バイパーゼロin明華~ガーリー・エアフォース・アポクリファ~ (フリッカー)
しおりを挟む
ALT.01 明華が死んだ!?バイパーゼロも死んだ!?
「……ねえ、バイト行かないの?」
俺は、明華が一瞬何を言ってるのかわからなかった。
「何言ってんだよ。こんな時にバイトなんか行ってる場合じゃないだろ」
「こんな時だからでしょ!? 放っておいていいの!? 見てよあれ!」
指差した明華に釣られる形で、空を見上げる。
俺達のすぐ上で、ザイと紫色のドーターが戦っている。
そうだ、今はどういう訳か小松上空は戦闘の真っ最中。
今、道路にいるのは俺と明華だけ。
こんな非常事態に、長居は無用。家に向かって置いてきた忘れ物を見つけたら、すぐに避難する予定だった。
そんな時に、バイトの事なんか気にする人なんて、普通いない。
……そう。
たったひとつの可能性を除けば。
「な、何訳わからない事言ってんだよ、明華──」
「わからないならはっきり言うわ。慧って、あたしに内緒でザイと戦ってたんでしょ?」
明華に、俺が小松でしていた事がバレていた。
どうして。
なんで。
最初に思ったのは、そんな動揺だった。
明華が航空学生になる事に反対していたから、隠していた事なのに。
「なんで、それを──」
「薄々変だと思ってたけどね、この間かかってきた電話で偶然知っちゃった。なんで隠してたのかは聞かないどくけど──なら今の状況も、平気でいられる訳? トラブルのせいにして行かないかもしれないとか言ってる場合じゃないんじゃないの?」
俺を射抜く明華の目が、なんで戦わないのか、と俺に問いかけてくる。
そう。
俺は、真実を知ってしまった。
俺が何十回ものループを繰り返して、ザイと戦ってきた事。
いや、正確にはループに巻き込まれて、というか──
「……ダメなんだ」
「え?」
「普通にザイと戦っても、根本的な解決にはならないんだ。本当にザイに打ち勝つためには理不尽な犠牲が必要で、それでも解決と言えるかは微妙なものでしかならなくて……」
ザイを完全に消し去る事はできない。
どんなに破壊した所で、それはあくまでアバターだけを破壊しているようなもので、ザイという存在そのものには何も影響がない。また新しいアバターを用意すればいいだけ。
しかも、ザイはこの世からは観測できない世界からエネルギーを得ているから、補給線を絶って行動不能にする事もできない。
だから、巻き戻す。
ザイが存在する以前の状態に、世界をリセットする。
そのボタンを押す役目を担わされたのが──グリペン。
俺が大切にしたいと思った、深紅のドーターの魂。
彼女は、何回も俺と出会って共に戦い、恋人になる所まで行ったのに、最後はリセットボタンを押す事しか選べない。
行く所まで行ったら、最後はリセットボタンを押して出会う所からやり直し。
それが、何十回と繰り返されてきた、ザイとの戦い。
なら、俺が今までしてきた事って、一体何だったんだって話だ。
どんなに進めても、永久にクリアできずやり直すしかないテレビゲームみたいな世界。
グリペンに、その中から抜け出す術はない。
なら──
「だから、辞めたんだ。そんな理不尽な方法でしか世界を救えないって言うなら、いっそこんな世界なんて滅びちまえばいいって──」
白状していた俺は、なぜか笑っていた。
苦笑いって奴か。
こういう時になると、人って返って笑ってしまうものなのかな、と思っていると。
「……何それ。つまりあたしに死んでくれって事?」
明華の冷たい問いに、俺は動揺した。
明華はうつむいていて、表情が見えない。
「いや──ち、違う!」
「だってそうじゃない! 頼むから俺と一緒に死んでくれ、って事でしょ! そんなの、サイコパスな犯罪者みたいじゃない!」
明華の声が感情を帯びる。
「そうじゃない! そ、そうだ、明華とどこかに逃げるんだ! そうして──」
「そんなの嫌! 滅びた世界で慧と二人っきりで、ザイに怯えながら生きるなんて!」
「だから、そんな事言ってないだろ!?」
「言ってる! どうして、どうしてそんな簡単に諦められるの!?」
「諦めるも何も、もう方法がないんだから仕方がな──」
俺が言い終わる前に、頬に痛みが走った。
ぶたれた。
俺の頭の中を、真っ白にするほどの威力。
呆然と明華を見ると、俺を見上げるその顔は怒っていた。
目から、何かが零れているのが見える。
「
心底失望したとばかりに吐き捨てられた。
その肩は、僅かに震えている。
その様は、なぜか俺の心に妙に刺さるものがあった。
「……慧はさ、何のためにザイと戦ってたの?」
「何の、ため?」
その問いに、俺は答えられなかった。
俺がザイと戦っている理由。
それは、家族を殺したザイに復讐するため。
だけど。
「意地でも守りたいものとか、ないの……? それがあれば、諦められる訳ないんじゃないの……?」
俺が守りたいもの。
それって、俺にあるのか?
