リスと少女と神の慈悲 (小井茂)
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リス01-助けを求めて-

 ルドラサウム大陸東側、人間界北東部リーザス王国領南『辺境の森』――――という名称で世に罷り通っている、その名の通り辺境にある森。そこで目を覚ますものがいた。

 モコモコモコッと地面の下から這い出てきたのは全長40cm程、両側頭部に木の枝のような角を生やし、まんまるの身体を真っ黒な体毛で覆った、リスと呼ばれる種族の生き物である。

 

「うーん、よく寝たー」

 

 人間界においてリスは人間を襲うモンスターとされているがこのリスは少し違った。

 

「よし……今日も人助け、頑張るぞー!」

 

 おーっ! と、小銭ほどの大きさの拳を掲げて気合を入れた後、意気揚々と歩き出す。

 このリスは人助けを趣味としていた。と言っても日銭を稼ぐ為に万を請け負う冒険者ギルドや、大陸最大の宗教団体AL教、等々の特定の組織や団体に所属しているわけではない。

 

「今日はだ~れと出会うかな~♪」

 

 なので呑気に、鼻歌交じりに、どこへ向かっているわけでもなく、誰を探しているわけでもなく、あっちこっちへふらふらと歩いているリスであったが、ふと何かに気付いて足を止めた。

 遠くからガサガサと草木を掻き分ける音がする。次に男のものと思われる叫び声、そして森に棲むモンスターの悲鳴、それらが段々とこちらに近付いてきている。

 

「がははははははっ!」

 

 立ち止まって音の方角を見つめるリスの前に、草陰の向こうから人間の男が姿を現れた。

 年齢は二十代手前、もしくは十代半ばと言える程に若々しく、ギザギザの歯を出した不敵な笑顔で見る者に悪戯好きな悪坊主のような印象を与え、緑色の服の上にプレートアーマーを着込み、剣を携えていた。

 今はまだ一冒険者に過ぎないその男にリスは元気良く挨拶をしようとして、

 

「こんにちわっ! 今日は良い天気「死ねっ! 雑魚め!」ギャァァァァ――――!!!!」

 

 脳天に思い切り剣を叩きつけられ何気ない挨拶は絶命の悲鳴へと早変わりした。

 緑の男はリスの体から転がり落ちたGOLDを拾い集め、そのまま真っすぐ進んで森の奥へと消えていく。森に静寂が戻り、残されたのは人助けを志して人に殺されたリスの死体のみ。

 これがこの世界のルールであり、力の無い者は人間もモンスターも等しく命を散らす、はずのだが、このリスは大きく違った。

 

「う、うーん………」

 

 頭蓋骨を割られて即死したはずのリスは何事も無かったかのように立ち上がり周囲を見回して誰もいない森を不思議そうに目を細めて眺める。

 

「あれー? 今、誰かと会ったような、会わなかったような」

 

 何か大変なことがあったような気がして思い出そうとするが思い出せない。しばらくして思い出すことを諦めて再び歩き出した。

 

「今日も人助け、頑張るぞー!」

 

――――リーザス城下町

 

 人間界三大国家リーザス王国の中枢にして大陸一美しい城と讃えられるリーザス城の城下町。

 正午になり昼食を求める人々の足並みの中に、人助けリスが紛れ込んでいた。

 当然ながら町に入る前には門があって門番はいたのだが、コソコソとしていたり隙を伺ったりということはせず真正面から堂々と門を通ろうとした結果、門番はリスを誰かのペットだと勘違いしてあっさり素通りさせてしまう。

 

「おい……あれ、リスじゃないか……?」

「嘘、なんでこんなところにモンスターがいるの?」

「でも人を襲う様子も無いし、どこかから逃げてきたんじゃない……?」

 

 町の人々も同様でリスに奇異の視線をぶつけることはあってもそれ以上は何もしない。

 リスの方も困っている人を探しているだけで、そうでない人々に危害を加える気は微塵も存在しないので、周囲の視線を気にせずふらふらと街中を歩き回っている。

 

「うーん、うーん……」

 

 そうして城下町の門から真っ直ぐリーザス城までを繋ぐ大街道の途中にある中央公園に入ると、ベンチの上で年若い男が眠っているのが見えた。

 暖かな時期の正午とはいえ、何も掛けずに眠るのは余りにも無防備だと心配し、せめて一声掛けて注意しようと歩み寄るリスであったが、途中、男は声を唸らせて身体を小刻みに震わせていることに気付いて、急いで駆け寄った。

 

「あの、大丈夫ですか? どこが具合が悪いんですか?」

「屋台で……焼肉そうめんを食べたら、食あたりして……うーん、うーん……すまないが、助けてくれないか……く、薬を……」

「食あたり!? ちょっと待ってて!」

 

 大の男を動けなくしてしまうような食あたりは軽度の腹痛などではない。リスは自分の毛皮から薬代のGOLDを取り出そうとしたが、全身を隈なく探っても1GOLDも見つけられなかった。

 

「あれ、何で無いんだろう。ごめんなさい、助けてくれる人を呼んできます!」

「任せたよ……。うーん、うーん……」

 

 中央公園を出て大街道に戻る。先程ここを通り抜けてから僅かな時間しか経っていないので街道は未だ人でいっぱいだ。これなら助けてくれる人がいるかもという期待と大勢の人の前で大声を出す緊張感で胸を膨らませ、それらを思い切り吐き出した。

 

「誰かっ! 助けてくださいっ! 公園でっ! 人がっ! 倒れているんですっ!」

 

 昼食を求める、あるいは昼食を終えて自宅か勤め先かへ戻ろうとする人々の足が止まる。

 

「食あたりでっっ!! 倒れているみたいなんですっっ!! 誰かっっ!! 薬をっっ!! 恵んでくださいっっ!! お願いしますっっ!!」

「おい、公園で人が倒れているってよ」

「食あたり? それなら大したことじゃないんじゃないの?」

「って言うか何でモンスターが街に? 衛兵は何をしているの?」

「………」

 

