Project:X-arc/ プロジェクト:クロス-アーク (普通の燃えないゴミ)
しおりを挟む


4月【Known However Unknown】


初めましての方は初めまして、そう出ない方は多分お久しぶりです普通の燃えないゴミです
意味不明な部分もあるかもしれませんが、うん、解説はいつかやるから許してください
友達に唆されたんだ、「俺も書いたんだからさ」って…
というわけで1話目どうぞ
あ、1話目はキリ良くする為にちょいと長いです、御理解を


 春―――それは出会いの季節。暖かな風が希望を運ぶ、桜咲く、新しい朝。

 

― ― ― ― ―

 

 2014年、4月。今年も始業式や入学式とかいう面倒な行事がやってきやがったと、黒髪ロングに左が黒、右が赤で強膜が黒いオッドアイの少年、暗城(あんじょう)涼夜(りょうや)はぼやく。病欠って事にでもしてサボっちまおうか等と考えていた時に、丁度よく玄関のチャイムが鳴り、数人の聞き慣れた声が会話するのが聞こえてきた。どうやら幼馴染の2人の少女――ケモミミの様に垂れた二房の横髪が特徴的な小柄な少女、遊崎(ゆうさき)(まこと)と、ふわふわもふもふセミロングの元気な少女、砂糖(さとう)久美(くみ)――が、迎えに来たようだ。奴らの事だ、どうせ逃がしちゃくれないんだろうと涼夜は既に諦めモードだった。

 黒のカッターシャツとスラックスに赤いネクタイという少しばかり珍しい色の制服の上に濃紺のパーカーを羽織り、自分を呼ぶ母親に返事をし、鞄を持って自室を出て階段を下りる。リビングを通り過ぎる際に2個下の小学生の妹、百合那(ゆりな)の頭を挨拶ついでに撫で、食事中なのを見て思い出したように朝食となる食パンを食卓から一つつまみ、玄関の扉を開く。

 外に待っていた真と久美も同じ色合いの制服姿だった。2人は女子である為ブラウスは黒でも同色のプリーツスカートとリボン(久美は細いネクタイ)である。真は灰色のベストに黒のハイソックス、久美は黒のブレザーでスカートが短く、こちらもハイソックスは黒。

 

「おはよ、涼。よく眠れた?」

「おっはー涼ちゃん。眠気覚ましにチューでもしてやろーか?」

「あーおはよう、真、くーちゃん。とてもよく眠れたがクソねみぃ。あとチューはよせ。いくつだと思ってんだ」

 

 互いをよく知る幼馴染みならではの冗談を交えたいつも通りの挨拶に無意識下で安らぎを覚える3人だった。

 

― ― ― ― ―

 

 涼夜達の通う朝日中学校は、とてものびのびとした自由な―――というよりは、緩々な学校である。田舎の小さな学校というのを差し置いても、それは明らかだった。

 言うまでもなくわかることであろうが、涼夜の羽織っている濃紺のパーカーは私服であるし、カッターシャツもズボンに入れていなければボタンも上2つと下1つ開けていてネクタイも緩い。久美もブラウスをスカートから出していて、第一ボタンは留めていないし、ネクタイが少し緩い。一方で真はブラウスもスカートに入れていてリボンもちゃんと襟のあたりにあるが、やはり第一ボタンは留めていない。厳しければ真でも十分注意を受けるだろうが、何度繰り返そうと注意される事はなかった。

 しかもこの格好は始業式、及び入学式があるからだ。なければ久美はブレザーは羽織らず腰に学校指定の濃い赤のジャージを巻き、ブラウスのボタンはあと2つほど外し、大きく開けている。残念ながらちゃんとした格好をしない涼夜と元からちゃんとしている真については真のスカートがズボンになる以外にほぼ変化は無い。勿論、季節によっては薄着になったり、セーターやブレザーを着ることもあるが。

 他愛のない世間話や今朝のニュース、昨晩のゲーム中のことなど取り留めのない話をしつつ、自転車を走らせること30分。朝日中学校に到着する。昇降口の掲示板にはクラス分けが張り出されていた。どうやら今回も涼夜達は1組のようだ。何故だかわからないが涼夜達は常に一緒のクラスにされる。勿論仲の良い友人達と同じクラスというのは嬉しいが、何か外から見えざる力が働いているように感じてならなかった。だからどうという事もないが。

 

「りょーうやっ」

 

 ぽすん。

 涼夜を呼ぶ可愛らしい声一つ、鞄を肩にかけていない方、左腕に、後ろから何かが包むようにぶつかる。

 

「おはよっ」

 

 赤いラインと赤いスカーフの黒いセーラー服とプリーツスカートと黒のニーハイに身を包み、黒髪ロングを頭頂部から左右に編み込みして三つ編みだけ後ろで纏めた、明るい茶色の瞳の少女―――白井(しらい)雪姫(ゆき)が、涼夜の左の二の腕に抱きついていた。体勢のせいで涼夜からはよく見えないが、その胸はセーラー服を押し上げる程に大きく実っていて、ニーハイのゴムにほんのちょっぴり肉が乗っている。簡単に言えば、程よい肉付きの美少女という訳だ。

 

「おー、雪姫ちゃんじゃねぇか。おっはろー。相変わらずラブラブだなー」

「おはよー久美ちゃん。でしょー、あげないからね」

 

 絶句、という表現が正しいか。涼夜は文字通り言葉を失ってしまった。

 

「…どしたの?黙っちゃって」

 

 首を傾げて雪姫は問う。上目遣いで覗き込む仕草が涼夜の胸の突き刺さる。涼夜はそういうのが好きなのだ。

 

「あぁ、いや、何でもない。いきなり抱き着かれてちょっとびっくりしただけだよ」

「怪しい。ホントに〜?」

「本当だって…嘘吐いてどうすんだよ…」

 

 あいている右手で雪姫の頭を撫でながら、涼夜は言う。そして思う。

 

(誰だこのかわいこちゃんは)

 

 勿論顔には出さない。頭を撫でている間に、涼夜の《スキル》―――具体的な事は何もわからない、涼夜達が1人1つ持つ超能力的な何か。涼夜のものの効果は『それっぽいものをでっち上げる』―――である《似せもの造師(イマジナリー・フェイカー)》で《記憶を読み取る力》を使い、雪姫の記憶を読み取る事で名前やら何やらといった情報を取り込んだことで事なきを得はした。得はしたものの、今自分の左腕に抱きつき、手を包むように握り、朗らかに笑顔を向けてくるこの少女が一体何なのかわからない。

 急場を凌ぐために急いででっち上げたそれっぽいものでは記憶の表面部分程度しか読み取れず、また涼夜もテンパっている為にそれらの情報を上手く処理出来ていないのだった。記憶を読み取る前に自分の手が勝手に頭を撫でだしたという事も。

 

「おい」

「ほ~れ、まこっちゃん。私らは邪魔にならんようにもう行こうぜ」

「は?」

「ゴーゴー」

 

 訝しげな顔の真だったが、久美の物理的な力にはかなわず、明らかに不服といった顔で、肩を押されて教室へと運ばれて行ってしまった。

 

「私達も行こっか」

「そだな。サボりに行こうか」

「もう。ダメですよ」

 

 残念だ、とわざとらしく肩を落としながら、涼夜は歩く。

 

「なぁ、離さんの?」

「え、離さなきゃダメ?」

「別に。お好きにどうぞ」

 