「それ、は──」
迷っていると、何かの爆音がする事に気付く。
それは、だんだん大きくなっているように感じた直後。
「慧っ!」
明華の声と共に、いきなり突き飛ばされた。
倒れた直後、目の前で爆発が起きた。
爆風が一瞬、体を飲み込む。
立っていたら、間違いなく吹き飛ばされていた。
見れば、爆発したのは、さっきまで自分達がいた所。
ガラス細工の残骸が散らばり、燃えている。
ザイが落ちてきたんだ。
「……明華?」
そして、さっきまでいたはずの明華がいない事に気付く。
まさか。
嫌な予感が過って、残骸をよく見る。
すると、すぐに見つけられた。
残骸の下敷きになって、倒れている状態で──
「明華──!?」
「──」
上空からそれを見ていたバイパーゼロは、自分の目を疑った。
成層圏付近から飛来する新型への警戒をあざ笑うように、日本海に突如として侵入してきたザイ。
イーグルらが迎撃に向かったのだが、その内の数機が低空で小松市上空に侵入したのだ。
たまたま定期メンテナンスのために小松を訪れていたバイパーゼロが、それを迎え撃つ事になった。
那覇の切り札たるバイパーゼロならば、容易く退けてくれるだろう。
少なくとも、上からはそう期待されていた。
バイパーゼロ自身も、難しいミッションだとは思っていなかった。
だがそれは、目の前で起きた出来事で裏切られた。
息を吸うように撃墜したザイが落下していく先に、民間人がいた。
彼らを、墜落に巻き込んでしまった。
予想外の事だった。
市民の避難は完了していたと聞かされていたのに。
しかもその民間人には、見覚えのある顔が。
鳴谷慧。
グリペンと共に戦っていたが、今は訳あって離れているという少年が。
戦友を巻き込んでしまったという事実に、バイパーゼロは空で初めて「動揺」という感情を抱く。
結果それが、周囲への警戒を鈍らせた。
警報が鳴った時には、既に弾丸の雨が降り注いでいた。
「──!?」
コックピットを貫く弾丸。
走る痛み。
奪われる感覚。
自分が後ろを取られて射撃されている事に気付いた時には、既に飛行する力の大半を奪われてしまっていた。
だが、そのまま黙ってやられる訳には行かない。
相手は勢いをつけすぎたのか、追い抜いた。
その隙を突いて、ミサイルを発射。
最後の1機だった相手は、それであえなく爆散した。
戦いは終わったが、もはや小松に戻れる力はバイパーゼロに残っていなかった。
高度は落ちている。回復できない。迷っている暇はない。
バイパーゼロは、目の前に見えた広い道路を滑走路に見立て、不時着する事を決めた。
黒い煙を吹く紫のドーターは、教科書通りの胴体着陸で道路に不時着、機体をほぼ損壊させる事なく路上で停止した。
偶然にもそこは、ザイが墜落した場所──鳴谷慧を巻き込んでしまった場所の近くだった。
俺は周りで起きている轟音なんか気にせずに、明華を下敷きにしている残骸をどけていた。
それがやっと終わって、明華を仰向けにして様子を確かめる。
「おい、明華! 明華……しっかりしろっ!」
俺が揺すりながら呼びかけると、明華がすっかり弱り切った目で俺の顔を見た。
その表情は、素人の俺から見ても、一目で虫の息だとわかるものだった。
「あれ……あたし、なんでこうしちゃったかな……? さっき、いくじなしって言った、ばかりなのに……」
今まで聞いた事もないほど、弱々しい声。
それが、ますます嫌な予感を加速させる。
「もう喋るな! すぐに助けを呼ぶから! えーっと、今救急車呼んでもダメか……ああ、くそっ!」
いつになく動揺していて、どうしたらいいかわからない。
すると、俺の頬に、何かが触れた。
明華の右手だった。
