童顔系潜入捜査官 (くりっぷ)
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三日月はいつもそこにいる


おれは、しがない警察官の卵のはずだった。つい先日までは。

 

幼なじみで同級生の金髪褐色野郎と猫目野郎と警察学校に行って.....

 

卒業するや否や、すげー偉いジジイに呼び出され、怪しげな雰囲気を目撃した!

 

「やぁ。君の評判はよく聴いてるよ。早速だが、君には、ある場所に潜入してもらう」

 

喰えない笑みで、胡散臭く感じる。

 

 

この場を切り抜ける方法を考えるのに夢中になっていたおれは

 

背後から近づいて来るもう一人のジジイの仲間に気づかなかった......

 

 

【プランA:ガングロ卵に押し付ける】を実行する前に

 

おれはその男に問答無用に書類を渡され、ハッと気がついたら

 

 

 

 

 

中学生として、危険人物を監視する任務を承けていた!!

 

 

「君のその...あー、なんというか...とにかく!その容姿なら中学生でも問題ないだろう。その対象クラスに()()として潜り込み、危険人物の監視及び、生徒の安全を確保してもらいたい」

 

問 題 し か な い

 

言葉を選びながらも、とんでもないことを要求された。誰が想像しただろう。ついこの間まで「警察官になるんだYo☆」in警察学校を耐え抜いたと思ったら、こんな無茶苦茶な仕事が待っているだなんて。

 

手渡された資料には、黄色い丸い頭のタコがニヤニヤとこちらを馬鹿にしたように笑って写っている。正直、突拍子すぎて信じられない話だ。チラチラと入口を見るが、誰もドッキリ看板を持ってくる気配はない。

 

そんなおれに構わず、ペラペラ説明し始めた上司もといジジイ曰く、危険人物は黄色いタコみたいな生命体らしい。なんとまあ月を爆発させ、今度は地球を爆発させると宣言したそうだ。圧倒的テロリスト!最近の犯罪者は犯行予告するのがブームなのか、地球爆発とは大きく出たものだ。

 

そしてそのテロリストは何故か中学校で教師をしているらしい。......ますます意味がわからない。

 

テロリストに本当のおれの存在がバレたら、命を狙われ......まわりの人間にも被害が及ぶ。

 

ジジイの助言(強制)で正体を隠すことにしたおれは名前を【飛鳥(あすか)(しん)】と名乗ることにした。

 

 

 

そして、世間がGWにそわそわしているころ、ヤツの情報をつかみ、その周囲の安全のために、ヤツが教師をやっている椚ヶ丘中学に転入することになった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

「きりーつ、れーい!!」

 

 

始業のベルとともに、生徒が一斉に銃を構える。おもちゃ弾のようなそれがポップコーンのように銃口から弾けとんだ。視界は無数の銃弾に埋め尽くされ、かろうじて黄色い影が見え隠れしていた。黄色い影の正体...ターゲットは、ひらりひらりと、交わしながら、出欠をとる。ゴーグルを装着し、適当に狙ったふりをして、最後尾の席から教室全体を観察する。生徒たちはターゲットに当てようと必死だが、マッハ20には、とても太刀打ちでないことは明らかだった。

 

 

「ヌルフフフフ......今日も残念でしたねぇ。」

 

緑のしましま模様は暗殺者をなめている態度。今日もまた、暗殺は【失敗】。

 

 

生徒が床に落ちたBB弾を掃除する様子をチラリとみながら、ハァと小さく息を吐く。すぐ後ろのロッカーから、ホウキや塵取りを取りだし、後片付けを手伝う。

 

 

「ありがとう、飛鳥君」

「皆で掃除した方が早いからね」

 

 

ニコッと笑いながら、猫を被る。こんな好青年を装うなんて、自分でも寒気がする。いろんな意味で重たいため息がつい溢れる。幸い、生徒たちも、暗殺失敗して気落ちしていたから、不自然に思われなかった。

 

 

 

「殺せるといいですねぇ......卒業までに」

 

 

 

 

============

 

報告書

 

椚ヶ丘中学 3年E組。通称【暗殺教室】

 

 

5月16日

 

始業と同時に生徒による危険人物への一斉射撃。危険人物、生徒らは無傷。生徒の身体的、心理的負担の目立ったところはなし。危険人物はかわりなく、教師をしている。

 

 

 

 

 



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2

鏡の前に立って、身だしなみを確認する。

 

 

いきなり上司なるジジイに「明日からお前中学生な?」(意訳)と命令されたおれは、中学生らしさを意識して、黒髪に染めた。将来、禿げそうだから今の今まで染めたことのなかったのにな......ははは......

 

 

身長は、どうにか誤魔化せるだろう。ほら、最近の子どもって、発育いいし。いざとなったら、セノビック飲んでるからってゴリ推ししよ......

 

 

 

あと、青春っぽい制汗剤(えいとふぉー)をスクバ(懐かしい)に詰めて、ようやくおれは、中学生に擬態した。

 

 

迎えに来た保護者役(同僚)がしょっぱい顔してた。わかる。おれも、そんな顔する。お互い無言のまま、学校へ向かった。

 

 

 

 

***

 

 

 

理事長室に通され、すんなりE組へ案内される。理事長はおれをチラリとみて、スルー。案内役の表向きの担任、烏間さんもスルー。

......何も疑われず、自分の童顔具合いが地味に心に刺さった。

 

 

山登りをして、オンボロ校舎に到着。おれの他に転校生がいるらしい。

......へぇー。こんな時期に転校だなんて大変だね。お互い頑張りましょう、なんて頭にババロア詰まった考えをしていたおれを殴りたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

転校生が機械だなんて、聞いてない!!!!

 

 

 

 

 

「......彼女は、ノルウェーからの転校生だ」

 

 

 

......ほら、烏間さんなんて、おもいっきり眉間に皺寄せてるよ......ほら、クラス中、引いてるよ。おれなんて、笑顔がひきつりそうだわ......

 

 

 

インパクトが強すぎて、ワイワイガヤガヤ騒ぎはじめて、烏間さんに「......それから、彼は飛鳥 進君だ」と紹介される。

 

「人間だよな?」

「機械が転校生だったんだ。サイボーグって言われて不思議じゃないぞ」

 

転校生のインパクトが強すぎたせいか、ひそひそと改造人間説が囁かされた。自律思考固定砲台(転校生)による流れ弾がおれを襲う!

ペコリとお辞儀して、そそくさと席へ向かった。

 

 

 

教室を見渡せば、生徒はもっぱらもう一人(?)の転校生【自律思考固定砲台】に注目してた。......存在感、半端ねェ......

 

 

 

生徒を観察してみれば、水色だったり、緑だったり、赤だったり、カラフルな髪色をした子が多い。......おれが染めた意味ィ......

 

 

 

お隣さんの席と、当たり障りなく自己紹介して、いざ授業......というときにそれは起こった。

 

 

 

 

 

 

 

 

自律思考固定砲台さんによる銃乱射。授業妨害である。

 

 

空いた口が塞がらないとはこのことか。おれは一番後ろの席だからかと被害はないが、生徒はとんだとばっちりだ。機械だから、こちら側の都合なんてわからないだろうし、どうすりゃいいんだ。おれは、このクラスの新参者だし、このままクラスの【ルール】を知らないから、余計なことは言えない。

 

 

 

 

結局、この日は何一つまともな授業はおこなえなかった。

 

 

 

 

***

 

 

 

翌日、「おはよう」と挨拶すると、例の機械は【律】と呼ばれ、クラスに馴染んでいた。生徒曰く、【殺せんせー】が改良したらしい。

 

 

生徒がちゃんと授業を受けられるなら、問題ないが、果たしてこの機械の親、すなわち開発者が黙っているかどうか......

 

 

 

【殺せんせー】があの機械を生徒として数えているなら、おれの任務の【生徒の安全の確保と監視】の範囲に入るのか、否か......

 

 

 

【律】は機械だけれど、生徒としてこの教室に在籍している。そして、最先端技術を駆使したAI。人工知能なら、学習して、いずれ開発者に逆らうかもしれない。そうなる前に手を打っておく必要がある。それに長い目で見れば、彼女が日本警察(おれたち)にとって、必要になるかもしれない。......打算的で、汚ない大人の都合だけどな......

 

 

 

その日の夜に校舎に忍びこんで、【律】の前に立つ。予想通り、彼女は、初期設定に変更されていた。先生による改造はアウトだが、生徒ならいいだろう。【律】の既存データとセキュリティーを読み込ませて、表面上バレないように改ざんした。......こら、そこ違法だとか言わない。

 

 

 

 

それからまた翌日、彼女は初期設定だったが、表向きのマスターに反抗した。ターゲットは「よくできました」とまん丸の顔の模様になり、クラスは大団円のムードだ。

 

 

 

 

 

そして、困ったことがひとつある。

 

 

「飛鳥さん!貴方のおかげです!」

「何のことだかわからないけれど」

「何とは言いませんが!感謝してます!!」

「......そっか」

 

 

 

どういうわけか、なつかれた。

 

おかしいな、おれに関してプロテクトしたはず......

 

 

 

「律、飛鳥君と仲良いんだね」

「......同じ転校生のよしみ、ってやつじゃないか?」

 

 

潮田君には、そう言ったけど、こっちは気が気じゃない。早々に身元が割れたら困る。後で厳重にロックかけておくか。

 

 

 

 

=============

 

 

報告書

 

椚ヶ丘中学 3年E組。通称【暗殺教室】

 

 

潜入成功。生徒とAIと危険人物は馴染んでいる。生徒の適応能力が高い。【暗殺】という行為にあまり抵抗がない模様。この教室は【異常】だと感じる。要観察必須。

 

 

 

 

 

 

 

 



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3

3年E組 通称【暗殺教室】に潜入して早数週間。とにかく濃すぎる日常だった、と言っておこう。

 

 

外国人教師によるセクハラ授業。なんだよ、公開ディープキスの刑って。

 

 

中学年3年生って思春期の真只中なのに、こんな教育現場でいいのか?......ディープキスの餌食になってる男子生徒(たしか、木村君)に合掌。

 

 

これ、通報案件だよな?PTAとか教育委員会とかどーなってんだ?

 

......というか、この現場を報告するかと思うと、頭が痛い。上層部の人間って頭堅いヤツ多いのに。ただでさえ、未成年による暗殺ってだけでも、すげー問題なのに......

 

 

 

そんなことを考えていたせいか、ビッチさんに目をつけられた。

 

 

「アラ......あんた、たしか飛鳥っていうガキね。ちょっとこの例文読んでみなさい」

 

 

 

おずおずと立ちあがり、黒板の例文を見る。......なんて卑猥な例文。堪えろ、耐えるんだ。苦し紛れに答えると、ビッチさんは続けて解説に入る。おい、中学生になんてもの教えてんだ!!!なにが、「ベッドの中での君はすごいよ」だ!!

 

 

 

 

 

「You're all bum and parsley.」

 

 

おれが吐き出した一言は、教室全体に届いた。しん、と静寂した空間に、ピキッとビッチさんがキレた。

 

 

弁明するならば、おれは、成人男性なのに中学生と偽って潜入しているイライラと、上司への報告書作成、その他諸々のストレスが限界点を突破した。

 

そして、ビッチさんは、師匠にプレッシャーをかけられていた。きょうは、教師同士で模擬暗殺していた。

 

 

 

ハッとしたときには、ビッチさんはこっちに迫っていて、これから行われるであろう処刑に反射的に回避する、が......

 

 

 

 

果たして、一般的な中学生が条件反射で素早く動けるか......脳内計算した結果、中学生らしくうぶな反応をみせて、その場を乗りきった。

 

 

潜入捜査官だとバレるか、と天秤にかけたら、この選択しかない。仕方なく、公開ディープキスの刑を受けた......確実におれの何かが破綻していくが、金髪褐色野郎のゴリラ的制裁よりまだマシ......だと思うことにする。

 

 

そして、烏間さん。おれの(余計な一言)のせいで、ビッチさんは貴方をすっっっごく殺る気になったみたいです。

 

 

 

 

============

 

報告書

 

椚ヶ丘中学 3年E組 通称【暗殺教室】

 

このクラスはぶっ飛んだ教育現場である。危険人物が教壇に立っていたり、グレーな表現満載の英会話だったり、防衛省の教官直々に暗殺指導だったり、暗殺者が教室に潜んでいたり、指摘点は数えたらキリがない。

 

 

結論:この教室は無法地帯に違いない。

 

 

 

 



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4

本日、【転校生暗殺者】がこの3年E組にやって来るらしい。朝のホームルームでそう言われた。

 

ターゲットの【殺せんせー】はビビりまくって、天井にしがみついている。生徒たちは、【転校生暗殺者】に興味深々で自然と律に全員の視線がいく。

 

律が言うには、本来この【転校生暗殺者】と律が同時に来るはずが、調整と互いの能力差のため、流れたらしい。......なるほど。その空いた一枠がおれの潜入へあてられたのか。なんとなく裏の事情を察した。

 

 

「そういえば、ずっと気になってたんだけど、飛鳥君も転校生暗殺者なの?」

 

 

クラス中の視線がおれに集まる。......今まで、とくに誰にも聞かれなかったけれど、おれってそういう疑惑があったのか。

 

......そうだよな。よくよく考えてみれば、中途半端な時期の転校だし、このクラスは【暗殺教室】だし、ありえる可能性だな。

 

 

「やだなァ~。僕が暗殺者だなんて、そんなつまらない冗談よしてよ」

 

 

今日もニコニコ飛鳥君スマイルで答える。そう答えると、「だよなぁ」「飛鳥君、おれたちと変わんないし」「飛鳥ってば、優しさの極み、みたいなやつだし」と、口々に言い、話はまた例の【転校生暗殺者】に戻った。

 

 

でも、不破さんの「少年漫画なら、衝撃の展開のキーマン的なキャラ位置なのに残念」っていう感想に内心ギクッとなった。......妙に鋭いところあるんだよな、この子たち。目立たないように気を付けよ......

 

 

 

***

 

 

そして、やって来た転校生【イトナ】君。大胆に壁を突き破って来ました。保護者同伴での登校だ。

 

保護者は教室の入り口で、マジックを披露し、全体を一瞥したかと思うと、じっと潮田君と茅野さんをみていた。......彼らに何かあるのか?

 

 

それにしても、兄弟って......たしかに衝撃の展開になったけれども......

 

 

一応、接触を試みるために昼休憩におにぎりをお裾分けした。お菓子ばかりじゃ、栄養が偏るし、あの保護者はマトモな食事与えてなさそうだし......

 

 

それから、【シロ】とかいう全身白装飾の怪しさ全開の不審者とか、【イトナ】君が【殺せんせー】と同じ触手を持っているとか、教室で二人が暴れまわってただでさえボロいのに一部損壊したとか......

 

 

 

もう情報過多でパンクしそう。

 

 

 

おれは、様子見に徹する。【殺せんせー】は生徒に危害を加えないが、【イトナ】君はわからない。聞けば、触手は精神状態に左右されるらしい。おれの判断は、生身の人間が下手に手を出せない。むしろ、出さない方がいい。おれ自身、触手が何なのか把握できていない。クラスで 事情通の潮田君も知らないみたいだし......正直、これ警察がタッチしていい領域なのか?

 

 

まず、【イトナ】君は人間なのか。人工的につくられたモノなのか。あの触手の能力は潜在的なものか、後天的なものか。

 

 

【殺せんせー】の「自分は人工的につくられた生物」という証言が本当ならば、それを造った研究施設があるということだ。その場合、人攫いか誘拐か人身売買か、どのルートかわからないが、何らかの形で人体実験をして、その結果、【殺せんせー】が産まれたことになる。

 

あの危険人物はペラペラ言語を理解するし、教師をするくらいだから知能もある。そして一応、生徒たちへの対応から道徳心もあると想像できる。......月爆発させたテロリストだがな......

 

 

もしも、【イトナ】君がその実験体で成功例だったら、彼はこの先、ずっとその対象になり、【殺せんせー】と同様に暗殺対象になる。

 

 

【イトナ】君の素性が不明な今、下手に報告したら彼の身が危険だ。彼はまだ正式にこのクラスに迎えられたとは言い難い状況だったし、あの危険人物がめずらしく黒い顔をして、怒りを露にした。

 

 

 

不安要素が多い。

 

 

報告は、裏付けができてからで、一旦保留にしよう。

 

 

結局、【イトナ】君は【シロ】によって休学宣言して帰ってしまった。

 

 

 

***

 

 

 

生徒たちは、暗殺により、やる気になったらしい。ターゲットを暗殺できる可能性のある3年E組の生徒。地球の爆発を阻止するために、彼らの積極性、行動力、やる気の上昇は喜ぶことなのかもしれない。今回の【転校生暗殺者】はそのきっかけになったようだ。

 

 

でも、おれの個人の感情としては......

 

 

 

彼らを止めたい、暗殺なんて覚えなくていい、のびのび豊かに成長してほしい、平和に安寧な生活を送ってほしい......

 

 

 

そんな言葉がぐるぐると頭の中でまわっている。

 

 

「おや、飛鳥君。どうしましたか?」

 

 

木の木陰で腰をかけていると、ターゲットが話かけてくる。......改めてみると、この超生物はひとりひとりの生徒をよくみているんだなと感じる。

 

 

「......せっかくみんなが暗殺(やる気)になったところなのに、僕はそれに水を指しそうな心境なんだよ」

 

 

困ったように笑うと、ターゲットはおれの頭をその黄色い触手で一撫でする。

 

 

「君はやさしいですねぇ。その気持ちは君の長所ですよ。今は大いに悩んで結構です。その悩みが君自身の成長につながりますから。君の決心や覚悟......君が求めている『答え』がみつかりますよ。この学び舎でね」

 

 

その言葉は、ストンと不思議なくらい受け入れられた。......そうか。その『答え』がおれの『正義』になるのだろうか。

 

 

フッと笑って、「そうだね」と肩の力を抜いた。

 

 

 

 

==============

 

報告書

 

椚ヶ丘中学 3年E組 通称【暗殺教室】

 

【転校生暗殺者】の介入によって、生徒たちの暗殺のやる気に火がついた。【暗殺】行為は積極性を増した。生徒が自発的に行動し、防衛省の担当教師が放課後訓練を始めた。

 

 

 

 

 



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5

この教室で、抱いていた違和感。

 

それはクラスマッチで判明した。

 

 

はじめてこの椚ヶ丘中学に来たとき、新校舎から離れ、山の上にある木造平屋の旧校舎。国家機密の為に隔離されたとおれは解釈した。傍迷惑なテロリストが要求した「3年E組の教師」によって、巻き込まれたものだと思っていた。

 

 

事前に読んだ学校案内のパンフレットには、進学校を謳うだけあって、設備や教育カリキュラム、理事長の応援メッセージ。よくある完璧なものだった。

 

 

だからこそ、ここに来るまでは、おれは3年E組を一般的な普通の中学生だと認識していた。

 

 

ところが、実態はそうではなかった。

 

 

まず、超生物が懇切丁寧に教壇に立っている。そして、生徒はその教えを勉学と【暗殺】も含めて受け入れている。

 

呆然としたおれに「やっぱり違和感あるよね。僕らも殺せんせーに慣れるまで大変だったよ」とヘラリと笑う潮田君に「君たちって、結構肝っ玉あるね......」と返した。子どもは怖いもの知らずっていうけど、まさにその通りだな......

 

 

わすれないで、君たちの前にいる教師、国際的指名手配犯なんだぞ!!

 

 

 

 

***

 

 

 

 

学校らしいイベント、クラスマッチが開催されるらしい。男子は野球、女子はバスケ。野球経験者の杉野君をリーダーに練習する。クラスの悪ガキ組は早々に「やってられるか」って、出ていった。

 

 

 

......青春だ、あつい。おれは1回その通過儀礼やってるから、竹林君とともにマネージャーに立候補した。......ほら、中学生の試合に警察官混じったら、アウトだろ?子どもの喧嘩に大人が仲裁しても、加担するのはよくない。

 

 

 

そして、その判断は間違っていなかった。

 

 

竹林君が敵情視察に行っている間、E組男子は殺せんせーに、しごかれていた。

 

 

マッハ20の豪速球で。

 

 

 

やめてやれよ、生徒たちヘバってるぞ......こいつは手加減というものを知らないのか。

 

 

憐れに思ったおれは「お疲れさま」とスポドリとタオルを渡していく。殺せんせーに「選手を故障させる気ですか?」とチクリと苦言を言う。それから、ちょっとマシになったけれど、やっぱり人間と超生物じゃ、元のスペックが違うから、無理があった。

 

 

 

 

そしてクラスマッチ当日。

 

 

サッカーの試合でたまに見るけど、なんだこのアウェー感。君たち、中学生だよね?E組に対してヘイト強すぎないか?

 

こそっと近くにいた委員長、磯貝君に聞いてみると、「飛鳥は転校してきたから知らないか......」と、ワケ知り顔で納得され

 

 

「この椚ヶ丘じゃ、E組はね、こういう扱いが当たり前なんだよ」

 

 

と返された。

 

 

こういう扱い、か......罵詈雑言浴びせられて、ガチモンの野球部と試合させられて、公開処刑みたいだ。だが、磯貝君曰く、【殺せんせー】のおかげでちょっと改善されたという。

 

 

でも、これ外部にバレたら問題ありまくりの事案だ。学校全体で大っぴらにやってるのに、世間で糾弾されないのはどうしてだろうか。......と考えてみれば、監督が理事長に交代し、一気に形成逆転された。彼が登場しただけで、場の空気が変わった。

 

 

......なるほど。あの理事長、遣り手だな。問題になる前に理事長が手を回しているのか。国と交渉して、E組を提供した強者だ。

 

 

試合をみてわかった。学校全体からE組が無いもの扱い、誹謗中傷の的にされている構図はこの理事長がつくったものだろう。学校の教育方針という名目で......

 

 

今日は試合に勝利して、クラスもお祝いムードだったが......

 

 

もしも、このE組から反発・抵抗する生徒が出たら、真っ先に狙われそうなのは、元凶の理事長ではないだろうか?理事長でなくても、一般人もあり得るかもしれない。

 

 

 

中学生とはいえ、暗殺技術をかじっている彼らが束になって襲いかかったら......

 

 

 

 

タラリと冷や汗が流れる。

 

 

 

 

 

そんな事態になったら、間違いなく、おれは責任を取らされ、ついでにあの警察の偉いジジイの責任も押し付けられ、おれの人生、ゲームオーバー......

 

 

 

 

 

......マジかよ。

 

 

 

ジジイ、あんたって人は!!!

 

 

そういう事態を想定して、それも含めて、【E組生徒の安全の確保】か。暴走しないように子どもを懐柔して、コントロールできるようにしておけ、と......

 

 

 

 

 

ふざけんな!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

=============

 

報告書

 

 

超生物が言う『殺意が結んだ絆』を目の当たりにした。現状、チームワークが強くなっている様子。だが、このクラスがすれ違いや仲違いによって分断し、崩壊したとき、その『殺意』の矛先がどこに向かうのか。とりあえず、理事長にSPをつけることを上層部から掛け合ってもらいたい。



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6

この前の報告書は怒りのままに手で握ったら、シワシワのヨレヨレになった。書き直すのも面倒で紙の無駄だと判断し、そのまま提出した。連絡員に「仮にも上に提出するものだから書き直せ」と、小言を言われたが、「あんたの眉間の皺にそっくりですよ」とスルーした。

 

 

 

 

学校に着くと、新しい体育教師を紹介された。【鷹岡】というらしい。デザートを振る舞い、生徒の懐に入り込もうとしている。警察の立場のおれからみると、「お菓子あげるから家においでよ、オジさんこわくないよ」みたいな常套句を言う不審者にみえる。

 

 

「赤羽君は次の体育どうすんの?」

 

「......オレはパス。なんか胡散臭いんだよな、アイツ」

 

赤羽業。彼は頭のキレる不良エリート少年だ。彼が集会や授業をサボることはそう珍しくない。

教室の窓から、鷹岡と生徒たちを眺める。今のところ、変な様子は見当たらない。グラウンドでワイワイ盛り上がっていて、教室の中は余計に静かに感じる。

 

 

「......そっか。そういえば、職員室の冷蔵庫にご当地限定のシュークリームあったからどーぞ」

 

「......サンキュー。飛鳥君って、そういうのしないタイプかと思ってた」

 

ホイッと、シュークリームを手渡す。職員室でこっそり何個か拝借させていただいた。居合わせた烏間さんには「暗殺の手がかりに」とでまかせな理由付けて、許可はとってある。

 

 

「外の殺せんせーたち見てみなよ。今も差し入れのデザート食べてるのにこれ以上となったら、糖尿病になっちゃうよ」

 

「へぇ。オヤサシイ飛鳥君は心配なわけ?わざわざ恩師の健康まで気を使ってご苦労サマ」

 

肩をすくめて眉を下げたおれにニヤリと笑った赤羽君は、ひと口かじり、面白い玩具をみつけたような視線を向ける。おれは彼の言う『オヤサシイ飛鳥君』らしくニコリと笑う。

 

 

「知ってる?『いつも~三丁目の朝日~』って映画で、冷やしたはずのシュークリームを食べた子がお腹壊してたんだよね」

 

ゴホッと喉を詰まらせた赤羽君に、心配そうな顔を向け、彼お気に入りの煮オレジュースを差し出す。

 

 

 

「......飛鳥君、イイ性格してるよ。食べる気、失せたじゃん」

 

 

殺せんせーが持ってたものだから、食中毒の危険はない。ヤツの食欲は無限大だし、何気にグルメだし。そもそも生徒の安全を阻害するなんて、わざわざする動機もない。

 

 

げんなりした顔の赤羽君のサボりを見送って、教師陣の輪に近づく。鷹岡が実行にうつすなら、おそらく授業が始まってからだ。

 

 

「教師が交代させられて、『はい、そうですか』って、従えるわけない。......とくに貴方を慕ってる子は」

 

 

ポケットから職員室で偶然拾った写真を取り出す。バッと烏間さんは写真をとり、目を見開いた。写真には、鷹岡によって訓練された兵士が暴行を受けていた証拠が写ってある。いくらおれが警察であっても、今のおれは中学生。動こうにも動けない。殺せんせーはダメだった。ビッチさんもたぶん門前払いされそう。おれが動けなくても、動ける人にやってもらうしかない。

 

 

「その写真みても何も思いませんか?取り返しがつかないことになると思いますけど」

 

 

おれが言い切るより前に烏間さんは地面を蹴り、振り上げた鷹岡の腕を掴んだ。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

颯爽と現れた理事長に解雇通知を受けた鷹岡はこの【暗殺教室】から去っていた。ある意味、はじめてのリタイア者だ。

 

 

それにしても、潮田君が本物のナイフを当てたのには驚いた。

 

ザ・草食系な子......人は見た目によらないってつくづく思った。そして、潮田君の力を引き出したのは......

 

 

「烏間さん。自分の影響力に自覚あります?」

 

 

クラスメイトに囲まれている潮田君はモミクチャにされている。烏間さんはそんな潮田君を呆然とみていて、信じられないと言った表情だった。でも、僅かに出た可能性に期待していて、その心は複雑そうだ。

 

 

「影響力?」

 

「自分の能力が周りから嫉妬されたり、憧れたり、利用されたり......ぼくは、少し潮田君が心配ですよ」

 

 

潮田君は、本人に自覚なさそうだけど、【暗殺】の才能がある。恐れてしまった事態だ。このまま、その才能が開花するにせよ、しないにせよ......彼が自覚したとき、【暗殺者】の道を選んだら......

 

 

先が思いやられる。......任務がハードすぎる。生徒の進路まで......なんとか安全で全うな職種に誘導できたら......いや、そこはあのタコに任せよう。

 

 

チラリと横目で烏間さんをうかがうと、苦い顔をしていた。

 

 

烏間さんの場合、本人の知らぬところで揉め事になってそうだな。

 

鷹岡には憎悪に近い感情を向けられている。それにこの人は気づいていたのか......この分だと、気づいてなさそうだな。お堅い軍人さん上がりで、妙に感情に鈍そうだし。一回り離れた生徒との交流も、ちょっとギクシャクしてた。

 

 

「貴方と鷹岡って、どんな仲だったか知りませんけど、同期なんですよね?」

 

おずおずと曖昧に頷かれた。

 

おれたちが特種だったのか?畑違いだから?防衛省と警察じゃ、付き合いがちがうのか?

 

わりと同期の繋がりって切れないものだけど。同期のチャラ男と天パ男とガハハ系男から「飲み会しよーぜ」って誘われる。ついこの前もその誘いのメールが来てたけれど。

 

......悲しいかな、中学生に擬態している今は、アルコール飲めないんだよ。あの超生物にすぐバレる。ヤツは鼻がいいらしい。来世、ヤツが警察犬になることを期待しよう。

 

 

 

「気を付けた方がいいと思いますよ。あの人、貴方に並々ならぬ執着を抱いていそうですから」

 

 

 

 

 

 

 

 

=============

 

報告書

 

防衛省の鷹岡の不祥事が発覚。暴力を訓練の一貫として日常的に振る舞っていたらしい。詳細は同封の写真データを確認。

防衛省の内部の問題として片付けられる見込み。鷹岡と烏間は同期であり、鷹岡の烏間に対する劣等感と対抗心が煽られ、生徒が負傷した。

 

 

 



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7

side 潮田 渚

 

 

律と一緒にこのE組にやって来た転校生、飛鳥 進君。はじめは、律のインパクトが強すぎて、「転校生って二人だよな?まさかターミネーターみてーな奴がくるのか!?」なんて戦々慄々としていた。

 

教室には、ドーンと機械が置かれてあったし、画面には烏間先生から送られた写真とそっくりな女の子が写って、独特の機械音で自己紹介された。烏間先生が律を紹介していると、ひょっこりと男の子が教室に入ってきた。

 

 

(((((イケメンキターーー!!)))))

 

これが僕らの飛鳥君の第一印象。

 

くせのある黒髪、色白の肌、深紅の瞳が特徴的。 たぶん、アルビノってやつかな?