 やったー。雪姫は笑顔を浮かべ、一層くっつく。さっきからずっと当たっている柔らかな感触がより強くなり、気のせいでなくなった瞬間だった。

 

(気のせいってことにしとこ。この子がその気じゃなかったらアレだし)

(気付いてないのかなぁ…?でもこれ以上はちょっとなぁ…)

 

 互いに互いの気持ちに気付いていない2人だった。

 

― ― ― ― ―

 

 始業式・入学式終了後、2年1組教室。現在はHR終了後、放課後だった。この2時間程度の中で涼夜がわかった事は4つ。

 1つ目。白井雪姫という人物は、昨日までは存在しなかった。涼夜が自らの記憶を掘り起こして確認したので間違いない。というか居たら今こうして考えてない。

 2つ目。雪姫と自分はとても仲が良いらしい。今朝の久美の発言や、他の人の反応から見ても、所謂「デキている」という認識だろう。流石にその相手に聞くのははばかられた為直接聞いてはいないが、雪姫から好意を寄せられている事は間違いないだろう。実際抱きつかれたし。

 3つ目。表層部分しか読み取れなかったが、雪姫の記憶の中には自分達が間違いなく存在した。自分達とされる情報ではなく、確かに涼夜の知っている自分達であった。勿論その記憶の中の映像や会話の情報に覚えはない。

 そして、4つ目。涼夜を含む人々の記憶には雪姫が存在する。そう、涼夜を含む。と言っても涼夜はフルネームと頭を撫でられるのが好きという事を知っているだけで、今は他には何もわからないのだが。どうやら朝勝手に口と手が動いたのもその部分の記憶だけはあったかららしい。落ち着いた今になって漸くわかった事だった。先の通り周りからはデキているという認識だったので、全員かは不明だが、少なくとも涼夜と他の間には記憶にズレがあるようだ。

 というよりも、存在自体が世界から浮いていて、尚且つ環境には馴染んでいる。

 

 『存在し得ない存在が、この世界に存在している』。

 

 あまり言いたい事ではないのだが、現状それが最も可能性が高い。ただそれだと、涼夜が感じている、雪姫の事を悪く思っていない、もっと言えば涼夜から雪姫への好意とも言える感情や、逆に負の感情を感じていない事の説明がつかず、再び頭を抱える事となる。記憶は改竄されている可能性があるのでアテにはならない。

 

「涼」

 

 ホームルームが終わっても尚席から動かず考え込んでいると、真がいつもより少し冷たい低い声で呼ぶ。涼夜は特に返事らしい返事をせずに真の方へ少し目線を動かす。

 

「いいの?このままで」

 

 要領を得ない質問。幼馴染み故の経験則なのか、はたまた状況が状況だからか、涼夜にはわかった。

 

「よくはない。が、まだ動くには早いだろ。現状何もわかってないんだ」

 

 真は気付いている。と言うか、知っている。「自分が雪姫を知らない」という事を。確かに白井雪姫という存在は記憶にあったが、自分とデキていると周囲から認識されるような人物にしては名前とピンポイントに好きな事だけなど情報が少な過ぎる。明らかに不自然だ。

 

「そう。僕はあまり、気長に待ってられないかな」

「ならどうすんだ。お前は原因を知ってんのか?」

「さぁ、さっぱりだね。けど、現状を変える程度は出来る」

「まだ改変には早いと言わなかったか?」

「でも、これ以上因果が歪む前に、元を断つべきじゃないの」

 

 元を断つ。残酷で余りにも排他的な意思だが、真の目は真っ直ぐであった。元から人一倍警戒心が強く、現在を守ろうとする真からすれば、それは恐らく正しいことであろう。

 

「その意味をわかってて言っているんだろうな」

「わかってるに決まってるじゃん。流石に今すぐにやる訳じゃないし、気は進まないよ。あくまで選択肢の1つさ。でも、最悪を想定した上で早急に手を打たなきゃ、傷付くのは僕だけじゃないよ」

 

 もし雪姫が本来存在しない存在なら。このまま雪姫が居る事に慣れてしまうと、今以上に親しくなると、いつかそのツケが回ってくるだろう。もし何かの拍子に元通りになり、かつそれまでの記憶を保持し続けてしまったら。恋人が存在しなくなれば―――その存在を無かったことにされ、弔い手を合わせる事も出来なくなれば―――きっと耐えられないだろう。

 

「だとしても。今はまだその時じゃない。軽率に動けばかえって因果律が歪んじまうかもしれねぇ。俺達の目的を忘れたか?」

「忘れやしない。いつだってその為さ」

「なら、今やることぐらい、わかるな」

「わかってる。…でも、最悪ぐらい想定しとけよ」

「………ああ」

 

 最初から真がする事自体は決まっていたのだろう。コレはあくまで、涼夜の意思と行動の確認の為だ。

 

「りょーうやっ」

 

 涼夜の首の後ろから手が回され、きゅっと身体に抱き着かれる。雪姫だった。涼夜が最後に見た時はクラスの女子数人と楽しそうに話していたはずだが、今は話していた人物は1人も居なかった。

 背中にセーラー服の若干硬い布越しの柔らかな感触が伝わる。お気付きだろうがわざとである。指摘してきたら笑ってからかってやろう、ちょっとだけ優位に立ってやろうとやっているのだが、涼夜から反応が無いので、もしふしだらな女の子だと思われてたらどうしよう、と内心少し焦っている雪姫だった。勿論涼夜はそんな事知らないしわざとだとも思っていないが。

 

「話はもういいのか?」

「うん。何かね、今どんな気分か聞かれて、「凄く幸せなんだよ」って言ったら、みんな黙っちゃって」

 

 そう言う雪姫はお腹、というか下腹部を柔らかな表情でさすっている。下腹部を、撫でるように、さすっている。

 

「なんて事を」

 

 意味わかってやってるんだろうなこの子は。涼夜は少し戦慄する。オンナノコッテコワイ。

 

「一体どういうつもり?」

「どう、って?」

「それがどういう意味かわかっててやってるんだろ。そんな嘘なんか吐いてどういうつもりだよ。大体、何でいきなり」

「真」

 

 まくし立てるように喋る真の言葉を涼夜が遮る。

 

「口の聞き方には気を付けろ」

 

 涼夜としてはただ目線を向けただけだが、明らかに睨んでいるようにしか見えなかった。目付きが悪いのは生まれつき…ではないが、仕方なかろう。

 

「ちょっと、ケンカはダメだよ?」

 

 雪姫には2人が怒っているようにも見えたのだろう。間違いとも言い切れないが、涼夜としては怒っているつもりはない。真も一応表にはあまり出さないように疑ってかかっているだけである。

 

「喧嘩なんかしてねぇよ。な、真」

「そうだよ。あぁ、ごめんね強く当たって。…今日はちょっと体調が良くないみたい。もう帰るよ。またね」

「おう」

「うん。また…」

 

 伏し目の真が教室を去る。寂しそうに獣耳が揺れていた。

 

「…何かあったの?」

 

 聞いていいのだろうか。逡巡する素振りを見せたが、やはり気になったのだろう。雪姫が尋ねた。

 

「なくはないんだが…」

 

 言うべきか、言わざるべきか。恐らく言うべきだろう。その方が後々言うよりも容易い。だが、先程真に今はまだ動くな等と言っておきながら、本当の事を言うわけにはいかない。というか真に言ったかどうかを除いても、涼夜には「お前は存在しないはずの存在だ」なんて言う勇気はない。そうだという確信もないし。

