八極拳発祥伝説 (宝蔵院 胤舜)
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序章
プロローグ


八極拳開祖については異論が多く、何故か孟村呉家が否定されるという不思議な状況があります。
以前に『八極拳の謎』という題で、各派の八極拳を比較した上で、開祖が孟村回族の呉鐘である事を論じてみました。
この度は更に一歩進めて、呉鐘が八極拳で一門を立てるまでの物語を考えてみました。
よりファンタジーな内容ながら、八極拳開祖は呉鐘である事を改めて証明してみたいと思っています。


八極拳発祥伝説

 

〈八極拳開門譚〉

 

 

序章

 

 

フリーのルポライターであるこの俺、信成(のぶなり)孝(たかし)の元にある手紙が届いたのは、平成三十年の夏の盛りであった。差出人は、茨城県行方(なめがた)郡の鹿島神道一羽流剣術道場第十五代当主であり、一羽流剣術無手類(むてのたぐい)無極流兵法の伝承者でもある土子(つちこ)一之(かずゆき)氏。彼とは五年前の靖国神社での奉納演武会で知り合い、その後の呑み会で当主と俺とは意気投合し、それからはたまに酒を呑むような間柄となっている。

普段はLINEでやり取りをしている彼から今時手紙、というのに驚いたが、その内容には更に驚いた。

『蔵の掃除をしていた所、今まで見た事の無い古い伝書が出て来た。是非内容を確認して貰いたい』

まあそんな内容だった。わざわざ俺に知らせてくれた事に感謝しつつ、なぜ俺なのか、と考えながら車を走らせた。

俺が道場に着くと、土子さんは道着で待っていた。

「どうしたんです土子さん。そんな改まって」

「信成君、良く来てくれた。早速これを見てくれ」

土子さんはそう言って、二冊の古い本を俺の前に置いた。かなり傷んだ和綴じ本で、あちこちに染みや虫食いがあるが、十分に原形を保っている。一冊目の表には『武術譜書』と書かれていた。

「へえ。巻き物ではないんですね」俺はそれを手に取った。「何の武術かは書いていないんですね」

「まあ、内容を見れば解る事だ」

土子さんはそんな思わせ振りな事を言う。

俺は、ゆっくりと表紙をめくって見た。表紙の裏には「雍正十 壬子(みずのえね) 癩(ライ)口述ヲ癖(へキ)筆記ス」と仮名混じり文があり、中には、力強く大雑把な手書きの文字が詰まっていた。漢文である。

「『吾有八極拳一套何為八極拳文有太極安天下武有八極定乾坤太極變化作為八八六十四卦能先知未來之事八極分為八八六十四手有扶弱敵強之…』。土子さん、これって…。」

「信成さんなら判ると思ってたよ」

「これって、八極拳ですよね?」

「まさしく」

俺は八極拳には興味がある。ゆっくりとページをめくって行く。そこで、俺はある異和感を覚えた。

「土子さん、変ですねこれ。俺、呉会清の古譜の写真も、呉連枝の拳譜も見た事ありますけど、この拳譜には、本来の拳譜にあるはずの『六十四手論』や『九宮剣』、『呉会清の序文』すらありませんね」

「やはりそこに気付いたか。さすが信成さんだ」

「と、言う事はつまり?」

「この拳譜が、呉鐘の時代に書かれた事を示唆している、という事だ」

「でも、実際には、呉鐘の拳譜は失われているんですよね?」

「ああ、そう言われている」

「では、なぜそれが日本の、それも土子さんの所に?それにこの本、癩と癖によって書かれたとありますよ?それも日本語で」

そう尋ねた俺に、土子さんはもう一冊の本を示した。

「それに関しては、こちらの本に書かれている」

土子さんに言われてその本を見ると、表紙には『流祖略傳』とある。こちらを開くと、一冊目とは違い、全て和文でしたためてある。文字は同じく豪快な奴だ。最初のページは目次で、内容は三章に分かれていた。

「こいつは、見ようによってはかなりの問題を孕んだ内容の文献だ。専門家に渡すと、逆に問題を起こしかねない。そこで、まずは君に見て貰おうと思ったんだ」

土子さんは、俺を見て笑って言った。

それで、俺なのか。

俺は無言で頷いた。

確かにこの本には、これまでの定説や事実を覆す、驚くべき内容が書かれていたのである。

 

 

つづく

 

 

20190219

20190531改




※この物語はフィクションです。この中で描かれる登場人物、歴史、武術流派、宗家の人名や地名など、全てが作者の研究成果を踏まえた上での空想の産物です。


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第一章 真壁雷蔵の段
壱 竹生島流棒術


八極拳発祥伝説

 

〈八極拳開門譚〉

 

 

第一章 真壁雷蔵の段

 

 

【壱】

 

享保八年(1723)夏の終わり。

「おー、今日はまた素晴らしい日本晴れだ。絶好の旅日和だな」

真壁雷蔵は、諫早(いさはや)の宿屋を出て、空を見上げた。

雷蔵は豪農の息子だったが、土子一之助に才能を見出されて一羽流剣術道場に入門し、無手類(むてのたぐい)無極流兵法の皆伝を受けた。

生来の武術好きで、皆伝を得てからは頻繁に江戸市中へ出掛けては、色々な道場の門を叩き、良ければ武術談義に花を咲かせ、悪ければ師範代との仕合いとなった。ただ、人柄の良い雷蔵は手合わせの後は大概仲良くなって、その流派の秘伝を教えてもらったりして、結果的に当初の目的を果たす事がほとんどだった。

そんな彼が、小作人の中に唐人を見つけた。長崎から流れて来た、という呉(ウー)さんは、実は唐土(もろこし)の武術(ウーシュー)、査拳の使い手であった。そして、呉(ウー)さんを追って来た組織の者達は、査拳と洪家拳を操った。

雷蔵は、この唐土のウーシューが見たくて堪らなくなった。

思い立ったら後には引かないこの男は、呉(ウー)さんから唐土の言葉を学び、とうとう江戸を飛び出した。

東海道をひたすら西へ行き、京から西国街道で西宮を経て、摂津の須磨から船に乗った。瀬戸内海を渡り、下関から再び陸路の長崎街道を進み、諫早へと至ったのである。ここから長崎は、もう目と鼻の先である。

街道を歩き出した雷蔵に町人風の男が一人近付いて来た。雷蔵と並んで歩き出す。

「江戸崎の真壁雷蔵様とお見受け致しやす」

「如何にも」

「あっし、長崎出島の唐人屋敷の唐人番(警護役)で下働きをしておりやす、伊左吉と申しやす。呉(ウー)の若さんから連絡を頂いとりやした」

「ウーさんってそんなにエラい人だったのかい?」

「若さんのお父上、呉(ウー)大人(ターレン)には、我々番方もお世話になっておりやす」

伊左吉は辺りに気を配りながら言った。唐人屋敷とは、出島から入国した唐人の船乗り達を住まわせる施設で、監視とは名ばかりで、実際には唐人と長崎商人との重要な商いの場であった。

「で、お前さんは何を気に掛けているんだ?」

辺りに気を使う伊左吉の態度に、雷蔵は尋ねてみた。

「実は、孫(スン)大人(ターレン)の手の者が様子を見に来ているって情報があって」

「誰だい孫大人ってのは」

「唐人屋敷は二つの勢力が覇を競ってるおりやして。壺や皿のような工芸品や櫛や簪みたいな小物が得意な孫大人が、薬や食品を扱う呉大人のシノギを狙ってるんですよ。場合によっては実力行使も辞さないって奴で」

「物騒だな」

「そんな世界に嫌気がさした若が、町人の娘と駆け落ち同然で逃げ出しちまいやして」

「何だよ、逃げ出したなら放っとけば良かったのに。物々しい追っ手が来やがったぜ」

「それが、若が青幣(ちんぱん)に名を連ねていたもんで」

「はあ」雷蔵は溜め息をついた。「渡世の義理って奴か」

「まあそんなとこで」伊左吉も肩をすくめた。「とにかく、あなた様のお陰で、若の消息が知れたのですから、呉大人としては喜ばしい事ではあったんですよ。ただそのせいで、孫大人にも居処がバレちゃいましたけどね」

「上手い事行かないもんだな」

「まあそんな訳で、東国で若と一緒にいた、あなた様の様子を窺いに来てるようなんでさ」

「大きなお世話だなあ」

雷蔵は笑って言った。

「で、雷蔵様は清国に渡りたいとお考えで」

「その通り」

「そんな話しは、唐人屋敷内ではあっという間に広まっちまうんでさ」

「俺は、どっちの味方でもないぜ」

「要は、孫大人は呉大人の邪魔をしたいだけなんでさ」

伊左吉は笑いながら言った。

「いい迷惑だな」

雷蔵は顔をしかめた。

「どうやら誰もいないようです。あなた様が予定よりも遅く来られたので、向こうも痺れを切らせたのかも知れませんな」

「嫌味な言い方だな」雷蔵は苦笑した。「仕方なかったんだ。小田原や浜松、尾張や須磨で色々とあったんだ」

「まあ、長崎会所(長崎奉行直属の蘭清交易機関)には話を通してますんで、船には乗れると思いますよ」

「そうか」

「その代わり、あなたは海に出るまでは唐人で通して貰います。そこが抜け道って奴です」

 

雷蔵と伊左吉の二人は、夕方を待たずに長崎出島に到着した。雷蔵は、黄五山という名前で出島に入った。

「誰なんだ黄五山って?」

そう尋ねた雷蔵に、伊左吉は笑って答えた。

「何でも呉大人のひいじいさんだそうで」

出島に入った時点で連絡が届いたのだろう、唐人屋敷へ来ると、呉大人が出迎えてくれた。

『やあ、よく来た。君が真壁雷蔵先生だね』

肌がよく陽に焼けた初老の男が、笑顔で言った。唐土の言葉である。

『初めまして。江戸崎の真壁雷蔵と申します。よろしくお願いします』

雷蔵は丁寧に頭を下げた。やはり唐土の言葉だ。

『言葉もちゃんと身に付けたようだね。君の覚悟はよく判った』呉大人は頷いた。『君は十日後の寧波(ニンポー)に向かう荷船の船員、黄五山として乗り込んで貰う手筈になっている』

「ところが、ちょっと厄介な事がありやして…」

伊左吉が言い難そうに切り出した。

「我が大清帝国へ密航したいというのはお主か?」

大きな声で言いながら、別の一団がやって来た。言葉は日本語だが、明らかに清国人である。

『孫、声が高い』

顔をしかめて呉大人が言った。

「厄介な事が自分から来なすったぜ」

伊左吉は肩を落とした。

『呉よ、お前も物好きだな。息子が青幣を足抜けして揉めてるって時に、今度は密航者の手引きか?』

『お前に何か言われる筋合いは無い』

呉大人は吐き捨てるように言ったが、孫大人はそれを無視して雷蔵に視線を向けた。

『お前のような田舎侍に清国で何が出来るものか』

『俺は別に世の中を変えようなどとは思ってないぜ』

『何だ、言葉が判るのか?』

孫大人は目を丸くした。

『こんな風に馬鹿にされない為さ』

雷蔵はそう言って腕を組んだ。

「何の目的で清国へ渡るつもりだ?」

「彼の地の武術を見たいんだ」

「清国には色々な武術(ウーシュー)がたくさんある。お前が行っても袋叩きにされるのが落ちだ」

孫大人は見下すように言った。

「そうでもないと思うぜ」

雷蔵は刀の柄に手を置き、不敵に笑った。

「ならば、その腕を見せて貰おうか」

孫大人は悪そうな表情で言った。

『おい孫、いい加減にしろ』

呉大人が止めに入ったが、雷蔵はそれを遮った。

「俺が唐土へ渡る為の、最終試験って奴さ。受けて立つよ」

「いい度胸だ。そうでなくては海も渡れまい」孫大人は唇を歪めた。「先生、お願いしますよ」

孫大人が奥へ声を掛けると、部屋の中から男が一人出て来た。手に六尺ほどの棒を持っている。

「何だい、お国のウーシューじゃないのかい?」

雷蔵は意外な展開に目を丸くする。

「竹生島流棒術の由良と申す。訳あってここで用心棒をしている。このような仕儀なのでな、一手お手合わせ頂こう」

「では、辧財天より感得したという技、ご指南賜ろう」

雷蔵は大刀を伊左吉に預け、由良と相対した。用心棒を生業とするだけあって、その所作には隙がない。

「かなりの手練れとお見受けする」

雷蔵は楽しそうに言った。

「貴殿こそ」

由良も笑う。笑いながら棒を構えた。首の後ろに担ぐような独特の構えだ。

「へえ。見た事のない構えなのに、どこかで見た事があるような気がする」

雷蔵は思いを声に出して言った。確かに初めて直接目にする流派なのだが、何か心当たりがあるような気がするのである。

「左様か」

由良は口数が少ない。安定した構えである。

雷蔵も構えた。右手を前に出し、肘を曲げる。拳が鼻の前に来る。左手は胸の前に置く。

「無手か」

由良が呟いた。

「無極流兵法、真壁雷蔵。参る」

言うなり、雷蔵から動いた。小細工なく真正面から近付く。その気迫に押されるように、由良は構えから棒を振り下ろした。雷蔵は少し左に外す。振り下ろされた棒が引き落とされ素早く回転して、再び上から振り下ろされる。雷蔵は同じく左に外す。今度は、振り下ろされた棒が跳ね上がって来た。雷蔵は大きく一歩退がって避ける。

体勢を整えた雷蔵は、最初の位置に戻らされた事に気付いた。

「竹生島流、侮れんな」

雷蔵は感嘆の言葉を吐いた。

「無手を恐いと思ったのは初めてだ」由良も釣られて呟く。「貴殿の腕前に敬意を表して、我が必殺の一手をお目に掛けよう」

由良はそう言うと、棒を地面に立てるように構えた。その後ろに体が隠れるように気配が消える。

雷蔵は畳んでいた右肘を伸ばし、手刀の構えを取る。

棒が動き、由良は右手を高く取った左上段の構えになった。棒の先は下を向いている。そこから棒が鋭く旋転して、凄まじい気合の声と共に人中を突いて来た。雷蔵は小さく右足を右外に踏み出しつつ、右手刀で棒を逸らせ、その隙に乗じて懐を取ろうとした。

由良は自らの右手を潜るように棒を背負いながら素早く右に体を開いた。棒は雷蔵の視界から完全に消える。

上か?下か?