 

 

彼は僕らを見回して、烏間先生から紹介されている律をみて固まった。目をそらせば、それは殺せんせーを捉え、彼の表情は「来るところ間違えたかもしれない......」と物語っていた。

 

 

それから、ぎこちなく、なんとか自己紹介してそそくさと席へ座った。クラスの皆の関心は律に集中していて、転校初日の彼からしたらよかったのかもしれない......

 

 

でも、その日は律の乱射で授業どころじゃなかった。

 

 

(((((転校初日からこんな目にあうなんて、ツイてないやつ......)))))

 

 

同情的な視線が飛鳥君に集まった。

 

 

【①気遣い屋さん】

 

彼はよく周りをみていて、サッと手をのばしてさりげなくフォローする。今では、【フォローの飛鳥】や【優しさの塊】なんて言葉が飛鳥君のことだと認識されている。クラスマッチでは、マネージャーを率先してスポドリからプロテインを準備して、テーピングを卒なくこなす。殺せんせーのマッハでしごかれ疲れはてた僕らに疲労効果のバブを手渡し、筋肉痛にならないためのマッサージをレクチャーしていた。彼が菩薩にみえたのは、きっと僕だけじゃない。

 

 

 

【②律になつかれている】

 

これはちょっと前の話。

 

 

「飛鳥さん!貴方のおかげです!」

 

「何のことだかわからないけれど」

 

「何とは言いませんが!感謝してます!!」

 

飛鳥君は「同じ転校生のよしみ」って、困ったように頬をかきながら、笑っていた。たぶん飛鳥君のことだから、知らない間に律をフォローしたんだと思う。

 

 

 

 

【③趣味は読書】

 

飛鳥君は読書家だ。一昨日は【走れメロス】昨日は【少年じゃんぷ】今日は【元気玉は過労死を引き起こす】......最後の本のタイトルは突っこみどころがありすぎる。どこでみつけたんだろう?幅広いジャンルを網羅していて言うなれば、飛鳥君の読書は守備範囲が広い。

 

プールの授業のときはビーチサイドで腰掛けて、【よくわかる拷問術】という本を読んでいた。隣の狭間さんと意気投合して話している様子は「なんかアイツらやべー」感が伝わってきた。普段ならカルマ君や中村さんが嬉々として飛鳥君に水をかけそうだけど、今のやべーやつ二人に近づく勇者は誰もいない。

 

 

 

「水といえば水死体が一番苦しいみたい」

「水責めね。火炙りは魔女裁判でよくされていたわね」

「焼死体かー。殺せんせーって燃えるのか?」

「......誰かオイルライター持ってないかしら」

 

 

「狭間さんっ、飛鳥君っ!校舎は燃やさないでくださいね!?」

 

 

(((((お前ら、こえーよ!!)))))

 

 

真顔の狭間さんとニコニコ笑った飛鳥君はみているだけで恐ろしい。本気で言っているのか、冗談なのかわからなくて、こわい。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

まだほんの少ししか飛鳥君の一面を知らないけれど、飛鳥君はいい人だと思う。僕の直感だけど。飛鳥君は僕らに敵意をみせないし、どちらかと言うと見守ってる、って表現が近いかもしれない。暗殺はあくまで皆のサポートで消極的。ちょっとミステリアスな雰囲気があるけれど、それも飛鳥君の個性なのかな。

 

 

 

 



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8

【飛鳥 進】の設定に【趣味は読書】ということに決めた。

 

性格は温厚派で、文学少年のイメージ。

 

潜入して困ったことは、現役中学生のお喋りの話題。なんせ、彼らは「まじで?」「まじまじ~!」で会話することが多々ある。何故それで通じるのか。おかしいな、同じ日本語喋っているよね??まじで。......あ、おれもうつった。

 

憧れた戦隊ヒーローとか、流行った文房具とか、ジェネレーションギャップが生まれるわけだ。いつボロがでるかヒヤヒヤしてしょうがない。その手の話題は聞き役に徹するか、話題転換して乗りきるに限る。

 

ともかく、休憩中の過ごし方で不自然に思われないのは読書だと思い付いた。読書は周囲の動向を察知するカバーになる。一石二鳥だ。

 

 

 

中学生が読む本はどんなものだろうか?

 

 

文学少年なら、王道で【走れメロス】か?

 

 

早速、休憩時間に読んでみた。

 

............唐突だな。政治わからないのに王様を暗殺未遂したのか。のこのこ王城に短剣を持って検問で見つかったのか。それは御用になる。

 

殴り合いのシーンで、ちらっと幼馴染の顔が頭によぎった。ラストシーンはお巡りさん的には公然わいせつ罪で逮捕案件だな。

 

 

パタンと、文庫本を閉じる。タイミングを見計らったように

 

「お堅いの読むんだな。これ、よんでみろよ」

 

と、【少年じゃんぷ】を手渡された。不破さんから回ってきたらしい。独特の印刷の匂いに懐かしく感じる。おれも回し読みやってたなぁ......

 

 

衝撃!!

 

 

おれが現役で【少年じゃんぷ】を読んでた頃にはなかった!

 

 

なかなか面白かったから次の週にコンビニで、【少年じゃんぷ】を購入した。

 

 

【急病のため休載します】

 

 

 

項垂れるおれに、不破さんは「この漫画、しょっちゅう休載するから、いつものことよ。次は一年後かな」と告げる。つまり、地球が救われなければ、このまま未完になるのか。不破さんは慰めにその連載の単行本を貸してくれた。

 

 

それから、ほぼ毎日手当たり次第に本を読んでいると、何人か読書仲間ができて、狭間さんに本を薦められた。

 

 

【黒魔術召喚 初級編】

 

 

「くろまじゅつしょうかん......」

 

タイトルが怪しさ極まりない。思わず、ひらがな言葉がこぼれた。

 

最近の中学生やべー......

 

いや、むしろこれが噂にきく【中二病】なのか?......ハッ!こういう本を読むのが中学生らしさ!!?

 

 

雷に打たれたかのような衝撃が走った。

 

 

「......なんか飛鳥、固まってないか?」

「飛鳥君が堕天しそう」

「さすが狭間。闇の威力、恐るべし......」

「......オイ、読み始めたぞあれ」

「素直か!呪文唱え出したらどうする?」

「お前オカルト信じるのかよ」

「......でも、あの狭間が持ってた本だぞ!?」

「「「「「............」」」」」

 

 

ボソボソと聞こえるが、おれの耳には筒抜けだ。何人かグルになって、【狭間さんが飛鳥に怪しい本を渡したらどうなるか】というモニタリング兼ドッキリを仕掛けたらしい。

 

 

......なんだ、茶番か。......だよなー。危うく中学生の認識を誤解するところだった。それならこっちもソレに乗っかってみようか。

 

 

本を読むにつれて、ニコニコと表情を緩めると、「ひぃ!」とあちこちで悲鳴多発。つい、口角があがりそうになって本来の性格が出そうになる。

 

 

それからちょっと飛鳥君的おふざけをしてみた。ときどき狭間さんとふざけてやべー話をすると、面白い反応をしてくれた。それは殺せんせーにも伝わり、おれと狭間さんは【混ぜるな危険】と扱われるようになった。

 

 

 

***

 

 

読書をしつつ、クラスを観察すると、寺坂君の不満は日に日に大きくなっているようだった。あのタコに対する鬱憤がたまり、つるんでいた友人たちから孤立し、彼は浮いていた。

 

 

殺虫剤のようなものを投げつけ、教室にガスのようなものを撒き散らした。モヤモヤとした煙が広がり、ハンカチで口をおさえる。寺坂君は誰の話にも耳を貸さず、そのまま教室を出ていった。

 

 

そっとハンカチでそれを包み、袋に入れ、回収する。市販のものにはみえない。律に確認したところ、市販品と一致しなかった。今のところ、自分と生徒の様子をみたところ体に害はなさそうだ。

 

 

さて、寺坂君はどこでこれを手に入れたのだか......

 

 

 

考えられる可能性としては......

 

 

 

わるい大人に目をつけられた。

 

 

 

そのわるい大人は誰なのか。

 

 

 

その大人は寺坂君がクラスに馴染めていないことを知っていた。一度、この教室に来たことがある外部の人間。尚且つ、殺せんせーの弱点が水だと発覚したこのタイミング。

 

 

この殺虫剤(仮)を渡すために寺坂君本人と接触し、協力関係を持ちかけた。ならば、一度、E組で信頼を底辺に突き落とされた鷹岡は除外。理事長は仮にも教育者であるし......

 

 

所属に持ちかえっても、日本警察(おれたち)だけでは特定できない。【殺せんせー】に関しては防衛省がほぼ独占している。もし、調査したとしても、上からストップがかかる。なんせ、国家機密だ。

 

 

「......烏間さんに預けるのが最善だな」

 

 

職員室へ足を急ぎ、声をかける。木造校舎の床がギシッと音をならした。

 

 

「寺坂君が殺虫剤を教室でぶちまけてしまって......皆の体に何かあったらこわいので預かってくれませんか?」

 

 

眉を八の字に下げ、袋ごと渡す。おれは体調に不安を感じる生徒らしく「ゴホッ」と咳を隠すように口を手で覆う。烏間さんは神妙そうな顔で了承し、ついでに体調を気遣う言葉をくれた。

 

生真面目な性格で、生徒を預かっている身の烏間さんのことだから、殺虫剤の中身が何か調べてくれるだろう。

 

 

 

 

 



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9

翌日、教室へ入るとターゲットが汚物を撒き散らしていた。控えめに言って、気持ちわるい。近づきたくないが、【飛鳥 進】は慈悲深い子。今では見なれたスクバから、箱形ティッシュを取りだして押し付けた。あの大洪水だったら、ポケットティッシュだけでは足りない。ターゲットは「飛鳥君、ありがとうございますぅぅ~」とグズグズ声で箱形ティッシュは残像がみえる勢いで消費されていった。

 

 

ガララッと教室の扉が開くと、「寺坂君!」と殺せんせーが飛び付いた。分泌物を撒き散らされ、正直もっと怒っていいと思った。

 

 

しかし彼は暗殺をすると宣言し、クラスメイトに協力しろと要求した。

 

暗殺に興味がなかった普段の彼ならここでキレて教室を出ていくはずだが......予想外だ。彼がアクションをする【何か】があったのか?いったい何を吹き込まれたのやら......

 

 

結局、殺せんせーがゴネてぞろぞろとプールへ向かうことになった。......だが、【飛鳥 進】は昨日から体調がわるいことになっているので、水着には着替えずに外で待機していた。昨日の烏間さんに証言した手前、そういうことにしておいた方が都合がよさそうだ。

 

 

平屋の裏側の壁に背を預ける。もう7月になり、暑くなってきた。日陰があるところで状況を整理する。

 

 

寺坂君は【誰か】から暗殺計画を持ちかけられ、その話に乗り実行中、というわけか......その誰かさんはわざわざ【E組生徒】をプールへ誘き寄せた上で殺せんせーを狙っているのか......

 

 

 

......マズイ。これはおれの任務案件【E組生徒の安全】に引っ掛かる。

 

 

思考から戻ると、すでに彼らはプールへ向かっていた。ここからプールまで歩いて10分程度......いまなら間に合う、いや間に合わせる!!おれは急いで烏間さんへ電話をする。山の斜面の不自由な足場で携帯を持つ手がブレる。

 

 

「烏間さん!今すぐプールへ来てください!」

『わかった。すぐ行く......!』

 

 

おれの焦った声と同時に山に響く轟音に察しがついたらしい。電話口の烏間さんに緊急性は伝わった。

 

 

おれがプールがある場所に辿り着くとそこには、茫然と膝をつく寺坂君がいた。

 

 

 

***

 

 

 

 

破壊されたプール跡地から少し離れたところにすでに何人か救助された生徒がいた。殺せんせーは仕事がはやい。

 

 

そして、寺坂君を唆したのはシロだった。初対面のときといい、妙に殺せんせーや触手に詳しい。自慢気に暗殺作戦を披露し、自分によい浸っているような節がある。イトナ君の触手に手を加えたという発言から、研究畑の人間ではないかと推測する。

 

【シロ】という名前は偽名か、あだ名か、何かの比喩、もしくはコードネームか.....

 

 

思考の波に揺れつつも、彼らの会話は広がっていく。

 

 

 

「お前、ひょっとして今回のこと、全部奴らに操られていたのか!?」

 

「目的もビジョンもねー短絡的なやつは、頭のいい奴らに操られる運命なんだよ」

 

 

寺坂君の発したその言葉は、おれの最終的な任務まで見据えられていて、核心に近かった。

 

 

暴走しないように子どもを懐柔して、コントロールできるようにしておけ

 

 

 

直接言い渡されたわけではないが、遠くない未来そう命令されることもあり得る。建前からその裏の真意をくみ取ると、おれが指令されたことはそう捉えられないとは言い切れない。遠回しでまどろっこしい。日本語って、ほんと......

 

 

知らぬ存ぜぬ、でシラを切り通せたらなぁ......

 

 

ろくでもないやつに拾われたら大変なことになるぞ、現在進行形の経験している自分にちょっと気分が落ち込む。

 

 

背後からバタバタと黒服の大人がかけてきた。あぁ、そうだった。おれが呼んだんだった。

 

 

 

「無事か!?」

 

「シロとイトナ君の暗殺だそうで、とりあえず無事です」

 

 

状況を短く伝える。ざっと周囲を見渡し、生徒を無事だと判断した烏間さんはテキパキと部下に連絡し始めた。今回の事態を彼は事前に把握できていなかったらしい。

 

 

低い崖の下では赤羽君を水たまりに蹴落としていた。寺坂君が始めにしたのをきっかけに、日頃の赤羽君への愚痴を開いていく。面と向かって言う彼らは、冗談口で実に学生らしくて、少し眩しく目に写った。

 

 

 

いつの間にか殺せんせーが左隣にいて、「飛鳥君が烏間先生に知らせてくれたんですね」と話しかけた。「まぁ、『事件や事故があったら110番』て言いますしね」とヘラりと笑って返す。この教室での事故及び事件は国家機密に触れるから実際に110番はできない。だから、生徒は110番の代わりに緊急コールを登録し、烏間さんたち防衛省が対応することになっている。和やかにワイワイ水を掛け合っている彼らを見つめれば

 

 

 

「飛鳥君も高みの見物してんじゃん!」

 

 

目ざとくおれを見つけた。いや標的に変えた赤羽君がこちらに指を指す。バッと注目され、殺せんせーを仰ぎ見るが助けてくれないらしい。顔が黄色と緑のシマシマ模様になっている。トンと軽く背中を押す――たぶん潮田君――のを甘んじて受け、バシャンッと受け身をとった。

 

 

 

半袖のシャツは水に濡れ、下に着ていたタンクトップの色が透けている。体にシャツが張り付いて、しっとりと濡れた前髪をかきあげる。

 

 

 

「よってたかるなんてひどいな」

 

 

俯いたまま伏し目がちに告げると、皆の反応と言えば真っ赤な顔でぷるぷると口を抑えてる。文句や小言を受けるかと予想していたのに意外な展開である。

 

 

「「「「「目に毒すぎる」」」」」

 

「ヌルフフフ......これはイリーナ先生に報告ですかねぇ」

 

 

あのタコは終始ニヤニヤしていた。

 

 

 

 

=============

 

報告書

 

防衛省からの調査結果で触手生物を鈍らす効果があるスプレーであると判明した。現在、()()()()()国内の研究施設を調べてほしい。

 

 



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10

【暗殺】に日々挑む生徒たち。だが、学生の本分は勉強。つまるところ、E組生徒たちは期末テストに追われていた。

 

 

殺せんせーが触手を破壊する権利と引き換えに生徒のやる気に火をつけた。さらに本校舎の生徒と売り言葉に買い言葉で賭けをし、あとには引けないらしい。

 

 

必死でテスト勉強をする彼らにターゲットの分身は付きっきりの状態だ。

 

テストに関しては特に手を出すこともない。この学校の教育システムを考えたら、()()()()()()本校舎に目の敵にされ、逆に()()()()()()てもあのタコにみっちり教え込まれる。雑踏に紛れ込む程度でいい。目指すはaverage―――平均だ。

 

 

おれが1位を狙わなくても、おれじゃない誰かが1位を取れば問題ない。あのタコは確かに【各教科トップに触手を破壊する権利を与える】と言ったのだから。指定された条件の隙間を掻い潜るなら、中学生履修済みのおれが一枚上手だ。

 

 

 

「ちょっと一泡ふかせてみないか?」

 

 

 

料理本を幾つか手に持ったおれは不機嫌そうな彼らに声をかけた。

 

 

 

***

 

 

 

通称【寺坂グループ】はおれの話に怪訝そうな表情で聞いた。

 

⎯⎯「この教室を将棋の駒に見立てると、ぼくたちは歩兵なんだよ」

⎯⎯「ンなこと今さらだろ」

⎯⎯「そうね。私たち、お世辞にも優等生ってガラじゃないし...」

 

⎯⎯「歩兵って一見やる気ないようにみえるだろ?でもさ、歩兵が化けたら『と金』になるんだ。つまりは戦力外通知を受けそうなぼくたちでも充分に戦える可能性がある」

⎯⎯「ケッ!下手な慰めはケッコウだ!そういう善人ぶった物言い腹立つンだよ」

⎯⎯「ちょっ、寺坂」

⎯⎯「やめろって。寺坂。飛鳥はカルマとはまた別な方向で──」

 

⎯⎯「君の言う通りだよ、寺坂君。たとえ本当の事だとしても、言い方が悪かったよ。戦力外通知だなんて、言い方が生易しかったよね。馬鹿には馬鹿なりのプライドがあるのに」

⎯⎯「アァ!?」

 

⎯⎯「──方向で厄介って、言うの遅かったか...」

⎯⎯「見ろよ、寺坂を。馬鹿って自覚があるからこそある意味正論だから言い返せない。飛鳥は無自覚なんだぜ?あれで」

⎯⎯「見た目優男のくせして煽り癖が見え隠れするときあるわね」

 

 

 

途中キレたもののおれの提案に食い付いた。殺せんせーが出した条件を都合のいい解釈し、

 

⎯⎯「何の教科か指定範囲されていなかったよね?」

 

⎯⎯「誰もぼくたちをマークしていない。予想外のダークホースになって、動揺を誘える」

 

 

ぺらぺら言葉巧みに話し、セールスマンのように彼らにおれの営業(暗殺)を売り込んだ。おれのプレゼンを聞いた彼らは、内密にテスト勉強を進めた。おれはあくまでも流行りの健康食や過去問からテスト作成者の好みを予想し、口添えをする程度に留めた。今この作戦がバレたら、水の泡になる。そうなったら、五教科に家庭科を含めない、なんて条件を付け加えられる可能性もある。「いきなり親しくなったら勘繰られ、殺せんせーに言い含められる。」と言い繕い、試験日を迎えた。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

テスト結果は、三人が触手を破壊する権利を得た。あからさまにホッとした様子のターゲットをみて、ニコニコ飛鳥君が早くも降臨しそう。盛り上がりがおさまってきた教室で、寺坂君たちが席をたち、答案用紙を殺せんせーに見せびらかす。

 

「にゅやッ!?家庭科は五教科ではなく」

「それ家庭科さんに失礼じゃね?」

「そうだそうだー」

 

......ここぞとばかりクラス一丸となって、触手破壊をゲットしていた。

 

 

「飛鳥も加えたら5本の触手だったのにな」

 

ボソッと言った吉田君に「でも飛鳥が殺せんせーを引き付けてくれたおかげで俺ら家庭科に専念できたし、そういう作戦だったろ?」と村松君が言う。「影武者みたいね。フフフ」と不適に狭間さんが言う。ガバッと立ち直った殺せんせーはおれに向き直る。

 

 

「ごめんね?」

 

ヘラりと机に頬杖をついて形だけ謝罪する。ガックリした殺せんせーは試験期間中の行動を回想しながら確認するように問う。

 

「質問にしょっちゅう来るようになったのは......?」

 

「グループでテスト勉強の共有していたから邪魔しないように」

 

「全教科の過去問が欲しいと言ったのは......?」

 

「対策の練りようがなかったからね」

 

「俺たち過去問なんて、捨てたからなー」

「やっててよかったぜ家庭科」

 

おれにとっては平均点を取るためだったけれど。

 

してやったり、と顔をした彼らはたいそうご機嫌だった。

 

 

 

***

 

 

 

ピッタリ平均点が書かれた自身の答案用紙をみながら、小さく折り畳む。試験なんて、学生以来だった。

 

 

終業式を迎え、夏休みが始まる。あのタコからもらった分厚い本はもはや楽器のアコーディオンだった。持ち帰るこっちの身にもなってほしい。嫌がらせかよ。スクバに入りきらなくて、電車に乗るときすげー周りの視線が恥ずかしかった。隣に座ったおばあさんに「今日のラッキーアイテムなんですよ」と答えたおれはたぶんひきつった笑いになっていった。

 

 

駅前の自販機で、冷たい缶コーヒーのボタンを押す。ヒンヤリした面を首に当てると、少し体感温度が下がった。

 

 

通知音が鳴りやまないクラスのチャットを開く。

 

【すげーじろじろみられてる。ツラい】

 

 

わかる。ものごくわかる。

 

 

【いじめの心配されたんだが......】

 

おれなんて、隣に座ったおばあさんに楽器と勘違いされて1曲リクエストされそうになった。

 

【刑事さんに呼び止められた。はじめて警察手帳みたわー】

 

 

 

......!?

 

 

 

 

 

嫌な予感がしてメール画面を開く。

 

 

=============

 

件名:定期連絡

 

報道で不審者として危険人物らしき目撃情報が相次いでいる。近日、本庁に顔を出すように。

 

 

椚ヶ丘の制服を着た生徒がアコーディオンのような本を持ち歩いているのはどう説明するのか納得のいく答えを期待する。

 

 

=============

 

 

 

 

 

 

ほんっっっとに、あのタコは!!!

 

 

 

 

仮にも教師なら不審な行動するなよ。はっちゃけすぎだろ。命狙われてるってことを自覚しろ!

 

 

ミシリッと缶コーヒーが音をたてたのはやむを得ない犠牲ってやつだ。

 

 



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11

ターゲットがエベレストに避暑していると確認がとれたので、この間に本庁に出勤することになった。ピンポンとチャイムが鳴り、インターホンを確認すると、保護者役の同僚が映っていた。顔を会わせると、慰めるようにポンと肩に手を置かれる。同情するなら代わってくれ......

 

 

車に乗せられ、久々にドーンと構えている建物をみて、自分が警察官だったと実感する。出向場所が中学校なものでね......(涙)

 

 

小さな会議室に入り、ドサッと資料を置く。

 

「ほぉ......それが今の中学生の夏休みのしおりとは......新手のテロかと思ったよ」

 

「テロだったら、このまま貴方の首が飛んだかもしれないですね。上司と心中なんてお引き取り願いたいですよ」

 

 

いつものように上司と嫌味の押収をして本題に入る。

 

 

「君の報告書にあった鷹岡という男が防衛省の金を持ち出し、行方知れずになったそうだ」

 

「......防衛省はとんだ失態ですね」

 

「上の連中が泣きついてきてな、いい気味だ。捜査網を張って最後に確認できたのは沖縄だそうだ。今ごろ海を渡っているか、島に潜伏しているだろう」

 

 

貸しができたと上司は機嫌良さげに言うが、おれは現場の仕事が増えたことに項垂れる。

 

沖縄にいるとは......どこでE組の情報が漏れたのやら......あぁ、そういえば、鷹岡は元防衛省のヤツだったな......

 

 

あのときの鷹岡は、たかが中学生に追いやられ、その後の元の職場でたいそう叩かれたらしい。それが余計に復讐心を煽ることになったのだろう。

 

 

「沖縄ですか......随分タイムリーでホットな所ですね。旅行先に逃亡犯が潜伏中だなんて笑えないですよ......復讐が目的だとしたら、標的はE組ですかね」

 

「君も含まれるな」

 

「......勘弁してくださいよ」

 

 

 

頭がいたい。額に手をあて、ハァと深いため息を吐く。

 

「上は捜査協力しろというが、例の暗殺計画中だと我々は手を出そうにも出せん。あくまで監視でいい」

 

「えぇ、了解しました」

 

 

言外に見逃してやると言いながら、結局は防衛省に押し付けている。その内心は鷹岡を泳がせて、防衛省の失態を助長させたいのだろう。

 

「例えば、旅行当日に不測の事態が起こり、そこで視たものや聴いたものは偶然居合わせたということで......」

 

「そうだな......偶然は重なると言うから、あり得ない話じゃない。お縄になる輩が増えるだけだ」

 

 

やっぱりこの人、ロクデナシだ。類は友を呼ぶっていうが、何でこの人が警察官になれたのだろう。......そんなこと言い出したら、おれにもブーメランがささるけれど。

 

 

 

***

 

 

 

沖縄リゾート暗殺旅行 in普久間島

 

 

上司から事前に政府が迂闊に手を出せないホテルがあり、警察の介入もできないときいた。

 

おれたちが宿泊するところは別のホテルなので、安心したが......裏社会ご用達のホテルで金があるのなら、十中八九そこにいるのだろうな......

 

 

 

 

エメラルドグリーンの海とキラキラ光る砂浜は立派なリゾート地にみえる。その裏は、闇の巣窟だから恐ろしい。

 

 

以前借りた漫画の続きを購入し、持参した。というか、全巻大人買いした。これぞ社会人の成せる業。6時間近くかかるというので、数冊、暇つぶし程度に持参した。

 

 

船から下りると、各班に分かれ、諸々作業する。おれは三村君の作業の手伝いだ。動画編集したそうで、ギリギリまでこだわって、ミスのないように二人で分担する。

 

 

......あのタコ、やらかしすぎだろ。

 

 

以前、不審者情報の連絡をきいたが、そのほとんどの証拠がこの動画に詰まっていた。三村君に後でこの動画を譲ってくれないか打診しよう......

 

 

 

 

「サービスのドリンクはいかがですか?」

 

腕を組んで「結構です」と拒否のポーズを取る。職業柄、怪しいものは飲めない身分なもので......

 

 

おれが拒否の姿勢を取ると、僅かに瞳が揺れた。ウエイターの男に違和感を覚える。何か疚しいことがあるのか、企んでいるのか......

 

警察官の勘か、数時間前に読んだ漫画と似たシチュエーションのせいか......

 

すでにドリンクは半数の生徒が口をつけている。そっとウエイターの男を追い、背後から声をかけた。

 

 

 

 



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12

side 潮田 渚

 

 

今までの暗殺とは明らかに違う!

 

殺った手応え......!

 

 

ばくばく音をならす心臓を抑え、海面に目を凝らす。

 

 

 

発見した殺せんせーの姿はまんまるい水晶になっていた。

 

 

完全防御形態。

 

 

 

やられた......ここに来ての隠し技。完全に完敗だ。

 

 

「ですが、君たちは誇って良い。世界中の軍隊でも先生をここまで追い込めなかった。ひとえに皆さんの計画のすばらしさです」

 

 

殺せんせーはいつものように僕らの暗殺を褒めてくれたけど、かつてなく大掛かりな全員での渾身の一撃を外したショック......異常な疲労感とともに僕らはホテルへの帰路に着いた。

 

 

 

***

 

 

異変が起きたのは突然のことだった。だらんと上半身をテーブルに預け、うっすら熱がある。疲れすぎたとはいえ、おかしい。駆けつけた烏間先生が病院の手配をするが、小さな島に十分な治療ができる医療機関はない。

 

 

そしてprrr......と烏間先生の携帯が鳴る。

 

 

 

『やぁ、先生。かわいい生徒が随分苦しそうだね。俺が誰か、何者か......どうでもいい。賞金首を狙っているのはガキ共だけじゃない』

 

 

「まさかこれはお前の仕業か?」

 

 

『フフフ......察しがいい。人工的に作り出したウイルスだ。一度感染したら最期......潜伏期間や初期症状に個人差はある。一週間もすれば全身の細胞がグズグズになって死に至る。治療薬は一種のみのオリジナルでね......生憎こちらにしか手持ちはない。渡すのが面倒だから直接取りに来てくれないか?この島の山頂にホテルがある。手土産はそこの賞金首だ。

 

 

 

 

そうだ。動ける生徒の中で最も背が低い男女二人に持ってこさせろ。こちらのフロントには話を通してある。だが、外部と連絡を取れば、治療薬は即座に破壊する。

 

......礼を言うよ。よくソイツを行動不能まで追い込んでくれた。

 

 

 

天は我々の味方のようだ』

 

 

プツリと犯人からの電話がきれた途端、烏間先生はガシャンと球形になった殺せんせーをテーブルに叩き付け、怒りを耐えている。

 

容態が悪い人を布団を敷いて寝かせ、これからどうするか烏間先生や防衛省の人が動いているが、なかなか打つ手が見つからない。

 

 

「どうすんだ!?俺たちこのままじゃ全員死んじまうッ!殺されるためにこの島に来たんじゃねーよッ!」

 

 

パニックになった吉田君が声を荒げ、「落ち着いて」と床に伏せた原さんが宥める。それを遮るように、場違いなほど綺麗な発音が心地よく響いた。

 

 

 

「......I brought you back your artillery. I cleaned it and loaded it up.

Take my tip-don’t shoot it at people, unless you get to be a better shot. Remember?」

 

 

椅子に腰かけ、ぺらりとページを目眩く音がする。甘いマスクにすらりと長い脚。シャツの上に白のパーカーを羽織った飛鳥君は、まるで教室にいるときと変わらず、いつものように本に目を通している。みんなが慌てているなか、おそらくこの場にいる誰よりも彼は落ち着いていた。

 

 

「【撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけだ】ですか......アメリカの小説家レイモンド・チャンドラーの小説【大いなる眠り】の主人公フィリップ・マーロウの台詞ですね」

 

殺せんせーが解説を始めると、飛鳥君はやっと本から顔を上げた。

 

「因果応報だね。自分は殺そうとしたのに、殺される由縁はないって?そんな我儘、殺し屋(プロ)に通用しないよね。今日仕留められなかったのも、第三者に横槍されたのも、毒薬を盛られたのも、甘さがあるから。その甘さが命取りになるって気づかないと......本当に死んでしまうよ?

