この世界のチビとハゲは強い。だがチャオズだ (カモミール・レッセン)
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第一話:はじまり
目を開けながら目を覚ますような、不可思議な感覚。それが最初だった。
気がつけば、見知らぬ場所に、覚えもなく立っていた。
身を包む強烈な違和感に、俺は今立つ地面が身体をくっつけたまま逆さまになるような感覚を覚える。
あれ? 俺、何してた?
最初に考えたのは『今』までの自分が何をしていたかということ。
今、俺は立っている。それは分かる。が、その直前がわからない。
最後の記憶は──そう、確か清潔感あふれる白い部屋に寝ていたはずだ。
それが俺の中にある最新の風景。最新の状態だった。
だが今はその何方も最後の記憶とは違っていた。茶色を基調とした、木の息遣いあふれる壁に床。そしてしっかりと大地を掴む両の足。
足は力強く張られて身体を支えているのに、大地が崩れ去っていくかのような、自分の存在への不安を感じていた。
「ここ、どこだ……?」
ようやく絞り出したのは、間抜けな息遣いに塗れたシンプルな疑問だった。
少なくともここは『直前』まで自分がいた部屋ではない。パッと見の印象だと、ここはどこかの道場という風情だった。気が付いたら俺に全く縁のない場所に立っていた、というのは余計に記憶を混乱させる。
だが、すぐに気が付いた。ここがどこか、という疑問など、違和感としては些細なことに。
(なんか身長……低くね!?)
確かに俺は立っている──なのに、視線の高さが異様に低い。
まるで幼児の様だ。夢うつつの感覚を、俺は心中でそう表現する。
──しかし、自分という存在を確認するように手を広げて見てみれば、そこにあるのは白磁の器の様に白く、小さな──幼児の手だった。
「!? ……? ……!?」
声にならない声が漏れる。確かに俺は不健康だったが、ここまで白くはなかった肌、そして細くはあったが小さくはなかった手に、驚愕した。
一体、俺の身体に何が起こっている? 先程から続く不可思議の連続に、俺の頭はもうパンク寸前だった。
しかし──ここで、一つの答え合わせが現れる。
「おい、どうした? 今日の修行はもう終わりだぞ」
渋みのある、けれどエネルギッシュな若さを感じさせる、青年の声が背中から響く。
反射的に振り返った俺は、後ろに居た声の主の姿に驚愕し、そして硬直した。
そこに居たのは、恵まれた体格を絞られた筋肉で包む──三つ目の、青年。
率直にいえば、一瞬だけ『化物』と叫びそうになった俺だが──そうはならなかった。
それはなぜか。俺はこの青年を知っていたからだ。
(て、天津飯だ……! 間違いない……!)
天津飯。当然料理の名前ではない。それが彼の名前なのだ。
三つ目、ハゲ、そして自然な筋肉。その姿は、国民的と言っても過言ではない漫画『ドラゴンボール』に登場するキャラクターそのものであった。
ドラゴンボールはいわゆる『インフレ』の激しい漫画ではあるが、それでも序盤はあの孫悟空に試合で勝った事もあるほどの猛者だ。
始めは敵として出てきたが、一度戦ってからは共通の敵を前にして仲間として行動し、代名詞とも言える『気功砲』であのセルの足止めまでした名脇役である。
その彼が目の前にいるという事は──
(ウソだろ! マジか! ってことはここは、ドラゴンボールの世界!?)
この見知らぬ場所にも、見慣れぬ身体にも説明が付いてくる。そう、ここを『ドラゴンボール』の物語の中だと仮定するのならば──今までいた地球とは別の場所だと仮定するのならば、ここはどこ、私は誰、という状況も不自然ではない。
ドラゴンボール──先に国民的と表現した通り、この漫画の知名度は非常に高い。今なお多くのファンを魅了し続ける、マンガ史指折りの名作だ。かくいう俺もこの漫画に熱狂した読者の一人、大ファンであると自負している。各キャラの戦闘力をソラで言える、という知識こそないものの、登場人物の誇り高さや生き方には何度も深く感動したものである。
ともかく、ドラゴンボールはかつて日本中の少年を熱狂させ、世界までもその名を轟かす名作だ。
少年時代に『かめはめ波』を出そうと頑張った少年は多い──俺は今、そんな誰もが憧れた世界の中にいるかも知れないのだ。眼の前に現れた天津飯という現実性が、俺の心に少年を蘇らせた。
だってそうだろう。悟空やベジータなど、憧れのキャラクターと肩を並べて戦うことが出来るかもしれないのだ。
ドラゴンボールの世界は、最終的には生まれ持った才能が重要だが、修行という努力もちゃんと結ばれる世界だ。
俺だってこの世界で努力を重ねれば、悟空やベジータなど、憧れのヒーローたちの隣に立てる可能性があるかもしれない。
インフレが激しいこの世界で、最後まで最前線で戦っていくことは難しいかもしれないが、ドラゴンボールにはナンバーワンでなくとも鮮烈な輝きを放つキャラクターは多い。それこそ、眼の前の天津飯がいい例だ。
『気功砲』でセルを足止めしたり、魔人ブウを吹き飛ばしたりと、戦力では劣っても渋い活躍をするキャラクターというのはいるものだ
──『直前』の自分を、ふと思い出す。俺は、今日ここに至るまで、ひたすら無味無臭の人生を送ってきた。しかし現実の地球では何も残すことはできなかった俺でも、この世界でたゆまぬ努力を続けるならば、生きた『意味』とやらを残すことが出来るのかもしれない。
それは、俺にとって途方もなく素晴らしいことの様に思えた。
何の因果かはわからないが、折角ドラゴンボールの世界にやってきたのだ。困難は幾つもあるだろうし、時には避けられない死だって経験するかもしれない。それでも、努力は実を結ぶし、やり直せるのがこの世界の素晴らしいところだ。
少年の時以来忘れていた熱い何かが、胸の内で燃え盛るのがわかった。
それはかつて、ドラゴンボールの続きを待っていた少年たちの様に──何が待つのかわからない世界に向けて、歩み出すことへの喜び。
「なあ、本当にどうしたんだ。具合が悪いのなら鶴仙人様にお伝えしておいたほうが……」
だがその最初の一歩を踏み出そうとして、ちょっと冷静になった。
……あれ? 待てよ。眼の前の青年が天津飯なら、俺はダレだ?
心臓が毒々しい音を立てて跳ね始める。
小さな手、そして『天津飯』と『鶴仙人』。
ぶっちゃけ、答えは喉元まで出かかっていた。そう、俺は考えないようにしていたのかもしれない。その可能性に、気づかないようにしていたのかもしれない。
油を差し忘れたガラクタの様に、首がギギギと回る。ここが道場なら、鏡があるはずで──すぐに、目当てのものは見つかった。
もう一人の自分を写す窓から俺を見つめ返していたのは、真っ白な肌と小柄な体格、そして空虚な瞳を持つキョンシーの様な少年。
当然というべきか、天津飯とセットでよくいるその少年に、俺は見覚えがあった。
その名はチャオズ。原作中死亡回数はクリリンと同じ三回でトップタイ、原作中、主人公である悟空に対して言葉を発したことさえなく──更に、原作中一回も勝利を収めていないなど、下手をすればヤムチャよりもよっぽど扱いの悪い、原作屈指の不遇キャラクターである。
先程、この世界は努力が報われる世界だと言った。
ここでもそれは眼の前の天津飯がいい例となる。彼は戦闘力200強とされるピッコロ大魔王にボロ負けしたが、その後十年もしない内に戦闘力が1800を超えるようになる。
チャオズだって、戦いにさえ成らなかったピッコロ大魔王の戦闘力は超える。超えるのだが、他の仲間たちと比べ、その戦闘力は異様なまでに控えめだ。天津飯の戦闘力が1800ほどの時、チャオズはその三分の一の600ほどしかない。
いくら天津飯が地球人の中で最強の戦力とはいえ、逆にチャオズの戦闘力は地球人Z戦士の中で最弱なのだ。
そう、原作でのチャオズは──弱いのだ。他の仲間と比べ、圧倒的に。
俺は基本的に、この世界は『どこまで強くなった』よりも『どれだけ早く強くなった』かによると思っている。それこそ、初登場時は絶望的なまでに強かったピッコロ大魔王でさえ、ベジータ編にはもうまるでお話にならないのだ。その頃にはチャオズだって、ピッコロ大魔王の二倍ほどの戦闘力は手に入れている。
だが俺の知る限り彼の、チャオズの戦闘力の『
ベジータ編ではサイバイマンにも敵わない生半可な戦闘力の持ち主『チャオズ』となった『俺』は崩れ落ちた。
「おい? ……おい! チャオズ、餃子──っ!!!!」
このままでは悟空やベジータに並び立つなど夢のまた夢。まずは生き残ることさえ難しい。
チャオズ……いや、今はもう俺か。俺の名前を呼ぶ天津飯の声が、いやに遠い。
果たして俺はこの世界で生きていくことが出来るのだろうか? 早速立ち込めた暗雲に、俺は乾いた笑いを漏らすのだった。
現在の戦闘力
チャオズ:20
天津飯:60
チャオズ現在9歳。原作初登場の6年前。
始めたばかりの鶴仙流の修行、基礎的なトレーニングにより一般人を凌ぐ身体能力は持っている。
なお天津飯はカードダスの情報などから、何もしなければ概ねチャオズの三倍程度の戦闘力と判断した為この数値に。
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第二話:体力と技術
人間、がむしゃらになっていると時間がすぎるのは早いものだ。
この世界に来てから全く変わらない──ごく僅かに身長はのびた──自分の姿形に、本当にチャオズは人間なのだろうかと疑問を感じつつ、額に汗した俺は空を見上げた。
ああ、今日もカリン塔は高く聳え立っている。そろそろその頂上に手が届くかな、と考えつつ、地面で尻餅をついている筋骨隆々の男性へと手を差し伸ばす。
「手合わせありがとうございました」
「ああ。……驚いた、もうわたしでは勝てない」
男性の名は、ボラ。この聖地カリンを守護する番人たる戦士である。
……『俺』がチャオズとなってから、一年の月日が経過した。ドラゴンボールの世界にチャオズとして転生(憑依?)した俺は鶴仙人の下を離れ、カリンさまに会うことを目的として一人で行動を開始している。
肉体労働を中心にアルバイトをして旅費を稼ぎながらカリン塔を目指したのが一年前。ここに辿り着いたのは、半年ほど前だろうか。俺はここでボラと手合わせをしながら、カリン塔へ挑戦する日を待っている。
始めは警戒されたものの、武術家として真摯な姿勢で接してわかり会えた今、ボラは良い修行のパートナーだ。
始めは勝てなかったが、今では十回やれば十回勝つことが出来るだろう。その成長度は流石というほかない。チャオズもまた、腐ってもZ戦士というわけだ。
「わたしはダメだったが、お前ならもう塔の頂上、たどり着くことが出来るかもしれない。近いうち、挑むのだろう?」
「そのつもりです。体力の方は、自信がついてきましたから」