 足を止められたのは一瞬で、すぐに人々の足は流れ出した。リスを見る者、感想を述べる者、無視する者と反応は様々だが、助けになろうと名乗り出る者は一人としていない。

 理由の一つとして、リスはモンスターと認識されているからだろう。

 このリスが小汚い浮浪者であったとしても、人間であれば同情を売って金銭を得られたかもしれないが、モンスターに情けを掛けるような人物はそういない。いるとすれば―――――

 

「人が倒れてるって、ほんと?」

 

 ―――――別の世界からやってきたような、常識外れの変わり者だろう。

 桃色の長い髪が特徴的な女の子が、薬瓶を手に人波から出て、リスの前までやってきた。

 

「あ、はいっ! 屋台で食べたものが原因らしくて」

「屋台の……あ、焼肉そうめん! よかった、あれ食べなくて。わたし、海の家、じゃなかった、道具屋さんでお薬を買ってきたから、その人のところまで案内してくれないかな」

「ありがとうございますっ! こっちです!」

 

 リスを先頭に女の子が着いていく形で、一匹と一人は走る。

 公園に着くと、ベンチの上で苦しんでいる男に、女の子は薬瓶を差し出した。

 

「これ、お腹に効くお薬です」

「ありがとう……、鞄の中に水筒があるから、取ってくれないかな……うーん、うーん……」

「がさごそがさごそ………あった! どうぞっ!」

 

 女の子から薬瓶を、リスから水筒を受け取った男は、薬瓶の中の錠剤を大量に口内に含み、次に水筒に口を付け、飲み干すような勢いで錠剤と水を自分の身体の中に流し込む。

 それほど余裕が無かったのか、それとも男の性分なのかは不明だが、ワイルドな飲み方に目をパチクリさせるリスと女の子の目前で、水筒から口を離した男は数十秒ほど肩で息を吐いてから、上半身を起き上がらせて、恩人である一匹と一人へ向き直った。

 

「わっ。健太郎くん程じゃないけどカッコいいかも」

 

 その男は奇しくも一度リスを殺した緑の男と同年代のように見える。しかし、あるいは何か因縁があるのか、こちらは明るい赤髪で、落ち着いた好青年と言った印象を受け、女の子が呟いたように女性の関心を引くであろう端正な顔立ちをしていた。

 

「改めて礼を言わせて欲しい。ありがとう、僕はアリオス・テオマン。君の名前は?」

「テオマンさん。テオマンさんが倒れていることに気付いて、街中で助けを求めていたのは、この子です。この子にもお礼を言ってあげてください」

 

 アリオスの視線は女の子にのみに向けられている。それに気付いた女の子はリスを指差した。

 女の子からの指摘にアリオスは微笑んで、軽くリスに頭を下げる。

 

「どうやら僕は大きな勘違いをしていたみたいだね、ごめん。そして、ありがとう、二人とも。改めて君たち二人の名前を教えて欲しい」

「ボクはチキンボー。見ての通りただのリスです」

「わたしは、来水 美樹って言います。冒険者、じゃないから、えーっと………テオマンさんは冒険者なんですか?」

「僕は勇者さ。勇者として魔王を倒す旅をしているんだ」

 

 勇者。それは人類の危機を前に颯爽と現れて世界を救うと言い伝えられている伝説の存在。

 魔王。それはルドラサウム大陸の西部、魔物界を統べると言い伝えられている謎多き存在。

 自分はそういった存在だと曇りの無い目で語るアリオスであったが、次の瞬間には真剣な雰囲気を崩して苦笑いを浮かべた。

 

「でも今は、魔王がどこにいるのか、どんな奴なのかも分からなくて、情報を集めながら冒険者をしている、が正しいんだけどね」

「ヘ、ヘー、ソウナンデスカー、タイヘンデスネー」

「来水さん、どうかしたんですか?」

「ナナ、ナンデモナイヨー、ワタシ、イツモドオリ。ゲンキモリモリダヨー」

 

 美樹の変化に訝しむアリオスとチキンボーであったが、初対面の人物の内情を推測することなど出来ず、追及を考え流石に厚かましいと考え直したアリオスは、鞄から財布を取り出す。

 

「それで何か御礼がしたいんだけど、申し訳無い事に今は大金も珍しい物も持っていなくて、薬代を返すくらいしか出来ないんだ。お世話になっておいて何も返せなくて、本当にごめん」

「気にしなくていいですよ、ボクは好きでやっただけですから」

「ワ、ワタシモオナジダヨー」

「そう言ってくれると有り難いよ。その代わり、もしも次に出会うことがあったなら何でも僕に言って欲しい。このアリオス・テオマン、勇者の名に誓って君達の力になろう」

 

 まだ全回復はしていないから自然回復を待つと言ったアリオスと公園で別れ、チキンボーと美樹は自分達が出会った場所まで戻る。公園を出ると美樹は何故か大きく息を吐いた。

 

「ぷはーっ、すごく緊張した―。勇者って本当にいるんだねー」

「今の魔王ってガイじゃないんだ。どんな人なんだろう」

「すっっっっごく可愛い女の子だと思うよ。魔王になるつもりはないけど」

「そうなんだ。………うん?」

 

 美樹の口振りに強烈な違和感を覚えるチキンボー。もしかして来水さんが今の魔王? と一瞬考えるが、魔王らしい威厳も強烈な魔力も感じないから流石に有りえないかとすぐに打ち消し、チキンボーは美樹に向かってペコリと頭を下げた。

 

「もしも来水さんが来てくれなかったら、ボクはテオマンさんが苦しんでいるのをただ見ているだけでした。何も出来なかった僕を助けてくれて、本当にありがとうございました」

「どういたしまして。でも実はチキンくんを助けたのは下心があったりして。ふっふっふー」

 

