真・失恋王 (ランプライト)
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第一章 「失恋王 vs キューティトラップ」
001


昭和の趣を漂わせる落ち着いた雰囲気のエントランス、風通しの良い長い廊下、薄暗い無機質な校舎には生徒達の甘酸っぱい感情が彩りその歴史の長さ分だけ重ね塗りされている、

 

神奈川県立北辰高校

湘南に所在する比較的お上品な生徒が集まる一般的な進学校である、

 

その北辰高校の新学年始業式の朝、新入生クラス分けの掲示板の前には騒めく人集りが出来ていた、何故ならそこにはまるで2次元から抜け出してきた様なトレランスゼロな美少女が一人、

 

落ち着いた雰囲気の佇まいに凛と美しい立ち居振る舞い、かつて傷一つ付けられたことのない透き通る様な白い肌、シンメトリーに整った顔立ちには大きく澄んだ瞳とそれを縁取る艶かしい睫毛、高く通った鼻筋に控えめな口元、肩よりも長いストレートな黒髪には濡鴉な艶が朧げなオーラを纏って見える、

 

初めて見たその美少女はじっと掲示板を見つめて、ぎゅっと口を真一文字に結んでいた、

 

 

 

ーーー

「よう!失恋王、また同じクラスだな、」

 

と、いきなり肩を組んできたのは如何にもチャラく制服を着崩した長身の男子、同中の大して仲が良かった訳でもない知り合いの鎌塚有人が馴れ馴れしく声をかけてきた、それよりも、

 

「何だ、その失恋王ってのは?」

「ピッタリな二つ名だろ、なんせ今やお前は南中の伝説だからな、」

 

確かに、俺は中学の卒業式の卒業生代表挨拶で当時片想いしていた西野敦子に公開告白して見事に振られたのであった、西野とは修学旅行で同じ班になり、何かと世話を焼く内に懐かれて気が付いたら俺の方が堪らなく好きになっていた、その後高校受験で学校が別々になり次第に気不味くなって距離を置かれる様になって、挙げ句の果てに一縷の望みを託した公開告白で大泣きさせて、それ以来彼女に近付こうものなら哀れストーカー扱いされてしまう始末、

 

「それにしてもすげぇ美人だな、今度はあの子狙ってんのか?」

「まさか、恋愛は人生の無駄遣いだ、もう二度とするものか、」

 

そうだ、俺は後悔し、猛省し、確信したのだ、

だからもう二度と、俺は恋愛など信じない、

 

全ての恋愛は、独り善がりな好意の押し付けにすぎないからだ、

貴方の事が好き、いつも貴方と一緒にいたい、貴方の為なら何でもしてあげたい、

その強い思いの中に「貴方」が入り込む余地などまるでない、

 

「おい、待てよ、一緒に行こうぜ、」

 

俺の黒歴史を知る男とは出来れば連みたくないものだが勝手に付いて来るものは仕方ない、と、人垣を掻き分けて出ようとした途端に、俺は一人の可愛らしい眼鏡男子とぶつかってしまう、

 

「あ、すみません、」

「悪い、こっちこそ前を見ていなかった、」

 

背丈は小学生の甥っ子と同じ位だろうか、華奢な作り身体に細い手脚、一瞬幼女と見間違えてしまいそうになるあどけない顔立ち、差し伸べた手に捕まる指は少しヒンヤリと冷たくて、

 

「今日コンタクト忘れちゃって眼鏡の度が合ってなくてよく見えなくって、」

 

何だかオドオドして目を逸らして、まるで俺が虐めてるみたいで気がひける、

 

「もしかして掲示板が見えてないのか?」

「うん、もう少し人が減ってから近くに行こうと思ってたんだけど、」

 

「見てやるよ、名前、何て言うんだ?」

「え、そんないいですよ、悪いです、」

 

どうにもこうウジウジしてる奴を見てられないと言うか放って置けないのが俺の小学生の頃からの悪い性分だった、

 

「これ位の事で一々気にすんな、名前何てんだ?」

「高野、早美都、です、」

 

「1年2組、おんなじクラスみたいだぜ、」

 

早速有人が掲示板から名前を見つけ出す、

 

「そうか、俺は京本宗次朗、これから一年宜しくな、」

「はい、」

 

極度の恥ずかしがり屋なのだろうか? 男の娘は俯いたまま小さな声で耳まで真っ赤になってる、……ん? 男の娘?

 

 

 

ーーー

教室に入ると教壇の上に四角い箱が置いてあって黒板に大きな文字で、『席順を決めるくじを一枚引いてください、』……と、書かれてあった、

 

俺は指示された通りに箱の中から折りたたまれた紙切れを一枚抜き取って、開くと中には数字の『5』、黒板に張り出された席順を見ると廊下側の前から数えて5番目、一番後ろの席か、

 

早速鞄を掛けて腰掛けようとすると、目付きの悪い頭の残念そうな男子が近づいてきて机に手をついてもたれ掛かる、何故だか使い古された野球部のジャンパーを制服の代わりに引っ掛けている、

 

「あのさ、良かったら席交換してくんないかな? 俺らダチ同士後ろに固まってんだよね、それに俺の方が先に来てた訳だし、文句ないよね、」

 

見ると、似た様な今時絶滅した筈のチンピラっぽい男子生徒達が三、四人、隣の隣の席の周りに屯っている、

 

「別に構わないよ、」

 

俺は野球部ジャンパーのナントカ君とクジを交換して13番の席に着く、

 

「お人好しだな、」

 

結果俺の後ろの席になった有人がニヤケながら俺の背中を指で突く、はっきり言ってウザいから無視、……早美都はと見ると一番窓際の前から二番目で何だかこっちを見て苦笑いしている、

 

と、突然教室内が騒然となる、

 

さっきクラス分けの掲示板の前で見かけたあの美少女が登場、同じクラスだったのか、

 

「あ、席決めのクジを一枚引くんだそうです、」

「あ、そうなんですね、」

 

早速優等生っぽい男子が世話を焼いている、それにしても見れば見る程に良い所のお嬢様っぽい雰囲気で、凡そこんな一般家庭の子女が通う様な学校の教室が場違いに見える、

 

「18番ですね、窓際から三番目の列の、前から三つ目の席です、」

「ご親切にどうも有難うございます、」

 

クラス中の男子が一斉に彼女の一挙手一投足を目で追い掛ける中、優等生のエスコートで美少女は俺の左隣の席に着く、なんだかさっきのジャンパー君が舌打ちしている、

 

「初めまして相田と申します、宜しくお願いします、」

「ああ、宜しく、」

 

相田は俺と有人に丁寧なお辞儀をして挨拶、それでしゃんと背筋を伸ばして椅子に腰掛ける、背凭れにもたれ掛からない奴なんて初めて見たかも知れない、二人が手を伸ばせば指先が触れ合う様なパーソナルスペースにこれまでに経験した事のない様な心地好い匂いが漂っている、

 

 

 

ーーー

「ほい、席に着け、みんな自分の席は有るか?」

 

見た目如何にも温厚誠実そうな中肉中背の中年教師が登場、騒ついていた生徒達は仕方無しに銘々の席に散らばる、……中年教師は黒板を乱暴に消すと、白いチョークでカツカツと結構綺麗な字で縦書きに名前を書きだす、

 

「国分陽太です、このクラスの担任です、受け持ちは現国、一年間宜しくお願いします、」

 

シンと静まり返ったまま呆気にとられている生徒達を置き去りにして結構マイペースで強引らしいこの教師は更に無茶振りを続ける、

 

「それではクラス委員を決めたいと思います、誰か立候補したい人?」

 

まさか隣の奴が誰かも分からない新入学登校初日の朝一で自ら学級委員に立候補する奴なんているのか? と思っていたら、

 

「はい、」

 

と、元気良く手を挙げたのはさっきの優等生、教室の此処そこからヒソヒソ笑い声が漏れる、

 

「おう、積極的で良いな、君の名は?」

「上野です、」

 

「趣味は?」

「特にありません、強いて言えば、映画鑑賞かな、」

 

「最近どんな映画見た?」

「フィールドオブドリームスです、」

 

「渋いな、他に立候補する奴はいるか?」

 

再びシンと沈黙する教室、

 

「じゃあ決まり、上野、宜しくな、後一人上野が誰か副委員長を指名しておいてくれ、」

「わかりました、」

 

 

 

ーーー

始業式の為に講堂へ移動を開始、

 

「流石、上野、」

「宜しくね、」

「おう、」

 

数人の男女が擦れ違いざまに優等生に声を掛ける、どうやら上野はそれなりに人望が有る男らしい、

 

その人望ある上野君が俺の席の前にやって来て、

 

「あの、良かったら、副委員長を引き受けて貰えないかな?」

 

俺の隣の席の美少女に声を掛けた、いやはや確かに何とも積極的な奴、

 

「はい、私でお役に立てるなら、」

 

そしてこっちも驚きの二つ返事、

 

「宜しく、上野太郎です、」

 

と、上野が颯爽と差し出した握手の手に、

 

多少困った風に苦笑いしながら、キチンと立ち上がってお辞儀で返す美少女、

 

「相田美咲です、こちらこそ、宜しくお願いします、」

 

まさに完璧清楚可憐な良い所のお嬢様、それが相田美咲の第一印象だった、



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002

春の風が花弁に輪舞曲を舞い躍らせる正午過ぎの陽気の下で、

 

「クシュん!」

 

と可愛らしいくしゃみが何処かで一つ、俺は食べ終わった弁当箱を流しで軽く濯ぎながら大きな欠伸を一つ、ふと顔を上げると運動場の隅の水飲み場の日向で白い猫が丸まって居るのが見える、

 

「平和だな、」

 

それで席に戻るとクラスメイトの和田兵庫がやってきて何の前触れもなく恋愛相談を始め出した、

 

「京本、恋愛に詳しいんだってな、「失恋王」とか言われてるって本当?」

「有人が勝手に言ってるだけだ、」

 

「実はさ、俺、好きな子が居るんだけど、意見聞かせてくれないかな、」

 

コイツ人の話を聞く気があるのかそれとも無いのか? それにしたって高校生活始まってまだ一週間だと言うのにもう誰かに惚れたのか? 全くコイツは高校生の本文は学業だと言う事を知らないのだろうか?

 

「何で俺に相談する?」

「失恋を極めて恋愛を卒業した京本なら、的確な意見をもらえると思って、」

 

「へぇ、凄いね宗次朗、」

 

色白ショートカットで睫毛の長い男の娘が俺の隣の席で眼を輝かせている、始業式以来何故かこの可愛らしい男子に俺は懐かれてしまったらしいが、まあ、それは置いといて、

 

どうやら和田兵庫が好きになってしまったのはクラス1、イヤ今や間違いなく学校一の美少女、相田美咲で間違い無かった、確かにファッション雑誌のモデルとかTVに出ているアイドルとか言われても信じられる規格外の可愛らしさで、その上頭も良くて誰にでも親切で言葉使いも上品で何時もニコニコしていて何処と無く気品に溢れていて、……こういう高嶺の花はクラスの共有財産として黙って愛でて楽しんでいれば良いものを、告白して恋人にして独り占めして学校中を敵に回す事も厭わないとか、全くご愁傷様である、

 

「同じ教室で同じ空気を吸っているなんてある意味「奇跡」だとは思わないか?」

 

成程、相田の一つ前の席が和田なのか、全く単純な運命主義者だな、

 

「それによると少なくとも同じ奇跡を共有している男が20人は居るって事だが、それでなくても相田じゃライバル多いだろう、お前にどれだけのアドバンテージが有るって言うんだ?」

 

「俺、相田さんと席が前と後ろだろ? プリント回す時にすっごいニコって微笑んでくれたり、時々大した用も無いのに俺の背中をツンツンってつついて来たりするんだぜ、これってつまり俺に気があるっていう事じゃ無いのか?」

 

それ位なんだ、俺は西野敦子に足の指で脇腹を抓られた事だってある、それだって他愛のない意味の無い悪戯でしかなかったのだ、女子がする事にいちいち恋愛的意味付けをすると言うのは、彼女達の人間としての人格を否定する事に他ならない、人間だもの、当然涎も垂らせば、おならだってする、大体相田がこいつの背中をツンツンしたのはこいつが授業中に居眠りしていた時に教師に当てられそうになっていたからだ、

 

「いいか、この世には恋愛における2大法則がある、一つは「恋とは知りたいと思う気持ちで、愛とは失いたくないと思う気持ち」だと言う事だ、もう一つは「多くの恋愛が成就しない最大の理由は、お互いのペースが違っているから」だ、片方が一方的に突っ走ったらそれはただの迷惑、恐怖でしかない、」

 

「ほう、それで?」

 

「つまりお前が彼女の事を知りたいと思っているのと同じ位に彼女がお前の事を知りたいとアプローチして来ないのなら、今は脈は無いと言う事だ、そして本当にお前が彼女と恋人になりたいと思うなら、彼女のペースに合わせて軽率なアプローチは控える事を進める、」

 

「そういうもんなのかな?」

 

何だか合点がいかない様子でスゴスゴと引き返す和田兵庫、後日、と言うかこの一日後、結局和田は相田に告白して、見事振られる事となる、

 

 

 

ーーー

「じゃあ、お店選びは放課後に二人で検討しましょう、」

「はい、分かりました、」

 

委員会の打ち合わせから戻ってくる上野と相田の学級委員長コンビ、誰が見ても相田美咲争奪戦を一歩リードするのはこの積極性優等生、上野太郎で間違いなかった、

 

それにしても同じ高校の制服だというのに相田美咲が袖を通すとまるでオートクチュールの様に見えるから不思議だ、デパートでマネキンが着ているステキな服を試着して見た時の何だか違ってる感じで、すれ違う女子の着こなしがチンチクリンだったりツンツルテンだったりに見えてチョット気の毒になる、どうやらこれには手足の長さと頭の大きさのバランスが深く関係しているらしい、

 

「相田さん、今週末って暇? 神崎君達とボーリング行こうって言ってんだけど、どうかな?」

 

そして席に着くなり最近スクールカースト一軍を確立しつつ有る神崎グループの微ギャルコンビ、牧野五十鈴と浜野優子が話しかけてくる、牧野はポッチャリ系養殖ギャル、浜野は清楚ビッチ系天然物といった感じ、それにしても二人ともちょっと屈んだだけでパンツが見えそうな位スカート丈が短いが、俺は改めて太腿は見せれば良いと言うものでない事に気付かされる、太めずん胴の脹ら脛とか首から上の印象で株価の暴落した絶対領域ならずっとそっとして置いてくれた方が良かったに違いない、

 

「すみません、週末は家の手伝いが有って、折角お誘い頂いて申し訳ないんですが、」

 

そして相田は相手がギャルだろうとキチンと椅子から立ち上がって礼を失せぬ対応、

 

その足下はと言うと、学校規定の標準膝丈スカートであるにも関わらず、スラット控えめなお尻から恐らく絶妙な曲線で縁取りされるであろう隠された太腿のシルエットと、スカートの裾からチラリと覗く膝裏の窪みから緩やかに伸びる柔らかそうな脹ら脛のカーブ、更に細い足首へと収斂し上履きに覆い隠された魅惑の踵へと続く完全無欠のライン、……思わず意味もなく動悸が激しくなるのを止められない、

 

元来日本人は着物の裾からチラリと覗く素足の足首だけで十分にエロスを感じる侘び寂び文化を嗜む民族なのだ、

 

「宗次朗のエッチ、」

「ん?」

 

振り向くと、早美都が膨れっ面で俺の事を睨んでた、

 

 

 

ーーー

英文法の宇佐美女史が登壇、教科書を開いて午後の授業を開始する、

 

ふと見た相田がホッと溜息を一つ漏らす、それで、それを俺に見られていた事に気付いて恥ずかしそうにチョット顔を赤らめて今一度姿勢をしゃんと正して黒板に注目、

 

まあ、あれだけ引っ切り無しに勧誘されたら誰だって疲れてしまうに違いない、人気者も大変だな、……と、今度は有人がツンツンと俺の背中をつつく、

 

「伝言メモ、」

 

そう言って宇佐美女子に気づかれない様に小さく畳んだメモを俺にパスする有人、

 

メモには『相田さん宛』と書かれてある、一体誰だ? そして何時の時代だ?

 

俺は黙ってそれを自分の机の引き出しにしまう、こんな物を相田に手渡すのは何だか小っ恥ずかしいし、そもそも不真面目だ、そしたらイキナリ何処からともなく消しゴムを小さく千切ったカスが飛んできて俺の頭を直撃、どうやら一番後ろの席を陣取った柄の悪いグループらしいが敢えて無視、……更にもう一発消しゴムのカスが飛んで来て直撃、

 

 

 

ーーー

「相田さんって凄いね、」

 

放課後、一緒に帰ろうと早美都が声を掛けてくる、

 

「ん? お前も相田の事が気になるのか?」

「違うよ、そうじゃなくって、さっきの授業の模範解答、」

 

確かに、相田は授業範囲は完璧に予習出来ているらしく、教師も驚き参考書も顔負けの模範解答の連発だった、恐らく全教科全方位抜かりなし、

 

「頭も良いし、すごくモテるし、」

 

確かに、毎日授業終わりは、恐らく今も誰かしらからの呼び出しで愛の告白を受けているみたいだ、入学して未だ一ヶ月も立っていないと言うのに何という運命の出会いの発生頻度の高さ、

 

「それにとっても親切だし、」

「なんだ、お前やっぱり気があるんじゃないのか?」

 

早美都がちょっと顔を赤らめている、

 

「違うってば、この前職員室にノート集めて持って行く時に助けてもらったの、それだけ!」

「何故ムキになる?」

 

「僕さ、小学校の時に友達のお姉さんに悪戯された事があってそれ以来女子が苦手なんだよね、だから恋愛とかあり得ないし、」

 

「どうでも良いけど穏やかじゃないな、悪戯って、何されたんだ?」

 

「無理矢理女の子の格好させられたりとか、」

「なんだそれ、面白そうだな、」

 

途端に頬っぺた膨らませて真っ赤になって怒りだす早美都、

 

「もう、宗次郎にそんな事されたら僕一生引きこもるからね!責任とってよ!」

 

そこへ戻ってくる相田、

 

「お二人は仲が良いんですね、」

「僕今虐められてたんですけど、」

 

「お前が凄い奴だって話ししてただけだよ、」

 

「そんな、私なんか未だ未だです、京本さんの方が落ち着いていらっしゃると言うか、頼りになるお兄さんって感じで素敵です、」

 

そう言ってニッコリ微笑む相田の顔が見れなくて俺は敢えて目を逸らす、

 

「変な事言ってんじゃねえ、」

 

「こいつは落ち着いてるって言うより人生諦めてるって感じだからな、」

 

とっくに帰った筈なのに何故か引き返して来てここぞとばかりに会話に割り込んでくる有人、

 

「え?どうしてなんですか?」

「知りたい?失恋王の伝説、」

 

「気になります、」

「つまんない話してんじやねえよ、」

 

「相田さん、そろそろ行こうか、」

「あ、はい、」

 

そこへ割り込んで来る学級委員長、なんだかちょっと独占欲丸出しっぽくて嫌味な感じ、

 

「よう、委員長特権でデートか?」

 

すかさずチャチャを入れる有人に、

 

「そんなんじゃないよ、下品な奴だな、クラスの懇親会の打ち合わせするんだ、」

 

図星をつかれたのか顔が赤くなってる委員長、

 

全く、頭の中お花畑な連中のなんと多い事か、



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003

ある晴れた日の放課後、机の中から持ち帰る教科書副読本を引っ張り出していると、一枚の紙切れが床に零れ落ちた、

 

そう言えば、先日後ろの席の不良から回ってきた相田宛ての伝言メモを預かったままだった、どうせ大した事は書いていないだろうが、と拾い上げると『京本様へ』と書いてある? ……それで相田宛のメモはと言うと机の引き出しに入ったままで、どうやら誰かが俺宛に書いた別のメモらしい、

 

「誰だ?」

 

小さく可愛らしく畳まれた俺宛のメモ、差出人は不明、十中八九、不良グループの悪戯だろうが、それなら何故元の相田宛てのメモを回収していかなかったのだろうか?

 

開けてみると結構綺麗な女子っぽい字で『放課後、旧校舎の空教室迄来てほしい』と書いてある、いや、俺は決して勘違いなどしない、何処にも一言も俺の事が好きだと言う意味合いの言葉は書かれていないし、もしかしたら新手のカツアゲか不幸か呪いの手紙の類いかも知れない、

 

とは言っても万が一という事もある、

 

そもそも俺はとっくに恋愛脳なる器官を切り捨てたのだから今更誰かに告白された所で俺が正気を失う事など無いのだが、失恋がキツくてしんどいのは知っているし、告白には生半可でない勇気とエネルギーが必要な事も知っている、つまりコレが万が一本当に俺に好意を寄せる女子からの呼び出しだったとしたら、俺はそんな女子の決死の覚悟を既読スルー出来る様な人非人では無いし、キチンと話だけは聞いてその上でキチンと返事をする位の常識的な責任感は持ち合わせている、

 

 

 

ーーー

俺は「一緒に帰ろう」と声を掛けて来た早美都を先に帰らせて指定された教室へと向かう、が、約束の時刻には未だ暫く猶予がある様だった、

 

教室の中を一通りぐるりとチェックして、身嗜みにおかしな所が無いか今なって気になって来て、何だか次第にソワソワしてきて一旦落ち着こうと隅っこに重ねられた机を一つ引っ張り出してきて腰掛ける、

 

それにしても俺に気があるとかどんな変わった女子なんだ? 未だ入学して来て二週間、それ程目立った活躍もしていないし、元々中肉中背で大したイケメンでもない、強いて言えば中学の卒業式で公開告白して振られた失恋王とか訳の分からない二つ名を持つチョット変な男子である、

 

神崎グループの微ギャルコンビ? いや、あいつらがグループの男子狙いなのは見え見えである、それとも上野率いる優等生グループのコガネムシトリオ?理由が分からん、可能性が高いとしたらオタク女子グループの誰かか、……いや、そもそもこの俺がラブレターを貰える妥当性のある論理的な説明がつかない、これは矢張り誰かの悪戯と考えるのが妥当かと思われ、

 

チラリと見た腕時計の文字盤は、未だ指定時刻の6分前だ、

 

後、もう少しだけ待ってみて、時間になっても誰も来なければそのまま帰る事にしよう、……と、言う訳で隅っこの椅子に腰掛けて持ってきた自己啓発の新書をぼーっと読んでる内に、

 

何時の間にか俺は眠ってしまったらしい、

 

 

 

ーーー

「もう、帰ってしまわれたみたいですね、」

「あの堺屋とか言う奴がシツコいから時間かかっちゃったんだもん、美咲は悪くないよ、」

 

「あ〜あ、疲れちゃった、」

「まあ、お行儀悪いですよ、」

 

話し声? に気が付くと、どんだけ寝相が悪いんだか俺は積み重ねた机の陰に隠れる形で床の上に寝っ転がっていた、どうやら話し声の主達は俺が此処にいる事には気付いていないらしいが、

 

「それにしてもヤンなっちゃう! 毎日毎日告白告白、もう面倒クチャい!」

「好意を持って頂けるのは有難い事ですよ、」

 

上品なお嬢様口調はどうやら学園のアイドル相田美咲で間違い無い様だが、もう一人の幼児言葉は一体誰だ? どっちにしても二人きりじゃ無いとすると、告白とかそう言う類の話では無さそうだ、

 

俺は制服の汚れを払って立ち上がり、

 

「悪い、眠っちまってた、」

 

そこに信じられない物を見る、俺に気付いた相田美咲も又、真っ青な顔で俺を凝視していた、

 

そこには相田美咲一人きりしか居なかったのだ、

 

「あれ? 今もう一人誰か居なかったっけ?」

「何の事かにゃ?」……ネコ?

 

そして可愛らしくピンと立てた相田の人差し指には、縫いぐるみの猫の指人形、……もしかしてお人形さんとお話ししてたの?

 

 

 

ーーー

「お見苦しいものをお見せして申し訳ございませんでした、」

「面白いものを見せてもらってとてもラッキーでした、」

 

真っ赤になってひたすら頭を下げる相田美咲さん高校一年生、

 

「出来ればこの事は秘密にしておいて頂けると有難いのですが、」

「うーん、どうしようかな、」

 

いや、悪い事だとは分かっているのだが、あの完璧お嬢様優等生、相田美咲が猫の指人形でにゃーん、とか、面白すぎてついつい揶揄いたくなってしまうのはどうしようもなくしょうがない、

 

「そうだな、もう一回やって見せてくれたら秘密にしておいてやっても良いぞ、」

 

今にも泣き出しそうな顔で耳まで真っ赤にして恥ずかしがる相田美咲さん高校一年生、

 

「京本さんは意地悪です、」

 

一瞬スピリチュアルか中二病かと心配したが、この一人遊びは相田美咲のストレス解消法なのだと言う事らしい、良い所のお嬢様は家族にも泣き言我儘言えなくて代わりに自分で自分に愚痴を零す内にこの一人遊びが癖になっちゃったと言う事らしい、それでとてつもなくどうでも良い事なのだが幼児言葉混じりの甘えん坊の猫の名前はみーちゃと言うらしい、みーちゃ、みーちゃき、みさき、……成る程、

 

「それ、もしかして何時も持ち歩いてるのか?」

「はい、」

 

相田は渋々ポケットから縫いぐるみの指人形を取り出して見せる、

 

「よく見ると結構年季が入ってるな、」

「私が4歳の頃からの御守りなんです、」

 

所々破けたところを継ぎ接ぎに縫い直してあるし、ケモ耳も片方ペロンペロンに草臥れている、

 

「どうしてもやらないと駄目ですか?」

「みたいな〜、」

 

「こほん、」……と、相田は一つ咳払いして、指人形を装着、

 

男の加虐心を唆らずにはいられない絶妙の上目遣いで俺を見る、

 

「初めまして宗次朗くん、アタイみーちゃ、宜しくね、」

 

学園のアイドルにいきなり下の名前で呼ばれて、フワフワする様な甘酸っぱい胸の感動が鳴り止まない、

 

「でも、一人称がアタイとか、どう言うキャラ設定なんだ?」

 

「みーちゃは世界中を旅して回るロシアのサーカス団の曲芸猫なんです、それで怖い団長から逃げ出して迷子になっていた時にウチに来てお友達になりました、と言う設定です、」

 

恥ずかしそうにしながらも真剣に役作りして声色を変えて一生懸命に指をピョコピョコさせる相田美咲は反則級に可愛らしくて、ついつい同時多発的に虐めたくなってしまう、

 

「しかしよく見るとお前絶妙に間抜けと言うか変な顔してるな、」

「酷いよひどいよ、これでもアタイ女の子なんだよ、」

 

「そうか、みーちゃはメス猫なんだ、」

「うん、めす、……」

 

真っ赤になり過ぎて冷や汗かき過ぎて今にも死にそうになっている相田美咲をこれ以上虐めるのは流石に可愛そうになって来た、

 

「それで俺に用って何なんだ?」

 

 

 

ーーー

「誠に申し訳ないのですが、携帯電話を貸して頂けないでしょうか、」

「携帯、忘れたのか?」

 

そしてそれを何故、大して親しくもない俺をこんな所に呼び出してまで頼む?

 

「そうでは無いのですが、……」

 

何だか訳ありなのは一目瞭然だが、言葉を詰まらせて顔を真っ赤にする学園のアイドルを見ていると、どうにかしてやりたくなるのはどうしようもなくしょうがない、

 

「変な事に使うなよ、」

 

俺はスマホのパスコードをロック解除して相田に手渡した、

 

「ありがとうございます、」

「でも、どうして俺なんだ? 上野とかの方が仲が良いんじゃ無いのか?」

「上野さんはとても優しくして下さいますが、少しお願いしにくいと申しますか、」

 

オドオド困り眉の潤んだ瞳で怯えた様に上目遣いする相田美咲を見ていると、ついつい意地悪したくなって来るのはどうしようもなくしょうがない

 

「ふーん、でも、俺なら良いんだ、」

「京本さんは信頼できると言いますか、」

 

「同じクラスになって未だ一ヶ月も経ってないのに?」

 

可愛らしい唇を真一文字に噤んで、暫し考え込む学園のアイドル、

 

「そうですね、最初からキチンと理由を説明すべきでした、」

 

それから一つ深呼吸して、

 

「実は、」

 

相田美咲には中学の頃に付き合っていた彼氏がいたらしい、本当ならこの北辰高校に一緒に通う筈だったのだけれど、実際にはそいつの名前はクラス分け掲示板の何処にも無くて、それ以来連絡も付かなくて、恐らくこのハプニングにはソイツとの交際をよく思わない相田の父親が絡んでるに違いなくて、漸く手に入れた新しい連絡先に電話してみようとするも、相田の携帯からの履歴が残るのは不味かろうと言う事で、新しい学校で知り合いも無くどうやら人畜無害そうと言うか恋愛沙汰に興味が無さそうな俺に白羽の矢を立てて協力を仰いで来た、……と言うのが事の顛末らしい、

 

「此処で少しの間待ってて頂けますか?」

 

相田はそう言うと顔を赤らめたまま教室を出て行ったっきり、俺は再び眠くなりそうなビジネスマン向け自己啓発のページを捲る、

 

 

 

ーーー

「どうも、ご迷惑をお掛けしてすみませんでした、」

 

20分後、ガラッと教室の扉が開いて元通り清楚可憐な相田美咲が戻ってきた、

 

「もう、済んだのか?」

「携帯には出て貰えませんでしたけど、一応、メッセージは残しておきました、」

 

相田はハンカチで綺麗に拭いたスマホを俺に返すと、

 

「この御礼は何時か必ず、」

「良いよ、これ位の事で気にすんな、」

 

「それで厚かましいお願いなんですけど、今日の事は秘密にして頂けませんでしょうか?」

「心配すんな、誰にも言わないよ、」

 

女子と同じ秘密を共有する事に何の意味が有るのかと言うと、そんなモノには特段なんの意味が有る訳でもない、男同士だって似た様な事はするだろう、

 

「後もう一つだけ、お願いしても宜しいでしょうか?」

「内容によりけりだけど、何?」

 

申し訳なさそうにハンカチで顔の下半分を隠して困り眉で俺の眼を覗き込む相田美咲は成る程可愛らしくて、これじゃみんな好きになっちゃう訳だ、

 

「実は彼、写真が趣味なんです、それで私も影響を受けて始めたんですけど、……それで中学の時に、何時か一緒にコンテストに出ようって約束していたんです、でもうちの高校の写真部は今年部員が一人だけしか居なくて廃部寸前なんです、だから一緒に入ってくれる「お友達」を探してるんですけれど、……京本さん、お願いできないでしょうか?」

 

了承すれば「友達」で、断れば一生「友達」にはなれないのだろうか?