 

「言えない?」

 

 雪姫が涼夜の横の椅子に座る。とてもじゃないが全ては言えない。全ては。溜め息1つ、肩を竦めて涼夜が口を開く。

 

「なんと言えばいいのやら。…少し記憶が無くなってるっつーか…混乱?してるみたいでな」

 

 動くには早いが、このぐらいなら、いいんじゃないだろうか。

 

「記憶、が?あ、じゃあ今朝のもそれで?」

 

 突然記憶が混乱しているなどと言われれば困惑するのも無理はないだろう。涼夜も、その反応は予想の範囲内だった。

 

「ああ。多分《似たもの造師(イマジナリー・フェイカー)》で遊んでたせいだろうな」

「えっと、じゃあ、何も覚えてないの…?」

「あーいや、そこまでじゃあない。…と思うんだけど…大事な部分はすっぽり無くなったような感じ、だな」

 

 正確に言えば最初から無いので、今ある記憶の方がおかしい事になるのだが、流石にそうは言えない涼夜だった。イッツァチキンハート。

 

「わたしのことは…?」

「白井雪姫。可愛い。頭を撫でられるのが好き。可愛い。好物はココアとパフェを中心とした甘いものと、キャラもののぬいぐるみなんかの可愛いもの。可愛い。俺こと暗城涼夜に好意を寄せてる。可愛い。周囲からの認識は「デキている」。可愛い。恥ずかしがり屋だが甘えん坊なところもある。可愛い。Fカップでスリーサイズは上からはちじゅうきゅ」

「ストップストップ!待って!」

「待つ」

 

 若干不安そうな声の雪姫にほぼ箇条書きの返答をするも静止され、素直に口を閉じて待つ。頬が少しピンクっぽいが、涼夜は気にしないことにした。

 

「な、なんでスリーサイズ知ってるの?それに、カップも…。先週なったばっかなのに…。言ったっけ…?」

「目測。合ってたんやな。てかもっと早く止められるかと思ってた」

「もー、ばか!」

「おー、ごめんな?」

 

 ぷんすこと怒る雪姫に謝る。なんで謝ってんねやろ。涼夜は首を傾げるがしかし、そんな事よりも大事な事を聞かねばならない。

 

「あーそういえばさ、あのー、ほら、アレ。俺らさ、修学旅行、どこ行ったっけ?」

「え、それも覚えてないの…?沖縄の那覇だよ?」

「あー…?」

 

 覚えてませんと言うような反応。勿論嘘だ。全部覚えている。涼夜の記憶には、3度修学旅行へ行った記憶がある。当然だが、そこに雪姫の姿はなかった。

 

(……修学旅行に、行った事がある……?)

 

 極力表情に出さないようにして考察する。修学旅行自体は各学年ある。1年生は北海道の小樽、2年生は沖縄の那覇、3年生は東京に行っている。仮に雪姫の記憶が偽物ならば、きっと雪姫の存在そのものが歪みの原因だろう。涼夜が考え込んでいるのを知ってか知らずか、雪姫は修学旅行の思い出を語っている。涼夜も一応相槌を打ちながら聞くが、やはり記憶にない。

 

「―――でね、って、あ、もうこんな時間。そろそろ帰る?」

「あー、そうだな」

 

 時刻は11時半。日が高く昇っていた。漸く涼夜が腰を上げ、鞄を肩にかける。

 

「ねぇ、これから、家行っていい…?」

 

 控えめに尋ねる雪姫。まだ少し遠慮があるのか、若干の緊張が見て取れる。

 

「いつでも来ていいって言ったろ」

 

 記憶にねぇぞ、何だそれ、と涼夜は困惑する。何故言ったこともない事を口走ったのだろうか。

 

(俺と真が記憶を失っただけ?だったら何で歪みが?因果律が歪んでいるせいで記憶が不確かなのか?)

 

 一瞬の内、頭を駆け巡る考察。割と表情に出ていたが、運良く雪姫には見られていなかったのでセーフだ。

 

「でもほら、連絡はして欲しい、って言ってたから。一応聞いた方がいいのかな、って」

「あー、そうだな。でも次からは質問じゃなくて希望でいいぞ。「行っていい?」じゃなくて「行きたい」でいい」

「うん。わかった。ありがと」

「…ん」

 

 怪しまれないように適当に話を合わせておこうとしただけだが、何だか違う方向、具体的に言うと雪姫ルートを突き進んでいる気がする涼夜だった。

 

― ― ― ― ―

 

「あ!おにーちゃん、おねーちゃん!おかえりー!」

 

 暗城家。涼夜と雪姫がリビングに入ると、百合那が嬉しそうに声を掛ける。雪姫の事も「おねーちゃん」呼びと、面識があるどころか結構な好印象らしい。毎度の如く、久美ともう1人の幼女が、百合那とレーシングゲームをして遊んでいたようだ。もう1人の幼女は久美の2つ下の妹の歩美だ。姉と同じふわっとした髪を肩下まで伸ばし、横髪はツインテールにしている。久美が項垂れている所を見るに、負けてしまったのだろうと予想がついた。

 

「あー、涼夜にーさん、雪姫ねーさん。おかえりー」

「おーっす、涼ちゃん、雪姫ちゃん。おかえりー。なぁ涼ちゃん、今日の飯はー?」

 

 百合那は赤のTシャツにハーフパンツ、歩美は青色のワンピース、久美は白のTシャツにジャージというラフな格好をしていた。

 涼夜だけでなく雪姫への態度もまるで家族のようで、まるで私の家ですと言わんばかりの態度だった。砂糖家、暗城家、遊崎家は共に近所で家族ぐるみで仲が良く、実際家族のようなものだと涼夜達も認めてはいるが、流石に寛ぎすぎである。等とは誰も思わないのだが。

 

「昼はパスタパーティ。明太子と和風きのことカルボナーラとナポリタン」

「やった!」

「ペペロン食いたいんだけど無理ー?」

「しゃーねーな」

「よしきた」

「夜はー?」

「マカロニサラダと鶏肉の甘酢あんかけとアジのフライだったと思うぞー」

「お魚いやー」

 

 涼夜がメニューを伝えると、小学6年コンビが口を揃えて文句を言う。久美も若干嫌そうな顔をしているあたり、子供っぽさが悪い意味で抜けてないのがよくわかる。涼夜も、気持ちはわかると言うような顔をしている。

 

「こーら。文句言わない。好き嫌いしてると、大きくなれないよ?」

 

 雪姫が優しくたしなめる。完全に『お姉ちゃん』だった。余談だが、雪姫もアジのフライはあまり好きではない。

 

「うーーー…」

「じゃあじゃあ、ちゃんと食べたらおねーちゃんみたいにおっきくなる?」

 

 頬を膨らませる歩美とは違い、百合那が雪姫に尋ねる。目線が完全に胸に向かっていた。制服の上からでも大きいのがよくわかるんだ、仕方ないね。

 

「えっと、ど、どうだろう…。多分、なるよ。あと、早く寝ること。いい?」

「えー」

「ちょっと、くーちゃんまで…」

 