その手は錆び付いた機械のようにぎこちなく、俺の頬を包む。
「慧……」
「……え?」
「あたし……やっぱり、慧の、事──」
全部言い終わる前に、明華の目が閉ざされた。
がくり、と頭が落ちる。
同時に、頬から手が力なく滑り落ちる。
「明華……? おい、明華! 明華ッ!?」
おい、冗談だろ。
どんなに揺すっても動かないなんて。
どんなに呼びかけても返事しないなんて。
「俺の事が何なんだよ!? 返事をしてくれっ!」
何度やっても結果は同じ。
明華は、動かなくなってしまった。
それは、つまり──
「そんな……そんな──っ」
あんな事を言ったのに、明華は俺を庇ってくれて、そのまま──
受け入れ難い事実が、俺の背中にのしかかってくる。
明華……お前はいい旦那さんを見つけて、結婚して、子宝にも恵まれるんじゃなかったのかよ──!?
そんな未来が、今目の前で閉ざされてしまった。
俺がアンフィジカルレイヤーで見た記憶に、こんな悲惨なものはなかった。
一体、どこをどう間違ったら、こんな事に──!?
「明華アアアアアアッ!」
気が付いたら、空に向かって叫んでいた。
目元がずぶ濡れになるのも、構わずに。
それを、どれくらい続けた頃か。
不意に俺の耳元に、固く冷たいものが触れた。
はっと振り返る。
そこには、目の前で息絶えたはずの明華がいた。
いや、明華じゃない。
「……バイパー、ゼロ?」
どこかぼんやりしているその顔は、俺には明華の姿で見えるバイパーゼロのアニマだ。
だが、その肩や腹は赤く染まっている。
そしてその背後には、煙を吹いて乗り捨てられていたドーターがあった。
まさか、あのバイパーゼロが、負けたのか……!?
そんな俺をよそに、バイパーゼロは俺にスマホを押し当ててくる。
見て、と言わんばかりに。
何かを伝えようとしているのを察した俺は、スマホを受け取って画面を見る。
『彼女は私が助ける。八代通遥に、私のコアを彼女に移植するように伝えて欲しい』
は?
何を言っているのか、俺には全くわからなかった。
コアを移植なんてどういう、と思った矢先、どす、と肉を潰すような音が聞こえた。
はっと顔を上げた途端、俺は言葉を失った。
「──っ、──!」
バイパーゼロが、自分の手を胸へ直に突き刺している。
ずぶずぶと手を胸の中へねじ込んでいく度に、彼女の体が赤く染まっていく。
そして、口から本来出てはいけない赤いものが吹き出す。
いつになく大きく見開いている目が、その痛みの尋常のなさを伝えてくる。
何のつもりなんだ。
なのに、何やってるんだ、って止める事もできなかった。
その残酷な様に、俺は思わず吐き気を感じて目を逸らし、口に手を当てていた。
ぐちゃ、と何かを引き抜く音。
見ると、血みどろになったパイパーゼロの手に、淡く輝く宝石が握られていた。
アニマのコアだ。
がくり、と力が抜けたように膝を落としたバイパーゼロは、それを明華の胸の上に置く。
その時、どこか満足したように笑んだような気がした。
だが、それも束の間。
バイパーゼロは、力なく目を閉じて、明華の隣に崩れ落ちた。
「おい、バイパーゼロ!? バイパーゼロッ!」
すっかり全身を血に染めたバイパーゼロの体は、完全に死んでいた。
自衛隊の車がやってきたのは、ちょうどその時だった。
(続く)
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
ALT.02 バイパーゼロ、ユナイテッド
アンフィジカルレイヤーにて、彼女の本質を見た。
彼女にとって、鳴谷慧はいつも身近にいた存在だった。
異国の地に慣れない彼を、親にお願いされた通りに律儀に支え続けた。
──大丈夫! 慧にはあたしがずっとついてるから!
