謀っ子世にはばかる〜織田信奈の野望 (☆蛇☆)
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第一章 世は戦国
飛ばされた先は戦乱の世


主人公設定&注意書き&お礼

小早川皆光(こばやかわみなみつ)
職業 男子高校生
年齢17歳
身長172cm 体重56kg

容姿 黒髪 黒目の至って普通の男子高校生。イケメンの類ではあるが、彼女いない歴=年齢な模様。

性格 現代っ子にしては、変わっている。順応性が高く、コミュ力は高い。しかし、口に出していること(口調)と、思っている事(思考)が釣り合っていない事が多々ある。周囲のクラスメートからは、顔はいいけど、変人、優しいけど変人とよく言われる。女性とは、この人いい人で終わるタイプ。腹が少し黒い。割とメンタル面が弱く、すぐに折れる。
感情が表に出やすいタイプ。
クラスメート曰く、怒ると泣きたくなる、らしい。
現代っ子なのに諸葛亮や、司馬仲達と言った、神算鬼謀の軍師に憧れている。憧れるだけあって、それなりに頭はいい。
運動は得意な部類ではあるが、動く必要性を感じない時はテコでも動かない。

好物 鯖 漬物 豆腐
嫌いな物 豆
好きな事 歴史書を読むこと。弓道。妄想。将棋。馬の世話。
嫌いなこと パリピに混ざる。うるさい。やかましい。喧騒。
憧れの有名人 天才軍師と名高い人。
将来の夢 軍師(時代錯誤)

・・・・・・・・・・・・・・

どうも作者です。
3日から、一週間に1度のペースで投稿させていただきます。
拙い文章ではございますが、何卒、よろしくお願い致します。
また、一話、二話では、主人公の性格等、知って頂くため、主人公視点で書かせて頂いていますが、三話目以降は、三人称視点で書かせて頂いておりますので、御容赦ください。
ストックは十話まででございます。
順次、執筆しながら、ストックを放出させていただきます。
それでは・・・皆様が、お楽しみいただけることを願って・・・(・ω・)ノシ







私、小早川皆光(こばやかわみなみつ)現在馬に乗って逃走中である。

 

事の発端は今朝にまで遡る。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

今日は日曜日。

 

高校生である私は、安眠を貪っていた。

私の名前は小早川皆光。

 

身長172cm体重56kg。

 

黒髪黒目の至って普通の男子高校生だ。

それなりにモテる容姿はしているらしい。まぁ、周囲から見て浮いている、変わっていると言われるが。

 

それなりの田舎で、一人っ子として育った。

父親は、古風な頑固オヤジ。

母親は、あらあらまぁまぁな、ちょっと緩い人。

祖父母も似たような感じだ。

 

そんな両親に育てられ、スクスク成長し、普通で普通な高校に通う、高校三年生となったわけだ。

 

趣味は歴史書。それと弓道。

 

弓道に着いては、たまたま通う高校に弓道部があったという理由と、私が小さい頃からやっている(やらされている)流鏑馬(やぶさめ)による影響が大きい。

 

私が中学三年生の時、祖父が飼っていた3頭の馬、梅・花・賢。

その梅と賢の間に子供が産まれた。

 

元々家に必ず馬がいる環境ゆえか、一番好きな動物と聞かれると、馬、と答えるくらいに、馬が好きだ。

 

私はその子馬に、八(ハチ)と名付け、可愛がった。

 

祖父が、真(まこと)と、名前をつけたが、真と祖父が名前を呼んでも一切振り向かない。(計画通り)

 

というか、何故か大層懐かれた。

 

とまぁ、馬に乗ったり、世話をしたり、としていると、父から、祭りの行事の為に、馬上から弓矢を射る、流鏑馬を教わった。

 

そもそも流鏑馬のお陰か、弓道部のお陰か。何やかんや両方サボらず出た上に適正があったのか・・・高校一年生の時点で他の同級生、先輩達と比べて、腕はよかった・・・と思う。

 

とまぁ、私の身の上話は以上だ。

 

ん?話し方?まぁ俺やら、僕と言うと、祖父が俺なんて汚い言葉を使うなとか、僕なんて弱々しい言葉を使うなと拳が飛んできたからね。

 

その話はまぁ、いいだろう。

 

そんな訳で、とまぁ私は誰に説明しているのやら。

 

もう少し睡眠を食い散らかしたかったのだが、残念ながら、稽古の時間だ。

 

とは言っても、毎年行われる祭事には、出たことは無いが、今年からどうやら出さして貰えるらしい。

 

そんな訳で、私服ではなく、今年から着る祖母自慢の狩装束を着る。

全体的に赤くて所々に金があしらわれた上衣にこれまた全体的に黒く、所々金があしらわれた行縢(むかばき)そして、白い水干の下(しも)

まぁ伝統的な衣装さ。

面倒だから烏帽子やらは省き、

 

衣装だけをただし、見た目だけの模造刀を腰に引っ下げる。

 

何度も射る為、矢筒も腰の後ろに回し、父お手製の矢(刃引きされている・・・尖っているので意味は余りないらしい)

を矢筒に詰め込み、馬小屋に行く。

 

既に誰かが餌を上げたのか、豆やら草やら私達からすれば(サラダが嫌いな私からすれば)嫌な光景だ。

 

私の愛馬、八は綺麗な黒鹿毛の馬である。チャーミングな白い面構えがなんとも言えない。あと、泣きそうな顔をしている。(偏見だが)その割には結構ヤンチャな可愛いやつである。(頭で放り投げられた事がある)

 

きちんと八に鞍を繋いで、手綱を握り乗馬し、少しつづ歩き出す。そして、八に顔を近づけ、

 

「頼むぞ」

 

と、声をかけた。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

まぁ、前を見ると、家の前でも馬小屋の前でもなんでもなかった訳だが。

 

というか、なんか戦争しとるお。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あちこちで聞こえる嫌な音に、逃げちゃダメだを連呼しているが、まぁ、たとえ東京都民全員に聞いたとしてもまぁ、逃げると思うよ。

 

必死に叫ぶオサーンの声とか、なんか硬質でカンカンなミュージックとか、競馬場でも聞こえないような量の馬蹄の轟とか。

 

まぁもうほんとに、あぁえげつないったらありゃしない。

 

これなら家で煎餅かじりながら・・・まぁ、何もしないんだけどな。

 

考え事している間にもケツからお馬さんに乗った白馬の王子様が・・・来てたら気持ち悪いが、残念、必死の形相で追いかけて来ているのは鎧武者達でした。(男です)

 

残念どの道気持ち悪いというかあの槍めっちゃ刺さりそう。(ツンツンしないで)

 

「あの格好!織田方の名のある武将に違いない!」

 

「捉えて殺せ!」

 

「ヒャッハー!」

 

後ろがすごく・・・世紀末です・・・というか、最後変なの混じってた。

 

ん?織田方?

 

「ま・・・まさか・・・」

 

相手の旗持ちの旗は・・・。

 

「ひぇっ・・・今川の二引両じゃないですかヤダー・・・」

 

拝啓・・・おっとさん、おっかさん、クソジジイとばあちゃん・・・私は今、マジエモンの戦国時代に来たかもしれません。(まじ笑えんもん)

 

「ヒャッハー!豚のような悲鳴をあげろ!」

 

「ぶひぃーーーってな!」

 

お前らちょっと待て、何故愛で空が落ちてきそうな雰囲気になってんだ。

 

相手の馬も心做しか舌出しやべー顔してる気がする。

 

おもむろに手に持った弓に矢筒から抜いた矢を宛てがう。

人間、境地に立たされると何するかわからないとはよくも行ったものだ。

 

だだっ広い戦場のど真ん中、あちこちでぶつかり合う足軽たち。

 

このままじゃ、逃げれない・・・。

 

矢を引き、弓を立てる。

 

力を込め、引き絞り、狙いは先頭の武将らしき男。(何となく、装備が少し煌びやかな奴、あとブサイク)

 

八の進路を少し逸らし、それを追おうとする、敵の騎馬兵。

 

狙い目は・・・今!

 

「シィ!」

 

果たして矢は・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

当たった。というか・・・なんかごめん。

 

矢は綺麗に武将の腿に突き刺さる。

頭の中では親指を立てている親父がいた。(刃引き意味なかった)

 

武将はもんどり打って落馬、追従する兵達は、気を取られ、そして、落馬した人物に駆け寄る。

 

まぁ、上司が落馬したらそりゃ守るわな。ここ一応戦場だし。

 

私はそれを後目に、そのまま走り去ろうとして・・・。

 

「坊主!あぶないみゃあ!」

 

急に目の前に足軽が飛び出してきた。

 

「ッッ!」

 

急いで八の手綱を引き、止める。そしてその進行方向に、数本の矢が突き刺さる。

 

嫌な汗と、八が、そして自身が助かったと言う事に安堵した。

 

「こっちみゃ!坊主!」

 

そして、名も知らぬ足軽は、そのまま林の中へ俺を誘い、また俺も、それに釣られて入っていってしまった。

 

(罠・・・なのかね?ならまぁ、さっき助けるなんて事はしないか・・・)

 

少し行くとおもむろに足軽は木を背に座り込んだ。

 

私は、多少困惑しながらも、八から降りて、頭を下げて礼を言った。

 

「ありがとう。貴方は、何故私を助けてくださったのですか?」

 

「坊主、お前は織田方の武将だみゃ?それに馬上から矢を的確に当てる腕と言いただ者ではないみゃ」

 

私がただ者かそうでないかより、みゃーみゃーのほうが気になるみゃ。

と、わりとアホな事を考えている自分がいる。

 

「う〜ん」

 

「わしは今川の殿さまに仕えておったが、あのお方はブサイクな男が嫌いでみゃあ。出世出来なさそうになかったぎゃ」

 

まぁ、確かに猿顔と言えば猿顔だが、そこまで酷いか?それとも今川の殿様は男色とか?ホモォなのか

 

「それでこの戦のどさくさに、織田方へ寝返ろうと考えておった。なあ坊主、わしを織田の殿さまに紹介してくれんか?」

 

まぁ、私の事を織田方と勘違いしていたくらいだし、あの旗で相手が今川であることも分かった。それに、この足軽自身の証言がそれを裏付けてくれた。

 

「どうじゃ?」

 

「あ〜、助けてくださった事は感謝しているのですが、私は織田方の武将では・・・」

 

「違うのきゃ?」

 

「私の名前は小早川皆光。ただの浪人です」

 

ここで・・・高校生と言えたらどれだけ良かっただろう・・・。

あぁ・・・別世界どころか、過去だよ・・・うぉーい。

 

「ふむ・・・坊主も苦労しとるみゃあ。じゃが、今は乱世じゃ。合戦で手柄を立てれば出世できるにゃあも。わしの夢は一国一城の主になることじゃ」

 

「一国一城の主・・・ですか・・・」

 

や、正直やばい気がするんで勘弁願えますか?(あとなんかこのオッサンが言うと不純・・・)

 

話に乗ったことで興が乗ったのか、握り拳を作りながら自らの夢を語る足軽。

何故か鼻の下が伸びとる。えらい伸びとる。

 

「おうよ。男としてこの世に生を受け、一国一城を望まぬ生き方などわしにはできんみゃあ!だってお城の主となれば、女の子にモテモテだみゃあ!」

 

俺は思わず首を折って、少しばかり呆れたのと、童貞・・・ゲフンゲフン。

未だ未使用・・・グハァ。

 

少しばかり下々の事を気にした。

 

「確かに・・・良い夢でございますね」

 

「だみゃあ!お主!さては、わしに匹敵する女好きだにゃ?」

 

んなわけねぇだろ。

 

「まぁ、(大いに)多少は・・・それはそうとして、そうですね。共に織田方に行ってみましょうか?」

 

「おお、ありがたいにゃ坊主!ならば、わしの弟分になれみゃ!」

 

(もうこの人のペースについていけない・・・というか、全てにおいて私の事を誤解しているよ・・・)

 

「いいですね。旅は道ずれ世は情けと、貴方と共に行きましょう。そして行く行くは大名へと」

 

まぁ、私でも役に立てることくらいはあるだろう。何せ、命の恩人さ。

 

「よろしく頼むにゃあも」

 

一人のスケベと一人の現代っ子は手を取り合い、足軽は立ち上がると、西へ抜ける街道へと、向かった。

 

歴史書の知識で今が大体どの辺か・・・大雑把ながらに分かる。

 

まぁ、とりあえず東は三河、西は尾張という事だ。

だが、林を抜けて街道へ出た時だった。

先導していた足軽がいきなり胸を押さえてうずくまる。

 

「どうしました?」

 

「・・・流れ弾に当たったみゃあ・・・運がなかったみゃあ」

 

「ッッ!?なんですって!?」

 

急いで道の脇、地蔵の隣へと足軽を引きながら身を隠し、足軽を寝かせ、状態を確認すると、鎧の胸当てには、何かで穿ったような穴と、そこから溢れ出る血で染まっていた。

 

死・・・。テレビでよく聞いた単語だ。殺人・・・自殺、事故。

その頃は、何気なしに聞き流し、無関係を貫いてきた。

しかし今・・・。

 

「・・・坊主。わしはこれまでだみゃ。お主だけでも行けい」

 

「ですが!?まだ助かるかも知れませんよ!」

 

ダメだ・・・声が、体が震える。

 

「野望に憑かれた者はいつ死ぬか分からぬ。これが戦国乱世の世の常よ・・・わしの相方をお主にくれてやる、一国一城モテモテの夢をお主が果たしてくれい」

 

もう限界だろう・・・瞼が落ちていきつつある。

 

「・・・夢は・・・それなりにモテモテな一国一城の主、目指しましょう・・・貴方のお名前を教えていただけませんか?」

 

「ありがとみゃあ・・・わしの名は・・・木下・・・藤吉郎・・・」

 

「うぇ・・・・・・」

 

本日2度目となる、変な声出た。いや、驚きすぎて。だって・・・

 

(豊臣秀吉じゃないですかヤダー)

 

「・・・貴方が死ねば・・・歴史は・・・どうなるのでしょう。織田信長公に仕えるのは・・・」

 

「信長とは誰じゃ?・・・織田の殿さまの名は・・・のぶ・・・な・・・」

 

「・・・逝って・・・しまわれたか。」

 

心做しか八も悲しそうな顔をしている。いや、こいつは元からだったか。と現実逃避してみる。

 

貴方が亡くなれば・・・歴史は・・・。

 

「そうか。木下氏が死んだか・・・南無阿弥陀仏、でござる」

 

後ろに少女というか幼女というか・・・まぁ女の子立ってた。あとちょっと舌足らず。

外見的に・・・忍者なのか・・・?

 

「拙者の名は、蜂須賀五右衛門でござる。これより木下氏にかわり、ご主君におちゅかえするといたちゅ」

 

噛み噛みやな。失礼、かみまみたやって見る?や、素で噛んでるんやったな。失礼。

 

「や、失敬。拙者、長台詞が苦手ゆえ」

 

「いえ、大丈夫です。(年齢的に)個性だと思いますよ。木下殿のお知り合い・・・ですか?」

 

だとしたらヤバめの犯罪である。

上がった株価が大暴落する程度には引く。(つまり盛大に引く)

 

そして何故か盛大に、ニッコリと笑顔を向けられた後。関係を聞いた。

 

まぁ、相方でした。(木下殿・・・これはあかんやろ)

 

「して、ご主君、名をなんと申す?」

 

「小早川皆光と申します」

 

「では、拙者、ただいまより郎党【川並衆】を率いて小早川氏にお仕えいたす」

 

勝手に決められたぁ〜!?相方をやろうって・・・きっさま木下許さんぞぉおおぉ・・・。

 

「今は文無しですので・・・」

 

「なれば織田家に仕官すれば良いでござるよ。あそこは給料の支払いがいい」

 

そして、私は逃げられなくなりましたとさ。。。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




本日は誠にありがとうございます。

感想、評価等、励みになりますので、宜しければつけて行ってください( ˙ㅿ˙ )


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戦乱と姫と

二話、三話まで放出します。



 

 

現在、戦場へと八と共に駆けているところでございます。

 

あの後五右衛門と少し話をして髪の毛を1本抜き取られ、契約の義と称して藁人形に詰められた。(あの子・・・ヤンデレの基質あり要注意だぞ。私よ)

そして槍働きをしろと言ってさっさと消えていった。

マジモンの忍者パネェっす。

 

木下殿は、地蔵の裏に寝かし、槍を拝借した。(木下殿!見ておられるか!私逃げたいです!)

 

主戦場では一進一退の攻防が繰り広げられていた。

 

織田軍の旗を背中に立て、八と共に足軽隊へと突っ込む。

意外にも八は度胸が座っている様子。先頭の足軽を蹴飛ばしぶっ飛ばした。(俺知らない。というかこんな子に育てた覚えは・・・)

 

俺は唯一やっていたゲームの三国志無双と言うゲームの馬上戦術を見様見真似で真似してみた。

 

右へ左へ槍を振り回し、常に馬をとめずに、敵を蹴散らしていく。(あ、ちなみに叩いているだけで殺してないです。どちらかと言えば八がやってそう・・・というか殺ってそう)

 

私2割、八が8割と言った感じで敵を蹴散らす。

 

騎馬に乗った武将が誰か本陣へと、叫んでいるが、皆聞こえているのかいないのか、誰一人戻る様子はない。

 

というか、女の子?だった気がする。美形かな?

 

「ならば私におまかせを!」

 

これ幸いと戦場から逃げ出す小心者。(わ・た・し・だ)

 

八で駆け付けると本陣はがら空きそして、何やら、前を走るのは、今川勢・・・。

 

(ちょ・・・おま・・・ちょっまてよ)

 

織田勢は馬鹿なのか!こんな戦場に殿様1人とか、脳筋にも程がある・・・さては現場監督は柴田だな?(図星)

 

何やら高そうな(高くても着たいとは思わない)珍妙な衣装に身を包んだ人が、本陣の椅子に座っとるというか・・・女の子?や、この世界は美形が多いなぁ・・・。

ん?柴田は髭面だった気が・・・。

 

まぁいい。多分あれ殿様。(ヒアウィゴー)

 

殿様に向かった槍を横合いから突き上げ、殿様の前に立ち塞がる。

 

「素浪人の身なれど、織田方に加勢するため!小早川皆光!参る!」

「ヒヒイイィーーーン」

 

俺と八は雄叫びを上げる。(というか、八よ、さては貴様ちと楽しんでおるな?けしからん。)

 

「新手の織田兵だ!」

 

「たった一人だぞ!先にやってしまえ!」

 

「やれるものならやってみろ!」

 

とはいえ、こちらが騎兵なら、馬を狙うのが定石。すぐさま三本の槍が八へ向かう。

 

とはいえ基本槍は叩くもの。突くなんてのは、そもそも命中精度が悪い。

 

私は八へ向かう槍を全て横から弾き、その返し手で、槍を持った3人の顔を思いっきりぶっ叩いた。(八を狙うなんぞ許さんぞ)

 

割と吹っ飛んでいく槍兵。

 

そして、振り切った槍に足軽が、掴みかかった。思いっきり引っ張られ逆側から今度は私めがけて槍が来る。しかも今度は殴打の方だ。

 

咄嗟に腰の模擬刀を抜き放ち槍を弾く。その間に八が後ろ足で足軽を吹き飛ばした。

 

咄嗟のことで槍は離してしまったが、まだ模擬刀がある。これなら切れないし槍と同じようにぶっ叩くだけでいい。

 

軽く八で駆けながら右へ左へ模擬刀を振る。もちろん今度は遠慮なしに当てているので、敵兵は、顔面を抑えて蹲る。

 

気付けば、立っているものはいなくなっていた。

 

「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・なんとか、なりましたかね」

 

なんとも、キツい戦いだったと思う。

殺したくない一心でぶっ叩いただけに終わったが、ぶっちゃけ死んでもおかしくない程に思い切り振り切った気がする。

 

一人、戦いの感傷に浸っていると、背後から馬が駆けてくる蹄の音が響いてきた。

 

「ご主君、戦はお味方の大勝利です!ご無事でしたか!」

 

はて、先程チラッと見た武将のようだが・・・まぁなんとも、デカい。戦闘力がまるで見えるね。(まぁ、私だって女の子は好きですもん)

 

「む?なんだ貴様は。私の顔に何がついているのか?」

 

「いいえ。まぁ、強いて言えば・・・女性ですか?」

 

すると(色々)デカい女の子武将は少し怒ったのか、目を吊り上げてこちらを睨みつけてくる。

 

(おっと・・・デリカシーがなってませんでしたかね・・・)

 

「どういう意味の質問なのか分からないな。女だから戦場に出ては行けないのか?それとも、女に見えないとでも?」

 

「や、失敬。まぁ強いて言えば、どちらもと・・・」

 

次の瞬間、無礼者!と言う声と共に刀を抜き放つ女の子。

その目には、純粋な怒りが浮かんでいる。

 

斬りにこられてはたまったもんじゃないので、こちらもそばにある木下殿の槍を、八の蹴りにより、気絶している敵兵から抜き取り構える。

一触即発のその時、本陣の椅子に座っていた大将が、口を開いた。

 

「やめなさい、六!そいつはわたしの命を救ったんだから、褒美をあげなきゃ」

 

「・・・それは・・・」

 

女の子からすれば、身に覚えはあるのだろう。

本陣へと言う命令を聞かぬ兵共の中で、唯一声を張り上げ本陣へ向かった馬に乗った兵。

その男が今目の前にいる。

 

 

 

「そこに転がっている敵兵を全員、1人で打ち倒していたわ」

 

「そうですか。御意」

 

(さてと、ようやく一息・・・そして一歩前進といったところかね)

そして、やはり大将も女の子だったか・・・。

絶望的ではあった。なにせ、自分にとっては、これが初陣であったのだから。

それよりも、その事にあまり動揺していない自分がいることが嫌だった。

それは・・・それはまるで・・・創作物を読んでいるかのよう。

 

追ってきた敵将を弓で射った時も、木下殿が亡くなられた時も、そして、今、この瞬間も。

ひとつの物語として、もしかしたら、私は読んでいるだけと、思っているのかもしれない。

(なんて・・・感傷に浸っている場合ではないか)

 

とりあえず、五右衛門(殿と付けると悲しそうな顔をして、やめてくだちゃれ、と言っていた。)との約束は果たさねばならない。

 

「さて、では、士官の話はどなたに取り付けばよろしいですか?」

 

すると、奇抜少女が、こちらに目を向ける。

未だ少し(大いに)怒っている鎧少女の盛大な睨みつけを受けながら、聞いてみた。

 

「士官・・・織田家に仕官したいの?」

 

なんとも不思議そうな顔をしながら聞いてくる。

 

「えぇ、まぁこの戦に参戦したのも、その為でしたので」

 

「ッッ!姫様!こやつは確かに姫様のお命をお救いしましたが、怪しすぎます!」

 

六、と呼ばれた女の子は反対するが、それを無視して、少しの期待を浮かべた奇抜女子は、

 

「じゃあ、貴方には何が出来るの?」

 

と聞いてきた。

 

「さて・・・何が出来るのかと言われましたも。そうですね・・・強いて言えば、軍略、政務、多少の武の心得まぁ、割となんでも」

 

実際、世界の勝ち戦とか、内政とか(悪政の結果の国が滅ぶ過程とかめっちゃ好き)武の心得とは言っても、弓のみだけど、まぁいいよね。

 

多分な驚きに目を見開く六少女と、期待通りという顔をした奇抜少女。

 

「そ、まぁ、詳しくは城で聞くわ!」

 

「そうですか。あ、ちなみにお二人のお名前は?」

 

今度はどっちもビックリしたらしい。

まさか知らないなんて、そんな顔をしている。

 

「私・・・変な事を聞きましたかね?」

 

「・・・私ならまだ分かる・・・しかし!姫様のお名前を忘れるとはこの!」

 

またもや刀を引き抜いた六少女を片手で制しながら、奇抜少女は胸を貼る。

 

「ならば!よく聞きなさい!私こそ、この日ノ本を統一する天下一の美少女!織田信奈よ!あと、こっちは勝家ね」

 

「あ、そうでしたか・・・私は小早川皆光・・・ぇ?」

 

拝啓・・・私の知っている過去と違うんですが・・・もう、なんか、武将まで女の子って・・・全く!過去から既に日本は未来に生きていたんだな・・・(白目)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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藪をつついて蝮

本日はここまで、でございます。


 

戦明け・・・城に帰る一行・・・ではなく。

 

約束の刻限ね、と言い始めた尾張のお姫様こと信奈に付いていき、鬼柴田こと柴田勝家の横を皆光は八で並走する。

 

「あの〜・・・勝家殿、どちらへ?」

 

勿論、なんとなくの予想はつく。一応聞いてみて、さて、蛇が出るか蝮が出ますかね(どっちも同じな件)

 

怪訝そうな顔をする勝家だったが、しかめっ面を皆光に向けながら、勝家は口を開いた。

 

「まったく、無知とは良いものだな。美濃の蝮に逢いに行くんだ」

 

いえ、なんなら既知です。と言えたらどれほど良いか・・・。と皆光は一人思う。

主従の関係となった五右衛門はともかく、皆光は信奈にも、勝家にも、そしてその他信奈の家臣達には、自分が未来から来たと言うことは伏せるつもりである。

(ふむ・・・五右衛門にだけは、相談しておきますか。と言うより、それを聞いてなお・・・)

 

皆光はそこで思考を切る。

 

(余計な事な考えまい。少なくとも、私の覚悟が決まるまでは・・・)

 

皆光は遠い目をしながら、勝家の説明を聞くのであった。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

「あの蝮、今は斎藤道三なんて名乗っているけど、元は京からやってきた油売りの商人だったらしいな」

 

勝家は些か不服そうに唇をとがらせる。

 

「商人だからと侮った故に、以前の国主は寝首を掻かれたのでしょう。私ならば、そうします。斎藤道三と言えば、今でこそ老いていますが野心高く狡猾で戦上手、故に蝮と聞きかじっておりますが」

 

すると勝家は驚いたように皆光を見つめ、感心したような表情へと変える。

 

(コロコロと・・・素直な方ですね・・・)

 

思わず皆光の頬が緩むが、勝家からすれば、急に皆光がこちらへと、微笑んだように見えた。

 

勝家はそれを少しばかり、呆けた表情で見つめると、直ぐにキリッと顔を切り替える。

 

「ま、まぁ、概ねその通りだ。姫さまの父上、信秀さまは道三と敵対して、何度も戦っていたしな。そんな男と会見しようなんて・・・」

 

心配なのだろう勝家の表情が、曇る。

 

(つまり、ここから、信長であり信奈様の覇道は始まるのですね)

 

未だ・・・皆光の腹は決まらず。

 

「心配でしょうが、悪手ではありません。それに、尾張は一枚岩では無いでしょう?ならば、対今川としては良い手でしょう。」

 

「しかし!」

 

勝家は思わず声を荒らげるが、それを皆光は手で制す。

 

「勝家殿の心中は察します。いざと言う時は必ず、姫様をお守りします。とりあえずは様子を伺いましょう。話はそれからです」

 

「・・・」

 

勝家は皆光から満足のゆく答えを得られなかったのか、難しそうな顔をしながら黙り込んでしまった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

正徳寺

 

美濃と尾張の国境に位置する、両国の軍勢が立ち入ることの出来ない非武装地帯である。

 

皆光は気を引き締める。それに対して、信奈はどこ吹く風、飄々と馬から飛び下り、華麗に門前に着地する。

 

「・・・姫さま、道三どのはすでに本堂へと到着されているとの由」

 

小姓らしき小柄な少女が、信奈に拝礼しながら報告した。

その横で皆光は、嫌な予感と、五右衛門といいこの子といい・・・小さい子に縁があるなと、どうでもいいことを考えていた。

 

「皆光、貴方は本堂に上がって来てはダメよ。未だに貴方の扱いにはちょっと困ってるの。まだ身分の決まってない者を本堂にあげる訳にはいかないわ。犬千代と一緒に庭で侍ってなさい」

 

信奈はそう、皆光に言い含めると、犬千代と呼ばれた少女が、こくり、と無言で頷いた。

 

(ま・・・まさかこの方が前田の・・・)

 

どう見ても幼女に近い少女である犬千代を見て、皆光は頬を引き攣らせる。

 

「犬千代。蝮が妙なことをしようとしたら、即座に斬るのよ!」

 

「・・・・・・御意」

 

「いざと言う時は皆光、貴方も道三を斬りなさい」

 

皆光と犬千代にそう言った信奈は、犬千代に脱いだわらじを手渡し、本堂へと向かっていった。

 

その中、皆光は信奈の言葉を胸の内に、無意識に繰り返していた。

 

(斬りなさい・・・。簡単に言ってくれます。)

 

皆光の手が、震えているのに気づいたものはいなかった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

本堂

 

庭には、犬千代と皆光・・・ともう一人、きりりとした利発そうなおでこの広い美少女が一人。

 

その少女へ皆光は、目線だけで挨拶をした。

 

しかし、少女は皆光を一瞥しただけで、すぐにそっぽを向いてしまった。

 

本堂には道三であろう、貫禄のある老人が座っている。

 

そして、道三が、遅いとこぼし、退屈そうに大あくびをしたその時。

 

「美濃の蝮!待たせたわね!」

 

道三は茶を吹いた。皆光は目を見開いた。犬千代は無表情。おでこ少女ですら、驚きの表情を隠せていない。

 

(なんともまぁ・・・)

 

美しい

 

ただそれだけであった。

 

道三は動転しすぎたのか、どもりながらも、美少女を連呼していた。

 

信奈は道三の正面へと腰を下ろす。

 

「わたしが織田上総介信奈よ。幼名は吉だけど、あんたに吉と呼ばれたくないわね。美濃の蝮!」

 

「あ、う、うむ。ワシが斎藤道三じゃ・・・」

 

道三は未だ呆けて・・・なく、ただデレデレであった。

 

挙動不審な道三に対して、信奈はどこか誇らしげに

 

「デアルカ」

 

と綺麗でありながらもハッキリと、答えた。

 

ひとしきり慌てた道三をしばし楽しんだ後、信奈の表情が引き締まる。

 

「蝮!今のあたしには、あんたの力が必要なの。わたしに妹をくれるわね?」

 

さて、始まった。信奈の覇道の第一歩。

 

(ふふふ・・・ははは・・・ダメです。震えては・・・)

 

信奈と道三の話し合いの最中、皆光は、我慢しきれない震えをなんとか我慢しようと、唇を噛み締める。

しかしその顔は、笑っていた。

誰も気付かず・・・、否、一人だけ、皆光を見つめるものがいたが、皆光はそれに気付かない。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

話は拗れに拗れた。

 

やれ、うつけだの、天下だの世界だの。

要約すると、道三は何故美濃が必要なのか、しかし、信奈の答えは、全て何故ではなく、美濃どころか、天下を見た答え。

噛み合うはずもない。

 

そして・・・

 

「では、開戦か」

 

「望むところだわ」

 

拗れた結果。開戦。

 

未だ今川が健在な今、斉藤家と開戦したら尾張の未来は、織田家の未来は・・・。

 

(滅亡・・・全く、困ったものです。蝮殿も、姫様も)

 

そして、堪えきれず、皆光が口を挟んだ。

 

「斎藤道三。なるほど、この戦国の世の老獪な傑物・・・はて、聞きかじった人物像とは異なりますな?美濃の蝮ではなく、逃げの蝮に変えられては?」

 

まさか、皆光がそのような事を口走るとは思ってもいなかったのか。

信奈は固まる。

道三は目を細めるが、その表情から何かを読み取ることは出来ない。

 

「皆光!黙りなさい!」

 

信奈が一括するも、道三はそれを制し、

 

「座興じゃ、言わせてみようぞ」

 

とこちらへ向き直った。

 

「坊主、何が言いたい・・・ワシの考えが年若き坊主に分かるとでも?」

 

(斎藤道三・・・向き合って分かります。これは・・・)

 

老獪な傑物?違う。老獪な化け物だ。

皆光へと視線を向ける道三を見つめ、皆光は冷や汗をたらす。

 

「さて、分かる・・・と言うべきでしょうか?美濃の蝮」

 

「ふむ、しかしデタラメを抜かせば、小僧であろうが我が小姓・十兵衛がそなたを斬り捨てる」

 

「ちょっと!蝮!皆光も黙ってなさいよ!蝮に今すぐ詫びなさい!」

 

流石の信奈も慌てたのか、二人を止めようとする。

皆光は立ち上がり、道三へと近づく。そして、腰の模造刀を抜き放ち、道三へと渡す。

 

思わず腰を上げたおでこ少女は、何があろうと直ぐに動ける様に、腰の刀に手を添える。

 

道三は、刀を数秒、見つめた後、皆光へと視線を戻す。

 

「信奈殿がうつけとは・・・斎藤道三、あなたの目は曇りましたかな?斎藤道三、本当は分かっているのでは?」

 

「小僧・・・言ったであろう・・・」

 

道三は刀を上へと上げる。

 

信奈はそれを止めようとするが、皆光はそれを手で制した。

 

「おや?もう斬られますかな?分かっているのでしょう。斎藤道三、貴方はこの後、家臣に対して、我が子達は尾張の大うつけの門前に馬をつなぐことになろう・・・と零すのでしょう?」

 

「皆光!?あんた・・・あんたなんて事を!」

 

信奈にとっては、一応命の恩人である。しかし、最早皆光は、助からないであろう。

そう予見した信奈は、それでも止めようと動く。

 

しかし。

 

「なんと・・・?」

 

今度は道三の表情が凍りついた。

 

「こ、小僧!貴様、我が心を読んだか!?いかなる術を使った!?」

 

「術?そんなものではございません。強いて言えば、そう。私とて、道三殿の立場であれば、そう言うでしょう。なにせ、姫様はうつけではございません。言わばそう・・・【天性の才】・・・分かっておいででは?貴方の息子たちでは、そう、うつけと呼ばれる姫様の器量に及ばないと。ですから、美濃へ帰れば、結果がどうであったにせよ、姫様が本物の大うつけでないと知った貴方はしたためるつもりでしょう?美濃譲り状を。迷いに迷うでしょうが・・・」

 

「ふ、ふん!じゃが、美濃の蝮として、信奈どのと潔く一戦交えたいと願うのも我が本心!」

 

「えぇ、しかし、本当に姫様と戦をしたいと?今は今川にいたずらに攻められ、疲弊した尾張ならば、のみこめましょうぞ。そして、掲げるが良いでしょう?敵将を討ち取ったと、織田信奈の首を。さすれば己が野望もさぞ誇れましょうぞ」

 

「ぐぅ・・・」

 

「本当に戦がしたければ、己が夢を姫様に重ねるのはやめた方がよいですよ。

姫様とは、槍を交えたいと思うのも確かにありましょう。

その反面、己が夢を・・・【天下統一】と言う斎藤道三の夢を・・・継げるのは姫様だけでしょう。

姫様にはそれだけの器が・・・大器がある。

道三殿・・・良い、老い方をされたいか?」

 

道三は、ゆっくり・・・ゆっくり、皆光の首に、模造刀を下ろし、そして、

 

「くっ・・・くくく・・・。信奈どの。織田家に侍なしとは、たばかられたのう。この者の地位は知らぬが・・・わしが知る中で、これ程きもの据わった者は居らぬ。まさか老いたとは言え、ワシが勝てぬ相手とは・・・」

 

完全に、下ろした模造刀は皆光の首・・・ではなく、道三の足元へと下ろされた。

 

終始皆光を止めようとしていた信奈は、呆けた表情をしながら

 

「え?蝮?」

 

「全く・・・末恐ろしい小僧じゃ・・・くくく・・・。小僧!貴様のおかげで、この蝮、最後の最後に素直になる事ができたわ!ワシの夢を信奈どのに・・・いや、我が義娘に受け継いでもらうことにするわい」

 

今度こそ、信奈は完全に目が点になった。

 

「して、小僧。刃引きされた刀で、ワシに何を斬らせるつもりじゃった?」

 

(バレてましたか。)

 

ここに来て、ようやく皆光の冷や汗は、引いていった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

会談は終わった。

 

その場で斎藤道三は、譲り状をしたたため、セクハラに走り、信奈にボコボコにされた。

 

皆光は、犬千代に言葉でボコボコにされた。

 

後に皆光は、語る。少し、良かったらしい。

本人の名誉のために、何が良かったのか・・・と言うのは伏せさせて頂きたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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清洲


初めて感想が来たということに感動してしまい、十一話を書き終えたので、四話目、少し早いですが、投稿させていただきます。


 

尾張の本城 清洲城

 

戦から始まり、正徳寺での会見を終え、ようやく信奈達一行は清洲城へと戻った。

 

信奈は本丸へ戻る前に、

 

「皆光、あなたには、褒美をあげなきゃね。そうね、私の命を救ったこと、それと正徳寺での会見のこと、このふたつを合わせて、貴方を正式に侍大将に任命するわ!それに伴って、貴方に私兵を百、与えるわ。好きに編成しなさい。それと、有事の際には軍師として、その知恵、貸しなさい」

 

信奈は、皆光にそう言い、本丸へと戻って行った。

 

「おっと・・・まさかそれだけですか?」

 

一体宿無しでどうしろと言うのだろう。衣食住が無ければ、兵と役職貰っても意味無いのですが・・・と皆光は一人うちひしがれる。

 

しかし、信奈の小姓、犬千代が皆光の裾を引っ張り、三の丸へと引っ張っていく。

 

 

「こっち、きて。姫さまがあなたに、住み家を与えろ、とおっしゃった。」

 

「そうですか・・・良かった・・・。あと私の名前は小早川皆光です。歳は17歳です。えっと前田殿「犬千代」・・・では犬千代殿と「犬千代で・・・いい」・・・そうですか」

 

「前田利家。あだ名は犬千代。十二歳。生まれは尾張。代々織田家に仕えている侍の家、前田家の当主」

 

自己紹介を終え、ぺこりと犬千代がお辞儀をする。

皆光も、微笑みながらお辞儀を返した。

 

そして、犬千代の強い推しにより、皆光は犬千代と呼ぶ事にした。

犬千代は後ろを着いて歩く皆光を見る。

 

「皆光は、どこかの家の跡取り?」

 

「いいえ、・・・まぁ、ただの放浪人ですよ。」

 

「でも皆光は、綺麗な服を着ている」

 

今現在、皆光が着ているのは、現代の丈夫な布で作られた物である。

それに、艶やかで、金があしらわれた服装、見ようによっては、貴族にでも見えるだろう。

 

「まぁ、確かに、祖母の手作りではありますが、派手ですかね?」

 

犬千代は、タハハと笑った皆光を怪訝そうに一瞥すると、

 

「両親は?」

 

とたずねた。

 

「・・・会えない場所に・・・」

 

「そう・・・」

 

(まぁ・・・実際会えないでしょうが・・・)

皆光の頭で、父の言葉が思い浮かぶ。

 

(皆光、神隠しにあった時は、死ね。そうすれば戻ってこれるぞ)

(あの、父上?それだと土に還りませんか?)

(む?)

(え?)

(大丈夫だ。死んでも生き返る)

(生き返ると言うより生まれ変わったりしません?それって)

(ん?)

(え?)

(話が噛み合わない・・・)

 

皆光が一人思い出に浸っていると、犬千代が立ち止まる。

 

「・・・到着した」

 

犬千代が指さす先には、雑然とした長屋が、広がっていた。

 

「ほぅ・・・これは中々・・・」

 

元々代々受け継がれてきたおんぼろ屋敷に住んでいた皆光だが、長屋を見た途端、顔を引き攣らせる。

 

「ここは、うこぎ長屋。下級武士が暮らしている」

 

「犬千代もですか?」

 

「そう」

 

「勝家殿も?」

 

「勝家は家老だから、立派な屋敷を構えている」

 

まぁ、最初から屋敷なんて・・・無理でしたよね。と皆光はこぼす。

黙ってついてきてくれた八を、玄関先にとりあえず繋ぎ、皆光は長屋に入る。

 

「この建物が皆光の住まい。隣同士」

 

「えぇ、よろしくお願いしますね。犬千代」

 

「うん」

 

(なんと言うか・・・薄汚いですね・・・)

 

入って一番最初の皆光の感想がそれだった。

布団一式、玄関と調理場は一体、机がひとつ。

しかし、身一つで投げ出された皆光には、それが幾千の財宝に等しい。

ある一つの問題を除けば・・・。

 

「犬千代・・・食べ物がありませんが、私は未だ一文無しですよ?」

 

後ろにいた玄関にいた犬千代が、そのまま室内を通って襖を開いた。

 

「・・・庭にある」

 

犬千代について、庭に出てみると、犬千代は、傍にあったザルで、生け垣の葉っぱを集めて始めた。

皆光もなんとなく集めるのを手伝う。

 

無言・・・。

 

ペリ・・・ペリ・・・ペリ・・・。

 

無言に耐えきれなくなった皆光は、先程の褒美について、犬千代に聞いてみた。

 

「犬千代は、先程の姫様からの褒美、どう思います?」

 

ペリ・・・ペリ・・・

 

「姫さまから貰った褒美なら、喜ぶべき・・・」

 

犬千代は、生け垣を毟りながらも、返答する。

 

「それはそうですが・・・そもそも、いきなりそれだけの役職と、さらに私兵まで与えるなんて、他の臣下たちも黙ってはいないでしょう?」

 

「それだけ、姫さまは皆光に期待してる・・・」

 

「期待だけで、こんな破格な条件、ありますかね?」

 

「姫さまの考えてる事は、姫さまにしか分からない」

 

「そうですか。では、後日、真意を問うてみましょう。私も、いきなりの褒美の説明くらいは欲しいものです」

 

こうして、あらかた毟り終えた生け垣(うこぎの葉と言うらしい)を毟り終えた二人は、室内に戻り、犬千代の作った吸い物を食べる。

(ふむ、意外と美味しい・・・)

しかし、相変わらず二人とも無言であった。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

食べ終えると直ぐに、犬千代に連れ出され、二人は、浅野の爺さまと呼ばれるうこぎ長屋の主の元へと赴いていた。

 

「おうおう、信奈さま。すっかり大きくなられたのぉー」

 

「違う。犬千代」

 

そこには、いかにも好々爺といった老人がいた。

 

「それだと姫様縮んでません?のぅっ!・・・」

 

いらない茶々を入れた制裁か、犬千代の肘打ちが皆光のみぞおちに突き刺さる。

 

「おうおう、そちらの男の子はどなたかな?犬千代の旦那さまかのぉ?」

 

「いえ・・・ゴホッ。私は小早川皆光。本日より姫様の下で侍大将となりました。以後お見知り置きを・・・」

 

全く引かない痛みから、むせ返りながら答える皆光。

 

「おうおう。犬千代の旦那さまなのじゃな〜」

 

「・・・・・・そう」

 

「いえ、何頷いているのですか?それに、まだ小さいのですからぅっ!?」

 

本日二度目の肘打ち。今度はもっと深く刺さったようで、思わず地面に手を付き転がり回りたいのを必死で耐える。

 

「・・・・・・犬千代はもうおっきい・・・」

 

ちらっと犬千代を見るが、何を勘違いしたのか、今度は背中にかかと落としがきまる。

 

「胸なんて・・・ただの飾り・・・」

 

「ちょっ・・・ま・・・違います・・・違いますってば!」

 

今度は拳を振り上げた犬千代を見て、顔を青ざめさせた皆光は思わず、犬千代の腕を掴む。

 

「はぁ・・・はぁ・・・犬千代・・・貴方は十二分に美しいです。私は犬千代はもう大きいと思いますよ?」

 

「・・・・・・ポッ・・・」

 

褒められ慣れてないのか、犬千代は急停止し、顔を少し赤く染める。

そして、ようやく暴走が収まったのか、皆光も犬千代の腕を離した。

 

「ふぉっふぉっ。威勢の良い若者じゃの。ねねがもう少し年をとっておれば、嫁にやりたい所じゃがのぉー」

 

浅野の爺は、笑いながら爆弾を落として行った。

 

「いえ・・・私はまだ結婚する気は・・・」

 

皆光がそう答えた所で、犬千代が悲しそうな顔をしながら、

 

「そう・・・皆光・・・犬千代とは、遊びだった?」

 

「えぇい!犬千代、これ以上場を混乱させないでくださいよ!」

 

「冗談・・・」

 

皆光は、胃のあたりを抑えながら、士官する場所を間違えたのか自問自答する羽目になった。

 

「ふぉっふぉっ、仲の良いことは良い事じゃ。ねねや、立ち聞きしとらんで入っておいで」

 

「おおっ、バレてた?さすがは爺さまですな!」

 

襖が勢いよく開き、ねねと呼ばれた幼女が駆け込んできた。

 

今日は本当・・・小さい女の子に縁がありますね・・・と皆光はまた、胃を抑える。

 

「犬千代・・・小さい?」

 

「大きいです!」

 

(顔に出てましたか?もう肘打ちは懲り懲りです・・・)

 

皆光は少し、気を付けることにした。

 

「ねねにござる!皆光どの!どうぞよろしゅう!」

 

「どうも、ねね殿、小早川皆光です。よろしくお願いしますね」

 

そこから、四人で和気あいあいと、元気なねねに、付き合う形で、おしゃべりを楽しんだ。

 

しかし、屋敷の門の外側から、怒鳴り声がする。

 

皆光と犬千代は目を細め、ねねは首を傾げる。

 

浅野の爺は待機してもらい、皆光、犬千代、ねねの三人で表に出る。

 

門の外では、十数人の馬に乗った若侍が浅野家を取り囲んでいた。

 

「何者ですか?」

 

「我らは、織田勘十郎信勝さまの親衛隊よ!」

 

「ふむ、所で、姫様の弟君である信勝様の親衛隊が何用でここへ?用がなければ帰っていただきたい」

 

いかにも、御しきれていない手下。そして、それを尻目にふんぞり返るバカ殿と言った感じだ。

 

「無礼者め・・・。若殿!礼儀知らずの若造、どうしましょう」

 

白い馬から降り、信奈とよく似た少年が皆光を鼻で笑いながら、皆光に近付いてくる。

 

「あのうつけの姉様が戦場(いくさば)で、浪人を拾ってきたと聞いてね。しかも、早速褒美まで貰ったらしいじゃないか。姉様が珍しく褒美をくれてやった浪人、直接この目で、拝んでみたくなったのさ」

 

「どうも。では用は終わりましたね?」

 

皆光のぞんざいな態度を、今一度、鼻で笑いながら、

「お前、無礼じゃないか?僕は尾張の大名・織田家の長男だぞ。」

 

「私は小早川皆光。つい先程、侍大将となったばかりの若輩ですよ」

 

しかし、名乗っても皆光に帰ってくるのは周囲の嘲笑と、信奈への悪口であった。

 

ここでも、うつけ、うつけ、うつけ。

嘲り、口では何とでも言える。

 

「そこまでです。聞くに耐えない戯言などを垂れ流す暇があるのであれば、武士として修行をやり直してきては如何ですか?」

 

周りの若侍は皆光の物言いに、腹を立てたのか、刀を抜こうとするが、信勝は、声を上げて笑い、自らの父の葬儀で、信奈が父親の仏前に抹香をいきなり投げつけた話をする。

 

それを聞いて、大笑いする取り巻き。

 

「全く・・・」

 

史実で知っているとはいえ、正徳寺で見た信奈は輝いていた。

それを間近でみた、皆光は、信奈がうつけ呼ばわりされるのを快く思わなかった。

 

犬千代に裾を引かれ、ねねが腰に抱きついている。

 

「姉上のあのうつけ姿を見てぼくはさすがに後悔したのさ。いくら父上の遺言だったとはいえ、あんな姉上に国を任せておけば、尾張は滅びる。このぼくが家督を継ぐべきだったとね」

 

「ふむ、では信勝様には、この尾張をどう導くおつもりで?どのような野望をお持ちですか?」

 

すると、信勝の顔色が変わる。

 

「う・・・うむ、ういろうを宣伝して「ダメですね」っ!尾張中から可愛い子を「却下」・・・くっ!この尾張をまとめた暁には、東の今川義元を討ち、北は斎藤道三を討ち「無理ですね」」

 

「で、できるとも・・・ぼ、ぼくにはできる!尾張一の猛将・柴田勝家がついているんだからな!」

 

「さて・・・今川、斉藤、両家とも大大名、相手するには、分が悪いですよ?」

 

「できる!できるんだ!」

 

「今川と戦うのであれば、駿河、三河の両国を相手取らなければなりません。兵力は数万に上るでしょう。斎藤を相手にするのも同じ事。言ってはなんですが・・・あなた如きに稲葉山城を攻め落とせるとは思いませんが?」

 

「とにかく、僕の姉上はうつけなんだ!尾張中の民が笑いものにしてる!織田家の恥さ!だから母上も幼い頃から姉上を嫌って、相手にもしなかった!」

 

(母から・・・民から?)

 

皆光の顔が張りつめる。

それをようやく、僕の言いたいことが分かったかとでも言いたげに得意げに信奈の悪口を言い並べる信勝。

 

思わず体が動く。

皆光は流れるように抜刀、そのままの勢いで信勝へ振り下ろす。

 

「皆光!ダメ!」

 

模造刀故に・・・・・・斬れはしない。が、皆光は犬千代の声で止まった。

 

自分の置かれている状況がようやく分かったのか、信勝は、その場で腰を抜かし、勝家を呼んだ。

 

「ひ・・・ひぃ!勝家!勝家えええ!」

 

「お前はそのような真似、しないと思っていたんだがな」

 

人混みを割って、勝家がやってくるが、その手には既に刀が握られている。

 

震えているねねと、止めたとはいえ、犬千代の顔色も悪い。

二人に、皆光は「下がっておいてください」と声を掛ける。

 

「どきなさいな、勝家殿。そこのうつけには少々躾が必要でしょうに。」

 

皆光は、自分でも不思議なほどに怒っていた。

それこそ、飄々とした笑顔が消え、敬称ではなく、蔑称を使う程度には。

 

「退けるわけがないだろう?わが主君を斬ろうとしたんだ。見逃せない」

 

「おや、ならば、主君を間違えてますよ?それに、押し掛けて来たのは、この者たちです。それをまとめるのも、家老の役目でしょう?」

 

「う・・・うるさい!あたしは政治とかそういう難しい事は分からないんだっ!ただ、あたしの主君は信勝様だからな!どこまでも忠義を尽くすしかないだろう?」

 

「忠義の意味を履き違えるな。柴田勝家。このような者たちへ尽くすのが忠義だと?」

 

思わず怒気を強くする皆光と、核心を突かれたのか、たじろぐ勝家。

 

「ああ!そうさ!これがあたしの忠義さ!」

 

そう言いながら、勝家は刀を振り下ろす。

思わず皆光は、手にある模造刀で、受け止めようとするが、なにせ模造刀である。

 

そのまま模造刀は、叩き割られ、皆光は左肩から、右の脇腹まで、浅くであるが、斬られてしまった。

初めて感じる痛みに思わず膝を折り、皆光は斬り口を必死に抑える。

 

周囲からは、取り巻きの笑い声が聞こえる。

 

(痛すぎて・・・掻き毟りたい程熱い・・・)

 

勝家の目に光が無くなる。そして、高々と刀を掲げる。

 

(死ぬ・・・)

 

しかし、いざ死ぬと分かっているのならば、死なぬ様に足掻く。

何せ誰だって死にたくないのだ。

皆光も例外ではない。

 

 

「さらばだ。皆光。」

 

しかし、皆光は、折れた模造刀を勝家に向け、立ち上がり、一歩踏み出す。

そして、勝家は、一瞬動揺したが、皆光へと刀を振り下ろした。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結果としては、斬られなかった。

 

飛び出した皆光は、何かにあたり、立ち止まる。

それは、犬千代の背中だった。

何故か、皆光はそれに、すごく安心した。

 

そして、皆光は、痛みで気を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






本日も、誠にありがとうございました。


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主従


オリジナル・・・だと思います。

12話執筆終わりましたので、五話目、投稿します。

主人公の心情とか・・・難しいですよね

感想をくださった方に感謝を・・・


 

 

 

リーン・・・リリーン・・・。

 

遠くに聞こえる虫の鳴き声。

 

風が生垣を揺らす音。

 

真っ暗闇の中、皆光は敷かれた布団の上で、意識を取り戻した。

身体には丁寧に包帯が巻かれ、傍には水桶と手拭いがある。

目を凝らすと、犬千代が机に突っ伏して寝ているのが分かった。

 

(そうか・・・私は・・・勝家殿に斬られて・・・)

 

何故自分でも、あそこまでの憤りを感じたのか、皆光は分からなかった。

 

(と言うか・・・良くもまぁ助かりましたね・・・)

 

 

 

「犬千代・・・手当てしてくれていたのですね・・・そんな所で寝ていたら寒いでしょうに・・・」

 

皆光は、痛む体を労りながら、自分の上に乗っていた掛け布団を犬千代の背へとかける。

 

「おや、随分と可愛い寝顔ですね」

 

感情の起伏が少なく、今日一日、冗談を混じえながらも、終始無表情であった犬千代の寝顔を見て、皆光は微笑む。

しかし、その直後、犬千代の寝顔を覗き込む自分の姿を想像して恥ずかしくなった皆光は、痛みを耐えながらもしっかりとした足取りで、長屋を出た。

 

軒先には、誰かが上げてくれたのだろう。八の餌が置かれているが、所々、生け垣を齧った跡がある。

 

八は起きており、皆光が姿を現すと、首を上げ、胴体を起こす。

 

「そのままでよいですよ。八、ゆっくり休んでください」

 

八は、皆光の言葉に静かに、短く嘶くと、胴体を下ろし、眠る体制をとった。

 

そんな八を撫でながら、皆光は一人の少女の名前を呼ぶ。

 

「五右衛門。いますか?」

 

すると、周囲には誰もいなかったはずが、まるで最初から居たように、忍び装束を纏った少女が立っていた。

 

「蜂須賀五右衛門、参上つかまつる」

 

一瞬飛び上がった皆光だったが、原因が五右衛門と分かり、苦笑いした。

 

「小早川氏(こばやかわうじ)。寝てなくて良いでござるか?」

 

五右衛門から、労りの言葉が聞こえるが、皆光は、八を撫でながら、「やはり見てましたか・・・」と零した。

 

「未だ多少痛みますが、激しく動かなければ問題ありません。それよりも・・・」

 

皆光は、八を撫でるのを辞め、五右衛門に向き直った。

 

「いつから、私を観察していました?」

 

五右衛門は、目をぱちくりと、瞬かせたが、何故か嬉しそうに口を開いた。

 

「いつから気付いていたでござるか?」

 

困ったように、肩を竦めながら、皆光は答えた。

「貴方が、そうですね。私が勝家に斬られた時でしょうか?あの時は些か感覚が鋭くなってましたので、あの喧騒の中の隠れた殺気で・・・ね」

 

「そうでござったか。いやはや、忍びの殺気に気付かれるとは・・・」

 

五右衛門は感心したように頷くが、皆光の追求は止まらない。

 

「それで・・・いつから?」

 

五右衛門は気まずそうに答える。

 

「ずっとお傍にいたでござるよ。織田家の姫様を助けた時も、正徳寺でにょかいきぇんでも」

 

五右衛門は噛んだことが恥ずかしいのか、口布で口元を隠す。

 

「つまり、あの時からずっと私の傍に居たのですね・・・」

 

「そうでござる」

 

皆光は、心の中で思っていたことがある。それに、柴田勝家に斬られたことでそれがさらに強くなっていく・・・。

 

皆光は、重々しく口を開いた。

 

「・・・・・・ずっと、見ていたなら話は早いです。私は・・・私は貴方の主君たりえますか?」

 

皆光は、ずっと思っていたことを口にする。

 

「私は所詮、口先だけです。知略?ハハ、ただただよく口が回るだけです。武術?ちょっとばかり弓を齧っただけです。政務?生まれ育った環境が良かったからです・・・。どうです?それでもあなたは私に仕えますか?」

 

五右衛門はきょとんと首を傾げたが、その後直ぐに笑みを作りながら、話す。

 

「小早川氏は、何が不安なのか、分からないでござる。口先だけで良いではごじゃらんか。美濃の蝮、さいちょーどうさんをそのくちしゃきりゃけれ、その心をしゅかし、織田家の主君のわりゅぐちに怒り、織田家のごーゆーとなだきゃい、柴田勝家に斬りきゃきゃる。これりゃすべて、小早川氏の成した事でごじゃるぞ」

 

噛み噛みになり、顔を真っ赤に染めながらも必死に言葉を繋げる五右衛門に、少し・・・皆光はたじろいだ。

 

「ですが・・・」

 

「ですが、ではござらん。小早川氏は拙者が主君と認めた相手にごじゃる。」

 

「主君と認めた相手・・・」

 

「言ったでござろう?拙者は宿り木でござる。幹である主君を支えるのは宿り木であるしぇっしゃの役目でごじゃる」

 

五右衛門の覚悟を見て、眩しいものを見るかのように、皆光は目を細めた。

 

「そうですか・・・」

 

顔を伏せる皆光だったが、次に上げた時の表情は、とても柔らかかった。

 

(まさか・・・このような幼子に諭されるとは・・・)

 

見た目に寄らず、しっかりしている。そう、自分よりも。

 

(眩しいな・・・。このような子に、影なんて勿体ない。そう、この子はもっと輝くべきだ・・・)

 

皆光は、正徳寺の会見の時に信奈に感じた輝きを、五右衛門にも感じた。

 

(ならば・・・私も・・・)

 

覚悟を決めるべきだろう。

いつの日か、人を殺めるかもしれない。いや、もし矢に当たった将が死んでいれば、もう殺めている。

 

いつの日か失うかもしれない。

大切なものを。

 

いつの日か・・・。

死ぬかもしれない。

事故か、討死か、暗殺か、はたまた病魔か。

 

(まぁ、父上も言ってましたしね。神隠しにあったならば、一度死ねば戻れるかもしれないと。)

 

ならば、この地に沈むも一興。

 

この先、この世でやっていこうではないか。自信に足りないものはすべて、【求めればいい】

 

皆光は覚悟を決めた。

 

「腹を括ったでござるな?」

 

「おや?何故わかったので?」

 

「小早川氏は、何やら高ぶると体が震える傾向がありゅよーでごじゃるな」

 

「そう言う五右衛門こそ、噛まずに言えるのは、30文字が限界みたいですね?」

 

「う・・・うるさいでござる・・・」

 

「ははは・・・気にしませんよ。むしろ可愛らしいではないですか」

 

「むぅ・・・」

 

ようやく、柔らかい微笑みを見せた皆光を、ほっとしたように、しかし恥ずかしがり、そっぽを向きながら、五右衛門は安心したように笑みを浮かべた。

 

「さて、ではおひとつ五右衛門に聞いていただきたいことがあるのですが・・・」

 

「なんでござるか?」

 

「貴方は、私が未来から来たと言ったら、信じてくれますか?」

 

「・・・・・・・・・何がとは言わないでござるが・・・大丈夫でござるか?」

 

皆光は膝を折り、地面に突っ伏した。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆光は一通り五右衛門に説明した。

 

最初は全く信じた様子も無く、ただ呆れられたり、皆光が頭痛い奴認定されていただけであったが、大方話し終えた皆光の前で、ようやく五右衛門は納得したような仕草を見せた。

 

「通りで・・・」

 

「と、いいますと?」

 

「なに、一度、小早川氏に引っ掛かりを覚えたことがあったでござるが、にゃるほど、なっちょくいったでごじ・・・ござる。」

 

「引っかかり?ですか・・・」

 

「正徳寺にて、斎藤道三を小早川氏が、説き伏せた時、その時でござるよ」

 

「なるほど、まぁ、こちらの世界・・・と言うより時代では、歴史が好きな者にとっては既知でしたからね」

 

「むぅ・・・そういう事でござったか。それを拙者に話してよかったでござるか?」

 

ようやく信じてくれた(それまで目が痛かった)五右衛門を見て、皆光はホッと胸を撫で下ろす。

 

「えぇ、それを加味して、あなたには動いてもらわねばならない時が来るはずです。ですから、私は少なくとも五右衛門には話しておくべきだと思いました」

 

「織田の者達へは言わないでござるか?」

 

皆光は少し悩み、首を横に振った。

 

「私が知る者と同じ性格をしているのであれば、姫様はそも、そのような話は信じまいと、逆に姫様に話していない事をその家臣達に話すべきではないと思いますが」

 

「ふむ、それもそうでござるな」

 

「なので、これはあなたと私だけの秘密です。漏らさないでくださいね?」

 

二人の秘密、と言う言葉に、少しだけ五右衛門は動揺したようだったが、すぐに、「御意」と、返事を返した。

 

「さて、随分と長い間、話し込んでしまいましたね」

 

「拙者は良いでござるが、小早川氏は傷にさわるでござるよ」

 

「おや、心配してくれるのですか?」

 

「・・・・・・・・・」

 

「ありがとうございます。ですが、こうゆっくりもしてられないのですよ」

 

「どういう事にござる?」

 

「恐らく、しばらくすれば、また戦が始まります。その為の備えをと思いましてね。五右衛門に、頼みがあります」

 

「なんでござるか?」

 

「五右衛門、知り合いの忍びとか、います?」

 

「拙者ではご不満でごさるか?」

 

五右衛門が幾らか悲しそうな表情をするが、皆光は首を横に振る。

 

「申し訳ございません。言葉が足りなかったですね。頼みと言うのは他でもない。一人では、成せない事もございましょう。あなたが私を心配してくれたように、私もあなたが心配ですからね。」

 

五右衛門は、皆光の言葉に少し、頬を染めると

 

「何をすれば良いでござるか?」

 

とたずねた。

 

「あなたは川並衆を率いてはいますが、忍びとして動けるのは、あなただけどお見受けします。ずっと、私につききっきりでと言うのも、無茶な話でしょう?自分の露払い位はしたいものですが、また勝家殿と対立して斬られてしまっては、また心配をかけてしまう。主が何度も斬られるのは、流石のあなたでも、ごめんでしょう?」

 

「そうでござるが・・・拙者は・・・」

 

「それに、言ったでしょう?私はあなたが心配なのですよ。それに、未来の事は、秘密にしておきたいのです。ですが、恐らく未来の知識が必要な時が多々来るでしょう。そういった時の情報源として、偽れる部分の必要です。」

 

幾分か納得いっていない様子の五右衛門を、宥めるように皆光は言葉を続ける。

皆光の言葉は、全て建前ではなく本当の事だ。

 

「ですので、どのような事情を持っているものでも構いません。忍びを集めてきて欲しいのです。期限は七日です。しかし、無理はしないでください。最低限で良いです。抜け忍でも、どのような失態を犯した人物でも良い。ただし、主君の寝首を掻いたり、完全に悪の道へ走った者はダメです。そのような者とは、接触もしないように。分かりましたか?」

 

「御意にござる」

 

五右衛門は臣下の礼として、跪きこうべを垂れる。

 

「期限は七日。七日後の夜。必ず生きて戻ってきなさい。散!」

 

一瞬で消えた五右衛門の居た場所を暫く見つめていると、後ろからふと声が掛かる。

 

「皆光・・・誰かいた?」

 

未だ眠そうに目を擦りながら、長屋の入口から顔を覗かす犬千代。

 

「おや、起こしてしまいましたか。失礼、気が高ぶってしまって大声を出してしまいましたね・・・」

 

「そう・・・」

 

「さぁ・・・もう一眠りしましょう。眠らないと、大きくなりませんよ?」

 

「余計な・・・お世話」

 

「イッッッ」

 

思い切り足の指を踏まれた皆光は、情けない声を出しながら、蹲る。

 

 

(必ず・・・帰ってきなさい)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





閲覧、ありがとうございました。


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米騒動 前



ご閲覧ありがとうございます。

注意・オリキャラが出てきます。が今後は増やす予定はありませんので、何卒、お許しください。


 

 

皆光が清洲城のうこぎ長屋に来てから、一週間が過ぎた。

 

皆光は、これ程短かった一週間を過ごしたのは初めてだった。

 

何故か信勝一派には距離を置かれ、元気なねねに連れ回され傷が開き、犬千代の家の間にあった生け垣が消えて傷が開いたり。

弓と矢の手入れをしていると、ねねと犬千代の二人に見たいとせがまれ、弓を射ると同時に傷が開いたり。

浅野の爺に槍の稽古をと、亡き木下藤吉郎の槍を一心不乱に振るい、傷が開いたり・・・。

何故か部屋から犬千代の私物が出てきて驚きで傷が開いたり・・・。

 

そのうち喋り出すのではないだろうかと言うほど、傷が開いた。

 

狩衣をはだけさせた肩からは、未だに真新しい包帯が巻かれている。

 

周囲が常に騒がしいせいか、元の世界が恋しくなる事はなかった。

 

その間、何度か信奈に謁見を求めた皆光だったが、どうやら信奈は忙しいらしく、丸々一週間、皆光は放置されていた・・・が。

 

今日、本丸に呼び出された。

 

多芸な浅野の爺に、修復された、勝家に両断された一張羅であったが、綺麗に修復されている。

 

どこにもおかしい所はないかと、一通り身嗜みを整え、皆光、信奈の部屋へと足を踏み入れた。

 

部屋の中は、未来で生活していた自分の部屋と大して変わらなかった。

 

とは言え、時代の違いはあるが・・・。

 

「・・・・・・連れてきた。小早川皆光」

 

「デアルカ。犬千代、皆光、ちこう寄りなさい」

 

犬千代と皆光は、信奈の近くへと、寄る。

何処と無く不機嫌そうな信奈を見て、皆光は原因が自分にあると予想した。

 

「姫様、お久しぶりでございますね。何度か謁見を申し込んではいましたが、まさか今日まで放置されるとは思いませんでしたよ・・・」

 

と、皆光はおどけて見せるが、どうやら逆効果だったようだ。

 

「うっさいわね・・・誰のせいで・・・ま、いいわ。いえ、よくはないわね」

 

「や、失敬。さすがにふざけ過ぎましたか。大方、私の首を差し出せと信勝様と揉めておられるのでしょう?」

 

信奈の眉が少しだけ吊り上がる。

 

「あら、何故そう思うのかしら?」

 

皆光は首を竦め、

 

「だって、私、あの方斬ろうとしましたもん」

 

となんでもないかのように言い切った。

犬千代にももを思い切り抓られ、身をよじる皆光。

 

「イタタッ!い、犬千代!もげます!もげますってば!」

 

ようやく離した犬千代は、皆光を軽く睨むが、それどころではない皆光は、涙目でももをさする。

 

しかし、犬千代でこれなのだ。信奈の怒りは怒髪天を衝く勢いで膨れ上がった。

 

「ええ!そうよ!全く、あんな愚弟くらいなら、あんたなら軽く無視してくれるか、蝮の時みたく口でなんとか丸め込んでくれると思ったのに!」

 

「いや・・・丸め込むというか・・・」

 

「うっさいわね!手討ちにするわよ!」

 

そう言いながらも、信奈は太刀を抜き放つ。

 

「や、抜いてる!もう刀抜いてます!」

 

「姫さま・・・落ち着く」

 

「ふぅー、ふぅー、ああもう!とにかく!今からあんたに仕事を与えるわ!それが出来なかったら打首よ!」

 

「えぇ・・・」

 

あまりの怒り様に、流石の皆光もおどける余裕なく、姿勢を正した。

 

「して、その仕事とは?」

 

信奈が手を打つと、背後に控えていた小姓が、積み上げられた小判の束を持ってきて、皆光の膝元に置いた。

 

「これは?俸禄・・・にしては多いですが・・・」

 

「はぁ?こんな大金、あんたに出すわけないでしょ?」

 

「・・・デスよね〜」

 

皆光は項垂れる。ここに来てから一度もお金を貰っていないため、いい加減、ウコギ汁にも飽きてきているのだ。

 

「三千貫あるわ。期限は二週間。これで、米を買ってくるのよ」

 

「ふむ、米ですか。所で犬千代、これだけあればここ、清洲の相場だとどれほど買えますか?」

 

「・・・今の清洲の相場だと・・・四千石。これ以上は買えない」

 

「なるほど・・・ただのお使いではない訳ですか・・・それで?いくらお求めで?」

 

皆光と犬千代の会話に、先程は、怒りで真っ赤になっていた信奈であったが、今度は感心したように、そして、皆光の言葉を聞いて楽しそうに、笑みを浮かべた。

 

「ふん。知恵者を自称するだけあるわね。そうよ、その倍・・・八千石は買ってきなさい。出来なければ、打ち首よ」

 

「ふむ。分かりました。八千石でよろしいのですね?」

 

そう言って、犬千代と共に席を立つが、部屋を出る際に、「そうね、一万石でもいいわよ?」と信奈のからかう声がした。

 

「いや・・・犬千代の話、聞いてました?」

 

これには流石の皆光も、突っ込んだ。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

長屋に戻ってきた皆光はすぐに・・・・・寝転んだ。

 

「・・・・・・どうするの?」

 

「考えは既にあります・・・が、こればかりは犬千代と私の二人だけでは時間がかかりますしね。とりあえず、夜を待ちます」

 

犬千代は、訳が分からないといったように、首を傾げる。

 

「・・・なぜ?」

 

「とりあえず、寝ましょうか。ゆっくりと時が過ぎるのを待ちましょう。そうすれば、分かります。」

 

「・・・分かった」

 

未だに不思議そうにしながらも(最近ようやく犬千代の表情が少しわかるようになった) 何故かこの家にある犬千代専用の布団へと犬千代はもそもそと入っていく。

 

(やれやれ、全く・・・おかしな同居人です)

 

世話好きなのか、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれている犬千代に、心の中で礼を言いながら、皆光は目を瞑った。

 

(ん?いつの間に犬千代の布団が?)

 

皆光は、考えるのをやめた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

ふと目を覚ますと、外は真っ暗であった。

 

何故か長屋の明かりは灯っており、皆光は重々しく体を起こすと、犬千代が台所に立っており、見慣れた鍋をグツグツと煮ている。

 

「犬千代・・・おはようございます」

 

「外はもう夜、こんばんは・・・が正しい」

 

犬千代は、さっと、鍋を椀によそうと、皆光と自分の分を用意し、席に着いた。

 

「いつもすいませんね・・・頂きます」

 

いつも、食事をする時はお互い無言で食べるが、珍しく犬千代が口を開いた。

 

「皆光、恨まれるような事・・・した?」

 

「おや、と言いますと?」

 

まるで分からないと言ったふうに皆光は目を瞬かせた。

 

「・・・監視されてる。でも気配が薄くてどこにいるか分からない」

 

ふと、犬千代の足元を見ると、手の届く範囲に愛用の朱槍が置かれていた。

 

「ふむ・・・まずは味方か・・・敵か・・・ですがまず間違いなく味方でしょうね」

 

「・・・なぜ?」

 

(私が起きるまで待っていてくれたのですか。お二人共・・・ね)

 

「今にわかります。待たせましたね・・・・・・五右衛門」

 

すると、襖の先からはっきりと返事が帰ってきた。

 

「・・・蜂須賀五右衛門、ただいま戻ったにござる」

 

皆光は立ち上がり、襖を開け放つと・・・。

 

 

そっと閉めた。

 

皆光の不可解な行動に頭に疑問符を浮かべる犬千代と五右衛門。

 

「や・・・ちょっと疲れているのかと思いましてね・・・」

 

もう一度襖を開くが、現実は無常にも変わらない。

皆光は、時代は変わってくれるんですが・・・とこぼした。

 

そこには、五右衛門の他に、四名の忍びがいた。

五右衛門と似た忍び装束を纏った・・・少女達が。

 

「・・・・・・ご、五右衛門、良く戻りました。任務ご苦労様です」

 

「もったいなきお言葉」

 

そうして跪く五右衛門以下四名。

 

皆光の横へと槍を携えながら移動した犬千代は、目を細めながら、油断なく五右衛門達を睨みつけている。

そんな犬千代を宥めるかのように、頭を撫でながらニッコリと微笑む皆光は、犬千代に声をかける。

 

「安心してください。私の相方の忍びですよ。背後の方達は、初めて会いますが、私が五右衛門に頼んで連れてきてもらった忍び達です」

 

ようやく槍を下ろした犬千代は、一言「・・・驚いた」と言いながらも未だに目元は油断なく五右衛門達を見据えている。

 

「五右衛門、彼女達が?」

 

「左様にござる。小早川氏に言われた通りの者達を集め申した」

 

「ありがとうございます・・・しかし何故?いや、なんでもありません」

 

何故皆、少女なのか聞こうとしたが、途端に鋭い視線を横から感じ、閉口する皆光。

 

「して、背後の方達、お名前を伺っても良いですか?」

 

すると、おもむろに頭を上げ、左から順番に名乗っていく。

 

「伊賀崎 奏順(いがさき そうじゅん)ダ」

 

と、綺麗な金色の髪を肩口まで伸ばした少女が、いたずら好きっぽさ漂うが暗くニヒルな笑みをしながら、名前を名乗る。

 

「望月 治宗(もちずき はるむね)です」

 

と、黒髪を背中の中程まで伸ばした、幸薄そうな少女が名乗る。

真っ直ぐ見つめる黒い瞳には、不安が見て取れる。

どことなく、自分に自信が無いような印象を受ける。

 

「篠山 右衛門(ささやま うえもん)・・・」

 

と、白い髪を後ろで結った、青い瞳をした少女が名乗る。

名乗りながらも、全く表情が読めない・・・と言うより、どこか物悲しそうな雰囲気を醸し出し無表情にこちらを見つめる。

 

「藤林 定保(ふじばやし さだやす)・・・と申します」

 

と、青い髪を左右に結ったどこかしっかりしていそうな少女が名乗る。

まっすぐとこちらを見つめる瞳には、しっかりとした意思を感じる。

 

「蜂須賀五右衛門でござる」

 

「いえ、あなたは知っていますよ?」

 

先の四人に続いて、名乗った五右衛門に突っ込む皆光。

 

「今のは名乗る流れかと思ったでござる」

 

どこか抜けている相方に呆れつつも、五右衛門が無事、戻ってきた事に安堵し、微笑む皆光。

 

「前田利家、あだ名は犬千代。歳は12才。生まれは尾張「はいはい、もう終わりましょう?いつまで経っても、私が挨拶出来ないではないですか」むぅ・・・」

 

流れに乗って名乗り始めた犬千代を止めて、皆光は改めて名乗る。

 

「どうも、初めまして、小早川皆光と申します。よく来てくれました。あなた方四人は私に仕えるということでよいですか?」

 

どうやら、説明は既に五右衛門から聞いているようだ。否と言ったものはいなかった。

 

「ふむ、では、明日から仕事です。皆さんの協力が必要となりますので、今日はもうお休みなさい。五右衛門、まとまったお給金が出せるまでは、この子達を任せても?」

 

「承知したでござる」

 

「では、明日、明朝にここに集まってください」

 

「「「「「御意」」」」」

 

「散!」

 

返事をした途端、全員の姿が掻き消える。

 

皆光は、忍びはすごいですねー・・・と思いながらも、ずっと聞きたかったことを聞けなかった事に、今気づいた。

 

「なぜに全員幼女?」

 

「犬千代は、もうおっきい」

 

「ちょ・・・ちが!あなたではないですグァ!?」

 

皆光の腹部に、犬千代の肘が突き刺さった。

 

 






この次の次のお話、個人的に序盤最高の仕上がりかもしれないと思います。
絶対面白いと思いますので、期待していてください。
ではまた明日(・ω・)ノシ


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米騒動 後 と・・・


いつもご閲覧、ありがとうございます。

オリキャラとなる忍び達には、それぞれエピソードや、生い立ちなどがございますが、当分そのストーリーに触れる事はございません。




 

 

 

 

翌朝、皆光の前には五人の忍び達が侍っていた。

そして、もはや定位置となりつつある皆光の右隣には犬千代がいる。

 

「皆、おはようございます」

 

静かに頭を垂れる五人に、皆光は苦笑する。

 

「では、早速・・・まずはこの三千貫・・・元手を増やすところから始めましょうか」

 

「元手を増やす?でござるか?」

 

五右衛門が疑問に思ったのか、挙手しながら皆光に疑問をぶつける。

 

「はい。そこで、あなた達忍びには、他国・・・周辺国へ散ってもらい、尾張とその周辺国とで、相場を調べて欲しいのです。」

 

「なるほどナ。この国で安い物を他国で高く売れってことダロ?」

 

そうのたまったのは、伊賀崎 奏順、金髪のロリ忍だ。

 

「おや、理解が早くて助かります」

 

他の忍び達も納得したようだ。

 

「今から・・・調べる?」

 

「ええ、それを皆に頼みたいのです。清洲は勿論のこと、近隣ですので尾張、伊勢、美濃、三河・・・この四カ国に絞ります。それぞれ一人ずつ各国へ散ってください。これについては、奏順、治宗、右衛門、定保に任せます。よろしいですか?」

 

「任せロ」

 

「了解しましたです」

 

「ん・・・」

 

「お任せ下さい」

 

「二日もあれば充分だナ、またこの時間に集まるカ」

 

上から奏順、治宗、右衛門、定保が返事をする。

最後に奏順が日時を指定した。

 

「五右衛門には、別に仕事を用意しました。各々終わり次第、戻ってきてください。散!」

 

皆光が指示を出すと、四人の姿が掻き消える。

最近、この「散」と言う言葉を使うのが、ちょっと楽しい皆光であった。

が、すぐに五右衛門に向き直る。

 

「小早川氏。拙者に仕事とは?」

 

皆光は、笑みを消して犬千代に席を外すように頼んだ。

犬千代は訝しみながらも、了承、しばらく戻ってこない事を皆光に伝えると皆光の長屋を出ていった。

 

「さて・・・五右衛門の仕事ですが・・・」

 

ここで皆光は一度言葉を切り、五右衛門はただ事では無い空気に、気を張り詰める。

 

「五右衛門には、姫様の弟君である、織田信勝様の監視を頼みたい」

 

「ほぅ・・・なにか心配事でも?」

 

五右衛門の紅い瞳が怪しく光る。

 

「いいえ、ただ確定事項なのですよ。そう・・・五右衛門にも話していなかったですね。この仕事を引き受けた経緯を」

 

そう言った皆光は、自分が信勝に斬りかかったせいで、信勝が自分の首を欲している・・・がそれを信奈が押さえ込み、さらに、他の者には出来ないような仕事をやらせ、それを達成させることで、信勝の事を帳消しにしようとしている事を、そして失敗すれば、皆光の首が物理的に飛ぶことを五右衛門に説明した。

 

「という訳なんですが、正直言って私はこの仕事は失敗する気はありません。が、恐らく成功したとしても・・・いえ、恐らく道中でも邪魔をしてくるでしょう」

 

「つまりは小早川氏が心配なのは・・・謀反・・・でござるな?」

 

「流石です。と言うより、恐らく確実に挙兵するでしょう。そうなれば、内乱は必須。最悪今川が兵を率いて内乱状態の尾張に攻め込んでくるでしょう。同盟を結んだとは言え、恐らく斉藤家もすぐには対応出来ますまい。何せ、一枚岩ではないのですから・・・」

 

そう言ったものの、皆光は常に絶やさない笑みを未だ保ち続けている。

 

「なるほど・・・そこまで見通していたでござるか・・・流石、木下氏が弟分とみこんにゃおのこで・・・ふふふ・・・」

 

何やら興奮して不敵な笑い声を上げる五右衛門に、皆光は軽く頬を引き攣らせながら

 

「頼めますか?」

 

と問うた。

 

「無論」

 

「とは言え、あなたの郎党、川並衆とは私は面識がありません。売り買いや荷運びの陣頭指揮は、あなたに頼みたいので、途中で交代を入れます。ですので、二日後のこの時間に戻ってきてください」

 

「承知したでござる・・・ふふふ・・・」

 

余程忍びらしい仕事が嬉しかったのか、ずっと笑みを浮かべたままの五右衛門を少し怖く思いながら送り出す。

 

「後は結果のみ・・・」

 

そう言った皆光の口も・・・笑っていた。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

二日後、戻ってきた四人衆からの報告を手早く纏めると、五右衛門と右衛門を交代させ、右衛門を末森城へ、五右衛門を川並衆の陣頭指揮にあて、詳しく説明をした上で、五右衛門含む四人衆に先導させ、川並衆を送り出した。

 

その間皆光は、信奈から正式に私兵百を貰い、(編成は騎兵百)二週間みっちり彼らと傷が祟って中々相手をしてやれなかった八に跨り、訓練を行った。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

〜二週間後〜明朝〜

 

 

「これは・・・またすごい量でございますね・・・」

 

皆光は素直に絶句した。

隣にいる犬千代も絶句していた。

 

部屋にあるお金、合わせて五万貫である・・・と五右衛門が教えてくれた。

 

「増やしすぎましたかね・・・」

 

「・・・見ればわかる・・・やりすぎ・・・」

 

「ふふふ・・・これも小早川氏の策略の賜物でござる」

 

「すげーナー。あんた、商人の才能あるゾ」

 

「まさか・・・これ程とは・・・です」

 

「私達も走り回ったかいがありましたわ」

 

皆、思い思いの感想を述べていくが、今日が約束の日、刻限が迫っている。

皆光は手早く指示を出す。

 

「では、この四万貫で、尾張中から米を集めてきてください!米を買い終われば、そのまま清洲城へ、私は用意がありますので、少し外します。残りのお金は、今後あなた達へ支払われる給金になりますので残しておいてください。あと、三千貫だけ貰いますね?」

 

そう言って、慌ただしく動き始めた皆の背を、皆光は見つめながら、三千貫を包み、背中に下げる。

 

「さてと、やりますか・・・犬千代、あなたは私についてきていただきたい」

 

「分かった・・・」

 

各々慌ただしく長屋を飛び出して行く中、皆光も、この最近で急に逞しくなった八の元へと急ぐ。

 

「乗ってください!犬千代!」

 

犬千代を八の背に乗せ、最近すっかり大将と慕ってくれる兵達の元へと急ぐ皆光。

 

そして、練兵場として、使っている平野に着くと、既に思い思いの修練をしている騎兵達が、皆光に気づき、集まって来る。

 

「お〜いみなぁ〜!大将が来たみゃあ〜!」

 

「大将!今日はどんな訓練をするだなも?」

 

「相変わらず立派な馬だにやぁ〜・・・」

 

そう言って集まってきた兵達に、皆光は挨拶を返し、

「すみませんが、少し頼みを聞いていただきたいのです」

 

そう言った皆光は、犬千代と兵士達に説明を済ませ、その場を去っていった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

清洲城に向かう道すがら、皆光の髪を散らせながら、苦無が降ってきた。

ストっと言う快音と共に、地面に刺さる苦無。

皆光の額から冷や汗がこぼれ落ちる。

 

皆光は、周囲の人気を確認し、苦無を拾い上げ横道に逸れた。

 

人気が無くなったことで、皆光は手首を使い、振り向きながら苦無を後ろに投げる。

 

それを危なげなく受け取ったのは、右衛門。末森城で信勝の動向を監視させていた忍びである。

 

「主(あるじ)・・・末森城にて・・・挙兵の兆しあり・・・」

 

率直に結果を告げる右衛門に、皆光は慌てる事もなくいつもの飄々とした笑みを浮かべたまま

「そうですか」

と答えた。

 

「それと・・・信勝の・・・若侍が・・・主の計画・・・邪魔しようとしている・・・」

 

それを聞いた皆光は、更に笑みを深める。

 

「挙兵と、妨害・・・読んでいないとでも思ったか・・・信勝」

 

「どうする・・・?」

 

「妨害は既に、犬千代に策を授けてあります。挙兵も勿論・・・右衛門、五右衛門にこの事を、その後は彼女の指示に従うように、他の者達への言付けを頼みます」

 

「・・・御意」

 

そう言って右衛門は消えた。

 

歩みを再開する。

 

「王手・・・」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

清洲城へ登城した皆光、真っ直ぐに信奈の待つ本丸へと足を運んだ。

 

部屋に着くと、いつもの格好で金平糖を転がしている信奈が居た。

部屋に入り、信奈の目の前に腰を下ろす皆光。

 

「姫様、しばらくですね」

 

信奈は金平糖を置くと、面白くなさそうに皆光を見つめた。

 

「えぇ、久しぶりね。それで?あんだけ自信満々に言っときながら失敗したわけ?」

 

「んなわけないでしょう?」

 

そう言って、信奈の目の前に、包みを置きそれを解く。

「しめて三千貫。全て返納に参りましたよ」

 

流石の信奈もこれには目を剥いた。

 

「はぁ?!あんた!三千貫返してきてどうすんのよ!米は?って三千貫がある時点で・・・」

 

「おや、米ならば今私の乱波が買い集めていますよ」

 

「あんた・・・頭大丈夫?」

 

「おやおや・・・手厳しい」

 

おかしなものを見る目で、信奈は皆光を見つめる。

しかし当の本人はどこ吹く風とやら・・・である。

 

「米が来なかったら打ち首よ?あんた分かってるの?」

 

「ええ、知ってますよ、あ、すいません・・・茶をひとつ頂いても?」

 

信奈の事をそっちのけで女中に茶を頼む皆光に、信奈の額に青筋が立つ。

 

「あんた、最近なんか遠慮が無くなってないかしら?誰が主君か教えてあげましょうか?ん?」

 

そう言いながらも幽鬼の様にゆらりと立ち上がり、白鞘の刀を抜き始める信奈にすら、皆光は余裕を崩さず笑みを絶やさない。

 

「主君なら目の前にいるではないですか。ええそうですとも」

 

「こんのっッッッッ!」

 

刀を抜いたり刺したりとガチャガチャさせている信奈を見て、皆光はやれやれ、と肩をすくめる。

 

「さてと、揶揄うのもこれまで・・・あの〜・・・真顔で刀を首に当てないで欲しいのですが・・・」

 

チャキ・・・ブォン!