しかし俺は別に高校で「友達」が居なくても困らない、

 

「うーん、どうしようかな、」

 

いや、別に入りたい部が有った訳でもないし、体育会系でもなさそうだし、部員少ないって、つまり五月蠅い先輩も少ないなら別に構わないのだが、どうにも加虐心を擽ぐる相田美咲の困った顔を見ていると悪い事だとは分かっていても、ついつい、

 

「そうだな、みーちゃにお願いされたら考えてやっても良いかな、」

 

そして頬っぺた膨らまして可愛らしく俺の事を睨みつける相田美咲さん高校一年生、

 

「京本さんはすっごく意地悪です、」

 

こういう経緯で、俺は渋々、仕方なく写真部に入部する事になった、



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004

ツマラナイ時間を過ごす時ほど秒針が遅くなると言う事は多くの人の知る所だが、この性質を活かした新しい自己啓発理論を組み立てる事は出来ないかと真剣に悩む位に、四限目茂森の世界地理の授業は詰まらなかった、

 

終業のベルと同時にエントロピーが増大して教室から溢れ出していく生徒達、

 

「相田さん、一緒にご飯食べよ、」

 

そしてスクールカースト一軍の神崎グループの微ギャルコンビ、牧野五十鈴と浜野優子が相田美咲を昼食に誘いにやってくる、

 

「有難うございます、でも、ごめんなさい、お昼休みは生徒会の会議に呼ばれているんです、」

 

「そうなんだ、大変だね、」

「いつも声を掛けて頂いているのに申し訳ありません、」

 

「良いよ良いよ、気にしないで、」

「会議じゃしょうがないよね、」

 

「明日はどうかな? 一度相田さんとゆっくりお話したいんだ、」

「はい、明日なら大丈夫です、」

 

「じゃ、楽しみにしてるね、」

「宜しくお願いします、」

 

窓際後ろに屯った神崎が相田に向かって微笑み掛けながら手を振っているのを遮る様にして、

 

「相田さん、そろそろ行こうか、」

「はい、」

 

学級委員長上野太郎が割って入る、何だか熾烈な水面下の相田美咲争奪戦が始まっている様だが、相田にはもう既に彼氏が居ると知ったらコイツら一体どんな反応するのだろうか、

 

「相田さん、お昼まで会議とか大変そうだね、」

 

早美都が相田が去った後の机を俺の机にくっつけて弁当箱を広げる、重箱2段重ねにびっちりとおせち料理の様なオカズが満載されていて、それとは別に魔法瓶に入った味噌汁と白米、

 

「何時もながら凄い量だな、」

「どれか食べる?」

 

「いや、要らないけど、お前そんなに食べて太んないのか?」

「僕どんなに食べても太らないんだよね、寧ろ太りたいんだけどな、」

 

早美都は華奢な身体つきと幼い顔立ちでしかも立ち居振る舞いがナヨナヨっとしているから時々コイツ本当は女子なのに何か深い理由があって男子としてクラスに紛れ込んでるんじゃないかって、ドラマみたいな設定を勝手に妄想してにやけてしまう、

 

「宗次朗、なんか変な事考えてない?」

「いや、何も、」

 

俺は朝学校に来る前に知り合いのベーカリーで買ってきたサンドイッチ(バゲットにレタスとハムとチーズと茹で卵が挟んである)に齧り付く、

 

「だんだんグループが決まってきたね、」

「ん?」

 

そう言われてみれば、

 

クラスの中はいくつかのグループ分けがはっきりして来ている様に見える、カースト一軍の神崎達のグループ、サッカー部のグループとも言える、後ろの席のちょっと柄の悪いのは二軍落ち寸前の横山達のグループ、こっちは野球部繋がりか、そして三軍は笹本達のオタク男子グループ&金本達のオタク女子グループ、有人達のおちゃらけ遊び人グループは二軍、後数人の女子達が何をするでもなく集まった井戸端会議グループも二軍だろうか、それと上野と奴の同中の男女から成る優等生グループ、こっちも二軍か、

 

「未だにぼっちなのは俺とお前くらいか、」

「ひどい、僕は宗次朗のグループのつもりなんだけど!」

 

早美都は紙の取り皿に唐揚げを取り分けて俺によこす、

 

「でもさ、相田さんって未だどこのグループにも入ってないんだよね、」

「お前って、よく相田の事見てんな、やっぱり気があるんじゃ無いのか?」

 

相田×早美都のカップリングとか、ちょっと面白そうで見てみたい気もする、

 

「それは宗次朗でしょ、僕は宗次朗が何時も相田さんの事気にしてるみたいだから釣られてつい見ちゃってるだけ、」

 

「へ? そうか?」

 

そんなつもり全くなかったのだけれど、

 

「そうだよ、暇さえあれば眺めてるでしょ、自覚無いの?」

「無い、」

 

「恋愛否定主義とか言っときながら、宗次朗も美人の事は気になるんだね、」

 

まあ、全く気にならないかと言われたらそんな事は無い、何しろ相田は高校生にもなって変な顔の猫の指人形で一人遊びする様な愉快な奴なのだから、

 

 

 

ーーー

「入部届、今週金曜日までだから、忘れんなよ、」

 

帰りのホームルームの終わり、見た目如何にも温厚誠実そうな中肉中背の担任現国教師の国分陽太が教室を出て行き際に一言、この学校は何かしらの部活に参加する事を義務付けられているのだった、理由は不明というか意味不明、

 

「宗次朗、入る部活決めた?」

 

大急ぎで帰り支度を済ませた小ちゃくて可愛らしい早美都が俺の席に文字通り駆けてくる、

 

「ああ、俺は写真部に入る、」

 

あれ以来相田美咲とは一度も絡んでいないが、約束だから仕方がない、

 

「僕も一緒の部活に入って良いかな?」

 

何だか一寸上目遣いで照れた感じ? 最近分かって来たのだが早美都って極度の恥ずかしがり屋と言うか人見知りらしい、未だに早美都が俺以外のクラスメイトに自分から話かけるのを見た事が無い、

 

「何処の部に入ろうと自由だ、好きにすれば良いだろう、」

「俺は断然美術部だけどな、でも競争率高いんだよな、入部テストまでありやがる、」

 

と、鎌塚有人が憤慨主張する、誰もお前の希望なんぞ聞いちゃいないのだが、

 

「へえ、お前が絵に興味が有るとは意外だな、」

「何言ってんだ? 美術とかチンプンカンプンだしムンクの叫び以外興味は無えよ、」

 

「なら何で美術部なんだ?」

「いくらお前が「恋愛否定主義」だとか言っても女に興味が無い訳じゃ無いんだろ?」

 

「まあ、普通に生物的にはな、」

 

実際一日の内30分位はその為だけに費やされていたりする、

 

「お前、美術副担任の醍醐先生を知らないのか?」

「あ、僕知ってる、落ち着いた感じの凄く綺麗な先生だよね、」

 

早美都も有人が相手ならインターラップするのも平気らしい、

 

「凄く? いや最高だね、もはや女神と言っても良いレベル、「今年度癒してもらいたいお姉さんナンバーワン」間違いなしだ、ああ、部活で放課後部室に二人っきりとかなったりしたらもうエロ漫画とかAVの台詞しか思い浮かばねえ!」

 

周りの女子達が気持ち悪そうな目でコッチを睨む、

 

 

 

ーーー

「こんにちは、」

 

その日の放課後、俺と早美都は早速写真部の部室を訪れてみる、ほんのチョット気にならなかったかと言われたら嘘になる相田美咲の姿は何処にも見当たらなかった、

 

「わあ、こんにちわぁ!」

 

左右後ろで二つ結びした髪型とオットリ垂れ目にアヒル口、痩せた体型に背丈は150cm位? 部長の菅原博美先輩は全体的に小柄で優しそうで一寸保育園の先生っぽい可愛らしい人だった、

 

「今、部員二人しかいなくてぇ、今年で廃部になるんじゃないかってヒヤヒヤしてたんだぁ、」

 

そして喋り方がチョット特徴的にのんびりしている、こんなので無事にまともな社会人になれるのかチョット心配になってくるレベル、

 

「俺、写真とか全く素人で、機材とか何も持って無いんですけど、大丈夫ですか?」

「僕も、……」

 

「写真部のカメラがあるから心配いらないよぉ、一から全部私が教えてあげるぅ、」

 

そして二人きりの部室で女の先輩が「全部教えてあげるぅ」とか、ちょっと雰囲気エロい、

 

「宗次朗、又何か変な事考えてるでしょ、」

 

そして何故俺の考えている事が分かる早美都!

 

 

 

ーーー

と、そこへ準備室から一人の女教師が現れて、……俺は思わず息を飲む、

 

艶のあるストレートの長髪、切れ長の瞳に長い睫毛、色っぽい唇、適度にむちっとしたボディ、すらりと長い脚、ふーん、ウチの学校にこんなエロ綺麗な先生いたんだ、もはやAV女優と言っても過言では無い、

 

「紹介するねぇ、顧問の醍醐アカリ先生、」

 

相田美咲が清純可憐な美少女だとしたら、アカリ先生は何でも知ってる大人の女性って感じ、相田美咲が瑞々しいと言う表現で例えられるなら、アカリ先生は程よく脂の乗ったという感じ、相田美咲がどうにかしたくなる様なお嬢様だとしたら、アカリ先生はどうにでもしてもらいたくなる様なお姉様って感じ、確かに有人が必死に入れ込むのもわかる気がするが、

 

「って、美術部の顧問じゃなかったんですか?どうして写真部?」

 

「あら、今年は男の子が入ってくれたんだ、」

 

後になって知ったのだが、アカリ先生は今年入った新任教師の小島先生のたっての希望で美術部顧問を小島先生に譲り、今年から写真部の顧問になったのだと言う、

 

何故だか突然優しくハグされる俺? 全ての不安を包み込んで帳消しにしてくれる様な柔らかな胸の感触に一瞬で脳が蕩けて俺は物言えぬ木偶になる、そして耳元でそよ風の様に囁く微かな香水の匂い、

 

「よろしくね、」

 

もしかして俺、からかわれている? 何故?

それで何故早美都は膨れ面?で俺の尻を抓る?

 

 

 

ーーー

一方美術部はポッチャリメガネの小島腐女子の下、ガチ体育会系同人誌サークルになっていた、



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005

偶々俺一人きりで本を読んでいた写真部の部室に相田美咲が現れる、いや、正確にはドアをほんの少し開けてじーっと中の様子を伺っている、……まあ、何てお行儀の悪い、

 

「きょーうもーとさん!お一人ですか?」

「ああ、俺だけだけど、」

 

何だかニコニコ上機嫌で部室に入ってくる相田、何だか相田にしては珍しく落ち着きがないと言うか、なんか舞い上がってる?

 

「なんか良い事でも有ったのか?」

「ふふっ、教えて欲しいですか?」

 

「いや、別に良いかな、」

「えー、そんな事言わないで聞いてくださいよぉ、」

 

学園のアイドル相田美咲がテーブルの俺の前に座って可愛らしい膨れっ面をする、

 

クラスのみんなは実は相田美咲がこんな変顔するなんて知ったらどんな反応するのだろうか、……教室ではしっかり清楚可憐なお嬢様でシャンと背筋も伸ばした相田だが、部室にいる時はちょっとリラックスしてる、と言うか、普通の女の子と言うか生身の人間臭く見えて少し安心する、それにこっちの方が断然可愛いし、それを目の当たりに出来る俺は少し役得だったり優越感だったり、

 

だからついつい調子に乗って、

 

「そうだな、みーちゃの話だったら聞いてやっても良い、」

 

学園のアイドル相田美咲がテーブルの俺の前に座って可愛らしい顰めっ面をする、

 

「京本さんはやっぱり意地悪です、」

 

みーちゃとは相田が小さい時から大切にしている変な顔をした猫の縫いぐるみの指人形の事だ、

 

「もしもし宗次郎くん、ねえ、聞いて聞いて、」

 

相田はポケットから取り出したパペットを人差し指にはめて、……って本当にやるのかよ、

 

「何だよ、」

 

茶番だとは思いつつも言ったからには付き合ってやるしかないか、て言うかコレ結構恥ずかしい、

 

「美咲ちゃん、今度彼氏とデートするんだってぇ、」

「ほう、無事彼氏と連絡取れたのか、良かったな、」

 

嬉しそうにニコニコしながら指人形をピコピコ動かす相田美咲さん高校一年生、

 

「宗次朗くんのお陰だよ、ありがとう!」

「それで、何処行くんだ?」

 

「ルスツにあるリゾートパークだよ、」

「へー、遊園地デートか、ベタだけど良いんじゃねえのか、ん?」

 

なんかスッと腑に落ちない、

 

「ルスツ?」

「うん、ルスツ、」

 

「ルスツって何処だっけ?」

「北海道だよ、もしかして宗次朗くんは地理が苦手なのかな?」

 

「って、なんでわざわざ北海道なんだ?」

 

いきなり声を荒げた俺にビクっとたじろぐ相田、ちょっと涙目になってる、

 

「豊田くん、今北海道の全寮制の私立高校に通っているんですけれど、外出許可がとっても厳しいんだそうです、でもその日は丁度同じ高校のお友達と一緒にリゾートパークにお出かけする外泊許可が取れたので、その時に少しでも会おう、と言う事になりまして、」

 

「ちょっと待て、外泊?」

「お昼はお友達と約束があるので私と会うのは難しいそうです、でも夜なら会えるかもって、」

 

「夜?」

「はい、リゾートパーク内にあるホテルで待ち合わせする事にしようかと思います、」

 

夜?ホテル?外泊?

 

「つまり、お前とその彼は、そう言う仲なのか、いや、駄目とか言ってる訳じゃなくて、上流階級の常識という物がよく分かってないんだが、もっと不純異性交遊には厳しいんじゃないかと思ってたんだけど、違うのか?」

 

「不純?異性?交遊?」

 

学園のアイドル相田美咲がテーブルの俺の前に座ってなんだかキョトンと首を傾げる、

 

「ホテルに一緒に泊まるって事は、つまりそう言う事をするって、そう言う事じゃないのか?」

 

「そういう事?」

 

5秒待ってから、…………真っ赤になる相田美咲、

 

「違います!何を言って、そんな! 私達は未だちゃんと手を繋いだ事も無いんですよ!」

 

「じゃあなんでいきなり百歩すっ飛ばしてお泊りデートなんだ? 大体なんでお前がそいつの為に北海道くんだりまで出かけていかにゃならんのだ、普通男の方が彼女に会いに訪ねてくるもんじゃないのか?」

 

お兄ちゃんは頭ん中お花畑なみーちゃの事が俄然心配になって来たぞ、

 

「だって、彼はうちの父の命令で家族と引き離されて北海道の学校に入れられているんです、その上携帯の通信記録や私生活までチェックされていて、これ以上私の為に迷惑はかけられません、」

 

相田の話によると、彼氏、豊田君は相田父の推薦と資金援助と言う形で、かなり上流階級な北海道にある全寮制の高校に進学させられたらしい、その上成績次第では近い内にアメリカにある姉妹校への交換留学のチャンスもあるらしいのだが、……要するに相田父の意向に沿わない行動をすると途端に高校中退将来の展望も閉ざされてしまう訳で、要するに相田美咲と豊田を引き離そうとする相田父の策略だと言う事か、

 

「お前がそいつの事を大切にしてるのは分かった、けど、お前は本当に覚悟は出来てるのか?」

 

暫しジッと俺の目を見つめて黙りこくる相田美咲、本当に気付いてなかったらしい、

 

「殿方は、その、やっぱりそういう、エッチな事を、期待されている物なのでしょうか?」

「俺はそいつの事はよく知らんが、俺だったら当然期待するだろうな、」

 

所謂ジト目と言う奴で上目遣いする相田、コイツどんな顔してても可愛いいな、

 

「そうなんですか、参考になります、」

「それで、どうする? それでも、行くのか?」

 

相田美咲は黙ったままコクリと頷く、

俺はやれやれと深い溜息を一つ、

 

「全く、お前みたいな美人にそこまでさせるとは羨ましい奴だな、」

 

真っ赤になって、一寸拗ねた顔の相田美咲、

 

「美咲はそんなにいい子じゃありません、」

 

相田は口を一文字に結んで、そうだ、始業式の日にクラス分けの掲示板の前で相田は今と同じ様な顔をしていた事を俺は思い出す、相田はあの時からずっとこうなる事を覚悟していて、あの日からずっと諦めるつもりなんてこれっぽっちも無かったのだろう、

 

「それにしても、お前の親にはどう説明するんだ?」

「あ、……」

 

「まさか男とデートだとかは言わないにしても、北海道まで泊りがけで出かけるとか普通許してもらえないんじゃないのか?」

 

「それで、実は京本さんに御協力して頂きたい事が有るんです、」

 

 

 

ーーー

「合宿? それ面白そうだねぇ、」

 

早美都と博美先輩が合流後、それとなく相田の口から写真部の合宿の話が持ちかけられる、当然相田は彼氏とのお泊りデートの事などこれっぽっちも匂わさないでいて、恐らく前日突然に都合が悪くなって参加できなくなった体で別行動して後の辻褄合わせは全部俺に丸投げするつもりらしい、と言うかこう言う目的の為に俺を写真部に誘ったのだとしたら、

 

コイツ、可愛らしい顔して結構腹ドス黒いな、

 

「泊りでやるなら天体撮影なんてどうかなぁ? 後、長時間露光の街の夜景とか素敵だよねぇ、」

 

何だか俄然ノリノリな博美先輩、写真撮影の専門誌を捲って天体撮影の頁を開いてみせる、

 

「僕も行きたいな、宗次朗が行くなら、だけど、」

 

そして何故だか指をモジモジして顔を赤くして照れてる早美都、

 

「場所は、伊豆半島とか、如何でしょうか?」

 

相田が困り眉で申し訳なさそうな顔して俺の顔を覗き込む、

 

「俺は別に何処でも良いけど、」

「南伊豆には有名な天体撮影スポットがあるみたいだよぉ、」

 

先輩が開いた頁には、灯台の見える夜景と天の川の写真、

 

「ねえねえ、バーベキューとか出来るかな?」

「どうだろう、調べてみないとだねぇ、」

 

「でも、泊まりって言っても今から旅館とか予約できるかな?」

「だってぇ、天体写真撮るなら一晩中だからホテルとか無くても大丈夫だよぉ、」

 

いや、そんなニコニコ笑いながら当たり前の様に言われても、いや、完徹写真撮影大会とか、もしかして写真部って、体育会系なのか?

 

「でもぉ、機材はどうしようかぁ、レンズは兎も角、赤道儀と三脚は持って運ぶのは大変そうだねぇ、」

 

「それなら私が車を出してあげるわ、」

 

何時の間にか背後にアカリ先生登場、そして何故かさり気なく俺の肩に手を置く、そして何故か膨れっ面になる早美都、

 

「じゃあ、決まりだねぇ、」

 

俺はもう一度相田の事をジト目で睨みつける、

 

「本当に良いんだな、」

 

相田美咲は、黙ったままコクリと頷いた、



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006

各駅停車の東海道線下り、

電車は連休後半の何処と無く遣る瀬無く倦怠感に包まれた静かな駅に一時停車、人気の疎らなホームの向こう側にはディーゼルエンジンの騒音を引きずりながら走って行く路線バスが見える、

 

「宗次朗、あったかいお茶飲む?」

「ん? 貰う、」

 

やがて出発の音楽が鳴ってアナウンスと共にドアが閉まり、電車は再びレールの上を走り出す、

 

と言う訳で今日がGWの撮影旅行、

 

早美都は大きな魔法瓶式の水筒から焙じ茶をコップに注いで、

 

「熱いから気をつけて、」

「ん、」

 

今頃相田は彼氏とお泊りデートに向かった頃だろう、一応博美先輩には「急な体調不良でお休み」と言う連絡が入っていた、

 

そのアリバイ作りが発端だったとは言え、こうして先輩や友達や綺麗な先生と泊りがけの旅行が出来るのは楽しくないかと聞かれたらそんなの楽しいに決まっている、有人が聞いたら発狂して羨ましがるレベル、

 

実際の所写真撮影なんて初めてで珍紛漢紛なのだが、ウチの部は基本デジカメ前提で銀塩とか暗室とか難しい現像の事はパソコン任せの適当さ加減なのでまあ、何とかやっていけそうな気がする、

 

博美先輩はと言うと今から気合入りまくりで、東海道線の車内だと言うのにジュラルミンケースごと持ってきた撮影機材一式を広げて楽しそうに点検している、早美都はと言うと何故だか気合の入ったお弁当を楽しそうに抱きしめていた、

 

「前から気になってたんだけど、それってもしかして手作りなのか? お前、料理とかスンの?」

 

「うん、好きなんだ、お弁当作るの、良かったら今度宗次朗のお弁当も作って来てあげようか?」

 

何だか照れ臭そうに笑う早美都が一瞬女の子の様に思えてしまうのは、もしかして俺の頭の中で何だか取り返しのつかないイケナイコトでも始まっていたりするのだろうか?

 

 

 

ーーー

俺達は今朝の9時にJR平塚駅に集合、東海道線と伊豆急を乗り継いで昼前には伊豆急下田駅に到着、そこでアカリ先生と合流する、赤道儀と三脚を運んで来てもらったのだけれどその車は凡そアカリ先生には似付かわしくないイカツイ白のワンボックスバン・ハイルーフワイドボディ、

 

「凄い車ですね、」

「レンタカー借りて来たの、シート倒せば中で色んな事出来るから便利でしょ、」

 

あくまでも仮眠用である事は重々承知している、

 

俺達はそこから車でスーパーまで行って諸々買い出し、それから暫く走って太平洋を一望できる公園へ、駐車場に車を停めて、早速クーラーボックスからカップ酒を取り出して蓋を開けてるアカリ先生、

 

「イキナリっすか?」

「宗次朗も飲む?」

 

俺達は博美先輩の講義でカメラと赤道儀の使い方を教えてもらい、カメラの基本操作と三脚と赤道儀設置とコントローラとパソコンを接続して操作の練習、

 

ふと見ると、辺りには超高価そうな撮影機材を抱えたグループがチラホラ、

 

「俺達の他にも天体撮影しにて来る人いるんですね、」

「此処、結構メジャーな撮影スポットだからねぇ、暗くなるともっと増えると思うよぉ、」

 

「あ、あの人が持ってる機械、こないだテレビで見たよ、現在地と日時を設定したら自動的に見たい星を探し出してくれるんだって、」

 

「おお、自動導入装置付きだねぇ、」

 

そろそろ相田は彼氏と会えた頃だろうか? それともまさか明るい内からホテルの部屋に篭ってしっぽりと、……とか考えたら無性に腹が立ってきた、

 

「先輩、飯食いましょう、」

 

 

 

ーーー

アカリ先生はと言うと、何時の間に何処で着替えたのか白のノースリーブシャツにカーキにボタニカル柄のロングスカートというリゾートな出で立ち、そんな格好でソロキャン用の焚き火コンロを引っ張り出してきてバンのリアドアの陰でスルメを焼き始めてる、芳ばしい匂いに釣られたのか他の撮影グループの大人達も寄ってきて、何時の間にか缶ビールで宴会?が始まっていたりして、

 

「あの人本当に自由だな、」

 

聞こえてくる話の内容から察するにどうやらどっかの大学の研究室とか、どっかの町の偉い人達らしくて比較的普段は堅苦しそうで真面目な大人の人達の様に見えるのだけど、

 

「わぁお、あのおじさん本気で先生口説いてるよぉ、」

「まるでお預けを食らった犬っころみたいにあしらわれてるな、」

 

男は哀れ何歳になっても恋愛欲、もとい性欲の呪縛からは逃れられないものだと言う事か、

 

それで早美都はと言うと、カセットコンロの上で、さっきスーパーで買ってきた春キャベツを使った真っ赤なピリ辛っぽいスープを作ってる、

 

「高野くんはきっと良いお嫁さんになれるねぇ、」

「え? そんな事ないですよ、」

 

何でそこで満更でもなさそうに照れる?

 

チョット早めの夕食は新ジャガのジャケットポテトに春きゃべつのチリソース煮、実際滅茶苦茶美味かった、

 

 

 

ーーー

夕食後は暫し休憩、スーパーで買ってきた花火でシャッター速度の設定についての演習と言うかガッツリ遊んで、その後、辺りが完全に暗くなるまで順番交代に車内で仮眠を取る事に、

 

「先生は寝ないんですか?」

「撮影が始まったら休ませて貰うわ、」

 

シートの上で胡座をかいて自己啓発本を読みながら機材の見張り番をしている俺の隣に来て腰を下ろすアカリ先生、その手にはウィスキーの入ったグラス、本当に良く飲むなこの人、そして酔っ払って一寸トロンと緩くなったアカリ先生の表情が堪らなくエロいと言う事は絶対に誰にも言わない俺だけの秘密にしておこう、

 

「相田さん、残念だったわね、」

「さあ、どうですかね、今頃は宜しくやってるんじゃ無いですかね、」

 

時計の針は21時を回って、今頃はきっと彼氏と二人きりで、……

 

「宗次朗の方よ、相田さんの事、気になってるんでしょ、」

「別に、俺は、恋愛とか興味ないんで、」

 

恋愛云々は兎も角、相田の事が気にならないかと聞かれたらめっちゃ気になるが、

 

「先生は付き合ってる人とか居るんですか?」

 

その白魚の様な指に指輪は嵌めていない様だけれど、こんな綺麗な人が彼氏いないとか言うのも何だか信じ難い、

 

「今は居ない、宗次朗が付き合ってくれる?」

「冗談でも怒りますよ、」

 

アカリ先生近い!そしてなんか手が触れ合ってるし指が絡んでるし、そして近い!

 

「時々人肌が恋しくなるの、」

「先生は生徒を揶揄うの禁止です、」

 

先生、飲み過ぎです、酔ってるんですよね、そして近い!!

 

「ちょっとだけ、」

 

アカリ先生は俺の肩に凭れ掛かってそのまま、……

 

「先生!?」

 

寝息を立てる、

 

まるで俺の事など全然信用してないみたいに無防備に、一体俺の事を何だと思ってるんだろうか? このまま襲っちゃいますよ、キスくらいなら良いですよね、

 

「決定的瞬間発見!」

 

突如現れた博美先輩が高速連写でシンクロフラッシュ!

 

 

 

ーーー

「晴れてよかったねぇ、」

「星、綺麗ですね、」

 

やがて辺りもすっかり暗くなって撮影を開始、ここに来て俺は写真撮影が体育会系である事を思い知らされる、俺と早美都と博美先輩はそれぞれ一台づつの三脚とカメラを持って想い想いの構図にセット、先ずオートフォーカスなる便利機能は一切役に立たない、手ぶれ補正もOFF、マニュアルでインフィニティフォーカスに合わせて、それからISOを6400にセット、F値を最小にセット、シャッタースピードを20秒にセット、撮影、それから予め決めた6種類のISOと露光時間の組み合わせで同じ様に設定を変えて撮影、続いてF値を一つ絞って同じ工程を繰り返す、これで1セット、以上の工程を3セット繰り返す、その後別の構図を探して移動して同じ事を延々繰り返す、博美先輩はと言うとその上に灯台の風景を前景にしたフォーカススタッキングとか言う高等技術?に挑戦中、

 

一時間くらい繰り返した後、今度はレンズを変えて特定の星を狙った撮影に挑戦、そして合間合間に望遠レンズを付けた赤道儀付きカメラのセッティングと撮影、移動、セッティングと撮影、

 

重い機材の運搬設営は全部俺の仕事だから地味に腰にくる、

 

「ほい、出来ましたよ、」

 

ふと顔を上げると、早美都がじっと星空を見上げてボーっと立ち尽くしていた、

 

「ねえ、宗次朗、星って不思議だね、何だか何時迄も見ていたくならない?」

 

「大昔の人間はあの星の一つ一つを何処か遠くに居る人間のかがり火だと思ってたらしいな、宇宙人が居るかなんて知らないけど、あの光の下に誰かが居て、俺達と同じ様に色々悩みながら生活してるのかなって想像したら、ちょっと面白いな、」

 

「きっと、誰か大切な人の事を想っている、そんな優しい気持ちがあの星の何処かにはきっとあると思うんだ、」

 

俺にとってそれはもう振り返る事の出来ない過去の事で他人事で、いつの日か又、誰かを大切だと思える様な日が来るなんて事は想像も出来ない、特定の誰かに好意を抱くのはあくまでも脳内化学反応の結果でしか無くて、子孫繁栄の為に生物をマインドコントロールする謂わば脳内詐欺みたいなモノに違いないからだ、でも、

 

「そうだと良いな、」

 

そんな捻くれた俺の理論を押し付ける事が忍びなくなる位、うっとりと天空を見つめる早美都は純粋に健気に輝いて見えた、



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007

GWが明けた日の朝、……

 

合宿で借りっぱなしになっていた機材を部室に戻して、そこから教室へ向かう途中に偶然遭遇した相田美咲への告白シーン、相手はどこかで見た事のある隣のクラスの男子、俺は思わず遠慮して身を潜めるが、それにしたってこんな朝っぱらから人通りのある旧校舎の廊下じゃ無くってもっと時間と場所を選べばよかろうに、

 

「あの、ずっと好きでした、これ、受け取って下さい、」

「結構です、」

 

勇気を振り絞って真っ赤な顔をしながら恋文を渡しに来た隣のクラスの男子に向かって、目も合わせないまま心ここに在らずで何とも相田らしからぬ塩対応、

 

「おい、素が出てんぞ、」

 

だからついつい後ろを通り過ぎ際にボソリと突っ込んでしまう俺、

 

「え、あ、いやだ、ごめんなさい、ちょっとボーっとしてて、五月病かな?」

 

廊下の真ん中で呆然と立ち尽くす男子をそのまま放置して、……

そそくさとその場を立ち去って俺の側にくっ付いてくる相田美咲、

 

「お早うございます、京本さん、」

「もしかして何かあったのかGW、……」

 

すると相田はイキナリ俺のシャツの裾をキュッと引っ張って立ち止まり、……

何の前触れも無くポロポロと涙を零して泣き出した、

 

「な?どうした?」

 

「どうしたの?」

「相田さん、大丈夫?」

 

途端に辺りにいた女子達が寄って来る、

 

「あんた、相田さんに何したの?」

「もしかしてこの男になんか変な事されたの?」

「な?」

 

フルフルと首を横に振って俺の無実を主張しようとする相田だが、俺のシャツをぎゅっと握りしめたまま、黙りこくったままで、見様によっては痴漢の現行犯を捕まえたみたいに見えたり見えなかったり、

 

「チョットこっち来い!」

 

 

 

ーーー

俺は相田を連れて保健室へ、生憎と言うか都合よく中には誰も居なくて、……俺は相田を椅子に座らせると据え置きの冷蔵庫からスポーツドリンクのペットボトルを一本取り出して相田に手渡す、

 

「これ飲め、」

「あ、お湯呑み、……」

「良いから、そのまま口つけて飲んじゃえ、」

 

「でも、」

「良い、俺が許す、」

 

全く、コップが無いと飲めないなんてどんだけお嬢様なんだ、そして何だか慣れない手つきで瓶口に唇を付けてドリンクを飲む相田の口元が、妙にエロい、

 

暫し、相田が落ち着くまでじっと待つ、

 

 

 

ーーー

「申し訳ありませんでした、」

「それで、一体どうしたんだ?」

 

再びじんわりと涙がこみ上げて来る相田美咲、

 

「いい、良いから、何も言わなくて良いから、落ち着け、」

「すみません、」

 

これは十中八九彼氏と上手くいかなかったとみて間違いないだろう、

 

しかしまさか、相思相愛を惚気ていたし、男と二人で泊まり掛けで出かけると言う事は本人だって覚悟はしていた筈だから無理矢理酷い事をされて傷ついた、なんて事は無いと思うのだが、或いは親ばれして相手が責められたとか? 実際「事」に至って怖くなって後悔する様な事になったとか? 俺自身未知の領域だからどうにもフォローのしようにも何も思い浮かばない!

 

そこへ、女子生徒達が保健の先生を連れてくる、

 

「どうかしたの?」

 

再び大粒の涙がポロポロ止まらなくなる相田、

 

「京本さんを見ていたら、……急に悲しくなって、」

 

そして何でそんな誤解を招く様な事を言う!?

 

「あなた、 何が有ったのかキチンと説明してくれる?」

「最低! こんな真面目な女の子泣かすとか有り得ない、」

 

相田はその日、そのまま保健室から体調不良で早退する事になった、

 

 

 

ーーー

俺は保健室でじっくりたっぷり尋問された挙句に1限目開始ギリギリに解放されて席に着く、

 

「おい、お前! 相田さんに何した?」

 

そしていきなりやって来て机をドン!と叩く柄の悪い横山グループのナンバー2溝端、

 

「別に、何もしてねえよ、」

「だったらなんで相田さんが泣くんだよ、」

 

いきなり事情が知れ渡ってパンデミックにクラス中が騒然となる、

 

「こっちが知りたい位だ、」

「とぼけてんじゃねえ! ぶっ殺されたいのか!」

 

見るに見かねた人気者グループの神崎くんがやってくる、

 

「溝、お前それでなくても顔が怖いんだから物騒な冗談を言うのは止めろ、……京極くんも、何かあったのか知らないけど、女子を泣かせる様な事をするのは良くないと思うな、」

 

「だから俺は何も知らねえよ、」

 

それに俺は京極じゃねえし、

 

「相田さんかわいそう、」

「酷くない?」

 

コソコソと、女子達が騒めく、

 

「宗次朗、何が有ったの?」

 

早美都が駆け寄って来て、心配そうな顔で俺を見る、

 

「分からん、相田と朝会ったら、急に泣き出したんだ、」

「相田さんが? どうして?」

 

「俺に聞かれても分からん!」

「京本くん、授業が終わったら詳しく話聞かせてもらえるかな、」

 

そして学級委員登場、何だか妙な正義感と怒りが入り混じった目が尋常じゃない?

 

そして世界史の渋谷が教室に入って来て一旦解散、

 

 

 

ーーー

その後も散々な1日だった、……

 

一日中周りのザワザワの9割が相田が泣き出した事件の事で、その内の6割が俺に対する誹謗中傷好奇心で埋め尽くされていて、溝端は俺の席の横を通り過ぎる度に机を蹴っ飛ばして行くし、学校中何処を歩いていてもこれ見よがしに蔑む様な女子達の視線がまとわりついて来た、

 

放課後、早美都は妙に不機嫌になって黙ったまま早々に帰宅するし、俺一人部活に行くと今度は博美先輩から電話が掛かって来て体調不良で今日は休みだと言う、一人ポツンと自己啓発本を開いて読み始めてみるが、なんだか無性にモヤモヤすると言うか気分が乗らないと言うか何にもやる気がしないと言うか、

 

「しゃーない、帰るか、」

 

と、その時、部室に通じる隣の美術準備室の扉が開いて、中からアカリ先生と、校長?が現れた、

 

よく学園ドラマでは校長はタヌキな黒幕で教頭がムジナな小悪党だったりするのだが、ウチの校長はどちらかと言うとオーク?みたいなガタイの良い好戦型メタボオヤジだった、

 

「では、先程の件、良く考えておいてくださいね、」

「分かりました、」

 

そして意味も無くガッチリとアカリ先生の手を取って握り締める、しかもじっくりじっとりと、コレってもしかしなくてもセクハラじゃ無いのか?