そう。
彼女にとって、鳴谷慧はずっと側にいてくれるはずと思うほどの、大切な存在だった。
生物学的に特別な存在として。遺伝子継承のパートナーとして。
そんな彼を、彼女は身を投げ出して救った。
なんて、勇気ある少女だろう。
自分の命を犠牲にしてまで救いたいと思うほど、彼女にとって鳴谷慧の存在は大きかったのだ。
たとえそれが、永遠の別れという矛盾をはらむ事になろうとも。
それはきっと、鳴谷慧にとっても同じはず。
あれだけ動転していたのは、その証拠。
あのままでは、自立飛翔体四号の動作にも影響を与えてしまうだろう。
それだけの事を、私はしてしまった。
ほんの不注意で、私は2人を引き裂いてしまったのだ。
──私、死ぬの……? 慧に、本当の事を言えないまま……?
大丈夫。あなたの死を、鳴谷慧は望んでいない。
──あなた、は……?
私はF-2A-ANMバイパーゼロ。
あなたには、申し訳ない事をしてしまった。
私の不注意で、あなたの命を危険に晒してしまった。鳴谷慧を悲しませてしまった。
だから、私があなたを救う。
──助けて、くれるの……?
あなたの再起動には時間がかかる。
その時が来るまで、あなたの体は、私が預かる。
だから、どうか──
──なら、ひとつだけ、頼まれて。あいつを……慧を、お願い。
了解した。
かくして、2人の体は重なり合った。
バイパーゼロの本質が宋明華の肉体に宿り、溶け込んでいく。
そうして、やがて。
意識が、眠りから目覚めていく──
* * *
あれから、どれくらい経っただろう。
明華が小松基地へ担ぎ込まれ、長い長い手術の末、この病室に入ってから。
もうすっかり夜になった中で、明華が、遂に目を開けた。
「明華……! よかった……! 大丈夫か! 俺の事、わかるか?」
恥ずかしながら、泣きそうだった。
手術で一命はとりとめたものの、いつ目を覚ますのかわからない状態だったから。
明華が、ゆっくりと体を起こす。
そして、俺に顔を向けた──けど。
「鳴谷……慧」
ぽつり、とつぶやいたその顔は、どこかぼんやりしていた。
違和感を覚えた。
それは、明華のものじゃない。
そもそも、明華は俺の事をフルネームでなんか呼ばないし。
というか、明華は「あ」と何かに気付いたように声を漏らすと、自分の両手や体を見下ろして観察し始めた。
まるで、冷静な研究者のように。
自分の体に、違和感でもあるかのように。
「明──華?」
何だ? どうしちまったんだ明華?
まさか、あの時のショックで記憶をなくしたとか言わないよな? いや、俺の名前はちゃんと言えてたけどさ。
そんな時だった。
「どうやらお目覚めのようだ。あまり驚くなよ、イーグル」
あまり会いたくない人が、病室の中に入ってきた。
八代通遥。日本のアニマ全ての生みの親。
隣には、イーグルもいる。
「……あれ? あれ? 慧の家にいた人じゃん。バイパーゼロは? バイパーゼロいるんじゃないの?」
イーグルは明華を見るや否や意外そうにくりくりした目を見開くと、きょろきょろと病室を見回し始めた。
バイパーゼロを探している?