 

首元に当てた刀を、遠慮なく振り切った真顔の信奈の刀を、寝そべる様に避ける皆光。

 

「・・・今殺す気できましたよね?」

 

信奈はニッコリ笑った。皆光も笑った。神だって仏だって、笑っただろう。

 

「あんた、うざい」

 

またもや、刀を構え始める信奈に、皆光は、さすがにまずいと思った皆光は、出来うる限り後ろに下がりつつ口を開いた。

 

「はぁ・・・姫様。ひとつ、お聞きします」

 

「はぁ?何よ。くだらないこと言ったら斬るからね」

 

相変わらず斬る気満々な信奈に、未だ若干後退りながら話す。

 

「姫様は、弟君をどう思われてます?」

 

それを聞いて、ようやく刀を収め、刀を肩にかけながら座り込んだ信奈は、渋面をしながら、無言で鞘に収めた刀を見つめる。

 

「勝手ながら、動向を探る為に末森城に乱波を放っておりました」

 

信奈は興味無さそうに振る舞いながら、聞き耳を立てる。

 

「それで?」

 

「・・・織田信勝、末森城にて挙兵の準備をしております。それと、私が今行っている米集めも、妨害する為に隊を派遣するとの由」

 

信奈の渋面が消えた。

 

「そう・・・ならこっちも迎え撃つ準備をしなきゃね」

 

そう言って立ち上がろうとする信奈の表情は、冷たい。

 

(これが第六天魔王としての姫様・・・か・)

 

「あんたも準備しなさい。末森城を攻めるわ」

 

そう言って、部屋を後にしようとする信奈だったが、刀を振り回され、入口に追いやられた皆光がどかない限りは、出られない。

しかし、皆光は席を立とうとはしなかった。

 

「どきなさい」

 

「姫様・・・私に「退きなさいって言ってるのが分からないの!」・・・」

 

「命令よ。皆光、退きなさい」

 

皆光を無表情で見つめる信奈だったが、全く動く気配がないのを見ると、収めた刀を再度抜き放つ。

 

「最後よ。退きなさい」

 

「ふふふ・・・」

 

「そう、残念だわ」

 

そう言って刀を振り上げる信奈をずっと笑顔を貫いていた皆光は、怖気付く事無く、口を開いた。

 

「信勝殿を斬られるか?姫様」

 

未だに無表情のまま信奈は

 

「ふん、口を開いたと思えばそんな事?急に命が惜しくなったのかしら?」

 

「いえいえ、斬りたければ、斬ればよろしいですよ」

 

「それもそうね」

 

「そうやって、全て斬って行かれるおつもりか?」

 

無表情だった信奈の顔に、一瞬の揺らぎが生じる。

その揺らぎに気付いた皆光は、ようやく立ち上がった。

 

「姫様、私に策がございます。何も国力をすり潰し合わなくとも良いでしょう。末森城・・・無血開城させて御覧に入れましょう」

 

「そんなこと「出来ますよ?それに、ほら、米が届きました」え?」

 

皆光は、信奈へ窓の外を見るように促す。

 

先程までの視線で人を殺せそうな雰囲気はどこへ行ったのか、信奈は窓の外へ釘付けにっている。

 

そこには、膨大な数の米俵が次々と城内に運び込まれている。

長い長蛇の列は終わる事なく、浅野の爺とねねが運び込んでいる川並衆とそれを手伝う侍衆を笛と太鼓で鼓舞していた。

 

そして犬千代が、本丸へと上がってきた。

 

「ものすごい数だわ!一体いくつ・・・でもあんた!金は私に返したじゃない!」

 

「・・・十万俵」

 

「ふむ、しめて、四万石と言った所でしょうか」

 

「なっ!?じゅ・・・四万石って・・・」

 

「おや、金なんぞ増やせば問題ありますまい?」

 

信奈は、引き攣った笑いを浮かべながら「種子島を買ってもお釣りが来るわ・・・」とぼやいていた。

 

「それで?我が知恵、如何様に?」

 

信奈は、隠しきれない満面の笑みを浮かべながら、

「皆光・・・あんたに末森城攻めを命じるわ。兵は・・・」

 

「言ったでしょう?無血開城と、私の私兵だけで充分です。それに、あまり大っぴらに動き過ぎると、今川に気取られますよ?ですので、必ずや、成し遂げてみせましょう」

 

「デアルカ・・・」

 

喜んでいた信奈の袖を、犬千代が引いた。

 

「・・・姫さま・・・犬千代を、斬る」

 

「えっ?ちょっと、何を言い出すの」

 

「言ったでしょう?姫様、信勝様は我らの仕事に兵を出したと」

 

「っ!?まさか!」

 

「そう・・・犬千代はさっき、信勝さまの小姓を斬った。法度を破った」

 

「そんな事・・・」

 

苦しそうに顔を歪める信奈に、皆光は助け船を出す。

 

「犬千代、少しの間出奔してきなさい」

 

「・・・出奔・・・」

 

「忍び達から、信勝に挙兵の動きありと報告がございました。今夜、私が末森城攻めを行います。その間だけは、隠れていなさい」

 

「・・・でも・・・」

 

「私の成した策が不完全だったせいです。ならば自らの失態を拭うだけ、それに、私は犬千代が斬られるのを黙って見ていられません。姫様だって、犬千代を斬りたくはないでしょう?」

 

「嫌よ!絶対に犬千代を斬ったりなんかしない!」

 

信奈は、首を横に振りながら斬る事を拒絶する。

 

「犬千代が斬られても、謀反は必ずや起こります。ですので、お願いです」

 

「・・・・・・分かった・・・」

 

そう言って信奈に擦り寄る犬千代は、

 

「姫さま・・・お別れ・・・」

 

と告げて本丸から飛び出そうとする。

 

「犬千代!」

 

「・・・皆光・・・姫さまを頼んだ・・・」

 

「えぇ、勿論。帰ってきたら、今回の礼をしなければですね」

 

「ん・・・約束・・・」

 

「ええ・・・約束です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





次話、作者が自信満々に書き上げたと言った話でございます。

最終調整を行い、明日、投稿予定となっております。

本日もご閲覧ありがとうございました。


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擒賊擒王

加筆、修正を何度も加え、本日投稿させていただきます。

何度か見返しているうちに、本当に面白いのだろうか?
と激しく疑問に思いました。

加筆修正のため、文がおかしい部分が出てきているかも知れません。


末森城城主、織田信勝に挙兵の兆しあり、大将・小早川皆光筆頭に百の手勢で清洲城を出立。

 

この報は、すぐに末森城へと届いた。

 

信勝にとっては寝耳に水であった。

 

確かに皆光の仕事を邪魔してやろうと、親衛隊を送り込み、そこで衝突すれば皆光を突き出せと要求するつもりだった。

それを断ればまた謀反を起こす口実が出来ると信勝は思っていたものの、挙兵の準備など命じていなかったのだが、野心高き取り巻き達は、信勝を通さず挙兵の準備をしていたのだった。

 

本当の意味で、主君を思う家臣は信勝の元に勝家以外に居ないのである。

 

そして、末森城へと兵を差し向けた事を聞き、信勝以上に驚いたのは、勝家だった。

 

信奈と信勝の不仲と、皆光の本当の忠義と言う言葉にずっと悩まされていた勝家は、皆光出立の報を聞いてすぐさま、末森城に登城していた。

 

そこには、既に主君、信勝を筆頭に勝家以外の家老達も集まっていた。

 

「こんな事!許されるはずが無い!向こうが先に兵を向けて来たのですぞ!」

 

と、自分達の挙兵準備そっちのけでいきり立っている家臣達。

 

「しかし一体どこで露見したと言うのだ・・・」

 

「この中に裏切り者がいるとでも?」

 

「そのような問答をしている場合ではないだろう!既にうつけ姫がこちらへ兵を向けているならば、こちらも急ぎ挙兵するべきだ!」

 

「信勝様!ご決断を!」

 

「おぉ、勝家殿」

 

話し声の聞こえる謁見の間に勝家が入ると皆が諸手を挙げて歓迎した。

 

しかしながら、勝家の胸中は暗い。

漏れ聞こえていた話の流れが、既に徹底抗戦へと向かっているのを思うと、それも無理のない話だろう。

 

勝家は、空いた席へと腰を下ろす。

 

しかし、勝家が来た所で、話の流れが変わるわけでもなく、皆は主君である信勝をそっちのけで話を進めていく・・・・・・

 

「しかし、まっことうつけ姫よ。兵を向けたと思うたら手勢がたったの百とは・・・」

 

「この末森城には、既に五百の兵がおる」

 

「今からでも動員をかければ兵力は明日にでも千に上るだろうなぁ」

 

好き勝手に、言を並べる取り巻き達を後目に、とうとう、信勝が口を開いた。

 

「ねぇ、勝家、兵を率いて皆光を迎え撃ってくれるかい?そしてそのまま連れてきて欲しいんだ。出来るだろう?」

 

勝家は、一人なるほど・・・と呟いた。

確かに、なぜ信奈が信勝に兵を向けたのか、皆光を捕らえて問い正せば少なくとも理由は分かると思ったからだ。

 

「行ってくれるかい?勝家」

 

信勝の再度の問いに、勝家は胸を張って、

「は!この柴田勝家にお任せくだされ!」

と勇んでその場の席を立った。

 

柴田勝家、兵三百を率い、末森城を出立。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

一方その頃、自らが兵を率いて清洲城を出立していた皆光は、八に乗って末森城へと向かっていた。

 

信奈には、私兵だけで充分と言ったものの、保険の為、与えられた私兵とはまた別に、川並衆に協力を頼んでいた。

 

皆光は、末森城攻めに対して策を二つ用意していた。

その二つ目の、最も最悪な場合でのみ使う為の策の準備を川並衆に頼んだのである。

 

辺り一面闇に飲まれた道を、松明に火を付け、馬に乗った黒塗りの武者集団が駆け抜ける。

そして、一つ目の策のため、忍び達は既に末森城へと向かっているはずである。

 

ここまでは、順調・・・そう思っていた皆光だったが、末森城側から、無数の灯りが近づいてくる。

 

「気取られましたか・・・」

 

皆光は、自分の背に冷や汗が伝うのを感じた。

ここで戦になれば非常にまずい・・・

皆光は己が策の破綻が近い事に唇を噛む。

 

「しかも・・・よりにもよって勝家殿とは・・・」

 

勝家が口先だけでなんとかなる相手ではないのは、既に身をもって皆光は経験済みである。

だからと言って、両軍まともに衝突すれば、敗北は必須。

尾張一の猛将に、明らかにこちらよりも多い兵数。

皆光は、末森城に策をかける前に、窮地に立たされた。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

お互いに示し合わせる事なく、軍を止める。

 

そして、将として勝家と皆光は向かい合う軍の真ん中へと、互いに馬を進めた。

 

「こんばんは、勝家殿。こうしてお会いするのは、貴方に斬られた時以来ですね」

 

「あぁ、久しいな。それにあれは皆光が悪い。言っただろう?あたしは信勝さまの家老なんだ」

 

お互いに、まるで嵐の前の静けさの如く静かに語り合う。

ふと、皆光はずっと疑問に思っていた事を口にした。

 

「そう言えば、私はあなたに斬られた筈ですが、何故生かしておいたのですか?」

 

すると勝家は、困ったような表情をしながら、

 

「あぁ、あたしは斬ろうとしたんだが、犬千代とそばに居た少女が邪魔をしてきてな。とくに少女なんか、泣きながらな。それに、皆光に言われた言葉もある」

 

とまるで思い出したくない物を思い出すかのように、重々しげに語った。

 

「そうでしたか・・・全く、犬千代とねねには感謝しなければなりませんね」

 

皆光は嬉しそうに微笑みながら、出奔した同僚と、長屋にいるであろう少女に礼をしなければと呟いた。

 

「さて、お話は終わりにして、お仕事の話をしましょうか・・・。何故勝家殿はここへ?」

 

ふと、浮かべていた笑みを消して、皆光は問うた。

 

「・・・皆光・・・信勝さまの元へ一緒に来てくれないか?」

 

「おや?それはどうして?」

 

「信勝さまから、頼まれたんだよ」

 

「なるほど・・・」

 

皆光からすれば、願ってもない事だった。しかし、ただはいそうですかと無傷で付いて行ったとしても、背後の兵達にあらぬ誤解を受け、それがそのまま信奈に伝わってしまうのが気がかりだった。

 

何せ、下手をうてば尾張は割れるのだ。

 

そしてその結果が、史実である稲生の戦い。

信長である信奈と、その弟である信勝の戦である。

 

「・・・さて、手勢は劣勢。確かにこのままぶつかり合っても、敗北は必須・・・」

 

皆光は、どうしたものかと考え、ひらめいた。

 

「では勝家殿」

 

「なんだ?」

 

「一騎打ちをしましょうか」

 

勝家は困惑したように首を傾げた。

 

「だが、あの時皆光はあたしに負けたろう?」

 

「えぇ、負けました。ですので、今度は長槍勝負と行きましょう。どうせ、このまま争っても、ただの姉弟喧嘩に巻き込まれ悪戯に兵が死ぬばかり。ならばここは一つ、大将同士の一騎打ちをと思ったのですが・・・」

 

そう言いつつ、愛用の木下藤吉郎の細槍を振るう皆光に、苦笑しながら、勝家も剛槍を振るう。

 

「分かった。なに、殺さないように加減はするさ」

 

「えぇ、本当、頼みますよ?」

 

そう言って、一度兵達に振り返った皆光は、

 

「あなた達は、一騎打ちの結果を見届け、もし私が負けたら、小早川軍敗北の報を姫様に伝えてください。

そして、それに対する救援は無用、約束は守るとだけ伝えてください」

 

と言い放った。

 

小早川軍の兵達は、苦虫を噛み潰したように頷くと、各々が皆光に応援の言葉をかける。

 

そうして、背後に声援を受け止めながら、皆光は勝家に向き直った。

 

「や、失敬。では始めましょうか」

 

勝家も黙って見ていたが、皆光が構えたのを合図に、自身も構える。

 

「安心しろ、連れて行っても悪いようにはしないさ。どこからでも打ち込んで来い!」

 

「おや、私は生きて戻ってこれるとは思っておりませんよ?さてと・・・では、参ります!」

 

皆光は、八の腹を蹴ると、勢いよく勝家に突っ込んで行く。

 

最近ようやく長槍の扱いに慣れたとは言え、相手は、柴田勝家。

槍を使わせれば天下無敵の剛勇と名高き武将である。

 

皆光は、槍を真っ直ぐと突き出すが、勝家はそれを横から払い落とす。

たったそれだけで皆光は腕に痺れを覚え、体制を崩しそうになる。

 

(なんという・・・馬鹿力!)

 

そして、次はこっちの番だと、勝家の剛槍が風を切り裂きながら横薙ぎに振られ、皆光へ向かう。

 

皆光はそれを槍を斜めに持つことでいなそうとするが、いなす前に八の上から吹き飛ばされる。

 

「ガバッ・・・カッッ」

 

そのまま背中から落馬した皆光は、衝撃で呼吸がままならないまま、槍を杖にして立ち上がる。

 

先程の一撃で沈まなかったのに驚いたのか、勝家は目を丸くし、感心したように皆光を見る。

 

そして、地に足をつけ、呼吸を整えた皆光は、もう一度勝家に斬りかかった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

皆光が清洲城を出立した後、信奈は落ち着かない様子で、自身の刀を見つめていた。

 

信奈は、皆光と言う少年の事を考えていた。

 

最初に会った時、自分以上に煌びやかな姿で、見事な黒鹿毛の馬に乗り颯爽と現れ自身の危機を救った。

 

美濃の蝮、斎藤道三との会見では、皆光の推察とその思考(未来知識)に助けられた。

 

そして、清洲へ着いた時、信奈の弟、信勝に斬りかかると言う愚行を犯したが、自らの主君である信奈を貶した末の行動だった。

 

その後は、それを帳消しにする程の米を限られた資金で調達しあまつさえ、その資金を信奈に返納すると言う忠義。

 

そして、今夜。笑顔で無血開城と言うあまりにも無理難題を自らに課し、出立して行った。

 

傍から見れば、武将としても、家臣としてもこれ以上無い程の鏡であると言える。

 

「おかしな奴ね・・・」

 

確かに、個人の武勇では、織田家中でも下から数えた方が早い。

しかし、それ以上に智勇がある。

 

 

今回も、きっとその知恵で自らに朗報を持って帰ってくるだろう。

そう、信じて疑わない自分に、信奈は苦笑した。

 

「あいつなら、私の言う未来、信じてくれるかしらね」

 

不思議と信奈の心中は穏やかだった。

 

最近は少し、調子づいてきたのか、多少無礼が目立つようになっていたが、信奈は、皆光とのその距離感が心地よく感じる。

 

 

 

そんな中、清洲城へと早馬が駆け込んできた。

 

「あいつ、やるじゃない」

 

皆光の事を信じて疑わなかった信奈の耳に入ってきたのは、皆光の敗北。小早川軍の敗走の報だった。

 

信奈は、思わず刀を落とした。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

尾張国 末森城

 

そこには、主である信勝、主だった家臣達、そしてたった今帰参した勝家がいた。

 

勝家の隣には、頭から血を流し、満身創痍となり縄に繋がれている皆光がいた。

 

何度も勝家の槍を受け止め、時には打ち返し、吹き飛ばされる。

勝家との武勇の差が数倍もあるのを知っていてなお、何度も立ち上がった皆光だったが、最後に槍を弾き飛ばされ、そのまま石突(いしづき)でとどめの一撃をもらい、城に連れてこられるまでは、意識すらなかったのである。

 

「信勝さま、小早川皆光を捕らえてきました!」

 

そんな皆光を見て、少しやりすぎたかなと思った勝家だったが、まぁ息をしているし大丈夫だろう、と思い込みそのまま引きずって連れてきたのだ。

 

「ご苦労さま、勝家。さて・・・本当に生きているのかい?」

 

皆光のあまりのズタボロさに、流石の信勝も生きているのか確認する程だった。

 

「ハァ・・・ハァ・・・生きて、おりますよ?信勝・・・様」

 

辛うじて返事をする皆光に、横にいる勝家は、流石にやり過ぎたかと少し反省した。

信勝が席を立ち、皆光の前に立つ。

 

「そうかい?なら改めて名乗ろうか。僕は織田勘十郎信勝、この末森城の城主さ」

 

「えぇ・・・存じて、おります。私は小早川、皆光。あなたの姉である信奈様に・・・お仕えしている侍大将ですよ・・・ハァ・・・」

 

「よろしくね、皆光くん。ところで、姉上はなぜ、僕に兵を向けたんだい?」

 

「信勝様に・・・謀反の疑いあり、挙兵準備を進めている・・・と私から進言させて、いただきましたのでね・・・」

 

信勝は、驚いたように皆光を見ると

 

「しかしだよ、皆光くん。僕は謀反の話も、挙兵の事も君にはしていない。とくに挙兵の話は、僕だって知らなかったんだよ。なのに何故君は、ここより離れた清洲城から、それがわかったんだい?」

 

皆光は、未だに体に走る痛みに悶えながらも、不敵な笑みを浮かべる。

 

「それは、思いのほか・・・信勝様が愚君だったもので・・・」

 

ふふふ・・・と笑う皆光を、信勝は苦々しげに睨みつけながら、首を横に振る。

 

「勝家、どうやら皆光くんは素直に話す気がないらしい」

 

そう言って、信勝は目で勝家に訴えかける。

 

勝家は嫌々ながらも、皆光に拳を打ち付け、皆光が血を吐く。

 

「グッ・・・」

 

信勝はいやらしい笑みを浮かべながら、再度皆光に質問する。

 

「やぁ、これで少しは口も開きたくなっただろう?首桶になる前に、答えが聞きたいだけなんだ」

 

皆光は、項垂れたまま、応えようとしない。

 

勝家は、信勝から目配せをされる度に、何度も皆光に拳を振るった。

大体四半刻(しはんとき 時間にして三十分)程だろうか。

それこそ、目配せされた勝家が、拳を振り上げ、その拳を降ろしてしまうほどだ。

 

「信勝さま・・・これ以上はもう・・・」

 

「ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・ゴホッ・・・」

 

「全く、うつけの姉上のどこにそんな忠義を感じるのやら、僕には全く理解出来ないね」

 

信勝は、やれやれと言った感じで席に戻る。

 

ここまで無言を貫いてきた皆光が、ここに来てやっと、口を開いた。

 

「それ・・・は、そうで・・・しょう?ハァ・・・ハァ・・・」

 

一度、呼吸を戻そうと深呼吸した皆光は、痛みに顔を顰めながら、再度口を開く。

 

「ハァ、ハァ、あなたには、真に忠義を示す家臣がいない・・・せいぜい、野心高き老害か、織田の名を持つあなたへのおべっか使いでしょうから・・・勝家殿は、お優しいだけですよ?」

 

皆光のその言葉に、信勝の家臣達はいきり立ち、その首を落としてしまえと大声を上げて怒鳴り散らす。

 

「信勝様・・・本当のうつけはあなたです。織田の名に固執し、自分におべっかを使う扱いやすい者達を、臣に置き、先の事を考えていない、周囲にいいように流されるただの・・・小僧です」

 

「・・・・・・君は、今自分の置かれている状況が分かっているのかい?」

 

「えぇ・・・もちろん・・・いい加減に、認めたらどうですか?うつけだと思っていた姉よりも、うつけだと蔑まれている姉よりも、自分が・・・劣っていると」

 

皆光は、ずっと地に向けていた顔を、信勝に向ける。

その顔には、いつもの優しい微笑みが浮かんでいた。

 

「最後です・・・。あなたはたとえ、謀反を起こし挙兵をしたとしても・・・負けるのはあなたです。信奈様を認め、己が敗北を認めてください。信奈様は・・・うつけではない・・・」

 

信勝は、首を横に何度も振り

 

「うるさい・・・うるさい・・・うるさい!姉上はうつけなんだ!みんなそう言って笑っているのさ!それなのに・・・それなのに・・・みんな姉上が悪いんだ!」

 

そう、絶叫に近い声で叫んだ信勝は、

 

「勝家!この無礼者を斬れ!」

 

と言った。

 

そして、勝家が震える手で刀に手をかける。

 

(皆光は・・・皆光はただ姫さま思いなだけなんだ。姉弟の不仲を正そうとしてただけなんだ。きっと、出兵にも理由がある。その理由を聞かずに斬るのは・・・)

 

「信勝さま・・・考え直しては、頂けませんか?」

 

「この無礼者は、君の主君である僕を姉上以上のうつけ者と罵ったんだ。だったらそれを手打ちにするのが当たり前だろう?」

 

なんでもないようにそうのたまった信勝に、勝家は、泣きそうな表情をしながら、刀を抜き放つ。

両手で構え、刀を頭上に掲げる。しかし、その間、手は震え続けており、カチャカチャと耳障りな音が響く。

 

「勝家殿よ。あなたに一つだけ問いましょう・・・」

 

今まさに首を斬られようとしているのにも関わらず、皆光は笑みを絶やさずに勝家を見る。

 

「尾張は信勝殿の手に余る。周囲は強国に囲まれ、恐らく美濃の同盟も、信勝様では破棄されてしまうでしょう。信勝様は、人の上に立つ血はありましょうが、人の上に立つ器でなし・・・」

 

そこで一旦、言葉を切ると皆光の笑みは消えた。

 

「この戦国の世に、姫様以上の大器無し!そこのうつけの弟か!周囲に理解されぬ大器のうつけ姫か!あなたは、どちらを主君と仰ぐ!」

 

周囲は、そう叫んだ皆光に対して、何を今更と冷ややかな目線を浴びせる。

しかし、皆光を斬るはずの勝家の動きは止まったままであった。

 

「勝家殿・・・あなたに忠義を履き違えるな・・・と申したことがありますね・・・。忠義とは、その者を愛し、正し、支え、守るものです。ただし、どちらか片方を選ばなければならない訳ではありませんよ?双方を愛し、そして、間違えを正し、その心を支え、笑顔を守る。これも・・・立派な忠義なのですから・・・」

 

そう言った皆光は、もう言うことはないと口を閉じ、目を閉じる。

 

しかし、刀を頭上に掲げた勝家は、その刀を振り下ろす事無く、その切っ先を地に向ける。

その瞳からは、一筋の涙が零れた。

勝家は、何故こんなボロボロな姿になってまで、ここまで皆光が眩しいのか、と思った。

 

一騎打ちの時、何度も自分に吹き飛ばされながらも、痛々しくも笑みを浮かべ、何度も皆光は、立ち上がってきた。

皆光は、終始、信勝にに厳しい事を言い放っていた。

しかし今となって考えると、皆光は同じ事しか言っていない。

 

何度も同じ事を言うことで、気づいて欲しかったのではないだろうか・・・。そして、必死に姉弟間の不仲をなんとかしようとしているのでないだろうかと

 

(このような姿になってまで・・・信勝さまの事も・・・姫さまの事も・・・)

 

そう思うと、勝家は皆光を斬れなくなっていた。

そして、自身の手にある刀を放り、皆光のそばでこうべを垂れる。

 

「信勝さま!申し訳ありません!あたしは・・・あたしは・・・この者を斬ることが出来ません!なんとか・・・なんとかこの者をご助命お願い致します!」

 

皆光は、隣で信勝に、必死に自身の助命嘆願をする勝家に、目を丸くした。

 

「勝家殿・・・」

 

周囲は、なんと・・・愚かな・・・とこぼすが、皆光はそう零したものを睨み付ける。

 

「お願い致します!」

 

流石の信勝もこれには驚き、「何を言っているんだ!勝家!」と怒鳴った。

 

しかし、既に刀は投げ捨てられ、必死に下げる頭を上げようとしない勝家に、流石に困った様子の信勝を見て、皆光は閉じていた口を開く。

 

「信勝さま。これでも尚・・・謀反をお考えですか?恐らく、これが最後となりましょう。もし、それでも謀反をすると言うのであれば、もう何も言いますまい」

 

皆光のこの言葉に、しばらく黙っていた信勝であったが

 

「認めない・・・僕は認めないよ。姉上がうつけなのは変わらないさ。僕が尾張を背負うんだ」

 

と答えた。

 

(信勝様も、信勝様なりに信念を持っていらっしゃると・・・もう・・・終わりにしましょうか)

 

「分かりました。後は行動で・・・示しましょう」

 

一番最初に気付いたのは、勝家だった。

この室内に似つかわしく無い殺気が、皆光の言葉で一瞬にして広がっていく。

そして、皆光の横にいたからこそ、信勝の背後に現れた忍びの1人に気づけたのだ。

しかし、気づけたとしても・・・もう遅かった。

 

「全員、首を飛ばしたくなければ・・・動かないでください」

 

五右衛門が信勝の背後で、忍刀を首に押し当てる。

 

他の家臣達の背後にもそれぞれ、奏順、治宗、右衛門が、忍刀を構えながら立っている。

 

そして、皆光の背後に現れた定保が、皆光の縄を外す。

 

信勝は、背後の殺気をまともに受け、青い顔をして震えている。

その他の家臣達は、動こうにも動けない様子だ。

勝家は、信勝が人質として取られているので動けない。

そして、勝家が皆光の顔を見ると、その表情はいつもの笑顔ではなく、ゾッとする様な冷たい顔をしていた。

 

「忍び達よ。もし抵抗する様なら、たとえ信勝様であっても・・・【殺しなさい】」

 

驚く程に冷ややかな声で、そう命令した皆光は、傍に転がっていた勝家の刀を拾い、勝家の背に向ける。

 

少しの隙でもあれば信勝さまだけでも・・・と隙を探っていた勝家もこれには流石に動けなくなってしまった。

 

「動かないでください。勝家殿。私はあなたを斬りたくはありません」

 

「皆光・・・お前は・・・」

 

「後悔していますか?私を斬らなかった事を・・・」

 

しかし、勝家はまるで刀を向けられていないかのように皆光に向き直った。

思わず刀を強く握る皆光。

 

「お前は・・・姫様を悲しませないだろう?」

 

勝家はそう言った。

 

そして、その言葉に少しばかり呆けた皆光だったが、先程までの冷たい表情を消し、また、いつもの笑顔に戻った。

 

「全く・・・全員、縛り上げなさい。姫様の元へ連れていきます」

 

五右衛門達により一瞬で縛り上げられていく信勝と、その家臣達を後目に、皆光は勝家に刀を返す。

勝家は、それを受け取り、数秒見つめた。

 

「いいのか?」

 

「それは、勝家殿の刀でしょう?」

 

「そうだが・・・」

 

「今度はあたしがお前を人質にするかもしれないぞ?」

 

「おや?それは困りましたね・・・私は誰も殺すつもりはないので、そうなると解放するしかないのですが・・・」

 

皆光は、そう言っておどけてみせると、全員を縛り終えた忍び達が背後に控える。

 

「小早川氏、終わったでござるよ」

 

と五右衛門が報告した。

勝家は、やれやれと肩を竦め

 

「いや、無理そうだ」

 

と言った勝家の表情は、清々しく澄んでいた。

 

「さて、清洲城に帰りましょうか。道中、護衛頼みますよ?勝家殿」

 

「あぁ・・・任せろ」

 

 

 

 

 

こうして、稲生の戦いが起こることは無く、末森城は、たった六人の手によって、人知れず陥落したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




本日もご閲覧、ありがとうございました。
評価、コメント、お待ちしております。

有給期間が終わりますので、次話からは、投稿ペースを三日から一週間に一度とさせていただきます。


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束の間


更新遅れましたこと、申し訳ございません。
少しばかり忙しく過ごしておりました。

さて、九話投稿です。
次話の十話ではオリジナル展開を交えつつも個人的に面白い話となっておりますので、是非御楽しみに。


 

 

 

翌朝の清洲城にて、皆光は、背後に控える柴田勝家、以下縄で縛られた信勝、取り巻き達を連れて、登城していた。

 

なぜ一日の間が空いたのかと言うと、帰りしなに皆光が倒れてしまったせいだ。

極度の緊張状態も解け、また、満身創痍であったが故の、仕方の無いことだった。

ひとまず忍び達(特に五右衛門)による手厚い治療を受けとりあえず動けるまでに回復したのである。

何故か、ビクビクしながら治療をしていた五右衛門を思い出し、皆光は声を上げて笑いたい気分であったが、どこからか飛んでくる殺気に、大笑いから小笑いに変更を余儀なくされた。

 

そして、皆光達は信奈に謁見していた。

が、その当の本人はと言うと、不機嫌そうに上座に鎮座していた。

皆光は、そんな信奈に気にせず事の顛末を全て報告した。

 

周囲には、織田家の重臣が一同ずらりと並んでいる。

ヒソヒソと話をしているが、所詮は信勝の取り巻き達と変わらない・・・と皆光は重臣達へ冷ややかな目線を送っていた。

 

「さて、姫様。此度の謀反は未遂に終わりましたが、この者達への処分は、如何様に?」

 

「デアルカ・・・。で、こいつらの沙汰なんだけど、もう決まってるわ。六は本日よりわたしづきの家老に配置換え、信勝の取り巻き達は追放。そして信勝はこの場で切腹」

 

なんでもないように、そう言いきった信奈。

そんな信奈を、感情のこもっていない表情で見つめる皆光。

 

「切腹っ!?そんな痛そうな死に方はイヤです!無理です姉上っ!!」

 

そう泣き叫びながら、必死に懇願する信勝だったが

 

「そう。拒否するなら、わたし直々に打ち首にするまでよ」

 

その時、僅かに信奈の瞳が揺らいだ。

が、その揺らぎに気付いたのは皆光だけであった。

 

刀を受け取り、信勝の正面へと降りてきた信奈に、流石の勝家も黙っていられなくなったか

 

「姫さま!信勝さまをお諌めできなかったのは家老であるあたしの不始末。この場は、あたしの首でどうかご容赦ください!」

 

と信奈に信勝の助命を願った。

それでも尚、是と言わないどころか、天下人の何たるかを勝家に叱責する。

 

(なるほど・・・これが、信長が第六天魔王織田信長と呼ばれた所以ですか・・・)

 

冷酷無慈悲・・・非道な魔王・・・背筋が震える程の冷えた視線。手に持つ太刀が、まるで大鎌に見える。

 

(この先、全てを斬って尚進む覇王の姿・・・と思うでしょうね・・・。周りの方々にとっては・・・)

 

皆光は静かに目を閉じる。

末森城を無血開城と言った時・・・直ぐに話を逸らしてしまったが、皆光がそう言った時の信奈は、安堵していた。

 

(全く・・・何故自分はここまで姫様に肩入れしてしまうんでしょう)

 

「斬りたければ早く斬ってあげては如何ですか?」

 

皆光から、まるで刺すような言葉が飛ぶ。

 

「分かっているわよ。それとも何?あんたも斬られたいの?」

 

そんな皆光の言葉に、信奈は苛立ちながら返事をする。

隣では、勝家が、皆光を信じられない・・・と言った表情で見つめるが、皆光は知らん振りである。

 

「おや?私の言葉の意味が分からないのですか?」

 

信奈が、皆光に向き直る。

 

「何が言いたいの?」

 

「実の血の繋がった弟を、心の底から斬りたいのか?と伺ったのです」

 

そう言い放たれた皆光の言葉に、一瞬信奈はたじろぐ。

 

「だから言ったでしょう?【斬りたければ】と。姫様が信勝様を斬ろうとしているのは、斬らなければならない・・・であって、斬りたい・・・では無いでしょう?」

 

「だから何?そんなのは言葉遊びと同じじゃない。そんなものでわたしを謀(たばか)るつもり?」

 

皆光は、立ち上がり信勝の前へと躍り出る。

つまり、信奈と正面で向かい合い、その間は僅かに人一人入れるかどうかの間だ。

 

「なんのつもり?それで信勝を守っているつもりかしら?」

 

「守る?はっ、このような愚物、守ったところで守り損となりましょう」

 

そう言って皆光は、信勝へと振り返る。

信勝は、皆光が信奈から守ってくれると思っていた様で、安心しきった表情をしていた。

 

が、次の瞬間、皆光は素早く懐から小刀を抜き放ち、信勝へと振り下ろす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

信勝に小刀が突き刺さる前に、皆光は信奈に斬りつけられていた。

 

咄嗟に飛び退いた皆光だったが、頬から血が一筋、零れ落ちる。

 

信奈は、自分のした事が分かっていないようで、その顔には、困惑を浮かべている。

 

 

「やはり、姉弟はそうしているのが一番ですよ・・・」

 

そう言って、ニッコリと笑った皆光。

その立ち位置は、まるで信奈が、信勝を守るかのようだった。

 

「殺したくないなら素直に言えば良いと思いますよ。何せ、多少のわがままを言ったとしても、うつけ姫がまた訳のわらないことを・・・と言い笑われるだけです。こういう時こそ・・・うつけで良いのです。姫様」

 

信奈は、信勝を見た。信勝もまた、信奈を見る。

 

「それでも斬ると言うならば、もう私に止めるすべはございません。ですが、まぁもうその必要はなさそうですがね」

 

信奈の頬から一筋の涙が零れる。

 

「わたしは・・・」

 

「たとえ、どのようなわがままを言ったとしても、例え他の皆が姫様から離れていこうと、私だけは姫様の元におりますよ」

 

最後に、そう締め括って、勝家の横へと皆光は戻った。

戻った瞬間に、思いっ切り勝家に殴られたが、まぁ、悪いのは皆光なので仕方ないだろう。

 

「・・・分かったわよ!信勝は許すわ!」

 

「・・・・・・・・・姉上・・・」

 

そう言って信奈は信勝のそばで膝を着いた。

 

(ふぅ・・・一件落着ですか)

 

「良くやった!皆光、お前が飛び出して行った時はどうなる事かと思ったが・・・」

 

全く・・・一発殴ってからに・・・と皆光は呆れながら、勝家に肩をバンバンと叩かれていた。

 

そして、信勝は心を入れ替え、名を織田信勝から、津田信澄へと改めた。

とは言え、最後の最後には、信勝の御調子具合が戻り、一人の女性に辛口な言葉を吐かれていたが。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

その夜、皆光はうごき長屋へと向かっていた。

さて、犬千代はいるでしょうか?と一人つぶやくも、いるわけないですかね?と一人落胆していた。

皆光は、まぁそのうち帰ってくるでしょうと思いながら、あ、でも教えないと戻ってこれない?と一人で意味の無い問答を繰り広げる。

 

長屋に戻ると、そこにはねねと信勝改め信澄、そして、湯帷子姿の勝家がいた。

 

ねねは暫し皆光の元へ遊びに来るのだが、身分違いの他二人がいる事に皆光は首を傾げながら、自分の家かどうかを確認する。

 

「安心しなされ!ここはきちんと皆光さまの長屋でございますぞ!」

 

とぐつぐつと鍋で何かを作っているねねから言われ皆光はおっかなびっくりと上がり込む。

 

「皆光、昨日といい今日といいお前には助けられてばかりだな。改めて、礼を言わせてくれ」

 

そう言って勝家は、皆光に頭を下げるが湯帷子姿のせいか、目のやり場に困りながらも皆光は苦笑する。

 

「いえいえ、お気になさらず・・・」

 

「やぁ、皆光くん。今日のお礼に、名古屋名物のういろうをご馳走にきたんだ。感謝したまえ。はっはっは!」

 

「いやいや、あなたはお気になさってください。昨日の今日ですよ?」

 

思わず皆光は信澄に突っ込むが、それを気にすることなく高笑いしている信澄に、思わず殴りたくなってしまった皆光だった。

 

「あまり騒がないでくださいよ?」

 

「安心したまえ!なに、今日は織田家がひとつにまとまったことを記念して祝杯をあげようと思ってね!」

 

「・・・私の言葉・・・理解してます?」

 

あぁ・・・このタイプの人種、1番うざいです・・・と一人皆光は遠い目で外を見つめる。

 

全く気にすること無く、どちらか(恐らく犯人は信澄)の持ち込みのお酒と杯をそれぞれに配り始めるねね。

それぞれに杯が行き渡り、酒が注がれたことを確認して皆で祝杯をあげる。

 

しかし、たった一杯目を飲んだだけで、勝家の目がすわり、信澄に絡み始める。

皆光も試しに飲んでみたが、顔を顰め杯を勝家へと追いやる。

それに気付かず、どんどん杯を進めていく勝家と、どんどん注がされる信澄を見て、皆光はコソッと逃げ出そうとするが、狩衣の襟を捕まれ勝家に引き戻される。

 

「ちょっ、勝家殿!飲みすぎでは!?」

 

「おらぁ、てめーどこ行くんだ?さっさと飲め!」

 

無理やり杯を口に押し込まれ、酒を流し込まれる皆光。

なんとか逃げようともがくが、がっちりと小脇に抱え込まれ、首の骨が嫌な音を立てながら軋む。

 

「ちょっ、まっ・・・首が!・・・アっ・・・」

 

宴会が始まって早々に、目がすわり泥酔しながら皆光の襟首を持ち、ブンブンと振り回している勝家と、半泣きになりながら勝家の杯に酒を注ぎ続ける信澄、楽しそうなねね。そして、当の本人は青い顔をして白目を向いて勝家に振り回されているのであった。

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

夜も更け、周囲が静まり返った頃。

 

皆光は目を覚ました。

というより、気絶状態から復活した。

 

暗闇の中、ねね、勝家、信澄の三人が勝手に布団を引き散らかして眠っているのを確認した皆光は、頭を抑えながら、長屋の外を出る。

 

表へ出れば、誰かが戻してくれたのか、気付けば何食わぬ顔で少なくなった生垣を齧る八がいた。

そして、屋根の上には、奏順と治宗の姿があった。が、他の三忍の姿がない。

 

大方犬千代でも探しに行ったのか、近隣諸国への諜報へと言っているのだろうと、皆光はあたりをつける。

 

「こんな夜更けにどこに行くんダ?」

 

奏順が皆光へと言葉を飛ばす。

 

「目が覚めてしまいましてね。少し散歩をと、それよりもほかの者達は?」

 

「大将ナラ、美濃に向かってったゾ」

 

「他のお二人は、駿河、三河へ向かわれました・・・です」

 

「そうですか。全く、頼む前にやってくれるとは、本当に、良き配下を持ったものですよ」

 

皆光は肩をすくめると、ニヤニヤとこちらを見下ろす奏順が、さらに笑みを深める。

 

「今回は何を企んでいるんダ?」

 

「奏順さん・・・そんな言い方はダメです。私たちのご主君なのです・・・」

 

奏順の皆光に対する口の聞き方を咎める治宗に、皆光は、微笑みながら、良いですよ・・・と言葉をかけた。

 

「企んでいる・・・訳では無いですが。まぁ近いうちに戦が起こるでしょうと言う予測は立てておりますよ。何事も備えあれば憂いなし、ですからね」

 

「クックック・・・。全ク。とんだ狸な飼い主だナ。その笑顔に何を隠しているのヤラ」

 

「もう・・・奏順さん、知らないです」

 

怪しく笑う奏順とその横で私、怒ってますと、頬を膨らます治宗。

 

そんな二人を、微笑ましそうに見つめる皆光。そんな皆光の背後から、

 

「だれと話してるの?」

 

と聞き慣れた声が聞こえる。

皆光は飛び上がり、後ろを振り向くと、そこには、信奈が立っていた。

皆光は苦笑しながら信奈へたずねる。

「おや、こんばんは。こんな夜更けに何故こちらへ?」

 

「あんたを呼びに来たのよ。で?誰と話してたの?」

 

「配下の忍び達ですよ」

 

そう言いながら、屋根の上を見ると既にそこに二人の姿はない。

周囲に気配もないのを感じると、恐らく遠目からの護衛に変えたのだろう。

 

「ふ〜ん。ま、いいわ。ちょっと来なさい」

 

そう言われた皆光は、信奈の後ろを着いていく。

 

お互いに言葉をかわさず、本丸へと入り、最近になって来る頻度が大幅に上がった信奈の部屋へと足を踏み入れる。

 

皆光は、いつも自分の座る定位置の下座へと腰を下ろし、じっと待つ。

 

月明かりに照らされ、縁側に腰掛け、憂い気な表情で何かをつぶやく信奈を、見つめる皆光は暫し見惚れていた。

 

人間、二十年

 

下天の内をくらぶれば

 

夢幻のごとくなり

 

ひとたび生を得て

 

滅せぬ者のあるべきか

 

そう呟き続ける信奈をただひたすらに見つ続ける皆光。

 

そんな中、見惚れていたとは言え、少女をただひたすらに凝視し続ける・・・という状況に、少しばかり頬を染めた皆光が信奈から視線を外す。

 

すると、まるでそれが合図であったかのように、信奈が口を開いた。

 

「ねぇ、あんたには、これがなにか分かる?」

 

信奈が大事そうに地球儀を指さす。

 

「ふむ。地球儀ですね。この世界が球体であると共に、その球体のどこに、なんという国が存在するのかを示したものですが」

 

「さすがね。」

 

「その地球儀がどうかされたので?」

 

「この地球儀は私の宝物なの。子供の頃、父上が津島の港から連れてきた南蛮の宣教師にもらったの」

 

そう言いながら、思い出を語る信奈の言葉を、静かに聞き続ける皆光。

 

もう死んじゃったけどね、と寂しげな表情で信奈が地球儀を転がす。

 

「どういうわけか、私が好きになって頼りにした人って、みんなすぐ死んじゃうのよ。父上もそうだったわ。蝮も今、美濃で豪族たちから突き上げられているらしいの・・・私なんかに国を譲るなんて言うからよ。死んじゃうかもね」

 

「ねぇ、皆光。もしも、私が勘十郎を斬っていたら、どうなっていたと思う?」

 

唐突に投げかけられた質問に、さも当然と皆光は答える。

 

「姫様が弟君を斬っていれば、冷徹でありながらも進み続ける覇王となっていたでしょう。暴君でもなく、愚君でもなく。されど名君でもなく・・・己が行く道が茨の道をただひたすらに斬って進んでいく覇王へと。」

 

「もしも私がそうなっていても、あんたは着いてきてくれたかしら?」

 

「えぇ、勿論」

 

「それはどうして?」

 

「良くも悪くも、この天下を統一出来るお方は、姫様、貴方様以外にいないと考えます。たとえ、覇王となったとしてもそれは同じ。」

 

「ならあんたは、私が天下人になれるから、着いてきているの?」

 

そう言われた皆光は、一度きょとんとして、その後に静かに笑った。

 

「あんた・・・本当・・・いつか殺されるわよ?私に」

 

ジト目で睨みつけられるが、皆光は気にせずに微笑みを返す。

 

「天下人であるから・・・と言う問いには、いいえ・・・と返しましょう」

 

天下人の器など、どこにでも転がっている。

中国の謀神 毛利 。甲斐の虎 武田 。越後の龍 上杉 。奥州の覇者 伊達。尾張のうつけ 織田。相模の獅子 北条。東海一の弓取り 駿河 今川。

九州 島津 大友。

有名どころだけでもこれだけいるのだ。

 

しかし。しかしである。

 

「私がお仕えしているのは、そうですね。野望に惚れた・・・とでも言いましょうか。

私は、そんな野望を持つ、あなたに惚れたのかもしれませんね」

 

そう言ってくすくすと笑う皆光に、以外にも、信奈は嬉しそうに

 

「そう。それじゃ、正式に主従の儀式をしましょう?」

 

「おや、永遠の誓いでも立てればよろしいですか?」

 

「ふふふ。それもいいわね」

 

そう言って、信奈が手を出す。そして、皆光はその手を前にして片膝をついて、跪いた。

 

「小早川皆光。わたしを主と仰ぎ、忠誠を誓いなさい」

 

「何時いかなる時も・・・」

 

そう言って、信奈の手を取りその甲に口付けをした。

 

「わたしへの忠誠を、永遠に誓う?」

 

「死する時まで」

 

そう言った皆光の姿が、案外様になっている・・・と信奈はクスリ・・・と笑を零した。

 

「本当あんたって、なんでも知っているのね」

 

「何せ、知恵ものを自称する身ですから」

 

そう言って笑い合う二人。

 

「ねぇ、あんたの夢は?」

 

「私の夢・・・ですか?」

 

「奉公に対しては、御恩で返さなきゃ。あんたの夢、私が叶えてあげるわ」

 

皆光の夢は、この世界に来たことで既にかなっている。

(帰りたい?とはあまり。死ねば帰れますしねぇ・・・多分)

ほんの数秒ほど皆光は悩んだが、この世界に来て今や愛用となっている細槍の亡き持ち主との約束を皆光は思い出した。

 

「そうですね。この戦国乱世。天下一の女性と添い遂げたい・・・とかですかね?」

 

そう言って、儚く微笑む(藤吉郎との約束を思い出しながら)皆光を真っ赤な顔をしながら信奈が手を振りほどき、皆光に背を向ける。

 

「どうされました?」

 

「・・・・・・・・・」

 

無言で何やら、捜し物をしているらしい信奈に、何やら危機感を抱いた皆光は、こっそりと信奈の部屋から抜け出す。

 

 

 

 

 

信奈がお目当ての物を見つけ、背後を振り返った時には既に皆光の姿はなかった。

信奈は青筋を立てながらも、お目当ての物とはまた別の物を手に取り、既に姿が見えない皆光に向かって精一杯駆け出すのだった。

 

刀を持って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






本日もご閲覧ありがとうございました。
評価、コメント、お待ちしております


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存在せぬ戦い 前


いつもご閲覧ありがとうございます。
また、初めましての方は初めまして。
記念すべき・・・第十話投稿でございます。
が、前半、後半と別れてしまっていましたので最終調整後、後半をすぐに投稿出来たらなと思います。



 

うこぎ長屋

 

同居人のいなくなった室内で、皆光は一人待っていた。

 

「蜂須賀 五右衛門、美濃での諜報活動より戻ってまいった」

 

「篠山 右衛門・・・駿河より・・・」

 

「藤林 定保 右に同じく」

 

開け放たれた襖から、いつの間にかそこに控えていた三人と、遅れて地面から生えるかのように現れる残りの二人。

 

「さて、各々の報告を聞きましょうか」

 

そう言った皆光だが、その表情はいつもと変わらない笑みが浮かんでいた。

 

「美濃の豪族たちは、道三が信奈どのに国を譲るとしぇんげんしたこちょに腹を立て、どーさんの息子、しゃいとうよしたつをかちゅぎあげちぇ謀反。道三はみのの本城であるいなばやみゃじょーをおわりぇ、道三は手勢を率いちぇ長良川におしよしぇ、いなばにゃまじょーを攻めようとしておりまちゅる」

 

「ふむ・・・」

 

「齋藤義龍は、道三軍の十倍近い大軍で長良川へ出陣、父子の間で合戦がはじまったのでごじゃるにょ」

 

五右衛門が必死に言葉を繋ぎ、報告をあげる。

 

「こちら・・・駿河にて・・・今川義元・・・上洛軍を起こす準備が・・・まもなく完了。」

 

「三河にて、松平元康筆頭に、軍を起こす準備が完了しつつありますわ。」

 

美濃の報告を聞いた後に、駿河、三河の報告を聞いた皆光は固まった。

 

「同時期・・・ですって?」

 

皆光の知識では、確かに長良川の戦い、桶狭間の戦い両方とも起こることは知っていた。

だが、皆光の知識では長良川は1556年 桶狭間は1560年である。

つまりある程度期間が空くだろうと思っていたものが同時に起こり得るという事だ。

 

「道三殿は死なれるおつもりでしょうね・・・」

 

「左様」

 

何故・・・何故昨日あんな話を聞いてしまったのだ・・・と皆光は天を仰ぐ。

 

(わたしが好きになって頼りにした人って、みんなすぐ死んじゃうのよ)

 

皆光が言わなければ、信奈は道三の訃報を聞くだけで済む・・・が伝えてしまえば・・・下手をすると全軍美濃へと言い出すに違いないと一人、頭を悩ます。

 

が、そんな皆光の考えに反して、体は既に立ち上がっていた。

 

「小早川氏、どこへ行かれる?」

 

「姫様に報告をしてきます」

 

「捨ておかれよ。知らぬ顔でおられよ。伝えれば尾張は、織田家は滅びまちゅぞ」

 

そう、忠告してくる五右衛門に、皆光はニッコリと笑みを返した。

 

「安心しなさいな。少し、美濃から戦力を補充と行きましょうと思っただけですよ。歴戦の老獪をね・・・」

 

そう言い残した皆光は、本丸へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

信奈の部屋へと向かうと、勝家とあやとりに興じていた。

昨日の事を未だに少し怒っている信奈は、軽く皆光を睨みつける。

が、そんな事を気にする余裕もない皆光は気づかなかった。

あまりにも鬼気迫る皆光の表情に、二人は佇まいと正すと皆光が口を開いた。

 

「失礼します。たった今私の忍びが戻って参りましたが、至急お耳に入れたい事がございます」

 

信奈は、目をぱちくりとさせると、いいなさい、と皆光を急かした。

その横で、何故かがんじがらめになっている勝家が、紐を解くのに四苦八苦している。

 

「美濃にて、斎藤道三のご子息、斎藤義龍筆頭に各豪族達が謀反。居城、稲葉山城を追われ、さらに、手勢を集めた道三軍は長良川へ陣取り、稲葉山城を攻めようとしております。しかし、斎藤義龍も道三軍の十倍近い戦力で長良川へ出陣。合戦が始まったとの由」

 

「なっ!無茶だ!」

 

そう言って勝家が怒鳴るが、信奈は落ち着き払っている。

 

「ほんとうなの?」

 

「私の忍びの確かなる情報でございます。して、援軍は如何なさいましょう?」

 

「援軍は出さないわ。駿河の今川義元、いつでも上洛の軍を起こせる状態だわ。こんな時に美濃への援軍なんて出すわけないじゃない、このわたしが」

 

そう言って、見捨てましょ。とケロリと言い放った信奈の顔は冷たい。

そう、まるで信澄を斬ると言っていた時のように・・・。

 

「しかし!」

 

「しかしじゃないの。蝮が死んでも、この美濃譲り状がある限りこちらには、美濃を攻める大義名分があるのよ」

 

そう言って信奈は、譲り状を開く。

 

そして、震えながら譲り状を読み終えた信奈の元へ、小姓が駆けつけ、斉藤家の姫が落ち延びて来たと口早に告げた。

 

そして、老女が信奈の足元に伏して一礼し、

「約束の姫をお送りする、重ねて援軍は無用、と道三よりことづてを預かって参りました」

と告げた。

最後の壁が崩れたのか、信奈は取り乱す。

 

「ぜ、ぜ、ぜんっ、ぜんぐんっ」

 

信奈はまるで、吐き出すのを抑えるかのように、詰まりながら悲鳴に近い声を上げる。

 

【全軍で美濃へ】

そう言いかけた信奈に対し、勝家が動いた。

 

「御免!」

 

勝家の腕が信奈の腹部へと向かうが、それよりも早く、皆光は信奈を引き寄せ、足をもつらせた信奈が皆光に抱き止められる。

 

(ふぅ・・・警戒しておいて正解でしたね)

 

皆光は、ある意味真っ直ぐな勝家を今、この瞬間だけは警戒していたのである。

 

「急に引っ張ってしまいまして、申し訳ありません。お怪我は?」

 

そう言って信奈に微笑みかける皆光であったが、返事は顔面へと飛んできた裏拳であった。

勿論、至近距離な上に信奈を抱きとめた体制のままの皆光にそれを避けるすべはなかった。

 

ウガッと間抜けな声を出して顔を抑える皆光だったが、意外なことに、信奈からの追撃はなかった。

 

「まままままっ、全く。主君を急に・・・だ・・・抱き締めるなんて、あんた・・・とんでもない変態だわ」

 

そう言いながらも、信奈の顔は真っ赤である。

 

「つつ・・・や、失敬。何やら、とんでもない方法でそのご主君を黙らそうとした家臣がいたもんで・・・」

 

「あ・・・あたしは・・・」

 

勝家はバツが悪そうに、もじもじしている。

 

「さてと、真面目なお話ですが、姫様はどうされるおつもりで?勿論、全軍を出す・・・と言うのは私は反対ですよ」

 

「蝮は・・・」

 

今度は動揺しないまでも、心の中で信奈は揺れる。

そんな信奈を心配そうに見つめる勝家だったが、チラチラと皆光に視線を向ける。

皆光はそんな信奈と勝家を見て、小さなため息を吐いた。

 

「姫様。全軍とは行かないまでも、直ぐに出立でき、なおかつ尾張に十全な兵を守備に置いた上で・・・どれほど兵を出せそうですか?」

 

そう言った皆光に、勝家の目が輝き信奈は首を振る。

 

「出せても千ね。でも千じゃとてもとは言えないけど援軍にはならない。むしろ死なせに行くようなものじゃない」

 

「確かに敵は大軍。おおよその予測としては恐らく一万はおりましょう」

 

「えぇ。だから・・・」

 

言葉を濁し目を伏せる信奈に、皆光は言葉をかける。

 

「姫様。言ったでありましょう?姫様がどのようなわがままを言っても、私だけは必ず共に居ますよと。なればわがままを叶えるのもまた、私の役目」

 

そう言って優しく語りかける皆光に、信奈は伏せていた視線を皆光へ向ける。

 

「あんたなら・・・あんたなら・・・出来るの?」

 

「えぇ。道三殿を救い出し、敵には痛い目を見ていただきましょう。千ほどもいれば十分。ただ、勝家殿を暫し・・・」

 

微塵も、自信が負けるはずがないといった表情で、皆光は自信満々に語る。

そして、その隣で勝家は、え?あたし?と一人困惑していた。

 

信奈の瞳に光がもどる。

 

「分かったわ。美濃の蝮へ援軍を出すわ。数は千と、わたしの鉄砲隊を百、あんたに貸してあげる。大将は皆光。副将に六を付けるわ。皆光!その知恵、また借りるわよ!」

 

そう強く言い放った信奈に、皆光と勝家は

「その任、確かに」

「この柴田勝家にお任せ下さい!」

と、自信満々に答えた。

 

 

皆光は編成を信奈に告げた後、直ぐに長屋へ戻り、支度を始める。

矢筒を腰に下げ、弓を背中にかける。

 

その横で、五右衛門以下五忍衆が控えていた。

 

「小早川氏。戦でござるか?」

 

「えぇ、そうですよ。それについて皆にやって頂きたいことがございます」

 

そう言って準備を終えた皆光は、ニッコリと言い放った。

「とりあえず、着替えましょうか」

と。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

八に跨り、清洲城の城門へ辿り着くと、既に準備万端と黒塗りの兵達が並んでいた。

 

騎馬兵(皆光の私兵含む)三百

槍兵八百。

信奈直属 鉄砲隊百

総勢千二百の軍勢である。

尾張一の猛将、柴田勝家。

大将、小早川皆光。

 

そして、何故か姫武将が着るような、きらびやかな服装に身を包んだ、奏順、治宗、右衛門、定保。

その顔は心做しか、げんなりしている。

唯一五右衛門だけは、いつもと同じ忍び装束である。

 

勝家は、皆光の背後にいる姫武将(擬き)が気になったのか、皆光に声をかけた。

 

「後ろの者達は誰なんだ?皆光の配下の者達だと言うのは分かるんだが・・・」

 

まぁ、見かけない姫武将がいれば、気になるのも当然だろうと、皆光は笑みを更に深めて勝家に正体を教えた。

 

「この者達は、末森城で信澄様配下の者達を捕らえた忍び達ですよ」

 

皆光がそう言うと、勝家はあぁ、あの者達かと一人納得したようにぽんと手のひらに拳を打ち付けた。

 

「さてと、話している時間も惜しいですので、出陣しましょうか。作戦は行きながら伝えます」

 

そして、進軍の号令をかけた皆光率いる織田軍は、長良川を目指し、出立した。

 

そして、出立した皆光が乗る八の背に、五右衛門が降り立つ。

 

「小早川氏。郎党を集めて参った」

 

どう見ても武者に見えない屈強で厳つい川並衆の男達が続々と織田軍に合流していく。

何人かは馬に乗り、そのまま皆光率いる騎兵へと混ざって行った。

 

そして、その川並衆を率いていた川並衆の副長格・前野 某が、馬で皆光の横へ併走してくる。

 

「親分、戦ですかい?盗みですかい?」

 

「戦でござる。美濃の蝮を救い出す」

 

「それは、でかい仕事ですな。して子細は」

 

「蝮は長良川で戦の最中。拙者はまた別任務があるでござる。ゆえに、今からこばやかやうじの指揮下にはいっちぇもらう」

 

そう言った五右衛門の背後で、何故か川並衆達が大歓声を上げる。

 

「私が小早川皆光です。川並衆の方々。お初にお目にかかります」

 

「あぁ、坊主が親分の大将かい?俺は前野某ってんだ。大将の話は聞いてるぜぇ」

 

そう言いながらも、殺気をぶつけてくる前野 某(ただ幼女を傍に複数人置いている皆光への嫉妬の視線)に、皆光は震えた。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

そのまま進軍を続け、美濃への国境へ辿り着くと皆光は背後でずっと肩に捕まり立っていた五右衛門へ命令を下す。

 

「では、五右衛門。手筈通りに」

 

「了解したでござる」

 

そう言って、何かに飲み込まれる様に消えた五右衛門。

彼女の受けている命令は二つ。

 

まずは、道三に援軍が向かってきている事を知らせる早馬を止めること。

援軍が来ました!では玉砕じゃ!と言われては洒落にならない。

そして、もうひとつは義龍軍への早馬を早々に潰すこと。

これで、織田軍が道三軍に近付いているという情報を遮断できると踏んだ皆光は、その任務を五右衛門に頼んだのである。

 

そして国境を早々に超えた織田軍は、真っ直ぐに長良川へと向かう。

 

 

 

霧が濃く、うっすらと遠目に見えた道三軍は、押し寄せる義龍軍に対して抵抗をしていたが、それも虚しく本隊が瓦解したのが目に映る。

義龍軍にも、それなりの被害は出ている様子ではあるが、どうやら本隊ではなく先鋒のみで道三軍が蹴散らされたようで、本隊は少し離れた所に陣取っている。

とはいえ、未だに道三軍の本陣は無事なのを見るとまさに間一髪と言ったところだ。

 

しかし、ここで突貫しても、意味は無い。

先鋒とはいえ、率いている織田軍よりも数は多いのである。

この霧に乗じて・・・ひとまずは奇襲でしょうかね。と一人呟く。

幸い、敵は五右衛門のおかげもあってここにいるのが自分たちだけだと思い込んでいる。

 

今にもうずうずと飛び出してしまいそうな勝家が、キラキラとした表情で皆光を見つめているが、どんだけ戦好きなんですか・・・と皆光は苦笑することしか出来なかった。

とはいえ、脳筋戦法で戦ったとして痛手を受けるのは嫌である。

 

「さて、まずは奇襲しましょうか。一度相手方の先鋒を追い返します。鉄砲隊、霧で火薬を湿気らせないように、気を付けてくださいね。では鉄砲隊を先頭に静かに這い寄りましょうか」

 

そう言って、槍を振るうと、素早く陣形を変え、鉄砲隊を先頭に、道三軍の本陣へと近づいていく。

 

「さてと、世界の戦人達に感謝しなければ・・・」

 

この戦に微塵も負けると思っていない皆光は笑っていたが、いつもの優しい笑みではなく、凄惨で冷たい笑いだった。

 

 

 

先ず異変に気付いたのは、本陣にて、床几の上に腰掛けていた道三だった。

既に本隊は総崩れ、本陣へと逃げ帰ってきた兵達も合わせて、わずか五百足らず。

負けると分かっていても引くつもりは道三には無かった。

信奈に娘を送り、援軍は無用と再三伝えた上に、恐らく信奈自身も援軍を出せる状況ではない事を把握しているはず。

 

(何故じゃ・・・何故・・・)

 

その異変とは・・・本陣まで流れてくる・・・

 

 

 

 

 

 

【火縄の香り】

 

 

 

 

 

道三の本隊を壊滅させた義龍軍はそのままの勢いで、本陣へとその矛先を向けた。

 

策も、陣形もない。相手を押し潰すだけ為に道三の本陣へと殺到しようと一斉に突撃する義龍軍。

 

しかし、次の瞬間

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「織田軍だと!?」

 

本陣を構える義龍の元へ、先鋒敗走の方が届いたのは、先鋒の軍が戻ってきた時だった。

 

義龍はなぜ早馬を出さかなったのかと先鋒を指揮していた将に問い詰めたが、早馬を出したはずなのになぜ援軍がなかったのかと逆に問い詰められる始末。

 

その影で、一人怪しく笑う幼女が姿を消した。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

始まりは種子島の一斉銃撃から始まった。

突如鳴り響く轟音に、撃たれた兵は何が起こったのか分からず倒れていく。

流石の轟音に、義龍軍の軍馬は竿立ちになり騎兵が振り落とされるか、暴れて味方の義龍軍の兵士を引き倒す。

 

たった一斉射で、義龍軍は大混乱に陥り、さらに、義龍軍のその横っ腹に噛み付くように柴田勝家率いる織田木瓜の旗を翻した織田軍の槍兵達が一斉に奇襲をかける。

 

霧で視界が悪いとはいえ、這い寄る影くらいは見えるでしょうに、と皆光は嘲笑う。

 

鉄砲隊の装填が終わり、次々と放たれる種子島の轟音に、皆光の背後に控える織田の騎兵隊の軍馬もさすがに少し暴れるが、それを気にすることもなく皆光は徐々に鉄砲隊を下げさせる。

 

そして、ついに耐えきれなくなった義龍軍は、まるで一気に炸裂したかのように、一瞬膨れ上がったかと思うと四方八方へと散り散りに敗走して行く。

織田軍の被害は意外なことに全くなかった様子で、流石に織田の兵達も混乱している様子。

 

そして、剛槍から血を払いながら、勝家が兵を率いて戻ってきた。

 

「お見事です。勝家殿」

 

「なんと言うか、呆気なかったな」

 

「それはそうでしょう?前しか見て居ないものに、横合いから足を引っ掛ける様なものです」

 

「ん?引っ掛けたらどうなるんだ?」

 

皆光は、流石に嘘だろうと勝家を驚いた目で見るが、本当に分かっていない勝家は、首を捻るばかりだった。

 

疑問符を頭に浮かばせ続ける勝家に、苦笑する皆光は、悠々と道三の陣へ兵を進めるのであった。

 

 

陣では、床几に腰掛け、こちらを睨みつける道三が苦々しげに

「坊主、お前ならば分かっておると思っていたが」

と零した。

 

「はて?何のことでしょう。若輩故に分かりかねますが」

 

そう言っておどける皆光をさらに、強く睨みつける道三。

 

「まさか、貴様程の者が今、信奈殿が置かれている状況が分からぬとは言うまい?」

 

「えぇ、それはもう。道三殿が亡くなれば姫様は悲しみに暮れてしまう事なら容易く分かりますが?」

 

「この、大馬鹿者っ!!!!!」

 

と眦をつりあげながら、皆光を一喝する。

 

しかし、どこ吹く風と悠々と一喝を受け流す皆光に、道三は拳を握る。

 

「愚かじゃな、坊主。ワシは既に老人、もはや長くない命よ!」

 

「ふむ・・・」

 

「坊主よ。ワシなぞよりもお前を失った時の信奈どのの悲しみの方が、はるかにでかいじゃろう」

 

そう言ってなんとか皆光の説得を試みる道三だったが、皆光は未だに飄々とした笑みを絶やすことはなく、道三に告げた。

 

「ならば、勝手に死なれよ。ですが、その挙句姫様を悲しませるような事があれば、私も笑って腹を切りましょうぞ」

 

「・・・・・・何故じゃ・・・」

 

何故そこまでするのか・・・道三には分からなかった。

戦国乱世、このような事は日常的に起こりうる。それが今回、道三だっただけの事と。

 

「・・・自分が好きになって頼りにする人は、みんな死んでしまう・・・姫様はそう、私に弱音を零したんですよ」

 

「なんと・・・」

 

「あの時のような顔はもう二度と、させたくはありません。ですので、無理を言って少数ながらに援軍を率いてきただけの事」

 

皆光の顔に、もう・・・笑みはなかった。

 

「私は勝手に、来たのではありません。姫様からの命を・・・わがままを叶える為だけに今私はここにいる。否が応でも、あなたには生きて頂く」

 

そう言って、鋭く道三を睨みつける皆光に、道三は笑いながら、床几から立ち上がる。

 

「ワシの完敗じゃな・・・」

 

そう言った道三の目には、熱が篭もっていた。

そして、そんな道三に、皆光は優しい微笑みを返すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





書きたいように書いていると、やはり所々変な所がございますね。
最終調整を終えましたが、誤字、脱字があるかもしれませんので、何かありましたら感想欄にてご報告お願いします。

にしても・・・ヒロイン・・・誰にしましょうか。。。


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存在せぬ戦い 後

どうも、作者です。
皆様方の評価、コメント、大変嬉しく思っております。
此度の話は、何度も加筆修正を行った上に恐らく三分の一程度は書き直しております。
が、何度も読み返しても無理矢理感や違和感が拭えなく・・・なんとか楽しく見ていただけるでしょうか?程度には調整を終わらせたものでございます。
ぶっちゃけ言います。超難産でした。
そして、文字数が初回に+3000文字・・・1万弱程です。
参考【ハンニバル将軍 カンナエの戦い】


 

 

道三軍の本陣

 

未だに動きを見せない義龍軍を正面に見据えながら、皆光は道三と共に本陣に腰を据える。

 

「して、坊主。この状況、どう乗り越える?」

 

信奈は人選を間違ってはいないかと、道三は頭を抱えた。

何せ、撤退かと思い腰を上げた道三に対して、皆光はニッコリと正面からぶつかります、とのたまったのだ。

流石の道三も、正面切って戦っては勝算はないと皆光へ訴えたのだが、頑なに首を縦に振らない皆光に、やはり己の死に場所はここであったかと悟りを開きそうになった。

 

「既に各将に、陣形は伝えておりますよ。それと、道三殿の美濃兵、全てお借りしますね」

 

とは言え、わずか五百余り、援軍の織田軍と合わせても、千七百。

 

対する義龍軍は、先の先鋒を撃ち破ったとしても、本隊一万が残っている。

 

その戦力差、五倍をゆうに超える敵軍と正面からぶつかると言う皆光に、先程まで似たような状況で義龍軍に完膚無きまでに叩きのめされた美濃兵も、渋々と言った表情だ。

 

それぞれ隊を率いる将達が、兵の配置完了を伝えに本陣へと入ってきた。

 

「配置は完了したが、本当にやるのか?」

 

勝家を筆頭に、奏順、治宗、右衛門、定治が陣に入ってくる。

勝家以外のほか四人は、信じて疑わずといった表情で早々に完了を伝え、出て行ってしまったが勝家だけは流石の数の差に心配そうに皆光に問いかける。

 

「えぇ、ただし勝家殿。絶対に攻めてはなりませんよ?少しずつ、少しずつ中央陣のみ後退しながら、自分の身を守る事だけを考えてください。兵達にも、その事を伝えてください」

 

勝家が未だ不安げな表情をしながらも、陣から出ていく。

 

「義龍は、ワシが自ら軍略を手解きをしておる。我が息子ながら、そう容易いことではないぞ」

 

「心配であれば、少し陣を覗いて見ましょうか」

 

そう言って、道三を促し、渋々と言った表情で道三が皆光の後に続く。

 

道三は本陣を出て、目を見開いた。

所々で、異様な配置をされただけのただの横陣だったのだ。

一万の兵に包囲されぬように、やたらと横に長く、陣自体も細い。

本陣を出て直ぐに兵の間から義龍軍が見えるくらいに薄い・・・。これでは、味方陣中央を抜いた時点で、本陣へと敵兵が雪崩込む。

 

美濃兵と合わせ、総勢千の槍兵がズラっと並んでいる。

先頭は柴田勝家。

皆、不安げな表情をしている事から、この戦がいかに無謀な事かが分かるだろう。

 

そして、その槍兵の背後にいかつい男達川並衆、数は百余り、全員が弓を手に持っている。

 

そして、両翼に槍兵よりも遠く引くような形で百五十の騎兵が陣取っており騎兵の後ろに槍兵がさらに百五十、先頭に奏順と定治が馬に乗って待機している。

鉄砲隊は、両翼に槍兵よりも前に、それぞれ右衛門、治宗が指揮をする。

 

いくらなんでも、義龍軍とこの横陣でぶつかれば一瞬で瓦解することも考えられる。

それだけの兵力の差がある。

道三は、再三、皆光へと陣をとき全力で撤退すべきと説いた。

 

が、それでも皆光は首を縦に振らない。

そこで流石の道三も本陣の外である事を忘れて、怒鳴り散らす。

 

「現実を見ろ小僧!これは既に負ける戦じゃ!何故撤退をせぬ!」

 

皆光は、静かに口を開いた。

 

「撤退をしたとして・・・はて、いくら兵が残りましょうか?

今この場で撤退したとして、あなたの首を欲する義龍が、そのまま尾張へ進行してこないとどうして言えましょう?

今川が上洛の機を狙っている以上、この場で最低でも義龍の道三殿を追う気概だけでも折る必要がございます。

私が想定する最悪の状態は、姫様、義龍、今川が、尾張国内で衝突することです。

そうなれば、尾張は荒廃し、例え勝てたとしても、その結果立て直すこともできず、二度目の進行で国主である姫様は勿論、織田家は滅亡するでしょう。

例え、国境で義龍軍を抑えたとしても今川に背後を突かれれば、同じ道を辿ることになる。

私が頑なに義龍と戦うと言っているのは、尾張に十全な守りをしいた上で、姫様が今川を牽制し、最低限の兵力で私が義龍を破り追われることなく尾張に戻る。

それが出来なければ、姫様が危ないからですよ」

 

道三は、そう言った皆光の目と同じ目をした者を知っていた。

未来を見据えている目、正徳寺にて道三に夢を語った時の信奈と皆光は同じ目をしていた。

 

そして、皆光の言うことが最善手であることを道三は悟った。

だが、所詮は最善手、むしろ理想だ・・・それを実現出来る者が果たしているのだろうか。

 

「ここで戦わなければ、勝たねば・・・尾張は滅びる!

確かにあなたの首と、自国とでは、姫様に自国をとって頂きたかった!

だが、姫様はあろう事が全軍美濃へと号令をかける手前だったのですぞ!」

 

道三は絶句してしまった。

まさか信奈殿がそのような事を・・・と。

長良川の戦いと、桶狭間の戦いが同時期に起こると言うことへの最悪の懸念を皆光は道三へ告げた。

 

「私は・・・あなたのせいで姫様がおられる尾張が滅ぼされるのはごめんです。

ですが、道三殿を心から愛しておられる姫様に、見捨てよと進言することが出来なかったのは私の不始末。

ならばその不始末、私が片付ける」

 

そして、本陣の外であったが為に、何事かと聞き耳を立てていた織田の将兵は、まさか自分達の双肩に、尾張の未来が乗っている事を意図せず知ってしまった。

 

戦が始まればおりを見て敗走してもいいだろうかと考えていた兵達は、先程まで無能な若造と思っていた皆光への認識を改め、自分達の大将として認めた。

 

「まさかそのような事まで・・・流石は、尾張一の知恵ものじゃの・・・そこまで先を見据えておるとは・・・この道三、未だにお主をはかれなんだか」

 

そう言った道三の瞳には、強い決意が宿っていた。

 

「それを聞いてなおも、撤退せよとは言わぬ。何としてもこの場、乗り越えるぞい」

 

「勿論。そのために私はここにいますから」

 

わしらもいるみゃあ!

流石は親分の大将だ!男気が溢れてやがる!

何としても、道三様と皆光殿を尾張へ送り届けてみせます!

そう言って、勝手に沸き立つ兵達に、先程までのお通夜みたいな雰囲気は何処へ?と皆光は激しく疑問に思ったが、ここが本陣でないのに気付き、静かに苦笑するのであった。

 

「やっぱり皆光は姫さまが大好きなんだな!あたしもだよ!」

 

そう言って自慢の怪力で肩を叩いてくる勝家に皆光はゲンナリする。

 

「ふふふ・・・流石は拙者が認めた男。拙者の目に狂いはなかっちゃでごじゃる」

 

でた!舌足らず!

親分が噛んだ!

堪らねぇぜ!