 

オーク校長の去った後、

 

「何か有ったんですか?」

「どうだろう、よくわかんない、」

 

そう言いながら突然俺の胸にコツンとおデコをくっ付けて凭れ掛かって来て、俺の胸板に、正確には俺のシャツに手を擦りつけるアカリ先生、

 

「もしかしてタオルがわりにして拭いてます?」

「なんかチョット、脂っぽいの気持ち悪くって、」

 

黙ってされるがままになってアカリ先生の良い匂いを堪能する俺、それ位は許されても良い筈だ、

 

 

 

ーーー

「今日は一人なの?」

「今日は、部活にならなさそうなんで、俺も帰ろうかと思ってた所です、」

 

「そう、ならお茶でも飲んで行かない?」

 

そう言って初めて招き入れられた美術準備室は何だがスンとフレグランスな香りが漂ってくる何処かの高級なカフェかと見紛うばかりに改装されていた、

 

俺は勧められるままに窓際の白いテーブルに座って、

 

美人の美術教師が、イギリスから取り寄せた秘蔵の紅茶をウエッヂウッドの茶器に入れて、ミネラルウォーターを沸かしたお湯を、静かに注ぎ入れる、

 

俺の知らない事をきっと沢山知っている筈の大人の女性、

 

「有難うございます、」

「珍しいわね、宗次朗がイラついてるなんて、」

 

そして丸っとお見通しだって事らしい、

 

 

 

ーーー

俺は朝の出来事をアカリ先生に説明し、結果的に相田の北海道旅行の事迄口を滑らせてしまう、

 

「そう、宗次朗は相田さんの事が心配なのね、」

「そんなんじゃ無くて、俺一人がなんか悪者にされてるのが腑に落ちないだけです、」

 

「でも、相田さんが元気になれば、他の事はどうでも良くなるんじゃ無いの?」

 

そうなのか? でも、そうなのかも知れない、

 

「宗次朗は相田さんに惹かれているのよ、」

「それは無いです、アイツには恋人がいるし、俺は恋愛なんて信じない、」

 

「それは、宗次朗が相田さんの事を心配する事とは関係ないでしょ、」

 

そうなのか? でも、そうなのかも知れない、

 

俺はどうしたって聞いてみたくなる、

 

俺の知らない事をきっと沢山知っている筈の大人の女性、

 

先生は、本当に誰かを好きになった事があるんですか?

誰かを好きになると言う事は、人にとってそんなに大切な事なんですか?

誰かに好きになってもらえない事は、どうしてこんなにも辛いものなんですか?

 

人は、誰だって本当の自分を曝け出したりはしない、

本当の自分の全部を受け止めて貰えるなんて信じたりしない、

本当の自分の事を受け入れられるのは、自分以外に居ない事くらい知っている、

 

あんなにも仲が良いと信じていた西野敦子は、本心では俺の事などこれっぽっちも何とも思っていなかったのだから、俺が運命の様に感じていた筈の絆は、独り善がりな俺の勘違いでしかなかったのだから、

 

俺はアカリ先生に淹れてもらった口当たりの丸い紅茶を啜りながら、

大人の女性に聞いてみたくなる、

 

相田は何故、涙を零したのだろう? 

どうして俺は、こんなにも相田の事が心配になっているのだろう?

 

「アイツは、俺の事を見て悲しくなったって、そう言ってたんです、」

「そう、」

 

相田美咲の涙が、西野敦子の涙とごっちゃ混ぜになってリフレインする、

 

「俺は、何か相田を悲しませる様な事をしてしまったんでしょうか?」

 

アカリ先生の眼差しはそれなのに驚く程に穏やかで、

 

「俺は、何処で間違ってしまったんでしょうか?」

 

その口許には優しげな微笑みさえ浮かべているかの様に思えて、



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008

次の日は朝からシトシトと小雨が降っていた、

 

俺はどうにも腹の虫が治らなくて学校を無断欠席したのなんてコレが初めてかも知れない、それで午後になってからLINEで相田美咲を呼び出して、一足先に放課後の部室を訪れていた、

 

丁度都合の良い事に早美都は今日も所用有って部活は欠席で、博美先輩も昨日に引き続き休みで一人きりの部室で手持ち無沙汰に自己啓発本を開いていると、やがて申し訳無さそうに畏まった相田美咲がやってきた、

 

「昨日はご迷惑おかけして申し訳御座いませんでした、」

 

相田は菓子折り持参で俺に深々と頭を下げる、全く律儀な奴である、

 

聴くとクラスのみんなにはGW中に買ったコンタクトレンズが目に合わなくて痛みで泣き出してしまった、と言う説明で事なきを回復してくれたという事だった、

 

「分かった、けど、一体何があったのか話してくれるんだろうな、」

「はい、」

 

相田美咲は暫くじっと俯いて、それから漸く怯えた目で俺の顔を覗き見て、いよいよ覚悟を決めて浅い深呼吸を一つそして、

 

「私、振られてしまいました、」

 

照れ笑いとも苦笑いともつかない複雑な表情で困り眉を潜めながら、あっけらかんとそう言った、

 

「振られた? 相田がか?」

「恋路は思いのままにならないものですね、」

 

そう言って相田はもう一度ほんの少しだけ笑う、

 

「前の晩に彼から電話が掛かってきて、私とは会えないと言われました、……今の彼には、放って置けない女性が居るんだそうです、だから私とはもう会えないと、謝って下さいました、」

 

「そうか、」

 

相田は黙ったままコクリと頷き、俺は神妙な眼差しで相田の瞳の奥を覗き込む、

 

「何がいけなかったのでしょうか?」

 

もしかして昨日は一晩中泣いていたのだろうか、相田の目には薄っすらと隈が出来ている、

 

「私はどうすれば良かったのでしょうか?」

 

俺は相田が持ってきた菓子折りの袋をビリビリに開けて、缶入りクッキーを一つつまみ食いする、

 

「どうすれば、か、」

 

恐らくそう言う事なのだろうと昨晩から俺にも大体の察しは付いていた、こんな心変わりがたった一日二日で起こるとは考えられなかったし、何よりも俺には相田美咲が振られるなんて事はどうしても信じられなかったのだ、あり得るとすれば絶大な権力を振るう相田の父親が何らかの圧力を加えて二人の中を引き裂いたのではないかと言う疑いだったのだけれど、

 

今にして思えば男の言い訳は相田美咲を傷つけない為の優しさだったのかも知れないし、同衾を匂わせるような無茶な逢引の計画は、相田美咲を諦めさせる為の思い遣りだったのかも知れない、

 

でも、聡明な相田美咲がそんな簡単な絡繰に気付かない訳が無い、相田美咲は最初からこの障害の大きさを分かっていて、だからこそ自らの貞操さえ刺し違える覚悟でわざわざ北海道迄男に会いに行こうとしたのだ、確かめに行こうとしたのだ、

 

一体何を?

 

いや、何を言っているんだ? 俺は知っているじゃないか、

 

人はどんな不利な状況も強大な障害も、自分と思い合う相手との間の「運命的な絆」をひっくり返す事など不可能だと、夢見てしまう、勘違いしてしまう、思考停止してしまう、

 

だからやはり恋愛なんか俺は信じられないのだ、

 

男は最初から相田美咲を諦めていたのだ、相田美咲はそれを認めたくないのだ、だったら俺はどうすれば良い? これ以上相田を傷付け無いようにする為には相田に何を言ってやれば良い?

 

「諦めるしか無いと思うぞ、人の心は変わるものだからな、」

 

急に驚いた風に俺の事を凝視する相田美咲、

 

「そして女のお前にはそれが有り得ない事の様に思えているのだろうが、それはただの生物的な男と女の感じ方の違いに過ぎない、男は手に入れる事に必死になり、女は逃がさない事に躍起になる、相田の彼は一度手に入れてしまった相田の事よりも、まだ自分のモノになっていない別の誰かを欲しがったんだ、例え相田の方がどんなに上等な女だったとしてもだ、つまり、これは全く誰の所為でも無くて、これは生物的なごく普通の反応だって事だ、」

 

「だからもう諦めた方が良い、って言ったら、……お前はどうする?」

 

相田美咲はポカンとした顔で俺のトンデモ説教に耳を傾けていたが、

 

「そう、ですね、」

 

そうして一つホッと溜息っを吐いて一言、

 

「京本さんの言われる通りかも知れません、」

 

その美少女はじっと俯いたまま虚無を見つめて、ぎゅっと口を真一文字に結んでいた、

 

「相田美咲は強いな、」

「美咲はそんなに強い子じゃありません、でも、仕方ないですよね、」

 

それから相田は席を立って、

 

「色々と相談に乗って頂いて本当に有難う御座いました、今日はこれで失礼します、」

 

もう一度丁寧に俺に会釈する、そして、

 

「ちょっと、待て、」

 

俺は部屋を出て行こうとする相田を呼び止める、

 

「ところで、もう一人の方はなんて言ってるんだ?」

 

相田は振り返って怪訝そうに俺を睨み付ける、

 

「何の事を仰っているのでしょうか?」

「お前のポケットの中の汚い縫いぐるみの事だよ、」

 

相田美咲は暫し呆然と立ち尽くし、それから囁く様な微かな声で、無理矢理に作り笑いして、

 

「京本さんは酷い人です、みいちゃはそんなに汚くありませんよ、」

「そりゃあ悪かったな、」

 

俺はポケットに隠し持っていたプラスチック製の間抜け顔の猫の指人形を人差し指に付けて、相田美咲の目の前でピコピコ躍らせる、

 

「ま、口の悪いみいちゃの事だから「所詮結ばれる事の無い相手の事なんか何時迄も引き摺ってないでさっさと忘れちゃいな、」とか言いそうだな、」

 

相田は何時の間にかボロボロと溢れて零れ落ちる悔し涙を拭おうともせずにそのままにして、

 

 

 

ーーー

俺はアカリ先生の言葉を思い出していた、

 

「宗次朗、人の心は常に移ろい続けるものなの、まるで音楽みたいに旋律と律動を変化させて揺れ動くものなの、……嬉しい気持ち、苛立つ気持ち、時には泣きたくなる事だってあるわ、そんな風に感情が動くからこそ人は感動する事が出来るの、……ずっと、何があっても穏やかで居られる方がどうかしている、それは心を閉じ込めてしまっているのと同じ事、」

 

相田美咲の心は、小さな縫いぐるみの中に封じ込められたまま、ずっと誰の目にも触れない様に隠し続けられてきた、

 

「もしも誰にも知られない様にずっと隠し通して来た気持ちが宗次朗の前にだけ現れるのだとしたら、それは宗次朗に救い出して貰いたがっているんじゃないのかな、」

 

だったら俺がすべき事は、

 

本当は悲しくてたまらないのなら、

 

 

 

ーーー

「そんな訳ない、……忘れられる訳がない! 何なんですかその変な人形! 人の事を馬鹿にして! 何が生物的反応ですか!意味がわかりません! そんな言葉で納得できる訳ない! こんなに好きだったのに、こんなに好きなのに、諦めろだなんて、……なんで貴方にそんな事を言われなきゃならないんですか!」

 

どす黒く淀んで詰まった相田美咲の腹の中を、吐き出させてやる事、

 

「漸く本音が出たな、」

「だったら何なの? 笑いたければ笑いなさいよ!」

 

「俺は笑わないよ、」

「こんな風に私を辱めて、どうするつもりなんですか!」

 

「それよりお前はどうするつもりなんだ? 本当にもう諦めるのか?」

 

「諦めません!京本さんはおっしゃいました、男の人は女性との情事を期待するものなのでしょう、それならこの身体を使ってでも、彼を取り戻すだけです、」

 

「色仕掛けとは穏やかじゃ無いな、」

「悪いですか? だって私達は元々結ばれる運命なんです、彼の目を冷ます為なら私の貞操くらい安い物です、」

 

「お前、何でそこまでそいつの事を好きになったんだ?」

 

「彼は特別なんです、高貴なんです、ウチの財産や私の外見を目当てに言い寄ってくる他の男の人達とは違う、優しくて尊敬できる人なんです、辛い時に私の話を聞いてくれて、慰めてくださって、それでも一度も私の身体に指一本触れようとはしなかった、私の事を本当に大切に思ってくれた、」

 

「つまりそいつは、お前に興味が無かっただけなんじゃないのか?」

「それは、……」

 

相田は言葉を詰まらせて、顔を真っ赤にして黙り込む、

俺は深い溜息を一つ、

 

「そろそろ出てきたらどうだ?」

 

そして、部室に通じる隣の美術準備室の扉が開いて、中から一人の男子高校生が現れた、

 

成る程ナヨっとナルシストな雰囲気が全身から滲み出て隠し切れない長身の美男子、

 

「……豊田さん、」

 

それっきり相田美咲は呼吸が止まったかの様に微動だにできなくなる、

 

「相田さん、ごめん、僕、……」

 

俺は昨日の夜、相田が俺の携帯を使って最初に豊田に連絡を取った時の履歴を辿って、このナヨっとしたナルシストに電話を掛けた、案の定豊田は相田の父親と約束させられてもう二度と相田美咲と会わない代わりにハイソな全寮制高校への進学や海外留学の費用まで面倒見てもらっていたらしい、但しそれは一方的に突きつけられた合意では無くて、豊田にとってもメリットのある取引だったのだ、

 

「僕、本当は年上の女の人が好きなんだ、今もママと同じ位の歳の人と付き合ってる、相田さんの事は、大切な友達だとは思ってるけれど、恋愛対象としては見れません、」

 

俺は、最悪相田美咲がどうしても豊田の事を諦めないつもりなら、どうせ何があっても諦めるつもりなんかない事であろう事はお見通しだったのだけれど、その場合はキッチリ本当の事を白状しない限り相田美咲の親父に有る事無い事報告する事になるぞと豊田に脅しを入れた、それでこの男は二つ返事で北海道から神奈川県迄すっ飛んできた訳だ、

 

「ごめんなさい、」

 

 

 

ーーー

豊田良平が去った後の部室で俺と相田は二人きり、

 

相田が真っ白に燃え尽きたみたいに呆然と項垂れている間、俺は名物の缶入りクッキーをバリバリと頬張って漸くひと段落、

 

それにしても会えないと言われてもめげずに北海道迄押しかけるとか最早ストーカーレベルだな、

 

「つまりお前は、ディスリスペクトのトラップに引っかかってたって訳だ、お前みたいに周り中からチヤホヤ有り難がられてる女が最も引っかかりやすい罠だ、口説きテクニックの基本中のきほんでもある、」

 

「口説きたい女の事は頃合いを見てディスれ、って奴だ、まあ奴の場合ディスったりはしなかったんだろうけど、お前に興味のない態度を示す事で、お前は自分の方が奴よりも価値が低いと勘違いしたんだ、それで自分よりも価値が高いと思うアイツの事がドンドン気になりだして、自分の事をもっと気にしてもらいたくなって、結果的にベタ惚れしちまった、って言う訳だ、」

 

とうとう相田はなりふり構わずに大声を上げて泣き出してしまった、

 

「まあ、待っててやるから、泣きたいだけ泣け、」

 

相田は机に突っ伏したまんま15分位は喚き、5分位泣きジャックリし、それから、漸くストレス物質を出し切ったのか、それとも泣き飽きたのか、

 

一度大きな溜息を吐いて深呼吸して、うつ伏した格好の侭で、……

 

「どうして、こんな事したんですか?」

「まあ、こう言うのが拗れるのはキツイって俺も知ってるからな、荒療治だ、」

 

「下心とか、無いでしょうね、」

 

今度は俺が溜息を吐く、

 

「ねえよ、そんだけ毒づけるんなら、もう平気だな、」

「平気な訳無いじゃないですか、もっと慰めて下さい、」

 

何?この甘えん坊将軍、

 

「いきなり性格変わり過ぎじゃねえか、そっちが本性なのか?」

「今更貴方の前で取り繕ったってしょうがないですから、」

 

「漸くメッキが剥がれたな、」

 

今泣いた相田が、一寸だけぐしゃぐしゃの顔を晒して照れくさそうに笑った、

 

「貴方が私の事泣かしたんですから、ちゃんと責任取って下さいよね、」

「まあ、愚痴くらいなら何時でも聞いてやるよ、」



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009

カツカツと黒板の上を走らせるチョークの音が心地良く眠りを誘う午前最後の授業、数学の小テストの後1問ずつ指名された生徒が前に出て解答、それを添削解説すると言うのが野田の授業スタイルだった、

 

相田美咲が一番最後の難問を模範解答する、

 

シャンと背筋を伸ばして立った後ろ姿でさえ見目麗しい、肩よりも長いストレートの黒髪はさらさらの艶艶で、制服の上からでも分かる腰の細さと膝丈スカートの下から覗くスラリとした脹脛のカーブが可憐すぎて恐らく男子生徒の八割以上は釘付けにされているに違いなかった、

 

昨日あんな事があったばかりだと言うのに、鉄壁の優等生強化外骨格には微塵のヒビも入っていない様である、

 

「流石ですね、相田さんなら今でも大学受験受かるんじゃない?」

「先生、幾ら何でもそれは無理です、」

 

小テストの一番最後に普通なら解けるはずのない難関大学の入試問題を打ち込んでくると言うのが野田のスタイルだった、て言うか野田の野郎女子生徒相手に絶対エロい妄想してるな、目をみれば一発で分かる、

 

確かに改めて見てみれば、完璧お嬢様相田美咲はいつ何時何処にいても好奇の目に晒されていると言うのはどうやら間違いないらしい、クラス中の男子は確信を持って複数回は相田美咲をオカズにしている筈だったし、教師や用務員にも礼儀正しく接する相田美咲を見る大人達の目は、明らかに娘や孫を見る目とは違って血走って見える、

 

かく言う俺は、どうなのだろうか?

 

事ある毎何かにつけて託けて学級委員特権で直ぐに二人きりになろうとする上野や、あからさまに何様のつもりなのか頼まれた訳でもないのに点数稼ぎな味方アピールする溝端ほどギラギラしていないにしても、隣の席にいて気が付くとつい目で追ってしまっている俺の視線は、相田美咲には一体どんな風に映っているのだろうか、

 

と、模範解答から席に戻って椅子に腰掛けながら、俺にニッコリと笑い掛ける相田美咲、

 

 

 

ーーー

昼休みの鐘がなって、神崎グループの微ギャル達が相田を誘いに来る、

 

「相田さん、ご飯食べよ、」

「はい、あ、でも少しだけ待って下さい、」

 

相田は予め作っておいた席替えのクジ引きの箱を教室の後ろの小物容れから取ってきて教壇の上に置く、

 

「皆さん、すみません、少しだけ宜しいでしょうか? 先日のホームルームで決まった通り、今日の放課後に席替えを行いますので、お昼休みの間にくじを引いておいて下さい、宜しくお願いします、」

 

張りがあって高音まで伸びる美しいソプラノの発声にクラス中が聞き入って一瞬シンとなる、

 

立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花とはまさに相田美咲の為にある言葉である、と言っても過言では無かった、その一挙手一投足にクラス中が注目し迎合する、野次を飛ばしたり異議を唱える者など一人もいない、相田美咲がクラスカースト一軍である事は誰の目にも明らかだった、

 

だからそんな相田美咲が教室窓際後ろに陣取ったクラスカースト一軍の神崎達のグループと混じって弁当を食っていたとしても誰一人として異議を唱える者などいない、

 

神崎は何処かの会社の役員の息子で所謂御坊ちゃまらしいが、本人はしっかり者の優等生で明るくて人付き合いが良くてついでに成績も良い、その上サッカー部で唯一の一年生レギュラーで、何とかとか言う重要なポジションを任されているらしい、天は二物を与えずとは負け組が心の安定を望む為の呪文であって、現実には神崎俊哉は細マッチョなイケメンだった、まあ、俺に言わせてみればギリだけれども、

 

楽しそうに高尚な会話に興じつつ既成事実を積み上げて外堀を埋めて行く神崎を見て、学級委員長上野とやんちゃグループ溝端は明らかに不服そうだった、

 

と、何時の間にか相田美咲を視界の隅に捉えている俺に気付いて相田美咲が苦笑いする、

 

「お前達何かあったのか?」

 

いきなり有人が話しかけて来た、

 

「何も、ある訳ないだろ、」

「そうか? 前は休み時間ごとにお前んとこに来てたのに、連休明けてからコッチあんまり絡んでねえからさ、もしかして喧嘩でもしたのかと思って、」

 

あ、もしかして早美都の事か、

 

確かに早美都の様子がおかしいのには俺も気付いていた、あれ程チビで痩せの大食漢だった早美都が昼飯に手をつけないままぼーっと机に突っ伏している、

 

それでチラリと様子を伺う様にこっちを見たかと思うと、目があった途端に席を立つ、

 

俺は何だか嫌な胸騒ぎがして、早美都の後を追いかけた、

 

 

 

ーーー

「何処か具合でもわるいのか?」

「別に、」

 

なんだか反抗的な態度で、ちっとも早美都らしく無い、

 

「もしかして、誰かに虐められてるとかじゃないだろうな、」

「違うよ、大丈夫だから、」

 

「そうは見えないから心配してんだろ、」

「宗次朗が僕の何を知ってるって言うのさ、いいからほっといてよ、」

 

「なんだよ、その言い方、何が気に入らないんだよ、」

 

と、掴んだの腕は思いの外に華奢で細くて、振り解こうとした早美都の顔は、今にも泣き出しそうに真っ赤になっていた、

 

「馬鹿!」

 

なんで?

 

意味も分からないまま、早美都は俺の手を振り払って、廊下を走りだしてしまった、

 

「何かあったんですか?」

「分からん、」

 

相田が近づいて声を掛けてくる、一応気にしてくれているんだ、

 

「また余計な事をしたんじゃないですか?」

「身に覚えは無い、」

 

何だか激しくデジャヴ、もしかして俺は早美都になんか悪い事しちまったのか?

 

「お二人でよく話し合うのが良いと思います、」

「そうは言っても、向こうが話を聴いてくれないことにはな、」

 

「高野さんには私から声を掛けますから、今日の放課後部室に集合して下さい、」

「ん? まあ、分かった、」

 

どうやら俺と相田美咲の組み合わせは激しく違和感らしい、何事か事件発生かと人が集まって来る、

 

「相田さん、どうかしたの?」

「いえ、ちょっとした世間話です、」

 

「世間話とか、相田さんって結構面白い、」

「有難うございます、京本さんには先日ご迷惑をお掛けしてしまいましたので、そのお詫びを、」

 

「ああ、アレね、」

 

数日前、俺は相田美咲を泣かせた男として学校中から敵視されていたのだった、

 

「京本さん、それではまた、」

「おう、」

 

そう言うと相田美咲は女子達と一緒にトイレの方へ、

 

どうやら相田は写真部に入っている事を他の皆んなには内緒にしておきたいらしい、まあ、何かの拍子にあんな黒歴史を拡散されるのは何があっても避けたいと言う気持ちは理解できなくは無い、

 

 

 

ーーー

放課後、写真部の部室を訪れると、久し振りに博美先輩が来ていた、

 

「ちーす、先輩昨日一昨日って、何かあったんですか?」

「いやぁ、実は風邪をこじらせちゃってねぇ、39度の熱でやすんでたんだぁ、」

 

相変わらずのラルゴな口調が俺を一時ホッとさせてくれる、

 

「風邪? 合宿の後ですか?」

「うん、合宿で撮影した写真のRAWデータの現像やってたら止まんなくなっちゃてねぇ、結局丸2日徹夜になっちゃってぇ、気が付いたら倒れてたみたいなの、」

 

この人見かけによらず体育会系、そして小ちゃい身体が根性について行ってないタイプ、

 

「結構良い写真撮れてたよぉ、」

 

そして立ち上げた部室のパソコンに、SDカードを挿し込んで、開いてみせる画面いっぱいの色あざやかな星雲の写真、

 

「え、こんなの撮ってたんですか? いつの間に?」

「まあねぇ、天体写真は現場半分パソコン半分だからぁ、実際にこうして見てみる迄は分からないものなんだよぉ、」

 

「こんにちわ、」

 

そして相田美咲が部室を訪れる、

 

「あぁ、美咲ちゃん、おひさぁ、」

「お久しぶりです、菅原先輩、これ、お土産です、」

 

そして取り出す北海道産レーズンバターサンドクッキー、改めて律儀な奴、

 

「わあ、北海道行ったんだねぇ、美味しそう、みんなで食べよう、」

「宗次朗くんはダメです、」

 

「なんで?」

「昨日チョコレートクッキーを独り占めしちゃったでしょ、」

 

「へえ、もしかして二人は付き合う事にしたのぉ?」

 

と、いきなりの博美先輩のツッコミ、

 

「どうしてでしょうか?」

 

そしてキョトン顔の相田美咲、

 

「そりゃいきなり名前呼びすりゃ何かあったのかって思うだろ、なんでいきなり名前呼びなんだよ、」

 

「親愛の印です、菅原先輩も私達の事をファーストネームで呼んでくださいますし、部活の時だけの特別です、駄目ですか?」

 

そう言って物欲しそうな上目遣いでお願い顔されたら、

 

「別に、構わんが、」

「有難う御座います、ちょっと新鮮でとっても楽しい気分です、」

 

「良かったねぇ、宗ちゃん、」

「先輩、宗ちゃんはやめて下さい、」

 

そして興味津々にパソコンのディスプレイを覗き込む相田美咲、

 

「もしかして、この間の合宿の写真ですかぁ?」

「うん、そうだよぉ、他にもいっぱいあるよぉ、」

 

博美先輩はいくつかカテゴリ分けされたフォルダの一つを開いて、中から星の付いたアイコンをクリック、

 

画面に映し出されたのはまるで本で見た事がある様な天の川の写真、

 

「実際に撮ってた時よりも何だか凄くカラフルなんですが、」

「RAWで撮ったでしょ、現像する時にホワイトバランスを寒色系に調整したのぉ、」

 

「こっちはブレてますね、」

「中望遠でシャッタースピード20秒だとどうしても地球が動いちゃうから仕方ないよぉ、」

 

「わあ、これ、凄く綺麗ですね、」

「これは赤道儀と望遠で撮った星雲写真だねぇ、コンポジットでノイズを減らして画像調整で背景黒くして、白飛び減らして、カラー調整したんだよぉ、」

 

「コンポジットって?」

「ISOを出来るだけ小さくしてノイズを減らした写真を何枚も撮ってぇ、後からパソコンで合成する撮影方法だよぉ、」

 

「これ、凄く、」

 

八面玲瓏な相田美咲が、思わずプッと吹き出す、

 

そこに映し出されたのは、仮眠中の俺を盗み撮りした写真、何時の間にか顔に悪戯されてる、

 

「楽しそう、」

 

本当に、相田美咲が実はこんなに風に笑う普通の女の子なんだって知ったら、クラスの連中は一体何て思うだろうか、

 

「これ、辛そう、」

「ああ、早美都の作ったスープ、美味かったな、」

 

「いいなぁ、私も行きたかったな、」

「美咲ちゃんも今度は一緒に行けると良いねぇ、」

 

「そう言えば早美ちゃんはどうしたのぉ?」

「今日も来る時に誘ったんですけど、どうしても外せない用事があるからって、」

 

相田が誘っても駄目だとすると、いよいよ手の打ちようが無くなってきたな、

 

「合宿の後から早美都の様子が何か変なんですけど、先輩何か知りませんか?」

「さあ、特に心当たりないなぁ、」

 



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010

上野が虐め被害に遭っているらしい、

具体的に言うと「相田美咲に付き纏っている」と言う噂をSNSで拡散されて、周り中から白い目で見られているらしいのだ、

 

上野は本当にそんな危ない奴なのかと言うと全然そんな事はなくて、中学生の頃は成績学年トップの優等生でクラスの人気者で面倒見の良い真面目な生徒会役員だった、今でも同中の奴らからは慕われている、

 

しかし高校に入ってからは最早抜きん出て成績が良いと言う訳でも無く、ぱっと見はイケメンでも無く、かといって他に特技がある訳でも無く、スポーツが得意な訳でも無い、

 

要するにスクールカーストで言う所の典型的な二軍の立ち位置、漫画で言う所のモブ、一軍を引き立たせる為の背景の一部という訳である、

 

それなのに出しゃばって学級委員長に立候補したり、それなのに良い気になって相田美咲を副委員長に任命して独り占めして連れ回したり、

 

一体何様のつもり、空気読めよ、うざい、目障り、邪魔、果てはキモい、居なくなれば良いのに、と囃し立てられてる訳だ、

 

神崎達が相田を誘う様になったのも、元はと言えば上野に付き纏われて困っている相田を救済するのが目的だったらしいが、その神崎グループのひょうきん者、釜石達也と席替えの件で言い争いになって以来、上野太郎は体調不良で学校を休む様になってしまった、

 

 

 

ーーー

「一体どうしたら良いでしょうか、」

「何故それを俺に相談する?」

 

放課後、二人きりの部室で、学園のアイドル相田美咲が可愛らしく首を傾げてキョトン顔する、

 

「何だか変ですね、私の知っている宗次朗くんは困っている友達を放っておける様な人ではない筈なんですが、」

 

俺はやれやれと溜息を一つ、こいつお淑やかなフリをしていて相当にあざとい、可愛ければなんでも許されると思ってるその根性はいつか矯正してやらねばなるまい、が、

 

「問題を整理しようか、」

「はい、」

 

嬉しそうにニコニコ微笑む顔を見てると仕方ないかと思えてくるのが憎々しい、て言うか狡い!

 

「それで、釜石は何か上野が学校に来れなくなる様な酷い事を言ったのか?」

「分かりません、聞いてみたのですが、本人も分からないと言う事でした、」

 

「じゃあ、お前は実際に上野から被害を受けているのか? 」

「宗次朗くんからお前と呼ばれるのはちょっと嫌です、美咲さんか美咲ちゃんが良いです、」

 

学園のアイドル相田美咲が口をとんがらせて頬っぺたを膨らませて変顔で抗議する、

 

「じゃあ、みいちゃ、で、」

「お前でがまんします、」

 

「例えば上野に委員会の仕事以外でも連れまわされて困っていたりするのか?」

 

「それはありませんが、委員会の仕事自体が面倒臭くて嫌です、」

「いきなり素直だな、だったら何で引き受けたんだよ、」

 

「だって頼まれたら引き受けるのは当たり前の事かと、厄介事が降りかかるのは世間が私に救いを求めているのだと、そして私が厄介事を引き受けて解決した分だけ成長出来るのだと父から教わりました、」

 

「上流社会の常識は計り知れんな、」

「でもその所為で新たな厄介事を引き寄せてしまうとは思ってもみませんでした、」

 

学園のアイドル相田美咲がホトホト困り果てた顔で深く溜息を吐く、

 

「それで、実際、上野に何か嫌な事を強制されたりとかはあったのか?」

「ほんの少しだけです、」

 

「例えばどんな事?」

 

「夜とかお休みの日に迄LINEを送られてくるのは困ります、いつでもスマートフォンを持っている訳では無いので、届いてからずっと放置しておくのは申し訳ない気分になってしまいます、」

 

 

 

ーーー

「まあ、有りがちな付き纏い初期症状だな、」

「付き纏い、ですか、」

 

「お前の上野に対する気持ちを無視して上野のお前に対する好意が一方的に突っ走ってるんだ、この状態が続くとお前にとっては面倒臭くなるし負担になるし嫌になるし挙句の果てには恐怖になる訳だ、一方で上野はお前につれなくされればされるほど何とかしようと躍起になってどんどんエスカレートする、お前が豊田に対してやってたのと同じ事だよ、」

 

豊田の名前を出した途端にどんよりと分かり易く落ち込む相田美咲、

 

「どうしましょう?」

「豊田がやったみたいにハッキリと自分の意見を言ってキッパリと諦めさせる、それも事態が悪化する前にだ、」

 

「なんて言えば良いですか?」

「中学の時はどうしてたんだ?お前の事だから似た様な揉め事は前からあったんじゃ無いのか?」

 

「中等部の頃は、こんな事はありませんでしたから、」

 

恐らくそうなる前に相田父が裏から手を回して何らかの圧力を加えていたとみるのが妥当だろう、このまま行くと、もしかして上野の親の勤めてる会社が倒産するとか家が全焼するとか一家全員行方不明になるとか、そんな恐ろしい事件に発展したりするのだろうか、

 

「兎に角、上野は下心あってお前に纏わり付いてるんだから、家が厳しくて学生の内は付き合えないとか、メールのやり取りは禁止されてるとか、釘を刺しておけば良いんじゃ無いのか?」

 

「でも、実際には男性とのお付き合いを禁じられている訳では無いので嘘になってしまいます、嘘を吐くのは心が痛みます、」

 

「そうなの?」

 

相田の親は一体何を考えてるんだ?