その判断をする前に、雷蔵の体は動いていた。右足を踏ん張り、その反動で由良の懐に飛び込んだ。

由良は袈裟掛けに雷蔵の横面霞を打ち込もうとしたが、雷蔵は双手突きの形で由良の右肘と右手首を押さえた。打ち込みの途中で動きを止められて、由良は体を仰け反らせる格好になる。

雷蔵はそのまま由良の両足の間に自分の右足を踏み込み、急激に体を開いて右半身になりつつ、右肘を由良の壇中に叩きつけた。ほぼ体当たりである。由良はうむと唸って後ろへ吹き飛んで、地面に大の字に倒れた。周囲の見物人から嘆息が漏れた。

暫しの間由良に極めた「頂(いただき)」 の姿勢のまま固まっていた雷蔵だったが、倒れていた由良が身じろぎをするのを見て大きく息を吐いて姿勢を解くと、由良に近付いて手を差し伸べた。

「大丈夫かい?」

「何とかな」由良はその手を取って立ち上がった。「見事な当て身だった。俺の『五輪砕(ごりんくだき)』が破られるとは」

「やっぱり棒は恐かったよ。そう言えば、構えや運足に『柳生心眼流』を彷彿とさせるものがあったよ。見覚えがあるってのは、そういう事だったらしい」

「俺は心眼流は知らんが」

「さっきのお主の上段構え、心眼流の山勢厳って構えに似ていたんでな」

「それは杖術か何かか?」

「いや、柔(やわら)だ」

「そうか」

「あー、お二人さん、ちょっと良いかな?」

武術談議を始めた二人に、孫大人が割って入った。

「何だよ、今いい所なのに」

雷蔵はあからさまに不気嫌な態度で答えた。

孫大人は雷蔵の邪険な扱いにいささか苛立ちを覚えながらも、大物振りを示す事に成功した。

「真壁殿、見事な腕前だった。お主が清国へ行っても、何とかやって行けそうだという事は判った。もう余計な口出しはしない。気を付けて行って来るんだな」

「ありがとう。これで俺も心置き無く旅出てるってもんだ」雷蔵は笑って言うと、表情を改めた。「ところで孫大人、一つお願いがあるのだが」

「何だ?」

「俺が出発するまでの間、由良殿に棒術を習っても良いか?」

「そんな事なら、全然構わんよ」

「そうかい、ありがとう」

雷蔵はそう言うと、由良に向き直った。

「俺も構わんよ」

由良も笑って答えた。

 

十日後、寧波(ニンポー)行きの荷物船に乗り込み、雷蔵は清国へと旅出った。

「待ってろよ唐土!俺が存分に見聞させて貰うぜ!」

雷蔵は、果てしなく続く海原に向かって大声で言い放った。

 

 

 

20190601

 



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弐 昂拳(こうけん)

八極拳発祥伝説

 

〈八極拳開門譚〉

 

 

第一章 真壁雷蔵の段

 

 

【弐】

 

享保八年(1723)秋。

真壁雷蔵の乗った呉大人の荷船は、時ならぬ順風を得て、十日ほどで寧波(ニンポー)の港に到着した。唐代から交易の中継地点として発達し、遣唐使であった最澄や空海、また曹洞宗の道元などもこの地を踏んでいる、日本とも縁の深い港街である。

船の中で雷蔵の世話をあれこれと焼いてくれた李(リー)船長は、海の向こうに立ち現れた塔を見つつ言った。

「寧波は日本人への悪感情が強い。気を付けた方が良い」

それを聞いて、雷蔵は大きく頷いた。

先の室町幕府の財源となっていた日明貿易、所謂"勘合貿易"は、後には細川氏と大内氏の利権争いの舞台となり、その結果、大永三年(1523) に『寧波の乱』と呼ばれる大規模な武力闘争が起こるに至った。その時に、怒りに狂った大内氏側の兵達が細川氏の使者のみならず沿道の明人をも虐殺した。更にその後、明国沿岸を席巻した和寇の横行もあり、二百年経った今でも、寧波の人々は日本人にはあまり良い感情を抱いていない。

「こいつに着替えなくても良いのかい?」

李船長が清の一般的庶民の服を取り出して来るのへ、雷蔵は首を振って答えた。

「しばらくはこいつで行くよ」

雷蔵は長着に袴、羽織に大小落とし差しの姿を示した。どこから見ても和国の人間である。

「あんたの武者修行が無事成就出来るよう祈ってるぜ。死ぬなよ」

李船長はそう言って手を振った。雷蔵は深く一礼して、舷梯を渡って桟橋へ降りると、荷降ろしをしている人夫達を掻き分けて地面を踏んだ。

「これが唐土(もろこし)か!」

雷蔵は目を輝かせた。港の向こうに、甍(いらか)波打つ壮麗な街並が見えた。奥の方に、海からも見えていた七重塔が聳えている。

古えより東西交易、特に海運の要衝として栄えた寧波の街は、広い大路に人や荷車の往来も多い、活気に満ちた大都市であった。

目を輝かせて周りを眺めている雷蔵とは対照的に、彼を見つめる住民達の目線は冷たい。明らかに和人と判るこの男の正体が判らず、警戒しているのだ。

やがて、腕に覚えのありそうな四人組が雷蔵に向かって動き出した。四人のうち二人の腰には提柳刀が下がっている。雷蔵は気付いてはいたが、あえて放っておいた。彼としては、異国の雰囲気にもう少し浸っていたかったのである。

「おい!お前!」

四人組の頭目らしき男が声を上げた。ドスの利いただみ声だ。雷蔵は気付かない振りをした。

「おい、お前だお前!そこの和人!」

男が声を荒げた。

「何だ、俺の事か?」

雷蔵はとぼけて言った。

「お前しか居ねえだろ」男は顔をしかめた。「誰だお前は?ここに何しに来やがった?」

「俺は真壁雷蔵。物見遊山でやって来た者だ」

雷蔵が答えると、周りの野次馬の中に動揺が走った。

「何だお前、言葉が解るのか?」

男が目を丸くした。

「さっきの返事で判らなかったのか?」

雷蔵は肩をすくめた。

「なら話は早い。俺は鄭(てい)自功(じこう)、この辺りを仕切ってる者だ。お前のような素状の知れない奴、しかも和人とあっては放ってはおけないんでな」

鄭はそう言うと、雷蔵を睨みつけた。

「俺はただの旅人だ。しかし、挑んで来るとあっては捨ててはおけんぞ」

雷蔵は笑いながら言うと、目に力を込めた。

鄭はビクリとして、咄嗟に構えた。低い丁字歩に右前拳を伸ばした形だ(※1)。他の三人もそれにつられて構えを取る。集まって来ていた野次馬がどよめきながら後じさった。

「へえ、あんた、結構腕が立つんだね」

雷蔵は笑って立ったままである。

「おい、こいつ出来るぞ。気を抜くな!」

鄭は言いつつ一歩出た。二人は腰の剣を抜いた。野次馬から悲鳴が上がる。

「もし、真壁先生、こんな所に居たんですか?」

殺伐とした輪の中に一人の商人風の男が入って来た。鄭達が訝しげに男を見た。

その男は、笑顔で雷蔵に歩み寄った。

「真壁先生、待ち合わせの場所に行っても居ないんで、探しちまいましたよ」

そう言ってから、男は小声で囁いた。

『あたしに合わせて下さい』

それは日本語だった。

「何用だ周防(すおう)」鄭は目を細めて男を見た。「和人の商人の出る幕じゃねえ。引っ込んでろ」

「おお、周防さん、良かったよ会えて。街が広いもんだから、迷っちゃったんだよ」

雷蔵は大袈裟に振り返った。鄭はそんな雷蔵を見て、首をかしげた。

「周防、お前の知り合いか?」

「ええ。長崎の呉大人の客人で」

呉大人と聞いて、鄭は構えを解いた。

「何だよ紛らわしい。それなら早く言えよ」

鄭は一度恐い顔で雷蔵を睨むと、その場を立ち去った。

それを見送ってから、周防は雷蔵に向き直った。

「何とか間に合って良かったです。申し遅れました。私はこの寧波で商売をしております、周防と申します。呉大人にはお世話になっております。つい先程大人からの手紙を受け取りまして。お出迎えが遅くなり、申し訳ありませんでした」

「こちらこそ、ご足労頂いて忝(かたじけ)ない。もう少しで初修行となる所だったよ」

「その辺りも伺っております」

周防はそう言って笑った。

 

寧波郡廟近くの『周防商店』は、日本の雑貨や反物を扱う店で、品質の良さもあってこの界隈では結構な有名店である。

雷蔵はその店の客間に通された。

「私の一族は、その昔、室町幕府が行っていた"勘合貿易"で力を付けた大内氏に隨って通商を任されていた、山口は周防の商人でした。ところが『寧波の乱』があって、我々日本人は自由な出入国が許可されなくなり、結果としてこの街に住み着く事となったのです。我々と呉大人とは彼がこの街に居た頃からのお付き合いです」

周防はそう言うと、古い一冊の大黒帳を取り出した。表紙に大内菱(おおうちひし)が描かれている。大内氏の家紋だ。

「大永年間から二百年になります。先祖は地元の漢族と結婚してこの国の人間になろうとしましたが、我々は今でも"和人"と呼ばれ、ひとつ下に見られています」

「ひでえ話だなあ」

「まあ、最後にものを言うのはカネですからね、今では誰も正面切って悪口を言う者はおりませんよ」

周防はそう言って笑った。

「で、真壁先生は武者修行に来られた、と」

「ああ。清国の武術を見たくてな」

「清国の武術は多彩です。特にここ寧波は、戚継光が著した『紀効新書』に残された数々の武術が今も練られていますよ」

「俺は、日本で査拳と洪拳を見た。どちらも凄い武術だった」雷蔵は目を輝かせて言った。「で、さっきの、何て言ったかな…、そうそう鄭だ。鄭はどんな武術を使うのか、知ってるかい?」

「鄭自功は、ここからそれほど離れていない、奉化江のほとりにある『金水門(きんすいもん)拳法』道場の道場主、鄭(てい)大功(たいこう)の息子です」

「息子って事は、次の当主だな。そうか、ではあれが『金水門拳法』って奴だな」

雷蔵は鄭の構えを思い出しつつ言った。

「ええ。この辺りでは名の通った道場で。まあ実力もありますので、あの息子はこの街の自警団を気取っていますよ」

周防はそう言って笑った。

「早速見学に行かせて貰おうかな」

雷蔵は朗らかに言ったが、周防は優しい表情で、しかしきっぱりと首を振った。

「とりあえず、荷をほどいて一服して下さい。長い船旅の疲れもあるでしょう。あ、宿はこちらの離れをお使い下さい」

 

翌日、朝食を済ませた雷蔵は、街をぶらぶらと歩いた。『周防商店』のすぐ横にある寧波郡廟は、明の洪武四年(1371)に明太祖朱元璋の詔により、国の安全を祈願して建立されたものだ。そのすぐ横にある七重の塔が天封塔。唐の時代からあったらしいので、最澄や空海もこれを見上げていたのであろう。

「立派な街だ。きっと色んなものがここに集まるんだろうなあ」

雷蔵は辺りを見回しながら呟いた。周りの視線などお構い無しである。

そんな雷蔵に、一人の男が近付いた。街の漢族達とは違う服を着ている。

「なあ、そこの人」男は雷蔵に声を掛けた。「あんた、和寇かい?」

雷蔵は目を丸くして振り向いた。

「今時和寇なんていると思うのかい?」

雷蔵は逆に問い返した。

「俺の中では、和寇ってのは武士(もののふ)だって意味だ」

男はそう言って、不敵に笑って見せた。

「と言う事は、あんたも武士って訳か」

雷蔵も笑って言う。

「俺は岭南(れいなん)壮族(チワン族)の韋(い)昌輝(しょうき)。一度、和国の武術と仕合ってみたかったんだ」

「それは吝(やぶさ)かでは無いが、ここでやるのか?」

「寧波は尚武の気風だ。誰も咎めはせんよ」

韋はそう言うと、右肘を立て、左肘を開いて拳を顎に付けた。右足前で腰は低い(※2)。

「我が一族に伝わる昂拳(こうけん)、とくと見よ!」

「へぇ、見た事の無い構えだ」

雷蔵は言いつつ、自らも構えを取る。右手を前に出し、肘を曲げる。拳を鼻の前に留め、左手は胸の前。

韋は一歩詰めて右前蹴りを放った。雷蔵は少し退く。韋は蹴った足をそのまま踏み込み、右肘を突き上げた(※3)。雷蔵はもう半歩退きつつ、右掌で肘を押さえた。韋は構わず左の鉤突き(フック)を放つ。雷蔵は右手刀で受けた。間を置かず放たれた右の鉤突きを雷蔵は頭を下げて避けた。その雷蔵の顔前に、韋の膝が飛んで来た。

咄嗟に『頂(いただき)』の構えで受けたが、そのまま膝で突き上げられ、上体が仰け反る。そこへ韋の両拳が放たれ(※4)、雷蔵は後ろに吹っ飛ばされた。地面に大の字になる。

それを見て、韋は構えに戻った。

「俺の『水牛撞樹』がかわされたのは初めてだ」

韋にそう言われて、雷蔵は苦笑いしながら立ち上がった。

「あんた凄いな」雷蔵は土を払いながら言った。「拳足が当たるまで、前へ前へ出て来る圧力が半端じゃねえ」

「お前こそ。最後の両撞、自分から飛んだだろ?」

「受けが間に合わなかったからなあ」

「そんな受け方も初めてだ」

韋は笑った。構えを変え、右拳を下にして肘を立てる(※5)。

「では、次は俺から行くぜ」

雷蔵は言いつつ、開いた間合いを歩いて詰める。構えも何も無くただ歩き、あっさり拳の届く距離に入る。

虚を突かれて思わず出した韋の右裏拳を左掌で外へ払いつつ、下から右掌で「霞(かすみ)」(※6)を取る。左掌で受けに来た所を掴むと、その手を引き込みつつ左腕を韋の脇に差し込み、引き込んだ肘を極める(※7)。

韋は左足を一歩踏み出して投げを堪えようとしたが、雷蔵の差し込んだ左手に止められた。雷蔵はそのまま韋の左腕を巻き込み地面に投げ倒した。左足を挙げて踏む体を見せたが、足を下ろすと掴んでいた韋の左腕を離した。韋は地面を転がって間を取ってから立ち上がった。

「畜生、何だ今のは?擒拿(きんな)か?」

「擒拿はよく判らんが、これが柔術と言う奴だ」

「お前の功夫か?」

「無極流兵法と言う」

「しかし、さっきはなぜ止めを刺さなかった?」

訝しげに問う韋に、雷蔵は意外そうな顔で答えた。

「なぜって、これは仕合だろ?互いの技の試し合いだ。無駄に外傷をする必要は無い」

「和国の人間はそんな甘い考え方なのか?」

「互いを生かし合い、共に研鑽してより高みを目指すのが、俺達のやり方だ」そう言ってから、雷蔵はニヤリと笑った。「でも、やる時は容赦無くやるぜ」

「成程、共に研鑽するか…。悪く無いな」

韋もニヤリと笑う。

いつの間にか、彼ら二人の周りには人だかりが出来ていた。しかし、二人はお構い無しに技の試し合いを続けた。

お互いが交互にお互いの技をかわし合う様子に、いつしか胴元が立ち、「どちらが先に綺麗に決めるか」という賭けが始まっていた。

「楽しいなあ」

雷蔵が笑って言った。

「楽しいなあ」

韋も笑って言った。

 

 

 

20190806

20190903改

 

 

 

註 :

 

※1 金水門拳法 「旗鼓式」

※2 昂拳(壮拳) 「騎馬式」

※3 昂拳(壮拳) 「仙人指路」(前蹴りから縦肘)

※4 昂拳(壮拳) 「水牛撞樹」(左右のフックから膝、両拳突き) 套路の上では、膝の前に前蹴りが入る。

※5 昂拳(壮拳) 「打馬式」

※6 無極流兵法「霞(かすみ)」 五指を拡げて顔を払うように突く。目つぶしを主目的とする。

※7 無極流兵法「交差捕(こうさどり)」 右手首を取り、腕を伸ばして右脇に左腕を差し込み、肘を極めつつ投げる。

 

※昂拳(壮拳) 広西省壮族に伝わる拳法。古式ムエタイに酷似する。タイの泰族と同種族なので、昴拳と古式ムエタイは同根であると思われる。

 



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参 金水門(きんすいもん)拳法

八極拳発祥伝説

 

〈八極拳開門譚〉

 

 

第一章 真壁雷蔵の段

 

 

【参】

 

清・雍正元年(1723)秋。

真っ昼間の寧波の街中で勢大な殴り合いをした雷蔵と韋(い)の二人は、お互い傷だらけのまま、月湖のほとりにある『柳汀(りゅうてい)酒家』で杯を交わしていた。

寧波郡廟前で行われた時ならぬ大立ち回りは、結局三対三の引き分けで幕を降ろした。

賭けを主催した胴元は豪気な男で、二人に賭け金の一部を分けてくれた。その金で二人は酒を酌み交わしているのである。

二人とも服は土まみれで、お互い顔に打たれた跡がくっきりと残っていたが、全力で技を出し切って相手の力量を認め合って、すっかり意気投合していた。

「あんたの武術は凄いな。昂拳と言ったか、苛烈な技だな」

雷蔵は心底感心して言った。

「お前の無極流も見事なものだ。特に擒拿(きんな)と摔(しゅつ)(※1)の技術が素晴らしいな」

韋も大きく頷きながら言った。

「それにしても、昂拳の攻撃力には恐れ入ったよ。これは、あんた達の一族の拳法なのか?」

雷蔵は酒をあおると、韋に尋ねた。

「そうだ。我々壮族の先祖が、身を護る為に生み出した、戦の中で鍛え上げられた拳法だ。かつて我々の軍団は『狼兵』と呼ばれ、凶猛無比の強さで名を知られていた。お前ら『和冦』をも退けたと伝えられている」

韋も杯を空けつつ、上気嫌で答えた。

「確かに凶暴な拳法だな」雷蔵は笑った。「それにしてもこの酒、旨いけど強いな」

「桂林三花酒という、俺の地方の白酒だ」

「バイチュウ?」

「蒸留酒の事だ」

「なるほど、焼酎か」

「和国にも似たような酒があるのか?」

「これほど酒精は強くはないがな」

雷蔵はそう言いながら、「青梗菜と餅の醤油炒め」を口に入れる。

「ところで真壁、お前は何故清国にやって来たんだ?」

韋が「腐皮包黄魚(黄魚湯葉包み)」を頬張りつつ尋ねた。

「俺はな、地主の子供として生を受けた。有り難い事に金には困る事が無かったが、百姓である事に違いは無い。だが俺は、武術が好きだった。だから、百姓仕事のかたわらで、無極流の道場へ剣術を習いに行ったんだ。そこで、土子宗家に認められ、弟子入りが叶ったんだ。弟子入りして初めて、武術の奥深さが判った。そしたら、他の流派の技も見てみたくなってな」