と五右衛門が噛んだ事で勝手に沸き立つ川並衆。

 

「全く・・・戦の前だと言うのに・・・」

 

ありがとうございます。

 

幸運な事に、勝ちを諦めかけていた織田、道三軍の士気は格段に上がっていた。

もはや負ける事なんて、見えないと言ったように、皆が笑い合い、励まし合う。

 

 

 

【そして・・・霧が晴れた】

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

合図は義龍軍の鬨の声だった。

 

一斉に進軍を始める義龍軍に一切の乱れは見られない。

今度は義龍自らが軍を率いているようだった。

 

織田、道三軍に緊張が走る。

流石に、緊張した様子の皆光を道三は叱責する。

 

「しっかりせい。お主の決めた道じゃろう」

 

すると、一瞬キョトンと道三を見つめる皆光だったが、直ぐにその顔に笑みが籠る。

 

「おやおや。私が姫武将だったら思わず惚れてしまうところでしたよ」

 

「ふん、抜かせ」

 

皆光はおどけるが、道三に冷たく返されてしまい肩をすくめる。

 

「勝算はあるのか?」

 

「さぁ?義龍が最後の兵が倒れるまで戦うというのなら、別ですが・・・後は義龍本人が前線に出てきてくれればなお良しですが・・・まぁ期待薄ですかね?」

 

「義龍に限って、それはなかろう。だがある程度持ちこたえれば、義龍が前線に出てくることは十分ありえるじゃろう」

 

「そうですか・・・ならば、十分。では先手は頂きましょうか」

 

本陣を出て、戦場を油断なく見据える皆光。

道三も、それに着いていき、義龍軍を見据える。

 

そして、まずは射程距離内に入った義龍軍に対して、両翼の鉄砲隊が、銃撃を浴びせる。

そして、道三は気づいた。

種子島を撃った鉄砲隊が、下がり、次の鉄砲隊が前に出る。

 

【長篠の三段撃ち】

史実ではそんなものはなかったと言われているが、今は実際にそれと同じ状況を作れば再現出来る。

それをそれぞれ、右衛門、治宗に策として授け、指揮を任せたのだ。

 

「なんと・・・」

 

道三は驚きで口が塞がらない。

次々と放たれる銃弾は、密集している義龍軍に次々と当たり、兵が倒れて行く。

流石に種子島が連続で飛んでくることを想定してなかったのか、歩みが鈍くなって行くが、今度は撃たれる前に肉薄するつもりなのか、一斉に駆け出す義龍軍。

 

ギリギリまで撃っていた鉄砲隊が下がり、遂に両軍が激突する。

 

しかし、攻める必要はないと既に伝えてあった織田軍は、槍を目一杯突き出し、ハリネズミの様に防御を重ねる。

前衛兵の間から後衛の兵達の槍が伸ばされ、まさにハリネズミと化していた。

 

流石の義龍軍も、勢いが落ち、槍を弾いては弾き返されるの繰り返す。

騎兵に至っては、馬を集中的に狙われ、次々と落馬し次々と討ち取られて行く。

 

が、正面が無理ならばと、左右から溢れ出てくる義龍軍に対して、またもや種子島が火を噴く。

しかも三段撃ちで立て続けに火を噴く種子島に、次々と包囲しようとする兵達が討ち取られていく。

敵陣中央では、川並衆から矢を射掛けられ、敵と戦うまもなく義龍軍の兵達が倒れていく。

 

負けじと義龍軍の弓兵から矢を射掛けられるがこちら側の陣が薄く、密集して居ないので、あまり被害は出ていない。

が川並衆達は楽しそうに、次々と敵の密集地へと矢をいかけていく。

 

が、流石に一万、如何に士気が高くとも、数の差は覆せず、徐々に中央が下がっていく。

更に苛烈になって行く中央の攻めに、開始から僅か四半刻で、本陣があり、これ以上下がれない程織田、道三軍は後退してしまう。

 

目先に本陣があるのを目にした義龍軍は、さらに、攻めようとするが、何故か進まない。

 

 

 

「小早川氏。柴田勝家隊、所定の場所へ後退したでござる」

 

「では、例の策を始めましょうか。それぞれ四人衆に指示を出してくれますか?」

 

「御意でござる」

 

そう言って五右衛門は消えていった。

 

道三は、益々訳が分からないと言った表情を浮かべる。

「お主、何をするつもりじゃ?」

 

「何って・・・攻めるのですよ」

 

そう言った皆光の笑顔は、ゾッとするほど冷たかった。

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

「何故敵の陣は崩れぬのだ!」

 

軍の中央で義龍は家臣達を怒鳴り散らしていた。

最初に敵の陣を見た時、これならば一瞬で敵をたたきつぶす事が出来るだろうと、敵の軍略を嘲笑っていた。

並の軍勢ならば既に瓦解し、敗走しているはずだったが・・・。

実際は、徹底的に防御を固め、攻めあぐねている。

我が軍ながら何だこの体たらくは・・・と義龍は頭を抱えた。

敵は徹底して守りを固め、討ち取られていくのはこちらの兵ばかり。

特に敵の種子島を集中的に受けている両側の兵達の中には離脱し始めている者も出ていると言うではないか。

 

踏み潰して終わりと思っていたが存外にしぶとい。

 

「えぇい!もう良い!儂が出る!」

 

そう言って、敵陣中央へと馬で駆ける義龍だったが、その敵陣中央で激しく暴れ回る姫武将が目に入る。

 

「なるほど・・・突破出来ぬのも納得だ」

 

【鬼柴田】

 

それに、織田の兵は弱いと良く言われるが、野戦に関して言えば、むしろ強い。

鬼柴田と野戦の強い尾張兵達・・・。

故に雑兵の足軽共では、突き崩せなかったのかと義龍は一人で納得した。

だが、如何に野戦が強くとも数の差は覆すことは難しい。

故に今暴れている柴田勝家を崩せば、陣は崩れる・・・そう認識した義龍は、自ら前線に出て

まずは勝家から突き崩せばいいと笑みを浮かべる。

 

「貴様が大将か」

 

そう言った義龍に、勝家も動きを止める。

六尺五寸の巨漢が、馬に乗り前に出る。

 

「いいや、大将はあたしじゃないよ。だがここを通りたければ・・・」

 

「ふん。斬っていくまでよ」

 

そして、勝家と義龍はぶつかった。

激しく火花が散り、甲高い金属音がほとばしる。

猛将同士の戦いに、少しでも横槍を入れようとした者は居なかった。

が、両軍の士気が一気に上がり、あちこちで戦いが激化していく。

 

その一方で、皆光と道三は本陣にて鋭く両軍の動きを観察していた。

 

「お主、先程攻めると言っておったが、このままでは攻めるどころか守備ですら危ういと思うがの」

 

「勿論、今守りの姿勢を崩せば我が軍は一瞬で荒波のごとく迫る義龍軍に飲み込まれましょうぞ。

ですが、何も無理矢理攻める必要は御座いません」

 

そう言いながら、皆光は陣を指さす。

道三はその指の先を見つめるが、いまいち分からなかったのか皆光へと視線を戻す。

 

「まだ分かりませんか?」

 

「ふん。何度わしがお主に言い負かされておると思っておる。

今更お主の考えが指先ひとつで分かれば義龍相手に負けておらぬわ。

既に義龍の大軍を前に、この僅かな手勢でこれだけ持ちこたえておるのじゃ。

これにもし援軍がおれば・・・・・・・・・お主・・・まさか?」

 

道三は皆光を凝視すると、その視線に皆光は首を縦にふる。

 

「当たらずも遠からず・・・と言ったところでしょうか。

勿論、援軍なんて来ませんが・・・来ないならば自軍で作れば良いと思いませんか?」

 

「分からぬ・・・分からぬな。この僅かな兵力のどこにそんな余力がある」

 

「前線に義龍が出てきた・・・引っ張り出すつもりはありませんでしたが流石は道三殿・・・よく分かってらっしゃる」

 

そう言いながらクスクスと笑う皆光だったが、道三の鋭い視線に肩をすくめ、おどけるのを辞める。

そして、指で三日月を描きながら口を開いた。

 

「今の我らの陣を、どう見ます?」

 

道三は陣を今一度見つめる。

 

中央はこれ以上後退はできない。むしろ勝家が負ければ、本陣は十数歩歩くだけで到達出来る。

しかし、道三はふと、何かに気付いたように右から左へ何度も視線で陣をなぞる。

そして、未だに笑みを浮かべながら、三日月を指で描いている皆光を見つめる。

その目は、まるで信じられない物を見たように、驚愕に染まっていた。

 

「義龍は・・・既に包囲されておる?」

 

皆光は、更に笑みを深めた。

 

「気づかれましたか?」

 

横長の陣は、中央のみが下がっており、右翼、左翼共にそれに合わせるように斜めに後退しつつも、鉄砲隊の支援もあり、合間合間で攻撃に出ていた。

そして、両翼の鉄砲隊に至っては槍兵の横へと陣取って、槍兵よりも下がりながらも、敵を撃ち続けている。

両翼がそんな状態なのにも関わらず、敵軍は後退していた中央の陣に集まり、無理矢理突破してこようとしているのを決死の覚悟で中央が押さえ込んでいる。

つまり、戦いの最中で、ただの横陣が鶴翼の陣となり、敵の半分を半円形で包囲しつつあったのだ。

 

しかも中央を突破すれば本陣まではもはや目と鼻の先、目先に戦功一番がぶら下がっているのに気付いた義龍軍は、兵力が中央へと集中していた。

が、1度に戦える人数は限られており、人が集まる分、怪我人や死体が中央で激的に増えていく。

そのせいで、むしろ中央を攻める兵達は動きが制限されていた。

それが原因となり、徹底的に防御を固めた織田、道三軍により義龍軍は徹底的に攻めることが出来ず、なおも増える死体や怪我人が織田、道三軍の擬似的な盾となり突破出来ないでいた。

 

それに加え、義龍自身が前線に出てきてしまったが故に、自軍に置かれている状況をいまいち把握出来ず、更に五右衛門による早馬の暗殺によって情報が制限されており、もはや義龍軍の陣形はコントロール不可能となっていた。

つまり、戦闘中に意図して陣形を敵に悟られない形で変形させ、横陣か、鶴翼の陣へと変わっていたのである。

 

そしてその結果義龍軍は・・・。

 

【烏合の衆】

 

まさしく、義龍軍はその烏合の衆へと成り果てていた。

末端の兵、特に右翼、左翼側の離脱も相次ぎ、義龍軍は確実にその数を減らしているのだ。

 

その全てを聞いた道三は、皆光に対して驚きではなく、恐怖を感じていた。

陣形、ただの一兵卒、鉄砲の一丁、忍び一人たりとも無駄に使わず、その全ての能力を十全に生かす手腕。

そして、それを平然とやってのける知謀。

 

「お主は・・・一体・・・」

 

道三はなんとか口を開いたが、その声はかすれていた。

 

「ただの軍師ですよ」

 

皆光は、未だに笑いながら道三へそう返した。

 

「それよりも、この戦もそろそろ終わらせねば。如何に耐えるだけと言えども、恐らくそろそろ限界を迎えるでしょう」

 

未だに固まったままの道三を前に、涼しげに語る皆光に、まだ何かあるのかと些か疲労感に塗られた表情を浮かべる道三。

 

皆光はおもむろに本陣に焚かれた篝火(かがりび)に近ずき、背から弓を外し、腰から矢を取り出す。

その矢に巻かれている布を取り払うと、鏃の部分に油を染み込ませた布が巻かれている。

それは、火矢であった。

が、それ単体ではなんの効力もない。

それでも、皆光は火に矢をかざし、鏃部分に燃え移ったのを確認すると、本陣中央で思いっきり矢を引き絞る。

 

矢の熱が、指先を軽く炙るのを感じ、手早く皆光は、空高く敵陣に向けて打ち上げた。

 

道三は、その矢を目で追い、皆光は矢を放った体制のまま、静かに口を開いた。

 

「策は成った・・・」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

皆光が射った火矢は、味方陣営を飛び越え、敵の中央へと落ちた。

不幸な兵士が、それを胸に受け倒れる。

義龍軍の兵士は、流れ矢に当たっただけと誰も目に止めるものはいない。

 

が、織田、道三の連合軍にとっては、それは合図であった。

 

飛び交う矢の中、一本だけ火に巻かれた矢が飛来しているのを、一人の槍兵が気づいた。

そして、その兵は左右の兵にそれを伝える。

そして、それを聞いた兵と、それを見た兵は声を張り上げ、鬨の声を上げる。

ちらほらと、周囲でも同じ事をしている兵が見て取れる。

そして、鬨の声は一気に伝染し、全員が声を上げた。

 

義龍軍は、何事かと一瞬おののく。

 

前線で勝家を討ち取る為、槍を振るっていた義龍も、急な出来事に振るう槍を止め、荒い息を吐きながら勝家から距離をとった。

 

そして勝家も、荒い息をなんとか整えようとしながらも、その表情には、笑みが張り付いている。

 

そして、周囲よりも一際大きな声を上げた勝家は、今度は義龍へと自ら槍を突き出した。

その槍を受け、弾いても尚勝家は、義龍に槍を振るう。

義龍は、ふと違和感を感じ、そして直ぐにその違和感に気付いた。

先程までしていた一騎打ちでは、守りの姿勢が多く、まるで足止めしているかのような槍捌きを見せていた勝家だったが、ここにきていきなり攻勢に転じてきたのだ。

 

そして、それは周囲の兵達も同じであった。

 

先程までハリネズミの様だった連合軍が、義龍軍に向かってそのままの状態で前進してきたのだ。

 

その急な行動に、ずっと攻める側だった義龍軍で前線を戦っていた兵達は、不意をつかれ、なおかつ背後の兵のせいで下がることもままならず、なんとか槍を弾いても兵の合間から除く後衛の槍を受けることとなり、ハリネズミ状態の連合軍により前線が一斉に討ち取られていく。

だが、前が倒れても、後ろに下がれる訳ではなく、次第に近付いてくる何本もの槍の穂先に、その後ろの兵も犠牲になっていく。

しかし、義龍軍も守勢に出ようとするが、ここである事が起こる。

指揮系統もズタズタで、もはや烏合の衆と成り下がった義龍軍は、徹底的に防御を固めた連合軍により、攻め疲れを起こしていたのだ。

 

そして、義龍軍右翼、左翼では、種子島により、死屍累々の惨状が生み出されていた。

 

右翼、左翼両翼の義龍軍は、右翼五十丁、左翼五十丁の種子島によってもはや壊滅的な被害を受けていたが唐突に銃撃が止む。

 

遠巻きに見つめていた義龍軍の兵達は、好機と連合軍の裏へ一斉に回り込もうと鉄砲隊へと向かって突撃して行く。

しかし、鉄砲隊は構えたまま動かない。

義龍軍の兵達は、まさかと思い勢いが衰え始める。

 

すると、鉄砲隊の背後から、休息十分、無傷の織田軍が一斉に躍り出た。

陣形の無かったそれは、前進している最中に【蜂矢の陣】へと姿を変える。

そして、既に士気も衰えていた義龍軍は急な陣形変更に対応する事ができず左右からの蜂矢の陣の一点突破により、いとも容易く食い破られた。

そして、騎馬隊が中央を叩いている間に、鉄砲隊は更に敵後衛を狙える位置に移動、更に銃撃を加えていく。

 

そして、散発的に騎馬隊が遊撃とした走り回り、様々な方向から一撃離脱戦法を用いながら中央の敵を確実に減らしていく。

 

義龍軍は、たった1700の兵力によって、擬似的な包囲戦を仕掛けられていた。

急に守りの姿勢のまま、攻勢に出た連合軍により、前線は徐々に後退。

右翼、左翼側は壊滅的な被害を受け、そして、その原因である種子島が、今度は後方へ牙を向いた。

更に騎馬隊により食い破られ手薄になった部分には未だに無傷であった後詰の織田軍槍兵が両側から攻勢をかけ、散発的な一撃離脱を仕掛けてくる織田軍騎馬隊により、全方位が攻撃可能と言うあまりにもありえない状態になっていた。

 

何度も陣中央の将達から、義龍へと早馬が向かうが、その都度五右衛門が義龍にたどり着く前に暗殺している。

 

そして、とうとう義龍の目前で、逃げ出す兵士が出てきた。

しかも一人、二人ではない。

何事かと怒鳴り、声を荒らげる義龍だったが、それも虚しく、敗走して行く兵が増えるばかり。

ふと、義龍は我に返り、一度勝家から距離をとり、周囲を見回す。

馬上から見る光景は酷い有様だった。

あちこちで局地的戦闘が起こり、前線は崩壊、未だに聞こえる種子島の銃声。

所々で敗走する兵達。

 

何故このような事になるまで儂に報告しなかったのだと義龍は憤慨した。

それと同時に、僅かな手勢と思い無策で突撃した事を悔やんだ。

無策で戦った結果、二重、三重に重ねがけされた敵の策に溺れたのだ。

高々二千程度の軍勢に、一万の兵と言う圧倒的兵力差がありながら・・・。

 

【負けたのだ】

 

義龍は悟った。

何故最初から敵は撤退を選ばなかったのかを考えなかった?

無策で戦ったから?

敵の兵の方が上手だったから?

いいや、自身が驕ったからだ。

義龍は唇を噛んだ。

 

「おのれぇ、覚えておれよ・・・」

 

腹の底からなんとか捻り出した言葉だったが、それでもなお、義龍の怒りは消えなかった。

 

「なんだ?逃げるのか?」

 

勝家は義龍を挑発する。

しかし、義龍はその言葉に苦虫を噛み潰したように歯を食いしばり、槍を持つ手が震える。

 

「此度の戦・・・貴様らの勝ちだ」

 

それだけ言い残して、義龍は去っていった。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

清洲城にて、信奈は皆光からの報告を今か今かと待っていた。

そして、遂に皆光からの早馬が清洲城へ到着した。

早速通すように命じた信奈だったが末森城の時のように敗戦の報告だったらどうしようと、信奈は一人震える。

そして、信奈の隣には扇で口元を隠した一人の姫武将、丹羽長秀が控えていた。

 

そして、一人の鎧武者が駆け込んできた。

 

「申し上げます!」

 

信奈はゴクリ・・・と一人喉を鳴らしながら、思わず立ち上がる。

 

「小早川皆光殿率いる織田軍は、長良川にて齋藤道三殿と合流したのち、義龍軍と激しい合戦を繰り広げ・・・」

 

信奈の心臓が高鳴る。

 

「義龍軍一万を撃破!お味方の勝利でございます!」

 

信奈は力無くへたりこんだ。

傍では、扇を膝へ落としたまま固まっている長秀。

 

「皆光が・・・勝った?蝮は!?蝮はどうなったの!?」

 

「は!小早川皆光殿は陣を引き払い齋藤道三殿を伴い、尾張への帰途についております!」

 

一万の軍勢を二千もいない兵力で打ち破った・・・信奈はその報告が信じられなかった。

信じていなかった訳では無い。

だがまさか撤退してくると思っていたのを打ち破るとは思っていなかった。

 

「デアルカ・・・」

 

信奈は、そう言うのがやっとであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




なんか、好き放題やってしまい大変申し訳なく思います。
オリジナル展開・・・書いているうちは楽しかったんですが・・・。

もう少し上達させたいと思います・・・。


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狭間 前

どうも、作者でございます。
忙しく、投稿が遅れ申し訳ございません。
ですが、モチベが下がった訳でもなく、合間合間に作業していたため遅れました。

では、十二話、お楽しみ頂けたら幸いでございます。


 

 

 

各所の忍びが、闇夜に急ぎ飛び交う。

何処の誰が何をしたか。

それを主に報告する為に。

誰もが口を揃えて言った。

 

【とある戦である将率いる織田が勝ったらしい】

 

ただ勝っただけならば、そうも忍びは急がない。

それでも尚、忍び達は急ぐ。

 

【二千に満たない軍勢が正面から一万を破った】

ただそれだけ?

 

 

状況が良かった?

状況ならば相手の方が良かっただろう。

 

並外れた武勇があった?

そんなものでここまで差のある戦が左右されてたまるか。

 

ならば何があった?

 

 

【知恵 知謀 策略 戦略 軍略】

 

 

戦では、謀り多きが勝ち少なきが負けると言う。

ただ、勝ち方が・・・異常過ぎただけだ。

 

忍びを駆使し、一兵卒たりとも無駄にせず、相手を翻弄しその結果真っ向真正面から・・・結果、自軍の損害は三百程度、相手の損害は・・・

 

【四千】

 

その差、十倍以上である。

 

 

 

【長良川の戦い】は、大名各所に伝えられた。

 

 

紅き虎は豪快に笑った。

そのような者がうつけの元におるのかと。

凶悪な目つきで楽しそうに口角を上げながら。

 

白き龍は静かにその瞳を閉じる。

義将は黙して語らず。

しかししっかりとその者の名を記憶に刻む。

 

黒き獅子は鼻を鳴らした。

そのような事が出来るのかと。

華奢な体を揺らし、杯を傾け夜空を見つめる。

 

明智の将は疑問を抱く。

そのものの名を何度も口にし、困惑する。

そして、波乱が近いことを悟る。

 

十二単を着込む姫は甲高く笑う。

そのようなものは偽報だと。

自信と傲慢に濡れた笑いを上げながら。

 

その他各方に、その名は知れ渡る。

 

それぞれも思惑が交差する。

そして、その思惑は全てひとつになる。

 

【次にその者の名を聞いた時 その時はかつてないほどの騒乱が訪れる】

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

闇夜を走る無数の灯火。

翻る旗は織田の家紋。

長良川の戦いを制した皆光率いる織田軍は、義龍軍からの追撃を避ける為、休む間もなく信奈が待つ尾張、清洲城へとまっすぐ進んでいた。

が、それだけならば良かった。

追撃されることもなく、悠々と戻れる筈だった。

戦が終わり、近隣諸国の状況が心配になった皆光は駿河の様子を手空きの忍び達に探らせてみた。

そして、急遽飛び込んできた急報により、闇夜を強行しなければならなくなってしまったのである。

 

【今川義元率いる二万五千の兵が駿河を発つ】

 

もとより兵の準備をしているのは知っていたが、何も今でなくとも・・・と皆光は歯噛みする。

そして、そんな急報に織田軍は勝利に酔いしれる間もなく、強行軍を始めた。

 

皆光が十全な守りをと言ったはいいが、今川義元と正面からやり合ってしまえば敗北は必須である。

故に桶狭間の戦いを起こす必要があると、皆光は急ぐ。

 

策を練る暇はない。

すぐにでも姫様に知らせなければ・・・。

そう皆光の軍勢は急ぐも、兵達の疲弊は激しく、行きに比べ行軍速度が著しく落ちている。

 

「坊主、ここら辺で一度休まねば兵も着いてこまい」

 

流石にこれ以上の行軍は厳しいとみた道三は皆光に野営を提案した。

 

皆光は苦虫を噛み潰したような表情をしながらも、致し方なしと頷いた。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「ほ〜っほっほ!さぁ皆さん、軍を進めなさいな」

 

甲高く耳障りな高笑いを発しながら、十二単を着込んだ少女は、雅な輿へと乗り込んだ。

 

【駿河の大大名、東海一の弓取り】

 

今川義元

 

それが少女の名であった。

 

先の美濃の戦で織田勢が勝利を収めたという事の詳細を三河の忍びに聞いた義元は、何をたわけたことをと、一笑に付した。

 

精々が弱卒ばかりの織田の兵が全て出払いでもしたんでしょうと楽観的な思考のもと、機は今なりと全軍に動員をかけた。

それに乗じ、三河の松平元康率いる三河衆も挙兵。

 

我ながら完璧な作戦ですわ、と自画自賛する。

義元にとって、織田家は邪魔なだけであった。上洛するにも尾張をとらねばならず、何度も小競り合いを起こしてきた。

その都度、跳ね返されていたがそれも此度で終わる。

 

闇夜に響く高笑い

 

揺るぎなき勝利

 

 

 

【桶狭間の戦い】

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

早朝

 

帰城した織田軍を迎えたのは大歓声だった。

あちこちから飛び出してくる街の人に、もみくちゃにされる兵達。

心做しか、道三の美濃兵達が居心地悪そうに身をよじる。

 

が、それを気にする事もなく、皆光は道三と勝家と共に清洲城へと登城した。

 

本丸では、既に信奈が上座に座っており、他の重臣達も集まっている。

集まっている者達の表情は皆暗い。

何事かと言えば想像するのは容易い。

恐らく皆光と同じ報告を、既にうけたのだろうと皆光はあたりをつけた。

皆光は、臣下の礼をしながら、信奈の前に平伏した。

 

「姫様、美濃より齋藤道三殿を連れて参りました」

 

その言葉を聞いて初めて信奈は嬉しそうな表情を浮かべ、デアルカ、と返事を返し道三へと視線を向けた。

 

「随分こっぴどくやられたようね。蝮」

 

「ふん、礼は言わぬぞ」

 

まるで、正徳時の会見の時の様なやりとりに思わず皆光は苦笑してしまう。

相変わらず素直でない方達ですと、生暖かい目線を向けていると、それに気付いた信奈に睨まれる。

 

「で!どうせあんたはもう知ってるんでしょう?」

 

そう皆光へと強く言い放った信奈の顔は、ニヤニヤと嫌味な表情で皆光へ問うた。

 

「えぇ、今川義元でしょう?」

 

すんなりと答えた皆光に、信奈は仏頂面で舌打ちをかました。

 

「はてさて、二万五千ですか・・・」

 

考え込む皆光に、信奈は、ニッコニコである。皆光に頼めばなんとかなると思っているのだろうか。

 

「無理ですね!」

 

笑顔でそう言い放った皆光に、信奈はおろか、道三に勝家、長秀や他の重臣達も表情が凍った。

 

「今・・・なんて?」

 

「坊主、冗談はそれくらいにしておけ」

 

「皆光、どうしたんだ?疲れているのか?」

 

「知恵ものを自称していると聞き及んでいましたが・・・五点です」

 

各々自由な反応をしているが、冗談だとでも思っているのだろうか。

皆光は忍び達の情報や、義元の人柄を聞き及んだ上で、今川義元と正面から戦うことは避けねばならないと考えている。

 

「正面からは・・・と言う意味ですよ。さてと、良いですか?」

 

そう言いながら、皆光は指先を三本立てる。

 

「先ず、此度の対今川に対して、絶対に正面から迎え撃てぬと言うのが正直なところです。理由は三つ程・・・。

まず一つ目は、言ってはなんですが今川義元は少々頭が足りない事。

そして二つ目は、織田を侮り、ただの弱小としてみていること。

そして三つ目は、三河衆がいる事でございます」

 

なんとも言えない理由に、全員が首を傾げるが、その中で勝家だけは、なるほど!と勇んで立ち上がった。

まさかの勝家殿が!?と思わず皆光は、え!?と叫んでしまった。

 

「つまり正面から戦えないなら後ろに回ればいいんだな!」

 

「違います」

 

「じゃ・・・じゃあ!本陣に斬りこんで・・・」

 

「勝家殿・・・話は最後まで聞きましょうか?」

 

膝を抱えて床にのノ字を描き始めた勝家に、皆優しい視線を向ける。

とうとう涙目になってきた勝家に皆、一斉に視線を逸らした。

 

「まぁ・・・今回ばかりは、勝家殿が最も正解に近いでしょうね」

 

勝家は歓声を上げた。

その他の者は信じられないといった表情だ。

 

「なぁ!皆光、今すぐにでも出立しよう!」

 

「勝家殿・・・話は最後まで聞きましょうか?」

 

皆光は笑顔を向けたはずなのだが、その笑顔を見た勝家は、ヒィッと声を上げ、大人しく席に着く。

後に勝家は語った。

あの笑顔は殺る気に満ち溢れていたと。

 

 

 

「先程の三つが何故、負ける要因になるか・・・と言うことですが、一つ目は、頭が足りない・・・つまり、負ける事を考えず、力押しが出来るということ。以下にこちらに有利な状況下であっても、大軍の力押しでは相手の方が上手ですからね。

ま、本来そのために策を巡らすのですが・・・」

 

「そこで三河衆と言うことですね?」

 

そう言いながら扇で口元を隠した姫武将【丹羽長秀】

 

「そういう事です。えっと・・・」

 

「紹介が遅れましたね。丹羽長秀と申します」

 

一瞬固まった皆光だったが、すぐに立ち直り、一言よろしくお願い致します、と返した。

 

「という事で、三河衆を率いる松平元康が邪魔になります。かと言って、敗北の色が濃い織田に加勢させる事が出来るかといえば、そうではありません。

つまり、策を立てても看破された場合、別働隊として自由に動き回られれば、織田は戦線をふたつ抱えてしまうことになります」

 

松平元康・・・名を改め、徳川家康として後世まで、狸と伝わる程の傑物だ。

看破されぬわけがないだろう。

 

「そして三つ目は、侮っている。つまり下に見ている上に、気位が高い・・・故に敗走させることが困難な事です」

 

道三と信奈、長秀はなるほどと相槌を打った。

 

「確かに、義龍は侮った上で策にはまり、挙句敗走しておる。つまりそれら全てが使えぬと言う訳か」

 

「我らの置かれた状況は零点です」

 

「はぁ・・・あんたならなんとかと思ったんだけどね。尾張名古屋とは、よくいったものだわ」

 

そう洒落を飛ばす信奈に、五点ですと辛口な採点を付けるが、採点癖とはこれいかに。

 

「ま、勝てぬと言ってはおりませんが」

 

道三はまた始まったと顔を手で覆いながら、ため息を吐いた。

何だかんだと話す機会に恵まれた皆光と道三だったが、一癖、二癖もある織田家にいるだけはあると、道三は胃のあたりを抑えた。

 

「え?勝てるの?」

 

「まぁ、あくまで勝算の話ですが」

 

皆光がそこまで言うと、部屋の外が騒がしくなり、傷だらけの武者が入ってくる。

 

「失礼します!今川軍により、尾張と三河の国境にあった各砦が陥落!守備に当たっていた者達は全滅しました!」

 

と報告したが、その直後にもう一人入ってくる。

 

「失礼します!今川軍、尾張領内に突入してきました!」

 

明らかなカウントダウンが始まる。

結果は滅亡か、勝利か。

敗北した時点で、織田家は滅ぶ。

 

先程までの希望が、打って変わって一様に皆の顔が暗くなる。

 

「となると・・・次は丸根砦、鷲津砦ですか。幾許の猶予もなくなりましたな」

 

が、なんとしても桶狭間の戦いとして勝たねば、織田家は大量の兵を失う事になる。

策を用いれば、正面から打ち破ることも可能ではあったが、それに対する対価は何も無い。

駿河をとれるかと言われれば、そうでは無いのだ。

何せ、駿河の隣国は甲斐の武田である。

今川義元が討ち取られたとなれば、すぐにでもかっさらって行くだろう。

ならば、無駄に疲弊する必要はない。

 

故に【桶狭間の戦い】は必要なのだ。

なんとしても起こさせねば・・・。

 

皆光は無言で席を立つ。

周りの者達に何処へ行くかと聞かれるが、忍びでもいれば露呈してしまう。

 

「姫様、兵を出されませ。しかし、早ってはなりませぬ。神に祈るのです。参拝を済ませなされ。さすれば、私は織田の策士として、秘策を授けましょうぞ」

 

信奈へそう告げた皆光の瞳に、皆は息を呑んだ。

 

「な・・・何を言って・・・」

 

信奈は思わずたじろぐ。

 

「失礼」

 

そう言った皆光は、部屋を出ていった。

その瞳は時折、信奈が見せる魔王の姿に酷似していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

城を出た皆光は、晴々とした空を眺めていた。

さて、姫様が気付いてくれるだろうか。

そう思いながら、八にまたがる。

戦かみぁ?

儂らもいくみぁも!

そう言って、着いてこようとする兵達に苦笑しながらも、姫様に従ってくださいなと皆光は兵達を説得する。

 

すると、城から未だに甲冑を解いていない道三が出てきた。

 

「おや、もう軍議は良いので?」

 

「坊主が先に出てきておるじゃろうが、今更爺が出てきた所でとやかく言う輩もおるまい」

 

「とは言え、道三殿のお声が無ければ家臣は割れますぞ」

 

刺すような言い方をする皆光に、道三はふぉっふぉっと朗らかに笑った。

 

「ふん。儂程度の声なんぞ、一笑に付されるだけよ。信奈殿は坊主の言葉を聞いて部屋に篭ってしもうたからの」

 

「ならば良いでしょう」

 

皆光はホッと安心した。

信奈は恐らく、誰にもとやかく言われること無く考える事に集中しているのだろうと皆光は笑みを浮か、八の手網を握る。

 

「死ぬなよ。坊主が死ねば、信奈殿が折れてしまうやもしれん」

 

「はっ!毒持ちの蝮がよくもまぁ・・・ですが、そう簡単に死にはしませんよ」

 

そう言って皆光は駆けようとするが、不意に道三から何かが投げられる。

思わず掴んでしまったが、それは見事な太刀であった。

「何故?」

 

「山の中を槍で戦うつもりか?」

 

皆光は、なるほど・・・と肩を竦めた。

 

「しばしお借りしますよ」

 

そう言って、手元の槍を道三へ投げ渡す。危なげなくそれを掴んだ道三は、その槍を見つめる。

 

「恩人の形見です。しばし預けますよ」

 

そう言い残すと、今度こそ皆光は駆けて行った。

 

遠くなっていく皆光の背中を、道三は見えなくなるまで見つめ続けていた。

 

道中五右衛門率いる川並衆と、さらに忍び達が合流した。

 

「他家に行かれるか?」

 

「ご冗談を、私は姫様以外にお仕えするつもりはありませんよ?」

 

「左様でござるか」

 

「左様ですよ」

 

何やら嬉しそうな五右衛門と、喝采を上げる川並衆。

五右衛門が背後に飛び乗り、皆光の肩を真っ赤になりながらも掴む。

 

なにやら邪念が飛んでくるが、もはや慣れたものである。

このロリコン共め・・・と皆光は苦い顔をしただけであった。

 

「道案内を頼みます。とりあえずは桶狭間に向かいましょうか。それと奏順、織田軍の動向を伺ってください。何かあればすぐに伝えれるように」

 

奏順は、了解ダ、とだけ残し消えていった。

 

「桶狭間・・・でござるか?」

 

「手当り次第、今川の本陣を探します。そこを姫様に奇襲して頂く」

 

「なるほど・・・流石は小早川氏でござる」

 

相変わらず周囲が騒がしいが、ただのロリコン共の怨念なので、無視していく。

とは言え、丸根砦と鷲津砦の両砦が落ちるまでが勝負である。

未だにやかましい川並衆に流石の皆光も、

 

「はいはい。五右衛門はあなた達の心のお嫁さんデスよー」

 

と棒読みで言う皆光だったが、五右衛門に後頭部を殴られ、思いのほか強い威力に鼻先を八の首にぶち当てる。

 

出発は締まらないが、まぁいいだろう。

 

一行は桶狭間へと向かった。

 

結論。

 

桶狭間は山でした。

 

「五右衛門・・・私は桶狭間に連れて行ってくださいとお申したのですが・・・」

 

憎たらしいほど愛らしく首を傾げながら、指をさして桶狭間山でござると言う五右衛門。あざとい。

 

「ちなみにどの辺が狭間ですか?」

 

「ぬぅ・・・」

 

他の者達はそもそも土地勘がない者達ばかり。

皆一様に首を傾げている。

 

「まぁ、となれば次は田楽狭間ですかね」

 

そも桶狭間の戦いとは通称であり、実際の合戦場は、田楽狭間であると、史実には書いてあった。

つまり最初から桶狭間を目指すこと自体間違いなのだ。

 

策士策に溺れる。皆光は膝を折った。

皆光が少しばかり項垂れていると何やらゾロゾロと女の子が集まってくる。

 

「やぁ!皆光くん、尾張の貴公子!織田勘十郎信勝改め津田信澄、皆光くんとの友情の誓いを果たすべくただいま参上!」

 

女の子達を率いてやってきた信澄に、皆光は冷ややかな目線を浴びせる。

 

「お久しぶりですね、のぶす・・・バカ殿どの」

 

「なんで言い直したんだい!?しかも間違っている方に!」

 

「吹き飛ばすでござるか?」

 

そう言った五右衛門の手には、焙烙玉が握られている。

 

「ならばその先頭のお馬鹿だけにして下さいね」

 

「あぁもう!君という奴は!少しは優しさというものがないのかい!」

 

「あなたに優しさを見せると付け上がるでしょうが・・・」

 

もはや頭も痛いと首を振りながら原因である信澄に、今すぐにでも吹き飛んで貰えないか交渉しようとした。

しかし五右衛門がそれに待ったをかける。

 

「小早川氏、時間が無いでござるよ。桶狭間山はどうするでごじゃるか?」

 

皆光の後ろで男共が悶える中、信澄の後ろでは、女の子が悶えている。

思わず青筋を立てる皆光は、今からでも今川義元に滅ぼしてもらえばいいのにと思いながら口を開いた。

 

「狭間とあるのに狭間がない山なんぞに用はありません。さ、田楽狭間へ行きましょうか」

 

そう言った直後、信澄親衛隊の女の子が一人、桶狭間には平地があるとこぼした。

 

さて、いよいよ分からなくなってしまった。

 

何やら噛みそうな名称を説明してくるが、五右衛門に振ろうとすると無言で脛を蹴られる。

最近この子に遠慮がなくなってきている気がすると思うのは気の所為だろうか。

皆光は無言で脛をさすった。

 

「であるならば、平地か狭間ですね。山はないでしょう」

 

「何故でござるか?山頂ならば今川軍は有利に動けるでござるが」

 

「今川義元は雅な輿を好むと言います。上洛を目論むのであれば、それこそ輿に乗るでしょうが、輿で山越えをするには、少しばかり厳しいでしょう?」

 

実際、桶狭間の戦いでも今川義元は御輿に乗っていたという。ならば山道を嫌うのは致し方ないだろう。

 

五右衛門はなるほど、と納得してくれた様子だ。

 

「五右衛門は手勢を連れて田楽狭間へ向かっていただけますか?」

 

「小早川氏は?」

 

「このバカ殿を連れて桶狭間に向かいます。が治宗、右衛門、定保をお借りしますよ。念の為にね」

 

三人は、御意・・・と返事を返し、五右衛門はブツブツと何やら言いながら渋々田楽狭間へと進路をとる。

「どうか、ご無事で」

皆光達も地元の女の子に先導され、桶狭間へと向かった。

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど・・・あれが・・・」

 

義元の本陣は桶狭間であった。

 

「いた・・・あれが義元・・・あのうるさいの」

 

駿河に密偵として忍び込んでいた右衛門が、一人の少女を指さした。

なんとも優雅な姫様だが、皆光は義元のようなタイプは苦手である。

暫く眺めていると背後から音もなく奏順が降り立った。

 

「織田の姫さんが清洲城をでたゾ。熱田神宮に陣を構えてル」

 

「気付いてくれましたか・・・」

 

「どういうことだい?」

 

「姫様にお祈りをするように申しただけですよ」

 

「わけがわからないよ」

 

頭に疑問符を浮かべている信澄を構っている暇はないと、なんとか足止めが出来ないかと思案顔で信澄を見た。

 

とは言え、町娘とバカ殿である。

残念ながら、足止めができるとは思えない。

 

「ちぃ・・・足止めでもできれば・・・」

 

「なるほど!それは名案だね。僕の親衛隊ならばまずは疑われないだろうからね」

 

「何を言っているんですか?あなた達が足止めを?どうやって?」

 

こちらこそ訳が分からないとばかりに皆光は信澄を見る。

だが、至って真面目に言っているようでさらに言葉が続く。

 

「酒を振舞ってやればいいのさ!あとはちょいと舞ってやれば義元は籠絡できるさ!」

 

その自身は一体どこから来るんだろうか。案外大物なのかもしれないが、才能を娯楽に使い過ぎだと皆光は頭を抱えた。

おかげで末森城は落ちたのだが。

 

「ならば、ここは頼みますよ?」

 

「大船に乗ったつもりでいたまえ!」

 

「沈んでしまえばいいのに」

 

「最後の最後まで君は酷いな!?」

 

相も変わらず意味の無い掛け合いをする二人だが案外、相性はいいのかもしれない。

 

そして、皆光は駆け出した。

 

いくらか駆けた所で、不意に背後から殺気を感じた。

最近何度もいたずらに忍び達から、苦無やら殺気やら飛ばされるので多少敏感になっていた。

 

背筋の悪寒に身を任せ、体を捻り、横へ逸れると脇のすぐ下を手裏剣が通過していった。

 

手裏剣が飛んできた方向には、冷たい瞳、漆黒の忍装束、並大抵では行かないであろう忍びが立っていた。

さらに増えていく忍び達に、唇を噛みながらも臨戦態勢をとる。

 

皆光の背後には、奏順、治宗、右衛門、定保が着地していた。

 

「よくかわしたと思えば・・・忍びを率いていたか・・・」

 

「今川の忍び・・・と言えば伊賀忍者ですか」

 

「我が名は、服部半蔵。織田の間者を返すわけにはいかん」

 

服部半蔵・・・と言えば服部堂・・・なるほど、松平元康の手の物ですか・・・と皆光は冷や汗を垂らす。

 

「今川方の本陣を突き止めるとは・・・名のある侍と見た・・・行くぞ」

 

次の瞬間には、既に背後に立っていた。

身体中が総毛立つ。

咄嗟にしゃがみ、一太刀を躱すと、半蔵へと右衛門の苦無が飛来するが、半蔵は危なげなくそれを避けると次の瞬間には、半蔵とその配下達と、皆光の忍び達の乱戦となっていた。

 

現れては消え、現れては消え、もはや目で追えるものではない異次元の戦いに、流石の皆光も眺める以外できなかった。

が、すぐ目の前に半蔵配下の忍びが現れる。

 

思わず下がるが、既に忍刀の間合いに入っている。

 

(回避が間に合わない!?)

 

斬られる・・・皆光はそう思ったが、奏順が乙女らしからぬ声を出しながら、その忍びに飛び蹴りをかます。

思わず忍べよ・・・と突っ込みを入れたくなったが、その場を飛び退き、先程まで立っていた場所に手裏剣が突き刺さる。

 

「行ケ!ここにいたら死ぬゾ」

 

「早く向かわれた方がよろしいかと!」

 

「ここは・・・任せる・・・」

 

「追手はお任せ下さいです」

 

各々が皆光に逃げろと訴える。

そのお陰でようやく我にかえった皆光は、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながらも、逃げることしか出来ない己の不甲斐なさを悔いた。

 

「死んではなりません!必ず生きなさい!何かあればすぐにでも逃げなさい!」

 

そう言った皆光に、忍び達は静かに頷くと、直ぐに乱戦で見えなくなってしまった。

 

皆光は、直ぐに走り出した。

 

音が近づいては離れていく。

なおも追いすがろうとする敵を必死に抑えてくれているのだろう。

 

何度も躓き、その度に一歩でも先へと走る。

 

音も聞こえなくなり、なんとか逃げ切ったかと息を整えようとした時。

サクサク・・・と言う音と共に左腕に激痛が走った。

二の腕に二本の手裏剣が皆光に突き刺さっている。

 

「グッ・・・ガァ・・・まだいるのか・・・」

 

ふと背後に気配を感じ、左の腰に差してあった道三の太刀を抜き放ちざまに振るう。

が、初心者の刀が当たるはずもなく、正面に向かい合う形で、皆光は追跡者と対峙した。

 

追跡者は、半蔵だった。

 

「あの忍び達はよく戦っている。よもやあの数が足止めされるとは中々の手練達よ」

 

皆光は歯噛みした。

殺気がない。

無い訳では無いが、先程よりも大幅に薄まっている。

殺す気は無い訳では無いだろう。

つまり、殺す為に殺気を消しているのだ。

 

皆光はしっかりと刀を握り締める。

 

「流石に・・・不味いか・・・」

 

ひとまず毒はないようだが、止血はせねばならないだろう。

が、それをさせてくれる相手でも無いことは明らか。

 

皆光は正しく・・・絶体絶命に陥っていた。

このままでは・・・。

 

 

 

死ぬか・・・。

 

 

帰れるのなら・・・いいかもしれませんね。

 

 

諦めようとする皆光だが、意思に反して、体は熱を持っていく。

刀は手から離れず、感覚が研ぎ澄まされていく。

 

不意に半蔵の腕がぶれる。

地を這うように、飛んでくる手裏剣を無感情な目で見つめる。

 

しかし、今度は半蔵が驚く番であった。

地を這う軌道の手裏剣は、軌道を変え皆光の喉元へ向かったが、皆光はいとも容易く身を翻し、逆に地に這うことでその手裏剣を避けたのである。

 

さらに半蔵が手裏剣を投擲するが、真っ直ぐな軌道を描いて飛んでいく手裏剣をあろう事か刀で弾いたのである。

 

何かが違う。先程までの奴ではない。

そう思った半蔵は、奥の手を使う事とした。

毒手裏剣である。

 

「ハンミョウの毒だ。掠っただけで死ぬ。成仏せい!」

 

未だにこちらを無表情で見つめる皆光に、何か薄ら寒いものを感じながらも、半蔵は手裏剣を投げた。

 

しかも、刀で弾けないようにどれひとつとして軌道が被らないように投げられた手裏剣全てが皆光へ向かう。

 

皆光も迎撃の姿勢をとるが、既に手裏剣は刀の間合いへと近付いていた。

次第に、皆光の表情が歪む。

恐怖ではなく・・・その表情は、まさしく苦悶の表情をしていた。

 

そして・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 




またもや一万文字近く・・・。
そろそろ文字数軽くしたいのですが、書くのが楽しいとどうしても長文になるんですよね・・・。

ご閲覧、ありがとうございました。
コメント、誤字脱字報告、評価。
お待ちしております。

桶狭間・・・長かったです


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狭間 後 と心

本日のご閲覧ありがとうございます。
次の話を執筆しながら、近々前半後半に分けてある話を統合しようかなと考えております。
また、ここちょっと・・・や、ここすごく面白いよ!の様な、具体的な意見を聞きたいな・・・と思いますので、是非とも感想よろしくお願い致します。



 

死ぬ・・・死ぬ・・・。

 

苦悶の表情を浮かべながら、迫り来る手裏剣を見つめる。

体が動かない。

先程まで、感じていなかった恐怖、痛みがまとめて襲い来る。

刀を持つ手が震える。

火事場の馬鹿力とはよくも言ったものだと、皆光は天を仰ぐ。

目に映る半蔵の仕草、風を切る手裏剣の音、自身の鼓動。

ただ・・・ゆっくりなのは皆光の体も同じこと。

 

体は動かそうと言う意思に反して、ピクリともしない。

 

(終わったか・・・)

 

これで・・・・・終わるのか・・・終わってしまうのか。

 

 

 

 

カン、キン、キンッ!

 

 

 

今にも刺さるだろう距離の手裏剣が、横合いから伸びてきた朱槍に薙ぎ払われた。

次の瞬間、皆光の時は周囲と同じ速さに戻った。

 

「はっ、はっ、はっ・・・」

 

皆光は、思わず地面に膝を着く。

脳内麻薬で何とかなっていた思考も、体の時間も、全てが元に戻る。

あまりの疲労に、思わずえずく皆光だったが、自らを助けた人物が気になり、視線を上げる。

皆光の正面には、見慣れた後ろ姿が・・・なかった。

 

「姫さまの危機と聞き、ただいま帰り新参として参上つかまつり候」

 

真っ赤な朱槍にド派手な虎の毛皮を頭に被り、南蛮風にかぶいた小柄な少女。

 

「まさか・・・犬千代?」

 

「そう・・・犬千代。・・・皆光は運がいい。実は夕べからこの山で野宿していた」

 

なんともまぁ随分と変わりましたね・・・と皆光は呟くが、犬千代は気にすることもなく朱槍を振り回す。

 

「全く・・・ですが、確かに運が良かったですよ。犬千代、助かりました。この忍び、お強くてね」

 

「・・・犬千代も強い」

 

「なるほど・・・確かに・・・」

 

犬千代・前田利家とは後世にまで語り継がれ、比類なき槍の名手として槍の又左の異名を持つ武将だ。

 

そんな槍の名手と、これまた歴史に名を残してしまった伝説の忍びが激しくぶつかり合う。

目で追えるものではない高度な撃ち合いだが、この世界での槍の名手は・・・少女である。

実力は拮抗していたとしても、膂力に差があれば、いずれ崩れる。

 

「早く・・・信奈さまのところへ」

 

犬千代の槍は徐々に鈍くなり、半蔵の刀は徐々に速さが上がっていく。

 

「あなたを置いては行けません・・・」

 

(このままでは・・・私を助けたばかりに犬千代まで死んでしまう・・・)

 

【知識に賭ける】

 

皆光はゆっくりと二人に向かって足を進め始める。

 

「あなたの主は松平元康でしたか。確か・・・今川の犬だったかと存じますが」

 

「何が言いたい・・・」

 

犬千代との打ち合いをやめ、こちらを鋭く見つめる半蔵に、皆光は背筋を震わせた。

力なく地面に倒れ込みそうになるのを必死に槍で支え、犬千代が困惑しながら皆光を睨み付ける。

 

「はてさて・・・今川はどうやって京へ登るのでしょうね。この先激化して行く戦いに・・・あなたの主君は何度戦わされるのでしょうか。先ず織田を破ったとして?齋藤、浅井、六角、朝倉、松永・・・全てを破った頃には、あなたの主君は生きているのでしょうか?」

 

「だからどうした?強大な今川相手に謀反でも起こせと?」

 

「謀反なんぞ必要ありませんよ。今川は今宵、地に堕ちる」

 

「織田勢ごときが今川に勝てるわけがなかろう。何処にそんな根拠がある」

 

「美濃では勝ちましたぞ」

 

そう言ってクスクスと笑う皆光を見て、半蔵は思い出した。

さきの美濃での戦で、迫り来る大軍を敗走させた者がいる事を。

 

【その者が織田にいる事を】

 

半蔵はまさかと訝しむ。

 

「貴様・・・名は」

 

「小早川皆光と申します」

 

どうぞお見知りおきを・・・そう言って笑う皆光に、半蔵は確信した。

先の戦を勝利に導いた者がこの男だと。

 

「確かに貴様ならば勝つやもしれん。だがその後勢いに乗った織田勢が三河に攻めてくれば、我が姫は上洛戦と同じ道を辿るとは思わんか?」

 

「私ならば逆に、姫様に盟を結ばせますが。美濃の蝮、斎藤道三が織田家にいる以上、必ずや織田は美濃を攻略にかかるでしょう。が、背後が敵国であれば、軍を動かすに動かせない。ならば、尾張の背後に位置する三河には、必ずや味方になってもらわねば、美濃を攻めることは不可能。ゆえに織田が今川を破れば、あなたの主君は晴れて自由となる。まぁ、私がこの場から生きて帰れれば・・・のお話ですがね」

 

未だに笑いながら話を紡ぐ皆光に、半蔵は言葉を発することが出来なかった。

 

(この男・・・どこまで先を・・・)

 

この男は危険だ。だがこの男ならば・・・。

 

「その言葉に偽りはないか?」

 

「必ずや、成してみせましょう」

 

「今回だけは貴様の言葉を信じてやろう。だが約束を違えれば、どこへでも忍び行ってその首を貰い受けるぞ」

 

「ご自由に」

 

会話が終わると、溶け込むように消えていった半蔵を見届けて、皆光は膝を折った。

 

「さすがに・・・死んだかと思いましたよ」

 

「助かった?」

 

「えぇ・・・なんとか・・・」

 

そう言って四股を投げ出し、倒れ込んだ二人は、暫し休憩をとる。

そして、木々の上で各々傷だらけになりながらも忍び達全員が皆光の元へと帰ってきた。

 

「さて・・・もうひと仕事です」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆光は、犬千代と共に忍びたちの治療を受けて八で駆け、なんとか熱田神宮にある織田軍の本陣へ足を踏み入れた。

 

本陣の中央に置かれた床几には、不機嫌そうな顔をした信奈が座っていた。

最近皆光を見る度に不機嫌そうな表情を見せる信奈に、皆光はやれやれと言ったふうに謁見する。

 

「あんたの秘策、借りに来てやったわよ。全く、参拝しろなんて分かりずらいったらありゃしないわ」

 

「今川方に忍びが居ることを思っての言葉ですよ。逆にあの場でこうしましょうなんて言っては、相手にご丁寧に教えて差し上げるようなものでしょう?」

 

「だからってあんな冷たく言わなくても・・・」

 

「どうかされました?」

 

「なんでもないわよ!」

 

思わず信奈がぼそっとつぶやくが、聞こえていなかったのか、皆光は首を傾げる。

思わず顔を赤くしてなんでもないと言った信奈だったが、途端に表情を引き締める。

 

「で、なんで犬千代がいるの?あんたは放逐したはずでしょ?」

 

「まぁまぁ・・・犬千代が悪い訳でありませんし、むしろ頼んだのは私ですから」

 

「・・・・・・分かったわよ。犬千代は今日で織田家に帰参、わたしの小姓としてもう一度迎えるわ」

 

口ではそう言いながらも、嬉しそうな信奈に皆光も笑みを浮かべる。

犬千代は静かに臣下の礼をとると、静かに了承した。

 

「さてと、残念ながら時間はそう残されておりません。私と配下の者達で今川方の本陣を突き止めました。周囲に他の隊の影はなく、完全に孤立した状態で桶狭間山の東の麓、通称桶狭間と呼ばれる平地にて、五千の兵と共に休息しております。津田信澄殿とその配下の者達が酒を振る舞い、足止めをしています」

 

「勘十郎が?」

 

「あの御仁も中々に。私の秘策はもう言わずともよろしいですね?」

 

そう微笑みかけた皆光に、不敵な微笑みで返す信奈。

 

「全軍で桶狭間へ突撃よ!わたしの全部を、この奇襲にかけるわ!」

 

一斉に兵達が鬨の声を上げる。

 

信奈が神に祈りともつかぬ不遜な物言いをかまし、皆光は若干呆れたが、不意に肩をつつかれて背後を振り向く。

 

「おや、五右衛門。お早いお戻りですね」

 

そう言った皆光に、五右衛門は少し腹立たしげな表情をするが、何やら懐をゴソゴソとまさぐっている。

 

そして、何やら不安げな色をした軟膏を皆光と犬千代に塗りたくって消えていった。

 

なんだったのだろうか・・・。

 

「大将!わしらも行くみゃあ!!」

 

我に返ると、馴染みの騎馬隊の皆が皆光に向かって叫んでいた。

 

「姫様・・・休ませておやりなさいよ・・・」

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

織田軍が一斉に桶狭間へと動き出した。

 

出来うる限りの速度で猛進する中、急激に天候が荒れ始めた。

雷と豪雨、そして背後から吹き付ける暴風に、織田軍は押されさらに進軍を加速させる。

 

天の怒りか!神の怒りか!と軍がどよめくが信奈がそれを黙らせる。

 

「これぞ我が天運!この雨に乗じて一気に桶狭間を襲うのよ!雑兵は捨ておきなさい!狙うは今川義元ただ一人!」

 

そもそも神をなんだと思っているのだろうかと皆光は激しく疑問に思うが、ぶっちゃけ史実の信長も案外こんなものなのかもしれないと思うと、なるほど、的を得ているとひとり納得する。

 

 

豪雨の中、不意に今川の本陣に雷が落ちる。

本陣の横断幕が燃え始めると同時に、一気に織田軍は今川軍の本陣へ逆落としをかけた。

 

「全軍!かかれぇぇっ!」

 

今川軍は皆一様に油断しきっていた。

 

「一番槍はこのあたしが!」

 

勝家が馬上で槍を振りかざし、本陣を守ろうとしていた今川兵を吹き飛ばす。

 

「はっはっは!これが桶狭間か!」

 

勝家が大軍へと割って入る中、皆光も負けていられないと背後を確認する。

皆光の騎馬隊が足並みを揃えて背後に着いてきているのを確認した皆光は、刀を抜き放った。

 

途端に騎馬隊の雑多な陣形は、皆光を先陣とした蜂矢の陣形を形作る。

 

「さぁ!突貫せよ!」

 

真っ直ぐに本陣に突っ込んだ皆光の隊は、容易く今川の本陣を守っていた今川兵達の陣形を真っ二つに切り裂く。

 

豪雨の中、天の恵みか神の怒りか。

背を風に押され、豪雨に姿を消され、音が雨音で掻き消された織田軍の勢いは凄まじかった。

 

そんな中で、皆光も気分が高揚していた。

 

皆光とて、現代人とは言え、この時代に憧れた身。

高揚しない訳がなかった。

今更、人を殺める事に忌諱感など持ちようがなかった。

むしろ、間接的に大勢を殺した身だ。

 

戦の中、皆光はただ我武者羅に刀を振るう。

当たってしまったものは、容易く手首が飛び、首が割れ、血の花が咲く。

 

 

 

楽しい・・・?

 

 

 

 

ふと、皆光は我に返り、流れる視線が周囲を見渡す。

 

泣き叫び、友だったであろう亡骸を抱きかかえた今川兵が背後から織田軍の足軽に貫かれる。

 

楽しい?

 

必死の形相で逃げる者が、騎兵に斬りつけられる。

 

楽しい?

 

足を引き摺りながら、逃げようと試みた者の頭が馬蹄で砕かれる。

 

楽しい?

 

皆光は、己の手を見た。

雨水が血と混じり合い、薄明るい赤が目に映る。

 

「なんだこれは・・・」

 

この時代を待ち望んだはずだった。

この時代に来て役に立てる事が嬉しかった。

現代に住む人達とは気が合わず、話しかけられもしなかった。

しかし、この時代の人達は自分を見てくれた。能力を買ってくれた。成果を上げる度に喜んでくれた。

溜めに溜め込んだ自らの知識を振りかざすのが楽しかった。

この時代が、自分の生きる場所なのかもしれないと思えた。

だから、そんな自分を召し抱え、ある程度の信頼を置いてくれた信奈に忠誠を誓った。

そんな自分に、忍び達は着いてきてくれた。

だから知恵を奮った。

だから歴史を変えた。

死ぬべき者を生かした。

それで満足だった。

 

はずだったのに。

 

目の前で、泣きながら命乞いをする今川兵が織田兵に討ち取られていく。

 

はずだったのに。

 

目の前で、溢れ出た臓物を掻き集める者が槍で貫かれ、貫いた足軽が喜ぶ。

 

皆光は思い出した。

自分がこの時代に来て初めて思った事を。

 

まるで、創作物の様だ。

 

自分は無感情に、ただ物語に引き込まれた読み手の一人だと。

そんな自分が、少し嫌だった事を。

 

これのどこが創作だ?

 

これのどこに楽しみを見いだせる?

 

これのどこに満足出来る?

 

様々な感情が皆光の心を駆け抜ける。

後回しにし、この時代に溶け込もうとした結果がこれか。

気付いた時には遅かった。

もう戻れない所まで来てしまった。

ならば、進むしかないか。

沢山殺した。

この先も沢山殺すだろう。

 

 

 

「もう、帰りたいとは言うまい」

 

どうか、後世に伝わりませぬ様に。

 

目の前にいた今川兵を、皆光は斬り殺す。

容易く飛んで行った首は、そのまま地面に転がる。

 

「それが戦国の世の習わし・・・でしょう?」

 

今ここに、皆光は戦国の世を生きる事を、自らの意思で決めた。

 

「先ずは今川の首を上げましょうか」

 

皆光は次々と足軽を斬っていく。

今更恐怖に慄いた雑兵が何人束になろうとこの時の皆光にかなうものはいなかった。

もとより弓道をしていた身、素早く動くものに対して、目で追う癖が既についていたのが幸いし、雑兵の槍や刀程度なら何とかなった。

 

義元は容易く見つかった。

 

本陣の床几の上で呆然と周囲を見渡している。

八から降り、ゆっくりと義元の本陣へと足を踏み入れた。

血に濡れた皆光の姿は、見る者が見れば悪鬼に映るだろう。

さらに皆光の意思が固まったからか、酷く冷徹な笑みを浮かべている。

 

「ひっ・・・無礼者!わらわを誰だと思っていますの!」

 

「お初にお目にかかります、今川義元殿。

私は織田軍の軍師、小早川皆光と申します」

 

こんな状況なのにも関わらず、ご丁寧に挨拶をかまし、あまつさえお辞儀をする皆光を義元は呆然と見つめる。

 

「つきましてはその首を貰い受けに参りました」

 

その言葉と同時に、義元の首に刀が据えられる。

 

「死にたくない!こ・・・殺さないでくださいまし〜・・・」

 

(これも・・・戦国の世の習わし・・・か。本当に斬らねばならないのか・・・?)

 

そこでふと皆光は気付いた。

信長であり、今世の信奈の野望は天下布武。

一般的な解釈として、天下を武を持って制する事を天下布武と思っている人が多い印象だがもう一つ・・・意味がある。

【天下に七徳の武を布く】

七つの徳とは、暴を禁ず、戦を禁ず、大を保つ、功を定める、民を安んじる、衆を和す、財を豊かにするという意味がある。

これすなわち天下布武・・・と。

 

ならば、情けをかけても良いのではないだろうか。

 

既に大勢死んだ。

私が殺したのだ。

 

「義元殿、降伏をするつもりはありませんか?」

 

皆光が、そう告げた瞬間義元は気の強そうなツリ目をさらにつり上げながら

「誰があなた達尾張の山猿どもに降伏など!降伏するくらいなら潔く死を選びますわ!」

と叫んだ。

それを聞いた皆光は義元を斬る様子もなく刀を腰に収め、目線を義元に合わせるように膝を着く。

 

「義元殿、この戦はあなたの負けです。敗北を認めぬは愚将のする事。あなたは愚将ではない。美しく気高き勇将でした。私は、そんなあなたを斬りたくはないのです」

 

そう言って、優しく微笑みかける皆光を、義元はボーッと見つめる。

 

「そ・・・そんな事を言われましても・・・」

 

少し赤くなりながらも視線は皆光から動かさない義元を、負けじと見つめる皆光。

 

そこでとうとう義元が折れた。

 

「仕方ありませんわね。あなたの顔を立てて、今回だけはこの程度で勘弁差し上げても構いませんことよ」

 

そう言った途端、皆光から視線を逸らした義元に、皆光はにっこりと微笑んだ。

 

「ありがとうございます。さ、お手を」

 

そう言って手をかざした皆光の手のひらを、義元はそっぽを向きながらとった。

 

 

こうして、桶狭間の戦いは終わった。

わずか四半刻と言う時間だったが、皆光はこの戦を忘れないだろう。

信奈の覇道の始まりを告げる戦。

しかし、このわずかな時間の戦は、まさしく地獄絵図だった。

史実にそった、史実を元にしたと言い訳をするつもりは、皆光にはなかった。

この戦は、皆光をいい意味でも悪い意味でも変えた。

この戦国乱世に生きる心構えを、そして、現代を捨てた非情さをこの戦は皆光にもたらした。

 

「これは私が起こした戦いだ」

 

「何か言われましたか?」

 

先程から随分としおらしくなった義元に、なんでもありませんよ、と声をかけ皆光の兵に御輿を探しに行かせる。

とりあえず、救える命は救ったのだ。

 

皆光の心は決まった。

 

信奈の野望を叶えると共に、自身の野望も叶える。

誰になんと言われようと、皆光は自身の野望を変えようとは思わない。

 

 

 

 

【天下布情】

 

助けを乞う者には温情を。

慕ってくれる者には友情を。

大切な者達へは愛情を。

悪意には非情を。

 

この信念のもと、私は織田信奈に仕えよう。

 

 

いつの間にか、豪雨は収まり、空は快晴になっていた。

 

 

 




本日のご閲覧、ありがとうございます。
感想、評価、お待ちしております。


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第二章 美濃
不穏



こんばんは。作者です。
なんとか一区切りと1章目が終わりました。
気付けばお気に入りも大変増えており、皆様からのコメントも沢山頂き大変嬉しく思うと同時に、大変参考にさせて頂きました。
これからも執筆を続けさせて頂くので、これからもこの作品をよろしくお願いします。


 

 

 

 

夢を見た。

だが、その夢は奇妙だった。

時代は現代ではなく、古い時代の葬儀の様だ。

少なくとも、家族の夢ではない。

見知った顔もいない。

 

【ただ一人を除いて】

 

目の前で咽び泣く少女。

否、少女だけではない。

年老いた老齢の者、妙齢の女性。

皆が一様に泣いている。

 

皆光は泣いている者達の背後に立っていた。

 

声は聞こえない。

それでも、悲痛な叫びが聞こえて来るような気がした。

 

そして、皆の視線の先には、一人の青年が生気の感じられない静かな姿で、寝かされていた。

 

風景が歪む。

 

最後に・・・聞き慣れない・・・少なくとも皆光は知らない声で、一言その者の名が呟かれた。

 

「××」

 

皆光の名前ではない。

だがしかし・・・皆光が最後に見たその亡骸は。

 

皆光自身だった。

 

そこで皆光は目を覚ました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

織田信奈率いる織田軍は、駿河の大大名、今川義元率いる本隊を桶狭間にて破った。

今川義元は降伏し、丸根砦を攻め立てていた松平は三河へ撤退。

鷲津砦を攻めていた今川の先鋒朝比奈も駿河へ撤退。

今川軍がそのまま残した膨大な軍資金と、武具、兵糧が織田へもたらされたが、国主を失った今川義元の本国、駿河の地は甲斐の虎・武田信玄が横からかっさらう形で奪い取っていった。

 

長良川の戦いからわずか二日しか経っておらず、それでもなお、桶狭間にて今川を破った尾張のうつけ姫。

 

織田信奈の名は天下に轟いた。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

皆光は、見慣れぬ部屋で目を覚ました。

(嫌な夢を見ましたなぁ・・・)

寝惚け頭で少しばかり理解に時間がかかったが、先日、信奈に褒美で貰った屋敷かと一人で静かに納得した。

 

皆光が貰った褒美は三つ。

 

一つ目は長良川の戦いでの勝利による褒美として、正式に信奈の家臣団入りを果たしたのだ。

それに伴い、屋敷を貰い私兵の増加、俸禄などの増加となった。

とは言え、今まで仕えてきた者達からの大反対(主に前当主、父 信秀からのお抱え)もあったが、有能な者にはそれ相応の褒美を与えると言う信奈は、それを一蹴した。

またもや織田家が割れるかもしれないと言う皆光の疑念の声も、勝家や長秀、犬千代といった若い世代の筆頭家臣達の声で鎮火。

かくして、見事出世を果たしたのである。

 

そして、桶狭間の戦いの褒美では、三河との同盟、そして川並衆が正式に皆光のお抱えとなった事による武具やお金が少し送られた。

 

結果、皆光は仕官してからの僅かな時間で見事、五右衛門との約束通り大出世をかましたのである。

 

そこまで広くはない屋敷だが、今や庭に井戸が掘られ風呂もある。

が・・・一つだけ・・・不満ではないが疑問はある。

 

天井を見ると、コウモリよろしく天井から釣り下がっている五人の幼女達。

そして、隣の部屋では未だに静かに寝息を立てる、これまた幼い犬千代。

そして、抱き着かれなかったこと幸いと、義妹となったねね。

 

論功行賞の際に、夜、信奈の部屋へ行き、語り合った日の事を執拗に持ち出してくる信奈を少しばかりからかったからか、さて新居に居を移したら既にねねがいた。

義妹として皆光様をお支えしますぞ!と元気よく迎えてくれたが、むしろもう幼女はお腹いっぱいである。

文句を言いたかったが、案外前半の褒美がまともすぎて言おうに言えず、なんだかんだしっかり者のねねに助けられたのもおり、皆光は了承するしか無かったのである。

というか、帰るように言おうとすると、大号泣をかまし、泣き止まなかったのもある。

 

後日、この屋敷が近隣から幼女屋敷と呼ばれている事を知った皆光は、ため息を漏らすことになるが。

 

皆光はいつもと同じ煌びやかな服装に着替えると、目を擦りながら犬千代も起きてくる。

 

むしろ犬千代もなぜ着いてきたと皆光は思うが、正直ずっと一緒にいたのも相まっていない方が違和感である。

 

「あにざまぁぁぁぁぁ!」

 

ああ・・・また始まった。

 

ねねを放っておくと、寝起きに必ずと言っていい程寝惚けて泣き出すのをすっかり忘れていた皆光は、また騒がしい一日になりそうだと、半分日課になりつつあるねねのお守りをしに行くのであった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

皆光は犬千代と共に買い出しに出ていた。

あっちへフラフラ、こっちへフラフラと都度飯を催促する犬千代に、皆光は手にういろうをぶら下げながら、犬千代が近づく度に投げると言うまるで犬の散歩の様な買い出しをしていた。

 

「皆光・・・味噌煮込みうどん・・・」

 

「はいはい・・・ういろうですよ〜」

 

むしろ何故ういろうで釣れるのか・・・犬千代釣りと言う屋台があれば、皆光はその屋台を店仕舞いさせることが出来るだろう。

 

皆光は犬千代で遊んでいると、ふと視界に見慣れぬ侍衆が写った。

 

何やら信奈について話しているようだが、旗印からして織田のものではない。

諍いを起こそうものなら現代なら警察沙汰で済むものをこの時代では合戦だ。

 

(三盛り亀甲・・・浅井の・・・そんな時期でしたかね・・・)

 

浅井・織田の同盟。

織田信長が血を分けた妹、お市を浅井に嫁がせ京へと登る経路として近江口を確保するのだったが・・・。

 

(今は捨ておきましょう)

 

だが言い方が気に入らないのも事実。

皆光は密かに、浅井を敵と定めた。

 

「・・・どうかした?」

 

気付かずのうちにどうやら、険悪な雰囲気を発していた皆光を犬千代は心配そうに見つめる。

皆光は肩を竦めてはぐらかした。

 

 

 

昼が過ぎた頃。

 

清洲城の大広間に信奈、元康、犬千代、皆光と勢揃いしていた。

 

皆光は、元康を見ると、まさかのたぬき娘である。

戦国の大たぬきと囃された徳川家康、まさかの時代逆行で少女化&たぬき娘化していた。

なんとも可愛らしい見た目をしているが、何度も言う。

あの肖像画の人物である。

皆光は目元を揉みこんだ・・・まぁ、姿は変わらなかったのだが。

 

なにやらぶるぶると震えている元康だったが、皆光と目を合わせる度にさらにぶるりと身を震わす。

 

大方、半蔵からなにやら言い含められているのだろうと当たりつけるが、まさしく正解であった。

 

元康は半蔵に、皆光は注意されたしと忠告を受けた上でこの場に望んでいたのだ。

故に、皆光が口を開けば何を言い出すか・・・と元康は戦々恐々としていたのである。

とは言え、皆光はこの会談に口を挟むつもりは無い。

 

皆光からすれば、三河なぞいつでも飲み込めると楽観視していたのもあるが、今川を落とし、三河独立と言う大恩を受けた上での同盟ならば、元康は言いなりになるしかない。

 

まぁ、ああだこうだと言いつつ、己を逃がした半蔵に、個人的な恩がある皆光は、半蔵との義理を果たすためと無言を貫いただけだったのだが。

 

同盟会談はつつがなく進行し、お互いの利害の一致も相成り対等な同盟関係を築くことに成功した。

 

終始静かな皆光に怪訝な表情をしていた信奈だったが皆光はそれをおくびにも出さず欠伸を零した。

 

かくして、清洲同盟が成立したのだが・・・顔色を変えた小姓が慌てて駆け込んできた。

小姓がその来訪者の名前を告げた途端、信奈が明らかに狼狽える。

 

「今すぐ、ここに通しなさい」

 

静かに告げられた名は信奈にしか伝えられていないが皆光には心当たりがあった。

 

程なく単身大広間に姿を現した来訪者に、皆光の予想は的中した。

元康と犬千代は、そのあまりの美少年っぷりにおお〜と感嘆の声を上げるが、皆光は静かに殺気立っていく。

ギクリっと二人が皆光を見つめるが、皆光が殺気をおさめる気配はない。

 

流石の信奈も、皆光に注意をしようとするが、それよりも先に皆光が口を開いた。

 

「何者でしょうか?」

 

「これは失礼。私の名は、浅井長政。近江は小谷城より、はるばるやって来ました」

 

皆光は返事を返すことも無く、静かに腕を組み黙りを決め込む。

 

明らかに機嫌が悪そうな皆光に、思わず信奈も首を捻るが、それはそれ、これはこれである。

 

兎にも角にも話が進まなければ何故機嫌が悪いのかも分からない。

信奈は会談を終わらせるために口を開いた。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

最初こそは、信奈のご機嫌とりのような美辞麗句を並べ立てていた長政だったが、最終的には政略結婚と言う案を持ち出した。

 

しかし、愛もなく、いたわるでもなく、ただただ政治の道具として結婚をしようと持ちかける長政に終始信奈はたじたじであった。

 

何度も助けを乞う様に皆光へと視線を向ける信奈に、流石の皆光も助け舟を出した。

 

「そこまでに、浅井長政殿。政略結婚とは言え、当主同士の縁談、些か早急に進めるには事が大きすぎましょう」

 

「あなたは?」

 

「失敬、私は小早川皆光。以後お見知りおきを」

 

そう言って頭を下げる皆光に、長政は言い様のない不安にかられた。

 

「小早川殿、勿論この場でお返事を頂こうとは思っておりませぬ。信奈殿もしばし時間が必要でしょう?」

 

「時間も何もいりませぬ。返事はこの場で否・・・と出させて頂きたいのですが」

 

そう言い放った皆光に、長政は何を、とせせら笑った。

 

「ふん、それは信奈殿が決めること。貴殿が決めることではないでしょう?」

 

思わず語気が強くなる長政だったが、まるでこちらの心を覗き込むが如く暗い瞳を向ける皆光に思わず目を背ける。

 

「ならば、今この場でその婚姻同盟の利を説いてもらいたいですな」

 

「よもや分からぬと申されるか・・・。我ら織田家と浅井家が結び付けば、美濃も容易く落ちましょう。美濃を落とせば天下など容易い・・・そうは思いませんか?」

 

「そうですなぁ」

 

長政は皆光が納得したと思い込み、得意げに語り出す。

皆光は笑みを浮かべているが、むしろこれは相手を馬鹿にした嘲笑だ。

 

「確かに、聞くだけであれば理想の婚姻同盟でしょうな」

 

「おお!ご理解が早くて助かります」

 

「ちょっと!あんた何勝手に・・・」

 

危うく皆光も賛成かと信奈も焦るが、皆光はそんな信奈と違い涼しそうに口を開く。

 

「だがしかし。重要な部分が入っておられませぬな」

 

「小早川殿・・・何を・・・」

 

「はっきりと申せばよろしいでしょう?尾張の姫をたらしこみ、尾張を我が手に・・・と。今ならば確かに、国力が浅井家よりも劣る織田家と同盟を結んでも浅井が上にたちましょう。ですがもしも美濃が落ちれば姫様は他の大大名と轡を並べる・・・それを危惧しているのでしょう?」

 

これには思わず長政も何を根拠にと畳を叩いた。

 

「何を根拠にそのような事を申される!」

 

「おや、街中で仰っていたではありませぬか。愛など不要、せいぜい利用させてもらうと。たとえ街中であっても、発言には気をつけていただきたいですな」

 

ニヤニヤと嘲笑う皆光に、思わず長政も歯噛みする。

 

「確かに、政略結婚はこの乱世において当たり前となりましょう」

 

「それが分かっていて何故・・・」

 

「そもそも美濃なんぞ我ら織田だけで落とせるのですよ。ならば美濃へ対する二国間の共同戦線などそも必要ないと申しましょう」

 

「織田が美濃を?」

 

長政は訝しむが皆光はその表情を見て大笑いする。

 

「はっはっ!そう言って侮ったが挙句織田に手痛いしっぺ返しを食らったのは大国を誇る美濃、駿河の大名達ですぞ」

 

「ならば浅井も敵と言われるか?」

 

勝ち誇った顔で皆光を見る長政だったが、次の瞬間、皆光の言葉を聞いて息を飲んだ。

それは、固唾を呑んで見守る信奈も、犬千代も、元康も同じだった。

 

皆光はそう言われてもなお涼しげに言葉を発した。

 

「浅井も敵と思っております。言わば潜在敵。同盟なんぞ、当てにする方が間違い・・・違いませぬか?」

 

そう言って、皆光は怪しく笑った。

 

 

 

結果として、浅井長政は諦めるつもりはないらしく、折を見て返事を貰いに来る・・・とだけ言い残して去っていった。

とは言えども信奈にはしこりを残していったあたり、一概に皆光の勝ち・・・とは言えない。

むしろ美濃を落とす事に期限が定められた事で最悪婚姻同盟を結ばねばならぬ時が来る。

そう思うと、むしろ今回の会談は皆光の負けである・・・と言える。

 

恐らく信奈もそれに勘づいただろう。

しばらく一人で考えさせて・・・とそのまま自室に引っ込んでしまった。

犬千代もそれについて行ってしまいこの場にな元康と皆光が残される。

 

皆光がふと考え込んでいると元康がふるふると震えながらこちらを見つめているのに気がついた。

 

「何か?」

 

思わずトゲのある言い方をしてしまった皆光に、ぶるりと一際大きく震えながら元康が疑問を投げかけた。

 

「う・・・うぅ・・・皆光さんは三河も敵と思っておられるのですか?」

 

「・・・何を持って敵と見なすかによりますが、浅井は確かに、同盟として必要なのでしょう。ふむ・・・ところで浅井古くからの同盟相手を知っておられますか?」

 

皆光は静かに元康に問う。

 

「浅井・・・と言われますと〜・・・朝倉ですか?」

 

「いかにも。私が警戒しているのは浅井単体ではなく浅井と朝倉の両家です。

古き繋がりがあるからこそ見えない・・・。

故に潜在敵と称したのです。が三河は同盟先の今川を失っております。

故に同盟は二国間のみのものとなっており、同盟は織田、松平の両家の采配でどうなるかが決まります。

しかもその位置は東国から尾張を背後から守る位置にある。

むしろ、味方でなくては困るのは織田の方。

それを考えれば、三河を敵と見据えるのはむしろありえない話ではないでしょうか?」

 

順序だてて説明をした皆光に、元康はホッと胸をなでおろしたと同時に半蔵の忠告が正しかった事を悟る。

 

「なるほど〜。半蔵さんが忠告を出した意味が分かりましたぁ」

 

「ところでどんな忠告を?」

 

皆光はふと気になって尋ねてみた。

 

「それはもう・・・まるで蝮の再来だ〜とか、あの男は危険だ〜とか」

 

蝮・・・死んでませんけど。

皆光はその後も続くもはや悪口に近い半蔵の忠告に、聞かなければよかったと少し後悔した。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

後日、清洲城へと主だった家臣達の招集がかけられた。

 

浅井との縁談はとりあえずは美濃を盗った暁にと持ち越しとなったが、しかし。

皆光は一人、清洲城への道すがらこれからの事を考えるが、正直言うと浅井のこれからの行動が気が気ではなかった。

 

織田が美濃を盗るまで待っているはずがない。どこかで邪魔をするか恐らくは無理矢理共闘を迫ってくるだろう、と皆光は予想している。

ただでさえ向こうの優位な状況で織田を取り込もうとしているのだ。

美濃を織田単体で落とした場合逆に近江が国力で劣る。

むしろ焦って手を出してくれた方がこちらとしては破談で済むものを・・・と皆光は唇を噛んだ。

 

皆光が大広間に入ると、既に主だった家臣達が集まっていた。

 

どうやら最後は皆光のようで皆光が入ると同時に背後の襖が閉じられ、皆光は定位置に腰を下ろした。

それを見届けた信奈が元気よく口を開く。

 

「じゃ、本格的に美濃攻略に乗り出すわよ!」

 

「いよいよ天下盗りのおおいくさが始まるんだな!あたしの腕がなる!」

 

「とは言え稲葉山城は斎藤道三どのが設計した難攻不落の山城。攻略は容易ではありません。三十三点」

 

「・・・帰り新参・前田犬千代。姫さまにご奉公つかまつる」

 

「義龍も張り切って防衛に当たってくるでしょうねぇ」

 

皆、気合十分と言った口振りで道三を見る。

難攻不落と名高い稲葉山城の生みの親。

しかし先程から当の本人は渋面を浮かべて手元の扇子を弄んでいる。

 

「甲斐の虎、日ノ本最強の甲州騎馬軍団を率いる武田信玄の勢力が急激に膨張しているわ。何年も美濃の攻略に手間取っている余裕はないのよ!」

 

「まさしく、今や駿河をも飲んだその勢力はまさしく東国一と言った所でしょうな」

 

信奈も皆光も道三を焚き付けるが一向に渋面を崩さない道三。

 

「正義は織田方にありよ!蝮からの譲り状もこちらにあるし、養父である道三を稲葉山城に帰還させて上げたいという立派な大義名分もあるわ。斎藤義龍は、養父の道三を追い落として美濃一国を奪い取った不忠者よ」

 

「しかし、美濃は斎藤義龍どのを正式な主として認め、国人どもが一丸となっております。なかなか結束は崩せますまい。二十点」

 

「とは言えそもそも道三殿も前国主である土岐氏を落としたが故の国主。今さら謀反で国主が変わったからと言って正義がこちらにある訳ではありますまい。言わば勝った者こそが正義となりましょう」

 

「坊主の言う通りじゃ。今や義龍こそ国主と認められては、ワシこそ不忠者。そうおいそれとは防衛戦を破れまいて」

 

主に知略が得意な信奈、長秀、皆光、道三は揃ってため息を吐いた。

 

「えっと・・・ただ攻めるだけじゃダメなんですか?」

 

最近になって少しはマシになったと思えた勝家だったが、相変わらず脳に筋肉が詰まっている勝家らしい強硬策を進言した。

皆光はやれやれと勝家含む全員に説明をする。

 

「そも稲葉山城を一概に攻め落とすと言うのは難しいやも知れませんな。兵糧攻めを出来るほどの日数は無く。強行出来るほど柔くもない。道三殿に集うようにと調略でも仕掛けれれば良かったんですが・・・」

 

「ワシ自身の改革で国人共はむしろこぞってワシの首を狙うじゃろうのう」

 

「と・・・言う訳です」

 

「皆光殿でも難しいですか?」

 

恐らく、一手、一手を確実に進めていく事が苦手な信奈と勝家ではまず無理だろう・・・と皆光は悩むが、唐突に長秀から問いかけられた皆光は、裾に腕を通しながら少しばかり悩む。

 

「火計でも仕掛けることが出来れば・・・何とか。むしろただの城攻めであればこうも悩むことはないのですが・・・」

 

「火計!?稲葉山城を燃やすの?ダメよ!絶対だめ!」

 

皆光は信奈を親指で指差しながら

「姫様がこれですからねぇ・・・」

とおどける。

 

「これって何よ!これって!じゃあ何?自分じゃできません〜って素直に言いなさいよ!」

 

「姫さま、皆光殿も真剣にお考えなのです。全く・・・十点です」

 

肝心の知の要の二人がこれでは・・・と信奈もガッカリする。

むしろ信奈の無茶ぶりのせいだと皆光は声高々に指摘したかったが。

 

「ぬぅ・・・道三どの、一見難攻不落の稲葉山城にも、弱点があるんだろう?」

 

勝家のその言葉に、その場にいた道三と勝家本人を除いて全員が少し飛び上がった。

((((賢くなっている?))))