「今からそれを確かめるとするか」
すると、八代通さんがベッドの前に出た。
こんな時でも、彼は煙草を取り出してライターで火を点ける。
ふう、と白い煙を吐く。
それが、まるで深呼吸してるみたいだと思った時、
「お前はバイパーゼロか? それとも、宋明華か?」
そんな、おかした事を明華に問うた。
すると、明華は。
「私は──バイパーゼロ」
冷静に、そう答えた。
「え……?」
明華じゃなくて、バイパーゼロ? どういう事なんだ?
でも、確かにその表情はバイパーゼロのもの。
でも、バイパーゼロは明華を助けるために、死んだんじゃ──?
「え!? バイパーゼロ!? バイパーゼロなの!? どういう事!? なんで慧の家にいた人になっちゃったの!?」
イーグルは、信じられないとばかりにベッドに詰め寄って、明華の体を観察している。
「……全く、君は一体何を考えていたんだ。今回は君の意思を尊重してやったが、ザイのコアなんて異物を人間に埋め込んだら、普通拒絶反応起こしてショック死するのがオチだろうが。下手したらお前も明華さんと揃ってお陀仏になる所だったんだぞ」
そして八代通さんは、険しい表情で説教を始める。
理解が追い付かない。
八代通さんもイーグルも、明華とバイパーゼロとして接している。
「それしか方法が導き出せなかった。無謀だったのは認める」
そして、明華もまるで感情を感じさせない、コンピューターかロボットみたいな声で会話している。
その言い回しは、確かにバイパーゼロのもの。
おい。
じゃあ、明華は──
「待ってください! 一体何が、どうなってるんですか!? 明華は、一体どうなったんですか!?」
思わず、話を遮って八代通さんに聞いていた。
すると、八代通さんは、話を聞いて全てを理解できた探偵のような顔をしてタバコの煙を吐き、
「わからないのか? 今目の前にいるのは君の幼馴染じゃない。F-2Aのアニマ、バイパーゼロだ。明華さんの体に、バイパーゼロが乗り移っている感じだな」
そんな事実を告げた。
バイパーゼロが、明華に乗り移っている?
「そんな、一度死んだアニマが他の人に乗り移るなんて、できるんですか?」
「理論的には可能だ。個体という概念のないザイは、手段と目的によって姿を変えるんだろう? そもそもアニマだって、元を辿ればザイだったものだ。選ぶアバター次第で、ザイにだってアニマにだってなれる。その要領で行けば、コアさえ無事なら一度死んだアニマを蘇らせる事も理論的には可能になる。バイパーゼロはそれを証明した。バイパーゼロは、元のアバターを捨て去って、明華さんの体を新たなアバターに選んだ訳だ」
「でも、さっき拒絶反応って」
「そうだ。普通、人の体に人ならざるモノを埋め込んだら、ただで済む訳がない。本来なら新しくアニマとしての肉体を作り直すところだが、生憎今の技本にそんな余裕はなくてな、仕方なくやった訳だ。だが、どういう訳か2人の相性はよかった。なぜそうなったのかは知らんが、EGGが明華さんの脳波と同調していたんだ。ちょうど、君とグリペンのようにな。その副作用として、今まで不安定だったEGGも安定した。まるで明華さんに合わせたみたいにな。おかげで俺にもイーグルにも、明華さんの姿で見えている」
そうか。
それなら、イーグルが今も困惑しているのもわかる。
バイパーゼロは、不確かなアニマだった。
見る人の記憶をもろに受け、その姿は見た人によって変わってしまう。その本当の顔は、誰も知らない。
きっとイーグルにも、俺には知らない姿で見えていたのだろう。
それが急に変わったんだから、驚かない訳がない。
「何はともあれ、あのままでは明華さんも長くは持たなかったらしい。バイパーゼロは無事だった自らのコアを提供した事で、死にゆく明華さんを生かした訳だ」
「でも、それじゃあバイパーゼロが明華の体を乗っ取ったみたいじゃないですか。明華は、本当に生きているんですか?」
「『生きる』という言葉の定義にもよる」
すると、不意に明華──いや、バイパーゼロが話に割り込んできた。
相も変わらず、
「肉体的に見れば、宋明華は間違いなく生きている。この肉体は、回復途上だが確かに正常に動作している」
「じゃあ、明華の意識はどうなったんだ!?」
「不明。少なくとも、彼女の意識が再起動するには、しばらく時間を要する。それがいつになるかは、私にも予想できない」
何だ、それ。
それじゃあ、留守の間に家を乗っ取ったみたいなものじゃないか。
「お前……本当に明華を助けたかったのか?」
疑ってしまう。
助けるなんてのは建前で、実はやられてしまった時にたまたま都合のいい相手がいたから乗り移っただけなんじゃないかと。
「私は、宋明華の命を危険に晒してしまった」
すると。
どこか悔やむように、バイパーゼロは語った。
「私が撃墜したザイが、あなた達の所へ落ちてしまった」
え。
あの時落ちてきたザイは、バイパーゼロが撃墜したものだったのか?