 美樹は邪悪なような、そうでないような笑みを浮かべると、いきなりモフッ!と、体毛に覆われたチキンボーの小さな胴体を、両手で挟み込むように掴んだ。

 

「思った通りすっごいモフモフだーっ! 一目見た時からずっとモフモフしたかったんだー、もふもふもふもふもふ」

 

 その後しばらく、美樹はモフモフし続けて、チキンボーはモフモフされ続けた。

 

「モフモフエナジー、充電完了! ばいばーい、チキンくーん! また会おうねー!」

「またいつでもモフってねー!」

 

 思う存分モフモフし終えて満足した美樹と別れる。

 微力ではあったが人助けが出来たこと、そして来水 美樹とアリオス・テオマンという素晴らしい二人と知り合えたことに充実感を覚えながらも、それでもまだ困っている人を助ける為にチキンボーは町を歩く。

 子供に悪戯をされたり、衛兵に追い掛けられたりしながらも、表街道は一通り回ったので、次は人影の無い裏街道に足を踏み入れた瞬間―――――

 

「よかった、自分から人目の無い場所に入ってくれて」

「――――っっ!? んー、んー!?」

 

 背後から突然、何者かに袋のようなもので包み込まれて視界が真っ暗になった。

 驚いて手足を振り回して抵抗するが、頑丈な繊維で出来ているのか破くことが出来ない。

 

「ごめんね、リスくん。これもお仕事なの」

 

 姿は見えないが、女性のものと思われる声が聞こえた。そのまま担がれて奇妙な浮遊感を、恐らく走って運ばれている。

 運ばれた先は薄暗い建物の中だった。壁に染み、床に埃、天井に蜘蛛の巣、しかし何故か高級そうなテーブルや食器などが並べられていて、まるで、と言うより、ここは幽霊屋敷なのだろう。袋の中から投げ出されたかと思えば、今度は小動物用の檻に閉じ込められてしまった。

 

「リア様がリスを捕まえて何をするつもりか、なんて忍が考えちゃ駄目よね」

「あ、あのっ! ここから出してくださーいっ!」

 

 チキンボーを誘拐したのは赤い忍者装束の少女で、年齢は美樹と同じか一つ上、暗闇の中でも紫色の長い髪がよく映える。チキンボーに背を向けた忍者の少女は、必死の懇願に一度くるりと振り返るが、唇を噛み締め、迷いを吹っ切る様にダッと走って部屋を出て行った。

 

「誰か―っ! 助けて―っ!」

 

 その後、緑の男のアレヤコレヤにより、この妃円屋敷の片隅で囚われていたリスの存在は、忍者の少女と、その誘拐を指示した者から完全に忘れ去られ、約八ヶ月が経過し、リーザス王国はヘルマン共和国の奇襲を受ける。

 



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リス02-時間的にはランス03-

 リーザス城下町に存在する、何故か取り壊されない謎の幽霊屋敷、妃円屋敷。

 

「――――………」

 

 その一室『いかの間』の隅で小動物用の檻に閉じ込められていた黒毛のリス、チキンボーは、何も言わず動かずにぐったりと横たわっていた。

 謎の女忍者に連れ去られ閉じ込められ忘れられてから約八ヵ月。水や食料を与えられずとも生きていたが、それはそれとして閉鎖された環境でのストレスが原因ですっかり元気を失っていた。

 初日は自力で脱出しようと頑張った。力づくで檻を壊そうと体当たりしてみたり、壊せる部分が無いか視覚と触覚とついでに味覚を活用した。けれど檻は高級素材のもので且つ新品同然で経年劣化による破損部分は全く無く、自力での破壊は不可能と判断せざるえなかった。

 ならば自分を誘拐した者を待とう。あの女忍者か別の誰かは分からないが、今こうして自分を誘拐し閉じ込めたのにも何か目的があるはず。そして自分を檻から出す瞬間は必ずあるはず。その時まで体を横にして体力の温存していたチキンボーであったが――――結局、ちっぽけなリスの存在など、人間達はあっさりと忘れていた。

 

 だがしかし、ちっぽけなリスとは無関係に、世界は動く。変わる。運命の日が訪れる。

 

「チッ。嫌な感じがする場所だな、幽霊屋敷って奴か」

「モンスターが出るみたいだから気を付けて進めよ」

「本当にこんなところに義勇兵どもの残党が隠れているのか?」

「さぁな。それを確かめるように命令されてるんだろ」

 

 分厚い黒鉄の装甲に、紺色の鎧下とスカートを身に纏った屈強な男達、それが数十人もの集団で構成された彼等は、リーザス王国と並ぶ人間界三大国のヘルマン共和国が軍の一部隊である。

 長い間リーザス王国の征服を目論んでいたヘルマン共和国は、魔物の王・魔王の配下である魔人の手を借りることで『軍隊をリーザス国王が住むリーザス城内に直接転移させる』という既存の戦略を無視した反則行為によってリーザス城、及び城下町の制圧に成功。

 そして現在、軍事行動の障害と成り得る不確定要素の排除の為に妃円屋敷の調査に来ていた。

 王族を守る親衛隊、城下町を守る都市守備隊、腕に覚えのある民間人から作られた義勇兵軍を蹴散らした後なので他に自分達を脅かす存在は城下町にいないというのが彼等の認識であったが、それでも広い妃円屋敷を一部屋ずつ確実に、部屋の隅々にまで目を光らせていく。

 であれば、彼等がチキンボーの囚われた檻を見つけるのは当然の戦果と言えるだろう。

 

「ん。おい、中に何かいるぞ。わんわん、じゃなくて、リスの死体みたいだな」

「何でこんなところにリスの死体があるんだよ。誰かに飼われてたのか?」「――――誰かいるんですか!?」「うわっ! 生きてた!?」

 

 来訪者の声を聞いて飛び跳ねるように身体を起こすチキンボー。

 