その急激な成長は、かつてカリン塔に挑んだがダメだったというボラに、可能性を期待させるほどのものだったようだ。
ここでも一つ努力が報われて、俺は表情を綻ばせた。
走り込み、筋トレ、そしてボラとの組み手。現在九歳ほどの小さな肉体には過ぎたオーバーワーク──しかし、この小さな身体はその全てを血肉とするように詰め込み、日々躍進を遂げていた。
ドラゴンボールの世界において『負荷』というのはかなりの確率で成果に直結する、強くなるための近道だ。界王星をはじめとした重力修行がその最たる例だろう。
努力さえすれば、と頭につくが、この世界では専門的な知識がなくても身体を強くするのはさして難しいことではないのである。
ともあれ、日々自分の体が強靭になっていくのが感じて取れるというのは、とてつもないやりがいを感じる。修行は辛いが、日々強くなっていく実感を得るのは楽しくて仕方がない。
しかし──失礼だが噛ませにもなれないと思っていたチャオズもまた、大天才だったというわけだ。俺は、この世界に来たばかりの頃を思い出し、チャオズに申し訳ない気持ちになる。
聖地の番人としての使命があるボラは筋トレこそほどほどだが、俺と組手をしているため僅かながら強くはなっている。にもかかわらず俺の方が強いというのは、チャオズの身体の成長率が関係しているのだろう。
それでも、鶴仙流の修行をロクに受けず投げ出してきた俺は、武術に関しては素人である。
ボラとの組み手は最低限の戦闘勘こそ養えるものの、武術を学ぶことはできない。腕っぷしだけは強いが、それではそこらの喧嘩自慢とさほど代わりない、というのが俺の現状である。
重力トレーニングも、精神と時の部屋も使えない今、これ以上強くなるにはやはり技術が必要だ。
「そのためにも──」
やっぱり、この天まで続く塔を登らなければならないのだろうなあ。
現実の地球でいえば、エベレストを登るほうがよほど簡単だろう。なにせ成層圏まで続くような高さを垂直に登るのだ。正気の沙汰ではない。
だが、それに手が届きうるようになっているのも、今の俺なのだ。
舞空術も使えない今、高くから落ちれば命はないだろう。だからこそ、肉体を研ぎ澄まして機会を待った。
いくら腕っぷしが強くなったと言っても、今の俺には桃白白に破れた直後の悟空ほどの力はないだろう。
その分、コンディションを整えていく。天候、そして体力。もはや、ボラと戦っても消耗は殆ど無い。
挑戦の時が、そこまで来ていた。
現在の戦闘力
チャオズ:100
ボラ:80
日々の肉体的重労働、ボラとの組手により。
武術の知識がない分、同程度の戦闘力を持つ原作キャラクターよりは弱い。
チャオズとの組手により、ボラもこの時点で原作よりやや強くなっている。
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第三話:高く遠い場所へ
「じゃあ、行ってくる」
「き、気をつけて……!」
「お前ならできる。応援している」
ボラ親子の声援を受けて、俺はカリン塔への挑戦を開始した。
みるみるうちに離れていく大地、驚嘆の声が聞こえたのはほんの数秒の事、数分後には地上の人が見えなくなるほどの高さまで登っていた。
──なんて、順調なスタートを切ったのは何時頃のことだろうか。
思い起こされた風景は一瞬だけ見た夢の世界。
落ちた太陽が再び登り始めたことに気が付いて、俺は力なく笑う。
カリン塔に挑戦して、二十時間が経とうとしていた。もはや額に浮かぶ汗を拭う余力もなく、登る。ただ登る。
干しぶどうやチョコレートなどの即効の栄養食を食べながらも、体力はもはや限界という所まで来ている。
……これを、桃白白と戦った直後に踏破した悟空はやはり凄い。
どこか他人事の様な思考に、自嘲的な笑みが漏れてくる。
もう暫く、上を見ることもしていない。それらは完全に現実逃避だった。
……やっぱり、俺ではダメだったのだろうか。
ネガティブな思考が霧のようにまとわりついて離れない。
これは恐らく、薄い空気のせいもある。典型的な、高さによるダメージ──高山病の現れだ。
加えてもはや戻る体力も無いという、死という現実が、苦悩の無限回廊を生み出していた。
けど、それで良い訳がない。
そもそも、これは俺だけの身体じゃない。
チャオズの身体を使っておいて弱音を吐くのは、なぜだかとてつもない卑怯者である気がした。
ヤムチャだってチャオズだって、馬鹿にされるが彼らもまた強くあらんとして実際にそこらの一般人なんか及びもつかないほど強く在った、武闘家だ。
そんなチャオズを俺の自惚れ一つで失わせるというのは、自分自身が格好悪くてやっていられなかった。
前へと、上へと進むんだ。
この世界に来てから、何回唱えたかわからない言葉を心中で刻みつける。
一瞬でも悟空たちと肩を並べようとしたのだから、こんなところで諦めていては恥ずかしい。
上昇志向を表すように、上を見る。
するとそこには──
「あ……あった……! あった……!」
待ち望んだゴールが、カリン塔の頂上が見えた。
もうとっくにマイナスまで突き抜けていたと思っていた体力が、気力が湧いてくる。
あの時の悟空もそんな感じだったのかなと思いながら、俺は塔を登る手足を早め、そして辿り着いたゴールに転がり込んで、倒れた。
大したもんじゃのう、チビのくせに。だいぶギリギリだったようだがな。
仰向けの身体に、どこからともなく声がかけられる。
その声が待ち望んだものであると理解するのに、きっと一秒もかからなかった。
俺は、やったんだ。カリン塔はやがて一飛に追い越されていく、神様の神殿への通り道になる。だが、それでも今は悟空でさえ登り切ることができない、はるかな高みだ。
そこにチャオズが、ずっと早く到達してみせた。
凄まじい達成感に身を包まれながら、俺は意識を失った。
◆
「なるほど。心が読めんのはそういうわけか」
カリン塔に到着して一休みした俺は、カリンさまに今までのことのあらましを説明していた。
どうにも、カリンさまが言うには俺の心の大部分は読むことができないという。特に、未来に関わる事は殆ど読み取れないようだった。
仙猫としての力でカリンさまが読み取ることができたのは、俺の人となり。憧れるヒーローと肩を並べるためにただただ強くならんとする、その上昇志向だけだった。
「よろしければ、未来の事もお話ししますが」
「いや、よい。心が読めんと言うことは、恐らく読まんほうがいいのじゃろう。先がわかっては退屈もするだろうしな」
一方で──カリンさまはそれほど、その『読めない』部分については知ろうと思っていないようだった。
あるいはその感じ方も『読まないほうが良い』と判断したなにか大いなる意思の力なのかとも思ったが、現状でいるかどうかわからないものを考えても意味はないだろう。
それよりも、だ。
「超聖水の事も知っておるようだし、おまえはわしに修行をつけてもらいたいということでよいのか」
「はい。お願いします」
大切なのは、これでようやく本格的に強くなるための修行が始められる、ということだった。
今いる場所の中央に飾られた超聖水は、超神水とは違いただの水だ。超聖水は、それを手にしようとするのを邪魔するカリンさまから水を奪う力をつけさせるためだけのモノなのである。
それがわかっている俺には、超聖水はもとより必要のないものだ。ならば直接カリンさまから手ほどきを受けたほうが早い。
「苦しい修行になるぞ。それもわかっておるようじゃがな」
「……はい!」
カリンさまもたった一人、地上から遠く離れたこの場所で退屈をしているのだろうか。
超聖水ではない『弟子入り』を希望してやってきた俺を見て、柔和な曲線を描く眼が鋭く笑みを作る。
こうして、俺の修行が始まった。
カリンさまほどの方を師匠につけられたのだ、中途半端は許されないな。
……未来、実力をつけることができたら背中に『猫』の文字を背負うのも良いかもしれない。カリンさまはそれを許してくれるだろうか。
武者震いをごまかす様に、俺は笑みを作ってみせた。
現在の戦闘力
チャオズ:110
カリンさま:190
カリン塔踏破により肉体面が強化された。
カリンさまの戦闘力はジャンプの付録データより。
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第四話:仙猫の弟子
カリン塔にやってきてから二年──『僕』は、師匠であるカリン様と向かい合って立っていた。
風の音のみが響く中、お互いに隙を窺い合う。何も知らぬものが見れば、小柄な二人が向かい合うのを微笑ましく思ったりもするだろうか。
だが今この場には現在の地球において比類なき気がぶつかり合っていた。
にらみ合いの中、ひときわ大きな風が吹いて──先に動いたのは、僕の方だった。
一歩。極小のモーションで地を蹴り、肉薄する。勢いを乗せて繰り出すのは、直線の拳。何よりも見切りやすい軌道だが、何よりも疾い。一流のボクサーでさえが受けることを前提に考える最速の拳、ジャブをより洗練させた技法で放たれる拳が、仙猫へと向かう。
が、時には閃光とさえ評されるそれよりも早く、カリンさまの身が傾けられる。
カスることもなくかわされた拳に、猫の手が這った。
腕を取られた──と思考するよりも早く、カリンさまに取られた腕を起点として身体が浮き上がる。
投げられたのだ。塔の外へと放り投げられる──が、僕は即座に舞空術を使って塔へと舞い戻った。
互いに静かに構え直すと──今度は、互いが同時に跳ねる。
放たれる拳を横から叩き、そらす。突き出すような蹴りを受けつつも、勢いを殺す。
円形の舞台を跳ね回りながら、密度の高い攻防が行われていた。気で感じ取る技術を知らぬ者には、二人の姿は見えずただあちこちで衝撃が爆ぜている様に見えるだろう。
そんな攻防を続けるうち、カリンさまの口が一つ呼吸を作り出す。
疲れだ。僕はそこに勝機を見出して、低い姿勢で滑るように接近する。
反射的に繰り出された拳。糸を巻き取るような動きで回転しつつ、カリンさまの側面を取った。
がら空きの腹部に掌底を──叩き込む寸前で、僕は力を抜く。
「……参った。見事、恐ろしいまでの才能じゃ」
「ありがとうございました!」
決着だ。互いの力量を把握しているがゆえに、トドメの一撃はいらない。
僕は二年で、初めてカリンさまから一本を取ったのだった。
「まだまだ動きが粗い部分もあるが、よくぞここまでになった。今のお前なら、超聖水を取るだけならたやすいじゃろう。一本飲んでおくか?」
愉快そうに笑いながら、カリンさまは僕の背をぽんぽんと叩く。
「いや、喉は乾いていないので遠慮しておきます。ですが、ええ。本当に、自分でも成長を実感しています。ここまでなれたのも、カリンさまのお陰です」
実際のところ、今の僕ではまだカリンさまにわずかに及ばないだろう。
幾百もの組手の中でようやくの一本だ。実力で言えば今の僕は高く見積もってもカリンさまの八割程度のものだと思う。