 

「一応念の為に聞くのだが、上野と付き合うと言う可能性は有るのか?」

「それは無理です、好きでも無い方とお付き合いする事は出来ません、」

 

「なら神崎はどうだ?例えば神崎とお前が付き合えば上野も諦めるんじゃ無いのか?」

「神崎さんも優しくて親切な方ですが、将来結婚したいと思える程ではありません、」

 

「恋愛と結婚は全く別物だろう? 所詮結婚は費用対効果で打算的に決定される経済活動なんだ、そこに自己主張を無理矢理押し付けようとする恋愛をごっちゃにするから余計に上手くいかなくなるんだよ、」

 

「何だか宗次朗くんと話してると乙女心が台無しになりそうです、」

「そっちから相談してきたんだろ、」

 

「でもどうしてそんな事を聞くのですか?」

 

「お前が誰かと付き合っていると言う事になれば、言い寄ってきたり付き纏ったりする奴も減るんじゃないかと思ったんだが、他に誰か好きな奴とか気になってる奴は居ないのか?」

 

ちょっと間の沈黙、それから何かいい事思いついたみたいに、

 

「じゃあ、私と宗次朗くんがお付き合いしている事にしてはいかがでしょう?」

「却下だ、お前、嘘は嫌なんじゃ無いのか、」

 

「私は宗次朗くんの事、結構気になっていますよ、」

 

「それは俺がお前に興味が無い素振りをしてるからだろ、お前はお前に靡かない男に惹かれる癖が付いてるんだよ、それに今は失恋の寂しさで弱気になっててそんな事言ってるんだろうが、立ち直った途端に俺の事なんか見向きもしなくなるのは火を見るよりも明らかだからな、」

 

「美咲はそんなに酷い女の子じゃ無いです、」

 

「大体、スクールカーストにも属さないぼっちの俺が相手じゃ世間が納得しないだろう、上野以上の嫌がらせが始まるだけで根本的な問題は解決しない、それにお前の親父さんに社会的にも物理的にも抹殺されるのは御免だからな、」

 

「びっくりです、宗次朗くんは思いの外に腰抜け野郎です、」

 

クラスでは徹頭徹尾お上品なお嬢様の相田美咲が恐らく俺にだけ見せるこのコロコロと変わる表情を見ていると、何だか妙な優越感にも似たモヤモヤした気分になってくるのだが、

 

「お前の言う通りだよ、俺は前に、自分の独り善がりな思い込みで突っ走って自分が一番大切にしていた筈の女の子を悲しませた事がある、多分それが怖いんだ、」

 

瞬間ぞわっと怖気が襲う、俺の耳から西野敦子の泣き声が離れない、それはトラウマであると同時に、それは確実に俺が西野敦子に承認されていた証でもある、嫌われても良い、それでもいいから俺は彼女と会えなくなってしまう前に、特別な絆の証が欲しかったのだ、

 

其処には、彼女の都合とか不安とか気持ちとかは一切考慮されてはいなかった、恋愛とはつまり、大抵は自分の欲しいモノだけを相手に求め、本当の「貴方」には大して興味も無いものなのだ、

 

「恋愛は生き物を狂わせるんだ、雄は雌を取り合う為に命懸けで争うし、中二病は好きな女の為なら世界中を敵に回しても戦えるとか思っちまうんだぜ、そんな風に正常な思考を失ってまた大切な誰かを傷付ける様な事はもう二度としたくない、だから俺は恋愛はしない、」

 

そして学園のアイドル相田美咲がちょっと照れた様な顔で口元を隠してニヤける、

 

「やっぱりです、宗次朗くんは、思ってた通りおかしな人です、」

 

 

 

ーーー

席替えの結果、俺は最前列窓際から二番目の席、俺の隣の窓際最前列が相田で、相田の後ろが早美都、という並び、相田美咲が副委員長特権で何か仕込んだと見るのが妥当と思われる、大体あのクジ引きの日は早美都とギクシャクしてすっかりクジを引くのを忘れていたのに、俺と早美都の分のクジを代わりに引いて置いたからと手渡してきたのは誰でも無い副委員長の相田美咲なのだ、

 

そして再びの偶然か、俺の後ろの席になった有人が昼休みにソーセージパンを齧りながら話掛けて来る、何でもGW明けの涙の早退事件以来、一部で俺と相田が実は付き合っているのではないかと言う噂が流れているらしい、

 

「と言うか、一方的に宗次朗が付きまとってストーカーしてんじゃないかって噂の方が多いけどな、ほら、お前ら結構仲よく喋ってる事あんじゃん、どう上手い事やったのか知らないけど、男子の中ではお前の事やっかんでる奴多いんだぜ、」

 

「相変わらずイチイチ面倒臭いな、恋愛至上主義者っていうのは、」

 

「で、本当の所、相田さんの事どう思ってるんだ?」

「友達だ、それ以上でもそれ以下でもない、」

 

「勿体無いお化けが出んぞ仕舞いに、こんなチャンスもう2度と無いんじゃ無えのか?」

 

何故、誰も彼もそこまで恋愛に必死になろうとするんだ? 

まあ、かくいう俺自身が中学の頃はそうだったんだが、だから誰もが何時かは気づく筈なのだ、

 

所詮、恋など時間の浪費に他ならない事は、冷静に考えれば誰の目にも明らかだ、

愛が世界を救い、恋が人生を豊かにするなら、

愛や恋が巷の面倒事を何とかしてくれるのなら、義務教育の科目に恋愛が有ってもよさそうなものだが、そんな事は有り得ない、

 

今日も、早美都と上野は学校を休んだままだった、



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011

終業のチャイムが鳴って、

 

「起立!」

「礼!」

 

銘々がそれぞれの行先へと足を急がせる、

俺は数日前から休み続けている早美都に何とかして連絡を取りたい所なのだが、電話もメールもLINEも反応が無くてお手上げ状態、

 

「京本さん、この後少し時間良いですか?」

 

そこへ相田が、……教室で俺に話しかけてくるのはかなりレアな出来事である、

 

「なんだよ改まって、」

「ちょっとお手伝いをお願いしたい事があるんです、」

 

 

 

ーーー

そう言って連れてこられた職員室で、

 

相田は担任の国分からプリントの束を渡される、それときっちりと封のされた薄っぺらい封筒、

 

「コレを上野と高野に渡して貰いたい、ついでに二人の様子も見てきてくれないか、」

 

「京本さんは高野さんと仲が良かったですよね、国分先生、京本さんにもお手伝いをお願いしたいのですが、宜しいでしょうか?」

 

「ああ、それが良いな、」

「良いですけど、俺、早美都の家、知らないですよ、」

 

「二人の住所はこのメモに書いてある、」

 

国分がノートの切れ端を俺に手渡す、

 

「本当は私が行ければ良いんだけど、ちょっと野暮用で立て込んでてな、それに、こう言うことは教師が行くより仲の良い友達が行った方が本人も喜ぶだろ、」

 

「こう言うこと?」

 

「二人とも親とも連絡がつかなくて休んでる理由が分からないんだ、まさか五月病の引き篭もりだとかは無いだろうけど、何か悩んでる事がないか聞いてきて欲しいんだ、」

 

 

 

ーーー

「失礼しました、」

 

俺達が職員室から退出すると、……

 

「悪いな、早美都の事、気使ってくれたんだな、」

「いえ、私も京本さんが一緒に行って下さると心強いですから、」

 

そこへ上野の同中で何時も上野と連んでいるコガネムシトリオ、松井、安藤、渋谷が現れた、順に簡単に紹介すると、眼鏡、出っ歯、猫背、……

 

「相田さん、今の呼び出しって、もしかして上野の事?」

「はい、手紙を渡す様に国分先生から頼まれました、」

 

「良かったら、その役目僕達にやらせてもらえないかな、」

「預かった手紙を他の人に任せる事は出来ませんが、一緒に行く事は問題ないと思います、」

 

3人は互いに顔を見合わせて渋い顔をする、

 

「実は、相田さんと京本くんが上野に会いに行くのは、ちょっと問題があるんだ、」

「それは一体、どういう事でしょうか?」

「もしかして上野が休んでる事と関係有るのか?」

 

再び困り顔で相談するコガネムシトリオ、

 

「どうする?」

「どうせ今にバレちまうからな、」

「寧ろ言っちゃった方が良いと思う、」

 

松井はタブレット端末を取り出すと、指紋認証で立ち上げて、保存してあった書類を開いて見せる、……そこに映し出されたのは、どうやらウェブ小説らしい、

 

「上野が休んでる原因は、これなんだ、」

 

 

 

ーーー

内容は、よくある異世界転生モノだった、

主人公はごく普通の男子高校生 蒼袮瑠憂翔 (あおね るーと)、夏祭りの夜に神社の境内で同じクラスの美少女 亜細亜美咲 (あでぃあ みさき)と偶然一緒になって、その時突然飛来した隕石によって町は消滅し、気が付いたらそこはまるで中世ヨーロッパの様な見知らぬ世界、唯一言葉の通じる(テレパシー) 火蜥蜴のポロロに通訳してもらいながらなんとか元の世界に戻る手段を探していたら、街の権力者 シカザトヤキン の屋敷に美咲が囚われている事を知る、ルートは美咲を救い出そうと屋敷に潜入するが、美咲はヤキンの魔法で記憶を失っておりルートの事を覚えていない、しかもそこに街の軍隊を率いるイタミゾバサミ将軍がやってきてルートは捕まり、屋敷の地下の牢屋に入れられてしまう、その夜、精神トランスポートで魔王トモロジソウキョウがルートの夢に現れ、魔王軍の仲間になればヤキンとバサミを滅ぼして美咲を助け出してやると持ちかける、トモロジソウキョウの狙いはルートが元いた世界の言葉を解読する事で、それによって太古の昔に封印された巨大戦闘ドールの力を発動させて、この世界を滅ぼそうと、以下略、……

 

「かなり恥ずかしい内容だな、」

 

R15指定だから直接的な描写はないものの、明らかにそれと分かるラッキースケベなシーンが満載で、第1話から既に美咲は酷い事になっている、……

 

「意外に無反応だな、もっと怒らないのか? このヒロイン明らかに相田の事だろ、」

「え?名前が美咲だからですか? だって苗字が違いますよ、アディア、あ、アイダ、」

 

「それでトモロジソウキョウってのが俺って訳か、」

「成る程、アナグラムになっているのですね、」

 

「コレを上野が書いたって言うのは確かなのか?」

 

「ウェブ上の元の小説は既に削除されているからこれ以上の事は分からないけど、主人公のルートは明らかに上野のアナグラムだし、上野が学校に来なくなったのは、釜石にこの小説の事を茶化された次の日からだったしね、」

 

「もしかして、コレを晒されたのか?」

「自分の言ってる事が嘘じゃないって証明にする為に釜石がSNSで拡散したんだ、」

 

「釜石が言ってる事って?」

「上野がエロ小説を書いてるって事、」

「上野は完全否定してたんだけど、さっきみたいに直ぐに誰が誰の事か分かっちゃって、」

 

「直ぐに神崎くんが止めたんだけど、もう結構広まっちゃってると思う、」

 

「同級生女子をネタにしたオナニー小説か、コレはもう上野が相田の事を好きだって告白してる様なもんだな、」

 

此処に至って漸く相田が事の重大さに気付いて、顔を真っ赤に赤らめる、

 

「つまり、相田さんが上野に会いに行くのは、凄く気不味いって訳なんだ、」

「確かに、俺だったら恥ずかしくて確実に半年は引き篭もりそうだな、」

 

「駄目です、そんな事は許されません、」

 

そして突如憤慨する相田美咲お嬢様!

 

「恥ずかしいと思えるのは自分の中に正しいと信じる基準があるからで、決して悪い事ではありません、本当に恥ずかしいのは恥を知らない事の方です、大切なのは恥ずかしい事をしてしまったのであれば反省してやり直す事です、そうする事で人は自らが理想とする自分に近づき成長する事が出来るのです、事態を改善しようとせずに隠れてやり過ごそうとする事の方が問題です、」

 

「相田さんって、怒ったりするんだ、」

「なんか新鮮、」

 

いきなり声高に主張する相田にビックリするコガネムシトリオ、

 

「そんな事を言ってもな、皆んなが皆んなお前みたいに強い訳じゃ無い、上野は怖いんだよ、こんな小説を書いている事を皆んなに知られたら、白い目で見られる、罵られる、……実際、お前はこの小説を読んでどう思った? 面白かったか? それともヒロインに抜擢されて嬉しかったか?」

 

「正直、理解できませんでした、男の人はこんな風に人を傷つけたり、辱めたりする事を想像して面白いと感じたりするものなんですか?」

 

「そうだな、上野の小説がどうこう言わないが、暴力的なものや性欲を刺激する物に惹かれる、と言うのはその通りかもしれないな、女子は違うのか?」

 

「何だか、禁忌に触れてしまった様な感じがして、気持ち悪い感じがしました、」

「上野は、そんな風にみんなから気持ち悪がられて居場所を失うのが怖いんだよ、」

 

此処に至って漸く相田は事の深刻さに気付いて、困り眉で俺の顔を上目遣いして覗き込む、

 

「どうすればいいでしょうか、」

「上手く行くかは保証できないが、上野が居場所を無くさない様にする方法は無くは無い、」

 

 

 

ーーー

上野の家は学校からそう遠くない大きな団地の5階に有った、

 

先ずはコガネムシトリオがインターフォンを押して、返事が無いので30秒ほど待ってからもう一度押して、それを4回程繰り返してから、漸く、部屋の中で人の動く気配、

 

「はい、」

「上野、俺、松井だけど、先生からプリント預かった、」

 

暫くして中から声がする、

 

「郵便受けに入れといて、」

「ちょっと大きくて入らない奴がある、」

 

「じゃあ、ドアの下に置いといて、」

「分かった、けど、大丈夫なのか?」

 

「うん、ちょっと風邪を拗らせただけ、感染するといけないから、」

「そうか、じゃあ、お大事にな、」

「早く学校こいよ、」

 

そうしてドアの覗き窓の視界から松井達が消え去って20秒、やがてカチャリと鍵の開く音がして、ゆっくりとドアが開いて、無精髭でパジャマ姿の上野太郎が姿を見せた、

 

その瞬間!俺はダッシュしてドアを全開にして閉められない様に押さえる、

 

イキナリ呆気に取られて怯えた目で腰を抜かしかけてる上野、

 

そして、階段室の陰から姿を見せる学園のアイドル相田美咲!

 

「上野さん!私は上野さんに言わなければならない事があります!」

 

見る見る顔から血の気が失せていく上野に向かって、

 

「トモロジソウキョウはもっと意地悪だと思うんです!」

 

 

 

ーーー

「それは、普段は紳士的なふりをしているからで、本当は凄く腹黒いって設定なんだけど、」

 

明らかに事態の展開について行けてない上野太郎の唖然とした眼差しが泳いでる、

 

「そうじゃ無いんです、トモロジソウキョウは紳士なふりをしながら会話の端々にネチネチと意地悪な事を言うんです、その方が絶対リアリティがあると思います、」

 

此処に至って漸く上野は、どうやら自分の小説の内容にケチを付けられているのだと気付いて、神妙な顔になる、

 

「勝手に書いた事、……怒らないの?」

 

「空想は自由です、でも、実在の人間をモデルにして登場人物にするなら、予め本人に許可を取って、その上で希望も取り入れてくれるべきだと思います、」

 

「希望って?」

 

「美咲は守られてるばかりじゃなくて、もっと強い女の子にして下さい、何時も悪者に悪戯されて泣いている様なヒロインは嫌です、最後にトモロジソウキョウを倒すのは美咲が良いです、」

 

「そんなの、キャラ変わっちゃう、」

 

上野が思わず、フッと笑みを零した、

 

「でも、その方がリアリティがあるみたいだね、」

 

相田美咲が不思議そうなキョトン顔で首を傾げる、

 

「僕、続きを書いても良いのかな、」

 

「どんな物語も始めたからにはどんな結末であれきちんと終わらせるべきだと思います、ネバーエンディングストーリーはエンデの一冊があれば十分です、」

 

「ありがとう、」

「続きが出来たら、また読ませてくださいね、でも、エッチなシーンは禁止ですからね、」

 

 

 

ーーー

上野の家からの帰り道、コガネムシトリオと別れて、

 

「心にも無い様な事を言わせて、済まなかったな、」

「いえ、」

 

「上野さんの気持ちも少し分かる様な気がします、現実にはままならない事が沢山あって、時々はそんなしがらみ全部から解放されたいと思うのは、きっと誰しもが思っている事だと思います、」

 

ま、確かにそうなのだろう、何しろ相田は小汚い変な顔をした猫の指人形を肌身離さず持っていて暇さえあれば一人遊びする様な奴なのだから、台詞に実感がこもってる、

 

「お前は嘘は嫌いだと言っていたが、嘘というのは相手を傷つけない為の技術なんだぜ、」

 

「嘘も方便と言う奴ですね、流石宗次朗くんは卑怯者の手管に長けていますね、お陰で上野さんも学校に出てきてくれる事が出来ました、」

 

まあ、変態ウェブ小説作家のレッテル付きではあるが、本人も周りもそれを認められれば、こんな幸せな事は無いだろう、

 

「でも、一つだけキチンと言っておきたい事があります、」

「なんだよ改まって、」

 

学園のアイドル相田美咲が踵を返して振り返り、キッと俺を事を睨みつけて、

 

「他の方の前ではお前と呼ばないで下さい、恥ずかしくて顔から火が出るかと思いましたよ、」

 

可愛らしく頬っぺたを膨らませて憤慨する、

だからついつい俺は少し弱った風なフリをして、

 

「じゃあ、これからは、みいちゃ、で、」

 

みるみる内に顔を真っ赤にして怒り出す相田美咲、

 

「やっぱり! 宗次朗くんはすっごく意地悪です! 」

 

それでポカスカと俺の二の腕を叩く、まあ全然痛く無いけど、

 

「もう、嫌い!」

 



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012

上野の家を訪ねた後、俺と相田はその足で早美都の家へ、

早美都の家は茅ヶ崎から相模線に乗り換えて三つ目の寒川に有った、落ち着いた佇まいの住宅街の一画の古い一軒家に俺はその表札を見つけ出す、

 

其処には、早美都の苗字である筈の高野では無く、下園と書かれてあった、

 

「此処で、合ってんだよな、」

「はい、下園さんのお宅で間違いありません、」

 

意を決して呼び鈴を押してみるが、やはり返事がない、中に人の居る気配がしなくて、

 

「お留守でしょうか?」

 

時刻は既に19時を過ぎていて、辺りは暗くなっていると言うのに家には電灯が点いていない、

 

「しょうがない、お前はもう先に帰ってくれ、俺はもうちょっと此処で待ってみるよ、」

「それは駄目です、先生から頼まれたのは私ですから、宗次朗くん一人にお任せする訳にはいきません、」

 

「遅くなると家の人が心配するんじゃ無いのか?」

「その点は大丈夫です、私は信頼されていますから門限も無いですし外泊も電話連絡でOKです、」

 

相田家の基準が時々分からなくなってくる、

 

「しょうがねえ、俺も今日は諦めて帰るとするか、家まで送って行くよ、」

「えっ、ちょっと待って下さい!」

 

と、俄かに相田がそわそわあたふたし始める、まあ、クラスの男子に家の場所を知られるのはちょっと抵抗があるだろうから、

 

「心配すんな、別に家の前まで行くとか言ってない、近くまで送って行くだけだよ、」

「そう言わずにお夕食を食べていかれますよね、……何か食べられない物とか有りますか?」

 

「いえ、食べていきませんから、」

 

その時、ガチャリと下園家のドアが開いて、中から一人の中年の女の人が現れる、

 

「あの、どちら様でしょうか?」

 

 

 

ーーー

「すみません、こちらに高野早美都くんはいらっしゃいますか? 俺達は同じ学校の友達です、」

「こんばんは、お夕食の時刻に急に訪ねて来て申し訳ございません、学校の先生から預かった物を手渡したいのですが、早美都さんにお会い出来ますでしょうか?」

 

俺と相田は門を開けてその女性の元へ、

怪訝そうな女性の顔、それでも、

 

「私はこちらのお婆ちゃんの生活援助に来ているヘルパーです、早美都さんと言うのは、この春からこちらに引っ越して来られたお孫さんの事かな? 何時も部屋に閉じ籠って居るので殆どお会いした事が無いのですが、背の低い女の子ですよね、」

 

「いえ、男、……」

 

相田が咄嗟に俺の口を押さえた、

 

「はい、その方で間違いありません、」

 

一体何を言っているのかと訝る俺に向かって相田は、首を横に振って黙っていろの合図、

 

 

 

ーーー

取り敢えず俺達は家の中に迎え入れられて、ヘルパーさんが二階の部屋に早美都を呼びに行ってくれる間、居間兼食堂の和風な部屋で待つ事に、テーブルの前にはかなりご高齢なお婆ちゃん、

 

「お元気そうでうですね、」

「当たり前だろ、頭もボケちゃいないし体だってまだまだピンピンしてるよ、」

 

何だか眼光鋭くて怖そうなお婆ちゃん、

 

「お幾つですか?」

「全く、女に歳なんか聞くもんじゃ無いよ、」

 

「88歳だよ、」

 

振り向くと、二階へ続く階段を私服姿の早美都が降りてきた、

 

「何だいそんな男みたいな格好して、お前は女なんだから胸張って女らしくすりゃ良いんだよ、」

 

「でも、友達が混乱するから、」

 

ちょっと照れた風に俺の事を見る早美都、

ちょっと、いやめっちゃ混乱してる俺、

それで相田は涼しい顔で、……もしかしてコイツ知ってやがったのか?

 

「学校だって女の制服で行きゃ良いものの、先生も先生だよ、」

「無理だよ、男の体で女子に混じって生活は出来ないよ、」

 

「さっさとちんこ取っちまえば良いだろう、」

「うちはお金持ちじゃ無いんだから、そんな簡単に手術なんて出来ないよ、」

 

ちょっと困った風に俺を見て苦笑いする早美都、

釣られてどうすれば良いか分からなくて苦笑いする俺、

それで相田は神妙な顔で作り笑いしている、ちんこか?コイツちんこに反応してんのか?

 

「金の問題じゃ無い、大切な一人娘の問題だってのに、この子の父親が認めないんだよ、全く誰に似たんだか頑固でしょうがない、」

 

これ以上は黙って聞いていられなくて、俺は、

 

「つまり早美都、お前は本当は女だって事なのか、」

「うん、脳みそは女で、体は男、性同一性障害って言うんだって、」

 

 

 

ーーー

俺と相田は、改めて二階の早美都の部屋へと通される、

何だか可愛らしい、確かに女の子っぽい部屋だ、色々とオレンジが多い、

 

「僕の家は石川県に在るんだけど、中学校で色々と問題が起きて、それで高校からはコッチのばーばの所に来て学校に通う事にしたんだ、」

 

「そっか、色々複雑だな、」

「別に、僕の中だけの問題だよ、」

 

早美都はベッドの端に腰掛けて、俺と相田は床の上に胡座と正座、

 

「その事と、学校を休んでる事とは関係があるのか?」

「無い事も無いかな、」

 

「もしかして誰かに、酷いこと言われたのか?」

「そうじゃ無いけど、宗次朗にひどい事をされた、」

 

「なんで?」

 

それで、俺は久し振りに早美都が笑っているのを見た、

 

「ごめん、嘘、気にしないで、僕、宗次朗が好きなんだ、」

「好き?って、友達として、じゃなくて?」

 

「うん、だって宗次朗がいけないんだよ、僕にいっぱい優しくするから、だから宗次朗の所為、」

 

「なんか、もしもお前を傷付ける様な事をしちまったんなら謝る、だから、」

「気にしないで、僕の中だけの問題だよ、宗次朗は悪くない、」

 

「俺に何が出来るか分からないけど、力になりたい、」

「じゃあ、さ、恋人になってくれる?」

 

そう言う早美都は、真っ直ぐに相田の顔を見ていた、

 

「恋人、って、」

「僕と手を繋いで歩いたり、時々キスしたり、そう言う事、」

 

「流石にそれは、無理だな、」

 

「うん、分かってる、分かるから苦しいんだ、だって、宗次朗の名前を呼ぶ度びにどんどん好きになって、それなのにどんなに好きになっても、好きになってもらえないから、」

 

「僕は女の子として宗次朗が好きになった、でも宗次朗にとってみれば僕は男の子だから恋愛なんて無理だよね、全部仕方がない事なんだ、そう考えたらなんだか悲しくなって、なんだか全部が嫌になっちゃった、」

 

「どうして人は、こんなに苦しいのに、誰かを好きになっちゃうんだろうね、」

 

俺は、早美都に何て言ってやれば良いのか、言葉が見つからない、

 

「ごめんね、でも安心して、宗次朗には迷惑をかけないから、僕、学校を辞めるよ、」

「なんで? いきなり極端すぎるだろう、」

 

「だって、こんな男女に好かれるのなんて迷惑だよね、嫌だよね、僕は、宗次朗に嫌われるくらいなら、もう2度と会えなくなる方がまだマシ、今日はそれを伝えたくて会う事にした、最初はもうこのまま会わないでおこうかと思ったんだけど、宗次朗には本当の僕の気持ちを知ってもらいたかったから、」

 

それは、中学の卒業式で俺が西野敦子に公開告白した時に気持ちと多分同じだ、

 

片方だけ思いが突っ走ると、誰とだって、何時かはこうなってしまう、

 

人はラポールを形成するほどに、二字曲線的に心的距離を縮めていく、加速度的に思いは強くなる、それが更に一方通行の信頼を増長させて行く、

 

そして信頼とは、自分の要望を相手に押し付ける行為以外の何物でもない、

信じている、その言葉は、裏切らない事を強制する呪文、

 

もしも、相手が思いの通りにならなかったら、裏切ったら、

 

その強すぎる心の歪みは、時として人を壊す、自分自身か、それとも相手か、その両方か、

 

早美都は、そんなキツイのを一人でしょい込んで、何とか自分ひとりで折り合いを付けようとしていたのだろうか、

 

だからと言って、俺に早美都の想いを受け止める事は、…やっぱり無理だ、だったら投げ出すのか、逃げ出すのか? 友達を見捨てるほど、俺は、人間嫌いでは無い、でも、どうすれば良い?

 

 

 

ーーー

「本当にお二人は仲良しですね、」

 

そして、さっきまでじっと黙って聞いているばかりだった相田がポツリと話し出した、

 

「だって二人ともおんなじ事を言ってます、」

「同じ事?」

 

「早美都くん、実は私も宗次朗くんに付き合って欲しいって告白したんですよ、」

 

早美都の顔が一瞬悔しそうに曇って、それから直ぐに作り笑いして、

 

「やっぱり、そうじゃ無いかって思ってたんだ、うん、二人はお似合いの、……」

 

「振られてしまいましたけどね、」

「え?」

 

早美都の顔が一瞬鳩が豆鉄砲食らったみたいになって、

 

「どうして? 何考えてんの宗次朗!」

「何って?」

 

「相田さんだよ、なんで宗次朗が相田さんの事を振るのさ、馬鹿じゃ無いの? 相田さんみたいな素敵な人もう一生現れないよ、まさか他に好きな子がいるの? 誰?」

 

「居ないよ、お前知ってるだろ、俺は恋愛否定主義だって、」

「だからって、」

 

「早美都くん、その時宗次朗くんは言ってたんです、「色恋に溺れると正気を失って大切な誰かを傷つけてしまうかも知れないから、自分は恋愛なんてしないんだ、」って、それって、早美都くんが学校を辞めようと思ったのと同じ気持ちですよね、」

 

「でも、二人とも間違ってると思います、」

 

相田は早美都の目を真っ直ぐに見て、

 

「早美都くん、どんなに好きになっても付き合えない事なんてよくある事です、それ位の事で全部嫌になって学校を辞めてしまうなんて間違っています、甘ったれています、」

 

「あまっ、?」

 

「それに、誰かを好きになる事は間違ってなんていません、その事で相手を傷付けてしまうと思うなら、そうなら無い様に努力すればいいんです、付き合えないからと言って嫌いになってしまう事はないんです、その人の元から離れようとする必要は無いんです、」

 

「……、」

 

「私はお二人の事が大好きです、今日の話を聞いてまた好きになりました、例えお二人と生涯の伴侶にはなれないとしても、この先もずっとお友達で居たいと思っています、」

 

「宗次朗くんは、どう思いますか? 」

 

相田の眼差しは反則的に綺麗で、その微笑みは絶対的に可愛らしくて、こんなの例え違うと思っていたとしても反論出来る訳がない、……て言うか狡い、

 

「まあ、そうだな、恋愛できないからって友達迄辞める事は無い、俺は男だろうが女だろうが恋愛はごめんだが、早美都とは友達で居たいと思ってる、それじゃ、ダメか?」

 

「僕は、……宗次朗の事を好きで居続けても良いの?」

「良いんですよ、私だって未だ諦めた訳じゃありませんから、」

 

「それじゃあ、僕に勝ち目なんて無いじゃない、」

 

俺は、早美都が笑っているのを久し振りに見たかも知れない、

 

 

 

ーーー

早美都の家を後にして、俺と相田は駅に向かう、

 

「宗次朗くんはお魚とお肉とどっちが好きですか?」

「言っておきますけど食べていきませんから、」

 

「橘さんのお料理はとっても美味しいんですよ、」

「橘さんって誰?」

 

「ウチの上女中さんです、」

「そっか残念、みいちゃの手作りなら食べて行っても良かったのにな、」

 

「本当ですか? じゃあ、約束ですよ、」

「まあ、その内な、」

 

見上げると都会の空にも星は見えて、あのかがり火の下にも俺達と同じ様に、日々恋愛に苦悩する、そんな切ない気持ちがあるのだろうか?

 

「早美都を説得する為とはいえ、心にも無い事を言わせて済まなかったな、」

「なんの事ですか?」

 

「その、お前が俺に気があるとか、そういう事、」

「あら、言いませんでしたっけ、私、嘘が苦手なんですよ、」

 

「あら、親に嘘ついて北海道迄、男追っかけて行ったのは何処の誰だっけ、」

「知ってますか? 男子が女子に意地悪な事を言うのは、本当は気があるからなんですよ、」

 

まあ、そんな感じで俺達は少しずつ友達になって行ったんだと思う、




第一章、完、


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第ニ章 「失恋王 vs 愛の戦士」
013


全身がだる重い夏休み明け初日の朝、

朝から30℃を超える猛暑の所為なのか、それとも夏休みが終わった喪失感なのか、それとも休み前とは微妙に変わってしまった様に見えるクラスメイトの所為なのか、

 

教室はまるでお互いに探りを入れ合う様な奇妙な雰囲気に包まれていた、

 

「宗次朗、お早う、」

「よう、元気してたか、」

 

相変わらず可愛らしい男の娘、高野早美都がまるで子犬みたいに駆け寄ってくる、

 

「うん、ずっと金沢の家に帰ってた、宗次朗は?」

「別にこれと言って何もせず、順調に家でダラダラしてたよ、」

 

早美都が実は脳みその中身が女子である事はこの夏休みの間に教師達とも相談したらしいのだけれど、相変わらず男子の格好をして登校してきたと言う事は、クラスの混乱を避ける方向で落ち着いたと言う事か、

 

「宗次朗が知っててくれれば、それで良いよ、」

「そっか、」

 

それはそうと、

 

「お前、一寸太ったんじゃないか?」

「普通思っててもそう言う事言うかな、」

 

本気で嫌そうな顔をする早美都に思わずぞくっとギャップ萌えする俺?