「誰かは分かりませんが、お願いします! ボクをここから出してください!」

「どうする?」「檻の鍵はこれか。待ってろよ、いま外に出してやからな」

「おい、勝手な行動をしてるんじゃない」

「いいじゃないか、見逃してくれよ。ちょっと経験値を稼ぐくらい」「ギャ―――!!」

 

 檻の鍵を見つけてチキンボーを解放したヘルマン兵はその手でチキンボーを斬り殺した。

 モンスターを倒して経験値を得られた無邪気に笑うヘルマン兵。任務中だというのに冗談を言う同僚に呆れ顔を返す他のヘルマン兵達。そんな談笑の裏でこっそり生き返ったチキンボーは気付かれないように忍び足で『いかの間』を出た。

 途中、別のヘルマン軍の部隊に見つかり、殺されたが、生き返って、走る。それを何度か繰り返すことでチキンボーはとうとう妃円屋敷からの脱出に成功した。

 リーザス城下町はヘルマン軍に制圧されているので屋敷内と同様にヘルマン兵が町中を巡回しているのだが、それでも屋敷の中と町の中では、全長50cm程度しかない小さな身体を隠せる場所の数は段違いに多いので、容易くヘルマン兵の目を潜り抜けて移動を続ける。

 とりあえず、何となく、嫌な思い出の場所でしかない妃円屋敷から離れて、立派な白煉瓦の壁の建物、恐らく学園と思われる場所で身を隠しながら、チキンボーはようやく腰を下ろした。

 

「何でヘルマンの兵隊さんがリーザス王国にいるんだろう。それに、あれは一体」

 

 妃円屋敷で囚われていたチキンボーにリーザス王国がヘルマン共和国の侵攻を受けて陥落していたなど知る由も無い。そして懸念はもう一つ、ひっそりと佇んでいるが、誰もが目を剥いてしまうであろう、天を突くように巨大な黄金の塊・ゴールデンハニーの存在。

 ルドラサウム大陸に生息するハニワ型の不思議な生物・ハニーの変異種で、モンスターのように何処にでも出現するものではない。それが何故、町の中にいるのかさっぱり分からない。

 

 しかし、分からない事だらけでも、チキンボーが心に決めているのは『人助け』だけだった。

 全てを解決するなんて大それた真似は出来ないかもしれないけれど、先ず目先の困っている人々を助ける。助け続ける。それが必ず良い結果に繋がるはずだと信じている。

 決意を固めていると背後から物音が聞こえたような気がして、何となく振り返ると、紫の髪に赤い忍者装束を身に纏った、見たことのある少女が忍刀を構えてすぐ傍にまで忍び寄っていた。

  

「あーっ! ボクを誘拐した女忍者さん!」「えぇっ!? ………あっ! あの時のリスくん! なんでこんなところにいるの!?」「なんだなんだ。かなみの知り合いリスなのか」

 

 かなみと呼ばれた女忍者の後方から、建物の影に隠れて様子を窺っていたらしい、緑の服に白いマントの男と、ピンク色のもここもヘアーが特徴的な少女の二人が顔を出す。

 

「前にあんたがこの町にやってきた時くらいに、リア様の命令でこの子を捕まえたのよ」

「つまりこのリスもあの連続誘拐事件の被害者みたいなものか、誘拐犯」

「ぐっ……、まぁそうだけど。でも、この子のことはすっかり忘れてたわ………あれっ? 確か新品の頑丈な檻に閉じ込めたはずなんだけど、どうやって抜け出してきたんだろ」

「この子、どうなさいますか? 襲ってくる様子は無いみたいですけど」

「かなみさん、でしたっけ? えっと、ボクを誘拐したことは忘れますから、何でリーザス王国にヘルマンの兵隊さんがいるのか、それで貴方達はここで何をしているのか教えてくれませんか」

「ごめんなさい、今それを説明している時間は私達には無いの。リスくんはここで隠れてて。絶対に後で迎えに来るから。それと、もしもヘルマン軍に捕まっても私達のことは喋らないで。勝手な事を言っているのは分かってるけど今はそれで納得して欲しい」

「まどろっこしい。要はこうすればいいんだ、とりゃー!」「ギャ―――!!」

 

 ざくっっっ。チキンボーは死んだ。

 

「ちょっ、あんた何やってんの!?」「ふん、モンスターなぞさっさと死んで人間様の経験値になればいいのだ」「でも可哀想ですよ。大人しい子だったのに」「やかましい。ほれ、さっさとリアを助けに行くぞ」「うぅぅ………。ごめんなさい、本当にごめんなさい」

 

 かなみと緑の男とモコモコヘアーの少女は、土の下に隠されていた鉄の蓋を開け、王族と極一部の関係者のみが知るリーザス城内部へと繋がる下水道へと降りた。

 少し遅れて蘇生したチキンボーも頑張って鉄の蓋を持ち上げ、僅かに出来た隙間に無理やり身体を捻じ込み下水道へと転がり落ちる。事情は分からないが、かなみは何かに困っている様子だったからそれを助ける為だ。

 受け身を取れず思い切り地面に打ち付けてしまった後頭部をさすりつつ、チキンボーは下水道内をキョロキョロと見回す。三人は既に大きく前に進んでいるのか姿は見えない。

 

 三人の後を追うチキンボーであったがその歩みは非常に遅かった。

 単純にリスと人間の体格の差から生まれる歩幅の差と、どうやらこの下水道に棲むモンスター達はリスのチキンボーを縄張りを荒らす外敵と見なしたらしく、襲い掛かってきたからだ。

 下水道では隠れてやり過ごすことも出来ず、追い掛けられ殺されて、生き返って追い掛けられ殺されて、生き返って追い掛けられ殺されて、地上では最悪の魔王が封印から解かれ、生き返って追い掛けれて殺されて、逃げずに殺されて生き返って前に進み、殺されて生き返って前に進む。

 

「あ」

 