此方の思考が読めるカリンさまを相手にするには、八割という数字も頼りないものだ。
だが、それほど肉薄した実力を持っているからこそ、カリンさまが言う通り超聖水のつぼを取るだけなら──杖に引っ掛けた不安定なつぼを片手で持ちながら戦うというハンデを背負ったカリンさまからつぼを落とすくらいなら、今の僕でもたやすい。
カリン塔の頂上に辿り着いてから二年、僕は今桃白白を超える実力を手に入れたのだ。
悟空が三日でやってのけることに二年というのはなんとも気の遠くなる話だが、ほぼゼロからのスタートを考えれば上出来だろう。
「まさかこれほどの若さでここまでになるやつがいるとはのう……しかも、世にはまだまだそれを超える才がごまんといるときておる! わしの見る世界も狭かったということじゃな」
「いえそんな……でも自分自身、世界の広さというのは実感しております。力を伸ばすほど、広がる世界に困惑するばかりです」
だが、世界はまだまだ広い。
現在の地球には、僕やカリンさまを超える戦闘力は少ない──が、未来に眼を向けるだけで、もっとすごいやつはいくらでも出てくる。
宇宙まで眼を広げればなおさらだ。この時点でさえ、僕という存在は吹けば飛ぶようなものなのだ。
しかしだからこそ、自分の可能性にワクワクせざるを得ない。
今でさえ、強くなったのを実感するのだ。未来、それを超える強さを手に入れる可能性があるというのは、宝の地図を広げるような感覚だった。
小さく、白い拳をぐっと握りしめる。
……相変わらず僕の見た目は殆ど変わっていなかったが、逆にそれが身体の内に多くのものを取り込み、自分自身という存在の密度が高まった気がしていた。
そんな僕を、カリンさまは満足気に見ている。
僕がその視線に気がつくと、カリンさまは「にゃっはっは」と笑った。
「ふむ……」
「いかがなさいましたか、カリンさま」
考え込む素振りを見せて、カリンさまは僕と正面から向き合う。
そして──
「ここらで一旦外界を見回って見聞を広めてはみんか」
そう、勧めた。
「それは──」
「うむ。実のところ、わしに教えられる事はもうない。あとは、おまえ自身が自らを磨いていくほかないじゃろう」
つまり、事実上の『卒業認定』である。
師の下を離れた弟子が自らの目で見聞を広める、というのはお約束だ。僕にも、その時が来ているというのだ。
「ここ、空気が薄いカリン塔での鍛錬は外界よりも効能が高い。じゃが、それ以上に外界で見るものから得るものも多いはずじゃ。お前ならば、身につけた力も正しく使えることじゃろうしのう。これより仙人を名乗り、迷えるものを救うと良い。今のお前には、それだけの名に値する心身が身につけられておる」
実際にはなんでもない──外界に戻るというだけのことが、とてつもなく尊く感じられるのは、ひとえに尊敬する師から認められたという事実があるからだ。
感動し、涙を浮かべる僕に、カリンさまは杖をかざす。すると──
「これは──」
僕の身体を包む衣服が、純白の道士風の道衣に変化していた。
背と腹には『猫』の文字。……そうだ、カリンさまは、心が読めるのだった。
「背には『猫』の文字を入れてある。いつか、おまえがそこに自分自身の文字を刻むと良い」
「……! 決して、この一文字に恥じない生き方をすると誓います」
「うむ。精進せいよ!」
今までも当然僕はカリンさまの弟子という考えがあったし、カリンさまのことも師匠として、いやそれ以上に尊敬をしていた。
が、こうして『猫』の一文字を与えられると、結ばれた直接的な繋がりが実感できる。
この一文字に値する人物だと認められたのだ。それが、たまらなく嬉しい。
「念の為、仙豆を持っていくと良い。さらなる成長を遂げて帰ってくるのを、期待しておるぞ!」
「はい!」
善は急げ、というのを体現するかのごとく飛び出していこうとする僕に、カリンさまは小袋を投げつけてくる。
中身は言わずとしれた仙豆だ。
「それに、もう一つ。筋斗雲よーい!」
そして、筋斗雲。カリンさまの掛け声に合わせて、巨大な金色の雲がやってきた。
僕は眼を見開く。
ドラゴンボールでは、筋斗雲は心の清いものにしか乗れないとされているからだ。
僕には、これに乗れる自信はなかった。ドラゴンボールの純粋なキャラクターたちとは違って、世俗にまみれていたからという自覚があった。
「これは、筋斗雲……申し訳ございませんが、僕には乗れないかもしれません」
「何を弱気なことを言っておる。今のおまえならば、乗れるじゃろう」
だが、信頼する師がそう言ってくれるのならば、迷いはなかった。
軽く地を蹴って塔の外へと踏み出すと、ウールの布団よりも柔らかく心地いい感覚が僕を受け止める。
「私利私欲無く、憧れという一点で強さを追い求めるおまえの心は筋斗雲に相応しい、清いものじゃ。それにわしがこの二年で教えたのは武術だけではないと自負しておるぞ」
「ありがとうございます……!」
やはり、それは認められたようで嬉しかった。
悟空がそうした様に一人分の小さな雲をちぎって、腰を預ける。
今度こそ本当に出発のときだ。
「それでは、行ってまいります。また近い内にお会いすることになるでしょうが」
「わしもそれまでに少しは鍛え直しておくわい。……期待しておるぞ!」
「はい!」
ぽんぽんと筋斗雲を叩き、想いを込める。
「これから頼むぞ、筋斗雲。……行けっ!」
念じると、筋斗雲は凄まじい速度で飛行を始めた。
みるみるうちに、カリン塔が小さくなっていく。
それでも遠くに見える筋斗雲は大きかった。
「よーし、やるぞーっ!!」
久々に、僕は『
現在の戦闘力
チャオズ:160
カリンさま:195
空気が薄い高所でのトレーニング、カリンさま直伝の武術により大幅強化。
現在地上では最強クラス。
また、カリンさまも組手によって僅かに戦闘力が上昇。
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第五話:原作との邂逅
外界に降りてしばらく。
僕は主に荒事を中心に人助けなどしながら、世界を見回っていた。
よくあるマフィアや山賊との揉め事を解決したり、レッドリボン軍絡みの問題を解決したり──まあ、いろいろとやった。
『悪人を懲らしめる小さな少年がいる』とぼちぼち噂になり始めたのは、小恥ずかしいような嬉しいような、なんとも言えない感覚だ。
この調子で徳を積み、やがては仙人として名に恥じない存在になりたいものである。
そういえばだが、いつの間にか一人称が『僕』となっていることに気が付いたのも近況の小さな変化である。
カリンさまの下では特に礼節を重んじて生活していたのだが、それが染み付いた結果だろう。『チャオズ』に近づいた気がして、悪い気はしなかった。
そんなこんなで新しい発見もありつつ、緩やかなペースで僕は修行を続けている。
ちなみに、今僕は東の都を訪れている。
仙人としては俗っぽくもこんな都会にやってきたのは、少し気になることがあったから。ファストフード店のドリンクを啜りながら、僕はある張り紙の前で立ち止まっていた。
「やっぱりそろそろだったか、第二十一回天下一武道会。原作でチャオズが出てきたのってこれだっけ?」
そう、原作においてチャオズの出番となる、天下一武道会の存在である。眼の前のビラは天下一武道会の開催を告げるものであった。
第二十一回天下一武道会。自分の年齢を鑑みるに、確かチャオズが原作で出てくるのはこの辺りだったかな、なんて思いつつズルズルとストローを鳴らす。
溶けた氷の水で薄まった清涼飲料水の安っぽい味を未練に思いつつ、僕はゴミ箱を目指して歩き出した。
悟空とクリリンがライバルの鶴仙流として天津飯・チャオズと出会ったのが、作中二回目の天下一武道会のときだった。
チャオズの初登場が何歳の時かは知らないが、確か悟空たちとそれほど年齢は離れていなかったはず。悟空が天下一武道会に初参加した時に「本当は十二歳だった」と自分の年齢を間違えていたことを明かしたので悟空とチャオズの年齢を比較して考えれば、本来の出番は近いと感じていた。
張り紙を見てみると、前回の天下一武道会は五年前らしい。となると今回か、その次。五年後の天下一武道会が原作におけるチャオズの初登場なのだろう。
「果たしてどこまで通用するやら」
近づく出番を実感し、僕は震える拳を握り込んだ。
カリンさまの教えを修めた今、少なくとも桃白白よりは強いだろう、という明確な目安があるものの現状で分かるのはそこまでだ。
悟空や亀仙人、天津飯といった超実力者達との『戦い』の経験は全くと言っていいほど無く、実のところ僕の本当の実力は僕にさえわからない。
だがチャオズの出た天下一武道会からは正しく激動の時代が始まる。ピッコロ大魔王の眷属が現れ、ピッコロ大魔王が復活し、やがてラディッツへと繋がっていく──ドラゴンボールが本格的なバトル漫画となるターニングポイントが、原作でチャオズと天津飯が初登場したあの天下一武道会なのだ。
しかし、現在の僕では、たぶん老人状態のピッコロ大魔王にも勝てないだろう。原作におけるチャオズの最初の死亡まで、あとどれくらいの時間があるのか。本格的な戦いが来る前に力をつけねばと、武者震いが起こっていた。
あるいはもうすぐそこに来ているかもしれない戦いの時。
猫の文字を背負う以上、無様な姿は見せられない。そのためにも──
「まずは、様子見かな」
覚悟と共に、迫る天下一武道会の開催日を記憶する。
そこに天津飯がいれば僕の『出番』だ。もしも天津飯が居なくとも、試合を観戦すれば今この地球における最前線と僕との力のバランスを把握することが出来る。
何にしても、憧れのヒーローが拝める公算は高い。
僕は、胸を踊らせつつ人混みの中を歩いていった。
◆
結論から言えば、僕の出番はまだだったようだ。
天下一武道会開催の日、僕は会場にいた。しかし、鶴仙流の面々の姿は見えない。
もしかすると、僕が鶴仙流を抜けたことで歴史が変わったりしたのかも──なんて思ったが、カリン塔の様子には目を光らせている。僕の知る限り桃白白の襲撃は起こっていないので、時期的にまだ作中二回目の天下一武道会には早いはずだ。
とするとこの天下一武道会は作中で一回目のものであり、チャオズとしての僕の本格的な出番はまだ少し早いということになるのだろう。
それでも、原作へ関わる機会がまだだと知りつつも僕は子供のように──実際、身体は子供そのものなのだが──目を輝かせながら、物陰に隠れていた。
ここへきたもう一つの目的を、見つけたからだ。
その視線の先には、身長に似合わないスーツを身にまとった悟空とクリリンが、そして黒いスーツの亀仙人が談笑している。
憧れの姿を眼にして、僕はこれまでにないほどテンションを上げていたのだ。
(うわー、本当に悟空がいる! クリリンも! 実際眼にすると感激だ……!)