 

「いや、健康的になったって意味でだよ、」

「いいよもう、今日からダイエットするから、」

 

必死に腹を引っ込めようと息を止める早美都が、なんか健気、

 

「一応そう言うの気にするんだ、」

「普通にするよ、」

 

膨れっ面で俺の事を睨み付ける早美都が、なんか可愛い、

 

いや実際、入学当時のオドオド人見知り引っ込み思案の雰囲気は既に影を潜めて、誰の目にも明るくなって表情豊かになって、クラスの皆とも普通に話せる様になって本当に良かったと思う、

 

「高野さん、京本さんにデリカシーを求めるのは酷と言うものです、」

 

そして学園のアイドル相田美咲が登場、いきなり俺の机の上に何だか大きな土産袋をどーんと乗せる、

 

「おはよう、相田さん、」

「お早うございます、」

 

 

 

ーーー

「京本さん、良いものをあげましょう、」

 

相田、ドヤ顔&上から目線で土産袋の中からゴソゴソと真空パック入りのハムを取り出すと俺に手渡す、

 

「サンキュー、どこ行ってきたんだ?」

「ジェノバとバルセロナに行ってきました、お土産はイベリコ豚の生ハムです、」

 

「イベリコ?何?」

 

「高野さんにはジェノベーゼソースとオリーブオイルです、」

「わあ、ありがとう、」

 

「相田さーん、元気してた?」

「お早うございます牧野さん、浜野さん、はい、一寸日焼けしちゃいました、」

 

神崎グループの牧野と浜野が相田を誘いにくる、

 

「えー、全然じゃん、」

「これ、お土産のビスコッティです、」

 

「ありがとう、いいの?」

「えー、なんかオシャレ、どこ行ってきたの?」

 

何時の間にかすっかりと相田美咲もクラスに馴染んできた様だが、

 

「神崎さんにはカルキニョーリスです、」

「有難う、」

 

大きな土産袋を持ってクラス中に挨拶して回る相田美咲、

 

「あいつ、もしかしてクラス全員に土産買ってきたのか?」

「相変わらず律儀だね、」

 

 

 

ーーー

「はい、席に着け、」

 

ガラリとドアを開けて声を張るクラスの担任、国分陽太、

一瞬で静まり返る教室、国分の隣に立つ見知らぬ男子の姿に一斉に息を飲む、主に女子、

 

身長は180cm位だろうか、長い睫毛に色気を帯びた眼差し、美少女の様に整った綺麗な顔立ち、サラサラで軽く巻いたウェイブ、細マッチョな体型にスラリと長い手足、要するに王子系超絶美男子、今時芸能人にもこんなど直球なイケメン見た事がない、

 

「初めまして、時任真斗です、」

 

ウットリと見惚れる主に女子達に、

少しハニカミつつ爽やかに微笑み返す超絶イケメン、

 

「やあ、宜しくね、」

「おおぉ…、」

 

まるで少女漫画に出て来る王子様ミタイな微笑みに、思わず、

地響きの様な、……女子の歓声が沸き起こる、

 

そしてクラスの女子達の興奮と動揺とフェロモンが匂い立つかの様に教室中に充満していく、

 

「時任のご両親はイギリスで仕事をなさっているんだが、時任は日本の大学受験に向けて一人で帰国した訳だ、小学生からずっとイギリス暮しで、日本の学校には不慣れな事も有ると思うが、クラスメイト皆でサポートしてやってくれ、」

 

一方、絶対的格差を目の当たりにして不遇不満に目がショボくなる男子一同、

 

そんなイケメンの意味深な微笑みの視線の先には学園のアイドル相田美咲さん、やっぱりどんなイケメンでも相田美咲の美貌の前には他の男子同様に膝を屈するのかと思いきや、……

 

ちらりと覗き見た相田美咲は、……意外にもまるで乙女の様に頬を赤らめて転校生に魅入っている? いや、顔がちょっと引き攣ってる相田美咲さん16歳?

 

そうして転校生時任真斗も又、相田美咲の視線を受け止めて、見つめ返す様にもう一度にっこりと微笑んだ、

 

まさかのまさか?

 

いや、美しいものを求める心は間違っていない、

優れた物を求める気持ちは何ら可笑しく無い、

 

特に其れが異性であれば尚更だ、乃ち優れた形質は優れた遺伝子の発現であり、其れに自分の遺伝子が混ざる事で、自分の遺伝子をより健康に有能に、後世に残し生存確率を上げる事が出来るからだ、

 

「ナンか世の中不公平だよな、」

 

俺にだけ聞こえる声で有人がボヤく、

 

「常に公平が正しいと思うのは間違いだ、この世に自分と全く同じ人間等存在しないからな、たとえ一卵性双生児で有ったとしても、所詮他人は自分とは別の生き物なんだ、違っていればそれぞれの最適は自ずと異なって来る、紅茶にミルクを入れるからといってほうじ茶にミルクを入れても美味くはならないのと同じ事だ、」

 

「僕、結構好きだよ、お茶にミルク入れるの、」

 

俺にだけ聞こえる声で早美都がボソリと呟く、

 

まあ時として環境の変化によって、最適は移ろい易いモノだったりもする、

 

 

 

ーーー

「最悪です、」

 

ナンか構って欲しそうな情けない声を発しながら学園のアイドルが部室に登場、

当然俺は、そんなモノ敢えて無視をする、

 

「何で話に乗って来ないんですか?」

「最悪な話なんて聞いてもつまらんだろう、」

 

「宗次朗の意地悪は安定の平常運転です、」

 

学園のアイドルが不服そうに臍と口を曲げる、

いつの頃からか部室では相田は俺の事を宗次朗と呼び捨てにする様になっていた、

 

「どうしたの?」

「聞いてよ早美ちゃん、今度のクラス会、鍋なんですよ!」

 

いつの頃からか部室では相田は早美都の事を早美ちゃんと呼ぶ様になっていた、

 

例の一件以来、何気に相田と早美都は仲が良い、

 

「何が最悪なんだ、鍋は美味いぞ、……って言うか俺は聞いてないぞ、何だそのクラス会って?」

 

「あ〜、有志って言ってたかなぁ?」

 

思わず相田は不味い事言っちゃったかな、ミタイナ顔で目を逸らす、

 

どうせ、クラスカースト一軍二軍で集まって「仲良し確認」する社交辞令の会合なのだろう、カースト外の俺に声がかからなくてもなんら不思議では無い、

 

「まあ良い、そんなもの出たって疲れるだけだしこっちからお断りだ、大体このクソ暑いのに一体誰が鍋やりたいとか言い出したんだ?」

 

「どうしよっかなぁ、私もなんかコジツケてお断りしようかなぁ、」

 

「それは無理だな、」

「ええ、どうしてですか?」

 

「クラスのアイドル様が不参加じゃ、ただじゃ収まらんだろう、きっとお前の都合に合わせてスケジュール変更されるだけだぜ、」

 

アカラサマに嫌そうな顔をする学園のアイドル、

 

「なんでよりによって鍋なのよ〜、」

「何でそんなに鍋嫌なんだ?」

 

いつの頃からか、部室ではお上品なお嬢様キャラが崩壊し始めてる相田美咲さん、テーブルの上に力なく項垂れて、まあ、はしたない、

 

「決まってるでしょ、他人と同じ汁突くのが気持ち悪いの、唾入ってるかも知れないじゃないですか、」

 

「鍋良いねぇ、鍋パーティしよっかぁ、うちの部もぉ、」

 

そこへ遅れて登場する博美先輩、相変わらずのラルゴな口調が俺を一時ホッとさせてくれるが、

 

「だからなんでこの暑い季節に鍋なんですか?」

「この部屋クーラー使えるから暑いのも平気だと思うよぉ、」

 

「ああ、そっち良いなぁ、私そっち出たい、て言うか出る!」

 

いつの頃からか何時の間にか部室では我儘言いたい放題キャラが定着しつつある相田美咲さん、

 

「お前、鍋嫌って言ったばっかじゃんか、」

 

「この面子なら良いんです、良く知らない人と一緒に汁つつくのが嫌だって話です、そんな事も分からないんですか? 宗次朗はお馬鹿さんですね、」

 

凡そこの学校で相田美咲が俺以外に軽口悪口を叩くのを聞いた事が無いが、だからと言ってカチンとくる事には何ら変わりはないから俺もついつい、

 

「心配するな、唾液を舐めあうとお互いの好感度が上がるから直ぐに平気になる筈だぜ、」

 

「やなもんはやなんです、 大体、何なんですか、その変態性理論?」

 

「群れで生活する動物は自分が承認される事に快感を感じるように出来ているんだ、社会で生活する人間は特にそうだ、……生まれたばかりの赤ん坊ですら、口唇期では母親に乳を与えさせる事に快感を覚え、肛門期には自分の排泄物を母親に処理させる事に快感を覚える、……要するに自分の我儘を通す事で、自分が生きる事を承認されている事を確認するのが嬉しい訳だ、」

 

「これがエスカレートすれば、普通はやらない様な無理無茶を他人に受け入れさせる事は、自分がそれだけ我儘を通せる、つまり社会から承認されていると実感できるから快感を感じる訳だ、……そして互いに自分の我儘を認めさせる間柄になると、それがたとえ最初は半強制的であったとしても、やがてはお互いの間に信頼が芽生える、……自分の唾液を受け入れた奴は自分を承認してくれていると動物的に考えるからな、そこから味方意識とか好意的な感情とか信頼が生まれる訳だ、」

 

「これは生物的な反応でどうしようもない、恋愛至上主義者がキスを愛の誓いとか言っているカラクリはつまりそういう事だ、」

「うぇー、キスが動物的とか、ホント、ロマンの欠片も無い奴ですね宗次朗は、」

 

 

ーーー

「はい、博美ちゃん先輩、これお土産です、」

「うわぁ、有難とー、」

 

博美先輩へのお土産は、ガウディの建造物の写真集らしい、

 

「この人有名なフォトグラファーなんですよぉ、とっても嬉しいですぅ、」

「良かった、」

 

「美咲ちゃんはスペイン語読めるんですかぁ?」

「そこは写真が綺麗だから、ま、いっかなって、」

 

暫しサグラダファミリアの天井の写真に見惚れてる二人、

 

「そう言えば、相田、お前もしかして時任と知り合いなのか?」

 

途端に分かりやすく顔を赤らめる相田美咲、

 

「夏休みの旅行の時にバルセロナで時任さんのご家族とお会いしました、時任さんのお父様がウチの父の知り合いで、今回の編入もウチの父の勧めがあったみたいです、まさか同じクラスになるとは思いませんでしたが、」

 

つまり時任真斗は相田父の息の掛かった人間、という事らしい、

それにしても娘の交際には人百倍干渉してくるあの相田父が認めたという事は、

 

「もしかしてお前達、婚約してるとか?」

「そんな訳、ある訳ないでしょう! 馬鹿ですか宗次朗は、」

 

とか言いつつ真っ赤になってる相田美咲がこれ以上ない程怪しい、

 

「ホント、宗次朗ってデリカシーないね、」

 

そして早美都からのダメ出し、

 

「宗ちゃん、どんまい!」

 

そして博美先輩からの謎の応援、



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014

金曜日の放課後、そう言う流れで写真部では鍋パーティを開催する事になった、

 

アカリ先生参加で家庭科実習室使用の許可を取り、

一応表向きにはコンテスト参加用の食品撮影、という名目になってはいるが、要するに銘々で持ち寄った材料をぶち込んで食べてみると言う闇鍋企画である、

 

朝から実習室の冷蔵庫にしまっておいた具材を取り出してきて、先ずは早美都と相田が食べやすいサイズに下拵えする、闇鍋の中身はと見ると何だか何種類かの魚と豚肉と鶏肉、シラタキに豆腐に白菜に、キノコは椎茸にエリンギにエノキ、更に早美都が大根を薄く煎餅みたいに切って、

 

それから今度は薬味の小ネギを微塵切り、更に唐辛子を大根に挟んですりおろし、更に人参を剃ったのと合わせてもみじおろしの完成、二人の手際良い包丁さばきに思わず見蕩れて感心してしまう俺と博美先輩、

 

別の容器に予め水出ししておいた昆布を鍋に投入、プツプツ沸騰し始めた頃合いで引き上げる、

 

「最初に出汁が出る具材から入れてね、」

 

早美都が鍋奉行で仕切る、

 

「出汁って?」

「肉とか、骨付きの魚とか、」

 

「料理の事は丸っ切り分からん、ので早美都に任せる、」

「宗次朗、働かざるもの食べさせてあげませんよ、」

 

言いながら相田が骨付きのフグの切り身をボトボトと鍋に投入、

 

「肉と魚と混ぜても大丈夫なのか?」

「ウチも、かしわとタラを一緒にいれちゃったりするよぉ、」

 

「かしわって?何ですか?」

「鶏肉の事を、関西ではかしわって言うんだよぉ、」

 

言いながら博美先輩が鮭の切り身をボトボトと鍋に投入、

俺も見様見真似で鶏肉を鍋に投入、

 

「美咲ちゃんが持って来てくれたフグの残りと豚はしゃぶしゃぶにしようね、」

「早美ちゃん、フグの皮もありますよ、」

 

外の気温は未だ灼熱の35℃越えにも拘らず、ガンガンに効かせたエアコンのお陰で何とも平和な雰囲気で鍋の準備が進められて行き、

 

いい感じで煮立って来た頃合いで早美都がアクを掃除して、

 

「もうそろそろ食べれるよ、」

「あぁ、ちょっと待ってぇ、」

 

 

 

ーーー

そして再び博美先輩の体育会系指導が始まる、

 

「いいぃ? 料理を美味しそうに撮る為に大事なポイントはライティングとキャスティング、それとシズル感だよぉ、覚えておいてねぇ、」

 

博美先輩は撮影用のライトとレフ板代わりの大きな白い板の置き場所を調整、

 

「シズル感って何ですか?」

 

「美味しそー、って感じの事、かなぁ? 例えばぁ、タレやツユを上から垂らした瞬間とかぁ、じゅうじゅう鉄板の上で肉汁が跳ねてる感じとかぁ、そういうシチュエーションを被写体に加える写真の隠し味的な物だねぇ、それを見た人が自分も体験してみたくなるみたいなぁ、要するにインスタ映えするって感じかなぁ、」

 

「シズルってなんだか人の名前みたいですね、」

「シズルっていうのは、お肉がじゅうじゅう焼ける音って言う意味なんだよぉ、」

 

アカリ先生が、箸を構えてウズウズしている、

 

博美先輩が二、三枚、試し撮りして直ちにタブレットに転送、見比べてみると一目瞭然に、

 

「確かに鍋に上から出汁を足す瞬間って、なんか美味そうって感じですね、」

「でしょー、」

 

「煮立ち過ぎたら美味しくなくなるよ、」

 

アカリ先生が気が気でない表情で博美先輩をじっと見つめる、

 

早美都が良い感じに小鉢にみんなの分を取り分けて、

早速ハフハフ食べ始めてるアカリ先生、

 

「ライティングって言うのは光ですよね、ストロボ使うんですか、」

「ううん、寧ろ料理は光で撮った方が美味しそうに見えるんだよぉ、」

 

博美先輩は小鉢に盛った鶏肉を予め逆光で光が当たる様に調整した机の上に置いて、ストロボ有りとストロボ無しで数枚ずつ連写、タブレットに転送、

 

成る程ストロボ使うと理科の教科書みたいな鮮明な写真になるけれど、ストロボを使わない方が確かに料理自体に立体感が出ると言うか、艶が出ると言うか、

 

「ほら、こっちの方が美味しそうでしょう、」

「確かに、」

 

「冷めない内に食べた方が美味しいよ、」

 

アカリ先生、待ち切れずに早くも缶ビールの栓を開封、……

今更もう何も言うまい、

 

「それで、キャスティングっていうのは?」

「主役の食材を決めて、そこにフォーカスを合わせるっていう事だよぉ、」

 

そう言いながら数枚の写真を撮影、……

 

「ほらねぇ、f値を大きくして全体にピントを当てるよりもぉ、絞りを開けて周りをボケさせて主役の食材を際立たせた方が気持ち美味しそうに撮れるんだよぉ、」

 

確かに、全体がクッキリ写ってるのは再び教科書っぽくて、周りがちょっとボケて肉にピントが合ってる方が、なんか料理雑誌っぽく見えなくも無い、

 

「じゃあ、各自ライティングとキャスティングを変えて50枚ずつ撮ってみよう!」

 

 

 

ーーー

撮影会終了、早美都が豆腐とキノコを鍋に投入、

それからフグの切り身を数回シャブシャブにしたのを俺の小鉢に取り分ける、

 

「ほら、これ位で良いかな、」

「サンキュ、」

 

フグなんて生まれて初めて食べたかも知れない、なんかもっちりコリコリしていて幸せな味わい、

 

「どう?」

「うん、美味い、」

 

それから俺の小鉢に溜まった鶏の骨、魚の骨を器用に箸で取って回収、

 

「宗次朗、ガラはコッチのお皿に入れてね、」

「あ、悪い、」

 

「早美ちゃんって、きっと良いお嫁さんになれるねぇ、」

「え? 全然! そんな事ないですよぉ、」

 

何でそこで満更でもなさそうに照れる?

 

「はぁー、」

 

相田美咲が意味不明な溜息一つ、

 

「美味い鍋食って何で溜息吐いてんだ?」

「来週のクラス会の事を考えると憂鬱なんです、」

 

「汁問題か、」

「だから、ファースト間接キスはこの面子で済ませておくんです、」

 

「間接キスとか、お前でもいちいち気にしたりするのか?」

「普通に気にしますよ、」

 

博美先輩がほのぼのした満面の笑みでシラタキを啜り上げる、

 

「そっかぁ、ファースト間接キッスかぁ、そう考えると一寸緊張するねぇ、」

「先輩もですか、」

 

「宗次朗で慣らしておけば後はどんなのが来ても大抵大丈夫になりますよ、」

「どう言う意味だよ? 」

 

「諦めが付くと言うか、痛みに慣れる感じです、」

 

言いながら、相田美咲は俺のゴマだれ小鉢に残してあった豚シャブを盗み食い、

 

「あ、取っておいたのに!」

「しゃぶしゃぶを放置しておく方がいけないんです、」

 

「大体一回目と二回目以降で何が違うんだ?」

「気分の問題です、」

此のタイミングで学校一の美人教師醍醐アカリ先生が紙袋から焼酎の一升瓶?を取り出した、

 

「わぁ、お酒ってぇ、美味しんですかぁ?」

「って言う以前に学校で酒飲んでも良いんですか?」

 

「鍋には凄く合うのよ、飲んでみる?」

「いや、そういう問題じゃ無くて、と言うか飲む訳ないでしょう、」

 

と、何時の間にか相田美咲が先生の前に正座する、

 

「試しに一寸だけ頂いてもよろしいですか?」

「駄目に決まってるだろう、お前んちは治外法権なのか?」

 

と、あれよあれよと言う間に湯のみ茶碗にトクトクと注がれる薄い琥珀色の液体、

 

「……、ナンか良い匂いがします、」

「本当だねぇ、何だか甘い匂いだねぇ、」

 

興味深そうに這い寄る博美先輩、

 

「宗次朗、知ってる? エタノールって甘いのよ、」

「知りません、」

 

相田は恐る恐る唇を湯のみに近づけて、……ほんの少し、口を、湿らせる、

 

「あ、あっ、すご、だんだん、じわーってなります、」

 

お気付きだろうか、クラスの副委員長が実は不良娘だった衝撃の瞬間である、

 

それから相田はジト目で俺の事を睨んで、……

 

「欲しいんですか?」

「要らねえよ、」

 

「もしかして私が口を付けた湯呑みを使うのは恥ずかしいんですか?」

「別にそうは言ってない、未成年が酒を飲むのは不味いって言ってるんだ、」

 

「宗次朗は真面目ですねぇ、」

「当たり前だ!」

 

アカリ先生は少しニヤニヤしながら俺達の掛け合いを眺めている、

其れで、湯のみに半分位の焼酎を、一気に、すーっと飲み干した、

 

その格好いい所作に、思わず俺は見蕩れてしまう、文句の一つも言う積りだった筈なのに、それでもう何も言い返せなくなってしまう、

 

別に臆病者と思われるのが怖かった訳ではない、

別に相田美咲の入った飲み物で自分がどうかなってしまうとか考えたりはしない、

 

多分、純粋に醍醐アカリに憧れて、一寸背伸びしてみたくなっただけだ、

 

「貸してみろ、飲んでやる、」

「えっ、本当に飲むんですか?」

 

その途端に相田美咲の顔が真っ赤に完熟する、

 

「無理しなくても良いんですよ、……」

「別に無理はしてない、酒位どうって言う事は無い、」

 

俺は相田から湯のみを引ったくって、躊躇無く一口、……吸い込んだ、

 

「う、」

 

喉が焼ける?様な舌が痺れる?様な、……相田美咲の入った液体を、飲み下す、

 

「えほっ、ゲホっ!」

「やだ、大丈夫ですか? なに咽せてるんですか、格好悪いですよ、」

 

透かさず、早美都が水の入ったコップを持って来る、

 

「大丈夫?」

「ああ、ありがとう、」

 

「あー! 宗次朗の鼻水入っちゃいましたか?」

「えほっ、……入れてねえよ、」

 

相田は俺から奪い返した湯のみをしげしげと観察して、

それから残っていた液体を一気に飲み干した、

 

「ナンか、コレ、好きかもです、」



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015

それから1時間後、確かに相田美咲は酩酊状態にあった、

 

「だからキスです、唇ちゅうじゃなくって、もっと舌を絡ませて舐めあう奴です、映画とかであるでしょ、知らないんですか? 宗次朗はお子ちゃまですね、」

 

いや、酒を飲んだのは最初の湯呑み半分位の筈なのだけれども、最早鉄壁のお嬢様外骨格は決壊寸前、いや時すでに遅し、こんな相田美咲見た事ない、誰かに見られたらアカリ先生は懲戒免職、写真部は廃部、俺達は停学間違い無し待った無しの状況だと言うのに当のアカリ先生はと言うと、

 

「どうかしたの?」

 

キョトン顔で俺を見て剰えニンマリと意味深な笑みを浮かべてる、

 

「先生ぇ、キスって気持ちいいんですかぁ?」

「私はそう思うけど、……」

 

博美先輩の追及に、アカリ先生が少し困った風に俺の顔を覗き見る?……何故?

 

「そりゃ直接粘膜と粘膜を擦り合わせるんだから、生物的には快感を感じるに決まってるだろう、」

 

相田美咲が俺の肩にもたれかかってくる、

 

「宗次朗はキスした事あるんですか?」

「無えよ、」

 

更に詰め寄ってくる、

 

「じゃあ、どうして気持ちいいって分かるんですか?」

「い、一般常識として、」

 

「本で読んだ知識だけで語るのは無責任だと思いませんか?」

「教育ってそう言うもんだろう、」

 

今にも顔と顔が触れそうな位ににじり寄って来て、こいつ酒臭い!

 

「実学です、私とキスしてみませんか?」

 

早美都がおじやを噴き出した!

 

「僕も、未だした事ないよ!」

「いや、駄目だろう、正常な判断が出来ない時に、そういう事は、……」

 

ちらりと盗み見たアカリ先生は、もしかして一寸にやけてる?

先生!何か楽しんでません?

 

そしてとうとう相田美咲が俺の膝の上に跨って、首に腕を回して抱きついてきて、

 

「みーちゃが教えてあげましょうか?」

「いい、遠慮しとく、」

 

唖然としながらも興味津々に行く末を見守る博美先輩と早美都、

 

「もしかして怖いんでしゅか?」

「何が怖い、……たかがキス位、」

 

多分、今の俺は恥ずかしい位に真っ赤に照れていると思われる、相田美咲の柔らかなパーツがあっちこっちに密着してきて、どうしようもなく、生物学的にどうしようもなく、勃起してしまう!て言うかもうしてしまってる!

 

「生物学的に粘膜を擦り合わせる行為であってぇ、恋愛とは無関係なんです、」

「分かったって、ちょっと落ち着け!」

 

良いのか?こんな感じでクラスの女子とキスするとか、正直罪悪感が半端ないが、

 

「粘膜と粘膜ってさぁ、男同士の身体でも、……気持ち良いのかな?」

 

早美都、本当ゴメン、そこは俺は敢えてスルーする、

 

「ほーら、みーちゃのファーしゅとキしゅでしゅよぉ、」

 

ちゅっと、唇と唇が触れた瞬間でギリギリ踏み止まって、

 

「ちょ、待てって、お前も初めてなのかよ、だったらこんな酔った勢いでとか、止めとけって!」

 

「あらぁ、宗次朗にも恋愛脳が残ってたんでしゅかぁ?」

「いや、お前が後で後悔すんじゃ無えのか?」

 

「どうせキスなんかその内、嫌でもしなくちゃならなくなるんですから、さっさと宗次朗で済ましておけば後はどんなのが来ても平気です、」

 

「どういう意味だよ!」

 

 

 

ーーー

外がすっかり暗くなる頃、とうとう相田美咲は俺の膝を枕にして眠ってしまった、

 

「なんか最後の方は壮絶だったねえ、」

「僕、一生お酒は飲まないって決めた、」

 

苦しそうに眉間に皺を寄せながら眠る相田美咲を見て早美都がしみじみと呟く、

 

「ま、こいつもこいつなりに色々ストレス抱え込んでんじゃ無えのか?」

「もっと、何でも打ち明けてくれる様になれるといいな、」

 

そう言いながら早美都が、相田の前髪を手櫛ですっと撫ぜてやる、

 

人は、自分の恥ずかしい所を見せ合えば見せ合うほどに互いの信頼を高めていく生き物である、何故なら弱点を晒すと言う行為は信頼がなければ出来ないからだ、

 

しかしだからと言って全ての自分を曝け出した時に相手が全てを受け入れてくれるとは限らない、いや、その確率は限りなく0に近いだろう、

 

時には気持ち悪がられ時には怖がられたりもする、人は、自分の理解を超えたものを恐れるからだ、今の居心地のいい自分本位の世界観の外側に引きずり出される事を恐れるからだ、

 

だから人は、自分の弱みと言う名の本性を容易に他人には晒したりしない、

 

受け入れられなければ、もう二度とこの居心地の良い距離感を取り戻す事は出来ないと言うシステムは、何処と無く愛の告白にも似ている様な気がする、

 

 

 

ーーー

「凄いね、宗次朗はみんなを素直な気持ちにさせてくれるんだ、」

「俺じゃ無くって酒の威力ですよね、俺は別に何もして無いですよ、」

 

夜も遅くなって来たので早美都と博美先輩を先に帰して、以前鎌倉の相田の家まで送っていった事のある俺が相田を家まで送って行く事にした、

 

「私も宗次朗以外の男の人の前ではこんなに酔うまで飲んだりしないわよ、」

「それは百パー嘘ですよね、」

 

あられもない格好で俺の膝の上で寝息を立てている絶世の美少女と、色気ムンムンの女教師と、リビドー全開の男子高校生が夜の家庭科実習室に三人きりとか、しかし一体どんな罰ゲームだって言うんだ、

 

「先生、」

「なあに?」

 

「こいつ、何か悩んでるのかな、」

「どうしてそう思ったの?」

 

「さっき変に弾けてたし、なんか変な事言ってたから、」

「お酒の席での失言は、聞かなかった事にしてあげるのがマナーよ、」

 

俺はアカリ先生が淹れてくれたお茶を受け取って、

 

「あ、どうも、」

「熱いよ、」

 

零さない様にそっと口を付ける、

 

「にが!」

「ごめん、間違えた、宗次朗のはこっち、」

 

言いながらアカリ先生が湯呑みを取り変えて、

俺の事を見てニヤリとほくそ笑む、

 

「先生、わざとでしょ、」

「だって、みんな楽しそうだったから、」

 

そして、ムクリと起き上がる相田美咲、

 

暫し辺りを見回して状況確認、思考停止してフリーズ、

 

「京本さん!」

 

真っ青になって、……

 

「気持ち悪い、」

 

それってお酒の所為だよね、

 

 

 

ーーー

「本当に申し訳御座いませんでした、」

 

帰り道の東海道線、大船駅まで行ってから湘南モノレールに乗り換える、

 

「まあ、気にすんな、」

「このお詫びは必ず、」

 

「なあ、そう言うのやめにしようぜ、」

「でも、」

 

学校を出てからこっち、相田は俺に謝ってばかりだった、

 

「俺はお前の事を結構気の合う友達だと思ってる、」

「有難う御座います、私も、そう在りたいと思います、」

 

「だったら、一寸ばかしやらかした位でいちいち迷惑とか思うな、」

「でも、親しき仲にも礼儀あり、ですから、」

 

「俺は敬語よりもタメ口の方が話しやすくて良いんだけどな、」

「善処します、」

 

 

 

ーーー

西鎌倉駅で下車、

改札に一人の女性が待っていた、……目付きの鋭いスーツ姿の女性、すらっと細身だがビシッと軸の通った姿勢、後ろでお団子にまとめた長髪の黒髪、見た目に歳の頃は三十路過ぎだが、実際の年齢は40を越えているらしい、相田家の上女中、橘さんである、

 

「こんばんわ、京本様、」

「こんばんわ、」

 

「わざわざお嬢様を送って頂きありがとう御座います、もしご都合が宜しい様でしたらご一緒に夕食など如何でしょうか?」

 

「いえ、今日は帰ります、」

 

 

 

ーーー

俺は相田美咲を橘さんに引き渡して、とんぼがえりで大船へ、そこから東海道線に乗り換えて、流石にこの時間でも下り列車は満員で、漸くチラホラと空き始めた藤沢駅辺り、動き出した電車で、

 

「あれ? 京本、くん?」

 

幻聴の様に何度も何度も繰り返し頭の中を反芻した、忘れ様の無いあの声が、

突然、俺を金縛りの様に痺れさせる、

 

振り返った俺の直ぐ後ろには、奇跡の様に西野敦子が立っていた、



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016

「久しぶりだね、」

 

俺は中学三年の時に西野敦子に懐かれて、何時しか片想いして、何時も目の端で西野を探す様になって、不安になって、付き纏い、やがて距離を置かれて、全てを正当化する為に一縷の望みを託した卒業生代表挨拶で全校生徒の前で告白をして、

 

振られて、

 

それなのに西野敦子はあんな事が有った事をまるで無かった事にするかの様にまるで普通だった、

 

俺は何を言ったら良い? 何を言っても良い?

 

正解が解らない難問に混乱させられながら、

それなのに俺は、パブロフの犬の様に反射的に、にやけてしまう、

 

トラウマになる程に懲りた筈なのに、固く決別した筈なのに、

 

西野敦子から声をかけられただけでこんなにも嬉しがっている自分がいる、

 

一体、俺は、……何で出来ているんだ?

 

「やあ、……こんにちは、」

「元気してた?」

 

「ああ、大丈夫、」

「良かった、一寸、心配してたんだ、私の所為で、酷い事言われて、……」

 

「西野は、悪くない、」

 

何処かで、同じ言葉を聞いた気がする、

そうだ、GW明けに早美都に告白された時に、早美都が俺に言ったセリフだ、

 

そうだ、西野が責められなければならない理由なんて何一つ無い、全部、俺の心の問題で、俺の心の過ちだったんだ、俺が勝手に勘違いして、突っ走って、曝け出して、怖がらせて、傷つけた、

 

「ううん、私も悪かったと思う、もっと違うやり方、有ったもん、」

 

親と一緒に呼び出された職員室で西野は泣きながら、怖かったずっと我慢してたと訴えた、元はと言えば俺の西野に対する好意からのやり過ぎた言動で、西野の親にも、もう金輪際西野敦子に関わらなければこれ以上大事にはしないと嗜められた、

 

「私も余裕なかったんだ、あの頃、一寸他にも色々あってね、だからあんな酷い事を言っちゃった、……ゴメンね、」

 

胸が締め付けられて息が出来なくなる、

 

そんな風に謝られたら、今の俺は全部間違っている事になってしまうから、こんなにも呆気なく脆いハリボテの様な自分の正体を気付かされるのは、……傷を抉られるよりももっと辛い、

 

「もう、良いんだ、……気にしてないから、」

「良かった、ずっと、謝りたかったの、」

 

それらは全部脊髄反射的に口を吐いた台詞であって、

俺は、自分が何を喋っているのか全くの上の空だった、

 

「それで、今は誰か付き合ってる人いるの?」

「え、居ない、」

 

どうして、そんな事を聴くんだ?

 

「そうなんだ、なんか責任感じちゃうな、」

「別に、西野の所為じゃないから、」

 

西野は、付き合ってる奴いるのか?

 

「でも大丈夫、京本くん、基本いい奴だから、直ぐに彼女出来るよ、」

「良いよ、もう、懲りたから、」

 

そんな事、聞ける訳がない、聞いてどうすると言うんだ?

 

「じゃあさ、未だ友達、で良いのかな?私達、……あ、もしも京本くんが、良いならだけど、」

 

「え、良いんじゃないか、西野が許してくれるならだけど、」

 

まさか俺にも未だやり直すチャンスが有るとか、思ってるんじゃ無いだろうな、

 

「もう、」

 

そう言って照れ笑いしながら鞄で俺の腰を叩く西野敦子は、相変わらず眩しくて、

 

俺は全ての罪を赦されでもしたかの様な錯覚に陥って、

 

一刻も早く、この場から逃げ出したかった、

 

 

 

ーーー

気が付くと俺は、何時の間にか一人、夜更け過ぎの公園のベンチに座っていた、

 

一体、俺は、……何で出来ているんだ?

 

息をする事すら辛い、

何か自分の心の奥で深刻な事が起きている事は間違いなかった、

 

想いのままにならない状況と、自分の心にどう折り合いを付ければいいのか分からない時、人は、こんな風にスネたふりをするのだ、

 

信じられない位に自分自身が頼りない、

急ごしらえに被った心の壁は一撃の元に砕け散り、

傷と痛みを引き換えにして手に入れたと思った真理は霧と消えて、

 

何の変哲も無い只の男子高校生の俺が姿を晒す、

 

俺には世界を滅ぼす超能力も過去世の因果も魔界のサーバントも無くて、

間違えてしまった過去に言い訳をする為の全ての魔術は、

不意に蘇る胸のトキメキに一瞬の内に薙ぎ払われてしまった、

 

そうして全部無かった事にして、素直になった方が良いのだろうか?