「それで腕試しって訳か。命が幾つあっても足りんな」

「幸い和国では、徳川の世になって百五十余年 戦(いくさ)が無い。それで発達したのが『試合』だ。お互いの修練を披露し、腕を認め合う。それでこそ、武術は発展して行くんだと、俺は思っている。俺は色んな土地に行き、色んな人に会い、試合う事で技を体験させて貰って来た。やはり武術は奥深い」

「で、とうとう清国まで来たってか。物好きな奴だな」

「お陰であんたと知り合えたぜ」

雷蔵はニヤリと笑って言った。

「俺もお前と会えて良かったよ」

韋もニヤリと笑った。

そこへ、ドカドカと十人程の男達が踏み込んで来た。見た事のある道着を着て、手には全員提柳刀を持っている。

「お、どうした?あんた鄭自功だったかな?呑んで行くってんなら、全員奢るぞ」

雷蔵は敢えてお気楽に声を掛けたが、鄭はそれを無視した。

「貴様ら、街の往来で武術をひけらかしていたらしいな!」

「何だよその『ひけらかしていた』って言い草は」

「それはこっちの言葉だ」鄭は雷蔵を睨みつけた。「武術を見世物にした挙げ句、賭けの対象にしやがったらしいな」

「賭けにしたのは俺達じゃないぜ」

韋がヘラヘラと笑いながら言う。

「お前の話も最近よく聞くぜ、韋よ。ケンカ屋が大層な口を聞くじゃねぇか」

鄭は辛辣な口調で言う。

「別に見世物にした訳じゃない。周りの連中が勝手に遊んでただけだ」

雷蔵は肩をすくめた。

「皆の前で軽々しく武術を見せる必要があるか?」

「それは俺達の勝手だろう」

鄭の言葉に、雷蔵はしれっと答えた。

「兎に角、お前らは街を騒がしている。看過出来ん」

「ではどうしろと?」

韋が青梗菜を頬張りながら尋ねた。

「今から俺の道場へ来て貰おう。嫌も応も無しだ」

その鄭の言葉を聞いて、雷蔵は目を輝かせて身を乗り出した。

「そうか。連れていってくれるのか、金水門拳法の道場に?」

「あ、ああ、そうだ」雷蔵の態度に、鄭は思わず引いてしまう。「お前に制裁を加える為だぞ?判っているのか?」

「何でも良いさ。さあ、すぐにでも行こう」そう言ってから、雷蔵は眉を曇らせた。「あー、すまんが、この料理を食べてからで良いか?」

 

雷蔵の一行は、『柳汀(りゅうてい)酒家』からそれほど離れていない、奉化江のほとりにある『金水門拳法』道場にやって来た。広い敷地が高い塀で囲まれており、正面の門扉を閉めると外からは一切見えなくなる。

「凄いな。百人入っても一度に練習出来そうだな」

目を丸くして、雷蔵は呟いた。

「そうよ、我が金水門は、寧波で最も勢力のある一門だ」鄭の腰巾着らしい男が尊大な態度で言った。「この鄭自功先生は、金水門の次期当主様だ。本来ならお前らが口を聞く事など出来ないお方だ」

「お前、うるさい」韋が吐き捨てるように言った。「俺達は、その鄭先生に呼ばれたんだ。お前じゃない」

「何だと!」

腰巾着は怒鳴って踏み出したが、鄭がそれを止めた。

「悪いが、ここは俺の街だ。俺のやり方に従って貰う。従わないのなら」

「従わなければ、どうする?」

雷蔵は笑顔で尋ねた。

「力ずくで従わせる」鄭は真顔である。「武術は軽々しく見せるものでは無い。技を見せれば、その技は敵に知られ、戦いの場で後れを取る事になる」

「それがこの道場の教えなんだな」

雷蔵は頷きながら言った。

「そうだ。だから学生達にも無闇に技を見せぬよう命じている。使うのは、いざという時だけだ」

「お前さん、案外と真面目なんだな」

雷蔵はほうと吐息を漏らした。

「教えは判るが、それは俺達には関係ないだろう?」

鄭の言葉に、韋が首をかしげる。

「示しがつかんのでな。それに、普段は控えるように言ってあるから、たまにはうさを晴らしてやらんとな」

鄭はしれっと言う。

「つまりは、俺達は噛ませ犬って事かい?」

雷蔵はあくまで笑いながら言う。

「まあそう言う事だ。悪く思うな」

鄭は言いつつ、学生を二人指差した。その二人は立ち上がると、各々雷蔵と韋の前に立った。

「あんたが俺の相手をしてくれるのか?」

雷蔵は笑顔のままだ。相手は厳しい表情のまま、構えを取った。

「これが、金水門の構えか?」

雷蔵は、首を捻って鄭に尋ねた。

「そうだ。『旗鼓式』という。この構えから、全ての技が生まれるのだ」

「そうかい。では、一手ご指南よろしく」

そう言った雷蔵に、男は突き掛かった。力の入った型通りの動きだったので、雷蔵は体を開いて突きを捌きつつ、中楔(なかくさび)(※2)を相手の耳下の急所(※3)に打ち込む。男は昏倒してくず折れた。

「そんな型通りの突きで相手を倒せると思うか!次!」

雷蔵は鋭く声を上げると、学生達の集団を睨みつけた。いつもの師範代の時の調子である。

自分の相手を倒した韋が、目を丸くして雷蔵を見た。

「次、行け!」

鄭は次の男を差した。筋肉隆々の男だ。韋の方にはもう誰も来ない。雷蔵が目立つ行動を取り始めたので、韋の事はすっかり忘れられてしまったようだ。韋は、少し離れて高見の見物を決め込んだ。

筋肉男は、頭二つ分雷蔵より背が高い。男はいきなり前蹴りを放った。雷蔵は右の肘を振り打ちその足を払い、返す肘で腹を突き抜いた(※4)。男はその場にうずくまって動かなくなった。

「あ、お前その技は!?」

韋が思わず声を上げた。

「悪いな、あんたの技、早速盗ませて貰ったぜ」

雷蔵は韋に顔を向け、ニヤリと笑った。

「次は俺だ!」

腰巾着が、怒気に顔を赤くして雷蔵の前に立ちはだかった。

「おいお前、怒りに呑まれると実力を発揮出来ないぞ」

雷蔵はそう言ったが、腰巾着は構わずに突進して来た。力任せの大振りの左右の拳から胴体を抱えに来たので、両肘で首肩を押さえて相手を固定すると、両腕で引き込みつつ膝を腹に突き入れた(※5)。腰巾着が呻くのを更に首を下に落とし、顔面に膝を入れた(※6)。腰巾着は前歯を全て折られて、血を噴きながら倒れた。

「だから落ち着け、と言ったんだ」

雷蔵は腰巾着を見下ろして冷たく言うと、鄭を睨みつけた。

鄭が誰か別の男を指差して「行け」と言うのに被せて、雷蔵は大声で言った。

「いい加減にしろ!鄭自功!お前がそうやって学生や看板の後ろに隠れるような事をしているから、お前も、お前の取り巻きも実力が伴わないのだ!これ以上"金水門"の名を汚すな!」

「なっ!?」

鄭は言葉に詰まった。ここまで真正面から自らを否定されたのは初めてだったのだ。

「お、俺がじっ実力が無いだと!?」

「残念だが、良い素質を持ってはいるが、修練が足りなければ宝の持ち腐れだ」

雷蔵はピシャリと言い放った。

「おのれ、言わせておけばいい気になりやがって」鄭は怒り心頭である。「持ち腐れかどうか、とくと見せてやる」

鄭は大股で歩いて来ると、雷蔵の前に立った。

「さあ、相手になってやる。いつでも…」

鄭の言葉を遮るように、雷蔵は「霞」を放った。それは頬を打ち、バチンと派出な音を立てた。

「痛てーなこの野郎!何しやがんだ!」

「馬鹿かあんた。敵の手の届く位置に無防備に立つ奴があるか!」

鄭の文句を押し潰すように雷蔵は叱責した。

鄭は慌てて一歩退がり旗鼓式で構えると、気合と共に右逆突きを放ち、続けて右[足登]脚、更に右足を踏み込んで右突き(※8)を放った。雷蔵は易々とそれを払い受ける。

「そんな力任せで拳足が届くものか」

雷蔵は敢えて挑発するように言い放った。

カッとなった鄭が闇雲に出した右拳を受け掛けつつ、雷蔵は鄭を投げ捨てた(※7)。勢い良く地面に叩きつけられた鄭は、呻き声を上げて地面でのたうっている。

「判るか、それが自分を過信した報いだ。周りを脅して見映だけ張っていたツケが回って来たんだ。これに懲りたらまた一から功夫を積め」

雷蔵が説教めいた事を言った時、門の辺りから拍手が聞こえた。見ると、初老の男が門を開け放って立っていた。

「いやいや真壁殿、見事な腕前。その言葉も誠に耳が痛い」

男は言いつつ雷蔵に歩み寄った。その隙の無い身のこなしから、雷蔵はそれが誰であるか気付いた。

「何だオヤジ、あんたどっちの味方なんだよ?」

鄭が苦しそうな声で文句を言う。

「うるさい、未熟者が。それが今のお前の限界だ。思い知ったか」

苦々しい表情で言う男に向き直って、雷蔵は頭を下げた。

「あなたは、金水門拳法道場主、鄭大功殿ですね。勝手に乗り込んで生意気な事を申し上げ、失礼致しました」

「いや。あんたの言う通りだ。わしは師として厳しくしてやれなかった。父親の欲目が眼を曇らせていたようだ」

「まあ親子で師弟関係ってのは、中々難しいですからね」

「自功にも良い薬になっただろう。ありがとう」

「なに、礼を言われるような事では」

「ただな、真壁殿」鄭大功の表情が鋭くなった。「今のを金水門拳法だと思ってもらっては困る」

「勿論。当然、見せて頂けるんでしょう?」

雷蔵は不敵に笑いながら言った。

「我が金水門の真髄、見せてやろう」

大功は言いつつ、旗鼓式に構える。雷蔵も構える。

「いつでも良いぞ」

「では、お言葉に甘えて」

雷蔵は一気に間合いを詰め、中楔を連打した(※9)。大功は半歩退いて連撃を避け、連打の途中の拳を引き込むように受け流しつつ指先で雷蔵の喉を突いた(※10)。軽い一撃だったが、息が詰まって雷蔵は思わず退いてしまう。

大功は大きく一歩踏み込むと、右逆突きで雷蔵をよろめかせた。更に一歩出て左逆突きと右順突きの連打を入れる(※11)。

パンッという大きな音がして、大功と雷蔵の動きが止まった。

雷蔵は大功の左拳を右掌で掴み止めると、左手で大功の肘を捕らえて引っくり返して極めようとした(※12)。大功は右手刀を自らの腕に滑らせ、雷蔵の手を切り離した(※13)。

二人は大きく飛び退かってお互いに構えた。

大きくひとつ息を吐いて、雷蔵は構えを解いた。

「柔剛兼ね備えたその技、感服しました」

「それこそが我が金水門の秘伝だが、自功にはまだ伝えられなかった」

大功は困り顔で息子を見た。自功はうつむいてその視線を避けた。

「老師、参りました。私の完敗です。とても勉強になりました」

「そういう謙虚な所が和国人の美徳だ、と周防が言っていたが、この清国では不利になる事もある。気を付けた方が良い」

大功が笑って言った。

「えっ?鄭老師は周防先生をご存知なんですか?」

「ああ、呉大人との縁で、長い付き合いだ」

「何だ。周防さん何にも言ってくれなかったな。人が悪いぜ」

「わしは、今まで周防商店に居たんだ」

「今日帰ったら、周防さんに文句を言ってやる」

雷蔵は口を尖らせた。

「良かったじゃないか真壁。新しい拳法を教えて貰えそうだな」

韋が楽しそうに言った。

 

雷蔵は寧波へ三月ほど留まり、その間に鄭大功から金水門拳法を、韋昌輝からは昂拳を教わった。

季節は冬になり、寧波は日によっては江戸よりも冷え込む時もあった。しかし、雷蔵は武芸の修練に余念が無かった。

ある日、練習も終わり、鄭自功と韋昌輝と共に連れ立って鍋が美味いと評判の店へ行った。海鮮鍋で近隣でも知られている店だ。

三人が席に着いて料理が出て来るのを待っていると、隣の席で食事をしている客達の会話が聞こえて来た。

「俺、こないだまで江寧(南京)に居たんだけどな、凄え奴がいたんだ。甘鳳池って奴で、八尺もある大男なんだ」

「そんな奴居ねえだろ」

「居るんだって!そいつの使う三皇炮捶って拳法が、また強えのなんのって。十人からいたならず者をあっさりなぎ倒しちまった」

その会話を耳にした雷蔵の眼が光った。

「おい、聞いたか今の話し」

「ん?何が?」

鄭も韋も聞いていなかったようだ。

「あんたら、"三皇炮捶"って拳法、知ってるか?」

「いや、知らん」

鄭は首を振った。

「俺は聞いた事あるぜ、ヘキ。何でも嵩山の武藝の流れらしいぜ」

韋が、運ばれて来た鍋をつつきながら言う。雷蔵は真壁の"壁"を取って"ヘキ"と呼ばれている。

「噂に聞く嵩山の武藝の流れ、か…」

雷蔵は呟くと、しばし黙り込む。

「…おいヘキ、お前、江寧に行って三皇炮捶を見たいと思ってるだろ?」

韋にそう指摘されて、雷蔵はニヤリと笑った。

「ああ。俺、年が明けたら江寧に行くぜ」

 

 

 

20190904

 

 

 

註 :

 

※1 擒拿(きんな)と摔(しゅつ) 擒拿は関節技、摔は投げ技を指す。

※2 中楔 中指拳。無極流の中指一本拳を指す。

※3 「独固(とっこ)」。三叉神経を圧迫する。

※4 昂拳 「南蛇纒身」

※5 無極流兵法「樽砕き」

※6 無極流兵法「面砕き」樽砕きの応用。側頭部への膝は「鉢砕き」となる。

※7 「流柳(ながれやなぎ)」 相手の上段を受け掛けつつ、「虚車」の要領で投げを打つ形

※8 金水門拳法 「一馬当先」(右逆突き)~「猛虎扑食」

※9 無極流兵法「千鳥」 千鳥が囀ずるような矢継ぎ早の連撃。烏兎・人中・肢中・壇中・水月の五ヶ処を一息で突く事を最上とする。

※10 金水門拳法「翻雲覆雨」

※11 金水門拳法「一馬三槍」

※12 無極流兵法 「肱蔓(ひじかずら)」

※13 金水門拳法「玉女穿梭」の応用

 

 

 

※ 金水門拳法 明代嘉靖(1522--1566)年間に浙南地方で創立された民間武術。主な內容は“金、木、水、火、土”五組の攻防技法で構成される。金剛拳、水型套路などの套路がある。分類上は"南拳"である。



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肆 楊家槍

八極拳発祥伝説

 

〈八極拳開門譚〉

 

 

第一章 真壁雷蔵の段

 

 

【肆】

 

清・雍正二年(1724)春節。

新春をことほぐ爆竹が鳴る中を、真壁雷蔵は足取り軽く歩いていた。彼が寧波へ来て三月が過ぎ、この地で金水門拳法と昂拳を学ぶ機会を得た。そんな彼の耳に、新たな拳法の情報が飛び込んで来たのである。

「江寧(南京)に甘鳳池あり。三皇炮捶を使う」

勿論雷蔵には初めて聞く人物であり、拳法である。寧波にはその拳法の使い手は無く、また情報も無かった。鍋屋でその話をしていた男も、現場で見聞きをしただけで、何も知らないようだった。「」