 ざぷん、と下水が大きく跳ねたかと思えば、飛沫と共に飛び上がったさかなモンスターがチキンボーを丸呑みにし、口の中の悲鳴を無視して咀嚼しながら下水に戻り水面下へ姿を消した。

 少し経ってから浮かび上がってきたチキンボーは、わんわん掻きで足場まで戻り、全身に纏わりついた下水を落とそうと大きな身震いをする。すると突然、綺麗なタオルを差し出された。

 

「うー……自慢のモフモフが……まだ臭うかな……」

「大丈夫かね、小さき者よ! 良ければこれを使ってくれたまえ!!」

「あ、ありがとうございます。ごしごし、ふきふき…………どちら様ですかっ!?」

「尋ねられたなら答えよう! 私の名はミ・ロードリング! 女神ALICE様の忠実なる下僕!」

「はぁ。そんな人が、どうしてこんなところに」

「分からぬ! 迷った! だがこれもALICE様に課せられた試練なのだ! 必ず乗り越えてみせる!」

「そうなんですか。えっと、頑張ってくださいね。このタオルはいつか洗ってお返しします」

「いや、そのタオルは返さなくとも『みーくんみーくん。他人の優しさを受け入れるのも優しさだぞ☆』おおおぉ、仰る通りですALICE様! ではいつか必ず受け取ろう! 『でも無理に返そうとしなくていいからね』 ではっ、さらばだ―――っっ!!」

 

 金髪の女の子人形を脇に抱えた神父のような男は、叫びながらどこかへ走り去っていった。

 声は大きし意味不明だし何故か腹話術を始めるしハゲてるし、変な人だが、下水で汚れていてもタオルを渡してくれるのだから、きっと良い人なんだろうと思うチキンボーであった。

 タオルを体毛の中に収めたチキンボーは再び歩き始め、何とか出口と思われる階段を見つけて駆け上ると、石造りの壁に幾つもの檻が並んだ牢獄に辿り着いた。さらに進んで扉を押し開けると、煌びやかなシャンデリアが真っ赤な絨毯を照らす、何とも豪奢な場所に出た。

 リーザス城の中だろうか。モンスターはいないようだが次は人間に追われないように、柱の影や椅子の下などに隠れながら慎重に、学園で出会ったあの三人を探すチキンボー。

 城の中は騒がしいが、騒いでいるのはヘルマン兵達でなく、このリーザス王国本来の住人であるリーザス兵達で、喋っている内容も、負傷者の具合の確認だったり物資の運搬の連絡だったりと、大きな戦いが終わって、その後始末をしている様子だった。

 

 無数の叫び声が重なり合った大合唱が外から飛び込んできて城内に響き渡る。

 驚いて柱の影から身を乗り出したチキンボーは、後方からやってきた集団に気付かなかった。

 

「えっ……えっ――――っ!? ななななな、なんで!?」「あ、あれ? あのリスくんって確か………」「はっ? ………いやいや、何でここにいるんだ」

「あっ。かなみさん! やっと見つけました!」

「かなみ。このリス、なに? 貴方を探してたみたいだけど」

「は、はい、リア様。知り合いというか何と言うか………、えーっと、その、一悶着あってランスが殺してしまったのですが………」

「生きていますね。それと、どうやってこの城に入ってきたのか」

「かなみさん達の後を追って下水道を通ってきました」

「………かなみ」「下水道の道は限られた者しか使わせてはならないと教えましたよね?」

「確かに死んでいたんです! ランスだってこの子を剣で刺したの覚えてるでしょ!?」

「あ、それはボクが「もう一回死ね――――っ!!」ギャァァァァ――――――!!!!」

 

 ざくっっ。チキンボーは死んだ。しかし再び立ち上がった。

 ざくっっ。チキンボーは死んだ。しかし再び立ち上がった。

 ざくっっ。チキンボーは死んだ。しかし再び立ち上がった。

 ざくっ。ざくっ。ざくっ。ざくっ。ざくざくっ。ざくざくっ。ざくざくざくざくっ。ざくざくざくざくっ。ざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくっ。しかし再び立ち上がった。

 疲労で剣を振る手を止めてしまったランスはその手に握る禍々しい漆黒の剣を怒鳴りつける。

 

「ぜーはー、ぜーはー、ぜーはー………おい、駄剣! 貴様、世界最強の魔剣だとか抜かしておきながらリス一匹殺せんとはどういうことだ!」

「そんなの儂が聞きたいんだけども。お前さん、本当にリスか? 何か変なもの混ざってない?」

「詳しい原理はボクも知らないんですけど、リスの進化能力が暴走してるとかで、魔王でもボクを殺せませんよ。って剣が喋った!?」

「魔王でも殺せないなんてそんなのあり!? 儂の方がビックリじゃわい!」

「人間になったリスの次は死なないリス……もう何でもありね……リスって……」

「………ねぇ、リスくん。リア達、今すっっっごく困ってて、にゃんにゃんの手でも借りたいくらいなの。だから、リア達のお手伝いをしてくれないかな?」

 

 ヘルマン軍は魔人達の手を借りてリーザス王国の侵攻を成功させた。しかしそれはリーザス城に封印されていた魔王ジルを復活させるという魔人達の計画の隠れ蓑に過ぎなかった。

 魔人達の計画通り魔王ジルは復活した。だが同時に封印の楔であり魔王と魔人が持つ特性・あらゆる攻撃を弾く無敵結界を破壊する事が出来る魔剣・カオスもまた復活した。

 ランス達一行はリーザス王国を守る為、カオスという希望を手に、未だ各所で抵抗を続けるヘルマン軍の残党と姿を見せない魔王達と戦っているのだとチキンボーは説明を受けた。

 

「ジルが……、分かりました。喜んでお手伝いします! 何でも言ってください!」

「役に立つのかこれ」「死なないし盾代わりにはなるでしょ」

 

 不死身の人助けリス・チキンボーが仲間になった!