 

「あんまりじゃないかぁ・・・」

 

思わず肩を落とす勝家だったが、むしろ毎回強行といった案しか出さないのだ。

仕方ない。

 

「そうがのう、勝家どの。なくもなかったがの・・・今は・・・」

 

ー甲斐の虎、越後の軍神をもってしても落ちぬじゃろうー

 

設計者本人がいる事で幾分か楽観視していた美濃攻略だったが、東国の両雄でも落ちないと言う道三の言葉に皆、絶句した。

もちろんそれは、皆光も含まれる。

 

しかしなるほど・・・と皆光はひとり納得する。

 

稲葉山城が落ちぬ理由と稲葉山城を落とす方法を。

 

「堅牢な城、優秀な将、精強な兵、そして最後は・・・」

 

道三は何やらガビーンとした表情をしているが、皆光は隠してはいるが未来人である。

様々な参考文献を読み漁った生粋の歴オタである。

 

「軍師・・・の存在でしょうか?」

 

全員がひとしきり悩んだ後、最初に答えを出したのは長秀だった。

勝家はまだしも、信奈には気づいて欲しかった皆光だったが。

 

「それも・・・道三殿以上となりましょう。恐らく私でも・・・いえ、比べるのもおこがましいでしょうな」

 

「あんた以上の軍師なんているの?」

 

「姫様、私も未だ若輩ながら数多の知識を飲み込んできた身。その者が私の予想通りでありますれば・・・恐らく長良川の戦い、その者がおれば私はこの場にいますまい」

 

皆光の目は至って真剣。

と、言うよりかは何やら目を爛々と輝かせている。

 

「その者、三国の伝説として語られる大軍師、諸葛亮孔明と並び今孔明と称されるほどの者。いつかは知恵を交えたいと思っていましたので」

 

その熱意に皆若干引くが、それよりも重大なのは・・・

ー皆光が敵わないー

それほどの天才軍師が相手にいると言うこと。

 

「ふぉっふぉっふぉ。流石は東海の謀将。実際やつはこれまで世に出ることを嫌いずっと隠れておった、その者の名は竹中半兵衛。ワシが伏して臥龍と呼んでおったものよ」

 

「ちょっとお待ちを。私はそのような名で呼ばれておりますので?」

 

皆光は半兵衛よりも、自分の称号に疑問を抱いた。

 

「うむぅ、坊主は今や、引く手数多の大軍師としての名を世に知らしめた。むしろよくぞここまで頭角を隠しておったと思うておった所よ。結果としてはまぁ、当然じゃの」

 

いつの間にやら世の軍師と並び称される自分に、皆光は気恥しさからか少しばかりしかめっ面をする。

 

「この日ノ本には、実は二人の大軍師が隠れておる。この二人を味方に付ければ、天下は容易く盗れるであろう。まずは美濃の竹中半兵衛が臥竜、もう一人が鳳雛、鳳の雛じゃ。そやつが播磨の黒田官兵衛じゃ」

 

その名を聞いてまたもやいきり立つ皆光に、またもや家臣一同若干引く。

 

両方とも後世に名を残す大軍師である。

両兵衛とも称され、秀吉の天下があったのはこの二人を召し抱える事が出来たからとも言われるほど。

 

そこで皆光はふと一人気付いた。

この時代・・・というよりもこの世界では木下藤吉郎、後の豊臣秀吉は戦死している。

ある意味皆光はその後釜の位置にいるのだ。

 

粛々と話し合いが続き、とうとう信奈の堪忍袋の緒が切れた。

竹中半兵衛が陰陽師であるとの情報に、古めかしい物や異能、神を信じない信奈は美濃へ出陣すると言い始めたのだ。

 

颯爽と席を立って駆け出して行った信奈を追う家臣達。

しかし最後まで残っていた道三と皆光は意味深気に目配せをする。

 

「坊主。信奈どのは恐らく破れるじゃろう」

 

「分かっております。ですが私は軍師、お諫めは出来ずとも、知略を働かせるのが私のつとめでありましょう」

 

「じゃが別働隊も欲しい・・・違うかの?」

 

「よくお分かりで。川並衆と私の私兵を半分、忍び衆をお貸しします。最悪はそれで」

 

「すまぬな」

 

信奈の知らぬところで、男二人静かに背中合わせで打ち合わせをする。

それはひとえに、信奈を死なせないが為に。

 





ようやくもう少しで半兵衛ちゃんが登場する当たりまで来ることが出来ました。

これもひとえに皆様のおかげでございます。
誠にありがとうございます。


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尾張と美濃の知恵比べ


いつもこの作品を読んで頂き誠にありがとうございます。
投稿期間が少し短いですが、それには理由があります。
明日から五日間程、出張に行くことになっておりますので、その間残念ながら執筆活動をする事が出来ません、そのお知らせをさせて頂きます。
誠に勝手ながら、次回の更新予定は、七月十二日以降となってしまいますので、ご了承お願い申し上げます。


 

 

 

義父・道三が奪われた美濃を奪回する。

 

信奈率いる総勢千二百の尾張勢は夜影に乗じ、木曽川を渡って美濃領へと侵入した。

 

先鋒は尾張一の猛将・柴田勝家

中軍は本隊として大将・織田信奈

他 丹羽長秀・犬千代

後詰は尾張最弱・津田勘十郎信澄

 

皆光は、中軍に軍師として従軍していた。

皆光の元には、五右衛門と奏順、そして私兵二百が居るが、いざと言う時の全軍指揮権は皆光にある。

 

目指すは堅城・稲葉山城。

 

パラパラと美濃勢が散発的に攻めてきてはことごとく打ち破り、まさに破竹の勢い。

尾張勢は、先の戦勝もあり、異常な程士気が高い。

 

だが、皆光は嫌な予感を胸に抱かずにはいられなかった。

 

(尾張勢が・・・勝ち過ぎている)

 

「順調ね。まさしく勝ち戦。このまま行けばすぐにでも稲葉山城は落とせるかもね」

 

先鋒の戦勝報告に、能天気そうな口振りでそうこぼす信奈だったが、皆光はむしろその連勝報告が、織田の敗北のカウントダウンの様に聞こえる。

 

「お味方の士気も高い。今がまさしく、攻め時でしょう。七十点」

 

信奈の発言に肯定的な意見を出す長秀だったが、それに待ったをかけたのは皆光だった。

 

「ですが、些か勝ちが過ぎまする。ここは敵地、言わば敵に地の利があります。今までは散発的な攻撃でしたが、ここからどのような策が待ち受けるか」

 

「何よ?あんたらしくもない。その為にあんたがいるんでしょ?」

 

信奈の発言に思わず青筋を立てる皆光だったが、言っていることは正論である。

軍師は皆光・・・ならば、敵の策を看破するのが皆光の仕事なのだ。

 

「ですが・・・皆光殿の言い分も分かります。確かに破竹の勢いで進軍する我が軍ですが今この状態で背後でも取られたら・・・と言うことを考えるとお味方の状況は五十点です」

 

五十点、確かに高くもなく・・・低くもなく、曖昧だが的を得ている・・・と馬上で皆光は考え込む。

 

(背後を取られる?だが、背後には後詰の軍がいる。問題は連勝していること。敵を誘い込むならば死力を尽くして戦う薩摩の釣り野伏が主流・・・ならばあっさり引いていくのは何故だ?)

 

一人考え込む皆光は、ふと思い出した。

 

(竹中半兵衛が美濃へ攻めてくる信長を打ち破ったのは確か・・・)

 

「戦勝報告の敵軍の被害は?」

 

唐突に皆光が口を開く。

 

「え?被害?」

 

信奈はキョトンとしているが、長秀は違った。何やら真剣に考え込むと、それを皆光に教える。

 

「敵方は負けると分かると直ぐに敗走した・・・と聞き及んでおりますが、どうかされましたか?」

 

皆光は、静かに口を開いた。

だが、表情は笑っている。

胸の中を占める感情は歓喜。

思わず皆光は武者震いする。

 

「もう少し早く気づくべきでした。姫様、申し訳ありません」

 

「どういうこと?相手は負け続けているのよ?」

 

「そこがまさしく。最近の勝ち戦で余韻に溺れる織田軍は負ける事を考えておりませぬ。先の連勝に疑問を持たず、我々は勝てると思い込んでいます」

 

「つまり・・・誘われていると言われるのですか?」

 

皆光達が話し込んでいると、ふと急に進軍が止まる。

気付けば、濃霧に遮られ、闇夜に乗じたのもあり、先の全く見えぬ空間へと誘われていた。

 

そう・・・誘われていたのだ。

 

「申し訳ありません!姫様!指揮権を頂きますぞ!全軍!全力で撤退せよ!理由を考えてはなりませぬ!とにかく逃げるのです!」

 

皆光はそう叫んだ。

長秀と信奈は急に何を・・・と困惑するが、皆光はそれを気にすることなく周囲を急かす。

 

「ちょ!あんた急に何を言い出すのよ!稲葉山城は目の前なのよ!」

 

「皆光殿、何故そのような事を・・・まさか臆されたのですか?」

 

だが、皆光はそれに応える余裕はなかった。

と言うよりも、信奈も長秀も、周囲で一斉に上がる鬨の声に困惑するばかり。

 

「伏兵です!これはまさしく奇策中の奇策・・・十面埋伏の計!恐らく撤退している最中でも常に伏兵は湧き続けましょう!とにかく今は逃げるのです!殿は私にお任せ下さい!」

 

撤退しつつある織田軍の本隊、既に霧に飲まれ切ってしまった先鋒は恐らく程なく壊滅するだろう。

ならば、先鋒が死に絶えきるまで持たせることが出来れば、被害はまだ三分の一で収まる。

 

だが、それを是としない信奈は、その場に居続けようとする。

 

「この程度の伏兵なんか、うち払ってやればいいのよ!」

 

「姫様のお心は関係ありませぬ!もはやここは死地!撤退路を塞がれる前に脱出せねば姫様だけではなく、家臣諸共死に絶えましょうぞ!とにかく納得出来ずとも今は逃げるのです!五右衛門!奏順!姫様の退路を開きなさい!!私の兵はこの場を死守するのです!」

 

「ちょ・・・だから勝手に!」

 

「姫!今は皆光殿の言う通りに!このままでは策を看破した意味がなくなります!お味方が壊滅してしまっては元も子もありません!零点です!」

 

歯を噛み締めながら、信奈は悔しそうに表情を歪めるが、再度長秀に、姫!と呼ばれ渋々長秀と共に撤退していく。

 

「我々は今!この場を死守します!車掛りの陣形を!」

 

そう言った皆光の部隊は、瞬時に円形を組む。

四方八方から襲いかかってくる美濃勢に、皆光は軍神、上杉謙信を真似た、車掛りの陣形をとった。

 

皆光は、この攻守に優れた陣形ならば、防衛しつつ撤退路を作ることができると思ったが、未だに慣れぬ陣形からか、思うように兵が動けていない。

 

徐々に削れ、円形が保てなくなっていく。

 

だが、見慣れぬ陣形に手間取っているのは美濃兵も同じようで、なんとかこの状況下で均衡を保つことに成功した。

 

霧も深く、本隊や先鋒がどうなっているのかが分からない中、必死に陣を回転させ続ける小早川軍に対して、容赦ない全方位攻撃が続けられる。

 

「道三殿・・・まだか・・・このままでは・・・」

 

不意に美濃勢がどよめく。

道三による、偽兵の計が成ったのだ。

 

「来たか!全兵よ!この陣形を維持したまま撤退するのです!」

 

ゆっくりではあるが、所々が欠けたままの陣形がゆっくりと撤退を始める。

 

しかし、たかが二百が霧に乗じた兵数不明の半兵衛が指揮する美濃勢相手に容易に撤退できる訳もなく、不慣れな陣形をとった小早川軍はまるで破裂するかのように陣形が弾けた。

 

「これ程とは・・・流石は竹中半兵衛ですね・・・」

 

そう言い残した皆光と兵達は、僅かな手勢で這う這うの体で尾張へと敗走した。

 

その数、・・・・・・・・・僅か十数人であった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

敗北した織田軍は、一週間の準備期間を与えられ、皆光は、その間は全て忍びによる諜報活動や、今や夢であった兵法書、兵の鍛錬、道三との会話などで忙しく日々を過ごしていた。

 

十面埋伏と言う奥義に等しい計略を最初から使ってくるあたり、未だ同等の計略を持っている可能性が高い・・・と皆光は一人頭屋敷で頭を悩ましていた。

 

あの霧が自然発生した物で無ければ、あれは陰陽術で起こした物と言うことになる。

しかし、半兵衛の厄介な所は知恵や陰陽師としての能力もそうだが、その知略を十全に発揮する指揮能力にあると見ていた。

指揮能力で言えば、織田勢は皆光よりも指揮能力に優れたカリスマの塊、信奈がいる。

信奈と同等の指揮能力か、皆光が大将として出陣するならばまだやりようがあるが、信奈がいる事によって皆光の指揮では、兵にどうしてもバラツキが生じてしまう。

つまり、戦に重要な指揮の部分がガタツキ、皆光が進言したとしても信奈は現実主義者。

皆光の進言に最初から素直に従ってくれるかと言えばそうではないのだ。

つまり、相手と比べ、兵の動きが一拍遅れてしまうのが一番の問題だった。

だが、信奈が大人しく待ってくれるかと言えばそうではない。

信奈自らが稲葉山城を落とす事を目標にしている以上、大将は信奈がするしかないのだ。

 

尚も悩む皆光の元に、信奈からの遣いが来た。

その遣いは、皆光に再度、美濃攻めに出陣されたしとの信奈からの命を伝える。

 

もはや史実なぞに意味は無いかもしれない・・・と皆光は思いながらも、了承を伝え、支度を済ました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

尾張勢、総勢二千五百。

 

今回は、皆光とて十全を期す為、自らの兵に川並衆、忍びを全て出し、皆光の部隊だけでも五百余りの兵力を擁する事となった。

 

「みんな、今回は行軍する路を変更するわ。美濃勢が伏せられない平原を進むの!細作(斥候)をこまめに出しながらね」

 

先鋒は、今回津田信澄。まさかの人選であるが、理由は体のいい囮である。

中軍第二軍・柴田勝家・小早川皆光

中軍第三軍・織田信奈・丹羽長秀

 

 

「姉上!この信澄、姉上の期待に応えて見事先鋒を務めてみせまする!」

 

「死に兵ですけどね」

 

皆光はおどけてみせると、信澄もさすがに慌てる。

 

「皆光も、今回だけは相手の策を看破する事だけに務めなさい!」

 

「もちろんそのつもりです」

 

その後も信奈が各重臣たちに指示を出し、朝方、織田軍は清洲城を出立した。

 

程なく木曽川を渡り、伏兵が潜みそうな野原に片っ端から織田兵が火をつけて行く。

 

それ見て、皆光は感心した。

だが皆光は何も言っていない。つまりこれは信奈の作戦だったのだ。

 

伏兵が出てきても、包囲殲滅できるように部隊を分け、方円の陣の陣を描く織田軍。

 

だが・・・その歩みはゆっくりであった。

 

 

 

 

 

幾分か進んでいくと、またもや霧が行く手を阻んだ。

しかも、嫌な風が吹き荒れている。

まるでこの霧の中が死地のようになっており、霧その物が殺気を放っているようだ。

先鋒は既に入っているだろうが、皆光はここで一度進軍を停止させるように信奈に早馬を出した。

 

「なんでこんな所で止まるんだ?」

 

疑問に思った勝家が皆光に問いかける。

 

「嫌な予感・・・と言うよりかは、この霧に威圧感があります。

この霧に入ってはならないと本能が訴えているのです。

私は唐国のある文献にて、今と似た状況を見た覚えがあります。

この先が死地になっている可能性があるのですよ」

 

「臆病風に吹かれた・・・と言うわけではなさそうだな。今回は皆光の指示に徹底的に従うように姫さまからも言われてるし、皆光に任せるよ」

 

「それはありがたいですね。誰か縄を持ってくてくれませんか?それと・・・五右衛門はいますか?」

 

「ここにおりまする」

 

皆光は五右衛門を呼び出し、五右衛門以下四人の忍び達が目の前に現れる。

一人の足軽が、麻縄を持ってくる。

皆光はそれを受け取ると、五右衛門達に腰に巻くように指示する。

 

「これでいいでござるか?」

 

何やら顔を赤くしている忍びたちだが、皆光は首をかしげ、あっ・・・と声を漏らした。

 

「いえ!私にそんな趣味はありませんからね?これにはちゃんと理由がありますから!」

 

「大将、いくら何でもこんな場所でしなくてもいいダロ」

 

「変態さんです?」

 

「・・・・・・ポッ・・・」

 

「全く、主をからかうのもそこまでにしておきないな」

 

忍び達が各々皆光をからかうが、勝家の早くしろ・・・という目線に皆光も思わず肩を落とした。

と言うよりも、何故か奏順だけは首に巻いているあたり、霧の中で締めてやろうかと皆光は一人青筋を立てる。

本人は悪戯な笑みを浮かべているが、皆光本人は最近ロリコン認定されつつあるのもあって、割と洒落にならないのでやめて欲しいと思っている。

と言うか、顔を赤くしながら、ポッなんて口で言う人は初めて見た、と皆光は心の中で右衛門に突っ込む。

 

「この霧の中を探ってきてください。私の予想が正しければ・・・この中は死の陣となっておりましょう。散!」

 

皆光の号令で、各々が霧に向かって飛び込んで行ったが、忍び達はすぐに戻ってきた。

 

「小早川氏の予想は正しかったでござるな。霧の中は、あちこちに怪しい石積みがたちぇりぇ、霧がそにょ石積みにみっちゅーしているよーでごじゃった」

 

「地面はぬかるみ過ぎて、進むのも一苦労だろうナ」

 

「入ってすぐに確認できた事から、この霧に入っていれば危なかったです」

 

「こっちも・・・・・・」

 

「つまりはこの先その石積みはかなりの範囲に及ぶ・・・という事ですね」

 

皆光は、忍び達の報告を聞きながら、やはりか・・・とひとり納得した。

 

石兵八陣・・・かの三国、孔明が使ったとされる架空の陣。

敗走する劉備を守るために敷かれた陣で、それを見た陸遜が陣から放たれる殺気に、追撃をとりやめたと言う。

その石兵八陣の中は、異なる配置で並べられた石積みにより、直進することが出来ず、石積みにより、独自の気流を生み出された風により暴風が吹き荒れ、直進できないが故に入ったものを迷わせると言う。

 

 

「なんだ?どうしたんだ?頼むから分かるような会話をしてくれよ」

 

「分かるような説明をした所で理解して頂けるとは思っておりませんよ」

 

ピシャリと言い放った皆光に、最近扱いが悪いとぷりぷり怒っている勝家であった。

 

「とはいえ、このまま湿地帯に入るのはあまりにも危険。少しばかりこの陣を崩しましょうか」

 

そう言った皆光は、目を爛々と輝かせていた。

ぶっちゃけ人生で一度も会うことは無かった憧れの陣形が目の前にあるのだ。

皆光自身は早く飛び込みたくて仕方なかったが、それをしてしまうと味方諸共なので、流石に自粛する。

 

「ではまず石積みをばらし、足元に敷き詰め進軍路を確保しましょうか。足軽の皆さん、手前からお願いします」

 

これで、ぬかるんだ地面を埋め立て進路を確保しつつ、石兵八陣に生み出された独自の気流によって寄せられた霧を晴らすことも出来るはず。

 

皆光は一人・・・微笑んだ。

 

 

 

 

石積みを崩し、地面に敷き詰め始めた織田軍を見詰める一人の男。

その男は目を細め、静かに織田軍を見つめるが、その心中は驚きに充ちていた。

 

「まさか石積みを逆に利用して悪路を埋め立てるとは、面白い輩もおるものよの」

 

だが、その男は焦ることは無い。

むしろ、石兵八陣は単体ではただ迷うだけの陣。

敵を叩くには、策を二段重ねにするのが定石である。

 

「だが、何故その地がぬかるんでいるのか。そこに気付かぬ限りは、我が策は破れんよ」

 

人海戦術により、石積みを道へと変えた織田軍を見つめる男。

 

「小早川皆光か・・・我が主に一度会わせてみたいものよ」

 

男は、軍扇を振るった。

 

 

 

 

 

 

 

石兵八陣を崩す途中、迷っていたらしい先鋒を率いる信澄と合流し、先鋒隊と共に舗装を完了させ、ぬかるみに足を取られることなく進む織田軍。

 

「半兵衛ってやつも大したことないんじゃないか?」

 

「いいえ、先日の十面埋伏の計や、石兵八陣を見る限り、中々に手強い相手。むしろ私も素の知恵比べでは勝てぬでしょうしね」

 

「あたしは皆光の方がすごいと思うんだけどな」

 

「嬉しいことを言ってくれますね」

 

馬上で談笑をする皆光と勝家だったが、不意に足元から水を踏む音が聞こえることに皆光が気付いた。

 

「この水は・・・」

 

次の瞬間、急激に水位が上がっていく。

 

「まさか・・・水攻め?!だがら地面がぬかるんでいたのか!」

 

「なっ・・・なんだこの水は!?」

 

織田軍が先鋒、中軍、後詰・・・全員が湿地帯に入った瞬間のタイミングで、水を入れた上に、石積みが無くなったことで遮るものが無くなった水は、勢いよく織田軍を飲み込んでいく。

 

不意に、先鋒から悲鳴が上がる。

 

皆光が悲鳴につられ、先鋒を見ると、急な水攻めに対応出来ず、棒立ちとなっていた先鋒に向かって、美濃兵が矢を射かけているのが見える。

 

「二段構えの策・・・まさかあのような複雑な陣形を組んだ上で水攻めなど・・・」

 

だが、相手の策が成功してしまった以上は、知恵ではどうにもならない。

幸い水は動きを阻害する程度であって、泳がねばならない程の水位がある訳では無い。

 

「織田軍の進路が何故予想されたのかを考えるべきだったか・・・」

 

「皆光!どうすればいい!」

 

「水の中では姫様の誇る種子島もただの荷物・・・打開する策はありません・・・撤退です・・・」

 

 

織田軍は、この日・・・二度目の敗北を喫した。





本日も誠にありがとうございます。

未だにヒロインを決められない今日この頃。


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ご閲覧ありがとうございます。
気づけばお気に入りは六百を超え、UAも二万を超えました。
この作品を見て頂け、さらにこの先を楽しみにしてくださる方々がいることに非常に感動しております。
ちなみに出張先なのですが、何の因果か岐阜県に行ってまいりました。
どこ・・・と言ってしまうとあれなのですが、とにかく鮎と栗が美味しかったなぁとしみじみしております。
ちなみに投稿が遅れた理由についてなのですが、ぶっちゃけ言わせていただきます。
誠に申し訳ありませんでした。
せっかく来たのだから・・・と稲葉山城跡に、長良川、道三塚等々、二日ほど個人で観光してしまったのです。
ほんとう・・・なんというか・・・ごめんなさいでした。


 

 

幾度と無く侵攻する織田軍。

それを撃退する半兵衛率いる義龍軍。

 

戦は、完全な沈着状態に陥っていた。

一手一手を着実に進めようとする皆光を邪魔する半兵衛、尾張と美濃の戦は、例えるならば知恵者同士の詰め将棋のような様相を醸し出していた。

皆光は、現代であれば無用の長物だった世界各国数多の軍略を駆使し半兵衛に渡り合い、半兵衛もまた、己が知識を幾重にも重ね掛けし看破されまいと自らの知識をさらに応用し、何度も織田を苦しませた。

 

陣形、伏兵、強襲、奇襲、水攻め、火攻め。

 

まさしく策の叩き売り状態だった。

 

半兵衛の策略にハマり、織田軍が敗走した日もあれば、半兵衛の策を看破し逆に皆光が自らの策を重ね掛けし義龍軍が敗走する日、さらには、両軍睨み合ったまま、衝突せずに撤退する日まであった。

 

だが、思い出して欲しい。

 

幾度と無く衝突する尾張と美濃だが、その衝突の理由はなんだっただろうか?

敵の首をとること?敵を疲弊させること?

 

否である。

 

この戦の真の目的は、敵城であり、美濃の蝮 斎藤道三の元居城 稲葉山城を奪い返す事が目的である。

 

つまり、局地的な戦に勝てたとしても、稲葉山城を落とせなければ、勝利ではないのだ。

 

つまり、攻めても攻めても、稲葉山城に辿り着けなければ、それまでの勝利は全て無に帰す。

 

そんな状況に、とうとう信奈が音を上げた。

皆光によって、被害は抑えられているとは言え、戦にかかる戦費と兵糧は抑えることが出来ない。

何度攻めても、得るものは何も無い。

そんな戦に、信奈の堪忍袋の緒が切れたのだ。

 

 

「ほんっっと何なのよ!訳の分からない悪知恵ばっかりしかけてきて!稲葉山城にすら辿り着けないなんて巫山戯てるのっ!」

 

大広間 家臣一同揃い踏みしている中、上座で怒りを爆発させているのは、我らが大将 織田信奈。

 

「それだけ半兵衛の持つ知略が優れていると言うことでしょう。とは言え、皆光殿がこちらにいた事は幸いでした。皆光殿が居なければ、織田軍は幾度と無く壊滅していたでしょう・・・。それを踏まえて・・・六十点です」

 

そう言って、戦の感想を述べるのは織田の参謀役、丹羽長秀。

 

「とは言ってもあんなやられ方・・・納得出来ない!正々堂々勝負するのが戦ってもんだろう!」

 

床に拳を叩きつけながら、息巻くのは尾張きっての猛将、柴田勝家。

 

「それが軍師の役割、兵を動かし、敵を知り、また知恵を振るう。勝家殿のような剛の者とは、戦う土台が違うのですよ」

 

冷静に勝家に言葉を返すのは、現代からやってきた織田軍の軍師、皆光。

それっぽくその場を和ませようとした皆光だったが、和ませ方を間違えたのか勝家にキッと睨まれる。

 

「所詮は他人任せじゃないか。何が軍師だ!槍持って戦った方が分かりやすいだろ!」

 

違った、ただ脳筋なだけだった。

皆光はやれやれ・・・と肩をすくませる。

 

「にしてもまぁ・・・竹中半兵衛、流石としか言えませんね」

 

現代でかき集めた知識を駆使して、なんとか半兵衛についていけている状態に皆光は、苦笑する。

 

ネットも蔵書も未来では容易く手に入っていた皆光と違って、半兵衛は現代人(今の時代では)である。

 

「むしろ、あれに着いて行けてるあんたを初めて尊敬したわ・・・」

 

「姫さま、流石にそれは皆光殿に失礼では?」

 

「まぁ、姫様にアレを理解してください・・・なんて言っても無理でしょうしね」

 

「これがなければね」

 

一言多い・・・と信奈が少し顔を顰めるが、皆光はにこやかに笑みを信奈に向ける。

 

「とは言え私達よりも遥かに軍略に通じている皆光殿ですら半兵衛相手では後手に回る程・・・このままでは美濃を落とす所か稲葉山城にもたどり着けません・・・ですが・・・浅井に援軍を申し込めば・・・」

 

「確実に対価に姫様を要求するでしょうね。対等に同盟を結ぶのであれば、少なくとも美濃を併呑しなければ難しいです。それともそれをお望みで?」

 

「そうは言っておりません。ですが、我々だけでは手に負えないのも事実・・・・・・五点です・・・」

 

「稲葉山城にさえ近づくことが出来ればあたしの槍で!槍で!」

 

何かを突っ突く動作をする勝家に、皆光は

 

「槍でどうするんですか・・・槍一本で城が落ちるわけでもないでしょうに・・・」

 

と突っ込んだ。

とは言え、本気でこちらの動向を警戒する半兵衛を容易に抜き、稲葉山城へ肉薄することが出来るかと言われれば、流石の皆光も両手を上げて降参するしか無かった。

 

「あぁ〜もう!思い出しても頭に来るわ!皆光!あんたの乱破に半兵衛を暗殺させなさいよ。そしたら楽になるわ!」

 

何を言っているんだこの人は・・・と皆光は呆れた目で信奈を見る。

 

「本気で?」

 

とは言え、皆光とてお抱えの身、信奈にそうしろと言われれば、忍び達にそうしろと命令を出さざるを得ない。

しかし、そこに待ったをかけたのは長秀だった。

 

「姫様、それでは美濃を盗ったとしても、豪族諸侯が着いてこなくなります」

 

「ううぅ・・・分かってるわよ!冗談よ・・・冗談!」

 

全く・・・零点です・・・と零した長秀に、心の中で皆光は感謝した。

とは言え、全く冗談に聞こえなかったんですけど・・・と皆光は信奈に疑惑の視線を送る。

 

「あによ?」

 

じー・・・

 

「ねぇ」

 

じー・・・

 

「ね、ねぇってば・・・」

 

じー・・・

 

「斬・・・斬るわよ?」

 

何故か涙目になりながら、信奈にそう言われた途端、皆光はサッと視線を逸らした。

不意に急な動きをした為、皆光の首から妙な音がしたが気にしない。

涙目でうるうるとこちらを見つめる信奈は可愛いが、刀を持っている時点で減点である。

 

「何か言いなさいよぅ!」

 

「いてて・・・さてと私はこれで。道三殿の元へ行ってきますので何か使いがあれば道三殿の元へお願い致します」

 

皆光は首を抑えながら立ち上がった。

 

「どうせ行くなら蝮から半兵衛の弱点か何か聞き出してきなさいよ」

 

「ないから困っているのですが・・・」

 

皆光は肩をすくめながら、大広間を後にした。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

信奈が拵えた道三の屋敷は、それはそれは立派な物だった。

それこそ、皆光が貰った屋敷が小さく見えるほどだ。

むしろ軽く砦に見えないことも無い。

一体何と戦うつもりだ。

 

周囲は道三と共に落ち延びてきた美濃兵が固めており、道三の屋敷の周辺は何故か美濃衆の長屋と化していた。

警備の兵に聞いてみると、どうやら彼らは自分達で長屋を建てたらしい。

信奈の許可を貰ってはいるらしいが、傍から見ると、ただの小城とちょっとした城下町に見える。

 

「またまた・・・見栄っ張りな姫様らしい屋敷ですなぁ・・・」

 

屋敷を見た皆光の感想はそれだけだった。

むしろ圧倒されすぎてそれ以上言葉が見つからない。

 

「皆光様、どうぞこちらへ。道三様がお待ちです」

 

皆光は、警備の兵に案内されるがままにあとをついて行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

ほぇ〜だの、ほぉ〜だの、感嘆の声を上げる皆光を、案内は微笑ましそうに見ている。

 

「こちらへ」

 

案内が襖を開けると、元気そうな道三が好々爺の様に茶を啜っていた。

 

「急な訪問、ご対応ありがとうございます」

 

「ふぉっふぉ、所詮は隠居爺。むしろ来客がないと暇でな」

 

「まだまだ隠居するには早いですぞ」

 

皆光の真面目な挨拶に、軽く冗談を交えながらも皆光に座るように目配せをする道三に、皆光も冗談を飛ばしながら、道三の目の前に腰を下ろす。

 

世話役の一人が皆光の前に茶を置いた所で、道三が口を開いた。

 

「して、坊主・・・いや、今は皆光殿とお呼びした方が良いかの?」

 

「はっはっ、あなたにそう呼ばれると何故でしょうか・・・こう・・・背筋に薄ら寒いものが・・・今まで通りでお願いします」

 

いたずらな笑みを浮かべた道三に、おどけながらもむず痒いかのように背筋を震わせる皆光。

実際、かの蝮の道三に皆光殿と呼ばれると、嬉しいやら恐縮やら怖いやらで複雑な心境なのは本当だ。

 

「相変わらず物怖じせんやつじゃ・・・では皆光よ、此度は何用か?」

 

「本日は刀を返しに参りました。ずっと借りっぱなしでしたね」

 

そう言って皆光は、尾張の鍛冶屋に磨かせた見事な白拵えの太刀を道三に差し出す。

だが、道三はその太刀をしばらく見つめるとやがて首を横に振った。

 

「その太刀はお主にやろう」

 

「何故?別に太刀くらいなら新しく買いますが・・・」

 

道三は少しばかり悩んだ末に、ある事を皆光へ零した。

 

「皆光よ。長良川での戦で儂と話した事を覚えておるか?」

 

「えぇ、勿論覚えておりまする。さて、どの言葉かはそれだけでは判断つきませんが」

 

「儂は老い先短い命と申したはずじゃ」

 

皆光は静かに頷くと道三を見つめる。

 

「儂は十分に老いた。最近身体の調子も悪くてな。いつ冥府へ旅立つかも分からぬ」

 

「何を、私の目には未だ元気に茶を啜る好々爺にしか見えませんよ。まさか、道三殿の夢を継いだ姫様の道・・・見られぬとは言いますまい?」

 

「人はいずれ死ぬる。じゃがその死は突然訪れるもの。確約はできまいて」

 

皆光はやれやれ・・・と肩をすくませると、微笑みながら道三を見る。

 

「確かに、唐突に来るものには対策のしようもないですな。ですが養生することは出来る。御身を大事にして下され。道三殿と出会って間もないですが、姫様には未だあなたが必要です。無論、私にとってもです」

 

「ふぉっふぉ・・・全く・・・嬉しいことを言ってくれるわい。儂の夢を継いだ信奈ちゃんの未来は確かに見たいが・・・どうしようもなくなる時は必ず来るじゃろう。そこで・・・お主に頼みがある」

 

皆光は真剣な目でこちらを見据える道三に、流石におどける気はないのか、道三の言葉を聞き逃すまいと静かに二の言を待つ。

 

「その刀は最早儂の半身と言っても過言ではないほど我が人生を共に過して来た。故に、その刀を儂だと思って、信奈殿の進む道我が義娘が進むその先へと・・・そやつを連れて行ってやってはくれんか?」

 

皆光は道三が受け取らなかった刀を見つめる。鞘も柄も何一つ変えず手入れだけをしてもらった物だが、何処と無く、斎藤道三の刀と言われれば納得してしまう程の貫禄を放っている。

皆光は刀を軽く鞘から抜き、刃を確認すると静かに刀を鞘に戻し静かに口を開いた。

 

「確かに・・・永きに渡り共をした物には意思が宿ると聞きます。この刀は道三殿の意志を継いでくれているでしょう・・・。分かりました。私の共に・・・私が夢半ばで倒れた時は、姫様に・・・」

 

「すまぬな・・・」

 

「いえいえ・・・私もこの子が気に入っております。まさに渡りに船・・・生涯を共にする刀としては、私には勿体ないくらいですよ」

 

「ふぉっふぉっふぉ。生涯を共に・・・か。お主風に言うならば・・・儂が姫武将であれば惚れておったところじゃよ・・・だったかの?」

 

皆光は顔を顰め・・・手でシッシッといったふうに仕草をする。

 

「全く・・・よく覚えておられるもので。耄碌していないなら十分、養生なされませ。病は気からと言いますし、弱気になっていては本当に旅立ってしまいますぞ」

 

「忠告痛み入る。そうじゃのう・・・少しばかり長生きをしてみるのも悪くは無い」

 

「その意気です」

 

ふぉっふぉっふぉ・・・ふふふ・・・と二人仲良く笑い合うその姿は、周囲の人々から見ればまるで旧知の仲の様な睦まじさだった。

 

ひとしきり話が終わり、茶も飲んで満足した皆光は席を立った。

 

「さてと、ではお暇させて頂きましょうか」

 

「また茶でも飲みに来るが良い。相談事くらいならば聞いてやらんこともないぞ」

 

「ありがとうございます」

 

そう言って皆光は、道三の屋敷を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

皆光は自分の屋敷に戻ると、もはや恒例となった犬千代と、ねねのお出迎えから始まった。

 

「・・・おかえり・・・ご飯にする?お風呂にする?それとも・・・あぅあぅ」

 

私・・・と犬千代が言う前に、皆光が犬千代の頭を撫でることによって強制的に阻止する。

 

「おかえりなさいですぞ!兄様〜!最近忙しいのは分かっておりまするが少しは帰ってきて欲しいですぞ!」

 

とてて・・・と足元に抱きついてきたねねに、皆光も苦笑する。

 

「すみませんね。確かに・・・今度からはもう少し家に帰るようにしますので許して下さいな」

 

最近本陣そばに立てられた幕の中で眠っていることに今気づいた皆光は、少しばかり働き過ぎかと反省する。

すると、二人が唐突に離れる。

二人とも鼻をつまんでいる事から、もしかして結構臭う?と皆光も自分の着物の匂いを嗅ぐ。

 

「クンクン・・・皆光・・・臭い」

 

「兄様!くさいくさいですぞ!」

 

「最近・・・確かに簡単な水浴びしかしてなかったですからねぇ・・・」

 

逆に何故女性陣は臭わないのか・・・皆光は疑問で仕方なかった。

 

「とりあえず・・・風呂から・・・ですかね?」

 

有無を言わさず猛烈に二人に頷かれた皆光はしょんぼりしながら風呂場に直行するのであった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

脱衣所で服を脱ぎ、さほど広くはない風呂場に入ると、とりあえず水を被る。

本当は皆光とてお湯がいいのだが、この屋敷の風呂は・・・貯めた井戸水を温める設備はない。

むしろ個室で風呂に入れること自体がむしろ羨ましがられる程である。

 

ブルブルと震えながら、馬油に花の香りを付けた石鹸もどきでせっせと洗っていく。

皆光がわっしゃわっしゃと頭を洗っていると、不意に背後の扉が勢いよく開いた。

 

「お背中お流し致しますぞー!」

 

「ちょっ!ねね?!」

 

「それー!ですぞ!」

 

(あぁ・・・もう・・・誰か助けて〜・・・)

 

「・・・・・・参上」

 

「犬千代!あなたは止めてくれると信じてましたよ!」

 

「・・・お背中・・・お流しする」

 

「おぅ・・・」

 

「兄様!目をつぶってくだされ!流しますぞ!」

 

「じ・・・自分で・・・」

 

「・・・良いではないか・・・良いではないか・・・」

 

「ああああああああぁぁぁぁれぇぇぇぇぇ!」

 

 

皆光の屋敷から・・・皆光本人の絶叫が響いた。

 

 

 

「皆光様・・・また何かやってるみゃ」

 

「気にせん方がええ。あの方は物好きな方みゃぁも」

 

響き渡った絶叫に、ご近所さんも苦笑い。

 

ギァァァァァァァァ!

 

「今日は随分と騒がしいみゃあ」

 

「気にせん方がええ。あの方の絶叫はいつもの事みゃあも」

 

 

皆光の屋敷の周辺では割とよくある出来事らしい。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ・・・はぁ・・・」

 

風呂に入るだけで何故こんなに疲労困憊にならなきゃならんのだ・・・と皆光は自室で溶けていた。

そんな皆光を気にするでもなく心做しか肌に艶が出ている犬千代が茶を持ってやってきた。

ちなみにひとつ言っておく。艶の原因は馬油である。

 

「皆光・・・お茶・・・」

 

「ありがとうございます・・・」

 

未だ溶けたままの状態から動かない皆光は、そのままの状態でお茶を受け取る。

 

「おや、そう言えばねねは?」

 

お茶を零さないように姿勢を正した皆光はふと静かなのに気がついた。

 

「・・・買い出し。晩御飯張り切ると言っていた」

 

最近屋敷に帰っていなかったからか、女性陣(ねね)に屋敷の実権がある事に皆光は少なからず戦慄する。

ぶっちゃけ皆光がこの屋敷のどこに何があるかが分からない時点で手遅れではあるが。

 

「そうですか・・・あの子には苦労をかけっぱなしですね・・・。何もお金だけを稼げばいいなんて思っている訳では無いのですが・・・」

 

「・・・でも・・・ねねは楽しそう。犬千代は楽しい・・・」

 

最近気の強い女性(信奈、勝家)や癖の強い女性(長秀、元康)、我の強い女性(義元)にしか会っていなかったのもあって犬千代の言葉に心底嬉しそうに微笑みを浮かべる皆光。

 

「本当に・・・あなた達二人には世話をかけます」

 

そう言って皆光が天井を見上げた瞬間、天井に浮かぶ十の瞳が皆光を見つめていた。

 

「うっっっ!?・・・って・・・あなた達でしたか」

 

その瞳の正体は皆光の忍び達。

何やら五右衛門が不服そうにしているのが目に付いた皆光は、首をかしげた。

 

「五右衛門、どうかしましたか?」

 

「なんでもごじゃらん」

 

ぷいっとそっぽを向いてしまった五右衛門に、益々首を傾げる皆光であった。

 

「えっと・・・五右衛門・・・どちらに行っていたので?」

 

戦が終わってから度々姿を消していた忍び衆に、どこに行っていたのかを尋ねる皆光に、五右衛門は未だに皆光と顔を合わせないまま皆光の前に跪く。

 

「あ〜あ・・・大将・・・やっちまったナ」

 

最初の頃と比べ、忍びらしさがだんだん無くなり徐々にフランクになりつつある奏順が、皆光の横に胡座をかいて座る。

 

「・・・・・・」

 

本当に理由が思い当たらない皆光は、何度も首を傾げ、犬千代に助けを求めるが、犬千代も首を傾げるばかり。

 

「まぁ・・・その・・・報告を聞きましょうか」

 

「むぅ・・・こほん・・・報告もうしげ・・・申し上げる。美濃の国国主斎藤義龍に正式に仕官することの決まったたけにゃかはんべーが、にゃにやら家臣をちゅのっているとの情報をちゅかんだでごじゃる」

 

いつにも増して噛み噛みな五右衛門の報告だったが、皆光は口が塞がらないほど驚いていた。

 

「竹中半兵衛が家臣を?というより、それは一般に情報として流布されているのですか?」

 

「その通りにござる」

 

皆光は思わず他の忍び達を見つめるが、皆一様に頷くだけ。

 

皆光は訳が分からないと頭を抱えるが、そこでふと気付いた。

 

(まさか・・・三顧の礼・・・秀吉が三顧の礼と同じ方法で竹中半兵衛を調略した・・・と言う話があるが・・・だが既に史実がどうなっているのか分からない・・・)

 

考えなさい・・・考えなさい・・・。

皆光は一人知恵を回しながら考え込む。

 

「・・・皆光?」

 

「小早川氏?大丈夫でござるか?」

 

皆の呼びかけが聞こえない程に皆光は考え込んでいた。

 

 

 

そして・・・。

 

 

「浅井か!」

 

急に立ち上がり、そう叫んだ皆光に、思わず周囲が飛び上がる。

 

(家臣集めはひとまず置いておいても・・・もしや・・・謀反を企てている?史実では確かに一度斉藤家から稲葉山城を奪ってはいるが・・・その為の人員集め?であれば信の置けぬ素浪人などを使うのでしょうか?いや・・・半兵衛に限ってそれは有り得ません・・・)

 

皆光は待てよ・・・と一度そこで思考を止める。

そしてひとつの確信に近い答えを導き出した。

 

(この時代・・・と言うよりこの世界は史実と違って・・・・・・)

 

 

 

 

 

 

姫武将が居る

 

 

 

 

 

 

(となれば史実では謀反を起こした後に浅井へ身を寄せているが・・・半兵衛が姫武将だった場合下手をすれば・・・)

 

竹中半兵衛が浅井に着いてしまう。

 

皆光はまずいことになったと一人慌てる。

 

「五人衆・・・案内してください。竹中半兵衛への面談場所へ」

 

そういった皆光に、忍び達は御意・・・と返事をしたが、そこで待ったをかけたのは犬千代だった。

 

「・・・皆光・・・姫さまを裏切る?」

 

静かに殺気立っていく犬千代に、皆光は首を横に振る。

 

「・・・何故半兵衛の元へ?」

 

「竹中半兵衛への仕官・・・その場に浅井がいれば厄介な事になる。いえ・・・確実にいるでしょう。浅井に竹中半兵衛が付けば・・・恐らく織田家は終わると思ったからです」

 

そう言い放った皆光は、未だに鋭い眼光でこちらを睨みつける犬千代に、若干冷や汗を流す。

しばらく睨み合いが続くと、ふっと犬千代の表情がいつもの無表情に戻った。

 

「・・・皆光の考えは分からない・・・けど姫さまを裏切らないならいい・・・犬千代も着いていく」

 

「ありがとうございます。私は姫様を裏切るような事はしませんよ」

 

とりあえずは修羅場は去ったか・・・と皆光は一人胸をなで下ろした。

 

「皆・・・すいませんが案内をお願い致します。それと五右衛門、四忍衆・・・本当によくやってくれましたね」

 

五右衛門がいなければ危うく、浅井に半兵衛が加担する所だった。

そう思うと、全く笑えないどころかお先真っ暗になってしまうので、思わず皆光は五右衛門達を褒める。

 

 

 

 

 

 

先程まで機嫌が悪そうだった五右衛門だが、皆光のその言葉を聞いて嬉し恥ずかしそうに、口布を上へ上げた。

 






あぁ・・・皆光がロリコンと化すんですが・・・。
やばい・・・やばいでございます。
あ、あと次話半兵衛・・・出てきますよ!
・・・・・・出てきたはいいですが・・・また幼女な気が。
なんか・・・謝ってばかりですが申し訳ございません


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美濃の軍師と尾張の軍師


更新が大変遅れたこと、誠に申し訳なく思います。
楽しみに待っていてくださった皆様方。
更新が無くなったかと気落ちしてしまった方々。
誠に、申し訳ございませんでした。
本日をもって、正式に投稿を再開させていただきます。
ストックしていた分に関しましては、全てデータが消えてしまっているため、執筆完了次第、投稿となります。
引き続き、この小説を楽しんでいただけると幸いでございます。


 

 

 

 

ガヤガヤと人が歩き周り、あちこちから喧騒が聞こえる。

尾張とはまた違った雰囲気の町。

美濃国、金華山・・・稲葉山城の麓に広がる井ノ口の町。

 

いつもの煌びやかな狩衣では無く、きちんと武士が着るような羽織を身に付け、腰に刀を差した皆光が、動き辛そうに歩いていた。

共には、毎度お馴染み、無愛想だが優しい少女 犬千代。

そして、皆光の懐刀であり相棒 五右衛門。

皆光、そして五右衛門の配下として頑張ってくれている奏順、治宗、右衛門、定保。

 

流石にゾロゾロと色物集団で町中を闊歩してしまうと、職質ならぬ御用が来るので、尾張から連れてきた川並衆五十名は、近場の森で待ってもらっている。

 

とはいえ、今この場を歩いているのは皆光、犬千代、そして無理やり姫武将らしく変装させた五右衛門だけだ。

今回の五右衛門の任務は忍びらしさよりも、町中に溶け込む案内兼用心棒な為、目立つ忍び服よりも、それとなく町中を歩ける衣装の方が都合がいい。

最初は嫌々と首を横に振るだけだった五右衛門だが、では他の者に頼もう・・・と皆光が言うと、渋々皆光の元から衣装を奪って、現代のイリュージョン顔負けの早着替えを披露していた。

そのせいか、未だにもじもじと落ち着かない様子の五右衛門に、皆光はやれやれと苦笑する。

 

そんな五右衛門を微笑ましそうに見つめる皆光に、本人の知らぬ所で犬千代は頬を膨らませていた。

 

ちなみにほかの忍び達は、付かず離れずで護衛をしてくれている・・・と信じたい。

奏順辺りはサボっているかもしれんが・・・。

 

皆光が一人どうでも良い心配をしていると、目的地を通り過ぎようとしたのか五右衛門に裾を引っ張られる。

反射的に前を歩いていた犬千代の頭を掴んでしまい、三人が奇妙な格好で急停止する。

 

「ここでござるよ。小早川氏」

 

「おっと・・・あ〜・・・失礼ですが本当にここで間違いないので?」

 

「間違いないでござる」

 

そう言われ、その地にある建物を見る皆光。

看板には、【鮎屋】と書かれている。

至って普通の茶屋だ。

だが、その店中や、店先は何やら目付きの鋭い者達で溢れかえっており、ただの客には見えない者達が鎮座している。

 

「店側からしたら迷惑だろうに・・・」

 

皆光の感想はそれだった。

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

茶屋の最上階。

景色の良い、言わば指定席のような所に陣取る三人組。

まぁ、ぶっちゃけちょっとした小金持ちの皆光が、店主に金をチラつかせたらここに案内されただけだが。

 

ちなみに注文も聞かれていないのに続々と鮎料理が運ばれてくる限り、ここの店主もいい性格していると思う。

 

 

 

「さてと・・・では頂きましょうか?」

 

「・・・いただく」

 

まぁ・・・支払いはできますし・・・と一人こぼす皆光に、目の前の料理に目を輝かせる犬千代。

 

しかし、五右衛門だけが私控えてますけど何か?と首をかしげている。

 

「五右衛門は食べないのですか?」

 

「拙者は・・・」

 

「お金ならば、要らない心配ですよ?」

 

うにゅうにゅ・・・と言い淀む五右衛門に、皆光はやれやれと言った表情だ。

 

「せっかくの美濃です。今回くらいは気を楽にしてもよいのですよ?」

 

「にゅう・・・そうでごじゃるか?」

 

「えぇ、一緒に頂きましょう」

 

皆光の言葉に、なんだかんだと言いつつも嬉しそうに、そそくさと料理に近づいた五右衛門を微笑ましそうに見やりながら、皆光も箸を持つ。

 

各々が食べ始め、皆光も鮎の塩焼きに手を伸ばし、口に入れる。

 

基本的に、肉より魚な皆光だが、その鮎を食べた途端涙が出そうになるほど感動する。

焼き加減は絶妙で、身が崩れると言うよりかは解けるような食感。

程よい加減の塩味。

海産の魚とくらべても、全くない臭み。

塩の飾り焼きなのか塩が多いと思いきや、あっさりとした粗塩の塩加減が絶妙で、むしろ骨にまで味があるのではないのかと錯覚できるほどしっかりと、しかし辛過ぎず薄過ぎない塩加減。

 

 

 

一匹、二匹と次々に平らげていく皆光だったが、その正面では熊の如く鮎を飲み込んでいく犬千代。

そして、思いのほかお上品に食べていく五右衛門。

 

三人静かに料理に舌づつみを打ちながら、楽しんでいると、見慣れない男性が座敷の前で会釈をしてきた。

 

てっきり他の座敷の客かと思い、丁寧な方もいるもんだなぁ・・・と皆光は思いながら、会釈を返す。

しかし、通り過ぎるどころかそのまま皆光達が座る座敷へ上がり込んできた。

刺客か?と皆光は思ったが、あからさまな敵意が見られない。

皆光は警戒しながら、その男性の所作を観察する。

 

すると物腰は柔らかそうで愛想が良い男性が、唐突に口を開いた。

 

「お若いの、半兵衛に仕官するために来られたのかな」

 

違う・・・と言いかけて皆光は考え込む。

ぶっちゃけ仕官よりも、浅井の対抗馬として邪魔するために出てきた皆光。

とは言え、嘘をついても良いのだろうか・・・と思うが、ぶっちゃけ言うと謀略なんぞ嘘まみれだ。

 

皆光が軍略特化なだけであって、戦だけで全てを解決できる訳では無い。

ここは少し、練習とするか・・・と皆光は結論付ける。

 

「えぇ、お初にお目にかかります。私はしがない素浪人・・・あ〜皆光・・・とお呼びください」

 

皆光は道三の話を思い出し、姓を伏せた。

 

「・・・犬千代」

 

「蜂須賀五右衛門でござる」

 

各々が自己紹介を済ませると、上がり込んできた男性も名を名乗った。

 

「わっちは半兵衛こと竹中重虎の叔父でな。父母を早くに失った半兵衛にとっては育ての父じゃ。名は安藤伊賀守守就。美濃三人衆の筆頭にして斉藤家の元家老じゃが、今では隠居の身よ・・・なにぶん、わっちはかつての道三殿の片腕だったのでな」

 

と半兵衛と自分の身を語る。

 

しかし皆光は驚いた。

何せ、安藤伊賀守守就と言えば、半兵衛と共に謀反した人物であったからだ。

守就は、訝しみながら皆光を見るが、話を続ける。

 

まぁ簡単に言うと、半兵衛に出世をしてもらいたい。

だが、安藤氏は義龍に信用されるどころか、謀反を疑われているという。

そして、直属の臣下がいない半兵衛に、侮られないようにと家臣を募ったらしい。

 

「なるほど・・・しかし貴方ほどの者を自身から遠ざけるとは・・・義龍の程度が知れますな」

 

「ほほぅ・・・何故そう思う?」

 

唐突に口を開いた皆光に、遠ざけられているとはいえ義龍の臣下である守就は、怒るどころか面白そうに笑みを浮かべながら、皆光に問い掛ける。

 

「義龍は謀反で父である斎藤道三から座を奪ってはおります。言わば新しき主君。多くの者が義龍に付いたとはいえ、少ないながらも斎藤道三に付いたものもいる・・・。言わば今の美濃は、まとまりに欠けるのですよ。そんな中ある程度の影響力のある者を斬るでもなく、牢につなぐでもなく・・・遠ざけるのみとは、謀反を起こしてくれと言っているようなものでしょう?」

 

「つまりわっちが謀反を考えているとでも?」

 

守就の目に鋭さが宿る。

 

「いえいえ、そういう意味ではございませぬよ。あくまで可能性の話・・・義龍が起こすことができる状況を作った・・・と言う意味です。そもそも美濃三人衆が一人であられる貴方様が旗本になれば、少なからず兵は集まりましょう?」

 

道三の片腕であったはずの守就は道三を裏切り、義龍へと寝返っている。

そして、一度寝返ったものは・・・。

 

【状況次第で何度も寝返るだろう】

 

もしかすると・・・。

 

(稲葉山城は容易く落ちるかもしれませんね)

 

ふふふ・・・と皆光が怪しい笑みを浮かべる。

 

険しい顔をしていた守就だが、皆光の話を聞いて、面白そうに険悪な笑みを浮かべた。

 

「お主ら・・・腕に自信は?」

 

「刀、弓、槍と広く浅く・・・ですが私の武器は、知恵でございます」

 

「犬千代は・・・槍なら・・・負けない」

 

「拙者は忍びでござる」

 

守就は満足そうに頷いて、

 

「よし・・・雇うとしよう」

 

と言い放った。

 

(上手く行けば・・・美濃を二つに割ることが出来るかも知れませんね・・・)

 

織田の軍師は、一人怪しく微笑んだ。

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

仕官が決まり、三人は守就に案内されて、半兵衛の待つ奥の屋敷へと向かう。

 

急に人気が無くなりましたね・・・と一人思う皆光に、犬千代が袖を引っ張って、どういうつもりか?と目線で合図してくる。

 

ここを出る前、浅井の邪魔をすると言う名目だった半兵衛への接触が、あれよあれよと仕官の話になっている事についてだった。

 

「安心してください・・・。私の主君は姫様のみです。ですが今は少しばかり・・・お付き合い願います」

 

そう言った皆光に、渋々といった犬千代。

 

そんな犬千代と、なにか不審なものはないかと目を光らせる五右衛門と共に、皆光は奥座敷へと足を踏み入れた。

 

そこには、行商人・・・・・・成金趣味っぽさを出した行商人の格好で正座をする美青年が一人で座っていた。

 

「おやおや・・・やはりと言った所でしょうか・・・」

 

「貴方は・・・」

 

皆光は予想通り・・・と涼しい顔。

それに反して美青年・・・浅井長政は顔を顰め、まるで出会いたくないものに会ってしまったと嫌そうな表情をうかべる。

 

「あいも変わらず・・・悪知恵を働かせているようですね」

 

「なんの話やら。私は貴方と初対面だ。私は近江商人・桝屋の一子、猿夜叉丸と申すもの」

 

「左様でしたか。これはこれは失礼を・・・私は素浪人・・・お気軽に皆光・・・とお呼びください」

 

お互い腹を見せるに至らず。

しかしながら、浅井長政は、皆光へ何やら苦手意識を持っているのか、少しばかり渋い顔をしている。

 

(浅井長政・・・謀(はかりごと)にはあまり向いていない・・・か)

 

皆光が口を開くと何を言い出すか分からないと、長政は静かに心を落ち着かせ、半兵衛を待つこととした。

 

皆光も、これ以上の詮索は無用・・・と静かに座り込む。

共に来た配下の五右衛門と、皆光の配下ではないが、一応お目付と言う役目の為に、皆光より一歩引いた位置で二人が座る。

 

「それではわっちは下の階に集まっている貧乏浪人共を解散させるとする。ああ・・・もうじき半兵衛が来るじゃろうが、命が惜しくば、決して半兵衛を怒らせぬようにな。キレると何をしでかすか分からぬからな。」

 

そう言って出ていった守就を後目に、座敷の中に気まずい雰囲気が流れる。

お互い初対面と言う設定上、容易に話しかけることもままならない。

それにここは敵地である。

情報を落っことそうものなら、どうなるか分からない。

しかも相手は半兵衛である。

 

皆光は、久々に体が震える。

 

皆光にとっては、アイドル的存在の竹中半兵衛。

 

ただ・・・願わくば・・・。

 

(幼女でありませんように・・・)

 

これだけは願っとかねば・・・と皆光は強く祈った。

 

 

気まずい雰囲気が続く中、不意に目の前に風が吹く。

 

 

 

はて?こんな室内に風が?と皆光が不思議がった時、気付けば白面長身の青年が目の前に寝そべっていた。

 

「お初にお目にかかる。いかにも、俺が竹中半兵衛重虎」

 

「ほほぅ・・・」

 

「この私が気配を感じ取れぬとは?いつの間に?」

 

「・・・腰が・・・腰が・・・」

 

「・・・なんと・・・」

 

各々が様々な反応を見せる中、半兵衛のくすくすと言う声が、異様に響く。

 

(今孔明!竹中半兵衛!寝てる!孔明みたいですね!劉備もこんな気持ちだったのでしょうか!?)

 

一人興奮する皆光に、油断なく半兵衛を見つめる五右衛門、へたり込んでしまい、腰をさする犬千代、驚きのあまり、開いた口が閉じきらない長政。

 

姿勢を正し、冷めやまぬ興奮に身を震わせながらも、皆光は口を開いた。

 

「お・・・お初にお目にかかります。私は皆光と申します。どうぞ、お見知り置きを」

 

「・・・犬千代・・・皆光の妻・・・」

 

「はいはい。冗談はそこまでにしておいて下さいね」

 

「・・・でも一緒に住んでる」

 

「はぁ・・・こちらは居候の犬千代です」

 

皆光は胃の辺りを抑えた。

 

「拙者の名前は蜂須賀五右衛門ともし・・・申す」

 

どことなく一気に機嫌が悪くなる五右衛門。

 

「私は近江商人桝屋の一子、猿夜叉丸。しかし・・・半兵衛どのはおなごだと聞いていたが・・・」

 

ふん・・・やはり常套手段に出るつもりだったか・・・と皆光は腹立たしそうに長政を見やる。

 

「ふ、ふ、ふ。俺はこのとおり、水もしたたる美男子だ。あてが外れたな、浅井長政どの」

 

どことなく悔しそうな表情を浮かべる長政。

 

「そして・・・そちらはどうやら珍しいお客様のようだ・・・。尾張・織田家の軍師・・・小早川皆光殿」

 

「おや、バレていましたか」

 

まぁ・・・偽名どころか名前は本物ですしね・・・と皆光は肩をすくめる。

 

「なに、俺は一度皆光殿の指揮する姿をこの目に収めておりまする」

 

「なるほど・・・そういう事でしたか」

 

はて・・・どのタイミングだろうか・・・と皆光は考えるが、逆に多すぎてさっぱり分からない。

 

「皆様方。遠路はるばる、井ノ口までよくぞお越しなされた。まずは、みたらし団子と粗茶をどうぞ」

 

そう言って半兵衛が手を叩くと、町娘姿の少女が一人、ふらりと部屋に入ってきて、目の前に団子とお茶を置いていく。

 

「獣耳?」

 

世が世ならどこぞの葉原で大歓声間違いなしな姿をした少女は、そのまま退室していく。

 

「その娘はわが式神の後鬼ですよ」

 

「ほう・・・人形(ヒトガタ)では無いのは初めて見た気がしますなぁ」

 

「ほう?人形をご存知とは珍しい」

 

「様々な知識を蓄えてきましたが、その中には、安倍晴明なる陰陽師の者の事も含まれますゆえ・・・」

 

「我が始祖・晴明公をご存知とは、流石は皆光殿だ」

 

ま・・・まぁ映画で見ただけですが・・・と言えるはずもなく、微妙な顔で賛美を受け取る皆光。

 

そして、差し出されただんごを食べるように勧める半兵衛に、皆光は静かにだんごを見つめる。

 

長政は嫌そうに皿を押しやっていたが・・・・・・。

静かにだんごを見つめる皆光に、犬千代は怪訝そうに皆光を見つめながら、だんごに手を付ける。

 

「別に毒なぞ入れてはおりませぬ。さぁ、温かいうちに」

 

勧められるがままに、皆光もだんごを手に取る。

そして・・・・・・。

 

犬千代が口にだんごを入れる直前、皆光が犬千代の口を手のひらで塞いだ。

 

「・・・むぅ〜・・・まぅまぅ・・・」

 

犬千代が講義の声を上げるが、皆光の目は鋭い。

 

「半兵衛殿?これはなんの冗談で?」

 

皆光のその言葉に、後ろで静かにだんごを食そうとしていた五右衛門の手が止まる。

 

「冗談などと・・・」

 

「このだんご・・・手に持った途端、何やら表層がブレましたぞ。毒は入っていないかもしれませぬが・・・何やら術が入っておられるのでは?」

 

実際、皆光がだんごを手に取った時は分からなかった。

しかし、持ち上げた途端、少しばかりだんごに残像のような物が目に入ったのだ。

持ち上がるだんごが一瞬だけ・・・まるで皿にだんごが置いていかれたかのように・・・。

 

皆光の言葉に先程から笑みを浮かべていた半兵衛の顔が少し強ばる。

 

皆光はどうしたものか・・・瞳を閉じながら考える。

半兵衛の表情に緊張の色が伺える上に本人は否定の言葉を発する事も無い。

 

(暗殺・・・にしては雑・・・やるならば毒でも入れた方がよっぽど確実ですが・・・陰陽術に何か利点があるのでしょうか?だとすれば私如きに見破られる程度のものを使うでしょうか・・・)

 

無言で半兵衛を見つめる皆光に、何か命令が下っても直ぐに動けるように腰を少し浮かし、忍刀に手を掛ける五右衛門と朱槍に手を添える犬千代。

 

そんな二人を気にする様子もない皆光に、二人の視線が突き刺さる。

 

(暗殺は恐らくない・・・何せこの御仁は私と浅井長政の正体を見破った上でこのだんごを出した・・・。長政と私を暗殺すれば織田所か確実に浅井長政の父・・・久政が出てくる・・・。下手をすれば両国同盟国・・・朝倉、松平と四つの国から攻められるとなれば流石の大国・・・美濃は滅ぶ。それは流石の半兵衛も望む所ではないはず・・・)

 

長考していた皆光は閉じていた瞳を開いた。

 

「ま、死ぬ訳でも無さそうですし、陰陽術がかかった物なんて次にいつ出会えるか分かりませんしね。ここは潔く・・・頂きましょうか」

 

これは賭けだ・・・と皆光は覚悟を決める。

皆光は五右衛門と犬千代に二人は食べないように・・・と伝えた。

 

皆光はこれも何か・・・ひとつの挑戦であると受け取った。

故に食べても死なない・・・何かしらの作用はあるかもしれないが、そう考えた皆光はだんごを手に取ると、すかさず犬千代と五右衛門が皆光の腕を掴んだ。

 

「ダメでござる小早川氏!小早川氏が死んでしまっちぇは拙者は川並衆はどうしゅればよいでごじゃるきゃ!」

 

「・・・食べないで・・・皆光が死んだら・・・みんな悲しむ・・・」

 

幼女に抑えられるという珍妙な姿の皆光は、優しい笑みを浮かべながら、二人を見つめる。

 

「大丈夫・・・死にはしませんよ」

 

一体なんの自信があってそう言うのか、と二人は皆光を見つめるが、皆光はそれ以上何かを言うことは無かった。

 

皆光を抑える二人は、かなり強く抑えているが、皆光もそれを無理に解こうとはせず徐々にだんごを口に運ぶ。

 

 

 

 

 

ーそして、口に入る直前ー

 

 

 

 

 

 

三つ目の手が・・・皆光の腕に添えられた。

 

皆光は、驚きに目を見開く。

 

手を差し伸べたのは・・・長政・・・

 

 

 

ではなく、だんごを勧めた張本人・・・竹中半兵衛その人だったのだから。

驚きで固まる皆光の手から、五右衛門がだんごを奪い取る。

 

「何故・・・貴方が・・・」

 

五右衛門と犬千代は、どういうつもりかと半兵衛を睨みつけているが、半兵衛は何やら呟く。それを皮切りに、だんごと傍にあったお茶が、その見た目を変貌させた。

 

味噌だんごは、異臭を放つだんごへ、お茶は黄色がかったこれまた異臭を放つお茶へ。

 

一瞬で姿形を変えたその姿に、流石の皆光もすぐさまだんごを皿に置く。

 

「何故・・・止めたのですか?」

 

そう問う皆光に、少しばかり目を伏せた半兵衛は、呆れた表情で皆光を見つめ口を開いた。

 

「なに、簡単な事よ。・・・・・・もう良いか?半兵衛」

 

皆光は、一瞬目の前の半兵衛が何を言ったのか分からなかった。

竹中半兵衛ならば自身の目の前にいるではないか・・・と。

しかしこの男は、ここにいない誰かを半兵衛と呼んだ。

 

皆光は、ギョッとして周囲を見渡すが共に来た犬千代と五右衛門、そして同じように惚けている浅井長政・・・そして、まるでイタズラが成功した時の子供のように口角を歪める竹中半兵衛、そして柱の影からこちらを見つめる少女。

 

「ん?」

 

今一人多かったような・・・。

 

皆光は首を傾げ、もう一度周囲を見渡す。

 

犬千代、五右衛門、長政、半兵衛、いない。

犬千代、五右衛門、長政、半兵衛、少女。

犬千代、五右衛門、長政、半兵衛、少女。

 

「んんん?!」

 

思わず皆光は唸った。

すると、先程から柱の影からこちらを覗いていた少女が、声を上げながら柱の影に隠れた。

 

「・・・・・・きゃっ・・・い、い、いぢめないで・・・ください・・・」

 

「声を上げてしまっては意味ないのでは?」

 

思わず突っ込んでしまったが、まさか彼女が半兵衛とは言うまい?と皆光は柱を凝視するが、出てくる気配はない。

 

見かねた半兵衛(男)が柱に向かい、柱の裏から少女の背を押してこちらへと戻ってきた。

 

その少女は、泣きそうな顔で背後にいる半兵衛(男)に助けを乞うような視線を向けているが、それを意に介さずに少女の肩をその場で固定した。

 

大きな黒い瞳に小柄な体躯、まるで子栗鼠のような可愛らしい少女は、少し震えながらこちらに向かって挨拶をした。

 

「竹中半兵衛重虎・・・十四歳です・・・い、いぢめないで・・・くださぃ・・・」

 

「はいぃ〜?」

 

「は?」

 

「なんちょ・・・」

 

「ちっちゃい・・・」

 

皆の反応は様々なれど、ひとつだけ・・・皆共通して思ったこと・・・それは。

 

((((まさか・・・この子が竹中半兵衛?))))

 

そのまさかである。

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

「まさか私達織田が手をこまねいていた相手である竹中半兵衛がこの子とは・・・では、あなたは?」

 

「俺は竹中半兵衛の影武者こと前鬼、普段は酷く人見知りな我が主こと竹中半兵衛の代わりに人払いをしている」

 

皆光は頭が痛いと頭を抑えながら、半兵衛(男)・・・ではなく前鬼と話していた。

その間もずっと半兵衛は前鬼の前で震えながら、皆光を刀で突き回しては、いぢめるかどうかを問うていたが。

すると襖が開き、浪人達を帰し終えたであろう安藤伊賀守が戻ってきた。

 

「どうやら半兵衛との顔合わせは無事済んだようじゃの」

 

「これで無事に見えるのならば医者に行った方がよろしいと存じますが」

 

先程から突き回され、少しばかり赤が目立ってきた皆光は、安藤伊賀守をジト目で睨みつける。

 

「申し訳ない、皆光殿。この子は幼き頃から病弱・気弱・ちびっ子といういじめられっ子の役満大三元とも言うべき娘での。初対面の相手に式を打ったり罠をかけたり不意打ち攻撃したりして、相手が怒って自分をいじめる人物かどうかを試す癖があるのじゃよ」

 

「むしろそこまでされれば正当防衛成り立ちませんかね?」

 

とまぁ、そう言いつつもやり返さないあたり、皆光も理解はしていたのだろう。

 

(そのような子が・・・憧れの半兵衛殿とは・・・少しばかり複雑ですね)

 

皆光にとって、この少女は日ノ本の大軍師。

憧れの存在であるが、幼女に憧れるとは少しばかり胸中複雑なのだ。

決して・・・皆光はロリコンではない。

 

確かに、未来で伝えられた通り、病弱で色白そうな美青年・・・と言う特徴は捉えられている。

だが、病弱そうで色白の部分に足して、いぢめられっ子な上にちびっ子で気弱で美青年ではなく美少女?幼女?になっているとは誰も思わないだろうが。

 

「あの・・・いい加減つんつんするのやめて貰えませんか?よしよし・・・」

 

「いぢめたくなったでしょう?・・・くすんくすん・・・」

 

先程からつんつんが徐々にサクサクに変わりつつあるのを恐れ、思わずやめて貰えないかと頼み込みながら半兵衛の頭をよしよし撫でるが、半兵衛は半泣きで撫でられながら皆光をつんつんしている。

 

「お四方!いきなり一足飛びに斎藤家の軍師となった半兵衛を妬む家臣は大勢おる!明日の稲葉山城出仕の際に半兵衛が虐められて切れぬよう、くれぐれも守ってやってくれい!」

 

「勿論・・・お任せ下さい・・・いただただ」

 

「・・・怒りましたか?・・・ぐすん・・・」

 

「怒ってませんよ・・・」

 

 

 

 

 

 

(はぁ・・・この時代はどうなっているのでしょうか・・・)

 

とにかくまた味の濃い幼女が出てきたな・・・と皆光は困り顔を浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

翌朝、半兵衛一行は、通称稲葉山と呼ばれる金華山を登っていた。

斎藤義龍の居城・稲葉山城は、この金華山そのものを天然の要塞と巨大な山城で、標高三百三十メートル。すぐ北には清流・長良川が流れ、東には恵那山と木曾御岳山。更に西には伊吹山・養老・鈴鹿といった山々。城下町の井ノ口から南へ下ると急流・木曽川が流れている。

天然の城塞として現代でも有名な稲葉山城。

山々は天然の要塞と化し、また、伏兵や遊撃戦を得意とした地形。そして川幅の広い長良川、龍が如き激流の木曽川により、兵要らずの前線を構築する事も可能であるとも言える。

また、陰陽道の理にかなった方角に立てられた稲葉山城には、京の北東、鬼門の方角を守護する比叡山に比すことができる。

まさしく難攻不落。

 

(全く・・・なんとも厄介な城塞であることか・・・)

 

 

半兵衛による新参家臣達への稲葉山講座を聞いた皆光の稲葉城に対する感想はそれだった。

 

「井ノ口の町を王城と見立てればまさしく【背山臨水】。井ノ口の町と稲葉山城は、陰陽道の理にかなった王都と言えます。天下の望む蝮さまや、織田信奈がこの城にこだわるのも分かりますね」

 

「なんとも厄介な城を建てたものです。山城の弱点とも言える火攻めは、近場の巨大な水源のせいで効果は薄く・・・兵糧攻めを仕掛けようにも、こうも山々ばかりでは攻城側の陣が薄くなってしまう。その最中で中濃の斎藤家家臣達の援軍が到着すれば、織田は程なく滅ぶ・・・これ程攻めずらい城は滅多にないでしょうね」

 

「よくご存知ですね。流石は長良川の英雄と謳われる方です」

 

皆光は思わずニヤけそうになる顔を抑えながらも、半兵衛が己を知っていてくれた事を素直に喜んだ。

 

「たまたま、私の策が上手く嵌っただけですよ。二度もやれと申されますと、流石に無理でございましょう」

 

「それでも、かの戦ぶりはこの半兵衛・・・感服致しました。一度こうして、お話をしてみたかったんです」

 

「それはまた何故?」

 

「私はまだまだ未熟ですから・・・新しい知識をもっともっと知りたいんです。新しいことって、素敵だと思うんです。皆光さんの長良川でのご采配、もしあの場に私がいれば・・・と思うと・・・胸が踊るんです」

 

「勘弁してください・・・。あの場に半兵衛殿がおられれば、私も道三殿も、生き永らえる事は不可能だったでしょう」

 

実際、あの場に半兵衛がいた・・・そう考えるだけでも、身震いする皆光に、半兵衛はクスリと笑った。

 

「皆光さんは不思議です」

 

「何故?」

 

「怖くないんです。先代の蝮さまはそれはもう・・・ぶるぶる・・・新しい国主の義龍さまはおっきいですしで怖いです。でも、皆光さんは初めてお会いするのに・・・怖くないんです。前鬼さんに試してもらったり、刀で突いたりしても怒りませんし、むしろ笑顔で・・・その・・・すいません・・・くすん・・・」

 

「ふふふ・・・貴重な体験をさせて頂きましたし、傷もさほどですし、おあいこですよ。確かに、私の道三どのに怒鳴られた時は少しばかり怖かったです。ですが、人は見かけによりません。お話をしてみれば、ただのお優しい茶好きのひひ爺ですよ」

 

皆光と半兵衛が話している背後から、五右衛門が

「道三どのに怒鳴られても飄々としていたのは誰でごじゃったか・・・うにゅうにゅ・・・」

と言葉を漏らすが、その言葉を皆光は無視する。

五右衛門は後ろでむくれているが。

 

「仲のよろしいことで、何よりですな、さて、そろそろ登り終えますぞ!半兵衛が虐められぬよう、しっかりお頼み申す」

 

「ひっ!?いぢめるんですか?ごめんなさい・・・いぢめないで・・・」

 

「安藤伊賀守・・・あなた口を開かぬ方がよろしいのでは?」

 

とにかく、ようやく

 

この時代、未だ天守閣なるものは存在せず、稲葉山城の見た目はどちらかと言えば大型の館のような佇まいだった。

だが、それでも充分な貫禄を放つ稲葉山城に、皆光は思わず喉をならした。

 

皆光は静かに背後にいる五右衛門に、文をチラつかせる。

五右衛門は不自然にならぬよう、静かにその文を受け取ると静かに読み、それを合図に、今まで忍びらしく物音立てずに歩いて着いてきていたのをやめ、足音を立てて普通に歩き始める。

 

皆光は、背後で四人の忍びが散ったのを確認し、足を止めた。

 

(知恵を出すにはまず情報から・・・)

 

皆光の稲葉山城攻略に向けた足取りは、既に始まっているのである。

 

「・・・必ず落として見せましょう」

 

「何か言われましたか?」

 

独り言を呟いた皆光に、半兵衛は首を傾げて問いかけるも、皆光は笑顔で口を開いた。

 

「いえ、なんと壮観な城でしょう・・・と零しただけですよ」

 

皆光は、一人静かに笑みを深めた。

 

 

 

 

 





この度は誠にありがとうございました。

感想、コメント、評価、お待ちしております。
過去に書いて頂けたコメント、新しく書いて頂けたコメントについては、まとめて9月15日午後12時頃に返信させていただきますので、安心して書き込みして頂けると幸いでございます。


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美濃の義将と美濃の毒



遅れを取り戻すべく、覚えている範囲で書かせて頂きました。
長らく更新が無かった中、この小説を待っていましたと言う読者様のお声が大変嬉しく、モチベが爆上がりしたため、一気に書ききることが出来ました。
原作の面影を残しつつ、オリジナル展開を交えた話となっており、とある武将も・・・とこの先は読んでお楽しみください。
また、今話から、あとがき欄に、小説【謀っ子世にはばかる〜織田信奈の野望】のキャラ紹介文を追加する事を決めました。
平均的に2キャラづつ紹介していこうかなと思っております。
では、お楽しみください。


 

 

 

 

美濃・金華山〜稲葉山城二ノ丸斎藤義龍居館

 

登城した半兵衛主従一行は、本日行われる対尾張防衛戦の会合の為、斎藤義龍の居る館を訪れていた。

 

幼き天才軍師・竹中半兵衛を筆頭に、戦国きっての槍の又左幼き勇・前田犬千代、幼き天才忍者・蜂須賀五右衛門、尾張織田家家臣・小早川皆光、北近江の若大名・浅井長政。

 

前半が全て幼きとなっているのはご愛嬌。ロリコン大歓喜である。

 

そろそろとまるで忍び寄るかの如く怖がりながら、半兵衛が門を潜ろうとした時。

 

門の上に男が立つ。

その男の腕には、柴犬が抱えられていた。

 

「何者・・・」

 

ですか?と皆光は問おうとした。

だが、問うことは叶わなかった。

次の瞬間には、五右衛門が半兵衛を門から引っ張り皆光の腹に押し付けた。

 

「ック!?」

 

「・・・きゃぁ!」

 

たたらを踏むが、何とか転倒することなく半兵衛を受け止めた皆光は、消えた五右衛門を探し辺りを見回すが、程なく見つかった。

五右衛門は、門の上の男に忍者刀を突きつけた状態で静止していた。

 

皆光は、放心している半兵衛の頭を撫でながら、門の上の男を睨みつける。

 

「大事は無いですか?半兵衛殿・・・」

 

「ふぇ・・・皆光さん・・・大丈夫です・・・大丈夫ですから・・・いぢめないで・・・ください・・・くすん・・・くすん」

 

「誰も半兵衛殿をいじめたりしませんよ。さて・・・どういう事か説明して頂きましょうか?」

 

この門の上の男は、半兵衛が門を潜る際に抱えた柴犬に小便を引っ掛けさせたのだ。

忍びとして目を光らせていた五右衛門は、それを察知。

五右衛門は、半兵衛を後ろにいた皆光へと投げ飛ばし、自分は門の上の男を抑えた。

 

「くっ・・・我が主君に阿(おもね)る分弱の徒が・・・正体を表しおったか・・・」

 

「何者か・・・と聞いているのです。それともそれは・・・辞世の句と受け取ってもよろしいか?」

 

「殺すならば殺せ。謀反人共が!」

 

皆光は殺気立つが、この場の半兵衛の顔を潰す事は望ましくなかった。

この事を上に報告しようにも、この場には嘘偽りの者たちばかり。

そして間の悪いことに、男が叫んだせいで少々騒がしくなってしまった。

 

なんだなんだと顔を覗かせる斎藤家家臣達。

 

(ちっ・・・やってくれやがりますね)

 

斎藤家家臣達は、門の上の状況と、皆光達を目で何度か往復すると、一斉に刀を抜き放った。

そしてその中、一際目立つ巨体を揺らし、顔を覗かせた。

 

美濃国・国主・・・斎藤義龍

 

「貴様は何者だ?」

 

その巨体に見合った野太い声は、皆光が抱えている半兵衛を萎縮させるには十分な程だった。

 

皆光の額に冷や汗が浮び上がる。

 

「これは失敬。私は、竹中半兵衛が家臣・・・皆光と申します。此度は会合故の登城・・・とさせて頂きましたが、どこぞの馬鹿が我らが主・・・竹中半兵衛に犬の小便を引っ掛けようとした次第・・・。ついつい忍びをけしかけてしまいました」

 

「ほう・・・それは誠か?飛騨守」

 

義龍の問いに、してやったりと口元を歪めた齋藤飛騨守。

 

「それは違いますぞ。拙者は、外で何やら物音がしたので見回りをと思った次第、犬を囮に気付けば忍びに背後をとられていたのです。殿!これは竹中半兵衛が謀反を企てていた証拠でござりましょう!」

 

(ちっ・・・余計な事を言いやがりましたね・・・。証拠である犬の小便は・・・斎藤家家臣達に踏みつけられ跡すら見られないでしょう・・・。どうする?これは流石に逃げるしかないか・・・いや・・・逃げるにしても兵を集められ追われれば尾張に辿り着く前に切り捨てられるか・・・)

 

「謀反などと!竹中半兵衛は謀反なぞ考えておりませぬ!言い掛かりはやめて頂きたい!」

 

斎藤義龍は、互いのその様子に・・・・・・。

 

 

「どちらを信ずるかは自明の理・・・こやつらを縄に繋げい!」

 

 

斎藤飛騨守の発言を信じた様だ。

とは言え少し考えれば分かる事。

普段から側仕えをしている重臣の発言を信じるか、類稀なる才覚を持ち、軍師として兵の指揮権を与えられたとは言え、仕官してから日が浅く、また本日初出仕であり、叔父の安藤伊賀守は謀反の疑いがあると中枢から弾かれている状態。

 

簡単に言えば、皆勤で出社してくる者と休みがちな者が病気で休むとなった時、どちらの方が信憑性が高いと取るかである。

 

簡単だ。

積み上げられた信頼度の高い方の言い分を信じるだろう。

だが時代が悪かった。

カメラも無ければ診断書もない。

この時代は目とその者への信頼が全てである。

でなければ謀殺や暗殺など起こらないだろう。

 

あまりの急展開と、思えば納得な理由。

この時代、有りもせぬ罪で消えた人間なんてのは掃いて捨てるほど居たはずだ。

 

家臣達がにじりにじりと半兵衛一行を取り囲み始める。

先程から黙ってついてきていた犬千代も槍を構え、皆光も思わず腰の刀を抜き放つ。

 

半兵衛は皆光の腰の後ろで震えているばかり・・・安藤伊賀守は拳をキツく握りしめていた。

 

「いいでしょう・・・。馬鹿の言う言葉は鵜呑みにするが、才ある者の言葉は聞けぬと見える。大軍を率いても道三殿を逃がす訳だ。思慮が足りませんな」

 

「半兵衛殿、申し訳ありませぬ。せっかくの初出仕を潰してしまったようです」

 

青筋を浮かべる義龍を無視し、皆光は振り向き半兵衛を撫でながら謝罪する。

 

「そんな・・・皆光さん達は悪くないです・・・私がもっと周りを見ていれば・・・」

 

「とにかく、ここはお逃げなさい。猿夜叉丸殿、犬千代・・・半兵衛殿を頼みます。安藤殿もご一緒にお逃げ下さい」

 

「皆光殿・・・」

 

「ダメ・・・皆光。犬千代も戦う」

 

ジリジリと近付いて来る家臣達に取り囲まれぬように刀で牽制しつつ後ろへ下がる。

 

「ふん、逃げられると思うてか?」

 

「誰が逃げると言いました?少なくとも、馬鹿のお命と何人かは、私の共をして頂きますよ」

 

皆光がそう言い放った時、家臣達の足元に苦無が突き刺さった。

偵察に出ていた四忍衆が帰ってきたのだ。

 

「この場は私と・・・私の忍び衆が相手を致しましょう。ひとつ言っておきますが・・・」

 

皆光は刀を構える。

 

サシュッ・・・という何かを裂く軽い音と共に、声を上げることも無く門の上にいた飛騨守が崩れ落ちる。

 

「ここから先は進めると思わぬ事です」

 

「飛騨守・・・っ。貴様ぁ・・・者共!こやつらを斬れい!」

 

ハッ!と言う声と共にこちらへ殺到する斎藤家家臣達。

 

「早くお行きなさい!大口を叩いたとはいえそう長くは持ちません!」

 

「そんな!皆光さん!ダメです!」

 

「皆光っ・・・!」

 

「行けっ!」

 

皆光は強く言い放った。

そんな皆光にすがろうとする半兵衛を、引き離したのは・・・猿夜叉丸こと、浅井長政である。

 

「感謝はしませんよ・・・。この際北近江でも何処でも構いません。皆を頼みましたよ、浅井長政っ・・・」

 

「皆光殿・・・・・・。あいわかった。信奈殿は・・・いや、今は辞めておこう」

 

「はっ・・・最後の最後まで・・・。姫様に何かあれば、殺しますよ」

 

「ふっ・・・ならば生きる事だ・・・」

 

そう言い残して、半兵衛の手を引いて走り去る。

 

難しい事を言ってくれる・・・。

そう呟いた皆光だったが、そう簡単には死のうとは思っていない。

 

むしろ背後の者達さえいなくなれば、あとは忍び達と逃走するだけである。

 

館を守護する兵達が伝令へ走ろうとするが、苦無が喉に突き刺さり絶命する。

 

「さてと・・・やりますか」

 

皆光の瞳から・・・光が消えた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆光と忍び達を置いて走る四人。

 

殿(しんがり)をしている皆光達のおかげか、追っ手は来ない。

流石の浅井長政も、思う所があるのか時折背後を振り向くもそこに皆光の姿はない。

 

犬千代は真っ直ぐと、皆光を信じて進んでいた。

しかしそこで、元より病弱で体力のない半兵衛が転倒する。

未だに館からの距離はそう離れておらず、殿を残して来たとはいえ少数。

しかし、半兵衛は立ち上がろうとしない。

 

「ぬぅ・・・わっちが背負おう」

 

・・・・・・

 

「わた・・・しのせいで・・・・・・」

 

安藤伊賀守が半兵衛を背負おうと腕を伸ばすが、半兵衛の悲痛な声に伸ばす腕が静止する。

 

「わたしの・・・せいで・・・皆光さんや、五右衛門さんが・・・」

 

半兵衛は泣いていた。

安藤伊賀守は、伸ばした腕を力なく下ろし半兵衛を撫でる。

いつも泣き虫で、何かあればすぐに泣き出す半兵衛だが、悲痛な涙を流す半兵衛に思わず安藤伊賀守も浅井長政も目を伏せる。

 

半兵衛は無駄な殺生を好まない。

それでも、織田軍を倒さなければ、美濃がどうなるか分からなかった。

尾張には、落ち延びた美濃の蝮、そして第六天魔王と恐れられる信奈がいる。

そんな悪名高き者達がいる尾張に美濃を渡す事が、半兵衛は怖かった。

だから義龍に手を貸したのだ。

それが、こんな事になるなんて、半兵衛は予想もしていなかった。

 

皆光の素性を、半兵衛は知っていた。

それと同時に、同じ軍師として皆光が半兵衛を尊敬するように、半兵衛も皆光を尊敬していた。

初めてその名を聞いたのは、義龍軍敗北の一報だった。

最初は、どんな怖い人だろうと思った。

子栗鼠のような人だったらいいな、なんて思っていた。

しかし、自分の前に現れたのは、自分と同じ年頃の女の子を連れた優しそうな男だった。

だが優しそうに微笑む顔の裏で、どんなやり方で自分をいじめるのだろうかと半兵衛は怖かった。

それも、心を試し、目で見て語り合い半兵衛は安心した。

皆光も、五右衛門も犬千代も、皆いい人達だった。

一緒に着いてきてくれると聞いた時は、心から安堵した。

 

何故もっと考えなかったのか。

叔父である安藤伊賀守から、半兵衛は己に対する家臣団の評価を聞いていた。

一言で言えば、悪かった。

半兵衛の用いた奇策により、半兵衛を重用しようとする義龍。

そんな突き出た杭を打とうとする輩が居る事は、容易く想像できる事だった。

 

 

(なのに・・・なのに・・・神様・・・お願いです・・・あの方達を・・・)

 

 

困った様子で立ち竦む二人。

そんな中幼い少女、犬千代は静かに半兵衛に近寄り、その泣き震える肩に手を置いて語りかけた。

 

「・・・皆光達を助けたい?」

 

「な!犬千代殿、何も申されるか!皆光殿の覚悟を無駄にされるおつもりか!」

 

犬千代のその言葉に驚き、すぐさま否定的な言葉を発したのは、浅井長政だけだった。

安藤伊賀守は、静かに目を伏せながら、まるで行く末を見守ると言っているかのように、静かに黙ったまま。

 

半兵衛は、地に伏せたまま、こくり・・・と頷いた。

 

「皆光は、頭がいい・・・きっと残されても、生きて帰ってくると思う・・・。それでも・・・行く?」

 

そう呟いた犬千代に、半兵衛は黙ったまま。

 

「泣いているだけなら、無理・・・。それこそ時間の無駄」

 

そう言っても、動く気配のない半兵衛に、犬千代は時間の無駄と判断し背を向けた。

 

「進む。皆光達が逃げる前に・・・稲葉山城を脱出する」

 

どこか安堵した様子の浅井長政を後目に、犬千代は走り始めた。

安藤伊賀守が、半兵衛に手を伸ばす。

 

すると半兵衛が自分の足で立ち上がった。

足は子鹿の様に震え、泣きはらした目は真っ赤だ。

 

「大丈夫か?半兵衛や」

 

「半兵衛殿、この私が背負って差し上げます」

 

そう言って半兵衛に近付く男二人。

しかし次の瞬間。

 

「ま・・・待ってください!」

 

犬千代は足を止める。

 

「早く行く・・・」

 

「わたしは・・・弱いです!」

 

「だから・・・何?」

 

まるで腹立たしいと言った様子の犬千代を真正面から見据える半兵衛。

 

「確かに・・・皆光さんや五右衛門さんは織田信奈の家臣です。こんな事を言うのは、間違っていると思います」

 

半兵衛はそこで少しばかり深呼吸する。

 

「それでも・・・今は皆光さん達は私の家臣達です!偽りの罪で見捨てるなんて、私の義に反します!」

 

そして、静かに頭を下げた。

 

「私は弱いです。ですから、お願いします。私と一緒に・・・皆光さん達を助けてください」

 

そう言い放った半兵衛は、もう涙も、震えも止まっていた。

 

その顔は、天才軍師としての顔ではなく、【義将】としての顔であった。

 

(皆光さん達の義には、私の精一杯の義を持ってお返しします)

 

半兵衛は皆の返事を聞くまでもなく、来た道を戻り始めた。

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっ・・・はっ・・・はっ・・・」

 

刀を持つ腕が重い・・・。

 

殿(しんがり)をしている皆光達は、ボロボロだった。

この場にいる斎藤義龍以下家臣達と、そこらの雑兵では話にならなかった。

 

戦場を生き抜き、兵を率いてきた歴戦の猛者と、現代のぬる湯に浸かってきた皆光とでは、天と地の差だった。

それでも、忍び達の援護もあって誰一人として進ませていない。

 

仕留めたのは斎藤飛騨守のみだが、それでも手傷は負わせた筈である。

 

ちらりと周囲を見る。

 

五右衛門は、さほど怪我もないようだが、珍しく息が上がり、肩で息をしていた。

 

四忍衆も、何とか奮闘してくれてはいるが、ボロボロになっていた。

 

「まだでござるか・・・。このままだと逃げる体力も残らぬでござるぞ」

 

「耐えてください。馬を使われれば終わりです。せめてあと四半刻は・・・」

 

するとその時、奏順が吹き飛ばされてきた。

背中で一度跳ねながらも、その衝撃を使って上手く皆光の隣に着地する。

しかし、片膝を落とし、地に片手を付いている。

「大将・・・流石に冗談きついゾ・・・。これ以上・・・持たせろ・・・だ・・・て・・・」

 

とさっ・・・と静かに地面に崩れ落ちた奏順。

それと同時に、右衛門、治宗、定保が皆光の近くに着地する。

 

右衛門が、折れた忍刀を投げ捨てる。

 

「主・・・撤退・・・」

 

「ここまで・・・ですね。治宗・・・奏順を頼みます」

 

奏順を持ち上げる治宗を後目に皆光は忍び達に撤退路を聞く。

 

「中々・・・敵ながらやりおるわ。だが・・・終わりだ」

 

義龍の言う通り。

 

「囲まれたか・・・」

 

忍びの跳躍ならば問題は無い人の壁。

しかし、皆光は忍びではない。抱えて飛ぼうにも、いっせーのを待ってくれる相手ではないことなど容易く分かる。

戦場では一瞬の気の緩みが命取りになる。

その事を失念していた皆光は、奏順が吹き飛ばされてきたのを皮切りに、気を抜いてしまった。

 

「ふん、半兵衛なんぞに仕えるからだ。儂に仕えればそれなりに重用したかもしれんぞ?」

 

「ふん・・・半兵衛なんぞと馬鹿にしない方がよろしいですよ。あなたが大軍を率いても勝てなかった織田の軍師・・・彼女はその更に上を行く。精々足元を救われぬよう」

 

「ふん、戯言を!」

 

義龍は、そう言って皆光へと刀を振り下ろした。

しかし、皆光は生きる事を諦めてはいない。

以前ならば・・・諦めていたかもしれないこの状況。

だが、様々な人達との会話を経て・・・戦を経て、この時代を生きていくと誓った、武士である。

 

「ふふふ・・・戯言になるかどうかは・・・お楽しみです」

 

皆光は勝家に教えて貰った事を思い出す。

 

(皆光にとっての刀は打ち合うものでは無い。受け止めるものでもない。そうだな・・・こう・・・なんだ・・・ああぁ!分からん!斬れ!)