判らなければ、実際に見に行けば良い。

雷蔵が世話になっている『周防商店』の主人である周防は、彼の決意に笑顔で頷いた。

「真壁先生の事だ。いずれ何処かへ旅立たれると思っておりましたよ。江寧に行かれるなら、是非とも蘇州へ立ち寄り、太湖を観るとよろしい」

「何かあるのかい?」

「それは美しい風景ですから、一見の価値はあるかと」

「ありがとう。寄ってみるよ」

雷蔵がそう答えると、周防は巾着を取り出した。

「これは、先生がうちで働いてくれた分の賃金です。それに、私からの餞別を加えておきましたので、江寧まではそれほど不自由はないでしょう」

「そうかい、ありがとう。周防さん、世話になった」

「いえいえ、大した事は出来ませんでしたが…て、先生、その格好でお出掛けのお心算なんですか?」

周防は雷蔵を上から下まで眺めて言った。雷蔵は、日本から着て来た長着に袴、羽織に大小落とし差しの姿である。

「いかんか?」

「いえ、まあ、その…」

「そんなにみすぼらしいか?」

「ええ。かなり」

雷蔵に問われて、周防は結局はっきりと答えた。

「そんなにひどいか?」

「ひどいですね。こちらで服を用意しますから、和国の服は置いていって下さい」

「何から何まで済まない」

雷蔵は頭を下げた。

周防は店の者に清国の平民服を持って来させると、雷蔵に着替えさせた。ただ、雷蔵は陣羽折だけは手放さなかった。

「また日本に帰るまで、ここでお預かりしておきますよ」

雷蔵の長着と袴と草鞋、そして小刀を抱えて、周防は約束した。

「ありがとう。帰りも世話になるよ」

「お待ちしています」

雷蔵が笑顔で言うと、周防は深々と頭を下げた。

 

雷蔵が『周防商店』を出ると、そこに韋(い)昌輝(しょうき)が立っていた。

「あれ、どうしたんだい昌輝、そんな格好で」

韋は、小さな背負子を背負って、ちょっとした旅支度である。

「何が『どうしたんだい』だ、ヘキ」韋は苦笑いして言った。「昨日、何か様子がおかしいと思ったんだ。お前、黙って出発するつもりだっただろ?」

「何で判ったんだ?」

「お前、金水門の学生達に杭州や無錫の話を聞いていただろ?」

「それで察したのか。大したもんだ」

雷蔵は笑いながら歩き出した。韋も並んで歩く。

「水くせえなあ。何で俺に話してくれなかったんだ?」

そう言う韋に、雷蔵は笑ったまま答えた。

「これは俺の旅だ。お前を巻き込むような事じゃねえからな」

「まあそう言うな。俺もそろそろ寧波を出ようとは思ってたんだ。俺は勝手について行くぜ」

「どうぞご自由に」

二人が街はずれまで来ると、そこに鄭自功とその腹心達が待っていた。

「やはり行くんだな、ヘキ。お前も行くんじゃないかと思ってたよ、昌輝」

鄭はそう言うと、瓢箪を一つ差し出した。

「何だいこりゃあ?」

雷蔵は受け取りながら尋ねた。中に何やら液体が詰まっている。

「桂林三花酒だ。餞別だ、道々呑んで行け」

「そうか。ありがとう」

「こっちこそありがとう。お前らと知り合えて良かったよ」

「どうした、隨分としおらしいじゃないか」

韋が茶化すように言った。

「気をつけてな。他の拳法に遅れを取るなよ」

鄭はそう言って、抱拳礼をした。腹心達もそれにならう。

「ああ」雷蔵も抱拳礼を返した。「色々と見聞してくるぜ」

鄭はすぐに踵を返し、街へと戻って行った。

雷蔵と韋も、街道を西へと歩き出した。

二人は一日野宿をして、翌日は紹興で宿を取った。空になった瓢箪に紹興酒を一杯に詰めると、半日歩いて杭州に泊まり、東坡肉(トンポーロウ)に舌鼓を打った。

そこから太湖を東に回り、蘇州を系由して無錫にたどり着いた。

「確かに素晴らしい眺めだな。水墨画のようだ」

湖畔に立って、雷蔵は感嘆の声を上げた。湖の水面と島の折りなす景観が美しい。

「ここは蠡湖(れいこ)だ。かつては五里湖と呼ばれたらしいが、范蠡(はんれい)が、絶世の美女といわれた西施と過ごしたという逸話から名を改められたそうだ」

韋も溜め息混じりに蘊蓄を披露した。

「范蠡と言えば、越王の軍師だな。こんな美しい所に居たら、さぞかし身も心も休まっただろうな」

雷蔵はそう言うと、大きく息を吸い込んだ。

「美人と一緒となれば直尚だ」

韋も笑って返した。

二人が湖畔から街中へ戻って来ると、運河に掛かる橋のたもとに、何やら人だかりがあった。人の垣根をかき分けて中へ入ると、人だかりの中心に一組の男女が居た。大人の男と少女である。

男の手には一本の槍があった。

「私は山西の李と申す。私は故郷では槍術に秀でていたので"神槍"と呼ばれた。今からその妙術の一端をご覧に入れる」

李は口上を述べると、槍術套路を演じ始めた。

槍は李の手の内で自由自在に回転し、生き物のように突き出される。

まるで舞いを舞っているかのような動きに、周りの観客から拍手が巻き起こる。

最後は李の体の側に槍が収まり、静かに演武が終わった。他の観客と共に、雷蔵と韋も大いに拍手を送った。

他にも、二枚重ねた紙を目にも止まらぬ早さで連続突きし、一枚目は貫きながら二枚目には傷ひとつ付けない早技や、少女が宙に投げる瓜を次々と空中で刺し貫く槍さばきを披露した。

最後には、長さが十尺(三メートル)はあろうかという大槍を自在に振り回し、皆の喝采を浴びた。

演目が全て終わり、見料を放った観客が三々五々散って行く流れに逆らって、雷蔵と韋は神槍李に近付いて行った。

少女が地面に落ちている放り銭を拾っているのを、突然かがみ込んだ雷蔵が同じように拾い出した。目を丸くしている少女の掌の上に、集めた銭を乗せながら、雷蔵は口を開いた。

「神槍李どの、素晴らしい腕前だった。この俺に、その槍の技を伝授してくれないか?」

「何者だお前は?見た所漢族でもないようだが」

李は訝しげに雷蔵をねめつけた。

「不信に思うのも最もだが、別に怪しい者じゃない」韋が横から声を掛けた。「こいつは和国人の真壁、俺は岭南の韋だ。武術の見分を広める為に旅を始めた所なのだが、図らずもこの

無錫の地で、かような素晴らしい武術の師に出逢えた、という訳だ」

「随分と褒め上げてくれたが、要は俺の技を盗みたい、という事だな?」

李は警戒を解かずに言った。銭を集め終わった少女が、李の後に隠れるように身を潜めた。

「盗むというのは少々聞こえが悪いが、まあそう言う事だな」

雷蔵は屈託なく答えた。

「何だ、もう少しごねると思ったのに」

李はたたらを踏んだ格好だ。

「俺は武術に興味があるだけだ。世の中には種々な武術がある。俺一人の頭では到底思いつかない色々な技がある。俺は、それを見てみたい。それだけだ」

雷蔵はそう言って笑った。

「変わった奴だ」

李は肩をすくめた。

「変わった奴だろ?」

韋もそう言って笑った。

「別に決闘してくれ、という訳じゃない。道場破りではないから安心してくれ」

そう言う雷蔵に、李は横に立て掛けてある長さの違う数本の杆子(穂先の付いていない槍)を示した。

「教授するからには、お前の腕前を確認しなければな。素人に一から槍を教えるほど、俺は暇じゃない」

「最もだ」

雷蔵は一番長い杆子を取ると、荷物に掛けてあった掌大の長さの金属製の管を取り出した。

「おい、ヘキ、この旅に出てからずっと不思議に思ってたんだが、その輪っかは何なんだ?」

韋が首をひねって尋ねた。

「これか?」雷蔵は金属の管を示した。「これは『管槍』の管だ。尾張貫流の核心的技法だ」

言いつつ雷蔵は管に杆子を通すと、左手で管を持ち、左前に構えた。李は演武の時には右手で槍の根元を持ち、槍を長く構えていたが、雷蔵は中程を持ち、根元を後ろに長く伸ばす。

「尾張貫流というのは、和国では主流なのか?」

興味を覚えた李が問い掛けた。

「いや。御留流として、世には出ていない」

雷蔵は一言答えると、杆子を突いて見せた。管を通り、杆子がうねるように突き出される。速い。

「ほお」

李は素直に感心した。見た事のない技術だったからだ。雷蔵の杆子さばきをしばらく見ていたが、やがて自分も杆子を手に取った。

「お手合わせ頂こうか」

李は杆子を構えた。

「喜んで」

雷蔵も大杆子を構える。

有無を言わせず雷蔵が仕掛けた。素早い突きを李は左へ弾くように払う(※1)。次の突きも今度は右へ払う(※2)。

雷蔵は大杆子を差し上げ李の頭上に打ち下ろした(※3)。李は右足を外に踏み出して攻撃を避けつつ、杆子で雷蔵の喉を突いた(※4)。雷蔵は大杆子を下から跳ね上げて払い受けた。

雷蔵は素早く大杆子を操り引くと、李の足を狙い操り出した。

李は杆子を振り下ろし、雷蔵の攻撃を払い受けつつ足を進める(※5)と、杆子の手元で打ち掛けた(※6)。雷蔵は大杆子を横一文字に差し上げそれを受けると、素早く退いて間合いを取った。

李は杆子を体の左右で旋転させると、杆子を振り下ろしつつ馬歩になり(※7)、三尖相照の構えを決めた。

暫しの間槍を構えて相対していた二人だったが、やがて雷蔵が槍を外し、大きく息をついた。

「いやあ、素晴らしい腕前だ」雷蔵は笑顔を韋に向けた。「見ただろ昌輝、今の神槍李の腕の冴えを」

「ああ、しかと見させて貰った。見事な腕前だった」

韋も大きく頷いた。

「しかし、お前の槍術もかなりの物だ。それほどの腕を持ちながら、何故我が武術(ウーシュー)を求めるのだ?」

李の問いに対する雷蔵の答えは明快だった。

「和国の武芸は秀れていると思うが、唐土の武術は躍動感がある。俺はそこが好きなんだ。俺は、和国の技も、唐土の技も、どちらも手に入れたい」

「贅沢な奴だ」

韋が笑いながら言った。

「特にあの、体の左右で槍を回すのが良い」

雷蔵は大杆子を短い杆子に持ち替えると、見よう見真似で回して見せた。

「ああ」李は笑いながら動いて見せた。「これは『舞花』という。槍さばき、体さばき、歩法を身に付ける基本功法でもある」

「おお、是非教えてくれ」

雷蔵の熱意に、李もその気になったようだ。

「良かろう。お前の貫流も教えてもらうぞ」

二人は杆子を振り回し始めた。

韋は事の成り行きに呆然としている少女に近付いた。

「なあお嬢ちゃん。君は李の娘さんかい?」

韋の問いに、少女は目を丸くしながらもこくんと頷いた。

「そうか。では、君の泊まっている宿を教えてくれないか?まだ宿を決めていないんでね」

韋は雷蔵と李を肩越しに見ながら、少女に笑って言った。

「どうせあいつら、二三日は槍の事しか考えねえんだろうからな。お前さんも難儀な親父さんを持ったもんだな」

 

 

20191123

 

 

註 :

 

※1 楊家槍 攔(ラン)

※2 楊家槍 拿(ナー)

※3 尾張貫流 有無ノ一香

※4 楊家槍 跨馬刺槍

※5 楊家槍 撥槍問路 (跟歩扣把)

※6 楊家槍 打花子

※7 楊家槍 力劈華山(劈槍)

 

※ 清代楊家槍の資料があまり無かったので、槍術の名称や動作は「呉氏開門八極拳」の六合花槍のものを用いています。

尾張貫流についても同様で、こちらは空想の域を出ていません。



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伍 燕青拳

八極拳発祥伝説

 

〈八極拳開門譚〉

 

 

第一章 真壁雷蔵の段

 

 

【伍】

 

清・雍正二年(1724)春節。

新年の気分の残る無錫に雷蔵と韋は五日間滞在し、雷蔵は神槍李から楊家槍の基本を教授された。

二人は敢えて運河に懸かる橋のたもとで練習をした為、その練習自体がひとつの見世物となり、また雷蔵と李の腕の差が歴然としていた事もあり、興業としては大いに盛り上がった。

五日後、李は温州に向かって旅立って行った。雷蔵と韋も、寧杭街道を江寧へと出立した。

「急ぎの旅では無いとは言え、長居をしたもんだな」

韋は笑いながら言った。

「お陰で楊家槍の技術を教えて貰えたんだ。得をしたってもんだ」

雷蔵は上気嫌である。

「お前、よっぽど武術が好きなんだな」

「武術こそ、人間の叡知の結晶だと思うぜ」

「そう言えば、お前の貫流の槍も凄かったな」

「ありがとよ。お前さんもやってみるかい?」

「俺は剣と楯が専門でな」

「それは昂拳の武器術か?」

「ああ、そうだ」

「今度教えてくれよ」

「お前さんにその暇があればな」

二人は急ぐでもなく街道を歩き、その日の晩は常州の街で蘇東坡を偲んで杯を傾けた。翌晩は街道に程近い農家の軒先を借りて夜を明かし、夜明けと共に出立した。

二人の健脚は、他の旅人達を次々と追い越し、無錫を出てから三日目の昼過ぎに江寧の城門を潜った。

かつてここは三国の呉、東晋、南朝の宋、斉、梁、陳の六朝の首都として栄え、金陵、あるいは建康などと呼ばれた。

また明の太祖である朱元璋(洪武帝)がここを根拠地として全土を統一した後、応天府と名を改め、明の首都と定めたが、靖難の役で皇位を簒奪した永楽帝により首都が順天府(北京)へ遷都され、「南京」と改められた。現在は隨の頃の呼び名であった江寧で通っている。

栄枯盛衰を操り返すこの地は、しかし昔日と変わらず交通の要衝であり、活気のある大都市である。

「北京にある紫禁城は、かつてこの地にあった紫禁城を元に造営されたらしいぜ」

韋が得意気に蘊蓄を披露した。

「紫禁城とは何だ?」

雷蔵が尋ねた。

「皇帝の住まう宮殿の事だ」

「ああ。御所って事だな」

「壮麗な建物だそうだ。俺はまだ見た事は無いがな」

「北京か。話にしか聞いた事無いな。さぞかし立派な街なんだろうな」

「いずれ行く事になるかも知れないぜ」

「まあ、今はとりあえず、今夜の宿を確保するとしよう」

雷蔵は辺りを見渡しながら言った。新年の江寧は、しっかりと底冷えがする。歩いている間はあまり寒さを感じなかったが、やはり空気の冷たさが身に堪える。

「そうだな。先ずは温かい飯と美味い酒、そして柔かい布団。甘鳳池とやらを探すのは、それからだ」

韋のその言葉に、雷蔵も笑って頷いた。

街道はうっすらと雪に覆われている紫金山の裾野を廻り、西へと向かっている。

「確かこの辺りに明孝陵(みんこうりょう)があるはずだ」

その山を見ながら韋が言った。

「明孝陵とは何だ?」

「明の太祖、洪武帝こと朱元璋とその后妃の陵墓だ」

「なるほど。ここを都と定めた明の初代皇帝の墓か」

「この先に、故宮(紫禁城)趾がある。その辺で宿が見つかるはずだ」

韋はそう言いながら、街道の先を透かし見た。

「流石はかつての都だけあって、街並みも立派なものだな。それに城壁も大したものだなあ」

先ほど検問の時に通った城壁の隧道を思い出しながら、雷蔵は感嘆の声を上げた。

月牙湖のほとりを通り辿り着いた故宮趾は、古い石垣に囲まれながらも、敷地内は主だった建造物も無く、広大な廃墟といった趣きであった。

「ここは靖難の役のときに城攻めを受け、最後には火をかけられて後片も無くなったんだとさ」

韋が溜め息混じりに言った。遺構は、昔日の壮大さを想起させるのに十分な規模があった。

「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり、か」

雷蔵は感概深く呟いた。

「何だそれは?」

「日本の軍記物の一節だ。その後に『娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす』と続いてな、如何なる権勢もいつかは滅びてしまう、という物の哀れを表現している一文だ。しかし、こんな中でもそこらの廟には燈籠が掛けられ、丁寧に祀られているんだな」