 

淡々とした口調で話す飛鳥君はいつもの笑顔が削ぎ落とされ、妙な迫力があった。彼は殺せんせーに近づき、ボールを持つように触る。

 

「ッんだと!?」

 

「......やけに冷静だけど、飛鳥君が仕組んだの?これ」

 

飛鳥君に掴みかかろうとする寺坂君の腕を止めたカルマ君が静かに問う。瞬間、クラスに動揺が走る。何故なら彼には疑惑(・・)がある。律といっしょにE組にやって来た転校生で、これまで目立つような暗殺なんてしたことがない。その事実とクラスメイトを襲った異常事態。困惑に顔を染めたり、じっと睨んだり、みんなが彼の一挙一動に注目していた。そんなカルマ君たちに飛鳥君はきょとんとした顔をみせ、小刻みに肩を震わせ、吹き出した。

 

「ふはっ!......ひどい言い掛かりだよ赤羽君。こんなの常識だし」

 

 

飛鳥君はさっきまで読んでいた本のページを見開き、よく見えるようにした。飛鳥君の持っていた本は活字じゃなくて、表情豊かなキャラクターがコマに区切られてかかれている。

 

 

 

......漫画?

 

 

 

「休載率80%を超え、連載再開してはネットニュースにされ、休載宣言してはまたネットニュースになる伝説の......!!それは試験会場で下剤入りのジュースを配っているシーンね!」

 

興奮した様子の不破さんがぐいぐい漫画に詰め寄る。さっきまでの緊張感はなんだったのか、脱力感に見舞われた。一瞬でも同じクラスの仲間を疑うなんて...と僕は少し彼に申し訳なく思った。興が逸れたカルマ君は「紛らわしいことすんな」と飛鳥君に悪態をついている。漫画をよくみると、スケボーを持った少年がゴクゴクと何杯もお代わりしてジュース(下剤入り)を飲んでいる描写。

 

まさか僕たちがウイルスを盛られたときって......

 

ハッとして飛鳥君をみる。

 

「竹林君の診断によれば、このウイルスは経口感染が高い。犯人はすでにぼくたちに接触しているみたいだね」

 

飛鳥君は殺せんせーをバスケットボールのようにクルクル指で回している。無抵抗の殺せんせーはグルグル目が回され「にゅやっ!?ちょっ!」と飛鳥君に抗議している。

 

 

どうしよう。殺せんせーはこんな状態だし、下手に動けない。

 

病人を救うためには取引に応じた方がいい。

 

 

悩む僕たちに殺せんせーが告げた。

 

 

「いい方法があります。律さんに下調べしてもらいました。元気な人は来てください。汚れてもいい恰好でね」

 

 

 

 

 

 



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13

時は少し遡り、ターゲットが真っ黒黒にこんがり皮膚が焼けていたころ。サービスドリンクを提供したウエイターの男に近づき、携帯の画面に鷹岡の顔写真をみせる。

 

「この男知ってる?」

 

「......さぁな」

 

「皆に毒を盛ったのにシラバッくれるんだ」

 

「なんでそれを!?」

 

カマをかけたら、案外早く引っ掛かった。

 

......本当に仕掛けてくるとは。つまり、こいつの雇い主は鷹岡というわけか。

 

「どっちについた方がいいか......アンタならわかるだろ?」

 

ニンマリ笑って問い詰めると、信用問題とかボスに連絡とかゴチャゴチャ喚いていたので、鷹岡が現状どういう立場で、今後どういう扱いになるか懇切丁寧にお話した。トドメに「裏の業界で動きにくくなって、雇い主もろとも道連れですね」と言い切った。そしたら、あっさり計画を吐いてくれた。

 

ざっくり要約すると、この男――スモッグ――が準備したウイルスに生徒を感染させ、人質にするらしい。

 

ウイルスという単語に「研究員から盗んだのか」と聞くと、スモッグの自作だという。だが、ウイルスというにはお粗末で、【なんちゃってウイルス】らしい。それっぽい未知のウイルスの症状をするが、死に至るものではないらしい。

 

 

治療薬を寄越せと言おうにも相手は殺し屋。そう簡単に応じてくれるはずもなく......

 

「アイツは殺るぜ?頭が狂ってやがる。オトモダチのためを思うってんなら、ウイルスで大人しくさせてアイツの眼中から外した方が良い」

 

悪党なのに変な気遣いをされた。難しい顔をしていると、「アイツにダミーの治療薬を渡しておく。それに治療薬なんざなくとも、数時間経てば勝手に治る」と堂々と寝返り宣言された。

 

それで良いのか、暗殺者。

 

つまり、生徒はここで安全に(病人という形だけど)待機するということ。この男の様子から()()で生徒を殺しにかかって来ているわけではない。

 

 

【今の話は互いに聞いてもないし、喋ってもいない】ということを口約束ながら交わした。

 

あくまでおれの任務は監視であり、この暗殺者はテロリストを狙っていての犯行。ターゲットの殺害現場になってもここは暗殺が黙認されているのだから、口を出せない。

 

 

でも、生徒に手を出すということがどういうことかわかっているのだろうか。おれは茶番に付き合わされるってわけか......超生物だぞ、あのタコ。そう簡単に殺られるわけないだろ、と鷹をくくっていたら......

 

 

 

【完 全 防 御 形 態】だと......!?

 

 

 

まじかよ!?前から思っていたけれど、不思議生体すぎる。こんなときにかぎって......チベスナ顔になって、無心で漫画を読む。現実逃避したくなる。

 

案の定、犯行電話が烏間さんに届くし、バタバタ生徒が倒れていくし......

 

オイ、何がなんちゃってウイルスだよ。本物っぽい症状だし、暗殺失敗でドヨーンとした空気がさらに重くなった。これ本当に食中毒なんだよな?

 

 

どうしたら、手っ取り早く解決できるか。頭の中で考える。犯人=鷹岡は確実......あの電話口はE組を知っている内容だった。

 

あのタコがどうにかできる状況じゃないし......厄介な所に潜伏しているせいで、防衛省もあのホテルに介入できない、ときた。

 

犯人の要求に応じるフリをして、鷹岡を捕まえたら解決する。

 

でも要求に応じるにはもれなく生徒があの闇ホテルに行くってことになるわけで......

 

 

荒ぶる内心をおさめるために、グルグル指で水晶になった殺せんせーを回した。

 

 

***

 

 

律の情報処理能力は圧倒される。崖を上り、ホテルへ入った治療薬奪還隊は、最上階を目指した。ビッチさんはエントランスで抜けたが、まだ烏間さんがいる。待ち構えた暗殺者は奇しくもおれが接触した男だった。律に「皆のサポートに集中して欲しい」と言い聞かせて、「あぁ!【お仕事】ですね!了解しました」と奪還隊についていかせた。律には最大優先はE組生徒の安全第一と教えたので、おれが不測の事態でいないときでも彼らを守ってくれるはず。

 

見張りという(てい)で居残ったおれはグルグルに縄で縛られた男にぺちぺちと叩いた。

 

 

「......」

 

ジトリとした目を向けられ、「......仕事は選べよ」と呟いた。

 

当初は、殺せんせー本体が殺し屋を【手入れ】すると予想していたが、そういうわけにもいかなくなった。ヤツの体はまんまるい水晶。介護がないと動けない身なのである。この男もまさか中学生と烏間さんが出てきて、呆気なくやられるとは思いもしなかっただろう。これもまた因果応報ってやつか......

 

 

このスモッグという男と出会した烏間さんは容赦なかった。予備動作が見えなかった。殴り付けられたが、スモッグは烏間さんのヤバさに危機感を感じたのだろう。毒ガスを吹き掛けた。

 

 

この次点であちゃ~とこめかみを押さえたくなる。

 

 

ゾウを倒すガス浴びてまだ気力が残っている烏間さんは人間やめてると思う。バケモノだ。

 

 

スモッグを叩き起こしたおれは、皆に遅れてホテルの内部へ進んだ。

 

 

***

 

 

さすが政府からマークされているホテルとあって、違法のオンパレード。違法取引、ドラッグ、黒い交際......

 

 

しかし現行犯逮捕できない。なにせ今のおれは【飛鳥 進】だ。警察手帳もなければ、手錠も持ってない中学生。だが、上司は「偶然見てしまうこともある」と言ってたし、たまたま未成年の中学生がこのホテルにいただけだ。遠慮なくリークさせていただきます。

 

 

スモッグを番犬代わりに引き連れニコニコ飛鳥君スマイルで歩いていたら、殺し屋連中を発見した。ガムテープでグルグルに縛られ、赤羽君にやられたのか......わさびとからしの強烈な匂いに顔を歪める。拘束をといてやる代わりに鷹岡が宿泊していた部屋を聞き出した。

 

 

殺し屋連中はリーダー格のガンマンと合流したいと言ってきた。ついでに勧誘された。日本人特有の「考えておきます」とお断りをしたのに何故かスモッグの連絡先を押し付けられた。曰く、「お前なら裏で生きていける」とのこと。......これでもお巡りさんなんだが(困惑)

 

「オトモダチが必死こいて駆けずり回ってるのに、お前は平気な顔をして、すべてを知った上で計算して動いている。あの教師もバケモノ染みていたが、お前の腹の真っ黒さには敵わないだろうよ......」

 

 

......返す言葉もない。チッと舌打ちすれば、「ほらな」と肩をすくめられた。

 

 

 

 

***

 

 

 

部屋に入ると、誰も人の気配はしない。

 

乱雑に散らばった何かのスイッチを避けて歩く。複数のモニターには寝込んでいる生徒が映っていた。罪悪感がずーんと落ちる。......もう少しだけ堪えてくれ......!

 

カタカタとキーボードをならし、ヤツの情報を洗っていく。こればかりは律を巻き込むわけにもいかず、自力でやらないといけない。

 

ヤツがどういうルートでここにたどり着いたのか......ちょうど剥き出しにパソコンが置いてあったので防衛省の内部情報を抜き取る。

 

......これも捜査のため。やらないと、おれが殺られる......まったく上は上でいがみ合っているから、おれみたいな下っぱがこんな面倒くさい作業しなきゃいけない......

 

 

 

***

 

 

結局、おれが最上階につくころにはちょうどすべてが終わっていた。殺し屋連中はリーダー格を回収し終え、ちゃっかり防衛省と帰りの足について取り付けたらしい。

 

 

鷹岡を確保できていたようだが、心なしか全員、テンションが低い。そんなときにぞろぞろと殺し屋連中が出てきて、「治療薬がなくても治る」と暴露。おれは明後日の方向をみて、彼らのやり取りを聞き流していた。

 

ナニモキイテナイシ、シリマセン......

 

 

そんな自分にやっぱり上司が上司なら部下も部下だなと不本意ながら納得した。

 



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14

宿泊先へ戻った彼らは泥のように眠った。極度の緊張感と慣れない環境。プロの暗殺者相手にあれだけの立ち回りができても、やっぱり中学生なんだなと思う。

 

夕陽が赤く映える。遠くで聞こえた爆発音。黄色いシルエットがシュタッと砂浜に立っていた。

 

「殺せんせーは......あぁ、ぴんぴんしてますね」

 

波打ち際で分身して、はしゃぎ回っている。

ぎゅっと眉を寄せた烏間さんは、苦虫を潰したような顔をしている。

 

「君は、......こうなることをわかっていたのか?」

 

「珍しいですね。烏間さんからぼくに話しかけてくるなんて」

 

烏間さんは積極的に生徒と交流を図る教師じゃない。鷹岡の暴力事件以来、少しずつ教師らしくなってきたが、教師である前に彼は国家を守る自衛官であるから。そしておれもまたE組の生徒である前に警察官なので、ある意味似たような立場。おれの任務は内々の極秘のため、彼はおれの事知らないだろうが。おれが烏間さんに勝手に親近感を感じているだけだ。

 

ぽつり、ぽつりと言葉を選びながら返す。

 

 

「今回の騒動の原因のひとつは貴方ですよ。......貴方が鷹岡に何か行動していたらこんなことにならなかったかもしれませんね」

 

それが和解のきっかけになるか、さらに溝が深まるかは別として。

 

「以前言いましたよね。貴方の影響を受けて、わるい方向で鷹岡は()()()()()()()()()......今度は同僚を少しくらい気にかけてもいいんじゃないですか」

 

 

名前を呼ばれたのでへらりと手をふって立ち上がる。

 

 

殺せんせーの言った【殺意の絆】

 

 

子どもだけのその輪に大人も引き込んだら、それは強固なものになる。現に今回の緊急事態の動きに烏間さんは指揮官として、子どもたちはそれにちゃんと応えていた。

 

 

その絆にビッチさんを加えたら......

 

まだ【恋】の始まりであるなら、引き返せる。【恋】がやがて【愛】に膨れ上がったら、ややこしくなる。

 

 

愛の反対は憎しみで、表裏一体。ビッチさんが烏間さんにそこまでの感情を抱くかは、どう転ぶか分からない。

 

 

どういう過程を踏まえるにせよ、【殺意の絆】にヒビが入るだろうな......

 

 

 

だが、烏間さんは見ての通り、人の機微に疎い。人間関係におけるすれ違いを招き、それが回りに回って思わぬ災いの種になる。鷹岡の劣等感に気づかなかった。生徒の純粋な好意もわかっていない節がある。

 

 

 

 

 

......鈍感すぎるのも大概だな......

 

 

 

 

 

 

ほぼ毎日のように殺せんせーやビッチさんに振り回され、任務とはいえ、中学生の教師も兼任している。

 

 

殺せんせーの思い付きの肝試しに付き合わされ、その餌食になっている。果てに殺せんせーのゲスさが生徒にまで染まって、お節介なセッティングを準備している。

 

 

「......最近の中学生の考えることはよくわからん」

 

 

 

わかる。わかります。激しく同意します。

 

 

 

 

あんたも苦労しているんだな......

 

 

ちょっと胸の奥がつんとした。......素性を明かせたら、酒でも呑んで愚痴りたい。......なんて考えてしまうほどおれは疲れていたらしい。

 

 

 

=============

 

報告書

 

沖縄暗殺旅行。生徒全員による暗殺は失敗。だが、最もターゲットを追い込んだ。完全防御形態という水晶に変化することが発覚。

 

思わぬアクシデントで偶然乗り込む形になった。その件に関しては後日、詳細を送る。

 

生徒の能力値は確実に向上している。その能力は目を見張るものがあり、プロの暗殺者に噛みつく度胸もある。



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15

夏休みも終わり、2学期が始まった。巨体プリンを作ったり、友情ドラマになりそうな竹林君騒動があったり、フリーラーニングを使った訓練が始まったり......話題に事欠かない日々を送っていたが......

 

 

 

 

 

E組担任教師【殺せんせー】が下着ドロの容疑者になるなんて、誰が想像した。

 

 

 

 

黄色い頭の不審者情報が広まり、教室のあちこちから証拠品が出てくる。疑惑の目は強まり、黒に近い。潮田君、茅野さん、赤羽君、寺坂君、不破さんが真犯人をみつけたら......それは【シロ】による罠で、イトナ君は置き去りにされたらしい。そして現在行方不明。

 

 

イトナ君は触手を持った子どもだった。彼の素性を調べ、戸籍を確認した。名前は堀部イトナ。両親が夜逃げし、叔父さんに預けられるはずだったが、【シロ】に拾われ、触手を植え付けられた。

 

 

「どういうことですか?堀部イトナを保護しなくていいと?おれの任務は【生徒の安全の確保】でしたよね?」

 

『彼の保護者のシロ......あの男がどうやら防衛省にコネがあるようでな。......あとは言わなくてもわかるだろう』

 

「......つまり、堀部イトナを囮に使うわけですか」

 

自分でも想像以上に低い声を発した。

 

 

『察しがよくて助かるよ。彼は未成年とは言え、触手持ちだろう。生きていたとしてもあの子供はこれから一生監視がつきっきりになるさ......国家機密とはそういうものだ』

 

見捨てろ、と.....グッと唇を噛む。ミシリと受話器にヒビが入った。

 

『話をきけ、【飛鳥】......我々は防衛省の情報操作で流れた()()()に使い走りにされたわけだ。......その()()()は命令されてやったとは言え、防衛省の人間だ。阿呆らしすぎて笑止だ』

 

「ふはっ......馬鹿は何処の組織にもいるんですね。貴方の言いたいことはわかりましたよ。おれは【飛鳥】として彼を回収します。あのタコも国家機密なんですから、同じ場所で目が届くところにいた方がおれの仕事の負担も減ります」

 

 

ガシャンと公衆電話の受話器を落とす。制服姿で周辺の携帯ショップを走り回り、イヤホンのスイッチを入れる。

 

「律、皆にイトナ君の場所を伝えて、来れる人だけでいい。......【シロ】もいるだろうと伝えて」

 

 

パッと短く切ると、律が予想した地点に彼はいた。イトナ君は網で捕らわれ、苦しそうにもがいている。

 

蛍光色のライトが殺せんせーに向けられ、周囲の木には何人か気配がした。......どうやら間に合ったようだ。律のカウントダウンにあわせ、一斉に相手を制圧する。おれは一目散にイトナ君のもとへいき、彼の前に屈む。触手が溶けかけていて、痛ましい。

 

 

「皆さん、よく来てくれました。......去りなさい、シロさん。イトナ君はこちらで引き取ります。貴方はいつも周到な計画を練りますが、生徒たちを巻き込めば、その計画は台無しになる。当たり前のことに早く気づいた方がいい。」

 

 

殺せんせーはそう言い切って、シロを追い返した。シロは去ったが、まだ問題は残ったままだ。

 

「......イトナ君の病的な執着があるかぎり、触手細胞は離れません」

 

 

深刻そうな面持ちで殺せんせーが言う。

 

「なんとか切り離せないのかな?」

 

「彼の執着を切らなければ......そうなった原因も知らなければなりません」

 

 

執着か......

 

 

そういえば、鷹岡の件で潮田君が危ないとき、寺坂君が彼の殺意を引き留めたんだっけ......それを聞かされたとき、おれの胃にダイレクトダメージだった......

 

 

だったら、適任がいるじゃないか。

 

イトナ君に近づき、安心させるようになるべく優しく声をかける。

 

「......もう大丈夫」

 

 

そっと彼を抱き抱え、お姫さまだっこをする。......うわ、軽いな。ぽかんとしたマヌケ面に笑いそうになるのを抑え、近くにいた寺坂君たちに預けた。「はぁ?」とキレ気味だったが、半ば強引にしっかりと持たせた。

 

 

「シロの駒だったよしみだし、話があうかもね」

 

 

 

***

 

 

 

イトナ君の触手細胞は取り除かれ、彼はひとまずクラスに受け入れられた。

 

 

 

「村松、金がない。吐くの我慢するからラーメン食わせろ」

「はぁ!?」

 

 

あとでお昼のおにぎりわけてやるか。

 

 

 

==============

 

報告書

 

堀部イトナはE組に正式に加入した。殺せんせーによって、触手細胞が取り除かれ、落ち着きを取り戻しつつある。

 

 



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16

俗に言うキラキラネームに悩む木村君に、1日コードネームで呼び会うことになった。全員のコードネームを考えるのは、地味に大変な作業だ。悪乗りしてジブリ縛りで考えようか。パッと思い付いたものを紙に書いていく。

 

前原君はリア充だから【バルス】でいいよな。

岡野さんの意地っぱりなところは【コンクリート・ロード】

磯貝君は金魚が好物って言ってたな......よし、【崖っぷちのポニョ】かな。

倉橋さんは王蟲平気そう。ナウシカのハミングとかどうだろう......【ラン ランララ ランランラン】

殺せんせーは......子供のときにだけ訪れる不思議な出会い......【となりの大タコ】で、名付けの茅野さんは【貴方、大タコっていうのね!】とか......

赤毛繋がりで【不良狩りのカルマッティ】

 

 

......ふざけすぎたか?まぁいいか、適当につけたものだし。おれが考えたものは見事に圏外で、特に影響なかった。茅野さんは【永遠の0】に憤慨してたけれど......

 

 

 

 

くじで決まったおれのコードネームは【スマイル0円】......飛鳥君スマイルがデフォルトになりすぎた弊害がここに......!

 

山に生い茂る木々に隠れ、耳元のインカムへの通信を起動させる。

 

「【堅物】がBポイント通過した。ご注文は以上でよろしいでしょうか?」

 

「了解!【スマイル0円】も援護を頼む」

 

「スマイルチャージですね。がんばって★」

 

「「「「お前もやるんだよ!!」」」」

 

......当社比1.5倍で対応したらこの扱いである。遺憾の意。......ラストの【ジャスティス】に繋ぐため、【堅物】の足元へ発砲する。シュタッと【堅物】が避けた場所には、【ジャスティス】が2丁拳銃でパーン!でフィニッシュ!

 

 

 

***

 

 

親につけられた名前、か。

 

 

「親がくれた立派な名前に正直たいした意味はない。意味があるのは、その名の人が人生で何をしたか。名前は人をつくらない。人が歩いた足跡の中にそっと名前が残るだけです。もうしばらく、その名前、大事に持っていたらどうでしょう......少なくとも、暗殺に決着がつくまでは、ね......」

 

 

殺せんせーは木村君にそう諭した。

 

 

【飛鳥 進】は本来、()()()()()人間。

 

ふと、ジジイに呼び出された日を思い出す。当時おれは潜入任務での偽名を考え、パラパラと何十冊に重なった本を手に取り、紙を捲っていた。中学三年生になる子供たちが生まれた年の名付けランキングや姓名判断から小説まで、ズラリと揃えられている。

 

「【飛鳥】か......万葉集からとってきたのか?」

 

飛鳥の 明日香の里を置きて去なば君が辺は見えずかもあらむ

 

―――飛ぶ鳥の明日香の里を後にしていったなら、あなたのいる辺りを目にすることができなくなってしまうのだろうか。

 

 

「えぇ......1年の短い付き合いですから。【明日香】だと中性的ですし、鳥らしく去っていくつもりなので」

 

「君がロマンチストだったとは......人間らしいところがあって安心した」

 

「馬鹿にしてますよね?ついにボケましたか?なら、おれにその椅子を譲ってください」

 

「息を吸うように毒を吐くな。君のその素直なところは長所だけれども、まだまだ譲る気はないのでね。......そうか、【飛鳥】か......名前は【進】だな。......よし、君は【飛鳥 進】だ」

 

 

満足気にジジイが腕を組む。「ゴーイングマイウェイだって言いたいんですか?」とムスッとしながら、記入をする。

 

「『去る』より『進む』方が前向きだろう?明日へと進む......死ぬなよ【飛鳥】」

 

 

願掛けのつもりなのか。ジジイの鋭い眼光に飲み込まれそうだ。パチリと瞬きして、「そういうのフラグって言うんですよ」と、ケラケラ笑った。

 

 

なんて、教室のしんみりした空気も相まって補正がかかっていい思い出のようになっているが、このジジイは新米のぺーぺーに無茶を言い渡すヤツだということを忘れてはならない。今にして思えば、玉砕覚悟!猪突猛進!の精神で押しきれというあの人なりのエールだと思う。

 

そんな懐古をしていると、【バカなるエロのチキンのタコ】がブーイングを四方八方から受けていた。帰り際に名前の由来についておのおの口を開く。やがて自分の番になり、ちょっとむず痒くなる。陰険で卑劣なジジイのくせして、なんだって今、こんなことを思い出したんだか。

 

 

「toward the future......未来に向かって進む......たしか、そんな意味」

 

 

 

長月も残りわずか。そろそろコスモスが満開を迎えそう。【暗殺教室】はまだまだこれから。

 

 

 

 

=============

 

報告書

 

コードネームをつけた暗殺訓練を行った。生徒たちの成長が見てとれる。烏間教官に当たる確率が高くなっている。

 

 

 

追伸

ところで、自分のコードネームが【スマイル0円】やら【笑うせぇるすまん】やら【フォローの飛鳥】だったのですが、おれの本職って営業マンでしたっけ?

 

 

 



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17

暗殺までの期限はだんだんと迫っている。生徒たちはA組相手に棒倒しで勝利し、自信がついてきたのだろう。

 

己の慢心と焦りが事故を引き起こした。

 

フリーラーニングで下校した際に、一般人に怪我をさせてしまったのだ。

 

 

......あぁ。なんてことだ。いつかやらかすと思った、では遅い。考えなかった(・・・・・・)可能性じゃない。むしろ、懸念されていたことだった。

 

迫り来る暗殺期限。技術アップの向上心。自分たちならできる、大丈夫だという慢心。残り少ない日数がそれに拍車をかけ、普通ならあり得ない選択をしてしまった。同期の言葉を借りるなら【焦りは最大のトラップ】か。3年E組の生徒たちは、その思考や判断が暗殺教室が基準となっていた。

 

 

それこそ日本警察が危惧していた事案......

 

【モンスターによって洗脳された子供が事件を起こした】

 

【訓練し獲得した技術を悪用した】

 

そんな見出しの記事が頭に浮かぶ。おれたち大人は彼らを英雄として担ぎ上げている反面、未来の犯罪者を国の方針で育て上げている。暗殺教室は非常に危うい立場なのである。

 

これは見逃せないし、その前兆かもしれない。彼らにそんなつもりがなくても、ただ純粋に暗殺のためであっても、何も知らない一般人に危害を加えてはいけなかった。

 

上層部はどうおれが取り繕って報告しても、きっと前述のような解釈をする。

 

 

 

児童養護施設【よつばパーク】に呼び出されたおれは深い、深ーいため息を吐いた。

 

烏間さんは示談......ぶっちゃけていうと、口止めに奔走。E組皆で迷惑かけたからよつばパークのお手伝いしよう、という説明をいましがた承けた。もちっとした触手パンチを添えて。

 

 

 

「未成年だからって何をしても許されるって本気で思ってる?」

 

「「「「......面目ない......」」」」

 

「園長さんに一生恨まれても文句言えないね。下手したら命の危険もあったんだから......2週間とはいえ、ここの子どもたちの『家族』を奪ったも同然のことをしたんだ」

 

正座でズーンとした様子を見ると、反省はしているらしい。......一応、釘を刺しておいた。こんなことが何度も続くようなら、彼らも危険人物とみなされてしまう。そんなことになったら、生徒の安全のために潜ったおれの捜査が無駄になり、本末転倒だ。ぱんぱんと手を叩いて、「誠意の態度は仕事でみせてよ」と切り替えさせた。

 

 

 

***

 

 

 

なんということでしょう。before afterもビックリな匠のリフォーム。......リフォーム代、防衛省の予算から出てるんだぞ?ほんのちょっとだけど。烏間さんはどうやってもぎ取ってきたんだか......

 

2週間タダ働きの労働なんて、実質ボランティアだ。群がる子供たちをだっこし、ぽんぽんと優しく触れ、頭を軽く撫でる。

 

 

「すげぇ。秒落ちしたぞ。」

「ゴッドハンドかよ」

 

 

寝落ちした子供たちを布団に運び、おやすみタイム。おれの仕事はやりきった。

 

 

......まぁ、このお手伝いもあのタコなりの【教育】なんだな。信じられないことに、ホンットに信じられないことに、あの超生物はそこらの教師より、生徒をよく見ているし、道標になっている。

 

こんな信頼と親しみを抱えて、いざとなったとき【恩師】を殺せるのだろうか?

 

 

 

......きっと、もう戻れないところまできている。

 

 

 

 

国や政府がどうであれ、あの子供たち――E組生徒――は本気で【暗殺】に取り組んでいる。

 

 

彼らが【恩師】に少なからず情を持っていることはたしか......確認するまでもない。

 

 

最悪、世界を敵にまわすか。あるいは地球を救った英雄になるか。......どっちに転ぶか。いや、()()()か。

 

 

決断次第で彼らの人生が激変するし、ヘマをしたら凝りが残る。

 

......なるべく穏便におさめたいのだけれど。どうなることやら。

 

そう簡単にいかないのが世の運命なんだよな......

 

 

 

 

==============

 

報告書

 

民間人に接触事故。被害者の防衛省の示談は成立し、表沙汰にはなっていないが、通報した目撃者あり。内々で処理できているか未確認。

生徒は深く反省している様子。

 



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18

わかばパークの事故の目撃者を調べると、花屋の男だった。色素の薄い髪と印象に残りにくい顔立ち。偶然を装っていたのか、ただの一般人なのか。

 

 

クラス総出でビッチさんと烏間さんをコソコソとつけ回してる。......あれはまた何かしら企んでる。

 

「楽しんでくれた?プロの殺し屋が踊らされて舞い上がる姿みて......」

 

 

案の定、余計なお世話だったようで。ビッチさんはキレて帰っていった。

 

 

「そこまで俺が鈍くみえるか?非情と思われても仕方ないが、あのまま冷静さを欠き続けるようなら他の暗殺者を雇う。色恋で鈍る刃なら、ここで仕事をする資格はない。それだけのことだ」

 

 

烏間さんのその言葉におれは内心同意する。愛憎や憎しみに振り回されることは、この教室に必要ない。

 

 

所詮、【殺せんせー】を始末するために派遣された職人が集まってできた関係。平和で愛に包まれた子どもに絆されることはあっても、大人はそう上手くいかない。だから、おれが【中学生】に擬態してこの教室に溶け込むことになった。

 

純粋にまっすぐ気持ちをぶつけて、拳で語り合って仲直り、となるのは子供の間だけ。

 

理不尽な社会に埋もれて、しがらみの中で人の顔色を窺いながら生きるのはよくあること。気持ちに蓋をして、自分を騙して生きる。

 

君たちのような素直な想いで行動できたらいいのにね......

 

 

やっぱりそういうところはまだまだ子どもだな......