亀仙人が道着を渡す様を眺めつつ、そういえばこんなシーンあったなあと感動する。
そう──ここ、今この瞬間までは、僕はドラゴンボールの世界にいつつも原作の出来事とは全く関わりなく過ごしていたのだ。
正史とも言うべき『見覚えのあるシーン』はここがドラゴンボールの世界なのだということをこの上なく実感させてくれた。
幼い少年たちが道着に着替えるさまを覗き、テンションを上げるという不審者丸出しの怪しさに自分で苦笑しつつも、興奮してしまうのは仕方がない。決してやましい意図はないし。
などと見ていると、おなじみの道着に着替えた悟空とクリリンが予選会場へと向かっていった。
悟空たちと別れた亀仙人もこの後ジャッキー・チュンとして参加するんだなあ。
……原作の裏側を、現地の人間として見るというのもオツなものだ。自分の目で見るドラゴンボールワールドのディティールに、感動が止まらないが──
「して、そこのお方、何か御用かな」
浮かれる僕に、亀仙人が振り向かぬまま、そう告げた。
途端、興奮していた少年の心が冷えていく。
……気取られた。その事実が、武闘家としての僕を呼び覚ましたからだ。
「気配は消していたつもりだったのですが」
明らかに自分に向けられている言葉を無視するほど無礼ではない。
幼い僕に向けて敢えて丁寧な言葉を使ったのも『仙人』として相対するつもりがあったからだろう。
だからこそ僕も仙人見習いのチャオズとして亀仙人──いいや、武天老師と相対した。
「だからでしょうな。隠していた大きな気が突然現れたものだから、かえって目立ちましたぞ」
「これは失態を。……覗き見るという無礼も、謝罪いたします」
どうやら向こうも仙人同士として接してくれているようだ。抱拳礼を交わし合い、柔和な笑みを向ける。
普段のおちゃらけたイメージの亀仙人とは似ても似つかない武人の姿。隠された牙の鋭さに、高ぶる。
やはり、僕は仙人としては未熟だ。思うよりも、強さの気配には敏感らしい。
「紹介が遅れました。僕はカリンさまの下で修行を積んだチャオズと申します。見習いの仙人として、見聞を広める旅をしています」
「なんと……カリンさまの! それは道理で……」
敵意は感じないが、向こうはわずかに僕を警戒しているようだった。
だが、僕もまた敵意を匂わせてはいない。同門とも言える間柄であることが分かると、亀仙人は朗らかな笑みを浮かべた。
「此方にはどの様な趣で来られたのかな。もしや、チャオズ殿も参加を?」
「そのつもりでしたが、今回は見送ることにいたしました。少しわけがあるもので、此方には触れないでいただけると助かります」
「それは残念ですな。貴方のような方が参加するのならば、わしも楽ができたのですが」
「ふふ……お弟子さんの為ですか。師という立場は大変ですね」
この後、悟空たちに世界の広さと修行を継続することの大切さを教えるために亀仙人はジャッキー・チュンとして武道会に参加することになる。
本当に、師匠として──人生の教師として素晴らしい人間だ。そう思うと自然と笑みがこぼれていた。
二三、仙人として会話を交わすと、亀仙人は時計を気にし始める。予定がある方にこれ以上時間を取らせるのも悪いか。
「では、わしはこの辺で」
「ええ、次回は私も参加いたします。その時にはぜひよろしくお願いいたします」
「ほっほっほ、それは油断ができませぬな。ではまた」
仙人として相対する亀仙人は──大人物であった。
爽やかに別れた後も、不思議と心地よさが残るのは彼の人物がさせるものだろう。
僕も仙人としてこうあることができたらいい、と思ういい出会いであった。……助平な所は少し行き過ぎだと思うけれど、まあそれも『神』ではない『仙人』の人間らしさというところだろう。
「さて……僕も今回は観客として楽しむかな」
自分の未来についてまた一つ期待を馳せて、僕は観客席へと向かう。
天下一武道会を、この目で観客として見られるというのも、また素晴らしい体験だ。
まあ未来の天下一武道会だと操られたベジータに巻き込まれて死ぬ可能性もあるので、観客という立場も考えものだけど。
とはいえ今回はそういうのはない。助平に貪欲な亀仙人のような例もあることだし、楽しむべき時は大いに楽しむとしよう。
……その後天下一武道会は僕の知っている史実通りに進行し、ジャッキー・チュンが優勝を収めた。
途中、完全に忘れていた悟空の大猿化というイベントがあって泡食ったけど。まさかこの序盤から観客も命がけだとは思わなかった。大猿化が始まってからは一応気を配っていたが、どうやら負傷者は出ていなかった様子。ギャグ漫画の色が強かった時代で助かったと言ったところだろう。
とまあ色々あったが、終わってみれば大会の観戦は本当に有意義だったと思う。カリンさまと行っていた仙人としての修行とはまた違う、生で見る武闘家同士のしのぎを削る戦いは僕の胸にも熱い火を灯し──観客達も大興奮のまま、第二十一回天下一武道会の幕は閉じたのだった。
◆
「でも悟空はおしかったな! ハラへらなきゃ優勝だったのに」
夕暮れの空の下、祭りのあと。
ごった返していた人が去った会場で、少年二人とその師匠が会話していた。
悟空とクリリン、そして亀仙人だ。
ハラが減っていなければ優勝だった、と惜しがるクリリンに、悟空はそうでなくても自分が負けていたと返す。
「その通りじゃ! 世の中上には上がいるもんじゃ! まだまだ強いやつはゴロゴロおる!」
その悟空を負かしたジャッキー・チュンこと亀仙人は、自分の正体を隠しつつ悟空たちにそう言い聞かせていた。
世界の広さを教える──武道家として大切な心構えを教えるために、全力を尽くした良い教師の姿がそこには在った。
本当の修行はここからはじまる。そう告げる亀仙人に、悟空たちはまだ見ぬ広い世界に胸を高鳴らせながらそれぞれ返事を返す。
その様子はなんとも微笑ましく、羨ましいほどに眩しくて──
ぞわり、と三人の背筋が凍った。
ばっと同時に振り返った先には、悟空たちよりも小さな背丈の少年が歩いている。
何気ない仕草、なんともないすれ違い。だが、残る香水の香りの様に、強烈で鮮烈に焼き付くまでの印象を、少年は残していった。
「……おまえたちも感じたか。わかったじゃろう? 世界は広い。わしより小さくても、もっともっと強いやつはごまんといるんじゃ」
「ヘヘ、ワクワクするな! オラもっとがんばるぞ!」
何かを感じ取った悟空とクリリン。そして如実にその気を受け取った亀仙人。
世界は広い。そう再確認した彼らの頬には冷たい汗が浮かぶも、どこまでも楽しそうであった。
現在の戦闘力
孫悟空:100
クリリン:70
亀仙人:120
チャオズ:180
仙人としての活動と、とある修行法により少しずつ確実にパワーアップ中。
修行法に付いては次回。
なお悟空たちに原作との戦闘力の違いはなし。
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第六話:うろ覚え
「……」
とある森の中。
僕は岩に体重を預け、座禅を組んで瞑想を行っていた。
これはカリン塔を降りてから修行に取り入れた方法だ。
負荷と苦痛によるトレーニングが現在頭打ちと言ったところにある僕は、それ以外の方法で強さを追求するようになっていた。
今更数十キロ程度の重りはあまり効果がなく、精神と時の部屋も重力室も利用できない現状、体力は気長に伸ばす他ない。技術は現在の地球で最高峰の師匠にもう教えることはないと言われているので、此方も気長な努力が必要だ。
ならばフィジカルでもテクニックでもない、メンタルを鍛える他ない。そのために修行に取り入れたのが、瞑想であった。
というのも、今僕が強くなるために最も効果的な方法は、恐らく超神水を飲むことだ。飲むだけで潜在能力を解放し、格段に強くなることが出来る神の薬。持てるすべての力を引き出した者には効果が無いそうだが、『チャオズ』にはまだ幾ばくかの潜在能力があることは『僕』が知っている。
だが、その方法には大きな問題がある。それは超神水が猛毒だということだ。
カリンさまが仰るには、超神水に打ち勝つには凄まじいまでの体力、生命力に精神力が必要らしい。だがその要求度は高い。カリン塔の頂上まで到達しうる武道家が十人以上挑んで一人残らず死んでしまったほどの毒だ。悟空が飲んで平気だったし、と軽い調子で挑戦することはありえないだろう。
命がかかった事象で見切り発車をしてはいけない。それはカリン塔への挑戦でよくわかったことだ。
さて、では超神水に挑むための体力・生命力・精神力だが、自分的には体力は申し分なしと思っている。だが後の二つ、生命力の方はちょっと自分では実感し辛いので、ならば来る日までに精神力を鍛えようというのが現在の目標だ。
そうして僕は瞑想を日課に取り入れたわけなのだが──これが、意外な恩恵をもたらすことになった。
仙人としての感覚を研ぎ澄まして瞑想を行うことで、身の周りの草木が発する微小な気……元気玉の力の源となるようなごく小さな力を捉え、取り込むことが出来るようになっていたのだ。
その力は恐らく戦闘力にすれば小数点第何位というくらいの非常に微々たるものだが、自然の気を取り込む技術が気の扱いをより繊細なものにしてくれ、また最近では気の質そのものも穏やかで落ち着いた、燃費の良いモノに変質してきていた。
ついでに体調も整えてくれるので健康にも良いと、瞑想は良いこと尽くめの修行法だったのだ。
精神力だけではなく気の扱いをも鍛えるこのトレーニングは超能力──いや、仙人としての神通力までも鍛えてくれることだろう。
……カリンさまに弟子入りしたのは、正解だった。戦闘力だけではなく超自然的な感覚を身につける仙人という道は、超能力を使うチャオズにうってつけのものだったと思っている。
「……今日は、この辺りにしておこうか」
しかし今日はどうにも心が落ち着かず、瞑想を切り上げる事になった。
瞑想はやはり精神を落ち着けることこそが重要だ。にもかかわらず、心が落ち着けられないのは僕自信が未熟だから……というのもあるが、一番は五日前に観戦した天下一武道会のせいだろう。
いやあ、アレはすごかった。今思い返しても、ニヤニヤしてくる。
言わずとしれた国民的漫画ドラゴンボール。その主要キャラクター達が武道家として死力を尽くして戦うのだ。序盤に当たるこの時期故か、試合にはギャグ的な表現が多々見受けられたし、今現在は僕のほうが力が上だ。しかしキャラクターとしてだけではない、同じ世界を生きる武道家として憧れの悟空や亀仙人達が惜しげもなく技術を披露するというその見ごたえは、忘れていたワクワク感を思い出させてくれた。
どうやら天下一武道会が行われるのは五年周期らしい。ならば次の天下一武道会は五年後。なんとも待ち遠しいものである──
「……ん? 五年?」
と、そこまで考えて、ふと覚えた違和感に気が付いた。
天下一武道会は五年ごとに行われる一大イベント。張り紙にもそう書いてあったし、浮足立った観客達の会話の中にも頻繁に五年ぶりという言葉が混じっていた。それは覚えている。
しかし──次の天下一武道会が五年後だとすると、やはり違和感があるのだ。
今回の天下一武道会で、悟空は自分の年齢が本当は十二歳だった、と原作にもあったやり取りを披露していた。とすると、次の天下一武道会の頃には悟空は十七歳ということになるのだろうか?