「そうだな。明日までは元宵節(げんしょうせつ)だからな。その飾りだろう」

「元宵節?」

「新年の満月までのお祝いさ」

「支配者は替わっても、人々の暮らしは変わらずに続いて行く、という事か」

雷蔵は一人頷いた。

故宮趾周辺には宿が無かったので、近くにいた住民に教えて貰い、南西に歩いて半刻ほどの所にある、夫子廟へと向かった。

夫子廟は孔子を祀る廟で、付近一体は旧院と呼ばれ、江寧屈指の歓楽街として栄えていた。

街中はやはり燈籠で華やかに飾り立てられ、宵の口だったが、大層な人出であった。

「あっ!ここは!」

街中を歩いていた韋が、一軒の娼館の前で立ち止まった。

「おいおい昌輝、俺としては普通の宿に泊まりたいんだがな」

雷蔵は苦笑混じりに言った。

「いや、別にそういう訳じゃないんだが」韋は建物を見上げた。「ここは『媚香楼』だよな。そうか、『桃花扇』は本当に実在したんだな」

韋は一人で納得している。

「昌輝よ、何なんだいその『媚香楼』やら『桃花扇』やらというのは」

「ああ、すまんなヘキ。『桃花扇』という戯曲があってな、文人・侯方域(こうほういき)と伎女・李香君(りこうくん)の悲恋の物語なんだがな、この『媚香楼』というのは、その李香君がいた娼館なんだよ」

「なんだ昌輝、お前そんな戯曲なんか観るのか?」

「田舎じゃあ、都会の雰囲気には憧れるもんさ」

「まあ、気持ちは判るがな。しかし、ここには泊まれそうも無いぞ。随分と高そうだ」

何やら興奮ぎみの韋に、雷蔵は小さく首を振った。

『媚香楼』からそれほど離れていない所に、手頃な飯店(旅館)を見つけた。一階は食堂になっていて、結構繁昌しているようである。

「俺達は、これくらいの所が分相応だ」

雷蔵はそう言いながら、食堂に入った。食堂の受付が宿屋の受付を兼ねており、宿泊棟への入口のすぐ横に厨房の入口がある。丁度夕飯時とあって、席はかなり混み合っていた。

韋が宿泊の手続きをしている間に、雷蔵は食事の場所を確保しようと、空いている食卓に向かって歩き出した。しかしその時、食堂の奥の席にいる客の様子が気になった。

男三人、女一人の席なのだが、女だけが旅装で、しかも他の男達とは違い、明らかに何らかの緊張感を持っている。

雷蔵は席に着いてからも、その女に注意を払っていた。

「よう、どうしたヘキ。何を食うか決まったか?」

受付を済ませた韋がその席に来た時、事は起こった。

「何よ、話が違うじゃないの!」

声を上げたのは、先程雷蔵が気に掛けていた女だった。

「何言ってんだ。ちょっと上の部屋で話をしようってだけだろ?」

一緒にいる眉に傷のある男が下卑た笑いを浮かべて言った。

「右も左も判らない土地で、人探しも大変だろうからよ、その苦労話でも聞いてやろうってんだ」

別の男もニヤニヤ笑いながら言う。三人目のチビの男は黙ったまま、女を舐めるように見つめている。

「私は、あんた達が甘に会わせてくれるって言うから、食事に付き合っただけよ。とっとと案内してちょうだい」

「だからよ、ヤル事ヤッたら会わせてやるっつってんだよ」

眉傷は少々イラつきながら吐き捨てた。

「そう言う事ならもう結構よ。他を当たるわ」

女はそう言って立ち上がった。

「おいおい待てよ。まだ用は済んじゃいないぜ」

「私にはもう用は無いわ。私は甘鳳池を探すので忙しいの」

女はそう言うと、男達を残して食卓を離れた。

「おい、今の聞いたか」

雷蔵は韋の顔を見た。

「確かに『甘鳳池』って言ったな」

韋も頷いた。

取り残された男達は、料理をひっくり返しながら立ち上がると、女を追った。

「待てよ」

ニヤケ顔が女の右の肩を掴んだ。女はその手首を捕らえ、引き込みながら体を左に捻った(※1)。

ニヤケ顔は仰向けに床に倒された。背中を強く打って、ニヤケ顔はグェッと声を上げた。

「やる気かてめえ」

眉傷が無造作に拳を放った。女はそれを身を潜めて躱すと、下から突き上げた(※2)。眉傷は仰け反って突きを避け、そのまま数歩間を取った。

「ちょっとは使えるって事か」

「于派燕青拳(※3)。甘く見ないで」

女はそのまま構える。

その後ろに、チビ男が気配を殺して回り込んだ。女の背中を冥い目で見つめると、両手を拡げて突進した。

チビ男の頭に韋の前蹴りが直撃し、チビ男は壁まで吹っ飛んだ。自目を剥いて気絶する。

「お兄さん方、大の男が三人掛かりで女一人に手を出すとは、恥ずかしいとは思わんかね?」

雷蔵は座ったまま、眉傷に向けて言った。女は、状況を図りかねて、構えたまま目だけで眉傷と雷蔵を交互に見ている。

「てめえらには関係ねえ。引っ込んでて貰おうか」

眉傷が目をすがめて凄んだ。

「『袖振り合うも多生の縁』と昔の人も言ってるぜ」

涼しい顔で雷蔵が言った。

「そんな昔の奴には会った事がねえ」

眉傷が噛みつきそうな表情で返した。

「折角、これ以上痛い思いをしないように、と気を使ってやっているのに。気の利かん奴だな」

韋が仁王立ちで嘲笑った。

「何だとコラ」

眉傷は苛ついて韋に一歩近付いた。

「やっても良いが、ここでは他の客に迷惑だ。表へ出ろ」

雷蔵はそう言いつつ立ち上がり、眉傷に背を向けて店の外に向かって歩き出した。その何げ無い行動に、眉傷とニヤケ顔も思わず後に付いて表に出た。

「このお節介野郎が。ぶちのめしてやる」

眉傷は今にも襲い掛かりそうな勢いだったが、雷蔵は落ち着いたものである。

「それよりも一つ聞きたい。お前ら、甘鳳池を知っているのか?」

「それがどうした?」

「俺も甘鳳池を探していてな。俺にも紹介してくれないか?」

「俺に勝てれば、教えてやるよ」

眉傷は不敵に笑った。

雷蔵は無造作に眉傷に近付くと、右手刀を突き出した(※4)。それは眉傷の首筋を強(したた)かに打ち抜き、眉傷は一撃で気絶した。その場にくたりと倒れ込む。

「おいおい、気を失っては、こちらの質問に答えられないじゃないか」

雷蔵はそんな眉傷を見下ろして肩をすくめると、呆然と立ち尽くしているニヤケ顔を見た。既にニヤケた表情は完全に消えている。

「お前も知っているんじゃないのか?」

韋が穏やかな声で尋ねた。

「お、俺達は勝手に甘の兄貴に惚れ込んでるだけだ。居場所なんて知らねえ」

ニヤケ顔は大きく首を振った。

「何よあんた、知ってるって言ってたくせに!」

後から表に出て来た女が、ニヤケ顔に食って掛かった。

「あの人は神出鬼没だからよ、いつ会えるかも判んねえんだよ」

ニヤケ顔は必死に弁明をした。先程までの勢いは全く無い。

「まあとにかく、この辺りで逢える可能性があるってこったな。ありがとよ、もう帰ってもいいぜ」

雷蔵は笑いながら手で払う仕草をした。ニヤケ顔は、まだ朦朧としている仲間達を引き摺りながら、すごすごと去って行った。

「思ったより役立たずな連中だったな」

韋が首を傾げながら言った。

「それでも、この辺りに居るという情報は手に入れられたぜ」

雷蔵がそう言いつつ振り返ると、女が不審げに彼らを見つめていた。

「あんた達は誰?なぜ甘鳳池を捜してるの?」

「俺はへキ。こいつは韋。俺達は、甘鳳池が拳法の達人だと聞いて、逢いに来たんだ」

「ちょっと待てよ」

韋が、女の顔を見ながら考え込んでいる。

「何よ?」

「判った。あんた、河北冀県で燕青拳の武館をやってた、于俊熙(うしゅんき)の嫁さんだろ?」

「昌輝、何で知ってんだい?」

雷蔵は目を丸くした。

「于には以前に何度か手合わせをして貰った事がある。仲々の功夫だった。二年ほど前に、果たし合いに破れて死んだと聞いたが」

「そうよ。私は董凜風(とうりんふぁ)。于は私の夫よ。夫は、甘鳳池に殺されたの」

董は厳しい表情で言った。

「仇を討とうってのか?」

雷蔵の言葉に、董は大きく頷いた。

「果たし合いなんかじゃない。甘は、卑怯にもいきなり大勢で夫を取り囲んで、なぶり殺しにしたわ。絶対に許せない」

「なあ昌輝、彼女に手を貸してあげないか?」

雷蔵はそんな事を言い出した。

「何だヘキ、仇討ちの手伝いをするつもりか?」

「場合によってはな。俺の考えていた甘鳳池とは雰囲気が違うんでな。この目で確かめたい」

「勝手な事言わないで」董は雷蔵を睨んで言った。「でも、甘を捜し出すのに協力してくれるのなら、一時的に手を組んでも良いわ」

「そうかい。では甘鳳池を捜す、という共通の目的の為に、力を合わせて行こう。董さん、よろしくな」

雷蔵は屈託無く言った。

 

20200213

 

 

註 :

 

※1 燕青拳 収弓待發

 

※2 燕青拳 固若金湯から石裂天驚

 

※3 「燕青拳」 秘宗拳、迷蹤芸とも。開祖は『水滸伝』の登場人物「燕青」であると言う。燕青は北宋に対する反乱軍の将であるため、伝人は開祖(宗師)の名を秘したことから秘宗拳とも呼ばれたという(Wikipediaより)。

于派はこの作品の為の創作。

 

※4 一羽流剣術「疾風(はやて)」 刃を寝かせて首筋を斬る技の徒手での応用

 



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陸 三皇炮捶拳

八極拳発祥伝説

 

〈八極拳開門譚〉

 

 

第一章 真壁雷蔵の段

 

 

【陸】

 

清・雍正二年(1724)春節。

江寧に着いた翌日、朝食を終えた雷蔵と韋は、旧院の街中へと出掛けた。前日の夜に知り合った董凜風は、既に部屋を出ていた。

「何だよ、協力するとか言っておきながら、勝手に行動するのかよ」

韋が欠伸を噛み殺しながら言った。

「まあ、俺達とは目的が違うからな、仕方無いさ」

雷蔵はさも当然といった顔で言うと、ゆっくりと街中を歩き始めた。

夫子廟界隈は、元宵節の余韻も抜けず、朝からお祭り気分の陽気な雰囲気であった。

「昨日の奴らの言い分では、荒らくれ共が勝手に甘鳳池を兄貴分に祀り上げている、という感じだったな」

雷蔵はゆっくりと辺りを見渡しながら言った。歓楽街、しかも花街とあっては、華やかさの皮一枚下は暴力と堕落と退廃と搾取の連鎖である。腕に覚えのある者達にとって、この街は登龍門となるのであろう。

物見遊山も兼ねて街をぶらつきながら行き交う人々に甘鳳池について尋ねてみた所、面白い事が判って来た。

昼近くになり、手近な屋台で割包(クワパオ)と茶で昼食を摂りながら、聞き集めた情報を整理した。

「何だか、随分と印象が分かれる人物だな、甘鳳池というのは」

東坡肉を挟んだ割包を頬張りつつ、韋が言った。

「確かにな。人によっては正反対の人物像だ」

雷蔵は鶏胸肉の割包を頬張っている。

「皆の話を合わせてみると、七割は粗暴で傲慢で自分勝手で徒党を組んで迷惑を掛ける嫌な奴という感じだな」

韋は茶で割包を呑み下しながら言った。

「だが残りの三割は、朗らかで面倒見が良く義侠心に富んだ孤高の好漢だと言っている」

雷蔵はそう言って割包にかぶりついた。

「いくら人の目には色々な見え方があるとはいえ、ここまで正反対の印象を与えるってのは…」

「甘鳳池が、悪玉と善玉の二人いるとしか思えないな」

韋が言いかけた言葉を、雷蔵が引き取って言った。

「だよな」韋は頷いた。「どちらかが本物で、どちらかが偽物って事だろうよ」

「悪い奴の名を騙る必要は無いからな。好漢の方が本物だと信じたいぜ」

雷蔵はそう言って割包の最後のひと口を平らげた。

「さて、これからどうしたもんかな?」

韋は指についたタレを舐めながら言った。

「噂の様子からすると、善玉よりも悪玉の方が頻繁に巷を徘徊しているようだ。とりあえずは悪玉の方から捜すとしよう」

雷蔵は屋台の椅子から立ち上がった。街は、大勢の人々が往来して賑わっている。

「この中から人捜しをするのは、骨が折れそうだなあ」

韋は溜め息混じりに言った。

「まあな」雷蔵も肩をすくめた。「だが、悪玉の方は、商店から金銭を巻き上げたり、道行く人に因縁を吹っ掛けたり、結構街中に出て来ている筈だ。それに、昨日の眉傷みたいなヤクザ者達が崇拝しているなら、俺達がこうやって聞き込みをしていれば、それが善玉でも悪玉でも、甘鳳池の耳に入るだろう」

「上手く行けば、向こうから接触して来るかも知れないか」

「そうなってくれれば手っ取り早いんだがな」

雷蔵と韋は、なるべく声高に甘鳳池の消息を尋ねて回った。花街の娼館や酒場に行き、甘鳳池を捜している事を大仰に説明した。

二人は夕方まで聞き込みに回ったが、大した成果は得られないまま宿へ帰って来た。宿には、既に董が帰って来ており、食堂の奥で食事を採っていた。

「よう、お早いお帰りで」

彼女の横に立って、韋が当てつけるように言った。董はその言葉を無視して食事を続けている。

「何か成果はあったかい?」雷蔵は優しく尋ねた。「俺達は、何だか不思議な結論に達したんだが」

雷蔵の言葉にも、董は何も返さない。雷蔵は構わず続けた。

「皆の話を聞いてみると、甘鳳池は悪党と好漢との二人がいるとしか考えられないんだ」

その言葉に董は反応を示したが、何事も無かったかのように無視を貫いた。

「何だよヘキ、随分あっさりとこっちの手の内を明かしちまうんだな」

韋がからかうように言う。

「何を言ってるんだ昌輝。俺達は、日的はどうあれ、甘鳳池を捜しているという点では同じなんだ。隠す必要など無いじゃないか」

雷蔵はあきれ顔を韋に向けて言った。

董は雷蔵の言葉にかすかに表情を歪めると、椅子から立ち上がった。

「おや、まだ晩飯が残ってるぜ」

韋にそう言われて、董は大きく溜め息をついた。

「あんた達がうるさいから、食欲が無くなったわ」

董は雷蔵達に背を向けたまま、噛み締めた歯の間から声を絞り出した。

「あいつが好漢だなんて、有り得ない。絶対信じない」

そう呟くと、そのまま階上の部屋へ上がって行ってしまった。

「やれやれ、大丈夫かな。かなり心が憎しみで凝り固まってしまっているなぁ」

韋が肩をすくめて言うと、董が座っていた椅子に腰掛けた。椅子にはまだ彼女の温もりが残っていた。

「分かっていて挑発するような言い様をする、お前の気が知れないね」

雷蔵は韋を斜(はす)に見ながら言うと、店の給侍の娘に声を掛けた。

「すまん、ここに二人分飯をくれ。それで、今この卓上に残っている分を、包んで董の部屋に持って行ってやってくれ。酒も一本つけてな」

 