 

(分かるわけないでしょ!)

 

皆光は、義龍の刀のすれすれに、自分の刀を這わす。

てっきり打ち合うと思っていた義龍は、ぎょっとした。

 

(私にとっての刀は、知恵ですよ!斎藤義龍!)

 

ぎょっとした義龍は、皆光の刀を避けるために半身を逸らし、それにより義龍の刀は大きく皆光を外す。

しかし、以下に不意打ちとは言え、歴戦の猛者。

皆光の刀は、少しばかり義龍の頬を掠っただけだった。

 

その時・・・背後が光った。

 

「な・・・何事だ!」

 

「これは・・・まさか・・・」

 

「皆光さん達を・・・いぢめないでくださああああい!」

 

その光の正体は、半兵衛だった。

眩しく光る五芒星の輝きが、辺り一帯を照らす。

 

「ふん、我が主に感謝せよ。皆光」

 

気付けば目の前には、狐の姿の前鬼が皆光達を守るかの如く立ちはだかっていた。

 

周りを見ると、明らかな異形達が、義龍の家臣達を追い回していた。

 

「なんだこれは・・・妖か!」

 

「ひっ!妖怪だぁぁぁ!」

 

「人喰いじゃあぁぁぁぁぁ!」

 

先程の戦いが嘘のように、悲鳴をあげながら逃げ惑う家臣達。

 

「おのれぇ・・・竹中半兵衛めがぁぁ」

 

ギチギチと、耳障りな音がするほどに、刀を震わせ怒りに染まった義龍は、前鬼に斬りかかるが、前鬼はふわりとそれを避け、大きく牙を見せて威嚇した。

 

「こんな所で・・・・・・ぬううぅっ!!!」

 

何かを耐えるように、大きく唸った義龍は、刀を納め、射殺すような目付きと共に皆光達の目の前から去っていった。

 

「なんですかね・・・これ・・・」

 

「拙者に聞くな・・・でごじゃる・・・」

 

今度こそ、本当に気を抜いてしまった皆光達は、地面にへたりこんでしまった。

 

「ふん、情けない人間共だ」

 

どことなくドヤ顔を炸裂させながら、前鬼が人の姿に戻る。

前鬼以外の式神達は、なおも義龍や守備兵を追いかけ回している様子。

そして、先に逃がした残りの三人も姿を現す。

 

「にしてもまぁ・・・随分呆気なく城が落ちましたね・・・」

 

「あわわわ・・・わたし・・・謀反してしまいました・・・」

 

「半兵衛!無事か!」

 

ふと我に返り、慌てる半兵衛と、半兵衛を心配して慌てて走り寄る安藤伊賀守。

そんな二人を微笑まそうに見つめる皆光。

そんな皆光を甲斐甲斐しく手当をする五右衛門。

忍び達も互いに互いを気遣い、治療を施している。

 

「五右衛門・・・あなたも少し休憩した方がいいですよ」

 

「拙者はこの程度・・・どうとでもごじゃらん。それよりも小早川氏の方が重傷でござる・・・全く・・・手のきゃきゃるしゅくんでごじゃるな」

 

全く・・・やれやれでござるよ。と口では文句を垂れながらも優しい手付きで皆光の治療をしていく五右衛門。

そんな皆光の背後から、犬千代が顔を覗かせた。

 

「・・・皆光・・・大丈夫?」

 

その姿は、少しばかり申し訳なさそうに心做しか弱々しく見える。

 

「大丈夫ですよ。だから・・・こうして生きています」

 

安心させる為に放った皆光の言葉・・・だったのだが、その言葉を聞いた犬千代は、目尻に涙を溜め、口を開いた。

 

「ごめんなさい・・・。犬千代は・・・すぐに動けなかった・・・半兵衛どのが助けに行った時・・・犬千代は迷ってしまった・・・」

 

俯いた犬千代・・・。

皆光はそんな犬千代を優しく抱きしめた。

驚いた犬千代だったが我慢していた涙が溢れ、皆光の胸元で泣き始める。

 

「ごめんなさい・・・・・・ごめんなさい・・・」

 

「犬千代」

 

「・・・・・・」

 

「助けに来てくれて・・・ありがとうございます。犬千代が謝る必要なんてありませんよ。犬千代は・・・正しい事をしたのですから。少なくとも、泣くよりは・・・誇るべきだと思います。私はそんなあなたが・・・大好きですから」

 

そう言って犬千代を撫で撫でしていると、ここにはいない・・・第三者の声がこの場に響き渡る。

 

 

「あらら・・・稲葉山城が落ちちゃったよ」

 

「落ちましたね。それもこの人数相手に、随分あっさりと」

 

 

「ひっ!だ・・・誰ですか・・・」

 

「ぬぅ・・・半兵衛。わっちの後ろに隠れておれ」

 

その声は、館の門からだ。

一人は中性的な喋り方をしている女の声。

もう一人は、何処と無く油断してはならないような、妙にしっとりとした女の声。

 

「全く、お兄様も情けない限りだ。ま、そんなお兄様だからこそ、尾張勢の付け入る隙があった訳だがね」

 

「私の成した策はまるで手のひらとばかりに尾張勢に潰されました。特にそこの・・・男に」

 

姿を現したのは、少女と、どうだろうか・・・丹羽長秀と同じくらいの女性。

少女の方は、半兵衛や、犬千代と同じくらいだろうか。黒く真っ直ぐな髪は腰まで美しく伸び、淡い青と白の着物が、何処と無く知的な雰囲気を醸し出す。

もう一人は表情が読めない。

一切の表情も感情も映らない顔。

紫色の髪色をした頭髪は、肩口で揃えられており、あほ毛が目立つ。

 

「にしても半兵衛の謀反か。これは、美濃・斎藤家も少しばかり危うくなってきたかな」

 

「・・・あなた様は・・・」

 

そう言ったのは、安藤伊賀守。

安藤伊賀守は美濃三人衆の一人、数多いる美濃武将の頂点に立つ三人衆の一人なのだ。

つまり、その安藤伊賀守が様をつけたという事は、それ以上の人物。

そして、斎藤義龍を兄と呼んだ。

 

 

 

 

「・・・斎藤龍興様・・・長井道利殿・・・」

 

 

 

その二人の名前を呼んだ安藤伊賀守の表情は暗い。

 

「これはまた厄介な・・・」

 

この二人を歴史を通じて知っている皆光は、二人を警戒した。

 

 

 

 

 

 

 

 

特に片方・・・・・・・・・道三と義龍の親子喧嘩。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

歴史通りであれば・・・・・・【美濃動乱】を手引きした人物である長井道利を。

 

 

 

 






キャラクター紹介〜謀っ子世にはばかる〜



キャラクターNo.001


小早川 皆光(こばやかわ みなみつ)



信奈の天下布武を支える為、その下地となり得る天下布情を掲げる現代から、過去である戦国時代へ飛ばされた男子高校生。
現代を切り、戻るつもりは無いと言いこの戦国時代を生き抜くと誓った黒髪、黒目の優しい顔立ちをした少年。
助けを乞うたり、親しくあるもの達へはとことん甘いが、一度敵と看做した者達への容赦は一切ない。
飛ばされた先が合戦場であり、派手な格好をしていた為武将として今川兵に追われるも、当時今川方の足軽だった木下藤吉郎に命を救われる。

その後、木下藤吉郎の死によりこの世界の在り方に疑問を持つも、木下藤吉郎との約束、(モテモテ大名)の為に織田家へ仕官。

様々な戦を経て、見事若家老として出世を果たした。
役職は軍師。
直近の配下に、蜂須賀五右衛門(はちすかごえもん)・伊賀崎奏順(いがさきそうじゅん)・望月治宗(もちずきはるむね)・篠山右衛門(ささやまうえもん)・藤林定保(ふじばやしさだやす)の忍び五人衆がいる。

軍師としての腕は、織田家家臣団の中でもかなり期待されており、東海一の謀将と言う通り名を持つ(広めたのは斎藤道三と美濃衆)。
兵を用いた急な陣形変更と一兵卒足りとも無駄にしないと言う戦い方で、野戦の指揮を得意とするが、美濃侵攻戦では竹中半兵衛の奇策により敗北している。

織田家家臣団からの評価は良く、真面目に仕事をこなす姿は評価が高いが、信奈曰く「一言多い」。
メキメキと頭角を現す皆光に嫉妬や偏見を持つ者たちもいるが、丹羽長秀や柴田勝家と言った者達により沈静化している。

本人は否定しているが、周囲からは幼女好きと思われており、一素浪人から、若家老まで出世した皆光に幼女を送り付けてくる農民が後を絶たないらしい。
農民曰く(嫁)との事。
皆光は毎夜その事に頭を悩ませては、五右衛門に頼み返してもらうように頼むも、両親からはうちの娘が気に食わないのか・・・と言われ、困らせられている。
皆光の屋敷は近隣住民から幼女屋敷と呼ばれており、義妹のねね、前田利家(犬千代)、忍び五人衆と共に住んでいる。
実はきちんとメリハリあるボディーが好き。
本人の出自については、まだ明かされていない。







キャラクターNo.002


蜂須賀 五右衛門(はちすかごえもん)

ロリコン集団、川並衆の頭領であり、白い髪の毛に赤い大きな瞳が特徴の美幼女。
元々は木下藤吉郎の相棒だったが、木下藤吉郎がなくなった際の遺言により、皆光を主君と仰ぐようになった。
皆光の最初の配下であり、唯一皆光の秘密を知っている人物。
諜報活動、暗殺、身辺警護など様々な分野で皆光を助けるハイスペック忍者。
しかし、三十文字以上の長ゼリフは苦手。
唯一聞き返すことなく、また、それも個性と受け入れてくれた皆光には気兼ねなく長々と喋る。(しかし噛む)
皆光の容赦ない忍びの使い方を気に入っており、何かあればすぐに皆光に報連相する家臣の鏡。
皆光の秘密を唯一握る存在として、少し優越感を感じていたりする。
皆光との絆は固く、一方的ではあるが少しばかりの恋心を皆光へと抱きつつある乙女。
皆光が他の少女や女性と仲良く話している姿を見たあとは必ず機嫌が悪くなる。
しかし、そんな恋心とは裏腹に自身も大きな秘密を抱えており、皆光に話すべきかと悩んでいたりする。
最近の悩みは、増えつつあるライバルたち。
とくに、サボりがちな五右衛門の配下、奏順には手を焼いており、よく皆光の元へサボりに行く奏順とは、皆光の知らないところで忍びアルティメットバトルが繰り広げられる。
ちなみに五右衛門の寝る位置は皆光の顔の真上。


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美濃の義将と美濃の毒【終】



本日一日休みでしたので、連投させていただきます。

自分で書いていて思うのですが、色々とやってしまいました。
この話はおそらく、好き嫌いが別れる話となっているかもしれません。
それでも大丈夫な方は、お楽しみください。


 

 

 

 

無人となった館の広間。

そこに皆光達はいた。

会合の際、外の喧騒を気にすることも無く、ずっと館に篭っていたと語る二人を加えて・・・。

 

一人は斎藤龍興。

齢は十五歳と言っていたが、見事な寸胴は見た目犬千代や半兵衛と大差はない。

本来の歴史ならば、斎藤義龍の子であり、度重なる生活の乱れにより早くに病死した斎藤義龍に変わって美濃を収めていた美濃・国主斎藤家三代目主君である。

 

そしてもう一人・・・。

このもう一人を、皆光は激しく警戒していた。

 

長井道利。

斎藤家三代に仕えたとされる重臣であり、美濃、竹ヶ鼻城を守護を任された長井家の主。斎藤道三と斎藤義龍の不仲に漬け込み、斎藤義龍を誑かしたとされる。

つまり、美濃動乱の直接的な原因は長井道利にあり、なおかつその後も武田と内通するなど、謀略に長けた人物である。

 

 

「我々を捕えなくてもよろしいので?」

 

静かに思考を終えた皆光は、目の前に座る二人に尋ねた。

半兵衛は、先程霊力を使いすぎてしまいました・・・と席を外し、それに着いて行ったのは犬千代と安藤伊賀守、浅井長政、そして未だ意識の戻らない奏順に手当てと護衛の名目で治宗と定保がこの場にはいない。

 

この場にいるのは、皆光の向かいに座る二人と護衛の五右衛門、右衛門の五人だけ。

 

「はははっ!僕達は何も君達を捕えるために隠れていた訳では無いよ」

 

元気よくそう答えた龍興に、皆光はそうですか・・・と一応の納得はしたものの、なんとも言えない感覚に不安を覚えていた。

 

「とりあえず、お互いの腹の中を明かそうか」

 

「腹の中?と言いますと?」

 

すると、龍興はクスクスと面白いものを見たかのように笑い、皆光を指さした。

 

「君、半兵衛を利用したね?」

 

「・・・・・・何の話やら」

 

「だってそうじゃないか。僕はこう見えても、あの子とはそれなりに長い付き合いだからね。当ててあげようか?君の目的」

 

皆光の額から少しばかりの冷や汗が浮かび上がる。

 

「君が今回の竹中半兵衛仕官面談に顔を覗かせたのは、浅井長政の対抗馬でもない。ましてやこの城の内情を知る為でもない・・・」

 

この少女は何を言っているんだ。と皆光は思ったが、皆光の真の目的は確かに別にあった。

 

「君の目的は、美濃の内輪揉め・・・だろう?どこで知ったのかは知らないが、半兵衛は義に厚い。そして、安藤伊賀守はそんな半兵衛に過保護だ。謀反の疑いもあった。格好の的じゃないか」

 

「何を馬鹿なことを言っているのですか?内輪揉め?勝手にそちらが揉めたのでしょう?」

 

「何故・・・齋藤飛騨守があの行動を起こすのを知っていた?」

 

皆光の心臓が跳ねた。

史実では、犬ではなく本人の小便をかけたとされる齋藤飛騨守。

その事を知っているのは・・・【皆光だけだ】

 

「齋藤飛騨守は保身や姑息な手には手馴れていてね。まぁ、君の配下に殺された訳だけど、それにあれは・・・当人が勝手にやったことだ。いかに忍びとはいえ、【分かっていなければ】避ける事は出来なかったんじゃないかな?」

 

「私の忍びは優秀なものでね・・・」

 

「じゃあもうひとつ。何故重臣ばかりが集まる今回の会合・・・その襲撃で、君は一人も殺さなかった・・・いや、君たちは誰一人殺さなかったんだい?実際死んだのは齋藤飛騨守だけ、何か・・・理由があるんじゃないかい?」

 

「例えば・・・そう・・・半兵衛の義を刺激する為とか?」

 

「はぁ・・・はっきりさせて頂きたい。このような推理まがいな事をしても意味は無いでしょう。何が言いたい・・・?」

 

思わず圧をかける皆光に、クスクスと笑いをこぼす龍興。

そんな龍興に苛立ちを隠そうともしない皆光に、長井道利の視線が突き刺さる。

 

「分かった分かった。ハッキリさせようじゃないか。つまりだよ・・・君の本当の目的は・・・半兵衛の裏切りを彼等に直接見せる為だ。だから齋藤飛騨守を彼らの目の前で態々殺したんだ」

 

皆光は押し黙る。

 

「あとは簡単、殺したのは半兵衛の家臣団。傍には安藤伊賀守の姿もある。これで半兵衛の謀反はどう言おうと覆る事は無くなったわけだ」

 

「ふふふ・・・面白いお方だ・・・」

 

「ああ、間違っていたら訂正してくれて構わないよ。むしろぜひ聞かせて欲しいね」

 

「正解は半分と言った所」

 

これだけ長々と話しておきながら、半分しか正解していない事に今度は龍興が驚いた。

 

「まだあるのかい・・・?」

 

「まず一つ目、そもそも浅井長政の対抗馬として出てきたのは真実です。

二つ目、半兵衛があそこで戻ってきてくれたのは、計算外。全く持って予想だにしなかった出来事です。

裏切りを見せつける件については、正解です。あの場で誰一人殺さなかったのは、裏切りを公にする為」

 

「ただ一番の目的は・・・美濃三人衆・・・安藤伊賀守を除く残り二人を織田に内応させる為です。本来はただ書状を投げるだけのつもりが、いつも間にやらあんな事に・・ま、裏切りを助長した事も、内輪揉め・・・と言うより調略を仕掛けたのも否定はしませんが」

 

そこで一拍置いた皆光は、最後にこう締めくくった。

 

「私の目的は、竹中半兵衛、安藤守就、稲葉良通、氏家直元の四名の調略・・・まぁ、前鬼殿あたりは気付いていそうなものですが」

 

「な〜んだ。ちぇ〜・・・いい線いってたと思ったんだけどなぁ」

 

「だから進言させて頂いたのです。この手のことは私にお任せ下さいますようにと」

 

ここに来て、初めて長井道利が口を開いた。

 

「失礼しました。実は姫様・・・推理まがいの事をするのが少々好きでして」

 

「あ、いえいえ・・・勉強になります」

 

思わず普通に返した皆光であったが、一番警戒していた人物なのを思い出し、ハッとする。

 

「所で、なぜ我々と接触を?」

 

直球な問いを投げかけた皆光に、少しばかり困り顔の二人・・・長井道利に至っては真顔だが。

 

「えっと〜・・・そのぉ・・・」

 

ここに来て急に歯切れが悪くなった龍興に、皆光は首を傾げた。

 

「どうされたので?」

 

見兼ねた道利が龍興に変わって先に口を開いた。

 

「龍興様は道三殿・・・お父上様にお会いしたいそうです。実は・・・」

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

龍興は幼き頃から、父が大好きだった。

厳格で、常に先を見据える父を尊敬していた。

昔は義龍も今ほど尖っておらず、父譲りの融通の利かない性格ながらも、それなりに仲良くしていたらしい。

父譲りの武勇に、知恵、それを遺憾無く発揮し、齋藤家は安泰じゃと、義龍を褒めたと言う。

そんな義龍が羨ましく、蝶よ花よと育てられていた自分も、父の役に立てればと、兄である義龍と共に、道三から手解きを受けていた。

次第に各々が歳をとり、次第に親子として過ごすことは無くなった。

ただその頃からか、義龍は何故か道三を目の敵にするようになった。

そして決定的な事件は起こってしまった。

 

尾張織田家と美濃斎藤家の同盟・・・正徳時の会見である。

美濃の蝮 斎藤道三は織田信奈に己が夢を託すと美濃譲り状をしたためた。

そこから決定的に違っていった。

 

義龍は何故、息子である自分ではなく、他人である信奈に美濃を譲るのか。

それは国人衆も同じだった。

あのうつけ姫に・・・と激怒したのである。

それでもなお、父親を止めようと言葉で道三に詰め寄る義龍だったが、ここで決定的に食い違ってしまった。

道三は己が夢を刺激され、前を見ていなかった。

久しく感じた野心。枯れたと思っていたその心に、火を灯した織田信奈の野望。

その道三の瞳には・・・義龍は写っていなかった。

古きを壊し、新しきを取り入れんとする道三と、変化を求めず、古き良きを守ろうとする、義龍。

親子の仲はここで決定的にズレた。

義龍は道三が己を見ていない事に気付き、さらに加え、我が子はうつけ姫の門前に馬をつなぐ・・・と言い放ったのである。

それと同時に彼は義龍を見誤っていた。

義龍は、うつけに国を渡す事は出来ぬと謀反。次々に謀反を起こす国人衆。

入念な準備と、道三よりも早い根回しにより、道三は自らの息子を見誤っていたと気付いたのだ。

しかし遅かった・・・。

美濃内乱の際、龍興は道三に付くつもりであったが・・・そんな龍興を諭したのが、長井道利であったという。

道三はもう助からぬ、ならば一度は尾を振るも我慢すべし・・・。

結果として、龍興は、戦に兵を出さぬも、稲葉山城の守護を務め、父の冥福を祈り続けた。

義龍は一万五千と言う大軍に対し、道三は千足らずと言う圧倒的な兵力差で戦を仕掛けた。

そして・・・・・・【義龍は負けたのだ。他ならぬうつけの将兵によって】

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

「と言う訳です」

 

「では・・・道利殿・・・私が策を潰したと言うのは・・・」

 

「姫様を守る為の策です。かの大軍を真っ向から打ち破った軍師、聞かば桶狭間でも今川の大軍を破ったとか。そんな男が、美濃を標的とした・・・。それだけならば良かったのですが・・・」

 

「なるほど・・・半兵衛と安藤伊賀守の裏切り・・・それによる国人衆・・・特に美濃三人衆への影響・・・」

 

「えぇ・・・それにより、姫様は反義龍への思いが再燃・・・」

 

「結果として・・・」

 

「姫様が謀反を起こせば、義龍は容易く姫様へと兵を向けるでしょう。実際、それを危惧してか姫様は義龍により、兵を極限まで削られておりますゆえ。私の兵力では、姫様をお守りすることは難しいのです」

 

聞けば龍興の兵力は身辺警護や移動の為の護衛・・・二百五十余り、長井道利も、義龍一派ではなく龍興一派。兵も私兵を合わせて五百余り。

国人衆のほぼ全てを吸収している義龍ととても戦が出来るほどの兵力は無い。

 

「なるほど・・・」

 

聞けば聞くほど、龍興と道利の人物像が分かってきた。

史実とはまた違った様相なれど、龍興は父である道三を父として愛し、そんな龍興を影で支えるのは道利であると。

実際史実の道利は、龍興と最後まで共に戦ったという。

 

「ですが・・・とてもではありませんが、今道三殿と合わせる訳には行きません」

 

「な!・・・なんで!父と子が会うのにいちいち君の許可が必要なの!?」

 

思わず声を荒らげる龍興を道利が抑える。

 

「姫様・・・仕方がありません。彼は織田信奈の配下。この場で返答というのは難しいのは姫様にもお分かりなはず」

 

「で・・・でも・・・」

 

皆光は少しばかり目を伏せる。

そんな皆光に、仕方が無いか・・・と気丈に笑う龍興、その顔は・・・笑っているが泣いている。

 

(涙も流さず・・・お強い人だ)

 

皆光は、顔を上げると龍興に微笑んだ。

 

「龍興殿・・・確かに私が許可を出すのもお門違い・・・。ですが、決して嫌だからと言う訳ではありませんよ。約束しましょう。必ずお父上を無事、この城へ連れて参ります。ただし・・・その時に翻る旗は・・・織田の旗・・・それでもよろしいですか?」

 

道利は、口を挟まない。

むしろ龍興の意見・・・と言うよりは想いを尊重するようだ。

 

「君は・・・どうやってこの難攻不落の城を落とすつもりかな?」

 

「現状落ちておりますが・・・流石にこれでは姫様も納得はしないでしょう。それに、囲まれれば兵力も何も無い我々では城を守るのは不可能。ですので・・・一度龍興殿、あなたに城を返還させていただきます」

 

「っ!でもそれじゃあ・・・」

 

「この城は・・・難攻不落ではありません。この城は周辺の山、流れる川、地形・・・全てを持って難攻不落の稲葉山城なのです」

 

「流石は・・・気付いておられましたか」

 

「・・・?」

 

反応したのは道利。龍興は首を傾げている。

 

「この城は、誠に理にかなって出来ていると思い込んでいる者達が多い。

ですが、そうでは無いのです。恐らく・・・義龍ですら、この城の戦を知らない。半兵衛殿は恐らく、この城の戦を知っているからこそ、織田を幾重にも追い払ってきました」

 

「え?急になんの話をしているの?」

 

「黙ってお聞きしましょう。この方は・・・この【稲葉山城】の攻略方法を思いついたのです」

 

「この城は・・・壮大な山城です。大自然に囲まれ、周囲は幾重にも重なる城が籠城を助け、最も高い位置にある稲葉山城はどの方角をも見通すことの出来る目・・・稲葉山城の本当の姿は、恐らく美濃そのものであると言えます。だからこそ姫様は、他の城には目もくれずに稲葉山城を攻めるのでしょう。何せ稲葉山城の落城は・・・美濃と言う城そのものの落城と同意義ですので」

 

「じゃ・・・じゃあ・・・落ちないんじゃ・・・」

 

「だからこそ今回の布石です。西美濃はもはや美濃三人衆の国と言っても過言ではない・・・つまり、先の布石が刺されば稲葉山城は城を半分失うのです。あとは支城を作るのみ・・・場所は【墨俣】・・・織田軍は竹ヶ鼻城のすぐ東を進軍させる。城さえ建ててしまえばこちらの勝ち・・・西美濃が呼応してくれるかは分かりませんが、戦が始まれば、旗色を見て寝返るでしょう」

 

【一度裏切った人間は、容易く裏切る】

 

「言わばそう・・・」

 

【もう既に稲葉山城は、毒に侵されたかの如くじわじわと弱っている】

 

「・・・道利・・・僕の道に・・・着いてきてくれるかな?」

 

「我儘を言うのはいつもの事ですので。私が居なければ、誰が姫様の我儘を聞くのですか?」

 

道利のその言葉を聞いた時・・・皆光の心にあった長井道利と言う人物への少しばかり残った疑念の念は、全て消え去っていた。

 

 

(姫様。言ったでありましょう?姫様がどのようなわがままを言っても、私だけは必ず共に居ますよと。なればわがままを叶えるのもまた、私の役目)

 

(確か・・・道三殿を救出する時でしたか。またか・・・私と同じことを言う方が居るとは・・・)

 

道利のその言葉は、皆光を信用させるには十分だった。

 

「龍興殿、道利殿・・・お二人に折り入って頼みがございます」

 

そう言った皆光は、静かに頭を下げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

斎藤龍興、長井道利両名との会談を終えた皆光は外の空気を吸うために、庭に出ていた。

 

もう既に外は闇に包まれ、夜の帳が降りていた。

 

ふと背後から物音が聞こえ、皆光が振り返るとそこに居たのは、浅井長政だった。

 

「何の用ですか。猿夜叉丸殿いえ、もう良いですな。浅井長政殿」

 

「あぁ・・・そう呼んで貰って構わない」

 

「今日は静かですね・・・気持ちの良い風だ。それで、半兵衛殿にでも振られましたか?」

 

「あぁ、正しくそんな気分だ」

 

「おや、今日は随分と気落ちしておられるようで」

 

少しばかり間が空くと、静寂を破ったのは長政だった。

 

「皆光殿は・・・やはり眩しい」

 

「はっ、何の話やら」

 

「今日は・・・半兵衛殿から手を引こう。存分に勧誘したまえ」

 

皆光はその発言に驚き、本当に浅井長政なのかと二度見する。

 

「どういう風の吹き回しで?」

 

「ふん、忍びに見張らせて置いて何を今更・・・。ただ、少しばかり昔を思い出していた」

 

「何を見、何を感じたのか。それを私が知る由はありません。あなたが心の中に留めたいのであれば留めておけばいい。私はあなたが嫌いです。女性を蔑ろにするのも、それを政略に使うのも。ですが、それがあなたの在り方なのなら、それもまたいい。所詮は・・・他人なのですから」

 

「・・・・・・・・・そうか」

 

一人、静かに立ち去る長政の背中を、皆光は見詰めていた。

その背中はどこか、寂しそうで皆光は口をへの字に曲げながら、最後にこう告げた。

 

「何かあれば、吐き出す事をお勧めします。私の知恵で良ければ、お貸ししましょう。そう簡単なものでも無いでしょうが」

 

今度は長政が驚く番だった。

まさか皆光の口から、自分を気にかける言葉を投げかけるとは思わなかったからだ。

 

「まさか皆光殿からそのような言葉を聞くとは・・・だが、そうだな。考えておこう」

 

長政は胸の中が少しすいた気がした。

心の中で静かに礼を言い、その場を立ち去る。

 

今度は入れ違いで、半兵衛と安藤伊賀守が庭へと尋ねてきた。

 

「おや、御二方・・・」

 

皆光は半兵衛達へ向き直り、静かに頭を下げた。

 

「此度の独断専行、家臣として恥ずかしい限りです。誠に申し訳ございませんでした」

 

静かに頭を下げる皆光に、半兵衛はオロオロするも、頭を上げてください・・・と困った顔をした。

 

「皆光殿は悪くはござらんよ。全ては運が悪かったこと・・・。わっちがもう少ししっかりして居れば、半兵衛をこんな目に合わせずに済んだだけの話よ」

 

「いえ・・・叔父上様は悪くありません・・・くすん・・・くすん・・・わたしがもっとしっかりしていれば・・・」

 

皆光は静かに顔を上げた。

 

「それと半兵衛殿・・・私達を助けて頂き・・・ありがとうございます」

 

「・・・そんな・・・こちらこそ・・・申し訳ありません。皆光さん達を置いて逃げたりして・・・」

 

「こちらこそ・・・至らぬばかりに・・・」

 

「お礼を言うのはわたしの方です。あの時は・・・助けていただいて・・・」

 

「ほれほれ・・・二人とも。このままでは感謝と謝罪合戦になってしまいますぞ」

 

呆れ顔の安藤伊賀守に諭され、思わず顔を見合わせる半兵衛と皆光。

その表情がお互いにツボをついたのか、クスクスと静かに笑い出す。

 

「先程、龍興殿と道利殿に頼んでまいりました。この一連の事件は、私・・・織田軍軍師、小早川皆光が起こした事件であると。半兵衛殿は私に誑かされただけと言った布施を流して頂きました。これで何とか・・・汚名を返上できるかと思われますが・・・」

 

「そんな!だって皆光さんは・・・」

 

「敵です。私はあなたの敵ですよ。幾度と無く策をぶつけ合った。少なくとも義龍は、私を半兵衛殿と渡り合える人物と認識しているでしょう」

 

そう言って、静かに笑う皆光に、半兵衛は胸を抑える。

 

「私は、姫様と共にこの城を今一度、落としに来ます。今度は容赦はしません」

 

「なんで・・・・・・なんで・・・そんな事を言うんですか?」

 

半兵衛が初めて感じる、胸の痛み。

ギュッと締め付けられるような感覚。

 

「簡単ですよ・・・敵だから、言うんです」

 

そう言った皆光の目は、半兵衛を見ていなかった。

半兵衛の目尻から、涙が溢れる。

それでも、会った時みたいに、撫でてはくれない。

助けられた時のように、触れてはくれない。

半兵衛にとっては、それがたまらなく苦しかった。

 

「・・・いぢめ・・・るんですか?」

 

「えぇ・・・いじめます。もしかしたらこの手であなたの首を落とすかもしれませんね。そうなればその首級は、いくらになる事やら」

 

そう言った皆光は、静かに刀を抜き放ち、半兵衛の首元に置く。

 

「動くな。安藤伊賀守・・・あなたが動けば、あなたの心ノ臓は我が忍びが貫く事になる」

 

思わず拳を握りしめた安藤伊賀守の背後には、五右衛門が立っていた。

 

「これでもまだ、寝言を言いますか?」

 

半兵衛の足が震える。

怖くて堪らない・・・だが、そんな自分を見る皆光の目は、何故かもっと痛そうに見えた。

 

「友達じゃあ・・・ダメ・・・ぐす・・・ですか?・・・くすん・・・」

 

一瞬だけ、皆光の刀は震えた。

 

「皆光さん・・・わたしはどう・・・したらいいですか・・・。軍師なのに・・・色々お勉強したのに・・・分からないんです・・・くすん・・・」

 

「その答えなら私が告げた筈だ。竹中半兵衛。敵として・・・私を殺しにくるか、私に殺されるかの二択だ。この戦乱の世を統べる軍師が、友とも呼べぬ者を友と呼ぶ。それで戦をしてみろ」

 

皆光は刀を首に据えたまま、半兵衛の胸倉を引き寄せた。

 

「国は死ぬぞ。民も死ぬ。己も死に、次の世代を生きる子も死ぬ。あなたの愛する叔父は、私に殺されるかもしれんぞ。それが嫌なら、逃げればいい。逃げて、隠れて、軍師なぞ辞めてしまえばいい」

 

皆光の言葉に・・・半兵衛はハッとした。

 

「わたしに・・・逃げて欲しいんですか?」

 

「何を・・・」

 

「皆光さんは・・・やっぱり優しいです・・・ぐすん・・・怖いことを言って・・・脅かして・・・わたしが逃げるように・・・」

 

明らかに狼狽える皆光に、思わずクスリ・・・と笑みがこぼれる。

皆光は変わっていなかった。

そう知れただけで、半兵衛の胸の痛みは引いていく。

 

「あぁ、残念だ・・・この手であなたの首を落とさねばならないなんて・・・」

 

皆光が刀を振り上げる。

 

皆光の瞳は・・・酷く冷たい。

半兵衛はその目を見て、皆光が本気であることを知った。

 

「半兵衛!ぬぉっ!」

 

思わず動こうとした安藤伊賀守は、刺されたのか、ピクリとも動かない。

 

「皆光さん・・・」

 

皆光さんが・・・苦しみませんように・・・。

 

半兵衛は瞳を閉じた。

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

どれくらい経ったのだろうか。

自分は死んだのだろうか。

体の動かない半兵衛は自問自答しながらも、その暗闇から抜け出そうとはしなかった。

 

最後に見た皆光の表情は冷たかった。

どうせなら・・・笑顔を見たかったな・・・なんて一人クスリと笑う。

不思議と冷静だった。

半兵衛の唯一の心残りは、皆光を悲しませた事だ。

胸が痛む。

優しい人だった。

笑顔の暖かい人だった。

皆光に助けられた時、離れる為に、一歩踏み出す事に心が痛かった。

皆光を助けた時は、少し誇らしかった。

 

「もう・・・会えないんですね」

 

そう思うと、涙が溢れてくる。

 

ふと、頭に暖かいものが触れる。

 

今日、何度も撫でられたから分かる。

これはきっと皆光の手なんだろうと、そう思うと、少し胸の痛みが少し和らいだ。

 

「皆光さん・・・」

 

「なんですか?」

 

声が聞こえた。

その声を聞いた途端、胸が高鳴る。

会いたい・・・そう願った半兵衛の願いを叶えるように、徐々に視界に光が戻る。

気付けば、屋敷の中で寝かされていた。

 

「皆光さん?」

 

「・・・・・・・・・」

 

半兵衛は思わず自分の首を確認するも、きちんと繋がっていた。

 

「どうして・・・斬らなかったんですか?」

 

「さぁ、何故でしょうね」

 

何処と無くまだ突き放したような話し方をする皆光に、半兵衛は少しばかり寂しくなる。

 

「わたしは・・・皆光さんがわからないです」

 

「それで・・・いいんです。私を知った所で、幻滅するのは半兵衛殿ですよ」

 

「わたしは、皆光さんを尊敬しています。凄い方だと思います。でも・・・少しおバカさんかもしれないです」

 

「えぇ、私は馬鹿です。本心では、あなたが欲しい。それなのに、あなたを危険な目に合わせたくないと思ってしまっている。だから逃げて欲しいと・・・先程のことは謝りませんよ。その代わり・・・助けて貰ったお礼に何か一つだけ、私に出来る限りの事をしましょう」

 

半兵衛は少し嬉しそうに微笑んだ。

早鐘のように心ノ臓が高鳴る。

 

「何が皆光さんをそこまで動かすのですか?」

 

「私は・・・姫様の野望に惚れております。この日ノ本を統一し、この国の外へ・・・世界へ飛び出す。古き物を廃し、新しきものを取り入れる。古きしがらみに苦しむ民を救う為に戦う・・・そんな姫様の野望に」

 

「それは・・・幻想です。叶う筈が・・・」

 

「だから私達は頑張るんです。姫様はさしずめ、皆を照らす陽の光、そんな光に当てられて集まった家臣たちは、姫様の輝きに導かれ、真っ直ぐと進んでいく。ですが、進むその先に、障害があれば、そこには影が落ちてしまう。それが今の日ノ本の現状です。光は覆ってしまえば、食物は育ちません。大地は冷え込み、人々は飢える。ですから、姫と言う光を覆う影を、私達は退かすのです。その為の、仲間たちです。皆を照らす光を、彼女は持っているのですから・・・」

 

そう言って語る皆光の表情は、柔らかく、優しく、凛々しい。

 

「皆を照らす光・・・まるで皆光さんのお名前みたいですね・・・」

 

「私は光にはなれませんよ」

 

皆光はそう言って自嘲気味に笑った。

その表情はどこかもの悲しくもあり、自分を卑下している様子が伺えた。

 

「さてと・・・あまり長居は出来ません。安藤伊賀守殿は、麻痺毒により少し痺れているかもしれませんが、命はとっておりません」

 

そう言って、皆光は立ち上がった。

 

「皆光さん・・・お一つだけ、お頼みを聞いていただけますか?」

 

「なんです?」

 

「わたしも・・・あなたが欲しいです」

 

皆光の思考は・・・そこで一旦停止した。

この少女は何を言っているんだと。

 

「私は・・・織田家以外には仕えませんよ」

 

「はい・・・知ってます」

 

「でしたら・・・」

 

「わたしを、皆光さんの家臣として、一緒に連れて行ってください」

 

「私は・・・あなたに逃げて欲しい。これから進む道は、続く戦は、日ノ本全土を巻き込む・・・。あなたを守りながら・・・戦える自信はありませんよ」

 

「一つだけ・・・願いを聞いてくれるんですよね?」

 

皆光は手を顔に当てた。

 

(この子の将来が心配だ・・・)

 

「安藤伊賀守・・・あなたはどうです?」

 

皆光は、背後から忍び寄る安藤伊賀守に対して、言葉を放った。

 

「・・・・・・半兵衛の進む道・・・半兵衛の仕える主はわっちが決めることではない。じゃが半兵衛を泣かしてみよ・・・その時は主の首・・・貰い受けようぞ」

 

「はぁー・・・安藤伊賀守。あなたも共に来てくださいますか?ここにあなたを残して行けば、半兵衛が泣きますよ」

 

「ぬっ!それはいかぬ!ぬぅ〜・・・」

 

「脅されたという事で」

 

「・・・・・・すまんの」

 

「半兵衛殿・・・」

 

「半兵衛とお呼びください、我が殿。これからは殿の為にわたしの知略と陰陽の術を思う存分お使いください」

 

「ならば半兵衛・・・私の事も、皆光とお呼びいただいて大丈夫ですよ」

 

「はい!皆光さん!これからよろしくお願いしますね!」

 

そう言って笑った半兵衛。その横ではやれやれと肩を竦めながらも、少し嬉しそうな皆光。そしてそんな皆光を射殺さんと睨み付ける安藤伊賀守。

そしてジト目の赤い瞳・・・。

 

「また増えたでござるな・・・ふん!」

 

一人お怒りの忍びが一人。

 

 

 

 

 

 

 





本日は急な連投により、キャラ紹介を作ることが出来ませんでした。
明日からは仕事なので、少しばかり時間がかかると思われます。

感想、評価、お気に入り、本日もよろしくお願いします。

ご閲覧誠にありがとうございました。


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いつもご閲覧ありがとうございます。
仕事の合間に完成させたため、文のおかしい所等がある場合があるかもしれませんが、そういった場合はお気軽に教えていただけると助かります。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ご報告がございます。
お気に入りを入れてくださった皆様、投票をしてくださった皆様、コメントをしてくださった皆様、そして何より、この小説を閲覧して下さった読者の皆様方。
誠にありがとうございます。
9月20日、正午より、日刊ランキングに乗っていたことが判明しました。
まさか自身の小説がランキング入りしているとは思わず、適当に読む小説を決めていた際に発見し、思わず同僚に報告していました。
同僚は苦笑い・・・ま、そうですよね。


 

 

 

 

皆光達一行は、荷馬を走らせながら尾張・清須・・・ではなく尾張の北、小牧山に向かっていた。

何故小牧山に向かっているのかと言うと、何やら家が燃えてなくなっていたらしい。

これは偵察と情報の為に先行させた右衛門、治宗からの情報だ。

 

家の焼け跡からは、立て札が見つかっており、小牧山へ来いとのお達しである。

ちなみに下手人は勝家らしい。

 

未だに目の覚めない奏順を少し心配しながらも、荷馬を走らせる。

 

竹中半兵衛、安藤伊賀守両名は氏家直元、稲葉良通・・・両名の説得を。

定保を護衛として曽根城(城主・稲葉良通)、大垣城(城主・氏家直元)へと向かった。

そんな中、皆光は一人稲葉山城で出会った人物、斎藤龍興について、思い出していた。

 

斎藤龍興。

齢幼き頃に父、斎藤義龍を病で亡くし、国主三代目として美濃を引き継ぐも、度重なる失策と家臣の信頼を得る事が出来ず、離反する臣下を止められなかったことから斎藤家の衰退の象徴として現代に伝わった。

 

筈だった。

 

それがどうだろうか。

 

皆光の印象は、史実のものとは真逆。

龍興(安定の彼から彼女に変わってはいたが)は、思慮深く、明智(あけちにあらず)に優れ・・・その観察眼は未だ発展途上。

 

この時代の父は道三となっているが、史実の父・・・義龍も決して愚鈍な馬鹿ではなかった。

 

皆光は、信奈にも感じた思いを胸に思い抱いていた。

 

「あれは間違いなく・・・」

 

【玉だ】

 

それもとんでもない玉・・・未だ咲き誇らぬその玉は、此度・・・芽吹いた。

 

信奈とはまた違った毛色をした・・・王の気質。

 

「願わくば・・・敵には回したくないですね」

 

あの玉が敵として染めきらぬように。

皆光は、複雑な思いを胸に・・・小牧山へと馬を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

飛ばして間もなく・・・一行は小牧山にある、未だ完成しきっていない小牧城へと足を踏み入れた。

 

「遅いぞ!一体どこに行っていたんだ!」

 

プンスカプンと頬を膨らませながら歩いてくるのは、柴田勝家 あだ名は六。

 

「兄さま!お帰りなさいませー!」

 

皆光は笑顔で勝家に近づいて行く。

勝家の顔が引き攣った。

今の皆光に近づいてはダメだ・・・と本能的に理解したが後の祭り。

 

「えぇ、ただいまです。いい子にしてましたか?」

 

「兄さま!勝家どのの頭がメキメキと音を!?」

 

皆光は器用にねねと勝家への笑顔を使い分け、ねねには優しい笑みを浮かべている。

 

「この筋肉馬鹿にはこの程度のお仕置き・・・毛程も聞いておりませんよ。ねぇ?か・つ・い・え?」

 

明らかに人体から鳴ってはいけない音が鳴っている勝家は、ピクピクと動くだけ。

 

「きゅう〜・・・な・・・なんであたしだけこんな扱いなんだ」

 

そういった勝家は、パタリ・・・と静かに倒れ伏した。

 

ズルズル・・・

 

「姫様、小早川皆光・・・御身の前に」

 

「犬千代・・・御身の前に・・・」

 

「デアルカ・・・って!遅いわよ!まぁ、どこに行っていたかなんてのは分かりきってるんだけどね」

 

そう言った信奈が何かを地面に叩き付ける。

それはよく見ると、皆光、犬千代の人相書きだった。

 

「ほう・・・上手く描いてくれた者で、犬千代なんてそっくりじゃないですか?被り物の辺りが特に」

 

「・・・それは犬千代じゃない。犬千代はこっち」

 

「言ってる場合か!半兵衛の謀反・・・齋藤飛騨守の暗殺って書いてあんのよ!絵を見ずに罪を見なさい、罪を!」

 

信奈は畳をバンバンと叩きながら怒りを露わにするが、皆光はどこ吹く風と言った表情で女中に茶を頼んでいた。

 

「あ、すいません。お茶を一杯・・・何分美濃から急いで戻ってきたもので・・・」

 

チャキ・・・

 

「斬るわよ?本気で」

 

「すみませんでした」

 

そんな皆光のあんまりな態度に、信奈は皆光の首に刀を当てる。

目が少しばかり逝っている信奈をこれ以上からかうのはまずいと感じた皆光は、土下座をした。

はぁ〜・・・と一際大きなため息を吐いた信奈は、刀を納め、皆光を軽く睨みながら口を開いた。

 

「どうせあんたの事だから、ただで帰ってきましたって訳じゃないんでしょ。成果を聞かせなさい。あと六!あんたはいつまで寝ているの!」

 

「は!私は今まで何を!?あれ?信奈、随分怒ってらっしゃいますが・・・」

 

あ、いえ・・・なんでもありません・・・と一気にしおらしくなる勝家。

まぁ無理もないだろう。

何せ今・・・信奈の顔はまさしく・・・般若の如き凄まじい顔をしていたのだから。

 

「此度の美濃遠征・・・、まさしく大成・・・と言った所でしょうか」

 

「勿体ぶらないで教えなさいよ」

 

まさしくわくわくと言った表情で皆光を見つめる信奈に、皆光は苦笑するも、内容が内容なのだけに、こうも堂々と話すのは好ましくない。

 

「その前に、少しばかり人払いを」

 

「はぁ・・・分かったわ。場所を変えるわよ」

 

「え!姫さま!私達は!」

 

「・・・勝家、ここで待つ」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

部屋を後にした信奈と皆光は、縁側に腰を下ろしていた。

 

「見事な景色ですね」

 

広大な濃尾平野。

近くを流れる木曽川。

遠くに見える稲葉山城。

未来を生きてきた皆光は、まさかこのような景色を見る日が来るとは・・・と一人感動に打ちひしがれていた。

 

そんな遠くを見つめる皆光と違い、信奈は下を向いていた。

そんな信奈の視線の先には、急ごしらえながらも見事な美濃の縮図が描かれた箱庭が広がっている。

 

「で、今度は何をしでかしたの?」

 

皆光は静かに切り出した。

美濃で起こった事件、その真相と・・・結果を。

 

「此度の美濃遠征、結果としては大成。美濃からは竹中半兵衛、安藤伊賀守守就両名が離反。竹中半兵衛に至っては私の臣下と相成りました。そして、美濃三人衆の残り二人・・・稲葉良通、氏家直元の両名へ文(ふみ)を送りました。今後は安藤伊賀守も協力して頂けるとのこと」

 

「・・・・・・・・・」

 

皆光の報告に、何も言わない信奈。

思わず皆光が信奈を見ると、なるほど、金魚の口の様にパクパクと口を動かしているだけだった。

 

「やりすぎよ!」

 

思わず信奈は皆光の頭をはたくが、その表情は幾分か明るい。

 

「っったぁ〜・・・。そう言われましても・・・戦は準備が肝心・・・策もまた然りです」

 

「誰も責めちゃいないわよ。むしろもうあんた一人で稲葉山城落とせるんじゃないの?」

 

「ご冗談を。あの城は姫様が落としてこそ。私が落とした所で、姫様は納得しないでしょう?」

 

「えぇ、よく分かってるわね。あの城は私が落とすの」

 

遠くに見える稲葉山城へと手をかざし、そっと拳を握り締める信奈。

 

「皆光、策を出しなさい。皆光の策を、皆光が描いた通りに私が動かしてみせるわ」

 

「期間は?」

 

「すぐよ。新規に召し抱えた甲賀侍の滝川一益が今、伊勢の前線に張り付いているの。いつ本隊の出動を要請されるかわからない情勢よ」

 

「なるほど・・・となれば早急に取り掛かる必要がありそうですな・・・」

 

「それと、一つだけ・・・一つだけよ。聞かせてちょうだい」

 

信奈は唐突に、そう言った。

 

「なんです?」

 

「皆光は私と長政の婚姻に反対したわね。あれは何故?」

 

何も返答に困る事を今ここで聞かなくても・・・と皆光は渋い顔。

すぅ・・・と目を細めた皆光に、信奈は答えを聞くまで離さないつもりか、皆光を見つめたままだ。

 

「姫様には、夢も、天下も、恋も道も・・・望むもの全てを叶えて頂きたい。そう思いました・・・じゃだめでしょうか?」

 

思った答えと少し違ったのか、頬を膨らます信奈に、皆光は苦笑する。

(この振り回されるような感覚・・・思えば久しぶりだ)

 

「ま、いいわ。今はそういうことにしといてあげる」

 

「今は?」

 

不穏な言葉が聞こえたような気が・・・と皆光が聞き返すも、信奈の意識は既に稲葉山城へと向かっていた。

 

「で?皆光・・・あんたならあの城をどう落とすのかしら」

 

皆光は顎に手を当て、少しばかり考えると、意識が切り替わったのだろうか。先程までとは打って変わった空気を放ち始めた。

 

「確かに・・・守りやすく攻めやすい稲葉山城は難攻不落の山城。金華山と言う自然の櫓は周囲を一望でき、周囲の城は言わば攻撃拠点のような役割を持つ・・・。自然は味方し、敵には牙を向く・・・稲葉山城は美濃一国を指す」

 

「口上はいいわ、皆光・・・わたしは短気なの、早く策を言いなさい」

 

「・・・稲葉山城が唯一の弱点・・・それは闇です」

 

「闇?」

 

「つまり夜ですよ。稲葉山城は山城・・・夜は草木や虫が音をかき消し、夜は視界を闇で覆う」

 

「勿体ぶらないで早く教えなさいよ」

 

「三日・・・準備に二日、実行に一夜・・・稲葉山城の麓、背後から襲われる心配のない墨俣に城を建てて差し上げます。兵力は極小、私の兵で充分。援軍は不要。むしろ来ない方が助かりますかね」

 

「でもあんたの兵力じゃとてもじゃないけど・・・」

 

「援軍はもう既に配置についていますのでご心配は無用です。義龍が城を出た時点で大手はかかる・・・。姫様は義龍軍を叩いて頂きたい。城攻めはなさらぬ様に。城の掌握は・・・もう一人の玉に任せます」

 

そう言った皆光もまた、信奈と同じ様に、稲葉山城へと拳を向ける。

 

「皆光、あんたにこの大役・・・任せるわよ。恐らくこれが最後の美濃攻めになるわ。いつまでも長政も美濃も・・・待ってくれない」

 

「御意・・・」

 

皆光は静かに信奈の目の前に跪き、そそくさとその場を後にする。

そして部屋を後にした時、物陰から腕を裾に突っ込み壁に背を預けた状態でこちらを見つめる道三とすれ違った。

 

「皆光殿・・・お主・・・龍興に会いおったか」

 

皆光の背に、そう語りかける道三・・・思わず皆光の歩みは止まる。

 

「えぇ・・・会いましたよ。あなたに合わせて欲しいと頼まれました」

 

「それだけじゃなかろう?」

 

「・・・・・・・・・」

 

「あやつは聡い。義龍や・・・儂以上にじゃ。未だ大成はしておらぬも、その片鱗は幼き頃より見えておった。お主にも・・・身に覚えがあろう?」

 

皆光は静かに頷く。

 

「儂の子ながら言わせてもらうが・・・あやつは危険じゃ。未だに何色にも染まっておらぬ故に尚更」

 

「ならば斬れと申されるか?他ならぬあの子の父でありながら、未だ何もしていないあの子を。確かに龍興殿は大きな玉でありましょう。決して石とは言えますまい。玉はいつも騒乱を起こす。良き玉であれ悪き玉であれ。ならばそれを導くのも・・・父親であるあなたの役目では?」

 

「・・・・・・」

 

「染めきっていないのでしたら、まだ色の着くうちに染めてしまうのも手です。手遅れになっては、後に戻ることはできませんよ。義龍の様に・・・」

 

皆光は、静かにその場を去る。

残された道三は、そんな皆光の背中を見つめ・・・口を開いた。

 

「お主もまた・・・玉である。じゃが玉は本来、相容れぬものだ。そう易々と増やしてしまってはならぬ。お主も分かっておるはずじゃ」

 

自らの義娘、その家臣、自らの実の娘。

 

そのいずれも・・・道三にとっては斬れぬ者たちばかり。

道三は静かに・・・その場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

〜稲葉山城本丸〜

 

 

龍興は、緋に染まる濃尾平野を眺めていた。

その姿は皆光と対談していた時とは違い、どこか覇気を宿した・・・神々しい立姿だった。

そんな龍興を見つめる長井道利。

 

「安藤伊賀守と竹中半兵衛は完全に離反した様だね」

 

「はい。どうやらその足で安藤伊賀守殿と同じ美濃三人衆・・・残りの二人の調略へと向かった様子です」

 

龍興は静かながら、皆光と対談していた面影はない。

 

「成功すると思われますか?」

 

「問題は安藤伊賀守じゃないよ。竹中半兵衛が直接調略に向かった事。彼らは竹中半兵衛に何かを見ている。まるで自分達の未来を託すかの如く・・・ね。十中八九寝返るだろうね」

 

「諸侯の中には、織田と同盟を結ぶべきとのお声も上がっております。義龍様はそれを抑える事で手一杯・・・本当に姫様は織田に手を貸されるのですか?」

 

静かな室内。

二人きりで無ければ、謀反の会談をしていると取られかねないその発言。

だがしかし、龍興は気にする素振りも見せずにクスクスと小さく笑った。

そして、尾張の方角へとその小さな手を突き出し、拳を握る。

 

「じゃあ君は、僕達二人で義龍を城から追い出す策を建てられるのかい?」

 

「それはそうですが・・・」

 

「彼は本当に面白いね・・・。思わず僕も欲しくなってきちゃった」

 

「彼・・・となると、小早川皆光なるものですか?」

 

「だって・・・墨俣に城を築城するって言うんだもん」

 

「墨俣はまさしく死地・・・。そんな場所にどうやって城をたてるというのですか?」

 

「さてね。僕にはそれが分からない。何故墨俣に城を作ると言い張れるのか。そこまでは彼も・・・語ってくれなかった。けど彼の策が成れば、義龍は血相変えて城を飛び出していくだろうね。全く・・・ここまで上手くいくなんてね。道利・・・君の機転にも助けられたよ。まさか父上に会いたい・・・なんて理由でああも喋ってくれるなんてね」

 

龍興は口角を釣り上げるが、そこにあるのは、獰猛な笑み。

しかし、道利とて、動揺も、焦りもない。

さも当然と言った表情で、龍興の前に跪くばかり。

 

「義龍は父上を討つのに躍起になるあまり、内側に気にする余裕はないんだよ。高々兵を減らすだけで僕を縛ったつもりらしいからね」

 

「しかし・・・我らが陣営・・・齋藤飛騨守は小早川皆光の手の者に殺されております」

 

「確かに彼は便利だったんだけどね。狡猾で野心高い保身的な男。他国の大名家家臣達と繋がりを持ち、自らが保身的だったが故に人・・・という観点に置いて非常に有能だった」

 

いずれ始末するつもりだったとはいえね・・・と最後にそうつけ加えた龍興は、さほど残念に感じていない様子。

 

「それを仕組んで殺した・・・とでもなれば相当な知略の持ち主ですが」

 

「そういう訳じゃないだろうさ。彼は僕達の目的にすら気付いていないと思うよ。その甘さ故にね」

 

龍興は目を細める。

 

ここまで来るのに、何年かかっただろうか。

正直もうあと数年はかかると龍興は思っていた。

今回の美濃動乱。

 

義龍自身は、己が起こしたものと、父・斎藤道三を目の敵にしているが、そうでは無いのだ。

 

「兄上は僕の描いた通りに動いてくれた。まさか・・・父が生きて尾張の地を踏むことになるとは思ってもいなかったけどね」

 

龍興は当初、ただ斎藤道三を頂点から振り落とすだけとたかをくくっていた。

勿論、その後の正徳時での会見、織田の介入、美濃の大敗、それら全てが読めたいた訳では無い。

 

「家臣達を焚き付け、義龍を仰ぐように仕向けるのは・・・それはそれは大変だったよ」

 

龍興には、道三や義龍のように、人望が無かった。

まともな家臣は、今も昔も、長井道利ただ一人。

 

「だが成し遂げた。まさか半兵衛までとられるとは思っていなかったけどね」

 

織田の軍師でありながら、美濃の天才軍師、竹中半兵衛を調略したその手腕。

圧倒的戦力差で勝利を拾い上げたその知恵。

 

美濃では、天才軍師、竹中半兵衛一人が群を抜いて有名だったが、彼もまた、今世の大軍師の一人と数えても、間違いはないだろう。

 

「だが・・・その織田の勢いに救われた」

 

天才軍師、竹中半兵衛。

また同じく天才軍師と名を轟かせる、小早川皆光。

そして、それら傑物を従える織田信奈。

 

「僕達は今・・・ここから天下を望む。着いてきてくれるかい?道利」

 

「私はこれからもずっと・・・姫様のお傍に」

 

 

さぁ始めよう。

 

斎藤家三代目・姫大名・斎藤龍興

 

斎藤家二代目・美濃現国主・斎藤義龍

 

尾張織田家・尾張現国主・織田信奈

 

三者三様の野望を持ち得るも、勝ち得るはただ一人。

 

 

 

 

 

 

「僕には僕の野望がある。父である斎藤道三はそれを見抜けたか否か。美濃は義龍の物じゃない。かと言って織田にくれてやる義理もないさ」

 

 

 

 

 

稲葉山城本丸・その頂上で。

 

また一人の玉が・・・・・・その色を明かした。

 

美濃を得るはただ一人。

 

 

 

 

 

 

 

「さぁ・・・誰が獲る?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




本日も本日とて・・・キャラ紹介コーナーはサボり気味でございます。

休みの日は書かせて頂きますので、今しばらく、お待ちください。

本日もご閲覧、ありがとうございます。

感想等につきましては、休日に返信させていただきますので、書いたのに返信が無いぞ!?って方も、お気軽にお書き下さい。


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それぞれの大志


本日、休日の為、小説を書いておりましたら現在朝の九時。
書き始めたのが夜の九時からなので、約十二時間ぶっ通しで書き続けていた事に・・・。
楽しくて楽しくて書いていたら、二話完成したのですが、話を切るとどうも微妙な感じに・・・結果、二話を複合させ、一話として出させて頂きます。
文字数は脅威の一万六千文字・・・。
ちなみに、キャラクター紹介も本日サボらず後書きにございますので、ゆっくりして頂けたらな・・・と思います。
コメント、評価、お気に入りの程をよろしくお願い致します。


 

 

 

紅く染る空、集められた者たちは、自分達が一体何をするのか、何をさせられるのか、何一つ知らずに、集まっていた。

川並衆、小早川の私兵衆、総勢六百余り。

この二日間、尾張にある種子島を信奈が許す限り掻き集め、弾薬や馬の餌である乾いた藁、矢や油、米袋などを集め、大量の筏を作った。

 

全ては皆光の指示通りに。

 

そして今、その指示を下した人物は、静かに空を見つめ、時を待っていた。

 

「良い兆候ですね」

 

一人、静かに呟く少年は、まるで何かを知っているように空を見上げた。

そして、少年の背後に黒い影が複数、舞い降りる。

 

「小早川氏、準備は整ったでござる」

 

皆光一番の腹心・蜂須賀 五右衛門。

 

しかし、五右衛門はまるで分からないと言う表情で皆光を見つめる。

 

「川を進むのは分かるんだがナ。如何せん肝心の作戦を伝えられなきゃ動けないってもんダロ?」

 

そんな皆の疑問を一纏めにして皆光に投げ掛けた少女。

伊賀崎 奏順。

先の稲葉山城の動乱にて、深手を負ってしまった少女だ。

未だ少しばかり動きがぎこちないも、彼女は床に伏せるのを良しとせず、身体を押してついてくるつもりらしい。

 

皆光はそんな彼女を心配そうに見つめるも、皆光以上に奏順を心配そうに見つめる存在が、口を開いた。

 

「そうだぜ大将。姫の言う通りだ」

 

川並衆の副長格、川並衆ならぬロリコン衆筆頭、前野某が、皆光に詰寄る。

 

皆光は、全員が揃うこの時を待っていた。

史実でも、伝説と称される木下藤吉郎の策。

しかし、此度の作戦はその二番煎じながらも、策が成るまでに何人死ぬかと言った非常に危険な策なのだ。

そんな策に皆光は、彼等を一足として使う事に・・・軍師でありながら・・・命じることが出来なかった。

 

(この甘さが・・・いつか私を殺すんでしょうが・・・)

 

皆光は・・・静かに・・・しかし凛とした声で、自らの策を話し始めた。

 

 

「此度、姫様からの命により!私達はある策を成さねばなりません!目的は墨俣・・・その地に城を築く事・・・しかし、現状美濃と尾張は戦の最中・・・そう易々と建つほど義龍は甘くはありません!故にここで私は・・・ひとつの奇策をとる!我々は木曽川の上流へと進軍・・・上流で城を幾つかの部品に分けて作成します!その後は、木曽川から墨俣へ下り、その地で城を組み立てる・・・それが我々尾張が活路を開く唯一の策である!」

 

皆光はそう宣言した。

皆光の私兵も、川並衆も・・・五右衛門や忍び達も、皆光のその宣言に絶句していた。

 

「大将・・・無茶言うんじゃねぇ。木曽川は名うての急流だ!んな素人と荷物を運べるような川じゃねぇ」

 

「皆光殿は、我々に死ねと申されるか!」

 

「命が幾らあっても足りませぬぎゃあ〜!」

 

皆が思い思いの叫びをあげる。

無理もない・・・。

だが、策をするにあたって・・・こんな場所で折れてしまうような人員が、墨俣の地を踏めるはずも無い。

皆光は、ここで人員を篩にかけるために、ある程度人員がまとまった状態で策を話すことにしたのだ。

 

「安心してください。何も無理にとは言いません。逃げるもよし・・・命はただ一つ。咎めはしませんよ。愛する国を守る為でもない。愛する人を守る為でもない。高々大名同士が勝手に始めた身勝手な天下取り・・・」

 

皆、静かに・・・皆光を見ている。

 

「私は・・・織田信奈を王にする。ただそれだけの為に、私は死地に赴く。たとえ死地であろうが、地獄であろうが、彼女の行く先を・・・私は生地(せいち)へと変えてみせましょう。私と共に、死ねるならば着いてきなさい」

 

皆光は静かにその場を去る。

 

たとえ着いてこなかろうと、皆光にとっては大切な者たち。

彼等が死なぬのであれば、それもまたよし。

 

 

 

 

 

 

「相変わらず小早川氏は妙な所で甘い・・・」

 

「そういう所がまたいいんだヨ。それに、そう言いつつもあんたは着いていく気満々みたいだシナ」

 

「私達は・・・主君の忍び・・・」

 

「彼の行く先に我等あり・・・ですわ」

 

「えっと・・・はい・・・その通りです」

 

立ち上がったのは忍び達。

 

そんな少女達・・・特に五右衛門を親分と仰ぐ連中が、皆光の脅し程度で五右衛門を見捨てるわけもなく。

 

「ったく・・・親分が行くなら俺達も行くしかねぇじゃねぇか」

 

「俺達が親分をお守りせずに、誰が守るってんだ!」

 

皆光の元へと馳せ参じた者たち。

彼等は、皆光の戦ぶりを知っている。

真正面から大軍を退けるその手腕。

自分達が思う以上に自分達を動かすその能力。

長良川、桶狭間と二度の激戦を彼と共にしたものたち。

そんな彼らが、皆光を見捨てる事なぞ、ありはしなかった。

皆光の主君は信奈だが、彼等から見て・・・自分達の主君は信奈ではない。

皆光なのだ。

 

「オイラは皆光の大将についていくだみゃ!」

 

「我等小早川軍!斎藤義龍をもう一度叩き潰す!」

 

「俺達の大将は皆光様だぎゃぁ!」

 

皆光の優しさ、甘さ・・・非道さ。

それら全てを引っ括めても、彼等は誰一人として逃げるもの達はいなかった。

 

皆光もまた玉・・・彼に引かれる者たちは、彼を大将と仰ぐ。

五右衛門も、奏順も右衛門も、定保、治宗・・・そして、かの竹中半兵衛までも。

 

皆光が信奈を王にするならば、彼等は皆、皆光を王と仰ぐべく、奮い立つ。

 

 

皆光は背後を見た。

誰一人掛けていない。

 

「図り違えたのは私の方・・・でしたか」

 

忍び達も、兵達も・・・その表情に敗北を感じていない。

皆光は、まるで大軍を背後に率いているような、そんな覇気を・・・背後で感じながら、そう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこからは早かった。

一切迷いのない兵たちは、これさえあれば勝てると意気込み、次々と部品を完成させていく。

筏の先端を尖らせ、柵に流用する為の作業。

逆茂木(現代で言う有刺鉄線の様なもの)の為に枝を結う。

 

そして周囲が暗夜に包まれた頃。

 

暗闇の中、川を下ってきた小早川軍は、墨俣の地を踏んだ。

 

河原へ到着し、皆光は暗闇で、背後を見つめる。

軽く三十は死んだだろうか。

 

皆光は、自らの筏の背後を下っていた自らの軍が、急流に飲み込まれる姿を見ていた。

しかし、誰も彼も、助ける者はいなかった。

当たり前だ。

止まれなかったのだから。

次は自分の番か・・・と一隻、また一隻と沈むその姿。

行きと比べ、少しばかり皆の表情も暗い。

しかし、素人が大勢いる中・・・言わばそれだけしか犠牲は出なかった。

そう・・・割り切るしかないだろう。

 

「小早川氏・・・これも必要な犠牲でござる。ここで小早川氏が折れてしまえば・・・かれりゃのぎせいはむだににゃるでごじゃるぞ」

 

分かっている。

皆光とて分かっているのだ。

 

「大事な所で噛むのは相変わらずですね」

 

皆光は五右衛門に微笑んだ。

後ろばかり・・・向いてはいられない。

皆光は立ち上がった。

 

「さぁ・・・伝説を打ち立てるとしましょうか」

 

未だ次々と上陸してくる筏。

彼等と共に・・・この地を生地とする為に。

 

 

 

 

 

次々と組み上がっていく城。

 

 

柵を地面に打ち付け、さらにそこに筏をばらした丸太を次々と地面に埋め込み城壁と成す。

そして城本体・・・その土台となる土塁。

米袋に、たっぷりと川底の砂や砂利、河原の石を放り込み、次々と敷き詰めていく。

現代で言う所謂土嚢と呼ばれる物だ。

それをいくつも積み上げ、城の高さを確保し、なおかつ防衛しやすいように少しばかり高く積み上げる。

そして、土嚢を囲むように、粘土を表面に塗りたくり、簡易的な石垣を完成させる。

櫓を組み立て、四方を見渡せるように組み上げていく。

櫓同士を繋げるために、武者走(むしゃばしり・今で言う渡り廊下)で櫓同士をつなげ、そこに竹を連ねて簡易的な盾で武者走を守る。

そして城壁を少しばかりくり抜いて簡易的な狙撃窓を作る。

表は逆茂木がぐるりと取り囲み、砦のような様相ながら、見事な城が出来上がった。

 

既に空は白みつつある。

 

稲葉山城の姿が、後光に照らされ、美しく輝く。

墨俣城は・・・完成した。

皆によくやったと、酒と菓子を少しばかり配る。

皆も喜び、叫び、咽び泣く。

 

「これで先ずは一手・・・」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだと!?そんな馬鹿なことがあるか!」

 

義龍は叫んでいた。

支流が重なり、美濃の要害として機能していた墨俣・・・その地に一夜で城が建っているのだ。怒鳴りたくもなるだろう。

 

「まことでございます!墨俣に城が出来ております!敵は火縄に火を付け、虎視眈々とこちらの様子を伺っているご様子!」

 

墨俣は要害である。

度重なる河川の氾濫により、年々と姿形を変えようと、その地をとられることは、言わば懐に入られると同意。

 

「なんと・・・一夜にして城が・・・」

 

「敵は一体何なのだ・・・神仏の類ではあるまいな・・・」

 

各々が弱々しい言葉を口に出す中、義龍は怒りに身を震わせ、軍配扇子をへし折る。

 

「またあの小僧か・・・」

 

一度目は長良川で・・・二度目は自らが居城・・・稲葉山城で。

さらに自らの元から、竹中半兵衛を連れ去り、安藤伊賀守をも彼に寝返ったと聞く。

 

「各将へ触れを出せ!城を攻める!」

 

まさか自分の収める地・・・この美濃の地で自らが城攻めをするとは・・・と義龍は唇を噛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

龍興は、大慌てで軍備を進める義龍軍を眺めていた。

そして、視線を墨俣の城へと移す。

 

土塁、城壁、櫓、どれを持ってしても、一夜の城にしては手が込みすぎている。

種子島を纏めて抱えた武者走を走る兵が、遠いながらも目に映る。

 

一朝一夕で出来るものなのだろうか。

 

各諸侯と顔を合わせないよう・・・敢えて遅参した長井道利が龍興の前に跪こうとして、墨俣を見て言葉を失っていた。

 

「彼は一体・・・何者なんだろうね。どうやって城を作ったのか?材料は?あの見事な土塁はどこから?尾張勢は一体どこから湧いたんだい?」

 

流石の龍興も、訳が分からないといった表情で、ぶつぶつと呟いている。

軍略・・・と言った点では、長井道利は龍興に劣る。

 

長井道利は、もしもあの城が天から降ってきたと言われれば、信じるだろう。

 

「まさか・・・本当にあの地に城が建っているなどと・・・」

 

「尾張勢は、君の収める竹ヶ鼻城の付近を通ったはずだ」

 

「私は・・・昨日とて兵に巡回させておりましたが・・・そのような影は一切無かったと」

 

「なんだって・・・?」

 

本当に天から湧いたのではないだろうか。

そんな思いが・・・思わず龍興の胸を占める。

龍興は、出陣していく兄を眺めながら、戦場となるであろう地を見下ろした。

そして、龍興はなにかに気付いた。

 

「道利・・・あの城の背後には・・・何が見える?」

 

長井道利は、墨俣の城を見つめる。

地形、立地、全てをとっても、理想的な平城であると言える・・・。

 

「地形?」

 

長井道利は、確かに龍興に劣るとはいえ、武官文官の区切りで分けるとすれば・・・どちらかと言えば文官向きである。

一重に政略向きではあるが、軍略とて侮るべからず。

 

「まさか?」

 

「くっ・・・くくく・・・あっはっはっはっは!そのまさかさ!おそらく彼らは・・・川からやってきたんだよ!城?運んだんじゃないかな。あの大きさの城を運べる手段は僕は知らないよ・・・。だけどもまさかそんな方法で来るなんてね!全く!彼は最高じゃないのさ!」

 

大口を開けて笑う龍興を咎めることも無く、長井道利は、小早川皆光なる人物に言い様もない恐怖を感じていた。

 

「この戦は義龍の負けさ。ああそうだろうさ!何せ・・・彼が相手だ!さぁ・・・今度は何を見せてくれるのかな?」

 

稲葉山城の山頂・本丸にて、斎藤龍興はこの戦の行く末を見守る。

麓から、義龍率いる軍が出立する。

そんな彼らを・・・冷たく見遣りながら・・・。

 

 

 

 

 

 

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千、二千、三千、六千。

稲葉山城を筆頭に各城から出陣したであろう美濃兵が、墨俣の地へと殺到する。

背後にはいくつもの支流が重なり、襲われる心配は無いものの、それは言い方を変えれば、織田勢とて撤退は出来ないということ。

 

【背水の陣】

 

この城と、川を背にした布陣。

撤退する事を度外視した・・・徹底抗戦専用の策である。

 

「流石の義龍も・・・この墨俣の城にゃ堪らねぇらしいな」

 

一升びんを抱えた前野某が、皆光のいる櫓を登ってきた。

この男は・・・戦が始まると言うのに何をやっているんだ・・・と皆光は呆れ顔である。

 

しかし、そんな櫓の雰囲気とは裏腹に、義龍軍は決死の表情である。

しかしそんな決死の覚悟も、徒労に終わる。

義龍軍が長良川を渡るその時、墨俣の城から一丁・・・また一丁・・・と大量の鉄砲が義龍軍に向けられた。

先陣を斬る義龍軍の兵達の表情が・・・勇ましさから絶望へと変わる。

義龍軍は、長良川の戦い・・・苦しくも今自分達が渡っているその川で、その恐ろしさを身をもって経験しているのだ。

そして、皆光は号令をかけた。

 

「放て!」

 

轟音・・・

 

義龍軍の鬨の声以上に響き渡る轟音は、義龍軍を浮足立たせた。

何とか墨俣の城へ攻め入ろうと川を渡っていた先陣は、血の花を咲かせ、瞬く間にその地へと身を沈める。

 

そしてさらに次々と交代しながら、本来連続で飛んで来ない筈の種子島の銃弾が連続して義龍軍の兵達を貫いていく。

しかし、如何に策を用いようと、横に広く広がることの出来る大軍相手には、分の悪い戦。流石の種子島も数に限りがある上、正面を押すのが精一杯。

 

「流石に数の理は敵方にあり・・・か。だがこの地を利用した策は・・・まだ終わってはおりませんよ」

 

皆光は、自身の立つ城の土塁へと・・・視線を向けた。

 

 

 

 

 

左右へと溢れ出した義龍軍。

そしてそのまま長良川を渡ろうとするが、ふと先陣が消えた。

 

「なっ!?どこに行きおったのだ!」

 

鎧武者を指揮する侍大将は、唐突に消えた前衛の兵士たちを探す。

 

城の正面は種子島による弾幕で兵が死ぬばかり、ならば横からと墨俣の城を包囲する為に、横へと兵を進めた。

 

「えぇい・・・もう良い!皆の者!ついてまいれ!」

 

そして・・・その侍大将は・・・戦場から忽然と姿を消した。

 

 

 

 

 

 

皆光は左右に展開しようと右往左往する義龍を見つめ、意地の悪い笑みを浮かべていた。

 

「流石は小早川氏。城を立てる工程ですら・・・策にするとは・・・」

 

「態々この城の側面を敵に差し上げるほど・・・私は優しくはありませんよ」

 

何故前衛が消えたのか・・・その理由は、この城の土台・・・土嚢として機能している砂や砂利・・・石である。

皆光は、城の周辺の石を集めるという事はせず、態々川底を掘り、あえて正面には手を付けず、正面以外の川の深さを調節したのだ。

 

そんな事は露知らず、続々と押し寄せる義龍軍は、川の水により落とし穴に気付かず、落ちる。そして、鎧が人間の浮力を奪い、川底で溺死する・・・。

 

五右衛門は、川の中の状況を想像し、身震いした。

 

小早川軍は一切城の外へと討って出ず、一方的な損害だけが、義龍軍へと降り掛かる。

しかし、その犠牲は無駄ではなかった。

落とし穴の人柱となり、穴を埋めた自軍の死体を踏み付け、決死の思いで更に城へと肉薄する義龍軍。

 

 

 

 

 

 

しかし、そんな決死の思いすら踏み躙られる・・・。

 

 

 

 

 

 

西から、さらに軍勢が現れた。

 

その数、五千。

 

援軍か!と喜んだ義龍軍だったが、その先頭にいる人物を見て、顔を青ざめた。

 

「た・・・竹中半兵衛重虎、義によって・・・・・・いえっ!義よりも大切なものの為に皆光さんに助太刀致します!」

 

小さな子馬に跨り、堂々と宣言する半兵衛。

その背後には、鎧兜に身を包んだ安藤守就、氏家直元、稲葉良通。

西美濃をその手中に収める、美濃最大の戦力と言っても過言ではない美濃三人衆。

 

天才軍師、竹中半兵衛に加え、美濃三人衆、それらの裏切りは義龍軍の戦意を喪失させるには十分だった。

 

そして・・・半兵衛の羽扇が振り下ろされた。

 

墨俣の城を取り囲みつつあった義龍軍は、その包囲を解き、西美濃の軍勢を迎え撃つべく体制を整えようとした時。

 

また更に、一軍が新たに現れた。

 

今度は東から・・・今度は、明らかな敵として。

風にはためくその旗印は・・・織田の木瓜紋。

織田軍の主力である。

その先頭には、南蛮甲冑を身にまとい、赤いビロードマントをはためかせながら、速度を落とすことなく義龍軍へと歩を進める信奈の姿が。

 

「突撃っ!」

 

信奈の号令により、織田軍全軍が義龍軍へと殺到する。

 

「槍を交えたいものは前に出よ!柴田勝家ただいま見参!全軍、姫さまに続けぇぇ!」

 

「尾張の貴公子、津田信澄見参!あ、待っておくれよ勝家〜!」

 

「われら尾張勢が全軍で押し寄せてきたのを見て、美濃勢は浮き足立っています。九十三点」

 

「・・・皆光を虐めるものは許さない。わぁ、わぁ」

 

西美濃軍、織田軍、そして小早川軍、完全に形勢逆転所か、むしろ義龍軍が可哀想な程の戦力差。

 

義龍とて、まさか織田が全軍で墨俣の地へと押し寄せてくるとは思っておらず、織田軍迎撃の為の兵力は、稲葉山城を守っている筈だ。

 

「墨俣を捨てる・・・稲葉山城の守りを固めるぞ!」

 

急ぎ撤退する義龍軍。

その数は出陣の時と比べ、半数近く削られていた。

義龍を先頭に、稲葉山城へと駆け込もうと城へと近づくが、普段ならば自らを迎え入れるはずの城門は、固く閉ざされたまま。

 

「何をしておる!早く門を開けぬか!!」

 

そう叫んでも、門はピクリともしない。

そして、城門の上から・・・一人の少女が顔を覗かせた。

 

「やぁやぁ、随分と無様に負けたようだね。兄上」

 

「龍興っ!」

 

義龍の胸中に、嫌な予感が渦巻く。

 

「龍興っ!織田が迫っておる!城の防御を固めねば美濃は落ちるのだ!早く門を開けぬか!」

 

頼む・・・嘘であってくれ・・・義龍はそう思う他なかった。

しかし、現実は非情なり。

龍興は、大口を開けて、義龍を笑う。

 

そんな表情で・・・儂を見ないでくれ!