確かに、撃墜した敵機がどこへ落ちるかなんて予想するのは難しい。
相手はミサイルと違って、単調な動きなんてしない。相手はまだ操縦が生きていて、不時着を試みるかもしれないから。
しかもそれを戦闘中に判断して、とっさに対応するのはまず不可能だろう。
「私の不注意だった。まだ避難していない民間人がいた事に気付いていなかった。そんな私の落ち度で、彼女を死なせたくなかった。彼女の死は鳴谷慧に、しいては自立飛翔体四号によからぬ影響を与える」
「バイパーゼロ、お前……」
そうか、バイパーゼロは知っていた。俺と明華の関係を。
他の誰でもなく、俺自身が話したから。
「私は、彼女からあなたの事を託された。鳴谷慧」
バイパーゼロは不意に俺の手を取って、迷いなく告げる。
突然の行動に、俺は驚いた。
「私が、彼女に代わってあなたを守る。それが、彼女と交わした約束だ。どうか信じて欲しい」
俺を見つめる黒い瞳。
それは、お節介な明華のものと、何も変わらなかった。
──大丈夫! 慧にはあたしがずっとついてるから!
そう、あんな事を言ってくれた時と、同じように。
ああ。
これは、俺の思い違いだったようだ。
そういえば、何だかんだ言ってお土産を渡してくれたりとか、バイパーゼロは悪い人じゃなかったし。
「バイパーゼロ……」
「……いい雰囲気になってる所悪いが、そう手放しで喜べる事じゃないぞ、バイパーゼロ」
でも、それもほんの束の間。
八代通さんの声で、現実に戻された。
見れば、その表情は、相変わらず険しい。
「ザイのコアがあるとは言っても、今の君の体は人間でしかない。君の能力は、大半が失われていると言っていいだろう」
それは、事実上の戦力外通知。
バイパーゼロの目が、僅かに見開いたのがわかった。
(続く)
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
ALT.03 サクリファイス
「……理解不能。説明を求める」
「いいか。アニマの体は、最初からアニマとして作られているからこそ、コアの力を操れる。それを持たない人間にコアの力を扱えると思うか? その身に余る力を使えば、自滅するのがオチだ」
「自滅」
「今まで通りにドーターを操縦して戦おうものなら、肉体が持たずに気絶する。グリペンに乗った鳴谷慧の事を知っているならわかるはずだ──いや、それ以前の問題か。そもそも演算能力からして人間のものになってしまったんだ。ドーターと接続しようものなら膨大な情報を処理しきれずに、『頭が爆発する』だろう」
「待ってお父様!? それって、バイパーゼロが今度ドーターに乗ったら、死んじゃうって事!?」
イーグルが、驚いて八代通さんに詰め寄る。
八代通さんはあっさりと、そうかもな、と答えた。
何だ、それ。
という事は、少しでもアニマの真似事をすれば、バイパーゼロの──いや、明華の命はないって事じゃないか。
すると、イーグルの視線が俺に向いた。
「許せない……!」
忌々しいものを見るかのような目。
ぞっとしたのも束の間、イーグルはまっすぐ俺に突っかかってきた。
「バイパーゼロを戦えなくなるくらいボロボロにしたなんて、許せない許せない許せないっ!」
「ちょ、なんで俺のせいに──!?」
「だって! 慧が今まで通り戦ってくれてたら、こんな事にならなかったでしょーっ!」
今まで通り戦ってくれてたら。
それは、俺の胸に鋭く突き刺さる言葉だった。