 多分というのが気に入らなかったようだった。何故か歩美だけでなく久美も混じって3人揃って文句垂れているが。

 30分程で昼食の支度が済み、涼夜が大皿に持った味の違う五つのパスタを食卓に並べる。久美が人数分の取り皿とフォークを出し、それぞれに配る。一応付け合せのサラダもあるにはあるが量は少ない。大盛りの皿のみの文字通りパスタパーティだった。

 

「いただきまーす」

 

 全員で手を合わせ、大皿から自分の取り皿に取っては食べ、取っては食べを繰り返す。

 

「そういえば涼夜にーさん。菫ねーさんは?」

「まだ帰ってこねぇの?」

 

 歩美と久美が涼夜に尋ねる。

 

「夕方には戻るっつってた気がする」

「朝ね、夜ご飯いるって言ってたよー」

「おーそうか。伝言ありがとうなユリ。えらいぞー」

「えへへー」

 

 百合那は褒められると、嬉しそうな笑顔になった。

 クラス分けや、百合那と歩美の担任の先生、久々に会った友達の話等をしながら、食事を進める。

 

「ごちそーさまでした!」

「でした!」

「っしたー」

 

 食べ終わり、片付けをする。と言ってもやるのは涼夜だけだが。雪姫は手伝おうとしたような気がするが、百合那と歩美に強引にゲームに参加させられている。涼夜も妹達の相手をしてくれているのでちっとも気にしていない。

 

「雪姫。俺部屋に引っ込むけど、どうする?」

「あ、じゃあ私も…」

 

 片付けを終えて声を掛けると雪姫が立ち上がる。若干忘れかけていたが涼夜と一緒に居る為に来たのだ。ちゃんと一緒に居なきゃ駄目だろう。

 

「えー、おにーちゃんも一緒にやろーよー」

「そうだよ涼夜にーさん。みんなでやろう?」

 

 しかし、小6コンビは許してくれないらしい。

 

「って言ってるけど…」

「雪姫お姉ちゃんとはいつでも遊べる訳じゃないからな。言うの自体はしゃーねぇけどさ。どうする?俺はそいつらとはいつでも遊べるからどっちでもいい」

「涼ちゃんなんか今日扱い酷くない?」

「何言ってんだお前俺はいつも優しいだろうが」

「そうだよ」

「せやった」

 

 ツッコミ不在の為、涼夜が微妙な顔をする。どうでもいいか、と流して雪姫の方を見る。

 

「じゃあ、その、みんなでしよ?」

 

 若干の上目遣い。そんな事されたら涼夜は断れない。

 

「はいよ。あーでも、先に着替えて来るわ」

「わかった」

「早く戻って来てね!」

「ね!」

「あーはいはい。雪姫も着替えたら?」

 

 1人だけ制服というのも変な感じがするかもしれないし、と思って。着替えは自分か久美のTシャツやジャージとかを渡すつもりだ。

 

「えっと、じゃあ脱いだ方がいいかな?」

「下にTシャツとか着てるならね」

「大丈夫。このTシャツとハーフパンツだから」

「ならいっか」

 

 雪姫がブラウスを脱ぐ。流石Fカップ美少女なだけあってただの黒いTシャツでも破壊力が凄い。が、残念ながら涼夜はもっと露出度の高い巨乳少女のタンクトップ姿を見慣れているので動じない。

 

「…ごめん。やっぱ、その、上着着てて。俺のパーカー使っていいから」

「?うん。わかった」

 

 わけがなかった。若干目を逸らしつつ言う。見慣れているのと動じないのは別だった。相手(の可愛さ)が違い過ぎる。あと久美のタンクトップはゆったりめだが、雪姫のTシャツは結構ぴったりで、身体のラインが出るというのもある。ゆったりめならもっと刺激が強いとか言うのは禁止。涼夜的には久美や真のは兄妹のようなものだから平気なのだ。

 

「童貞かよ」

「くーちゃんは俺の逆鱗に触れたので今日の夕飯抜きですざまみろばーか」

「あーごめんなさいすみません調子乗りすぎました許してください明日雄牙が何でもしますから!」

 

 生贄に差し出される少年、天宮(あまみや)雄牙(ゆうが)。多分今頃くしゃみしてる。しょっちゅう勝手に名前を使われる可哀想な奴だ。

 

「次はねぇぞ」

 

 溜め息を一つ、面倒になったので許す。

 鞄を引っ掴んで2階の自室に行き、Tシャツとジャージというラフな格好になって戻る。

 

「くっそ負けたか。はい涼ちゃん、交代だ」

「バイオカートかよ。どっから出したこんな物騒なもん。テメェらか」

「面白そうだったんで買って来た」

「だってゾンビを轢き殺してアイテムゲットだよ!?超楽しくない!?」

「しかもスコア制だよ!?ちょっとぐらい遅くてもゾンビ倒せば勝てるんだよ!?」

「どうどう歩美ちゃん、ユリちゃん。落ち着いて」

「明らかにレースゲームじゃねぇだろそのシステムは」

「まぁそう言わずに、やってみろって」

「後悔するぞ」

 

 久美と交代し、涼夜が参戦する。初プレイなのでとりあえずバランス型…ではなく一番スピードが早く、パワーも高いが扱いにくい上級者向けのマシンを選ぶ。そして難易度は一つ上がってOutBreak。ゾンビ出現率最大、レアアイテムドロップ率最小、タイムボーナス最大、ゾンビキルボーナス最小の最難関の難易度だ。しょっぱなからとばし過ぎである。

 他3人もマシンをコースに合わせて調整し、いざレーススタート。ロケットスタートを全員が決め、第一コーナーへ。征したのは涼夜。そのまま1つ目のゾンビポイントへ突入、4体のゾンビを蹴散らし、ロケットブースターをゲット。ブースターを起動し、急なドリフトで壁を走ってストレートへ。追いついてきた3人へ機関銃をぶっ放し、ぶっちぎりで第2ラップに。

 結果は百合那の勝利であった。2周目以降はドロップ運が奮わず、またヘアピンカーブで凡ミスを犯した為、涼夜は4位だった。他、雪姫が2位、歩美が3位だった。

 

「駄目だった」

「残念だったね」

「えっへへ〜。勝ち〜」

「凄い、涼夜にーさんに勝っちゃったよ」

「そら初見やでな。1周目がマグレで上手くいっただけだし」

「初見で壁走れるのはお前ぐらいだぞ。私ら壁走れるの今知ったし」

「マジかヤベェ」

 

 何故初見で壁を走れたかは完全に謎だった。負けたので久美に交代するが、その次に百合那と交代してからは1度も交代せず、時は流れて夕方5時。

 

「腹減った」

「涼夜にーさん、ご飯が欲しいです」

「おにーちゃんご飯ー」

「おにーちゃんはご飯じゃないですよー。作るから待っててな。ほら雪姫、交代」

「あ、私も手伝うよ」

「いい。お客さんは遊んでて。っていうかこいつらの面倒見てて。お願い」

「う、うん。わかった」

 

 雪姫にその他3人の面倒を任せ、黒のエプロンをしてキッチンに立つ。中々しっくり来て、様になっていた。つい雪姫が見とれてしまったのも仕方が無い。

 手際よく調理を進めること30分ほど。簡単なものだが涼夜の手料理が食卓に並ぶ。と、丁度よく涼夜の6つ上の姉、菫が帰宅。まだ月曜日なのに早くも満身創痍のようだが、涼夜や百合那、その他3名と会話すると凄い回復していた。メンタルが。6人で食卓を囲み、夕食を取る。