ちょっとそれは無理がある。
次の天下一武道会の時には、悟空はまだ小さかったはずだ。いくら成長するときは急激だったと言っても、あの状態の悟空が十七歳ということはないだろう。
となると、ここから次の天下一武道会までが五年ということは無いはずだ。
現時点で僕が関わっていない出来事は正史通りに進んでいるみたいだし、きっとここから開催周期の改正かなにかがあるのだろう。
……いやはや、少し考えれば分かるようなことを忘れているとは失態だった。
これはもう少しちゃんと原作のことを思い出すべきなのかもしれない。
「今回の天下一武道会の後ってどうするんだっけ? 確か悟空がドラゴンボールを探しにいくと……か……」
こうして自分の記憶を整理し始めた僕は、記憶の中の原作ドラゴンボールのことをなぞり始め、そして凍りついた。
大切なことを忘れていたからだ。
ドラゴンボール集め、レッドリボン軍、ブルー将軍──そして、桃白白。
その最中にある出来事を思い出してしまった。
「ボラさん!」
そう、その最中、恩人であるボラさんが桃白白に殺されてしまうことを思い出したのだ。
桃白白に殺されるといっても、その後悟空が集めたドラゴンボールで生き返れるという事はわかっている。しかし、出来ることならば死なせたくない。
いくら生き返れるとは言ってもお世話になった人を見殺しにするのは不義理だと、そう思っていた。はずだったのに。
「筋斗雲っ!」
急いで、相棒の名前を口にする。
するといくらもたたない内に金色の雲がやってきた。僕は筋斗雲に飛び乗って、行き先を口にすることもなく念じる。
桃白白っていつ頃来るんだ!? 天下一武道会の何日後!?
今更考えても仕方がないことと思いつつ、絡まる思考をほどきながら僕は筋斗雲を飛ばすのだった。
◆
「久しぶりだなチャオズ。元気してたか?」
と、めちゃくちゃに急いで向かった先には、傷こそあるものの元気そうなボラがいた。
安堵と脱力感でズルズルと雲から落ちると、心配そうな眼をしたウパが見える。
「よ、良かった……その分だと無事のようですね」
うわ言のように絞り出された言葉に、ウパとボラが顔を見合わせる。
僕の知っている未来を知らなければ、その様な反応になるだろう。
僕の知る限り、神龍はまだ呼び出されていない。夜間に呼び出されていたらわからないが、天下一武道会から今日まで、急に空が暗くなったことはない。ということは、まだボラが死んではいないということで、悟空も桃白白とは出会っていないのだろう。
いやあ焦った。けど思い出せたからには目を光らせておけば安心だ。
……などと考える僕だが、その考えは甘かった。
「チャオズさん、ひょっとして誰かからボク達のことを聞いて帰ってきてくれたんですか?」
……と。
神妙な様子のウパの言葉に、僕は固まった。
「へ? ……もしかして、何かあったんですか」
「数日前、桃白白という者がここへやってきた。それを聞いて来たのではないのか」
「桃白白! あ、いや……まあ、そうなんですけど……」
次いで、ボラがそんなことを言ったものだから、僕は思わず声を張り上げてしまった。
怪訝な顔をする親子に、不自然な笑顔で誤魔化す。
おかしい。桃白白と既に会っているというのなら、なんでドラゴンボールがまだ使われていないんだ?
一体何がどうなっているんだと困惑する。
だがどうにもそもそも前提が違っていたらしい。
……変わっていたのだ。未来が。
「手も足も出なかった。完敗だった。孫悟空が居なければ、わたしは殺されていただろう」
桃白白とは会っていた──が、ボラは殺されていなかった。
だからドラゴンボールは使われていなかったし、ウパとボラが揃ってここにいる、というわけだった。
一体何故? とやはり戸惑ったが、それには簡単に理由が見つけられた。
僕の関わっていない出来事は史実通りに進んでいる──ならば、僕の関わった出来事が、ボラという存在に史実と違う未来を歩ませたのだ。
「おまえと鍛えていなくては、殺されていたろう。おまえにも感謝している」
ここ、聖地カリンでボラと組手をしていた過去があったから、ボラもまた原作より少しだけ強くなっていたのだ。
負けという結果は変わらなくとも、悟空が割って入るのが間に合わないほどにたやすく殺されるような、酷い負けではなかったということなのだろう。
関わった出来事がより良い方向に進んだ──それは純粋に嬉しかった。
だが、同時に危うくも思う。
僕が積極的に関われば、未来も変わりうるということだ。
今回はいい方向だったが、それが悪い方向に変わらないとは限らない。
当然、出来ることならばよりよい未来を目指したいと思うが、それによって世界そのものが崩壊する可能性もある。このドラゴンボールの世界は、割と綱渡りを重ねて存続しているのだ。
「どうした? なにか考え事をしている」
「少し気になったことがありまして。……でも、元気でよかったです」
再び筋斗雲に乗り込むと、久々の再会を理由に引き止めるウパの声がする──が、僕はまたの機会に会う約束のみをして、筋斗雲を走らせた。
一つ、心配になったことがあったからだ。
それは、使われなかったドラゴンボールの行方である。
本来ボラを生き返らせるために使ったドラゴンボールが使われなかった場合、それが何に使われてしまうのかという心配だ。
悟空が孫悟飯の形見である四星球を入手しているであろう現在、残りのドラゴンボールを集め続けているかはわからない。
しかし、原作では確かピラフ一味が最後の一つを持っていた。それは同時期に彼らもドラゴンボールを集めていたからだ。
では、その願いは? 小物らしい小物の彼らだが、世界征服なんて願いを叶えてしまったら、この世がどうなるかわからない。
悟空は強いが、この頃の彼はやはりどこか抜けたところがある。そんなところがまた愛される主人公たる所以ではあるのだが──言い換えればそれは隙だ。出し抜かれてドラゴンボールを使われてしまう可能性は、無視できない。
だったら、今回のドラゴンボールは何らかのことに消化されなければならないと、僕は思う。あるいは、たやすく揃わないように僕が一つ二つを持っておくべきではなかろうか。
最悪の場合──今、五年早くピッコロ大魔王が復活してしまう……なんて可能性も無いとは言い切れないのだ。
ここで一回消費することができれば、後は原作とさほど変わらない展開になってくれる……と、思いたい。
何にせよ、殆どないし全て揃った状態のドラゴンボールを野放しは良くない。まずは悟空と接触する必要があるだろう。
「出番は天下一武道会まで取っておきたかったんだけどなあ」
などとひとりごつ。
言ってる場合でもないと、僕は意識を集中し、神通力を発動した。
──下界を目で見るように知ることが出来るカリンさまや神様にはまだ及ばないが、僕とて超能力を扱う仙人見習い。どこまでも見通す千里眼は無いが、大きな気を感じ取ることくらいは最早たやすい。
今、地上で最も高い戦闘力を持っているのは悟空だろう。
となれば……
「ここから少し行ったところに大きな力……間違いない、悟空だな」
見つけた気に向かって、筋斗雲を全速で飛ばす。
なんだかラディッツみたいなムーブだなと思いつつ、僕は苦笑した。
ラディッツ、ラディッツなあ。移動時間、ぼんやりと思い浮かべるのは悟空の兄という美味しいポジションながら、不遇を囲ったサイヤ人の姿だった。
ゲームなんかだとたまにいい人っぽく書かれてたりした気がするが、原作での表現だけでは彼もまごうことなき悪人だ。だがそれこそあの時期だとサイヤ人としては弱いカカロットを仲間に引き入れようと、わざわざ辺境の星まで来ていたということもあり、家族を想う心はあったように思う。ゲームのいい人エピソードも、家族愛をフィーチャーしていたはずだし。
なんというか、チャオズとは立場が違うが、ラディッツもまた不遇キャラという事もありなんとなくアイツは『惜しい』のだ。
意外とそういう所を突けば、仲間になったりしないかなー、なんて考えた。
まあ、とはいってもこの世界の未来のことはやっぱりわからない。
とりとめもない考えを打ち切ると、僕は暇を感じて別のことを考えた。
少し行ったところ、とはいいつつも、距離を数字に直せばそこそこあるのだ。
ふと手持ち無沙汰になった僕が考えたのは、カリン塔で『在ったであろう』出来事のことだった。
「しかし、もう桃白白まで出てるのか……」
苦い顔をして、僕は渋柿でも食べたように口をもごもごと動かす。
つくづく、今回は本当にウッカリだった。
ボラが一度桃白白と出会っているという事は、少なくとも悟空が四星球まで入手しているということだろう。
天下一武道会からまだ五日だぞ? あれだけワクワクギッシリの大冒険がたった五日の間の出来事だったなんて、信じられるかという話だ。
……まあ、それは言い訳だな。二度とこんな事が起きないよう、記憶の発掘もちゃんとしていかなければならないだろう。ウッカリで済まない事が起きてからでは遅い。
なんて思っているとようやく目当ての人が見えてきた。
この『地上』で感じ取れる一番大きな気の正体は、やっぱり悟空だった。
たやすく感じて取れるほど大きな戦闘力を持ってくれていたのはありがたい。
筋斗雲で近づいていくと、どうやら向こうも僕の存在に気が付いたようだ。
何やら笑顔でいる悟空の前に降り立つ。
「やっぱり! 筋斗雲だ! おまえも亀仙人のじっちゃんにもらったのかっ!?」
僕と彼とは一度会っている──が、悟空からは恐らくちゃんと顔も見たことがないだろう。最初に話題に上がるのは再会ではなく、同じく乗り物としている筋斗雲のことだった。
それは同好の士と出会ったときのような、何気ない言葉だったろう。
──けれど、僕にはこの一言は何よりも重要な一言だった。
原作で、チャオズは悟空と喋ったことがないのだ。いや、問いかけられた質問に対して「へへっ」と笑い返した事はある。だがそれは界王様を通じて届けられた言葉に対しての反応だ。その笑い声も、悟空に伝わっているかはわからない。
チャオズは、原作において悟空とマトモな会話をしたことがない。そんな原作では不遇を極めた様な『チャオズ』だからこそ、初めて悟空と交わすこの一言は『僕』にとってかけがえのないものとなる。
「いいや、僕の筋斗雲はカリンさまからもらったものだよ。……それよりも、少し話があるんだけど、いいかな」
憧れの主人公を前に、破裂しそうな心臓を心で押さえつけて、僕は努めて冷静にそう告げる。
予定とは違ってしまったが、これはこれでよい。
『このドラゴンボール』において今、この瞬間に『チャオズ』が登場したのだ。
そのファーストコンタクトは悟空と同じ筋斗雲に乗り、語りかけてくるというもの。
……うん、中々ミステリアスなんじゃないだろうか。原作とは違うチャオズが、始まった瞬間。それは、僕なりには満足の行く代物となった。
現在の戦闘力
チャオズ:181
ボラ:90
孫悟空:???
