魔法科高校の野生人(仮題) (虚弱な溶原性細胞)
しおりを挟む

殺人事件...?/最後のページ

『昨日深夜、東京にて不審死が発生しました。被害者は杉並区在住の〇〇さん42歳。

昨日午後9時ごろ、〇〇さんの妻から《帰宅するはずの夫が帰って来ない》との通報があり警察が捜索を行ったところ、自宅近くの川辺にて倒れているのを発見されました。

死因は腹部を大きく抉り取られた事による失血死と見られています。

警察は3ヶ月前の新宿、先月の横浜で発生した同様の事件である事を受けて、同一犯による犯行とみて捜査を行っていますが、未だに犯人の目処は立っていないとの事で—』

 

(...またか)

 

 

テレビを消した。

ここ最近、世間は似たような事件を報道している。

それも段々と起こるスピードが速くなっていっている、と彼は感じていた。

 

 

(アマゾンなのか...?気になるな...)

 

 

第一にあの事件、いや騒動とでも言うべきだろうか。

ともかくアマゾン4000体の脱走を始めとしたアレは遥か昔に彼の祖父達が解決させた。

だが祖父が死んだ2年前から、再びアマゾン達は姿を見せ始めている。まるで祖父の死を起因としているかの様に、だ。

 

 

(爺さんが生前に言っていた事は、あながち間違いではなかったのかもしれない...行ってみる価値はある)

 

 

彼はテーブルの上に置かれたノートを手に取る。

持ち主の名前は『水澤 悠』。数年前に亡くなった彼の唯一の家族、祖父の名前だ。

ノートを本棚へ仕舞うと冷蔵庫から茹で卵を2つほど取り出し、殻付きのまま頬張る。

殻で口の中がじゃりじゃりして食べにくそうだが、彼は別段気にする事なく口へと運んでいた。

 

 

(ごちそうさま...やっぱり食べ足りないな...)

 

 

そんな事を思いつつ、彼は手持ち式のジュラルミンケースを持ち外へ出る。

 

 

(トラロック、ねぇ...)

 

 

祖父の日記に書かれたアマゾン殲滅作戦、通称トラロックを思い出す様な雨模様。予報ではこれから天気は快方に向かうらしいが、それは嘘だと言われても信じてしまう様な雨だと彼は感じた。

 

ガレージに停めてあるバイクを引っ張り出して座席下の収納スペースへケースを入れると、ハンドルに引っ掛けてあったヘルメットを着けてバイクへ鍵を差し込み、エンジンを起こす。

 

 

(昨日の方はまだ警察が捜査しているだろうな...横浜の方を見に行くか。食べ足りないし、途中で昼ご飯も買おう)

 

 

そう決めると、彼は先月に起きた横浜での不審死事件の現場を調べる為に、横浜方面へバイクを走らせた。

 

 

———————————————————

 

 

 

 

 

 

 

 

2095年—月—日。

 

幾度となくアマゾン細胞を活性化させた影響で、もう身体は持たなくなってきている。

死ぬのは今日か、それとも明日だろうか...

 

だがそんな事はどうでも良い。

自分にとって重要なのは自分の身体では無く、彼ののこれからなのだから。

 

思い返せば、彼を自身が持つ呪われた能力(溶原性細胞)から解放する為に何十年と旅をしながら研究を続けてきた。

彼がその脅威から脱する事が出来たのは良かった。

 

だが結局はアマゾンの血を引く者だ。

いつしか【人喰い】というアマゾンの本能を抑えられなくなるのではないか...そういう懸念もあった。

 

しかし彼は覚醒してからこれまで【人喰いの欲望】に屈する事はなかった。

父親譲りなのだろうか...?