 

(ってかスミ姉ぇ、雪姫と面識あったんだ…しかも結構好印象っぽい…。ユリ達も懐いてるし…。いい子なんだな。忘れてるだけだったら申し訳ないってレベルじゃねぇな…。…ん?ちょっと待てよ。これってもしかして、外堀から埋められてるんじゃ…)

 

 埋められています。雪姫にしてみればそのつもりはないが。

 百合那も雪姫を「おねーちゃん」と、涼夜以外で唯一名前を含まない呼び方(久美や菫、今は居ないが、真や雄牙も、姉・兄と数えているのでほぼ全員名前の最初2文字+「ねー」または「にー」呼び)をするし、菫も完全に妹に接するような態度だ。

 言い逃れ出来ない程には埋められている。両親がどうかはわからないが、もし両親までもがこうなら、見事な埋められぶりである。もしかして暗城家の人間は結構チョロイのだろうか。それだと自分もチョロイという可能性が大なので心配になる涼夜だった。実際結構チョロイのだが。頼みは基本断れないし。

 夕食を終え、後片付けの為に涼夜がキッチンに戻ると、雪姫が手伝いを申し出た。正直面倒臭かったので有り難いと快く迎え入れる。久美と菫とロリっ子2人は速攻でゲームをしようとしていたが、菫だけはその前に風呂洗って来いと涼夜にスリッパを膝裏にぶつけられていた。

 

「美味しかったよ。でもなんかごめんね、夜までご馳走になっちゃって」

「美味かったならいい。7人も8人も変わんねぇから気にすんな。…いや、あのー、そういう時はアレだ。ほら、ごめんじゃなくてさ」

「…ありがとう。…なんか、改めて言うとなると、ちょっと恥ずかしいね」

「わかる」

 

 雪姫は若干頬を染めてちゃんと話しているのに、酷い語彙力の返答だった。

 

「おにーちゃん!お風呂できたー?」

「できたぞー。早いうちに入っちまえー」

「うんー!」

「涼夜にーさん!あたしも入ってくるー」

「おー。のぼせん内に出てこいよー」

「ちゃんと温まるんだよー」

「はーい」

「…あ」

「ん?どった」

 

 洗い物をしつつそうして話し、百合那と歩美のお風呂に入る宣言に相槌をうっていると、不意に雪姫が何かに気付いたように声を出した。

 

「…そういえば、なんでくーちゃん達まだ居るの?」

 

 どうやら自然体過ぎて気付いていなかったらしい。

 

「ん?嫌?」

「え、あ、いや、そうじゃないよ?全然いいの。でも、遊んでるならともかくさ、ご飯一緒だったし、今だってユリちゃんと歩美ちゃんが一緒にお風呂に入ってったし…」

「あー、まぁ、幼馴染みだからな」

「そういうものなの?」

「世間一般的にどうかは知らん。少なくとも俺らはこうだ。つっても、くーちゃんらの親の帰りが凄い遅い日だけだがな」

「そーなんだ。結構あるの?だいぶ慣れてる感じだけど」

「いや?2,3ヶ月に1度ぐらいだと思うぞ。なぁくーちゃん」

「んあー?ごめん話聞いてなかったー。なんっすかー?」

 

 洗い物の手は止めずに話を振ると、ソファにゆったりと座った久美が、肩越しに振り返って涼夜に返事をする。

 どうやら菫とゲームをしていたようだが、丁度キリのいいタイミングだったようだ。さっきまでのレーシングゲームではなく協力型のシューティングゲームに変わっていた。スコアの競争では結構な差で菫が負けたらしい。相変わらず残念な姉だ。

 

「今日みたいにうちで飯食って風呂入んのもせいぜい2,3ヶ月に1回ぐらいだよなって聞いたんだよ能天気」

「誰が能天気だ主夫め。もうちょっと多いんじゃね?」

「月一ぐらいやと思うで」

 

 久美だけではなく菫も会話に参加する。主夫と呼ばれた事への涼夜からの反応はない。実は気付いていないだけだが。

 

「せやっけ?」

「そーそー」

「多分なー」

「ってさ」

 

 聞こえてるだろうから言い直す必要もないだろうと雪姫に向き直る。

 

「じゃあ私も月一ぐらいでお邪魔したいなー…なんて…ダメかな…?」

「いいけど」

「え、いいの?」

「んー、構わんよ」

「…ありがと」

「…ああ」

 

 会話のキリが丁度いい所で雪姫がすすぎ終わった最後の食器を乾燥棚に入れる。

 

「それで最後だ。終わった終わった。そうだ、この後どうすんだ?」

「えーっと…もう少し、居てもいい…?」

「ああ。でも時間いいのか?もう6時過ぎて…お、丁度半だったか」

「…大丈夫。今日は遅くなるって言ってきたから」

「そうか」

 

 何となく間があったような、若干大丈夫じゃない雰囲気が漂っているような気がした涼夜。だが本人がそう言う以上、追求するのはやめておいた。今更だが下手に動く訳にはいかないので。

 

「部屋に居る」

「うーい」

 

 久美と菫に言い残し、雪姫を連れて部屋に上がる。

 

「適当に座ってくれ」

 

 そう言って涼夜はベッドにダイブするように腰掛ける。

 雪姫はとりあえず近くにあった大きめのクッションに腰を下ろす。フカフカでフワフワ、なんだか座っているだけで心が癒されるようなクッションだった。雪姫は知らないが、涼夜も日頃から駄目になっている。

 

「さて、何をしようか」

 

 問いかけられると、雪姫は少し考えた後、口を開いた。

 

「お話」

「話?」

「うん。涼夜、いろんな事忘れちゃったんでしょ?だから、思い出してほしいの。もう1回、知って欲しいの」

「雪姫…(何この子めっちゃええ子やんヤバッ)」

 

 真っ直ぐな瞳に見つめられた涼夜の語彙力が死んでいた。だが、有難い事だ。何せ今回はわからない事が多過ぎる。食い違った記憶がヒントになるかもしれない。

 

「じゃあ、お願いできるか?」

「うんっ」

 

 それから、雪姫は自分の記憶している出来事を、自分と涼夜との思い出を語りだした。どれも涼夜の記憶には無い。だが、何か引っ掛かるような、小さな違和感を覚えた。

 

「…時間、いいのか?」

「へ?あっ、もう8時?流石に帰らなきゃ」

 

 時間も時間だった為、送っていく事にしたが、雪姫が遠慮した為、涼夜が行くのは白井家の近くまでとなった。その道のりを合わせてもあまり多くは聞けなかったが、それでも数歩…せめて2、3歩ぐらいは前進したと思いたい。

 帰宅は9時を過ぎた頃だった。まだ帰っていなかった久美と一緒に小学生2人を寝かしつけ、自室に戻る。久美は菫の所に投げてきた。

 

「昨日までのはちゃんとは残ってるな。でも雪姫の記録は無い、か」

 

 学習机に置かれた小型のノートパソコンを立ち上げ、保存してあるテキストファイルを確認。因果律に関する調整のログや日々の出来事を文字にして記録してあるのだ。要はデジタルの日記である。やはりと言うべきか、その中に白井雪姫という文字は無かった。

 

「ん?」

 