夜が明けると、やはり董は早くから宿を出ていた。

「なあ昌輝、俺、ちょっと閃いた事があるんだ」

朝粥を食べながら、雷蔵が口を開いた。

「何だよヘキ」

「甘鳳池は、善玉にしろ悪玉にしろ、豪の者だ。そんな奴は、酒が欠かせない筈だ。飯屋や酒場だけじゃなく、酒屋にも頻繁に出入りしているんじゃないか、と思ってな」

「ハハッ!」韋は思わず吹き出した。「随分と短絡的な考えだなあ」

「そうか?結構良い所を衝いたと思ったんだがなあ」

「いや、でも案外当を得ているかも知れないな」

「だろ?だから今日は、花街辺りの酒屋を中心に捜してみようぜ」

「お前、良さそうな酒を物色したいだけじゃ無いだろうな?」

韋が疑わしげな目付きで言った。

「勿論だ。美味い酒を探すのは、二の次だ」

雷蔵は明るい笑顔で言った。

二人は花街へ出ると、酒屋を回り始めた。

「ああ、甘のだんななら、ウチの常連だ」

五軒目の、白酒を扱っている酒屋の主人がそう答えた。

「そうか。甘はいつもいつ頃来るんだ?」

韋の問いに、主人は笑った。

「別に決まっちゃいねえよ。酒が切れたら来てくれるのさ。今日も、つい先刻来てたぜ」

「何だと?」

「甘はどっちへ行った?」

韋と雷蔵は思わず身を乗り出した。

「さあな。まあ、いつもは買った酒を、夫子廟で一杯引っ掛けるらしいがな」

「そうかい、ありがとう」

そう言って廟へ向かって走り出そうとした二人に、主人が言った。

「今日は人捜しに縁のある日だな」

「どういう事だい?」

雷蔵は振り向いた。

「ちょっと前に、旅姿の美人も、甘の事を尋ねて来てな。その後を追うみたいに、四人組のごろつきがその女の事を尋ねていったぞ」

「董もここへ辿り着いたんだな」

韋も振り向いた。

「後のごろつきは、偽物の取り巻きかも知れんな」

雷蔵はそう言うと、主人への礼もそこそこに走り出した。

二人が夫子廟の前までやって来ると、折しも四人組のごろつきが、董を取り囲んでいる所だった。

「おい女、お前、甘の兄貴を捜して回ってるそうじゃねえか」

ごろつきの頭目らしき男が居丈高に言った。

「兄貴に何の用だ?」

その弟分のような男も獰猛な態度で言う。

「あんたらの兄貴分は、私の夫の仇なの。知ってるなら、居場所を教えなさい」

董も負けずに言い返した。

「仲々威勢の良い女だが、仇討ちと言われちゃあ、すんなりと会わせる訳にはいかねえな」

「邪魔はしないで」

ごろつきの言葉に、董は構えながら言った。

「あいつ、四人相手にやろうってのか?」

韋は野次馬の人垣の後ろから中を伺い見て言った。

「何でそんな無茶な事を」

雷蔵は言いつつ、人垣を掻き分けて中へ向かっていった。

そんな喧騒の場に、野太い声が響いた。

「おい、俺を呼んだか?」

その場が一瞬静まり返った。声の主は、廟の門の下に立っていた。七尺に近い大男である。

「誰だお前は?」

ごろつきが鋭い目でその男を睨みつけた。

「お前らが俺の名を呼んでいたんだろうが」

その言葉に、董とごろつき達はまじまじと男を見た。

その様子に、ようやく人垣の中心までやって来た雷蔵と韋も異変を感じた。

董は、構えも忘れて男を見ていた。ごろつき達も、不信感を顕わにして男を見た。

「違う…」

董とごろつき達の口から、期せずして同じ言葉が漏れた。

「悪いが、お前が捜している『甘鳳池』ってのは、俺だぜ」

男は、董に向かって胸を張って言った。

「ふざけるな!似ても似つかねえじゃねぇか。兄貴の名を騙るとは、ふざけた奴だ。二度とそんな口を聞けないようにしてやるぜ」

ごろつき達は向きを変え、甘を扇状に囲んだ。甘は、まだ門から出ていない。

甘は、小指で耳を掻きながら一人言のように言った。

「最近、悪ふざけが目に余るからな。一丁揉んでやるか」

甘は一歩足を踏み出した。山が動き出したかのような威圧感に、ごろつき達が思わず引く。

「どうした?ふざけた口を聞けなくするんじゃなかったのか?」

甘は鼻で笑った。甘は両足を肩巾に取り、自然に立っているだけなのだが、巨躯というだけではない圧力がその身の内から膨れ上がっており、迂闊に手が出せない空気を全身に纏わせていた。

思わず顔を見合わせるごろつき達に、甘が吼えた。

「先刻のご託はどうした?掛かって来い!」

その声に頭目と弟分とはビクリとしつつも何とか堪えたが、両脇の二人は体が反応してしまった。二人は間合いの外からほぼ同時に打ち込んで来た。

甘は左側の男を無視して自分の右側に踏み込むと、相手の突きを右手で引き込みつつ左拳で顔面を突き抜いた(※1)。相手は人垣まで吹っ飛んだ。甘はそのまま素早く振り返り左手刀で左側の男の突きを弾き飛ばし(※2)、腕全体での劈手の三連打を放った(※3)。男は地面に叩きつけられて気絶した。その動きは遅滞無く、その技は容赦無く、その威力は強大だった。

「見事な功夫(クンフー)だ」

雷蔵は思わず呟いた。

甘は劈手を打ち終えた形のまま、残った二人に向き直った。二人のごろつきは一瞬腰が引けたが、何とか持ち直した。

「ふざけんなテメエ!」

弟分が動くのに合わせて甘も動いた。弟分の顔面への突きを避ける動きで体を入れ換え、右の突きを弟分の顎に入れた(※4)。頭が縦に揺れ、弟分はばったりと倒れた。

「すげえな。死んだんじゃねえか、あいつ」

思わず韋が口走るほど、その打撃は凄まじかった。

一人残った頭目は、倒れた三人を見て、甘に視線を戻した。その目には後悔の色が浮かんでいた。

「悪いが、今さら逃がしてやろうなんて思わないぜ」

甘は、口角を上げた。

頭目は破れかぶれで突進した。甘はその突きを右腕でいなし、半歩踏み込んで右肘を鳩尾に入れた(※5)。頭目は大きく吹っ飛んだ。

全ての技が「不躱不閃(ふだふせん)」「攻守兼備(こうしゅけんび)」の術理に敵った隙の無いものであった。

甘は息も切らせずに董を見た。董はまだ立ち尽くしたまま動かない。その横へ、雷蔵と韋が立った。

「ねえちゃん、俺はあんたに恨みを買われる覚えはねえぜ」

甘は存外に優しい声で言った。

「甘鳳池殿、俺は真壁雷蔵と申す。訳あってこの者、董の介添えをしている。甘殿は、二年前に河北冀県で燕青拳の使い手と手合わせをしなかったか?」

今だに凍りついている董を庇いつつ、雷蔵が甘に問うた。

「二年前ってのは、康煕帝の六十年だな。俺は、四十四年に黄百家老師の薦めで大嵐山の一念和尚について少林拳を学び、その後冀県の普照について三皇炮捶拳を学んだ。普照老師の元を出たのが五十九年の正月で、それ以来冀県には帰っていない」

甘は、記憶をたぐり寄せるように中空を見上げた。

「やはりそうか」

雷蔵は溜め息混じりに言った。

「じゃあ、誰なの?」

董は小さな声で呟くように言ったが、すぐに叫ぶように吐き捨てた。

「私の夫、于俊熙を殺したのは誰なのよ!」

董は地面に膝を折り、顔を覆ってむせび泣いた。仇と思って追っていた相手が別人だと判り、気が動転したのだろう。

「そうか、あんた、于俊熙の奥さんか。冀県の燕青拳家が倒され、相手が俺の名を騙ったってのは、喬三秀兄者(※6)から聞いてはいたんだ。気の毒になあ」

甘は董の横に膝をついて、慰めるように言った。

「なあ、甘殿。俺は、あんたに教えを乞いに来たんだが、今はこの状況を何とかせねばなるまい。あんたの偽者を見つけ出して、この事態を治めなければならんと思うが、どうだ?」

雷蔵は、甘を正面から見据えて言った。

「そうだな。俺としては、あまり表立って動くのが嫌で、適当に誤魔化して過ごして来たが、そうも言ってはいられないようだな。俺も、俺の偽者捜しに加えさせて貰うよ」

甘はそう言って立ち上がった。

改めて見ると、五尺六寸の雷蔵の頭二つ以上背が高い。

「凄え体だな」

韋が甘を見上げて言った。

「デカいだけの木偶の棒さ」

「木偶にはとても見えないね。相当な手練れと見た」雷蔵は笑って言った。「あんたが付いてくれれば百人力だ。よろしく頼むぜ、甘殿」

雷蔵の言葉に、甘は大きく頷いた。

 

 

20200306

 

 

註 :

 

※1 三皇炮捶拳 上歩右抓虎から左十字捶

※2 三皇炮捶拳 翻身摔掌

※3 三皇炮捶拳 開山炮

※4 三皇炮捶拳 右開弓

※5 三皇炮捶拳 側身掩肘から弓歩頂心肘

※6 喬三秀 甘鳳池の兄弟子で、三皇炮捶拳の伝承者



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膝 呂紅八勢

八極拳発祥伝説

 

〈八極拳開門譚〉

 

 

第一章 真壁雷蔵の段

 

 

【膝】

 

清・雍正二年(1724)春節。

江寧(現在の南京)の地であいまみえた甘鳳池は、不生出の好漢であり、董の夫を殺害した仇敵ではなかった。

ごろつき共を叩きのめした甘と雷蔵達一行は、旧院を出て秦淮河を渡った。街路を少し南東へ歩くと、鬱蒼とした森が見える。白鷺洲と呼ばれる湖沼地であり、街路を一歩離れるとほぼ人目にはつかない。その湖畔に、高床式の小屋があった。そこが、甘の住み家である。

甘が仇ではないと判って、董は今だに落ち込んでいる。敵だと思っていた相手が実は人違いであり、結局仇捜しは最初からやり直しとなってしまったのである。

「なあ、ねえさんよ、取り敢えず落ち着きなよ。甘鳳池じゃない誰かが仇だって判っただけでも進展じゃねえか」

「……」

床に踞り、俯いたまま董が呟いた。

「えっ?」

何とか聞き取ろうと、韋が耳を寄せた。

「本当の仇にたぶらかされて、見当違いな恨みに振り回されてた自分に腹が立ってるのよ!」

董が突然顔を上げて大声を出したので、韋は耳を押さえて引っくり返った。

「お、ちっとは調子が出て来たかい?」甘が笑いながら茶を人数分持って来た。「これでも飲んで、一服しな。気分が落ち着くぜ」

差し出された茶を、董はにおいをかいでから、手に取った。茉莉花茶(ジャスミンティー)だった。

「……ありがとう」

董はゆっくりと茶碗を取り、熱い茶をすすった。冷えた体に茶の熱さが染み渡る。

「ところで甘さんよ」雷蔵が茶をすすりながら言った。「あんたの名を騙る不届き者、本当に心当たりがないのか?」

「悪いが、良く知らんのだ」甘は肩をすくめた。「俺は、役人に目を付けられている。なるべく目立たないようにしてるのでな、偽者の事も噂話以上の事は知らんのだ」

「役人にって、あんた一体何をやらかしたんだ?」

耳を気にしながら、韋が尋ねた。

「別に何もやっちゃいねえよ。ただ俺は、幼い頃から武術をやっていた。まあ、学問よりも好きだったからな。一所懸命やってるうちに、『提牛撃虎的小英雄』なんて呼ばれるようになって、天狗になってたんだな。そんな時に、黄百家って先生に出会ってな。先生にコテンパンにやられて、弟子入りして内家拳を習ったんだ。その後、大嵐山の一念和尚から少林拳を習った。どちらも素晴らしい武術だったが、その二人が反清復明の志を持った人々でな」

「反清復明って何だっけ?」

「満州族の清朝から、漢民族明朝の覇権を取り戻そう、という運動の事だ」

雷蔵の質問に、韋が間髪を入れずに答えた。

「俺はただの武術家で、明でも清でも、はっきり言ってどっちでも良い。ただ、清の役人は『師匠が反清復明の徒』ってだけで俺を危険分子だと考えて、何かしら監視していやがるんだ。特に俺は漢族だからな」

甘が腕を組んで苦い顔をした。

「漢族だとやっぱりマズいのか?」

「かなり形骸化しつつはあるが、『反乱を抑制する』という名目で、漢族は武術の練習は禁じられている」

「…甘鳳池の名を騙っておきながら、偽物がのうのうとしていられるって事は、きっとそいつは満州族だ」

雷蔵がポンと手を打って言った。

「満州族が漢族をいじめるのなら、役人も見て見ぬ振りだろうしな」

韋も頷きながら言う。

「これで少しは容疑者が絞れて来たって事か?」

甘が明るい声で言った。

「あんたくらい背が高くて、満州族で、ヤクザで何か武術を習っている男か。それだけの条件があれば、案外早く見付けられるかもな」

韋も気楽な事を言う。

「夫子廟近辺じゃ、花街以外では偽者の話はあまり聞かなかったな」

雷蔵がそう言うと、甘が笑いながら言った。

「そりゃそうだ。夫子廟は古い街だ。俺の顔馴染みも居る。あの辺は俺の縄張りだからな」

「と言う事は、偽者はちゃんとそれを判ってるって事だ。甘さん、顔見知りって事はないだろうな?」

「俺は知らんが、向こうが俺を知ってるって場合もあるからな。何とも言えん」

「とにかく、夫子廟辺りは偽者はあまり来ない、という事だな。善は急げだ、南側の方を捜してみようぜ」

韋が勢い込んで言った。

「まあ確かに、南側は大報恩寺という古刹があって、その周辺は古来からの住人も多く、また外からの人間の流入も多い。ヤクザ者が目を付けやすい街だろうな」

甘は納得の態で頷いたが、雷蔵は笑いながら茶々を入れた。

「昌輝、お前新しい盛り場を覗いて楽しもうとしてないか?」

「それくらいの『役得』はあっても良いんじゃないか?」

韋は悪びれずに言って、ニヤリと笑った。

 

夕刻、雷蔵達は白鷺洲を出て、夫子廟から南下し外秦准河を渡って、大報恩寺界隈にやって来た。この地に江南地方で最初の仏教寺院が建立された場所で、明の時代に航海家鄭和が「大報恩寺」の建立を発願し、十万人を集め、十七年を費やして現在の荘麗な七堂伽藍を完成させたと言われている。その出来晴えに永楽帝が「第一の塔」の称号を賜ったという。また、清朝になってすぐに、康煕帝が行幸した事でも知られている、江寧隨一の仏教聖地である。