普通の人間と変わらない食事...タンパク質の摂取量は度を超えているが、変わらない食事をし、普通の人間よりも遥かに強靭な肉体と運動神経を持つ。

 

そして何より...【魔法】への適性。

彼が何事も無く生きていくには丁度良いだろう。

 

アマゾンであり、魔法使い。

どう生きるかは彼自身が決める事だ。

自分はそれの手助けをした。

それがなにより、自分の救えなかった2人への手向けになったと信じている。

 

...限界か。

多分、自分は明日まで生きる事は出来ないだろう。

 

最期に言いたい事はひとつだけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここから先は、(2人)の物語だ—



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

DELTA

「お待たせしました。 御注文お伺い致します」

 

「ビッグバーガーのセット1つ。 それとビッグバーガーとチーズバーガーを単品で1つずつで」

 

「セットのポテトとドリンクのサイズはいかが致しましょうか?」

 

「両方ともL。 ドリンクはジンジャエールで」

 

「御注文繰り返します。

ビッグバーガーとチーズバーガーの単品をそれぞれ1つずつ。 ビッグバーガーのセットを1つですね。

お持ち帰りで宜しいでしょうか?」

 

「お願いします」

 

 

横浜に到着後、彼は目に付いたハンバーガーショップで大量にハンバーガーを買い込んだ。

 

家を出る時に降っていた雨は既に止んでいる。

やはり天気予報は間違ってなかったらしい。

 

 

「お待たせしました。 1,750円になります」

 

「丁度で」

 

「1,750円丁度頂きます。 ありがとうございました」

 

 

彼は店員から紙袋を受け取り店を出ると公園に入り、手頃なベンチでハンバーガーやポテトを食べ始める。

そして空いている片方の手で端末を操作し、マップを確認する。

不審死体があった現場までは歩いて15分くらいらしい。

 

 

(廃ビルの解体作業が行われていた工事現場か...現在はそのせいで手がつけられないらしいな。好都合だ)

 

 

ふと視線を感じて目線を上げると、近くのベンチで高校生になろうかという少女2人がこちらを見ていた。

 

 

「ねぇ、あの人...」

 

「うん、3分であんなに食べてた...!」

 

(まあバーガー2つにLサイズのポテトとドリンクを3分で食い終われば、驚かれもするか)

 

 

彼が人間に近いナニカである故に、どんなに小声で話していようと近くであれば会話は耳に入る。

すでに彼の持っている紙袋の中にはチーズバーガーしか入っていなかった。

これは何かあった時の保険のために、手はつけていない。

 

 

(行くか...)

 

 

彼はそう思うと側に置いておいたアタッシュケースを開けてチーズバーガーの入った袋を入れ、閉じると手に持ち、その場を去った。

 

—————

 

 

「ねぇ、あの人...」

 

「うん、3分で食べてた...!」

 

 

公園のベンチに座る2人の少女。

彼女達の目線は向かい側のベンチに座っている背の高い少年に向けられていた。

 

 

「一瞬で食べちゃってたね」

 

「そんなにお腹空いてたのかな...?」

 

 

少年はちらりと彼女達の方を見ると、ハンバーガーの入っていた袋を近くのアタッシュケースへ入れ、その場を立ち去っていく。

 

 

「あのアタッシュケース、なんだろう...」

 

「もしかして怪しい物とか?」

 

「でも見た感じ私達と同じ位に見えたよ? そんな年齢ならありえないんじゃ...」

 

「そんな事ないし、私達の視線に気付いてすぐに立ち去ったのも怪しかった。 追いかけてみる」

 

「えっ、ちょっと雫!?」

 

 

雫と呼ばれた少女はすぐさま立ち上がると、少年の去っていった方へ駆け出していく。もう1人の少女も置いてかれまいと追いかけていった。

 

——————

 

視線。

事件現場に向かおうとしていた彼は、昼食を摂った公園から妙な視線を感じていた。

言うなれば—そう、悪意がこもった視線と、いかにも『尾行してます!』と自ら言っている妙な2つの視線の3つ。

 

 

(...あの時に公園にいたのは、向かい側のベンチに座っていた少女2人と、近くの芝生でピクニックをしていた家族、そして俺だ)

 

 

ピクニックしていた家族がいきなり自分を尾行するというのは、いくらなんでも考え難い。

自分を尾行しているのは少女達だろうと彼は考えたが、それだと悪意のこもった視線の説明がつかなくなる。

 

 

(まさか...!)