 

何でこんなにも弱い、何でこんなにも脆い、

顔を上げて立ち上がるには、

次は、何に縋れば良い、

 

俺は、……

 

理由も無く、震えるほどに拳を握りしめていた、

 

 

 

ーーー

明けた月曜日の午後、吐く事も出来ない吐き気に纏わりつかれて、俺は自宅のベッドに寝っころがっていた、

 

久しぶりに学校をさぼった、

 

誰かが、駆けつけてくれる事を期待しなかったかと言うと嘘になる、

誰かに、慰めてもらいたかった、それが嘘偽らざる俺の情けない心根だ、

 

俺には、施しを受ける権利が有る、

 

俺の頭の中ではそんな呪文を繰り返しながら、今の此のていたらくが、止むを得なく正当に受け容れられるべき理由を、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと探し続けている、

 

当然、昼休み時間を過ぎても誰かが電話を掛けてくる気配はなく、

そりゃそうだろう、たかが一日病欠した位でそういう事にはなりっこない、

 

じゃあ、後、何日休めば良いんだろうか?

何日、他人の心配を誘う様に、可哀想な自分を演出すればいい?

そんな弱気に、意味が無い事位分かっている、

基本的に、人は他人の事に興味等無いからだ、

 

もしも誰かが、俺の不調を気に病む様な事が有ったとしたら、それは全く俺の為ではなくて、そいつ自身の為で有るに間違いないのだ、

 

憐れな級友を慮る優しい自分の演出の為、……

俺が倒れる事で自分が何らかの損害を被る事を避ける為、……

 

それは他人の葬式で流す涙の理由と大して大きな違いは無い、

 

それでもそれなのに俺は、相田と早美都が駆けつけて来れない理由を、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと探し続けていた、

 

 

 

ーーー

「調子どう? 熱下がったの?」

「大丈夫、」

 

パートから抜け出してきた母親が、薬とスポーツドリンクを持って来た、

 

「ご飯食べれそう?」

「要らない、」

 

「そう、母さん直ぐ仕事に戻るけど、何かあったら電話しなさい、」

「分かった、」

 

時として、心は自分の身体をさえ騙す、

微熱を出す事くらい朝飯前だ、

 

いや正確には騙すのではない、「心」の休息が必要だと感じた時に、脳は「身体」を休ませる為の様々な「説得症状」を発現させるのである、

 

そして一度傷ついた「心」は臆病になる、

「危険(ストレス)」に対して過剰反応になる、

 

そして、どうすれば「そう言うモノ」と折り合いをつけられるのか位、俺はもう知っている、

 

他人の「心」から俺自身を切り離し、全ての他人から俺に向けられる「入力信号(ストレス)」は、単なる化学反応と方程式の結果であって、其処にイチイチの「悪意」の入り込む余地等無い事を納得すれば良い、

 

だから心配しなくても良い、怯えなくても良い、

仮令、誰一人俺の事を「承認」してくれなかったとしても、

誰も、俺の事を「非承認」したりはしないのだから、

 

大丈夫、俺はもう一度上手くやっていける筈、……

 

 

 

ーーー

と、携帯電話の着信音が鳴って!

 

一瞬、俺は心臓が止まるかと思った、……

スマホを引っ掴んで見るとそれは、

 

見知らぬ番号?

 

基本的に俺のスマホに登録されている電話番号は自宅と母親と早美都と相田と博美先輩位で、それ以外の誰かから掛かってくるなんてまるで想定外なのだけれども、

 

「はい、もしもし、……」

「あの、」

 

女の子の声?

 

「木崎です、同じクラスの、」

 

木崎?同じクラスの?

神崎グループの紅一点、木崎朋恵か、……でも何で?

 

「はい、京本です、」

「あの、相談したい事があって、急にごめんなさい、」

 

木崎朋恵が俺に何の相談?

 

「今日お休みだったから、丁度良いかなって、思って、」

 

いや、常識的に病欠男子の何が丁度良いのか不明だが、

 

「あ、実は私も今日休んでて、」

「そうなんだ、」

 

確かに、今は未だ午後の授業中の筈、

 

「えと、何かな?」

「…………、」

 

木崎朋恵は暫し躊躇して、

 

「……相田さんと、時任くんの事、なんだけど、」

 

 

 

ーーー

木崎朋恵は所謂清楚系ギャルと言う感じの女子である、見た目は一発で可愛らしい、メイクも濃くて、服装もそれっぽく着崩している、御多分に漏れずスカートはもう一寸でパンツが見えそうな位に巻いていて、髪もフワフワに盛っていて時にはピアスも付けて来る、でも、そんな派手な格好がサマになる位可愛らしい顔立ちとスレンダーな体型で、ぱっと見はグラビアアイドル、そんな感じの女子である、

 

成績は中の中、スポーツが得意と聞いた事は無いが、誰に対しても明るく優しく親切に接するお姫様キャラ、当然男子からの人気も絶大で、相田美咲程とは言わないまでも結構頻繁に学校中の男子からの告白を受けているらしい、

 

「相田が、どうかしたのか?」

「京本くんって、相田さんの事、どう思ってるの?」

 

「どうって、友達、だけど、」

「そうじゃなくって、異性として、好きかって質問、」

 

「俺は、恋愛は、しないから、」

 

言っていて、胸がズキンと痛む、

 

「それ聞いた、やっぱりそうなんだ、……良かった、」

「良かったって? どう言う事?」

 

「あのね、相田さんと時任くんをくっつけるの、協力してくれないかな?」



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017

「何でそんな事をする必要がある? 恋愛なんて本人同士に任せておけば良い、周りがとやかく口を挟むものじゃ無いだろう、」

 

「あの二人は、なんか特別過ぎるって、そう思わない? 学校中の男子は相田さんに憧れてるし、女子はみんな時任くんに夢中でしょう、」

 

「それもみんなの勝手だろう?」

 

これまで木崎と絡む事も話すらした事も無かったが、

こう言う事を言い出す奴だったのか?

 

「二人がくっついてしまえばさ、みんな納得すると思うんだ、あの二人なら仕方がないかって、」

 

「つまり、要するに、お前は神崎が相田美咲を諦めるように仕向けたいのか?」

「そう、とも、言えるかも、」

 

成る程、

 

「それで、邪魔な相田を時任にくっつけてしまいたい、と言う事か、」

 

「一寸違うかな、私は神崎くんと付き合えるとかは思っていないし、それは、そう出来たら嬉しいけど、今のまま卒業迄仲のいい友達で居られればそれで良いの、」

 

??

 

「でもぉ、相田さんの事が気になってる彼を近くで見てるのは辛いのよ、多分それが本心、……あ、この事は京本くんを信用して言ったんだから、出来れば誰にも言わないでくれるかな?」

 

「言わないよ、」

 

「京本くんって相田さんと仲良いよね、彼女、誰か好きな人が居るか知らない?」

「知らない、仮に知っててもそれは俺の口から言うべきじゃ無いと思う、」

 

「彼女、神崎くんの事、どう思ってるのかな、」

 

「知らん、けど、もし相田が神崎の事を好きだったとして、その時はお前はどうするつもりなんだ?」

 

「それは、どうしようもないじゃん、相田さんに勝てると思えないもん、」

「どうもしないなら、成り行きに任せておけば良くないか?」

 

「何時までもこんなモヤモヤした気分でいるのは辛いのよ、ダメならダメではっきりさせたいの、もしも二人が両思いなら、……」

 

そこで言葉を詰まらせる木崎、

 

「分かったよ、」

「え?」

 

「お前が何に困っているかはわかった、」

「じゃあ、協力してくれる?」

 

「それは無理だって、知っての通り俺は恋愛沙汰が大嫌いなんだ、そんな事に振り回されて人生棒に振るのはごめんだし、他人の恋愛に首を突っ込んで迷惑かけるのも嫌だ、」

 

「何か、見返りがあればどうかな?」

「何だよそれ、」

 

「京本くん、恋愛は嫌いだって言うけど、その、……エッチな事は考えたりするんでしょ、」

 

「どこまで必死なんだよ、何考えてんだか知らないけど知りたくもない、」

 

「だってさ、相田さんの事に関しては京本くん以外に頼れる人いないんだもん、」

 

「俺はあいつのマネージャーじゃない、神崎を取られたくないならさっさと神崎に告白すれば良いじゃないか、」

 

「だから、それはしないって、」

「何で、一番手っ取り早いし、一番真っ当な正攻法だろ、」

 

「もしダメだったらどうすんのよ、」

「神崎を諦めて別の男に告白すれば良いだろ、」

 

「嫌よ、神崎くん以外に良い人いないもん、」

「じゃあ、めげずに神崎にアタックし続ければ良いじゃん、」

 

「そんなの必死過ぎ、絶対ウザがられる、神崎くんに嫌われるの死んでも無理、」

 

木崎って、こんな事を言う奴だったんだ、

なんて言うか、ズカズカ御構い無しで、こっちのペースを崩される、

なんて言うか、ついつい、構ってやりたくなる様な、

 

「ねえ、お願い、なんでも言う事聞くから、」

「切実過ぎるだろ、何でそこまでするんだよ、」

 

「逆に何でそこまで非協力的かな? 別に相田さんが時任くんと付き合っても、京本くん的には問題ない訳じゃん、それともやっぱり相田さんの事が好きだったりするの?」

 

「違う、」

「じゃあ、私みたいに相田さんが誰かと付き合うのは嫌だって事?」

 

「俺は、そう言うごちゃごちゃした事含めて恋愛が嫌いなんだ、はっきり言って面倒くさい!」

 

「ちぇっ、堅いなぁ、逆に見直しちゃったよ、」

「どう言う意味だよ、」

 

「実はこの会話、ずっと録音してたんだ、」

 

なんか、そんな気はしてた、最初から木崎が俺に電話掛けてくるとか思いっきりトラップな雰囲気しかしない、

 

「それでもし京本くんが引っかかったら、それを元に弱み握って協力させようと思ってたのにな、全然引っ掛かんないんだもん、はいもう降参です、」

 

「結構怖い奴だな、お前、」

「女の子は恋の為なら何でもやるのよ、」

 

「つまり、その「何でもするから」で俺が乗ってきたらその録音で脅そうとしてたって訳?」

 

「そ、後、本当は相田さんの事が好きって、言わないか待ってたんだけどね、」

 

「お前怖いな、」

 

「ぶっちゃけどうなの? あんな綺麗な子といつも一緒にいて、何にも感じないって方が変でしょ、」

 

「それもひっかけ問題か?」

「バレたか、」

 

「もう切るぞ、」

「あ、ひとつだけ、」

 

「何だよ、」

 

「今、相田さんに好きな人が居るか居ないかだけでも聞いてくれないかな? 誰か、迄分かれば一番良いんだけど、それは無理なら無理でも良い、」

 

「まあ、それ位なら、聞くだけ聞いてみてやるよ、」

「ありがと、」

 

「後もう一つだけ、」

「何で女子は一つがひとつ以上有るんだよ?」

 

「なにそれウケる、もしかして相田さんの事?」

「誰とは言わないけど、」

 

「へー、彼女でも京本くんにはオネダリしたりするんだ、」

「知らん、切るぞ、」

 

「あー、ちょっと待って待って! お願い、」

「なんだよ、」

 

「私、京本くんの事気に入っちゃった、友達になってよ、」

「なんで?」

 

「ダメ? こんな女嫌いっぽい?」

「そうは言わんけど、まあ、友達になる位なら、良い、」

 

「サンキュー、じゃ、これから「京もっち」とか呼んでも良い? あ、それとも下の名前なんてーの?」

 

「何でも好きに呼べば良いよ、」

 

「分かった、じゃあ、京もっち、私の事は「とも」って呼んでね、」

「やだよ、」

 

「えー、つれないなぁ、」

 

 

 

ーーー

次の日、学校で、俺は少なくとも二つ位ミスを犯した事に気付かされる、

 

「お早う、京もっち!」

「おう、」

 

朝っぱらから木崎が俺の机に押し掛けてくる、

 

「LINE教えてよ、」

「って、殆どやってねえぞ、」

 

「良いじゃん、じゃあ私とやろうよ、色々送るからさ、」

「言っとくけど返さないぞ、」

 

「えー、酷くない? 常識的に、」

「なんかお前怪しいんだよ、」

 

「良いから良いから、スマホ貸して、」

 

渋々渡したスマホに慣れた手つきでLINEのアドレスを交換、

 

「今週の鍋パ、来るでしょ?」

「俺、呼ばれて無いし、」

 

「じゃあ、今呼んだし、ね、」

 

こんなキラキラギャルの可愛らしい一方的な積極攻勢に慣れてない俺は、タジタジな訳で、

 

「お早う、相田さん、」

「お早うございます、木崎さん、」

 

登校してきた相田も一体何事かとキョトン顔で、

早美都に至っては、目が点になってる、

 

 

ーーー

「一体、何時の間に木崎さんと仲良くなったの?」

 

早美都の追及が始まる、

 

「別に、あいつは元からああいうキャラなんだよ、」

「元からって、前から木崎さんと仲良かったって事?」

 

「昨日まで話した事も無かったって、」

「昨日って、宗次朗休みだったよね、休んで木崎さんと何してたのさ、」

 

「何もしてねえよ、あいつが電話掛けてきて、」

「何で?」

 

「何でって?」

 

昨日の電話の内容を喋っても良いものなのか?

て言うか木崎のやろう、どうやって俺の電話番号を知ったんだ?

 

「なんか早美都って宗次朗の嫁さんみたいだな、」

 

と、突然ブッ込んでくる有人、

と、当然真っ赤に沸騰する早美都、

 

「そういう訳じゃ無いけどさ、」

「京本さん、高野さん、先生がいらっしゃいましたよ、」

 

と、涼しげな顔で嗜める副学級委員長、相田美咲、

 

「起立!」

 

取り敢えず、この場は切り抜けたとして、

 

「礼!」

 

として、……何故にそんなに睨んでるんですか相田さん!

 

「着席!」

 

 

 

ーーー

俺と木崎が友達になる事でクラスの勢力分布に異変が生じたのは間違いなかった、これまでカースト外、アウトオブ眼中だった俺が、何しろいきなり一軍の人気者木崎朋恵に絡まれてる訳である、

 

これまでも俺はしょっちゅう相田と連んで居たのだが、相田は余りにも規格外過ぎてまかり間違っても付き合ってる疑惑なんて有り得なくて誰も気にしなかったのだけれど、木崎は違う、手を伸ばせば届く所にいる現実味を帯びたクラスの人気者なのだ、お陰で俺は何だか邪眼じみた痛い視線に一日中苛まれる羽目に陥る事になってしまった、

 

そして二つ目のミスは、

 

昨日の電話の中で、結局俺は相田に好きな奴が居るか聞き出して報告すると、木崎に約束してしまった事である、俺は出来るだけ注意深く昨日の会話の中で「YES」と言わない様に気を付けていて、最初に同じお願いをされた時にははっきりと「NO」と言ったはずなのだけれど、何時の間にか会話の流れの中で上手い事誘導されて、結局は半分位は木崎の想い通りのトラップに嵌められてしまっていた、という事である、

 

つまり恐るべし木崎朋恵、人気者の称号はダテでは無いと思い知る、

 

だから用も無いのにこっち見て可愛らしく手を振るんじゃ無い!木崎朋恵!!

 



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018

「いきなりあんな馴れ馴れしくするとか絶対おかしいよ、」

「まあ、それはだな、……」

 

放課後の写真部の部室で、

俺は、昨日の木崎からの電話の内容を相田と早美都に打ち明けていた、

 

「そう、木崎さんは神崎くんが美咲ちゃんに取られないか心配だったんだね、」

 

何故だか一寸ホッとしてる早美都、

 

「でも、木崎さんとのお話を私達に打ち明けても構わなかったのですか?」

 

「木崎自身がお前に聞いてくれと頼んだんだから、背景込みで説明するのは何ら問題ないだろう、」

 

何だか一寸神妙な面持ちになってる相田美咲、

 

「それでは、私には未だ恋人としてお付き合いしたいと思っている人は居ないと、お伝えして頂けますか?」

 

「いいのか?」

「はい、」

 

俺には、木崎からの依頼には関係なく、この前から気になっている事がある、

 

「ところで、お前と時任は親公認の知り合いなんだろ、」

「はい、」

 

「それってつまり、お前達がもしも付き合いたいといえば、親は許してくれる、って、そういう事だったりするのか?」

 

「時任さんとは、父が口利きをして同じ高校に編入する事になったので、顔合わせで一度お会いしただけです、」

 

でもそれは答えになってない、

 

「上流階級のしきたりとかは知らないんだけど、付き合う相手はもしかして親に決められたりするのか?」

 

「そんなに気になりますか?」

 

何だか一寸上目遣いして頬を赤らめる相田美咲、

 

「別に、無理に聞きたい訳じゃないけど、」

 

「ウチは男女交際に関しては比較的自由ですよ、勿論、節度を守った上での事ですけれど、仲の良い男性のお友達と高校生らしいお付き合いをするのは止められていません、不純な行為に及ぶ事が許されないのは他のお家と同じです、」

 

そう言って相田美咲が作り笑いしながら俺を見る、

 

恐らく相田は嘘を付いている、

 

中学の頃相田は豊田と付き合っていて、相田の親が豊田との交際を認めずに豊田を北海道の全寮制高校とか海外留学に島流しして相田美咲との交際を邪魔していたのは事実だ、そしてそれだからこそ相田美咲はGW明けに、不純な行為に及んででも豊田を取り戻そうと考えていたのだ、

 

そんな相田の親がわざわざ男友達を美咲に顔合わせさせる、と言う事は十中八九、相田の親としては二人が付き合うように仕向けたい、と考えるのが妥当だろう、

 

家族ぐるみの付き合い、時任の家も金持ちっぽいし、家柄? もしかすると政略結婚的な何か?

 

「と、言う事は抜きにして、お前自身は時任の事はどう思ってるんだ?」

 

「時任さんはとても優しそうな人だと思いますが、何分未だよくお話しした事もないのでよく分かりません、」

 

「少なくとも嫌な奴ではない訳だな、」

「この学校で私に意地悪な事をするのは宗次朗くらいですよ、」

 

そう言いながら相田美咲はもう一度笑った、

 

 

 

ーーー

別に相田美咲が時任真斗に盗られるのが嫌だ、とかそう言う魂胆ではなく、俺は友達として相田美咲が望まない恋愛を強制される事が我慢できない、きっとそうなのだ、

 

あの日、相田美咲が酒の力を借りて零したセリフが、今でも頭の片隅にこびりついている、

 

「どうせキスなんかその内、嫌でもしなくちゃならなくなるんですから、……」

 

高校一年生の女子が、一体どんな気持ちでこんな事を言ったのか、

 

俺だって駆け引きとか探り合いの道具にされるのはまっぴらごめんだが、もしも少しでも俺に出来る事があるのなら出来る限りの事をやってやりたい、少なくとも時任真斗が良い奴で、相田美咲を任せられる奴であるかどうかは確認しておきたい、

 

この俺のモヤモヤした胸の奥の気持ち悪さは、つまりきっとそう言う事なのだ、

 

 

 

ーーー

23時過ぎ、明日の授業の宿題を片付けていると、携帯電話の着信音が鳴った、

 

「ごめんねぇ、遅くなっちゃった、」

 

木崎朋恵の人懐っこい声が耳に纏わり付いてくる、

 

「お前、何時もこんな遅くまでバイトしてんのか?」

 

19時過ぎに一度LINEで連絡した際に、木崎からは今バイト中なので終わったらこっちから連絡する、と返信が届いていた、

 

「ううん、バイト上がって、帰ってからご飯食べて、お風呂入ってきた、今上がってきた所、どんな格好してると思う?」

 

「知らん、どうせまた録音してんだろ、」

「えー、今日はしてないよ、」

 

「信じられん、」

「酷くない? 信じようよ!」

 

「それよりこないだの事、相田に聞いといたぞ、」

「まじ、それでわかったの?」

 

「相田は今好きな奴はいないってさ、神崎の事も何とも思ってないそうだ、」

「うそ!良かったぁ!」

 

「あ、でも、もしも神崎くんが相田さんにアプローチしたらこの先の事は分からないよね、そっちどうしよっかな、」

 

「それはお前がさっさと神崎に告白するしかないだろ、」

「マジか、無理ぃ、」

 

「ところで、こっちからも質問いいか?」

「私はどっちかってっとクリ派かな、」

 

「いや、そう言う情報もう良いです、」

「中だとネイル可愛く盛れないしね、」

 

「お前誰とでもそんな話してんのか?」

「えー、酷〜い、京もっちだけだって、」

 

めんどくさいからのスルー、

 

「時任ってどんな奴なんだ?」

「私はあんまり興味ないけど、すっごい綺麗な子だよね、」

 

「どういう所がモテてるんだ?」

「優しいとこ? 誰にでも親切っぽいし、一寸エロいらしいけど、」

 

「何だよ、エロいって?」

 

「スキンシップ過多? イギリス流って言うの? 直ぐに手を握ってきたりハグしたりするみたい、でもいやらしさは無いから皆やられて喜んでる感じだけど、」

 

「木崎は時任の事はあまり興味ないのか?」

 

「うーん、趣味の問題かな、私はどっちかと言うと甘やすのが好きなタイプだからね、神崎くんってさ、見た目リーダーシップでグイグイ引っ張るんだけど恋愛関係になると途端に奥手で恥ずかしがりなんだよね、そこが可愛いと言うか食べちゃいたいと言うか、でも時任くんって根っからの王子様? 全部完璧リードしてくれる、みたいな、一寸私の趣味とは違うかな、顔は綺麗だけどね、」

 

「成る程ね、」

 

「どったの? まさか京もっちも時任くん狙いとか? 良いねそれ! もち京もっちが受け? いや違うか、まさかの攻め!? なんか良くない? 嘘、具体的にどう言う所が気になってる訳? 私めっちゃ応援するし!……」

 

この後クラスのBL相関図について、30分間付き合わされた、

 

 

 

ーーー

「彼を知り己を知れば百戦危うからず」とは孫子の言葉だが、戦いに勝つ為に先ず必要なのは、何はともあれ「情報」である、

 

と言う訳で、俺は時任真斗を暫し観察する事にした、

 

2限後の休み時間、上級生女子が時任を訪ねて来る、どうやら部活の勧誘らしい、

 

時任は如何にも卒なく、さらっと握手する、

ところが、日本人は握手ですらスキンシップに慣れていない民族である、上級生女子は予想外の行動に、多少の動揺を隠せない、

 

でもまあ、アイドル顔の時任に手を握られるのはどちらかと言えば不快ではない、

 

続いて、君だけに見せる真直ぐな視線と笑顔、

日本人はそんな風に見つめられる事にも慣れていない民族である、上級生女子は自分だけの「特別」に再び心を揺り動かされる、

 

あっという間に「ああ、この子良いかも、」っていう好意的な興味が膨れ上がっているのが傍目に見てもありありと伺えてしまう、

 

その上、時任の所作はさり気無くてしつこくない、

べたべたと何時までも触り続けるのは「ただのエロおやじ」だが、あくまでも爽やかに、手の届く距離に自分に優しく接してくれる綺麗な男子が居る、という状況が完成する、

 

そして今度は女子の方からの接触が始まる、

恐る恐る、特に意味のない軽い指先の接触だが、時任はそれを嫌がる素振りも無くむしろ嬉しそうに掌を被せたりして、…

 

思わず上級生、ほっぺた赤くなっちゃった、……それで、後は何だか上の空?

 

 

 

ーーー

昼休み、廊下ですれ違う女子達に、にこやかに挨拶する時任真斗、いや、よく見ると女子の方から話しかけてくる事の方が多い、

 

女子からの微妙なアイコンタクトを抜け目なく拾って微笑み返し、……それですれ違い様に爽やかな一言、

 

それから、今度は女子が嬉しそうに笑いかける、

 

中には、自分から時任の背中をポンポン叩いたりして御茶目にスキンシップする女子もいる、そんな時も時任は嫌がる素振りも見せず、スキンシップにはスキンシップ返し、って、軽いハグで欧州風挨拶??迄するのか?

 

見ている限り時任は、滅多な事では自分の方から過剰な接触を試みず、あくまでも相手からの接触に応じて反応しているらしい、しかも絶対に相手の嫌がる事はせず、相手が求めるレベルに応じてスキンシップする、去る者は追わず、来るものは拒まず、美人不美人に関わりなく、博愛主義的な対応、

 

まさにまるで王子様だな、……

 

だとすると一体、奴の目的は何なのだろう?

男子に同じ事をしない所を見ると、やはり標的は女子らしいのは明らかなのだが、自分の方からどんどんエスカレートしてついついエロい方に破綻するとか、変に恥ずかしがって雰囲気台無しにするとかそういう気配が一切見られない、パーフェクトスマート、こう言うところが木崎の趣味に合わない、と言う事か、

 

それに、全ての女子に愛想良くふるまって、一体何が嬉しいんだ?

本当に奴は「博愛の戦士(女限定)」だとでも言うのだろうか?

 

 

 

ーーー

と、言う様な感じで一日中時任を観察していたら、

 

「宗次朗、なんか挙動不審だよ、」

 

早美都に嗜められた、



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019

「宗次朗、部活行こ、」

「悪い、今日は休む、」

 

放課後、俺は早美都の誘いを断って鞄を引っ掴むと、……

帰りの挨拶もそそくさに教室を後にする、それで、

 

「有人!」

 

何時ものおちゃらけ遊び人グループと駄弁りながら下足室に向かっていた鎌塚有人を追い掛ける、

 

「よう、宗次朗、どったの?」

「お前、時任と遊びに行ったって、本当なのか?」

 

と言う事を風の噂に聞いた、

 

「ああ、このメンツでサイゼ行ったけど?」

「今から一寸、時間あるか?」

 

有人、暫し宙を仰ぎ見て、怪しげな含み笑いで俺を見て、

 

「良いよ、そう言や俺も宗次朗に話があったんだ、」

 

 

 

ーーー

鎌塚有人は同中である、

つまり俺の黒歴史の立会人その人なのであるが、中学時代はそれ程親しかった訳では無く、中学時代は今程おちゃらけた感じでは無い真面目な生徒だった、要するに高校デビューと言う奴だ、

 

有人が何時も連んでいる面子は、佐脇俊哉、鈴木遼、中川清の三人、

 

彼らの専らの活動内容は佐脇のバイト先の女子を接点とした合コンで、ビジョンは薔薇色のハーレム生活、目標は一年生の間に彼女を作ってやりまくる事、らしい、

 

俺と有人は自宅最寄駅近くのファーストフードレストランに入って、

 

「時任って、どんな奴なんだ?」

「一寸紳士っぽいのがウザいけど明るいし、良い奴だと思うぜ、」

 

俺はドリンクバーでコーラをチョイス、有人は怪しげなミックスジュースを調合、

 

「なんでまた時任と飯行く話になったんだ?」

 

「ぶっちゃけ、あいつと連んだらナンパとか成功率上がりそうじゃん、あいつも女子と話すんの好きそうだったし、仲間に入らないかって誘った訳だ、」

 

「それで、」

「まあ、あんまりそう言うの興味ないって、」

 

軟派な遊び人、と言う訳では無さそうで一寸安心、

 

「他にどんな話したんだ?」

「クラスのメンツの話とか、学校近くで遊べる所の情報交換とか、そん位かな、」

 

成る程、

 

「あいつって、今付き合ってる彼女いるのかな?」

「そこ迄は聞かなかったけど、合コン興味ないって言ってたからそうかもな、」

 

「そうなんだ、」

「もしかしてお前、そっち系に転向したのか?」

 

「は?」

「いや、失恋し過ぎで女子との恋愛諦めて男に走ったとか?」

 

どいつもこいつも、

 

「そんな訳無いだろう、」

「いや、相田さんと連んでて正気保ってる時点でお前もう男として終わってんじゃねえの?」

 

「どう言う意味だよ、」

「あんな完璧美少女が側にいたら普通手出すだろ、相田さんもお前の事満更でもなさそうだし、」

 

「何意味不明な事言ってんだよ、」

 

「それにお前最近木崎とも仲良いじゃん、どうやったら美少女と仲良くなれんのかコツを伝授してくれよ、」

 

「別に仲良い訳じゃない、初めから恋愛対象になってないから向こうも警戒しないで話しかけてくるだけの事だ、」

 

「それじゃ意味無いしな、」

 

「でもじゃあ、なんで時任の事なんか聞いてくるんだ?」

「いや、一寸気になっただけだけど、」

 

「なんで?」

「特に意味はないって、」

 

「それでわざわざ呼び出すとか無いだろう、隠すなって、」

「別に隠してないって、」

 

「まあ、周りがどんなに反対しようと俺は面白いから応援するけどな、」

「だから違うって、」

 

「でも、なんかあいつも怪しい所あんだよな、」

「どう言う意味?」

 

「あいつ今モテモテじゃん、隙さえあれば女子の方から話しかけてくるし、その気になりゃ誰とでもやりたい放題じゃん、」

 

「言い方、……」

 

「でもあんまり深く突っ込んで行かないっていうか、何時も挨拶位で浅く躱してるっていうか、なんか皆んなのアイドルっぽいんだよな、もしかしたら本当は女子に興味ないとか、女子よりも男が好きとか、」

 

「いや、そこはやっぱ彼女がいるって考えるのが妥当だろう、」

 

「まあ、女子ん中じゃ今その話題で持ちきりだけどな、多分、木曜の鍋パで質問コーナーとかやんじゃ無えの?」

 

「時任も来んの?」

「時任の歓迎会みたいなもんだから来るんじゃね?」

 

「そっか、」

 

「それでさ、こっちの方の要件なんだけど、良いかな?」

「何?」

 

「今度相田さんとの食事会とか設定してくんない?」

 

この後相田美咲に関する質問攻めで30分間付き合わされた、

 

 

 

ーーー

大体の予備知識的情報が把握できた所で、やはり一度直に本人と話をしてみる必要がありそうだと言う結論に至る、

 

誰に聞いても親切でイージーゴーイングな良い奴と言う印象なので、世間話に誘ってもいきなり頭ごなしに拒否られるとか引かれる、と言う事は無さそうだけれど、

 

幸いな事に今日時点では未だどのグループにも属していないので誘いやすといえば誘いやすいのだけれど、

 

実際なんて言って誘えば良い? どんな話をすれば良い?

 

此処はやはり正攻法で、不慣れな転校生に手を差し伸べる的な話しかけで、で良かったら友達にならないか、とか聞いてみるのが常套手段の様な気がする、

 

それでもし相田と時任が友達になって、お互いに惹かれあって恋人になったりしたら、……

 

 

 

ーーー

なんか一瞬いきなり思考停止した、

 

でもそれは一番良い結末かも知れなくて、

時任真斗が噂通りの良い奴で、相田の親も公認で、相田美咲も時任の事をもっとよく知れば好きになるかも知れなくて、あいつら二人がくっつくのがきっと一番良いに決まっている、

 

美男美女で、高嶺の花同士で、木崎の言う通りに二人がくっついてラジカルが安定すれば、残された皆んなは身の丈にあった学園ライフを送れる筈なのだ、

 

でも、なんかしっくりこないというか、直感的に腑に落ちないと言うか、

 

何か時任真斗には裏がある様な気がする、それがどう言う根拠なのかと言えば、それは単に俺のやっかみなのかも知れないのだけれど、

 

友達として、相田美咲を時任に盗られるのが嫌とかそう言う事では無くて、……

 

 

 

ーーー

幾ら考えても悶々と思考停止するだけで上手いアイデアが浮かばないので、もう当たって砕けろ、的に話しかける事にする、

 

「宗次朗、部活行こ、」

「悪い、今日も休む、」

 

放課後、俺は早美都の誘いを断って鞄を引っ掴むと、……

早美都が俺のシャツの裾を引っ張って来た、

 

「ねえ、何か隠し事してない?」

「別に、してない、」

 

「嘘、昨日も鎌塚くんとどっか行ったでしょ、」

 

まるで浮気を怪しむ彼女みたいに (彼女いた事ないけど)上目遣いで俺の事を睨み付ける早美都、

 

「ちょっと、中学の同窓会の件で、話があって、」

「本当に?」

 

眉間に皺を寄せて思いっきり怪しんでる、

 

「本当だ、」

「分かった、じゃあ、その代わりに今週末付き合ってよ、」

 

???

どう言う脈絡?