 今回の事を新しいファイルとして保存する為に1つ上のフォルダに戻ると、そこにあるフォルダが1つ、文字化けしていた。

 3つあるフォルダの内、一番上の『?抵シ撰シ托シ費シソ?』以外は『2014_1』、『2014_2』となっている。昇順で並んでいる筈なので、恐らくフォルダ名は『2014_0』と思われる。確認の為に『2014_2』へ直にアクセスした所為で気付かなかったので、新規フォルダを作ろうとして良かったと言える。勿論このようなフォルダは涼夜の記憶には無い。作った記憶も見た記憶も。

 

「空…?」

 

 フォルダを開けば、空。念の為に設定を見直し開き直すが、隠しファイルがある訳でもなかった。ウイルスの(たぐい)かとも思ったが、このノートパソコンはスタンドアローンだ(ネットに繋がっていない)。データをやり取りする事は無いし、メモリを挿したりもしない。ウイルスに感染しようが無いのだ。パソコンやフォルダが壊れているといった事も無い。

 つまり、非科学的な『何か』によって引き起こされた現象。恐らくは、今回の一件の元凶によって。

 

「さて、どうしたものか…」

 

 椅子の背もたれに身体を預け、窓から夜空を見上げる。月と星が綺麗な夜だった。

 涼夜の携帯が振動し、着信を告げる。真だった。

 

「何かわかったのか?」

『うちの家族にも白井雪姫に関する記憶があった。そっちはどう?』

 

 溜め息混じりの声。少し疲れているようだ。

 

「こっちもだ。ユリがよく懐いてる。あーあと、パソコンの中の記録の内容は変わってなかった」

『そっちも好印象なんだ。記録が変わってないとなると、歴史改竄の線は薄いのかな』

「恐らく。記憶の改竄というより、追加に近いんじゃねぇか。それと、ログのフォルダが1つ、文字化けしてたな。中身は空だったが」

『ログが…?スタンドアローンのなのに?』

「今回の一件と関わりがあるんだろ。俺達の味方は少なそうだ」

『世知辛い。干渉の痕跡を洗い出す遡行術式を組むけど?』

「頼む。学校全域にな」

『わかってるって。じゃ』

「ああ」

 

 電話を切る。携帯を置くと、外から猫の鳴き声がする。窓を見ると、ベランダに2匹の猫が居た。暗城家の飼い猫、アメショのナルと黒猫のテプだ。

 

「おー帰ってきたのか。待ってな、今開けるからなー」

 

 窓を開けて部屋に入れる。ナルが器用に内開きのドアを開け、テプが閉め、首輪の鈴を鳴らして走って下の階へ行った。

 

「慌ただしいなぁ…。流石猫、自由だ」

 

 ドアを閉めて再びパソコンに向き直る。日記を更新し、いつものようにゲームを立ち上げる。夜が更けていく。

 

― ― ― ― ―

 

 二週間後。涼夜は友人から記憶を引き出し続け、真は自身の《スキル》、『魔法が使えるようになる』《魔法少女(マジシャン・ガール)》発動に必要な魔法陣を構築していた。互いにほぼ全ての工程が終わり、何となくキリがよくなったある日。

 

「涼夜、そろそろ起きて」

 

 登校はしたものの、ほぼ1日中何もせずに屋上で寝ていた涼夜を雪姫が起こす。眠気眼を擦って目を開けると、上下逆さの雪姫が目に入る。涼夜が寝転んでいるせいでそう見えるだけだが。風でスカートがふわふわしていて見えそうで、危ない。というか見えている。スカートの下に履いたハーフパンツが。

 屋上は本来立入禁止だが、涼夜が鍵を作った為そんな言葉には何の意味もない。涼夜の記憶では鍵は涼夜しか持っていない筈だが、雪姫が欲しがった為に作って渡したらしい。まるで覚えがなかった。

 

「放課後?」

「放課後。こんな所でずっと寝てたらダメでしょ」

「ずっとじゃねぇよ。給食は食った」

「うん、知ってる。えらい。でも先生怒ってたよ?」

「それがどうした勝手に怒っとけ、ってな」

 

 起き上がり、伸びをする。ボキボキ、ゴリゴリゴリッ、と、おおよそ人体からするべきではない音が鳴る。屋上の硬い床で寝転んで何時間も寝ていたのだから仕方ない。

 

「もう…。ねぇ、何か思い出せた?」

「いいや、どうでもいい事ばっか。大事な事はさっぱりだ」

「そっか…」

「ごめんな。雪姫との思い出も沢山あるのに」

 

 申し訳なさそうな声で、頭を撫でる。

 

「許してあげない。思い出してくれるまで、何度でも話す」

 

 怒るというよりも悲しそうに、雪姫は言った。

 

「ああ、そうしてくれ。それじゃあ、今日も来るか?」

「うん」

 

 屋上から下りて自転車置き場に向かう。屋上に居たのがバレないようにこっそりと移動し、鍵もちゃんと閉める。明日になればどうせ涼夜が開けるのだが。自転車置き場に着き、鞄を籠に投げ入れて、2人揃って自転車を動かす。

 

「ねぇ、涼夜」

 

 自転車をこぎ始めて、思い出したように雪姫が口を開いた。

 

「んー?」

「ちょっと寄り道したいんだけど…いい?」

「あー…まぁ、今日は母さん休みだった筈だし、大丈夫、かな…。うん、いいだろ。何処行くんだ?」

「それは着いてからのお楽しみ♪」

 

 若干迷いつつも楽観視する涼夜が了承すると、雪姫は悪戯っぽく笑う。

 

「こっち」

 

 雪姫の先導で道を曲がり、少し開けた所で雪姫が自転車を止める。どうやら目的地のようだ。すぐ近くにあったらしい。

 

「森林公園じゃねぇか。なんでまた」

「やっぱり、思い出せない?」

「ん?あぁ、最初に会ったんここだったっけ?」

「思い出したの?」

 

 自転車から降りて、2人で公園を歩く。そこで初めて涼夜から思い出の出来事を言われたからだろう、雪姫は嬉しそうに尋ねた。

 

「…一応、そうなるのかな」

「一応?」

「ああ、一応。ここで会った…というか、最初にちゃんと喋った?ってのは思い出した。でも、それ以外は駄目だ。何で思い出せたのかすらわからない」

 

 涼夜が記憶を得たのは本当である。しかし、思い出したと言う表現で合っているかどうかは不明。記憶は元から無いものとして扱っているためでもある。今さっき丁度いいタイミングで追加されたのか、思い出せたのか。涼夜にはさっぱりだった。

 

「そっか…」

 

 嬉しいような、悲しいような、どちらもが入り混じったような複雑な表情の雪姫がブランコに座る。手入れがされているとはいえ流石に古いからか、少し軋むような金属音がする。

 

「けど」

「?」

「見たことがあるような気がする…いや、知ってるんだ。わからないけど、知ってる。ブランコ(そこ)に座ってる、雪姫を」

「…そっか」

 

 ほんの少し、もしかしたら気の所為かもしれない。雪姫の表情が和らいだ。今までのものと違い、完全に覚えていないわけではないからだろう。

 目の前でこちらを見る雪姫に、薄暗いこの公園で、ブランコに座って俯く雪姫が重なる。何故知っている事だけがわかるのか、涼夜にはわからない。きっと誰にもわからないだろう。記憶というものは、酷く曖昧なものだから。

 

「話してくれるか?ここで、何があったか」

 

 ブランコの可動域と他の区切りに設けられている柵に、内側からもたれるように腰掛け、涼夜は尋ねる。

 