 

 

 

「女心は秋と空.....うつろいやすいっていうのに。このままご退場......なんてね」

 

 

ぼそりと呟く。残された赤い薔薇の花束に引っ掛りを覚えた。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

ビッチさんは無断欠席が続き、殺せんせーはブラジルまでサッカー観戦に出掛けた。そして花束を持った男は何でもないようにこの教室に入ってきた。

 

 

「僕は死神と呼ばれる殺し屋です。今から君たちに授業をしたいと思います」

 

 

ビッチさんを捕え、E組を誘き出す。あからさまな罠だ。罠だとわかっていても、この子たちは助けにいく。この状況で【助けにいかない】のはむしろ悪手。冷酷、非道、悪魔と非難されるのは目に見えている。せっかくこのクラスで築いた人間関係をこの程度のことで壊すのは癪だ。

 

......良かったね、ビッチさん。あんたが罵った『平和ボケた日本』の子供は、助けたいってさ。

 

 

 

あの男――死神――の口ぶりからみるに、E組をずっと監視していた。クラスメイトの名前は頭に入っているだろうし、監禁されたビッチさんの画像は何か仕込まれているだろうし、律にすでに死神が介入されている。ウイルスを仕込んで律を行動不能にして、生徒たちは殺せんせーのための餌にするつもりか......情報戦で律がいないのは戦力不足だな......

 

 

こちらの動きが把握されているとみていいだろう。

 

 

ビッチさんと死神が手を組んだのか、死神がビッチさんを手引きしたのか......二人がどういう協力関係か不明。女は強かっていうし......

 

 

真っ暗闇の中で地図に示された場所へ向かう。真新しい体操着に手を通す。

 

 

 

......殺られっぱなしは性にあわない。子どもを利用したつもりだろうけれど、おれはこれでも【警察官】なのでね。

 

 

せいぜいお巡りさんに目をつけられたことを後悔するといい。なに、心配要らない。おれはオヤサシイのだから。

 

 



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19

side 潮田 渚

 

閉じ込められた僕らはここから脱出しようと、出口を探す。竹林君の爆弾、奥田さんのカプセル煙幕。地下道を通ってスマホで律に呼び掛けると、画面のなかの彼女はだらしない格好で......死神にハッキングされていた。

 

「聞こえるかな、E組の皆。実はね、君たちが逃げてとても嬉しかったよ。未知の大物の前の肩慣らしだ。期待してるよ」

 

 

鷹岡先生のような単純な執念じゃない。

 

 

 

......死神の顔がみえない......

 

 

 

***

 

 

 

脱出したものの、また振り出しに戻ってしまった。ロヴロさんに教えてもらった必殺技は、死神相手にまったく歯が立たなかった。僕らはまた檻の中に閉じ込められている。

 

「たとえどんなに情報不足でも結果を出す。それが世界一の殺し屋だよ」

 

「カラスマ......」

 

「.....参ったな。かなり予定が狂ってしまった。仕方ない。プラン16だ。」

 

 

死神とビッチ先生が立ち去ったのを見届けると、それまでじっと黙っていた飛鳥君がポキッポキッと首や肩をならしながら立ち上がった。足元には縄が落ちてある。

 

それに気づいた皆が飛鳥君に話しかけようとすると、人差し指を口元にあて、しぃーとあざといくらいにポーズするので、毒気が抜かれた。

 

飛鳥君は体格のいい寺坂君と赤羽君をクイクイとこっちに来るようにサインをし、背中合わせに座った。監視カメラを気にして、死角になる位置になっている。

 

皆が飛鳥君の行動に固唾を飲んで見ていると、「......そろそろかな。なるべく壁際に移動して」と小声で言った。

 

 

 

――――まさか次の瞬間に殺せんせーが落ちてくるとは思わなかった。

 

 

殺せんせーがふざけている間に飛鳥君は僕らに時間稼ぎの指示を出した。飛鳥君のことだから何か手段を思いついたのかな。

 

 

「あのさァ。そのペロペロ続けるなら、全員の首輪、爆破していくよ。......今からここに水を流す。ここは放水路だ。上の操作室から指示を出せば、放出される毎秒200トンの水圧と檻で、君はバラバラになる」

 

「......生徒ごと殺すつもりか?」

 

「当たり前さ。今さら待てない。......確かに多少手荒だが、地球を救うチャンスをみすみす逃せというのかな」

 

「......政府の見解を伝える。......28人の命は地球より重い。それでも彼らごと殺すつもりなら俺が止める」

 

 

ぎゅっとネクタイを緩め、烏間先生は死神を見据えた。

 

 

「その言葉、待ってたよ烏間さん」

 

 

ターン、と何かを叩く音がした。

 

 

緩慢な動作でパソコンを手に持った飛鳥君はいつものように笑みを浮かべていた。

 

 

「ぼくらは死ぬ気なんて、さらさらなくてね。ここの操作室は今はぼくが司令塔になっている。......あぁ、首輪の爆弾もそのスマホのスイッチと連動していたから、解除させてもらった。......あとは、あんたを絞めるだけ。」

 

 

 

 

 

チッと舌打ちした死神を烏間さんが追う。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

飛鳥君が僕らを縛っていた縄をほどき、殺せんせーが首輪の爆弾をはずしていく。檻の解除させて、僕らはようやく脱出できた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「これがぼくの【第二の刃】さ」

 

 

 

竹林君の爆薬、奥田さんのカプセル煙幕。飛鳥君のハッキングに、イトナ君の機械スキル......

 

 

 

本当に僕のクラスメイトは頼もしい。

 

 

「つか、飛鳥のハッキングってアウトじゃね?」

「あはは~」

「笑って誤魔化してる!?」

「白よりのグレーだから気にしないでよ」

「むしろ心配になってきたよ!?」

 

 

 

 



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20

「モバイル端末とはいえ、律が乗っ取られたときはヒヤリとしましたが......あぁ、その辺りは心配無用です。爆薬、毒薬、ドローン......多種多様のスキルを持った生徒がいますからぼくのハッキングごとき、おかしくありませんよ。【律に教えてもらった】と証言しましたから。何も嘘ではありませんし」

 

 

ポットでお湯を沸かし、持ち手がパンダのマグカップを用意する。事後報告になったとはいえ、わざわざ優雅にティータイムしながら電話だなんて、暇か?と尋ねたくなる。某警部のように高い位置から注げば、手にほわんと熱がつたわる。

 

 

 

「あの超生物が防衛省に【暗殺によって生徒を巻き添えにすれば賞金は支払われないものとする】と条件を追加しましてね......抑止になりますし、生徒の命の安全という点では我々に好転ですよ」

 

 

耳と肩の間に携帯を挟み、スクバを準備する。今日は文化祭準備のため、学校に登校しなければならない。すっかりおれも学生生活が板についたものだ。

 

 

 

「既に各国共同で最終暗殺計画の準備......最近の椚ヶ丘周辺の都市開発はその計画の一端でしたか.....了解しました......」

 

 

ピッと通話を切り、履歴を削除する。通話相手は非通知だが、みてわかる証拠は消しておくに限る。

 

 

――――ピンポーン

 

 

呼び鈴がなる。インターフォンを覗くと、見覚えのある男が映っていた。

 

 

 

「......なんでここにアイツがいる?」

 

 

 

 

***

 

 

目の前のチャラ男は軽装であるが、職務中らしい。対するおれは、グレーのブレザーにスクバ、今ではすっかり着なれた中学生スタイル。

 

「............」

「............」

 

 

お互い言いたいことはいろいろある。視線ををあちこちへさ迷わせると、見覚えある集団が目に入る。背中に警視庁とプリントされた作業着に身を包んでいる。この目の前の男の所属から察するに彼らはおそらく爆発物処理班だ。ということは、ここに爆弾が仕掛けられているというわけだ。呑気にティータイムしている場合じゃない。

 

「わかりました。避難しますね」

「えっ!いや、その、爆弾ならさっき解除したところだ―――」

 

 

飛鳥君ーーー!大丈夫ですかァァア!!

 

見慣れた黄色い触手が飛んできた。チャラ男は「は!?」と絶賛混乱中。おれは棒立ちになってる。何故なら、触手がへばりついているから。

 

 

「ニュースをつけたら、飛鳥君の住んでるマンションに爆弾が仕掛けられているときいて!!マッハで駆けつけてきました!!」

 

 

「え?だから、爆弾なら大丈夫だって......てか、宇宙人!?はじめてみた、すげー」

 

 

途端にカチカチと音がなる。音の方向をみると、爆弾のタイマーが作動していた。チャラ男とおれはマンションの廊下の端に追いやられ、何かの膜が毛布のように被せられた。

 

 

「え?俺、死んだんじゃ―――」

 

 

「安心してください。私が解除しました。遠隔操作のタイプだったようですねぇ。それより、貴方、どうして防護服を着ていないのですか?警察官としての自覚が―――」

「......スミマセン」

 

 

そして説教が始まった。ガシャンと床に落ちたおれの携帯にはヒビが入っていた。にゅっとおれの手元から携帯をとり、高速で作業し始める。

 

 

「カバーにヒビが入ってみたので直しました。手触り、防水加工、その他諸々。殺せんせー印のマスコットをつけてアクセントで、こだわりはこの――――」

 

返されたおれの携帯は可愛らしいピンクのカバーがつけられ、黄色い殺せんせーのキーホルダーがぶら下がっていた。ストンとおれの表情が抜け落ちる。こ、この年齢で、成人済み男性、職業:警察官でピンク............

 

恐る恐るおれと殺せんせーを見比べ、おいてけぼりになっている同期に、ハッと殺せんせーが向き直る。

 

 

「はじめまして。殺せんせーと言います。地球生まれ地球育ちです。宇宙人ではありません。......あの!くれぐれもこのことはご内密に!お願いします!!」

 

見事に綺麗なDO・GE・ZAを決めた殺せんせーは床に大きな頭をすりつけている。

 

 

 

「そっか~、いいよー。どうせ誰も殺せんせー?がやったって分かんないだろうし」

 

 

あっさり承諾し、超生物をものともせず受け入れている同期に口がふさがらない。......お前、もっと言うことあるだろうが!何でそんなお気楽思考なんだ!?その緩さ、何とかしろ!

 

 

 

***

 

 

じろじろとした視線に穴があきそうだ。疑惑の目を向けられている。

 

「そういえば、少年。俺の知り合いに似てるね。年齢と髪色以外ソックリだよ」

 

似てるも何も本人です。髪は染めました。

 

「......あぁ、たまにいるんですよね。絡まれることがあって。身に覚えがなくて困ってるんですよ」

 

ホント、このカオスをどう切り抜けよう......しゅんとしおらしくいう。......説明するのも国家機密だから言えないし、他人でいくか。

 

 

「まじ!?アイツ何やってんの!?うわー、うわー......少年もアイツの被害者か。顔が似てるばかりにカモで目をつけられたんだな......アイツならやりそう。ありえるわー。だから最近、連絡ないのか。どっかに高飛びしてんのか?

何かあったら、いいなよ?俺、これでも警察官だから」

 

 

チョロすぎだろ。

 

途端に同情的に態度を改める露骨な手のひら返しに、あっぱれ。と言いたくなる。

 

ご本人目の前にして、酷い言い草だな。やらかした前科はありすぎるけれど、おれ!いま!ちゃんと仕事してるから!!

 

 

 

=============

 

報告書

 

爆弾事件に巻き込まれました。引っ越しの手配をお願いします。米花が格安物件だからってあんまりです。任務に支障をきたします。

 

 



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21

爆弾事件で意図せず知り合った爆処の警察官(同期)がテレビの取材をみて「行きたい!」とメールしてきた。爆弾事件のあと、何かあったら連絡して、と連絡先を渡されたのだ。

 

......来るな、来るな、来るな......と、呪詛を吐く。そしたら文化祭期間に米花で連続爆弾事件が発生した。

 

やっぱり、あの町は呪われている。

 

 

文化祭、理事長のギャンブル暗殺、演劇発表会......表向きは、生徒として過ごしてきたのだが、新たな動きがあった。

 

「茅野さんと【シロ】が接触......」

 

一度、生徒の素性を洗ったのだが、【茅野 カエデ】は()()()()()()()。住民票が偽造されていた。おれと同じ立場の人間......何処かの国の諜報員かと疑い、泳がせていた。彼女の目立った行動は巨大プリンを作ったくらいで、普段の行いは一国のエージェントにはみえなかった。

 

 

各国共同の最終暗殺計画もあることだし、不安要素は消しておきたいと判断し、茅野さんの素性を洗い直すことにした。

 

 

 

本名は【雪村 あかり】

 

元天才子役の正真正銘の中学生だった。そして3年E組の前担任【雪村 あぐり】の妹。その婚約者である【柳沢 誇太郎】は国際エネルギー研究機関に所属していたが、日本に在ったその研究施設は爆発事故のため、なくなっている。

 

 

ここまで判明したら語らずとも察知する。

 

 

【シロ】が【柳沢 誇太郎】だとすれば、

触手に異様に詳しく、防衛省のコネ、イトナ君に植え付けた触手......

 

 

 

ならば、【殺せんせー】は【柳沢 誇太郎】が研究していた実験体というところかな......

 

 

 

......とんでもないことを知ってしまった。何かの陰謀を感じる。そして、おれの勘が当たってしまった。

 

 

 

***

 

 

 

......怒涛の超展開だった。

 

なんと、茅野さんは自ら触手に手を伸ばし、姉の仇のためにずっと息を潜めていた。獲物を狙うように堪え忍んでいたのだ。彼女の精神力に脱帽する。

 

 

そして感情が爆発し、触手のコントロールが効かなくなったところをE組総出で止め、一命をとりとめた。

 

 

止めた方法?

 

純粋な中学生だった彼らはビッチさんに毒されたのだ......

 

 

「最初は純粋な殺意だった。けれど、殺せんせーと過ごしていくうちに、殺意に確信が持てなくなっていった。私の知らない別の事情があるんじゃないか、殺す前に確かめるべきじゃないかって......でも、その頃には触手に宿った殺意が膨れ上がって思いとどまることを許さなかった」

 

 

目を覚ました茅野さんはそう独白した。

 

 

 

「――――2年前まで先生は【死神】と呼ばれる殺し屋でした。それからもうひとつ。放っておいても、来年3月に先生は死にます。ひとりで死ぬか、地球ごと死ぬか......暗殺によって変わる未来はそれだけです」

 

 

 

この場にいる全員が息をのんだ。

 

この目の前にいる超生物は、はじめから()()()()()()()。知っていた上で、自分の死を受け入れている。

 

 

【殺せんせー】の語る過去の話は、決して開けてはならないパンドラの箱。

 

ぼくが生徒であっても、潜入捜査官のおれが知る必要はなかったこと。

 

 

踏み込まないようにしていたのになァ......

 

 

きっとこれは誰にも明かしてはならない。幼馴染や同期であっても。墓場まで持っていかなきゃならない【真実】だ。タラリと背中に冷や汗が落ちる。知りすぎてしまった者の末路がどうなるかなんて、口にするまでもない。おれの頭に浮かんだ答えは存在ごと闇に葬られ、消されるということだった。なんてこった。一気にこの潜入任務の危険度が跳ね上がった。そして卒業後のおれの進路も、ろくなものじゃないことを悟った。いい加減、決断しなければ。おれは取り返しのつかないヘマをして、沈み行く泥船に乗ることはゴメンだ。

 

 

おれが迫り来る現実に打ちのめされたとき、彼らはそれまで考えないように敢えて言うなら思考放棄していたことに気がついてしまった。

 

殺せんせーを殺すという意味を。

 

 

あんなに固く結ばれたE組の【殺意の絆】は、グラグラと崩壊の音をたてはじめた。

 

 

 

 

==============

 

報告書

 

茅野カエデが触手により暴走。殺せんせーによって触手は取り除かれたが、彼女の精神状態を鑑みて入院。

 



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22

冬休みに入り、クラスの誰も【暗殺】の【あ】の字を出さなくなった。おれは殺せんせーを【飛鳥 進】の自宅に呼び出した。ベランダから入ってきたことにはこの際目をつむろう。

 

 

 

「明けましておめでとうございます、飛鳥君。相談とはいったい何でしょうか」

 

「単刀直入に言います。ぼくは潜入捜査官です」

 

バッサリと遮るようにいい放った。

 

 

「............せんにゅうそうさかん」

 

まじまじと上から下までつぶらな瞳でぼくを観察している。何も反応がないので勢いそのままに続ける。

 

「ぼくの任務は【暗殺教室の監視】です。具体的にいうと、生徒の安全と貴方にもたらされる悪影響ですね」

 

「......驚きました......そういえば君はどちらかというと暗殺に消極的でしたねぇ」

 

 

しみじみと語られるのは、なかなかつらい。......教室のおれはほとんど読書に費やしてたな......

 

「......曲がりなりにも【正義の味方】ですから。【殺す】なんてNGワードですよ」

「誰も気づいていないと思いますよ。......結局、君の自己申告があるまで私もわかりませんでしたから。君は優秀な捜査官です」

「......下手な慰めは結構です。時折、ぼくを探るようにみてきたでしょうに」

「もしや、あの爆弾処理の警察官の方は?」

「彼は何も知りません。ですが、【ぼく】と【おれ】を別人だと騙し......認識しているだけです」

「にゅやっ!?騙しているんですか!?」

「アイツはチョロいんですよ。殺せんせーのこともすんなり受け入れたでしょう」

「それでいいんですか?」

「いいんですよ。騙される方がわるい」

 

おれがしれっとした顔でコーヒーをひと口含むと、殺せんせーはう~んと頭を抱えていた。

 

 

「どうして今になって私に正体を告げたのですか?」

 

「貴方が生徒を大切に想っていることは誰だってわかりますよ。ですから貴方の目的とぼくの目的は、ほぼ同じだと判断しました。ぼくは生徒を守ることが優先事項ですから」

 

 

クッキーを皿に盛りつけ差し出す。チョコ、イチゴ、バニラ......迷うように触手が動いているのをみて、笑いそうになる。

 

「これは【取引】です。どんな真実であれ、現状貴方は危険人物です。ですが、ぼく個人は貴方に多生なり借りがあるのでね」

 

 

 

 

鷹岡の件......

普久間島のホテルの裏社会の情報......

一度切り捨てられたイトナ君に手を差しのべたこと......

瀕死の茅野さんを救ったこと......

 

 

【殺せんせー】がいなかったら、欠けていたピースばかり。おれは【一を棄てて九を拾う】ことを厭わないから。

 

 

「ぼくはどんな結末になるにせよ、彼らを見守ると決めました。見返りは【誰にもぼくのことを話さないこと】それだけです。交渉決裂なら―――」

 

カチャとティースプーンをおいて、眼前の怪物に目を見据えた。

 

 

「ぼくは暗殺教室から出ていきます」

 

 

きっぱりと告げた。しん......と緊迫が走る。

 

「貴方はあの教室を分裂させたまま、生徒たちを卒業させたくないでしょう?」

 

にっこり【飛鳥 進】の仮面で笑うと、「......君は存外、意地悪ですねぇ」と困ったように返される。

 

「オヤサシイ飛鳥君は正月休みでね。幻滅しましたか?」

「いえ、飛鳥君は私の【生徒】ですよ。.....何者であっても変わりません。それに、君の本心が聞けたようで嬉しいです。その様子だと『答え』もみつけたようですねぇ。教えてくれても?」

「【優しい世界を守る】......それがこの教室で、貴方たちと過ごしてみつけた()()の正義です。憎まれようと、恨まれようと、必要となれば悪役だって演じますよ」

 

 

ヌルフフフ......と独特の奇妙な笑いに、見透かされた気分になる。赤い円が顔模様になっているのが、ちょっと気にくわない。

 

 

ぎゅっと手を掴まれ、「残り二ヶ月半ですが、頑張りましょう」「お互いに、ね」と告げ、その日はお開きになった。

 

 

 

***

 

 

 

 

三学期が始まった。おれは無事に【共犯者】と手を組めたので、呑気にいつもと変わらずにいたが、教室の空気は重苦しい。あれから、あのタコは利害関係が一致しているというのに、潜入捜査で必要なアレコレを伝授してくる。恐らく、現役の殺し屋時代に身に付けたものだろう。......どこまで【生徒】の進路を考えていることやら......

 

 

そんなときに潮田君からクラス全員に招集がかかった。

 

 

「できるかどうかわからないけど、殺せんせーの命を助ける方法を探したいんだ」

 

 

それを聞いて、心優しい潮田君の将来とその気持ちを永遠に持っていてほしいと願った。彼には暗殺者の才能があるのだ。このクラスで最も犯罪者予備軍に近いといっても過言ではない。

 

 

......よしよし。それでいいんだよ。君たちに重荷を背負ってほしくない。難しいことは【大人】に任せときな!

 

おれはこの流れを逃すまいと、ニコニコ笑って「ぼくも」と乗っかる。次々と潮田君に賛同し、ぽわわんと温かくなるが、中村さんが冷ややかに言った。

 

 

「こんな空気のなか、言うのもなんだけど、私は反対。アサシンとターゲットが私たちの絆。そう先生は言った。この1年で築いたその絆、私も本当に大切に感じてる。だからこそ、殺さなくちゃいけないと思う」

 

 

 

 

......

 

............あのタコ、ほんっっっとに!!

 

まるくおさまりそうだったのに!!

 

......これはいよいよ空中分解、いや学級崩壊も視野に入れなきゃいけないのかもしれない......

 

 

 



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23

side 潮田 渚

 

 

殺せんせーを殺したくない......

 

はじめはこわかった......失敗もしたし、まちがえたこともあった。でも、楽しかった思い出もいっぱいあって......

 

 

「僕らが殺すことなんてしなくていい。優しくて温かい世界に【殺し】なんていらない」

 

 

そう言った飛鳥君は迷わずに青い箱から装備を受け取った。

 

自分と同じ【殺さない派】に飛鳥君がいて、正直、ホッとした。彼は僕らからそっと離れていることが多く、元々暗殺に積極的ではなかった。勉強面はあまり目立たない彼だけど、やる気になった飛鳥君はとんでもなく厄介なことはわかる。ミステリアスで穏和な彼は、正直何を考えているのか底知れない。

 

サバゲーで決着をつけようと始まったが、もうほとんどの人がドロップしている。

 

 

 

「渚君、飛鳥君出てきなよ」

 

 

カルマ君が堂々と僕と飛鳥君を呼んだ。僕が出てこようか迷ってるうちに、先に飛鳥君がカルマ君の前に出てきた。

 

 

「これは赤羽君と潮田君の決着で決めるべきだよ、きっと後悔する」

 

「......ふぅん。やっぱり、飛鳥は戦わないか」

 

「そだね。離脱するよ」

 

あっさりと降伏宣言した飛鳥君は、潔すぎて唖然となる。ちょっと裏切られたような気持ちになったけれど、飛鳥君は「元はといえば君たちのケンカだったでしょ」とすっかり殺せんせーの隣を陣取り、観客になっている。

 

 

確かに僕とカルマ君が殴り合いのケンカになって、クラスを巻き込んだサバゲーまで発展した。だから、そこをつかれるとぐぅも出せない。

 

口ぶりをみるにカルマ君は飛鳥君がそういう行動をとると予想してたみたいだ。

 

決着がついて、和解をした()()()に「どうして?」と聞いてみる。

 

 

「飛鳥は事勿れ主義なとこあるからねー......このサバゲーもアイツにとって些細なことなんだよ。飛鳥って、()()()()()()()()()()()()かのように、俺たちが本当に危ないときにしか動かないからさ......SFでいう未来予知ってやつ?何手先まで見据えてるのか、正直こわくなる。......でもさ、飛鳥は皆を悪いようにしないってのは信じてもいいんじゃね」

 

 

教室で飛鳥君は相変わらず本を手に取っている。タイトルは【謎生物の飼育方法】だ。帯には【ウーパールーパーの再来か!?マニア飼い主は読むべし!】......僕は時々、飛鳥君の本のチョイスがわからないときがある。

......ああいうときの飛鳥君には近づかないに限る。これは僕たちE組の暗黙の了解だ。アイコンタクトを交わし、飛鳥君から距離をとって、どうやって殺せんせーを救うのか、話し合った。

 

そこに、殺せんせーが近寄って飛鳥君を説得し始めた。それをみた皆はギョッとして、論点は殺せんせーを飛鳥君から救うに入れ替わった。

 

 

 

「誰か止めにいけよ」

「お前がいけよ、岡島」

「バッカ!触らぬ飛鳥に祟りなしだ。俺のエロ本(お宝)がどんな目にあったのか知ってるだろ!?」

「......あぁ。ゴミ箱にホールインワンしてたな。竹林の爆薬といっしょに」

「本人は『汚ねェ花火だな』って、普段の温和な性格から想像できないくらいえげつなかった......」

「アレ絶対闇落ちしてたわ......」

「......仕方ねェ、狭間。あのタコ止めろ」

「はぁ!?寺坂何言ってんだ!!やっぱりバカだろ!知ってたけど!」

「当たり前じゃん。......狭間さんと飛鳥を組合わせるなんてさ......【混ぜるな危険】って忘れたの?」

「テメェ、カルマ!お前も人のこと言えねェからな!」

 

 

 

......カオスが出来上がった。

 

 

 

 

「......なに?」

「生徒のためを想って、力を貸してくださいよ」

「そっか......その気持ちは尊重したいけど、ぼくにも色々立場があるんだよね」

「そこをなんとか!!お願いします!!責任は烏間先生が持ちますから!!」

「もう一声」

「先生も責任持ちますから!!」

「はじめからそう言えばいいんだよ......いいよ。取引成立だね」

 

 

僕らがギャイギャイ騒いでいる間に二人はコソコソ言い合い、史上稀にみるいい笑顔をした飛鳥君はパソコンを持ち出した。殺せんせーは疲れた顔して「......悪魔の手を取った気分です」と不貞腐れていた。......変なタイトルの本を読んでるときの飛鳥君は、ちょっと闇があるから......もう皆、慣れてきたけれど......

 

 

 

 

 

そして、律と飛鳥君の調査によりISSで反物質に関する研究が行われていることを知った。そのデータを知るために、僕とカルマでロケットにダミーの人形にすり替わる形で乗り、ISSに潜入し、データの入手に成功した。帰還後に解析を行った結果、殺せんせーが地球ごと爆発する可能性は1%以下と判明して、僕らは一安心した。

 

 

ただ、地球に戻ってきたとき、飛鳥君は浮かない表情をしてた。

 

「大丈夫?」

「いや、それより潮田君こそ。さっきまで宇宙にいたんだろ?」

「僕は平気だよ......飛鳥君浮かない顔してたから」

「......そうか?......ロケットをジャックしたなんて、親にバレたらなんて言い訳しようかな~って......」

「そのときは僕もいっしょに謝るよ......僕が殺せんせーを救いたいなんて言ったから......」

「いや、潮田君のその気持ちは大事に持ってて。ここまでやったんだし、ぼくも腹くくるから」

 

 

飛鳥君は僕を安心させるようにニッコリ笑った。「ほら、皆が呼んでるよ」と皆がいる方へ促され、僕は駆け寄った。だから、飛鳥君のぼそりと呟いた声は聞こえなかった。

 

 

「ヤベー......ジジイになんて報告しよう......」

 

 



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24

まさかロケットに乗ってデータを盗むと言い出すとは......それを実行しようとするのをクラスの誰も止めないなんてな......止めなかったおれも同罪だけど......おれも大概毒されてきたな。

 

烏間さんはといえば、青筋をピキピキと浮かばせていた。...デスヨネー。

 

そんなわけで案の定、おれはジジイによびだされた。

 

「表向き【殺せんせーが生徒を脅した】となっていますし、それに関しては烏間さんが謝罪回りにいってます。......今、彼らを敵に回すことは得策ではありません」

 

重苦しくズンと威圧の籠った眼差しに自然と早口になる。額縁には達筆な文字で『勇往邁進』と書かれている。

 

 

「君のことだから、何か企みがあってそうしたんだな......省庁は大荒れだぞ」

 

「でしょうね。......ひどいしっぺ返しされるんじゃないですか?あることないこと、ね」

 

澄ました顔でそう言うと、ジジイは「例の生徒たちはどうなっている?」と顎で促してくる。

 

 

 

「彼らは【殺せんせーを救いたい】と結論付けたんです。......実は最終暗殺計画があるってガラスのハートの10代のいたいけで先生思いの心優しい子供たちに言ったら可哀想ですし。だったら、はやく本業の勉学や受験に専念させるために()()する方が早いと判断した次第です。」

 

()()()()か。まさか怪物(モンスター)を恩師と慕っているとはな。少々危ういな...」

 

その言い草にピクリと肩眉が上がる。まずい。口が滑りすぎたか。ぎゅっと拳を力ませていると窓際に近づいたジジイは外の高層ビルへ視線を移し、低い声をあげた。

 

「ここから先は各国と防衛省の独壇場だ。当然、警察(われわれ)が動けないように足止めされるだろうな......【飛鳥】......リミットは3月13日だ。任務を遂行しろ」

 

 

ガチャンと、重厚な扉を閉めた。フゥと息を吐く。

 

おれがあの教室に居られるのも、残り僅か......

 

 

 

 

 

***

 

 

 

受験シーズンもピークをすぎ、ひとまず全員の進学先が確定した。あのタコは写真のタワーをつくり、【卒業アルバム】を作るといい始めた。

 

写真......卒業アルバム......

 

 

それは【飛鳥 進】がいた証を残すこと。これからもしもまた【飛鳥 進】になるのだとしたら、経歴が何も見えてこない人間は怪しい。【飛鳥 進】のカバーにこれともない機会だ。

 

そもそも【飛鳥】とおれは年齢も経歴も異なる。同一人物だと追求されても、【飛鳥 進】の辿った人生――例えば卒業アルバムや中学時代の知り合い――を示せば、顔が似てるだけのそっくりさん。別人だと言い逃れできる。

 

【飛鳥 進】になるとしても、椚ヶ丘から離れたところ......そう簡単に知り合いに会わない。

 

 

 

―――カシャカシャ

 

 

ぐるぐる思考に浸っていると、殺せんせーがおれの携帯でクラス写真を撮っていた。......桃色のカバー(殺せんせーマスコット付)のアレだ......

 

な に や っ て ん だ !!