 



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リス03-魔剣カオス-

カオスの設定にはオリジナルを加えております


 ヘルマン軍によるリーザス城制圧から始まった戦争は、終局を迎えようとしていた。

 初手で王女を捕らえ、圧倒的に優勢な状況にあったヘルマン軍であったが、リーザス解放軍の予想以上の抵抗と、才知に富み天に愛された英雄・ランスの活躍によって勝者と敗者の座は逆転し、現在のヘルマン軍は魔王と魔人達のついでに処理される程度の存在となっていた。

 しかし、人知を超えた魔の者に比べれば脅威の度は大きく落ちる、というだけであって、自国内に屯する敵国の軍隊を放置していい訳も無く、ヘルマン兵の残党達はリーザス城の非常に広い中庭に陣取った為、リーザス解放軍改めリーザス王国正規軍、そして英雄ランスとその仲間達は中庭の制圧に向かっていた。

 

「ランスボール!」「うわぁぁぁああああっっ!!」「うわっ! な、なんだ!?」

「隙あり! 死ねーっ!!」「「ギャァァァァアア―――――!!!!」」

 

 ランスは投げつけたチキンボー諸共、ヘルマン兵を真っ二つに切り裂いた。

 左半身と右半身を分かった、文字通りの『真っ二つ』である。ランスに振るわれた魔剣カオスの漆黒の刃は、ヘルマン兵の頑強な肉体と黒鉄の装甲を、紙でも切るかのように切り裂いていた。

 

「しっかし、人間が国を持って、戦争なんかやってるとはのー。儂が人間だった頃には考えられん時代じゃわい」

「カオスさんって元は人間だったんですか?」

「そうよ、ピンクちゃん。今も超クールな魔剣だけども人間だった頃はどんなカワイ子ちゃんのハートだって盗めるダンディシーフ・カオス様だったのよ」

「こんな下品でスケベな駄剣の元の姿なんて、バカ面で汚いおっさんに決まっている」

「酷い! まぁ、馬鹿だったことは否定せんが………おっと。心の友、次来るぞ」「えぇい、次から次へと鬱陶しい! ランスボール!」「「ギャァァァアアア―――!!!」」

 

 既に勝敗は決している。ヘルマン軍の大半は敗走して散り散りになり、名目上の旗頭のパットン皇子は行方不明、実質的な総指揮官のトーマ将軍は戦死と、彼らは戦う理由すら失っている。

 中庭での戦いは、リーザス軍にもヘルマン軍にも無意味なもののはずだが、そこには魔人の影が踊っていた。魔人アイゼルとその配下である三人の使徒は、ヘルマン軍の残党達を洗脳し、復活したばかりで本調子ではない魔王ジルの為の時間稼ぎと、無敵結界を持つ自分達にとって唯一の脅威である魔剣カオスの奪取を命じていたのだ。

 

「しくしく……。確かに何でもするって言いましたけど、こんな扱いを受けるなんて」 

「うぅ……、本当にごめんなさい、チキンボーくん。痛いの痛いのーーー」

「あ、他の方々を回復してあげてください。シィルさんのお気持ちだけ有難く頂戴しますので」

「ん? 心の友。なんか赤いホクロがついとるぞ」「あん? なんだいきなり」

「――――!! ランス! 逃げて!」「よけなさい、馬鹿ッ……!」

「なんだと……ランスシールド!」「ギャァアアアアア――――――ッッ!!!」

 

 咄嗟にランスが赤い斑点にチキンボーを翳した瞬間、チキンボーは爆発四散した。

 それを成したのは魔人アイゼルの使徒宝石三姉妹の一人、ガーネットである。紅の宝石の名の通りの赤い髪に、何故か胸が剥き出しの服を着ており、赤い光が通過した物質を内部から爆発させる高度な魔法『紅色破壊光線』の使い手である。

 赤い光線が当たれば爆発させられる凶悪な攻撃魔法と、その他様々な魔法に加え、魔人の使徒となったことで身体能力は人間以上に引き上げられているので、遠近共に隙の無い強敵――――のはずだった。

 

「ギャァァ――!」「ギャァァ――!」「ギャァァ――!」「ギャァァ――!」「ギャァァ――!」「ギャァァ――!」「ギャァァ――!」「ギャァァ――!」「ギャァァ―――!」「ギャァァ――!」「ギャァァ――!」「ギャァァ――!」

「……っ! おいっ! お前、可愛いリスを何度も盾にして良心は痛まないのか!」

「手に掛けているのはお前だろーに」「殺しても殺しても生き返るって何か自信失っちゃうよね。相手は使徒だけど、儂、ちょっと同情しちゃう」

 

 必殺技を封じられ、幾つもの戦場を踏み越えてきたランス達に追い込まれるガーネット。

 仲間達が作った一瞬の好機を見計らい、助走を付けて魔剣カオスの柄をガーネットの腹部に叩き込もうとしたランスであったが、そこに金髪の美青年・魔人アイゼルが割って入った。

 

「アイゼル……様……」「使徒である貴方が人間にここまで追い込まれるとは、随分とおかしな事になっていますね」

「けっ。わざわざぶっ殺されに来たのか、顔だけ野郎」

「黒毛で不死身のリス………、成程。貴方がケッセルリンクの言っていたチキンボー、ですか」

「あれ。アイゼルさん、ケッセルリンクと知り合いなんですか?」

「今は敵対していますがね。そして、魔剣カオス。まさか自分の意思を持っていたとは。ガイは由来不明の魔剣だと言っていたというのに」

「はんっ、そんなのジルをぶっ殺す為の方便よ。切り札の秘密をベラベラ喋る馬鹿はおらん」

「ガイは初めから………、ジル様の寵愛を受けて尚、裏切るつもりでいたと?」

「ジルに味方はいない。それはお前の方がよく分かってるんじゃないか、えぇ、アイゼルよ」

「………貴方を安全な場所に連れていきます。いいですね、ガーネット」「うぅ……。ごめんなさい、アイゼル様………」

 