「元からそのつもりだったから、話すよ。あの日の事は、絶対、覚えてて欲しいから。あれはね―――」

 

― ― ― ― ―

 

 丁度一年前。入学後二週間経ち、学校にも慣れてきた、そんな日。

 雪姫は一人ぼっちだった。

 同じ小学校の友達は居た。苦手だった男子とも、クラスで同じ班になった人とだけだが、連絡先の交換も出来た。けれど今日は、一人だった。

 ぼう、っと漕ぐブランコが、キィ…キィ…と軋むように小さな金属音をたてる。灰色に隠された空が、まるで自分の心を語っているような気分になる。けれども、もっと凹めと追い打ちをかけられているような気にもなる。

 無意識の内に、溜め息を吐く。もう、何度目かもわからなくなっていた。

 

「―――しい。こん―――人が―――て」

 

 ふと、声が聞こえた。声変わりを終えた少年と思われる、少し低めの声だった。何となく、聞き覚えがあるような気がする。

 

「ぇ………」

 

 か細い声が出た。現れた人物にびっくりしたのだ。人の事は言えないが、こんな所に誰かが来るなんて、思いもしなかったものだから。

 肩下までの、男子にしては長い、顔を隠し気味な黒髪。曇りのない、若干目付きの悪い黒目。左目の下、頬骨のあたりには切り傷の痕。そこに居たのは、涼夜だった。ネクタイが緩かったりシャツをズボンから出していたりブレザーの前をあけている事から、雑な性格が見て取れる。

 こちらの姿を見つけたからか、ちょっと驚いたような顔をしていた。

 

「白井さん…?」

「暗城君…?」

 

 そうして、入学式後日の自己紹介と、他の班員に促されてした連絡先の交換以来まともに話していなかった2人が出くわした。

 互いに気付いていないが、この時2人とも「あ、やば、話しかけちゃったどうしよう」みたいな顔をしていた。何せ前述の通り同じ班というぐらいしか接点が無く、まともに会話をした事がない上、2人ともコミュ障って程ではないが、あまり得意な方ではないのだ。仕方なかろう。

 

「えーっと…おはよう?」

「え?あ…うん。おはよう。奇遇、だね」

「そう、だね。奇遇だね」

 

 涼夜が雪姫の隣のブランコに移動し終わると同時に、たどたどしい会話が一段落し、静かになる。2人とも、どうしたらいいのかわからないという表情をしている。

 

「…ねぇ、こんなところで、何をしてるの?」

「サボり。…そっちは?」

「私は…」

 

 一体何をしているんだろう。雪姫の表情が曇る。

 

「あー、言いたくないならいいよ?ごめん。配慮が足らんかった」

 

 隣に座って前を向いている涼夜には雪姫の表情は見えていない。きっと声音だけで判断したんだろう。無理に聞こうとしない姿勢に、少しだけ安堵した雪姫だった。

 

「…ありがと」

 

 小さな声だった。恐らく、聞こえてはいないだろう。

 

「私も、サボり、になるのかな」

「まぁ、授業出てないしな。そうなんじゃないか」

 

 キイ、キイ。涼夜がブランコを漕ぎだしたらしい。規則的に音がする。

 

「怒られる、かな?…当たり前か」

 

 やっちゃったなぁ。今になってそんな後悔の念が出てきた雪姫だった。

 

「多分怒られるだろうなぁ。まぁ、怒られるなら、俺も一緒だ」

 

 涼夜はそんな事気にも留めてない、といった雰囲気の声だ。怒られるのが嫌だ、とかいうのはないんだろうか。

 

「一緒に、お説教されてくれるの?」

「くれるって…んな殊勝なのじゃない。単にそうだろう、ってだけ。向こうからしたら、共犯みたいなもんだろ?こうして一緒に居るんだしさ」

「確かに、そうかも…。じゃあ、お揃いだね」

「お揃い、かぁ…」

 

 ほんの少し声が笑っていた。苦笑い、に近い。

 

「あ、ご、ごめん。嫌、だよね。変な事言って…」

「違う、そうじゃない」

 

 ごめん。2度目のそれは、涼夜に遮られた。

 

「俺はいいさ。でも、そっちが嫌じゃないのか?」

 

 どうやら、こちらを気遣ってくれているらしい。

 

「嫌だったら、言わない」

「確かに」

 

 今度は確実に笑っていた。自嘲的な感じで。

 ふと涼夜の方へ向くと、何かに反応したような仕草をした。表情は髪で隠れ気味なのと角度的に見え辛いが、何かに気付いたような感じだ。丁度一番前にいっていたブランコから飛び降りる。

 

「ごめん、来て」

「へ?ちょっ…」

 

 腕を掴まれ、引っ張られて立ち上がらされ、そのまま車道に面した入り口とは反対側、垣根を越え、森林の方へ連れて行かれる。木々の陰になっていて入り口どころか公園の中からも見えにくい位置だ。事案発生、お巡りさんこいつです。

 

「え、あ、なに、どうしたのいきなり」

「しっ、静かに」

 

 少し険しい表情の涼夜に静止される。何があったのかと視線を追うと、公園に一台の車が乗り付けたところだった。黒いミニバンタイプで、窓も暗い色の為中が見えない。事案二件目だった。

 中から中年の男性が降りてくる。見覚えがあった。雪姫達の担任の教師だ。何やら携帯で話しているようだが、よく聞こえない。が、雪姫達を探していると見て間違いないだろう。

 涼夜の方に視線を戻すと、眉間に皺を寄せて、明らかに嫌そうな顔をしていた。わかる気がする。雪姫もどうにもあの教師は好きになれない。なんだか気持ち悪いのだ。別に見た目は普通なのだが、どうしても気持ち悪い。特に目が。

 それよりも雪姫は、何故涼夜があの教師の接近に気付いたのかが気がかりだった。見えるような位置では無かった筈なのに。

 

「…こっち」

 

 今度は先程のような強さではなく、ゆっくりと手を引かれる。極力音を立てないように、木々の生い茂る森林の中の遊歩道を進む。細い丸太を地面に埋め込んで土を塞き止めて作られた階段を登り、東屋のある高台へ。東屋には草木は被っていないが、半分ほどの側面までは木々が迫り、もう半分は開けていて、朝日町ののどかな田園風景がよく見える。のどかというよりも何も無いのだが。しかも曇りなので、若干薄暗い。

 

「こんなところがあったんだ」

 

ぽつりと呟くように雪姫。

 

「気に入ってるんだ。何もないとこだけど、落ち着くから」

「うん。なんだか、落ち着く」

 

 東屋の椅子に座ってそう言う涼夜は、さっきとは違い穏やかな顔だった。

 特別な何かがあるわけではない。けれど見える田舎の風景は、どこか安心感を覚えるものだった。きっと、生まれてこのかた、何も変わっていないからだろう。

 端に見える公園の入口にはもう黒いミニバンはなかった。安心して胸を撫で下ろす。

 

「ねぇ、なんでさっき、あんなに早く気付いたの?」

「超能力?」

 

 隣の椅子に座る涼夜に尋ねると、気の抜けた声でそう返される。

 

「ふ、あはは。暗城君って、そんな冗談言うんだね」

 

 今日ここに来てから、初めて笑った。

 

「笑えるんだな」

「えっ?」

「1回も笑ったとこ見た事なかったからさ。もしかして何かあったのかなーなんて思ってたんだけど、ちゃんと笑えるんなら大丈夫だな、って。…そんだけ」

 