 

 

彼は路地裏に入ると立ち止まり、周囲を索敵する。その瞬間—

 

 

「まずい!」

 

「えっ!?」

 

「キャッ!?」

 

 

黒い塊が途轍もないスピードで飛んできた。

背後を尾行していた少女達を無理矢理伏せさせると、彼の背中の上スレスレを塊は通過していった。

 

 

「いたた...」

 

「いきなり何を...」

 

「いいから隠れてろ!」

 

 

そして背後を振り返るとそこには—

 

 

『GUAAAAAAAAAA!!!!!!!』

 

 

アマゾンが立っていた。

 

 

「ひいっ...」

 

「なんなの、あれ...!」

 

「早く隠れろ!喰われるぞ!」

 

「喰われるって...!?」

 

「いいから早く!」

 

「はいっ...」

 

 

少女達が急いで隠れたのを確認すると、アタッシュケースを開き【アマゾンズドライバー】を取り出す。

 

 

「チーズバーガーを残しといて良かったぜ...」

 

 

彼はそう言いベルトを腰に着けると、自動で腰にロックされる。

 

 

『⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎』

 

「黙ってろこの野郎。悠の爺さんが死んでから復活してきやがって...覚悟は良いんだろうな?」

 

 

左手でベルトのアクセラーグリップを捻りこむ。

 

 

《DELTA》

 

 

「アマゾンッ!」

 

 

《BUST・B・BUSTER!!!!!!!》

 

 

ベルトのコアが彼の細胞を刺激して活性化させ、熱が放出される。

さらに身体が大きく変容し体表面が装甲の様に強くなる。

そして熱放出が終わると、そこには青い身体に赤いつり目の複眼、黄色のツノ、そして特徴的な口をした生物が立っていた。

 

 

『DELTA...DELTAaaaaaaaa!!‼︎‼︎』

 

『来いよ...狩ってやる!』



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

狩るモノ

『Gaaaaaaaa‼︎‼︎DELTAaaaaaaaa‼︎‼︎』

 

『おっと!』

 

 

一気にジャンプで襲いかかってきたアマゾンを躱して背中側へ回り込むと、彼はその背中に拳を叩き込む。

 

 

『Guaa!』

 

『!』

 

 

体制を立て直したアマゾンが再び口から黒い塊を発射するのを彼はスウェーで躱す。

彼に躱された黒い塊はコンクリートの壁に命中すると、途端にコンクリートが溶け始めた。

 

 

『危ねぇじゃねぇか。 溶けちまうとこだった』

 

『Geaaaa!!!!』

 

 

生身の時に喰らわなくて良かったと、彼は胸を撫で下ろす。

 

 

(コンクリが溶けるって事は酸性の毒か。 モチーフはコブラか? 進化してるならありえない事もないか)

 

 

通常コブラの持つ毒は神経毒であり、呼吸中枢を麻痺させる作用を持つ。

その為、この毒はコンクリートを溶かす事はない。

だがアマゾンとして独自に進化を遂げているなら、持つ毒が神経毒でない事もありえない話ではないのだ。

 

 

(なら、当たらない様に動くまで...!)