悟空はカリン塔での修行を終えている。
原作ボラの戦闘力はこの時点で70程度と仮定。
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第七話:最初の戦い
「へえーっ! じゃあおまえもカリン塔に登ったのか! あっ、じゃあおまえだろ! オラの前にカリン塔に登ったチビがいるって、カリンさま言ってたぞ!」
「ああ、それはたぶん僕のことだろうね」
悟空との邂逅を果たした僕は、本来の目的も忘れて、共通の苦労を味わった仲間として会話に花を咲かせていた。
自分では怪しい登場だと思っていたのだが、悟空から感じる友好の感情はとても大きい。同じ筋斗雲を持ち、同じくカリン塔で修行をしたという共通点を持つ者を見つけて嬉しいのだろうと思う。
僕もまた、原作ではたった一度もなかったチャオズと悟空の会話──それが弾んでいることが、非常に嬉しく思えた。それだけではない、悟空の生来の快活さが、話していてなんとも小気味良い。
「そういえば、紹介が遅れた。僕の名前はチャオズだ。カリンさまの弟子で、今は仙人の見習いをしてる」
「オラ孫悟空だ! 仙人っていうと、亀仙人のじっちゃんみたいになるのか?」
「うん。君のお師匠様は、僕も尊敬しているからね。ゆくゆくはあの人みたく弟子を取ってみたいとも思ってるよ」
ストレートな好意と好奇心をぶつけてくる悟空との会話は、きっと何時まで続けていても飽きないだろうと思える素晴らしい時間だった。
が、こうしてばかりもいられない。少しずつだが史実を変えている者の責任は取らなければいけない。
「それで、本題なんだけど、いいかな」
「うん? いいぞ」
ここへ来た目的、それはドラゴンボールをどうするかだ。
正直まだ手段は決めかねているが、ボラを生き返らせる必要がなくなった今、暫くの間ドラゴンボールは使用不可能の状態にあると安心できてよい。
原作通り使ってしまえば一番『ブレ』がなくなるだろうか。あるいはボールを一つでも僕が預かっていれば、そう簡単に揃えられる事はないと思っていた。
「今、悟空はドラゴンボールを集めているだろ?」
「よくわかったなー。ああ、ちょうど全部揃ったところだぞ!」
どうやら悟空は既にドラゴンボールを集め終えていたようだ。
今手元に揃った状態であるということは、やはり叶える願いがないのだろう。
そういえば、よくみてみると服装が黒い忍者風のものになっている。この服はピラフ一味の──名前は忘れたけど、犬のキャラクターのものだろう。確か原作では焼かれた服の代わりに、体格の近い彼の服を拝借することになっていたはずだ。
ボラの存在がなくとも、おそらくは占いババの力でボールのありかを探し、史実通りにピラフ一味と戦ったようだ。
……尻尾がないのは、孫悟飯とも戦った後だからだろう。まるで歴史がそうあるべきと動いているようだ。
「それは凄い。……で、ここからが本題なんだけど、君には今なにか叶えたい願いがあるか?」
「え? んー……オラには特にねえかな。ひょっとしたらブルマのやつがなにかあるかもしれないけど、それがどうした?」
そして、予定通りドラゴンボールは全て集めたが、願い事は無いという。
やはり考えていた通りの結果になったようだ。
悟空自身にくだらない願いでもあればそれを叶えてもらうのが一番だったが、ある意味ではブルマの願いも歴史を大きく変えうる危険なものになるだろう。
今はヤムチャと交際しているはずなのでその危険は無いと思うが──仮に、良い結婚相手なんかを神龍に願ったら、物語の上で非常に重要なキャラクターが生まれない事になってしまう。そうなったら最悪の未来が訪れる可能性は低くない。
となると。僕は顎に手を添え、考える素振りを見せた。
考えはまとまっているが、これから喋ることのあまりの図々しさに、自分で辟易したからだ。
「じゃあ、ドラゴンボールを僕に使わせてくれないか。それがダメならどれか一つくれるだけでも良い」
せっかく揃えたドラゴンボールをよこせとは、なんと面の皮が厚いことだと思う。
だが、僕がこれを言いたくなかったのは単に図々しいからというだけではない。
「いいぞ!」
悟空がこう言う可能性も低くはないと思っていたからだ。
……なんというか、価値のわかっていない子供からレアカードを巻き上げるかのような罪悪感だ。しかも、その対価まで払わないと言うのだから質が悪い。
「……頼んでおいて失礼だけどもっとこう、なにか無いのか? せっかく集めたんだろう?」
「えー、でもオラじいちゃんの形見の四星球があれば、他はどうでもよかったんだけど。必要なら使えばいいじゃねえか」
「必要かどうかっていうと僕も微妙な所なんだ。要するに悪い奴にドラゴンボールを使わせたくないってだけだからね」
「お? そうなんか」
この調子である。
悪用はしないと自分でわかってはいても、こうだからこそ安心ができないというのも正直なところだ。
これが悟空の良さというのもあるので複雑な気持ちだが。
けれどこうもあっさり通ってしまうとどうしたものか。結局悩んでしまうな。
「あ! じゃあ代わりにオラと戦ってくれよ! カリンさまのところで修行したってことは、おまえも強いんだろ?」
だが、その迷いは思わぬところで解決することになった。
ボールの対価として、自分と戦ってはくれないか。悟空の方から、条件を提示してきたのだ。
「元々ドラゴンボールを探してたのも、もっと強くなりてえって修行のためなんだ。強いやつと戦えんなら、それが一番ありがたいぞ!」
「ん、なるほど。悟空がそう言ってくれるなら、僕も気兼ねなくていい」
その条件は、正直に言えば僕にとっても魅力的だった。
……原作を大きく変えてしまう危険性を考えても、今までに積み重ねた力を試す最初の相手があの『孫悟空』だと言うのはあまりに魅力的すぎる。
知らず、口角が上がった。抑えていた気が一気に膨れ上がる。
「……へへ、やっぱりだ。おまえ、一度天下一武道会ですれ違ったろ」
「覚えててくれたのか。嬉しいよ」
一瞬で構え、警戒状態に入った悟空が、冷や汗を流しながらも不敵に笑う。
ああ、なんと嬉しいことだろう。長いドラゴンボールの物語の中では序盤と言える今とはいえ、チャオズとしてここまで強キャラっぽく立ち回っているのは、狂おしいほど嬉しい。
不遇だったキャラクターにスポットがあたっているというだけではない、悟空に警戒させるほど強くなった自分が誇らしかった。
拳を抱え、礼をする。
「改めて名乗ろう。僕の名はチャオズ。カリンさまの下で修行を積んだ仙人見習い──『仙猫流』のチャオズだ」
「へへへ、おまえもじいちゃんみたいにするんだな。……オラワクワクしてきたぞ!」
そういえば、この直前に孫悟飯と戦っているんだっけ。
僕に習うまでもなく礼をする悟空。やはり、彼は主人公だ。幾つもの出会いで成長していくんだなと思う。
原作における初の出番よりも先に、僕にとってのドリームマッチが今幕を開ける。
といっても、原作でこのカードが組まれたとしても、きっとチャオズでは勝てなかっただろう。
だからこそこの一戦に意味がある。
──おそらくは今の僕の方が、悟空よりも強いだろうという推測はある。だが、油断はない。僕の今までを、全力でぶつける。
格上にして挑戦者とはなんとも燃えるじゃあないか。
内なる気を体中に巡らせると同時、悟空が跳ねた。
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第八話:VS悟空
待ちきれないと言わんばかりに飛びかかってきた悟空の速度に、僕は眼を見開いた。
とか言って、普段からチャオズの眼はぱっちりとしているが──ともかく、そのスピードが僕を驚かせるには十分なものだったからだ。
くだらないことを考える余裕はありつつも、今僕が目の当たりにしている悟空のスピードは、五日前の天下一武道会とは比べ物にならないほどのものだった。
男子三日会わざれば刮目して見よ、という言葉の通りだ。悟空ほどの者ならば、五日もあれば別人と思うほどの成長もしてのけるだろう。
これが天下一武道会より間を置かずに繰り広げてきた幾つもの戦いと、カリン塔に挑戦した成果というわけだ。
風を切る──否、風そのものとなって迫る悟空の拳を、僕は首の動きだけで避けてみせる。
「だりゃっ!」
矢継早に繰り出されるのは鋭い蹴り上げだ。
ギャグ補正もなく常人が受ければ、そのまま首が天高く舞い上がってしまいそうな威力と、燕の様なスピードを合わせ持った鋭い攻撃。
だが、僕はそれを片手で受け止めてみせる。
そのまま足を取った僕は、悟空を振り上げて地面へと叩きつけた。
「うぎっ!」
軽い身体だ。どこにコレほどの力が詰め込まれているのだろう。そう思いながらも、もう一度振り上げると、自由な左の足が薙ぎ払われた。
反射的に手を放すと、悟空は身軽にも回転しながら地面へと戻り、構え直す。
悟空はタフだ。この程度で大したダメージにはなると思っていないが、予想以上に強くなっているなこれは。
「へ、へへ……やっぱりむちゃくちゃにつええな。オラだって色々修行して、とんでもなくつよくなったつもりだったんだけどよ」
「いや、悟空は強くなったよ。あの天下一武道会からたった五日でここまで変わっているなんて、正直驚いた」
闘志は失われていなくても、複雑な表情をする悟空に、僕は心からの賛辞を返した。
……悟空がこの五日間で得た力を手に入れるのに、僕はどれだけの時間かかったろうと思ったからだ。
嫉妬ではなく、尊敬や憧れといった気持ちでそれを言う事ができるのは、カリンさまの修行で精神をも叩き直すことが出来たからだと思う。
「これならどうだっ!」
気合と共に悟空の身体が透け、ぶれる。
……残像拳か。天下一武道会で初めて技として披露された体術。それは達人の孫悟飯さえ一瞬意識を奪われるほどの完成度だったはず。
だが残念ながら、仙猫カリンの手ほどきを受けた僕に、『視覚』の技は通じない。
悟空は、後ろだ。振り返りもせずに、僕は背後へ蹴りを見舞う。
「ふぎっ!」
気や大気の流れで相手の位置を探る力。