 

そんな義龍の胸の内を知ってか知らずか、龍興は口を開いた。

 

「美濃が落ちる?まるで他人に落とされたかのように言うんだね。兄上」

 

「・・・何を・・・龍興・・・」

 

「何故、国人衆は嫌々ながらも父上を主君と仰いでいたか分かるかい?僕達斎藤家は、何故下克上をされなかったか分かるかい?何故農民は父上を蝮と恐れながら・・・反乱を起こさなかったか分かるかい?」

 

義龍は、なぜ自分が龍興に問われているのか分からなかった。

龍興の言い方・・・それではまるで、己自身が美濃を強国から弱国へと導いたかのようではないか。

 

「父上は確かに・・・その国盗りの仕方故に味方は少なかった。それでも、従っていたのはそれが美濃を強国へと導く政策だったからだよ。土岐の一族が治めていた頃の美濃はそれはもう酷かったらしいね。まるで京貴族の真似事のようだ・・・と父上は揶揄していたよ。これが兄上・・・斎藤義龍が掲げる野望なのかい?それは国人衆も兄上に喜んで着いていくだろうさ。そんな古き悪しき風習を今一度堪能出来るんだから」

 

やめてくれ・・・お前の口からは・・・。

 

「兄上・・・君は・・・君主の器ではないよ。精々が将止まりさ。美濃は僕が貰う」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

織田信奈、斎藤道三、小早川皆光、竹中半兵衛、そして・・・実の妹・・・斎藤龍興。

義龍はこの中の誰一人として、勝つ事は出来なかった。

 

 

美濃・斎藤家の跡取りとして幼き頃から手解きを受けていた義龍。

幼き頃は、その用心深き性格から父に何度も褒められた。

しかしいつだったか。

父は自分を六尺五寸、大男・・・と軽んじるようになり、そして己と入れ替えるように、龍興を可愛がるようになった。

 

義龍は何故自分が無脳と罵られなければならないのか。

何故、自分が尾張のうつけ姫に劣るのか。

何故、義龍よりも龍興の方が優れていると言われるのか。

 

自分とて織田のうつけ以上に・・・斎藤家の才女以上に・・・遥かに優れた跡取りであると認めさせたかった。

 

戦も政も、嫌いながらも父である道三仕込みの理にかなったものだったはずだ。

 

しかし・・・現状はどうだ?

長良川で敵の小勢相手に撤退し、配下は離れ、墨俣に築城を許し、そして今・・・妹にも卑下されている。

 

「結局・・・儂は・・・」

 

何のために生まれてきたのだろうな。

 

 

義龍は背後を振り向いた。

 

兵達は義龍と顔を合わせるのを避けているかの様に、皆一様に道を開けるばかり。

 

(ふん、今更兵達がついてくるとは思うまい)

 

こちらは三千、帰る城は斎藤龍興に占領され、正面には万の軍勢と化した尾張・美濃連合軍。

義龍とて、決して愚将ではない。

勝てぬ戦を仕掛け、無駄に兵を・・・民を殺すことは義龍とて出来なかった。

 

「除(の)けぃ!儂は一色左京大夫義龍(いっしきさぎょうだいぶよしたつ)!この美濃の!王なりっっ!」

 

斎藤義龍・・・またの名を一色左京大夫義龍。

 

彼は、己が死に場所をこの地へと選んだ。

 

兵は着いてこない。

 

態々死地を行く馬鹿な者たちは、義龍の元には居なかった。

 

それでも彼は馬を駆けさせる。

 

行く先は・・・敵の本陣。

 

止めようとする連合軍の足軽達を蹴散らし、倒れる義龍軍の兵士達の屍を踏み砕く。

 

正しく修羅・・・。

 

だが不思議と・・・義龍は心地が良かった。

 

義龍の馬が逆茂木に引っかかり・・・義龍は前方へと投げ出される。

そして義龍は立ち上がり、目の前を見る。

 

皮肉にも、義龍軍が誰一人として到達することの出来なかった場所・・・墨俣の城の城門の前に、義龍は立っていた。

 

そして・・・城門が開く。

 

「見事なり・・・義龍・・・いや、新九郎・・・」

 

「親父殿・・・」

 

その城門の先に立っていたのは、斎藤道三その人であった。

何故今更自分を褒めるのか。

あれだけ無能と罵っておきながら、何故今更そのような言葉をかけるのか・・・義龍には分からなかった。

 

「何を今更!戦に破れ、尾張へと逃げ込み、私利私欲の為に国を乗っ取った逆賊が!今更何を言い出すのかと思えば、そのような世迷い言を口にするかっ!」

 

義龍は吠えた。

しかし道三はそれを飄々と受け流し、義龍を真っ直ぐに見つめる。

 

「・・・背後を見てみよ。義龍」

 

義龍は背後を見る。

そして息を呑んだ。

 

背後に広がるは、連合軍の軍勢。

それと睨み合うかの如く、自らが率いてきた軍勢が・・・布陣していた。

 

「見事な将となったものよの・・・義龍。お主が何故ここまで駆けてきたのか・・・それは分からぬ。じゃがこれ以上戦を続ける意味は無い。儂はお主に負け・・・お主は織田信奈に負けたのじゃ」

 

義龍の持つ槍が震える。

今この場ならば、刺し違えてでも己が雪辱を晴らすことも出来よう・・・と。

しかし、義龍を真っ直ぐと見つめる道三は、たとえそうなったとしても、逃げず、抗わず、大人しく斬られてくれるだろう。

 

だが、義龍の腕は・・・槍は・・・動かない。

 

(見事な将となったもの・・・か。まさかこの言葉が・・・これ程とはな)

 

 

 

 

儂の負けか。

 

 

 

 

 

義龍は静かに・・・降伏した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆光の成した策。

 

 

【墨俣一夜城】

 

 

後世にまで語り継がれるであろう伝説を皆光は見事成してみせた。

 

皆光率いる小早川軍は墨俣に一夜で城を築き、そしてそれを守り通した。

そして、援軍として駆け付けた西美濃軍と織田軍本隊。

総勢一万にもなる大軍勢は、とうとう・・・斎藤義龍を降伏せしめることに成功した。

 

戦勝に湧く、墨俣の城。

 

城の中、一応の館のような部分にて、皆光達織田家家臣達は一様に信奈の前に平伏していた。

 

しかしながら、半兵衛のみ・・・未だ心の準備というものが整っていないらしく、五右衛門曰く外の木箱の中でガタガタと震えているらしい。

 

「良くやってくれたわね。皆光・・・そしてあなたの兵達も」

 

「勿体なきお言葉・・・」

 

「で、あんたは言ったわよね。城はもう一人の玉に任せるって。稲葉山城は固く城門を閉ざしたままのようだけど」

 

痛い所を突かれたとばかりに、皆光は顔を歪める。

 

「いえ・・・それが・・・」

 

「我が娘・・・龍興じゃよ」

 

そこで言葉を挟んだのは、美濃の蝮・・・斎藤道三。

 

「はぁ?あんたの娘は帰蝶じゃないの」

 

道三はどうやら龍興の存在を意図してか意図せずか、龍興の存在を隠していたようだ。

唯一道三以外で、龍興と会談をしたのはこの場にいる皆光のみ、義龍は捉えられ牢には繋がれぬもののほぼ軟禁状態・・・であれば、言い淀む道三以外に龍興を知るものは、皆光しかいなかった。

 

「斎藤龍興は、道三殿の実子・・・長女に当たる人物です。その性格は思慮深くもおおらかですが恐らくは非常に頭の切れる人物。かの御仁とは・・・稲葉山城へ赴いた際・・・一度だけ会談しております」

 

皆光のその言葉に、信奈はキッと目尻を釣り上げ皆光を睨む。

 

「何故その事をわたしに報告しなかったのかしら?」

 

「私は・・・」

 

「皆光殿はあやつを図り違えたじゃよ。意図して隠していた訳でもないが・・・龍興・・・あやつは道は違えど、信奈どのと同じ・・・未来を見る奴じゃ。あやつがどのような大志を抱いておるかは儂にも分からぬ。あやつは昔から・・・掴み所のないやつじゃった。恐らくは、義龍もまたあやつに謀られたのじゃろう」

 

「つまり、今の稲葉山城は、義龍のものではなく龍興のものって訳ね・・・」

 

「恐らくは・・・義龍もまた、その龍興とやらの手のひらの上だったのでしょう。二十点です・・・」

 

丹羽長秀の辛口な採点。

正しくその通りである。

せっかく義龍を降伏せしめても、龍興が描く策の想定内であれば、今すぐに稲葉山城を落とすことは難しい。

 

聞けば、義龍は稲葉山城に三千の兵を残してきたと言う。

しかし、その兵達による反乱も起こっておらずいざ籠城されてしまえば、到底ひと月ふた月で落ちる城ではないのは、想像容易い。

そして、兵の大半は反士反農であり、長期間の農民の不在は国の国力そのものを落とす結果となる。

皆光の準備期間中にあちこちを転戦しては、東を切り取っていた織田軍は、美濃三人衆の内応により西美濃まで手中に収めたとは言え、龍興は戦略家だ。

知らず知らずのうちに美濃は元通り・・・なんてことも有り得る。

 

つまりだ。

 

たった今・・・今日のうちに稲葉山城を落とさねば、敵は余力を溜め込み、今度はいつ自分達が窮地に立てられるかも分からないのだ。

皆光の建てた墨俣一夜城・・・それすら利用されてしまえば、織田の天下布武は美濃で止まるだろう。

そして、虎視眈々と狙う浅井長政がこの美濃へと兵を率いてくれば、今度こそ言い逃れは出来ない。

圧倒的に織田家に不利な要件を叩き付けて、信奈をかっさらっていくだろう。

 

「城そのものに火計を仕掛けることは出来なければ・・・さしずめ強行しかありますまい」

 

皆光は知恵を絞って出した結論が、強行である。以下に城攻めの条件を満たしているとはいえ、堅牢な山城・日本代表である。

皆光は、自らの失策と有効な案を出せない己に、拳を握る。

 

「力押しじゃダメよ」

 

信奈の凛とした声が響く。

 

「稲葉山城はきっと力押しじゃ落ちない。敵は蝮が認める程の軍略家なんでしょ?きっと、皆光の戦いぶりを見ていたはずだわ。わずか数百で十倍の敵から城を守りきった。そんな戦を間近で見て、それを参考にしない訳が無いわ」

 

言われてみればそうだ・・・と各将は思い直す。

 

「・・・そうね・・・やるなら少数の手勢を城内に潜り込ませ、内側から門を開ける事が出来ればもしかするかもしれないわ。誰か志願するものはいる?」

 

「生還の可能性は三十点です・・・ここは私が」

 

「いや!こういう時こそあたしだろう!」

 

「勝家どのに隠密は向いておりません・・・五点です」

 

「ちょ!長秀!?」

 

丹羽長秀と柴田勝家が志願するが、信奈に否定されるまでもなく、勝家は撃沈する。

その隣では、山登りは苦手だが女装は得意です!と自信満々にくねくねしている津田信澄。

 

そして、手は上がった。

 

皆光・・・そして犬千代だ。

 

「なれば・・・私が・・・こう見えても、私は乱破衆を統括する身。一度稲葉山城へと入った際、忍びに稲葉山城の内部を調べさせております。侵入する場所も彼女達ならば分かるかと・・・我らにお任せ下さい」

 

「犬千代・・・山登りは得意・・・」

 

「・・・・デアルカ・・・確かに、あんたにはお誂え向きかもね、いいわ・・・あんた達に任せる。必ず生きて・・・帰ってきなさい」

 

「「御意」」

 

 

 

そう言って、二人は墨俣城を後にする。

 

 

 

「皆光と犬千代が稲葉山城への活路を開くわ!勝家、別働隊を率いて瑞龍寺山の砦を任せるわ。主力は七曲口を攻めるわよ!皆光達が二ノ丸、本丸の門を開け放つまでに、麓を抑えるわ!」

 

その二人を皮切りに、連合軍も信奈の号令により稲葉山城を囲い込むように移動を始めた。

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

馬で駆ける皆光と犬千代。

その速度に追いつくかの如く速さで、忍び達が姿を現した。

 

「話は聞いていたでござる」

 

「・・・ならば話は早いですね。どちらへ行けばよろしいですか?」

 

「それならおいらに任せロ」

 

名乗り出たのは意外や意外。

五右衛門とばかり思っていた皆光は目を丸くした。

名乗り出たのは、伊賀崎奏順。

いつもならばやる気のない任務に、目を殺して従事しているのだが、今はそれが嘘のようにやる気に満ち溢れ、目が爛々と輝いている。

 

「おや珍しい・・・あなたがやる気だとは」

 

「なぁに。おいらは相手は人じゃないからナ。おいらの相手は、ああいう手合いなのサ。」

 

伊賀崎奏順。

 

この世界では、奏順と言う名前だが、彼女は・・・現代に名を残してしまった忍びである。

 

現代では彼女はこう呼ばれていた。

 

【伊賀崎道順】と

 

忍里、伊賀の出身で六角配下の忍びだった彼女。

しかし、その才覚とは裏腹に、むらっ気のある性格と任務への不真面目さから、下のもの達に疎まれていたという。

忍びらしくなく、任務に不誠実だった為、ある日彼女は忍びとしての禁忌を冒してしまった。

任務を全うせず、死する事無く生きて戻ったのである。

しかも、自身の命の対価に、任務の情報を洗いざらい白状した上で。

その後、彼女は追忍に追われる形で里を追われ、伊勢の地にて、追忍との交戦中、五右衛門に救われたと言う。

 

 

 

 

 

馬で駆けながら、奏順の話を聞いていた皆光は、心中複雑だった。

何せ、彼女は決して悪いことをした訳では無いのだ。

命を乞うて・・・一体何が悪いというのか。

 

「ま、そうやってつまらない里を抜けたお陰で、おいらは大将に会えタ。大将といると退屈しねぇシ、何より任務にゃ拒否権があるからナ。こんな優良物件。忍びじゃそうそう見つかんねぇんダヨ」

 

「それはそれは・・・随分と高く評価していただけているようで何よりです」

 

二ヒヒっと皆光に笑いかける奏順を見て、皆光は少しばかり嬉しくなった。

おそらく忍び一人一人に、このような過去があるのだろう。

いつかは、彼女達の本音を・・・聞けるでしょうか。

皆光は、そう思わずにはいられなかった。

 

「さてと、こっちダ。大将には堪えるかも知んねぇケド、時間がねぇんダロ?」

 

彼女には、こんな唄がある。

 

【伊賀崎入れば落ちにけるかな】

 

つまり、彼女の手にかかれば、どんなに固く、攻めずらくした城ですら、無意味・・・という事だ。

 

「さてと・・・こっからは山登りダ。着いてこれねぇと・・・置いてくゾ?」

 

そんな彼女の笑顔は、眩しかったが、皆光の顔は引き攣るばかり。

 

「え・・・これ登るんですか?」

 

「ホラ・・・さっさと行くゾ」

 

皆光は静かに五右衛門に耳打ちをする。

 

「彼女・・・こんなでしたっけ?」

 

「竹中氏を調略した際、一番張り切ってあちこちを見てまわっちぇいたのはあやつでごじゃる。きょれもまちゃ・・・こせいでごじゃりょー」

 

皆光は、今度から城と名のつく任務は全て、彼女に丸投げすると同時に、自分のいない所で勝手にやってもらおう・・・と心に決めるのであった。

 

 

 

 

 

 

登山は特に問題なく進んでいる。

 

おいらの動くとおりに動けばイイ・・・そう言われた皆光であったが、不思議と辛くはない。

見張り兵は、五右衛門や右衛門が始末し、どんどん登っていく。

 

そして、治宗と右衛門、定保を二ノ丸に宛てがい、皆光と五右衛門、奏順は、そのまま本丸への道を駆ける。

 

本丸の守備隊を手早く気絶させ、皆光は、やっとの思いで閂を外そうと手を掛けた。

 

「やっぱり、君が来ると思っていたよ」

 

ふと、背後から声が掛かる。

振り向くと、そこには斎藤龍興・長井道利両名の姿があった。

 

「・・・龍興殿・・・」

 

赤鞘の太刀を腰に帯び、赤と紫という華やかな色をした甲冑。

会談をした時とはまるで別人のようだ・・・と皆光は思った。

 

長井道利はそんな皆光に対して、槍を向けるが、長井道利の前に、五右衛門と奏順が躍り出る。

 

「ねぇ、皆光君」

 

そう、唐突に呼ばれる名前。

しかし今度は、呑まれぬように油断なく龍興を見据える皆光は、白鞘から太刀を抜き放つ。

 

「僕は君が欲しい。君のその度胸が、知恵が、手腕が。僕のもとに来る気は無いかい?」

 

唐突な勧誘。

しかし、皆光の言葉は決まっていた。

 

「断りますよ。私の王は、織田信奈だけです」

 

「かぁ〜!やっぱりかぁ。残念・・・振られちゃったよ」

 

「ならば・・・やる事はひとつでは?」

 

長井道利、斎藤龍興・・・両名からこの時代に来てからよく浴びたものを感じる。

 

殺気・・・。

 

突き刺すような殺気が、皆光を射抜く。

しかし、皆光はもはや・・・その殺気にすら、ひるまないほどの将へと成長している。

一触即発・・・そんな空気を、一番最初に切り開いたのは、斎藤龍興。

 

龍興は真っ直ぐと皆光へ刀を抜き放ち、所謂居合斬りを仕掛けてきた。

それに呼応するように、五右衛門と奏順が、長井道利へと斬り掛かる。

稲葉山城の最終決戦は・・・人知れず始まった。

 

 

 

皆光は、居合斬りをいなすと、お返しとばかりに、横薙ぎに刀を振るうが、容易く受け止められてしまう。

 

(少女とは思えない力だ・・・!!)

 

流石は、斎藤道三の娘と言ったところか。

皆光の刀は力を込めるあまりにギチギチと震えるが、そんな皆光に対して、道三仕込みの武術を身につけた龍興は涼しい顔で鍔迫り合いを受けていた。

 

「何故・・・私を裏切ったのですか・・・」

 

戦いの最中であれ、皆光は疑問に思った事を口にした。

刀を弾かれ、上段斬りを受け止めるが、受け止めきれずに肩に少しばかり刀がくい込む。

 

「クッ・・・ツッ」

 

「おや、切れ者かと思っていたが・・・やっぱり君は甘いね。裏切りや下克上が当たり前のこの世界で、高々持ち掛けられた策を実行しなかったくらいで・・・」

 

皆光は、龍興の刀を滑らせ、二度、三度、四度と斬りつけるも龍興はそれを捌き切り、皆光へと刺突を繰り出す。

 

それを何とか躱すも頬を掠め、血の雫が滴り落ちる。

 

(この方・・・見かけによらず・・・強いですね。それもかなり)

 

「元々、僕は君達を利用するつもりで近付いたんだよ。邪魔な道三を美濃から追い出し、義龍を利用し僕に着いてくる者たち以外は篩にかける為にね。見事に散らばっていく将兵達・・・そんな彼らが織田を消耗させ、城を攻める気概を折るつもりだったんだけどね・・・甘いとはいっても流石は軍師だよっ!」

 

皆光の刀を龍興はしゃがんで避け、その場で回転し皆光に肉薄する。

慌てて刀を引いた皆光は、何とか刀を滑り込ますことに成功し、胴体の両断だけは阻止するも、左の脇腹を深く切り裂かれてしまった。

 

思わずたたらを踏み、数歩後退する皆光。

 

「墨俣の一夜城・・・あれには思わず僕も身が震えたさ。あとは簡単だよ。義龍は城を締め出され、守備兵は僕に付いた。これで美濃は僕の物だ」

 

「はっ・・・高々稲葉山城を抑えただけで・・・こほっこほっ・・・何を面白いことを・・・あなたが持っているのはこの城だけですよ・・・東、西は織田に落とされ、四方を囲まれたあなた達は・・・さて一体どうやって軍備を整え、戦費を集め、兵糧を蓄えるというのでしょうね?」

 

腹を抑える皆光に、龍興は斬り掛かるも、皆光はそれを受止め、龍興の腹部へと蹴りを入れる。

龍興も流石に蹴りは予想できなかったのか、まともに受け、体をくの字に曲げるも、皆光に足払いを仕掛け、皆光は背中から地面に叩き付けられてしまう。

そんな皆光に、龍興は馬乗りになり、逆手に持った刀を皆光の首元へと突き刺そうとするが、咄嗟に皆光も負け時と左手で刀身を掴み、場所をずらし、もう片方の手で龍興の右腿に刀を突き立てる。

 

「っ・・・酷いなぁ・・・乙女の体に、勿論・・・責任はとってくれるんだよね?」

 

「先が無い者に・・・責任なんぞ・・・」

 

少しばかり、二人の動きが止まる。

皆光は経験が足りない故に、そして、龍興は未だ体が幼く、少女であるが故に。

互いにこの時間を、体力回復に当てようと言う魂胆で少しばかり休息をとる。

 

「さて、戦に必要なものだけどね・・・すごく簡単な方法があるのを知っているかい?」

 

「・・・この限られた土地でどうしようと?」

 

「簡単な事さ。織田信奈は、この城を攻めるためだけに新しく小牧山に城を作った・・・確かに、それは素早い指揮と野戦に対応する速さを持った織田軍には、理想的だ。けどね・・・信奈はこの城にこだわりすぎたのさ。この稲葉山城は確かに・・・攻めるも強く、守るも強い。だが小牧山の城は・・・攻めるは早く、守りは脆いんだよ」

 

これが・・・どういうことか分かるかい?

そう言われた皆光は、背筋に水を差されたかのような・・・冷たさを感じた。

 

「君は見事に・・・墨俣に城を作ったね。確かに・・・あれは強力な中継拠点だよ。けどね・・・それと同時に、僕らにとっての墨俣は・・・小牧山なんだよ」

 

信奈は進軍するまでにかかる時間を短縮する為に、小牧山に城を築いた。

しかし、である。

それは斎藤龍興にも言えることではないだろうか・・・と皆光は考えた。

そして、小牧山の城は、確かに小高い山に建てられた山城とは言え、その防衛力は高いとは言えない。

そして、小牧山城は・・・この稲葉山城から最も近い尾張の所領に建つ城である。

 

「まさか・・・あなたはそこまで読んで・・・」

 

「はっはっは。何を言っているんだい?君は軍師だろう?有り得うる全ての可能性を考えるのが、知恵を持つ者の役目・・・そうは思わないかい?」

 

今度こそ、皆光は大きな衝撃を受けた。

確かに・・・龍興の言うことは正しい。

有り得ある全ての可能性を予測し、対策し、行使する。

それが軍師としての在り方だ。

だが、実際この世の軍師の中に、何人がこれを出来るのだろうか。

少なくとも、知恵者を自負していた皆光は・・・出来ていない。

 

「君は大層運が良かったんだろうねぇ・・・将に恵まれ、配下に恵まれ、兵に恵まれ・・・そうやって、自分の力で何かを成した気になっている」

 

黙れ・・・黙れ・・・黙れ・・・黙れ・・・

 

「黙れ!」

 

思わず皆光は、龍興の腿を突き刺している刀を捻り、龍興は苦悶の表情を浮かべる。

そのまま龍興の刀を離し、襟首を持って地面に叩き付ける。

そして今度は、皆光が龍興に馬乗りになった。

 

「あああぁっ・・・・・・」

 

そして、龍興の喉元に刀を突き付けた時、側頭部を穿つ衝撃に、皆光は吹き飛んだ。

 

「カッァ・・・何・・・が・・・」

 

頭を切ったのだろうか。

額から血が流れ、揺れる頭を抑えながら、皆光は刀を杖にして立ち上がる。

 

皆光が見た光景は、龍興を守るように・・・いくつもの苦無に穿たれた長井道利が槍を構える姿だった。

 

五右衛門と奏順も、そんな皆光を守るように、忍者刀を構え、皆光の前に立っていた。

 

「小早川氏・・・大丈夫でござるか?」

 

「大将・・・大将はあんまり強くねぇんだから・・・無茶すんナヨ。あのちっこいほう・・・中々の手練なんダロ?」

 

「えぇ・・・大丈夫です・・・少しばかり手痛いものを食らってしまいましたが・・・」

 

そういった皆光の姿は、正しく満身創痍の様な姿である。

致命傷は受けてはいないとはいえ、長く動けば・・・血が足りなくなり動けなくなるのは皆光の方だ。

 

龍興は、抉られた右の腿のせいか、うまく立つ事が出来ないようだ。

それでも、左足のみに重心を傾け、少しでも負担を軽くしようとしているのが見て取れる。

皆光に叩きつけられた際に、頭を切ったのか、額から頬にかけて、赤い血筋が出来ている。

 

しかし、それを気にすることも無く、かと言って・・・叱責するでもなく・・・長井道利を押し退けた。

長井道利は唇を噛みながら・・・主に道を譲る。

そんな姿を見た皆光も・・・それに答える。

二人の肩をそっと道を開けるように押すと、構えを解かないながらも道を空けてくれた。

 

お互いが刀を地面に擦りながら、近付く。

 

 

 

 

 

 

「僕は君が欲しいけど・・・君の事は嫌いだよ。君のやっている事は偽善さ。助けるものを選ぶ神にでもなったつもりなのかは知らないけど・・・君のそんな偽善じみた所が嫌いさ。偽善ってのはさ・・・最も汚い罪さ。みんなその花の香りに惑わされ・・・そんな香りに自信が酔いしれる・・・その足元に這い蹲る屍の上に立っているのも知らず・・・その甘い香りが腐臭である事に気付かず・・・そのままだと・・・いずれ織田は腐り落ちるよ?他ならない・・・君の手で・・・だから僕は織田を滅ぼし・・・天下を望むんだ。偽善に依存した織田が天下をとれば、いずれ君が消えた時・・・織田の天下は程なく終わる。そんな仮初の平和なら・・・僕が取らせない!」

 

「一つ一つ・・・私に足りないもの・・・私がしてきた業・・・。まさか敵であるあなたに教わるとは・・・斎藤龍興・・・もし出会う場所が違えば・・・私はあなたを王にすると誓っていたかもしれませんね・・・。それだけの大志が・・・器が・・・あなたにはある・・・。此度の戦・・・不謹慎ながら自らの力不足・・・思慮深さ・・・そして何より・・・自身の罪に気付くことが出来た。出来れば・・・違う場所で会いたかった・・・。私は至らぬ所ばかりだ・・・本当に。ですが・・・人は皆誰かに何かを教わりながら成長して行く。あなたの言葉は・・・生涯忘れることはないでしょう」

 

 

 

お互い・・・これが最後の打ち合いになるだろう。そう覚った二人は、静かに刀を構える。

正眼の構え・・・剣道で言う基本の構えだ。

 

 

「僕は・・・僕の野望の為に、進むだけ。」

 

「私は・・・姫の野望を叶える為に、道を照らすだけ」

 

 

そして・・・互いに刀を振り下ろした。

 

 

 

 

 






キャラクター紹介〜謀っ子世にはばかる〜






キャラクターNo.003




織田 信奈(おだ のぶな)



織田家の当主であり、姫大名。
齢は十六歳であり、皆光の一個したである。

今川との小競り合いにより、発生した合戦場にて、絶体絶命の所を皆光に助けられた。
大変な美少女で、口癖は「デアルカ」
自他国共にうつけ姫と揶揄されていたが、自国のみに限って言えば、もはや信奈をうつけと呼ぶ人々はいない。
助けられた際に、在野(どこにも属さない事)の素浪人皆光を配下に加えた。
気位が高く、短気な激情家でありながらも、皆光には、会う度にからかわれており、その度に刀を抜く。
何度か本気で斬ってやろうか・・・と思ったとか・・・。
しかし、そんな自身を揶揄う皆光との会話は少しばかり弾むものがあり、自身の夢である天下布武・・・そして日ノ本を飛び出し、世界を望むその言動を馬鹿にせず、楽しそうに聞いてくれる皆光には少しばかり思う所が有る様子。
皆光との信頼が特別な訳では無いが、特別な感情を抱きつつあるのは確か。
皆光が、自身の知らないところで女の子と知り合ったと知ると、内容、何故秘密にしていたのかの理由を聞きたがるが、本人にその自覚はない。

本作・織田信奈の野望〜謀っ子世にはばかるのヒロイン候補。
本当に・・・どうしましょ。







キャラクターNo.004



前田 利家(まえだ としいえ)




信奈の小姓を務める十二歳の少女。
あだ名は犬千代(本作は犬千代で統一されています)
信奈が拾ってきた皆光の世話係として皆光に清洲のあれこれを教えた人物。

一時は織田を出奔するも、傾奇者となって帰ってきた。
皆光を世話する立場から今度は世話される立場へと変貌し(皆光宅はごはんがウコギではないため)今では、皆光の屋敷の一室に居候状態となっている。
体、胸と言った事に敏感であり、小さい・・・という言葉は禁句。
最初の頃、皆光は何も知らず、犬千代の地雷を踏み抜いてはよく折檻されていた。
度々皆光の嫁・・・と言う冗談(?)を言いつつも、本心では割と本気で皆光の事が好きだったりする。
度々のアプローチも、皆光ははぐらかすばかりでまともに取り合って貰えない。
ちなみに、ごく稀に同じ布団で寝ているらしいが、皆光本人は朝になってから気付くのだそう。

本作・織田信奈の野望〜謀っ子世にはばかる〜のヒロイン候補。

【注】ただしそうなると皆光はロリコンになります。


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平定

いつも、この小説をご覧頂き、ありがとうございます。
仕事の合間・・・という事と、何とも難産だった事もあり、少しばかり投稿に時間をかけてしまった事を謝罪させていただきます。
書いた日にちが違うため、筋書きメモや、文のつなぎがおかしい所があるかもしれませんが、そういった場合はご報告をお願い致します。
アンケート結果が素晴らしくハーレムに寄りつつあることに冷や汗を流しつつ(作者はとにかく恋愛描写が苦手なため)これからも頑張って執筆させていただきます。




 

もう少し・・・もう少しで・・・届く。

 

朦朧とする意識の中、暗闇に閉ざされる前に・・・と皆光は一歩、また一歩と確実に歩みを進める。

そして・・・皆光の手は・・・目的の物を掴んだ。

 

「・・・・・・届いた・・・さぁ・・・合図を」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

「まだ、皆光達からの合図はないの?」

 

緋に染まる金華山・・・稲葉山城を見上げながら、信奈少しばかりの心配をその瞳に写し足を揺すっていた。

周囲の砦を落とし、完全に包囲された稲葉山城、しかし、その立ち姿は未だ沈黙を破らず。

 

「姫さま・・・皆光達は大丈夫でしょうか・・・」

 

・・・・・・そんなもの・・・自分が知りたいとばかりに勝家へと目を向ける信奈。

彼女とて、生存の確率が低い策に、自身の家臣を旅立たせてしまった事に負い目が無いわけではない。

 

その直後・・・・・・。

 

パァーン・・・と何かが炸裂する音がした。

種子島か?!と思わず皆姿勢を低くし頭を抱える。

しかし、信奈だけは、そんな喧騒の中床几から立ち上がり稲葉山城を見つめる。

 

「勝ったわよ、六!今こそ、総攻めよ!」

 

「えっ・・・ちょ!姫さまぁ〜!皆の者!姫さまを追いかけろぉぉ〜!」

 

勝家を置いてすぐさま本陣を飛び出した信奈。そんな自身の主君へと、情けない声を上げながら追い縋る勝家。

しかし、そんな皆の表情は、・・・笑顔に濡れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

稲葉山城・本丸〜城門

 

皆光は・・・ズルズルと門を背に崩れ落ちた。

正面から受けた刀傷は、肩から脇腹へと皆光の体を引き裂いており、その場所は・・・奇しくも柴田勝家に斬られた刀傷の上をなぞる様に走っている。

 

「小早川氏!手当てを!」

 

五右衛門が急いで駆け寄り、何処に隠し持っていたのだろうと疑問になるほど、綺麗な布や薬などを取り出した。

奏順は任務の完了を、焙烙玉を天に投げる形で知らせる。

 

「・・・・・・何故・・・首を狙わなかったのかな」

 

皆光が五右衛門の手当てを受けていると、ふと・・・皆光へ声が掛かる。

そこには、肩を斬られ・・・地面に倒れ込んでいる少女がいた。

斎藤龍興・・・此度の美濃動乱の真の首謀者であり、土岐市から道三へ・・・そして道三から義龍へ二度に渡った美濃・斎藤家下克上・・・そして・・・義龍から龍興へと下克上三度目を引き起こした人物である。

 

皆光と龍興の一騎打ち。

皆光は経験の浅さから、龍興はその体力の無さか、何とか互角へと持ち込み最後の斬り合いを果たした。

結果は見ての通り。

皆光は正面から龍興の刀を受け、龍興もまた、皆光の刀を受けた。

 

龍興の傷は、左肩から左の肩甲骨を大きく斬り裂かれており、その傷は・・・致命傷ではないものの肩の筋肉を大きく損傷させ恐らくは腕の神経までも断ち切っているであろう事が容易に想像できる。

そんな痛ましい姿で・・・血溜まりに沈む龍興は、未だ意識を保ち、長井道利の手当を受けていた。

 

「さぁ・・・首を狙ったはずだったのですがね・・・」

 

龍興の問いに、皆光ははぐらかす様に言葉を濁す。

実際皆光は、龍興首を跳ね飛ばすつもりで、お得意の不意打ちを放った。

正面から斬り結ばず、自身も一太刀を受けるつもりで仕掛けた不意打ち。

しかし、皆光はこの少女を斬ることが出来なかった。

首を狙った一撃は、皆光の気の緩みから刀へと伝わり、太刀を支える力を失わせた。

結果、太刀は軌道を首から肩へと変え、その肩を深く抉った。

龍興とて、皆光を殺すつもりで斬った。

しかし、一太刀を受けるつもりで重心を後ろに向けた皆光によって、その一太刀は浅くは無いものの皆光の命を斬るまでには至らなかった。

 

「僕も・・・君も・・・結局は甘かったというわけだね・・・」

 

「・・・そのようで・・・」

 

龍興は、殺すつもりで放った一撃・・・しかし、素人である皆光が重心を下げるだけで殺せなくなる一撃を、全力とは言わない。

 

互いに・・・沈黙が被る。

稲葉山城へと攻め入る連合軍の鬨の声が、徐々に稲葉山城を侵食しつつあるのがよく分かる。

 

「僕は・・・負けたんだね」

 

「・・・・・・はい・・・」

 

「・・・結局は・・・斎藤家は織田に勝てなかった訳だ・・」

 

父は、志で負け。

息子は、器で負け。

娘は、勝負に負けた。

美濃斎藤家は、誰一人として・・・織田のうつけには勝てなかった。

龍興は、そう言いたかったのだろう。

 

「・・・それもまたいいさ。うつけ姫と揶揄される彼女のその姿に・・・僕達は騙されただけなのだから・・・」

 

「・・・騙しては・・・あ〜・・・いないと思いますよ」

 

信奈はうつけでは無い。

そう言えるのは、信奈の夢を真の意味で理解する者たちだけなのだから。

信奈の夢は、この時代のもの達には異端過ぎるのだ。

普段の彼女しか見ぬもの達にとっては、信奈の夢も、行動も・・・うつけに見えるのは仕方なきこと。

 

「・・・君に・・・一つだけ頼み事があるんだ・・・」

 

「・・・頼み事?」

 

「・・・僕の処遇は問わない。どうせ僕は、織田信奈の処断を待つ身だ。出家すれば命は助かるけど・・・僕はそんな生き恥を晒すのはごめんだからね。けど・・・道利だけは、守ってやってくれないかな」

 

そう言いつつも、少しばかり晴れ晴れとした表情をうかべる龍興。

 

「道利はきっと・・・君の役に立つ。それに僕と同じ夢を抱いた親友なんだ・・・だから・・・」

 

「姫さま・・・私は姫さまに・・・一生着いて・・・」

 

思わず龍興の言葉に己が言葉を被せる道利。今の彼女の表情は・・・いつもの無表情ではなく・・・涙に濡れ・・・唇を噛んでいた。

 

「・・・道利・・・彼は僕と似た所がある。彼について行ってやってくれないかい?・・・彼がもし・・・僕のように道を違えそうなら・・・助けてやってくれないかい?」

 

「姫さま・・・私は・・・」

 

その時・・・本丸の城門が開いた。

そこには、皆光の主君・・・織田信奈を筆頭に、柴田勝家、丹羽長秀、犬千代・・・そして・・・何故か浅井長政・・・。

最後に入ってきたのは、斎藤道三。

 

信奈は・・・五右衛門から治療を受ける皆光へと歩み寄る。

 

「・・・良くやってくれたわね。皆光、あんた達決死隊のお陰で、稲葉山城は落ちたわ。どうやら・・・敵の大将に手酷くやられたみたいだけど・・・それは向こうも同じみたいね」

 

皆光の傷を痛ましそうに見ながらも視線はしっかりと皆光に合わせ、信奈は皆光に労いの言葉を投げかけた。

 

「・・・ありがたく・・・。しかしうかうかと寝てはいられませんので・・・」

 

「そう・・・なら早く立ち上がる事ね」

 

そう言って・・・信奈達は皆光の元から立ち去って行った。

 

そして、皆光は未だ地に沈んだままの龍興へと視線を向けた。

龍興のすぐ側には、道三がいた。

 

「何の用かな・・・美濃の蝮・・・」

 

表情を変えず・・・天を仰いだまま道三へと問いかける龍興。

そんな彼女の表情は、懺悔も、後悔もない。

 

「・・・・・・愚かな娘よ・・・。儂を謀り、義龍を謀り・・・そして自らを偽る。お主も義龍と変わらん。大うつけじゃ」

 

「・・・・・はははっ・・・あなたには、この未来が見えたとでも?・・・」

 

「少なくとも・・・貴様が織田信奈に勝てぬ事は分かっておったがな。こやつを連れて行け・・・」

 

道三の背後にいた美濃兵が、龍興を捕え、動けない彼女を無理やり立たせ、連れて行く。それを黙って見送ることが出来なかった道利は、道三に土下座し、懇願した。

 

「待っ・・・道三様・・・姫さまは大きな怪我をしておりまする!ここは何卒御容赦を・・・」

 

しかし、道三はそんな道利を一瞥し、自身も信奈の元へ向かっていった。

 

そして、道利とて龍興と同じ謀反者。

尚も道三に縋ろうとする道利を、美濃兵が拘束していく。

 

そんな中、一人の男が皆光の傍に立った。

竹中半兵衛の式神・・・前鬼だ。

前鬼は涼しい顔で、その様子を見つめていた。

 

「あれもまた一つの結末か」

 

悲痛な表情を浮かべる皆光に前鬼は事もなさげにそう告げた。

 

「・・・前鬼殿・・・という事は半兵衛も?」

 

「主は荒くれ者どもがお嫌いな様子。故に俺が、影武者として信奈どのにお目通りいたそう」

 

「・・・そうですか」

 

「五右衛門・・・もう良いですよ」

 

未だせっせと皆光を治療していた五右衛門。

そろそろ止めておかないと、皆光が布で覆われ白い布の何かになってしまうので、程々で止めておく。

 

「小早川氏・・・しかし・・・」

 

「五右衛門のお陰で・・・血は止まりました。あとは少し養生するだけで済みそうです。本当に・・・ありがとうございますね」

 

そう言って皆光は五右衛門を少しばかり撫でる。

皆光にとっては、少し頼りになりすぎる相方だが、五右衛門にとっては、そうでは無い。

ボンっと言う擬音が聞こえそうなほど、顔を赤くした五右衛門は、うにゅ〜・・・と言って顔を伏せると、ポンッと消えてしまった。

 

その時・・・皆光は何処からか視線を感じた気がしないでもないが・・・。

 

(五右衛門さん・・・羨ましいです・・・くすん、くすん・・・)

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

五右衛門からの応急処置を受けた皆光。

とりあえず血は止まるも、未だ傷は少しの刺激で開くだろう。

そんな中、身を押して向かった先は、稲葉山城の城内。

この頃は、天守という概念が存在せず、城・・・と言うよりは三階層に別れた巨大な館である。

皆光は、背後に前鬼を連れ立って織田家家臣団や此度の美濃内応により織田へと願った美濃の各諸侯も集まる評定の間へと足を踏み入れた。

 

皆光の傷を痛々しい目で見る皆の視線を、皆光は全て無視し、信奈の前へと跪いた。

 

「美濃国軍師・・・竹中半兵衛重虎、お連れ致しました」

 

「この俺が竹中半兵衛重虎にござる。このたびはお見事な戦ぶりで稲葉山城を落とされ祝着至極」

 

前鬼は涼しい顔で自らの身分を偽り、ニヤニヤとした笑みを浮かべているが、信奈は不機嫌そうな顔を崩す事はなく、前鬼を睨みつけた。

そして、その視線が皆光へと向けられ、皆光は思わず気圧された。

そんな皆光を気にすること無く、信奈は小姓が抱えていた種子島をひったくるように奪い取ると、皆光へと銃口を向けた。

既に火縄は炊かれており、引き金を引くだけで弾は発射されるだろう・・・と皆光は冷静に考えながらも冷や汗が止まらない。

 

「皆光・・・そいつは替え玉でしょう?偽物を連れて来て私を謀るつもりなのかしら?」

 

何故か酷く気が立っている信奈に・・・どう釈明すればよいのか。

確かに偽物を連れて来てしまった皆光に非があるのは確かだが・・・。

すると、いつぞやのようにおずおずと柱から顔を覗かせた本物の竹中半兵衛がとことこ・・・と歩いてきて皆光に種子島を向けている信奈へと平伏した。

 

「た・・・たたたたた・・・竹中はは・・・半兵衛です。信奈さまをお試しした事はしゃ・・・謝罪したします。ですから皆光さんをい・・・いぢめないで・・・」

 

まるで壊れたラジオのような喋り方をする半兵衛だが、しっかりと信奈と視線を合わせ許しを乞うていた。

 

「ふん!ったく。木箱に隠れていたやつね」

 

不機嫌そうに鼻を鳴らした信奈は、傍に控える小姓に種子島を投げるように渡し、定位置へと戻った。

なるほど・・・バレていたならばこの対応も納得・・・出来るわけないでしょ・・・と皆光は一人心の中で突っ込むが、勢いで出てきてしまった半兵衛にとってはそれどころでは無いらしい。

信奈が離れたことにより、平伏した姿勢を正座に変えた半兵衛だが、がちがちぶるぶると震えていない部分がないほど震えており、怯えきっているのが目に見えて分かる。

 

「それで?半兵衛、誰に仕えるのか自分の口でさっさと言いなさい。私が直接小姓として雇って上げてもいいけど?」

 

「わ・・・わたしは・・・皆光さんを殿と仰ぐことを自らに誓いました。み・・・皆光さん以外にお仕えするつもりはありません」

 

そう信奈へとはっきり?と言い切った半兵衛。信奈の視線が半兵衛から皆光へと向かうが、決して皆光は信奈と視線を合わせない。

皆光はなんだか、無性に帰ってふて寝したくなった。

 

「はぁ・・・まあ、いいわ。軍師同士、これからは私の為に知恵を振るいなさい」

 

「あっ・・・ありがとうございます!」

 

なんとか信奈を納得させた(恐らくはしていない)半兵衛は、これにて、正式に織田家への仕官と相成った。

 

そして、信奈は家臣一同をそのままに、本格的な評定に入る。

皆光は、何故浅井長政が信奈と共にいるのか、それは些か気になる所ではあったが、かの御仁が無策で突入してくる訳はないだろうと少しばかり警戒しながら、皆光は聞く姿勢を整えた。

 

先ずは、降伏した美濃・斎藤家の処断から始まった。

 

巨漢を揺らし、死を覚悟した白装束で信奈の前に現れた斎藤義龍。

 

些か辛そうながらも、一切屈服の意思は見せず、所々赤く染る血の滲んだ白装束を纏い、信奈を真っ直ぐと見つめながら現れた斎藤龍興。

その二人に鋭い視線を向ける信奈。

信奈は表情を崩さず、二人に尋ねる。

 

「斎藤義龍、並びに斎藤龍興。何か言うことは?」

 

「儂はそなたと蝮に敗れた。家臣領民の命を助けてもらえるのであれば、何も言うことは無い」

 

「・・・生き恥を晒すつもりはないよ」

 

二人とも特に何もなし・・・と口を揃えて言う。

しかし信奈は、自身で決める前に、まずは二人の父である道三に声を掛けた。

 

「蝮は、何か意見ある?二人ともあんたの子でしょう。意見があれば聞くわよ」

 

道三は、苦々しげな表情で二人の処遇を信奈に進言した。

 

「義龍は・・・顔に似合わぬ知恵者。放逐すれば後々、信奈どのの天下とりの障害となろう。龍興も同じく。生かしておけばいずれ信奈どのに仇なす者共よ。始末せよ」

 

道三は二人を斬れと言った。

皆光は、内心・・・同じ気持ちである。

仇なす者としての芽が芽吹かぬ内に斬ってしまわねばいずれは大小あれど障害となる・・・その可能性を潰す為に。

父である道三は、この二人を殺す・・・と言っているのだ。

気付けば、皆光は血が滲むも構わず拳を握りしめていた。

 

「あんたはどう思う?」

 

ふと・・・皆光に声が掛かった。

思わず固まってしまう皆光。

そんな皆光に構うことなく、信奈は二の句を告げた。

 

「私達の中でもっとも二人と戦を交えたのはあんたよ。皆光」

 

そんな事を言われても・・・と皆光は顔をゆがめる。

一介の将である自身に聞いた所で、結局は殺生権を持っているのは信奈なのだ。

高々自分の思いを告げただけでは、各将は納得しまい・・・と皆光は目を伏せる。

皆光の口が乾く。

死を覚悟した二人と目線が合う。

顔立ちは似ていないはずなのに、その瞳は全く同じだった。

《余計なことは言うな》

そんな事は・・・分かっている。

だが・・・頭では分かっていても、皆光の心は分かってくれなかった。

自身の心が皆光の言葉に蓋をし、皆光の頭が自身の心に蓋をする。二つの相反する信号を司る部分が、互いの邪魔をし合っている。

 

信奈の視線が皆光を刺す。

 

その時・・・皆光はまるで信奈が、二人を生かそうとしているように感じた。

まるで、彼らを生かすような策を・・・考えなさい。

そう言っているような・・・気がした。

ただ生かすのであれば、放逐してやればいい。ただ、その場合どう足掻いても後に大きな障害になるのは分かりきっている。

特に・・・龍興・・・彼女は信奈と同じ夢を見ながら、行き着く先が全く違うのだ。

とは言っても、皆光は龍興の野望をしっかりと聞いた訳では無いし、確信がある訳でもなかった。

だが信奈が己が野望を力として動くように彼女もまた、野望を力として動く・・・ともなれば、すぐにでも彼女は力を蓄え、いつか必ず激突する。

その時には・・・せっかく生かしたとしても、その生かしたぶんだけの被害があるのは確実だ。

龍興は生きた分だけ・・・戦が増えるのだ。

戦の世を憂う二人が・・・自身の野望のために戦を増やす。

そんな下策を・・・彼女は犯そうとしているのだ。

ならば・・・先を見据え・・・可能性を全て予想し、その上で最善となる策を組み上げる。

それが今できる最善として。

 

(まさか・・・龍興殿に諭された事が・・・今必要になるとは・・・あるいは宿命・・・あるいは運命・・・もしかすれば・・・会うべくして出会ったのかも知れませんね。私達は・・・)

 

皆光は一呼吸入れ落ち着いた様子で真正面から信奈と視線を合わす。

 

「私はこの二人を生かすべきかと。しかし、放逐をするくらいならば殺すべきかと」

 

反応は二つ。

織田に仇名した逆賊を斬らぬのかといきりたつ者。

一先ず二の句を待つ者。

しかし、皆が言いたい事は同じである。

どういう事だと言う視線が、皆光に突き刺さる。

 

「まずは何故殺すべきか・・・。簡単です。彼らを生かして放逐するよりも、殺した方がその分危険が減ります。実は義龍殿は龍興殿に利用されておりました。三度に渡る下克上・・・しかし注目すべき点はそこではありません。ひとつは国人衆を手中に収める義龍殿の手腕・・・そしてもうひとつはそれら全てを計算して事件を起こした龍興殿の知恵でございます。誰もがご理解されていると思われますが、この二人を放逐すれば必ずや再度勢力を盛り返し・・・今一度織田の障害となることが容易に想像出来ることかと」

 

「次は生かすべきにあたって・・・現状織田は破竹の快進撃を続けていますが、現状・・・主立った家臣達はこの美濃の地を攻めるために出払っていると言っても過言ではありません。現在尾張に残っている戦力は姫様をよく思わない連中ばかり、今大人しいのは信澄殿と言う担ぐ神輿がないからと言うのが最も有力でしょう。勿論全くいないと言っている訳ではありませんが、この先こういう事態に陥った時・・・人員がいないというのは非常にまずい。そんな中に敵将の首が転がり込んできた・・・これを上手く使わずとしてどうしましょう?今ならば容易く首を落とすことも出来ますが、それよりも戦力として迎えた方が圧倒的に価値がありましょう。あまりやりたくはありませんが・・・幸いにも斎藤家と我らが姫・・・織田家は親族同士・・・ならば結び付きを強固なものにするため彼らを抑えることの出来る人物と無理やりではありますが誼を結ばせることをおすすめ致します」

 

「なっ!皆光、貴様姫さまの婚姻に反対していたじゃないか!」

 

思わず勝家が皆光に向かって叫ぶ。

そんな中のほほんと呑気そうに欠伸をかましていた信奈は、ジロっと義龍を一目見て鼻を鳴らした。

 

「嫌よ。長政よりいや。あんな髭だるま絶対嫌」

 

「別に婚姻を結ばせるとは一言も言ってはおりませんが・・・」

 

皆光も思わずまぁまぁ・・・と信奈を宥めるが、義龍は何か刺さる物があったのか

 

「髭だるま・・・・・・」

 

と一人ショックを受けていた。

皆光は、自分で振っておいてなんだが、少しばかり義龍を気の毒そうに見つめる。

 

「じゃ、勘十郎を上げるわ。斎藤龍興だったかしら」

 

えっ!僕ですか姉上っ!と信澄が声を上げる。

声を上げた信澄を龍興は一瞥し、こちらもまた鼻を鳴らして首を横に振った。

 

「僕は嫌だね。顔だけの馬鹿と婚姻なんて」

 

「顔だけの馬鹿・・・」

 

こちらもまた、信澄を沈められる。

と言うか男ども・・・もう少しメンタルどうにかならんのか。

 

「だいたい龍興。あんたは選べる立場にないんだから信澄で我慢しときなさいよ。せっかく命を助けてやろうとしてるのよ?」

 

信奈が不機嫌そうに口を開く。

 

「負けた上に恥の上塗りとはまた、陰湿な事だね。僕は織田に屈するつもりは無いと言っているんだ。この言葉の意味も分からないの?うつけ姫じゃなくて馬鹿姫にでもあだ名を改名したらいいんじゃないかな」

 

不機嫌な信奈を思い切りのよい言葉で煽り始める龍興。

 

「言ってくれたわね・・・」

 

思わず信奈の手が種子島に伸びる。

流石の皆光も慌てて止めに入る羽目になった。

 

「まぁまぁ、ともかく・・・私は信澄殿と龍興殿をくっつけるのは反対です。信澄殿では龍興殿を抑えることは出来ないでしょう・・・信澄殿では頭の出来が足りませんし・・・あまりおすすめはしません。利用されるのが目に見えていますので」

 

「何故だろうね。全く関係の無いところで僕がすごく馬鹿にされているようにしか聞こえないんだけど・・・僕泣いていいよね」

 

知らず知らずのうちに信澄に止めを刺してしまった皆光だが、今は心底どうでもいいのでとりあえず無視する。

 

「一番良いのは、龍興殿に負けぬ知恵と義龍殿を抑えることの出来る器量を持った人物が良い。それに態々婚姻なんてものを結ばなくとも・・・誼とは様々な意味がありましょう?姉兄、親子・・・姫様は既に道三殿の御息女、帰蝶様を妹に迎えられています。ならばそれと同じように、織田の有力な家臣と何かしらの誼を結ばせ押さえつけるのがよろしいかと」

 

そういった所で、何故か皆の視線がひとつに集中する。

その皆の視線の先には、今まさにそれっぽく講釈を垂れている皆光に向かってだ。

皆光は一人一人と顔を合わせる。

そして、最後に・・・小難しい顔をした道三と視線があった。

 

「道三殿はどう思われますか?」

 

「儂は・・・儂は反対じゃ。後々の憂いの為に斬っておくべきであろう」

 

「斬る・・・斬らないの理由に姫様を使わないで頂きたい・・・。私はあなたの思いを聞いておりまする」

 

「儂は・・・・・・」

 

道三は言い淀んだ。

道三とて、本音を言えば馬鹿な我が子等を叱り付ける程度で済ませたかった。

だが戻れぬところまで来てしまったのだ。

彼らは戻れぬ所まで行ってしまった。

ならばどうするのが最善なのか。

旧美濃の領主・・・土岐氏を追い落とし自身もまた我が子に負けた。

 

「あなたは、上しか見なかった。下を見ずに自らの子を見誤った。だがまだ幸い・・・あなた達親子はやり直せる。何せ・・・生きているのですから」

 

皆光は、ふと自身の両親を思い出した。

皆光は自身の父と道三が重なって見えた。

何処か頑固で、言葉少なにその場の正しい事を結論だけ言う。

父にそんな怒られ方をしていた皆光は、何処か似ている道三に苦笑した。

 

「結果だけ伝えられても子は理解致しませぬ。時には砕き、意を交えながら話をしてみるも一興。あなたには・・・それがない」

 

道三は悲痛な表情を浮かべ、縄に繋がれている二人を見やる。

二人は何ともなしに道三と視線を合わせる。

まるで、拗ねているかのような我が子の姿にこの時初めて、道三は我が子をしっかりと見た気がした。

 

「皆光よ。お主・・・先程こやつらを抑えることの出来る者に誼を結ばせることを勧めておったな」

 

「や、例えばの話ですが・・・姉妹の誓いでも姉兄の誓いでも・・・とりあえずは縁を強固にすべきと・・・」

 

皆光は、嫌な予感がした。

 

「皆光よ。儂の息子になれい。龍興と誼を結べば、こやつら二人を下したお主が言う理想も・・・現実になろう」

 

「兄妹としてでしょうか?」

 

「夫婦(めおと)としてじゃよ」

 

「いえ・・・それだと身分から何から全てが問題でしょう。私以外ならば・・・」

 

「ふぉっふぉ・・・儂も元々は京の油売りよ。いまさら身分など気にはせぬ。それにこやつらを押さえつけるのならば、我が斎藤家の家督も必要となろうぞ」

 

いえ・・・あなたはそう呼ばれているだけであって武家ですよね?とは言えなかった。

何処か頼み込むような表情をした道三の視線に思わず皆光は狼狽える。

皆光は助けてもらおうと信奈を見て後悔した。

般若を通り越して・・・無である。

 

(あ・・・これはダメだ・・・)

 

「皆光・・・どういう事かしら?」

 

「いえ・・・や、あのう・・・二人の命は助けていただけると・・・」

 

非常にまずいことになった・・・と皆光は冷や汗を流す。

何とか道三の説得は出来たものの余計なものまで着いてきてしまった。

捕らえられている二人を見ると、なんとも間抜けな表情をしている。

 

「蝮・・・あんた本気で言っているの?」

 

表情がないまま・・・グリンと信奈の首だけが曲がる。

思わず道三も少しばかり身構える当たり、余程予想外のだったらしい。

 

「本音で言えば・・・斬った方が後々の憂いはあるまい。処断は信奈どのにお任せする」

 

「しかし欲を言えばこの二人はどちらも一流の将・・・天下を狙う姫様の大志の役に立ちましょうぞ」

 

ビクビクと何を言われるかと身構える男二人・・・なんと情けない姿だろうか。

この世界の男は皆・・・弱かった。

 

「・・・・・・はぁ・・・とりあえず・・・命は取らないでおいてあげる。後はあんた達で何とかしなさい。わ・か・っ・た・わ・ね?」

 

「・・・道三殿・・・あとで話が」

 

「奇遇じゃな。儂もじゃよ」

 

とりあえず・・・いくつか皆光に突き刺さる殺気の出処をなんとなく予想しながら・・・皆光はもう一度道三と考えを煮詰め直す事とした。

 

 

席を外した敵将二人。

後で彼らとも話をせねば・・・と皆光は思案顔で唸った。

 

そしてとうとう、お待ちかねの論功行賞の時間である。

とは言っても粛々と活躍した将の名が呼ばれ、それに対して信奈が褒美を下賜するだけである。

時折謎な褒美などが混ざり(ういろう一年分や味噌煮込みうどんの店出店の権利)合っているが・・・。

美濃三人衆は領地の安堵、一部利権が取り上げられるも信奈直属の家臣となった。

 

そして皆光が呼ばれた。

皆光は信奈の前に跪き信奈の言葉を待つ。

 

墨俣一夜城、美濃三人衆・竹中半兵衛の調略、築城された城の防衛、敵の真の大将首となる斎藤龍興の撃破。

これらすべて、皆光の成した戦功である。

それらを粛々と読み上げた信奈本人の表情が徐々に苦々しい物へと変わっていく。

それは単純に、褒美をケチるためなんてものではなく、これ対する対等な褒美が思いつかない為だ。

 

城を与えるにしても、領地を与えるにしても今はまだ傍に仕えさせておきたいと言う信奈の思惑がそれらを却下していく。

 

(大変有能なのは結構だけど、戦が終われば考えものよね・・・)

 

信奈は頬に手を当て考え込み始めた。

 

ちなみに皆光本人はあまり褒美に頓着せず、あの二人をどうするか・・・と心の中で算段をたてていたりするのだが。

 

不意に皆光の膝元に何かが投げられた。

皆光はそれを危なげなく受け取る。

 

「・・・なんですか?これ」

 

皆光がそう言って掲げたのは、信奈がいつも持っている千成ひょうたんだった。

皆光は、はて?と首を傾げひょうたんを眺める。

 

「あんたの褒美」

 

「え?あぁ・・・そうですか・・・」

 

皆光は別段、気落ちすることもなく受け取った千成ひょうたんを一体何に使えば良いのか考えていたがなるほど、これはこれでいいかもしれない、と皆光は感じた。

 

史実では稲葉山城を攻める際、木下藤吉郎が背後からの奇襲を宣言、そしてそれを実行した際の合図がひょうたんだったそうな。

そしてそれを見た信長が後にそのひょうたんを木下藤吉郎の馬印として使う事を許可したという。

 

つまりはそういう事でしょうか・・・と皆光はひょうたんを眺めながら少しばかりの感動をその身に感じていた。

 

ちなみにだが木下藤吉郎にはひょうたんを収集する癖があったそうな。

単なる豆知識である。

 

「そのひょうたんを旗印に、いつまでも私の傍に仕えなさい。それと・・・あなたのお家をたてて上げてもいいわよ?」

 

ぼけ〜っとひょうたんを見つめていた皆光だったが、信奈のその言葉に驚き、ひょうたんを取り落としてしまう。

もちろんそれは皆光だけではなかった。

柴田勝家は絶句。

丹羽長秀はその場で身を固め、犬千代は首を傾げ、道三は目を見開いた。

他の家臣達(特に織田家)の反応も似たり寄ったり。

それは何故か。

それは、皆光の出自にある。

皆光はこの時代・・・何処の馬の骨とも分からぬ人物である。(現代では先祖代々続く家系であり、由緒正しき家柄ではあるが分家の家系である)

そんな彼を、【尾張小早川家】として取り立てるということだ。

信奈が直臣である彼女らは驚きに身を固めただけであるが、そんな事柄を古き良きを未だに守ろうとする織田の古き老害達が黙っていなかった。

 

「姫さま!何を血迷われましたか!このような何処の馬の骨とも分からぬ小僧を取り立てるなど・・・」

 

それもそうだろう。

この者たちは、皆光が家老の中では最も身分が低いとは言え、若家老として出世した際にも反対を起こした連中だ。

そんな彼らが、反対しない訳が無かった。

しかし、皆光はなるほど・・・と一人微笑んだ。

 

「謹んで承りましょう」

 

「皆光ならこの意味・・・分かっているわよね?」

 

「少しばかり、呆気にとられましたが」

 

信奈は、皆光の考えを読んだ上で、皆光に助け舟を寄越した・・・それは皆光にとっては何よりの褒美だ。

皆光の思い描いていた結末。

それを最高の形で実現することが出来る。

 

ちなみに後々・・・信奈は自身の考えがきちんと皆光に伝わっていなかったのを知り、怒りに震えるがこれはまた後日。

 

そして、論功行賞は終わりを迎えた。

しかしそんな中、皆光は一人だけ名を呼ばれることも無く部屋の端で苦悶の表情を浮かべている御仁に目がいった。

そんな皆光の視線に、信奈は嫌な事を思い出したとばかりに顔を顰め、そしてわざとらしく口を開いた。

 

「あら、いたの?長政。遠路はるばるご苦労様。もう近江に帰っていいわよ」

 

「なっ!私との婚姻同盟はどうなされるおつもりか!」

 

「そんなの〜もう美濃も盗っちゃったしい〜あんたとの縁談は無かったことにしましょう?」

 

なるほど・・・まるで今までの屈辱を全て返してやろうとでも言うように、嫌味ったらしく言い放つ信奈。

その後は圧倒的有利をとった信奈にマウントを取られ、結果は織田家の姫を浅井長政が迎えることとなった。

苦々しい表情で場を後にする長政の後ろ姿が消え、広間は歓呼の声で満ち溢れる。

 

しかし、皆光ははて?と首を傾げた。

 

織田の姫・・・となると、お市が世間一般的には広く知られているが、皆光はこの時代に来てから一度も顔も合わせていないどころか、一度も名前が出た覚えがない。

 

しかし、そんな疑問も立ち所に消えていった。事もあろうに信奈は・・・庭で宴会芸として花魁踊りに興じていた弟の勘十郎を籠に押し込め、北近江へと送り出したのだ。

 

流石にそれは予想だにしなかったが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かくして、美濃は織田信奈により平定された。

 

信奈はこの稲葉山城、井ノ口の町を丹羽長秀の案を取り、岐阜の城、岐阜の町と名を変え天下を狙う織田の礎となる。

 

【天下布武】

 

天下を武力を持って制すると共に、天下から戦(戈)を無(止)くすと言う大志を抱く信奈・・・その先待ち受けるは修羅の道。

 

 




徐々に一ページ一万文字がデフォルトとなりつつある今日この頃。

意外と書くのって・・・大変なんですね。
ちなみに光秀さんを忘れていましたが、次話に登場致しますので、ご安心してくださいませ。
本日も本日とてキャラ紹介をサボりつつ。
コメント、評価等々お待ちしております。

ー追記ー

斎藤龍興、ぽっと出オリキャラから、レギュラーへ昇格させていただきます。
容姿は、織田信奈の野望〜帰蝶〜でご検索ください。


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義理



いつも、この小説をお読み頂きまことにありがとうございます。
現在、仕事が大変忙しいので、投稿ペースが少しばかり落ちますが、何卒御容赦ください。
誤字脱字等があるかもしれませんが、これにて二章・・・完でございます。


 

 

 

皆光は感慨深くその少女を見ていた。

長い黒髪を後ろで結った、鋭い目付きの爽やかな美少女。

 

所作は一つとして無駄が無く洗練され育ちの良さが伺える。

 

その少女の名は・・・。

 

「拙者、美濃の出身、土岐源氏の支流に連なる明智十兵衛光秀と申すもの。道三殿が美濃を追われた折に浪人し、以後、足利幕府再興の為に働いておりました」

 

明智十兵衛光秀・・・織田信長、豊臣秀吉、徳川家康と並んで誰しも名前だけは聞いたことがあるであろう程に有名な、戦国時代の将である。

様々な諸説あれど、最も有名なものとしては、本能寺の変の首謀者たる人物である・・・と言う事柄だろう。

本能寺の変で織田信長を討った後、豊臣秀吉の中国大返しにより討伐され、三日天下と称された御仁である。

 

そして、先にも言った通り・・・美少女である。

 

おでこの広い・・・可愛らしい少女である。

 

皆光は目元を揉みこんだが・・・光景は変わらなかった。

 

信奈が光秀を迎えようと言う提案に、それよりも大事な用があるからと飛び込んできた光秀。

皆光はここは静観すべしと静かに二の句を待った。

 

「実は、畿内を支配する松永久秀、三好一堂が時の将軍足利義輝公を暗殺・・・しかし事は未遂に終わり、賢明なる義輝公は勝ち目なしと見て【他日を期す】と言い残し、義昭姫ら姫君たちを引き連れ、敦賀の港から大明国(中国歴代王朝の一つ)へと逃げてしまいました」

 

暗殺に失敗?と皆光は怪訝な顔をする。

史実の織田は足利義輝が暗殺された折、足利義昭を御輿に担ぎあげ京への上洛を果たした筈である。

それが大明国へ逃げてしまったとあっては、織田は大義を無くしたも同然。

理由あれど下手をすれば、大和を支配する松永久秀と同じく天に弓引く不忠者として扱われかねない。

だとすれば明へと渡り彼等を抱え込む必要がある。

 

 

皆光が考え込んでいる間に光秀と信奈の話し合いが終わったのだろうか。

何やら信奈に耳打ちをしている光秀。

そして、迷うように一瞬顔を顰めるもすぐさま信奈は決断を下した。

 

簡単に言えば、足利家の血を引く吉良家の分家・・・今川家の姫君である今川義元を抱じて京へと上るというものだ。

御所が絶えれば吉良が継ぎ、吉良が絶えれば今川が継ぐと言われる。

上洛の一時的な御輿としては御の字だが、必ず足利将軍家はこの日ノ本に帰ってくるだろう。

それまでに地盤を固めねば・・・。

 

さてと、耳障りな甲高い声が聞こえる。

皆光は冷や汗を流す。

 

「おーほほほほほ。いよいよ、私の出番ですわね・・・あら?」

 

皆光と義元の視線がかち合う。

 

「はぁ〜・・・十兵衛・・・犬千代・・・そいつを抑えて・・・じゃなきゃわたしはそいつを討つわよ」

 

信奈が頭が痛いとばかりに額に手を当てる。

 

光秀ははて?何を・・・と首を傾げるが犬千代が義元へと飛び掛る。

しかしその重そうな十二単を着ながら何故そこまで動けるのか・・・気付けば義元は皆光の傍まで来ていた。

 

「で・・・では私は斎藤家のもの達の所へ行かせて頂きます!」

 

皆光は逃げようと着物を翻したが、その着物の裾を義元ががっちり掴む。

 

「まぁ!わたくしから逃げるおつもりですか?」

 

「に・・・逃げるなんて滅相も・・・」

 

「で・は・何故席を外そうとするのですか?わたしくめにあんな・・・あんな仕打ちをしておきながら・・・」

 

皆光は周囲に助けを求めるが、周りの目は白い・・・。

ちなみにあんなこと・・・とは、皆光が義元を脅しにかけ、無理やり降伏せしめたこと(皆光視点から)(義元視点では戦の最中に口説きに来た男という事になっている)である。

 

その後・・・嫌々ながらも義元の世話を仕事として引き受けていた皆光は度々このような彼女のうわ言に悩まされ続けていた。

助けたことに後悔はないが、せめて自分以外を推挙しておけば良かったと違う方向で後悔をしている。

(当時、手の空いていた将が皆光しかいなかったため)

 

「はっはっは・・・私にはその義元公の美しさは目に毒過ぎますので、その眩しさたるや私めも流石に逃げたくなりましょう」

 

「まぁ・・・もう皆光さん。そうならそうと早く言って頂ければ良いですのに・・・」

 

皆光の完全なる棒読みの褒め言葉にいやんいやんと頬に手を当て頭を振る義元。

しめたっと皆光は義元の手から裾を抜く。

 

「では姫様!私はこれにて席を外します故に何かあれば使いをお願い致します!」

 

「あ!お待ち下さいましっ!」

 

そう言って、皆光は颯爽と部屋を後にした。

 

その場に残されたのは未だにいやんいやんとお花畑の向こうへ言ったままの義元。

そしてその義元をまるで親の仇のように見つめる信奈。

事情を知らなかったが故に、ポカーンと固まったままの家臣達。

 

「・・・置いていかないで欲しいです。くすん、くすん」

 

そして、沈黙を破った半兵衛が皆光をとことこと追いかけて行くのであった。

 

ちなみにこの後・・・五箇条の条書に花押を書き入れる義元・・・。

とは別で、ある一つの誓約書に花押を押してしまう。

 

【皆光に色目を使ったら国中馬で引きずった後に切腹、この私が直々に成敗してあげるわ】

 

ごねる義元だが笑顔の信奈に種子島の銃口をこめかみに当てられ泣く泣く書き入れる羽目になったとか。

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆光は、そそくさと間を後にしたが、さほど離れていない廊下で星を見ながら物思いに耽っていた。

 

「明智十兵衛光秀・・・か」

 

戦国歴史上最も有名な裏切り者。

諸説あれど、それが世間一般的な彼女への評価だろう。

皆光はこれから彼女をどう扱えば良いのかと一人呟く。

それと同時に・・・もうひとつだけ気になることを考えていた。

 

そんな中、喧騒を嫌い(怖がり)皆光を追いかけて来た半兵衛が皆光の横に立つ。

 

「置いていくなんて酷いです。くすん、くすん」

 

少しばかりの涙を目尻に、半兵衛が私怒ってますとでも言いたげな表情で皆光へと話し掛けた。

 

「おや、それは流石に気が回っておりませんでした。申し訳ございません」

 

そう言って皆光は微笑みながら半兵衛の頭に手をのせると半兵衛はくすぐったそうに目を瞑る。

 

「くすくす・・・冗談です。皆さんは怖いですけど・・・優しいですから」

 

「それは良かった」

 

「皆光さんは、何を悩んでおられるのですか?」

 

半兵衛の真っ直ぐな問いに、思わず皆光の手が止まる。

 

「皆光さんは、明智光秀さんを見られてから様子がおかしいです」

 

「そう・・・ですか・・・」

 

今度こそ、皆光は表情を崩し、少しばかり苦しい声を出した。

半兵衛の頭から手を離し、視点を空へと変える。

 

「よく見ていますね・・・」

 

「私は皆光さんの軍師ですから・・・その・・・物事はきちんと見ていないといけません・・・」

 

皆光は、その半兵衛の言葉に、一体何処に自分の表情を見る理由があるのか・・・と苦笑する。

 

「えぇ・・・本当に頼りにしてますよ」

 

「でも・・・もっと・・・もっと頼って欲しいです。戦の時だけではなく、平時の時ももっとあなたのお力になりたいです。くすん、くすん」

 

皆光は、またもや泣き出しそうな表情でこちらを見つめる半兵衛に、嬉しいような、悲しいような・・・複雑な表情を浮かべていた。

 

(全く・・・五右衛門と言い半兵衛と言い・・・どうしてこの時代の幼子達は聡いのやら)

 

皆光は、真っ直ぐと半兵衛を見た。

そのあまりの真剣な眼差しに半兵衛は少しばかり身構えるも、今一歩、皆光へと近付く。

 

「え・・・えっと・・・その・・・ま・・・まだ早いと思うんです・・・」

 

何かを勘違いしている半兵衛に、皆光は口を開いた。

 

「半兵衛・・・私の持つ秘密を・・・知りたいですか?」

 

半兵衛は、自身の妙な勘違いに赤面しながら、それでも真っ直ぐに皆光を見つめ返す。

 

「はい!教えてください。必ずお力になります!んくっ」

 

半兵衛の力の籠った返事に、皆光は苦笑しながら半兵衛の唇に人差し指を当てる。

 

「お静かに・・・」

 

半兵衛の顔が急激に赤くなっていく。

 

「これから語るのは・・・全て誠の事です。信ずるに値するか・・・それは、あなたが決めてください」

 

そして、皆光は半兵衛に全てを話した。

未来から来たこと。

信奈達や他の大名が後世にまで名を残した事。

それら全てを集約した・・・歴史の事を。

半兵衛は、黙って聞いていた。

 

「・・・私は申したはずですよ。私を知った所で・・・幻滅するのはあなたですよ・・・と」

 

ふふふ・・・と半兵衛が笑う。

 

「皆光さんはやっぱり・・・お馬鹿さんですね。私は皆光さんに幻滅なんてしません。皆光さんが未来を知っているなんて、関係ありません」

 

「随分きっぱりと言い切るのですね」

 

「だって皆光さんは・・・未来を知った上で皆を救おうとする優しいお方です。皆光さんの信奈さまへの忠義も・・・本物です。今この時代が・・・皆光さんの時代なんです」

 

「私の時代・・・?」

 

「だって・・・皆光さんはまた誰かを救おうとしていますよね?皆光さんが苦しいお顔をする時は・・・いつも誰かが苦しんでしまう時ですから・・・わたしの時も・・・だから、幻滅なんてしません」

 

「・・・そう・・・ですか」

 

やれやれ・・・と皆光は肩をすくめる。

 

「ありがとうございます。気が楽になりましたよ」

 

そう言って笑顔で半兵衛を撫でる皆光。

あぅあぅ・・・と言葉を失っている半兵衛。

 

「これからも・・・あなたの事を頼りにさせてもらいますよ」

 

「あぅあぅ・・・不束者ですがよろしくお願いしますっ」

 

その挨拶はちと間違ってはいませんかね?と皆光は一人微笑ましそうに、半兵衛を撫で続けるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

斎藤道三は一人、金華山の山頂にて杯を煽っていた。

 

「儂も随分と甘くなったものよ・・・この蝮めが・・・」

 

道三は、自らの子ら二人の処遇について・・・本当にそれで良かったのだろうかとひとり思い悩んでいた。

 

斎藤義龍

顔に似合わぬ狡猾さと智謀を併せ持ち、再三にわたり皆光に敗れたものの、文武両道を体現しているかの如く我が子。

 

斎藤龍興

見目にそぐわない智謀と観察眼を持ち、美濃を己が野望の為と手に入れることを画策し、最終的には同じく皆光に敗れた有智高才な我が子。

 

「だが些か甘すぎる・・・」

 

信奈も・・・それを支える皆光も。

自らも策に乗ったとはいえ、我の強い義龍に自らを情け無用と引きずり下ろした龍興。

この二人を高々勿体ないという理由で配下に加えようなどと。

 

「それが姫様の良い所・・・ではございませんか?」

 

ふと、道三の独り言に対して、相槌をうった声が掛かった。

道三が背後を振り向くと、そこには半兵衛を伴った皆光がどこかすっきりとした表情で佇んでいた。

 

「この戦の功労者足るものがこんな場所におって良いのか?」

 

「私は酒の席が苦手故に」

 

主に勝家殿ですが・・・と皆光が苦笑いを浮かべながら道三の隣に腰かけた。

 

「甘さは強さ・・・非道さは弱さ。甘き者は余裕を持ちながらも様々な事を成し遂げる。非道な心を持つものには、そも心に余裕が無い者達・・・違いませぬか?」

 

「甘さが強さ・・・か。些か甘過ぎるのも問題じゃろう。結果、足をすくわれては・・・の」

 

「それが器と言うもの。心狭きものが広きものを上回ることなど、ありはしますまい?それに、ただ甘いだけでは世が渡れぬのも姫様は分かっておりまする。甘さには打算が付き物・・・その打算が吉と出るか凶と出るかまでは分かりかねまするが、少なくとも・・・彼らに次はございませぬ」

 

「だが奴らに次を与える事すら間違っておる事に気付けぬとは」

 

「ならばあなたは・・・子に死ねと申されますかな?」

 

「必要とあらば死ねと言うべきじゃろう。それがこの世の習わしじゃ」

 

「その習わしを壊そうと走る姫様に・・・そう言われますか?」

 

「何かを得るには何かを捨てねばならぬ。ならば甘さを捨てるのが天下への近道じゃろうて・・・」

 

「先の見えぬ道に近いも遠いもないでしょうに」

 

「ぬぅ・・・」

 

居心地の悪そうに頭を搔く道三。

そんな道三を見て、皆光は静かに空を見上げる。

 

「姫様はその為に私に道を与えてくださった。この意味が分からぬあなたではありませぬでしょう?」

 

「本当に・・・お主は良いのか?お主の半生を奴に預けることになるのじゃぞ」

 

「私の半生を預けるに足る御仁となり得る方かと。斎藤道三・・・あなたの姫君は、私が貰い受けましょう。政略とは言えども、彼女を抑えるにはそれしかありますまい・・・しかし家督はご子息にお譲りくださいませ」

 

「何故じゃ?それではあやつに口実を与える様なものであろう?」

 

「全く・・・最後の最後まで子を信ずる事が出来なくてどうしますか・・・。姫様は、道三殿を義父として大層愛しておられます。そのご子息ともなれば、姫様からすれば十分に愛するに足る家族も同然。そんな彼らに思いは伝わらずとも、せめて貴方だけは・・・姫様のその思いを知っておいて頂きたい」

 

「家族・・・」

 

「甘さでも非情さでもなく、愛する者達へ向けた慈愛なのですよ。それを情けと彼らは捉えまするが、それもまた・・・教えてあげれば良いでしょう」

 

そう言って皆光は席を立った。

 

「私は彼らの元へと向かいます故にこれにて失礼・・・」

 

ふと・・・道三は・・・最後に少しだけ皆光に昔話を話した。

皆光はそれを静かに聞き・・・背を向ける。

そうして皆光がいなくなるのを見送る道三。

しかし皆光は途中で立ち止まり背中越しで道三に話し掛けた。

 

「この地・・・この城が・・・あなたへの姫様の愛で御座いましょう。岐阜の町・・・岐阜の城・・・中々洒落ているではありませぬか」

 

そう言って今度こそ皆光は姿を消した。

 