 

「別に良いけど、何すんの?」

 

「映画行かない?」

「なんか面白いのやってんのか?」

 

「一寸見たいのがあるんだ、午後とか大丈夫?」

「大丈夫だけど、」

 

「じゃあ、約束だよ、」

「分かった、」

 

と、言う感じで漸く早美都から解放されて、

 

俺は未だ廊下で女子に囲まれていた時任真斗に近づいて行って声を掛けた、

 

「時任、ちょっと良いか、」

 

時任、最初は一寸驚いた風に俺を見て、それから爽やかな笑顔で、

 

「良いよ、そう言えば僕も君に聞きたい事が有ったんだ、」

 

 

 

ーーー

30分後、JR東海道線上り、

 

最初俺たちは学校近くのショッピングモールのフードコートで話をしようとしたのだけれど、気が付くと周り中は興味津々に俺達を取り巻く女子達で溢れていて、これでは話もし辛いという事で時任の家に向かう事にした、

 

いきなり家に押しかける事になるとは思わなかった、

 

茅ヶ崎駅から海に向かって15分程歩いた所にある全身真っ黒な格好いいデザインの一戸建て、一階が全部ガレージになっていて、中はがらんどうだけれど高級外車とか大型バイクとか並べたらサマになりそうな雰囲気、奥の階段から二階に上がると今度は洒落たレストランかショットバーみたいな広いスペースにカウンターテーブルと部屋の隅には大きなソファー、

 

いや、生活感ゼロだろ、

 

「何か飲む?」

「いや、」

 

「リカーコーヒーでいい?」

「あ、うん、」

 

要らないと言ったつもりなのに御構い無しにウォルナットのでかいキッチンカウンターの向こう側に行って、何やら理科の実験器具みたいなのでサイフォンし始める時任真斗、

 

「それで、僕と話したかった事って何かな?」

 

やがてホンワカと珈琲の薫りが部屋に充満してきて、でも、……

 

何を聞けば良い?

一寸ノープラン過ぎたと今になって後悔する俺、

 

「学校、慣れたか?」

「お陰様で、みんな親切だしね、」

 

そう言ってニッコリ笑う時任真斗は、改めてしげしげ見ると滅茶苦茶美形!

 

俳優かモデルと言っても何ら差し支えないレベルの顔貌スタイル、背の高さは180cm位だろうか、175cmの俺よりも明らかに高い、それで細身の身体に鳩胸で綺麗な長い手足、サラサラの軽いウェイブがウルフカットにまとめられている、まさに少女漫画に出てきそうな超絶美形男子、

 

「あんまり他の男子と一緒に居る所を見なかったから、何か困ってる事が無いかと思って、」

 

「心配してくれたんだ、ありがとう、今の処特に困ってる事は無いよ、」

 

「こっちで友達は、出来たのか?」

「クラスメイトは皆んな友達だと思っていたけど、日本じゃ違うのかい?」

 

「まあそうだけど、それよりもっと親密と言うか、英語だとベストフレンドって言うのかな、色々腹を割ってなんでも言い合える信用できる友人って奴だ、」

 

「親友って奴だね、そう言う関係は一生の内に一人でも見つかれば良いんじゃ無いのかな?」

 

「まあ、そうかもな、」

 

以上会話終了、……それでフラスコからカップに移し入れた珈琲に、何やら茶色の小瓶からトロリとした液体を零し入れる時任真斗、

 

「どうぞ、」

「サンキュ、」

 

ひとくち口を付けると確かに珈琲なんだけどそれは何だか甘い、そして不思議な熱を帯びた液体、

 

「僕は君の事をなんて呼べば良いのかな?」

「何でも、京本でも、宗次朗でも、」

 

「じゃあ宗次朗、君は僕の事を心配してくれているみたいだけど、それは単なる親切心と言う訳では無さそうだね、」

 

「それは、……」

「僕の事を色々と聞いて回っていたみたいだけれど、理由を聞いても良いかな?」

 

もしかしなくてもバレていたらしい、

つまりそれなりに頭の切れる男、だと言う事か、

 

だとしたら下手な言い訳で誤魔化すよりも直球勝負で聞いた方が賢明と思われ、

 

「時任は相田と知り合いなんだろう、相田の事はどう思ってるんだ?」

 

「美咲の事だね、とても魅力的な女性だと思うよ、」

 

「相田と付き合うつもりなのか?」

「先の事は分からないけど、付き合えたら素敵だろうね、」

 

言いながら時任はショットグラスに茶色の小瓶の液体を注ぐと一口に飲み干す、

 

「そう言う宗次朗は美咲の事をどう思ってるんだい?」

「相田は俺にとっては大切な友達だ、」

 

「そうは見えないけどね、今日僕を呼び出したのは僕と美咲の関係が気になったからだろう、君の方こそ美咲に対して恋愛感情を持っているんじゃ無いのかい?」

 

「生憎、俺は恋愛が嫌いなんでな、それは有り得ない、」

「そう言えば、失恋王とか呼ばれているそうだね、」

 

コイツ、俺の事なんか眼中に無いと高を括っていたのだが、惚けた顔して何処まで知ってるんだ? もしかして一枚上手?

 

「そこまで知ってるなら分かるだろう、俺はアイツと友達以上の関係になろうとは思わないよ、」

 

「そう、なら良いんだ、今以上を望んでも手に入れる事は叶わないからね、最初からそれをわきまえていれば、後で辛い思いをしなくても済む、」

 

「どう言う意味だ?」

 

「実を言うと少し心配だったんだ、君が美咲のそばにいて仲良くしているのは一目で分かったからね、もしも君が美咲と恋人になれると勘違いしている様なら、説得して諦めさせ様と思って此処に呼んだんだよ、」

 

「それは、お前の意思なのか? それとも相田の父親からの指示なのか?」

 

「美咲に悪い虫が付かないか気にかけておいて欲しいと周一郎さんから頼まれたのは事実だよ、けど、君は悪い虫なのかい?」

 

「さあな、俺は相田の味方で居たいと思ってるだけだ、」

 

矢張り、コイツは相田父の息のかかった人間だと考えた方が良いだろう、

 

「俺はもしもお前がこの先、相田と付き合う様な事になるのなら、お前が相田にとって相応しい男なのかを確かめておきたいだけだ、」

 

「全くお節介な人だな、そういうのは日本では普通なのかい?」

 

「さあな、」

 

「君が心配しなくても美咲は美咲なりの恋愛をして彼女に相応しい結婚をするだろう、それを傍で見ているのが辛いなら今の内に美咲から離れる事を勧めるよ、」

 

そう言うと時任真斗は、甘い微笑みを浮かべて見せた、



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020

「行かないのか?」

「うん、大勢で話すのとか、未だちょっと無理だから、」

 

「そっか、」

「それより、明後日の12時、横浜西口改札、忘れないでよね、」

 

「おう、」

 

木曜日の放課後、先に帰ると言う早美都を見送って、俺はクラスの懇親会に参加する事に、場所は駅の南、上野グループの女子、御堂志保の実家の居酒屋の個室を借り切っての鍋パーティである、

 

俺だってこの手のパーティは気が向かなくて出来れば目を瞑って帰りたいのだが、せっかく誘ってくれた木崎に義理があるのと、何よりも有人が意味深に言っていた、このパーティで時任の相田に対する気持ちが聞けるかも知れない、と言う言葉の真偽を確かめる為にも、敢えて今回だけは参加する事にしたのだった、

 

教室を見回すと、既に相田は上野とクラス会の仕切りの準備の為に一足先に店に向かっていて、他に連む奴も居なくて俺は一人舌打ちをしながら席を立つ、

 

今になって嫌になるくらい怖気付いている、

 

こうやって見ると改めて俺ってクラスでは浮いているのだと分かる、……とある価値観の下に引き摺り出された自分がこんなにもちっぽけな存在なのだと言う事に気付かされる、

 

 

 

ーーー

「おつかれ、」

 

俺は宴会場の入り口で会費を集金する相田に一言掛けて、

 

「お疲れ様、会費3000円です、」

「高いな、」

 

「これでも御堂さんのご両親のご好意で、随分安くしてもらったんですよ、」

 

一寸呆れたふりをしてニヤける相田の顔を見て、何故だろうかホッとする、

 

今回集まったメンツは20人、クラスの7割位、

神崎グループの6人、上野グループの6人、有人達グループの4人、いつも孤高に誰とも連まない和田兵庫、それから相田と俺と、そして主賓の時任と言う面子だ、

 

襖で仕切られた和室の座敷タイプの個室にはテーブルが2列、5人に一つ合計4つの鍋が設置されて居る、一体何処に座れば良いのやら、と悩む程のことも無く、殆どの席は大体いつものメンツで固まって埋まっていて、

 

俺は有人達のグループに混ぜてもらって、一番隅っこに腰を下ろす、

 

相田はと見ると上野と並んで幹事席、反対側の相田の隣は誰の配慮だか主賓の時任真斗、

 

何気無い二人の会話が、離れた席から見ていてもとても自然でとても楽しそう、

 

心配そうにチラリと俺の事を見る相田の視線が返って痛い、居た堪れない、

 

 

 

ーーー

最初は上野からの開会の挨拶で、

なんのマネなんだか皆んなでジュースで乾杯、

 

料理のスタートはサービスの唐揚げとポテトフライ、それにお刺身の舟が4台運ばれてきて思わず歓声が上がる、その内に鍋の具材がどんどん運ばれてきて、

 

「最初どれから入れる?」

「鶏肉で良くね?」

 

ウチのテーブルは流石に飲食店でバイトしてるだけの事はある佐脇が奉行を担当、

 

俺は心ここに在らずで相田と時任の様子を伺う、

 

どうやら鍋の事はあまり詳しく無い時任の為に相田が世話を焼いているらしい、

 

遠くから眺める相田美咲の笑顔がこんなにも窮屈だって事に改めて気付かされる、

 

なんでだ?

 

まさかこの俺が相田美咲が他の男と仲良くする事をいやがっている? 傷ついている? 頭ではそんな馬鹿な事は有り得ないと何度も繰り返しながら、それなのに不愉快な疼きが胸から剥がれない、

 

食い物が喉を通らない、

 

「よ、楽しんでる?」

 

と、そこへいきなり木崎が無理やり俺の隣に割り込んで来た、

 

「一寸詰めてくんない?」

「どぞどぞ、」

 

俺の隣に座っていた中川清が畏まって座布団をずらす、

 

「木崎さん、いらっしゃい、」

「いぇーぃ、」

 

何故かのハイタッチ、

 

「京もっち食べてなく無い?」

 

そう言って、俺の小鉢にどんどん具材を入れていく木崎、

 

「良いって、そんな食べないから、」

「遠慮しないの、会費払ってんだから、なんならアーンしてあげようか?」

 

「良いって、」

 

「あ、良いな、俺やってほしい、」

「駄目ー、本日京もっち専用ー、」

 

「木崎さんって最近京本と仲良いよね、」

「そ、マブダチだかんね、」

 

太腿が当たってる、なんか香水の良い匂いする、

 

「あんまベタベタすると誰かさんに誤解されんじゃ無いのか?」

「ちょっと位刺激与えた方が良いのよ、」

 

そう言って無理矢理俺の口に鳥のモモ肉を突っ込む木崎、

 

「て言うか、誘った手前、責任感じちゃってさ、」

「なんの責任だよ、」

 

木崎がチラ見した視線の先には、

 

「あの二人良い雰囲気だねぇ、ホント、殿上人カップルって感じしない?」

 

見ると、神崎も何だか一寸いつもよりもしおらしくしてる様に見えるのは、気のせいか?

 

「お前、神崎んとこ行った方が良いんじゃねえのか?」

「んー、良いの良いの、」

 

全く、こいつは何を考えてんだ?

 

「木崎さんって趣味とかあるの?」

 

有人からの質問、

 

「んー、今はバイトかなぁ、」

「何それ、どんなバイト?」

 

「エロい系?」

「こいつ、しっつれいだなぁ、」

 

「普通のヘアメイクサロン、将来そっち系の学校行こうかなってね、」

「趣味と実益が一致とか、凄いじゃん、」

 

「でしょ?」

 

「そこって俺ら行ってもやってくれんの?」

「全然、カットとか、カラーとか余裕っしょ、ま、私は未だ手伝いだから何にも出来ないけどね、」

 

「なんだ、意味ないじゃん、」

「あ、シャンプーだけなら出来る、」

 

「いいな、シャンプーだけやってもらいに行こうかな?」

「まじか、シャンプーだけ指名とか、聞いた事ないわ、」

 

隣で楽しそうに有人達と会話する木崎の声すら今や雑音の様に耳を通り過ぎて、

 

つまんねえ、……

 

 

 

ーーー

鍋の中身も大方片付いた後半45分、

 

「はい、じゃあ此処で懇親会名物、質問コーナー!」

 

いきなり立ち上がった上野が声を張って今一度仕切る、

 

「よ、エロ同人作家!」

 

「まあまあ、それは置いといて、今日は時任くんの歓迎会という事もありますので、先ず最初は時任くんから一言挨拶、と、誰でも良いので指名して、一つ質問をお願いします、」

 

女子の嬌声が湧き上がる、

 

「質問された人は必ず正直に答える様に、それでその人が次の誰かを指名してリレー質問して下さい、では、時任くん、張り切って宜しくお願いします!」

 

身長180cmの王子が立ち上がっただけで、再び湧き上がる歓声、

 

「みんな、今日はありがとうございます、」

 

一瞬で静まり返る個室内、

 

「普通イギリスでは、この様なパーティを開く場合は主催者がゲストをもてなすのですが、日本では皆んなでお金を出し合って楽しむんだって聞いて、一寸びっくりしています、」

 

「そっちの方がびっくりだ!」

 

野次で盛り上げるのは神崎グループのひょうきん者、釜石達也、

 

「皆んなの優しい気持ちで全員が主催者になって皆んなで楽しむこのスタイルは、とても素敵だと思いました、……今日この場に参加出来なかった人も何人かいますが、その人達も含めてこのクラスは皆んな親切で、仲が良くて、最高だと思います、私はこのクラスの一員になれてとても嬉しいです、」

 

湧き上がる拍手、

 

「では、時任さん、誰かを指名して、一つ、質問をお願いします、」

 

上野太郎からのリマインド、

 

「それは、プライベートな質問でも良いんですか?」

「勿論OKです、なんなら付き合ってくださいの告白でもOKです、」

 

「きゃー!」

 

割れんばかりの女子の嬌声、……

って、女子って相田を除くと5人しか居ない筈なんだが、

 

「それじゃあ、此処に居るみんなに質問します、」

「おおー、」

 

涼しげな目と爽やかな声で時任、

 

「今日のお返しに、簡単なホームパーティを開きたいと考えています、参加して頂ける人はいらっしゃいますでしょうか?」

 

「はい! はい!」

「私も!」

「えー、絶対参加するよね!」

 

再びの大歓声、……

 

「すげーな金持ち、」

 

有人がボソリと呟く、

 

「美咲さんはどうかな?」

 

いきなりの時任からの名前呼びに、

 

「きゃー!」

 

何故かまたまた割れんばかりの大歓声!

って、女子って相田を除くと5人しか居ない筈なんだが、……

 

「はい、それでは、お言葉に甘えて、」

 

おずおずと照れ笑いしながら手をあげる相田美咲、

 

それで再び三度割れんばかりの大嬌声!!

って、女子って相田を除くと5人しか居ない筈なんだが、……

 

 

 

ーーー

「では、続いて相田さん、質問お願いします、」

 

静々と行儀よく立ち上がる相田美咲、

 

「質問ですか、何だか照れてしまいますよね、」

 

「相田さん、可愛い!」

「ラブリー美咲!」

 

って、一体誰だ?

 

「では、斎藤さんに質問です、」

「はい!」

 

上野グループの地味子が声をひっくり返して返事する、

 

「斎藤さんはよく教室にフラワーアレンジメントを持ってきて下さいますよね、」

「あ、ウチ花屋なんで、自分の練習用に作った奴を持ってきてるだけです、」

 

「とっても素敵なアレンジメントで、毎回見惚れてしまいます、」

「いやぁ、お恥ずかしい、」

 

「それで、質問です、今週持ってきてくださったアレンジメントに、とても可愛らしい赤紫のお花が有ったのですが、あの花は何という花なんですか?」

 

「ああ、あれはデンファレです、」

「デンファレ?ですか、」

 

「はい、デンドロビウムの一種で、ウチでは9月の誕生月のお花としてアレンジメントに取り入れています、」

 

「へー、そうなんですね、」

「因みに花言葉は、お似合いの二人、です!」

 

「きゃーーーー!」

 

三度世度、割れんばかりの大歓声! 大嬌声!

 

花言葉がだからなんだってんだ?

相田も相田で、そんなんでいちいち照れた顔してんじゃねえ!

 

って、何考えてんだ? 俺、

 

二人見つめ合って苦笑いする相田と時任は、これ以上無い位にお似合いのカップルにしか見えない、それはもう誰が何と言おうと認めざるを得ない、

 

それはきっと、良い事で、

 

時任真斗が言っていた通りに、相田は相田なりの恋愛をして、相田に相応しい相手と結婚するに違いないのだ、俺が出来る事は、だから心配する事では無くて、友達として祝福してやる事なのだと、

 

ちゃんと分かっている、



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021

次の日の朝学校に来ると、時任と相田が仲良さそうに話していた、

 

二人の会話からは、昨日よりもほんの少し角が取れて、……

二人の距離は、昨日よりもほんの少し近くなって、……

 

傍目から見れば些かのぎこちなさは残るものの文句なしお似合いの美男美女カップルである、

 

昨日のクラス会の後、時任が相田を家まで送って行く事になり今に至る、だから、あの後何らかより親密になるイベントがあったのかなかったのかは定かでないが、一緒に鍋をつついてお互いに満更でも無い関係へと進展したのは確からしかった、

 

何しろ相田父のお墨付きなのだから、恐らく二人は時間をかけてより親密な許嫁的な関係へと発展するのだろう、

 

時任はイギリス育ちの所為なのか、卒なく然りげ無く紳士的で特に相田を困らせる様な事はしていない様に見えるし、友達代表としてはもう、時任の事を相田のパートナーとして認めるべきなんだろうな、と言い聞かせてる、

 

時折見せる相田の照れた様に時任を見る眼差しが、訳わかんないけど俺の気管肢を押し上げるのが気分悪いそれだけの事だ、

 

「良いのかよ、……」

 

お節介な知人代表、鎌塚有人が俺の机を軽く蹴飛ばした、

 

「何が?」

「相田さんと時任がくっついても良いのかって事だよ、」

 

「別に、俺にどうこう意見する権利も義理も無いからな、」

「お前が、それで良いんなら構わないけどよ、」

 

お前何時からそんなに世話焼きになったんだ?

完璧綺麗すぎる時任真斗へのヤッカミか?

凡人代表として、少しでも相田美咲に近い俺に一矢報いろとでも言っているのか?

 

冗談じゃない、

 

恋愛なんて資源の無駄遣い以外の何者でも無いのだ、

関わったって一つも良い事なんて有りやしない、

 

「なんだか一寸残念だね、」

「何が?」

 

今度は早美都が俺の背中に凭れ掛かって来た、

「人の気持ちって、あんなにも簡単に変わってしまう物なのかな、」

早美都は相田が俺の事を好きだと言った事を本当の事だと信じているのだ、あれは相田なりに早美都を元気づけ様として吐いた優しい嘘だったのだけれども、

「アイツが言ってた通りだよ、アイツが誰と付き合う事になったとしても、俺達が友達である事はこの先も変わらないさ、」

ほら見ろ、恋愛なんてこんなもんだ、

失ってみて初めてはっきりと自覚する、

何だかんだ御託を並べた所で俺は相田美咲に惚れていたのだ、と自覚する、

 

全くもって有人や、木崎や、早美都の言う通りなのだ、

 

恋愛完全否定主義だなんて偉そうに言っておきながら、

俺の相田に対する好意は、明らかに恋愛感情以外の何者でもなかったのだと、

 

手に届かなくなってしまってから初めて気付く、

 

全く、……

 

一瞬でも、油断してしまった自分が情けない、

一瞬でも、あいつの事を信じてしまった自分が許せない、

信じると言う事は、独りよがりな都合を承諾なしに相手に押し付ける行為以外の何物でもない、俺が相田を好きになった所で、全くもって時任の言う通り、そんなのは絶対上手くいきっこない事位最初から解っていた筈だったのに、

 

 

 

ーーー

放課後、部活に行く前に購買横の自販機でコーヒーを買う、

そこで、行き成り誰かが俺の背中を叩いた、

「お久しぶりな感じですね、元気でしたか?」

「おう、」

誰でも無い、相田美咲だ、

俺は、当然口籠る、

「何だか元気がないミタイだったから、一寸心配してました、」

「別に、大した事じゃない、もう片付いたし、……」

「そうですか、」

「今日は部活、来ないのか?」

「はい、暫くの間、時任さんのお勉強のお手伝いをする事になったんです、」

「ま、良いんじゃないか、」

「もともとは元彼の為に入った部活だからな、目的が変わったんなら手段が変わったって何もおかしくない、」

 

「もう、その話は勘弁して下さい、」

 

相田が可愛らしく苦笑いする、

 

「時任とは、上手くやって行けそうなのか?」

「未だ分かりませんが、仲良くなれる様に努力します、」

 

「そんなに悪そうな奴じゃ無いし、良かったな、」

「そうですね、少なくとも宗次朗ほど意地悪じゃ無さそうです、」

これは、純粋に生物学的に正しい行動なのだろう、

生き物は少しでも条件の良い「異性」を手に入れようと自分を磨く、どの動物だって鳥だって魚だって、きっと虫だってやってる事だ、スペックの高い「物件」を見つけたら誘い込んで逃さない、その為にはなりふり構わない、それは生命力の強い子孫を残す為のごく普通の行動なのだ、いや、生物的には最優先な行動なのだ、

どう見たって、俺が「時任真斗」に敵う所なんて見当たらない、

て言うか、何で比べなきゃなんないのか、全く意味不明、

「じゃあな、」

「それではまた、」

相田美咲は自分に正直に遺伝子に忠実に生きようとしている、だったら、……

俺は、どうなんだ?

 

 

ーーー

恋愛は、誰かが考えている程に自由では無い、

それは心の問題に留まらず、心と身体は密接に関連しているのだから尚更である、

誰もが、選ばれる訳では無いと、……つまりそういう事だ、

俺は恋愛完全否定主義を標榜しているが、要するにそれは俺が選ばれる事がない事を自覚して諦めているだけの事である、

チンパンジーの群れだってメスを自由にできるのはボスだけだ、

ボスになれないオスはボスの目を盗むか諦めるしかない、

今になって漸く自分で納得できた気がする、

初めから諦めていれば、初めから欲しくないんだと決めていれば手に入らなくても傷つかずに済む、

 

つまり、それだけの事だったんだ、

自分が選ばれない理由を恋愛しない方が良い理由にすり替えていただけの事だったのだ、

 

 

ーーー

「予想外に面白かったね、」

「そうだな、」

土曜日の午後、俺と早美都は横浜にある古い映画をリクエストに応じて上演する小さなシアターを訪れていた、実際の所は、凹んでいる俺を見るに見かねて早美都が気分転換に誘ってくれたのだ、

俺達は昼間に集合して安い中華レストランで昼飯を食って、暫くはゲームセンターで暇を潰し、その後ファーストフードで休憩してから、小さなシアターで難しい映画を観て、漸く解放されて西口の繁華街をトボトボと駅へ向かう20時一寸前、

 

「腹減ったな、飯でも食っていくか、」

「宗次朗、……あれ、」

血相を変えて早美都の指差したその先には、……

私服だが見間違い様の無い、目立つ美貌の時任真斗が立っていた、

 

一緒にいるのはすらっと背の高い美人?……当然知らない女だ、二人はいかにも仲良さそうに密着して女の方から時任の腕に絡まっている、

「兄妹?かな、……」

「まさかな、」

 

「だって、時任くんって、…」

「帰ろう、アイツが何をしてようが俺達には関係ない事だ、」

 

別に、時任に付き合ってる女が居たって何ら不思議な事はない、あれだけのイケメンなのだから居ない方が寧ろ不自然だ、大体相田と時任がいい感じになったのだって昨日今日の話なんだから、未だ身辺整理出来ていなかったとしてもそれ程強く責める気にはなれない、が、

「放っておけないよ、だって相田さんは友達なんだ、」

そして驚くほどの素早さで、早美都は時任真斗の前に飛び出した、

「時任君!」

時任真斗は、一瞬驚いて、それから見覚えのある顔に平静を取り戻す、

「やあ、えっと、同じクラスの人だよね、……こんばんは、」

早美都の登場にも何の悪ぶれる様子も無く相変わらず時任と女は腕を組んだ侭だ、

「この人は?」

冷たく言い放つ早美都に、

 

女の方は一瞬、時任の別の彼女が出てきて修羅場ったのかと勘違いしたみたいだったが、

「彼女の名前は、澪、心理学を専攻している女子大生だよ、」

 

澪と紹介された女は、少し照れくさそうにはにかむ、

「初めまして、……マサトくんのお友達かな?」

「そういう事じゃなくって、二人はどういう関係なのさ?」

更なる早美都の追及に現場は最早紛れもなく修羅場の様相、

俺も何時迄も離れて傍観している訳にもいかず渋々出て行って早美都の隣に並ぶ、

 

「やあ、宗次朗、」

俺は早美都の腕を掴んで、

「早美都、帰ろう、……時任、悪い邪魔したな、」

「時任君、一寸良いかな、……話がしたいんだけど、」

なのに早美都は予想外に、強引で、……

時任は、一寸困った顔で、……

「私良いよ、帰る、」

「ごめんね、何だか、大切な話見たい、」

それで、公衆の面前だと言うのに、時任真斗は女に優しく口づけをする、

女はウットリと頬を染めて、……

「また、連絡するね、」

「ああ、」



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022

俺達三人は、帷子川沿いの小洒落たカフェのテーブルに着いた、

飲みなれない大きなカップ入りのコーヒーが運ばれてきて、……ウェイトレスは綺麗な時任の顔に見蕩れて、お約束の様にミルクの小瓶をひっくり返す、

 

「あ、すみません!」

「気にしないで、」

 

そして爽やかな笑顔でウェイトレスを労う時任真斗、

そしてうっとりと蕩けてるウェイトレス、

そして俺は居た堪れなくて一刻も早く帰りたい、

「時任君って、相田さんと付き合ってたんじゃなかったの?」

「付き合うって?」

そして思い出すかの様に怒り出す早美都、

 

「つまり、恋人なんじゃないかって言う事、」

 

俺は早美都がこんなにも直球直情径行な奴だったなんて事を初めて知った、

 

「一寸違うかな、僕は美咲の事がとても好きだけれども、美咲が僕を受け入れてくれる様になるまでは無理に恋人関係を押し付けるつもりは無いよ、」

「だったら、どうして裏切るような真似をするの?」

「裏切るって?……どういう意味かな?」

時任はあくまでもクールに、余裕の笑みさえ浮かべている、

 

「相田さんの事が好きなのに、どうしてさっきの女の人と仲よくしているのかって事だよ、」

 

「澪はとても可愛くで、利発で、とても優しい女性だからね、そして何よりも本当の僕を受け入れてくれる、」

あの女、澪って言うのか、

 

「つまり、あの人と付き合っているって言う事?」

 

「君の考える「付き合う」と言う意味が正確に当て嵌まるかどうかは分からないけれど、多分君の思っている通りの関係だよ、」

 

「そんな事を知ったら相田さんが悲しむと思わないの?」

「どうして美咲が悲しむ必要があるのかな?」

「好きな人が別の女の子に優しくしたら悲しむに決まってるでしょう、」

「人が人に優しくする事が、人を悲しませるって言うのかい?」

「当たり前だよ、そんなの一寸考えれば分かるじゃない、……じゃあ、時任君は相田さんが別の男子と仲良くしたり、キスしたりしても何とも思わないの?」

 

「それを美咲が望むのなら僕は構わないよ、」

「そんなの、……変だよ、」

確かに、時任の言っている事は、変だ、

確かに、元々雄は生物的に出来るだけ自分の種を世界中にまき散らす様に出来ている、一度手に入れた雌、種を撒いてしまった雌を繋ぎとめる事よりも、新しい雌を手に入れる事に執着する、

だから親公認で事実上許嫁 (仮)な相田美咲よりも他の女を優先させる事があったとしても不思議ではない、

 

更に時任の場合は、何もしないでも女の方からドンドン言い寄ってくるのだから、別に一人の女に執着する必要が無いと言うのも一見、的を得ていそうに見えるが、

 

しかしやはりどう考えても早美都の言い分の方が正しい、

何故なら、一方で雄は自分以外の雄が雌に種を植える事を嫌って排除しようとする生き物だからだ、中には他の雄の種で出来た子供を殺してしまう動物も居る位だ、

本当に本気で時任が相田が他の男に好きにされても良いと考えているのだとしたら、そんな寝取られ願望は何かが薄気味悪くて、……間違っている、

そしてもう一つ、明確に早美都の言い分が正しい事が有る、

それは、誰が何と言おうとも相田美咲は俺の友達だと言う事だ、

 

だから、どんなにアイツに恨まれる事になったとしても、……

アイツを見捨てられる程、俺は人間嫌いでは無い、

「時任、俺はお前が誰と付き合おうが口を挟むつもりは無いよ、」

「宗次朗、」

 

「でも、相田を泣かせる様な事はさせたくない、だから、お前が相田の事を他の誰よりも優先して相田だけを幸せにしたいと思えない内は、頼むから相田には指一本触れないでくれないか?」

 

「宗次朗、そうは言ってもこっちにも色々と事情があるんだ、」

 

時任はキラキラした大きな瞳で苦笑いしながら、カップから珈琲を一口啜る、

 

「美咲はとても魅力的な少女だし、彼女の父親からも美咲の事をくれぐれも宜しくとお願いされているしね、」

 

「だからって二股かけるのは見逃せないぞ、」

「ふたまた?」

 

「同時に複数の女と恋愛関係を持つ事だ、」

 

「ああ、トゥタイミングの事だね、」

「トゥータイミング?」

 

「でも、ひとりの女性と付き合ったらもう他の女性を愛せないなんておかしな風習だと思わないかい?」

 

「お前んちのルールがどうなっているかは知らないが、普通はNGだろう?」

「美咲はそんなに独占欲の強い心の狭い女性だとは思えないけどね、」

 

「分かった、もっと分かりやすく言ってやる、」

 

俺は、スマホを取り出して見せる、

 

「もしもこの条件が受け入れられないと言うのなら、……さっきの女とのやり取りのビデオを相田の父親に見せるだけだ、」

 

「それは穏やかじゃ無いな、」

 

ここへ来て、初めて時任真斗の美しい顔が歪んだ、

 

「もしもお前が言った事が本心だと言うなら相田が他の男と付き合っても構わないという事だろう、だったら相田美咲は俺が貰う、」

早美都が驚いて振り返り、俺の顔を凝視する、

「だから、もう二度と相田美咲には、近づかないでくれ、」

 

 

 

ーーー

『部室で待っています、』

 

月曜日の早朝、LINEで呼び出された写真部部室、

まあ、こうなる事は大方予想できていたが、

 

「よう、」

 

扉を開けて声を掛けると、

背中を向けて座っていた相田美咲が鳩時計の様にビクッと、飛び上がる、

 

「あぅ、……」

 

あう?

 

「お早う、」

「……あにょ、」

 

あにょ?