 

 

アマゾンが吐き出してくる毒の塊を左右に躱し、右肩から抉り取る様に攻撃する。

 

 

『Gyaaaaaaaa⁉︎⁉︎⁉︎』

 

『終わりだ!』

 

 

アマゾンが右肩から先を取られて怯んだ隙に上へ跳躍し、再び左手でアクセラーグリップを捻りこむ。

 

 

《VIOLENT SLASH》

 

 

ベルトからの音声と共に両腕シェルカットグローブのアームカッターが起動する。

 

 

『ウラァッ!』

 

 

右脚へ力を集中させて空気を踏み締め、前方のアマゾンに向けて超低空へ突っ込む。

すれ違う瞬間に脇腹へアームカッターを叩き込んだ。

だが—

 

 

(斬った感触が軽い...逃したか?)

 

 

そう、皮だけを斬った様に感触が軽い。

背後を振り返ると、確かに斬った証拠である黒い液体が飛び散っていたが、その量はアマゾン一体分にしては少なかった。

そして周囲には何のニオイもしない。

 

 

(追うにしてもこの状況じゃ無理か...まったく厄介な事に巻き込まれたな)

 

 

ベルトを外すと外気から熱が吸収され、異形の姿と化していた彼の体が元に戻る。

ベルトをアタッシュケースに戻すと、ケースの中からチーズバーガーを取り出して食べる。

 

 

「あの...」

 

「ん?」

 

 

建物の影から先ほど攻撃を躱すために、無理矢理伏せさせた少女達が出てくる。

 

 

「ああ...さっきは突然済まなかった」

 

「いえ! 助けて頂いてありがとうございます!」

 

「ありがとうございます!」

 

「...どういたしまして、で良いのかな? 気になる事もあるだろうけど、取り敢えず場所を変えよう」

 

 

そう提案すると近くの喫茶店へ移動した。

 

 

——————————

 

 

「こんにちは、マスター」

 

「おう、いらっしゃい。 女の子2人も連れて来てんのか?」

 

 

少女2人を連れて近くのこじんまりとした喫茶店へやって来た彼は、喫茶店のマスターから軽口を叩かれた。

このマスターの名は雁木啓介(がんぎけいすけ)。彼の祖父の協力者であり、彼は幼少の頃からマスターと面識がある。

 

 

「...彼女ら、アマゾンに襲われたんですよ」

 

「...わかった、店を閉めよう。 奥のボックス席が空いているから案内しなさい。 飲み物はどうする?」

 

「適当に見繕ってください。 それと例の物もお願いします」

 

 

奥のボックス席に2人を案内する。

 

 

「えーっと...取り敢えず自己紹介かな。 俺は水澤翼、四月で高1になる」

 

「光井ほのかです。 水澤さんと同じく四月で高1になります」

 

「北山雫。 水澤さんやほのかと同じく四月で高1」

 

「みんな15か。 入学する高校は?」

 

「私も雫も第一高校なんです」

 

「ありゃ、そこまで同じなのか」

 

「水澤さんも第一高校に?」

 

「翼でいいよ」

 

「わかった。 じゃあ翼って呼ぶ」

 

「雫!?」

 

「別に構わないさ...えと、光井さん、北山さん」

 

「えっとじゃあ、翼さんで。 私もほのかで構わないです」

 

「私も雫で」

 

「わかった、ほのかさん、雫さん」

 

「雫」

 

「...わかったよ、雫」

 

「ん!」

 

「私も...いいですか?」

 

「わかったよ、ほのか」

 

 

なんでこの子たち、こんなに押しが強いの...と考えたが、その理由も分からなかったので、翼は話を戻す。

 

 

「話を戻すけど、一科生として入学する予定なんだ」

 

「私達もなんですよ!」

 

「いっしょ」

 

「あ、そうなのか」

 

 

なんだかんだで4月から通う学校も同じである事が分かり、話がある程度膨らんだところでマスターが4人分の飲み物と、2つの小さな手持ちケースを持って来た。

 

 

「お待ちどうさん。 ブレンドコーヒーで良かったか?」

 

「ありがとうございます」

 

 

マスターは3人にコーヒーを配ると、翼の隣へと座る。

 

 

「あなたは...」

 

