよ。

ずっと待ってた。

 

……言いたいことはたくさんあるけれど、やはり最初に言うべきはこれだろう。

 

 

「お帰り、あかりちゃん」

 

その言葉に満開の笑みを咲かせたあかりちゃんが、僕の胸へ飛び込んできた。

 

「ただいまです、おにいさん!!」

 

 

―了―

 




あとがきとお知らせ











まず初めに、以前の前書きにも書きましたが思っていたより多くの方に見て貰えたのみならず、ブックマークして頂いたり、感想を頂いたりして本当にありがとうございます。二十日間ほどですが、最初から最後までお付き合いくださった方には頭が上がりません。

プロローグ投稿時点で一応すべて書き上げていたので『励みになりました』なんてことは言えませんが、それでも反応があるたびに書いて良かった、と毎回思っておりました。


さて改めて、一先ずこの物語はここで一区切りとさせていただこうと思っております
――が! 

「結局マキさんあれ何者なん?」

とか

「タイトル的にあかりちゃん主役なのはいいとして、タグにゆかりさんとマキさんついてるのに濡れ場は無いんですか⁉」

とか色々あると思います。

……はい、一応この物語の続きを書くための構想と設定は存在しているのです。一応。

という訳で、続きが欲しいというような声が多ければ続きを書く予定です。
因みに書くとなった場合は分量同じくらいの多分ゆかりさんメインで、あかりちゃん+おにいさん続投で3p展開ありもしくは、ゆかりさんオンリーメインかのどちらかになる筈です。

ただ、初めて長編&官能系を書いて技量の不足を感じるシーンも散見されたので、しばらくは文章の摂取と短、中編での練習をしたいのと、健全な長編も少し書いてみたいので、続きを書くとしても期間が大分空いてしまう事になると思います。

それでも良ければ、またこの続きで会えればと思っております。

重ね重ね、最後まで読んでいただきありがとうございました。


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