 

俺に向けた相田の背中が窮屈そうに縮こまっていて、

まるで凍える様に肩が震えている、

 

「どう言う!……意味ですか?」

「え?」

 

「美咲は俺が貰う、……って、どう言う意味ですか!」

 

振り返って俺を睨み付けた相田美咲の顔は耳まで真っ赤になっていた、

 

「時任から聞いたのか?」

「私は、早い者勝ちの景品じゃありません!」

 

「悪い、あの時は一寸頭に血が上ってて、つい、」

「どうしてそんな事を言ったのかと、聞いているんです!」

 

相田美咲が涙目になりながら訴える、

 

「それは、つまりだな、……」

 

LINEを貰った時点でこうなる事はある程度予想していたが、

 

「宗次朗、は、……もしかして、私の事が、すき?」

 

ハンカチをベールの様にして目から下を隠した相田美咲の言葉は、尻すぼみに最後まで聞き取れないほど微かな声で、

 

「……なの?」

 

俺は、一度深呼吸してから、

 

「ああ、」

 

相田美咲はまるで痛みに耐えるみたいにして肩をすぼめてギュッと瞼を瞑って、

 

「お前は大切な友達だよ、そう言う意味での好きって意味だ、」

 

「お嫁さんにしたい、の好き、じゃなくて?」

「ああ、違うよ、俺を誰だと思ってるんだ? 」

 

俺が、相田美咲に恋愛感情を抱いているのは隠しようも無く紛れも無い事実だ、……だからと言ってそれを相田に伝えても何も良い事なんて何一つないのは目に見えている、

 

相田の父親が俺なんかを認める訳はないし、仮に俺が相田と付き合えたとしても色々とスペックが違い過ぎて上手くいかないのは分かりきっている、

 

知恵の回る相田がそんな事に気付かない訳がなくて、だから相田が俺を選ぶなんて事は有り得なくて、それなら最初から変な波風を立てる必要なんてなくて、俺のこの気持ちは俺だけの問題であって、相田が何一つ機に病む必要なんて無いのだ、

 

それから相田は恐る恐るハンカチのトーチカから頭を出して、

 

「じゃあ、何であんな事を言ったんですか?」

「それは、時任が変な事を言いだすから、……」

 

俺は、土曜日の夜の時任との会話について事細かに相田美咲に説明をした、

 

 

 

ーーー

「私の為を思ってやって下さった事は分かりました、」

 

「それは何より、」

「でも、」

 

そして今度はプンスカ怒りだす相田美咲、

 

「私は宗次朗に謝罪を要求します!」

「何で?」

 

「お陰で昨日の夜は一睡もでき無かったんですよ、ちゃんと謝ってください!」

「悪かったな、」

 

「誠意が感じられません!」

「いや、でもそれって時任の所為だよね?」

 

「私怒ってるんです!」

「分かるけど、」

 

「だったらちゃんと謝ってください!」

「そこが腑に落ちない、何で俺が?」

 

「御免なさいは?」

 

「ごめんなさい、……」

 

こんな血相変えて詰め寄って来る相田美咲を見たのは初めてだ、

 

「いいでしょう、今回は許してあげます、」

「そりゃどうも、」

 

「でも、困った事になりました、」

「時任がみんなに言いふらすとは思えないけどな?」

 

「それは別に良いんですけど、」

 

「実は私は父から、時任さんの家庭教師をするように命じられているんです、」

「ああ、なんか言ってたな、」

 

「時任さんは聡明な方ですが、イギリスと日本でカリキュラムが違うので、そのギャップを埋める勉強をお手伝いするんです、」

 

「成る程ね、」

 

「それに今週末は時任さんを夕食に招待する様に言付かっているんです、」

 

「お前の父ちゃんがどんだけ時任の事を買い被ってるのか知らんが、あいつは止めといた方が良い、ちょっと危ない気がする、」

 

「家庭教師をですか?」

「お付き合いをだ、」

 

「何か誤解しているみたいですけど、私は時任さんとお付き合いしませんよ、」

「そうなのか?」

 

「良い雰囲気だからお前らてっきり意気投合したのかと思ってた、」

 

「あれは、言ってみれば社交辞令です、それに時任さんにもお付き合いしている人が居るのでしょう? それを無理に引き離すのは残酷だと思います、」

 

「そんな事を言ったって、いずれはお前たち結婚させられるんじゃ無いのか?」

 

キョトン顔の相田美咲、

 

「何処をどうしたらそうなるの?」

「お前の父ちゃんがお前達をくっつけようとしている様にしか思えないんだが、違うのか?」

 

「将来の事は分かりません、結婚は家族の問題ですから、私の自由意志で決める事は出来ないと思います、実際姉も兄もそうでしたし、私も覚悟はしています、」

 

「でも、今日時点そんな話は聞いた事もありませんし、私もそんな積りは全然無いです、」

 

「そうなのか?」

 

眉を顰めつつ一寸、ホッとしてる俺に、

 

「ははん、漸く合点がいきました、」

 

ニヤける相田、

 

「もしかして宗次朗、私の事盗られると思って嫉妬しちゃいましたか?」

 

不意を突かれて真っ赤になって照れる俺、

 

「馬鹿言ってんじゃねえよ、誰がお前なんかに!」

「宗次朗も可愛いところありますねぇ、」

 

「無えよ!」

 

 

 

ーーー

「でも困りました、そして宗次朗には私を助ける責任があります、」

「何でだよ?」

 

相田美咲、渾身の深い溜息、

 

「私は宗次朗の大切なお友達なんでしょ?」

「お前も大概意地が悪いな、」

 

「宗次朗譲りです、」

「それで、何をどうすりゃ良いんだ?」

 

「時任さんはもう私に会えないと仰られました、」

「なんでまた急に?」

 

「宗次朗が時任さんに、もう二度と私に近づくな、と言ったからです、」

「ああ、確かに言いました、」

 

「このままでは夕食にも来て頂けず、父の命令に背く事になってしまいます、」

「それで、どうなるんだ?」

 

「時任さんとは家族ぐるみのお付き合いですから、私達の間に蟠りが有ると、少々面倒な事になるかも知れません、」

 

「あいつ、それを分かっていてやってんのか!」

「まあ、半分は宗次朗に脅された腹いせかも知れませんね、」

 

「それで、俺がその命令を撤回すれば良いのか?」

「いえ、時任さんから、ある条件を突きつけられています、」

 

「条件って?」

 

「宗次朗、私にキスを教えて下さい、」

 

そこで予鈴が鳴った、



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023

「ここだ、」

「お邪魔します、」

 

放課後二人きりになれる所で相談したいと言う事で紆余曲折の結果、相田美咲が俺の家に来る事に、夕方お袋がパートから帰って来るまでは未だ2時間位有る筈、

 

相田には取り敢えずリビングで待っててもらって俺は取り敢えず冷蔵庫から作り置きの麦茶を取り出してきてグラスに注ぐ、

 

いや、実はあの相田美咲がウチに居るとかどんなに平静を装ってみても喉が苦しくて動悸がおかしい、自分の身体じゃ無いみたいに内臓レベルで緊張して、……今にも吐きそう、

 

俺は一体何を期待しているんだ? 何も期待してないに決まってる!

 

 

 

ーーー

「それで、どう言う事なんだ?」

 

お茶を出す手が格好悪く小刻みに震える、

兎に角落ち着け、俺!

 

「あ、はい、」

 

こいつは何でこんなにも冷静でいられるんだ?

男の家に二人きりとか身の危険を感じたりしないのか?

 

「実は昨日、勉強会の事で時任さんに電話をした時に、宗次朗から止められているのでもう私とは会えないと言われてしまいました、」

 

「それは聞いた、」

 

ソファに沈み込んだ相田美咲の膝小僧がスカートの裾からチラリと覗いて、何を聞いても上の空で頭に入ってこない、

 

「それで宗次朗と話しをするから一両日待って欲しいとお願いしました、」

「それが今朝の話だよな、」

 

異世界から持ち込まれた相田美咲の匂いがウチのリビングに充満して行くと言う超常現象を目の当たりにして、俺は既に立ち上がれない状態、

 

「はい、時任さんは私が時任さんとお会いする事を本当に宗次朗が許可すると言うのなら、その証拠として私と時任さんがキスをするかも知れないがそれでも構わないと言う宗次朗の証言をビデオに撮って来る様にと仰いました、」

 

そう言ってスマホを取り出してテーブルの上に置く相田美咲、

 

「ば、馬鹿じゃ無いのか?あいつ、」

「と言うよりも男の方は恋人でも無い人とキスしたいと思うものなのですか?」

 

「そりゃ、お前位の美人なら誰だってそう思うんじゃ無いか?」

「宗次朗もそうですか?」

 

意味深な上目遣いで俺の瞳の奥を覗き込む相田美咲、

 

「……ノーコメント、」

 

バレバレに顔が真っ赤に熱い俺、

涼しげな表情で麦茶のグラスを傾ける相田美咲、

 

「私も、男性が女性に対して性的な好奇心を抱くのがある程度仕方のないと言う事は知っています、そして多くの男性は仮に劣情を抱いたとしても表向きは紳士的に振舞って下さっている事も理解しています、」

 

「まあ、確かにそうだが、」

 

面と向かって赤裸々に言われると、神妙な気分、

 

「でも、時任さんの様にはっきりとキスをする等と言われた事はこれまでに無いので一寸動揺しています、正直に言えば少し怖いです、」

 

「ま、普通そんな事を言ったら変態か犯罪者されて吊し上げられるからな、でもあいつの場合、これまでキスしたいと言えば大抵の女はホイホイついて行っただろうから、そこら辺の常識が欠落してるんじゃ無いのか?」

 

「そうかも知れませんね、」

 

「或いはそう言えばお前がアイツを勉強会に誘うのを諦めると思ったか、つまりアイツは俺に言われる以前からお前と会う事に気乗りじゃ無かった、か、」

 

「私も恐らくその推理の方が正しいと思います、」

「向こうも嫌がっているならもうアイツと無理に関わるのは止めたらどうだ?」

 

「そうはいきません、」

「お前の親父さんの命令だからか?」

 

「はい、うちでは父の命令は絶対です、それに背く様な事があれば一体何事かと理由を問い質される事になるのは間違いありません、」

 

「時任が他の女と付き合っていると説明したら不味いのか?」

「私が心配しているのは、宗次朗の事を父に誤解され無いかと言う事です、」

 

「別に俺とお前は付き合ってる訳じゃ無いんだから誤解も何も無いだろう、」

 

「そこが問題だと思うんです、」

「どういう事?」

 

「正式に付き合ってもいない宗次朗が時任さんに向かって「私を自分のものにする」と言った事が父に伝わると、父が宗次朗の事を警戒するのは必至です、」

 

「確かに、お前の親父さんが俺とお前の交際を認めるとは思えないからな、」

「それよりも問題なのは私が宗次朗を父に未だ紹介出来ていない事です、」

 

「つまり? どういう事?」

「順番が逆だと言う事です、」

 

「逆?」

 

「宗次朗が私と付き合う事を父に報告した後であれば、今回の件はそれ程おかしな事を言っている訳ではなく、大した問題にはならないと思うんです、」

 

「そうなの?」

 

「はい、父は私の男女交際にはあまり厳しく口を挟みません、それはつまり、私が誰と付き合おうと、結婚とは別の事だと切り離しているからです、」

 

「本当にそうか? だったら豊田の件はどうなる? お前の親父さんは豊田がお前と付き合えない様にする為に豊田を島流しにしたんだろう?」

 

「それは多分、私から父に対する説明が足りなかったからだと思います、だから宗次朗に同じ様な迷惑が掛かる事はどんな事をしても避けたいんです、」

 

「俺の事は良いよ、」

 

「そうは行きません、宗次朗が私を大切な友達だと言って下さったのと同じ位、宗次朗は私にとって大切なお友達なんです、」

 

改めて言われると照れるし舞い上がるし素直に嬉しいが、つまり矢張り俺は相田美咲にとって恋愛対象では無いという事が確認された瞬間である、

 

「でも、結婚を前提としない付き合いとか、なんか不純で、お前みたいな上流階級の娘としてはあり得ないんじゃ無いのか?」

 

「姉は父の決めた方と結婚しましたが、学生時代にお付き合いしていた方とは全然関係のない方でした、兄も同じです、」

 

「なんか、複雑だな、」

 

通常の一般常識ならば結婚相手は無垢な方が良いに決まってる、……つまり誰だって中古よりは新品の方が良い、誰かの使い古しとかおさがりとか要するに傷物は特例を除けば価値は下がる筈、未使用の侭の身体の方が一般的には価値は高い、 つまり貞操を守ると言うのはそういう事だ、結婚は元々家と家との経済活動だから少しでも良い費用対効果を得る為には少しでも「売り物」の価値を高めて置こうとするのはごく普通の発想だと思うのだけれど、……どうも相田家の常識には当てはまらないらしい、

 

「だから、宗次朗が私の恋人だと父に紹介してしまえば、時任さんと会えない理由にも筋が通りますし、父が宗次朗を怪しんで私から引き離そうとする様な事も無いと思います、」

 

「そうかな、」

 

「宗次朗は、私が相手では嫌ですか?」

「嫌とは言わないが、」

 

「宗次朗が過去の経験から恋愛を避けている事は知っています、だから本当の恋人みたいなお付き合いをすると言う事では無くて、これまで通りに仲のいい友達同士としてお付き合いしていただければ、それでいいんです、」

 

「ダメですか?」

 

そこまで聞かされたら駄目に決まっている、保護猫ボランティアみたいに里親が決まる迄の間だけ子猫を可愛がるとか、どっかの成金親父に嫁いで行く迄の期間限定で恋人として付き合うとか、俺には辛すぎて耐えられそうも無い、

 

「大体、お前はそれで良いのかよ、表向きは俺と付き合うっていう事になれば他に本当に好きな奴が出来た時に困るんじゃないのか?」

 

「その時の事はその時に考えます、」

 

何だよそれ、

 

「でも、それと、朝言ってたキスの件とはどう繋がるんだ?」

 

「私、時任さんとキスしても構わないと思っています、」

「だからなんで?そうなる?」

 

「時間を稼ぐ為です、宗次朗を父に紹介するには段取りも含めて少々時間が必要です、その間に時任さんとのトラブルが父に伝わる事は避けたいんです、キスをすれば時任さんが夕食会に来てくださると言うのであれば、それ位お安い御用です、何しろキスなんて口と口をくっつけるだけの、動物的な行為なんでしょう?」

 

なんでコイツは、そんな冷静でいられるんだ?

 

「でも私はこれまでにキスをした事がありません、なので宗次朗に手伝ってもらって練習したいんです、それに矢張り最初のキスの相手は、良く知らない人とよりも気心の知れた友達との方が良いです、」

 

なんでコイツは、最初っから全部見限ってるんだ?

 

「なんで一回目と二回目以降で何が違うって言うんだよ、」

「それは、気分の問題ですよ、」

 

俺の事、俺の為ばっかりで、お前は、

 

「お前は馬鹿じゃねえのか、そういう事言ってんじゃねえ!」

「宗次朗、……」

 

思わず怒鳴ってしまってから慌てて後悔する、でも、

歯を食いしばりながら俺は、もうどうにも我慢が出来なくなっていて、

 

「したくもないキスをポンポンポンポンやってんじゃねえ! 時任の事が好きならまだしも、好きでもねえ奴の下らねえ言いなりになってキスなんてする必要ない! そんなの俺が許さない!」

 

「そんなに深刻に考えなくても、」

 

「お前が俺の事を心配してくれてんのは分かるけど、そんな同情で俺と付き合うみたいな事は受け入れられない、」

 

「でも、」

 

「時任には俺が話をつける、それで揉めるんなら上等だ、俺がお前の親父さんにきっちり全部話してやる、」

 

「宗次朗、」

 

どんなにコイツが俺の事を甘く見ていたとしても、これだけは譲れない、

コイツが、自分の事を軽んじる様な事だけは見逃す事はできない、

 

何故ならコイツは俺の、大切な、……

 

 

 

ーーー

「分かりました、貴方の意見に従います、」

「色々と考えてくれてたみたいだけど、無駄にして悪かったな、」

 

「本当です、せっかく準備したのに無駄になってしまいました、」

 

そう言って相田美咲が鞄から取り出す、

 

口臭予防の洗口液と、消毒用うがい薬と、

 

「なんなんだ?これ、」

「橘さんにキスの練習の事を相談したら、持って行きなさいって、」

 

それから、コンドーム???

 

「これも、いざという時の為にと、渡されました、」

 

いやいやいや!……開いた口が塞がらないとはこの事か、

て言うか、こいつは何でこんなにも冷静でいられるんだ?

 

「それとも折角ですからこの機会に練習だけでも、してみますか?」

「な、んの?」

 

相田美咲が、上目遣いで俺の瞳の奥を覗き込む、

 

「キス?」

 

 

 

ーーー

単純な事実として、キスは単なる口と口の接触に過ぎない、セックスなんて一生の内に何十回、中には何百回もする奴だっている、つまりそんな事を恐れる必要なんて何処にも無いと言う事だ、他人に裸を見られたり、胸を触られる事で人間の価値が下がるなら、医者になんて掛かれない事になる、

 

だからと言って相田美咲が他の誰かとそんな事をするのは絶対に想像したくない、

 

そういう行為に罪悪感や嫌悪感や恐怖を覚えると言うのは、一般的には無意識にそういう事をされても良い人間と、されたくない人間を分けているからだ、要するに痴漢に触られれば恐怖でも、自分が好きな相手に触られれば快感になる、……同じ事をされても相手によって受け取り方が異なるという事だ、この場合の「好き」と言うのは突き詰めれば「信頼」である、……究極的には、自分の命を預けられるか、そこまで相手を信用できるかと言う事に他ならない、

 

何故なら元々セックスは生き物にとって不可欠ではあるが、最も危険な行為だからだ、外敵に対して無防備になりパートナーに対して無防備になる、女の場合はその後の妊娠・出産・育児と、更に生存に対するリスクが続く、だからその間自分を守ってくれる保証が必要になる、だから相手が絶対に自分を裏切らないと納得する必要が有る、それが「好き」という事の本質だ、

 

幸いな事に俺と相田が互いに互いを好きだと思っている事は確からしい、でもそれはあくまでも友人としての敬愛であって、生涯を共に過ごす伴侶としての信頼と同じか?と問われたら違う気がする、

 

少なくとも俺の方にはいつ噴火してもおかしくない性欲と独占欲ばっかりしか無くて、そんなんで相田美咲を怖がらせて嫌われて友達ですら居られなくなる様な事だけは何が何でも避けなければならない、

 

「そんなの、駄目に決まってるだろ、」

 

俺は力無くごにょごにょと口籠もり、

 

「流石、宗次朗は真面目でしゅね〜、」

 

相田美咲がニヤニヤと悪戯な微笑みを浮かべる、

 

「残念、折角美咲ちゃんとキスできる絶好のチャンスだったのにね〜、」

 

相田の人差し指には、何時もの小汚い、猫の指人形、……

俺は、鼻血出る3秒前、……

 

「もしかしてテメエ、俺の事、揶揄いやがったな!」

「さあ、どうでしょう?」

 

「上等だ、今ここでやってやる!」

「きゃー、みぃちゃ、助けて下さい! 宗次朗に襲われます!」

 

「自業自得だ!俺がどんだけ必至に我慢してたと思ってんだ!」

「私の方が昨日一晩中モヤモヤして眠れなかったんですからね、おあいこです!」

 

「高校生男子の性欲なめんなよ!」

「女子だって凄いんですからね!」

 

気が付くと取っ組み合いになって、ソファの上に相田を押し倒していて、

 

「駄目、」

 

恥ずかしそうに頬を染めて目をふせる相田美咲の身体はまるで小枝みたいに軽くて華奢で、

 

「歯を磨いてからじゃ無いと、……」

 

 

 

ーーー

それから歯を磨いて冷静さを取り戻して事無きを得る、



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024

終始無言で気不味い雰囲気の東海道線上り電車、俺は相田美咲を自宅最寄り駅まで送る事にして、大船駅でモノレールに乗り換えた頃になって漸く相田がぼそりと話し出す、

 

「先ほどのビデオ、もう一度見せて頂けますか?」

「ああ、」

 

俺は先週の土曜日の時任と澪とか言う女が映ってるビデオを開いて見せる、

 

「コレがどうかしてのか?」

「綺麗な女性ですね、」

 

「まあ、確かに、」

 

綺麗な、と言うよりは一言で言えば派手な? テレビドラマで出てくる水商売の女みたいにも見える、なのに少し違和感がある、それが何なのかは分からないのだが、確かにちょっと変な感じがする、

 

「ここを見てください、 」

「どこ?」

 

「指輪です、」

 

右手の中指に銀のダブルリング、

 

「コレがどうかしたのか?」

 

「指輪を付ける指には、それぞれ意味があるんです、……右手中指は、確か、霊感に通じ邪気を払い、自らの魅力を高める、それと、……」

 

「それと?」

 

なんだか眉を顰めて考え込む相田美咲、

 

「宗次朗はこの人の指の爪を見て、どう思いますか?」

「深爪だな、」

 

漸くここに来て違和感の正体に行き当たる!

 

この女は爪が異様に短いのだ、なんなら爪の先の白い部分はおろか指先から2、3mm位深爪に切り揃えられていて、ちょっと異様?

 

でも、

 

「コレが何か関係あるのか?」

「少し突飛なアイデアなので、一晩考えてから明日学校でお話しします、」

 

丁度そのタイミングで電車は駅に到着、

改札の前にはいつもの様に橘さんが待っていて俺に向かってペコリとお辞儀する、

 

「じゃあ、また明日、学校で、」

「ああ、」

 

相は可愛らしくひらひらと手を振って、

 

「バイバイ、」

 

バイバイ?

 

俺は何だか不意を突かれて呆然と可愛らしい相田美咲を見送った後、

 

「何だよあいつ、」

 

そう言えば橘さんが相田にコンドームなんて持たせたんだよな、あの人一体俺の事を何だと思ってるんだ?

 

「これで、良かったんだよな、」

 

俺と相田美咲は仲の良い友達、

その先へ進む事はあり得ないし最初から求めなければお互いを傷つけなくて済む、

 

俺は、決して手に入れる事の叶わない物を失う事にこんなにも臆病になっていて、

 

今は、この誰にも知られる事の無い自分だけの痛みがこんなにも愛おしい、

 

 

 

 

ーーー

その後、俺は帰り途の茅ヶ崎で途中下車して単独時任の家に向かう事にした、

 

相田を脅す様な物言いは止める様に説得して、それでもごねる様なら相田の親父さんに全部打ち明けるつもりだった、未だ切り札はこっちにある、

 

うろ覚えな道順で20分掛けて見覚えのある黒い家に辿り着く、

 

インターフォンを押してみても反応が無い、二階の小さな明かり取りの小窓からは電灯の光が漏れているから誰かは居そうなものだが反応が無い、

 

めげずに何度かボタンを押す内に、ぼろっとインターフォンのボタンが機械の内側にめり込んでしまった、

 

「やべっ、」

 

流石にこのまま放置して帰る訳にもいかず、俺は恐る恐る門を潜って一階のガレージへ、ガレージのシャッターは半開になっていて、小さなライトで薄暗く照らされた中には一台の大きな黒い外車が停めてあった、

 

「すみません、時任さん!」

 

さん付けして呼んでから、そう言えばあいつ一人暮らしだっけ?と思い出す、

 

でもだとしたらこのベンツは誰のもの?

 

俺は恐る恐る奥の階段を登って、二階の部屋に通じるドアの前へ、

 

「時任! 居ないのか?」

 

耳を澄ませば、中から微かに聞こえる女の声?

 

「お願い、もうヤメテ、……駄目!……もう、死んじゃ、ぅ!」

 

まるで喉を締められる様な呻き声?

 

俺は、反射的にドアのノブを回していた、

 

「時任!」

 

ドアには鍵が掛かっておらず、中には、床に脱ぎ捨てられた女物の洋服と、下着?

 

それと、……

 

次の瞬間、目の前が真っ暗になって何も分からなくなった、……

 

 

 

ーーー

気が付くと、何処だ?

暗い、真っ暗で何も見えない、そしてゴツゴツした地面の感触、

 

手は、俺は両手の親指を後ろ手に縛られていて、足首もきつく縛られていて、まともに身動きが取れない、ツルツル滑る感触から言って、地べたに敷かれたシートの上に転がされている状態、口には猿轡、どうやら袋で頭をすっぽりと覆われているらしい、

 

何が起こったんだ? まさか時任の家に暴漢が押し入って、その巻き添えにあったとか? 時任は? あいつは無事なのか?

 

「ううっ! うぉっ!……」

 

声にならない叫び声に反応するかの様に、誰かが俺を支えて地べたに座らせて、後ろからガッチリと凄い力で抑え込む、

 

そうして、別の誰かが俺の頭に被せた袋を剥ぎ取った、

 

視界が開けて尚、依然闇の中、新鮮な空気が肺に染み込んできて、少しづつ意識がハッキリしてきて状況に慣れてくる此処は、……夜の森の中? 一体何処なんだ?

 

そして辺りには数人の人影、暗くて良く見えないが、とても友好的な歓迎とは思えない雰囲気、

 

いや、正直何が起こっているのか分からない、

 

その内、一人が近づいてきて、何だか危なそうな注射器を俺の首筋に当てる、

 

「うごくな、」

 

片言の日本語? 明らかに外国人のイントネーション、

 

やがてもう一人が近づいてくる、

 

「やあ、全く恐れ入ったよ、」

 

それは見知った顔の、……

 

時任真斗?

 

「うぉおうぅおっ!」

「猿轡を外してあげて、」

 

時任の指示で男の一人が猿轡を外す、

溢れるままになっていた涎が気持ち悪い、

 

「君の名前は?」

「何なんだ! これは!」

 

「君の名前は?」

 

チクリと、男が俺の首筋に明らかに針を突き刺した、

 

「京本、宗次朗、」

「OK、宗次朗、今夜君が僕を訪ねた目的は何だ?」

 

この注射器に一体何が入っているのか分からんが、

どうやら、逆らえばろくな事にはならないらしい、

 

「お前が相田に言った、件で、話をする為に行った、」

「何の件の事かな?」

 

「お前が、もう相田とは会えないと言った件、」

「ああ、あの事か、」

 

「それで、どうして断りもなく家に入った?」

「呼び鈴を押したら、壊れちまったから、その事を伝えに、」

 

「成る程、不幸な事故だった訳だ、」

 

「それで、何を見た?」

「お前が、……女だった事、」

 

そうだ、確かに気を失う瞬間、俺は全裸で女と抱き合う時任真斗を見た、確かに、時任真斗は女の身体をしていた、

 

「そうか、見ちゃったか、」

「まさか!お前の秘密を知ったから、俺を、殺すのか?」

 

「それは君次第だ、僕だって入学して早々にクラスメイトが行方不明になるのは気分が悪い、こんな事をしたくはないが、責任感の強い彼らを説得するのはそれなりに骨が折れるんだ、」

 

「一体、どう言う事だ?」

 

「彼らは僕を守る為のボディガードだ、そして君の事を僕を暗殺しに来た殺し屋だと思っている、このままでは黒幕の正体を吐かせる為に拷問を始めかねない、」

 

「違う!俺は只の高校生だ、殺し屋とか、あり得ない!」

「どうすればそれを証明出来るかな、」

 

「どうすれば良い?」

「無理だろうな、」

 

「ぎゃあああ!」

 

どこか、近くの闇の中から男の叫び声がする、

 

「うぉぅっ! ……ぐがぁあぁ! ひっ、いぎぃい……ぎゃあああぁ!」

 

絶対、何か痛い事をされている、

 

「今回の件は不幸な事故なんだ、わざと君を罠に嵌めた訳じゃ無い、入り口で番をしていた筈の彼が、所用で持ち場を離れたのが原因だ、と言う訳で彼にはきついお仕置きをしたから、もうこれに懲りて二度と過ちは犯さないだろう、」

 

同じ様な事を、俺もされるのか? 一体何をされるんだ?

そう考えるともう何も考えられなくなって、

 

自分の意思とは無関係にガタガタと全身が痙攣するみたいに震え出す、

 

「そこで僕から提案がある、」

 

時任は俺と視線の高さを合わせる様に俺の前にしゃがみ込んで来て、その冷たい手で俺の頬に触れた、

 

「僕と契約して僕のサーバントにならないか?」

「サーバント?」

 

喉がひっくり返って声が裏返ってる、

 

「使用人、召使いの事だ、勿論それなりの給料は払う、」

 

時任真斗の召使いだと? こんな滅茶苦茶な事をする人間に仕えるだと?

 

「断ったら?」

「この状況はもう、僕にも抑えられなくなる、」

 

「召使いって、何をさせるつもりなんだ?」

 

まさか、単なる不良のパシリって事じゃ済まない事は分かってる、どうせロクな事じゃ無いに決まってる、

 

「簡単な仕事だよ、僕が無事に学園生活を過ごせるようにサポートして欲しいってだけだ、実際、男のふりをして学校に通い続けるには何かと無理があるんだ、クラスメイトに協力者が居れば何かと助かる、」

 

それだけ?

それにしたってこれから先俺はこいつには逆らえなくなる、そんなのは嫌に決まってる、でも、

 

「分かった、他に選択肢は無いって事だろう、」

「聞き分けが良くて助かる、」

 

時任がどこかの知らない国の言葉で指示をして、黒服の男が俺の首筋から注射器の針を抜き取り、指を縛り付けていた結束バンドを切り取った、

 

「一体お前が何を企んでるのか知らないけど、犯罪には手を貸せないからな、」

「正義感だな、命が惜しく無いのかい?」

 

未だこいつがテロリストじゃないって言う証拠は何処にもない、

 

「心配しなくても法に触れる様な事はしないつもりだよ、可能な限りね、僕は自由奔放な学園生活を満喫したいだけだ、」

 

「相田は、相田の親父はこの事を知ってるのか?」

「この事を知っているのはここに居る人間だけだよ、相田さんは僕を時任家の次男である事を疑っていない、」

 

「一体お前は何者なんだ?」

「君も命知らずだな、」

 

薄暗闇の中にぞっとする様な時任の綺麗な微笑みが浮かび上がる、

 

「僕は中東の弱小国の第六王女だ、時任は僕の母方の姓なんだ、僕の母は時任家のビジネスの為に僕の国に来て、国の発展に尽くした功績を認められて側室に選ばれた、僕の国はささやかなだけれど貴金属が採れるんだ、時任家の狙いは貴金属の優先取引だった訳、要するに政略結婚と言う奴だ、それで僕が生まれたのが14年前、母と同じ様に僕も王家の安定の為に2年後の誕生日に別の国の王子と結婚する事が決まっている、それ迄の二年間、羽目を外して自由に暮らして良いと言うお許しをもらって日本に来た、……って事にしておいてくれて良いよ、」

 

俺は差し出された読めない言語の書類にめくらサインさせられて、……漸く全部の拘束を解かれて立ち上がり、立ち上がろうとしてふらついてその場に腰を抜かしてへたり込んでしまった、

 

「そんなに心配しなくても良い、サーバント契約とか言っても君に酷い事をさせない為の表向きの物だ、主人だ召使いだとか言うつもりは毛頭無いから、今まで通り友人の振りをしててくれれば良いよ、」

 

時任は手を差し伸べて、俺を立たせてくれる、

握った華奢な手は、確かに女のそれだった、

 

「真理弥、」

「え?」

 

「僕の本当の名前だよ、二人きりの時はそう呼んでくれると良い、」

「お前、男の振りをしてるのは素性を隠す為なのか?」

 

「女の一人暮らしは物騒だからね、それもあるけど、僕は女の子が好きなんだ、特に日本人の女の子は良い! 先ず何と言っても性格が良い、貞節だし従順だし優しいし、直ぐに拗ねる所なんかもすごく可愛い! それにあのすべすべの肌! 肌の白いは七難隠す、とは日本の諺だが正しく言い得て妙とはこの事だと思わないか?……」

 

この後一時間位語られた、

 

 

 

ーーー

次の日学校で、

 

朝、教室に向かう途中で木崎に呼び止められる、

 

「京もっち、どったの?朝からお疲れじゃん、」

「俺にも色々有んだよ、」

 

昨日の夜は半徹で時任に振り回されてて殆ど寝てない、

 

「ゆうべはお楽しみでしたか、」

「そんなんじゃねえって、」

 

アカラサマ不機嫌な俺、

 

「言っとくけど相田と時任をくっつける話は協力できないぞ、」

 

あんな危険な奴を相田に近づけるなんてとんでもない!

 

「うーん、それはもういいかな、」

 

チラリと木崎が覗き見る視線の先には、

廊下の曲がり角に隠れながら、こっちの様子をじーっと伺う、相田美咲、

 

「何やってんだあいつ、」

「彼女結構可愛いとこあるよね、って、最近分かってきた、」

 

クラスの人気者、木崎朋恵が俺の背中を押す、

 

「ほら、待ってるよ、早く行ってあげな、」

 

 

 

ーーー

そして、連れていかれた写真部部室、

 

「どうした?」

「木崎さんとのお話はもう良いんですか?」

 

「ああ、別に大した話じゃ無い、」

「そうですか、」

 

何だか口元が緩む相田美咲、

 

「昨日、寝ないで考えたんです、」

「何を?」

 

「時任さんの彼女の指輪についてです、」

「ああ、その事、」

 

「時任さんは、もしかしたら女の子かも知れません、」

「な、」

 

「そんな訳あるか、」

「だって、時任さんには喉仏が無いんですよ、前から気になってたんです、」

 

「そんなもん、個人差だろう、」

「それにこれまで時任さんが男子トイレに入ってる所を見た人がいないんです、」

 

全く、何処からどうすりゃそんな考察が出てくるんだよ、

 

「お前には悪いが、昨日の晩、お前と別れた後、俺は時任と一緒だったんだ、……それで一緒に連れションしたんだから間違いない、あいつは男だよ、」

 

「時任さんと連れション、って、どう言うシチュエーションですか?」

「何想像してんだ?このスケベ女、」

 

途端に真っ赤になって怒り出す相田美咲、

 

「違いますー、宗次朗の方がスケベですー、昨日ボッキしてたくせに!」

「してねえよ! 大体、何でお前なんかに欲情しなきゃなんないんだよ!」

 

「あれ、昨日美咲にキスしたいって言ったのは誰でしたっけ?」

「言ってねえ! 」

 

「言いました、」

「言ってねえ!」

 

平和だ、……

 

まあ、そんな感じで俺達は少しずつ友達になって行ったんだと思う、




第二章、完、

ストック切れで一寸お休みします、
第三章開始まで暫しお待ちくださいませ、
灯火


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