 

 

 

「......そういうのは心のメモリーに仕舞っておくから」

 

さっと携帯を抜きとり、じとりと殺せんせーを睨んだ。ふざけた写真だったり、ご丁寧にこれまでの沖縄旅行や文化祭のデータまで送信されていた。マッハの無駄遣いばかりまったく困ったお人である。ポチポチと携帯の画面を操作する手にぷにっとした黄色い触手が添えられた。

 

 

 

「君は、自分の身辺を悟らせない。現に君の携帯の履歴や写真はひとつもない。......それは周囲の人間に危険が及ばないようにするため......だから、君は教科書も制服も、卒業アルバムも、もしかしたら思い出もすべて処分するつもりじゃないですか?」

 

そう。このヒトが言う通り、おれには何も足枷がなく、おれ自身もつくるつもりがない。律やクラスグループの連絡先は今のところ手元にあるが、いずれは消えてしまうだろう。こんなことは職業柄、致し方ないとわりきっている。やんわり触手を払いのけて、反論する。

 

「そこまで知っているなら―――」

 

知っているからです。何も残ってないなんてまるで死に急いでいるようで、とても危なっかしい。この写真だけでも手元に残してくれませんか?君自身が唯一離さないE組との繋がりとして......そして君が守りたい世界の象徴として......」

 

 

 

 

 

  消去しますか  

▼はい

      いいえ    

 

 

 

―――結局、おれはボタンを押せなかった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

3月6日

 

超生物の最終暗殺計画が発動。日本政府は殺せんせーを危険生物と公表し、それを大々的にマスコミは報じる。

 

 

【これは我々に害を為す特定危険生物を閉じ込めるためのものです】

 

学校関係者のコメントがまたそれに拍車をかける。独特の甲高い機械音で取材を受け、証言する。

 

「E組の子どもたちは危険生物に脅され、人質にされていた」と。

 

ワイドショーでは特集が組まれ、何処かの大学の名誉教授やUMA専門家というような事情通が持論を展開する。

 

「こんなこと前代未聞ですよ!教育者としてあり得ませんね。1年間も生徒は人質にされていたのですよ!政府黙認で」

「そもそもこのような事態が起こるなんて誰もわかりませんよ。聞けば、この生物はアメリカの研究所から流れ着いたのでしょう?こういうときのための憲法改正や法整備が必要であると思いますけどねェ」

「月が爆発したってことはこの生物は宇宙空間を移動できるなにかしらの能力がある。さすがにあの米花でも月まで爆発させた犯人はいませんね」

 

また、ネット上ではワイドショーのコメンテーターの動画がアップされ、それらにネット民が書き込み、日本全国へ殺せんせーの情報が駆け巡った。

 

月爆発の犯人ってマ?

月が爆発しようが、地球が爆発しようが、どうでもいい目の前のカップル爆発しちまえ

米花民のワイに爆発といわれたところでwww

この生物こそが1年前月を崩壊させた元凶

 

 

 

椚ヶ丘では、学校は自主休講。学校前には新聞、テレビ、週刊誌などのマスコミが群がり、授業どころではなくなった。警察は住民の避難誘導のために自衛隊とともに駆り出されている。

 

「周辺の住民はただちに避難を!」

「われわれの避難誘導に従って焦らず、落ち着いて従っていただきますように何卒ご協力を」

「F地区、住民の避難を完了しました」

 

 

 

......ほらみろ。ひどいしっぺ返しだ。

 

 



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25

走るのだ。信じられているから走るのだ。

 間に合う、間に合わぬは問題ではないのだ。

 人の命も問題ではないのだ。

 私は、なんだか、もっと恐ろしく

 大きいもののために走っているのだ。

太宰治 『走れメロス』

 

 

 

***

 

 

左ポケットの中のピンクの携帯がブルブル震える。椚ヶ丘学園へとおれの足は向かっていた。この計画はもうおれが声をあげたところで引き返すことなどできない。防衛省、警察庁、日本政府だけの話ではない。各国の合意を経て決定されたんだ。上のお偉いサンはもう終わったあとの話までしている。まア、気の早いこって。実験体のサンプルを寄越せやら、代表研究者の柳沢の囲い混みを画策したり、ここぞとばかりに日本の防衛のためだと抜かして隙をうかがったり、水面下では幾つもの思惑が交錯して世界は仮初めの平和が成り立っている。

 

思惑を抱えているのはなにも大人だけではない。驚いたことにこの子たちは世界中を敵に回しかねない一か八かカケに躍り出た。その証拠にE組のグループチャットはひっきりなしに通知音をならす。行動力が有り余りすぎるってのも考えものだな。...そんなことを思いながら、自身の警察学校の在籍時を振り返ると他人のこと言えないくらいヤンチャしていたことを思い出し、若さってすごいと一周まわって感心した。

 

 

どんな結末を迎えようと、彼らを見守ると決めたのはおれだ。

 

 

 

「「「「「飛鳥ッ!」」」」」

 

 

ふらりと体のバランスが崩れる。左の腕から下の感覚がない。ポタリ、ポタリと血が滲んでいく。

 

右腕で茅野さんを支え、潮田君に向かって彼女を放った。重さをなくした腕はグラリと傾き、口からは荒い呼吸が漏れる。

 

 

 

意識が朦朧とする。

 

 

 

 

 

死ぬなよ、飛鳥

 

 

 

 

 

ここに来てフラグ回収か......ジジイの幻聴まで聞こえてきた。

 

 

 

我ながらついてない。フラフラと覚束ない足取りで、走馬灯が駆け巡る。

 

 

やぁ。君の評判はよく聴いてるよ。

早速だが、君には、ある場所に潜入してもらう

 

 

すべては月の破壊と、ジジイのそのひと言から始まったんだっけ......もともと選択肢なんてなかったようなものだ。

 

 

 

君はやさしいですねぇ。その気持ちは君の長所ですよ。

今は大いに悩んで結構です。

その悩みが君自身の成長につながりますから。君の決心や覚悟......

君が求めている『答え』がみつかりますよ。

この学び舎でね

 

 

 

 

始めは危険生物だと思って警戒して......でも、このタコと来たら、エロ本読むわ、パニクるわ、無駄にこだわりがあるわ......なんだか警戒するだけおれが阿呆みたいになって......

 

 

 

 

 

 

 

意識が浮上する。遠くから誰かに名前を呼ばれている。ぼんやりと瞼を開けると、黄色いまん丸い頭につぶらな黒い目の担任がいた。

 

「飛鳥君!」

「意識が戻ったみたい......!」

 

 

そうだ。飛鳥進。おれの潜入している中学校で使った名前だ。額にのせられた触手がひんやりして、だんだんと意識が覚醒してきた。うっすら開けた視界に心配そうな顔つきのクラスメイトの顔がのぞきこむ。

 

 

 

「飛鳥君......君には帰る場所があるのですから、そう易々と命を投げ棄ててはいけません」

 

 

「羽がもがれた鳥に帰れ、か......深入りしたツケがまわってきたんだ。馬鹿だな、おれも.....」

 

陰を落としたおれに殺せんせーは触手で重症だったはずの腕に触れていた。

 

「いいえ。君はただの籠に囚われたか弱い雛鳥ではありません。その立派な志はむしりとられようがまた再生しますよ。何度無茶しても、死にかけても、君は生き抜くんです。それこそ不死鳥の如くね」

 

 

ハッとしてそこを凝視すると、おれの斬られたはずの左腕はきれいにつなげられていた。

 

「...不死鳥(フェニックス)か。そんな大層なものじゃない。買い被りすぎですよ、殺せんせー...だけど、ありがとうございます」

 

礼を言えば「ヌルフフフ」と特徴的な笑い声が返ってくる。

 

「君がいなくなったら、哀しむ人がいるってことを忘れないでください」

 

 

「......だったら、あんただって......」

 

 

 

 

やんわりと首を横に振られ、その先はとても口には出せなかった。

 

 

―――あんただって、遺される気持ち考えろよッ!!

 

 

 

「......わるかった、茅野さん......それに皆も」

 

 

心配をかけた謝罪か、これからのこと(・・・・・・・)についての謝罪か......今になっておれは感傷的になっていた。

 

影が射す。真っ暗な夜空に星が散らばっている。ああ、静かで何処か幻想的だというのに。空の三日月が憎らしい。

 

 

弱りきった殺せんせーを全員で取り押さえ、潮田君が心臓を刺す。

 

 

 

「......逝きな、殺せんせー」

 

「えぇ......頼みましたよ、飛鳥君」

 

おれと殺せんせーが最期に交わしたやり取りだ。

 

 

彼は()()()()()()

 

自分が死ぬ運命だと。

 

そして、その死を受け入れている。

 

生きろ。とは言えなかった。あんなに穏やかな顔つきで、満足に満たされている。

 

 

泣きじゃくる子どもたちとともに教室へ入れば、それぞれの座席に卒業アルバムとアドバイスブックが置かれていた。

 

 

自分の座席に腰掛け、アドバイスブックを見ると、潜入捜査官の心得や即席変装の仕方、潜入中に知り合いと会ったときのやり過ごし方、ヌルヌル逮捕術......お節介なほど、こと細かく書かれていた。

 

 

アルバムとアドバイスブックを鞄にしまい、ロッカーや机の中をみて、何も残っていないことを確認する。荷物も思い出も置いていけるわけないから全部持って帰りの身支度に取りかかる。

 

子どもたちは、泣きつかれて眠っていた。アドバイスブックが開いたままになっており、微かに寝息が聴こえる。彼らを起こさないように、足音に気を付け、教室をあとにした。

 

 

東の空から太陽が顔を覗かせ、朝焼けを目に焼き付けながら山道を下る。大がかりな装置を作ったせいか、重機の跡が地面に残っていた。そんな状態の山を下る途中、まるで待ち伏せていたかのように烏間さんがそこにいた。

 

「......卒業式には出席しないのか」

 

すでに保護者役から欠席すると連絡しているのに、わざわざ聞くなんて......もうすでに()()()()()()だろうに。これだから鼻が利く奴は厄介なんだ。犬のお巡りさんは警察の専売特許だっていうのに。

 

 

「すでに卒業済みなもので......皆には上手いこといっておいてください。キレイごとは教師のお家芸でしょう?」

 

ニッコリ笑って答える。烏間さんは眉をグッと寄せた。

 

「黙って出ていくつもりか」

 

Need not to know......これ以上は時間切れです。貴方にも仕事があるように、おれも後始末があるので」

 

 

【飛鳥 進】とは暫くお別れだ。ニッと挑発的に笑って、その場を去る。

 

 

暗殺教室の最後のチャイムが背後で鳴り響いた。

 

 




【飛鳥 進】

元ネタはシン・アスカ
(機動戦士ガンダムSEED DESTINY)

警察官成り立てでまだ若さ特有の青臭いところがある。
この度、裏社会の闇や大人の水面下のやり取りをみて不信感を抱く。
心の支えはE組。たまに携帯の写真をみて、心を浄化している。

ただの偽名だと割りきっていたが、気に入っていて、これからの潜入捜査でちょくちょく名乗る。

たぶん次の潜入先はお酒の真っ黒いところの予定。


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ギムレットには早すぎる
26


side 木村 正義

 

「あれ、飛鳥は?」

 

最初に気付いたのは、カルマだった。キョロキョロと教室を見渡すと、飛鳥の座席はポツンと机と椅子があるだけで、肝心の本人がいない。昨夜の別れから眠ったせいか、みんな幾分か落ち着きを取り戻しつつある。

 

 

「全員で教室に戻ったはずだし、飛鳥もアルバムとこれ、読んでたのは見たよ」

 

「......どうしたんだろ?」

 

「傷口が開いちゃったとか?」

 

「でも、殺せんせーが細胞くっつけて、治したじゃん」

 

 

ざわざわと飛鳥の憶測が飛び交う。今日は3月14日。椚ヶ丘中学の卒業式だ。ただでさえ、殺せんせーと別れた直後なのに、今度はクラスメイトがいなくなるのは、今の俺たちにとって少なからず不安を与えた。そんなとき、入り口に近い俺の席は、ちょうど烏間先生が入ってくるのがみえた。

 

「烏間先生、飛鳥は?」

 

 

皆の視線を一斉に向けられた烏間先生は、言いよどむように口を開いた。

 

 

 

「......飛鳥君は、念のため入院することになった。......腕の怪我のことやそうなった経緯を含めて面会謝絶になっている」

 

 

 

殺せんせーのことは口外無用だから、複雑な事情が重なって、烏間先生がそういう措置をとったのだろう。たしかに飛鳥は一時期意識不明のせられた重体だった。殺せんせーが応急処置をしたとはいえ、経過観察が必要なことは理解できる。卒業式にみんなで出られなかったことは残念だけど、致し方ない。

 

 

このときは、誰も烏間先生の説明に疑問を持たなかった。そのうち、ころっと退院して、またいつもの笑顔で会えるとE組の誰もが信じていた。

 

 

 

***

 

 

 

賞金の使い道を磯貝と片岡が中心になって話し合って、俺たちは旧校舎があった山を買い取ることにした。

 

それから月に数回、交代で旧校舎の掃除をすることになったけれど、依然として、飛鳥からの連絡はない。飛鳥はいつの間にかE組のクラスLINEを抜けていたし、直接会おうにも飛鳥の進学先を誰も知らなかった。飛鳥の家についても前に住んでいたマンションは爆弾事件に巻き込まれたらしく、わからない。律を辿っても完全にネット遮断されているらしく、たどり着けない。

 

 

 

――――何かがおかしい。

 

 

 

 

異変に気づいたクラスの何人かが、E組のグループチャットで召集を呼び掛けた。場所は、懐かしいE組の教室。飛鳥以外のクラスメイトと、烏間先生、ビッチ先生も来ていた。

 

 

「烏間先生。俺たちに何か隠していませんか?」

 

頼れる委員長、磯貝が開口一番にそう投げかけた。

 

 

「クラスの誰も、律さえも連絡が取れないんです。......飛鳥君に何かあったんじゃないですか?」

 

 

片岡が続けて言う。

 

「お前ら大ごとにしすぎだろ。どうせ、イトナ(こいつ)みてーに家出なり、グレてんだろ?」

 

 

寺坂がイトナの頭をワシャワシャかき回し、それをイトナが鬱陶しそうにしている。

 

 

「とか言って、寺坂も心配してるくせに」

「......でもさ、飛鳥がマジモンの不良になったら......」

「「「それはそれで引くわ」」」

 

 

和やかな空気に烏間先生は「......君たちには酷かもしれないが......」と、蟀谷を押さえ、言いよどむ。烏間先生のこの表情は以前にも見たことがあった。やがて、ギリッと眼を鋭くさせ告げた。ピリッとした糸が張ったように、自然と背すじが伸びた。

 

 

 

 

 

「彼は政府から特殊任務を言い渡された潜入捜査官だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

......は?

 

 

 

何を言っているのか、わからなかった。

 

 

 

 

「俺も詳しくは知らないが......彼は【Need not to know】と言ってたな。おそらく──」

 

「あのガキ、警察関係者(スパイ)だったの?」

「ああ」

「東洋の神秘ってマジなのね......これだから日本人って......」

 

ポンポンと烏間先生とビッチ先生のやり取りが左の耳から右の耳へ抜けていく。

 

 

 

つまり......飛鳥は実は潜入捜査官で、俺たちより歳上ってことだろ!?

 

 

 

「「「「「「えぇぇぇぇぇ!!?」」」」」」

 

 

 

 

 

 

***

 

 

あれから何度かE組で通称【飛鳥会議】が開かれた。はじめのうちは皆それぞれ飛鳥に対する想いが複雑になったり、言い合いになったりして、会議が進まないこともあった。

 

なんやかんやあって、E組【暗殺教室】の標的は【殺せんせー】に代わって【飛鳥 進】になった。

 

 

そしてあれから数年経つが、まったく音沙汰がない。

 

 

 

「木村ジャスティスさーん!」

 

 

 

グハッ......!

 

 

久々の公開処刑だ。

 

 

俺は風邪を拗らせて、今日は米花中央病院に診察に来ていた。

 

待合いの椅子の下に紙袋が置いてある。誰かの忘れ物か?パッと中身をみると

 

 

 

 

 

 

爆 弾 が あ っ た......

 

 

 

カチカチとタイマーが起動する。

 

 

 

 

嘘だろォォオ!?

 

 

 

 

オロオロしながら、慌てて110番にかける。暫くすると、チャラっとした雰囲気の人がやって来て、俺はそのまま避難誘導された。

 

 

 

数十分後、爆弾を処理し終えたチャラそうな人が電話をしている。なんか、あの人前原みたいだな......

 

 

 

すれ違いざまに、会話が聞こえた。

 

 

 

「おー......陣平ちゃん。此方の爆弾、見つかったから......大丈夫、大丈夫。ちゃんと防護服着てるって!......そうそう、アイツそっくりな中学生と黄色いタコに叱られちゃってさァー......え?タコはタコだよ......気にすんなって~」

 

 

 

......ん?いま、聞き覚えのあるフレーズが......

 

 

 

 

黄色いタコ......だと......!?

 

 

 



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27

名残惜しく3年E組をあとにしたおれは、事後処理に追われていた。

 

マスコミの報道規制やら、E組生徒の処遇やら......てんやわんやで、猫の手を借りたい勢いだった。

 

 

これまでの功績からE組生徒をいっそのこと引き抜こうぜ(意訳)と提案が出たときは待ったをかけた。

 

 

未来ある子どもなんです!!

 

 

と、ゴリ推しして、期限付きの監視でどうにか落ち着いた。この1年で兵士を育てたようなものだから、野放しして危ない思想や行動をとらないかという意味で、マークされたというわけだ。

 

 

律に引き続きE組の安全管理をお願いし、おれに関する情報はロックをかけた。ピンク携帯は解約し、電話もメールもできなくなったが、なんとなく手放せなくて、御守り代わりに持ち歩いている。

 

 

それから、殺せんせー騒動が落ち着き、世間の記憶から風化され、やっと一段落ついた。

 

 

 

***

 

 

 

おれは童顔系潜入捜査官

 

幼なじみで同級生の理不尽ゴリラとかげみつ(あだ名)とともに警察学校を卒業するや否や、中学生に紛れ込み、【暗殺教室】の任務を完了した。

 

 

 

後処理を終えるのに徹夜組になっていたおれは......

 

 

 

 

 

 

背後から近づいて来るジジイに気づかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

おれはその男に拉致され、強制的に仮眠室へ放り込まれた。そして目が覚めたら、

 

 

 

 

「やぁ。お目覚めかな。早速だが、君には、ある場所に潜入してもらう」

 

 

 

 

 

 

何処かで聞いたことがある話だ。思い出せ、おれ。......そうだ、あれはまだ初々しい警察官だったころだ.....この手際のいい流れ作業......テンプレな台詞......

 

 

嫌な予感がする。

 

 

 

ジジイは喰えない笑みで、やっぱり胡散臭く感じた。瞬時に面倒事を察知したおれは【プランB:ぶぶ漬け】を実行した。

 

 

 

 

「ブルームーンいかがですか?」

 

「それこそできない相談だ」

 

 

 

バッサリ切り捨てられた。

 

 

悲しいかな、縦社会なんてこんなものだ。2回目ともなると、だいたいわかる。前は1年だったが、今回はどれくらいの期間になるかあやふやだという。「半年かもしれないし、10年かかるかもな」とジジイは何を今さら、という表情で言っていた。......気が遠い。

 

 

 

それからは()()()()()()()展開だった。

 

 

 

おれが警察官であるとヤツらにバレたら、命を狙われ、まわりの人間にも被害が及ぶ。

 

 

文字通り裏路地に放り込まれ、闇深い組織を転々としながら、検挙、検挙、検挙......の日々を送っていた。この童顔で未成年だと勘違いされ、ヤツらの懐にするすると入り込み、バンバン情報を刈り取っていった。

 

 

ジジイの命令で正体を隠していたおれは

アンダーグラウンド界隈で知り合った銀髪ロン毛に名前を聞かれて、ちょうどその日切らしていた調味料を思いだし、とっさに【みりん】と名乗った。

 

 

マズイと思ったが、後の祭り。この日のおれは、アドレナリンが好調し、頭のネジが2、3本置いてけぼりになっていた。

 

 

 

「ふざけてんのかテメェ」とメンチ切られたが、紆余曲折あって銀髪ロン毛が幹部をやっている通称【黒の組織】に転がり込んだ。

 

 

 

 

そしておれの受難の日々が始まったのである。

 

 



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28

さて、闇深い組織を探れとジジイから辞令が下され、おれは裏社会の人間に成り済ますことになった。

 

 

とりあえず、殺せんせー関連で知り合った殺し屋を参考にした。

 

銃しゃぶって恍惚するヤツとか、語尾に「ぬ」をつけるヤツとか、自称【死神】の花屋さんとか、裏社会の人間は変なヤツが多いっていう刷り込みがあった。

 

だから、不思議電波系にしようと安易に方針付けた結果、【みりん】が爆誕した。億超えの賞金首だった【殺せんせー】もマスコットキャラを目指してたから

 

 

「みりんでいいよね?」

 

 

――――と、自ら名乗った。

 

 

 

「ふざけてんのかテメェ」

 

 

ガシャッと銀髪ロン毛にベレッタを向けられた。

 

 

おいおい......初対面にしていい態度じゃない。ちっとも友好的とは言えない。話が通じないなら、おれもそれ相応の対応をするまでだ。

 

 

「なぁに?オモチャならボクも持ってるよ」

 

背中に背負ったびっくりドッキリバズーカ砲を向ければ、心なしかその場の温度が下がった。

チッと大きく舌打ちして銀髪ロン毛は、舎弟のグラサンにおれを連れてくるように指示した。要するに、おれは猫のごとく拾われたのである。

 

 

それから、組織の仕事をしつつ、経過報告のためジジイに連絡すると、驚きの事実が発覚した。何故か【みりん】は幹部だと誤解されていたのである。

 

 

「どうして【みりん】が幹部になるんですか?銀髪ロン毛に拾われ、かって気ままにお手伝いしているだけですけれど」

 

「その銀髪ロン毛は【ジン】、グラサンは【ウォッカ】......【みりん】もアルコール飲料のひとつだ。深読みした変な噂が飛び交ったんだろうな」

 

 

 

ジジイは爆笑して、ヒイヒイ痙攣していた。おれはorz状態からのやっちまった感が半端ない。ポンと肩に手を置かれ、そのまま潜ってこいとゴーサインをだされた。

 

 

【ジン】【ウォッカ】【ベルモット】【ピスコ】......

 

 

よくよく聞けば、共通点があった。この悪の組織の幹部は、コードネームに酒の名前を用いている。しかも、洒落乙な洋酒揃いばかりである。その中に加わる【みりん】が悪目立ちしすぎている。おれは戦慄した。目が据わったおれはどうせなら、全員巻き込み事故にしてやろうと組織内で改名運動を起こした。死なばもろとろだ。

 

 

 

まず、ジンとよくおしゃべり()しているベルモットに訴えた。彼女は表で女優をやっているだけで、それなりに会話のキャッチボールができるからである。

 

 

「誘い文句のマティーニがめんつゆ作ろうに変わるだけじゃん」

 

 

即答で断られた。ちなみに、ベルモットが改名するなら【出汁】である。長時間煮込まれた出汁は味が染み込んで旨味が抜群だと、出汁の素晴しさを語ったのに、「ボウヤは私が若作りしていると言いたいわけ?」と呆れた口調で返された。

 

 

 

違う。

 

 

おれはただ調味料をコードネームにしたいだけだ。

 

 

 

次にジンに醤油を渡した。

 

「ウォッカの表の名前って【魚塚】だろ?この前、寿司を食べたときインスピレーションがおりてきてさ......ウォッカとジンって、魚と醤油みたいだよね~」

 

 

軽い口調でそれとなく改名を薦めたら、醤油の瓶は粉々にされ、「ほどほどにしろ、みりん。兄貴を怒らせるな」とウォッカに注意された。

 

 

おれの【コードネーム調味料改名運動】はあえなく頓挫した。集まった署名は【テキーラ】だけだった。あの関西弁のオッチャンはノリがいい。

 

 

おれのデモを見聞きした組織の下っぱ連中が【みりんが組織を乗っ取ろうと企んでる】と勘違いし、悪の組織の構成員【みりん】に悪評がまたひとつ加わった。いつの間にかおれの元に署名が届けられ、【みりんについていこうぜ!】【こんな組織、御免だ!】と離反あるいは反逆する構成員が増えた。ジンがコロコロしに行ったのをおれは遠い目で見送った。......南無南無......人災がこんなところに......

 

 

めちゃくちゃジンにガン飛ばされた。だが、おれは前もって言い訳を用意していた。

 

 

「裏切り者の鼠と忠誠心のないやつが露呈して、お前の仕事が捗ったからいーじゃん!」

 

 

ノック探しの引っ掻けだと伝えれば、ジンはフンと鼻で嗤って出ていった。組織が思わぬ形の人員削減で縮小していったから結果オーライ。ジンは裏切り者絶対コロスマンだから、大抵こう言えば誤魔化せる。

 

 

 

だけど、おれはまだ諦めていない。

 

知らぬ間に幹部(笑)扱いされ、改名チャンスかと【あの方】からの伝言を待っていたら、何もアクションがなく、おれの名前はいよいよ【みりん】だと定着してしまった。確かに名乗ったのはおれだけど!

 

 

だけど、おれはまだ諦めていない。(2回目)

 

かれこれ数年、この組織に居座り、定期的に改名運動を起こしている。賛同者はまだまだ少ない。その都度、ジンはコロコロしに出掛けている。アイツの会社()に尽くす精神は社畜だと思う。

 

 

ところで最近、新しくコードネームを貰った3人がいるらしい。噂ではウィスキーだと聞いた。彼らにはウスターソースを薦めようか。

 

 

 



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29

side バーボン

 

【みりん】

 

それは甘味のある黄色の液体であり、約40 - 50%の糖分と、約14%程度のアルコール分を含有している。主に煮物や麺つゆ、蒲焼のタレや照り焼きのつや出しに使う。

 

だが、この裏社会では【みりん】と言えばある人物を指す。

 

 

探り屋として収集した情報によると、

 

【みりんに目をつけられたら、玩具にされる】

 

【みりんは組織を乗っ取ろうと画策している】

 

【みりんの見てくれに騙されるな。ヤツは悪魔、いや魔王だ】

 

【屋根の上を走るのを見た!忍者の末裔らしい】

 

【あの緋色の瞳に惑わされるな】

 

 

 

 

【みりん】の悪名は裏社会に轟いていた。まだ年端のいかないティーンの少年が処刑人と名高いジンに拾われたらしい。そう語る情報屋の男は「みりん様」と盲信し、崇拝していた。カルト的な危うい宗教染みた言動に、【みりん】がただの少年なわけがないと、警戒した。

 

 

 

 

 

今日はその悪名高い【みりん】と顔合わせだ。ようやく【バーボン】のコードネームを得て、幹部と接触できるチャンスだ。同じく、幼馴染の【スコッチ】......それから気に食わない【ライ】もいるが......

 

 

 

「今日はやる気があるようね」

 

 

ベルモットがカクテルを煽りながら呟いた。ジンとウォッカは黙りだ。どういう意味かと尋ねようとすると

 

 

 

 

 

テー テー テー テッテテー テッテテー......

 

 

 

 

重厚のあるメロディが近づいてきた。これは帝国のマーチだ。ライがピクリと眉を寄せ、僕とスコッチは扉の向こうへ身構えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「......シュコー......シュコー......」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黒いマスクを被り、黒いスーツ、黒いマントと身体全体を漆黒の衣装で包んでいる。 絶えず呼吸音を発していた。

 

 

 

「......ベルモット、【みりん】というのは......?」

 

 

恐る恐るスコッチが確認すると、「あの子よ」と肯定した。スコッチの顔は盛大にひきつっていた。

 

 

「ボウヤ、何言っているか分からないから普通に喋って頂戴。」

 

 

「えー!もっと遊びたかったのに」

 

 

 

声変わりした少年の声がマスク越しに聞こえた。人好きのいい顔で自己紹介しようと、手を差し出すと、黒いマスクがこちらを向いた。

 

 

「新顔?......そうだ、ウスターソーストリオっていうのはどうかな?」

 

 

 

 

ピキリと表情が固まった。

 

 

 

ウスターソーストリオ......?

 

 

ベルモットが「......洗礼みたいなものよ」と疲れたように言った。殺伐とした空気のなか、【みりん】は気にも止めず、無邪気に「牛乳と~ コッペパン コッペパン~」と歌っている。

 

 

重苦しい室内が【みりん】の登場で、微妙な空気になった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

【みりん】は、ブッ飛んだ幹部だった。

 

 

 

 

何故そんな格好をしているのかと聞けば、

 

「黒い衣服着用が推奨されていて、組織のコンプライアンスに引っ掛かるからね」

 

社内規定(?)を気にしていた。

 

 

コスプレ紛いの服を褒めれば、

 

「そう?年下だから嘗められやすくってさァ......ここの連中と比べたら、ボクが一番マトモだと思うんだ」

 

......「それは勘違いなんじゃないか?」という言葉をのみ込んで、「それは頼りになりますね」と返す。まともとはいったい何なのか今すぐ辞書を引き直したい。

 

 

そして何故僕らが【ウスターソーストリオ】と呼ばれたのかと聞けば、

 

「これからは調味料の時代が来るよ!天下目指そう!」

 

とウキウキした声調で薦められた。

(三人ともそれぞれ丁重に断った)

 

 

その背中に背負った筒状のものは何かと聞けば、

 

「びっくりドッキリバズーカ砲さ......ボクも何が出てくるのかわかんないんだよね~」

 

とヘラヘラして、何ヵ所か突っこみたいのを我慢した。何で堂々とバズーカ砲をもちあるいているんだ?え?職務質問されない?......あぁ、子どもだったなそういえば。聞かれたら完成度の高いオモチャと通してる?何をやってるんだそいつは!保護するとかあるだろ!怪しいだろ!それでよく警察官が務まるな!!みりんは「変態技術国家JAPANサマサマだよなー」とヘラヘラ笑っている。聞けば、海外で日本出身だと伝えたら「あア、イカれたJAPANの新しい発明か。」と納得されるらしい。...くっ!ものつくり日本の弊害がここに...!