その後・・・静かに佇む道三の目の前に、暗闇で何かが浮かび上がった。

ポツリ・・・ポツリ・・・とまばらなその光は、やがてひとつのものを形作る。

その光景を見た道三は、目を見開き・・・そして顔を扇子で隠す。

 

「ぎふのまち・・・ぎふのしろ・・・か」

 

麓に広がる光景。

 

まるで、鳥獣戯画に出てきそうな可愛らしい蛇が眩い光で麓を照らす。

 

「義父の町・・・義父の城・・・」

 

愛する子から・・・愛する父への贈り物。

親の心・・・子知らず・・・されど子の心を・・・親は知った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

夜も随分と深けた頃。

二ノ丸・義龍の館に皆光は足を運んでいた。

護衛・・・と言うよりかは監視の意味合いが強いであろう兵達に通してもらい、皆光と半兵衛はその中へと足を進める。

そして、評定の間へと足を踏み入れた。

 

中には未だに白装束を着たまま、不機嫌そうにこちらを一瞥する義龍と、まるで彼と同じ部屋に居たくないとばかりに部屋の隅で壁に背を預け、浅い息を繰り返す龍興がいた。

よく見ると傷の手当もしておらず、未だに血が滲んでいる。

皆光は思わず龍興に駆け寄り、兵に布団や血止めの布を持ってくるように命じた。

すぐさま布団やその他諸々を持ってきてくれた兵に礼を言いすぐさま龍興を布団に寝かせる。

その時に触れた龍興の体はかなり熱を持っており、傷が原因で発熱を起こし始めている状態だった。

 

「何故このようになるまで放っておいたのですか!」

 

思わず皆光の声が荒ぶる。

 

「織田の施しは受けない・・・と・・・告げたはずだよ?・・・」

 

そう言って皆光の手を払い除ける。

 

「織田だの斎藤だのは関係ありません!」

 

「放っておけい。そやつの自業自得よ」

 

義龍から苛立ちの篭った声が皆光へと飛ぶが皆光はそんなことお構い無しと龍興の白装束を剥き傷を確かめる。

 

「傷が変色しつつある・・・膿む前か!」

 

「やめてくれと言っているだろう!」

 

そう言って皆光を突き放した龍興は、もはや声を出すのも辛いのか、布団ではない方向へと体を倒れさせ、浅い呼吸を繰り返す。

 

「いい加減にしろ!」

 

そう言って皆光は龍興を無理矢理布団の上へと押さえ込み、酒で濡らした布で血を拭き取り酒で傷を一度洗う。

 

「私はあなたを殺させる事も死なせる事もしません。とりあえず話は療治を終えた後です」

 

少しばかり大人しくなった龍興をテキパキと手当し、静かに横たえる。

冷水に浸した布を龍興の頭に乗せ、ようやく皆光は腰を下ろす。

終始しかめっ面をした両兄妹に皆光も少しばかり顔をしかめた。

 

「何故・・・助けたんだい?」

 

未だ傷が疼くのだろう。

浅い呼吸を繰り返しながら、皆光に問いかける龍興。

そんな龍興を、皆光は裾に手を入れ、目を伏せながらも口を開いた。

 

「私が助けた訳では無いでしょう?私は・・・姫様の下知に従っただけですよ。ただ、強いて言うならば・・・ここで死ぬべき方々ではない・・・と」

 

ちらっと義龍を見るが、我関せずと言った様子。

 

「僕はいつか・・・必ず織田信奈の首を狙う・・・そう分かっていながら・・・君は僕を生かすのかい?」

 

「その時はまた私がお止めしましょう。一度ならず・・・二度でも三度でも」

 

「全く・・・甘い男だ・・・だが何故だろうね。その甘さがまた・・・心地いい」

 

皆光は、そっと二人を正面に捉えるように、座り直し、頭を静かに下げた。

 

「斎藤義龍・・・斎藤龍興両名共に・・・私の元に着いて頂きます。斎藤義龍・・・あなたには斎藤家の家督を継いで頂き、一度死んだ身として私に着いてきて頂きたい」

 

「なっ!・・・儂に家督だと?今更何を・・・」

 

「道三殿は・・・決してあなた方二人を軽んじていた訳ではございませぬ。織田に仕えよ・・・とは言いませぬ。ただ、私には未だに力が足りませぬ。故に・・・何卒ご助力をお願い申し上げたく存じます」

 

皆光はさらに深々と頭を下げた。

そんな皆光を義龍はじろり・・・と見つめる義龍。

 

「儂は織田に降ったつもりは無い。それでもか」

 

「それでも・・・」

 

頭を垂れたまま、皆光は肯定する。

義龍は、少しばかり顔を険しくするも、やがて呆れたように鼻を鳴らし、席を立った。

 

「ふん。龍興の言う通り・・・随分と甘い男よ。貴様が何処までその甘さを貫けるか・・・見物よの」

 

そう言い残して義龍は評定の間より立ち去った。

皆光は困惑した表情で、義龍を見送る。

 

「駄目・・・でしたか」

 

「くっくっく・・・いや、あれは素直じゃないだけさ」

 

意気消沈する皆光に、龍興はそうじゃないよ・・・と声を掛けた。

 

「で?僕には何も無いのかい?」

 

ニヤニヤと皆光を見つめる龍興。

そんな龍興の表情に、皆光は少しばかり顔を顰めながら、口を開いた。

 

「斎藤龍興殿・・・その・・・・・・」

 

「んん?ほら、早くいいなよ。どうせ結果は分かっているんだ。ササッと吐いた方が楽だよ」

 

龍興が煽る煽る。

そんな彼女に、皆光は青筋を立てながら、しかし意地の悪い顔を浮かべて彼女の側へと移動した。

 

「斎藤龍興殿、あなたは私と誼を結んで頂きます。勿論、あなたを押さえつける為に・・・ね?」

 

「へぇ〜?あのお姫様が良く許したもんだよ。まぁ、君ならいいよ?あ、それとももうここで・・・」

 

近くに居る皆光に躙り寄る龍興に、皆光は意地の悪い笑みを崩さないまま、席を立った。

 

「おや?兄妹か夫婦かも分からないのに随分とお喜びの様で。あくまで誼を結んだだけ・・・しかも道三殿と私の間で交わされただけであって正式なものではない・・・。それなのに・・・そうも喜んで貰えるとは・・・この皆光・・・嬉しい限りでございます」

 

「へ?」

 

「さてと・・・では私もそろそろ休ませて頂きますぞ。では・・・ごゆっくりと」

 

そう言って皆光は足早にその場を立ち去る。

皆光の後ろ姿を間抜けな表情をしながら見送る龍興。

そして、皆光の姿が完全になくなった時、少しばかりの悔しそうな顔で、呟いた。

 

「謀ったな・・・」

 

 

 

 

 





かなり雑に終わらしてしまったかと・・・。

当分はキャラ紹介を作るのは無理そうです・・・。
次回は・・・まぁ龍興と半兵衛辺りを予定しております。
二度目かもしれませんが・・・龍興は織田信奈の野望〜帰蝶〜と検索して頂ければ大方の容姿は出てくるかと・・・。

また、アンケート結果として無事(?)ハーレムとなりましたので、1部タグを変更しております。
作者は自重を止めまする〜!っと。
ちなみに・・・最近になって度々ランキングに載っております。
最高は17位!またもや同僚を困らせましたよええ・・・。


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第三章 天下号令
天下盗りの始まり



いつも当小説をご愛読ありがとうございます。
遂に、第三章となる京を書くことが出来ます。
オリジナル展開や様々な史実的な物を交えながら、これからも頑張って執筆しようと思います。
皆様のお陰もあり、通算UAが五万を、お気に入り登録者数が1000人を突破致しました。
誠にありがとうございます。
これからも、この小説を何卒よろしくお願い致します。



 

 

美濃平定より一月。

 

今や一軍どころか領地を持っていてもおかしくは無い程の勢力を持つまでに至った皆光。

一応墨俣城は、皆光の持城ではあるのだが、いつ河川が氾濫を起こすかも分からない場所に建つ城を居城に選ぶことは出来なかった。

 

現在、岐阜城となった稲葉山城は改築途上。

立派な天守を備えるようになり、織田家一同は皆、この美濃の地へと引っ越した。

小牧山城築城から僅かの間に・・・である。

もはや織田の金銭帳簿がどうなっているのか・・・激しく気になるところである。

現在、皆光が住んでいるのは旧斎藤義龍の居館。

その一室で・・・皆光は目を覚ました。

その顔は、クマに濡れ青白い。

その理由は・・・毎夜開かれるお家会議的な存在のせいである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「世継ぎ?」

 

夕食の後、皆光はいつものように茶を啜っていた。

この時代の茶はなんとも濃く苦い・・・その苦さがまた癖になる・・・とは皆光の談。

 

「はいでございまするぞ!折角美人の奥様をお貰いになられたのです!産めよ!増やせよ!これがこの世の習わしでございますゆえ!」

 

天真爛漫・・・とはこの事だろうか。

全く穢れのない笑顔で、とんでもない爆弾を放り投げて来たのは、皆光の義妹・・・ねねである。

そんなねねの言葉に、ここぞとばかりに食らいつくのは、非公式・・・所謂内密に・・・と道三と交わした口約束の原因、斎藤龍興。

 

「娘っ子の言う通りだよ。全く・・・男がへたれてどうすんの?僕はいつでもいいよって言っているのに、彼は全くと言っていいほどその気がない。まさか、男色って訳かな?ならうちの兄上がいるじゃないか」

 

全く持っておっそろしいことを言う。

筋骨隆々の髭面が、もやしっ子と言っても過言ではない程ヒョロい青年を・・・。

ダメだ。一部にしか需要がないと言うよりも想像したくはない。

横でこれまた厳つい顔で茶をすする義龍と皆光の目が合った。

顔が赤く・・・なるわけもなく、むしろ血の気が失せた顔でお互いの視線を切る。

 

「あらぬ疑いをかけるのはおやめなさい。私とて女性が好きですよ?」

 

「そう・・・皆光は犬千代の様な大人の女性が好き・・・」

 

いつもの無表情を浮かべながら、爆弾に火薬を詰め込む犬千代。

皆光がロリコン・・・もとい幼女好きと呼ばれる諸悪の根源である。

大人?と皆光の頭に疑問符が浮かび上がるが、それを口に出すと拳の出る速さは風の如く・・・されど静かなる怒りは林の如く・・・その怒り様は烈火の如き・・・しまいには、皆光が動かなくなること山の如し・・・。

正しく犬千代式風林火山。

などと皆光はしょうもない事を考えながら、犬千代の言葉を受け流す。

 

「どうやら・・・君は彼のお眼鏡には叶わないみたいだね?ま、それもしょうがないか!何せ・・・君の言うことが正しければ僕の方が大人の女性だからね!」

 

義龍は無言で席を立った。

この先の展開を予想しての行動だろうが、皆光は逃がさまいと彼の足を掴んで離さない。

 

「離せ!儂は用事を思い出したのだ!」

 

「おやおや、義兄上・・・どこに行かれるのですか?」

 

「貴様を弟と認めた覚えはないわ!えぇい!離さぬか!」

 

「「兄上(義龍)」」

 

「「どっちが大人の女性だと思う?」」

 

「儂は幼子は好かん!」

 

「あ・・・」

 

幼児体型二人の問いに・・・彼は踏んではならない特大の地雷を踏み抜いた。

それもたっぷりと火薬を詰め込まれ・・・特大の爆弾と化したものを・・・だ。

思わず皆光の口から・・・言葉にもならない声が零れ落ちる。

ゆらりと・・・幽鬼の如く立ち上がる二人。

皆光は、サッと義龍の足を離した。

義龍は、皆光を睨み付けている。

ぽきり・・・ぽきり・・・と二人の指が鳴る。

そして、二人に両脇を抑えられた義龍は暴れながらも皆光を睨み付けながら、別室へと引き摺られて行った。

その直後・・・。

 

「ぬぉおぉぉぉぉォッッッッッ!」

 

まるで拷問を受けているかのごとく恐ろしい断末魔が・・・別室から聞こえてきた。

それと同時に聞こえる肉を穿つ様なえげつない殴打音・・・。

皆光は、静かにその方向に向けて合唱した。

 

「さてと、ではねねは寝床のご用意をさせていただきますですぞ!」

 

「えぇ・・・普通に・・・お願いしますね?」

 

ねねの寝床の準備・・・は少しばかり恐ろしい。

 

「はいですぞ!」

 

そう言って、とてて・・・と皆光の寝室へ駆けていくねね。

その後ろ姿を見ながら・・・はて今日はどれくらい時間がかかりますかね・・・と皆光は一人呟いた。

 

「くすん、くすん。皆光さんは、この半兵衛と言う者がありながら色んな女性をいぢめるんですね・・・?幻滅です・・・」

 

「半兵衛も他の女性もいじめませんよ。と言うか変な所で幻滅しないでくださいよ・・・」

 

皆光は・・・ぐったりと疲れた表情で天井を睨みつけた。

と言うよりも・・・天を睨みつけた。

 

 

 

さて、寝室に入った皆光。

まずは無駄に暖かな光を放つ蝋台を消し襖と言う襖を開け中を確かめる。

別段おかしな所はない。

安堵の溜息を零して皆光は布団に入った。

それを見計らってか計らずか。

寝室の襖が開き、清楚な白い着物を来た女性が皆光の布団の側へと這い寄る。

皆光は天井を見上げながら、そちらに目を向けることも無く口を開いた。

 

「何してるんですか?道利殿?」

 

「夜這でございます」

 

見事な所作でこちらに頭を垂れる・・・無表情な女性。

長井道利・・・。

彼女は、稲葉山城動乱終結の際に、斎藤道三に囚われていた。

彼女もまた、処断を待つ身。

忠義の将として、主君である斎藤龍興と同じ道を辿るつもりで、その時を待っていた。

そんな彼女に齎されたのは、美濃斎藤家と尾張織田家の同盟強化と称した政略婚。その矛先は、斎藤からは道利の主君・・・龍興へと向き、その相手は今現状尾張でもかなりの影響力を持つまでに至った皆光。

結果として織田・斎藤同盟は可決され、道利は開放された。

そこからは早かった。

彼女は主君を・・・と言うより主君の操を守る為に、なんとか皆光の目を自分に向けようとしているのだ。

皆光からすれば溜まったものではなかった。

何せ、彼女は皆光の周囲では貴重な、お姉さん体型。

そして、皆光の好みはクールで物静かな女性と来た。

そんな女性が、毎夜毎夜夜這に来るのだ。

 

「おやめなさい・・・私はあなたにも龍興にも手を出すつもりはありませんよ」

 

「ご安心下さい。こう見えても・・・未通女でございます」

 

「安心出来る要素皆無なんですが・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

皆光のもっぱらの寝不足の原因は、まさかの長井道利であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆光は毎日絶不調。

今日も今日とて、さてどこで昼寝をしようか・・・と皆光が虚ろな頭で考えていた時。

 

日常が終わる音がした。

 

信奈より、登城せよとの使者が屋敷に来たのだ。

この日は月初めの評定(総会の様なもの)の日である。

そんな大事な日を飛んでみろ・・・問答無用情け容赦無しに皆光を叩き切るだろう。

ただでさえ、最近は何故か非常に機嫌が悪いのだ。

皆光はため息を吐きながら起き上がった。

 

 

 

皆光は、自らの家臣である竹中半兵衛と五右衛門・・・そして家臣ではないが居候の犬千代。

龍興は、長井道利を。

義龍は未だ苦々し気な表情を浮かべ、一行はぞろぞろと岐阜城へと向かっていた。

 

 

 

 

 

岐阜城〜評定の間

 

着物を翻し、家臣団の列に加わる皆光。

その他の者たちは皆、皆光の背後へと腰を落とした。

錚々たる面々が徐々に列へと加わっていく。

信奈の右腕にして織田家の参謀役、丹羽長秀。

天下轟く尾張一の豪勇、鬼柴田こと柴田勝家。

秀麗気高き策略の勇、明智十兵衛光秀。

未だ衰えを魅せぬ老獪、美濃の蝮こと斎藤道三。

後の徳川家康にして、同盟国三河の国国主、松平元康。

美濃三勇、信奈の直参となった美濃三人衆。

その他にも、林、佐久間、荒木と言った織田信秀の代から続くもの達。

 

皆が一様に頭を垂れた。

 

上座に現れたのは、今やうつけとは名ばかりな、尾張・美濃の国主にして天下布武を掲げる大大名となった織田信奈。

信奈は上座に腰を下ろすと鋭く家臣達を一瞥し、口を開いた。

 

「面を上げなさい!評定を始めるわよ!」

 

凛とした声が響き、家臣一同顔を上げ評定が始まった。

 

織田家の今後を決める評定・・・その一番乗りとして口を開いたのは、信奈であった。

 

京への上洛軍を起こす。

 

駿河、遠江、尾張南部を支配し、三河を従属させていた今川は事実上の滅亡。

駿河、遠江に至っては甲斐の虎・武田信玄に奪われる結果となったものの、三河との同盟を締結させ、京へ登るための足利りとして攻めていた美濃も今や平定された。

東国は甲斐武田と上杉が凌ぎを削り合い、相模の北条はそれを静観。

北近江の浅井は織田との婚姻同盟を締結させ、今や京への道は平定されたと見ていい。

足利将軍家が日ノ本におらず、東国が荒れている今、上洛するには絶好の機会であると言えよう。この策を持ってきたのは何を隠そう、足利将軍家の元に仕えていた姫武将・明智光秀である。

 

これまで、怒涛の如く口を開いていた信奈の口が閉じ、皆光へと視線が向いた。

そんな信奈の視線に応えるため、皆光は静かに懐に仕舞っていた日本地図を広げ、皆に見えるよう中央に置いた。

 

その地図を見た一部からは、少しばかり息を飲む音が聞こえるが、それは地図があまりにも精巧過ぎるからだ。

 

少しばかり列を乱しながら、織田が誇る知恵もの達が地図の周りに集まる。

織田信奈、丹羽長秀、明智光秀、竹中半兵衛、小早川皆光、斎藤道三。

そんな錚々たる面子の中、皆光は少しばかり緊張しながら口を開いた。

 

「上洛するにあたってですが、道は三つ。尾張より東海道の道を進み、北伊勢、南近江を通る道。この岐阜の地から北近江へ向かいそこから南下し南近江で東海道へと合流する中山道。同じく岐阜から北近江へ向かい若狭の傍を通り北から山城の国へ入る道があります」

 

「ふ〜ん・・・ねぇ、皆光。この評定が終わったらこの地図寄こしなさいよ」

 

「承知致しました」

 

信奈がしげしげと地図を見つめ、地図を催促するが、別段困りもしない皆光はそれをあっさりと承諾した。

そんな中、丹羽長秀が地図を扇子で指し口を開いた。

 

「この若狭方面からの上洛は得策ではありません。この道ですと山や谷が邪魔をし大軍を率いるには困難かと思われます。二十点」

 

そんな中、静々と手を挙げた半兵衛が口を開いた。

 

「残りの二つは、軍が通るのに丁度いいと思われます。ですが、二つとも一度南近江を通らなければなりません・・・」

 

「この地図は中々・・・や、失礼しましたです!であれば南近江の六角が邪魔になるですね」

 

地図をふむふむ・・・と目を輝かせながら、見詰めていた光秀だったが、なんとか進言する事で場を取り繕う。

 

「伊勢には左近(滝川一益)がいるわね・・・」

 

信奈は何やら思案顔で、腕を組み考え込んでしまった。

そんな信奈に、皆光はおひとつ・・・と口を開いた。

 

「ならば軍を二つに分け、ひとつを北近江を通る中山道、もうひとつを伊勢を通る東海道を進軍し、南近江にいる六角を攻め、東海道を通る軍が伊勢を攻めている滝川一益の援軍・・・伊勢を平定した後上洛・・・というのはどうでしょうか?」

 

そこに、斎藤道三が口を割って入ってきた。

 

「伊勢はそのままにしておいた方がよいぞ。国は広く、各豪族達が凌ぎを削り争っておる。その数は十にも二十とも聞くが、実情は分からぬ。それこそ、上洛するには遅すぎるほど時間を取られかねん」

 

「むぅ・・・そうですか・・・」

 

「此度の上洛は速さが命。南近江の六角を破っても、京の周囲は敵が多い。如何に他大名と差をつける事ができるかが重要となろうぞ」

 

道三の言うことは正しい。

各大名が織田を無視しているうちに、上洛しなければ厄介な事になるのは明白であると。

しかし、皆光には・・・極力戦力を信奈の周囲に集めたいと言う思いがあった。

 

「姫様、伊勢の滝川一益から何か要請などは来ておりませんか?」

 

「何も来てないわよ?」

 

「お待ち下さいませ・・・[何も]来ていないと?」

 

信奈の言葉にいち早く反応したのは、丹羽長秀。えぇ、そうよ・・・とあっさりとした返答を返した信奈に、長秀は少しばかりため息を吐きながら口を開いた。

 

「全く・・・かの御仁は扱い辛いと姫さま自らが零しておられたと言うのに・・・五点です」

 

「左近なら大丈夫よ。確かに扱い辛いけど、あの子を伊勢に置いておかないと美濃、尾張はかなりの手薄になるわ。東国を警戒する意味でも、左近は伊勢に置いておくべきよ」

 

なるほど・・・そこまでお考えでしたか・・・と長秀は扇子を広げ、口元を隠した。

 

「決めたわ!長政に文を送りなさい!」

 

背後に控えていた馬廻衆の一人、池田恒興が御意・・・と信奈への肯定を示しその場を去った。

それを見届けた信奈は、再度一同を鋭く見回すと、大きな声で宣言した。

 

「軍を起こす準備をしなさい!期限は六日!織田軍は上洛するわよ!」

 

信奈の下知に、ははっ!と皆一斉に席を立った。

しかし、皆光だけは信奈に呼び止められた。

皆光はその場に残り、上座でいまだ立ったままの信奈の前に跪く。

 

「あんたは別働隊を率いて、東海道から来なさい」

 

「はて?となると・・・伊勢を通ることになりますが・・・先程問題は無いと・・・」

 

「問題は無いわよ?でも連絡が無いのも事実なのよ・・・。伊勢の情勢を把握して来なさい」

 

信奈その瞳には、少しばかりの心配が見て取れる。

 

「・・・?御意」

 

信奈の言い方に少しばかりの疑問を胸に抱いた皆光は、その場で固まってしまう。

 

「わかったらとっとと行きなさい!」

 

皆光は、弾けるように立ち上がり、評定の間を後にしようとする。

 

「皆光!」

 

後一歩・・・という所で静止する皆光の体。そんな皆光の背に、信奈の声が掛かる。

 

「あんたは今日出立しなさい。六角攻めには間に合うようにね。あと!どんなに愛くるしくても左近に手を出しちゃダメよ!手を出したら打首よ!」

 

「はぁ・・・分かりました」

 

皆光は今度こそ、訳が分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

評定の間を後にした皆光。

岐阜城の廊下で、続々と皆光の背後に仲間達が集ってきた。

 

「五右衛門、忍びと川並衆に動員を」

 

「御意でござる」

 

「義龍殿、道利殿、龍興殿、あなた達の兵にも動員をかけて頂けますか?」

 

「ふん、一刻で終わらせてやろう」

 

「出立は六日後と聞き及んでおりましたが」

 

「どうせうつけに何か言われたんだろうよ」

 

「伊勢の滝川一益殿への援軍ですが・・・まぁ行けばわかるでしょう。かなりの強行軍になりそうですよ」

 

「六角の戦に間に合わせよとでも言われたのかい?」

 

「あなたは・・・相変わらず聡いですね」

 

「六日・・・なるほど。貴様に歩調を合わせた日数だったという訳か」

 

「しかし・・・その・・・伊勢はかなりの国土を誇ります。北伊勢は小規模豪族達が乱立し、中伊勢では長野家が、南伊勢は最大勢力の北畠家が支配しています。六日で伊勢を平定するのは難しいと思いますが・・・」

 

「その辺は、一益殿に会わねばわかりますまい。最悪・・・三方に分かれ一斉に戦を仕掛ける事になるやも知れませんね。幸い・・・将には恵まれましたから」

 

「ならば拙者・・・先に伊勢へ向かった方が良いでござるか?」

 

「そうですね・・・お願いします。滝川一益への使者と、伊勢の内情を偵察してください」

 

「かしこまったでござる!」

 

五右衛門が姿を消したのと同時に、皆光達も四方へと散った。

互いの戦力を動員する為である。

 

織田は・・・上洛に向けて動き出す。

 

まずは、織田四天王が一人・・・滝川一益。

彼か彼女か・・・まぁ信奈の言い方的に、恐らくは彼女だろう。

彼女に接触し、可能であれば連れて行く事も出来るのだろうが・・・。

 

「何時になく曖昧な言い方を・・・」

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

皆光率いる織田軍・・・その数は五千六百。

 

織田軍とは名ばかりで、その内情は皆光の配下である尾張兵千五百、五右衛門配下の川並衆が百、斎藤家義龍配下の美濃兵三千、斎藤龍興とその配下、長井道利率いる美濃兵一千と尾張兵の方が割合は少ない。

 

「出立!」

 

全軍が足並みを揃えてまずは東海道の途中でにある伊勢国を目指した。

 

さて、滝川一益とはどのような人物であるか・・・だが、歴史に詳しい者は皆知っているだろう。

出生は未だ諸説あれど、一様に同じな部分としては、この戦国時代では珍しい鉄砲の名手であると共に、引くも滝川、進むも滝川と称される生粋の戦上手としても有名である。

織田四天王として名を連ね、陸水と多種多様な戦場での知略に恵まれた人物である。

しかし、信長亡き後は徐々に権威が落ち、最終的には没落した悲しき武将である。

[諸説あり]

 

陣形乱さず真っ直ぐと伊勢を目指す軍勢。

 

些か強行軍ではあるが、長良川を渡り、一度尾張へ入ると、そのまま南下する。

程なくして、東海道へ入ると、そこから西へと軍を進めた。

特に問題が起こることもなく、順調な行軍である・・・が。

流石に夜の帳が降りてきた。

ここは尾張と伊勢の国境沿いである。

 

「これ以上の進軍は無理だよ。明日からは戦続きかもしれないんだ」

 

そう言ったのは龍興である。

周囲は既に闇に包まれつつあり、うっすらと青みがかった空が残るのみ。

 

皆光は、致し方無し・・・と全軍に休息を命じた。

 

 

 

 





評価、コメント、その他報告等々がありましたら、お気軽にお願い致します。


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伊勢の謀

少しばかり更新が遅れたことをお詫び申し上げます。

忙しながらもなんとか投稿に漕ぎ着けたと作者自身・・・少しばかりの安堵を感じました。
史実を入れながらも、織田信奈の野望の世界観を壊さない程度になんとか書くことのできたオリジナル展開。
正直に言いましょうか・・・。
難しすぎまする・・・!
ですが、既にメモ書きの詳細は出来上がっており、伊勢の話は終わっておりますので、ご安心ください。
(すぐに投稿出来るとは言えませんが・・・)


伊勢平定戦

 

 

 

翌朝、皆光は一人陣の中で五右衛門達の報告を聞いていた。

 

「伊勢の半分・・・北と中の伊勢国は既に平定済み・・・ですと?」

 

「どうやらそのようにござる・・・北伊勢に跋扈する伊勢四十八家とよばれりゅ豪族ちゃちは、既に恭順・・・中伊勢のにゃがの(長野)家すりゃも、滝川一益のいいなりでごじゃれば・・・」

 

なんと、滝川一益は、伊勢の半分・・・北伊勢と中伊勢と呼ばれる地域を跋扈する伊勢四十八家と呼ばれる乱立豪族に加え、伊勢では二番目と言えども、幾度と無く名門でありこの地域最大の勢力を誇る北畠家と何度も衝突を繰り返した伊勢長野家(長野工藤家とも呼ばれる)を支配下に置いていると言うのだ。

 

更に・・・である。

 

「滝川一益配下の海賊衆・・・九鬼嘉隆率いる九鬼海賊衆が既に志摩をじゃっかん・・・だ・・・だっきゃん・・・しているちょ」

 

何故ここまで来て報告しないんだ・・・と言うレベルである。

 

「それともうおひとつ・・・どうやら滝川一益は伊勢神宮をにょっちょっちゃと…うにゅうにゅ…」

 

「あ〜・・・頭痛くなってきた・・・」

 

もうこの時代訳分からん・・・。

皆光の率直な意見である。

伊勢神宮・・・戦国時代の宗教勢力は下手な武士や大名よりも位が高く、戦や一揆の背後ではそう言った宗教勢力が糸を引いていた事もあると言う。

つまり、なにが言いたいかと言うとだ。

滝川一益は、その一勢力である伊勢神宮を使って伊勢に乗っ取りをしかけたらしい。

しかも成功していると来た。

 

皆光が頭を抱えていると、陣の中に一人の少女が顔を出した。

斎藤龍興・・・美濃斎藤家の姫武将である。

見事な寸胴に赤紫の姫衣装、腰には刀といった出で立ちの少女が、開口一番・・・厄介事を持ち込んできた。

 

「随分と手回しの早い事だね。来てるよ・・・件の滝川一益が」

 

いえ・・・呼んだつもりはありません。とは言えなかった。

なるようになれ・・・である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆光の陣の中に、一人の少女・・・いや、どちらかと言えば幼女だろうか・・・が入ってきた。

皆光の予想は、鉄砲の名手でクールで知的な女性を想像していたが、全く持って真逆。

小柄な体躯に巫女装束、黒く光沢のある艶髪を肩口で切りそろえ、幼い顔立ちはどこか、忍び衆の奏順に似た小悪魔的な笑みを称えている。

唯一皆光の予想の範囲に入ったのは、彼女の右手に握られている種子島のみ。

 

「お初にお目にかかります・・・。尾張国織田家が家臣、小早川皆光と申します。態々国境近くまで足を運んで頂けるとは…」

 

「初めましてじゃな。姫への援軍ご苦労。ひとまずは礼を言おうかの・・・余計な事をしてくれてありがとう・・・とでも申せばよいか?」

 

いきなりの大暴投。

見た目以上に不遜な言い方に、皆光は織田家臣の面子の濃いさを改めて認識した。

 

「あなたが・・・その・・・失礼ながら滝川一益・・・で宜しいのですね?」

 

「いかにも。この姫が滝川左近将監一益(たきがわさこんしょうかんかずます)であるぞ。やはり陸は土臭いのう・・・お肌が荒れてしまうのじゃ」

 

正しく自由奔放・・・と言った言葉がお似合いな姫武将、滝川一益のその姿に、皆光は思わずため息が漏れる。

ひとまず、皆光は彼女に問いを投げかける為に、口を開いた。

 

「では、一益殿・・・おひとつよろしいですか?」

 

「なんでも聞くがよいぞ。まぁ、話は大方予想できるが、のぶなちゃんもせっかちよのう〜。高々十日程度連絡を寄越さなかったくらいで軍を動かすとは」

 

「・・・十日ですと?」

 

「うむ、ひとまずはこの伊勢の現状を・・・恐れ多くもこの姫が説明してやろうかの」

 

 

 

 

 

伊勢の平定に向け、美濃攻めと並行して行われた伊勢侵攻。

その侵攻は、当初・・・僅か二人と言う所から始まったのだという。

 

一人目は、言わずもがな・・・滝川一益であり、もう一人は志摩の海賊の頭目であった九鬼嘉隆であった。

九鬼嘉隆は、織田信奈より幾らか金銭を借り受け、それを元手に九鬼海賊衆の仲間達を集めながら、徐々に勢力を拡大・・・そうこうしているうちに、伊勢神宮の乗っ取りを計画する。

伊勢最大の勢力であり守護代でもある北畠家の後ろ盾である伊勢神宮を後に乗っ取ることに成功し、各豪族や長野工藤氏を恭順させることに成功した。

未だ反発する勢力もない訳では無いらしいが、その時はどうやら、信奈本人が軍を連れてこの地の平定を手伝っていたらしい。

こうして北と中伊勢を手中に収めた滝川一益であったが、それと同時にある問題が浮かび上がった。

 

南伊勢・・・伊勢の正当な国主であり守護代である北畠家である。

北畠家がここに来て伊勢神宮の権威に靡かなかったのだ。

とは言え、伊勢神宮に対してあまり事を荒立てる事も出来なかった北畠家は、現状傍観状態・・・滝川一益の必死の説得(と言う名のお願いらしい)により、一時は歩み寄る姿勢を見せていたという。

しかし、間が悪い事に皆光率いる織田軍が表立って伊勢に進行してきた・・・それも、一豪族の鎮圧どころか国を攻めるほどの規模・・・大将が、かの長良川の英雄ともあれば戦を仕掛けに来たと取られても無理はない事だろう。

 

つまり、皆光達は滝川一益の国盗りの邪魔をしたということである。

 

「既に北畠家は戦の為に各地より兵を集っておると言うがの」

 

最後にそう締め括った一益の言葉に、皆光はふと違和感を覚える。

その違和感がなんなのか・・・皆光には分からなかったがあまり宜しくない・・・所謂嫌な予感と言うものを皆光は感じ取っていた。

 

「誠に申し訳ございません・・・。考えが至らぬばかりに・・・」

 

「ま、そう気にするでない。姫は寛大であるからの!過ぎたることは忘れておけばよい。それよりも・・・今北畠家に挙兵されては姫の手勢では無理無茶無謀も良いところじゃ。汚名返上・・・みっちーが北畠家の相手をせよ」

 

くすくすとこちらを悪戯げに笑う一益のその姿が、また可愛らしいが、このタイプに録な人はいないと皆光は知っている。

皆光は思わず盛大なため息を吐いた。

 

「まぁ・・・そうですね。と言うよりみっちーとは?もしかして私の事ですか?」

 

「そうじゃ。みっつーにしようかとも思ったが・・・みっちーの方が可愛かろ?」

 

「まぁ・・・はい・・・もうそれでいいです」

 

皆光は再度・・・脱力気味にため息を零したが、少しばかり目を鋭くすると直ぐに軍を動かす為の指揮をとるために床几から立ち上がる。

 

「時間はあまりありませんからね。相手が準備をしているならば、その隙に一気に進軍します。既に移動に一日・・・本隊と合流するにしても猶予は三日程度。ご協力願えますか?」

 

「ふん・・・そう言うと思っておったのじゃ。安心せよ、既にくっきーを長野家の元に向かわせておる。後程援軍を率いて合流してくるはずじゃ。姫は戦は嫌いじゃからのっ。直接の指揮はみっちーに任せるのじゃ」

 

明らかに不機嫌な声色で戦が嫌いと言う部分を強調する一益。

そんな一益を見ながらも、皆光とて容赦は出来ない。

此度の伊勢侵攻・・・皆光の胸中には何やら引っかかる部分が少しばかりある。

とは言え、ほんの少し・・・喉元に魚の骨が引っかかっている程度の物だが。

だが、戦に絶対はない・・・負けないとは思っているが、相手はかの北畠家当主・北畠具教である。

剣術の達人であり、兵法を嗜む謀略主である。謀略を駆使して伊勢での勢力を拡大させた・・・言わば中国の毛利元就の様なもの。どのように仕掛けてくるかわからない以上有能な将を遊ばせておくことは出来ないと見ていい。

皆光はひとしきり考えを纏めると、一益へと視線を向けた。

皆光の視線を受けた一益は、きゃぴっと顎に手を添えて皆光を上目遣いで見つめる。

 

「お願〜い♡今回の戦は姫を休ませてぇ〜♡」

 

途端にぶりっ子である。

紛うことなきぶりっ子である。

そして、一仕草、声色、表情、どれをとっても可愛い。

だがしかし・・・しかしである。

この男には・・・通用しなかった・・・と思う。

おもむろに皆光はその場で膝を下ろし、一益に目線を合わせ、頭に手を乗せ微笑みながら口を開いた。

 

「大変愛らしい姫のお願いを聞いて差し上げることの出来ない私を許してくださいな。ですがあなたの力が必要なのです。あなたの力がなければ、伊勢の平定はまた格段と難しくなるでしょう。無理に・・・とは言いませんが、出来れば一部隊の指揮を・・・あなたにお任せしたいのです。駄目ですか?」

 

まさかの返しに流石の一益も目を点にして皆光を見つめる。

陣の中に、何やら淡い桃の色が心做しか色付き始めるが、そんな中・・・ひとつの咳払いが場を凍りつかせた。

 

「んんっ。旦那様・・・一応妻である僕がいることを忘れてはいないだろうね?それになんだい?その臭い物言いは。おかしいね・・・僕はそんな囁きを聞いたことがないよ。あぁそうさ。分かったらとっととその巫女娘から手を離せ。僕の手が刀に伸びる前に」

 

陣の入口に鬼が出た。

ゆらりとどす黒い雰囲気を周囲に撒き散らす・・・斎藤龍興。

陣内の桃色は・・・全て一瞬で駆逐された。

 

「ひっ!鬼が出たのじゃ!みっちー!助けてたもう!」

 

思わず背後のどす黒い殺気に恐れをなした一益が正面にいた皆光へと抱き着く。

しかし当の本人は、表情を変えずに首を傾げるだけであった。

とりあえず、ねねにやるようにゆっくりと一益の頭を撫でる皆光。

その正面には、青筋を立てた龍興が仁王立ちしている。

 

(あれ?なんですか。このカオスな状況は・・・)

 

とりあえず、龍興を諌めるところから始めるか・・・と皆光は小さく本日何度目にもなるため息をこぼしたのであった。

 

そんな皆光の背後から、殺気と言うよりもどこか怒気に近い雰囲気を皆光は感じ取る。

背後を見た皆光は後悔した。

 

後ろにも鬼がおる・・・と。

皆光に対して無表情で刺すような視線を向ける五右衛門から極力不自然にならないように顔を背ける。

ゆ〜っくり、慎重に・・・しかし、パシッっと自身の襟首を捕まれ皆光の背筋が凍った。

 

何やら後ろでぶつぶつと何事かを呟く五右衛門・・・呪いではなかろうか・・・と皆光の背に嫌な汗が吹き出す。

 

「竹中氏の時は致し方なしと許したでござる・・・龍興氏のちょきは思わずしゃっきを感じられじゅにはいりゃれなきゃっちゃでごじゃるが・・・今度は滝川氏でござるか・・・そうでござるか・・・ふふふふ」

 

途中まで噛み噛みだった五右衛門の言葉が徐々にしっかりとしたものになっていく。

皆光はその不味さを十分に理解していた。

 

いわゆるマジ怒である。

 

「いつまでその娘を抱き締めているんだい?」

 

ど・・・どうすればいいのだ・・・。

皆光の脳は素早く回転するも・・・全く持って解決策を見出すことは出来なかった。

 

かくなる上は・・・。

 

逃げるが勝ち!である。

 

「また置いていくんですね・・・くすん・・・」

 

急いで陣の中から飛び出す皆光・・・その懐には一益が抱かれており・・・彼女は未だ放心状態である。

更に襟首を掴んだまま微動打にしない五右衛門が必然的にくっついており、龍興が皆光を止めるために皆光の腰に腕を回している。

傍から見れば・・・どんなハーレム?であるが、変わりたい人がいれば是非変わってあげたいくらいである。

 

陣の外に出た皆光・・・その外では非常に白熱した議論が繰り広げられていた。

その内容は・・・自分達の主君や推しについてある。

 

「大きい胸より小さい胸!永遠の幼女こそまさに至高である!っと俺達は考える訳よ」

 

そう言いながら前野某は拳を握り熱き瞳で語っていた。その背後ではやんややんやと川並衆達が沸き立っている。

 

「ああそうだ。清楚で可憐・・・穢れなきその存在はどんな至高の宝をも凌駕する・・・さては貴様・・・話が分かるな」

 

名前も知らない・・・だがどこか川並衆に似た雰囲気を醸し出す女性が、うんうんと頷いている。その背後ではこれまた川並衆に似た連中が、同じように沸き立っている。

 

「愛らしくも儚い・・・しかし何処か力強く・・・また芯のしっかりとした御様子。正しく・・・高嶺の花・・・そんな花を愛でるのが我々の役目ですから」

 

無表情ではあるが、何やら瞳を怪しく光らせているのは・・・長井道利。

 

「神算鬼謀・・・弱々しいがそれ故に保護欲が湧く・・・。ふん、不思議なものよな」

 

何処か悟った様子の義龍。

その瞳には・・・何処か後悔を孕んでいた。

 

「我らが親分は最高だぜ!」

 

「姫さまこそこの世の至宝!」

 

「姫様こそ正義・・・です」

 

「ふん。半兵衛こそが最も儚い存在であろう」

 

最後の一言・・・どうやら互いに互いの人物が違うと各々気づいた様子だ。

ぎらり・・・と目を光らせる各々。

 

「何言ってんだ!噛み噛みで恥ずかしがりながらも恥じらいを産むその表情・・・俺らはそれを見る為に生きてるってもんだ!」

 

「なんだと?我らの愛を侮辱するか!姫さまこそ至高の御方・・・その愛らしさこそが最高であろう!」

 

「違います・・・幼くも聡い。賢くも気高きそのお姿こそが至高と存じますが」

 

「幼くも賢い・・・それを言うなら我らが軍師・・・竹中半兵衛であろう。正しく守られる為の存在よ!」

 

「あんだとてめえ!新参者が偉そうに!親分が一番に決まってらァ!」

 

「貴様こそ目が腐っておるのではないか?姫さまこそが一番だ!」

 

「目を通り越して頭までとは・・・救いようがありませんね。我らが姫・・・斎藤龍興様こそが一番です」

 

「貴様らの愚考には些か呆れる。我らが半兵衛こそが一番に決まっておろう」

 

お互いがお互いに額を付き合わせ・・・。

 

何やってんだお前ら・・・と皆光は呆れ顔である。

どうやらうちの陣営にはまともな人間はいないらしい。

 

「うちにはロリコンしかおらんのか貴様ら・・・」

 

皆光は思考を捨てた。

それと同時に、その場にいた全員の目が皆光へと向かう。

 

「てめぇ!親分に触れてんじゃねぇ!」

 

「姫さま!?貴様・・・二度と日を拝めると思うなよ!」

 

「龍興様?何故あなたは手を出しておられるのですか?手をお出しにならないと仰られていたではありませんか」

 

「何故半兵衛がおらぬ!貴様・・・半兵衛を放っておいたのではなかろうな!」

 

議論を交わしていた者たちが一斉に皆光へと殺到する。

 

九鬼の海賊衆らしき女性にはケツを蹴り上げられ、川並衆には首を絞められ、道利には軽蔑の視線を向けられ、義龍には頭を掴まれている。

皆光の中で・・・なにかがキレた。

 

「いい加減に・・・しろ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

南伊勢北畠家攻め・・・ひと騒動あったが、皆光の説得?のかいもあってか滝川一益は少しばかり頬を染めながら渋々と承諾したものの受け取った兵は鉄砲隊百のみ。

先触れとして長野家に文を送ったが直ぐに快諾され領内の通行許可を得た織田軍はその自慢の進軍速度で早くも南伊勢へと歩みを進めていた。

 

既に津城(安納津城とも呼ばれる)のそばを抜けた織田軍。

 

既に敵の領地へと足を踏み入れ始めていた。

背後では、未だに馬に乗りながらやいのやいのと言い合いをしているが・・・もうどうでもいいレベルである。

 

戒めようにも・・・彼ら彼女らのロリコン度は群を抜いており、放っておけばおのずと議論が始まるのだ。

ならば放置してこちらに矛先が向かぬように傍観するしかない。

 

そんなどうでも良い事に思考を割いていた皆光の前に、偵察に出していた四忍衆のうち二人が戻ってきた。

 

奏順と右衛門である。

しかし、その姿は血に濡れ、土や葉っぱを身体の至る所に付けており、どこかで戦闘でもした様な有様だった。

 

「っ!?何があったのですか!?」

 

思わず軍を止めて馬から降りた皆光。

治療をさせるために人を呼ぼうと皆光が手を挙げようとしたその腕を、奏順が掴む。

 

なんだなんだと各諸将がその場に集まってきた。

そして、将が集まった時を見計らって・・・奏順が口を開いた。

 

「安心しロ。全部返り血ダヨ。それよりも・・・・・大将、早く軍を引き返すんダ」

 

「主君・・・鈴鹿山脈より・・・敵を補足・・・数は三千程度・・・」

 

そう言って、右衛門がこちらに何かを見せる。

それを見た皆光の目が大きく見開かれた。

 

「そんな馬鹿な・・・何故・・・何故・・・」

 

史実と違うではないか・・・と言うのをなんとか我慢した皆光は開いた口を閉じた。

 

右衛門の掌にある物・・・それは印籠である。印籠とは、様々な用途を持つが・・・そのひとつとして家紋が入った物がある。

恐らくは忍びが薬箱の代わりとして携帯していたものだろう。

そして、何より印籠には、自身の所属する大名の家紋を入れてもらうことで自身の素性を明かす目的で見せられることもあるという。

その印籠には、【隅立て四つ目】が描かれていた。

そして、その家紋を扱う大名・・・それは・・・。

 

「南近江・・・六角が伊勢に進出してきただと?」

 

皆光の知る歴史では六角の伊勢進出など一切の記述もなかった。

何故今まで歴史をなぞっていたのに・・・今更剥離するのか・・・皆光には分からなかった。

そんな思考がぐるぐると巡る中・・・口を開いたのは半兵衛であった。

 

「南近江の六角氏は伊勢の北側に位置する伊賀の国の間接統治も行っていたと聞いたことがあります。もしかすると伊賀からの進軍ではないかと思われますが・・・その・・・くすん」

 

「そう言えば・・・そんな話を聞いたことがありますね・・・」

 

しかし、皆光の反応は良くはなかった。

そんな皆光を見兼ねた一益がやれやれと言った様子で皆光に話しかけた。

 

「戦に絶対はない・・・そう申したのはみっちーであろう?倒す勢力がひとつからふたつになったからと言って、何をそんなに愚弄しておる。軍の大将はお主じゃ。今尚敵は準備を進めておる。早く決めねば・・・それこそ、無駄に兵を減らすだけじゃぞ」

 

「ふう・・・全く・・・。あまり時間はかけられないよ。一度戦線を下げた方が無難だとは思うがね」

 

一益・・・そして義興の言葉にようやく皆光の思考が元に戻る。

過ぎたることはしょうがない・・・ならば一度撤退・・・もしくは援軍を要請する事も考えねばなるまいと皆光は一度思考をすっきりさせるために自身の頬を叩いた。

 

「はははっ。お見苦しい所をお見せして申し訳ありません」

 

自嘲気味に笑った皆光。

そんな皆光に、さらなる凶報が舞い降りた。

 

治宗、定保の二人が戻ってきたのだ。

見慣れない女性もいる。

 

そんな二人が口を開こうとした時、共に戻ってきた女性が馬から降りて矢継ぎ早に口を開いた。

 

「貴様が小早川皆光か」

 

「そうですがあなたは?」

 

まるで皆光を品定めするように顎を親指と人差し指で挟み込みじろじろと見つめる女性。

そして、何やら一人でよしっ!納得した後おもむろに口を開いた。

 

「ふむ、皆光とやら・・・ちょっと結婚して欲しんだが・・・」

 

「違うじゃろ・・・まっことくっきーはおバカじゃの。姫に早く報告せよ」

 

皆光がまたもや思考停止しかけたところに、一益の助け舟が入る。

そんな彼女は、はっ!?と何かを思い出したような表情をすると、何やら焦った様子で口を開いた。

 

「そうでした!姫さま・・・本当に申し訳ありません・・・。このあたしが腑甲斐無いばかりに」

 

「良いからはよう聞かせてたもう」

 

何処と無く勝家に似た雰囲気を持つ女性・・・この女性が九鬼嘉隆らしい。

皆光がほう・・・?と声を上げた。

見事なナイスボディである。

と横合いから抓られ、思わず体を飛びあがらせた皆光・・・その横では龍興がジト目で皆光を睨み付けていた。

わざとらしく皆光は咳払いをすると、九鬼嘉隆に話し掛ける。

 

「今は刻一刻を争います。出来れば早く報告を伺いたいのですが・・・。あなたは長野家に行かれていたはずでは?」

 

「そうなんだが・・・実は・・・あ〜」

 

なんだったかな・・・と頭を抱え始めた九鬼嘉隆に、いよいよやばいと皆光は焦り出す。

そんな彼女を見兼ねた定保が、口を開いた。

 

「失礼を承知でご報告申し上げますわ。伊勢長野家当主・・・長野稙藤、長野家嫡男・・・長野藤定が本日・・・ご逝去なされました。家督は北畠具教のご子息・・・長野具藤が継承・・・兵を挙げる準備に取り掛かっておりますわ」

 

「その数は・・・その・・・二千程と思われますです。周囲の城からも兵を集め・・・まるで主君の軍の退路を断つ様に展開していましたです」

 

「馬鹿な・・・」

 

皆光は拳を握りしめ・・・唇を噛んだ。

展開が早いどころの話ではない。

早すぎるどころかまるで未来を分かっていたかのようだ。

自らの二手・・・三手先を行く謀略。

その裏では・・・誰が手を引いているのか。

こればかりは皆光だけの手には負えないと悔しげな表情をしながら・・・皆光は命令を出す。

 

「軍議を開きます」

 

 

 

 

 




コメント・・・評価等々お願い致します。
既に書いていただけた方々・・・誠にありがとうございます。
コメントの返信については、明後日とさせていただきますので(投稿で手一杯でございます)安心してお書きくださいませ。

本日もご閲覧ありがとうございました。


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伊勢の戦


長らく更新お待たせして申し訳ありません。
完全オリジナルな展開になると途端に難しくなるのは何故でしょうか?妄想が足りない?いえいえ・・・戦国系あるあるだと思いますが、戦を考えるのがかなり難しいんです!
現実的でかつ世界観を無視せず・・・とまぁ、言い訳失礼致しました。
何度も書き直し、修正を加えた最新話、お楽しみ頂けると嬉しいです。



 

 

 

 

 

 

〜大河内城〜その城の中から鋭い瞳を地平線に向ける美丈夫が居た。

北畠家当主、北畠具教(きたばたけとものり)である。

齢は三十路を超えた頃か・・・頭髪に白髪を混じえるも、衰えを見せぬその眼光は、まるで猛禽類を彷彿とさせる。

その瞳に何が写っているのかは・・・誰にも分からない。

地平線に目を向ける具教の背後に、一人の少女が報告の為、具教に話し掛けた。

 

「父上、六角配下の忍びの者から、書状が届いておりまする」

 

その姫武将は、具教を父と呼んだ。

名を具房(ともふさ)、北畠具教の娘である。

父に似た鋭い眼光、鷹を彷彿とさせる焦げ茶色の頭髪を適当にまとめあげ、後頭部で結っている。

胸は薄くも高身長で、その立ち姿は自信を誇るかの如く堂々としている。

 

「織田の忍びも優秀なようで・・・補足され襲われたようですが」

 

「そうか」

 

そんな娘の言葉に、具教は、低く凛とした声で返事をした。

 

「読まれないのですか?」

 

父の言葉に少しばかりの疑問を浮かべた具房は父に問い掛ける。

そこで初めて、具教の視線が娘へと向いた。

 

「援軍の話であろう?あの卑しい色狂いの事だ。もはや勝った気になって領土割譲の話を持ちかけて来ておるだけだ」

 

どこか汚らわしいとでも言わんばかりに目元を歪まさせた具教に、具房はニヤリ・・・と笑った。

 

「流石は父上。読まずとも分かられましたか」

 

「元より話を持ちかけたのは俺からよ。その程度・・・予想出来ずしてなんとする?奴らも必死なのよ。美濃を落とした織田が次に狙うは、この伊勢の地の完全平定かはたまた南近江の地を奪い取るか。六角の背後である畿内は今や戦の途中・・・同盟を起こす相手は我ら伊勢国しかおらぬ故にな」

 

「なるほど・・・そこまでお考えとは・・・我が父ながら恐ろしい」

 

「ふん、褒めても何も出ぬぞ」

 

具教は、またもや地平線に目を向けた。

そんな父の背に、具房は少しばかりの心配を孕んだ声で語り掛けた。

 

「織田がどう出るかですね。兄上は長野家の乗っ取りに成功し、我らは六角から兵を引き出す事に成功した。正しく袋の鼠となった訳ですが・・・」

 

「勝てるとは言えんぞ。此度の織田の大将は些か知恵が回る」

 

「それでも父上に比べれば・・・」

 

「俺は、人を誑かし、落とし込み、謀り殺す手腕はあるが、一万の軍を相手に僅かな手勢で勝利を収めることは出来はせぬ。この戦は数に在らず。奴の動き次第では、敗北もあり得よう」

 

些か納得出来ていない様子の具房を無視し、地平線を見つめていた具教。

そんな彼の瞳が、すぅ・・・と細くなる。

 

「始まるぞ。動員を掛けろ」

 

「はっ!」

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

大河内城での出来事の少し前。

皆光達は、陣を立て軍議を開いていた。

伊勢の地図を、皆光、半兵衛、龍興、一益、嘉隆、義龍が囲む。

 

「先ずは現在の状況から・・・、先ずは現在の我々のいる場所がここ」

 

皆光が津城と木造城の間を西に少し逸れた場所に本陣と書かれた石を置いた。

久居、と呼ばれるこの場所は農村部であり、ある程度開拓が進み見晴らしの良い場所である。

そして、北畠、長野、六角と書いた石をそれぞれ三方に置いた。

 

北東に位置する言わば撤退路には長野軍二千。

 

北西の方角であり織田軍の側面に位置するは六角軍三千。

 

南西の方角・・・つまり正面には北畠家率いる北畠軍・・・その数は・・・八千。

 

それを見た各将の反応は渋い。

それもそうだろう。何せ三方は敵に囲まれ、一方は海であるのだから。

 

「これは・・・なんと言うか。正しく四面楚歌って感じだね。撤退すれば背後から八千。攻撃を仕掛ければ逆に六角・・・長野両軍五千か」

 

「それにしても動きが早すぎるのう。みっちーが軍を率いてきたのは昨日。昨日の今日でこれ程までに包囲されるとは・・・誠におかしな話じゃの」

 

「今はそれどころではなかろう。なぜ包囲されたかなど今は関係ない。今はどうやって敵を倒すかであろう」

 

「貴様!姫さまになんて口を!」

 

皆光は各将を見ながら頭が痛いとばかりにこめかみを揉み込む。

まとまりに欠けるとは言え何もこんなところで喧嘩せずともいいだろうにと言うのが皆光の率直な感想である。

 

「喧嘩はおやめなさい。我らは窮地に陥っているのです。真面目にしないのであれば、この場を去りなさい」

 

皆光が冷たく言い放つと、嘉隆と義龍が睨み合いながらも口を閉じた。

 

「先ずは撤退か・・・攻撃か・・・このふたつをはっきりさせることだ。あまり悠長に構えている時間はないぞ」

 

強面で凄む義龍にビクつきながら、半兵衛がおずおずと話し出す。

 

「一度仕切り直すのもいいと思われます。無理して勝ったとしても・・・期限に間に合わなければ信奈さんがお怒りになるかと・・・ぶるぶる・・・」

 

義龍と半兵衛の進言に、皆光は頷いた。

 

「ではまず皆に聞きます。今回は撤退するべきか、それとも攻撃を仕掛けるべきか・・・お聞かせいただけますか?」

 

皆光のその言葉に、我先にと口を開いたのは、半兵衛であった。

彼女は、自身の積極性の無さから平時は龍興や道利と斎藤主従に出番を取られがちだったが、こと戦になれば・・・その消極性は嘘のように消える。

 

「孫子の兵法曰く・・・勝算なきは戦わずと言います。勝算がなければ・・・撤退すべきかと。ですが勝算がないわけではないです。かなり危険な賭けですか・・・」

 

「ほう?して、その勝算とはどんなものじゃ?」

 

「この戦の鍵となるのは、北畠軍です。最も戦力が大きいですが、伊勢の兵はそれほど精強ではありません。ですので、北畠軍を抑えることの出来る方が、先ずは敵の頭の動きを押えます」

 

半兵衛が地図に石を置いた。

 

「敵の頭を抑えることの出来る・・・つまり敵にとっては必ず討っておきたい大将をここに置きます。そうすれば・・・自ずと敵を抑える事が出来るはずです。この戦線については勝つ必要はなく・・・徹底的に守り通して貰います」

 

皆の目が皆光へと向かう。

皆光は、くすくすと笑い口を開いた。

 

「なるほど・・・私にうってつけという訳ですね」

 

「次に長野・・・六角の両軍については、徹底的に攻撃を加えます。このふたつは早急に戦を終わらせる必要があるので、最も多く戦力を割きます。このふたつを叩き終えた後、そのまま軍を返しひとつを皆光さんの後詰に、もうひとつを敵の側面に伏兵として配置します」

 

「ふむ・・・・・それならば」

 

「僕達兄妹の出番かな?」

 

義龍と龍興が名乗りを上げた。

 

「これならば・・・少なくとも敵を城に押し戻すくらいなら出来るとおもいます・・・はい・・・」

 

最後に一気に自信をなくした半兵衛に皆光は思わず苦笑する。

半兵衛の頭に手を乗せ少しだけ撫でると今度は皆光が口を開いた。

 

「残念ながら・・・それでは足りぬでしょう。敵を抑え、城に押し戻す。そうすれば勝ち筋は出来ますが・・・肝心の時間が足りません」

 

皆光の知る歴史・・・その中で織田の伊勢平定の際に起こった籠城戦を思い出していた。

大河内城の戦いである。

その戦いでは・・・快進撃を続ける織田軍に対し、北畠軍は籠城戦を仕掛け・・・結果として和睦により開城されたと伝えられている。

だが、その最後にはこう書かれている。

大河内城の戦いでは、最終的に織田方が劣勢になっていた・・・と。

ならば、北畠軍には城に入る前に負けてもらう必要がある。

 

「先ずは・・・・・」

 

皆光は、半兵衛の策・・・それを更に磐石とする布石を打った。後はそれに北畠軍が乗るかである。

 

軍議を終えた皆光達は、一度軍を再編し、それぞれが兵を率いて各々の敵へと進軍を始めた。

 

対六角に対しては、斎藤龍興率いる兵二千。

対長野に対しては、斎藤義龍率いる兵二千。

そして、策を成す為に動いてもらうために、皆光の兵を少しばかり一益と嘉隆に預けた。

一益は、最後までブー垂れていたが皆光の説得で渋々承諾。

忍び達は各々情報統制の為に、早馬潰しである。

 

津城を無視し、皆光、五右衛門、半兵衛は兵を率いて北畠軍へと歩みを進めていた。

数は僅か千程度。

その矛先は・・・木造城。

先ずは北畠軍本隊を誘き出すためである。

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

「何故儂がこのような所におらねばならんのだ・・・」

 

六角六宿老の一人である三雲成持(みくもしげもち)は、一人ぼやいた。

主君である六角承禎に命じられ、伊勢北畠家の援軍として向かわされたのである。

それと同時に対織田に対しての同盟締結の為の特使の意味もあった。

が、自分以外がやれば良いものを・・・と成持は腹立たしげに舌を鳴らした。

 

そんな成持に怯えるかの様に旗本の者達は彼から目線を外す。

 

三雲成持は、典型的な権力を鼻にかける人物であった。

その為、腹を立てれば平気で人を斬り、また罰に処した。

そんな彼の背景を知っているからか、旗本達や彼らに付き従う武者達の顔色は悪い。

 

そんな中、一人の武者が馬で駆けてきた。

 

「三雲様!三雲様っー!!!」

 

「なんじゃ騒々しいっ!」

 

既にイライラが募り、不機嫌な成持に武者は身震いしながら馬を降りてその場で跪いた。

 

「おっ・・・恐れながら申し上げまする・・・。背後を進軍していた補給部隊が・・・壊滅しました!」

 

「なんだとっ!?」

 

「数は五百程度・・・お・・・お・・・恐ろしい般若面を被った黒塗りの騎兵が・・・襲いかかってきました・・・」

 

「般若?騎兵?貴様何を寝ぼけたことを!戯言を申して儂を混乱させるとは・・・誰か!こやつの首をはねよ!」

 

「なっ!本当にございまする!みっ三雲様っ!」

 

その場で成持の旗本衆が武者を取り押さえ即座に首をはねられた。

成持からすれば、いい憂さ晴らしになったと言うべきだろうか。

ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべ口を開いた。

 

「こやつの言うことが本当ならば、荷駄隊は全滅しておるはずよ。誰か、確認してくるものはおらぬか?」

 

その時・・・兵にどよめきが走った。

 

 

 

 

「補給を叩くのは戦の初歩。君はそう教わらなかったのかい?」

 

何処か楽しそうな音色で紡がれたその言葉と共に、道を塞ぐように兵が現れる。

 

「何者だ?貴様・・・」

 

「美濃斎藤家が長女、斎藤龍興」

 

簡潔に紡がれたその言葉に、成持は卑下た笑みを浮かべる。

その笑みは、戦に対してではなく、目の前の少女に向けられていた。

戦に勝ち、この少女を連れ帰ればどのような【遊び】が出来るか・・・そんな下衆な考えを張り巡らしニタニタと龍興を見つめる。

 

そんなお世辞にも気持ちいいとは言えない自らを見詰める成持の視線に、気持ちの悪さを感じながら、まるで蛇のような視線を成持に向けた。

 

「補給を断つのは兵法の初歩だ・・・と言ったはずなんだけどね。態々口に出して言ってあげたんだけど、気付かないかい?」

 

「数で劣る貴様らに何が出来る?見たところ千程度では無いか。降伏するならば、我妻として召してやっても良いぞ?」

 

成持は本気で気付いていないのか、はたまた大物なのか。

おそらく前者だろう。

龍興は、酷く優しく成持に向かって微笑んだ。

龍興は、美少女である。

それも、斎藤家としての高貴さ、才ある者としての意志の強さ、そして幼いが故の儚さ。

そんな少女の微笑みに、ほぉ〜っと鼻の下を伸ばす成持。

そんな成持に微笑みながら、静かに瞳を閉じて口を開いた。

 

「荷駄を潰した隊は・・・さて?どこに行ったのだろうね?態々荷駄を潰して正面に合流するとでも?それは正しく・・・才ある振りをした愚者のする事だ」

 

成持の背後から兵達が騒ぎ出した。

六角軍の背後に一軍。

翻るは斎藤の旗。

その先頭には、無表情な姫武将・・・長井道利の姿があった。

 

「挟撃・・・これもまた初歩の初歩。そうは思わないかい?」

 

成持は一瞬・・・龍興の背後に・・・大きく鎌首をもたげた蝮を幻視した。

そして、その蝮は大きく口を開け自慢の毒牙を見せつけている。

 

「そう容易く・・・蝮を飼い慣らす事が出来ると思わぬことだ。噛まれれば最後・・・その毒は体を蝕み・・・やがて主を殺してしまうのだから」

 

静かに・・・しかし素早く・・・蝮は口を閉じた。

 

 

 

 

直後・・・成持の左右から轟く砲音。

 

 

 

 

茂みから銃口だけを突き出し、皆光から借り受けた彼肝煎りの鉄砲隊が六角軍を左右から銃撃し始めた。

 

 

 

 

蝮の牙が、六角軍を左右から貫いた。

 

 

 

 

 

 

「前語りはここまで。後は戦で語るとしよう」

 

 

 

 

 

龍興の手が・・・振り下ろされた。

ふと、茂みの中で・・・巫女が笑った気がした。

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

「父上の窮地!私自らお救いせねば!」

 

少しばかりふくよかな体をした茶髪の男が、陣頭指揮をしていた。

長野具藤である。

具藤は、父・・・北畠具教を盲信していた。

父の智謀に憧れ、剣の腕を尊敬し、そんな父の背中を追い続けてきた。

 

織田家が伊勢に進行してきたと言う情報を得た時・・・やるなら今と、長野父子を毒殺し、長野家の乗っ取りに成功した。

 

一重に・・・父のようにありたかったが為に。

 

しかし、彼に才覚は無かった。

人の心に滑り込む術も、人の心理を把握する術も、相手の考えを読む術も無かった。

それに彼は気付いていない。

 

始まりは、物見の兵からの知らせだった。

織田の軍勢が、既にこちらに向かっていると言う情報だった。

 

具藤は、迎え撃つ為に集まった兵全てを集め、皆光達が掴んでいた情報よりも千ほど多く、三千の兵で長野城を出て布陣した。

 

斎藤義龍以下二千の兵が、長野城を出た長野軍の前に現れる。

 

両軍の動きが止まり、一時的な静寂が訪れる。

 

そんな中、僅かに聞こえる蹄の音。

真っ赤な鎧に六尺五寸の巨漢。赤く拵えられた剛槍を軽々と振り回しながら、義龍が一人、両軍の中央へと歩を進める。

 

まるで鬼神を思わせる風貌に、長野軍の足軽が一人・・・ぶるりと身震いした。

 

義龍の槍が、天を向く。

 

その時、義龍軍の陣形が、密集体から素早く鶴翼の陣へと変わる。

あまりにも練度が高く、素早い陣形変更に、思わず長野軍がどよめく。

 

義龍は自嘲気味に笑う。

これは、皆光が得意とする用兵方法。

一の所作を兵に覚えさせ、その通りに兵を動かす用兵法だ。

 

皆光曰く、戦は所詮、虚仮威し。

以下に敵の戦意を削ぎ、敵の弱点を探り、敵の不意を突くか。

 

義龍は、槍を正面に向ける。

 

義龍軍は、鶴翼の陣を形成したまま、進軍を始めた。

 

皆光、半兵衛、龍興、道利、義龍。

誰も彼も、知恵者ばかりである。

 

しかし、そんな中で唯一・・・義龍の持つ物を生かすために、皆が知恵を出し合った。

 

それは、猛将としての剛勇、知将としての智勇、堅将としての曲げない意思。勇将としての高い士気。

・・・それら全てを、上の者たちの中で唯一義龍だけが全てを持ちえていた。

 

ある日、唐突に皆光から言われた言葉を義龍は自分の内で呟いた。

 

斎藤義龍は、武将として最も完成している。

 

その言葉に、どれほど光を感じただろうか。

自身はまだまだ走れると、萎え、衰えていた自信がどれ程燃え上がっただろうか。

 

義龍は、戦場を見た。

 

既に、義龍軍は長野軍の目の鼻の先まで進軍している。

 

少し、感傷に浸り過ぎただろうかと、義龍は少しばかりの火照りを感じる。

 

「感謝するぞ・・・」

 

義龍は大声で笑いたいと言う欲求に駆られたが、何とか飲み込むことに成功した。

何にも変え難い、この昂り。

今までの自身は、怠惰な戦ばかりをしていたと、義龍は我ながら呆れる。

 

義龍の剛槍が、振り下ろされると同時に、右へと薙払われた。

 

兵達は、一糸乱れぬ動きで、進軍しながら陣形を形成する。

 

「クククっ・・・」

 

耐え切れぬ喜びが、喉を通して笑い声として喉を鳴らした。

 

義龍軍の陣形は、偃月の陣。

未だ息を飲んでいた長野軍と義龍軍はぶつかり合い・・・長野軍を割った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆光が謀。半兵衛が計。龍興が奇。義龍が正。利道が人。

 

皆光が敵を謀り、半兵衛が計を成し、龍興が奇策を持ち、義龍が前に立ち、利道が人を誑す。

伊勢での戦いが今・・・幕を開けた。

 

 

 






評価、コメント、お待ちしております。
尚、恐らく12月に入るまでは中々忙しく、動いておりますので、更新スピードにつきましては、ご了承お願い申し上げます。



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伊勢の敗北

出来れば今回の話で終わらせることとしたかった伊勢平定戦。

時間が足らず、投稿日時も差し迫る事になったため投稿させていただきます。

少しづつではありますが、話を進めて行くので、これからも当小説をよろしくお願いします。


 

 

 

「鈴鹿山麓!斎藤龍興様優勢!六角軍潰走!」

 

「長野城攻め!斎藤義龍様優勢!長野軍が敗走を始めたとの由!」

 

皆光は、床几の上で各軍の早馬を静かに聞いていた。

皆光率いる織田軍は、敵城であるはずの木造城を背に布陣していた。

しかし、これには訳があった。

 

「皆光殿、木造城城主、木造具政の籠絡は済んだぞ。何が悲しくて男の籠絡などと・・・今後二度と俺をこのようなくだらない事に呼び出さないでくれまいか」

 

見目麗しい女性・・・に扮した前鬼が、小言を漏らしながら陣の中に入ってきた。

入るなりすぐさまぽふんと気の抜ける音と共に何時もの美男子姿に戻る。

その顔は些か不機嫌に濡れていた。

 

「仕方ないではないですか。五右衛門と半兵衛が私が行くのは危険だと言うのですから。かと言って両方とも幼子・・・行かせるには危険が過ぎまする」

 

「皆光さんが行くと半ば脅しを仕掛けそうなので・・・くすん・・・」

 

私・・・もっと頑張ります・・・と何やら不穏な決意を新たにする半兵衛。

その視線は、自らの身体を見詰めている・・・どこか哀愁漂う立ち姿。

何を頑張るのかは、本人にしか分からないことではあるが。

 

「早急に、この守り易い木造城周辺の地形を抑えたかったもので。いざとなれば、脅し殺してでも、この地を奪う気ではありましたが」

 

物騒な事を・・・と半兵衛にジト目を向けられる中、飄々と殺してでもと言い切った皆光。

 

「殺しでござるか?すぐにでも準備するでござるが・・・」

 

最近活躍の場が不足しつつあり、不満げであった五右衛門がここぞとばかりに懐から苦無やら手裏剣やらどこから出したのか焙烙玉を無造作に地面に転がし数を数え始める。

無表情だがどこか嬉しそうなその姿に、皆光は少しばかり引く。

 

妖しげな雰囲気を醸し出し始める五右衛門を無視して、皆光は前鬼に言葉を進める様に促す。

 

「前鬼殿、子細は?」

 

「木造具政は不干渉を貫くそうだ。だが我らが不利になれば・・・」

 

「手柄欲しさに背後から強襲・・・って訳ですか」

 

「如何にも」

 

「扱いやすくて良いでは無いですか。ああいう手合いは、適当に相手をしておけば事足りるでしょう。それよりも、この地形を借り受けることが出来たという事実さえあれば、この戦の一手はこちらから打つことが出来る」

 

皆光が目を付けたのは木造城・・・その周辺の地形である。

木造城周辺は、泥地を混じえた湿地帯となっており、大軍の運用には向かない地形をしている。

そして、元々北畠家の領地であったがために、少なくとも具教の代では木造城周辺で戦はしていないはずである。

伊勢の泥地は伊勢国内ではこの地域のみに見られる特殊な地であり、長らく争っていた長野家の周辺地形は農村部に近い。

対して、皆光の軍は美濃兵と尾張兵の混成部隊である。

言わずもがな美濃と言う湿地帯での戦を得意とする美濃兵に、それに対抗してきた尾張兵であれば、兵力差があろうと均衡出来ると皆光は考えた。

だからこそ、この地を奪ってでも拠点にしようと皆光は行動を起こした訳だ。

 

「地の利を奪うは戦の基本、おそらくこの地であれば、不慣れな戦を強制することが出来るかも知れません。流石は皆光さんです。ですが、未だ背後の憂いが消えないのは事実ですし、嫌な予感もします。あまり楽観視しない方がいいと思いますが・・・」

 

半兵衛の言うことはもっともだろう。

背後は少なくとも味方足りえない敵城。

前方は皆光達が陣を建てた場所から遠目だが、それでも見える程、今にも忙しいと伊勢兵が蠢いている。

むしろ安心出来る要素は皆無と言えよう。

 

だが、皆光は笑った。

目に鋭い光を宿し、口角を上げながら口を開いた。

 

「ここは敵の要害。守りの最前線と言えましょう。地の利もありますが、それよりも大事なのは、ここが敵の要地だと言うことです。この地を守護する木造具政は元を正せば北畠具教の実の弟。実の弟に地を渡す・・・それほどまでに、この地は重要なのです。だからこそ・・・必ず敵はここに押し寄せる。まずは・・・敵を我らと同じ土台に引き摺り下ろす・・・」

 

さすれば・・・勝利は揺るぎなく。

何処か猟奇的な笑みを浮かべる皆光に、半兵衛は少し体が震えたが、それは恐怖によるものでは無い。

どちらかと言えば、武者震いだ。

これから始まる戦いへの昂り。

半兵衛にとっての皆光は、憧れの象徴・・・輝かせたい光なのだ。

 

逸る気持ちを抑えきれず、半兵衛は皆光に声を掛けた。

 

「我が殿」

 

たったそれだけの言葉。

だが、その言葉に呼応する様におもむろに皆光は立ち上がり口を開いた。

 

「触れを!木造具政が織田に寝返ったと北畠軍に流布するのです!」

 

ははっ!と言う勇ましい声と共に陣内が慌ただしくなる。

 

「半兵衛。まずは大河内城に張り付いている北畠具教を引きずり出します。尾張軍師の戦ぶり、ご覧に入れて差し上げましょう」

 

自信満々に言い放った皆光を眩しそうに見詰める半兵衛。

そんな半兵衛に、皆光は優しく微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

木造城城主・木造具政謀反!