「紹介が遅れたな、俺は雁木啓介。 ここで喫茶店のマスターをしている。 翼とは爺さん繋がりで小さい頃からよく知ってる。 まあ保護者みたいなもんだ」

 

「それで翼は私達をこの喫茶店に?」

 

「それもあるけど...もう1つ、ね」

 

「それって、さっきのと関係が?」

 

「関係も何も、翼が君達を連れてきたのはそれが本題だからな」

 

 

マスターはほのかの問いにそう答えると、盆に載せてあった数枚の写真とプリントをテーブルへ表向きに置く。

 

 

「これって...」

 

「...さっきのと似てる?」

 

「モチーフ自体は違うだろうが、れっきとした同種族の生物だよ。こいつの名は...」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アマゾン



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ボーイ(?)・ミーツ・ガール?

「アマ...ゾン?」

 

「食人衝動を持った生命体。 未知の細胞である【アマゾン細胞】から作られた存在だ」

 

「食人衝動?」

 

「人を食いたくなるんだとさ。 それによって連中は栄養を得ているらしい。 更に言えば今の警察組織は連中を知らないし、世界の何処を探そうが連中に関する情報がない」

 

「そんな...」

 

 

翼はショックを受けている2人を前に何も言い出す事をしなかった。

 

 

「そして...こいつが連中を狩っている訳だ」

 

「じゃあ、さっきみたいな闘いを今までもやってきたってこと?」

 

「正確には2年前、マスターの友人だった俺の祖父が死んでからだ」

 

「それ以来、日本では不可解な事件が起きているだろ?」

 

「なら、昨日の不審死事件も...?」

 

「それだけじゃない。 3ヶ月前の横浜、先月の新宿で起きた事件にも関係があると俺は睨んでる。 そうしたら実際に3ヶ月前の事件現場の近くにアマゾンが現れたんだ。 関係がないという方がおかしいだろ?」

 

 

店を沈黙が包み込む。

2人の顔は血の気が失せており、気分が悪そうに見えた。

 

 

「おふたりさんよ。 あまり気分の良い事じゃないのはわかるが、しっかりと聞いてくれ。 じゃないと、これからの君達が危ないんだ。

 

「...どういう事です?」

 

「今回は偶然翼が近くにいた事で事なきを得たが、アマゾンというのは一度決めた獲物を諦める事はない。 今回遭遇したアマゾンが死なない限り、君達や家族が危ないんだ」

 

「そんな...」

 

「だから君達にこれを渡しておこう」

 

 

マスターはそう言うと、持って来ていた2つの小ぶりの手持ちケースの蓋を開ける。 中に入っていたのは拳銃型の特化型CADだ。

 

 

「これは?」

 

「アマゾンは反魔法の表皮を持つ。 このCADにはそれを貫通してダメージを与える【圧裂弾】という対アマゾン用の魔法術式がインストールされている。 アマゾンに襲われた時はこれで対抗してほしい」

 

「でも、これだけで倒せないんじゃ...」

 

「その点については問題ない。 【圧裂弾】の術式を起動した時点で翼に連絡がつく様になっている」

 

「なら、安心ですね」

 

 

話がひと段落ついたので、彼は店を出ようとするとマスターに呼び止められた。

 

 

「今日はこれからどうするつもりだ?」

 

「奴も逃してしまいましたし、帰ることにします。 少し疲れました」

 

「なら彼女らを横浜を出るまで送ってやれ。 アマゾンもいた事だし、まだ危ないからな」

 

「わかりました」

 

 

————————

 

 

「気分は大丈夫か?」

 

「あんまり良くないかも...」

 

「私もです...」

 

 

自分の命が狙われるという事を知ってか、彼女達はあまり気分が優れない様だ。

 

 

「仕方ないか...」

 

「いえ...」

 

「翼、アマゾンと闘っていた時の姿って、なんなの?」

 

 

雫から出た質問に翼は返答するかを一瞬迷った。 だが彼女達にこれから3年間騙し通せるとは思えないと判断した。

 