今まで通り戦っていたら。
もしかしたら、そもそも明華も、こんな目に遭わなかったかもしれない──
「そんな慧なんか、ザイにやられちゃえばいいんだ!」
イーグルはそう吐き捨てて、ずかずかと病室を出て行ってしまった。
八代通さんは、そんなイーグルを呼び止める事もせずに、じっと俺をにらむ。
「……そうだな、我々は今回の騒動で、貴重な切り札をひとつ失ってしまった。先の戦いで深手を負ったファントム、事実上戦力にならないグリペンも含めれば、もう半減だ」
またぞっとした。
今、日本は3機ものドーターが行動不能になっている。
使えるのは半分以下の2機だけ。
それだけで、ここに核を落とすかもしれない新型のザイを迎え撃たなきゃいけないのか……?
「だから我々とて、せっかく生き延びたバイパーゼロを肥やしにする訳にもいかない。明華さんの家族には、とりあえず娘さんは行方不明だと伝えてくれ」
「え、行方不明って──!」
「機密事項だから仕方がないだろう。しばらくここで預かるのだからな。どの道ドーターは修理しなければならんし、復帰のめどが立つまでは、そうするしかない」
復帰……?
まさか、バイパーゼロをまた戦わせるつもりなのか……?
「待ってください! バイパーゼロを戦わせるつもりなんですか?」
「何だ、誰のせいでそうなったと思っている? 嫌なら穴埋めでもしてくれるのか?」
八代通さんの言いたい事は、それだけでわかってしまった。
バイパーゼロの代わりに戦えと。
バイパーゼロを戦えなくした罪を償えと。
まるで、バイパーゼロを──いや、明華を人質に取るような言い方に、く、と怯んでしまう。
なら、と俺はバイパーゼロの気持ちを確かめようとしたが。
「私は戦闘可能レベルにまで復帰するつもりだ」
まるで先回りされたように、そう言われてしまった。
そんな、どうして。
俺は思わず、バイパーゼロの両肩を掴んでいた。
「何言ってるんだ!? 次ドーターに乗ったら死ぬかもしれないんだぞ!? せっかく助けた明華の命を、無駄にするのか!?」
「無駄にしないために、そう判断した。何もしない方が、宋明華の命を無駄にする確率が高い。あなたが戦わないのなら、猶更」
「バカ言うな! そんなの無茶だ! せっかく命を助けたなら、それをもっと大事にしないと──」
「
え。
今、なんて言った……?
あの時明華が俺に言った事と同じ事を言わなかったか……?
見れば、バイパーゼロが顔をしかめている。
それは、明華が不機嫌な時と全く同じで──
「ほら、本人もそう言っているんだ。君に止める権利はない」
話は、八代通さんに強引に止められた。
「君がどんな選択をしようと、止めはしないさ。だが、明華さんは世界の行く末を知っても君の事を、命を投げ捨ててまで守ってくれたんだろう? なら君は、そんな幼馴染にさえ及ばない腑抜けという事になるな。少し前まで最前線で戦っていたのが嘘みたいだ。まさか君は、確実に勝てる勝負しかしないタイプだったのか?」
八代通さんが挑発してくる。
でも、俺は何も言い返せない。
「なら、せいぜい未来の可能性に殺されないよう、うまく立ち回る事だな。鳴谷慧」
あざ笑うような八代通さんの言葉。
その一方で、バイパーゼロは妙に戸惑った様子で、自分の口に手を当てていた。
「今の、言葉は──?」
* * *
すっかり暗くなった基地の中、正門へ向かう。
足取りは、まるで後ろから引っ張られているかのように重い。
逃げるのか?