 ガーネットを抱きかかえたアイゼルは、一瞬、ランスの仲間の魔法使いの少女、魔想 志津香の方へ意味深な視線を向けたかと思えば、突き出した片手から妖しい光を解き放って、ランス一行の視界を奪ったその一瞬後に姿を消していた。

 

「逃げおったか。だが奴はジルの為に時間を稼がなきゃならんはずだ」

「つまり中庭から離れられんということか。追うぞ、お前ら」

「……………」「志津香も行くぞ。着いてこい」

「っ……! 行くわよ、当たり前でしょ……いちいち呼ばなくてもいいわよ」「ふん……」

 

 アイゼルが志津香に視線を送った理由、それに対して志津香が訳有り気に黙った意味を、ランスは見逃さなかった。中庭を進んで行った先で、植え込みにもたれかかっていたアイゼルを発見したランスは、戦う前に志津香にアイゼルとの関係を揶揄、挑発。

 挑発に乗った志津香はランスが提案した『志津香に惚れているだろうアイゼルに全裸で迫って隙を作る』という作戦を実行してしまい、ランスの予想通り、動揺したアイゼルは背後から忍び寄るランスに気付くことが出来ず、無防備になった背中を魔剣カオスに貫かれてしまう。

 それでも魔人としての矜持を振り絞って戦いに臨むアイゼルであったが、やはり先に受けた大ダメージが原因で思うように戦えず、しかし憎悪や後悔は全く見せず、ランス達に倒された。

 

 アイゼルが倒されたことで洗脳が解れ、中庭で戦っていたヘルマン兵の残党達は次々に武器を投げ捨てていき、ヘルマン共和国軍のリーザス王国侵攻は完全な失敗として終結する。

 残る敵は復活した魔王ジルと、ジルの復活を企てて、パットン皇子を唆した、今回の戦争の黒幕と言える魔人ノス。アイゼルが倒されたことを察知して荒ぶる膨大な魔力が、魔王ジルがリーザス城の二階にいることを雄弁に物語っていた。

 ランス達は戦後の事務処理は一旦後回しにして、魔人ノスと魔王ジルの討伐を最後の決戦とし、各自の準備を兼ねた一時休息を済ませ、リーザス城二階へと上り始める。二階に足を踏み入れた瞬間、魔王の力の洗礼がランス達一行を出迎えた。

 

「これ、は……っ、うぐっ……!」「あ、だ、大丈夫ですか?」「ひどく淀んで……禍々しい、この圧力……神官には辛いかもね……」

「オレみたいな不信心者でも、こりゃ気分悪くなるぜ。……平気か、ミル」「うぷっ……うぐ……へ、へい、き……か、帰ったり、しないからね……」

「ガキンチョが無理しやがって」

「おへその少し下を、指で抑えながら呼吸してみて。それで少し楽になると思う」「リスさんのおへそってどこにあるの?」「………、………、………、どこなんだろうね?」

 

 邪悪な魔力の重圧によって体調を崩していく面々の中で、魔剣カオスに守られているランスと、何故かチキンボーだけは平気な様子だった。

 

「おい、リス。お前は平気なのか」「全然平気ですよ! ぴょんぴょん!」

「なら先頭を歩け。この辺りにもモンスターはいるみたいだからな」「が、頑張ります……」

「チキンボーくんって、魔人なのかな。アイゼルも、あの子のこと知ってたみたいだし」

「いや、あのリスは魔人じゃない、それは斬った儂が断言する。だけども封印が施されていた」

「封印?」「めちゃくちゃ複雑で素人目でも解いたらヤバいって分かるような奴」「それって、つまり」「おい、何をしている。さっさと進むぞ」「あーん、待ってよー、ダーリン!」

 

 魔王ジルの復活を察知して集まった手強い魔物達を倒しながらランス一行は進む。途中、行く手にある柱の傍に、何か平べったいものが捨てられていた。罠かもしれないと一行は足を止めて、忍びである見当かなみが慎重にその物体に近寄る。

 

「う………っ」「おーい、どうした」「危険はないわ。けどこれ……生きてる、の……?」「はあ? それ、人なのか? っと、おおっ!」

「これ、は…………」「………治せる?」「いいえ、これはもう………っ、神よ」「なんだなんだ、どうした。うげっ………!」「っ! 絶対に見るんじゃないよ、ミル!」

 

 AL教のシスター、セル・カーチゴルフ(略称)が青ざめた顔をして物体に駆け寄った。

 それは、人間。いや元は人間だった、と言うべきモノ。骨と皮と内臓だけに成り果てて、呼吸をする度に衰弱していくような、奇妙な皮袋。歴戦の冒険者であるランスでさえ一瞬、喉を詰まらせてしまう程に惨たらしい、恐らくは女の子の、末路だった。

 

「…………っ、ぁ………………」

「生きてる、わね……生きているだけ、だけど………」「ジルの仕業だな。人間の血から、生命力を吸っていやがる」

「……何とかしてやれないか?」「無理です……ヒーリングでも、こういうのは……」「介錯してやれ、心の友」「待って。リーザスの人間なら私達が責を負うべきよ。……かなみ」「御意」

「脅かすつもりはないが、ジルが魔王として世界を支配していた頃は全ての人間がこういう扱いを受けておった。人間は魔物の玩具、殺す以外は何をしてもいい、とな。魔人もそれに従った」

「………アイゼルも?」「例外は無い。儂の前の持ち主で魔族の殲滅を目指していた男も、魔王が魔王でいられるとされる一千年を過ぎるまではジルの下僕に成り下がっていたからな」

「駄剣の昔話なぞどうでもいい。さっさと行くぞ」「あっ、ランス様………」

 