 

 

「......よく回る口だなァ、バーボン......テメェら三人、胡散臭ェ」

 

 

......まずい。ジンの機嫌を損ねた。ギロリと鋭い眼光で睨み付けられる。

 

 

 

 

「うるさいよ、ポエマー醤油」

 

小僧(ガキ)が黙ってろ」

 

 

一触即発。

 

ジンとみりんは、仲がわるいのだろうか?

 

こんなところで小競り合いをしないでくれ。ベルモットはいつの間にか颯爽と帰ってしまい、僕とスコッチ、ライ、ジンが取り残された。ジンに付き添っていたウォッカは「お前らも避難しろ」と僕らに目配せした。

 

 

 

 

―――――ズドンッ

 

 

 

 

みりんが放ったバズーカ砲はアジトを半壊させた。ちょうど運悪く柱に直撃したらしい。ジンは悪どい笑みを浮かべていた。ウォッカ曰く、いつもの戯れだそうだ。

 

 

 

 

これが組織の日常......

 

 

 

「これでボクたち、トモダチだよね?」

 

 

 

バズーカ砲を嬉々として、僕らに向けたみりんにNOとは言えなかった。みりんの背後にはアジトだった建物から煙と瓦礫の山がみえる。断ったら、どうなるかなんて一目瞭然だ。次は自分の番になる。

 

 

 

 

NOと言える日本人になりたい......

 

 

......僕はこの先やっていけるのだろうか。その日はスコッチと共にセーフハウスへ帰り、互いに士気を鼓舞した。

 

 

僕らは知らなかった。

 

 

黒マスクの下で【ライ】【バーボン】【スコッチ】をみる【みりん】が面白い玩具を見つけたように弧を描いて笑みを浮かべていたことを。

 

 

 

僕らが【みりん】に振り回されることになることを。

 




【みりん】爆誕の真相
殺せんせーアドバイスブックより

▼黒い衣服着用が推奨されていて、組織のコンプライアンスに引っ掛かるからね
→社会人としてのマナーを忘れないように。コンプライアンスを守るのは当然です。

▼年下だから嘗められやすくってさァ......
→幼い顔立ちは時には強みになりますが、弱点にもなりえます。逆転の発想をしてみましょう。刃は何も1つだけとは限りません。

▼ここの連中と比べたら、ボクが一番マトモだと思うんだ
→顔見知りと出逢った場合(顔見知りが潜入捜査官だった p.48へ)
自分は無害だとアピールしましょう。あからさまに告げると、共倒れになる可能性があるので慎重に。

▼びっくりドッキリバズーカ砲
→護身用に捜査で使えそうな武器の一覧です。初回限定特典で修理先を紹介します。詳細は下記に。


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30

【おれ氏】潜入した組織で幼馴染と再会した件について【気づかれなかったwww】

 

どっかのスレのタイトル風に現状説明してみた。まさかこんなところで巡り会うとは......

 

 

しかも不思議電波系【みりん】になりきってたから、黒歴史量産してしまった。組織の中でおれがコスプレ紛いの格好をして徘徊しているのはわりと通常運転だ。遠巻きにみられ、絡まれることが減ったけれど、何かごっそり心が削られた気がする。

 

 

気合い十分に威圧感のある音楽を垂れ流しにして、新幹部との初対面を演出した。

 

 

扉を空けると、警察学校卒業以来の幼馴染その1とその2、と目付きの悪い黒髪ロン毛がいた。

 

 

動揺してしまい、声を発したが、「......シュコー......シュコー......」という呼吸音が出てくるだけ。スコッチは若干引き気味に見てたし、ライに至っては「......crazy Japan」と呟いていた。ライは外国育ちなのか。

 

 

それにしても、バーボンはグイグイおれに質問をぶつけてくる。お前のメンタルどうなってんの?鋼かよ。ヒェ......おれだよ、おれ!と名乗り出せないのがつらい......

 

 

ジンが難癖つけてきて、うっかりアジト壊したけれど、組織の拠点がひとつなくなったことで結果オーライ。前向きに考えないとやってけない。

 

 

 

***

 

 

 

――――そのまま組織の人間として振る舞え

 

 

新しく潜入捜査官が派遣されたこと。それをジジイとおれを繋ぐ連絡員に報告すると、そんな指示が返ってきた。「何故ですか」と軽々しく聞けない......いや、聞いてはいけない雰囲気だった。

 

踏み込みすぎたら()()()()......

 

なんとなく社会の荒波に揉まれた経験と直感から、「......了解」と短く答えた。

 

 

そんなジジイの指示とアイツらの反応の面白さから、ほどほどに【みりん】らしく遊ぶことにした。

 

 

 

 

 

アジトで好き勝手して遊んで、それなりに真っ黒い仕事をすることも多くなった。足元にはカラフルなクレヨンとスケッチブックが乱雑に散らばっている。

 

「どうしてターゲットが写真じゃなくてイラストなんだ?」

 

スコッチの手にはこれから組織の仕事で始末する男の似顔絵があった。おれが描いた渾身の力作である。

 

写真ってデータに残りやすいんだけど、単なる紙ならライターで燃やすだけで処分が楽なんだよな......

 

 

「写真だったら、数時間後に遺影になるけどいいの?」

 

 

スコッチの心労も考えたら、可愛らしくデフォルメされた絵の方が負担も少ないだろう。

 

「......みりんって自由人というか、変なところで気遣い発揮するよな......」

 

 

スコッチは困惑した顔で呟いていた。

 

 

 

***

 

 

 

バーボンは送迎係りで接触する機会があった。別人のようにペチャクチャとよく口が回り、下手すると【おれ】だと気づかれそうでおっかない。

 

 

ちらりと横顔をみれば、真っ直ぐハンドルを握っていて、こちら側に似合わないと思った。何でここにいるんだ、お前大丈夫なのか......

 

だけど哀しいかな。みつめあうと素直にお喋りできない立場なのである。

 

 

 

その点、ライは悪人面すぎる。なんだあのクマ。クスリやってんのかなアイツ。長髪だし、ジンみたいなワケわからん言い回しが多い。誰か翻訳してくれ。ライフルの射程距離やべーし、早々に組織から出ていってもらいたい幹部だ。ライには組織離脱を誘導しようと目論んでいるが、あいつは結構しぶとかった。さながら黒光りのGくらいの生命力があった。

 

 

【みりん】はteenager設定なので、10代っぽく流行りの音楽をリサーチし、音楽プレーヤーを持ち歩いている。片手でスピーカーモードにする。

 

ピクリとバーボンの眉がつり上がった。

 

 

「その気の抜ける帝国のマーチはやめてください」

 

 

「バーボンの運転荒々しいし、ゆったりした曲がいいじゃん」

 

おれなりに心安らぐBGMを提供したらこのザマである。ボタンを操作し、曲を変える。

 

 

《バー バー バー バーバーナナ

バー バー バー バーバーナナ

バーナーナーアーアー

ポーテートーナーアーアー......》

 

 

「風の噂で、バーボンはゴリラだって聞いたんだ~」

 

風の噂というか、警察学校のときから同期みんなの共通認識である。拳で語り合う能筋な一面がある。語り継がれる武勇伝は数知れず......

 

 

「ちょっと待ってください。誰から聞いたんですかそれ。デマですよ」

 

 

かなり食い気味に詰問された。パッと思い付いた名前は長髪グリーンアイ。

 

「ライ」

 

「......ころす」

 

 

すまぬライ。君の犠牲でバーボンの精神は保たれているのだ。罪悪感をライへの怒りへシフトチェンジしたこいつの顔はさっきよりマシになった。

 

 

 

 

***

 

 

 

これも【必要悪】ってやつだ。悪には悪の裁きだと、この数年アンダーグラウンド界隈を駆け回って、どんなに悪人であっても、正義の刃が届かない、若しくは真っ白い正義感だけでは裁けないことを痛感した。

 

 

権力とか、金とか、クスリとか、女とか......あらゆる欲望が渦巻いて、表と裏のパワーバランスはなんとか保たれ......

 

 

 

 

おれの中であっという間に崩れ去った。

 

 

 

==============

 

to:M

 

スコッチはNOCだ。

見つけ次第始末しろ。

 

==============

 

 

今しがた送られた組織からのメールにピシャリと背中に悪寒が走った。そしてほぼ同時に新たにメールを受信した。目の前でじわりと黒い斑点が広がる。

 

 

ぎゅっと御守り代りのピンクの携帯を反対の手で握る。

 

 

嘘だろ......携帯を持つ手が震えた。

 

 

==============

 

to:M

 

舞台は整えた。

お前はその土産をもって

上へ のしあがれ。

 

 

==============

 

 

 

 

 

送信者はおれの連絡員だった。

 



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31

どいつもこいつも腐ってる。

 

 

この手の仕事に詳しい顔見知りに依頼したものを詰め込み、スコッチ――景光――のもとへ急いだ。

 

 

【おれ】名義の番号から連絡をかけるが繋がらない。人手が足りない。時間も足りない。

 

こんなとき、あの子たちがいたら......と頭によぎる。

 

イトナ君の保護のとき、おれは彼を切り捨てろと命令された。それは政府を味方につけた柳沢の作戦を上層部が考慮したからにすぎなかった。だから、イトナ君を助けるためにはE組を動かすしかないとおれは判断し、あの子たちを動かした。仲間意識が強いあの子たちなら、きっとイトナ君を助けようとすると見通して。

 

もしも、まだおれが【飛鳥 進】だったら......なんてありえない空想を浮かべ現実に戻る。

 

ダメだあの子たちは()()()として生きている。すぐにかぶりを振って、愛車のホンダ・XR250を発進させた。

 

 

通称【みりん教】信者の目撃情報から景光の居場所が特定できた。夜の廃ビルへとエンジン音をふかした。

 

 

 

いた!スコッチだ!!

 

 

 

ギュインッとハンドルを曲げ、バイクに乗ったまま階段を上る。交通法は空の彼方へ飛んでいった。人命かかってるんだ、こっちは!

 

勢いそのまま屋上の扉を押し破り、肩にびっくりドッキリバズーカ砲をかけ、スコッチに向けて催涙ガスを放つ。

 

「......なっ!......みりん!?」

 

真正面から浴びたスコッチは、秒で意識が落ちた。さすが暗殺者(スモッグ)お手製のガスだ。効力バッチリ。

 

それから暗殺者から催涙ガスとともに同封された【死んだふり取扱説明書】の手順に従い、スコッチを血糊でメイクしていく。リアルすぎてグロいハロウィンパーティみたいだ。

 

 

 

バッチリオッケー。そのままパシャリと写真を撮り、ジンへ送信した。これで【みりんがスコッチを始末した】とすぐに広まるだろう。ついでにおれの連絡員を呼び出す。

 

 

「これでより中枢深く潜れるな。お前は鬼だな。同胞を殺すとは......【暗殺教室】の生き残りは恐ろしいもんだ」

 

到着するなり景光の遺体(仮)を一瞥してそうニヤリと宣った。この連絡員は景光が死んでいると判断したらしい。

 

 

何でそんなことを......また仲間を切り捨てるのかあんたたちはッ!

 

 

不穏な言葉にこのままこの連絡員に景光を引き渡していいのか躊躇した。

 

本当にジジイがこの男に景光を殺すように命令したのか。

 

 

この男が独断で動いてスコッチを売ったのか。

 

 

生憎判断がつかない。グラグラと思考が揺れ動く。

 

 

迷っていると、カンカンカンと音がした。現れたのはバーボンとライだった。

 

「スコッチ......!」

 

バーボンがスコッチの方へ視線を向け、絶句した。ライは静かな声で「......お前がやったのか」と血糊がべっとりついたライダースーツを着たおれをみる。

 

たしかにこの景光の仮装(ゾンビver)はおれがやったのでコクりと頷いた。

 

ユラリとバーボンが顔を上げ、もう一人の観客である連絡員に気がついた。

 

 

「彼が教えてくれたんだ。スコッチが鼠だってね」

 

 

何でもないように組織の人間らしく【みりん】は説明した。男はバーボンをみて顔を青ざめた。ひどく動揺して彼をみている。バーボンは「......ホォー」と低い声で相槌をうつ。そのバーボンの様子からこの連絡員の独断だと判断し、一気に畳み掛けた。

 

「お前倒すけどいいよね?」

 

グイッと手足を拘束し、そのままバーボンに引き渡した。丸投げともいう。

 

思わぬ急展開に冷静になるため、この場にいるキャストを整理する。

 

スコッチ:死亡(生きている)

バーボン:幹部(NOC)

ライ:幹部

連絡員:情報漏洩の容疑者

 

おれ:スコッチを始末した(NOC)

 

 

ライがいなかったら堂々とこの場で種明かしできたのに......やっぱりライは早々に組織から出ていってもらいたい。

 

スコッチが NOCだとバレた今、バーボンまでバレたらまずい。

 

バーボンはこの連絡員(クズ)の取調べでてんやわんやで忙しい。ライにスコッチが生きているとバレたらおれたちは共倒れ。消去法でおれが景光の面倒をみるしかない。

 

 

チラチラとバーボンとライからの視線が痛かったので

 

「だって、これボクのだし.....ボクたちトモダチだよね?」

 

 

びっくりドッキリバズーカ砲を向けて追い返した。

 

 

証拠隠滅のために廃ビルは吹き飛ばしたけど、組織の連中は「またか」と呆れつつ、あっさりした反応だった。慣れってこわいな......

 

 

 



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32

ジジイに事のあらましを伝え、緊急対応することになった。

 

 

スコッチ改め景光はおれとジジイを繋ぐ連絡員になること。前任者がクズだったから、信頼できる人物がいいと話し合った結果、そうなった。

 

 

 

情報がどこから洩れるかわからないため、表向き【おれ】は潜入した組織で【みりん】に殺されたとデータ上で書き換えた。景光も同様に【みりん】に殺されたことになっている。

 

 

前任者は降谷が連れ帰って、【みりんが諸伏を始末した】と証言したのを確認してジジイに真相(諸伏やおれの生存)は揉み消された。前任者はお縄付き、監獄ライフを送っているらしい。

 

 

 

 

―――このままお前は【切り札】としてそのまま身を潜めていろ。お前が潜っていることを一部の人間しか知らなかったのが幸いだった。

 

 

 

 

 

 

......なるほど。バーボンがおれに刺々しい態度なのはそういうわけか。おれは超極秘扱いでトップシークレット。だから、()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

でもライに対しても刺々しいけどな。なんか景光を追うときに揉めたらしい。おれもびっくりドッキリバズーカ砲がなかったらマジで命の危機だった。

 

 

 

 

***

 

 

 

【みりん】は景光の協力者としておさまっている。元とは言えおれの連絡員の裏切りのせいで命の危険に見舞われただなんて言い出せなかった。あわせる顔がない......いろんな意味で。

 

 

「......ッ!......どういうつもりだ!?俺を生かしたところで、口を割るなんて毛頭ないッ!!」

 

 

景光が目覚めたら、警戒心がMAXでお話し合いどころじゃなかった。携帯の【ドッキリ大成功~!】という画面を表示させ、ネタバラシの音楽を流す空気じゃなかった。......折角、用意したのにな......というわけでプランB【人質をとって協力を取り付ける】に変更だ。

 

「警視庁公安部 諸伏 景光。ボクに協力しろ」

 

「......何が目的だ?」

 

「ボクはスコッチを匿う。......条件次第でバーボンもおまけだ」

 

「......ッ!なんで、バーボンまで」

 

「ボクたちトモダチじゃんか」

 

ポロリと景光の瞳から雫が落ちた。そのまま涙腺が決壊して、ボロボロと泣き崩れた。......その日は景光が落ち着くまで傍にいた。おれは景光のカウンセリングのためにアドバイスブックを読み直すことにした。

 

 

 

***

 

 

 

 

「......なぁ、バーボンはどんな様子だ?」

 

「白のスポーツカーに乗って爆走してた。酔いそう......はい、これ。ヨロシク」

 

「あぁ......水、いるか?」

 

 

天然水とUSBを物々交換した。やっぱり景光は良心ポジションだな......レイ・フルヤは嫌がらせとばかりに無茶苦茶な運転をする。ハリウッド映画かよ。

 

 

***

 

 

ある日、景光の元へ情報を渡しに行くと、塞ぎ混んでいた。......あれ?メンタルチェックするべき?

 

「......幼馴染が死んだって聞いて......」

 

「......」

 

え?嘘だろ。犯人は【みりん】ってなってるんだけど。どういうことだ!?

 

「......事故で亡くなったって......ただ死んだって伝えられたんだ......」

 

「......」

 

たしかに事故案件だな......不思議電波系少年になって、組織に馴染みすぎてキャラ路線を変更できず、今に至る。地雷埋まりすぎて()()()()されたんだろう......ジジイ、徹底的だな。外道ジジイだ。純粋で健気な諸伏君も泣いてますよ......

 

 

「俺......全然連絡取ってなくて......ぐすっ......」

 

「......」

 

 

ますます【おれ】だと言い出せなくなった。

 

 

 

***

 

 

 

 

「またゲームしてんのか?」

 

「......これだから頭の堅いオジさんは......」

 

「......オジさん......そうだよな。みりんからみたら俺なんてオジさんだよな」

 

 

【みりん】は引きこもり少年で、若者らしく流行に敏感。平日の昼間はラノベを読むか、SNSを巡回するか、ゲームするか......ほとんど外に出ない。年中ハロウィンコーデはアラサー手前のおれにはきつい。おかげで景光のカウンセリングチェックと友好関係をつくる時間がとれたけど。

 

 

 

***

 

 

いつのまにかライはFBIだと組織で出回って「まじか」と5度見した。採用基準とは......?バーボンが修羅の如く追っかけてたけど、あれは「何やってんだFBI!僕の日本で違法捜査しやがって!」みたいな心情だと思う。

 

 

「ライがFBIだって~」

 

「......えっ」

 

「ライがFBIだって~......ジンが激オコだからしばらく引きこもろ」

 

「......まじか......ライがFBI......」

 

 

景光もライショックを受けて、しばらく二人して放心した。

 

 

 

***

 

 

 

顔が隠れていてよかった。仮面を被っていてよかった。

 

 

 

 

 

沖縄リゾートで出会った暗殺者の言葉が重くのしかかかる。

 

 

 

 

 

「オトモダチが必死こいて駆けずり回ってるのに、お前は平気な顔をして、すべてを知った上で計算して動いている。あの教師もバケモノ染みていたが、お前の腹の真っ黒さには敵わないだろうよ......」

 

 

 

 

 

おれはかつてスモッグにそう評された随分なロクデナシになった。

 

 

 

 



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33

side スコッチ

 

 

 

悪い、降谷......

 

奴らに俺が公安だとバレた......

 

逃げ場はもうあの世しかないようだ......

 

 

 

 

じゃあな、(ゼロ)......

 

 

 

 

 

 

 

追手を巻き、逃げた先は廃ビルの屋上だった。呼吸を調え、バクバクと震える心臓を落ち着かせる。後はこの携帯を処分して俺の身元がわからないようにしなければ......

 

 

 

―――グオンッ

 

 

エンジン音がだんだん大きく響く。この辺りは走り屋の縄張りだったのか?......このままやり過ごすか、一般人に見られたらマズイ。

 

 

 

――――バキッ

 

 

瞬間、廃ビルの屋上の扉を破って、黒い影が俺の目の前を横切った。

 

 

 

――――キキ~ッ!

 

 

大きくバウンドした黒い影は、まるでアクション映画のように着地を決めた。

 

 

――――プシュ~......

 

 

黒い影は俺に何かを吹き掛け、俺の意識は遠退いていった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

次に目が覚めると、【みりん】が俺を見下ろしていた。ハッとなって体を起こし、彼の挙動を見逃さないように睨む。

 

 

「......ッ!......どういうつもりだ!?俺を生かしたところで、口を割るなんて毛頭ないッ!!」

 

 

 

【みりん】はいつもの変な被り物をしていてまったくその表情が読めない。組織でも【暴走すると手がつけられない】と恐れられている少年。片手で携帯を弄ってじっと俺をみている。

 

 

【みりん】はまだ幼さの残る声で俺に告げた。

 

 

「警視庁公安部 諸伏 景光。ボクに協力しろ」

 

 

俺の本名と所属まで知られている!?

 

「......何が目的だ?」

 

 

「ボクはスコッチを匿う。......条件次第でバーボンもおまけだ」

 

 

クソッ!......零のことも知っているのか!?

 

 

「......ッ!なんで、バーボンまで」

 

 

零を死なせるわけにはいかない。【みりん】は怒鳴る俺をただじっとみていた。

 

 

「ボクたちトモダチじゃんか」

 

 

当たり前のように【みりん】は言った。その言葉に嘘の気配はない。不思議そうに俺をみていた。理由はハッキリとしないが、ただその言葉は俺をひどく安心させ、涙腺がゆるみ、緊張感の解放から年甲斐もなく泣いた。

 

 

 

***

 

 

 

「......【To say Good bye is to die a little】」

 

ぽつりとみりんが呟き、俺は手を止めた。

 

 

「死が永遠の別れなら、さよならはひとときの別れ......さよならを言うことは相手の人生から少しのあいだ消える......つまり少しのあいだ死ぬんだ」

 

 

ボソボソと言葉を選んでいるようだった。それはまるで俺を慰めようとしているようにみえた。

 

 

「......だから、また会えるよ。きっと」

 

 

小さな声だが、しっかりと噛み締めるように【みりん】は告げた。

 

 

「......やっぱりお前、良いヤツだな」

 

「スコッチほどじゃないけど」

 

ぷいっと横を向いて、みりんはゲームを始めた。そのあと機嫌を損ねたみりんにオジさん扱いされてちょっとへこんだ。......この年頃は距離感がむずかしい。

 

 

 

***

 

 

【みりん】は俺の協力者となって、話す機会が増えた。俺は【みりん】から送られた情報を上層部へ届ける。表向き俺は死んだ扱いになっているため、知りあいとの接触は禁止されている。

 

 

隠れ家のようなBARで落ち合う。貫禄のある髭の蓄えた老人から突然の訃報を告げられた。

 

 

もう一人の幼馴染の死だった。

 

 

 

「......死んだよ......事故だったそうだ」

 

 

頭が真っ白になった。

 

To say Good bye is to die a little

 

みりんが教えてくれた小説の一説が脳裏に浮かんだ。

 

俺はアイツに別れを言ってない。俺の携帯の履歴の下の方にアイツからの着信があったことを示していた。......あのときは危険に巻き込まないように連絡を一切遮断していた。

 

もしも俺があのとき電話に出ていたら、アイツは............

 

 

その日はどう過ごしたか覚えてない。

 

 

***

 

 

 

それから【みりん】が俺の元へ足を運ぶ機会が増えた。みりんと会うたびに何かの既視感を感じる。懐かしい、とも感じる。

 

アイツが死んだと聞いたからだろうか......よりにもよって、死者と重ねるなんて、不謹慎 極まりない。

 

 

そっとみりんから目を反らし、右を向いて二、三度瞬きをした。

 

 

 

***

 

 

みりんが奇想天外な行動をするのは今に始まったことではない。ライがFBIだとバレたとき、みりんは自身の携帯をずっと弄っていた。

 

驚いたことにみりんはSNSのアカウントをつくっているらしい。仮にも組織の幹部だが、こういうところは今どきの現代っ子だ。

 

 

アカウント名は【みりん】だった。......もっと何かあるだろう!!本名か知らないが、彼の通り名を知っているものからしたら白目を剥く。バーボンが眉を吊り上げているのが目に浮かぶ......思えば、組織時代から、俺とバーボンとライはみりんに振り回される筆頭だった。

 

だから、みりんは愉快犯のごとくちょうど良いネタを拾ったとばかりに標的をライにしたのだろう。

 

青い鳥のSNSで早速何か書き込んだらしい。

 

【知りあいのバンドのメンバー、ワカメがアメリカへ行くみたいなんで見かけたら お見送りしてみて~

#拡散希望

#音楽留学

#ウスターソーストリオ】

 

ライの顔写真の添付付きで。

 

 

みりんが書き込むと続々と反応が集まる。

 

【目があっちゃったw 空港なう】

【たしかエアバンドだったけ。#ウスターソーストリオ】

【ビジュアル解禁したんだ~】

【今、銀髪のビジュアル系風の方といましたよ!】

【うわ、ドリフトすげー!何かの撮影ですか??】

 

 

......ライ、達者でな......

 

「うわ......白のマツダってこれバーボンのことじゃん」

 

 

みりんは呑気にネットの反応をみている。

 

 

......ゼロ、ほどほどにしろよ......

 

 

 

***

 

 

 

 

 

後に俺は後悔する。悔やんでも悔やんでも、悔やみきれない。

 

 

 

どうして俺たちに何も告げなかったのか。一人で秘密を抱え込んでいたのか。

 

 

 

 

そんな俺の叫びを訴える相手はもういない。

 

 

 

結局のところ、俺はアイツの一番近くにいたのに、気付く機会はあったのに、俺は何も出来なかったのだから......

 

 

 

 

 

 



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34

よっす!胃がキリキリする【みりん】だ。

 

理由はわかっている。我が幼馴染、バーボンだ。アジトですれ違うたびにギロリと睨まれ、俺の渾身のボケにはスルー、もしくは嫌味が返ってくる。今なら、殺せんせーが烏間さんにボケを相殺された気持ちがよくわかる。

 

 

あの羽虫をみるような視線がこわすぎる。

 

 

 

歳が近いからって理由で監視役を任されたおれはシェリーのところへ避難した。事情を説明してシェリーに胃薬を処方してもらった。塩対応でツンツンしてる子だが、根は優しい子だ。

 

 

「貴方の悪戯、最高よ」

 

シェリーはライ逃亡の一件以来、態度がちょっとだけ軟化した。シェリーが改名するなら、塩はどうだろうか......「嫌よ」......署名は貰えてない。手厳しい。

 

 

***

 

 

組織のアジトをあっちへフラフラ、こっちへフラフラしていたら驚くべきことが見つかった。

 

 

この組織、軍事兵器を所有していた!ライフルとかヘリはみたことあるけど、マジモンの戦争道具まで手を出していたとは......

 

 

オスプレイなんて何処から盗ってきたのだろう。基地か?匿名で防衛省に報告するべき案件である。外交問題に発展しかねない。防衛省で知っている顔と言えば、烏間さんだな。7年前のアドレスだけど、おれのツテの中で話が通りやすい人選はこの人だろう。ポチッと送信する。

 

 

 

ポケットの奥にある携帯を握る癖は直らない。

 

 

 

 

***

 

 

 

組織から任務の召集がかかった。

 

 

こんなときにかぎってバーボンが今回の相棒だった。やりづらいったら仕方ない。この真っ黒い仕事が終わったら、スコッチを誘ってゲームでもしようか......

 

 

「............」

「............」

 

 

無言の重圧。視線はあわないが、こいつの動きは手に取るようにわかる。幼馴染やってきたからこそ、行動パターンはよめる。侵入した敵組織の機密データは取れた。後は撤退するだけ。

 

 

ほんの少しの気の緩みが出てしまった。

 

前を走るバーボンに瓦礫がふりかかる。彼の襟元を掴み、後方へ引っ張った。

 

「降谷ッ!......」

 

焦ったおれの声が瓦礫といっしょに重なった。

 

 

――――ドゴォンッ!

 

 

 

視界がグラグラ揺れる。頭をぶつけたようだ。頭に手を伸ばすと血の感触がする。

 

 

「僕は君が憎いです。何で僕を庇ったんですか」

 

 

何も言わず俯いて黙っていると、バーボンの影がかかった。

 

 

「......その仮面の下を暴いて、お前を―――」

 

 

いきなりバーボンがおれが被ってる黒マスクを剥がそうと手を伸ばしてきた。ちょ、無防備なときに反則だろ!

 

 

 

おれの抵抗は歯が立たず、呆気なく素顔に空気が触れる。

 

 

 

「......ッなんで......その顔を......」

 

 

バーボンの皮が剥がれ、降谷の顔がみえた。空色の瞳が大きく開き、ひどく動揺している。

 

 

「君はアイツだったのか......?生きてたのか?......なんでスコッチを」

 

 

降谷の疑問はスラスラとあふれでてくる。

 

「....久しぶりだな」

 

おれの本来の口調で語りかける。パッと感情の波が溢れ、おれの名前を呼ぼうとする降谷を遮った。

 

 

 

「―――なんてね。変装はベルモットの専売特許じゃない」

 

 

途端に降谷の表情が抜け落ちる。チクッと刺さる胸の痛みに気づかないふりをして紡ぐ。

 

 

二代目死神の変装スキルは顔の皮ごとだったな。おれの変装は変装と言えるのか微妙だったけれど。......頭の中でひとり愚直りつつ、冷静になるように努めて告げた。

 

 

 

今のおれは【みりん】だ。【みりん】らしく振る舞わないと......

 

 

【みりん】は無邪気さゆえの残酷さを持ち、何を考えているのかわからない悪党で、降谷の憎い仇。

 

 

「......彼らは......君が殺したのか......?」

 

 

迷うように降谷の瞳が揺れる。【みりん】ならどうする?考えろ。こいつの目の前にいるのは【みりん】......

 

 

「......バーボンは今まで食べたトーストの枚数を数えてる?......答えは聞かないけど」

 

 

 

 

憎々しい顔をしたバーボンに戻った。

 

 

そうだよ。降谷の想像通りだ。

 

 

 

ボクが殺した。景光も【おれ】も【みりん】が殺したんだ。

 

じっとお互い睨みあうが、時間は迫っている。瓦礫が崩れ、十分な足場がない。おれは怪我で負傷している。八時の方角から人の気配がする。恐らく出口にも人がいるだろう。バーボンが生きてここから脱出するためには、おれを置いていく方が最善手だ。きっと降谷もわかっている。だから、降谷を生かすならこう言えばいい。

 

 

 

「......ボクは足手まといだ。置いていけ......」

 

 

 

チッ!と大きく舌打ちをして、バーボンは出口へ急いだ。

 

 

 

バーボンの背中が過ぎ去って行くのを見届け、左のポケットを探る。携帯の液晶画面には、懐かしい顔触れが笑顔で写っていた。

 

 

 

「......この子たちにもサヨナラだな......」

 

 

 

血が流れすぎたのか。意識が遠退いていく。こんなこと、前にもあったな。あのときは茅野さんを助けようとして、腕を怪我したんだっけ......