寺の門前は、宿坊や料理屋が軒を連らね、巡礼者を受け入れる仏教信仰の街の様相だが、通りを一つ奥に入れば、酒場や売春宿がひしめく『裏の繁華街』である。

「へぇー、噂には聞いていたが、こんなに賑やかな街だったとはな」

甘が目を丸くして嘆息した。

「何だよ甘のダンナ、まさか知らなかったとでも言うつもりか?」

韋が甘を横目で見ながら言った。

「だから言ったろ?俺は大人しく生活してんだ。こんな盛り場に来やしねえよ」

甘は笑って肩をすくめた。

「まあとにかく、ヤクザ者が徘徊しやすい街なのは間違いなさそうだな」雷蔵が周りを見回しながら言った。「この辺りで"悪党"甘鳳池の話を聞いてみようぜ」

「今度こそ仇を見付け出してやるわ」

董は眥(まなじり)を吊り上げた。

と、すぐ近くの飯店(酒場)の中から、酔っ払いの喚き声が聞こえて来た。暫く何やら言い合いをしているようだったが、やがて机の引っくり返る大きな音がした。

「何だ?ケンカか?」

韋が目を丸くしてその飯店を見ながら言った。

「ケンカと言えばヤクザ者か」

雷蔵は言うなりその物音のする飯店へ駆け出した。

と、雷蔵達がたどり着くより早く、扉を破って男が一人飛び出して来た。通りを歩く人々が驚いて散り散りになる。

勢大に地面を転がって大の字に倒れた男は、剃髪に修行着を着ていた。僧侶のようだ。

続いて同じ見た目の男が二人、やはり吹っ飛ばされて地面に転がった。

「何だ貴様は?何でこんな事をしやがんだ?」

最後に地面に転がった三人目の僧が、立ち上がりながら叫んだ。酒のせいか呂律が怪しい。

その声に応じるように、店の中から男が出て来た。五尺五寸、年の頃なら五十前後か。少々小柄だが、その身の筋肉の発達は凄まじい。男は僧侶達を睥睨して口を開いた。

「最近、大報恩寺の下っ端の坊主どもが調子に乗って困っている、とここの女将に相談を受けていたのだ。僧侶でも何でも、酒を呑むのは構わんが、節度は守れ」

「お前は天下の大報恩寺の僧を愚弄するのか?」

「天下の大寺の僧が他人に迷惑を掛けた上に、まだ名声に頼って強弁を吐くか。恥を知れ」

男は僧侶に歩み寄ると、小さな動作で腹に突きを入れた(※1)。僧侶はうむと唸って体を二つ折りにした。

「今一度座禅に取り組み、心が落ち着いたらまた客として来れば良かろう。それまではどの店の敷居も跨ぐな。次に姿を見たら、この程度では済まさぬぞ」

男は目を剥いて叱りつけた。僧侶達はほうほうの態で逃げ帰って行った。

「ヤクザ者ではなかったな」

「坊さんだったぜ」

「生臭坊主だな」

そんな事を口々に言っていた雷蔵達だったが、ふと誰かの視線に気付いた。先程の小柄な男が、雷蔵達一行をまじまじと見ているのだ。

「誰か知り合いでもいるのか?」

韋が首をひねった。

「董さんの事を見てるんじゃないか?」

雷蔵は笑いながら言った。

「やめてよ気持ち悪い」

董は両肩を抱いて身をすくめた。

男はしばらく彼らを凝視していたが、やがて意を決したように足を踏み出すと、雷蔵達に向かって歩いて来た。

「やばい。俺達も悪漢だと思われたかな?」

男を見ながら雷蔵が言った。表情は楽しそうである。

「ヘキ、お前のその"ケンカ好き"なところ、早く直した方がいいぜ」

そんな雷蔵を見て、韋は肩をすくめて言った。

それほど離れてはいなかったので、男はすぐに雷蔵達の前までやって来た。男の目は、甘を見ていた。

「俺に何か用かい?」

男の眼圧に気押されて、甘は遠慮がちに尋ねた。

「貴殿は『提牛撃虎的小英雄』の甘鳳池殿とお見受けする」

「その二つ名は気恥ずかしいが、いかにも、私が甘鳳池だが」

甘はそう答えて抱拳礼をした。

「そうか。ではきゃつより先に出会ってしまった訳か」

男の言う事は良く判らない。

雷蔵が何事かを尋ねようと口を開いた時、男が突然頭を下げた。

「甘殿、誠に申し訳ない」

「えっ?」甘は目を丸くした。「何だい突然?いきなり謝られても、何の事だかさっぱりだぜ」

「私は莫英輝(ばくえいき)、この大報恩寺から見て秦淮河対岸の聚宝門(現在の中華門)近くで、呂紅八勢という武術の把式場(道場)を持っている」

「呂紅八勢!」雷蔵が眼を輝かせて身を乗り出した。「それは、戚継光の『紀效新書』にある呂紅短打の事か?」

「その通りだ。だが、そんな我が門派から、恥知らずな者を出してしまった。本当に申し訳ない」

莫はそう言ってまた頭を下げた。

「だから、俺には何の事だか判らねえって言ってるだろ?」

甘が苦笑して肩をすくめた。

「今から少し時間を貰えないか?部屋を用意する」

莫はそう言うと、壊れた扉の店内を指し示した。

 

莫は雷蔵達を飯店内に案内すると、とある一室に招じ入れた。ややあって、五人の机上に簡単な酒肴が用意された。女将らしき女が小者達と共に酒肴を整え、小者達を下がらせると、全員に酒を注ぎ、部屋の隅に退いた。

「彼女は私の古くからの友人なので、ご心配なく。どうぞ一献」

莫は微笑みながら言った。しかし、誰も手を伸ばさない。

「えーっと、莫さん。先ずは、なぜ俺達をここへ招待してくれたのか、を話してくれないか?」

甘が困り顔で言った。

「ああ、そうだった。申し訳ない」莫は改めて頭を下げた。「実は、私の弟子の一人、袁鳳義という男が、甘殿の名を騙って悪さを働いているようなのだ」

それを聞いて、董は息を呑んだ。雷蔵は、そんな彼女に気を配りつつ、莫に尋ねた。

「その男、俺達も捜している所なのです。どのような男で、どこにいるのでしょうか?」

「やはり貴殿達の耳にも入っていたか。袁は康煕五十七年(1718)に我が門を叩いた。『小英雄』のようになりたい、とな。それまでにも武当六歩拳を学んでいたのだが、より実践的な武術を求めて来た、と言っていた。袁はまだ若く、野心に満ちた男だったが、根気がなく、早く結果を欲していた。だが、我が呂紅八勢は即応の拳ではあるが、その真髄は技の習熟にある。袁は功夫の蓄積こそが真の強さである事に気付けなかったのだ」

「結局我慢出来なかった訳だ」

韋が鼻で笑った。

「私の指導が至らず、面目ない。その袁は、私に"秘伝の技"を授けろと言って来た。当然断わったが、そもそも我が呂紅八勢には、そんなに都合の良い必殺の技など無いのでな。そのすぐ後、袁は彼を慕う弟分十人を連れて、この把式場を出て行った。それが康煕六十年だ」

「同じ年に、夫は殺された」

董は冥い声で言った。

「きゃつが侠客の真似事を始めたのが、その頃だったのだろう。つまらぬ事に巻き込んでしまって、本当に申し訳ない」

莫はまた頭を下げた。

「あなたのせいではないわ」

董は顔を上げ、莫の眼を見て言った。

「まあ、とりあえずこれで本当の仇が判明した訳だ。莫さん、袁の居場所は知っているんですか?」

雷蔵が神妙な面持ちで尋ねた。それに、莫はかぶりを振って答えた。

「残念だが、袁が三年前にこの江寧を出て、各地を『武者修行』と称して放浪したらしい事、最近になってこの地に舞い戻って来た事、それくらいしか知らないのだ。それで、何か武芸者が揉め事を起こす度に、そこヘ出向いて様子をうかがっていたのだが」

「状況としては、俺達と同じだな」

韋が肩をすくめて言った。

「受け身に回っていても埒が明かないって事か」雷蔵はそう言いながら天を仰いだ。「かくなる上は、袁を無理矢理にでも引きずり出すしかないって事だな」

「何か手立てがあるのかい?ヘキよ」

韋が身を乗り出した。

「一応な。ただ、それをするには董さんにも嫌な思いをして貰わなきゃならんのだが…」

雷蔵はそう言うと、董に視線を送った。

「私は大丈夫よ」董は気丈に顔を上げた。「夫の無念を晴らす為にやって来たんだから。出来る事なら何でもするわ」

「そう言ってくれると思ってたよ」

雷蔵は屈託のない笑顔で言った。

「いやらしい事は嫌よ」

「そんな事はさせやしないさ。ただ、もの凄く目立って貰う事にはなる」

「お前さん、何を企んでるんだい?」

韋の言葉に、雷蔵は手元の盃を取って一気に呑み干した。

「これはな、俺が修行している無極流の流祖の兄弟子が実際にやった事なんだけどな」

そう言い置いて、雷蔵は話し始めた。

話を聞き終えると、董は思わず苦笑いを浮かべた。

「本当に、もの凄く目立っちゃうのね」

「確かに闇雲に捜して歩くより、向こうから何らかの手懸かりが寄って来そうだな」

腕を組んで、韋が頷いた。

「これは、あんたの仇討ちだ。嫌なら、無理にする事はないぜ」

雷蔵がそう言うのを、董は晴れやかな表情で答えた。

「せっかくの好機なんだから、逃がす手はないわ。皆、協力をお願い出来る?」

「任せとけ。あんたには指一本触れさせやしねえぜ」

腕を張って、韋が受け合った。

「俺も、そして莫先生も、自分の行いにけじめをつける為にも、是非とも協力させて貰うよ」

甘はそう言って笑った。莫も頷く。

「よっしゃ。では、しっかりと準備をして、明日から始めようじゃないか」

雷蔵は明るくそう言うと、莫に向かって表情を改めた。

「なあ、莫さん。袁は、一応呂紅八勢を修得しているんですよね?」

「皆伝にはほど遠いが、中々の使い手ではある」

莫の答えに、雷蔵は顔をほころばせた。

「じゃあ、俺に呂紅八勢を指南してくれませんか?奴と手を合わせる事になるんだし。『敵を知り己を知れば百戦危うからず』と孫子も言ってるでしょう?」

「またへキの悪い癖が出て来たな」

莫に迫る雷蔵の姿に、韋は肩をすくめて笑った。

 

 

 

 

20200907

 

註 :

 

※1 呂紅八勢「衝撃」

 

※ 内家拳 明末清初 武当山の仙人・張三丰を始祖とする。太極拳とは異なる。

 

※ 呂紅八勢 呂紅短打とも。綿張短打と共に、近接短打の雄として戚継光に認められ『紀效新書』に記された。

 



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捌 無極流兵法

八極拳発祥伝説

 

〈八極拳開門譚〉

 

 

第一章 真壁雷蔵の段

 

 

【捌】

 

清・雍正二年(1724)春節を過ぎた頃。

雷蔵が皆に話したのは、「常盤橋の決闘」の逸話である。

無極流流祖の土子泥之助は、常州江戸崎にて一羽流の開祖、諸岡一羽の門人として根岸兎角、岩間小熊と共に剣術を学んでいた。

しかし、一羽が癩風に倒れると、小熊と泥之助は師を最期まで看病し続けたのに対し、兎角は道場を見限って出奔した。

文禄二年(1593)九月に一羽は亡くなるが、兎角は江戸で一羽流を「微塵流」と称して道場を興していた。兎角が師を見捨て、かつ師から教わった剣術を自分が創始したかのように見せて道場を開いたことに怒った小熊と泥之助はこれを討つことに決めた。

籤により小熊が江戸に向かい、兎角を倒して一羽流の名誉を回復するのだが、その時に決闘の申し出を無視して逃げ続けていた兎角を引きずり出す為に、小熊は大橋(後の常盤橋)に「日本無双」と掲げて兎角を貶め、挑発したのである。

「なるほど。面子を潰された兎角は、出て来ざるを得なくなったという訳か」

韋が大きく頷きながら言った。

「そう言う事だ。ニセ甘鳳池も恐らく自尊心だけは高いはずだから、この作戦に引っ掛ってくれると思うぜ」

雷蔵も腕を組んで大きく頷いた。

「そうね。この辺りで聞いた噂でも、偽者はお山の大将っぽいものね」

董は微笑みながら言った。初めは少々躊躇のあった彼女だったが、雷蔵や韋、そして甘の強さは判っているので、徐々この状況をに楽しむ気分になって来ていた。

「それならあたしも協力させて貰いますよ」

部屋の隅にかしこまっていた女将も笑顔で言った。

「ようし、では、明後日に決行だ。何日掛かっても、偽甘鳳池を引きずり出して、仇を取ってやろうぜ」

雷蔵の言葉に、全員が頷いた。

決行当日、女将の飯店のすぐ横にある四つ辻の一部を占拠して、雷蔵達一行は二枚の横断幕を掲げた。幕には、

『江南無双 神拳 于派燕青』

『兇賊 甘鳳池 討殺』

と墨痕黒々と認められていた。

「あまりいい気分はしねえなあ」

幕を見上げて、甘は苦笑した。

「まあまあ、ニセ者をおびき寄すまでの辛抱だよ」

韋が笑いながら言った。

「さあて、今からが本番だ。頼むぜ頭領!」

雷蔵は大声で言いつつ、幕の前に(しつら)えた舞台を見た。そこには机を二段に重ねた舞台があり、その上にかなり派出めに化粧をした董が椅子に座っていた。

「これ、思ってたよりずっと派出ね?」

舞台役者のような化粧をした董が、首をかしげながら言った。今朝、飯店の女将に化粧をして貰ったのだが、彼女が昔贔屓にしていた旅役者の残していった化粧と衣装をそのまま身に着けたので、かなり目立つ様子である。

「甘鳳池」の名前はやはり効果があり、『江南無双』の高慢な看板を引きずり落とそうと、甘を勝手に兄貴分と思う若者達が挑んで来たが、韋に叩きのめされてことごとく敗退した。

二日後には神拳于派燕青の名はこの近辺に広がり、数多くの腕自慢がやって来たが、その全ては弟子(を称する)男達、則ち雷蔵と韋の二人にコテンパンにやられてしまっていた。

「甘鳳池よ、潔く我らの前に来られよ。尋常に勝負せよ!」

雷蔵は意気軒昂に雄叫びを上げた。もうすっかり馴染みになった見物人も多く、皆が甘鳳池の出現を今や遅しと待ち構えていたのである。

六日も経つと、見物人達が「甘鳳池を出せ!」「甘鳳池出て来い!」と騒ぐようになった。そんな見物人達をかき分けて、男共が四人やって来た。

「何だてめえら、大騒ぎしやがって!甘の兄貴に何の用だ!」

そう大声で怒鳴る男に、雷蔵は見覚えがあった。

「あ、お前、ちょっと前に夫子廟で甘に殴られた頭目だな」

雷蔵は男を指差して言った。

「あ、てめえあの時の女か!」

頭目は董をしげしげと見てから大声で言った。派出な化粧と衣装とで、先日の女と同一人物だとは気付かなかったらしい。

「ようやく本命が懸かったか」

韋がニヤつきながら言った。

「仇だ仇だと言いやがるが、武術家同士だ。命のやり取りは当たり前だろうが」

そう嘯(うそぶ)く頭目を董は舞台の上から睨みつけた。

「大勢で武器を持って取り囲んでなぶり殺しにして、武術家を騙るとは片腹痛いわ」

董の言葉を聞いて、野次馬の中から「卑怯者」と野次が飛んだ。頭目が声の方を睨みつけるが、声の主は引っ込んでしまって姿は認められない。

「俺がお前をぶちのめして兄貴の濡れ絹を晴らしてやる。降りて来い!」

頭目は勢い込んで喚いた。

「悪いが師匠はお前如き雑魚は相手にされない。俺一人で十分だ」

雷蔵が韋を押しのけるようにして前に出た。顔がニヤついている。

「ふざけやがって」頭目は吐き捨てるように言った。「てめえらをぶちのめして、あの女を引きずり出してやる」

頭目の合図を待たず、一番若い男が前へ出た。間を合わせる事なく、小走りで舞台に近付いた。雷蔵もそれに応じて歩み寄る。

若造は勢い良く雷蔵の前に飛び込んで来ると、大振りの右拳を放った。雷蔵は左手刀でその突きを捌き、たたらを踏む相手に振り向き様の右裏拳と更に体を回して左肘を連続して打ち込んだ(※1)。若造は飛び込んだ勢いのまま前方に吹っ飛び、舞台前でうつ伏せに倒れた。

「おいヘキ、今の『老虎回頭』か?かなり無極流の形になってるな」

韋が笑いながら言った。

「そうか?やっぱり身についた動きが出るんだな」

雷蔵は首をひねった。

「ふざけやがって!お前行け!」

頭目が喚くと、上背のある男が進み出た。大股に歩み寄ると、左の前蹴りを放って来た。雷蔵はその蹴りを左手で掬い受けつつ右足で腹を蹴り上げ、相手が体を折る所へ更にその蹴り足を踏み込んで右の中楔で人中を突いた(※2)。男は白目を剥いて倒れた。

「今のは金水門拳法の技だな。元の形より随分硬いぞ」

韋は大笑いの態だ。

「あの水拳の動きは一朝一夕には再現出来んよ。お前も細かい事を言うな」

雷蔵は肩をすくめて答えた。

三人目は何も言わずに前へ出て来ると小さく構え、いきなり正面から右突きで飛び込んで来た。雷蔵は半身になって突きを躱しつつ踏み込み、胸に肘を打ち込んだ(※3)。相手は頭目の足元まで吹っ飛んだ。

「やっぱり体に馴染んだ技が一番出し易いな」

雷蔵はしみじみと呟いた。

「それこそが功夫だからな」

韋もしたり顔で頷いた。

頭目はそこかしこに倒れている手下共を見ると、顔を引きつらせながら雷蔵を睨みつけた。

「ど、どうやら俺がやらなきゃ治まりそうもないようだな」

「腰が引けてるぜ頭目さんよ」

韋が嘲るように鼻で笑った。

 

そんな舞台を睨みつけている男がいた。丁度舞台の反対側の酒家(宿屋)の食堂に陣取って、辻の向こう側の様子を窺っている。四人の屈強な男達に囲まれた、一際背の高い男だ。眉間にしわを寄せてむっつりと黙り込んでいる。