 

情報は瞬く間に北畠軍に広がった。

そしてその報は、当然の如く北畠具教の元にも伝わる事となった。

 

「なんだと!?叔父上が・・・」

 

その報告に拳を握り、唇を噛み締めたのは北畠具教の娘、北畠具房である。

鋭い視線は、それだけで人を射殺す事が出来るであろう剣幕を放っており、報告に来た鎧武者が具房の前でがたがたと体を震わせる程の物だった。

具房はちらりと、未だ地平線を見つめている父、北畠具教へと視線を向けた。

その視線に気付いてか気付かずか・・・おもむろに具教は口をを開いた。

 

「それもまた、賢き選択であると言えよう」

 

「ですが!一門衆でありながら父上を裏切るなどと!織田が何か吹き込んだに違いありません!」

 

「具房よ」

 

ずっと地平線を向けていた具教の視線が、具房へと突き刺さる。

名を呼ばれ、視線を向けられただけである具房は、父の射抜くような視線に口を閉じた。

 

「意地、心、情に縛られてはならん。一門とは言え、利する側に着くが最善であるはこの乱世において当然の帰結。血を残し姓を守るには、あやつのとった選択が正しい」

 

「我らが・・・織田に敗北すると?」

 

「織田が勝とうと、あやつは助命され我が姓は残る。俺が勝てば、やつは死すれど我が家は安泰の時を得よう。頭を冷やせ。思慮深く冷静になるのだ。さすれば自ずと道は見えよう」

 

「・・・申し訳ありません。出過ぎた真似を・・・」

 

「良い。若者は猛ってこそよ。だが勢いに身を任せるなと言いたいだけだ。見えるものも見えなくなる」

 

ここで初めて、具教は地平線へと視線を戻さず、報告をしに来た鎧武者へ視線を向ける。

鎧武者は、思わずぶるり・・・と体を震わせる。報告に来たはずの鎧武者は哀れ・・・北畠親子は揃って鋭い目をしている為、内心は早くこの場を去りたかった。

だが、何処か見透かされているような視線に鎧武者は身動ぎすら出来ない。

 

「どうやら報告はそれだけのようだな。出陣の支度をしておけ」

 

「はっ!」

 

ようやく解放された鎧武者。

彼は急いでその場を逃げ去った。

 

「何かお気になる事でも?」

 

具房の言葉に、一度深く瞳を閉じた後、再度開いた具教は、鋭い視線を今一度地平線へと向けた。

 

「恐らく、六角からの援軍は来ないであろうな。具藤も同じく。情報を殺すとは、誠にやり辛い相手よ」

 

「まさか!織田は僅か五千・・・兵を割いたとてそのような真似は・・・」

 

「兵より将を見よ。大将、諸将、忍びに兵・・・随分と織田は恵まれたようだ。具房・・・出るぞ」

 

素早く身を翻した具教に、具房は追従する。

 

「如何様に?」

 

「全ての兵を木造城へ向かわせよ。あの地は我が領の要地、易々とは渡せぬ」

 

「編成は如何なされますか?」

 

「言ったであろう。全てだ。あやつらも出せ。織田には良い一撃となろう」

 

「御意に」

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

総勢八千の軍勢が木造城前に布陣する織田軍に侵攻してきた。

対する織田軍は千。

木造城城主、木造具政は城門を固く閉ざし、織田軍、北畠軍を寄せ付けまいと不干渉。

皆光率いる織田軍は迎え撃つ為、陣を広げず方円の陣の半分・・・つまり半円の陣にて迎え撃った。

種子島を用いる部隊、そして騎馬隊を一益、嘉隆両名に貸し与えているため、皆光率いる織田軍は現在、攻撃力が大幅に低下している為である。

 

本陣からでも見える北畠軍の大軍を、皆光は表情を変える事無く静かに見据えていた。

その立ち姿を心配そうに見詰める半兵衛。

 

嫌な予感がする・・・と半兵衛が思わず皆光に話しかけようとした時。

 

北畠軍の前線が動きを見せた。

隙間なく並んでいた槍足軽の合間から、ぞろぞろと二百ばかりの兵が真っ直ぐ横に並び始める。

 

その兵たちの持つものを見た皆光は思わず叫んでいた。

 

「っ!? 伏せなさいっ!! 」

 

直後、聞き慣れた轟音と風を切る音が織田軍の最前列にいた兵達に襲いかかった。

 

種子島である。

 

斉射を食らった前線部隊は皆光の声に途端に姿勢を低くしたものの、有効射程距離で放たれた種子島には為す術もない。

初手で百ほどの兵がその種子島の犠牲となった。

その威力は織田軍誰もが知る所。

たった一斉射であれど、織田軍は容易く小恐状態に陥った。

 

半兵衛が言っていた嫌な予感。

原因が何であれ、それは的中した。

北畠軍は種子島を戦線に配備できるほどの数で揃えていたのだ。

 

なんとしても二斉射目は防がねばならない。

種子島の銃弾を防ぐ竹束も、千という軍勢を守るには心もとない数でしかない。

 

皆光は拳を握りしめ、本陣を後にしようとするが、その裾を半兵衛が掴む。

 

「皆光さん!ここは兵を引くべきです!敵は強大、我が軍の士気は下がり、まともな戦は出来ません!」

 

半兵衛の言っていた嫌な予感、種子島と言う原因を言い当てていた訳では無いが、その予感は見事的中していた。

今や自軍は自慢の士気も統率もなく、北畠軍の種子島により小恐状態。

まともに戦うには状況が悪すぎた。

だが、皆光とて引けない理由があった。

 

「我々が引けば策を行うはずの滝川一益殿、九鬼嘉隆殿両名が窮地となり生存は不可能となりましょう。斎藤両名により背後の憂いが消えた今、一刻・・・それだけ持ちこたえることが出来れば、おおよそ四千の兵が援軍となり駆け付ける。それだけの時間を稼ぐ必要があります」

 

「ですが、とてもではありませんが今の状況で攻勢に出るのは愚策です!」

 

「ではどうすれば良い?このままでは我が軍はいたずらに種子島で討ち取られていくばかりです」

 

皆光は血が滲むほど拳を握りしめ、敵の前線へと忌々しげに視線を向けた。

半兵衛も同じく、敵の前線へと視線を向けるが、直ぐに皆光に視線を戻し口を開いた。

 

「ここは一度兵を引きます。追撃は恐らくありません。敵はこの地を取り戻す事を目的としているはずです。恐らく木造城を攻めるでしょう。既にこちら側の流言によって、敵はこの城が織田の手に落ちたと思っているはずです」

 

「その隙に体制を建て直し、今一度北畠軍を攻めると?」

 

「はい。そうすれば、木造具政は皆光さんに完全にお味方すると思われます。木造具政にとっては、お城を攻められている中、唯一の援軍として映るはずです。敵にとっては、これが木造具政の謀反として、決定的なものになるかと」

 

皆光は、握りしめていた拳を解いた。

ポタリ・・・と垂れる血を痛々しげに見つめ、その手を取る半兵衛。

皆光は、その反対の手で半兵衛の頭を撫でた。

半兵衛がくすぐったそうに、目を細める。

 

「流石は半兵衛です。私もまだまだ軍師としては未熟ということでしょう」

 

皆光の言葉に、静かに首を横に振る半兵衛。

 

「皆光さんの策が無ければ、織田軍は伊勢を期限内に平定することは難しいと思います。完璧な戦はありません。足りない部分もありましょう。その足りない部分を支えるために、私は皆光さんのお傍にいるんです」

 

皆光は嬉しそうに、笑みを浮かべた。

 

「半兵衛の進言を元に、今一度立て直しましょう。皆の者!一度陣を捨て撤退するのです!」

 

皆光の言葉に助かったとばかりに急いで撤退を始める織田軍。

 

「五右衛門!」

 

「小早川氏は最近拙者を蔑ろにしているでござる。元はと言えば・・・」

 

何やらブツブツと呟きながら、五右衛門が皆光の前に跪く。

そんな彼女の姿に皆光は苦笑いを浮かべながら、五右衛門の頭を撫でる。

 

「にゅや!ななななななにをするでごじゃ・・・ござるか!」

 

「失礼・・・思わず拗ねているあなたが可愛らしかったもので、つい」

 

「拗ねてはござらん!ただ最近の小早川氏は少しばかりおにゃごの影が多いでござれば・・・はっ!?」

 

自分は何を口走っているのだろうと、その場ではっと驚く五右衛門。

聞かない振りをするが吉か。

皆光は優しく五右衛門に微笑みかけ、命令を下した。

 

「五右衛門、長野軍を攻めている義龍殿に伝令を、至急軍を返し我が軍の後詰にあたるべし・・・と」

 

「未だ戦の途中であれば?」

 

「致し方なし、終わり次第でいいとお伝え願えますか?」

 

「かしこまったでござる」

 

「頼りにしていますよ」

 

皆光の最後の言葉に少しばかり呆けるも、口布を上げ赤くなった頬を隠すような仕草をする五右衛門。

そのまま何も言うことなく、五右衛門は皆光の前から姿を消した。

 

「さて、我らも種子島に蜂の巣にされないうちに、一度引き上げるとしますか」

 

「はい!」

 

 

 

 

 

 

 

北畠軍の鉄砲隊により、僅か一撃で撤退した織田軍。

布陣する敵がいなくなったことで、北畠八千の兵により、木造城への攻撃が始まった。

 

 

 







コメント、感想につきましては、後日きちんと返信させていただきますので、返信がないぞ!?という方もお気軽にお願いします。



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伊勢の伝説

終わらせたかった・・・んですが、思いの外前の話で話が進まず・・・。

昨日一日休みを貰えたので、少しでも話に進展を!と思い書き上げたのはいいですが・・・。

あ、ちなみに伊勢編は次話完結となります。
次は既に五割は書けているので、確定で終わります。
長らくオリジナル展開にお付き合い頂きありがとうございました。


 

 

皆光が撤退した少し後。

 

巫女装束の少女は、ぶつくさと文句を垂れながら木々生い茂る森の中を進んでいた。

巫女服にこそ汚れは見られないが、自慢の黒髪に葉っぱをくっつけ、顔は酷く仏頂面。

滝川一益である。

 

一時は斎藤龍興に手を貸した一益。

その返す足で、彼女は大河内城へと向かった。

皆光から命じられた事は、皆光が本隊を引き付けているあいだに、美濃・稲葉山城と並ぶ堅城、大河内城を落城させるというものである。

 

一益の後ろを着いていく九鬼嘉隆は次に皆光にあったら殺すとばかりに殺気立っている。

 

そんな彼女等を静かに見据えるのは、皆光配下の忍び、伊賀崎奏順である。

 

「何故姫はこんな草木生い茂る場所におるんじゃろうの」

 

力のない声、力のない覇気、完全に思考を捨てた滝川一益がふと、そう零した。

まるで、心底面倒だとでも言ってるかの如き表情だ。

そんな一益を横目に、奏順が口を開いた。

 

「さぁな。大将の考える事がおいらに分かる筈が無いダロ?ただあんたにこう言っとけって言われたな。【し】に打ち勝てば城は落ちましょうってな」

 

「死?あの小僧は姫様をここで殺す気か!」

 

「馬鹿。声がでけぇヨ」

 

思わず声を上げた嘉隆を奏順が素早く諌める。

 

「だが!」

 

「くっきー。お主は黙っておれ。そこな乱波の言う通りじゃ。それに、みっちーが姫をそうやすやすと殺すと思うてか?」

 

何処か気の立った様子の一益。

そんな一益に、思わず嘉隆も押し黙る。

 

「【し】に勝てと言うておったのか。お主ら、何か隠しておることはありゃせんか?」

 

「さぁナ。おいらは大将に拾われた身だ。それまでに何があったのカ、何をしていたのカ、おいら達にゃ分からネェヨ」

 

「ふん。姫も忍び上がりじゃが、お主らのような乱波は嫌いじゃ」

 

「そりゃどうモ」

 

一瞬にして険悪な雰囲気になりつつある場に、奏順は嫌気が差してきた。

チラリ、と奏順が一益を見ると、一益は何やら自分の手を見詰めていた。

そんな彼女に、奏順はため息を吐きながら、再度口を開いた。

 

「大将の言うことには意味がアル。決して生き死にの話ではねぇと思うけどナ」

 

「分かっておる」

 

一言だけ、簡潔に返事をした一益は、目の前に広がる断崖絶壁を見詰めていた。

 

「じゃがことこれに限って言えば、みっちーは姫を殺す気じゃろ」

 

一益が思わずそう零さずには居られないほどの断崖絶壁である。

皆光から借り受けた兵達も、その壮大さに思わず口を開け呆けている。

 

「だからおいらが来たんだヨ。おいらの相手は人なんてちっぽけなもんじゃねぇからナ」

 

一益率いる一軍、彼女達が居る場所は、大河内城の本丸が建つその真下。

通称をまむし谷と言うその場所は、史実滝川一益率いる織田軍が大敗を喫し、後にまむし谷の血決戦と謳われた場所である。

 

ここまで来れば、もういっそヤケである。

一益は我慢に我慢を重ね、帰ったら信奈にあることない事色々と吹き込んでやると意気込み、崖に手を掛ける。

 

その横で、まるで軽業師とばかりにひょいひょいと登っていく奏順。

 

負けじと一益も、忍びとして培ったその身体能力でぴょんぴょんと登っていく。

 

九鬼嘉隆が唖然としながらも崖に手をつけ、織田の兵達も種子島を背中に回し、それを追いかける。

 

切り立った崖と言う程でもないが、それでも十分に落ちれば死ぬほどの絶壁。

 

ひょいひょいと登っていた奏順と一益が何かに気付いたのか、壁に張り付き、まるで何かから隠れるかのように身を小さくする。

 

数秒か、数分か。

静かに息を殺していた二人。

そんな中、間の抜けた声と共に、嘉隆が一益のいる場所へと到達した。

 

「姫様〜!ご無事ですか!?」

 

「馬鹿者!」

 

一益は、思わずそう叫んでいた。

二人が息を潜めていたその原因は、頭上。

その場所に、複数の兵達が立っていたのだ。

 

静かな谷に響く声、それに気づかない者はいない。

頭上が慌ただしくなる。

この時ばかりは流石の一益も、舌を鳴らしたいばかりであった。

 

「者共!火縄に火をつけよ!くっきーは後で仕置きじゃからの・・・」

 

「も・・・申し訳ありません・・・」

 

「こりゃまずいナ。おいらも計算外ダ」

 

慣れない体勢ながら、皆光の鉄砲隊は火縄に火をつける。

しかし、装填が出来るかと言えば、いつもの倍は時間がかかるだろう。

 

「決して一斉に撃ってはならんぞ。むしろ散発的に撃てば良い。敵の頭はそれで隠れるじゃろうからな」

 

そんな兵達を見て、一益は的確に指示を飛ばした。

 

「乱波よ」

 

「なんダ?」

 

「お主の手前、ちと拝見とさせてもらおうか」

 

それを聞いた奏順は、にやり、と悪戯な笑みを浮かべて返事を返す間もなく崖下へと飛び降りた。

 

「【し】に勝て・・・か。後で意味は聞くとしようかの」

 

頭上から顔を出した敵兵、その手には種子島が握られている。

その他にも、弓や槍、丸石を持っている者までいる。

 

一益は自らの種子島を構え、敵兵に向かって発砲した。

弾丸は容易く敵兵の頭を撃ち抜き、敵兵は力なく谷底へと落ちていった。

 

一益は、種子島を嘉隆へと投げた。

 

「わわっ!姫様!」

 

情けない声を出しながらそれをわたわたと受け取る嘉隆。

 

「次じゃ」

 

一益は、背後の鉄砲隊へと手を出した。

一益の手を見て、首を傾げる兵。

 

「はよう寄越さんか!」

 

一益が怒鳴りつけ、やっと意味が分かったとばかりに兵は自らの種子島を彼女に手渡した。

 

一益はそれをすぐさま構え、再度引き金を引いた。

また兵が落ちていく。

 

「次」

 

次々と種子島を取り替え、敵兵を穿つ。

敵を的確に一撃で屠っていく一益のその姿は史実に伝えられた通り・・・鉄砲の名手としての姿であった。

 

その頃には、一益の背後の鉄砲隊も各々がばらばらに射撃を開始した。

飛んでくる弾に頭を出せずにいる大河内城の兵士たち。

一益は種子島を撃ちながら、憎々しげにこう呟いた。

 

「みっちーも後で仕置きじゃの」

 

次の瞬間、一益の真横を弾丸が掠め、髪が数本散っていく。

それと同時に、背後でくぐもった声が聞こえ、何かが落ちていった。

 

一益は背後を見ることなく、持ち主のいなくなった種子島を適当に背後に投げ捨てた。

 

「次じゃ」

 

再度、一益の手に種子島が握られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小高い丘で皆光と五右衛門は北畠の兵達に囲まれている木造城を見詰めていた。

堰を切ったように殺到する北畠軍に対して、投石や弓矢で対抗する木造城兵達。

 

「貴様が撤退したと聞いた時は耳を疑ったが、なるほど。自慢の鉄砲隊が無ければ何も出来ぬか」

 

何処か挑発的な声で皆光へと話しかける義龍が兵も連れずに一人で皆光の元を訪れていた。

長野戦線へと赴いていた義龍であったが、長野軍は予想に反して数はいたものの義龍の攻勢から僅か四半刻と持たずに敗走。

敵の大将である長野具藤は長野城へと篭ってしまった為、攻めあぐねていた。

そんな時、五右衛門からの報告を聞き急遽軍を返したのである。

 

「目には目を歯には歯を、鉄砲には鉄砲ですよ。準備無き戦に勝利はない。私は何処か、慢心していたのかも知れませんね」

 

「慢心?違うな。貴様は敵を軽視していたのだ。儂に勝った男が・・・哀れなものだな」

 

返す言葉もない、とばかりに沈黙を貫く皆光。そんな皆光を見て鼻を鳴らし、義龍はその場を去っていった。

 

「あの言い方はないでござろう」

 

と五右衛門が憤慨するが、皆光は静かに五右衛門を諌める。

 

「良いのです。あれは彼なりの激です。油断、軽視、慢心。全ては己が身を滅ぼすものばかり。今一度、気を引き締めよ・・・と言いたかったのでしょう」

 

道三と似て何処か不器用なその姿に、皆光は思わず苦笑する。

ふと、皆光の背後から、何かが落ちたような音がした。

 

「主君・・・ご報告・・・」

 

皆光が背後へ向き直ると、そこには静かに跪く右衛門がいた。

右衛門は対六角戦において、一時斎藤龍興の指揮下に入っていた。

 

「報告を聞きましょう」

 

「六角軍・・・撤退・・・龍興・・・いつでも動けるとの由・・・」

 

これで準備は揃ったと皆光は天を仰ぐ。

後は滝川一益率いる大河内城の戦線のみである。

 

「右衛門、龍興殿に動くように伝えなさい。その後各所に散っている忍び衆を集め、大河内城を攻めている滝川一益殿の増援へ向かうのです」

 

「御意・・・」

 

静かにその場から消える右衛門。

 

「我等は再度、北畠の軍勢を攻め立てます。五右衛門、木造城へ潜入し木造具政に接触を。そろそろ木造具政も気付くでしょう。北畠具教が本気で城を落とすつもりだと。夜まで持ち堪えるように伝えてきただけますか?」

 

「御意にござる。夜と言うと・・・夜襲でござるか?」

 

「城攻めをしている北畠の軍勢は恐らく慣れない地での戦闘に疲弊している筈。休ませること無くその疲弊している状態を狙います」

 

「なるほど・・・相も変わらず流石の知略でござる」

 

何処か嬉しそうな五右衛門の言葉に、皆光は自嘲気味に笑った。

 

「半兵衛がいなければ今頃、そうなっていたのは私の方ですよ。・・・さて、日暮れまではあまり時間が無い・・・頼みましたよ」

 

「御意!」

 

そう言って、五右衛門が立ち去ったのを見届けた皆光は、義龍の元へ向かった。

義龍の元へ着くと、義龍、半兵衛と今いる諸将がその場にいた。

心做しか半兵衛が震えているが、未だに義龍の事が怖いのだろうか。

チラチラと義龍の顔色を伺っている辺り、恐らくそうなんだろう。

 

「決まったか?」

 

義龍が皆光にそう尋ねる。

 

「腹ですか?それとも策ですか?」

 

「策に決まっておろう」

 

皆光は悪戯げにくすくすと笑う。

ようやく本調子に戻った様子の皆光に、義龍も何も言うことは無いのか、さっさとしろという視線を皆光に浴びせる。

皆光は肩を竦めると、勿体ぶらずに口を開いた。

 

「義龍殿、あなたの兵に騎馬兵は幾らほど?」

 

「五百だ。先の戦線で戦死したものもおろう。それらを差っ引いても四百は下らん」

 

「半兵衛、我らの軍備で弓矢、油はどれほど準備出来そうですか?」

 

「弓が三百・・・油は四十斤(現代量約26㎏相当)は集められるかと・・・」

 

皆光は、それで充分・・・と薄く笑う。

そんな皆光を見て半兵衛は皆光の策を悟った。

 

「夜襲・・・それも火矢を使った火攻め・・・ですか?」

 

「正解です。流石は半兵衛ですね。既に木造城へは五右衛門を向かわせています」

 

皆光は半兵衛の頭を一度優しく撫で、すぐに手を離す。

何処と無く残念そうな半兵衛を後目に、鋭い目付きで二人を交互に見つめた。

皆光の空気が変わったのを感じ取った二人は、負けじと皆光を見つめ返す。

 

「義龍殿は騎馬隊を率いて先鋒として敵の陣中を荒らし回って頂きたい・・・但し、先手は半兵衛です。半兵衛は、弓兵を指揮し、敵の兵糧・・・そして野営地を焼き払って頂く。煌々と燃やしてしまえば、突入した兵達の同士討ちも抑えられましょう。それと同時に敵の継戦能力も奪えます。そこへ義龍殿が突入するのです。敵は慌てふためき・・・突入してくる騎馬に恐れ戦き道を開けるでしょう。そこへ私が残りの歩兵二千を率いて義龍殿が切り開いた道で敵の中枢を叩きます!」

 

この戦国時代・・・街灯もなく街の篝火も無い為、夜の野外は一寸先も闇。

松明が唯一の光源となるが、それもあくまで陣地に限った話。

松明を持ったまま戦は出来ず・・・かと言ってまともな光源もないままに戦をすると、十中十に同士討ちが始まってしまう。

だからこそ、夜は戦をしないのがこの時代の暗黙の了解であった。

 

しかし・・・勿論例外もある。

敵が城を攻めている時だ。

 

城攻めの際は、敵を城に閉じ込め囲い込むため、城の周辺で野営陣地を構築するのが基本だ。

野営陣地ともなれば、敵に動きがあるかをつぶさに観察する為、常に陣地に明かりが灯る。

勿論、それは見張りをする兵達の為である。

それはつまり、敵のいる場所は常に分かる状態となるのだ。

そこに向かって適当に火矢を打ち込めば、たちまち陣地は炎上する。

そうなれば、その炎上が巨大な光源となって、敵味方も区別がつくようになる。

 

戦国時代を巻き起こした、戦国大名の祖と名高い北条早雲も、大量の松明を牛に括りつけて敵陣地へ走らせ、それを夜襲と勘違いし、攻撃を始めた敵兵に対して牛とは反対方向から奇襲している。

これは一重に、判別のつかない闇夜を逆手に、牛に向かって行った者を敵として敵味方の判別をつける為に行ったと言われる。

 

つまり光源と言う問題が解決すれば、夜襲とはどんな奇襲をも凌駕する最高の効果を発揮するのだ。

 

皆光の話を聞いた義龍はその手があったかと凶悪な笑みを浮かべている。

半兵衛は、流石ですとばかりに目を光らせている。

 

「見事な策です。敵は足軽さん達が大半・・・夜ということもあり、逃亡する者もいると思われますから・・・敵の戦力を著しく低下させる事が出来るかと」

 

「ふん」

 

「決行は今夜・・・敵の退路は・・・龍興殿に任せましょう」

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜まむし谷〜

 

谷底には、夥しい数の屍が転がっていた。

壁面から滑落した者、丸石に頭を潰された者、体に矢を突き立てとめどなく赤い飛沫を上げる者、頭蓋を穿たれ虚ろに虚空を見つめる者、高所からの落下により体が軟体と化した者。

 

正しく地獄絵図。

耐性の無い者が見れば、それだけでえづき、吐き気を通り越して吐瀉するだろう。

 

ここに一人、鬼神の如き働きを見せる者がいた。

自慢の巫女服は今や見る影も無く、返り血に濡れている。

滝川一益が率いる約百の鉄砲隊。

九鬼嘉隆が率いる五百の武者達。

その数は今や半数を切ろうとしていた。

 

誰もが息を荒らげ、自身に何も当たらないようにと心から祈りながら、崖上からの攻撃に対して決死に反撃している。

 

「・・・はっ・・・はっ・・・次じゃ・・・つっ!」

 

絶え間なく種子島を受け取り、巧みな射撃で敵を屠ってきた一益。

そんな彼女の華奢な手は、擦り切れ、手を滲ませている。

急な刺すような痛みに、思わず一益は種子島を手放してしまった。

 

「姫様!・・・これは・・・」

 

一益は限界だった。

如何に奮戦しようとも減らない敵兵。

そして次々と減っていく自軍。

限界なのは、一益だけではなかった。

誰もが足を震わせ、今にも落ちそうなほどに疲弊している。

無理な体制をしているせいか、いつも以上に疲弊し、その疲弊はやがて・・・その場で踏ん張る力を奪っていく。

 

また一人、落ちていった。

叫びを上げられないほどに疲弊したその者は、落ちていく最中に震える声で・・・こう呟いた。

 

「申し訳ありません・・・我が殿・・・」

 

鈍く・・・聞くにも耐えない音が、一益の背後から木霊した。

幾度と無く聞いた音・・・しかし一益は慣れることなく・・・むしろ今すぐにでもここから去りたい・・・自分も落ちてしまいたいと言う気持ちでいっぱいだった。

 

彼女を支えているのは、あるひとつの思いである。

織田信奈の行く末を見届け・・・そして共に海へ出る。

世界を見る信奈の隣にありたい・・・。

ただそれだけである。

 

「これじゃから・・・陸は嫌いじゃ・・・」

 

血なま臭く・・・泥に濡れた汚れた世界。

澄み切って何処までも続く海とは大違いじゃ・・・と一益は目に涙を浮かべる。

 

限界だった・・・いや、限界などとうに越えているかもしれない。

震える足は、今すぐにでも地上を捨てたがっている。

その時・・・ずるっ・・・と一益の右足が宙に浮いた。

 

「あ・・・・・」

 

やってしまった・・・と一益は呆然とする。

あまりにも辛い体制に、一度足場を変えようとしただけであった。

しかし、疲労に耐えかねた一益の右足は、今一度地に足を固定することが出来なかった。

 

嘉隆が一益の異変に気付き、一益の手を掴もうと手を伸ばす。

嘉隆の手が後もう少し・・・という所で、嘉隆の手は宙を握った。

 

「姫様っ!!!!」

 

嘉隆の叫びが、谷に響き渡る。

 

「戦とは・・・まっこと・・・醜いもんじゃのう」

 

一益の手が・・・天に伸びる。

 

今一度・・・のぶなちゃんに会いたかったのう・・・。

これが無念と言うやつか・・・・・と、一益は己の中で自問自答する。

 

落ちていく一益・・・天に伸びた腕を掴むものは・・・誰も居ない。

一益が横を通って初めて・・・一益の落下に気付いたように、伸ばされた腕は全て一益から遠のいて行く。

 

最後に・・・一益は悪戯な笑みを浮かべた。

地面に激突する寸前・・・一益は大きな声で、叫んだ。

 

「みっちーよ!化けて出てやるからの!覚悟するが良いわ!」

 

その時、まむし谷の頂上が・・・轟音と共に土煙を巻き上げた。

 

 

 

 






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燃ゆる伊勢・結ぶ竜胆


難産・・・。

ロリコン・・・ロリコンロリコンロリコンロリコンロリコンロリコンロリコンロリコンロリコンロリコンロリコンロリコンロリコンロリコンロリコンロリコンロリコンロリコンロリコンロリコンロリコンロリコンロリコンロリコンロリコンロリコンロリコン大歓喜


 

 

 

グシャッと叩き付けられた音がした。

嘉隆も、一益に率いられた兵も、誰もが一益の死を悟った。

響き渡る音に・・・思わず皆が目を背ける。

 

幼いながらも、見事な指揮とその卓越した射撃技術で、まむし谷と言う地獄谷を果敢に攻め立てた。

 

しかし、最後の最後で・・・敵がいなくなるその直前に・・・一益は足を滑らせた。

 

 

 

 

誰もが悟った・・・・・・滝川一益は死んだのだと・・・。

 

 

 

 

あとほんの数秒でも爆発が早ければ、一益は死ぬことは無かっただろう。

 

誰一人として、谷底に目線を向ける事は出来ない。

そこに広がる光景を・・・決して見たくないからだ。

九鬼嘉隆は、自分の不甲斐なさに今すぐにでも崖から飛び降りてしまいたい気持ちでいっぱいになった。

始まりは自分の声。

愚かにも、奇襲を目前に声を上げてしまった。

その結果がこれだ。

貸し与えられた兵の半数近くを失い、更に主君まで守ることが出来なかった。

 

嘉隆は、自分の手を見やる。

今掴んでいる岩壁を離せば、楽になれる。

 

そうだ・・・それがいい。

当然の報いだと、嘉隆は涙に濡れる自分の頬に気付くことなく、瞳を閉ざした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何を湿気た面をしておるのじゃ!」

 

凛とした・・・だが今この場において決して聞こえてはならない声が、このまむし谷に響き渡る。

一益の最後の叫び・・・まさか本当に?と皆が戦々恐々と谷底に目を移す。

 

汚れた巫女服に身を包み、不服そうに奏順に抱えられている一益。

瞳を大きく開き、喜びのあまりその場で咽び泣く嘉隆。

 

「姫様・・・姫様!!生きて・・・」

 

「たわけ!姫とて死んだかと思うたわ!」

 

まむし谷に、歓声が上がった。

幾百の犠牲を出し、まるで地獄の血の池地獄の様な様相を醸し出すまむし谷。

 

無事な地面に足を下ろした一益は、笑う膝をなんとか押さえつけながら、しっかりと地に足を着けた。

 

何故一益が生きているのか。

それは、奏順である。

 

彼女の受けていた命令は二つ。

一つ目は、まむし谷を侵攻する一益隊の援護。これについては、事細やかに皆光に言われていた。

 

まむし谷を進軍する滝川一益隊・・・その行く手には、必ず崖が立ち塞がる。

史実では、滝川一益率いる織田軍は、崖上の敵に対処することが出来ず、徹底的に叩かれた上で壊滅的な被害を受けている。

だからこそ、皆光は自身の精鋭である鉄砲隊・・・そして六角の荷駄隊を壊滅させた精鋭中の精鋭・・・武田騎馬隊を真似た黒塗りの騎馬隊を一益に付けた。

騎馬隊は馬を下り、敵の城の制圧を目的とした言わば主力。

鉄砲隊は、崖上の敵に対する唯一の対抗策として。

奏順に与えられた一つ目の命令は、必ずまむし谷の崖上を守るであろう敵兵に対する焙烙玉を使った爆破工作。

そして二つ目は、なんとしても滝川一益を生きてまむし谷を攻略させる事である。

 

奏順は皆光からの命令を忠実にこなし、谷の頂上に焙烙玉をばらまいた後、落ち行く一益よりも先に壁面を走るように崖下に到着・・・見事に受け止めた。

 

奏順は、少しばかり危なかったナ・・・と心の中で一益の救出に間に合ったことに安堵する。

一益を助けた際の衝撃に腕が痺れ、震える足をゆっくりと地面に投げ出した。

 

「喜んでいる場合ではないのじゃ!城の本丸は最早目前!乱波の開いた道を無駄にするでない!全軍・・・敵城へ乗り込むのじゃ!」

 

まむし谷に、鬨の声が上がった。

 

「来てんダロ?三人とも」

 

奏順の言葉に呼応する様に、木々の間から右衛門、定保、治宗が顔を出す。

 

「お主の仲間・・・いや、みっちーの配下と言った方が正しいかの?」

 

「あぁ・・・その通りサ。さ、ここの大将はあんたダ。大将がこんな所にいていいのカ?」

 

「ふん、抜かせ。次は負けぬのじゃ」

 

「ならとっとと落とすゾ」

 

「誰に言うておる・・・姫は滝川左近将監一益であるぞ」

 

言ってロ・・・と奏順は崖の上を見上げる。

 

「ちぃと・・・火薬がキツすぎたカ?」

 

崖上には敵兵の姿は無く、木っ端微塵に吹き飛んだとものと推測される。

あまりの威力に、奏順は頭を人差し指で掻きながら、そう呟いた。

血に濡れたまむし谷・・・後の世に、まむし谷の血決戦と呼ばれる。

しかし、勝者は違う。

滝川一益率いる織田軍は・・・まむし谷を見事制し・・・大河内城の本丸へと攻め入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

滝川一益は・・・【史】に打ち勝ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうですか・・・」

 

夜襲直前・・・日が落ちかけている言わば逢魔が時。

薄暗くなる直前に、夜襲の準備に取り掛かっている皆光の元に、奏順が駆け込んできた。

何処と無く嫌な予感を感じたが、報告を聞かない訳にも行かなかった皆光は奏順からの報告を静かに聞いていた。

 

奏順の話では、滝川一益率いる別働隊は見事、まむし谷を制した。

軍の半数を失う程の凄惨な戦の後、本丸を奪われた大河内城の城兵は、まさか敵に本丸を奪われるとは思ってもみず、城には多数の質がいた為、降伏。

 

一益は・・・見事に歴史を打ち破ってくれたのだ。

報告を聞いた皆光は・・・いつもの様に微笑むことも、笑いかける事もせずに、そうですか・・・と簡潔に返事を返した。

しかし、そんな皆光に凶報と言うべき言葉が、奏順から発せられた。

 

「滝川一益からあんたに言伝だ。勝っても負けても、後で覚えておるのじゃ・・・とよ」

 

「それは・・・まぁ・・・そうでしょうね」

 

話を聞く限りだと此度の戦の戦線で・・・最も凄惨な戦となったまむし谷攻防戦。

彼女にその役目を押し付けた皆光は、致し方なし・・・腹を括り首を縦に振ることしか出来なかった。

 

奏順の報告を聞いているうちに・・・あっさりと日が落ちきった。

闇夜に包まれ・・・一寸先すらも視認は困難。

唯一の光源であるはずの月は、まるでこの戦の行く末に興味なしとばかりに、厚い雲で隠れてしまっている。

 

この中で・・・ぼぅ・・・と灯りを放つのは、木造城から離れた場所にある北畠軍の陣だけである。

 

暗闇の中・・・まるでその場だけ世界が違うとばかりに眩い光を発している。

日は落ち・・・戦は休戦・・・と為れば、後は食事をとり明日に向けて休息を摂るのみである。

 

つまり、日落ちすれば直ぐに食事が始まる。

腹が減っては戦ができぬ・・・と言うことだ。

 

皆光が狙ったのはそこだ。

一に睡眠、二に排便、三に湯、四に飯・・・人が最も油断する時である。

そして何より・・・戦が終わり疲れ果て思考するのも億劫なこの時間。

 

互いの顔も視認が難しい中、皆光は静かに・・・命令を下した。

 

北畠軍を攻め立てよ・・・と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

半兵衛は、兵を率いて敵陣地の近くへと陣取った。

敵陣からは目と鼻の先・・・距離にして約二丁程(一丁約百メートル程)だろうか。

兵達は、鏃が敵の光に反射しない様に既に乾いたボロ布を鏃に巻き付けている。

 

日本の和弓の最大射程は、実に四丁とも三丁とも言うが、敵を狙い撃つとなれば、その射程は僅か一丁程になると言う。

しかし、こと曲射に限っていえば、和弓の射程は当時の遠距離武器では抜きん出て長距離に射る事が出来る。

 

今回の半兵衛の任は、敵の陣地を燃やす事。

ともなれば・・・射程内でおり、なおかつ敵の襲撃よりも先に自軍が雪崩込むことを想定した距離を導き出す。

 

その距離が二丁である。

騎兵であれば、二丁と言う距離を詰めるに必要な時間は僅か十数秒。

人足の約五分の一である。

 

火打石の擦る音が、あちらこちらで暗闇に響いた。

 

そして、壺に入れられた数十に及ぶ油が、一斉に炎を巻き上げる。

 

敵からすれば、自陣との僅かな距離に突如として敵陣が現れたように見えるだろう。

 

そして、煌々と輝くその光の中で、幾百の影が蠢く。

大きな火から・・・小さな火へ。

矢に火が灯されたのだ。

 

半兵衛はうっすらと輝く羽扇を天に向ける。

暗闇に・・・弓の弦を引き絞る音が木霊する。

 

そして・・・一度静寂が訪れた時・・・半兵衛の羽扇が振り下ろされた。

 

「弓隊・・・放てっ!」

 

けたたましい程の風を斬る音と共に、天に星が増える。

どれもこれも、暗闇に栄える紅の星。

一斉に放たれた三百の矢は、まるで天から降る雨の如く一斉に敵陣地へと降り注いだ。

 

放たれた火矢は、北畠軍の矢楯、逆茂木、馬防柵、陣を分ける段幕、油や火薬・・・兵糧に至るまで、様々なものに突き刺さる。

 

再度、空に同じ光景が目に映った。

 

それと同時に、数多の馬が地を駆ける膨大な音が、突風と共に半兵衛の横を過ぎ去る。

風に煽られ、なびく髪を抑える半兵衛。

 

「後はお願いします・・・どうかご無事で。義龍様・・・皆光さん・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

北畠軍は、急遽燃え始めた陣に恐慌し、初めて夜襲を仕掛けられていると認識したのは、火矢を撃ち込まれた時では無く、義龍率いる騎馬隊が自陣に突っ込んできた時であった。

 

「夜襲じゃあっ!!!」

 

「敵が突っ込んでくるぞぉぉーっ!」

 

敵の陣地は、さながら巨大な焚き火のように煌々と燃え盛っていた。

夜飯時であり、火を大量に使っていた北畠軍の陣地は、さながら光り輝く巨大な的。

 

そこへ、大量の火矢と共に、義龍隊が突入する。

もはや馬防柵は意味を成さず、乾いた枝を利用した逆茂木は、今や強襲を仕掛けた織田軍にとって、都合のいい光源と化していた。

 

もはや戦は終わりと鎧を脱いでいた者までいた始末。

しかし、そんな事は関係ないとばかりに、馬に轢き殺され、槍で突かれ、流れ矢に当たり地に体を横たえる北畠の兵達。

 

更に、休息十分、今からが戦とばかりに疲れを癒した皆光率いる歩兵が、義龍隊の切り開いた道をなぞるかのように突入した。

 

皆光は、鐙に体重をかけて腰を浮かし馬の揺れを自身の下半身で消すように上体を安定させる。

皆光の手にあるのは・・・弓。

素早く矢筒から矢を引き抜き、腕を胴体と垂直に伸ばし・・・弦を矢と共に引き絞る。

 

「シィッ!」

 

静かな・・・しかし気迫の籠った声で・・・馬上から矢を射る。

矢は、今まさしく種子島を握ろうとしていた敵兵の首筋を捉え、矢は容易く敵兵の首を貫通し隣の兵の腹に突き立って止まった。

 

その姿に、背後の兵が沸き立つ。

 

「全軍散れ!向かって来る者のみを相手に!逃げる者は捨て置くのです!」

 

四方に散っていく兵達。

北畠の兵達は、負けじと槍を握り戦う者、悲鳴を上げて逃げ回る者、その場で震えて立てぬ者と様々だが、戦っているのは全体の三割ほど・・・他は為す術もなく討ち取られるか、散り散りに逃げていく者ばかり。

 

「これで戦意を喪失してくれればいいのですが・・・」

 

パキパキっと皆光の目の前にあった陣を支える木材が軽い音を立てて崩れ落ちた。

燃え盛る段幕。

何気無しにそちらに目を向けた皆光は一瞬・・・呼吸が止まった。

突き刺すような殺気・・・まるで首をはねられた己の姿を幻視するかのような、濃厚な殺気を感じた。

 

思わず姿勢も整っていないにも関わらず、矢を番える。

 

炎に巻かれる陣の中・・・人が居るはずもない。

はずもない・・・が、目が離せない。

皆光の指に、僅かな震えが見てとれる。

 

陣の炎が裂けた。

中から・・・男が堂々と歩いてきた。

 

まるで湖面を歩くかの如く、静かで戸惑いのない足取り。

放たれた殺気は鋭く、炎に炙られているにも関わらず表情一つ変えない。

 

北畠具教・・・南伊勢の覇者であり、伊勢北畠軍の大将である。

左手を鯉口に添え、右手は既に柄に手をかけている。

 

具教の背後には、夥しい数の死体が転がっている。

一刀の元に切り捨てられており、背中から伸びる旗指物は、織田木瓜の旗印。

皆光が散るように命じた織田軍の兵士だ。

 

散るように言ってから僅かな時間しか経っていないにも関わらず、その骸の数はゆうに二十程か。

 

具教の背後から、気の強そうな少女が姿を現す。

その少女の手には、赤く染った薙刀が握られていた。

 

抵抗するならば・・・と皆光は矢を更に強く番える。

 

具教が皆光に向かって・・・静かに歩き始めた。

自身に矢の鏃が向いているにも関わらずだ。

皆光は、致し方なし・・・と矢から指を離した。

 

「嘘でしょう?」

 

皆光は目の前でありえない光景を目にすることとなる。

和弓の速度は時速で言えば約200km/h・・・秒速は約50m/sとなる。

目の前の男と皆光の距離は約30m程・・・一秒と経たずに自らに飛来する矢を見切るのは困難だろう。

それに加え・・・刀を抜き放ち矢を弾くなど・・・。

 

北畠具教は、鹿島新当流の祖・塚原卜伝を師に持つ剣豪と伝えられている。

 

皆光は、まさか・・・と背筋に嫌な汗が伝う。

 

「北畠・・・具教ですか?」

 

「いかにも」

 

簡潔にそう答えた具教に、皆光は表情こそ変えることはないが内心では焦りに焦っている。

皆光の剣の腕は並み。

この男に勝てる見込みは万に一つもありはしない。

事実・・・皆光はこの男の太刀を目に写すことは出来なかった。

瞬き一瞬・・・僅かな間に気付けば刀は抜かれていたのだ。

 

「夜襲とは、正しく奇策よな。まさかとは思っておったが」

 

新たな鬨の声が聞こえる。

木造勢が今が好機とばかりに北畠軍を攻め始めたのだ。

今や、北畠軍は敗走者も含め兵の大半を失っていた。

戦っているのは、全体の一割・・・千にも満たない僅かな手勢である。

 

「具教殿・・・どうかご降伏を。これ以上兵を傷付けるのは愚君の所業・・・戦を終わらせたく存じます・・・」

 

皆光は、一縷の望みを掛けて・・・具教へ降伏を進言した。

硬く口を閉ざした少女・・・北畠具房が具教へ視線を向ける。

具教は未だ黙ったまま・・・こちらを静かに見詰めている。

 

「我らは言わば先鋒・・・残り二千の兵が我らの動き次第では後詰に加わって来ます。具教殿の主城・・・大河内城はつい先刻、降伏により落城しました。これ以上戦っても・・・犠牲は増えるばかりです」

 

北畠具教の目が、驚きにより大きく開かれた。

 

北畠具教は、戦に敗北した時の籠城の為、周囲の支城から兵糧を運び込み、三千の精兵と三人の将を置いて来たのだ。

その三人の将とは、服部、潮田、船木・・・伊勢を代表する北畠三勇士と名高い彼の腹心の武将である。

今この場にいる数、後詰の数、そして城を責めた数・・・どう考えようと採算が合わない。

 

具教はただでさえきついその目を、更にきつく皆光を睨み付けた。

 

「兄(けい)らの何処に、そのような戦力がある?よもや僅か数十数百で城を落としたとは言うまいな?」

 

一瞬・・・皆光の顔が悲痛に染まる。

いつもは飄々と笑っている事の多い皆光だが、今は違った。

睨みつける具教を睨み返し真っ直ぐに見据える。

 

「まむし谷・・・かの地に命を賭して向かった六百名・・・そしてそれを率いた幼き英雄。その者らにより本丸が陥落・・・二ノ丸、三ノ丸を守備していた者達は戦わず降伏・・・・・降伏した理由が、貴方ほどの男に分からぬ筈もない」

 

皆光は、一瞬・・・北畠具教が狼狽えた様に見えた。

そして、実際北畠具教はその胸の内に、僅かな動揺を覚えた。

真っ直ぐに皆光へと刀を向ける具教。

具教は静かに皆光へと問いかけた。

 

「奴らが降伏した理由を述べよ。それ次第では・・・俺は兄を命に変えても討ち取らねばならん」

 

皆光は、恐ろしい闘気に晒されながらも一呼吸し・・・口を開いた。

 

「あなたの家内を案じて・・・との事です。勿論・・・乱暴狼藉は一切させておりません。例え私が死したとしても・・・我が兵は天下泰平の尖兵・・・かのような狼藉を働く事は無いでしょう」

 

暫しの無言。

北畠具教は皆光を睨み付けたまま目を離さない。皆光も北畠具教を静かに見据えたまま一切目を逸らさず負けじと目をそらすことは無かった。

 

「甘い男だ・・・ここで死して尚・・・か?」

 

「例え死したとしても、私はそのような外道に落ちる気はさらさらありません」

 

ふっ・・・と北畠具教の表情が崩れる。

それと同時に皆光へと向けられていた刀は腰へと収められ、皆光を包んでいた重圧がふと消える。

 

「とは言え質(人質)は質。質を抱えられては抵抗も見苦しいものよ。よかろう。この北畠具教・・・降伏いたす。処分は如何様にでもするが良い」

 

北畠具教の隣に立つ具房は一瞬・・・悲しげな表情を浮かべたが、地に瞳を伏せ薙刀を投げ捨てる。

 

「父に同じく・・・北畠具房・・・降伏致します」

 

 

 

夜を明るく照らす煌々と燃え盛る陣地の中で、北畠具教、北畠具房両名が降伏した。

勝鬨を上げる織田軍の声は、静かな夜空へ高々と響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大河内城

 

城郭構造は山城に分類し、小高い丘陵に築かれたこの城は、東に坂内川、北に矢津川が流れ、西、南には深い谷が形成された天然の要害であり、伊勢北畠家から諸氏として派生した大河内氏が治めていた城だ。

構造は奇しくも、皆光が攻略し織田が落城させた岐阜城・・・旧稲葉山城に酷似している。

 

半兵衛、義龍、龍興と軍を伴い、降伏した北畠両名と纏めあげた敗残兵を引き連れて大河内城へと入った皆光。

 

城門をくぐり抜け城に入った皆光を待ち受けていたのはぶすっとした一益と皆光と会った時とはうってかわって何処か覇気のない嘉隆。

 

むくれている一益の横に見慣れない一人の幼女が立っていた。

鷲色の茶髪を肩下で緩く結い、優しそうな垂れ目をした随分と可愛らしい幼女。

 

その幼女が一人の男性を見つけると、そそくさのその傍に走って行く。

 

「父上!よくぞご無事で・・・」

 

「千代・・・何かされてはおらぬか?」

 

千代・・・またの名を雪姫と言い、織田信長の子・・・織田信雄・・・またの名を北畠具豊(ともとよ)の正室、千代御前であり北畠具教の娘である。

 

北畠具教、具房両名が戦死した場合・・・自らも自身の手で自決してやる・・・と城を落とした織田勢に息巻いていたらしい。

その小さな体ながら、その心は正しく北畠具教の娘としての気高さを感じさせる。

 

娘に擦り寄られ、無表情ながらどこか困った様子の具教を皆光は微笑ましそうに見詰める。

 

皆光達に会話はない。

こちらは逆に重苦しい雰囲気を出しながら北畠具教の案内で大河内城の評定の間へと足を踏み入れた。

 

(・・・・・・)

 

皆光は重い足取りで上座へと腰を下ろす。

その横に、滝川一益が座り・・・諸将が下座へ、そして北畠具教、具房両名が評定の間の中央へ腰を下ろした。

 

少しばかりの緊張に、皆光は乾いた唇を一度舐めると静かに口を開いた。

 

「戦後の評定を始めます。此度の伊勢侵攻、戦後に至るまで、私は姫様に裁量権を与えられております。私は織田家家臣・小早川皆光・・・以後お見知りおきを」

 

北畠具教は表情を変えることなく、皆光へと返答を返した。

 

「北畠具教、この伊勢の国司である」

 

国司とは、朝廷から正式に拝命したその国の大名の事を指す。

 

国司とは、国、もしくは郡と言った大領を収める言わば地方公家のような存在であり、さらに武家として守護大名が国司の下につく。

戦国時代は国司と守護大名の二重支配だったのだ。

 

国司の身分は四階級・・・それぞれが守(かみ)、介(すけ)、掾(じょう)、目(さかん)と言う。

上記を踏まえた上で、北畠具教は国司として伊勢守(いせのかみ)を名乗ることが許されているということだ。

まぁ、守護大名が力をつけ戦国大名となってからは、各自がそれぞれ勝手に名乗る場合もあるが。

ちなみにだが、元々織田信奈が治める尾張と遠江、越前と加えた計三国を斯波氏と言う幕府から正式に命じられた守護が治めていたが、斯波氏の力が弱まり、守護代として尾張織田家、越前朝倉・甲斐両家、遠江に至っては今川が進出してくるようになり、結果斯波氏は衰退。

戦国大名として一族同士の殺し合いへと発展した尾張織田家・越前朝倉家へと成長していくこととなる。

各地でこう言った武力を持つ守護代が戦国大名へと姿を変え、権力簒奪、領地拡大の武力衝突が耐えないことから後の世にて、戦乱の世・・・戦国時代と呼ばれるようになった。

まぁ豆知識的な事である。

 

「では北畠具教殿・・・いえ・・・伊勢北畠家の処遇についてですが」

 

皆光はふぅ・・・と一息吐いた。

 

「あなた方の領地は安堵とさせて頂きます」

 

これに驚いたのは龍興の背後に控えていた道利、そして具房、義龍であった。

 

「皆光殿・・・失礼ながら理由をお聞きしても?」

 

道利は思わず、皆光へ意図を問いただしていた。

道利の質問に慌てることも無く、皆光はまるで文を読む様に、すらすらと質問に答えた。

 

「現在、畿内の内乱により足利将軍家が途絶えたが故に・・・織田は足利公方の血に連なる者として今川義元を担ぎ上洛をする。ですがその道程は険しく、南近江には六角承禎・・・畿内の三好一派・・・大和の松永弾正久秀・・・それ以外にも、織田は畿内内外に多くの敵を抱え込むことと相成りましょう。西方の毛利・・・四国の長宗我部・・・九州にすら未だ見えぬ敵も大勢いる。そんな中・・・東国を注視することが出来るものと言えば、今ここにいる滝川一益、九鬼嘉隆、そして三河衆を率いる松平のみ」

 

「つまり・・・兄は我ら北畠家に、東国の牽制をせよと?」

 

静かに皆光の言葉を聞いていた具教が、静かに口を開いた。

しかし、皆光は静かに首を横に振る。

 

「北畠家として・・・ではなく、伊勢国として・・・です」

 

皆光のその言葉に、全員が首を傾げた。

北畠家としてではない。

ならば何を持って国として東国を牽制するのか。

一人・・・またと気付いたかの様に皆光を見つめる。

未だ気付かないのは、嘉隆、具房、そして致し方ないであろう千代と呼ばれる少女のみである。

 

「既に北の豪族衆は織田に準ずるとの事。中伊勢の長野工藤氏に至っては既に具教殿の手中にあれば、我々織田と北畠が手を結べばあなたは南伊勢は愚かこの伊勢一国の主として治めることが可能でしょう?」

 

「つまり・・・兄は織田が持つ領を手に我らに織田に下れと?」

 

具教の鋭い視線が皆光に突き刺さるが、皆光はそれを気にすることもなく飄々と受け流す。むしろ、何処か自信に満ちた瞳で具教を見つめ返し「いえいえ・・・」とくすくす笑っている。

 

「我らが求めるは伊勢一国の平定を元手に・・・北畠具教殿・・・貴方に我ら織田と対等な同盟を結んで頂きたい」

 

「僕は反対だと思うけどね」

 

皆光の言葉に反対したのは、中性的な喋りが特徴の斎藤龍興。

皆光が何故に?と問うと、龍興は淀むことなく話し始めた。

 

「伊勢は・・・こう言うのは癪だけど織田が実権を握るべきだ。質を取り武力を奪い、支配権を握る・・・国盗りと言うのはそういうものだろう?あまつさえ国を与え、武力を伸ばし、毒を富ませる・・・いざ裏切られた時の事を考えてご覧よ」

 

龍興の言うことは最もだ。

実際・・・北畠具教は一度は織田に下るも、後に武田と文を通じて謀反を企てていた。

そして、理由は定かとなってはいないが、裏切りが露見した後に一族郎党皆殺しと言う凄惨な最後を迎える事となる。

 

「龍興殿の言うことは最も。ですが此度の戦・・・非は我々にあり。私の浅はかな進言により不要な戦を起こしてしまったことは事実・・・であれば、誠意を持って接することが大切だとは思いませんか?」

 

「確かに・・・誠意は大事じゃ。じゃが場を考えるのじゃ。決死で挑んだ結果がこれではみっちーの兵が浮かばれんのではないのかの?」

 

一益の言葉に、皆光の顔が一瞬揺らぐ。

 

「裏切らないでくださいで謀反が無くなるのなら・・・とっくにこの世から戦は消えているよ」

 

皆光は少し目を伏せ考え込む。

この先織田を阻むのは、苦境苦難ばかり。

今のままでは、史実通り多くの家臣が夢半ばにして命を落とす事になるだろう。

だからと言って皆光は誰が死んでいいなどと言うつもりは無い。

それでも信奈の事だ。

必ず心に深い傷を負う。

伝えられた通りの織田信長本人ならば問題は無く我が道を行くかもしれないが、この不思議時空の織田信長は織田信奈であり彼女だ。

 

彼女なら・・・こんな時・・・どうするだろうか。

 

皆光は、天井を仰いだ。

そんな皆光へ、何処か恐怖しているかの様な声色で尋ねる少女の声が掛けられた。

 

「・・・父は・・・父と姉様はどうなるのですか?」

 

皆光が天井から視線を下ろすと、真っ直ぐと見つめる少女と目が合った。

皆光はその少女へ微笑みかけると、安心出来るように優しい声色で話し掛けた。

 

「どうもしませんよ。貴方の父も・・・貴方の姉も・・・貴方から奪ったりはしません」

 

「ど・・・どうしてそう言いきれるのですか?」

 

皆光は考えなかった。

 

「この先・・・戦のない世が必ず訪れます。そうすれば・・・ずっと傍に居ることが出来るでしょう?」

 

まるで、さも当然とばかりに言い放った。

皆光の言葉に、何を言っているんだ?とばかりに怪訝な表情を浮かべる具房だが、それとは対照的に・・・何処か面白そうに・・・くっくっと笑いをこらえる具教。

 

「くくっ・・・だがそれは・・・兄の夢物語だろう?」

 

「夢は抱き続ければ何れ叶う・・・と教わったもので」

 

具教の言葉にムッとした様に言葉を返す皆光。

 

「そのような甘事で世を制すると?」

 

「甘事であろうと、それが主君の夢ならば」

 

何処かムキになっている皆光に、具教は面白そうに・・・だが鋭い視線で皆光を睨み付けた。

気迫か・・・闘志か。

場に・・・まるで風が凪いだかの様な感覚。

思わず太刀を握る者たちを、皆光は手で制する。

 

「甘さで天下を盗るとは・・・笑わせる」

 

皆光は、言葉を返さない。

ただ静かに・・・こちらを見詰める具教を見つめ返すばかり。

 

しかし・・・と具教が言葉を続ける。

 

「受けた恩・・・受けた情には報わねばならんな」

 

静かに北畠具教は佇まいを正す。

それにならい、具房・・・そして小さな少女である千代までがそれに並ぶ。

 

「伊勢北畠家・・・織田家・・・延(ひ)いては小早川皆光殿と・・・対等な同盟を結びたく存じまする」

 

国と・・・人。

国と一個人。

そんな、損はあれど得のない同盟。

流石の皆光も、これには驚きに身を固める。

周りの者達も、何を馬鹿な事を・・・と具教達を見据えている。

 

「何故・・・私に?」

 

「何も不思議なことではあるまい。兄程の器量ならば、何れは一国を有する事になろう。ならば、先に唾を付けておこうと思った迄よ」

 

転んでもただでは起きない具教。

皆光は、義龍、龍興、一益、半兵衛と順に見詰めていくが、誰も彼もが首を竦めるばかり。

要は・・・自分でなんとかしろ・・・という事らしい。

 

「私・・・つまり、織田と同盟を結んでいただけると・・・そういう解釈でよろしいので?」

 

「相違ない。どの道織田の行く道が我らの進む道。だが織田信奈の進む道は、必ず兄が手を入れる」

 

そこで一度言葉を切った具教だったが、「だが・・・」と一呼吸入れて再度口を開いた。

 

「兄の道が逸れた時・・・延いては織田も道を誤ると言うことを忘れるな。そうなれば・・・後に続く我らが・・・織田を追い落としてくれる」

 

何処か挑戦的に言い放った具教の言葉に、皆光は口を緩める。

 

「その時は・・・どうぞお好きに・・・私が道を誤った時・・・それは私が志を違えた時でしょうから」

 

皆光の志。

 

天下布情の志。

 

情を持って・・・天下を制す。

その志に、今一つの旗が翻った。

闇夜に揺れる笹竜胆。

志を違えた時は・・・翻る笹竜胆が刃の如く牙を向く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

隠れていた月が・・・顔を覗かせる。

静かに揺れる木々。

肌を撫でる夜風が皆光の体を薙ぎ、月明かりが皆光の顔を照らす。

 

皆光は、眠ること無く本丸の頂上から、闇に閉ざされた地平線へと視線を向けていた。

 

静かに・・・何を考えるでも無くぼうっと視線を地平線に向ける皆光。

ふと、皆光は室内に視線を向ける。

 

「眠らないのですか?」

 

皆光は、誰も居ないはずの室内に語りかけた。

一拍置いて、襖が開く。

 

「何故分かったのじゃ?」

 

そこに居たのは、いつもの巫女姿ではなく、床に入る姿の一益であった。

そんな彼女を一瞥し、皆光は地平線へと視線を戻した。

 

「こう見えても、忍び衆を率いているのです。多少なりとも、気配に敏感になるのは致し方無いことでしょう?」

 

「そんなもんかのう?」

 

ぴょこぴょこと皆光に近寄り、寒いのじゃ・・・と皆光にぴたりと張り付いた一益。

そんな一益を気にする事もなく、皆光は今一度、同じ質問を一益へと投げ掛けた。

 

「眠らないのですか?」

 

「眠れないのじゃ。少しばかり・・・闇が怖くてのう」

 

皆光の表情が少しばかり曇る。

 

「かの者達の事でも考えておったか?」

 

一益の言うかの者達とは、まむし谷を果敢に攻め立てた僅か六百の兵からなる精鋭達の事である。

この兵達は、皆光が清須に来た頃からの馴染みや、長良川の合戦で従軍した者達で構成された・・・言わば皆光にとっては腹心の兵であった。

 

桶狭間、稲葉山城攻略戦、墨俣一夜城。

彼らと共に駆けた戦は既に伝説となっているものもある。

「これから忙しくなる・・・。忘れることは無いでしょうが、今宵くらいはゆっくり、彼らの冥福を祈っても良いでしょう?」

 

一益が、皆光と同じく地平線へと目を向けた。

 

「お主の兵は、誰一人逃げる者はおらんかった」

 

「貴方が逃げれば・・・共に逃げたかも知れませんよ」

 

「姫に逃げればよかったと言っておるのか?」

 

「失礼・・・失言でしたね。少しばかり・・・思考が纏まらず・・・申し訳ございません」

 

一益は、横目で皆光の顔を見る。

その時・・・皆光の瞳から、一筋の光が頬へと伝った。

 

「のぶなちゃんは・・・いつもあのような戦を経験しておるのじゃろうか・・・」

 

「どのような戦であっても、凄惨なことに変わりはありませんよ」

 

皆光は、ゆっくりと一益を撫でる。

撫でられた一益は、その手を振り払う事はせずにされるがままとなっている。

一益は、皆光に自身の持つ力を使おうとこの場に来たが、どうにもそのような気分では無くなってしまった。

むしろ、皆光が流す涙にちくりとした痛みを胸に感じてしまう。

 

「一益殿・・・」

 

「一益でよい。特別に・・・左近と呼んでも良いぞ?」

 

「・・・・・・一益」

 

皆光はひとしきり悩んだ末に、一益と呼ぶ事にした。

 

「なんじゃ?」

 

「共に・・・京へ行きませんか?勿論・・・貴方が陸を嫌っていることは知っていますが、北畠家が織田に協力してくれれば、あなたは少しばかり自由になる」

 

一益は、露骨に嫌そうな顔をした。

 

「嫌じゃ・・・。もう二度と・・・あのような戦をしとうない」

 

「では、姫様にその役を押し付けるのですか?姫様の盾であり・・・また矛である我々家臣が」

 

「聞き方が卑怯じゃぞ・・・」

 

「ははは・・・失礼」

 

少しばかりの沈黙が二人を包む。

風の音・・・虫の音色、木々のざわめき。それがひとしきり止み、先に口を開いたのは、一益であった。

 

「陸は嫌いじゃ・・・じゃが・・・のぶなちゃんがあのような苦しみを感じるのは嫌じゃ・・・」

 

「だからこそ・・・姫様はこの世から戦を無くそうと奮闘するのです。同じ苦しみから人々を救う為に・・・自らが犠牲になって」

 

「みっちーは・・・苦しくない・・・訳ないのう。でなければこのような場所で憂いていないであろうしの」

 

「たはは・・・まぁ、この気持ちは・・・無くなることは無いでしょう」

 

「もしも・・・姫が苦しんでおったら・・・みっちーはどうするのじゃ?」

 

皆光は考えること無く、一益へと顔を向けた。

 

「助けますよ?どのように苦しんでいるのか・・・何を悩んでいるのか関係なく。助けます。だって、仲間でしょう?」

 

皆光は、一益へと微笑みかけた。

一益は顔が熱くなるのを感じるが、夜間・・・ということもあり、流石に顔色までは見られまい・・・と皆光を見つめ返す。

ちなみに・・・この時、皆光は・・・(子供は体温高いですね〜)なんて思ってたりするが。

 

「ふむ・・・であれば・・・姫が陸が嫌いなのは知っておろう?」

 

「ええ・・・先程も言いましたが・・・」

 

一益の瞳がキラッと光った。

可愛く・・・可愛く・・・可愛く・・・ひたすらに念じ、皆光に抱きついた。

 

「おねが〜い♡姫をゆっくりと休ませてぇ〜?ね?いいでしょ〜?」

 

そして、一益は思い出した。

この男に・・・これは通じなかった事を。

しかし、やってしまった事は後の祭り。

暑くなる顔を無理やり隠すように、皆光に腹に顔を押し付ける。

 

「・・・全く・・・今回は仕方ありませんか。愛らしい姫のわがままを聞くとしましょう。共に京へ行けないのは非常に残念ですが・・・」

 

皆光は、困ったように苦笑し腹に抱き着く一益を優しく撫でた。

 

一益は、また負けた・・・とガッカリするが、内心は少し嬉しかったりする。

だが、それをひた隠しに・・・出来うる限りの恨めしそうな声で、口を開いた。

 

「・・・むぅ〜・・・姫の負けじゃ」

 

(色んな意味での・・・)

 

「はて?負けとは?」

 

「少しばかり・・・京へ行く用が出来たのじゃ。姫も・・・上洛とやら・・・共に行ってやるのじゃ!」

 

皆光は、可笑しそうに・・・ぷっと吹き出した。

 

「ぐぬぬ・・・何がおかしいのじゃ!」

 

一益がぽかぽかと皆光の腹を叩くが、まるで聞いた様子が無く皆光は一益と同じ目線になるようにかがみこんだ。

 

「少しばかり面白くて・・・。頼りにしてますよ?一益」

 

「この男は・・・・・・」

 

「はて?」

 

 

 

 

 

 

夜風に揺れる忍び装束。

 

赤く光る瞳が、皆光達を見詰めている。

 

「小早川氏・・・もはや癖か何かでござるか?」

 

五右衛門の呟きは・・・風に掻き消され闇夜に消えていった。

 

 

 

 




更新長らくお待たせ致しました。
あ、前書き気にしないでください。
疲れていただけなので・・・。
伊勢編・・・これにて完結。
あっさり終わった気がしないでもないですが、、、。
さぁ〜次は京ということで、長らくお待ち頂いた方々・・・お待たせ致しました!
ロリコンロリコンロリコンロリコンロリコン(ry



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尾張の軍師



あ、皆様・・・どうも・・・更新遅れて申し訳なく思います。
原作通りにするのも・・・なぁ・・・と思い悩んだ結果・・・皆光さんははっちゃけます。
あと・・・話の最初は気にしないでくださいね・・・決して・・・ロリ贔屓ではありませんから、京に行けばきちんとお姉さんとイチャイチャさせますから・・・まだ二千文字くらいしか書けてませんが。。。


 

この日は、珍しく雨だった。

激しくもなく、かと言って少なくはない雨量。

ポツポツと皆光の頬を優しく伝う。

さながら涙の様に、いや涙なのか。

木々に残る夥しい乾いた赤を洗い流す様に雨は優しく木々を穿つ。

地に流れる小さな水流がそれぞれ残ったものを消し去っていく。

まむし谷・・・急勾配の崖の様な場所の頂上に皆光は傘も被らず差さずに立っていた。

地を細く穿った跡、木々を何かが抉った跡、未だにそこら中に突き刺さった矢は水を滴らせ矢羽根から地に落ちる。

 

戦が終われば遺体は即座に始末される。

それは腐乱による疫病を恐れるためだ。

遺体は遺族に帰ることは無い。

即座に雑多に集められ遺体は纏めて火にくべられ、天へと昇る噴煙へと変わっていく。

 

戦評定が終わり、皆光達は即座に後処理に奔走した。

同盟締結の書状を主君である織田信奈に送り、また、各豪族達や北畠から派生し独立していた諸氏を纏めあげる。

今の伊勢は北、中、南・・・それに加え郡、町、村と言った競り合いから成る群雄割拠を終わらせ誠の一国と相成った。

伊勢一国五十六万石・・・それら全てが北畠の元に集約されたのだ。

これは一重に北畠具教の能力の高さ故か、それとも国司と言う地位故か。

 

安寧を享受する伊勢・・・だが、皆光は彼等という英雄を忘れはしなかった。

彼等が居たからこそ、彼等がこの城を命を捨ててまで落としたからこそ・・・皆光は僅か二日と言う短い期間で北畠を破り、伊勢を一国として統一する事に成功したからだ。

 

皆光は躊躇いもなく持っていた酒と花を谷へと置いた。

 

「死した貴方達へ・・・渡せる手向けはこれくらいしか出来ませんが・・・どうか・・・安らかに」

 

皆光はその場で静かに手を合わせる。

 

皆光が手を合わせていると、背後から水でぬかるんだ地面を踏む音が近付いてきた。

足音の軽さからして、一益だろうか?と皆光が振り返ると、そこには見慣れた顔・・・黒く艶のある髪を右肩から前へと出し濡れないようにしながら、傘を差した龍興が共である道利も連れずに皆光へと歩み寄って来ていた。

 

雨音が、一層強くなる。

 

滴る水滴を払う事もせずに、皆光はその顔に微笑みを貼り付けながら龍興へと視線を向けた。

そんな皆光の姿に、少しばかり表情を曇らせた龍興は、静かに雨に打たれる皆光を自分の傘の中に入れた。

龍興と皆光の身長差故か少しばかり高く掲げた傘を、皆光は受け取り彼女から傘を外すこと無くその場に留まる。

 

「大丈夫かい?」

 

何処か・・・心配そうに気遣う龍興の声色に、皆光は笑みを崩すこと無く言葉を発した。

 

「えぇ。・・・ここで立ち止まってしまっては・・・彼等に怒られてしまいますから」

 

皆光のその言葉に、龍興は静かに・・・違うよ。と否定した。

龍興の言葉の意味が分からなかったからか、皆光は首を傾げる。

 

「君の意志の話をしているんじゃない。君の心の話をしているのさ」

 

龍興の言葉に途端に皆光の顔が曇る。

まるで、つつかれたくない物でもつつかれたかの様に。

いつも飄々としながらも笑みを絶やさず、口先手先で相手を程よくからかっては戯ける・・・そんな皆光が珍しく弱っている・・・。

龍興はやれやれと肩を竦めた。

本当はいつもの意趣返しをしたかった所なんだけどね・・・と内心残念に思う龍興。

 

「全く・・・君は戦に強いのか弱いのか。ま、それはともかく、いつまでもうじうじとしている方が彼等の安寧の邪魔をする事になるよ。自らが命を捨ててまで命令に従った主君が、今度は自分達のせいで気を病むことになってしまった。さぁ、そんな君を見て・・・彼等は喜ぶのかな?ま、屍を踏み越えて行けなんて言わないよ。だから屍をそっと道から退かして進むんだ。動かない屍をそっと抱いたまま進むなら・・・君はいつか必ず重みで動けなくなる。だから、今は置いておくんだ。想うことなら・・・君が忘れない限りいつでも出来る。でも進むなら屍を抱えては行けない」

 

龍興の言葉を、皆光は静かに聞いていた。

つい最近までは敵であった彼女が、まるで心を見透かすかの様に言葉を紡いだ。

その事を、少し可笑しく感じてしまう。

五右衛門・・・半兵衛・・・龍興・・・一益。

世の女性・・・と言うよりかは幼女だが、彼女らは一体何が見えるのだろうと皆光は一人苦笑する。

 

「君はどうするんだい?」

 

龍興からの問い掛け。

皆光はしっかりと龍興の瞳を見た。

きちんと、悪戯気に笑みを浮かべることも忘れずに。

 

「決まっているでしょう?」

 

「そうかい」

 

皆光は龍興を伴って歩み始めた。

最後に一度、まむし谷を振り返る。

 

(お疲れ様でした。私が死んだら・・・また・・・あの世で共に駆けましょう)

 

心の中で、そう呟きながら皆光はまた歩を進めた。

全く・・・一度ならず二度までも・・・と皆光は心の中で零しながら横を歩く龍興の頭に手を乗せた。

 

「ん・・・ほんと・・・君って人の頭に手を乗せるのが好きなんだね」

 

そう言って龍興が皆光を茶化すがその顔は少しだけ朱に染まっている。

ふと、皆光が龍興に目線を向ける。

なんだい?と言う龍興の問い掛けに、皆光は少し迷った表情を浮かべるが、肩を竦めて龍興から視線を外す。

 

「煮え切らないなぁ・・・」

 

「龍興殿」

 

「ん?」

 

「逢瀬でも行きます?」

 

逢瀬・・・所謂はデートだ。

皆光が誘うなんて・・・と龍興は舞い上がる気持ちと、少しばかりの疑いの気持ちを浮かべる視線を皆光へと向けた。

 

「一応・・・その・・・まぁ礼の気持ちを込めてですね・・・」

 

言ってから後悔したとばかりに皆光は顔を顰める。

そんな慌てふためく彼の姿が可笑しかったのか、龍興はくすくすと小さな笑い声を上げると視線を皆光から外す。

 

「そうだねぇ・・・近江・・・なんでどうだい?琵琶湖が綺麗だよ?」

 

「となると、もう少し先ですかね」

 

「ま、期待せずに待っているよ」

 

「おや、手厳しい」

 

掛け合いをしながら歩く二人。

皆光の歩みには・・・もう迷いも戸惑いもない。

 

「ありがとう・・・」

 

「何か言ったかい?」

 

「なんでもありませんよ」

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

伊勢北畠との同盟締結により、新たに皆光の元に参じた姫武将が一人。

 

名を北畠具房。

史実では、大腹御所の餅食いなどと揶揄された肥満体型の武将・・・だった筈なのだが。

 

スラリとした長身にまな板の如き胸。

猛禽類を思わせる眼力のある目元に、鷹を思わせる焦げ茶色の髪を乱雑に後頭部でまとめあげている。

 

ちなみに余談だが、幼い頃は肥満体型であったらしい。その事を家臣に餅娘と馬鹿にされ奮起・・・今では薙刀の名手として北畠三勇士を纏める立場になったとか・・・。

 

皆光の元に参じたのはどうやら父である具教からの指示の様で、皆光の元へ顔を出した時には、再三「お前を同盟相手と認める気は無い」と言い放ち、皆光はこの娘をどう扱えばいいのやらと頭を悩ませている。

 

そして、それと同時に北畠具教は具房に家督を譲り、自分は国の統治に専念すると言っていた。

史実から引き離そうとしても徐々に史実に近付いて行くあたり皆光は少しヒヤッとしたとか。

 

一緒に着いてくる事となった一益は、これを機に九鬼海賊衆を使って安濃津(伊勢安濃郡に位置し三津七湊と謳われる日本有数の港)より種子島を大量に仕入れ当の本人は甲賀侍の伝手を使い甲賀より人足を調達。

延べ二千人の大将として一時的に皆光の指揮下に入った。

とは言え、おそらく本隊と合流すれば、一益の指揮権は信奈に移るだろうが。

一益は一時的に京に登るだけらしい。東国に不穏な動きがあれば即座に軍を返し東国への牽制として動くと言っていたが、時折海を眺めてはこちらを見つめニコニコとしている辺り全く関係ない理由で軍を返しかねない。

 

ちなみに九鬼嘉隆についてだが、一益の巫女服の染み抜き、鉄砲調達と言った雑事に徹底的に扱き使われている。

一益曰く「これは仕置きじゃ」との事だが、何の話かさっぱりな皆光が問い質しても、一益は答える気配が無いので、もっぱら放置している。

ちなみに上洛の際は志摩に置いていくとの事だ。

哀れ九鬼嘉隆・・・皆光には理由はさっぱりだが、一益が置いていくと言った時は真っ白に燃え尽きていただけに、少しばかり哀れに感じてしまう皆光であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

九月七日。

 

「全軍・・・京へ!」

 

とうとうその日は来た。

伊勢北畠家からは北畠具房以下伊勢兵が五千人

織田四天王が一人、滝川一益以下甲賀衆延べ二千人

計七千の兵力を加えた皆光率いる織田・斎藤・滝川・北畠の混成軍は総勢一万二千の大軍勢となって、大河内城を出て伊勢を北上。

 

程なく東海道へ差し掛かり、中三道の合流口で皆光は軍を止めた。

遠くから聞こえる山鳴り。

耳障りな甲冑を擦る金属音がまるで龍の唸りの様に空気を震わせる。

 

中三道を堂々と下る大軍勢。

龍が降ってくる・・・と言えば、今ならば信じるかもしれない程の圧倒的とも言えるその光景。

正しく圧巻。

翻る紋は、織田・浅井・松平と言った史実通りの旗ぶれだ。

 

五万と一万二千・・・大軍勢が向かい合うその姿に、思わずこのまま攻められたら・・・なんて考えてしまうあたり、軍師としてこの世界に毒されている事を皆光に感じさせる。

 

南蛮兜に赤いビロードマントの伊達姿。

相も変わらず奇抜な信奈の格好に皆光は苦笑する。

傍には織田の二大家老・丹羽長秀・柴田勝家の姿があり、信奈の背後には犬千代が。

さらに恍惚とした表情で信奈を見つめる明智光秀もいる。

 

今川義元の御輿を護衛している松平元康に、何やら憑き物でも取れたかのように清々しい表情をした浅井長政。

駕籠(かご)に乗っているが、何時もの好々爺の姿は既にない美濃の蝮・・・斎藤道三。

その傍には、美濃三人衆の姿もある。

 

武将好きがこの場にいれば、正しく発狂死するのでないだろうか。

まぁ、一部は少女幼女だが・・・

 

「お久しぶりで御座います。姫様」

 

皆光は馬を降り、信奈の前に跪く。

信奈は背後にいる皆光の兵を見て、満足そうに頷いた。

 

「久しぶり・・・って程でもないわよ?ま、いいわ。貴方の伊勢での働き・・・流石の一言よ。褒めて遣わすわ!」

 

「勿体なきお言葉」

 

「だけど・・・なんで戦に勝ったのに伊勢を奪わなかったの?」

 

まるで、なんでもないかの様に皆光に尋ねる信奈だが、尋ねる内容がぶっ飛びすぎて一瞬皆光の表情が強ばった。

背後にいる具房の表情も固い。

しかし、信奈の問いに答えがない訳では無かった。

 

「伊勢をそのままかっさらってしまっては、要らぬ犠牲が多様に増えましょう。伊勢は北畠家以下多数の北畠家の諸氏が点在しております。それらを纏めあげるには、伊勢の正式なる国司・・・北畠家の威光があってこそ。北畠家の協力が無ければ、伊勢に広がる戦火は留まることは無かったでしょう」

 

しっかりと罷り通る理由を述べ、更に北畠家を下げる事ことはせず、むしろ持ち上げる。

そうすれば、信奈とて北畠家は重宝すべきと思考するだろう。

そして、皆光の考えは当たった。

 

「なるほど・・・確かに、あなたの言う通りね。で、あなたが北畠具教?」

 

信奈の意識が具房に向かう。

具房は先程の皆光のよいしょのお陰か硬い表情は取れている。

とはいえ・・・元が目付きが悪いので相手の印象が悪いのは変わらないかもしれないが・・・。

 

「いや、北畠具教は私の父・・・私は北畠具房だ。父は貴公ら織田軍との戦に破れ家督を私に譲った。今は私が伊勢の国主としてこの場にいる」

 

「あら、そう。ま、織田家と同盟を結ぶんだから、私の言う事には従ってもらうわよ?」

 

「ふん、言われなくとも。敗者は勝者に従う・・・それだけだろう?」

 

「そう言うなら・・・」

 

信奈の視線が皆光へと向かう。

皆光は信奈と具房の互いが互いに挑発しあっているかのような会話に冷や汗を流していたが、信奈の視線を受けるとまた厄介事を押し付けられそうな・・・そんな嫌な予感と共に口を開いた。

 

「何か?」

 

「敗者は勝者に従う・・・あんたの言うことは最もだわ。だから・・・皆光に負けたあんたは、皆光の指揮で動きなさい」

 

その信奈の言葉に、すぐさま待ったをかけた者がいた。

 

「姫様!それは流石に悪手かと!尾張、伊勢の国主として互いに協力すべきです!今は無用な亀裂を避けなければいけないのですよ!全く・・・五点です!」

 

皆光が口を開く前に、鋭く指摘を飛ばした長秀に内心感謝しつつ、皆光も肯定した。

 

「姫様・・・流石に私も口を挟ませて頂きます。長秀殿の言う通り・・・今は勝ち負けの対価を論議している場合ではありません。ここは公の場・・・三河・・・北近江の国主もいる場です。その中で唯一伊勢の国主を蔑ろにしたとなれば、無用な亀裂を生むは必須。要らぬ意地は捨てなされ」

 

まぁ確かに、北畠具房の言い方にも多少問題はある。

だが口調が気に入らないからとその立場を軽んじては、後に不要な亀裂を生みかねないのは必須。

それでは、皆光が北畠家を立てて伊勢を制圧ではなく平定にした意味が無くなってしまう。皆光としても、それは避けたかった。

 

「わ・・・分かっているわよ。済まなかったわね・・・具房」

 

「いや、こちらこそ非礼を詫びよう。幼少からの口調のせいか・・・どうにも強く口を開いてしまう様だ」

 

流石にこの場で仲違いすることは無かったが、皆光はこれから先が非常に心配になり少しばかり胃痛を感じ始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三河の松平・北近江の浅井・伊勢の北畠・尾張・美濃の織田家。

五カ国の間で行われる上洛・・・その総兵力はなんと・・・六万にも昇った。

 

京への道を塞ぐは南近江の雄・六角承禎ただ一人。

相も変わらず、書状も使者も突き返し、織田の上洛を拒絶している。

北畠具教は一国では他国侵略により美濃を切り取った織田に対抗するすべは無しと六角承禎と同盟を結ぼうとしたが、六角承禎にとっては不運なことに今では織田家に助勢する事になった北畠家。

 

六角家は佐々木源氏の流れを汲む名門守護大名である。

そして、同じく北畠家は村上源氏の流れを汲む名門・・・故に北畠家に六角家の姫である北の方を娶らせており、北畠家との繋がりも深い。

まぁ、それを見越して北畠具教は六角承禎に同盟を持ち掛けたのだが。

ちなみに、北畠具教の妻である北の方に皆光は会っている。

思わず現代に生きる母を思い出し少し胸が痛くなったとかなんとか・・・。

 

そんな話は兎も角だ。

六角承禎もまた、戦国を生きる奸雄であると言えよう。

三好家当主、三好長慶が存命していた頃は、幾度となく雌雄を決し合い、敗戦続きでありながらも国力を落とすこと無く維持し続けた政治的手腕、そして、今でこそ浅井家が長政に代替わりし、六角は敗北・・・独立しているが、長政の父・・・浅井久政の代に至っては浅井を完膚無きまでに叩き潰し、それを支配下に置いた戦ぶり。

 

上洛に際して・・・決して壁は低くないといえよう。

現在の六角は、今や孤立無援とは言い難い。

伊勢が陥落した直後、六角はすぐさま新たな縁を結びに掛かった。

山城の国を拠点とする三好三人衆と同盟を結んだのだ。

六角家は三好家と手を組み織田の上洛を徹底抗戦にて阻止する姿勢を貫いた。

 

既に、軍は南近江へと足を踏み入れつつある。

故に、戦に備えてか信奈は一度軍議を開いた。

 

織田信奈を筆頭に、浅井長政、松平元康、北畠具房と国主組が並び、家臣団がずらりと並ぶ。

その様・・・誠に壮観なり。

皆光は思わず来る身震いに、腿を抓り耐えた。

各将が並ぶ中・・・初めて信奈はこの場にいないはずの幼女をその目に捉えた。

 

「左近!あんた・・・なんでここにいるの?」

 

「む?まさかここまで気付かれないとは思っておらんかったのじゃ・・・ずっとみっちーの後ろにおったはずなのじゃが・・・」

 

「一益・・・忍びだからといっても流石に忍びすぎですよ?」

 

ちこう寄りなさい・・・と信奈は一益に手を振り、一益がとてて・・・と信奈の膝に乗った。

 

「んもぅ~ひっさしぶりね~!相変わらず可愛いわね~」

 

一益に頬擦りをする信奈の膝の上で、当の本人はふん!とドヤ顔をかましながら、姫は可愛いのじゃ!とのたまっている。

 

「姫様・・・あまり時間をかけては、敵の準備も万全を期した物となりましょう。ここはお急ぎくださいませ」

 

軍議の席で一益とイチャイチャする信奈を見兼ねたのか、長秀が先を促す。

長秀の言葉を聞いた信奈は、それもそうね・・・と一益を抱えたまま言い放った。

 

「さぁ!軍議を始めるわよ!」

 

信奈の言葉にいの一番に名乗りを上げたのは、皆光・・・ではなく浅井長政。

 

「義姉上。六角の兵はさして強くないですが、観音寺城はかの稲葉山城にも匹敵する難城。いったん野陣を構築し、支城を一つずつ気長に落としていくのが上策かと思います」

 

どう心変わりすれば手のひら所か心までひっくり返るのだろうか・・・と皆光は長政を見詰めながら、観音寺城の攻略法を探す。

 

とは言え・・・皆光は策が既に頭の中で構築されつつあった。

 

観音寺城は・・・確かに、長政の言う通り・・・山城と言う分類に入り、攻め辛く・・・守るに容易い城である。

 

「長政!美濃に稲葉山城という名の城はもうないわ!岐阜城・・・よ」

 

長政が間違えた・・・まぁ間違えてない訳では無いが・・・城の名を信奈が訂正した所で、信奈の視線は皆光へと向く。

まるで、その瞳は・・・皆光なら考えがあるんでしょう?とでも言いたげだ。

ならば期待に応えるまで・・・と皆光は信奈と目線を合わせ頷いた。

 

「観音寺城を一点にて突破・・・でしょうか?」

 

皆光の言葉に、武将達がどよめく。

観音寺城を落とすに当たって、敵の主城である観音寺城を攻めるのは勿論のことだが、だからと言って皆光が零したように一点突破が可能な城とは到底思えない。

 

武将達から落胆の目線を向けられる皆光は、これと言って反応を見せない。

そこへ、皆光の傍に控えていた半兵衛がカチカチに固まりながら口を開いた。

 

「皆光さん・・・その・・・言葉が足りてませんよ?皆さんにきちんと説明して差し上げないと・・・いい・・・いぢめられますぅ・・・ぐすんぐすん」

 

「おっと?失礼・・・少しばかり呆けていた様で・・・さて、観音寺城攻めの策ですが・・・」

 

皆光が本格的に話し始めた。

 

 

 

観音寺城・・・この時代では正しく先進的と言っていいほど特異な城として有名である。

壮大な石造りの曲輪を山の斜面に展開し、建物は総石垣。城を守る広大な城壁は山城と言うよりも岩城と言われた方が納得できるだろう。

水運も豊富で、支城に囲まれた観音寺城は、籠城に適した条件が軒並み揃っている。

 

だが、一つだけ気になる点は無いだろうか。これだけ堅牢な城を築いていながら、周囲に散りばめられている支城の数は十八・・・大小様々な城が点在している・・・。

これだけ堅牢な城でありながら、まるで懐で戦われるのを恐れるかのように見えないだろうか?

実際・・・観音寺城は山城でありながら、東山道と言う巨大な陸路が傍を通っている。

つまり、懐まで入ってしまえば大軍の展開が余裕を持って行える。

これは籠城・・・と言う観点において、致命的な弱点となりうる事がお分かりいただけるだろう。

 

だからこそ・・・皆光は、一点突破を進めた。

勿論・・・これはただの一点突破でない。

だが・・・それを話す前に・・・と皆光は五右衛門を呼んだ。

 

「五右衛門!」

 

「ここに・・・」

 

即座に現れた忍びに・・・五右衛門を知らぬもの達は一度警戒するが、皆光は関係ないとばかりに話を進める。

 

「周囲の露払いを・・・また乱波を放たれては困りますから・・・」

 

「御意・・・」

 

「他の者も動員して下さいね?お気を付けて」

 

「おきを・・・ぎょ・・・御意!」

 

皆光の言葉に過剰に反応する五右衛門は、何処か慌てたような仕草でその場から消えた。

さて・・・これでよしと皆光は薄ら笑いを浮かべた。

皆光の薄ら笑いを見た事がある者達は、聞き逃すまいと耳へと意識を集中した。

 

「これより始めるはただの城攻めに在らず・・・観音寺城・・・そして・・・支城全てを同時に落とす城攻めであります」

 

周囲の者達は自らの耳を疑った。

皆光は、事もあろうに観音寺城を含めた十八の支城・・・それら全てを纏めて落とすと口にしたのだ。

 

「失礼ながら・・・さすがにそれは無謀ではありませんか?以下に大軍を擁する我々でも・・・」

 

「無謀ではありませんよ?長秀殿・・・とは言っても、今この場に居る将全てを動員する必要がありますが」

 

皆光がちらりと視線を信奈に向けるが、信奈は顎をしゃくって続きを促すだけだった。

 

「私の策とは・・・」

 

ゴクリ・・・と誰かが唾を飲み込む音が木霊した。

 

「観音寺城を攻めながらにして・・・支城全てを一気に落とす・・・軍の大返しでございます」

 

「大返し?」

 

聞き慣れない言葉に、思わず信奈が反応する。

 

「はい。観音寺城は、傍を東山道が通る交通の要所に立てられた山城です。故に・・・大軍の展開は容易いでしょう。まずは、観音寺城を一点にて攻める・・・と相手に思わせる必要があります・・・つまり、一度軍を展開してしまうのです。展開することにより、城攻めに不要な兵も出て来ましょう・・・例えば・・・騎馬・・・或いは鉄砲・・・鉄砲は野戦にこそ強いですが、攻城兵器たり得るかと言われれば、そうとは限りません・・・。不要な隊は後方に溜まっていってしまう」

 

馬で城を登れ・・・鉄砲で城を貫け・・・なんて言われても、土台無理な話。

ならば、別の活用法を探せばいい。

 

「観音寺城を一点に絞り攻められた敵は・・・どうすると思いますか?」

 

考えるまでもない。

十八の支城に五百の兵がいれば・・・それだけで一万近い軍勢が出来上がる・・・。

 

「大返し・・・不要な隊の後方待機・・・そして主城である観音寺城の包囲・・・という事は背後からの強襲?」

 

信奈の家臣の中では長秀がいの一番に気付いた。

 

「まさしく・・・」

 

そして、背後から攻めようとした敵が最初に当たるのは・・・鉄砲隊と・・・。

 

「騎馬隊・・・なるほど・・・大返しね。背後を攻めてきた敵は、まず最初に当たるのは騎馬隊・・・そして鉄砲隊・・・奇襲は奇襲足りえないって訳ね!」

 

「だからこその大返し!奇襲に来た敵に対して・・・見える位置からの奇襲と言う訳ですか!これが・・・信奈様の懐刀・・・尾張の軍師の軍略・・・流石としか言い様がないです!」

 

信奈・・・光秀と段々と策の詳細が掴めてきた者たちが立ち上がった。

 

「これが私の描く策でございます。奇襲を奇襲で返す軍の大返し・・・であれば・・・城の数は問題ありますまい?」

 

「奇襲してきた敵を奇襲で返して、撤退に乗じて軒並み落城させるって魂胆ね?」

 

「そして・・・何よりこの策は早さが命・・・そして織田軍の強みは・・・」

 

「なんと言っても野戦・・・そして速度です!」

 

「これは・・・百点ですね・・・改めて、この長秀・・・皆光殿の知略に感服致しました」

 

「ってことは・・・あたしの出番か!」

 

「姫の出番もあるのぅ・・・みっちー・・・あまり姫を前線に上げるのはやめてたも・・・」

 

一堂が立ち上がった。

 

「そうと決まれば・・・全軍!進めぇ!」

 

とうとう・・・天下布武の第一戦・・・観音寺城の戦いが幕を開ける。

 

 

 

 

 

 

 




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