原作でミスターポポと戦った際の再現の様になる。
たん、たんと身を翻しながら距離を取った悟空は、困惑していた。
「なっ、なんでオラの場所がわかったんだ!?」
「けけけ。さあなんでだろうね」
敢えて、原作のチャオズの様に意地悪く笑ってみせる。
それでも悟空がミスターポポと対峙した時の様に、残像拳が見破られたのを偶然だとは思わないのは、自分の力に驕っていないこと以上に僕を認めてくれているからというのがあるだろう。
「これは多分、近いうち教えてくれる人が現れるよ。……一つ僕からアドバイスするなら、考えるな感じろ、かな」
「考えるんじゃなく、感じる……」
反芻するように繰り返す悟空だが、本格的にその技術を教えるのは、僕の役目ではない。
でも悟空なら、あるいはこれだけでも気で感じ取る技術を自分のものにしてしまうのかもしれないな。
「へへへ……ワクワクしてきたぞ。おまえみたいなつよいヤツがいるなんて。でもオラ負けねえぞ!」
「僕より強いやつはたくさんいるけどね。……でも、僕も負けないよ」
だが悟空がその技術を手にするのは今じゃない。だから、まだ負けない。
強くなる『早さ』を求めて今まで生きてきた僕には、カリン塔を最年少で制覇したという自負が、仙猫流という字を受け継いだ誇りがある。
実のところ、僕と悟空の身体のスペックはもうさほどの差はないだろう。
だがピッコロ大魔王を倒した悟空がミスターポポに手も足もでなかったのと同じく、今の悟空と僕には大きな技術面の差がある。
同じ動きをしてもより無駄がない僕がより低燃費で、よりスピーディー。故に高威力である。
仙人や神さまの扱う技術がある限り、今はまだ僕のほうが強い。まだ、ね。
そんな悟空はまだまだやる気のようだ。
超が付くほどのインファイト。接近した悟空は突きのラッシュでペースを握りながら、食らいつくような連打を浴びせてくる。
自分で言うのもなんだが、結構圧倒的な差を見せたはずだ。にもかかわらず、その目に絶望や諦念はなく、眩しい闘志が漲っている。
……本当、凄いなあ。桃白白に敗北を喫し、カリン塔で翻弄され、身につけた力で桃白白を容易く下す──それだけの経験の後、また実力の差を味わっているというのに、それを辛く思うどころか楽しめるなんて。
これだから悟空は格好いいんだ。
……だが、そろそろ終わりにしよう。
サービス期間は終わったのさ、というやつだ。
受けているばかりではなく、僕も反撃に出る。軽く突き出すような蹴りを見舞うと、悟空は両腕を交差して、僕の蹴りを受け止めた。
これにより、今まで保っていた距離が大幅に離れる。
「少し、いいものを見せてやろう」
「……?」
作り出した『間』で、僕は悟空にそう告げた。
チャオズの分かりづらい表情ながら、眼力を込めて悟空を見やると、悟空は明らかに警戒心を強めてみせた。
これは、仙人チャオズとしての僕の最初の技──『仙術』の記念すべき一つ目だ。
対象を睨みつけるように、気を送る。すると──
「んぎっ!? な、なんだこれ……か、カラダが重いぞ……!」
「ふふ、君はこれから色んな奴と戦うだろう。中にはこう言う搦手を使うヤツもいるってことを、覚えておくといい。いいかい、『油断をするな』だ。何事にも全力な
突如として、悟空が身体の重さを訴えはじめた。
当然、僕の仕業だ。
──気のコントロールで相手の身体に重さを感じさせる『神通力』。これが仙人として編み出した最初の技。
名付けて『奈落』。
……効果的には、最大で戦闘力一割減ってところかな?
大層な名前の割に原作でチャオズが完全に相手の動きを止めていたことを考えると地味な効果だが、この技の強さは『視える』相手ならば必中ということと、両手を使わずとも効果を発揮できることにある。
元々は重力修行の真似事が出来ないかと編み出した術なのだが、どうもこれは重さを『感じている』だけのものらしい。修行にも役立てたいし、ゆくゆくは重力そのものを生み出せるようになりたいな、と。
だがその動きに制限をかける副次的効果は、紛れもなく強力な代物だ。
ドラゴンボールの世界では、二割も戦闘力に差があれば、それは露骨な結果として戦闘に反映されてくる。
一割というのは自分に術を施した上での試算だが、悟空の様子を見れば概ねそのくらいの効果はあるだろう。
「いくぞ」
簡素な声をかけ、踏み込む。
雷よりも素早く動く、が心構えだ。
声に反応して、悟空は慌てながらも地面に身を投げ出すようにして屈み込んで、僕の突きを避けた。
重さを感じる身体で、最も動きやすい方法を瞬時に実行するのはさすがだ。こういう野性の勘のようなものが、初期の悟空らしさの一つだろう。
「うっ、くくっ! カラダがうまくうごかねえ……っ!」
「そうだろう。さて、どうする?」
慣れぬ感覚に苦戦する悟空へ、打撃を浴びせていく。
幾らかは防御が間に合うが、雨の様に打ち付ける拳打の幾つかがすり抜け、悟空を捉えていく。
着実に蓄積されていくダメージ。だがそんなことを続けていると、攻撃の通る割合が減ってきた。
悟空の動きから、無駄が削ぎ落とされていっているのだ。
天性の戦闘センスという他あるまい。サイヤ人の特性なんか関係ない、困難であれば困難であるほど、それに立ち向かう力をつけていくのだ。
本当に、素晴らしい。
そして──
「だーっ!」
自由の利かない身体で、悟空は反撃にまで転じてきた。
その背後に、僕は大猿の化身を見る。
が──悟空の手刀に合わせるようにして、僕の身体が舞う。重さを訴えかける悟空とは逆に、羽毛のようにゆるりと、弧を描くように。
「い……!? ど、どうなってんだ!? まるで重さを感じねえ……!」
「かるーく浮いてるだけさ。舞空術って言うんだけどね。さほど珍しい技術でもないよ」
そして、薙ぎ払われた手刀の上には、僕が立っていた。
ほんの少し、肝が冷えた。……あと三日も戦っていたら、いい勝負されるようになるかもなあこれは。
見下ろすと、悟空は腕を薙ぎ払ったポーズのまま、口をぽかんと開けている。
よっこいしょ、と声を上げて地面に飛び降りる。羽がさらりと落ちるように着地すると、悟空の顔がみるみるうちに輝きを増していく。
「す、すげーっ! おまえほんとにすげえなっ!」
「いや、これは本当に簡単なんだけどね。それより、どうする? まだやるかい」
実際に子供なのだが、こうも好奇心丸出しで微笑まれると、毒気も抜けてくる。
もう戦う空気じゃないなあ、と思って聞けば──
「んー……ほんとはまだやりてえけど、参った! オラの負けだ」
「いやにあっさり引き下がるけど、どうした? 僕はまだかまわないぞ」
「今のままじゃ勝てねえってわかったから、もっともっと修行してうんとつよくなる!」
朗らかながらも悔しさを混ぜて、悟空は負けを認めた。
不要な傷を負わない、武道家としての決着だった。
どうやら、現在の悟空には負けん気だけではない、精神的な成長があるようだ。
僕は悟空にかけている術を解く。
「カラダが軽くなった! ……こんなにつよい奴がまだいるなんて思わなかったぞ。亀仙人のじいちゃんも言ってたけど、世界ってほんとに広いんだなー」
「うん、その通りだ。世界は広く、君が苦戦した僕よりも強いやつはまだまだいる。……けど、それを忘れないで修行を続ければ、悟空はもっともっと強くなれると思うよ」
「うひゃーっ! すげえ、オラワクワクしてきたぞ!」
強くなりたい。もっと強いやつと戦いたい。その願いが同時に存在する悟空は、もっと強くなる。それは多分、この世界では今僕が一番良く知っていることだろう。
そんな悟空を目標にしているからこそ、僕だってここまで強くなれたのだ。まだまだ世界の中では下から数えた方が早い実力でも、だからこそ目指せる上がある。
……出来ることなら、僕も最後までそれを悟空の隣で見届けたいものだ。
やがてインフレから置いていかれる地球の面々を考え、少しだけしんみりする。
が、それに食らいついていくのが今回の僕の目的だ。
それでもこうして悟空に勝つという結果を残せたのは満足で、もっと頑張ろうという励みになった。原作知識を湯水のように使った初心者狩りもいいところだが、今回ばかりは『僕』にワガママを通させてもらおう。
だが一度悟空に勝ったからには、もう生半可な存在ではいられない。
明日からの修行もまた忙しくなるぞ。新たなモチベーションを手に、僕は再び仙人として己を磨き始める──
「じゃあ、これ!」
「え?」
「ドラゴンボール使うんだろ?」
「ああ~……そうだった。でも本当にいいのか?」
「オラは四星球さえあればいいぞ」
と、決意も新たにしたところで、本題を忘れていたことに気が付いた。
そうそう、今回の目的はドラゴンボールだったんだ。
ニッコリと笑う悟空の笑顔を前に、僕は心中で引きつった笑顔を浮かべた。
……やばいやばい。本当にこんな大切なことまで忘れるところだった。この世界で戦闘狂になったら、大切な事がスッポリ抜け落ちる呪いでもあるのだろうか。
自分の未熟さを痛感しつつ、僕は悟空からドラゴンボールを受け取った。
ぶっちゃけ完全に忘れていたので、まだどうするかは決まっていないが──ええいままよ、もう呼んでしまえ。
「いでよ神龍!」
並べたドラゴンボールに呪文を唱える。
すると山吹色の玉が黄金の輝きを放ち、共鳴し始め──空が、暗くなる。
この空が暗くなる現象はこの世界で二度目だ。……願いも決まってないのに呼び出していいものだろうか。そんな僕の迷いも知らず、巨大な緑色の龍が現れる。
「や、やっぱりすげぇな~」
悟空でさえ驚く迫力と不思議な現象に、僕も圧倒されていた。
その名にふさわしい神格を纏うドラゴンが、語りかけてくる。
「さあ願いを言え。どんな願いも一つだけ叶えてやろう」
……まあ、その願いが考えついていないから、なんとも微妙な感覚なんだけど。
顎に手を当てて唸っていると、神龍の頬? に汗が浮かぶ。
「まさか……願いもなしに呼び出した……とか?」
意外とコミカルなところがあるのが、神龍もまたドラゴンボールのキャラって感じだ。
が、待たせるのも悪いなと必死に考えていると、一つ思いついた。