 

「...あまり言いたくは無いけどね。俺はかつてアマゾンと人間の間の存在だったらしい」

 

「翼さんが、ですか...⁉︎」

 

「うん。だけど物心がついた時から自分が人間だと思ってたし、一応生物学上は人間だ」

 

「じゃあ、『だった』って言うのは?」

 

「俺は赤ん坊の時に、爺さんに引き取られたんだと。 そんで爺さんの助けで人間の理性の支配下にアマゾンの力を組み込んだ」

 

「なら公園にいた時に、ハンバーガーを凄い勢いで食べてたのは...」

 

「【食人衝動】から解放された事への代償、かな。 必要とするエネルギーや栄養を食人で補わない代わりに、その栄養相応の量を食べる事が必須になってね」

 

「そう言う事ですか...」

 

「まあ一応、理性を保った状態でアマゾン化も出来るけどね」

 

 

翼自身、これまで生きてきた中で食人衝動に駆られた事は一度も無い。

 

 

「っと、着いたね」

 

「そうですね...今日はありがとうございました!」

 

「ありがとう」

 

「取り敢えず身の回りは気をつけてくれ。 いつ奴が襲ってくるかはわからない。 一応横浜来ない限りは大丈夫だと思うけど、何かあった時は連絡してくれ」

 

「...そう言えば連絡先、交換してない」

 

「あっ...」

 

 

完全に失念していた。 そう思うと懐から端末を取り出し、連絡先をメモに記入する。

 

 

「これが俺の連絡先だ」

 

「なら後でこちらから連絡を入れるから、翼も登録しておいてね」

 

「了解だ」

 

 

そう返すと2人は駅の中へ入っていく。

 

 

「それじゃ、今度会うのは入学式かな?」

 

「そうですね。翼さん、入学式に」

 

「またね、翼」

 

 

2人が改札へ入っていくのを確認すると、翼は駅前に止めてあったバイクに乗ると帰宅の途についた。

 

 

———————

 

 

アマゾンに襲われる事もなく、無事に帰宅した2人はその夜、雫からという形で連絡を取っていた。

 

 

「ねぇ、ほのか」

 

『どうしたの、雫?』

 

「翼のこと、どう思う?」

 

『そんな質問するなんて、めずらしいね?』

 

 

ほのかは雫のそんな質問に首を傾げる。

 

 

『今日会ったばっかりだったけど、優しい人かな』

 

「そっか...」

 

 

ほのかの返答に、雫は何処かほっとした表情を見せた。

 

 

『...雫、もしかして翼さんに惚れちゃった?』

 

「!?」

 

『黙っててもそんな顔じゃわかっちゃうよ?』

 

「そ、そんなこと!」

 

『ない、って?』

 

「くぅ...!」

 

 

さすがは親友と言ったところだろうか。

雫は必死で反論するが、ほのかはそれを許さない。

 

 

『...でも、雫の気持ちもわかるよ』

 

「えっ?」

 

『命の危機に助けてくれたんだもんね。 惚れない方がおかしいと思うよ?』

 

「なら、ほのかは?」

 

『私はなんか...こう...そう! 雫の気持ちが【恋】なら、私の気持ちは【親愛】、かな』

 

「それって同じじゃ...」

 

 

だが言葉に出す事で雫は気づいた。

自分が今日初めて会った【水澤翼】という存在を何も知らないのに、恋をしていると言う事に。

 

 

『私は雫を応援してるよ? 』

 

「うん...」

 

『翼さんの事は今日初めて会ったから知らない事の方が多いけど、これから3年間は一緒に学校生活をするんだから、振り向かせるチャンスはいっぱいあるよ!』

 

「うん!」

 

 

翼の事をもっとたくさん知りたい。

雫はそう思うとほのかとの連絡を終え、ベッドへ寝転がる。

 

 

「高校、楽しみだなぁ...」

 