 

 

 

 

 

まぁ、でも降谷が生きてるから......いいや......

 

 

 

 

そんなこと言ったら、あんたはまた叱るだろうな......【殺せんせー】......

 

 

 

瞼が重くなる。

 

 

......少し、眠らせてくれ......

 

 

 

 

 

 

 



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35

side 降谷 零

 

始めは同じ犯罪組織に潜入した幼馴染の景光だった。あれは今でも脳裏に焼き付いている。暗い夜道を駆け回り、景光の元へたどり着いたかと思えば、目の前には血濡れに染まり変わり果てた姿になった【スコッチ】......

 

その横にバイクのサドルを握り、佇む【みりん】......

 

誰がスコッチを殺したか、真っ赤になったライダースーツをみれば明白だった。みりんの向かい側には、見覚えのある男。どうして彼がここにいるのか......

 

 

「彼が教えてくれたんだ。スコッチが鼠だってね」

 

 

―――つまり、この男が裏切った。

 

感情が煮えたぎり、それでも【バーボン】を崩さないようにした。

 

 

***

 

 

次は、もうひとりの幼馴染だった。殉職したと聞いた。信じられなくて、自分で辿っていくと、【潜入した組織で みりん に殺された】と無機質な文字で書かれていた。

 

 

何かが壊れた音がした。

 

 

 

【みりん】は僕の仇。大事な幼馴染を葬った憎い仇。

 

 

 

 

この頃から【バーボン】の仮面は板についてきた。

 

 

***

 

 

 

 

 

 

―――ドゴォンッ!

 

 

 

瓦礫が崩れ、僕が居た場所と入れ替わるようにみりんがいた。 

 

 

「僕は君が憎いです。何で僕を庇ったんですか」

 

 

 

みりんは頭を怪我したのか、少し呻いて下を向いていた。その態度に腹がたつ。

 

 

「......その仮面の下を暴いて、お前を―――」

 

 

みりんの黒いマスクに手を伸ばし、力強く剥ぎ取った。

 

 

ゆっくり時が刻まれたようだった。仮面の下にはありえない人物がいた。

 

 

 

「......ッなんで......その顔を......」

 

 

 

それは死んだはずの幼馴染の顔だった。

 

 

 

自分でもコントロールできないくらい混乱し、空色の瞳が大きく開き、ひどく動揺している。

 

「君はアイツだったのか......?生きてたのか?......なんでスコッチを」

 

 

川の激流のようにポロポロと口から言葉が流れていく。

 

 

 

「....久しぶりだな」

 

 

 

懐かしい友人の声だ。何年振りだろうか。

 

 

まさか......本当に? 

 

 

微かに溢れた名前は音になる前に封じられた。 

 

 

 

「―――なんてね。変装はベルモットの専売特許じゃない」

 

 

 

 

途端に表情が抜け落ちた。

 

 

よりにもよって、そいつまで玩具扱いか!その面で二人を殺したのか!?

 

 

 

「......彼らは......君が殺したのか......?」

 

 

ぎゅっと握った拳はこれ以上ないくらい力んだ。血管が浮き出ている。

 

 

 

「......バーボンは今まで食べたトーストの枚数を数えてる?......答えは聞かないけど」

 

みりんは冷たく淀んだ瞳で、いつもの幼さの残る声でそう返した。

 

追手はすぐそこまで迫っている。瓦礫が埋まり、このままでは二人とも脱出不可能になる。時間がない。

 

裏社会に潜入して、目の前で命が消える瞬間はみたことがある。助けられない自分が悔しくて、情けなくて、嫌悪感と罪悪感に苛まれた。

 

この場で何が最善の選択かはわかる。【みりん】は犯罪者だ。人殺しだ。法で裁いて罪を償わせるべきだ。でも、それは二人揃ってこの場を切り抜けられたらの話。

 

 

現状は【みりん】は怪我をしていて、満足に体を動かせない。でも、僕ひとりでなら......いや、その前に僕は警察官だ。だから......

 

支離滅裂な僕の葛藤を【みりん】はバッサリ切り捨てた。

 

 

「......ボクは足手まといだ。置いていけ......」

 

 

チッ!と大きく舌打ちをして、僕は出口へ急いだ。

 

――――僕は【みりん】を見捨てた。

 

 

***

 

 

警察庁まで急ぎ、先程の一件を報告した。【みりん】の生死不明と、死亡を示唆すると、上層部の顔つきが変わった。

 

 

 

嫌な予感がする。

 

 

聞いてはいけないと脳が警鐘を鳴らす。

 

 

 

バタバタと慌ただしく作業が指示され、死んだはずの二人の幼馴染の名前が飛び交う。

 

「諸伏の安否確認できました!」

「......■■はまだです」

「■■の信号が消えましたッ......」

 

どういうことだ?

 

何がどうなって、これは何が起こっている?

 

 

バタンッと乱暴に扉が開いた。

 

「どういうことですか!?■■は死んだはずじゃ......!」

 

 

 

また()()()()()人物だ。デジャブを感じる。最後に見た血濡れた姿じゃない。生きて動いて喋ってる。

 

 

 

「......、ヒロ......?」

 

また変装かもしれない?......本人なら僕をきっとこう呼ぶ。確認するように呼んだ僕の声は掠れていた。

 

 

「......ゼロ......!」

 

 

 

久々に顔を会わせれば、お互い涙が止まらなかった。

 

 

***

 

 

 

瓦礫の音で聞こえづらい声だったが、あのときのみりんはたしかに僕の名前を呼んだ。

 

 

 

何故【みりん】はあのとき「降谷」と呼んだ?

 

 

―――彼は極秘に潜入していたスパイ......警察官だ

 

 

僕を気にかけていた。心配しているような声色だった。

 

 

―――バーボン、ちゃんと寝てる?

 

 

お前に構ってる暇はない。

 

 

 

―――いつも怒ってばっかりじゃん

 

 

 

お前が怒らせてるんだ。

 

 

 

―――降谷ッ!!

 

 

めずらしく声を荒げていた......

 

 

 

「【みりん】は、■■は、僕が殺した......」

 

 

 

アイツはもう僕の名前を呼んでくれない。データ上で、目の前で、あいつは消えていった。

 

 

 

 



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淋しい羽根重ねて
36


side 伊達 航

 

ふと警察学校の思い出が蘇った。あの男は人好きのする笑みを浮かべて、答えた。腹黒いヤツだと称されるが、人一倍優しくて、ナイーブなところがある。

 

休憩時間にやれやれと言った様子で口にした。今日も何かやらかしたらしい。

 

「......【If I wasn't hard, I wouldn't be alive. If I couldn't ever be gentle, I wouldn't deserve to be alive.】......タフでなければ生きていけない。優しくなければ生きている資格がない。......伊達くらいタフガイになって、たまに善行でも心掛けてみるよ」

 

俺は「お巡りさんは悪行しねぇぞ?」と苦笑しつつ軽口を返した。

 

 

 

それから同期の三人と連絡が取れなくなった。便りがないのは元気な証拠だというけれど、さすがに心配だ。

 

その心配が嫌な形で当たった。突然アイツは死んだと聞かされた。

 

 

馬鹿野郎......!

 

 

アイツの幼馴染の二人は大丈夫だろうか?メールを送るが、返信は返ってこない。アイツの墓は中身のない空っぽで、死んだ実感がわかない。涙は流れるが、死んだと認めたくない。

 

 

 

俺はまだ墓参りにさえ行けていない。

 

 

 

 

 

side 松田 陣平

 

はたから見ればさわやかな青年だが実際はかなりの腹黒。

 

生きがいは【からかうこと】で、萩原や降谷をよく煽っていた。たまに俺も巻き添えを食らった。アイツの上司になる人は苦労すると合掌した。

 

昼寝をかまし、毎回降谷に叱咤されているが全く懲りていない。昼寝をするときは必ず変な目のアイマスクを使用している。

 

「目の前に豚がころがってんなら、食っちまうのが狼だろ?」

 

交番研修で子供相手に【三匹のこぶた】を捏造し、弱肉強食を説いていた。......何でこいつは警察官なのか。その疑問は同期の中で七不思議に数えられている。

 

死んだと人づてに聞いて、「嘘だ」と溢れた。数年前の公安でゴタゴタがあったらしいが、あの部署は秘密主義。当然、何があったか知るなんて難しい。アイツの死が信じられず、俺なりに調査した。難航して、空振り続き。それでも意地と執念でアイツの影を辿った。蜃気楼のようにボンヤリして、やっと掴んだのはアイツと知りあいらしい7つ下の少年。

 

爆弾事件で萩原と知り合い、警察志望の少年を萩原なりに可愛がっているらしい。その繋がりで俺も顔を会わす機会があったが、ガラの悪さではじめは怯えられた。

 

 

そんななか、警察内部で激震が走った。

 

 

アイツの上司だったサッチョウのお偉い爺さんが逮捕された。

 

アイツの身内が絡んだ事件が掘り起こされ、アイツが掴んだ証拠が発見されたらしい。

 

アイツは虎視眈々と寝首を駆ろうとずっと張っていた。誰にも悟らせず、自ら懐に入り込み、機会を窺ってた。

 

 

お前はそれでよかったのか?

 

 

 

狼が共食いしたなんて笑えねェ冗談だ。

 

 

 

 

 

side 萩原 研二

 

アイツが死んだなんて、正直今でも信じられない。卒業してアイツが最後に送ってきたメールはさっぱり意味がわからなかった。

 

それからその年の11月、どういう引力があったのか、制服に身を包み、髪を黒くしたアイツと鉢合わせた。

 

 

爆弾が仕掛けられたマンションで。

 

 

まだ避難していない住民がいると無線が入り、俺がそのインターフォンを鳴らすと、アイツがいた。

 

お互い黙りで、無言が続いたが、アイツにとっても予想外の事態だったらしい。大人しく避難しようとしたが、飛んできた黄色いタコが爆弾を解除した。......【殺せんせー】というらしい。この喋る生命体は自分のことを黙っていてほしいと土下座した。アイツは頭を抱えていた。

 

......なるほど、と察した。あの意味不明のメールはこのことか。空気が読める俺は承諾した。

久々にあったし、聞きたいことが山ほどあったが、アイツはすっとぼけて他人のふりをしていた。眼が【逆らうな】【聴くな】と訴えていた。この瞳に逆らって良かった試しなどない。意趣返しにアイツにあわせてみたが、外行きの好青年の面が剥がれそうになっていた。......やり過ぎたか?

 

普段のやり返しだ。中学生扱いして、心配を装って連絡を交換した。文化祭に突撃して今までの分を弄ろうとしたら、連続爆弾事件が発生し、あえなく頓挫。

 

 

 

それから数年が経ち、アイツが死んだらしい。

 

伊達は塞ぎこんで後輩や嫁さんに心配されている。

松田は血走った眼で、アイツの仇を捕ろうとしている。

俺は空っぽの墓でアイツに語りかけている。

 

そしてアイツの上司だったサッチョウのお偉い爺さんが逮捕された。

 

なんとなく降谷と諸伏が手を回したのだろうなと思った。

 

アイツは公安絡みの事件で亡くなった。連絡が取れない二人。秘密部署の公安。

 

 

この数年仲良くなった年下の友人に話せる範囲で教えた。なんとなくこの子もアイツのことを知りたがっていたようだから。

 

それからアイツのことを知る年下の友人が何人か俺たち同期の元を訪れた。俺の知るアイツとこの子たちの知るアイツはまったく印象がちがって、何回も別人だろそいつ!と突っ込んだ。

 

 

暗い雰囲気だったが、アイツのことを話していくうちに、やっと気持ちに整理がつき始めた。

 

こんなに喋ったのは共通の知りあいだからだろうか。

 

 

 

 

 

 



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37

side 諸伏 景光

 

零を庇って死んだアイツ。俺に何も告げず秘密を身に纏ったアイツ。

 

―――彼は極秘に潜入したスパイ......警察官だ。

 

 

アイツの直属の上司から大まかに告げられた。

 

零はショックを受けていて、俺はそんな零に何の言葉をかけてやることも出来なかった。会話は少なくなった。

 

 

ただ手掛りが欲しかった。俺はアイツから受け取った遺品をかたづけていた。

 

 

―――この仕事が終わったら、一緒にゲームしない?ほのぼのして癒されるんだこれ。

 

 

最後に会った日にアイツから渡されたゲーム機とソフトが目に止まった。

 

 

「......そういえば、よくゲームをしていたな」

 

緩いほのぼのした動物のキャラクターが描かれたソフトを差し込んだ。

 

 

二人の住民がプレイヤーとして登録されていた。一人は【みりん】......もう一人はアイツの下の名前だった。

 

【みりん】を起動させると、ポストに郵便物がある。【未来からの自分】から届いた手紙だった。

 

【データは 郵便局の 手紙に 全て 保存した】

 

たったひと言、それだけ書かれていた。プレイヤーを動かし、郵便局へ向かった。

 

 

信じられない量の組織に関するデータが事細かに手紙に保存されていた。アジトの場所、幹部の特徴、今後予測される組織の動き......

 

 

 

暗い闇に僅かな光が差し込んだかのように錯覚した。

 

 

ゲームのプレイ画面をそのまま表示させ、急いで零のもとへ走った。命をかけて掴んだこの情報をアイツは俺に託した。

 

 

だったら、俺はこれをちゃんと使()()()()()()()()()

 

 

 

side 降谷 零

 

景光から渡されたゲームから知り得た情報は俺たちに共有され、すぐさま動き始めた。いったいアイツはいつからこんなに十分な証拠を集めていたのだろう。

 

組織では10代という設定をカモフラージュするように子どもっぽく振る舞っていた。まさかゲーム内に最重要機密を保存するなんて、誰が想像した。

 

 

他にも情報がないかくまなく探した。ゲームの設定の村のイベントを予告する掲示板にアイツからのメッセージが書かれていた。

 

 

【悪い。さよならだな。長生きしろよ】

 

 

 

切羽詰まった状況だったのか。短い言葉だ。嗚咽し、声を詰まらせて泣いた。

 

 

アイツは自分が死ぬとでも予感していたのか.....どうして何も相談してくれなかったのか......

 

 

もうひとりのプレイヤーはアイツの名前で登録されていた。交番の近くに家を建てている。そしてプレイヤーの服装はお巡りさんの格好だ。思わず笑ってしまった。

 

そして同じようにポストや手紙を確認すると、驚くべき事実が発覚した。

 

 

アイツの直属の上司が揉み消した事件の証拠が発見した。

 

 

それはアイツがまだ一桁ほどの少年だったときに起こり、()()()()()で処理されていたものだ。

 

その不幸な事故は、アイツの直属の上司が糸を垂らし、意図的に起こった事故だとアイツは突き止めた。

 

調書を録れば、その上司は必要な犠牲だったと抜かしていた。

 

 

―――この国にどれだけのスパイやテロリストがいる?現場の人間がどれだけ企画書をあげてもすんなり通ることはほとんどなかった。安全神話に心酔した平和ボケの奴らを説得し、納得させるためには()()()を持たせないといけない。連中は事故が起こって初めてやっと()()()()()()()......一般人が巻き込まれるのは計画外のことだった。

 

 

―――儂なりに部下を可愛がっていたんだがな......

 

 

―――アイツがかぎまわっているのは、薄々気付いてた。儂も無駄に歳を重ねてこの席を勝ち取ったわけじゃない......だが、アイツの方が一枚上手だったか......

 

 

 

その不幸な事故に巻き込まれた一般人がアイツの唯一の姉だった。両親がいないアイツは姉に世話をされて、随分慕っていた。俺と出会ったときは施設で過ごしていたから、その前に起こったことだろう。

 

 

「ただの操り人形じゃなかったわけか......」

 

 

おかしいと思った。

 

アイツの経歴はごく一般的な警察官とちがう。

 

直属の部下となり、時には進んで闇組織に潜入していたと聞いた。巧妙に隠された証拠を掴むため。死物狂いだったのだろう。

 

 

アイツは裏社会を渡り歩き、そこでひとり孤独に戦っていた。

 

 

姉の無念を張らすためか、アイツの正義なのかわからない。

 

 

でも、闇に染まってもアイツの根本は警察官だったってことはわかる。

 

 

 

***

 

 

 

それからは早かった。すぐさま令状を取り付けた。組織の方も着々と解体に向かってる。

 

 

僕は【安室 透】と名乗り、喫茶店でバイトをしている。ベルモットの目撃情報が毛利探偵事務所の近くであったからだ。

 

 

「いらっしゃいませ!」

 

 

お客さんは水色の髪をした女の子みたいな少年だった。

 

 

「......すみません。私立探偵の安室 透さんですよね?依頼したいことがあるのですが」

 

 

 

 

カランと扉を閉めた拍子にベルが鳴り響いた。

 

 



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38

side E組

 

 

「彼は政府から特殊任務を言い渡された潜入捜査官だ」

 

 

 

烏間先生から言い渡された突然の告白は、E組に波紋をもたらした。

 

 

「今までのことは全部、監視のため......?」

 

「私たちを騙して近づいたってこと......?」

 

 

言葉に詰まり、静寂が包む。

 

「ンだよッ!!飛鳥(アイツ)......どうせガキの子守りってことだろ?何も言わずに出ていきやがって......!」

 

「でも、飛鳥君......体張って、私たちのことを守ろうとしてくれたんだと思う。イトナ君のときだって、飛鳥君から連絡なかったら私たち何もできていなかった......」

 

「......たしかに茅野を助けたとき腕一本犠牲にしてたな......殺せんせーが居なかったらと思うと、ゾッとする」

 

ざわざわと口にしていく。

 

「警察ってことは、政府が殺せんせーの暗殺を計画したことも知っていたってことでしょ?私たちに黙ってさ......ロケットに乗って、はしゃいでいた私たちをどんな気持ちで見てたんだろう......」

 

 

また、しん......と教室が静まりかえる。各々、胸の内で飛鳥に対する複雑な気持ちが渦巻いていた。

 

 

「ふぅん......だからあのサバゲーで、後悔するって、棄権したんだ」

 

のんびりした口調でカルマが言った。それに続くようにガタリと渚が席を立った。

 

 

「あのとき、飛鳥君は言ったんだ......【僕らが殺すことなんてしなくていい。優しくて温かい世界に()()なんていらない】って......だから飛鳥君は、本気で僕たちを守ろうとしていたんだと思う」

 

渚がよく通る声でまっすぐみつめて言った。

 

「だからって、このまま雲隠れってムカつく......俺たち皆、飛鳥にいっぱい喰わされて、殺られっぱなしかよ......なぁ、みんな?」

 

ニマニマと悪魔の顔をしたカルマが焚き付ける。

 

 

()()がいらない、か......俺たち、殺し屋(アサシン)だっていうのにな」

 

「それも殺せんせーと人類最強とビッチに叩き込まれた【暗殺教室】のな!」

 

「皆の意見もまとまったな......じゃあ、いっちょやりますか!」

 

 

標的(ターゲット): 飛鳥 進

 

 

スラスラと磯貝が全員の顔を見渡し、チョークを持った。

 

 

***

 

 

茅野がアドバイスブックを持参して、ページを開き、指で示した。

 

【いなくなった友達の探し方】

 

全員で本を囲み、読み進めていく。

 

 

【友達が潜入捜査官だった場合 p.310へ】

 

パラパラと該当ページを探す。

 

 

【友達は君たちと会うことを望んでいません。それは君たちを蔑ろにしているのではなく、寧ろ危険から遠ざけるために姿を消したと推測します。】

 

【恐らく友達は、今も何処かの組織に潜入しているのでしょう。そっとしておくのが一番です。】

 

【ですが、君たちが本気で友達と会いたいのなら先生は止めません。でも長期戦になることを覚悟した方がいいでしょう。彼もまた、暗殺教室の生徒だということを忘れないように。】

 

 

 

「殺せんせーは知ってたんだな......」

 

 

つんと胸の奥が痛い。自身がいなくなった後のことまでちゃんと考えていたことを突きつけられた。

 

 

 

***

 

 

 

「潜入捜査官ってことは、あまり目立ったらいけないんでしょ?」

 

「大っぴらに名前を呼ばない方がいいかも知れないな......」

 

「飛鳥のコードネームって、【スマイル0円】だっけ?」

 

「全然スマイル提供されてない。律ならすぐ見つけられると思ったのに、先に根回しされてやがる......飛鳥ってば、パソコン強すぎだろ......見ろよ、この画面」

 

 

 

 

おきのどくですが

 ぼうけんのしょ アスカ は 

きえてしまいました

 

 

 

パソコンの画面には某有名RPG風の文言が表示されていた。何人かのキレやすい生徒はピキッと青筋が浮かび上がった。

 

「この際、コードネーム変えるか?」

 

「「「「「......賛成」」」」」

 

コードネーム:童顔詐欺師

 

 

 

警察官である飛鳥を皮肉ってつけられた。

自分たちを騙していたこと。幼さの残る顔と騙しのプロを掛け合わせた。

 

それがこのコードネームの由来であることはここだけの話だ。

 

 



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39

side 木村 正義

 

風邪を拗らせた俺は米花中央病院へ診察に行ったが、そこで爆弾事件に巻き込まれた。同日に観覧車にも爆弾が仕掛けられていたらしく、危機一髪だった、らしい。

 

爆弾を見つけた第一発見者として事情聴取を受けた。待ち合いのロビーでクラスのグループチャットの【3-E TALK!】を開く。

 

 

【殺せんせーと童顔詐欺師の関係者っぽい人がいた】

 

 

すぐさま既読がついた。

 

【やっと見つけた手がかりだ!】

 

【よくやった木村!】

 

【俺らのジャスティス!!】

 

 

こっちは爆弾事件に巻き込まれて散々だというのに......調子がいいやつらめ。でも、俺もやっと見つけた飛鳥の足跡に浮き足が立っている。

 

 

【逃がすなよ。話を聞き出せ】

 

【ビッチ先生直伝のチューで落とせ】

 

 

ピロンッという通知音が鳴れば、脅しのようなメッセージまで届いた。

 

 

 

【......いや、あの......その人、警察官なんだけど】

 

 

 

......あれ......既読はつくのに急に反応が鈍くなった。

 

【警官相手にそれはわいせつ罪で捕まるんじゃないかな】

 

【むしろ取調べとか聞き込みのプロ相手だから警戒されないようにすべきじゃ......】

 

 

渚と磯貝がやんわりと苦言を呈した。

 

 

【木村が仕掛けにいって、捕まる方向で接点もてばいいんじゃね?】

 

 

カルマッ!!......お前はそういうところだよ!!

 

 

 

***

 

 

 

「へぇ。木村君、飛鳥君の中学クラスメイトなんだ」

 

ニコニコ笑うこの人は萩原研二さん。爆発物処理班の所属らしい。結局、無難にお礼をしに行くという形でこの人に接触しに行った。自己紹介で将来、警察官志望だと話したのが、好印象だったようだ。その流れで中学でお世話になった恩師の話になり、飛鳥が共通の知りあいであると判明した。

 

 

「世間って狭いな」

 

「はは......そうですね。......あの、飛鳥が何処にいるか知りませんか?」

 

 

直球で質問をぶつけた。じっと口を引き結んで萩原さんをみる。萩原さんは目をパチクリさせて、ヘラリと申し訳なさそうに答えた。

 

 

「俺もわからないんだ......力になれなくてゴメンな」

 

 

やっと飛鳥の尻尾を掴んだと思ったのにな......またふりだしに戻った。殺せんせーも長期戦になるって助言していたけれど......やっぱりガッカリした気持ちは隠せなかった。

 

 

 

***

 

 

それからまた数年が経った。俺たちは大学に進学する歳になっていた。萩原さんとはたまに連絡を取り合い、警察官のイロハを教えてもらっている。

 

俺たちも酒が呑める歳になり、時間があるメンバーは集まって近状報告したり、飛鳥のことを話し合ったりしていた。

 

 

「俺、このヤマを終えたら婚約者の両親に挨拶しに行くんだ」

 

隣席から二人組の男がそんな会話をしている。

そこに酔っ払った不破が隣席に座っていた爪楊枝をくわえた男に絡み始めた。

 

「それ、【死亡フラグ】ですよ~」

 

不破はネジが外れたようにペラペラと漫画語りをし始めた。

 

「漫画でよくある展開ですよ!今まで悪役だったキャラが愛や友情に目覚めて『ここは俺に任せて先に生け』とか、バトル漫画で『この戦争が終わったら結婚するんだ』っていうのは、真っ先に死んでご退場しますね!」

 

 

「さっきのそれも典型的な死亡フラグってわけか......」

 

 

千葉の神妙そうな声がポツンと響いた。微妙に白けてしまった空気に申し訳なくなって、シラフのメンバーが謝罪した。爪楊枝の男は気にするなと広い心で汲み取ってくれた。取っ組みあいの喧嘩の騒動にならなくてよかった。

 

 

***

 

 

 

俺たちが中学を卒業して7年が経った。時間の流れは早い。萩原さんに呼び出された場所へ行くと、萩原さんとグラサンをかけた男がいた。萩原さんは困惑する俺にチラリと視線を向け、「まぁ、座って話そうか」と促した。

 

 

正直、ガラがわるい。萩原さんの同僚だという口添えがなければ、ヤのつく自由業とかチンピラだと誤解していた。

 

「【飛鳥】について知っていること全部吐け」

 

ギロリとサングラスを光らせ、凄んだ声で尋問が始まった。腰が引いた俺に萩原さんが「ちょっ!陣平ちゃん!怖がってるから!」と宥める。松田さんは「クソ原、うるせェ!」と暴言を吐いている。

 

 

「んーと......飛鳥君と松田は悪友みたいな間柄でさ......ちょっとコイツ気が立っててね......恐がらせてゴメンな」

 

 

その日は萩原さんが間に入って、解散になった。というのも、俺たちは飛鳥と約1年の付き合いだったし、話せることもちょっとしかなかった。むしろ、俺たちも飛鳥の手がかりを探している状況で、教えてほしかった。

 

「......実は―――」

 

 

***

 

 

ひどい虚無感が襲う。

 

 

【友達は君たちと会うことを望んでいません。それは君たちを蔑ろにしているのではなく、寧ろ危険から遠ざけるために姿を消したと推測します。】

 

 

考えなかった可能性じゃない。 

 

飛鳥が死と隣り合わせだということは殺せんせーが本に書き記していたし、だからこそ慎重に行動し危ないと思ったら決して深入りしないように注意を促された。

 

顔色のわるい俺を皆が心配そうにみつめた。俺は皆に報告しなければならない。

 

グループチャットで皆に報告することがあると書き込み、あの懐かしい校舎に召集した。

 

教壇に立つとウロウロと視線が泳ぐ。磯貝が「大丈夫か?」と気遣い、短気な寺坂が「さっさと言えよ」と吐き捨て、倉橋が「何かあったの?」と緩い口調で言う。

 

ずっと黙ったまま、下を向く俺に何人かがサッと顔色をかえた。片岡が「......飛鳥君のことよね?」と震えた声で確認した。

 

 

 

 

「......飛鳥は......飛鳥が......死んだ......」

 

 

 

 

 

絞り出すような声で打ち明けた。

 

 

 

「............は......何、言って」

 

動揺した前原が乾いた声で言う。

 

 

「......知りあいの警察官から聞いたんだ!あの飛鳥の関係者だっていう人にッ!」

 

 

半ば叫びながら俺は前原のそれを否定した。ぽろぽろと目から涙が垂れ、ポツンと床に落ち染み渡る。

 

それは教室全体に感染していき、まるであの日のようで、殺せんせーが亡くなったときのようで......

 

やるせなさ や 自分たちの力の及ばない無力感......飛鳥が遠い存在だったと突きつけられたみたいだった。

 

 



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また君に会える日を
40


虫の息だったおれを掬い上げたのは、なんと烏間さんだった。オスプレイを発見したというメールをみて駆けつけたらしい。

 

 

俺は治療所でベッドに横たわり、頭に包帯を巻いている。アルコールの消毒の臭いが鼻につんとする。

 

 

「......まさか、また()()に命を拾われるなんて......」

 

 

自嘲気味に呟くと、烏間さんはピクリと眉を寄せた。

 

 

()()()()()()()()()()()()だからな」

 

実は根に持っているな烏間さん。おれは頬をかいて誤魔化した。

 

「これからどうするつもりだ?」

 

「......おそらくおれは死亡扱いになっています。ことが終わるまで丁度いいのでこのまま潜伏しようかと......」

 

布団を畳み、身支度を整える。烏間さんは深いため息をつき、「......殺せんせー(ヤツ)がある意味で問題児だと懸念したのはこれか......」と嘆いていた。

 

 

「ちゃんと託してあるので。あいつらならきっと()()()()()()()

 

 

ニッコリ飛鳥スマイルを披露すれば、呆れたような反応を返された。

 

 

***

 

 

みりん時代にお世話になった修理先に居候することになった。【びっくりドッキリバズーカ砲】の開発者の阿笠博士である。この恰幅のいい博士は、対せんせー弾やナイフの開発に携わっていたらしい。「せめて目の届く範囲にいろ」と烏間さんから御達しがあったので、ここが潜伏先に決まった。

 

 

正直、二つ返事で了承した阿笠さんはお人好しすぎて心配になった。その点を烏間さんに指摘すれば、「騙されて悪用されないように、監視してくれ......」と疲れたような声で頼まれた。発想はさすが科学者というべきか着眼点がズレている。でも技術力があるのは確か。

 

......なるほど。おれも厄介者同士というわけか。

 

阿笠さんの助手兼ハウスキーパーとして日常が始まった。そして、久々に【飛鳥 進】と名乗った。

 

しかし、恐るべし米花町。町を歩けば事件にあたる。慣用句になりそうだ。市民の対応が慣れてしまってるのがツラい......これが噂の探偵飽和社会......日本一の犯罪都市......

 

 

 

***

 

 

 

お隣に住む工藤君をおちょくり、彼をからかうのがルーティンになってきたころ......