 一行は前に進む。立ち塞がる魔物を倒し、見掛けた皮袋を処理しながら。そしてリーザス城二階の最奥、普段は式典などの催し事に利用されている大広間に、真っ黒な袈裟で身を包んだ大柄の老人、魔人ノスが広間の奥にいる何かを見つめたまま静かに佇んでいた。

 

「………カオスか」「見つけたぞ、じじい」「クカカカカ……、人の寝込みを襲ってくれるとは。やってくれたじゃねぇか、ノス」

「消えよ、ジル様はお食事中だ」「呼んでこい。この超英雄のランス様がお仕置きしてやる」

「クッ、クク……。なまくらが目を覚ましたのが然様に心強いか。ならば、もう一度、砕いてくれよう。否、次は消滅させてくれるわ。貴様が在るというだけで我慢がならん」

「愛しのジル様をガイに寝取られたヘタレ野郎がよく吠えるわ」「一匹は死んだ、次はお前だ。あの世で俺様の勇姿でも語り合うんだな!」

「くく、ふふふははははは! アイゼルと一緒にするとはな、力量を推し量る事も出来んか!」

「気を付けろよ、心の友。実際に奴はアイゼルよりも格上の魔人だ」「五百年以上も昔に、十五人の魔人と、リーザス建国以前に存在したとされる人類統一国家との戦争で、特に魔人ノスは猛威を振るったと言い伝えられております。お気を付けを」

「俺様の前では等しく経験値だ! 死ね! ランスボール!」「ギャァァァアア――――!!!」

 

 ランスと魔剣カオスによってノスの無敵結界が破壊された瞬間、全人類の尊厳を賭けた戦いが、幕を切って落とされた。

 リーザス王国指折りの戦士達がノスに斬り掛かり、呼吸を合わせて爆炎を起こす攻撃魔法と、火薬を発射する特殊兵器チューリップ1号が文字通り火を吹く。黒袈裟を焼かれ、土色の筋骨隆々とした肉体の上に、岩の鱗をびっしりと全身に覆わせた、ノスの異形の姿が晒された。

 その姿は張りぼてや虚仮威しなどではなく、あらゆる攻撃魔法や、発射された火薬が引き起こす

爆発をモノともせず、岩の鱗の僅かな隙間を縫った達人級の斬撃すらも、頑強過ぎる筋肉に、掠り傷のような痕を残すことしか出来ない。

 

 これこそが魔人ノスの力。アイゼルが洗脳能力を武器とするなら、ノスの武器は無敵結界に頼らずとも圧倒的な防御力を誇る自分自身の肉体だ。

 現代において最強の魔人とされる魔人ケイブリス、先代魔王ガイの娘である魔人ホーネット、例えこの二体が力を合わせたとしてもノスに大ダメージを与えるのは困難で、であれば魔人よりも遥かに力の劣る人間の攻撃など無意味なはずだった――――魔剣カオスさえいなければ。

 

 一体どのような素材で出来ていると言うのか、魔剣カオスの刃は岩の鱗すら切り裂くので、ノスはランスの攻撃に対しては不得意な回避行動に専念せざるえなかった。

 その事実にノスの心は激しく苛立つ。敬愛するジルを封印していた憎き剣にして、ジルの寵愛を受けながらも裏切った魔王ガイの帯剣と因縁深い相手ではあったが、千年の時を経て自身の天敵として立ち塞がることになるとは、ここまで来ると呪いのような宿命を感じざるえない。

 だがしかし、どこかの小娘のように無様を晒さないよう自らを戒めて、ノスは行動に出る。

 

「死ねっ!」「ハァッ!」「――――甘いわっ!」

 

 ランスの攻撃を紙一重で避けて赤い鎧の剣士の剣を拳で防いだ後、先に赤い鎧の剣士を裏拳打ちで弾き飛ばす。次はランスに襲い掛かる、ように見せかけて大きく方向転換して走り出した。

 戦闘とは敵の肉体を打ち砕くだけでなく、敵の心を折ることもまた有効である。

 魔剣カオスの担い手であるランスの心への有効打としてノスは、戦闘が始まってから常にランスがノスから庇うように背を預けていた、桃色の髪の魔法使いに狙いを付けた。

 魔法や飛び道具の迎撃を無視してシィルに向かって一直線に突進する、ノス。それに気付いたシィルは顔を青くして逃げようとするが、か弱い魔法使いの女の子が体力自慢の魔人から逃げ切れるはずもなく、悲劇が起きてしまうと誰もが想像した中で、ランスだけは違った。

 

「ランスボール二号―――――!!!」「にょわあああああぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!??」

 

 ランスは魔剣カオスを投げた。投げられた魔剣カオスは情けない悲鳴を上げながらも空気を切り裂き、矢や攻撃魔法と殆ど変わらない速度で、引き寄せられるようにノスの胸を刺し貫いた。

 

「グゥッッ……!? な、んだと……っ!?」「甘いのはお前さんよ、ノス。まさか儂がよく斬れるだけの剣だと思ってたのか」

 

 魔剣カオスの正体、それは『魔人に恋人を殺された盗賊カオスの憎悪』である。怨霊に近しい存在で、復讐の願いを聞き届けた神によって剣の形にされて物理的な干渉能力を得たものだ。

 その刃は必殺の念そのもので、魔人がどのような防御手段を用意しようと必ず魔人の肉体を切り裂いて、投げられれば憎悪が因果を捻じ曲げて必中必殺の呪いになる。

 呪いのような、というノスの感想は実は正確に魔剣カオスの本質を言い当てていたのだ。まさか魔剣カオスの誕生に神という存在が関わっていたなど想像出来るはずもなく、理不尽な神の戯れを前に、ノスは思わず身体を硬直させてしまう。

 

「カオス……ッ! 貴様ァァァッッ……!」「死ね! 化け物じじい! ランスアタ―――ック!!」

 

 魔剣カオスを押し抜こうとしたノスであったがそれよりも早くランスの必殺技が炸裂した。



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