 そう言う涼夜の横顔はさっきまでと変わらずぼーっとしているようで、声色は優しかった。

 最初は、制服を着崩していて、目付きも悪く、物静かと言うより無口で、声も暗い雰囲気なので、怖い人なのかと思った。でも、違った。

 

「…優しいんだね」

「…それはどうかな」

「優しいよ。無理矢理に連れてこうとしないでこうして一緒に居るし。逃げる時一緒に連れてきてさ。それに…何があったの?とか、しつこく聞いてこないし」

「んなことで。別に、大した事はしてねぇよ。つか、言わなくてもいいって言っただけで、その前に1回聞いてるし」

 

 ふい、とそっぽを向いてしまった。言葉はすこしばかりきついが、声は穏やかなまま。優しいとか、そういう風に言われるれるのは慣れてないのだろうか。照れているんだと思うと、少しばかり、可愛い所もあるんだな、と思ってしまった。雪姫が笑みを浮かべる。

 

「確かに聞かれたかも。じゃあさ、聞いてくれる?」

「お好きにどうぞ」

 

 そっぽを向くのはやめるが、こちらを見る訳ではなく、また風景を見ているようで見てない状態に戻った。

 

「私、男の人が苦手でさ」

 

 話しだす。さっきまでよりも、少し、暗い表情で。

 

「なんでか、その…ジロジロ見られて、それが嫌で…気持ち悪いから…」

 

 可愛い上に胸が豊か(Dカップ)だからである。一応雪姫も胸の事は認識してはいるものの、自分をそこまで可愛いとは思っていない。

 

「だから出来るだけ目立たないっていうか、大人しくしてたんだけど…担任の先生に、その…色々、言われて…」

「…大人しくしてる事についてか?」

「…ううん。気持ち悪い事」

「…そうか」

 

 少し心配するような、苛立っているような、ちょっとだけ重い声だった。

 

「誰にも相談出来ないし…言ってきたのが担任の先生だから余計に、教室に行き辛くって…気付いたら、ここに来ちゃってて…」

 

 だんだんと気分が沈んでくる。何でこんな話を始めてしまったんだろうと後悔してしまう。けれど今更やめるのは違う気がする。

 

「相談出来ないって、友達が居るだろうに。ほら、教室で喋ってた」

「…友達は、居ないの」

「そうか。…小学校のは?」

「居るけど…心配かけたくないし、迷惑かけたくないし…あっ、えっと、暗城君にならかけてもいいや、とかそういうんじゃなくて」

「別にそんなこと思ってないけど」

 

 焦って訂正を入れると、涼夜は気にしてない様子だった。

 

「本当に…?」

「うん。それに、話聞くぐらい迷惑でも何でもないし。俺なんかで少しでも助けになるんならいくらでも聞くし心配する。だから好きなだけ話すといい」

 

 本当に何でもない風に、それが当然かのように言う。実際、涼夜の中では当然の事なのだが。しかしそんな事は出会って間もない雪姫にはわからない。それこそ、出会って間もない雪姫に優しくする理由など。

 

「心配するんじゃん。それじゃあダメだよ…」

「何も言わずに抱え込んじまう方が心配すると思うけどな」

「あ…」

 

 確かにそうだろう。的を得ている。

 

「で、でも、バレなきゃ…」

「普段大人しくてちゃんとしてる子がいきなり居なくなったらそりゃもう十分心配なんじゃないかな」

「うっ…」

 

 心配かけまいとしていたのに、もう全力で心配させてしまっているようだ。後悔と共にまた落ち込む。

 

「気にしない気にしない。あとで謝ればいいさ。っと、大分違う話になってるな。ごめん」

「ううん。大丈夫」

「あ、悪いんだけどもう1ついいか?」

「いいけど…何?」

「男が苦手っつってたろ。…俺は平気なのか?」

 

 しっかりとこちらを見る涼夜。気にしてくれているらしい。

 

「…平気、とは言い切れない、ような…。ごめん…。あ、でも、他の人と違って、怖くないし、気持ち悪くない、から」

「…そうか。あぁ、悪いな逸らして。もういいぞ」

「あ、うん。えと、さっきも言ったんだけど、男の人が苦手で。私も、本当は男の人、平気になって、友達もちゃんと作りたいんだけど…。担任があんなだと、どうしても、教室に行きにくくてっさ。中学生になったんだし、頑張ろうって思ってたんだけど…ダメだね、こんなんじゃ」

 

― ― ― ― ―

 

「―――それで、涼夜が言ったの」

 

 東屋の椅子に座った雪姫がそこで一呼吸置く。隣には涼夜が座っている。2人共、1年前、初めてまともに喋ったあの日と同じ位置に。その方が思い出すのには都合がいいから、といった理由から、話しつつ移動していたのだ。

 

「だったら―――」

「え…?」

 

 続きを喋り始めたのは雪姫ではなかった。涼夜は立ち上がり、雪姫に向き直る。

 

「だったら、俺が手伝うよ。だから一緒に頑張ろう。迷惑なんかじゃないから気にしなくていい。男が苦手なんだったら、俺で慣れればいい。お誂え向きと言うか何と言うか、俺はあんまり男らしくないっぽいし。勿論、こんなんが相手でいいなら、だけど」

 

 それは、1年前のあの日の再現。同じ場所で、同じ言葉を。

 

「この手を取れば、俺達は、中学校初めての―――」

 

 一旦言葉を切り、涼夜がその右手を、未だ驚いた表情で座ったままの雪姫に差し出す。

 

「―――友達だ」

 

 優しく、静かに、穏やかに、涼夜は言葉を紡いだ。目はまっすぐ、雪姫の目を見つめていた。

 つう、と、一筋の雫が頬を伝う。涼夜が思い出したからか、それともそれ程までに、その言葉が嬉しかったからか。

 雪姫が手を伸ばす。右手同士が触れ合うが、涼夜は動かない。あの時も、そうだった。涼夜の手を握る雪姫の手に、力が入る。

 優しく笑うと、涼夜は手を引き、雪姫を立たせる。あの時も、そうしたから。涼夜はただ、再現をしている。こんなにも熱心に語ってくれた雪姫に、感謝をしたくて。でも、雪姫はもう、そんな事はどうでもよくて。

 引っ張られて立つだけではなくそのまま、勢い良く涼夜に抱きつく。

 

「雪姫…?」

 

 ぎゅう。嬉しさのあまりか、その力は強くて。

 

「涼夜!私…私ね…!あの時、凄く、凄く嬉しかった…!向き合ってくれて。一緒に頑張ろうって言ってくれて。友達って言ってくれて。だから…あの時は言えなかったありがとう、今、するね…!」

 

 雪姫が一旦抱きつくのをやめる。腕はまだ首に回したままで、ただ、顔を見せる為に。瞳から溢れる涙。不安が洗い流されていっているような、そんな表情。

 

「ありがとう」

 

 満面の笑みを浮かべる。その笑顔は、可愛くて、尊くて、眩しくて、儚くて、今まで見たどんなものよりも、綺麗で。

 

 微笑み返す涼夜の顔に、涙で濡れた雪姫の顔が、その艶やかな唇が近付いて―――――

 




要望があれば設定はどこかに書きます
自分の中でのイメージCVとかも決めてるけど、読み手側のイメージとかありそうなので


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。