 

 

工藤君が外出に誘ってきた。

 

「一緒に行く子はいないのか?」

 

「バーロー!俺じゃなくて、飛鳥さんこそ外に出るべきだろ!」

 

「......しょうがないな。君がどうしてもというなら」

 

「なんで俺が我が儘言って、飛鳥さんを困らせた風になってんだよ!」

 

 

クスクス笑えば、プンスカ反応して面白い。この感覚は零を相手にしているときと似ている。

 

 

 

人をおちょくりすぎた罰が下ったのだろうか......

 

 

 

出掛け先で事件に巻き込まれ、工藤君に茶々を入れている様子をバッチリ知り合いに目撃され、潜伏先に突撃されるとは......

 

 

これもまた年貢の納め時なのだろう。

 

 

 

 



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41

side 工藤 新一

 

 

「子どもの頃から憧れはシャーロック・ホームズだった。ホームズになるのは叶わぬ夢だと思ってた。でもやっと今日叶います。それでは言っていただきましょう。工藤 新一君で【真実はいつもひとつ!】」

 

長ェよッ!

 

最近、阿笠博士の家で居候している【飛鳥 進】だ。こうして俺と会うたびに満面の笑みを浮かべてからかってくる。おかげで推理に集中できやしない。

 

 

俺が顔を真っ赤にして怒ってもニヤニヤ笑う始末。性格に難がある。かなりひねくれている。父さんと母さんと同じくらい頭があがらないお兄さんだ。

 

 

蜂蜜色の滑らかな髪に緋色の瞳。色白で華奢な体躯で儚げにみえ、園子が王子と呼んでいた。中身は鬼畜、外道、悪魔のイイ性格をした謎に満ちた男だ。

 

年齢を聞けば、

 

「じゃあ、22でいいよな」

 

明らかな嘘をつく。じゃあってなんだよ!適当に答えただろ!?

 

 

宅配では【南瞬】という名前で受け取ったり、レストランでは【伊角】という名前で予約していたり、偽名を挙げたらキリがない。本人曰く、その場のノリらしいが......

 

 

【飛鳥】も偽名なのではないかと疑ったが、保険証と免許証を提示され、その疑惑は打ち消された。

 

 

だから、俺にとって【飛鳥 進】はどことなくミステリアスな存在で、目が離せない人物だ。

 

 

 

***

 

 

そんな彼との初対面は俺が【探偵】と名乗り始めたとき。偶然、事件現場で出会った。

 

「犯人は貴方―――」

「あ、君に答えは聞いてない。ダメだよ、事件現場ウロウロしたら。ヒーロー気取りか知らないけど、君も もう高校生だろ?幼稚園児が『仮面ヤイバーになる!』っていうのは可愛くて微笑ましいけどさ......よく考えてみなよ。『高校生探偵だ!』って自信満々に宣言しちゃったら......アイタタタ。わかるかい?痛々しくて、友達いないのか心配するよ」

 

こんな風にマシンガントークで弄られ、ディスられ、俺のメンタルはポッキリ折られた。

 

 

「目暮警部に頼られて推理してる?それは頼りない警察官だから、何とかしないとって勘違いしちゃってるんだよ。これだから仕事ができない大人は......これだから米花町は......」

 

刑事たちに囲まれた中でズケズケと物申していく。正面切って警察に喧嘩を売って、こっちがヒヤヒヤする。

 

「信用してないんだろ?警察を」

 

グサッと突き刺さった。心の奥底にあった本心を当てられた気分だ。

 

「だったら、君が信用できる警察になれば良いんじゃないか」

 

 

何の気なしにサラリと彼は言った。目から鱗が落ちたようなその提案はストンと響いた。

 

 

そういい残して彼は去っていった。周囲の人間はハッと表情を切り替えて、てきぱきと動き始める。目暮警部は俺に申し訳なさそうに謝罪した。

 

 

***

 

 

それからお隣の阿笠博士の家に行けば、彼――飛鳥 進――がいた。

 

「ひょっとしてストーカー?」

 

違うッ!!

 

再会してこの一言だ。彼は「お茶準備するよ」とキッチンへ引っ込んだ。出されたお菓子はレモンパイだった。

 

好物に喜んで手を伸ばして、口へ運ぶと、

 

「ヴッ!!?!?」

 

 

――――ハバネロ入りだった。

 

 

「不用心だな君。君の死因は毒薬かもね。警戒心なさすぎる。......でもその崩れた顔は癖になって面白いよ」

 

犯人はケロッとした顔で悪びれもせずに宣った。

 

「好奇心は猫も殺すっていうだろ?......ときには()()()()()()をして受け流すことも覚えないとね」

 

にっこり笑った飛鳥さんは有無を言わせない圧があった。

 

 

だから、俺は蘭といっしょに出掛けたトロピカルランドで怪しい黒ずくめの男を見かけたが、飛鳥さんのいう【危険信号】に従ってスルーした。

 

翌日、それを話せば、飛鳥さんは「......へぇ」と低い声で相槌を打っていた。

 

 

***

 

 

毛利探偵事務所の下の喫茶店ポアロに新しいバイトが入った。金髪褐色のイケメンで【安室 透】だ。

 

 

最近のポアロは大学生の層が多い。会話の中で就活という単語が聞こえたから、恐らく大学四年生。年齢は22歳あたりか?......そういえば、飛鳥さんの年齢が本当だったら、この大学生と同年代だと気づいた。

 

 

 

飛鳥さんは博士の家に引きこもってばっかりだし、たまには外出に誘ってみるのもいいかもしれない。

 

 

余計なお節介かもしれないが、飛鳥さんの人間関係が広がって、ちょっとあの性格が矯正されたらいいな......なんて本人には口が裂けても言えねェけど......

 

 



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42

side 潮田 渚

 

木村君経由で教えてもらった飛鳥君のお墓参りに来ていた。ポツンと墓石が置かれてあるのは、彼に身内がいないからと萩原さんが言っていた。

 

日射しが照りつけていて、蝉の鳴き声がこだまする。

 

ムスッとした顔のカルマにどうしたのかと尋ねた。

 

 

「不破さんが飛鳥を【少年漫画なら、衝撃の展開のキーマン的なキャラ位置】だっていうのはあながち間違いじゃないと思う」

 

......たしかに。と、納得してしまった。クラスメイトの正体が実は潜入捜査官だったとは、今でもびっくりする。

 

 

「木村があのお巡りさんから聞いた飛鳥の本性はかなり癖がある人物らしいじゃん」

 

「......うん。たぶんカルマと浅野君を混ぜて煮詰めたような感じだと思う」

 

カルマは「渚、それはいい過ぎ」とペシと音をたててデコピンをした。

 

「......まぁ、そんな男がこうもアッサリ死んだなんて納得がいかないんだ......俺に言わせれば、それこそ【衝撃の展開】だよね」

 

煮オレジュースをストローで啜りながらカルマは言う。

 

「俺たちが付けたアイツのコードネームは【童顔詐欺師】だ。詐欺師なら騙しの常習犯(プロ)......死んだっていうのも、もしかしたら......って考えてさ」

 

 

それって......パッと顔を上げると、カルマはにんまりと笑っていた。

 

 

 

***

 

 

まだ飛鳥が生きているという確証が曖昧で、皆を混乱させないように僕とカルマで調査することになった。

 

 

「子どもの頃から憧れはシャーロック・ホームズだった。ホームズになるのは叶わぬ夢だと思ってた。でもやっと今日叶います。それでは言っていただきましょう。工藤 新一君で【真実はいつもひとつ!】」

 

「長ェよ!!飛鳥さんは黙ってろ!バーロー!!」

 

 

遠目で高校生探偵の工藤新一が見える。顔を真っ赤にしてる彼をにっこりというよりニヤニヤした笑みで煽っている男がいた。帽子を被り、黒ぶち眼鏡をかけている。蜂蜜色の髪が帽子の隙間からちょこんと出ている。色白でイケメンオーラがたれ流しになっていた。

 

 

「......カルマ。今のって......」

 

「あの高校生、黒ぶち眼鏡に向かってキャンキャン吠えてるね」

 

 

思わず半目になった。今までの苦労はいったい......

 

 

「あの.....」

 

キョトンとした表情で彼は僕をみて

 

「はじめまして!南瞬と言います」

 

ヒラヒラと手を振った。

 

 

「「「え?」」」

 

でも、たしかに【飛鳥】だって呼ばれてたはず......だよね?とカルマと顔を見合わせる。するといち早く立ち直った工藤君がギョッとした顔で彼をみる。

 

「アンタ何堂々と......!」

「今からおれは【南瞬】なんです~」

「はぁ!?」

「気分だよ。南の方角に不幸オーラがありそうな......」

「南って、出口しかありませんけど」

 

 

 

ポンポンとリズムよく会話が進む。

 

 

「じゃあ、南さん。ちょっと俺たち聞きたいことあるんだけど」

 

 

渋々といった様子でカルマが彼らの会話を打ち止めた。「僕たち、人探しをしていて」とカルマに続けて紡いだ。

 

「人探し?俺、手伝いますよ!」

 

ズイッと僕らにサムズアップした工藤君をみてカルマはにんまりと笑った。

 

「【飛鳥 進】君っていうんだ」

 

工藤君は隣の彼を指差して、「え?飛鳥さんの知りあい?」と僕らと彼に視線を交互していた。南さん改め、飛鳥君はゴンッといい音をたてて、工藤君の頭にたんこぶをつくった。

 

涙目の工藤君に飛鳥君は「守秘義務も守れないなんて、探偵とは言えないよ」とプレッシャーを感じる笑顔だった。

 

 

彼らの力関係を察した。

 

 

***

 

 

気不味い雰囲気で飛鳥君が「......久しぶり」と本人であることを認め、僕らの空気を感じ取った工藤君が「ウチに来て話しますか?積もる話もあるだろうし」という提案に乗って、今に至る。

 

 

工藤君の音痴ぶりを目の当たりにした飛鳥君はケラケラ笑う。

 

「んなこと言うんなら、飛鳥さんは何が苦手なんだよ......」

 

「そうだなァ......『おまわりさん』かなァ」

 

「はぁ?正面から喧嘩売ってたじゃねぇか」

 

「厄介な身の上だからな......あまり顔を合わせたくないってのは本心だよ」

 

「......どーだか」

 

疑わし気に工藤君は飛鳥君をみた。

 

僕もカルマも、あまりに普通に生きて喋っている飛鳥君をみて、言いたかったことが吹き飛んでしまった。

 

それよりも、この事態をどうするか、E組の皆で話し合いたいし、僕もカルマもケロッとしている飛鳥君をなんとかギャフンと言わせたい気持ちがつのってきた。

 



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43

むかし、むかし。ある小さな村でのこと......

今日はみんなの怖いものを言い合ってみないかい?

おぉ、それはおもしろそうだ!

おれはクモだけはどうしてもダメだなぁ

おれはヘビが苦手だなぁ......あれがウヨウヨと動く姿をみると、鳥肌がたつわい。

いやいや、毛虫がいちばんこわいな......木から突然落ちてくるのは堪らんよ......

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

side E組

 

「―――んで、お前らは勝手に突っ走って見事返り討ちにあったのか」

 

 

渚とカルマ以外の生徒がゲンドウポーズでことの真相を把握した。

 

 

 

 

「何も言わなくても、君たちの気持ちは伝わってる......ずっとおれを探してたんだろ」

 

だからって死んだなんて......俺たちの涙を返せ!とくに木村のSAN値ゴリゴリに削られたんだぞ!?

 

 

「悪かったって......でも人の本性が見られるだろ?」

 

 

悪戯が成功したように綺麗に微笑んでいる。思わず、絶句した。

 

 

「心配しなくとも、烏間さんも協力してるから死んだフリは問題ない」

 

問題大有りだッ!!何で烏間先生、止めなかったんだよ!?唯一の常識ある大人なのに......

 

 

「それに......君たちとの絆が本物ならきっと気付いてくれるだろうし......現にここまでたどり着いたしね。健気すぎて泣けてくるよ」

 

 

以上が被告人:飛鳥の弁解だ。

 

「萩原さんたちから話には聞いてたけどさ......」

「外道すぎる......」

「サディスティック通り越して、サイコパスなのでは?」

「松田さん、飛鳥のために我を失うくらいキレてたのに」

「萩原さんなんて、非番の日があったら墓参りいってるんだぜ......」

 

 

 

じめじめとした空気が漂う。

 

「怪談話も平気そうだよな......なんか夏と言えばさ、沖縄リゾートの暗殺計画を思い出すわ......」

 

「あぁ、三村が編集した動画を上映して、殺せんせーを水の檻で封じ込めて」

「失敗して、殺せんせーが完全防御態になって......」

「そんなときに皆がバタバタ倒れてさ......」

 

懐かしむように脳裏にあの夏の思い出が浮かぶ。

 

 

「それだッ!」

 

 

ガタンっと立ち上がった渚に視線が集まる。

 

 

「え?」

 

ポカンとした顔の周囲に渚は説明した。

 

 

「あのときみたいにさ、じわじわと精神的に追い詰めたらどうかな?」

 

 

 

「いや、それ効くのか?」

 

至極冷静な声が反論する。ザワザワとするなか、カルマが顔をあげた。

 

 

「殺ってみる価値はあるよ」

 

パッと渚が振り向く。

 

 

「Sは打たれ弱いんだ」

 

 

それが後押しになり、彼らの暗殺(プラン)は決まった。

 

 

 

***

 

 

side 潮田 渚

 

 

「いらっしゃいませ!」

 

喫茶店ポアロの扉をくぐると、金髪褐色のイケメン店員が挨拶する。以前臨時でバイトのピンチヒッターをしていた磯貝君によれば、安室さんは私立探偵とバイトを掛け持ちしているらしい。

 

 

どうしてわざわざ僕が依頼することに成ったのか。それは、このクラスで最も無害に見えるからと満場一致で決まった。......複雑だけど、任されたからにはやりとげなきゃいけない。意を決して、口を開いた。

 

 

「......すみません。私立探偵の安室 透さんですよね?依頼したいことがあるのですが」

 

 

 

カランと扉を閉めた拍子にベルが鳴り響いた。

 

飛鳥君の顔写真を見せ、【彼の生前の様子を知りたい】という依頼内容を伝えた。

 

「どうしてそんなことを......?」

 

安室さんは訝しげな表情をした。

 

 

「実は、死んでも化けてきそうな友達で......本人はお巡りさんが苦手だって言ってたんでその関連で、穴に入りたいくらいのエピソードがあればと思って......今度、酒のさかなにでもなればと......」

 

予めカルマから用意された理由を苦しまぎれに言う。こんな怪しい動機で本当に受けてくれるのだろうか?

 

 

―――「飛鳥は警察官なんだし、その知り合いもいる。萩原さんたちに直接聞いてもいいけど、もっと弱味になるネタほしいじゃん。

探偵だったら、隠密に調査できて警察のツテも俺たちより深いはず。俺らが表立って周囲をかぎまわると計画が中止になるから......その探偵には囮になってもらって、ついでに弱味知れたらラッキーなくらいでいいからさ」

 

 

そんなことをカルマは言ってたけど.....そんな僕の心配は杞憂だった。

 

 

「わかりました。その依頼お請けします」

 

安室さんはぎゅっと両手を掴んで快く引き受けた。

 

「あぁ、でも情報提供者の方は匿名になりますがそれでもよろしいですか?」

 

 

安室さんは眉を八の字にさせ、僕に尋ねた。

 

「いえ、構いませんよ。ありがとうございます」

 

 

***

 

 

 

僕等は殺し屋。

 

 

「【キノコディレクター】準備はどうだ?」

「バッチリだ!」

 

旧校舎の教室にはモニターが設置され、机は後ろへ移動し、アーチ状に椅子が並べ置かれている。

 

 

 

「【中二半】と【性別】がターゲットを誘導」

 

 

 

ターゲットが教室に足を踏み入れた。

 

 

 

標的(ターゲット)は童顔系潜入捜査官



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44

同窓会をするというので、E組のあった教室へ連れてこられた。

 

モニターの前の特等席に座らされ、上映会が始まった。原さんお手製のお摘みが配られ、おのおの着席する。

 

 

《マイ ベィビー

ダズ ザ ハンキーパンキー..........》

 

 

歌詞を訳すと、俺の彼女はハンキー・パンキーするのさ......

 

Hanky-pankyの意味は

①ごまかし、いかさま、策略

②浮気、恋愛遊戯

③手品

④たわごと

 

いずれにしてもあまり良い言葉ではないな......

 

 

 

嫌 な 予 感 し か し な い!!

 

 

 

モニター画面には【踊る‼ころ御殿!】と表示されている。某トーク番組風のロゴとオープニングが始まった。

 

《酒のさかなの為なら、バラします!死人にくちなし、思いっきり語りましょう!友人の暴露トーク、スタートでーす!》

 

 

 

......ちょっと待て......

 

タラリと汗が落ちる。チラリと杉野君をみるとニカリと歯をみせていた。心なしか周囲もワクワクした雰囲気で、三村君は自信満々だし、茅野さんは明るいトーンでナレーションをしている。

 

 

《お巡りさん【伊達巻】さんの友人のちょっとズレているところ

 

久しぶりに同期皆で集まって飲みに行こうと提案した。俺は【6/28はどうだ?】と一斉送信で都合がつくか尋ねた。

 

 

=============

to:伊達巻

件名:Re:約分して3/14

 

100億のツチノコ

見に行ってくる

 

=============

 

同じく一斉送信で友人は返信をした。

 

 

(((((計算ドリルかッ!?)))))

 

こんなツッコミを入れたのを覚えてる。

どういう意図のメールなのか、全くの意味不明。同期たちで推理をしたが、迷宮入りになった。

今思えば、ちょっとコンビニに出掛けるというノリの失踪メールだった。......もっと他に書き方があっただろうに......

同期の間で友人は【ツチノコ探しに高飛びした】と噂が広まった。》

 

 

おれの誤爆メールじゃないか!!殺せんせー作成の数学の宿題を終わったあとに返信したから......わざわざ再現VTRまでつくって......ところで【伊達巻】って、聞きおぼえがあるんだが......

 

「実は天然......?」

「ツチノコって、殺せんせーのことだよな?」

 

ほら外野がこそこそざわつき始めた。

 

 

 

《お巡りさん【わたあめ】さんの友人のズレているところ

 

ある梅雨時、窓際の座席に座っていた俺をじっとみて

 

「......よし」

―――その日は太陽が照っていた。

 

「2割増し、だと......!?」

―――大雨だった。

 

「う~む......落ち着いてるのか?」

―――曇りだった。

 

 

毎日勝手に自己完結しているので「何してんだ?」と聞けば、「今日の天気を確認してる」と天気予報扱いされ、その的中率の高さから重宝された。》

 

いま、確信した。【伊達巻】【わたあめ】とくれば......

 

 

《お巡りさん【おはぎ】さんの友人のズレているところ

 

寮生活で「遊ぶ暇がなくてつまらない」と友人たちに愚痴を溢した。

 

「たしかに日常にほんの少しスパイスがほしいよな」

「スリル、ショック、サスペンスか......いいな」

「おい......ひとりノリ気になってるぞ」

「ハハハ!まぁ、ハギの不満もわかる」

 

「お前ら、真面目に勉強しろ」と同期の首席が締め、その日の話はそれでおわった。

 

 

翌朝、座学の教室のドアを開けると、

 

「「「けーんじくん、あそびましょー」」」

 

 

野太い野郎どもの声で、教室にいる全員がハッ⚫リ君のお面を被って俺を出迎えた。声にならない叫び声をあげた俺に、友人は「ご協力ありがとうございましたァ」とすっっっごいイイ笑顔をしていた。つまり、俺以外みんなグルだった。友人は「ハギが落ち込んでいたので」のあくまで善意だと主張した。だからといってアレは心臓にわるい。》

 

 

やっぱりお前もか!!【おはぎ】って、そのまんまじゃねーか!!だいたい【わたあめ】って可愛らしいものじゃないだろ!?チンピラ警官だろおまえ!!

 

 

 

《お巡りさん【タバスコ】さんの友人のズレているところ

 

友人と俺は長い付き合いで、所謂 幼馴染だ。何気無い会話で友人は「悪の秘密結社の幹部って面白そうだよな」と興味を抱いていた。そのとき俺は「何、バカ言ってんだよ」と笑い飛ばしていた。今だから言えることだが、このとき俺がちゃんと友人の話を聞いて、止めていたら、あの悲劇()は起きなかったかもしれない。

 

 

今になって発覚したことだが、友人はちゃっかり悪の組織の幹部を勤めていた。バイクを乗り回して、白バイと追いかけっこしてたり、スタントマンのようなアクションで気紛れに人助けしてたり......ネットで【リアル仮面ヤイバー】と話題になり、友人のSNSのアカウントのフォロワーが爆発的に増えた。

 

敵対していた白バイ連中といつのまにか和解し、長年の戦友のようにハイタッチしていたのを目撃した俺は卒倒しかけた。

 

白バイが頭を悩ませていた【白い悪魔】と異名を持つ暴走車の捕り物に一役かったらしい。その【白い悪魔】とは何かと気になった俺は野次馬に紛れた。

 

 

【白い悪魔】は、俺のもう一人の幼馴染だった。

 

白バイは当然、自らの仕事を全うしただけだ。

【白い悪魔】は警視庁に用事があったらしく、大人しく同行した。

そして友人は「アイツもNOCだろ?違和感なく堂々と古巣に行けるし、白バイは捕り物できた......win-winで何も問題ないじゃん。」と説明した。当時、俺は友人を組織の幹部だと認識していたため、すごく微妙な気持ちになった。

 

だが、組織の幹部が実はお巡りさんで、友人であると知った俺はゴンッとデスクに頭をぶつけた。

 

すべてはお巡りさん(友人)の、お巡りさん(白バイ)による、お巡りさん(白い悪魔)のための茶番だった。

友人よ、あの茶番を把握した【白い悪魔】はお怒りだ。》

 

 

......こわっっっ!!ぞぞっと寒気がした。まじか。あいつは今、スーパーサ⚫ヤ人になってるのか......金髪だし握力ゴリラだし、マジギレしたら手がつけられないし......

 

 

《お巡りさん【カレー粉】さんの友人のズレているところ

 

友人と僕は人よりちょっと目立つ容姿をしていた。上級生に目をつけられることも多かった。

 

「何、調子のってんだテメェ」

「生意気なんだよ」

 

呼びだしを受けることもあり、「大丈夫か?」と心配したが、友人は「お話してくるだけだから」とそれに応じた。ケロッとした様子で帰ってきた友人に何があったのか聞き出そうとしたら......

 

「おはようございますっ!!」

「俺たち今日から舎弟になるッス」

 

「焼きそばパン食べたい」

 

「「今すぐ買ってきやすッ!!」」

 

友人は 喧嘩を売ってきた不良を手名付けていた。》

 

 

......【カレー粉】まで絡んでるのかこれ。どこで接点があったんだ?この子たちの人脈、広すぎる......

 

エピソードが語られるのに比例して、おれの目は死んだ魚の目をしていった。鑑賞は小一時間にわたった。

 

 

 

 




【みりん】

イメージはリュウタロス (仮面ライダー電王)

殺せんせーのアドバイスブックを参考して誕生した悪の組織の幹部(笑)

バイクを乗り回してる。
→teenだという設定で、免許の都合上。

びっくりドッキリバズーカ砲で建物を破壊するのは、組織内で常識とされている。

バーボンから死亡しただろうと連絡があったあと、激震が走った。【みりん】のファン及び信者が暴徒化し、組織はあっという間に瓦解していった。

ネットで、【リアル仮面ヤイバー】とバズった。本人の知らぬところでグッズ化され、黒歴史量産中。

初対面の工藤新一に苦言をしたのは、自らの経験が8割と、仮面ヤイバー扱いされている自分を思い出してみていられなかったから。




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延々とやらかしエピソードを流され、おれはいたたまれなかった。生暖かい目や残念なものをみるかのように視線を向けられた。

 

「飛鳥君、SNSやってたんだね!」

「ウチら、フォローしたから」

「......俺らのクラスメイトってヤバくね?」

「一本の映画撮れそうだな......」

「俺、怪人役やるわ」

「じゃあ、群衆その1に立候補する!」

「脚本は狭間で、衣装は原、カメラは岡島、編集は三村、スタントは岡野で......」

 

......あろうことか【タバスコ】と【カレー粉】によって、忘れ去りたい過去トップ10に間違いなくランクインする【みりん】の所業をぶちまけられた。おかげでおれのライフゲージは赤く点滅し始めている。......知ってるか?おれもうアラサーのいい歳してるんだぞ......

 

 

「ほら、自主製作映画の話はまた今度決めるわよ」

 

片岡さんがパンパンと手を叩く。......自主製作映画という恐ろしいワードが聞こえたが、スルーしよう......

 

 

「よくもまぁこんなに集めたな......律に【飛鳥】のデータは出てこないように鍵をかけたのに」

 

疲れた表情を隠さずに彼らに呆れ半分、称賛半分で言う。

 

「あの腹立つロック画面は流石にお手上げだった!」

「......でも、木村と知りあった警察官がいてね」

「その警察官が飛鳥の同期だっていうことがわかってさ」

「人の縁ってわかんないよねぇ......」

 

しみじみと語られる。おれの知らないところで友好を重ねていたらしい。どんなに情報制限しても、人の口に戸はたてられない。おまけに萩原は【おれ】とも【飛鳥】とも面識があった。

 

 

 

―――「君たちがどれほどの縁に恵まれてきたことか。教わった人、助けられた人、迷惑をかけられた人、ライバルとして互いに高めあい争った人たち......この世で出会った全ての縁が人を育てる教師になる」

 

 

文化祭での殺せんせーの言葉を思い出す。この場所だからだろうか......

 

 

窓からみえる夕日はすでにオレンジに染まり、辺りはじわりと暗くなっていく。

 

 

 

「......萩原さん、お墓にずっと手をあわせてるんだ」

 

 

あの軽薄な男がねェ......

 

 

「松田さんは飛鳥の敵討ちするために、訳知りっぽい俺に乗り込んできたんだぜ?」

 

 

チンピラ風情の男はあつい仁義を通してたのか......

 

 

「伊達さんも居酒屋で話したことあるんだけど、淋しそうな顔してた......」

 

 

......それはちょっと良心がいたむな。この豪快な男が凹むなんて、調子が狂う。タフじゃなかったのかよおまえ。

 

 

おれは感慨深く浸って、口を閉ざした。そんな端から見たら無反応なおれに彼らの感情が爆発した。

 

 

「どうして、黙っていなくなったの?邪魔だから?迷惑だから?......何でそんな簡単に縁を、繋がりをッ......!......切り捨てようとするの?」

 

 

「あんたがいなくなったら、さびしいし、つらいし、かなしいってまだわかんねぇのかよ......なにが【やさしくて温かい世界に殺しはいらない】だ!?自分(テメェ)自分(テメェ)殺しやがって!自分(テメェ)もその枠に入れろよッ!」

 

 

月の光が窓から差し込む。孤独を包まれた【おれ】の影を光が反射する。

 

 

「護ると決めたものはたとえ()()()()護りきる......【おれ】も【飛鳥】もそれだけは譲れない」

 

 

瞳をパッと瞬きすれば、【飛鳥】になる。自然と口角があがる。

 

 

「やっと俺らと殺る気になってくれた。今回は逃げんなよ飛鳥」

 

 

ぺろりと舌を出しながらも、顎を引いたカルマは悪戯っ子の面影がみえる。サッと周囲の人間がピンッと空気を張りつめた様子をみるに、これはおれをターゲットにした暗殺だと理解した。

 

 

意見がぶつかり、衝突したときは、暗殺で決着をつける。それがこの【暗殺教室】だ。

 

 

「......待ってみんな」

 

 

 

好戦的な空気に潮田君の静止がかかる。

 

 

「僕が殺る......」

 

一歩、前に進んだ潮田君に皆の視線が注目する。

 

 

「勝手な行動で軽率だとわかってる。けど、飛鳥君はつい最近まで前線で走ってた捜査官。僕らが束になってかかったところで勝ち目は低い。なら、あの日できなかった続きを、僕とカルマが一騎討ちをしたあとの、飛鳥の不戦勝になった続きを僕に殺らせて。」

 

 

目付きが変わった潮田君に思わず息をのむ。それからニッコリと彼らがよく知る飛鳥君的スマイルを浮かべた。

 

 

 

「 誰であってもいつかは人に忘れられて()()......いつまでも亡霊にすがり付くのはみっともなくて、とてもとても女々しいなァ」

 

 

わざと煽るように言えば、潮田君はカッと目を見開いた。

 

 

 

「人はいつ死ぬかって問いの答えが()()なら、生きてるんだ......!」

 

まっすぐな想いをぶつける潮田君に揺さぶられそうになる。

 

 

「だから()()()なんて言わないで......

 

僕らは我武者羅に必死に生きて、命を抱えて生きて、殺してあがいて笑って泣いて喧嘩して、生きてるんだッ!」

 

 

境界線ギリギリで揺れる心を弾く。

 

 

―――「君には帰る場所があるのですから、そう易々と命を投げ棄ててはいけません」

 

 

きっと誰もがそう願った。少なくともあんたの教え子たちは、あんたの帰る場所になりたかった。

 

 

 

 

 

―――「君がいなくなったら、哀しむ人がいるってことを忘れないでください」

 

 

震えた手を取って紅く哀しい瞳を写した。触手がそっとやさしくおれの頭に触れた。

 

 

 

 

 

――― 「......頼みましたよ、飛鳥君」

 

心を抉る醜いくらいに眩しく美しい愛情を生徒に遺して旅立った。

 

 

 

 

 

始まりは突然だった。おれたちの出会いは偶然で、おれたちの旅立ちは必然だった。運命は気紛れでときに残酷で、出会い別れたかと思えば、また巡り会う。

 

 

今日はとくにそんな予感がする。

 

 

 

研ぎ澄まされた指先に目を向ける。

今のおれの()は潮田君に掴み取られそうだ......

 

 

 

一瞬の表情を見抜けなければ殺られる。

 

 

 

 

――――パァンッ

 

 

 

 

潮田君のクラップスタナーが響き渡った。

 



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