 

そう言うと、睡魔へ引き込まれていった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

入学式の前

真新しい白い制服。

所々に水色と黄緑色が混じった様な色をしている部分があり、胸や肩外側には花の紋章が入っている。

魔法大学付属第一高校の制服である。

翼はそれに腕を通し、状態を確認する。

 

 

「...問題なし、っと」

 

 

今日は第一高校の入学式。

翼は雫やほのかと現地で集合しようと約束しており、その予定の時間まではまだ1時間以上あるが—

 

 

「ちょっと早く出ないとな...」

 

 

翼が住んでいる家から一高まではかなり距離があり、家の近くには駅がない。

そのため学校側から特別にバイクでの通学を認められている。

 

 

「さてと、行くか」

 

 

レンチンしたハンバーガーを取り出して口に運びつつ、家の扉を開けてガレージへ向かう。

いつもの場所に鎮座しているバイクをガレージから外へ出し、制服の上からライダースーツを羽織る。

ガレージの戸を閉めてバイクを起動し、フルフェイスのヘルメットを被る。

 

 

「戸締まりよし。約束の時間までには間に合うな...行くか」

 

 

そう言うとバイクに跨り、颯爽と走り出した。

 

 

————————

 

 

「...翼遅い」

 

「いや、ね? 雫、私たちが早いんだと思うけど」

 

 

第一高校の校門前。

そこには雫とほのかの2人組が翼を待っていた。

かと言っても翼が遅れているわけではない。彼女達が来るのが早過ぎたのだ。

 

 

「翼さんに会えるの、そんなに楽しみだった?」

 

「そんなこと、ない。 入学式が楽しみなだけ」

 

「ほんとー? それにしてはかなり早く連れて来られたんだけどなー?」

 

「...」

 

 

やはりほのかは鋭い。

雫はそう考えると視線を再び駅の方へと戻す。

約束の時間まではまだ10分以上残っている。

やっぱり早く来過ぎたと思っていると、駅の方から低いエンジン音が響いてくると同時に、バイクが一台やって来た。?

 

 

「おーい」

 

「翼!」

 

「バイクですか!?」

 

「よいしょっ、と...驚かせたかな? 実は家が遠くてね。 学校から特例措置って事で許可を貰ってる」

 

 

翼は2人の近くにバイクを停めるとヘルメットとライダースーツを脱いでトランクに入れると、トランクからアタッシュケースを取り出す。

 

 

「そのアタッシュケース...」

 

「ん?ああ...まあね。何かあったら対処しなきゃいけないし。 中身は言わないでくれよ?」

 

「わかった」

 

「わかりました」

 

「んじゃ、行く? 確か講堂だったよね」

 

「そうだな」

 

 

翼はあらかじめ通達されていた場所にバイクを停め、3人は講堂へと歩き出した。

 

 

———————

 

 

「ここ3つ空いてますね」

 

「ここにしようか」

 

「うん」

 

 

講堂へ入った3人が見たのは、前側の席の一科生と後ろ側の席の二科生ですっぱりと分断された新入生の席のエリアだった。

そんな中、ほのかが選んだのはちょうど真ん中少し前に位置していた席だ。

 

 

「すごいね、これ...」

 

「一高では一科生と二科生の差別があるらしいけど、差別が無くならないのはこの時点で交わろうとしないからだと思う」

 

「そう言えば入学時点での違いって...」

 

「展開までのスピードだけなんだよなぁ...だけど、まあ選民思想も甚だしいね」

 

「私は、二科の人から学べる事もあると思うよ?」

 

「むしろその方が普通だよ...」

 

 

そんな事を駄弁っているとそろそろ入学式の開始時間へ近づいて、周囲の話し声も少なくなってくる。

完全に話し声が消えると、舞台端に立った司会進行役が入学式の開始を宣言した。

 

 

 

 

 

3人の高校生活の始まりである。



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。