俺の心の奥底から、そんな声がする。
「──」
胸にぽっかり穴が開いたよう。
頭の中は、後悔ばかり。
明華はバイパーゼロに乗り移られて、不完全なアニマと化してしまった。
そんなの、俺の知らない内に改造されてしまったようなものだ。宋おじさんに、どう顔向けしたらいいんだ。
もし俺が戦い続けていたら、明華はそうならずに済んだのか? 明華を、こんな危険な世界に巻き込まずに済んだのか?
いや、これは明華だけの問題じゃない。
明華を救う代償として、力の大半を失ってしまったバイパーゼロ。
自衛隊は最強の切り札を失い、盟友のイーグルは怒った。
もし俺が戦い続けていたら、バイパーゼロはそうならずに済んだのか? こんなややこしい事が起きずに済んだのか?
得られる答えは、ただひとつ。
俺は間違っていた、という事。
世界を救わないという事は、こういう事だったという事。
俺はグリペンを救いたいあまり、幼馴染と自衛隊最強の切り札を犠牲として差し出してしまった。
釣り合う訳がない。
俺は、本当にバカだ。
俺はこんな事をしてまで、グリペンを救いたかった訳じゃない。
「──」
そういえば、グリペンに会わなかったな。
いや、瀕死状態の明華の事で頭がいっぱいだったから、気付かなかっただけかもしれない。
あいつは今、どうしてるんだろう。
電話をしても全く繋がらないし、どこでどうしているのか全くわからない。
こんな事を知ったら、失望するだろうな。
会った所で、突っぱねられるだけかもしれない。
いや、そもそも会ってどうするつもりなんだ俺は?
もう一度一緒に戦ってくれって頼むのか? グリペンにまたリセットボタンを押させるのか? え?
──まさか君は、確実に勝てる勝負しかしないタイプだったのか?
──なら、せいぜい未来の可能性に殺されないよう、うまく立ち回る事だな。
くそ。
悔しいけど、あいつの言う通りだ。
俺は、未来の可能性に尻込みしている。
何度も通った、グリペンが犠牲になる未来が、怖くてたまらない。
かと言って、一体何か正解なのかは、まるでわからない。
だから、尻込みして全く動けずにいる。
ただ──
「──」
正門を前にして、足が止まる。
今ならまだ引き返せる。
今出て行ったら、本当に後戻りできなくなる。
本当に、逃げるのか?
明華を置いて、逃げるのか?
いや、俺はそもそも。
どうしてまだ引き返せるなんて、思っているんだ?
それは──
「──っ!」
ダメだ。
このまま間違いっぱなしなんて嫌だ。
このまま逃げたら、もっと大きな間違いをしてしまいそうな気がする。
今よりもずっと、後悔しそうな気がする。
そんな未来の可能性に殺されるくらいなら、俺は──!
「──ああもうっ!」
沸き上がる感情に任せて、俺は踵を返した。
グリペンに会いに行く。
そして、謝るんだ。もう一度、一緒に戦ってくれないかって。
きっとグリペンは、簡単に許してくれはしないだろう。
乗り越えたとしても、勝機は全く見えない。
でも、バイパーゼロだって言ってたじゃないか。
何もしない方が、無駄にする確率が高いって──!
* * *
こうして俺は基地に戻って、もう一度グリペンと一緒に戦う事になった。
小松を核で狙っている新型のザイも、撃墜する事ができた。
目の前の危機は、とりあえず去った。
でも、俺の胸に開いた穴は塞がらなかった。
だって。
俺が家に帰っても、俺の事を出迎えてくれる人は、もう誰もいなくなってしまったんだから──
(続く)
目次 感想へのリンク しおりを挟む