「甘の兄貴、そろそろ俺達が出て行って、あいつらを黙らせましょうや」

朱が渋い表情の男を見ながら言った。

「あの女、河北冀県の燕青拳使い、于俊熙(うしゅんき)の嫁ですよね。俺らの独立の景気付けにぶっ殺してやった奴の」

黒が凶暴な表情で呟くように言った。

「あの二人の弟子と称する奴らは多少使えるようですが、兄貴には到底及ばねえでしょう」

青は笑いながら言った。

「あいつらに好き放題言わせてると、兄貴の沽券に関わりゃしませんか?」

黄が生真面目に言う。

甘の兄貴は黙ったままである。

「まあ、好らが多少頑張った所で、俺達、朱・青・黄・黒の四天王が、あんな奴ら蹴散らしてやりますぜ」

朱がそう嘯いて、ニヤリと笑った。

そんな彼らの視線の先で、突き掛かった頭目が、 雷蔵にその突きを右腕でいなされ、半歩踏み込んでの右肘(※4)を鳩尾に食らって吹っ飛ばされていた。

「そりゃあ、お前ら、ましてや俺が行けば、あんな奴らは赤子の手を捻るようなモンだろうが、奴らの挑発に乗ってノコノコ出て行くのも胸糞悪いじゃねえか」

頭目の姿を見つつ、甘の兄貴は肩をすくめて言った。

「ああ。やっぱりここに居たか」

後ろからの低い声に、その場の全員が飛び上がった。慌てて振り向くと、そこには七尺に近い大男が立っていた。誰もその男の気配に気付かなかったのだ。

「誰だ貴様は?」

朱が鋭い声で誰何した。

「ここは、あの辻の舞台が一番良く見える"特等席"だからな。お前はこの場所へ来ると踏んでたんだ」

大男は朱の言葉を無視した。

「誰だって聞いてんじゃねえか」

黒が暗い眼で睨みながら言う。

「甘の兄貴、いや袁鳳義よ、お前あの四人がやられる所をずっと見てたんだろ?それであいつらの力を見抜けないようでは、底が知れてるぜ」

大男は一切相手の言葉には答えず、自分の言いたい事だけを喋っている。そんな大男の言葉に、甘の兄貴と四天王は思わず目をむいた。

「貴様、何故兄貴の名を!?」

青が大男を睨みながら立ち上がった。既に拳を握り込んでいる。大男はその拳を真下に払い落としつつ怒声を上げた。

「俺が甘鳳池だ!」

そのまま踏み込むと、震脚しつつ馬歩になり、両掌を掬い上げて青の胸を打った(※5)。

青は血を吐きながら吹っ飛び、酒家の扉を突き破って辻の真ん中辺りまで転がり出た。突然の事に、辻を囲んでいた野次馬達は悲嗚を上げて逃げまどった。

袁と残りの三人は慌てて壊れた扉から外へと飛び出した。辻は大量の野次馬で三方の道は塞がれており、彼らは自然と舞台正面へ出る形となった。そこには、仁王立ちの董、韋、そして雷蔵が待ち構えていた。

「よう、良く来たな甘、いや甘鳳池の名を騙った卑怯者の袁鳳義!」

韋は大声で言いつつ、『兇賊 甘鳳池 討殺』と書かれた横断幕を引き剥がした。

「お前の悪行の数々はこの界隈の皆から聞いてるぜ」

雷蔵は笑いながら言った。

「私は董凛風!我が夫の仇、取らせて貰うわ!」

董は壇上から言い放つと、ひらりと飛び降りた。そのまま駆け出そうとするのを、雷蔵が優しく止めた。

「何故止めるの?」

董は睨んだが、雷蔵は笑って答えた。

「邪魔な三人を片付けてからだ。御大は最後の最後に出るもんさ」

そう言った雷蔵の前に、韋が出て来て仁王立ちとなった。

「俺にも分けてくれよ」

「しょうがねえな。一人だけだぜ」

雷蔵は肩をすくめた。

「やい!お前!俺と勝負しろこの野郎!」

韋は黒を指差しながら喚くと、相手の反応にはお構いなしに、ずかずかと間合いを詰めた。

「あいつは私がやるわ」董は朱を見ながら言った。「あいつが棍で夫を殴り倒したの」

「判った。あいつで体を暖めればいい」

雷蔵は優しい表情で言った。

二人がそう言っている間に、黒は韋に左右の突きからの前蹴りに止めの膝(※6)を食らって大の字に伸びていた。

「何だ何だ?四天王を自称する割りには、歯応えがねえなあ」

韋は胸を張って嘯いた。周りの野次馬から失笑が漏れるが、今の偽甘達にはそれを咎める力はない。

韋が物足りなさそうに下がるのと入れ替えに、雷蔵が歩み出た。黄に手を差し伸べ、こまねく。

「お主の相手は拙者がして進ぜよう」

雷蔵は敢えて日本語で言った。その場の誰一人として何と言ったかは解らなかったが、その意図は理解出来た。黄は苦い顔をして前へ出た。

「お前、俺に勝てるつもりなのか?」

黄は尊大な態度で言った。

「俺には負ける要素が見つからない」

雷蔵は静かな声で言った。言いつつ歩いて間合いを詰める。

黄も間合いを詰めると、雷蔵の顔面に右の突きを放った。

雷蔵は左に踏み出しつつ右手でその突きを引き込み、左の突きで黄の顔面を打ち抜いた(※7)。

黄は仰け反って数歩よろけたが、すぐに立ち直った。

雷蔵は思わず自分の拳を見つめた。甘の同じ一撃は、相手を一丈あまりも吹き飛ばしたというのに、自分は打ち倒す事すら出来なかった。確かに、甘の動きを真似ようとするあまり、違和感のある突きになった事は否めない。

「そうか。その門派独自の発力法に叶っていないから、威力が出ないのか」

雷蔵は口に出して言ってみた。そう言えば先に昂拳と金水門拳法の技を使ってみたが、どちらも形が違うと言われた。

「その門派独自の発力に叶っていないならば、所詮付け焼き刃な技という訳だ」

種々な技を一つの理論で統一する、そんな流派を立ち上げてみたい。雷蔵はそんな妄想を抱いていた。今は個々の技の試験をしている状況なのである。実践の中で、何か見えて来たものがある。

そこを隙ありと見たか、黄が蹴りを放った。雷蔵はそれを無意識に捌きつつ、その蹴り足を掬い上げて黄を地面に放り投げた(※8)。黄は背中から地面に倒れ、息が詰まる。雷蔵は黄の頭を蹴り飛ばし、気絶させた。

「考え事してんだから邪魔すんなよ」

雷蔵は首をひねりながら後ろに下がった。それと入れ違いに董が出た。朱を強く睨みつける。

「あんたの相手は私がしてあげる。有り難く思いな」

董はそう言い放って、朱に手招きをした。

朱は嫌らしい笑みを浮かべて近付いて来た。

「お前、あの時の女だな。于だったか、あいつの妻だったな」

「あんたの事も忘れた事なかったわ」

「そうかい、もっと可愛がってやりゃあ良かったか?」

朱は言いつつ右拳を放った。董は小さくかわす。その拳が開かれ、董の襟首を掴んだ。

「ここで可愛がってやってもいいんだぜ?」

朱がそう言っている間に、董は左肘で朱の右腕を下から持ち上げつつ左足を踏み出し、左腕と右腕とで同時に朱の上半身を打った(※9)。朱は後ろに引っくり返り、後頭部から地面に落ちた。

「お断わりよ」

地面に倒れた朱を、董は蔑みをもって睨みつけた。

物凄い形相で立ち上がった朱は、右拳を大きく振りかぶって突っ込んで来た。董はそれを仆歩で低く躱し、素早く朱の背後に回ると、振り向きざまに右勾手を首筋に突き込んだ(※10)。

董は身を左に転じ、棒立ちになった朱の頭へ渾身の里合腿を叩き込んだ(※11)。朱は朽ち木のように倒れ、二度と立ち上がらなかった。

「いいぞいいぞ!」

韋が拍手をしながら声を上げた。

董はそのまま袁を睨みつけると、仰々しい上着を脱ぎ捨てた。

「夫の仇、取らせて貰うわ」

袁は、尊大な態度を崩さず、ゆっくりと董に近付いた。

「それなら、お前も俺の手で冥府へ送ってやるぜ」

袁は言いつつ構えを取った。四六歩の小さな構えである。

「董、気を付けろ。呂紅八勢は蓄勁の動作が小さい」

雷蔵は董に声を掛けた。仇敵を相手に少しでも心を平静に保てるようにとの配慮だったが、それは杞憂に終わった。

董は雷蔵の声も耳に入らない程の集中力で袁と対峙していた。

(八歩は間合いがある。こちらから仕掛けて…)

そう考えていた董の真前に袁が立っていた。瞬間的に問合いが詰められていた。

董の体は、考えるより先に動いた。

袁の右拳が腰から打ち上げられる(※12)のを体を回転させて躱し、裏拳を放った。袁は難無く肘で受けたが、その隙に董は地を蹴って袁から距離を取った。

「何よ今の?速すぎるじゃない?」

董は思わず口に出して言った。

「俺の『旱地撐船』をよくぞかわした」

袁は嘯くと、また四六歩で構えた。

「独特の歩法だ。頭や肩の動きにとらわれるな」

雷蔵の声に、董は視野を大きく取って袁を見た。多少ぼんやりとした見え方だが、相手の全身が視界に収まる。

袁の体が動いた。また瞬時に間合いが詰まる。だが今度は見えていたので、董は袁の掌の喉への突き(※13)を躱しつつ身を低くして腹に肘を入れた(※14)。袁は顔をしかめたが、そのまま腕を横なぎに払って董を弾き飛ばした。董は軽やかに受け身を取って立ち上がった。間髪を入れずに離れた間合いを一気に詰め(※15)、反応の遅れた袁の顔面を打ち抜いた。

袁はのけ反りながらも蹴りを返した。董はその脚を払いつつ一歩退きながら身を低くして右拳を振り出して袁の軸足を打った(※16)。

「グァッ?」

袁が初めて苦痛の呻き声を上げ、地面に倒れ込んだ。身を起こした董の手には、判官筆(※17)が握られていた。

凄い形相で立ち上がった袁の前に、甘鳳池がやって来た。董の横に、彼女を護るように立つ。

「お前の悪行もこれまでだ。観念しろ」

甘は静かな声で言った。

「うるせえっ!」

袁は吠えると、甘に大振りの突きを放った。技も何もない、隙だらけの一撃だった。甘はそれをかわしもせずに踏み込むと、両掌で袁の頭を挟み打った(※18)。袁は脳震盪を起こして棒立ちになる。そこへ董が踏み込み、水月に判官筆を撃ち込んだ。袁は呻きながら崩れ落ち、土下座のような形になった。

董はその頭に向かって判官筆を振り上げたが、それを雷蔵の手が優しく止めた。

「あんたまで人殺しになる必要は無い。復讐は成就した」

雷蔵の言葉を聞いて、董の目から大粒の涙が溢れ出た。

「仇討ち、お見事!」

韋が大声で言うと、野次馬達から期せずして拍手が起こった。

その中で、董は雷蔵の肩に顔を埋め、大声を上げて泣いた。

 

翌日、飯店の食堂に現れた董は、既に旅支度を整えていた。

「やあ、おはよう」

雷蔵が明るく挨拶をすると董は笑顔で小さく呟いた。

「何だ、もう発つのか?」

韋が、(パオ)をモゴモゴと食べながら言った。

「ええ。仇討ちも叶ったし、河北冀県へ帰ります。夫の残した把式場を守って行くつもりです」

董はそう言って、静かに微笑んだ。

「憑き物が落ちたようにすっきりとした顔になったな」雷蔵は笑顔で頷いた。「今後は于派燕青拳を守り、後継者の育生に専念するんだな。頑張れよ」

「ありがとう、へキ、そして韋先生。貴方達の事は、生涯忘れないわ」

董はそう言って韋に抱拳礼をした。韋も礼を返す。

雷蔵は席から立ち上がると、董と相対した。

「道中気を付けてな」

雷蔵は抱拳礼をした。董は礼を返すと見せて、両腕を雷蔵の首に巻き付け、その体を抱き締めた。

「へキ、本当にありがとう。もし冀県に来る事があったら、顔を見せてね」

董に耳許で囁かれて、雷蔵は少し赤くなった。

「何だ、ヘキにだけご褒美かよ」

韋が揶揄するように言った。

「ヘキの方があんたより優しかったんだから、当然じゃない」

董は笑ってそう言うと、改めて二人に抱拳礼をして、飯店を出て行った。

「…行っちまったな」

韋がしみじみと言った。

「何だ昌輝、お前案外董の事を好いていたのか?」

「そんな身もフタもない言い様をするな」

雷蔵に言われて、韋は肩をすくめた。

そこへ、大男が息を切らせて駆け込んで来た。

「おお、良かった。二人とも居たか。董はどうした?」

「何だ、甘のダンナ、朝っぱらから騒がしいな。董は今しがた出て行ったぜ」

韋にそう言われて、甘は肩をすくめた。

「済まねぇな、急いでるもんでな」

「どうしたんだい?」

「偽者の袁の野郎が捕まって、甘鳳池が満州族ではなくなったせいで、また"反清復明"の危険分子扱いよ。よもやよもやだ」

甘は笑って言った。

「笑い事ではないがな」

雷蔵は首をひねった。

「まあそんな訳で、俺は江寧を離れる事にした。では、さらばだ。縁があったらまた逢おう」

甘はあっさりそう言って、飯店を出て行ってしまった。

「慌ただしい奴だな」

韋が笑いながら言った。

「まああの男の事だ、何とか生き延びるだろうさ」

雷蔵もそう言って笑った。

「さて、俺らはどうする?お前の目標は無くなってしまった訳だが?」

韋の問いに、雷蔵は笑って答えた。

「そうだな、三皇炮捶拳は技を見るだけで終わってしまったが、莫さんに呂紅八勢を教わる事は出来そうだぜ」

 

それから半年程、雷蔵は莫について呂紅八勢を学んだ。左右八本の短い套路ではあるがその技は奥深く、寸勁を多用するその身法は雷蔵の興味を大いにそそった。

雷蔵は近隣にある査拳や洪家拳の把式場へも行ってみたが、彼の中では呂紅八勢を越えるものではなかった。

暑さが増して来た七月のある日、雷蔵は莫に尋ねた。

「莫老師、最高の武術とは何でしょうか?」

「そうさな。武の道を極めた者の技が、至高の武術と言えるかも知れんな」

莫は笑って答えた。

「流派ではなく人、ですか」

「武術各派はそれぞれに良いものだろうが、その力を発揮するのは、やはり使い手の功夫によるのだろう、と私は考えているのだよ」

「そのようなご尽はいるのでしょうか?」

「うむ。確かにおられる」

「それは誰ですか?」

「まあ、今現在、武術を続けてどうかは定かではないが」

莫はそう言って椅子に座り直した。

「私は康熙三十六年(1697)から康熙四十一年(1702)の間、西安に居たのだが、その時に、さる高貴なお方に武術をお教えする機会を得たのだが、そのお方こそ、武を極める可能性を持った若者だった」

「そんなに凄いのか?」

「私の元に来た時には、既に宋太祖三十二勢長拳を修めており、ひとかどの腕前であった。しかしそこから更に修練を重ね、我が呂紅八勢をも修めたのだ。理解力も高く、苦練を厭わず、応用力もある。稀に見る逸材であったよ」

「今はどうしてるんでしょうか?」

「康熙五十四年(1715) に偶然この江寧で再会したのだが、更に他の武術を吸収して、進化しておられたよ」

「して、その方は何という名なのです?」

身を乗り出して尋ねる雷蔵に、莫は居ずまいを正した。

「そのお方は、李国全と申すのだが、やんごとなき出自ゆえ、(らい)と名乗っておられた」

「癩か。今は何処におられるのでしょうか?」

「私も詳しくは判らんが、西安に行けば、その足跡はあるのではないかな?」

少々歯切れの悪い莫の答えだったが、雷蔵は何の疑念も抱かなかった。

「癩。会ってみたいな」

雷蔵は小さく呟いた。彼の心は、既に西安に飛んでいた。

 

 

 

第一章 完

 

20201114

 

 

註 :

 

※1 昂拳 躱身刺豹から老虎回頭

※2 金水門拳法 猛虎扑食

※3 無極流兵法 (いただき)

※4 三皇炮捶拳 側身掩肘から弓歩頂心肘

※5 三皇炮捶拳 翻臂揚掌

※6 昂拳 水牛撞樹

※7 三皇炮捶拳 上歩右抓虎から左十字捶

※8 無極流兵法 扇返し

※9 于派燕青拳 排山倒海

※10 于派燕青拳 大鵬展翅

※11 于派燕青拳 雷震王母

※12 呂紅八勢 挑掠

※13 呂紅八勢 穿轉

※14 于派燕青拳 莽牛献角

※15 于派燕青拳 閃疾歩

※16 于派燕青拳 固若金湯

※17 点穴用の暗器(隠し武器)

※18 三皇炮捶拳 双翻掌




これにて第一章は完結となります。


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