それはドラゴンボールを語る上で欠かせない、一つのロマン。
「では、僕に相手の強さを正確に測る力をおくれ。できれば数字でわかるといい」
ドラゴンボール最大のロマンの一つ、それは『戦闘力』だ。
ラディッツの襲来と共に齎されたスカウターによる、強さの数値化。インフレの最大の原因とまで言われることもあるが、その数字には誰もが心躍らされたことだろう。
「おまえ、そんなもの無くても相手の力わかるんじゃねえのか?」
「まあ大体は。でも数字で分かるとなんとなくうれしいんだよ」
「ふーん……そういうもんなのか」
正確な力の数値化に、悟空はあまりピンときていないようだった。
そういえば悟空が戦闘力を気にしたことは殆どなかったっけ。まあドラゴンボールのキャラは、こういう気持ちが理解できるのと出来ないのとで分かれるだろうなあ。クリリンは喜んでいたけど、天津飯なんかは数字に興味は無いって言いそうだし、実際数字以上の活躍はしてるもんな。
ともあれ、願いはこれでいい。どうせ余った願いだ、ヘンに実用性に優れた願いを叶えて、未来がぐちゃぐちゃになったら困る。
「どう、できる?」
これで決定、という意思を込めて、再び神龍に問う。
「たやすいことだ。叶えられん願いはない」
すると神龍はこともなげにそう返した。
……と言いつつ割と叶えられない願いが多いことを僕は知っているが。
ここでそれを突っ込むのも無粋というものだろう。
「……願いは叶えた。おまえの思う通りの力にしておいたのはサービスだ」
「おお……! ありがとう神龍!」
また、意外とサービスがいいのも彼の特徴である。
システマチックな存在かと思いきや、結構神龍も憎めない、いいキャラをしている。
その後、飛び散るドラゴンボールのうち一つを悟空が手に入れて、恐らく二回目となるであろう神龍イベントは終了した。
「なあ、神龍からもらった力って、どんな感じなんだ?」
「試してみようか。悟空の戦闘力を測ってもいいか?」
「いいぞ!」
自然と、もらった力を試してみようということになる。
相手の力を探ろうと念じてみると、僕の視界に例の数字が現れる。数字もフリーザ軍のよくわからないものではなく、僕に読めるようにしてくれたようだ。
よく爆発する不具合まで再現してないだろうな、と心配しつつも、悟空の戦闘力が表示される。
それによると──
「うん、今の悟空の戦闘力は140みたいだね」
「140かー。高いか低いかわかんねえな」
「一応、今の僕の戦闘力が180みたいだよ」
どうやら、自分の力も測ることが出来るらしい。
悟空は数字を聞いて難しい顔をしていた。数字の大きさに対する感想よりも、三桁を超える数字を煩わしく思っているのだろう。
確か亀仙人が139だったはずなので亀仙人と同じくらい、と伝えることも出来るのだが──まあ、それは控えておこう。他所様の教育方針に口をだすのは良くない。もう半分手遅れだけど。
「それじゃあ……そろそろ僕は行こうかな。楽しかったよ」
「そっか! オラも修行してうんとつよくなるから、そしたらまた戦ってくれるか!?」
「勿論。次の天下一武道会で会おう。僕もきっと、もっと強くなるよ」
「ぜったいだぞ!」
だが実のところ僕も、そんなこと今はどうでも良かった。
悟空との出会い、そして戦いの余韻。それらは、スカウター能力よりもずっと価値のあるものだ。
一方で、今の悟空にとっても僕との出会いは決して小さくないものになったはずだ。
この先その思い出が色あせないように、僕もまた強くならなければならない。
だって折角悟空に勝てたのに、この先三軍落ちって言うんじゃあまりにも格好悪いじゃないか。
「それじゃ、また」
「おう! チャオズも元気でなーっ!」
それぞれ筋斗雲に乗り込んで、別れた僕らはすぐにお互いの姿が見えなくなった。
……より一層、修行に励もう。
だが今日はもう瞑想は無理だろうなあ、なんて思いつつ、今のねぐらへと向かう。
悟空との出会いで赤熱化する心は、まだ暫く落ち着いてくれそうになかった。
現在の戦闘力
チャオズ:185
孫悟空:140(150)
悟空と戦ったことで基礎値がやや上昇。
悟空は尻尾を失った直後なので僅かに戦闘力が下がっている。本来ならば150ほど。
※お知らせ
いつもお世話になっております、カモミール・レッセンです。
6/19:18時更新の『この世界のチビとハゲは強い。だがチャオズだ』当話に掲載ミスがございましたことをお詫びしています。
本来此方の前に3000文字弱の会話シーンが挿入されるはずだったところ、いきなり戦闘シーンに入ってしまい、前後の繋がりが分かりづらい状態になっていました。
分かりづらい状態のモノを御覧頂いてしまった皆様に謝罪の言葉を述べさせていただきます。申し訳ございませんでした。
また、此方の掲載ミスをご指摘いただいたマーリンシスベシフォーウ様に、この場で改めて感謝いたします。
※活動の方にも、此方と同じ文章を掲載させていただいております。
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第九話:分水嶺
悟空との出会いから、約一年間の時間が経過した。
悟空との戦いは一年が経った今でさえ、灼けた炭の如く僕の心に熱いものをもたらし続けていた。
衰えぬ意欲は僕を修行に駆り立てる。今もなお、今まで以上に強くなろうとする努力の日々が続いている。
とはいえ、最近はあまり大きな動きはなかったりする。
強いて言えば、僕が旅を中断しているということだろうか。
最近は巨悪の話も聞かず、世の中が割と平和なのだ。
それにも理由がある、と僕は考えていた。
原作では悟空がボラを蘇らせた後、すぐ次の回から次の天下一武道会が始まっていた。
そう、原作ではドラゴンボールを集め終えた後にはもう『三年後……』と、割と大胆なカットをしているのである。
アニメの方ではどうだったか知らないが、今は原作における空白の期間にあるというわけだ。
だから今はこの世界にも平和が訪れているのだと思う。
というがそれは何も原作で描写が無いから……という理由ではない。
この時期、悟空は修行のため、世界中を己の足で回っているはずなのだ。
あの体質に性格だ、厄介事を引き寄せては解決していっているのだと、僕は考えていた。
……そんなわけで、仙人として世界を回る事は中断していた。
代わりに今は拠点を設け、腰を据えて修行に打ち込んでいる。
最近の個人的トレンドは──農業だ。
そういえば鳥山先生が、チャオズは超能力を使った農業でそこそこ儲けているなんて言ってたなあと思い出したのが事の発端である。
手ではなく、気を消費しながら超能力を使って農具を動かすことで、超能力の上達と基礎能力の向上を図っているというわけだ。
人が寄り付かないような荒れた地に居着いて、自給自足の生活を送るさまはまさに世捨て人といった様相である。
仙人っぽいなとも思ったが、中国伝承における仙人は霞を食んで生きると言うし、見習いの身でそれを名乗るのは少しおこがましい。
ともあれ、この修業の良いところは『ながら』で出来るということだ。
今僕は切り株の上で座禅を組み、瞑想を行っている。そうしている間にも農具は僕の手を離れて動いている……と。この修業のお陰で、今や念動力は殆ど意識せずとも、それなりの精密さをもって行うことが出来るようになっていた。
これは気のコントロールが上達したことの表れと言えるだろう。
最初は細かい作業をさせるだけでも一苦労だったが、この調子で念動力の訓練を続けていけば、立派な攻撃手段として活躍させることが出来るはずだ。
原作でもフリーザのサイコキネシスは強力なものだったと思うし、最終的にはあれくらい使えるようになればいいな。
正直この地味な修行には時折退屈を感じる事もある。
が、苦ではなかった。カリンさまの修行に比べれば微々たるものではあるが、この修業を続けていれば確実に技術と戦闘力を身につけられるとわかっているからだ。
それというのもスカウター能力のお陰だろう。成果が数値でわかるというのは、大きなモチベーションの上昇に繋がってくれていた。
実を結んでいるかわからない努力は、やはり苦しいものだ。数字で、しかもドラゴンボールの戦闘力として数値を知ることが出来るというのは、楽しくて仕方がなかった。
「……後二年、か」
だが、それでも──実戦でそれを試したい、という気持ちは大きい。
悟空との出会いから一年が過ぎたから、次の天下一武道会は二年後。これはウッカリミスを起こさないように、ちゃんとこの世界で調べたことだ。間違いない。
今までの、チャオズとしての人生を考えるのならば三年なんてあっという間だと思ったが──たった一年の長いこと。
遠足の前日の様な毎日を過ごしつつ、僕は二年後の天下一武道会に向けて意欲を高めていた。
今の僕の戦闘力は、201。原作の天津飯は幾つくらいなのだろう。悟空はどうだ? 僕との接触が、なんらかの影響を及ぼしているのだろうか。
そんなことを考えると、二年後が楽しみで仕方がない。
たとえその時から激動の時代が始まるのだとしても、なんとしてでも食らいついてやるという熱が漲っていた。
あと一年こうしたら、カリン塔に戻って高地のトレーニングを始めよう。
カリンさまも自らを鍛え直すと仰っていたが、実力は増しているのだろうか。
ああ、楽しみな事が多いなあ。
だがひとまずは、今眼の前のことに力を注がなければ。
再び気を集中し、より深い集中状態へと入っていく。
未来のことはある程度分かるとは言っても、少なくともこの『チャオズ』に関してはどうなるかはわからない。
次の天下一武道会は、激動の時代の幕開けとなる。
だからこそ、この天下一武道会だけは、なんとしても取りたいと思っていた。
『チャオズ』の未来を変えられるか。これは、最初の分水嶺となるだろう。
こうして、時は過ぎてゆく──
現在の戦闘力
チャオズ:201
気を扱う技術を高い水準で習得している。
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